堀井On-Line



4294, 学ぶということ −5

2012年12月18日(火)

                   「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
   * 小説に、作家と読者と中間的なものが必要!
 毎日12年近く根を込め書き続けてきて、それぞれの内容で、具体的読者を想定し文章をコントロールするようになっている。
そこで文章の内容を冷静に見つめている第三者というか、中間の別者を感じることが度々ある。 前に書いた文章を、
早朝に読み返し添削している時に、違う何かの視線が立ち上がってくる。数年先に読み返す自分の視線だろうか。 
下書きをした文章を数日間、寝かし冷静に見つめ直す時に、けったいな何かを差し置くのも一つの方法だろう。
 その辺を村上春樹の対談を抜粋して説明している。
【 村上  僕はいつも、小説というのは三者協議じゃなくちゃいけないと言うんですよ。
 柴田:  三者?
 村上:  三者協議。僕は「うなぎ説」というのを持っているんです。僕という書き手がいて、読者がいますね。
   でもその二人でだけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。僕にはうなぎが必要なんですよ。うなぎなるもの。
 柴田: はあ。
  村上: いや、べつにうなぎじゃなくてもいいんだけどね。たまたま僕の場合は、うなぎなんです。何でもいいんだけど。
  うなぎが好きだから。だから僕は、自分と読者との関係にうまくうなぎを呼び込んできて、僕とうなぎと読者で、
  膝を突き合わせて、いろいろと話し合うわけです。そうすると、小説というものが上手く立ち上がってくるのです。】
▼ 村上は中間者の存在の必要性をいっているが、中間的協議を何かケッタイな存在としてイメージするのは面白い。
 そこで、私は何にするか? 「ジャックと豆の木」「ジャック」が今、思い立ったので、これに決めた。
  「ようジャック、どう思う?」が内語として、定着するかだが。
 私:    「ところで、ジャック、このテーマと内容、どう思う?」
 ジャック: 「急にふられても、答えようがないが、私を創作してくれただけで良いんじゃないか」ってな感じか。
・・・・・・
3919, 精神力ーその偉大な力 ー9
2011年12月18日(日)
  「 精神力ーその偉大な力  ー 」 ダン・カスター著
   * 黙想の重要さ
【 黙想は心をある状態に置くことです。黙想は、感情を完全に清浄にし、じゃまものを取り除き無垢にするので、善い世界と、
 その中にいる人びとが根本的に善いと知るのです。 ・・・静かな黙想に入って、動機や、あなた自身を分析することで、
 自分が真の何であるか――人間の形をした宇宙の生命力の存在であると知るのです。許すことの理解や、また私どもの過去の経験は、
 ほんとうは悪でも凶事でもないことを理解するのです。心を掃除をし、正常な精神にした後にのみ、精神治療に効果がでるのです。
 心配や恐怖が自動的に、そういう欲しない心の絵をつくりだすのです。黙想は、くつろぐこと、理解すること、許すことの
 三つをもって成り立っています。黙想そのものは創造的ではありません。それは、創造が行われる前の雰囲気、前提を作り出す。
 黙想を持って、憎しみ、心配、煩悶、怒りを取り除き、それを愛で置き換えるのです。恐怖は積極的信念で取り除けます。
 この選び決定するという力は、神が与えた、おそらく最大の威力でしょう。 】
▼ 毎朝、5時に起床し、仏前の祈りと、この文章の最後の添削と、ネットへのアップと、過去10年分の随想日記の読み直しが、
 私にとって黙想に近い状態である。 その前の起床一時間前の半覚醒状態も黙想に近い。実際は黙想でないが・・ 
 「くつろぎ、理解、許し」の三つとは逆の妄念と、格闘しているといってよい。しかし、この格闘のため、第三者の思惑などに
 惑わされない心の状態を作っていることになる。 30年間の新幹線通勤の車中も黙想に良い。 飛行機も同じだが、高速の
 乗りもの内で、目を瞑って考え事を集中するに良い。 黙想も、何も考えないで半覚醒の状態も範疇に入る。
私が最近になって始めたことは、地球の中心点=芯に気持ちを集中し、その向こう側の宇宙に出ているイメージを持つこと。
 そこは自分の魂が宇宙空間に解放されたイメージに浸れる場所である。 その刹那が黙想でもある。感動、感激、心のこもった
 感謝も、その域への解放をしてくれる魂の世界である。 まだまだ感動の絶対量が少ない! と、思う。黙想して探さなくては。
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3554, ドラマの基本形は三角形           
2010年12月18日(土)                                * 脚本家ジャームス三木の目からみた「人生」とは
 十数年前に、ジェームス三木の「ドラマの作り方」をテーマにした講演を聞いたことがある。
朝の連続ドラマを書こうとしたら朝食の場面を思い浮かべる。そして味噌汁と醤油から、そのライバルメーカー同士の
男女の恋愛を想定。二人が親同士の反対を乗り越えていく物語を作れば、大衆に受けいれられる。
成る程と感心して聞いた憶えがある。 ある雑誌に「ドラマの基本形」のテーマで書いていた。 
  ーまずは、その部分からー
【「あなたは死にますよ」この予言だけは絶対にはずれない。死ななかった人間はひとりもいないからだ。
 ただし生きているという前提がなければ、死ぬことはできない。死は生存のあかしでもある。ならば生きるとはどういうことか。
 脚本塚として四十数年、人間のありようをこつこつ書いてきたが、ドラマの基本形は突きつめると二種類しかない。
  ・ひとつは敵と闘って勝つか負けるか。 ・もうひとつは困難を乗り越えて愛が実るかどつかだ。 
  闘争系ドラマは戦争もの、犯罪もの、出世物語、スポーツ根性ものといったたぐいで、勝ち負けは生存本能につながる。
 愛情系ドラマは恋愛・子育てを中心に、メロドラで、ホームドラマ、文化教育ものなど、種族保存不能と深ぐ関わる。
 つまりドラマは、動物の二大本能である食欲と性欲を、あの手この手で表現してきた。私たちが生きる意味のヒントはここにある。
 人類が他の動物より少し偉いのは、集団社会を維持する手段として、食欲と性欲の暴走を制御するシステムを編み出したからだ。
 それが神である。神が人類をつくったのではない。人類が神をつくったのである。史上最大の発明である神は、集団のコントロールに
 絶天な威力を発揮した。人々は神の下に行いを正し、倫理道徳を守り、欲望にブレーキをかけた。
 ドラマ作者から見れば、人類の行動論理は神と食欲と性欲の三極に支配されている。 人間の実体は三角形といってもいい。
 人によっては平べったい三角や、とんがった三角もある。ぐにゃぐにやした三角も、硬直した三角もあるだろう。
 いずれにしても三角形の内角の和は、すべて百八十度である。ところが厄介なことに、人類は複数の神様を創った。
 集団ごとに神が違えば、信仰は対立し排他的になり衝突する。人類を救うはずの宗教が戦争を起こす。文明が発達し、
 生活様式が変わると、集団杜会のシステムも修正せざる得なくなり、三極のうち食欲ど性欲は変えようがないので、
 神のかたちを合理化するしかなかった。それが憲法や法律、イデオロギー、正義、秩序、ルールといった〔神〕になった。
 新しい神は仕分けに不慣れで、いまだに掌握しかねている。
「死は生の終末である」人はこんなシンプルなことさえ、きちんと認織していない。】
 〜〜
 神と性欲と食欲の三角形が人間の実体か〜 歳を重ねると、食欲と性欲が減退し、神様がノサバッテきて、
変に尖がった三角形になってなってくる? それがイスラムの禁欲主義? 性欲と食欲をコントロールするため神を創った?か〜
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3179, Twitter の意味すること!
2009年12月18日(金)
 4ヶ月前に、一度ツイッターに興味を持ち登録をして試したが、その後は全く見もしなかった。
ところが10日前になるが、衛星TVのニュース専門番組で、「ツイッター」の特別番組を放送していた。 
そこで驚いたのが、そこに自分のブログを貼り付けたり、写真を貼り付けるサービスのPicture.Twitterなどがあることだった。 
・ツイッターとは、それらを含め分りやすくいうとミニブログである。
 基本は、「140文字で、つぶやく」原始的、現場の生生しさが、見る方にとっても面白いことである。 
・モバイルや携帯電話で、気楽に、自由に、思いのままの言葉を発信できるのが取り柄である。
・そのつぶやきに、見ている人が、語りかけることが出来るのが良い。 
 それでは、自分がというと、少し抵抗がある。 しかし加藤登紀子などのつぶやきに割って入ってつぶやくことが、
 現実に可能なのである。私の場合、ヤフーのブログ《バードウォッチ》で、「つぶやき」専門として毎日書きこんでいるが、
 イタズラの書き込みがあってから、発信専門にかえた。ところで先日さっそく書店で「Twitter社会論」津田大介著
 を買ってきて読んでいる。ネットにTwitterの6つの特徴が書いてあった。 「リアルタイム性」「伝播力が強い」
 「オープン性」「独特のゆるい空気感」「使い方の自由度が高い」「属人性が強い」。
・リアルタイム性については、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の「mixi」と対比して、
 その違いの一例として、「 mixiとTwitterは数分か数秒の違い 」という。 書き込みへの反応は、mixiでは早ければ
 5分程度である一方、Twitterでは早ければ数秒後。 
(以下は字数制限のためカット 11年12月18日)
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2814, 不況景色 −3 
 2008年12月18日(木)
 *景況感下げ幅 過去二番目
先日の日銀の短観によると、企業の景況感が石油危機以来下げ幅が21ポイントと過去二番目になった。
今回は、その角度が大きく、速度が速いのが特徴で、一日一日と奈落に落ちるように悪化している。
ニュースや、ワイドショーなど、失業、倒産、節約などの話題一色、僅か三ヶ月で、世界が凍りついてしまった。
当然のことながら来年から大量倒産時代が到来し、それにともない大量失業者が溢れることになる。
世界恐慌は、20%の失業率というから、前年比7割になるというから、想像を遥かに超えた暗い社会になる。
長岡駅裏に、数ヶ月前から、ホームレスが三人、毎日のように座って酒を飲んだり、通行人に金をせびっている。
全国的に今後大量解雇が行なわれるというから、こういう姿が日常的になる。
年金年齢に達したから、仲間に入らなくて済む・・・ こういうのが冗談では、無くなるのである。
 *アメリカの金利が実質ゼロ!
(以下は字数制限のためカット 11年12月18日)
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 *百貨店の商売モデルは終わったのか
 (以下は字数制限のためカット 09年12月18日)
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2007年12月18日(火)
 2449, 今年の創作熟語     p≪゚+。ぉレ£∋ぅ。+゚≫q(´I`●)
先週、今年の創作熟語が発表された。 まず創作四字熟語とは「住友生命保険が日本全国から
世相を反映した四字熟語を創作してもらい、毎年12月中旬に発表するイベントである。」 
1989年から発表されており、10000語を超える作品が寄せられている。 第一生命のサラ川(柳)の
向こうを張ったものである。創作と名が付いているが、基本的に既存の四字熟語の文字や読みを世相を
映す単語に変更したものが多く、優秀作品はシャレの効いたものが目立つ。
そこで、読売新聞や住友生命のHPの記事を少し変えた語呂合わせをしてみた。
 ーー
{7月の参議院選挙で自民党が歴史的惨敗を喫し、「二党両壇(にとうりょうだん)」になり、その結果、突然変異で安倍前首相が辞任。
 秋より食の偽装が「連詐反応(連鎖反応)」を起こした。また医師不足問題を象徴した「医師薄寂(意志薄弱)」や様々な
ダイエット法の中でハードな「軍似痩練(ぐんじそうれん)」が大ヒット。「人離相撲(ひとりずもう)」の角界も、「廃反治拳
(はいはんちけん)」のボクシング界も、来年に向かって「出発進幸(しゅっぱつしんこう)」しましょう。} てなところである。
 −−
これまで、この存在は全く知らなかったが「創作四文字熟語」は第一生命のサラ川から見ると少しインパクトは弱いようだ。                                              ヾ(^ω^*)  
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2006年12月18日(月)
2085, 哲学者が霊能者を一刀両断すると! −1        才八∋ウ_〆(∀`●)
知ることよりも考えること −? 池田晶子著  ー読書日記
ー前世を知りたいー             
哲学者が霊能者を批判すると、これだけ説得力があるものか? 霊能者の立場の視点で読んでみると、
反論しようがみあたらない。哲学者は霊能者のいい加減さを一刀両断で以下の通り切り捨てる。
 ー人間は自分が存在しているという以上の神秘がありえない。(自分が)存在していることということは、
科学的には説明できず、理性によっても理解できない。なんで存在するのかわからないものが存在し、
毎日生きている驚くべき神秘の毎日こそ神秘体験のはずが。その当たり前のことこそを知ることが先ではないか。
ー以下は、その中の抜粋であるー    
 (以下は字数制限のためカット 09年12月18日)
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2005年12月18日(日)
1720, 生きるのがつらい     ー読書日記
 「一億総うつ時代」の心理学 平凡社新書   諸富祥彦/著
 ー本の内容
この国の年間自殺者はもう何年も三万人を超えている。誰もが自分は「軽うつ」ではないかと疑いはじめている。
この時代には確かに、私たちの生きる意欲を奪う何かがある。生きるのがつらい。もう、前向きになんか生きられない。
そんな閉塞感が漂う世の中で自分の苦しみにうまく対処し、身近な人と支えあいながら生きていくには、どうすればいいのか。
反ポジティブシンキングの思想で語る、「一億総うつ時代」の心の処方箋。  (*`θ´*) i
ー目次
 第1章 みんなつらさを抱えて生きている   第2章 つらさをつらさとして受けとめる
 第3章 弱音を吐くのも生きる技術      第4章 ありのままの“今の自分”を受け入れる 
 第5章 身近な人がつらいとき        第6章 「助けあい、弱音を吐きあう関係づくり」の大切さ
  ーーーーーー                    オレ クルクル σ@( ゚∀ ゚) パー!?
こういう本のほうが私にとっては、面白い!
 ポジティブの本より、ネガティブシンキングの方が、気休めになる類の人にはプラスになるのだろう。
     (~_~;) (~Q~;) (--;) (;-_-;) (-。-;) (-o-;) ( ̄ω ̄;)!! o    
 一部勝ち組以外は、負け組みの時代、一億総うつになるのも、必然かも知れない。
  (以下は字数制限のためカット 09年12月18日)
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2004年12月18日(土)
 1355, 梅の花
新潟の郊外に最近「梅の花」という‘ユバと豆腐'の京懐石料理のチェーン店が開店した。本部は九州で店は61店舗。
面白そうなので、昨日の昼飯を食べに行ってみた。実をいうと、一昨日の12時にいったが、駐車場が満杯なのだ。
まさかと思い玄関口に行くと、前の若い二人連れが予約を確認して入っていった。フリー席は、もう満席で一時間待ちという。
(以下は字数制限のためカット 10年12月18日)
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2003年12月18日(木)
988, 建物をつくることは神の代行
 40年前に、父親が現在住んでいる自宅をつくった時、「将来必ず事業で上手くいかなくなる時がくる」
と想定して設計をした。売却やアパートに建替えるとか、潰しがきくようにしてある。
鉄骨の建物で、一切柱が入っていない構造になっており、中を掻き出せば、どうとでもつくりかえる事ができる。
 その教訓もあって、私が手がけてきたビルも殆ど柱を入れてない。千葉で初めて建てたビルから現在のホテルまで
増築も含めて八棟全て、やむをえない部分を除いて柱の極力ない構造にしてある。27年前に私がたずさわった実家のビルが、
最近に私の予想値よりもはるかに高く売れたのも、建物の構造が他の業種に転用可能であった為だ。30数年前に千葉の建物の
設計計画にはいった時に、設計事務所の担当に言われた言葉が「建物をつくることは神の代行」である。 
これは設計事務所の当時の社長の信念であった。特にビルは当事者の思惑とは違って、数十年も独りで生きていくものである。
それを建築主の好みで創ったとしたら、時代の変化の中で他人にわたった時に潰しが効かなくなる。
自分だけの思惑で建物は創るべきでないというのも理に適っている。たまたま実家の家が、その10年前に
「その思想のとおりのもの」を見ていたのでその意味を直ぐに理解した。26歳の時であった。それから事業で多くのことを学んだ。
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2002年12月18日(水)
 614,パタゴニア旅行記ー1
今回の旅行のハイライトはやはり氷河であった。氷河の融け水でできた湖から、氷壁と崩落を船で見るものであった。
ソニーのコマーシャルで見たものは、てっきり南極の氷が崩落するものと思っていた。しかしアルゼンチン国内の山脈の麓の湖に
崩落するものと初めて知った。ソニーのそれはペレノモレノ氷河の景観であった。まず驚いたのは氷河の美しさである。
太陽に映える白とコバルトブルーの織り成す美しさだ。どんな美しさもこの単純な輝きには敵わない。白をバックにした
コバルトブルーの輝きの美しさ。太陽の光のブルー以外を吸収して妖しく反射する美の極致だ。8000?のアンデス山脈は
パタゴニアの地でその積雪を氷床に姿を変えて最後は海に流れ込むか、山脈の麓に湖をつくりそこに自らを崩落させていく。
それを湖から眺めるのが今回の目的であった。アンデスに降り積もった万年雪が、溶解と氷結を繰り返しながら数百キロの
氷河をつくりだし、最後はその最先端で長い旅路を迎えるドラマである。それが夏の時期に目の前で見れるのである。
数日に一回の崩落と思っていたが、モレノ氷河で1時間のうちに4回の崩落が見ることができた。
静けさを打ち破る腹の底までとどろくような轟音ともに氷壁が崩れ落ちる。その瞬間誰もが息を呑み見とれるのだ。
時間が止まるとはこの事だろう。そして同時に湖面に高波が立つ。氷河が氷山に変わったのだ。その数十メートルか
数百メートル先から、氷が裂ける轟音が時々、落雷のように聞こえるのが何ともいえないバックグランドの音になる。
小さい氷山が湖面に多く漂っているのが美しい形を創っている。 自然の芸術の展示会のようである。
白鳥のようであったり、船のようであったり、ラクダであったりする。
自然は本当に大芸術家であるというのは、別に文学的言葉ではないことを思い知った!!
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2001年12月18日(火)
 218,喜怒哀楽  ー情念の世界
学生時代に読んだ、赤塚行雄の‘ナチの研究’の「教祖の話術」が印象的な内容で今もはっきり憶えている。
(以下は字数制限のためカット 12年12月18日)
・・・・・・・  
ある時間の断片
 12月18日 1968年
9時に甥のムーちゃんに起こされる。食後。浅草近くで電気商をしている従兄弟の治田さんが遊びに来る。
12歳も年上だが、子供の頃から殆ど変わってない万年青年だ。
(以下は字数制限のためカット 12年12月18日)


4293, 衆院選挙の結果について

2012年12月17日(月)

    * この結果は、ベストに近い! とみるべきか?
 選挙結果が粗方の予想通りになった。小選挙区制度では、こんなもの。これで超保守体制で難局に立ち向かうことになる。
この選挙は民主党の自滅と、第三局の乱立による共倒れと、尖閣列島などの領土問題や北朝鮮のミサイル発射も日本の右傾化を
進める結果となり、まったく空気が変わる。 民主党の弱者救済のスタンスから、弱肉強食へ大きく舵をきることになる。
グローバル化社会では割り切るしかない。 経済は、今週の株価がどうなるのか? 特に週末にかけての動きが心配である。
まずは来年三月の金融円滑法の打ち切り問題、自民党が果たして打ち切りが出来るだろうか?地元の高校の同級生が3人続けて、
倒産、不祥事、自殺が発生した。 これ、「地方は既に恐慌が始まっている」という私の説の身近な現象である。
ここで政策の大転換が必要な時節、この結果も悪くはないという見方も出来る。問題は、自公で三分の二の議席を確保したこと。
参院で法案が否決されても、再び可決出来る。おまけに改憲に反対している公明党と、この夏まで組んで、その後に、
改憲賛成の維新の会に乗り換えれば、それも可能になる。週刊誌などの事前予測の結果に近かったが、まさか60議席を
割ることになるとは思っていなかった。 タカ派の安部が、領土問題で中国と真っ向から対峙することになれば、経済に直接、
大きく響いてくる。それと、建設国債の乱発による公共事業の拡大も懸念される。地元の小選挙区では自民党の全勝。
建設業界の笑い声が聞こえてきそうである。 土建王国の宗主だった角栄の娘も、この逆風の中で落選。当然といえば当然。 
政治課題のスタンスは、「消費税増税、原発継続、改憲、原爆保持、地方への分権化、賛成。公共事業の依存化、反対!」。
そうこう考えると、最後の公共事業反対以外は、この圧勝は良かった、ということ。分かってはいたが、民主党への拒否反応が、
ここまで大きいとは驚き。 政治談議が多くなったのは、歳のため? 年末まで、株式か国債の暴落がないことを祈るばかり。
 ・・・・・・・
3918, 精神力ーその偉大な力 ー8
2011年12月17日(土)
  「 精神力ーその偉大な力  ー 」 ダン・カスター著
【 難題にぶつかり、それを理解し、それを乗り越え、超越するとき、そこから多くの力と知恵を与えられます。
 それにより将来においての他の更に大きな問題に取り組めるのです。世の中には善いもの悪いものもありません。
 ただ私たちが善い悪いと思うだけです。もし問題、難題を一つの機会か励ましの挑戦と見るならば、人生に処する私たちを
弱くしたり無能にしたりすることは、ありえません。‘あらゆる事態はつまずく石か、ぬかるみの中の踏み石’です。
 すべての進歩は、なにかの問題を征服し、なにかの挑戦に戦い抜いた結果です。大生命力は、絶えず励ましの挑戦をしてきます。
 前進を促す体内の威力を見出すと、私たちは成長するのです。もし挑まれなければ成長が出来ません。
  教育さえあればとか、子供の頃の愛情の欠如で、やる気が起きないとかいう人を知っています。しかし、その逆に、
 それをバネとして、その中に善を見つけ強くなった人がいます。「あらゆる逆境は、好機のタネをもつ」といいます。
 あなたの過去の傷は打撃や損失を癒す最も良い方法の一つは、その体験の結果として生涯に起こった善いものの表を作ることです。
ものごとが良くしていくには、体験をいかに反応するかにあります。鹿が足がはやいのは、敵から逃げるために自分の体内の力に
 頼ったからです。 人間は自然界の挑戦を克服するため推理と知性を発揮してきました。 問題を受け入れ、善さを見、ゆるし、
 解放して自由にし、そして前進するか――あるいは怒り、おのれを哀れみ、自分のことだけを思い、みじめに暮らすかです。・・・ 】
  ▼ 先日の新聞記事に「壁を乗り越えようとするな、壁のまわりを動き回れ、そうすれば壁の隙間が見つかる。登ろうとするから、
 登れないと諦めてしまう」というような内容があった。上記の内容に似ている。 20歳で創業を決意し、準備を始め、結果は、
2つの経済震災と東北大震災で、この結果に終わった。が、創業も倒産も廃業も事業のうちである。その創業も、まずは精神である。
計画し、手順に入ると、まず思いもよらない難題が山のように次々と行手を阻んでくる。 初めは、それを嫌々取り組んでいたが、、
慣れてくると、 これこそが踏み台で、難題の中にこそ鍵があることが分かってきて、逆にゲームとして楽しむようになる。
 この難題がゲームの醍醐味と自分に言い聞かせ暗示をかける。 下り坂より上り始めは夢はあるが、厳しい! それも数十倍も。
何だかんだあっても、事業人生は面白い。自分の限界が常に目先に立ち塞がって、自分自身に直面する緊迫感が、である。今もか?
・・・・・・・
3553, 「閑話小題」 が一番面白い?
2010年12月17日(金)
 「閑話小題」は書くネタが出尽くして、仕方なくメモがわりに書いた中途半端な文章を小題として、幾つか重ねたもの。 
読者からみたらバレバレと思っていた。 だから、しゃ〜ない「B級品」と割り切っていた。 その半分手抜きの文章が先日、
久々に参加した木鶏クラブの人から何気なく「閑話小題」が一番面白いと言われ、何かの間違いと、再び聞き直したほど。
それでも「その人が、たまたま、そうか?」と半信半疑だった。ところが昨日、ある知人が訪ねて来て「閑話小題」が面白いと、
全く同じことを言った。この10年間、一度も言われたことがない「‘しょうがない’閑話小題」が面白いが偶然にも一週間内に、
たて続きである。 実際、長い文章ほど時間もエネルギーも要する。書くほうからしたら、その分、自己満足する。 
昨日の友人曰く、「それは、あなたの言葉で、身近かなことを実感で書いているのが伝わってくるからよい」という。 
 日々の身近な内容はブログ「バード・ウォッチング」に書きとめていた。要は実感として書いた文章こそ、相手に伝わるのである。
記事とか書物の感想文は、自分の記憶として留めておくためのマトメとして書いている。 さらにいえば一年先、数年先の
自分が読み返し、消化するためのマトメ。 読む方からしたら、それは、それでしかない。しかし小題は書き散らした短文を
マトメタもので要点だけ書いてある。 それなら閑話小題を多くすればよい。書いている方は無我夢中であるが、読んでいる方は、
その無意識の本音を楽しんでいるのである。だから、今さら冷笑も、侮蔑も、「何じゃい、笑うなら笑え、笑われて何ぼじゃ」と、
割り切らないと。 ブログは結局は自慢話?の披瀝になる。読んでいる方は冷静に、その辺が見えている。
息抜きの文章が面白いとうと、もう少し内容に強弱をつけた方が良いということか! 書くテーマが見当たらず、
苦し紛れの「閑話小題」が、逆に、井戸の底から湧き出てくる水の味なのか。 書き、曝すことの恐ろしさと、面白さか。 
ネット・セルフも色いろ考えさせられる。 そこで、閑話小題を遡って調べたら、月に1〜2度しか書いてない。
内容も短くまとめてあり、解りやすく、言われるとおり。 これからは週一ぐらいは「閑話小題」を書くことにする。
 ところで、「ツイッター」も時々書いているんだけど! 少し軽すぎる?
 ・・・・・・・
3178, アメリカは現在、どうなっているのか ー2
2009年12月17日(木)
 * アメリカの産業の現状は?
 ー 以下は、中央公論の中岡望のレポート[アメリカ、失われたバラ色の未来」の抜粋である ー
アメリカでは金融業界を「ウォール・ストリー」というのに対して、製造業などの産業のことを「メイン・ストリート」という。
現在、ウォール・ストリートは急速に回復しているが、メイン・ストリーや地方経済の低迷の色はさらに濃くなっている。
アメリカ経済の衰退はもはや避けがたい状況となっている。 デトロイトでは、自動車産業の衰退で都市そのものも機能
しなくなっている。工場労働者だけでなく、高学歴のホワイトカラーの雇用調整もかつてないスピードで行われている。
自動車会社のビッグ・スりーは工場労働者だけでなく、2006年末から今年の六月までに3万人のホワイトカラーを解雇。
かっては最強の労組と言われたUAW(全米自動車労組)も、雇用維待するための戦闘力を失ってしまっている。
その結果、ミシガン州の6月の失業率は15・6%と.全国平均の失業率を大きく上回っている。デトロイトの失業率は17・7%と
さらに高い水準になっている。同州の労働者の20%がフルタイムの仕事を探しながらも、パートタイムでしか働けない半失業の
状況に置かれている。 デトロイトの住宅市場に回役の兆しはなく、七月時点で住宅価格はピークを付けた2006年初と比べて
45%下落し地域杜会の荒廃が続いている。 同州では、高賃金が期待できる防衛関係や代替エネルギー関係や医療関係の
企業の誘致を進めているが、目立った成果は見られない。 職を失った人は悲惨である。
あるクライスラーのエンジニアは年収11万ドルを稼いでいたが、早期退職をした現在はパートタイムで働いており、
週給はわずか500ドルである。クライスラーの製造開発の責任者であった男性は、年収10万ドル以上あったが、
早期退職をして得た現在の仕事の年収は3万1千ドルである。職を失う影響は収人の滅少に留まらない。
アメリカの健康保険制度は企業が提供しており、仕事を失うことは健康保険も失うことになる。
 ▼ アメリカ社会の深刻な問題は貧困と格差である。最も豊かな国でありながら、貧富の格差は深刻。その貧者に金融危機が直撃をし、
その格差をますます大きくしたのである。貧困率は一年で12・5パーから13・2パーセントへ拡大した。「1人暮らしで100万円、
4人暮らしで200万円」以下で生活する人は4000万人と一年で、250万人も増えたという。医療も、教育現場もガタガタで日本とは
事情が全く違う。あと1〜2年後の地方が、これに近い状態だろう。 これらをみると、アメリカ一極の時代の終焉を示している。 
それだけ、この金融恐慌の影響は大きい。
・・・・・・・・・・
2813, ビッグスリーの救済は正しいことか?
 2008年12月17日(水)
 アメリカのビッグスリーを政府が公的資金投入の検討を始めたというが、中長期的に見たときに正しい判断かどうか?
・アメリカ国内のGMの一人当たりの人件費が、トヨタの1・3倍。そこまで賃金を下げるべきという議会の案に組合が反対という。
   (字数制限のためカット09年12月17日)
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2007年12月17日(月)
2448, コマツの「コムトラックス」には驚いた!     ('-'*)オハヨ♪
一昨日の朝、何気なくBS・TVに回すと、コマツの社長が出ていた。見たのは最後の10分位だったが、
「コムトラックス」というシステムを紹介していた。思わず、その内容に引き込まれてしまった。
ブルドーザに機稼動管理システム「コムトラックス」を標準装備し、遠隔での効率的な車両管理や
きめ細かなサポートサービスを提供する。建設機械の内部に組み込んだセンサーで車両のあらゆるデータを収集して自動的に
送信するシステム。365日24時間、本社へコムトラックスから絶え間なく送られてくる情報は、コマツ自身、販売会社、
顧客の誰にとっても「宝の山」であるという。それを顧客・販売会社に公開してお互いに有益に使うのがミソである。
一種のWeb2.0型企業ともいえるが、そのシステムなどで、現在では利益率で米キャタピラーを追い越し、
今後とも業績の向上が期待できる見込みが高いという。TVの画像には、宇宙衛星により大きな地図上に世界中の
稼動しているブルドーザの現在地が表示されていた。 更に、それぞれのマシーンの情報 ーガソリンの在庫や、稼動状況、
機械の自己診断の記録、運転状況などのデーターが自動的に情報センターに送られてくる。それらの記録を販売会社、
顧客が交互に使用できるという。運転手のサボりは勿論、ガソリンの不正使用や、盗難も即座に把握できるという。
「何で小松のブルドーザが売れるのか?」と思っていた矢先、納得をさせられてしまった。
顧客にとってブルドーザの状況は一切、機械自身が発信して本部が管理してくれる。機械自身がブログを持ち、
自動的に発信するマシーンといえる。これも情報化社会の先取りの事例ということである。こういうシステムは
今日明日出来ることではない。長年の企業全体のシステムの構築の結果できることである。ただただ、驚いてしまった。
せめて人間もブログは持たないと!IT革命は人類の20万以来の潮流の変化であり、身近に感じ取れるのは
個人的立場からみればブログと携帯電話だろう。         バイバイヽ(*´∀`)ノ
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2006年12月17日(日)
 2084, 森の生活            (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
 『森の生活(ウォールデン)』岩波文庫     
現在、世界において「シンプルライフの生きかた」が見直され始めているが、その元祖といえるソローが
再び注目され始められている。1817年生まれのソローは、1845年の独立記念日を機に、故郷のボストン郊外の
ウォールデン湖のほとりに移り住む。そこに20代後半の2年あまりの間ひとりで過ごした生活を記したのが、
『森の生活』である。シンプルライフの元祖といえよう。ソローは、この森の生活の中で、人間が生きるために必要なものは、
「最小限の持ち物と最小限の労働だ」という結論に至っている。ソローの‘自然のなかで質素に生きる’を至上とする考え方は
東洋的である。自然との共存を図ろうというソローのメッセージは、効率良く、便利な生活になった反面、混沌として複雑化する
世の中にあって、単純化した生活のあり方を提示している。森林生活や農業の専業の人からみたら、何を今さら!と思うだろう。
あちら側(都会)の人が、二年余り遊びに来た戯言でしかないと。 しかしソローが読んで欲しいと思う対象は、
そういう連中ではない!まあ、そういう穿った理屈はやめておこう。
都会生活につかれ田舎の生活に憧れている自然派にっとは、桃源郷のような生活と思えるのだろう。
 ーー
 ーまずは、印象的なところを抜粋してみるー
「私が森へ来たのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか
確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きていなかったことを発見するようになりたくなかった。
人生とはいえないような人生は生きたくなかった。 生きるということはそんなにもたいせつなのだから。
深く生きて生の精髄を吸出し、もしそれがつまらなかったら、それをつきとめて、そのつまらなさを世の人々に伝えよう。
それがつまらないものであったら、それを身をもって味わい、その真相を報告できるようにしたい」(上巻162-164頁)
「われわれは存在するように見えるものを、存在するものと思いこんでいる。
 ・・ 永遠の時間には、確かに真実で崇高なものがある。けれども、そうした時間や場所や機会はすべて、いま、ここにあるのだ。
 ・・『自然』そのものと同じように、一日を思慮深くすごそうではないか。
 ・・一日を精一杯、楽しく生きようと心にきめて。
 ・・生であろうと死であろうと、我われが求めるものは実在だけである」(上巻172-176頁)
「春の到来は、『混沌(カオス)』からの『宇宙』の創造であり、『黄金時代』の到来であるかのように感じられる。」(上巻256頁)
私は私の実験によって少なくともこういうことを学んだ。「もし人が、みずからの夢の方向に自信をもって進み、頭に思い描いた
とおりの人生を生きようとつとめるならば、ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる、ということだ。
そのひとは、あるものは捨ててかえりみなくなり、目に見えない境界線を乗り越えるようになるだろう。
新しい、普遍的でより自由な法則が、自分のまわりと内部とにしっかりとうち立てられるだろう。・・・
生活を単純にするにしたがって、宇宙の法則も複雑でなくなり、孤独は孤独でなく、貧しさは貧しさでなくなる。
・・・・君の生活がいかに見劣りのするものであろうとも、それにまともにぶつかり、それを行きよ。
それを避けたり、けなしたりするな。それは君自身ほど悪くは無い。それは君が最も富んでいるとき、最も貧弱に見える。
あら捜し屋は天国でもあら捜しをするだろう。貧しくとも君の生活を愛したまえ。賢人らしく菜園の野菜のように君の貧しさを耕せ。
衣服でも友人でも新しきものを手に入れようと焦るな。古いものに目をむけ、古いものに戻るがいい。事物は変わらない。
我われが変わるのである。君の服を売り払い、君の思想をとっておきたまえ。」  (下巻276頁)
ーーー
ソローにとって、「自然」と向き合うということは、「自己」を見つめることでもあり、人生の探究は、
遠い幻想的なものでもなく、「いま、ここ(現在)」の世界で「自己」を実現させることにある。
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2005年12月17日(土)
 1719, 熟年離婚           おはよう!v(=∩_∩=)v
 TVで松坂恵子と渡哲也が夫婦役の『熟年離婚』の連続ドラマを放映していた。そのうちの二〜三回しか観ていないが、
 考えさせられる問題であった。 作家が悪いのか脚本が悪いのか、離婚理由が希薄で現実離れしていた感があった。
   (字数制限のためカット 2010年12月17日)
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2004年12月17日(金)
 1354, 私の宝物
「私にとっての宝物」とは何だろうと考えてみた。これだけはというものはないが、秘境旅行のアルバムと、
その先々で買ってきた小さな置物人形と、その都度社内報と随想日記に書いてきた旅行記である。 底は浅いが。
 (字数制限でカット2,012年12月17日)
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2003年12月17日(水)
987,新潟駅周辺整備計画
先日の新聞に「駅前周辺整備計画」が少し延びそうになってきた。といって、半年から一年だろう。
 
(字数制限のためカット11年12月17日)
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2002年12月17日(火)
613,爆笑再開発
 -新潟駅前ビル再開発
(以下字数の関係でカット2008年12月17日)
以前再開発の愚をこの随想日記に書いたが、その馬鹿世界が新潟駅前ビル再開発の完成で顕になってきた。
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2001年12月17日(月)
272,人生は問題解決のプロセス
 ー小説・脚本の創り方と人生ー
 ジェームス三木の「脚本の創り方」という講演を10年前に経営セミナーで聴いた。「藍より青く」を創ったエピソードである。
 (字数制限でカット2,012年12月17日)
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ある時間の断片
12月17日 1968年
 朝11時起床。
(字数制限でカット2,012年12月17日)


4292, 閑話小題 ーつれづれに、今日、選挙!

2012年12月16日(日)

     * 今日、衆院選挙
 今回の選挙ほど見ている分に興味深い選挙はない。この国難といえる問題山積の中、結果が大きく将来を左右するからだ。
終戦から67年、今だにアメリカに実質に占拠されている状態。この間、国民が借物の民主主義で骨抜きにされてしまった。
この世界的大変動の中で待ったなしで新憲法をつくりかえる時節になった。 明らかに民主党は、この三年間で方向を誤った。
しかし自民党は、それ以前に日本を大きく弱体化させた張本人。 県内の自民党の女性候補が何と、「人からコンクリートへ!」
と絶叫していたのを聞き耳を疑った。 彼らに票を与えすぎると地震対策という御題目で、ゼネコンマフィアと組んで、
建設国債を発行させ無制限に公共投資をしてくる。彼らの景気対策は、それしか考えられない。どっちらに転んでも、
救いようがないなら、最後の饗宴をするのも分からないでもない。 ところで、私のスタンスは、
「改憲、消費税増税、国会議大幅員削減、原発の現状維持、原爆保持、以上が賛成。インフレ政策反対」である。
今度の投票は人物第二で、家内?ともどもに無党派だが日本維新の党へ投票予定。 石原の傲慢さは好かないが、一番まとも。
     * 今年、買った最大の物は何?
 何気なく、Yahooを見ていると、今日のお題「今年、買った最大の物は何?」という言葉があった。
ハッとして考えてみた。電波歯ブラシと、ジャケット二枚に、ウォーキングシューズ、他に何だろう? 本が数冊。
後はスーパーで酒のツマミと百円ショップで小物以外、心当たりがない。そうそう、電気洗濯機を買え換えた。
これは家庭必需品。私が買った部類に入るのか入らないか。 それよりも去年の春以降、iPad以外、思い当たらない。
何か欲しい!と大体思わなくなったことがある・・ いや、年金生活者は、大体こんなものか。 現在、欲しいのはパソコン。 
だが5年使っているiMac二台が、まだ使える。TV、パソコン、月に数回のシネマ、スポーツジム、月に1〜2度の
飲み会の世界では、こんなもの。ところで家では「ママリッチ、パパプアー」。大きな夫婦間格差が現実。(´;ω;TOHO!
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3917, 精神力ーその偉大な力 ー7
2011年12月16日(金)
  「 精神力ーその偉大な力  ー 」 ダン・カスター著
* まず相手を許すこと、そして自分自身を許すこと
◎ ヤコブは聖書に書いている、「汝が乞うても受けないのは、誤り乞うからだ」それを別の訳にすれば、
  「あなたが求めるが受け入れられないのは、間違った求め方をするからだ」ということ。
  「その人を許しなさい。そうすれば天にいます貴方の父、すなわち大生命力は、あなたを許して下さる」
◎ 傷ついた否定的な過去の記憶では、大生命力のエネルギーの自由な流れを妨げる。それを愛と信念をもって
  書き換えねばなりません。「なんびとかに、また、なにものかに反抗して抱く全てのものをゆるせ」といった
  キリストの言葉は、非常に実用的である。
◎ もし彼を許さなかったら、私自身を不愉快な体験に、そしてまた、その人に結びつけておくのです。彼を思うたびに、
  不愉快な体験を繰り返すことになる。もし、私が誰かを傷つけたとして、彼が私を許せば、彼は解放されたことになる。
  その許すということは、彼の側の精神活動です。怒りは憎しみは、恨まれた人より、恨んだ人を傷つけるものです。
  賢い、常識的な考え方は、愛し、理解し、そして許すことです。「神よ、彼に祝福を」とだけ、心の底から言いなさい。
◎ 私たち各自は、毎日、静かに座って自分向かって次のことを言い、それをまじめに務めるがいい。
 「 ・・・ 私たち各自は大きな無限の大生命力の一部であって、大生命力は実在の一部である。その大生命力の中で、
  すべてを生き、動き、そして実在している。これは真理だから、私が行なったあらゆる過ちはについて私自身を許す。
  そして多少とも私を害したあらゆる人を私は許す。許すなら、あらゆる体験から善いことのみが私に来ると知るから。
  私が行なった一つ一つのあやまちは、より大きな理解と、より大きな機会への踏み石だから、過去のあらゆる体験を
  私は祝福する。どんな過去の体験も、今日あるいは未来において私を害さない。私が許されたいよう、私はことごとく許す。」
▼ 自己啓発の、このようなセミナーに出席して感化を受け、日常の考え方と、祈りに取り入れたら、心の傷は和らぐだろう。
20歳代半ば、何度も何度も、この本を読んで救われていた。こういう経験があったから、何人かの鬱病の相談にのれたのだろう。
現状でも平然?としていられるのは、自分で見つけ、何度も読んで一人で手当をした経験があるためと、再確認をしている。
数ヶ月前に、地球の芯からの声が聞こえてきたのは、こういう経験があったからである。芯の声は大生命の声、魂の声である。
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3552, 何に出会うかを、成長と呼ぶ
2010年12月16日(木)
  「何に出会うかを、成長と呼ぶ」 ある雑誌の新聞広告にあった言葉である。
 実際に出会った人、著書を通して出会った人、宗教的啓示で触れた何もの。大自然の荘厳な景色から受けた感動、
絵画や音楽を通して感じた作者・作曲家の魂など、出会いそのものが成長になる。マイナーの何ものかの出会いは、マイナー
成長ということか。 その中で、書物を通して崇高な教えや啓示などの出会いは、一番身近で誰もが出会う機会になる。
最近は、ネットやテレビや映画などからも多くの出会いが可能になってきた。長年の風雪の中で、これまで読み継がれてきた
古典には、何かがある。その辺から多くのことを学ぶことも出会いになる。65年間に多くの出会いと別れがあった。
自分が経験してきた蓄積が新たな出会いを呼び込むのである。 最後は自分の「死」の直感という厄介な何に出会うのだろうが。
それも刷り込まれたイメージでしかない。出会いといえば、感動が伴なった経験である。人はどれだけ、感動、感激に
出会えるかで人生の豊かさが決まってくる。 ところで、この出会いに関しては、本当に豊富であった。
その蓄積が、さらなる上質な感動の場面を作り上げてくれる。感動した対象に対し我われは何だろうか?と知りたくなる。
それが、考えるキッカケになる。 もう一つ、出会いの中で、宗教がある。知識を持ってしまった人間は、いずれは
死ぬ運命にあることを身近の人の死を通して知ってしまう。それは二人称の死で自分の死とは違うと分かっていても、
長年かけて、知人の遺体と焼却を目の当たりにすると、二人称の死を一人称の死に重ね合わせてしまう。
 出会いこそ人生であり、生き方が変ってくる。未知との遭遇、無知との遭遇、人生には色いろある。
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3177,デフレス・パイラルの脅威
 2009年12月16日(水)
* ハイパー・デフレの始まり
 どうも本格的なデフ・レスパイラルに入ったようだ。それもハイパー・デフレ。ということは、二番底に向かって
転がりだしたということになる。先日、自宅から歩いて10分もしないところにある中古プレハブ住宅の販売広告が入っていた。
土地が25万、建物が20万?の相場の家屋が何と土地15万、建物10万の値段である。(その逆でも同じぐらい)
その販売業者は、競売物件を買って、少し手を入れて二割位の利益を乗せて売るのを専門にしている。
(なぜ分かるかというと、知人の自宅が、そのプロセスで売却されたからで、競売落札の値段も、お化粧代も大よそ分かる。)
どうみても半値に近い相場だが、結果として資産デフレに火をつけている。 近所の相場が、それによって暴落する。
会社の人の自宅近くが半値×八掛けで売りに出され、数日で売れたという話も入ってきた。資産デフレである。
 あらゆるところで価格が暴落しているのは、誰も彼もが実感していること。 背広の客単価が一年前の4割も落ちているし、
薄型テレビも3割ダウンした。冬物衣料などもオール半額!というチラシが入ってくる。 ホテルもネットで2980円、3180円、
3280円が出ている。安い順に売れていくが、それさえも最近は売れ残っている。 安くしないと、消費者は買わないから、
競って安くするが、全ての業界が始まり体力の消耗戦になってきた。 一番強い者だけしか生き残れないのである。 
そして、会社の多くは淘汰され、そのうちに、今度は金(かね)の価値が暴落を始まる。 ハイパー・インフレが始ると、
これは国家破綻を意味する。いつも同じことを書いているが・・ 世界は間違いなく経済も、政治も含めて大動乱に入った。
 アメリカも、去年のリーマン・ショック以来、経済はガタガタ。失業率が、あれよあれよと、10パーセントを超えてしまった。 
日本も、数年以内に、それを超えるだろう。リーマンショックの津波が姿を現してきた。デフレス・パイラルは4年間?続く。
来年からは、その中で食品の一部が値上がりが始る。 ハイパー・インフレの波も現れる。 
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2812, 今年を振り返る
 2008年12月16日(火)
今年もあと半月、振り返って、思いのまま書いてみる。
大荒れの一年で、歴史に残る年といってよい。
 ■ 世界をみると
・アメリカ発の金融恐慌である。予測はされていたことだが、実際に起こると、その衝撃度は甚大。
 100年に一度の経済的危機というが、私の人生で起こった最大の世界的大事件である。
 一次世界大戦、第二次世界大戦、世界恐慌の三つの一連のウネリより大き事象が十年以上は続くレベルの大事件である。
・アメリカ大統領選挙で、民主党のオバマが史上初の黒人大統領に選出された。
 これも歴史的出来事である。それだけアメリカの懐が深いということか。
・中国の大地震、ミャンマーのサイクロンの自然災害は、地球システムが人間システムに対して発した警告である。
・中国オリンピックの開催と、中国国内の暴動の頻発。 これは中国の将来を暗示してもいる。
・北朝鮮の金総書記に異変? 朝鮮半島が流動化になるかどうか。
 ■ 国内では
・金融危機で一挙に景気の悪化。不気味な雰囲気が漂い始めた。
・福田が辞任して麻生が首相になったが、凡将の器が露見、一挙に政治混乱が始る。
・若者等の無差別殺人が続出をした。
今後、10年以上続くだろう社会的な大混乱の‘目次’と‘前書き’が今年の事件の集約とみるべきである。
暗い日々が待っていると思うと憂鬱になるが、これだけの変動の中で、自己責任をより自覚しないと。
「1970年代に始った新自由主義経済の崩壊が始った」と、新聞の論説にあったが、
この数年間で統制が強くなるだろう。それぞれの企業が、根底から存在意義を問われ、
価値のないものから否応無く淘汰される。特に来年一年が今後を占う年になる。 どうなることか?
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2007年12月16日(日)
 2447, 四四太郎の霊日記 ー12       (*´_●`)ノオハオハオハ♪
さてと、お出ましである。何時も同じようなことをブツブツ言っているが、違う視点を持つことに意味があるということじゃ。
<私>+<私の体>=「私」ということは 「私」−<私の体>=<私> と誰か哲学者が論じていただろう。
 その<私>の芯にあるのが、≪私≫とすると、更にその奥にあるのが≪≪私≫≫ということになる。
いや、この括弧を内側に幾つかつけたのがワシということ。これが≪私≫を通して<私>に語りかけているということ。
だから、御主も何か変な気分になるのは解るし、御主とは見方が違ってくる。 だから先祖を大事にせい!というのは、
決して間違ってはいないのだ。ただ、葬式坊主のタカリに乗ってもよいというのとは違う。
ところで、御主が娑婆で過ごす心得を教えてやる。大きな地球儀を何処か身近に置くことじゃ。
パソコン内ではない、とにかく手に触れる場所に置くこと。そして月の上か、衛星から地球をみる気持ちで常に見ることじゃ。
字数の関係でカット(2011年12月16日)
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2006年12月16日(土)
2083, 哲学者がローマ法王の奇跡を切り捨てると!    才八∋ウ_〆(∀`●)
   知ることよりも考えること−? ー読書日記          
週刊新潮の連載コラムを集めたため、身辺の話題が解いやすい内容である。
先年亡くなったローマ法王のヨハネ・パウロ?を『聖人』として認定するかどうかの審査会議などの低?次元の話題や、
最近TVなどに出てくる胡散臭い江原啓之とかいう男の超常現象?について、哲学者の視点から言及している。
どれをみても理路整然と、その矛盾をストレートに切り捨てているところが痛快である。。
「あたりまえのことばかり」「人生のほんとう」に続いてこの本を読んであまりに面白いので、
さらにアマゾンで中古本だが「14歳からの哲学」と41歳からの哲学」を買って、読んだ。第四章ー54項目の構成だが、
ランダムに面白そうなところから選んで要点の場所を抜粋しながら考えてみよう。
まずは次元の低い「教皇の聖人の認定か否か」の問題である。アホくさいが、まあ著者・池田の真骨頂が現れていて面白い!
 秋刀魚の骨も信心から」と思って読めば、これもよい。
ー奇跡大好きー
新ローマ法王の選出選挙、コンクラーベの政治性も凄かったが、これも凄い話である。
何でも、この[聖人]とは、カトリック教会の最高位で、死後これに認定されるためには、厳しい審査がある。
[聖人]よりワンランク下の「福者」として、先般マザーテレサが承認されたが、法王といえ、これらの位には
なかなか昇格できないという。神の前に平等のはずの宗教界でも、階級化が[死んだ跡]にもついて回るのである。
生きているうちに政治的な動きをしていたのだろうか?が、凄いと思ったことは、その資格認定とされるものだ。
必須とされているのが、「聖人」の場合でも二回以上、「福者」でも一回の奇跡をおこしていなければならない。
[奇跡]の定義が、[科学的に説明不能」であること、それを審査するためにバチカンにも専門の科学者がいる。
そこで、説明不可能といわれたものが、[本物]の奇跡であるか否か、高僧達が判断を下すそうだ。
私はある種感嘆をおぼえた。科学的に不可能であるということが「すなわち」価値である世界があるとは、
盲点を突かれる思いであった。彼らが[奇跡]を価値とするのは、イエス・キリストが病人を癒したとか、
死人を生き返らせたとか、聖書に記載されているからだろう。それで、そういう[奇跡的]力を有する人が宗教的に
優れた人ということになるのだろう。しかし、当のキリストは、この世の命を命と思うな、現世の価値に執着するなと、
繰り返して説いている。永遠なるものは、その価値は、あなたたち自身の内にあると。
宗教の本質とは、現世的価値に対して永遠的価値を提示することにあるのではなかろうか。
癒しや復活など現世的としての奇跡的出来事は、宗教の本来無関係のはずである。
ゆえに、宗教が奇跡それ自体を価値とするなら、すでに話は転倒している。 宗教など、早い話が、永遠のふりをした
しょせんは現世利益じゃないかと言われても、仕方がないのである。第一、科学により説明不可能ということが、
何で奇跡ということなのか。逆に科学により説明可能なら、奇跡は奇跡でなくなるというのか。ここに根本的な勘違いがある。
科学というのは、そのとおり、説明のための一方法である。何を説明するかといえば、言うまでもなく、自然である。
字数の関係でカット(2011年12月16日)
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2005年12月16日(金)
1718, お金の現実          
          −読書日記  岡本 吏郎著   ma!~~匸Pヽ(・ω・`)コーヒーデモ
これまで著者の本は二冊読んでいるが、
 ・中小企業を経営しているなら、一億の現金を個人名義で持ちなさい。
 ・ヤップ島のフェイという石で出来たお金の話以外、さしたる記憶が残っていない。
  今年の4月に新らしく刊行されて本屋で見たが買う気にならなかった。ところが先日図書館で見つけて読んだところ、
  なかなか面白い。ほとんどのポイントが最後の章の第五章・この本の結論に集約されていた。
ーそれを更に私流に要約すると、
お金の語源から、その意味するところは「測定」「警告」「狂気」「生け贄」「循環」というキーワードである。
「測定」は、対象の価値を測定するもの「警告」は、お金からの警告である。
儲からなくなってきたのは、お金から事業に対する警告である。
「狂気」は、成功している人は必ず狂気を含んでいる。パラノイア(偏執狂)とか、変人である。
それが無くなったとき、平凡な経営者に落ち込んでいる。「生け贄」は、何かことを成すときは、犠牲が必要である。
それは私生活であったり、普通の人の生活の犠牲であったり。「循環」は、お金は循環してこそ本領が発揮できる。
お金の概念として一番重要な意味といってよい。箪笥預金は、お金として一番意味も無いし、本領を発揮しない。
我われが情報を買っているのは、金で時間を買っていると同じことである。
 ーさらにポイントをあげるとー
  字数の関係でカット(2009年12月16日)
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2004年12月16日(木)
1353, おれおれ詐欺ー2
  お笑い学芸会ー可愛い演技 「おれおれ詐欺ー振り込め詐欺」
4〜5日前に自宅に「面白い電話=俺俺詐欺」と思われる電話があった。「土地を買いたいという人がいるが、業者ではないが
売る気があるのか」とか。
字数の関係でカット(2010年12月16日)
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2003年12月16日(火)
986, おれおれ詐欺
字数の関係でカット(2007年12月16日)
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2002年12月16日(月)
612,ある時間の断片-26
10月27日1968年  土曜日
 夕方6時に、欧州旅行の????会が集合。池袋の「嵯峨」に集合。
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2001年12月16日(日)
271,今年の驚愕?
毎年驚愕することが多い! 
 ー驚きーでは言葉が足りないので「驚愕」にした
   ー今年は以下五つー


4291, 過去10年間を振り返り、今後の10年先を予測してみる

2012年12月15日(土)

  10年前の2002年から現在までのことを考えると、想定を遥かに超えた出来事の連続。もし当時に立ち返り、
 この10年の有様を予測をしても誰も信じないし、狂っていると思われるのが関の山。
  ーそこで思いのまま、この10年をダイジェスト的に書いてみると
【 地元では中越地震と柏崎沖地震の二つの大地震が発生。自宅近くの学校に被災民が避難。近くの高校のグランドには
 自衛隊ヘリが被災民を搬送をしていた。そして去年春の千年一度規模の東北大震災と津波で2万人が死亡。そして福島原発の爆発。
 現在も20〜30万人が避難民暮らし。 海外ではスマトラ沖地震で23万、中国の四川では8万人近くが亡くなった。
 他に多くの大地震が数多く発生。
  紛争では、アメリカがテロの報復でアフガンに侵攻。その後、イラクにも侵攻してアメリカ傀儡政権を樹立。
 極めつけは4年前のリーマンショック。 アメリカが世界の株式総額の10数倍の不良債権6京円を世界中にばら蒔いた。
 それが金融機関や政府機関に今も塩漬け。 さらに欧州ではリーマンショックを遥かに超えるというユーロ危機が発生。
 これまた、先行きは真っ暗。この間に当方の事業も売上げが三分の一以下に激減、昨春に倒産、現在を向かえている。・・ 】 
 ▼ これからみても、10年以上に渡り大変動が起こると予測される。 国内的に直面している問題は、東北大震災の後に、
 首都圏直下型大地震が10年以内に起こると言われている。中国・韓国。ロシアとの領土争いも想定できるし、リーマンショックの
不良債権問題と、ユーロ危機と、それを契機にした世界恐慌は起こるだろう。 さらに中国国内の動乱の可能性と、日本の
財政破綻も非常に危険。そうこう考えると、この激動の10年より遥かに大きい変動が起こるのは必定。 その意味で、
この衆院選挙は日本の先行きを決める重大な判断になる。 世界恐慌が起き、中国が動乱になり、国民の目先をかわすため
尖閣列島などの国境紛争を起こすだろう。 首都圏で数万規模の死者の直下型地震が発生、ハイパーインフレで円が暴落、等々を、
一つひとつの判断をし、乗り越えるしかない。で、「万一の備えが‘本当に’あるの?」は、まず自分への問いかけになる。
そうこう考えると、自民党の保守本流の圧勝も必要なのかもしれない。一度、ハイパーインフレで焼き尽して出直しか・・・
・・・・・・
3916, 50冊の本をデジタル化してみて ー2
2011年12月15日(木)
 iPadで書籍や雑誌などを読んでみて、間違いなく紙の書籍より馴染めたのに自分で驚いている。
ネットでブログなどの文章を読んではいたが、書籍などはiPadを買うまでは読んだことがなかった。
しかし一度読んだ本50冊をデジタル化してパソコンに入れて実際に読んだところ非常に読みやすい。
アプリが読書に便利なように作られていることもある。その上に音声読み上げ機能がついたソフトもある。
文庫本の小さな文字や写真をパソコンの大画面で大きくして読むと、今までの読書スタイルか不思議にさえ思ええる。
現在使っているAdobeの読書用のソフトが非常に良い。 実際、二日前までは、そのことに気がつかなかったということ。
デジタル化の良さは一度変更してしまうと、コピーが出来る。それをiBookや、iMacに入力して、読書が可能になる。
紙の本の方がシックリしていて良いのでは?と思うのは、デジタル化してパソコン上で読んだことがないためである。
そうでなくては電子書籍化が、ここまで急激に進むわけがない。 家電チェーン店のホット商品コーナーには、ワンタッチで
本を裁断する商品と、自動スキャナーが置いてある。 10年前と今回の事務所の閉鎖を機会に半分近くの本を処分したので、
現在は5〜600冊しか本はないが、半分は数ヶ月がかりでデジタル化することになる? コストは10万円が目安になる。
自分でやれば5万円で済むが、その気力はない。 自分で書籍のデジタル化をするのを自炊というが、自炊をやり終えた中古品が
間もなく市場に出回りだすだろう・・・ 定年後のチョッとした小遣い稼ぎとして成立するのでは? しかしネット上には、
業者が多く存在している。また、法律で制限される可能性があるというが、それは無理がある。中古品数万の投資でチョットした
ビジネスが成立するのだら、数人の顧客を確保して始めればリスクは最小で済むはず。私のデジタル本のコピーの希望者には
迷わず無料配布をするが、自分が気に入ったからといって、相手がフィットするか?である。 でも無料なら価値が充分ある。
 音楽の無料化と同じ道をたどることになる。
 ・・・・・・・
3551,閑話小題 ーつれづれに
2010年12月15日(水)
 * 7回目?の乗り過ごし
 先の土曜日の木鶏クラブの忘年会に参加して、21時半の新幹線に乗ったのはよいが、長岡駅を乗り過ごしてしまった。
浦佐駅手前のトンネルのゴーッという音で「しまった!」と気づいたが、後の祭り。浦佐に降りないで、湯沢まで行って
新潟方面の新幹線に乗れば最終前の一列車早い列車で到着するが、酔いで、そんな判断が出来ようもない。
浦佐駅ホームの小さな待合室で一時間以上も待たされた。乗り過ごしも数年ぶりになるのか。
あの寒さの中、風邪をひかなかったことを喜ばないと。最近、落し物とか、物忘れが多い。どうも変、歳のせいは分かっているが。
  * 東芝の高性能TVーセル・レガシのその後
(何度も書くが)この夏に買った東芝の未来型のテレビ、これが日ごと経つにつれて、その良さに驚きが増している。 
地デジ放送の見過ごしている番組を何時でも見ることのできる効用は、慣れるほど深くなる。地デジ全番組をビデオに録画して、
その百数十本から一つ選択してみれるのがよい。 一週間分のゴールデンタイム4時間×6チャンネルが自動録画してあり、
そこから選択して見るのは、その時点の選択出来る番組が百数十倍になったことになる。 底挽き網で全て捕ってしまうのと同じ。
これに内臓ビデオと外付けブルーレイに百位の録画があるから、選択肢が増えたぶんテレビが面白くなった。 
テレビ否定派の人がいるが、ハーバードの哲学科教授の授業や、過去に行った旅先の放送もある。歌謡ショーなど、
現場で生で見ているような錯覚になる。これも情報化の恩恵の一つか。 お宅か〜
  * 人間、それぞれの宇宙世界
 最近になって、「それぞれが、それぞれの世界を持っているというより、それぞれの『宇宙』を持っている」という
方が正しいのではと考えるようになった。「個々人の、それぞれの宇宙」とは、前から言われていたのだろう。
なぜ、「個々の世界を持っている」では、言い足りないかというと、魂を人間が持っているからである。
魂は、生きている現世の背景に広がっているだけでなく、生前、死後の内的宇宙につながっているからである。 
自分も他人も魂を持っており、それは心の背景に大きく広がり網目のように繋がっている。この感覚、以前は神秘的に思えたが、
ごく普通のこととして受けとめている。 インターネットで、キーワードで世界中の人たちと結ばれていることを考えると、
個々の魂が小宇宙として互いに継っている実感は、当然といえば当然である。   「外は広く、内は深い!」
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3176, アメリカは現在、どうなっているのか ー1
 2009年12月15日(火)
日本とアメリカ社会は少し早いか遅いかはあるが似たような動きを示す。
日本の現状も酷いがアメリカは実際のところどうなっているのか?と思っていた。
マスコミはアメリカまでの実情を辛らつには暴かない。それ以前に、日本の現状が悪いということか。
 2001年の9・15テロと、去年のリーマンブラザーズの破綻から金融恐慌は社会的・経済的にアメリカ国民に
大きな打撃を与えた。ダブルパンチであり、この二つの事件は、連動している。 まず9.11テロの後、傷ついた経済を
立て直すためサブプライム・ローンを下層階級の人たちに勧め、それを証券化して世界中にばら撒いた。
そして、それが破裂をしてしまい100年に一度という金融恐慌を招いてしまった。失業者は瞬く間に10パーセントを超え、
2008年の末から2009年の初めにかけて三ヶ月で家計部門の純資産が100兆円以上も失われてしまった。
  アメリカのメトロポリタン生命保険会社が、毎年[アメリカンドリームの研究」という調査を行っている。
    以下は、そのレポートである。『 中央公論11月号 参照 』
《 ・回答者の59パーセントが個人破綻に追い込まれることを心配し
  ・64パーセントが住宅を手放さなければならなくなるのでは、と答えている。
  ・失業すれば二週間で蓄えが無くなると回答した人は28パーに達している。
  ・さらに56パーが、来年、失業するかもしれないと答えている。そこには楽観的なアメリカ入のイメージはない。
  ・経済的な苦境を乗り切るために多くの人はライフスタイルも変えつつある。
   44パーの人が、不況によって生活の優先順位を変えざるをえなくなったと答えている。
   大多数の入は外食を減らして自宅での食事の回数を増やし、旅行は贅沢だと考えるようになっている。
  ・40パーの人が、買い物は大型安売り店でするようになったと答えている。66パーの人は株価や住宅価格の動向に
   以前ほど注意を払わず、現在は家族や友人、子供、結婚といった‘個人的な事柄’を重視するようになっていると答えている。
  さらに同報告は「雇用不安が高まる中で職場がアメリカン.ドリームの礎石となっており、従業員福利が重要な意味を持ち始めている」
  「アメリカン・ドリームがこの一年で大きく変わったのは明らかだ。人々は人生の成功とは何か考え直し始めている」
  という興味深い指摘をしている。 どこの国でも不況期には、人々は生活防衛的になるものである。しかし同調査では、
  こうしたライフスタイルや人生観の変化は一時的なものではないと結論付けている。 ≫ 
  〜〜
 この調査から分かることは、この金融危機がアメリカ人に与えた影響は我われ日本人が見ているより遥かに大きな
 インパクトを示している。しかし、どうだろうか、日本の地方の現状も、こんなものかもしれない。
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2811, 閑話小題
 2008年12月15日(月)
 *韓国経済が変なわけ
日本より一歩先に金融恐慌の影響が韓国経済を直撃、深刻な窮地に立っているようだ。韓国の経済の貿易による割合が
何と76%もあるという。ちなみに日本は、27%というから、この金融危機の影響は国家存亡の事態。
先日、日本が韓国に3兆円の緊急融資をしたことからみても、極めて重大な事態ということになる。円に対してウォンが
一年前の半値になっている。 輸入は倍、輸出は半値は厳しいだろう。自己通貨の暴落は、恐ろしいことである。
 * 医者は社会的常識に欠けるのか?
麻生の『医者は社会的常識が欠けている』は、誰も知っていること?
(字数の関係でカット 2011年12月15日)
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2007年12月15日(土)
2446、狂気について
 (*^o^*)オ (*^O^*)ハ (*^。^*)ヨー!!
   「狂気について」渡辺一夫著(フランス文学者)       −読書日記
「狂気について」は、1948年のエッセイ集「寛容について」の中の一章である。
 ーまずは概要を、まとめてみたー
人間は「天使になろうとして豚になる」存在であり、おそらく狂気とはこの自覚を持たない人、あるいはこの自覚を忘れた
人間の精神状態ではないのか?と、我々には皆キチガイじみたところがあり、うっかりしてると本物になってしまう。
しかし人間というものは狂気なしには居られないものらしい。我々は、「天使になろうとして豚になりかねない」
存在である事を悟り「狂気」なくしては生活できぬ存在であることを悟るべきである。酒飲みの醜態を考えてみればよく解ること。
酔って醜態をさらし、しばらく飲まないで生活する、そして再び醜態を曝す。この循環こそ、人の状態でないのか? と。
狂気も正気も人の心に棲んでいて、これを忘れてはならない。
「戦争が狂気、平和は正気であるとするなら、戦争より平和の持続の方が実は苦しい」
平和は苦しく、戦乱は楽であることを心得て、苦しい平和を選ぶべきで、冷静と反省が、
行動の準則にならなければならない。常に「病患」を己の自然な姿と考えて、進むべき。
 ーーーー
これを読むと、何かホッとする。特に酒飲みの醜態の循環の箇所など!何かを目指したら、他からみれば
(目指している先は見えないから)狂気に見えるのは当然のこと。まずはそれを乗り越えることが求められる。
元々、人間は理想を求めれば求めるほど、「天使になろうとして、豚になりかねない」存在になってしまう。 
  (字数制限のためカット 2010年12月15日)
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2006年12月15日(金)
 2082, ワーキングプア?   (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜
12月10日(日)にNHKで総合テレビで放映された「ワーキングプア?」ー努力すれば抜け出せますか ー
がシビアで、深く考えさせられる内容であった。今年の7月に放送したのを見て、肌で感じていた厳しさを
全国の事例として目の当たりにみせられ衝撃的であったが、その続編である。
  まずは、ーNHKのHPより抜粋したものであるー
『働いても働いても豊かになれない…』。
今年7月に放送したNHKスペシャル「ワーキングプア」は、生活保護水準以下の暮らししかできない
  『字数制限のためカット 09年12月15日』
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2005年12月15日(木)
1717, 戦略ノート ー2       オッハー☆_φ(´∀`    
 以下が具体的な「戦略ノート」である。夢実現のための具体的な技術編である。
何ごとも、実際に文章化をして一つずつ実行すればよいが、誰も実行しようとしない。
−−        ma nomete  ~~旦⊂(・∀・ ) ~~旦_(-ω-`。) ドモドモ
1、自分の夢を書く  しかも締め切り入りで
2、今の自分の資源を洗い出す
   a)夢を実現するためにどれだけのことをしなければならないのか、
    そしてそのために全身全霊で打ち込む決意があることを確認する
    声明文を具体的に書きなさい
   b)夢の実現に役立つ自分の強みを三つ書きなさい
   c)夢の実現を拒むもので自分の力でなんとかできるものを三つ書きなさい
   d)夢の実現のために払うべき代償はなにか?
    ◇金銭 ◇時間 ◇人間関係◇現在の仕事・キャリア ◇安楽な生活 ◇その他
3、夢、実現への理念を書く
   自分の夢が明確になったら、実現へ向けての理念を書く
   自分の価値観と信念に根ざしたもの
4、成功への旅の進行度をたずさえてチェックする
   成功の目安となる具体的な目標を設定する
  −−−−       φ(・ω・〃) ♪
  ー他に、この本のポイントを書き出すと
    *人生の質を高めるなら自分自身を高めるしかない
    *いつか、そのうちなんて日はない
     ・今日この日に手をつける習慣をつける
     ・今日の成長は明日のための投資
     ・自己成長は自分の責任で行う   
     ・今日の成功は明日の敵   ねむ!(ρ_-)
     ・時間不足などいくらでも埋め合わせができる
     ・人生の核となる軸に時間とエネルギーを集中させよう
     ・一日一時間、週5日法でその道のエキスパートに。
     ・捨てるものを厳選しろ
     ・せっかくの知識を持ち腐れするな
(字数の関係でカット 2011年12月15日)
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2004年12月15日(水)
1352, 23歳の日記ー6
 6月17日 (1969年)
今日は休日である。何かしらない安堵感と、寮で一人いる不安感が複雑な気持である。何か日ごとに会社に染まりつつある。
それ自体悪いことでないが。流されている自分が不安である。自分が目指してきたものが、少女の淡い結婚を夢見ている姿と
どこが違うというのだろう。その甘さが、今の気持を不安にしているのだ。 それが行動にチグハグが出ているのだ。
流されているという感じも、そのためだ。自分の信念に対して、決してたじろいではならないのだ。歩むことしか、今は許されない。 
休むことも必要だ。といって、休みすぎて、歩くことに躊躇を感じるようになってはだめだ。登っていることはそれでよいが、
しかし断念はしてはならない。頂上の着くことより、そこへ着こうとしている努力こそ求められなくてはならないのだ。
しかし、登山には登山の準備が必要である。一つずつ山を登り続けなくてはならないのだ。
現在目指す山は『商道で力をつけることだ』流通業で、自分の創造力をつけることだ。しかし、僅か3ヶ月もしないうちに、
不安と疑問を持ち始めているのだ。このこと自体ナンセンスなのではないか?という疑問である。5月病でしかないのか。
自らが燃えないで、どうして光をつくることができようか。そのエネルギーがこの程度ということか? どうしたのだろうか?
 7月16日 1969年 22時30分
10日位前に四日市から、神戸の垂水店に来ている。四日市の検収をしている商品管理部から、室内装飾の売り場に移動後、
やっと慣れたら、2日後に急遽転勤の辞令。実際のところ頭が真っ白である。前知識なしに何人かが合併の先頭の交流の為に
神戸や大阪や姫路などに転勤である。まだ日にち4ヶ月も経ってないが、刺激的な日々である。昨夜は当直、その為か
今日の午前中は肉体的極限状態。聞きしに勝る酷い環境で、何か数百年前の江戸時代のような世界である。
日用雑貨の一部を受け持つが、30歳近い「主のような女性」が難物である。店の女性を仕切っている大ボスである。
まず彼女を自分の監督下におかないと。乗りこえなくてはならない女の壁だ。四日市本店は丁度よい時期に転勤かもしれない。
ボロが出る直前だったからだ。そのため、良い思い出だけが残った。特に寝具売り場の大西さん、黒田さん、伊藤さん、エッチャン、
伊藤さん、それに梅村さんだ。四日市のよい思い出になった。特に最後の夜の思い出は忘れることができない。ところで今日、
アポロ11号の打ち上げがTVで放送されていた。歴史に残る、素晴らしい光栄に満ちた出来事である。
あと半月後に社員登用試験が控えている。それには絶対受からなくてはならない。それにしても、凄いところにきたものだ。
寮が、四日市で同室であった堀田君が一緒というのが救いである。丁度良い相手が同室になって良かったが、
寮生と店の人たちは、まだまだ、心を開いてはくれないが、彼らも様子見というところだろう。


4290, 学ぶということ −4

2012年12月14日(金)

                   「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
   * 自殺は平和の時代に上昇するというが・・
 まず人生で学ばなければならないのは死である。自殺を欧米では昔から禁じている。これは、奴隷の自殺を阻止するために
つくられた価値観。奴隷の最後の自由は「苦しい生」からの逃避である。自殺は基本的に容認するか、しないかは哲学的にみても
非常に難しい問題である。平和の時代に自殺率が上昇するから脆弱病と切ってすてることはできない。
  ー まずは、その辺から・・
≪ 自殺は過去100年間の統計で見ると、一番高い年がなんと1958年なんですよ。その年は{ゴールデンイヤー・オブ・ジャパン」
 なんですけれど、その年が一番高いのです。 自殺率に関しては、世界中のすべての国に該当する法則があります。
それは、戦争しているときには下がるということです。 人間というのは、人を殺すことに忙しいときには自分は殺さない。
だから、戦争中はどの国も自殺率が激減するんです。戦争が始まると、自殺者と精神疾患者数が激減する。戦争中は精神科の
待合室にも閑古鳥が鳴いている。相当に悪い人でも戦争が始まると治るみたいです。日本の場合、自殺率は1958年に突出して高い。
それから下がって、次に1967年に上がる。その後、小さい上下の波が何度かあり、バブル崩壊直後にまた自殺率がドンと下がるんです。 
そしてまた上がって現在に至る。なんか不思議な話ですが、自殺率が戦時には下がるということは、平和な時代になると人々は
自殺するようになる、ということなんですね。その理屈でいうと、1958年、撲たち1950年代生まれの子どもたちにとっての黄金時代で
古き良き時代に自殺がビークを打ったというのは、それが1931年から始まる長い戦争と、戦後の混乱も朝鮮戦争も一段落して、
「ほっとした」年だったからなんですね、ようやく生活も楽になり、だんだんゆかになっていく実感があり、そろそろ冷蔵庫も
テレビも買えそうだし、中にはクーラーや自家車を持っている時代でした。 ≫
 ▼ 戦時中には、自殺と精神疾患は激減するのは当然といえば当然のこと。養殖の魚の囲いに食肉魚を入れると、全体の魚の
 活きが良くなるのと同じこと。生き死にの世界で自分から死ぬ人は少なくなる。 10数年前から自殺が急増したのは、抗ウツ剤
 という名目のドラッグを投与するようになったため。それを境に1・5倍とは、異常である。抗ウツ剤を投与し、死にたい奴は
 サッサと死ねと同じである。 時代が恵まれた時代に人は死にたくなるのは、北欧の自殺率も高いのと似ている現象。
 人間は多かれ少なかれ、緩慢な自殺をしているといえる。 最近、高校の同級生が不況の煽り?で自殺をした。そこで感じたのは、
「彼は耐えられなかったのだ!誰も好き勝手に自殺をしない、死にたくなるほど苦しいから死んだ。自殺は人生の敗北でない。」と。
 現状から逃避したい気持が、生からの逃避の自殺に繋がる。 それに耐えるには、逆に死を直視し、「正、中心、一点、無」の
 正を「生」に置き換え、「生、中心、一点、無」に置き換え、呟くしか、ない。この言葉から、「生を凝視すると、私という存在は、
 宇宙に浮かぶ一点」ということになる 彼の死をみて、「自殺を容認するしかない!」に気持ちが移りつつある。55歳が目安!
・・・・・
3915, 閑話小題
2011年12月14日(水)
    * 夢の中で夢に気づく
  数日前、夢の中で、「これが現実のはずはない、これは夢だ」と確信したと同時に、その場面がス〜ッと消えて白くなった。
 これまで、これに近いことがあったが、夢の中で、リアルに夢と確信したことは殆どなかった! その翌日に、似たような夢を見た。
 夢から醒めた直後に再び、その夢に戻って、その場面を見つめている夢である。夢から醒めた後に同じ場面に戻れるか試したのである。
 そういえば最近、幾重にも重なった夢をみる。ほんらい人の心は複雑怪奇なもの。潜在意識は生物の進化過程の、それぞれの記憶が
 織り込まれている。夢は、その潜在意識が現れ出て、それを見せてくれる。それも物語の形式で。
   * 脳卒中
  冬は老人にとって、脳卒中になりやすい時節。昨日のモーニングショーが脳卒中の話題を取り上げていた。
 脳卒中と脳梗塞と脳溢血とクモ膜下出血の違いについて述べていた。
◎ 脳卒中は、脳梗塞と脳溢血とくもマッカ出血などの総称 
◎ 脳梗塞 = 脳の血管が何らかの原因(塞栓、血栓、出血など)で血管が閉塞したり、狭窄することによって、
       その血管から栄養される領域の脳室・脳幹が虚血を起こし、壊死または壊死しかけている状態のこと。
◎ 脳出血 = 脳内出血と、くも膜下出血に大きく分けられます。
 ・脳内出血ー 脳の内部で細かく枝分かれしている動脈が破れて出血し、脳の中に血のかたまり(血腫)ができること。
 ・くも膜下出血ー 脳の表面を覆っている軟膜とその外側のくも膜の間に出血した状態。
 対策として、風呂とか、トイレに入った時などの温度差に気をつけること、前兆の身体の不調を見逃さないこと、
 そして万一、それらしき事態になったときは三時間が目安、速やかに救急車を呼ぶこと、などである。
 数ヶ月前に幼な馴染みも急死したが、私の年齢になったら充分、気をつけなければならない病である。
 ・・・・・・・
3550, 木鶏クラブ ー レジメ
2010年12月14日(火)
 先週の土曜日に頼まれたミニ講演(レクチャー)のレジメである。
地元では教養人?で通っている人たちの前で話すからには、通り一遍等の内容では何も残らない。
意外と渦中で殆どの人が気づかない、ネット社会到来の意味=価値を中心にすれば酒の肴にとレジメを作った。
 ■ 結論からー現在の世界恐慌?は
  ・20万前に人類が道具を使用を始めて以来の革命的道具=ネット、デジタルと、
  ・200万年に人類が言葉を使い出して以来の情報手段の革命的ツールがもたらした、現象の一つでしかない。
   このネット社会の当来は、人類にとって大変革をもたらす。ところが、識者の多くは、そのことを、あまり語らない。
   裸の王様ではないが、誰が声高に言うかどうかである。
1、時代は、どのようになっているか
  ・現在はネットデジタルがもたらしている、200万年、20万年、1万年に一度の人類にとっての革命期
  ・この恐慌は経済的に見て、500年、250年、100年に一度の大変動の序曲
   これも情報化社会の到来の一現象。  ネット化、デジタル機器の飛躍的進歩などによる電脳化は、
   人類が言語を持って脳の進化を始めて以来の革命的出来事。
  ・宇宙からの視点で、地球外から逆照射した理論が注目されてきた。 環境破壊の問題も含め
2、HPとブログに没頭した10年
   毎日、一テーマの文章作成の義務づけ
   そこで得たことは 起承転結脳、物語化の習慣づけ 論理脳
3、哲学が面白い
  この10年間、初心者向けの哲学書に徹して読んできた。特にカントに焦点を合わせて・・
  哲学はギリシャ哲学から始まりカントに納まり、そのカントから流れ出て現在に至っている。
4、秘境・異郷旅行について
  47回の旅行からえたもの アフリカ、南米、etc
   〜〜
 何か気楽に引き受けたが、軽すぎるのも、重いのも何である。地元では一応、識者?で通っている人前で何を?と。
 そこで、「このネット社会の到来は、実は20万、200万年に一度の大発明で、人類にとって大断層を起こすほどになる」
 という内容にすることにした。聞いている方は、何かキョトンとしていたようだ。梅田望夫ではないが、この10年間で、
 現実社会の他にネット社会が、いま一つ出来てしまった。そして、それが現実社会の上に覆うようになった。
 これが尖閣列島のビデオ漏洩問題とか、アメリカ政府の秘密漏洩事件につながる。抑えようがないのが現実である。 
・・・・・・・
3175,学習性無力感
 2009年12月14日(月)
[私はいつも仕事でミスばかりしている」[自分が就職する企業は、何処も良くない」「どうせ自分は何をしてもダメだ」
「旅行に出ると、嫌のことばかりつづく」「女性には持てたことがない」「あ〜あ、面白くない」とマイナーなことばかり
目に捉われる人がいる。そういう心理傾向を[抑うつ的自己意識スタイル」という。悲観主義者である。誰も失敗したり、
何をしても駄目な時期がある。そして自己嫌悪に陥り、欝症になり、それが重くなると、鬱病になる。
そして、マイナーな言葉により、何もヤル気がなくなる。それを[学習性無力感」の法則という。
その底から、這い上がる過程で自分を作り、そこで力がつく。
 アメリカの心理学者の実験がある。
≪ 第一のグループには騒音を止めることが可能で、第二のグループにはコントロール不可能な状況に置き、その後、
全員を騒音を止めることが可能な状況に置いたところ、第一のグループは簡単に騒音を止めることができたが、第二のグループは、
「学習性無力感」が働いたのか、誰も騒音を止めようとせず、その状況に耐え続けることしか出来なかったというのである。≫
 一番の問題は≪どうせ自分なんか≫という考えが習慣になると、ろくなことがないということ。
これに対して、成功体験が人間をプラスを重複して導き出すのである。これが世の中に出回っている「成功本」の共通点。
この「学習性無力感」をもじれば、「学習性達成感」ということになる。大相撲やプロ野球で、優勝回数の多い力士や選手は、
ますますヤル気が出て練習に熱が入る。 優勝というゴールセッテングが体験でハッキリイメージできるからである。
逆に、失敗時のイメージを持つと、負け犬になってしまう。 「学習性無力感」が付いているのである。
 恐ろしいのは、この20年近く日本は、バブルの崩壊以来、どうも学習性無力感が国に、ついてしまったことだ。
現在の若者の間で、「一度で良いから景気の良い社会を経験してみたい」という願望があるという。
景気がよく、努力をすれば報われる実例が周りにあれば、自分も!と啓発されるのだろうが・・・
 ・・・・・・・・
2810, 禁断の市場
2008年12月14日(日)
「禁断の市場 ーフラクタルでみるリスクとリターン」   ベノワ・B・マンデルブロ (著)
この本の「内容紹介」と『禁断の金融10ヵ条」が、簡潔に纏めてある概要である。
それぞれのページは、あまりに難しいので、この部分をジックリと理解することで良しとした。
 これもフラクタル理論の応用?
ー内容紹介ー
「フラクタル」という言葉、あるいは本書の著者である「マンデルブロ」については、どこかで聞き覚えがあると思います。
フラクタルとは、全体を一定の割合で縮小すると部分が再現できることを指します(部分と全体の自己相似)。
1970年代にマンデルブロにより命名され体系化された概念です(本書167頁)。自然現象との幅広い関わりが研究され、
統計物理学、宇宙論、気象学、水文学、地形学、解剖学、分類学、神経学、言語学、情報技術、コンピュータグラフィックス
などの分野にさまざまな影響を及ぼしています。 インターネットで「フラクタル」あるいは「マンデルブロ集合」を
検索していただければ、どこかで見たような図を多数見ることができます。雲や山脈などの風景を描いた、「写真」のような
図もありますが、コンピュータが計算して描いたグラフィックスです(本書196、324頁)。
マンデルブロ以前には、自然の世界において「雲は丸くないし、山は円錐ではないし、海岸線は滑らかではない」ことを
数学的に説明することは不可能でした。それを明らかにしたのが、1982年に刊行された『フラクタル幾何学』(翻訳は1985年)です。
その功績は「私たちが自然を見る目を変えてくれた」と称えられ、1993年には物理学の世界で権威あるウォルフ賞を受賞している。
また2003年には日本国際賞を受賞しています。 本書は、その考え方を金融市場に応用したものです。
マンデルブロにとっては、1960年代から続けてきた研究ですが、一般書の形で発表されるのは本書が初めてです。
マンデルブロの研究は、所得の分布と綿花価格の変位の分布、乱流状態にある流体エネルギー散逸量の変動と金融市場における
ボラティリティの変動の類似性など、グラフを見比べて「似ている」と感じた直感に基づいて研究が発展したそうです。
本書では、「自然現象のフラクタルと経済現象のフラクタル」は同一のものであり、このフラクタル幾何学を金融市場に
適用することによって「ランダムウォーク理論からは予想できないバブルの発生と崩壊」が理解できるようになるという
マンデルブロの考え方が示されています。金融工学の基礎となっているのは、コインを投げて、表が出たら相場が上がり、
裏が出たら下がるという最も単純な「マイルド型」のランダムさの変動をモデル化した概念です。実際の市場は理不尽な動きをする
「ワイルド型」のランダムさに基づいて動いている。市場の動きを説明しモデル化できるのは「洪水」や「大気の乱流」などを
説明できる「マルチフラクタル・モデル」であるとマンデルブロは主張します。 2008年1月のダボス会議でライス国務長官は、
サブプライムに揺れる世界経済について「われわれは今、タービュランス(乱気流)のなかにいる」と発言し、話題になりました。
 ーーー
 それにしては、内容が難しい。そこで、一番の要点の12章の「禁断の金融10ヶ条」から、「サブプラム・ローン入りの債権」
で大損をした無数の人を対象に、これを当てはめると、この意味が解るから面白い。 私も証券会社の人を近づけていたら、
毒入り債権を買っていた可能性があるからだ。「だろう」と、結果としての「〜になった」は、違うのである。
 *禁断の金融10ヶ条     
*市場価格とは乱高下するものである。 
*市場とは、きわめてリスクの高いものである
 ー既存の金融理論ではけっして起こるはずのないリスクが現実に起こる
*市場のタイミングはきわめて重要である。 巨額の利益と損失は短期間に集中して起こる
*価格はしばし不連続にジャンプする。そして、それがリスクを高くする。
*市場での時間は、人によって進み方が違う
*いつでもどこでも市場は同じように振る舞う
*市場は本来不確実であり、バブルは避けることがでぎない
*市場は人をだます
*脳の予想は無理と思え。しかし、ボラティリティなら予測可能だ (*価格変動率)
*市場における価値は限定された価値である
 −−−
何か大損をしたと想定して、これを読むと、一言一言が実感として解る。
間違っても、証券会社の言いなりになってはならないということである。
・・・・・・・・・
2007年12月14日(金)
2445, ルサンチマン           (Оゝ∀・О)。+゜+。ォハョォ☆
 初め、ルサンチンマンという言葉をニーチェを読んで知った時に、その鋭い指摘に驚かされてしまった。
弱者の怨念を宗教の巧妙な手口で利用したのがキリスト教の基本か?と。
昨年の9月の読書日記に一部書いたが、更に掘り下げて考えてみる。
 *まずルサンチンマンを ーGoo辞書ーで調べてみた。{ もともと恨みや憎しみが心の中にこもって鬱屈した状態を
いう言葉だが、ニーチェはこれを弱い者への思いやりや自己犠牲を説く平等主義的な道徳の起源を説明するために用いた。 
彼によればキリスト教道徳や,そこから生まれた近代市民社会のヒューマニズムや人権の思想は,
弱者の強者に対する恨みや復讐心を道徳として表した奴隷の道徳なのである。 
この延長上にある社会主義の思想も,このような奴隷道徳の一部に他ならないと考えられる。
ニーチェはこれに対して強者の道徳,貴族的な誇りや勇気を讃える戦士の道徳,
君主の道徳を対置した(ニーチェ『道徳の系譜』)。これは結局ファシズムによって利用される結果にもなった。}
 ーー 
あるブログの中では、
{ニーチェは、人が「善悪」という言い方をする真の原因は現実世界の力関係にあると言う。
強大な民族が平和に暮らしていた弱小民族を襲い、征服したとしよう。勝者は敗者の財宝や婦女を奪い去っていく。
残された人々は、相手に害も及ぼしていない自分たちを襲い、悲惨な目に会わせた相手を悪の権化として呪うだろう。 
それに比べ、罪なき自分たちは善である。「善悪」はこうして、カでは相手にかなわない弱者がせめて「道徳的」には
優位に立って、相手を見下そうとする心理、「妬み(ルサンチマン)」から発生する。
同じことは「正義」「節制」「勤勉」「清貧」などあらゆる道徳的価値に言える。
(字数制限のためカット 2011年12月14日)
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2006年12月14日(木)
 2081, あたりまえのことばかり −20         才八∋ウ_〆(∀`●)       
  ここでは哲学という視点で、心の問題を取り上げているが、感情について、なかなか切れ味は鋭い。
  「激しい感情が、向こうからの訪れる」とは、なるほど!である。 向こう側とは何処なのか?
  学生時代に[情念の話術]という本を読んで、実際に自分で試したことがあった。
  喜怒哀楽を前面に出して、自分を押し出して、話しをする。車でいうと、感情というエンジンを前輪駆動にする。
  これをやりだすと、それまでと全く違った自分を見出せる。
  抑えている感情を逆に、エンジン代わりに言葉にのせて自分を奮い立たせる。
  これは性格改造にもなるが半面、非常に危険である。一つ間違うと、周囲を深く傷つけてしまう。
  これはヒットラーが大衆を煽動する手段として演説などに使った。よほど計算を緻密にしておかないと、
  自分が見えなくなる。しかし自分の感情を常に支配下に置くに、よい訓練になった。
  感情を道具にするのだから。傷つくということは、感情に支配さえていることだから! 
   ー傷を癒すには傷とは何か、傷つく感情とは何かを、考えてみなければなるまい。
   虚構の自我に捕らわれている自分に気づいていない無知が、勝手に傷ついているだけ。
  要点を抜粋してみる。
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 どうすれば癒されるのか −?
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 私が私であり、私の心が私の身体の中に存在するという錯誤の世界像を思い込んでいる人だけが、各種のグッズや
 セラピーによって「癒される」。癒されたと思い込むことができる。「本当」の傷を負った人々は、
 そのような単純な主客二元の処方箋では治療できず、「本当か」の問いに直面するのではなかろうか。
 すなわち、傷ついている人は誰なのか。「私の」意志を越えて立ち上がるこの感情の激しさとは何か。
  (字数制限のためカット 2010年12月14日)
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2005年12月14日(水)
1716, 絵文字が面白い!ー2
  ー喜怒哀楽の絵文字
 (以下、字数制限のためカット 09年12月14日)
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2004年12月14日(火)
1351, 全日本相撲選手権
  (字数制限のためカット 2010年12月14日)
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2003年12月14日(日)
984, 電波時計 
 (字数制限のためカット 2010年12月14日)
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2002年12月14日(土)
610,ある時間の断片-24
  10月24日 木曜日
6時半起床。 7時半に三浦さんが上京の為に、車で駅までおくる。ホステラーが帰った後、一人で過ごす。
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2001年12月14日(金)
269,再開発の愚
過去に書いた再開発の愚の文をコピーしておくが、懲りずまたもや新潟駅前で始まった。

 (字数の関係でカット08年12月14日)
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12月14日 土曜日  1968年
 12時に、同級生の雨宮のフォークソングのライブを聞きに行く。以前、長岡の自宅の遊びがてら泊まりにきたことがある友人だ。
ーその見返りに茅ヶ崎の旅館に泊まりに行った。
 (字数の関係でカット12年12月14日)


4289, 学ぶということ −3

2012年12月13日(木)

                   「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
   * 教えたい人間が引き受けるべきリスク ー教育の原点
 教育だけでなく、事業も、忘年会の幹事も全てに通じる内容である。何かを引き受けたり、事業を立ち上げたようと
決心した瞬間から全うしようとする自己責任が起きる。これは誰の問題でなく自分の問題。決心と実践の本質の問題になる。 
著者は教育者のため「教えたい人間」が主語だが、実は「実践者としての人間」が、引き受けるリスクのテーマである。
  ー まずは、その辺を書き出して考えてみる。
≪ 教えるということは本質的には「おせっかい」だということが骨身にしみたのは、ある出来事のせいです。
 ・・80年代の中ごろ道場を始めた。台風がきて、一時間くらい薄暗い体育館の中でまっていたけど誰も来ない。
そこの道場の中に座りこんで、来るか来ないかわからならない門人が来るのを待っている。これは理不尽でないかな、と。 
「だいたい、ただ同然のすごい安い月謝で教えているのにさ、ちゃんと来いよな」と思ったり、だんだん気分が沈んできた。
そのときに体育館の鉄の扉がガラガラと開いて、近くの中学生が顔を出した。「あ、先生いたんだ。今日台風だから
稽古ないのかと思った」「台風でもやるよ」。それから二人で一時間くらい稽古をしました。そのとき、外で嵐が
荒れ狂う暗い体育館で腕組みしながら、誰も来ない畳の上に座って待っていたときに、僕は覚悟したんです。
人に教えるって、多分こういうことだろうって。誰も「教えてください」と言ってこないけれど、こちらが「教えたい」と
言って始めた以上、教える人間はこのリスクを引き受けなければ! そう思ったんです。誰かが扉をあけて来てくれるまで、
待ってなければいけない。畳を敷いて、準備体操をして、呼吸法もして、いつでも稽古できるように備えていなければならない。
それが「教えたい」と言った人間の責任の取り方じゃないか、と。そのとき、教育というのは多分そういうものと思ったのです。 
27・8歳の頃でしたが、気持ちは今でも変わっていません。それが僕のなかの起点的経験としてあるのです。≫ 
 ▼ 新潟で30年近く前に立ち上げた会が、今でも続いている。私は10年ほど前に抜けたが、先日、参加してきた。
  私の経験からして幹事は大変のはず。これを立ち上げに際して、3年は続ける! が、後は成り行き次第と決心をした。
 最初は我慢我慢の連続。「荒れ狂う、体育館で腕組み」なんてものでない。その会を利用してやろうという気が全くないため、
 逆に欲が見えてくる。それも土足で平気で上がりこんで来る。「私は来てやっている」というのが丸見え。その我慢そのものが
 修養になったが、「自分が引き受けたからには、やるしかない」と続けたが・・。 慣れると、その我慢も面白くなる。
 何も知らず参加している方々は、私は鼻持ちならない傲慢な場所貸しの男でしかない。 そして30年、時代は大きく変わった。
 事業も同じ。これは己の魂の問題。生きんがため、そして自己実現のため、リスクを背負い、心の奥底は半狂乱。それを隠し、
 ひたすら思いの実現のため手順を踏む。起承転、の後に待っていた「結」は、経済大震災。40年前に事業を始めるにあたって、
 全てを失っても後悔はしないと何度も心に誓ったので、後悔の念は無い。リスクに、普通のリスクと震災型リスクがあったのだ。
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3914, 50冊の本をデジタル化してみて
2011年12月13日(火)
 iPad2を購入して4ヶ月になるが、これは良い。パソコンゲームは面白し、ネットサーフィンが直ぐに出来、電子書籍を気楽に読め、
アプリが豊富で面白いのが手軽に入手出来るなど、充分に満足している。そうこうあって二ヶ月前に50冊の本をスキャン代行業者に送り
デジタル化した。 本を送った一週間後に封筒に一本のUSBが送ってきた。そこに全てが入力されていた。 
ところが、これをiPadに如何したら移行したらよいか分からず二ヶ月以上経った。 サポートセンターへ電話をすれば済む問題だが、
まだ本気になっていないだけのこと。 特に気に入っていた本を送ったため、デジタル化の判断を間違えてしまったか、後悔しかけたが、
数日前から気を取り直して居間と書斎にあるiMacパソコン取り込み読んでみたが、これが案外に良い。 特に字を大きく出来るのがよい。
実際のところ目の前に本があっても、いざ開いて読むかというと、必要にせまられないとなかなか開かない。ところが、パソコン画面の
ファイルに50冊を入れておき、気が向くとクリック一つで気楽に本を開けるのが良い。 それも大文字にワンタッチで変換できる。
先日、東京に行ったときに駅の売店で何気なく週刊誌を買ったが、家内に「何で、電子の週刊誌にしないの?」と言われ、ハッとした。 
朝にネットでiPadに入れていけば良かったのだ。しかし売店で選び車内でバラバラと見ること自体が良いのだが。
実際に、紙の週刊誌と、iPadの中の週刊誌のどちらを取るかというと、もちろん電子本。 紙の週刊誌は、一度読むと二度と開く
ことはないが、電子書棚に放り込んでおけば開く機会が格段に多くなる。 ところで、送料を入れると電子書籍化には200円かかるが、
200冊で4万円が高いかどうかである。実際にiPadとデスクトップでダウンロードした書籍などを読んでみて実感したことは、数年で、
間違いなく日本の出版業界と書店は滅的打撃を受けるということ。 50冊のデジタル化は早まったか?の、迷いはきれいに無くなった。
私にとって、これは読書のスタイルという面で大きな出来事になる。 年内に、あと50冊を電子化するかどうか思案中である。
それにしても、パソコンとiPadとiBookで書籍を読もうとは思ってもいなかった。
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3549, 生きてるだけでなぜ悪い ? ー1
2010年12月13日(月)
  「生きてるだけでなぜ悪い?」―哲学者と精神科医がすすめる幸せの処方箋ー 中島 義道 , 香山 リカ (著)
 中島義道が、女心理学者に最後まで、遠慮をしているようで、歯切れは悪いが、それでも面白い。
二人とも大学を出て社会的にも金銭的にも恵まれている余裕からこそ、好きなように出来るが、それがないと?
島国の世間的体質にドップリ漬かり、そこから一歩も出ることができない日本人に冷笑をしているのである。
 地方に住んでいると全く開き直りの出来ない人達に呆れるやら、腹がたつやら。
  ーまずは内容紹介よりー
 若い読者を対象に「生き難い」男女に語りかけてみました。しかし両著者とも、他に類を見ないような「突き放した態度」や、
「見もふたもない態度」で一貫しています。 甘えを蹴飛ばし自己幻想を突き破り、しっかり自分を見よ!と、「喝」を入れる。
 といって、「まじめに生きればいつか報われる」なんぞクソ食らえ。 人生何事もやってみなければ分からない。
「成功したければ動け! 失敗しても学ぶ事はある」といったメッセージ
 〜まずは< 第1章 結婚なんかしなくていい! >から〜
 家族至上主義を告発し、家族がないっていいね、といっても排斥されない健全な世の中がくればよい。
 ー中島義道の結論ー 現代日本は多様化していると言われながら、「勝ち組」と「負け組」という言葉が横行しているように、
ずいぶんはっきりした価値基準があります。結婚や家庭もその一つ。結婚したくてもできない人は「負け組」に分類され、
結婚できるのにしたくない人は「変人」に分類される。 そして「家庭」とか「家族」という言葉こそ、錦の御旗になっている。
「あなたにとって一番大切なものは何?」と聞かれて「家族」と答える人は、まともな人。「金」や「会社」、まして「自分」
と答える人は、「かわいそうな人」なのです。しかも、結婚して家庭をつくることは、現代日本では「つつましい幸福」
とみなされているからこそ、「善良な市民」という名の、何の才能もないけれど身の丈に合った幸福を求めている国民大衆に
大受けする。こういう風潮を「家族至上主義」と呼んで私はずっと告発してきましたが、今や「家族ファシズム」と呼んだほうが
いいかもしれない。「家族っていいね」とごく自然に語る人と並んで、「家族がないっていいね」とごく自然に語る人が
排斥されない「健全な」世の中が早く来ないかなあ、と思います。
 ー香山リカの結論ー 結婚で得られる自信や安心は、本当の意味では自分を支えてくれない。
 〜〜
 時代の流れだろうが、結婚すること自体が難しい時代になってきた。「結婚をして家庭を一度は作らないと、
それを肯定も否定も出来ない。」というのは、「家族至上主義」の侵されているためか。しかし、ベースであることは確か。
逆に「家族で群れてなぜ悪い?」という問いを立てると、そのプラス・マイナスが見えてくる。「群れている分には良いが、
独りになれないだろう」とか、逆に「‘人’と‘人間’の初めの境い目が家族だろう」とか。
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3174,言葉はこころの杖
2009年12月13日(日)
 「片耳の話」ー秋山駿著 で、
「言葉は、人生を歩くための杖である。というより、こころの杖である、といった方がよい。
 若いときは、高く跳ぶための杖だが、老いれば、転ばぬための杖である」
「―汚い言葉は、汚い痰のようなものだー 私は教室で若者達に、このようなことを言っている。
 もっと言葉にお洒落になってもらいたい、として、よくプルタルコス[饒舌について]の次の言葉を紹介する。
《 すなわち、酒は本来楽しんで愉快になるために発見されたのに、むりやり何杯も、それも生のまま飲ませる
 連中がいて、こうなると酒は不愉快な泥酔のためのものになる。 まさにそれと同じように、言葉は本来楽しく、
 かつ最もよく人間味を伝えるものなのに、それを悪用し、また無造作に使う者がいて、そうなると言葉は人情に反し、
 かつ人を孤立させるものになってしまう。》」と、言葉の人生に対する影響を述べている。 
それは、杖だけでなく刃物にもなってしまうこともある。人生の終盤を迎え、そろそろ転ばぬように、自分を支える杖と
しなければならない。「ありがとうございます」や「般若心教」は、こころの杖として、最上級のものだろう。
仏教では「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華教」という御経を杖として与えている。晩年は如何に良い言葉を多く知っているかで
決まってくる。そういえば学生時代、紙に書いて部屋の壁に貼っていた言葉がある。
  ロマンローランの「ベートーベンの生涯」の中の言葉
「良くかつ高貴に行動する人間は、それだけでも不幸に耐えることが出来る」
「苦難の通りぬけて歓喜へ」である。 現在は何だろう? 「如何にでもなる!」あたりか?
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2809, 閑話小題
2008年12月13日(土)
 閑話小題
 *米自動車救済法案、協議決裂 政府支援白紙だと!
間違いなく通過するだろうと見ていた米自動車救済法案が決裂、政府支援が白紙になった。
これから、どうなるかが問題だが、これを書いている12日の16時現在では、アメリカの株が大暴落の可能性がある。
株の世界は、これを逆に好感するかもしれないが、この時期では弱気が大勢を占めているので暴落になるのだろうか。
その方が、下手に延命して無駄な資金を垂れ流すより良いことは誰の目にも明らかである。
ドルはアッサリと90円を割ってしまった。長い目で見れば、日本車のメーカーはプラスに働くだろう。
しかし当面は七転八倒の苦しみを味わうことになる。 何とか輸出企業の頑張りで持っていた日本経済の信号は黄色点滅から、
一挙に赤信号?になってしまった。もし、GMが倒産でもすれば、アメリカ経済は氷河期に入り、その影響は世界も
大恐慌への足が速くなる。考えただけでも恐ろしい。恐らく、これに合わせて日本の政局も大きく動き出すことになる。
しかし、取りあえず救済策を出すしかない。
 * オバマ政権の顔ぶれをみると
(字数の関係で中略(2011年12月12日))
 * アメリカが新ドルの発行で、対外債務を半分に?
オバマが、大統領に就任した後の、近い将来にアメリカが『新ドル』に変更。旧ドル二ドルに対して、新ドル一ドルにするのでは?
という説がある。早く言えば、「どっちにしてもドルは半分の価値になるのだから、新ドルに切り替え、交換比率を半分にして
借金の半分を踏む倒す」というもの。「国内的には給料は維持するから預金を持っている人は、半分になる反面、
借り入れをしている人も半分になる。給料は、そのままにする」というのだから、大問題になるだろう。それしかないだろうと、
日本の学者が、その可能性を述べているに過ぎないが。しかし、日本もして欲しいものだが、無理だろう。
 ーー
*トヨタが100万台以上の生産削減
トヨタが、グループを含めて100万台以上の車の生産を決めたと、昨日の朝に報じていた。
(字数の関係で中略(2011年12月12日))
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2007年12月13日(木)
2444, 挫折は財産           (^ω ^)おはようw            
  故・音羽信子の夫であり、映画監督・新藤兼人の次の言葉がよい。
「挫折をして、挫折のままだったら、今いないわけでしよ。生き延びてきたということは、挫折を乗り越えてきたからなんです。 
 そうすると、私の財産は挫折なんです。乗り越えるためには、試行錯誤があって、まだ挫折が来る。若い人は挫折をしてませんね。
 これからするわけなんだから。だから、若い人と対抗して仕事ができる気持ちになれるのは、
 私が挫折という財産を持っているからなんです。」
ー図書館で何気なく手に取った本の中の新藤兼人の言葉である。挫折を財産と言えるには、結果として乗り越えたからである。
 人生はいずれにしても、最後は何らかのカタチの挫折が待っている。挫折は誰のせいではない。自分自身の問題だから自分で
 解決するしかない。 挫折から人は多くのことを学ぶ。乗り越えられなくても、諦めるしかない、そのことの方が何倍も大事である。 
 諦念の底から知恵が出てくる。知恵など出なくても、挫折した人の気持ちを知ることが出来る。 
 多くのことを考えさせてくれる言葉である。
渡辺貞夫の次の言葉もよい。
「練習は出来るかぎり毎日欠かさない。楽器はシビアなんですよ。適当にやっていては、言うことを聞いてくれない。
 また楽器も手応えのあるものでないと、 サックスは一言でいうと、ぼくの批判者。
 サキソフォンを通して、僕の状態が何時もみえる。 僕がよければ、いい音を出してくれるし。
 だから楽器を通して、僕は今の自分が全部見えるんです。」
ーこれは、一つのことに徹してる人だったら言える言葉だろうが、自分の選んだ楽器と心が一体化しているという響きが良い。
 二人とも一流のプロである。多くの難問を乗り越えてきた経験から出た言葉である。         *・д・*)ノ″
ーー
2006年12月13日(水)
2080, 談合列島!−3
       _ _)oパタ (o- -)oムクッ (o°▽°)oニパッ (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜
昨日・一昨日、この随想日記に「談合列島」というテーマで書いたところ、昨日の19時半のNHK
「クローズアップ現代」で、ー談合列島ーが二日間にわたり放送していた。
一昨日は忘年会でみることが出来なかったが、昨日の「崩れ始めた“談合列島”」は、
脱談合が進みつつある業界の実態に迫るもの。 公共事業の大幅な削減や談合を規制する制度改正が進む中、地方では、
従来型の談合では共倒れになると業者が対立。"談合破り"とそれに対する報復が繰り広げられるなどの異変が起きている
現状をレポートしていた。一連の県知事逮捕が続いている中で、タイミング的に丁度よい内容である。
大手ゼネコンや機械メーカーは、独占禁止法改正による罰則強化をきっかけに"脱談合"を宣言。その結果、入札の現場では
自由競争が促進されたが、予定価格の50〜60%の「叩き合い」が起きているという。
談合で守られていた価格破壊が、一挙にこの業界襲っている。建設関係の従事者が国民の一割に当たるというから、
この数年は、すざましい淘汰が吹き荒れることは必定である。公共工事が平成七年の35兆円から、現在は半分に減少している。 
(字数の関係で中略(2011年12月12日))
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2005年12月13日(火)
1715, 下流社会    茶 どうぞ ( ^-^)_且~~~
最近、下流階級とか、下流社会という言葉が目につく。 その丁度良いタイミングに『下流社会』という本が出た。
先取りの典型的な本である。初めて東京暮らしをして実感をしたのが「世の中は歴然とした階級社会」ということであった。    
(*o☆)\ 初対面で、自己紹介で何気なく自分の身分のキーワードを入れる。それでそれぞれの立場(階級)を確認するのだ。 
情報化、グローバル化は結果として競争激化をもたらす。それが激しければ激しいほど、階級格差がハッキリする。
特に近年の競争の激化が中流社会を希薄にし、一部勝ち組の上流?社会と、他の負け組みの下流社会の二分化を鮮明にしだした。
そういえば「○金」「○ビ」という二分法が、80年代末の日本では一世を風靡したことがあった。
                      オレ〇ビ? σ(*`θ´*)
ーーー
ーこの本のインターネットで調べた概要を編集してコピーしてみたー 〔読まなくても充分である。〕           
 「下流社会  新たな階層集団の出現」光文社新書(著:三浦展)
「下流」とは、単に所得が低いということではない。
 コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。
 その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。 そして彼らの中には、だらだら歩き、
 だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だからだ。(「はじめに」より)
 団塊ジュニア(1970年〜1975年頃誕生)世代の女性で「上流」意識を持っている人が気に入っている
 時計のブランドがオメガ等を押さえてセイコーやシチズンであるという。
 オメガからシチズンに変えた理由はオメガの鎖が切れたので修理しようとしたところ、大変な時間と費用が
 かかることが分かったからだ。また自動巻きのオメガは少し外していると止まってしまうし、月末には日付の調整を
 しなければならない。それに較べて電波時計は、全くのメンテナンスフリーだからだ。   
 時計とは「正確」で「手間がかからず」「そこそこの堅牢性」があることが最大のポイントだ。
 それをデザインだの、手巻きに味がある等と講釈を付けるのは時計メーカーのセールストークに過ぎないだろう。
 時刻合わせに気を使うより、世の中には沢山しなければならないことがある。 (/_ _ )/♪へ(-。-へ)♪(/_ _ )/
 先程の時計の調査で下流階級ほどロレックスやオメガを好む傾向が出ている。外見以外に自分を際立たせるもののない
 下流階級の悲しい性(さが)という。 著者は「『下』は自民党とフジテレビが好き」であることを指摘している。
(字数の関係で中略(2007年12月12日))


4288, 学ぶということ −2

2012年12月12日(水)

                    「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
     * 母親と父親の育児戦略の違い
    −まずは、親の教育論の部分より
 ≪ 母親は破局的状況を生き延びることを求め、父親は優劣を競う戦いに勝ち残ることを求める。
  相対的競争の勝者になって目立つことを求める父親型育児と、群れに紛れて、あたりと見分けのつかないものに
 なって欲しいという母親型育児、この二つは実は排除しあうものではない。対になっている。その二つの育児戦略の
 拮抗の中で、子供はいい具合に育つ。この拮抗の並列が、一番バランスが良いのが理想的。これが両方とも「競争に勝て」と
 子供を責め立てたら、子供はストレスで壊れてしまう。「生き残っていさえすればよい」と言えば、社会性がつかない。
 でも、数多の親たちをみると、どちらかに偏りすぎでバランスの良いのは少ない。 偏りすぎると社会的成熟が出来ない。
 1980年代からあとは、日本社会では、母親までが父親型の「競争優位」になってしまった。あまりに日本が豊かで安全な
 国になってしまったからです。もう破局的状況を生き延びる緊急性がなくなった、どう転んでも心配なくなった。
 だから、人のことなど顧みず、私ひとりよければ、それでいいという時代になった。競争に負けても、取りあえず
 食べていける保証があったからです。まだ50年代までは貧しい時代で、「共和的貧しさ」であった。 ところが、今、
 時代は変わってしまった。日本が例外的に豊かな時代が終わった。「ラットレース」は勝ったものの総取りで、
 負けた人間には何も与えない時代になったら、本当に飢死にする可能性が出てきた。そこで、ここで「ルールを変更しようと」
 という話になったわけ。競争原理は、豊かな社会向けルールだった。しかし今や資源が限られた中、「潮目の変化」が起こった。
 限られた資源を複数の個体で分け合うためには、行動パターンを変えなくてはならない。 動物は、そういうようにしてきた。
 あるものは夜行性になり、あるものは昼行性になる。樹上で生活するもの、地下で生きるもの、肉食か、草食で、あるものは
 大きく、あるものは小さく、などなど生態学的な地位をずらしていく・・ それが共生の原理なのです。 ≫
  ▼ 時代は、父親型から、母親型生存戦略に変わってしまった。もう二度と終戦から半世紀近く続いた右上りの時代は戻らない。 
  当然、母親が子供教育でも家庭内で主導権を持つようになるのが自然の成り行き。首都圏に住んでいれば、
  何時、直下型地震が襲ってくるか分らない、とにもかくにも生き延びることが優先される。 日本という国家からして
  資源のない条件の中で、これほど危険な状態はない。国家も母親的戦略と、父親的戦略の拮抗が必要である。
  これが三極の「石原・維新の党」と「未来の党」の戦略に見て取れる。地政学的にみて、これまでちょうど良い島国が、
  これから大きな試練に立たされる。韓国と日本の差は、近隣に時代錯誤の軍事国家が在るか無いかである。徴兵制度で、
  青年期に鍛えられるかどうかだ。それを見守る母親は自然、優しくなる。日韓の若者は青年期に歴然とした差がついている。
 ・・・・・・
3913, 閑話小題
2011年12月12日(月)
   * ひとり焼肉専門店 「焼肉ひとり」
 最近、独り者が増えているためか「ひとり用の専門店」がニュースになっている。 一人カラオケ、ひとり焼肉専門店などである。
店サイドは、一人で一部屋・一テーブルは効率が悪いので良い顔をしない。が、この不景気で、そんなことは言っていられない。
しかし最近の国勢調査で単身世帯が全世帯の三割を突破、「夫婦と子供」世帯を上回っている。アメリカでは、一人客は寂しい人と、
白い目で見られるという。 映画やTVのドラマでも店の中の一人客は少ない。そこで、店の構造から一人用の席をつくる発想である。
30年間続けてきた事業も「お一人様専用ビジネスホテル」だった。 ひとりカラオケを「ヒトカラ」に対して、二人のカラオケを
「フタカラ」、多人数のカラオケを「タカラ」と呼ぶらしい。 ヒトカラは、歌の練習やストレスの発散に使われるが、何か侘しいか。
  * そろそろ今年の総括
 今年は、東北大震災と、30年続けてきた事業の惨事?が重なった。20%半ばの売上ダウンが三年目に入っても止まらず落ち続ければ、
この事態は当然。 恐慌の前ぶれの波に直撃されたことになる。 過去の40年近い事業人生で資金繰りの心配をしたことが無かった。
しかし、数値は数ヶ月後に資金枯渇状態になることを示していた。 何度も何度もシュミレーションしても、半年後にはアウト。 
その上に東北大震災が起こってしまえば何の躊躇することなく決断をせざるを得ない。 そうこうあって、心の痛手は深いが、未練とか、
後悔はない。 それより現在起きつつある大恐慌の近将来の到来と、東北震災の経済に及ぼすマイナス現象である。
 今さら最悪の状態の私が何を言わんであるが・・・  今年の総括は、もう少し年末が押し迫ってからにする。

・・・・・・・
3548, 遊ぶように生きる
2010年12月12日(日)
 =横尾忠則の、ある雑誌にあった「死を想う〜人生の一考察」が面白い!
    その一部を抜粋してみる=
【 一体人生とは何なんだ。お釈迦様は生老病死と言われた。確かに上手いことを言う人だ。 大抵の人間はこの四文字を経験する。
 お釈迦様みたいなエライ人でも、このことだけはぼくと平等である。 エライから死なないということはない。エライ人でも
 アカン人でも全員がこのフルコースを味わうことになっている。だったらぼくひとりが死を恐れるのはおかしいけれど死だけは
 自分にとって特別のもののように思っていて、他人の死は死でないのである。では一体何をそれほどまで恐れなければならないのか。
 死の到来が苦痛であることをわれわれは知っているが、死以上の苦痛がないのかといわれればそんなことはない。じゃ何がそんなに怖いか。
 死によって愛する人や物と別れなければならないからか。それとも死によって自分が消滅してしまうからか。消滅すれば全ての煩悩も
 瞬時に失くなり、身心的な苦痛から解放され、これこそ真の平和なんじゃないのか、なのにどうして真の乎和をそんなに恐れるのか。
 それとも死後生を信じているあまり、もしかしたら地獄に堕とされるのじゃないかと不安に襲われているためなのか。
 それはそうと、では人生の目的は何なのかということになる。 生きるため? 死ぬため? 感動するため? 美味い物を食べるため?
 金持ちになるため? 美人の奥様を持つため? etc  そこでぼくは考えた。ぼくの職業のアートと同じ生き方をすれば? と。
 ぼくにとってアートは仕事というより遊びだ。 目的のない遊びである。ところで遊びって最初から目的がないものでしょう。
 もし目的があるとすれば遊んでいること自体が目的である。 目的がないから自由があり、快楽があり、解放があるのではないだろうか。
 人間は本能的に自由を希求する。そしたら人生全部を遊びにすればいいのではないか。つまり人生から目的をはずしてしまえばいいのでは
 ないだろうか。 生きることも死ぬことも目的を持つからシンドイのである。どうせ生老病死なんだ。生老病死は別に目的ではない。
 単なる現象だ。 そしてお釈迦様に言わせれば現象は夢、幻だということになる。そんな実体のないものにいかにも実体があるかのように
 思って振り廻されているのなら、それを遊びだと思えばいいのではないか。 】
  ー人生に意味などないと、五木寛之も書いているが、意味=価値とすると、そんなわけがない!と言いたくもなる。
  身近の人の死をみると、様々の人生があるが、意味など、あまり深く考えても仕方がないような気がする。
  横尾のように、目的ない人生なら遊ぶとして、割り切るのも良いだろう。「遊びをせんと生まれけり」で、それはそれで。
・・・・・・・
3173, 閑話小題
2009年12月12日(土)
 * 腰痛
 腰痛が、この季節の変わり目にかかわらず、今のところ落ちついている。
いずれ出てくるのだろうが・・・。 今のところ考えられるのは、・ベッドに低反発マットを敷いたことと、
・海老反りマシーンを毎朝晩使っていることである。・それと外で酒を飲む機会が少なくなったこともある?
もちろん、20数年来の毎朝のウォーキングは欠かさず行っている。
 * 変な話
 家内が言うには、「駅裏の越後交通ビル(元ダイエー跡)の駐輪場に自転車を置いて、用を済ませて帰ろうとしたところ、
自転車の籠の中に、年代ものの女物の財布があった。 気持ちが悪かったが、駅前の警察まで行くのも面倒なので、
1Fの酒売場に事情を話して置いてきた。 千円札が数枚と小銭が見えたが、それ以上は見ないようにした。
(字数制限のためカット 2010年12月12日)
・・・・・・・・
2808, 心を込めずに女を褒めよ !
 2008年12月12日(金)
  作家の渡辺淳一が、ある雑誌の対談での、「心を込めずに女を褒めよ」という言葉?が面白い。
 【イギリス帰りの若い女性に「レディファーストは、マダムだろうが小娘だろうが、差別をつけてはいけないの。
 『女と見たらしなさい』って、向こうは子供の頃から叩き込まれるの」って、全くそのとおりだと思った。
 要は、心を入れないでやりなさい、ということなんだけど、こういう思想は日本には無かった。
 武士道は何でも心を込めろっていう思想。 でも、その御蔭で女を見たら直ぐに褒めるようになったよ。
 顔が綺麗なら顔を、顔を褒めるのが辛いと思ったら、髪の毛を。服、ネックレス、バッグはどうか・・・
 と見ていけば必ず褒めるところがある。女性はまず褒めるべきだよ。 妻とまともに話そうと構えるから、話せなくなる。
 日ごろから『ありがとう』『綺麗だね』って言う癖をつければよい。 そのレトリックは非常に大事だと思う。
 ・・・僕は京都のお茶屋でよく遊んでいたけど、帰るときには必ず、おかみと芸姑が門まで出てきて、大声で『おおきに、
 ありがとうございました」という。僕が2〜30メートル先に行っても言っている。どうしてあんなに丁寧に言えるか、
 その理由はたった一つ、客を何とも思っていないからだ。銀座は逆で、これは金払いが良いかどうかで・・・】 
  成るほど、道理である。当たり前になるまで習慣化しなさい、ということだ。 私の知人は営業畑の人が多いため、
 飲みにいくと、当然のように女性を褒め上げる。それが枕詞であるかのように、まず褒める、そして褒める。
 『今日は、いやに綺麗だね』『へ〜、今時に、こんな綺麗な人いるんだ』『新潟美人は、東京のオナゴと肌が違うね』
 まあ、よく言うよという位、平気でいう。 でも、そういう店のママやホステスも、言われ慣れていて、軽く流す・・・
 それでもいいのである。 言えないのは心を込めようとするから、である。
 何度も書いてきたが、学生時代にカーネギーの『人を動かす』という本に「人に好かれる6原則」とかがあった。
 そこで黙って友人知人に、それを実行したと同時に私の周りに人が集まりだした。 心を入れる余裕など無く、
 ただ、相手の関心のありかを探し、にこやかに、聞き手にまわり、相手が話し終わるまで我慢し、最後に褒める!
 それを全ての人に試みたのである。 また女性の多い職場環境に若い頃に居たころの一時期に、多くの美人?
 と友人になったことがある。(男女?ではない) 私は美人が好き、そう知らせれば良いのである。次に人畜無害のサイン。
 それだけで、心を開いてくれる。 姉が4人も居たから、その辺は幼児のころから鍛えられていたが・・。
 (いやいや、冷静に考えてみたら、嫌われる方が限りなく多かったが・・嫌なことは都合よく忘れてしまうから生きられる)
 逆に、心を入れて女を褒めたら、誤解されることが多くなる。 さりげなく、口先で褒めること。
 これが最高の贈りものになる。 面倒とか、馬鹿馬鹿しい、という気持ちを乗り越えて素直に言うことが基本だが、
 それが最近になって言えなくなってきた。 原点に戻って、心を込めずに、あたりかまわず言うしかないか!
  まずは、カミさんから・・・   辛いけど!      
・・・・・・・・・
2007年12月12日(水)
 2443, 死刑直前の手紙      【GOOD MORNING】q・ω・´)
『哲学の教科書』・中島義道ー の中で見つけた、処刑前夜から処刑二時間前までに断続的に母親に送った死刑囚の手紙である。
 人生の不条理が、そのまま出ている。今回は私の感想などは、何も書けない!  何度も何度も読まなければ、
 その心の底には辿りはつけない。ガン末期の別れの似たような場面に何度か立ち会ってきた。
 違いは、刑死かどうかの差である。 罪悪感を持って虚空へ立ち向かう心情は如何なるものか?。
 ーーー
一九六九年三月八日
ーおかあさん
あたたかい晩ですね。 きょうはひょっとしたら東京に泊まるとか言っていたけれど、とにかく、あまり悲しまずにからだに
悪いことは気をつけて、よくやすむようにしてください。ほんとに思いがけないことになってしまい、(むろん、そして一方では
じゅうぶんソノタの用意はしてきてはいたけれど)おかあさんに最後の、そして最大の親不孝をしてしまい、ほんとうにすみません。
おかあさんは、よくしてくださいましたね。ありがとう。
M先生のおっしゃるように、ぼくはおかあさんによって〈神の愛〉を知った、と思います。
まだまだ努力が足りなくて、それに書きたいことや、考えて深めたいことも多くあって、
そのうえなによりおかあさんはじめ皆さんと別れるのはつらいけれど、しかしこの与えられた
〈時〉は絶対的な意味をもっており、ただ、耐えつつ受け入れる以外にはありません。
でも、ソレは、ぼくひとりのことで、おかあさんに与えつつある悲しみの責めをまぬがれることは、むろんできません。
ゆるしてくださいね。おわびのしるしに、天国へ行ったら、きっとおかあさんのために山ほど祈り、
守ってあげますね。 だから、おかあさん、もう泣くのはやめなさい……
 −−
ー今は八時過ぎ。
夕がた、おかあさんのハガキが、美絵君と「あけぼの」のシスターの御文とともに到着しました。
もうおかあさんのハガキを見られないのか。 会えないんだな……ということのすべて、
きょう突然あったことと、あすのことすべてが、ユメのようです。
ユメならさめればいいのに……と思うのだけれどもやはりユメではない。だからこの一瞬一瞬をだいじにしましょう。
ほんとうに長いようで短い一生でした。 四十歳と七か月とすこし。 おかあさんの半分です。
いろんなことがありましたねえ。 ほんとにいろんなことがあった。
そして今、おかあさんにとって すべてのことが喜びに満たされていたというのに、
ぼくのためにいっさいが灰色になってしまいましたね。  ごめんなさい。
きょうは、久しぶりにおかあさんの肩をたたき、髪をくしけずり、手をさすることができました。
すっかり白髪になって、シワだらけになって、小さくなって、 やっぱり幼いころに知った 
あのおかあさんと同じでした。 でもおかあさんはやはり幼い頃に知ったあのお母さんと同じでした。・・・・・・ 
(以下、字数の関係で中間カット 11年12月12日)
 −−
後記)これを読んだ母親の気持ちは? やはり宗教は必要である。
  やはり、言葉を持ってしまった人間は、それゆえ苦しみが倍増する。
  その言葉で、神をつくり、そして苦しみを和らげるしかない。 あまりに辛い手紙である。 (○´∀`)ノ
 ーーー
2006年12月12日(火)
2079, 談合列島!ー2             才ノヽ∋―_φ(^O^*)♪
この土日の大手新聞の「知事の犯罪」の特集記事や社説の中で、日本経済新聞がずば抜けて要点をついていた。
 その要旨は
  (以下、字数の関係でカット 08年12月12日)
・・・・・・・・
2005年12月12日(月)
 1714, 脳梗塞について
      (*´ノД`)<<<才八∋ー゜                    
   先週の日曜日夜のNHKスペシャルで、   ( ^-^)_且~~
  脳梗塞の患者となった多田富雄氏の日常を半年にわたってリアルにレポートしていた。患者になってしまった彼がふり絞るようにいう
  言葉が深く心に突き刺さる。番組を見ながらパソコン内の「メモ帳」に下書きをして数日以内に『随想日記』に取りあげようとした矢先、
  産経新聞の「産経抄』に名文を書かれてしまった。プロの文章を読んでしまったら書く気がしなくなるが、それでも書くのが
  文章上達の早道。 学生時代の友人や、仕事の関係などで脳梗塞や脳溢血で倒れる人が多くなってきている。 Σ(´Д`;)
  数ヶ月前にも、会社のナイトフロントの人が定時になっても出勤して来ないので、副支配人が一人暮らしのアパートに行ったところ
  玄関で倒れていた。救急車をすぐ呼んで緊急入院をしたが、もう少し遅れれば?脳出血で左半身が麻痺が残り、退社をせざるを得なくなった。
  私など、深酒の機会が多いので気をつけなければならない。脳梗塞は身体は動かなくなっても、思考だけはしっかりして
 「身体の監獄に閉じ込められる』というのが実感という。 多田富雄氏も放送で『生き地獄』と言っていた。
  『地獄がこの世にあるものと実感した』という言葉が重い。   s(・・;)(/_;)
  人間、生きているうち、元気なうちに、出来ることを出来るだけしておくべきと思う。  ja~ (*゜∀)ノ.。・:*:
ーーーーー
=産経抄=    ~~ ~~┗─y('〜`;)
  米国のコラムニスト、ボブ・グリーンに「勇気あるアルファベット」という佳品がある。
 (以下、字数の関係でカット 08年12月12日)      ○o。―y(・ε・) フウー
・・・・・・・・・
2004年12月12日(日)
1349, 教養が試される341語
本屋で立ち読みをしていた本だが、図書館にあったので早速借りてきて目を通した。
 思ったより内容は気楽に読める本で、何気なく使っていたり、知っていたが意味まで考えたことがない内容で
 面白い本である。検索で調べたら、その中の71語の意味を書き出していたのがあったので、
 コピーして貼り付けておきます。毎日、文章を書いているためか、言葉に対しする興味が全く違ってきている。
 言葉は、そして文章化は人間を人間たらしめているものだ。それと数千年、いや数万年かかってつくりあげてきた人類、
 そしてそれぞれの民族の蓄積された叡智である。
・冥加に余る(みょうがにあまる) :ありがたすぎて罰が当たりそうだ。
・弥栄を祈る(いやさかをいのる) :ますます栄える。
・惻隠の情(そくいんのじょう)  :人の不幸を黙視できず、その人の身を哀れみ傷む心。
・やんぬるかな:予想した通りに事態が進行して、今となってはどうしようもない。
 (以下、字数の関係でカット 09年12月12日)
ーーー
以上ですが、なるほどすごい人がいるものだ。よくぞ抜粋して書き写したものである。


4287, 学ぶということ

2012年12月11日(火)

 内田樹の著書や論文をたびたび見かけるが文章は平易で分かりやすい。最近の若者論は女子大の教授ということもあって、
 的を得た内容である。失われた20年間の中で、将来に希望が持てず「学ばず、働きたがらない」若者が多いという。
    * 何故、学ばなければならないのか?     「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
 ≪ ある大学で「先生、現代思想を勉強するとどんないいことがあるのですか?」って訊かれたことがあります。
 見ず知らずの学生のくせに、僕の方に100%説明貴任があると思っているんですよ。 自分は腕組みして
「商品説明聴いてやるよ」という態度なんです。「お前の説明が納得がいったら現代思想勉強してやるけど、
説明がつまんなかったり、オレにわかんない言葉とか使ってたら、勉強しないぜ」というわけです。ほんとに。
そういうふうに教師に訊くのが学生にとっての権利だと思っている。思わずぶん殴ってやろうかと思いましたけど《笑》。
でも、怒りらえて、こんなふうに説明しました。{ 悪いけど、僕がこれから教える話は、君にはまだその価値が軽量できない
ものなんだよ。喩えて言えぱ、君には君自身の価値判断のモノサシがある。そして、そのモノサシを持ってきて、
「先生がこれから話すことの価値は何センチですか?」と訊いてきた。でもさ、僕がこれからする話が、ものの重さや、
時間や光度にかかわることだったら、そのモノサシで計れないでしょう。世の中には度量衡そのものを手に入れなければ、
何の話だかわからないこともあるんだよ。}
 6歳の子供が手をあげて「先生、それを学ぶと何の役にたつのですか?」というとき、子どもはこどもなりに
「有用性のモノサシ」を持っているわけです。でも、問題なのは、その六歳児のモノサシで世界中の価値がすべて計れると
思っていることです。 だから、そういうときは、「パカモン、子どもは黙って勉強しろ」と言うのでいいんです。
でも、それを断定して言える基礎づけるロジックを今の現場の教師たちは持っていない。「君たちになぜ勉強しなくては
ならないか、その理由はわからないだろうが、私にはわかっている。」という絶対な知の非対称性が必要なのです。≫
 ▼ 学生時代に学んだことは、上記のことである。絶対的な父がいて、その価値観から離れ、多様な価値観の世界を知り、
  結局は再び舞い戻り似たような生き方をしている自分と現在、直面している。しかし、そこで一日、二時間以上の
  読書習慣を身につけたのが収穫であった。とにかく、何のためでなく最低限の絶対量の知識を身につけること、
  それは価値観を常に再構築し続けることが可能なベースを積み上げることである。それが活き続けるである。
 「人生、常時戦場、一生勉強」を実行してきた先人から、それを吸収することを楽しみとするのが{学ぶ」ということ。
 ・・・・・・
3912, 精神力ーその偉大な力 ー6
2011年12月11日(日)
   ◎ 想像力の魔力           「 精神力ーその偉大な力 」 ダン・カスター著
 * あなたの心のなかに、絵または型やプランなどを作る能力がある。応答する性質のある大生命力は、そういう絵や型に応じて、
 あなたの体験内に流れいるのです。心に以上のようなイメージを作る能力を想像力といいます。誰もが想像力を持ち、それを使って、
自分の望むこと、または望まないことへのプランを立てます。考え尽くした末に、これをしようと思い定めた心の絵は、あなたが
大生命力に送り込む計画案です。こういうプランには、信念が方向を与え、かつ統御します。信念は、心の中の確信です。
あなたにとって真でありと確信するものです。これがこころの中につくる絵やプランの型を決定します。 大生命力は、
それに始動されて行動に入ります。想像力は、心の中の技術する部分です。・・・ フランスの精神治療医クーエは
 「毎日あらゆる点で、私はよりよく、よりよく、なっていきます」と、自分に言い聞かせるよう教えました。また、
 「幅30センチ位の長い平板を地上に置くと、たいていの人なら、どんな長い距離でも、平気でその上を歩いていけます。
 しかし、二つのビルの10階の高さのところに渡すと、話は全然違ってきます。歩こうという人は殆どいません。想像力が、
 落ちる絵を作るためバランスを崩し落ちてしまうと想像をしてしまいバランスを崩す。 が、30センチの高さでは、逆に
 大丈夫という想像力が、バランスを保ってくれる。」という。 タバコを止めることも、酒を飲むことも、止めたときに
 得られる利益が将来、いかに多いかのイメージを書き出し想像すればよいのです。10年で、20年で、30年で・・と。
 昔の人は、意思力を養おうとしました。 近代医学では、それを強いるということで効果なしとし(強要することは、感情的な
 欲求に反するからと)、イメージを利用するように変わったのです。 逆に想像力はマイナスに働く力が非常に強い。
  被害妄想とか、心配性の人とか・・それも生きていく上で必要だが。
  ▼ 最近、歳を重ねて実感することは、「貧すれば鈍する」ということ。逆に「馬子にも衣装」ということのある。
   豊かな環境と知識は、その人を豊かにする。また逆も、ある。格差社会というが、中産階級が減ってきた日本が、最近、
   いやにギスギスしてきた。高度成長期の時代は、歌謡曲も、何もかもが夢があった。将来に対して豊かなイメージを
   持つことが出来た。しかし、現在は、どうだろう。夢がもてない背景がある。信念を持てといったところで、持てないのである。
   長期楽観、短期悲観は人生に生きていくために必要なスタンス。楽観は意志でもあるが、意志の具体的イメージ化にヒントがある。 
・・・・・・・
3547, 「モテキ」の話
2010年12月11日(土)
 毎日新聞に《 ザ・特集:なぜ今、「モテキ」かー 今年の新語・流行語大賞にもノミネート 》があった。
  ◇人生にはモテる時期が3回来る? ーブームの背景に「草食系」への慰めと励まし?ー という副題もよい。
  面白い特集だが、この大不況の中で、結婚をするだけでも大変。その人なりに?こういう時期はあるという。
 振り返ると21〜26歳辺り男の一番の盛り、女は18歳から24歳辺りになる。私の場合は団塊世代の女性が対象のため、  
 恵まれていた。で?・・・ その日々が過ぎ、ある日、突然、潮を引くように誰も相手にしてくれなくなる。
 その時になって慌てても、既にカタオチ?になっている。 それが青年と成年の境目になる。
  ー以下、その特集をまとめてみたー 
【 今年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉の中に、「おやっ」と思わせる一語があった。「モテキ」。
  文字通り「異性にモテる時期」の意味だが、ずっと前から口にしていたという方も多いのではないか。
  それが、なぜ今? 甘酸っぱい香り漂う恋愛用語を読み解いた。【平野幸治】
「現代用語の基礎知識2011年版」の「モテキ」の項目には<モテ期。人生には3回の異性にモテる時期がくる、などという>
とある。 飲み会の席や友人同士で「それってモテ期じゃない?」「来たー、モテ期!」というように使う。この言葉が恒例の
「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補に選ばれたのは、女性漫画家、久保ミツロウさんの作品「モテキ」が評判になり、
さらにテレビ東京でドラマ化されたことが大きい。 ・・・主人公は派遣社員の藤本幸世、29歳。 ある日突然、
知り合いの女性たちから電話やメールが殺到し、話したこともなかった職場の同僚女性からもコンサートに誘われる。
「これがモテ期か」と舞い上がるが、恋愛経験が乏しいだけに屈折していて不器用で、美女たちに振り回される(実は振り回している?)
という物語だ。 モテ期が「ある日突然」訪れるという設定には、作者のある「メッセージ」が込められているのだが、
そもそも私たちはどんなときにモテるのか。「どうやって」の研究は雑誌などで盛んだが、「いつ」というのは意外に難問だ。 
 (字数制限のためカット11年12月11日)
 ・・・・・・・
3172,ノートを下からとる!
2009年12月11日(金)
  面白いノートの取りかたである。 これは、目から鱗。
ノートは普通は開いた左上から下に書き下ろし、右ページ上段に戻って再び書き下ろすのが一般の書き方。 
せいぜい、左ページを白紙にして右ページに書いたフォローとして重要なポイントや、絵とかを気ままに書いたり、
空間をタップリとって島状に文章を書いて、後で見直すやすく工夫する。
 ところが、これは逆転の発想である。
*開いたノートの左下から� ΑΑΑΑΑΑ ↓◆ΑΑΑΑΑΑ△修靴胴圓鮠紊欧�
 ��・・・・・・・ �ぁΑΑΑΑΑΑΑΑ △修靴胴圓鮠紊欧討い�。
 だいたい三分の二あたりに、それまで書いたマトメのポイントAを小項目とする。
*次にまた右ページの一番下の行から、Aから導き出されたBを想定して、� ΑΑΑΑΑ´◆ΑΑΑΑΑ△修靴胴圓鯤僂─�
 上の行に� ΑΑΑΝ◆ΑΑΑΑ△修靴胴圓鯤僂┐董⊂紊妨�かって書き足していく。そして三分の二を目安に段落として、
 そのマトメとしてのキーワードの項目を書き出す。
*そして、今度は左ページと、右ページのキーワードを入れた両ページにわたる長細い楕円を書いて、 
 その中に、��・・・・ �ぁΑΑΑΔ箸いΔ佞Δ法⊇颪�出していく。
 実際に書いてみると、上から下へ書くより、下から上に書いていくほうが考えがスラスラと出てくる。
そして後で読み返すとき、先に結論が書いてある上に、図示で分かりやすい。
 私の読書法には、最後の章から前に向かってポイントだけを追う方法があるが、それに似ている。
要するに、言葉=思考を上に、どんどん積み上げていくのが良い。考えてみれば、何もない下に書くということは、
何か不安がある。 しかし、いま書いた言葉の上に積み上げていくという実感が、考えを誘発する。
「どんどん考えが浮かびあがる」といった風が良い。
 私の、これまでは、ノートの真ん中に小さなハートを書き、その周りを脳のような図を描く。
そして、右上から、5〜6行の文章を 下に向かって三段書いて、下の段の左側に文章を書き足していく。
そして、一番左の行を島として、上に書き上げていく。 これはこれで、なかなか良い。
しかし左側の一番下から上に書き上げるのは目から鱗である。 これ本屋で立ち読みだけで会得した?が、
やはり、買って読まないと著者に悪いことになる?。 これは良い。下の副題が決してオーバーではない!
【 苫米地思考ノート術
  ― 脳を活性化し人生を劇的に変える最強思考ノート  ー苫米地 英人 (著)  】
 ・・・・・・・・・
2807, 不況景色 −2
2008年12月11日(木)
 * アメリカ最大のメディアの「トリビューン」が破綻
あまり目立たなかったが「ロサンゼルス・タイムズ」や大リーグのカブスなどを傘下におく【トリビューン社】が、
破産法11条を米連邦破産裁判所に申請し事実上経営破綻した。
負債総額は何と1兆2000億円、<救済される>会社と<つぶされる>会社の線引きに批判が集まっている。
日刊紙8紙を傘下に置き、23のTV局を持ち従業員2万人の全米最大規模の総合メディア。
何故、【シティ】や【AIG】は (目先だろうが)救済され、新聞社の【トリビューン】社は破たんなのかと・・・。
さらに【NYタイムズ紙】の業績も急悪化、このままいけば経営破たんではないかとの噂も出ている。
今後、マスコミが巨大企業救済プランに一斉に反対キャンペーンを打ち出す可能性がある。
アメリカの新聞社は日本や英国に比べて競争力が弱く、その分だけ不況とネットの波が大きく影響。
アメリカ最大保険会社のAIGが実質破綻、自動車ビックスリーも倒産直前、シティバンクも風前の灯、
証券会社は壊滅というから、アメリカは恐慌に一歩足を踏み入れたといってよい。
*地元・新潟も不況が深刻化
地銀の担当の話によると、一段と景況が悪化、特に不動産・建設、小売など急激に売り上げが激減しているという。
地元の金融機関は、地方経済の長年の悪化のために体力を落としており、含み損を多く抱えているため、
資金が出せない状態。マイナスの循環の速度が速まりそうだ。
当方は、日本経済の景気に直接左右される商売で、街角景況がリアルに分かる。
これまでは他の商売より三ヶ月は先行した数字が出るが、この金融危機の影響は、他山も同じのようだ。
世界恐慌は、製造から、流通、サービスまでが、25%減の売り上げになり、失業率は20%、
株価はピーク時の10%になる。それからみると、日本の株価は4千円。アメリカは2000ドル以下になる。
今年の忘年会、中止にしようか迷ったが、小じんまりとした会にした。 帰りの新幹線の乗客も、めっきり少なくなった。
来年から3〜5年間は世界は大きな経済的破壊が現実化するだろう。
  年を越した1月5日から一斉に倒産の実態が顕れるだろうという。 新しい社会の創造前の破壊なら良いが。
 ・・・・・・・・・
2007年12月11日(火)
2442, 人生後半に、哲学は一般教養として不要か?
             (´Д`;) オァ/ヽ〜 二日酔い!
人生、後半ほど哲学は必要と思っていたら、学者の谷沢永一著『人生後半に読むべき本』の中で、
「熟年には哲学など必要ではない!」と断じていた。 この数年、少し哲学にのめりこんでいるので、
丁度良い中和剤の論と思いつつ読んだ。しかし何で彼ほどの博識の人が、こういう論を立てるか理解できない。
「人生後半ほど、それまでと違う目で世界を見る必要性がある」と確信をしているので、
「近代哲学に対してのアレルギーが彼にあるのではないか?」と、思いつつ何度か読み返してみた。
道理は道理で必要である。それは間違いない。独り自分と、世界の不思議を見つめなおすことも大事なことである。
それも中心点に向かって! 彼が言いたいことは、「今さら哲学でもないだろう、貴方レベルには!」
ということ? それとも哲学(中心点に向かって考えること)など、彼の基礎教養の土台の上では必要が無い!
ということか?と、面白い問題提起になった。
     「人生の後半に読むべき本」矢沢永一・渡部昇一著  −PHP出版
 *谷沢永一
人生を深めるという観点で、たとえば哲学書。若い日に哲学書を読んで、もう一度読んでみようと思われる方が
いらつしゃるかもしれませんが、これはどうでしょうか。哲学は、ある時代の考え方の枠組みを創る。
そういう役割を果たしたものを読んでおくことはためにはなります。
ただ、たとえば咀噌されつくされたカントの哲学は今の時代を生きるために必要かといえば、ほとんど必要ない。
 また、へーゲルといえば団塊の世代の人々にはとりわけなじみの深い哲学者の一人かもしれませんが、
彼のいわんとすることは、「この世には絶対精神があり、それがだんだんと世界を高尚に持っていく」という上昇史観です。
キングが君臨し、ビショップが威張り、官僚が圧制する。それらもすべては絶対精神が自己を実現していくための
大きな流れの過渡期の現象であって、現在はプロセスの途上にある。 このプロセス論には、憎むべき狡猜さがあります。
これからはどんどんよくなるのであり、その途中に生まれ合わせたのだから、「高きを望むな」と、現体制を弁護する
最高の理屈にもなるからです。そしてヘーゲルがトマス・アクィナスの「神学大全一に近代的な衣装を着せたに過ぎぬ事情は
一目瞭然でしょう。 一方、マルクスは徹底的に模倣です。独創性は何にもない。共産党宣言の根本はエンゲルスが書いた。
共産主義というドグマは、幸田露伴の「五重塔」の表現を借りれば、「エンゲルスこれを創り、マルクスこれを為す」
というようなものです。そのエンゲルスも本当は歴史を知らない。モルガンの「古代社会」を読んで、それを勝手に解釈し、
夢の古代社会を創った。ルソーがやったのと同じ手です。 こう見てくると、どうも哲学というものは、物書きを目指す人は
別だけれども、一般教餐としては全部いらないと思えてきます。あれは要するに、人に固定観念を植えつけるためのものです。
 (字数制限のためカット11年12月11日) 
・・・・・・・・
2006年12月11日(月) 2078, 談合列島!
 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
    「垂直に立つ!」
 これが「情報化社会」と、「非情報化社会」とを、分けるキーワードになる。
 「死が人生の終点」と信じる人の延長上と、「いまここに生きている今日明日の現実」と、
‘水平と垂直’との境目が[いまここ]である。人生に垂直も水平も、ハッキリした境があるわけがないが・・
垂直とは何だろうか?  水平とは何だろうか? 水平とは、現実である。
垂直とは、いまここの切り口から直感できる永遠である。そして、この瞬間の中にある澄んだ純粋性である。    
以下の、異常な事態を考えるために、「垂直に立った」澄んだ視点で現在の三県・県知事逮捕を鳥瞰しながら考えてみる。    
(字数制限のためカット09年12月11日)
・・・・・・・・・
2005年12月11日(日)
1713, 絵文字が面白い! −1  (。・o・。)ノ こんにちゎぁ♪
随想日記を読みやすく、かつ面白くするため、絵文字と空間を入れて一月経つ。
実際に、書いた後に絵文字を入れる方が面白い。感情が、いや心情がそのまま絵文字に入るからだ。
それと内容を和らげるのにもよい。♪〜(=^ε^= ) そこで絵文字の素材をHPで調べてみたら、これが面白い。
その中で見つけたのが、このエッチ系の奴だ。少し下品だが、とにかくご覧あれ!!
人間の本質が、そこにあるのだから仕方がない。漫画的に下ネタのイヤラシサを笑いに変えるところが良い。
赤裸々な人間の姿とみれば可笑しさも増すだろう! 
携帯電話世代が、心の深いヒダを記号で表現しだしている。言葉とは違った情報手段が出来つつある。
その組み合わせで、言葉以上?か、同じレベルまで心のやり取りの可能性が出てきたのだろうか。   
  ,,,,,(((( ;:゚皿゚:)_◇~~ アァァァ!! ナンテコトヲ!  ーエッチ ー
         スケベ! ¬_¬) (´m`) ムフッ♪  イヤラシイ(*・ω・*)
  (字数制限のためカット 2011年12月日)
・・・・・・・
 2004年12月11日(土)
  1348, もう一冊のアルバム
  中越地震の少し前に、事務所の移動をしていた時、2百数十枚の写真が入ったファイルが出てきた。
・・・・・・・
 2003年12月11日(木)
  981, 足銀の経営破綻 について
 足利銀行の経営が破綻した。新潟県に例えると、第四銀行と大光銀行の総額の預金量がある。
   (字数制限のためカット 2010年12月11日)
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2002年12月11日(水)
607,ある時間の断片-21
        10月15日  1968年
9時起床。午前中卒論のまとめをするが集中しない。 夕方まで机に向かう。
夕方米林君が部屋に遊びにくる。 夜は夜で集中できない。
        10月16日


4286,日本人の思い −3

2012年12月10日(月)

「日本人の思い」ー ほぼ日刊イトイ新聞 
☆ 「あなたは、友達が多いですか?」に、83%が「少ない」と答えている。みんなの結果予測は57%で、その差は大きい。 
 大部分の人は他人に比べ、「自分は少ないけど、みんなは友人が多い」と勝手に思いこんでいることが分かる。要は、自分が
 孤立し孤独なのが分かるが、他人も同じなのが理解できない。更に驚いたのは、男女の差が無かったこと。 
 男は仕事(縦の関係)で友人関係に希薄になりがちで、女性に比べ少ないと思っていた。 年齢別にみると、14歳以下が
 5割と答えているが、15歳以上になると全ての年代の答えは2割以下。こんなものである。 友人が多いと思っているが、
 実はその人が勝手に思い込んでいるだけもある。「人は人、我は我、されど仲良く」をベースにした関係が基本。
☆ 「あなたは、強い人ですか?」に対し、3分の2近くが、弱いと答えていた。これも、意外な答えである。
 上記の「友人が多いですか?」の回答に対する心情に似ていて、どのように思うかである。 私の考えは、
 「人間は本来、誰も弱い存在。それを知識と経験で克服して鍛え上げるプロセスが人生。としても弱い存在は変わらない。
 しかし一般からみれば、強いのではないか」というあたり。で、本当に強いか?と心の底を覗けば、「弱い」と言うしかない。
☆ 「あなたは、物知りですか?」に対して、イエスとノーの比率は5分5分である。これも、あくまでも対比の問題。
 「上を見れば、きりがない。下を見れば、底がない。横を見れば、情けない。」で、対比の問題。
☆ 「あなたは、スポーツ好きですか?」に対し、7割近くが、好きと答えている。これも意外。 私の予測は「5分5分」。
 スポーツジムに通い始めて好きになったが、ウォーキングを30年近くも続けてきたのをみると、嫌いでは出来ない。 
☆ この本の質問には無いが、「あなたは、自分の人生を肯定できますか?」を思いついた。 で、どう? せざるを得ない?
 五分五分の結果予測がたつが、3分の2が、できない、になるのだろう。恐らく。「面白かったんで肯定する」が私の回答。
 ・・・・・・
3911, ファイナル・クラッシュ ー3
2011年12月10日(土)
   第2部 ハングオーバー−金融の死の灰
       「もし私に一国の通貨を発行する権限を与えてくれたなら、その国の法律を超越した存在になるだろう」
                                        ーメイヤー・ロスチャイルド
 * アメリカの通貨であるドルについてはっきり言えることは、「ドル紙幣は刷られすぎてしまった」ということである。
  世界は今やドルの下落に直面している。それも人類史上経験したことのないスケールでの暴落だ。たくさんあるものは値を下げる。
  たくさんありすぎるものはクラッシュする)・・1971年から今日に至るまでの40年足らずの期間に、ドル紙幣の価値は20分の1に
  低下してしまったのだ。 なぜそんなことになったのか。原因ははっきりしている。ドルの大量増刷が行われたためである。
  1971年8月15日に金本位制を廃止した。それによってドルのキャピタル・フライト(資本逃避)が発生する。
  アメリカからマネーが逃げ出し、為替市場でドルが売られ、米ドルの価値は下落した。米ドルはもはやゴールドに
  裏打ちされた通貨ではなくなり、アメリカ国債という負債に裏打ちされた通貨になり下がったのである。・・・
   ・・・石油と工業製品をアメリカへ輸出して利益を得ていたまさにその国々が、溢れ出るドルを吸い上げる役割を担っていた。
  彼らは輸出で得た代金でアメリカ国債を購入しており、それがドル紙幣の価値を人工的に維持する結果となっている。
  アメリカに石油と工業製品が着く。その帰りにアメリカ国債を満載にしていく。アメリカ人が買う商品を中国が輸出し、中国に
  ドルがたまる。中国がそのドルでアメリカ国債を買う。それによりアメリカに還流したドルでまたアメリカ人が輸出品を買う。
  この還流を「チャイニーズ・ランドリー(中国製洗濯機)」と呼ぶ。
 * 国別で現在、金を一番多く保有しているのがアメリカである。外貨準備の7割がゴールドであるのに対し、日本は僅か3%である。
  だからファイナルクラッシュで、一番、打撃を食うことになる。 その僅かなゴールドも殆どがFRBに置いてあり、日本銀行は、
その預り証しかない。それは日本だけでなく、世界中の国も同じである。それは、実質的にドルを持っているのと同じことになる。
 ▼ 当然、中国も分かっている。このサイクルが利すると考える間は大丈夫だが、そうでなくなったと判断したときには、これを捨てる。
中国が買い続けているからよいが、逆に売られたときには、長期金利は上がり、ドルは値下がり、アメリカにインフレが襲う。
永遠に中国がアメリカ国債を買い続けることなど不可能である。といって、中国もドルとアメリカ国債の暴落は自分で稼ぎ、貯めた
  価値の暴落につながる。もはや中国には一兆ドルの外貨準備高がある。 中国は寝ている間は良かったが、今や寝ている獅子は
  眠りから覚め立ち上がってきた。アメリカは衰退し、中国が勃興する流れは曲折しながら激しくなり、日本は埋没する?
   ・・・・・・・
3546, 意外と寂しい独身の人たち
2010年12月10日(金)
  ある特集の記事の中に、エッと目をひいた若者の統計値があった。
 思いのほか、独身者で付き合っている彼氏・彼女がいないのである。まずは、その箇所である。
【 電通総研が今年、23〜49歳の独身男女1996人を対象に実施した意識調査からは、まさに「受け身」
 そのものの現代の人間像が浮かび上がってきた。
・まず、男性の75・9%、女性の69・3%が「付き合っている彼氏/彼女がいない」と言い、
「3年以上いない」と「これまで異性と付き合ったことがない」の合計も同60・1%、49・9%に達するなど縁遠い実態。
 ちなみに「彼氏/彼女がいない」群の7割以上は「好きな異性がいない」。つまり、片思いすらしていないのだ。
・さらに「恋愛では積極的にアプローチする方か、相手からのアプローチを待つ方か」との問いに、
 女性の73・3%、男性の64・2%が「待つタイプ」と回答。 男女のほぼ7割前後が「草食系」を自認していた。
 漫画「モテキ」では、ある女性が主人公に「あいつどこまで受け身なんだよ」「全部女に言わせてんじゃねーよ」
 とキレる場面があるが、現実には男女ともに「待ち受け状態」にあるのだから、恋愛が始まらないのも当然だ。
「今の日本男性は経済格差の拡大もあり、傷つくのを恐れるガラスのハートの持ち主が多い。
 一方の女性側も、そんな男性たちと関係を構築するのに疲れて『恋愛低体温』になってしまっているのです」。】
  〜〜
 高校や、大学卒業前後や、女性の職場に勤めていた時など、波が押し寄せてくるように誘いが来る時期があった。
 これは誰にでも?あるもの。 逆に、全てが途切れて全くヒキアイが何もない時期もある。 現代では携帯電話があり、
 気楽に付き合っていると思っていたので案外である。 私の学生時代に携帯電話があれば?・・ まあ、いい。
 女性の四分の三は分かるが、男の三分の二が待つタイプとは?  で、若いときは? というと、草食系?か。
  心の奥で「波が、きたきた!」とか、「何で私が、こんなに?」とか、それも僅か数年の儚い期間だけ?
  まずは、とにかく声かけの量から? 肉食系の男女は、とにかく声をかけている! それも上手い。
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3171,「にこまる」で超図解
2009年12月10日(木)
 ー 3秒間! で脳内整理術 「にこまる」で超図解すれば問題解決ー 茂野太陽 (著)
二つの○を重ねて書き、重なっている部分を「同定」し、そこから新しいキーワードを探し、三つ目の○に書き出すもの。
・「正・反・合」を○で図示しながら、正・反から合を気楽に導き出すものと、考えてもよい。
・また「守・破・離」も守・破から離を導き出すことができる。
・「三位一体説」の「神(父)、イエス(子)、霊)のモデルの図示にも似ている。
・その他にも、起承転結や、帰納法、演繹法などに気楽に使える。
書店で、立ち読みで充分と判断していたが、手に取るたびに著者のエネルギーが本から溢れ出ているようで、思わず買ったが、
これは使える。「脳内整理を遊びながらする」手法であり、新しい手法というより、一つのテンプレートの提示である。
実際に図をノートに手書きでうつしていると、著者が考えつくしているのが分かる。
 テンプレートとして、*にこまる基本図、 *にこまる時間図、 *にこまるラセン図、の三図がベース。
何か問題を抱えたら、この三つの図をジッとみて、そこに問題のキーワードが収まるのを待つという方法もある。
その意味では、面白い提示をしているともいえる。 まず○印が二個重ねるというところが、ミソである。
 ー以下は、キーポイントの言葉である。
*頭がもやもやするのは入り口が自動ドアだから
 =入り口で、開けるかどうかの判断を手動でするべきというのは、情報社会だからこと必要
*情報は外だしすることで整理が加速する
 =書き出し、まとめてこそ、情報の価値がでる。 脳内整理は「答え」ではなく「問い」に重点を置くこと
*情報は、問いを含めた形で整理する
 =問うという能動的な形で整理するから価値が出る。
*情報を整理するには入れる箱が必要
 =自分の手作りの箱が必要。 この随想日記は私の箱である。 一般にブログは最適。
*思考のステップ化で脳内整理をさらに加速
 =この「にこまる」は、思考のステップ化に最適である。
思考法としては、シンプルで分かりやすい。 図示し、展開するには良い手法である。
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2806, イングランド・ツアー  
 2008年12月10日(水)
*英国という国
 英国の概要については‘?’で書いたが、更に書いてみる。
・英国の国民性として『働かないけど、金よこせ』が、サッチャーの改革で『働くから、もっとよこせ』に変わったという。
・長年の歴史から階級がハッキリしていて、労働者階級が出世するのは大変だが、事業での成否での入れ替わりの
 システムはあり、社会的弾力性は維持されている。
・バスからは山は殆ど見ることがない。延々と牧草地が続いており、道路の両側にオークの木や、
 林はブナの木、そしてポプラの木が所どころに見ることが出来る。教会にはイチジクの木が多く見られる。
 北イングランドの湖水地区や、コッツウォルズのカッスルクームの絵のような村の美しさが印象的。
・牧草地が目立ち、牛、羊、馬が多い。 また豚の牧草地に放し飼いが目だったのは英国的である。
 中世にローマ軍がやってきて、羊を持ち込んだため、多くの畑が牧草地に代わり、多くの農民が失職し、
 アメリカ大陸に押し出される原因になった。 そのアメリカで綿が大量に生産されて、英国に大量に輸入されて、
 羊毛の値段を暴落させたのは、皮肉な自然の摂理だった。
・食料自給率は80%あり、カナダの150、フランスの140、アメリカの130、ドイツの100%、 
 には及ばないものの、日本の40%からみれば、安定している。
・英国は、庭つくりの好きな国民性であり、自然を利用した庭つくりが基本という。
 ちなみに、フランスは幾何学的、イタリアは地形を利用した庭つくりが基本。
・英国は産業革命が始めて起こった国。 当初の自然破壊も大きな問題になり、環境保護の先進国でもある。
・ロンドンなどの都市に入ると同時に目立つのが、一棟が真ん中から左右対照同じ家が多い。それぞれが別の家族が入っている。 
 建売で、互いに気にしないで生活している。(値段が、安くなるからだろう)
・今回の旅行で、家族が仕事の関係で住んでいる人が三組いたが、その人たちの話では、英国は住めば都と、いう。
・世界的な金融危機を直撃したため、国全体がピリピリしているように感じたが、国民性に深い歴史を感じた。
 イギリスは、ファンタジー小説が多く書かれている国だが、その背景には、世界から略奪した富の蓄積がある。
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2007年12月10日(月)
2441, 四四太郎の霊日記 ー11     ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪
(字数制限のためカット 09年12月10日)
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2006年12月10日(日)
2077, 今年を振り返って −1   才八∋ウ_〆(∀`●)
 そろそろ、今年の十大ニュースが話題になり始めている。年末の31日になったら、
 もう一度書くつもり?だが、ランダムに頭に浮かんだまま書いてみる。
・北朝鮮の核実験とミサイル実験が日本にとってトップになるだろう。
・イラクでは日ごとテロが激しくなり、イスラム教の宗派間の内戦の様相を示してきた。
・国内では小泉から安部首相に代わったということか。
・それに児童虐待(親と仲間内)が頻繁におきだしてきた。家庭内が荒んでいるのが原因だろう。
・大型薄型TVが売れ出したことも大きい。
・県知事が三人逮捕となれば、やはり大問題だろう。市長の逮捕など、それがどうした?と思えるほどである。
・会社は、なんとか減収同益に持ちこめそうだ。来年から駅再開発が着工、今期を含めて三期がどん底だったが
 光が見えてきた?か・・ それとも、今そう考えていたほうが都合がよいから?楽観的に・・
・それと一番私らしくないこと、「県活性化のための会」を主導して開いた。
 学生時代のゼミの後輩に依頼されてのことだが・・・まあ面白かったが、無事終了。
・身辺では義母と、仲人の高橋与三八さんが亡くなった。
・二人の息子が婚約?、自宅に連れてきた。 来年が結婚式か?
・新しい習慣として、モーニングページ(思ったことを起きざまに30分間にわたりノートに
 曼荼羅の枠の中に書き込んでいく)の習慣を、3月から始めたことだ。これが今年の一番の収穫である。
・旅行はケニアであったが、サファリ・カーの外より、車内の動物に・・・
(字数制限のためカット 11年12月10日)
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2005年12月10日(土)
1712, 私の生活流儀 −本多静六    ー読書日記
著者の本多静六は色いろな本で紹介されていたが、書を読むのは初めてである。
平易な言葉の中に深い洞察が感じ取れる。給与生活者である立場にも関わらず、40才で預金の利子や株からの利益が
給与を上回り、60才(昭和元年前後)で、当時の数百万円の貯金と、株式、家屋、田畑、山林が一万余町、
 別荘六カ所という財産を築き上げた。                          ( ̄〜 ̄)ξ
ーその方法は簡単なもの。
1.本業に励む。
  一日一枚、出版レベルの原稿を書く。   _〆(。。)
2.給与の1/4と臨時収入のすべてを銀行に預ける
3.ある程度のお金が貯まると、株式などに投資する。
・まずは、本業に励むことを説く。
 「人生最大幸福は職業の道楽化にある」という言葉に集約される。本業がキチンと確立すると、
  副業として、官庁や公共団体の嘱託、早稲田大学の講師、民間企業からの事業の相談を受けることができる。
  また、一日一枚の原稿で、370余冊の本を出版することになった。そして、二番目の「給与の1/4と臨時収入の
  すべてを銀行に預ける」で、人並み以上に働き、人並み以下の支出に押さえられれば、自然に、お金が貯まる。
  これは、給与生活の最初からの習慣にする方がスムーズに実行できる。
・三番目には、お金が貯まると株式などに投資を行う。本多静六は、山林の投資で多くの財産を築いた。
  氏の専門が造林学というのが有利に働きいたようだ。二万円の投資が、最終的には、当時の金額で五千万円になっていた。
  株式投資も行っている。投資方法は、先物で株式を買い、購入時に二割の利益を得られる状態になった場合は、
  躊躇せずに、現金化する。ある程度、保有して、二倍になった時に半分を売り出す。
  その後の株の値段はすべて利益になるのです。下がった場合は、ずっと、保有する。
 「好景気、楽観時代は思い切った倹約貯蓄、不景気、悲観時代には思い切った投資を」という。
(字数制限のためカット 11年12月10日)
・・・・・・・
2004年12月10日(金)
1347, 「自分を活かす極意」−3         読書日記
ー情報摂取法
この本は、ダイジェストなので多くの要点がつまっている。本の一番の情報収集は
「三色ペンを使い20対80の法則の20と10を色分けをすることと、それを続けることが読書術そのものになる」である。
情報収集に関しては、本にしても、人からの情報にしても、収集した情報を的確に要約することが最重要課題である。
いわば「ミソ」の部分をマトメルコトだ。 それを、私は随想日記で毎日している。
 (字数制限のためカット 2010年12月10日)
・・・・・・・
2003年12月10日(水)
980, スーパーセンター
 この随想日記で最近話題にしている「スーパーセンター」とは、どういうものか調べてみた。
 スーパーセンターとは 
ー以下、次数の関係でカット(2007年12月10日)ー
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2002年12月10日(火)
606,ある時間の断片-20
 10月13日
ー以下、次数の関係でカット(2007年12月10日)ー
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2001年12月10日(月)
 265,運について
運がいい、悪いというが運とは何か考えてみよう。「ある事をやった結果がたまたま上手くいった、失敗した」
というのが一般的にいう運の意味である。運は結果論でもある。そうするとその「決定」が関ってくる。
(字数制限のためカット 11年12月10日)
・・・・・・・
ある時間の断片
 12月10日 1968年
昼の13時に起床。 姉の突然の來京で、また予定が狂ってしまった。あと二週間で卒論を書き上げなくてはならない。 
どういうことだ、これでは間に合わないではないか。 あと二週間では無理である。 どうしようか。
おまけに就職予定のジャスコオカダヤに提出しなくてはならない論文がある。
( ー字数制限のためカット 11年12月10日)

 ー2003年12月10 日記
「深井義明」のことを書く。
10年位前に脳梗塞で亡くなってしまった。 あとで聞いた為、葬式に出席できなかった。
「新橋しの田寿司」の四十数店舗の寿司屋チェーンの息子で、「ある時間の断片」の中に度々出てくる。
   (字数制限のためカット 2010年12月10日)
 


4285, 閑話小題 ー痴呆老人?の罵声

2012年12月09日(日)

   * つれづれに ー痴呆老人?の罵声と娑婆
 最近、近所で徘徊している?80歳過ぎの痴呆のような老人がいた。一年前から2〜3回見かけるが、服装は普通だが何か変。
一月以上前になるが、駅に向かっていたところ、その老人が突然、7mほどの道路の反対側で並列状態で歩いて大声で喚き出した。 
私を罵倒しているような、しかし何を言っているか意味不明。見ると目をさける。100mほどすると、そこは土手で民家が
無くなる。恐ろしくなったのか、少し離れて更に大声で喚いていた。 汽車時間がギリギリだったので、通り過ごしたが、
列車に乗ってから急に腹が立ってきた。帰った後に警察に相談に行って「収容をしないのか?」というと、「無理」。 それと、
「あなたの言っていること自体本当かどうか?」だと。 実は痴呆でなく、私の現状を近所で聞きかじった「寂しい老人性欝病者の
鬱憤ばらい」か、など考えてしまった。それにしては異常な怒りかた。上下の黒スーツに白ワイシャツ、14時からして、
「近所の孤独死をした老婆の49日法要の帰りで酒が入った勢いだたのか?」と仮説を立てると、怒りは増す。
「怨みの時代」の一現象だろうか、何だろう、これは。 私の事業整理は内情を知らない人からすれば計画倒産そのもの。
 私には外海の大津波(金融恐慌)が内海に向って押し寄せているのが実感できるので、この事業整理には割り切りが出来ている。
しかし倒産にしては、今でも自宅に住み続けているし、大型車はそのまま。(20年乗った査定ゼロ車など知る由もない) 毎日、
何処かに出かけ、それまでと変わらない生活。 誤解され罵倒されても仕方ない状態。その上、旅行バックを持っていれば・・
あれは軋轢のあった? 地元の人たちの罵声を代表したと思えば、一つの具象として分かる現象。 シラミの世界は、こんなもの、
真当に生きれば当然!と、納得するしかない。 地元に住む限りは半年に一度は、と割切っているが・・ ゾンビ?は無感覚で
襲いかかってくる。 私が「死にぞこない!」と怒鳴り返せば大打撃だろうが、痴呆老人との言い争いレベルに下がる。でも、面白い?
あの怒り、色いろな顔を思いかべ当てはめるとドレもコレもピッタリ。その数の多さに今さらの感がする。  
神様は丁度良いタイミングにボケ老人を遣わし、忠告したと感謝するしかない。 
 ここで、アメリカ、中国、韓国、そして日本の選挙と政権交代が進行中。 変動期には何かが起こる可能性が大きい。 
株式・国債相場の暴落か戦争を機会に世界経済は恐慌に入る。ある朝、突然に始まるが、それを境に想像を遥かに超えた日々になる。 
特に経営者は厳しい。それより何気なく病院で検査を受けた結果が、死の病の宣言! の方が、よほど恐いか。 
人生は喜劇で、かつ悲劇。 面白恐い! 
 ・・・・・・
3910, ファイナル・クラッシュ ー2
2011年12月09日(金)
   「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」石角完爾著
常日頃いっている、リーマンショックを史上稀なる大地震とすると、ファイナル・クラッシュは「大津波の本体」の言葉の
違いでしかないと言えば、それまでのこと。 何とか今年におそってくる筈だった大津波を先送りをして、体力の弱い中国・インドに
世界中の資源会社を買収させたり、ゴールドの蓄積をさせて、来る恐慌に対して準備期間を与えている。それを声高々に述べている。 
具体的にシンガポールとかオーストラリアに、泥舟日本からの脱出を勧めているという面では、読むべき価値は十分にある。
恐慌の恐ろしさを99%以上の人は実際に分かってないし、オボロゲに分かっても手の打ちようがないのが現実。 
夫婦で一億以上の資産があったら、手順を踏んだ方がよいという。 これから10年で日本は豊かな国から貧しい国になる。
 ー この本には原書のネタ本がある。それを知った経緯の部分を書き出してみる ー
  * 原書のファイナル・クラッシュとの出会い
 ファンド、とくにヘッジファンドが行っているデリバティブ(金融派生商品)やCDS(信用リスクを移転する取引)の売買は、
基本的に相対取引であり、なおかつ口頭か、紙ベースで行われている。コンピューター時代の今も、一般人がアクセスで計る
パソコンのスクリーンには一切出てこないのだ。誰がどういう動きをしているかは、そういう閉ざされた情報交換の中に入らない限り、
わからないしくみになっている。日本の金融関係者でそうした場に参加できる者はほとんどいない。この秘密の会合の一つを組織している
クラブの本部がロンドンにある。私はその会員となった後、クラブの主催者から「カンジ、これはすごい本だから、ぜひ読んだほうがいい」
と勧められ、一冊の本をプレゼントされた。 それが「TheFinalCrash」だった。 主催者自身、それ一冊しか持っていないという貴重な本。 
主催者は女性であった! その本を入手できたのは、著者もまたこのクラブの会員で、自著をクラブ主催者に直接プレゼントしたからだった。
主催者の勧めに従って一読し、私はその内容に驚愕した。「これは本物だ。大変なものだ」そう感じた私は著者に直接話を聞きたくなり、
本をくれた主催者に「会わせてもらえないか」と頼んだ。そして彼女は、イギリスとフランスの間にあるタックスヘイブン、ガーンジー島に
住み、そこからほとんど出てこないという著者に連絡をとってくれた。ガーンジー島は、ロンドンから空路で一時間ほどの距離にある。
対岸のスウェーデンに住む私とお互いの予定を合わせ、クラブの本部があるロンドンで三人で会うことになった。 二〇〇九年のことである。
本で紹介されている簡単な経歴によれば、著者はイギリスの全寮制の名門パブリックスクールの一つ、ラグビー・スクールを出ている。
ここは、数学者で『不思議の国のアリス』の著者・ルイス・キャロルや、五九代イギリス首相のネヴイル・チェンバレンなどが
輩出した有名校である。
ー 目次 ー  第1章 借金が市場を炎上させる    第4章 日本経済の行方
        第2章 世界経済ブラックアウト    第5章 自分の資産をどう守るのか 
        第3章 迫り来るメルトダウン     第6章 クラッシュ後の世界
 ・・・・・・
3545, 「そう思う」と「本当に、そうである」とは違う
2010年12月09日(木)
 これまでの人生で、「そう思う」を、「本当に、そうである」と勝手に思い込んで失敗したことは数知れず。
これは、人間の判断を大きく間違えさせてしまう。行動するの「行」には判断という意味が含まれる。判断し、動くのが行動。
その判断の基がいい加減になっていることに人は気つかないで、大体が「そう思った」で、「そう動いてしまった」ことになる。
 ー池田晶子は、そのことを以下のように述べている。
【 「本当に、そうである」とは、如何いうことか? というと、間違っていたとしても、それが正しいと思えば、
「本当に正しい」と思うようになる。だからといって、それが正しいということにはならない。正しいことは正しいし、誤りは誤りである。 
では、正しいとは何か?というと、考えつくし誰もが認めることが正しいということになる。「そう思う」から[[本当に、そうである」に
いきつくには、「考える」ことによって、はじめて可能になる。誰にとっても正しい定規、たった一つの正しい定規である。・・・ 】
 振り返ってみて、考えて生きてきたつもりだったが、まだ考えが足りなかったと、この歳になってシミジミと思う。
10年前から真剣に哲学書を読むようになってから、その思いは深まる一方。 考えて考えてきたつもりだったが、振り返って
みれば、まだまだ考えが足りなかったことに気づく。良書との出あいが少なすぎたということか。 「そう思う」を一度、
「そう思っている、このことは本当に正しいのか」と一度、考えて、「そう考える」まで、練ってから判断をしないと、大きく間違う
ことになる。事業計画がそうである。「本当に、そうである」と信じて実施したことが、時代の激変で、「そんな激変するとは」に
様変わりしてしまう。それより日常の情報も同じである。「そう思わせる情報操作」で、簡単に「本当に、そうである」に一般大衆は
洗脳されている。情報化社会で、情報が溢れている現在、それぞれが考える能力を養っておかないと、気の毒な大衆に陥ってしまう。
 ・・・・・・・・
3170,つれづれに ー閑話小題 
2009年12月09日(水)
* 長岡の死体遺棄事件の背景は不況!
 長岡の死体遺棄事件で、大手製造機器メーカーの営業課長が殺人容疑で逮捕された。取引先からの発注の取消しのイザコザで
殺害したものだが、業界不況が背景にある。このリーマンショックで、「売り上げが半分以下」で、ツガミも一月に人員整理に入り、
埋め立てた場所も閉鎖になった工場という。 ここで1000万円の穴は、即刻首である。本人は納品したといっていたが、集金はまだ
ということになっていたという。何処もかしこも、こういう話である。 長岡の北部には工場地区があるが、
それが去年のリーマンショックで直撃を受けた煽りの事件である。 日本炎上?
* 翠点(すいてん)
 南方熊楠は 「世の中の事象は、曼荼羅の、因果の世界である。しかし、これら因果は無秩序に支配されているのではなく、
ある一点に集まってくることもある。核の周りを動く電子の軌跡のような線と、そこにクロスする直線いくつかの自然原理が
必然性と偶然性の両面からクロスしあって、多くの物事を一度に知ることのできる点、それが「翠点」である!と、
マンダラの中に翠点を発見した。 分かったような分からないような論だが、「モノゴトを色いろな角度から俯瞰し、
一点に交わるところ(翠点)を探ると、その翠点付近は、物事があいまいな状態で存在している」という発見である。
「要点」の意味に似ているが、マンダラの中で見つけたところがミソ。 
* 国家予算の六割が借金!
 この予算が組めるのは、来年で終わり。 それ以上は、国債の暴落と株の暴落を引き起こす。
(字数制限のためカット 2010年12月9日)
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2805, オバマという人物
 2008年12月09日(火)
オバマという人物を、いま一つ解らない部分がある。父親がケニア人で、母親がアメリカの白人。 
しかし経歴といえばアメリカ社会のエリートコースを登りつめ、史上初の大統領にまでなった人物である。
しかし何か得体の知れない危なげな匂いを感じもする。そのことを産経新聞の「世界を斬るーオバマのアメリカ」
の岡本行夫と佐藤優の対談で、佐藤が次のような見方をしている。
 ーまずは、その部分である。ー
【オバマさんはキメラ(多様な要素を併せ持つギリシャ神話上の生物)だと思います。何者でもあるし、何者でもない。
よい目つきで見ると、エリートの要素も、低い要素も、すべてを備えているように見える。国民の能動性を引き出すのもうまい。
勝利演説でネットで5ドル、10ドル、20ドルを入れてくれた人に感謝していますね。政治参加する人は少額でも、100万ドル、
1000万ドル払う人と権利が全く同じだと。アメリカ人とは何かという根本的なところで、アメリカを思い、
アメリカのために行動する人がアメリカ人だと。新たな統合原理をつくることに今のところ成功していると思う。
   (字数制限のためカット 2010年12月9日)
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2007年12月09日(日)
2440, 哲学の効用とは?      ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪
最近、コペルニクス的に世界の見方が変わってきたのは、情報化による情報の質量のレベルアップと、還暦を過ぎた為と思っていた。
しかし哲学書をこの数年間読んできたことも大きく影響していた!と中島義道の「哲学の教科書」を読んで気づかされた。
世の中の価値観や、常識を自分の頭で根底から疑ってみる習慣が少しずつ付いた結果である。考えるということは、驚き、感動し、
根こそぎ新鮮な感覚で周囲を見直すこと。元々、その傾向は強いつもりだったが、それがマスマス強くなった結果である。
 まずは、その部分を抜粋してみる。
(P・228)     −中島義道「哲学の教科書」
メルロ"ポンティは「哲学とは世界を見なおすことである」と言っております。これは、先に挙げた(第2章)プルーストの言葉
「芸術家がわれわれに与える喜びは、われわれがもっている宇宙の上にもう一つの宇宙を教えてくれるところにあるのではないだろうか」
に比べると、やはり哲学の特性を表している。ここに「見なおすこと」と言って、「思索しなおす」とか「解釈しなおす」とか
言っているのでないことがミソです。次章でゆっくり話しますが、私が法学をやめて哲学をしようと思いたち、大森荘蔵先生のお宅に
伺ったとき「哲学にとって一番重要なことは何ですか」と新聞記者のようなことを聞いたことがあります。
その答えは、やはり「よく見ることです」というものでした。前章で考察したような哲学の問い「時間」「因果律」
「私」「他人」「意志」「存在」などは、われわれがちょっと注意して「よく見れば」足元にころがっているものです。
私は「哲学の小道」という類のものを信じません。それは、じっと腕を組んで「善とは?」とか「自由とは〜」とか
瞑想に耽リながら散歩するのによい静かな小道なのでしょう。哲学とは何よりもまず「よーく見る」ことですから、
必ずしも、こうした浮世離れした環境は必要としない。とくに、「今」とか「よい」とか「ある」とか「私」とか
「意志」といった卑近な言葉のうちに謎のすべてが詰まっておりますので、ホームドラマやスポーツ解説や、天気予報からも
いろいろヒントを受けることができます。さきほど申しましたように、哲学は何の役にもたたないのですが、
こうした言葉を使うとき前提されている底を打ち破ってみせることは、間接的にでも何らかの役にだつのかもしれません。
つまり、哲学はすべてのことを徹底的に疑うところから出発します。 普通の人々が前提している善悪の骨格を揺さぶります。
したがって、例えば、戦争が悪であるのは第一に戦争は人を殺すからですが、哲学者は「聖戦はあるのか」とか
「原爆投下は正しかったか」といったレベルの議論にではなく「なぜ人を殺すことが悪なのか」といったレベルの議論に
照準を合わせます。もちろん哲学者とて、その社会に適応した人間ですから「人を殺してよい」と思っているわけではなく、
(字数制限のためカット 2011年12月9日)
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2006年12月09日(土)
2076, 経験についての一考察       オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
経験について考えてみよう。
「経験」は、「経験を積む」や「経験者」のように、『くり返しおこなってきたことから得られた知識や技術』をさす。
それに対して「体験」は、「面白い体験」「戦争体験」など直接感じた行為経験をいう。「人生経験」を例にとると、
体験などを通して腑に落ちること、了解したことをいう。その蓄積が人生経験豊富ということになる。 経験は、過去の積み重なね
としての現在の自分を構成している。したがって、年を重ねただけ了解した蓄積が多く、何をしても、何を読んでも、そのプールが
面白くなっていく。経験そのものも貴重だが、それ以上に、そこから何を、どのように学ぶかが重要である。
バーナードショーは、「人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、経験に対処する能力に応じてである」といっている。 
経験から学ぶことこそ「経験を生かすノウハウ」である。人は経験から学ぶと同時に、忘れる動物である。 
忘れるから生きていける部分もあるが、喉もと過ぎれば何とかで、経験を消化する前に忘却してしまうのが人間の性である。 
汝自身を知れ!、そう消化しないで忘却する自分を知れ!こそ経験を無駄にしないことになる。 汝自身を知れとは!とは、
この意味で考えると腑におち、納得できる。消化できない自分の無知さえ自覚できない愚かな動物である、
ということを経験といえば他人の経験からも学ぶことができる。それが文化・文明をつくり上げてきたのである。 
他人の不幸・失敗は、その経験則を把握さえすれば、自分の経験則に織り込むことが可能になる。
これが「合理的・合理性」である。この歳になり、過去が未来より圧倒的に多いと実感してくると、他人の経験則の吸収と、
自らの経験を消化する知力の至らなさを痛切に後悔するようになる。生きるとは、失敗こそが意味を教えてくれる切り口になる。 
失敗こそが人生である。全てが失敗といってよい。最近は後悔すべき過去がフラッシュのように、頭を過る。 
しかし、人生は失敗・後悔の塊と割り切ってしまえば、深く人生を見直すこともできようし、分別もできよう。 
砂に喩えれば、砂金も少しはみつかるだろう。石ころも混ざっているが!大したことがあるわけない人生、意味など今さら
考えても仕方ないが。意味は価値だろう、価値の後つけほど馬鹿馬鹿しいものはないのに、自信がないから、裏づけが無いから、
記億の修正のため、そして疾しさを正当化するため、経験を歪めてしまうのである、
経験は、先生である! 先生の話は、よーく聞くべきだった!            (。^0^。)ノサイナラ!
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2005年12月09日(金)
1711, 道路の経済学     ー読書日記   
 学生時代の武澤ゼミの一年後輩から一月ほど前に電話が入った。 (。・ω・。)】ゝモシモーシ (*´o)8 ohisasi
  あるプロジェクトの相談である。 その詳細は書けないが、かなり難しい問題である。
 ・戦略の失敗を戦術でカバーできないか?ということか、
 ・再構築のための情報収集ということか、その両方だろう。そ
字数の関係でカット(2007年12月9日)
(^_^)/~~ja~
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2004年12月09日(木)
1346, 23歳の日記−5
実際のところ、書きうつしていて気持ちの良いものではない。三十五年前の自分と直面するのも恐ろしい。
正常と異常の塀の上を一日一日歩いているようなものだった。それが若さということなのだろう。
字数の関係でカット(2008年12月9日)
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2003年12月09日(火)
979, 結婚30年
 一昨日で、結婚30周年になる。昨日気がついた。今までは結婚祝いなどしたことはない。
結婚という視点からいうと、「30年は短かった」というのが実感である。
女性問題でもめたことは一切ないし、夫婦の危機は一度もなかった。
(字数制限のためカット 09年12月09日)
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2002年12月09日(月)
 ある時間の断片-19
10月12日 1968年
8時起床。 11時半に長岡に出発する。15時過ぎに帰宅。家はやはりよい。 両親が帰ってくる。
学校町と柏崎のおばも来る。兄の三郎さんが婚約したという。どんな人か早く会ってみたいものだ。
長岡の街を歩いてみる。街が禅寺に行っていたせいか何かよい。西村さん夫婦は旦那の実家に行っていたため会えず。
夜半の3時までオリンピックをみる。世の中も変わったものだ。小学生の頃のメルボルン大会をラジオで
やっと聞こえたのに。12年でカラーTVで見れるのは夢のようだ。
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2001年12月09日(日)
 264,税務調査ー2
野村沙知代が脱税で逮捕された。
悪質の為だが、それにしても実の息子に告発されるとは異常だ。国税局の査察の場合大部分が内部告発だ。
全国の会社の15?で経理の不正が行われているという。そしてあまり表ざたにならないのは、多かれ少なかれ、
脱税が行われているからだ。
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12月9日 1968年
  9時半起床。11時45分に上野へ、正子さんを迎えに行く。上野の寿楽で食事をしていると、軽井沢で知り合った、
  小林君と大井君でバッタリ会う。 彼等と一時間話をする。やはり方向に迷っているみたいであった。
 

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