堀井On-Line



4563, 2050年の世界 ー5

2013年09月13日(金)

       「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 英『エコノミスト』編集部 (著)
   * 予言はなぜ当たらないのか (第二十章)
  ー まずは要約部分よりー
・今から四〇年前になされた予言をみると、悲観的なものばかりで、その殆どが外れている、
・なぜ、そうした予言が外れるかと言えば、理由はふたつある。良いニュースは目立たず、人々の記憶に残りにくいからだ。
 悪いニュースだけが残り相互に連関する認知のバイアスが人間にあるので、そういう予言をすることが受け入れられる。
・もう一つは人間が対策を講じることを無視するからだ。
・資源が枯渇する、食料が枯渇する、というのは終末予言の典型的だが、「技術革新」よる「低価格化」を無視している。
・グローパル化による国際分業により、人々は、かってより遥かに安い値段で必要なものが手に入るようになった。
・1950年代には、平均賃金の人がハンパーガー1個の代金を稼ぐのに三〇分かかったが、今では三分だ。
・技術が人間の生活水準に作用するのは、技術が発明されたときではなく、何十年ものちに手ごろな価格の技術になったとき。
・バイオテクノロジーの発展によりその応用物が低価格化する。たとえば幹細胞をさまざまな臓器に発展させる技術は、
 移植医寮そのものを、低価恪化させる。また、癌治療もバイオテクノロジー技術の発見によって、癌ワクチンや
 遺伝子組み換えウイルスを体の必要な場所に送るという治療を大衆化させる。
・第二次大戦以来、全世界のGDP成長率がゼロを下回ったのはたった一年。それは2009年で、マイナス0・6%の成長率だった。
・先進国ではさまざまな形で実際に、森林面積が増えるなど環境は良化している。いまの新興国が先進国なみの経済水準になる 
 二〇五〇年までに、これまで損なわれた環境が腹興するようになるだろ。
 ▼ 予言はなぜ当たらないのか? その状況で対応する「技術革新」が出てくるからだ。その中で情報機器と、バイオテクノ
  の革新は、予測不能である。現に過去40年をみると肯けること。 人間には、長期楽観、短期悲観が経験を通して
  認知バイアスとしてある。それが目先、悲観的な見方が受け入れられる。 40年前の予測が悲観的過ぎたというのも
  大いに疑問である。ソ連は崩壊、米国も、衰退の坂を転げ落ちている。そして日本は、20数年前のバブル崩壊から現在に
  わたって惨憺たる事態。40年後を考えると、さらに酷くなるのは現在の状況をみれば分かること。
 「現時点で予言不能の未来が待っている」ことだけは確か・・ バーチャルと現実が混合した世界だろう! 今もそうか?
・・・・・・
4188, 呪いの時代 ー6
2012年09月13日(木)
                         「呪いの時代」内田樹著
   *「適職イデオロギー」の刷り込み   ー第5章「婚活」と他者との共生ー
「適職イデオロギーの洗脳」の切り口は面白い。そのため?まず3年もしないうちに三分の一が夢やぶれて辞めていく。
それだけでない、その後も、その影に追われることになる。歌の文句ではないが、「自分を待っている職があるはず」と。
そんなものは、あるはずはない。現実は、そんな軽い若者を拒否をする職場だけ。そのため転々と幻影を求めてサマヨウしかない。
私たちはコマーシャルで、知らないうちに無防備に不安と劣等感と無知を煽られ多くの洗脳を受けている。ーその辺りからー
≪ 就職活動を始めるに当たって最初に叩き込まれるのが「適職イデオロギー」です。就職情報産業の営業マンがやってきて、
 大学2年生を購堂に集めて「空気を入れる」ときに彼らはこう言います。「ひとりひとりには、この広い世界のどこかに、
ただひとつだけ適性に合致した天職がある。この一年余りで、諸君は自分に適正に合致したこの職業にであわなくてはならない。
そのために捧げうる就活に全エネルギーを当時なければならない」と。学生たちは驚きますけれど、だいたい根が素直な子たち、
たちまち、この「適職イディオロギー」に染め上げられる。
△ そして、「自分が適職に出会えないのは、自分の何であるか知らないからだ」ということと、
△「世の中にどのような職業があるのかについてまだ十分に知らないからだ」
 という2種類の「情報」不足によって説明されるということに、うっかり頷いてしまう。 そうして適性試験を受けたり、
目を赤くして就職情報誌に見入ることになるわけですが、もちろんこれらの情報は無償ではありません。かの「適職イデオロギー」
を宣布してまわった営業マンの会社が課金して販売しているまわるのですから、この段階で、「なんとなく家業継ぐか」とかいう
「ゆるい」就職観はきびしく排斥されます。この「適職イデオロギー」というのはきわめて強烈なもので、これを一度受け容れて
しまうと、私たちは「ほんとうに『こんな仕事』に就いていいのだろうか」という不安から逃れられなくなります。就活中も
もちろんですが、実際に内定をもらったあとも不安が鎮まらず、さらに就活を続ける学生がたくさんいます。最初に内定を
くれたところはそれだけ「ご縁」があるということなんだから、そこでいいじゃないかと僕は学生に相談されると答えるのですが、
僕のそういう場当たり的な就職観に説得される学生はほとんどいません。・・・就職情報産業にとって、「適職イデオロギー」を
深く内面化した若者はエンドレスの顧客です。「この職場に骨を埋めよう」と覚悟をしているわけでないのだとしたら、
「いつか出ていきたいが、今は出ていけないので我慢してここにいる」という「腰掛け」的な就労態度をありありと示すことになる。
「はやく出ていって『ほんとうに私の適正に合った仕事』がしたい」という切ない思いは更につのる・・・ 仕掛けになっている。
就職情報産業は、このビジネスの洗脳によって決して自由になれない人々を量産することで利益をあげることを自覚しておいた方が
いいと思います。・・・≫
▼ 幻影を求めてさ迷う若者に、更に就職産業屋は顧客として利益を貪ることになる。気が付いた時には、立派なフリーター。
 社会は、彼らを便利な部品として使いまわす。グローバル化で人件費が抑えられる中で、ひ弱な若者は火の目を見ることはない。
 これと酷似しているのが婚活である。結婚相手と、就職先も幻影でしかないことが自覚できない若者。 それは次回に。
 ・・・・・・
3823, 閑話小題 
2011年09月13日(火)
   * 『哲学人』の感想文を連載は、二年前に一度書いていた。
 驚いたことに昨日に気づいたことだが、二年前に、この下巻のー小説の作り方ーについて取り上げていた。 
難しかったのだろう、それっきりで終わっていたが、それ自体を忘れていたのは迂闊だった。無意識のリベンジだったことになる。
分類に検索で調べたが見落としたようだ。それにしても、思いもよらなかったので驚いた。 成るほど、さすが哲学者が実践した
小説作法は実に分かりやすい。(下にコピー) それにしても、ブライアン・マギーの教養のレベルに驚かされる。さすが英国である。  
   * 初めての書くテーマのネタ切れ
 この10年間、ここで一応、起承転結を成している?文章を書き続けてきた。
最低でも2つの仕込み文はあったが、今回、初めてゼロになってしまい、それ自体をネタに書いている。
現在の読書感想文の『哲学人』が、私にとって難しい。しかし、何とかギリギリで理解出来るから、なお疲れる。
さらに、iPadにエネルギーを大部分取られていることも重なっている。 ひとつテーマを書いても、ウェブ上では、それより
遥かに素晴らしい情報が満ち溢れている。そこをネットサーフィンしていた方がより広く深く世界をみることが可能である。
それでも自分が10年間エネルギーを入れたサイトをiPadで何時でも見れるのは悪くはないと、何とか気持ちを保っている。
有料、無料を含めて、iPhone・ipadのアプリは10万以上あるというが、その一端を次々にダウンロードして使ってみるが、
その都度驚きの連続になる。別に、声高に、これは凄い!という必要もないし、これに近いモバイル携帯電話で既に普及している。
何を今さらといえば、それまでのこと。 話を戻すが、書くネタが無くなるほど本音で書くので、読む方は面白いというが・・。
 何も書けない焦りは何とも言い難い。この辺が限界の際が見えてくる。書き続けるのは大変だが、その分、張り合いにもなる。
 ・・・・・・
3458, 9・11から9年
2010年09月13日(月)
 あれから9年になる。こと自社からみたら、この日をもって右下がりになり、現在も続いている。
2004年から少し持ち直してきた矢先に今度は2008年9月15日のリーマンショックを契機にした100年、250年に一度の世界恐慌。
あの日から世界も日本も変わってしまった。まことしやかなアメリカ陰謀説がある。時間の経過と同時に信じるようになってきている。
為替と株式で大儲けをした輩がいた現実がある。更に、この事件をキッカケに兵器業界は大儲けをした。
アメリカでは戦争は公共事業といわれ、不況にとって手っ取り早い毒薬と同時に、回復剤になる。 第二次世界大戦は、
1929年から世界恐慌から立ち直る大きな契機になった。 アメリカの誘導によって日本がハワイ急襲をしてしまった。
そうこう考えると、アメリカは恐ろしい国。イラクの攻撃のキッカケとなった大量破壊武器所持疑惑も、実際には存在してなかった。
戦争を仕掛けるためにCIAが捏造したことが後になって判明した。日本のバブルもアメリカによる日本国内の内需拡大の強制による。
その結果の日本のバブルのピークを待って株式の暴落を誘導を図った。そして下がりきった株と不動産を買い捲ったファンドが、
大儲けをした。 好き放題に日本の資産をいじくりまわし、収奪を繰り返しているアメリカに日本は成す術がない。
歴史的にみて、その後の2008年9月15日のリーマンショックと同じレベルで、2001年9月11日の事件は語られるはず。 
アメリカ崩壊への二つの大事件として。 これを必然的事件とみると、何か底知れない深いウネリを垣間見れる。
20世紀的なものの崩壊の必然の事件としてである。そして、この火の手が10年20年かけて世界を焼き尽くす。
日本のバブル崩壊後、山一證券が倒産したのが、7年後。大手銀行が3つになったのが10年後である。
この世界恐慌も、10年20年の時間で世界を大きく変えていく。現在はデフレ、そしてハイパーインフレが襲ってくる。
グローバル化は、世界をフラット化する。日米欧は、その他の国と変わらないレベルになりざるを得なくなる。
9年で、インターネットも、携帯電話も、テレビも、劇的進化をしてきた。それが、世界をフラット化を進めている。
これから10年、世界は、その動きを更に大きくするだろう。 面白いと同時に、恐ろしい10年になる。
・・・・・・・・
3083, 哲学人 −1
2009年09月13日(日)
 * 小説の作り方
哲学研究者の、ブライアン・マギー著『哲学人』を、半年がかりで読んでいる。
なかなか難しいが、時どき解りやすい部分もある。分野の違う人の「小説の作り方」も、
小説作法の全くの素人からみると新鮮で解りやすい。 自分の欠けていた部分を満たす作業としての小説も、
読んでいる方も、書いている方も、リアルに感じるだろう。 自分の体験を補充するなら事実に近い
深みのある内容になって当然である。 まずは、その内容から〜
《 私の希望は、相思相愛の果てしない追求だったが、そうした愛を経験したことは一度もなかった。
経験できなかった理由は、私が愛されなかったからではなく、愛さなかったからである。行き場のない強烈な感情の内海は
私のなかでせき止められ、誰かが愛してくれたときでさえ、表に現れることはかなわず、自由に流れることもできなかった。
そのため大きな不満が募り、激しい感情に支えられた衝動が蓄積され、私はそのはけ口を求めた。 そこで思いついたのが、
小説を書いてこの衝動をつぎこむことだった。その小説のなかでは、大海のごとき感情があふれ出ると同時に癒され、
私に欠けていたことが、ある意味で達成される。それも想像のなかだけではなく、現実のもの、自分の外に存在するもののなかで、
である。私はこれを『ラブ.ストーリー』と名づけようと思った。驚くべきことに、このタイトルはその時点では
まだ使われたことがなく、少なくとも私の知りあいに過去の例を覚えている者はひとりもいなかったのである。
私の構想では、中心人物は最低でもふたり必要だった。 女と男がひとりずつ、これは当然である。
では、このふたりをどうするか? 単純に、彼らは恋愛中という設定にして、その愛を表現してみるのか?
それだけを二、三百ページにわたって情熱的に語っていくのか? これをうまくやってのけることが想像できなかった
わけではない。 私が、本来の私とは違う作家になれば、それも可能だったろう。壮大な散文詩、淡々とした、それでいて、
たゆまぬ愛の賛歌というわけである。ただし作品自体がだれることなく飛翔しつづけるためには、その勢いは単に力強いだけでなく、
本質的に詩的でなければならない。そしてこの場合、私の勢いに力はあるが、詩情はないとわかっていた。 
この本の背後にある衝動は、何よりもまず心理的、感情的なものだった。私が探していたのはリピドーのはけ口だったのである。
それに、私にとって自然なはけ口とは、叙情的であるよりむしろ劇的であるべきだろうと感じてもいた。
波乱に富んでいて、望むらくは力強いものでなければいけないのだと。 しかし、だとすれば本のなかで何かたいへんなことが
起こらなくてはならない。 そして、このたいへんなことが本の内容に大きくかかわるのだとしたら、恋愛関係に影響を
及ぼすものでなければならないだろう。 さらに、それがささいなことでないとしたら、重要なことでなくてはなるまい。
いずれにしても、劇的な効果をあげるにはそうである必要がある。考えれば考えるほど主人公たちの恋路を邪魔するもの、
なんらかの障害でなければならないという思いが強くなっていった。いわゆる三角関係についても、思いつくかぎりの可能性を検討
してみた。だが、そのうちのどれかが読者の心をつかんだとしても、本来無条件であるはずの主感情に制限を設けることになってしまう。 
それは避けたかったので、別の登場入物を巻きこまずとも、彼らの恋愛にとって大きな現実の脅威となるものを考えてみた。
浮かんできたのは、重大な病気や事故というアイデアだった。 》
 ーーー
ここで、著者は「相思相愛」の経験が無かったと正直に告白している。そのリピドーのはけ口を『ラブ・ストーリー』にしたのだと。  
相思相愛?の恋愛結婚をした人は、そのまま、脚色をすれば小説になる。  が、本当に面白いのは、著者の方だろう。
所詮は共同幻想、いや自己幻想、いや他幻想だから、『達成したことに何かを付け加えるより、達成できなかった幻想の方が、
むしろ新鮮味がある』と言える。 哲学人の書いた小説作用の切口もリアルである。
・・・・・・・・・
 2008年09月13日(土)
一昨日、「清水洋の経済セミナー・全3講ー有事に勝ち残る」を受講してきた。
4年前からのシリーズで、これで三回目である。30数名の参加者だが、行くたびに、講師の言うとおり、
経済が世界的にも国内的にも深刻度を増している。何時も暗い気持ちになって帰ってくる。 
 *印象に残っている順に書くと、
・この5年間で中小・個人を含めた30?の事業所が閉鎖。ここに来て更に悪化している。(周りを見ていると、その通りになっている)
・ハイパーインフレは、もう間ちかに来ている。来年は食品がインフレになる。 5年〜10年先を想定して、金とか財政が
 優良な国家の債権などに、ヘッジをしておくこと。 国家破綻とは、ハイパーインフレになり、庶民の資産価値が激減すること。
 ヘッジをしてあれば、六分の一になったら、逆に六倍の価値が上がることになる。金は現在二千八百円だが、六千〜七千が目安。
 他のヘッジとして、 カナダドルを持って、ケイマン諸島に預けておくとか、
・不動産のビッグバンがおきている。地方銀行の隠れた不良債権が膨大にあり、これから表面化してくる。
・変化は、ある日、一挙に起こる。
・10年後のイメージとして、国家予算が370兆円、70兆円が国債の発行。(ハイパーインフレのため)
 ガソリン千円。 首都圏移転が本格化。
・現在の夕張市の実情が、10年後の日本の姿。公共事業はゼロ。公務員の三分の一カット、給料の三分の一カット。
・道州制は、早く導入されるだろう。そうしなければ、日本は持たない。官僚を解体するのに一番手っ取り早いからだ。
・日本政府は、隠れ資産が膨大にある。まずは東京の霞ヶ関の土地と建物。 首都移転で、数百兆円など軽く捻出できるし、
 ガソリン税などの特別目的税などの余剰の資金が国民の目から隠されている。道路公団を民営化すれば膨大の株価から金が入るし、
 郵貯の株式も膨大な金額になる。それもこれも、道州制と首都移転から派生する。 まだまだ、国家は多くを隠蔽している。
 要は、これまでの固定観念を根本から変えること。グローバル、フラット化、情報が誰にでも手軽に入る時代になった。
 それは根こそぎ社会を変えようとしている、ということ。
 −−−
大まかに言えば、こんなものだ。 税務署が来て、明らかに理不尽なことをいう。
こと細かくメモを取っている。 もちろん、ここで後日に一連のヤリトリを公表するが、彼らは、そういう官僚機構の末端である。 
この国は狂っているとしか思えない。取れる相手が3割しかないから、そこで理不尽なことをするしかない。 というより、
世界的な混迷期に入ってしまったのだ。 知れば知るほど、この10年の変化がタダゴトではない。特に日本は一番マイナスに働くであろう。
明治維新の動乱など足元にも及ばない混乱が始ったのである。
・・・・・・・・・
2007年09月13日(木)
 2354, 閑話小題 
ーギリシャ旅行より帰ってー
ー安部辞任ー
(字数制限のためカット 2010年9月13日)
・・・・・・・・・
2006年09月13日(水)
 1989, 地元・中堅企業が二社倒産
ー石橋組の倒産ー


4562, ポタリ、ポタリ、ポタリかな!

2013年09月12日(木)

ポタリ、ポタリ、ポタリかな!
   
 4月〜11月の8ヶ月間、毎朝一時間、4年続けて雨の日以外、合計一万キロ以上も乗り続ければ、自らをポタリスト
(ポタリング=自転車散歩)と宣言してよいだろう。 4年前になるが、「電動アシストのMTB(マウンテンバイク)が、
格安で、スポーツチェーン店から(通販)売り出される」という新聞記事を読み買うことにした。 そして乗って仰天!
ママチャリを年に1〜2度しか乗ったことのない私が、その日を境に、冬季間と雨天以外は、ほぼ毎日12キロは乗っている。
自転車で15分の距離に信濃川があり、二つの大橋を一周して帰ってくると丁度一時間、早朝の運動に最適である。
ある本に、「江戸時代に舟に車輪をつけた陸舟車というのが試作されたのが第一号」とあった。 
さしづめ電動アシスト自転車を舟とすると、エンジン付きカヌーである。手で漕ぐか、脚でペダルを踏むかの違いになる。
 この自転車に出会うまでは、自宅から300M先にある栖吉川の土手を30年近くウォーキングをしてきた。
ところが、道路拡張工事で散歩道が数年間も交通ドメになったタイミングに、電動アシストのMTBを購入。
一気に、4キロ程先の信濃川まで行動パターンが広がった。 電動アシストのうえ、MTBの車種が良かった。
軽くて、小さくて、小回りがきいて、6段変速ギア。 変速ギアのついたスポーツ自転車も一度も乗ってないうえに
電動アシストである。驚くのは当然である。 
 東京在住の学生時代のゼミの後輩がカヌーの愛好家で、数年前、車にカヌーを積んで新潟にきて、阿賀野川河口と、
寺泊の浜辺で同乗させてもらったことがある。それもヨットカヌー。彼の別荘が川口湖にあり、長年、乗りこなしていた。
羨ましいと思ったが、今さら私には無理。 そこで、スポーツ自転車を陸のカヌーとみたて、電動アシストにすればよい。
 早朝、電動アシストの力を借りて、信濃川の土手を飛ばすのも快感。 乗っていると、自分がいかに軽く小さい存在で、
空中遊泳をしているような感覚になる。現在のものも限界に近づいてきたので、消費税のアップ直前の来春2〜3月に、
もう一台を買う予定にしている。クロスか、折りたたみのMTBか、電動のついてない10数万の高級車か?
それまで半年間の選定が楽しめる。これを購入すると、胸を張って、「古いMTBと、クロスバイクの二台を持っている
ポタリスト」と宣言ができる。車やオートバイで高級車といえば数百万だが、自転車では、30〜50万も出せば超高級車、
十数万なら高級車になる。ーブログ内の検索で、以下のような文章があったが、時間の経過とともに内容が濃くなっている。
一つのキーワードで検索で過去分を拾うと、書き遺した価値が味わえる。肌で風を切ると、頭が冴えてくるのも良い。
 低空の飛行艇のようにも・・・ 少しオーバーか!
・・・・・・
2013/07/29
スポーツ自転車の勧め! ー4               
        「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
2013/07/29
スポーツ自転車の勧め! ー4               
   * マウンテンバイク     「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 私が現在乗っているのがマウンテンバイク。 舗装されてない山道などを走るため、特徴は丈夫かつ軽快さである。
ただ値段の安さに惹かれ買ったが、私の毎朝のコースからみて、これがベスト。小さく軽いのがよい。
  ーそこで、ウィキペディアで調べると、以下のとおりー
《 1970年代後半にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外のマリン郡で、ヒッピー達がビーチクルーザーや
 実用車などに太いタイヤをつけ、急勾配の山を下りタイムを競った遊びが始まりと言われている。同時期に北カリフォルニアでも
 同じ遊びが発生していた。初めは手作りだったが、一つのジャンルの大量生産で一般に広がっていった。
 マウンテンバイクの定義は、【 荒野、山岳地帯等での高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の乗用に対応して、
 軽量化並びに耐衝撃性、走行性能および乗車姿勢の自由度等の向上を図った構造の自転車のこと。舗装路でも広く利用されており、
 用途によって様々な形態が存在する。】である。 
  マウンテンバイクは、クロスカントリーバイク、ダートジャンプバイク、ダウンヒルバイク、プレイバイクなどの種類がある。
・クロスカントリーバイク= 山道の長距離走行に特化したバイク。軽量なフレームに軽量なサスペンションフォークが組み合わされ
・ダートジャンプバイク= ジャンプスタントに特化した、BMXに近いバイク。小さめで取り回し易いフレームが、堅牢なクロモリか、 
 十分な補強を施したアルミニウムで作られる
・ダウンヒルバイク= 山を下り降りる事に特化したバイク。数メートルの崖を飛び降りるなど過酷な環境に耐える強度が必要。
・プレイバイク= 2010年頃よりジャンルが定着し始めたMTBとBMXをミックスさせたバイク。・・・ 》
 ▼ 以上だが、MTBはポタリングに手軽な自転車で、軽快さが良い。それとママチャリと同じく、普段の生活の何にでも使える
  マルチのところがよい。親が、このタイプを少年用に買うことが多いこともあり、HCの自転車売場では、丈夫でない見た目
  だけMTB風のチャリが並んでいる。そのため愛好家からは「モドキ」とか「ルック車」などと呼んでいて、良いイメージはない。
  その見分けはデザインで直ぐ分かる。また「悪路走行禁止」と書いてあるのもある。私のようなスポーツ車初心者に向いている。
  とにかく軽く小回りがきき、乗りこなしがスムース。次は、クロスバイクにするつもりだが、折畳み式も捨てがたい。
  スポーツジムと、家でパソコンか、TVか、読書になりがちな生活の中で、これはソロで出来る手軽な趣味になる。
  早朝に加えて午後からのポタリングの習性も悪くはない。それと現在、ジムや、図書館への移動に使うことも考えてよい。
  趣味としてポタリングにするとなると、違った切り口が出来てくる。それより、まず事故に気をつけなくては。
  これまで色々なマウンテンバイクを見て、デザインが違うとしか思ってなかったが、実は、使用目的が違っていたのである。
・・・・・・
スポーツ自転車の勧め! ー3 ー2 ー1は、
字数制限でカット(バードウォッチにコピー)          

・・・・・・
2013/06/25
電動アシスト自転車に乗って、はや4年
 電動アシスト自転車を乗って3年8ヶ月になる。ーまずは、その時の文章より 
   ー3131,期待どおりの電動自転車 2009年10月31日(土) 
≪ 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。自宅は長岡駅裏から徒歩10分ほどにあるが、
 長岡駅前から歩いて20分のところにある大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところのジャスコには15分、
ユニ系のSCのアピタまでは20分。そして、その先にある長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に着いたのが50分後。
万歩計をみると、2500歩になっていた。50分というと5500歩になるから、半分近くになる。疲れは、ウォーキングと
同じぐらい。 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。一日一万歩を目指しているので、自転車にはほとんど
乗ることはなかった。そのためスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を乗った驚きは大きい。
一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると二倍の加速がかかる。 自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、
その時にペダルに力が二倍加わるのは、何か異様な感がする。コースは線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の
加速とか、大きな橋までの登り坂とか、けっこう起伏がある。そのストレスがゼロで、平らの道路でペダルをまわす時の加速も
三分の一で済むのだから、非常に楽である。ところで、通販で注文して送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が、
「すぐに、盗まれるよ!」というのも分かる。小型のためボックスカーに、簡単に乗せる事が可能だからである。 
 一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。あと数年先が
よいと思うよ」といって、買うのを止めた経緯もあった。スーパーや、駅前などは当分は置けないが、その時はその時。≫
 ▼ これを書いた翌日から25年続けていた早朝ウォーキングを、ポタリング(ミニサイクリング)に切り替えた。
  同じ一時間で、コースは東バイパスから、長岡大橋を渡って、日赤前の土手を通って、大手大橋から、土手を走り、
  長岡大橋に戻り、同じコースを逆コースで帰ってくる。 冬期間(12〜3月)と雨天を除くと、ほぼ毎日、乗っている。
  大よそ、年に200日として7百回以上、一日、14キロで1万キロ、地球を半周も走ったことになる。
   スポーツチェーンのネット販売で59800円で買ったが、中国産だが私にとって大当たり。現在は値下げで49800円。 
  もうボロボロだが、何とかあと一年使って買換えるつもりである。まず故障するのはブレーキと、蓄電池周りの固定器具。
  パンクは三月に一度ぐらい。来年には、一ランク上のナショナルのものを買うつもりだが・・  
   自転車には、シティ、クロス、ロード、マウンテンタイプなどがある。 私のは車輪の小さなマウンテンタイプ。
  来年の購入予定はナショナルのクロスタイプのもの、どうなることやら。iPodで音楽を聴きながらの
  早朝サイクリングは良い。雨が降ると溜息が出るほど。最近の週末は天気の具合をみて、昼も同じコースを走っている。
・・・・・・
2013/03/27
閑話小題 −つれづれに
 * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど散歩する姿はないのは寒いためだろう。
分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さを凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。
毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったことになるが、自転車はボロボロになって当然。
リチウム電池は、当初一回の充電で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、持つかどうか。
あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走ったことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが
舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。
これで春の訪れを知るとは・・・
・・・・・・
2012/08/21
つれづれに
   * 大手大橋にて
 先週土曜日の早朝、何時ものようにポタリング(ミニ・サイクリング)の大手大橋で、ヒキチャリをしながら歩いていると、
後ろから声をかけたれた。車椅子に乗った隻手の男性で、恐らく交通事故で右腕を根元から切断、下半身麻痺で自走式車椅子である。
私の電動アシスト自転車に興味を持ち声をかけてきた。電動アシスト自転車が如何に良いか説明すると、自分の車椅子が電動切替え式で、
背後に電動モーターがついていて時速6キロという。何度か薄暗い中、かなりのスピードで走っているのを見たことがあった。
人それぞれの運命と人生がある。 ところが昨日の朝、いつものコースの信濃川の土手を走行していると、屋根つきの休憩所で、
30歳前後の男女二人が、その電動の車椅子を畳んでいた。本人は不在で、まさか聞く訳もいかないし、そのまま遣りすごしたが。
その前に何か(熱中症とか?) あったのだろう。ポタリングを始めて4年目になるが、続けていると色いろある。
そういえば、雀が少なくなった。去年の大雨で河川敷の雑草地に水が使ったせいだろうか。燕も少なくなった。多いのはカラスだけ。 
・・・・・・
2012/06/15
閑話小題 
  * 自転車のパンク
 4〜11月まで八ヶ月間、毎朝一時間もポタリングをしていると、年に二回はパンクをする。
たまたま土砂降りの時にパンクをし、ズブ濡れで自転車を引いて帰って来たこともある。それも付きものと割り切っている。
一回のパンクの修理代が千〜千二百円で、店によって違う。 昨日もパンクをしたので近くの自転車屋で修理をした。世間話に、
市内の自転車屋の数を聞いたところ、「百軒あった店が今では三十軒になってしまった。4kのため次世代が店を継ぎたがらない」という。
店売りの自転車はHCや、スーパーが大量販売するため、価格競争に負け、修理だけとか。 パンクの修理時間は平均、20分。
それで千二百円は悪くないが、私の見立てでは一日4〜5人。 奥さんがパートをする兼業商家なら何とかなるのだろう。
・・・・・・
2012/04/14
閑話小題
  * ポタリングを再開
 早朝のミニ・サイクリング(ポタリング)を再開した。冬期間を除いた4月〜11月の間、一時間かけ信濃川の二つの大橋を一周する。
6時過ぎから7時過ぎにかけての時間帯だが、何とも清々しい。電動アシスト自転車の効能で、午後の二時間のスポーツジムを加えると、
三時間も運動している。 平坦な習慣の組み合わせのためかアッという間に一週間が経ってしまう。 電動アシスト自転車の使用目安を
5年と決めているので、半分使え終えたことになる。電動自転車は、お薦めである。手段(自転車)が、目的(朝の運動)を変えてしまう
(ウォーキングからポタリングへ)典型的事例になる。これからはスマートフォンとタブレットPCの普及が、ビジネスや生活パターンを
根こそぎ変え始めているが、手段の進化は、人間生活を間違いなく良くしてくれる。
・・・・・・
2011/11/08
 閑話小題 ー自転車からの風景
  * 焼鳥屋、鳥梅
 私の幼稚園の頃の、一番初めの友達が、近くの焼き鳥屋の息子であった。幼稚園の一年間と、小学校の二年の三年間である。
ある日の午後、そこに遊びに行くと、今から思うと焼き鳥の串さしの仕込みを、御父さんがしていた。子供なりに、仕事の場には
近づいてはならないことは知っていた。ところが手招きをして、その一本の焼き鳥を差し出してくれた。 そして、食べて驚いた。
その美味いこと。ガムのようで噛んでも噛んでも、噛み切れないが、その味わいと香りは、今でも強烈な記憶として残っている。
その後、成人になって長岡にUターンをしてから1〜2度、飲みにいったことがある。 私の幼馴染は何があったか分からないが、
店から引退し、姉さんと、奥さんが店に出ていた。 その店の前を二月ほど前に早朝のポタリングの帰りに通ったら、店の看板が
無くなっていた。そこで、姉さんらしき女性が、店の前で掃き掃除をしていた。 そこで、長岡の夜の博士と自認している?人に、
聞いてみたところ、「この春に閉店したが、その閉店の日に行ってきた。姉さんも高齢と不景気で止め時と言っていた」という。
それにしても、幼稚園時代の記憶の原点の一つの店が閉店とは、時代の変わり目である。
・・・・・・
3777, ポタリング
2011年07月29日(金)
  最近、面白い言葉ーポタリングを知った。 −ネット辞書によるとー
【 ポタリングとは、自転車でぶらつくことを意味する和製英語で、観光名所などに自転車を用いる「散歩」的なサイクリングをいう。
  散走とも言う。サイクリングの一種で、散歩程度に軽く走ることをいう。】
 中高年のオジサンが、行く当てない風にママチャリに乗っているのとは、チト違うようだ。毎朝、ウォーキング代わりに、
 信濃川まで一時間、自転車で散走をしているが、サイクリングというには違和感があったが、適切なポタリングという言葉があった。
 「ちょっとポタリングしてくる!」なら、丁度よい。自転車は野球帽を少し深めに被っていれば目だたないし、人は気に留めない。
 また電動アシストなら、エネルギーは普通の自転車の三分の一か、五分の一で済む。 近くのSCや図書館に気楽にいけるのも良い。
 この御陰で生活が一変したと言ってよい位である。 イメージとして、サイクリングは、中・長距離の場合に使い、目的は自転車に
 乗る方のニュアンスが強い。またツーリングは、長距離で、自転車で旅行をする場合につかう。
  東京など密度の濃い都会の二時間の散策なら、かなりの場所に行くことが出来る。 現在、早朝の信濃川のポタリングが主だが、
 今度は午後などに折りたたみ自転車を車に乗せて日本海沿岸をポタリングするのも面白そうだ。
 そうこう考えると、周囲に面白いことは、山ほどある。ただ気づいていないだけである。 ベストの敵はベターというが、その通り。
 それにしても「ポタリング」という語感がよい。 これから少し与太るで,「ヨタリング」という言葉も浮かんでくる。
  陰鬱の時、少し与太らないとやってられない。 でも、自重の時期である。 で、自転車でヨタルしかないか。
 少し離れた場所のポタリング用に、もう一台、安い折りたたみでも買うか? でも、車で一時間で何処かあるのか考えると?
・・・・・・
2011/09/24
ツール(道具)について考えてみる ー1
 電動アシスト自転車を使い始めて二年になるが、その日から日常が変わってしまった。足馴しに自転車で自宅から20分ほどの
信濃川の長岡大橋から大手大橋を一時間ほど一周してみたが、自動アシストのためペダルを踏むストレスが半減。そのためか
信濃川一周のポタリングが快適であることに気づいた。 空気が新鮮で、野鳥が多く飛び交い、川幅が広く、流れが緩やか。
そこから見る360度の視界がまた良い。川向こうから街中に向かう長岡大橋の上からのパノラマはライン川の風景に決して劣らない。
それと何より、自宅の生活圏から一歩外に出た開放感が良い。 自宅近くの栖吉川を30年近くウォーキングをしてていたが、
丁度その頃に工事で遠回りをしないと何時ものコースを行けないこともあって、切り替え時だった。 以来、12月から3月を
除いた連日、信濃川周辺のポタリングは日常生活の大きな柱になっている。新たな手段が生活を変えてしまった。


4561, 2050年の世界 ー4

2013年09月11日(水)

        「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 英『エコノミスト』編集部 (著) 
  本書は(第一部:人間とその相互作用)(第二部:環境、信仰、政府)(第三部:経済とビジネス)
 (第四部:知識と科学)それぞれ5章の合計20章から成る。人間、宗教と政治、経済、知識と科学の、4つ括り。
 次回からは後半ほど面白いため、20項目の一番最後から⑳⑲⑱⑰と逆向きに取り上げる。ーまず目次からー
  (第一部:人間とその相互作用) 
① 人口の配当を受ける成長地域はここだ    ② 人間の病気の将来
③ 経済成長がもたらす女性の機会       ④ ソーシャル・ネットワークの可能性
⑤ 言語と文化の未来
 (第二部:環境、信仰、政府)
⑥ 宗教はゆっくりと後退する         ⑦ 地球は本当に温暖化するか
⑧ 弱者が強者となる戦争の未来        ⑨ おぼつかない自由の足取り
⑩ 高齢化社会による国家財政の悪化をどうするか
 (第三部:経済とビジネス)
⑪ 新興市場の時代              ⑫ グローバリゼーションとアジアの世紀
⑬ 貧富の格差は収斂していく         ⑭ 現実となるシュンペンターの理論
⑮ バブルと景気循環のサイクル
 (第四部:知識と科学)
⑯ 次なる科学                ⑰ 苦難を越え宇宙に進路を
⑱ 情報技術はどこまで進歩するか       ⑲ 距離は死に、位置が重要になる
⑳ 予言はなぜ当たらないのか
 ▼ これを見ていると、人口の推計以外、どれもこれも、この程度ではない?と・・
  日本一つ取り上げてみても、40年前の1973年は高度経済成長の真っ只中で、石油ショックで茫然自失。
 12年後にバブルが発生、5年後にバブル崩壊。そして、失われた20年を経て、リーマンショックと東北大震災。
 現在は1000兆円の借金を抱えている。明らかに10年後は国家破綻国の可能性が大。まして、40年後は・・・ 
 それでも、叩き台として想定するのは必要である。最終章の「予言はなぜ当たらないのか?」の答えは、
 「土台無理のテーマ」。情報化によるグローバル化で、世界が平準化していく結果は、誰も想定出来ないだろう。
・・・・・・
4186, 閑話小題 ーヨーカ堂の正社員削減
2012年09月11日(火)
   * オスプレーを一番必要としているのは日本じゃないかい?
 政府がトラフ地震の被害情報を発表してから、次の大震災に対しての被害想定が表立ってきた。
道路が寸断された災害地に対する緊急の救済にヘリコプターが一番有効に働くが、短距離しか有効に働かない。
問題は中距離からの輸送である。そうオスプレーのような中距離の大量空輸が可能な緊急輸送手段こそ必要になる。
被害地の近くに飛行場は無いのである。問題は数千、数万の命に関わる問題、危ないとかいっている場合でない。
尖閣列島などの領土問題でもしかり。もし戦闘になった時に最も必要になるのは中距離輸送。 オスプレーの着陸は、
別に住宅密集地にする必要がない、問題はコース。ヘリ機能はコースを如何ようにも変えられる。
こういう意見は、この国では口に出せない。出せば袋叩きになる。何かがおかしい!
   * ヨーカ堂の正社員削減
 ヨーカ堂が現在の正社員8600人を4,000以上削減すると発表し、パート比率を90%に引き上げるという。
それだけ、経営状況が悪化しているということだ。 ヨーカ堂グループは、セブンイレブンを持っているので、
グループとしての経営体質は良いが、その発生の元のGMSの業態のヨーカ堂店舗を多く抱えている。
それが正社員比率を一割まで減らすというから驚き。 店舗も一割削減するため均衡縮小になる。
情報機器が高度化しているため、それほど店舗レベルの質の低下は避けられるのだろう。
地元の長岡駅前のヨーカ堂は、私と家内の目からみて死に体の店。ファッション、雑貨に買いたくなる商品が皆無。
 ・・・・・・
3821, 哲学人 ー�
2011年09月11日(日)
 * ウィトゲンシュタインの『論理哲学考』      ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
   ー まずは、以下の箇所である。
【 オックスフォードでは、しきりとこの本「論理哲学考」が参照されいたけれど、学生は読むように勧められていなかった。
これを理解するには、論理学の技術に習熟する必要があったからである。・・・ 私はこの本に取り組む準備はできていると感じた。 
おそらく、このような本だと知ったときほど驚いたことは、あとにも先にもないのではないだろうか。
オックスフォードでは『論理哲学論考』は常に論理実証主義の基礎をなす文献として挙げられていた。
ところがきちんと読んでみると、その中心テーマは論理実証主義のほぽ対極にあったのである。
 論理実証主義者は、世界に関するあらゆる真理探究を科学に同化させる傾向があり、その結果として、科学を律する
基準によってすべての真理探究活動を判断し、科学的発言に適用されるルールによってすべての発言の妥当性を判断した。 
観察か経験によって立証されるものしか、世界について知ることはできないのであり、確実な論拠を提出できるものしか、
有効に、もしくは正当に語ることはできない。だが重要な事柄はすべて、少なくとも原理上は語ることができるはずである。
そして曲がりなりにも語ることができるものは、明確に語りうるだろう。『論理哲学論考』は、こうしたこととは正反対に、
きわめて重要なもののほとんどはまったく語ることができず、言葉を使ってもせいぜい示すことができるだけと言いきっていた。 
それは示されうるとしても、語ることはできないのだ、と。 また、「論理哲学諭考』は科学をあまり評価していなかった。 
命題言語が有効なのは、経験や分析に基づく真実、すなわち事実と論理にかわる事柄を表現する場合にかぎられる。
それ以外の分野では、役に立つというよりむしろ誤解を招きやすいので、有益というよりむしろ有害となりやすい。
このため、私たちにとってきわめて重大な意味をもつ問題はどれもその範囲の外にあることになる。倫理・道徳・価値観に
関する疑問・人生の意味に関する疑問、自我や死の本質に関する疑問、全体としての世界の存在に関する疑問は、観察にも
論理にも解決できない。したがって命題言語が扱えるものではなく、強引に命題言語で処理しようとすれば、行き詰る結果となる。】
▼《『論理哲学論考』は、きわめて重要なもののほとんどはまったく語ることができず、言葉を使ってもせいぜい
 示すことができるだけだと言いきっていた。それは示されうるとしても、語ることはできないのだ、と。
 また『論理哲学諭考』は科学をあまり評価していなかった。命題言語が有効なのは、経験や分析に基づく真実、
 すなわち事実と論理にかわる事柄を表現する場合にかぎられる。それ以外の分野では、役に立つというより
 むしろ誤解を招きやすいので、有益というよりむしろ有害となりやすい。》 上記の中で、この部分は、非常にシビアであり、
 したり顔で小理屈を述べている学者風の人を一言で切り捨てている。これは哲学の否定でもある。語りえないことを、
 哲学は求めていることになる。論理実証主義者と言語哲学者たちが、この『論理哲学考』をまったく誤解していたことになる。
*「論理は考えられるもの」の範囲を定める。 * 語りえないものには沈黙を * 言語は「写像形式」によって世界につながっている。
 言語はものや出来事を写し取って名前をつけたもの * 言語が対象に意味を持たせる=言語ゲームの始まり、である。
 「言語が語れることだけが思考できる範囲」と言うが、私として、「解釈できる範囲が思考できる範囲」であって欲しいが。
 ・・・・・・・・
3456, 渥美俊一氏死去 −2
 2010年09月11日(土)
 一回の追悼文で終わる予定だったが、何か言い足りないので更に書く。
7月21日に亡くなったが、どういう訳か死亡記事を見過ごしてしまった。知人に聞くと日経新聞に小さく載っていたという。
氏の業績から言えば、より大きく取り扱われてよいのだが、既に時代が変ってしまったか? 所詮はスーパーの神様でしかないのか。
早くいえば、流通先進国アメリカをウォッチング、そっくり真似をし、日本の遅れている流通経路に新しいバイパスを創りなさい、
ということである。「大量生産、大量消費の間に、大量流通の仕組みつくりを、それぞれの立場で、新業態をつくること、
それをロマンとして志すべし」は、高度成長期には正しいことであった。その時期、ジャスコや、いとはん(その後、北陸ジャスコ)
に勤めていたので、濁流の渦で色いろな現象を目の当たりに見てきた。そしてバブル崩壊。以降、今度は激しい生存競争に晒される。
その中で、長崎屋、マイカル、ダイエー、西武流通グループなどが次々と姿を消していった。 大手で残ったのがジャスコ=イオン、
ヨーカ堂だけになってしまった。 その二社も最近、変調をきたしてきている。
(字数制限のためカット 2011年9月11日)
 ・・・・・・・
3081, 第三の場所
 2009年09月11日(金)
 我われは家と職場だけでは息がつけないので、行きつけの居酒屋やスナックをつくり、学生時代の校友会や、
気の合った飲み友達の会などの自分の世界を広げる。その他にもスポーツクラブやゴルフの会にも参加したりする。
 それがレイ・オルデンバーグがいう「サードプレイス(第三の場所)」である。
「サードプレイス」とは 家(必要不可欠な第一の場所)と 職場(必要不可欠な第二の場所)に加え、
都市に暮らす人々にとっての「必要不可欠な第三の場所」を意味する。 オルデンバーグは「サードプレイス」の代表例として、
イギリスのパブ、フランスのカフェ等を挙げ、それらが自由でリラックスした雰囲気の対話を促進し、都市生活における良好な
人間関係を産み出す重要な空間であるとする。 その特徴を「インフォーマルでパブリックな営み」を促進する場としている。
インフォーマルとは社会的立場を脇に置くことであり、パブリックとは仲間がいて協調する場をいう。 
第三の場は、年齢とか趣味で個々の組み合わせが変わってくる。
 私のベースは、居酒屋・スナック+秘・異郷旅行+図書館・読書+早朝のウォーキング+新幹線通勤の車中などである。
誰もそうだろうが、私も学生時代から現在まで、第三の場所を直ぐに創る習性があった。 家が商売をしていて大家族だったこともあり、
自分の世界を創るしかなかったのである。但し中・高校時は、その余裕は全く無かったが、その分、大学時代に一挙に爆発したようだ。 
ところで8年前にパソコンを始めて、HPを開いてからネットが第三の場所の一つに加えられた。 もしかしたら第四の場所? 
いや、第三の場所か??。 サルトルは、その一つとしてパリのカフェの一角で多くの友人とサークルを作り、オープンな議論をした。
 そうこう考えていたら、人生でみると学生時代が第三の場所だったような気がする。第一の場が両親の影響下の家庭、第二の場が自立後、
そして第三の場が中間の学生時代である。だから現在でも学生時代の友人と会いたくなるのである。学生という身分でスポーツやゼミなどで
日本中から集まった人たちと、酒を飲み、議論をし、旅行などをした。第三の場所に父親に頭を押さえつけられた二世・三世が逃避している
ケースが多く見られる。青年会議所、ライオンズなどである。こういう時期に人間関係を形成する機会という見方もあるから否定は出来ないが、
要は第一・第二・第三のバランス。 場所といえば、時間にも「第三の時間」という言葉が成り立つ。「第三の場所で過ごす時間」である。
 時間と空間と具体的な内容ーTPOの問題と、それを受け止める心(立場)の問題が出てくる。
で、「第四の場所」を想定すると? 「絶対孤独の場」それとも「何かに夢中になっている場」か「忘我の読書」?
 ・・・・・・・・・
2716, 東京について
 2008年09月11日(木)
家内は東京大好き人間。 私は好きではないが、少なくとも住みたいとは思わない。大都会は確かに情報が集まり、面白いかもしれないが、
何か豊かさの方向を間違ってしまったように思える。私は日本の中央の東京の反対側の日本海の都市で、職は新潟市、住いが長岡市である。
のんびりしているが四季の変化が激しく、地方特有の時間がユックリ流れている。そこには色いろな人生を、活き活きと生きている人が多い。
(字数制限のためカット 2010年9月11日)
 ・・・・・・・・・・
2007年09月11日(火)
 2352.ベナレス・・・8
  6、輪廻と解脱の思想
 輪廻と解脱という考えは、ウパニシヤッド聖典(奥義書)の中に最初に現れた思想である。
過去の善悪の業(もともとの意味は行為)が現在の果報を生じ、現在の業が未来の果報を招くというように、われわれの生死は
繰り返し続いていく。古代の思想家の大半は、このような輪廻の世界に存在すること自体を苦であると考え、いかにして
輪廻の束縛から解放されるか、すなわち解脱できるかを最大の問題とした。彼らにとつて解脱とは、自我の本質とされる
アートマン(我)が宇宙を成り立たせている根本原理、すなわち万有に遍在する力であるブラフマン(梵)に合一することである。
しかし、庶民一般にとつてはこのような思想はいささか難しく、普通は死後天界におもむくことと考えられている。
現在の生が過去の生の結果であるという考え方は一見宿命論的に思えるが、輪廻の大海で生死を繰り返すのも、またその連鎖を
断ち切つて解脱を獲得するのもすべては自己の行為にもとついている。いわば執看を離れた努力主義精進主義こそが、
ヒンドゥー教徒にとっての理想的な行動原理となつている。解脱は日々の正しい行いの蓄積によつてこそ達成さる。
ーー
輪廻と解脱。まあ、解りやすい因果応報の内容である。この位の制約をつけておかないと、
征服者の支配はインド大陸の中では不可能なのだろう。宗教による縛りとは考えたものである。
これで3000年支配してきたのだから、奇跡といえば奇跡である。 
・・・・・・・
2006年09月11日(月)
1987, デジタル一眼レフカメラ−1           おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・
 ー字数制限のためカット09年09月11日ー
・・・・・・・・
2005年09月11日(日)
1622, 戦略的思考について
「戦略」については、書いたことがあったが。不況の真っ只中に、それに対して戦略的な手をうってきたのかというと、問題がある現在?
あまり偉そうなことも書けないが。まあ、いいだろう!理屈は理屈である。 戦略的思考とは、「自分に対する質問と、その答え」であり、
その飽くなき繰り返しの中での練り上げのプロセスをいう。質問に、その大きな要素が含まれている。
ー私の手帳に「戦略的質問」がポストイットに書いて貼ってある。(どの本から書き抜いたか憶えていないがドラッガー?)
・現在おかれている事態は何だろうか?        -What
・それは何故そうなったのですか?         −Why
・現在うっている手は、本当によいのだろうか?
・そのためには何故を何回質問しましたか?     ー最低5回繰り返しまたか?
・それは、『自分の強み』を生かしたものですか?  −その自分の強みとは何ですか?
・今後、どうなっていくのですか?
以上であるが、なかなか良い含蓄のある内容である。貼ってから、自分で自問自答したかといえば、ほぼしていないが。
「自分のおかれている事態は何だろう?」という質問を考えてみると、全てに、根本問題が噴出してくる。
この歳になれば、誰も似たりよったりだろうが。そして、この問題の答えがそう簡単に見つかるわけがない。
問題に対して『正中心一点無』なって自問自答を、し続けるしかない。       ーつづく
以前書いた『戦略について』をコピーしておきます。
 ーーー
「戦略について 」
ー少し難しい問題を定義してみる しかし一番大事な問題である。
・時代の流れを認識して  ・限定された資源を
・自己の強みを認識して  ・集中して投下を決めるー選択
その為に
・戦略を良質な情報に触れて、じっくり考える事。
 決済、権限を委譲する事。
・戦略を考える基本は他人と違う事,自己の強みに集中する事。。
・旧習を壊す事  ・戦略を考えることに集中する事。 ・ひたすら、1人で考える事。
戦略とは  −キーワード
・長期的ー継続し続ける     ・革新的−革新の継続
・集中的ー革新ポイントへ集中し ・統合的ー集中のために要素を揃える
ペガサスクラブの4C主義も同じ
 チャンス     ー機会の開発
 チャレンジ    ー挑戦
 コンペテテーションー闘い
 チェンジ     −変化し続ける
その為には
 4S主義をとる
 スペシャリゼーション  −特殊化
 シンプリフィケーション −単純化
 スタンダデゼーション  ー標準化
 セグメンテーション   ー限定化
人生もまったく同じである。
(字数制限のためカット 2013年9月11日)
・・・・・・・
2004年09月11日(土)
 1257, オーストリア旅行記ー4
ーパプスブルク家の人たちのことを書いてみる。
(字数制限のためカット 2013年9月11日)


4560・横尾 忠則の老人論 ー3

2013年09月10日(火)

 「猫背の目線」横尾 忠則 (著)
    * コスプレの公開制作が面白い!
 コスプレとはアニメやゲームなどの登場人物やキャラクターに扮する行為を指す。画家が、自分の描く風景の登場人物の
コスプレで公開制作とは面白い。これまで色いろな職種を経験してきたが、制服を着た当初はコスプレのような感がした。
それも数日で同化するから不思議。それは事業も同じで、無我夢中で取り組んでいるうち、その機能になってしまうもの。
人生もコスプレのように、服装も心も身体も全身仮面で時節ごと付け替えているに過ぎないのではないか。 
化粧と服装も、自分が主役のTPOSに合わせたコスプレ? ギャルとか、キャバクラ嬢の見なりは、その典型・・
  ーその辺りの箇所からー
《 1980年代にさしかかった頃、グラフィクデザインから画家に転向したが、当初アトリエがなかったため美術館のスペースで
 絵を書く事が多かった。それもただで場所を提供してくれるところはなく、「貸してあげるが公開制作にしてくれないか」
という条件が出された。絵は本来アトリに独り籠ってかく孤独な作業なのに人前で描くということは考えてもいなかったので、
果たして描けるかどうかに頭を痛めたが、やってみると意外と抵抗もなく、むしろスイスイ描けることに我ながら驚いたものだ。
 それ以来アトリエができるまであちこちの美術館で公開制作を行ってきた。人前で描くことは確かにプレッシャーになったり、
ストレスの原因を生むが慣れてしまえぱ平気である。背後の観客から、集中する僕に突き刺さってくるのがヒシヒシとわかる。
こんな想念がぼくの中でエネルギーに変換されてより創造的になることを発見した。この場合の創造というのは無私になること。
不思議なことに雑念が去来しなくなるのである。そう言う意味で座禅に近いのかもしれないが、座禅とて雑念に振り回される
場合が多い。その点、公開創作の方が「私」意識が薄れるのである。
 それはは考えるということと描くということが一体化されるからだ。おまけに描くスピードが早くなり、手と心が同化して
いくのがよくわかる。だから時には一日で150号大の作品が描き上がることさえある。観客がこちらの一挙手一投足を固唾を
飲んで見ているのが体に伝わるので、思わず手を休めるのを忘れて描き続けてしまう。このことが描きてであるぼくを解放する。
 公開制作の味を占めたぽくは最近また続づけるようになった。しかもコスプレによって制作する。 公面制作で描く絵は、
ぼくが近年描き続けている「Y字路」である。そこで道路で作業している現場の人たちと同じ格好で絵を描くことにした。
街でよく見かける ー幅の広いズボンにベスト着用、頭にはタオルを巻いてー とこんな風景をよく見かけるでしょう。
つまり鳶職スタイルである。他の学芸員も道路工事の関係者の役回りになってもらう。最初は観客は度肝を抜かれ、ギョッと
した顔になって、次はケラケラ笑う。それも一瞬、こちらが真剣に絵を描くものだから、あとは会場は水を打ったようになる。
 よく仮面の効用というが、コスプレはまさに全身仮面になり、人格も他者になるわけだから不思議な解放感に襲われ、
その結果、実に自由な気分になるのである。そして描く行為そのものも絵と同じように作品化されてしまう。だから観客は
パフォーマンスを鑑賞することになる。制作の休憩時間に美術館のレストランにこの格好で入っていくと、まずお客は
場違いなものを目にしたわけだから、なんとも当惑した顔をする。われわれに向ける視線には明らかな拒否反応の色が見える。
「作業着のままでよく、ソフィスティケイトされた美術館のレストランに入ってくるわね」という視線を投げてくると同時に
「レストランの人たちは何もいわないのか」と。 ぽくがコスプレしていることがわからないのだけど。そんな反応をぼくは
実は楽しんでいるのである。これも仮面の効用で、普段体験できない経験にほくは悦に入っているというわけだ。》
 ▼ それは、自分自身にも、人間そのものにも当てはまる。 両親合作の心身を「魂らしい自分の芯」が、コスプレ?
 としての自分を見つめ続けている。 さすがに横尾忠則である。描き手の目線を、その環境の一人として、まず服装から
 当事者になってしまう。 そして観客も、その場の一人として引き込んで、作家のイメージの世界に誘導する。
・・・・・・・・
4185, 呪いの時代 ー4
2012年09月10日(月)
             「呪いの時代」内田樹著
  * 脊髄反射的その場のつくろい       ー 第3章 「後手」に回る日本 ーより
 島国の閉鎖的社会では、問題を荒立てないために「その場のつくろい」も必要である。しかし、情報化社会では、
それは許されるものではない。現在の日本の政治は、毎年、首相を交換させることで、その場のつくろいをしているに過ぎない。
それを国民が求めているから首相は、問題解決の痛みを敢えて強いることをしない。そして一年もしないうちに引きずり下ろされる。
  ー以下の部分は、その理由を端的についている。
≪ 日本の政治家とアメリカの政治家の違いというのは、武道で言うと、アメリカは基本的に「先手」の人であり、
「日本は後手」の人ということ。欧米では、とりあえず国家が行くべき道というか、実現すべき国家像というビジョンがあり、
それが国民的規模で共有されている。日本には、そんなものはありません。終戦時に、それがなかった。とりあえず、
「アメリカ人が日本がかくあるべしと考えていること」をもって国是とした。「自分で与えた憲法の理念と背馳する命令が
出せるほどの強大な国家には従属するしかない」という経験則が存在したということです。それが日本の国是です。
アメリカに従属する。 ・・・ 相手が次に打ってくる一手に最適対応すべく、全神経を集中すること。どれを武道では
「居着き」と言います。物理的には足の裏が地面に張りついて身動きならない状態ですが、構造的に「負ける」ことです。
日本の政治が三流であるということはそういうことです。政治家個々人の資質がどうこうでなく、構造的に負けているのです。
国家像が描けない、統治原理が語れない、外交戦略が起案できないというのは個別的な知性の問題でなく、日本人全員が
罹患している国民的な病です。・・・ ≫
 ▼ 現在、日本が直面している問題は、まさに上記のことによる。数十年に渡って、間接的米国隷属国家として、当然、
 と言えば当然で、これしか出来なかった。上司と部下の関係である。アメリカには建国の精神がある。独立宣言書である。
 何かあると、ここに立ち戻って、立て直す。問題があるのは、それから軌道がそれたと理屈づけ軌道修正をしてきた。
 明治維新も、太平洋戦争の敗戦も、アメリカの圧力で変化を余儀なくされた。それに日本人の特質もあり、後手という
 守りしか手が打てなかった。現在の領土問題も、これから起因して周辺各国から遊ばれている状態。  つづく
・・・・・
3820, 哲学人 ー�
2011年09月10日(土)
   * 現実と経験と言語は一緒ではない       ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
  ー まずは、「現実把握は、言語的分類次第で決まる」という部分から ー
【 言語が経験を構成するというのである。この見解についてジョーン・サールが、明快に述べている。
≪ 私は言語が現実をつくると言っているのではありません。とんでもない。むしろ、私が言おうとしているのはこういうことです。
 何を現実とみなすか ーどういうものをグラス一杯の水として、一冊の本として、一脚のテープルとしてみなすか、どういうものを
 同じグラスとか違う本とか二脚のテープルとみなすかー は、私たちが世界に押しつけるカテゴリーしだいなのです。
 そして、こうしたカテゴリーはたいてい言語的なものです。それだけではありません。世界を経験するとき、私たちは経験そのものを
 形成する際に役立つ、言語的なカテゴリーを通じて世界を経験しているのです。 世界はもとから物体と経験に分かれて存在している
 わけではありません。何を物体とみなすかは、もともと私たちの表象体系の一機能の結果であり、経験のなかから世界をどう知覚するかは、
 その表象体系に影響を受けているのです。 言語を世界に適用することを、いわばみずから独立自存する物体にラベルをつけることだと
 想定するのは間違いです。私の考えでは、世界は私たちが分類するとおりに分類されるのであり、事物を分類する主な方法は言語に
 よるものなのです。 現実の把握は、言語的なカテゴリーしだいなのです。≫
  この考え方はいまなお、哲学者ばかりか、文学や言語学をはじめとする他分野の専門家たちによって、さらには、一部の社会学者や
 人類学者たちによって唱えられている。「何を物体とみなすかは、もともと私たちの表象体系の一機能の結果であり、経験のなかから
 世界をどう知覚するかは、その表象体系に影響を受けている」という点については、私もサールに賛成したいし、誰もが同意しなくては
 ならないだろうが、私としてはこれをカント哲学的な意昧に解釈したいと思う。 ただし、その表象体系に含まれるカテゴリーが
 基本的に、もしくは第一に言語という性質をもつとする点は認められない。考え方としてはわかる。 わからないのは、そしてこれまで
 一度として理解できたためしがないのは、どうしてそんな考えを抱けるのかということだ。というのも、それは私の直接の経験によって
 真っ向から否定されるように感じるからである(この点に関して私が特殊であるとは思えない)。】
 ▼ 事業が、この結果(倒産)で終わった。総括は頭を冷やした来年早々にするつもりだが、それが、この30年の構成の提示になる。
  創業10年、中間期10年、最後の10年、そして最後に、どのような終わり方をしたか?、その時の断面は、どうだったか。
  それを、どういう切口で分類し、評価するかである。 30年、人生の事業生活の大部分を注ぎ込んだ、この結果は? 
   要は、倒産で終わったということ。その視点を失うと、総括は不可能になる。 炎上している世界経済と、ネット社会の
  移行の中で日常が音を立てて変化している。その中で、言語的分類の枠組みを立て直すことが、まず求められる。
  「3つの震災が何もかも飲み込んだように見えるが、実は情報化の潮流に飲み込まれたのが真の理由だったのか?」これも言語的分類。
   分類は分析の第一歩。そのプロセスが総括。そこで価値(意味)を自ら下げることもない。今までの価値観のコペルニクス的転換の時。
  ここの小テーマが「現実と経験と言語は一緒ではない」である。 当然、この小テーマが問題になる。「言語は、それを構成する」だけ。
  消滅してしまった事業の総括。ただ、それだけだが・・あと講釈でしかない、だから冷静に見つめないと。意思決定から45年である。
・・・・・・・
3455, 渥美俊一氏死去
 2010年09月10日(金)
 ペガサスクラブの主催者で、日本リテイリングセンターの渥美俊一氏が亡くなった。チャーンストア時代の大きな転換期の目安になる。
そこには、桜井たえ子という渥美先生の片腕の女史がいるが、彼女がペガサスを支えることができるかどうか?  昭和30年半ば、
大手スーパーや専門チェーンの創業経営者のほとんどが渥美先生の元に終結、成長・拡大し、そして消えていった。現在でも流通界における
カリスマ的指導者で、亡くなる直前まで講義を続けていた。氏が主宰していた「ペガサスクラブ」の指導は厳しいのは衆知のこと。
日本の高度成長を流通面から支えた貢献は多大である。 バブル崩壊後は、ダイエー・マイカル・西武流通グループの倒産が象徴するように、
チェーンストア理論が必ずしも有効に機能しない側面が表面化し、これまでの勢い失っていった。最近ではユニクロのように、ペガサスに
創業当初から属さない成長チェーンも出現してきている。 学生時代、大学の近くの書店で月刊誌の「販売革新」を手に取り、渥美俊一が
「ペガサスクラブ」を立ち上げ、ダイエー、ヨーカ堂などのチェーン店のコンサルタントをしていることを知った。
そして、「チェーンストアへの道」という10巻シリーズのチェーンストアつくりの戦略、手法が書かれている理論を貪り読んだ。
そして、それをベースに卒論「流通革命」を書いた。 それもあってジャスコの創業一期生として入社をした。そうこうあって渥美先生には、
大きな影響を受けた。そして現事業の立ち上げでは、その裏づけとしての理論的背景にチェーン理論があった。 
セミナーだけで、50〜60回は出続けた。 その費用は、長岡市郊外の二つの土地転がしで直ぐに元は取れた。 
立地論から、バイパス沿いの若い土地の短期転売で利益を得て、その理論の正しさを確認した。 しかし20年前にバブルが弾けた瞬間、
彼の理論は、時代とはかけ離れたものとなってしまった。「バランスシートの右と左を拡大しながら店数を増やしなさい。
それも町のバイパス沿いのヘソ(要所)を見つけ、自店舗を建てることで価値をあげ、それを担保に拡大出店を続けなさい」という理屈である。
 またアメリカの流通事例を見せるため店舗見学ツアーを組んで、2、300人と連れて行くのである。私も二度、参加したことがある。
大量生産、大量消費の時代、流通システムが全く旧態だった日本に、新しいバイパスとして、スーパーや、総合量販店、専門店を、
チェーン化で、販売経路の拡大戦略を指導してきたのである。彼は死ぬ直前まで、「日本の流通は未完である」と、その指導の手を
緩めることがなかったのは、やはり経営コンサルタントとしては、超一級だった証である。 ご苦労様。 ご冥福を! 
 ・・・・・・・
3080,再び死について考えてみる
 2009年09月10日(木)
 一昨日、従姉妹の通夜に参列をしてきた。 地元の米屋に嫁に行ったが、小姑が多くいて難儀をしていると聞いていた。
「この世に、今時にこんな厳しい嫁の環境があるのだろうか」と思われるほどの重荷を背負っていたようだ。その10日ほど前に、
長岡のグリーン・ホテルの先代社長が先月27日に亡くなったと死亡広告にあった。一度、当方の事務所に来たことがあったが、
創業時にホテル業についての話を聞きに行った事があった。暗い顔をした気難しそうな人だった。「自分の兄弟二人が、新潟駅前で
ホテルをしているのを知らないね」と言われ、それさえ知らない無知を恥じた記憶がある。 三条、柏崎、長岡三棟、東京の上野近くで
6棟を建て、子供たちに一棟ずつ与えるのが夢だったというから、それはそれで・・。  ところで、身近な知り合いと、
第三者の中間の立ち位置の「二・五人称の人」が死を考えるに最適という。第三者と第二者=知人と中間の立場の立場の死から
多くのことが見えてくる。知っている程度の人である。「死ぬ=無になる」、という論理の矛盾(無になる〜無には成りようがない
ー無いものに何故なる?)という池田晶子の言葉の通りに、死という言葉のイメージが刷り込まれる立ち位置にあるのが2・5人称の人。
10歳の頃、親戚の葬式に親と出席した時に思った、「何で人は周囲の眼を気にして好き放題生きないのだろうか?」と。
子供ながら凄い疑問を持ったのである。そのうちに、その疑問を忘れてしまったが、次の疑問は父親の死に接した時である。 
 死の瀬戸際から、逆に「生きる輝き」を逆噴射して見つめた視点である。 死に際で、「あと、せめて三年、生きたい」という生への
渇望の言葉を聞いた。それが日々強くなっていった。その時に「人間は生きているそのことだけでベストである」ことを肌で感じ取った。
そのためか、父親が亡くなってから人生観が変わってしまった。「一日一日を生ききること」が人生から与えられた責務と!。
知人の死だけでなく、身近な人の死も多く教えてくれる。 生老病死 苦集滅道 とは よくいったものだ。 
般若心経をパソコン画面に貼り付けておこうか! 
・・・・・・・・・・
2715, 「要素還元論」と「二元論」
2008年09月10日(水)
 島田雅彦・対談集「無敵の一般教養」の松井孝典の対談で
松井孝典が、考える方法として「要素還元論」と「二元論」を解りやすく手短にまとめていた。
  ーまずは、その箇所である。
【物事を深く理解しようと思うと、考える枠組みをよりシャープに細かくとっていかないと、解くべき問題を設定することすらできない。
それがわれわれの脳の仕組みと合っているのかもしれない。だから、時代とともに、より細かく対象を分け、より細かい領域で物事を
明らかにしてきた。 それが要素還元論です。しかも自然と人間とを分ける。考える主体と認識される客体を、とりあえず分けなければ
思考はスタートしないわけで、それが二元論でしょう。 現代を生きる人は、これまでの教育でそれを徹底的にたたきこまれているわけ。
「わかる」とは何なのかについて、それ以外の「わかる」ということは考えられないわけです。ぼくは今、地球学とか
アストロバイオロジーとかで、二元論と要素還元主義の枠を超えて、昔のようにとりあえず現代の知の体系のすべてを認識しましょう
ということを主張しています。何か新しい方法論が出てこないと、「生命の起源と進化」という問題は解けないと思うからです。
そういう過激な認識を持っているわけです。 とりあえず、二元論と要素還元主義に対抗する方法論として、「システムと歴史」
という見方で、もう一回すべてを見直そうとしています。宇宙も地球も生命も人類も文明も全部一緒に論じようとしています。
数学は言葉です。経験しない現象を語れることばが数学なんです。宇宙の始まりは過去のことで我々は経験しえない。 
そういう現象を語るためには数学以外に語ることばがない。いわゆる言語はすべて経験によって意味が裏付けられている。
そういう種類の以外のことばを持たない限り語れないでしょう。】
  〜〜以上である。
 なるほど、こういう思考の捉え方があるのには驚いた。「帰納法、演繹法」発想法として「KJ法」「テーゼ、アンチ・テーゼ、ジンテーゼ」
とか、情報収集の中での発火(発想)方式などあるが、「要素還元法」「二元法」も、上記の中でしていたことである。
この年齢になって初めて初歩的な知識を得ることの、何か恥ずかしいような、無知の再確認をさせられているようである。
それに加えて、松井教授は、「システムと歴史」という考え方を提示している。これは宇宙、地球システム、人間の歴史、個人の歴史、
全てに当てはめて考えることができる。要素還元法、二元法の限界を、一度「システムと歴史」という視座に入れて考えると、限界を
超えることができるという。「システムと歴史」の意味が理解できなかったが人間の歴史、個人の歴史に置き換えて考えてみたら理解できた。
「システムと、これまでの始まりとプロセス」ということ。「数学は言葉です。経験しない現象を語れることばが数学なんです。
  (字数の関係でカット11年09月10日)
・・・・・・・・
2007年09月10日
べナレスー7
3、 多くの化身を持つヴィシュヌ神
インドには石造りの壮大な寺院から路傍の祠にいたるまで、様々な神様が祀られている。
それらの中で現在最も信仰を集めているのが、ヴィシュヌ神とシヴァ神である。
  (字数の関係でカット08年09月10日)


4559, グレートジャーニーから見えてきたことは ? ー3

2013年09月09日(月)

     * 平等こそが生き延びてきた知恵! しかし欲望が人間を変えた
 実験によると、チンパンジーは平等に非常に敏感。これに仲間内の力関係が絡むので、集団は非常に複雑でデリケートで、
その研究から人間の本質が垣間見ることが出来る。 平等原理はアマゾンなどでは生きていくために必要なこと。極限の生活で
生きていく上で、常に分かち合うのが合理的であるからだ。しかし、文明の進化?が、社会的階級と富の独占を生み出し、
さらにグローバル化が、それに拍車をかけている。 
≪ たけし〕 関野さんはいろんな未開地に行っていますが、変な話、人食いとかカニバリズムは見たことがありますか。
 関野〕 うーん、少なくとも、僕は見たことがないですね。
たけし〕 よく「人食い人種」とか言うじゃないですか。アマゾンやニューギニアでも、そうした風習はなかったのかな。
関野〕 例えばマヤとかアステカで生贄の人間から心臓を取ったりしたことはあったけれど、それを食べたかどうかは分からない。
 生贄にする人間は、誰でもいいわけではなく、強い戦士でないといけない。勇気をもらうとか、そういう意味があるんです。
 しかし、アマゾンで生き延びるために相手を殺して食べるということは、過去にも僕はなかったと思っています。
 理由は、アマゾンの奥地で僕たち日本人はすぐに餓死するかもしれないが、彼らは餓死することはあり得ない。・・・
たけし〕 パリ・ダカールで日本人ドライバーが地元の子どもを撥ねてしまい、慰謝科として何十万円か払ったら、
 次のレースから子どもを放り投げようとして侍つている奴がいたらしい。そういうバカなことが起きてしまうんですね。
関野〕 結局、欲望が人を変えてしまう。食料や資源ということは四十年以上も前にローマクラブが声明を出しているのに、
 経済が絶対的に右上がりでなければいけないと思ってしまうのは、やはり欲望のせいでずよね。欲望が膨れ止がることによって、
 一部の人たちたけが富を独占しようとしているのが現代の社会です。アマゾンの人たちと暮らすと、これがすごく平等なんです。
 僕は人間が誕生した時に平等でないと滅ぴていたと考えています。なぜかというと、まず弱かったということが挙げられます。
 太古の人類は採取・狩猟で生きていたと思われていたんですけれども、最近は二本足で立って歩くようになった時は、
 狩猟なんかできなかったと見ている。】
▼ レヴィ=ストロースの構造主義などがある。アフリカや南米で残っている「未開人」の地に何千年も変わらない社会がある。
 そこは彼らにとって意味のある極めて合理的な社会である。決して、西欧が文明の最先端にいるのではないのである。
 その社会の特徴は平等。文明社会は変化の積み重ねの結果の産物たが、未開社会は一切変わらぬ「静かな世界」が続いてきた。
 そこは冷めた日常があり、美しさがある。変化はエネルギーを要する。その熱い社会の方が優れているという進歩史観に
 促われてきたが、それを根こそぎ覆す説こそ見直す時である。特に地球資源の枯渇でエネルギー問題が出ているからだ。
  私も含めて戦後から、このかた、欧米に追いつき、追い越せで必死に生きてきた。そしてバブルの崩壊から、失われた
 20年から、30年に入りつつある。ここで、考えるべきは、未開社会にある「冷たい社会」のシステムである。
  ここに至って何が「東京オリンピック」である。あれは、追いつき、追い越せの、高度成長期の残物でしかない。
 「最後の止めが、これ!」ということが、見えてきた。とんでもない劇薬であり、最後のトドメ。 年寄の冷水(酒)か?
 「いいじゃないか、いいじゃないか、ヨイヨイヨイヨイ」ということ。 先がない私たちには、これでよいが?
 「それでは、落選した方が良かったのか?」と、問われれば、どうだろう? どのみち、大して変わらない?なら、踊るか!
・・・・・・
4184, 閑話小題 ーつれづれに
2012年09月09日(日)
   * 元IBM社長が・・・
 ネット以外は、あまりマスコミでは流れなかったが、元IBM社長がiPhoneで女性の下着の盗撮をしたとか。
男は50歳までは多かれ少なかれ異常性欲者?たまたま超エリートが少し変わった趣味だったに過ぎない、という同情もある。
前科があったかどうかだが、その後、マスコミが騒がないのは悪質で無かったためか。超エリートが、その危険をかえりみず
盗撮をするスリルの快感は本人しか解らない。私など、最近、時どき深酒で、ある時間から記憶が無くなることがある。
「ハッとして起きてみたら留置場の中」なんてことがあっても不思議はない。ネットの写真じゃ、満足できないのは分かるが。
それにしても・・ これだから娑婆は面白い。常にデジカメを持って歩いているが、気をつけないと!
  * 「あと20年以上生きそうな感じがする!」には驚いた
 中学校の同級会で隣に座った男の言葉。私など不摂生もあり、あと5〜10年が限度と思い込んでいたので、実のところ驚いた。
飄々とた何か仙人を思わせる雰囲気を漂わせているが、この感じなら、さもありなんである。節制をしているから言える言葉。
そこで自分を振り返ると、どうみても十年以上は無理、せいぜい75歳あたり。 まず、そこを目標とすると、あと8年4ヶ月。
2021年1月15日である。何とか節制をすれば? しかし、現在の酒量からみて明らかに無理。毎日の晩酌が美味いのである。 
最近、20歳位の人を見ると、「私より50年以上も長く生きるんだ」という思いが先に立つ。 去年春の一連の出来事、人生の
側面からすれば、人生の整理に入るためにフリーハンドになるため。それにしても、その自覚は薄い。で、幾つまで生きたいのか、
自分に問うてみた。80歳である。そこまで生きるべく節制するか、一年一年、二倍濃厚に生きるかである。
それとも、80歳を目標に節制しながら二倍以上濃厚に生きるか? 濃厚に生きなくても、実際に濃厚だから、このまま?
 ・・・・・・
3819, つれづれに
2011年09月09日(金)
* ドル安がジワジワと景気に影響をしてくる時節に入った。 それと新米の問題が出てくる。
 もし県内の何処かで汚染米が出たら、全ての県内米に影響を与えることになる。
 ヒヤヒヤだろう、農業関係者は。 それと輸出業関係者もギリギリのはず。
* ドル安と同時に、ユーロも110円を割ってきた。
 ECもピッグス=PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインなど)を抱え、
 足元が揺らいでいる昨今、100円を割る可能性がある。これも数年前から、破綻すると言われていたことが。
 そのため、金(ゴールド)が一年で5割以上も値上りをした。 金が上がったというより、
 欧米を中心とした紙幣の価値が下がったため。 これは株式と国債が暴落につながってくる。 
* 9月、10月のある日、欧州か、アメリカ発の株式大暴落の可能性が大。
 日本国民は東北大震災で大打撃の現在、世界経済の変調の動きに鈍感。
 三年前の9・15、そして、十年前の9・11ダブルの津波の波が、いかに甚大なものか、
 イメージが出てこないのか。 大震災の直後、識者も今更騒ぎ立てることもできない。
* 恐らく現在も事業を続けていたら、売り上げは更に3~5割減の筈。資金ショートで、業者や給与も払えず倒産の頃。 
 悪い倒産の惨状は地獄。 地方経済は、その一歩手前。 世界の何処から火の手が上がるか、木、金曜日は要注意。
 ギリシャ国債の金利が20パー、ということは実質破綻である。欧州経済は、導火線に火がついた。
  { 何か、極度に悲観的のようだが、まだまだ言葉が足りない。 最悪に備えているかである。}
 ・・・・・・・・
3454,  つれづれに −政治談議 
 2010年09月09日(木)
* 民主党党首選挙について
前にも書いたが中長期的にみたら、やはり小沢がなるしかない。 管首相は選挙管理内閣で終わるべき。まず、その器でない。
それが役割以上のことをすれば、それは国害になる。左翼運動家上がりが、さらに過激派だった男を官房長官に据えれば、
舵取りを間違えることは誰の目に見ても明らか。 実質オーナーの小沢を首班指名をされた途端に手の裏を返すとは、
あまりに露骨で稚拙である。まだしも愚衆の目を欺く演劇なら分かるが、本気でやるとは思いもよらないこと。
それが、あの官房長官と財務長官の指名である。 それにしても、あの世論調査ってのは何だろう。 
現在の政治と内閣は「世論調査内閣」といってよい。 世論調査で政治の行方を左右するなど、亡国の極まりである。
100・250・500年スパンの世界的激変の時代に世論に動かされる舵取りなど、とんでもないこと。
タイタニックの船内の連中に海原の向こうの大波が見えるわけがない。 それを彼等の顔色に従って舵取りをするなど、最悪。 
船内で揚げ足を取りの経験しかない彼らに船の舵取りを任せた国民も問題あり。 間違いに気づいたなら、早く政界再編をして、
体制を作り変えないと国家破滅になる。それはアメリカにとっても、中国にとっても望ましいこと?自民も駄目、民主党も駄目なら、
それを解体して新しい枠決めをしなければならない。また政治家の二代目、三代目しか、政治の表舞台に出れないシステムも、
変である。明治維新後、学歴を自力で上り詰めれば、誰でも出世のチャンスが、日本を短時間に飛躍的に国力アップにつながった。
どうも、こうも、日本は気がつけば戦後65年で、頭から尻尾まで、腑抜けにさせられてしまった。
それでもネットでは小沢の支持が八割という。世論調査とかいうのは、どうも誘導されたマヤカシでしかないと考えた方がよい。
蓋をあければ、小沢が間違いなく勝つだろうが、それでも、この国の民度が異常な低下からみると、管首相の続投も有りえる。
その時は、間違いなく政界再編成しかない。いずれにしても、あと数日で大きく政治も動き出す。
 ・・・・・・・・
3079,不況景色 −12
 2009年09月09日(水)
 この御題目で書くのは6月1日以来で3ヶ月あまりになる。その前に「世界恐慌に入って、まる7ヶ月」というテーマ名で二回書いている。
「不況景気などを今さら書くことでもないだろう」だが、そこが生き物、ジワジワときている。9月に入って落ち込みが始った。
こういう先ぶれが居酒屋とホテルに最初に来る。 現場段階は十数兆のバラマキで何とか小康を保っているが、何が起きても不思議でない。
重体患者を緊急の大量輸血で持たせているようなもので、集中治療室にいる事態は変わりない。衆院選挙が8月末まで延びたため、
株の暴落や経済の大混乱が来年2月まで延期しただけのこと。まだ東海地区の輸出産業は、この数年間の好況の蓄積があるが、他の地方は
体力を使い果たし、大きく弱体化している。これに悪質のパンデミックでもなれば、大きな波乱が起きるのは必定である。 週に数回は、
通勤の帰りや、家内のお供にスーパーや、駅の専門店街によるが、実際に売れてない。TVのワイド・ショーで、「はしっこ食品」や
「訳あり商品」の特売などを特集をしていた。ハム、カステラ、魚などのスミの切り落としが半額から三分の一になるのだから客は殺到する。
そういえば最近、生ハムや鳥肉の燻製の『切り落とし』を、安さにつられて買ってしまうことが多い。 新潟駅前周辺の飲食街では、
潰れた店の後に出来るのは「ホルモン焼き肉屋」が目立つ。「安く、小じゃれて、腹が一杯になる」のが必要条件だが、時代が変わったもの。
 当社も、長期のミニ団体が何組かが途切れずに入っていたが、それが少なくなっている。 夏場の稼ぎ時は別腹と期待していたが、
この冷夏で結果は芳しくはない。 それでも9月下旬から10月にかけて国体があるので、数字は何とか例年に近い数字は作れそうだが、
甘くないことは事実。  町内会の役員の人から聞いた話だが、新潟市内の町内連合会が、急激な売り上げの悪化に、駅再開発計画を
改めて説明会を開いて聞いたという。 今さらであるが。(10年遅れである) これに北陸新幹線開通という2014年問題がある。
新潟県にとって大打撃になるが、それを誰も真剣に考えない。20年前に既に新幹線を新潟空港まで延長、その沿線に環日本海都市としての
機能をコツコツと造っておくべきだったことすら、誰も気づいていない。 飛行場の直接乗り入れも大きい要素だが、
「日本海に東京駅直結の新幹線の乗り入れ」が良いのである。 僅か5〜10キロの延長で済むのにである。 
そこに新幹線駅沿線のサッカー場と野球場をつくり、野外スポーツなどのレジャー施設を長年かけて造るべきべきだったのである。 
更に夢のある高齢者向けの施設と、本格的な中国人街もである。金沢が関西と関東を後背に新日本海都市創りを始めるのは目にみえている。
 不況景色から少し話が逸れたが。
 ・・・・・・・・
2714, 大相撲が面白い! −2
2008年09月09日(火)
 せっかく、面白くなってきたところで、北の湖は辞任。三重の海の武蔵川が理事長に選ばれた。
そしてロシア人二人は解雇。 当然のことである。起訴猶予になった若の鵬を含めた三人をロシア政府は急遽帰国させるだろう。
  (以下、字数制限のためカット09年9月9日)
・・・・・・・・・・
2007年09月09日(日)
 2350.ベナレス・・・6
 2,ヒンドゥー教とは
ヒンドゥー教は紀元前一五〇〇年頃に西方からインド亜大陸に移住してきたアーリヤ人が
信仰していた祭祀中心の宗教を核にして、先住民のもつさまざまな民間信仰を融合して発展してきた。
それ故・この宗教には開祖が存在しないが、そのかわり『バガヴァッド・ギーター』(神の歌)など、
人びとを宗教的な道に導く数多くの聖典が編纂された。 ヒンドゥー教は基本的には多神教であるが、
それらのうち主要な神のどれもが最高神と考えられるという独特な神観念を持っている。
   (以下、字数制限のためカット09年9月9日)
・・・・・・・
2006年09月09日(土)
1985, ハイデッガー
       (。^0^。)ノオッ*^○^*)ハ〜 ヨウ             
10年来、トイレに常に哲学書が置いてある。そして一年に一度位の間隔で、入れ替えをする。
そして、普段も必ず哲学書のいずれかは私の鞄か机の横にある。歳を重ねた経験の裏づけが哲学の言葉を噛み砕いて
くれるようになった。哲学的大問題の「死」に向き合わなくてはならない歳になったこともある・・・
「首切り役人の日記」とか、このHPの随想日記で辛辣に死について書いている。哲学にしても宗教にしても結局は、
 ー人間いかに生きるべきか? そして最後の最後は、いかに死ぬべきか?ー ということだ。 あと何があるのか?
 もし知っていたら教えて欲しいもの! 『面白がって死ぬことだ!』という黒鉄ヒロシの言葉位か、面白かったのは!
「ヒーヒー悲鳴を上げてジタバタしている最後の自分の姿をみるのが何で悲しいの? 
こんな面白いことが何で?」彼ならでの言葉だ。冷静に自分を見ていなくては笑えない!
ハイデッガーは、「その死を意識的に見ないようにして日常をすごしている我われの姿を、そのまま直視。 
見ないようにしている死が、我われにマトワリついていて、それが不安という漠然とした心理になっている」と看破している。
彼は不安とは現存在として最も根本的な気分であるとし、現存在は世界内存在として理由もなくこの世界に投げ出され、
そのつど、何らかの気分に規定されていると・・ 日常性の中に埋没されて生きている非本来的あり方から、
本来的自己を呼び覚ますきっかけとなるのが不安であると・・とりわけ「死」の可能性の前にしての不安において、
現存在としての根源的開示がはじめて生起する。我われはいつか死ななくてはならない。「この私」の死を誰も変わってはくれない。
その死を痛感する時、人は日常から引き離され、単純化し、自分自身と対面せざるを得ない。
その死を見つめることによって、その可能性に「先駆」することによって、初めて本来の自分を取り戻すことができる。
おのれの実存をたえず知覚させてくれる気分として「不安」を考察した。恐怖と不安は違う。恐怖は対象を持つが不安は対象を持たない。
ハイデッガーは「私は何が一体不安なのか?」という問いをする。「私が存在そのものが不安なのである。」という。
「私がある」こと自体が不安の発生現場で、私の存在は「無」の中に沈みこんでいくのである。それが不安の時である。 
不安は人間そのものの根源的な性格なのである。 彼は「人間は、日常性の中に存在の本来性を忘れている」という。
われに現存するのは「他人の死」のみである。「死、それはまだまだ自分の番ではない!」と思っているから、生きていけるのだろう。
私が死を度々とりあげるのは、その死を直視することで、生とは何か考えるためであり、現存している自分を見つめるためである。
夕陽をみて人は、その太陽を自分に投影する。 一日の死である。そして、朝陽をみる、今日の生誕を感じる。そ
して、その夕陽のように沈んでいく。しかし、夕陽のように沈んでいく死だけでないのが、人生の妙味であるから面白いのである。
                        (。^0^。)ノホンジャ、マタ!  あの世で! いや明日!
 そういえば、明日とあの世は似ている。あると言えば在るし、無いと言えばないし!
 ・・・・・・・・
2005年09月09日(金)
 1620, 「仮想と虚妄の時代」
月刊誌の文藝春秋5月号の石原慎太郎の「仮想と虚妄の時代」ー援助交際と純愛ー が、現在の日本の現状と病巣を書きあらわしていた。
(以下、字数制限のためカット2013年9月9日)
・・・・・・・・・
2004年09月09日(木)
 1255, ダイエットに100万円賭ける ー2
   (以下、字数制限のためカット09年9月9日)


4558, 東京が、2020年の開催地に決定!

2013年09月08日(日)

 朝5時20分に、次次回のオリンピック開催地が発表された。その2時間前の3時に何時ものように目が醒めたので、
布団の中で瞑想モードに意識を持っていき、「私が神としたら、3都市の何処を選ぶだろうか?」と考えた。 
その結果は、イスタンブール。 5時からのTVの特別番組の選定会場で、まずマドリッドの落選。 
あとの残ったイスタンブールと東京の二者択一の中で、東京が決定された。 「そんなことをしている場合じゃないだろう!」が、
気持ちにあったが、いざ発表となると「東京」と願うのが人情。 以前から、「2020年の75歳が死に時」と思っていた。 
その年が、これで東京オリンピック開催の年になったのである。一回目は昭和39年、18歳の年。二日目は生きていれば75歳。
 現実は、世界も日本も2020年までは、大きな試練が山のように待ち構えている。福島第一原発の汚染処理、世界恐慌の対応、
国家財政の破綻、国境問題等々がある。
 トルコか日本?の二者択一というと、選ぶ方は、原発汚染への不安より、中東の政治的不安定と、欧州危機を考えると、
安全、安定面から、今回は極東の安定した都市の「東京」を選んだ。 これで、「2020」と「東京オリンピック」が、
キーワードとして浮上、国家としての明るい目標が出来た。オバマがシリア攻撃を示唆したのもトルコにとってマイナスになった。
タイミングをみていた? 日本のような島国では、一つ明確な目標があれば元気が出るが、大きな問題が残っている。
南海トラフ地震と、東京直下地震、富士山噴火の可能性である。 福島第一の汚染に目を向けさせたのは戦術としては良かった。
実際問題は、これらを考えると二つの都市の危険さと遜色はない。 国内の政治面では、予想される混乱の中で、国民の目を
オリンピックに向けさせることが出来る。今日を境に、大きく空気が変わるだろう。 今日は目出度い日になる!

 ・・・・・・
4183, 呪いの時代 ー3
2012年09月08日(土)
                      「呪いの時代」内田樹著
  * 記号の過剰化    ー第2章 「祝福」の言葉についてーより
 呪いは怒りや羨望、嫉妬などの要素が相まって内面に作りあげられた一種の記号と著者が指摘している。
しかし怒りの感情を言葉にし繰り返すうちに、その毒が己の脳を侵してしまう。鬱である。そこで医者から貰った
ハッピードラッグで目先、散らしている内はよいが、いつの間に、それが呪いの感情を更に強く苛んでいく。
呪文は記号のため、反復するうち、その人そのものになってしまい、自滅の道をひた走ることになる。
 次の箇所は、悲劇と喜劇の境い目としてみると、うなずける。
≪ なぜ、このようなニヒリズムが社会を覆うようになったのか。それについて考えてみようと思います。
 僕はそれを「記号の過剰」あるいは「過記号化」という枠組みで説明できるのではないかと思っています。
「呪い」は、その本質からして、記号的なものです。藁人形に五寸釘を打ち込む「丑の刻参 り」という古典的な呪いの
儀式がありますが、これ自体、きわめて記号的な行為です。生身の人間の心臓にではなく、代替物の藁人形に五寸釘を
打ち込むわけですから。メタファーとして行われる殺人が生身の人間の生き死にに影響を与えるという信憑が共有されて
いないとこの種の類感呪術は有効性を持ちません。つまり、藁人形が生身の人聞でないように、殺意や嫉妬、羨望や憎悪も
記号化されない限り呪いとして機能しない。忘れられやすいことですが、呪いが機能するのは、それが記号的に媒介された
抽象物だからです。具体的、個別的、一回的な呪いというようなものは存在しません。あらゆる呪いは、抽象的で、
一般的で、反復的です。それが記号的ということです。
 なまの現実が記号化されて、「情報」になるプロセスを「情報化」と呼びます。情報とは「なまもの」が加工され、
分類され、ラベリングされ、パッケージされたもののことです。「高度情報化社会」とは情報だけが行き交い、
「なまもの」に触る機会が失われた社会のことです。生きた動物が殺され、皮を剥がれ、血を抜かれれ、骨が切り離されて、
細切れになってパッケージされるという工程については誰も考えず、清潔な商品だけが売り買いされている。
 医療でも過情報化の問題は深刻なものです。当今の医師たちは、なまものとしての身体ではなく、「記号としての身体」
を診療している。『医療崩壊』の著者である小松秀樹さんが指摘されていましたが、今の診療室では、机上のパソコンの
ディスプレィに患者のカルテや検査数値が表示されます。患者が診察室に入ってくると、医師は患者を診るより先に、
まずディスプレイに表示されたさまざまの数値を見る。うっかりすると診療時間のうち、患者の顔を見ている時間よりも
ディスプレイを見ている時間の方が長いのです。 ≫
 ▼ TVのワイドショーは情報を提供するところ、情報化は「なまもの」とは違うため、それを扱う解説者は、
  記号としての言葉にして発信するするため、呪詛的な言葉になっていく。それを受け止める視聴者は、いつの間に、
  呪いとして、なまものを呪ってしまう。これが端的に出のが政治であり、政治家は手軽な呪いの対象になる。
  だから、島国日本の首相は、一年しかもたないのは、何ら不思議ではない。そして、その行き先は? 
 ・・・・・・
3818, 哲学人 ー�
2011年09月08日(木)                     
  * 精神と肉体ー 二元論       ー「哲学人」ブライアン・マギー著より 
 ー まずは二元論についてのデカルトの誤りを、ライルが指摘している部分からー
【 ライルは二元論について『心の概念』で、私たちの誤用に的を絞って書いている。ライルの攻撃対象はデカルトである。・・・
二元論の生みの親をデカルトと特定したが、実際には二元論、もしくはそれに似たものは、原始時代から人間についての通説となっていた。
常にと言っていいほど、人は自分を、肉体と、肉体に宿る非肉体的な要素から出来ているとみなしてきた。そして常に時代によって霊、魂、
心と様々な呼ばれ方をしてきた、この非肉体的要素を、ある程度独立した存在として、また、そうなる可能性があると見てきたと言っていい。 
  私がかつて、この事実を挙げて異議を申し立てると、ライルはこう答えた。
「この間違いを最初に犯したのがデカルトだと思っている人はいないでしょう。要はデカルトがこの考え方をとても明確に打ち出したので、
デカルトの時代以降、これが教義もしくは定説なったということです。シェイクスピアも聖書も言っていませんが、デカルトは実際に
こう言いました。『私の心はひとつの実体であり、私の身体はそれとは別の実体である』と、それが事実であるかのような言い方なら、
それまでもされたことはありました。が、デカルトは確かに事実であると言ったのです」
 実を言うと私はそうは思わないのだが、それはさておき、精神という実体などないのだから二元論は誤りというのがライルの主旨。
  その著書で述べられている詳細な分析をもとに、ライルはこう書ている。 
 ≪ われわれ人間が行なっているのは、自分の行動と経験のある部分を精神的なものとして分類し、その他の部分とは異なる、
主体に帰属させること、そしてその主体を精神として物象化することである。 精神に関連する概念の使用法を入念に調査すれば、
そのようなことをする正当な理由はないということがわかり、さらには人間は単一の存在であり、行動と経験のただひとつの主体で、
アイデンティティも歴史もひとつしかないことが明かになる。 われわれはふたつの実体が神秘的に結びついたものではない。
これまでわれわれは、「カテゴリー錯誤」(ライルが哲学の世界に広く普及させた用語)を犯してきた。われわれは精神という概念を
一種類のものを意味するとみなしているが、実際は多種多様なものを意味している。 精神とは、独立して存在する実体であって、
なんらかのことをして経験をもつものと考えているが、通常はさまざまな行動形式のうちのいくつか(行為、気分、経験など)を総括する
言葉にすぎず、またこうした行動様式はどれも、正しくはひとつの主体に帰属させるべきなのだ。このカテゴリー錯誤がもととなって、
われわれが自分自身を想定する上で、そして考えたり語ったりする上で数多くの誤りが生まれている。これは哲学的誤謬の好例であり、
我われの思考の広大な領域はこの誤謬に犯されている。≫
 ライルの本は、いかにして言語分析派がこうした問題を解決するかを示す範例である。 P・106  】
▼ 「肉体が消滅した後、私(精神)はどうなるのだろう」という疑問そのものが、二元論である。
  デカルトが言わなくとも、大昔から天国か地獄に召されると言われている。肉体と精神と、あらためてデカルトが述べただけ。
  肉体が無くなれば、当然、精神とやらも消滅するのは、当たり前である。精神を指している一つに『言葉』がある。
 「生きているときに発した言葉。それは現在でも生きている」というが、それは、生前に発した言葉。死んだ後に、言葉は発せられない。
 ・・・・・・・
3453,, ニューカレドニアの休暇 −3
 2010年09月08日(水)
 夕飯でいったフランス料理、ベトナム料理、中華料理が、それぞれ美味しい。フランス領のためだろう。
特に天使の贈りものといわれる「海老」が美味い。 ベトナム料理、中華料理は日本的味付け。
それより新鮮な貝魚がふんだんに入っているからである。値段も、日本の居酒屋に少しプラスした程度である。
 ところで、オプションツアーで行った「天国にもっとも近い島」のニックネームで親しまれているイル・デ・バン島が良かった。
日本では、その称号は森村桂の著『天国にいちばん近い島』から、ロワイヨテ諸島のウベア島がそう呼ばれているが、実際はここ。 
数多くの種類の熱帯魚や珊瑚礁を、透明度の高い海水の中に見ることができた。この島は南北15キロ、東西13キロの大きさで、
島人口は約2,000人である。 珠玉のような島で、ニューカレドニアで是非とも行ってみたかったところ。
双発のプロペラ機で首都ヌメアから30分ほどのところにある。 行く先々の小さな湾の海岸線と海と空が美しい。
いまだ観光づれしてないハワイと考えればよい。ここに宿泊するツアーもあるが、値段は非常に高くなる。
 ニューカレドニアは日本人に特に好まれているようで、親しみやすい。 中国、韓国人の姿は、ここで一人も見かけなかった。
まずはハワイ、東京、欧州、オーストラリアなのだろう。この島を通して、日本の現状を現地のポリネシア人を通してみてしまう。
小さな島国で、フランスの占領に甘んじているが、日本も同じ被占領国。ドルとアメリカ国債という紙切れと小麦・大豆と、
汗水たらして作った商品と交換。 その紙切れは、20年〜30年単位で価値を数分の一に一方的に下げさせられている。
アメリカ、オーストラリアも、欧州人が現地人を虐殺して建国したところ。 現在も、その構図は同じである。
 マスコミを背後で操り、教育システムで骨抜きにし、官僚を洗脳、コントロールすることで、間接占領をしている。
フランス領の観光地で、気楽に避暑。それだけで、深く考えることもないが・・・・
・・・・・・・・
3078,富豪と金の使い道
 2009年09月08日(火)
 一昨日の日経新聞の最後の紙面(「私の履歴書」の隣コーナー)に「富豪と世捨て」というテーマで、
作家で法大教授の島田雅彦が書いていた。昔の富豪の身の処し方と使い方で、西行や千利休などを取上げていた。
井原西鶴の作品の中の‘世之介’は、現在では500億円位の資産で、生涯をかけて色事に追求し、
花魁を次々に身請けをしたが、それでも使い切ることが出来なかった。
 また日本人の昔の粋な生き方として、世捨てを紹介している。死を前にして身軽になることが含意されているが、
不祥事で失脚した時のリセットで、政治家などが清貧を気取る場合がある。その辺が人間の面白さである。
富豪は、その富のために悩みが多いが、人のためにそれを使うのが、一番の悩みを消す効果があるとする。
資本主義の覇者は資本主義によって滅びた物を復活させて、その罪を償う義務がある。失われた神仏を買い戻し、
廃れた神社仏閣を復活させたことなどである。 それが「歴史からの使命」と結論づける。 何代か続いてきた金持ちは、
その使い道さえ無頓着で淡々としている人が多い。金を使っての快楽など知れたもの? 金を気にしないで済む生活こそ豊かさ。 
で、金を気にしないで済む生活は、幾らか。 そう考えると、人様々である。 平均すると、家一軒があって、蓄えが一人あたり1000万で、
夫婦で年間収入400万ぐらい?  ところで、直接、両親の生き方をみてきて、合理的散在?を学んだ。
定額を見定めて、平均して使うことである。 持って彼岸にはいけないことを世間を見て得た知恵である。 
所詮は、蓄財は不安の裏返しの行為でしかない。 私の親戚に「清貧を自認した生きかた」をした人がいた。 
90歳後半で亡くなった時には、3千万近くの蓄財があった。その人の収入からみたら奇跡的ですらある。 
もし、年間300万を65〜75歳の10年間を使っていたら、面白かっただろうに思うのだが。 
私は、それを40〜50歳代後半の二十年間で使ったから、わかる。 といって、年間、150万なら散在ではない?
貯めるのも難しいが、それを後悔しないで散在するのは、もっと難しい。貯めるは努力、使うは芸術というが。 
 ところで、100億を10年で浪費で必ず使うことを約束して神様から貰ったと仮定して考えると面白い。
浪費というところがポイントだが、50億の船を買って世界中をまわったとして、年間5億×10年=50億のコストとみると、
大したことではない。 それなら世界の豪華クルージングの最高級クラスの部屋でサービスを受けた方が良いか? まあ、それも2〜3年。 
でも、面白そうだ。しかし「それが如何した」という内なる声も湧く。 そうこう考えると、一日を真剣に遊ぶ能力こそ重要ということか。
問題が山積みの中、ストレス解消のために遊びに使う散在こそ、価値があるということ?
しかし、富豪はそれを超えた世界があるのだろう。 経験しないものには分からないだけ?
 ・・・・・・・・
2008年09月08日(月)
 2713, コピペ
 先週のNHKの「クローズアップ日本」で、コピペを取り上げていた。「コピペ」とは
パソコンのコピーと、ペースト(貼り付け)の略語である。 なかなか考えさせられる内容であった。
  ーまずはNHKの番組紹介を、コピペしてみよう。
 * コピペ 〜 「ネットの知」とどう向き合うか〜
インターネットで見つけた文章をコピー&ペーストして、自分の文章にしてしまう"コピペ"。
ある大学では提出されたレポートの半数近くがコピペで作成されていたという事実が明らかになった。
夏休みには小中学生向けに開設された「コピペで書ける読書感想文」のサイトがアクセス数を伸ばし、
大人の世界でも、役所が募集したパブリックコメントに大量のコピペの「組織票」が提出されるなど、
コピペは今、社会全体に広がりつつある。 「コピペは人間の考える力を弱める」と批判の声が上がる一方、
「新たな知の技法」として肯定的に捉えるべきだとの意見もある中、私たちはネット上に広がる膨大な情報と
どう向き合っていくべきか考える。 (NO.2623) スタジオゲスト : 茂木 健一郎さん (脳科学者)
 〜〜
以上が概要だが、コピーと、貼り付けは、デジタル社会では当たり前になっている。
私も、随想日記で書くネタがないときは、キーワードの検索で情報を集め、要点をコピーして、張りあわせもする。
そのプロセスで思い浮かんだことを書き込み文章の体裁を作り上げることもある。
学生時代のゼミの論文も振り返ってみれば、彼方此方の本から抜書きをしたものを繋ぎあわせたものだった。
 それだけで精一杯だった。随想日記を毎日書く目的は、自分の日々の情報を第三者に公開することで、
まとめ上げることだから、それでよい。せっかくだから、自分の脳を通して情報を濾過して公開をするようにしている。
そうしないと、何年後に自分の文章を振り返って読んでも面白くない。最大の読み手は明日(将来)の自分である。
自分の情念と苦労が見て取れる内容にしないと、後年に字数の関係でカッの対称になる。
実際に、毎日、(字数の制限がレポート用紙15枚分しかなく)カットしているが、自分を切り裂くようつらい。 
それだけ、汗水を流しているのである。 この番組で、コピペの反対派と、賛成派が出てきて話していた。
賛成派の野口悠紀雄は、情報化の時代に、どんどんコピペをして、そのプロセスで考えればよい。
時間節約になるし、効率よく情報を吸収すべき、という。反対派の人は、自分で考えることを放棄している。 
自分でジックリと考えることで、情報は身に付く。安易に情報を集め、張り合わせるのは、いかがか?という。 
両方とも分かるが、それぞれの人によるだろう。私は野口悠紀雄の説で、どんどん情報を吸収すべきである派である。
使い分けをすればよい。ネット上の日記のほかにもアナログの日記帳も書いている。自分の手で字を書くことも重要である。
これはコピペではないが、結構、レシートとか貼り付けている。
・・・・・・・・・・
2007年09月08日(土)
 2349.ベナレス・・・5
 ー多様なるインド世界ー
インドは日本のおよそ九倍にあたる三二九万平方キロメートルの面積を持つ。
これは西ヨーロッパの面積にほぽ等しい広さである。そこに現在十億を超す人びとが暮らしている。
多言藷・多民族の国家であることは言うを待たないが、宗教もまた多様である。
古代から育まれてきたヒンドウー教のほかに、仏教やジャイナ教が紀元前五世紀頃に相次いで生まれた。
(字数の関係でカット 13年9月08日)  
・・・・・・・
2006年09月08日(金)
 1984, バイアグラ        おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ ねむ              
     (字数の関係でカット 11年9月08日)      
・・・・・・・・・
2005年09月08日(木)
 1619, 閑話小題
ー書くとはー
ー電波歯ブラシー
  (字数の関係でカット 09年9月08日


4557, グレートジャーニーから見えてきたことは ?  ー2

2013年09月07日(土)

     * 携帯電話が、世界を変えている     「新潮45ー6月号」 ーたけしvs・関野吉晴の対談ーより
 旅番組などで、ケニアなどの僻地でマサイなどが携帯電話をしているのを見かけて驚いたことが何度かあった。 
携帯電話の電波環境が出来ているためだが、さほどインフラに資金がかからないのだろう。考えてみれば、僻地ほど
濃密な繋がりと日々の生活情報が必要である。苦労して僻地についた先で、携帯電話をしている姿を見たらガックとするはず。
 ーその辺りが具体的に書かれているー
【 たけし〕 ところで、そういう極限の地域で暮らしている人たちの生活って、今も昔と変わっていないものなんですか。
 関野〕昔は自分たちが食べていくために自給的生活とか狩猟採集で暮らしていた人々が、換金可能な作物を作っている。
  現金収入を得ないと生活ができなくなっている。特に最近はグローバリゼーションがアマゾン、シペリア、アフリカとか、
  どこまでも進行しています。特にすごいのは携帯電話ですね。携帯で全てが変わります。
たけし〕 それはどういう意味でですか。
関野〕 携帯電話は世界を変えていますよ。アマゾンには、僕が四十年前からつき合っている先住民の部族がいます。
 最初会った時は、大人たちは腰巻きだけつけて、子どもは素っ裸でした。そんな村でも三十年ぐらい前に学校ができたんです。
 それは小学佼しかないから、中学校に行くようになると町の寄宿舎に人る。高校生にもなると、みんな携帯を持っています。
 村に帰ってくると電波は通ってませんが、携帯でダウンロードした音楽は聴ける。
 そうなると、若者は伝統音楽ではなく、ロックを携帯で聴くようになる。文明人に近いほうがステータスが高いと思うと
 伝統音楽に目を向けなくなって、どんどん文化が変わっていく。アマゾンの奥地でさえそうなるのですよ。」
たけし〕 あっという間の変化ですね。
関野〕 ここ数年、フィリピン、マレーシア、インドネシアの海域で淘賊がいっばい出るところがあるんですけど、
 そこにパジョという家船生活をしている漁民がいるんです。
たけし〕 確か百万人ぐらいいるとか。
関野〕それは海岸縁に杭を打ち込んで家屋をつくって住んでいる人たちも含めての数字です。わずかに家船で陸に家を持たない
 人たちがいて、その人たちのところに僕は「泊めてください」と言って、一緒に暮らしていた。ちょうど僕が訪ねた頃に
 彼らの生活にも携帯電話が入ってきたんです。
たけし〕 2004年から、日本人の祖先が日本列島に到達するルートを辿る「新グレートジャーニー」(〜2011年)を
 始めていますが、それに挑戦していた時のことですね。
関野〕 はい。南方から船で海上を渡ってきた日本人の祖先のルートを辿ろうとしたんです。風の関係で航海で暫なくなると、
 パジョの人たちのところに通っていました。彼らにとっても携帯はすごい役に立っている。 家船が十数隻あって、夜は
 集まってくるんですが、昼間は別々に魚を穫りに行ったりして行動している。その時に、海賊がいるかいないか、
 携帯があれば安全かどうか確認できたりするわけです。
たけし〕 海の上で電波が届くわけですか。
関野〕 沿岸から五キロまではアンテナがあれば届きます。
たけし〕海の漂流民がそうならば、砂漠のペドウィンはどうなんだろうね。】
 ▼ これは、僻地だけでない。都会の社会的弱者にも携帯が普及。弱者が結びつけば、強者に変身する。中国など多くの
  社会的矛盾を抱えた国家は、ある日突然、この矛盾への暴発が起こることになる。そこにパソコン機能が入った
  スマートフォンの普及は、世界を根底から変えようとしている。貧富の格差は、情報の格差から生じるが、それが
  均質化されていくとしたら、格差は一部を除いて是正されていく。ただし、それは世界平準に近づくため、G8は、
  G20の国々の平均値に、G20は、世界200ヶ国の平均レベルになっていく。日本にとって、それは貧乏への茨道!
・・・・・・・
4182, 呪いの時代 ー2
2012年09月07日(金)
          「呪いの時代」内田樹著
 呪いに対する言葉は祝福である。含めて世の中が右上がりの時は、何事もハッピー。しかし、世の中全体が右下がりになり、
暗い世相の中では一部の勝ち組を傍で祝福する人は少ない。羨望と嫉妬が、そこに生じてくる。特にこの情報化で、そのの事態が
生で伝わるから、呪いが社会全体を覆ってくる。その中でハッピーにいるには、「にもかかわらず祝う」しかない。
現に生きている、そのことを祝う諦念である。最後は生きている感謝しかないのである。今さら世を呪っても致し方がない。
  * 「このようなもの」でしかない自己の承認   ー 第2章 「祝福」の言葉について ーより
≪ 「生身の、具体的な生活のうちに捉えられた、あまりパッとしないこの「正味の自分」をこそ、真の主体として
あくまで維持することです。「このようなもの」であり、「このようなものでしかない」自分を受け入れ、承認し、けなげに
生きている姿を可憐と思い、一掬の涙をそそぐこと。それが「祝福する」ということの本義だと思います。呪いを解除する方法は
祝福しかありません。自分の弱さや愚かさや邪悪さを含めて、自分を受け容れ、自分をだきしめ、自分を愛すること。多くの人が
誤解していることですが、私たちの時代にこれほど攻撃的なふるまいが増えたのは、人々が「自分をあまりに愛している」からでは
ありません。逆です。自分を愛することがどういうことかを忘れてしまったせいです。私たちはまず「自分を愛する」というのが
どういうことかを思い出すことから、もう一度始めるしかないと思います。≫
 ▼ 第二次大戦後、経済成長という僥倖に恵まれ「自由」が容易く転がり込んで来て、安手の「近代」を掴んでしまった。
 しかし、それが崩壊する中で、「全て他人が悪い、自分は悪くない」という他責的で未成熟な言説がメディアにより拡がった。
豊かさが急速に萎み、大多数がプアーになりつつある中、呪いの時代に思われるほど、惨めな社会になってきた。
「このようなものでしかない」自分を受け入れず、承認せず、祝福せず、自分探しという自分でない突っかい棒を求めて
彷徨っている社会。 わが国は平城平安の時代から呪いを基軸にして変転してきた。ここで急に「呪いの時代」がキーワードに
なったのではない。呪いがあればこそ古事記、日本書紀、源氏物語、平家物語、太平記、法隆寺、北野天満宮も正史に登場しなかった。
日本の文化文明の本源は、この呪いにある。だから一時でもよいから祝うしかない。お祭りは、そのためにあったといえる。
社会に出てからの読書習慣がなかったら、現在、世を呪い、過去を後悔し、人生そのものを否定しているはず。 娑婆娑婆!
 ・・・・・・
3817, 松下政経塾の野田が首相に
2011年09月07日(水)
   まずは松下政経とは何か? −知恵蔵2011ーによると
【 松下電器産業(パナソニック)の創業者・松下幸之助が、1979年に約70億円の私財を投じ、政治家育成塾として設立した財団法人。
神奈川県茅ヶ崎市の6千353坪の敷地には、寮棟・食堂・体育館の他、茶室やテニスコートも付設されている。入塾の応募資格は22〜35歳。
全寮制で3年間の研修を原則としているが、期間中に選挙に出馬することは半ば容認。ただし、最低2年間を修了しないと退塾扱いになる。
授業料などの費用はゼロで、逆に研修資金・活動資金が提供される。研修は、人間学・哲学・近代政治学などの講座と茶道・書道・剣道
などによる精神修練が中心。また、現地現場主義の下、自治体訪問、松下関連工場での実地作業、自衛隊体験入隊といったカリキュラムも
用意されている。過去30年間の卒塾生は237人で、このうち69人が政治家の道を歩んでいる。開塾後の10年間で当選した国会議員は、
1期生の逢沢一郎(自民党)だけだったが、新党ブームが吹き荒れた93年の衆議院選挙で、一気に15名の当選を果たした。
政経塾出身議員の評価は分かれるが、世襲議員が増える中、選挙に必要な3バン「地盤(地元支援組織)・看板(知名度)・カバン(資金)」
を持たない若者に政治家への道を開いている点で、政経塾の存在は評価されている。 現職の松下政経塾出身の国会議員は、
衆議院議員が27名、参議院議員が3名。*自民党では前述の逢沢一郎の他、元金融担当大臣の伊藤達也(5期生)、高市早苗(5期生)ら、
*民主党では元代表の前原誠司(8期生)や野田佳彦(1期生)、原口一博(4期生)ら、次代のリーダー候補が名を連ねる。
この他、神奈川県知事の松沢成文や横浜市長の中田宏など、自治体の長も輩出している(2009年7月時点)。 】
▼ 現在の日本に丁度良さそうな人物が、首相に選出された。それも、松下幸之助が憂国にかられ、つくりあげた人材育成機関出身。
 存在そのものは知っていたが、まさか34名も国会議員になっていたとは驚き。巷では、「人工栽培の頭でっかちのエリートの
 育成機関と」批判的だが、それでも公明党に次ぐ出身母体になっている。どうも、二、三代目が目に付く中で、 こういう機関も必要?
 卒塾生の43パーセントが、政治の道を歩いているという。 政治家は、一国を未来に導く仕事。
 「クールな頭脳と、暖かい心」を必要とする。それを3年か、4年の期間でベースをつくり上げることが良いことかどうか?
 二代目政治家と、どちらが良いというと考えてしまう。 やはり二代目より、まだましレベルか。現在議員は、貴族院化している。
 ・・・・・・・
3452, ニューカレドニアの休暇 −2
2010年09月07日(火)
 * ホェール・ウォッチング 
 オプション・ツアーの「ホェール・ウォッチング」に参加してみた。 家内はヨットに12時間も無理ということで、私一人の参加。 
20人乗りの2Fのヨット(1Fにトイレとベッド)に、日本人が私の他に中年ペアー。 他は白人系が15人を加えた18人。もう少し大きな
ヨットのつもりだったが意外と小さい。外海に出たと同時に、船は二メートルの波で大ゆれ。 案の定、気分が悪くなってきたが後の祭り。 
乗員も分っていて海水を入れたのを持ってきて、「あげろ!」という。そして胃を空にした。その直後に睡魔が襲ってくる。
ロビーの椅子に座ったまま二時間ほど寝たら気分は元に戻る。 船酔いを心配していたが、その時はその時と覚悟はしていたが、
何とかなるものである。そうこうして鯨の出産場に三時間後に到着。そこを40分ほどかけて通過している間に、5分位の間隔で、
鯨が空気を吸うために海面に出てくる姿をウォッチングすることができた。そこでテレビの撮影を過って見たことを思い出した。 
今回は10匹近く見ることができた。 鯨は、まず潮を噴き上げるので見逃すことはないが、潮を吹いて7〜8秒しか浮いてないので、
目を凝らしてないと見逃してしまう。 海も天気で大きく左右するが、天候に恵まれたこともあり今回のウォッチングは大当たり。
 また12時間も小型ヨットに乗船するのもワイルドな感覚で、南太平洋を堪能することができた。甲板から海に向かって足を突き出して
座って海を眺めボットするのも、気分は爽快である。また10秒ぐらいだったがイルカが二頭、ボートと同じスピードで泳いでいったのも印象的。
 さらに帰港前の20分ほど、タイミングよくサンセットにゆきあったが、南太平洋に浮かぶヨットと、赤い色合いのマッチが印象に残った。
一期一会、迷ったら直感を信じ躊躇をしないことだ。
・・・・・・・
3077,SCが工期半年で完成とは、驚き
 2009年09月07日(月)
 長岡の自宅から500m先に、オープンモールの25店舗のSCが9月1日に着工、来年の3月8日にオープンと
現場の立て看板にあった。 それにしても半年とは驚いた。これから冬場の中で駐車場も含めてである。 
新造成地の更地で全てが平屋だから可能なのだろう。突貫工事になるのだろうが、見ものである。先月、近くで説明会があった。 
折込の通知によると、大和ハウスの総合企画で、三菱東京銀行系が資金調達とあった。 住宅地も数ヶ所売り出されているが、
坪27〜8万円、少し高いが環境からして悪くはない。 場所は長岡駅裏から直線道路一キロほど、自宅からは5分の場所。 
自宅の100m先にSCがある上に、長岡駅(12分)には一万坪の専門店街があるので生活環境は、ますます良くなる。
 そのSCから車で数分(一キロ)のところに家具のニトリ、家電のジョウシン、ホームセンターのコメリ、ディスカウント、
紳士服のアオキなど20店舗近い川崎のオープンモールのSCがある。店舗構成をみるとバッテングをさけて補完してあるのが分かる。 
店舗が重なるのは、原信と、蔦や。業種では中古ショップである。 二つのSCを買い回ると丁度良い店舗構成になっている。
 これまでは長岡の信濃川の向こうに比べて、川崎のSCだけでは、魅力が薄かったが、この二つを合わせて対抗拠点として、
周辺に店舗が自然発生的に出来ていく過程をみることになる。 長岡駅中専門店街は、年々、弱体化していくが、
駅前再開発も含めて大きく一変する。これも見もの。間違いなく大きく縮小していく市場の中で、再開発だけは止まらない。 
・・・・・・・・
2712, 大相撲が面白い!
2008年09月07日(日)
 若貴あたりから違う面で大相撲が面白くなってきている。マスコミを巻き込んで、北朝鮮のような瀬戸際のブラックジョーク的な
展開を示してきた。グローバルの流れと、人材不足をカバーするため、いち早く外国人に開放をした。 しかし国技とかいうが、
法的に全く根拠の無い曖昧な協会が実態だが、税金を払わない宗教法人と同じような扱いを受けている。相撲部屋はヤクザ世界に酷似、
縄ばり社会が寄り合っているだけ。部屋がそれぞれボクシングジムのように独立し、それが集まって大相撲協会をつくっている。 
だから,北の湖が言い訳をするのも一理ある。ボクシング協会が、個々の選手の薬物まで責任はないのと同じである。そんなことは、
どうでもよいが。 今回の土俵外の物語は、ロシアの三人の麻薬事件である。一月前までは、朝青龍を中心としたモンゴル人が
トラブルメーカーだった。それが一転してロシアの(麻薬)文化?への話題が移ってしまった。朝青龍かたなしである。
今回の物語は北の湖理事長の辞任のプロセスである。今回は、もう無理だろう?しかし・・
 昨日のニュースでは、期待をしていたとおり相撲協会が尿をすりかえたり、自民党の??あたりが天皇家への尻尾振りで、
政治的な圧力をかけてくるか、などなど漫画的な動きである。しかし、幾ら程度が低い彼らも、世界的にも注目を浴びているので、
腰が引けたのだろう。 日本のマスコミのロシア人兄弟に対する質問が甘い!「ロシア国家に対する代表として、宣誓できますか」
の質問をすればよい。もし、「もちろん、します!」と答えたら、帰国をして数ヶ月以内に行方不明になるだろう。
大相撲を国技としている限り、今後、中国、モンゴル、ロシア、東欧の国家戦略として日本バッシング戦略的対象になる。  
大相撲協会は、あまりに、軽く甘い。 私が敵対国の政治家なら、対日の攻撃対象にする。 
自国の強い力士に女とか薬を与え、マスコミに騒ぎ立てるか、日本の力士を徹底的に怪我をさせるようにもって行く。
それかモンゴルのように、三役力士を自国の力士で占有する。 その意味で、外国人に開放をしたと同時に、
旧来の国技という名を返上すればよかった。せめて日本の相撲のルーツのあるモンゴルと朝鮮だけに限定すべきだったろう。
それともモンゴリアンだけに。 しかし、現実は現実である。 国技とかいう名を返上、払うべき税金は払い、
横綱審議会など解散することだ。 天皇家も閲覧席などに座らないで、しかるべき警備をして一般席に座るべきだ。
 こういう不祥事も、人気取りの前座と考え、割り切っているのもよい。あくまで、格闘技の見世物でしかないのだから。
・・・・・・・・・・
2007年09月07日(金)
 2348.ベナレス・・・4
この街では私たちの世界と価値観が逆転しているとさえ感じられる。そしてその不思議さは、私たちが生きる社会への、
痛烈な批判なのかもしれない。朝夕、スワループさんの僧院では神への祈りがささげられる。
そこには路地に暮らす数多くの人が参加し、スワループさんが唱える経典の言葉を聞き、その後に繰り返し唱える。
集まってくる人びとの中には、たくさんの子供たちの姿もあった。かつてスワループさんがそうであったように、
聖地ベナレスに受け継がれてきた伝統が、また次の時代へと伝えられて行くことを感じさせる光景であった。
街が人を生み出し、人が街の営みを支えて行く。こうしてペナレスは聖地としての歴史を刻んできたのである。
(以下、字数の関係でカット、11年09月07日)
・・・・・・・
2006年09月07日(木)
 1983, 閑話小題    Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
  ーウォーキングの道でー
(以下、字数の関係でカット、11年09月07日)      
・・・・・・・   
2005年09月07日(水)
 1618, 楽しく生きるー3
「楽しく生きる」にも、色いろある。「ドラックをやって、目先の快楽を追い求めて人生をボロボロにしてしまっても」と、
 いう意味で言っているのではない。目先の楽しみだけを求めると、長期的に問題がでる。何ごともバランスである。
(以下、字数の関係でカット、13年09月07日)
・・・・・・・
2004年09月07日(火)
 1253, 死について再び考える
過去に死について多く書いてきたが、五十嵐恭一さんの死で改めて死について考えてみる。
     (字数の関係でカット08年09月07日)
・・・・・・・・・
2003年09月07日(日)
 886, 「ありがとうの言葉」ー8


4556, グレートジャーニーから見えてきたことは ? ー1

2013年09月06日(金)

              月刊誌「新潮45ー6月号」 ーたけしvs・関野吉晴の対談ーより
   * 追われ追われて南米最南端
 冒険家が人類の移動の跡を辿って見えてきたのは、「人類の弱者が、より悪い環境の地に追い込まれて、その繰り返しの
究極の地が南米最南端パタゴニアであった」ということ。アフリカから追われ、その移動先で落ち着くと、その中の弱者は
また弾き出される。その積み重ねが、アフリカから南米の最南端までの人類の軌跡であった。その過程で生き延びる知恵こそ、
弱者の知恵になる。しかし、その過程で彼らは進化したかというと、そうではない。北アフリカと欧州に留まり闘い続けた人間が、
文明の基礎を作りあげていった。逆に、エスキモーとか、南米インディアンは、逃げることで、生き延びていった。
弱者には逃げるしかない。 この切り口で人類の歴史を鳥瞰してみると面白い! 僻地の人間は、そのためか優しい。
  ーその辺りから抜粋ー
《 たけし〕しかし、六万年前に人類がアフリカから移動していって、世界中に広がったルートを逆に辿る発想は面白いけど、
 ずいぶん無茶なことをしましたね(笑)。
関野〕 確かに逆ルートは無理があります。やっぱり人類は逆ルートでは移動しないことが、やってみると分かります。
 全部、逆風なんですよ。例えばべーリング海峡を渡るときに、風速五メートルから十メートルのいい風というのは西から吹く。
 僕はアラスカからシベリアに行くわけですから、東風が欲しい。しかし、東風は風速十五メートル以上になることが多い。  
たけし〕どうしてアフリカで生まれた人類が全世界に移動したと言われているんですか?
関野〕研究者によって意見が違っていて、僕は最初、「あの山を越えたら何かあるんだろうか」という好奇心、あるいは
 「あの山を越えたらもっと獲物がいて、いい暮らしが出来るんじゃないか」という向上心で心で動いていたと思っていました。
 もしそういう好奇心とか向上心とか、いわゆる進取の気性に富んでいたなら、一番遠くまで行った人たちの末裔のはずです。
たけし〕そういうことになります。
関野〕ところが行ってみたら逆でした。南米最先端に行った人は一番弱い人なんです。そこでは狩猟生活もできない。
 ホタテとかカニをとって生活をせざるを得ないんです。どうしてそんなところに移住してきたのだろうと考えてみると、
 弱いからじゃないか。例えば、あるところが住みよいとなれば人ロが増えていきますよね。
たけし〕 そうなると誰かがふき飛ばされる人が出てくる。
関野〕ええ、誰が出ていくかが問題になる。強い人出ていきません。そこで、はじき出された人がフロンテアに行くわけです。
 滅びてしまう人も多いと思いますが、そこでバイオニアになれた人が生き残れる。創意工夫を働かせて適応した人が「住めば都」
 に変えてしまう。そこでも人口が増えると、また弾き出される人たらが出てくる。だから、日本は弱い人の吹だまりだと思う。
 それ以上、東に行けないわけですから。
たけし〕日本人がもともと弱い人間の吹だまりだというのは面白いね。
関野〕それはイギリスも同じですね。もっと西に行けない。ところが、いいか悪いかけ別にして、日本はアジアを制圧しようとしたし、
 イギリスは世界を制覇しようとした。だから、もともと弱いといって、いつまでも弱いわけしでない。弱いから逆にいろんな知恵を
 使うわけです。もともと人類はその誕生のときから、弱いから知恵を使って生きてきた。 》
▼ 強みは、弱者の苦労から湧き出る知恵から生まれる。決して野心を持って挑んだ訳ではない。弱者の知恵こそ、力になる。 
 弾き出した方はといえば、変化適応能力が無くなり弱者になっていく。何処かの国か、地域そのもの。脱皮できない蛇は死ぬ。
・・・・・・
4181, 呪いの時代 ー1
2012年09月06日(木)
                     「呪いの時代」内田樹著
 なかなか時代の特質を捉えた面白い本である。バブルと、バブル崩壊を経た後、日本は20年以上も下降曲線をたどっている。
経済大国と言われたのも遠い過去になりつつある中、人々は、その環境の中で互いに呪い、怒りをぶつけあっている。
そして中流社会が崩壊を始め、総下流化社会になりつつある。そこでは互いに呪い、一部勝ち組を呪う時代になっている。
呪いは人間としての悪い意志、否定的な情動であるが、その核心部分には他者の全面否定と破壊と殺意が内蔵されている。
自己崩壊は他者への憎悪となり自他とも傷つけるだけでない、未来へ希望と友愛を損傷する。「呪いの時代」は、言い得て妙である。
  * まずは、第一章 呪いの時代より
≪「呪い」は今や僕たちの社会で批評的な言葉づかいをするときの公用語になりつつあります。「弱者」たちは救済を求めて呪いの
 言葉を吐き、「被害者」たちは償いを求めて呪いの言葉を吐き、「正義の人」たちは公正な社会の実現を求めて呪いの言葉を吐く。
けれども、彼らはそれらの言葉が他者のみならず、おのれ自身へ向かう呪いとしても機能していることにあまりに無自覚のように
思われます。20年ほど前、まだ僕が学会というところに顔を出していた頃までは、学会発表後の質疑応答で、「あなたは…の論文を
読んでいないのではないか」とか「周知の…についての言及がないのはなぜか」といった、「そこで論じられていないこと」を
持ち出して、「こんなことも知らない人間に、この論件について語る資格はない」と切り捨てる態度に出る学者が沢山いました。
僕はそういう「突っ込み」を見るたびに、どうして彼らは「自分の知っている情報」の価値を高く格付けする一方、
「自分の知らない情報」が知るに値しないものだとあれほど無邪気に信じていられるのか、その理由がよくわかりませんでした。
僕たちは誰でも自分の知っていることの価値を過大評価し、自分の知らないことの価値を過小評価する傾向にあります。
だから、学者にとっていちばん最初の仕事は、自分の所有する学術情報を適切に評価することであるはずです。
でも、「君は『こんなこと』も知らんのか」と気色ばむ学者たちは「こんんなこと」が議論の始点でなければならない理由について、
ほとんど説明責任を持ていないようでした。・・・・ 学者というのは「知識を持つ人間」ではなく、「自分のもつ知識についての
知識を持っている人間」のことだと思います。ですから自分の知っていることは「知るに値すること」であり、自分が知らないことは
「知るに値しないこと」だと無反省的に信じ込める学者のことを僕は端的に「学者の腐ったようなやつ」と呼んでいました。
しかし、学界だけの固有種であったこのタイプの人々が今ネット上では異常増殖しているように僕には思われます。
ディスプレイに向かって、グーグルでキーワード検索をしながら、個別的なトピックについてのトリヴィアルな情報を入手すること
それ自体は愉快なことですし、誰の迷惑になるわけでもありません(僕だって大好きです)。けれども、そうやって自分が仕入れた
知識の価値を「知識についての知識」というメタレベルから吟味する習慣を持たない人にとっては、どれほどトリヴィアルな
情報を収集しても、それは学的には無価値だということは忘れない方がいいと思います。≫
 ▼「呪い」は、恐ろしい結果をもたらす事例を、あまりに多くみてきた。特に、人生に恵まれてない人のそれは酷いもの。
 起こった現象しか見えないため、その背後の原因を突き詰める能力が無いのである。呪いは、そこに羨望が含まれている。
 そのため周囲の全ての人が対象になるから始末が悪い。国会の有様は、正に呪いの政争である。呪いの政治は破壊しかない。
・・・・・・
3816, iPadを買った ー3
2011年09月06日(火)
  手元にきてから二週間、iPadにますます虜になっている。パソコンが大好きだがアプリをイマイチ使いこなせなかった。このお陰で、
アプリを比較的簡単にダウンロードして気楽に使えるようになったことが大きい。 更にゲームをパソコンで遊んだ経験が殆どなかった。
そこで、まず無料のゲームで子供心に立ち返って遊んでいる。「自分の人生がゲームそのもの、敢えてする必要もない」と決めつけ、
受け付けなかったこともある。 このところ一日、2時間は熱中している。まずは無料の小学校低学年?レベルのもの数種類だが、
始めると止まらない。 まあ、いい歳をして幸せなことだが、面白いのは面白い!
 先日、初めてデジタル雑誌をAplleから購入をしてみた。 『 最新 iPadアプリ 特選700』である。
「成るほどiPadを買ったことで、iBookが購入出来た」と一人感心。 そこで気づいたのは、目次から一瞬で項目のトップに切り替わること。
それとitunesの音楽とは逆に、ページの下に次々と、各ページのイメージがスクロールをすると現れてくる。 雑誌をパラパラと捲るのと
同じことが可能である。 また、最後に読んだところが、次回にiBookを開いた時に自動的に開く。 最近の録画は、最後にみたビデオの
部分が自動的出てくるのと同じ。 さらに字の大きさが親指と人差し指二本で拡大・縮小できるのも便利である。 何よりも何時でも、
何処でも、気楽に見れるのがよい。 その点はiPodに数千曲入力してある感覚と同じ。
「アプリあってのiPad」が、この本の副題にあるが、PCでアプリを充分に活用できない者にとって、「iPadあってのアプリ」になる。 
それぞれの有り難さは違って当然。 私には「iPad 様様」のよう。 初めて携帯電話を手にしたのに匹敵する。 問題は自分に
ピッタリのアプリを如何に探し出し活用できるかである。 無線で、平面で、本の大きさのため、画面にピアノや太鼓の画面を表示し、
作曲したり、演奏をしたり、車の運転席で道路を疾走するする画面のゲームも現れている。それもネット上で誰かと競技も可能。
TVとDVDのコントローラー機能も組み込まれ、ネットでコントロールしたり、iPadに録画できるようになるだろう。(もう、あるかも?)
 ・・・・・・・
3451, ニューカレドニアの休暇 −1
 2010年09月06日(月)
 去年はブタインフルエンザ騒ぎで予約をしていたクロアチア・ツアーを急遽キャンセルをした。
その後、あの騒ぎは薬品メーカー(WHOに入りこませた役員)が薬品を売るための詐欺紛いの扇動と後になって気づいたが後の祭り。
恐慌二年目も加わり、25年間、毎年行き続けた海外旅行が途切れてしまった。そして今年は恐慌三年目、経済的状況は二番底に向け動き出した。 
さて、どうするか迷った。毎年9月以降に大きな事件が起こる傾向があるので、最終タイムリミットは9月初旬まで。 近くで、安く、
目だないツアーを絞って盆明けになって探した。グァム島はありきたり、バリ島は家内が嫌。 オーストラリアはイマイチ。
そうこう調べてると南太平洋の中で「7日間で8万弱のニューカレドニア」を探しあてた。 ワンフライト8時間で、滞在型で、
エネルギーが最小で済むところとあいなった。しかしホテルの一ランク上に上げたり、現地で4回のオプションツアーに参加したりで、
二倍近くになってしまった。それでも15万である。 振り返ってみて、オプションは2回で十分で、あとはホテル近くの海岸線の木陰で
日干しをしたりして、のんびりするのが正解。 二度と来ないと思うと可能な限り動きたい気持ちに勝てなかったのである。
私の基準の採点では80点。 フィジーが90〜95点とすると少し低いが、私の避暑的時間の過ごし方になれてなかったこともある。
 フィジーと違って、ここはフランス領ニューカレドニア。 四国ほどの面積に25万弱の人口が住んでおり、小さな多くの島が
点在している。 ニッケルを主とした鉱山資源が豊富。 フィジー、タヒチなど年中、常夏な気候に対し、5度ほど寒い冬がある。
この時期は丁度冬と夏の境目。冬で20度、夏でも25度というから、やはり常夏である。 大まかにポリネシア系の現地人が4割、
フランスなど白人系が3割、アジアの移民が3割の比率で、フランス支配感が強い国で、地中海のフランス領の小島にいるようである。
その点、フィジーは小さいながらもポリネシアの独立国でありポリネシアの人間的特性が前面に出ている。料金はフィジーが5割高くなる。  
南太平洋に行くなら、何処の国の領地か、独立国か調べた方がよい。 植民地は白人支配が前面に出ている。
現在、世界は一部の白人が支配している厳然たる事実がある。 インドのカースト制度は、三千年かけたアーリア人による身分制度で、
裏づけにヒンズー教で心まで支配するシステムになっている。一神教のユダヤ、キリスト教も、ほぼ同じ手法で、侵略の尖兵として、
キリスト教で洗脳しながら乗り込んでいく。 そして世界を牛耳っている。 ここで、日本がアメリカの金融被支配国が表面化してきた。
それだけでない、軍事も支配されている現実がある。 バカではないかというほどの人の良さが小さな島国の運命である。
・・・・・・・・
3076,120年の物指し
 2009年09月06日(日)
 週刊朝日の記事ー 平成維新「次の100年が始った」が面白い。
  ーまずは民主党の大勝の長短の4つの物指しを要約
一、麻生の一年足らず政権、永田町の政治記者レベルの内容。今後、民主党が、
  そのレベルとして参院選挙まで、いかに実績を積み重ねることができるか。
二、次は、四年前の小泉劇場の大勝で、今度の選挙のように逆ぶれで民主党に政権が転がり込んできた。
  4年後の衆院選挙も同じ道をたどることになるかどうか。
三、小選挙区制度ができて15年で、ここでようやく政権交代が実現した。1993年の国会は、「政治改革国会」と呼ばれ、
  翌年には小選挙区比例代表制を含む政治改革関連4法が成立。今後15年で二大政党の交代システムが出来るかどうか。
四、120年という物指しで、これが最も本質的な物ざし。明治憲法ができて120年になるが、この間の政治は実は官僚に従属してきた。
  今度の政権は120年の「中央集権国家」を廃絶して新たに「地域主権国家」を樹立しようというのである。 自民党も「地方分権」
  といい、その具体策として「道州制度」を導入しようとしているが、あくまで「中央集権国家」が今後とも続くという前提である。
  その官僚主導体制とその中核である財務省による徴税・国債管理・予算分配の「財政中央集権」も続くということであり分権といっても、
  うやむやにされることは目に見えている。これに対して民主党は、国民生活に密接な権限と財源を基礎自治体に渡してしまうもの。
  ▼ 以上だが、その15年間、延命を繰りかいした自民政権があまりに狡猾であった。それも120年続いた流れで、国民が
   騙されていたことが露出してしまったのである。二度とあの威信は戻ることはない。 あとは民主党の自滅を待つしかない。
 ・・・・・・・・・
2711, 臨死体験を経験できるヘルメット
 2008年09月06日(土)
何の知識無しで初めて幽体離脱を経験したときの驚きを今でもリアルに憶えている。
それを契機に、キュープラ・ロスや、立花隆の臨死体験などの本を読み、その経験の意味を知った。
ところが最近になり、アメリカでパーシンガー博士の開発したゴッドヘルメットと呼ばれるものがあり、これ装着すると万人が
体外離脱できるという。博士はてんかんの治療で、脳を電極で刺激する手術を400例以上やっていて、その手術の際に側頭葉の
シルビウス溝と呼ばれる、右耳の上を電極で刺激すると、体外離脱がおこることを発見した。これで体外離脱した意識が、
遠くのものを見てきて、現実と一致したり、霊が他人の体をジャックしたイメージも起こるという。
これまでのように脳を開いて直接電極を押しあてたりせず、電磁気で脳を刺激して、反応を見る研究が盛んのようだ。
体外離脱とは、脳の中の幻覚ではなく、アストラル体のような意識が、抜け出している状態ともいわれる。
実際に体外離脱の経験者に装着したところ、同じような経験をしたという。それまで一部霊能者とか、そういう体質を持った人だけしか
経験できなかったことを、科学者は誰にでも体験できるようにする。 何年もしないうちに、家電の店頭で並ぶかもしれない。 
これを被って気が向いたら幽体離脱をするのも面白いだろう。そういえばアルファー波を発生させる器械を買ったことがあった。
またマリファナを吸ったと同じ気分になるCDのセットも買ったことがあったが、少し酔ったような気分の状態になる。
私は酒に酔いの方が好きだが。他のTPOSが面白いだけであるが・・・恐らく、これを被っても、私の経験した幽体離脱の緊迫した
感覚とは違うだろう。色いろな状況の中で独りで、誰にも言えない奇妙な体験だから神秘的なのであって、ヘッドギアの器械で
幽体離脱をしても、味も素っ気もないだろう。しかし、面白そうである。前に書いたことがあるが、欧州の帰りの飛行機の中での夢。
「自分の身体が突然にフワフワ空に向かって上昇していく、電信柱が下に見えてきた辺りで恐怖心が出てくる。
夢から早く覚めて布団に身体を戻さないと、我に返った。 ところが、そこは飛行機の中で、身体が地上に在るはずなのに逆に、
その遥か上を猛スピードで移動している。 そこには、飛行機も、シートも、周囲の人たち消えて、独り宙を移動している」
身体が凍りつくとは、このことだろう。 恐らく、死ぬ瞬間とは、あの感覚になるのでは? 絶叫をしそうになったが、ギリギリ
抑えることができた。人間は大地の上で生きているのである。 死ぬと、大地から離れるのである。
幽体離脱で元の身体に戻ってこれないで、狂ってしまうケースもあるというし、自分が外に出ている間に、
動物か彷徨っている霊が入り込む場合が往々にあるという。 オウム教が騒がれていた頃、ニュースなどの映像で、
ヘッドギアをしている信者の姿を見かけたが、あれがゴッドヘッドだったのか? 集団維持の手法や典型的カルトの教えは
否定されるべきだが、宇宙からの視点とか、こういう幽体離脱の手法は、なるほどと感心する。
脳はまだまだ未知の世界である。脳は3?しか使われておらず、10?も使えば天才になれるという。神様(自然)は何を脳にさせよと
したのだろうか。我われ凡人は、パソコンなど、道具を有効に使ってせめて5〜6?を使えるようにすればよい筈だが?
・・・・・・・・・・
2007年09月06日(木)
 2347.ベナレス・・・3
 (字数制限のためカット 2010年9月6日)
・・・・・・・
2006年09月06日(水)
1982, ある首斬り役人の日記 −3
           Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning    −読書日記   
   215、1602年9月14日
  ゲオルク・ブラウン、マンスフェルト出身。  彼は蜂蜜・胡椒入りケーキ職人で、流れ者の剣客であった。
     字数制限のためカット      (+>∀<+)ノ ホンジャ!
・・・・・・・・
2005年09月06日(火)
1617, 楽しく生きる−2
大不況の中、毎日を楽しく生きることができれば、これにこしたことがない。
図書館で借りた「楽しく生きる」精神科医・高橋和巳著が、なかなか含蓄のある内容であった。
ー概要をまとめてみた。 (時間をかけて書き写すだけの価値は充分にあった)
(以下、字数の関係でカット08年9月6日)


4555,横尾 忠則の老人論 ー2

2013年09月05日(木)

                      「猫背の目線」横尾 忠則 (著)
   * 人生の目的 ―バルザックの場合
 ー良く遊び、良く学び、良く働く。その他に、「空白=虚」の領域を持つことー これが私の人生の目的。
その虚の領域が、バルザックの人生の目的の「休息」になるのか? 生前、死後に取り囲まれた『自分』の外(虚空)を常に
意識をするため、休息が必要ということか? 欧州のバカンスで1〜2ヶ月も休暇をとり、生活圏から離れ、ただボッとする。
それが彼らの休息。日本にも湯治というシステムが昔からあった。軽井沢や那須などの別荘地は、娑婆から隠れるためにある。
  ーまずは、その部分からー
《 彼は「芸術家にとって暇が労働なのだ」と言う。つまり芸術家は常に規則に従うことを拒絶し、自らが自らの規則に
 生きることを本懐としているのである。世の中の潮流や流行は意に介さず、無頓着でいなければならない。
社会や他人の支配に従うのではなく、その時の気分(そう、この気分が大事である)に従うのを第一義にしなければならない。
バルザックも「芸術家は自分の好きなように、またはやれるように生きる」と語っている。
 「人生の日的は休息にある」というバルザックは、芸術家は例外としてもこの彼の目的は万人に通じる。
先に彼は「芸術家にとって閑暇が労働であり、労働が休息なのだ」と言ったが芸術家は何もしないでボーッしている瞬間にも、
作品の構想を頭の中で練っている。だか休息中でも働いているのだと言っているのである。働くといえど肉体労働ではない。
知的というか創造的労働を体を休ませると同時に行っている。「芸術家は休む時がないですね」と言われそうだが、確かにそうだ。
でも画家の立場からすれば描いている時は結構休んでいる。考ているようで考えてない状態、三昧世界に入っているのである。
バルザックが「人生の目的は睡眠にある」と言ったらヤバイが「休息」と言うところがさすがである。
 つまり休息こそわれわれが無意識になれる最もベストの状感だからである。またこの無意識の状態こそ最も健康な状態と
いえるのではないだろうか。常に頭を使ったり過度な肉体労働をすることは健康を害することに結ぴつくことがある。
バルザックが人生の目的を「休息」と言ってのけたところには人間の究極の幸せがあるように思う。大半の日本人は
人生の目的を手に入れるためには多忙を極めなければならないと考えているのではないだろうか。「休息」を目的にしたら
きっと落ちつかないに決まっている。「休息」の背後には芸術家バルザックの優雅な生活というのが存在しているのである。
貴族趣味で家中を金目の物で飾り付けるという優雅さでなく、自由に心の向くままに生きることこそ優雅な人生の目的である
ということを「休息」を通して学び直す必要があるとぽくは思うのです。》
 ▼ 「休息は死後にすればよい」というが、「激しく生きた後の死こそ人生の目的」と言いたいのか?
  先日、新しいCDを出すと、ツアーで同行したミュージシャンから販促を兼ねた手紙がきた。西アフリカのバスツアーで
  ひたすら海岸線を南下する日程だったが、そこで、「この旅行は、私にとって仕事。異国のツアーが私に創造を喚起する。
  しかし税務署は、これを経費と認めてくれない」と言っていた。芸術家にとって休んでいる時が、創造状態にあり、
  それをカタチに移行する状態が、むしろ休んでいる、遊んでいる状態というのは、納得できる。
・・・・・・・
4180, 復讐するは我にあり
2012年09月05日(水)
 『復讐するは我にあり』は、キリスト教の言葉で、”我”というのが神様(イエス)のこと。復讐はまた新たな
復讐を呼び”憎悪の連鎖”が生まれてしまう、それを断ち切るために復讐は神に預けて神の裁きにまかせると言う意味。
この言葉を知らしめたのは、第74回直木賞を受賞した佐木隆三の小説で、5人を殺害した西口彰事件を題材にした作品
【復讐するは我にあり】。 1979年に映画化したストーリーとは、≪ 昭和38年。当時の日本はたった一人の男、
榎津巌に恐怖していた。 敬虔なクリスチャンでありながら「俺は千一屋だ。千に一つしか本当のことは言わない」と
豪語する詐欺師にして、女性や老人を含む5人の人間を殺した連続殺人犯。延べ12万人に及ぶ警察の捜査網をかいくぐり、
78日間逃亡したが、昭和39年に熊本で逮捕され、43歳で処刑された。≫ である。
 この「復讐は神に預けて神の裁きにまかせること」の意味を知って以来、怒り心頭になると、この言葉を呪文のように唱え、
気持ちを収めてきた。逆に、私の逆鱗で多くの人の心を傷をつけてきたが、それ故に何倍も返り矢で傷ついてきた。その時も、
この言葉の意味を痛いほど実感した。年齢を重ねるにつれ、この言葉の重みを感じている。 要は因果応報で、報いは一番、
当人が受けているから、あえて怒りの感情に支配されることもない。怒りの感情は、相手を毒する以上に自分を害する。
復讐となれば更に毒が自分に向かう。とはいえ、家族が殺されたり、致命的な裏切りの怒りは癒しのしようがない。
この言葉を唱えるしかないことになる。 逆に祝福を積み続けた人に神は幸運を与える。「積善の家に福来る」である。
しかし、この言葉こそ、ニーチェは弱者の怨念の原因となるという。領土を奪われた国民が『復讐するは我にあり』と信じ、
他力に頼ろうというしたら、国は滅びる。人を恨めば穴二つ、という格言があるが、復讐は長期的潮漬けにするしかない。
「江戸の仇を長崎で討つ」ということ。グローバル化は弱肉強食の世界になっていく。怨念が世界に満ちることになる。
 ・・・・・・
3815, 哲学人 ー⑨
2011年09月05日(月)
                     ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
  * ー経験の裏側には、常識ではまったく感知できない真理と現実が数多くあるー
 人生の比較的前半で、経験、そして現象の裏側に一般では感知できない真理と現実があることを、垣間見てきたつもり。
 私たちは表側の一部だけの事象を見て判断している。知りえる範囲でしか見えない。旧約聖書の世界の創世の物語は7千~8千年前。
 当時は、そこまでしか想像が出来なかったのである。それも我々が住む地球が球形で、宇宙に無限に近い星があることも分るはずがない。 
 現在の我々は、現象の中にある真実を知ろうともしないで日常を流れている。 その範囲のイメージ内でしか生きるしかないのである。
  以下の部分が、その辺のことを明快に表現している。
【 現代科学によって明らかにされつつあるように、日常の世界における、そのときどきの経験の裏側には、常識ではまったく感知できない
 真理と現実が数多くある。 それはしばしば人を愕然とさせるうえに、直観に反したものであることが少なくなく、真実であると
 わかったところで、とうてい納得できない場合もある。  例を挙げると、
・私たちの周囲にあるどの物体も、分子と原子から成立しており、その原子を構成する素粒子の一部は不規則に運動している。これらは
 すべてエネルギーに変換可能なのだが(あらゆる物体は力に満ちた空間である)、こうしたことは常識的なものの見方とは全く相容れない。
・私たちのまわりの空気は、テレビやラジオの微量の電波など、情報を運ぷ見えない波動に溢れており、
 そのほかにも数々の分析可能の属性を有している、という事実にしても同様である。 
・私たちは巨大な球体の表面で暮らしており、その球が表面上では時速千六百キロで自転していると同時に、空間を驀進しているといった、
 ごく基本的な事柄でさえ、(私としてはどうしても言っておきたいのだが、猛烈に)直観に反しており、真理であるとわかっていても
 見たり触れたりすることはできない。この事実はあまりに常識はずれであるため、これを最初に発表した人々は、いまからほんの
 数百年前のことだというのに、ふざけた空想家か危険な嘘つきとして糾弾され、そんな途方もない嘘を人々が信じたとしたら、
 あらゆる真の宗教と(それゆえ)真の道徳にとって害になると非難されたほどである。
このように、常識は私たちの置かれている状況を適切に解き明かすどころか忠実に説明してくれそうもないということを、
私たちは事実として知っている。さらに、特殊および一般相対性理論によって明らかになったもろもろのことや、量子物理学によって
明らかになったもろもろのことが示しているように、私たちがじかに触れている物理的環境は、近年まで人間には想像もつかなかったほど
奇怪であり、あまりに常識とかけ離れているため、どれだけ聡明な研究者だろうと、こうした問題を理解するのは至難のわざ。
このような状況のなかで常識的な世界観の擁護を試みても、やる前から結果はわかっている。この試みはきわめて想像力を欠いた
アナクロニズムと蒙昧主義にほかならない。それは最も粗悪な時代錯誤なのである。 なるべく失礼にならないよう控えめに述べるなら、
常識的な世界観は思慮の浅い人々の形而上学にはなりうるだろう。ラッセルは、それを「野蛮人の形而上学」と呼んだ。ラッセルの言葉で
私が何よりも頻繁に引用してきたものは、つぎに挙げる『哲学の諸問題』(『哲学入門』社会思想社)の一節の最後の文である。
「……そうなると常識はも、もう役に立たなくなり、私たちは物理的対象の本性について、五里霧中におちいりざるをえない。
そこで物理的対象を正当な理由で心的なものとみなせるとしたら、ただ奇妙に思われるというだけでそういう説を否定することは
正しいはずがない。物理的対象に関する真理は、奇妙であらざるをえない」 】
 ▼ 歳を重ねると、軽くなっていくか、重くなっていくかである。私の知る限り、教養を積んできた人ほど軽くなっていく。 
  生きてきた月日の出来事が所詮は粟粒、チリの様に消え去っていく事象でしかなかったことを知っているからである。
 ・・・・・・・
3450 秘・異郷の旅、よもやま話 -7
2010年09月05日(日)
 * アフリカに魅せられて
 私がアフリカに興味を持ったのは、私の高校時代の友人がケニアのサファリから帰ってきて、
その写真を見せてもらったことに始る。100枚以上の、ライオンや象、ヌー、そしてチーターの写真が数多くあった。
それだけの写真が、その男が実際に写真に撮ってきた事実が受け止められないのである。
そこには、バルーンから動物を撮った写真もあった。 なんで一回のツアーで、これだけ多くの写真が撮れるのだろか?
実際に彼が撮った写真だろうか? 狐に摘まれる感覚であった。 どれもこれも、これまで見たことのない活き活きした
野生動物のエネルギーが写真から溢れ出ていた。丁度、カナダのロッキーに行って、大自然に魅せられたばかり。
なら、アフリカの大地と、野生動物が次のターゲットとして良いだろうと考えた。 
しかし、17〜8年前にケニアのサファリというと、大きな抵抗感がある。
とはいえ、あの写真を見せられた上には、行かない訳にはいかない。そして、初めてケニアのマサイマラの平原にサファリカーで
乗り入れたのである。 平原をしばらく走っていると、遥か彼方に、動物が走っているのが見えてきた。事前知識は全くないので、
期間中にせいぜい数匹のライオンか、シマウマを見れれば儲けもので、テレビで撮影された動物は、普通は見れないものと、
信じきっていた。それが、シマウマが走っているのである。そして、その後は、次々と、ヌー、ガゼルの姿を見ることができるのである。
現地のドライバーが、無線とか、行きあう仲間同士で、何処にライオンの群れがいるとか、チーターがいるかを連絡しあっている。
そして、夕刻に像の20頭位の群れが一列になり寝ぐらに帰っていくのに出くわした。 夕陽の中に、黙々と隊列を組んで進む姿が
何とも絵になっている。そして、翌朝は、早朝サファリである。この時の参加者が4名に添乗員が一人。我われ夫婦に、
40歳ぐらいの中年の男の一人参加が、二人のため、ペースは我われ夫婦になってしまう。 これほど、都合の良いサファリのツアーは
今だかってない。どの場面をとっても、強烈な印象が残っている。 最初のサファリは、誰にとっても、そうらしい。
 ・・・・・・・・
075, 父は疲れてしまったのです!
 2009年09月05日(土)
 * 民主308議席の衝撃 ー朝日新聞ーオピニオン高橋源一郎 9月4日
 朝日新聞のオピニオンのコーナーの高橋源一郎の「父は疲れてしまった」の例えが言い得て妙。
  ー概略とは
《 今回の政権交代は、自民党が古いタイプの家父長で、国民がその「妻」、民主党が自民党から生まれた「子」
と考えとわかりやすい。 要するに「熟年離婚」なんですね。「妻」である国民は、「夫」の自民党に何度も裏切られても、
なかなか別れることができない。 離婚など出来ないと思い込んでいたからです。「夫」も、浮気をしても喧嘩をしても
「妻」は自分のいうことを聞く、過半数は取れると思い込んでいた。両者とも「離婚」という発想がなかった。
でも、05年の選挙で、投票で政治が変えられると気づいてしまった。それなのに定年に近づいた「夫」がまだ威張っている。
そこで「妻」は離婚届を突きつけた。 一方で自民党も、実は離婚を無意識で望んでいた?。 一種の自殺願望。
小泉が自民をぶっ壊すといい、安部、福田の二代の総理が政権を投げ出した。 もう死にたいという自殺願望である。
半世紀以上も政権にいたことで金属疲労を起こし、当人たちは、もうやめたいと思うようになった。
国民は「戦後」的な関心を失っているのに、自民党だけが旧言語で話している。
彼等はそのことを体感としてわかっていても、あまりにずれていて、自分ではどうしようもない。
「子」である民主党は、自民党から脱皮した形で生まれた政党。だから、いち早く「戦後」から脱皮できたのです。
自民党の大物議員に「小沢チルドレン」の女性をぶつけたのは、「家父長的な老人と若い自立した女性の戦い」
という構図を見せつけたかったからです。 民主党は、この選挙が過去と現在の戦いということを知っていた。
「いま」や「変化」を掲げて、「現在」という時空間に適応したからこそ、大勝できたのです。
自民と民主党は、いわば違う時空間に存在している、だから、「現在」の中での価値の争いとはなりにくい。
恐らく、自民はこのまま自壊していくんじゃないか。 民主党は、自民党という「父」を敵にすることで結束してきた。 
一度「父殺し」が成功してしまえば、兄弟げんかが始まり、分裂しかけない。それをどう防ぐかが大きな課題になる。》
 = 作家とはいえ、全く上手い例えを思いつくもの。ギリシャ神話のオディプスの父殺しを、持ち出すとは。
このように一度、殺されてしまえば、父への思いは何だったのか?、ということになる。
森、安部、福田、山崎拓などの権威が元に戻ることは無い。 「自民党パージ」である。
社会党の残党が隠れ住んでいるが、これらも森、山崎拓と同じ穴の狢。 
一度、分裂した後に再編成のプロセスが必定だが、少し勝ちすぎたのが時期を遅らせてしまう。
 自民党という父は疲れただけでない、殺されてしまったのである。困ったのは、本人たちが解ってないこと。
 ・・・・・・・・・・
2710, 今東光の話題
 2008年09月05日(金)
 以前に、今東光の毒舌の味と凄みについて書いてある本を紹介したが、インターネット上の検索で見つけた
「極道辻説法」の一部抜粋してみる。自分の年齢が、この人物の年齢に近づき、若い人に対する視点が似てきたのに
驚いているが、今東光の足元すら届いていない己との距離も見えてくる。
今の時代が、この馬鹿な質問者よりもレベルが下になっているのか?。
彼が現代の日本に対して曰うとしたら、こんなものだろう!
「この馬鹿野郎!手前ら、ここまで成り下がったのか、エエ〜! アメ公の毒饅頭をまだ食べてんのかよ〜!
ブチ殺すぞ、この野郎。 頭と尻尾から腐るというが、あのパンダのようなキャスター上がりのようなオナゴが
次の首相に立候補だと、何をぬかしあがるか。馬鹿野郎! 面を見な、面構えがなってないじゃねえかよ、わかんねえのか!
程度の低い二代目が続けて首相だと、あいつらに国家が任せるしかない、日本がよ哀れでしか思えね〜よ。たくも〜!
どれもこれも腑抜けた奴ばかりじゃねえかよ、あの中曽根も、まだ生きてやがる!それもしたり顔をしてよう。
今度は、吉田茂の孫かよ、そして何をするかとみたら、またバラマキかよ。なんなもの。
一度な〜、明治維新のことを考えてみなよ。 今の日本の危機は、あんなものじゃねえんだ。解ってんか!」
大体こんなものか。 今度、今東光を私の脳に呼び寄せて娑婆批判をしてみる。「今東光語る」とかいうシリーズで!
  (字数制限のためカット 2013年9月5日)
 ・・・・・・・・・・
2007年09月05日(水)
 2346.エーゲ 永遠回帰の海ー2
この本を読むまでエーゲ海の周辺に無数の遺跡があることを全く知らなかった。
ギリシャ本土はもとより、エーゲ海に点在する島々に、そして対岸のトルコのアナトリア地方に数知れないほどの遺跡がある。
素晴らしい神殿があっても、その由来が全く解らないために、神殿A,B,C,Dなど記号で呼ばれているものもある。
序章の中で、シチリアのセリヌンテ神殿群を訪れた時のことを、以下のように書いている。「なぜそんなにまでして
遺跡を見て歩いたのかと問われると答えるのは簡単でない。ほんものの遺跡と自分自身で出会った事のない人に
その理由を説明するのは、ほとんど不可能に近い。」
「遺跡=滅びた跡。そこに必ず、繁栄と栄華ののち、その時代の大戦に敗北して破壊され滅亡した都市の歴史が刻まれてる」
「知識としての歴史はフェイクである。学校の教壇で教えられた歴史。
歴史書の中の歴史。歴史家の説く歴史。記録や資料の中に遺されている歴史。
それらはすべてフェイクである。最も正統な歴史は、記録されざる歴史、
語られざる歴史、後世の人が何も知らない歴史なのではあるまいか。」
「いま自分の前にあるこれらの神殿。これだけの見事な神殿が、これだけ立派に保存されているのに、
この神殿がいかなる神殿であったか、誰も知らないのだ。記録された歴史などというものは、記録されなかった
現実の総体にくらべたら、宇宙の総体と比較した針先ほどに微小なものだろう。
宇宙の大部分が虚無の中に呑みこまれてあるように、歴史の大部分もまた虚無の中に呑みこまれてある。」
「時間は一つの方向に不可逆的に流れるものではない。円環をなしているのだ。
時が円環であるなら、初めもなければ終わりもない。過去は同時に未来で、未来は同時に過去である。
現在は永遠に過ぎ去りゆく一瞬ではなく、永遠そのものである。
現在はすでに過去に無限回くり返されたことがあり、未来においても無限回くり返される。
人はまさにこの現在の一瞬において、過ぎ去りゆく時を生きているのではなく、永遠を生きている。」
人気(ひとけ)のない海岸にある遺跡で、黙ってしばらく海を眺めていると、
これが永遠なのだということが疑問の余地なく見えてくるような気がするという。
他にも、シチリアのセリアンテ神殿群、トルコのペルガモンの大劇場、ディディマのアポロン神殿、
エフェソスの大劇場・アルテミス像、聖山アトス、リキアのサルコファガス、ヒエラポリスのネクロポスなどがある。
・・・・・・・
2006年09月05日(火)
 1981, 歩行とダンスー2
(字数制限のためカット、以降は、ブログーバードウォッチにコピーしておきます)


4554, 横尾忠則の老人論

2013年09月04日(水)

                      「猫背の目線」横尾 忠則 (著)
  横尾の戒老録だからこそ、風がわりで面白い。「猫背の目線」とは「老人のものの見方」という意味である。
 私より10歳年上で三年前に初版が書かれており、古希越えの経験が書いてある。再来年に古希越えの私に丁度良い老人論。   
    ーアマゾン内容紹介ーより
 ☆ 体の声を無視した結果がストレスを起こす。老年を迎えた猫好きのアーティストは、嫌なことはせず、
  好きなことだけをして生きる。少し日常の目線をずらしてみれば、あなたも今日からできること。最新エッセイ集!
 ☆ 古稀を迎えた猫好きの芸術家は考えた。「忙しいのは他人の時間に振り回されるから」「病気自慢が体を浄化する」
 「努力は運命の付録のようなもの」―老年が人生を仕上げる時期ならば、ひとつ人生を遊んでやろう、遅ればせながら
  隠居を実行しよう。自然に、創造的に生きたい老若男女必読。
 ー アマゾンのレビューの内容がよい! 出版社か、筆者自身?の書き込みと疑いたくなるほど、である。
《 「今まで芸術と生活を二つに分けて、芸術に集中さえしていれば生活を疎かにしたってどうってことないと考え、
 全てを芸術論でかためてしまう人生観を送ってしまったところがあった。芸術は芸術の中でのみ完結するという錯覚は、
完全に幻想だったことが理解できた気がする」 この言葉が核心といっていいだろう。
 若い頃から、ナルシシストで自意識過剰の横尾は、75歳になる今年も、そこから抜けるために未だ苦労しているようだ。
自意識過剰から抜けるための試みの一つが、全国あちこちでやっている公開制作である。 公開制作について横尾は
「(公開制作を行っていると)無私になる。不思議なことに雑念が去来しなくなる。『私』の意識が薄れる」とここで語る。
この公開制作時のテーマは「T字路」である。 なぜT字路なのか?それは62,3歳の頃に10年ぶりに帰った故郷の西脇で、
子供の頃に良く通った、T字路に建つ模型屋が奥の壁を残して、あとは見る影もなくなっている姿に、膝が崩れ落ちるような
衝撃を感じ、そのT字路を描くことでノスタルジーをもった「個人」から自由になり「普遍的な個」と感じるからだそうである。
横尾は幼児の頃に叔父の家に養子に入り、溺愛されて育った。彼にとって過去の記憶はすべてよきもの、と言っていいだろう。
決して忘れたい過去に苦しむ人間ではないのである。芸術と生活は別、と考えて60代にまで至ったこと自体にに驚くが、
同じくナルシシストで、「芸術と日常生活は別」と同じことを言っていた三島由紀夫に傾倒し多大な感化を受けていたことを
考えると、不思議ではないのかも知れない。》
 ▼ 横尾は、「隠居は、嫌なことをしない、好きなことだけをする生き方らしい」と、述べている。
  それからすれば、昔から隠居ということになる。目先、不自由でない位の金と、有り余る時間が人生を通してあった。
 足らなかったのは、それを使うほどの能力。 事業人生の結果は、自己精算に近い事業整理で終わったが、充実感が残った。
 それは、有り余る自由な時間に恵まれていて、事業も生活も趣味も楽しんだ手応えが残っているから。そう思うしかないが・・
・・・・・・
4179, プライドと自尊心と虚栄心
2012年09月04日(火)
 * 「プライドが高い」「誇り高い」「自尊心が高い」の違いは?
言葉のイメージとしては良い順に ・自尊心がある ・誇り高い ・プライドが高い になる
 ー 哲学者の池田昌子は、このへんのことを解りやすく説いている。 (ー14歳からの哲学ーより)
≪「自尊心がある」はプラスを含んだ言葉で、「プライドが高い」は自分の弱さをカバーするための防御する気持ちである。
自分がしていることを自覚できるのは、それについて考えられる精神を所有している人間だけ。精神は自分を自覚する。
精神としての自分を自覚する。そこで精神にとって精神よりも大事なものはないと知る。なぜなら、精神としての自分にとって
何が大事かを考えることを知ることができるのが、まさに精神だからだ。自分を大事にするとは、つまり精神を大事にすることである。
「自尊心」とは、自分を尊ぶ、自分を愛するということの、本当の意味がこれだ。自尊心を持つことと、プライドがあるということは、
間違いやすい。誰も自分が大事で、プライドがあると思っていれば、他人に侮辱されても腹が立たないはずだ。なぜなら、自分で
自分の価値を知っているなら、他人の評価は気にならないはず。もし腹が立つなら、自分の価値より他人評価を価値としているからだ。
それは自尊心でなく、虚栄心だということになる。≫
▼ 自尊心は『本当に自分を尊く思える心』。プライドとは全く違う。人から否定的な事を言われたり、弱い自分がさらけ出されても
 自尊心が高ければ、心は揺らがない。自尊心が低いと、他人の評価を気にしてプライドと言う虚勢で弱い自分をカバーする。
 プライドの高さは虚勢の高さに他ならない。自分を尊び、価値ある存在と信じる自尊心とは違う。そのため自尊心の低い人ほど
 プライドが高くなる。年齢をかさねるにつれ、それが小さくはなるが、女子と小人は、その壁がますます高くなっていく。
 誇り高いというのはプライドと意味は似ているが、虚勢の高さはプライドほど高くはない。自尊心とは自分に自信があって生まれる。
 プライドは、自信がないための防御の柵をいう。無知蒙昧のカラ元気。 居るよ、こういう人!地頭が悪いというか、底がない? 
 何か、自分のこと?と思い知る。プライドも自尊心もズタズタ?が現在の私だが、ことの本質(世界恐慌)をみれば極当然のこと??
 と、プライドの心が囁き出す。そして、そのプライドの壁の上から、そこに来ている恐慌の大津波を眺めている日々というこか。 
 ・・・・・・
3814, リタイヤの生活は退屈か?
2011年09月04日(日)
 良かったのか悪かったのか、10代半ばから常に受験、就職、事業などで、常に追い立てられて生きてきた。 
しかし思いもよらずに? ここで追い立てられてきた人生から50数年ぶりに解放された! のが、現在である。 
その前のイメージは、本音でいえば味も素っ気もないのでは? と思っていた。
しかし、その立場になって分かったことは、「それはそれなりに充実している」ことである。
 10年かけてネットに重心を移動していたこともあって、気持ちに余裕がなければ、こうはいかないのだろう。
事業の結果がこうとしても、これだけ世界規模の経済震災や自然災害が次々と生じれば、諦めもつくもの。
現在の状態を抵抗なく受け入れている自分に驚いている。 逆に、何だったのか、この10年は?と、疑問も生じてくる。
止めようもない右下がりの落ち込みに、対処療法しか手の打ちようがない日々も辛いもの。6年前に大手銀行からの
会社売却の話があったが、これは「生きたまま銀行系列のホテルに、ただ同然に持っていかれるレベル」の案件。
あれから6年間も持続した分、実質な回収とも解釈ができる。 反面、倒産は避けられたかもしれない。
それに関しても後悔は全くない。 目先の資金繰りの綱渡りは、事業人生で一度も経験したことはなかった。 
半年後には給料、退職金の大部分も、取引先の支払いも、(資金繰り表から逆算して)不能になるのがハッキリしていた。
そのため目先資金の余裕のあるうちにと、会計事務所、弁護士、私と役員で相談の上に、少し早目の整理に入った。
それが打撃を最小限で終わらせたことになる。 そうはいっても会社の死は、そう生易しくはない。 
 当分はiPadに集中。 最適なアプリを画面上に配置することと、新しい何かにチャレンジすることである。 
10数年前に亡くなった母親の老後の様々なチャレンジを身近にみていた。その辺にヒントが隠されているようだ。 
「良い人生、悪い人生ではなく、充実している人生」がキーワードになる。
 ・・・・・・・・
3449 秘・異郷の旅、よもやま話 -6
2010年09月04日(土)
  *初めて経験した大自然の懐
 広大な大自然に初めて唖然としたのが、カナダのロッキーの懐に入って時である。トロントと、ナイアガラの滝をみた後に
ロッキーを巡るコースのため、その途上のバスの中で寝入ってしまった。そして目を開けると、何かこれまで見たことのない
山々と渓谷が続いている。「これは、まだ夢の中。それにしても、リアルな夢じゃないか」と思っていた。しばらくして、
これが夢ではない現実に気づいた。これは何処かの星の異次元の世界としか考えられなった。
(その後、これと同じような異次元の世界を数多く見ることになった) そして、次から次へと想像を遥かに超えた光景が、これでもか、
というほど現われてきたのである。 「これまでの人生と、これからの人生という境になるほど、この感動は大きい」という言葉が、
溢れ出てきた。これをキッカケに大自然に魅せられ、世界の秘境・異郷の大自然の世界に引き寄せられるようになった。
 大自然には、
・「山脈」「湖」「滝」「川」「氷河」「密林」といった山脈系
・「海・海岸線・島」「クルージング」という海系
・そして「平原・草原」「サファリ」「砂漠」の平原系がある。
 目的別に分けると、リゾート、探検、遺跡探索などの知識収集、そして祭りなど、分かれる。
 どれが一番というのは一概にはいえない。どれもこれも、素晴らしいとしかいえない。
 ・・・・・・・
3074,立花隆の緊急寄稿ー「自民党の破滅」
 2009年09月04日(金)
 週刊誌は図書館か昼飯時の喫茶店以外は読まないが、週刊文春の新聞広告が面白そうなので買って読んでみた。
 特に立花隆の緊急寄稿「自民党の破滅」に興味があった。 
 副題が「小選挙区制度の罠」で、民主308議席、自民党119議席の結果について書いている。 
  ーその概要といえばー
「日本はいつから「政権交代」を叫ぶだけのドブ板選挙で大勝できる、貧しい政治文化の国になってしまったのか。
 ぶっ壊されたつつあるのは自民党だけでない。日本国そのものなのだ。」というのが主旨である。 
小選挙区制度にしたことと、派閥を無くしたことが大きい。そのために都(県)議会並みの小さな選挙区では
ドブ板選挙活動を基礎にするかどうかで勝負が決まる。その結果、そこで育つ政治家のスケールが小さくなってしまう。
小選挙区制度になってから出てくる国会議員の人間的スケールが都議会議員並み。 国会議員レベルで、
国政を安心して任せる人格識見の持ち主が殆ど見られない。 これまでの中選挙区制度では、派閥があり、
そこで政治家を大きく育てるパドックの役割があった。 そこで政策力、リーダーシップ、そして政治家として
の日常のふるまい方を学んだ。自民党の中で、派閥の領袖は自派には総理総裁候補が多くいると自慢できた。
それが自民だけでなく民主党も、人材が払拭してしまった。
 自民党が「責任力」をスローガンにしたのは呆れるしかない。 せっかく総理大臣になったのに、その職責を
充分に果たせずに任期途中で政権を放り出すことを二度三度も続けた政党は、無責任の極地にあるというべきだ。
こういう中で、GDPの170パーセントの長期債務をいったいどうするのか。 両党とも、これをどうするか、
一回も真剣な議論が聞こえてこない。 小泉は「自民党をぶっこわす」と宣言して、伝統的な集票システムなど様々な
システムを壊したが、それが遠因で自民党の大敗につながった。 選挙の当座だけ尤もらしいことを並べ立てて、
あとはTVを通じてプロパガンスを並び立ててしまえば、大勝を博すことが可能というのを05年の小泉郵政選挙が示した。
今回の選挙も大して変わらないのではないか。最大の心配なことは、自民党の「ぶっこわれる過程」に巻き込まれる形で、
「日本のぶっこわれ過程」がはじまってしまったのではないか、ということだ。
民主党を含む日本の野党には、口先だけの尤もらしいことの経験があっても、責任政党として国政を担ったことはない。
その経験が無いことを自覚して、一歩一歩を薄氷を踏む思いでいかないと、日本を本当に破滅させてしまう可能性がある。
 −−
 以上だが、自民党も一度政権を離れてしまえば、「何で、こんな党に政権を預けていた愚かさ」に国民は心底から
気づくことになった。そうこう考えると、政界再編成は近い将来必ず起こる。もちろん自民党は解党をしてだが。
民主が政権を取ったところで、800兆の借金が消えるわけでない。ますます、借金が増えるのではなかろうか!
・・・・・・・・・
2709, アメリカのコーヒー戦争
 2008年09月04日(木)
不景気が外食産業を直撃している。アメリカではスターバックスが苦戦している一方、マクドナルドが好調という。
数年前までは、マクドナルドのコーヒーは不味くて飲めたものではなかったが、最近は格段と美味しくなった。
スターバックスのコーヒーが4杯ドルに対して、マクドナルドが1ドルと4倍も違う。そのため不景気とガソリンの高騰で、
コーヒー好きのアメリカ人は低価格のMcにながれているようだ。二年前の株価を見ると両者とも35ドルと拮抗していたが、
現在ではスターバックスは、その半値、Mcは2倍になり、4倍の開きが出来てしまった。 
皮肉なことに、売価が逆の倍率になってしまった。4倍といえば、味が大して変わらなければ、Mcに流れるのは当然のこと。
そこでMcは低プライスのコーヒー専門店チェーンにも乗り出した。日本国内でも、不況の煽りで、スターバックスと
ドトールも売り上げが前年割れをしており、それに対しMcは売り上げを伸ばしている。通勤途中の長岡駅周辺にスターバックス、
Mc、Uccコーヒー、ドトールがあるが、 最近、Mcとドトールには客が多く、コーヒーの値段が400円以上のUccと、
スターバックスは客が少ない。 また新潟駅と長岡駅にパンとコーヒーに絞ったカフェテラスがあるが、両者とも好調。
この20年来、個人経営の喫茶店がほぼ消滅した。ところが新潟の事務所の真前にコーヒー専門店が二年前にできた。
それ以来、週に1〜2度はランチを食べに行くが、基本に忠実なコーヒーを出してくれる。
コーヒーは、良い豆を使って、基本に忠実に出し続けることが要求される。その維持がなかなか難しい。
この不景気の中、身近なランチや、コーヒーから節約をするもの、安いコーヒーに流れるのも仕方ない。
自動のコーヒー販売機のコーヒーがプロ並みに美味しいのに行き当たった。コインを入れてから、コーヒーを炒って出す?ので、
時間が4分ほどかかる。月に一度新潟駅の至近距離にある専門店ビルの地下のイオン内にあるカフェテラスの自動販売の
カプチーノが美味い。月に一度は行ってパンとコーヒーを飲んでいるが、目当てはカプチーノである。Sサイズで150円、
Lサイズで200円だが、充分満足できる昨夜のニュースで、昼飯に弁当持参が復活していると報じていた。
何か、身につまされる思いである。でも、暗い感じでないのが救いであるが・・・
・・・・・・・・
2007年09月04日 
「エーゲ 永遠回帰の海」 −1          −読書日記
  * 作者: 須田 慎太郎, 立花 隆 情報社
ポルトガルか、秋の紅葉のカナダか迷っていた時に、この本を読んで、今年の旅はギリシャ・エーゲ海の旅を思いたった。
(次男が「ギリシャに行って良かった」と言っていたのもあるが・・)面白いもので、いざ決定すると、写真も文章が
違ってみえてくる。 三日間のエーゲ海のグルージングとギリシャ本土の遺跡をまわると、また違って見えてくるが、
それもまた楽しみである。世界の遺跡の主だったところを見てきたが、遺跡の真只中に立つと何とも不思議な感覚になる。
数千年前に住んでいた人たちの気配を感じるのである。生活の跡に立っているのだから、当たり前といえば当たり前だが。
初めにハッとしたのはエジプトの遺跡群をまわった時である。行く先々、感動と驚きの連続であった。
遺跡を造った皇帝の意志と、当時の人達の息づかいが伝わってくる。生々しいのが2000年前に一瞬のうちに埋没した
イタリアのポンペイの遺跡。火山灰がパッケージになったため、殆ど完全に近い形で街と、店舗と、住宅がそのまま残っていた。
また死者の体を包んだ灰の中が空洞で残っていて、そこに石膏を入れた「人間の型」が気味が悪いほどリアルに並んでいた。
そこに立っていると、タイムマシーンでポイと瞬間移動してきたような気持ちになってしまうのである。
この本は立花隆と写真家の須田慎太郎が、1982年に40日かけて行ったギリシア、トルコ取材をもとに出来た本である。
(出版までに20年以上を要した理由については本書にその経緯が記載されている。)写真家の須田氏の美しい写真と、
立花氏の紀行文がなかなかよい。ゼウスと人間の女の混血児であるディオニュソスの不完全な不死性と、イエスの復活神話や
「一粒の麦もし死なば」という教えとの相似性。 アジアの地母神信仰がギリシアのアルテミス信仰に変容し、それが
さらにキリスト教のマリア信仰に姿を変えたこと。新約聖書「ヨハネ福音書」の「初めに言(ロゴス)があった。
言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。」
というくだりが、新プラトン主義哲学のロゴス論を下敷きに書かれたことなど・・。ギリシアの神々は、一神教である
キリスト教の成立や普及過程において、形を変えてしぶとく生き残っていったということが、この本を読むとよく分かる。
・・・・・
2006年09月04日(月)
1980, ある首斬り役人の日記 −2  \(^▽^*)おはよう         
               −読書日記
 HPで「首切り」と検索したら、イラクの首切りの生々しい映像が出てきたのには驚いた。
 さすがに首切りの場面は見なかったが・・ 更に、次の内容があった。 
  ー日本の首切り役人のことを書いた内容であろう。
罪を犯したある男が首切り役人に首を刎ねられる羽目になった。この男は最後の最後まで抵抗し、たとえ首を切り落とされても
執念でお前を末代まで恨んで、祟ってやると罵った。首切り役人は「そう思うのなら切り落とされた首で自分の草履をくわえてみよ。
(字数制限のためカット 2013年9月4日)

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]