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堀井On-Line
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2013年01月26日(土)
「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著) * 自己の主題化とは、変化する自分を距離を置いてみる自分を見つめること! ≪ われわれは万年筆や鉛筆といった事物と異なり、不断に生成し続ける存在であり、同時にその途上にあって、 しばしば自己へのかかわりを課せられるような存在である。われわれは、事物や植物や多くの動物のように自己の存在を 意識することなく生きることはできず、自己や自己の生にかかわりをもちつつ存在することを余儀なくさせられるのである。 年齢的な変化とそれに伴う生成の途上で、自己に関連することで言えば、自分がどのように変化しているのかを問うこと、 自分がどのような位置にいるのかを確認すること、自分がどのような方向に進めぱよいのかを探ることなどは、誰にも 避けられないであろう。 自己が自己を問うということは、自己をひとつの問題として意識することであり、自己のなかに問うに値するものを見いだす ということである。それはまた、自己といった課せられた問いとして積極的にひき受けることでもある。そして、その問いを 実りあるものにするためには、自己のおかれている状況や変化に対して注意深く見つめていなければならない。 自己の主題化とは、状況のなかで変化した、あるいは変化しつつある自己の姿を一定の距離を置いて何度も眺め変す試みである。 しかし、それにとどまらず自己の変化を観察する自分自身をも距離をおいて捉えなおす試みでもある。自己が生成の途上にある かぎり、この試みは何度もくりかえされ、そのつど異なった自己の姿があらわれてくるであろう。・・・ ≫ ▼ この随想日記の楽しみは露悪的、自虐的に自分を曝け出すことである。それは、自分を上から目線で見つめることになる。 それを続けていると、書いた数年後に、上から目線の自分を、さらに上から見ることが出来るようになる。 だから、 自虐をしている自分を見下している己もまた、自動的に見ている自分が出来ている。毎年の同月同日に、10数年分の、 これを毎朝、読み返している。その時々の視線と視点が、デズニーのキャラを見ているようで、それがまた面白い。 それは自分自身だけでなく、その対象にした人、出来事をも上から目線でみることが出来る。だから、極限の喜怒哀楽の 現象も、冷静に再体験することが出来る。 晩年に、多くの人が自分史を書くのは、自分の人生を主題とした物語として、 書き残すため。他からみたら大したことでないが、本人からしたら人生は自分がヒーローである。 変化する自分を予め 物語としての粗筋と、生きる指標を決めておくとおかないで大きく違ってくる。最期は、‘面白かった!’と実感できるかだ。 ・・・・・・ 3958, 他人を責める「新型うつ」について ー4 2012年01月26日(木) * 「他責的」な新型うつの病理 ー 次の部分が、「新型うつ」の病理を解明しているー ≪ 大衆にある「よりよく機能したい」という欲望を満たしてくれるかのような幻想を覚える「ハッピードラッグ」を求めて、 医師のもとを訪れる消費者、いわば「抗うつ薬信者」ともいうべ患者が増えたのである。なぜ、この欲望はこんなに強くなったか? まず、消費社会が購買意欲をかき立てるために「あきらめるな」「すべて可能である」といったメッセージを送り続けた結果、 あきらめきれない人が増えた。断念せずにすむ手っ取り早い方法が開発されたことが宣伝されればされるほど、以前であれば あきらめを受け人れざるをえなかった人も、あきらめきれなくなった。 とりわけ、「こうありたい」という自己愛的イメージに とらわれている人ほど、「自分はこんなもんじゃない」という思いが強いので、自分を「底上げ」してくれる手段にすがって、 あきらめを何とか回避しようとする。当然、自己愛の強い人ほどあきらめきれないが、現在、こういうタイブが増えている。 少子化の影響もあって、子育ての失敗が許されなくなり、親の期待がもろに子供の肩にのしかかるようになったからである。 親の期待とは親の自己愛の再生にほかならず、敗北感や不全感にさい悩まれている親ほど、自分自身が放棄せざるをえなかった自己愛を、 よりいっそうわが子に投影する。 子供は、親の期待に応えなければ愛してもらえないと肌で知っているので、親から投影された 自己愛を引きずったまま成長していくわけである。子供が多くの時間を過ごす学校という場で、自己愛的イメージを徐々に断念させて 現実の自分を受け人れさせる、つまり「身の程を知る」ようにさせるシステムが機能しているかというと、現状は正反対。 何しろ、「やれぱできる」「誰にも無限の可能性がある」といった類の幻想を盛んに吹き込んでいるのだから。 こういう幻想を吹さ込まれ続けて「なりたい自分」のイメージだけが肥大していくと、現実の壁にぶつかって自己愛的イメージと 現実の自分のギャップに直面したとき、ふくらむだけふくらんだ自己愛の風船をどうやってしぼぽせたらいいかわからず、 落ち込んでうつになる。おまけに、現実の自分が「これだけでしかない」のは、オ能、努力、意欲が足りなかったせいなどとは 決し思えない、いや思いたくないので、他人にせいにして責める。これが「他責的」な新型うつの病理である。≫ ▼ 私も八人兄姉の末っ子で、両親から特に大事にされ育ったため、心のどこかで常に親の期待に答えようと意識していた。 青年期は、その葛藤の中で常に、「自分はこんなものじゃない」と、自分の「底上げ」を心掛けていた。27歳で父が亡くなった時、 創業の激務もあったが、何かから解き放たれたような気持ちがあった。 当時は高度成長期、誰もが坂の上の雲を目指していた。 先日、青年期に読んだ「精神論」について書いたが、「誰も無限の可能性がある」の刷り込みだったか、右上がりに必要だったのか? 偶然だが、下記の去年の文章が関連している。 アメリカそのものが、深刻なノイローゼである。 ・・・・・・・ 3593, 誰も書かなかったアメリカ人の深層心理 −1 2011年01月26日(水) 「誰も書かなかったアメリカ人の深層心理 」 加藤 諦三 (著) 普段、マスコミなどから受けるアメリカと、著者が、ここで述べている内容とは大きな隔たりがある。 度々、アメリカに滞在した普通の目線で平均的なアメリカ人を描写し、合せ鏡で日本人を見ている。 日本人が誤解しているアメリカ像が、現在の日本社会を疲弊させているという論には納得する。 ーアマゾンの内容紹介よりー なぜリーマンショック後、平気で多額の報酬を受け取ろうとするのか? アメリカ人は、本当は何かを考えているのか。 経済格差の国・アメリカと、幸福格差の国・日本。 世界一楽観主義の国・アメリカと、悲観主義の国・日本…… 長年、アメリカ・ハーバード大学で准研究員として活動を行ってきた心理学の第一人者の著者が、 そのベースにある彼らの宗教観や家庭観などから紐解いて、初めて綴った目からうろこのアメリカ人論。 〈レビュー1〉 この本ではマスコミなどで流布されている米国像とは異なる、米国の一般の人々の社会における価値観、 その元になる宗教、特にプロテスタンティズムについての考察を通じて、日米社会の違い、さらには現代の日本が抱える最重要課題、 日本における人々の社会への不信感について論じている。そうした不信感が人々のきずなを失わせ、米国とは大きく違う日本社会に 米国流の競争システムを導入する問題を指摘している。実際、この10年で大きく日本社会は壊れてしまったのではないか。 では日本における心の問題を社会レベルでどのように解決していけばいいのだろうか。著者は宗教の重要性について述べているが、 日本では宗教は儀式化しており、生きる知恵を授ける存在になっていない〉 ▼ 著者は、ここで哲学者のアドラーの言葉を借りて、アメリカの金融資本主義者の殆どが深刻なノイローゼ患者という。 そのほんの少しの患者を、一般のアメリカ人と解釈するのは間違っていると。 彼等は子供のときからスポイルされ、 幼児の頃から他人のなしとげたものを如何に搾取するかの訓練が出来ている。そして、そのノイローゼ患者は、大衆に影響を与える。 この人たちが、心の基準のない日本人に与えた影響は深刻である。日本人が経済的豊かさにあるに係わらず、幸福と感じないのは 「心の基準」を見失っているからでないかと指摘する。人が社会性を生み出すのは、カレン・ホルティのいう「積極的感情」である。 それが日本になくなっているのが、現在の日本であるという。日本の少子化と高齢化もあるが。 ーつづく ・・・・・・・ 3228, フリー −5 2010年01月26日(火) 「フリー <「無料」からお金を生みだす新戦略>」 クリス・アンダーソン著 * フリーワールド ー誘発された陳腐化ー (p271) ≪中国では、不正コピーが音楽消費の95パーセント占めているといわれる。といって、ミュージシャンは動じない。 彼等は多くの人が聞いてもらえるほど、そのコンサートツアーのギャラが高くなるから、別に困らない。 困るのは音楽会社だけ。経済学には「海賊版パラドック」という用語がある。ファッション業界を下支えする 根本的なジレンマから生まれている。 つまり、「消費者は今年のデザインを気に入らなければならない。 そのうえに、直ぐにそれに不満を持ち、翌年のデザインを買いたいと思う必要がある。技術商品と違って、 アパレルメーカは翌年の製品が優れているとは主張できない。 見た目が違うだけである。 そこで、消費者に熱を冷まさせる理由が必要となる。その解決策は偽物が多く出回ることで、高級だったデザインが大衆向けの コモディティになることなのだ。そうすると、そのデザインの神秘性が失われ、目の肥えた消費者は 何か特権的で新しいものを 探さなければならなくなる。これが「誘発された陳腐化」と呼ぶものである。 コピー商品の登場で、そのファッションが流行に敏感な人のものから大衆のものへとすばやく移り、 敏感な人は何か新しいものを見つけなければならない。中国では敏感の人とは。新興の富裕層と、中流階級で、 10億の大衆はまだ、その偽物を持つことで高級品の市場に足を踏み入れたばかりである。 本物と偽物の異なるセグメントをターゲットにし、互いに相手の役に立っている。≫ ▼ 偽ブランド品はメーカーにとって不可欠な存在だったのだ。「偽ものが出回るほど、 一般の人が憧れる商品としての価値の 証明になる」上に、更に「誘発した陳腐化をうながしてくれる」。 悪役が善玉を引き立ててくれる上に、善玉の次なる善行を引き出す役割になっている。 ・・・・・・・・ 2853, 格差世襲 −1 2009年01月26日(月) ー 貧困とは溜めのない状態 ー 格差について、一昨年の今時分に(2007年01月25日(木)階級社会ー不平等社会を考える)で取り上げたことがある。 他にも読書日記で幾つかの本を取り上げた。ところが先日、図書館で半年前の08年8月30日号「週間ダイヤモンド」を見つけた。 ー「下流」の子は下流? 格差世襲 ー の特集である。 普段の会話ではタブーに近い内容が次々と出てくる。格差といえば差別である。自分が上位に立っているときは何とも感じないが、 下位にたたされて差別で屈辱を経験した時に格差社会の実態を知ることになる。 差別からくる屈辱は傷になり、 恨みは何時までもまとわりつく。般若の面は差別の屈辱に対する怒りの顔。この特集では、いろいろな視点から格差を調査しているが、 ・「育った家庭によって、機会の不平等が生じている」という「格差世襲」の残酷な調査結果を示している。 ・「まるで溜めのない貧困層」、それに対して「溜めに包まれた富裕層」「貧困とは‘溜め’のない状態」と現実は教えてくれる。 その典型が何も考えない若い人の成り行きの「??婚」。何の経済的な裏づけのない人たちの結婚である。 ここに夫婦格差が生まれる。 その子どもには両親以上の教育が施すことなど、出来ようがないのである。 その結果、下流の子は下流になるしかない。「溜めのない貧困層」といえば、大阪・堺市の生活保護受給者の四分の一が、 親の世代も生活保護を受けていた。母子家庭にいたっては、四割が‘生活保護二世’。また母子家庭の26・4パーセントが 十代の出産を経験。まさに貧困の連鎖の構図がここにある。 逆に溜めのある人は、溜めのある人と群れるケースが多くなる。 一例として最近、医者同士の結婚が多い。 女性が医学部に多く進学するようになった結果である。 また医者社会での結婚のチャンスも多く、二人の給料の総額は莫大になる。1995年以降に自分でのし上がってきた ベンチャー経営者や、専門職を中心にした新世代の富裕層は、お金より自分の知恵や経験を子どもに相続させたいと考えている。 多額のお金を相続させるより、子どもの教育に金の糸目をつけないのが特徴。無形の財産を与えることで、子どもにも自分の力で 成功を勝ち取るように教えている。「地位獲得競争ゲーム」に、無形の「出来レース」を与えていることになる。世界の億万長者の トップのビル・ゲイツ、ウォレン・バフェットとも、資産は子どもに残すことをせず、大半を寄付をすると公言。 − つづく ーーーーーーー 2008年01月26日(土) 2488, iMacの感想! ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪ Mac製品の売り場を何度か通って、何時かは使ってみたいが何か壁があった。 それは外国メーカーと、少数派の壁だったろうか、 それとも周囲に一人も使っている人がいなかったため? だったのだろうか。しかし、今度思い切って買ってみた。 (字数制限のためカット 2012年1月26日) ーーーーーーー 2007年01月26日(金) 2124, 死んだ人に、もう会えない? <(_ _)> おはようございます! 義母が昨年の12月01日に亡くなって、もう49日以上が過ぎ去った。家内を慰める言葉として、哲学者のエピクロスの 「<われわれ>が生きているとき、死はそこになく、死がそこにあるとき、<われわれ>は生きてはいない。だから死はわれわれに 何のかかわりもない・・」の意味を説明し、補足として、「一人称の本人の死は存在しないし、三人称の死は他人ごとでしかない。 二人称の死も実際のところ本人じゃない。死に慌てている、そして死に対し無知な自分がいるだけ。死はあくまでも他人の昇天と 周囲の悲しみを見て感じつくりあげた観念でしかない。 実際は死んではいない」といったところ、家内「でも、会うことが 出来ないじゃないか」と素直な気持ちを吐露した。 それに対し、スラスラ出た言葉が、「でも、それはこれからのこと。 唯心論じゃないけれど、思い出の中で会える。自分の大部分は過去で出来ているし、過去は都合の良いように変えることも出来るが、 間違いなく存在していた。その存在こそ絶対であるし、消すことも無くなることもない。 もし死んだとしても、実は死んではいないし、 もう会えないということより、母親その人と会えたことの方が奇跡だし、その方を考えた方が良い。悲しいのは解るが、死とは何かじっくり 見つめ学ぶ機会と考えた方が良いんじゃないか」悟ったような答えであったが、考えてみたら哲学者の池田晶子の言葉のうけ売り言葉。 しかしスラスラと出たのは事実。『死』は人生の最大の関心事である。それも自分の母親の死は自分の死を考える機会になる。 両親が亡くなって、その直後の数ヶ月を過ぎてからは寂しい思いはなかった。亡くなることによって心の中心に深く住むようになった。 そして心の底から感謝ができるようになった。しかし、これは義母−二人称の死の話だが、実は自分のことでもある。 まさに死そのものより、「現在、いまここ、にある自分の存在」の意味と同じことをいっているのである。死を考えるということは、 自分が「いま・ここ」に、そして生きてきたことの不思議を考えることである。 亡くなる=無になるということは有り得ない。 「無にどうしてなるのか? 無いものに成るなど、ありえないこと!」全くそのとおりで疑う余地は全くない。 それが存在することの不思議につながる。「何故いま・ここに、自分がこうして存在しているのだろうか?」不思議で不思議で、 まずそこから出発しないと・・存在とは何か?そして、その消滅とは? ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪ ・・・・・・・・・・・ 2006年01月26日(木) 1759, 閑話小題 (●′∀`)σ )Д`○)★Ohayou☆ ー新手のおれおれ詐欺?ー ーうそー (字数制限のためカット 2012年1月26日) ・・・・・・・ 2005年01月26日(水) 1394, 人間の成長角度 ー知人が面白い話をした。 「人間には、それぞれ上昇角度がある。それを早く見抜いてエリート教育をすべきである。その角度は、よほどの事がない限り 変わらない。変わるとしたら、大きな挫折か、大失恋かである。」なるほど、と感心をした。ある共産党員が話していたとか。 中学校は選抜される前の最終の集団。(今は違っているケースが多いが)その時の成績の順位が、そのまま人生の優劣を決定している。 以前にも書いたことがあるが私の中学校の同級生を見ると、一番が慶応の教授(故人))、二番が日本レコード協会の専務理事、 三番が自衛隊の偉いさん?で、 (字数制限のためカット 2013年1月26日) ・・・・・・・・ 2004年01月26日(月) 1027, 大人のワッペンー勲章の意味 「新リーダーの研究」 読書日記−1 「叙勲に辞退」が価値をもつ時代 飯塚昭男著の「新リーダーの研究」を図書館で借りて読んだが、なかなか内容があった。 ー以下、字数の関係でカット2009年01月25日ー (次回は、この目次の小項目と、その解説を書き込む予定) ・・・・・・・ 2003年01月26日(日) 662, 「他人の血で自分の傷口を洗うな!」 この言葉を初めて聞いた時、その意味をしばし考えてしまった。相手を傷つけてしまう事は「何らかの意味で自分の問題を相手に 投影してしまった」という事でないか。いじめっ子は家庭の不和の子が大部分だ。そのトバッチリを学校で弱い相手を捜して攻撃する (字数制限のためカット 2013年1月26日) ・・・・・・・・・ 2002年01月26日(土) 312,書くということ 書くということの意味とは 毎日随想日記を書き続けて、いろいろの事にきずく。書くということは、話すということより、 ずっと多くの事を、意味を感じるようになってきている。この20年間社内報に隔月に文章を書き続けて、その継続も含めて 意味を感じるようになりました。その時々のメルクマールだ。 (字数制限のためカット 2013年1月26日) ・・・・・・・・ 1月26日 日曜日 1969年 12時起床。 市川さんと食事に行く。この人、理系がお医者さんのお守りの営業をさせられているためか、理詰めで社会を理解しようと している。人間の、いや社会の、いや自身の嫌らしさを知らない。その後読書をする。夜、レポートの作成に入る。 次にマーケッテングのレポートを作成。夜半の3時に就寝。今は卒業をする為の集中が必要だ。
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2013年01月25日(金)
「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著) 定年退職や失業などの節目で、戦略的引きこもり、良くいえば自己に沈潜することが重要になる。現在の私が、そうである。 枝葉を切って根を養う時である。特に老木は必要としない枝葉を思い切って落とさなければならない。戦略的退却と判断したら、 果敢に決断、実行すべきなのが人生である。そして、人生を振り返り、己に沈潜すべきで、それから逃げては、人生を狂わせる。 * 自己への引きこもり ー人生の戦術的退却と沈潜ー ≪ スペインの哲学者オルテガ(1883〜1955)は、自己へと向かう姿勢を重視した。「自分自身への戦術的退却や慎重な思索なしに、 人間的生は不可能である」。彼は、人間は、しばしば自分から疎外されて、自分が信じているもの、忌み嫌っているもの、大切な ものがなにかを見失ってしまう危険にさらされていることを指摘した。 われわれひとりひとりは、唯一にして他に譲り渡すことの できないところの自分自身でなくなるという危険につねにさらされている。オルテガは、そうした自己喪失から人間を救うのは 戦略的に自己へと撤退すことだと見なし、それを「注意力の転換」、「内部への注目」、「自己の内部に引きこもること」といった 言い方で示した。 しかし、彼が、「自己疎外」との対比でくりかえし言及したのが「自己沈潜」である。 それは「自己に沈潜する能力、われわれの朽ちることなき深みに静かにひきこもる能力」を意味する。とはいえ、自己の内部への 沈潜、撤退によって、他人や外界とのつながりを断ち切ってひきこもってしまうという姿勢が強調されているわけではない。 ひきこもるのは、「周囲についてのわれわれの考えを検討し、そして戦術を練るために一時行動を中止」するためである。 われを忘れ、自己を疎外された人間のふるまいは、しばしば「ばかげた態度」や「愚行」を招きやすく、「理にあわない別の態度」 へと波及するがゆえに、その連鎖を断ち切るためにこそ、沈潜が必要とされるのである。 ・・・オルテガの言う、「自分自身の 孤独の深みにひんぱんにひきこもらなければならないという義務」はほとんどはたされていないであろう。戦略として内部に向かう 態度、自己に沈潜する態度を保持する人より、自分以外のものに拘束され、外部へと結びつけられた態度の内で生きる人が圧倒的に 多い現実のなかで、両者の見解は時代錯誤的なものに見えないではない。 しかし、生のさなかで、生を感受し、生を考えて生きる ことの楽しさを味わうことを求めるとすれば、この考え方から学ぶべきことは多いであろう。 ≫ ▼ オルテガが、「自己疎外」と「自己沈潜」と対比しているところが分かりやすい。自己疎外は自分と折り合いがつかない 状態で、自己沈潜は自己疎外による愚行を避けるために、戦略的に一時期に自分を閉じてしまうことである。そういえば、 私の午前中の時間の使い方がそうだ。明らかに独りになり自分の世界に沈潜している。午後からは、シネマやTVで映画をみたり、 スポーツジムに行ったり、SCで買い物をしたり、図書館で本を読んだりして、外界に触れるようにしている。砂時間沈潜でしか ないが・・ 社会という森林の中の、一本の木(事業)から離れ、自分自身に撤退し、自己沈潜をすることは、人生の義務である、 とすると、身に沁みて理解できる。成るほど、独り部屋で、音楽を聴いたり、ネットサーフィンをしたり、随想日記の下書きを している時間が至福に思えるのは、その義務を楽しんでいるため。 社会から自分独りの世界への撤収、そして沈潜だが、浅い。 ・・・・・・・ 3957, 他人を責める「新型うつ」について ー3 2012年01月25日(水) * うつ病患者と自殺の異常増加の原因とは ー日本の論点2012ー 他人を責める「新型うつ」片田珠美 このレポートで「増加の一途のうつ病患者」について、次のようにある。 ≪ 国内のうつ病の患者数は、1996年には43万人程度だったのが、2008年には100万人を超え、いまや15人に1人が、 生涯に一度はうつ病を経験するという。うつ病の増加は、日本だけでなく世界的な傾向である。1970〜80年にかけて おこなわれたコロンビア大学による世界各地の疫学調査では、北米.西ヨーロッパ、中東、アジアなどの各国すべてで、 うつ病が増えているとの結果がでている。アメリカでは年間2000万人がうつ病にかかり、全米保健統計センターの調査で、 1994年には2万人程度だった子どものうつ病が、03年には80万人と、なんと40倍に増加したと報告されている。 ・・・≫ ▼この異常の増加には、製薬会社の陰謀?があるようだ。DSMという米国流診断基準が大きく影響しているという。 「うつ病とは何か」を考えることをいったん止めて、「うつ病とは、これこれといういうもののこと」と勝手に定義をして、 その基準にあわせて、それまで病気でないものを、どんどん、「うつ病」に仕立て上げていった。要するに、うつ病の基準を広げて 裾野が広まったための増加である。 それと時を同じくしてSSRIという抗鬱剤の新薬が販売された。 ちょっとした落ち込みでも 「うつ」でないかと、直ぐに受診する人が増え、この薬を飲む人が急増していった。「うつは心の風邪」というキャッチフレーズは、 この新薬の発売にあわせて広められたもの。 しかし、この薬が普及するにつれ、自殺者の数が爆発的に増えていった。 実は、この薬は自殺念慮を惹起させる副作用があるという。また、イライラや攻撃性が強くなる作用があるという。ある温和な人が、 突然、狂ったように人の陰口をいっている現場を見たことがあるが、あれは薬の作用だった?とすると、納得する。 ハッピードラッグの副作用も、一つ間違うと大きな挫折を伴うことになる。 私も何人もの身近の人に、気楽に通院を勧めていたが、 ハッピードラッグの副作用までは知らなかった。合法的とはいえ、ドラッグはドラッグ。 考えてみれば酒も一種の麻薬の類。 これもハッピーウォーターになる。 疲れや心を癒すが、一つ間違えればアル中。 うつを和らげるが、身体に蓄積していく。 ・・・・・・・ 3592, 閑話小題 2011年01月25日(火) * ワールドカップとオリンピックの差 「日本人は、ワールドサッカーとオリンピックの差がわかってないのでは?」と、塩野七生。 オリンピックは建前としても、素人の戦い。それに対してワールドサッカーは、選ばれし金稼ぎのプロが国の名誉と、 自分の商品価値を上げるために死力を尽す。勝ち上がらなければ、何の価値もない。この辺のところが日本人には 分かってないので、マスコミの報道に首を傾げるという。見ている方は、それを肴に盛り上がりゲームを楽しむ。 しかし日本のマスコミも国民もオリンピックの延長上で論じていているから、奇妙なことになる。 勝てば官軍、負ければ敗軍になって当然である。オリンピックも銀銅をなくし金一個にしたら盛り上がりは違ってくる。 それが出来ないところが、ワールドカップとの差。 今夜は日韓戦があるが、何?は覚悟が違う。 * ところ変われば、意味が違う 海外旅行で、よくガイドに注意されることがある。子供の頭を撫ぜると怒られる地域もある。 エジプトでは、お世辞にも奥さんとか若い娘を褒めては駄目。褒めるということは邪視になり、欲しいと受け止められる。 (字数制限のためカット 2012年1月25日) ・・・・・・・ 3227, フリー −4 2010年01月25日(月) 「 フリー <「無料」からお金を生みだす新戦略> 」クリス・アンダーソン著 * 数百万点の中古品をタダで提供 ー以下は、この本でフリーサイクルを紹介してある文章であるー (p249) ≪ すべては1台のベッドから始った。2003年の春にアリゾナ州トォーソンに住むデロン・ビールは、地元の慈善団体にベッドを寄付を しようとしたが、衛生面で問題があるということで拒否をされた。 そこで、彼はゴミを減らすために、フリーサイクルを立ち上げた。 ・不用品を売ったり・ゴミ捨場まで持っていくのがいやの人と、 ・物を欲しい人を結びつけるサイトである。このフリーサイクルのサイトは非営利で、グーグルによるスポンサーバーを僅か 置いているだけの広告収入から、ささやかな予算で運営されている。(14万ドル) 地元のヤフーグループの仲介者に自主的に組織されたヤフーグループによって運営されている。 会員になりたい者は、200文字以内の会員になりたい動機を記さないと会員になれない。 一たび会員になると、沢山の無料のモノがまっている。 革製のソファーとか、テレビ、バイクなど。 贈与経済は以前からあったが、それを広めるためにウエブほど効果的なプラットフォームはない。 2008年には590万の会員が一日2万点を寄付して、合計800万点になっている。 ≫ (字数制限のためカット 2012年1月25日) ・・・・・・・・ 2852, チベット旅行記 −3 2009年01月25日(日) この旅行記の中では、仏教の真髄を説いている部分がある。 究極のところで仏の教えを試される場面が何回も出てくる。宗教は生きていく上で必要条件である。 * 白巌窟尊者との大問答 尊者「いろいろな困難をしてまで何でラサにいかれるのですか」 慧海「仏道の修行をして一切衆生を済度しようというため来たのです」と 実際的な問いをはずして形而上の仏教的な答えをした。すると 尊者「あなたは何の原因で済度するのですか」 慧海「何も私には原因はない。衆生がいろいろ苦しみを受けているからです」 尊者「それではおまえは世の中の衆生というものを見ているのか」と言って、非常に理想的な問いを 発したので、私も理想的なオウム返しをしてやった。 慧海「我に我なくして、どうしてこの衆生を見ましょうか」と答えた。 次に尊者はあの賊に会った時の私の気持ちを尋ねて、 尊者「盗人を憎いと思ったか・・・・、盗人が去った後で彼等を憎み、呪法でも唱えて仇を帰すようなことをやったか」 慧海「私に取られるべき原因があってあの盗人に取られたのですから、彼等を憎む必要はありません。 私がこのような不幸な目に会う原因を持っていることこそ、むしろ憎むべきです。私は借金返しを出来たことを喜んでいます。 だから呪術をかける必要はありません。どうかあの男も私のものを取ったのを因縁として、この世で出来ないとしても、 あの世で真の道に入って、立派な人間とも菩薩ともなるように祈ったのです」と言うと、 尊者「それはもっともだが、これから賊に会うかもしれないから、ラサに行くのは止めておいた方がよい』と、言ったので、 慧海「私はそんな曖昧なことはできません。目的のためにはどんな方法を執るべしという事には、同意しかねます。 大日経には方便すなち究境なりといいます。誠実なる方法を実行することで、目的そのものとして 一切万事誠実なる事のみを行う。その結果として目的が達せられるということになるのです。」 尊者「どうも妙じゃ、必死の恐れがある道を選ぶより、安全なネパールへ帰るがよい。お前が必ず死ぬことが見えている」 慧海「しかし私は死ぬことを知りません。生まれてくることも知りません。ただ誠実な方法を行うことを知っているだけです。」 と答えると、尊者は俯いて考えていたが、たちまち話を変えた。・・・・・・・ ▼ 出立の時に、十分すぎるほどのお金と食料を尊者は慧海に与える。この問答で尊者と慧海の底知れない 大きさを感じ取ることが出来る。 事上練磨で仏の教えが深まっていく一例である。 ・・・・・・・・ 2008年01月25日(金) 2487, 不動産は値下がりする! オハ*ヨΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。 ー読書日記 『不動産は値下がりする!』 江副浩正著(中公新書) 知人に借りて目を通して、直ぐにアマゾンで(中古本だが)発注した本である。地方にいると都会の不動産の生の情報は 殆ど入ってこないので、山の手線沿線の超高層ビル群の実情を興味深く読むことが出来た。それもリクルートの創始者の 江副浩正なら、一言一言が響いてくるのは当然のこと。東京の不動産事情を江副というブランドの目を通した講義録とみれば、 これほど面白いものはない。私自身は、新築不動産を購入するならマンションより一戸建てを選ぶ。それぞれ価値観があるから、 一概にどっちらがよいか括れないが、買った瞬間に、その価値は6〜7掛になる。3〜4割が業者の荒利になるからだ。 (ちなみに、ファッションや貴金属は三分の一、10分の一もある?)一戸建ての場合は、ベースの土地は相場の値段として 計算?されるので、売価対原価の比率として、購入と同時の減額は少ないはずである。それだけではない。今後、総人口が減少に転じ、 総世帯数が減少する国で、不動産が高騰する訳がない。家は既に余り始めているのである。この失われた10年で低迷がつづき、 その対策として金利が長期間、史上最低にあり、土地、戸建、分譲マンションの値上がりが続いてきた。 首都圏の分譲マンションの 年間適正供給量は4万5千戸と言われてきたのが、10年以上も8万戸前後の供給が続き、それが順調に売れてきたというから、 その反動が来るのは至極当然のことである。アメリカのサブプライム問題が発生、世界の金融機関をパニックにしているが、 日本版サブプライム問題になるのは時間の問題。 この本の「まえがき」と内容が、少し違っている。「まえがき」では、 不動産は値下がり間違いないと言いながら、「これからは都心、中でも港区、千代田区、渋谷区に人口が集中し、都心のマンションは 益々値上がりする」と述べている。利上げが供給過剰なバブルを破綻させるというが、他の理由は殆ど書いてない。 需給のバランスの供給を大きな理由にあげているが。土地も関東・東海の一部地区を除けば、更に値下がりするのは、自然の流れである。 ーーーーーーーー 2007年01月25日(木) 2123, 階級社会ー不平等社会を考える オハ☆:*:・ ★(o≧□≦)o☆・*:..。o○☆*゚ オオォォーーー!! 世界は不平等社会で成立している。今さらのことだが、これは何度も振り返って考える必要がある。 戦後日本は実質的には社会主義的な平等社会であったというが、本当だろうか?「自由、平等、博愛」 はEUの基本理念であるが、世界はその正反対から成り立っている。だからこそ、理想として基本理念に掲げている。 インドでは3000年前に白人系アーリア人がインド全土を支配。ヒンズー教をつくり上げて500以上の階級を詳細につくりあげて、 白、赤、黄色、土色の肌色をベースとして、その混血を防止するため、この宗教をつくり上げた。それが宗教的効果も加わり 現在まで全く変わることなく続いてきた。インドでは交通事故で最下層の人を轢いても犬を轢いたのと同じように扱われる。 地方では最下層の村の襲撃事件が彼方此方にあり、虐殺は日常的であるが、警察は全く取りあわない。 去年の暮れにニューデリー近郊で起きた二十人以上の幼児や若い女性の猟奇殺人の容疑で二人が逮捕されたが、 これも下層階級の牛以下とみられた階級に対するアーリア系?による差別行為の一端とマスコミは報じていた。 我々が「娑婆を知る」「世間を知る」というと、「奇麗事の民主主義の中にある階級社会の不平等の現実を受け入れ、 それぞれの立場で、自分を見つめること」をいう。「何で皇族を養わなければならないのか?」と誰もが思うのは当然であり、 何で朝鮮系の彼らを象徴としなければならないのか?という根本的な疑問は誰も持っている。 この疑問の拡大は、押し戻すことはできない。考えてみたら、実家にはお手伝いがいて、店には50~60人の従業員がいた。 それが当然のことであり、何も考えたことはなかった。ところが上京して、根こそぎ不平等社会に曝された。 大都会の中で、初めて自分の存在の小ささに直面した。皇居に出入りする車の列をみて、「何でアイツラが税金で 特別待遇を受けなければならないの?」という原始的な疑問を持った。東大の安田講堂立て籠もり事件の頃のこともある。 ・社会とは何だろうか?その中の小さな自分とは何だろうか? ・何故、社会は大金持ちと乞食が同じ街の中で暮らしているのだろうか? ・皇居に何で皇族がいて、税金でのうのうと暮らしているのか? ・山手線に下町地区があり、そして山の手地区があり、何も不思議と思わず、それを受け入れているのだろうか?、と。 父親が日常の生活で質素を基本としていた。 明治生まれの価値観で、贅沢は身を滅ぼすと・・ 送金は、殆ど最低の生活費と、馬小屋のような寮。三年になって一ヶ月の欧州旅行で知り合った友人達の私生活の派手さは驚いた。 世の中には自分の知り得なった社会があり、そこには社会格差が存在しているという現実を身近に初めてみた。そして就職。 そこで一番下の一平卒からみた地方名士様を目の当りに見て、自分もそこに育った環境を、つくづく客観視した。 (字数制限のためカット 2013年1月25日) ・・・・・・・・・ 2006年01月25日(水) 1758, 人生の贈り物 ohayou*・゜゚・*:.。..。.:*・(≧∀≦) −読書 (字数制限のためカット 2010年1月25日) ・・・・・・・ 2005年01月25日(火) 1393, 600坪のネットカフェ ネットカフェが面白い。前を通ってパンフレットは何回かもらったが、会員にまでなって入る気がしなかった。 (字数制限のためカット 2011年1月25日) ・・・・・・・ 2004年01月25日(日) 1026, 100円つめ放題 ーかたい話が続いたので、世間話をする。「プラント5」という最近出店してきたスーパーセンターでの「100円つめ放題」が面白い。 チョコレートであったり、揚げ物であったり、芋であったり、シシャモであったりする。先日は枝豆であったが毎週変えているのがよい。 (字数制限のためカット 2012年1月25日) ・・・・・・・ 2003年01月25日(土) 661,イチロウ−3 彼の話は過去に2回書いている。一つは、数字を書いたテニスボールをマシーンで2百数十?で投げ込ませ見きわめる練習。 いま一つは、小学生の時の日記だ。最近ある新聞のスポーツ欄にイチローが連載していた中で、印象的だった内容があった。 (字数制限のためカット 2013年1月25日) ・・・・・・・・・ 2002年01月25日(金) 311、パソコンの機能と実感-2 ー 実感としてのパソコンを書いてみると ・発想機械として、もっともその機能が活用できる。 言葉の並び替えが簡単にできる。 (字数制限のためカット 2013年1月25日) ・・・・・・・・・・ 1月25日 1969年 朝、千葉の甥っ子の「ムーちゃん」がTVに出るという。ロンパールームという番組で30秒位話をする。 物怖じしないところがよい。 (字数制限のためカット 2013年1月25日)
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2013年01月24日(木)
「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著) * 自己への思考の旅 哲学者のソクラテス、モンテーニュ、パスカルなどを取り上げながら「自己とつきあうということ」を考える書である。 アマゾンの紹介には、【 悩む人も、悩まない人にも。モンテーニュら偉大な思想家たちの思索をたどりながら、他者や世界と 繋がる自己発見への旅。そして、誰もがそこから逃れられない厄介な「自己」とのよりよい関係の構築を模索する。】とある。 6年前に買って目を通したが、熟読はしてなかった。しかし、節目時に改めて読んでみると、思わない発見がある。 バイアスが薄れ、ゆとりを持って過去を振り返ると、前だけを見ていた時には気づかなかった自分が見えてくる。 一昨年の節目時には「自己を見つめる 」渡邊二郎 (著) を読んでいた。そこでは、「自己」「仕事」「孤独」「世間」「運命」 「不幸」など15章のテーマの人生の真髄を、傷ついた心に語りかけてくれた。そして現在、今度は古今東西の哲学者の引用で、 自己の行蔵に対し語りかけてくれる。 ー プロローグの「自己の旅」の、次の言葉が良い!ー 《 終わりなき旅 = そこから自己への旅が始まる。その旅は、いまだ知られていない自己をめざす思考の冒険である。 はっきりしたルートも道しるべもなければ、方向指示器もない。目的地がどこにあるか分からないし、目的地がどこか定かでない。 その旅の途上では、われわれひとりひとりが、手さぐりで一歩一歩進まなければならない。 しかしその歩みを通じて、自己が どのような存在であり、自己として生きることがいかなることか少しずつ見えてくるであろう。 自己の旅は、われわれが自己の多様な側面を説き明かしていく思考の経験であり、自分との対話や反省や試みを介して自己を 掘り下げていく経験である。しかし、その経験は自己に収束して閉じてしまうものではない。それとは逆に、自己への旅は、 自己の生を可能にしている他者や、世界へとつながるものである。自己への旅には、あらかじめ定められた出発の時があるわけでも、 終わりの時があるわけでもない。それはどこに行きつくか分からない。その旅の途中で、自分が、他者が、世界が、どのように 違って見えてくるのかも分からない。それを身をもって知ること、それこそが自己への旅の醍醐味であろう。》 ▼ 自分の立居位置で、確かに物事は違って見えてくる。特に人の滅多にない経験?後なので私の自己の旅路は複雑である。 事業を目指すと決心してからの45年間の自分の行蔵を省みるだけで、自分を身を持って知ることになる。非力な、無知な、 しかし理想だけは高い自分がいる。その時々に全力を出していたので、その時々の自分に後悔は一切無い。出来ない人ほど、 辛辣に、実践するものを非難する。同じ後悔なら、実践者の方が良いことを一番知っているためだ。この経験で実感したことは、 「人生はハッピーエンドより、後悔の無いアンハッピーエンドの方が良いのでは?」ということ。 後悔の無いアンハッピーなど あるのかどうかの疑問もあるが、実際に私の経験が、そうである。実際のところアンハッピーではない、といえば、その通り。 要は、これも自分との付き合い方。どっちにしても大方はアンハッピーの悶絶の死が待っている。 この内なる旅、面白くなる。 ・・・・・・ 3956, 他人を責める「新型うつ」について ー2 2012年01月24日(火) 数ヶ月前に、閑話小題で「(他人の)せい病」について書いたが、その時は、それが現代型「新型うつ」とは知らなかった。 たまたま周辺の何人かの異様な言動の「うつ病」現象が耳に入ってきた。共通点は、自分の内側に向かうのでなく、周辺に 怒りをぶつけることである。 秋葉原の大量殺人犯のは、この拡大版。 自分に自信を持てない反面、その防波堤として プライドが異常に高いのが特徴である。 現在の日本の国そのものが「新型総うつ」であるが、怒りを国政のトップに叩きつけ 潰していく異常性は、国の末期現象といえる。自分より他人を責めるのは、情報化社会の特徴である。自分より社会に、他人に、 怒りの原因を探しやすいためである。そういう私も、この一連の出来事の八割は、二つの経済震災と自然災害と現在でも信じている。 借入総額の七割を返済しても、残り三割の総額が十億もあり、売上が三分の一、四分の一に激減すれば無理というのも 言い訳にならない。出来ることは、瀬戸際の一歩手前で見切ることぐらい。 以前書いた、文章をコピーしてみる。 ≪ 2011/06/28 閑話小題 ◎ エイズ並みの、恐ろしい性病 人間、ギリギリに立つと、本性が出てくるもの。 その中で最もリアルに出るのが「他人(ひと)のせい」にする悲しいサガ(性)。 人間には「あなた群」というのがあって、色いろな気持ちや体験を通して培った感覚や、体の細胞たちからの記憶が、人の中に蠢いている。 過去の色いろな感情や感覚が、塊になって、その時々の感情や感覚を仲間として同居していて出番を待っている。 その一つが 「他人(あのひと)のせい」病である。 さしずめ、今回の倒産劇の「三つの震災」を倒産理由にしている我が内なる、それである。 そう書きながら、これらの八割が原因と脳の奥からの声が聞こえてくるが・・。原因や責任転嫁は動揺から生じることが多い。 「他人のせい」は、メビウスの輪で、「原因は自分にもある」ことに気づかなくしてしまう。東北大震災も、あれは数百年に一度の天災が 原因である。そこまで、想定できないのは自明である。それを政治は言明できないという恐ろしい事態である。≫ ▼ 医者に行くとハッピードラッグをくれるが、これが攻撃対象に怒りをブツケル劇薬になる代物。秋葉原の集団殺人犯、どうだったか? ・・・・・・ 3591,10分ルールと、30、60、90秒ルール ー2 2011年01月24日(月) * 「3分、90秒、30秒ルール」とは、 ー3分ルールー ボクシングの一ラウンド、即席ラーメンの待ち時間、公衆電話は以前3分10円などある。 これは目先、集中していられる時間で心の小さなリズムでもある。読みかけの本を読むときに、いま一度、前書き、 後書き、そして、これから読もうとするページに目を通すと、読まなかった時に比べて二倍は効率がよくなる。 これもポイントに集中して一度、本を鳥瞰してから読めば、理解度も高めることになる。 ー90秒ルールー これは感情的な反応は90秒でいったん収束することを基にしている。驚きや、不安感、恐怖といった感情的な反応が脳に起きると、 その興奮が収束するまでに90秒かかる。その90秒間、慌てふためいたり、パニックを深めるような行動をせず、じっと脳の興奮が 収まるのを待てば、理性的な対応が出切る。 非理性的な対応を90秒以上に引き延ばすことを抑制する利点もある。 私の場合、それより10秒ルールが必要だ。まず、10秒、そして30秒である。 他に60秒ルールというのがあり、学習成果を維持したり、特定の行動を良い習慣として身につけたい時に、 学習や行動の後、60秒以内にそれに良い評価を与えてやればよい。褒めたりする時は、60秒以内に実施したほうが良い。 ー30秒ルールー コマーシャルが、これである。対象に強力なメッセージを与えたい時の適正の時間である。これ以上になると、 間延びをしてしまうし、それ以下では情報量が少なすぎる。首相や大臣のブラサガリの一言コメントも大よそ、これ位。 〜以上、取り上げてきたルールの組み合わせで世の中の動きが決まっていて、知らないうちに慣らされている面もあるが。 そういえば、人と人間と、時と時間の関係は非常に似ている。「間は、ルールの構築から成り立つ」ということか。 ・・・・・・・・ 3226, フリー −3 2010年01月24日(日) ー以下は、印象的な部分をランダムに抜粋してみたー * 世界中のビジネスがアトム経済からビット経済圏へ大きく変化している潮流を説いている。 「ウェブの世界には、貨幣経済以外に、評判(トラフィック)経済と注目(リンク)経済がある」と、核心をついている。 * googleは、多くの人から評価・注目されているページを検索結果の上位に表示している。知りたいのは、評判経済・注目経済が あることを、googleは見抜いて、その検索を無料で提供することでアクセスを独占し、そこに広告を出すことで収益を上げた。 *「市場に参入するもっとも破壊的な方法は、既存ビジネスが収益源としている商品をタダにすること。 すると、その市場の顧客はいっせいに押しかけてくる」 無料で使ってくれる顧客をたくさん獲得すれば、 その中の顧客が有料の商品を買ってくれる可能性が高くなる。 無料には顧客を爆発的に増やすパワーがある。 したがって全ての情報はフリーになりたがる。 今の情報化社会が次の世代に変わろうとしている。 「人々が欲するものをタダであげて、 彼らがどうしても必要とするときにだけ有料で売るビジネスモデルをつくる」 *<新たなる価値インターネットの出現によって、製造コスト、仕入コスト、オペレーションコストが 劇的に下がり、 これによって収益モデルがかわったことを例をあげて紹介している。 中国をはじめとした不正コピーの問題に対し 防ごうとするのではなく 逆にどういかすか、も示唆してくれている。 > 〜以上だが、ビットは、コピーが可能であり、圧縮などによりコストが劇的に下がり続ける。 それが、アトム経済の価格も影響をし始めてきた。これは経済だけでなく思想的領域まで影響している。 そこまで掘り下げて考えないと、このフリーの潮流を理解できない。それだけこの情報革命は世界の有りかたを変えようとしている。 ーここで紹介されているビジネスモデルとして、以下の4つを上げているー (1) 直接的内部相互補助 ・・・ 消費者の気を「無料」で引き、その他のものを販売する。 ex)一枚スーツを買えば2枚目はタダ。オンラインゲーム(ゲームは「無料」だが、アイテムは「有料」) (2)三者間取引 ・・・ コンテンツを「無料」で提供し消費者を集め、その後広告を乗せるなど第三者から収益を生む。 ex)google、Mixi、TV等 (3)フリーミアム ・・・ 「無料」版サービスと機能追加した「有料」プレミアム版サービスを販売する。 ex) MixiとMixiプレミアム (4)非貨幣市場 ・・・ 対価を期待しない市場 ここでは対価として評判と人気 ex ) Wikipedia 等 ・・・・・・・・ 2851, チベット旅行記 −2 2009年01月24日(土) 100年前に、死を覚悟に、よくぞ・・・。江戸時代に外国人が日本に潜入したようなもの、それもヒマラヤを越えて。 仏を心の底から信じなければ乗り越えることが不可能なことが次々と続く。信じるとは何かを、 この旅行記を通して少しは理解できたようだ。 * 断事観三昧 テントが二つ三つみえる。そこに行くと怪しい者と思われる。他を見ると間道がありそうなところが、ちょいと見える。 とにかくどうにか極まりをつけなければならんと思って、そこに座り込んだ。私は理論上で決められぬことがあると断事観三昧に 入って事を決めるのである。そもそも断事観三昧とは、およそ道理で決めれる事は道理によるけれども、理論上決められない 将来のことなどは仏陀に従って座禅により無我の観に入り、そこで発見された観念に傾くのをもって、その取るべき方法を決定する事。 深い意識の中に入っていき自分も何もないところで問うてみるとは、次元の違う世界へのつながりを求めてどうあるべきか、 どうするべきか判断するということである。 この方法を仮に断事観三昧と名づけた。 解)窮地に追い込まれて独りで決断しなければならない時に座禅の無我の観に入り、自分を超越した深い意識の中で判断をする、 すなわち仏の心境で判断すれば、仮に上手くいかないとしても、次の知恵が湧き出てくる。人間は最後の最後は自分の心奥の無 (正中心一点無)で、判断しなければならない。 そのためには、孤独の世界を、孤独の時間と場所を確保しなければ。 *積雪中の座禅 羊を追い立てますと、余ほど疲れたとみえて少しも動かない。無理もない。相当の荷物を背負っている上に今日昼までは 草を喰っておりましたけれども、その後は高山に登って来たのですから草も得られなかった。サア進むことができないといって 進まずにはいられないから、可哀そうではございますけれども、押し強く後から叩きつけてみたりいろいろなことをしたが、 羊は動かない。ようやくのことで首にかけてある綱を引っ張って二間ばかり進むと、また立ち往生する。 芯まで冷え込んだ身体や衣服、荷物を十分に乾かすこともできない中、なんと今度は大雪が降ってきた。 岩も隠れ場所も見つからず、とうとう荷物を背負わせていた二頭の羊が雪中に座り込んでしまって一歩も動かなくなった。 「こりゃどうしても羊と一緒に死なねばならんのか。何とか方法がないものか。この前聞いたところでは14〜5日も人に会うまい。 どこで羊の荷を下ろし、夜着を出してかぶり、さらに頭の上にカッパをかぶって、羊の寝転んで居る間にはいって「積雪中の座禅」 ときめこんだ。羊もその方が良いと見えてジッと私に寄り添っている。その羊も余程私に慣れているものですから、まるで私の子の ような具合に二つが左右に寄り添うて寝て居った。「だんだんと寒さを感じて非常に感覚が鈍くなって、こりゃどうも危ない。 しかし今更気を揉んだところで仕方がないからこのまま死ぬより外はあるまい」と覚悟を決めたのであった。 雪中の中を夢うつつにいると、突然に自分のそばで動く者がある。ふと目をさますと、二匹の羊が身震いをしている。 それから身体を動かそうとするが思うように動かない。よこで雪を解かして麦焦しの粉をバターを入れて1杯ばかり食べた。・・・ 解)ヒマラヤでの窮地の雪中座禅は、100年の時空を超えて読む者の心に伝わる迫力がある。 「現代の生き仏」と呼ばれる天台宗大阿闍梨、酒井雄 師は仕事にことごとく失敗し、妻を自殺で ... しかし、出家後、厳しい修行に耐えて、千日回峯行に二回も挑み、二回とも達成した。それに通じるところがある。 深い決意が無ければ決して達成できないことである。それが深いほど仏の心に深く通じるのである。 信仰の力とは何か、必死とは何かが教えられる究極の場面である。ただただ、感動してしまった。 ・・・・・・・・・ 2008年01月24日(木) 2486, 閑話小題 * 片岡球子 この人の「面魂・シリーズ」の絵を初めて見たときには驚いた。たまたまインターネットで見つけたが、写楽の現代版というか、 奇をてらった何ともいえない味わいがあった。画壇からは、ゲテモノといわれ不遇だったが、小林古径に「ゲテモノと秀作は紙一重、 それを大事にしなさい」という言葉に励まされたという逸話が良い。それにしても味わい深い絵である。 先日、103歳で亡くなったとマスコミで報じていた・・ http://www.shibayama-co-ltd.co.jp/tamakoyuki.htm * 昨夜の夢 昨夜は、奇妙な夢をみた。 夢の世界の中で、2〜3歳の自分が、60年近く前の実家の商店の入り口を凝視して、 その詳細をこと細かく見ている。ところが気持ちを集中したためか呼吸を何分か?忘れ、息が出来なくなり目が覚めてしまった。 夢の世界に没頭しすぎて呼吸するのを忘れ、独りパニック状態に陥ってしまい三十分ほど激しい動悸と動揺が続いた。 久々に深夜の漆黒の恐ろしさを味わってみた。「睡眠時無呼吸症」だが、よほど夢の中で神経を集中していたことになる。 一〜二度、睡眠時無呼吸の経験はあったが、これほどの経験は初めてである。霊日記の先祖霊・四四太郎様は、次に何を言ってくるやら? 寝る前に、霊様と会話したのも影響したのだろうが。あの時の夢の中の「凝視の集中力」は、目が覚めた後でも持続していた。 * YKって何?! (字数制限のためカット 2012年01月24日) ・・・・・・ 2007年01月24日(水) 2122, 下流喰い −6 (~Q~;) おはよう〜〜ファ〜 「日掛け金融」の存在は、この本を読むまで全く知らなかった。「超高利貸し」が法律で認められ、現に存在していた。 スナックの開店直後などに時たま見かけた得体の知らない人が、『日掛け金融』の人達だったようだ・・。 飲食ビル経営の人が、サイドビジネスで店子などに金貸をしている話は聞いたことがあったが、 夜の深い世界の一端なのだろう。 まずは、その部分を抜粋してみよう。 ー日掛け金融の世界ー 九州などの西日本一円に今も数多く存在する日掛け金融(日腑貸金業者)も、その歴史は古いという。 もともと市中の鮮魚商や八百屋といった現金商売、水商売などを対象に、日掛けで金を貸す業者をさし、毎日、店先に顔を出しては 仕入れ金などを用立てたり、日賦などを集金する業態で成り立っている。 (字数制限のためカット 2010年01月24日) ・・・・・・・・ 2006年01月24日(火) 1757, ライブドア・ショック−2 (。´_`)ノおはぁよ〜 それにしても、もう逮捕とは早いものだ。系列下の証券会社の副社長が自殺をしたのだから相当違法行為すれすれか、 隠された違法行為が多くあったのだろう。結局は、マネーゲーム屋でしかなかったのか? 堀江は、あまりにも華やかな寵児だったが 週刊誌に書かれていたとおり「乗取り屋」でしかなかった。 (字数制限のためカット 2011年01月24日) ・・・・・・・ 2005年01月24日(月) 1392, 危ない格言ー2 「性格については」のコーナーは、捻りが面白いので、私にとっては真骨頂でもある。 ー性格についてー ・性格は演じられる、見せるためにも,隠すためにも。 (my感想)−そう思っているだけじゃないか? 実際は、その演技そのものが観られているんじゃないか? 以前から、チンドン屋と皮肉っていた「演技する人」。それに殉じて亡くなってしまったが、閉鎖社会の哀れさである。 (字数制限のためカット 2011年01月24日) ・・・・・・ 2004年01月24日(土) 1025, 「眠りについてのお話」−3 一番悪いのは「眠れないことに対するストレス」である。 寝れないときの私の知識とノウハウを書いてみると ・単純イメージの繰り返し、羊の数を数えてみたり、砂漠の砦で自分がインデアンになり騎兵隊を1人ずつ 撃ち殺していったり、 ・色々の可笑しな小話を思い出したり、 ・海外旅行の思い出を一つずつイメージしてみたり、 (字数制限のためカット 2013年01月24日) ・・・・・・ 2003年01月24日(金) 660, 夢のない話 ツアー旅行をしてると、添乗員から色々な面白い話を聞ける。ネパール旅行の時の30歳位の女性の添乗員の話が印象的。 新婚ツアーの添乗が凄いという。お互いの旦那のランクが時間とともに、お互いに解るという。 それと女の自分達の 評価も見えてくる。そうするとナンバーワンの旦那に皆が憧れを持つ。そういう心理が見ていて何とも面白いという。 (字数制限のためカット 2013年01月24日) ・・・・・・ 2002年01月24日(木) 310、地球を一周する 以前読んだ本でまだ忘れられないのが、「地球のエネルギーのポイントが西周りで一周する]という説である。 (字数制限のためカット 2013年01月24日) ・・・・・・ 1月24日 金曜日1969年 「勇気を出そう、肉体はどんなに弱くとも精神で勝ってみせよう。いよいよ25歳だ。 一個の男の力の全てが示される年齢に達したのだ」 ベートーベンの言葉だ。 人事管理の授業に出席できず。 (字数制限のためカット 2013年01月24日)
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2013年01月23日(水)
「 孤族の国 ーひとりがつながる時代へ 」朝日新聞「孤族の国」取材班 (著) NHKスペシャルが取り扱った「無縁社会」の朝日新聞版というところ。 全国53の事例でつづった渾身のルポ。 太平洋戦争以降、若い人口を都市に流入させた結果、やせ衰えた地方。帰る田舎を失い都会で独り生活している孤独の人たち。 繋がることで弧族とはいうが、繋がれないで孤立をしている個々の人たちが大部分。65歳以上のみの高齢者世帯数が962万世帯と 過去最高を記録 し、全世帯に占める割合が初めて2割台となった。90年代後半の信用不安で倒産・失業が増えた時に自殺率が 急増したことも、これと関係している。かつて都会に出てきたが、定年や失業で職を失った中高年には行先の縁がない。 ー内容紹介(amazon)ー 急増する「単身世帯」。いま、恐るべき勢いで社会のかたちが変わっている。高齢になったら、病気になったら、 職を失ったら―その先には孤立という罠が待ち受けている。駐車場に止められた車の後部座席で発見された55歳の男性、 39歳の餓死、中国で婚活・結婚したものの破綻し蓄えを失った男性、震災後に離散した集落、独身無職女性の苦悩など 多数の事例から変容する家族と社会のあり方を追ったルポ。 団塊世代の高齢化、単身者の急増、相次ぐ孤立死 … 他人とつながることで、とえ少数だとしても納得できる人生の「力」になる。 朝日新聞連載のヒューマンストーリー。 ーここで53のケースが紹介されているが、生々しい。 【(CASE1) 神奈川県逗子市。公園の一角にある駐車場に止められた軽自動車の後部座席から遺体で発見された 佐藤正彦さん、享年55。 DNA型鑑定で身元は特定できたものの、遺体の引き取り手がなく市が火葬、遺骨を保管。 司法解剖の結果は病死。4人きょうだいの末っ子だった佐藤さんは、なぜ「行旅死亡人」として生涯を閉じたか。取材班が その足取りを追い、浮かび上がってきた生前の姿。】等々ある。 ▼ 独居老人や孤独死は、憐れむ存在だろうか。死ぬ時は誰も独り。高齢者の自殺率 で、最も多いのが3世代同居、 いちばん低いのが独り暮らしという。独りの寂しさやつらさより、家族関係の中の寂しさの方が辛いのだろう。 ある幼馴染が倒産をした。そして離婚、アパートの独り暮らし。寂しさを紛らわせる痛飲、そしてアル中のパターン。 最後は県外にいる娘の近くのアパートに引っ越していった。が、他人事ではない。弧族は、核家族化と高齢化社会の中で、 大方が待っている現実。 高齢化社会の大きな問題である。 麻生副総理の、「サッサと死なせろ!」は、名言である。 ・・・・・ 3955, 他人を責める「新型うつ」について 2012年01月23日(月) * 生存適応戦略だった「ユウウツ」 「新型うつ」についてNHKのクローズアップ現代や、新聞や、週刊誌で何度か見て、ここでも書いてきた。 ある本に、次のような記述があったが、なかなか面白い。 まずは、その内容から・・・ 【 うつ病は現代病の代表のようにいわれるが、もちろん太古の昔から存在していた。うつ病の歴史について詳述された、 防衛医大・野村総一郎教授の著書『うつ病の真実』(日本評諭社)によると、進化生物学的には、うつ病の主症状である 「ユウウツ」はもともと、ぽ乳類以上の高等動物が、生存に適応するために獲得した感情だという。たとえばサル社会では、 ボスの座を追われたサルは、うつ病のように元気がなくなる。このユウウツは、新ボスに反抗しないという無意識の屈従信号であり、 これにより攻撃されないという利点があると考えられる。また一〇〇万年前の人類が、仲間同士でマンモス狩りをしていたとする。 ある人が果敢に正面からアタックしたが、簡単にマンモスにつぶされる。その死を悲しんだ仲間たちは、ふたたびマンモス狩りを する気力もなくなるが、あまり悲しまなかった仲間はまた同じ方法でアタックして死んでしまう。 生き残った悲しみの人たちは、 もっと安全なマンモス狩りの方法を考える …。このように、本来は生存適応してきたユウウツが、人類の発達とともに、かえって 不利に働く場面がでてくる。たとえば、人類に言語が発達すると、マンモス狩りの方法は行動より言葉で伝達したほうが効率的であり、 悲しみによって行動が停止してしまうデメリットのほうが大きくなる。人間社会が複雑になると、ボスザルの世代交代のように円滑に いかなくなり、ボスの座を追われてもウツ状態になってはいられず、巻き返しをはからざるを得ないケースもでてくる。 このようにして、遺伝子に囲い込まれユウウツに関する内部的なルールと外部環境がかならずしも適合せず、行働に無理が生じる。 野村教授それがうつ病に発症につながるかもしれないと述べる。】ー日本の論点2012ー他人を責める「新型うつ」片田珠美 より ▼ 「ユウウツ」は本来、ぽ乳類以上の高等動物が生存に適応するために獲得した感情で、適者生存のため必要な病とは、 面白い見方である。 人生の節目は、大方が挫折、絶望のカタチで、表立った心の病としてウツが押し寄せてくる。それは、 本人にとって内面の切り替えどきであり、竹の分厚い節と同じで、独りで耐えるか、病院通いになるか、自死に至るかの 瀬戸際になる。しかし断崖絶壁の危機を独り耐えないと、それまでとの切替えは不可能である。これは、ボスの座を追われた ボスザルの屈従信号のサインと同じ。それは当事者としても、ギアの切り替えになる。 現在の日本が、その立場にある。 「一億二千数百総うつ病」状態である。その怒りの攻撃対象が、首相と政府に集中するため、一年で引きずり下ろされる。 その背後にいるアメリカも間接攻撃をする。そのため、奪略対象として冷静に操作が出来る。 振り返れば節目時は鬱だった! ・・・・・・・ 3590, 戦略ネット会議システム −2 2011年01月23日(日) K氏の話. そのメンバーの人物像が面白い。大手企業、官僚と渡り、大手銀行に応募をして入社した人物の面接での 応答に驚いた。「貴方は我社に対し何が出来るか?」に対し、「貴社が潜在的にやりたいと望んでいたことを、掘り起こして 達成しててみせます!」という。 実際にやってのけるだろうし、その新しい実績が本人にとって、さらにキャリアになる。 その本人も凄いが、探して採用する会社も、時代のなせるわざ。ネットのY社のキャリア女性の感覚が初めて見る人種とか。 東北の電鉄会社の開発の人が、線路に直接バスを乗り入れる開発のチームを組んで・・・とか。 中国、インドなど新興国向けの ネット上のセキュリティー・ソフトに絞り開発している会社とか、聞いているだけで面白い! それらの事業戦略のコア部分に、 互いに知恵を出しあえば、多くの切口から多くの事業ヒントを得ることが出来る。 秘密漏洩の問題もあるだろうが、互いに戦略を マナイタに上げて、複数の脳で練りこみをした方が、内容はアップする。そこにはある種の独特のアルファー波が出ているのだろう。 その現場の空気を一度吸ってみたいもの。 「潜在的に、やりたいことを掘り起こし、新たに顕在化すること」こそ、企業にしても、 個人としても革新ポイントのコアになる。 この事業戦略の互いのケース・スタディーは、その辺に焦点を合わせているはず。 ところで、「現時点で、会社にしろ個人の、潜在的にやりたいと望んでいることは何? それを練り上げあげているのか? この恐慌の一番底が来年に到達しようとする中で、どうする?」 そう簡単に答えはない。考えつくし、身を委ねるしかない。 ・・・・・・・・ 3225, 死もまた愉し 2010年01月23日(土) 孤高の文士・結城昌治が死の直前に語った「死とどう向かいあったか」の言葉がよい。50代には、ハッキリした絶対言明があった。 「60歳までに、それ以降の人生の全てを成し遂げること」。そして、還暦をむかえて一人「もとをとった!」と、ほくそ笑んだ。 今となって本当に良かったと思っている。ところが還暦を過ぎてから、次の絶対言明が見つからないのである。 しかし「死もまた愉し」の中の、次の言葉が、 これからの私の指標に最適に思えたのである。 ≪ 余生だから、とにかくあくせくしない。5年先、10年先まで考えて計画を立てたりすると、どうしても張りきりすぎる。 とりあえずは1年だけ考える。あと1年だと思えば、その間の人生を目いっぱい生きることができる。1年が無事に過ぎたら、よし、 もう1年生きよう、と……。 新しい目標を定めてもいいし、前のつづきをやってもいい。また1年たったら、つぎの1年を考える。 こうすれば、1年ごとに新鮮な人生をくり返すことができる。これはうぬぼれをなくすコツでもあるし、人生最後の志として 大事なことではないかと思うんです。 ≫ 若い時に肺結核を患い、肋骨を12本も切るという大手術をうけ、長い療養生活をおくった結城の人生は死と隣り合わせ。 ーそのような境遇で、会得したことは、 【死を大袈裟に怖がるのではなく、生きている最後に来る愉しみと思えば、寧ろ、日々の人生がずっと気楽なものになる】ということ。 私には、どうも無理のようだが・・。 彼は毎年、誕生日ごとに遺言書を書いていた。 内容は毎年同じで、原稿用紙。 「通夜、葬式、告別式、無用のこと」 結核療養所で石田波郷、福永武彦と出会ったことが、彼の生涯を決定付けた ・春惜しむ いのち惜しむ 酒惜しむ ・耀きて 驟雨に落つる 蝶見たり ・風船の まぎれむ雲も なかりけり ・緑陰に 置かれて空の 乳母車 ・降る雪や 余生といふも やすからず ・來し方の 見わたすかぎり おぼろかな ・花あんず 母と旅せし 記憶なく ・ぼうふらも 生きるいとなみ 死ぬなかれ ・ゆゑ知らぬ 疲れ金魚を 憎みけり ・秋風や 逢ひたきひとは みな故人 ・いわし雲 どこへゆくにも 手ぶらにて ・夕虹や 夢はかなはぬ ままがよし ・いくたびも 死にそこなひし ゆかたかな ≪ 一句一句が、何とも格調高く、見にしみる ≫ ・・・・・・・・ 2850、チベット旅行記 −1 2009年01月23日(金) ある人に強く勧められて読み始めた、これ面白い。 6年にもわたるチベット旅行の記録が本になっている。 内容が臨場感があり、生々しいから自分が経験しているような気持ちになってしまう。 勧めてくれた人が山の手線の東京駅を(内容に引きこまれて)三回も行ったりきたりしたというのも頷ける。 ー要約をすると { 日本に伝わっていない未伝経典を知りたいという思いから、サンスクリット原典が唯一残っているチベット国に行くことを思い立つ。 鎖 国状態のチベットに、ヒマラヤを越えをして入国する大旅行。 唐の玄奘三蔵のインドへの旅に似ているが、河口慧海の場合は 個人の意志によるもの。 三蔵とは事情が違う。 明治30年(1897)31歳の時の密入国である。 当然に死を覚悟を しなければならない。抜け道の間道を通ってヒマラヤ山脈を逆回りのコース。 僧衣で平均高度4500mのヒマラヤを走破する。 若い娘に結婚を迫られたり、強盗に出会いながら山中で野宿。 凍りつくような川を裸で渡ったり、雪中で進退きわまる時や、 右に行くか左かの道を選択しようかという時は、座禅をして知恵を得る。食事は麦こがしをお湯とバターで練ったものを1日に一食。 想像を絶した苦難を次から次へ乗り越えた末にチベットのラサ府に到達。そこで知遇を得、日本から持参した薬と医学知識で 病人を治し、現地の人たちに経を唱えて糧を得る。そして大学に入る。その旅で、チベットの生活、習慣、風俗などを細かに観察、 貴重な記録になっている。目的と動機を以下のように書いている。「私は世の冒険家にならって、探検の功をあげることを 目的にしてはいない。 我が国未伝の経典を得たいがために出かけたのだ。したがって探検家の資格は私にはない。 ……ただ、今回の旅行では、宗教に関すること以外にも、社会学、経済学、歴史学、地理学、動植物分布などに 関する様々なことを観察することができた。」 その観察眼の客観的で冷静な見方に、ただただ驚かされた。 ▼ 河口慧海「チベット旅行記」:1866年大阪堺生まれの僧侶。チベットに仏教の原典を求めるために僧籍を離れ、 1897年に船でインドに渡り、ダージリンやムスタンでチベット語の勉強などの周到な準備を整えた末、 1900年にヒマラヤ山脈を越えて西チベットに入る。マナサロワール湖やカイラスを巡礼した後、 日本人として初めてラサに入り、 セラ寺に入門。漢方薬の知識を生かして人望を集め、ダライ・ラマ13世に謁見するまでになるが、日本人であることが露見したために 急遽ダージリンに脱出。 その後も中国、インド、ネパール、チベットを訪れ、在家仏教を起こすなど、日本のチベット学の 始祖として知られる。 1945年、「チベット語辞典」の編纂半ばにして没。享年80歳――。 ーつづく ・・・・・・・・・・ 2008年01月23日(水) 2485,「恐慌」が待ち構える黄昏の米国 −2 オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 今週に入ってからも、更に日本の株価は下がり続けている。当面は1万2千円辺りが底値か、それとも更に下がり続けるのか? 世界的に広がってきたのが気がかりである。余りにも悪材料が揃い過ぎている。下手をすると、恐慌の可能性がある! ー前回の「記者の目」ー毎日新聞の、つづき ローンを担保に次の金融商品を作り、それを担保にまた商品化(証券化)と何度も繰り返されていることがサブプライムの特徴で、 どの商品が焦げ付くのかが見えにくいから始末が悪い。しかも、住宅価格が上がることで借金が可能となり消費を膨らませるという アメリカ人の消費行動も狂わせた。減速どころではなく、アメリカのリセッション(景気後退)が現実味を帯び始めている。 原油高騰などからインフレ懸念を引きずっての景気後退となれば、なおやっかいである。1月7日、経済3団体などの賀詞交換会。 「アメリカはスクラップ・アンド・ビルドの国。うみを出し切れば、あらゆる手を打ってでも、経済を立て直してくる」。 年後半の相場反転を期待する企業トップもいたが、多くは「アメリカ・プロブレム」を気にかけていた。 90年代以降、同時多発テロで一時揺らいだものの、世界経済を主導し、自らもその果実を満喫してきたアメリカの黄昏。 一方で、ユーロ高を導いているEU(欧州連合)、今夏、北京五輪を開催する中国、資源外交を強めるロシア、 成長力は中国以上といわれるインド、オイルマネーが勢いづく中東諸国、資源大陸アフリカ等々、08年経済の担い手は多士済々だ。 基軸通貨(ドル)の信頼感からアメリカに還流していた資金は今、原油に向かい、金を買い、非鉄金属などをめざしている。 資源バブルである。バイオエタノール需要を見込んで、穀物にも向かっている。どれも投機色が強いが、新興国の経済急成長という 需要増が背景にあり、世界経済の主役の座がすでに、アメリカからこうした国々に移っていることも確か。 (字数制限のためカット 2012年1月23日) ・・・・・・・・ 2007年01月23日(火) 2121, 銀行も本格的な競合状態に! (^^)/ おはようよっ! 地元の銀行の担当の話によると、「地方銀行も本格的な競合状態に入ってしまった。都銀や大手信託銀行が、 中小企業への本格的な開拓を始めてきた上に、地銀同士がこれまでのテリトリーを越えて顧客の奪いあいを始めた。 (字数制限のためカット 2010年1月23日) ・・・・・・・ 2006年01月23日(月) 1756, サイボーグ (σ・з・)σオハYO!! NHK・BSスペシャル「サイボーグ技術が人類を変える」の放映が衝撃的であった。身体の一部を機械に置き換え、脳が機械と 直接つながったサイボーグ。SFの世界の話だと思われていたサイボーグが、現実のものになろうとしている現状のレポートである。 脳とコンピューターを直結し、考えただけで身体を動かす研究を実用化しようとしている。 ・∀・)つ (字数制限のためカット2011年1月23日) ・・・・・・・ 2005年01月23日(日) 1391, 危ない格言 ー 読書(毒書)日記 ー ー新書yosennsya 榎並 重行 (著) 書店で立ち読みをしていたら、鋭いとげのある格言が目についたので衝動買いをしてしまった。私向きの本である。 買って読むと棘が棘に見えなくなってくるから不思議なものだ。ー帯びに『類を見ない猛毒に満ちた格言集!』とあるが、 買ってジックリ読むとやはり毒だらけである。それぞれの章ごとに、毒の強い文章を幾つか書き写してみる。 第6章まであるので、数日の随想日記のネタになる。先ず本の名前を見て、帯を見て、表紙の裏の文章をみて、そして、 前書きを見て、終わりを見て、パラパラと開いて、飛ばし読みをするのが通例だが、どこを見ても毒だらけの珍しい本である。 (字数の関係でカット2009年1月23日) ・・・・・・ 2004年01月23日(金) 1024, 22歳の日記−2 何回か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。この時期は、武澤ゼミと寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、 ほとんど全てを占めていた。特に武澤教授の影響が大きいことが、この日記か窺い知れる。ゼミでは、まず一週間前に事例 (ケース・スタディー)の用紙を渡される。 その間に対処を考えてきて、それを元に全員で徹底的に議論をする。 その後、その事例研究の答えの用紙を見せられる。我々の出した結論と、誤差について更に議論をさせる。 また二班に分かれて議論した結果を持ち寄って互いに議論もする。 字数の関係でカット(2008年01.23) ・・・・・・・・・・ 2003年01月23日(木) 659, 人間-女心 ー宗親流に書いてみるー 人間の心ほど、いや自分の心ほど面白いものは無いね。単純で複雑で自分でもコントロールが不可能なものだね。 だからノイローゼになるんだろうな。それにさ男女の下が絡んでくるからね。「女の身体の真ん中辺にシンショぶっちゃる穴がある」 という都都逸があるがね。 字数の関係でカット(2013年01.23) ・・・・・・・・ 2002年01月23日(水) 309,壁ー2(言葉の壁) 決断しなくてはならないが、そこに壁があり躊躇するとき「取りあえず、決断を引き伸ばすか回避する言葉」が 「取りあえず」である。思考停止病といっていい。「とりあえず、こおしておこう」「とりあえず、大学にいっておこう」 (字数制限のためカット 2012年1月23日) ・・・・・・・ 1月23日 木曜日 1969年 8時起床。登校後、産関論の授業に出席。この授業は、これが最後だった。その後、川崎と喫茶店に行く。 午後は価格理論に出席。帰寮後、合気道のOB会出席迷ったが、結局欠席にした。 字数の関係でカット(2013年01.23)
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2013年01月22日(火)
『財政恐慌』浜矩子著 * 死に至る無限ループ 以下の抜粋部分は近未来の財政破綻と恐慌を明確に分析している。 これは日本だけでなく、アメリカ、 欧州も同じこと。 最後のリンゲルをうち終わった後の近未来の日本の惨状を考えると惨憺たる思いである。 ーまずは、その辺からー ≪ 恐慌とは何か。それは、要するに経済活動のシック死現象だ。劇的な形で、あっという間に経済活動がマヒ状態に陥る。 そうなれば、人々は恐れ慌てる。だから、恐慌という。このとてつもなく怖い現象を、財政が引き起こす。 そのような とんでもないことが起こる世の中になった。それは、なぜか。グローバル時代においては、ヒト・モノ・カネが国境を越える。 ところが、財政は国境を越えられない。国境を越えられない財政が、国境を越えたヒト・モノ・カネの動きが引き起こす様々な 大問題に対処しなければならない。そのことが、いまだかってなく重い負担になっている。その重みに耐えられなくなった時、 起こってはならない財政恐慌が発生する。 ご承知の通り、財政政策というものは、景気変動による経済活動の浮沈をならす機能を果たす。財政にそのような役割を 付与すべしと唱えたのが、かのケインズ。 経済活動が大膨張と大縮小の間を行ったり来たりし、その度ごとに人々の生活を 痛めつける。この極端な循環現象から経済社会を解放しよう。そこに、財政政策のそもそもの眼目がある。 その意味で、極めて雑駁に言えぱ、要するに財政政策というものは恐慌逃避のために存在するということになる。 恐慌は経済活動のショック死現象だが、見方を変えれば洪水のようなもの。大河が溢れれば洪水になる。洪水はすべてを流し、 その過ぎ去りし後に新たな生命の循環が始まる。新たなスタートを切るのは結構だが、その前に、あまりに悲惨な大清算の 場面をどうしても経なければならないのか。その衝撃をなんとか緩和できないものか。そのような発想の中から、政策の関与に よって経済的変動を微調整しよう、というケインズ的考え方が生まれた。 かくして、ケインズ後の経済の世界は、恐慌というショック死現象に陥ることを免れることになった。ただし、そのための 代償として、常にインフレに陥りやすい体質が世界的に根づくことになった。それはそうだろう。経済活動のショック死を 防ぐべく、政策が早め早めにカンフル剤を打つ。その状態が続けば、経済活動は常にとってもハイになりやすい。欝状態に陥る ことを避けるために、どうしても躁状態を慢性化する方向にバイアスがかかる。要するに人類は慢性インフレという代償を 払うことによって、繰り返し襲う恐慌の洪水から解放された。それが従来型の基本認識だった。ところが、いまやその認識とは あまりにも違う構図が我々の目の前に出現している。いまや、内と外との関係は実に曖昧だ。国内から外に出て行き、外から 内に流れ込む。数多くの工場が丸ごと国境を超えて移転する。それに伴って雇用機会もかつてない勢いで内から外へ流れ出す。≫ ▼ 問題は、大清算の国民の痛み。ギリシャが、いざ予算削減で国民の痛みに直面すると同時に拒否するパターンと同じことが、 今までも、これからも日本に起こる。目先の痛みを恐れ問題の先送りを続けてきたが、もう許されない。しかし茹で蛙状態の 日本人も同じこと。最後は金持ちは国外に移住。 国内残留組は貧乏になるしかない。それを、国民は選んだ結果である。 ・・・・・・ 3954, ファイナル・クラッシュ ー6 2012年01月22日(日) * 日本経済の行方 「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」 ≪ 著者ヒューゴはファイナル・クラッシの主因を大西洋両岸のイギリス、アメリカの浪費型経済システムと見ている。 まずアメリカ、そしてイギリスを含むヨーロヅパが完全な機能不全に陥って、日本を含むアジアも経済的な破局に巻き込まれる見通し。 しかし、日本経済を振り返れば、アメリカ以上に借金頼みのいびつな形となっていることは疑いない。「アジアの成長が止まることも、 あるいは崖っぷちで踏みとどまっているアメリカとヨーロッパの経済が足を滑らせて恐慌状態に転がり落ちることも世界経済全体が ファイナル・クラッシュを迎える引き金となるだろう。そして世界にはもう一つ大きな危険要因が存在する。 日本である。 私の予想では日本政府はもう一段階の格下げにあい、アメリカ政府に先駆けて財政破綻する。そしてその後、日本に引きずられて アメリカとヨーロッパ諸国も同じ道をたどることになる。アメリカ先行ではなく、日本がアメリカを引きずり下ろすのだ。 この点が著者ヒューゴと私の見解の相違である。もっとも違いといってもシナリオが違うだけで、最終的な結末は大差はない。 日本経済の抱える問題を、世界では「ジャパン・プロブレム」と呼んでいる。懸念されているのは、日本政府の財政状況。 日本政府の負債は、財務省の発表によれば二〇一〇年度末で九二四兆円。 OECD(経済協力開発機構)の推計では、二〇一一年にも 国内総生産比で二〇〇%を突破し、さらに今回の震災の復興費用により二三五%になると言われている。また、政府の歳出が税収の二倍を 上回っている。そういう国は長くは続かない。しかも日本政府はこれから震災復興を理由として、今以上に支出を増やそうとしているのだ。 日本では報道されていないが、海外では今や日本政府の財政破綻こそ、世界経済の最大の懸念事項なのである。IMFの発表を見ていても、 東日本大震災は世界経済の撹乱要因、危険要因とみなしている。ただでさえ弱っていた日本経済を震災が破錠させ、それがさらに 世界経済のメルトダウン(溶融)の引き金を引くことを、欧米先進諸国は恐れている。震災後に行われたG20の会合でも、その方向で ミーティングが進行していた。ジャパン・プロブレムの根本原因は、二〇年間にもわたる日本の民間経済の不振を、政府が財政支出の増加で カパーしようとしたことだ。これはコインの裏と表という両面がある。「失われ20年」と言いながら、日本が生き残ってきたこと。 それは政府の財政支出の拡大によって支えられていた。これがコインの表面である。コインの裏面は、その財政支出の拡大が 日本経済を破綻させ、世界経済のクラッシュの原因となりかねないという問題だ。 なぜ日本経済は二〇年にもわたる不振に陥ったのか。 これについては世上、金融システム問題、中国の工業化などさまざま理由があげられている、私見では少子高齢化である。 日本は人口が減少している。とくに労働人口が減り、老齢者が急速に増加、ものづくり人力も喪失している。大震災、原発事故というのは 想定外の問題なのだが、日本経済衰退の根本には少子高齢化があり、これは変えられない。人口増を前提とした高度成長期型の経済モデルは、 もはや維持不可能なのだ。この根本的な問題がここ二〇年間、それほど表面化せずにやってこれたのは、アジアの経済成長とアメリカの 過剰消費という外部要因のおかげである。だが、日本経済を支えていたこの二つのエンジンが今、まさに止まろうとしている。 ≫ ▼ 東北大震災も、国家財政からみたら大きな問題になってくる。前の事業を継続していたらと考えると背筋が寒くなる。 それも電気料金の値上げ、ボイラーの灯油の値上げ、客数の減少など、実際に成り立たない事態である。時流が先行して現れ出る 仕事なので、沖合の津波の襲来が見えてしまうから、毎日のように、ここで声高に喚いている。一年前の今時分になって、やっと 事の重大さを認識し、現実問題として事業の存続を考え出した。そして、その僅か二ヶ月後に整理、倒産を決断をせざるを得なかった。 結局は、誰も助けてはくれない! 自分で見据え、判断し、決断するしかない。 この国とギリシャ、イタリアと、どこが違うのだろう。 ・・・・・・・ 3589, ユダヤ人 魔法のコトバ 2011年01月22日(土) 「ユダヤ人 魔法のコトバ」 ースティーブ・モリヤマ著 ユダヤ人の格言は、数千年の歴史に裏付けられているので、奥行きが深い。 世界の権力構造にはユダヤ人が深く関わっている。下手な人生論など足元にも及ばない説得力を持つ。 ー この本の中で、印象に残った箇所を幾つか書き出してみる ー * 成程! 「私は決して歳をとらない。私にとって、老齢とはいつも自分より15歳年上のことだから」ー米国投資家・ベルナルド・バル−ナ 解) 逆に自分より15歳年下からみれば、老齢ということになる。 40歳位までは55歳以上の人は皆、老齢に見えた。 * 笑うしか術がない時 人生の中で、本当に深刻な時と問題がある。その時は、独り笑うしかない。 解)その笑いが、振り返ると何ともいえない思い出になる。ところで、笑えるのは本当に深刻だろうか? 愚問か! * 物忘れ 「まずは名前、そして顔が思い出せなくなる。次にズボンのジッパーを上げるのを忘れるようになる。 そして最後には、ジッパーを下ろすのを忘れるようになる」 コメディアン ージョージ・ハーンズ 解)これ、笑っていられない年齢になってきた! * 口の軽い奴 「手癖、女癖の悪い奴より、口の軽いやつのほうが始末が悪い」 ータルムード 「噂話はかならず三人を殺す。噂をばら撒くやつ、疑問も抱かずに噂話を聞く人、そして対象になっている人」 解)教養のないオバチャン。それと、そのトジブタの割れ鍋の男。酒が入ると、他人事ではないか・・ * 夢も悪夢もあったけど 「夢も悪夢もあったけど、夢があったこそ悪夢を乗り切れた」 ージョナス・ソーク 解)悪夢を乗り越えた時点で、それは志に変ってしまう。乗り越えないと挫折が待っている。 「夢も悪夢もあったけど、(悪夢)があったこそ(夢)がかなったのだ」も、道理。 ・・・・・・・ 3224, 地球を通り過ぎる 2010年01月22日(金) 2000年前後、6年間、朝日新聞に連載されていた「一語一会」の随想集の中にあったもの。なかなか、含蓄のある随想である。 地球環境破壊に対する問題提議にもなっている。 この人の写真集を持っているが、なかなかよい。 * ー地球を通り過ぎるー 長倉洋海 写真家 「鳥のように静かに地上に降り立ち、やがて静かに飛び去っていく。 それが私たちインディオの生き方。 人は地球を傷つけることなく、通り過ぎることができる」。 ブラジルを共に旅したアユトンの言葉だ。 アマゾン先住民を取材しようと訪れたブラジルで、出会ったのがクレナック族のアユトン。 (字数制限のためカット、2012年1月22日) ・・・・・・・・ 2849, 「ほめる」言葉 − 3 2009年01月22日(木) ネットで「褒め言葉」で検索をしたところー「二段ぼめ」が基本ーとあった。 一段目が、外見や仕事などに対する一般的なほめ方。二段目は、その長所から連想される内面をほめること。 ただネクタイの色柄をほめられるよりも、それを選んだ感性がステキと言われるほうが数段も嬉しい。 女性??が、ファッション服を買う時、彼女の頭には誰か友達に見せて褒められる場面を想定している。 何気なく着ていて『素敵!』と言われる場面である。 外国のブランドショップで買うときなど、そこで日本より安く、 いち早く買ったことを自慢したいのである。ほめて欲しい方も、二段構造になっているのである。それなら二段ぼめをしないと。 「いいわね〜私も、その国に一度は言ってみたいの!」とか。人間は優位に立ちたいのである。嬉しそうに家内が言うには、 「ある店に行ったら偶然なのだろうが、女店員が持ってくる服が全て似合っているの。 女店員も調子に乗り次から次へと、 試着させてくれた。外れは一着もなく至福の時間だった。」 幸せな人には幸せなことが起こるのである。 買ってきたのを着てみせてくれたが似合っていた。褒めるとは、互いに呼吸を合わせるということである。 ーーー 第二章 相手の言動に関心を持つ「ほめ言葉」 ー相手をよく観察すれば、とっかかりの言葉は見つかるー 「さすがー」その場でほめる 56 「やるじゃないか」相手に関心を持って接する 58 「笑顔がいいね」観察していればほめる言葉は見つかる 60 「誰よりも早く出社するね」事実を伝えるだけでも「ほめ効果」は期待できる 62 「創業1OO年だそうですね。さすがに老舗の風格がありますね」 事実にプラスの評価を付け加える 63 「慎重なタイプだから安心だよ」 個性をほめる 「よく知つているね.感心させられるよ」 (字数制限のため中間カット、2011年1月22日) ・・・・・・・・・ 2008年01月22日(火) 2484, 「世間体」の構造 −2 ('-'*)オハヨ♪ ーあるブログに、この本の要約があった。 以下は、それを更に簡略をした内容であるー これで、ほぼ概要を網羅している。 ”世間”とは個人からみれば、”準拠集団”=自分の行為・行動・態度・意見、価値観にもっとも強く影響を与える集団と 捉える著者は、 語源から”世間”の”世”は「時間」を意味し”間”は「空間」を意味するとして、人々の”世間” に準拠して人々が行動するようになった世間観の原型を江戸期時代として、井原西鶴『世間胸算用』がその象徴とみた。 村の「オキテ」、武士の「イエ」をその背景として、明治期に家族生活を統括する基準となる家制度(共同体社会における 和合価値と、武家社会における献身価値の融合)を明治民法で国策化し、『「せまい世間」は「イエ」と対峙しながら、 それに優先し、「ひろい世間」は「せまい世間」と対峙しながら、それに優先した。「ひろい世間」はより「ひろい世間」と 対峙しながら、それに優先する。このように、同心円的に幾重にも重層化「世間」が国家を頂点に整序づけられた』と述べる。 (字数制限のためカット、2010年1月22日) ーーー 2007年01月22日(月) 2120, 一度はやってみたかった! オッ(*^○^*) ハ〜ヨウサン! ー下品な人は誰のこと?ー 「品格のない男とはどういう品種」かと先日書いたが、酒を飲むと、その人間の品性が出るという悪い事例を「自分にみた!」 男なら一度女性の和服を脱がしてみたいものである!が、その願いが何と叶えたのである。先日の中学校同期会の二次会で、 午前の一時過ぎの帰る間じかに女性二人が、着物から洋服に着替えるので席で帯を解くという。「私に解かせて!」と頼むと、 「OK!」の返事。スナックのボックスだが二人の着物を脱がせてもらった。 (^^*) 初めてで最後の経験だろうが、何か淫靡な面白い疑似体験?になった。二人が「着物の似合う上品な艶かし女性」だから、 リアルで切迫感があった。着物用の下着を着ていたが・・少し気があった人?だから、それを加味すれば差引ゼロか。 「芸者ワルツ」と、「温泉芸者」のカラオケを聴きながら無言で、帯を外し、着物を一枚一枚脱がしていくのだから! 妙な気持になる。『何もしてないのに、何か?しているような・・』 長いボックスの一番奥だったので、 他の人はあまり気づかなかったようだが。いい歳をして何をしているのだろうか? こういうのを下品というのだろう。 着替えたあと、『貴方とは帯をとかれ、着物を脱がされた仲ね』と言われた。 罪のない余興だが! こういうのを「遊び」というのだろう ヘ(ё)ヘ もう直ぐ花婿の父をやらなけらばならないから・・ 品をよくしないと!本当に。 この文書を嫁になる人がみたらどう思うだろうか? まあ、可愛い酔っ払いの余興でしかないが・・! 人生二度となし、一期一会で「いま、ここ」を大事にしただけだ! それにしても、こんなこと書いてよいのだろうか! 今さらか! ウンマ! (m ̄ ̄m) ^^^^ 『で、どうした!』 「ただ帯解きを手伝ったのを、‘かなり脚色をして’面白可笑しく書いただけ」 『で、・・』 「貴重な体験でした」 『ほれで?』 「少し興奮しました」 ( ̄(●●) ̄): 『アフォ! 本気になって読んだじゃないか、 全くもう!』「話に引き込むために、オーバーに書いただけです」 『何か、いやにリアルな内容じゃないか?それも品が無い!』「まだ、アルコールが残っているとき書いたからじゃないですか」 (^_^)v バイ ー『で、どうした!』以下は、 将来 嫁とか孫に見られたときのフォローのため書き足した文章です。はい!ー ーーーー 2006年01月22日(日) 1755, 道洲制度について |(*′口`)ノ||O | ☆.:゚+。おはょ゚+。:.☆ (字数制限のためカット 2011年1月22日) ・・・・・・・ 2005年01月22日(土) 1390, 迷ったときは運命を信じなさいー2 ー読書日記 第6章の「あなたの自身の『原型』を知る』の中の ー光の領域のレッスンーが面白い。 寝る前に「光のイメージ」の実験をした。「アメリカの田舎の並木道から、一軒家に入り、廊下を通って、 部屋の衣装棚の奥へかき分けて入って、地下のトンネルを通って、大きな川辺に出て、船に乗り、 トンネルに入って、出て、船から降りて、光になって、そして、女神ヘラになり、老王リシになり、 救い人になり、救い人の母のデメテルになり、酒の女神のバアッカスになり、学問の女神アテナになり、 美の女神ビーナスになり、神の子になって,最後は宇宙の錬金術師のクリシュナになる」 以上を、ポストイットに書いて手帳に貼り付けて、酒を飲みながら見ていたら、2時間ほどで覚えてしまった。 そして2日間、ベッドで自分が「風になったイメージ」をして先ほどの「霊魂ー風」になったつもりで、実験をしてみた。 そうして寝てみると「多くの夢をみる」のに驚いた。ユングの世界の被験者になっているようで面白い。 自分の内面の深層に、ドンドン降りていくような感じになった。ーいや実際降りていったのだろうー そして、それぞれの女神や、救い主になった感覚が面白い。 一種の白昼夢か?この文章を読んでいる人は、 信じられないのではないだろうか?イメージで、かつ半覚醒で女神や神の錯覚状態をまともに書いてあるからだ。 神様と対話している感覚のようでもある。 ユングは、このような地下への階段をドンドン降りていったのだろう。 『その状態をもっと詳しく書いてみろ!』という声が聞こえてきそうだ。今度、ミニミニ小説を書いてみようか? それとも、宗親日記に取り入れて書いてみようか。あまり入り込むのは、この程度でやめておくが・・・。 ーーー 驚いた!、去年の今日が『眠りについてのお話』のテーマであった。ここまでくると、気持ちが悪い! ・・・・・・・ 2004年01月22日(木) 1023, 「眠りについてのお話」−2 「経験を盗め」読書日記−2 睡眠は8時間が理想と思い込まされてきた。 (字数制限のためカット、2012年1月22日) ・・・・・・・・ 2003年01月22日(水) 658, 躁鬱について 人間は躁鬱質か分裂質かどちらかか、その中間を浮いている存在だ。そのコントロールが利かなくなって第三者に迷惑をかけたり、 抜け出れないのが精神病になる。束ねている元が壊れてしまうと精神病か。 (字数制限のためカット、2013年1月22日) ・・・・・・・・・ 2002年01月22日(火) 308,人生の損益分岐点 人生の損益分岐点-とは人生で元はとったか?ということ。 (字数制限のためカット、2013年1月22日) ・・・・・・・・・ 1月22日ー水曜日 1969年 10時に学校に到着。崎と会う。次に川村に帳面を返す。そして産関研究所に行きレポートの為の資料を借りる。 (字数制限のためカット、2013年1月22日)
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2013年01月21日(月)
『財政恐慌』浜矩子著 ー次の質問群よりー ● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか ● 我々はここで立ち止まりたいのか ● それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか * 我々はなぜ元いたところから立ち去った。 それは簡単だ。元いた場所が、我々に不相応な場所になったからであ。日本経済は成熟した。大人の経済になった。 だから、育ち盛りだった高度成長期に場所を立ち去った。 * 我々はここで立ち止まりたいのか それは、「ここ」を我々が居心地のいい場所に仕立て上げられるか否かにかかっわっている。 「ここ」を嫌がってばかりいたのでは、「ここ」はいつまで経っても立ち止まっていたい場所にはならない。 成熟した経済社会が、居心地の悪い場所であるはずはない。この場所のよさをどう引き出していくかが課題だ。 * それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか プラザ合意の時まで戻ってやり直す。それができれば、そうすべきだろう。しかしタイムスリップができないのなら、 出直しを考えることには意味がない。 それよりも今、どこにいるのかを確認し、ここを新たな出発点にすればいい。 ▼ これらの質問群を読んでいると絶望的になる。その元凶はアメリカに与えられ忠実に従ってきたことに行き着く。 一度ハイパーインフレを受け入れ国民の財産を清算し、憲法を改革すべき時に来ている。新潟駅前シリーズの事業、 これは日本経済の縮小版だった。 リーマンショックの直撃で清算に追い込まれた。 しかし日本経済は今だに、 借金を増やし続け、国家財政破綻に向けて暴走している。 自民党に政権が戻ったのは、明治維新に例えれば、 旧幕府に権力が戻ったようなもの。幕府に明治維新が出来ようはずと思うのは当然である。憲法改正はグローバル化の 中では絶対条件。 安部・麻生の二人は分かっているだろうが、最後は「維新の会」の石原と橋下のコンビが仕上げる のだろうか。見渡す限り他には存在しない。いずれにしても、経済成長の幻想は捨てるべき、という著者の主張は正しい。 ・・・・・・ 3953, ファイナル・クラッシュ ー5 2012年01月21日(土) * 迫り来るメルトダウン 「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」 【 結論からいうと、世界恐慌は避けることができない。ドル還流のポンプ役が日本から中国にバトンタッチしたのは、 日中の経済規模が逆転し、中国が世界第二の経済規模になった2010年でなく、日本がバブル崩壊をしたときである。 その段階で中国の元が変動相場性になっていれば、実体経済からかけ離れた還流システムが早い段階で正常に戻ることになり、 世界中に過剰なドルがばら蒔かれることなく、ファイナルクラッシュは妨げられただろう。しかし、実際には中国は、著者が 予測するように、今のままを続けようとするだろう。アメリカは国債を、それに甘んじ増発する。原著で予測されていることが 現実に起こっている。もう、遅い。クラッシュは避けられない。 ドルがクラッシュを起こすと、元もユーロも大損害を受ける。 ユーロは今やドイツのことになっている。ドイツだけで支えている状態が、ドルのクラッシュで、ドイツはユーロの犠牲者に なってしまうと思っているから、この辺が限界である。原著では、「全て共倒れになるだろう」と悲観的に述べている。】 ▼ この本が書かれたのが去年の8月として、原著が、その一年前として考えると、その後の動きは、この通りに動いている。 それも連日の欧州危機のニュースは、その緊迫度が増していると報じている。 何時、何処かの国がデフォルトするか、何時、 株式市場に異変が起きるかだが、そのメルトダウンが始まった?ようだ。ファイナル・クラッシュが起きると実際どうなるか?は、 今のところ誰も分からない。世界戦争になるのか、国家非常事態宣言後に、食料の一部が配給性になるのか、銀行閉鎖になるのか、 これまでの延長線上でないことだけは確かである。起きるのは、既存の企業の倒産と、それによる社会不安と犯罪増加。そして、 IMFの管理下に置かれて、徹底的な合理化を一般家庭にも求められることになる。アメリカによる完全支配下になる可能性がある。 この年齢になれば、何が起きても割り切ることが出来る。 3、6、9月、年末と、ギアが動く。 来年の今ごろ、どういう気持ちで、 この文章を読んでいるのだろう。少し悲観的だったと思うか?現実の方が激しかったかと思うか? この一年は、後者だったが・・・ ・・・・・・・ 3588, 戦略ネット会議システム 2011年01月21日(金) 先日、30数年来の友人が事務所に訪ねてきた。来社は年に三度位で、酒を飲むのは年に1〜2度。 節目ごとに変身していくから、会っていて面白い。地頭が良いというに相応しい人。先日の彼の話が久々の重厚の内容。 ー 二時間の談話?を要約する ー (その人をk氏とする) ≪ K氏、最近、二週間に一度、上京、 あるコンサルタント会社の会合に出ている。 メンバーは全国の異業種の人たち(5〜6名)で、現在直面している経営の戦略課題を全員で知恵を絞り出す。 学生時代のゼミで一年間みっちり仕込まれたケース・スタディーに酷似している。K氏のそれは二日に渡って話しあうが、 その後、家に帰った後に、時間を調整して互いにチャットをする。そして月二回の割で一同に会し、その内容を深めていく。 そのメンバーの具体的な職種と、テーマの内容を聞いたが、戦略のコアそのもの。 全国レベル、いや世界レベル?で、 それらが、異種業の視点の照射で、互いに刺激をしあうのだから、そこで戦略のスパークが起きてくるのは当然。≫ ー 以上だが、会合が月に二回と、それ以外にも互いにチャットをするところが面白い。 それぞれの自己が確立されてないと、マイナスにも働くことになるが、その辺は選ばれ者達、十分認識しているはず? 現在、我々は時代の断層の狭間にある。今までの勝者は時代の波の中、どんどん敗者に振り落とされていく。 その中で、戦略の練りこみ深さが生死を決める。 地方では地銀が、顧客に対するサービスとして、顧客の囲いみを含め、 例会を開いてきた。それは地元企業の井戸内の知恵の範囲になる。グローバル化の時代は、逆にマイナスになることもある。 このシステムは「戦略の深化」を本気で(ネットで)練る効果がある。電脳化で経営戦略の練りこみに活用する事例である。 Aクラスの脳を集め、知恵を搾り出す中で、超Aの脳に互いに持ち上げていく効果は測りしれない! カルチャーショックだが、面白い時代である。 このような時代に入ったのである。 ・・・・・・・・ 3223, メタ認知とは 2010年01月21日(木) フリー百科事典『ウィキペディア』によると、 【 メタ認知とは、認知を認知すること。人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として 客観的に把握し認識すること。それをおこなう能力をメタ認知能力という。 現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して 認識することにより、自分自身の認知行動を把握することができる能力を言う。 自分の認知行動を正しく知る上で必要な心理的能力。 Knowledge Monitoring AbilityKnowing about knowing.(知っているということを知っている)、 Cognition about congnition.(認知していることを認知している)、 Understanding what I understand.(私は理解しているということを理解している) 現代において、メタ認知能力の育成は、教育、とくに学校教育において特定の教科教育を越えた重要な課題の一となっている。 * メタ認知能力を測る9項目 ≪以下の質問に「はい」と答える数が多いほど、メタ認知能力が高いことになる。≫ ・自分が用いる方法がどのような問題解決のときに、最も効果的なのかを知っている ・このようなやり方が有効か、十分考えてから課題に取り組む ・問題の中の重要な部分に意識的に注意を向けている ・自分がどの程度よく理解できているかについてうまく判断できる ・問題が解けたとき、自分がどういう方法を用いたかわかっている ・問題に取り組んでいるときに、うまくいっているかどうか、定期的に自分でチェックしている ・勉強するときは、その目的に合わせてやり方を変える ・勉強したり課題を行うときには、計画を立てる ・考えが混乱したときには、立ち止まり、もとに戻って考えてみる 】 ー以上だが、メタ認知が出来るのは人間だけである。いつも目にはしたが、その意味を見逃してきた。 (字数制限のためカット 2012年1月21日) ・・・・・・・・・ 2848, 「ほめる」言葉 −2 2009年01月21日(水) どの本でも、前書き、目次、そして後書きに8割の情報の要約が入っている。この本は、章ごとに違う人が書いているので、 それぞれ個性があって面白い。「ほめ言葉」は、奥が深いので、章の目次ごとに、取り上げてみる。 褒めることは心をケアすることになる。 「相手の立場に立って理解しようと努めること」である。 誰もが「一日一日を納得して生きている」。 そのことを認めない限り、相手も心を開かない。 まず相手の話をジックリと聞くことである、それから始るが・・・ 第一章の 相手の存在を認める「ほめ言葉」 ー相手の存在を認めることからすべてがはじまる −精神対話士 Sさんーから 「あなたの気持ちは〜ですね」 まず感情を共有する 「○○さん、こんにちは」 挨拶は相手の存在を認めているというサイン 「最近、どう?」 頻繁に声をかけることで親密度が増す 「今日はいい天気だね」 視線やしぐさでアビールする「ほめしぐさ」 P28 「お元気でしたか?」 相手との距離を縮める魯葉 P30 「お会いするたびに、若くなりますね」 できるだけポジティブな表現を使う P32 「OOさん、ありがとう」 人間関係を親しみあるものにする言葉 34 「いつもありがとう」 感謝の言葉はできるだけ頻繁にかける 36 「大変だったろうな」 仕事の苦労を理解していることを示す 38 「本当によくやつてくれた」 仕事の成果を寛と表情でねぎらう 40 「そうか、そんなことがあったのか」 相手の話にじつくりと耳を傾ける 42 「ああ、そうだね」 相手に同調することで波長を合わせる 「つまり、こういうことだね」 相手を尊重しているという姿勢を見せる 「私もそうしたでしょう」 「1OO%あなたの昧方である」という態度で接する ーー 解)女性には「私は美人が好き、ただそれだけのことだけど!」と思わせぶりをし、 「美人は美人というだけで、特別視されてしまい可哀想だよ!」と捻って、取っておきは 「美人は美人というだけで、周りを明るくするもんね、特に貴女は!」と、最後は 「あなたは私のタイプ。でも手が届かないもんね」 で際どく! ほぼ口説きになるか。 ・褒められるとエネルギーが出てくるもの。それをホメルギー(造語)という。 ・しかしスーダラ節じゃないけれど「分かっちゃいるけど、褒められない!」のが、褒めること。 それにしても、営業系の腕の良いのは、本当に褒めが上手い。割り切れば割り切るほど 言えるのだろう。 枕言葉にするぐらいじゃないと、営業はできないのだろうが・・・ ーつづく ・・・・・・・・・・・ 2008年01月21日(月) 2483, 四四太郎の霊日記 −18 ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ さてと、一週間抜けたようだな。 何度も言うが、ワシは宇宙外の存在?なのだから、呼ぶのは御主の心次第。ワシも御主の心底の霊感を入り口として、 吸い寄せられて来るだけ。御主も先日で62歳になったが、もうそろそろ、年齢を意識して生き方を見つめなおす時期じゃな。 御主も、ワシと同じように宇宙外に出なくてはならない時期が迫っている。一度出たら二度と戻れないのが、また良いのである。 ワシの話す「永遠の言葉」は、それ自体が独りごとを言っていると言い換えることが出来るのじゃ。後で読み返してみるがよい。 そこには御主とは違う、永遠の何かを感じ取るはずじゃ。ところでワシが連れてきたダ・ジーダとの対話が進んでないみたいだな。 前にも言ったが、誰か身近で亡くなった人を呼び出して三者で話すことじゃ。もしな、迷ったことなどを相談しようとしたら、 最適な故人の身近な人と、ダ・ジーダかワシか、三人の対話方式をとればよい。思わない言葉が、知恵が鋭く出てくるはず。 部屋は真っ白な壁に囲まれたイメージを持ってじゃ、後は自然に任せるのじゃ。宇宙の外に一度出て、再び娑婆に帰ってくると、 娑婆の全てが輝いているのが見えるものだ。ワシの存在など御主の言葉の中しか存在し得ないが。といってワシの言葉は、 新しい世界の創造を促進させていくんじゃ。娑婆はな、ワシの目から見ても、今年から本格的な動乱に入る。それは日米にとって、 惨状に近い事態になる。明治時代からの今までのバブルが弾けたということ。ロシアも中国も然りで、ロシアも 700年のバブルが弾け混乱が拡大しているだけのこと。その辺は冷静にみれば分ることだ。鳥瞰していると、娑婆は面白い。 ワシなど偉そうに喋っているが、所詮は500〜1000年のスパンの話。現在の変化はな!これを遥かに越えた段階に踏み込んでしまった。 御主は、全く娑婆にまだまだ囚われている。無理は無いのは分かっているが、娑婆はな!娑婆でしかない。 その中に住んでいると見えないのだろう。 何時も言っているが、そこで娑婆を冷静に見ようとしたら、 独りになりきるしかないのじゃ。だから、4つの視点、力、愛、知と、超越の時間(孤独の時間)のバランスが 重要になるのだ。ワシという存在対話をしている、これは超越の時間である。 ワシはな、御主の中の超越の時空を与えていることにもなるんじゃ。ワシの価値=意味はな、御主の中の純正意識を語ること。 それをな、先祖霊としてな偽霊化して語らしめることにある。 またな! βyё βyё...φ(・ω・ ) ・・・・・・・ 2007年01月21日(日) 2119, 家族について (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜 最近、家庭崩壊による悲惨な事件が続いている。この歳になってつくづく思うことは、「家庭」の重要性である。 その人を判断するときに一番簡単の判断基準が育った家庭環境である。といって、それぞれ当たり外れがあるが・・・ 神という存在があるなら、神は何と酷いことをするのであろうか!「連れ添いの当たり外れを五分五分にするのだから!」 そして外れた場合、その子供は明らかに大きなハンデを背負わされる。子供にとって親の仲で運命が大きく左右される。 その上に両親との相性の問題もあるから、十歳までに能力・運命が決定されているというのも、肯ける。 人の幸福の第一は家庭内の平和である。家内の平和とは、夫婦が互いに深く理解しあうことの他はない。 (字数制限のためカット 2011年1月21日) ・・・・・・ 2006年01月21日(土) 1754, ライブドア・ショック (っ´Ι`)っ { おはよう〜 強制捜査の日に東証が全売買停止をしてしまった。これは暴落の歯止めという点では良かったのだろう。 (以下、字数の関係でカット09年01月21日) ・・・・・・・・ 2005年01月21日(金) 1389, 迷ったときは運命を信じなさいー1 ー読書日記 ―すべての願望は自然に叶うー 書店で、何気なく手に取ってみた。店内を一回りをした後、再び本を開いてみたが、やはり一言一言が突き刺さってきた。 すぐに買って読んでみて、なるほど面白い。世界に2千万人の読者がいるというのも肯けた。癒し系の本であるが、 書いてある内容が解りやすくビジュアル的である。 まず第5章の「偶然の一致の役割」が面白い。 偶然の一致を起こす方法として「偶然日記」を書き連ねる手法が紹介されていた。 日常の出来事の中で、偶然の出来事を記録するという手法である。記録するうちに自分が望む方向、 導かれる方向がわかるというのだ。丹念に記録すれば、自分のプラスの方角がみえてくるのは道理である。 私も過去に自分のシンクロニシィテー(信じられないような偶然ー意味ある偶然の一致)について何回か書いてきたが、 書き連ねるうちに自分の原型に気づいてきた。 書くことで、今ある自分の奇跡に気がつくのだ。 後で振り返った時に解ることが、「書くことで偶然を意識する」ことによって「今この時に覚醒している不思議」に気がつくのだ。 「自分が今ここにある」ことの奇跡を誰も気がついてない。それに気がつけばつくほど、偶然に対して真摯になる。 全てが奇跡、偶然の一致であるのだ。その積み重なりが『今、ここ』である。この本は、ただ面白い、それも解りやすい。 今ここで『おい、面白い本はないか!?』と言われれば、この本を薦める。但し、「素養と、求めるものがないと無理」である。 周辺の雑事に追われていては、尚更無理。仏教で、この意味ある偶然を『因縁』という言葉で説明している。 因は直接原因、縁が間接原因としてこの二つが重なって出来事が成立すると、教えている。 −つづく --------------- 2004年01月21日(水) 1022, 「眠りについてのお話」−1 「経験を盗め」ー読書日記 ー「眠りについてのお話」 糸井重里と二人の専門家との対談集で、18のテーマになっている。新幹線の中で、丁度30分で1テーマを読めるのがよい。 (字数制限のためカット 2011年1月21日) ・・・・・・・・・ 2003年01月21日(火) 657, 四行日記−2 わずか四行を毎日書き続ければ間違いなく自分が変わっていく。このポイントは最後の「宣言」を肯定語で締めくくる事だ。 これは肯定思考の訓練になる。毎日書き続けることで、自分の気持や注意に客観的なれる。「何とか性格構造を変えたい!」 と思っている人には良い習慣になる。また起承転結の訓練にもよい。 起ー事実、承ー気づき、転ー教訓、結ー宣言 (字数制限のためカット 2012年1月21日) ・・・・・・・・・ 2002年01月21日(月) 307,方針ー政策 方針とは、こうしようという積極的枠組みより、これはしないというマイナスの枠組みであるという。どこかのセミナーの 今でいう、カリスマ的コンサルタントのピーク時点の言葉であったから、聞いていて「本当か?」と耳を疑った。しかし納得。 (字数制限のためカット 2013年1月21日) ・・・・・・ 1月21日 1969年 14時に学校に着く。しかし図書館はいっぱいで座る席がない。仕方なく帰ろうとすると、深井とバッタリ会う。 30分位話をしていると石川と宮崎もくる。彼等とその後に話をする。 (字数制限のためカット 2013年1月21日)
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2013年01月20日(日)
十年日記を書き始めて10年目になる。1ページに上から4行分に仕切られて、10年分書けるようになっている。 10年分が一目で俯瞰できるので、なかなか面白い。具体的な内容を書き込んでいるので、その時々の状況が分かる。 2004年1月20日(火) 万代のダイエーと紀伊国屋とソフマップに、第三の長期滞在用の部屋の備品探しにいく。 第三の二つを一つにした部屋の一つの出来上がりが不満。 2005年1月20日(木) 昨夜半に、独り布団の中で、一日の出来事をイメージで再現してみる。意外と憶えていないもの。 その後眠ってしまったが、多くの夢をみる。 脳は複雑で繊細である。 2006年1月20日(金) 昨夜、長男から、お返しの贈り物と相手の私に関する感想の電話報告が入った・・ 学生時代の合気道の師範の生活救済の以来の10万円を振り込む。私らしくないが必要なことだ。 2007年1月20日(土) 昨夜は午前二時まで飲む。朝は8時過ぎまで寝てしまった。騒ぎすぎた為、まだ疲れが残っているが、 随想日記に気持ちを集中する。 外は天気だが、一歩も外出はなかった。 2008年1月20日(日) 昨夜、パソコンが不調。しかし朝になると元に戻る。積雪のため昼、長岡駅セゾンの一周ウォーキング。 2009年1月20日(火) 昨夜は新潟駅前の大橋で「一六会」。8名出席。その後、駅南6Fのスナックと沼垂のスナック街へ。 新館に泊まる。 今週の宿泊予約を見ると、良くない。 オバマが新大統領に。 2010年1月20日(水) 家内は義妹と東京へ。8時過ぎに家を出る。通勤途中の長岡駅で文芸春秋を買う。学生時代の友人の 鈴木さんから電話。合気道の黒岩先生が亡くなった。21日に通夜、22日に本葬。 私は、欠席にする。 2011年1月20日(木) 9時半に免許証書換え。眼の検査、辛じて合格。山田電器に立ち寄り12時半〜16時半、防火管理者講習。 2012年1月20日(金) 回転寿司で昼食後、シネマ「マイウェイ」(12時5分〜14時半)をみる。これが大当たり。 その後、サンライフのジムで50分運動後、帰宅。 ▼ 書き写していて、この全ての日が浮かび上がってくる。書いた範囲だけだが、具体的に書き残しておく価値を実感する。 全く書き残してなかった空白の時期が、あまりに勿体ない。千葉・千城ビルの立ち上げの日々とか、実家の店を死に物 狂いで立ち向かっていた日常を書いていたら・・ 忘れることも大事だが。2011年までは事務所に、これを置いていた。 土日分は月曜日に事務所で書いたもの。 今日も家内が毎年恒例の割引セールの新幹線で義妹と東京へ。三年前と同じだ。 9年前の2004年には売上減対策で、第三・シングルインを長期滞在用ホテルにする様子が窺われる。記録は記憶!である。 ・・・・・・ 3952, 閑話小題 2012年01月20日(金) * ロボジー ーシネマ感想 この映画、爆発的当たりという。現在売れっ子の矢口史靖監督の最新作。 軽い乗りのコメディだが、何か老人問題も含め 近未来の私たち世代の姿として、考えさせられた。 科学の最先端のロボットに、窮余の一策として老人を中に入れて ロボット博に出展させたが、その中の老人が思惑を超えたパフォーマンスで日本中の話題になるが、だんだん怪しまれて・・・。 独り暮らしの少し不機嫌な哀愁のある老人を、往年のロカビリー歌手のミッキー・カーチスが演じているが、それが当たり役。 無機化したロボットと孤独な老人の組み合わせの妙が物語を面白くしている。一つ間違えば詐欺になってしまう瀬戸際で、 最後は何とか落ちがついている。 私の評価は80〜85点。 年末年始の映画は私の見たいものは少なかったが、 また面白そうなのが目白押しである。 千円だから気楽に行ける。これもサバンナの世界か ○ ストーリー 【「ウォーターボーイズ」「ハッピーフライト」の矢口史靖監督がロボットを題材に描くオリジナルのコメディドラマ。 弱小家電メーカー・木村電器で働く小林、太田、長井の3人は、企業広告を目的に二足歩行のロボット「ニュー潮風」を 開発していたが、発表直前に不慮の事故でロボットが大破。その場しのぎで、一人暮らしの頑固老人・鈴木にロボットの中に 入ってもらうことにする。しかし、鈴木の勝手な活躍によりニュー潮風は大評判になり、たちまち世界中から注目を浴びてしまう。 ミッキー・カーチスが「五十嵐信次」名義で主演し、ロボットおたくの女子大生役で吉高由里子が共演。 ロボット開発を担当する3人組に濱田岳、川合正悟(チャンカワイ)、川島潤哉。】 評価 ★★★★☆ * 大相撲初場所 大相撲の初場所が始まったが、この数年、賭博事件や、八百長事件などで大相撲も人気が落ちるところまで落ちていた。 その中で、幕下、十両に日本人の若手の面白い力士が出てき始めてきた。恐らく、この中に大関、横綱が出てくるはず。 これは久々のことである。学生相撲出身で入門以来、4場所負け知らずの27連勝で、あと一勝をすれば、一敗もしないで 関取になる初めての力士がいる。もし勝てば100年来、初めてという。また18歳〜23歳にも何人か相撲力の強いのがいる。 しかし有望力士が怪我のため、何時の間に並みの力士で終わってのを多く見てきた。しかし今年から数年は新旧入れ替えで面白くなる。 それと分からないように外国人力士の数を制限すべきである。 ハングリーの、骨格が違うモンゴル、東欧出身者に日本人が 勝てるわけがない。今さら、外国人を締め出すことは不可能なら、入門制限をするしかない。 とはいえ日本人になり手がいない。 ・・・・・・・・ 3587, 東京ウォーク 2011年01月20日(木) * 無料カフェ JR東の三日間乗り放題は主婦の間に好評のようだ。 家内は「三日間乗り放題1万2千円」で、三日連続の東京通い。 二日間は妹と、三日目は一人で銀座と六本木の名所とか。まず行くところは銀座に去年10月にできた御煎餅屋の無料カフェ。 家内曰く「去年に行った時は煎餅もタダだったが、今回は煎餅が100円と200円。しかし客はコーヒーだけの人が多い。 去年はホームレス風が多く、店に貼紙に『不潔な服装の人、お断り』とあったが、煎餅の有料化のためか、少なくなっていた。」 最近、鰹節屋がコーヒー、オニギリ無料のカフェを出したとニュースにあった・・ 煎餅にしろ、鰹節などで話題になれば、下手な広告を出すより効果は出る。 現に家内は、まず、そこでコーヒーと 煎餅を食べてから銀ブラに出ている。 昼は、丸ビルの上階で2千円のランチを食べ、16時の新幹線で帰路につく。 こういう話を私の知人に話すと、「実を言うと家内も・・ 」となる。 その割引に合わせて首都圏に住む子供や孫に 会いにいくとか、歌舞伎、美術館廻りにいくプランを立てている。「ウォークプラス」というブログがあり、 「おでかけニュースランキング」まである。 地元の温泉でノンビリするより、一歩外に出る方が疲れがとれるはず。 帰ってきた時の活き活きした顔を見ると、非難もできない。「あなたの飲み代は、何よ」の殺し文句もあるが! 飲み屋ウォークより健全のことは確かである。 昼は上野の博物館や出光美術館などを廻り、夕方は浅草あたりの 居酒屋ウォークをして最終の新幹線で帰ってくるのも面白そうである。 新幹線は、地方経済と社会の活性化を狙って出来たが、地方の思惑と違って、東京の一極集中に拍車をかける 結果になっている。これをストロー効果というが、ますます、この傾向はすすむ。全国銘酒・試飲居酒屋ができないものか! ・・・・・・・ 3222, フリー −2 2010年01月20日(水) 「 フリー <「無料」からお金を生みだす新戦略> 」 クリス・アンダーソン著 著者がいう「アトムはビットに比べれば、フリーへの速度が遅いだけ」としたら、大変なことになる。 一つデジタルカメラを例にとると、カメラの本体は、大して変わらないとしても、その機能は無制限にアップしていく。 三年もしたら、数倍の機能が良くなる。更にビデオ機能もつくものも出てくる。 デジタルのため圧縮をすれば幾らでも 付け加えることが可能になり、カメラ機能は限りなく向上可能になる。ということは時間の経過と同時に、それまでのカメラの 値段は値下がりを続けることになる。 デジタル化はネット社会を更に推し進める力が働く。ネット社会は地球上に別世界が 出現したと見ると分かりやすい。 その上に、これまでの世界に優先し始めたのである。 先ほどのカメラを例のようにビットの世界で、無料化が始まり、それが加速しだしたというのである。 それは、これまでの現実社会の無料化への方向化を推し進めることになる。最安値に平均価格が押しやられる圧力が加わる。 現在の世界経済の混乱や、貨幣制度の根本的問題は、この辺が原因になる。私の買う本の過半数以上はアマゾンの古本。 アマゾンのネットを通して売り主から直接、送られてくる。その中で一円というものがある。送料340円の手数料が利益になる。 アメリカで書籍専門の端末機器が発売され爆発的に売れ出した。 最後の聖域の紙というアトムに印刷された書籍がビットに 移行が始ったのである。 したがって書籍の無料化の方向(値崩れ)は時間の問題になった。今の若い人は、新聞を読まなくなった。 ネット新聞を見ていれば読む必要はないのである。映画も、版権の過ぎたものがDVDで80枚1万円で通販で販売されている。 ほぼ無料である。それらは図書館に行けば、その殆んどを無料で借りることが出来る。さらに大型パソコンでみれるコーナーもある。 面白いのが、中古品の無料提供のサービス。 アメリカで始ったものだが・・・・ ーつづく ・・・・・・・・ 2847, 不況景色 −8 2009年01月20日(火) *どうもこうも、アメリカの金融株の下落が止まらない。シティが3・5ドル、バンカメが7.2ドルと今年に入って50%も値下がりした。 先週末にはシティが解体プロセスに入ったというニュースが流れ、バンカメが200億ドルの資本注入、そして1000億ドルの与信枠を 政府から与えられた、という。投資銀行の消滅の後は、アメリカのトップクラスの規模の二社が崩壊寸前というから、ことは重大である。 更にビッグスリーを救済するというから、アメリカは何をやらかすのだろう。 *この円高と金融恐慌の結果、昨年の一人当たりの名目GDPが、・日本 19位から9位 ・英国 10位から18位 ・アイスランド 3位から19位 に下がったという。 といって、何も変わっていないのである。金融立国が自滅しただけのこと。 あと数年もしないうちに日本は20位以下になるだろうし。 ちなみに、一位はルクセンブルグ、 二位はノルウェーで一昨年と変わらない。それにしても、僅か4ヶ月で世界は一変してしまった。 *17日の土曜日の日経の朝刊で、デビット・スミック(ジョンソン・スミス・インターナショナル会長)は、 バブル崩壊について、「いくつものバブルが相次いで破裂しつつある。あえていえばサブプライムはたった1兆5000億だ。 クレジットカードが2兆5000億ドル、新興国向け与信は4兆から5兆億ドル。外国為替デリバティブと破綻リスクを保証する クレジット・デフォルト・スワップは各50兆ドル以上などを合わせればバブルは全世界で200兆ドル以上になる。 10%が吹きとんだとしても20兆ドルだ。」と語っている。 更に欧州のユーロはどうかというと、 「ユーロ自体が非常に過大評価を受けている。欧州の金融機関の新興国向け与信が、関心の的になっている。 とりわけ中東欧諸国の債務不履行が時限爆弾になっている。また中南米向けにはスペインの与信が積みあがっている」 「中国についても、社会と政治へのバブル破裂の懸念がある。中国は経済が落ち込むたびに、社会が混乱に陥る。 1950年代の大躍進後に、60年代の文化大革命とその後の混乱があり、89年には天安門事件が起きた。 (字数制限のためカット 2012年1月20日) ・・・・・・・・・ 2008年01月20日 2482, イプセンの「人形の家」 |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ 「考えないのは人形でしかない!」グサリと胸に突き刺さる言葉である。目の前の相手に、そして信頼している人に、 判断を委ねるしかない人は人形でしかない! これをイプセンが「人形の家」で、言いたかったことである。 人間は何故、考えることから逃げるのだろうか。それは責任を負いたくないからである。責任を負うということは判断をするため 考えなくてはならないのである。それを放棄した人間は人形でしかない。ノルウェーの作家のイプセンの「人形の家」で、 主人公のノラは、夫のヘルメルに、次のような言葉を語る。 (この言葉が婦人解放運動の原点になる) ー「あなたはわたしに対して、いつも大変親切にしてくださいました。でもわたしの家庭はほんの遊戯室にすぎませんでした。 私は実家で父の人形っ子だったように、この家ではあなたの人形妻でした。そしてあたしが子供たちのお相手をして遊んでやりますと、 みんなが嬉しがるように、あなたがあたしの相手になって遊んでくささると、あたしも嬉しがったものです。 これがあたしたちの 結婚生活だったんですよ、あなた。」 この言葉の前に、夫に「お前は、この家に来て幸福じゃなかったのか?」と聞かれて、 「ちっとも幸福ではありませんでした」と女主人公のノラは答えます。「ただ面白かっただけです」と言う。ー誰も自分の頭で 考えることは責任を伴うことを知っている。だから、責任から回避するために考えないことを選択するのだ。それが目先だけを 生きる知恵として、自分の首を絞めていることと分かっていても、判断から逃げようとする。だたただロボットのように同じことを 繰返すことに、二十日ネズミのように、輪の中で走ることに全エネルギーを注ぐ。これが人間の真の姿といってよい。 そして人生の終わりになって初めて己のその無駄な姿に気がつくのである。ところで広田三枝子の「人形の家」という流行歌があった。 なかにし礼の作詞だが、考えない馬鹿(愛らしい)な女の悲哀を歌ったのである。「大衆は考えない人間」を総称した言葉?。 だから、こういう歌ができるのだ。ノラの正反対の生き方、考えない、責任から逃げ回っている人間の。 ・ω・】ノ ホナ! ・・・・・・・・・ 2007年01月20日(土) 2118, 品格について −2 才八∋ウ_〆(∀`●) 福田和夫著「成熟への名作案内」の 一節で取りあげている次の文がよい。 ≪ 英国在住の日本人作家カズオ・イシグロ(石黒一雄)は「日の名残り」の中で、語り手たる執事スティーブンスに ー偉大さの条件は、品格にあるーと言わせている。ではその「品格とは何か」という問いに、偉大な執事であった父を想起しながら、 以下のように考える場面がある。【品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに耐える能力だと 言えるのではありますまいか。並みの執事は、ほんの少し挑発されただけで職業的あり方を投げ捨て、個人的なあり方に逃げ込みます。 そのような人にとって執事であることはパントマイムを演じているのと変わりません。ちょっと動揺する。ちょっとつまずく。 すると、たちまちうわべが剥がれ落ち、中の演技者がむき出しになるのです。偉大な執事が偉大なるゆえんは、みずからの 職業的あり方に常住し、最後の最後までそこに踏みとどまれることでしょう。 外部の出来事にはーそれがどれほど意外でも、おそろしくとも、腹立たしくともー動じません。 偉大な執事は、紳士がスーツを着るように執事職を身にまといます。公衆の面前でそれを脱ぎ捨てるようなことは、たとえ ごろつき相手でも、どんな苦境に陥ったときでも、絶対にしません。それを脱ぐのは、自ら脱ごうと思ったとき以外にはなく、 それは自分が完全に一人のときに限られます。 まさに『品格』の問題なのです。】 ▼ これは品格と同時に、プロフェッショナルの問題でもある。一流のプロは品格を伴うのは、行きつくところが同じということ。 一流は、役割を知りつくしているから、役割から一歩も出るはずがない。どんなプロ選手でもプレーヤーとして洗練されて初めて 品格が出来てくる。成績が一流になればこそ、品格と実績からくる自信が相まって風格ができる。仮面もそれが一流にものであれば、 仮面を被りつつけた本人も一流になる。いや仮面が仮面でなくなり、本当の顔になってしまう。 能の世界に入りこむと、演じ手の 自分と役と解らなくなることがあるという。 そこに人間としての円熟味が加わった時、上品になる。その時に個人のブランドが 出来るのである。名優は、何を演じても個人の個性が現れる。その個性が、その役を演じているのではなく、風格が役を演じている という感覚になる。その役より本人そのものの味ー品格が勝り、そこに不自然さが残らない。これを上品(じょうほん)という。 ・・・・・・・・・ 2006年01月20日(金) 1753, 愛のアフォリズム −1 ヾ(´・ω・`)ノオハヨウ アフォリズムとは、気の利いた名言・格言をまとめたもの−箴言集−という意味。格言や、哲学者や作家の著作などから、 恋愛に関する言葉を集めてある。どれをみても捻った言葉で満ちている。一言一言が深く身に沁みるというと誤解されるから、 心に響くといったほうがよい。 普通、箴言集は読んでいて飽きてしまうが、読むほど深い世界に引き込まれてしまう。 (字数制限のためカット 2010年01月20日) ・・・・・・ 2005年01月20日(木) 1388, 23歳の日記−10 11月2日 1969年 今日ひらめいたが、一年早く会社を辞めて大学に入リ直すのはどうだろう。初めの予定は、二年後に実行の予定であったが。 来年の二月で辞めて、どこかの大学に再編入するのはどうかということだ。今度また、三連休をして家に帰って親父に頼んでみよう。 このまま、あと一年は自分の気持がどうなっているか。 ー後記(2004年1月15日) (字数制限のためカット 2011年1月20日) ・・・・・・・ 2004年01月20日(火) 1021, 22歳の日記 半年近くつづいた22歳の日記もあと一ヶ月足らずで終わろうとしている。丁度、昨日と一昨日の辺りの日記が内容としてピーク。 この日記を読むと頭が痛くなるので、当日分を書くとき以外読まないことにしている。写しながら赤面も良いところだ。 (字数制限のためカット 2010年01月20日) ・・・・・・・・ 2003年01月20日(月) 56, 四行日記 新聞広告を見て買おうか迷ったが、先日同じ広告が出ていたのでやはり買うことに決めwebの紀伊国屋で注文した。 一昨日とどいて要点読みをして要点を把握した。届くまで自分が4項目にするならどうするか考えてみた。 (字数制限のためカット 2013年1月20日) ・・・・・・・・・ 2002年01月20日(日) 306、時代の変遷 時代の変遷に驚いている。今日、新聞をみて目を疑った。 あのアメリカのKーマートが倒産直前という。 10年位前まで、Kマートといえば全米でウォルマートと小売りの1〜2を競っていた。加入している流通のコンサルタント会社の 視察旅行でアメリカに二回行き、その合理的システムに驚いたものだ。 (字数制限のためカット 201年1月20日)
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2013年01月19日(土)
* 歯医者 歯医者通いも終わった。7〜8年間行かなかったためか4本が傷んでいた。通院は15回位だろうか。 今度からは年二〜三回は歯垢をとりに行くことにする。現在のところ無傷は7〜8割。 虫歯は60歳なら6割、 80歳なら8割は、やられているとか。ところで読書歯磨きというのがあるそうな。 少し歯磨き粉をつけて、一日、 2〜3回、20分ぐらい、読書をしながらするのがよいとか。それでも去年の秋口に二本目の電波歯ブラシを交換してから、 歯のクスミが無くなってきた。 * 血圧計 ホリデイという近くのスポーツジムと、日祭日と休館の金曜日に市営の小さなジムに通っている。ほぼ皆勤もあり、 私営の方は一回につき300円、市営は100円の計算になる。ところで、この二つのスポーツジムの血圧計の結果が、 えらく違う。受付に言っても「うちは狂ってません」と両者。135がラインというがホリデイでは、完全に高血圧の 135〜165。市営は120〜130の間でクリアー。今もどちらが正しいか分からない。 もちろん左右でも同じ。 運動をする前と、したあとでは20は下る・・ 食事と運動量は注意しているが、晩酌が血圧を高くしているのだろうか。 * 大相撲ーつれづれに 大相撲が面白くなっている。阿吽の呼吸の手抜き?が出来なくなったため。 そのため怪我が増えている。賭博問題で 多くの力士が角界ら追放されこともあって、若手に個性的力士が出てきた。 ところで一昨日、大関4人が二日にわたって 6連敗をした。7人目に、やっと勝ったが「場内は大関が勝ったことに逆に驚いている始末」(解説/北の富士)というほど、 だらしがない。横綱と、その他の差は歴然とついているが、大関との差が無くなっている。10勝が最低ラインだが、 8〜9勝を最後の二日でとるのに苦労している。ということは、今でも暗黙で勝負を配分している? どんどん大関にして、 どんどん落とせば、これまた面白いか? ・・・・・・ 3951, 閑話小題 2012年01月19日(木) * 熱川温泉の惨状は、全国の温泉地の象徴 あれから10ヶ月が経つが、その後の大きな流れはTVや新聞で分かるが、細部の情報は限られ少ない。 特にホテル・飲食業業などは一歩離れてみていても、本当に大変だろうが、悲鳴すらも聞こえてこない。 首都圏から新幹線で二時間以内の駅前ホテルと、全国のリゾート・ホテル、旅館は3・11以降は倒産ラッシュのはずだが、 どういう訳か静まり返っている。 ところが先の日曜日に伊豆の熱川温泉街の苦境についてのリポートがあった。 温泉街の殆どの商店のシャッターが閉まっていて、「最盛期の人通りの100分の一」と、商店主が嘆く。 バブル期に完成したホテルも客数がピーク時の40パーセント。その上に割引セール。 殆どのホテルが倒産か、倒産直前。 リゾート・マンションも入り手がなく・・・。残っているのが老人ばかりで、町長がインタビューで「予算の多くが、 老人福祉費に費やされ、他に予算が回せない。リゾート・マンションに老人が移転してくると、町が破綻してしまう」と嘆く。 長岡の奥座敷と言われている「蓬平温泉」には、昔から三軒の老舗のホテルがあり、何度か同級会を泊り込みで開かれた。 料理も美味いし、施設も素晴らしいが、その三軒とも今では銀行管理か、何処かの資本の管理下。そこに詳しい人が言うに、 「去年の大雪で客が皆無だった上に、3・11災害で大打撃。どうして潰れないのか不思議でならない。」 全国の有名旅館街は、 どこも似た状態である。 不況で個々人の収入は激減すれば、温泉街でのんびりと温泉に浸かる気分になれない。 おまけに超円高となれば、海外に行きたくなるのは当然である。農業も、公共事業も、観光も、輸出もダメとしたら・・・ * 日本に再び大地震があるか? 去年になるが、週刊誌が東海・東南海・南海連動型地震の可能性について仰々しく報じていた。 震災直後で神経質になっている 国民感情を刺激する内容だろうと思い殆ど気に留めなかった。 しかし考えてみると、中越地震があった直後、「この地区が 全国で一番安全な地区で当分は安心していられる」と実しやかに語られていた。 ところが三年後に柏崎沖地震である。 それから考えると、震度7、マグネチュード9の三連動型地震の後に、その並びにある東海・東南海・南海連動型地震の可能性が 充分に有りうることで、それ想定するのは当然である。それに連動したのか、富士山の近くで起きた地震。これも噴火の可能性もある。 東北大地震の三年、六年、八年前に東北地区に地震続いていた。そうこう考えると、これからは東北大震災クラスの規模の地震を 現実として想定しなければならない。この10年間に世界中に巨大地震が立て続けに起きおり、世界の地震の活動期に入ったようだ。 ・・・・・・・ 3586, 閑話小題 2011年01月19日(水) * 何故、ここでタブレット式パソコンか 昨年、マックがタブレット式パソコンで大ブレーク。今年からは他のメーカーが、それぞれの特性を持った商品を出してくる。 何故ここで薄い板状のタブレット式PCがノート・ブック式に、とって代わろうとするのか?を考えてみた。 まず無線であり、薄くて嵩張らない。鞄に書類やノートと重ねて何処にでも気楽に持っていける。 そして書籍もネットを通して購入でき、かつ読める。 更に、ゲームにもってこい。先日、ソーシャルネットの 「フェースブック」の創業の映画をみた。 今年はタブレット式パソコンと、ソーシャルネットがセットでブレイクする。 それにツイッターである。それらがノート型からタブレット型にパソコンを変える大元となる。 無線・値ごろ・薄い・ソフトが豊富、等の要素がノートの大きさに収まったということ。新聞、そして出版業界は大転換をむかえる。 * 迷ったら、やる! 私の知人に面白い人がいる。3〜4ヶ月に一度位、景気の定点観測?で私のところに来ているようだ。 30数年以上、年に1〜2度は酒を飲んでいるが、とにかく行動的で、相手の話を聞き分ける能力がある。 そして会う度に一皮二皮、脱皮をしている。人生の節目になる重大な問題が起こると、神妙な顔をして相談に来る。 ノートを開いて二時間ほど私と対話をして、その数ヶ月後に、ほぼ取り入れて問題解決の報告に来る。 ところが今では、逆に私の方が教えられている。数年前に重大な判断ミスをしようとした時に、「本当に、それで、いいんですか!」 の一言で、助けられたことがあった。 年齢は私より4歳下。 先日聞いた話が面白かったので、それは今度書く。その時に 「そろそろ哲学書をジックリ読んだ方が良いのでは?」と話を向けた。 しかし哲学の意味を「自己哲学=信念」と、勘違いして、 「自分には哲学がある、何か迷った時は、とにかく実行に移し、その中で判断を変えていくのが自分の哲学で、これで十分」という。 「なるほど!」と、合点をした。 60歳を過ぎると一段と肉体的に下降になると、どうしても行動面で一歩下がってしまう。 そのため、迷ったら兎に角やってみる判断で、丁度よい。「とりあえず5年、やりたいこと全て前倒し」の為に、 「迷ったら一歩前に踏み出す」信念が必要のようだ。 炬燵の中でTVも良いが。 ・・・・・・・・ 3221, フリー 2010年01月19日(火) 「 フリー <「無料」からお金を生みだす新戦略> 」 クリス・アンダーソン著 非常に刺激的な考えさせられた内容であり、ビジネスマンや経営者なら読んでおくべきである。 読後感は、かなりショック。 ビット《情報》の世界では、今後95%をFreeにして5%から利を得るモデルが 世界を方向づけるカタチとしての流れを止められないという。 フリーとは無料のこと。 無料=利他を理解できた者が ネット社会では利する世界になる。 フリーでやれるのはネットという膨大な世界があるから。 無料といえば、民放のラジオやTVは広告を見せられる反面に無料。駅前で配られるテッシュも無料である。 図書館で借りてくた音楽のCDをパソコンに落とすが、それも無料。 気がつかないうちに多くのフリーに恩恵を受けている。 この随想日記も考えてみたらフリー。私にとって全てのエネルギーを注ぎ込んで、HPを覗いてくれる縁ある人に情報を公開している。 ただ、それが利他になるかどうかは別だが。この本は「ビジネスモデルの理解」という表層的なことだけでなく、 「ビジネスを考えるマインドセットの仕切り直し」というところまで、考えを深めてくれる。 ひとたび自分のマインドセットを 仕切り直すことができれば、自社や競合や新規参入が取り得る価格破壊戦略のみならず、 そのトレンドが業界構造をどのように変えるか考えることができる。 ・タダでモノを与える「経済」は今さら新しいものではない。モノが充足された文明で、自己実現を満たす行為としてあった。 この「贈与経済」は貨幣ではなく、「評価」「注目」という非貨幣的価値を対価としてきた。 ネット以前の時代では「評価」「注目」は地域限定で「量」が小さく、しかも計量が難しかった。 しかし、ネットでは「評判」「注目」が広範囲で「量」が大きく、かつ計量可能であるため、貨幣との交換が可能である。 したがってこの計量可能な非貨幣的価値を貨幣的価値に換える「やりよう」こそが、ネット時代の新ビジネルモデルである。 ・無料ということについて、心理面からアプローチしているのが面白い。 取るに足らない値段を請求することで 圧倒的多数の消費者の手を止める。チョコを使った実験やフランスアマゾンの送料などを例に紹介している。 《 0と1 の差は、1と99の差より大きい。》 ー つづく ・・・・・・・・ 2846, 金融大崩壊 −2 2009年01月19日(月) −読書日記 この著書の結論は、「16世紀に資本主義が始って以来の地殻変動がいま起きている。 キッカケはサプライムローン問題、 20,30年と激動の時代が続く」である。16世紀からの近代(資本主義化)が‘変わり目’に来ている。 これは著者が言い出したことではなく、他の学者の論を租借しただけだが、キッカケはリーマンブラザーの倒産である。 更にいえば、松井孝典がいう「地球システムが、拡大し続ける人間システムを維持できなくなったサインの一つ」とみると、解りやすい! 第一次大戦、金融恐慌、第二次大戦と続く一連の破壊よりも数倍大きい エネルギーが世界を覆い、一度、西欧中心主義の世界を 破壊しつくすのは必然の流れである。この著書で、1995年から2008年9月まで、ーアメリカ「投資銀行」帝国ーが存在した、という。 それが、去年の9月で、その帝国の象徴的存在だった5つの米投資銀行が全て破綻してしまった。1995年以降、アメリカ「投資銀行」 帝国は、「すべてのお金がウォール街に通じる」システムを築き上げて、資本家達は1995年以来、100兆ドルの金融資産を増やした。 元来、貯蓄が少ないアメリカにとって、「投資銀行」帝国化することで、まさに「無から有」のお金を手にしたのである。 その最終局面で起こったのがサブプライムローン問題。アメリカの資本主義帝国化に一番に対応したのが、日本である。 いや、させられたのである。金利を下げて円安を誘導し、輸出主導でバブル崩壊後の日本を立ち直らせようとした、 米国「投資銀行」帝国に対応した「日本輸出株式会社」が完成したのである。 この二つは、コインの裏表一体。 したがって、アメリカ「資本銀行」帝国の崩壊は「日本輸出株式会社」の崩壊でもある。悪いことにECも同じくアメリカの モデルを真似たシステムをとってしまった。更に、アメリカの毒入り債権を大量に抱え込んでしまったから、 アメリカ同用に崩壊状態に陥ってしまった。 中国も、アメリカ「資本銀行帝国のシステムに組み込まれ、米国ドルと国債を 大量に持たされている。世界中が、すべて同時に金融恐慌に陥ってしまったのは、やはり16世紀以来の地殻変動である。 CDO(債権担保証券)で、300兆円だが、これにCDSがある。CDSは、CDOなどのリスク担保をする保険であり、 4000とも6000兆円ともいわれる。これが今年から表面化することは必定。 とすると世界恐慌は避けて通ることは出来ない。 世界の大手企業が社債や不動産債権などを出しており、実物経済の悪化と同時に倒産が続発する。 その結果、その社債などの債権にかけた保険=CDSの不良債権化が表立ってくる。 銀行の倒産、企業の倒産、不良債権の発生、 とマイナス循環が果てなく続くことになる。したがって、20年、30年の激動の時代が続くのは必然のことである。 クリントン女史が、昨日のTVの画面をみると一挙に老け込んだ顔をしていた。 中国からの献金疑惑もあろうが、アメリカの立たされている重大局面を深く知ったため??。 ・・・・・・・・・ 2008年01月19日(土) 2481, 9・11事件について ー ヾ(´∀`o)+。才ノヽ… 2001年の9・11事件が、大きく時代の流れを変えてしまったが、その意味について、日本人の視点で解りやすく、 納得した言説に初めて出くわした。なるほど、知らないうちにアメリカよりの立場で、テロを糾弾する内容の記事や 解説ばかり聞いていたことに、これを読んで気づかされた。アメリカの日本に対する露骨な植民地的な対応に、 そろそろ一歩も二歩も離れなければならない時節に来たのである。敗戦から60年以上経ったのである。 サブプライム問題で世界にアメリカの正体が露呈してしまった、この機会こそ距離を置くチャンスにもなる。 −以下は、説得力のある論で ー「存在の大地」ー高史明+芹沢俊介+上田紀行著 P−12 *上田紀行 ハワイもアメリカの領土とはいい、本土からは遠く離れている。 それでも、アメリカ人はハワイを日本が攻めた ということを今でも忘れない位にショックを受けたわけですが、とにかくアメリカの本土が攻められ中核が射抜かれる ことはこれまでなかったわけです。私はそのアメリカが、それもニューヨークのど真ん中に攻撃を受けたことに関して、 これは文明的な意味があるな、と思ったわけです。というのは、アメリカ自体は自分が攻められた痛みを知らないということが、 ありますし、何よりもアメリカの現在の資本主義体制に関わる問題を突きつけていると思ったからです。 アメリカの資本義体制というのは、世界をどこでも等価にしていくという性格があります。つまり資本主義の成り立ちを見てみれば、 かつての産業資本主義の時代、実際にモノが動いていた時代の資本主義というのは例えば中近東で石油が採れ、その石油を運ぶのに 何カ月かかかるといった、大地とのつながりがまだしもあるわけ。 もちろん農産物も大地から生まれてくる。 しかし、いまのアメリカの好景気を支えているITに関していえば、情報がお金を生み出すわけですね。株などを見ても コンピユーターの画面上でワンクリックすればロンドンに置いておいたお金が瞬時にニューヨークに移り、ニューヨークが 駄目となれば東京に移り、第三世界が有利だということになれば、どこかの第三世界の市場に投資できるというような性格がある。 つまり、アメリカを中心とする資本主義が、まさに大地というか私たちの故郷性といったものから切り離されている。 私たちはどこから来てどこへ行くのか、どこに出自があり、死んだ後はどこに行くかというようなことから全く切り離されている。 世界中はどこでも等価であり、儲かる所であればどこにでも行くように、大地とは切り離された形でお金が回っている。 そこでいくら儲ければ勝ちだ、儲かった者が勝利者だというような価値観が主導してきた資本主義がニューヨークを中心に築き上げられ、 繁栄を謳歌してきたわけです。私はテロリストを擁護するわけではありませんが、そうしたニューヨークに突っ込んだ飛行機というのは、 我々には我々の土地があり、民族があり宗教があり、アイデンティティがあるのだという主張でしょう。世界は等価ではなく、 国なり民族なり宗教なり共同体なりといった土地の論理に対して、等価の論理が侵犯してくることは許せないのだという主張が、 テロという形で打ち込まれたと私は考えたわけです。 (以下、字数の関係でカット2012年01月19日) ・・・・・・・・ 2007年01月19日(金) 2117, 新潟駅周辺が動き出す! オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! 昨日の地元紙に「新潟駅構内に1万5千?の商業ビルの建設計画」が発表された。 現在の駅構内のセゾン専門店街に隣接して造られるため完成すると、一大ショッピングセンターになる。 (以下、字数の関係でカット2009年01月19日) ・・・・・・・ 2006年01月19日(木) 1752, 『桃井かおり』という女優 ~~~~~ヾ(* ̄▽)_旦~~ オチャドーゾォー♪ 彼女が若いときから 山田洋二監督『男はつらいよ』などのマドンナ役をみて、不思議な魅力を持った女優と思っていた。 地の顔なのか演技なのか、味のある演技をする。どんな役を演じていても彼女以外には考えられないのだ。 (以下、字数の関係でカット2009年01月19日) ・・・・・・・・ 2005年01月19日(水) 1387, 23歳の日記−9 ー10月1日 1969年 店の大改装で、関西地区で初めての靴売り場の責任者になる。 開店で死ぬほどの忙しさ。新しい部門ということで 全員が注目を浴びている。岡田卓也社長も、この売り場まで見に来てくれ一言声をかけてくれた。予算の800?というのが、 自分でも驚きである。何品かの売れ筋を見つけて、それをお客に積極的に勧めるコツをつかんだ。面白いように売れる。 ・・・・・・・ 2004年01月19日(月) 1020, 人生とは 今さら人生論ではないが、あまり思い浮かぶことがないので思い浮かぶまま,生きてきて思うことを書いてみる。 まず思う事は、「人生には無駄なことがない」こと。マイナスに思える中にプラスがあり、プラスの中にマイナスがある。 むしろマイナスと思える中にこそ真のプラスが隠されているようだ。それはマイナスの方が対象をしっかり吸収する為である。 (以下、字数の関係でカット2012年01月19日) ・・・・・・・・ 2002年01月19日(土) 305、ホームページ文章作法 毎日テーマ日記を書いていて心がけている事として ・まずはテーマを奇抜に興味をもってもらえるように、・数人の知人友人に直接語りかけるつもりで、気楽に (字数制限のためカット 2011年1月19日)
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2013年01月18日(金)
『財政恐慌』浜矩子著 ー次の質問群であるー ● どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか ● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、我々はどうすればわかるのか、 ● 我々は地図を持っているのか ▽ まずは、「どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか 」より * さほど遠くまで行く必要はないと思う。実は、もうかなり行きたいところ、行くべきところに近づいている。 現象的には、すでにもう随分遠くまできている。日本の国際構造は変わった。もはや、輸出立国型の経済ではない。 経常収支の黒字を稼ぎ出しているのは、モノの貿易ではない。 所得収支である。 日本の資本が海外で稼ぎ出した 利子や配当や収益。それらの項目が稼ぎがしらになっている。資本輸出大国であり、債権大国の姿が既にでき上がっている。 問題は、そのような姿にふさわしい経済社会の運行システムをどう構築するかだ。最近の流行り言葉が「絆」であることは、 決して偶然ではないだろう。日本資本が稼ぎ出す所得を、どのような絆を通じて どう分かち合うか。 国内においても、対外的にも。それを考える時がきている。 ▽ 「行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、我々はどうすればわかるのか」 * これはなかなか難問だ。少々禅問答めいている。よく考えれば重要なことだ。自分にとって最適な場所に着いているのに、 それに気づかない。これは怖いことである。今の日本に、それを感じる。成長よ再び。円高よ去れ。そう願う思いのあまり、 対応のしようによっては、せっかく行きたかったはずのところに着いているのに、その場所を忌避しているのじゃないか。 昨日の答えで、明日の質問に答えようとする。そうなっている面があるように思う。 ▽ 「我々は地図を持っているのか」 我われが持っている地図は古い地図でなかろうか。昔いたところに戻る地図。それが「成長戦略」や、輸出立国回帰や、 「ハングリー精神」の復活を夢見る思いである。 ▼ 「行きたいところ」とは何処か? 日本にとっての頂上。成熟だろう。そして既に下り坂に入っている。したがって、 経済成長という言葉は方向を間違える。均衡縮小しかないのである。 安部と麻生が首相と副首相になったのは、 憲法改正という目標地と、手段として国債の大量発行による公共事業である。 あくまで憲法改正の最後の機会のため。 著者の立場からみれば、成長を再びと願う古い地図を持った二人の暴挙が始まったことになる。 ただ、最終目的は、 憲法改正のはず。 この憲法が古い地図かどうか?「あと20年以上は続く動乱には適してない」のが、私の見方。 ・・・・・・ 3950, 未婚時代の婚活 ー2 2012年01月18日(水) * 女性は二ランク上を狙う 「キレイで素敵な女性がアラサー、アラフォーで独身のまま。何故あの人が?って何時も話題になります」という。 それに対して男女共いえるが、自分をワンランク上の自己評価をするのが年頃の特徴。その上、相手に一、二ランク上を 求めるから、さらに段差が大きくなる。そうこう迷っているうちに婚期を逸してしまう。 若い時から周囲の男から チヤホヤされているうちに一番の女性の売りの「若さ」が失われ、商品価値が下がってしまう。逆に内面は熟し素敵である。 そのためギャップが大きくなって、キレイで素敵な女性が売れ残ってしまう。 その対象になる男は昔のうちに刈り取られている。 収入もそこそこあり仕事はベテランであれば、今更、妥協する必要もないが、その焦りを見せられない。 そのうち昔は見向きもしなかったレベルの男にも相手にされなくなる。周囲は、あの人は結婚の意思がないと思い込んでいる。 学生の頃だが、結婚して五年以上も経った姉の話に驚いたことがある。「女というのはシンデレラ・コンプレックスは強い。 結婚した今でも、王子様が現れて私を連れに来てくれる期待が心の底にある」という。 誰がみても、義兄は姉と遜色ない人である。 人間は、そんなものかもしれない。1970年、1980年の頃は年頃になれば結婚するのが自然であり、誰ひとりも、そのことを 疑ってもなかった。しかし家庭というシステムが、以前ほど大事にされなくなった現在、それほど結婚の希求は多くない。 女性といえば自分から積極的になれないため待ちになり、チャンスは少ない厳しい現実がある。婚期を逸した男女の気持ちは、 焦りで満ちているが、誰も手助けはしてくれない。その頃が、男にとって仕事が土壇場であり、どうしても婚活は二の次になる。 逆に、婚活をするなら、自分で条件=原因を良くしなくてはならない。男なら優しさと強さ。ないのなら、フリをするしかない。 女性なら性的魅力と、母親的穏やかさをディスプレーすればよい。 とはいえ結婚に至っても三割が離婚する時代、結婚は難しい。 まずは、自分のレベルを冷静に自覚すること。 チャンスを多くつくること。 妥協すること。 自信のある何かを持つこと。 ・・・・・・・ 3585, 「とりあえず、5年」の生き方 2011年01月18日(火) 「とりあえず、5年」の生き方 ―諸富祥彦 (著) ーアマゾンの内容紹介ー あなたは満足感とともに最期を迎える人ですか? それとも、人生に悔いを残しながら旅立つ人ですか? 以下の項目に1つでも該当する場合は、もしかしたら後悔とともに人生を終えるかもしれません。 □自分の大好物を最後までとっておく人 □「将来のために今日はガマン」と考える人 □「いつか」「そのうち」としたいことを先延ばしする人 □「自分は80歳まで生きる」と思い込んでいる人 □30代で1000万円以上貯金がある人 人生の軌道修正をはかることは、何歳からでも始められます。たとえ明日死ぬとしても悔いが残らない充実した人生をつくるのは、 ほんの少しだけ考え方と行動を変えれば可能なのです。 そのヒントを「仕事」「お金」「恋愛や家族」「あたなだけの大切なこと」 といった分野ごとにまとめてある。 ▼ 50歳を過ぎ、母が亡くなり、二人の子供は家から巣立っていった。 人生の区切りの時とジックリと考えた。 そして「とりあえず、還暦までに残りの人生を押し込んで一年一年を過ごす」と決め、実際の行動に落とすことにした。 まずは秘境ツアー50回を目標にした。これは、2001年の9・15テロでスローダウン、達成できなかったが、43回までは達成した。 更に50歳半ばで個人のHPをつくり思いを書き尽くすことと、来し方の写真などを整理して載せることに集中。 反面、社会的なことは思い切って割り切ることにした。そして還暦を向かえたとき、心の中で独り万歳をした。 その直後は、何をしてよいか分からなくなった。そこで出てきた言葉が、「とりあえず5年間、やり残したことを追加する」とした。 そして先日、その5年が経過した。これも2008年のリーマンショックの大波で中途半端の状態になってしまった。 で、後半。 「来年は無い。今年中にやるべきことは全てやるよう心掛ける」そして「とりあえず5年、70歳」が次の峠の到達地点とした。 ところが先日、新聞広告で、この言葉をみて同じことが書いてあったので驚いてしまった。 ここまできたら、人生の喜劇化もよいだろう。いや、人生そのものは、喜劇そのものか、振り返ると! ・・・・・・・・ 3210, デフレ時代の商売 −2 2010年01月18日(月) * 鯛焼き屋 この数年、駅周辺などで多く見かけるようになり、ニュースなどで話題になっていて、この数年で倍倍に増加していると報じている。 投資金額が格安で済み、資金回収が早く済むという。「100万円で開業できます! 加盟料金40万、指導料20万、その他・・ (店舗内装、取得は別)《たいランド》」と、ネットにあった。 先日の朝のTVで「二日の研修で、開業資金が500万」というから、 内装・店舗敷金込み?か。鯛焼きは、ネリモノ商売の典型である。ネリモノといえば、ドーナツがある。原価率10パーセント以下だから、 当たると、これほど面白い商売はない。パン屋、ケーキ屋、蕎麦屋、うどん屋が、それである。手間はかかるが、原価が安い。 鯛焼きにも、最近は餡の替わりにクリーム、カボチャ、芋を入れたり、ピザそのものを鯛焼きの型したものや、お好み焼きを鯛焼き風に 売るものもある。 たこ焼きも可能?? 「白鯛焼き」の名前で、パリッとした外皮、モチモチの生地、中味は餡の、これまでは無かった 鯛焼きチェーンもある。これもブームで飽きられれば、そこまでの商売だが、当たれば半年か一年で資金回収が可能。これは世界にも 通用する可能性がある。誰もが手軽に出来るということは、直ぐに過剰になり、飽きられる。だから工夫が必要になる。 10前にで長岡で地元大手の会社が倒産したが、若い二代目の社長は仙台に行き、鯛焼きと御焼きを始めたと聞いた。 誰も知らない地で、ゼロから再出発するのだから、尊敬に値する。 * アウトレット専門のショッピングセンター (字数制限のためカット 2012年01月18日) ・・・・・・・・・ 2845, 金融大崩壊 −1 2009年01月18日(日) 「金融大崩壊」 − 水野和夫著 昨日、半日で一挙に読んでしまったが、歴史的な視点を入れて解りやすい内容である。 5年前から「世界は激変するー資産防衛セミナー」に何度か出て、重大局面にあることを認識。 それをキッカケで多くの金融危機関係の本を読んできた。 現象として現れてきたのが一昨年の夏の大きなウネリ、 そして去年の9月の大激震となったのである。 この本は、その辺の潮流を解りやすく書いてある。 ー要約するとー ・現在の金融危機は「100年に一度の危機」ではなく、16世紀に資本主義が始まって以来最大の危機。 *16世紀からの「近代資本主義」と、 *1968年からの「新自由主義」と、 *1995年からの「アメリカ金融資本主義帝国」の終焉が、この金融恐慌、と看破。 考えてみれば、その資本そのものは傷をついてない。深手を負ったのは国家と国民である。 ・16世紀以来の近代資本主義がつくりあげてきた中産階級ー国民を、資本が破壊した。 近代資本主義下で「大きな物語」を信じて多くの人が中産階級になることが出来た。 それが2008年9月15日に終わってしまった可能性がある。それは同時に「主権国家の時代の終焉」でもある。 ・サブプライムローンと新自由主義が、資本・国家・国民の三位一体を断ち切ってしまったことで、この金融崩壊は後世に名を残す。 ・1995年以降、国際資本の完全移動性が実現したことで、資本は国家と国民に対して優位に立った。 そして資本がぬけがけし地球規模で暴走した。グリンスパン前議長こそ資本の側に立ち、それを容認した。 その結果、1995年から増えた世界の金融資産は1京円(=10000兆円)。 ・1970年以前は「大きな物語」が成り立っていたので「大きな政府」が成り立っていた。新興国が大型の積極的財政に転じても、 今後、果たして財政赤字を解消できるのか、先進国が同じく積極財政をとっても、期待した通りには効果は得られない。 ・ポスト・アメリカの世界の象徴がG7の終焉と20Gの始まりであり、これは無極化への流れになる。 そして日本の輸出型経済モデルは新興国の中産階級を相手に据えるべきだとする。 中小企業はこれまでの下請けだけではなく、独自に積極的に海外に出ていくべきだ、と。 ー 以上であるが、結論からいうと・・・・ 次回に続く! ・・・・・・・・・ 2008年01月18日(金) 2480, 「世間体」の構造 −1 (´∀`σ)σ オハYO! 『「世間体」の構造 −社会心理史への試み』 ー読書日記 専門が社会学のため、そして長年、その系統の本を読み続けてきたため、 「世間」とか、「世間体」という言葉の虚偽と、日本社会(特に地方の後進性) の中に潜む泥沼の悪臭を感じ取り、その泥沼には近づかないようにしてきた。 私の場合、職住が新潟と長岡と分かれていたため、最小の接点で済んだのが幸運だった。 こういう人種は巧妙に近づいてくる。しかし直に臭い嗅ぎ取り、距離を取るように?してきた。 そこで、「世間体」を辞書でひいてみたがところ・・・ 1. 社会的な視点からの自己のみなされ方。 2. 社会的地位や名誉、学歴、家柄による判断基準。分かり易い肩書きが最優先され人間性は含まれてない。 3. ワイドショーに準ずるモラルやマナー。 とある。 社会的地位も内面的な教養の区別すらも知識にない人達。 これが殆どだから、仕方がないが・・・ 少なくとも、それを鳥瞰する目と時間は持たないと。 ー「世間体」に関する、ことわざに関して、要約している部分を抜粋してみるとー P−50 故事ことわざの類いには、「好きこそ物の上手なれ」という反面、「下手の横好き」ともいうように、もともと両義的な 意味あいがこめられているものである。 矛盾したいいまわしが対になっているのは、ことわざの常であろう。 「世間」をめぐることわざのたぐいとて、けっして例外ではない。本質からいえば、矛盾し、相反する意味内容を、 状況によってたくみにつかいわけるところにこそ、ことわざの生命があり、おもしろさがあるのだ。にもかかわらず 「世間」にかぎっていえば「世間」をめぐる慣用句がことごとく「世間なみ」に収斂していることに、私はことのほか 注目したいのである。そのことがとりもなおさず、「世間」の特徴である、と断ぜざるをえないからである。 思えば、わが国の人びとの多くは、「世間なみ」に生きることを、人生のモットーとしてきたのではなかったか。 それが積極的にはたらいた場合には、「世間なみレベルの生活水準がたもて「世間なみ」の知識をもたないと恥ずかしい、 ということで、彼らは頑張って生きてきた。この「世間なみ」に生きようとがんばるエネルギーが、わが国の近代化の ひとつの精神的な原動力となってきたといっても、けっして過言ではあるまい。その反面、異端のもつ大胆なエネルギーが 発揮されることは、きわめてまれであった。ことの善悪をとわず、自分だけがとびぬけて目立つということは、 「世間」の手前、極めて気はずかしいことでなければならなかったからである。 ーー 「世間様に笑われないように」が、日本人の良くも悪くも、大きな羅針盤であった。 (字数制限のためカット 2012年01月18日) ・・・・・・・ 2007年01月18日(木) 2116, 品格について −1 <(_ _)> おはようございます! 「国家の品格」というベスト・セラーの本の影響で、「品格」という言葉を巷でよく聞くようになった。 何をもって品性・品格というか解らないが、私の最も嫌いなのが品性のない人。じゃあ、自分は品性があるかというと、 どうも自信がない。 そこで、「品位」「品格」を検索で調べてみたが、あるHPの中の説明がよい。 これを読んで少しホッとした。品性のない人を嫌うには、チャンと裏づけがあった。 人品なのだから、これだけはどうしようもないが・・いま思い当たる「人間の品格」を思いのまま書いてみると、 ・知識・教養・経験で培われた人間性の質をいう。 ・品を品物のシナと考えればよい。「人間としての品物が良いかどうか?」とみれば、解りやすい。 人間を品物として自分を振り返ると、自信がなくってしまう! ーあるHPにあった「品位と品格」についてが、ずばり要点を言い当てている。 ーまずは、その箇所を抜粋してみるー 【品位とは人に備わっている人格的価値であり、品性は人の性格を道徳的価値として見る場合の呼称である。 一方、品格と言うのは物の善し悪しの程度、品位、気品を言い、人間のみならず社会全体や都市、 地域に対しても当てはめることができる。日本社会の原理(社会の拠ってたつ根本法則) は侍社会の躾だと言う人が多い(司馬遼太郎他)。侍は雨が降っても走らず、道の真ん中を歩き、 曲がり角は直角に曲がるなど本当に凛々しかったという。またある行為で恥を掻いたり、人に後ろ指を差される 或いは笑い者になれば、死ぬほどの屈辱感をおぼえるなど行動規範が社会の品格を保つ要因となっていた。 品格があるというのを具体的に示すのは難しいが、 品格のなさはどのような場合に生ずるかというと、 ・権力に媚びる、 ・大きいもの(組織・企業)を崇拝しそれに依存する、 ・自分の権利だけを主張し適わないと嫉妬する、 ・自立性がなく自尊心がない、 ・ごまかしがあり本物の心と価値が分からない、 ・金銭を崇拝する等である。 これらは程度の差はあるとしても人間誰でも心の奥底に持っている。 しかしそれが表に出ないように修養し、努力しているのである。 】 {上品だ、下品だと?そんなもの! ~ヽ( ̄Д ̄*)ちっ(=△=)凸 ファック! ▼ 以上であるが、この「6つを擬人化したような人」が実際にいるから面白い。 (字数制限のためカット 2011年01月18日) ・・・・・・・ 2006年01月18日(水) 1751, あ~あ60歳−2 (゚Д゚*)ノ⌒【おはよう】 一昨夜も還暦の会を開いてもらった。二次会で久々に新潟の古町のカントリーウエスタンの「テネシー」に行ったが、 不景気で息するのもやっと?という風であった。 (字数制限のためカット 2012年01月18日) ・・・・・・・・ 2005年01月18日(火) 1386, 若者と携帯電話 (字数制限のためカット 2010年01月18日) ・・・・・・ 2004年01月18日(日) 1019、「会社にお金が残らない本当の理由」−2 二年前に節税が何かないかと考え抜いた。そこで思いついたのが、個人の事業用資産の三ヶ所を会社に売却をする 「個人の損だし」による方法である。バブル期に買った個人名義の事業資産を時価で会社に売却をした。 そして個人の会社からの借入金と相殺した。その結果個人は?の損失が出た。そして過去2年分の税金の数千万が戻ってきた。 (字数制限のためカット 2011年01月18日) ・・・・・・ 2003年01月18日(土) 650, 債務返済年数 最近この言葉が新聞や本などでよく見かけるようになった。 会社の利益などや償却での現金収支の額が返済に充てると仮定して債務完済まで何年かかるかをいう。 ー総借り入れをキャッシュフローの金額で割った数字をいう。 (字数制限のためカット 2013年01月18日) ・・・・・・・・・ 2002年01月18日(金) 304、パソコンの機能と実感−1 パソコンの機能と実感。これには無限に近い機能?が入っている。ワープロ、電卓、辞書、写真現像機能、名簿、TV、CD、 世界中の情報を検索できる図書館、情報発信機能ーホームペイジ機能、印刷機、手帳、ポストイット、などあげれば数かぎりない。 (字数制限のためカット 2013年01月18日) ・・・・・・・・ 1月18日 1969年 9時半目覚める。二日酔いもよいところだ。やっと起きて、横浜さんのところを出る。 直接学校へ行く。 田島と学食でばったり出会う。昨日はゼミに出てこなかった。彼が言うには卒論を出せなかったということでゼミを辞めたと言う。 二日酔いもあってか、怒りが出る。卑怯だと彼を責めたてる。後悔をしたが、私がいう問題ではなく彼自身の問題である。 (字数制限のためカット 2013年01月18日)
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2013年01月17日(木)
『財政恐慌』浜矩子著 ー まずは具体的な内容を抜粋してみる ー ≪ ー 今回の質問の内容 − ● 我々は今どこにいるのか ● いかにしてここにきたのか ● なぜ、ここにきたのか ● 我々はどこに行きたいのか ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか ◎ まずは、「我々は今どこにいるのか」「いかにここにきたか」「なぜきたか」 □ 今、我々は閉塞感のさなかにいる。 いかにしてここにきたのか・高度成長期が終わり、ニクソン・ショックがあり、 プラザ合意があり、バブル経済を経て、失われた一〇年に見舞われ、小泉劇場に踊らされ、リーマン・ショックの衝撃を味わい、 格差の深化におののき、衰退国家化することを恐れつつ、ここにきた。 なぜ、ここにきたのか。ここに至る変転の節目節目で、 タイミングを逸し、時流に身を任せ過ぎ、時流に飛びつき過ぎ、変身を恐れたから、ここにきた。 ◎ 我々はどこに行きたいのか □ 我々は、ほっと安心できるところに行きたがっている。デフレや失業や年金問題や 通貨戦争や国々の財政破綻などを心配しなくていい。そのような安らぎの天地を求めている ◎ 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか □ 政府は、「新成長戦略」をもってそこに到達するのだと言っている。だが成長神話は古い。それに、この間を通じて 日本経済はそれなりに成長してきた。ところが、それによって人々が安心することができるようになっているわけでない。 今、必要なのは、成長戦略ではなくて成熟戦略だ。大きく積み上がった富をいかに上手に分かち合うか。 そのための新しいメカニズムを考案していくことが必要だ。 ≫ ▼ アメリカが日本に強いたプラザ合意。国内需要の喚起のため、ばら撒いた金が不動産投資などバブルを引き起こした。 そして5年後のバブル崩壊。その後は歴代首相が経済成長という幻想を目指すばら撒きの繰り返し。その結果の膨大の借金。 偶発的?に権力を握った二人の元首相がすることは決まっている。更なる膨大の国債発行。 これが最期のトドメとなる。 ・・・・・・ 3949, 国債暴落、円安、超インフレは何故? ー1 2012年01月17日(火) * ユーロとドル安が続いているが、 欧州各国の国債の格下げでユーロ安が続いている。まだ株式の暴落が起きてないが、一日一日、その緊迫度が伝わってくる。 地震(リーマン・ショック)より、津波(世界恐慌)の方が遥かに破壊度が大きくなる。 ニュースで近じか仏大統領が 大きな決断を下すという。 ドルは50円、ユーロは60円、株価は6000円?もありえる事態。 ただし段階を踏むだろう。 日銀の白川総裁が、「欧州危機は、最大のリスク要因になっている」と述べたが、日本経済も体力が弱っているため大打撃になる。 分かっていたことだが。 問題は、三月あたり・・・ 「日本の論点 2012」 ー円の落日ー「国債暴落、円安、超インフレは来る?」が、この辺を分かりやすく書いている。 《 デフレであるかぎり、円高は続く「歴史的な円高水準」が続いて久しい。直接的な要因として挙げられるのが、 米国のFRBによる積極果敢な量的金融緩和政策だ。二〇〇八年九月のリーマンショックを受け、FRBは合計二兆三〇〇〇億ドル におよぶ国債などの買い入れをおこない、金融機関に流動性を供給した。これで、FRBのバランスシートはいっきに三倍に膨らんだ。 成果については賛否両論あるが、これだけ大量のドルが市場に出回れば、その価値は相対的に下落すると考えるのがふつうだろう。 しかし、円が高い理由はそれだけではない。日本のデフレの影響も大きい。 長期的な為替レートを決める要因の一つに 「購買力評価」がある。同じモノは世界中どこでも同じ価格で売られるはずであり、それを調整するのが為替レートであるという考え方。 つまり、為替レートはインフレ率の差を相殺するように動くということである。たとえば二〇〇〇年から今日までの十一年間で、 米国の消費者物価指数は約三〇%上昇した。 いっぽう、デフレの日本の伸びは、ほぼゼロだ。また、二〇〇〇年の為替レートの水準は 一ドル一〇七円前後の日米のインフレ率の差である三〇%が為替レートによって調整されたとすると、現在は一ドル約八二円の水準である。 とすれば、今日の為替レートは、けっして「異常な円高」とはいえない。つまり、インフレ率の高い国の通貨は安くなりやすく、 デフレの国の通賀は高くなりやすい ーおよそ二〇年にわたってデフレから脱却できない日本の円が高くなるのは、必然であると いえるだろう。さらに円高は、デフレの要因にもなる。海外から商品を安く仕入れて売れば、競合している国内の商品も価格を 下げざるを得なくなるからだ。それは、工場の海外移転や人員または給与の制限といった国内産業の合理化を促す。 さらにそれは生活基盤を失わせる雇用不安につながるから、また消費が控えられ、デフレが深まり、ますます円高が進行する。 こうしたスパイラルから抜け出さないかぎり為替介入などの円高対策も実効性は薄い。》 ▼ ビッグマックの各国の為替換算の値段は、日米が同じ、中国は半額、スイスが二倍という。以前、欧州でビッグマックが 日本の三倍近いのに驚いたことがある。 欧州危機をキッカケとした世界恐慌が近づいているようだ。 それも想像を絶したものになるはず。 これから数年間は、銀行閉鎖? ハイパーインフレ? 株価が半値? 何でもありか。 ・・・・・・・ 3584,閑話小題 2011年01月17日(月) * 日めくりの格言 「仕事に雑用はない!」 そうか! そうだ! これ 「人生」にも「普段の生活」にも当てはまる。 * セレンディピティとは − ウィキペディアによると、 < セレンディピティは、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。 何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、 幸運を掴み取る能力のことである。 例えば、諺の『犬も歩けば棒に当たる』や、北原白秋作詞の童謡『待ちぼうけ』の一節 「ころりころげた きのねっこ」の状況にちかい。> ー「運」が良い人は、突き詰めると、この能力が研ぎ澄まされている。それには心根が真直ぐに伸びてないと、土壌もあるが? * 「あげぽよ」「うけぴー」「わや」「ちゃいちゃい」 これが女子中高生ケータイ流行語大賞の候補と!ニュースにあった。まったく理解できないが、感覚的には面白い。 ーそこで早速ネットで調べてみたー その内容といえば、 【 流行語大賞の候補に、「あげぽよ」「アラシック」「ちゃいちゃい」「うけぴー」「うぇーい」「わや」「もふもふ」 「やっふぃ」「もいきー」「ちゃんねー」「ポイポイポイポポイポイポピー」「やびゃあ」など20があるとか。 それぞれの言葉の意味や出所だが、 ・「あげぽよ」は「テンションアゲアゲな状態」を意味するギャル語。『ぽよ』は、可愛いので語尾に付けるが特に意味はない。 ・「ちゃいちゃい」は『ばいばい』『またね』を意味する」 ・「アラシック」は「アイドルグループ『嵐』のファンを指す。病気になってしまうほど、嵐が好きという意味。」 ・「やびゃあ」は、「『やばい』が変化した言葉で意味は同じ。 ・「ポイポイポイポポイポイポピー」は、素人女性宴会芸集団『あやまんJAPAN』が『LOVE&JOY』という曲に乗せ 歌い踊る中で使用される掛け声」などである。… ー流行語は、その時代に反映するが、女子中高生の間だけなら良いとも言ってられない。 普段使う言葉こそ重要だが、 「今どきの若い者は!」のレベルダウンになる。何処かの女子大生の別れ際の言葉「皆様、御機嫌よう、さようなら」もある。 ・・・・・・・・ 3209, 年金支払い総額 1400万 2010年01月17日(日) 「年金定期便」とかいう大型の封書が日本年金機構から送付されてきた。 41年間で総額1388万円である。 (以前の年金通知の中にもあったかもしれないが、記憶に残ってなかった>)その間の金利や貨幣価値の変動などからみて3倍が妥当。 実質の支払額は 1400×3=4200万は積み立ててきたことになる。それも半強制的にである。 私の年齢は63歳の去年の7月から21万円が死ぬまで年金として支払われ。 21×12ヶ月×(平均余命80−63歳=)17年 −>、4284万になる。 成るほど、こんなものになる。但し、自民党と官僚が、 これを過去に食い散らしてなければである。ところが、田中角栄様が、その年金を食い散らす算段?をしていたのである。 その掛け金の支配金は、我われに年金が支払われる時点の掛け金で賄われるシステムに換えていたのである。 未来のために積み上げた年金を現政府が自由に使えるようにしていたのである。 酷いものである。 腹がたつ以上に、情けない。 当時の政府も、少子化とか、国家のダウンサイジングが現実のものになるとは 思ってもいなかったのだろう。 数年前から団塊世代が年金組になって、大問題になってきた。 こういう事態をみて、今の若い世代の人たちは年金を支払いに疑問を持つのは当然である。 いずれにしろ我われは大きな問題に直面していることだけは確かである。 年金税も現実問題として有りえる。 ・・・・・・・・ 2844, 「ほめる」言葉 −1 2009年01月17日(土) 《精神対話士》の「ほめる」言葉 ーメンタルケア協会偏 読書日記 図書館で何気なく手に取った本。人間関係を円滑にするための褒めるノウハウ書と思ったが、《精神対話士》の、 という部分が気になり借りてきた。 ところが、なるほど口先で褒める言葉ではなく、心の底から褒める言葉が 並んでいる本であった。基本は、「相手の存在を認めることから、すべてが始る」である。 この本を編集した財団法人メンタルケア協会とは何か?がHPにあったのでコピーしてしてみる。 < 慶応大学医学部出身の医師達が中心となって設立された協会。 「人間は病気など、さまざまな障害によって心に不安を抱え、人生をマットウするための根幹となる「生きがい」 を見失いがちになることに着目。 それらの人々を真心の対話によって励まし、「生きることの尊さ」を共感できる 「メンタルケア・スペシャリスト養成講座」を開催。一般に普及させるため精神対話士の育成、認定、派遣を行っている。 この本は、精神対話士の効用の一端を「ほめる言葉」にまとめたもの。 「温かいひと言」を相手に投げかけることで、親密な人間関係を築けることを教えている。> 借りて少し読んだ後に、直ぐにアマゾンで注文をして取り寄せた。こういう場合、アマゾンは有り難い! 私が人を褒めると、知人や同級生に驚かれることが何度かあった。 「おい、どうした?お前が人を褒めるなんて殆どないのに!」である。ということは、「けなしても、褒めてない」のである。 私はけっこう褒めているつもりだが、違うのである。 「営業用の褒め言葉」を聞きなれているため?言えないのである。 全て知った上で「嫌味」を言うより、営業用でも褒めた方が良いのだが、しかし、しかし、言えないのである。 (字数制限のためカット 2012年1月17日) ・・・・・・・・・ 2008年01月17日(木) 2479, 新潟県の物流の現状は (。´_`)ノおはぁ。 地元の大手の中越運送社長が昨日の日経新聞・新潟県内版のインタビューで語った「新潟県の物流の現状」 が注目すべき内容だった。貨物量の動きが、そのまま景気の動きを表すが、何処も同じ秋の空である。 ーまずは箇条書きにまとめてみるー ・足元の景気と言えば、年末でも、これまでのような活気はない。 ・住宅着工の遅れで、建設資材が動かないうえに、原油高のせいか人々は買い物には行かなくなっており、百貨店も人が少ない。 ・かっては9月から年末年始にかけて越冬需要でモノが大きく動いたが、今は通常の月と変わらない。 ・中越沖地震の影響で消費は減り、復興需要があったのは特定の業界だけ昨年は上半期から低迷、9月以降はめっきりダメで、 12月に入ってから目に見えて落ち込んだ。12月20日でしめた決算も非常に悪い。 年末年始もこの流れがつづく。 ・いまは企業によって二極化している。大手、とくに輸出を手がける企業は世界の運賃の高騰に水準を合わせて上げているが、 一方中小はなかなか値上げは出来ない。うちで運賃があわないのに、下請けはもっとあわないはず。 ・新潟での海外の荷物のほとんどは中国からの輸入。新潟で待っていても、仕事は殆ど取れない。 中国の仕事を入り口で取る体制を整える。 日本郵政との競合はどうなるか分らない状態だ。 ▼ 以上だが、どの業界も厳しさという面で、ホボ同じことがいえる。ところで、運送のコスト構造は、人件費が6〜7割、燃料が2割。 (当業態のホテルは、人件費が三割、燃費は一割)2005年度になるが、その4年前の6割に貨物量が減ったという。 中越沖地震から県内の動きは更に10?は減ったから、この5〜6年で半分ということになる。これでは運送業界だけでなく、 県全体は壊滅に近い事態といってよい。今年は更に落ち込みが見込まれるから、一足先に恐慌が来ていると言って過言ではない。 しかし、事業者の数は中小がジワジワ増えているというから、悲鳴をあげるのも分かる。 何処も同じであるが、それにしても酷い状態である。 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ マタ! ・・・・・・・・・ 2007年01月17日(水) 2115, だと! ○┓ 『 だと!』 《 》 『 んで!』 《 》 (字数制限のためカット 2012年1月17日) ・・・・・・・・ 2006年01月17日(火) 1750, おひとりさま (*^o^*)オ (*^O^*)ハ (*^。^*)ヨー!! 先日、TVで『おひとりさま』というテーマで女性の一人の食事や音楽会の参加について取りあげていた。 女性といえば、つねに誰かと二人以上で行動するのが常だが、最近になって、ひとりで行動するスタイルが格好よいとされている。 お茶どうぞ ( ^-^)_且~~~ 「おひとりさま」のスタイルといえば、映画やリサイタル一人で観たあと、ぶらりと店に入り ワインかコーヒーを飲みながら食事…。大人の女性としての一人の時間を楽しむことである。背景にはキャリアウーマンの出現がある。 時には一人で旅行に出て、ジックリと孤独の時間を味わうスタイルを身につけること。ひとりの時間を楽しめる人間こそ「おひとりさま」 であり、しっかりした個を確立してこそ他人との関係も良好になる。自然態で自分と向かい孤独を楽しめる人こそ「ひとり」の世界を 確立できる。 ー自己の確立がしっかりしているとは 1「個」の確立ができていること 2 他人の個を認めることができる 3 独り遊びができること 4 知的裏付けをもっている である。 (字数制限のためカット 2010年1月17日) ・・・・・・・ 2005年01月17日(月) 1385, ラムセス2世 「たけしのエジプトミステリー?」ー古代エジプト最強の王ー の録画を先日みた。10年近く前にエジプトに行った時に、 初めてラムセス2世の存在を知った。現地添乗員が「日本では、クレオパトラが有名だが、欧州ではラムネス2世の方が 段違いに有名である」と説明をしたが、なるほど彼の遺跡の多さには驚いた。この番組は、タケシと吉村作治と 女レポーターの対談方式で進行していた。ラムセス2世と古代エジプトを、より知りたいと思っていたので丁度よいタイミング。 ーまずラムセス2世の概略をみるとー ・第19王朝のファラオで紀元前1304年〜紀元前1237年まで67年間エジプトを支配。 紀元前1295年頃、シリアのヒッタイトと戦い、決着がつかず、世界最初の国際的な和平条約を結んだ。 そして後にヒッタイトの王女を妃に迎えた。 ・後半の治世は内政に力を注ぎ、神殿建築等の事業を起こした。 ・100歳近くまで生き、多くの女性との間に100人以上の子供がいた。 ・彼は大規模な建造物を数多く建てたが,中でもアブ・シンベル大神殿が特に有名である。 ・数の上では最も多くのオベリスクを建てたファラオとされ,実際8本のオベリスクが現存している。 (字数制限のためカット 2011年1月17日) ・・・・・・ 2004年01月17日(土) 1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 −1 ー読書日記 紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。タイトルは−93・7パーセントの会社は10年以内に潰れる ー攻めるだけでは会社は10年続かないーである。「初めに」の出しからして刺激的な文章である。 ー「まずはキャッシュで一億を作る。」 (字数制限のためカット 2013年1月17日) ・・・・・・・ 2003年01月17日(金) 649, 損切り ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。 題目が 「会社と個人の資産防衛策」 副題がーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー その内容がなかなか面白い。このパンフレットに殆ど90パーが含まれている? ーその概要を書くと以下のとおりであるー ・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ! ・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。 (字数制限のためカット 2011年1月17日) ・・・・・・・ 2002年01月17日(木) 303、事業と難関 事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に思いもよらない何かが起こる。 それと当然「事業そのもの」にも、想定以外のことがおこる。必ず難関が次から次に起こってくる。回を重ねるうちに、 そういうものだと割り切れるようなった。そしてかなりの極限に追い詰められた時、「これが今回の丁度ピークのそれ」 (字数制限のためカット 2013年1月17日) ・・・・・・ ー1月17日 1968年 午後一時にゼミに出席する。今までのゼミの反省と総括をする。私の意見は「週2日を週一回にしたのが問題ではなかったのか?」 であった。全体的に同調されたようだった。 石川君と私の卒論の発表会的なところもあった。その後ゼミの連中と飲みに行く。 「嵯峨」から飲み始める。 下落合の助手の横浜さんの下宿の近くまで、17時から翌朝の5時まで12時間も飲みまわる。 (字数制限のためカット 2013年1月17日)
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