堀井On-Line



4613, 君は1万円札を破れるか? ー3

2013年11月02日(土)

        ー君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)
   * 「銀行」は詐欺から始まった! 
 手持ちの資金の8倍まで資金の貸出可能というから、必死になって預金を集めるわけである。その8倍の枠も、
米国の強制によるもの。それ以前は無制限。そのアメリカといえば、自国に抜け道を多くつくっておいて、8倍の枠組みを
他国に強制するのだから、悪質。 銀行ほど、良い商売はないが、バブル崩壊で都市銀行は三行に集約された。 
 ー以下が解りやすいー
《 現在のような形態の銀行が誕生したのは、中世末期、17世紀ごろのヨーロッパいてでした。この当時、ヨーロッパでは
貿易などの拡大によって商業取引が盛んになり決済に使われていた金を大量に保有する人たちが出てきました。大量の金を
手元に置いておくと、泥棒に狙われて危ないので、預けることにしました。その預け先というのが、「ゴールドスミス」と
呼ばれる人たちで、金を加工して、金貨を造る金細工商。彼らは、金をしまっておくための頑丈な金庫を持っていたのです。
ゴールドスミスは、お客さんから金を預かった際に、預かり証を発行しました。この預かり証は本来、クロークに上着を預けた
ときにもらうチケットや、パーキングのチケットと、なんら変わりないはずです。ところが、ここから意外なことが起こります。
重たい金を持ち運ぶのは不便なので、人々がゴールドの預かり証を金の代わりに取引の決済に用い始めたのです。
 そして、ゴールドスミスたちはあることに気づきました。それは、預かり証を持ってきて金をくれという人がほとんどいない、
ということでした。というのも、決済で預かった人も、自分の手元に置くのが不安なので、そのままゴールドスミスに頂けて
おくからです。預けに来る人ばかりで、受け取りに来る入が少ないならば、自分たちが実際に保有する金の総量以上の
預かり書を発行しても、問題にならない。預かり書を持った人々が一斉に窓口に来て金を取り戻そうとさえしなければ、
どれだけ架空の預かり書を出してもバレないというわけ。彼らはこれを利用して、預かり書を大量に発行し、人に貸して
利子を取り始めました。これはハッキリいって、詐欺行為です。もし、個人が同じことをやったら、完全に詐欺です。
でも、現代の銀行がやつていることも、原理はこれといっしょです。このように、預かりを保証する金よりも頂かり証の量の
方が多くなるのが、「信用創造」です。銀行というのは、そもそも信用創造という考え方による、合法的な誰欺行為をなりわい
としているのです。ゴールドスミスのやり方を真ね、やがてヨーロッバ全土に同業者が現れ、それぞれ独自の預かり証、つまり
紙幣を発行するようになります。ぞうなると、これまでのように国家がお金の発行権をコントロールできなくなっていきます。
時の権力者であった君主たちは、自らの権力が脅かされるわけですから、「お前ら、何をやっているんだ」と口を出します。
ところが、銀行家、「こんなにおいしい商売はないですよ」といわれて、「じゃあ、俺にも入させろ』ということになる。
自ら権力を奪われるとも知らずに。そして、国が必要とする金が賄えないと、銀行から借りるようになる。
銀行家は、国家に貸し付けることで、権力を自らの手に引き寄せていったのです。・・・ 》
 ▼ 「銀行の本質は詐欺! 金で世界が回っているが、その金は、架空の預かり書の紙切れ。」現在の日本は、得体の知れない
 恐怖に覆われ、将来に希望が持てなくなる。その恐怖に慄き、竦み、預金に励む。それも結局、アメリカ国債を買わされ、 
 その国債が4兆ドルに至っているという。売ろうとしたところ、それは米国に対する宣戦布告と脅されている始末。
 日本の出世システムは、米国の属国たる優秀なポチになること。 優秀な人ほど人相が悪い?のは、そのため。 
・・・・・・
4238, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー11
2012年11月02日(金)                             
   * バイブレーターの起源は、ヒステリックの医療機器    ー「ルーツ全集」インフォペディア編より
 際どいが健康機器売場でのバイブレーターの見方が、これで少し変わってくる。
≪ ちょっど刺激釣なセックスをしてみたい……。そんな時に使う大人のおもちゃの定番といえぱバイブレーターだろう。
 女性を絶頂に導いてくれるスグレモノだが、バイブレーター、じつはもともとは医療器具だった。
いったいどんな治療に使われたのかというと、情緒不安定、具体的にはヒステリー発作を起こしている女性を対象としていた。
ヒステリーの語源は、ギリシャ語で子宮を意味する「ヒューステラ」。つまり、昔は、ヒステリーを起こすのは子宮が原因だと
考えられていたのだ。しかも、子宮が欲求不満であることから起こると信じられていた。 もうおわかりだろう。
ヒステリーを起こすのは、性的欲求不満が原因なので、治療法としては、女性を性的に満足させればいい。
そこで、医者や助産師が、指でマッサージ(愛撫)して、絶頂に導くことで治療をしていた。 この療法のための医療機器として
一九世紀の終わりに開発されたのが、ヒステリー専用のマッサージ器であるバイブレーターだったというわけ。
こうした治療は古代ギリシャの時代から、一九二〇年代まで、西洋ではれっきとした医療行為だった。 確かに、目的自体は
今も昔も変わっていないとはいえ、医者が患者にバイブレーターを使うなど現在では考えられない。一方、バイブレーター以前は、
大人のオモチャの主役だった人工ペニスは、10Cのビザンチン帝国の百科事典にも記載されている。 こちらは一般的に
普及していたようで、アテネの女性に愛用されていたようだ。また、インドの性典『カーマ・スートラ』にも、
「男性自身が小さすぎて満足できないときは、これを使うとよい』と記されている。 ≫
  ▼ ・・・ !  これを読んで、「大人の玩具」と検索して吃驚仰天。  
・・・・・
3873, 緑の原野が君たちを待っている!
2011年11月02日(水)
 学生時代に衝撃を受けた授業といえば幾つかある。その中で当時、ドラッガーの訳者で経営学の野田一夫教授の言葉である。
HP内検索で調べてみたところ10年近く前に、この随想日記で取り上げていた。
 ≪ 2002/02/28 20歳の頃ーある教授との出会い−2 野田一夫教授 ≫である。
野田教授の授業は厳しく、少しでも遅れてきたら入室禁止、途中の退座や、よそ見や、私語は絶対禁止。
授業は異常なほどの緊張感で進められていた。 その内容を再び大まかに書いてみる。
≪ 貴君らは選ばれて、ここにいる。そして、社会に出て行けば指導者の立場になるために、ここで学んでいる。
 今日から食事をするときは、店の真ん中に座って堂々ととりたまえ。 間違っても、隅でとるな。君たちの学生生活は、指導者に
 なるための準備期間であることを忘れないこと。そのために可能な限り本を読みたまえ。あらゆる分野の本を読めるのは今しかない。
 ロマンローランの「ベートーベンの生涯」を直ぐに買って読みなさい。彼は多くの災難を乗り越えて、あれだけの素晴らしい曲を作った。
「運命」は、音楽家でありながら、難聴の病に冒された時の絶望を音楽にしたもの。「苦難を突き抜け、歓喜に」「良く、かつ高貴に
 行動するものは、その事実によってだけでも困難に耐えることができる」などの言葉がある。 絶望を通り抜たからこそ、あの曲が
 出来上がったのだ。 君たちは恵まれている。しかし、それに甘んじていてはならない。「社会という緑の原野が君たちを待っている!」
 だから、学生である現在、灰色の世界(学問の世界)で、多くを学ばねばならない。≫
この感動的な教えを聞いて将来に明るい陽ざしを感じたのは初めての経験。それも高度成長期の最中である。その日以来ドラッガーの書を
必死に読み始めることになった。自分の強みを見つけ、自分の資源を集中すること。マーケッテングを優先すること。紳士的であること。 
他にもアメリカの経営書を多く読むことになった。 その何もかもが面白く、理詰めで、乾いた干乾びていた脳に吸収されていった。
教養課程の二年までは、日本の作家の書を中心に読んでいた。 が、それでも絶対量が少ないことに気づいた。 高校時代まで、
殆ど教養書を読むことがなかったツケが回ってきたことに気づくことになった。お陰で、卒業後40数年の間、毎日二時間の読書習慣がついた。
 何で。このことを思い出したかというと、当時が一つの節目だったからである。そして現在、次の節目に至ったためである。
「灰色の世界から緑の原野へ、そして、原野を通り越して、大草原に出たのが、現時点」である。 アフリカの猿は原野の木の上から、
草原に進出し、二足歩行を始めた、という説がある。 そう考えると、第二、第三の人生こそ、やっと人間らしい生活が我われを
待っていると考えられる。 周囲は、既にエネルギーを使い果たし、抜け殻しか残ってないような人が三分の二??。
それも人生だが、緑の原野にいた蛇の代わりに、草原にはライオンもハイエナも豹がいる。振り返ってみて、学生時代に多く視点を得た。
緑の原野では、さらに多くのものを得た。そして、現在、草原に入った。 そこで生き抜くためには、ただ一つ、考えなければならない。
・・・・・・・
3508, ユダヤ人の頭脳活性法 ー2
2010年11月02日(火)               
 *インテリジェンスとはー点と点を結ぶ能力  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  ーまずはP/28から
≪ インテリジェンス=考えるとは、そもそも何か? 考えるとは、点と点を結ぶ行為をいう。考える力は、
 そもそも言葉や概念、知識などの量とは関係ありません。まず考えるためには物事をありのままに見る行為から始まる。
知識をたくさん持っているのに、考える力がない人が大勢いる。知識と考える力との間には直接の関係はないのです。
最近ではインテリジェンスということばを「情報」と訳したりもしています。だがインテリジェンスは情報ではありません。
Intelligenceというのは、もともと[Inteー重なり、、際(きわ)」「legere(結ぶ)」という二つのラテン語が
合成された言葉です。きわときわを結ぶ、物事と物事を結合するという意味です。スパイは、点と点の情報を結んで線の情報を推理し、
他の線と線の情報を結んで、面の情報を組み立てます。そういう断片的情報をつないで、総合的な情報に組み立て、物事を総合的に
判断する能力が知性なのです。そして、この点と点を結ぶ行為こそが「考える」という行為です。 ≫
▼ インテリジェンスとは元もと軍事用語で、スパイが諜報で得た情報から線、面へ推論する能力。
 線と線を的確につなげるには、様ザマな能力が必要になる。そのために、まず「五感」を鍛えなくてはならない。
点と点から線を推論し、他の線と組み合わせて面を推論、その面を幾つか重ねて立方体を推論していく過程を考えること、
というと、分かりやすい。この著で、ラビ・レオポルド・スティンは「インテリジェンスの人というのは、
まずオープンマインドで、しかも積極的に記憶して、そして常に体験してみる人のことだ」と指摘している。
それは、点、線、面、立方体へと考えを進めていくことになる。その視点で、もう一度、自分も含めて周囲を振り返ると、
インテリジェンス人は稀のようだ。せいぜい点と点を結んで線にして、それで止めている。 佐藤優の本を読むと、
点と点から線を、線と線から面、面と面から立方体へと推論を組み立てている思考に驚かされる。
・・・・・・・
3133、現代の結婚事情
2009年11月02日(月) 
 この世知辛い世の中で、男も女も結婚相手を見つけることは大変である。
私の世代の男は、少し下の年代が団塊の世代のためイメージとして男女比が2対3で恵まれていた。
それにしては??。 最近の結婚の大変さには同情する。 世の中の男の格差の問題もある。 
以前は三高といって高学歴、高収入、高身長(ちなみに三低は低趣味、低収入、低学歴)だったが、今では
女性からすると
 3低 =低姿勢(レディーファースト)、低依存(束縛しない)、低リスク(リスクの低い職業・公務員など)。
 3C =コンファタブル(快適)、コミニケーティブ(理解しやすい)、コンポレーティブ(協力的)
・男性からみると、4K =可愛い、賢い、家庭的、軽い(痩せている) という。
 収入問題などで、ますます晩婚化になっているが、歳を重ねると、プライドだけが高くなり、
 自分の品との段差が開いていくから、始末が悪い。
人生を振り返ると、両親、連れ添い、そして仕事の相性で、8割方が決まる。
その中で、結婚は私生活の大部分を占めるから大問題。 姉の一人が「結婚は大事業」と実感を込めて言っていたが、
その通りである。 最後は、性格の問題になるが・・・ 一生を添い遂げるのも芸のうちである。 
神様は最も合わない相手を結婚相手に選ばせるように人間をつくり上げてきたという。 
それにしても面白い罠を人間に与えるもの。 人生とはレッスンというより修行である。特に結婚は荒修行!
――
結婚といえば、^カリール・ジブラン「結婚」ーの詩が良いー
 (字数制限のためカット 2011年11月2日)
・・・・・
2768, 半歩遅れの読書術 −2
2008年11月02日(日)
 【 出久根達郎 】
  彼の記述にある「井上流 本の読み方十箇条」が面白い。 井上ひさしの『本の運命』に、紹介されているが、
  ここでは二つしか紹介されてなかったのでネットの検索で調べた。 以下のとおりである。
   ーー
一、「オッと思ったら赤鉛筆」。ーこれは万人が実行している。
二、「索引は自分で作る」。ー大切な言葉や事柄に関する索引を本の扉や見返しに つけておくとよい、という。
   思いつかなかったが早速、実行することにする。
三、「本は手が記憶する」。ー「書き抜き帳」を一冊作ってそこに何でも書き込ん でいく。
   大事なのは手で写すこと。そうすると手が自然と記憶する。
四、「本はゆっくり読むと、速く読める」。ーどんな本でも最初は丁寧に、登場人物の名前や関係を、抑えながら読むといく。
   そうすると書 いている人の癖が分かって、その後が読みやすくなり、結果的に速く読める。
五、「目次を睨むべし」。 ー目次は全体の構造の見当がつく。
六、「大きな事典はバラバラにしよう」。 ー分厚い事典は持ち運びが便利なようにバラバラにする。
七、「栞は一本とは限らない」。ー井上ひさしは本を買うとまず、タコ紐の栞を三本ほど貼りつける。
八、「個人全集まとめ読み」。ー個人全集を集中して全部読むと、著者の言葉遣いや書き癖などが分かっておもしろい。
九、「ツンドクにも効用がある」。ー本との運命を大事にする。本は「買おう」と思ったときに買っておく、これが鉄則。
   そして机の横にでも置いておくと、不思議なことに本の方から「読め 読め、読め読め」と言ってくる場合がある。
十、「戯曲は配役をして楽しむ」。ー戯曲を楽しむためには自分でキャスティング すると良い。
   ーー
  以上だが、これとは別に「本は撫でてやると、所蔵者にささやいてくれる」という。成程、その辺は合点がいく。
 そのためには、図書館で借りて、これは!と思ったら迷わず買うことだ。
 出久根によると、井上やすしはかって、日本で発行される書物と雑誌を、一冊残らず買い求めていたという。
 200冊か100冊か、全部毎日買い求めたというから、たいていではない。 井上は本を買うとまず暇そうな喫茶店に入り、
 一冊20分くらいかけて目次を見 たり、ところどころ読んだり、栞(後述参照)を貼りつけたりするという。
 そしてこれを「僕と本との新婚旅行」(98頁)と呼ぶ。こうして一回撫で回すと、本が彼に向かって話しかけてくる。 
 「この間、目次見たでしょ」とか、「そのことは私の中に書いてありますよ」、と。
 結局、そうこう考えると、テクニックというより絶対量をこなすほどの愛情がなければ!ということだ。
 出久根は、この文章の終わりに作家の福永武彦の名言で閉めている。
【人に人徳あれば本もまたこれに従う】 読書だけでなく、全てに言えることだろうが。
・・・・・
 2007年11月02日(金)
 2404, 久世塾                     ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ
   図書館で面白い本を見つけた。
 (以下字数制限の関係でカット09年11月2日)
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2006年11月02日(木)
2039, 猫撃退法    1∧11∧    (ΦωΦ) ニャ〜ン
隣に「猫のブリーダー」が引っ越してきて5〜6年経つ。 
それ以来、我家の庭やベランダが近所の猫の集会所になっている。水をかけたり石を投げても、全く効果が無い。
ブリーダーが知人の同級生ということもあり、露骨に文句も言えない。 そういう人には知恵があり、
近所の陰口屋に上手く取り入ってしまう強かさがある。 そこでインターネットで猫撃退法を調べてみた。
「ペットボトルやコヒーかすなどの猫よけ策のほとんどは殆んど効果なく、センサーで鳴るブザーやスプレーなども
一時的な効果しかない。目先の一時的なものは直に『猫にも見透かされる』」というのがHPに書いてある大たいの結論である。
  (以下字数制限の関係でカット10年11月2日)    サイニャン (・x・)
・・・・・・・・・

2005年11月02日(水)
1674, うそつき−2
面白そうな所を書き写してみた。 何げない言葉の中に鋭い深い意味が入っている。
 私の評論も入れてみた。
 ・人は自分にうそをつくために他人にうそをつく。
 (評)−他人に巧妙にうそを仕掛けるために、まず自分にまず巧妙にうそをつく。
    もう亡くなったが、身近の人の実演を見たことがあるが、迫真の演技だった。
    のっけから騙そうと筋書きを書いて、そのとおり演じ、その演技に自分が酔いしれてしまう。
    そうでもしなければ金を騙し取ることはできないが。これは他人を騙すために自分をまず騙すケースか?
 ・人は自負心を保つために自分にうそをつく。
  (評)ーこれもどこでもあるうそである。特に女のそれは凄い。
 ・人間は、自分のいうことを自分で『信じている』ときに、より効果的なうそをつく。
  (評−効果的なうそを言うために、信じるまで自分に言い聞かせている人間を何度見た。
 ・うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実を歪曲する。
  (評)−会社の責任の擦りあいなど典型だろう。
 ・うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである。
  (評)−なら女性などには、うそを言い続けなくてはなるまい。 また、それが一番よいのだろう。
 ・人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ。
  正真正銘の真実を聞かされて我慢できる人間はそうはいないものである。
  (評)−そうか、自分は真実をいいすぎて嫌われているのか。
 ・うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しない。
 ・自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい。
  (評)ー鬱病者は、自分に正直すぎるんだ。寝る前に今日は楽しかった!と、100回自分にうそ?を言えば良いのに!
   (以下字数制限の関係でカット10年11月2日)


4612, 君は1万円札を破れるか? ー2

2013年11月01日(金)

            ー君は1万円札を破れるか? ー 苫米地英人 (著)
   * 世間を覆う「不安」の正体 ーお金の本質は「情報」であるー 
《 今の世の中、「先行きの不安」を感じている人が、大変多いようです。2010年に、次の世論調査の結果が発表された。
世界の国内総生産の75%を占める先進23ヶ国の人々を対象に「将来について安心を感じるか、不安を感じるか」という
質問をしたところ。将来が「安心」と回答した人が23ヶ国中最低の86%もの人が「不安」と回答えたそうです。
ちなみに,「安心」と回答した割合が高かった国のトップはインド(79%)、中国(78%)、オーストラリア(73%)でした。
 なるほど、インドや中国は今後、飛躍的な経済成長が見込まれていますし、オーストラリアは先進国の中にあって、健全な
財政状況が続いています。それに比べて日本は…と考えたときに、将来に不安を覚える人が多いこと。・・・恐怖というのは、
その対象がハッキリしているものをいいます。その対象によって、自身にどんな危険がもたらされるのかという認識が生じます。
その危険に対して、なんらかの対処をしなければという反応を伴う精神状態が「恐怖」です。 たとえば、山道を歩いていて
へピに出くわしたときに感じるのは、「不安」ではなく「恐怖」です。「かまれたら、危ないかもしれない」と危険を認識して、
一目散に逃げるなり、危険を回避するための行動を取ろうとします。それに対しして不安とは、その対象がはっきりしないもの。
精神医学でいう不安症とは、具体的に恐れる対象や根拠がないにもかがわらず、「何かいやなこと、恐ろしいことが起こるかも
しれない・・」といった悪い未来を漠然と予測し、不安にとらわれる病気。日本国民の大半が、この不安感に取りつかれている。
「会社の業績が不振で減給された。いずれリストラされるのでは……」「企業が次つぎ倒産し、求人がへり仕事に就けなくない…」
「年金や国保などの社会保障制度も維持できなくなることはわかりきっている…」など不安を感じる理由が挙がってくる。
けれど、「不況」や「財政破綻」などの問題に対して、「どのように危険なのか」を正確に判断し、「どうすれば対処できるか」
といったことにまで考えをめぐらせている人は、あまり多くないでしょう。 大半の人は、テレビのニュースや新聞、雑誌などで
それらの言葉を見かけるたびに、ただ漠然と「何か困ったことが起こり、その弊害が自分の身にも及ぶのではないか」と不安を
煽られているだけでないでしょうか。 その不安の正体を突き詰めれぱ、「お金に関する不安」です。世の中の先行きが恩わしく
ない方向に向かつていて、そのために自分が充分なお金を得られなくなり、生活が苦しくなる・・ そんな不安に多くの人が
さいなやまされているわけです。 最初に結論を言っておきます。現代のお金は、単なる「情報」に過ぎない。
「これには、これだけの価値がありますよ」と主張する情報です。これもまた「信用」という情報のみです。 多くの人は、
日ごろ目にしている紙幣や硬貨のことをお金と思っているかもしれません。紙幣や硬貨には物理的な実体がありますが、実は、
それはお金の実質ではありません。仮の姿だといってもいい。お金の本質により近いのは、みなさんの預金通帳に記帳されている
「数字」です。こういうと、「実際にお金があるから。通帳に数字が書き込まれているんでしょう」と思われるかもしれません。
通帳に起蔵されている残高をいつでも引き出すことができる。それはただ、お金が出人りしている記録だろう、と。
実は、そうではないのです。数字のほうが本質で、紙幣やコインはそれを目に見えるようにして、やりとりできるための道具。
ただの紙っぺらであり、金属片に適ぎないのです。》
 ▼ 準備期間を含めた45年間の創業と事業人生、このカラクリを真に分かっていただろうか。 2001年の9・11テロから急激に
  地方経済が悪化していった辺りから、バブル崩壊の上に、更に大きな並みが押し寄せてきている。9・11テロも、やらせ?・・ 
 そして、リーマンショックと、3・11災害と、世界規模の地震と津波。経済震災と、自然震災が世界と日本を襲った。 
 お金の正体は情報というなら、情報機器の革命的進化が、世界を根こそぎ変えている。それが、経済震災でリーマンショック、
 政治的には北アフリカ、中東の政変であり、欧米経済の衰退である。そして、静かに進行している世界恐慌。
・・・・・・
4237, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー10
2012年11月01日(木)                       
   * 卓球をピンポンと呼ぶのはなぜか        ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より   
 卓球は英語で「テーブルテ二ス」という。1880年代、イギリスのテ二ス愛好家たちによって考案されたスポーツだ。
じつはテーブルテニスというのはあとでついた名前で、もともとはイギリスでもアメリカでも「ピンポン」と呼ばれていた。
ピンポンの語源は、当時使われていた中空の革張りラケットで球を打つと「ピン」という音が出て、球がテーブルに当たると、
「ボン」と聞こえるところからきている。この名称が卓球協会の名称として正式に採用され、イギリスとアメリカでは
「ピンポン協会」が設立された。ところが、このピンポンという名称はすでにイギリスで商標登録されていることが、
あとになって判明。スポーツ用品メーカーが家族で遊べる玩具として発売していた卓球セットの商品名を、「ピンポン」
として登録していたのだ。そこで、トラブルを避けるため、イギリスのピンポン協会は解体された。
今でも卓球をピンポンと呼ぶのは、当時の名残なのである。
   * 土壇場は斬首刑の土もリ
 ドタキャンとかいう、土壇場の意味は、字の通り「土を盛って築いた壇の場所」。江戸時代の死刑に、この土壇場に
罪人を横たわらせて斬首刑を執行したため、土壇場は「斬首刑の刑場」を意味していた。土壇場に上げられた罪人は、
手足を拘束され、どうにもならない状態で処刑を迎えた。ここから土壇場は、どうにもならない事態をさすようになった。
 ▼ 土壇場で死に直面した時のの恐怖は、言語に絶するだろう。そういえば、Youtubeで、フセインが絞首刑に
 なるまでの映像があった。吉田松陰も恐怖で転げまわったとか。ところで、バンジージャンプの飛込み台の恐怖のどん底の
 凍りついた瞬間を思い出した! 数分前から恐怖で呼吸困難、頭の中は真っ白!「こんなはずでなかった!」という言葉。 
 躊躇するほど恐怖が倍増してくる。ワッーという感じで飛び込んだが・・  高層ビルから投身自殺をしようとして、
 2Fで何かに引っかかり九死に一生を得た人のインタビューをTVで見たことがあるが、その直前まで意識があり、
 鮮明に落下していく光景が見えていたという。ロシアン・ルーレットも、こんな感じだろう。快感のところもあるようだが。
・・・・・・
3872, 一人旅
2011年11月01日(火)                       
  一人旅を過去に何度かしたことがある。北海道と九州に、それぞれ10日間ほどと、大学を出て四日市に勤務をしたときに、
紀州の尾鷲に一泊したこともあった。 金沢で修行していた時には、観光バスの日帰りコースで能登半島に行ってきた。
23歳から26歳の4年間、精神的な体力が出来たころである。一人旅には、それに似合った時節がある。27歳で結婚し、
事業の立ち上げを始める直前。振りかえってみると、その時節しかタイミングがなかったのである。
一人旅をすべき時節に、すべき事をしていたことになる。
 一人旅は思い立ったら、駅の旅行センターで、「一週間ほど北海道の一人旅をしたい」といえば、窓口の担当者が、
そのルートを一緒に組んでくれ、列車と宿の手配をしてくれる。そして、そのルートに従えばよい。一度、列車に踏み込めば、
不安とか、孤独感はなくなる。 若さもあり、一人旅そのものに酔っている部分もあった。 当時の記憶が少ないのは、
目先が変化変化の連続で、刺激の強い日々だったからである。 現在、一人旅というと、面倒という思いが先にたつ。 
しかし今から思うと北海道も、九州も思いで深い。人生を振り返ると、それぞれの時節の思い出があるが、特に旅行の思い出は大きい。
北海道は、青森から青函連絡船に乗り、函館、札幌、釧路、網走、旭川、函館と周遊した。北海道の旅も、一歩踏み出すと気ままだった。
 結婚してから10年間は家内と国内旅行ガ中心だった。 事業と家庭中心で、海外旅行に切り替えたのは15年経ってから。
卒業記念に海外への一人旅が流行りだしたのは、私が卒業をして数年してから。しかし当時の私の精神的体力では、海外の一人旅は無理。
私の知人ではオーストリアが二人、イタリアに一人、留学をした。 それと幼稚園から高校まで同窓で、慶応大学教授になった直後に
亡くなった男が、学生時代に欧州を数ヶ月一人旅をしたといっていた。 そう、新潟県活性化案を一緒につくった松下さんも、一年間、
彼方此方のアメリカの大学を聴講してまわったとか。 感受性の強いうちに世界を見ると見ないとでは大違い。それも一人旅で・・・
 幕末から明治維新にかけ、外国に行った人と、行かなかった人と、その後の活躍が全く違っている。 明治政府の高官になって、
新しい政府つくりの邁進したのは、前者が多い。一人旅は変わっていく景色を見ながら、独りブツブツ呟きながら思いにふけるもの。
 ・・・・・・
3507, ユダヤ人の頭脳活性法
2010年11月01日(月)
              「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 図書館で借りてきて目を通したが、なかなかである。ピアノとか、吹奏をやる人は勉強の成績がよい人が多い。
それは長年の間、繰り返し集中し、続けないと身に付かない。教科書を理解し、暗記するなど、それに比べれば、取るに
足らないから成績も良くなると思っていたが・・・ ユダヤだけでなく、優秀な人間?の特性、頭脳活性法が書かれている。
  * アマゾンの ー内容紹介ーより
 マルクス、フロイト、アインシュタイン、ドラッカー、スピルバーグ…… 彼らはみなユダヤ人。
もちろんユダヤ人全てが優秀なわけでは無いけれど、優秀な人間が多いのも事実。それには何か理由があるのだろうか――。
 実はそのヒントは彼らのささいな日常にあった! 五感を目一杯に使い、日々を楽しく過ごすユダヤ人たちの文化。
子どものころから全身を使って本を読み、聖典の名言を吸収していく。そして創造することのみに自分の価値を見出す。
そんな生活の積み重ねによってユダヤ人の発想力が生まれるのだ。 そんなユダヤの世界からヒントを得た、
頭脳活性のための様々なトレーニング方法。ほんの少しの工夫でユダヤ人のすごい発想力が手に入る! ユダヤ本というと、
怪しさのようなものを感じてしまうが、この本には、それがない。ヘブライ大学卒業後、企業コンサルタントなど、学者ではなく
「実学」の世界で生きてきた著者自らの人生観を通して、ユダヤの箴言、格言などから学ぶべきことを的確に表現している。
 〜「まえがき」より〜
「ユダヤ人だから特別に優秀である」と強調するつもりはありません。 それは人種の優劣をつけることであり、
私の本意ではありません。けれども、彼らから学ぶべき点が大いにあることも事実。 確かに、世界にこれだけ有能なユダヤ人が
いるということは、どこか秘密があるに違いない。 そう思ってこの本を読むと、彼らが勤勉で自らを高めるために努力を惜しまない、
ということが見えてくる。 そして「何かに感動する素直な心」こそユダヤ人共通の特性!と。
 *ユダヤの格言やユダヤ人の名言として   ・人の目は前にある。後ろにはない。
  ・考えるのをやめることは、私にとって生きるのをやめることだ。
  ・話す前に、あなたの言葉を選べ。……etc
  ―
 基本は「五感を研ぎすます」こと。 見る、聴く、触れる…そういった感覚を養うことで、人間は心の豊かさを手に入れ、
頭脳も活性化していくのだ、と。心の豊かさが持てれば「何かに感動する素直な心」になれる。彼らはユダヤ教の基本構造として
選民意識を持ち、それを実行していくことである。そこに、生まれつきの天才的頭脳が重なれば優秀な人材が輩出するのは当然。
金融世界で支配しているユダヤ人も、こういう背景があると知ると、納得がいく。アラブ人やインド人が、彼らに敵うわかがない。 
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3132, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー6
 2009年11月01日(日)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)     ー読書日記
   近代イデオロギーの罪
 * 理性主義の恐怖 p−99
科学の発展や、大航海以来の欧州世界の拡大で、それまで宗教が欧州人に一つの統一的説明を与えていた世界が崩れていく。
そこで登場したのが「理性」という理念である。これが「神」の代わりになった。1789年のフランス革命では、「理性」が
至高の価値として掲げられ「神の死」が宣言された。「唯一の神の信仰」が「唯一の神としての理性への信仰」にすり替わった。
そうすると、理性からはずれるものが出てくる。それが子供であり、未開人であり、精神病者である。近代は理性というものを
発見し、そこから逆噴射する形で、子供、未開人、精神病者を発見したのである。その三者の共通点は理性の欠落である。
子供には理性を持つように教育をしなかればならない、未開人には、教え導かなければならないということで、植民地主義が
正当化され、精神病者は回復するまで隔離されるようになった。 
 フランス革命もロシア革命も、理性によって理想社会を作ることができるという考えから起こった。
反計画経済の大御所のハイエクは、社会主義や共産主義は、社会は人間の理性で設計できるという思想だが、
それは「致命的な思いあがり」だと。 共産主義というのが理性の理想的社会だとすると、これに反対するヤツは
みんな殺されなけばならないことになってしまう。 で、中国やソ連やカンボジアで大虐殺が生まれてきたのである。
社会主義がなぜに間違えていたかと言うと、経済が下部構造になっていて、それを計画経済でやっている。
あれは要するに意識が全てを決定するということ。 ところが基本的に経済の流動的動きは無意識が決めている。
 ーー
 この辺を考えると、知性、理性的にあろうとしてきた現代人の方向そのものを根底的に考え直さなければことになる。
最近、年齢のためか根底から今までの生きかたに対して疑念を感じるようになっている。 
毛沢東は何を国民にしたのだろう。スターリンも毛沢東も、理想社会を目指して数千万人も虐殺をしてきたのである。
また、アメリカも、この金融恐慌を引き起こしたのも、理性主義の行き着いた先であった。 
時代は丁度良く欧州大陸からアメリカ大陸へ重心を移していたのが、今世紀はアジアに移行する。
アジア的な考え方が見直されなければならないが、動乱を通してか、それともソフトにいくのか? 
・・・・・・・・・
2767, こころと脳の対話 −3
 2008年11月01日(土)
   面接や新入社員教育の時には、河合隼雄と同様、
  「中心をはずさないで、無心になって対象の人と相接する」しかない。
  そうすることで、心だけでなく、心の中心点の奥の魂同士がクロスをすることができる。
  そこまでしないと、相手のことが理解できないのである。 美人とか、センスや、頭の良さなど属性になるのである。
  河合は当たり前のことを素人向けとして、解りやすい事例を出しただけ。 
  相手の中心点だけを見ると、逆に性格とか、片親とかの属性が浮きだって見えてくる。 
  そこまでいくには、経験を重ねるしかない。  それにしても、色いろな心の病があるものだ。
 「 こころと脳の対話 」 河合隼雄 茂木健一郎
    第三回 魂を救う対話 
  *相手の「魂」だけを見つめる
 P−160 
茂木 「中心をはずさない」って、僕、すごく大事なことのような気がしてきたんです。というのは、『五輪書』には、
   たしか、相手のどこかに注意を置いてはいけない、というようなことが書いてあるんですね。やっぱり同じ感じですか。
河合  同じです。それからね、これは僕が人にほめられた最高の賛辞というか、
   「うれしくてしょうがないからあちこちでしゃべっているんですけれどね、どないうてほめてくれたかというとね……。
   その人は、「離人症性障害」っていう、大変なノイローゼなんです。現実感覚がなくなるんですね。
   こういう場所にいても、みなさんが生きている人間に見えなかったり、それからこういうふうに手を振っても、
   本当に自分が手を動かしているのかわからない。すっこい苦しいけど、誰もわかってくれない。
   自殺する人も多いんですけれど。でも外見はふつうで、ちょっと見てもわからない。
   そういう離人症になられた人が、自分が現実感覚がないのをなんとかしたいと思うから、人と接近するわけね。
   その人、きれいな女の人やったから、恋人がいっぱいできて、また、いっぺんに二人も三人もつくったらしいから、
   恋人同士が殴り合いしたり、劇的なことが周りでいっぱい起こっているんだけれど、その人は全然、劇の外にいるわけです。
   そうでしょう、現実を生きてないわけだから。 その入が、あちこちのセラピストのところに行ってみても、
   どうしてもうまくいかない。何入かのあとで、私のところにこられた。 私のところにこられて、治るまで五年ぐらい
   かかったんですよね。「本当にありがとうございます」とお礼をいわれたときの言葉がおもしろいんですよ。
   「いちばん初め・先生に会ったときに、この先生で自分は治ると思った」
   「どうしてですか」 「いままでの先生と全然違った」 「どう違った?」
   「私が部屋に入ってきたとき、先生は、私の顔にも服装にも、全然関心を示されなかった」
   というのは、ものすごく美人ですから。服もきれいなのを着ておられるんだけれど、その服も見てないし、顔も見てない。
   (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
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2007年11月01日(木)
2403, 恩送り      (゚▽゚*)♪  ('-'*)オハヨ♪
 ある本に「恩送り」という言葉があった。よい言葉である。もともと江戸時代にあった言葉で儒教的、仏教的な味わいがある。
(以下、字数制限のためカット11年11月01日)
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2006年11月01日(水)
 2038, 躁鬱病について −6   オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!


4611, 君は1万円札を破れるか? ー1

2013年10月31日(木)

        ー 君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する ー 苫米地英人 (著)
 初歩的金融に関する本だが、歯切れがよい。あらため原点に帰って「そもそもお金とは何か?」を考え直すにもってこい。
お金は、交換媒体機能、価値尺度機能、価値保存機能があるが、この裏には、お金の発行権を持った権力者の支配の道具機能。
これが絶対的権力の大元。それは、「信用を元に、無限にお金を創造できるというカラクリで、絶対的権利を得ることになる。
「信用創造」という錬金術である。その大元が、アメリカで世界を支配している。今のところだが・・
   〜アマゾンの内容紹介〜
* 世界経済を「洗脳」で支配する人々に勝て!  世界の富の95%を握る支配層によって、貨幣が操作されているとしたら?
 気鋭の脳科学者が、貨幣による洗脳を暴き、解く。お金から自由になり、真の自由を獲得する!
* 「貨幣のカラクリ」を知り、真の自由を手に入れる。「お金には絶対的な価値がある」と、多くの人が思い込んでいる。
 それこそ、洗脳であり、民衆の奴隷化だ。現代社会を支配する「お金」とは何か? 
 その正体と、貨幣を通した支配構造に気づいたとき、あなたは自分の人生を奪還する!
* どんな仕事であっても、あなたの仕事はもともと、ただ自分のお金を稼ぐためだけにしているのではない。
 人のために役立つ価値を、この世に生み出しているのです。その価値をもっと高めていけたのならば、
 この世の中でさらに多くの人を幸せにすることができるのです。       (「あとがき」より)
▼ 世間を覆う「不安」の正体を、「お金に関する不安」と看破。その不安は、実は、経済支配者が人々に刷り込んだ最大の
 洗脳であり、これこそが大部分の人たちの人生を「奴隷の人生」に貶める呪縛。この呪縛が徹底的に刷り込まれたため、
 「何が、どのように問題か」を考えるより早く、反射的に不安に駆られてしまう。 お金の奴隷とは、お金は絶対的な価値が
 あると盲信し、その価値観に縛り付けられている人になる。現実は世の中の八割は金で解決できることは事実。
 だが、追求する対象ではなく、あくまで、結果についてくる。 その結果としてのお金は、その瞬間から手段になる。
  私の金銭哲学のベースに父親の教えが大きい。 父が亡くなる数ヶ月前、独り考え込んで呟いた、
 「通帳に書き込まれた数字と、紙切れに書いた数字と何が違うのだろう?同じでないか」という、素朴な疑問。
 ある程度の財をなしたが、人生の最期を悟り、死んでいく無念。「仕事を楽しみ、終の住まいを建て、何がしかの財産がある。
 それが、どうした?」という少年のような戸惑い。口には出さないが、「蓄財とは何のため?それが通帳の数字への疑問となり、
 人生を改て見直すことになる。その頃、あれだけ保守的で頭の固い父が、何を思ったか、共産党の「赤旗」新聞を読み始めた。
 それまで信じていた日経新聞と逆の見方があり、それも正しいようだ、と気づいたようだ。死を前に、これまで思い込んでいた
 社会そのものに疑問を感じ始めていた。 そこで父親から学んだのは、「時流をつかみ、その風で稼いで、ある量の資財を元に、
 投資をし、それを趣味に使いきる。 その結果、自分が満足出来か否か」ということ。残す残さない、残る残らないかは、二の次。 
 結果を先に考えては自由を奪われる。人生は、ありのままに生きるしかない、ということ。 父親の成功話の中で、
 「常に時流の先取りと、それへの変身の必要性と、そのため情報と、感じ取る直感と決断を磨くこと」を説いていた。 
  著者は、「お金とは、情報である。 情報ならば、無限に増やすことができる。経済支配者は、その供給量を自由に増やしたり
 減らしたりできる。金は、その数値に過ぎない。大部分の国民の不安心理を利用し貯蓄をさせている。 だから自分の不安を
 直視し、彼らの刷り込んだ洗脳に気づくこと」という。次回から、面白そうな部分を、抜粋し、考えていく。  ーつづく
・・・・・・
2012年10月31日(水)
4236, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー       ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より             
   ● 聖火リレーはヒトラーの軍事戦略から始まった
 オリンピックのハイライトといえば、聖火リレーである。だが、古代オリンピックでは、聖火の儀式は行われていなかった。
近代オリンピックでも当初は行われていなく、ナチ政権下で、ギリシャの末裔がドイツという印象を世界に植え付けようという
思惑があった。ナチスの狙いは、それだけでなく、軍事的目的があった。その道筋は3000キロ、計7ヶ国あり、その道筋を
詳しく下見をしたが、その時に、戦車が通れるか、どの位で走れるかを調査をした。実際にほとんどの国は、ナチに占領された。
戦後、廃止を検討されたが、やはり宣伝効果も含めて存続が決まった経緯がある。
 = 結局は、右上がり経済の自国の宣伝材料として政治家は、これほど裏金を使える美味しい印籠はない。オリンピックを
  純粋に目指している選手は、それでよいが、メダルを取れば、それで一生食べていける時代は終わったようだ。
   ● 花見を広めたのは、八代将軍の徳川吉宗の粋な、計いから
 日本人の春の恒例行事といえば、花見である。東京周辺だけでなく、全国津々浦々で、桜の名所が多い。
庶民でも、金をかけずに近所の公園や川辺で気楽な行事になっている。だが、庶民の娯楽として花見が確立されたのが、
江戸時代になってから。三代将軍の家光が、吉野から苗木を運ばせ、上野に多くの桜を植えさせた。また八代将軍の
吉宗が王子の飛鳥山、品川の御殿場、隅田川などの植えさせ、一般庶民に開放した。庶民の花見は、この吉宗の計らいが
大きかったという。もともとお祭り好きな江戸っ子、これを機会にドット繰り出すようになり、全国にも広がっていった。
 = このような経緯で始まったとは知らなかったが、日本人のように右ならえ文化の典型といえる。他に盆踊りと秋祭り。
・・・・・・
2011年10月31日(月)
3871, ギリシャ危機の実態とは?
  * 曽野綾子の‘つぶやき’
 曽野綾子が、雑誌の手記で「ギリシャ危機の実態」を書いていたが、分かりやすい。
  ーまずは、その要点の部分を書き出してみる。
【 外国メディアが原発にしか興味を示さないのは、彼ら自身の国からして蜂の巣をつついたようになっているからで、
日本も大変だが外国も大変なのである。もはや恒久化した観のある、高学歴の若年層の失業現象。イタリアでは「プレカーリオ」
(非正規)という言葉を聴かない日はなく、それがスペインでは、広場を埋める「怒れる若者」たちになる。
彼らは、独立もできず結婚もできず子も作れない。その一方で、不法にヨーロッパに入国したアフリカ人は、人道の名によって
保護され子供もたくさん産む。既成の労働組合は中高年の職場を守ることしか頭になく、その人々の職さえも不安になりつつ
あるのは、経営者たちが海外に工場を移す一方であるからで、コールセンターまでが、アルバニアやルーマニアなまりの
イタリア語でかけてくるようになった。 アイルランドもギリシアも破産直前。それでいて国民は、EUの命ずる緊縮生活は
断固反対。EUが援助するのも所詮はギリシアに融資している自国の銀行を助けるためなのがわかっているからだが、ドイツと
フランスの銀行がつぶれたらEUもつぶれると言われても、怒れるギリシア人たちは、それとオレの職がどう関係するのかと
言い返すだけなのである。蜂の巣をつついたようになっているのはイスラム圏も同様で、自由を叫ぼうと、こちらも所詮は
「職」の問題。独立後に旧宗主国のヨーロッパに負けるなと教育を振興したのはよいが、その受けた教育にふさわしい
仕事を供給できる社会づくりが十分でなかったのだ。それで、軍人と公務員ばかりが増え、コネのない者は失業したのだった。
 職を常時提供できる社会とは、生産する中産階級が健在な社会ではないかと思うが、イスラム教には、それをはばむ何かが
あるのだろう。要するに世界中が大変で、ほんとうのところはオバマもサルコジもメルケルも何をしてよいのかわからない
のではないかと思う。これが今の世界なのだから、日本は外国の評判など気にせず、災害の復興に専念していればよい。
今回の災難で唯一良いことは以前のように外国からカネをしぼり取られないで済むということだ。 何か言われても、
御存知のよううな状態で、その復輿だけで大変なのです、とでも言うて逃げればよいのである。 
日本人も少しは、悪賢くなりましょう。(六月二十三日日記)  】
▼ ギリシャ危機が、どのようなカタチで収まるのか見ものだが、恐らく、準参加国家として枠組みから、外されるしかないだろう。
 ぎりぎりの交渉の中で、EUの銀行が保有するギリシャ国債の50%を「自主的に」減免することで合意に達したようだが、ギリシャが
デフォルトをするより、ましということ。しかし、次にはイタリア、スペインが控えている。何処まで、火元を押さえることが
出来るのか。9月以降は、いつ株の大暴落が起きてもおかしくない状況だったが、当面、乗り越えたようだ。しかし、根本的解決を
少しも解決されていない。ぎりぎりの状況は、今後も連日、続く。 狼少年のようだが、彼女の言うとおり、これが現実である。
  ・・・・・・・
 2010年10月31日(日)
 * この一年間、腰痛なし
 この一年三ヶ月の間、腰痛が殆ど出てない。殆どというのは軽いのは私の場合は敢えて腰痛といわない。
去年の春先から夏にかけてリズム・マッサージャーと、海老反り器械と、縦型バイブレーションの三点を買え揃え、
それを朝晩使っている。さらに去年の秋口からベッドに低反発枕と低反発マットを使用。その効果が実感できたので、
居間の座椅子の上に低反発クッションを置いている。それら全てが総合的に腰の負担を少なくしている。 
これまで腰痛対策として、30年近くウォーキングを取り入れてきたが、中程度は年に二回(5月と11月)、
3年に一度は酷い腰痛になる。但し、病院には一度も行ったことはない。経験からして時間が解決することを知っている。
現在のところ、一年間にわたり取り入れた道具、習慣が有効に働いている。去年夏の腰痛は酷かった!
 * 最近のタブレットパソコン事情
 ここにきて、TVや新聞でタブレット・パソコンを多く扱うようになってきた。
数年先には、世界中の街や居間や列車内で見入っている姿が日常の光景になる。これは居間か通勤途上のツール。
本や新聞、ゲーム、アルバムなど、多くの機能が入り込んで、多くの人にとって手放せないツールになる。
手軽に持ち運び可能の情報の出入れ口として携帯電話と同じような必需品になる。
その普及と同時に、本や雑誌、新聞、アルバムなど紙に印刷されたものは激減していきざるをえない
これを筆頭とした端末はSF世界の作家すら想像できない進化をしていくことになる。 面白い時代である。
いま一つは居間のテレビもネット接続などのパソコン機能が入ってくる。これは、今度とり上げてみる。
 iPadには興味があるが、一通り各メーカーが出揃ってから考えることにする。
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2009年10月31日(土)
 3131,期待どおりの電動自転車
 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。
自宅は長岡駅裏から歩いて10分ほどにあるが、長岡駅前から歩いて20分のところにある大手大橋まで12分で着いた。
信濃川を渡ったところにあるジャスコには15分、ユニ系のSCのアピタまでは20分かかった。そして、その先にある
長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に着いたのが45分後であった。万歩計をみると、2500歩になっていた。
45分というと5500歩あるくから、半分近くこいだことになる。 疲れは、ウォーキングと同じぐらいである。
 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。  一日一万歩を目指して歩いているので、自転車には
ほとんど乗ることはなかった。 だからスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を
乗った驚きは大きいのは当然のことである。一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると二倍の加速がかかるもの。
自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、その時に特にペダルに力が更に二倍加わるから、何か異様な感がする。
線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、大きな橋までの登り坂とか、けっこう起伏がある。
そのストレスがゼロで、平らの道路でペダルをまわす時の加速も三分の一で済むのだから、非常に楽になる。
電動自転車は、法律でアシスト一対一から、一対二が認められたことで、爆発的に普及するような気がする。
 ただ、通販で注文して送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が忠告した「すぐに、盗まれるよ」
というのも分かる。小型のためボックスカーに、そのまま乗せる事が可能だからである。
一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。
まだ、珍しいからで、あと数年先がよいんじゃない」といって、買うのを止めた経緯もあった。
スーパーや、駅前などは、当分は置けないが、その時はその時ではあるが。 とにかく、驚いた!
・・・・・・・・・
2766, こころと脳の対話 −2
2008年10月31日(金)
「 こころと脳の対話 」  潮出版社   河合隼雄 茂木健一郎
 第二回 箱庭と夢と無意識 
    《箱庭のなかの「生」と「死」》の要点からー
 京都にある河合隼雄の研究室で、「20数年ぶり」という箱庭づくりを終えた茂木健一朗。
  ー茂木の箱庭を見ながらの二人の対話のポイントをまとめてみたー 
 ーーー
 河合隼雄はまず「意識と無意識の関係」を提示する。 箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る。
ここですでに、アイテム(意識)の背後にその人の無意識ーとば口ーが関わってくる。
「たとえば、ニワトリならニワトリが、心のなかに残っているわけですね。で、帰ろうと思ったら、本屋でニワトリの本が
パッと目に映ったりするとか。必ず買って読もうと。 それが、ユングのいう「シンクロニシティ」です」(P・102~103)。
この時、箱庭で選んだニワトリと本屋で見つけたニワトリとは因果関係はないです。大切なのは、自分の無意識と外のものとが
呼応するというほうです。 なぜか知らないけれど、箱庭の前に立ったらニワトリというアイテムを手にしてしまった。
そして、帰りに本屋に寄ったら、ニワトリの本にパッと目がとまって買ってしまった。
私のなかになぜかニワトリというかたちで無意識が働き出して、それがニワトリの本と呼応した。これが「シンクロニシティ」。
「意味ある偶然の一致」です。 ここには科学的な因果関係はまったくありません。でもこころにとって「意味」があるんです。
「この非因果的ということがものすごく大事なんです」と。河合はこの無意識の非因果的連関のなかに、臨床の中でクライエント
(患者)の生きる「意味」と「可能性」を探りだしてゆく。「とくに近代科学以後は、因果関係を知るというのはすごく
便利なことで、役に立つことでしょう。 因果関係がわかったら、こちらの意図で操作できるわけですから。
 ー以下字数の関係でカット2010年10月31日ー
・・・・
2007年10月31日(水)
2402, 独りでしていて唯一惨めでない行為        才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
  以下は、林まり子の「読書はじめ」というエッセーであるプロは同じ文章でも、読んでいて読者を引きつける力が違う。
 ここまで書けるには、この随想日記を一万は書かなければならないだろう。すなわち現在は2400であるから、差し引き
 7600÷365日=21年以上はかかる。 いやあと10年、いや5年はかかる。文章力は何をさておき、まずは絶対量である。
  ー以下字数の関係でカット2008年10月31日ー
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2006年10月31日(火)
2037, 躁鬱病について −5            才八∋ウ_〆(∀`●
 「夫はうつ、妻はがん」―夫婦で苦境を踏み越えて ー ?   小川 宏 著  
ー主観をこめた概要であるー
・31年前に糖尿病になり、ストレスなどが重なり15年前の平成3年に「うつ病」になった。
 癌と同様に、糖尿病は普通の人の三倍も「うつ病」になる可能性が高くなる。 その伏線がそれである。
・当時、彼はモーニングショーなど活躍したアナウンサーだったが、自分の事務所を任せていた弟がお金を使い込んだ
 トラブルが「うつ病」の 直接のキッカケだったという。
・うつ病になった直後の平成3年に電車へ投身自殺をしようとした一瞬、
「自殺は愚か者の結論なり」という言葉がよぎり自殺をとどまった。
・その事情を知った妻に病院に連れて行かれて、本診の前の、問診で「親戚で神経系の病気をされた方はいますか?」いわれ、
「はい、その昔、叔父が神経衰弱と言われました」と答えた。 本診の結果、その場で入院を命じられる。
(帰りに自殺を決行の危険がありと診断) その 三ヶ月後に退院。 {うつ病に遺伝があるとはね〜}
   ー以下字数の関係でカット2007年10月31日ー  (*^_^*)\          ー つづく
・・・・・・・・・
2005年10月31日(月)
1672, 聖荊の奇跡
 パスカルといえば、「パスカルの賭け」ー後記ーがよく知られているが、それと同じくらい有名なエピソードがある。
(日本ではあまり知られてないが) ー[聖荊の奇跡]である。この奇跡を見たパスカルが[パンセ]を書く大きな動機になる。
姉の娘マルグリットが、目の病気になってしまう。多くの医者をまわっても誰も治せない状態で、症状はますます悪くなる。
その間に、姉のジルベットは修道院に娘を寄宿させる。しかし目の腫れ物が肥大して、膿がでて、鼻骨も侵されてしまう。
ある日、修道院に展示されていた聖荊(キリストが磔にされたときに、頭につけていたとされる荊の冠)
の一部がにマルグリッドの患部が触れると、たちまち腫れ物は消え、完全に病気が治ってしまう。
これは宗教裁判所からも、奇跡として公認されている。この出来事を身近に見ていたパスカルは、信仰が揺るぎないものになる。
ー以下字数の関係でカット2008年10月31日ー


4610, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー2

2013年10月30日(水)

                 「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー (著)
    * 雨がもたらす感動 《その時々の感情に合わせて》
 〜 私がいったところはどこも 一人の詩人が私より先に立ち寄っていた。(シグムンド・フロイト)〜
 この本には俳句が多く引用してある。イメージを簡潔に、生き生きと彷彿させるに俳句がピッタリだからという。
成るほど、雨の日に一人、部屋で読んでいると、どの俳句も身に染みてくる。
 冒頭に、「その時の、感情に合わせて」と、以下の俳句などの一節が書かれていた。
  ー慈悲
 慈悲は強いられ 行なうものではない。
慈悲は天から降りそそぐ 恋みの雨のように大地を閏すもの。  シェークスピア(ヴェニスの商人)
  ー融和する愛
 こんなふうに、夏の雨ぱ私たちの 心にしっかと棲みつく。
だれかの心と鼓動を合わせ打つ生まれ変わった心のように。  ミュリエル・バリュベル「優雅なハリネズミ」
  ー孤独ー  
秋雨や夕餉の箸の手くらがり      永井荷風
  ー情熱
情熱とは感情的には朝露にとっての雨 水蒸気にとっては水のようなもの   ジョセフ・ジュベール
  ー別れ
白露や 死んでゆく日も帯締めて    三橋鷹女
  ー再会
夕立もやみたる頃の迎へ傘       高橋淡路女
  ー辛さ
五月雨や上野の山も見飽きたり     正岡子規
  ー優しさ
初時雨猿も小蓑をほしげなり      松尾芭蕉
  ー存在の驚き
はるさめの暮れなんとしてけふも有   与謝野蕪村
  ー喜び
タ立が洗っていった茄子をもぐ     種田山頭火  
  ー哀愁
タ時雨蚕ひそみ音に愁う哉       与謝野蕪村
▼ 雨は、どちらかといえば陰鬱的な気持ちに私たちをさそう。 しかし、雨がもたさす憂鬱、退屈、孤独感の中から
 何にもにも代え難い感情が湧き出てくる。そして静かにエネルギーが満ちてくる。 童謡《 あめあめふれふれ母さんが 
 ジャノメでお迎えうれしいな、ピッチピッチ チャップチャップ ラン ランラン。》が、心の奥から聞こえてきた。
・・・・・・
4235, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー8
2012年10月30日(火)                       
                   ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
● グレルの語源
 <グレルの語源は平安時代の「貝合わせ」という遊びからきている。ハマグリの貝殻を二つに分け、ピッタリ合うものを
 探す遊びである。これが意外と難しくてナカナカあわない。ここから、しっくりこないことをハマグリの倒語、ハマ・グリ 
 ー>グリ・ハマとなり、そのうちグレだけ残って動詞化し「グレル」になった。この言葉、江戸時代には一般に使われていた。>
▼ 最近、あまりグレルという言葉を聞かなくなった。ここで知るまでは、愚連隊のグレからきていると思っていたが、
 愚連隊の愚連が、グレの当て語でったことになる。青少年期にグレタの者に、全うな?人生を過ごしたのは、少ない。
 人生の基本が出来てないのは、その後で立て直すのは難しいということ。10歳で人生の限界が決まってしまう説がある。
     〜〜
● へべれけの語源はギリシャ神話から
 べろんべろんに酔った状態を「へべれけになる」というが、飲みすぎて正体を無くした状態にピッタシである。
一説によるが、ゼウスの娘にちなんだへーべ・エリュケーションからきている。エリュケーションは、お酌をすると
いう意味になっている。オリンポスでは、へーベがお酌をするのが習わしで、若くて美しい美人。しかも、ゼウスの
娘なら、つい杯を重ねてしまう。 神々は前後の境なく酔いつぶれてしまう。「へーべ」「レリュケーション」すなわち
「へべれけ」という言葉が生まれた。他にも、「へ」と「べ」の区別がつかなくなり、へべれけが生まれたという説がある。
▼ 「へ」と「べ」の見境がつかない説もよいが、女神へーべの酌で神々が泥酔した説も面白い。飲み屋のネタに丁度良い。
  スナックに行くのは、へーべを求めて酔いたいためだ。へーべはいないが、へーべ風はいる。居酒屋で酔った後に
  行くのは、幻想を求めるため。 
 ・・・・・・
3870, 品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らねぇ!
2011年10月30日(日)
 映画監督の山本晋也の、ある雑誌の手記にあった言葉だが、言い得て妙である。 
  まずは、その概略を書いてみる。
≪ 小学校1、2年生の頃、友達と「鞍馬天狗」のかかっていた映画が見たくて、トイレの窓から友達4人と侵入したが、
支配人に捕まった。「先に入った友達がいるはずと、教えれば許す」という条件を出されたが、「友達はいません、僕一人です」と、
言い通した。そのため警察に突き出され、父親が引き取りにきた帰り道に、引っ叩かれた後に「ろくでもねえことをしやがって、
でも、お前さん、友達を売らなかったてぇのは、偉い。品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らなぇっていうからな。覚えてけ!」
「品行」という言葉の意味は、大人が使っていたので何となく分かったが、「品性」という言葉の意味は暫くわからなかった。
ただ、その中で、親父が友達を売らなかったことを褒めてくれた、雰囲気は伝わった。自分は成人映画を撮り続けて250本になる。
その上に、深夜番組で風俗レポーターを21年もやったが、一度として歌舞伎町で浮遊したことはない。それもこれも、親父の、
この江戸弁がきいている。 ≫ 
 ▼ 事業を40年近く携わってきて最後は、この結果に終わった。色いろあったが、法律はスピード違反なら10キロオーバーまで。
  綺麗ごとだけでは済まされないのが事業だが、その辺のことは守ってきた。 何事も契約は遵守。 自分の心にとってやましいことは、
  やらない信念は持ってきた。この倒産劇で多く非難をされたと思うが、自分では結果に対し納得しているので、冷静でいられた。 
  確かに品行は良いとはいえないが、品性が悪いとは思ったことはない。 いや、酒癖が悪いから、第三者からみたら最低の品性か。
  「国家の品格」、「女性の品格」とかいう類の本では、品性の部分では、ほぼカバーをしていた。
  そこでは自己確立が出来ているかどうかが、問われている。 人を悪し様に言っている人たち、陰口しか言えない人たちの、
  劣性などが羅列してある。 もっとも立場変われば、見方が全く違うもの。誰も自分にはあると思っているが、実はないのが品性。
  大たい2ランク上の自己評価をするから、お笑いになる。 自嘲? それもこれも比較の問題になる・・ 今さら品性と言われても!
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3505, フューチャリスト宣言 ー3
2010年10月30日(土)
  「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
  * 楽しくてしょうがないというやつしか勝てない
  ー まずは、茂木の日米の教育の基本的考え方の違いから ー
 茂木:日本の教育では基本的に「範囲」があって、『正しい範囲』を押さえた人が、最終的に大学入試に受かる。
ところがアメリカの高等教育は違う。・・・アメリカの教育は最初から偶有性(何が起こるか分からない)の海の中に生徒たちを
放り込むしかない。とにか「自分の好きなことを勝手にやりなさい」と。しかし個々人が好きな方向にとんがるとは言っても、
やはり何らかの基準がないと困るので、ナショナル.ミニマムとしてSAT(大学進学適性試験)がある。基本的に放し飼いなので、
最低限のベーシックな問題しか出さない。日本の大学入試みたいに、囲い込まれた世界で人工的な受験技術を磨く必要は
まったくなくて、それぞれが勝手な方向に突き進んでいるので、共通項としてはミニマムにならざるをえない。
ともかく、僕は公式的な正しい範囲なんて本来ありえないと思っています。だから、日本の教育の本質は「談合」であると思う。
・・(略)つまりアメリカでは、とんがらせる方向というのは人によって異なる。たとえば人によっては、それこそ高校の時から
量子力学まで進めるかもしれないし、歴史を深く掘り下げたいという人もいるかもしれない。それに対し、日本は、ここまでの
範囲しか勉強をしてはダメといって、人工的に競争をさせようとする。 どちらが良いかは、アメリカが良い。
・・・(略)それでも「とんがっていいんだよ」ということが、最近では感覚としてみんなに受け容れられてきた気がしてきた。
 ▼ アメリカの教育システムがベストという訳ではないが、私がミッション系の大学に入って感じたことは、小学校、中学校、
 そして高校から一貫教育できた連中の自由闊達さに、まず驚かされた。他の都会育ちもいるが、地方の連中が、あてがわれた
 受験勉強(大学進学適正試験)に多くのエネルギーを奪われているうちに、彼らはジャズバンドに、ゴルフに、服飾に、遊びに、
 自由の空気を満喫していたのである。現在考えてみて、その差があまりに大きかった。当時は、それほど感じなかったが。
 それで「とんがるように生きてきた」が、このザマ。 先が歪んでいたから?・・・でも、とんがると、娑婆は面白くなる。
 その自由闊達が社会に出たとき、そのまま世渡りにプラスになっている。それぞれ一長一短はあるが、
 グローバル化は、「とんがり」が求められるのである。 実は、心の奥は毎日が面白くて仕方がない? いや、そうでもない?
 「面白くなき世を、面白く」の意味が、歳を重ねていく上でシミジミと分かりかけてきた、ということ!
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3130, 閑話小題 ーつれづれにー
2009年10月30日(金)
   * PDP・TVとDVD購入から7年経過の感想
  購入7年経過の感想といえば、50インチの大きさと画面の明るさと鮮明さが良かったことである。
 特に映画と相撲やボクシングなどの迫力が圧倒的になる。それと海外各地の紹介番組も、現地に居るような錯覚にさせる。  
 ただし、長時間見ていると疲れる。 購入メーカーのパイオニアがPDP・TVより撤退をしたが、製品としては合格。
 7年経っても、現在の薄型TVに見劣りをしていないところは、さすがに日本のメーカーである。
 TVと録画機は8年を目安にしているので、TVはあと一年だが、三年位は持ちそうだ。
 その時は、液晶の65インチのつもりだが、そろそろ液晶とは違う画期的なTVが出はじめている。
  で、現在、薄型液晶を買おうと迷っているなら、50インチ以上をお勧めする。結局は画面の大きさだが、
 部屋の広さもあるから一概にはいえない。メーカーは、どこも同じようなものだが、敢えていうならソニーか、シャープ。
  * 経済の二番底が近くあるのか?
 9月に入ってから、地場から聞こえてくる経済の様子が変のようだ。 しかし新潟駅周辺は9月下旬の国体と
 身障者のスポーツ大会、5連休の観光客のために賑わっていたが、10月半ばから一挙に元に戻ってしまった。
 このところ半年に一度は、こういう雰囲気にはなるが、銀行や会計事務所の話や取引先の話を聞くと、
 今度は本当に追い詰められてしまったところが多いという。 年末年始は大荒れ、の予測が前からあったが、
 その余震が9月から始ったということだ。 当方は、冷夏のマイナスを9月、10月で何とか取り戻したので、
 何とか二月決算の数字は予定通りの目安はたっているが・・・。 年末・年始は二番底に?。
  * 「足腰の痛み」か〜 
 NHKのクローズアップ現代の10月27日(火)放送「あなたの関節は大丈夫?」〜ロコモティブシンドロームの脅威〜
 を食い入るように見てしまった。  その内容とは《(NHKのHPより) 手すりにつかまらなくては階段を上れない、
 横断歩道を青の間に渡りきれない…。 足腰の痛みなど自覚症状がほとんどない人も含め、骨や関節に問題を抱えている人が、
 全国でおよそ4700万人もいるということが、厚生労働省研究班の調査から明らかになった。原因は、ヒザや腰の関節を支える
 軟骨がすり減っていたこと。こうした運動器の障害はロコモティブシンドロームと呼ばれ、"寝たきり予備軍"と受け止められている。
  (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日
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2765, こころと脳の対話 −1
2008年10月30日(木)
「 こころと脳の対話 」  河合隼雄 茂木健一郎 著  (潮出版社 )             
ー概要ー
  月刊誌上の3度の対談を再構成した本である。脳科学者・茂木健一郎が作る「箱庭」を
  ユング派分析家・河合隼雄が分析。脳科学と心理療法は現代人の苦悩を救えるなどを議論している。
第1回 こころと脳の不思議(ユングは人間の何を見ようとしたか
   ;学生時代の箱庭体験;安易に「言語化」することの怖さ ほか);
第2回 箱庭と夢と無意識(箱庭のなかの「生」と「死」
   ;「わからない」ことを大事にする;ニワトリが牛耳る不思議な世界 ほか);
第3回 「魂」を救う対話(脳治療の倫理的課題;脳科学に限界はあるか
   ;夢のなかで「意味」がつながるとき ほか)
  −−
 まずは第一回「こころと脳の不思議」の《夢の意味を自分で考えてみる》から・・箱庭の解釈が印象的である。
 私も時々、前夜みた夢を雑記帳に書きだすが、後で読み返すと非常に面白い。
 これは箱庭の話だが、箱庭は意識と無意識の、少し意識よりの世界を表現するという。
 私の事務所の部屋の横に、秘境ツアーで買って来た小さな人形がある。
 それだけでなく、母が旅先で買ったものや、子供が小さな頃に買ったものもある。
 考えてみたら、この棚そのものが、箱庭ではないか、脈絡は有って無いような。
 母、私、そして息子の三代の小さな人形が百個位詰まっている。
 そこで時々、気の向くまま7〜8個、白い用紙の上に並べてみようかと思っている。
 そして、ジッと見ているうちに何か不思議な世界に、入り込んでしまうような気がする。
 それはそうだろう、南アフリカの喜望峰で買ったサイの像と、ケニアのマサイ族と、子供が買ってきた
 ディズニーランドのミッキーマウスなどが、白紙の上で並べば、そこに深層の何かが見えてきて当然である。
ーP・19
茂木 僕がやった箱庭は、いまでも覚えてますけれど、やっばリ砂でした。僕はそのころ、内向的というか、
  知らない人としゃべりがあまりできなくて。 あるとき、箱庭で、村でお祭りをやっていて、
  山にサルが一匹いて、木の上からそのお祭りを見ている、というのをつくったんです。
茂木 どういうことか、と聞かれたので.「僕はこのサルで、そのお祭りのなかにまでは行きたくないんだけど、でも一人で、
  こうやって楽しそうな様子を見ているのが好きなんだ」というようなことをいって。そのころの心象風景だったんですね。
河合 その、祭りを見ているサルですね。それは、客観的に祭リを観察している自分というのと、それからサルで典型的なのは
  孫悟空ですね。将来、大活躍する可能性とか、あるいは仏道に入っていくような宗教性や精神性とか、そういうものを
  全部もっている存在としてそこにいるんですよ。それで、いたたずらもするしね。それって、すごくおもしろいですね。
茂木  なるほど、その「サル」というところがポイントなんですね。
 ーP・23
河合 わかりやすくいうと、僕らが生きているということ自体、ものすごく無理をしているわけでしょう。
  それを無理しているだけではもたないかち、寝たときに調整するわけです、全体性のなかに。
  その全体性のなかに調整する動きを、脳のなかで視覚的に把握したものが夢ではないかと、僕はそう思ってるんです.
(以下、字数の関係でカット、2008年10月30日
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2007年10月30日(火)
2401, こころの旅 ー5         ('-'*)オハヨ♪
  ―カリール・ジブラン『預言者』
      「子供について」       −読書日記
赤ん坊を抱いたひとりの女が言った どうぞ子どもたちの話をして下さい
(それで予言者は言った)
あなたがたの子どもたちは あなたがたのものではない 彼らは生命そのものの あこがれの息子や娘である
彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども あなたがたから生じたものではない
あなたがたは彼らに愛情を与えうるが  あなたがたの考えを与えることはできない
なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。
あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが 彼らの魂を宿すことはできない
なぜなら彼らの魂は 明日の家に住んでいるから。
あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが 彼らに自分のようにならせようとしてはならない
なぜなら生命はうしろへ退くことはなく いつでも昨日のところに うろうろ ぐずぐずしてはいないのだ
あなたがたは弓のようなもの その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて 前へ放たれる 射る者は永遠の道の上に的をみさだめて
力いっぱいあなたがたの身をしなわせ その矢が速く遠くとび行くように力をつくす
射る者の手によって 身をしなわせられることをよろこびなさい
射る者はとび行く矢を愛するのと同じように じっとしている弓を愛しているのだから
 解)
この詩は味わい深い意味がある。 子供に対して全ての親が理解しておかなければならない基本の姿勢である。
(以下、字数の関係でカット、2011年10月30日)


4609, 閑話小題 ー金からの自由

2013年10月29日(火)

   * 金からの自由と解放感!
 脳科学者・認知科学者の苫米地英人の『君は一万円札を破れるか』を図書館でみつけ借りてきた。
銀行に倒産させられた?バイオ企業の雄だった林原の専務の著書『破綻』と並列に読むにちょうど良い内容。 
脳科学者が、金融、特にお金の本質を書くと、こうなるのか、と読むと尚の事、面白い。後日、ここで取り上げるが、
 概要といえば、《お金は経済支配者の洗脳でしかなく、早めに呪縛を解いた方がよい》、と。森林(現実、経済社会)から、
サバンナ(隠居生活)に出てみると、森での思い込みの枠が明確に見えてくる。長年の間、恐れていた倒産に至って、
汚名をきて、曝し首になっても、「それが、どうした!」と開き直ってしまえば、何んてことはない。
 地方の中小の三分の一が、今日明日の資金繰りに追われ、残りの大部分が、一歩手前。まともは1〜2割もあるかなしか。
事業整理をした結果、今までの心労はゼロ。事業をやり直す気持ちなど、さらさらない。独り4時起床、ブログを書き上げ、
6時にポタリングに出て・・と、一日のプログラムを淡々とこなす日々。 お金が無くて、不自由をするかといえば、
皆無といえば嘘?になるが、ほぼなし。全て、やりつくした感があるため、別に今さら。 酒もビールも、味などかまわなく、
美味いと思えば美味いと感じるから不思議。 リッツカールトン・ホテルのレストランが、偽装のネタの料理を出していた云々? 
そんなもの、業界の連中からみれば日常茶飯事で、何を今さら。 食通とかいう人が、能書きたれていても、それが、いかに
下らないことか、料理人が一番良く知っている。 とれたての魚や、野菜を産地で食べるのが一番美味しいし、それ以上の味が
あろうはずはない! 一流シェフの料理が美味いなど錯覚。その錯覚も良いことは良いが・・ 目隠しをし、料理、酒の味見を
すれば分かること。平べったい顔の若い女性に、整形をし、プロが化粧をし、ブランドの衣装を着せれば、誰でも絶世?の美女。
それと同じで、料理の味も集団催眠の一種。 そういう変身番組を土曜日の9時過ぎにTVで毎週、お笑いで放映している。 
 お金も、同じ。 紙切れを、あたかも価値があるように洗脳し、現物を騙し取る。米国の基軸通貨のドルが、そうである。
更にバラまいたドルを米国債で回収すればよい。ネズミ講と同じで、国家が倒れない限りは大丈夫。 世界はバカばかり、
欺し証文(お金)と、大事な時間を対価にした労働や資産を、紙切れと平気で交換する。それで、何かが買えるからだ。
その証文の価値は、一部の連中が紙切れに印刷をし、価値があると洗脳しただけの、詐欺そのもの。
 それが、森林から出てみると、鮮明に浮かび上がって見えてくる。とはいえ「金から自由になるには、気にしないで済む、
何がしかの金が必要」という現実がある。地方では、年3百〜4百万の支出に耐えられる金額が目安。それさえ確保すれば? 
その生活に甘んじれば、金から自由になれる、それ以上は同じことになる。1千万以上の生活を20数年してきたが、充実感が
あったが、現在と大して変わりはしない。いや、金の呪縛から解放された分、現在の方が良い。
以前、「会社を良い状態で、息子に引き渡した状態をベターなら、整理をし曝し首の現在がベストという実感がある」と書いた、
それである。 それもこれも、それぞれの成り行き。どうでも、よいこと。 「饅頭嫌い!」の落語の話かも? が、オチ。
・・・・・・
4234, プレイボーイの人生相談 ー2
2012年10月29日(月)
  今東光の回答も面白いが、柴田錬三郎の回答も単調直入に切って捨てるところが面白い。
   * 愛の本質とは?
● わたしは、18歳の女子学生です。愛の本質について悩んでいます。今まで3〜4人、肉体関係のあった人がいますが、
 わたしの求める愛ではありませんでした。いまも一人の男性と、月に二〜三回あっているのてすが、彼と分かれたあとの
 何ともいえない むなしさはいったい、なんなのしょうか? ー愛の本貿とは何んでしょうかー
◎ チンビう同志が裸体をくつつけ合つて愛の本質など判りはせん。魂というものについて、まず考えなくてはならないのだ。
 君には、それを考える能力がないらしい。一八歳にしかならないのに、もう数人の関係を持つとは、驚くべきズベ公ぶりだ。
 行為そのものが、どうせ、二〜三分の動物的なエンヤコラに相違ない。 だからキミは、セックスさえも知らないのだ。
 まず、阿保らしいセックスを中止して、愛するということは何かを知るために、名作といわれる古今東西の恋愛小説を読みたまえ。
 魂の美しさ、苦しさ、清らかさ、そして浄化を知るがよい。
   * 惚れて、許して、妊娠し…
● 私は十八歳の女子学生です。今、市内のある喫茶店でアルバイトをしています。店のバーテンをどうしようもないほど好きに
 なってしまいました。相手も私を思っているようなんです。でもその人は結婚しているらしいのです。人の話を聞いたのだから
 ハッキリわからないんだけれど、聞く勇気もありません。でも時々、彼にがらかわれているようにも思えるのです。
  相手は遊びのつもりなのでしようか。
◎ 嬉れて、からだを許して、一度ぐらい妊娠して人工中絶して、やがて、すてられて、なかばヤケになって、新宿あたりの酒場の
 ホステスになって、だんだん美しくなって、野心を起して、酒場のマダムになる野心を起して、いろいろの男から、金をひき出して、
 ついにその無理がたたって、ダマした男に殺されて、バラバラにされるかね。
  ▼ いずれの世の中も、悩みは同じ。悩み、悶え苦しんで、その格闘の中から、人生は生まれてくる。いずれにしても、
   人生は真正面からぶつかるしかない。とはいえ綺麗過ぎる人生も、つまらないが、汚いのも考えもの。「小汚い人生を
   小奇麗にして生きることこそ、避けるべき??」か。それとも、そんなことを一切、無視すべきか。 どちらにしても同じ。
 ・・・・・・
3869, 地球の中心点からの声 
2011年10月29日(土)
   * 瞑想のヒント?
 二年前から、早朝のウォーキングをポタリング(ミニ・サイクリング)に切り替えたが、それ以前は、25年以上近くの土手を
歩いていた。1万から1万5千歩を目標にしていたこともあって、週末には2時間以上歩いてい時期もあった。しかし1時間も
歩き続けると腰が痛くなり、屈伸をしたり、何度かシャガミこむ。その内に、そこで深呼吸をするようになっていた。
屈伸は10回ぐらい繰り返すと不思議と腰痛が引く。ある時に思いついたのが、しゃがんだ時に地球の中心点まで気持ちを落としみ、
そこからエネルギーを汲みあげ、逆に立ち上がったときには、天に向けてエネルギーが宇宙の彼方に向かうイメージである。 
呼吸法などの本から租借した呼吸法ということになる。その時に、何時の間にか擬人化した声と対話するようになっていた。 
しかし最近になってウォーキングからポタリングに切り替えたため、殆ど、その呼吸法をすることはなかった。ところが、昨日の朝、
ポタリングの途中、信濃川の大手大橋の上を引きチャリをし歩いていると、地球の中心点が頭に浮かんできて、呼びかけてきた。
《 ワシ(中心点)をリアルにイメージしろ。そして、ワシと繋がったと思え。この一点の声を聞こえる奴は少ない。何時でもよい。
 目を瞑り、そのイメージを持つのだ。 それで地球の中心に己を置くことができ、そのエネルギーを得ることが可能になる。
まずは、ここを歩いたときは必ず、この瞑想をしろ! 》と。 本当の話である。 地球の大元に繋がる?イメージは面白い!
もしかして頭が変になってきたか。元もと変だから、何だろう。 内なる声なのか、はたまた妄想か。ただ、純粋にイメージを持てば、
これは内なるエネルギーの大元に繋がることになる?。 外に向かっていたエネルギーが内向きになった結果か、それとも鬱から躁への
切り替え時のイメージか、これは。 呼吸をしてくれという身体の叫びが正体か。 深呼吸は意識的にしていたが、まだ足りないようだ。
 毒が溜まる状況下、エネルギーが枯渇ぎみ、ということ。 深呼吸が精神の大元そのもの。 中村天風の教えと同じである。 
 ・・・・・・・
3504, 10−10−10 ー�
2010年10月29日(金)
   「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」   スージー・ウェルチ (著)
 ここで多くの事例をあげて、3つのスパンで考える方法を教えている。そこで自分の日常の小さな判断の経過をあげてみる。
▼(例)=今月は、どういう訳か飲む機会がなかった。そのためか帰りの新幹線車中で「さて今月は、外で飲んでいない。
酒の肴でも買って家に帰ろうか? 殿町にでも飲みに行こうか?」と誘惑の気持ちが出てきた、とする。
 そこで、この3つのスパンで考える。≪ 店での二時間はストレス解消になる(短期)、しかし酔った勢いで下手をすると
数軒まわる可能性があり、明朝は後悔する(中期)、それも一週間後には全て忘れている(長期?)。
飲みに行けば明朝のウォーキングかサイクリングは中止になり、せっかくのゴールデンタイムが、二日酔いで帳消し。
さて、どうするか。朝か、夜か? 一週間後には全く記憶の彼方なら、帰るか ≫になる。
これは数ヶ月に一度はある。以前は三度に一度は誰かに電話をしたが、今は歳のせいか、ほぼ帰る。
要は考えるという間で、衝動を抑えることができる。 事例としては、人生とは違う内容だから相応しくないか。
 しかし、この本、久しぶりに頭がスカッとさせられた本である。 再度、おさらいをすると、
【 紙とエンピツで、目の前の悩みや葛藤を自問形として書いてみる。<わたしは○○をすべきかどうか?>つまり、
人生の様々な節目に現われてくる問題をまず自分に問いかけてみる。大切なのは、その決断を下したら10分後、10ヶ月後、
10年後(別に10の数字にこだわらなくともよい。一週間、半年、数年後でもよい)の結果を予測することだ。
予測は、ただの想像とは違う。目下の問題の充分の情報を集め、分析し、客観的に見つめなおし初めて予測可能になる。
その過程で、「自分の本心」と「価値観」が浮き彫りになり、裸の自分と向き合うことになる。
そこで、さらに「よりよい決断」をしたかどうかを、その過程で知ることになる。もし、そうでなかったら、そこで修正する。
人間は誰も節目で同じように考えるのだろうが、これを習慣化すれば、より深く考えることが容易になり、判断と決断が早まる。
現在の恐慌?も、「100年、250年、500年に一度のスパン」で捉えたり、「500年、1万年、20万年に一度のスパン」で
捉えたりすることもできる。この視点で過去を振りかえると、自分を見つめ直すきっかけになる。 
・・・・・・・
3129,電気自動車の時代
 2009年10月29日(木)
先日、NHKスペシャル「電気自動車革命」を放送していた。以前にも「電気自動車が、これからの主流になる」
という内容の特集を組んでいたが、地球温暖化防止のための‘脱ガソリン’として、世界中が電気自動車へ
向けてギアが変わってきたようだ。GMが先駆けて脱ガソリン車の開発・完成をした時にあらゆる妨害が入った。
それを「誰が電気自動車を殺したのか」というテーマのドキュメントも放送していた。
石油業界にとって脱ガソリンは大打撃になる。が、温暖化を考えたら、そうはいってはいられない。
 ーNHK・HPのこの番組紹介からー
《 自動車革命 第2回 スモール・ハンドレッド 新たな挑戦者たち 》
シリーズ2回目は、世界各地で同時多発的に勃興する電気自動車メーカーの動きと、電気自動車に社運をかける日本メーカー
日産の最前線の動きに密着する。中国の農村部で「電気自動車ブーム」が起きている。町工場が雨後のタケノコのように生まれ、
今まで自動車と縁のなかった層が新たな市場として活気づいている。 新興メーカー中には、ヨーロッパに進出するなど、
自動車メーカーと市場争いを繰り広げるところも出てきた。一方アメリカでは「グリーンニューディール」を推進する
オバマ政権のもと、グーグルなどシリコンバレーのIT企業を中心に「21世紀の産業革命」を起こし、世界のイニシアティブを
握ろうという動きが進んでいる。これに対し、世界の自動車メーカーで初めて本格的な電気自動車の量産化を打ち出した日産は、
ガソリン車の購買層をターゲットに市場の開拓を推し進めている。 市民の意識改革の難しさ、充電インフラ整備など様々な
課題をかかえながら、新時代を切り開こうとしている。
 ーー
 違う時代に紛れ込んでしまったような錯覚を受けてしまった内容だった。
  ー印象に残った部分を列記してみると、。 
  (字数制限のためカット 2011年10月29日)
 ・・・・・・・・・
2764 ,ウォール街の魔女
 2008年10月29日(水)
  【産経抄】の10月25日のコラムが強烈である!
  関西で「がめついヤツ」とかいう三益愛子が主演していた演劇があったが、
 そのウォール街版である。 ここまで徹すれば、これまた御立派である。
  ーまずは、そのコピーから
 1世紀ばかり前の米国に「ウォール街の魔女」と呼ばれる女性がいた。へティ・グリーンという。
 父親の遺産をもとに株や債券、不動産に投資を続け、1916年に81歳で亡くなったとき、
 当時の金で1億ドルの財産を残した。 今のレートで100億円近い。
 ▼作家、ジェイ・ナッシュの『世界変人型録』という本によれば、彼女は金銭に関する第六感のようなものを持っていた。
  銀行の破綻(はたん)や金融恐慌を巧みにかぎとりながら、稼ぎまくった。
  さらに、大富豪にしては「常軌を逸した締まり屋」でもあったという。
 ▼20年間、同じ服を着てウォール街を歩き回り、決して車には乗らなかった。食事は安いレストランですまし、
  安下宿を転々とし週5ドル以上の家賃は払わなかった。読んだ新聞は息子に売りにいかせ、その息子がケガをしたときは、
  治療代をケチり片足を切断させられた。  (字数制限のためカット 2010年10月29日)
 ・・・・・・・・・
2007年10月29日(月)
2400, こころの旅 ー4         (* ̄0 ̄)ノ 才八∃一 gozaimasu!
*まわり道*
  神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。同じようなことが、
  立花隆の文章にあった。「青年期の10年は潜伏期間、そこで何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。 
  誰もが直線的な人生より、まわり道をする。 が、問題はその道で如何に自分を培養するかである。
  行ったきりの人生もあるが・・・ 精神喪失(精神病)や自殺は、その極端な例。
  一つや二つは、迷路の迷い込み七転八倒した経験は人知れず持つのが人生。お伽噺や神話は、その理想の物語として
  我々に提示される。まわり道こそ、物語なのである。その時は辛く、激しく、情けなく、悲しいが、真実と夢があった! 
  逆にまわり道のない人生はそこに何の味わいがないだろう。 中学校の担任が定年の祝いの同級会の二次会で、
 「オレの人生はなかった!両親が先生で、今も90歳近いのに矍鑠としている。そして二人のコントロール下にある」
  という言葉が重く聞こえた。   
   ーp.121ー
  ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。 「運命」と当面のしごとが要求することを
 忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口があらわれてくることもある。あるいはまったく思いがけない人が
 みていて、本道へとつれ出してくれることもある。けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間、見捨てられているわけではない。
 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、たとえもし青年期を病の中で
 すごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。 
 落伍者のようにみえた青年の中から、のちにどれだけ個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、
 順調に行った人よりも多くの風景にせっし、多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと
 「わが道」にたどりついたとき、すらすらと一直線でそこに来た人よりも独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事を
 することができるだろう。・・・」
  ーー
 人生60年余生きてきて、無駄なことは無かった!と実感する。 それも順境の時より、逆境の時の方が有益だった。
 「順境は枝を張れ、逆境は(枝葉を切って)根を張れ」というが。佐藤優の文章が心を打つのは、
 決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で差し入れられた本を読み、考え、言葉を練りまわしていたからである。   
 そこを「勉強の場」として、割り切ったからである。 まわり道の中でこそ、個性ができるのである。  honnja ヾ(・ω・`)ノバイ


4608, 孤立無業

2013年10月28日(月)

朝日新聞の書評に、『孤立無業(SNEP)』 玄田有史〈著〉があった。
ネット検索で調べると、多くのレビューが出てきた。そこで、その幾つかをまとめてみた。
 孤立無業から独居老人に、そして孤立死を迎えることになる。死ぬ時は、誰もが孤立死だが。
《  * 孤立が就労意欲を奪う
 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた 東大社会科学研究所の玄田有史が、新たな分析視角を提唱した。
ニートが15歳から34歳の無業者を指すのに対し、本書が取り上げる「孤立無業」は、20歳以上59歳以下の未婚で
無業者のうち(在学中を除く)、ふだんずっと一人でいるか、一緒にいる人が家族以外にいない人々を指す言葉。 
 孤立無業者は、家族と一緒にいる時間がふだんある「家族型孤立無業」と、ずっと一人の「一人型孤立無業」に分類される。
この春、ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版ウェブサイト『JAPAN REALTIME』が「孤立無業者『SNEP』が急増中」
という記事を掲載したことで、ネット上で「SNEP」に注目が集まることとなった。玄田教授によると、「SNEP」の
インターネット利用率は41.3%にとどまり、孤立していない無業者に比べると20ポイントも少ない(2006年のデータ)。 
 〜玄田教授への質問〜  ――孤立無業と聞いても新しい概念とは思えませんが。  
玄田:孤立無業は、英語でいうSolitary Non―Employed Personsの頭文字を取ってSNEP。
 Solitaryには「ひとりぼっちの」「他人とつきあいのない」「孤独な」「寂しい」といった意味があるように、
無業者の中でも、ふだんずっと 一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々のことを指します。
  ――ニートや引きこもりとどう違うのですか。
玄田:まず年齢の定義が違います。ニートは15〜34歳の若年無業者を指す一方、孤立無業は20歳以上59歳以下の
 在学中を除く未婚無業者。仕事をしていない点ではニートと同じですが、ニートは仕事を探す活動や準備をしていない
 無業者、SNEPは友人や知人との交流のない無業者で、約9割が6か月以上働いていません。
 外出をめったにしない人もいますので、その意味では引きこもりはSNEPに含まれていると考えていい。
 また、過去1年にスポーツや旅行、ボランティアなどの社交活動を一切行っていない割合が高いのが特徴です。
  ――孤立無業者はどのくらいいるのですか。
玄田:総務省統計局の「社会生活基本調査」から導き出したところ、2006年に112万人いた孤立無業が2000年代に急増し、
 2011年時点で162万人に達していることが分かりました。これは60歳未満の未婚無業者の実に約6割を占めています。 》
▼ 老後にも「孤立無業」が待っている。特に男の場合、縦社会に慣らされてきたため、横社会では、孤立しやすい。
 それでも160万以上は驚き。 何とか60歳に辿りついたが、それまでに一つ間違えれば『孤立無業』があった。
 倒産は、ほぼ、孤立無業が待っている。事業は船底一枚下が地獄。だから必死に考え、力と知恵が湧き出る。
 最後は挫折で、孤立無業である。特に大都会での「孤立無業」は厳しい。「独りは良い」というのは、独りでない
 からこそ 言えること。人の間にあってこそ、人は人間になる。先日、初老の独り暮らしの人が、アルバイトで
 何とか生活している状況をリポートしていたが、鬼気(危機)迫る深刻なもの。 あの時、何もかも放り出し、
 独り東京の郊外に身を隠し、年金暮しか、生活保護という道もあった。大部分が、それに近い。そこで寂しさと、
 心の傷を癒すため、酒に溺れアル中、そして孤立死・・ としても、一歩も、かたい岩場の穴に閉じこもった
 人生より遥かにまともに、思うのだが、当人は、凍りつく日々。緩んだ方々より凍死? 何か最近、緩んできた?
・・・・・・
4233,プレイボーイの人生相談 ー1
2012年10月28日(日)
以前、この中の今東光の回答の幾つかを取り上げたことがあった。先日、図書館で再び借りて読んだが、
今東光の珍妙な味わいある内容に決して劣らないものが多くあった。回答者は、他に柴田錬三郎、吉本隆明、野坂昭如、
アントニオ猪木、開高健、赤塚不二夫、岡本太郎、武田鉄矢などなど。 その幾つかを取り上げるが、面白い!
若者向けの雑誌のためか、「性についての悩み」が多い。          『プレイボーイの人生相談』(集英社)
   ーまずは武田鉄也からー  <愛につながる性の道>
相談:「彼女はいるのですが、どうしても風俗通いがやめられません。
    風俗に行くと、彼女には要求できないことも要求できて、とにかくハマってしまうのです」。
回答:「実はセックスというのはお互いを汚しあうことなんです。だから、本当にキミが彼女のことを好きなら、彼女と一緒に
  汚れる性を体験しなければ本当の性は完結しないんだ。(中略) お互いを汚し合い、互いを洗い合うところに本質があるんだ。
キミが風俗にハマっているのは、相手を洗ってあげる必要がないからなんだよね。例えばレストランと一緒で、自分が食べたものを
後片付けする必要がないから、気楽だし、好き勝手注文することができる。毎日レストランじゃ、飽きちゃうし、お金も続かなくなる。
そうすると、やっぱり自分の家で食べるご飯が中心になるし、いちばん落ち着ける場所になる。だから自炊をするんだけれども、
自炊をするために魚を買ってさばいてみれば、はらわたは出るし、生ゴミなんかたくさん出るわけだ。すると当然、部屋は汚れる。
実は本当の性、セックスというのはそういうことなんです。今のあなたは彼女とのセックスを汚さないように、散らかさないように、
後片付けがしやすいようにやってると思うんだ。でもさ、若いんだったらふたりで片付けないと片付けきれないぐらい汚したりして
いいんじゃないかな。キミはもっと獣性や野生を出して彼女を汚すべきなんだ。そして、その汚れをふたりできれいに片付ける。
そんなところに、本当の愛につながる性の道、セックスの道というのがあると思うんです」。≫ 
   <何のために生まれてきたか? と考えて>
相談:「最近、ボクはなんのために生まれてきたのかと考えることがあります。人間って一体なんのために生まれてくるんでしょうか」。
回答:「ただ、その問題を考えている人たちは、みんな悩みながら、なぜか突拍子もないことをやり始めているんです。
 簡単な例を挙げてみましょう。桃太郎という昔話があります。よく考えてみてください。 桃太郎っていうのは実に変なヤツですよね。
桃から生まれたといわれて、ある日突然、鬼ヶ島へ鬼退治に行くわけです。だいたい桃から人間が生まれるわけがないと思っていますね。
そんなことは子供でもわかります。それに、自分にはおじいさんとおばあさんしかいない。村の友達と比べれば、なぜなんだろうと
不思議がるでしょう。そこで、桃太郎は鉢巻を締めて考えたんでしょうね。「オレはなんで生まれてきたんだろう?」。その結論は、
「オレは鬼退治をするために生まれてきたんじゃないだろうか?」だったと思うんです。オレはどうやらふつうのやつとは違う、
オレはなにか突拍子もないことをするために生まれてきたんだ。その突拍子もないことはなにかと考えたときに、それが
「誰もやらない鬼ヶ島を攻めること」だった。突拍子もないことをやることで桃太郎は、オレはなにか?という答えを見つけたんだ」。
 ▼ 私なら、こう回答する。 ≪そんな人生の大問題の手軽な答えなどないよ。「何のため生まれてきたのだろうと頭の中で
  繰り返しながら、本屋と図書館の書棚を見て回りなさい。必ずあるから。そしたら、まず、おわりと、最終章を読みなさい。
  そこになかったら、序文を読めば、多くのヒントがあるよ。とにかく、自分で答えを探すこと、それが一番大事なことだよ!≫
 ・・・・・・・
3868, 嘘みたいな本当の話 ー5
2011年10月28日(金)                  
  * 祖母とロック      「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
 祖母と歌番組を見ていた。 とあるロックバンドが演奏していた。 当時とすると若者に人気のバンドだった。
祖母がひとこと、「彼らは、ロックがわかっていない」と言った。 そして祖母は無言で演奏を見続けた。  ー奈良県 うさど
  * 彼女だけの階段
「あの階段、どこですのん?」 ターナル駅の地下街で呼び止められた。「ほら、あのいつも通る階段よ」 私は一瞬とまどったが、
困っているおばあさんを無視することもできず、「その階殴を上がると何が見えますか?」と聞いてみた。 しかしおばあさんは
私に聞いてもだめだと思ったらしく、「あの人に聞いてみたろ」とそそくさと行った。         ー大阪府 馬山鱒由紀
  * もうひとりの私へ
 研究室に入ると、先輩が詰め寄って来た。彼女は日本古代史専攻の学究の徒。
「あなたは、歴史を学ぶ者として恥ずかしくはないの〜」 はい〜 「なぜ、○○遺跡発掘を邪魔するのか?」を知りたい。
「私は、この目で見た。あなたが、その遺跡でしていることを。嘘はつけないよ。なぜ、そんなことをするのか」
何が何やら、さっぱりわからない。「私、その遺跡のことも発掘のことも、何も知りません」
「よく、そんな言い訳ができるね。私は、この目で見たんだから」 はい〜  四十年近く経ったいまでもわからない。
在学中、彼女はずっと糾弾の目で私を見つめていた。よく似た人がいるのだろうか。もうひとりの私は、そこで何をしていたのだろう。
どこの遺跡で何をしていたのだろうか。いまはそれが知りたい。  今日、知人に言われた。『○○スーパーでパート始めたの?』
『牛乳の補充してたでしょう』エーッ! もうひとりの私、頑張ってるね。
 ▼ 「彼女だけの階段」を読んで、学生時代に住んでいた寮の近くでの出来事を思い出した。それも、いやに鮮明に憶えている。
  5歳ぐらいの女児が、「私の家を知らないですか?」と、道を迷ったらしく私に聞いてきた。「町名は何というの?」と聞くと、
  その子、「何を言ってんの。ほら私の家よ、私の家よ」という。 私、「 ・・・・ 」 不思議そうな顔をして、走っていった。
  痴呆症の老婆と私の出会った少女の話と、実は同じような思い込みを我々はしている。 自分が知っていることを他の人まで
  知っていると思い込む、一人合点。 それが長年、蓄積されているから問題。 それより、自分が何にも知らないことを、
  知らない恐ろしさの方が悲惨である。 悲惨さえ自覚出来ない悲しい過去と、そして現在。 軽い話が重くなったか!
 ・・・・・・・
3503, フューチャリスト宣言 ー2
2010年10月28日(木)                
  *(ネット)システム一人勝ちの時代    「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
 最近、ネットなどの通販がコンビニ業界と、百貨店業界の売り上げを超えた。10年前では考えられないこと。
我が家では半分近くがアマゾン、楽天などのネットによる宅配便の購入である。それも一回払いのカードで
割引ポイントを稼いでいる。 また楽天などネット商店街を提供する業者は売り上げの数パーセントを出店先からはねている。
これは流通だけでなく、情報に対してもいえること。情報というコンテンツをつくる方は、ネットをコントロール側からすると、
消費される≪素材≫でしかなくなっている。ネット商店は、実際に店に商品を並べ、販売するよりコストが
格段と安く済むため、経費が格段と安く済み、それでもネット・システムを利用する。それが、僅か10年もしないうちに、
百貨店やコンビニの売り上げを超える結果になったのである。そういえば「マトリックス」という映画を観たとき、
コンピューターが、それぞれのシステムと結びついて、エネルギーと情報を吸い取って生体システムが、人間をコントロール
してしまう場面があった。 それは極端としても、ネット商店街などの売り上げが、現実の店の売り上げを超えてきたという
現実は、ネット一人勝ちを更に推し進めることになる。 当方にも楽天の営業がきて「現在の売価を1・5倍にして、
宿泊者に販売をして、ポイントを上乗せをして相手に付ける」という提案をしてきた。宿泊者は、領収書を貰えるので、
会社から、その金額が返金になるが、ポイントの差額が楽天で使えるので、優先的に選択をしますという。
何か、これは詐欺の推奨でないかと疑問を持っている。グーグルも、検索を無料提供し、その情報にヒットする
広告が自動的に調べ手に流すことで広告代が入るのだから、これは素晴らしい。ネット一人勝ちの典型である。
 新聞広告だけを集めたネットが最近出来た。 それまで新聞に挟まれてきたのが、それを地域単位で
まとめたネット。そこに出す商店が出すメリットは、広告の中の惣菜の何を大きくクリックするかで、
その商品に対して顧客が注目されているかを知ることができる。それ自体が、既にリサーチになっている。
 システム一人勝ちは、今後ますます激しく時代を動かすことになる。
・・・・・・・・
3128,ジム・ロジャーズの経済見通し
2009年10月28日(水)
 去年の9・15のリーマンショックは世界経済に大激震を与えた。 世界各国は、この一年間、その影響を最小限度に
 抑えるために可能な限りの資金を投入。それで表面的には平静を保っているが、それは目先の応急処置でしかない。
 日本の失われた10年、20年と同じような停滞をもたらす杞憂があるというのも、今更だが、どうも分かってないのが多い。
 ジム・ロジャーズのインタビューを数ヶ月ぶりに目にした。 当たり前のこととはいえ、彼が言うから説得力になる。
  ーまず、その内容をコピーしてみるー
   ◇「経済危機、再燃も」
    −−金融危機から1年余りが経過し、世界経済は回復の動きも出ています。
 ◆各国の政府が大量にお金を使ったおかげで改善しているように見えるだけだ。自律的な回復ではなく危機が去ったとは言えない。
  米国経済は消費が低迷し、問題解決のために政府は借金を重ね、一時的な雇用対策などに重点を置いている。産業の競争力の
  向上にはつながらず、問題を先送りしている。「失われた10年」、いや「20年」に突入したかもしれない。
  一方、中国政府は競争力をつけるような分野に投資しており、米国との差が鮮明になっている。
    −−日本の政権交代が経済に及ぼす影響をどう見ますか?
 ◆政府は「未来は明るい」と言うもの。ただ、私自身は投資について政府のアドバイスを受けないことにしている。
  政権交代があれば、恩恵を受けるところとそうでないところが出る。日本の新政権は出生率を上げる政策に力を入れるので
  子育て関連の企業は恩恵を受けるが、公共事業削減を目指しているため建設業のような企業は先行き厳しいのではないか。
    −−日本に対する投資スタンスは?
 ◆次の10年を見通すとアメリカに比べると債権国の日本の方が期待できる。私も日本円は保有している。
  最近は円高傾向にあり、円はまだ上昇するはず。ただ、日本は少子高齢化に直面しているうえ、巨額の財政赤字を抱えているため、
  将来的に円を手放さなければならない時期が来るかもしれない。日本の国債は投資への意欲をなくすような低金利だから保有しない。
  −−関心を持つ投資先は?
 ◆貴金属や農産物などの商品相場だ。商品は新興国を中心とした需要の増大に対する供給が追いついておらず、高騰している。
  今後も堅調に価格が上昇すると見込まれるため、今後も商品に投資していく。
  〜〜
  サブプライム・ローンを混入した債権は世界中の金融機関や企業内の資金運用部門に秘かに眠っている。
 それが何時、表面化するか、その時が大恐慌のキッカケになる。 ただ引き延ばしているだけでしかない。
 だから世界の20ケ国が顔を突き合わせて、対策を考えているが、世界の金融機関の一せい閉鎖をする位の荒治療が必要だが、
 それは無理である。だから、失われた10年~20年になるしかないのである。 以前なら世界戦争で、一度清算という手があった。
 ・・・・・・・・・
2763, 閑話小題
 2008年10月28日(火)
 *金融危機が止まらない
9月半ばから始った金融危機、予想通り恐慌の様相を呈してきた。その時点で、この随想日記で「世界恐慌に入ったようだ」
と書いた。他の人は如何であれ、そう信じて状況をみると、恐慌の発火に思えたからである。 何人かの知人に、
「これは既に恐慌だ!と思い込んで世界の状況を見ると、見えないことが見えてくる」と、言ってきた。 
そして、あれよあれよと、一万、9千、8千、そして5年半前の7607円割れを先週末にしたと思ったら、
昨日は7162円でひけた。この数字は、26年ぶりの最安値。 あと少しで7000円割れになるところだ。 
大方の経済評論家は7000円が底値とみているが、近々に6000円前半もあるかもしれない。この上に円だけが独歩高。 
輸出立国の日本はダブルパンチになる。年末から来年にかけて体力のない企業から倒産が始る。 不動産、建築関連、
そして中小金融機関辺りからか。それだけではない、大手銀行も痛んでいて、五千億〜一兆円の増資をするとか、
銀行保有の株式を政府が買取るとか、何でも有りになってきた。世界に目を転じれば、アイスランドに続き、フィリッピン、
ブラジル、そしてロシアと、株式市場の閉鎖などの金融危機が切羽詰ってきた。
世界の株式市場の時価が一年前の半額の三千兆円が消失、それがさらに実体経済を凍りつけている。
11月の15日に、G8と、中国・インドなど新興国が緊急に集まるというが、そこで何が決定されるのだろう? 
最近、グリンスパンなどが、これは世界を覆う大津波といっていた。先月半ばの一連の金融危機は私の人生で一番の世界的な大事件と、
何度も書いてきた。この恐ろしさは、短期的に収まるような問題ではない。アメリカが世界中に毒をばら撒いてしまったのである。 
それもタチの悪い、簡単に回収できない毒。 その中で、ただ生き抜くしかない時代になってしまった。
  ーー
 *WBCの監督問題
面白いから、WBCの監督に誰がよいか頭の体操をしてみる。北京オリンピックで現役監督から遠ざかっていた星野は難しかったのは、
誰の目にも明らかだった。そのことを本人は自覚していると思いきや、どうも最近の彼の言動からして違うようだ。
  (以下字数の関係でカット2009年10月28日) 
・・・・・・・・・・
2007年10月28日(日)
2399, 世間に踊らされた「悪役」
 荻野アンナが読売新聞に『亀田一家の問題』を軽妙に書いていた。彼女は現在、慶応の教授をしているが、
 よくTVで見かける人。 (以下字数の関係でカット2008年10月28日)           


4607, そして、人生はつづく ー7

2013年10月27日(日)

   * そして、『私』の人生はつづく
 「そして、人生はつづく」に、それぞれが、「そして、『私の』人生はつづく」と、想定するだろう。
私の場合、「51歳で母を亡くした時、還暦までに人生のやりたいことを燃焼する」と、決心、実践した。
到達時に心の底で「万歳!」。そして、人生がつづいて8年近くになる。
 二年半前に会社整理せざるを得なり、本来は致命傷だが、軟着陸?もあって、立ちなおりは早い。。
既に燃焼した人生があったこともある。 20歳で事業創業の人生を決め、踏み出して45年スパンの事業人生。
その物語の終わりのピリオドが、会社整理。 誰にでも、何事にも挫折が必ず待っている。私にとって還暦が区切り。 
還暦から新たなステージが始まって、第一の区切りが65歳時の事業精算。次は死期を覚悟する「余命半年」の宣言時か、
寝たきりになった時、そして最期は、プッツンの前日から数秒前辺り。その時、全てが夢幻と気づく・・
 ところで、一昨日、タクシーに乗って早そう、50代後半の運転手が、身の上話を始めた。
「私の両親の仲が悪く、離婚。母親に引き取られ、母一人子一人の母子家庭。生活が厳しく、直ぐに働かざるを得なく、結局、
水商売の世界へ。職場のホステスと結婚したが、カミさんが客と浮気、離婚。女の子がいたが、裁判の結果、私が引き取り、
母親ともに育て上げた。子供は巣立ち、今は、母と暮らしているが、生活で手一杯。人生何も良いことはなかった・・」と、
数分で彼の人生を物語風に語った。「一限の客に、よく話しますね!」というと、「ここまでくれば、恥も何もないですよ。
以前、お客さんを乗せたことがあり、身の上話を少ししたことがあったんで・・」と。 タクシーに乗ると、必ず景気とか、
収入とか、生活状況を何気なく聞く習慣がある。 以前、何か聞いたのだろうが、色いろな人生がある。
 人生は一度、歯車が狂うと、孫子何代、その影響を受けてしまう。順調時から、「まさか」の坂に備え(シェルター)
をつくっておくべきは、身をもって言える。助けてくれるのは自分しかない!「自分だけは、自分の会社だけは、大丈夫!」と、
つい思いがちだが・・ 地球規模から見れば、グローバル化が世界を激変させている。その中、各人の「そして、人生がつづく」。
 情報化、グローバル化、まさかの事態(ブラック・スワン)、弱肉強食などがキーワードになる。
特に、グローバル化は、島国の日本にとっては大きなマイナスをもたらす。それぞれの『私』も、思い込みでしかない・・
・・・・・・
4232,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー7
2012年10月27日(土)                       ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 食べると危険 ートマトはもともと観賞用の植物
 ≪ 生で食べてもおいしいし、ソースやケチャップの材料にもなるトマトだが、じつはヨーロッパでは長いあいだ、トマトは
観嘗用や薬用としてしか利用されていなかった。トマトの原産地は中南米である。メキシコでは「トマトル」という名で
煮込み料理などに使われていた一時代を経て一六〜一七世紀にヨーロッパのもたらされた。当時のトマトは品種改良も進んでおらず、
甘味もなく、美味しくなかたようだ。トマトが食べられるようになったのは、イタリアの貧しい農民が、二世紀を経た後に、飢え死にを
するぐらいならと食べたのがキッカケ。≫
▼ これも多くの野菜同様に、南米から持ち込まれたもの。当初は観賞用で、「黄金のリンゴ」「愛のリンゴ」などと呼ばれた。
   * 冷使用人の嫌がらせが功を奏した? ー清酒誕生の裏話
 ≪ 清く澄んだその見た目から、日本酒は清酒とも呼ばれる。日本酒が現在のような透明に澄んだ酒に変貌するのは、
江戸時代初期のこと。じつはそれまでの日本酒は濁り酒で、今でいうどぶろくだった。その濁り酒から澄んだ透明の酒ができたのは、
まったくの偶然からだった。江戸時代初期、兵庫県にあたる摂津の国に、鴻池新六という酒造業者がいた。ある時、新六が素行の悪い
使用人を叱ったところ、その男は蔵の酒桶に灰汁を投じて逃げてしまった。主人を困らせようというもの。ところが思わぬ効果を挙げた。
翌朝になって新六か桶の中を見ると、今まで白く濁っていた酒が清く澄みわたり、味も香りも驚くほど芳醇なものに変わっていたのだ。
まさに、偶然の産物だった。使用人の恵業かなければこの発見はなかった。新六は、この酒を江戸まで運んで売ることを思いつく。
運び賃をはじめとする流通の経費はかかったが、清酒を求め大名の間で、奪い合いになるほど大評判になり、売れた。
新六は江戸と摂津の国を何ども往復して莫大の利益をあげると、大阪に出て商売を広げた。こうして鴻池家は大阪を代表する
豪商になっていくのである。≫
▼ 大阪の鴻池が、こういう経緯で大財閥をつくったとは知らなかったが、面白いものである。ただ、それを大々的に売り出した、
 新六の才覚があったことも大きい。
 ・・・・・
3867, 三〜四年前の為替相場
2011年10月27日(木)
 三年前の2008年10月25日(土)≪随想日記のテーマ「閑話小題ー毎日が薄氷の上」≫が、為替相場について書いていた。
≪ 9月の半ばから恐慌前夜の重い雰囲気である。日経平均も三ヶ月で40%も暴落、何と7600円まで下がってしまった。
 ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っている。この結果どうなるのか? 
 倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。それで済めばよいが、数年以内に中小の
 半分の事業所が倒産、廃業のだろう。考えただけで凍り付く思いになる。 経済大津波が世界中を押し流す勢いである。
 ー 以下は、一年前との比較である。これからみると、まだ経済破壊は序盤ということが分かる。(2008年10月22日現在)≫   
 【 そこで、現在2011年10月26日現在を、書き入れてみた。】
        2007年10月24日       2008年10月22日   2011年10月25日
ドル円         114.10             97.70         76.~
ユーロドル       1.42              1.27  
ユーロ円       162.80            124.70     103〜
NYダウ       13,675            8,519          11,913
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%           2.23%
原油         87.10             67.48           80
金          757ドル            724ドル         1640ドル
日経         16000            8500          8800
 ▼ 4年前と比べるとドルとユーロが大よそ三分の二になり、金価格が、2.2倍になってしまった。
  それに対し、株価は一年後にはアメリカの株価は6割まで下がったのが、9割近くまで回復している。
  日本の株価は、4年前から一年後に半分近くまで落下したが、その後の三年後の現在も、ほぼ同じである。
  アメリカと欧州は、ドルとユーロを過剰に刷っただけ? 資源と金はふんだんに持っている。(欧州は属国を含めて)
 ・・・・・・・
3502, 10−10−10 ー� 
2010年10月27日(水)
「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」
 スージー・ウェルチ (著)
  *「10−10−10」と「起承転結」
 ここで、著者は、自分の直感を盲信すべきでないともいう。ことにあたって、冷静にあれという。
さらに三つ目の長期的視点も気をつけるべしと釘をさす。それが短期的、中期的より優れているとは限らないことが、
この「10・10・10」が教えている。長期的視点は重要だが、他の時間軸での見方も重要であると。
考えれば考えるほど奥行きが深くなる。 そこで文章作法、いや四コマ漫画の「起承転結」を、これに当てはめてみる。
< 起=現在、承=現時点で実感できる近い将来(1〜2年先等)、転=一時代先の将来、結=永遠、虚無 >という仮説である。
 文章作法も、漫画からみると、転=が最も重要である。10年一昔ともいうし、転を基軸に起と承と結が決まってくる。
そうすると、哲学的に人生を俯瞰して考えると10年先の転に常に標準を合わせて現在、そして数年先を決めるべき、となる。
ある海外ツアーの添乗員が、面白いことを言っていた。「自分は、10年スパンで人生を括ってきた。
卒業をして10年は普通のサラリーマン、そして次の10年は世界を見て歩きたいため添乗員に、その10年に来年なってしまう。
次の10年を何をしたらよいか決断しなければならない。この10年は満足をしているが、次の10年も全く違う分野に
転進した方が良いのは分かっているが」成るほどと、考えさせられた。それは、決して職業とか職場を変えるべし、
ということでなく、職場配点でも、内面の変化でもよい。そうこう考えると、この(大小の)決断のための3つのスパンの視点を
身につけることは非常に重要である。 自分の過去に、あと理屈をつけて次の10−10−10を考えるのも方策である。
転に焦点をあてるために、起が重要になるのは言うまでもない。現在は結の永遠・虚無に垂直にたって通じているからだ。
 そんな難しいことより、三つのスパンで考える習慣を、転、転、転で、いや、テン・テン・テンで考えることだ。
小さな節目、中くらいの節目、そして大きな節目を過去から見つけ、この先に当てはめることである。 
 まあ、何をしてきたのだろうか。それは100人中100人が当てはまるが、これを当てはめて10年先、?十年先を考えないと。
それより、もう先が無いか!
 ・・・・・・・・・
3127,「法則」のトリセツ ー2
 2009年10月27日(火)
 * エメットの法則  ー後回しは二倍のエネルギーが必要となるー
 他人事にはよく分かるが、自分のこととなると全くみえないから恐ろしい。
仕事を頼むなら忙しい人に頼めとは、出来る人は仕事を後回しにしないで直ぐにやるからである。
ーウィキペディアによるとー
≪エメットの法則とは「仕事を先延ばしにすることは、片付けることよりも倍の時間とエネルギーを要する」
 というリタ・エメットが提示した法則である。 我われはついつい仕事や判断を先延ばしにしがちである。
 そのことは大きなマイナスになることを体験上知っている。だから如何に問題から逃げないようにするかである。
 しかし「やりたくない」という気持ちが勝ってしまい「後で」という言葉が習性になっている。≫
▲ これは、個人だけではない、現在の日本が直面している問題である。そのツケは、結局は我われの後の世代に回ってくるが、
 その根は深く、後に回すしかしないのが現状である。これは、逆に考えれば「何事も先手を打った方が結果として、エネルギーは
 半分で済む」ことになる。戦略的に先を読んで前もって準備をしておくと結果は半分のエネルギーで済むということ。
 たったこれだけの法則、どこまで実行してきたのだろうか?
  〜〜
 * ハロー効果
≪ ハロー効果とは心理的効果の一つで、ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が
 歪められる現象のこと。 一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向へのハロー効果も存在する。
 ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。
 例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れていると思い込んでしまう
 ケースが挙げられる。また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにも
 かかわらず良いイメージを与える。それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 いっぽう、CMに起用された
 タレントが不祥事を起こしたりすると、商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする ≫
▼ 常に、何処かのバカタレが麻薬事件で問題を起こしているが、あれが実情の素顔でしかない。虚像を売るのが彼らの商売。
 クレオパトラは、それほどの美人ではなく、常に男の視線を意識をして派手な演出効果をしていたとか。特に色と光に、そんなもの。
 ・・・・・・・・・
2762, 半歩遅れの読書術 
 2008年10月27日(月)
 日経新聞に連載中の書評4年分をまとめたもの。新刊書ではなく、刊行後1-2年経た本を主な対象にしている。
30名が読書にまつわる思いを書いている中身の濃い本である。
冒頭に出てきた荒川洋治のー基本という「本」−僕のジャンル別の『書き方』−の次の一節が面白い。
 ーP-22
M・j・アドラー、C・V・ドーレンの『入門本を読む本』(外山滋比占、一九九七)は本を読む人のための、本だ。
「文学書」を読むときの心得は、「文学の影響力に抵抗してはならない」。たとえぱバリが舞台の小説を読みながら、
ロンドンだったらいいのにね、などと思わないこと。流れに身をまかせよ。それが読者の経験となる。
「文学の中に名辞、命題、論証を求めてはならない」。いうにいわれぬ「何か」を求めることだ、と。
またテレビやラジオなど外側の情報源は「突っかい俸にすぎない」。だから本を手放してはならないと、
「自分の中に精神的貯えをもたなければ、知的にも、道徳的にも、精神的にも、われわれの成長は止まってしまう。
 そのとき、われわれの死がはじまる」。現代人への、警告である。・・・(中略)
さて、ぼくは読みかたではなく、書きかた、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してみた。

・・・・・・・・・
2007年10月27日(土)
 2398, 20歳代 海外旅行離れのワケ              オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪        
 先日の日経流通新聞のトップ記事の見出しが「20歳代海外旅行離れのワケ」であった。
時代の流れが、その時々の若者の気持ちを決めてしまう一つの事例である。
逆にいえば、この不景気の中、国家存亡の時期に20歳代に6割も海外に行っていること事態がおかしい!のである。
それと、やはり情報化が、この10年間に進んだこともある。 TVで世界中の映像を、こと細かく放送をしていれば、
未知への憧れも薄れてしまう。 さらにインターネットや携帯やゲームなど、旅行より面白そうなものが
手軽に手に入るようになったのも大きい要因だろう。
 ーまずは、その要旨をまとめてみるー
・二十代の海外旅行は過去最大であった10年前の6割に落ち込んだ。
・20代の75?が過去一年間に海外旅行に出かけていない。また、一度も出かけてない人が40?であった。
 その理由として、言葉が心配が14?、何となく心配が10?。
・一回の旅行代が25万で、「高い料金を支払った上に想定外の嫌な思いをしたくない」のが心の奥にあるという。 
 また3割が学生時代に旅行に行った経験がある。 仕事が忙しいが3割になっている。 
「リラックスをするのが目的なのに、海外旅行は長期の休みを取りにくく、せわしなく行きたくない」という。
・それより「リムジンを借りて遊んだり、ホテルで仲間内でパーティーを開いたりして楽しんだ方がよい」という。
 また沖縄や軽井沢などを何度も訪ねているうち、「見知らぬ海外より、身近な土地をより深く知りたい」という。
 最近の若い人は知的好奇心が減少しているのが特徴。 特に男に海外より温泉と預金という人がふえていて、
 海外旅行は一度行けば充分! という風潮もあるという。


4606, 閑話小題 ージェネリック家電

2013年10月26日(土)

   * ジェネリック家電
 最近、ジェネリック薬品という言葉を聞く。その意味は、「開発した薬が一定期間を経過したことによって特許切れに
なった薬品を、他社が格安で製造販売できるようになった薬」のこと。 ところが、昨日の朝のTVのモーニングショーで、
初めて聞く、「ジェネリック家電」を特集していた。 白物家電などで、型落ち(一世代前)した製品の部品を集めて
半額から10分の1の価格に抑えた専門メーカーの商品である。 取材を受けていたメーカーの売上が、毎年、右上がりに増加
しているという。 去年、20年以上使っていた扇風機が二台、同時に寿命にきたため、家電チェーンの店先に行ってみると、
何と980円、1480円、1980円の扇風機があった。そこで1480円と1980円のを買い、二シーズン使ったが何も問題がない。
何故、ここまで値段の差があるのか不思議だったが、番組をみて納得。 半月前に5年間使ったデジカメが壊れ、新たに
買うことにした。当初からデジカメはカシオにしている。前のものは「絵画変更機能付きなど多機能」で3万円前後だったが、
今度のは7千円。ベースの機能以外、一切ついてないが、画素が800万から1600万画素に増加したもの。 2万円以上の
多機能付きか迷ったが、ベース機能以外は殆ど使っていないので、一番安いのを買った。
デジカメは、日常、肌身離さず持ち歩いていて、携帯電話より私にとっては必要な機能になっている。
デジカメは現在、スマートフォンに組み込まれて、瀕死の状態だが、それにしても安い。
 20年近く前に、新潟のイタリア家具専門店から居間の応接セットを買った。百万円以上はするような高級なものが、
30万円。そこで、社長に聞くと、「これは、実は韓国産。木製部分が韓国産で、鞣し革部分をイタリヤから輸入したもの。
デザインは百万以上の家具を忠実に似せているので、本物と全く同じです!」と。そして、我家の居間に鎮座をしている。
実際のところ、見た目は良いが、実用的ではない。これは「ジェネリック家具」の走りだろう。
 考えてみれば百均も、生活用品を中心にしたジェネリック雑貨。 型落ちや、特許切れで、値段を落とした訳ではないが、
使用目的に絞り込んでトレードオフをしている点では同じ。 5百、千円ならいらないが、百円なら・・
 韓国や中国メーカーの飛躍的成長に、「日本の人材の型落ち?」を取り入れ、格安の製品開発をしていった背景がある。
中間層の収入が減れば減ったで、こういう知恵が出てくる。 
・・・・・・
4231,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー6
2012年10月26日(金)
 ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * コーラは頭痛に効くドリンク剤だった
 ≪1886年、アメリカの薬剤師ペンバートンが、アフリカ原産の常緑樹「コーラ」の種子のエキスにコカの葉や香料を加えて、
 頭痛薬「コカ・コーラ」として売り出した。水で薄めて飲めぽ、二日酔いによる頭の痛みなどに効果があったのである。
ある日、二日酔いの客がペンバートンの薬局にやって来た。店員は、いつものようにその場で水で薄めて客に飲ませようとしたが、
あいにく手近なところに水がなかった。そこで、間に合わせに炭酸水で割ったところ、二日酔いの客はすっかり元気になり、
効き目の早さに大喜びしたのである。これが評判を呼んで、シュワッと泡の出るコカ・コーラがアメリカ中に広まっていった。
 日本には、1919(大正八)年に輸入されたが、当時の日本人には馴染めない味だったのか、あまり売れず、いったんは発売が
中止になったという歴史がある。再度輸入されるようになったのは第二次大戦後になってからだが、当初は占領軍の兵士や、
その家族用で、一般に広く飲まれるようになったのは1961(昭和三六)年に輸入が自由化されてからのことである。 ≫
   * 緑茶、紅茶、ウーロン茶、どれももとは同じ葉っぱ
≪ お茶といえぽ緑茶、紅茶、ウーロン茶など、さまざまな種類のものがある。しかしルーツは一つなのである。
ではこれらのお茶は何が違うのかというと、製造方法が違うのだ。 製造過程で・葉の発酵具合を変えることで、まったく違う
種類のお茶になるのである。一般的に、緑茶は発酵させず、若葉を蒸してもんだり妙ったりして作られる。ウーロン茶は
半発酵させた茶で、青茶ともいう。そして充分な発酵を経て作られるのが紅茶である。ウーロン茶や紅茶は発酵させる過程で、
独特の風味や香りが生まれるというわけだ。≫
 ▼ コーラも、お茶も一種の軽い興奮剤。空腹を誤魔化すに適していたのだろう。
 ・・・・・・・
3866, 嘘みたいな本当の話 ー4
2011年10月26日(水)
          「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
  * 黒い瞳
 新聞が配達される頃、たいがい目が覚める。我家の犬が決まって吠えるからだ。昼間でも家の外に人の気配がすると、
玄関に走り出し吠える。家を守ってでもいるつもりなのか、内弁慶で、大きな犬の前ではこそこそ逃げる。
やっぱり飼い主に似るのだろうか。その日は何か予感がして、近道を通った。父が入院している病院に向かっていた。
病室に入ると父は人工呼吸器につながれる瞬間であ.った。自然死でとお願いしていたのに。言葉を発しようとしたが、
得意げな医師の表情に、口をつぐんだ。父は九州男児で、職人気質。よく叱られたが、いまは言葉を発することもなく、
微動だにせず機械と息を合わせ続けていた。が、二十五日後、その瞬間はやってきた。重い足を引きずるかのような音と共に
機械は動きを止めた。ドラマでは何度も見ていたが、パルス音と共に波形が小さくなる様を他人事のようにただ眺めていた。
父の法要が済み、一段落した頃、通りがかりのペットショップで一匹の犬とたまたま目が合う。茶色のトイプードルが
我が家にやってきた。とにかくやんちゃで、言うことをきかない腕白坊主。その後、ブリーダーから送られてきた血統書を見て、
思わず声が出た。「一月二十八日」彼の誕生日は、父が人工呼吸器に繋がれた、まさにその日であった。
これを書いている最中、視線を感じて振り向くと、真ん丸の黒い瞳でじっとこちらを見ている彼がいた。 兵庫県 光安清登
 ▼ 10数年前の話になるが、夕方の5時半に偶々寺院の仏像がTVの映像に映し出されていた。その時に居間の障子越しから
  夕陽が仏像を照らした。それが偶然にしては出来すぎの神秘的な混合になった。もしかして今日は何の日か?、ハッとした。
  父親の命日の5月30日をスッカリ忘れていた。 両親の命日を忘れたことは後にも先にも、それっきり一度もない。
・・・・・・・
3501, 10−10−10 ー�
2010年10月26日(火)
 「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」 スージー・ウェルチ (著)
  「何かが始るとき、そして終わるとき、人は立ちすくむ」。
 その時、目先に捉われて、感情が乱れ、思考停止になり、絶望に陥ってしまう。 が、そんな節目にこそ、10-10-10は
 未来に目を向けてくれる。そして未来から節目を見直す思考を促す。それも3つのスパンで問題に光を当てることになる。
 そこで、自分の価値観は果たして何だろうか、自分のシガラミとは何かを気づかせてくれ、人生の優先順位を考えるきっかけになる。 
 また自分に必要なもの、必要なことは何かを見極めるチャンスを与えてくれる。それが自分の潜在意識の囁きに耳を澄ますことになる。 
 未来=10年後だけでなく、現在=10分後・10日後にどうなっている?の視線も重要である。目先、とにかく冷静沈着が必要とされる。
 ここで「10・10・10」を、<バーチャル・コンサルタント>と擬人化して質問を発することを勧めている。
 我が内なる「10・10・10」が、この緊急の事態(質問)の答えは何だろうか?と。その質問を明確にすれば、答えの何割かは
 自然と内から出てくる。それはガイドでもある。そこで、「長期的視点で現在何を準備すべきか、中期的なら何を準備すべきか、
 そのため現在の具体的行動は何か」を冷静に考えることが可能になる。 少なくとも問題に対して前向き思考になる。
 彼女は、これを「人生管理ツール」という。 人は闇にいる時、そこに、そのまま留まってしまう傾向が非常に強くなっている。 
 問題に対して、この思考を繰り返しているうちに、人生の優先順位を並びかえる作業をしている。 
 経営は、それを年中考えることだが、慣れは、それを忘れさせる。 しかし10−10−10をツールとして使えれば、気楽に長期思考も
 短期思考もしていることになる。 著者は女性の直感で、10−10−10と単純な三つのスパンで考える方法に気づいたこと、そのことが、
 素晴らしい。そして3つのスパンで単純に、具体的に考えるほど、気づかなかったこと、漠然としていたことが姿を現してくる。
  ここまで、シンプル化するには膨大のエネルギーを注ぎ込んでいる。間違いなく、これは卓越した決断の思考法である。
  ・・・・・・・・
3126、あいうえお言霊修行
2009年10月26日(月)
 「あいうえお言霊修行 」 矢山 利彦 (著)  ー読書日記
 図書館で、何気なく手に取った本。さっそくポストイットに書き写して、パソコンの画面の下に貼り付けた。
「ありがとう」を何万、いや何十万回か言ったが、最近は言わなくなった。 
今度は「あいうえお言霊修行 」として、せめて一万回をいって見ようか。 以下は、アマゾンの
 ー内容紹介ーと 「カスタマレビュー」
《 言葉には気のチカラがこもっています。そのチカラを脳が感じているのです。
言葉には意味だけではなく、本当にチカラがこもっているのです。「うれしい」「悲しい」・・・。
そうした言葉の一つ一つを脳の深い部分が感じ、プラスとマイナスの言葉に振り分け、そのチカラを身体に伝え、
心の文様をつくっているのです。気がつかないかもしれませんが、「自分の口から出た言葉」「人から聞いた言葉」に、
私たちの身体と心はつねに反応しているのです。》
 ーカスタマレビューで、ホボ7割方を言い尽くしているので、そのままコピーしてみるー
魔法の言葉では、五日市剛さんの『ツキを呼ぶ「魔法の言葉」』がある。  本書では、魔法のプラス言葉
【あいうえお言霊修行】として、『言葉が心を変え』『身体を変え』『人生を変える』方法が紹介されている。
●この言葉は、(声に出して)1万回間違わずに唱えれば、確実に変われる強さがある。
●途中でマイナス言葉を言ったら、振り出しに戻って【0:ゼロ】から、始めること。
   [魔法のプラス言葉]
・「あ」は、「ありがたい」 ・「い」は、「いつくしむ」 ・「う」は、「うれしく」 
・「え」は、「エンジョイ」 ・「お」は、「おおらか」
   [病気になる人、ネガティブ]な人に多い、
  「が・ぎ・ぐ・げ・ご」思考及び行動
・「が」は、「がんばる」 ・「ぎ」は、「義理・義務」 ・「ぐ」は、「グチる」
・「げ」は、「原理・原則」  ・「ご」は、「ごまかす」
1万回間違わずに唱える行動に動くことで、人生は、積極的なプラス思考となり、いい方向に変わると考えます。
魔法のプラス言葉の第2弾です。 行動に動いて、損をすることはないでしょう。
 ーー
指回しをしながら、親指から、あいうえお順に回しながら言うのも良いだろう。
栗田昌裕の指回し体操で「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」というのがあった。
一時、中年の人が彼方此方でしているのを見かけたが。  良いと思ったら何でもともかくしてみることだ。   
 でも、一万回も、言えるかな? まあ、パソコンの下に貼り付けてあるから、それだけでも良いか?
「がごぎげご」か〜、社民党の女党首が、これ! いや他人事じゃないか〜 そのどこが悪い!とも言えるが。
                                    世界は娑婆娑婆! だもの。
・・・・・・・・・
2761, 金融危機・中国からの視点
 2008年10月26日(日)
産経新聞の【ちゃいな.com】という産経新聞・中国総局長・伊藤正のコラムが、面白い。
中国も、社会主義が抱えている汚職と、一党独裁の矛盾が噴出。更に米国の金融危機の余波を受けている。
やはり米国同様に、これから10年間は動乱になる可能性がある。
 その中国の置かれた現状が先週の産経新聞の一面に掲載されていた。まずは、その内容から・・・・
【 中国が毛沢東の革命路線から改革・開放路線へ転じ、経済発展へスタートを切ったのは1978年12月。
 この歴史的転換の主役、トウ小平副首相(当時)は翌1月、外交関係を正常化した直後の米国を訪問した。
 トウ氏は経済発展には対外開放が不可欠で、そのかぎは対米関係にあると考えていた。
 トウ氏の外交顧問で訪米に同行した中国の米国研究の権威、李慎之・元社会科学院副院長が、
 なぜ対米関係が重要なのか問うと、トウ氏は明快に答えた。「米国についていった国はみな富強になったではないか」
 このエピソードは、先に連載した「トウ小平秘録」でも紹介したが、このとき、トウ氏の頭にあったのは、
 米国市場で巨額のドルを手にした日本だったろう。 実際、過去30年間、中国は米国を最重要の経済パートナーに、
 対外貿易を振興、急成長を続けてきた。
 中国式発展方式の特徴は、安価な労働力を武器に外資を導入、「世界の工場」として輸出で外貨を獲得することにある。】
  (字数の関係でカット、09年10月26日)
・・・・・・・・
2007年10月26日(金)
2397, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー4
                        (*´・ω・)ノはよー
ここで彼が述べていることを野生動物のファミリーとみれば理解しやすい。父親の役割は子供をつくり、餌を取ってきて、
メスと子供を外敵から守る。これは全ての動物の自然の姿である。 万物の霊長たる人間様は動物とは違う!というが、
その万物の霊長とかいうこと自体、自惚れではないのでは?と、吾身や社会を省みて思わざるをえない。 それと歴史・・・
父親は父性、母親は母性の役割があるる! 変態と知能指数の低いのは 別だが・・これは世界の何処の社会でも同じことである。
一番おかしくなっているのがアメリカと日本! 戸塚宏の次の内容は、現代日本の家庭崩壊の根本問題を指摘している。
 当たり前のことが当たり前でなくなっているところに問題の深さがある。
 −−−−−
 *父性と母性*
こうした小学校時代の教育には、父親の力が不可欠である。父親が家の方針を決め、母親がそれを補佐する形が理想だ。
この形を維持すれば、子供は父親の言うことを聞くようになる。実はヨットスクールに来る子供たちの家庭は例外なく父性が弱い。
酒鬼薔薇聖斗事件でも西鉄バスジャック事件でも、犯人の家庭では、父親が弱かった。男女どちらが優れているという話ではない。
役割が違うのだ。「家庭内での男女同権」を唱える人がいるが、家庭で母親が父親並みの権力を持って何かいいことがありましたか、
と問うてみたい。 無論、何もいいことはないのである。
 私は、父親がなすべきことは四つあると考えている。
一つは、子供をつくること。 二つ目は、餌を取ってくること。 三つ目は家族を物理的に守ること。 四つ目は国を守ることだ。
いきなり愛国心とは、面食らうかもしれないが、父親に愛国心がないと子供は不安になるのである。
自分の数々の経験からこれは間違いない。人間は群れをなす動物で、男は時として群れのために命を投げ出すことがある。
これは男の本能だ。男は強くなろうとするが、それは自分のためだけではなく、群れを守るためでもある。
群れを守ろうとする気持ちが強い人は、父親が強いのである。子供たちも己を捨ててチームや社会、国のために働くヒーローが好きだ。
漫画やテレビなどでもそういうヒーローものにひきつけられる。 男の子は本能的にそれを知っているのだ。いまの日本は、
男性が女性化して守ってもらう側になっていることも珍しくない。 群れを守るどころではない。これも教育の悪影響だ。
戦後、男に与えられていた責任感が激減したから強くなれなくなってしまった。女は本能的に保護を求める性だが、男が頼りなければ、
女が強くなっていくしかない。しかし、母親はよほど自覚的にならない限り、子どもを強く育てることはできない。
たいていは子供が素直で勉強ができれば、満足してしまう。それではひ弱な偏差値秀才ができるだけだ。


4605, 閑話小題 ー今回は、い〜かな

2013年10月25日(金)

   * 「今回は、い〜かな!」
 一昨日の夜のこと。家内のところに、柏崎の中学同級会の誘いの電話が入った。
その後、家内が言うに、「去年、出席したばかりなので、今年はい〜かな、とヤンワリと断った」と。 
そこで、当意即妙に「せっかくだから、『い』を付けたら!」と言うと、「何のこと?」と、のたまう。
「『い』をつければ、いかないー行かない」だろうと教えても、何かボーとしている。そして暫くして「あっ、そっか!」
それで、本人は笑ったが、ジョークに鈍い御人は、こういう言葉の彩の面白さに反応しない。
 以前、何処かの居酒屋で、店主が「今日は、真イカしか、ありません」に、「ま、いいか」と駄洒落を飛ばしたが、
全く反応をしなかった。同席の三人はお愛想笑いをしてくれ、何とか場は持ったが・・ ま、いいか!
「今回は、い〜かな!」は、巧い断り方だ。 営業のプロなら、「じゃあ、次回は必ずお願いしますね!」というか。
   * ぽっくりシューズ
 子供の頃、女の子が、ぽっくり下駄を履いていた。ウィキペディアのよると、『ぽっくり下駄は、日本の町方の子女
の履き物。舞妓や半玉、花魁や太夫につく「かむろ」の履き物でもあり、七五三のお祝い履きにも使われる。』とある。 
 新しい自転車を購入して一ヶ月経つが、一時停車の時、足のツマ先が地面にギリギリ。スポーツ自転車の停車の時、
サドルの前に腰を出し、女またぎで両脚をつくのが通例。(そこまでサドルを上げておく) だが、緊急停止の場合、
短身もあり、2〜3センチ足りない。日が経つにつれ、その下り方に慣れてはきたが、やはり不安で、厚底シューズを
検索で調べ、アマゾンから購入した。送料込で3900円。 早速、送られてきた現物は、何と、ぱっくり下駄にそっくりで、
ウォーキングをスムースにする健康シューズ。つま先の厚さは、普通のシューズと変わらないし、踵部分が削られ、
中央が膨らんでいる。 失敗かなと思いつつ、履いて乗ってみたが、何とか停車時に安定してつき、一応は、合格。
 その後、いつもの通り大手大橋を15分ほどヒキチャリウォーキングをしたが、姿勢を正して歩かないと不安定になる。 
足元が三分の一しか接しないため、姿勢が良くするしかない。まだ慣れてないため、疲れが残るがウォーキングには最適。
 自転車以外は珍妙な型のため、普段は履けない。 踵から脚を踏み込み前に重心移動すると、楕円形のため勢いつき
身体が移動しやすい。よく考えたものだが、自宅の2Fへの階段で、後ろに重心をかけ、転げ落ちそうになった。

・・・・・・
4230,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー5
2012年10月25日(木)
ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
* 特産品を混ぜ合わせて偶然生まれたマヨネーズ
 高校時代の夜食に、冷めたご飯をバターで焼いて、それにマヨネーズと塩をかけて食べていた。それが、お新香と食べると、
やけに美味しかった。マヨネーズが生まれるに、やはり歴史があったのである。
≪ 日本人に人気の高い調味料の一つ、マヨネーズ。何にでもマヨネーズをかけて食べる「マヨラー」という人もいるくらいだ。
その起源をたどっていくと、18世紀まではマヨネーズというソースは存在しなかことが判明している。マヨネーズが誕生したのは、
イギリス海軍の拠点だったメノルカ島の小さな港町・マオンにフランス軍が攻撃を仕掛けたことがきっかけだ。フランス軍を率いていた
リシュリュー公爵は、終わりの見えない戦いの合間を縫って、マオンの街角を訪れた。城塞付近の前線では激しい戦闘が行なわれていたが、
一歩街に入ればそこは平和な田舎町。リシュリューはひとときの安らぎを求めたのか、目についた一軒の料理屋に立ち寄った。
戸惑う料理人に、リシュリューは「何かうまいものを食わせてくれ」と注文。料理人は肉を焼きながら、マオンの特産品である
オリーブオイルとレモン、ワィンビネガーを使ったソースを作りはじめた。しかし、これだけで公爵が満足するか不安に思った料理人は、
少しでも料理をグレードアップさせたいとの思いから、島の名物・メノルカ鶏の卵をそのソースに加えた。 マヨネーズがこの世に
誕生した瞬間である。そのおいしさに驚いたリシュリューがレシピを持ち帰り、マオンのソースという意味の「マオンネーズ」として
マランスに伝え、やがてこれがマヨネーズと呼ばれるようになった。 ≫
 ▼ マヨネーズといえば、キューピーマヨネーズで、他のマヨネーズは、不味く感じて当分の間は舌が受けつけなかった。
  これとケチャップも、冷や飯と一緒に炒めて食べていた。チャンハンの具なしというもの。
 ・・・・・・・
3865, 嘘みたいな本当の話 ー3
2011年10月25日(火) 
  * 財布             「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」 
 10歳のときから、いままでの28年間に8回財布を落としました。
そのうち6回は誰かが拾ってくれて、返ってきました。 日本はよい国だと思う。    東京都  マキ
  * 傘
 ある雨の日、両親は車で買い物に出た。しかしなかなか帰ってこない。
聞けば、帰り道にパス停で、濡れながらバスを待つサラリーマンと目が合ったのだという。
そして、かわいそうだったので「よかったら入ってください」と声をかけ、自宅まで送り届けてきたそうだ。
こんな東京でそんなことしている人見たことないよ、と私は呆れた。 翌日、私はバイトに出かけた。
地下鉄を降りると、外はゲリラ豪雨。傘はない。濡れるのはいやだけど、バイトに遅れるわけにもいかない。
覚悟を決めて人混みのなかを走りかけたとき、背後から声をかけられた。 「よかったら入ってください」
見知らぬ若い女性は、小さな折り畳み傘の右半分に私を入れて、バイト先まで走ってくれた。  ー 東京都 佳恵
 〜〜
 再び、私の体験談だが、30年近く前の話。 家内の実家が建材店をしており、年に一回、取引先を招待して倉庫で、
展示会をしていた。そこには古物商、ラーメン屋など20軒ほどが軒をつらねていた。 その古道具屋の仏像の中に、
20センチ位の大きさの象牙の阿弥陀仏が目に入った。 値段を聞くと45万円という。 買う気がないので冷やかしで、
「25万円なら買うけど・・」というと、ケンモホロロに断られた。 そこの娘婿とは知らなかったようだ。
で、そんなことをスッカリ忘れてしまった2週間後に、25万円の請求書とともに、その仏像が直送されてきた。 
何気なく、その仏像の台座の下をみると、何と、私の家内の「恵子」という名が刻まれていた。
もちろん新しく刻まれたものでない。 それが仏像師のものか、それを造らせた人の名か、亡くなった娘?のものかは、
分からない。 そこには、たまたま知人がいたが、私よりも驚いて、「私の直感だが、直ぐに寺に納めたほうがよい」と、
顔を青ざめて忠言してくれた。 仏像は精巧に彫ってあり、数珠の玉まで細かく見えるほど。 中越大地震のおりに、
その数珠が破損してしまったが、これも因縁。 今も仏間にあるが、家内は一切、「お金が勿体無いだけ」と、興味なし!
 ・・・・・・・・
3500, 10−10−10 ー�
2010年10月25日(月)
 「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」   スージー・ウェルチ (著)
   ーアマゾンの内容からー
  仕事、夢、結婚、家族、友情。人生に迷ったとき、「決める力」が身につく本。
  紙とペンさえあれば、10-10-10は今、この瞬間から試せます。 もしも、この選択をしたら……
 □ その決断は、「10分後(今)はどうなっている ? 」
 □      「10ヶ月後(ちょっと先)は ? 」
 □      「10年後(未来)は ? 」  ・・・こう自問するだけでOKなのです!
  短期、中期、長期と、3つの視点で選択肢を見つめれば、後悔しない決断ができます。
  この本があればぐずぐず迷うクセ、優柔不断、チャンスを逃すパターンが変わります。
 ●もう、うんざりの職場。辞めてしまえば10分後はスッキリ。でも、10ヶ月後に後悔しない?
  10年後、お金は大丈夫? その選択が正しかったと、本当に言える?10-10-10で考えよう。
 ●大事な取引先とのアポ当日、田舎の親が病気に!どう決断をすべきか、10-10-10で考えよう。たった3分集中するだけで、正解が見える。
 ●結婚の見込みがなさそうな彼と、続ける?  別れる? 別れたとき、続けたときのメリット&デメリットは、10-10-10が教えてくれる。
  ■ 経営の神様、ジャック・ウェルチの公私にわたるパートナーの人生とは? ■
 著者スージー・ウェルチは、ジャーナリストであり、四人の子供の母であり、40代で経営の神様、ジャック・ウェルチと運命を
 変える出会いをした魅力あふれる女性。 アメリカでは、女性としての幸せを模索するアラフォーたち、働く女性の共感の声、続々!
 10-10-10は発売まもなく『ニューヨーク・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』のベストセラーリストにランクインし、
 テレビ番組でも特集が組まれるなど、大反響を巻き起こした。
  〜解) 
  例の「20世紀最高の経営者」といわれたジャック・ウェルチの連れあいである。この本は発売されると同時に
 ベストセラーになりテレビ番組などで特番が組まれるなど大反響を及ぼした本とか。日本では今年の1月に発売されたばかりの本。
 二日前に図書館で見つけて一読して驚いてしまった。10-10-10と分かりやすい。 短期、中期、長期の視点で、直面の問題を
 直感で見定めるに有効である。 思いもよらない出来事に遭遇したとき、現在(10分〜10日後)、中期(10ヶ月〜2年後)、
 長期(10年後)の対処を単純に考える習慣をつければ、その習慣がないのと比較すれば時間とともに膨大な差が出る。
  金投資を考えると分かりやすい。現時点では、これからハイパーインフレは間違いなく起こるのは必定? しかし、2年スパンでは
 大きく乱高下もあるから、目先のかく乱の動きに対し、10−10−10を予測すればよい。10日、10ヶ月は、乱高下するが、
 10年後には三倍以上は間違いないと踏むかどうか。そう判断すれば、思い切って投資をすればよい。
 東芝の株とすると、原子力発電に重点投資をしているので、10年後には株価は5倍と想定し、10ヶ月後は、まだ投資効果が
 見込めないので、塩漬けが出来るかどうか。長期投資の資金の用意があれば長期投資すればよい。等々、見分けることができる。                                           つづく
・・・・・・・・・
3125,「法則」のトリセツ  ー1
 2009年10月25日(日)
  ー 知っているようで知らない「法則」のトリセツ ー水野 俊哉著
 書店や図書館などのビジネス書に記載されている「法則」がカジュアルに面白そうに編成してある本である。
分類が「職場の法則」「仕事の法則」「ビジネスの法則」「勉強の法則」「心の法則」「成功本の法則」と分かりやすい。
160冊以上の書籍からコンパクトにまとめた人生の取り扱い説明書にもなる。
40年以上かけて多くの原理原則の書物を読んできたが、ここで初めて知った法則が次から次と出てくるのには驚いた。
この年齢になって今さら原理原則の勉強でもないが、人生の節々で多くの「法則」で、救われたことは度々である。
また知ってはいたが、注意を払ってなかった法則がコンパクトに核心だけが書かれていると改めて納得する法則もある。
それが、この本の題名「知っているようで知らない「法則」ということ。ここで新たに面白そうな「法則」と、キーワードを考えてみる。
 ーブルーオーシャンとレッドオーシャンー
    (字数制限のためカット 2010年10月25日)
 ・・・・・・・・・
2760, 閑話小題 
 2008年10月25日(土)
 *毎日が薄氷の上
9月の半ばから、恐慌前夜の重い雰囲気である。日経平均も、三ヶ月で40%以上も暴落、何と7600円まで下がってしまった。
ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っているのだろう。この結果どうなるのか? 
倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。それで済めばよいが、数年以内に大小の半分以上の
事業所が倒産、廃業だろう。何か考えただけでゾッとする。それにしても、大津波、世界中を押し流しそうな勢いである。
ー以下は、一年前と現在の比較である。これからみると、まだまだ経済破壊は序盤ということが分かる。
 (2008年 10月22日現在)      
      2007年10月24日       2008年10月22日
ドル円         114.10             97.70
ユーロドル       1.42              1.27
ユーロ円       162.80            124.70
NYダウ       13,675            8,519
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%
原油         87.10             67.48
金          757ドル            724ドル
日経         16000            8500
 ーーー
 *アクアラインが1000円に
私のゼミの一年後輩の松下さんが、《道路経済学》とかいう本を出版。その中で川崎市と木更津市を結ぶ、
アクアラインの通過費を1000円とか、2000円に値下げをする運動を起こしていた。
    (字数制限のためカット 2010年10月25日)
 *台風の来ない年は珍しい
    (字数制限の関係でカット 09年10月25日)
・・・・・・・・・・
2007年10月25日(木)
2396, 白い壁とドア                オハヨォ…
 「生」と「死」のイメージを詩的に書いてみた。
  −−
私の生のイメージ、それは白い四角の立方体の壁に囲まれている空間。十数年前に一度、そのイメージをリアルに持ったことがあった。
おそらくは、この白い箱の中の壁の何処かに見えないドアがあって、ある刹那に、その外に放り出されるのである。白い立方体は
生に囲まれた日常である。その意識下の見えない死へのドアがあって、一度出てしまったら、二度と箱の中には戻ることは出来ない。
白い箱の外は、無。 大きな黒い無限の中で、小さな箱はチリのような存在。いつか、その白い壁が開いて、その虚無の真っ只中に
放り出される。それがスグ明日かも知れない、それとも20年、30年先かもしれない。その一瞬、白い壁と黒い虚無の狭間で永遠を
見るのだろうか? それは歓喜だろうか、それともただ寝入る瞬間のようだろうか?そういえば寝入る瞬間を感じ取ったことがある。
「アッ!」という間の一瞬であった。それを言葉でいうと、数千秒の一のプツンという刹那のよう。
▼ 以上だが、このイメージにピッタリの詩を見つけた。死の際にたった魂の叫びが詩の奥から聞こえてくる。
 ドアの前に立つと、こんな声が聞こえてくるのだろか!それとも「おらは死んじまった」の歌声か。
 中島義道ではないが、いずれ誰もが直ぐにドアの前に立たされる。
ーー
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は   息をひそめて
私をよぶ無数の声に耳をすまそう   その果てから空の彼方から
遠い過去からほのかな未来から    夜の闇にこだまする無言のさけび
あれはみんなお前の仲間達      暗やみを一人さまよう者達の声
沈黙に一人耐える者達の声      声も出さずに涙する者達の声               
ー ブッシュ 孝子 (30年前に28歳で逝った女性の詩である。)
            o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい


4604, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー1

2013年10月24日(木)

            「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー (著),
 このところ、台風の影響もあり雨の日が多い。どうしても雨は憂鬱な気分になりがちだが、日本列島は地勢的にみて、
雨量の多さが、豊かさをもたらしている。著者はフランス生まれのフランス育ち。パリのソルボンヌ大学を出て、
日本在住三〇年。米国のミズリー大学、日本では佛教大学で教鞭を取っている。彼女は、日本の多湿な雨に、
特性を見出している。この本は、雨読にはピッタリの内容。図書館の借入は、買うほどでない丁度良い本に出会えるから良い。
    ー内容紹介ーより
 今日、雨はどんな世界に誘ってくれただろうか――
生活のリズムを少し減速して、憂鬱も希望も深く味わう、雨との付き合い方
 雨が好きな人は少ない。 でも雨は私たちの精神、感情、人生を隠喩している。
ある時は私たちをエネルギーで満たし、ある時は憂鬱な気分にし、ある時は希望、または静かな省察の時を与えてくれる。
雨は私たちの生活のリズムを減速させ、内観すること、または精神生活をより豊かに深めようにも働きかけてくれる。 
雨には意味、そして存在感がある。まるで生身の体と声、そして心があるみたいだ。
雨はまさに、ミクロとマクロといった二つの無限の世界が共鳴し合い、合流する境界に在るのだ。
雨を避けては通れない。それならば、いっそのこと雨を好きになってみては?
 ○雨がもたらす感動 ○雨が奏でる音楽 ○雨の香りとその感触 ○自宅で雨を愉しむ ○雨の日の外出 …ほか
  [レビューより]
{ 一言でいえば、雨の愛しみ方について書かれた本。「降り止まない雨はない」という言い方をされて忌避される雨だが、
 この本を読んでみると子供の頃の雨への新鮮な感覚を思い出す。砂利道に降り始めた雨と土の匂い、雨は何処から降って
くるのかを確かめるために雨天のなか、天を仰いだこと、夕立の清々しさ、長靴で水たまりを選んで歩いた記憶。
それは私にとっては両親に、祖父母に愛されて育った記憶へと繋がり、安らかさへと導かれるものだ。
この本は「何の変哲もないものに喜びを見出す」というローホー氏の真髄の一つだろうと思うし、この本を読んで雨の日を
楽しめるようになれば、人生の不自由からまた一つ開放される様に思う。雨の休日には本棚から取り出して読み返したい本。
誰でも人生は自由なのだなと改めて思った。次回作を心待ちにしている。}
 ▼ ここで、「雨を好きになり、雨を眺め、雨音に耳を澄ますようになると、不思議と一瞬一瞬をより深く、
  存在意識を持ちながら味わえるようになる。」と述べているが、やはり老齢期に、独り、昔を思い出しながら、
  深くため息をつく味わいが嬉しい。「雨は私たちの内面の自由への扉を開き、詩情、また「超越」というげ概念にも
  気づかせてくれる。雨は現在に生きることの大切さ、自然の制御できない性格なども分からせてくれる。
  そう、自然をより美しく、そして自然を私たちに合わせるのでなく、私たちが自然に合わせるようにと、
  雨は私たちに喚起しているのだ。」の、最後の結びの言葉がよい。  ーつづく
・・・・・・
4229,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー4
2012年10月24日(水)
「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 戦国時代の日本にティーバッグがあった!
≪ ティーバッグは、まず紅茶にはじまり、最近では日本茶やウーロン茶など、さまざまな種類が発売されている。ティーバッグの
はじまりは一〇〇年ほど前のニューヨークである。トマス・サリハンという紅茶の商人が紅茶葉のサンプルを絹の袋に入れておいた
ところ、顧客の一人が誤ってそれにお湯を注いで飲んでしまった。それをヒントにして一杯ずつの小分けにして売り出されたのだ。
一方、日本では、早くも戦国時代のころからティーバッグがあった。もっとも、中身はお茶ではなく薬だったが仕組みは同じである。
戦乱の続く当時、刀や槍で受けた傷を治療する「金創医」と呼ばれる医者たちが活躍していた。戦場ではのんびり薬を煎じている
暇などない。そこで金創医たちは、細かく刻んだ薬草を配合して布の袋に入れ、熱湯を注ぐだけで短時間のうちに薬が抽出できるように
しておいた。これは「振り出し薬」と呼ぼれ、携帯にも便利なので、武士たちも重宝していた。金創医は、平和な時には産科医を
している者が多かった。戦場の傷之お産は、大量の出血を処置するという点で共通していたからである。今でも、婦人病の漢方薬に
袋に入ったものがよくあるのは、金創医が処方していた名残である。≫
 ▼ 必要は発明の母というが、人間は必要に応じて知恵が出てくるもの。即席ラーメンが発売された当初、日清のチキンラーメンが
  あった。お湯を注ぐだけで三分で手軽に食べることが出来た。しかし、当時ベトナム戦争で、ベトナム兵や、ゲリラのベトコンの
  携帯食として大いに売れたという。彼らは戦場で、それをカジッテ食べていたという。学生時代の昼飯として、よく食べていた。
 ・・・・・・
3864, 嘘みたいな本当の話 −2
2011年10月24日(月)             
  * さかさまな世界-            「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」     
 狭い個室のなかで僕は格闘していた。冷や汗が止まらない。段差ぎりぎりに踏み込む足裏が痛い。右手をそっと
後ろへ伸ばす。もっと伸びないものかと、左手で右肩側方へ押しやる。指先がそいつの先端にやっと触れた。
大学に入学して初めてのバイト先。 苛立った僕はその後、事務員の女性たちに愚癒をこぼした。
「あそこって不親切なつくりですよね。手を思いっきり後ろへ伸ばさないと届かないんですもん。
ただでさえ洋式のスタイルに慣れきっているので、和式はたまらなくつらいんですよ」
僕の話を一通り聞いたあと、事務員たちは顔を見合わせる。ひとりの事務員が切り出した。
「あの……トイレヅトベーパーなら、後方ではなく前方にあるはずなんですが…ー」     東京都 サトゲン
  * シンデレラ
 会社帰りに神田駅の西口で、階段につまずいて片方のハイヒールを落としてしまった・・・
拾おうと振り返ると、落ちたはずのハイヒールは私の足元にあり、次の瞬間、ストン、と私の足に納まっていた。
同時に、私の足元でひざまずいていた男の人が立ち上がり、去っていくのが見えた。
我に返り慌てて振り返ったが、無数のサラリーマンの後ろ姿があるだけでした。       岐阜県 横山奈津子
 * 洗濯バサミ
 我が家は山の上にある。 物干し台の横をいつもトンビがが通り過ぎる。
今朝、洗濯物を干そうとしたら、カゴのなかに、見たこともない洗濯バサミがひとつ入っていた。  長崎県 トンビ
 ▼ 片足のハイヒールを落とした瞬間、手にして足元で履かせるタイミングは、一生に一回あるかないか。
  こういう思いもかけない偶然は、誰も経験しているが誰かに話すチャンスがないだけ。それにしても奇遇である。
  「洗濯バサミ」、これもあり得る話。 野生の鳥は思いもよらない頭脳を持っている。そうでなくては、
  四季の変化のなかで生き抜くことは出来ない。 こういう話は純真に聞き入れる方だ。
・・・・・・・・
3499, 経済予測脳で人生が変わる
2010年10月24日(日)
 ≪経済予測脳で人生が変わる!―仕事も投資も成功できる「起こりえる未来」の読み方 ≫ 中原 圭介 (著)
 ー内容紹介ー
 経済予測脳はすべての人に求められている! 日本はいまだ「失われた30年」の道半ば。
これからの厳しい時代を軽快に生き抜くためには、起こりえる未来を予測して、事前に手を打っておくことが必要。
経済予測脳をもっていれば、誤った情報やアテにならないエコノミストの経済予測に振り回される必要はない。
自分自身の経済予測脳で、「本当に起こりえる未来」を見据えた人生の選択が可能になる。
それができる人と、できない人とでは、どちらが豊かな人生を送ることができるのか。
 〜 大まかにいえば、
≪ 経済を予測するには、経済学だけではなく人文科学を学ぶこと。 特に混沌とした時代には、時代そのものの本質と、 
 変化をジックリと見極め、それに適合しながら生きぬかなければならない。そのため、
*「歴史学」を学ぶことにより、過去を振り返り未来に向けてどう進むべきかを考える力を養い
*「心理学」で、経済の非合理的な(=人間的な)動きを理解し予想することができるようにして、
*「哲学」で、社会の本質的な構造と、それがどのように変化しているのかを捉えるようになる。
 経済学は合理的に行動する人を前提にしているが、人と社会は非合理的な側面が含まれるため、
 色いろな基礎教養をベースの上で経済の先行きを読まなければならない。≫ というところか。
 ・・今度の世界的金融恐慌は、100年、250年に一度の衝撃的事件であり、そう見えすえれば根底から経済予測が違ってくる。
 その背景には本格的情報化社会の到来がある。これがグーテンベルグ印刷以来というより、人間が言葉を持ちはじめた
 20万年来の革命的変化をもたらす。その代表例としてネットなどの情報手段の革命がある。そのことを、明確に把握していないと、
 現在の状況を見間違ってしまう。 この本は内容的には目新しいことは言ってないが、
「この恐慌は過ってない歴史的世界恐慌という事実を見極めて、根底から考えを変えなさい!」をテーマにしているが、
 それを心に留めさせるだけで充分の価値がある。 そう、この事件は20世紀初頭の第一次世界大戦、世界恐慌、
 そして第二次世界大戦の一連の断層より遥かに大きな事態を認識しなければならない。 特に、茹で蛙の日本は、である。  
 ・・・・・・・
3124,生きる幻想 死ぬ幻想  ー5
2009年10月24日(土)
   ー何でまた原理主義者は死を恐れず自爆テロをするのかー
 以下の部分で、その原理を説明している。 これでは多神教が敵うわけがない。
 それにしてもイスラム教はイヤな宗教と思ってしまうのも、多神教の日本人だからだろう。
 彼らも恐ろしい神が控えていると絶対言明として刷り込まれていれば、どうもこうもない。
 ー 終末論 ー  P-29
岸田 ▲終末論というのは、単に世界が終わってしまうということとは少し違うのですね。
  終末論はユダヤ教からずっとあるのですが、ユダヤ教の場合は、メシアが降りてきて、唯一の神を信じて
  律法を守ってきた自分たちを窮状から救ってくれる、という思想です。これもまた、奴隷の宗教ということから
  出てくるのです。奴隷として差別され、虐待されている人々は、なぜわれわれがそういう目に
  あわなければならないのかという不満を常に抱いている。
小滝 ▼ユダヤ教は現世的集団救済で、いつか「万軍の主」が派遣したメシアが降りてきて政治権力を握るということになる。
  そもそもユダヤ人は、幾度も周囲の強国に占領されて、国土を失っているんです。ですから彼らの切なる願いは、
  メシアがやってきて、周囲に負けない立派な国を作るということなんです。ただし強力な国を作りたいという
  願いはありますが、全世界をユダヤ教}色にしてやろうとは考えない。そういう意味ではキリスト教やイスラームより
  はるかに内向的です。 彼らの考えは、異教徒や異邦入の存在を前提に成り立っているのです。
岸田 ▼ユダヤ教とキリスト教の根本的違いとは、ユダヤ教では終末でやってくるのは現世的な救いなのですが、
  キリスト教では幻想的にというか、非現世的な神の国を設定して、それが終末に到来するというふうに考えるところです。
  Q  ▼ユダヤ教ではメシアが降臨した後もこの世界が続くんですね。
小滝 ▲そういう意味では徹底して現世的な宗教で、あの世は基本的にはないのです。少なくとも旧約には書かれてない。
   ーー
 ー イスラムの天国 ー  p−35
小滝 イスラムの終末のビジョンははっきりしている。やがてとんでもない天変地異が起こって、この世界は破局を迎える。
 その時にアッラーの前に引き出され律法を守ったか守らなかったかで、天国か地獄に分けられる。
 で、死者たちは、それまでずっと眠ったような状態でいて、終末が来た時に生前の肉体で甦って、裁きを受けるのです。
 だからイスラームでは火葬は御法度。裁きも具体的で、ちょっと御伽話みたいですが、それぞれの人の左右の両肩に天使がいて、
ちゃんと律法を守ったら、それが天使によって記帳され、さぼったら、これまた記帳されていくんです。
 裁きのときはその双方の記帳が天秤に乗せられて、右肩が下がったら天国行きで皮対は地獄行きです。
 裁きは一回かぎりで、地獄から天国に行くということはできません。そのときは現世はなくなってしまい、
 天国と地獄になるのです。『コーラン』には天国の様子もちゃんと描写してあります。ただし男の天国しか書かれていない。
 そこは緑のしたたるオアシスのようなところで、七十二人の処女が侍ってていて、いくら飲んでも酔っぱらわない
 美味な酒がしこたま飲める。 それでは女性が天国に行った場合はどうなるかは書かれていない。
 ただし、殉教者は最後の審番は免除なのです。血だらけの姿をアッラーに見せれば、それで天国行きという事になります。
 ですから殉教者は葬式の際には、血だらけの生々しい埋葬をします。偉いウラマーでも、少しは律法を破ったことがあるから、
 最後の審判は怖いのです。 でも、殉教者はストレートにパスなのです。だから殉教したい人が多くなる。
   〜〜
これらを読んでいると、天国とは「幻想論」を絵に描いたようなもの。ニャロメの赤塚など、この程度の天国を十二分に味わったはず。
日本のプチブルも彼らのいう天国の門前にいるようなもの。と、思うのも多神教徒の浅はかさか! 天国はアラブの地の貧乏人の夢か!  
・・・・・・・・
2759, ソロスは警告する −3
2008年10月24日(金)
 ー要点をまとめると、以下の通りになるー
 この書でソロスは現代金融理論そのものに疑問を投げかける。
* 「金融市場のさまざまな変数は均衡値に向かって収斂する傾向がある」という経済学上のパラダイムは偽りでしかないと、
 ソロス自身の哲学を築き上げるが、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』に影響されたとしている。
 ポパーは"開かれた社会"を「人間は究極の真理には到達し得ず、異なった考え方や利害を抱えた成員同士の
              平和共存を可能にする制度が必要であると認めているような社会」であると定義している。
* これからソロスは彼独自の哲学を育てた。 彼のキーワードは、「再帰性」と「可謬性」。
 ・「再帰性」とは 【人は世界の一部であるために、世界を完全に理解し得ない。 世界に対し操作を加えたとき、
  観測される世界はさっきまであった世界とは異なっているからである。 さらに、究極の真理あるいは確実な情報は
  人間の手の届かぬところにあるという前提を踏まえたうえで、「誤解」がいかにして歴史を動かすのかを探求する理論。】
 ・「可謬性」とは、【人は常に間違っている可能性がある。確実なものなど存在しない。 】
  これを行動経済学の観点から解釈し応用していった。 彼は、誤謬の可能性ではなく、人間は間違うもの!と断定している。
* 現在の経済は1929年の大恐慌以来最悪の状態になりつつあり、ドルを国際基軸通貨とした信用膨張時代が終焉を迎えている。(中略)  
 ソロスの分析では、この超バブルには他のすべてのバブルと同じく、人々が誤った投資行動を続ける原因になった
「支配的なトレンド」と「支配的な誤謬」が存在した、という。「支配的なトレンド」とは信用膨張、つまり信用マネーの肥大化であり、
 「支配的な誤謬」とは、十九世紀には自由放任と呼ばれた、市場には一切規制を加えるべきではないという市場原理主義である。
* ソロスは、サブプライムはトリガー(状態変化の引きがね、となる信号)に過ぎず、「信用マネー」と「市場原理主義」という、
 信仰といっても良いほどの巨大な"誤り"が、そのメッキを剥がされつつあり、臨界点に達したとき、四半世紀以上にわたって
 成長してきた超バブルがはじける、と警告している。
  ーP-53 の以下の部分が再帰性について、解りやすく説明してあるー
●ー人間の誤解は社会に大きな影響を与えるー
「再帰性」は、参加者の見方と、事象そのもののありようとの間に成り立つ、一種の循環性、両者の間の双方向的なフィードバックが
生み出す円環だと見ることが可能である。 
  (字数の制限の関係でカット09年10月24日)
・・・・・・・・・
2007年10月24日(水)
2395, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー3        *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
  (以下、字数の関係でカット09年10月24日)

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