堀井On-Line



4234, プレイボーイの人生相談 ー2

2012年10月29日(月)

  今東光の回答も面白いが、柴田錬三郎の回答も単調直入に切って捨てるところが面白い。
   * 愛の本質とは?
● わたしは、18歳の女子学生です。愛の本質について悩んでいます。今まで3〜4人、肉体関係のあった人がいますが、
 わたしの求める愛ではありませんでした。いまも一人の男性と、月に二〜三回あっているのてすが、彼と分かれたあとの
 何ともいえない むなしさはいったい、なんなのしょうか? ー愛の本貿とは何んでしょうかー
◎ チンビう同志が裸体をくつつけ合つて愛の本質など判りはせん。魂というものについて、まず考えなくてはならないのだ。
 君には、それを考える能力がないらしい。一八歳にしかならないのに、もう数人の関係を持つとは、驚くべきズベ公ぶりだ。
 行為そのものが、どうせ、二〜三分の動物的なエンヤコラに相違ない。 だからキミは、セックスさえも知らないのだ。
 まず、阿保らしいセックスを中止して、愛するということは何かを知るために、名作といわれる古今東西の恋愛小説を読みたまえ。
 魂の美しさ、苦しさ、清らかさ、そして浄化を知るがよい。
   * 惚れて、許して、妊娠し…
● 私は十八歳の女子学生です。今、市内のある喫茶店でアルバイトをしています。店のバーテンをどうしようもないほど好きに
 なってしまいました。相手も私を思っているようなんです。でもその人は結婚しているらしいのです。人の話を聞いたのだから
 ハッキリわからないんだけれど、聞く勇気もありません。でも時々、彼にがらかわれているようにも思えるのです。
  相手は遊びのつもりなのでしようか。
◎ 嬉れて、からだを許して、一度ぐらい妊娠して人工中絶して、やがて、すてられて、なかばヤケになって、新宿あたりの酒場の
 ホステスになって、だんだん美しくなって、野心を起して、酒場のマダムになる野心を起して、いろいろの男から、金をひき出して、
 ついにその無理がたたって、ダマした男に殺されて、バラバラにされるかね。
  ▼ いずれの世の中も、悩みは同じ。悩み、悶え苦しんで、その格闘の中から、人生は生まれてくる。いずれにしても、
   人生は真正面からぶつかるしかない。とはいえ綺麗過ぎる人生も、つまらないが、汚いのも考えもの。「小汚い人生を
   小奇麗にして生きることこそ、避けるべき??」か。それとも、そんなことを一切、無視すべきか。 どちらにしても同じ。
 ・・・・・・
3869, 地球の中心点からの声 
2011年10月29日(土)
   * 瞑想のヒント?
 二年前から、早朝のウォーキングをポタリング(ミニ・サイクリング)に切り替えたが、それ以前は、25年以上近くの土手を
歩いていた。1万から1万5千歩を目標にしていたこともあって、週末には2時間以上歩いてい時期もあった。しかし1時間も
歩き続けると腰が痛くなり、屈伸をしたり、何度かシャガミこむ。その内に、そこで深呼吸をするようになっていた。
屈伸は10回ぐらい繰り返すと不思議と腰痛が引く。ある時に思いついたのが、しゃがんだ時に地球の中心点まで気持ちを落としみ、
そこからエネルギーを汲みあげ、逆に立ち上がったときには、天に向けてエネルギーが宇宙の彼方に向かうイメージである。 
呼吸法などの本から租借した呼吸法ということになる。その時に、何時の間にか擬人化した声と対話するようになっていた。 
しかし最近になってウォーキングからポタリングに切り替えたため、殆ど、その呼吸法をすることはなかった。ところが、昨日の朝、
ポタリングの途中、信濃川の大手大橋の上を引きチャリをし歩いていると、地球の中心点が頭に浮かんできて、呼びかけてきた。
《 ワシ(中心点)をリアルにイメージしろ。そして、ワシと繋がったと思え。この一点の声を聞こえる奴は少ない。何時でもよい。
 目を瞑り、そのイメージを持つのだ。 それで地球の中心に己を置くことができ、そのエネルギーを得ることが可能になる。
まずは、ここを歩いたときは必ず、この瞑想をしろ! 》と。 本当の話である。 地球の大元に繋がる?イメージは面白い!
もしかして頭が変になってきたか。元もと変だから、何だろう。 内なる声なのか、はたまた妄想か。ただ、純粋にイメージを持てば、
これは内なるエネルギーの大元に繋がることになる?。 外に向かっていたエネルギーが内向きになった結果か、それとも鬱から躁への
切り替え時のイメージか、これは。 呼吸をしてくれという身体の叫びが正体か。 深呼吸は意識的にしていたが、まだ足りないようだ。
 毒が溜まる状況下、エネルギーが枯渇ぎみ、ということ。 深呼吸が精神の大元そのもの。 中村天風の教えと同じである。 
 ・・・・・・・
3504, 10−10−10 ー��
2010年10月29日(金)
   「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」   スージー・ウェルチ (著)
 ここで多くの事例をあげて、3つのスパンで考える方法を教えている。そこで自分の日常の小さな判断の経過をあげてみる。
▼(例)=今月は、どういう訳か飲む機会がなかった。そのためか帰りの新幹線車中で「さて今月は、外で飲んでいない。
酒の肴でも買って家に帰ろうか? 殿町にでも飲みに行こうか?」と誘惑の気持ちが出てきた、とする。
 そこで、この3つのスパンで考える。≪ 店での二時間はストレス解消になる(短期)、しかし酔った勢いで下手をすると
数軒まわる可能性があり、明朝は後悔する(中期)、それも一週間後には全て忘れている(長期?)。
飲みに行けば明朝のウォーキングかサイクリングは中止になり、せっかくのゴールデンタイムが、二日酔いで帳消し。
さて、どうするか。朝か、夜か? 一週間後には全く記憶の彼方なら、帰るか ≫になる。
これは数ヶ月に一度はある。以前は三度に一度は誰かに電話をしたが、今は歳のせいか、ほぼ帰る。
要は考えるという間で、衝動を抑えることができる。 事例としては、人生とは違う内容だから相応しくないか。
 しかし、この本、久しぶりに頭がスカッとさせられた本である。 再度、おさらいをすると、
【 紙とエンピツで、目の前の悩みや葛藤を自問形として書いてみる。<わたしは○○をすべきかどうか?>つまり、
人生の様々な節目に現われてくる問題をまず自分に問いかけてみる。大切なのは、その決断を下したら10分後、10ヶ月後、
10年後(別に10の数字にこだわらなくともよい。一週間、半年、数年後でもよい)の結果を予測することだ。
予測は、ただの想像とは違う。目下の問題の充分の情報を集め、分析し、客観的に見つめなおし初めて予測可能になる。
その過程で、「自分の本心」と「価値観」が浮き彫りになり、裸の自分と向き合うことになる。
そこで、さらに「よりよい決断」をしたかどうかを、その過程で知ることになる。もし、そうでなかったら、そこで修正する。
人間は誰も節目で同じように考えるのだろうが、これを習慣化すれば、より深く考えることが容易になり、判断と決断が早まる。
現在の恐慌?も、「100年、250年、500年に一度のスパン」で捉えたり、「500年、1万年、20万年に一度のスパン」で
捉えたりすることもできる。この視点で過去を振りかえると、自分を見つめ直すきっかけになる。 
・・・・・・・
3129,電気自動車の時代
 2009年10月29日(木)
先日、NHKスペシャル「電気自動車革命」を放送していた。以前にも「電気自動車が、これからの主流になる」
という内容の特集を組んでいたが、地球温暖化防止のための‘脱ガソリン’として、世界中が電気自動車へ
向けてギアが変わってきたようだ。GMが先駆けて脱ガソリン車の開発・完成をした時にあらゆる妨害が入った。
それを「誰が電気自動車を殺したのか」というテーマのドキュメントも放送していた。
石油業界にとって脱ガソリンは大打撃になる。が、温暖化を考えたら、そうはいってはいられない。
 ーNHK・HPのこの番組紹介からー
《 自動車革命 第2回 スモール・ハンドレッド 新たな挑戦者たち 》
シリーズ2回目は、世界各地で同時多発的に勃興する電気自動車メーカーの動きと、電気自動車に社運をかける日本メーカー
日産の最前線の動きに密着する。中国の農村部で「電気自動車ブーム」が起きている。町工場が雨後のタケノコのように生まれ、
今まで自動車と縁のなかった層が新たな市場として活気づいている。 新興メーカー中には、ヨーロッパに進出するなど、
自動車メーカーと市場争いを繰り広げるところも出てきた。一方アメリカでは「グリーンニューディール」を推進する
オバマ政権のもと、グーグルなどシリコンバレーのIT企業を中心に「21世紀の産業革命」を起こし、世界のイニシアティブを
握ろうという動きが進んでいる。これに対し、世界の自動車メーカーで初めて本格的な電気自動車の量産化を打ち出した日産は、
ガソリン車の購買層をターゲットに市場の開拓を推し進めている。 市民の意識改革の難しさ、充電インフラ整備など様々な
課題をかかえながら、新時代を切り開こうとしている。
 ーー
 違う時代に紛れ込んでしまったような錯覚を受けてしまった内容だった。
  ー印象に残った部分を列記してみると、。 
  (字数制限のためカット 2011年10月29日)
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2764 ,ウォール街の魔女
 2008年10月29日(水)
  【産経抄】の10月25日のコラムが強烈である!
  関西で「がめついヤツ」とかいう三益愛子が主演していた演劇があったが、
 そのウォール街版である。 ここまで徹すれば、これまた御立派である。
  ーまずは、そのコピーから
 1世紀ばかり前の米国に「ウォール街の魔女」と呼ばれる女性がいた。へティ・グリーンという。
 父親の遺産をもとに株や債券、不動産に投資を続け、1916年に81歳で亡くなったとき、
 当時の金で1億ドルの財産を残した。 今のレートで100億円近い。
 ▼作家、ジェイ・ナッシュの『世界変人型録』という本によれば、彼女は金銭に関する第六感のようなものを持っていた。
  銀行の破綻(はたん)や金融恐慌を巧みにかぎとりながら、稼ぎまくった。
  さらに、大富豪にしては「常軌を逸した締まり屋」でもあったという。
 ▼20年間、同じ服を着てウォール街を歩き回り、決して車には乗らなかった。食事は安いレストランですまし、
  安下宿を転々とし週5ドル以上の家賃は払わなかった。読んだ新聞は息子に売りにいかせ、その息子がケガをしたときは、
  治療代をケチり片足を切断させられた。  (字数制限のためカット 2010年10月29日)
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2007年10月29日(月)
2400, こころの旅 ー4         (* ̄0 ̄)ノ 才八∃一 gozaimasu!
*まわり道*
  神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。同じようなことが、立花隆の文章にあった。
 「青年期の10年は潜伏期間、そこで何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。 誰もが直線的な人生より、まわり道をする。 
  が、問題はその道で如何に自分を培養するかである。行ったきりの人生もあるが・・・ 精神喪失(精神病)や自殺は、その極端な例。
  一つや二つは、迷路の迷い込み七転八倒した経験は人知れず持つのが人生。お伽噺や神話は、その理想の物語として我々に提示される。
  まわり道こそ、物語なのである。その時は辛く、激しく、情けなく、悲しいが、しかし真実と夢があった! 逆にまわり道のない人生は
  そこに何の味わいがないだろう。 中学校の担任が定年の祝いの同級会の二次会で、「オレの人生はなかった!両親が先生で、
  今も90歳近いのに矍鑠としている。そして二人のコントロール下にある」という言葉が重く聞こえた。   
   ーp.121ー
  ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。 「運命」と当面のしごとが要求することを
 忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口があらわれてくることもある。あるいはまったく思いがけない人が
 みていて、本道へとつれ出してくれることもある。けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間、見捨てられているわけではない。
 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、たとえもし青年期を病の中で
 すごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。 
 落伍者のようにみえた青年の中から、のちにどれだけ個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、
 順調に行った人よりも多くの風景にせっし、多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと
 「わが道」にたどりついたとき、すらすらと一直線でそこに来た人よりも独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事を
 することができるだろう。・・・」
  ーー
 人生60年余生きてきて、無駄なことは無かった!と実感する。 それも順境の時より、逆境の時の方が有益だった。
 「順境は枝を張れ、逆境は(枝葉を切って)根を張れ」というが。佐藤優の文章が心を打つのは、
 決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で差し入れられた本を読み、考え、言葉を練りまわしていたからである。   
 そこを「勉強の場」として、割り切ったからである。 まわり道の中でこそ、個性ができるのである。  honnja ヾ(・ω・`)ノバイ


4233,プレイボーイの人生相談 ー1

2012年10月28日(日)

以前、この中の今東光の回答の幾つかを取り上げたことがあった。先日、図書館で再び借りて読んだが、
今東光の珍妙な味わいある内容に決して劣らないものが多くあった。回答者は、他に柴田錬三郎、吉本隆明、野坂昭如、
アントニオ猪木、開高健、赤塚不二夫、岡本太郎、武田鉄矢などなど。 その幾つかを取り上げるが、面白い!
若者向けの雑誌のためか、「性についての悩み」が多い。          『プレイボーイの人生相談』(集英社)
   ーまずは武田鉄也からー  <愛につながる性の道>
相談:「彼女はいるのですが、どうしても風俗通いがやめられません。
    風俗に行くと、彼女には要求できないことも要求できて、とにかくハマってしまうのです」。
回答:「実はセックスというのはお互いを汚しあうことなんです。だから、本当にキミが彼女のことを好きなら、彼女と一緒に
  汚れる性を体験しなければ本当の性は完結しないんだ。(中略) お互いを汚し合い、互いを洗い合うところに本質があるんだ。
キミが風俗にハマっているのは、相手を洗ってあげる必要がないからなんだよね。例えばレストランと一緒で、自分が食べたものを
後片付けする必要がないから、気楽だし、好き勝手注文することができる。毎日レストランじゃ、飽きちゃうし、お金も続かなくなる。
そうすると、やっぱり自分の家で食べるご飯が中心になるし、いちばん落ち着ける場所になる。だから自炊をするんだけれども、
自炊をするために魚を買ってさばいてみれば、はらわたは出るし、生ゴミなんかたくさん出るわけだ。すると当然、部屋は汚れる。
実は本当の性、セックスというのはそういうことなんです。今のあなたは彼女とのセックスを汚さないように、散らかさないように、
後片付けがしやすいようにやってると思うんだ。でもさ、若いんだったらふたりで片付けないと片付けきれないぐらい汚したりして
いいんじゃないかな。キミはもっと獣性や野生を出して彼女を汚すべきなんだ。そして、その汚れをふたりできれいに片付ける。
そんなところに、本当の愛につながる性の道、セックスの道というのがあると思うんです」。≫ 
   <何のために生まれてきたか? と考えて>
相談:「最近、ボクはなんのために生まれてきたのかと考えることがあります。人間って一体なんのために生まれてくるんでしょうか」。
回答:「ただ、その問題を考えている人たちは、みんな悩みながら、なぜか突拍子もないことをやり始めているんです。
 簡単な例を挙げてみましょう。桃太郎という昔話があります。よく考えてみてください。 桃太郎っていうのは実に変なヤツですよね。
桃から生まれたといわれて、ある日突然、鬼ヶ島へ鬼退治に行くわけです。だいたい桃から人間が生まれるわけがないと思っていますね。
そんなことは子供でもわかります。それに、自分にはおじいさんとおばあさんしかいない。村の友達と比べれば、なぜなんだろうと
不思議がるでしょう。そこで、桃太郎は鉢巻を締めて考えたんでしょうね。「オレはなんで生まれてきたんだろう?」。その結論は、
「オレは鬼退治をするために生まれてきたんじゃないだろうか?」だったと思うんです。オレはどうやらふつうのやつとは違う、
オレはなにか突拍子もないことをするために生まれてきたんだ。その突拍子もないことはなにかと考えたときに、それが
「誰もやらない鬼ヶ島を攻めること」だった。突拍子もないことをやることで桃太郎は、オレはなにか?という答えを見つけたんだ」。
 ▼ 私なら、こう回答する。 ≪そんな人生の大問題の手軽な答えなどないよ。「何のため生まれてきたのだろうと頭の中で
  繰り返しながら、本屋と図書館の書棚を見て回りなさい。必ずあるから。そしたら、まず、おわりと、最終章を読みなさい。
  そこになかったら、序文を読めば、多くのヒントがあるよ。とにかく、自分で答えを探すこと、それが一番大事なことだよ!≫
 ・・・・・・・
3868, 嘘みたいな本当の話 ー5

2011年10月28日(金)

                     「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
  * 祖母とロック
 祖母と歌番組を見ていた。 とあるロックバンドが演奏していた。 当時とすると若者に人気のバンドだった。
祖母がひとこと、「彼らは、ロックがわかっていない」と言った。 そして祖母は無言で演奏を見続けた。  ー奈良県 うさど
  * 彼女だけの階段
「あの階段、どこですのん?」 ターナル駅の地下街で呼び止められた。「ほら、あのいつも通る階段よ」 私は一瞬とまどったが、
困っているおばあさんを無視することもできず、「その階殴を上がると何が見えますか?」と聞いてみた。 しかしおばあさんは
私に聞いてもだめだと思ったらしく、「あの人に聞いてみたろ」とそそくさと行った。         ー大阪府 馬山鱒由紀
  * もうひとりの私へ
 研究室に入ると、先輩が詰め寄って来た。彼女は日本古代史専攻の学究の徒。
「あなたは、歴史を学ぶ者として恥ずかしくはないの〜」 はい〜 「なぜ、○○遺跡発掘を邪魔するのか?」を知りたい。
「私は、この目で見た。あなたが、その遺跡でしていることを。嘘はつけないよ。なぜ、そんなことをするのか」
何が何やら、さっぱりわからない。「私、その遺跡のことも発掘のことも、何も知りません」
「よく、そんな言い訳ができるね。私は、この目で見たんだから」 はい〜  四十年近く経ったいまでもわからない。
在学中、彼女はずっと糾弾の目で私を見つめていた。よく似た人がいるのだろうか。もうひとりの私は、そこで何をしていたのだろう。
どこの遺跡で何をしていたのだろうか。いまはそれが知りたい。  今日、知人に言われた。『○○スーパーでパート始めたの?』
『牛乳の補充してたでしょう』エーッ! もうひとりの私、頑張ってるね。
 ▼ 「彼女だけの階段」を読んで、学生時代に住んでいた寮の近くでの出来事を思い出した。それも、いやに鮮明に憶えている。
  5歳ぐらいの女児が、「私の家を知らないですか?」と、道を迷ったらしく私に聞いてきた。「町名は何というの?」と聞くと、
  その子、「何を言ってんの。ほら私の家よ、私の家よ」という。 私、「 ・・・・ 」 不思議そうな顔をして、走っていった。
  痴呆症の老婆と私の出会った少女の話と、実は同じような思い込みを我々はしている。 自分が知っていることを他の人まで
  知っていると思い込む、一人合点。 それが長年、蓄積されているから問題。 それより、自分が何にも知らないことを、
  知らない恐ろしさの方が悲惨である。 悲惨さえ自覚出来ない悲しい過去と、そして現在。 軽い話が重くなったか!
 ・・・・・・・
3503, フューチャリスト宣言 ー2
2010年10月28日(木)
                     「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
  *(ネット)システム一人勝ちの時代
 最近、ネットなどの通販がコンビニ業界と、百貨店業界の売り上げを超えた。10年前では考えられないこと。
我が家では半分近くがアマゾン、楽天などのネットによる宅配便の購入である。それも一回払いのカードで
割引ポイントを稼いでいる。 また楽天などネット商店街を提供する業者は売り上げの数パーセントを出店先からはねている。
これは流通だけでなく、情報に対してもいえること。情報というコンテンツをつくる方は、ネットをコントロール側からすると、
消費される≪素材≫でしかなくなっている。ネット商店は、実際に店に商品を並べ、販売するよりコストが
格段と安く済むため、経費が格段と安く済み、それでもネット・システムを利用する。それが、僅か10年もしないうちに、
百貨店やコンビニの売り上げを超える結果になったのである。そういえば「マトリックス」という映画を観たとき、
コンピューターが、それぞれのシステムと結びついて、エネルギーと情報を吸い取って生体システムが、人間をコントロール
してしまう場面があった。 それは極端としても、ネット商店街などの売り上げが、現実の店の売り上げを超えてきたという
現実は、ネット一人勝ちを更に推し進めることになる。 当方にも楽天の営業がきて「現在の売価を1・5倍にして、
宿泊者に販売をして、ポイントを上乗せをして相手に付ける」という提案をしてきた。宿泊者は、領収書を貰えるので、
会社から、その金額が返金になるが、ポイントの差額が楽天で使えるので、優先的に選択をしますという。
何か、これは詐欺の推奨でないかと疑問を持っている。グーグルも、検索を無料提供し、その情報にヒットする
広告が自動的に調べ手に流すことで広告代が入るのだから、これは素晴らしい。ネット一人勝ちの典型である。
 新聞広告だけを集めたネットが最近出来た。 それまで新聞に挟まれてきたのが、それを地域単位で
まとめたネット。そこに出す商店が出すメリットは、広告の中の惣菜の何を大きくクリックするかで、
その商品に対して顧客が注目されているかを知ることができる。それ自体が、既にリサーチになっている。
 システム一人勝ちは、今後ますます激しく時代を動かすことになる。
・・・・・・・・
3128,ジム・ロジャーズの経済見通し
 2009年10月28日(水)
 去年の9・15のリーマンショックは世界経済に大激震を与えた。 世界各国は、この一年間、その影響を最小限度に
 抑えるために可能な限りの資金を投入。それで表面的には平静を保っているが、それは目先の応急処置でしかない。
 日本の失われた10年、20年と同じような停滞をもたらす杞憂があるというのも、今更だが、どうも分かってないのが多い。
 ジム・ロジャーズのインタビューを数ヶ月ぶりに目にした。 当たり前のこととはいえ、彼が言うから説得力になる。
  ーまず、その内容をコピーしてみるー
  聞きたい: 米国人著名投資家、ジム・ロジャーズ氏     
【聞き手・工藤昭久、田畑悦郎】
 著名米国人投資家のジム・ロジャーズ氏は26日、毎日新聞のインタビューに対し、リーマン・ショック後の世界経済について
「問題は解決されておらず、危機が再燃する恐れがある」と警告した。日本経済の先行きについては、財政赤字の拡大に懸念を示した。
                                        ◇「経済危機、再燃も」
    −−金融危機から1年余りが経過し、世界経済は回復の動きも出ています。
 ◆各国の政府が大量にお金を使ったおかげで改善しているように見えるだけだ。自律的な回復ではなく危機が去ったとは言えない。
  米国経済は消費が低迷し、問題解決のために政府は借金を重ね、一時的な雇用対策などに重点を置いている。産業の競争力の
  向上にはつながらず、問題を先送りしている。「失われた10年」、いや「20年」に突入したかもしれない。
  一方、中国政府は競争力をつけるような分野に投資しており、米国との差が鮮明になっている。
    −−日本の政権交代が経済に及ぼす影響をどう見ますか?
 ◆政府は「未来は明るい」と言うもの。ただ、私自身は投資について政府のアドバイスを受けないことにしている。
  政権交代があれば、恩恵を受けるところとそうでないところが出る。日本の新政権は出生率を上げる政策に力を入れるので
  子育て関連の企業は恩恵を受けるが、公共事業削減を目指しているため建設業のような企業は先行き厳しいのではないか。
    −−日本に対する投資スタンスは?
 ◆次の10年を見通すとアメリカに比べると債権国の日本の方が期待できる。私も日本円は保有している。
  最近は円高傾向にあり、円はまだ上昇するはず。ただ、日本は少子高齢化に直面しているうえ、巨額の財政赤字を抱えているため、
  将来的に円を手放さなければならない時期が来るかもしれない。日本の国債は投資への意欲をなくすような低金利だから保有しない。
  −−関心を持つ投資先は?
 ◆貴金属や農産物などの商品相場だ。商品は新興国を中心とした需要の増大に対する供給が追いついておらず、高騰している。
  今後も堅調に価格が上昇すると見込まれるため、今後も商品に投資していく。
  〜〜
  サブプライム・ローンを混入した債権は世界中の金融機関や企業内の資金運用部門に秘かに眠っている。
 それが何時、表面化するか、その時が大恐慌のキッカケになる。 ただ引き延ばしているだけでしかない。
 だから世界の20ケ国が顔を突き合わせて、対策を考えているが、世界の金融機関の一せい閉鎖をする位の荒治療が必要だが、
 それは無理である。だから、失われた10年~20年になるしかないのである。 以前なら世界戦争で、一度清算という手があった。
 ・・・・・・・・・
2763, 閑話小題
 2008年10月28日(火)
 *金融危機が止まらない
9月半ばから始った金融危機、予想通り恐慌の様相を呈してきた。その時点で、この随想日記で「世界恐慌に入ったようだ」
と書いた。他の人は如何であれ、そう信じて状況をみると、恐慌の発火に思えたからである。 何人かの知人に、
「これは既に恐慌だ!と思い込んで世界の状況を見ると、見えないことが見えてくる」と、言ってきた。 
そして、あれよあれよと、一万、9千、8千、そして5年半前の7607円割れを先週末にしたと思ったら、
昨日は7162円でひけた。この数字は、26年ぶりの最安値。 あと少しで7000円割れになるところだ。 
大方の経済評論家は7000円が底値とみているが、近々に6000円前半もあるかもしれない。この上に円だけが独歩高。 
輸出立国の日本はダブルパンチになる。年末から来年にかけて体力のない企業から倒産が始る。 不動産、建築関連、
そして中小金融機関辺りからか。それだけではない、大手銀行も痛んでいて、五千億〜一兆円の増資をするとか、
銀行保有の株式を政府が買取るとか、何でも有りになってきた。世界に目を転じれば、アイスランドに続き、フィリッピン、
ブラジル、そしてロシアと、株式市場の閉鎖などの金融危機が切羽詰ってきた。
世界の株式市場の時価が一年前の半額の三千兆円が消失、それがさらに実体経済を凍りつけている。
11月の15日に、G8と、中国・インドなど新興国が緊急に集まるというが、そこで何が決定されるのだろう? 
最近、グリンスパンなどが、これは世界を覆う大津波といっていた。先月半ばの一連の金融危機は私の人生で一番の世界的な大事件と、
何度も書いてきた。この恐ろしさは、短期的に収まるような問題ではない。アメリカが世界中に毒をばら撒いてしまったのである。 
それもタチの悪い、簡単に回収できない毒。 その中で、ただ生き抜くしかない時代になってしまった。
  ーー
 *WBCの監督問題
面白いから、WBCの監督に誰がよいか頭の体操をしてみる。北京オリンピックで現役監督から遠ざかっていた星野は難しかったのは、
誰の目にも明らかだった。そのことを本人は自覚していると思いきや、どうも最近の彼の言動からして違うようだ。
  (以下字数の関係でカット2009年10月28日) 
・・・・・・・・・・
2007年10月28日(日)
2399, 世間に踊らされた「悪役」
                  オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
荻野アンナが読売新聞に『亀田一家の問題』を軽妙に書いていた。彼女は現在、慶応の教授をしているが、よくTVで見かける人。
 (以下字数の関係でカット2008年10月28日)          ヾ(TωT)Byeヾ(TωT)Bye


4232,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー7

2012年10月27日(土)

ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 食べると危険 ートマトはもともと観賞用の植物
 ≪ 生で食べてもおいしいし、ソースやケチャップの材料にもなるトマトだが、じつはヨーロッパでは長いあいだ、トマトは
観嘗用や薬用としてしか利用されていなかった。トマトの原産地は中南米である。メキシコでは「トマトル」という名で
煮込み料理などに使われていた一時代を経て一六〜一七世紀にヨーロッパのもたらされた。当時のトマトは品種改良も進んでおらず、
甘味もなく、美味しくなかたようだ。トマトが食べられるようになったのは、イタリアの貧しい農民が、二世紀を経た後に、飢え死にを
するぐらいならと食べたのがキッカケ。≫
▼ これも多くの野菜同様に、南米から持ち込まれたもの。当初は観賞用で、「黄金のリンゴ」「愛のリンゴ」などと呼ばれた。
   * 冷使用人の嫌がらせが功を奏した? ー清酒誕生の裏話
 ≪ 清く澄んだその見た目から、日本酒は清酒とも呼ばれる。日本酒が現在のような透明に澄んだ酒に変貌するのは、
江戸時代初期のこと。じつはそれまでの日本酒は濁り酒で、今でいうどぶろくだった。その濁り酒から澄んだ透明の酒ができたのは、
まったくの偶然からだった。江戸時代初期、兵庫県にあたる摂津の国に、鴻池新六という酒造業者がいた。ある時、新六が素行の悪い
使用人を叱ったところ、その男は蔵の酒桶に灰汁を投じて逃げてしまった。主人を困らせようというもの。ところが思わぬ効果を挙げた。
翌朝になって新六か桶の中を見ると、今まで白く濁っていた酒が清く澄みわたり、味も香りも驚くほど芳醇なものに変わっていたのだ。
まさに、偶然の産物だった。使用人の恵業かなければこの発見はなかった。新六は、この酒を江戸まで運んで売ることを思いつく。
運び賃をはじめとする流通の経費はかかったが、清酒を求め大名の間で、奪い合いになるほど大評判になり、売れた。
新六は江戸と摂津の国を何ども往復して莫大の利益をあげると、大阪に出て商売を広げた。こうして鴻池家は大阪を代表する
豪商になっていくのである。≫
▼ 大阪の鴻池が、こういう経緯で大財閥をつくったとは知らなかったが、面白いものである。ただ、それを大々的に売り出した、
 新六の才覚があったことも大きい。
 ・・・・・
3867, 三〜四年前の為替相場

2011年10月27日(木)

 三年前の2008年10月25日(土)≪随想日記のテーマ「閑話小題ー毎日が薄氷の上」≫が、為替相場について書いていた。
≪ 9月の半ばから恐慌前夜の重い雰囲気である。日経平均も三ヶ月で40%も暴落、何と7600円まで下がってしまった。
 ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っている。この結果どうなるのか? 
 倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。それで済めばよいが、数年以内に中小の
 半分の事業所が倒産、廃業のだろう。考えただけで凍り付く思いになる。 経済大津波が世界中を押し流す勢いである。
 ー 以下は、一年前との比較である。これからみると、まだ経済破壊は序盤ということが分かる。(2008年10月22日現在)≫   
 【 そこで、現在2011年10月26日現在を、書き入れてみた。】
        2007年10月24日       2008年10月22日   2011年10月25日
ドル円         114.10             97.70         76.~
ユーロドル       1.42              1.27  
ユーロ円       162.80            124.70     103〜
NYダウ       13,675            8,519          11,913
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%           2.23%
原油         87.10             67.48           80
金          757ドル            724ドル         1640ドル
日経         16000            8500          8800
 ▼ 4年前と比べるとドルとユーロが大よそ三分の二になり、金価格が、2.2倍になってしまった。
  それに対し、株価は一年後にはアメリカの株価は6割まで下がったのが、9割近くまで回復している。
  日本の株価は、4年前から一年後に半分近くまで落下したが、その後の三年後の現在も、ほぼ同じである。
  アメリカと欧州は、ドルとユーロを過剰に刷っただけ? 資源と金はふんだんに持っている。(欧州は属国を含めて)
 ・・・・・・・
3502, 10−10−10 ー�� 
2010年10月27日(水)
「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」
 スージー・ウェルチ (著)
  *「10−10−10」と「起承転結」
 ここで、著者は、自分の直感を盲信すべきでないともいう。ことにあたって、冷静にあれという。
さらに三つ目の長期的視点も気をつけるべしと釘をさす。それが短期的、中期的より優れているとは限らないことが、
この「10・10・10」が教えている。長期的視点は重要だが、他の時間軸での見方も重要であると。
考えれば考えるほど奥行きが深くなる。 そこで文章作法、いや四コマ漫画の「起承転結」を、これに当てはめてみる。
< 起=現在、承=現時点で実感できる近い将来(1〜2年先等)、転=一時代先の将来、結=永遠、虚無 >という仮説である。
 文章作法も、漫画からみると、転=が最も重要である。10年一昔ともいうし、転を基軸に起と承と結が決まってくる。
そうすると、哲学的に人生を俯瞰して考えると10年先の転に常に標準を合わせて現在、そして数年先を決めるべき、となる。
ある海外ツアーの添乗員が、面白いことを言っていた。「自分は、10年スパンで人生を括ってきた。
卒業をして10年は普通のサラリーマン、そして次の10年は世界を見て歩きたいため添乗員に、その10年に来年なってしまう。
次の10年を何をしたらよいか決断しなければならない。この10年は満足をしているが、次の10年も全く違う分野に
転進した方が良いのは分かっているが」成るほどと、考えさせられた。それは、決して職業とか職場を変えるべし、
ということでなく、職場配点でも、内面の変化でもよい。そうこう考えると、この(大小の)決断のための3つのスパンの視点を
身につけることは非常に重要である。 自分の過去に、あと理屈をつけて次の10−10−10を考えるのも方策である。
転に焦点をあてるために、起が重要になるのは言うまでもない。現在は結の永遠・虚無に垂直にたって通じているからだ。
 そんな難しいことより、三つのスパンで考える習慣を、転、転、転で、いや、テン・テン・テンで考えることだ。
小さな節目、中くらいの節目、そして大きな節目を過去から見つけ、この先に当てはめることである。 
 まあ、何をしてきたのだろうか。 それは100人中100人が当てはまるが、これを当てはめて10年先、?十年先を考えないと。                                                           それより、もう先が無いか!
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3127,「法則」のトリセツ ー2
 2009年10月27日(火)
 * エメットの法則  ー後回しは二倍のエネルギーが必要となるー
 他人事にはよく分かるが、自分のこととなると全くみえないから恐ろしい。
仕事を頼むなら忙しい人に頼めとは、出来る人は仕事を後回しにしないで直ぐにやるからである。
ーウィキペディアによるとー
≪エメットの法則とは「仕事を先延ばしにすることは、片付けることよりも倍の時間とエネルギーを要する」
 というリタ・エメットが提示した法則である。 我われはついつい仕事や判断を先延ばしにしがちである。
 そのことは大きなマイナスになることを体験上知っている。だから如何に問題から逃げないようにするかである。
 しかし「やりたくない」という気持ちが勝ってしまい「後で」という言葉が習性になっている。≫
▲ これは、個人だけではない、現在の日本が直面している問題である。そのツケは、結局は我われの後の世代に回ってくるが、
 その根は深く、後に回すしかしないのが現状である。これは、逆に考えれば「何事も先手を打った方が結果として、エネルギーは
 半分で済む」ことになる。戦略的に先を読んで前もって準備をしておくと結果は半分のエネルギーで済むということ。
 たったこれだけの法則、どこまで実行してきたのだろうか?
  〜〜
 * ハロー効果
≪ ハロー効果とは心理的効果の一つで、ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が
 歪められる現象のこと。 一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向へのハロー効果も存在する。
 ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。
 例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れていると思い込んでしまう
 ケースが挙げられる。また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにも
 かかわらず良いイメージを与える。それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 いっぽう、CMに起用された
 タレントが不祥事を起こしたりすると、商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする ≫
▼ 常に、何処かのバカタレが麻薬事件で問題を起こしているが、あれが実情の素顔でしかない。虚像を売るのが彼らの商売。
 クレオパトラは、それほどの美人ではなく、常に男の視線を意識をして派手な演出効果をしていたとか。特に色と光に、そんなもの。
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2762, 半歩遅れの読書術 
 2008年10月27日(月)
 日経新聞に連載中の書評4年分をまとめたもの。新刊書ではなく、刊行後1-2年経た本を主な対象にしている。
30名が読書にまつわる思いを書いている中身の濃い本である。
冒頭に出てきた荒川洋治のー基本という「本」−僕のジャンル別の『書き方』−の次の一節が面白い。
 ーP-22
M・j・アドラー、C・V・ドーレンの『入門本を読む本』(外山滋比占、一九九七)は本を読む人のための、本だ。
「文学書」を読むときの心得は、「文学の影響力に抵抗してはならない」。たとえぱバリが舞台の小説を読みながら、
ロンドンだったらいいのにね、などと思わないこと。流れに身をまかせよ。それが読者の経験となる。
「文学の中に名辞、命題、論証を求めてはならない」。いうにいわれぬ「何か」を求めることだ、と。
またテレビやラジオなど外側の情報源は「突っかい俸にすぎない」。だから本を手放してはならないと、
「自分の中に精神的貯えをもたなければ、知的にも、道徳的にも、精神的にも、われわれの成長は止まってしまう。
 そのとき、われわれの死がはじまる」。現代人への、警告である。・・・(中略)
さて、ぼくは読みかたではなく、書きかた、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してみた。

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2007年10月27日(土)
 2398, 20歳代 海外旅行離れのワケ              オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪        
 先日の日経流通新聞のトップ記事の見出しが「20歳代海外旅行離れのワケ」であった。
時代の流れが、その時々の若者の気持ちを決めてしまう一つの事例である。
逆にいえば、この不景気の中、国家存亡の時期に20歳代に6割も海外に行っていること事態がおかしい!のである。
それと、やはり情報化が、この10年間に進んだこともある。 TVで世界中の映像を、こと細かく放送をしていれば、
未知への憧れも薄れてしまう。 さらにインターネットや携帯やゲームなど、旅行より面白そうなものが
手軽に手に入るようになったのも大きい要因だろう。
 ーまずは、その要旨をまとめてみるー
・二十代の海外旅行は過去最大であった10年前の6割に落ち込んだ。
・20代の75?が過去一年間に海外旅行に出かけていない。また、一度も出かけてない人が40?であった。
 その理由として、言葉が心配が14?、何となく心配が10?。
・一回の旅行代が25万で、「高い料金を支払った上に想定外の嫌な思いをしたくない」のが心の奥にあるという。 
 また3割が学生時代に旅行に行った経験がある。 仕事が忙しいが3割になっている。 
「リラックスをするのが目的なのに、海外旅行は長期の休みを取りにくく、せわしなく行きたくない」という。
・それより「リムジンを借りて遊んだり、ホテルで仲間内でパーティーを開いたりして楽しんだ方がよい」という。
 また沖縄や軽井沢などを何度も訪ねているうち、「見知らぬ海外より、身近な土地をより深く知りたい」という。
 最近の若い人は知的好奇心が減少しているのが特徴。 特に男に海外より温泉と預金という人がふえていて、
 海外旅行は一度行けば充分! という風潮もあるという。


4231,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー6

2012年10月26日(金)

 ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * コーラは頭痛に効くドリンク剤だった
 ≪1886年、アメリカの薬剤師ペンバートンが、アフリカ原産の常緑樹「コーラ」の種子のエキスにコカの葉や香料を加えて、頭痛薬
「コカ・コーラ」として売り出した。水で薄めて飲めぽ、二日酔いによる頭の痛みなどに効果があったのである。
ある日、二日酔いの客がペンバートンの薬局にやって来た。店員は、いつものようにその場で水で薄めて客に飲ませようとしたが、
あいにく手近なところに水がなかった。そこで、間に合わせに炭酸水で割ったところ、二日酔いの客はすっかり元気になり、
効き目の早さに大喜びしたのである。これが評判を呼んで、シュワッと泡の出るコカ・コーラがアメリカ中に広まっていった。
 日本には、1919(大正八)年に輸入されたが、当時の日本人には馴染めない味だったのか、あまり売れず、いったんは発売が
中止になったという歴史がある。再度輸入されるようになったのは第二次大戦後になってからだが、当初は占領軍の兵士や、
その家族用で、一般に広く飲まれるようになったのは1961(昭和三六)年に輸入が自由化されてからのことである。 ≫
   * 緑茶、紅茶、ウーロン茶、どれももとは同じ葉っぱ
≪ お茶といえぽ緑茶、紅茶、ウーロン茶など、さまざまな種類のものがある。しかしルーツは一つなのである。
ではこれらのお茶は何が違うのかというと、製造方法が違うのだ。 製造過程で・葉の発酵具合を変えることで、まったく違う
種類のお茶になるのである。一般的に、緑茶は発酵させず、若葉を蒸してもんだり妙ったりして作られる。ウーロン茶は
半発酵させた茶で、青茶ともいう。そして充分な発酵を経て作られるのが紅茶である。ウーロン茶や紅茶は発酵させる過程で、
独特の風味や香りが生まれるというわけだ。≫
 ▼ コーラも、お茶も一種の軽い興奮剤。空腹を誤魔化すに適していたのだろう。
 ・・・・・・・
3866, 嘘みたいな本当の話 ー4
2011年10月26日(水)
          「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
  * 黒い瞳
 新聞が配達される頃、たいがい目が覚める。我家の犬が決まって吠えるからだ。昼間でも家の外に人の気配がすると、
玄関に走り出し吠える。家を守ってでもいるつもりなのか、内弁慶で、大きな犬の前ではこそこそ逃げる。
やっぱり飼い主に似るのだろうか。その日は何か予感がして、近道を通った。父が入院している病院に向かっていた。
病室に入ると父は人工呼吸器につながれる瞬間であ.った。自然死でとお願いしていたのに。言葉を発しようとしたが、
得意げな医師の表情に、口をつぐんだ。父は九州男児で、職人気質。よく叱られたが、いまは言葉を発することもなく、
微動だにせず機械と息を合わせ続けていた。が、二十五日後、その瞬間はやってきた。重い足を引きずるかのような音と共に
機械は動きを止めた。ドラマでは何度も見ていたが、パルス音と共に波形が小さくなる様を他人事のようにただ眺めていた。
父の法要が済み、一段落した頃、通りがかりのペットショップで一匹の犬とたまたま目が合う。茶色のトイプードルが
我が家にやってきた。とにかくやんちゃで、言うことをきかない腕白坊主。その後、ブリーダーから送られてきた血統書を見て、
思わず声が出た。「一月二十八日」彼の誕生日は、父が人工呼吸器に繋がれた、まさにその日であった。
これを書いている最中、視線を感じて振り向くと、真ん丸の黒い瞳でじっとこちらを見ている彼がいた。 兵庫県 光安清登
 ▼ 10数年前の話になるが、夕方の5時半に偶々寺院の仏像がTVの映像に映し出されていた。その時に居間の障子越しから
  夕陽が仏像を照らした。それが偶然にしては出来すぎの神秘的な混合になった。もしかして今日は何の日か?、ハッとした。
  父親の命日の5月30日をスッカリ忘れていた。 両親の命日を忘れたことは後にも先にも、それっきり一度もない。
・・・・・・・
3501, 10−10−10 ー��
2010年10月26日(火)
 「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」 スージー・ウェルチ (著)
  「何かが始るとき、そして終わるとき、人は立ちすくむ」。
 その時、目先に捉われて、感情が乱れ、思考停止になり、絶望に陥ってしまう。 が、そんな節目にこそ、10-10-10は
 未来に目を向けてくれる。そして未来から節目を見直す思考を促す。それも3つのスパンで問題に光を当てることになる。
 そこで、自分の価値観は果たして何だろうか、自分のシガラミとは何かを気づかせてくれ、人生の優先順位を考えるきっかけになる。 
 また自分に必要なもの、必要なことは何かを見極めるチャンスを与えてくれる。それが自分の潜在意識の囁きに耳を澄ますことになる。 
 未来=10年後だけでなく、現在=10分後・10日後にどうなっている?の視線も重要である。目先、とにかく冷静沈着が必要とされる。
 ここで「10・10・10」を、<バーチャル・コンサルタント>と擬人化して質問を発することを勧めている。
 我が内なる「10・10・10」が、この緊急の事態(質問)の答えは何だろうか?と。その質問を明確にすれば、答えの何割かは
 自然と内から出てくる。それはガイドでもある。そこで、「長期的視点で現在何を準備すべきか、中期的なら何を準備すべきか、
 そのため現在の具体的行動は何か」を冷静に考えることが可能になる。 少なくとも問題に対して前向き思考になる。
 彼女は、これを「人生管理ツール」という。 人は闇にいる時、そこに、そのまま留まってしまう傾向が非常に強くなっている。 
 問題に対して、この思考を繰り返しているうちに、人生の優先順位を並びかえる作業をしている。 
 経営は、それを年中考えることだが、慣れは、それを忘れさせる。 しかし10−10−10をツールとして使えれば、気楽に長期思考も
 短期思考もしていることになる。 著者は女性の直感で、10−10−10と単純な三つのスパンで考える方法に気づいたこと、そのことが、
 素晴らしい。そして3つのスパンで単純に、具体的に考えるほど、気づかなかったこと、漠然としていたことが姿を現してくる。
  ここまで、シンプル化するには膨大のエネルギーを注ぎ込んでいる。間違いなく、これは卓越した決断の思考法である。
  ・・・・・・・・
3126、あいうえお言霊修行
2009年10月26日(月)
 「あいうえお言霊修行 」 矢山 利彦 (著)  ー読書日記
 図書館で、何気なく手に取った本。さっそくポストイットに書き写して、パソコンの画面の下に貼り付けた。
「ありがとう」を何万、いや何十万回か言ったが、最近は言わなくなった。 
今度は「あいうえお言霊修行 」として、せめて一万回をいって見ようか。 以下は、アマゾンの
 ー内容紹介ーと 「カスタマレビュー」
《 言葉には気のチカラがこもっています。そのチカラを脳が感じているのです。
言葉には意味だけではなく、本当にチカラがこもっているのです。「うれしい」「悲しい」・・・。
そうした言葉の一つ一つを脳の深い部分が感じ、プラスとマイナスの言葉に振り分け、そのチカラを身体に伝え、
心の文様をつくっているのです。気がつかないかもしれませんが、「自分の口から出た言葉」「人から聞いた言葉」に、
私たちの身体と心はつねに反応しているのです。》
 ーカスタマレビューで、ホボ7割方を言い尽くしているので、そのままコピーしてみるー
魔法の言葉では、五日市剛さんの『ツキを呼ぶ「魔法の言葉」』がある。  本書では、魔法のプラス言葉
【あいうえお言霊修行】として、『言葉が心を変え』『身体を変え』『人生を変える』方法が紹介されている。
●この言葉は、(声に出して)1万回間違わずに唱えれば、確実に変われる強さがある。
●途中でマイナス言葉を言ったら、振り出しに戻って【0:ゼロ】から、始めること。
   [魔法のプラス言葉]
・「あ」は、「ありがたい」 ・「い」は、「いつくしむ」 ・「う」は、「うれしく」 
・「え」は、「エンジョイ」 ・「お」は、「おおらか」
   [病気になる人、ネガティブ]な人に多い、
  「が・ぎ・ぐ・げ・ご」思考及び行動
・「が」は、「がんばる」 ・「ぎ」は、「義理・義務」 ・「ぐ」は、「グチる」
・「げ」は、「原理・原則」  ・「ご」は、「ごまかす」
1万回間違わずに唱える行動に動くことで、人生は、積極的なプラス思考となり、いい方向に変わると考えます。
魔法のプラス言葉の第2弾です。 行動に動いて、損をすることはないでしょう。
 ーー
指回しをしながら、親指から、あいうえお順に回しながら言うのも良いだろう。
栗田昌裕の指回し体操で「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」というのがあった。
一時、中年の人が彼方此方でしているのを見かけたが。  良いと思ったら何でもともかくしてみることだ。   
 でも、一万回も、言えるかな? まあ、パソコンの下に貼り付けてあるから、それだけでも良いか?
「がごぎげご」か〜、社民党の女党首が、これ! いや他人事じゃないか〜 そのどこが悪い!とも言えるが。
                                    世界は娑婆娑婆! だもの。
・・・・・・・・・
2761, 金融危機・中国からの視点
 2008年10月26日(日)
産経新聞の【ちゃいな.com】という産経新聞・中国総局長・伊藤正のコラムが、面白い。
中国も、社会主義が抱えている汚職と、一党独裁の矛盾が噴出。更に米国の金融危機の余波を受けている。
やはり米国同様に、これから10年間は動乱になる可能性がある。
 その中国の置かれた現状が先週の産経新聞の一面に掲載されていた。まずは、その内容から・・・・
【 中国が毛沢東の革命路線から改革・開放路線へ転じ、経済発展へスタートを切ったのは1978年12月。
 この歴史的転換の主役、トウ小平副首相(当時)は翌1月、外交関係を正常化した直後の米国を訪問した。
 トウ氏は経済発展には対外開放が不可欠で、そのかぎは対米関係にあると考えていた。
 トウ氏の外交顧問で訪米に同行した中国の米国研究の権威、李慎之・元社会科学院副院長が、
 なぜ対米関係が重要なのか問うと、トウ氏は明快に答えた。「米国についていった国はみな富強になったではないか」
 このエピソードは、先に連載した「トウ小平秘録」でも紹介したが、このとき、トウ氏の頭にあったのは、
 米国市場で巨額のドルを手にした日本だったろう。 実際、過去30年間、中国は米国を最重要の経済パートナーに、
 対外貿易を振興、急成長を続けてきた。
 中国式発展方式の特徴は、安価な労働力を武器に外資を導入、「世界の工場」として輸出で外貨を獲得することにある。】
  (字数の関係でカット、09年10月26日)
・・・・・・・・
2007年10月26日(金)
2397, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー4
                        (*´・ω・)ノはよー
ここで彼が述べていることを野生動物のファミリーとみれば理解しやすい。父親の役割は子供をつくり、餌を取ってきて、
メスと子供を外敵から守る。これは全ての動物の自然の姿である。 万物の霊長たる人間様は動物とは違う!というが、
その万物の霊長とかいうこと自体、自惚れではないのでは?と、吾身や社会を省みて思わざるをえない。 それと歴史・・・
父親は父性、母親は母性の役割があるる! 変態と知能指数の低いのは 別だが・・これは世界の何処の社会でも同じことである。
一番おかしくなっているのがアメリカと日本! 戸塚宏の次の内容は、現代日本の家庭崩壊の根本問題を指摘している。
 当たり前のことが当たり前でなくなっているところに問題の深さがある。
 −−−−−
 *父性と母性*
こうした小学校時代の教育には、父親の力が不可欠である。父親が家の方針を決め、母親がそれを補佐する形が理想だ。
この形を維持すれば、子供は父親の言うことを聞くようになる。実はヨットスクールに来る子供たちの家庭は例外なく父性が弱い。
酒鬼薔薇聖斗事件でも西鉄バスジャック事件でも、犯人の家庭では、父親が弱かった。男女どちらが優れているという話ではない。
役割が違うのだ。「家庭内での男女同権」を唱える人がいるが、家庭で母親が父親並みの権力を持って何かいいことがありましたか、
と問うてみたい。 無論、何もいいことはないのである。
 私は、父親がなすべきことは四つあると考えている。
一つは、子供をつくること。 二つ目は、餌を取ってくること。 三つ目は家族を物理的に守ること。 四つ目は国を守ることだ。
いきなり愛国心とは、面食らうかもしれないが、父親に愛国心がないと子供は不安になるのである。
自分の数々の経験からこれは間違いない。人間は群れをなす動物で、男は時として群れのために命を投げ出すことがある。
これは男の本能だ。男は強くなろうとするが、それは自分のためだけではなく、群れを守るためでもある。
群れを守ろうとする気持ちが強い人は、父親が強いのである。子供たちも己を捨ててチームや社会、国のために働くヒーローが好きだ。
漫画やテレビなどでもそういうヒーローものにひきつけられる。 男の子は本能的にそれを知っているのだ。いまの日本は、
男性が女性化して守ってもらう側になっていることも珍しくない。 群れを守るどころではない。これも教育の悪影響だ。
戦後、男に与えられていた責任感が激減したから強くなれなくなってしまった。女は本能的に保護を求める性だが、男が頼りなければ、
女が強くなっていくしかない。しかし、母親はよほど自覚的にならない限り、子どもを強く育てることはできない。
たいていは子供が素直で勉強ができれば、満足してしまう。それではひ弱な偏差値秀才ができるだけだ。


4230,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー5

2012年10月25日(木)

ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
* 特産品を混ぜ合わせて偶然生まれたマヨネーズ
 高校時代の夜食に、冷めたご飯をバターで焼いて、それにマヨネーズと塩をかけて食べていた。それが、お新香と食べると、
やけに美味しかった。マヨネーズが生まれるに、やはり歴史があったのである。
≪ 日本人に人気の高い調味料の一つ、マヨネーズ。何にでもマヨネーズをかけて食べる「マヨラー」という人もいるくらいだ。
その起源をたどっていくと、18世紀まではマヨネーズというソースは存在しなかことが判明している。マヨネーズが誕生したのは、
イギリス海軍の拠点だったメノルカ島の小さな港町・マオンにフランス軍が攻撃を仕掛けたことがきっかけだ。フランス軍を率いていた
リシュリュー公爵は、終わりの見えない戦いの合間を縫って、マオンの街角を訪れた。城塞付近の前線では激しい戦闘が行なわれていたが、
一歩街に入ればそこは平和な田舎町。リシュリューはひとときの安らぎを求めたのか、目についた一軒の料理屋に立ち寄った。
戸惑う料理人に、リシュリューは「何かうまいものを食わせてくれ」と注文。料理人は肉を焼きながら、マオンの特産品である
オリーブオイルとレモン、ワィンビネガーを使ったソースを作りはじめた。しかし、これだけで公爵が満足するか不安に思った料理人は、
少しでも料理をグレードアップさせたいとの思いから、島の名物・メノルカ鶏の卵をそのソースに加えた。 マヨネーズがこの世に
誕生した瞬間である。そのおいしさに驚いたリシュリューがレシピを持ち帰り、マオンのソースという意味の「マオンネーズ」として
マランスに伝え、やがてこれがマヨネーズと呼ばれるようになった。 ≫
 ▼ マヨネーズといえば、キューピーマヨネーズで、他のマヨネーズは、不味く感じて当分の間は舌が受けつけなかった。
  これとケチャップも、冷や飯と一緒に炒めて食べていた。チャンハンの具なしというもの。
 ・・・・・・・
3865, 嘘みたいな本当の話 ー3
2011年10月25日(火) 
  * 財布             「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」 
 10歳のときから、いままでの28年間に8回財布を落としました。
そのうち6回は誰かが拾ってくれて、返ってきました。 日本はよい国だと思う。    東京都  マキ
  * 傘
 ある雨の日、両親は車で買い物に出た。しかしなかなか帰ってこない。
聞けば、帰り道にパス停で、濡れながらバスを待つサラリーマンと目が合ったのだという。
そして、かわいそうだったので「よかったら入ってください」と声をかけ、自宅まで送り届けてきたそうだ。
こんな東京でそんなことしている人見たことないよ、と私は呆れた。 翌日、私はバイトに出かけた。
地下鉄を降りると、外はゲリラ豪雨。傘はない。濡れるのはいやだけど、バイトに遅れるわけにもいかない。
覚悟を決めて人混みのなかを走りかけたとき、背後から声をかけられた。 「よかったら入ってください」
見知らぬ若い女性は、小さな折り畳み傘の右半分に私を入れて、バイト先まで走ってくれた。  ー 東京都 佳恵
 〜〜
 再び、私の体験談だが、30年近く前の話。 家内の実家が建材店をしており、年に一回、取引先を招待して倉庫で、
展示会をしていた。そこには古物商、ラーメン屋など20軒ほどが軒をつらねていた。 その古道具屋の仏像の中に、
20センチ位の大きさの象牙の阿弥陀仏が目に入った。 値段を聞くと45万円という。 買う気がないので冷やかしで、
「25万円なら買うけど・・」というと、ケンモホロロに断られた。 そこの娘婿とは知らなかったようだ。
で、そんなことをスッカリ忘れてしまった2週間後に、25万円の請求書とともに、その仏像が直送されてきた。 
何気なく、その仏像の台座の下をみると、何と、私の家内の「恵子」という名が刻まれていた。
もちろん新しく刻まれたものでない。 それが仏像師のものか、それを造らせた人の名か、亡くなった娘?のものかは、
分からない。 そこには、たまたま知人がいたが、私よりも驚いて、「私の直感だが、直ぐに寺に納めたほうがよい」と、
顔を青ざめて忠言してくれた。 仏像は精巧に彫ってあり、数珠の玉まで細かく見えるほど。 中越大地震のおりに、
その数珠が破損してしまったが、これも因縁。 今も仏間にあるが、家内は一切、「お金が勿体無いだけ」と、興味なし!
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3500, 10−10−10 ー��
2010年10月25日(月)
 「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」   スージー・ウェルチ (著)
   ーアマゾンの内容からー
  仕事、夢、結婚、家族、友情。人生に迷ったとき、「決める力」が身につく本。
  紙とペンさえあれば、10-10-10は今、この瞬間から試せます。 もしも、この選択をしたら……
 □ その決断は、「10分後(今)はどうなっている ? 」
 □      「10ヶ月後(ちょっと先)は ? 」
 □      「10年後(未来)は ? 」  ・・・こう自問するだけでOKなのです!
  短期、中期、長期と、3つの視点で選択肢を見つめれば、後悔しない決断ができます。
  この本があればぐずぐず迷うクセ、優柔不断、チャンスを逃すパターンが変わります。
 ●もう、うんざりの職場。辞めてしまえば10分後はスッキリ。でも、10ヶ月後に後悔しない?
  10年後、お金は大丈夫? その選択が正しかったと、本当に言える?10-10-10で考えよう。
 ●大事な取引先とのアポ当日、田舎の親が病気に!どう決断をすべきか、10-10-10で考えよう。たった3分集中するだけで、正解が見える。
 ●結婚の見込みがなさそうな彼と、続ける?  別れる? 別れたとき、続けたときのメリット&デメリットは、10-10-10が教えてくれる。
  ■ 経営の神様、ジャック・ウェルチの公私にわたるパートナーの人生とは? ■
 著者スージー・ウェルチは、ジャーナリストであり、四人の子供の母であり、40代で経営の神様、ジャック・ウェルチと運命を
 変える出会いをした魅力あふれる女性。 アメリカでは、女性としての幸せを模索するアラフォーたち、働く女性の共感の声、続々!
 10-10-10は発売まもなく『ニューヨーク・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』のベストセラーリストにランクインし、
 テレビ番組でも特集が組まれるなど、大反響を巻き起こした。
  〜解) 
  例の「20世紀最高の経営者」といわれたジャック・ウェルチの連れあいである。この本は発売されると同時に
 ベストセラーになりテレビ番組などで特番が組まれるなど大反響を及ぼした本とか。日本では今年の1月に発売されたばかりの本。
 二日前に図書館で見つけて一読して驚いてしまった。10-10-10と分かりやすい。 短期、中期、長期の視点で、直面の問題を
 直感で見定めるに有効である。 思いもよらない出来事に遭遇したとき、現在(10分〜10日後)、中期(10ヶ月〜2年後)、
 長期(10年後)の対処を単純に考える習慣をつければ、その習慣がないのと比較すれば時間とともに膨大な差が出る。
  金投資を考えると分かりやすい。現時点では、これからハイパーインフレは間違いなく起こるのは必定? しかし、2年スパンでは
 大きく乱高下もあるから、目先のかく乱の動きに対し、10−10−10を予測すればよい。10日、10ヶ月は、乱高下するが、
 10年後には三倍以上は間違いないと踏むかどうか。そう判断すれば、思い切って投資をすればよい。
 東芝の株とすると、原子力発電に重点投資をしているので、10年後には株価は5倍と想定し、10ヶ月後は、まだ投資効果が
 見込めないので、塩漬けが出来るかどうか。長期投資の資金の用意があれば長期投資すればよい。等々、見分けることができる。
                                             つづく
  ・・・・・・・・・
3125,「法則」のトリセツ  ー1
 2009年10月25日(日)
  ー 知っているようで知らない「法則」のトリセツ ー水野 俊哉著
 書店や図書館などのビジネス書に記載されている「法則」がカジュアルに面白そうに編成してある本である。
分類が「職場の法則」「仕事の法則」「ビジネスの法則」「勉強の法則」「心の法則」「成功本の法則」と分かりやすい。
160冊以上の書籍からコンパクトにまとめた人生の取り扱い説明書にもなる。
40年以上かけて多くの原理原則の書物を読んできたが、ここで初めて知った法則が次から次と出てくるのには驚いた。
この年齢になって今さら原理原則の勉強でもないが、人生の節々で多くの「法則」で、救われたことは度々である。
また知ってはいたが、注意を払ってなかった法則がコンパクトに核心だけが書かれていると改めて納得する法則もある。
それが、この本の題名「知っているようで知らない「法則」ということ。ここで新たに面白そうな「法則」と、キーワードを考えてみる。
 ーブルーオーシャンとレッドオーシャンー
    (字数制限のためカット 2010年10月25日)
 ・・・・・・・・・
2760, 閑話小題 
 2008年10月25日(土)
 *毎日が薄氷の上
9月の半ばから、恐慌前夜の重い雰囲気である。日経平均も、三ヶ月で40%以上も暴落、何と7600円まで下がってしまった。
ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っているのだろう。この結果どうなるのか? 
倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。それで済めばよいが、数年以内に大小の半分以上の
事業所が倒産、廃業だろう。何か考えただけでゾッとする。それにしても、大津波、世界中を押し流しそうな勢いである。
ー以下は、一年前と現在の比較である。これからみると、まだまだ経済破壊は序盤ということが分かる。
 (2008年 10月22日現在)      
      2007年10月24日       2008年10月22日
ドル円         114.10             97.70
ユーロドル       1.42              1.27
ユーロ円       162.80            124.70
NYダウ       13,675            8,519
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%
原油         87.10             67.48
金          757ドル            724ドル
日経         16000            8500
 ーーー
 *アクアラインが1000円に
私のゼミの一年後輩の松下さんが、《道路経済学》とかいう本を出版。その中で川崎市と木更津市を結ぶ、
アクアラインの通過費を1000円とか、2000円に値下げをする運動を起こしていた。
    (字数制限のためカット 2010年10月25日)
 *台風の来ない年は珍しい
    (字数制限の関係でカット 09年10月25日)
・・・・・・・・・・
2007年10月25日(木)
2396, 白い壁とドア                オハヨォ…
 「生」と「死」のイメージを詩的に書いてみた。
  −−
私の生のイメージ、それは白い四角の立方体の壁に囲まれている空間。十数年前に一度、そのイメージをリアルに持ったことがあった。
おそらくは、この白い箱の中の壁の何処かに見えないドアがあって、ある刹那に、その外に放り出されるのである。白い立方体は
生に囲まれた日常である。その意識下の見えない死へのドアがあって、一度出てしまったら、二度と箱の中には戻ることは出来ない。
白い箱の外は、無。 大きな黒い無限の中で、小さな箱はチリのような存在。いつか、その白い壁が開いて、その虚無の真っ只中に
放り出される。それがスグ明日かも知れない、それとも20年、30年先かもしれない。その一瞬、白い壁と黒い虚無の狭間で永遠を
見るのだろうか? それは歓喜だろうか、それともただ寝入る瞬間のようだろうか?そういえば寝入る瞬間を感じ取ったことがある。
「アッ!」という間の一瞬であった。それを言葉でいうと、数千秒の一のプツンという刹那のよう。
▼ 以上だが、このイメージにピッタリの詩を見つけた。死の際にたった魂の叫びが詩の奥から聞こえてくる。
 ドアの前に立つと、こんな声が聞こえてくるのだろか!それとも「おらは死んじまった」の歌声か。
 中島義道ではないが、いずれ誰もが直ぐにドアの前に立たされる。
ーー
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は   息をひそめて
私をよぶ無数の声に耳をすまそう   その果てから空の彼方から
遠い過去からほのかな未来から    夜の闇にこだまする無言のさけび
あれはみんなお前の仲間達      暗やみを一人さまよう者達の声
沈黙に一人耐える者達の声      声も出さずに涙する者達の声
                
ー ブッシュ 孝子 (30年前に28歳で逝った女性の詩である。)
            o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪


4229,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー4

2012年10月24日(水)

「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 戦国時代の日本にティーバッグがあった!
≪ ティーバッグは、まず紅茶にはじまり、最近では日本茶やウーロン茶など、さまざまな種類が発売されている。ティーバッグの
はじまりは一〇〇年ほど前のニューヨークである。トマス・サリハンという紅茶の商人が紅茶葉のサンプルを絹の袋に入れておいた
ところ、顧客の一人が誤ってそれにお湯を注いで飲んでしまった。それをヒントにして一杯ずつの小分けにして売り出されたのだ。
一方、日本では、早くも戦国時代のころからティーバッグがあった。もっとも、中身はお茶ではなく薬だったが仕組みは同じである。
戦乱の続く当時、刀や槍で受けた傷を治療する「金創医」と呼ばれる医者たちが活躍していた。戦場ではのんびり薬を煎じている
暇などない。そこで金創医たちは、細かく刻んだ薬草を配合して布の袋に入れ、熱湯を注ぐだけで短時間のうちに薬が抽出できるように
しておいた。これは「振り出し薬」と呼ぼれ、携帯にも便利なので、武士たちも重宝していた。金創医は、平和な時には産科医を
している者が多かった。戦場の傷之お産は、大量の出血を処置するという点で共通していたからである。今でも、婦人病の漢方薬に
袋に入ったものがよくあるのは、金創医が処方していた名残である。≫
 ▼ 必要は発明の母というが、人間は必要に応じて知恵が出てくるもの。即席ラーメンが発売された当初、日清のチキンラーメンが
  あった。お湯を注ぐだけで三分で手軽に食べることが出来た。しかし、当時ベトナム戦争で、ベトナム兵や、ゲリラのベトコンの
  携帯食として大いに売れたという。彼らは戦場で、それをカジッテ食べていたという。学生時代の昼飯として、よく食べていた。
 ・・・・・・
3864, 嘘みたいな本当の話 −2
2011年10月24日(月)             
  * さかさまな世界-            「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」     
 狭い個室のなかで僕は格闘していた。冷や汗が止まらない。段差ぎりぎりに踏み込む足裏が痛い。右手をそっと
後ろへ伸ばす。もっと伸びないものかと、左手で右肩側方へ押しやる。指先がそいつの先端にやっと触れた。
大学に入学して初めてのバイト先。 苛立った僕はその後、事務員の女性たちに愚癒をこぼした。
「あそこって不親切なつくりですよね。手を思いっきり後ろへ伸ばさないと届かないんですもん。
ただでさえ洋式のスタイルに慣れきっているので、和式はたまらなくつらいんですよ」
僕の話を一通り聞いたあと、事務員たちは顔を見合わせる。ひとりの事務員が切り出した。
「あの……トイレヅトベーパーなら、後方ではなく前方にあるはずなんですが…ー」     東京都 サトゲン
  * シンデレラ
 会社帰りに神田駅の西口で、階段につまずいて片方のハイヒールを落としてしまった・・・
拾おうと振り返ると、落ちたはずのハイヒールは私の足元にあり、次の瞬間、ストン、と私の足に納まっていた。
同時に、私の足元でひざまずいていた男の人が立ち上がり、去っていくのが見えた。
我に返り慌てて振り返ったが、無数のサラリーマンの後ろ姿があるだけでした。       岐阜県 横山奈津子
 * 洗濯バサミ
 我が家は山の上にある。 物干し台の横をいつもトンビがが通り過ぎる。
今朝、洗濯物を干そうとしたら、カゴのなかに、見たこともない洗濯バサミがひとつ入っていた。  長崎県 トンビ
 ▼ 片足のハイヒールを落とした瞬間、手にして足元で履かせるタイミングは、一生に一回あるかないか。
  こういう思いもかけない偶然は、誰も経験しているが誰かに話すチャンスがないだけ。それにしても奇遇である。
  「洗濯バサミ」、これもあり得る話。 野生の鳥は思いもよらない頭脳を持っている。そうでなくては、
  四季の変化のなかで生き抜くことは出来ない。 こういう話は純真に聞き入れる方だ。
・・・・・・・・
3499, 経済予測脳で人生が変わる
2010年10月24日(日)
 ≪経済予測脳で人生が変わる!―仕事も投資も成功できる「起こりえる未来」の読み方 ≫ 中原 圭介 (著)
 ー内容紹介ー
 経済予測脳はすべての人に求められている! 日本はいまだ「失われた30年」の道半ば。
これからの厳しい時代を軽快に生き抜くためには、起こりえる未来を予測して、事前に手を打っておくことが必要。
経済予測脳をもっていれば、誤った情報やアテにならないエコノミストの経済予測に振り回される必要はない。
自分自身の経済予測脳で、「本当に起こりえる未来」を見据えた人生の選択が可能になる。
それができる人と、できない人とでは、どちらが豊かな人生を送ることができるのか。
 〜 大まかにいえば、
≪ 経済を予測するには、経済学だけではなく人文科学を学ぶこと。 特に混沌とした時代には、時代そのものの本質と、 
 変化をジックリと見極め、それに適合しながら生きぬかなければならない。そのため、
*「歴史学」を学ぶことにより、過去を振り返り未来に向けてどう進むべきかを考える力を養い
*「心理学」で、経済の非合理的な(=人間的な)動きを理解し予想することができるようにして、
*「哲学」で、社会の本質的な構造と、それがどのように変化しているのかを捉えるようになる。
 経済学は合理的に行動する人を前提にしているが、人と社会は非合理的な側面が含まれるため、
 色いろな基礎教養をベースの上で経済の先行きを読まなければならない。≫ というところか。
 ・・今度の世界的金融恐慌は、100年、250年に一度の衝撃的事件であり、そう見えすえれば根底から経済予測が違ってくる。
 その背景には本格的情報化社会の到来がある。これがグーテンベルグ印刷以来というより、人間が言葉を持ちはじめた
 20万年来の革命的変化をもたらす。その代表例としてネットなどの情報手段の革命がある。そのことを、明確に把握していないと、
 現在の状況を見間違ってしまう。 この本は内容的には目新しいことは言ってないが、
「この恐慌は過ってない歴史的世界恐慌という事実を見極めて、根底から考えを変えなさい!」をテーマにしているが、
 それを心に留めさせるだけで充分の価値がある。 そう、この事件は20世紀初頭の第一次世界大戦、世界恐慌、
 そして第二次世界大戦の一連の断層より遥かに大きな事態を認識しなければならない。 特に、茹で蛙の日本は、である。  
 ・・・・・・・
3124,生きる幻想 死ぬ幻想  ー5
2009年10月24日(土)
   ー何でまた原理主義者は死を恐れず自爆テロをするのかー
 以下の部分で、その原理を説明している。 これでは多神教が敵うわけがない。
 それにしてもイスラム教はイヤな宗教と思ってしまうのも、多神教の日本人だからだろう。
 彼らも恐ろしい神が控えていると絶対言明として刷り込まれていれば、どうもこうもない。
 ー 終末論 ー  P-29
岸田 ▲終末論というのは、単に世界が終わってしまうということとは少し違うのですね。
  終末論はユダヤ教からずっとあるのですが、ユダヤ教の場合は、メシアが降りてきて、唯一の神を信じて
  律法を守ってきた自分たちを窮状から救ってくれる、という思想です。これもまた、奴隷の宗教ということから
  出てくるのです。奴隷として差別され、虐待されている人々は、なぜわれわれがそういう目に
  あわなければならないのかという不満を常に抱いている。
小滝 ▼ユダヤ教は現世的集団救済で、いつか「万軍の主」が派遣したメシアが降りてきて政治権力を握るということになる。
  そもそもユダヤ人は、幾度も周囲の強国に占領されて、国土を失っているんです。ですから彼らの切なる願いは、
  メシアがやってきて、周囲に負けない立派な国を作るということなんです。ただし強力な国を作りたいという
  願いはありますが、全世界をユダヤ教}色にしてやろうとは考えない。そういう意味ではキリスト教やイスラームより
  はるかに内向的です。 彼らの考えは、異教徒や異邦入の存在を前提に成り立っているのです。
岸田 ▼ユダヤ教とキリスト教の根本的違いとは、ユダヤ教では終末でやってくるのは現世的な救いなのですが、
  キリスト教では幻想的にというか、非現世的な神の国を設定して、それが終末に到来するというふうに考えるところです。
  Q  ▼ユダヤ教ではメシアが降臨した後もこの世界が続くんですね。
小滝 ▲そういう意味では徹底して現世的な宗教で、あの世は基本的にはないのです。少なくとも旧約には書かれてない。
   ーー
 ー イスラムの天国 ー  p−35
小滝 イスラムの終末のビジョンははっきりしている。やがてとんでもない天変地異が起こって、この世界は破局を迎える。
 その時にアッラーの前に引き出され律法を守ったか守らなかったかで、天国か地獄に分けられる。
 で、死者たちは、それまでずっと眠ったような状態でいて、終末が来た時に生前の肉体で甦って、裁きを受けるのです。
 だからイスラームでは火葬は御法度。裁きも具体的で、ちょっと御伽話みたいですが、それぞれの人の左右の両肩に天使がいて、
ちゃんと律法を守ったら、それが天使によって記帳され、さぼったら、これまた記帳されていくんです。
 裁きのときはその双方の記帳が天秤に乗せられて、右肩が下がったら天国行きで皮対は地獄行きです。
 裁きは一回かぎりで、地獄から天国に行くということはできません。そのときは現世はなくなってしまい、
 天国と地獄になるのです。『コーラン』には天国の様子もちゃんと描写してあります。ただし男の天国しか書かれていない。
 そこは緑のしたたるオアシスのようなところで、七十二人の処女が侍ってていて、いくら飲んでも酔っぱらわない
 美味な酒がしこたま飲める。 それでは女性が天国に行った場合はどうなるかは書かれていない。
 ただし、殉教者は最後の審番は免除なのです。血だらけの姿をアッラーに見せれば、それで天国行きという事になります。
 ですから殉教者は葬式の際には、血だらけの生々しい埋葬をします。偉いウラマーでも、少しは律法を破ったことがあるから、
 最後の審判は怖いのです。 でも、殉教者はストレートにパスなのです。だから殉教したい人が多くなる。
   〜〜
これらを読んでいると、天国とは「幻想論」を絵に描いたようなもの。ニャロメの赤塚など、この程度の天国を十二分に味わったはず。
日本のプチブルも彼らのいう天国の門前にいるようなもの。と、思うのも多神教徒の浅はかさか! 天国はアラブの地の貧乏人の夢か!  
・・・・・・・・
2759, ソロスは警告する −3
2008年10月24日(金)
 ー要点をまとめると、以下の通りになるー
 この書でソロスは現代金融理論そのものに疑問を投げかける。
* 「金融市場のさまざまな変数は均衡値に向かって収斂する傾向がある」という経済学上のパラダイムは偽りでしかないと、
 ソロス自身の哲学を築き上げるが、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』に影響されたとしている。
 ポパーは"開かれた社会"を「人間は究極の真理には到達し得ず、異なった考え方や利害を抱えた成員同士の
              平和共存を可能にする制度が必要であると認めているような社会」であると定義している。
* これからソロスは彼独自の哲学を育てた。 彼のキーワードは、「再帰性」と「可謬性」。
 ・「再帰性」とは 【人は世界の一部であるために、世界を完全に理解し得ない。 世界に対し操作を加えたとき、
  観測される世界はさっきまであった世界とは異なっているからである。 さらに、究極の真理あるいは確実な情報は
  人間の手の届かぬところにあるという前提を踏まえたうえで、「誤解」がいかにして歴史を動かすのかを探求する理論。】
 ・「可謬性」とは、【人は常に間違っている可能性がある。確実なものなど存在しない。 】
  これを行動経済学の観点から解釈し応用していった。 彼は、誤謬の可能性ではなく、人間は間違うもの!と断定している。
* 現在の経済は1929年の大恐慌以来最悪の状態になりつつあり、ドルを国際基軸通貨とした信用膨張時代が終焉を迎えている。(中略)  
 ソロスの分析では、この超バブルには他のすべてのバブルと同じく、人々が誤った投資行動を続ける原因になった
「支配的なトレンド」と「支配的な誤謬」が存在した、という。「支配的なトレンド」とは信用膨張、つまり信用マネーの肥大化であり、
 「支配的な誤謬」とは、十九世紀には自由放任と呼ばれた、市場には一切規制を加えるべきではないという市場原理主義である。
* ソロスは、サブプライムはトリガー(状態変化の引きがね、となる信号)に過ぎず、「信用マネー」と「市場原理主義」という、
 信仰といっても良いほどの巨大な"誤り"が、そのメッキを剥がされつつあり、臨界点に達したとき、四半世紀以上にわたって
 成長してきた超バブルがはじける、と警告している。
  ーP-53 の以下の部分が再帰性について、解りやすく説明してあるー
●ー人間の誤解は社会に大きな影響を与えるー
「再帰性」は、参加者の見方と、事象そのもののありようとの間に成り立つ、一種の循環性、両者の間の双方向的なフィードバックが
生み出す円環だと見ることが可能である。 
  (字数の制限の関係でカット09年10月24日)
・・・・・・・・・
2007年10月24日(水)
2395, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー3        *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
 戸塚の幼児・少年期の教育論は、自分の経験を省みると一つ一つが、よく解る。
いじめのプロセスを飛ばした部分は青年期になってから、その数倍も跳ね返ってきた。
反面、彼のいう躾や見えない指導は両親からシッカリと仕込まれてきた。片親の場合や、父親が軟弱の場合に
指導チェックが行われない可能性が大きい。やはり理想をいえば小学校時代までは両親の深い愛情と躾が必要である。
両親から5〜6歳の時、こっ酷く殴られたことが何回あった。 但しそれ以降は一切なかった。 
さすがと思ったのは、大學に入ると同時に一人前として、人格の尊重をするようになった。 
多くの子供を育てて経験からの知識であろう。神谷 美恵子の本にあった人生の諸段階にそって導いていたことになる。
道理にそれほど差がある訳がない。 子供がまともに育てるには、それなりのステップが必要ということになる。
「出来ちゃった婚」など、生まれ出る子供からしたら「ふざけるな!」である。その時点で・・、
これ以上書かない方が良いか? ー彼の幼児期の教育論の部分を抜粋してみる。 
  *体罰は三歳から小学生いっぱい*
 では、子供たちのどの時期に何をすればいいのか。それが善でも、もちろん施すにはそれぞれ時期がある。
 年齢に応じたやり方があり、それを超えると虐待になつてしまう。
・三歳までは、完全に保護された状態で肉体と精神が成長していくのが望ましい。
  (以下、字数の関係でカット09年10月24日)


4228,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー3

2012年10月23日(火)

* 鮫子の形の由来
  餃子も、清の銀貨の「馬蹄銀」の形からきているという。まあ、面白いものだ。
≪ 中国では、日常のお惣菜としてだけでなく、お正月の三が日にも縁起ものとして餃子を食べるしきたりがある。その理由は、
あの独特の形にある。鮫子の形は、清の時代まで中国で流通していた銀貨である「馬蹄銀」の形からきている。そのため鮫子は
「富貴」「多子」の縁起をかついだおめでたい食べものだと考えられてきた。中国では、年の初めに鮫子を食べると一年間お金に
困らずに暮らせ、財をなすことにも通じるといわれている。中国における鮫子は、まさに日本の「おせち料理」のような存在で
あるといえるのだ。 それでは鮫子の発祥地はいったい中国のどの辺りなのだろう。 じつは比較的最近の一九六八年、
新彊ウイグル自治区のトルファンにあるアスタナ遺跡で、なんと唐の時代の鮫子の化石らしきものが発見された。
この発見により、このトルファンの地が餃子の起源と考えられている。この化石は、トルファンに展示されている≫
    * 瓶詰めはナポレオンのアイデア募集から生まれた
 ≪ 瓶詰めはナポレオンがアイデアを募集し、多くの応募の中から入選したのが、食品加工業者アぺールの発案した瓶詰めという
方法だった。その作り方は、瓶に調理した食料を詰めて、これをコルク栓と針金で完全密閉する。そのあと湯せん鍋で沸騰加熱して
殺菌するという方法だ。これなら食材を新鮮なまま持ち運ぶことができる。この瓶詰めは画期的な保存方法として注目され、
アペールは莫大な賞金を手にした。ナポレオンの快進撃を支えた瓶詰めは、ほぼ同時期にイギリスで発明された缶話めとともに、
今でも人々の食卓を支え続けている。≫
 ▼ 要は、食品のパッケージ化を考えたということ。樽詰めを、更に小さく個人用パッケーかに詰替えたことになる。
  最近、コンビニが勢いづいているが、これも、スーパーの家族用の品ぞろいから、個人用のパッケージ化商品を中心にした
  ことが、消費者の支持を受けたことになる。
・・・・・・・
3863, ‘なりたいものになれ!ゲーム’か? 人生は
2011年10月23日(日)
「なりたいものになれるのは、なろうとした者だけだ。」という道理もある。反対に、「なりたいものになるな。
なれるものになれ。」というのもある。脳科学では、「人間は本来、なれないものは最初からなりたいとは思わない」という。
日本人がイギリス首相になろうと思わないし、ケンブリッジ大教授になりたいと は思わない。
何となくなりたいと思う理想のイメージの人にはなれるのが道理。人間は無意識のうちに自己能力の限界設定をしているはず。
ある有名な人に、「気後れしないで、翼を広げなさい。そして、なりたいものになりなさい」と言われ一念発起した人の手記がある。
翼を広げ羽ばたいていると、いつか風が吹き「なりたいものに、なれる」という。「なりたい」と真に思わなければ、
なりたい自分になれる訳がない。 逆に「なりたいものになるな。なれるものになれ。」というのは、【某セミナー】の教え。
≪ 「なりたくたってなれない。 でも、なりたいと思っているのがそもそも間違い。」
 そもそも、なれないものに多大に努力をつぎ込むのは愚か者のすることです。 なれないものとは、
ネガティブなものの事ではありません。自分に合っていないもの。本来の自分を殺してしまう生きかたをいいます。
いくらあこがれの外人さんがいるからって、日本人なんだからなれないに決まってます。ところが「髪を染めれば」とか
「カラーコンタクトを入れれば」・・とかドンドン付け足して、自分がなくなっていく。≫
 これも道理で、「漠然とコンプレックの心理トリックで本来の自分の姿とは違った「なりたいもの」の仮面を作り上げてしまう愚」
を説いている。これは逆に、勝手に作り上げている見識の範囲で固まってしまう可能性もあり、しっかりした指導者か見識が必要。
しかし真になりたいものを見つけ、それに向かって翼を広げれば、風が何時か吹き、その目的とするところに連れて行くのも道理。
「棒ほど祈れば、針ほど叶う」ということ。そして、時間の蓄積が針を棒に変えてしまう。 なりたいと願うことは、エネルギーを
そこに集中していることになる。やはり、真から自分が望んでいることなら、やはり、なりたいものに、なっていく。
 司法試験に多くの人が挑み、そして大多数の人が挫折していく。しかし、その中で合格するのは、なりたいと思った人。
しかし、一生をかけても合格できない人が大部分になる。人生、色いろである。なりたいものゲームか人生は?それだけでないはずだが。
 ・・・・・・・
3498, 高橋信次の娘・佳子のいう〈魂〉とは
2010年10月23日(土)
  先日の読売新聞の一面に高橋信次の娘の高橋佳子の著書広告があった。
 高橋信次といえばGLAの教祖で、何冊かを20歳代に読んだ記憶がある。
 ーまずはウキィペディアによると
≪ 10歳頃(1937年頃)から現在で言う「幽体離脱」現象のような霊現象を体験するようになり、その肉体の自分とは違う
霊体の自分を「もう一人の自分」と呼び、その現象に幼心に疑問を持ち、以来約32年間、電子工学や物理学等の自然科学を
修めつつ、探求を続けた。しかし、従来の宗教書を読もうとはせずに、独自の探求を続けた ・・・≫
ウキィペディアには、彼とGLAの詳細がこと細かく書かれている。それより、彼女の魂の解釈が分かりやすい。
  ー概要と印象的な部分を私の主観でマトメテみたー
*敗北の時代 ー現在の日本は、困難な時代である。高度成長以降、バブルの崩壊から嘘のように元気を失っている。
 財政赤字は900兆以上にもなり、収入は日ごと目減りを、老後を支えるはずの年金は崩壊の危機に直面している。
 自殺者は3万人を10年以上続けており、明るい話題は陰を潜めている。
*最大の危機は「冒険」の喪失ー 何より問題は、未来に希望が持てなくなり、新しい挑戦が出来なくなっているからだ。
*人間には外界に左右されない内なる可能性があるー そのためには、今までにない生き方に挑戦するとき、前向きな挑戦は
 本当に想像を絶するほどの違いが出てくる。人間の中には、未知の可能性がある。
*「人間は魂の存在」が出発点 ―「人間は魂の存在として受けとめること」 −>「人間は肉体と魂から成り立つ」こと。
 まず人間の肉体は、地球上の生命進化の究極の姿を現す叡智に満ちたもの。 この世界の物質をつくる元素は星の中で生成され、
星が終焉を迎えるとき、超新星爆発で宇宙に散らばったものから出来ていて。その延長が肉体である。その魂の方はどうかというと、
 魂は心とつながり、 さらにその深奥に広がる存在である。肉体の基である外宇宙が百億光年以上のとてつもない広がりを
 抱いているものならば、 これに劣らない広大の内宇宙をもたらしている。仏教の一念三千という言葉は、その広がりを示している。
私たちの心・想いは、平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、あらゆる世界に通じています。
その魂の抱いている内宇宙とは、それにとどまらない。 魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。
魂とは、この人生だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生の記憶と限りない智慧を湛えた存在であり、
私たちを超えた無意識の膨大な経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源という次元に繋がっています。あらゆる生命と存在を一つに
結びつける、つながりと絆が張り巡らされたどの宇宙を、≪ユニバース≫と呼ぶ。 その≪ユニバース≫こそ、計り知れない
広がりと深さを抱いている私たちの母胎であり、だからこそ、私たち人間は、宇宙=ユニバースに通じる
ゆたかな智慧によって 自らが進化するだけでなく、世界と光の共鳴を果たせる存在となる。
*魂が引き出す宇宙=ユニバースの世界 ―我われは偶然が支配する科学的世界観の下では、自分が意味もなく生まれ、
 世界とは特別なつながりはないと思っているかもしれない。しかし、そうではなく魂の次元に気づいた時、みな「つながり」
 によって生かされる「絆」の塊となる。その絆の基、宇宙の源には、私たちが拠るべき、全ての解答と青写真が湛えられている。
〜〜
解)魂について、これだけ明快に説明している文章も珍しい。
「魂とは、生前、死後に自他を超えて広がる広大なる内宇宙の基につながっている」は、神秘的、宗教的である。
 ・・・・・・・・・
3123, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー4
2009年10月23日(金)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)         ー読書日記
 宗教は「死に対する恐怖を軽減する役割」が大である。死がやがて訪れることを知ってしまったので、
 その恐怖こそ、人類が長年にわたって個々人が乗り越えなければ壁であった。 
 一神教は、それを利用して神というラージXに対する恐怖を洗脳し、バラバラの人心を一つにしようとしたのである。
 エジプトの奴隷が集団でイスラエルの地に逃げてきたのだから、その奴隷には恐怖心を植え付け煽るしかない。
  −以下の部分は、その辺の事情を分かりやすく述べている。
  * 恐怖の神 * P-24
岸田:一神教は、「対神恐怖」の宗教だと以前から言っている。唯一神を奉じる人々は、神という主人の奴隷であって、
 戒律に違反すると、神から厳しい処分を受ける。この恐怖が一神教徒の行動の規範です。彼等はあまりにも神が恐ろしいので、
 神以外のものが恐ろしくなくってしまい、平気で無関係な人間を軽んじてしまう。彼らが尊重するのは同じ神を信じる人間だけ。
 そこから、キリスト教徒ではない先住民や、異教徒に対する虐殺が由来する。神は主人、人間は奴隷であって、奴隷は
 主人の命に従わなくてはならないのです。そうしないと酷い目にあわされてしまうのです。自殺など、とんでもないことです。
 一神教の文明圏で自殺が厳禁されている理由は、奴隷には自殺の権利などないのです。
 自殺は神との契約を破棄することなので、最大の違反です。奴隷が主人の命である律法を守っていれば、
 主人は『救い手』を遣わして、奴隷たちを窮状から救い、万人の主にしてくれる。 それが一神教の基本テーマです。
小滝:これに対して日本人は対人恐怖症なのです。社会で相手の信頼関係の中で「じゃあ、そうしましょう」
 となるのです。約束を破らないのは、彼に悪いとか世間での自分の評価を気にするからです。
 しかし一神教徒は神に叱られるから約束を守るのです。
岸田:対神恐怖と言うのは、それが共有されれば、人間の行動を規制するのに非常に役立つもの。
小滝:彼らにとって、異教徒というのは、同じ神に誓うという条件を満たせない者たちなので相互の信頼関係を結べないのです。
 異教徒の契約は常に仮契約でしかない。 その辺に一神教徒の異教徒への非道の原因があるようです。
 ▼ アメリカという一神教国が多神教国を冷酷な割り切りの視点でコントロールしている背景を上記からも知ることが出来る。
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2758, 仏文学者が、この一連の「金融恐慌」を書くと!
 2008年10月23日(木)
仏文学者の鹿島茂が毎日新聞の文化欄に「株価暴落ー最悪は次の最悪の前兆ー1929年の再来か」と題して書いていた。
経済学者でもなく金融関係者でもない文学者が書くと、‘凄いこと’を文学調にアッサリと書き上げる。
1929年の金融恐慌では株価の下げは波状的に、最悪は次の最悪の前兆として押し寄せ、それが三年に及んでいる。 
 (字数制限のためカット 2010年10月23日) 
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2007年10月23日(火)
 2394, 恥はかかせろ、いじめはなくすな −2
 戸塚宏も、何人かの人を死なせて6年間刑務所の中で過ごしてきた男である。
もちろん死なせた自責の念も常に自分の良心の呵責もあるだろう。
そして檻の中で、教育とは何か身体を張って考えたはずである。だから、これだけのことが言えるのである。


4227,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー2

2012年10月22日(月)

* 饅頭は諸葛孔明のトッサの機転から生まれた      ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
≪ 饅頭の起源はなんと中国の三国志の時代にまで遡る。蜀の軍師であった諸葛亮孔明は、ある地域で人の頭を人身御供として捧げ、
川の神を鎮めるという風習を目にした。これをみかねた諸葛亮は、機転を利かして、小麦粉の皮に豚や羊の肉を入れたものを人頭に
見立てて神に捧げ、いけにえの代わりとした。これが饅頭のルーツである。それ以来、饅頭は料理として中国人の食卓にも浸透し、
主食の一つとして食べられるようになった。まんじゅうの「じゅう」の字を「頭」と書くのはここからきている。
当初は蛮人の頭の意味から「蛮頭」が用いられたが、のちに「饅」の字を使うようになり「饅頭」になったといわれている。
諸葛亮が機転を利かせて誕生した饅頭が、日本に伝わったのは一四世紀。1341年に宋から渡来した林浄因(のちに塩瀬姓を名乗る)
が作った「奈良饅頭」が、日本で最初の饅頭とされている。中国の饅頭は中に肉や野菜を入れるのが普通だったが、
浄因は肉食が許されない僧侶のために、小豆を煮詰め、甘葛の甘味を加えた館を入れた饅頭を考案した。≫
 ▼ まさか饅頭に、こんな起源が隠されているとは思っていなかった。
   * 海軍大将・東郷平八郎の注文で"誕生した肉じゃが     ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
≪東郷は、イギリスに七年間留学していたことがあり、日本に帰国してからも、かの地で食したビーフシチュウの味が忘れられなかった。
日本でもあの味を味わいたいと部下に調理を命じたが、明治時代の日本では、ビーフシチュウに欠かせないバターやワインがなかなか
手に入らない。そこで部下は、砂糖、醤油、ごま油を使い、牛肉とじゃがいも、玉ねぎを煮込んでみた。こうしてでき上がったのが、
今でいう「肉じゃが」だったのだ。ビーフシチューとは似ても似つかないが、これが意外と美味であった。しかも、当時の海軍の
船員たちは長い航海のうちにビタミンが不足に陥り、脚気や壊血病になる者が多かったが、じゃがいもや玉ねぎはビタミンが豊富なので、
その予防にもなる。当時は肉じゃがではなく、「甘煮」と呼ばれたこの料理は、まず海軍で人気の献立となった。一般家庭に
普及したのはずっとあとで、昭和五〇年代に入ってからのことだった。肉じゃがのル!ツは東郷風のピーフシチウだったのである。≫  
 ▼ 肉ジャガが和風シチューのつもりで作ったものとは、居酒屋ネタとして丁度よい。
 ・・・・・・
3862, 嘘みたいな本当の話
2011年10月22日(土)
 図書館で見つけた「嘘みたいな本当の話」の本の題名、ここのテーマで取り上げたような気がして調べたら、
「H0505 小説のような本当の話!」というテーマであった。 この本は多くの人の実体験の特集で面白いが、それでは私というと、
これらより面白いものが、幾らでも出てくる。とはいえ、それは自分自身のことだから言えることだけで、第三者の見方は違うだろうし、
150あまりのショートストーリーは、それぞれの味がある。 人生には、誰もが多くの思いもよらない経験をするもの。
考えてみたら、自分が、いま、ここに存在していることが嘘みたいである。 両親の出会い、そして数億の精子と、卵子が出合うことも、
両親の両親、そして先祖の出会いの重なりの結果、はじめて現在の自分がある。 そういう難しい話は、この本の本題ではない。
何処にでもある、ちょっとした世間話的な信じられないような経験の披瀝である。
 この本の面白い嘘みたいな本当の話の紹介の前に、私の世間話的なそれを書いてみる。
   ー かなりショートにまとめてみた。
 * 7年ほど前になるが、オーストリアの、とある観光地の街中で何気なく空を眺めると、カラスの一群と鳩の一群が
   入り乱れて闘っていた。見ていたのは数分だったが、カラスと鳩の群れの闘いなど、滅多にみれるものでない。
   「外国には外国の鳥世界があるのか」と、何となく思ったことを覚えている。
 * その頃の話だが、早朝、土手を散歩していたところ、ある家に繋がれていた身体はデカイが、幼さの残っている
   ゴールデンリトリバーと、偶然に目が合った。 思わず、ヨッと右手をあげ声をかけると、何と、その犬も
   右手、いや右足をあげた。 オテの、条件反射だったのだろうが、何か奇妙な気持ちになった。
 * 雀と燕の巣をめぐる争いに出会ったことがある。バイパス下のトンネルにある燕の巣に、越冬の留守に雀が住んでいた。
   そこに春先に燕が帰ってきて、その巣をめぐってツガイ同士が争っている場面に出くわした。 雀には、多くの仲間が遠くから
   ピーピーとけたたましく騒いでいる。 数分で、見届けないで散歩を続けたが、翌日見ると、そこから雀が顔を出していた。 
 驚きは、嘘のような場面に出会った時に生じる心の状態である。とすると、初めての体験、経験は「嘘のような出会い」になる。
  ・・・・・・・
3497, お金の教養 −3
2010年10月22日(金)
                    ーお金の教養ー「お金の仕組み」 泉正人著
  * 何が「浪費」で、何が「投資」か
 何もかもが節約ばかりでは人生は面白くない。それでは貯蓄が目的になっては、お金の本来の価値を楽しむことはできない。
価値あるものにはしっかり使い、価値のないものは、使わないというルールが必要である。
著者は日常使う小さなお金を、使い方によって、「投資」と「消費」と「浪費」の三種類に分けている。
・買ったものが、払った以上の価値がある=「投資」
・買ったものが、払った額と同じ価値がある=「消費」
・買ったものが、払った額以下の価値しかない=「浪費」
 これは分かりやすい。 私の場合、海外旅行は、払った5〜10倍の価値は充分にあった心底思っている。
飲んでまわって三軒目以降は払った額の半分以下か零と思うことが多い。 これは浪費。
土曜日など家内といく居酒屋などの飲食店は払った同額の価値だから、消費。 そう具体的にみると、
それぞれの意味が実感できる。 時に浪費の方が有意義?のことがあるが、ただ酒に飲まれている方が多い。
テレビ、パソコンは投資。 昼飯は消費。 本は大部分は投資。 週刊誌は消費で、月刊誌の文藝春秋は投資?消費?
これは実際に買って読んでから分かること。去年買った電気アシスト自転車と海老反り器械と腰叩きマシーンは投資。 成るほど! 
両親から捨て金を使うな!と教えられたのは、価値のあるなしを意識して金を使えということ。
関西人は概ねこれに徹している。 マイホームは思い切って良い家を買うが、普段の生活は質実剛健にする。
 金の使い方だけでなく、著者はこれを時間について当てはめている。 英会話の勉強に当てている時間や、
健康のためのスポーツは投資の時間。 休みの日に、何をやっていたか記憶のない時間が浪費。
睡眠は、それが人間が生きるため必要な時間で(必要経費として)投資になる。一年を振り返って、あれは良かったと
思える時間が投資である。 そういう視点で「金と時間」の使い方をチェックしてみると、面白い。
長期的投資と短期投資にも分けられる。 浪費が入った三つが混合するから面白いもの。 浪費と思っていただけのことが
実は投資だったり、投資と思っていたことが浪費だったりする。これは時間がたってみないと分からない。
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3122, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー3
2009年10月22日(木)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)     ー読書日記
 中世に西欧の国々が世界を拡大していく過程で、構造主義ではないが、決して南米や東洋より優れているのではなく、
逆に劣っているのを知ることになる。 勝っているのは人殺しの技術だけ。 そこで西欧人は自分たちの方が優れていると、
信じたと思ったのである。同じ神を信じると認めあった仲間内では、平等とか隣人愛を言うが、そこから外れた者については、
公然と差別をし、何をしてもよいことになる。人間扱いされなかった奴隷たちが救いの神として唯一絶対の神を信仰したが、
その神は復讐の神だったからである。現在、原理主義者が平気でテロを仕掛けるのも、この辺の事情による。
 ー以下の部分は、その辺のことを詳しく書いているー
 * 大航海のカルチャーショックと、ペスト発生の由来 (P−13)
Q: 西欧キリスト教文明が、十一世紀以来、イスラームと敵対していたというお話ですが、その後、
 大航海時代から帝国主義と、猛烈に世界に進出していきますね。そしてその際にきわめて大規模な虐殺が起こっている。
岸田: 大航海時代でアフリカ、アジア、アメリカ、インドなどに出ていったのですが、その結果、ヨーロッパ人はますます
 劣等感と敗北感が募ったと思います。 誰だって、ふるさとの地で何とか暮らしていけていれば、決してふるさとを捨てて遠い
 外国なんかへ行きたいとは思わないものですが、当時のヨーロッパ人はヨーロッパに安住できないいろいろな事情がありました。
 人口の四分の一から三分の一が死んだと言われる十四世紀半ばのペストの大流行、打ち続く飢饅、宗教的迫害など。
 ヨーロッパ人自身は、進取の精神で広く世界へと進出したと思っているようですが、他の大陸へ出掛けていった連中は、
 客観的には、命からがら逃げ出した難民でした。 十五世紀の終わり頃は、ヨーロッパよりインドや中国のほうがはるかに
 文化的にも経済的にも上で、豊かな生活をしていたのですね。 ヨーロッパの難民たちは、世界を知ることによって、
 ヨーロッパがいかに遅れていて劣っているかを発見したのです。 その劣等感というか敗北感をひっくり返すというのが、
 近代ヨーロッパ人の植民地主義を支えた情熱なんですよ。 われわれのほうが遅れている、劣っていると感じて、
 それ以後のヨーロッパ人は、われわれのほうが上なんだ、優秀なんだということを証明しようと必死でした。それ以後、彼らが、
 何かにつけて、ヨーロッパのほうが進歩していると繰り返し繰り返ししつこく主張したがったのも、この必死の努力の表れでした。
小滝: ペストのことで一言注釈しておけば、あれもキリスト教に原因があるんです。 当時は修道院があちこちにでき、
 実に多くの成人男子が修道院に入っていたそうです。その食糧をまかなうために、大規模な森林伐採をやったのです。
 さらに森林伐採には宗教的な意昧もあって、森を残しておくと、土着的な精霊信仰が生き残って、異端や異教が生まれるので、
 キリスト教を広めるという意味でも森林を伐採した。そうしたらフクロウとか蛇とかがいなくなって野ネズミが大発生し、
 それにペスト菌を持ったノミやダニが寄生したもので、大流行を引きおこしていった。
 〜〜
  現在、アメリカをはじめ西欧文明が基礎から揺らいでいるが、この辺の一神教が主導してきた文明の行き詰まり。
 そして、これからは中国、インド、東南アジアの文明が必然的に世界をリードしていくしかない。
 アメリカの属国として戦後の経済成長を続けてきた日本も、ここで大転換期をむかえたのである。
 ・・・・・・・・・
2757, 今後のノーベル賞の有力候補は?
 2008年10月22日(水)
 一昨日の産経新聞 【正論】の ー ノーベル賞で「銀メダル」の日本 ーが、面白い! 
 その中で、今後の日本のノーベル賞の候補を何人か挙げていた。
 アメリカの国力を感じるが、日本も満更ではないことが窺える。
  ーーー
 ●≪政府の50年目標も有望≫
 (以下、字数の関係でカット2009年10月22日)
・・・・・・・・・・
2007年10月22日(月)
2393, 恥はかかせろ、いじめはなくすな
 戸塚宏が、「新潮45」6月号に寄稿していた文章が考えさせられた。彼は自分の戸塚ヨットスクールで、生徒を何人か
 死なせた責任で6年の実刑を終えて、再びヨットスクールで指導をしている。石原慎太郎も弁護者で彼を支持している。
 ーまず彼の論の概要をまとめてみるー
  *力は悪か、いや善である。
・6年経って出所して、子供たちは良くなったかといえば、ますますオカシクなっている。
 生気がなくなり、得体の知れない無力感を漂わせ、一方で些細なことで直ぐに自殺する子供が増えている。
・暴れる子供はまだよいが、無気力で何も行動を起こさない子供は直しにくいし、完全に直らない。 
 登校拒否とか、引きこもりやニートといった、社会に反発する力のない子供たち。彼らは幸福を感じる能力もないし、
 幸福になろうと行動もしない。人類始まって以来の、最も奇妙な生きものが出来上がってしまった。
・明らかに戦後教育が間違っていた。戦後教育は「力は悪なり」と教え込んでいた。教育者も親も、その信者で子供を
 強くすることは悪だと思い込んでいた。 そして子供たちを弱く弱く育ててきた。しかし、力は善に決まっている。
 弱ければ役に立たない。海で溺れている子供を、腕におぼえのある人が助けて、子供は一命を取りとめることができる。 
 力があればこそ助けられるのである。 強いからこそ、行動ができるのである。 
 それをどこで、どう間違ったのか、「悪」としてきたのが、戦後教育なのだ。
・子供を教育するに当たって、「褒めて育てる」ということがまかり通っている。
 「叱るより褒める方が正しい」と親も先生も思い込んでいる。だが「褒めるより叱る方が正しい」に決まっている。 
 褒めて褒めて、みんな駄目にしてきたのである。 叱ることを、罰のひとつとしてみよう。 罰は世界中にある。
 だから人間の本能である。 本能は種族保存を目的としているから善、当然、罰は善である。
 駄目な奴、失敗した奴を罰しようというのは、善なる目的を持っている。 それは、 相手の進歩でもある。 
 罰は相手のためを思ってやることなのだ。叱ることも同様で、相手を考えて叱ってやるのだ。


4226,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー1

2012年10月21日(日)

このー「ルーツ大全」、なかなか面白いエピソードで満ちている。身の回りのあらゆる「モノ」「コト」の由来を、
 習慣から衣食住の由来を面白おかしく取り上げている。まずは食品から取り上げてみる。
    * クロワッサンの形は、トルコ国旗の紋章         ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
  クロワッサンの形には、国家間の対立による深い経緯があった。まあ、面白いものである。
≪ クロワッサンの特徴は、なんといっても、あの三日月形だ。かなり独特の形だが、そのルーツは一七世紀のオーストリァと
 オスマン帝国(トルコ)の戦争にあると聞けぽ驚くのではなかろうか。あの三日月形はオーストリア軍がトルコ軍を退けた証である。
一六八三年、トルコ軍がオーストリアの首都ウィーンを取り囲んで攻撃していた時のこと。ウィーンはなかなか陥落せず、
業を煮やしたトルコ軍は、ある日の早朝、密かに地下にトンネルを掘り進めて侵入をはかった。オーストリア軍は当初これに
気づかなかったが、地下から聞こえる怪しい物音をいち早く察知した人たちがいた。朝早く起きてパンを焼いていたパン職代たちだ。
パン職人の通報によりトルコの急襲を知ったオーストリァ軍は、敵の侵入を未然に防ぎ、ウィーンの町は救われた。喜んだ皇帝は、
パン職人に特別な権益を与えた。おいして、パン職人たちがその返礼に献上したパンが、トルコの軍旗である三日月パンである。
その形には「トルコを食べる」という意味が込められていた。以後、三日月形がクロワッサンの定番となっていった。
ただし、そのころのクロワッサンはまだ層状を成しておらず、サクサクとし食感ではなかった。その後、オーストリアの
皇女マリー・アントワネットがフランスへ嫁いだ時に同行したパン職人によって、クロワッサンはフランスに広まり、
一九二〇年代のパリにおいて今のようなクロワッサンが完成した。≫ 
 ▼ 隣国が接している欧州では、民族対立による争いは根が深い。トルコはアジアと欧州の境にあり、国旗の絵柄を
  パンの形にして、それを食べるほど忌み嫌っていたことになる。ルーツを探していくと、歴史に触れることになる。
・・・・・・
3861, スポーツジムの景色 −4
2011年10月21日(金)
  * スポーツジムで見えてくること
スポーツジムに行って一番面白いのは人間ウォッチングである。 自分も、その一人だが、30歳から80歳以上の老若?男女で、
何気なく見ているだけで面白い。 肥満、血糖値、40肩対策など、それぞれ事情を抱えている人から、私のように健康を兼ねた
レジャー目的の人など様々である。 少し痴呆が入っているお婆さんもいる。 私は午前中の開店直後の10時〜正午までの二時間、
滞在している。 時間帯からして7割が主婦。 明らかに水商売仲間内のグループもいる。 スポーツクラブは女性がメインで、
男は60歳以上のリタイヤしたて?の人が目立つ。 弁当や御握り持参で、ロビーで食事をとる女性仲間の社交界の場的要素もある。
といって、男の私が肩身が狭いことは全くない。 自分で選択したメニューを独りでこなして終わったら帰るという気楽さがある。
大方の会員の平均滞在時間は、二時間だろうか。
 このようなジムに入会したのは、長い人生で初めてだが、もし実情を知っていたら、10年前から入っていたはず。
パソコン教室も、スポーツジムも、サロン的要素が強いが、私のように誰とも会話することもなく、自分のコースを人的気づかい
なしに済ますことも出来る。 通勤列車と思えばよい。 私が行っているのは昼だけコース(平日10〜17時ー金・日、休みー)。
中高年がほぼ八割で、自分の年齢世代が目立つことはない。 エアロビでは、プロのインストラクターが指導するプログラムが多く、
若い男のインストラクターの追いかけに近い中年オバサンが見ていて微笑ましい。男の場合、色々の場数を仕事などでこなしているので、
こういう場では、一会員として群れることなく運動をしているが、高年齢になるほど、自分の社会を背負って、それに拘っている姿が、
(本人には分からないが)私には異様に見えてくる。 要は、田舎ということ。 とはいえ、半年前の盛況ぶりは、現在はない。
3・11の影響が、大きいのは何処も同じ。ネット辞書に、「スポーツセンターのインストラクターの仕事は、一見華やかに見えるが、
給料は安いわりに希望者が多いため、ワーキングプアの要素が強い」と、あった。その目で、彼らを見ていると、また違って見えてくる。
ただ、一人ひとりが個性的で、一生懸命に指導している姿は、光ってみえてくる。 半年少したって、効果はといえば、大有り。
足腰が、この数年来衰えたと感じていたのが半分以上は回復した。毎日キッチリ運動を続けると続けないとでは違う。何事もまずは半年。
 ・・・・・・・・
3496, お金の教養 −2
2010年10月21日(木)
 ーお金の教養ーみんなが知らない「お金の仕組み」泉正人著
 * 一番の無駄は生命保険?
 ここで著者は、保険の無駄を指摘している。例えとして、25歳から「月3万円」の終身保険を加入したケースをあげている。
年にすると36万になるので80歳まで払い続けたとして、36×55年=1980万、つまり終身保険は2千万の買い物になる。
それを、「月額3万円」の分割払いをしているだけのこと。 保険屋の甘い言葉につられて、深く考えないで印をおしてしまう。
30歳代の10年間で死亡する確率は1パーセントという。その間に払う金は何と360万円になる。それを年利5パーで運用を
すれが500万近くなる。 命をかけた博打にしては全く採算に合わない。これに対し損害保険の方が、ずっとましである。
年間5万も払えば、対人賠償も、対物賠償も、無制限で万一の場合も保証されるし、自分の事故保険も5万をかけたとして、
合計年間10万円で充分。それに対して生命保険ほど馬鹿馬鹿しいのはないと断じている。
 もちろん生命保険を個人として入ったことはない。あれは人間の不安を利用した悪徳商法ぐらい知っていたからである。
 * マイホームは買うべきか、それとも借りるべきか? (以下の半分は私見が入っている)
 一番の資産は、まず家屋敷である。親から家を貰えない人は、家を一生かけて購入しなくてはならない。
しかし、その購入に対して少しも考えない。 少しオサライでマンションの購入を考えてみる。もちろん商売だから、
業者は土地を購入し、建物を建て、営業マンを雇い、利益を加算した値段で売却する。考えなければならないのは、これから。
それは売り手の論理。 買い手は、買ったと同時に販売経費分は消滅する。その瞬間に、それは中古品になり、一年一年古くなる。
捨てるほどの金があれば別だが、新しいマンションを買うのはドブに金をすてるのと同じ? それでもマンションに住みたいなら、
中古マンションの掘り出し物を数年にかけて探しだし買う方が段違いに有利。 都心なら新宿とか、渋谷近くの、駅から数分の、
競売物件とかである。中古の場合は、新興の業者だけは避けるべきだ。住友とか三菱とかの系列なら、数十年先の信用がついて
まわるから、年月に耐えられる商品を前提に計画される。しかし、数年前までは、全国の駅周辺に多くみられた「穴吹工務店」
「ライオンズマンション」「ダイヤパレス」などは、既に消滅している。 著書では、物件価格は家賃の200倍以内が妥当という。
更に30年後の価値想定もしておかなければならない。10分の1か、5分の1である。(例外もあるが・・)
私は、マンションは中古以外で考えるなら一戸建住宅を勧める。何故なら、家の価値の半分を占めている土地は腐らない。
だから買うなら若い将来性のある立地の住宅地を選ぶべき。 特にデフレになると無知からくる矛盾が現れる。他人ごとでない?
 娑婆は、幻想でなりたっているから、夢を買うのにケチをつけることはないが・・・   
 ・・・・・・・・
3121,金(きん)について
 2009年10月21日(水)
-以下は字数の関係で中間カット(2010年10月21日)
 ・・・・・・・・・
2756, 何か変な世界の空気!
 2008年10月21日(火)
 *AIG、当初借り入れ8・4兆円の融資枠、ほぼ使う!
株は九千円を回復したが世界経済の実態は火が燃え盛っているようだ。 昨日の日経新聞に何気なく
「AIGが、FRBからの当初借入総額850億ドルのうち829億ドルをほぼ使い切って、残りはわずか
21億ドル。
ー 以下は字数の関係で中間カット(2010年10月21日)・
・・・・・・・・・
2007年10月21日(日)
2392, 人生で出会いしもの                φ(* ̄0 ̄)ノ[才八∃一]ヘ
10月02日(火) の {「2373, 人は60歳で何をしたか」−2} の読書日記で、作家の新井満が寄稿していた
「60歳以降に何をすべきか」について書いた。ところが、その中で彼の奥さんとの出会いの話が非常に印象的だった。
人の出会いの不思議さをつくづく感じる内容。 20歳代に何回かダブル・デートで、片方が結婚したケースがあった。
私は相性のあう相手がいなかったか?ためか、簡単に一生の伴侶を決めてしまう彼らを見て、「何でもっと色いろな人を
見てからの方が?」と、不思議でならなかった。「本当に決めなければならない時は、それなりの人と出会うもの」と、
信じて疑わなかった。更に常に4人の姉と比べて、それ以下?は妥協できない! あとは両親に対して自信を持って紹介できる人?
という無意識の判断があった。 ところで姉と上さんドッチが?? それはそれで・・・
色いろあって、新井満の、こういう出会いに驚いてしまった。もう少し、色いろな女性と付き合ってから
という生き方もあろうに? というのも、相手次第ということか! それにしても幸せな人だ。
 ーその一部を抜粋してみるー
 *人生最悪のコンディションで出会った運命の人は誰だったか
人にはそれぞれ、運命的な出会いというものがあります。 私にとっては妻との出会いがそうでした。
19歳の大学生のときに、郷里の新潟から上野行き特急の座席指定車に乗ったら、隣の席に座っていたのが、たまたま彼女だった。
以前から、おふくろには「東京の女には気をつけろ」とよくいわれていました。
見るともなしに見ると、どう考えても典型的な東京の女性。ベレー帽かぶって、その上にミニスカートです。
 ・ 以下は字数の関係で中間カット(2007年10月21日)・
  ーーーーー
最終の学校時代に出会った人が最適の人と出会う確率が高いというから、彼は彼なりに最高の人と出会ったのだろう。


4225, 閑話小題 ー青竹エアロ

2012年10月20日(土)

   * つれづれに ー青竹エアロ
 スポーツジムの話。円座に置かれた6台の運動マシーンと、その一台置きにあるステップ台をインストラクターの誘導で
12人が一同にするエアロを連続二回と、週二回の「スローヨガ」が私のベース。それに時々、ランニング・マシーンと、
ステップ台エアロを加える。 スタジオでは、常に何かプログラムが行われているが、どうも30〜50人の合同でやるのは
苦手である。ところが、先日、何気なくスタジオに目をやると、青竹踏みエアロ?が見えてきた。 ヨガ用マット上に
青竹風プラスチック台を置き、音楽に合わせて上がったり下がったりしている。そこで、どういうものかと参加してみた。
これまで何度か青竹を買ってやってみたが、数ヶ月も続かなかった。 このプログラム、まだ始まって三回目だが、
30人の定員は満員。 「初めての人は挙手を」に対し、何と三分のニの人が手を挙げた。 中央に5センチの半円があり、
その両側に一cmのボツボツが50個、その外側に数ミリのボツボツが並んでいる。その三箇所を交互に音楽に合わせて
乗ったり降りたりする。少し痛いが我慢出来る範囲で、10分もしないうちに汗が吹き出てくる。 終わって数時間
経った後に身体全体が軽く感じてきた。 週に一度参加するにベストのようだ。
 ところでスポーツジムも、日常生活の一部になっている。雰囲気が明るいのがよい。ジムも競争が激しいようで、チラシ
広告が目立つようになった。 常にエアロビックスなどのサービスを改善していないと、他のジムに客を取られてしまう。
私のように皆勤に近いのは、一日、三百円でしかない。 一時間5百円の価値は充分ある。私は二時間滞在しているので
一日につき千円、20日で二万円の価値の実感がある。ヨガは月に7〜8回は参加しているので、それだけで元が取れる。
会員で殆んど来ない人と、日曜日参加の人が多いので成り立つのだろう。 その割に軽い腰痛は治らないが、それでも
足腰が軽くなっている。 ところで青竹エアロ、殆どが裸足だが、水虫、感染しない?
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3860, インコの芸
2011年10月20日(木)
 我が家にやってきて8ヶ月になるルリハ・インコが最近、芸をするようになった。
小鳥のストレス解消用に、枝の棒に「小鳥用起き上がりこぶし」を付けてあるが、時々、狂ったように攻撃する。
しかし錘で、その都度、棒を一回転し元に戻ってしまう。 ところが最近、インコも真似て枝を回転している。
そこで、その都度拍手をして笑いかけていたら、インコを見つめる度に回転するようになった。 また籠から離れようとすると、
回転を何度もし、傍にいて欲しい意思表示をする。 今までは鳴声と籠にしがみついて見つめての意思表示が、棒を回転する
芸で注意を引くことが加わった。 一年前に飼っていた中型のコガネインコが、人間的?で個性が強い鳥だったので、今回は、
オウム科で最小(雀ぐらい)の大きさの性格の穏やかなルリハ・インコにした。 幼鳥のうちは大人しかったが、最近になり、
その個性を見せ始めてきた。 気を引こうと何度も何度も枝を回転する姿に愛情がわいてくる。
 最初はペットを毛嫌いしていた家内も、最近、その回転するインコに見入り、頭を撫ぜるようになっている。
コガネ・インコと同じく、頭と喉を撫ぜると喜ぶのは犬猫と同じ。コガネ・インコは一年余りで、風邪で死なせてしまった。
それもあり冬に向かって、このインコは、死なせる訳にはいかない。改めて雀など野鳥が厳寒の中で越冬する能力に驚いてしまう。
 このインコにとって、鏡の中の自分の姿と、起き上がりこぶしの小鳥と、家内と私と、時々帰ってくる長男が、このインコの世界。
ストレス解消用の玩具を幾つか籠に入れているが、フルに使って遊んで最後は壊してしまう。それでも、時どきヒステリックを起こし、
籠の中を狂ったように飛び回る。 とにかく、籠の外に出たがる。 また本能的に音に敏感で、私が車で帰ってくると、感知する。 
駐車場を一台貸しているが、それには全く反応しない。「あんたインコやってんだ。私は人間やってんだ。」という感じが面白い。
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3495, お金の教養
2010年10月20日(水)
  ーお金の教養ーみんなが知らない「お金の仕組み」泉正人著
 図書館で借りてきた本だが、具体的な内容が面白い。 学校では「学問教育」と「職業教育」は教えるが、
その取り扱い方は教えてくれない。日本は「お金は不浄なもの」という思い込みがあり、社会でも家庭でも、
お金について教えてくれることはあまりない。武士は食わねど高楊枝、という風潮があるのが日本である。
学校では「成績表」「通知表」を受け取っているが社会に出た後に「お金の成績表」を受け取ることはない。
実は、預金通帳こそ学校の「通知表」という。 お金に対する能力とは、「貯め方」「(小さなお金の)使い方」
「(大きなお金の)使い方」「稼ぎ方」「増やし方」「維持管理」と、「与えること」。
・「貯め方」は、著者は収入の2割を貯金にするというが、これは以前から言われていること。
・「使い方」は、*要は節約と、*買う前に払う価値があるもの・サービスかを考えよ。
・あとざっくりな記録で現状を把握せよ、
 1、お金の管理する仕組みを作る  2、6:2:2の法則  3、領収書の分類
 2の6:2:2の法則は、まず2割の預金、2割の自己投資、そして最後に残りを使う法則をたてよ、である。
 領収書の分類ボックスに入れた後に、それぞれをスクラップするのも良い。若いうちに知って実行していたら良かった。
 ▲ ところで、逆もある。私が両親をみていて考えたことは、
「残したところで、それは通帳の数字の桁が増えだけのこと。使える時に使わないと、それは通帳の数字でしかない。
そこで、40歳から60歳まで、年間に???万は使い切ることを決めた。 そうすると使えるのである。
贅沢できる金額でもないが、一点豪華主義で秘境ツアーに絞り憑かれたように家内と行ったが、こういう時代になり、
また歳を重ねると、つくづく正解だったと思う。 気力、体力、金力、時代背景、環境などが揃ってないと、そうそう
続けることは出来ない。歳をとると、行動範囲が狭まれる。 最近は、こういう類の本が書店に多く並んでいる。
しかし、のっけから2割の天引き預金を実行となると、なかなか難しい!
やるか、やらないかの決断だが。 あとは、その人の人生観もある。
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3120, 再び、読書について  2009年10月20日(火)
  * 書斎は未来の図書館
  森本哲郎が読書についてに、次のように書いている。
≪ 私は読書は何よりもまず本をさがすこと、探して買ってくること、買ってきて本棚に飾ることと確信している。
 実際に本を読むのは、いつかでいいのだ。書斎とは、この意味で「未来の図書館」というべきだろう。 ≫
  全く、その通りである。この言葉を知っていたら、より豊かな時間を書斎で過ごしたはずである。 
 本屋で気に入った本に出あっても、いま読みかけの本で手一杯ということで見逃した本が、あまりに多い。
 書斎を、そのように位置づけていたら、自分の書棚には、その蓄積があったはずである。
 決して、読まないでも、その本に囲まれて休日を過ごしているだけで、充分に幸せのはずである。
  開高健が「古本屋歩きは釣りに似ているところがある。ヤマメを釣ろうか、フナを釣ろうかと目的をたてることなく
 歩いていても、たいてい、一歩店に入っただけで、何となくピンと来るものがある」というが、そうして買った本を
 書斎の一角に納めておいて時どき手に取るのもよいだろう。 あまり本を読まない人にとって、読書をするのが
 勉強をすることと勝手に思い込んでいるようだ。しかし本来は楽しみとして、集めた本棚の本を、独りで早朝や深夜に
 読むことである。 そのとき、そこは、自分ひとりの安住の場、かつ別世界に浸る時間になるのである。
  ショウペンハウェルは、彼の読書論で、「いかに多量にかき集めても、自分で考え抜いた知識でなければその価値は疑問で、
 量では断然見劣りしても、いくども考え抜いた知識であればその価値ははるかに高い。何か一つのことを知り、一つの真理を
 ものにするといっても、それを他のさまざまな知識や真理と結合し比較する必要があり、この手続きを経て初めて、
 自分自身の知識が完全な意味で獲得され、その知識を自由に駆使することができるからである。」と語っているが、 
 それも独り、書斎の中で考えてこそ可能になる。
  選定、書棚に納める、そして独り読み、考える、そしてメモ、等々、その一連で読書は成り立っている。
 旅、読書、芸術鑑賞、談笑、散歩、そして家族との団欒は、人間の行為としてベストの習慣。
  その中でも、読書は必要欠くべからざることである。
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2755, 閑話小題
 2008年10月20日(月)
 *一昨日は高校の同級会
高校の同級会が一昨日あったが、25年間ほぼ毎年開かれている。大体、20人位があつまるが、この10年近くで4人が亡くなった。
他のクラスの人が参加をしたりの入れ替わりはあるが、7割は固定メンバーで、和気藹々と時間を忘れる一ときになる。
最近の話題は年金と、病気と、不景気と、孫と定年の話が中心になる。「今回は年末は金融恐慌のため深刻になるだろうから、
早く開いた」と冗談ともいえない幹事の挨拶があった。ギリギリまで出席しようか止めておこうか迷ったが、この年齢になれば
一年後に無事でいられるかどうか、目先のことは積極的に参加することと出席した。 まあ、面白かった!
 *今年の旅行は?
さてと、今年の旅行と思った途端に、この金融恐慌である。何があっても一度は海外に行くと決めているが、
歴史的な重大な状況に気合が入らない。最後にとっておいたアメリカ西海岸の国立公園巡りか、英国辺りかの最終判断の段階。
この20年近く憑かれたように旅行に行ってきたが、今後10年の大不況を考えると良かった。
数年後からはロングステーも考えていたが、どうなることか!
 *我が家の庭
最近、早朝のウォーキングの帰宅後に我が家の庭で時間を過ごす習慣がついたが、そこで庭が生きていることに気づいた。 
両親が魂を入れた庭が、二人とも亡くなっても、そのまま生きているのである。 それも時間とともに変化している。
父が石と木、母が花を入れたが、それが四季と共に変化をし、段々と深みを増しているのである。
それに気づきだしたのは両親が庭をつくった年頃に、私が到達したということか。
母が亡くなった時に、この家を処分をして新潟市に移動しようかと考えたが、決断できなかった。
このまま家にいて本当に良かったと思えるようになった。 春夏秋と、両親が植えた草木の花が、何処かで咲いている。
家には、それぞれ家霊がいるというが、庭をみていると合点がいく。
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2007年10月20日(土)
 2391, 哲学と心の病                   (っ´Ι`)っ { おはよう
 図書館から度々、月刊誌「新潮45」を借りてくる。月刊誌としては人気があって最近の本は殆どが貸し出されているが、
時にタイミング良く借りることが出来ることもある。お目当ては中島義道「哲学者というならず者がいる」のコーナーと、
ご存知、中村うさぎ「セックスという教養」。 これに、あと一つ中味が濃い特集などの中に面白い記事が必ずある。
たまに読むには良いが、毎月というと毒が強すぎる。今回の中島義道のテーマ「哲学と心の病」が、これまた面白い!
いま問題になっている「ひきこもり」の問題の根本を鋭く解いている。
  ー面白そうな部分をコピーをしてみる
「哲学と心の病」というテーマで講演会の講師をしたおりのこと。・・・初老の紳士が手を挙げた。引きこもっている息子に対する
相談である。 「どうしたら生きがいを見つけてやれるのでしょうか?」という質問。 私は「生きがいなんて、みな嘘っぱちです。
人生は凄まじい修羅場ですし、そのあげく、どうせ死んでしまうんですから」と思わず叫んでいたが、こういう父親にこそ、
言いたいことが山のようにある。彼は知的で温厚そうな紳士であり、自分のごまかしを、汚さを、ずるさを微塵も恥じている
風には見えなかった。 そこが問題なのである。 その言いようもない鈍感さに、息子は全身で抗議しているのである。
・社会のルールに従って、仕事において評価され、結婚して家庭を守ることが そんなに立派なことなのか?  
 それがあんたの「生きがい」なのか? それに何の恥も覚えないのか!
・想像力をたくましくして、自分は極悪人かもしれない、と思うことが人生において一隣でもなかったのか! 
 それほどあんたはおめでたいのか!そのえらい顔を引っさげてこの俺を「導きたい」のか!息子が思っているのはこのこと。
私は誤解しては困るが、こういう青年達が掛け値なしに「正しい」と、思っているわけではない。
哲学に身体の芯までボロボロに侵食された者が、単純きわまる人生観をもっているはずがない。
私は、そういう両親を攻撃している息子もまたずるいと思う。そんな、反吐が出るほど軽蔑する奴の庇護の下に
ひきこもっているのだから、同じ穴の狢である。そう叫んで家を出、放浪の旅に出てこそ、彼の言葉は輝いてくる。 
だが、ひきこもりの青年はそうしない。勇気がないのか? それだけではない。 ひきこもりとは両親に対する復讐に
ほかならないからだ。両親がおろおろすればするほどおもしろい。 途方にくれるほど、喜びがくみ上げてくる。
彼は、じわじわと相手のの心身を滅ぼしていく復讐の喜びをもって、人間として最も卑怯な輩に転落したのだ。・・・
 ーー
 中島自身のことを書いているから、この辺の洞察は鋭い! 彼の文を読んでいると、決して家庭円満ではない。
(字数制限のためカット、2011年10月20日)
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2006年10月20日(金)
2026, 戦後生まれが 80パー弱に        (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
「戦後生まれが80?」と新聞にあった。
私より年上は全体からみて二割弱しか存在してないことになる。 世界からみれば一割もいないということだ。
私が終戦の半年後に生まれたので、戦後生まれの境目の年代になる。
10年の区切りごとに「戦後生まれが何?」と発表されるので、それがそのまま、自分より歳下の比率になる。
ある統計値を調べてみたら
 ー私より歳下が
 ・10歳時点で  25パーセント      ・20歳で    40パーセント
 ・30歳で    50           ・48歳で    66パーセント(三分の二)
 ・60歳の現在は 78           ・75歳で    
 ・90パーセントが歳下になる。
それにしては地方のせいか、老年が多く目立つ。 齢を重ねるとともに、当然のことながら年上の人が少なくなり、
そして自分も消滅していく順番になる、それが人生というもの。現在の平均年齢は38歳という。
新幹線で通勤していても、背広を着ている同年輩は少なくなった。いつの間にか、歳を重ねてしまっている。
歳を重ねるにしたがい、世の中が澄んで見える反面、新鮮な感覚が少なくなっているのに気づく。
人生二度無いと何時も口癖にして、その時々にやれることを 最大限実行してきたつもりだが、
まだまだやり残していることが無限にある。 誰もだろうが・・・        \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・・
2005年10月20日(木)
1661, 腰痛ー3
過去に何回か腰痛について書いたことを思い出し、HP内の検索で調べたら一昨年と三年前に書いてあった。
家内からは、去年の10月に腰痛になっていたといわれたので、毎年一度は腰痛になっていることになる。
例年、5月の連休前後か11月になる。今年は、イタリア旅行でなってしまった。軽い時で、二週間。
重い時は一ヶ月近くかかる。今回の腰痛は全治三週間である。痛みのピークは一昨日で、昨日の夕方から反転して
時間ごとに良くなり始めた。しかし、油断をすると直ぐに元に戻る。腰痛はきつい、そして気力が失われる。
季節要因と内臓の問題もある。特に寒さに弱い。そういえば5〜6年前に、思いで深い腰痛があった。
横になっても立っても何をしても痛いのだ。脂汗が滲み出て、うなっているしかない。一回も医者にいったことが
無いのが、腰痛に対する私の態度である。しかし、その時だけは一人で救急車を呼ぼうとした。
ホッカイロを腰に当てて、時間を稼げば半月もすれば直る経験則がある。だから、ただ耐えるしかない。
  2003/11/13  953, 腰痛ー2
腰痛のことは以前にも書いたが、一昨日の朝、例年どおり腰痛が出た。
(以下、字数制限の関係でカット)
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2004年10月20日(水)
 1296, 新潟市官製談合
昨日の全国紙が数社、一面トップで「『新潟市官製談合』で強制調査」を取りあげていた。
今朝の新聞では「新潟市役所の幹部を逮捕!」と出ていた。やらないよりよいが、今さら何をやっているのかの感がする。
自民党の(土建たかり派閥の)衰退が背景にあるのだろう。このコーナーで、当初より何度か、政治家を含めた国家的犯罪を
指摘してきた。かなり、偏った見方ではないかと思われた人が多かっただろうが、こうして、スコミに出る様になった。
現在の日本は、自民党の土建族の議員を金目とした、ゼネコン・マフィアシステムが全国津々浦々まで張り巡らされいるのだ。
巧く見積もりを出したつもりでも、設備屋とか、鉄骨業者から全てが筒抜けになる。
彼等は薄ら笑いしながら、談合をしているのだ。 ちなみに仕切りは新潟県では、
・箱物は大成建設、
ー以下字数の関係でカットー2009年10月20日ー

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