堀井On-Line



4414, ボストン爆弾テロについて

2013年04月17日(水)

  * この結末は、どうなる? 
 ボストン爆発テロ、北朝鮮の関与を誰もが思い浮かべただろう。
アメリカの反政府の団体という仮説も立つが、平城でマラソンが行われた直後、ボストンのゴールのカメラの多い中で、
二つも爆発させたのは脅しの効果として抜群。他に二つの爆弾が発見されたというから、明らかに何かの警告。
 刑事ドラマのシリーズ「相棒」で、東京マラソンを狙った爆弾テロを阻止するストーリーがあったが、手口は同じ。
とすると近くの国の??と連想するのは私だけでないはず。 ボストンマラソンといえば、世界で有数の権威ある大会。
そのゴールを狙うとは大胆。それもケリー国務大臣の因縁あるボストンで・・ ミサイル実験の前のデモンストレーション、
としては危険すぎる? 今のところ、誰も北の関与を口に出さない。だから恐ろしい。タイミングからして確率は高い。
アメリカが黙って見過ごすか、全面戦争の切り口になるか? 関与していなければ、北朝鮮は震え上がっているはず。 
これだけ全面戦争と騒いでいた最中、タイミングが合いすぎ。 覚悟があってだろうがまずは、この数日が境目だが、
数ヶ月後には、全面戦争?が現実味を帯びてきた。まさかと思っていたが、やはり! その最中、ミサイル発射実験、
やるか、やらないか、見もの。 これで軍事的に一触即発になった。 しかしアメリカも軍事産業立国の要素が強く、
得体の知れない国家。さらにシリアもイランも、アメリカの矛先を北に向けたい思惑もある。またCIAが北の仕業にした
先制攻撃の口実作りも考えられるし、アルカイダがビンラディン殺害の復讐のため、北朝鮮と見せかけ、全面戦争の
‘けしかけ’の可能性もある。どの切り口も前面戦争の方向。その最中のシナリオ、あの坊やの考えそうなこと。危ない!
アメリカは金がない、中国も新体制が整ってない、欧州危機は深刻だし、日本は衰弱。 最初のブラックスワンは何から?
・・・・・・
4040, 汚れつちまつた悲しみに ー3
2012年04月17日(火)
 7年前の同月同日に若い時分の挫折体験について、次のような文章が書いてあった。傍からみた現在の私は、このようだろう。
ところが今回の挫折体験の心の傷は、これほどでもない。逆にいえば、茫然自失まで至ってないためか、若さを失ったためか。
青年期の幾度の挫折体験で、よくぞ狂わなかったものと思うほど心の傷は深かったが、今回は、魂まで切っ先が届いてない。
長年の読書と、経験、人間関係の構築のベースがあったためである。 特に若い時分の挫折体験と、長年の読書の蓄積が大きい。
それとも悲しみを遥かに超えた多くの体験のためだろうか。それにしても、真似た文体としても、血だらけの挫折体験が、
そのまま出ている。書くということ、書き残した自分の文章を改めて読み返すことの意味(価値)を、この文章で知らされた。 
【 1475, 汚れつちまつた悲しみに ー2  2005年04月17日(日) 】
 「汚れつちまつた悲しみに」の「汚れ」を「倒れ(挫折)」にして、「倒れてしまった悲しみに」という詩を書いてみた。 
 昔の何度かの挫折を思い出しながら。 ー作成時、2005年4月16日 20時20分
ー倒れてしまった悲しみにー
倒れてしまった悲しみに 今日も涙の雨が降りかかる
倒れてしまった悲しみに 今日も嵐が吹き荒れる
倒れたしまった悲しみは たとえば樹氷のように突き刺さる
倒れてしまった悲しみは たとえば黒い血海のよう
倒れてしまった悲しみは たとえば虚空の空飛ぶ蜻蛉よ
倒れてしまった悲しみは あなたの愛に気づくとき
倒れてしまった悲しみは 夢みた昔を懐かしみ
倒れたしまった悲しみは 倒した人を思いだす
倒れてしまった悲しみは 光りの日々が走馬灯
倒れてしまった悲しみは 独りの自分に出会うとき
倒れてしまった悲しみは 悲しい悲しい悲しみよ 悲しい悲しい悲しみよ
倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは
 ▼ 悲しむべき時には、悲しむが良い。 本当の悲しみが出てくるのは、数年先になるのだろう。
  まだ、悲しむだけの余裕がないのかもしれない。
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3674, 自己を見つめる −2
2011年04月17日(日)
           「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
 私たちは人生の現実を経験を介して初めて知られてくる、経験をしてみなければ分からないのである。
人生は、経験を通してその深みと広さを増してくる。 自分とは、経験してきた全てである。人生は様々な過去の追憶を返し、
暖めなおすことしか、事実上何処にも存在をしない。 良質な経験の積み重ねこそ、人生を豊かに、実りあるものにする。
   ー 第一章 経験 の中より ー
  哲学者・ダガマーは経験について3つの点をしてきした。
・まず第一に、それが誰も予見できず、見通せない仕方で生じてくる点である。
 したがって、経験は常に新しさを含んでおり、経験がもたらす内実を、まったく予測することができない。
・次に第二に、そうした経験の過程は、いつも否定的過程であって、実際に経験するまでは、当の事柄を知ってなかったことを
 痛感させられるわけである。つまり私たちは、徹底的に、浅見や独断を捨て去らねばならないことを教えられる、とガダマーは断じる。
・さらに第三に、それゆえに経験とは、本質的に、辛い不快なもの、期待の幻滅を伴うものである。
 かつてギリシアの悲劇作家アイスキュロスが語ったように、人間は、「苦しみをとおして学ぶ」のである。
 それが経験ということであり、こうして初めて人間は、真の洞察と自己認識を獲得するのだ、という。 
  要するに、経験をとおして、私たちは、あらゆる予見の限界と、すべての計画の不確かさと、人間の非力さと有限性を、
 徹底的に思い知らされるわけである。 実際、こうした労苦にみちた経験を介して、私たちは、ほかならぬ自己自身の
 人生の実相のただなかに立つことになる。そしてそれ以外に、どこにも人生というものはない。 私たちは、経験において初めて、
 自己自身と宿命的に向き合うことになる。 経験のなかにこそ、自己自身があると言いうるゆえんである。
▼ 人生を振りかってみて、経験の中こそ、自分があると、つくづくと思い知る。 その境界が自分の限界であった。 
 だから迷ったら、とにかく、一歩踏み出して行動することが、自分を広く深くする。 「自分を見つめる」とは、
 自分の経験を見つめることと同じである。 経験して初めて、知るが、それは否定的過程を踏む事であり幻滅を伴なう。
  とはいえ、落語の与太郎では? 
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3309, 笑われ力  −1
2010年04月17日(土)
   「 笑われ力 」 太田 敏正 (著) 石原 壮一郎 (監修)
 図書館で、この本を見つけた時に、「面白い!」と、直ぐに借りることにした。
「自分の失敗や欠点を笑い飛ばしなさい。それで既に自分を客観的に見下ろしていることになる。」とは癒しの真髄であり、
これまで「フン、この程度モノさ!」と自分を笑い飛ばしてきた。 しかし、それを一冊の本として真正面から取組むとは。
お笑いのサンマやタモリが、この名人である。 実に上手に自分の失敗談を取上げて、周囲の共感と笑いをとる。
タモリが「電車で、もようして? 有名人なのでトイレに入りづらく、失禁直前に家にたどりついて、ホッとして、
ところが大爆音のガス一発だけ! あの1時間の苦労はなんだった? 」で、場内、爆笑だったが、「笑われ」の典型的事例。
誰も一度や二度は経験のあること?。私の知人でも、「笑われ力」を駆使して世渡りをしている人が何人かいる。実に自分の欠点、
失敗を披瀝をし、周囲の苦笑と共感を誘っている。 自分より知識や、経験の少ない人の前では可能だだろうが、同じレベル?
の人の前では、躊躇をしてしまう。 素の自分を曝け出し、相手を笑わせようというのだから、基盤がないと出来るものでない。
  まずは、アマゾンの ー内容紹介よりー ≪石原 壮一郎 ≫
≪ 「心地良い人間関係」に「笑い」が不可欠なのは言うまでもないでしょう。しかし、ウケを狙えば狙うほど、
スベりやすくなるものです。 まして、人をバカにして笑っても「心地良い人間関係」は生まれません。
そこで「笑われ力」の登場です。 笑わせようとするのではなく、笑われる意識、人をネタにするのではなく、
自分をネタにするスタンスです。 お笑い芸人のような爆発的な「笑い」が、笑わせることを目的にしているのに対し、
「笑われ力」が生む自然な「笑い」は「心地良い人間関係」を築くためのプロセスに過ぎません。
 大爆笑は不要です。 自然で心地良い「笑い」をプロデュースする方法をゆる?く紹介します。≫
▼ この本の「まえがき」の冒頭に、「いきなりですが、おめでとうございまう!あなたが、こうして『笑われ力』に出会ったことは、
 あなたの人生にとって、必ずや大きな意味を持つでしょう。きっと日ごろの行いがいい方に違いありません」とあり、最後の方には
「大人力の77パーセントは「笑われ力」でできています。 残り23パーは、さほど気にしていただく必要はありません。」とある。
 この随想日記やブログも早くいえば、「笑い」というより自嘲の披瀝である。そうでも思わないと、毎日、アクセクして書いていられない。
ある意味、癒しになっている。 読み続けている人はご存知のとおり、最後の一行に捻りを入れるようにしている。それも共感を得るような
自嘲気味の捻りで締めるように。決して、この本を読んだぞ! でなく、やっと読みおえた!という気持ちでないと続かない。
この本の内容は簡単明瞭。 嫌味なく自分をダシに笑いをとれれば、悩みや、怒り、悲しみの絶対量は激減する、ということ。
 そういえばオカマバーの方々、実にオカマの世界を自嘲気味に話し笑いをとっている。 
笑われてナンボの世界か、珍獣?の世界は。 10年以上は、行ってないが、歳のせいか気持ちが悪いが先にたつ。
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2934,世界恐慌に入って、まる7ヶ月 ー2
 2009年04月17日(金)
新潟駅前でビジネスホテルという業態モデルを経営しているために、世界恐慌の影響がストレートになる。
初めに、広告、営業活動に対して経費をつめてくる。 二時間以内の出張は日帰りである。
インターネットや携帯電話などで情報をやりとりして出張は可能な限り回数を減らすのは常道である。
最近は宿泊ネット販売が25パーセントなっている。しかも新潟では半額以下の2600〜3000円代前半は当たり前。 
当日でも3000円前半なら何時でも取れる状態だから、堪ったものではない。そういう私も、冷蔵庫や洗濯機や大型TV以外は、
電気製品、デジタル家電、書籍、健康食品、ユニクロは、ネット購入。情報は、大型店の店頭で見て、実際に買うのはネット。 
2〜3割はまちがいなく廉いからである。リーマン・ブラザーズから始った経済危機から世の中は一挙にデフレスパイラルに入った。
情報化によるフラット化で一物一価の世界になったことも、さらに輪をかけている。最低価格が実現できないところは、
即、退場をさせられてしまう。(客室は、在庫が限定されているから、まだよいが)ということは、大部分の企業は淘汰される
ことになる。 世界は5〜10年と暴風雨が吹き荒れだしたのである。日本の国力もバブル崩壊後に大きく失われてしまった。 
アメリカのように資源や軍事力や知的蓄積がないのである。この金融恐慌は近代資本主義社会の根幹を揺るがすほどの大事件。
4〜500年かけて近代社会がつくり上げてきたのはが中産階級である。その中産階級が中期・長期的に見て消滅しようと
しているというのだから、ただ事ではないのである。1990年前後にソ連と、東欧諸国の共産社会体制が消滅。
そして10年後の2001年9月11日にイスラム原理主義のアルカイダがアメリカの金融の中心のビルを二つ崩壊させ、
2千数百人の生命を奪いアフガン・イラクの戦争中に入った。そして今度は百年、数百年に一度といわれる金融恐慌である。
これは簡単に解決できるような事態ではなく5〜10年は世界中で想像を絶した多くの経済混乱が発生する。 
まさか、これほどの大事件を目撃できようとは思っていなかった。それも全ての人が直撃する惨事を・・
・・・・・・・
2570, 些細なものほど、光を放つ!と、振り返ると解る
2008年04月17日(木)
 日常のチョッとした瞬間、60年にわたる過去の些細な記憶がフラッシュのように出る。これが還暦を前後して特に多くなってきた。
人生は些細なことほど大きな意味が含まれているようである。コマーシャルではないが、「人生は、その人の選択で出来上がっている」と
実感する。一日、数万のことがフラッシュのように脳に発生するというが。 様々の経験から、自分の心の芯にとって、いやな後味に
なることはしないようにしてきた。それでも、次から次へとフラッシュが発生する。 自分の過去を冷静にみれる年月が経ったためだ。
多くの人を虐殺した政治家の内面は如何なるものだったのか。死者が纏わりついているのだろう。彼のそれは、些細なものではないからだ。
  次の文章が‘些細なものほど、光を放つ’ことを理路整然と表現している。
「哲学の教科書」中島義道著
  *些細なものほど、光を放つ      P-232
哲学者の目とは、人生の「外側」から、すなわちあたかも死者、あるいは他の天体からの飛来者のように、人間たちの営みを見る目です。 
こうした目で見続けますと、そこに面白い変化が生じてきます。 人生の大事と思われているものは取るるに足らぬように見え、
逆に取るに足らぬと思われていることが輝いて見えてくる。「死」を背景にすると、天下国家の大事ではなく些細なものこそ光を放つ。 
フランクルは強制収容所という「向う側」にいる人間の心持ちを次のように語っております。 彼の想像はいつも繰り返し過去の体験に
想いを馳せて、それに耽っているのであった。 しかしそれは過去の重大な体験ではなくて、以前の生活のごく日常的な出来事や
ささやかかな事象のまわりを彼の考えはめぐっているのであった。……市電に乗って家に向う、入口の扉を開ける、
電話が鳴る、受話器を持ち上げる、部屋の電灯のスイッチを入れるー囚人がその思い出の中でいわば撫で回して慈しむものは、
こんな一見笑うべきささやかなことであった。そして、その悩ましい思い出に感動して彼らは涙を流すこともあったのである。
強制収容所に入っていない私たちが、今この状況を腹の底から実感するのは難しいでしょうが、例えば奈良時代の
官吏の一日を文字通り再現してくれれば、どうでもよいことがわれわれには本当におもしろいことでしょう。
もし私が一時間だけ千二百五十年前の奈良の都に戻してくれるなら、東大寺や興福寺には行かずに、人がごった返す市場に
行くでしょう。 内裏の「閣議」は見物せず、一般の家庭の夕餉を見物するでしょう。・・(中略)女房が派手で困るとか、
給料が上がらないとか、子供がぐれて困っているとか、毎日の生活がしみじみと面白みを帯びてきます。
 ▼ 学生時代の日記を、ここで公開したが、私にとって、その面白みは当時の日常の風景が具体的に書いてあったことである。
 実際に読み返してみると、当時のことが昨日のように思い出される。何で、その後、思ったままのことを具体的に書いて
 なかったか後悔する。誰かに見られたら嫌だというのが、それなのだろうが。些細なことの中に光が宿っているのである。
 それは、「今日、今、ここ」しかないから。ここに永遠が存在しているから。
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2007年04月17日(火)
2205, 反時代的毒虫 ー2  才八∋ウ_〆(∀`●)
             ー読書日記ー
「反時代的毒虫」の中の ー白洲正子との対談『人の悲しみと言葉の命』ーから
車谷が『四十八瀧心中未遂』で直木賞をとったあとの「文学界」で白洲正子との対談である。
白洲をして、恐ろしい、こわい、と言わしめるのだから、驚きである!
 ーー
白洲 「私、十何年も前に見っけたんだからね」
車谷 「白洲先生からいただいたその手紙をここに持ってまいりました。
   (字数制限のためカット、2010年4月17日)
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2006年04月17日(月)
1840, ジャンケン              オハ (´・ω・`)(ω・`)!(´・ω・`)! ヨ? 
「ジャンケン」について書いてある資料は殆んどない。HPを調べても勝ち方の極意が書いてあるだけだ。
その中で、それぞれのだす確率があった。580回のうち、グウが190 、チョキが203、パアが 187 回とあった。
確率からみたらグウを出すのがよいことになるが、ほぼ同じである。もっと偏りがあると思っていたが。
図書館で何気なく立ち読みした「大切なことは60字でかける」
 ー高橋昭男著の中にジャンケンについて書いてあった。 それによると、
・ジャンケンは、江戸時代に中国から長崎に伝来 大阪を経由して江戸に伝えられた。
・江戸時代のジャンケンには色いろな方式があり、子供の遊びではなく、お座敷遊びの一種であった。
・中国では、日本と同じ方式で行っている。 世界の40ヶ国で盛んに行われている。
 ーマレーシア、パキスタン、サウジアラビア、イギリス、 フランス、ドイツ、 デンマーク、エジプト、
 アメリカ、チリなど・・ アメリカのジャンケンは日本のかけ声を英訳したもの。
この本を読むまでは、日本特有の遊びと思っていた。お座敷遊びで、野球拳とかがある。
子供の頃は何かあるとジャンケンで決めていた。そういえば、ジャンケンで勝ってハワイに行ったことがあった。
(実家の会社にいたとき、社員旅行で兄とどちらか社員旅行でハワイに責任者として行くかで)
まあ、よき時代であった。*・ω・)ノ*. バイ!      
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2005年04月17日(日)
1475, 汚れつちまつた悲しみに ー2
(以下、字数の関係でカット2,012年4月17日)
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2004年04月17日(土)
1110, 「ライフ・レッスン」ー読書日記 ?3
  第二章 愛のレッスン
・ことばで説明するのがきわめてむずかしい愛こそが、人生という経験のなかでただ一つの真実である。
(以下、字数の関係でカット2,012年4月17日)
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2003年04月17日(木)
743,『金持ち父さんの子供はみんな天才』 ー2         
ー抜粋ー6                       ー読書日記
父は話をつづけた。「天才とは、自分の中にいるランプの精を見つた人のことだ。ちょうど『千夜一夜物語』のアラジンが、
ランプの中に押し込められた精霊を見つけたように、私たちもみんな自分の中にランプの精を見つけることが出来る。
  (以下、字数の関係でカット2,008年4月17日)
・・・・・・・
2002年04月17日(水)
379,外国人犯罪
一昨日、新潟の万代の金券ショップで老夫婦の殺害があった。たまたま昨日の飲み会の1人が隣家であった。
(以下、字数の関係でカット2,013年4月17日)


4413, 早起きの話

2013年04月16日(火)

 早朝の読書習慣は事業を立ち上げた27歳の頃から現在まで40年になる。父も早寝早起きで、夜は9時前に寝ていた。
一日、二時間は読書をすると決めていた為、創業の忙しさの中で読書環境は静かな早朝しかなかった。40年にわたる早朝の
読書時間は私の独学塾。その蓄積で、もう少し読書の質が上がって良いさそうなものだが、独学もあり壁を破れなかった。
それもあって夜は9時就寝に自然となっていた。 晩酌をすることもあり就寝と同時に4〜5時間は爆睡するが、深夜1時〜
2時頃に目が覚める。その30分は頭が冴え渡る。事業で何か大きな決断をするとき、2時半を目安にして判断をする。
その後、半覚半睡の状態で二時間ほど過ごし4時〜4時半に起床、書斎に入る。そして6時頃からポタリングに出る。
早朝時間の活用をしている人は意外と少ない。時間帯として、「20対80の法則」、「6対94の法則」でいう、この時間の
読書と散歩かミニ・サイクリングは私にとって重要事項。カレルが「物理的に過ぎ行く時間の他に『内的時間』が別にある」
というが、早朝の時間は、その内的時間に入る。内的時間の芯といえば純化した心のゾーン。名著などに没我しきった時間の、
それである。 ところで日本は戦中・終戦直後まで人口の過半数以上が農林漁業に従事していた。そのため、朝早く起き、
夜早く寝る習慣になっていた。 朝の陽光が生命の源。朝の語源は、天が開いて明るくなる「明ける」からきたという説がある。
英語のモーニングもドイツ語のモルゲンも、太陽の光を思わせるイメージがある。仕事により朝方かどうかが変わってくるが。
 早起きの効果は、長年続けなければ出てこない。部屋で、土手で、早朝、独りで物思いにふける時間は至福である。
・・・・・
4039, 世界の旅行記101  ー1
2012年04月16日(月)
   ー 内容(アマゾンより)ー     「世界の旅行記101」 樺山 紘一著
 アームチェアで葉巻をくゆらせながら読むものも、通勤の電車内で文庫本に読みふけるものも、旅行記から、迫真の体験を
うけとるだろう。ときには、身にうずきを感じ誘われるかのように、みずから旅への計画にむかうこともあろう。
旅行記の効用は、じつに広く深い。ヘロドトスの「歴史」からイブンバットゥータの旅行記、ぺルリ提督日本遠征記、
はたまた永井荷風の「あめりか物語」・・ 異文化への遭遇と驚き、喜びを満載した、古今内外の代表的な旅行記101冊の
歴史的な意味と、意義、概略をコンパクトにまとめている。自宅でくつろぎながら、旅行記の魅力に浸れます。
この中から興味を持った本を図書館に行って借り、読むのも一興。
  ◎ アマゾン読者感想 
≪ 読書と旅が好きな者にとって、旅行記は興味この上なく深い。しかし、世の中には旅行記なる書物は山のように存在する。
その中からその時の関心の在処に応じて何か良いものを探し出そうとする時、手引きとなる情報があると助かる。 旅に出る時、
ガイドブックとは別にその地をめぐった先輩の書き物に教えを請おうとする時、適切な本を探索する手引きとなる情報があると助かる。
また、仕事を終えた夜のつれづれに、何か旅の本に想いをいたそうとした時に、そんな本の梗概を記した手軽な本があると愉しい。
私は、数年来、この本をそんな風に使ってきた。先日、タヒチを訪ねるにあたっては、モームやゴーギャンの作品などとともに、
ブーガンヴィル、クック、ダーウィンという探検の時代の旅行記の関係部分に目を通した。その時、この本が彼らの旅行記を推薦してくれた。
そして、私のタヒチ旅行はいっそう内容豊かになった。 この本には、紀元前から現代までの代表的旅行記が外国から日本まで101件、
原則2頁で、時に地図や写真を付けて紹介されている。各文末には、入手可能翻訳本を記している。関連年表、索引もやや詳しい。
目次は、書名のみ、著者・解題者付書名、執筆年代順書名という3種が付されている。ハンドブックとして工夫次第で利用勝手は拡がる。
旅が好きな読書子には常備して価値のある本であろう。理想を言えば、併せて、古今東西の旅行記・紀行文を網羅したリストを座右におけば、
精粗あわせて情報が得られて良いのだが・・・ ≫
 ▼ 10年ほど前に買った本だが、数編を読んだまま蔵書になっていたもの。どのページを開いても、生々しい事件に満ちている。
  編者の「旅行記は事件簿でもある」という見方こそ、面白い切り口である。旅行は事件なのである。 そこには、それぞれの人生の
  全てトラブルが現れ出ていて、生々しい記述で満ちている。それと、自分の人生の様々な場面と合わせ鏡にすると万華鏡のようである。 
  次回から、目に止まった面白い旅行記の逸話を抜粋する。
 ・・・・・・
3673, 自己を見つめる −1
2011年04月16日(土)
   「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
 ここまで人生を生きてきたら、要は「生きてきた過去をどのように受けとめるか?」になる。それは生きてきた「自己を見つめる」になる。 
その「自己とは、そもそも何か?」色々な場面で、多くの判断をし、決断をしてきた、その時々の主体が節目ときの自己になる。
それらの自己の総合体が自分になる。 先日、何気なく図書館で借りてきた10冊の本を流し読みをしていたら、
思わない拾物をしたのが、この本。 現在は、その「節目どき」。 自分を見つめ直す機会である。
   まずは、  −アマゾンの説明書きよりー
  放送大学の空前の人気授業といわれたテキストを叢書化。ニーチェやハイデッガーのことばをまじえながら、崩れ落ちそうになる
気持ちを支え引き締めてくれる。「この授業、このテキストがあったから、いまの私の人生がある」 と語りつがれる哲学の名著。 
日本を代表する哲学者が「自己」「仕事」「孤独」「世間」「運命」「不幸」など 15章のテーマで語る人生の真髄。  
  ― 次に、アマゾンの感想文の中の抜粋をコピーしてみた ―
* 「生き甲斐は、根本的に重い運命愛の意識に担われた、死場所への覚悟というものと深く関係している。
  しかし、他方では、それは、ときにはそれを忘却した、放念と遊戯と飛翔のうちで、自己の快癒を図る悦楽の解放感とも
  接続していることは確実である。この大きな振幅のなかで、私たちの生の営みは展開している」 (「生き甲斐」)
* 「愛とは……問題となっているものを、深く大切に思い、それを慈しみ、人生の大事と考えて、その尊厳を守ろうとする、
  控え目ながらも持続的で強い根源意欲ないし生命意欲に関係するものであり、また、そのことに伴うあらゆる憂いと
  悲しさの 情念のすべてであり、自己としての生きる人間の根源に関わる根本問題なのである」 (「愛」)
* 「幸福は、たいていの場合、不幸を介して、その姿を浮かび上がらせてくる失われた桃源郷である」 (「不幸」)
* 「老年になって、やっと人は、自分の人生を変えた大きな出来事が、そっと気づかないうちに、自分に忍び寄ってきて、
  自分を支配することに至ったことを理解する。自分の周りの人々が、ほんとうは何者であったかが、ようやく分かるのは、
  老年になってからである」 (「老い」)
* 「人は、多くの場合、無言のまま、誰にも相談することのできない、こうした人生の重大問題を抱えて、悩みながら生きている。
  私が、本書『自己を見つめる』において、語りかけたいと思っている読者は、そうした優しく敏感で、傷つきやすい、
  心豊かな人、慰めもなく、苦しみながら、しかし立派に生きる務めを果たそうとしている人である」  (「まえがき」より)
 [目次]  まえがき  
  第一章  経験  第二章  時間  第三章  境遇  第四章  遍歴  第五章  自己  
  第六章  生き甲斐  第七章  仕事  第八章  孤独  第九章  愛  第十章  他者  
  第十一章 世間  十二章 運命 第十三 不幸  第十四章 老い  第十五章 死
 ▼ これを図書館から借りてきて、直ぐにアマゾンで、姉妹書の「人生の哲学」と共に注文をした。老年に差し掛かってきた現在、
  自分の歩んできた人生を振り返り、己を見つめ、考える時期に来ている。 それが「節目を打つ」ことになる。
  青年期の挫折時には、これをチャンとしていたから、躓きの石を踏み台の石にすることができた? 内省も面白いものだ。
・・・・・・・
3308, 万田酵素
 2010年04月16日(金)
 新聞広告で、「万田酵素、無料キャンペーン」の見出しがあった。 前から新聞広告やドラッグストアで見かけていたが、
一万円前後。 無料キャンペーンはお試し用の6パックで1200円のもの。10日前に届いたので、試し飲みをしてみた。 
で、二日間、一パックを飲んだところ、二日酔いのような赤ら顔になった。 何かニンニクエキスを飲んで、一日中逆上せて
いるような感じ。そこで、小さなパックだが、半分にして飲んだところ、丁度良い。酵素といえば、もう25年来、玄米酵素を
飲みつづけている。これも一日一パックを飲んでいるが、続いているから身体に適応しているのだろう。
 酵素といえば新潟産業博で年一度、小さなコーナーで「酵素源」のデモ販売をしている。そこで三度ほど買ったことがある。
ただ7千円もするので、一瓶を数ヶ月かけて飲んだ。確かに身体全体に活力が出たが、電話で取り寄せるほどではなかった。
 無料の試しパックは一パック2百円と高い感がする。 しかし飲んでみると、全身から活力がみなぎ出る感じである。
通勤途上にある「マツキヨ」の健康食品のコーナーをみたら、全く同じものが一瓶9800円である。これなら少しずつ飲めば
三ヶ月は持ちそうである。 で、ネットに「格安 万田酵素」と入れたところ、何と3600円。
ネットでは、3000円半ばの販売価格に集中していたから、「マツキヨ」のバイヤーもネットでチェックしているはず。
それでも、この価格で販売しているのだから、ネットでチェックしない客を狙っているのか。ネットの世界=情報化は、
ドラックストアさえ中抜きにしてしまう。 バイアグラとしても、使える?代物。 バイアグラ以外では、これが一番? 
   今さら、大して用がないか!
・・・・・・・
2933,世界恐慌に入って、まる7ヶ月 ー1
 2009年04月16日(木)
去年9月15日のリーマン・ブラザーズ破綻から、まる7ヶ月経った。その間に金融恐慌関係の経済雑誌の特集や著書を、
多く読んできた。楽観論から悲観論まで様々あるが、当然のことながら悲観論が主である。
当初は、「50~100年に一度の金融恐慌」といっていたが、何時の間にか50が消えて、「100年に一度の経済危機」という言葉が
定着したきた。1930年代の世界恐慌より、今回は深刻という事実を時間をかけて一般に知らしめてきた。
新潟駅前の宿泊現場のセンサーからみると、全体的にみて30〜40パーセントダウン。輸出産業を中心としたメーカー関連で、
40〜50パーセントダウン、それ以外が20〜40パーセントのダウン。2001年の9・11事件の時は、三年かかって30パーセントに
ダウンしていったが、今回は2〜3ヶ月で、総じて30〜40パーセントのダウンである。 9・11の時は、金融庁の方からは、
駄目な会社は早々処理するようにというお達しが出ていたが、今回は、何とか助かるところは、潰さないようにという、
お達しが出ているという。大きな方針の転換である。実際には、現場は11月末から露骨な売り上げ減が始ってきた。
これは、どの業界も同じである。そして年を越えてから一ケ月ごとに、ジワジワと経営圧迫がきているのが現状である。
国家として3月末の大量倒産を避けることが出来たが、問題は決算が出揃う5月から6月にかけて大きな事変が続くと言われている。 
実際に数字を見ていると凍りつく思いである。当方の先期決算は恥ずかしくない数字だったが問題は、これからの経済社会の情勢。
この恐慌の大波が、まずは日本に押し寄せているが、アメリカ・中国に深刻に現れるのは、これからである。韓国・台湾
・シンガポールなどの日本の輸出比率が2倍もある国では、GDPが20パーセントダウンというから、大打撃になっている。
かなり深刻な事態が、世界各国、いや日本に出てくることを覚悟をしなければならない。この7〜8年、何とか輸出立国という
モデルで何とか、日本を牽引してきたが、そのモデルは崩壊してしまった。 どうなるのだろうか? 
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2569, 閑話小題 
 2008年04月16日(水)
 * ガソリン価格
先週、車のタイヤ交換のため新潟に来たが、見附で124円のガソリンを入れた。
そして新潟のバイパス近くのガソリンの値段を見たら120円とあった。ところが、家内の話だが長岡はセルフ以外は、
127円で統一(談合)しているのでは? 市内の何処を見ても統一は不自然だという。こんなことをしているから
消費者に嫌われるのを知らないのだ。誰も直接口には出さないが、必ず口コミで辛らつに批評されているのである。
 * 呼び込みの、その後(迷惑条例実施の、その後)
(字数制限のためカット 2012年4月16日)
 * ロシアのバレー事情の激変
(字数制限のためカット 2012年4月16日)
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2007年04月16日(月)
2204, ベトナムとインドの「交通戦争」  おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ
 ーインドの追い越しー
外国に行くと、思わない文化の違いを見ることがある。 その一つが交通事情である。。
インドの都市間をバス移動の時、対向車線の車が追い越しのため、進路から正面に向かってギリギリのところまで迫ってくる 
あわや正面衝突!と、思わず目をそむけてしまうほど危ない。彼らにとってそれが日常のため、国道沿いには数キロごとに
衝突の車を見かける。慣れていない日本人は見ていて気分が悪くなり、町から町への移動の国道では誰も前の席に座りたがらない
沢木耕太郎の「深夜特急」という本の中で、インドからパキスタンへの移動の高速バスで、その恐怖を書いていた。
実際に自分が体験をしてみて、これほど恐ろしいとは知らなかった。
それと中国のウィグル地区からパキスタンへのカラコルム・ハイウェーの断崖の砂利道の暴走運転の恐怖を思い出した。
明らかに我われ日本人をカラカッタ運転だった。その手の話題はいくらでも話題は出てくる。
 ーベトナム交通戦争ー 
ベトナムで驚くのは、そのバイクの数である。さらに驚くのは一台に乗っている人数が3人、4人、5人なのである。
警笛も鳴らしっぱなし。交通規則の信号なども殆どない。大きな交差点をバイクの群が縦横にぶつかり合っている。
よく見ていると、ギリギリのところで避けているが、よほど慣れてないと、衝突する際どさの中を運転技術で
コントロールしている。慣れない外国人は恐ろしくて運転などできない。ベトナムのオートバイは2000年で650万台、
2003年で1100万台、2006年で1700万台で、世界のオートバイ流通量の実に10パーセントをベトナムが占める。
(字数制限のためカット 2011年4月16日) 
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2006年04月16日(日)
1839, 理解する技術ー情報の本質がわかる ー1
     おはよ?!(*^ワ^*)i             ー読書日記            
ーまずは、この本の概要をアマゾンの紹介記事のコピーから?
「理解する技術」藤沢晃治、PHP新書                
 ー著者からの内容紹介ー 
携帯電話の分厚いマニュアルから必要な情報を効率よく得るには?「分かりやすい技術」の著者が、
効果的な情報収集・整理術を伝授!携帯電話などの分厚い取扱説明書は、どうやって読めばいいか?
大量の資料から要点だけをすばやくつかみ、まとめるには? 一夜漬けで試験に臨んで高得点を取るには?
インターネットの情報から、確かなものだけを収集するには? 本や雑誌から自分が必要とする情報をいかにして得るか?
◎ 情報の洪水の中で生き抜くには、効率よく本質を理解する技術が不可欠だ。
 「誰かに教えることを前提に情報収集」「仮説を立てて検証」
 「ニュースソースを確認し、曖昧な表現にだまされない」「ルールを発見し、記憶量を減らす」
 「頭の中で図表化して保存」などをマスターすれば、必要な情報だけを吸収でき、人前でも分かりやすく説明できる。
◎ 日常生活・ビジネスで役立つ文章読解術・対話術から、資格・試験で成功するためのノウハウまで、今すぐ使える
 テクニックを伝授!「分かりやすい表現」などで好評を博した著者が贈る「要領のいい人」になるための知的情報術。
▼ 以上がカバー裏の説明書きである。これに、目次に印象的なところを書き込めば80パーセントは把握できるはずであるが?
(字数制限のためカット 2010年4月16日) 
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2005年04月16日(土)
 1474, 汚れつちまつた悲しみに     中原中也
汚れつちまつた悲しみに  今日も小雪の降りかかる    汚れつちまつた悲しみに  今日も風さへ吹きすぎる
汚れつちまつた悲しみは  たとへば狐の皮裘       汚れつちまつた悲しみは  小雪のかかつてちぢこまる
汚れつちまつた悲しみは  なにのぞむなくねがふなく   汚れつちまつた悲しみは  倦怠のうちに死を夢む
汚れつちまつた悲しみに  いたいたしくも怖気づき    汚れつちまつた悲しみに  なすところなく日は暮れる
                     河上徹太郎編 「中原中也詩集」より -汚れてしまった悲しみに-より
この詩を読んでいて、何か深い悲しみを感じ取ることができる。特に失恋をした若い女性にとって、深い癒しになるだろう。
年をとるにつれて、人間は誰もが多く挫折をし、傷を負う。深い挫折の中で、汚れたという言葉が自分を苛む。
その中で自分の汚れを拭き取りながら「所詮こんなもの、人生は!」と自嘲する。24歳の日記をまもなく書き写すつもりだが、
当時の自分の気持ちも、この詩の心に似ている。昨夜、極近に挫折をし自殺直前で思いとどまった人と、膝付き合わせて話した。
一言一言の言葉の中に、深傷の痛みを感じ取ることができた。「汚れてしまった」という言葉の替わりに「倒れ(挫折)てしまった」
が、彼の気持ちであった。その悲しみは、本人しか知ることはできない。その傷は本人しか治せない。
「それでも生きているのは何故か」を自問自答をして、「何かに生かされている」
ということに真に気がついた時、初めて一人で立ち上がることができる。それにしても深い詩である。
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2004年04月16日(金)
1109, 「ライフ・レッスン」  ー読書日記  ー2
 ー第一章 「ほんものの自己」のレッスンー
この本の意味は読めば読むほど、その深さに驚かされる。キュープラ・ロスが死にゆく人々から学んだ教えの数々。
すべてを終えた時、「生」と「死」の本当の姿があらわれる。その深さに少しでも自分の意識を降ろす為に、
一章づつ印象深い文章を書き出してみる。私たちは、自分に与えられたレッスンを学ぶ為に、地上に生まれてきたのだ。
25歳の金沢時代の、どん底にいた時のある瞬間に「ハッ!」としたことがあった。
今でも忘れられない瞬間であった。自分は何故ここまで惨めな気持ちにならなくてならないのだ。
自分が何故ここに、こういう状態いるのだろう?その瞬間に思ったことは「自分は修行をしにきたのだ、修行で苦しみの
極限を味わう為である。その極限を嫌っていては何の意味もない。極限の境遇を学ぶ為に今ここにいるのだ。
  (字数の関係でカット2008年04月15日) 
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2003年04月16日(水)
 742,『金持ち父さんの子供はみんな天才』ー1      ー 読書日記
(字数制限のためカット 2012年4月16日)
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2002年04月16日(火)
 378,不況
 (字数制限のためカット 2011年4月16日) 


4412, 大丈夫、なんとかなるさ −2

2013年04月15日(月)

                ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 より
    * 今を生きる女の強と、昔を生きる男の弱さ
 国が衰えてくると、俄然、女性の強さが浮かび上がってくる。その一つの傾向として男は台所に女が外に働きに出る。
定年をむかえ、男は仕事で消耗してしまい家の中では粗大ゴミ扱い。そこで争いが起こる。しかし強いのは女性。
ここで、その理由を明確に述べている。働きづめだった男こそ、「今を生きる」ために与えられた時間なのに、過去の
想いに囚われ今に生きることが出来ない。
≪ ある時期、男たちの間で女性の活躍がよく話題になった。おのずと話は男女の一般的な比較諭になって、
いざという時には女は強く、男は弱いという意見や感想が目立った。
 彼らの話を聞きつつ、ずいぶん前に新聞で読んだ男女の産み分けがなぜ可能かの記事をい出していた。
ある大学医学部が明らかにしたもので、人聞の精子を分離すると、女の子つくるX精子は重く下にたまるのに比べ、
男の子をつくるY精子は軽くて浮くという。 そんな内容であったと記憶する。
 以来ぼくは男女比較論になると、その話を引用しながら「つまり女はもともとどっしりと安定しているのに比べ、
男はふわふわと不安定なんだ」としたり顔で言ったものだ。 さらに近年は、脳科学のこんな説にも注目してきた。
芸術・感情脳の右脳と、言語機能を持つ思考.論理脳の左脳を結ぷ脳梁などは、女性のほうが男性より太く、そのぶん
情報交換量や、情感も女性が豊かだという訳だ。 これには異論、反論があるが、男性よりよくしゃべり、よく泣き、
よく笑う女性のリセット的特性を説明しやすく、これまでも重宝してきた。 男より女佐が長生きするなども、
それらの特性でかなり説明がつくようにも思える。
 ところで人間のありようが遺伝学や脳科学とは別に日常の習慣性からとらえられるとすれば、前に紹介の加藤登紀子
さんの話のとおり、炊事・洗濯・掃除といった短いサイクルで毎日を生きている女性のしぶとさは男など問題外だろう。
その場その場の対応力や性を生きる強さ、男よりよく泣くにしても、泣いてすっきり、ああご飯がおいしいとすぐに
涙など吹っ切っている女性を見ると、事態への能力において男の勝ち目は縛い。・・・ ≫
 ▼ 現在の状況を冷静にみると、身につまされる。比較的、今の時間を生きているつもりだが、家内の日常から
  すれば、全く劣っているのが現実。毎日、毎週の習慣から抜け出せないのである。歳もあってか、既に世の中を
 見切ってしまい、映画とか読書とか、過去の記述など、頭の中の世界に生きようとしている。それに比して、
 家内といえば、羽がはえたように「横世界の今・ここ」を生きている。で、私は、早朝起きて、独り部屋で、
 これを書いたり、ポタリングをしている。猫(女)と犬(男)の生活を続けた差が、鮮明に出て当然である。
 ニャ〜ンとワンが喧嘩して、毛をソバたてたフーとワンワンでは、猫が勝つに決まっている。夫源病と妻源病か!
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4038, 閑話小題 
2012年04月15日(日)
     * つれづれに
◎ 昨日、一昨日と二日続けてシネマを見てきた。全米の観客動員数が一位と、二位というから間違いないと判断。
 私の評価は、全米一位の、「バトルシップ」、85点。 二位の、「ジョン・カーター」、90点。一応、合格。
 昨日は土曜日のためかロビーは客で溢れていた。 シルバー割引千円で現実からトリップできるから価値は充分ある。
 ストレスを解消してくれそうなものを、話題になった中から選んでいる。 大不況の鬱憤を映画で晴らそうというのか、
 破壊と再生の物語が多い。 バーチャルの世界で鬱屈した?気持ちをスカッとさせ、ストレス発散をするようにできている。
◎ 現在、世界的にも、国内的にも大きな節目。 現実に私のケースのように過去10年間の売り上げの激減と、
 その結果の事態は、数年先の現実の前倒現象になる。 それで、悲観過ぎるのか? 決して悲観過ぎるということはない。
 毎日毎日、同じようなことを飽きもせず書いているが、書くことで、気が付くことが多い。ところで、このところ、
 この随想日記のスランプ期間に入った。テーマが出てこないのである。数ヶ月に一度くるが、これも慣れている。
◎ 「年齢に気持ちがついていけない!」 これが、人生を生きてきて常に感じてきたこと。歳をとればとるほど、
 その傾向が強くなる。未来より、過去を見つめる時間が長くなるためだろう。そこで、過去を否定しないこと。
◎ 米国の天然ガス価格が2ドル代の大台を割っており、日本の輸入価格は18ドル。 日米格差は9倍である。
 米国は世界最大の資源国であり、世界一安い天然ガスを使える。これに対して日本企業は電力不足と、世界一高い法人税、
 そして社会保障費と人件費も高い。米国産原油価格優遇策となれば米国優位はゆるぎない。これが宗主国と属国の力の差。
 ジワジワと、その影響が日本経済と社会に出てくる。日本は海洋国家と、水資源が豊富にある。それと島国の特性の中に、
 これからのヒントがあるはず。それにしても、東北大震災と、原発事故と、54の原発が使えないのが大きい。
・・・・・・・
3672, 節目どきに ー7
2011年04月15日(金)
  * つれづれに
△ 事務所にあった身の回りのものと書棚が二回に分けて届いた。 倉庫の中に三坪ほどのスペースをとり、それらを収めたが、
 丁度良く収まった。事務所の移転ごとに多くを捨ててきたので比較的最小限度のものしかないが、それでも捨てがたいものが多くある。 
 会社に置いてた本の半分ほどは処分してきたが、振り返ってみると、もっと早く、哲学書を読み込んでおけばと反省しきりである。
 逆に言えば、この10数年で読む本が変わってしまった。
△ 昨日、小学校5〜6年担任の恩師の西沢先生から、丁寧な破綻の?お見舞いの葉書が届いた。
 現在、80歳前半になられたが、葉書に筆で書かれた書体の美しさに驚いてしまった。私の5歳上の姉も担任をされたが、
姉は、あまり先生のことを語ってくれなかった。 先生が定年退職をされた時に、確か小学校の同期会に先生が出席され、
その時に先生にお願いをして、新潟の私のホテルに宿泊をしてもらい、一晩、酒席を共にさせて貰ったことがあった。
もう20数年も前になる。 先生は多くの小中の校長を歴任し、長岡の教育長までされた人で、定年時には、そのお祝いに
300人が集まってくれたと嬉しそうに語ってくれた。 その時に先生がつくられた御猪口を貰いたが、先日まで、
会社の事務所の飾りだなに大事に飾っておいた。 卒業まじかに、半年間、虐め?で級長にされたことがあった。
これはきつかったが、その時に不貞腐れていて運動場で掃除をしていた私の頭を引っぱたかれた心の傷は、今でも鮮明の残っている。
しかし人を導く不思議な力を持っていた。先生の両親とも先生で、息子も先生をしている教員一家。色々の人生を垣間見たのだろう。
そういえば小学校の同級生、地方としては男15人の中で、慶応、早稲田、立教三人、新大二人と、出来は悪くない。 喧嘩も、勉強も
ライバルが多くいた。 変なのもいたが、変ななりに、まっとうに?家業などを引き継いでいる。 駅前エリアもあり、玉石混合ということか。
 ・・・・・・・
3307, 日本破綻 −2
2010年04月15日(木)
ー 「日本破綻ー株・債券・円のトリプル安が襲うー」 藤巻 健史 (著)
 著者は新自由主義論者で、円安論者。 グローバル化社会を推進すべきだとしている。
そして「大きい政府・規制社会・結果平等税制」の是正を主張している。 経済を拡大をしないと、
グローバルの世界を生き抜くことは不可能で、そのため円を実力どおりの円安に誘導すべきという。 
日本は輸出立国でしか成り立たないと論じている。格差が開いたとしても日本の貧困層は世界の中間層でしかない。
 ここで、アメリカの強さを何気なく書いている。
・アメリカの双子の赤字は大げさ= アメリカの税収2008年で約2.5兆ドル=220兆円。日本の44兆円の5倍ある。
 アメリカのGDPは日本の3倍に対して5倍である。一方、財政支出は、2008年で4500億ドルの赤字。ほぼ日本と同じ。
 2008年末の連邦債務残高は10兆ドル。これも日本と同じでしかない。日本は不景気が良くなって金利が5パー増えたら
 43兆円の支払い増で、今の税収が吹っ飛んでしまう。もうひとつのアメリカの赤字、経常赤字も大げさに騒ぎすぎ。
 ネット金額で見ると、資本を海外から取り入れているにかかわらず、配当金や金利は「支払う額」より「入ってくる額」
 の方が大きい。 借金をしていれば金利は「支払うはず」なのに、「受け取っている」のです。それは、アメリカ人に
 リスクをとる精神があるからである。海外投資で高い配当金や利息が国内に入ってくる一方、支払い金利の方が少ないからだ。
・日本のバブル時の1989年末と現在2010年1月と比べると、日経平均3万8915円から1万765円と4分の1近く。
 一方のNYダウは2753ドルから1万765ドル。4倍になっている。 その差は15倍になってしまった。
 NYダウが最高値の1万4千ドルをつけた時、日経は1万8千円として、そこから1万765円。
 アメリカが20パーセントダウンに対して、日本は40パーセントのダウンになっている。
 〜この背景には世界の主軸通貨がドル本位制がある。 ネズミ溝の親ハ、外貨準備金は必要でない。
  ただ紙切れを刷っていれば済む。紙代だけなら荒利は99パーセント以上の利益を得ることが出来るからだ。
  数年以内に、アメロなどの新ドルに切り替え、実質的なデフォルトをしてくるだろうが、日本破綻は大きな岐路にたつ。
 ・・・・・・・・
2009年04月15日(水)
 2932,筑紫哲也の残日録
文藝春秋の二月号の、筑紫哲也の「がん残日録」ー告知から死まで5百日の闘いー が壮絶な死と生の記録であった。
2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死ぬ時代である。50歳を過ぎれば何時何が起きるかもしれない。
癌は体内に発生して、最初に発見されるまで、14〜5年かかると言われる。発見されるまでの潜在的なものを含めると、
全員が癌を持っており、全ての人が癌への道を歩いていることになる。
一グラムの癌細胞は鼠算的に2倍ずつ増えていくと、1キロに増加するに10回の2倍を重ねるだけでよい。
  =この残日録の中の印象に残った部分を抜粋してみる=
・《07年10月20日》 福田康夫様
  歴代の総理を拝見していますと、この人がと思う人でも、鬱積が溜まっていくものです。それをあまり我慢するのもよくありません。
  秘訣は、本当に怒らないことです。口さがない批判、非難の大部分は、それを口にする者の身の丈、思考の水準に見合ったものでしかない。
  そんなものに自分がとらわれてたまるかと思えば腹は立たないでしょう。総理の仕事は、それより遥かに次元が違うでしょう。
・《07年12月8日》 執行猶予
  この病を得ることは、いわば《執行猶予ー死ぬまでの》の時間を与えられたことになる。 
  それは自分の正体を見つめなおす機会を与えられたということだ。私は何ほどのものか。何をしてきたか、何をしてこなかったのか。
  己を正視するのは、そんなにたやすいことではない。それに加えて、もう一つの困難がある。こうやって、何事かを言語を用いて
  表現することは、通常は他者に向かっての意思伝達の手段なのだ。そのための工夫や表現力は、訓練次第、
  あるいは個人的能力によって多少とも向上させることができるだろう。だが、本質的に社会的、公共的ツールである言語が、
  自分に向かって自分を説明するのに、どこまで有効なのか。どんな言語表現もすり抜けていく部分、そこに自分の正体はぼんやりと、
   または黒々と潜んでいるのではないか。「よい人生だった」「悔いの多い、くだらぬ人生だった」どちらにしても、言語を用いる以上、
  他者への説明を意識しているのだろうし、そうでなくとも、「自分の中の他者」に言い聞かせているのかもしれない。
・《08年1月 日付なし》 
   泣いても一日 笑っても一日 どちらでも良い 良くないのは どちらでもない一日 せめて怒ってみるか
・《08年2月15日》 次女ゆうな の言葉
  この宣告以前に、父が違う病院のお医者さんに余命について質問をしたことがあるんです。その時に言われたことは
 『自分が駄目だと思ったときが余命の始まりです』という言葉。はっきりとした余命を伝えることは『ダメか』と
  思わせることになるから、と家族で結論を出して、伝えることをしませんでした。
・《08年11月5日》 こん睡状態、次女に『メモ、メモ』と紙とエンピツを用意させ、
 《THANKY YOU》
     ーひとりの人の死は、生きてきたプロセスを圧縮して立ち現れてくる。
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2568, ドル覇権の崩壊 ー3
2008年04月15日(火)
 著者はアメリカが実質的価値のないドルと、偽札のドルとどこが違うと疑問を呈する。私も以前から北朝鮮が国家として
 作っているといわれる偽ドルと、アメリカのドルと、どこが違うか疑問を持っていたが、
 その極めつけがプライムローンである。 まずは、その部分を書き写してみる。
 ーー
第二章 世界はこうしてドルに騙された
  非兌換紙幣であるドルの刷り散らかしはアメリカによるマネーの偽造
ーP100
「紙幣を印刷するものがが法律を制定する」少なくともまだ暫くの間はこの格言が真実として通用するだろう。
今日では、ゴールド(金貨〉は通貨としてもはや使われていない。表面上は、ゴールドによる貿易決済もゴールドを準備貨幣とする
経済体制も存在しなくなっている。しかし、それでも今のアメリカの強大(そうに見える)な軍事的優越性と、米ドル紙幣の印刷と
強制通用のみせかけの信用によって、諸外国の国民が、米ドルをゴールドと同じような信用力を有するものと、思いこみ、
深く信用しているからだ。また、そのように信用させることが大事であるから、そのように、上手に「ドル紙幣の生産と
そのドル紙幣で各国への軍需や経済援助を実行し続けるという外見は今も不変である。
(以下字数の関係でカット2011年04月15日)
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2007年04月15日(日)
2203, 自殺について ー2           (~Q~;)  おはよう??
経済的の問題や時代の大きな変化、そして国民性が自殺の要因になる。日本人のような生真面目な性格も世界で
1~2位の自殺率に要因なっている。それに対して南米やアフリカの陽気な国民性のところでは、自殺は激減する。
フィンランドやデンマークなどの北欧で、冬の黒夜(14時位から夜になってしまう)が
人の心を暗くして自殺が多いという話を聞く。そういえば秋田や山形などの北国も冬は雪で閉ざされるから自殺が多い。
   ー自殺率の世界分布地図を見るとー
 ・ロシアを中心にユーラシア大陸で自殺率が高く、
 ・インドやイギリス、スペイン、イタリア、ノルウェイなどユーラシア大陸周辺部、及び北米大陸で低く、
 ・ラテンアメリカではさらに低いという状況が見てとれる。
 *自殺率が低くはなかったロシアが、1991年のソ連崩壊後の自殺率が急増、現在は断然世界一となっている。また、米国、英国、
 カナダ、オーストラリアといったプロテスタント国、及びイタリアは、以上の国々と比較すると低い自殺率水準で推移している。
ー日本の自殺率の高さと推移についてー
  日本では、自殺が文化の一部になっているようにさえ思える。過労や失業、倒産、いじめなどで、自殺で自身の名誉を守る、
  責任を取る、といった倫理規範として自殺がとらえられていて、これは他のアジア諸国やキューバでもみられる傾向である。
 ・第二次大戦後、社会保障が整備される以前は高齢者の自殺率が高かったことや、
  戦後の価値観の大転換などで若者の自殺率が急増したことが原因で、1958年の自殺率25.7人は過去最高の値になった。
 ・その後、1959年国民健康保険法施行、1961年国民皆年金など社会保障制度の充実や1960年所得倍増計画に代表される
  経済成長目標の国民的普及により自殺率は、15人前後への低下した。国民全体で明るい夢を抱いていた時代だった為だ。
 ・その後、1973年のオイルショック前後から自殺率は上昇に転じた。
  あまり注目されなかったが、1983年の景気後退は自殺率の急増(前年の17.5人から21.0人へ)を招いた。
 ・1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻事件がきっかけとなり、98年の5月にかけて
  失業者が急増し、自殺率も、97年から98年にかけて18.8人から25.4人へと急増した。このときは自殺者数も前年の2万3千人台から、
  一気に3万1千人台へと急増したこともあり社会的に大きく注目を浴びた。 そして、その傾向は十年経つ現在も続いている。
▼ 時代の変化と、それによる経済的困窮が自殺の要因として大きくなる。激変の中、生きていくことは大変である。
 「死にたくない」と同じように「死にたい」という気持ちも自然である。死など存在してないのだから、気持ちの一現象でしかないが。
 ーーーーー
 2004/07/24
 1208, 自殺 3万4427人
(以下字数の関係でカット2008年04月15日)
・・・・・・・・
2006年04月15日(土)
1838, あちら側の世界 ー9      才八∋ウ_〆(∀`●)
グーグルについて書いてきたが、先日の産経新聞の一面に興味ある記事が出ていた。
簡潔に現在の流れを浮き上がらせている内容である。先ずは、その記事のコピーである。         
 ーー
産経新聞 2006年4月13日[木]                ~~旦 ゝ(-_- )まあ、茶でも!
 =サービス基盤、OSからウェブに 
 IT覇権争い グーグル台頭、MSネット強化 =
インターネットの進化に伴い、IT業界の勢力地図が替わる可能性が強まっている。パソコンの基本ソフト(OS)の代名詞と
呼べるウィンドウズで台頭したマイクロソフト(MS)だが、同様の機能をインターネット上で利用できるようになったことから、
米グーグルが新たな主役に躍り出ているからだ。パッケージソフトの販売で利益を上げるマイクロソフトと広告収入で無料ソフトを
開発するグーグルのビジネスモデルは、正反対。ブロードバンド(高速大容量)時代の覇者はどちらに軍配が上がるのか。
 (字数制限の関係でカット09年4月15日)
・・・・・・・
2005年04月15日(金)
 1473, 指桑罵槐(しそうばかい)
ある知人が中国人の国民性を一言で表している表現としてとして、教えてくれた言葉である。問題になっている中国のデモは明らかに
中国政府の政治的な意図が読み取れる。
 (以下、字数制限のためカット2010年4月15日)
・・・・・・・・・
2004年04月15日(木)
 1108, 西武鉄道・堤会長の辞任
「西武の堤義明会長が辞任!」とニュースで報道していた。随想日記で専務が逮捕された時「お笑い西武鉄道」という文章を書いたが、
所詮は悪口でしかないと、掲載を止めた。しかし辞任ということで、ケジメをつけたということで書く。
(以下字数の関係でカット2012年04月15日)
・・・・・・・・・・
2003年04月15日(火)
741, デフレと対策 ?2
 ー 前にもこのテーマで書いたが、今一度書く。
 今の日本はデフレである。しかしそれでもアメリカの物価より物価は実感として、2倍3倍高い。それが修正過程に入っている
だけである。
  (字数の関係でカット2008年04月15日)
・・・・・・・・・
2002年04月15日(月)
 377,「知ったかぶりをするな」
(字数の関係でカット2013年04月15日)


4411, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −8

2013年04月14日(日)

    * 心清く、よく遊びよく遊べ ーつれづれに
 老後を考える上で、なかなか面白い本である。何事にも自然体で、拘りを持たず、自由に気楽に生きることがベース。
人間は、それぞれ固いバイアスに囲われている。それを一枚一枚、そぎ落としていくのが人生。
老いるにつれ何事も面倒になり、過去に目を向けて、周囲の現象には上から目線になりがちになる。
両親の晩期を供に生活をし、冷静に身辺整理をした父の姿を見ることが出来た。母からは何事にもチャレンジする姿を見た。
「始める前に、あるレベルまで到達できるかどうか見極めること。決心をしたら、先生を見つけ集中すること。
ライバルを見つけること」と、教えてくれた。道を極めようと一心不乱で日々過ごすと、心が純化されていく姿が見て取れた。 
「心の純化」こそ、極意。 以前「何かに集中していると、あるゾーンに入る瞬間がある」と書いたが、それは心の純化の状態。
何事も純化の心から生まれ出てくる。 「童心に帰り、純化の心で、遊べ遊べ!」である。
 人生を振り返ると、その時々、面白く遊んだことが思い出される。 事業も、遊びも、何でも、遊びになるまで対象に入り
込まないと。それは楽しむことから始まる。楽しみになるまで対象に同化することだ。
「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり」 これは高杉晋作の言葉だが、その心は純化した心。
論語の雍也第六に『子曰。知之者不如好之者。好之者不如樂之者』がある。「師曰く、真理を知る者は真理を好む者に及ばない。
真理を好む者は真理を楽しむ者に及ばない」という意味である。 真面目に学べば「知ること」ができる。 しかし、
知ったことは、よく忘れる。だが、好きでやったことは身に付くから忘れることも少ない。更に良いのは「楽しむ」こと。
孔子は「知る」も、「好む」も、「楽しむ」も道徳である、という。何が良いことかを知るだけより、良いことが好きだ。
という方がすぐれている、つまり「徳を楽しむことが必要」としている。更に、楽しみを遊びにしていくことである。
 遊びは、現代風にいうと、ゲーム化することになる。ゲームは仮想世界の競争である。人生を夢幻として、難関を乗り越えて
いくことになる。人生のゲーム化。 夢幻の劇場で自作自演の役割を演じ、それを味わい楽しむことである。
心清く、遊んでいれば、その役をこなすことが出来る。 「うれし、たのし、おもしろし」の世界を、持つこと。
ただし、節度を持ってである。だから、そこに「良く」がなければならない。その辺りに少し気を使いながら。
・・・・・・
4037, 閑話小題 
2012年04月14日(土)
  * スマトラ沖でM8・7クラスの大地震
 先日のスマトラ沖地震は、2004年のスマトラ沖大地震の余震とみられる。前回のような断層の縦移動でなく、横に移動したもので、
M8・7の大地震にしては大津波は発生しなかった。 地震学者は、「これは東日本大震災も震源地の隣接地域で10年、20年単位で
誘発地震が起きる可能性を示唆しているもので、注意が必要。」と、忠告している。 東海、東南海、南海地震と、首都圏直下型地震の
可能性を示している。 地球規模の地殻変動期の渦中にいるのである。 日本は、その地震帯が重ねっている地震大国。 そこに
原発が54もあれば、危険極まりない事態。
  * ポタリングを再開
 早朝のミニ・サイクリング(ポタリング)を再開した。冬期間を除いた4月〜11月の間、一時間かけ信濃川の二つの大橋を一周する。
6時過ぎから7時過ぎにかけての時間帯だが、何とも清々しい。電動アシスト自転車の効能で、午後の二時間のスポーツジムを加えると、
三時間も運動している。 平坦な習慣の組み合わせのためかアッという間に一週間が経ってしまう。 電動アシスト自転車の使用目安を
5年と決めているので、半分使え終えたことになる。電動自転車は、お薦めである。手段(自転車)が、目的(朝の運動)を変えてしまう
(ウォーキングからポタリングへ)典型的事例になる。これからはスマートフォンとタブレットPCの普及が、ビジネスや生活パターンを
根こそぎ変え始めているが、手段の進化は、人間生活を間違いなく良くしてくれる。
  * チョッと騒ぎすぎでないのか?
 打ち上げ失敗で、よかったものの、北朝鮮のミサイルの打ち上げ少し騒ぎすぎ。また、おどおどした防衛大臣の巡り合わせも悪い。
北朝鮮の存在で一番、都合が良いのは中国。 極端に時代がかった漫画的国家を存在させておくのは、米国の属国、日本と韓国の国境の
緩衝地帯として地政学的に見ても必要である。 まだ韓国が存在しているから他人事のように勘違いしているが、危険極まりない。
更に、やっかいなのは日本。充てがわれた憲法をたてに、軍隊の存在を認めず、国境を侵犯されても他国への攻撃は相成らぬという、
呪縛にとらわれている。 その結果が、国家の体をなしてない有様。この十年で、残った体力を使い切ることになる。
  ・・・・・・・
3671, 節目どきに ー6
2011年04月14日(木)
  * 都知事選の結果をみて
 一度、不出馬を表明していた石原慎太郎が一転、出馬をして当選をした。東国原とかいうお笑いタレントが石原が不出馬の場合に、
当選する可能性があったからという。お笑いタレントを首都東京に選出するなど論外だが、この国ではありうること。
都民の大部分は以前、タレントの青島で大失敗をしたことを知らない。 この時期に人材が存在しないのは、悲しむこと。 
政治は言葉で方向性を常に発し導くことである。 石原を除いた他の候補は、論外も論外。
  * 本州壊滅は本当だったのだろうか?
 この原発事故が発生した数日後に、あるところから、これは「本州壊滅の惨事」と聞き及んでいた。
ここでも何度か書いてきたが、その直後から外国人が列をなして帰国をしていった。去年の三月にオープンした、東京駅に隣接している
シャンブリアホテルの支配人やシェフが、逃げ出して運営が出来なくなり、事故後10日もしないうちに、休業に入ってしまった。
(昨日に、営業再開のニュースがあったが・・)ところが数日前になって、チェルノブイリ級の最悪レベル7に引き上げられた。 
事故直後は、危険レベルが4だったが、実際は7ということを彼ら外国人は知っていたのである。知らないのは日本人だけだったのが、
ここで裏づけられたことになる。風評に気をつけろでなく、政府の発表と風評、両方とも疑ってかからないと、大きなリスクを負う。
  * ホテル・飲食・サービス業界の悲鳴
 一足先に、事業を清算したが、同業の悲鳴がグッサと刺さってくる。前年比で全国平均で三割減、首都圏で6割減、東北・北陸で八割減。
それも、リーマンショックで売上げが半減し体力を消耗した上で、これである。地元のリゾート地や、佐渡など壊滅的と漏れ聞こえてくる。 
「過度の自粛を控えなさい」というが、この世情の中で、生活防衛に入りざるを得ないのは当然のこと。だから、あまり費用のかからない
スポーツジムが大流行になる。気の毒なのは料理屋、居酒屋である。 酒のツマミには魚料理である。その魚に不信感を持ってしまえば、
足が遠ざかる。最近、居酒屋の刺身が、いやに美味しい。高級魚が売れないため、居酒屋に安く流れてくるためである。  
 ・・・・・・・
3306, 日本破綻 −1
 2010年04月14日(水)
 ー 「日本破綻ー株・債券・円のトリプル安が襲うー」  藤巻 健史 (著)
 またまた恐慌本だが、近未来の津波のひとつの形が株・債券・円のトリプル安と分かりやすい。
現在の世界経済と国内経済も異常事態だが、何か茹で蛙というのか、諦めムードというか、危機感がいまひとつ。
津波がきたところで、今さら如何にもならないこともある。それに加えて政治の混乱である。 最悪の政党がやっと瓦解し、
溶解しかけているが、それに劣らない時代遅れの社会主義政権になってしまい滅茶苦茶な空理空論の政策を始めた。
それが、とんでもない破滅型政策とくれば「株・債権・円」のトリプル安は早まること必定。
  まずはー 内容(amazn)から
バブル崩壊を上回る市場の反乱が日本を襲う財政の極度の悪化が招く「日本売り」が迫る。市場経済を無視し続けた
代償として「トリプル安」による未曾有の大混乱が迫る。惨事を回避する策は果たしてあるのか?
 〜 本文の印象的な部分を抜粋しながら考えると、現状の深刻さに背筋が凍りつく思いである。
*「市場の反乱」が起こると、人はそれを市場の暴力といいます。しかし、それは違います。日本でも株価が4000円を割り、
 円は200円まで暴落をし、失業率30パーセントが日本を襲う可能性がある。しかし、それは『市場』の自動調整機能を
 封印し、「計画経済」「管理経済」政策を長い間とってきたことの‘ツケ’なのです。
*2008年の54兆円の税収が、リーマンショックで44兆円まで落ち込んでしまった。
 この44兆円の内訳は、法人税が10兆円、所得税が15兆円、消費税が10兆円、その他が9兆円。
 その結果、33兆円の赤字を出してしまった。法人税は、これで世界で一番高い税率である。
 ところが、2009年度では10兆円だった法人税が「5〜6兆円」に減ってしまった。それは民主党がいっていた
 マニフェスト「子供手当て」とホボ同額。法人税は日本の三大税収のひとつだが、そのひとつ分を「子ども手当て」として、
 すべてばら撒こうという。その結果、53兆円の赤字国債を発行して、更に金を借りようとしているから驚きである。
*ハイパーインフレは「合法的徳政令」= 以上のことから、過剰なトリプル安が起こった結果としてハイパーインフレに
 なった結果としては、貨幣の価値が大幅に低下する。その結果、政府の872兆円の借入れは、どんどん小さくなる。
 国債も紙くずになるということ。こうなると政府も簡単に借金をへらすことができる。私が、これを「合法的徳政令」政策
 と呼ぶ理由はここにあります。 ・・・しかし、ハイパーインフレは大きな格差を生むことになる。
 株式や不動産を持っている人は良いが、持たざる人や、給料の低い経済弱者が酷いめにあう。
  〜〜
 結局、何時の世も弱者が最大の被害者に成りざるを得ないのである。 問題は、これが何時、始るかである。
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2931,わが人生最良の瞬間
2009年04月14日(火)
 ある雑誌に、「わが人生最良の瞬間」というテーマで各界30人の有名人が寄稿していた。歓びと、悲しみ、そして出会いと別れが、
 その人をつくりあげたことを、それぞれが心を込めて書いている。なるほど、このテーマで自分の思いを語ることは、
 自分自身を語ることでもある。それぞれの人が、自分の思い入れがあり、その一番印象的な瞬間こそ、「わが人生最良の瞬間」になる。
 その中で、印象に残ったものは、宗教学者ひろさちや「即今・当処・自己」である。
【 華々しい賞を貰ったこともないし、逆に刑務所に入ったこともない。それにかかわらず著作活動で500冊の本を書いた。 
 何処をもって最高だったか?・・・と考えた瞬間にハッと閃きました。そうだ〈いまが最高なんだ〉と。ラテン語に「カルペ・デイム」
 という言葉があります。「いまを楽しめ」という意味。BC1世紀のローマの風刺詩人のホラティウスの言葉です。 
 仏教では ー即今・当処・自己ー と、いっています。「いま、ここ、わたし」です。 もし、いまが苦しみの内にあるなら、
 わたしはその苦しみを味わって生きればよいのです。病気なら、その病人をしっかり生きればよいのです。病気でないわたし、
 苦しみのないわたし、そんなわたしは存在してないのである。あの頃は良かったといっても、それはもう存在してないのです。未来に
 求めても存在してないのです。それゆえ、「人生の最良のとき」と問われれば、「いま」になるのです。何か遺言みたいになったが。】 
▼ 以上だが、最良の瞬間には永遠という時間が縦に流れとすれば、彼のこの言葉は当然のこと。私の「わが人生最良の瞬間」を、
 考えてみたことが何度もある。 私もそれほど、華やかの経験もないし、実績もない。しかし「わが人生最良の瞬間」という経験を
 数多くしてきた。多くの感動の積み重ねが自分の中に沈殿し、それが磁力になって感動を求めて(引き寄せて)いったのだろう。 
 その度に感受性が強くなってしまったのだろう。秘境で大自然の神秘的な光景との思わない出会い、酒を飲んで騒ぎ、読書を通して
 時空を超えて多くの人と出会い、それぞれの節目ごとに多くの人と邂逅し、多くの美術館で有名な絵画などに出会うなどの集積が、
 多くの最良の瞬間を引き寄せてくれたのである。小さな自己満足でしかないが。
「 いま、ここ、自分 」を大事にしろ!ということ。 そして、その場をつくる積極的な準備もである。
 「 ひとがみな われより偉くみゆる日に 花を買いきて独りでしたしむ 」も、人生最良の瞬間になりえる。
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2567, 閑話小題
2008年04月14日(月)
 *桜咲く
*今日現在、桜が満開である。三分咲き、六分咲き、七分咲き、そして満開と自分の人生を開花の中にみる。
 毎年、同じ桜でも気持ちが新たになる。 短時間に咲いて散るから心を打つのである。一日ごとに、それぞれの姿を見せてくれる。
 そして今日あたりから一日一日と散っていく。通勤途中だから、それがよく見える。散るのもまた良しの気持ちにはどうしてもなれない。 
*最近の身近な景気状況
 (字数の関係でカット ー2012年04月14日) 
*その後のipod
 (字数の関係でカット ー2012年04月14日)
*最後の叔父が亡くなる
 (字数の関係でカット ー2012年04月14日)
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2007年04月14日(土)
2202, 自殺について ー1   ?? <(_ _)> ??        おはようございます!   
自殺について、ここでは何回も書いてきた。書いても書いても尽きないのが自殺である。考えてみれば、自殺ほど考えさせられる
ことはない。「死」が哲学(考えること)の究極であるから、自分で死を実行する自殺は、深い意味があって当然である。
歳を重ねれば重ねれば重ねるほど、生きていることの深さに気づくためか、自殺に対して否定的になってきている。
状況がそう言わせていることもある。若かりし時に何度か挫折をするたびに、この世から消滅をしたいと心底思った。
しかし、今から考えてみても気もちの何処かに「今のこの気持ちは何時か変わり、必ず素晴らしい未来ある」という楽観があった。
それは未来という時間があったからである。この数年でも従兄弟や従妹の亭主やポン友が自殺をしたが、死にたくなるほど
苦しかったのだろう。先進国の中で、日本が一番自殺率が高いと聞いてから10年近く経つ。数年前に韓国が一番になったようだが、
同じ位の数字である。検索で『日本の自殺率』というキーワードで検索したが、1990年代後半から異常に自殺率が跳ね上がり、
7~8年間は先進国の中で一番になってしまった。以下は、幾つかのHPの自殺の現状をマトメタものである。
不景気と体制変換期には自殺が跳ね上がることからみて、環境の変化と、その不適応と、自殺は大きく関連しているようだ。
 ーー
 日本は、人口10万人あたりの比率に換算する自殺率でみると世界第10位で、旧ソ連・東欧圏を除く主要先進国の中では最も多い。
主要先進国の自殺率は、米国10.4人、英国7.5人、フランス17.5人、ドイツ13.5人、に対し日本25.3人(平成16年)。
日本の自殺率を押し上げている最大の要因は「成人男性」の自殺だ。平成14年、15年ともに自殺者の72%は男性が占めている。
このうち、25歳〜44歳までの男性の自殺率は42.3人と著しく高い(平成14年)。100人の死者のうち、なんど24人は自殺!
この年齢層はリストラ対象層。再就職しても、給与は落ちる。家のローン、教育費、親の介護の資金と、金はいくらあっても足りない。
生命保険の保険金目当てに自殺を企てる人間も多い。この年代を含む30代?50代男性の自殺の動機は、1位が経済・生活問題である。
女性や他の世代では自殺の動機1位は健康問題だが、金の切れ目が人生の切れ目とは、何とも哀しい。
  主な自殺のサインは、
   (字数の関係でカット ー2008年04月14日)
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2006年04月14日(金)
1837, ローマから日本が見える ー2       才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)  ー読書日記
 読めば読むほど、ローマ人のリーダーの面々に引き込まれていく。彼らは自分達のありのままの姿を直視し、
それを改善しようとする気概があった。この書はローマ人が如何にして自己改革を行うことに成功したかの実例でもある。
それは、保守派と改革派の熾烈な戦い実例でもある。改革が為されなければ、衰退か破滅の瀬戸際の中で行われるから引き込まれる。
そして、そこにリーダーとしての優劣が出てくる。 
 ーリーダーの本質についてー
イタリアの高校の教科書には次のように書かれているそうだ。「指導者に求められる資質は、次ぎの五つである。
知力、説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志。それをカエサルだけが、このすべてを持っていた」。
著者はリーダーについてもローマ人の指導者からみて重要な示唆をしている。日本で指導者の資質として取り上げられる決断力、
実行力、判断力、ましてや「調整力」などということはまったく述べてない。「経営者の決断力」などが課題になること自体が
問題であると看破。決断力のないリーダーが多すぎるのが問題であり、リーダーであれば当然、決断力や実行力は持っていて
当然のこと。 毎年一冊の割合で発表される「ローマ人の物語」は、その中に著される多くのローマの興亡に携わった人物たちの
生き生きとしたドラマとしての歴史読み物としての面白さにある。古くからローマの歴史を演繹することによって、
有史以来の様々な国々の興亡の要因を学び、又、自分達の生きている社会の問題点の解決方法を学んできた。
現代においてもローマの歴史は現代の政治的、社会的な問題解決の糸口にもなる上に、社会・文明批評の書ともなりうる。
巻末にはアレクサンダーから、ローマの英雄、皇帝たちを含む歴史上の人物たちの通信簿が掲載されている。  
  (以下は、字数制限のためカット2010年4月14日)
・・・・・・・
2005年04月14日(木) 
 1472, カリスマについて
先日、少女暴行で朝鮮人の変態牧師様?が捕まった。キリスト教の普及手段として、音楽を取り入れたりして
現代風にアレンジしたファッションが売りのようだ。 しかし、見るからに怪しげな集団である。
  (字数の関係でカット09年04月14日)
 ーーー
「カリスマへの階段」 コリン ウィルソン (著) 青土社 (1996/03)
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2004年04月14日(水)
 1107, 大逆転ー2
昨夜の巨人戦が久々に面白い内容であった。一昨夜は、世界ヘビー級の劇的逆転KOに驚いたが、昨夜は7対1で負けていた
巨人が8回の裏に9対9の同点に追いついた。 
 (字数制限のためカット2013年4月14日)
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2003年04月14日(月)
 740, 深夜特急
沢木耕太郎の「深夜特急」という小説がある。彼が若い時にロンドンへ貧乏旅行をしたときの深夜に移動する乗り継ぎバスから
とった小説の題名である。
(字数制限のためカット2013年4月14日)
・・・・・・・・・
2002年04月14日(日)  
 376,新潟駅前界隈
新潟の駅前で事業を始めて21年になる。場所柄、いろいろな商売をみてきた。本当に商売の難しさを思い知らされる。
      (字数制限のためカット2011年4月14日)    


4410, 夫源病と妻源病

2013年04月13日(土)

 昼のワイドショーで、ゲストの医者が「最近の病の原因が夫婦間のイザコザが多い」という。それについて何人かの主婦や、
夫に街頭で互いの不満についてインタビューをしていたが、その殆どが我が身に当てはまる内容。 驚いたのは、「それでも
旦那を愛していますか?」という質問に、イエスと答えたのが20人いた番組の参加者の僅か5名。キャスターは唖然。
そんなものだろう、夫婦は! 
  ーそこでネット検索で「夫源病」を調べるとー
≪ 最近の病の原因を探ると、妻は主人への不満を語り出し「夫源病」と診断されるケースが多い。夫の言葉や行動に対する
不平や不満がストレスになり、妻の身体に更年期のような症状がでてしまう。まずはコミュニケ不足と家庭内の役割分担が
うまくいっていないことが問題、と言われる。 家庭の主婦がおこす病名として、大阪大学大学院医学研究科の准教授・
石倉文信先生が名付けた病名。 夫源病の症状として、原因不明の不定愁訴や強い耳鳴り、横揺れのめまい、激しい頭痛、
のぼせ、ひどい肩こり、全身の痛み、動悸、息切れ、呼吸困難、不眠などがある。妻の置かれた状況を察しない夫への日々の
小さな不平や不満が、脳の視床下部(自律神経やホルモンのバランスを司る部位)にストレスをかけ続け、次第に自律神経が
バランスを失い暴走し、色々な症状をおこす、と考えられる。その夫源病の対策として、感情を爆発させる、秘密を持つ、
プチ家出をする、などがある。≫ 
 ▼ 夫も同じで、モンスターワイフからくるストレスの「妻源病」が増えている。以前からあったが、こういう病名が
  付けられると、互いに我慢していた夫婦の亀裂が更に大きくなる。 中国で巣立った後の家庭を「空巣家庭」という。
 また英語には、「Empty nester」という言葉がある。ヒナ鳥が巣立った後の「空っぽの巣」 を守る親鳥に喩えて子供が
 育った後の親の事を指す。日本中、団塊の世代が定年を向かえ、空の巣で「妻源病」「夫源病」が向き合い、互いの首輪の
 紐を持ち合い、引っ張り締め付けあう。とはいえ、状況からして今さら離婚も無理。 さらにリタイアによる収入激減が、
 不満に火をそそぐ。多かれ少なかれ、何処の空巣でもバトルがある。で、やはり強いのは大方は御夫人の方? 
・・・・・・
4036, 一時停止 ー2
2012年04月13日(金)
          「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010
  * 昼と夜  ー ある感受性のプログラム 1955年5月 ー より
≪ 私「それで、あなたは、昼と夜とのどちらをお選びになるのですか。」 詩人は目を地に落としたまま答えた。
「私は両方を選ばねばなりません。私は詩人ですから。しかしあなたは昼を選ばなければいけない。あなたは詩人ではないのだから。
あなたは夜、眠ることが出来るのです。そうです、人間はみんな夜、眠らなければいけないのです。眠りこそ最も知恵深い行いなのです。」
私「あなたは昼も夜も眠らないのですね。」 詩人は答えなかった。 私は詩人の深い孤独を思わずにいられなかった。 その私の気持を
見ぬいたかのように詩人はいった。「しかしそれが運命なら詩人はそれを不幸とは呼ばないでしょう。 どんな不幸であろうと、それが
言葉になった時、詩人は幸せなのです。その時彼は人間になれるのです「だから。詩人の本当に怖れるのは言葉になり得ない不幸なのです。」
その時、すべての夜が詩人の中に集ったかのようであった。 私たちは黙って立ち上り、歩き出した。夕暮が近づいていた。 
詩人「こんな日は、ぼくはかえって気楽なんです。どうも曇りの方が晴れよりも人間的なところがありますね。 ぼくは天を見ずにすみます。
だからぼくは人間の中にいられます。ほんとうに雲ってやつは、大気や水が無ければ出来ないんだから、それだけでもどこかわれわれに
親しいような感じがしますね。」 私「で、あなたは今、昼を選んでいらっしゃるというわけですか。」 私の問は半ば冗談だったのだが、
彼の顔は生真面目であった。 詩人「そうもいえるかもしれません。 しかし詩人は昼を選んでいるように見えている時でも、決して夜を
あきらめてしまっているわけではありません。また逆に夜を選んでいるように見える時でも、決して昼を諦めているわけではないのです。」≫
 ▼「どんな不幸であろうと、それが言葉になった時、詩人は幸せなのです。その時彼は人間になれるのです。だから詩人の本当に
  怖れるのは言葉になり得ない不幸なのです。」 言葉になり得ない不幸が夜という言葉に滲んでいる。谷川のいう言葉は、言霊である。
  「不幸も言霊になった時、それも夜半の闇の中で熟成して生まれ出ると、不幸が不幸でなくなる」のである。 夜半に目がさめ、
  色いろ考えが吹き出てくる。 それはマイナスのことが多い。 詩人は、そこで多くの想いの中で、葛藤し言霊を生み出すのである。
 ・・・・・・
3670, 節目どきに ー5
2011年04月13日(水)
  * 娑婆には知らないことばかり
 先日、最近できたSC内のスポーツジムの施設を見学に行ったところ、10時のオープンに50人位の行列。
「プール関連の新しいサービスが開始されるため」というが、今どきに、あの熱気は凄い。館内設備の案内をしてもらっていたら早速、
小中学校時代の同級生に声をかけられた。「よう、八ちゃん、入れって!」だと! 時が時だけに「まずい!」と思ったが・・ 
何を今さらと気を持ち直して一時間ぐらい見学をしたが、成るほど人が殺到するわけである。ここは契約時間内なら何時間いてもよい。
家内の新潟在住の知人は駅南のスポーツジムに、日中5時間も行っていると聞いていたが、成るほど合点がいった。家内の、
別の新潟の友人は、二つのジムに入っていて、交互に行っているとか。家にいるより快適で、金がかからない上に、主婦にとって癒しの場。
漫画喫茶のパソコンとTVの替わりに、ウォーキングマシーンなどを入れかえたスポーツ用レジャー施設である。平均年齢が女性の方が
5歳以上も多いのが分かる。 風呂・プール関連、ウォーキングマシーン・サイクリングマシーン、エアロビックスのプログラム、
そしてマッサージ機の4本が柱になっている。考えた末に、10〜17時の平日コース(金、日、祭日 休み)に入ることにした。 
月15回行くとして、一回につき400円なら価値は充分にある。 これと市営の福祉センター内の運動ジムと、
図書館が当面の日中の外部空間になる。考える時間が多くなった分、身体を動かさないと! 
・・・・・・・
3305, 金の価格は談合で決まる!って本当 ? ー2
2010年04月13日(火)
 ハイパーインフレへの対策は、少しは金でヘッジをすべきと思っていた。しかし前回のレポートからみて、投機、投資の世界は、
私たちの窺い知れない世界。 金融シンジケートの手中にあるようだ。そのうえ、国家が金を吸い上げようと思えば、朝飯前。
利益に8割でも9割でも税金を賦課すればよい。その結果、金売りが殺到し暴落する。その後、政府が買い上げた上、その法律を元に戻す。 
一般の国民は、一時的の収益があっても中長期の利益を上げ続けることなど不可能である。アメリカの金融占領国の日本は、
そのコントロールから抜け出すことは出来ないのが現実。 近々に為替か株式かで、乱高下が起こるはず。金は世界共通通貨である。
ネズミ溝システムの米英通貨体制とすると、ドル体制を守るために金の価格をコントロール下におくのは当然。 金が真実で、
ドルを虚偽と仮説すると、ドルを発行するアメリカは、金の価格を可能な限り下げておく必要があった。 しかし借金棒引きために、
数十年かけて静かに買い集めたゴールドを、今度は暴騰させドルの価値を下げる必要性が出てきたのである。ドルの下げは
アメリカの対外債務が大きく減額される。あと1〜2年か遅くても3〜5年後には金の暴騰を中国などと組んで仕掛けてくる。 
と同時にデノミなどを世界中が一斉に実施するだろう。その前に金融シンジケートは何度かは大きな株や債権の上げ下げをしながら、
売りだされた金などの現物商品を買いに入る。 だから、5〜10年スパンの長期保有の覚悟があるなら、金は買い。
「世界は、ごく一部の人たちによってコントロールされていて、99パーセントの人たちは、彼らに搾取されている」
という、眉唾的な本を度々見かけるが、一連の恐慌謀略説など、あれは本当だったのかと考えざるを得なくなる。
 G7の首脳を動かしている力の存在は、当然、存在しているはずである。今更何をいっているかだが!
・・・・・・・・
2930,新潟清酒達人検定
 2009年04月13日(月)
一昨日の法事で、隣に座った従兄が三月に「新潟清酒達人検定」に受験、銀と銅のランクの、銀に合格したという。
・銀が500人、銅が800人が受験、合格率が7割。発表はネット上だという。
・3000円位の教科書があって、その中から問題が出て、○×で答えるもの。
・内容は、大吟醸は何の基準で決められるのか?とか、清酒のアルコール度は1〜22度まであるとかいう軽い内容が中心?
(以下、字数の関係上カット2012年04月13日)
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2566, ターニングポイント
 2008年04月13日(日)
・世界のターニングポイントは
 ソ連が崩壊した1991年か、アメリカの9・11テロの起きた2001年か、意見は分かれるだろう。
・日本は、バブルと、その崩壊の(1986年12月から1991年2月までの4年3か月の)1991年か、
 阪神淡路大震災、オウム事件、そしてネット社会の始まりをつげるウィンドウ95の発売で始まった
 ネット社会の起動の1995年か、これもまた分かれるところである。 
 世界にとって、ソ連の崩壊と、アメリカのテロによる威信の失墜と弱体化は、同じ位の意味はある。
 世界も、日本も、その背景にあるのは、情報化社会の到来によるグローバル化がある。
 民族と宗教対立が世界規模で生じてきたのである。そして中国ではオリンピックを契機に大混迷期に入る。
   ー以上のことからー
「日本はバブルの発生した1986年からウィンドウ95 ・阪神淡路大震災 ・オウム教事件の発生した10年間、 
 世界はソ連崩壊の1991年から2001年の9.11事件の10年間が、ターニングポイントの期間になる」ということになる。
これは20世紀から21世紀への時代の千年単位の変化で、その背景にIT革命などの科学の飛躍的進歩がある。 
まさか、ソ連が崩壊するとは思っていなかったし、ニューヨークのアメリカを象徴するビルが二つ瞬時に消滅するなど、
考えられない事件であった。 日本では、バブルと、その崩壊、そしてインターネットの普及は大事件である。
20以上あった都銀が、あれよあれよという間に3つに集約され、西武グループも、西武鉄道も解体された。
デパートも、ここにきて4つに集約されようとしているし、ナショナルチェーンも2つに集約された。
ターニングポイントは、10年にわたったが、その余波は政治経済の事象を大きく変え続けている。
それだけ大きな時代の断層は大きいのである。 身近では、僅か3年半で大地震が二度も起きた。
幸い事業には最小限の影響ですんだが、それでも決して甘い状況ではない。 ハッキリいえることは、これで新潟県の
エネルギーが10〜15%ダウンした。 その中で、一つ状況への対応を間違えれば事業として即死するしかない。
これは、どの事業も同じことだが。もう一つターニングポイントといえば、今年が大きな変わり目になる。
恐ろしい年と覚悟をしたほうがよい。 特に、後半に政治も経済も大波乱がある。
・・・・・・・・・
2007年04月13日(金)
 2201, 新幹線乗り越し、6回目         (~Q~;) おはよう?? ファ?
一昨夜、6回目の新幹線の乗り越しをしてしまった。飲み会の帰りの新幹線、燕三条駅まではしっかりしていたが、
その直後、少し寝込んでしまった。そして、目を開けたら長岡駅。鞄を持って走ったが、目の前でドアが無情にも閉った。
またか、と思ったが、最終便の一本前なので何とかなると慣れたもの。そして、無事Uターンした帰ってきた。
4年弱ぶりということになる。HP内検索で「新幹線乗り越し」と入れたら、出てきたのが以下の文章である。
 ーーー
2003/08/22  
 5回目の乗り過ごし
(以下、字数の関係上カット2010年04月13日)
ーーーーー
2002/02/10
 新幹線の乗り越しー4回!
(以下、字数の関係上カット2010年04月13日)
・・・・・・
2006年04月13日(木)
1836, ローマから日本が見えるー1            b(’0’)d おっ (゚Д゚)w  ハァよー
                 ー 読書日記
この本は塩野七生が1992年より年に一冊の割合で書いてきた『ローマ人への手紙』のローマ建国から帝国成立までを、
自らダイジェスト版にした本であり、その入門書でもある。 その意味で、解りやすい中味の濃い一冊である。
   まずは、この本の概要をまとめてみる。
 ー「なぜローマにこれほどの入れ込みをしたか」ー
著者の塩野七生は「私がローマ人に興味を抱くのは、彼らが人間性に対する幻想を抱かず、ということは、自分自身に対する
幻想を抱くことなく行動していたから」と述べている。イタリアの一地方都市に過ぎなかったローマが、有史以後最大の帝国にまで
成長を遂げ、千年以上(1229年間)に亘って世界を支配した、その原動力は何であったのか。そして、そのローマ帝国が何故衰退の道を
歩んだのか。ローマ史は、歴史の面白さに満ち溢れている。古代ローマ時代のローマ街道の道端にあるお墓に
「これを読む人に告ぐ。健康で人を愛して生きよ。あなたがここに入るまでのすべての日々を。」と、書かれていたという。
「幸運の女神は、すべての人にすべてを約束する。と言っても約束が守られたためしはない。
だから一日一日を生きることだ。一時間一時間を生きることだ。何ごとも永遠ではない。生者の世界では。」
「ローマ人の物語」の中の言葉である。人生の全てが、ローマ人の行蔵や言葉の中につまっている。
また、そこで活躍した男達の魅力は計り知れないものがある。 著者がローマに入れ込んでしまうのは自然のことだ。              
 ーローマ人の改革についてー                  
「真の改革とは再構築である」「改革とは『過去の否定』ではない」         ーε=ε=ε=(。・ω・)_旦~~
ローマに限らず、どんな国家であれ、どんな時代であれ、改革とはけっして会議で決まるものではない。
一人の指導者が現われ、みずからの信じるところに従って改革を断行しない限り、永遠に体制は変わらない。
そして変わらないで過ごすうちに、国力は衰微する一方になる。しかし、改革はむずかしい。
どんな改革であれ、それによって損をする人たちがかならず現われる。しかし彼らの反対に耳を傾けてしまえばどうなるか。
結局、どんな改革も大幅な修正をされて小幅な改良に終わってしまうのが落ち。したがって改革をやろうとすれば、
結局は力で突破するしかないということになる。カエサルは彼に最終勧告(要するに追放もしくは死刑の宣告)を与えた
元老院を潰すことなく、彼の体制の下に置いた。 ただし、改革も行った。それは従来ローマ市民にしか与えられなかった
元老院議員の資格を属州の人たちにも与えた。彼の大きな改革として私たちが今でも恩恵を受けているのはユリウス暦の制定。
カエサルは様々な改革をわずか2年で成し遂げた。           …(´Д`驚)…!!           
(字数制限のためカット 2011年4がウ13日)
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2005年04月13日(水)
 1471, 『冥途のお客』を読む
  佐藤愛子著の「霊の話」光文社ーが面白い。
月刊誌の「新潮45」で、数年前に霊体験を連載していた。読んでいて背筋が寒くなるほどリアルで中味の濃いものであった。
文春文庫から[あの世の話]という題名で出版されている。私は27歳時の父親の死の直後、霊体質になった。
(以下、字数の関係上カット2008年04月13日)
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2004年04月13日(火)
1106, 大逆転-ヘビー級の醍醐味
昨夜、ヘビー級の世界タイトルマッチを見ていて驚いた。圧倒的有利のウラジミール・クリチコフが、サウンドバック
のように相手選手を攻め立てていた。そして4回に相手選手がダウンをきっし、ノックアウト寸前。
(以下、字数の関係上カット2013年04月13日)
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2003年04月13日(日)
 739, 睡眠時無呼吸症候群
一度だけだが、寝ていて息苦しいので目が覚めてた時に,息するのを忘れていたことに気がついた。
「エッ!」というのが、その時の印象だった。「なんで呼吸を忘れるんだ?」という疑問であった。
(以下、字数の関係上カット2010年04月13日)
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2002年04月13日(土)
 375, 「テーマ日記」を書き始めて一年
あと一ヶ月でホームページに「テーマ日記」を書き始めて一年になる。旅行を除けば一日も欠かさないで書いた。
(以下、字数の関係上カット2013年04月13日)


4409,隠居大学ーよく遊びよく遊べ −7

2013年04月12日(金)

       第六時限 「遊行の旅に出よう」  ー「隠居大学」天野祐吉、お相手 安野光雅
    * いのち短し恋せよ 人生は! 
  御隠居には自由気ままで何事も楽しめる特権がある。桜は咲き誇った時だけでなく、桜絨毯にも何ともいえない美しさがある。
 散った花も花である。人生は二度なし、その時どき、すべきことをしておくべき。しない後悔より、してみた後悔がよい。
「いのち短し恋せよ 人生」である。今でも遅くない、自分のバイアスに気づき取り払うこと。それが、御隠居の残された最後の
お勤めになる。今までの枠を超え楽しまなくては、長生きの甲斐がない。どちらにしても先は長くはないのだから。
≪ 天野: 落葉の風情なんてまるで意味のないものと思われていますよね。
 安野: あのね、わたしの家の近くには桜並木があって、春には窓から花見ができる借景なんです。
  この前、ある人が近所に引っ越してきて、その人も最初はキレイな桜を見て「素晴らしい、素晴らしい」って喜んでいたの。
 ところが、秋になって落ち葉が家に入ってくるようになうたら、こりゃ住めたもんじゃないっていって、引っ越しちゃった。
 花も落葉もあるいいところなのに。落葉は風が吹くと竜巻ぎみたいになって、クルクル回ったりしてね、いいなって思うんだけど。
天野: 落葉のそういう風情を楽しむのは、遊び心の一つなんですよね。機能的なことだげ考えたら、そんなのないほうがいいって
 ことになっちゃう。だけど、そういう、なんとなく無駄なようだけど風情があることの中に、何かこう人生を感じたり面白味が
 あったりするなあと思うんですよ。・・・(略)
安野: ・・・いまの現代の文明が昔を超えたかというと、超えていないわけですよ。ミケランジェロみたいな絵を描けって
 いわれても描けない。ミケランジェロはおろか、まだ人間以前のクロマニヨン人が描いたラスコーの壁画だって描けませんよ。
 電気もない、真っ暗な洞窟の壁に、あんなものどうやって描いたんだろうと思うけど。文明は進化したかもしれんけど、文化は
 さほど進化していない。だから、古いものだからって、バカにするのは違うんですよ。
天野: 人間は技術文明の上では巨人になっても、文化や芸術の面では木偶の坊になったっていう人がいるんだけど、同感だね。
 せめて現代の隠居は、落葉の風情の楽しみ方みたいなものを次の世代に伝えていけたらいいと思います。
安野:『即興詩人』に憧れてイタリア全土を周遊するなんて若いころの話で、今では、仕事だから、仕方がないから行っている
 ものも多いんです。私は言葉が分からなくても行くからね。そういうと、言葉とか、食事はどうするか聞かれる。高学歴の
 人に多いね。でも、困ることなどない。宿屋に行けば、「部屋探しに来たんだな」って思われるし、八百屋に行けば、
 「野菜を買いに来た」と思われる。レストランなどでは上から三つ目にしている。たいてい食べられるものが出てくる。
 一度、とんでもないものが出てきたことがあったけどね。(笑い)  
天野: 隠居生活は、遊行の旅のようなもの。日々気ままに、好きなほうに歩いていけばよい。面倒なことをしないで。
安野: そう、なんでも、自分の思いのまま、楽しんでやってみたらいい。言葉など必要ない。いのち短し恋せよ少女、ですよ。≫
 ▼ 何ごとも楽しむ人生を過ごせたので、あまり人生に後悔はない。いい時代、いい家庭に恵まれたことを感謝している。
  あとは、過去の思い出と、現在の楽しみを味わい尽くすことである。死んでしまえば、それまで。生きているうち。
  それにしてもバイアスが邪魔をする。「ハミングしながらスキップ気分で何事にも触れること」は分かっているが、いま一つ。
・・・・・・
4035, パチンコに日本人は20年で540兆円使った
2012年04月12日(木)
    「パチンコに日本人は20年で540兆円使った」 (幻冬舎新書) 若宮 健 (著)
 以前にも、同じ著者の本を取り上げ、パチンコが日本に大きなマイナスを与えている実態の驚いた。
先日、図書館で、その続刊の最新書を見つけ読んで、改めて、その被害?の大きさに驚いてしまった。
 ー内容紹介ー
≪ あっという間に1万円が消えるパチンコに日本人は多くのカネと時間を奪われてきた。この既得権益を貪る人間、依存症に苦しむ人々。
 20年で540兆円―日本人が「失われた20年」でパチンコに費やしたカネは、2011年の国家予算(92兆円)の約6倍、GDP(479兆円)を凌駕。
 多くの人々の労働・消費意欲を奪い、また精神疾患であるパチンコ依存症者の数は450万を超える。ものの30分で1万円以上を失うパチンコが、
 カネと人間性を奪ってきた。なぜ韓国にはできた「パチンコ全廃」が日本ではできないのか。依存症の実態とそれを誘発するメーカー、
 蜜に群がる利権政治家、警察、マスコミの現状を徹底糾弾。
◎ パチンコ業界の売り上げは、『レジャー白書2011』によると、2010年は19兆3800億円。これは日本独自の市場。 ギャンブル依存症は
 世界保健機関も認める精神疾患近年は通常の病気と同様、健康保険の適用を受けられるようになった。否認の病気と言われ、嘘・借金
・お金を盗む・うつ・失踪などが症状で、進行性の病気である。厚生労働省が2009年に行った研究調査の結果によると、
 日本の成人男性の9.6%、同じく女性の1.4%がギャンブル依存症であるという。 2009年の成人人口から単純計算すると、男性は483万人、
 女性は76万人で、合わせて559万人という驚くべき数。そのうち8割程度がパチンコ、パチスロによるものと言われる。
◎ テレビ、映画で禁じられるサブリミナル効果がパチンコの特許に特許3029562の発明。大当たりの図柄を暗示銘柄にし、
 遊戯者が認識できない短い時間、挿入している。潜在意識に働きかけ、遊戯を続行させる手段として用いているようだ。≫
  ▼ 私の感覚では20年で540兆円、年平均27兆円も使ったとは信じられない額である。コンビニの総売り上げが8兆円。スーパーの
  売上総額が20兆円。書籍の2011年総売り上げが1兆1千億というから、その20倍の売上高になる。それに対してパチンコの売上総額が
  20〜30兆円。しかも愛好者が1600万人、中毒者が500万人。 数多あるコンビニの二倍以上の売上高? 信じられないので何度見直しても、
  そうある。 事実としてみると、これは亡国の事態。韓国は、その社会的大きさに、国家として廃止してしまった。
  しかし日本には、それを実行するだけの自己修正力は無くなっている。
  ◆ パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? −2 2012/02/28
 パチンコの売り上げ、10年前に30兆円、現在では20兆円という。ギャンブル総額が30兆というから、大部分がパチンコ・スロットの
売上げが占めている。子供を含めて一人あたり15万円にもなる。これは明らかに賭博であるが、どういう訳か廃止論が出て来ない。
この国は、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と癒着?の実態がある。それがあって当然というのも異常。 チョットした
市の郊外には必ずパチンコ屋がある。 ギャンブルと見なされてない遊びの文化のようで何の規制もない。 受験が終わって、友人と
初めて行ったのがスロットマシーンとパチンコ屋。 やっと大人を感じる時である。 人がギャンブルに嵌りこむのは、大損しても、
稀に勝った快感の記憶が残り、その味を求めて繰り返す仕掛けがある。 業者の方は、勝った際の高揚感や恍惚感を高める工夫をする。
パチンコ店の音楽やパチンコの光と音などである。 そして勝つための技術が必要と錯覚させる仕掛けをつくる。 負けたのは、
勝つための技術料金と錯覚させる。 もう一つ巧妙なのは、ニアミスの仕掛け。スロットの場合、AAAが当たりの場合、ABAや、
AABが出ると、「当たり損ねた」と考える。 しかし、外れは外れでしかない。その辺の気持ちを逆用するようゲームは出来ている。
 ギャンブル依存症の人は、脳内に勝った時に出るドパーミンが長年の間に多くなっている。 それは麻薬中毒の似ている。 
iPadを購入して以来、パソコンゲームに嵌っている。 あるゲームの場合、達成すると、音楽と金色の星が三つでる。失敗すると、
グフフ!とバカにしたような笑い声と軽蔑の絵が出てくる。 それも、あと一歩のところで達成できないようになっている。 
金を賭けている訳でもないのに、やり始めたら、止めるタイミングが無くなりトイレさえ行けないほど熱中する。
難しい本を読んだ直後には非常に効果的である。 私の周辺の人でパチンコが趣味というのは一人もいないため、20〜30兆円が
ピンとこないが、この金額は国民の何割の人は中毒に近いと伺わせる。 韓国は、悲惨な悲劇の続出で禁止されてしまった。
 この不景気で、業界は壊滅的打撃を受けているはずだが、何故か倒産の話は聞こえてこない。
  ・・・・・・・
3669, 節目どきに ー4
2011年04月12日(火)
 こういう時にこそ、これまでの付き合いの真の姿が見えてくる。私の人間関係は長年?の友人が多い。その節目どきに、
真かどうかが見えてくる。 具体的の話は、まあ・・止めておこう。立場が変われば、これまでの関係が変わるのは当然。
それを取り上げること自体がおかしい。その中で一番身近な家内が、このところ上機嫌である。立場が逆転するからである。
今後を考えただけで恐ろしい。早々に粗大ゴミにされてしまう恐れがある。彼女も含め、手の裏を返す人の共通点は、
プライド?の高い、底の浅い?修羅場経験の少ない人?等、共通がある。しかし何処か憎めない性格。前向きな人生を生きていなかった?
それぞれの人生が、境目から見えてくる。これは私の歪みの目。それでは御前は何じゃい! と言われると何も返す言葉がない。
年齢からして「節目どき」というより「夕暮れどき」か? 65歳なら、それも仕方がないか。 大体が人間の付き合いは立場における
力のバランスの上で成り立っている。その力が変化をすればバランスが崩れて当然と割り切ればよいのは分かっているが。
 ところで昨夜、学生時代の友人が当時のクラブを代表して東京から見舞い?に来てくれ新潟駅南で一献を傾けた。
(当人の会社の仕事が偶然あったこともあるが)有難いことである。 そうこうして落ち着いた二ヶ月後に落ち込みが来ると、
何の?先輩の実兄が先日、電話で教えてくれた。 この体験の中で、ここでは書けない聞くに値する?話しは幾らである。 
いや、この数年間は、その宝の山だろう。 特に銀行筋の手順の中には・・・ それと、世間様レベルの人々の視線を、
そのまま書くことになるだろうが、面白そうだ。「家内が、先日、前の町内会長婦人とあったので、挨拶をしたら無視された」
レベルの話しである。こういうのを重ねて、ジワジワ追い詰められていくのだろうが、アウトサイダーの長年の実績が、
こういうのを茶化して楽しむ術がある。人は言葉よ、言葉!それも心の奥底の絶対言明!より深く本を読む節目の時節到来か。
 ・・・・・・・
3304, 金の価格は談合で決まる!って本当 ? ー1
2010年04月12日(月)
 あるレポートに「金(ゴールド)の相場は談合で決まっている」という衝撃的な内容があった。
 どうも金の相場を見ていると、不可解な動きに疑問を感じてはいた。しかし、こうしたレポートで、
 「連銀が間接的にコントロールしている」とか、「大手貴金属会社の主要メンバーの談合で動かされている」
 というと、話しは違ってくる。  そのレポートの内容とは
・ひとつは、世界の中心的な金相場のあるロンドンで、JPモルガン・チェースなどの米英機関が相場が上がりそうになる度、
 大量の先物売りを浴びせていたという。 連銀が金融機関に相対取引で「地金を貸し出す仕組み」の中で金利を極端に下げ、
 金の空売りを奨励しているというから、聞き捨てにはならない。これはある業者の告発から表ざたになった情報で、
 レポートの主が「ネット上で見つけた内容」。 真偽は如何だろう?
・いまひとつは、金の価格は表向きの取引で決まるのではなく、ロンドン貴金属市場協会のメンバー60社の中の主要9社が
 午前と、午後の二回、金額を持ち寄って、上の値の2社と下の2社の価格を取り除いた5社の価格平均で決めているいうもの。
 米英が二社ずつ、独・仏・日、カナダ、スイスが一社ずつという。 ここで問題になるのは、その総量が実際に会員が
 保有している総量より多いことである。 これはマグワイヤというトレーダーによって暴露されたという 
 その本人は、その後に、あわや暗殺されそうになったとか。
金の先物で破産したとか大儲けしたとか、という話を聞くと、ラスベガスの八百長賭博並みの世界で
騙された結果でしかなかったことになる。「嘘だろう!」と狐につままれた内容だが相場の世界は、こんなものかもしれない。 
相場の世界は情報の質量の絶対数が多い方が有利で大手ほど有利になるが、
「金相場が談合で決定!」というと、話は違ってくる。 ちなみに、このレポートはネット上のものだが、半年、3千円、
2〜3日に一度、書き込みがあるもの。 決して、怪しげな情報源ではない。 世界経済は、数人の男たちによって
動かされているというが、最近、それが信じられるようになってきた。 ロシアや、アメリカの政府の首脳とは別の!
・・・・・・・・
2929,閑話小題
2009年04月12日(日)
 * 昨日は法事
去年早々、母方の叔父が亡くなり、両親の全ての兄弟・姉妹と連れ合いが亡くなった。その叔父と連れ合い、
そして長男の合同の法事が昨日あり、家を代表して参列してきた。「自分たちの法事としては、最後ではないか」と言っていた。
これから法事は少なくなる傾向のようだ。「家」の意識が、ここで大きく変化している。親戚も最小にして、
ごく内々で済ますようになった。坊様の商売は不景気に大きく左右される上に、これだから上ったりだろう。
 * 国債>税収 
09年度の一般会計が、ついに税収を国債発行が超えてしまったと、あった。目を疑ったが、事実である。もちろん戦後60数年で
初めてで異常事態である。国債大量発行で国債価格が下落し、金利が上がれば、企業の資金調達が困難になる。恐ろしいことである。
世界規模の大恐慌を避けるために、15兆円の大ぶるまいだが、それは国債発行でまかなうしかない。しかし、
その結末は将来の大きな負担と禍根を残すことは間違いない事実。あらゆるところから、綻びが現れてきている。
 * 宮城県が2011年にも財政破綻
これまた、目を疑ったが、宮城県が2011年にも財政破綻という。宮城県だけでなく多くの県が同じような窮状にあるという。
一般には隠しているだけで、数年以内に露呈するという。一日一日と何か恐ろしい事態が迫っている。
マイナスばかりが、目に付くが、それが現実なら仕方がない。
 * 桜が満開に
新潟市は昨日一昨日と花見と年度変わりの歓迎会を兼ねた宴会が集中する。不景気になって今年は、
それが顕著に現れたようだ。近くの地元の大型居酒屋は、予約で満杯という。但し長岡は、どこもガラガラ。
地域によって違うようだ。桜は満開になり、渡り鳥の姿が見られるようになったが、心は・・・
・・・・・・・
2565, ドル覇権の崩壊 ー2
2008年04月12日(土)          (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
この本で面白いと思ったところといえば、
・第二次世界大戦後に、「金・ドル体制」が確立、
・ニクソンが1971年に金ドル体制で崩壊、それに変わって「ドル・石油交換体制」が成立した。
・そして、ここにきて「コモデティ・バスケット通貨体制」と移動しようとしている。
 という点である。 現在の天然資源や穀物などの値上がりは、そういう要素もあったのだ。
 イラクにアメリカが攻撃を仕掛けたのは、フセインが石油の決済をユーロにしようとしたことが、原因というのも解る。
 その『コモデティ・バスケット通貨体制』とは、
  (字数制限のためカット 2012年4月12日)
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2007年04月12日(木)
2200, 反時代的毒虫 ー1         才八∋ウ_〆(∀`●)  ー読書日記   
 何げなく図書館で、この本を手にして、ーまえがきにかえてーの部分の中の一節に目が吸い寄せられた。
*カフカに「皇帝の使者」という短編小説がある。ある男のところに皇帝の使者が出発したというお告げがある。
(字数制限のためカット 2010年4月12日)
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2006年04月12日(水)
 1835, 善意について      \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/
善意については、色いろ考えさせれることが多い。最近になって、そのプラス面でなくマイナス面の指摘を目にする。
善意の善は、善悪の善である。 善悪なぞ、価値観の一側面でしかない。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、
一つとっても互いの善悪は全く違う。善をプラス、悪をマイナスみても、善も悪も何時までも持続はしない。
環境が変化するからだ。環境が変化をすると、善はマイナスー悪になる。現在の自民党の族議員、ゼネコン、
官僚の構造的汚職など典型的なものである。善意は、善意でよいが!善意だから何も許されるという甘えがマイナスになる。
日本の裁判の特徴に、善意による脇の甘さが起因しているトラブルがあまりにも多いという。
「友人の困窮に家を貸したが、相手が権利を主張をしてトラブルになった」とか、「連帯保証に、善意で判を押してしまった」
という話だ。その善意が狙われるのだ。善意を売りにしている人間で真っ当な人は多いが、何らかのペルソナの一部ぐらいに
割り切っていたほうがよい。ただ、善意ではなく、できることならギブ&ギブを心がけていた方がよい。
善意と優しさは、似て異なるものである。善意という動機にクールの視線を持てということだ。
(ウオーム?ハートにはクールヘッドがコインの裏表のように必要である。)   
ー以前書いた、善意の小悪党に関する文章である。これは、善意ー善人面を売りにして事例だから、少しづれるが・・。
ーー
2004/02/06
 1038, 「わたしは悪い不動産屋」ー2
以下の内容は、この本の書評というより、仕事で不動産にかかわってきた私の目から見た不動産業に対する批判と知識。
 (字数制限のためカット 2012年4月12日)
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2005年04月12日(火)
 1470, 書く(一人、語る)ということ ~2
このHPを開設をして一番の効果について何回か書いてきた。今までは、知識を得ても自分の内面に落とし込んで、
それでお終い。殆んどが記憶の底から出ることなく埋没するだけであった。 
  (字数制限のためカット 2013年4月12日)
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2004年04月12日(月)
1105, 「ありがとう」戦略ー2
・「幸せだから感謝をするのではない。感謝をするから幸せなのだ」 感謝はー大勢の人々のお陰、宇宙の森羅万象の
 お陰という気づきは、チャンスのときよりピンチのときに生じることが多い。
 (字数制限のためカット 2013年4月12日)
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2003年04月12日(土)
 738, NTTの現状から時代の変化をみる
先日、NTTの人が光ファイバーの件できたので、IP 電話の内容を聞いた。NTTが現在、大きい分岐点にあるのは私でも解る。
  (字数制限のためカット 2011年4月12日)
・・・・・・・
2002年04月12日(金)
 374, 主観と客観(喜劇と悲劇)
以前も書いた事があるが?「滑って転んだとする、その人は骨を折ったか、悲しいぐらいのいたみである。
  (字数制限のためカット 2013年4月12日)


4408, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −6

2013年04月11日(木)

     第五時限 「うふふ力を磨こう」  ー「隠居大学」天野祐吉、お相手 坪内捻典
   * 俳句はゲーム感覚で楽しむ
 母が50歳の頃、それまでの苦労のため重症のウツ病になり、数年かけ独り立ち上がったが、子供なりに壮絶さを垣間見た。
88歳で老衰で亡くなったが、医師の要請による解剖で心臓の四分の一が壊死していた。第二の人生の40年近くは、趣味の
世界に徹底していた。舞踊、謡い、茶道、写真、短歌、どれもこれも負けず嫌いで、ある領域まで達していた。晩年、母親に、
「一番、極めたのは何?」と訊ねたところ、短歌という。 老年の趣味といえば、短歌と俳句と川柳がある。
  ー 次の箇所は、短歌と俳句の違いを端的に示している ー
≪ 坪内:俳句的人間と短歌的人間って呼んでいるんですよ。ぼくの中では、つぶあんは俳句的人間、こしあんは短歌的人間。
 天野 どういうところが、俳句的、短歌的なんでしょう。
坪内 そうですね、まず、俳句は、自分の言いたいことを言わないんです。これは、つくるときにも意識しておくといいと
 思うんだけど、いちばん言いたいことを言わないのが、俳句がうまくなるコツですよ。よく、「わたしのこの俳句は
 こんなところがこんなにいいんです」と、自分で一生懸命説明する人がいるんだけど、そういう人はあまりうまくならない。
 自分の俳句についてしゃべらなくて、人の意見を聞いている人が、うまくなるっていうか、俳句向きだと思います。
天野 主体性のない人がいいんですね。
坪内 そうです。無責任で主体性がないんでいいんです、できるだけ(笑)。
天野 自分ってものを、強調したがるような人は……。
坪内 それはもう、あきらかに短歌の人です。短歌は最後の七七で、自分の言いたいことが言えるんですよ。
 俳句には、その七七を言わない醍醐味というのがあります。
天野 そうか。これは短歌じゃなくて狂歌ですが、「世の中に金と女は仇なり早く仇にめぐり会いたい」というのが
 ありますよね、これも、言いたいことは最後の七七ですもんね。
坪内 俳句だったら、最後の七七はいりません。    ・・・(略)
天野 言いたいこと言わないなんて、欲求不満になりませんか。
坪内 そう思うのが、こしあんの人の特色なんじゃないですか(笑)。俳句的つぶあんは、言いたいことを言う欲求より、
 自分の言葉を他人がどう読むか、っていうほうに欲求や興味がいくわけです。
天野 じゃあ俳句は、こう見て欲しい、感じて欲しい、こう解釈して欲しいっていうのは、表には出しちゃいけないんだ。
坪内 いけないってことはないけど、出さないほうが俳句らしいでしょうね。
天野 お話を聞いているうちに、「三月の甘納豆のうふふふふ」がなんだか、これまでとは違うふうに思えてぎました。
 なるほどねえ。今日、帰ったらさっそく俳句、つくってみようかな。・・・ ≫
 ▼ 「俳句は、ひとりきりで捻っていく人はうまくならない。それは自分を読者にしていまうから」に、ドキッとした。
  句会では、たいてい作者名を隠す。それで非難されて恥ずかしいと思ったら句会に入れない。恥をかくから上手くなる。
  この随想日記、だから公開しているが、あくまで自分中心。 毎日、書き続けていると、誰かの嘲笑を独り感じる。
  そこで、馬鹿丸出しを曝してよいものか?迷いが出る。しかし、人間には露悪趣味が心の隅にある。露悪とエゴと
  無知を偽善で包んでいるのが人間の本来の姿と思って開き直るしかない。私が短歌を書いたら、ほぼ狂歌だろう! 
 母の短歌より: 窓の下 逆巻く波のはげしくて わが生涯の縮図の如し:  大仕掛け 空を焦がして彩どれば 
   中天の月いろを失ふ:  若き僧 煙草の吸いがら 投げ捨てぬ 早朝のホーム 一点のしみ:  青き田の
   水に浮かべる没つ日を 絵心あらば 描かむものを: ものかなし 豆腐屋の鈴流れきて 秋の夕暮足はやに来ぬ
・・・・・・
4034, 幸福になるための五箇条
2012年04月11日(水)
                   「幸福になるためのソフト」の五項目 ー中川昌蔵
  「今日一日 親切にしようと想う。」
  「今日一日 明るく朗らかにしようと想う。」
  「今日一日 謙虚にしようと想う。」
  「今日一日 素直になろうと想う。」
  「今日一日 感謝しようと想う。」
「以上のことを、実行してはだめです。意識して実行すると失敗します」。意識するとエゴがでてしまいます。
   そういう想いが、いつも体の中にある人間になるのが一番いい。 潜在意識に刷り込むのが良い。
▼ 老齢とは、この逆になっていくことをいう。「しようと想う;なろうと想う」が良い。パソコンかトイレに貼っておくと良い。
   「今日一日、しん(親切)、めい(明るく)、にかけ、謙虚に、素直に、感謝しようと想う」と憶えればよい。
・・・・・・・
3668, 節目どきに ー3
2011年04月11日(月)
  これまでと違う日常に入って、10日になる。もっと、その変化に違和感を感じるかと思いきや、それが全くない。
恐らく10年以上、一日2〜3時間を集中し、蓄積してきたこのHPのためである。事象の変化に対して、脳の外部化した基地が、
ここにあるためだろう。 ある人に「HPに偉そうに書いているが、現状のその様は何だ!」と、酒席で言われたが、その通り。
その時に「少なからず経営に携わっている限り、赤裸々に曝け出すブログを書くのは如何なものか」と、他の人から忠告された
言葉を思い出した。 毎日の記憶をHPの中のブログに記録したり、読書の感想を書き残したり、毎日一文を書き始めた時から
何かが確実に変わっていった。 脳の外部化で、因縁のある人の何人かと繋がっている実感があるのが心を広く明るく自由にする。
心は言葉である。毎日、言葉として表出していれば、現象が変わったとしても、気持ちの芯が乱れることはない。
毎日、書き続けているのは、経営を良くするためでない。経営は失敗すれば、全責任はトップにある。
何を責められても言い訳は出来ない。 立場的に、赤裸々に自分の心を露出すること自体が大問題である。 ギリギリのところで、
表現を注意していても本音が表出してしまう。 しかし、その何倍も、書き出し、公開することの効果を感じ取っている。
だから 偉そうに! と言われても、その通りと認めざるを得ない。初めから覚悟をして書いている。5年、10年後から振り返ったとき、
書いた時々のマイナス、プラスなど、如何にでもよいことを毎日、過去の文章を読み返していて分かっている。以前に都銀の担当に、
「借りた金は、返すな!」という読書感想文を書いたのを読まれ、貸し剥がしをされかけた事があった。その上に、いわれのない?
数百万を強奪?されたことがあった。 それなりに、書き、表現していると周囲に波を立てることになる。しかし、その蓄積が、
このような節目どきに、安定した心を保つことが出来る。その時に、書く内容に力を落としたら、その分だけ心に違和感が出てくる。
先月末を持って、数ヶ月、節目ということで、休もうとした。しかし、あと一月で、まる10年に辿りつくまで書くことにした。 
結果からして、心を乱さないためには、休まないのが正解であった。 で、・・・
   2005年04月11日(月) 1469, 負い方ひとつで、重荷も軽い
 ・・・・・・・
3303, 人みな骨になるならば ー10
 2010年04月11日(日)
* 死の不安の克服は可能か
ー まずは、その部分の抜粋 ー
 老いゆく日々はまた死の不安に対する対処の日々でもある。その圧力があまりに大きいため、われわれはそれと正面切って
対決するよりは、なにかで紛らせてしまおうとする。人生前半は若さや時間をもてあますあまり何かで紛らせようとするが、
人生後半になると若さや残された時間の急速な目減りを直視しないために何かで紛らせる必要が生じる。 不安や恐怖に対して、
そこから目を逸らせて別の関心事で紛らせることは必ずしも悪い料簡ではない。何かで紛らせるのが下手な人物のほとんどは
中高年期以後に精神障害に陥るように思われる。つまり、何かで紛らせそこねたとしても、自らの死や限界を直視したり
対決したりできるものではなく、ただノイローゼになるだけなのだとしたら、死の直前まで俗世間のことで紛らせ続けるほうが
はるかにましな選択かもしれない。ある意味で病気というのが紛らせる工夫として最後の手段なのであろう。少なくとも、
病気はそこからの回復という一時の目的を用意してくれる。 ただ、ノイローゼになろうが、別の何かで紛らせ続けようが、
最後の時が近づいている事実を変ることはない。猛獣にねらわれた駝鳥が逃げあぐねて、砂の中に頭をもぐりこませたとしても、
猛獣そのものが消えてなくなるわけではないのだ。 俗世において最低限の衣食住を確保すること以上の関心や活動の全ては、
死や滅亡しないで済ませる工夫でもあり得る。 仕事も趣味も健康法も孫の世謡も老入クラブもゲートも、いやい老人向けのもの
ばかりで無い。あらゆる交際、作業、訓練、試合、家事、育児、創作、旅行、遊興、その他、ありとあらゆる実務と余技と行楽が
空虚を埋めてくれるレパートリーなのである。 与えられた時間の中身を埋めていく営みを、交流分析の祖、E.バーンは
「時間の構造化」と名づけた。確かに、われわれは無構造な時間、中身のない時間を過ごすのに適した脳を進化させてはいない。
 ・・(中略)恐らく人間は、ただ死を待っている例外的な状態か、それを忘れるために俗事に忙殺されている通常の状態かの
いずれしか許されていない。・・われわれのできる最大限の抵抗は、せいぜい「生まれる前なることが、それほど恐れる
べきことか」と自他に問いかけることぐらいだろう。・・・・(中略)それがしの不安を宥めるために思いつかれたか
どうかはさだけではないが、祖先や供養や崇拝もわれわれにとって捨てがたいことである。・・もちろん、われわれは
多くの祖先に負っている。祖先がどこかで安らんでいると思えば心安んじることができるし、なによりも、わたしたちが、
そこで安んじることができる。しかし、ああ哀しいかな現代のわれわれは、草葉の陰も、煉獄も、もはや信じていないのである。
▼ あまりにも虚無的な内容だが、そんなものかもしれない、特に目を逸らしてきた人は。60代までは、後ろから迫ってくるが、
 70歳代に入ると前方より迫ってくる感覚になるという。 病気でさえ、それから回復という目標としての気を紛らわせる
手段でしかないとは・・・ 死は本人にとっては、無だから、そんな存在しないことに恐れることはない!とはいえ、
そういかないのが、言葉を持ってしまった人間の宿命。 だから、天国のイメージを永年つくっておく必要があるから
宗教が最後のよりどころということか。 最後のレッスン=学習と思っても、身近な人の苦痛と苦悩の極みを見ているから、
一日一日を精一杯生きることしか、紛らわせることができないのだろう。 知ること、新しい経験をすること、愛すること、
楽しむこと、等々、時間の構造化(一週間の予定を立てて入れていく)をすること位しか無いのだろう。気を紛らわせるために。
・・・・・・・・
2928,中沢新一の『三位一体モデル』 −7
2009年04月11日(土)
それでは、実際の演習をしてみる。
 ー「会社役員」ー
子=会社役員
父=変化する社会変化、その変化に関わるニーズの変化、市場の変化そのもの。
  会社の理念、そして「あるべき姿」を把握。精霊=会社の現状、そして父の姿を反映しているか?
 ということになるが、何か書きながら赤面してしまうから、・・・
 ー設計事務所ー
子=設計事務所
親=会社の理念、創業者の積み重ねた信用、長年積み重ねてきたノウハウと実績。
  社会の変化と、新しい技術、そして
精霊(自己増殖するもの)=設計で完成した建物。地域社会との繋がりと貢献。
 ーソフトハウスー
子=ソフトハウス
親=ニーズとされる人材の確保と、
  〜〜
ー保険事務所ー
 子=保険事務所
 親=万一の危険に対する対応のニーズ。 危険を金で分散をしておくノウハウ
 精霊=得意先のニーズの充足。 顧客。 金融商品。
 こんなものだが、自分の名前を「子」に入れてみようか?ドッキとするだろうが。
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2564, サルも朝日の美しさに感動する! −1
 2008年04月11日(金)
 以前、旅番組で猿が二匹で夕陽が沈むところを眺めている姿を後ろから映していたが、いやに、その画面が目に焼きついている。
猿も日没の美しさに心打たれるのだろうか。それは感動という心の働きではないだろうか?それを猿が持っている?等を考えた。
しかし、同じような姿を、ユングが見ていたのである。夕陽の入りと、朝日の昇るのを見るのは万国共通のようで、その不思議を
感じていたが、猿も、その美しさに見とれていたのである。 ユングの『自伝』の一節に以下のような印象的な言葉である。
まずは、その一節を書き写してみよう。
* ウガンダのナイル河上を、ユングが旅をしていたとき 断崖の上にヒヒたちの群れが東の方にむいて並んで座っている。
 その地帯の夜明けは信じがたいほど劇的った。朝日の光が、渓谷の深い闇の底から一切の物の形を浮かび上がらせる。
 ヒヒたちはその朝日の最初の瞬間を、身じろぎもせず待っているのだ。そしてその光のドラマを見終ると、ぞろぞろと
 台地の向こうに去ってゆく。「光への憧憬、意識に対する憧憬」「原初の暗闇から脱出しようという抑え難い衝動」・・。
* この地方の日の出は、日々新たに私を圧倒する出来事であった。劇的だったのは、地平線上に太陽が急に昇ってきた
 ときの光輝よりも、それに続いてひき起こることの方にあった。私は夜明け直前に、キャンプ用の椅子を持ち出して、
 アカシアの木の下に座る習慣をつけた。私の前には小峡谷の底に、黒い、ほとんど暗緑色のジャングルが細長く横たわり、
 谷の反対側にはジャングルの上に聳える台地の外輪があった。 まず、光と闇との対照がくっきりと鋭くなった。
(字数制限のためカット 2010年4月11日)
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2007年04月11日(水)
2199, 歌舞伎町シノギの人々  オッ(*^○^*) ハ〜ヨウ  ー読書日記ー
新幹線車内・読書用として図書館から借りてきて読み始めたが、これが面白い!
(字数制限のためカット 2010年4月11日)
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2006年04月11日(火)
1834, 壁際の名言−2   才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)   ー読書日記ー
唐沢俊一著の「壁際の名言」が面白い!この本は、「まえがき」と「あとがき」を読むだけでも充分に価値がある。
老詐欺師の「内面なんで 見かけだけだもの」の一言が目に付いて図書館から借りてきた。内容は馬鹿馬鹿しい?が、シビアで
現実感がある。少し(15分)時間がかかったが「あとがき」を書き写してみた。自分の経験と照らして、この文章を味わうとよい。
 ーあとがきーの文章がよい!
老詐欺師は私のおだてに乗って、自分の若いときの女性遍歴を話し始めた。今は詐欺師に身をおとしているが、
京都のしかるべき家の出であることを本当らしく、大正時代の上流家庭の子女を篭絡させていった手管や失敗談は、
一冊の本にしたいほど、スリリングで抱腹絶倒させた。 そして彼は私の周りをウロチョロして、一円の金もとれずに消えてしまった。
・・・ それらの話も終盤にかかった時、私は彼に、「・・・結局女性の、どんなところがいいと思っているのですか?」
と聞いてみた。すると、彼はうつむいて考えていたが、やがて「・・・やっぱし、美しさだね」と言った。
「それは・・・顔の?それとも、内面の?」と私。「顔だよ。顔。それしかないよ」「内面とかはどうでもいいと?」
「・・君はね、まだ若いね。いいかい、内面の美しさなんて、見せかけにすぎないんだよ」
逆説なのか、それとも単なる言葉の言い違いかもしれないが、「内面なんてみせかけだもの」という言葉のインパクトは、
ずっと私の心に残った。それから十数年の間に、私もかなり、様ざまな女性と付き合った。(もちろん、仕事上である)
そして、最も仕事上で酷い目にあったのが、心が純粋で、内面が美しく、それのみを自分の価値観として生きていて、
ビジネス的な話が理解できないところか私に内面の美しさを要求し、つまり金などという汚らしいことを云々するな、
と強要し、こちらはホトホト困窮した。一方、外面〜顔〜の美しい女性は、世間に対する見栄を大事にして、
此方がわ(芸能プロダクション)が要求しているのは顔の綺麗さだけだということを理解して、
プロの論理できちんと応えてくれた。その度に、あの老詐欺師の言葉が、フラッシュバックしたものである。
ー
以上であるが、これは美人論でもある。女の職場を渡り歩いてきて色いろな経験をしてきて、著者の言いたい一部分は
理解できる。美人は部下として使いやすい?という現実がある。子供の時から、それを意識をしているから、
その辺を認めてやればよい。(もちろん例外はあるが。)美人の泣き所があるし、寂しさである。
 逆に、その他(8割)の女性の泣きどころもある。そんなことは、どうでもよいこと。 
顔も心も、それにこだわることに問題がある!ということ。
  ーーー
 ーこの本は古今東西の有無名人の言葉から‘キワドイ’56名言を集めたものだが、その中から幾つかの言葉を選んだ。 
「おまえらせいぜいまずいものでも食って長生きしろ」  (尾崎紅葉)              
「バレなきゃイカサマじゃないんだぜ」         (ジョジョの奇妙な冒険)
「貧乏人は安いものが好きだ。 金持ちは貧乏人よりさらに安いものが好きだ。だから金持ちになったんだ」(マツモトキヨシ)         
  (字数制限のためカット 2012年4月11日)              
・・・・・・・
2005年04月11日(月)
 1469, 負い方ひとつで、重荷も軽い
徳川家康の言葉で「人生は重荷を背負いて坂道を往くがごとし」という言葉がある。人生には確かにそういえる部分がある。
(字数制限のためカット 2010年4月11日)
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2004年04月11日(日)
 1104、「ありがとう」戦略ー読書日記−1
以前「幸せの宇宙構造」という本を読んで、人生観が一変してしまった。心の底の一番大事な芯として、「ありがとう」
の言葉が根付いてしまった。単純といえば単純だが。 
 (字数の関係でカット2008年04・11日)
・・・・・・・
2003年04月11日(金)
 737, 若い人の価値が下がってしまった
 現在の新卒の就職が問題になってきている。大学を出ても、まともな就職先がないのだ。
  (字数制限のためカット 2013年4月11日)
・・・・・・・
2002年04月11日(木)
373, 何故マイナス思考になるのか
 ーこれは面白い問いかけだ。 経験を積むにしたがい、必ず失敗の経験を重ねていく。その失敗の経験がマイナス思考を生み出す。
(字数制限のためカット 2013年4月11日)


4407, 閑話小題 ー自転車の修理

2013年04月10日(水)

   * 自転車の修理
 一昨日はチャリのパンク。で、何時もの自転車屋に持っていくと、オヤジさん、転んで左手を骨折で修理が出来ないという。
「手伝うので直してほしい」と言うと、しぶしぶ納得。 そこで思ったのが、自分でも可能でないかということ。
「こんど泊り込みでサイクリングに出たいがパンクが不安。で、見ていて私でも直せそう」というと、「問題は修理道具だが、
二本の専用ヘラがあれば、タイヤ外しと装着が手軽に出来る。HCにはパンク部分はゴムのノリ付シールがついたパンク修理
セットが売られている」という。一寸した靴の修理と同じである。 靴も自転車も専門家が直すもの、というバイアスが
かかっているだけのこと。それか千二百円を割り切って払うか? 次回、考えてみようか!
   * 絆とは
 絆は家畜などをつなぎとめる綱の意味。 言葉の通じない人間と家畜が、互いに生きていくため、鼻や首につけられる綱が
転じて義理や人情の喩えになった。互いが、その綱だけで繋がっている危うい関係をいう。そのため、震災での助け合いの
繋がりに使うのに無理がある。阿部首相が米国との絆を強調したが、毎日新聞に「日本は米国の家畜と受け止められる」と
批判されたのも、記憶に新しい。絆という言葉に何か危うさ弱さを感じるのは私だけでないはず。とはいえ、身内や自宅や
共同体を失って路頭に迷った時、頼れるのは親戚縁者と共同体の繋がりしかないのも事実。いまだ避難民が20万世帯もいると
思うと、「絆の批判」など、とんでもないこと。 人と人の間で生きているから、人間。その繋がりが絆ということか。
   * ネットラジオ
 書斎コーナーのBGMはネットラジオを聴いている。iTunesで、世界中の千局のテーマ別スタジオから音楽を聴ける。
思いもよらぬ曲が次々と飛び込んでくるが、これが新鮮で良い。人は、思いもよらぬ仮想の中で気持ちが解放される。
それは未知の音楽の中に近道があるようだ。こういう音楽を気楽に聴けるようになったのは、バイアスがとれてきたため。
ジャズ、ソウル、カントリーなどジャンル別だったり、70、80、90年代のヒット曲別だったり、分類も豊富。
音楽好きだったら、たまらないはず。少し目をネット上に向けると、こういうのが無制限に手に入れることが出来る時代、
それを如何に楽しめるかどうか? そのためには若い人の間に居ないと。 バイアスが外れる度、外は広く、内は深くなる!
・・・・・・
4033, シングルイン、31年間の総括 ー9
2012年04月10日(火)
    * つれづれに ー9割がた終了
  抵当に入っていた自宅は家内が買い取ることになり、新潟駅前の物件5つを加え、すべて決着。
 弁護士曰く、「あれから一年、世の中はグチャグチャ。 この環境下、見切り千両というより、見切り万両といってよい。
 これだけの物件で金融関係が全く異議をいってこないのは、初めて。」 という訳で、9割方終了という。 一瞬早い決断は、
 問題を数分の一にしてしまう。あとは個人保証債権をサービッサーと交渉して家内が買いとるか、破産するか一年がかりになる。
 これが残りの一割。 「この時世の中、全ての物件が一年で処分できたことに逆に銀行に感謝された!」と弁護士。
 これで現時点で、絵に描いたような撤収。 これも一連の事業の範疇。 経理担当OOさんの管理が完璧だったことが背後にある。  
 夜逃げ、首吊りか、合理的撤収になるかは一瞬の決断の間合い。 それでも心の傷が癒えるに数年はかかる。これは、
 時間の経過と、問題の中心点に気持ちを集中し続けるしか、解決はできない。多くの要素が絡んだ原因と結果でもあるからだ。 
  一度、社会から身をひくと、経済と社会の流れに鈍感になる。 表立ってないが、深く景気の悪化が進んでいるようだ。 
 起こってしまった東北大震災と、今後予測される大震災を、連日マスコミで流されれば、住宅関連、車、家電など買う気がなくなる。 
 その中で運良く全ての物件が売れてくれた。 ホテルの装置は稼働していないと、内臓(ボイラー、配管)が時間とともに腐り、
 買い手がいなくなる。 最悪の場合、建物撤去が必要になり、価値が更に暴落することを銀行は知っている。その結果、個人保証に
 厳しい姿勢になる。 破産をすれば、それで終わるが、拗れると個人破産にも異議が出る。しかし生きたままの債権移動は、買い手も、
 銀行も、債務者も良い、「三方両得」になる。 目安が3〜5年先と思っていたので、歴史的異常時の中、有難い結果である。
  ・・・・・・・
3667, 節目どきに ー2
2011年04月10日(日)
  今回の ? を当事者の目線で現状分析すると、
・ 9・11、9・15、の経済震災と、3・11の自然震災の直撃で、事業としての立ち居地が悪かったこと! 五割が、これ。
・ 三割がネットなど情報化の影響が直撃、そこにビジネス客の首都圏より二時間圏内の日帰りの徹底が
  地方都市駅前ホテルを衰退を招いたこと。グローバル化で、特に、この10年地方経済が衰退したことがある。
・ 最後の二割が、鉄とセメントの装置産業で身動きが取れなかったことと、部屋在庫を多く持ちすぎたことである。
・ さらに当方として30年という事業年齢の満期にきたこともある。 
    これらを読めなかった能力不足が全てといえば、その通り。 しかし、(これを読めというのか?)という内なる声。
  結果からすれば、創業後10年辺りの最盛期に事業転換をすべきだったが、これはあと講釈。 
 この3つの経済震災と自然震災の結果について、震災は震災として割り切るしかない。その辺の、したり顔の下司講釈など・・
 宮城の震災地の真っ只中で、「こんなところで事業をしている御前が悪い」とか言う輩はいないが(いや何は何処にもいるか?)、
 経済震災になると、その辺の類推がでない人が大部分だろう・・・。 今回の災害そのものを大地震とすると、恐慌という
 大津波が何波も、もう、そこにきているのに、情報コントロール下のため?か、大部分の国民は、分かってない? 
  今年は2012年の前年である。この三年は10〜20メートル・クラスの経済破壊の大津波と、放射能汚染などのパニックが
 起こってくる。 たとえとして、ソ連解体直後のロシアの大混乱?や、中国の文化大革命(推定3〜7千万人の??)
 に匹敵する混乱を日本に想定すればイメージがわいてくる。 リーマンショックが日本経済を直撃している最中に、
 日本史、いや世界史に残る、大震災に直面するとは! 東日本のリゾートホテル・旅館は、客が5分の1、10分の1という。
 長岡の奥座敷といわれるホテル街は、ほぼ客がゼロとか。 中越地震で立ち直りかけた矢先に豪雪と、これ。 青色吐息でなく、
 黒色吐息。 それにしても、原発事故の行方がサッパリみえない暗い日日が続く。このままでは経済の先行きは真っ暗。
 この原発事故の汚染が、このまま収まるとは思えない。 農業、漁業、土木、建設、第三次、第四次産業も、
 輸出産業など、どれをみても・・・。 どうなるのだろうか?   何をかいても曳かれし者の戯言 か、これは。
  ・・・・・・・
3302, ブログ向けビデオカメラ
 2010年04月10日(土)
新聞で、ブログ用に特化したデジカメを二種類を比較対照した記事があった。発売当初から両方とも興味があったので早速、
近くの家電量販店に行ってみた。たまたま、真剣に見ていたためだろう、女店員が来て詳しく説明をしてくれが、なるほど
実物は思ったよりズット良かった。衝動買いは必ず後悔することを経験上知っているので、パンフレットだけを貰ってきた。 
ネットで調べて迷ったあげく、結局はアマゾンで買ってしまった。 ヨドバシカメラの値段より、25パーセントはやすい。
16GBのSDカードを別口に注文をして3万1千である。ちなみにヨドバシは、カード込みで4万弱だった。
一方のソニーのものと最後まで迷ったが、5千円高い方の、これにした。 シンプルだが、非常に使いかってがよい。 
5年前なら軽く20万はしただろう。デジカメとして800万画素もあるので、デジカメにビデオが付いているという感覚である。
(字数制限のためカット 2012年4月10日)
 ・・・・・・・・
2927,中沢新一の『三位一体モデル』 −6
 2009年04月10日(金)
 *「三位一体モデル」を使った演習  ー �
「三位一体モデル」を実際の知人の仕事を当てはめて演習をしてみたが、考えさせられる。
実際に丸を重ね合わせて三つ書いて、その一つの「子」の円に、職業を書き込んで、次ぎに「父」、そして「子」の順に
書き込んでいく。 それが、なかなか面白いのである。 その前に、我われの生存ベースである幻想としての
 「国家」、「国民」、そして「家族」から考えてみる。
* まずはー「国家」ーから
 子=  国家
 親=  国家成り立ちの神話 日本なら「天皇神話」から、これまでの歴史と、これからの方向を示す羅針盤。
 精霊= 文化、文明(国家としての教養)。国民と、その民度。国家としての政治・経済・軍事力・警察力。
* 次に、ー「国民」ー
 子=  国民
 親=  国家憲法、法律、それを維持する暴力装置(対外的には軍隊、対内的に警察)。これに愛国心。
 精霊= 公共施設(道路、河川、鉄道、公園、学校 etc)、都市、街、村、故郷、政治家、芸術家、経済力、など・・
* 国家のベースとしてのー「家庭」ーとは
 子=  家族
 親=  血統、家柄。家訓、家そのもの。
 精霊= 子孫、盆暮れの集まり。家族の団欒。家族旅行。 
国家は、共同幻想の典型と言われるが、長い歴史に裏付けられた蓄積がある。日本では天皇制度である。
人間の「なすべき基準、価値観のベース」は、国家のために何をすべきかに行き着く。
我われの安全を最後に守るのは国家である。それが軍隊であり、警察という暴力装置である。
現在の憲法は、明らかにアメリカ庇護を前提として作られている。庇護は建前で実態は隷属である。
この憲法である限り、日本は衰退するしかない。右翼みたいなことを言うが、グローバル化になればなるほど、
ベースとしての国家の強固の基盤が必要になる。 無理だろうが・・          つづく
 ・・・・・・・・・・
2563, ディープ・スロート
2008年04月10日(木)
『ディープ・スロート 』ー大統領を葬った男  ボブ・ウッドワード著    ゜+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゜
これも図書館で見つけた本である。これが出版されていたことは知っていたが、買うほどではないと、判断していた。
 あまりに奇抜で、生々しいから目をそむけたのだろう。まずは、アマゾンの紹介文からして、面白い。
 ー内容
ニクソン大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」から33年。新米記者ボブ・ウッドワードに
地下駐車場で極秘情報をリークしていた人物が名乗りを上げた。当時のFBI副長官マーク・フェルトだった。
フェルトが死ぬまで秘密を守り抜く覚悟でいたウッドワードが、その告白を受けて初めて明かす、
フェルトとの出会い、情報源秘匿のエピソード、その後の二人の関係…。
(字数制限のためカット 2010年4月10日)
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2007年04月10日(火)
2198, リーダーシップの旅  才八∋ウ_〆(∀`●)  ー読書日記ー
  「リーダーシップの旅」ー 見えないものを見る   野田 智義 (著),
 野田氏の考えを主として金井氏が聞き手として対談し、まとめたもので、サブタイトルは「見えないものを見る」である。
 二人の気持ちが、そのまま現れて解りやすい内容になっている。
*リーダーは、それに相応しい人がリーダーの仕事をするのではなくて初めは、あることをやろうと思い立ち、
  自ら一歩踏み出すことがはじまりで、最初からリーダーだったわけではない。あることやり遂げることで初めてリーダーになる。
それは私たち一人一人が、自分の生き方の中に発見するもの、生き様を問うことだ。創業を何度か経験をしてきたので、野田氏の
言わんとするところが、いやというほど解る気がする。ツアーを使った秘境旅行でも、そのつど何処に行くかの選定の筋書きが始まる。 
だいたい家内の大反対から始まり、それでは私一人で行くとなり・・その後、家内が従う物語になる。
この難関が一番大変である。周囲の反対で中止というのは、それだけのことでしかない。
  :面白そうな部分を抜粋してみる:
リーダーシップは「見えないもの」を見る旅だ。 ある人が、「見えないもの」、つまり現在、現実には存在せず、
多くの人がビジョンや理想と呼ぶようなものを見る、もしくは見ようとする。そして、その人は行動を起こす。
世の中ではよく、リーダーはついてくる人(フォロワー)を率いる、リーダーシップはフォロワーを前提とするなどと
言われるが、私はそうは思わない。旅はたった一人で始まる。 フォロワーは旅の途中で現れる。リーダーと出会い、
一緒に旅をする。しかも、この時点で、しばしばリーダーは自分のリーダーシップには気づかない。
見たいものを見、やりたいことをやり、自身が描く目標に向かって歩いているだけで、
自分がリーダーシップを発揮しているとは意識しない。リーダーとフォロワーが、実現したい何かに向かって、
ともに旅という時間と空間を過ごすプロセスで、お互いの共振関係が生じる。
決して、一方的な関係ではなく、相互の影響がそこにはある。その中で、リーダーが見る「見えないもの」が
  フォロワーにも共感され、いつしかフォロワーの目にも「見えないもの」が見え始める。
そんなリーダーの行動がフォロワーに向けて醸し出す「フェロモン」と、フォロワーがリーダーに感じる賞賛によって、
  リーダーシップは結果として成立する。リーダーは、リーダーになろうと思ってなったわけではなく、
「結果として」リーダーに「なる」のだ。  (21〜22ページ)
(字数制限のためカット 2012年4月10日)
 ーー
中年がある時期、立ち止まり、自らの来し方を振り返ることには意味がある。三十代半ばから四十代は「人生の正午」に当たる。
学校を出て働き始めて二十年近くが過ぎ、定年を迎えるまで二十年少しを残している。
十分に経験を積み、現実もそんなに甘くないことは分かっている。 そのぐらいの年齢で、
  自分は本当に何を実現したかったのかを考え直す意味は非常に大きいのではないだろうか。(中略)
今なぜ仕事をしているのか、その会社や組織で働くことにどういう意味があるのか、自分のいる場所にとどまり、会社や組織、
社会に対しても貢献できて、そして何より自分が生きいきできる夢とは何なのかを、考えることもできるのではないか。
とどまって挑戦する。精一杯やって、どうしても駄目だったら、別の場所を考え始めればいいのではないだろうか。(161〜162P) 
  (2008/04/09字数の関係でカット)        ホンジャ~~ヾ(´ω`)バイバイ
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2006年04月10日(月)
1833, ずっとやりたかったことを、やりなさいー6  (^ω^*)  ー読書日記ー
この本の最後のページに書いてあった言葉である。言葉の効用を最も深くあらわしている。
言葉は人を生かしもすれば、殺しもする!じっくり考えると、般若心経が一番効用がある! 
生まれる前も、死んだ後も、そこにあるのは「無」である。いや「空」である。全てが、そこに帰結するだけである。
最後は一人である、人間は身近な人の慰めをもとめても、深いところの慰めは得られることは少ない。先人の深い言葉は、
数百年数千年の時空を超えて我われを元気付けてくれる。先人の言葉を探し求めれば、必ず我われを勇気づける言葉はある。
 ー癒しの言葉ー
言葉を濡れた冷たい布切れのように折り畳み あなたの額に置いてあげたい。あなたの手首を包んであげたい。
ほら、ほらとその言葉は語りかけるだろう。あるいは、もっとましな言葉を語りかけてくるかも知れない。
私は言葉に、何もかも大丈夫よと囁いてくれるに頼むだろう。私は言葉に、あなたを一晩中抱いてくれるように頼むだろう。
熱で火ぶくれになり、やけどを負った箇所に 熱があなたを傷つけた箇所に言葉を塗り込め、冷やし、なだめてあげたい。
言葉でもって癒してあげたい。
▼ 丁寧にキヅ口に当てればタチマチ、傷口から優しさが沁みこみ、そして深い経験に昇華する。   ε(´',_c')зβyё
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2005年04月10日(日)
 1468, 通販の時代の到来
先日、NHKのニュースで「韓国のホームショッピングが、デパートの売り上げと同額になった」と報じていた。
・韓国では既にインターネットの普及率が70?を超えたこと
・光ファイバーが隅々まで配置されている などが理由にあげられるという。、
結婚式などの無形商品もTVでそのサービスを見て選定をしてから、2〜3の会場に行って決定するという。
日本もここにきて、本格的に光ファイバーが家庭に普及しだしてきた。
数年もしないうちに韓国と同じような状態になるだろう。このことは情報化の象徴的な現象とみることができる。
それにしても、TVショッピングがデパートの売り上げを超えようとは感慨深い。私の場合は、電気製品を買う時は
必ず価格ドットコムを見てから、量販店に、その事実と価格を告げて数?を上乗せをして買う。
万一故障の時、直接メーカーと交渉するのが面倒だからである。健康食品と書籍も、半分は直接ネット上で買っている。
生物は経験の重なりが知識・情報になり、その結果として進化してきた。ところが、その情報がインターネットで瞬時で
世界中に飛び交う時代になったのだ。これは人類にとって大革命である。 そして、このことが社会を根底から変えている。
新潟の駅周辺にも、隠れ居酒屋が彼方此方に出来始めて何処も結構繁盛している。リクルートなどが出している情報誌を見て、
予約をしてくるという。新幹線の中で、最近パソコンを使っている人が目立ち始めてきている。
また、事務所も自分のセクションのないフリーのものが増えてきたという。パソコンに事務所機能が入っているので
セクションがないほうが合理的になる。日本も光ファイバーが、会社と事務所に本格的に入ってきた。さらに
TV機能の付いたパソコンと携帯電話が一般的になってきた。これらが社会にもたらす影響はこれから色いろなカタチで
出てくるだろう。一昔(5~6年前)では考えられない面白い時代になった。経営する立場は大変である、
 一強多弱しかないのだから。
ーーーーー
2004年04月10日(土)
 1103, マスコミは戦争地域には・・
今回イラクでこうそくされた邦人は何なんだろうという疑問がわく。NPOに名を借りた1発屋のフリージャーナリスト。
  (字数制限のためカット 2011年4月10日)
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2003年04月10日(木)
736, まずは「一日一図」から
 このホームページを開くきっかけをつくったのは久恒啓一著の「インターネット勉強法」である。 
先日、彼の本を買った、三冊目である。『人生がうまくいく人は図で考える』である。
(字数制限のためカット 2013年4月10日)
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2002/04/10  
 不安解消法
学生時代読んだ本だが、カーネギーの「道は開ける」に書いてあった方法である。
記憶なので何処まで内容が正確か定かでないが書いてみる。
 ある不安があったとすると、  
1、まずその不安な気持ちの対象を書き出す。     2、その不安のさらなる最悪の出来事を想定して書いてみる。
(字数制限のためカット 2010年4月10日)


4406, 大丈夫、なんとかなるさ

2013年04月09日(火)

           ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 より
   * よい先生、わるい先生
 著者は毎日新聞の論説委員をしており、「文章をうまく書く秘訣」などのレポートを読んだことがある。
「随想は想いを書くもの。その想いを書くとは思い出を書くこと。多くの経験の中で、記憶として残っているのは、
その人にとって大きなインパクトのあったこと、それを書きなさい」という論に、ハッとしたもの。
 これは、毎日新聞の夕刊に「しあわせトンボ」に5年前から二年半の間、連載されたエッセー。なかなか味わいがある。 
  ーまずは、心に響いたものから、取り上げてみる。
 ≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。それは中学一年の英語リーダーで先生にニューヨークの、
地名の意昧を質問したことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか」と怒声を上げたというのだ。司馬さんは帰り道、
市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したことは
ない」とエッセーで言い添えている。
 いい先生というと、アメリカのある学校で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが自分の
仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることである」と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」
へのチェンジである。「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」を教えるのだとなると、
それは最終の目標ではなくなる。 やがで子どもたちも変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子はこう答える。
「先生に習うようになっでから、自分が好きになったんです」 「こころのチキンスープ」で知った話だが、・・・ ≫
 ▼ 「数学を教えるのではなく、子供を教えるのが仕事」は、さすが。 この随想日記、「自分のために、同調したこと、
  心に響いたこと、記憶に残したいことなどの雑記帳・記録帳」と割り切っている。 忘却のためのメモ帳ということ。
  そう割り切ってしまえば恥も外聞も何もない。「偉そうなことを書いている割に全然、成長の跡などみえないじゃないか」
  と言われれば、「全く、その通り!」である。未来の自分は、現在、そして過去の自分の子供と想定。 その子供のために
  書き残すと思えば、逆に手が抜けなくなる。「未来の自分は、現在と、過去の子供」という言葉、我ながら言い得て妙。
  とすると、過去の自分は現在の親になる。あまり良い父親ではない? まあ、いい、この子(私)を見れば、仕方がない! 
・・・・・・
4032, 「人生の知恵」ノート ー4
2012年04月09日(月)                    
   ー 人生を成功に導く言葉ノートより ー
* 先延ばしは命どり
 「仕事で失敗する理由で一番多いのが先延ばし。一度やりはじめれば意外と簡単に片付く。とにかく先取りで問題を解決すること。
* 尊敬など、されようと思うな
 孤高の姿が敬意を呼ぶ。無理に尊敬されようとしないこと。
* ツキを見極める
 新しい事を始めるときは、運の風向きに敏感になり、好機を待つ間に準備を進めよう。
* 引き際を見極める
 勇敢な攻撃と同時に退くこともたたえれるべき。引き際のタイミングが大事。幸運の女神は、
 その頂点が高いほど、期間が短くなる。 絶頂期を見定めたら、引き際を考えるべきだ。
* 欠点を直すこと
 人は他人の欠点を見逃さない。あなたの実力を点検した上で、欠点だけに注目し、悪し様に言い立て、他の長所をかすませる。
* 二回目の挑戦を必ずする
 一度失敗しても、必ず二回目の挑戦をすること。一回目の失敗を取り戻せる。成功より失敗の方が多いが、
 二回目に成功する確率は一回目より遥かに高い。多くの挑戦は二回目に成功が多いという真理を知っておくべきだ。
* 現実的に生きるべし
 賢者は思ったふうに生きられないとしても、できる限りのことをする。運命が与えてくれないものを惜しむのをやめ、
 運命が与えてくれたものを大切にすべきだ。現実が理想を支えることを知ろう。現実の土台が弱ければ、理想は単なる重石となる。
 未来の理想の自分を明確にしたうえで、現在すべきことを確実に実行する。賢人は現実で未来をコントロールする術を知っている。
* 忘れるべきは忘れる
 「人が一番良く覚えているのは、忘れた方がいいことである。」嫌な記憶は楽しい思い出で吹き飛ばせばよい。反省をしたら、次へ。
 ▼ 引き際は、最も大事な決断。最高値の引き際は無理だったが、最後の最後は断崖絶壁での引き際。 いや、どうだか? 
  ・・・・・・・
3666,  節目どきに
2011年04月09日(土)
 先月末から一週間、この30年来と違った生活に入った。リタイアになる。 以前も、そうだったが、それまでの生活と
全く変わってしまったが、抵抗感はない。 肩の荷がおりたためか、何か地から浮いているような、ふわふわした気分である、
独りになったためか縛りがなくなり、まずは足が軽くなり、直感的に新しい習慣つくりを始めている自分に驚いている。
30年前、40数年前の自分に戻ってしまったようである。 装置産業の装置に縛られていた、それからの開放ということか。
今は興奮状態だが、2〜3ヶ月たつと「より戻し」がくるようだ。 問題は、これまでのエネルギーを、どの方向に向けるかである。  
 同じ一日なら、充実した時間を過ごさないと! で、イメージとして
・市営の福祉センター1Fにあるスポーツジムと、初心者向けのスポーツジムに入会。 平日、この二つを隔日に使い分ける。 
・これまで通り図書館通いと、信濃川沿岸の早朝のサイクリングとウォーキング。 さらに月に一回のシネマの通いと、
 月1〜2度、居酒屋でクダをまく?。 更に、これから探すが、何かのカルチャー・センター通い。
 その立場にたつと、新しい世界が開けるもの。 とはいえ、当分は謹慎の身であることは事実。 元もとアウトサイダーを
 自認してきたので、こういう切り替えには抵抗感がない。 それと世間様とやらの何は今さらである。 
 マイナーの方々の暗示にさえ乗らなければ落ち込むことはない。 居間に中村天風本を手元に置いておくか。  ー つづく
・・・・・・・
3301, 日本経済は死ぬのか
 2010年04月09日(金)
 先日の週刊現代の新聞広告の見出しを見て、つい買ってしまった。 週刊誌の見出し以上の内容が無いのは知っているが、
それでも何か目新しいことが?と ・・で、あるわけないがジックリ恐慌本を読む機会のない人にはダイジェストとして丁度良い。
 その中で、野口悠紀雄が、「もはや日本経済は死に近づきあることは間違いありません。まず、日本経済の落ち込みの原因を
「米国の金融危機」と考えていますが、それは正しくありません。悪化原因は米国にあるのではなく、極端に外需に依存してきた
日本の産業構造にある。戦後最長といわれた2002年から08年の日本の好景気は、米国のバブルに乗ったものです。米国の住宅価格の
バブルによって、結果として日本の輸出が伸びたという現象が起こっていたのです。当時の米国では3パーの物価が上昇していたが、
日本では0パーセントことが円安に拍車をかけていた。・・そのバブルが弾けてしまったのだから2002年前の水準に戻るのが当然。
数字で言えばピーク時の07年度に対し輸出で20パーセント、GDPで10パーセント減になる。09年の2月の輸出額は3兆5300億、
これは1984年度3月と、殆んど同じ。 この事態に、政府はエコポイントで家電や自動車などの購入を支援している。
これは今の製造業が、政府の支援にしがみついて生きている状態である。これも期間が終了をした時には反動として跳ね返ってくる。
それは時限爆弾になる。 日本の潜在的失業率は14パーセントというが、これが打ち切られれば、失業率が10パーセントを越える
可能性が高くなる」等々、刺激的内容である。彼の著書「世界経済危機ー日本の罪と罰」をダイジェストとし述べているといってよい。
欧米の失業率が10パーセントに対し、これだけ悪化している日本が5パーセントは、明らかに変である。それが一挙に二倍、
三倍になると、どうなるか考えただけで恐ろしくなる。 他人事では決してない。まだ日本の消費税を5パーセントに抑えてあるから、
少しは救いがある。これが、既に欧州並みの20パーセントで、これだけの赤字なら救いがない。 したがって早めに政界再編成をして、
消費税のアップが必要である。ただし国民を納得する上にも国会議員、地方議員も定数を半数か、三分の二にしなくてはならない。
 スマトラ沖地震の津波の映像で、向うから大津波が来ているのに、浜辺で海水浴をしている観光客を思い浮かぶが。
 ・・・・・・・
2926,中沢新一の『三位一体モデル』 −5
2009年04月09日(木)
 『三位一体モデル』中沢新一著  −読書日記
  *「三位一体モデル」を読んだ人たちの座談会
 それぞれの職業の立場で考え出した三位一体モデルの事例が面白い。これからみても思考モデルとして充分に使える。
 私の思考法として利用しているのが、この随想日記である。 テーマ選定から始まり、それを起承転結にまとめあげる、
 そのプロセスで頭の中を整理していく。第三者から見れば、私の脳の中が少しは見ることができるのだから面白いだろう。
 =その事例から=
ー広告代理店の勤務ー
 「精霊(代理店)」と、「子(お得意先の企業)」は、一緒になって、見えにくくなった「父(理念)」を
 探しにいく旅に出るということでしょうか。 父は「企業の社会的価値」と理解できる。 
ー中学校の教師ー
 自分(教師)を「子」とすると、父が「法則」「原理」「先人の知恵」。
 そうすると、まずは<成功や幸福という概念>が「父」だと思われます。
 分かりやすくいうと予備校の教師群こそが「精霊」なのです。
 資本主義社会では予備校こそ一番分かりやすい「三位一体モデル」です。
ー音楽業界にいるものー
 先ず「子」として、音楽家とする。そして私たちは音楽産業を「精霊」の場所とする。
 父の部分を逆算して「歌われるべきもの=神の意思」と。この原型になるのに教会音楽がある。
 神の思し召しを、バッハが音楽を通して地上の民に伝えてくれる。それを伝える場所が教会であった。
ースポーツ業界にいるものー
 ルールが父なんです。見えないけど絶対の「神」です。「子」が選手です。
 「霊」の中には、「競技場」とも「観客席」ともいいし、「テレビ」でもいいと思います。
 いっそ、「スポーツ業界」ともいえる。いまの時代に、もっとも考えられているのが、この部分です。
 一番のポイントは、装置化した「霊」の部分が、「子」の材料を探してくることです。
 スポーツでは、三位一体は考えやすいのです。何しろ「父」が確固として存在しているからです。
ー料理人ー
 レストランでは、前から「三位一体」を「味」「料理」「ムード」といってました。。
 今回の、この「三位一体」を読んだことで、「美味しい幸せ」が父。
 それを作り出すのが「料理人」というのが「子」。そして、「お店とムード」が「霊」に変わりました。
  ――
 スポーツ業界のルールが親には驚いた。コーチとか、父親・母親ならわかるが。
  次は、身近な知人の職業を『三位一体モデル』で演習をしてみる。
・・・・・・・・・
2562, ドル覇権の崩壊 -1
2008年04月09日(水)
 図書館で借りてきた本だが、この本が出版されたのが、去年の7月の末である。
 それから半年もしないうちにアメリカのサブプライムの問題が表面化をして、この本の大筋のとおりになってしまった。
 かなり刺激的な言葉に満ちているが、サブプライム問題で株とドルの暴落を目の当たりにすると、納得するしかない。
 この著者の本は何度か買って読んだが、何時も刺激的・悲観的な内容で一貫している。
 そして、指摘しているほどの事態に世界はならなかった。しかし、この本に関する限りアメリカのサブプライムが 
 表面化したために、決して悲観過ぎではなかった。 この一連の金融危機、考えれば考えるほど、
 恐ろしい近未来が待ち受けているようだ。 年々ジワジワと悪くなっているのが身に沁みる。どうなるのだろうか?
 まずは、この本の表紙裏の 「説明文」と 目次を コピーしてみる。
 これだけで、この本の半分以上の要旨が書いてあると言って過言ではない。
  ーー
「ドル覇権の崩壊」?静かに恐慌化する世界  副島隆彦著
 ー背表紙裏の説明文
ドル暴落を見越した資産逃避(キャピタル・フライト)が始まった
2007年5月からの「三角合併方式」での日本企業への買収の真実は"ドルの逃避"である。 
日本企業をただ単に乗っ取ることよりも、真の動機は、ドル資産の保全、ドル暴落からの避難、外貨建て資産でのリスクヘッジ
という考えに変わりつつある。日本の大企業を買収する利益は、チョップ・ショップ方式による、荒っぽい
自動車泥棒・解体屋の手法ではなくて、これからは、アメリカ本国からの資産逃避(キャピタルフライトである。
  ー 目次 ー
(字数の関係でカット2009年04月09日)
・・・・・・・・・
2007年04月09日(月)
2197, ファンタジー文学の世界へ ー3     ( ^3)?♪ オハヨウゴザイマス!
 「ファンタジー文学の世界へ」  ー読書日記
 P-154 「さいはての島へ」(ゲド戦記?)
■目的と存在  ー「ある人生と、する人生」について
 第三巻は、壮年になったゲドが王子アレンとともに、世界の均衡を取り戻す旅に出る物語です。
 これから本格的に冒険が始まろうとする前夜、ゲドは、以下のようにアレンに語りかけます。
 「よくよく考えるんだぞ、アレン、大きな選択に迫られた時には。 まだ若かった頃、わしは‘ある人生’と
‘する人生’のどちらかを選ばなければならなくなった。わしはマスがハエに飛びつくように、ぱっと後者に飛びついた。
 だが、わしらは何をしても、その行為のいずれからも自由にはなりえないし、その行為の結果からも自由にはなりえないものだ。
 ひとつの行為が次の行為を生み、それが、またつぎを生む。そうなると、わしらは、ごくたまにしか今みたいな 時間が持てなくなる。 
 一つの行動と次の行動の間の隙間のような「する」ということをやめて、ただ、「ある」という、それだけでいられる時間、あるいは、
自分とは結局のところ、何者なのだろうと考える時間をね。」ここでの「ある人生」とは人間の存在を意味し「する人生」とは
人生の目的を意味する。 人間の全体性を哲学的に分析すれば、この存在と目的という観点は重要な切り口である。抜粋にあるとおり、
若きゲドは「する人生」に飛びついたという。目的は若者の特権としても、目的だけの人生には、常に、危ないものがつきまとう。
目的を持つことと、それを目指す行為とは一体のものだから。目的と行為の一体性には、何ら問題が無いように感じるかも知れない。
しかし、往々にして行為のみに追われだすと、行為という活動に実在感を得て、何もしないことや、何もできないことが自分にとって
否定的に感じてしまう。とにかく「動く」ことのみ専心してしまいがちになる。活動のみに追われて、その意味を考えることが
鬱陶しくなってくる場合が多くなる。先の抜粋の中の『一つの行動と次の行動の間の隙間のような「する」ということをやめて、
ただ「ある」という、それだけでいられる時間、あるいは、自分とは結局のところ、何者なのだろうと考える時間』が大きな意味を持つ。
この休止時間こそ最も大事な時間である。この時間の中で、一に戻って考えることこそ、個々人の心や魂と向き合うことになる。
   ・・・・・・・
 ゲドも、世界の危機を救うさまざまな冒険を成し遂げ、魔法学院の長である大賢人となるが、本人はそれを喜ばない。
そして曰く「わしのほうは、うむ、いろんなものになった。いちばん最後が、そして、おそらく、いちばんつまらないものが、
この大賢人というやつだ」と。河合隼雄が著書「生と死の接点」の冒頭「ライフサイクル」の中で、人生の「後半の問題」を解説する。
ユングがフロイトへの批判をして、「フロイトは人生の前半の問題(自我の確立といった言葉で表される)
しか相手にしていない」としている。「人生後半の問題とは、自分なりのコスモロジーを完成させることである。
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2006年04月09日(日)
1832, グーグル完全活用本 ー1      ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★  ー読書日記
 この本は「ウェブ進化論」と同じ位の、お勧め本だ。(ちなみに「ウェブ進化論」はベストセラーになった)
この随想日記を読んでいる人なら、検索を多用していると思うが、グーグルの「検索」を勧める。
(ウェブ進化論の影響があるが)
もしパソコンの検索機能や、Yahooの検索を使っているなら、直にでも切り替えたほうがよい。
別に洗脳されたわけではないが「ウェブ進化論」と、この「グーグル完全活用本」を読めば分るはずである。
30万台のパソコンが24時間、世界中のネット上にアップされた情報を収集しているという。
もう5年も、グーグルの検索を使ってきた。キーワード入れれば、アクセスの頻度の高い順に出してくれる。
これがキーポイントになる。 この本を読んで殆どの検索の便利さを知らなかったことが解った。
   (字数の関係でカット2011年04月09日)
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2005年04月09日(土)
 1467, おしっこ
雑誌に面白い歌が載っていた。なかなか面白いので、詩を書き写してみた。おしっこをしている時の顔はみんな哲学的である。
「水を飲みながら、おしっこをすると妙な気持ちになる」と何かに書いてあったので、試みたこととがある。
(字数の関係でカット2008年04月09日)
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2004年04月09日(金)
 1102, つもりちがい十ケ条
 高いつもりで 低いのが教養     低いつもりで 高いのが気位
 深いつもりで 浅いのが知識     浅いつもりで 深いのが欲望
 厚いつもりで 薄いのが人情     薄いつもりで 厚いのが面皮
 強いつもりで 弱いのが根情     弱いつもりで 強いのが自我
 多いつもりで 少ないのが分別    少ないつもりで多いのが無駄
        そのつもりでがんばりましょう      天台宗別格本山 両子寺
  (字数の関係でカット2011年04月09日)
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2003年04月09日(水)
 735, ホームページを開いて二年
このホームページを開いてあと一ヶ月足らずで二年になる。旅行以外は随想日記を一日も欠かさなかった。
脳内の何パーセントを汲みだした感覚である。その時その時の興味が移り変わっていくのもわかる。
(字数の関係でカット2008年04月09日)
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2002年04月09日(火)
 371,花見
いつもこの時期、福島江と悠久山の花見に行く。といって朝の散歩で行くのだが。今年の桜は当たり年のようだ。
(字数の関係でカット2013年04月09日)


4405, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −5

2013年04月08日(月)

 四時限 宇宙人を目指そう        『隠居大学』 天野祐吉
   * 隠居をすると自由になれる ー宇宙人を目指そうー お相手 谷川俊太郎
 ここで、「人生はカマボコ形グラフ」とあるが、そうかもしれない。右下がりは以前、還暦だったのだろうが、今は古希か。 
体力からみると、私は古希が目安。リタイアーをした後、スポーツジムに連日通いだしてから足腰は寧ろ、強くなってきた。
知能も、バイアスが取れてきた分、これも良くなった?ようだ。とに角、面白い。 
≪ 谷川: うん、それもあるし、ぼくは幼児に戻れるというふうに思っています。われわれ世代は高度成長の時期と
 重なっているからか、人生についても右肩上がりのグラフで考えるくせがついていたんですよね。
 けれど、やはり母の介護を経て、「老い」ということを身近に考えるようになって、鶴見俊輔さんらがいうような
「人生はカマボコ形グラフ」なんてことが、実感としてすごくよくわかるようになった。ある程度上がったら、
 下がっていくのが自然なんですよ。それはさっき言ったように自由になったり、解放されたりすることも含めて。
天野: 下降ということは、嘆くばかりのことではない。
谷川: そう、人間の加齢を考えるとき、樹木の年輪にたとえて考えるのがわかりやすいと思っています。
 中心に0歳の自分がいて、一歳、五歳……とだんだん経験とともに年輪が増えていき、いちぽん外側に現在の自分がいる。
 だから、どんな年齢の老人のなかにも、0歳や三歳の幼児がいる。これは心理学でもそういう考えがあると思うんです。
 そして、働き盛りの中年期を経ったら、今度は積み重ねてきた年輪が一枚一枚、はがれていく。つまり年をとればとるほど、
 中にもともといた自分、幼児の自分に戻れるのではないかというのが、持論です。
天野: なるほど。年輪となる厚い木の皮は、たんに経験ではなく、社会的な制約というようなものでもあるんだ。
谷川: 中年期のひとだって、本当は幼児の自分を持っているわけです。そしてその部分は、本当はもっと自由になりたいと
 いつも思っているはずなんですよ。われわれのように詩を書くような人間は比較的自由に幼児の部分を出せますが、
 会社組織のなかにいると、そうもいかないでしょう。だから会社が終わって飲み屋さんに行って、ママさんに甘えるという
 かたちで幼児性を解放しているんじゃないかと、ぼくはそうにらんでいます。
天野: なるほど(笑)。つまり幼児化、宇宙人化は、もともとできたことが下降したり変質したりするわけではなく、
 むしろ、 自然な姿に戻っているということですね。≫
▼ 「加齢を樹木の年輪にたとえて考えるのがわかりやすい」というのが言いえて妙。一番外の厚い皮が社会的制約、も面白い。 
 その樹皮を外してやるのが御隠居の第一歩。一度外すと、「遠き日は 年とるごとに 近くなり」になっていく。
 振りかえると、してしまった後悔と、しなかった後悔がある。後悔あとに立たず、だが・・ 解放され自由になるのは良いが、
 それを楽しめないと重荷になってくる。 私の知る限り3分の2。何故解る?顔に出ているもの。せめて楽しいふりをしたら。
・・・・・
4031,「人生の知恵」ノート ー3
2012年04月08日(日)
 ー 品格と、自分を高める言葉のノートより �◆ �
   * 人間的側面見せすぎない
 あまりに人間的と見られれば、軽く見られ尊敬を失う。グラシアンは、「中身が少々足りなくても、重々しい雰囲気を
 出せれば尊敬を集めやすい」という。軽々しさは尊敬を失う。人は浅はかな者ほど人をバカにしたがる。バカに隙をみせるな。
  * 余計な関わりは最小に
「人に干渉しないだけではダメで、人からも干渉されないこと」が原則。そのために「余計な関わりは最小に」。
   * 人との距離を一定に保つ
 苦境に陥ったときは同伴者がいることが大きな慰めになる。溺れる人を助けようとして、自分まで溺れることはない。
「星は空高く輝いているからこそ、まばゆい存在。 非凡であるには、節度が必要。なれなれしくしないことだ。
   * 賢者ならどうするか?
「幸運を選び、不運を避けよう。不運はたいてい愚かしさの罰として与えられる。どんな小さな災いにもドアを開いてはいけない。
 もっと大きな災いが忍び込んでくる。」 判断に迷ったら、賢者ならどうするかを考えよ。 現状を冷静に見ることができ、
 的確な選択が可能になる。 これが知識から知恵への転換になる。 これは独りになりきることで可能になる。
   * 品格を備える
 品格は勇気、分別、賢明さ、王者の威厳にさえ勝る。何かを成し遂げるための近道であり、困難からたやすく逃げる道である。
「品格は言葉や行動の要である。品格がなくては美は精彩を欠き、優しさは形ばかりになる。
▼ ここまで生きてきて、品性、品格について考えさせらることが多い。家内に何時も「あなたは品がない」と、暗示をかけられていた。
 ところが数年前に「国家の品格」とかいう本で「品格」の付いた本がブームになった。「女性の品格」に「品格」の定義があった。
 それが思いもよらず、殆どクリアーをしていたが、家内は??。 自主独立、陰口を控える、趣味を持つ、信念の確立の有無などで、
 自己の確立が出来ているかが品性の土台との説。一般人は表面的にしか捉えない・・・ それにしても品性のない人が多い。
・・・・・・・
3665, 関係性が問題
2011年04月08日(金)
 カーラジオで「夫婦間のトラブル」について、その道の専門家が「夫婦間の問題は関係性にあって、一方的に相手が良い悪いとか、
自分が良い悪いという問題でない」と論じていたのが、いやに説得力があった。要は相性と、互いの立場のバランスなどの関係に
問題が存在する。 それでは夫婦間の関係性とは、そもそも何か! 二世帯同居の嫁姑の立場とか、マザコン夫とファザコン妻の
組み合わせだったり、長女の嫁と末っ子の夫の関係だったり(これは私になるが・・)色いろある。 互いが相手のマイナスを
見つめあうのでなく、互いの置かれた立場と条件を理解するしか手立てはない。恋人同士の関係は良かったが、夫婦の関係になったら、
破局をするケースが多い。 そして別れたと同時に、関係が良好になって、結婚と離婚を繰り返す芸能人が多く見かけられる。
リズとバートンとか! 無知からくるのだろうが・・ 関係が重なるとネットになっていく。ネットといえば、網目。そ
れぞれ結び目で出来ている。その結び目が関係性である。 
 ー ネットで、関係の意味を調べてみると ー
【関係】1 二つ以上の物事が互いにかかわり合うこと。また、そのかかわり合い。「前後の―から判断する」「事件に―する」
    2 あるものが他に対して影響力をもっていること。また、その影響。「気圧の―で耳鳴りがする」「国の将来に―する問題」
    3 人と人との間柄。また、縁故。「あの人とはどういう―ですか」「友好―を結ぶ」「父親の―で入社する」
    4 男女間の性的交渉。また、それをもつこと。「妻子のある男性と―する」
    5 (他の名詞の下に付いて)その方面。そういう領域。「音楽―の仕事」「アウトドア―の雑誌」
 ▼ 何ごとも、関係性の中で成立している。 触媒の中でこそ、自己は成立する。
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3300, 平山郁夫の教養世界
 2010年04月08日(木)
 先日、何気なくTVをまわすと平山郁夫の絵と、彼の原爆体験などの逸話などを取上げていた。
原爆後遺症で一時は死も覚悟したなかで玄奘三蔵をテーマとした『仏教伝来』を描きあげ院展に入選した平山郁夫の作品には
仏教をテーマとしたものが多く、それがインドに発生した仏教をアジアの果ての島国にまで伝えた仏教東漸の道と文化の
西と東を結んだシルクロードへとつながっていった。 彼は東京芸大教授、そして学長になるが、何ともいえない風貌に
教養の深さを感じ取ることができる。この番組で、彼の逸話が印象に残った。「ある先生に、人の真似をしないこと、と教わった。
そのためには独自の世界を創り、それを表現すること。独自の世界を創るには、はば広い教養が必要である」と教えられ、痛感。 
それから宗教、哲学、歴史など幅広い分野にわたり猛勉強をした。その裏づけがあるから、あのような絵が描けるのである。
この齢になって幅広い教養のベースが、その人なりであると、つくづくと感じ入っているため、尚のこと納得をした。
先日、TVを通して400年前の画家・長谷川等伯の絵を見たが、その中にある幽玄な世界に、等伯の魂を数百年の時空を超えて
感じとれた。絵の中に彼の独自の精神世界が全て込められている。独自の世界をつくり、その世界を表現することが最も重要なこと。
そのために幅広い知性と教養が必要といわれると納得できる。その結果、真・善・美という価値が自然に現れ出ることになる。 
経験、そして知性を裏づけとした教養を考えると、何か心寂しい己に寒気がする此の頃である。
良い学校に行き、良い師に出会い、良い友人と語らう中で、教養のベースができるということか。
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2925, 中沢新一の『三位一体モデル』 −4
2009年04月08日(水)
 *「三位一体モデル」と「カ・タ・チ・モデル」の相似と違い三位一体のモデルを肯きながら読んでいて、
  似ている思考モデルを思い出した。創造工学の故中山正和の創造思考法である。
・カ= 神の閃き(神のカ)・タ= 田んぼのタで、カタチ取りをする・チ= 道のチ、血のチ、力のチで、エネルギーを注ぐ
  カタ=カ+タで、型をつくることになる。 カタ+チ=カタにエネルギーを入れて、カタチ(創造)にすること。
 何かそっくりだが、彼がこの三位一体モデルから、このヒントを得たかどうかは分からない。
「三位一体モデル」は、父、子、精霊のうち、まずは子の設定をした後に父たる普遍と、増殖する精霊を考えるのが自然である。
しかし、それに対して「カ・タ・チ・モデル」は、カの閃きから、カタ、カタチ、へ発展していく考え方である。
そうすると三位一体の父たる「閃き」を纏めるに、「カ・タ・チ・モデルを使えば良い。 二つの思考法の合体である。
いや、ややこしくなるので類似した思考法があるというだけで良い。
  カ=頭、タ=身体、チ=血液(循環器)・エネルギーということか?
思考法として、『起承転結』『カ・タ・チ・モデル』『正反合モデル』『曼荼羅思考法』『雑記ノート書き散らし法』などを
メインにしているが、『三位一体モデル』が一つ加わった。次回は、この本の最後にあった、各職業の『三位一体モデル』
の実例を書き出してみる。 その一つだけを、まずは紹介してみる。
  ー書籍の出版社ー
 私たちの場合は、一冊の本ごとに「三位一体」があるといえます。
作家、作者が「子」であることは分かります。その作家に本を書かせた「動機」が、これが「神」なんです。
書いた人がいて、彼が書いたものがある。それを書かせたものがあるとしたら、それは「父」です。
何しろ、初めに「子」ありきで、一冊ずつ、みんなそうだとしたら、出版社は八百万の神々の集会所のようなもの。
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2561, ウォルト・ディズニーがくれた夢と勇気の言葉  ー2
 2008年04月08日(火)
 創業のノウハウの全てが、ディズニーの全てに入っている。それが遊びという世界で万人が解りやすいから、
尚のこと心を打つのである。感動、そして共感が一つずつのイベントに入っている。その原点が、チャップリンの凝縮された
ミッキーマウスから出発している。ディズニーのの世界は参加型バーチャルであり、夢の世界で幻想を楽しませる。
明るく、光にみちた世界に一時を過ごすのである。
▼ ひとつ踏み出す、つまり、新しいことをやってみるということは勇気がいるけど、自分を信じて、思いきってやってみよう。
 ひとつ踏み出さなくちゃ、何にもはじまらない。 解)その一歩の勇気、それが大きく人生を左右する。
 その一歩も裏づけを十二分に持ってないと、逆の結果になってしまう。
▼「人生の素晴らしい瞬間というのは、自分ひとりのためよりも、愛する者たちのために行ったことに結びついている。」
 解)押し付けにならない程度のことだが。
▼ 実は人々はお互い相違する点よりも共通する点が多いということを、伝えていく。
 解)自分の中に、その共通点を見出していくのが教養?
▼ ただ、絶対に忘れてならない。すべてのはじまりが一匹のネズミだったということを。
 解)ミッキーマウスが、チャップリンの漫画化ということも?
▼ 我々は何か人をひきつけるものが欲しくて、チャップリンのような切なげな様子を持つ小さなネズミを思いついた。
 とにかく精1杯生きているちっちゃなやつ、というような、どこにいても人々がミッキーを見て笑い、共に笑い続けてくれる
 ことだけを求めた。 特に社会的象徴のような重荷を課したりしなかったし、社会の欲求不満を代弁したり、
 痛烈な皮肉をしゃべらせたりしなかった。 ミッキーは人を笑わせる使命を与えられた小さな人格なのだ。
▼ どこにいても人々がミッキーを見て笑い、共に笑い続けてくれることだけを求めた。
 特に社会的象徴のような重荷を課したりしなかったし、社会の欲求不満を代弁したり、
 痛烈な皮肉をしゃべらせたりしなかった。ミッキーは人を笑わせる使命を与えられた小さな人格なのだ。
解)笑わす使命を与えられた人格=チャップリン か? 気の毒じゃないか、そういうのは? 
  いや、人に微笑を浮かばせることこそ、人間としての使命ではないだろうか。
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2007年04月08日(日)
2196, ファンタジー文学の世界へ ー2       オッ(*^○^*)ハ?ヨウ! 
「 ファンタジー文学の世界へ」 ー読書日記
 ーP57〜58
「シーズ・リーヴィング・ホーム」はビートルズの画期的アルバム『サージャント・ペーパーズ・ロンリーハーツクラブ・バンド』
の挿入歌である。イギリスの教育界では粋なことに、この詩について二年にわたる論争があったという。一方は「この詩は家出を
推奨しているので青少年に与えるべきではない」もう一方は「この詩こそ、現代家庭内の人間関係の疎外感を象徴している」
という肯定的なものである。教育界でこのような論争が起こるということは大変好ましいことである。ここには誰も悪人はいない。
ただ、人間の持つ自立願望(依存対象からの脱皮)に伴う絆(家族以外への愛情転換)にかけようとする一種の成長願望があり、
そこに向かおうとするパッションが、世代間における微妙な心の差異、そこから生じる疎外感の蓄積となっていく。
以下は、その挿入歌の詩を訳したものである。
 ーー
「彼女は家を出て行く」(シーズ・リーヴィング・ホーム)ービートルズ
水曜日の午前5時  夜が白み始める頃 そっと寝室のドアを閉める書き切れない思いの残る手紙を残して 
階段を下りてキッチンへ向う手にはハンカチを握りしめながら 裏口のドアの鍵を静かに回してみる
外へ出る とうとう自由だ
 彼女は (あの子のために何でもやってきたのに)
 出て行く(夫婦の生活などは犠牲にしてきたのに)
 家を  (欲しがるものは何でも買ってあげたのに)
 彼女は家を出て行く  一人ぼっちで寂しかった
 何年も何年も   (さようなら)
父はいびきをかいている 母はガウンに袖を通す
そこにあった置手紙を見つけて拾い上げる 階段の上で呆然と立ちつくし
泣き崩れて夫のもとへ駆け込む お父さん、あの子が家を出て行ってしまったのよ
なぜ私たちがこんな目に会わなくてはならないの あの子は一体どうしたっていうの
 彼女は       (私たち夫婦のことなんかどうでも良かったのに)
 出て行く      (自分たちのことなんか二の次でやってきたのに)
 家を        (頑張って頑張りぬいて何とかここまできたのに)
 彼女は家を出て行く  一人ぼっちで寂しかった
 何年も何年も    (さようなら)
金曜日の午前9時 遠く離れた場所にいた
きちんと約束の時間に待ち合わせ
自動車の仕事をしている彼氏がやってく
 彼女は       (私たちは間違っていたのだろうか)
 楽しい時を     (間違いだとは思いもよらなかった)
 過ごしている    (楽しみをお金で買うことは出来ない)
 彼女の心の中の何かが否定され続けてきた
 何年も何年も    (さようなら)
彼女は家を出て行く (さようなら)
ーーー
解) これも、親離れへの情操の心理であり、誰もが通過しなくてはならない通過儀礼でもある。
もし何らかのカタチで、このアップ・スケール(自立)をしないと、親という山姥に一生をとって食われてしまうことになる。
(字数の関係で中略2012年4月8日)
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2006年04月08日(土)
 1831, ブログの話     は(* ̄(エ) ̄)ノろぉ(* ̄(エ) ̄)ノ
世界に80億のサイトが存在しており、日本のブログは、500万。アメリカでは2000万もあるという。
この中で、いかに面白い自分にあったブログを探し出すのがポイントになる。先日NHK・BSで、「ブログおもしろ大賞」
を特集していた。おもしろいブログを紹介する番組。エントリーされた中から2つのブログが大賞に選ばれた。
それぞれの個性がはっきりしていた。いろんな要素を加え、角度を変えることで特徴が出ていた。
大賞は、「世にも奇妙なグルメリポート」と「夢を追う男」面白そうなので、メモをして幾つか見てみたが、
ナカナカ味がある。「しまふく寮日記」「クリックブログ」「サブ・カルチャーの達人」「ガラクタイチ」
「うちの三姉妹」「月刊男心」「ゆめおう男」「私がみた事実」「ニコニコルソン」「東京テッシュ」「元プロ野球選手の
セカンドキャリア奮闘記」その中で一番面白かったのが、これである。このブログの一部をコピーしてみた。
 〜〜                              (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
「夫の不倫観察日記?阿修羅のごとく?」 夫がまた不倫をしている。
・・・また・・・そう、これが初犯ではない。この際、もうネタにするしかないか。夫の浮気の一度や二度や三度・・・
見て見ぬフリをしてきた。しかしながら、今回はとうとう寛大な妻の『地雷』を踏んだぞ! 夫の不倫、観察します。 
妻の皆さん、一緒に笑ってください。夫の皆さん、妻の恐ろしさに震えてください。 =これだけで、もう引き込まれてしまう=            
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2005年04月08日(金)
 1466, 閑話小題
  ーロシア人の大立ち回りのその後ー
(字数の関係で中略2012年4月8日)
  ー音楽の世界ー
(字数の関係で中略2012年4月8日)
・・・・・・・
2004年04月08日(木)  
 1101, 春がきた
新学期が始まった。春は誰にとっても心躍る時期だ。幼稚園生、小学生、中学生、高校生、専門学校生、大学生と街に
初々しい姿が見え始めた。
(字数の関係で中略2013年4月8日)
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2003年04月08日(火)
 734, またまたお金の話ー銀座のママの・・
「銀座ママが明かすーお金に好かれる人 嫌われる人のちょっとした違い 」の題名につれてて図書館で借りてきた本だ。
日本のトップの財界人や政治家や役者などのお客の色いろな人生の浮き沈みを見てきているはずである。軽く読むにはなるほど面白い内容。 
               (字数の関係で中略2008年4月8日)
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2002年04月08日(月)  
 370,なりきる
散歩のときはウオーカーに、旅行の時はツーリストに、会社に行けば会社の立場に、家に帰れば父親になりきる。
(字数の関係で中略2013年4月8日)

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