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堀井On-Line
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2014年03月12日(水)
* 現実に経験し、そうなってこそ、知ることがある! 危険水域に入っているのは解ってはいたが、それでも、倒産など、その数ヶ月前までは、思いもしなかった。 当時、前年比20%半ばの売上減が三年目に入っても続いていたが、それでも何とかなる!という、気持ちがあった。 そして年末の支払に、予備資金を一時的に、手を付けざるを得なくなった。3年来の売上が半分、10年間で、 三分一まで、売上ダウン。その事態は10前には考えられないこと。予備資金を使いざるを得なくなった事態と、 年次決算が償却前で赤字が事業断念と、予め決めていた。資金枯渇前の事業断念は、当然である。 その前に、家族や知人の連帯保証人による借入や、高利貸しの借入もあるが、子供の頃からの倒産に関する見聞で、 タブーは分かっていた。資金繰りに追われる前に、前倒しの実質自己精算の決断をしたことは、ここで書いてきた。 三年経った現在、振り返ってみて、ベストの決断時だったと、自己総括している。 5つの事業物件も順調に売却でき、四割近い自己弁済が出来た。後で知ったが、平均の弁済率は11%とか。 金融機関では40%以上が目標になっている。 林原、林原生物化学研究所、林原商事のグループ中核3社が、同じ頃に会社更生法適用を出した。 その弁済率が93%というから、銀行と、何処かの国の共同陰謀?の疑いを持たれるのは当然。酷いものである! 事業物件の弁済のための売却相場は、半値八掛(4割)が通り相場。その差額は、誰かが利益を得ていることになる。 事業が、この結果で終わって、どうだろう? 私の人生にとって、ベストだったか、ワーストだったか。 仮に、ベストだったとしての要素を集め、筋立てを組立てると、それなりの物語になる。 「老後は、年金生活範囲で、ごく普通に暮らせれば良しとすると、緊張感の中で、神経を尖られてきた40年の 事業人生より遥かに良い」というのは、自己欺瞞?。 会社の代わりにスポーツジムか、図書館に通う生活も悪くない。 「自分(人間)が、ここに現在、あるのは、ビッグバン以来の奇跡の連続の結果。だから、何事も受け入れ、 何とかなる、と思っていれば何とかなるもの。 この経験で物事を多角度で見れるようになった。 物ごとは、 受けとめしだい!ということ。 ・・・・・ 4378, 閑話小題 ーあれから二年か 2013年03月12日(火) * あれから二年 大震災から二年経つ。 また30年に亘った新潟駅前事業の整理も、それを機会に断行した。事業物件の売却などで4割近く 銀行に返済。残る6割強は回収機構から数年掛かりで百万を目安に買い取ることにした。別に買い取る必要もないが、成り行き 次第。 事前の依頼は、「綺麗に終わりたい!」。 弁護士、「事業整理に100点はない、せいぜい70点」。 私、「それでは、70点にしてください!」。 で、その70点で終え、自己完結したと思っている。しかし、これまでの 社長の立場が今度は落伍者。「それがどうした!」と開き直るしかない。 自宅を家内が買い取り、肩身が少し狭いが、今までの 生活は大して変わらない。 長期の装置産業のため、時代変動のリスクヘッジを長年かけ積み上げてきため平然としているが、 倒産の9分9厘は悲惨なことは幼児期から見聞きし、分かっていた。それも一歩離れてしまえば、「夢幻」の過去の話になっていく。 東北震災の影響は、これからである。その上に、リーマンショックの不良債権が奥底に隠されている。欧州危機、チャイナリスク、 イラン・イスラエル問題、北朝鮮リスクなど、問題が山積み。 過去10年を振り返ってみると、地元では中越地震と刈羽沖地震、 東北大震災。そして世界的な大地震の頻発。 金融危機としてリーマンショック、欧州危機が起こった。政治面では、アフガン、 イラクへのアメリカによる攻撃。北アフリカや中東では、独裁国家の崩壊の連鎖など激動だった。 しかし、今後10年は、 それ以上の大変動が起るはず。その中で事業経営は至難。 2001年の9・11テロの時点で、その影響を悲観的にみて、 現在を予測したら、誰も信じないはず。そうこう考えると、少しでも早く、事業整理か、思い切った縮小をすべきことになる。 これ10年前の自身に向けた言葉でもある。 リーマンショックも、東北震災も、その予兆はあった。しかし、大事件ほど、誰もが 「まさか!」で、何もしないし、出来ない。先日の、NHKのBS/TVで、地震学者が、首都圏の直下型と、南海トラフ地震は 間違いなく起こると予言していた。リーマンショックの不良債権は表立つし、ユーロ圏の崩壊も、イラン・イスラエル戦争も、 間違いなく起こる。そうこう考えれば、まだ、現時点は世界的動乱の序曲に過ぎない。悲観的過ぎる? その中でのサバイバル、 面白そうと嘯いていられない。夢幻でなく、これは現実。10年後に、これをどんな事態で読むのだろう。いや、生きていないか? ・・・・・・ 4004, 3・11から一年 2012年03月12日(月) 去年の今の頃、リーマンショックから三年目に入り売上の激減が止まらず事業整理の検討を始めた矢先、3・11が起きてしまった。 それまであった迷いと躊躇が吹っ飛び、その一週間後の3月18日に整理の最終決断をした。 この地震規模が千年に一度の、 三連動の太平洋沿岸沖500キロに及ぶ大震災。 それが大津波を伴って原子力発電所を直撃した歴史的大震災であった。 その上に、この規模の大地震は今後、数十年にわたり他の地震帯や火山に大きな影響を及ぼし、再び大地震が 起こる可能性が大きい。 その一つが首都圏にあり、何時、首都直下型地震が起きても不思議でない事態。 日本経済にとって、 失われた20年間で国家体力を消耗した上での大震災。この経済的マイナスの影響が、今後、大きく覆い被さってくる。 更に悪いことに欧米の経済は世界恐慌の一歩手前。よくぞ、ここまで悪い条件がつづくもの。 ー 東北大震災の最終被災をまとめてみるとー ・ 死者、行方不明が19000人。 そのうち行方不明者が3155人もいる。 ・ 避難生活者が34万人。 半分が仮設住宅に住んでいる。 ・ 仕事を失ったままの人が 4割 ・ 家族が離ればなれが 3割 ・ 福島では原発事故の避難者12万人(県外避難者が6万3千人)で、そのうち三分の一は福島県には戻る気はない。 ・ 日本にある原子力発電54基は、二基を除いて停止。 その二基も1〜2ヶ月で停止予定。 おまけに、原油がホルムス海峡の封鎖が何時、起こるか分からない。 ・ 欧州発の世界恐慌も、秒読み段階にきている。 ▼ 他人事ではなく、私も間接的の被災民でもある。 直接原因はリーマンショックだが、最後の一撃が、この震災。 昨日は一周年で、地上波のTVでは、終日、その報道を流していたが、このイベントを期に、次の関東直下型地震に シフトが移るのは、世のならい。 日本は、過って経験をしたことのないマイナス坂を転げ落ち始めた。 数十年にわたった安穏とした時代が長すぎ、ゆで蛙状態が現状。リーマンショックの経済大津波が、そこに来ているのに! ・・・・・・・ 3638, 大地震 ーつれづれに 2011年03月12日(土) 数年前に地元の中越地震、柏崎・刈羽地震を身近で経験したばかりなのに、更に国家を揺るがすような大地震に遭遇しようとは。 事務所のある新潟駅前では震度4の震度だったが、揺れかたが広域の地震のような気がした。 直ぐにTVをつけたところ、 リアルタイムに生々しい地震と津波が中継されていた。特に大津波が海の彼方から押し寄せてくるのを据付カメラが写しだしていた。 そういば先週みた映画「ヒア・アフター」で、ヒロインの一人が大津波に襲われ九死に一生を得る場面があった。 津波に飲み込まれ流される場面は圧巻だった。しかし、これは現実である。 TVの画面は長い海岸線に何波も線を描いて 押し寄せてくる場面がリアルである。 その上に、お台場のビルや、石油基地のタンクが炎上している場面などが生々しい。 夜になっても全国彼方此方から津波が注意報が流されていた。 観測が始って以来最大のM8・8の大地震。 規模は東北全体と 関東甲信越にわたっている。 この文章を書いている現在でも、現在進行形で余震が発生しており、TVからライブで流れている。 江戸時代には、地震が多発していたというが、1896年 明治の三陸地震 - 岩手県綾里 の津波高さ 38.2 M - 死者不明者 22,000 人が 知られている。今回は、7メートルだったが、被害は、死者が数千か、数万人になるのか。東北6県の人口合計と東京都の人口は、 ほぼ同じ。 もし関東に地震が起きて同じような大津波が襲ってきたと想定したら被害は莫大になる。 結果として、これまで起こっていた東北の地震は、この地震の予兆ということになる。 今朝も、震度4の地震があった。 これだけの大規模の地震に対して、即応は無理のはず。救援を待っている被害者が多く存在してことを思うと心が痛む。 まさか、まさか、まさか、で、今でも現実として受け止められないの大方だろう。 国内では部分的な地震は多くあっても、 これだけ広域にわたった地震と、津波は私が知っている限り初めてである。そういえば、学生時代の友人が仙台飛行場近くの 河口辺りに住んでいるが大丈夫だろうか心配だ。病いのある連れ合いがいるので動き辛いはず。 ・・・・・・・ 3273, 東京大空襲より65年 2010年03月12日(金) 一昨日の3月10日で東京大空襲から65年というが、新聞では殆んど扱ってなかった。 東京の住民10万人がアメリカによって虐殺されてのである。その日にマスコミが取上げないのは如何いうこと? 長崎も、広島も、同様の殺戮をしているが、これも一般住民を狙った殺戮である。日本人は人が良いのか、馬鹿なのか? 敗戦国へのソ連の扱いを見ているので、恐ろしくて言えないのである。 ー「東京空襲」をウキィペディアで調べると 東京大空は、第二次世界大戦中にアメリカ軍により行われた、東京に対する焼夷弾を用いた一連の計画的かつ大規模な 戦略爆撃の総称である。東京は、1944年11月14日以降に106回の空爆を受けたが、特に1945年3月10日、4月13日、4月15日、 5月25日に大規模な空襲を受けた。通常「東京大空襲」と言った場合、規模が大きかった1945年3月10日の空襲を指すことが多い。 太平洋戦争(大東亜戦争)中に行われた空襲の中でも、とりわけ民間人に被害を与えた空爆である。死者、合計10万。 ▼ 以上だが、戦争とは、そういうものだとはいえ、罪ない虐殺は重大な犯罪。その後、アメリカは朝鮮とベトナム、アフガン、 イラクで同じような殺戮を繰り返している。アメリカ支配者層の輩は、日本人などイエローモンキーとして数段下に見下している。 そうでなければ、こんな残酷なことをしない。もっとも、スターリンのソ連では国民を数千万も殺戮したし、 毛沢東支配下の中国では文化革命下2000万とか3000万の国民が殺戮された。狂った猿の最たるものである。 アメリカは戦争を金融に当てはめ、金融工学で100年にわたり世界の金融を支配していた。そして、このザマである。 その直轄支配国が、この日本である。マスコミも、自民党も、官僚も、その宦官でしかなかった。 それに最近になって気づいたのだから、私は何? それさえ気づいてないのが、現在の日本人の大多数。 そして、これから10年、世界は恐慌の嵐になる。「東京と名古屋に原爆が二発!東京は金融恐慌。名古屋は輸出壊滅」 と恐慌本の見出しにあった。もっとも、世界中が原爆が落ちているようだが、目に見えないところが不気味。 ・・・・・・・・・ 2898,現在、歴史的転換期の真っ只中 2009年03月12日(木) 現在、我われは途轍も大きな歴史的転換期に立っている。 ・東欧・共産圏と、ソ連の解体を20年前に見せつけられた。 誰も自分の生きているうちにソ連が解体するなど想像すら出来ないことであった。 ・その直後から、パソコンによるインターネットや携帯電話などによる情報革命を目の当たりにした。 ・21世紀の初頭の2001年9月11日にはニューヨークの二つのビルに旅客機による自爆テロが起きた。 ・そして今度は、アメリカ資本主義帝国の破綻と世界恐慌である。それとアメリカで歴史上初の黒人の大統領が誕生した。 この一連の出来事は、何か得体の知れない歴史的な転換期に我われが立たされていることを知らせている。 近代という名のロシアを含めた欧米主導の進歩と共同幻想が破壊したことである。そして、欧米の暗示から醒めた世界中の民族と、 これまでの欧米の文明の衝突が数十年にわたり本格化する岐路に立っているのが、現在地ではなかろうか。 そうすると、今年にかけてイスラエル国内?のアラブ地区での虐殺が象徴的に際立って見えてくる。世界の中東・イスラエル化が 今度の行き着くところだろうか。アメリカはイラクを捨てて、戦線をアフガニスタンまで下げようとしているが、 イラクからの名誉ある撤退のための方便とも考えられる。 最終的には日本まで下げてくる可能性もある。 アメリカの国力が、この恐慌で大きく疲弊してしまったからである。 そこで日本は大きな選択を迫られることになる。 ・中国と距離を置いて、アメリカ、カナダ、ロシア・シベリア地区、日本のラインの同盟を組むか、 ・中国、韓国、台湾、アジアと組んだブロック化の仲間入りをするか、 ・何処とも距離を置いた欧州のスイス的な方向か、になるだろう。 どれをとるにしても、日本の国力があまりに疲弊しているので、大きな問題が次から次へと起きるだろう。 今までのアメリカのポチの存在であることは不可能である。 私の人生だけでも、世界の激変を多く目撃することができた。時代の激変という面で何世紀も生きたような気がする。 濃厚な時代を生きることが出来た!ということか。 ・・・・・・・・・・ 2008年03月12日(水) 「金と口の出し方」?2 ー「金と口の出し方」の問題に対して、更に書き写してみよう。 「金は出すが、ロは出さない」とか、「金は出すが口も出す」とかいう言葉がある。 それで、この金と口の出し方について、いろいろ考えて見た。 ・まず、金を出す方の立場から。 金は出すが、口は出さない、という結構な人。寄附などこれに当たるだろうが、 ほかにそんな奇特な人はまずいないだろうと思われるが、それが、意外にある。銀行の預金者。それから、日本の納税者。 ただし、政治献金を出す大企業も、口先ではそんなことをいうが、むろん大嘘で、ほんとうは次項に属する。 金は出すが、口も出すというのは、社員に対する社長。テレビのスポンサー。それから、たいていのパトロン。 金は出さないが、口は出すという勇ましいのは、ろくに税金も払わないで、何とか国家に文句をつける方々。 もっとも一方で、政治家とは公然脱税業であると心得て、これもほとんど税金を払わないくせに、国防だの教育だのに、 大きな顔をして口を出す政治家がワンサとあるのだから、アイコである。金は出さないが、口も出さない、というのはアカの他人である。 ・次に金をもらう方の立場から。金は出せ、その代り口を出してもいい、というのは大抵の場合、女房がそうだろう。 正確にいえば、口を出してもがまんするしかないということだろうが。 金は出せ、口を出すな、というのは、セガレや娘が 親に対していいたいせりふだろう。金を出さなくてもいい、その代り口も出すな、というのは、アカの他人に対しては、 こういうよりほかはない。金は出さなくてもいい、しかし口を出してくれ、という人。 こんな人はいない。 『半身棺桶』 ―ー 以上だが、これはゲゼルシャフトとゲマインシャフトの混同の話になる。 (この難しそうな話は後日、読書日記で書いてみるつもり)己と他者の関係の話にもつながってくる。 一般的に、他人の知恵を借りるのはタダというのが一般の通り相場である。 それを如何に他者(本)から引き出し、それを己の知恵に摺りかえるのが読書の効用である。 話は変わってしまったので元に戻す。「金は出さないが知恵を出してくれ」ってのが、何人かいる。 無料コンサルトを当然のように求めてくる人。それも、交互の利益になるならいいだろうが、そうじゃない人の場合・・ ・・・・・・・・ 2007年03月12日(月) 2169, 書店のカテゴリー・キラーの業態 オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン! 土曜日の朝、新潟駅裏に開店した『ジュンク堂』について書いていた。 コーヒータイムに、その日の朝日新聞・土曜版の一面トップをみたら、なんとジュンク堂社長の インタビュー記事の特集をしていた。偶然にしては出来すぎである。「意味ある偶然の一致」である。 それより「私の感覚も悪いものではない!」とほくそえんだが・・・。 ーこの朝日新聞の内容をまとめてみると、 ・最新の池袋本店は地上9階、地下1階で日本最大の2000坪(6600M)の売り場に約150万冊が並ぶ。 (字数制限のためカット 2014年3月12日)
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2014年03月11日(火)
* あれから三年経ったが 3月11日といえば、東北大震災から三年になる。 10年日記帳には具体的な現象を記録しているので、振り返ってみる。 震災と、倒産への、生々しい日々が書かれている。人生の大きな節目に、 こういうことが重なるのが不思議である! 忘れたいが、そうは言って いられない。直視し、現在を見つめ直すしかない。それにしても、日本の 政治は明らかに変! ・2011年3月09日(水):昨夜半、数時間、眠れず。 正午、轡田氏、 事務所に来訪。2時まで。 事業断念に向け具体的になってきた。 年齢からしても、こんなものか。終わりの始まりということ。 ・3月10日(木):16時〜17時45分(会計事務所と弁護士事務所の共同 センターの一室で)支配人、副支配人、会計事務所の担当Jさん、 弁護士と、打ち合わせ。6月か、ゴールデンウィーク明けか、秋口か? ・3月11日(金):14時から支配人と、前日の話合いの内容をチェック。 決断は私がするが・・ その時に、14時46分に大きな揺れ。どうも、 揺れ具合が、普通ではない。これは何処かで大地震が起きたはずと TVを入れると、東北で、過ってないほどの大地震と報じている。 そのまま見ていると、とにかく海辺の人は非難するよう絶叫。 17時過ぎに長岡に向け、バスで帰ることにした。 ・3月12日(土):昨日の地震は、時間が経つにつれ、想像を絶する惨状。 津波で多くの街が水没していく内容がリアル。昼は近くのイタ飯屋の サエゼリアで食事。 ・3月13日(日):報道が、福島原発の崩壊に向いている。TVは全局、 この震災関連。福島は、かなり危険な状況。 YouTubeをみると、 さっそく、リアルな投稿が多く流されている。 ・3月14日(月):新幹線が不通のため、車で新潟に向かう。高速道路に 車がいやに多い。新潟回りで東北に向かっている。 11時に福島原発の二つ目が爆発、かなり危険のようだ。 ・3月15日(火):福島原発、3つ目が爆発、ますます危険になってきた。 そういえば、学生時代の友人の奥野君が、仙台の海辺に終の棲家にして いるはず。東京の加藤君に電話をする。奥野君とは連絡取れず! ・3月16日(水):今日予定していた林さんとのコンサルト、この混乱で、 中止。原発事故が、差合っての大問題。もしかしたら、金沢か、山陰 あたりに避難? それより、会社のことがある。明日か、明後日に 決断しないと! ・3月17日(木):前日は、車で自宅に。(新潟に16年間赴任していた 大学時代の友人)東京の三崎君に電話を入れる。東京は、平静という。 それより、明日にでも会社存続か、断念か、の決断である。 ・3月18日(金):為替介入があって、79円ー>81・4円へ。大震災から、 まる一週間になる。これで日本は新たな領域に入る。 今日の、二人の役員との打合せで、事業断念を決定する。 来週、弁護士と、その手続きに入る予定! ▼ 東北震災の中での、大きな節目。何か、いま一つ、現実感が無かった。 しかし、動物的な感覚が、茹で蛙の自分を支配して、目の前の処理案件を 淡々と一つずつこなしているのが見て取れる。 毎月、30年間、月次 決算に来ていた会計事務所の担当が、「楽しんでいるように見える。 不謹慎!」と、言われたが、この事態に現実感を持って動いては いられない。修羅場は修羅場で違う人格が現れ出る。ただ、後悔や、 逡巡はしていられない。身近がまず、手のひらを返すのは当然だが・・ あるのは、節目時の隠れた野生の感覚。 3月19日以降は、後日に 書き出すが、この内容、自分でも、面白いのだから、第三者は、 もっと面白い? 書き残す醍醐味か、変質者か? それでも大震災の ドサクサに、助けられた。 ・・・・・・ 4377, 「世間」の捨て方 ー1 2013年03月11日(月) ー「世間」の捨て方 ー ひろ さちや(著) 創業は、既存の業界を根底から否定し全く新たな形態をつくること。起業だけでなく、何かをなすということは、社会、 世間に距離が出来てしまう。 社会学を専攻した影響もあるが、内から目線(信念)と、自分を見つめる上から目線が強くなる。 この経済の大津波に押し流されても平然?としていられるのは長年かけて作ったバイアスがあるから。世間など、とうの昔に 捨て去ってきた。しかし、世間にどっぷり浸かってきた人には、新鮮で奇異だろう。 ーまずは、アマゾンの内容紹介ー 【 景気に振り回される生き方はやめよう。世間はいつも狂ったもの。社会と距離をおき自分だけは愉快に楽しく暮らせばいい。 そのための考え方を語り尽くす本。】 ーまえがきーより ≪ 「自己中心」の反対は何でしょうか? わたしは、それは「世間中心」だと思います。普段、わたしたちは「世間中心」で 生きています。無意識のうちに世間を気にしているのです。世間に気兼ねをしています。 子どものころから、わたしたちは、 「そんなことをすると、世間の人から笑われますよ」と言われ続けてきました。「世間の人から褒められる人間になりなさい」 「立派な人になりなさい」と教えられてきた。つまり、世間の「期待」に応えることが求められていた。しんどい生き方ですね。 よく考えてみてください。世間の「期待」に応えるといっても、その「期待」が何なのか、あなたに分かっていますか? 企業が「期待」する模範社員は、おとなしくて、あまり自分の意見を言わず、仲間と協調する人間でしょうか? それとも、独断専行的ではあるが、行動力のある人間でしょうか? 場合によって違っています。 とすると、あなたが企業の 「期待」に応えるためには、場合場合に応じて自分を変えねばなりません。どう変えればよいのかさっぱり分からないままに、 ともかく自分を相手に合わさねばならないのです。疲れますよ。そんなことをしていると、人間失格になってしまいます。 だから、わたしたちは世間を捨ててしまいましょう。世間の「期待」なんかに応えなくていいのです。 だいたい優等生というのは、相手の「期待」に応えようとして、うじうじ悩んでいる人間です。いままでの時代は、 そんな人間がある程度幅を利かせていたかもしれません。でも、これからの時代、世の中がどう変わるか、誰も予測できません。 とすると、優等生的生き方をしていてはだめなんです。「世間中心」ではなしに、もっと大胆不敵に「自己中心」でいきましょう。 ・・・世間のほうがどうしてよいか分からず、われわれに気兼ねしているのです。いまの時代をそのように読んでいます。 本書において、わたしは自己流の時代の読み方に従って、われわれの今後の生き方を考えてみました。これまで誰にも 言わなかったことですから、きっとあなたの生き方の指針になると思います。ぜひお読みいただきたいと思います。 ≫ ▼ 学生時代の武澤ゼミでのケーススタディ。15人位で、会社内のトラブルの現象の問題点と背景を捉え、原因と対策の 意見を出し合い円座で議論する訓練である。プリントされた問題点には、多くの要素が隠されている。その答えは思いも よらない分析と回答が用意されている。ゼミの出した結論と、それを対比し、更に議論する。よい経験をしたものである。 そして社会に出てみると、それぞれの具体的構造が、リアルに見え過ぎ戸惑うほど。事業の立ち上げには理想的経験だった。 で、最後は経済恐慌など三連発で、この様。でも、悔いもない。 それを選択したのが、私なのだから。東北震災の 被害者は、その世間を根こそぎ失ってみて、絆の暖かさと、逆に無意味さを感じ取っているはず。世間消滅も善し悪し! ・・・・・・・ 4003,宇宙は本当にひとつなのか ー6 2012年03月11日(日) * 多次元宇宙論と多元宇宙論 ー2 「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著 ♠ 多元宇宙論とは ー 宇宙は一つではない ー ◇「多元宇宙」= 暗黒エネルギーを説明するためには、相対性理論と量子力学を1つにした新しい理論が必要だ。 その最有力候補の超ひも理論のよれば、まだ未完成だが、膨大な宇宙が存在するという結果が出てしまう。 これが宇宙は10の500乗個も作られたという「多元宇宙」という考え方だ。 ◇ ー三次元のサンドイッチー これまでの話をまとめると、多次元宇宙とは、宇宙自身は一つで、私たちが見ることのできる三次元空間以外にも別の方向がある というものでした。しかし多元宇宙は、その前提が大きく変わります。宇宙自身が一つではなくたくさんあるという考え方が多元宇宙です。 多元宇宙というアイデアの一つの例として、三次元空間がサンドイッチのように何層も存在するというものが考えられます。 これは私たちが生活する三次元空間がいくつもあるのではないかということですね。 しかし、この場合は、たくさんあるといっても、 全体から見ればひとくくりの空間の中に収まります。ということは、一つの宇宙の中に私たちが実際に見ることのできる空間と同じような 三次元空間がいくつもあることにすぎないのです。 実際、重いものを、この三次元空間の中に置くと、別の三次元空間に影響が出ます。 例えば、私たちの宇宙が図の「宇宙1」だとします。「宇宙2」にある星や物質は私たちの星や物質とぶつかったり反応したりすることは できません。しかし三次元方向で近くに来ると重力では引き合います。もしかすると暗黒物質は重なった別宇宙の物質という説がある。 ▼ 暗黒物質と暗黒エネルギーは、別宇宙の物質と考えると理にあう。 ヒモ理論が10次元の異次元宇宙の可能性を説いている。 この本でも述べているが、「人間原理」という、カント哲学風の「宇宙を認識するから宇宙はそんざいする」という素朴な説が立ち現れる。 ・・・・・・・ 3637, 「みずうみ」 茨木のり子 2011年03月11日(金) だいたいお母さんてものはさ しいん としたとこがなくちゃいけないんだ 名台詞を聴くものかな! ふりかえると お下げとお河童と 二つのランドセルがゆれてゆく 落葉の道 お母さんだけとはかぎらない 人間は誰でも心の底に しいんと静かな湖を持つべきなのだ 田沢湖のように深く青い湖を かくし持っているひとは 話すとわかる 二言 三言で それこそ しいんと落ちついて 容易に増えも減りもしない自分の湖 さらさらと他人の降りてはゆけない魔の湖 教養や学歴とはなんの関係もないらしい 人間の魅力とは たぶんその湖のあたりから 発する霧だ 早くもそのことに 気づいたらしい 小さな 二人の 娘たち ーー みずうみとは、 内省する時間、孤独の時間、過去を省みている時間。 この畔で水面にうつった周囲の景色や現在の自分の姿を眺めて、我を忘れ佇んでいる静粛が永遠に通じる。 ・・・・・・・・ 3272, 裏読み日本経済 ー2 2010年03月11日(木) * 9・11テロを予測していた投機筋 為替のディーラーをしていた人の著書「新・マネー敗戦」に刺激的な文章があった。「・・・2001年の7月からスイス買いが 始っていたのである。それは、何らかの危機が迫っているを察知していた投機筋がいたからだ。当時、北米からの資金が スイスに大量に流れているという構図があった。 さらに、欧州通貨でみてもスイス買いが進んでいるのが英国ポンドである。 ユーロではスイス売りが進んでいるのに、ポンドでスイスが買われているということはつまり、欧州通貨内でみる限り、 米ドルに何かが起こることを示唆しているともいえるのだ。以上の理由から、米国発、あるいは北米発の金融危機が 起こるかもしれないとう漠然とした予測が脳裏をよぎり、ドル・スイスに関しては「ドル売り・スイス買いにしたままで、 二ヶ月後の9・11を迎えた。これは偶然の一致の域を超えていた。明らかにスイスはニケ月前から危険信号を発していた。 このトレードセンターの崩壊を明らかに察知し、それで儲けようとした一団がいたのである。 9・11の夜ほど、 肉食系投資家という見えない存在の恐ろしさを感じたことはなかった。」 ところが、先日に購入した「ドル亡き後の世界」にも、 「・・この日の一週間前から航空会社の株式の出来高が10倍になり、航空会社株には大量の空売りが入っていた。 このテロ後に、これらの投資家は天文学的な大儲けとなった」とあった。誰がいったいテロが起こることを知っていたのだろうか。 当時、週刊誌に一時取り上げられたが、その後、何時の間にか、そのことを取り上げなくなった。 世の中には、私たちの知らない 世界があるようだ。あのテロはアメリカ軍事産業の業界に膨大の需要を発生させた。 数日前に民主党の国際局長の議員が、 9・11陰謀説を取り上げたことに、アメリカが異常な反応を示した。 陰謀説の仮説は充分に説得力があるからだ。 更にいえば(私の説だが)リーマンショックも、「100年に一度、500年に一度の大恐慌になることを見越した陰謀」 という仮説も成り立つ。 これは私が当時から疑問に思っていたことである。 6千兆円以上の返す当てのない国債を、 毒入債権をアメリカ国内だけでなく世界中にばら撒くことにより、一度、現在の通貨をチャラにするチャンスになった。 グリーンスパンに「百年に一度の世界恐慌」と言わせ、フレーズにしてしまい何度も流し、それなら新しい貨幣制度も いたし方あるまいと洗脳させ、まずは新しいドルに替えて裏にもぐった金を表に叩き出し、その後、踏み倒しのための 新ドル、それも交換価値の数分の一に一方的に下げる。 9・11も、リーマンショックも、元もと仕組まれていた 借金チャラのための大芝居という仮説が、生々しく筋として通ってくる。 ・・・・・・・・・ 2897,自民党はすでに死んでいる 2009年03月11日(水) ー自民党はすでに死んでいるー 上杉隆 (月刊SITGHT) 「STGHT」という雑誌に、政治ジャーナリストがインタビュー形式の「自民党はすでに死んでいる」が、 正しく現在の自民党の姿を浮き彫りにしている。すでに死んでいるのなら、「あの連中」は、ゾンビの集団ということになり 彼等の信じがたい政策と右往左往の理由が理解できる。 戦後の大部分の間、色いろあったにせよ、一応国民の支持を受けて 日本の舵取りをしてきた。 小泉も含めて20年間、日本を彷徨える船のように衰退へ導いてきた。 最後の締めは、安部、福田、麻生という二代目、三代目が政権を放り出しを含めて未曾有の無策を露呈してしまった。 それを一番身近にみてきた政治ジャーナリストが、彼らの崩壊過程の姿を辛らつに切り捨てているため往生際の悪い醜態が 漫画のように思えてくる。 結論の「自民党はすでに死んでいる」の理由を、本の末尾で以下のように述べている。 《2001年4月に、小泉首相が誕生した時に、山本一太さんと会う機会があった、その時彼は「自民党は、小泉という 奇人が登場して、たまたま助かった。だけど、小泉がいるから助かったので、この人がいなくなったら自民党は終わる」と。 その時に喩えたのが自民党は恐竜だったと。その恐竜は、森政権が最後で、倒れてしまったけど、小泉が一人出てきて、 それが支えてきただけ。 それがいなくなれば倒れるだけと。7年前の山本さんの話は、そのとおりであった。》 ーここで上杉隆は自民党の現状を冷たく以下のように切り捨てているー ・麻生内閣の支持率が下がるのは、今さら驚くことではない。問題は、自民党がまだ古い自民党の 手法、政治体質を維持している麻生に「ノー」といっていることに、気がついてないことである。 ・麻生は、小泉が体現した総理の権限、官邸主導の強さを一番真近で見てきたので、それを在任期間で使わないと 死ぬに死ねない。もう全ての人は彼を見捨てていている。彼は死んだまま存在しているに過ぎない。 (字数制限のためカット 2011年3月11日) ・・・・・・・・・ 2533, 人間魔界図鑑 2008年03月11日(火) この事業を始めて28年になるが親戚縁者は、一人も入れてない。実家の会社で子供の頃から父と兄との葛藤や、 親戚の従業員のイザコザを見てきたからだ。親戚の場合、首を切りにくい。彼らは親戚の立場を利用しようとするから歪みが出るし、 これほど使うほうからして、タチの悪い相手はいない。その逆も言えるのである。立場違えば、これほど微妙な相手はいない。 姉の舅も20年近く勤務していたこともあるが、・・・ まあ、やめておこう。次の文章が、人間の本性を辛らつに書き表わしている。 「金と口の出し方」 Pー25 「君はまだ若いから、わしの意見をきいておけば、何かの参考にはなるだろう。 わしはね、これでもずいぶんひとの面倒をみた。ぽんぽん金もやった。たくさんんの人間を一人前にしてやった。 ー君、君もすこしは人に知られるような人間になってみなさい。蟻やら蝿みたいな奴が、ウヨウヨとたかってくるよ。 そんな奴にかぎって、みんな面倒をみられ、金をもらい、一人前にしてくれるのを当然と思ってるな。 そうした意味でいちばん不愉快なのは、あかの他人より、知人親戚という奴だな。 わしがこうなるまでには、血の小便を出すほど奮闘した。しかし、むろんわしひとりの力とは思わん。 恩になったひとはずいぶんある。しかし、そういう知人親戚と称する奴とは何の関係もないな。 なかには、生まれてから、いちども顔をみず、名も知らなかったような親戚が続々と現れてくる。 叔母の従兄の細君の妹が嫁にいった先の義弟なんて連中だ。 あの安藤も、わしを叔父さんと呼んどるが、 その口だ。むろん、わしには一切合切みなたかるがままにしておいた」 「・・・・・・」 「ところがだ、それが、ちっともありがたがらんのだ。いや、ありがたがってもらいたくないが、恩を仇でかえす連中が多いのだな。 これをわしの不徳のいたすところなんて、ていさいのいいことをわしはいわん。かんがえてみると、はじめからただで人に たかろうなどという気を起こす人間は、所詮それだけの人間なんだ、むろん、それはそれでよろしい。 そういう連中にかぎって、あまりものにならん。そいつらはたかっただけの勘定を、どこかでじぶんで支払うことになっとる ようだが、それはわしの知ったことじゃない。ただ、よくよく見ていると、はじめわしが金をやり、面倒をみてやったことが、 かえうて害をなしておるのだね。世の中はこれで通ると甘くみる根性をうえつけたらしいのだな。 そうと知ってからは、わしは一切無意味な金は出さんことにした。人間は、自分のカだけで生きてゆくべきものだ」「・・・・・・」 損得をいえば、はした金をやって悪口をいわれん方がトクだよ。しかし、わしもこの年になれば、死んだあとで馬鹿者の悪口が のこることより、この世にじぶんの養成した馬鹿者をのこすことの方がいやだ。 ーしたがって、わしは、わしにちかづく人間はだれでも、その人間の値打ちだけの待遇しかせんのだ」、『極悪人』 ・・・・・・・・、 2007年03月11日(日) 2168, 池田晶子が亡くなった!ー 2 おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ 先日、8年前に出版された『考える日々』の中古本をネットで買ったが、最近の本を読んでいるためか、一つピンとこない 部分があった! 哲学者も8年で大きく成長するようだ。彼女を偲んで、印象的な彼女の文章を幾つか書き出し考えてみる。 『人生のほんとう』 ー人の死は悲しいのかー (字数制限のためカット 2014年3月11日)
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2014年03月10日(月)
* 科学的に説明できないことの存在 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著) 世の中には、科学で説明できないことが多く存在している。何もかもが、科学で説明できるという考え方が、 間違っている。私など、科学的という以前に、何も知らないことを、やっと実感してきたところ。 とはいえ無知も自覚しないで、一挙に神秘主義に、陥るのも問題である。 ー以下の内容が、面白いー 《 ・魔女が火あぶりにされた暗黒の中世の時代に、次のようなことが試された。 魔女とされた女性が腕や足を縛られ、橋の上から川へと突き落とされ、女性が水に沈んだら、魔女ではないとされた。 水に浮いたら、その女性は悪魔と関係があるとされ、火あぶりにされた。しかしスペインから来たある宗教裁判官は、 このやり方にまだ慣れておらず、違う方法を思いついた。中身が見えない袋に、黒い球を六つと、白い球三つ入れておき、 魔女だと訴えられ女性に目隠しをされて、片手で袋の中から球を取り出す。そこで黒い球を取り出したら火あぶりにされ、 白い球を取り出したら釈放された。 この魔女裁判の論理的一貫性について疑問をもたれても、僕に聞かないでほしい。 本来なら、球の色を逆にすべきだ。 しかし当時はきっと、理にかなっているかどうかなど関係なく、ましてや誰かが 魔女だとされても、それが真実なのかどうかも重視されなかったのだろう。もし今が中世ならきっと、今読んでいる この本を持っているというだけの理由で、訴えられてしまっただろう。 ところが、訴えられた女性のうち四人に三人が、白い球を取り出したそうだ! なぜそうなったかは、誰にもわからない。 ・もう一つこんな話がある。一八九八年、モーガン・ロバートソンが書いた『フユーティリティ(愚行)』が出版された。 この本で作者は、当時最大の豪華客船の沈没を描いた。このフィクションの船は長さ八八ニフィート(約二七〇メートル)、 重さ六万六千トン、乗客と乗組員三千名を乗せていたが、救命ボートが少なく二十四艘しかなかった。小説に出てくる船は、 不沈船とうたわれた。もう一点つけ加えると、ロバートソンはこの船に「タイタン」という名前をつけていた 「タイタニック号」のことは、有名な映画もあって誰もが知っているだろう。この船は一九一二年の時点で当時最大の客船。 長さ八○○フィート、重さ七万トンで、三千三百六十名の人が乗っていた。そして、救命ボートは二十艘だけ…。 実際にこの船が沈む十四年前に、レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット出演の映画ができる前に、 どうやったらあのような物語を書くことができたのだろうか。僕にはわからない。 》 ▼ 前段に関しては、何とも微妙な確率だが、生死をかけた(賭けた?)選択なら、集中した神経の手のセンサーが、 色を見分け確率が二倍以上になるのも不思議でない!と、私は信じる。これは話題として面白いので、雑談に使える。 後段は、多く知られている実話である。戦争の実戦体験をしてきた人には、こういう不思議を多く経験している。 孔雀の羽根のデザイン、誰がした? 何故、知恵が湧いて出てくるか? 科学で説明などできようがない。 ・・・・・・ 4376, 閑話小題 ーひと間の景気回復? 2013年03月10日(日) * つれづれに ーひと間の景気回復? 先日、家内に、「毎日、新幹線で新潟に30年も通っていて楽しそうだったのに、この生活、ツマラナクナイ?」と聞かれた。 他にも誰かにも、「家で毎日、何をしているの?」とも聞かれた。「現役の時は、客商売もあり常時戦場。 口に出さないが、 全神経を張っていた。 物事には良いことには悪いことが、悪いことには良いことの両面ある。今は、刺激は少なくなったが、 40年間の緊張感から解放されて、サバサバしている。 以前と比べた良しあしなど考えたことがない。 今は今で、生きて いるのに、精一杯。」が、私の返答だった。 節目の重要性知っていて、叩き方を間違わなかったので、混乱は最小だった。 起業を経験しているので、起承転結の、結の着地を長年かけて準備して軟着陸したこともあり、未練も悔いも、ほぼゼロ。 まだ、現役の日々を過ごす人を見るにつけ、「サッサと枝葉を切れば」と老婆心が出てくるが、これは立場の違い。 そうこうして日々、御隠居になっていく。 今月いっぱいで一年間の家内の当番の町内の班長が終わる。色いろ大変だったようだ。家内が、当番で、ある家の奥さんを最近、 見かけなかったが、別に気にとめてなかったが、うつ病で3年前に自死していたという。 去年秋には、一人暮らしの御婆さんが 孤独死があったばかり。 自死の9割が精神疾患あり、その6割が、うつ病という。うつ病は、15人に一人は一生のうちにかかる。 私が知る限り、前段階の「うつ症」を入れると 5人に1人。100万人が、それで現在、通院している。 今回の節目時に一番注意したのは、この穴に落ちること。 しかし、死にたいとか、食欲がないとか、虚脱状況、外界の興味喪失 などは一切なかった。 その状況で右往左往している自分を上から目線で冷笑しているのも変だが。日本も世界も、恐慌の瀬戸際。 その最中、最後のリンゲルをうつべく、安部と麻生コンビが登場してきた。 重症の糖尿患者に強烈なホルモン注射で、 活を入れようというのだから。 「美しい日本」、どうなるのだろう。 大きな節目時は、自ら大きく変わるしかない。 ・・・・・・ 4002, 宇宙は本当にひとつなのか ー5 2012年03月10日(土) * 多次元宇宙論と多元宇宙論 「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著 ♠ まずは多次元宇宙論 ◇ 多元宇宙という言葉はあまりなじみがないと思いますが、この言葉には大きく分けて二つの意味が込められています。 一つ目は多次元の宇宙。次元というのは時間や空間の広がりを表すもので、私たちの目には宇宙空間は三次元に見えています。 私たちは上下、左右、前後と三つの方向に動くことができるので、三次元空間といっていますが、実は、宇宙には私たちが 気づいていない方向があるかもしれません。つまり、三次元以上の次元があるという考えを多次元宇宙といいます。 これは、あくまで、宇宙は一つという前提です。 ◇ そして二つ目が多元宇宙。多次元と多元。文字が一つ違うだけで言葉の意味が大きく違ってきます。 多次元宇宙は、宇宙空間に今まで知られていなかった次元があるということで、次元が増えても、「宇宙の数は一つのまま」です。 ところが、多元宇宙というと、宇宙がたくさんあるかもしれないという考え方なのです。 私たちは、宇宙は一つしかないと思って 生きてきたわけですが、もしかしたら、私たちが住んでいるこの宇宙は、たくさんある宇宙の中の一つで、この宇宙のほかに たくさんの宇宙があるかもしれないということをいっています。 ◇ まず、一つ目の多次元宇宙から話を進めていきます。そもそも、次元とは何かというとところからおさらいをしていきましょう。 私たちは日常生活の中で人といろいろな約束をします。例えば、友だちと映画を見ようという場合・待ち合わせをするわけですが、 このとき、基本的に四つの数字が必要です。場所を東京都新宿区の映画館としますと、新宿駅から東へ四分、そして南へ三分というように 目的地までの道のりがあります。 ここで二つの数字が出てきました。目的地がビルの場合、もう一つ、ビルの何階という数字が 必要になります。これで三つの数字が出てきました。この三つの数字があれば、待ち合わせの場所を指定することができます。 しかし、これだけでは友達と会うことができません。あと大事な情報が抜けています。「いつ」という時間の情報ですね。 今度の日曜日の十時と時間が決まっていれば、すれ違うことなく出会うことができます。これが四つ目の数字となります。 ・・・しかし、これ以外に、違った見えない次元があるかもしれない。・・・空間が3次元であるというのは、人間の感知能力では 3次元までしか感知できないという意味であって、空間が絶対的に3次元であるということではない (「ひも理論」という最新の物理の理論では宇宙空間は9次元だという)。 4次元以上の空間で働くエネルギーを把握できていないので、残りの95%は何なのか、分からないのでは? ▼ 多次元宇宙は、この宇宙が一つで、その中の異次元宇宙をいう。三次元の他にも異次元があるが、 三次元の空間では、それを理解できない。二次元の世界で、三次元を理解できないのと同じ。10年ほど前までは、 異次元というと眉唾ものであったが、2003年を境に宇宙学者が真剣に研究を始めるようになったという。 ・・・・・・・ 3636, 精神科医師の幸福論 −1 2011年03月10日(木) * 精神科の医師の幸福論とは? 学生時代に「自己改革」「自己実現」という言葉に出会った。そして、ニーチェ、司馬遼太郎の歴史小説に感化され、 その影響下で、ここまで生きてきたようである。 何とか辿りつき息を抜きかけた時に、一連の世界的変動である。 ところで最近、以前ほど自己実現とか自己達成という言葉を聞かなくなった。その反面、「自分の好きなことを見つけ、 それに向かって邁進しなさい」という言葉に出会うし、私も、ここでも何度か書いてきた。自己実現など仰仰しくなく、 一日一日を好きなことに埋没できることが幸せであると・・。学生時代に上京し、都会人のセンスの良さに比べ、地方から抜け出せない 自分に嫌気をさしていた矢先に、抜け出す手立てとして自己改革・自己実現という言葉が、脱皮のための福音のように思えた。 ー その辺のことを、精神科医の大平健がレポートの中で、以下のように書いている ー ≪ 幸福とは、《自分が人生に満足している状態》と定義してみると、幸福になるためには、 * ‘人生の箇所’にアクセントを付けて「満足できる人生を手に入れる」のと * ‘自分’にアクセントを付けて、「人生に満足ができる自分になる」のと、二種類の道筋があることが分かる。 そこで、若者たちの場合、どんな"人生なら満足できるかというと、美味い食べ物・飲み物、綺麗な服、気の利いた家具といった モノの数々に取り囲まれ、気に入った仕事、誇れる学歴、楽しい趣味といったコトの数々に浸る人生。 もちろん、おしゃれな彼や、かわいいベット、ほっとできる鉢植えといった‘生き物’も必要だが、それらは自分の人生を 幸福色に染めてくれるモノのようなニュアンスを帯びている。 次に、どんな"自分になれば人生に満足できるかというと、これは更にふたつの場合に分けられて、 ー1 とりあえず今までの(不満の多かった)「自分」から抜け出す ー2 新たな「自分」になるというのとである。 というのは、しがらみ(人間関係・社会的地位・財産などの束縛)から解放されてのびのびしたりすること。 若い人が「自分がきらい」というのは、大抵は、「きらいな自分」から抜け出せないで足踏みをしている状態にいるということ。 また宗教の力を借りてまで、自分の人生に(モノやコトの)不足ばかりを見ていた、それまでの「自分」から何としてでも 抜け出よう(解脱しよう)という若者もいる。{文藝春秋2010季刊秋号 ゼロからはじめる幸福論 P28「幸福の白地図」大平健} ▼ 私も自己実現という脱自を求め、ここまで生きて来たが、それが自由と名づけられたものだった。 しかし、これも廃れ無名称化してしまった。代わりに「好きなことを見つけ楽しむこと」が、最近の風潮になっている。 それに流されていただけでしかなかったのか? いや、こういう停滞の時代こそ、それぞれが己の感覚を信じて、 己の世界を構築することが求められるのか? マスコミに影響され流される時代は終わってしまったことだけは確かである。 ・・・・・・・・ 3271, 裏読み日本経済 ー1 2010年03月10日(水) 「裏読み日本経済ー本当は何が起きているのか」 朝倉慶/ 著 ー内容ー 資本主義は「神の見えざる手」ではなく「人の見えざる手」で動く!今の資本主義の中核となっている市場が、 「神の見えざる手」によって機能しているのなら、経済はうまく回っていくはずだ。ところが市場は時として 不思議な動きをみせて大きく崩れる。そして、ブラックマンデーや日本のバブル崩壊などの大暴落にの裏側には、 つねに莫大な富を手にする人たちがいた。決して表には出てくることのない資本主義のタブーに迫り、 「神の見えざる手」ならぬ「人の見えざる手」の存在を証明する。 <詳細>いま「日本売り」を仕掛けているのは誰なのか?株式と国債の大暴落から国家破綻までも 視野に入れた恐るべきシナリオとは?経済を裏側から動かしている仕組みをすべて教えます。 第1章 世界はデフレなのかインフレなのか(いまはデフレなのか、インフレなのか? ;40兆円の需給ギャップが日本をデフレに陥れている ほか) 第2章 これから起きるのは国家破綻の連鎖(ドバイ・ショックの本当の意味 ;世界経済はごまかしでもっているだけで、実質的には破綻 ほか) (字数制限のためカット 2012年3月10日) ・・・・・・・・ 2896, オーラをみたことがあるか? −2 2009年03月10日(火) *それをブロッケン現象というらしい! 前回の「オーラをみたことがあるか?」を書いた翌日、これを読んだ知人A氏が来て「自分も見たことがある」という。 「亡くなった父が登山が好きで、早朝の登山で自分のオーラを見たという。それをブロッケン現象といい、登山仲間の間では、 これを見ると遭難しても助かるというジンクスがある。父も何度も登山で遭難しかけたが、助かった経験を持つ。そういう 自分も、早朝のゴルフで自動散水しているところにゴルフの球を取りに行った時に、自分の影のオーラを見た経験がある」とか。 それをブロッケン現象と言うと教えてくれた。ドイツのブロッケンという山でよく見ることが出来るので、そういう。 ーそこでネットのウィキペディア辞書で調べてみたー ブロッケン現象は太陽などの光が背後からさしこみ、影の側にある雲粒や霧粒によって光が回折され、見る人の影の周りに、 虹と似た光の輪となって現われる大気光学現象。 光輪 ともいう。山岳の気象現象として有名で、尾根の日陰側かつ 風上側の急勾配の谷で山肌に沿って雲(霧)がゆっくり這い上がり、稜線で日光にあたって消える場合によく観察される。 航空機から見下ろす雲や、平地でも川霧等に現われることがある。 ・虹に比べて、見かけの大きさは10分の1程度と小さく、光の輪は何重にもなる場合がある。 また、見る人の影が十分小さければ、中心点にも輝点が見られる。内側は青色で、外側は赤色。 ・ブロッケンの妖怪(または怪物)とも呼ばれるが、日本では御来光、山の後(御)光、仏の後(御)光、あるいは 単に御光とも呼ばれる。これは、古くは阿弥陀如来が姿を現したと考えられていたためである。 槍ヶ岳開山を果たした僧・播隆の前に出現した話が有名。 ーー 私が母のオーラを見たときは、早朝の靄〈モヤ〉がカカッテいたため。ただ、あれが私が経験した稀な現象でないことを 初めて知った。昔の人が自分のオーラを見たら神の仕業と思うだろう。私は、人体の周りにはボデーフィールドが在ることを 知っていたので、たまたま見えたと思ったが。自分のブロッケン現象を見てみたいが、無理か。 ・・・・・・・・・ 2532, ウェブ時代 5つの定理 ー2 2008年03月10日(月) ーまずは第3の定理の概要から 第3定理は「技術者の眼(め)」である。21世紀のビジネスは、科学と技術を抜きにして考えることはできない。 アントレプレナーシップとチーム力を、その根底で突き動かしているのが「技術者の眼」だ。 シリコンバレーの中核には、 科学や技術を愛する人たち独特の価値観が深く根付いている。起業家やエンジニアばかりでなく、経営者、投資家や 金融機関にまで、文系的な管理者的な論理とは全く異なる精神が貫徹されている。特に2つのことが重要である。 ・1つが西海岸特有のカウンターカルチャー(伝統的・支配的な文化に対抗する文化)から強い影響を受けた思想である。 ・もう1つが「大きな技術の流れに逆らっては絶対にダメだ」という考え方である。 (字数制限のためカット 2012年3月10日) ・・・・・・ 2007年03月10日(土) 2167, 「日の名残り」 ー1 読書日記 才八∋ウ _〆(∀`●) 福田一男著「成熟への名作案内」で紹介してあった本である。さっそく、インターネットで取り寄せた読んだが、 英国在住の日本人作家カズオ・イシグロ(石黒一雄)が執事スティーブンスにー偉大さの条件は、品格にあるー と言わせているところが良い。 ー2007/01/20 に「2118, 品格についてー2 」で書いたが、その本の中で、他に幾つかのプロとしてのあり方、 そして品格について、英国的文化にも興味を引かれる。英国の上流階級のマナーと考え方と教養とは何かを、執事の眼を 通して論じている。ホテルのマネジャーの職業に似ているところがある。何か反省させられるところが多い本であった。 パタゴニアに行ったとき、ツアーの品の良い中年の添乗員が、若い時に何年間か英国暮らしをしていたといっていた。 (大手銀行系から脱サラしたが、事業に失敗して・・・・)「執事のつもりで、何なりと仰せ付け下さい」という言葉の通り、 執事のように自分を押し殺し手際よく役割をこなしていた。この本を読んでいると英国の歴史の深さと豊かさが感じられる。 イギリスといっても、その背後にはオーストラリア、南アフリカ、カナダなどの国が連邦をなしていて、英国人が多く住んでいる。 日本とは、その隠れた豊かさのレベルが違うようだ。 ▼ 旅先の最後の日、桟橋で見知らずの老人と話す場面がある。その老人の言葉がよい!「なあ、あんた、わしは あんたの言うことが全部理解できているかどうかわからん。だが、わしに言わせれば、あんたの態度は間違っているよ。 いいかい、いつも後ろを振り返っていちゃいかんのだ。後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ。 何だって?昔ほど仕事ができない?みんな同じさ。いつかは休むときくるんだよ。わしを見てごらん。 引退してから、楽しくて仕方がない。そりゃ、あんたもわしも、必ずしも若いといえんが、それでも前をみなくちゃいかん」 その時だったと存じます。男がこう言ったのはー「人生、楽しまなくちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。 足を伸ばして、のんびりするさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方がいちばん一日で いい時間だって言うよ」男が立ち去ってから20分ほどになります。私はここに残り、いまの瞬間をー桟橋のあかりが 点燈するのを待っておりました。さきほど申し上げましたが、楽しみを求めてこの桟橋に集まってきた人たちが、 点燈の瞬間に大きな歓声をあげました。その様子をみていると、先ほどの男の言葉の正しさが実感されます。 (字数制限のためカット 2014年3月10日)
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2014年03月09日(日)
* 面白くなってきた大相撲! 今日から大相撲が始まるが、久々に有望力士の三人が出てきた。遠藤、モンゴル出身の「照の富士」、「逸ノ城」 (実業団優勝で外国人初の幕下15枚目付出しで、先場所から入った)である。1〜2年後には、役力士として、次の 大関候補になっているはずだが、怪我があるため断定は出来ない。私の目では、モンゴルの二人は、白鵬、朝青龍クラスの 要素があるようだが、どうだろう。「遠藤」は相撲センスがあるので、大関になれる逸材だが騒がれすぎで潰される? 一連の不祥事の危機感もあってか、相撲が真剣勝負になって俄然面白くなっている。 ここで大関の鶴竜が、地味だったが徐々に力をつけてきた。先々場所から、その力が開花し、横綱候補になったが、 性格が大人しいのが弱点。真面目で、こつこつ稽古をするタイプで好感が持てるが、横綱は図太さが必要になる。 このところ上位陣に個性的力士が揃ってきた。ブルガリア出身の碧山あたりが、突然、大化けの可能性がある。 今場所は、色いろ楽しめそうだが、相撲協会の体質が変わってないのが、気にかかる。 * へ〜、そうか! 一昨日のシネマの中で、「人はオナラを一日、平均14回する」と言っていた。身に覚えのあるのは4〜5回?だが、 意外と多いのに驚いた。白人は腸が短いため、回数が多い? 大家族の商家の中で育ったこともあって、暗黙の内に、 鼻ほじりやオナラなど人前の不調法は厳禁であった。「海外ツアーでは、日中、ほぼ皆無」を考えると、環境にもよる。 動いているとガスは溜まらない? ヨガにガス抜きのポーズがある。仰向けになって、脚を曲げ、膝の上から両手で 抑えて腹に圧迫を数分続ける。これを50人でするから壮観。 ところで、欧米人、本当に14回もするのかな〜 ・・・・・・ 4375, 閑話小題 ーシネマ評論 2013年03月09日(土) * フライト ーシネマ評論ー ― まずは、荒すじから、 ≪ フロリダ州オーランド発、アトランタ行きの旅客機が飛行中に原因不明のトラブルに見舞われ、3万フィートから 急降下を始める。機長のウィトカーはとっさの判断で奇跡的緊急着陸に成功。多くの人命を救い、一夜にし国民的英雄と なる。しかし、彼の血液中からアルコールが検出されたことから、ある疑惑が浮上し・・≫ ▼ この隠れテーマは「アル中機長の崩壊ドラマ」。そのアル中毒を隠すため覚醒剤を使っている二重構造の複雑な筋書き。 搭乗の直前まで酒と女に浸り、それを隠すため覚醒剤を吸って職務につく。ところが悪天候。アルコールのため操縦を誤り、 墜落の危機に陥る。しかし覚醒剤が効いたのか、奇跡的な機転で墜落を逃れる。そしてマスコミで一躍、ヒーローになるが、 機内でも度の強いアルコールを飲んでいた。 ところが回収された殻ビンから発覚。 航空会社は、隠そうとし、本人も、 騙し通そうとする。 裁判で逃げ切ったと思われたが、最後の最後に、良心の呵責で重度のアル中を告白する。 アル中患者の手記などで、その実態を幾つか読んだことがあるが、それをハリウッド版にしてリアルに演出していた。 私も酒癖で多くの失敗を重ねてきたので、身につまされた内容だった。 ー90点評 * 草原の椅子 ーシネマ評論ー ― アラスジは、≪ バツイチで、年頃の娘と二人暮らしの遠間憲太郎に、50歳過ぎてから三つの運命的な出会いが訪れる。 一つは、取引先の社長・富樫に懇願され、いい年になってから親友として付き合い始めたこと。 二つは、ふと目に留まった独り身の女性・貴志子の、憂いを湛えた容貌に惹かれ、淡い想いを寄せるようになったこと。 三つめは、親に見離された幼子、圭輔の面倒をみるようになったこと。 憲太郎、富樫、貴志子の3人は、いつしか同じ時間を過ごすようになり、交流を深めていく中で、圭輔の将来を案じ始める。 年を重ねながら心のどこかに傷を抱えてきた大人たち。そして、幼いにも関わらず深く傷ついてしまった少年。 めぐり逢った4人は、ある日、異国への旅立ちを決意する。そして、世界最後の桃源郷・フンザを訪れたとき、 貴志子が憲太郎に告げる。「遠間さんが父親になって、私が母親になれば、あの子と暮らせるんですよね」 ≫ ▼ 7000メートル級の山々の間にあるフンザ。そこの、目がきらきら輝いていた子供たち、そして何ともいえない雰囲気の ある地元の素朴な人々。遠くに光輝いていたウルタル山。私の見たフンザは、映画の画面で見たものより遥かに輝いていた。 ここで、多くの写真を撮ってきた。 最近みる映画は殆どがハリウッドもの。 陰鬱の時代に「ドンパチもの」で、ストレスを 発散するものが多い。その中で、スローライフの中年のファンタジーものの映画も良い。フンザもよいが、あの旅そのものが 絶品だったことを、この映画で改めて知った。 人生、万歳三度である。逆に人生に三度万歳をしろ!ということ。ー90点評 ・・・・・・ 4001,4000回の随想日記 ー2 2012年03月09日(金) 「11年も休むことなく2〜3時間もかけてエネルギーを入れて、それが何になるのか?」という疑問が立ち上がる。 そのことは私自身が、まず感じていること。40歳後半から60歳まで、秘境・異郷旅行に年に数回行っていた折に、 義母が家内に、「何で好きこのんで、そんなところにワザワザ出かけるのか分からない」と、首を傾げていたという。 これと同じである。そこで大自然の懐の中で出会う感動は、実際に経験しないと分からない。毎日、一文章を書き上げる習慣で 得られる知識と情報の蓄積が、物事の視点を変ていく面白さは、実際に書き続けないと分からないのと同じ。 一ヶ月ほど前に朝日新聞の投稿欄に面白い、○○丸出し?の投稿があった。 要約をすると ≪ 自分は退職後、ボランティアで忙しく充実した日々をおくっているが、聞くところ、定年後、暇を持て余して図書館で 時間潰しをしている人が多いという。それなら自分のように人のため、世のために、ボランティアをする道がありますよ!≫ 一見、正しく、道理である。ボランティアこそ定年後の人生の義務かもしれない。 しかし図書館に通い人生の経験の糧を 得た後の読書もベストの時間の使い方になる。 問題は自分のボランティアに酔いしれて、読書三味の人が、ただ時間潰しにしか 思えない自惚れに気づかないこと。その人の人生の余白の埋め方は当人が決めること。それを批判する知性が問題である。 万人が、このことと似た勘違いをし自画自賛をしている無知の自分に気づかない。 四千回も書き続けている自分に自己満足を しているのと、ボランティアを自画自賛している人を合わせ鏡にして、そのバカさを、自覚していない愚かな自分が、ここにいる。 自分のため、11年、書き続けてきた、ただそれだけのこと。 人生は、経験と知識と感動を得ていく旅路である。 面白いのは、書いているプロセスで、自分の枠組が自然と浮かび上がって、その内側を覗き見えてくること。 ・・・・・・・ 3635, 他のせいにするな! 2011年03月09日(水) 「自分の感受性くらい」 茨木のり子 ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ ▼ 自分を批判する目が失われることが、老いの一現象かもしれない。若い人でも、心が老いてしまっている人がいる。 その目は他人にいき、己の乾いた心が硬直しているのが見えなくなってしまっている。 「 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 」 が身に沁みる! とはいえ、100年、500年来の地殻変動の中であることは確か。「駄目な一切」を「時代のせい」ではなく、 「他のせい」にするな、ということ。 感受性が鈍るから。 ・・・・・・・ 3270, 焼き鳥は何故串刺しにするのか? 2010年03月09日(火) 図書館で書棚を見ていたら「焼鳥は何故串刺しか?」という本があった。 「何々??」と手にとってみたが、成るほどと思う部分があった。迷ったが借りてはこなかった。 記憶に残ったことといえば、ー 串刺しにすると ー ・何本食べたか出す方も、食べる方も分かりやすい。 ・串は食べやすい。箸を使うことなく串を口に持っていける。 ・皮、ハツ、モツ、軟骨など、多品種にできる。 ・焼き台で焼くのに串が最適。 (かつ火が通りやすく、生焼きを避ける) ・肉や内臓の切れ端が無くすことができる。 ・内臓など安い材料のものを、串に刺すことで、見た目に良く見える。 このように、改めて考えると要領を得ている。 最近、串刺しをしないで、材料を焼くだけの焼鳥を居酒屋で見かけるが、何か様にならない。 串焼に刺した肉や魚などを鉄板の間に挟んで焼く専門店がある。駅前に一店しか成立をしないが、焼き鳥の方が人気が高い。 串ものといえば串団子がある。これも串刺しにすることで一々箸で摘むことなく食べることができる。 蒲焼も串を通して焼くが、出すときは串を抜く。焼き鳥の焼き台で一本一本がクルクル回転するものや、ベルトコンベアで 一回転する間に自動的に焼き上げるものもある。また火も炭のような金属を熱して焼くものなど、色いろな工夫もされてきている。 冷凍は客に嫌われるので、食肉屋が串に刺したものを配達するのもある。豚肉や内臓を串に刺す焼とんは、戦後の食糧難のときに 苦肉の策でできたという説がある。最近、スーパーなどで中国製の冷凍のものを見かけるが、やはり焼き鳥屋で酒を傾けながらが良い。 ・・・・・・・・・ 2895, 不況景色 −9 2009年03月09日(月) 去年の9月15日以来、毎日が恐慌の進行のメルクマールを書く日々になっている。この一年で中国で二千万人、 アメリカで四百万人の失業者が増加。直近の12・1・2月の三ヶ月でアメリカは200万人が失業をし、それは年率にすると800万人。 中国は今年は更に二千万人が失業するという。日本も水面下で失業が増え続けている。来月辺りから爆発的な倒産とリストラにより 失業者の激増が予測される。昨日の朝日新聞の一面トップで「失業者 雪崩打ち生活保護へ」ー1月は最多116万世帯ーと報じていた。 5年前の2004年の100世帯、14年前の1995年の60万世帯、25年前の79万からみると、異常な増加。 この事態の中では当然だが、それが更に大幅に失業者が増加し続けるのである。 ・日本では、夫65歳、妻60歳以上平均で、収入平均が17万、支出が25万。残りは預金の取崩しや子供からの援助など。 ・国民年金も40年払い続けて、満額で一人当たり6万6千円、二人で13万あまりだから、 ギリギリまで働かないと個人営業者は生活できない構造になっている。 ・支出25万円の内訳は、食費6万、住居2万、水道光熱1万6千、保健医療1万6千、交通通信2万7千、その他11万1千円。 地方では、最低生活は月に15万円と税務所の担当から聞いたことがある。中小会社や、個人営業者は船板一枚下は地獄。 だから日々が刺激があって面白いが、反面、常に最悪の事態を常に想定して生活している。 この百年か数百年に一度の恐慌は弱者を土壇場に追い詰めることになる。イギリスでは、あのロイドが国家管理になり、 4大金融機関のうち2つが国家管理になってしまった。まずは世界の銀行が破綻しているが、これからは実体経済がやられ 企業倒産が続くことになる。その影響をモロに受けざるを得ない事業のため、毎日が生きた心地がしないが、成るがままに 身を任せるしかない。 今さらジタバタしても、しなくても同じことである。現金商売というのが、目先は何とかしてくれる。 1〜2年は何とか大丈夫? 二年後には駅前再開発による道路拡張で「一つのホテルの買収計画」が具体化するので、 まずは二年さえ凌げばよいことになっている。 まあ何とか成るようになってはいるが・・・。 それすら、大津波は根こそぎ破壊するかもしれない、それが世界恐慌である。 ・・・・・・・・・ 2008年03月09日(日) 産経新聞のトップページに5回にわたって連載さっれた梅田望夫の【ウェブ時代 5つの定理】が面白い。 梅田の本を読むのは4冊目になるが、今のところ外れはない。 その5つの定理とは、 その1 アントレプレナーシップ その2 チーム力 その3 技術者の眼 その4 グーグリネス 自発性に導かれた「時間」 その5 大人の流儀 になっているが、 まずは1と2の概要をまとめてみよう。 * 第1定理は「アントレプレナーシップ」(起業家精神)。 新しい物事に対する積極的意欲、リスクを引き受けて果敢に挑む姿勢、不確実な未来を楽しむ精神の持ちよう、 飽くなき探究心や冒険心や没頭、変化を求める心、自分の頭で考え続ける力、始めたら徹底して勝つまでやりぬく気持ち、 といった要素がこの言葉には含まれる。 ≪シリコンバレーの存在理由は「世界を変える」こと。「世界を良い方向へ変える」ことだ。 そしてそれをやり遂げれば、経済的にも信じられないほどの成功が手にできる≫ これはアップル創業者兼CEO(最高経営責任者)のスティーブ・ジョブズの言葉である。 「アントレプレナーシップ」を支える「常軌を逸した熱」は、「やりたいことをやる」という気持ちと、 「社会をより良くしたい」という思いの組み合わせによって持続する。 お金が最優先事項では長期にわたってそういう熱が持続しない。倫理性と経済性が融合したシリコンバレーの そんな独特の論理が、仕事の面白さを倍化させ、強い「働く意欲」の源になっている。 * 第二の定理はチーム力 ≪Aクラスの人はAクラスの人と一緒に仕事をしたがる。Bクラスの人はCクラスの人を採用したがる≫ この言葉をシリコンバレーでは格言としてよく耳にする。Aクラスの人は、自分を向上させたいと常に思っているから、 自分より優れた人と一緒に働きたいと考えるが、Bクラスの人は実力に不安があるから自分よりも劣った人を採用してしまう、 という意味である。チーム編成においてはAクラスの連鎖を作るべし。イノベーションを生むには、選りすぐりのチームを組成する ところから始めなければならないという経験則が、この言葉の背後にある。≪世界を変えるものも、常に小さく始まる。理想の プロジェクトチームは会議もせずランチを取るだけで進んでいく。チームの人数は、ランチテーブルを囲めるだけに限るべきだ≫ これはサン・マイクロシステムズ共同創業者のビル・ジョイの言葉である。マイクロソフトもアップルもグーグルも、 すべては数人のチームによる熱狂的な没頭から始まった。「世界を変える」イノベーションを生む一番大切なことは、 資金でも設備でもなく、 情熱を持ったわずか数人の力を結集して爆発させる「チーム力」にある。 ▼ この二つはソニーの創業時の井深や盛田などと同じである。日本にも筑波という素晴らしい都市があるが、 そこの個性的な創業者の姿は見えてこない。研究都市だから、少し違うとしてもである。
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2014年03月08日(土)
* 「ソロモンの指輪」の物語が面白い! まずは、ーネット検索の内容からー 【 昔、ソロモン王は、悪をはたらく72人の悪魔たちを真鍮でできた器に入れて封じ、湖底深くしずめたとされます。 しかし時を経て、そうとは知らないバビロニアの民が湖底より引き上げて、封を開けてしまった。 かくして人と悪魔が ともに住む時代がやってきた。時が経つにつれ、ソロモン王自ら望まなかった名誉をも手に入れていた。 外国の女性もふくめ妻700人、側女300人も仕えさせるほどとなっていた。賢明なソロモン王でも、長い間ライバルもなく、 一人勝ちの状態が続けば、慢心する。それを見た神が罰として、悪霊を遣わした。 その悪霊は、ソロモン王に化けて、 知恵の象徴であるソロモン王の指輪を奪い、海深くに投げ捨てた。 悪霊はその後、ソロモン王になりすまし、本物の ソロモン王を城から追い出した。指輪を失ったソロモンは、知恵も誉れも無くし、自分を王だといっても信じてもらえず、 物乞いしながら生きながらえる毎日でした。 やがて3年の月日がたち、ソロモンは、別の王国の王宮料理人と知り合い、 見習い料理人となりました。 そのうち彼の料理が気に入られ、そして王女に慕われるようになりました。 やがて二人は結婚を決意しました。しかし、王様は、料理人との結婚を許さず、二人を砂漠に追放した。 二人は砂漠を彷徨い歩くうち、運よく海岸へ出て、とある漁港へたどり着く。 空腹を満たすために、そこの漁師から なんとか水と魚を分けてもらい、魚を調理しようとお腹をあけると、神の名が刻まれた指輪がでてきました。 その昔、悪霊に海へと捨てられた彼の指輪だったのです。それを指にはめると、たちまち力が蘇った。 ソロモンは、その指輪を着けてエルサレムに戻り、偽のソロモン王を倒して王座を取り返ました。 そして、ともに砂漠をさまよった王女を唯一の妻として一生幸せに暮らしました。】 ▼ 『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)からの三部作と、前日譚にあたる『ホビットの冒険』が3部作として、 2012年から2014年にかけて2部が公開され、2部まで、都合5作を見てきたが、これが面白い! 旧約聖書外伝のこの「ソロモンの指輪」が原型かどうか? キリスト教圏の人たちにとって、誰も知っている物語。 その辺りが、欧米と日本人の見方の違いになるが・・・ ところで、生まれてこの方、指輪などしたことがなかった! ・・・・・・ 4374, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー6 2013年03月08日(金) * 平等も格差も遺伝子に組み込まれている 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著 チンパンジーに、既に平等が埋め込まれているとは驚きである。長年の間の試行錯誤の結果である。 ということは、それから進歩した人間は、平等から一歩進めて「公平」という概念になる。しかし、この辺りが一番難しい。 容姿も、能力も、人種も、生まれてきた環境も、その人によって違っている。当然のことながら、人間は不平等に生まれつく。 しかし、チンパンジーの遺伝子に平等も格差も組み込まれている意味を考えてみる必要がある。 ーその辺りを抜粋するー ≪ 二頭のチンパンジーを、真ん中をガラス窓で仕切った部屋に入れ、片方にキュウリを与えるえるとおいしそうに食べる。 ところがもう一方のチンパンジーにバナナが与えられると、いきなり怒り出して、手にしていたキュウリを壁に投げつける。 さっきまであんなにうれしそうだったのに。霊長類学者のドゥ・ヴァールは、こうした観察結果からきわめて重要な発見をした。 平等はチンパンジーにとって、けっして譲ることのできない「基本的猿権」なのだ。 ぼくたち人間も、「平等」に強いこだわりをもっている。人種差別でたくさんの血が流れるのも、バックパッカーが ぼったくられたことに延々と文句をいうのも、同じ人間として平等に扱われていないと感じるからだ(もっとも先進国の バックパッカーは、自分たちが特権階級に生まれたという不平等を意図的に失念している)。 でも平等が遺伝子に刻み込まれた生得的な価値観なら、なぜ世の中は格差社会になるのだろう。それは、「格差」もまた ぼくたちの遺伝子に刻印されているからだ。 初対面の二頭のチンパンジーを四角いテーブルに座らせ、どちらにも手が届くところにリンゴを置くと、互いに取りあう。 負けがつづくと威嚇の表情を見せるが、喧嘩にはならない。互いに先取者に所有権があることを認めているからだ。 ところが同じことを何度も繰り返すうちに、どちらか一方がリンゴに手を出さなくなる。からだの大きさなどさまざまな 特徴から二頭の間で自然に序列が生まれ、いちど階層が決まると、下位のチンパンジーは上位者にエサを譲るようになる。 保育園や幼稚園でも、子どもたちを集団で遊ばせるとごく自然に階層が生まれ、リーダーが決まる(とくに男の子の場合、 この傾向は明瞭)。サルやヒトには、相手と自分の関係を測り、無意識に支配したり従ったりする強力なちからが働いている。 人間の耳には、五〇〇ヘルツより低い周波数は意味のない雑音(ハミング音)としか聴こえない。ところがぼくたちが会話をすると、 最初はハミング音の高さがひとによってまちまちだが、そのうち全員が同じ高さにそろう。 ひとは無意識のうちに、 支配する側にハミング音を合わせるのだ。≫ ▼ サルの研究では、サルと人間の重なる部分から、人間の本質を探っていく。特にサル社会の「平等」と「格差」との 微妙な調整がポイントとなる。生まれて死ぬまで、高校、大学、会社、事業、結婚相手などの選定が延々と続く。 その結果、都会では、住む地域まで格差ができる。その最たるものが皇居。アフリカの王族国家を見れば、システムの 馬鹿馬鹿しさが見て取れるのに、自国になると分からない。 ・・・・・・・ 4000, 4000回の随想日記 2012年03月08日(木) 千、二千、三千回目に、それぞれの感想を書いてきた。 旅行中も「書きだめ」をしたのを知人に頼んでアップをしていたので、 ほぼ休まず書いてきた。自分でも11年近く四千も連続して書いたと驚いている。 次は五千が目標になるが、四千回を契機に、 時どき休むことにする。 また五千回に到達した時点で半年位は休むつもりである。 この程度の文章は誰でも書けるが、一応自分で納得した内容を書き続けるのは大変である。充実感があり、習慣化したから可能だった。 「チョット聞いてよ。こんなことがあったよ!」という長屋のハッツァンが、クマサンに自慢気に話している感じである。もちろん、 自分のために整理し知識として残すのが目的だが、せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける動機づけにしている。 気楽に、面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いたため、それが、そのまま伝わっていたはず。 それも四千ともなると、 自分の脳内そのものでもある。 自分の貯めた文章を毎朝、同月同日分を読む楽しみは格別。今では、その日書いた分を含めると 11年分の同日の自分に出会っている。 書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは不思議で奇妙な感覚になる。 だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰で毎朝、心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、 気力が無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。 しかしブログに字数制限があるため、当日分の書いた分だけ、 過去に書いた文章をカットする。それが、身を切る思いになる。しかし、それが好い加減な文章を書くと数年もしないうちに、 自分の手で削除することになるので、内容の質を落とせなくなる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、あとに戻せない。 何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。 時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、書き連ね、別ボックスに分類すると、違った意味で、 価値が出来てくる。 また分類ボックスの一番下に、過去に書いた文章の検索が出来るようになっている。 時々、検索をすると、 キーワードの入った文章が出てくる。もし、秘境旅行、と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。これは記憶の検索になる。 以下の、千、二千、三千も、それぞれ検索で調べたもの。 ・・・・・・・・ 2003/12/30 1000, \(~o~)/千日の随想日記! 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると 約35〜40が合わない。調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かが間違いている。しかし小説風の「宗親日記」が 大体その位の数を書いているので、合わせて一千回の到着日とすることにした。 あくまで自分ひとりの記念でしかない。 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)。 だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。いま考えてみると、 随想日記を書き始めた日を境に自分が間違いなく変った。一日一日が充実してきた。 20〜30人位?の人に毎日読まれていると思うと、 見守られているような感覚になる。 作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。 死ぬ前に全てを消し去るのもよいし、 また書き残すもよいのだろう。いずれにしても50年以上は残らないのだろう。 いや死んだと同時に消滅してしまうか。 そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。 ところで実感としていうと一番勉強になり良いのが、自分。 ・テーマ探しに46時中頭が1杯 ・そして構成に苦労して ・書き上げた後に、何回か書き直し ・誤字と矛盾をさがす そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。といってこの程度の内容であるが。 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。それでも何とか書くからよいのだ。 ・・・・・・ 2006/09/25 2001, 二千日の随想日記! おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ この随想日記が昨日で2千回目になった。母の十周忌の命日というのも何かの因縁である。 (字数制限のためカット 2014年03月08日) ・・・・・・・ 3634, 閑話小題 2011年03月08日(火) * てっぱん 毎朝のNHKの連続TV小説の「てっぱん」が面白い。私生児?の19歳の女性の目を通して家族問題をテーマにしたもの。 舞台は大阪と尾道。下宿先の訳ありの住人たちが個性的で人情があり、互いを支えあっているという設定。 実際の社会は、この夢のような暖かさはない。逆に虐めと見下げの中で、本人は崩れていく。 往年の美女、藤純子がお祖母さん役で、番組そのものを引き締めている。全体に流れている湯気が出ているような暖かさは、 家族崩壊が問題になっている中、大きな問いかけになっている。それにしても、19歳のヒロインの持てること。 逆に周囲の男たちの持てないことが何か不自然である。 それがTV小説であるが。 それと、ここには悪役、三枚目役が全くといってよいほど出てこない。 それも良いのかもしれない。 * 携帯電話の買い換え 先日、家内の携帯電話の買い替えのお付き合いをした。 私の携帯電話を半年ほど前に、iPhonからドコモに 買いかえたばかりなので、家族割引もあるので家内もドコモにした。 私も家内も型落ちのゼロ円のもの。 しかし半年前には2〜3万はしたもの。 その二つを比べると、その差に驚いてしまった。携帯は日進月歩なのである。 売り場は半分はスマートフォンで占められていたが、これまでの携帯電話ではカメラ機能が強化されたものがメイン。 数年で、大部分がスマートフォンになるのだろう。世界中の情報が、これら端末情報機器から大量に流される時代。 一時代前までの社会的格差は、そのまま情報格差に比例していた。それが、フラット化していけば、社会的格差が、 これまでと違ったカタチになってくることになる。これが北アフリカ、中東のアラブ圏で起こっている変動として現れている。 パソコンも、卓上、ノート、そしてタブレット型と進化をしてきた。携帯電話からスマートフォンへ雪崩をうって移行を 始めたが、これがどの方向に変化していくのか? スマートフォンとタブレットの境目は、どの辺になるのだろう? 35歳が子供の頃からゲーム器やパソコンに慣れ親しんで育ってきた年代の分岐点となる。その人たちが社会の中心点に なろうとしている現在、時代は大きく変わってきた。 もう化石人間などという言葉は、誰も使わなくなった。 誰もが使えるようになってきたからだ。しかし、情報格差は、違う意味で果てしなく広がり出した。 ・・・・・・・・・ 3269, ドル亡き後の世界 2010年03月08日(月) 「ドル亡き後の世界 」副島 隆彦 (著) 10年ほど前から、著者の副島の本を何冊か読んできた。何か山師的な表現で眉唾ものだが面白い。 外れも多いが潮流は的を得ている。 この本も買おうか迷ったが思い切って注文をした。 (そして、土・日曜の二日間ジックリと読んだが、これからの具体的な恐慌のスケジュールが書いてある。) ー以下は、ポイントを荒筋にまとめてみた。 恐ろしいことだが、こんなものだろう。 ・FRBの「景気回復宣言」は大本営発表で、大嘘。アメリカの景気は冬季オリンピックが終了後の2010年3月頃から崩れ始め、 いったん持ち直すものの、2010年末にアメリカは恐慌に突入し2012年が大底となる。 まずは株、為替、債権は世界的に暴落し 「金融恐慌」が顕著になる。一ドルが80円を割り、60〜70円代に、ダウ平均は6000〜7000ドルまで低落、日経平均も5000円を割る。 ・オバマ政権は経済的な失敗から任期途中で辞任する。 ・日本はいまだ米国債を購入しているが、中国は米国債を徐々に売る準備をしている。 RMBS、CMBS、CDOなどの金融派生商品のリスクが一気に顕著になる。 ・アメリカは借金を返せなくなり、デノミ、計画的インフレを引き起こさざるを得ない。 ・このプロセスで、中国のプレゼンスは必然的に高まる。アメリカ中心の世界は崩壊し基軸通貨としてのドルは地位を失う。 ・個人資金の保護のためには「金」や成長可能な日本株を底値で買うべし。(株価が5000円を割ったとき) ・国家戦略において、アメリカの国家戦略に勝る国はない。軍事力は他国を圧倒、食料も世界一、金(ゴールド)も圧倒的に保有。 ドル暴落で借金棒引き、穀物の暴騰などで逆に潤う。アメリカの借金や財政から考えて、ドル暴落や大恐慌が起こって 一番得をするのはアメリカである。 結局は世界がアメリカは借金の棒引きをしてしまう。これが国家戦略というもの。 ・1ドル=10円時代の到来も有りうる。 日経平均は4,500円を割るのは二年以内?。 ・ドルの暴落後は、ハイパーインフレーション、そしてデノミが起こる。日本は米国債や外貨を溜め込んでいるので、 日本国民の資産が吹っ飛ぶ可能性が大。 既に800兆円もアメリカに貢いでいる。 ・アメリカは現在、増刷した紙切れドルで米国債を買うという禁じ手を使っている。アメリカ自身がもう自国通貨を信用していない。 各国の大使館に現金を送って現地通貨に替えている。2012年の底を経て、3年かけて世界の覇権はアメリカから中国に移る。 したがって2015年には中国が新しい世界覇権国になると予言。 上海万博が開かれる5月1日から10月31日までは、 世界経済や相場に何度か暴落はあっても決定的なものにはならない。上海万博が無事終わったその後にアメリカ発の大恐慌が起こり、 世界経済は地獄を見る。その過程では、日本でも日経平均が一時、5000円を割り、1ドルが70円を割ると言う。 ▼ 以上だが、100年、いや500年に一度の変わり目、これより劇的なことが起きても不思議ではない。 ・・・・・・・・・ 2894,厭世的時勢に、楽天であること 2009年03月08日(日) 「厭世」とは、まず自己を厭うがゆえに世界を厭う心の習性をいう。「楽天」とは、幼児の頃から両親を初め周囲から愛され、 それ故に自分を愛する心の習性をいう。人生を振り返ると、悲しいこと、苦しいこと、不安、恐怖心など、多くの精神的苦痛が あったが、なぜノイローゼや自殺に追い込まれなかったかというと、それ以上に楽しいこと、面白いこと、明るい展望があったからだ。 いや、それを見守ってくれる家族・友人があったからである。そのもとは幼児体験、そう両親の絶対的な愛情が基本。 楽天性は、まずは親子関係の中でジックリと育てられる。基本的に親は子どもに絶対的な愛情を降り注がなければならない。 しかし家庭内にも色いろの事情がある。幼児期に親父が事業に失敗してしまったり、両親の不仲もある。 最近では離婚確率が家庭内離婚を含めると過半数。その中で自分を楽天的性格にするためには、教養を自ら積むしかない。 最近になって「楽天は意思」とつくづく思う。人間は誰でも心の底は楽天でないと生きていけない。「自分だけは大丈夫!」 と思っているからこそ、エネルギーが、生命力が、発露してくるのである。いずれにしても、誰もが直ぐに死んでしまうのだから、 生きている間は、面白可笑しく生きること。ただし、将来の見通しだけはシッカリと立てた上だが。だから楽天には長期的な生存確保が 前提になる。毎日、安心して日々を過ごせる生活力があり、時代の変化に堪えられる力を持ち、それ故に互いの信頼を維持できることが 基本になくてはならない。その前提がないと心が不安定になり、厭世家になるのである。楽天家過ぎてホームレスになった人はいても、 楽天的なホームレスは、ごく一部を除けばいない。このブログをみていると悲観論者と思われるかも知れないが振り返ると楽観主義者?。 (字数制限のためカット2,012年3月8日) ・・・・・・・・・・・ 2530, 千年働いてきました ー2 2008年03月08日(土) ー読書日記
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2014年03月07日(金)
* 「他人歓迎」 <つまずき>の事典> 中村邦生編著 既に亡くなったが、長年、連続テレビ映画の『ララミー牧場』の解説をし、「さよなら、さよなら、またお会い しましょう」で終わる名調子の淀川長治の言葉を紹介している。 *『 映画は、ただ娯楽というだけじゃなくて、いつでも人間勉強させてくれるので、私は映画に命をかけました。 ちょっと大げさですけど、映画への愛が今日の私を作りました。(中略)そして私は、映画から3つの言葉を学びました。 「がんばれ、苦労、来い」。二番目は「他人歓迎」。“他人”という言葉を持ちなさんな、みんな仲間と思いなさい、 映画は、そう言っていました。もう一つは「私はいままで、嫌いな人に一人も会ったことがない」。映画を見ていて、 こういう言葉が出てきた時に、私はメモしました。家に帰ってから、それを身につけようとして、身につけようとして、 今日まで来て、どうやらどんな人とも仲良しになれる気持ちになりました。愛というものは、本当に、豊かな人生を もたらしてくれます。』 :淀川長治「美学入門」より 〜ネット調べると、以下も、なかなか良い〜 *『愛というものがあるからこそ、人間は美しく生きられる。愛のない人間は汚い。お金だけで行きている人間は汚い。 アメリカの言葉にもあります。「金で買えるすべてのもの、それは悪魔でも買える。しかし・・金で買えないものを 持っているのが、人間。」それは、愛ですね。愛は金では買えませんね。そういうことも映画から教えられました。』 :「大人の学校ー入学編」 *『キザな言い方だが、講演するときもこのあと私はきっと死ぬのだと自分に言い聞かせることにしている。 するとその講演に命をかける。二時間がまるで20分ぐらいの勢いでしゃべってしまう。講演の後は汗でびっしょり。 けれども不思議なことにこの方が疲れない。思いっきりやったという私だけの満足感が疲れを忘れさせる。』 『人は必ず死ぬ。一日を十分生きなければ損だ』 :格言[いつも人生最後だと思う] *『チャップリンは幼少時代ひどい苦労をなめた。貧しさのあまり頭が変になった母とチャップリンは二人暮らしになった。 父を5歳で失った時に母は発狂した。腹違いの9歳の兄はこの家から逃れて船のボーイになった。5歳のチャップリンは 食べるものがなくなってマーケット裏に捨てられた残飯を拾ったこともあった。その苦労がのちのチャップリン喜劇の中で いかに生きて描かれているかがわかるのである。それにこの母が実は偉かったのである。気が鎮まって正気を戻すと、 小さな我が子を枕辺に呼び「イエス様はお前が運命をまっとうすることをお望みなのだよ」と何度も諭した。 つまり自殺をするなということである。それは小さな我が子に言うよりも苦しい自分に言って聞かせたのであろう。 そのチャップリンの苦労がのちに幸せの花を咲かせたのである。思えば神様は人間を豊かに幸せにするためにいつも 苦労させるのだ。 :格言[苦難のあとに幸せの花が咲く] ▼ チャップリンのコメディの基本となる「悲惨な生活の喜劇化」。彼の芸は道化師の芸からの頂きで、「サーカスの ネタばらし=自分自身のネタばらし」である。少年の頃から、お金を稼ぐため、大道やステージに立って注目を 集めるために道化師の芸を盗んだ。子供の頃の生活のための知恵は、万人の心をうつ。『一日を十分生きていれば、 どんな場面でも乗越えることが可能である』が、それが一番難しい。 『一日を充実させる』さえ心掛ければ、十分! ・・・・・ 4373, アフォノミックス 2013年03月07日(木) * アベノミクスは、アフォノミックスか アベノミクスを揶揄して「アフォノミックス」とは、よくいったものだ。経済評論家の浜規子が先日、アベノミクスの 内容を問われ、「アフォノミックスそのもの。死に掛けている病人にホルモン剤を投与するようなもの。気持ちが悪い。 今さら経済成長などおかしい!」と切り捨てていた。 日銀総裁の黒田氏の国会答弁の内容についてどうですかに対して、 「日銀総裁になりたいポチが尻尾を振っているだけ」と、これまた辛らつだが、当を得たりと納得をした。 この事態を招いた戦犯の主犯格の安部と麻生が、首相、副首相とは漫画の世界。殆どの人が、それを知っているから恐ろしい。 7月末の参院選までのミニバブルか、あと二年が限界とみてよい。それでも見渡す限り阿部しか見当たらないのが現実である。 一度、チャラにになるなら、早めに息の根を止めるのも仕方がないのか。この付けは、5年、10年後に覆いかぶさってくる。 ところで韓国経済が特に変のようだ。 円安も効いて、あの元気にみえていた経済も崩壊過程。 輸出依存度を見ると、 日本 14% 、中国26%、アメリカ10%に対し、韓国は50%。 日本は貿易立国と言 われるが、実際には内需大国。 それにしても韓国の輸出比率が異常に高い。欧州危機と中国の経済停滞の影響を直撃し、急激に悪化している。 世界的動乱になると、国力がある方が有利。資源があり、海軍と空軍が断然強いアメリカが当分は世界をリードする。 体力を疲弊してしまった日本は、当分、アメリカの属国として生きていくしかなく、TPPの参加など当然のこと。 明治維新も、太平洋戦争の敗戦も、今回も、アメリカに屈した開国になる。アメリカにとって、どれも世界戦略の 一つでしかない。韓国、台湾、日本が、アメリカの軍事、経済の中国に対する前線基地。中国も北朝鮮を庭先の番犬で 飼っている。ここにロシアが絡んでくると、1930年代から太平洋戦争の様相に酷似してくる。そうすると、保守本流の 安部と麻生の出番というのも分からないこともない。「天気晴朗なれど、波高し」である。 ・・・・・・ 3999, 宇宙は本当にひとつなのか ー4 2012年03月07日(水) * 暗黒エネルギー ー 次に宇宙の全エネルギーの73%を占める暗黒エネルギーについてー 【 暗黒エネルギーは暗黒物質と並んで、宇宙を作るものの中で正体がわかっていないものです。正体不明のエネルギーなので、 暗黒エネルギーといっている。暗黒物質のほうは10年以内にその正体が明らかになるのではないかと期待が持てるように なってきたが、宇宙の全エネルギーの73%を占めると考えられている暗黒エネルギーは、まだ糸口がつかめていない。 今のところ、私たちは暗黒エネルギーを見ることも感じることも出来ない。しかし、宇宙のエネルギーの約四分の三を 占めているものが、どこか一部の場所に偏って存在するとは考えられないので、私たちの周りに既に存在することになる。 暗黒物質も、暗黒エネルギーも、それが分かっていないのに、物質とエネルギーとに分けているのはなぜか。 一番の違いは、宇宙が大きくなると暗黒物質は普通の物質と同じように薄まるのに対し、暗黒エネルギーは薄まらない。 暗黒エネルギーを発見するきっかけは非常に遠くの宇宙で起きた超新星爆発。 超新星の観測から宇宙は常に膨張し、 その膨張速度は速くなっていることが分かった。宇宙には、目に見える星や銀河などより、目でみることの出来ない 暗黒物質のほうが多く存在する。ところが、宇宙が広がっていけば、その分薄まっていきます。そうなると、宇宙のなかの エネルギー密度が低くなり、宇宙の膨張速度は遅くなると、物理学者は考えていた。ところが、観測結果はそうでなかった。 宇宙が大きくなるにつれて、どこからからエネルギーが湧き出てくる。何故そうなるのか。それは宇宙が大きくなっても 薄まらない何かがある。それを暗黒エネルギーと名づけた。】 【 宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。宇宙が広がるたびに増え続けるエネルギーが必要で、そのため 考えられたのが暗黒エネルギーだ。有力な仮説は真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り返してエネルギーを持っている説。 この説により真空エネルギーを計算すると120桁も大きな値になり宇宙は引き裂かれてしまうことになる。 そこで素粒子を点でなく、小さなひもだという超ひも理論が登場し、宇宙は1次元の時間、目にできる3次元、小さな異次元が 6次元(カラビ・ヤウ多様体)の10次元ということになる。超ひも理論は重力を含む力の統一が出来る可能性がある。 超ひも理論は特異点を持つブラックホールが熱を持つという問題に解を与えた。アインシュタインの重力理論はまちがっていて、 宇宙は加速膨張しないとする人たちがいる。彼らは超ひも理論の一つにより泡宇宙となるとの提案をしている】 ▼ 「宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。宇宙が広がるたびに増え続けるエネルギーが必要で、そのため 考えられたのが暗黒エネルギー。 有力な仮説は、真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り返してエネルギーを持っている」 という説が分かりやすい。真空の中にエネルギーがあるというと、仏教の「空即是色」が思い浮かぶ。 この本をキッカケにし、 「宇宙オタク」のブログを幾つか見たが面白い。 広大な宇宙に興味を持つと、シャバの世事に囚われている自分が見えてくる。。 ・・・・・・・ 3633, 「中東革命」の行方 −2 2011年03月07日(月) * 新たな独裁の可能性にマスコミは甘すぎる? ー 次の視点も、なかなか考えさせられる ー ≪1月から2月に掛けてチュニジア、エジプトで次々と起こった民主革命について、筆者に思い浮かぶのがこのトックヴィルの洞察だ。 この革命に対するマスコミの反応は一言でいえば慎重な楽観主義である。 通常、国際ニュースについて、国内と海外の新聞の間に 切り込みの鋭さの違いがあり、立場にも若干異なる点が見られるのだが、今回の場合、内外格差も国内格差もほとんどない。 おそらくアメリカ国務省でさえ事態を掌握できないほど急速に出来事が展開したためなのだろう(なぜ、出来事の展開がかくも 急速だったのかという点について、各紙はアラブ世界へのインターネットの普及を原因として指摘する)。 チュニジア、エジプトの国民が腐敗した独裁体制と平和裡に決別し、民主化を実現したという「美談」にも関わらず、 内外のマスコミが手放しでこの出来事を賞賛できない理由は、言うまでもなく「イラン革命」の経験である。 民主化は結構だが、それが結局、強硬なイスラム思想に立った新たな独裁体制につながったら困ると認識されているわけである。 トックヴィルの洞察が重要なのはまさにこの点だ。結局、新たな独裁制に行き着くのか、イスラム原理主義が中東に浸透する 結果になるのか、それを占う大きな要因は、今後、民主主義への体制移行期においてどれだけアナーキーが深刻になるかである。 今回のチュニジア、エジプトでの民主革命は、この点に若干希望が持てる。なぜなら、流血を伴うことなく実現されたからである。 暴力によって生まれた新体制は、その維持のためにも暴力を必要とする。同時にその暴力に反発する国民の暴力を誘発する。 今回はそれを避けられるかもしれない。もっともエジプトの場合、軍による移行体制という現状からして、民主革命はまだ序の口。 もし今後、軍が強圧的な態度に出て、国民の反発が強まった場合、次の衝突では流血が起こる。アメリカを中心とする西側諸国は、 軍を監視して移行期をスムーズに進展させる責任を持つ。≫ ▼ イスラム教が、何で民主化というのか? 彼らの民主主義は独裁打倒ということで、欧米の民主主義とは違う。 要は、他の文明圏との経済格差がTVなどで露出されたこともある。特に恵まれてない若者層に不満が浸透している。 独裁者たちの国家の私物化も露骨。同じことは欧米でもあるが、それぞれの階層の中で飼いならされ満足しているのだから今さら ・・・・・・・ 3268, 哲学者は神について、どのように語ったか ー4 2010年03月07日(日) * キルケゴールの「宗教的実存」 キルケゴールは、「個人の生は3つの段階を経て深化する」と主張した。 1、美的実存: 美しいものを求めて、そのときそのときの享楽を求める生き方である。 ドンファン的生き方。 2、倫理的実存: よいことをし、社会的の規律を守り、習慣などに従い、全てに道徳的な生き方。 3、宗教的実存: 神である絶対者との関係の中で生きることにより、真の人生を手に入れることができる生き方。 この宗教的な生き方も、二つに分けた。「宗教性A]と「宗教性B]である。「宗教性A」は、自力救済を試み、 自分の主体や理性によって自分を支配しようとする。しかし、それはキエルケゴールによると罪になる。 支配するのは神である。(字数の関係でカット 12年03月7日) ・・・・・・ 2893, 年寄りの持病自慢は、老人の猥談だと! 2009年03月07日(土) 50歳半ば頃から同級会では、年金か成人病の自慢のしあいか、誰かの死の話が中心になる。 青春時代に自分の体つきや身なりを気にしたり、性体験を陰で話したり、猥談を話したくなる時期があるが、 それと同じく、自分の「体調」や「病気体験」について語りはじめる老人の「健康談議」を「老人の猥談」というらしい。 五十歳代半ばの下半身の衰えは男の共通の話題。 その次は癌体験か糖尿病か心臓病などの成人病の披露のしあい。 (字数の関係でカット 12年03月7日) ・・・・・・・・・ 2529, 山田風太郎 のアフォリズム 2008年03月07日(金) 彼の本が好きで、何冊か図書館で借りて読んできた。暗い中に何ともいえない温みがあり、2年に一度は彼の本を読んでいる。 また亡くなる前に朝日新聞に『あと千回の晩飯』が連載したことがあった。なかなか文に鬼気迫る内容だったことを憶えている。 先日も『人間魔界図鑑』を借りて読んだが、著作群の中からの警句やアフォリズムなどを一冊にまとめたもので読みやすい。 手元に置いておきたい本と判断し、アマゾンの中古本を注文することにした。 以下の文章は 「人生(時間)のセイムスケール」というHPの中の山田風太郎のアフォリズムなどを抜粋コピーしたもの。 ★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」 ★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」 ★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」 ★「みんないう。いつか死ぬことはわかっている。しかし、「今」死にたくないのだ」 ★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」 ★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。しかし、お前にはおれがわかっていない〉」 ★「死の瞬間に何人も悟るだろう。--人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」 ★「生きながらそれは、多少ともすでに神曲地獄篇の相を帯びている」 ★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。 いかなる人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。何という絶対的聖域」 ★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」 (字数の関係でカット 09年03月7日) ・・・・・・・・・ 2007年03月07日(水) 2164, 宮城まり子 (~Q~;) おはよう〜〜 サム! 3月の日経新聞の「私の履歴書」は、「ねむの木学園」園長の宮城まり子である。まだ6回目だが、なかなか面白い。 宮城まり子といえば私の小学校の頃から映画などに出ていたが、甘っ2007たるい声が印象的であった。 その後、芸能界をやめて「ねむの木学園」を開いた。もう二十年前のことになるが、TVでその「ねむの木学園」を放映した。 その時の子供の絵を見たときの衝撃は今でもハッキリと憶えている。ピカソのような絵だが、絵から純粋な子供の心が直に 伝わってきたからである。役者をやめた後からも、人生の舞台の「役割り」を正直に生きている人である。 「人生を思いのまま生きている人がいる!」というのが当時の感想であった。 「私の履歴書」の一日目に書いてあった、学園を開設するにあたっての、愛人?の作家・吉行淳之介との3つの約束がよい。 1.愚痴はこぼさないこと。2.お金がないと言わないこと。3.君を信じてくる子のため、やめてはいけません。 その時、宮城まり子は「ハイ」と答えたという。 三回目の、彼女の母の教えの「感じたまま」の言葉が印象的である。 ーそこを抜粋してみるー 私は母と並んで絵を描くのが好きでした。小学校に入って間もない頃でした。並んで描きながら私は母に聞きました。 「お母さまはどうしてそんなに絵がうまいの?」すると母は「まりちゃん、人の絵をうまいなどと思っていけません。 人は人、自分は自分。自分の絵をお描きなさい。」と少し厳しい口調で言いました。 「お母さんは大人になってしまったから、あなたのような素直な絵は描けなくなってしまったの。 あなたにはあなたの絵があります。好きなように描きなさい」大きくなったら絵描きさんになりたい。 私の初めての夢でした。しかし母の言いつけを守ると学校で叱られました。 絵の時間にラジオ体操をする人を描いたときのことでした。その人がとても気持ちよさそうに見えたので、 感じたままに描いたら 腕が背よりも長くなりました。 先生は「真面目に描きなさい」といいました。 「ねむの木学園」では私は絵も担当していますが、一度も「上手ね」と言ったことは ありません。 「うれしいわ」と言っています。だって「上手ね」と言ったら子供はそれで安心をして満足してしまいます。 ▼ 書き写しているうちに20年前のTVの内容を再び思い出してきた。「ねむの木学園」の知恵足らすの子供が ピアノ演奏をしたが、鍵盤に魂を込めたピアノの音に気持が引き込まれた。 感動のあまり、その番組のビデオを何人かに見せた記憶がある。今月は、毎朝彼女の魂と出会うことができる! ・・・・・・・・・ 2006年03月07日(火) 1799, 風太郎の死ぬ話 (○´・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ −読書日記 山田風太郎の「死」に関する本を読むと、色いろの人の死に様が面白可笑しく書いてある。そして読み終わって 「死」が軽く思えてくるから不思議である。また「死」を考えることは「生」を考えることになるのに気がつく。 (字数の関係でカット 11年03月7日)
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2014年03月06日(木)
* 私は人一倍こわわがり屋!(植村直己) <つまずき>の事典> 中村邦生編著 誰でもこわがり屋で、神経質である。もし、そうでないなら無知か、無神経である。それを登山家の植村が逆に 準備を周到にすることで乗り越えてきた。私も、人一倍こわがりで、神経質の性格を乗越えてきた。初めてのケニアも、 生きて帰れるかどうか、到着するまでは恐ろしさで震えていた。でも、サファリ地区に入ってしまえば、何とことはない、 世界で名だたるレジャーランド。要は、決心できるかどうか。人生と同じである。 ーその辺りを抜粋ー 《 ☆ 人から「そんなに次次に危険を冒してこわくないのか」と、よく聞かれるがとんでもない、私は人一倍こわがり屋。 危険に直面したとき、自分だけはなんとしても生きたい、と思うのである。 普段の生活では表に出ない利己的なものが、 危険に遭遇したとき、あらわれるのである。ー植村直己『冒険』〜 植村直己(1941~84)は登山家・冒険家。兵庫県生まれ。モンブラン、キリマンジャロ、南米のアコンカグア、エペレスト、 北米のマッキンリーと世界初の五大陸最高峰登頂者となった。チョモランマを除いては単独登頂。他にも、アマゾン川を 筏で下ったり、北極圏一万二千キロを犬ゾリ単独走破などを成し遂げた。この希有の冒険家も明大山岳部に入りたての頃は、 新人の中でも最もパテが早く、使いものにならなかったという。 この『冒険』は一九八○年刊行の自伝的冒険記。引用は単独行への新たな挑戦を語る章の一節。 この「利己的なもの」という言葉に続けて、「北極圏の犬ゾリ旅行のとき、ひとたび食糧が欠乏して生命に危険を感じると、 それまで家族のように接してきた犬も食糧に見えた」と告白している。植村直己は「未知の世界に立ち向かうとき、 私はあらゆる準備に時間をかける。そして、成功への可能性が見つかったとき、初めて行動に移る」と自他ともに認める 慎重居士であった。しかし一九八四年、マッキンリーの冬期単独初登頂に成功した帰路、消息を絶った。 43歳の誕生日を迎えた後であった。この登頂は南極大陸横断という挑戦に備えてのことだった。》 ▼ 長期の設備投資の事業をしてきたが、20〜30年以上の投資のため、多くの時代の波に曝されることになる。 判断と、決断は、それを前提にするが、そんな先が読める訳がない。そこに底知れぬ恐怖感がまとわり付く。そのため、 万一の備えをつくっておくしかない。今回の一連で、大部分の人が計画倒産と思ったようだが、そんな小利口なことなど、 私に出来ようがない。出来るのは、再投資の度に、リスク管理を積み重ねてきた。そこには利己的な自分が顔を出す。 気が小さく、愚鈍で、利己的な自分と常に出会うことになる。だから綺麗ごとが綺麗ごとと自覚できない人の心中が 透けて見えてくる。ドラマと、現実は違う。その内面は、ドラマでは表現できない。それは、自分で経験するしかない。 ・・・・・・ 4372, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー5 2013年03月06日(水) * セックス原理主義から遺伝子中心主義へ 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著 フロイトがユングにとってかわって久しい。そのユングも科学の進展のためか、これまた時代遅れになっている。 フロイトの説くエディコンプレックスの人間の本性は、あまりに極端である。身近にいると、性欲対象から逆に外れてしまう。 幼児期からの女友達と結婚するケースが殆ど無いことをみても分かること。 ーまずは、その辺りを抜粋してみるー ≪ 幸いなことに現在では、エディプスコンプレックスがまったくのでたらめだということが証明されている。フロイトは、 男の子の母親への欲望は生得的なもので、それを文化的に抑圧し近親相姦をタブーとすることで社会が成立していると考えた。 でもそうすると、ヒトとほとんど同じ遺伝子を持ちながら文化的なタブーのないチンパンジーやオラウータンなどの類人猿は、 近親相姦で子どもを産んでいることになる。ところが詳細な野外調査によって、彼らがじつに巧妙な方法で近親相姦避けている ことが明らかになった。たとえば人間にいちばん近い類人類ボノボは、思春期になるとメスが冒険的になり、故郷を離れてほかの 群れに加わる。それに対して内気な雄は、母親とともに群れに残る。この無意識のプログラムによって、ボノボの兄弟姉妹が 性交することはない。遺伝子的にみて、近親相姦はきわめて不利な繁殖方法だ。・・・ ・・・いま精神分析に代わる新たな‘こころの原理’が登場してきた。ダーウィンの進化論を、遺伝学や生物学、動物行動学、 脳科学などの成果を踏まえて検証し発展させようとするもので、進化心理学(進化生物学、社会生物学)と呼ばれている。 ダウィンの理論は、生物は自然淘汰によって、より効率的に子孫を残こそうに進化してきたというものだ。長い進化の過程を 生き延びてこなければいまここには存在しないのだから、これは考えてみれば当たり前で、コロンブスの卵みたいな話だ。 この単純な理論で、キリンの首が長くなったり、クジャクの尾羽が絢欄豪華になったり、生物学的にはチンパンジーと大して 変わらないヒトがとてつもない知能を持つようになった理由がきちんと説明できる。進化論はナチスの宣伝に利用されたり、 聖書の教えを否定する冒瀆と批判されたり、なにかと評判が悪いけれど、現代の進化論(新ダーウィニズム)はさまざまな知の 領域を横断してとても洗練されたものになってきている。 ・・・ ≫ ▼「遺伝子は、自らが生き残るために生物の身体を使う」という。 当分は新進化論が主流だろう。結婚相手は、北海道とか、 九州など遠くの地域の人の方が、遺伝子的にも良いと聞いたことがある。地方から一度、都会に出たほうが、色いろな 人と接する機会が多くなる。それは海外にも言える。その遺伝子の性格は非常にエゴが強いときている。遺伝子も、 乗り移った身体が弱ければ、そこで終わってしまう。 ところで、孔雀の絵柄、誰がデザインしたのでしょうね。 ・・・・・・・ 3998, 宇宙は本当にひとつなのか ー3 2012年03月06日(火) 「宇宙は本当にひとつなのか」 ー村山斉著 「暗黒物質ーダークマター」「暗黒エネルギー」「多次元宇宙」「多元宇宙」が、この本のキーワード。 まず、「暗黒物質ーダークマター」から取り上げてみる。 * 「暗黒物質ーダークマター」とは? 目で見えなくて正体不明だが重力を持つように観測されるものを暗黒物質と呼ぶ。銀河は遠くに行っても星やガスの速度は遅くなっていない。 このためには、見えない物質(暗黒物質)が銀河の端に行くほど増加していなければならないことになる。また、遠くの銀河団の光が巨大な 重力によって曲げられている。これから暗黒物質が存在していることがわかる。そもそも、この暗黒物質がなければ、地球も、太陽も、 星も、銀河も生まれなかった計算になる。この暗黒物質は何物とも干渉しないので、今この瞬間にも私達の周辺、身体をすり抜けている。 暗黒物質の有力候補がアクシオンと、超対称性粒子のニュートラリーノであると理論的に予言、期待されている。 ニュートリノ観測結果から、銀河系の中にある星はすべて原子できていると結論。 銀河系全体では、その中心からの回転速度の観測から、 見えないが重力を持つもの(暗黒物質と命名)が存在し、宇宙進化のシミュレーションから暗黒物質が存在しないと現在の宇宙は存在しなかった ことになる。 最新の宇宙研究の現場では、この「暗黒物質」をつかまえる一歩手前まで来ている。 現在、仮説としては、「暗黒物質は異次元から来る使者であるという可能性」が、まじめに議論されている。 ー以下は、暗黒物質についての箇所であるー 【 私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。ですが、その原子は宇宙全体の5%にもならないのです。 ここで疑問になるのが、残りの95%は何なのか。実は約23%は暗黒物質で、約73%を占めるのが暗黒エネルギーなのです。 全部足すと誤差の範囲でちゃんと100%になります。暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますがその正体はわかりません。】 【 この考え方が最初に提起されたのは1933年のことです。銀河団の中の銀河の運動を観測したフリッツ・ツビッキーが、最初にそういった。 最近の観測では銀河団のほとんどが暗黒物質でできている。どうしてそれが分かるのか?重力レンズ効果を利用し暗黒物質の分布が分かります。 重力レンズ効果とは、アインシュタインが予言したもので、光は重力に引っ張られて曲がる。 そのため、遠くにある銀河や星の光は変形して 地球に届く。この重力レンズ効果が、今は正確に測定することができるようになったのです。暗黒物質の分布地図作りではっきりしたことは、 暗黒物質は原子ではない、つまり宇宙にある物質の8割以上は、原子ではないということ。】 【 暗黒物質は、ニュートリノ以上に、他の物質と反応せずに、地球などもすぐに通り抜けてしまう物質です。 電子やニュウトリノと同じような小さな粒々の粒子だと思われる反応はしない重い素粒子と想像される。】 ▼ ビッグバンから、この宇宙が始まったというが、その元になる素粒子が、どうして生まれたかは謎のまま。暗黒物質が、他の宇宙から 来たというなら、ビッグバンの原因が、暗黒物質が来た原因を探し求めていく中で分かってくるのでは?と思われる。 ・・・・・・・ 3632, 「中東革命」の行方 −1 2011年03月06日(日) * 「中東革命」をなぜ手放しで喜べないか 竹森 俊平(慶大学教授)の中東革命をなぜ手放しで喜べないかの、毎日新聞の論説が面白い。 「アメリカのデモクラシー」を著した19世紀のフランスの社会思想家、トックヴィルは民主主義の支持者だったが、 同時に民主化された国の先行きに不安を抱く「慎重な楽観主義者」であった。 そのトックヴィルの洞察とは、 ≪ 貴族が政治を支配する君主制の下では、社会はいくつもの階層に分断されるが、個々の階層内での団結は強い。 そのため国は「利益集団」の連合体という形態を取り、その集団の抵抗があるため、国全体を君主の意思で自在に動かすことは困難で、 君主制が「独裁政治」に転化することは稀である。これに対して、国民の間の身分の差を認めない民主主義の下では階層に基づく 利益集団が消滅し、誰もが一個人にしか過ぎない。しかるに、巨大な社会の中での個人の力は僅かだから、国民は「個人」として 行動する場合には微弱である。 そのため国家、社会の動きに国民は脅える。とくに一番国民を脅えさせるのは「アナーキー」である。 しかも軍事的革命によって民主主義が確立した場合に国民のアナーキーへの恐怖は大きくなる。 力によって維持されていた体制が、 その力とともに崩壊したあとの混乱を誰もが経験しているからだ。 結局、この無政府への恐怖が、国民を「絶対権力願望」へと 駆り立て、独裁制を生む。 こうした経緯で誕生した独裁制は、君主制の下で発生した独裁制よりも強権的である。 なぜなら君主制の下では、国民は「意に反して」誕生した絶対権力に対し抵抗し続けることができるが、「意に従って」誕生した 民主主義の下での独裁制には抵抗し難いからである。 しかしマスコミは「慎重な楽観主義」として民主主義をみている。≫ −つづく ▼ 独裁国家の崩壊は、王政国家の崩壊より性質が悪くなる。今回のエジプト、チュニジア、リビアのような 時代遅れの独裁国家の存在を許し、崩壊後も同じような独裁者を生むことになる。ソ連のスターリンも然りである。 王政が軍事独裁者が取って替わっただけでしかない? 北朝鮮も、中国の共産党の体制も、同じ似ている。軍隊は共産党所属である。 だから騒動が起きても、軍部は民衆より共産党につくしかない。共産党もそのの子弟が代々上層を占めている。競争社会は格差を 生み出し、その蓄積が社会構造を作ってきた。その構造が突然、崩れても新たな理想的なシステムは、簡単につくれるはずがない。 ・・・・・・・ 3267, 哲学者は神について、どのように語ったか −3 2010年03月06日(土) 中世が終わると、キリスト教の影響から脱した反動から16世紀以降特に、素朴な信仰は色あせてくる。 その中で、バスカルは神への信仰を語っている。人間は卑小なものだが、その卑小さを知るがゆえに偉大であると。 彼は、「人間は考える葦である」という有名な言葉がある。「人間は一くきの葦にすぎない。自然の中でもっとも弱いものである。 だが、それは考える葦である」すべての人間は幸福を目指して行動をするが、最終的には「人間は死刑囚だ」と嘆き、 その不幸から逃れるためには来世の幸福を望むしかないと考える。遺稿に遺作の「パンセ」がある。 《パスカルの賭け》という断章がある。 「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける? ― いや、どちらかを選べということがまちがっている。 正しいのは賭けないことだ。 ― そう。 だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。」 すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。 賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。 しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、失うのものは何もない。反対に、神は存在しないという方に 賭けたとしよう。その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。死後は虚無とみなすわけだから、 そこで得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるから。 ▼ なるほど、理にかなっていると学生時代に「パンセ」を読んで納得したことがある。パスカルは、理性を根拠に神の存在を 証明したデカルトに反対する。有限な人間の理性では、無限な神を理解できない。神を理解できるのは「心」と、考えた。 彼が考えた神は「ヤコブの神」という。旧約聖書の登場人物たちの語りかけ、導いた神こそ本当の神とであり、デカルトの神は 「哲学者の神」にすぎないという。若いときの私にとって、非常に新鮮な感覚で、大きな影響を受けた一人である。 ・・・・・・・・・ 2892, オーラをみたことがあるか? 2009年03月06日(金) オーラを見たことがあるか?というと、殆どの人は見たことがないのでは? 一般的にオーラがかかっているというと、 「貴乃花を見たときに、オーラが見えた」という人は、弟子に前後5〜6人に囲まれて熱狂的なファンの間を歩いている姿の 全体のエネルギーの威圧感を言っている。「光の手」という本に、「人間の体にはエネルギーフィールドがあり、 7つのチャクラがある云々」とあった。それを一般的にオーラというのだろうが、実は私は一度だけオーラを見たことがある。 15年ほど前、母が痴呆症になった時に三年ほど毎朝、車で20分の長岡ニュータウンの丘陵公園に母親を連れて、 車椅子で誰も居ない広場の散歩道を歩いている時のこと。大きな広場を坂道をやっと上がりきった瞬間に前方から 朝の陽光が雲間から私たち二人を照らした。その時に車椅子の後ろから見た白髪の母に虹のようなものが 包みこんでいるのが見えたのである。 逆光が私の位置から母の白髪を通して見たため光の加減もあったのだろう。 早朝の誰も居ない坂道の幻想的背景もあってか、今も心に焼き付いている。その半年後に二番目の姉夫妻が千葉から母を訪ねてきた。 その時のオーラの話をしたところ、そこに行きたいという。そこで母と姉夫婦と私の4人で車でドライブがてら行ってみたところ、 そこで義兄が面白いことを言った。「私が学生時代に登山で似た体験をしたことがある。早朝の山頂で日の出をみていた時のこと。 自分の影が朝日に映し出された時に、その光景がオーラのように感じ取られ何とも不思議な感覚になった。 その感覚とソックリのような気がする」とのこと。自分のオーラを影の中で見たのだろう。これは経験した者でなければ分からないこと。 自分の感覚にはバクテリアの発生から進化を20億年以上かけてしてきた蓄積がある。それを何かの折に、底知れない何かを感じるのは 何ら不思議のことではない。 この年齢で人生を振り返ると、色いろの経験をしてきたのである。過去に数百、数千億人が人生を 過ごしてきたのだから、信じられないほどの蓄積が存在している。それを可能な限り知ること、これも生きるということである。 まったく、人間には自分というバカの壁が強固に張り付いている。 しゃ〜ないが・・・ ・・・・・・・・・ 2008年03月06日(木) 「ニッポン、ほんとに格差社会? 」池上 彰 (著) ーHPでの内容紹介ー 「日本は本当に格差社会?」 ー常識のウソを大検証 ーまずは内容概略からー 日本は本当に格差社会なのか? 本当に少子化国家なのか? 元NHK「週刊こどもニュース」の池上彰が、新聞、テレビから伝えられる「ニッポンの常識」を最新データをもとに診断。 世界の国々と比較することで、「日本はこんな国」と漠然と信じてきた「常識」が、劇的に覆ります。 項目は、「日本人は貯蓄好き?」「女性の社会進出は進んでいない?」「郵政民営化は先進国では常識?」など「30題」。 池上彰が○×形式で平易、そして明快に解説します。目から鱗になること請け合い。これがほんとの「ニッポンのかたち」! ▼ 発行されてから一年半が経つが、指摘していること自体が怪しくなっている。それだけ日本が急速に悪化している!ということが 解る内容でもある。その一つが生徒の学力である。現在はさらに著しく低下をしている。経済が縮小しているのに対処できない姿が、 この本の統計から窺い知ることが出来る。この本では格差社会の問題は、あくまで一部。色々の30の分野で外国との差異を示し 日本の特異な部分を浮かび上がらせている。 なるほどと、現在おかれている日本の危機を考えさせられてしまう。 30の命題に、○×△の判定を下してあるが、その中で印象的なものを選んでみた。 「日本の政府は巨大である」 ○ 「郵政民営化は先進国では当たり前」 △ 「米軍との地位協定は不平等」 ○ 「日本でも格差が広がっている」 ○ 「日本社会もかなり危険になってきた」 △ 「日本の生徒の学力は低下している」 × 「国会議員の数は多すぎる」 × ーその他に、幾つか印象に残った部分を書き出してみた。 *財政状態を家計に例えると借金総額は5380万円。 *「日本の生徒の学力は低下している」の項では「データを正しく読み取ることができない大人の方が学力低下の心配がある」 *厚生年金などは消費税率の高いヨーロッパよりも、給付額が多い。 次回は、「日本は本当に格差社会だろうか?」を取り上げてみる。 ・・・・・・・・・・ 2007年03月06日(火) 2163, 池田晶子が亡くなった! 才八∋ウ_〆(∀`●)サン 「哲学者の池田晶子さんが亡くなった」と昨日のモーニング・ショーで、読売新聞元政治部長の解説者がコメントしていた。 二年間に彼女の本を6冊を「何度も」読んだ。「生きることは考えること、考えることは生きること」と、 自分の頭で考える必要性を説いていた。哲学を普通の言葉で説明するのが売りで、彼女の本を読みこんだ分だけ、 地頭で考える力がついていったような気がする。 ー字数のためカット(2013年03月06日)
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2014年03月05日(水)
* 据え膳食わなねど高楊枝の後悔と・・ <つまずき>の事典> 中村邦生編著 人生の黄昏時になると、若い時の愚行と共に、絶好の機会でありながら、犯さなかった愚行の悔い?が交差する。 ーここで紹介している内容からー 《「男が最も悔やむ愚行は、絶好の機会でありながら犯さなかった愚行なのです。」ヘレン・ローランド『男への案内』 ヘレン・ローランドは、アメリカのジャーナリスト・作家・主に若い女性への愛と結婚をめぐるユーモラスで、皮肉な寸言を 得意とした。例えば、「結婚前、男はあなたの言ったことを夜中あれこれ考えて眠らずにいるが、結婚後はあなたの話がまだ 終わらないうちに眠ってしまうものなんです」といったように。 o(・`ω´-+) --☆Wink…o(;-_-;)oドキドキ♪ _+)(/_;) 引用の警句「絶好の機会でありながら・・」を読んで、忸怩たる思いが込み上げてこない男はいないだろう。 もちろんこの種の「愚かさ」は、特に男だけに限られたものではないが。しかしこれはやはり男のもの。 つまり「悔やむ」という未練の引きずり方のだらしなさにおいて、男独自のものである。そもそも「絶好の機会」などと いうものからして、常に後になってみなければ気づかないようにできている「機会」なのだ。》 (“o(>ω<)o”))オシイー!! ▼ 「あの時、もし、愚行をしてしまったら、どうだったか」を考えると、やはり留まる理由があったからである。 逆に「愚行の失敗の結果が現在の自分」と思うと、これまた複雑な心境である。「踏みとどまって良かったのか、 踏みとどまらずに云々・・」などを考えることが、引きずっている男の哀しさである。結婚を考えると、解りやすい! 男は強力な下半身のエネルギーによる愚行で結婚相手の判断を狂わせ、一生かかって後悔する。その結果が世の男たちの、 姿だが。「若気のいたりの愚行が無いのが一番の愚行、若気のいたり!」と、今東光が身の下相談で言っていたが。 「いい女、いい男」は、「いい女、いい男に見えるため、思えるだけ!」というのが解らず、家庭内離婚を含め、 大部分が一生かかって後悔する。人生の大部分が愚行で成立している。 「絶好の機会」は「絶体的危機」でもあった。 ・・・・・・ 4371, 歳を取りそこねる人たち ー3 2013年03月05日(火) * 嫌なジジイの自覚 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日 武彦 (著) 人は歳をとるにつれ、嫌なジジババになっていく定めにある。肉体と精神が緩んでくる結果である。自分で気づかないが、 世代の違う人から見れば、60過ぎればシッカリした老人である。 ーその辺りをシビアに述べている部分を抜粋するー ≪ おそらく、わたしは老いていくに従い偏屈で意地悪で寂しい老人となっていくであろう。ひと筆描きの描写で事足りそうな 「いやなじじい」で片づけられてしまうだろう。いやなじじいであることはその通りであるにしても、そのようにタイプ分けされて オシマイー そんな呆気なさが付いて回る老人たちの孤独感や屈託には、そうした粗雑な決めつけを受けがちな立場に由来している 部分が予想以上に大きい気がしてならない。 とはいうものの、たとえば人品卑しからぬ「かくしゃく」とした老人がアンフェアな ことをすると、わたしは必要以上に失望し立腹してしまう。イメージに忠実でなかったから、と。強がりを言ってまでも独りぼっちの 生活を送っていた井杉あやが、風邪を契機に急に弱気になったりすると、左知子は裏切られたように感じてしまう。勝手なものである。 老いることとは、自身の在りようを一方的に決めつけられ、それを甘受させられることなのである。つまり物語を押し付けられる ことに他ならない。しかもその物語は、なべて安っぽく底が浅い。不良少年にまつわる物語のように。 P−66≫ ≪ 60歳あたりで急に妄想的になったり、精神的に不安定になる人が結構いる。改めて考えてみると、彼らの胸の内に若さに 付随する筈の楽しいことや充実感を享受し損ねたという未練や不満が「損をした」という感覚で漂っているのではないだろうか。 その恨みの気持ちが、世の中から取り残された、見捨てられたという実感と合体すると、そこに被害者意識が生まれることになる。 それは往々にして「だから自分は何をしても許される」といった放漫さや尊大さにつながる。そうした心の動きが、異様なほどの 自己中心的な行動として顕現することになるのではないか。たとえば暴走老人や高齢者の万引きとか。 P−208 ≫ ▼ 噂話そのものが、安っぽく底が浅いもの。その物語が、さらに書き加えられ魔女狩りのようになっていく。特に老人は、 その手の名人になっていて、歳を重ねるにつれ嫌なジジイ、ババアに色濃くなっていく。往々にして人生の総括期に、思いも よらないことになり、それまで全く気付かない肯定すべき材料が一挙に自己嫌悪の対象に下落してしまう事態になる (私も)。 癌だったり、連れ合いの喪失、初老性欝、事業の倒産など生々しい事態が急に圧迫する。円熟などの妄想は一瞬に吹っ飛ぶ。 いきなりオセロゲームのように人生の行蔵が裏返しになってしまう。それも、こういった事態は幾つか重なる。 不幸論は、こういうところから成り立つ。問題は、そこで独りに成りきれるかどうか。 孤独に徹っし、受け入れるかどうか。 それらも含めて、人生を味わう心掛けが最後の一里に必要になる。他人に嫌らしさは見えても、自分のそれは見えづらい。 ・・・・・・ 3997, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー3 2012年03月05日(月) ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ー キングスレイ・ウォード著 この本の中で7人の人が提唱している「若いための十の秘訣」がある。 その共通をまとめると、次のようになる。これは年齢に関係ない人生の秘訣でもある。 * 若いための十の秘訣 1、人生に好奇心を持ち、冒険を恐れない ー自主的であること 2、あらゆる年代の人たちと接する場を持つ 3、何ごとも最善を尽くせ ー諦めず、忍耐強くあれ 4、楽天的であれ、これは考え方の訓練で可能になる ー障害を挑戦と受け止める 5、ユーモアのセンスを持つ 6、運動をする。散歩、ヨガと、スポーツジムなど。 ー健康が一番の財産 7、教養を身につける。そうすれば、いろいろな人たちと気楽に付き合える 8、家族、友人を大切に ー友好の関係を当たり前でなく、壊れやすいものとして維持とメンテに心がける。 9、自分自身の最大の長所を見つめ、自分を好きになれ ー本来の自分を受け入れること 10、今日一日を大切に生ききること ▼ どれもこれも、老化は逆の力が働くもの。ここには書いてなかったが、これらを実現するための少々の お金が必要である。それと思いやりと、家族である。 一つバランスを崩すと、誇りない人生になってしまう。 ・・・・・・ 3631, 入試投稿漏えいには驚いた! 2011年03月05日(土) 韓国で数年前に摘発された入試漏えい事件からしばらく経つが、日本でも似た事件が発生した。 起こるべくして起こった問題で、氷山の一角なのかどうかは誰も今のところは分からない。 中国ではビジネスとして成り立っているとマスコミで報じている。眼鏡などに超小型の撮影機を埋め込んで、 それを近くの受信機で受け取り、回答をメールにして携帯電話などに送り込めばよい。 犯人は逮捕されたが、これらから大掛かりな不正合格ビジネスが成立してくることになる? 機器の高度化に防犯がついていけるかどうかだが、無理だろう。 本人にしてみれば、カンニングにネットを使っただけで、 これほどの大騒ぎになるとは思ってなかったようだ。 せいぜい、学校当局の厳重注意ぐらいしか考えていなかったのでは。 この手際からすると、帯電話を使ったカンニングのキャリアではないか?と疑われる。過去の分まで記録が残っているはずだから、 キャリアなら情状酌量の余地はなくなる。そうこう考えると、かなりの受験生が、これまで入試投稿で合格をしてきたと疑うことができる。 こういう暗記した問題を解く入試方式はアジア特有のもの。そろそろ、入試そのもののあり方を考える時に来ている。 高校までの、本人の総合評価と、大学独自の能力検定などを加味した判定方式など・・・ それより大学の選定によって、その人の人生が大きく変わることも間違いはない。京大が早稲田、同志社より、 よいとは限らないが、そこで出会う教授、先輩、友人等から受ける影響は膨大。学校のブランドは伊達ではないことも確か。 一流大学のビリの方が、三流大学のトップより格段に良いことは、周知の事実。 「田舎の学問より、京の居眠り」という諺がある。 ・・・・・・・ 3266, 大阪市の支出の半分が生活保護費 2010年03月05日(金) 昨日の朝のTVで「大阪市税の6091億の半分近くが生活保護費(2863億)に消えている」と報じていた。 大阪は他より生活保護を受けやすいとは、聞いてはいたが・・・。 何と13世帯に一世帯が給付を受けており、アパートの前に「このアパートに入居すると生活保護がもらえます」 という看板が出ているのがあるとか。 他と比べると5倍以上である。人口230万人で国の2%で、国の1割の生活保護費である。 ネットによると、大阪市の予算は1兆7千憶円。国や大阪府の交付金、その他税収で、公債発行は千二百憶で済んでいる。 市債合計は5兆円))夕張の次の、市の破綻の候補。「これは日本の将来の姿?」とキャスターがコメントをしていた。 これでは厚生年金や国民年金などかけないで、最後は大阪市に移住して生活保護を受ければよい。 大阪は、社会党と共産党の支持基盤が前より強い地区。これが成れの果てといわれても仕方がない。 民主党が自民党の自壊のため政権を取ったは良いが、綺麗ごとを並び立てた22年度の予算。税収の二倍以上の予算。 国家破綻へまっしぐら。 大阪市の拡大版を国家として、やろうとしている。 もう国家としてのコントロールが不可能と市場が判断をすれば、国債と株式の暴落圧力が一挙に高まる。 ・・・・・・・・・ 2891, 末期自民党政権 2009年03月05日(木) 自民党が最後の醜態を露出している。 その最後に相応しいのが麻生首相と思えば腹が立たない。 どうして、こうなったのであろう。 以前のようなドスのきいた首相がいなくなった。 ・三角大福中は、叩きあげで派閥を率いていた。早くいえば「汚職」ギリギリの塀上で集金し手下の面倒をみていた。 ・その後、安部晋太郎、宮沢喜一、竹下登という半二代目の親分が派閥を率ていた。 ・更に小粒の村山、橋本竜太郎、小渕、森などが続いて ・小泉が一言パフォーマンスを駆使して改革という幻想を国民に抱かせて何とか自民を持たせた ・極めつけが直近の安部、福田、麻生首相である。ひ弱な二代目、三代目が とても一国を率いる器ではない。 劣化の最たる者たちが政権にきゅうきゅうしている姿は、亡国の醜態そのもの。 首相は学歴とか、血筋で務まるものではない。それぞれの世界で、叩き上げでのし上がったものしか、国のトップになれない。 下から這い上がってきたからこそ、庶民の気持ちをくみ上げることができる。麻生に関しては全く大衆の生活が分かってないのを 大衆が直感で解ってしまった。第二次大戦を潜り抜けてきた連中が消滅してしまった。では、なぜ彼等が首相になれたのか? といえば、彼等でもやれる環境が、そうさせたのである。そしていざ地球規模の危機に際して、これほど程度の低い首相に 国民は茫然自失状態。あのレベルの失言で済んでいるだけ!まだ良いとしなければならない。実際は致命的ミスが出ないかハラハラ。 それだけではない、自民党そのものも劣化の最たるもの。ところで今度の小沢の第一秘書の逮捕は、タイミングから見て明らかに 国策逮捕である。検察の頭からして腐りきっているから始末が悪い。 これで更に国民に自民は嫌われること必定。 これは歴史に残る腐りきった自民と検察(官僚)の仕組んだ猿芝居として残る。 日本は世界恐慌に先駆けて突入したというのに。4〜5月には株価が6千円はおろか5千円を割るのでは? ・・・・・・・・・ 2008年03月05日(水) 「千年、働いてきました」 「千年、働いてきました」ー老舗企業大国ニッポン (角川書店)が面白い。 三ヶ月に一度、金融を中心にコンサルトをしてもらっている林さんから、是非面白いから読んでみたらというメールが入った。 さっそくアマゾンから(中古だが)この本を取り寄せたが、成るほど面白い。まずは最も面白い部分を書き出してみると *「世界最古の会社はどこの国にあるだろうか?」。企業の寿命が30年といわれる中で、我が国日本に578年から 創業している会社がある。聖徳太子に招かれ百済(中国)から来た職人の技術を持った会社である。 ・他にも、創業して千三百年にもなろうかという北陸の旅館、 ・千二百年以上の京都の和菓子屋 ・同じく千百年を超える京都の仏具屋 ・千年を超える薬局といった具合に、開業当時に思いをはせると、気が遠くなる店や会社ばかりである。 *日本には創業100年以上の老舗企業が10万社以上あると推定されている。 これほど老舗が多い国は世界でも例がない。こんなにあるのは、アジアだけでなくヨーロッパにもない。 *伝統は革新の連続である。 *製薬トップの武田薬品(1781年)、大手ゼネコンの鹿島建設(1840年)や竹中工務店(1610年)、化粧品トップの資生堂(1872年)、 ゲーム機の任天堂(1889年)、楽器最大手のヤマハ(1887年)など・・ 大手デパートのほとんどが江戸時代に 創業した呉服店から発展しているし、三井、住友の様なロスチャイルドより古い歴史を持つ財閥も存在する。 *初代目から11代目に当たる福田さんは、こう言った。「身の程をわきまえるというのが、ずうっと貫かれてきたのではないかな。 バブルの時など、それはもう土地を買えとか言われたんですが、・・・・ 『コア・ミッション』=使命の核心=から離れてはいけない、というのはわかっていました」 (字数の関係でカット 2012年3月5日) ・・・・・・・・ 2007年03月05日(月) 2162, 秋田市のホテル事情 オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン! 秋田のシングル・ルームの値段がバス無しといえども、何と3000円。三度目の値下げでここまで落ちたという。 考えられないほど、安いが・・秋田は秋田新幹線が開通したとはいえ袋小路の県である。 ・・・・・・・・ 2006年03月05日(日) 1797, 心に効くクラシックー3 才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪ ー作曲家の性格の三分類 偉大な作曲家はそれぞれの性格的な傾向を持っているという。 強い個性があるからこそ、個性的な曲を生み出すことができるといえる。 性格分類といえば、クレッチマーの気質の三類型がある。 S型ー分裂気質 Z型ー躁鬱気質 V型ー粘着気質で、誰にも当てはまる。 S型ー分裂気質は、体型的には痩せ型。 一般的には内向的で自分独自の世界を作るのが特徴。天才肌が多く、自らを孤独に追い込み、シャープな頭脳で思考を重ね、 独特の研ぎ澄まされた世界をつくり、芸術上に現れたものは恐ろしいような美しさがあります。 服装も調度の好みもうるさく、いわゆる貴族趣味に走る傾向がある。感受性が豊かなゆえに矛盾した要素を抱え込み、 冷淡で利己的で鈍感だと思うと、別の面では非常に敏感で情熱的で興奮しやすかったりします。 ーベートーヴェン、ドビッシーなど Z型ー躁鬱気質は、体型的に肥満型多く、循環気質ともいわれる。 S型の怜悧な美しさとは対照的に、親しみやすさに溢れ人間的な美しさがある。 一般的には、人間大好きで、他者への共感性や同情心に溢れ、社交的、快活、温厚、善良、陽気、といった 性格に富んでいます。目新しいことにひかれ、アイデアが閃くと直に実行します。循環気質といわれるように、 気分の段差が激しく、明るく陽気と思えば、落ち込むと自室に籠るような極端さがある。 ーバッハ、モーツアルト、ヴェルディーなど =ε=(。・ω・)_旦~~ オマタセー V型ー何ごとにもこつこつと丁寧に打ち込み、まじめで粘り強いという特徴がある。 少々スロースターターだが、礼儀正しく、社会の常識や伝統を大切にします。冗談やユーモアにも縁遠い。 気質は、蓄積と爆発と評される。ネガティブな感情や不愉快な体験などの心的エネルギーを溜め込み、 世間に従おうとするが、時に大爆発をする。体型は筋肉質、闘士型でがっしりして、スポーツマンタイプが多い。 ベートーヴェンはS気質にV気質が加味されている。 作家だがドフトエスキーなどが典型である。 ヘーゲル、ジュリアス・シーザーのこのタイプである。 この三分類に当てはめることはできないが、実際には、複数の類型の中間型であったり、特定の分類の属していても それほどの明確な特徴を現していなかったりする。この本では三つを使って作曲家の心理を分析している。´',_c')зβyё☆
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2014年03月04日(火)
* 思い出のグリーングラスの意味 <つまずき>の事典> 中村邦生編著 半世紀近く前の学生時代、トム・ジョーンズが大ヒットを飛ばし、森山良子が日本版で歌った「思い出のグリーン・グラス」 の歌詞の意味を、この本で初めて知った? 当時、その意味を知っている人が多かったのだろうが、現在になって知ろうとは! この原曲の本当の意味は「若い死刑囚が、執行の朝、望郷の夢から醒めた哀しい歌だった」 当時、何も知らなかったのか? 知っていて、その心情を深く思わなかったのだろうか? その方が、もっと酷いが。 当時の底の浅さが、思いやられる! 多くの人が死の直前に走馬灯のように思い出す故郷は、こんなものだろうか。 ーあるブログから、元歌の歌詞の訳を引用ー ーー 故郷の街並みは昔と同じ 列車を降りると 両親が迎えに来てくれている 通りを走ってくるメアリーが見える 金髪でさくらんぼのような唇の 故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ そうなんだ 皆が迎えに来てくれる 両手を差し伸べて 優しく微笑みながら 故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ
古い家はまだちゃんと建っている 壁は干からびてひび割れてはいるけれど そして 僕が遊んだあの古い樫の木もある 愛しいメアリーと一緒に小道を歩くんだ 金髪でさくらんぼのような唇の 故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ
そして僕は目覚める 辺りを見回してみる 僕は灰色の壁に囲まれている そして気づくんだ そうなんだ 僕は夢を見ていたんだ と 看守がいるし 悲しそうな顔をした年老いた牧師がいる 夜明けには 腕を掴まれ歩くんだ それから僕は故郷の緑に触れることになる
そうなんだ 皆が僕に会いに来るんだ あの古い樫の木陰のところに 皆は僕を故郷の緑の下に横たえるんだ ーー ▼ Youtubeで、この歌を改めて聞いてみた。 この意味を知ってから聴くと、歌が違って聴こえてくる。 私の幼児の頃の家と、家族と、店の人たちを、思い浮かべると、魂の故郷に帰ったような気がする。 熟年になってきて、死が近い将来?に近づいてきた現在、この歌の味わいは、ことさらである。 そういえば、この随想日記で「白い雲に乗って」のテーマで、書いたことを思い出した。〜以下 ・・・・・ 2007/02/10 2139, 白い雲に乗って ー両親の思い出 ー1 夜半に幻想的な夢をみた。 小さな白い雲があった。 それに乗ると、ふかふか浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。 そこは4歳の頃の世界におりたようだ。 すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。 両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。 そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。 一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、 四階には従業員と姉達の部屋があった。 白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。
三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、 そこでラジオから童謡とか歌謡曲が聞こえていた。 店には若い女店員が多くいて、ぼくを「ハッちゃん」と頭を撫ぜてくれている、 正に当時の真っ只中にいた。 コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。 そして三毛猫のタマとコロがジャレている。 その空間には何時も緊張感がただよっていた。
燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。 初めて死をみた瞬間だ。いやに首の下の赤い色が印象的だ。 そこを出たところには大きな通りがあり、多くの人が歩いている。 小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、 その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。
そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園である。 周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多くの植木鉢がところ狭しと並んでいる。 その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。 何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。 夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。 ぼくは間違いなく、ここにいる!
・・・・・・ 2007/02/18 2147, 白い雲に乗って ー2 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
先日のつづきの夢をみた。半分は覚醒をしていたのかもしれない。 前回の夢が契機になって当時のイメージがドンドン出てくる。 如何いうことなのだろうか?それは57年前の世界そのものである。 その世界から此方をみている感覚と、此方の感覚の間にある塀の上での 微妙な世界に立っているようだ。 ーー 白い雲に乗って再び、その世界(4歳)へ行ってきた。 そこは前回よりリアルな当時の世界があった。 中央保育園の面接があるというので、目新しい服を着せられて、 母の手に引かれて「同じぐらいの小さい子が多くいるところ」に行った。 そこは家から10分ほど歩いた小さな小路にあった。 面接のオジサンがニコニコしながら、色々なことを聞いてきた。 母に前もって聞いていたので、驚くほど上手く答えた。 恐らく入れるだろうと思った。 家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの 同じくらいの友達のところに行った。 やはり最近できた大きなビルのところの子だ。 何か遊んでいると楽しい!
その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。 手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、 お母さんが「落第したのかもしれないけれど、そんなことがないはずだが・・」と言う。 ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。
クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と近くにツリーの飾りを買いに 二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。 ツリーに吊るす色いろなものを二人で選んだ。 小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。 それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。 ラジオのクリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと飾りつけた。 ツリーの電飾がいやに奇麗だ! こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。 あれは誰だろう? 翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。 雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。 突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。 何処に行ったのだろう、皆は! 白い靄がかかり、その中で恐ろしさが襲ってきた。 目をつぶって白い布団を被った。 目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった (o ・д・)ツ バイ! ズットここにいるのだ。 何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか? 忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。 何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか? そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。 泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない! ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか? ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。 でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。
両親は忙しそうに働いている。 その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。 その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。 父チャンがいて、ぼくもふくめて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。 外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。 三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。 何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。
しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から上がってきた。 札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。嬉しそうな顔をしている。 何か自分が白い雲の中で浮いているような感じがしている。 ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。 あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。
ここは間違いなく大手通の世界である。 どうして、ぼくはここにいるのだろう! それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか? というところで、目が覚めてしまった。 幻想的な遥か彼方の遠い世界に舞い戻ったのだ。
・・・・・ 2007/04/25 2213, 白い雲に乗って ー3 (・_・) ノ オハヨウ! お風呂に入った直後の22時過ぎにクラッシック音楽を聴きながら就寝する。 就寝30分後に爆睡を4〜5時間した後、午前の3〜4時に一度目が覚める。 そして冬時間の起床時間が5時半、夏時間は5時に起床する。 起床前の2時間が半睡状態の時間になる。 その時間が、ある意味でゴールデン・タイムになる。 夢をみたり、夢と現実の塀の上を遊ぶ?のである。
以前、書いた「白い雲にのって」は、半覚醒で子供時代に立ち返った内容を書いた。 夢のような、魂の故郷を漂った白昼夢の世界の描写である(いや白朝夢か)。 白い雲に乗ったイメージで当時の思い出の世界に入ると、記憶がドンドン出てくる。 脳の奥行きの深さに驚いてしまう。 ある意味で夢と同じぐらい深い脳の領域に思える。 50〜60年前の赤ちゃんから幼児の記億の世界は、魂の世界である。 殆んど忘れてしまった、古い古い記億の痕跡への旅である。 立ち返って気がついたのは、それからの人生の激しい時代の記億より、 ず〜と刺激の強い世界の思い出である。
白銀色の毎日が新鮮な経験のシャワーを浴びているようで、 愛情に包まれた夢のような日々であった。 ドラマをみているような、自分そのものが舞台劇の小さな子供の役者を担っていた。
初めての大きなショックが、柏崎の親戚の近くの海を初めてみた時である。 それまでは近くの公園の池しか見たことがなかった。 海のコバルト・ブルーを見たときの驚きは現在でもはっきり憶えている。 それと、舟と漁師の姿と磯のカオリも記億に鮮明に残っている。 よほどショックだったのだろう。
ところで、私が生まれたのは第二次大戦の終戦の5ヶ月後の1946年1月15日である。 越後長岡の東神田で産湯をつかり、長岡駅から100胆菷鵬擲垢了佑蝶僂 三月後に戻ってきた。百日風邪になり、「もしかしたら駄目かもしれないと 医者に言われた」と、父は口ぐせのように言っていた。 私の名前は八人兄弟の末で「八郎」というが、実際は九人目で、 もう一人2歳で亡くなった兄がいた。 父が42歳、母が38歳の時の子供である。 そのためか、特に父親にはペットのように特別愛されて育った。 16歳、14歳、年上の兄と、その下に姉が4人、その下にすぐ上の兄がいて、 最後に私という構成であった。(2~3歳違いで、双子、年子は一人もいない) 終戦直後で両親は大家族の生活維持のため人一倍働かなくてはならない条件があった。 産まれてから10年間の長岡のど真ん中の大手通の生活は刺激の強い環境にあった。
東神田から大手通に連れてこられた生後三ヶ月後の記憶が残っている。 リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。 そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに止め、 衣料品店に転業をした。
そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、 近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築した。 個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか? その記憶が一つ一つ記憶として残っている。 人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの大手通のビルの立ち上げから、 店の開店、そしてそこで起こった悲喜交々も日々だった。 本当に刺激的な日々だった。 ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ
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2014年03月03日(月)
<つまずき>の事典> 中村邦生編著 * 言ってはならぬ、闘いが無益などと 人生の終盤に、あまり良い結果ではなかった?が、自分の人生を全面否定する気持ちは最小である。 気持ちは「天気晴朗なれど、波高し」だが。 この詩は、誰にでも訪れる人生の終焉で、励ましを与えてくれる。 《 言ってはならぬ、闘いが無益などと 努力も傷手も無駄などと 敵はなお息絶えず、怯むこともなく 事態は相も変らず元のとおりだ、などと。 ーアーサー・ヒュー・クラフ「言ってはならぬ、闘いが無益などと」よりー P-44 アーサー・ヒュー・クラフはイギリスの詩人。ラグビー校でトマス・アーノルドに習い、その息子マシューと 生涯にわたる親交を結んだ。マシュー・アーノルドの追悼詩の傑作「サーシス」はクラフを悼んだもの。 「言ってはならぬ、闘いが無益などと」は窮地にあってなお不屈の心をうたった詩として知られる(引用は冒頭の一節)。 また第二次大戦中にチャーチルがルーズベルトへの放送の結びにこの詩を引用し、イギりス国民を励ましたという逸話を 持っている。クラフには「一度も闘わないよりは、闘って敗れた方がましである」という有名な言葉もある。 》 ーネットで、調べたところ、以下の訳があった。 【 悪戦苦闘しても無駄だ、 骨折り損だし、怪我をするだけだ、 敵は一向に怯(ひる)まないし、逃げる気配もない、 結局元の木阿弥だ、などと言ってはならない。 希望を抱いて馬鹿をみるなら、心配が杞憂に終わることもある。 もしかしたら、ここからは見えない戦場の一隅で、 まさに今、君の戦友が逃げる敵を追っているかもしれない、 君さえいなければ、勝利は味方のものかもしれないのだ。 疲れきった様子で浜辺にうち寄せている波も、 いくら苦労しても一歩も前進してはいないように見える。 それでも、ずっと彼方の湾や入江では、じわじわと、 そして、黙々と、大きな潮がみちかけているのだ。 夜明けの時にしても、東側の窓からだけ、 光が射してくるのではない。 東の空に太陽が昇るのが、どんなに遅々としていても、 西の方を見るがいい、天地はもう明るくなっているのだ。 ー平井正穂編『イギリス名詩選』より 】 ▼ 現在の私に、一言一言が実感として響いてくる。 何もしない人ほど、いや出来なかった人ほど、 「闘いが無益で、努力も痛手も無駄」と言い張る。闘いもない、さしたる努力もない人生ほど、毒が溜まり、 精神を腐らせている。その毒を、他人に?に向け、吐き出すしかない人々の哀れさを、この節目でタップリと見せて貰った。 「世界は広い。そして深い!」人類は成功によって導かれてきたが、その背後には99%の失敗と挫折がある。それが人生だ。
・・・・・・ 4369, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー8 2013年03月03日(日)
「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * そもそも書く手順とは 12年間、毎日書き続けてきた。そして文章作法の本も数冊、読んできた割りに満足出来る内容に全く至ってない。 しかし、この本には多くの基本を改めて確認することが出来た。以下のルールも量を書くうちに身についてきたが、 話の筋たてのヒントが理路整然と書き連ねてある。 ー私なりに、要約してみた。 ≪ ー まずは箇条書き、そして起承転結 ・ まず頭に浮かんだことを箇条書きにする。そして、それを起承転結の順にナンバーをふる。 起承転結は漢詩から生まれたもので、起句、承句、転句、決句、 からなる。起句で文章を起こし、承句でこれを承(う)けて、転句でその単調さを破り、内容をガラッと一転させ、 そして決句で全体をまとめる。その中で一番大事なのは、「転」である。この捻り、転がしが、その人の特徴になる。 ・ 行き詰ったら、初めから読み流し最初からの流れに乗ること。これを面倒ぐさがらずやること。すると、すっと 次の考えが出てくる。 他に、散歩に出ること。頭が煮詰まって何も浮かばないときは、その方が、新しい考えが 浮かんでくる。 行き詰らない方法として、「また」「そして」「しかし」「おそらく」「たぶん」といった 接続詞や副詞も、文章を前進する働きをしてくれる。要は、次の文章が浮かんでくるところで、一休みの働きになる。 ・ アイデアはすぐに書き留める ー何処であろうと、思いついだ時にメモをとっておくこと。とにかくメモ魔になる。 書き留めることは、脳に刻み込むことでもある。長期保存された事柄は、書き留めたことが多い。 ー 現在・過去・未来の順に書く ・ 現在は、今の状況、過去は、その今の状況をもたらした背景、そして未来は、その状況が今後どうなるかーですから、 その順に書いていけば話の筋が組み立てられる。情報伝達で、この3つは欠かせない。・・文章は自由自在に「時」を 操ることが出来る。文章は現在の状況を書きつつも、近未来、近過去を行ったり来たりできます。 ー 書き出しで興味を引く ・ ハッとすることをズッバと書いて興味を引く。 気の利いた一文で、さっさと終わる ▼ プロの書き手には、それなりの定石がある。量を書けば良いのではない。量から質を高めるには基本が必要になる。 定石を知っているといないとでは大きく違う。「現在」を基点に、「過去」そして「未来」の順を意識する、しない のとでは、大きく違ってくる。 この12年間で、論理脳が出来てしまったようだ。 ああでもない、こうでもないと、 独りで言葉を組み立てている。感じ取り、思い、考える。これを自動的に脳内で誰もがしていることだが、問題は 文章化をして残すかどうか。 「で、残して、どうなるの?」という問いには、「どうも、こうもなりません!」
・・・・・ 3995, 宇宙は本当にひとつなのか ー2 2012年03月03日(土) 「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著 先日、「 宇宙論のコペルニクス以来の大転換 」について書いたが、そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。 私にとって、世界観がひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを考えると息苦しくなるほど。 宇宙の果てがあるかどうか、時間の始まりがあるのか、神の存在とは、自由とは何か、どこまで自由になれるのか?などの問いは、この本を 読んでしまうと根底から揺らいでしまう。 前提が宇宙がひとつ、だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を突きつけられれば、 今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。コペルニクスの地動説が事実と知ったキリスト教徒のようなもの。 これは万物の存在に根底から問い直しを迫った宇宙論になる。 「 宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 %は正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の 暗黒エネルギーが占めている。それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、それらは他の宇宙から、 私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方もない説。 まず、「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。 * 私たちの知っている宇宙 ・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。 ・ 星の成分は光を分析することで解る。 温度が高い場所ではどんな物質でもガスになる。 光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。このスペクトラムの欠けで元素がわかる。 ・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核がくっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。 このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年。 ・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 月は7分。 太陽系の中で恒星は太陽だけ。 次に近い恒星はケンタウルス座プロキシマ星で4.2光年。 我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。太陽系は中心から 28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで動いている。 ・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、線のようにつながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。 これを宇宙の大規模構造という。 ・ 60億光年くらいの範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質をもっている。 これを宇宙原理という。 ・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器「大型ハドロン衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。 ここでは、ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、つまり、異次元があるという証拠になる。 そうすれば、異次元の中を運動する物質の暗黒物質の正体もわかるかもしれない。 ▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね。 ・・・・・・ 3629, 閑話 小題ー二題 2011年03月03日(木) * クライストチャーチ ニュージーランドはチョットした旅行やショートスティーには良いところだ。オーストラリアの右下にある日本の北海道と九州が 上下に並べたような島国である。北より南の島の方が見るべきところがおおい。私には非常に良い印象が残っている。 今回の地震があったクライストチャーチは南の島のオーストラリアよりにあり、ロッキーのバンフに雰囲気が似ている。 この国は、こじんまりとした自然豊かだが、冬はかなりの寒さになる。近くにあるクインズタウンの小さな街並みがすばらしい。 クライストチャーチは観光地だが、最近は日本人学生の語学研修に人気がある。クイーンズタウンから6時間ほどにある氷河の ミルフォードサンドが印象に残っている。山あり、氷河あり、港があり、高原ありで、日本人が好む国である。 一見、豊かそうだが、実際はそうでもなさそうだ。そういえば、現地人の姿は全くといってよいほ見かけなかった。 ーニュージーランドのバンジージャンプー H7・05 四十三mの渓谷の吊橋より足首に一本のゴム紐をつけて飛びおりるゲーム。 まさに“身も氷るおもい”そのものであった。あの飛びこみ台は死刑台と同じ感覚ではないかとその瞬間思えた。 立って下を見た瞬間まさに金縛りそのもの。自分は何でこんな事をしてしまったのか。 まさか自分がここより飛びおりる? …本当に恐怖のどん底とはあの瞬間であった。そういえば現地の日本人ガイドが私の申し込みに、四回も私の目をみて 念をおしたのも頷けた。また、その後にのったジェット・ボートの現地の運転手が、その事を聞き真面目な顔で“クレージー”。 * ‘ありがとう’と‘ごめんなさい’ 人間の精神活動の根本に、この二つの言葉がある。 これを使いこなせれば人間関係は、よりスムースにいくのだが。 それが意外とむずかしいのである。 子供に対する躾で、この二つの言葉を素直にいえるようにするのが、まず第一歩。 それと、‘おはようございます’‘こんにちは’‘おつかれさま’‘ごくろうさま’は社会人の初めに訓練される。 そういえば最近の若者に、この言葉が聞かれなくなっている。 今年の学卒の3割は、就職ができないが、正社員とアルバイトの差が、 この辺の一年間の訓練、躾が入っているかどうかの大きな分岐になる。フリーター癖のついている人は、まず挨拶がまともに出来ない。 これは20歳前後までに訓練されないとなかなか組織人として長年生きていくに難しくなる。 ありがとう、ごめんなさいは、互いの心を 開かせる働きがある。外国旅行では、サンキュー、ソーリーは、イエス、ノーより頻繁に使う。互いに迷惑をかけないが、基本にあるからだ。 ・・・・・・・ 3264, 哲学者は神について、どのように語ったか ー1 2010年03月03日(水) 神について「一神教と多神教について」以外はは書いたことは殆どなかった。 書けるほどの知識も宗教体験もない。 そんな恐ろしいことがかける訳がないし、結果として無知を曝け出すことになる。今さらだが。 それなら、哲学者が神について、どのように書いてきたかなら調べることが出来る。 もし、あと半年しか命がないとしたら、永遠の命の存在としての神について、真剣に考え救いを求めるだろう。 「あの世は、あるのだろうか」「生まれ変わりは」「この私の人生とは何だったのだろうか」 「神が存在するとしたら、自分は、その大元に帰っていくのだろうか」等等・・・・ 古代のプラトン、中世のトマス・アクィナス、近代のカントなどの哲学者が、神について書いている。 * まずはプラトンのイデア界(本物の世界)の考えが面白い。 【 我々が生きる、今ここは、人が真に生きる世界ではない。 前世のイデア界の世界で、完全な美や真実を目にしている。 しかし生まれてきた現世では、そのことを忘れていて、この「世」の美しいもの、真実、良いものをみると、それを思い出す。 このイデア界の憧れは、この世ならぬ完全なものへの憧れで、この世の中での有限なものの恐怖と表裏一体としている。】 * 次にローマ帝国期のAC3頃のプロティノスは、 【 プラトンの哲学の流れをくんで、プラトンのイデアと同じく、この世に根拠を与えているものを想定し、 それを一者(ト・ヘン)となずけた。それは絶対的な超越者であり、人間が把握することも、表現することも出来ない。 それは一者でさえなく、存在に先立ち、すべてを含む完全なものという。一者は完全なるがゆえに、力が満ち溢れ、 外に溢れ出る。世界は、一者からの流出物と位置づけている。この一者からヌース(精神)が生まれる。 これが一者の思惟の世界。これがプラトンのイデア界にあたる。そして、プシュケー(霊魂)が生まれる。 さらにこれが、ヌース(精神)からイデアを受け取り、物質と結びついて、我われが感じ取る感覚の世界をつくる。 これが世界をつくられる。流出のプロセスである 】【 一者は、流出を行っても完全性を損なわない。太陽の光が どんなに照らしても、その力を失わないのと同じである。ただ、遠ざかると太陽のように光も熱も弱まるように、 そのレベルが低くなる。ヌース、プシュケ、物質の順に、一者から遠い存在になる。】 【 人間は、物質である肉体を持ち、そこに霊魂を持っている。その物質に逆行して、一者を目指すのが人間のあるべき姿。 それは忘我の境地でなされ、そこで人は知性の光に満ち溢れる。一者のことをプロティノスは「神」ともいう。 忘我の境地になれば、人間は神と神秘的な合一が果たせる、という 】 ー 以上だが、プラトンにしろ、プロティウスにしろ、説得力がある。 プロティウスの論理と、そのイメージは、キッチリと頭に叩き込んでいた方がよい。 いざという時の 生から死へのイメージが沸いてくる。般若心教と同じような感覚として、安らかな気持ちになれる。考えぬかれたイメージ。 ・・・・・・・・ 2889,プーチンのリスト 2009年03月03日(火) 一昨日の三月一日のNKKスペシャルの「 揺れる大国 プーチンのロシア《プーチンのリストー強まる国家資本主義?》 」が、 今後の世界の方向を暗示する内容であった。米国もまたAIG、シティ、GMなどを政府管理下におき建直しを図ろうとしている。 ーまずは、NHKのHPより、その番組説明をコピーしてみるー オイルマネーの流入で、いちやく経済大国となったロシア。 去年秋の金融危機以降、プーチン首相のもとで進む経済対策、 支配の強化によって、財界はかつてない大混乱に陥っている。ロシア経済の繁栄を支えてきた外国資本が一気に去り、 頼りは国家が貯めこんだ資金だけとなった。ソ連邦崩壊後、市場経済化の中で急成長してきた新興財閥は巨額の負債を抱え、 国の支援を受ける代わりに国から送り込まれた監視役を受け入れざるを得ない状況に陥った。 プーチン首相は、国家が蓄えた巨額の資金を振り分ける企業を選別する「プーチンのリスト」の作成を指示。 財閥たちはリスト入りをかけて熾烈な争いを繰り広げ、そのことがプーチンによる財界支配を強化していく。 (字数制限のためカット 2012年3月3日) ・・・・・・・・・ 2525, 国家を斬る 2008年03月03日(月) 「 佐藤優 国家を斬る 」 佐藤 優 (著), 宮崎 学, ー読書日記ー 佐藤優のみならず、、イーホームズ・藤田東吾社長、そしてヤメ検の田中森一の本を読んで国家の腐敗、 特に官僚の腐敗の実態に、ただただ驚く。それが司法の検察まで及んでいるのだから救いがない。 元々、腐っているのが、露見しただけということも言えるが。 (字数制限のためカット 2011年3月3日) ・・・・・・・・・ 2007年03月03日(土) 2160, 今日は息子の結婚式! 、おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ 今日は花婿の父である。結婚式のその役割りの一つを演じるのも滅多にないこと。 その辺が面白そうだが! とにかく目出度いことである。 *⌒ヮ⌒*)ゞ まずは、最後の来賓への挨拶のメモより ー新郎の父親の挨拶ー m(_ _)m 新郎の父、堀井です。 堀井家・高橋家、両家を代表し、お礼の挨拶をさせていただきます。 本日はお忙しい中、遠路はるばる 崇史、みな子両名の結婚披露宴に来ていただき誠にありがとうございます。 お忙しい中、ご出席いただきました皆様のおかげで、無事に結婚式を挙げることができましたことを、心より感謝申し上げます。 先ほどより、新郎新婦には、温かいお祝いの言葉、お褒めの言葉をいただき、親としてましては大変ありがたく思っております。 去年、崇史から結婚したいと話を聞いたとき、子供だと思っていた息子が、大人になっていたのだと感じた瞬間でございました。 嫁となるミナコさんを見て、私は人目で品性の良さと堅実な人柄を感じ、二人の結婚をすぐに快諾した所存でございます。 私自身は娘が欲しかったのですが、これでやっと「娘を持つ願い」が叶いました。「自分の家庭で平和を見出すものが、 もっとも幸福な人間である」といいますが、次男の崇史も、その点だけは大丈夫に育てたつもりです。 理想的な家庭人に必ずなることと思います。これから新しいスタートとなります二人に、どうか皆様のご指導、 ご鞭撻をお願い申し上げたいと思います。 本日は誠にありがとうございました。 ▼ 自分の息子が家庭を持つというのも不思議で複雑な気持ち。孫ができるち、何か自分が老けこんでしまう感じがするが・・ 花婿の父の役割をただ目立たないように果たすことだ。 こういう役割、実をいうと好きである。それも明治記念館なら、 なお面白そうだ!会社の社員の結婚式の挨拶で、一度もトチッタことがない。しかし自分の息子の場合は、どうなることか? 少しトチッタほうが場がもりあがるのだろうが・・やってみるか? 13時半過ぎに家族紹介、そして14時半に挙式。 披露宴15時半、17時半?18時に終了。新幹線に19時半に乗車、21時半から長岡で二次会、23時半に帰宅!予定。 幸せな楽しい一日になりそうだ! さてと、明治神宮に向け出発の用意だ! ヽ(゜∀A)ゞ イケー!
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