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堀井On-Line
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2012年10月09日(火)
ある雑誌にー反・幸福論『開国という強迫』ー京大教授・佐伯啓思 のレポートがあった。 TPPの反対論だろうと読んでみたが、なかなか面白い。 私自身、地域社会に埋没しないことと、両親などの刷り込みによる 思い込みなどからの脱却が人生のテーマにしてきた。自分を開き違った世界を受け入れ、同化することが人間の成長と信じ、生きてきた。 しかし、反面、知らない世界に常に怯え、同化を拒否していた。これは人間として当然でもある。 ここで著者は、 「開国は、突き詰めればアメリカに対する不利な条件をつけられた開城ではないか?」と、問題提起をしている。 その辺の論拠を何回かに分け取り上げてみる。 ーまずは、その抜粋からー ≪ 丸山真男は、戦国から安土時代へかけてが「第一の開国」、明治維新が「第二の開国」、そして終戦後が「第三の開国」といいました。 また松本健一は、明治維新が「第一の開国」、終戦後が「第二の開国」、そして1990年代のグローバリズムを「第三の開国」と呼んでいる。 両者を足し合わせれば、すでに日本は四回開国しており、今回は五回目の「開国」なのです。「開国」の大安売りで、「開国」、「続開国」、 「続々開国」…と、いったいどこまで開けばよいのでしょう。気になるのは、明らかにここにはあるバイアス、もしくは先入見があり、 それは国を閉ざすことは悪、開くことこそが善、という強力な思い込みがあるということです。閉所恐怖症ならぬ「閉国恐怖]と 「開国強迫観念」がある。「開国」すなわち「国を開く」ことは国際化を意味し、それは無条件に歓迎すべきだ、という思い込みです。 TPP賛成の「開国論」は、しばしば、「TPP反対派は外国に対していわれなき怯えと恐怖をもっている」といいます。 しかし逆にいえば、「TPP推進の開国論は、国を開かなければ世界からは取り残されるという強迫観念です。・・・(中略) ・・その一大典型が、先ほどの「開国論」を唱える丸山真男をはじめとする戦後進歩的文化人でした。彼らの主張は、何よりまず、 戦後日本を民主化し近代化する、ということでした。ではどうして彼らはそのような主張ができたのか。それは民主的な近代市民社会を 成立させた先進国の立場に自らを同一化したからです。その上で、民主主義が根付かない後進国である日本を批判したわけです。 日本人部族の大半は閉鎖的で西洋のような先進世界を知らない。知らないから、自己中心的で、世界には通用しない自分たちの流儀に 得々としている、というわけです。いわば「部族社会の原理」で生きている、というのです。このようにいってしまえば、彼らだけ主義が 根付き、個人の自由や人権が保障され、合理的精神が行窟収ったいわゆる市民社会だとことあるごとに強調しました。しかし、現実は 大きく違います。アメリカには今でも根深い差別意識があり、ヨーロッパには強烈なエリート主義や隠然たる階級意識があります。 古代ローマやギリシャへの敬意は未だに強く(だから、あの「だらしない」ギリシャをわざわざEUに入れたのです) ≫ ▼ 日本周辺の地勢から考えると、強迫観念を持つのは当然。アメリカとロシアと中国に囲まれた現実世界が存在している。 もし、開国してなかったら、アメリカか中国の一部になっている可能性もある。 戦国から安土の開国は、蒙古襲来があったため。 明治維新は、アメリカの開国要求に対して近代国家樹立が生きる道であった。終戦はアメリカに敗戦したため。 グローバリズムは 共産圏が消滅し、世界各国の壁が低くなったためである。しかし著者はここで、「開国という強迫観念」があった、と主張する。−つづく ・・・・・・ 3849, あれから半年か −2 2011年10月09日(日) * 9・11、9・15、3・15 の直撃後、日本は、どうなるのか? 歴史的テロとリーマンショックで経済的に直撃を受けた日本は、今後どうなるのだろうか。 その三連発の直撃で私も儚くも破綻に至った。 商売上、ストレートの影響を受けてしまったが、では日本全体は大丈夫か? というと、そうではない。 これから始る欧米の混乱が日本の政治経済に更に大打撃を与える。 地震・原発事故の影響は、 大きく現実として我々に覆いかぶさる。 アメリカ経済会議前委員長のサマーズは、事故後の講演で 「残念だが、日本は貧しい国になる」と断言。 私も、その先端で直撃をうけたので、その指摘は痛いほど感じている。 国家収入の三倍近い予算を立てざるを得ない日本。それに対し、増税は反対という国民の愚鈍さ。 ギリシャのダラシナサより、日本人の方が劣っているとしか私には思えない。 この惨状を自覚できない恐ろしさ。 先日見たNHKスペシャルの東北大震災の録画を再びみた。 大震災に直面しても、正常性バイアス、同調バイアス、他愛行動で、 逃げ遅れる人の状況を。 「10年前の9・11、三年前の9・15以来、私も、この三つの判断と行動しかしてなかったのでは?」 という反省もあり、再び見て、その事実を確認した。ただし、装置産業のため、手の打ちようが無かったことも事実。 そこで3.11の大震災で、直ぐに決断した! というより、最後の迷いが無くなった。 この判断を、大部分の人たちが 冷ややかな視線で見ているのを、逆照射すると、逃げ送れた死者たちの顔が浮かんで見えてくる。 この大震災の中で、「危ない、逃げろ!」と喚いても、殆どの人が「変な人が訳も分からないことを言っている」としか、 受け止められないで亡くなった人たち。 それとほぼ同じことが、近未来のリーマンショックの大津波の襲来に対する認識である。 大震災でタバコをふかし車に寄りかかって、海を見ていた鈍い人たち(もちろん、その人の立ち居地によるが)。 轟音が聞こても分からないのである。 一年もしないうちに、それが身に染みて分かるはず。立ち居地が違い影響の少ない人もいるが、 国家そのものが破綻の瀬戸際だから、そうも言っていられない! この9月から、リーマンと東北大震災の大波の姿が見え始めてきた。 見ても見えず、今さら遅い! が、現実か・・ これは自分への警告でもある。 まだ逃げ方が甘いのか ・・・・・・・ 3484, エッセイ脳 ー1 2010年10月09日(土) 「エッセイ脳―800字から始まる文章読本」 ー岸本 葉子 (著) ー内容ー(アマゾン) 言葉の選び方、書き出しの心得、起承転結の「転」を利かし書き手の「ええーっ」を読み手の「へえーっ」に 換える極意とは?しなやかに感じて、したたかに描く、奥義を伝授。人気エッセイストが初めて明かす文章術。 第1章 テーマは連想の始動装置―「私」と「公共」の往復運動 (何を、どのように書くか―エッセイの基本要件;学習で高められるもの―他者が読みたくなる要件 ほか); 第2章 頭にはたらきかける文、感覚にはたらきかける文―無意識を意識する (文章のはたらきに着眼―三種類の役割;枠組の文でアウトラインを―「描写」を「枠組」で引き締める ほか); 第3章 リスク回避と情報開示―「自分は他者でない」宿命を超えて (読みにくさは個性か―読みやすさの必要性;自分≠他者の宿命を超えて―読み手はヤマ場が見えていない ほか); 第4章 文を制御するマインド―「筆に随う」はエッセイにあらず (言葉を選ぶ三つの側面―検討すべきこと/正確さ/主述、並列、呼応;クリエイティビティに先立つもの― (字数制限のためカット2012年10月9日) ・・・・・・・・ 3109,サエゼリア 2009年10月09日(金) * 村上龍のカンブリア宮殿 以前にサエゼリアについて書いたことがあるが、大不況の中で最近、再び注目を浴びている。 テレビ東京に「カンブリア宮殿」という村上龍がメインナビゲーターの番組がある。それぞれの会社のトップを インタビューをしながら、成功の秘密を探る番組である。先日、珍しく家内が自主的に録画をしてくれた番組を見た。 私たちは「サエゼリア」のファンである。 家から100mにあるのが最大の魅力だが、兎に角安い。 同じSC内にあるスーパー原信の惣菜よりやすい感がする。それと、高校生からファミリーや私たちの年代まで 気楽に入れる雰囲気が良い。 しかし、そのサエゼリアを褒めると、次男や会社の副支配人は顔をしかめてしまう。 「あんな女、子供の屯している煩い店。それに料理は美味くも不味くもない味。イタ飯なら個人店の少し高い店がよい」云々。 (字数制限のためカット2010年10月9日) ・・・・・・・・・ 2744, 劇的な毎日が刺激的だが、凄惨な日々が待つ? 2008年10月09日(木) *東証が1万円割れ、NY株も一万ドル割れ 株式がジワジワ下げてきたが、二日前に日米ともに一万割れになり、現在は9200円近くに下がり続けている。 次は前回の下げの7600円が目安になる。 状況からいえば4000円でも不思議でない。10月中は一万台は持つだろうと 思っていたので、驚きである。9月15日から始った金融恐慌の波は日ごと大きくなってきている。 東証株価は去年の同時期からみると45%の株価の下げになる。企業も、個人投資家にとっても大きな痛手になる。 ホテルは景気に直接影響を受ける商売。小団体が何組か入っているので現在のところは数字は出来ているが、 それを除くとマイナスである。駅前の飲食街も、このところ立て続けに長岡の飲み屋街に行っているが、 どこもホボ客は皆無。深刻をとおりこした状態である。 事業所のある新潟駅周辺の飲食街も殆ど歩いていない状態! なるほど、これが恐慌前夜の状況かと・・心の底ではアメリカの金融崩壊に拍手を送りたいが他人事でないのが米国属国の悲哀。 まずは欧州に飛び火をして大きな影響を出ているようだが本格的な危機は、これからである。 あのGMの倒産確率が95%、そして次の金融機関のターゲットはシティー・バンクだが、最近のニュースでは バンカメの株が26%暴落し$23になっており、一気に経営危機が表面化し、近々に$20を割り込み、$10をも 割り込む暴落状態の可能性があるという。もし、シティーとバンカメが消滅したら、世界は最大級のパニックになる。 ソ連の崩壊を目の当たりにして驚いたが、今度はアメリカの崩壊過程を連日目にしているのである。 色いろのブログの中の生々しいレポートによると、アメリカはパニックで金融恐慌の話題一色という。 一ヶ月も経ってないのに、連日飽きもせず金融危機のニュースが飛び込んでくる。 それが日ごと深刻な内容になる。十月から十一月にかけて、更に大荒れになるだろうが、金融危機は、我われの生活に 直接に影響してくるから深刻である。現在進行中の一連の出来事は、私が生を受けて最大の事件である。 家内がTVで誰かが『日本は破滅だ〜』と言っていたとか、NHKのニュースで急遽上場を延期した会社社長が、 「台風と、サイクロンと、大地震が一度に襲ってきたような状況の中で不安で延期するのが当然のこと」 と言っていたが・・・・ 恐ろしいことは、アメリカの大統領選挙でアメリカの頭脳が麻痺していることだ。 大統領の交代時期が来年の一月というから、一番重要な時期に手を打つべきことが最小になることだ。 現在の日本にも同じことがいえる。 それでも十数年間にわたり金融に関しては合理化をしてきたので 金融バブルは最小だったようだが? 恐慌は数年間で大小の会社の半分は消滅するというから、 せめて自分のところだけは生き延びないと! サバイバルの世界に入ったということだ。 イラクは早々にアメリカ軍は撤退だろうし、北朝鮮も金が回らなくなって政変間近になったし、中国も荒れるだろう。 恐慌は国際間の緊張を呼び込み世界戦争への道を作っていく作用がある。 恐ろしい状況である。 ・・・・・・・・・ 2007年10月09日(火) 2380, ハンモックのある生活 才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 「ハンモックを二つ買った」ということは、他のコーナーで写真付で書いた。 一つは2Fの居間の隣のベランダ用に、一つは室内用のハンモック・チェアーである。 (字数制限のためカット2011年10月9日) ・・・・・・・・・ 2006年10月09日(月) 2015, ゴミ少女 −2 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 ヨウ この写真とゴミ少女に対して論議を呼びおこし、多くの意見が寄せられたという。そんな中に写真家は、 ある日一通の気になるメールを受け取った。25歳の元・ゴミ少女からで、読んでいても説得力がある。 その彼女にあって藤原新也はインタビューするのだが、彼女たちの心の深層を見事に浮かび上がらせていた。 ーまずは彼女のメールの内容であるー 私は、吉野さやか(仮名)といいます。25歳です。サイトで貴方の原稿を拝見しました。 で何かいいたくて打っています。私は彼女たちと地続きの人間です。 地べたに座っているときは、無敵でした。毎日、楽しくなさそうに働いている大人を馬鹿にしていました。 ギャルはギャルでないすべての者を見下しています。そうすることでしか、自分の存在意義を見出せないからです。 「ゴミ化」という言葉を使われていましたね。当初、藤原さんに否定されたと落ち込みました。 ーその中で幾つかを抜粋してみるー (字数の関係でカット09年10月9日) ・・・・・・・・ 2005年10月09日(日) 1650, 北イタリア旅行記−1 9月30日〜10月8日まで北イタリアのツアーに行ってきた。 ミラノ、ドロミテ街道、べニス、ピサ、フィレンツェ、 シエナ、チンクエテッレ、サンタマルガリーリグレなどである。何回にかけて書くが、今日は総括の感想を書いてみる。 実質、7日間の滞在中2日、雨になった。ドロミテの二日目と、ベニスの観光の日である。 特にベニスは期待していただけに残念であった。山や海は、荒れたら悲惨である。 ベニスはもし快晴であったら、すばらしいはずである。土砂降りでも、あれだけよいのだから。 イタリアは世界遺産の宝庫といわれ、39ヶ所もあり世界最多を誇っている。3千年の時が遺跡という形で、 そのまま残こっている。いかにローマ帝國が偉大なものであったか現在でも巨大な遺跡建造物から窺い知ることができる。 今回は遺跡は殆どみることはなかったが。オーストリアと国境を接するドロミテは峻険な山々の間を・・・ また美しいリビエラ海岸のチンクエレッテは・・・ これは明日書くので止めておきます。 それにしても、イタリア男は女性を見ると誰もかしこも、直ぐに口説きにはいるには驚いてしまった。 女性の添乗員が、『イタリア男は、誰もかしこも女性とみれば口説きに入ります。 それは年齢とか、美貌に関係ありません。充分に気をつけてください。それがマナーと思っているようです。 イタリア男は、そのことしか考えていません』と言っていたが、なるほどその通りであった。 このところスイス、オーストリア、北イタリアと欧州が続いたが文明国は、このあたりで当分やめて秘境に切り替えである。 一年以上も海外に出なかったのは20数年来であるが、海外旅行はストレスの解消になる。 ー つづく ・・・・・・・・ 2004年10月09日(土) 1285, 「北朝鮮人権法」 先日、何気なくニュースを見ていたら、アメリカで中国・北朝鮮に厳しい 「北朝鮮人権法」が法案が可決、今後アメリカの政策はそれに従うという。 (以下、字数制限のためカット 09年10月9日) ・・・・・・・ 2003年10月09日(木) ある時間の断片ー39 11月13日 水曜日 1968年 8時起床。9時に友愛バザーの手伝いで文京区役所に行くが、実際は10時であった。一時間近くを散歩をして時間を潰す。 売り始めたが、さっぱり売れない。仕方がないので寮の駒村を呼び出す。彼が来てから、俄然と売れ出す。 という事は私に問題があったからだ。如何して売れないかを考えなかったからだ。 16時に帰寮、20時から26時までゼミの予習をして就寝。 11月14日 ・9時起床。 9時半に大学に出発。 到着後、掲示板を見ていると川崎とバッタリと会う。 学生証を忘れてきたので、丁度良いので借りて学食で食事。 図書館に行くと雨宮君がいる。一時間近く話す。彼も面白い人間だ。去年新潟の自宅に二泊していった男だ。 典型的な都会っ子だ。進路を迷っているようだ。昼飯を川崎と食べる。その時、川崎に私の毒舌を指摘される。 彼に対して「隙と甘え」があったようだ。「価格理論」の授業に出席後、石川譲治と「ウエスト・サイド」 へいく。彼はいま私と感情のもつれがあり上手くいってない。かなり混乱しているようだ。 少し覚せい剤を飲んでいて、時々おかしなことをいうが。彼からは多くのことを教えられた。 ・・・・・・ 544, 「シャムネコという店」 - 2002年10月09日(水) 10年前にある不動産を買った時のオ-ナーに紹介された店に「シャムネコ」という店がある。 一年に1〜2回位行っている店で、知人などを新潟の古町に案内する時に連れて行くと喜ばれる店だ。 一昨日に一年ぶりに行ってきた。この店の特性が面白いのだ。 ・シャム猫が3匹いて、この猫が接客をする。この三匹に序列があり、社長、専務、常務と言われている。ママは従業員という。 ・店に入ると社長が挨拶に来て接客をする。自分の役割を知っているのが面白い。帰る時は必ず外のエレベーターまで見送る。 ・つまみ等を口に持っていっても絶対に食べない。 ・社長が疲れると専務が交代に出てくる、そして常務が最後に出てくる。序列が出来るまで、死闘がおこなわれたという。 ・その店のいま一つの特性は整理をしない店の雰囲気を売っている。 雑然としているのだ。10〜15年前のビデオテープが 置いてあったりする。阪神の掛布のテープがあったりして見れる。夏なのにコタツがそのままあったりする。 ・とにかくそこに行くと休まる。自然体の不思議な雰囲気の店である。今はないが、ドアに一見お断りの張り紙があって、 紹介される前に前を通り「変な店がある」という記憶がある。 その時は恐ろしくて入らなかったが。 ・15〜6席あるカウンターが5〜6人も座れないほど昔の変なもので溢れている。 計算ずくで逆転の発想で売っている店である。一年に一二度行くに良い店だ。 ・・・・・・・・・ [180] 創造ー1(心観学術態) 2001/10/09 会社を作るときまずは 1、理念、 2、何をやるか 3、何をモデルとするか 4、どうしてそのモデルをカタチ化していくか、の手順を踏む。 別の例をとれば医者の例がある。医者に子供の頃助けてもらって、自分も医者になりたいと誓いを立てるーこれが心、 そしてその為に良い進学校に入らなくてはと考えるーこれが視点・観点である。 そして勉強をするーこれが学である。そのうち成績もトップクラスのノウハウを身につけ、そして医者の卵インターになり、 学び続け医者の技術を身につけるーこれがーこれが術である。そして医者になるこれが態である。 ・心ー目的、中心点、目指すところ。 (芯・真・親・信・神・心・新・信・深・針・深 ・観ー観点、視点 (感・観・勘・感・歓・完・歓・幹・肝・幹・ ・学ーその視点から学ぶ (楽・学・愕 ・術ー学んだ結果身につく、熟練する (術 ・態ーそれがカタチとしてみえている (態・体・諦 心観学術態は、カタチ作りのシステムそのものといってよい。 ・ 心ー会社の理念、個人の信念、国の国是−ー芯というところか! ・ 観ー心からの視点、見方といってよい(ある商社の部長が部下の女社員に手をだして妊娠させてしまった。 帰りのの電車から、20数件の産婦人科のネオンが見えたという) たとえが悪いが、解りやすい! ・学ー観からの情報収集とか、経験から学ぶ。 ・術ー学からくる、体質化、業態化、熟練化 ・態ーカタチ 逆もある。業態−現象から学・観・心を観ていく
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| 4213, 閑話小題 ー去年は凄い年だった、で今年は? |
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2012年10月08日(月)
* 去年は凄い年だった! で、今年は? 去年は凄い年だった。東北大震災に原発事故、欧州の債務危機、北アフリカや中東の革命の連鎖、中国の新幹線の脱線事故、 タイの大洪水、ニュージーランド地震、それと北朝鮮の金正日とアップルのジョブスの死などなど。私自身も30年間たずさわった 事業を整理をせざるを得なくなった。 しかし今年は、シリアが内戦激化したことと、中国と尖閣列島の問題が表面化し中国国内の 日本企業が焼き討ちぐらいで、株価暴落や戦争などの大きなクラッシュはないが、残る三ヶ月間に問題がしわ寄せされた感がある。 去年に発生した問題は全く解決されたわけでなく目先を押さえ込んで、ここまで引き延ばしただけ。しかし、ひと月で、中国の トップの交代、アメリカと韓国の大統領選挙、そして日本の政権交代の可能性もある。更に欧州危機と、中東もイスラエルによる イラン核施設攻撃の危険がある。世界中は固唾を飲んで、この三ヶ月間は過ごすことになる。それと、スマートフォンの普及が、 世の中の変化を、より推し進める。これはパソコン機能が携帯電話に入いり、パソコンがポケットに入ってしまったということ。 これで大衆への情報は格段に多くなった。「今年は、まだ小沢か?また小沢か?の年」とも言われた。党を割り新党をつくったが、 再浮上をするかどうか? 常識的にみれば無理だが、どうなるか? * 多人数兄姉の末っ子として 家族と、その兄弟の立ち位置で、その性格を大きく左右するようだ。 母一人、子一人なら、非常に強いマザコンに、多人数の 一番上の長女なら親分肌になり、とかある。私は八人兄姉の末子としての 立ち位置に生まれ育った。下から二番目の直ぐ上の兄は、 一番下の私の影になり、その虐めは陰湿そのもの。しかし他の兄姉からは比較的愛されたようだ。しかし、常に多くの視線の中で 緊張を強いられていた。一つ間違えると苛められるからだ。それもあり常に知らないふりをしながら、その場の状況を読んで、 必要のないことは見ないふり、陰口などもっての外。10歳位までの私の武器は、大声で泣くこと。 大家族のためか、自分の 主張や欲を少しでも見せてはならない原則があった。 大家族の特徴は誰に対しても心が開けない、群れの中の孤独がある。 両親の職業、教養、兄弟の自分の立ち位置と、時代背景などが、自分をカタチつくっている。振り返ってみて、生まれ育った国と、 時代と、家庭に恵まれていたと、つくづく実感する。 それ以上に面白かった。 これから、そのツケが帰ってくるか、こないか。 ・・・・・・・ 3848, 料理はメディア 2011年10月08日(土) * 料理はメディア、コミュニケーションのツール ≪「知的な大人へのヒント」林望 著 より≫ 【 食べるときは考えながら食べる。どうしておいしいんだろう、また、こんなにまずいのはどういうわけだろうとかね。 それはしかし、自分の中で考えておけばいいわけで得意がってベラベラ言う必要はない。大切なことは「よく味わう」こと。 それがおいしかったら、「うまいなあ、実にうまいなあ」と言って、おいしそうな表情をして、食べる。 この「食べる表現」ということが肝要です。 料理はメディアです。コミュニケーションのツールです。- 本来は、主である自分がつくって客たる相手をもてなすというのが食べ物をメディアとする、コミ二ケーションンのあり方です。 昔は、人を招いてご馳走することを「主(あるじ)もうけ」とも言いました。この言葉はそういう機微ですね。つまり、主人が つくって客をもてなす、で、実際にそういう場合も多くある。 そのほかに料理屋に行くという形の「主もうけ」もありますね。 それは、ほんとは自分でつくってもてなしたいけれど、その技術を持っていないとか、自分よりずっと上手な人がいるというので、 その板前さんに委嘱して、自分のかわりに料理してもらっているわけです。 それが、料理屋でもてなすという本来の意味です。 つまり、なぜ、この店に招いたかというと、ここの料理が美味しいので、これをぜひ食べて欲しいのに、全然料理の味なんかそっちのけで、 つまらないゴルフの話ばかりしていられたら、主がわも、またその代理としての板前さんも、がっかりしてしまうでしょう。 そういうことを考えてもわかるように、料理というのは、コミュニケーションのための手段、つまりメディアなんです。 プロの料理人は料理に命を賭けている人たちですから、いい板前さんは一生懸命考えて、大変な努力をして、板長になっていく。 そういう人が、多くの知恵を結集して、額に汗して出してきたものを、知らん顔して食べていては、それは仁義にもとる。 薀蓄など語る必要はないのです。「美味しいな〜」だけでいいんです。】 ▼ ファミレス、イタメシなどは、その店の個性があり、それに惹かれて客は店に行く。その個性が店のメッセージになる。 美味しいものを食べつくしてきたので、それほど美味しいものを食べたい欲求は少ない。それより、店の醸し出す雰囲気を が好きで、それを求めていく。それ自体、既にコミュニケが始っている。 隣の席で、私が注文した料理の薀蓄を自分の 部下の女性に得々と話している人がいたが、これほど不愉快なことはなかった。 家内も私も、美味しい料理の場合は、 小さな声で、美味い美味いと自然に言う。それが、更に美味しくなることを知っているからだ。チョットした店構えの店で、 売りにしているものが美味くないわけがない。ビジネスマンは、その交渉の前後に食事を共にとる。 食事を通してメッセージが幾重にも伝わる効果があるからだ。 ・・・・・・・ 3483, フューチャリスト宣言 2010年10月08日(金) 「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著) ー内容(アマゾンより) インターネットによってすべての人に学ぶ可能性がひらかれ、ブログが名刺になり、ネットでの評判がパワーとなる。 過去に何を成したかではなく、いま何ができるかだけが勝負の「新しい世界」の到来。日本社会との齟齬はないのか? 談合型エスタブリッシュメント社会をぶち壊し、新世界の側・ネットの側に賭けよう。 未来創造の意志をもって疾走しよう。フューチャリストの二人が、ウェブのインパクトと無限の可能性を語り倒す。 〜〜 これは「ウェブ人間論」の続編的内容である。梅田望夫と茂木健一郎の「ネット未来」に関する対談で、ネット社会を 明るい視点で見つめる「フューチャリスト宣言」の書。 現在から将来に向けての、ネットを軸とした社会の変化や 人間の存在のあり方の変化を語り合っている。「フューチャリスト宣言」を「世界史の4つ目のリンゴ」に例えている。 1つ目がアダムとイブのリンゴ、2つ目がニュートンのリンゴ、3つ目がアップル社のリンゴ、そして4つ目が 「フューチャリスト宣言」。肯定的にデザインされた明るい”未来”というリンゴになる。 現在、出来上がった「もうひとつの地球」=「ネット世界」。そこには、それを可能としたツールが日ごと進化し、 身近に新しい可能性が次々と出来ている。「新しい芽は大きな流れとして正しければ必ず育つという確信がある」 と茂木は言う。二人には「インターネットの双方向性が必ずや世界を革命的に変える」という明るい見通しがある。 パソコン&インターネットは「グーテンベルグ以来の革命」と言われるが、 茂木はさらに「言語以来」の大革命という。 既にあるリアル世界の上に、Web世界が別に出現した以上、この二つの世界を生きなければならない現実を肯定的に 捉えなければ、生きづらくなってしまった。 また、ネット社会はリアルの世界の負け犬や一匹狼たちにやさしいと 語っているが、そういった公平性はネットの大きな魅力である。 インドのカースト社会の最下層の少女が、ネットで 新しい何かを創りあげる可能性がネット社会ではありえる。 そのことを茂木は、インターネットは「学ぶ」という 最も根源的な喜びを得る機会を無限大に爆発させているという。 言語獲得以来の脳の使い方が全く変ったのである、 ここで二人は、「ネットの世界は、オープンソースに代表されるように公共性と利他性をその特質としている」と語る。 「お金」が支配するリアル世界の超資本主義に対するカウンター、あるいは資本主義とは別軸のパラダイムが 機能する可能性がネットにはあることだ。 茂木は「大学」というシステムは既に終わっている、と。 レポートや試験という システムそのものがナンセンスと切り捨て、入試も同様、あらかじめ決められた範囲で優劣を競うこと自体おかしい、と指摘。 今更いうまでもないが、ネットという新しい世界は、人間の在り方を根源から変えている。 ・・・・・・・・ 3108,政府の借金など返済の必要なし? ー3 2009年10月08日(木) 「高校生でもわかる 日本経済のすごさ!」 三橋貴明著 ー読書日記 四番目のキャッシュフローを始めたら要注意だが、これを数年前から日本が始めたのである。 国債の発行と、その日銀の引き受けである。このキャッシュフローは、あくまで国債が自国通貨建ての場合のみ、 利用可能な解決策。もし日本政府が借りている借金が「ドル建て」として考えてみると、日本の850兆円の国債は、 為替ルートで8兆ドルになる。これがある日、日本円が対ドルで大暴落したケースをみると、円が180円に暴落した場合、 1700兆円に倍増することになる。それほどでないとしても、ロシアやアルゼンチンは、このプロセスで財政が破綻した。 しかし日本の現状は、このリスクにはない。 政府が外国から「外貨建て」で借りて、自国通貨が大暴落をしない限りは 大丈夫ということになる。 少なくとも、家の中の借り貸しは、返済をする必要はないという理屈になる。 ところが家の預金が底をついてきたのである。それも半分はアメリカ国債に化けているから、これ以上の国債の発行は 無理な領域に入ったのである。 ところでアメリカが狙ったのが郵政の預金。 郵政自由化を日本に迫り、強引に 小泉、竹中を使って、推し進めたのである。 しかし日米とも民主党へと保革逆転したことは、日本にとって幸い。 現在の借金残高までは著者の論法は成り立つが、これ以上は無理である。更に続けるならば、子供たちが 親の預金通帳から金を下ろして、金(キン)や外国債権に移動を始める。ネットで誰もが可能の時代の恐ろしさがある。 《 ところで、この本に日本国家のバランスシートが示されている 》 2008年12月末の数字で、日本銀行のHPに公開してある「資金循環統計」から、作成したもの。 *資産の部で、 政府の資産=467兆、金融機関の資産=2743兆、非金融法人企業の資産=819兆、 家計=1433兆、民間非営利団体の資産=52兆円 資産合計 5515兆 *負債の部で、 政府の負債=974兆、金融機関の負債=2762兆、非金融法人企業の資産=1142兆、 家計=375兆、民間非営利団体=17兆円 負債合計 5272兆 *純資産の部で、政府の純資産=▲507兆、金融機関の純資産=▲20兆、非金融企業の資産=323兆、 家計の純資産=1058兆、民間非=35兆 純資産合計243兆 政府保有の不動産などの有形固定資産や、無形の資産を入れれば、この倍にはなるのだろう。 それにしても日本の資産が5000兆以上とは、知らなかった。 そうこう考えると1000兆円の負債も驚くほどでもないが、 これを人口の1億2500万で割ると、一人あたり4000万円になる。 しかし純資産は200万しかない。 世界の一時期の株価の総額に近いとみると、少し多いように感じる。 そうこう考えると、日本は、核を持つべきであるし、 アメリカの属国という事態から脱却しなければならない時期に来ている。 これをもって、日本は豊かで国家の力量が あるとは言えない。 中国は膨大の土地と、日本の十倍の人口がある。 アメリカは機軸通貨という絶対的な信用力と、軍事力、英語という世界共通言語がある。永久国債しかないのか? ・・・・・・・・・・ 2743, サブプライム問題と「ファウスト」 −1 2008年10月08日(水) 「資本主義は嫌いですか」―それでもマネーは世界を動かすー 竹森 俊平 (著) 現在進行中のサブプライム問題、何処かで聞いたような感じをしていたが、この本で、気がついた。 ゲーテの「ファースト」の場面の悪魔の囁きー提案と瓜二つなのである。アメリカは「ただの紙切れ」を刷って、 世界中にばら撒いていたのである。ドルや国債だけで事足りず、毒入り饅頭を売っていたのである。 恐ろしいほど酷似した次の場面、サブプライム問題をキッカケとした恐慌とセットに歴史に残るだろう。 *ゲーテ「ファウスト」の狙い P-151 「バブルの勢いに乗った世界経済の急成長」に対する弔辞(オビチュアリー)を捧げよう。それについては、世界的な文豪に 登場してもらって、その名文で結びたいと思う。第一部は、「ペテン師か、天才か」いまでも議論が分かれている ミシシッピー・バブルの仕掛け人、ジョン・ロウから話が始まった。実は、ロウには、大経済学者ヨゼフ・シュンペーター以外にも、 有名人のファンがいる。ほかでもない。ドイツのワイマール公国枢密顧問官としてその行政に長年にわたって携わり、科学、経済、 法律など学問全般に無類の博識を誇ったドイッの文豪ヨハン・ヴオルフガング・ゲーテ(一七四九-一八三二)である。 ゲーテが晩年に書いた戯曲「ファウスト」は、代表作として知られている。あらすじを簡単に説明すると、老齢に達した 学者ファウストは、悪魔メフィストフェレスとの間で、魂をかけた賭けをする。もしファウストが「時よ、とどまれ、 お前はじつに美しい」という言葉を口にしたなら、ファウストはその瞬間に魂を失うという賭け。 メフィストは、さまざまな崇高な瞬間をファウストに味わわせて、ファウストの口からこの言葉を引き出そうとする。 ファウストはいかに甘美な体験にも、この言葉を口にするほどの陶酔は許されない。 ーー 第二幕の冒頭で.二人はひとつの王国を訪れる。その王国の財政は、ルイ一四世治下のフランスと同様に完全に破綻している。 「帝国の金庫は空っぼ」で、「寝床の枕も担保に入っている」という状態である。皇帝を囲んで、宰相、大蔵卿などお歴々が 国の行く末を思い悩み、嘆き悲しんでいるところに、道化に化けたメフィストがひょっこり現れて、王国の財政問題を一気に 解決する妙案を持ちかける。 身動きの取れない状態に追い込まれていた皇帝やその臣下たちは、メフィストのような悪魔の 怪しげな提案にも乗らざるを得ない。しかしさすがは悪魔。彼の力で、この国の財政問題は解決する。 それは少し後の場面である。宰相が出てきて、その「良いニュース」を告げる。 (宰想)この歳になって、こんなよろこびを味わうとは思ってもみませんでした。 ごらんください。すべての災いを福に転じた幸福の文章であります。 「知りたいと望むすべての者に告げる。この紙片は干クローネの価値がある。 皇帝領内に埋もれた無尽蔵の宝が保障する。直ぐにでも掘り出して兌換に当てる用意がある」 (皇帝)途方もないイカサマだ! だれが皇帝の著名をした? 罰しないでおくものか! (大蔵卿)お忘れですか?その手で著名なさいました。皇帝自身がイカサマと思うような政策。皇帝領内に埋もた(?) 無尽蔵の(?)宝(?)により保障することによって、「ただの紙切れ」を貨幣として流通させるという途方もない考えが、 この国の財政立て直しのためにメフィストがひねり出した妙案だった。しかし、このことによってこの国の財政は 見事に立ち直る。しかも立ち直ったのは、財政だけではなかった。「過剰流動性」の力で、沈滞に喘いでいたこの国の経済は、 みるみるうちに息を吹き返してきたのである。 このケインズ経済学的処方箋の効能を、ゲーテは「大蔵卿」の口を通じてこう語らせる。 (大蔵卿) さっそく署名をいただきましたので、昨夜のうちに彫り師に刻ませ、どっさり刷り上げたのに印を捺しました。 (字数の関係でカット12年10月8日) ・・・・・・・・・・ 2007年10月08日(月) 2379, 人は60歳で何をしたか −5 (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 「人は60歳で何をしたか」 藤原治・著 まずはー大江健三郎『燃えあがる緑の木』ーから、印象的な部分を抜粋してみる。 (字数の関係でカット09年10月8日) ・・・・・・・・・ 2006年10月08日(日) 2014, ゴミ少女 −1 おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ (字数の関係でカット11年10月8日) ・・・・・・・・ 2005年10月08日(土) 1649.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・8 8・うちの商法ー3 宗親 昼も定食を一品だけ出してるんだ、日替わりでね。月曜はマグロ刺し定食、火曜日はマグロハンバーグ、 水曜日はマグロブツトロロがけ定食、とかしてね。すべて700円で100食限定でね。もちろん完売だね。 特に金曜日はトロ定食980円で出すの。行列になるよ。普通だったら原価割れ寸前のはず。いや実際の価値は3千円以上だよ。 一本おろすからできるんだ。お客は知っているの、その事を。うちの店の厨房は、一歩入ると機械だらけなの。 マグロのメイン以外は手をかけないの。ご飯、味噌汁、コーヒー、スープ、オニギリなんか手をかけないように器械化がしてあるんだ。 今の器械化は凄いよ。それと生野菜の真空パック技術なんか信じられないぐらい凄いよ。手を抜くところは、徹底的に抜くんだ。 その反面、入れるところは徹底的に入れるんだ。初めはね、中の上の商品を中の下で売れってねコンサルタントの先生に教えられたの。 それを忠実にやっていたの。そしたら疑問がでてね。上の下の商品を下の上の値段にすべきじゃないかってね。それをやるに どうしたらよいかってね。仕入れを変えるしかないってね。それには生産現地に行くしかないって考えたの。そして、焼津に 3日泊り込みで行ったの。 同業者のところに毎日通ったね。 Date: 2002/03/28/07:16:42 [29] ・・・・・・ 2003年10月08日(水) ある時間の断片ー38 ー11月11日 1968年 昼過ぎに佐藤のところに行くと「多恵ちゃん」から、電話で大妻祭に招待される。毎日忙しいことだ。 これもアマリ気が乗らずに、佐藤のお供で行ったようなものだ。講堂で「森山良子のリサイタル」があった。 さすがに彼女の歌は上手い!一曲一曲が心にしみる歌であった。 しかし腹がへって貧血気味になる。 多恵ちゃんの友人の飯野貞子さんを紹介してもらい、4人で食事をする。 ブラブラ4人と寮の近くまで送る。 飯野さんと話しながら帰るが、真面目そうな面白い子だ。といって、それ以上の何も感じなかったが。 23時から24時までゼミの予習をして、その後佐藤と明け方まで酒を飲んで寝る。 ー11月12日 ・明方まで酒を飲んでいたせいか、10時過ぎまで寝ていると、電話がかかってくる。 (字数の関係でカット11年10月8日) ・・・・・・・・・・ 543, [エッ嘘だろう!!] - 2002年10月08日(火) 「エッ嘘だろう!!」と思わず叫んでしまった。 (字数の関係でカット11年10月8日) ・・・・・・・・・・ [178] 忘れられない店ー4(金沢) ー平家ー鉄板焼き 2001/10/08 金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。4〜5年前に行った時まだっその店があったが、 (字数の関係でカット12年10月8日)
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2012年10月07日(日)
* 旅行仲間から便り 先日、7年前に北イタリアのツアーでご一緒した神戸の夫妻からアイスランドのビデオ(DVD)が送られてきた。 ご主人は元NHKのカメラマン。リタイア後に、ご夫婦で世界各国を旅行している。当時、私たちがアイスランドに 行った直後で、「そこを勧められたことを思い出して送ることにした」と、手紙に添えてあった。その直後に手紙で、 イングランド南部のツアーに誘われたが、既にギリシャに決めていたこともあり、次の機会にと、お断りをさせてもらった いきさつがあった。それもあり、その次の旅行先にイギリス一周コースを選んだが、ウェールズなど片田舎は何ともいえない 歴史の深さの趣きがあり、「あのツアーも良かったはず」と思ったもの。 ビデオは、ご主人が元プロでカメラ視線が決まっており、 奥さんがナレーターをした本格的な内容で、「撮影と編集を旅行代理店に依頼されているのでは?」と思われるほどの出来栄え。 羨ましい趣味である。ご夫婦は旅行先は欧州が中心だったようだ。ツアーのキャリア組みには、価値共有の仲間意識が出来ている。 自慢するでなく、互いの行ったところを披瀝し、情報交換の楽しみが共有できる。イスラエル、パタゴニアも、新羅ウィグル地区 からカラコルム・ハイウェーを抜けアフガン国境のツアーなど、現に行ってきた人の「生の話」を聞いたからこそ行けたもの。 財産として、金か、土地として残すか、「こと=行蔵」として残すか、その人の考え方による。私は、感動、感激を求める「こと」 の方を選択してきたが、それで良かったと思っている。 秘境ツアーなど贅沢の極みだが、本気になり探すと信じられないほど格安で、 内容のあるツアーは、幾らでもある。また、それを探すのが面白く楽しい。現在、隔日ごとに、行った先の世界の旅番組を見ているが、 それぞれの旅行の延長を、そのまましている気持ちになれる。ツアーとしても、それぞれの旅は、帰ってきてからも続いている。 先も短いこともあり、来年から年一度の旅行を再開したいが、世相が悪くなる中、いざとなると迷いが出るだろうが? ・・・・・ 3847, 創造的破壊 2011年10月07日(金) 「創造と破壊」について考えてみる。何か新しいものが創造される時に、古いものの破壊が、そこにある。 新しく創造されたものも、時間と共に古くなり破壊される運命にある。破壊をマイナスだけで捉えるのではなく、 創造のベースとして捉えることが創造的破壊である。 人生での挫折は、新しい自己へ生まれかわるための破壊になる。 但し、それを糧に生まれ変わった場合だが。 社会的な立場だけでなく、内面も重ねての人生の再生である。破滅の際だから こそ変われる。順調に来た人ほど後半になっての挫折は、心に大きい重石となる。しかし挫折は人生の節目をつくる機会でもある。 竹の節は、これがあるから大風の時に折れない機能として全体のシナヤカさのバネになる。 予定挫折のいう言葉もあるとおり、人生で無くてはならない節目は必要のこと。 半年前の挫折?で、比較的平然でいられるのは、 人生の前半に、多くの節目があったためである。 節目時は耐えるしかない。 しかし挫折経験こそ人生を充実させてくれる。 どちらにしても人生に挫折の2や3つはつきもの。 創造というと、まず「創造的破壊」が浮かんでくる。 ネットで調べると、 【 創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュンペーターによって唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な 新しいものによって駆逐されていくことで経済発展するという考え方であり、その新陳代謝のプロセスをそう呼んだ。 不況は創造的破壊に必要であり、政府による介入はこれを妨げるものとして否定した。 現在ではこれを読み替えて、 企業活動の中で古いものを打破し全く新しいものを生み出す行動、という意味合いで使われることが多い。 ドラッカーは、これに近い意味として体系的廃棄という言葉で述べているが、組織でも何でも発展にはイノベーションが不可欠。 「脱皮できない蛇 は死ぬ」も、脱皮しおえた蛇はまたその外皮が支えられる体型までは急速に成長するが、そこまでいくと、 退化が始ってくるという意味。 創造と破壊は、対をなしているといってよい。・・・ 】 ▼ デジタル化、ネット化は、この創造的破壊を加速する。情報化とグローバル化は、NO1以外のものを即座に駆逐するため、 創造利益を得るのが一部に限られる。しかし効率性からみて、最良のものが生き残るシステムも決して否定できない。 現在の世界の政治、経済の大混乱も、ネット世界が現実世界とは別に出来、上位にたってしまった結果生じている創造的破壊。 この中で生き抜くことは至難の技。 全ての技がデジタル化し、合理化を促すからだ。「面白こわい時代」である。 今回の私の挫折を創造的破壊とすると、如何いうことか?考えるほど、人生の際(きわ)が見えてくる!次の段階に踏み込め!ということ? ・・・・・・・ 3482, ライフログのすすめ −2 2010年10月07日(木) ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する! ゴードン ベル , ジム ゲメル (著) この本を読んでいると、SFの世界に足を踏み込んでしまった気持ちになる。デジタル機器の進歩と、値段の劇的な 安さの実現と、その記録も無限大に可能になり、その分析も可能になってきた背景がある。 モバイル携帯など、 それらを可能にする端末を身につけて、超小型のデジカメ、ビデオ、ナビなどで収集しネットに記録保存をすればよい。 それらは眼鏡や帽子のツバなどに埋め込んで、モバイル携帯などで自動的に転送されて記録されていく。 これに近いのがモバイル携帯である。 万歩計、GPSがつき、デジカメも、デジビデオも、ついている。それが記録される サイトに自動送信すればよい。 モバイル携帯の一回り大きい更に多機能のタブレット式パソコンが爆発的に普及を始めたが、 これに身体に付けたライフログの情報端末が連動すれば、より多くの種類の記録が可能になる。 何処に出かけたとか、その道筋とか、 誰と会ったとか、何をしたとか、誰と電話をしたとか、血圧はどの位だったとか、何を鑑賞し、どんな写真を撮ったとか、自動的に 記録保存して、牽引をつけ整理し、パターンごとに振り分ける。電子メール、デジカメ公開サイト、ソーシャルネット ワーキングサイト、写真や動画の管理サイトなど、ライフログ技術が利用されている一方、多くの部分がつながりに欠け、 バラバラだ。共通のツールセットで統合されてないし、共通のインターフェイスでまとめられていない。 私のHPと著者のライフログの決定的な違いがある。 私はライフブロガーで、著者は公開を否定している。 公開は妨害とかのマイナスが多くなるという。自分の全てを電子記憶にして、自分の存在を発見し、記録として残すことを目指す。 公開は自ずから正直なことが書けないうえ、制限がでてきてしまう。 ライフブログの多くは露悪趣味になりがちである。 ここで仲間のビル・ゲイツの著書の言葉を引用している。 「僕たちはいつか、自分の目にしたものや耳にしたもの すべてを記録できるようになる」と。その何時かは必ず訪れる。何故なら、電子記憶がことごとく実用化されているからだ。 その何時かは、誰かが生きている間に訪れる。それが著者自身じゃないという理由はないという考えに夢中になったのである。 私が、ライフブログを続けてきたのは、10年前に書斎HPを推奨した久恒啓一の著書の「ブログ=墓場」という言葉である。 この本を読んで自分のWeb上の書斎を持ちたいと強く思ったからである。しかし書斎というより「居間」、兼「応接室」、兼「書斎」 になってしまった。 したがって、私と著者のそれは、根本が違うのである。著者は「人生の「すべて」をデジタルに記録する! 」であり、 私のWEB書斎とは違うのである。 前回に書いた「ライフブログを続けていたことになる」は、正確にいうと、間違い。 著者は人生の完全記録であるが、私のHPは主観的な毎日の「随想」であり、思い付きの記録。しかし可能な限り写真や、 毎日の読書や日常をデジタル化してファイルしていることは、同じである。「ライフログブログ」いや、「ライフログ」のシステム化 されたものが、あるはず。これを読んでいてデジカメの記録をHPに、より多く載せる気になってきた。 二度とない人生の記録か! ・・・・・・・・ 3107,つれづれにー閑話小題 2009年10月07日(水) * 中川昭一の死について 実際のところは藪の中になるだろうが、状況からみたら誰からみても自死。父親の死も当初は色いろな説が乱れ飛んだが、 自死に落ちついたのは数年経ってから。あの酩酊?会見で自民党も大きいダメージになったことは否めない。一年前には 鳥をも落とす勢いだったが。そして落選、政治の世界は一寸先は闇とは、よく言ったものである。鈴木宗男も政治的に致命傷を負った。 直接、間接的にしても中川親子の死に大きく影響を与えたことになり、敵に包囲されてしまった。 中川が政治的な挫折をもたらしたのは身から出た錆。 あれこれみて政治家だけはなりたくはない。 * オリンピックの東京の落選 石原都知事も政治的には大ダメージになってしまった。 権力を持つと人間は変わるものである。時間の経過とともに慇懃に なっていくが気になっていた。やはり二期で辞めるべきだった。立候補をした時に、もし東京が落選をしたら都知事として責任を とるといっていたようだが、ここに及んで辞めないと言葉を翻したが、普段言っていることと違うじゃないかい、と言いたくなる。 それにしても、招致のお祭り騒ぎはいい加減にすべき。日本一国が150億円の予算のかかるシステムは根本から変えるべきである。 しかしブラジルの決定は正しい。世界の良識が働いたようだ。昨年の中国は問題があったとしても順番からいって正当だったし、 次の英国も順番としてよい。今度の決定も、一度も開催されたことのない南米の開催は一番真っ当。 そうこうみると次々回はインドか、エジプトあたりにか。いや先進国と新興国との交互と考えると、1900年来行われてないパリ。 * 新潟国体も終わり、恐慌景色が再びか~! 7月半ばの新潟競馬から始った恒例の夏景気と、秋の五連休、そしてミニ神風の新潟国体も終わって、 来週から再び大不況の冷たい風に曝される。(週末は身障者の大会がある) 予約状況からみると5月の連休明けの異常な事態。一応は来年の二月決算の目途は立ったが、 それでも日本全体の景気が上向かないと、どうもこうもしようがない。 やはり中小・零細企業の三年間返済ストップは必要のようだ。そうもしないと、パニックは必定である。 ・・・・・・・・・ 2742, サブプライムの本質とは? 2008年10月07日(火) 「資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす 」ー 竹森 俊平 (著) サブプライム・ローンの分析については、分かりやすい文章である。 喩えで言えば、 債務不履行という債権入りの毒饅頭をアメリカの格付け機関の保障付きで世界中にばら撒いてしまったのである。 そのため他の健全な住宅ローン債権まで売買ができなくなったのだから、問題は大きい。 その上に、アメリカのドルや債権まで不信感を持たれるようになったのである。 アメリカの一極支配のドル体制が崩壊をしたのである。 それだけ、この激震は大きいことを何度も書いてきた。 ーまずは、その部分から P−27 サブプライムについては、日経新聞だと「信用力の低い個人向け住宅融資」という注釈が必ず付くことになっている (筆者も日経の紙面に書いた時に経験したので間違いない。)筆者はひそかにこの注釈がなくなるXデイを楽しみにしている。 これだけ毎日、新聞に顔を出す単語なのに、いつまで注釈が必要なのか。ともかく、このローンは審査基準が非常に甘い住宅ローン。 普通のプライムローンは、連邦政府による与信審査のガイドラインがあり、金融機関は厳格な与信審査をしなければならないのに、 サププライムは、このガイドラインに従わないからである。 だから、「特殊」な住宅ローンというわけだ。 サブブライムが連邦政府のガイドラインに従わないのは、それを供紹する金融機関、すなわち住宅ローン業昔が、 連邦政府の監督下に置かれていない場合が多いからである。 実際、住宅ローン業者全体の半分だけが連邦政府の監督下にあり、 残りの半分はよリルーズだといわれる州政府の監督を受けている。さて、日経のサブプライムについての注釈は 「信用力の低い個人向け」ということだが、何もサブプライムの供給者が、「うちは信用力の低い個人を相手にしている」 と宣伝しているわけでない。 (字数制限のためカット2011年10月7日) ・・・・・・・・・・ 2007年10月6日 2378, 邪視の思想 −2 (。・∀・)ノ゛おっは〜 我々は、人を褒めてあげなさいと教えられるが、イスラム圏ではむしろ、あんたの子供は可愛くないと、 わざわざ言う場合もあるという。邪視の思想の原型は、イスラム教よりずっと以前の古代ローマやインドなどで 信じられてきたもので、東アジアを除けば世界的に昔からあったという。 (字数制限のためカット2011年10月7日) ・・・・・・・・・・ 2006年10月07日(土) 2013, 居酒屋離れ (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 先日の新聞記事によると、居酒屋が、この十数年で3割以上も売り上げが減ったという。(1992年の1兆6千億に対し、 2004年度で1兆1千億)しかも今年になっての飲食業の研究機関の調査で‘団塊の世代’が、「居酒屋をほとんど利用しない」と 46?も回答、「料理がどこも同じ」「うるさい」という答えが理由の上位を占めている。団塊世代の飲酒頻度は「だいたい毎日」 というから、自宅か、家族で週末にレストラン辺りで飲むのだろう。月の酒代は50代で3万円弱、20代で2万円弱だという。 居酒屋も、団塊の世代が定年を向かえる2,007年を控えて危機が迫っている。彼ら企業戦士たちが居酒屋からも大量に‘卒業’ するからだ。少なくとも連れ立ったオジサンたちの姿は激減するだろう。 私自身を振り返ってみると以前に比べて半分以下になっている。その理由は、 ・このHPをもったお陰で日々が充実したことと、 ・大型TVとDVDレコーダーを4年前に購入、店で酒を飲んでも家で飲んでも大して変わらなくなってしまった。 ・さらに一年ほど前に晩酌の時間に、同じ目線で居酒屋で飲む番組を放映。 家で缶ビールを飲みながらみていると、ほとんど一緒に飲んでいる錯覚になる。 といって60歳を過ぎた現在も週一は‘会’で飲んでいる。さらに家内とは、ほぼ毎週のように 駅周辺の居酒屋チェーンか、自宅の至近にあるイタ飯チェーンの「サエゼリア」で食事をしている。 家族二人だから、行けるのだろうが。社会人になってから、居酒屋に行く機会が多くなった。 しかし、今から考えてみると回数が多くなったのは、現在の仕事を始めてからで、それまでは居酒屋は、 出張と家族と旅行にでたとき位であった。私の場合、少なくとも10〜20年は命を縮めた。 緩慢なる自殺である。 最近の居酒屋の流れは、 ・個室化、個性化をしていて、 ・ハモとか、湯葉とか、専門料理店が出している料理を格安に、 ・メニューの内容を流動化していて、・客単価が3000円以下で ・駅至近距離で目立たないところ。 女将が独りの小料理屋や、夫婦でやっているような旧来の個人店は大苦戦中で、死滅?直前の状態である。 それにしても、よく飲んだものである。 \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・・ 2005年10月07日(金) 1648.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・ 7・うちの商法ー2 (字数制限のためカット2010年10月7日) ・・・・・・・ 2004年10月07日(木) 1283, 原油高騰の不安 原油が、あれよあれよいう間もなく高騰を続けている。昨日の段階で51ドルで、このまま行けば、11月以降 61ドルもあり得るという。イラク戦争後、原油供給国の政情不安を引き金に始った暴騰に歯止めがかかっていない。 産油国はフル生産をしているが追いつかないという。 この高騰には、イラク戦争の政情不安だけでなく、 中国経済の原油消費が「底なし沼」のためという。既に日本を抜いてアメリカに次いで世界第二位の消費国になった。 これに・ベネゼイラの政情不安 ・ロシアの石油大手ユコス社の輸出大幅減 ・メキシコ湾を襲ったハリケーンによる 影響による精製施設の稼働率のダウン などが重なった為である。これを材料にヘッジファンドが、巨大な資金をつぎ込んで 先物取引市場をあおる。いわゆる「ペーパー取引」は9月、実需の2.5倍もあったという。ユダヤ資本が動いているのだろう。 いずれにしても、日本経済にとってはボディ・ブローになるのは時間の問題である。デフレという前門のトラ、インフレ懸念と いう後門の狼の気配がしてきた。原子炉に対して多くの批判があるが、(必要悪としても)日本にとって造っておいて 良かったことになる。中国は世界にとって、大きな波乱要素になりつつある。 ・・・・・・・・ 2003年10月07日(火) ある時間の断片 1968年11月9日 ・10時起床。 瓜生のところで、30分お茶を飲む。その後、洗面をして、今度は佐藤の部屋でコーヒーを飲む。 そこで、大妻女子大祭に行くからこないかと誘われ、尾形と佐藤と3人で行く。知っている人が居ないし、一人で途中で帰ってくる。 その後米林が部屋に遊びに来る。風呂に行き帰ってくると、再び米林が来る。早稲田の二年であるが、哲学や文学などかなり 突詰めている。その後。駒村の部屋でTVデ「ハニーを銃を取れ」をみる。なかなか面白い。明日はハイキング、どうなることやら! 11月10日 ・6時半起床。 長瀞にハイキング。 (字数制限のためカット2010年10月7日) ・・・・・ 542, K−1が面白い - 2002年10月07日(月) 1昨夜のK−1が面白い。これは10年近く前から始まった総合格闘技である。寝技を認めてないのが、 プライドという格闘技と少し違うところだ。キックと空手とカンフーの頭文字のKの字を取ってK−1にしたものだ。 (字数制限のためカット2010年10月7日) ・・・・・・・ [177] 世間様ー2 2001/10/07 あまりに程度の低い言葉なので書きたくないが、実感している言葉として、その言葉を多用している‘痴呆症(病)の無恥蒙昧’ (自身も含め)に捧げるためにかく。しかしこの言葉の被害者になったり、加害者になったりしているからことは重大だ! それこそ「みな皆いっている」これが‘世間というやつ’の正体の、いや現象の表皮の世界の(俗に言う世間の) テクニックとして通用しているからことは重大だ。ある話を聞いてこれは面白い!利用してやろうという時、 「皆言っている!」と知的レベル? 低い人間を探していう。 あるいは相手を混乱させる目的に言う。 それでは「皆言っている」にどのようなが含まれているか? 1、誰も言わなくとも自分の主張強調するために使う。 2、一人に聞いたとき、誰かに話を強調するために使う。 3、噂の場合につかう。 4、聞くほうは実際どうか解らないが、それをまた人に使うに都合よい。 5、相手を実際やりこめる場合の言葉のテクニックとして有効。
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2012年10月06日(土)
* ライオンの魂 「異郷日記」西江雅之著 アフリカ、アメリカ、中国、東南アジアに住んでいた頃の逸話は、生々しく惹きつけられるものばかり。 アフリカでは、今でも魔術が信じられているところが多いというが、芯から信じれば、それは現実。ー以下も、その一つであるー ≪ 不思議な力を持つものには、以前に出会ったことがある。東アフリカで生活をしていた頃のことだった。村人の話によると、 雄のライオンのなかには、死ぬ瞬間に自分の魂を勢いよく口から吐き出すものがいるという。普通の姿勢を保っている状態では、 ライオンの口は下を向いている。死ぬ瞬間に吐き出される魂は、地中深く埋まってしまい、人の目に触れるしとはない。 ある猟師はライオンに出くわしてしまって正面から撃った。その瞬間にライオンも自らの魂を吐出した。その魂が飛ぶスピードは 弾丸並みであった。そこで、猟師とライオンは相討ちとなり両方とも死んでしまった。まことしやかに話すというのではない。 本気で語っているのである。東アフリカの多くの地域では、ライオンの魂は貴重品である。それを家に置いておいたり、携帯して いたりすれば、戦争に行っても弾には当たらない、旅に出ても強盗に襲われない、病魔も近づかない・・などなど、如何なる 災害からも身を護ってくれると信じられている。ある時、わたしはそのライオンの魂なるものを村人から手に入れた。 直径三インチほどの毛玉のようなものである。わたしの目には、それはどうやらライオンが食べた動物のうぶ毛が腸のなかで 結石のようになったもののように見えた。とにかくそれを持って町に帰り、嬉しくなって近所の人にそのことを話したら、 なんということか、その後の何日か、わたしの部屋は狙われ続けて、すベての害から身を護れるはずのものを手に入れた途端に、 それまでは一度もなかった害の恐しさを経験することになったのだ。ライオンの魂は、それほど素晴らしく、安全を求める人心を 惑わすほどどのものなのだと、わたしは納得した。 ≫ ▼ 「所有すると、その家に不幸があると言われる高村光雲の像を一時期、購入して所有したことがあったが、何故か不幸が 続いて気持ちが悪くなり、売ったことがある・・云々」という逸話を父から聞いた話が妙に記憶に残っている。私の高校の 知人が写真家をしているが、仏像の写真集で写真を撮っているときに不思議なことの連続だったという話も聞いた。 それと、このライオンの魂の話は少し違うが、こういう話を聞いて信じるか、信じないかだけである。現在、「神は妄想である」 という遺伝学者の本を読んでいるが、これが面白い! 裸の王様の一神教の信者の愚かさ、信じる者は救われるか! 逆か? ・・・・・・ 3846,‘よい写真を撮る’コツは ? 2011年10月06日(木) 海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。 私もスナップ写真を中心に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになったのが、デジカメで 写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。 観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。 写すというより、その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」と、指示された目線で撮るとよい。 その為には対象の景色に、まず感動し、その感動をカメラに収める気持ちが必要である。 また小さな花をアップにし、その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。 その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると、 比較的良いのが撮れる。それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信や荒木経惟の女性などの撮影現場をTVでみたが、 徹底的に相手をリラックスさせ、その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること自体を忘れさせてしまう。 動物も人間も見られると緊張する生き物。 電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。 人間も同じでカメラなど構えれば、緊張するなという方が無理。そこで、撮影を忘れさせ、何気なくカメラを向けると良い。 今まで、デジカメは少しは使いこなせたが、一眼レフを使いこなせたことはない。どうしても、構えて良い写真を撮ろうと、 構図の選択に構えが出てしまうからである。 対象の真善美を、リラックスした自然状態で、純心に同化することが理想である。 その為には、やはり場数と、基本的原則を知っていなければならない。何ごとも同じ。スナップ写真こそ難しい。 文章も同じことになる。 ・・・・・・・・ 3481, ライフログのすすめ 2010年10月06日(水) ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する! ゴードン ベル , ジム ゲメル (著) ― 内容(アマゾンの紹介文より)ー 人の記憶力には限界がある。だが、あなたの見聞きしたもの、触れたもの、そして普段は気にかけない自分の位置情報や 生体情報まで、人生の「すべて」をデジタルに記憶させれば、いつでも簡単に検索して取り出すことができる。 仕事に役立つのみならず、病気の兆候を発見することや、いずれはヴァーチャルな分身に人生を語らせることも可能だ。 いいことずくめの「ライフログ」の時代はやってきたのだ!みずから「人生の完全記録」を試みるコンピューター科学の重鎮が、 その基本概念と可能性、実践法までを情熱豊かに語り尽くす。(ビル・ゲイツ) ▼ 序文をビル・ゲイツが書いている。著者の二人はマイクロソフトの主席研究員と、研究員。特にIT業界で名が知られている 70歳を超えたゴードン・ベルが、人生のすべてを記録し、「完全記憶(トータル・リコール)」として利用することの可能性や 実現方法を語っている。 PCの性能やストレージの容量が劇的に向上しているこの時代、今までの人生の膨大の「思い出」を ほぼ保存していくことは、そんなに遠くない未来に可能になるという。 10年近く前にHPを立ち上げ、それまで読みっぱなし、 書きっぱなしだった読書感や、毎日の思いを公開することで自己啓発をしようと発念し、現在まで、ほぼ休むことなく続けてきた。 ネタ探しを含めると、一日2〜3時間は要している。 で、この程度。 更に、これまでの旅行記や写真や、過去の思い出の写真も ネットに載せ公開することにした。それが「ライフログ」だったのである。五十歳代の10年間30年分の人生を圧縮して押し込んで 生きようと考え実行した結果である。もう一つの秘境・異郷旅行と二本立ての一本である。まず習慣化し、それが苦痛を乗り越えれば 私にとって黄金の習慣になる、と思いつめて続けてきた。ところが先日、この本を手にとって「これだった!」と思い知った。 10年間が一つの目安と本文中にあったので、この習慣も、ある時点に到達してきたのである。 著者の内容をみるとスケールも 深さも違っている。当たり前のことだが。しかし膨大のエネルギーを投入したのも事実である。 「ライフログ化」という コンセプトのブログや商品も出てくるはず。特にタブレット式パソコンのソフトは狙い目になる。 私も10年のキャリアがあるから、 経験を生かせる筈だが。面倒か! 夕飯でも、ペットでも、自分の毎朝の8時の顔写真でも、毎日デジカメで撮り、ブログで載せ続ければ、 それもライフログの一つになる。高校の同級生が卒業してから46年以上、手帳に毎日、仕事、私生活を木目細かく書き続けてきたという。 ・・・・・・・ 3106,返済猶予法案の成立から見えてくること! ー4 2009年10月06日(火) 昨日のブログに、朝日新聞の「記者の目」の山田厚史の内容を取上げたが、以下は、それをメールで教えたくれた 林さんとの遣り取りを、コピーしたもの。 林さんの御蔭で金融の動きには非常に鋭敏になると同時に、 自民党から民主党に変わると、政策の根底がここまで大きく変化するのに驚いている。 * 堀井 様 拝見しました。 今日の朝日新聞では、「私の視点」欄の「記者の視点」で、テレビにもよく出てくる 山田厚史と言う人が、「モラトリアム 金融行政の塾足を債務者に」と題して書いていました。 ここでは、「銀行が3年ほど元本を据え置くのは無理なことではない。金利が入ることが大事なのだ。」 と手のひらを返す書き方です。そして、この転換の理由づけとしたのが、貴兄も触れられていた10月3日の読者の声欄の投稿です (これは立派な投稿でした)。 あと一点、「視点」の内容で私が注目したのは 「日銀統計によると全国145銀行の中小企業融資残高は7月末で177兆円」と書いている点です。 実は前の貴兄へのメールでは書いていませんでしたが、私が指摘したもう一つの点は、社説に書いていた「関連融資総額280兆円」 としていた点です。「その根拠は何か?」と。 これに対する答えも、「一般にそう言われている。」でした。 (これが、一般に云われていれば、他社が書いていれば、根拠も確かめずに書くのか、につながってきます。) この「記者の視点」はこちらの指摘を全面的に認め、先の社説をソット訂正してきたというところでしょう。 このなし崩し的なやり方、上記での「一般にそう言われている」との弁明、先の「亀山大臣に賛成だから言うのでしょう」 と言ってくること、「日経新聞も書いている」という返事(これらは、嘲笑の的となるところでしょう。) そして、ここに浮かび上がってくる実態が、マスメディアとしての朝日新聞に対しての私の一番の批判点です (朝日新聞お前もか、というところ)。それにしても、それならば表立って批判していこうか、という気にさえなってきます。 最近小生はいよいよ人生のラストステージとして、懸案の「中小企業論(あるいは政策論)」を纏めようと考え少しずつ準備に 入っていますが、そのいいきっかけにはなりました(それで、朝日新聞に電話する気になったのですが…)。 ではまた ー林 * To: 林様 今朝の朝日新聞に目を通したのですが、うっかり見落としました。早速読みましたが、9月29日とは一転した内容ですね。これは、 マスコミのマイナス論調の大きな分岐点になるでしょう。 それにしても、変わり目が早いですね。と同時に、やはり良識が残って いるということで、林さんの電話が大きく影響したようです。今日も、フジTV系が扱っていた以外は、何かいずこも避けていたようです。 ますます面白くなってきましたね。再び、迷惑をかけないように、この遣り取りを数日以内に取り上げたいと思っています。 手前味噌になったら、ご勘弁を! 堀井 ―― 朝日新聞の社説を批判、変更させるのだから痛快だろう。「償却前の黒字かどうかが、特に装置産業では大きな目安になる」 と常日頃から言っている林さんも、その論拠の論文か、本を出す時期に来ているが、少しタイミングが遅い? 「返済猶予の目安は償却前黒字!」という題名で!目立つという点では「文藝春秋」あたりが良いのでは?毒されていて駄目か? ・・・・・・・・・・ 2741, 賦課方式の年金制度は公営ねずみ講 2008年10月06日(月) 「資本主義は嫌いですか― それでもマネーは世界を動かす 」 竹森 俊平 (著) 我われが、信じ、40年近くも払い続けてきた年金、あれ「ねずみ講」ごときシステムで、 もしかしたら国家単位のマヤカシだとしたら、何を信じてよいのだろうか? ーまずは、その部分からー * 賦課方式の年金制度は公営ねずみ講 P−83 「賦課方式の公的年金制度」とは、まさに国家が運営する「ねずみ講」なのである。 しかも、これは経済理論的に考えてそうだというばかりではない。 賦課方式の公的年金制度が発足した時には、 政治家はまさにこの制度がそのような性格を持つものと認識した上で、この制度を発足させたのである。 以下に引用する、アメリカにおける賦課方式の公的年金制度が設立された時のブレインの一人であった ポール・サミュエルソンが、一九六七年に書いた文章を読めば、そのことが分かるだろう。 「社会保障制度の素晴らしさは、それが年金数理的な会計上は収支が均衡せず破綻しているという、まさにその点にある。 引退する年齢に達したものは誰でも、自分がこれまでに払い込んだ額をはるかに上回る金額に相当する社会保障制度の 便益を受け取れる。(略) 一体、どうしてこんなことが可能なのだろうか? その理由は、国民所得が複利的に成長し、 しかも可能な限りの将来にわたって、その成長が持続するという事実にある。 人口が増加する国では、若年者の数は高齢者の数を 必ず上回る。さらに重要なことは次の点である。実質所得が年三%で成長する限りは、社会保障制度の毎年の支出を賄う 課税ベースからの収入が、退職者が現役中に社会保障のために払い込んだ税額を大幅に上回るのだ。 成長する経済とは、かって構想された中で最も壮大な『ねずみ講』である」 解)「引退する年齢に達したものは誰でも、自分がこれまでに払い込んだ額をはるかに上回る金額に相当する 社会保障制度の便益を受け取れる。(略) (字数の関係でカッ10年10月6日) ・・・・・・・・・ 2007年10月06日(土) 2377, 邪視の思想 −1 ヽ(。ゝω・)ノ☆;:*おはよう*:;☆ 今回の旅行先のエジプトやギリシャで、「邪視」という言葉を何度か聞いた。 10年ほど前に、初めてエジプトに行ったとき、現地の日本女性の若いガイドに、 「とにかく、この国に入ったら、全ての常識を捨ててください。あらゆることが西欧文明の常識とは違います。 (字数の関係でカット09年10月06日) ・・・・・・・・・・ 2006年10月06日(金) 2012, 裸の王様を、「裸!」と言った少年か〜 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ 去年の暮れに学生時代のゼミの後輩からの「新潟を活性化するには、如何したらよいでしょうか?」 という一本の電話から始まった数回の「新潟県活性化の会」の効果?が、表立ってきたようだ?(私の一方的な解釈だが) (次数制限のためカット 2012年10月6日) ーブログのバードウォッチに転載ー ・・・・・・・・・ 2005年10月06日(木) 1647.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・6 6・うちの商法−1 宗親 飲食業界も今は一段と不景気だね。その中で一応、いややっと生き抜いている状態さ。昔から常連のお客にコンサルタントの人がいてさ。 教えてくれるんだ、商売のイロハをね。それを忠実に実行してるんだ。コツとはね、一点集中という事。自分がレンズになってしまうんさ。 商品もマグロを中心に出してね、8割はマグロさ。 後は見せ商品なの。見せ商品とは、手のかからない3〜4品で売れきれにしちまう商品。 それは殆ど儲けないの。すぐ売れ切れてしまうから、それでいいんだ。商品の荒利を55パーにして、酒類は63パーにしておくの。 それで58パーセントの荒利にするの。それだけでは駄目だね。全ての商品を240円と480円の値段にしておくんだ。 ああそれと980円を少しね。これは見せ商品。でもそれが売り上げを稼ぐんだ。荒利30?で売るんだ。お客も解っているんだ、 自分も言うしね。マグロもいいマグロを可能な限り使うの。このぐらいの大きさの店で繁盛さえさせとけばマグロの一本買いができるの。 もちろん本場の??から、直接買うの。それとカマー頭だけを一本につき10個安く買うの。大体それを毎日送ってもらうんだ。 それをさばいて、240円、480円、980円に商品を創っていくんだ。そうすると、ほとんどがよその店の倍の価値の商品になるんだ。 980円のトロなんて、他所じゃ3千から6千円の価値は十分あるんだ。240円は普通の店じゃ捨てるところを、丁寧に切り出してさ。 焼き鳥風串焼きやハンバーグ風にしたりするの。カマも結構使えるんだ。3分の1は980円で出せるんだ。 同業者も首をひねっているんだ。 Date: 2002/03/24/11:18:39 ・・・・・・・・ 2004年10月06日(水) 1282, 「元気の出る言葉」−2 一歩踏み出そうと思う言葉−2 (字数の関係でカット08年10月06日) ・・・・・・・・・ 2003年10月06日(月) ある時間の断片ー35.36 1968年 11月8日 −前半 ・7時50分起床。 人事管理の授業に出席。 今回こそ試験と思っていたが違った。授業終了後、朝飯と昼飯を兼ねて食事。 11時にゼミで、それぞれの車で石川島播磨造船所に向かう。一時過ぎに到着。 そのスケールの大きさに腰を抜かさんばかりの 驚きであった。30万トンの巨大タンカーの大きさに、たたただ呆然とした。数百人が蟻のように張り付いて働いていた。 組織の意味を教授が教えたかったのだろう。私は小さなボートに乗っているほうが合っていると思った。 凄いものを目の当たりに見せ付けられた。工場内のオートマチックの流れも驚きであった。そこの課長との質疑も面白内容であった。 帰りは教授の車に乗せてもらう。田島君や小島君は議論が大好きだ。彼らについていけず一人蚊帳の外という感じであった。 途中渋谷の喫茶店に入り話し合う。教授の思想について聞いたり、女性論を話し合った。教授に「社会に出ると良い相手はなかなか 居ないから、学生時代に探しておいたほうがよい」と言われた。そうならそうと解っていたら、去年にチャンスが集中してあったが。 「さっきの話で、堀井君は女性は打算的といっていたが、自分と比べて言っているのか、それとも自分が打算的であるが故に女性に 対しても打算的に見えてしまっているのではないか?」と鋭い指摘をされた。 私の全性格を見抜かれているようで恐ろしい思いがした。 教授の女性遍歴を少し話された。昔同棲していた女性のこと。そしていまの奥さんとの出会いのことを話された。教授の思想は アメリカナイズされた極端の個人主義と自分で言っていた。教授自身、自分の思想にしろ理念をハッキリ言って持ち得ない!とのこと。 分析能力は自信がある。しかし、それを一つの思考形態の統合するのには、分析で物事が見えすぎる為に躊躇をしてしまうとの事。 経営学の野田一夫教授は、直感的に思想を持ちえるし、当たっている。しかし分析に関しては、全く甘いと指摘されていた。 (字数の関係でカッ11年10月6日) ・・・・・・・・ 2002年10月06日(日) 541,幸福と本当の仕事 何気なく本を読んでいて、自分が事業を通して得た実感が、ずばり書いてあることがある。 そのうちの一つが下記である。 山本周五郎の「青べが日記」の一節である。 ー幸運を望むものよ、お前は3つの事しか為さないのに10の結果を望んでいる間は、幸運は来ない。 幸運を望む男よ、お前が2つの結果を得る為に、10の事をしたら必ず、幸運は来るぞ。 (字数の関係でカッ10年10月6日) ・・・・・・・・ 「176」 [自己能力の限界の設定] 2001/10/06 この言葉は30年前になるが金沢にいた会社の浅野という人事部長の言葉だった。 (字数の関係でカット09年10月8日)
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2012年10月05日(金)
「異郷日記」西江雅之著 * サンジバルの逸話 人は家の中に閉じこもっているほど危険なことはない。外界に出て戦い続けないと人生の自殺者になってしまう。 硬い殻に閉じこもり、しがみつくしかない人生こそ避けなければならない。 ーその辺を抜粋してみるー ≪ 東アフリカのタンザニア国。大陸側からの最短距離で約四〇キロほど離れた沖に浮かぶザソジバル。平坦な島の中に、幾つかの町と、 多くの村が散る。住民のほとんどは、イスラム教使だ。そこでは目の前に現れる事物のすべてが、次々に過去を語り出すザンジバルは 史実虚構が入り交じる物語に埋もれた土地なのだ。散歩に出かければ、崩れかけた石造りの建物や、アジビア数字が消えかけている 大小の墓石が目に入る。海に目を向ければ、緩やかな波のうねりや潮騒が、すでにこの世を去った冒険家、奴隷商人、奴隷、征服者、 イスラム教徒、ヒンドゥー教従、キリスト教の宜教師たちの声を告げてくる。それらの声には、優しいものあり、人々威嚇するものあり、 高笑いあり、探い嘆きを伝えるものもある。各々の声は複雑に紺み込まれた歌となって、何こからか聞こえてくるドラムの音の伴奏に乗り、 道行く人の内部にすべり込んでくる。 (・・・中略) わたしがアラビア語に接し始めた頃に聞いた話がいつも頭に浮かんでくる。 ある老人が海辺へと通じる道で、一人の青年に出会った。彼は漁から戻ったばかりなのだろう、漁に使う道具を担いでいる。 「アッ・サラーム・アライクム(汝の身に安らぎあれ!)」。若者は老人に言った。 「アッ・サラーム.アライクム」。老人は挨拶を返してから、「ところで、おまえは海が恐ろしくはないのかね? お前のおじいさんは、 海で命を失った。おまえのお父さんも海で命を落とした。それでもまだ、おまえは海に出て平気で仕事をする。恐ろしくはないのかね?」 若者は怪訝な表情をして言った。「じいさん、あなたのおじいさんは家で死んだ。あなたの父さんも家の中で亡くなった。それなのに、 よくまあ恐ろしがらずに平気で家に住んでいられますね」。 妙に頭に残る話なので、わたしはザンジバルで、何人もの知人に スワヒリ語で何度も同じ話をした。「そうなんだ。人はどこかにしがみついて生きているのだ。そのこと自体が恐ろしいことなんだ」と、 わたしの知人の漁師は言った。「どこかにしがみつく。そして安心する。それにしても、人間は酷い動物ですよ」と、わたしは言う。≫ ▼ 目先の安定にしがみき、安心をもとめ人生を棒にふる愚かさを批判し、節目時には果然と行動すべしというタンザニアの逸話。 何処の道理も同じである。著者は‘あとがき’に、「私は今も‘異郷の人’である。自分の皮膚の外側は、すべて異郷と感じている。」 と述べている。そうでなくては、流れ者のように世界中を渡り歩けないだろう。逆にいえば、世界中を渡り歩いたため、皮膚の外側を、 異郷に感じるようになったともいえる。著者からみれば、一般人の誰もが「どこかにしがみついて、人生を棒に振っている」のである。 私も、地方の城下町で生まれ、10年間は、外で生きた。 それ以外は職場は新潟、住居は長岡の生活としても、地元に縛られていた。 と同時に、しがみつき、安心していた。リタイア以降は、多くの縛りから解き放され、宙に浮いている感がする。それでも、まだまだ 楽しみが足りない。縛りの残物があるためだが、それも最期の砦で必要。それを無くすに死ぬしかないが、まだ死にたくはない。 ・・・・・・・ 3845, 地獄への道は善意で舗装されている 2011年10月05日(水) 20数年前の経営セミナーで、創造工学の中山正和が、「日本の裁判の中で、9割が善意でしたことが発端で裁判になっている。 『地獄の道は善意で舗装されている』のが、現実社会である。」という言葉が印象的だった。甘い善意は、地獄の入り口と心に刻んだ ことを記憶している。 特に事業においては善意は絶対禁物が人間関係の第一歩。当たり前のことだが、それを知らない人が多い。 善意の積み重ねは、その人の人徳を高める第一歩。しかし一つ歯車が狂うと、「軒先を貸して、母屋を取られる」結果になる。 営業を生業とするものは善意をノウハウとする。それが相手にとってのニーズであり、対象の懐に入る手段。 善意、好意を示され喜ばない人間はいない。 この格言は昔から言われいる基本である。 ー ウィキペディアによると ー ≪*「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた当時までさかのぼれば、善き意志から発していたのであった」 (地獄への道は善意で舗装されている について) ー ユリウス・カエサル *「天国へ行くために最も有効な方法は、地獄への道を熟知することだ」(地獄への道は善意で舗装されている について)ーマキャヴェリ *マルクスは、この格言の発祥でこそないものの、これを援用、敷衍させ、「地獄への道は善意で、天国への道は階級闘争と 俺の濃い髭で舗装されている」などと語ったと言う。 *キリストとその弟子達は、善意からキリスト教を発足させた。 その結果、十字軍や宗教戦争、魔女狩りなどの惨劇が起こり、人々に夥しい地獄を体感させた。・・・ 善意という言葉は、法律用語で言えば、「知らないこと、認識していないこと」という意味も含有する。 つまり、犯罪と知らずに 窃盗を行ったり、人を殺したりしても、その原因は善意になるのである。法律用語の善意も考慮に入れると、古来起こってきた 全ての惨劇や、人間同士の軋轢は、全ては善意が引き金になっていると言っても過言ではない。 しかし、ウィキペディアでも コミュニティの円滑化、利用者の齟齬防止の為に善意にとることが推奨されているように、人間同士の意思疎通や、社会の構築と その円滑な運営には「善意」が必要不可欠なのだ。この二律背反に、多くの哲人達が煩悶してきたことは言うまでも無い。 哲学者であり、レスラーとしても著名な木吉カズヤが、地獄への道である善意をよすがとしなければ生きていけない人間、 保てない社会を悲しみ、「救いはないね!救いはないんですか?」と絶叫したことは、あまりにも有名である。 ≫ ▼ 善意をもって事に当たるのは、それはそれで良いが、逆手に取られても、恨まない範囲で示すと割り切ることだ。 善意も捨石として、直接の見返りを求めないこと。「積善の家に福が集まる」は、見返りを求めないからこそ福が来る。 ・・・・・・・ 3480, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー13 2010年10月05日(火) * 旅行代理店の選定は? 旅行代理店の選定は、金に糸目をつけないなら別だが、如何に良くて安いパッケージを探し出すかは他の商品選定と同じである。。 ・まずは趣味の問題になるが、地方の代理店は避けるべきである。地方名士様ならチヤホヤしてくれるので、それが目的なら問題がない。 同じような目的の人が来ているから、同レベルの人なら良いが・・とにかく、添乗員の場数が少ない人が多い。地方同士のなれあい客 しか相手にしてないので全国区の質の差が歴然としている。 ・初心者なら、JTBとか日本旅行辺りで良いだろう。「ビールばかり飲んでいたが、今度から日本酒を飲んでみたいが・・」 という人は、全国区の灘の酒辺りのブランド品で、そのイメージで味わえばよい。同じ外国に行くなら同行の人は異質の全国区がよい。 ・初心者としてアフリカや、南米など異郷に行くなら、秘境・異郷専門のワンランク上の客を狙っている「ユーラシア」とか、 「旅のデザインルーム」などが良い。JTBや日本旅行でもワンランク上のブランド名でツアー募集をしている。 アフリカ専門とか、南米専門とか、特定の地域に絞った代理店もあるが、添乗員の質のムラが非常に大きい。これも外れると、 場所が場所だけに、客にとっては大きな問題。 名前の通った代理店は必ず御客のチェックリストがあり封書に密閉して送られ厳しく 審査されるので、外れは少ない。 旅行は添乗員の質で半分近くは決まってくる。 何度か、添乗員で旅行そのものが台無しになった 経験がある。しかし怒りを会社にぶつけるのも大人気ないので、二度と行かないという消極的手段しかない。 ブランドなどで高いのは外れが少ないし、安いのは外れの危険が多い。 安いものに、シーズンの終わり間じかのものがある。 これは経験からして外れの方が多い。しかし安さの誘惑で負けて何度か失敗をした。 反対に少し高いと思ったが、他にないので 仕方ないので、という大当たりというケースが何度かあった。 行っている人達の人品が良いと心が洗われる。 南アフリカ、南米のマケドニア、北スペイン、新羅ウィグル地区・カラコルムハイウェー、などは同行客の人品の御かげで、 厳しい日程でも楽しく過ごすことが出来た。行き先を決めて、それにあった代理店のコースの選定に集中すれば自ずと見えてくる。 旅行先で、良かった旅行先の情報を聞いたら、代理店と、その時期まで聞いて、その通りに選定するのがベスト。 何ごとも同じ。 ・・・・・・・・ 3105,我にたためる翼あり 2009年10月05日(月) 「我にたためる翼あり」という言葉には考えさせられた。なかなか含蓄がある。 バーネット作「小公子」を日本で初めて紹介した若松賎子の言葉。 「私の中に、たたんだ翼を持つ者と信じて努力をして、大きく羽ばたく時を待つ」という意味。 賎子自身は、若くして病に倒れ無念の思いと祈りのこもった言葉。 それを知っていれば尚のこと深さが覗きみれる。 何かを志す者にとっては、これほど励ましてくれる言葉は少ない。翼を才能、努力の蓄積、志、夢とも、とることができる。 賎子の魂が、この言葉の中に篭っているような響きがある。 それも女性の言葉、それも「たためる翼」という内に込めた 大きなエネルギーを感じ取ることができる。 何かを目指している若者がいたら、是非とも教えてやりたい言葉である。 縁あって、この文章を読んで感銘をしたならば、近いくの青年に是非とも教えてやって欲しいもの。ところで我に、たためる翼が あっただろうか? 精一杯翼を広げ羽ばたいたが、雀は雀。翼を持っていると自分で信じて努力していれば、それだけで良いということで 納得するしかない。「我にたためる翼あり」を私の小さな経験に鑑みると、自分の翼?で飛んだのは「秘境・異郷ツアー」。 たたんでいる時間は少なかったか。 翼といえば、一羽ばたきで数百里を飛ぶ大鵬のイメージが沸いてくる。 私にとって「我にたたむほどの翼ありや」である。 また軽く飛びまわることの出来る天使の翼のイメージである。 そう、私にとっての翼は読書や映画などを通して異世界に入る「イメージそのもの」である。 それなら、ある。 毎日、何回も開いているが。 私に当てはめると、せっかくの言葉が壊れてしまうか。 ・・・・・・・・・ 2740, 貨幣経済は「ねずみ講」 2008年10月05日(日) 「資本主義は嫌いですか ―それでもマネーは世界を動かす 」 −2 竹森 俊平 (著) (字数制限の関係でカット 11年10月5日) ・・・・・・・・・ 2007年10月05日(金) 2376, 人は60歳で何をしたか −4 ー読書日記 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ この本の中で古今東西44人の「60歳時の本や作曲などの作品」を紹介しているが、その中で、神谷美恵子「こころの旅」が 一番印象的だった。 図書館から借りたような記憶があるが、見れど見えず!だったということか? (字数制限の関係でカット 11年10月5日) ・・・・・・・・・ 2006年10月05日(木) 2011、「私」のための現代思想 −8 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 私たちを束縛しているものから自由になるには、束縛している対象を理解しなくてはなりません。 第一章では、その束縛するものの正体を論じたが、いま一度それを取り上げ、それから逃れるには如何すべきかを論じているのが、 この章である。「私」を束縛するものとは、 <言葉>と<価値><社会><世界><物語>などがあります。 束縛から逃れるためには「所有」が必要になる。所有者になることによって、主体者になるのです。 所有することも捨てることもできるのが主体的ということである。 この随想日記を毎日書き続けることは、 その範囲で「言葉」を所有していることになり、自由に考えを述べていることになり、開放されている。 「<価値>の主体者は、<価値>を生み出す側ではなく、それ<価値>を「受益する者」であるということです。」 当然といえば当然だが、私たちはその反対と思いがちである。「消費者本位」というのは、今では当たり前になっているが、 提供者の方は、それを一番忘れてしまうのです。言葉も相手の受け止め方で、救われもするし、加害もする。▽ ̄)■]~~ 珈琲TIME♪ ーー 第三章 「私」とは何か ー束縛から逃れるー :<言葉>と<価値>の束縛から逃れる 私たちが<言葉>の束縛から逃れるためには、「<言葉>を所有すること」が必要になる。 「言葉による束縛」とは、「自分が使った言葉が、新しい意味を帯びる」ということを認識しない ことによって発生する。また、「自分が受け取った言葉に自分が新しい意味を付与することによって、 それを認識している」ということに気づかないことによって発生する。 これを換言するならば、 それは「私がある時点で使った単語は、常に新しい意味で用いられている」と認識し、 また「他者から発せられた言葉も同様である」と認識することです。 私たちは、厳密な意味で同じ単語を同じ意味で使うことができません。 言葉による意思疎通が(不完全であれ)可能となるのは、「了解不可能な他者を了解しようとする意思」 によって発生するものでしかなく、ある言語体系よって適切に語を使用することで発生するものではありません。 私たちは、何らかの概念を伝達しようとする時、「この単語は、この程度の意味に使われていたはず」と推測し、 それに「近似した」新しい意味を付与しつつ発語している。そのとき、言葉の主体者は<私>です。 ー <価値>の束縛から逃れるためには、<価値>を所有するしかありません。しかし、ここで注意しなくてはならないのは、 <価値>の主体者は、<価値>を生み出す側ではなく、それ<価値>を「受益する者」であるということです。 <言葉>と<価値>の束縛から逃れるためには、この二つの本性を理解するだけで充分である。逆にいえばー<言葉>とは 言語体系のこと、そして<価値>は、それを発生する側が主体者である、と考えていることによって、それらによる 束縛が発生します。その両方が「誤りである」ということを認識するだけで私たちはその束縛から逃れることができるのです。 ー<物語>と<世界>の束縛から逃れるためにはそれを所有しなければなりません。 そのとき<物語>所有する主体者は、いうまでもなく<私>です。私達は<物語>も<世界>をつくることも捨てることもできます。 その状態が「所有」であり、そのときそれらの束縛から逃れることができるのです。 ーー ここで、<私>と《私》について、もう一度整理をしてみる。 <私>は、 * 言葉を用いて対象化された「私の像」 *「超越確実性言明(つまり言葉)」の束、もしくはそれに支えられている「自己の像」 *「私」の「論理的」な側面(言葉によって認識・構築された「私」)の意味を持っています。 これに対し、《私》は、 *<私>の中核にあり、<私>の存在を支えているもの *<身体>の中核部分にあり、<身体>(=対象化された身体)を支えているもの *「生そのもの」としての「私の存在」 サルトルに「対自」「即自」「対他」というキーワードがあるが、それに《私》を関連付けると、さらに面白くなる。 ....... 2005年10月05日(水) 1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・5 5・ゴールドクラブ 宗親 酒はこの商売をしていて、つくづく気違い水と思うね。 まあみんなこの世智辛い世の中、気でも狂わなくては やってられないのは判るけどね。陽気な酒、喧嘩っぽくなる酒、助平になる酒、理屈っぽくなる酒といろいろあるね。 まあ気違い水を売って此方も食べてるんだから、なにも言えねんだがね。本当のところ、素面で酔っ払いを見ていると面白いよ。 気違い水を脳に叩き込むんだら。その中で特に面白いのはシラケ酒って言う奴さ。独り浮いてしまって、暗い自分の殻に入ってしまう奴。 オールドミス、いや〜ああなるとゴールドミスさ。グランドオールドで、G,OLD、ミスって奴さ。 独りでいつもある時間が来ると 泣き出す。皆もそれを知っていて、待っている。普段イライラを周囲にぶつけているんで、皆心の中は喝采さ!でもそれがバレタラ、 あとで数倍も陰湿に、それもあるけど最近は女も恐ろしいよ。 自分で誘っておいてさ、都合が悪くなるとセクハラという奴。 見ているとおとこの方が馬鹿だね。もてない男ほど、すぐ引っかかるね。 あまり慣れてないから、引き際が判らないんだよね。 こうやって色色見ていると人生いや人間なんて結局さ、その人間が実際行動した全体だと思うようになってきたよ。 それから一歩も大きくもないしさ、小さくもないしさ。 これが意外と判ってないんじゃないかな。 ・・・・・・・・・ 2003年10月05日(日) ある時間の断片ー34 11月7日 −1968年 ・10時半起床。12時に池袋に出発。掲示板をみていると川崎と出会う。「ヤタロー」で食事。その後「価格理論」の授業を聴講。 12月5日に試験とか。 産業関係論が11月21日に試験と帰りに寄った掲示板に書いてあった。 明日のゼミの工場見学の資料を取りに武沢教授の部屋に行くが、助手の横浜さんが居ない。川崎君と一時間位喫茶店で話す。 磯部嬢とバッタリ会う。石川とは上手くいってないみたいだ?数ヶ月前に行ってきた欧州旅行のことを話したいみたいだ。17時に帰寮。 ・・・・・・ 540,お経 2002年10月05日(土) ーH0605般若心経のすすめ ー (字数制限の関係でカット 09年10月5日)
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2012年10月04日(木)
『アラン 幸福論』 合田正人著 アランといえば幸福論で、まず思いつく人。幸福論と言えば、スイスのヒルティ、イギリスのラッセル、アランの幸福論など 「世界三大幸福論」があげられる。アランのそれは93の断章からなっていて、かみくだいた、「幸福小咄」「幸福のコラム」 といった軽いもの。とはいえ、ちゃんとした哲学に関するもの。かれの幸福論は、観念論というより、あくまで日常生活に立脚して 幸福への指標を導き出した文学的にも優れたものとして読まれてきた。アランは、「人は誰にでも幸福になれる」そして 「人生の主役になれ」、そのために「ダンスのように人と付き合え」、最後に「幸福になることは義務である」と断言している。 ーここで紹介されている断章の一部よりー 〔 解)は、私の主観 〕 ・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。という言葉のとおり、「哲学は、生についての省察である」 という立場から、幸福は誰かに与えられるものではなく、「自らの意志と行動によってつくりだすもの」であると説いた。 ・不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていればいいのだ。 人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。」 解)王子のようにただ待っているだけの人が何と多いことか。 待つだけでなく、不平不満を言い、人のせいにする大多数のように。 ・自分で自分を不幸にし、その不幸を伝染、増大させていく人々こそが本物の不幸をもっと不幸にしていく」 解)正反対もいえる。 ・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。 解)だから人生は意思の格闘技である。 ・快楽を抑制したから人間は幸福になるのではなくて、幸福であるから快楽を抑制することができる。 解)金持ち、喧嘩せず。 ・喜びは行動とともにやってくる。 解)行動の行は決心、判断の意味がある。自分の勘を信じて行動をし続けよ、ということ。 ・幸福は、自分の手作りである。 解)時間をかけ、ライフワークを続けることか。 ・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。 解)自嘲も笑いか? ・未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である。 解)おもしろそう!楽しそう!と思うことから何事も始まる。 ・悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。 解)意志が濁ると意地になる。楽観6の悲観4の割合が丁度よい? ▼ アレンではないが、「幸福になる五ヶ条」が目前のパソコンに貼ってある。 「一、今日一日、親切にしようと思う」「一、今日一日、明るく朗らかにいようと思う」 「一、今日一日、謙虚にしようと思う」「一、今日一日、素直になろうと思う」 「一、今日一日、感謝をしよと思う」である。 これがいざ実行となると難しい。 ・・・・・・ 3844, 正常性バイアスと同調バイアス 2011年10月04日(火) この日曜日のNHKスペシャルで「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」が凄い!と家内から聞き、録画を見ることにした。 その内容は、≪「津波が来るかもしれない」という時、人は何を考えどう行動し、何が生死を分けるのか。≫ が テーマ。 ここで正常性バイアスと同調バイアスが、多くの犠牲者を出してしまったケースを炙り出していた。そこでネット辞書で調べると 【 正常バイアスとは、外界の強烈すぎる刺激に対して、理知的動物がそれを心理で抑制して、慌てないようにしてしまうこと。 当然、日常性を保護するために必要な措置だが、度が過ぎると「本当の危険」に対しても、「煙はやがて収まるだろう」とか 「今の地震が全てで予震などではなく、もっと大きな地震などやってこない」とか、暴風雨被害や津波、テロ等々あらゆる事態に対して、 緩い判断をしてしまいかねない。現代は謎を駆逐した明るい社会である。が、そのために殆ど無感覚者と化し、まさにこれが原因で 被害が甚大化している。】とある。また同調バイアスは、【大災害のとき、人は大多数の人と同じ行動をとる(ことで判断を誤る)】 ▼ ここで、「いざとなった時の人間の判断は、鈍い」ことを浮き彫りにしている。 そこで気づいたことは、この千年に一度の 大地震と津波を察知して直ぐに逃げる判断は、一般的に難しいという事実である。 この大津波から連想されるのが、リーマンショック。 これは数百年に一度の経済大震災であり、その本格的大津波=大恐慌が今年から数年かけて、世界中を大混乱に陥れる大惨事の震災。 その影響は、まずG8の中で一番弱体化している日本の地方にやってきている。 それが、次に欧米の株式の大暴落がくるのは必定。 日本の大多数の中小企業と鈍い大衆には、それが他山の石としてしか見えてない。 地球規模の大津波(ハイパーインフレ)が目先の 来ているのに現実として受けとめることが出来ない。 何故か? 正常性バイアスと同調バイアスが働いているからだ。 その先取りしてしまったこともあり、それがよく見える。 思わず耳を疑う言動に唖然とすることしばしば。 「御前のところは低地だが、自分のところは上にある(業績の見通しは悪くない)、偉そうなことを言っているが、その様は!」と。 私から見れば「 それは数年の時差でしかない、数キロ先に過ってなかった大津波が来ているのに、当方の崩壊の立ち話をしているだけ」 という単純な視線が冴えてくる。 色いろなシェルターや近くに裏山があるから、大丈夫のようだが・・人は人の智慧がある? 轟音をたてて、そこに来ている事実を、「正常バイアス」と、鈍い連中間の「同調バイアス」が、動物的直感を狂わしている。 ドルとユーロの暴落は2年ほど前から始っていて、まだ下落の道半ば。 株式の暴落も始まっている。 本格的が始まるのは、今月中か、遅くとも来年三月。 リーマンショックの上に半年前の東北大震災。 この費用は増税で賄うしかない。 その各家庭の預金は、回りまわって、アメリカ国債と日本国債にいっている。それも暴落することになる。 ギリシャ国民の、 あの鈍感さは察知しても、自国になると! 偶然だが、以下に、日本の近い将来を暗示する内容が取り上げてある。 韓国ドラマが受けるのも分かる。 以下の状態を経験する以前に、隣はカルト国家がある。 ・・・・・・・・ 3479, 15年前の韓国・国家破綻のすざましさ! −2 2010年10月04日(月) 昨日の「韓国・国家破綻のすざましさ」の実態のレポートの続きである。 日本も「失われた20年」と言われているが、その間に韓国では「国家財政破綻」の中で 国家リストラが断行されていた。 日本も小泉・竹中コンビが金融再編成で大鉈を振るい、また自民党を破壊。しかし政権与党の民主党には政策理念が見えてこない。 ―まずは、昨日の続きの要点であるー ・IMFの改革を通してそれまでの古い柵が消え、経済が自由化されアメリカナイズされたことで、韓国は大きく変わった。 それまであった終身雇用が崩壊し、年齢よりも能力が重視されるようになリ、社長でも経営がうまくいかないと株主にクビにされる。 現在、韓国では四十五歳定年が定着しているが、これも経済破綻が起点となっている。ベンチャービジネスも盛んになり、 三十代、四十代の社長が数多く出てきている。 国全体が破壊から再生に立ち上がろうとしている。 ・国が経済破綻すると、庶民の資産はどうなるのだろうか。 破綻と同時に起きたのが、金利の急上昇。破綻前は13%だった 住宅ローン金利が、いきなり二倍以上の27パーセントまで上がった。このため、マイホーム購入の契約が次々と破棄され、 新築社宅の売れ行きが急激に落ち、同時に価格も下がった。すでにローンを組んでマイホームを購入していた人は、支払い額が 急激に増えた。当時、韓国ではほとんどの人が住宅ローンを変動金利で借りていたので、金利が二倍になった途端に払えなくなり、 延滞者も急増。この延滞利息が、なんと六〇%。とても払えず家を手放し、親元などに身を寄せる人が激増した。 ・株価は四分の一。預金金利が暴騰し31パーセントになった。ちなみに物価は経済破綻をしても、それほど上がらなかった。 ▼ 以上だが、日本の失われた20年も異常だったが、国家破綻の韓国の惨状には驚きである。現在はアメリカナイズされた国に 変身しているが、その間、日本は長期不況でただ、立ちすくんでいるだけ。 今後10年、韓国に近い惨状は覚悟すべきである。 日本の地方は既に恐慌の様相を示している。残る関東と東海地区も、リーマンショックで、それぞれ原爆が落とされた状態。 今のところエコ・ポイント制度などのカンフル剤で持たせているが、これも今年の暮あたりで終了。既に暗雲が漂い始めてきた。 金利が暴騰したら日本経済は即死になる。とはいえ、ハイパーインフレとは、そういうものである。 ・・・・・・・・ 3104, 返済猶予法案の成立から見えてくること! −3 2009年10月04日(日) 昨日の朝のモーニングショーに亀井静香が出演、TV側の評論家と「返済猶予法案」の是非について議論をしていた。 亀井節で、この評論家を根こそぎ否定していたが、コメンテーターの無知が露出した漫画的な内容。 都会のマスコミの世界の中から一歩も出たことのない連中の浅はかさが、あまりに酷い。亀井節でバカ・チョンと罵倒されていたが、 されて当然。 何を言っても議論にならないレベル。最後は、「この程度のしかコメンテーターはいないのか、この局は」と 適切な御言葉で切り捨てていた。まあまあ?の肩書きを持っていながら、論理形成ができないとは。 生の現実に接してないからである。 参考のために、そのコメンテーターは、岩井奉信(日本大学法学部教授) 奥野史子(スポーツコメンテーター) 高橋進(日本総合研究所 副理事長) 森本敏(拓殖大学 海外事情研究所所長)である。 (字数制限のためカット10年10月4日) ・・・・・・・・ 2739, 何故、こんなに多くのバブルを経験するのか? 2008年10月04日(土) 「資本主義は嫌いですか ―それでもマネーは世界を動かす 」−1 竹森 俊平 (著) この本は私の知人からメールで「面白い本がある」と紹介され早速買って読んだが、成るほど面白い! 世界恐慌の様相を示してきている米国発の金融システム崩壊の原因は住宅バブルの崩壊によるもの。 そのバブルが何故起きるかを解りやすく書いてあった。 ーまずは、その部分からー なぜ、われわれは、こんなに数多くのバブルを経験するのだろうか。 その結論を要約すれば、「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を維持するために、経済システムの「自動制御装置」が 働いた結果であった。高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(とくに金融機関)や政府が、さまざまな手段を動員して 高成長の維持を図る。 そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。あまりにも単純なルールに従って動く「自動制御装置」 は、システムの安定をもたらさないこともある。特定の要因だけを重視して制御する結果、制御されない他の要因によって、 かえってシステムの安定が乱される可能性があるからだ。今回のサブプライム危機も、「自動制御装置」が「高い経済成長率」という 一つの要因にあまりに重点を置いてきた結果といえるかもしれない。 「サブブライム危機」を契機に、今後は「自動制御装置」も 根本的に調整し直されるだろう。バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。 その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済の成長率は低下する。これが結論。 −−−− 解)これが現在の金融恐慌の原因のバブル発生のあら筋である。 バブルの収縮を繰り返しをしながら、経済は動いていく。 (字数制限のためカット09年10月4日) ・・・・・・・・・ 2007年10月04日(木) 2375, コシヒカリが売れない! (* ̄0 ̄)ノ[才八∃一] 先日のニュースで{最近になって「コシヒカリ」が売れない}と、ミニ特集をしていた。 去年だけでも、県内で3万トンの余剰米が出たという。事態はかなり深刻のようである。 ーーーーーーー 2006年10月04日(水) 2010, 「私」のための現代思想 −7 おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ ねむ・・さむ ここのー「私」とは何かーという文は非常に難解であるが、一番の触りでもある。 「独我論」-唯我独尊の独りよがりの論法ーで生きている人は何処の世界にもいる。 究極的には全ての人にいえるだろうが(<特に私は強い!>・・と、思ったほうがよい) しかし、それ(独我論)では、長い時間の中で自然と淘汰されていく。 言葉は「言語という制度」に従わなければならないが、その「言語という制度」に従って使用することが思考である。 そして思考する主体が「私」である。 言葉の意味とは、その使用であり、「言語制度に従って言葉を使用すること」が 「言葉に命を与えている原因」であるならば、思考の「主体」は「言語制度」ということになる。 つまり私たちは「自我」「私個人」で思考しているのではなく、言語制度に従って言葉を使用している状態を 「私の思考」と呼んでいるだけ、ということになってしまいます。 しかし、それだけでないと誰でも考えます。 それでは・・・それが以下に述べられている。 話すにしても、文章を書くにしても、まず「私」がある。 その私とは何かが明確になっていない。ここで、その私の正体が解剖されている。 随想日記を2,000書いてきたが、それは独我論の「私」に気づくプロセスだった。 《私》という「私」の芯は、歪んだ過去の残物でしかなかったということ??・・ 過去の感動・感激・感謝の倉庫? 夢で溢れた夢倉庫? その総体ということ?? −−−−− 第三章 「私」とは何か −? ーウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」− 私たちの脳裏に発生している思考は、言語によって表現されます。言語以外の方法で表現された自分の思考を、 認識することはできません。原稿を書いている私は、キーボードの打ちすぎで右手が少ししびれてきたが、 それもしびれてきた」と言葉にしてみるまでは気づかなかったことです。 「眠いかも知れない」と感じたことも、言葉にするまで気づかなかったことです。 脳裏で言葉になった瞬間に「感じた」であり、それまでは「思っても見なかった」ことだと言えます。 そういう私は、本当に主体者なのだろうか?「私」の営みは、純粋な意味で全て「私」に帰属しているといえるだろうか。 (字数の関係でカット2008年10月04日) \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・・ 2005年10月04日(火) 1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・4 4、超一流の人 宗親 どうしてもこういう商売をしているとね、人間の悪い面だけが見えてしまってね。 でもいいことも多いよ。絶対にこういう仕事でないと会えない人と直接話ができる事だね。 芸術家で日本国宝の人とか、超一流の奴。やはり普通じゃないよ。一流になる人は違うね。そう信念ね、持っているね。 「酒をの飲むなら男とのみゃれ、10年かけたる読書に勝る」あれだね。一生を一つの事にかけている奴は違うよ。 ひと言ひと言が、にじみ出てくるんだよな。教わる事は、「真剣に」ということさ。その人の周囲はピーンと 張り詰め空気が漂ってるんだよな。 あの空気というか雰囲気は、実際会ってみなくては解らないよ。 自分の仕事と何も違うところはないよ。ただ真剣、純粋そして高貴というか後光が漂っているね。人間こういう人は、 1000人に一人いるんだよ。まず50人に1人、別格のがいるんだ。その50人のなかから20分の一選ばれるんだよな〜。 そのへんの人は、自分で考える能力があるんだ。物真似を超えて自分の何かを作り上げたやつさ。 50人に1人は物真似レベル。そのなかで20人に1人自分のものを作れるやつが出てくるんだ。 これ私の客商売で人を見た中で感じたことさ。 ・・・・・・・ 2004年10月04日(月) 1280, 「乾杯!」を考えてみる 乾杯といえば、忘年会などの酒席や、祝いの席には欠かせない。 家内や知人と飲む時も、グラスをぶつけあって乾杯をしている。「乾杯」は、そもそもは日本古来のものではなく、 その起源は古代ギリシャ、ローマ時代に遡る。 『世界大百科事典』(平凡社)には、「古代に神または死者のために 神酒を飲んだ宗教的儀式が起源とみられ、ギリシャ、ローマでは食事中に神酒を神にささげ、公の宴会では列席者 ならびに死者のために乾杯した。…それがいつのまにか生きた人間の健康を祝福する乾杯となった」とある。 古代ギリシャ人の間では、「酒を飲むと、一緒に魔物が入ってくる」と考えられ、飲む前にグラスをぶつけ合うことで 悪魔を払ったといわれている。 悪魔は大きな音や騒がしい音が嫌い!特にグラスの鳴る音を嫌がったらしい。 その一方ではもう少し生々しい説もある。「紀元前6世紀、ギリシャ人の間には主人が友人の健康を祝って乾杯をする習慣があった。 当時、敵を殺害するため、ワインに毒を入れることがよくあったため、まず、主人がワインを飲み、客はそれを見て安全を 確認してから自分のグラスのワインを飲んだ」というのだ。互いにグラスを勢いよくぶつけたり(酒が混じる)、 一斉に飲みほす…… というのも、毒殺対策がいわれというわけである。飲みほすことについては、杯に底が平らでない貝殻や 獣角が使われており、飲みほさないと傾いてしまう(こぼれてしまう)ためともいわれる。記録によると、毒殺の盛んだった 中世ヨーロッパでも、グラスをぶつけ合い、互いの酒を入れ合うことで、毒が入っているかどうかを確かめていたという。 時の王様は自身の権力をライバル達に知らしめるために、大勢のお客を呼んで夜ごと、豪華な晩餐パーティを開いていたが、 しかしライバル達を暗殺する絶好の場だった。 そこで乾杯をして、毒など入っていない事を証明し合う行為だった。 乾杯は世界中、どこにでもある習慣だ。スペイン南部の結婚式で行われる風習とは、乾杯で新郎新婦が乾杯酒を飲み干し、 そのグラスを地面にたたきつけて割るというもの。「これには独身時代には色々な事があったけど、 全てきれいさっぱり捨てて、今ここから新たなるスタートとしよう!」という意味が込められている。 大学の卒業式の後、学食で学部の全員が集まり、パーテーがあった後、乾杯してグラスを割った記憶が生々しい。 これで学生時代とお別れという節目としての粋な計らいであった。 ・・・・・・・・・ 2003年10月04日(土) ある時間の断片ー33 11月6日 ー1968年 ・10時起床。 風邪で頭が痛かったが、少し良くなってきた。12時、佐藤君のところでお茶を飲む。その後本を読む。 (字数制限のためカット10年10月4日) ・・・・・・ 539,至高体験−2 - 2002年10月04日(金) 「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。 この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。 (字数制限のためカット10年10月4日)ーブログーバードウォッチに転載。 ・・・・・・・ 2001年10月04日(木) 「随想日記について」 新たに考えた事より、殆どが過去に日記帳などに書いた内容が多い。それをむしろ再度まとめ直しているといってよい。 (字数制限のためカット12年10月4日) ーブログーバードウォッチに転載
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2012年10月03日(水)
* 三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈 「異郷日記」西江雅之著 何処にでもありそうな話だが、フィールドワークの言語学者が書くと、これほど面白い物語になる。私の去年春の見切りに対する 尾ひれ羽ひれの話も大方、想像できる。だから城下町の地元に帰って来てからは徹底的なアウトサイダーを決め込んだのは、 そのためだ。 片田舎の城下町‘蝦蟇屋敷’界隈の話の縮小版が、そのまま以下である。 ーその辺からー ≪ その後、わたしは"なごみ"の常連のようになった。掘っ立て小屋といってもよいような雑な造りの店内には、粗末な木製の椅子が わずか七つ、いつも下駄ばきの大塩さんがカウンターの内で、ガス台の傍に置いた小さな椅子に俯き加減の姿勢で座っているだけで 満杯といった極く小さな店である。客層は平均年齢五〇歳。なかには口の悪い強烈な酔っ払いも多かったが、誰もが一国一城の主を 自負しているような人物で、政治や文学、演劇などについて、相手構わず勝手なことを話していた。 ・・・(中略) その"なごみ"の大塩さんが店からブイと姿を消したのは、わたしが蝦墓屋敷に住みついてから数年経ってのこと。 常連の一人から聞いた話では、ある夏の日の夕方、一杯飲みに行こうと思い立って店に行くと、入り口が閉まったままになっている。 しばらく時間をおいて再び店に行っても、入り口は閉まったままである。休業の張り紙もなく妙だと思ったという。 その数日後、 大塩さんは幾駅か離れた町の病院で発見された。彼はそこで亡くなったのである。身元が分からないまま亡くなったので警察沙汰になり、 やっと身元が判明したということだ。この出来事を巡って、近隣の飲み屋では当然のことながら盛りだくさんの噂が出た。 真相を知っている者、真相を知りたいと思う者。好奇心に駆られた連中が、一時的に増えた。それだけで売上げがあがったと言われた 店もあるらしい。自殺説も多い。不治の病に悩んでいたという説、発作的な行為だったという説、皆が知らない所で何者かに脅かされて いたという説、陰で巨額の借金があって悩んでいたという説、およそ皆が思いつく説が出揃ったころ、話題は自然に消えた。 わたしは彼の死の原因はまったく知らない。しかし、巷の隅で彼の死が話題となったころ、引越しの初日に。なごみを紹介してくれた "稲穂"の女主人に路上でバヅタリ出会った。「あら!」と言うなり、「あなたも大変だったでしょう。数十万円の借金が、一瞬のうちに パーになって困ったんですものね」と切り出した。 わたしには話の脈絡がまるで掴めない。だが、話を聞いていると、‘なごみ’の 主人は人知れずかなり多額の借金を何人もの常連からしていたらしかった。そして、わたしもその被害者の一人とされたのだった。 「借金のことなど、あの店で聞いたことは一度もありませんが」と、わたしは言った。「そうですか、あの方、やはりお金を借りられ そうな人を選んでいたんですね」と、"稲穂"の女主人は、なんだか私が金のない人物であることを確認したかのように言った。 それは事実だが、とにかく大塩さんからは借金の話など聞いたことがないのも確かだ。しかし、もし噂が本当だとしたならば、 いつ見ても同じような質素な服を身につけ、今にも壊れそうな粗末な丸椅子に腰を下ろし、無口に客に応対していただけの人物が、 何百万円という金を如何なる目的で、誰のために手にしていたのかは不思議である。その後、ほどなくして、同じ路上で出会った 飲み仲間から「知ってますか?"稲穂"のママが亡くなったんです」と、話しかけられた。わたしは彼女の死因も知らない。 どうやら持病が元で、病で亡くなったらしい。 ≫ ▼ 地元から車で一時間半に高田城下町や、新発田城下町がある。そこでは昔からの生活があり、土着の人間関係が長い町の歴史とし 脈々と続いている。そして私の住む町の長岡城下町も同じである。 新発田出身者がUターンで帰り地元に住み、新潟で仕事を するとしたら、当然、地元の人間関係に深入しないのが生活の知恵。それと同じパターンを私も新潟で仕事、住むのは長岡にと、 当然とってきた。しかし、仕事を終え、長岡だけの住処になると、そこは、江戸時代からの血筋とか何とかの暇人の小さな人間関係が 続いている、がんじがらめの蝦蟇屋敷界隈。 上記のような魔女狩りの噂話の丼池。そこは地元民の全世界、象の皮膚のヒダ世界の中。 ・・・・・・・ 3843, 閑話小題 2011年10月03日(月) * つれづれに ー老後とは 母親が38歳、父親が42歳の時に生まれたため、子供の時から二人の壮年から老年への移行期の姿を見てきた。 家は商売をしていたので、まず生存をしていくベースを確保する必死さが幼児の頃から生で伝わっていた。 生まれた時から毎日が戦争の真っ只中のような日々。 サラリーマン家庭からみたら異状の生活環境である。 ある意味、60年たった現在、やっと緊迫した日々から開放された日々になった。 逆に生涯殆ど勤め経験がなく、 独立独歩で生きてきたため、緊迫感が少し薄れただけで、勤め人が定年後に感じる「自由の不自由さ」は全くないのも事実。 家に一日中居ても、家内の視線以外には、何の抵抗感も、何をして良いのかの戸惑うことも、皆無である。 元もと、商売上の付き合いも最小にしてきた上、肩書きを持ったら誘いがくるような慈善団体に入ったこともないし、 その中で威張ったり、競う相手の存在も殆ど居ない。 自分が自分であるために妨害するものは初めから振り捨ててきた。 それが多くの人たちに誤解を与えてきたが、自分が自分であることの方が良いのは、長年の読書で分かっていた。 そのためか、この生活の変化に大した違和感は少ない日々になっている。 元もと老後というだけか! * ゴッドファザー ゴッドファーザー�機Ν兇魄貂鯑�、WoWoWで日本見た。 30数年前の封切りを映画館で見てから、TVで何度か見ているが、 その年齢ごとに受けとめ方違ってくる。 内容はギャング映画だが、権力の集中と決断をテーマにしたマネジメントそのもの。 封切当初は、そのギャング世界の迫力と殺しあいの生々しさに世界中が驚きに沸きかえった。 人生経験を積んだ後にみる、 二代に続くマフィアのボスの物語は、また違って見えてくる。 事業の立ち上げと、その盛衰を経験してみると、あの緊迫感は 事業とて同じこと。 現在では家具とか、装飾にも目がいくが、ファミリーの人間模様が面白い。 映画そのものは、やはり名作中の名作。7〜8年に一度は再放送されるが、名作は何度見ても、その都度、新鮮に感じる。 ・・・・・・・ 3478, 15年前の韓国・国家破綻のすざましさ! ー1 2010年10月03日(日) ある月刊誌の「15年前の韓国・国家破綻のすざましさ」の実態のレポートを読んで愕然とした。 「今すぐ取り組め生活防衛のための五箇条ー韓国に学ぶ国家破綻の恐ろしさー」 15年前にIMFの管理下の置かれた韓国の姿は、日本の近将来図とみるべきだろうか。まずは、その一部から・・・ ・韓国経済は、急成長していて1995年にはGDPの実質成長率が9%。だが、アジア通貨危機の波をモロにかぷり、 98年には一ドル700ウォンだった通貨が、97年夏には900ウォンまで下落、11月には1000ウォンを突破し、 98年には2000ウォンにまで下落した。三分の一である。 ・この時、韓国には30ほどの財閥があったが、韓宝、起亜、三美など名だたる財閥が次々と破綻。 さらに、銀行も次々と破綻して約半分になり、残った銀行でも、従業員の半分をリストラする過酷な再建策を断行。 ・企業も、約半数が破綻し、何とか残った企業でも大幅なリストラが行われたので、たちまち失業者は150万人を超えた。 ・混迷した状況にさらに拍車をかけたのが、IMF(国際通貨基金)の財政再建策。 破碇した韓国経済はIMFの管理下に置かれ、 IMFから金を貸じてもらい、その代わりに緊縮財政を迫られた。IMFが財政赤字を減らして為替を安定させるため金利を上昇させたので、 韓薗経済は大不況に突入した。健康保険などの社会保障は機能していたが、健康保険対象外の病気が多くあったため、収入が激減し 家庭では病院に行くのをあきらめる人が急増。病院は患者が激減し、背に腹は代えられないと24時間診療する病院も出てきた。 ・通貨が下落したことで、輸入に頼るガソリン・軽油などが暴騰したため、車に乗らない人が増えて道路は閑散とした。 寒い中、灯油価格も高騰したので、人々は寒さに震えた。 ・大学を卒業しても就職先がないので、そのまま大学院に進んでキャリアアッアする学生が急増したために、 それまでガラガラだった大学院の入学競争率が二倍に跳ね上がった。 ・いっぼうで、会社をクビになり、再就職もできず犯罪に手を染めるサラリーマンも急増。治安は極端に悪化し、詐欺も横行。 混乱と不安が増す中で、テレビからは娯楽番組が消えた。こんな大変な時に不謹慎だという投書がテレビ局に殺到したからだ。 破綻から一年間は、先が見えない中で、庶民の顔からも笑みが消えた。 ▼ この続きは次回として現在の円安で300円になるというと、まさかと誰もが思うが、韓国では既に起こってしまった現実である。 失業者も日本の人口の半分として、日本で300万人というと、これまた信じられない数になる。 日本の政治も経済も自己コントロール不能となれば、韓国と似た道を歩くしかない。金利も今のところ1〜2パーセントだが、 これも何時どうなるか分からない。隣国と臨戦状態の韓国と海に囲まれノンビリ構えている日本と、あまりに違う。 ーつづく ・・・・・・・ 3103, 終わりなき旅 2009年10月03日(土) 「心に残るとっておきの話ー第九集」 ー終わりなき旅ーより これを読んで、深い何かに覆い包まれたような気になった。頭に残ったまま私の言葉で、その内容を書いてみる。 ≪ ツアーに参加しようと飛行場に向かったが交通渋滞でギリギリに飛行機に乗ることになった。殆どの同行の人の顔も知らないまま 飛行機の席に座ったところ、近かくの席の60代の初老の夫婦が赤ちゃんの世話をしていた。孫にしては両親がいないのでオカシイ とは気になりだした。スチュワーデスが声を掛けたが、赤ちゃんを見て変な顔をして行ってしまう。周りの人も何か変な雰囲気。 そして飛行機を降りたところで、その赤ちゃんをみたら、何と人形だった。そのツアーの人たちは気持ちが悪かったのだろう、 誰も近くに寄らない。ところが食事のおりに同席したところ、その初老の人が「変だと思うんでしょうね」と、事情を話し始めた。 「二人とも教師だったが、なかなか出来なかった赤ちゃんが、やっとのことで授かった。ところが直ぐに亡くなってしまい、 そのショックで妻は自殺を図ったりした上に、精神を病んでしまった。 その精神治療のために医師と相談した上に、せめての 慰みにと人形を身代わりにして10年、衣服を替えたり、食事をしているふりをしたり、生きているように扱ってきました。 何で、 こういう話をするかというと、あなたが初めて食事で同じ席についてくれたからです」という。それを聞き返す言葉がなかった。≫ ▼ 大筋は、こういう内容である。何か、その二人の姿が目に浮かぶようである。 今でも何処かに三人で旅行しているのだろうか。 ツアー、それも秘境ツアーには、色いろな人と出会う。 人生の甘いも辛いも味わいつくし、さて、あの世に行く前に チョッコラ世界の果てでも行ってみるか、みたいな人とか、博識の人とか、色いろな人生を背負ってくる人が多い。 この二人の背負った運命と、ツアー舞台の組み合わせが、何とも悲しみが直に伝わってくる話である。 ・・・・・・・ 2738, フォードが4ドル、GMが9ドル! 2008年10月03日(金) アメリカ株式市場で史上最大の暴落で金融恐慌の様相を示してきた。この影響で世界中の株価が暴落を始めている。 それにしても、火の手のまわりが早いのに驚かされる。 今回のサブプライム問題は1〜2年で収束するほど生易しくない。 火の手が早まれば銀行閉鎖など何が起こるか分からなくなる。アメリカは、この火消しにドルの輪転機をフル回転すしかない。 その結果、金融破綻というハイパーインフレが待っている。欧州では、次から次へと銀行の国有化が始ったというし、 取り付けが静かに進んでいる。金融システムの崩壊は、まず弱者に皺寄せがくる。 一波として大量の倒産が数ヶ月後に始る。 身一つで山の上に逃げなくてはならない具体的な行動とは、金を買うぐらいのことしか思いつかない。 情報化社会は以前のような情報コントロールが不可能になる。今年に入って、悲観的な本を何冊か読み、資産防衛セミナーで 知ったことは、あまりに危ない世界経済の実態。この半月だけでも、劇的な世界の銀行の破綻と、再編成が生じている。 これは既に金融恐慌である。世界恐慌に入ってしまったと仮説をたてて、現在の動きをみると、一連の動 (字数制限のためカット2010年10月3日) ・・・・・・・・ 2007年10月03日(水) 2374, 人は60歳で何をしたか −3 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 ー読書日記 著者・藤原が60歳の時に「人は60歳で何をしたか」の本の準備をしてことになり、それ自体がユーモアに聞こえてくるし、 本人が一番勉強になったはずである。それにしても、選りすぐった人たちとはいえ、そのエネルギーは強い。 (字数制限のためカット2012年10月3日) ブログーバードウォッチの転載 ・・・・・・・ 2006年10月03日(火) 2009, ドイツ病に学べ (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ 「毎日新聞」の日曜日(10月01日)の、ー本と出会う=批評と評論ー の「ドイツ病に学べ 」の評論がよい。 「日本に次いでGDP世界第三位を誇ったドイツが、EUのお荷物となっている」 というニュースは何度か目にしてきた。その詳細が現地に住んでいた著者の眼で書かかれている。 *その惨状といえば、19パーの消費税、実質16パーという高失業率、リストラ、旧東独の苦闘、 高い給料と強すぎる労働組合、 旧東欧諸国に逃げ出す企業、年金制度、等々 問題が山積みである。「まだまだ日本は、ドイツに比べたら恵まれている?」とさえ思える。 しかし、現在の日本に酷似しているから驚きである。それにしても、東西冷戦時代の優等生だったドイツと日本の凋落は激しい! (以下は字数の関係でカット08年10月3日) ・・・・・・・・・・ 2004年10月03日(日) 1279、イチロウの大記録 それにしても、イチロウの記録には驚いた。絶対無理といわれていた257本のヒットの記録をついに破った。 これで、歴史に残るスーパー・スターになった。相手チームの選手も祝福してくれるのだから、それだけ凄い記録ということだ。 これほどの歴史の残る大記録を、日本からの輸出品(完成品)で通用したことは、驚くべきことである。生のドラマを、劇場的雰囲気で 見れるのだから素晴らしい。昨日は、この試合を初めから終わりまで見た。野球の試合をフルに見たのは、数年来初めてである。 イチロウが初めて打率を日本でトップをとった20歳の頃、森・元監督が、あるセミナーで「王や長島より数段上の天才バッター」 といっていたことが頭によぎる。しかし、ここまでの大選手とは思ってもいなかった。以前にも書いたが、彼のある言葉に注目をした。 ートップクラスの投手の一番得意の決め玉を待つ、他の選手は得意球を避けて甘い玉の来るのを待っているが、自分は違うー 超一流の投手なら、驚くだろう。「奴は俺の得意玉を待っている、挑戦をしようというのか?」「それなら、受けて立とう!」と いかないのが、人間である。今だかって、その経験がないからだ。相手が、得意の玉以外を待っているから、得意球が効果を上がるのだ。 (字数制限のためカット2010年10月3日) ・・・・・・・・ 2003年10月03日(金) 912, 開発部門ーベンチャー 人間も組織も、自然に任せておけば、「最良」を避けて「良」だけをする。いや良だけでなく、悪をする。 そこで「組織にとって最良とは何かを考え実行する部隊」となる職種とはなんだろうと考えたら、開発部隊であろう。 それも3年〜10年後の新しい事業の開発行為を専門に動く職種である。 これを組織的に創るとしたら、「経営・戦略開発室」 いや「経営企画室」である。ラインやサービスとは独立をして「情報と経営・戦略の立案」に専従する職種だ。 組織的ベンチャー部門ということ。この激変の時代、常にその変化に対して自己革新を続けなければ、すぐに陳腐化をしてしまう。 そのこと自体も判らなくなるのが組織いや人間というものである。 ところで、8月21日から開発専門を一人独立をさせた。毎日、情報とりを開始をした。勿論、ラインの仕事を一切なし。 新プロジェクトの開始である。 二年前と三年前に一ヶ月間だけ期限を切って、二人に開発休暇を与えた。期限を切れば、 ラインの視点を超えることができないことに当時は全く気がつかなかった。悪く言えば、本気にはなれなかったのも当然である。 開発の必要性に気づきだしたのに、あと一歩であった。問題の大部分は組織図にあるというが、その通りだ。 人間そのものの素質という面もあるが、システムー仕組みの問題点として問題点を捉えてみるべきだということだ。 開発行為は『外』に対する働きかけて新しい事業チャンスを模索することだ。自分の庭の中には地表深く掘り下げれば 多くの金塊があるかもしれない。それに気づくためにも、一度外に働きかけなければ。少なくとも事業に関しては、 庭の中にいては何も見えてこない。 小さい会社は社長そのものが一番の仕事になるのだが。 金物屋はホームセンターには変身不可能である。それまでの常識がバカの壁になってしまうからである。 ・・・・・・・ [170] 忘れられないお店ー2 2001/10/03 その店(池津屋)で10年生活した事になる。すざましい日々だっだ。その後長岡駅裏の台町の今の‘父ちゃんラーメン’のところに、 高校を卒業するまでの8年住むことになるが。衣料のデスカウントハウスのはしりで、全国的にも有名な店であった。 ‘1Fが店’‘2Fが荷捌きと倉庫と事務所’‘3Fが住居’‘4Fが直しと女子寮’になっており、全宇宙が圧縮されているよう。 ネコのタマとサルのタローと犬のコロが同居していた。 そのビルと大手通りが私の遊び場であった。 かなりマセタ餓鬼だったと思うが、 誰にも可愛がってもらった。特に綺麗な女社員が入ってくると、ぴったしくっついていた。競合店が出ると子供心に心配で一人偵察に行った。 毎日の売り上げが気になり、必ずレジを覗いていた。両親が従業員の評価をしていると聞き耳を立てて聞いていた。 倒産夜逃げはごく当たり前の日常の話題であった。今でも年に2〜3回はその頃の夢をみる。でもクリスマスといえば皆でツリーを作ったり、 正月は家族と従業員全員集まりご馳走を食べたりして年越しをしていた。
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2012年10月02日(火)
* 自分目線の100年世界 還暦を過ぎた辺りから、その時々年齢の父と当時の自分の年齢を重ねてみている。更に最近では、「二人の息子の年齢に 自分は何をしていたか」も重ねみるようになった。先日、こういう見方を「親子年表」として存在していることを知った。 考えることは皆、同じである。父が66歳時に、私は22歳。 父が亡くなった71歳時に27歳。 1973年であった。 父の享年まで私は、あと5年になる。そろそろ最期の身辺整理の時期に入っている。父は最期の仕事に自分の財産を生前贈与をして 亡くなっていった。それが私の人生を大きく支えてくれた。両親の愛情を物心とも直接、間接的に受けたことが最大の財産である。 その意味で家内も私と同じように恵まれた両親だった。その相性が良かった悪かったで人生が大きく変わる。これこそ最大のツキの 善し悪しになる。それに甘んじて一生、親の世界から抜けられなく過ごし、死の間際に慌てて生き急いでいる人を秘境ツアーで 何人も出会ってきた。 「ハッとしたら、既に老境。親のいうとおり生きてきたが、自分の人生が何も無かった。死に病になり、 何時死ぬか分からないが、このままでは死ねない。その何かが世界の果てにくれば少しで分かると思い立ち、参加した! 帰国すれば大きな問題が山積み」という一身上の話を偶然、山道で隣り合わせになった60過ぎの一人参加の女性から打ち明けられた。 死に直面した時に大きく動揺するのは、「やりたいことを、してなかったため」という。結果がどうあれ、現在、心が安定しているのは、 60歳までに、前倒しにして遣り尽くした感があるためだが、これは大きい。これがないと、周囲のマイナス探しで自分を肯定するしか ない晩年になる。ほぼ九割の人のそれは周囲の誰かを具体的に特定すれば見て取れる。団塊世代と、その子供の世代の特徴を親子年表にし、 時代背景から見ると、その特徴が浮かび上がってくる。その世代間格差が、あまりに大きい。逆に団塊世代の親の世代をみると、 太平洋戦争に大きく翻弄された最も困難な時代である。 それからして終戦直後の団塊世代前後の人が奇跡的に恵まれた時代に 生きたことになる。自分の親と子供を重ねると、100年、150年の視界が鳥瞰できる。 ・・・・・・・ 3842,iPadと、アプリ、あれこれ ー3 2011年10月02日(日) どうも不思議なことがある。マスコミが、タブレットPCを殆ど報道しないことである。恐らくマスコミがタブレットPCに 脅威を感じているため、ニュースの素材として避けているのでは?と思うのは私だけでないはず。先日も中学校の同期会に持って 行こうか迷った位である。 同年代の彼らなら、このアプリを見たら腰を抜かさんばかり驚くはずだが、嫌味とも受けとめられる 可能性もあるので止めたが・・ それだけ、これは私にとっては大きなインパクトになっている。モバイル携帯が出回っているので、 それほどでもないかも知れない?。 しかし、モバイル携帯と、タブレットとは違う。 ・アマゾンが読書専用のタブレットとは別に、多機能タブレットPCの分野に進出すると報道された。現在、他のメーカーで iPadに対抗できるところはないが、対抗できるとしたらアマゾンしかないと言われてきた。対抗馬としての本命のお出ましである。 ・シャープも社運をかけてタブレットPCに打ち込んでいるが、売れているふうではない。 ・先日、大型家電のタブレットPCコーナーに行ったところ、各メーカーの、それぞれ特性のあるタブレットが並んでいた。 その一つにソニーが、近くに売り出し予定のメガネケースにソックリな二つ折りで、見開きのものがあった。 モバイル携帯二個分が折りたたみになったようなもの。 これなら落としても壊れにくいし、持ち物として小物の範疇になる。 ・富士通は、小型ノートパソコンの画面が取り外せるタブレット式。 これも便利で抵抗なくタブレットに移行できる。 ー話しをiPadに戻す。 これを使いこなすポイントはアプリとの出会いになる。 それとブログとツイッターも、いま一度、探してみる必要がある。 パソコンとの接点が飛躍的に増えるからだ。 忙しい人ほど、タブレットは有効になる。特にビジネスには間違いなく効果的になる。 暇な私など、机上PCと並べて交互に使っている。 そして疲れて寝室で仮眠するときも枕元に置いているほど。 IPAdバカか! ・・・・・・・ 3477, ロスチャイルドと共産中国が2012年、世界マネー覇権を共有する 2010年10月02日(土) 「ロスチャイルドと共産中国が2012年、世界マネー覇権を共有する 」 鬼塚 英昭 著 ー内容紹介ー 読者よ、知るべし。この八百長恐慌は、第一にアメリカの解体を目標として遂行されたものであることを。そして金融マフィアの 世界支配の第一歩がほぼ達成されたことを。私たちは微力である。しかし、このまま、この八百長恐慌をただ黙殺していても よいものなのか。ヨーロッパもアメリカ同様に解体される。恐慌の津波は太平洋を越えて日本に襲いかかろうとしているのだ。 ▼ この本によると「ロスチャイルド」が世界を牛耳っており、ロックフェラーさえ配下にしているという。 東南アジアを、日本を、そしてアメリカを破壊し、今度は「中国」に目を向け、新しい世界マネーの覇権を共有しようと図っており、 その鎧が出るのが2012年という。 そのため中国は金(ゴールド)を買い増し、世界中の資源を買い漁っている。 ロスチャイルドを軸に、2012年に中国と仕掛ける新世界秩序を明確にしている。(中国に仕掛けた上で、結果として主導権を握る) この世界恐慌も、仕組まれた八百長恐慌であり、アメリカ解体を目指し遂行されたものと知るべしという。 (字数制限のためカット 2011年10月2日) ・・・・・・・・・ 3102, かなしみの詩 2009年10月02日(金) かなしみの詩 ー「10歳の放浪記」その後ー 上條さなえ著 たまたま図書館で、ある本を必死に探していたら偶然、あの「10歳の放浪記」の続編が目に入った。 今年の1月の発刊だから、最近に図書館に入ったばかりだろう。 図書館の天使が導いたのだ。「10歳の放浪記」では、 その後、養護学園に入るところで終わった。その「おわり」に、その後の「非情な虐めがあった」と書かれていた。 学園の中では、一人ひとりの幼い子供たちの哀しみがあり、本人の哀しみの傷があまりに哀れ。 11歳といえば自分を考えても、厳しい人間関係の基礎が出来る時期。 不幸な子供たちほど仲間への虐めも辛らつになる。 その中で彼女の逃げ場がトイレと誰も居ない図書館。 そこで、自然と本を手に取るようになる。 そして、そこで先生に手渡された石川啄木の詩集「一握の砂」。いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ いのちなき砂のかなしさよ という言葉が、さなえの心を捕らえたのだ。「かなしさ」を表現してもいいのだという驚き。 かなしみといはばいふべき 物の味 我の嘗めしはあまりに早し この歌に出合った瞬間、さなえの胸に吹き矢が当たったような気がしたという。 そして歌集の啄木の写真をみつめ、もしかしたら11歳の初恋だっかかもしれない、と。 山本先生に「啄木の歌をいくつ覚えた?」と聞かれ首をかしげた。「うーん、80ぐらい・・かな」 「一番好きなのは?」 「みんな好きなんですけど・・・」少し考えてから言った かなしみといはばいふべき 物の味 我の嘗めしはあまりに早し 山本先生は、黙ってきいていた。 そして、「早苗ちゃん、早苗ちゃんは食べることが好きだね。食べ物にはね、 うま味、塩味、あま味、から味、さんみがあるというけど、僕はもう一つあると思っているんだ」 「かなし味、かなしみという味を知る人は琢木もそうだけど、人にやさしくなれるんだ。とっても大切な味なんだ。 早苗ちゃんは、かなしみの味を知っているから、いい子なんだね」私は俯いたまま涙をこぼした。 わたしは、やっぱり山本先生のような先生になりたい。 〜以下は、この本の紹介文〜 昭和36年、10歳のホームレス生活を経てたどりついた学園で、11歳の著者を待っていたのは…。 愛情あふれる先生と、それぞれに事情を抱えた生徒たちとの出会い、将来の夢、友情、勉強する楽しみ、 そして、文学への目覚め…。「10歳の放浪記」の著者が描く、再生の物語。児童文学作家・上條さなえ、渾身の自伝第2弾。 養護学校に暮らす子どもたちの中でもひときわ貧しい風体の主人公・早苗は、意地の悪い男子生徒などからいじめに遭う。 それでも、思いやり深いよい先生に恵まれ、たくましく生き抜いていく。また、石川啄木の短歌との出合いから 読書の楽しさに目覚め、そのことが、のちに児童文学作家として立つ原点となる。 《竹田養護学園での日々は、ホームレスだったわたしの再生の日々でもありました。(中略)わたしは山下先生との出会い により、「教師」になろうという夢をもちました。その夢が、どれほどわたしの励みになったことでしょう。 友だちのいじめに耐えられたのも、夢のおかげだったと思います。また、わたしはホームレスの日々を経て、 強い少女になっていたのでしょう(「おわりに」)》 後記) アウシュビッツで殺されたユダヤの子供たちに、それぞれのドラマがあったのだろうに! ーーーーー 2283, 10歳の放浪記 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) この日曜日の朝、偶然にBS・NHKハイビジョンで「私が子供だったころ」を観て、思わず涙が溢れてしまった。 ーその大筋を書いてみるー (字数制限のためカット 2010年10月2日) ・・・・・・・・・・ 2737, 1929年の世界恐慌とは? 2008年10月02日(木) 昨日の毎日新聞の「なるほどドリ」質問、というコーナーの記事が1929年の大恐慌と、今回の金融危機を対比して説明している。 これによると全米の銀行の半分が倒産、それにともない企業も倒産ラッシュで、三年で失業者が4人に1人の割合になり、 これが世界第二次大戦につながっていった。この「世界恐慌」に酷似している、というから恐ろしい。ともにバブル崩壊が引き金! という。29年の世界恐慌に詳しいアメリアの学者がインタビューで「今回の方が遥かに規模が大きく性質が悪い」とコメント。 〜〜〜〜 なるほどドリ 株価が大変なことになっているね。 記者 先月29日の米ニューヨーク市場のダウ工業株30種平均は前週末比777泌下落し、 史上最大の下げ幅でした。 グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は 「100年に1度の危機」と言い、1929年の「世界恐慌」に状況が似てきたとの懸念も出ています。 Q 世界恐慌って歴史の教科書で読んだことはあるけれど。 A 世界全体の経済が破綻してパニックに陥ることです。1929年10月のニューヨーク市場にした世界の金融危機と、 その後の長期的な不況を指しています。 Q 今と似てるの? A バブルの崩壊がきっかけという点が共通しています。世界恐慌の時には、第一次世界大戦後の特需や工業化による空前の好景気で ダウ平均は直前の5年間で3倍に急伸しました。今回もダウ平均は過去3年で2割以上、住宅価格は5年で倍に上昇しています。 「株と住宅は上がり続ける」と過剰な投資を膨らませた金融機関が、急落によって巨額の損失を抱えたのです。 Q 恐慌でどうなったの? A 不安に駆られた預金者の取り付け騒ぎに発展して銀行が相次いで破綻し、米国内の銀行の数は約半分に減りました。 融資が受けられなくなった企業の倒産も粗次ざ、3年後には米国の全労働者の4分のーが失業しました。 影響は世界に及び、失業者の増加による社会不安はドイツ、イタリア、日本でファシズムの台頭も招きました。 Q 怖いね。世界経済はこれからどうなっちゃうの? A まずは金融危機を止めることです。日米欧の中央銀行は銀行の資金繰りを支えるため、29日に35兆円の追加資金供給をしました。 金本位制で金融政策の自由度が低く、国際協調の枠組みも不十分だった29年当時とは違い危機を未然に防ぐ仕組みは整っています。 「暗黒の月曜日(プラックマンデー)」と言われた87年10月の大暴落は大量の資金供給で危機を抑え込みました。 Q 安心していいのかな。 A 米国は大統領選挙中で、日本も総選挙が予想されています。 「政治的空白」で有効な手が打てなければ、 さらに混乱する可能性があります。 〜〜〜 現在進行中の金融危機は、歴史的事件として記録される出来事の序盤が始っただけ。朝起きると、欧米発のニュースで「マサカ」 の事件が待っている。出来ることなら、楽観的なレベルで終わって欲しいが、そうはいかないだろう。 まずは、弱いところから大きな影響が出る。 ・・・・・・・・ 2007年10月02日(火) 2373, 人は60歳で何をしたか −2 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 ー読書日記
(字数制限のためカット2012年10月02日) ヤフーのブログ「バードウォッチに転載! ・・・・・・・・ 2006年10月02日(月) 2008, 「私」のための現代思想 −6 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 ー 先に概要を説明しておくと、 明治以降、日本人が信じてきた価値観がここにきて大きく崩壊している。 ポストモダニズムが日本にも浸透してきたのである。「一流大学を卒業して、一流企業に勤め、そして家を建て・・」 という価値観が根こそぎ信じられなくなってきた現状の原因を、解りやすく説明してある。 現在は、自分で「小さな物語」を創作していく時代である。「小さな物語」は「大きな物語」の裏づけがあればこそだが、 それが無くなった中で創作していくのは並大抵のことではない。 各自がそれぞれの「捨てられない物語」を受けとめて、能動的に生きることが自分の「小さな物語」を究極的に生きることになる。 ーーー 第二章 「私」はどこで、どのように生きているのか −2 (以下、字数の関係上中間カット08年10月2日) ・・・・・・・・・・ 2005年10月02日(日) 1643.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・2 (字数制限のためカット2009年10月02日) ・・・・・・・・ 2004年10月02日(土) 1278, 人生(時間)のセイムスケール−2 (以下、字数の関係上カット08年10月2日) ・・・・・・・ 2003年10月02日(木) 911, 恥ずかしい話 ・・・・・・・ 537, 緩慢なる自殺 - 2002年10月02日(水) 十数年前の東京の経営セミナーで、漢方の薬局を経営している人から聞いた話で、今でもその忠告を守っている。 ーその内容は ・白砂糖は毒そのもの、絶対に口にしないこと! ーコヒーに入れて飲むのが一番悪い。 ・缶ジュースも毒そのものー冷やすと甘味が薄れる為、甘味料を異常に入れてある。特にコーラは要注意、 どうしても仕方なく飲みたいときは スポーツ飲料にすること ・インスタント物も可能か限り口にしないこと、やむをえない時は冷凍食品にする事。 ・内臓ものも口にしないことー焼き鳥とか、レバ焼き。 ラーメンもたまに食べるのはいいが、常食にしないこと−中華そばの汁は骨とかでダシをとってある。 ・マヨネーズも危ない。今は動物性から植物性に変わっているが、ドレッシングがよい。 今考えてみて、それを実行してつくづくよかったと思う。今の人を土葬にしても骨が腐らないためにそのまま残るという。 防腐剤のためだ。 長岡のあるホテルの人から聞いた話だが「裁判調停の為長期で泊っていた母と子が数ヶ月間、 3食カップヌードルを食べていた」と聞いたことがある。 聞いただけでゾッとした。 農家は農薬を使っている現状を知っている為、自分達の口に入れる作物は無農薬しか口にしない という話を聞いたことがある。こうなるとエログロの話だが実際のところそれに近いのだろう。 今になって狂牛病が大問題になっているが、知る人ぞしる話である。 「それでも世界で一番長寿なのだから心配することはない」というのは見当違いで、それは今のお年寄りの話。 そういう食品を若いときに口にしてない。今の30~40歳以下の人はその保障はない。 「インスタント物」「缶物」「砂糖などの糖分」は口に入れないことだ。そうしないと緩慢なる自殺になる。 ・・・・・・・ [168] 忘れられないあのお店−1 2001/10/02 このキーワードを聞いただけでも、ある年齢を超えた人なら深い思いに駆られる。初めてのデ-トで入った店とか、 初めて一人で入った店とかのことだ。これをキーワードに過去をさかのぼると、無限に近い記憶が戻ってくる。 考えていたら予想を超えて、全く違う思いが底より湧き出してきた。それが意外と?長岡の大手通りの‘生家の池津屋’という店だ。 それは幼児体験の自身のアイデンデテーに立ち返るということだった。 私が3歳の時に両親が当時ビルを建設をはじめた。 その時に仮店輔で木造の家を、厚生会館(前は公会堂)の前に引越した。家の下に、丸たんぼうを入れて移動したのだ。 個人の申請として全国で初めてのビル建設だったという。 昭和24〜25年の頃で、その時のことをハッキリと覚えている。 ビルの完成、そして引越し、仮ネグラの二階の奥の記憶! 今の緊張感の数倍あった!当時の方が圧縮された生々しさが有った。 あの白壁の匂い!そして三階への引越し。四階に従業員のねぐらと倉庫。子供ながら色いろあった。 それが(トップページの倉蔵の写真)の中にある。考えてみても、異常体験だった。でも刺激的で悲しくもあり楽しい毎日であった。 10人の家族と20人以上の従業員の戦場のような毎日!そのまま描写したら、面白い小説になるような日々の連続であった。 −つづくー もし高いというなら、古本屋かブックオフで買えばよい。それでも高いというなら、図書館がある。 主知主義ではないが人間として生まれてきたからには、知る事が最も優先されべき権利であり義務でもある。 知れば知るほど知らない事が増えてくる。 知っただけその周囲の未知の部分が増えるからだ。
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2012年10月01日(月)
* キモカワキャラ TVで石破幹事長を評して「キモカワキャラ」と言っていた。的確な一言フレーズを作るもの。顔はコワモテだが、 一度話し始めると、ソフトで、そのギャップが可愛らしく見える辺りを凝縮した言葉。本人が聞いたら傷つくだろう。 考えてみれば中年から熟年の何割かのベビーフェイス顔は、この言葉に当てはまる。この言葉から連想できるのは、「キモバカキャラ」 「イモカワキャラ」「キモカマキャラ」「キモマジキャラ」「キモギャルキャラ」などある。 角栄は、ギタギタしていて汚職の 利権漁りのイメージが強いので「キモギタキャラ」。 ネット社会のB層には、的確な「一言フレーズ」で如何に発信するかだが、 虐めに使われるから問題になる。 この一言フレーズで切り捨てられ、切り捨てるのが現代である。 * ギリシャ、イタリアは近未来の日本? ギリシャ、スペイン、そしてイタリアで起こっている恐慌に近い事態は、近将来の日本? 5〜6年先の日本の事態。南欧の近未来には、 何かのキッカケで凄惨な国家破綻になる可能性がある。それでも、国民は国家に頼るしかなく、急激な締めつけに反発、事態は悪化を辿る。 それは日本も同じ。スペインの25歳までの若年労働者の失業率が過半数を超えているというが、現に日本の高卒、大卒の三分の一が 正規社員の就職が出来ず、就職したとしても三年もしないうちに三分の一は辞めてしまうため、若者の半分はフリーター状態。 将来の日本が思いやられる。60才以上が預金総額の6割を持ち、40才以下が、その10分の1の6%しか預金がないため、消費は減る一方。 適齢期の女性の結婚相手の収入希望が6百万。そんな相手は少ないため未婚が増加している。厳しい時代になったもの。互いに自己限界の 設定をシビアにすればよいものを、と思っても「たった一度の人生に誰かが何処かで待っている」という洗脳がなされて抜け出せない。 隣国に中国、韓国があり、競争相手は韓国男性、中国女性になりつつある。2ランク上なら、私なら考える。 * つれづれに 血圧が、毎日通っているスポーツジムにあるため計る習慣がついている。毎日、大きくブレルため、高血圧かどうか戸惑っている。 また運動する前と後と、食事の直後では20は違ってくる。120〜160前半、平均すると135で、高血圧かどうか微妙である。 中高年の八割が高血圧というから、一般からすれば平均だろう。 冬時期を除けば一日三時間も運動をして、この数値。 晩酌を減らせば、直ぐに下がるのは分かっているが・・ これも以前に書いたことだが、今、自然に頭に浮かぶことは、こんなこと。 ・・・・・・・ 3841, 閑話小題 2011年10月01日(土) * まず、50冊の本を業者に送付 iPadなどのタブレットPCの普及と同時に、手持ちの本をデジタル化をする動きが出てきている。本の裁断機と 自動スキャン機を買って、手持ちの本を一万冊をiPadに入力した人の「iPadバカ」という本をネットで購入し、読んだが、 その手間など自分には無理と諦めていた。ところが、最近、マスコミで、「スキャンの代行業者が出現、出版元や作家からクレーム」 という報道を知り調べたら、業者は溢れるほどあった。裁断機とスキャンを準備し、ネットで誘導すれば誰でも何時でも参入できるからだ。 半月前に思い切って、まず50冊を選定し、いざ業者に送ろうかとしたが、何かが引っかかって、箱につめたままにしていた。 ともかく50冊をと思い切って業者に送付した。一週間後には完成するが、送ってしまった本は、二度と戻らない。 それが正しい判断かどうかは、一年後にならないと分からないこと。とはいえ本棚に並んでいても、それが図書館にある本と、 何処が違うのかというと、あまり違わないことも事実。金を出して読んだ本は本気で読むから買うのである。本棚に置いておくのは、 それと時を共にした愛着と、再読するため。それがパソコンに入っただけと、割り切ってしまえば良いだけだが・・・ 考えあぐねて、とにもかくにも送付することにした。 * つれづれに 一昨日は、中学校の同期会 中学校の同級会が開かれ出席してきたが、今年に入って二回目である。出席は11名。この数年は、年に二回は開かれている。 春から私の生活圏が小さくなった分、それはそれで有難い。 あいも変わらず女性は元気が良い。 帰ってみれば午前様。 店は何処もガラガラで、よくやっていると老婆心が出るほど。 男5人の出席のうち、中小企業の社長は3人。背中の重しが取れた分、 天使のように気持ちが軽くなった。 そのため現役の人と接すると、何かエネルギー負けを感じるのは仕方がない。プラマイ、ゼロ。 一線で働くということは、それ自体が歪みの増大になっていることに、最近になって気づいた次第。 それが個性でもある。 ところで高校の同級会、去年も、今年も開かれてない。一昨年、私とM君が幹事で、恒例でその年の幹事が次の幹事を指名して 持ちまわるシステムになっているが、任命責任がないでない。この時期は、むしろ行われないほうが良い。娑婆はシャバシャバか! ・・・・・・・ 3476, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー12 2010年10月01日(金) * 次のツアーの選定の仕方 ツアーの選定を、どのようにして決めるのか? その都度に選定のプロセスがある。 多いのが直近に行ったツアー仲間の情報と、自分が、その時点で行きたいところを数ヶ所あげて、 その資料を集め情報を得るところから始る。 まず直近に行って良かった周辺を探すことが多い。 エジプト・トルコが良かった直後にイスラエルが面白い!と聞いて資料を集めて決断。 そして、次はシリア・ヨルダン・レバノンのコースを決めるとか。 インドに行って、ネパールに行き、その後、中国のウィグル地区からカラコルム・ハイウェーを通ってパキスタンに抜け、 アフガンの国境の麻薬通りに行くコースの順に行ったりとか。一ヶ所から周辺の二ヶ所を選ぶケースが多い。 それを結んで行くと、それが世界一周コースになったりする。スペインも中央、南、北スペインの三ヶ所だったり、 オーストリア、スイス、北イタリアも、そうだ。 南米も、同じ理由で行き先を決めていった。 情報は、その都度行ったツアー仲間と添乗員が、その最大の情報源になる。他の人も同じこと。従って聞くほうも 聞かれる方もオープンになる。 国内では単に自慢話になるが、旅行先では情報交換クラブ仲間になる。 インド派、アフリカ派、欧州派、南米派、遺跡派、シルクロード派など、その人により違ってくる。 万遍なく行っている人は、「旅行道派」ということになる。 私の経験からすると、一度行って良かった処に 通い詰めるのも良いが、やはり万遍なく色いろな世界を見ておいたほうが良い。TPOSが良いこともある。 ある人が、これから世界中を10回行くとしたら、どのような場所を選ぶとしたら、 《 南米三ヶ所、アフリカ三ヶ所、カナダ、ウィグル・カラコルム、北スペイン、スイス》と答える。 それか、船旅で100日間世界一周のコースがあるが、あれでも良い。そこに行ってから付け足しをするのも 合理的である。 一人150万が高いか、安いかを如何に判断するかだが。集中の妙である。 ・・・・・・・ 3101,返済猶予法案の成立から見えてくること! −2 2009年10月01日(木) 返済猶予法案の成立が現実味を帯びてきた。無理だろうという一般的な見方だったが、面白くなってきた。 実際のところ、こうでもしないと中小企業はもたない、と前回書いたとおりである。 新聞やマスコミの論説などからして実態の厳しさが分かってない。「昭和初期の恐慌ほどではない」とか、 藤井財務大臣が言っているが、その数倍の津波が来ているのが理解できない?のである。 (字数制限のためカット2011年10月1日) ・・・・・・・・・ 2736, 正直こそ、最大の正当防衛 2008年10月01日(水) 議論に絶対負けない法 −4 読書日記 学生時代に、「青雲寮」(25人)という名の寮に4年間いた。 三日前にも40年ぶりに訪ねた夢をみた。 夢の中の寮は部屋も40年前のままだったが、古くて瓦解する寸前の汚い風景。そこで初めて知ったのが、自分の見たことのない世界。 今回は夢がテーマではないので詳細は書かないが、北は秋田から南は福岡までの人種を知った。こでまず驚いたのがウソを平気で言う 何人かの人である。8人兄姉の末っ子のため、ウソなど必ず見抜かれることを体験上知っていた。しかし、それは私だけの話し大体、 15%の割りでいた。(もちろん、ウソを付く程度のレベルで言っている。人を陥れるために付くウソを平然と言うと人種のことである) 正直であること、それが一番の自然体ということは、特に母から常日頃いい聞かされてきた。 だから、それが当たり前ということは、 圧縮された異種の人間の集合体ではベースではないことを、そこで知った。しかし長い人生を歩いて、正直こそ一番の力になることを知った。 反面、正直とウソさえ知らない人種がいる。 それは無知の人間である。 ただ親の価値観を引き継いで、その価値観の中で生きていて、 その価値を疑ったこともない人たちが大部分だろう。 自分もそうなのだろう。 その価値観に従うことが正直なのだろうから何がなんだか分からなくなる。 −次の箇所が、そのあたりの人間の歪みを、言い表している。 p−93 私たちは子供のころから本当のことを言いなさいと諭され、人生のさまざまな場面において「正直は最良の策」だと 確信するようになった。 だが、一生のあいだに、真実を語る事に、ほとんど上達しない。 おかしなことに、私たちの社会は正直であることを奨励しない。 大学に「真実を語る法」と題する講座はない。 「うそつき自主治療協会」など、というものもない。 真実を語る人だと自称する人には一度もお目にかかったことはないし、 もし自分の言うことは全部本当のことだという人がいたら、私はくるりと向きを変えて逃げ出すだろう。 私たちは幼いころの経験から本当のことを言うとたいていは罰を受けると学んだ。 本当のこと書うと、負けるか、拒否されるか、追い出されるかだ。 悪いことをして、それを正直に告白すると、 たとえ悪気がなく些細なことでも、たいがいは罰を受ける。自分が怖いと思ってることを正直に言うと、馬鹿にされる。 (字数制限のためカット2010年10月1日) ・・・・・・・・・・ 2007年10月01日(月) 2372, 人は60歳で何をしたか ー読書日記 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 文芸春秋 何度もここで書いたことだが、50歳になった時、はたと今後如何に生きようか? 一年考えた末に、「この十年で、60歳以降も含めた全ての人生を生きよう」という結論に達した。そして、そのつもりで生きてきた。 現在に至って、このコンセプトは正解だったと自己満足をしている。これは他人が評価する問題ではない、自分自身のことである。 昨年の一月に還暦を迎えた時に「この10年間の生き方は満足できたが、次の10年をどのように生きようか? そのコンセプトを一年間考えよう」と決めた。 正直にいうと、その満足できる結論は出ていない。 しかし大よそ考えたのは 「この十年生きてきた中で、やり残したことが幾らでもあったはず、それを追求だけで幾らでもあるはず、それを探せばよいだけ」である。 「やり残しを探し、一つずつ潰していく」しかし50代のコンセプトからみると、何か攻撃的ではない。50代のそれは好きな 世界秘境ツアーを可能な限り行けばよいし、嫌なこと、嫌な人間のいるところに、一切顔を出さなければよかった。 秘境・異郷旅行を徹した?上に、このHPの文章を遺言と思いを書き足せば良かった。他に身体に害にならない程度に美味い酒を 楽しめばよかった。これまで読みたかった本は幾らでもあったが、それを読めばよかった。その結果、60歳になった現在、 何か張りが無くなってしまった。この10年の間、少し無理してきたこともあり、唯我独尊の生き方でもあった。 50歳で人生の元は取った実感があったし、60歳で人生の余白も埋めた実感を持てた。そこで、他の同じような年代の人は如何なのか、 気になりだした??(いや、それより60歳代のコンセプトを満足してなかった!からだ)ところが面白いもので、丁度良い本を 図書館で見つけたのが、これである。それを読むと、60歳の地点で色いろな人生の立ち向かい方があるのに驚かされた。 意外に老成している内容が多いのには驚いたが、えり抜かれた人は当然ながら、それぞれの人生に最大限の努力をしている。 この本を読んでみて、小さな世界に満足していた自分の卑小さが合わせ鏡のように見えてくる。 生きてきたようにしか、その後も生きられない。それでも真摯に生きてきた人は、その後の人生でも枯れるのではなく、 むしろ成長しているのが解る。次回からは、その印象的なところを抜粋しながら考えてみる。、 同じ歳とはいえ、比べようもない相手ではあるが、自分が情けないような、悲しいような気がする。これは生まれた天分だから、 仕方ないとしてもである。二度とない人生、一日一生の思いを更に深くすれば良いのだが! ーーーーーーー 2006年10月01日(日) 2007、「私」のための現代思想 −5 おはよ〜!(*^ワ^*)i 第二章 「私」はどこで、どのように生きているのか (字数の関係でカット12」年10月01日) ー バードウォッチに転載! ・・・・・・・ 2005年10月01日(土) 1642.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・1 1, 人生を見せてもらいました! 宗親 居酒屋を二十数年も経営をしていると、社会の裏表が見える。 人生を人の数十倍、いや数百倍も見たように思える。 ・数年前まで羽振りの良かった人が、今は乞食をしているとか。 ・あのお客が会社の金を使い込んでいたとか。 ・がんで亡くなったとか。 ・かけ落ちをしたとか。 ・実の娘に手を出し、子供ができたとか。 ・遠くの親戚から、思わず数億の遺産が転がり込んだとか。 ここで書けないような犯罪の話の内容を聞いた。それらを中心にボチボチ書いていくつもりだ。 まあ人間は酒が入ると、人間性が丸出しになるし、幼稚になるからね! ・・・・・・・ 2004年10月01日(金) 1277, [人生の目的]ー五木寛之著ー読書録 数年前に話題になった本だが、当時あまり興味を示さなかった。先日、たまたま図書館にあったので借りてきて読んでみた。 幼児期のころから、かなり厳しい生活体験をしている為、書いてあることは暗いが、しかし重い。 彼のーあとがきにかえてーの一文が、全てこの本を伝えている。 ーー「人生に決められた目的はない、と私は思う。しかし、目的のない人生はさびしい。寂しいだけでなくて、むなしい。 むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。 自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を見出すことである。変な言いかたになるが、 「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってよい。そのためには、生きなくてはならない。 生きつづけてこそ、目的も明らかになるのである。「我あり、ゆえにわれ求む」というのがわたしの立場だ。 (字数の関係でカット08年10月01日) ・・・・・・・・・ 2003年10月01日(水) 910, 人生の縮図 先日、ある世界を垣間見た。といって書くには、あまりにシビアな世界であった。しかし、それを書くのが随想日記の真骨頂である。 (字数の関係でカット08年10月01日) ・・・・・・・ デフレと対策 2002/10/01 現在上手くいっている店を見ていると、やはりデスカウントの業態の店である。 それも思い切って、20年前か25年前のプライスを打ち出しながら、現在の嗜好を取り入れた店や会社だ。 衣料品は20年前の半値以下の商品が多くなってきた。自転車も、半値か四分の一だ。 電気商品もしかりだ。
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| 4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている |
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2012年09月30日(日)
* 現代の日本人の人生は、ツアーに似ている 「異郷日記」西江雅之著 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど 世界の僻地で直接、原住民と触れ合う機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。この本は4年前に出版されたものだが、 既に早大を退職し、気ままに国内外を講演などでまわっているという。その著者の体験談の一言一言はツアーでしか、 秘境に行く機会のない者にとって、参考になることばかり。 まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から・・ ≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で"異郷〃との重なり合いが見出される。 目的地の異文化度が高ければ、当然、その重なり合いは大きくなる。 ◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に味わうために金を支払う行為」と言えそうだ。 一般的には、その行為は多かれ少なかれ、地理上の身体移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇という時間を持つ 社会に属す人々にのみ許された行為である。目的地で一時的な異郷感を味わわせてくれる事物は、土地の人々から見て、必ずしも 本物である必要はない。それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物であったならば、訪れる人々にとっては受け入れ難い 事物の方が多くなり、観光は成り立たなくなるだろう。それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮かべれば明らかだ。 観光には"……らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、それを主催する側とを含めた、全体としての観光というものを 話題の対象とすれば、そこには、企画、経営などという側面が大きな役割を果たすことは言うまでもない。しかし、その場合でも ‘・・・らしさ’は見過ごせない要素となる。 ◎‘旅’は何よりも「道中」が主役である。古典文学を見ても、旅の話を支えているのは、目的地に至るまでの道中で出くわす ことになる数々の予期せぬ出来事だ。道中で何が起こるか分からない。それを乗り越えて到着した目的地で、一段落となる。 道中にいる間、旅人は異郷の人である。人生は常に旅路にあると自覚する者は、本物の異郷の人である。 ◎‘旅行’の場合は目的地までの行程は保証されている。旅行者は目的地までは交通手段を利用して安全に運ばれる。 目的地に到着してから、旅行者は思い思いの活動を各自の興味に応じて開始する。結果として手に入れたいと望むのは、 個人的な楽しみであり、良き思い出である。 ◎‘ツアー’では、出発点と目的地との往復が予め保証されている。それのみか、道中、宿泊地、目的地での行動内容の一つひとつが、 あらかじめ他人によって計画に組み込まれていて、それなりの効果を狙った演出も準備されている。参加客は、それらの催し物を 次々にこなしてゆくことで移動を終える。多くの場合、自分の気に入った場所でも時間的な制約を受ける。物足りなさも残される。 しかし、全行程が保証されていて、何を見て、何をすべきかを考えなくても安心できるという利点もある。 昔、「人生は旅である」と言った。しかし、現代の日本人の人生は、ツアーに似ているとも思えてくる。≫ ▼ あと三回で世界旅行(主にツアー)50回に達成する。一応、来年中と考えていたが、年金生活者、 家内の鞄持ちとして年一度が限界か、それも無理? しかし30年近くかけて、小刻みに安いパックを探して行っていたので、 充分満足しており悔いはない。 著者の「現代の日本人の人生は、ツアーに似ている」は、言いえて妙である。 ツアーより、 むしろ観光に思える。そこでは"……らしさ"が重要と信じられているからだ。それらは受け止め方の違い。やはり実感は旅である。 ・・・・・・ 2011年09月30日(金) 3840, iPadと、アプリ、あれこれ ー2 雑誌や本などの電子化で、出版物の概念そのものが根底から変わることになる。 要はフリー化(無料)である。 デジタル化は著作権の有名無実化を意味する。 青空文庫というアプリは、数百冊のフリーの本がある。学生時代に読んだ、 芥川龍之介、有島武郎、夏目漱石、森鴎外などの懐かしい本が無料で何時でも読める。 雑誌以外で初めて買ったのが『松岡正剛の書棚』というデジタル本。全体の書棚のレイアウトと、それぞれの棚が写真に載っており、 それに沿って松岡の文章が書いている。 面白いのは、完成したばかりの東京駅直ぐ隣にある丸善ビル(書店)に、同じ書棚のスペース (60坪)が公開されている。 そこの写真が、この本のベースになっている。 松岡正剛といえば、「千夜千冊ブログ」という 読書感想専門のブログがある。5〜6年前から、この書評を読んでいるが、非常にわかりやすい。 その辺をネットで調べると 【「千夜千冊」は、2000年2月から執筆を開始、2004年の『良寛全集』で1000に達したが、それ以降から現在までも続いている。・・・ 2009年10月に、丸善丸の内本店に、松岡正剛プロデュースによる松丸本舗をオープン。ショップ・イン・ショップという形態で、 松岡をはじめとする著名人の書斎を再現した本棚など、その斬新な店舗づくりが話題を呼んでいる。 2010年7月には、 『松岡正剛の書棚―松丸本舗の挑戦』(中央公論新社)が発売された。】とある。 上京のおりに是非とも行ってみたいが、 書店のあり方も大きく変わろうとしている。ネット書店は、こういう考え方をベースにレイアウトが構築されるのが理想だろう。 iPodが根こそぎ、音楽配信のあり方を変化させたが、その波が今度は出版界にも、やってきている。去年からiPadなど タブレットPC端末の爆発的普及から始った。 パソコンは、その場で書評や解らない単語を調べることが可能である。 それと指先を開いたり縮めたりで字の大小を変えることが出来る。これが読む方からしたら非常に良い。 雑誌などは、パラパラと全体を俯瞰出来るところが良いが、下の欄にページを次々とスクロールできるので遜色ない。 近い将来、検索で、あらゆる本の中の情報に辿りつける時代が来ることは間違いない。そうなると著作権の問題が出てくるが、 それがニーズなら、その問題はクリアされるしかない。 ・・・・・・・ 2010年09月30日(木 3475, 迫るハイパーインフレの危機 ー2 この時期に社会主義者の管首相と仙谷に政権を与えていることは最悪の事態と見るべきである。 彼らは大きな政府と称し、収入減少を甘くみて財政赤字を積み増している。それ以前に、この借金体質を作り上げてきた これまでの日本は、もう後がなくなってきている。著者の藤巻健史だけがハイパーインフレうを警告してきたのではない。 多くの経済学者と評論家が10年以上も前から、警告を発しつつけている。それでもハイパーについては大っぴらには 書けないようで、大新聞では殆ど論評されてない。 以下は、藤巻健史の前回の続きである! * 市場主義に背を向けてきた日本 * 自分の財産は自分で守る ( 字数の関係でカット12年09月30日 ) ・・・・・・・・ 2009年09月30日(水) 3100,強請りの類 この商売をしていると、数年に一度は、その手の専門職が強請りをしてくる。小さなのを入れれば毎年である。 ( 字数の関係でカット11年09月30日 ) ・・・・・・・・ 2008年09月30日(火) 2735, 学校 山田洋次の「男はつらいよ」シリーズが好きだが、他には「学校」シリーズもよい。 それぞれに味があるが、この後20年近く撮られてない。 その中で特に、?が良い。 横浜郊外に住む中学3年生の少年が、学校に行かなくなって半年経った或る日、その少年は『冒険の旅に出る』 との書き置きだけを残して一人家を出る。目標は九州・屋久島の縄文杉という設定である。 彼がそこにヒッチハイクで乗り継いでいくプロセスで多くの経験をしていく。初めから最後まで観客にハラハラ させられる場面がつづくが、その少年は、その経験を通して成長していく。 そして最後は、登校拒否を乗り越えて学校に行くことになる。 一番感動的な場面をあげてみる。 ≪ ヒッチハイクを何度した後、九州まで行く女性ドライバーの長距離トラックに乗せて貰う。 彼女が、その少年の事情を聞き、自分の自宅に少年を連れて行く。そこには彼女の自閉症の青年がいた。 一晩泊めてもらい話すうちに心が通じる。翌朝、女性ドライバーの車で鹿児島港まで送ってもらうことになった大介は、 別れ際に、その青年から侍の絵とともに次の詩を書いた手紙をもらう。『 大介君へ/ 草原のど真ん中の一本道を/ あてもなく浪人が歩いている/ほとんどの奴が馬に乗っても/浪人は歩いて草原を突っ切る/早く着くことなんか目的じゃないんだ /雲より遅くてじゅうぶんさ/この星が浪人にくれるものを見落としたくないんだ/はっぱに残る朝露/流れる雲/小鳥の小さな つぶやきを聞きのがしたくない/だから浪人は立ち止まる/そしてまた歩きはじめる/ 日向国浪人 大庭登』。 母はそれを、その少年から読んでもらい「あの子、そげなこと考えとったの。おばさん、ちっとも気づかんかった」と、号泣する。 別れ際、彼女はフェリーのチケットを大介に渡し、彼の肩を強く抱きしめた。屋久島に行かなくてもよくなっていたが、 フェリーのチケット買って貰ったこともあり屋久島に渡る。その少年は島で出会った登山客の金井真知子に同行を頼んで 縄文杉までの登山に挑む。 険しい山道を真知子に励まされながら一歩一歩進み、ついに縄文杉に到達する。 その夜、縄文杉側の山小屋に泊まった少年は真知子に勧められて家に電話を入れる。出たのは妹だった。彼女は兄の快挙を 喜ぶと共に母が毎日泣いていることを伝えてくれた。 妹のことを真知子に問われるまま話す少年に、 真知子は「一人前になるというのは、ありのまま自分を受け入れることから始まるんじゃないかな」と話す。≫ −− 恐らく、この映画を観て、登校拒否の少年が何人も癒されたのではないか。 少年期には、誰も大きな傷を受ける。それは一生の傷になる。しかし、それを抱えて一人道を歩くのが人生。 自閉症の青年の詩の一節、「この星が浪人にくれるものを見落としたくないんだ」がドキッとさせられる。 何度も観たが、その都度、考えさせてくれ、後味のよい気持ちを残してくれた映画である。 ・・・・・・・・・ 2007年09月30日(日) 2371, え? なに! 何で? 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) オハァァァァァァ♪ 新潟駅内の「ヨドバシカメラ」のカードをファイナンス付のカードに切り替えてほしい! 切り替えれば大きい特典があるというので書類一式を書いて送った。 (字数の関係でカット08年09月30日) ・・・・・・・・ 006年09月30日(土) 2006, 私の酒の自主規制とは おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ たしか以前にも書いたことがあるが、 酒の失敗の積み重ねから長年かけて作りあげてきた「自己規制」を書き出してみた。 驚いたのは、多くのルールを積み重ねてあったことだ。 そりゃそうだ、酒の失敗がなければ、私の人生はもっともっと豊かであったはずである。 キチガイ水を脳に送り込むのだから、自主規制をしなければならない。 ・自宅で日本酒は飲まない ・外で一人酒は飲まない(特に散会の後・・) ・自棄酒飲まない(不味い酒は飲まない) ・女性と二人で酒を飲まない ・2日続けての飲み会は断る(飲み会は集中するが・・ ・午前様でも、歩いて帰る ・酒の肴は肉類(焼き鳥は除く)を食べない ・午前様は避ける(最近になって加えた) ・一期一会のつもりで徹底的に楽しむ ・地方名士様が集まる店には行かない ・客単価5000円以上の店には行かない ・他の客の固有名詞の名前を出す店には行かない ・ボトルは絶対に置かない ・ヤクザ系の店(ピンク系)には行かない。 ・マイナス系の人間集まる飲み会は避ける 大体は守っているが、一昨日は午前様で幾つかを違反・・(散会以後の一人酒、午前様、タクシーで帰宅、 イチゲンの店が御名士様の来る店、等々) 酒は注意すべし! 十年、いや二十年は命を縮めたか? 緩慢なる自殺の手段ということ!「酒たばこ飲まずに100まで生きた馬鹿がいる」というが・・ ーー 書いた後に「100まで生きた馬鹿がいる」で検索をしたところ、自分のHPの文章が出てきた。 そして、内容といえばこの文に類似であった。まったく・・ボケ! この程度の者かお前は! しめの文章[[酒の飲まず100まで・・・」というとこまで、 同じときている! さらに4年以上前の文章の方が出来が良いときているから・・ ・・・ 2002年06月12日(水) 435, 酒の話ー2 −酒飲みの作法ー (字数制限のためカット 2010年9月30日) ・・・・・・・ 2005年09月30日(金) 1641, 37年前の自分へ返信ー2 卒業間じかの22歳の自分が、37年後の自分から手紙を貰った夢をみた設定で書いた手紙はどんなものか。 貰ったとしたら、夢の中としても面白いだろう。「ソフィーの世界」の物語のようだが。 インナーチルドレンに対する心の癒し(幼児期の心の傷を治す)に似たものになる。 ぶっつけ本番で書いてみる。それでは、当時の自分に戻って語りかけてみる。 ー1968年の私から、2005年の私への返信ー 手紙を読んでいて、何か狐に包まれたような気持ちです。恐らく、これは夢だと思います。夢と解っていても敢えて、 返信を書いてみます。 むしろその方が気楽です。何か自分の潜在意識が夢で私を誘導して私の全てを覗いているような気持ち。 貴方の手紙は、何かユングの視点で深い地下世界からの声が語りかけられたようでした。 現在の私は、とにかく大揺れで自分を見失いがちの日々です。 これから社会に出るには、あまりにも基礎知識が希薄 というのが、日々の不安を大きくしています。その不安と不足を、ここでどのように立て直してよいか解りません。 卒業間じかになって、学生時代に学んでおくべきことの不足部分が大きかったことに自信を失っているのです。 おそらく武澤ゼミの影響と、卒論を書いているプロセスで、不足部分を見せつけられたためだと思います。 本心を正直に日記にも書けないのは、自我の殻が分厚く取巻いていて、真の自分が吐露できないのです。 精神の極限の綱の上で、落ちないようにバランスをとることに精一杯なにです。それにしても、今という時はすごい瞬間ということも 理解しています。少しの判断が人生を大きく左右するからです。あなたの手紙から、60歳近くの貴方を窺い知ることはできませんが、 興味があります。しかし、知らない方が良いのかも知れません。多くの人生経験の上に立って、このようなコンタクトを してきているのですから、色いろあったのだと思います。ただ貴方のこと、こじんまりとした人生を送るとは思いません。 夢の中でも、37年後の世界は想像すらつきません。ただ平凡な人生だけはおくりたくありません。 誰にも明かしたことはないのですが、私は事業を幾つか起こして成功させて、その事業に価値をつけた状態で売り抜ける プロセスでキャリアをつけていく事業家としての人生をおくりたいのです。 夢の中で、夢を語るなんて変な感覚ですが。 ー つづく ・・・・・・・・・ 2004年09月30日(木) 1276, 「元気の出る言葉」−1 検索をしていて、いつの間にかネットサーフィンをして、思わず面白いHPに出くわすことが多くなった。 ここにきて、時間が経ってそれぞれのHPが充実してきたこともあろう。 何か「元気の出る言葉」がないかと「プラスの言葉」で検索・サーフィンをしていたら、面白いHPに行き当たった。 切り口が単純で解りやすくてよい。 一言一言が、心に染みるものばかりである。 感想文も所々に入れた。 「たった一言の言葉」で元気も出てくるし、絶望もする。私など言葉の刃で、どれだけ人を傷付けてきたことだろう。 最近は、散歩の時「ありがとう」を500〜1000回、その他に「プラスの言葉」を10〜20を、それぞれ数十回も唱えているが、 それでも頭の中は何時の間にマイナスの言葉を繰り返している。まあ、普通は90?はマイナス用語の繰り返しというから、 その半分は、いや90?は消えているという実感がする。 ーー 「キッカケをくれた言葉」集より 一歩踏み出そうと思う言葉−1 ■どんなに青臭いと言われても、夢を捨てたら、手段に殺される。(by 藤原和博) 感想ー「夢を捨てたら、手段に殺される!」考えてみたら凄い言葉だ。 夢に挫折をした時、それまで準備してきたことが全て無意味と思った時の 辛さや、仲間割れや、云々が頭によぎる。 死ぬまで夢追い人でなくてはいけないのだろうか? ■時代はオセロのようなもの。 隅っこの一人が、全部をひっくり返す。(by 中谷彰宏) ■遅過ぎない。 早すぎない。 ちょうどいい。(by 中谷彰宏) ■アノネ、がんばんなくてもいいからさ、具体的に動くことだね。(by 相田みつを) ■たやすくなる前は、何もかも難しいものだ。 感想ー全くそのとおりだ! (by ゲーテ) ■夢は逃げない。 逃げるのはいつも自分。 感想ー逃げる場合もあるが、見えなくなる場合もある。(by 高橋歩) (字数の関係でカット09年09月30日) ・・・・・・・・ 2003年09月30日(火) 909, 巨人軍の原監督の更迭について 「巨人・大鵬・玉子焼き」の世代に生きてきたものにとって、 巨人は大きな存在であった。しかし、この数年は年々興味が薄れる一方だ。 (字数の関係でカット08年09月30日) ・・・・・・・・・ 535,同級会 - 2002年09月30日(月) この20年間は、同級会にはなるべく出るようにしてきた。但し同窓会はでないようにしていた。 同窓会は高校と大学だけだが、知らない人間が年上というだけで気を使わなくてはならないのが嫌だからだ。 ・小学校が5年に一度、中学と高校は毎年開いていた。 ・中学は3年前仕切っていたマドンナが事故で大怪我をして休会状態だ。今年から復活する? ・大学はゼミの同窓会が毎年おこなわれていたが、5年前に教授が亡くなられて今は出席していない。 大学は10年単位で学年ごとに学校が主催で会を開いている。これが素晴らしい。 我を忘れて数十年前のことを思い出すのもよいもの。 中学高校を毎年開いている話を知人が聞いて、「毎年同級会を開くなんて変態だ!」と驚いていた。 知人は最近同級会を始めたが、 それまでは殆んど開いてなかったという。先日の法事で7歳年上の長岡に住む従妹が、年4回欠かさず開いていると聞いて吃驚仰天した。 世の中上には上があるもので、それも13人だという。 面白いもので、小、中、高、大学と物理的にも知識情報にも、上に行くほど 明確に世界が広くなっている。「学校をでたら、10〜20年は学校の友人とは付き合わない方がよい」と本で読んだ事がある。 人間として脱皮できなくなるという。大学を出て10年ぶりに友人の結婚式に出たとき、学生時代の知人のグループに 出くわして驚いてしまった。当時と何も変わってないのだ。 すぐに家業を継ぎ友人関係もそのまま、同じ地域にいて・・・。 それが良いかどうか解らないが、いやに奇妙な感じだった。地方には長男長女が多い。それ以下は外に出るケースが多い。 (字数の関係でカット11年12月30日) ・・・・・・ [166] 映画 2001/09/30 昨日‘千と千しろの神隠し’を見に行ってきた。何故いい年をしてアニメ映画? (字数の関係でカット11年09月30日)
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