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堀井On-Line
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2012年08月10日(金)
* 金融円滑化法、来春廃止(返済猶予後の倒産が増加) 昨日の朝日新聞の経済欄のトップに、「中小企業延命策、すでに限界」の見出しで、この活用後も経営難が悪化し、 倒産が増えている実情をレポートしていた。 ーまずは、その概要をまとめるとー ≪ 金融危機で資金ぐりが苦しくなった中小企業の借金返済を先延ばしの金融円滑化法が、来年3月末で期限切れになる。 一時的延命も、経営立て直しも出来ず、倒産する企業が増えてきた。大方の会社は、その延命期間も市場環境が悪化して、 借金が増え続けてしている。 地銀の支店長によると、正常な貸出先に戻れるのは全体の15%。計画通りにいかないのが 85%を占める」。金融庁によると、返済猶予をした中小企業は全国で30〜40万社の前途。この通りだと、25〜35万社が この秋以降、かなり厳しい事態になり、倒産が大幅に増える。≫ 私の事業も金融法で延命したが、売上減が止まらず先行きの見通しはゼロもあり見切りざるを得なかった。 恐らく無理をし続けていたら今は地獄。 おまけに、この秋口に欧州発世界的株式の暴落か、中東戦争が起きそうな状況で、 多くの倒産が続出することになる可能性が強い。これに再来年の消費税の増税を考えると経済パニックは避けられない。 この9月以降は日本も世界も非常に厳しい緊迫した状態になる。何らかの延命策も取られても、このままでは済まない。 実際に私自身が、その渦中にあったから、近未来が手に取るように分かる。 平成を装っているのか、この静けさは何だろう。 大手家電メーカー各社が軒並みに大赤字でリストラが行われている。東北大震災から一般の消費動向が一変、ショッピングに 楽しみを見出さなくなってきているという。震災の経済に与える影響は、これからという上に、リーマンショックと欧州発の 金融危機とくれば、誰もが財布を締めて当然。 どうも話はマイナスばかりだが、ことが動乱?なら仕方がない。 ・・・・・・・ 3789, 天才だもの 2011年08月10日(水) { 「天才だもの。」ーわたしたちは異常な存在をどう見てきたかー 春日武彦著 } 天才に関する本に何故我われは引き付けられるのだろう? それぞれの専門の切り口が違っているところが面白い。 天才と気違いは紙一重というが、気違いの部分が重なっているだけ。 天才と気違いは凡人の世界から遥か彼方から違った視線で、 逆照射している部分は同じである。何処が違うかというと、目指した対象の創造されたものが卓越した結果を出しているかどうか。 気違い?は、そこまで完成させる執念がない。そのへんが凡人と重なっている。 凡人も一度は狂い逆照射すべきだ!そうでないと? ーまずは、序文の中からー 【 P/16 ー天才について語る時、多くは凡庸な語り口になってしまう。ここで語られるのは、「天才」そのものよりも、 私たちがどのような人物を「天才」と見なしてきたかについて語られている、といってよい。・・・ さて天才の定義である。 あたかも天から授かったかのような傑出した才能に恵まれた「選ぼれし人」といったところだが、世間のイメージとしては、天才には いくつかの条件が求められる。早熟といった点はどうであろうか。天才は彗星のごとく登場する、しかも少年や青年のうちに・・ 。 またランボーが不細工で貧相な中年男なら、あれほどの評価は得られなかったのではないか。画家のビュッフェも画壇への登場は 若干十九歳であり、ローティーンにして大学の数学科を総代で卒業したとか、天才以前に紳童である天才伝説には必要なのかもしれない。 ・・・天才は日常生活においては無能ないし常識外れであることも、世間は期待する。グレン・グールドは夏でも手袋をしていたとか、 三島由紀夫は寿司屋でトロしか頼まなかったとか、ディケンズは青い紙に青インクで原稿を書いたとか、ペン・ジョンソンは立った ままの姿で埋葬してほしいと言い残したとか、その類の逸話を求められる。大いなる才能へ脳が機能の大部分を捧げてしまったため、 ごく当たり前のことが余力を割り当てられなくなってしまった、さもなければ形而下の出来事など関心の外へ追いやられてしまっている のだと理解することによって、やっと我々は彼らを怪物と見なさずに済ませられるわけである。 そして天才は幸福であってはならない。 少なくとも世間一般で言うところの幸福に甘んじては困る。いい歳をして電車の切符集めが趣味とか、五〇を過ぎても童貞で平気とか、 金銭にまったく無頓着とか、食事のメニューが一年三六五日同じとか、そういった非現実的なところがないと困る。 あまりにも卑俗な欲望を刹き出しにされると、我ら凡人たちのライバルとなりかねない。それは承服しかねるということになる。 妄想の持ち主、つまり精神を病んだ人たちは、ときに自らを天才と称す。つまり誇大妄想である。 統合失調症では、当初は被害妄想に 脳まされているうちに、狙われる自分ー>自分は狙われる価値ある存在ー>自分は天才だから狙われる、という具合に変化を遂げるに至る。】 ▼ 軽いタッチの天才に関する随想といった内容である。別に、御堅い天才論は別の本で読んで、これは我われが日常感じている レベルで読者と共に楽しめる内容である。この情報化の時代に、あまりに多くの天才の才能が花開いてしまうため、逆に天才が 見逃されるのではないだろうか。時どきブログで、「私は現在、精神を病んで、一歩学術の世界から身を引いて・・云々」のプロフィール に正直に書いてあるのに出会うことがある。むしろ、その方が、我われを引き付ける。特に、哲学とか論理学で行き詰まり精神に異常を きたし格闘をしている人の文章こそ真実にみちている。以前なら絶対に目にすることのできなかった人たちの血と汗が、直接伝わってくる。 ・・・・・・・ 3424, iPad 対 キンドル ー1 2010年08月10日(火) 『iPad 対 キンドルー日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』 西田宗千佳著 *「ウィスパーネット」が、kindleの秘密 アマゾンが発売した電子ペーパー本といったようなキンドル。「ウィスパーネット」といわれる通信機能が特徴。 ユーザーは通信をなにも意識しなくてもよい、何故なら通信料は書籍の代金にふくまれているので、別に支払う必要がない。 現在ではアメリカ?だけで41万冊の種類が用意されており、電子書籍の価格はハードカバーが25〜30ドルくらいに対して9・99ドル。 新刊も同時に発売されるものが多く、その場合、紙の6割ぐらいで売られている。この威力は使った人にしか分からないという。 まだ日本では馴染みが少ないが、要は「アマゾンのネットで本を注文すると紙の本の替わりに電子ペーパーがキンドルに直接、着信する」 のが特徴。 決済は、これまでのようにネット上でおこなわれる。iPod に似ているが、違うところは、直接端末に着信するところ。 一番のポイントは端末から直接、発注も可能であること。 【ネットに比べ、見にくいというが】 これまでのアマゾンの顧客を、そのまま取り込めるのがミソ。 更に新聞や雑誌も普及始めているという。アマゾンは、kindleそのもので 儲けることでなく、あくまで電子ブックを売ることが目的。ライバルは現在のところ、ソニーとアップル。 アメリカ国内では、 キンドル200万台に対してソニーは100万台を売っている。 ソニーは、日本よりも出版が自由な米国で先行。 一方、iPadは、電子書籍端末専用ではないノートPCと携帯の中間の、他の機能を多くそろえた汎用機を目指しており、 リビングでつかわれるシーンを想定している。またiPhonむけの専用OSをつかえることで、その顧客の取り込みが有利。 それにしても、端末にパソコンで注文した書籍が、直接、振り込まれるのには驚いた。 iPodは、一度音楽をパソコンに振り込むのに対し、端末の先の通信代を考えないで済む「ウィスパーネット」には、驚いてしまった。 音楽も、近い将来、機能としてつく可能性すらある。 他にも、それぞれの特徴を生かした端末が多く出てきている。 次回は、ソニーの戦略 ・・・・・・・ 3049,ハリネズミのジレンマ 2009年08月10日(月) 哲学者、ショーペンハウエルの逸話に「ハリネズミのジレンマ」がある。 (哲学書では度々取りあげられる逸話である・・・) 少し取りあげたような、無いような? 《 針のような鋭い毛を全身に生やしたハリネズミが二匹,巣穴の底で震えている。外は吹雪で巣穴の中は寒い。 そこでハリネズミは,寄り添い暖めあおうとするが、互いの針で相手を傷つけあうことになる。痛さで体を離すが 今度は寒くてたまらない。一晩中くっついたり離れたりを繰り返した結果、そこまで痛くも無く相手のぬくもりを 感じられるような距離を見つけて夜の寒さをしのいだ。》 ▼ 若い時に、ある距離を越えて友人が近づいてくると、全身から針が出て相手を拒否する自分に驚いたことがある。 それでいて、逆に孤独感から知らない間に相手に近づき過ぎて相手の針を感じたこともある。8人きょうだいの末っ子で、 家が商売をしていたこともあり、それぞれの独立性は幼稚園時代ら訓練されていた。私の家庭では付かず離れず、 自分のプライバシーは披瀝しないことが、まず要求された。 だからハリネズミの逸話が痛いというほど分かる。 大人数の家族では、むしろハリネズミであることが、自然態なのである。 大家族は、それだけで空気が暖かくなっている。 だから人混みの中の孤独には慣れている。他者と関わる時に(友人関係、親子、夫婦、会社などの人間関係)自我が露出してしまい、 一人よがりになりがちになる。 成田離婚は、ハリネズミのジレンマの典型事由である。 また孤独の大切さを実感しながら、それぞれが寄り添う都会の群衆の群れの生き方がハリネズミのジレンマになる。 ハリネズミ同士ならよいが、一方がネズミなら、ただ傷をつけるだけになる。 独居老人のジレンマでもある。 ・・・・・・・・・・ 2684, 己の地平の地を耕す 2008年08月10日(日) 知人が二人、最近になって(10年前から)素人菜園に凝っている。たまたま事務所で二人が出会ったとき、嬉々として話が弾んだ。 何か奥深く面白いらしいが、私には向いていないようだ。 下地に10年はかかるらしい。『心身にとって、これほど良いことは無い』と 二人は口をそろえて言う。それを聞いていて畑での一連作業が何か自分の心を耕しているに感じた。人生は畑を耕すのに似ている。 長い人生の道のりも計画通りに楽しみ生きるより、苦しみ努力をして歩むことが多いもの。スキップだけでは面白く可笑しくもない。 たどたどしく泥まみれが人生である。 イソップの寓話に、面白いのがある。 《 葡萄畑を持っている家族がありました。あるとき父が病に倒れた。病床の中で父はニ人の息子に言いました。 「実はおまえたちに財産を遺してある。金貨を壷の中に入れて、葡萄畑に埋めておいたのだ。 私が死んだら、その壷を掘り起こして二人で分けなさい」。父が死んだ後、二人の息子は葡萄畑を一坐懸命に掘り起こした。 しかし壷はとうとう出てこなかった。 二人は落胆しました。ところがその翌年、何と葡萄がこれまでになく見事に実った。 畑の土を掘り起こしたことで葡萄がたくさん採れるようになり、こ人の息子はとても裕福になりました。》 父の遺言は、息子に努力を教えるためのウソ。自分に与えられた人生の畑を懸命に耕してみること。そこには必ず金貨以上の幸福があるはず。 イソップの、こういう寓話を幾つか遺しているが、下手な人生論より良い。(そういえば本屋で、そんな題名の本があった。 今度借りて読んでみようか)「ところで御前さん、人生の畑を耕したの?それも真剣に?」と問われれば「う〜ん、耕してきました!これでも」 そして、「上を見れば限がない、横を見れば情けない、下を見れば底がない!」と言うところか。 このように毎日、随想日記を書き続けるのも、ある意味で、畑を耕しているようなもの。 テーマ一つずつが、畑の一部分を掘り返しているようである。しかしね〜、それで、この様だから・・・・ 畑の土は、雑草や動物が腐って積み重なって出来ている。 「人生を耕せなど、何をぬかす、御前さん! 土が既に決まっているのだろうが。」という心の奥の声が聞こえてくる。 「いや、違う。その土を見分けて肥料を自分で探して、時間をかけて自分の野菜を作るのが耕すことだろうが・・」 ということがを、畑から学ぶのだろう。土といえば、アイスランドに行った時に、驚いたことがある。国土に土が殆ど無いのである。 岩石の上に辛うじて藻が覆ってあるだけ。植物が元々生えないので土が出来ないのである。藻は菌で出来ているので土は必要としない。 しかし、それは堆積はしない。その時になって、成るほど我々は生物の屍の累積の上に生かされていることを実感した。 人生を耕す前に、畑を耕して、植物を育てると、その意味が実感できるのだろう。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月10日(金) 2320, 「朝青龍」問題について −2 ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕 これほど、単純だが困った問題はないだろう! 朝青龍は大相撲の世界で5年間も君臨してきた。 一人横綱を張っていたこともあり、その実績から少々の我侭も見逃されてきた。 ところが、情報化には彼も勝てなかった。仮病疑惑のサッカーの映像が放送されたからには言い逃れができない。 (字数の関係でカット11年08月10日) ・・・・・・・・・ 2006年08月10日(木) 1955, 片づけられない女−1 \(^▽^*)おはよう 昨日、昼休み何げなくTVをつけると、「TV史上一番の片づけられない女」というタイトルが出てきた。 ある30代の女性の部屋をレポートするもの。チャンネルを切り替えようとしたが、どれほど酷いものか見ることにした。 1DKのドアを開けて一歩踏み込んで見て、驚いたなんでものじゃない。部屋が足の踏み場の無いゴミ箱である。 玄関のすぐ右に台所があるが、流台の高さまでゴミが積みあがっている。かろうじて、冷蔵庫を掻き分けるようにして開けると、 4年前の食品が、そのままある。冷蔵庫の上の生卵は、一年前のもの。奥の8畳位の洋間に行く通路はゴミで、うず高く埋まっていて、 1mごとに足の踏み場の空間があり、そこをジャンプしながら部屋まで行く。部屋は中央に布団があり、布団の半分はゴミで隠れている。 (字数の関係でカット09年08月10日) ・・・・・・・・ 2005年08月10日(水) 1590, 自民郵政解散の攻防−4 昨日の全ての大新聞の一面で、各社政治部長が郵政解散の論評をしていた。なるほど、それぞれ一理ある。思ったより小泉首相に 厳しい内容が多かった。賛成反対の両者を配慮しなければならないためか、思い切って書けなかったこともあったようだ。 ((字数の関係でカット10年08月10日) ・・・・・・・・・・ 2004年08月10日(火) 1225, つれづれなるままに ・先日、インターネットの[アマゾン]で中古本で買おうとした。 フッと思いついて、近くの図書館のHPを検索にかけたところ、 その本が有った。 図書館で、買った本を、時々見かけることが何度かあった。その時「インターネットで調べることが可能なはずだが」 と思ったのだろう。 お金は少し注意すれば使わないで済む。情報化は、無駄を省いてくれる一例である。不景気になるはずだ。 ・宿泊で、駅から一番離れて不振であった第三シングル・インが最近よくなってきた。 インターネットで見て、泊まるお客が増えたからである。地理的に少し離れた第三を割り引いているからだ。 ーインターネット上では、各ホテルは割引価格を出しているのを、お客はそれを知っている。 (字数の関係でカット12年08月10日) ・・・・・・・・ 2003年08月10日(日) 858, 縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ 一昨夜、飲んだ相手は今年になって一生に一回有るか無いかの大きい事件が二件たて続きに起きた。 そういうものだ。 あと一回は覚悟しておいた方がよいのではと忠告をした。ホテルの立ち上げを創めると、 必ずといってよいほど普段なら起きない事件が次々に身辺におきる。本当に不思議なものだが、波動が高くなっている為だろう。 「縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ」となずけて、その波乗りを楽しむ位でないと神経をやらる。創めたからには突き抜けなくてはならない。 その三つが同時にくることがあるが、これは縦、それは横、あれは斜めと冷静にみれば、こういうものだと腹が据わる。 縦揺れは仕事の中の揺れ、横揺れはプライベートの何か、斜め揺れはそれ以外の中でおきる。こんなもんだろうと、直視しながら 一つずつこなしていくしかない。それも一つ一つが極限の出来事である。そしてピークの出来事が重ねてやってくる。 それは経験を重ねると見極めがつく。それは「もう駄目だ!」という限界につきあたった時である。同時に「ああ今回はこの程度か!」 と心の奥の声がする。遵って仕事をいかなる場合でも楽しもうという意志がなければならない。 これは仕事だけでなく人生一般にもいえる事である。一昨夜は以上の話をした。それまでは順調な人生を歩いてきた人だ。 神様は必ず平等に試練を与えるものだと最後は説教調になってしまった。 ・・・・・・・・ 2002年08月10日(土) 483, 経営セミナーにて −2 30~40代にかけて県外のセミナーに100回近くいった。それでこのレベルだから、大して有効に働かなかったが。 しかし人生訓にしろ、いろいろ勉強になった。2000万?はつかった。 しかし土地を二回転がし、すぐ元はとった。そういう事だけはクールだ。 (字数の関係でカット12年08月10日) ・・・・・・・・・ 2001年08月10日(金) [104] 自己不認識 いま感じているのは自分自身への目のミスキャストである。同年の人と会うとお前も年をとったなー、と言ってくる。 ところがその二倍の言葉を返したいほど、その相手も老けている。 その人の自己認識が全くないことが解るから、そのことを言えない。ブラックジョークである。 こういう人に(自己客観かのできない人)「貴方は女性にもてるでしょう」と言うと、得意満面で女性遍歴を話し出す。 女性にもてるとは、解りやすい事例でいうと、女性環境に恵まれないからスナックに行って、 ママかホステスに必死に尽くした結果、チヤホヤされる。それを表面だけ見ていた人が誤解すること? 知人に何人かその結果(離婚とか自殺)、家庭内が目茶目茶最悪の事態に陥って、今もそのプロセスを踏んでいる男がいる。 男の何人に一人は、ある時期こういう事態を経験しているのだろうが。 ある往年の大女優が随想で「45歳を境に急な坂を転げ落ちていくように、美容も肉体もおちていく」 と書いていた。女性の場合自覚するが?男の場合,気がつかないから恐い。まあ、どうでもよい話だが。
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2012年08月09日(木)
人間、それぞれの能力があるが、それには当然ながら限界がある。その一つに自分で勝手に決め込んでしまう心理的限界がある。 30歳・40歳までは、その限界を壊し続け、アップスケールする成長期である。自己能力の限界の設定と、その達成。 そして破壊になり、限界の挑戦の繰り返しになる。機会を見出し、挑戦、変身していく、これが成長である。これは仕事だけでなく、 趣味の分野でも同じ。40歳代に入ってからは、秘境・異郷旅行を趣味にし、カナダのロッキーから、アフリカのケニア、タンザニア、 南アフリカ、北アフリカ・中東、そして南米、シルクロードへと、行き先を広げていった。 未知の世界に初めて行くときは、 まず心理的限界を乗り越えなければならない。直前に大きな心の揺れが出て、計画断念まで考える。しかし一歩、家から出れば、 あとは成り行きに任せる。限界は誰にもある、要は、その先に踏み出すかどうか。 口では軽く言えるが、いざ実行となると、 そう甘くはない。挫折は、その限界に跳ね返された時に生じるが、自分の再構築する機会になる。 諦念とは、限界を知り、そのまま 素直に受け入れることをいうが、実に辛い。 世界的カーレーサーの言葉に、「限界は誰もいける、問題は、それから先に、 どれだけいけるかである」という名言がある。世界的レーサーだからいえる言葉。野球の野村元監督の講演で印象に残った言葉がある。 《 自分は二流の能力しかなかった。その事実を認め、戦い勝つためには「考えること」しかない。一流選手の中で勝ち残るために、 その間にプラスの要素を加える工夫しかない。それが考えること、データー野球である・・・云々》 凡人は、一に準備、二に準備、 それを常に楽しみ工夫してやるしかない。あまりに、考えない人が多い。そう思ってきたが、一番考えないのは、この私。 これは全ての人に当てはまるが。 実際に、あと10年間は考える時間が欲しいが・・。 ところで、モバイル携帯端末が普及して ネットで世界が繋がってしまった現在、能力の限界も今までとは違ってきている。脳がネットで世界中に繋がったのである。 面白く、かつ恐ろしいことで、ここに時代の大きな断層が出来てきた。20年、30年前だったら、数百億もするコンピューターが、 ただ同然に世界中の人々が持てるようになり、現実世界をネット世界が覆いだしたのである。これが断層となって既存のシステムを 根底から破壊はじめてきている。 ところで人間を不幸にしている要素に、その限界を認知できないことがある。そこに不幸の種が 出来てくる。として、限界を遥かに超えたところで、砂利の大きさと形の差異でしかない。面白可笑しく楽しむしかないか、最後は! ・・・・・・・ 3788, 閑話小題 2011年08月09日(火) * 水戸黄門が放送終了という 水戸黄門が、今年の12月で放送を終えるという。放映開始が私が社会に出た年1969年で、42年になる。 1979年には視聴率は43.7パーセントというから、信じられない人気だった。それも現在10パーセント前後まで落ちていた。 勧善懲悪がハッキリしていて、印籠を出す時間が分単位で分かるという。 初代が東野英治郎で現在の黄門様は5代目。 最後は黄門様のお上の力を披瀝することで、各藩の下々や家老などの悪事を暴く筋書き、40年以上も経てば飽きられて当然。 当初の頃、年に数度みた記憶があるが、最近は全くみてなかった。 由美かおるの入浴シーンも売りだっが、数年前に彼女も 還暦を向かえとこともあり、なくなってしまった。 当初のころ、芥川龍之介の逆視線の「桃太郎」の物語と、水戸黄門の 勧善懲悪が重なりを感じてつまらなくなった。 桃太郎が勝手に鬼が島に鬼を征伐に行って、宝物を奪略してきたという筋書き。 立場変われば善悪は逆転するという捻れた物語。鬼にとって桃太郎こそ、勝手な侵略者。 そういえば姉の一人が大好きで、脳の構造までが、印籠を出すタイミングを常に計っているようだったが・・・ 地方都市の世界は家紋か〜 城下町小唄は今も続いている。 全ての世界も同じようなもの、 そこしか知らないものにとっては * 無言の圧力 「毎日のように、貴方の随想日記を読んでいると、無言の圧力を感じる」と、ある人にいわれた。成る程、そうかもしれない。 ここでは思いの一部分も書ききれてないが・・ それを毎日続けることで、書いた言葉の背後にある無言のエネルギーを感じるのか。 理路整然と筋道を書き上げることは、それなりにエネルギーを要する。とはいえ、書き、修正を加え完成させると、それを第三者として、 それを見つめている自分がいる。それも毎日10年分の同月同日の文章もコピーし読み返していると奇妙な感覚になる。同化しているような。 一文章 2時間×10年=20時間の集中したエネルギーもある。(テーマ探しは別) 書いた瞬間に全て忘れているためか、 書いた本人が一番、エネルギーの痕跡を感じる。書いてしまった文章は過去のエネルギーであり、時間がたってしまい再度読んでいる時、 現在の自分のエネルギーと混同する。それが読み続けることで「無言の圧力」のように感じるのか。 それを感じさせるだけ稚拙ということ。 ・・・・・・ 3423, 5つの「あ」 2010年08月09日(月) 中国奥地で国際援助の植林活動をしている日本人が、「5つの‘あ’」で現地で頑張っているといっていた。 「 あせらず、あわてず、あきらめず、あてにせず、あなどらず 」である。 「中国人の反感の視線の中で、こういう地味の国際活動は、この5つの精神でないと持続できない」という言葉が重い。 人生訓でもある。 そこで、≪5つの「あ」≫と検索で調べてみると、他にもあった。 * 『あせらず』 不安、焦燥があってもゆとりを持つことが必要です。 『あわてず』 現時点で急な展開を求めるべきでなく、少し時間的猶予を… 『あきらめず』まだ自分には使っていないものがあるから、それを使えば安全・自由です。 『あるがまま』現実をありのままに見つめて、目の前のことを、感謝・喜びとして感じると、あるがままに行動できますよ! 『ありがとう』今日、一日の無事に感謝し喜びをこめて“ありがとう”と表現しよう * あんしん. あんぜん. あたたかさ. あいじょう. あかるさ * 挨拶、ありがとう、謝る、頭を下げる、新しいこと などがあった。 しかし、中国での植林事業では「「あせらず、あわてず、あきらめず、あてにせず、あなどらず 」が良い。 自然体の具体的な心の持ち方ということ。逆に「焦り、慌て、直ぐに諦め、誰か・何かを当てにして、あなどる」が、日々の自分たち? それにしても、中国でボランティアで長年、植林にたずさわっている姿に頭が下がる。 ・・・・・・・・ 3048,閑話小題 2009年08月09日(日) * 印税は定価の一割 作家の一冊あたりの手取りは大まかにいうと、定価の一割という。 といって、一万冊売れると思って出版はしたが、 半分も売れなければ、その一割が入るかどうかだ。本を出版して一万冊売れるかどうかが目安(現在は7〜8000冊ともいうが) 1500円の本が、まあ売れたとして150万円でしかない。だから作家にしても、ノンフィクションのライターが 物書きで生活するには並大抵のことではない。 現在は、出版不況で総合月刊誌の休刊が相次いでいる。 * モノを知らないから困るのではない 「我われは、モノを知らないから困るのではない。知っていると勝手に思い込んでいるから困るのである。」という名言がある。 その上に、知っていることが、実は間違っていることもある。 「人は、それぞれが知っている範囲の中でしか、理解しえない」ということも最近つくづくと思うこと。 結局は何にも知らないも同然だったということだ。特に他人に対して、それがいえるのでは。 知っていたつもりの人が、全く知らない一面というより、多面を持っているのを知り度肝を抜かれることがある。 我われがインドのカースト制度の差別社会を見るとき、それは実は気づかないだけで、日本でも歴然としてあること。 自由、平等、そして思いやりのある博愛、等々は全部ウソ。 それを知っているつもりで、実態は不自由で、 身分社会が厳然としてあり、大方が金で左右される取引社会の真っ只中にある事実が見えてないだけ??。 * 昨夜は高校の同級会 昨夜は、高校の同級会。 幹事だったので気を使ったが例年通り盛況に終わった。出席が15名。 ドタキャンが一人と、 連絡なしの欠席が一人。 二次会は6人出席。 ドタキャンもあろうと会費を千円を上乗せをしていたので何とか凌いだが、 問題の二人は、これまで一度も出席をしたことのない男。 亡くなった山田君の奥さんに三回忌という名目で出席して貰ったが、 故人も喜んでいただろう。 それより故人の奥さんが、その場に馴染んでいたので安心をした。 驚いたのは、奥さんも含めて無職が一人だけのことだった。 自営業が半分以上ということもある ・・・・・・・・・ 2683, iPhoneは、超小型パソコンだった! −3 2008年08月09日(土) −Phnoe の経過報告 これが気に入っているのは携帯電話に馴染めなかったことが大きい。ボタン入力が苦手なこともあり、気楽に弄りまわせないでいた。 それより気楽に電話をかけたりメールを出す相手がいないこともある。家内が昨年の春に初めて自分の携帯電話を持ったとき、 嬉々として使い出した。妹とメールの遣り取りを遊び感覚でしはじめた。土日の暇なときに、「いま、暇。何してる?」 とかをメールで入れたり、私がTvを見ている前で、ワンセグで他のTvを見たりしている。 (字数制限のためカット 2010年8月9日) ・・・・・・・ 2007年08月09日(木) 2319, 5次元世界が存在する? ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ 何かSF的な話か、新興宗教の本に出てくる異次元の話が、たまたま見ていたNHK・TVで放送していた。 「エッ、何?」と注目してみた。あと数年もしないうちに「『5次元の世界』が発見される可能性がある」という。 来日中の理論物理学者のリサ・ランドールがNHKのアナウンサーと、朝から異次元を語っていれば、私でなくても誰でも驚くであろう。 彼女は、いま全米が注目する物理学会のニューヒロインで、5次元世界の提唱者。加速器を使った粒子の衝突の実験で、消えてなくなる 素粒子が存在することから、その理由を探しているうちに5番目の次元に移動するのでは?と、思い至ったという。 5次元の世界は私達が触ったり、感じたりはできないが、物理的には必ず存在するという。3次元空間の中にスライスされた 2次元の平面(膜)が無数にあって、その膜のひとつに私達や銀河が張り付いているようなイメージという。 これは「超弦理論」の 「M理論」に非常に似ている。 M理論とは「プレーンとプレーンの間は唯一重力が伝播されていて、あるときプレーンとプレーンが 何かの要因で接触すると莫大なエネルギーが解放されてビッグバンが起こり、新たな宇宙が発生するメカニズムを理論化したもの」 M理論は11次元の超重力理論であり、ランドール博士の5次元宇宙と何処が違うか私の知識内では理解できない・・ ランドールは子供向けに数式を使わずに「ワープトパッセージ」という本を書いていて、全米の科学分野でベストセラーに なっているという。20年位前に、NHKがシリーズで壮大な「宇宙」についての番組を放送していた。 その中で、「ブラック・ホールが周囲の星など何もかも吸い込んでしまうが、その宇宙の歪みからできた穴の行き先は、 この宇宙とは違う宇宙に通じている。」という説を紹介していたが、それにも通じるのかも知れない。 その時、その別宇宙への目に見えない管が我々周辺にも満ちている、と。それにしても、数年以内に5次元世界の存在が証明される? 現実的には信じがたいことである。発見されれば、科学にとって、いや人類にとって衝撃的ニュースになる! 別宇宙の空間が我々の周辺に満ちている?そんなバカな! (≧∇≦)ノ~~~マタネー ・・・・・・・・・ 2006年08月09日(水) 1954, ある首斬り役人の日記 −1 「ある首切り役人の日記」 フランツ・シュミット/ 訳・藤代幸一 白水社 −そろそろ、お盆! 少し背筋が凍りつく内容もよいだろう!ー 何気なく図書館で借りてきた本。少し気味悪いが、人間の極限における生々しい姿が書かれている・・・ 初めは事務的に時系列の処刑の記述が、時間が経つにつれて具体的にリアルになっていくのがわかる。 しかし汚職とか、 政治闘争の結果の死刑は見当たらない。16世紀に実在した、死刑執行人の日記で、自分の仕事内容を記録したもの。 16世紀末から17世紀初頭にかけて、ドイツで刑の執行を行った親の代からの首切り役人フランツ親方の日記で、剣と綱で 生涯に361人の処刑をした。他にも鞭打ち・指切りなど死刑以外に彼の手にかかった処刑者は345名である。 (字数の関係でカット2011年08月09日) ・・・・・・・・・ 2005年08月09日(火) 1589,自民郵政解散の攻防−3
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2012年08月08日(水)
【 ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 】ー適菜収著 より 哲学者の適菜収のー日本を蝕む「B層」の害毒ー論が面白い。B層といえば(何度か取り上げたが)、小泉元総理が 「ワンフレーズ」で、「マスコミに扇動されやすい大衆に名付けた層」をいう。2005年の郵政選挙の際に選挙戦略として 国民をIQと構造改革への姿勢からA層、B層、C層、D層に分類し、B層を選挙のターゲットとしたことに由来する。 これで当時の自民党に圧倒的大勝利を収めた。この層について、著者は以下のように分析している。 ≪ 「B層」とは何かというと、 ◎〈マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち〉とあり、〈B層は絶対に反省することがありません。 無制限に拡大した権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。郵政選挙で騙され憤慨し、再び民主党のマニフェスト詐欺に 騙され失望し、将来にわたり「騙された!」と喚き続ける存在がB層です。〉とある。 ◎〈今の世の中が肌に合わない人。今の世の中のどこかがおかしいと感じている人。今の世の中を深く軽蔑している人。 そういう人はニーチェの言葉に耳を傾けてみるべきでしょう〉という ◎〈B層の問題とは、すなわちキリスト教の問題なのです。〉 〈B層が無知を自慢し、偉大な人物が死んでも「アタシ知らなーい」 「誰それ?」などとわざわざネットに書き込むのは、彼らがキリスト教の影響下にあるから。〉 ◎〈まともな哲学者・思想家は、例外なく民主主義を否定しています。人類の知性は、民主主義と戦い続けてきたのです。 民主主義は、十八世紀に発生したキリスト教カルトです。〉 (わが国にも「民主主義には寛容の精神がある」「民主主義は少数意見を尊重する」などと言う人がいます。 バカなんでしょうか? 民主主義に一番たりないのは寛容の精神と少数意見の尊重です。) ≫ ▼ 問題は、B層が悪いのではなく、彼らは、どの様にも操作されやすいということである。これまで、マスコミは、大衆として、 彼らを捉えて、その操作を駆使しトップダウンを役割にしてきた。 ところが、そのB層に超小型パソコン=モバイル携帯が 普及して、これが情報のコンテンツになってしまった。B層には、自分がB層の自覚がないため、そのレベルの判断が 体勢を占めてしまう。これが「B層の害悪」になるのである。B層はA層にコントロールされてこそ、社会は保たれるのに、 B層が主導権をとったら、そこには混乱があるだけである。現在の民主党の混乱は、これである。A層を自認してきた自民党も、 あのざまで、C層化している自覚が全くない。この超小型パソコンが、今後もたらす影響はモンスターのように、世界を 混乱に陥れることになる。タブレットPCも含めた端末情報機器が、プラスにもマイナスにも社会を激変させている。 ・・・・・・・ 3787, 閑話小題 2011年08月08日(月) * アメリカ国債の格下げ ここでアメリカ国債が、アメリカ議会での共和・民主党の対立で危うくデフォルト(債務不履行)になりかけた。 このため70年維持してきた格付けがトリプルAからダブルAに下げと発表になった。これはアメリカ国家の格付けと同じである。 3年前のリーマンショックは世界経済システムの崩壊だったが、それに対してアメリカ政府は、やれることは全てやり尽した。 それが限界にきた結果がデフォルトの危機である。 このことは、円高、ドル安は当分の間は続くことを意味する。その結果として 世界にとって、とりわけ日本にとって最悪の事態になる。 まず世界同時株安、そして世界恐慌の具体的現象化とみてよい。 それが今年の後半から来年に始ることはリーマンショック直後からいわれていた。欧州経済も右倣いで崩壊寸前の事態で、 その歪が何時爆発してもおかしくない異常事態。 まず今週から来週にかけて世界の株価がどうなるか見ものである。 * 原発事故、これから始る影響 原発事故による放射能汚染の実態が一つずつ表面化している。まず、この秋の新米がどうなるのか。最悪の場合、東北・関東甲信越の 新米が全滅ということもありえる。その対策として消費者は既に古米の購入に走っている。 特に子供がいる世帯は他人事ではない。 汚染が、どの程度で収まるのか今のところ誰も分からない。 それは時間と共に現われ出てくる。悲観楽観論は、この事態では失せてしまう。 放射能は水の循環の中で動植物の生態の循環の中に静かに入り込み我々に影響してくる。昨日、チェルノブイリの事故の、その後の 現地民の汚染による影響のTV番組の再放送を見た。 あそこまで酷くはないとしても、日本人は放射能に敏感である。それが水と農作物、 畜産物から体内汚染とくれば、壊滅的打撃になる。 本州崩壊と原発事故直後に風評が聞こえてきたが、それが現れ出てきているのか。 * 私は特別の人間! だもの 若い女性は、いや人間そのものは、心の何処かに「自分は特別な存在」と思っている。しかし少し考えれば、それぞれが 特別の存在であり、今さらいうことではない。しかし世界の広さと深さを知り、自分の卑小さ知るにつけ、特別の存在という 思いなど吹っ飛んでしまう。 最近、身近の人が正直に「私は特別の存在なの」と面といわれて驚いてしまった。 その言葉の中に、特別選ばれしものという思いあがりを感じたが、そう心の底に、思える純真は大事なのかもしれない。 ただ見方によれば、ただ無知なだけだが・・ 今、此処にある存在の不思議からみれば、私は特別の存在と思うのも仕方がないのか? たまため去年の同日に取りあげたテーマの通じていた。 ・・・・・・・・ 3422, 哲学者の言葉 100 ー2 2010年08月08日(日) * 第一章、哲学と人間 ≪ すべての人は、われわれのようなものである。<ヤスパース> ≫ これまで生きてきて、どの世界にも同じような人がいて、同じことを考えていた。ただ違うのは、地方性と、レベルの差。 そこで差異をみると同時に、同じところをみることが、早く同化するポイントになる。年齢差、男女、地域性、学歴差、 などあるが、まずは、同一性が問題になる。 まず P−21の以下の部分を、抜粋してみる。 【 そもそも人間とは何であるかについて、ヤスパースは次のように考えました。 「人間は一つの点のように存在しているのではなく、いつも何かの状況の中に拘束されて生きている、そのような"状況内存在"である。 さまざまな状況と関わりをもち、いろいろな予測や判断によって危険を回避しながら事を運んでいくが、最後には乗り越えることの できない壁にぶち当たる。それは、争い事や、責め苦や、死によってもたらされる」 ヤスパースにとっては、人間は言葉をもち 思考する生物であり、行為によって国家(都市国家・ポリス)を法律のもとに共同体としてつくった生物であり、道具を製作し仕事をし、 経済によって生計を営む生物なのであるが、決定的なことはそういう事柄にはない。 人間の本質は運動の中にあるという。 人間は現状のままにとどまってはいられず、他の動物のように平穏無事に世代から世代へと同じことを繰り返す存在ではない。 人間は、袋小路、退化、転倒を繰り返し、自己疎外に陥ることすらある……。・・・ ヤスパースは、このような意味で 「すべての人は、われわれのようなものである」と言いました。そして、人間が、やがてどこかで、いつの日か、限界状況にあるのを 知ったときに、人間はこれまでと違うことを始める。知識欲や、航海の冒険、とどめがたい好奇心等々いろいろありますが、 それは勇気を伴なう。この勇気こそが限界状況でも人間に自由への希望を与え、勇敢に終局へと向かわせるもの、とヤスパースは考えた。 人間が何であり得るかは、やはり彼の自由の希求の中に秘められています。人間が生きていく限り、絶えず努力して獲得しなければ ならないのは、人間として品位であり、人間が人間であるのは、その品位をまた他人の中にも認めること、それが、 「すべての人は、われわれのようなものである」というヤスパースの言葉の内実(内なる事実)でもありました。】 《 人間が生きていく限り、絶えず努力して獲得しなければならないのは、人間として品位であり、人間が人間であるのは、 その品位をまた他人の中にも認めること、それが、「すべての人は、われわれのようなものである」》は、究極の真理である。 そうありたいが、そうはいかないのが人間様である。人間としての品位のないのが、人の中にあるわけのない品位を求めてしまう から、ことが拗れてしまう。勇気こそが限界状況の中で自由への希望を与える、というのも道理である。老いは勇気の喪失からくる。 ・・・・・・・ 3047,自信過剰な人 2009年08月08日(土) 異常なくらい自信過剰な人を最近、身近で見かけた。その位でないと、この時代では前進できないが、それが自分の実力を超えた 思い込みでは、自滅する確率は高くなる。 やはり身近で自信喪失の人もいるから、その両者の断層から多くのことが見えてくる。 世の中は自信過剰な人と自信喪失の人で成り立っているし、人生はその交互作用でもある。この不況の中では「私」は少々自信喪失 気味だが、そのぐらいの方が良いのだろう。 特に若いときなどは自信過剰と、その結果としての無残な失敗の繰り返しがある。 失敗に対して、繰り返し立ち上がってチャレンジできるかで人生が決まってくる。 大学を卒業し数年、大きな挫折体験の中で、「自己能力の限界の設定」という言葉に出会ったが・・ ーまずは、ある本の説明部分を抜粋してみるー 《 英語では(overconfidence)という。 自己の能力や知識を過信すること。悪い事態が起きる確率を過小評価し (「過度の楽観主義」という)、いま目の前に起こっていることがコントロール可能だと思い、成功の確率を主観的に 高く評価する(「支配の錯覚」ないしは「マジカル・シンキング」という)。まだ、いくつもの可能性を残しているにも かかわらず(「狭すぎる予想範囲」という)、そのまま突き進んでしまう。 そこへ追加的な情報が与えられても、 自分の予測を補完するものだと確信を強めてしまい、予測の範囲がそれほど広がらない。 たとえば、投資家の心理として、情報の正確性を誤認し、過度の取引をしてしまう(予測が外れるのは数%と判断しても、 実際は20-30%外れていることは多々ある)。また、「後知恵」的解釈の原因でもある。 》 こういう実験がある。 質問=あなたは幾ら賭けますか? Aーコインを投げる前に、表と裏と幾ら賭けますか? Bーコインは既に投げられたけれど、どちらが出たか分からないが、幾ら賭けますか? この実験の結果は、後者の方が掛け金が少なくなる、という。 そこには、本人の意志は通らないが、何か心理トリックで意志が通るような錯覚に陥ってしまう結果が出てしまう。 それが事業でも全てにいえるのである。 自信も同じで、自分で気づかない心理トリックが潜んでいる。 新規に何かをする方からしたら、考えつくした上で発狂するしかない。 何もしない人間の壁を見ているからだ。 しかし心理トリックを実験で導き出す面白い事例である。 この心理トリックで女も男も、相手をどんどん換えていくのである。 許されるのは若いうちだけだが。 ・・・・・・・・・ 2682, マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術 −2 2008年08月08日(金) この本は、特に目次が面白い。 結局は、金融のエリートと称する詐欺師に素人が騙されたいる図式しか見えてこない。 しかし時代は、断層の時である。 自分がその真只中に居るから、その大きさに気づかないだけ。いや、目を逸らしているのである。 この本の目次を見ているだけで、この本の概要がわかる。間違いなく、アメリカの崩壊が始った。 アメリカはイギリス連邦と、日本と組んでブロック化をしていくだろう。 それが早まるか、遅くなるかは大統領選挙の結果で決まる。その意味で、この選挙の結果は大きい。 ー目次ー (字数の関係でカット 09年08日) ・・・・・・・・ 2007年08月08日(水) 2318, 岸洋子の世界 おはよー (((。・-・)从(・-・。) さん! 一昨夜、何げなくまわしたチャンネルNHK・BSで、懐かしい岸洋子が歌っていた。彼女は十数年前(1992年)に亡くなったが、 今でも強い印象が残っている歌手である。番組は丁度半分過ぎていたが、後半だけでも充分に見ごたえのある内容であった。 早速インターネットで調べてみた。後に、その番組の紹介内容をコピーしてある。波乱に富んだ人生を紹介しながら彼女の、 その時々の歌の録画を構成していた。そのエピソードを聞きながら岸洋子の歌を聞いていると、涙が溢れてきた。 その歌の合間の石井好子と菅原洋一のコメントが好い。菅原洋一をして「全ての面で彼女の歌は私の上です。彼女には敵いません!」 と言わせている。 菅原は私の大好きな心の歌を多く歌っている。最盛期の彼の歌は絶品であり、魂から迸る叫びを感じた。 菅原洋一のコメントを聞いて彼女の一曲一曲を改めて魂を込めて聞いてみると、なるほど彼より上、というのも謙遜と思えなくなる。 彼女が死の病を抱えて開いたステージの歌があった。命を賭けた魂の歌とは、このことか!と、思い知らされた歌であった。 石井好子の彼女への言葉「一流の歌い手とは、歌に命を賭けています。命を賭けた歌は、声がかすれようが、その心は相手に伝わるものです。 彼女の歌は、それを感じます!」が好い。好きな人と別れ、その人がパリに行く。その後、彼女は一日だけパリに立ち寄ったが、 彼と会わずに帰ってきた。パリのタクシーの中で聞こえてきた歌を、日本に帰ってきて自分のものにして涙ながら歌っている場面があった。 たしか「恋心」だったが・・一人の誰かを思い浮かべ感情を込めて囁きかけていたようだ。その囁きは全ての人にも通じ、奥深く振動する。 そのナレーターの話を聞いた後に、彼女の歌を聞けば誰でも涙が出る。世の中は、人生は、感動で満ちている。感じ取れないのは 「日常の牡蠣の貝殻」が、コビリツイテいるから。 たしか、それがバカの壁になってしまうとか?横に流れている時間に、縦に立つ時間 (魂の入った、感動した時間・・)がクロスする時に人間は活きているのである。そして、そこに永遠が立ちあがっている。 この人の歌を聞いていた時に、永遠を感じていたようであった。「感動を子供にシャワーのように浴びせてあげなさい!それが親の一番の努め」 という。大人になったら、自分に常に感動のシャワーをかけ続けないと・・それが自分への一番の勤めです。 {BSエンターテインメント 歌伝説 岸洋子の世界 − 8月6日(月)BS2 午後7:45〜9:15} (字数の関係でカット 09年08日) ーーーーーーー 2006年08月08日(火) 1953, ローマから日本が見える−22 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning ー読書日記ー 第九章 ローマから日本が見える −2 ー「ゲルマニア撤退」を決意 ー アウグストゥスの政策の中で唯一の失敗は、ゲルマニア地方への遠征であった。 カエサルの定めたローマの基本防衛はライン川であった。しかし、彼はその基本ラインをライン川より更に 東にあるエルベ河に移そうとする。アウグストゥスがカエサル暗殺後の内戦に勝ち続けることができたのは、 生前カエサルがつけてくれた優秀な副官アグリッパのお陰であった。彼が長生きしていたら、ゲルマニアの遠征は 行われなかっただろう。カエサルでさえも、「ゲルマニア」は短期の征服はできても、最期の征服は無理と見た土地である。 長年軍事を任せていたアグリッパを失った彼は、現地の状況を充分知らないまま遠征プランを立てて実行に移してしまった。 そのままローマがこの地で戦いを続けていたら、帝国はどうなっていたか解りません。ところがローマ帝国はやはり違った。 アウグストゥスの次の、第二代皇帝ティベリウスによってAC17年、ゲルマニアからの撤退を決めてしまう。 (字数の関係でカット 11年08日) ・・・・・・・ 2005年08月08日(月) 1588, 自民郵政解散の攻防−2 (字数の関係でカット 12年08日) ・・・・・・・・・・ 2004年08月08日(日) 1223, 思い出のメロデー お盆前のこの時期は、NHKの歌謡番組の「思い出のメロデー」である。毎年必ず見ることにしているが、生の番組みの迫力がよい。 今年は、例年より長い時間(19時30分〜23時30分)まで放映をしていた。どういうわけか全員、熱が入っていたようで、圧倒されみていた。 「歌は世につれ」というが、その時代を反映をしている。次から次へとでてくる懐かしい歌にやはり長い年月を感じる。 歌は過去に向かって歌うものというが、「思い出のメロデー」はまさにタイトルどおりである。思い出の歌は魂の故郷である、 お盆の里帰りのようなもの。それぞれの人が、それぞれの思い出の中に帰っていく。終戦直後の戦災の焼け跡に生まれたこともあって、 当時流れていた歌が特に懐かしい。そして、戦後50年間は日本にとっての黄金期であったことを、改めて思い知った。 本当に良い時代に生きてきてよかった。繁華街の真ん中の店で、10歳まで暮らしていたこともあり、いつもラジオから流行歌が流れていた。 当時の歌を聞くと、感無量になる。それと学生時代の歌謡曲黄金期のポップスも、思い出が深い。 時代は、どんどん変わっていく。だからこそ、思い出の歌が必要なのだ。 ・・・・・・・・・ 2003年08月08日(金) 856, 経済評論家ー高橋乗宣の本 高橋乗宣の『日本経済、価値革命のうねり』と『日本経済の破断界』とたて続けに読んでみて、 日本経済の悲観論者の論とはいえ背筋が寒くなる。彼はバブルの最中から今の日本は大恐慌になると警鐘をならしていた。 (以下、字数の関係でカット 2008年08月08日) ・・・・・・・・・ 2002年08月08日(木) 481, ある信条 -経営セミナーにて 30歳代は数多くセミナーに行った。一番何でも頭に入る時期であった。それと焦りがあった。700人の席の一番前の真ん中に いつも座って聞いていた。この豪華の第一線の学者や経営者は自分一人の為に、講義にきてくれているのだと、思うように聴いていた。 見ていると、日銀の総裁のような面の皮の厚くみえる人でも震えている。テーマを話しながら結構自分の信条とか信念をいう。 これがなかなか面白い。今でもハキッリ憶えているのがある。香港の財閥家と結婚して、今はその財閥のトップになっていた日本女性の話。 その信条がよかった。「他人には優しく、自分に厳しく。いつもニコニコ、人によかれと思って生きる」を自分に言い聞かせているという。 なるほどな!と思った事を憶えている。ー人間は、そのままだと 自分に甘く、他人に厳しく。何か人の不幸がないかと考えて、 いつもブッスとしている。 教養のないあの子狐がその集約された姿だが。考えてみれば、自分でもある。 ところで何時も書いている子狐のモデルは誰?と聞かれる。もちろんいるが80パーが合致している、いや90パーか。 実際は過去に見てきた卑小の人間の複合体である。しかし、誰もが持っている要素である。だからあれは自分の事ー影と言っている。 先日も「自分が言われているみたい?」と言われたが。その%の濃いか薄いかである。話しがそれたが、そこで感じた事は皆明るい事!。 それでも多くの人が逮捕されたり、倒産したり、失脚している。電電公社の会長、地産の会長、フットワークの社長、 100円ライターの東海??の社長とか。そう甘くはない。 ・・・・・・・・ 2001年08月08日(水) [102] 夢について−6 (字数の関係でカット 12年08日)
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2012年08月07日(火)
以前に少し取り上げた「虎穴問答」について。 金沢の「いとはん」という衣料チェーンにいた時の話。 同期10数人で勉強会をつくって、そこに石川県知事を呼んで話を聞いたことがあった。それが社長の逆鱗にふれ、「預りの身?」 の立場上、抜き差しのならない事態になった時に、書店で見つけた本にあった問答である。そして自から、その会を潰すことになった。 去年の倒産劇の時も、この問答を思い出していた。死に体の会社を一歩早く潰すか、ぎりぎりまで頑張るべきかの決断の際に、 この問答を何度も類推し、考えてみた。 ーそこでネットで「虎穴問答」を調べてみたが、その部分からー ≪ 大阪控訴院でのこと、ある日、審理の最中に王仁三郎は裁判長に向い、「人虎孔裡に墜つ」という禅問答をいどんだことがある。 これはひとりの人間が虎の穴へ落ちこんだ場合どうしたらよいか、という問答だ。 王仁三郎が、「裁判長、あなたはどうお考えに なりますか」というと、裁判長は自分は法律家だからわからないが、どういうことかと逆に問う。そこで王仁三郎の説法がはじまった。 人間より虎のほうがつよいから逃げようとすると殺される。刃むかっていっても同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへって くると殺しにくる。どっちにしても助からない。けれどひとつだけ生きるみちがある。それは食われてはだめだ。 こちらから食わしてやるのだ。食われたらあとにはなにも残らんが、自分のほうから食わしてやればあとに愛と誇りとが残るのだ。 王仁三郎はこの問答で大本事件を語ったのである。裁判長はさすがにうたれるものがあったとみえ、うーんと嘆声を漏らしたという。 また、粛然とした空気が法廷に流れ、敵味方の区別なく一同思わず襟を正したそうだ。さて、この虎穴問答はもうひとつ深い意味を もっている。というのは、虎に身を与えた愛と誇りの犠牲が、現実の事件全般の進行に一大転機をもたらしたからだ。奇跡的に 死地に生を得たもので、九分九厘だめだったものがあと一厘で逆転にむかうのである。これこそ一厘の仕組みとかいうものだろう。≫ ▼ 戦前戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や政治家から目をつけられ、大弾圧にあった。 その過程の裁判での、この虎穴問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死としての四苦八苦と例えることが できる。それぞれの苦に、自ら受け入れ苦しむことこそ解決の最短の道になる、と考えることができる。事業断念も決意も、 虎を3つの断層=9・11テロ、9・15のリーマンショック、3・11大災害の三つの震災とみなし、その重なりから、 虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、先んじて喰われてしまおうという最後に思い出したのが、この問答。 当時の大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを読んだが、これが面白い。 ・・・・・・・ 3786, ユング −17 2011年08月07日(日) * ユングについての総括 ・ 父親の死の時の不思議な体験をキッカケに奇妙な感覚が10年余りの間、身についておたこともあり、ユングの理論には 非常に興味をひかれた。ユング本人に元もと通常以上のシックス・センスがあったため、それを、そのまま発達すればよかった。 大本教の出口なお、天理教教祖の中山みきは、そのセンスが強力だったようだ。 また日蓮には身体全体にオーラが包み込んでいた という記述が残っている。 27歳時の父の死亡時での実体験が無ければ、シックス・センスに対して信じることはなかっただろう。 現に幽体離脱のような(夢?)体験をしたのだから、これは信じるしかない。 ユングがフロイトと対立・離別をしてまで、 この方面の研究を続けた内容は侮れない。 ・ ユングが取り上げた中で、「共時性」と「布置」に、まず興味をひかされる。 奇妙な偶然の一致の不思議さである。 これは多くの人が経験しているはずだが、それを話すと、何か軽薄と誤解されるのを恐れてか、あまり口外をしない。 子供の頃に親戚の人が、その類の話しをするのを聞いて、「いい大人が、他愛無い話をしている」と心底で感じていた。 しかし人生経験を積み重ねるうちに、親戚の人たちの言っていることは、決して他愛無い話でなかったことを知った。 幽霊の話しも、その一つになるが、これも、あり得ることである。共時性、布置とは少しズレルが・・ ・ またオカルト現象も、ユングを読んで、実際のところ驚いてしまった。これも個人が持っている、ある能力が何かに 感応した働きだろう。そうこう考えれば、哲学の存在論に関わってくる。現在、自分が、現に此処にいる不思議からみれば、 オカルトなど、他愛にないもの。エスキモーで5キロ先にいる白兎を見つけることが出来る人がいるとか、犬が数千キロ先の 親の鳴声に反応するとかを疑問に思うこと自体が、小さな限界の範囲内で決めているからである。脳には20億年の生物進化の記憶がある。 ・ 最近、特に感じるのが、それぞれが持っている経験と能力の深さと広がりである。特に、ブログなどで、それが比較的簡単に 覗き見ることが可能になったこともある。デジタル化で人間の五感を遥かにしのぐ機器が不朽はじめると、逆に人間の持つ不思議さが 一つずつ解明されることになる。ブログ、ツイッターなどの普及はユングの世界を超える可能性がある。ネット世界の出現こそカルト? ・・・・・・・ 3421, 日本の幸せ度 2010年08月07日(土) 昨日、ランチを食べていた店の週刊誌に「日本人の幸せ」について、特集をしていた。 といっても、ある本の内容を、そのまま要約した内容、許可を得ているのだろうが・・・ メモを持ってなかったので、頭のメモに書き付けてきた。如何いうわけか、全部スラスラ?と、出てきた。 日本人の幸せー9 * 流動資産一人あたり700万、一世帯1500万、金融・土地など資産2千万が、幸福の飽和点。【これ以上あっても、同じ】 * 幸福度は、学歴に正比例する。 【 中学校、高校、大学の同級・同期会を見ると、歴然としている】 * 女性より男性の方が不幸の割合が高い。 【 家内と私を比較すれば分かること。男は社会の消耗品 】 * 都会は、そうじて幸福である。 【これも残念ながら、本当。新潟市、長岡市は都会かどうか?】 * 幸福の80パーセントが、遺伝する。 【 選択前の最終学歴の同級生の、その後をみると、正比例している】 * 経験・体験は、幸せには左右されない。 【 これは、難しい問題だが? 】 * 世界的にみて、税金の高さは幸せに関係しない。 【高いところほど、豊かだからか?】 * 幸福度は加齢とともに下がっていく。 【 そう、一番幸せだったのは、0〜9歳、20〜29、30〜39、50〜59歳の順】 * 失業の不安は、幸福度に関係してくる。【 】 以上だが、間違いがない。 ▽ その他に、* タバコを吸う人は不幸になる。* 月一度以上、ギャンブルする人は不幸になる。 * 気短、心配性、は不幸な人が多い。 * 社民党は不幸な人が多く、内閣支持者に幸福な人が多い。 この辺が、私の記憶である。よくぞ憶えていたものだが・・・ 幸福論が好きだからだ。 ラッセルは、「幸福な人を特徴づけるのは、まずは人生への熱意であると言う。人や物に敵意をもつようなことをせず、 熱意をもって生きれば、外界への興味も湧き、人生も楽しくなる。 男性も女性もほんものの愛情をもち得る。 家族、家庭での生活も楽しくなりプラスに転じる。」といっている。 前向きの熱意が、この恐慌の中では、どうもこうもである。 ・・・・・・・・ 3046,卒業40年周年か〜 −5 2009年08月07日(金) 40年前に奥野君と何を話したのかを知りたくなって、「分類のコーナー」の中の検索で『奥野君』を入れたら、 その当時の文章が出てきた。 これは一度書き込んでしまえば、直ぐに出てくるから便利である。 この3000の随想日記は私の人工頭脳?のストックの役割を果たしている。当然、みすぼらしいのは自覚している。 いや、自覚せざるをえない、というのが本当のところ。ところで4時間も何を話したのだろうか? 当時の日記を読んでみて、 書き残しておく重要性をつくづく思う。言葉として残しておくと、それを糸口として40年の時空を超えて、当時の光景が 昨日のように蘇ってくる。現在、日記を「10年日記」など何種類か書いているが、このような心情を、そのまま書くものはない。 いや、もう書けなくなったのかもしれない。 20歳半ばからも日記を書き続けておけばと後悔をしている。 この随想日記は良いメルクマールになっているが、心情ではない。 ー11月19日ー 1968年 2003/11/22 ・11時起床。 13時半に同級の奥野君が私の部屋に突然に訪ねてくる。 1〜2年の時、席が隣のこともあって親しかった人だが、専門課程になってから疎遠になっていた。 話をしたかったのだろう。 人生について、倫理観について、その後読んだ本で感銘したことを必死に話をしていった。 特にケネディの自伝に感銘を受けた、というのが印象的であった。 見違えるように自信を持ったように見えた。 男っぽくなったという言葉がピッタシだ。4時間ばかりして帰っていった。もうこうして彼と話し合うことは無いだろう。 アパートから一時間以上かけてきたというから、自分のメッセジーを伝えたかったのだ。 ・それにしても最近多くの人が吹き付けるように来るのに驚く。 聞き役に徹していることもある。 それと大学最後の時が来ているからだろう。 ・武沢先生にいわれて急こしらえに親しい女性をつくろうとしても無理。 といってチャンスは幾らでもあるが。理想と現実の乖離か大きすぎるのだ。妥協はしたくない。 ▼ 最近になって知ったことだが、女性は同じレベルの学校ではなく、一〜二ランク上の男を狙う。 だから当時は妥協できなかったのである。 それと姉達のレベルより下げることができない シスターコンプレックスもあった。 四人の姉は、地方では、それなりのレベル?だったので、その眼もある。 一つの判断が人生を大きく左右する時期で、ふりかえってみると非常に緊迫した日々だった。 この齢になったためか、一年前も二十年前も、四十年前も大して変わらない感覚になってきている。 過去という一つの袋の中味が一年前も五十年前も大して問題ではなくなったというイメージである。 死期を悟った時に、これがもっと強くなるのだろう。 この時期の日記を読み返すと、当時は人生の使用前。今は使用後。という感? 使用後というには早いか? 学生時代は、社会に出る前の予備訓練期というのが、みてとれる。 ・・・・・・・・・ 2681, マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術 −1 2008年08月07日(木) 「マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術」 松藤民輔著 -読書日記 この数ヶ月以来、この人の本は三冊目になる。「無法バブルマネー終わりの始まり」「世界バブル経済の始まり」 を読んで、世界と日本の先ゆきに唖然としたが、更にこの本はショッキングな内容である。 金山を買って、大もうけして、更に金のブームを起こしたいのだから、力が入っている。 世界経済の危うさは誰の目にもハッキリしている。金鉱山の投資家の切口から社会の潮流を見ると違ってくる。 まずはーはじめにー の以下の部分から 〜〜 さて、いまが本当に金融恐慌の入り口なのであれば、身をすくめてこの「嵐」が通りすぎるのを待つしかないのか? けっしてそんなことはない。ものは考えようである。いつの時代も、運の女神は前向きに創意工夫する人間をサポートしてくれる。 恐慌とは、あらゆる「プロ」が負ける時代を意味する。従来の投資法が通用しない時代を意味するのだ。恐慌が本格化する前に、 この恐慌を逆手にとってひと財産築いてしまえばいい。 そのためのポジションを早急に準備すればいいではないか。 金融恐慌を前に、わたしたちがとるべきポジションは「金」と「金鉱山株」しかないと思うが、どうだろう。 これは、過去の大恐慌の歴史のレッスンでもある。 投資で勝つ鉄則は、「真似る」「学ぶ」「待つ」という3Mにこそある。 十五年間、わたしはこの恐慌を待っていた。 それは、いまかいまかと「恋人」の登場を待っている気分に似ている。 いま、金は、一九八○年の最高値一トロイオンス1875ドルをあっさり超えて、1000ドルを挟んで上下しているけれども、金融恐慌が 本格的に始まれば、あっという間に二〇〇〇ドルの壁を超えていくにちがいない。わたしは一九九三年、ソロモン・ブラザーズ証券で 当時得ていた二億円の年収を捨て、ペーパーマネーの世界から実物経済(金鉱山事業)の世界へと身を投じた。 いまや北米をはじめ、世界のあちこちで鉱山を経営している。普段はヘルメットをかぶって地下二千の鉱山で金を採掘している。 つまり、パソコンの前で金や金鉱株の動きに一喜一憂している「投資家」ではない。自らリスクを負った経営者として、 現在のこの金融恐慌に向き合っている。いずれにせよ、もしもこの恐慌が最大級のものならば、リターンも最大級のものになる。 そのとき、恐慌は、わたしたちにとって「恋人」から「恩人」に変わっていることだろう。 〜以上だが、更になぜ、私たちが恐慌のトバ口に立っているかを次ぎの5つをあげている。 ーサブプライム問題は、まだ片付いてない。 ー金融機関の倒産は、これからが本番 ードルの転落 ー原油高、資源高、食料高の三重苦が始る ー「有事のドル」の伝説崩壊 〜次回は、この本の目次を俯瞰しながら考えてみる。 ・・・・・・・・ 2007年08月07日(火) 2317, 「朝青龍」問題について オッ☆ o(≧▽≦)o ハァ〜 ここで扱う問題ではないが「戦後最強?の横綱」が「ノイローゼ」一歩手前がテーマとして面白そうなので取りあげてみる。 (字数制限のためカット 2010年8月7日) ・・・・・・・ 2006年08月07日(月) 1952, ローマから日本が見える−21 ー読書日記ー 第九章 ローマから日本が見える −1 さて、最終項である。この読書日記を書いていて、自民党を中心としてきた戦前からの官僚システムが、 共和制に酷似していることに唖然とした。それも二代目・三代目が恰も共和制度の破壊者という顔をして、 そのじつ国民を欺いている現状を鳥瞰できる。 小沢一郎も同じ穴のムジナだが、しかし本気で壊そうとしているだけマトモということか? ー「リストラの」名人たち ー BC753年の建国から始まっておよそ8Cにわたるローマの歴史がこの本の主旨であったが、ローマ人は「リストラ」 に長けていた民族であった。事業縮小や、撤退、人員の削減といった消極的な改良ではなく、 本当の意味でのリストラクチャリング、すなわち再編成なり再構築に何度も成功したからこそ、 ローマは千年の歴史を持つことができた。本書の中で取り上げた中でも大きなものだけで、数えて三回あった。 ・最初は、王政から共和制への移行です。 BC509年、ルキウス・ユニウス・ブルータスによって第七代王「尊大な王タルクィニウス」が追放され、 以降は一人の王に代わって、執行官が毎年二人ずつ選出された、この二人が国の政治の最高責任者になった。 ・二度目の改革は、BC390年に起こった、「ケルト・ショック」を機に行われた共和制体部の改革である。 貴族と平民との階級闘争も終わり、ローマの再興を果たすため政府の要職を平民に開放する決断もこの時に行われた。 ・そして三度目の改革は、帝政の移行であった。 カイサルがその設計図を引いて、アウグストゥスが、そのとおりに石を積み上げていくことであった。 ローマの改革は、もちろんここで取り上げた三つだけではない。 ・BC494年から始まった護民官制度、ポエニ戦役ごの「混迷の時代」にグラックス兄弟やマリウスやスッラが行った 諸改革は、数えればきりがない。 ローマ人にとっての政治システムは、ローマ軍の補修と同じく「メンテナンスすべきもの」であったということ。 ・哲学的思考によって真理を追い求めようとするギリシャ人とも、 ・一神教の絶対神を信じるユダヤ教やキリスト教の信者とも違って、ローマ人はこの種の「絶対」は馴染まない。 どれだけ優れたシステムであっても、人間が作るいじょう、かならず欠陥を隠し持つという現実的な感覚を彼らは持ち続けた。 ある意味で、ローマ帝国史における経験は、人類にとっての大きな遺産の宝庫である。多民族が入り乱れる欧州で 1000年以上も帝国を存続させたシステムは、現代でも、いや現代こそ、経験則として学ぶべきである。 −つづく ・・・・・・・ 2005年08月07日(日) 1587, NHK 受信料不払い問題 (字数の関係でカット 09年08月7日) ・・・・・・・・・ 1222, 今まで見たことがないほどのバス 2004年8月7日 長岡祭りの花火で、メインは信濃川の駅から見て手前側であった。この数年川向こうにも観覧席が出来はじめたときいていた。 (字数制限のためカット 2012年8月7日) ・・・・・・・・ 2003年08月07日(木) 855, 「借りた金は返すな!」ー読書日記 本屋の平台に最近山積みになっていている。題目からして刺激的である。中小の経営者の知人が、この本を読んで 目が洗われる思いだったといっていた。潮流が恐慌状況の為、ベストセラーになっていると家内も言っていた。 その人から借りようかと思っていたが、最近会うチャンスがなかった。wアマゾンからある本を発注する時に偶然この本を見つけた。 中古本もあり半額以下で買える。迷ったが買ってみた。読んでみて、中小精細企業の経営者なら、会社の良し悪しに関わりなく 読む価値があると思った。ここに書いてあるようなことをやらなければならない事態に陥らないようにすることが大事であると思えた。 (字数制限のためカット 2011年8月7日) ・・・・・・・・・ 2001年08月07日(火) [101] 倒影ー2 人の悪口は倒影の最たるものだ。「あまり悪口をいうな、その指摘部分が自己に移るから」という理屈は子供のときから 分かっていたが。「人を指差すときあとの指は自身を指している。」という戒めの言葉もそういえばあった。 「人を呪わば穴二つ」という諺もあった。「ある自信過剰の男、周りの人間かったぱしから、弱点を見つけて倒影を続け 一人満足をしていた。 (字数制限のためカット 2012年8月7日)
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2012年08月06日(月)
今から5年前といえば、2007年8月である。それから13ヶ月と10日後にリーマンショックが生じた。 当時は以前に経営していた会社のリストラ効果で、何とか目途が立ったところで、アメリカの住宅ローンの債権証券が 危険水域にあると新聞が書き始めていた。そして2008年9月15日にリーマンショックが現実に起きてしまった。 それから売上は激減、二年半後に倒産に至った。あの時と現在の状況を比較すると、東北大震災もあり現在の方が格段に悪い。 今後5年後を考えると、早ければ年内に、遅くとも数年内にリーマンショックなど比べようもない激震が世界中に駆け巡る。 それからして、かなり厳しい想定を現実としてしなければならない。私自身も年齢からみて、これまでの不摂生を考えると、 今さらなので腹を据えているが。 実際のところ5年後、どうだろう?この5年の激変より遥かにマイナスの状況と見るのが自然。 今から5年後に、「現在の状況を予測できたか」という問いに対して、やはり想定外であるという答えが帰ってくるだろう。 目に前に迫っている経済大津波は分かっているが、実際に起きてみないと実感できないのが人間。想定外のことは考えられないが、 万一の備えを作っておくことは可能である。家族経営をしているところは、①身内を外に出すか、それとも自分が出るか。 ②身内の債務保証を無くすこと。③売上が半減した時の想定をしておくこと。④運転資金がマイナスに転じた時の対処の想定。 (見切り千両のタイミングの想定)⑤予備資金の準備、などが考えられる。 私の場合、7年がかりで予備資金を準備をして、万一、これを一時的にも流用した時が見切り時とし、そして実際に実行した。 ところで5年前に、現在の状況は想定外だったのだろうか? その頃、危機管理セミナーに立て続けて参加していた。 予測通りの部分と、まだ予測に至ってない部分があるが潮流は大方、予測通り。しきりに金の購入を勧めていたが、当時より 金価格は2〜3倍になっている。恐らくハイパーインフレが5年内で吹き荒れるが、その状況が予測不能ということか。 中国が一度、国内外で動乱が起こる可能性があるが、いずれにしても立ち直りは早いはず。ユーロ圏、アメリカ、ロシア、中国、 日本と、いずれも激変するはず。 大変とみるか、面白いとみるかだが、前者だろう。 まず経営者は5年後の仮説をたてないと! ・・・・・・ 3785, 世界でひとつだけの幸せ ー② 2011年08月06日(土) * 「世界でひとつだけの幸せ」 マーティン・セリグマン著 ー この本の概要からー 【 「楽観的で前向きな人は、幸せで、長生きで、成功する!!」 と、楽観主義を身につける方法が具体的に紹介されている。 ● 心から幸せを感じるにはどうすべきか ・ パート1では、過去、現在、未来において、どのようにすればよいか (*過去は感謝、容認、忘却、 *未来は希望と楽観、 *現在は快楽と充足感、との違いを理解し、充足感を満たす生き方をする)。 ・ パート2では、6つの美徳を紹介、それを基に24種類の強みを示し、どのような強みを持っているかを知り生かすことを提言。 ・ パート3では、人生の大きな3つの局面である仕事、愛情、子育ての状況において同じ強みを発揮するかという実践的な内容。 * 楽観主義の「永続性」については、「悪いことは一時的、良いことは永続的と考える」ことや、 「普遍性」については、「悪いことは一部の面に限られていて、よいことは普遍的だと考える」 * 今回の震災に直面しては、「これは一時的なことだから、もうすぐ解決する」とある。 *「学習性無力感」についてや、「まったく同じショックを受けても、それを制御できる、つまり自分が行動すればショックを くい止められるような場合には、動物も人間も活動的になり、情動が落ち着き、健康になるという結果が得られた。」 *「行動することに効果があり、結果を制御できると知ることが重要なのである」という「随伴性」についてがわかりやすい。 *「ただ苦悩を和らげるだけでは、苦しみ、自暴自棄になっている人を、本当の意味で救うことはできない。 人はどん底にあっても、美徳や誠実さ、さらには生きる目的や価値を必死になって求めている。 本当に必要なのは、『苦しみを理解して和らげることではなく、幸せを理解し築き上げることである』」 * 人間の心はいつでも変えられる。今までの説をくつがえし、人々の願いをかなえるもの、それが著者の提唱する「ポジティブ心理学」」 1.お金持ちは幸せか? = 著者は、「アメリカ、日本、フランスなど先進国はこの50年で購買力が倍以上になったが全般的な 生活に対する満足感は少しも変化していない」と。必要な生活できる収入と購買力が得られた後は富が増えても幸福は増えない。 幸福感を決めるのは、お金をどのくらい大切なものと考えるか、という価値観であると。 2.強みを生かせば幸せになれる = 「弱みを克服することに人生を費やすのは間違い。 むしろ、人生最大の成功と真の満足感は強みを伸ばした時に現れる」と。 3.過去が未来の幸福を決めるのか? =「そんなもので決まるわけ無い!」と! これまでの心理学(ex.フロイト派)の マジョリティーは「過去が決める」だった。実際の調査結果の一例として、11歳になる前に母親と死別した子どもは、 鬱病になる確率が若干高いが、女児に限るとそのリスクはごく稀。むしろ「幼児期の経験が現在の不幸の原因だと思いこんだり、 そのために未来に対して臆病になったりすれば人生をむだにすることになる。」という。 】 ▼「ネガティブ志向の人が、自らの短所や悩みを解消するのではなく、それぞれに備わっている「強み」を さらに伸ばすことで今よりもっと幸せになる」は、この本の要諦。「得手に帆を上げ」前に進む生き方を勧めている。 ・・・・・・・ 3420, その後の、我が家のインコ 2010年08月06日(金) 去年の秋口にコガネインコが、我が家に来てから10ヶ月、ペットショップの店内で従業員や客に可愛がられ人に懐いていたインコ。 あまりに人懐こいので数回、店で頭を撫ぜていた。ところが三ヶ月も経っても、いつもの籠で人から頭を撫ぜてもらっている。 何か愛おしくなったが、値段が6万8千円もするし、家内が生きものが大嫌い。もしか買った大騒動が起こる。 しかし衝動的に、そのインコが買いたくなって、「このインコ、1万円を引いてくれたら買うけど、どうですか」と女店員に言うと、 大人しそうな女店員が、「このインコは、従業員みんなで大事に育てた素直なインコ。値引きなど、とんでもない」と、怒りだした。 「じゃあ、責任者にお客が三ヶ月も売れないインコは、それだけで商品価値が下がっている。6万円なら、買うといっていると、 聞いてきて」というと、しばらくして、戻ってきて「店長がオッケーをだしました」という。 という訳で商談成立。 それはよいが、家内の怒りを考えると、冷や汗が出てきた。そして家に帰ってから、一ヶ月間は毎日のように罵声を浴びせられた。 それに耐え切れずに新潟のホテルの長期滞在の棟に、お客様のペットして持って行くことにした。 しかし、持っていこうと、 車に乗せる直前を図って、「暫くの間、置いておいてよい」との、許可を得た。本人もしたたかだ。居間のベランダに鳥篭を 置いていたため、部屋そのものにも寄り付かなかった。 それが今では毎日数回は籠の前にある椅子に座ってインコの相手になっている。 とにかく人恋しく、相手にして欲しいと鳴き叫ぶのである。あらゆる鳴き声で、自分の気持ちを伝えようというのが分かるから、 生きもの大嫌いな家内も、情にほだされたのである。 女店員がいうに「気が優しく、籠の蓋を開けておいても外に出ようとしない。 しかし人好きで、頭を撫ぜてもらうのが大好きでペットしては最高です」と、いったとおりである。人間も鳥も当たり外れがある?。 小桜インコを5代続けて飼ってきたが、子供2人が高校を卒業してからは、飼ってなかった。 小桜インコと比べると、 鳥というより、犬という感である。 とにかく人好きで、あらゆる鳴き声で気持ちを伝えてくる。個々の足音や車音で誰かの判別が可能。 また犬が尻尾を振ったり股に入れたりで、喜びや恐怖を表現するが、このインコ、羽ばたきで表現する。鳥の形をした愛犬という風。 要は自分を相手にして欲しいと全身をつかう。今でも居間の私の定位置のガラス戸一枚先のベランダで時々、鳴声で呼びかけてくる。 家から遠ざかるときは「行かないで」という鳴声、帰ってきたときは嬉しそうな鳴声。これは、むしろ犬。小桜の10倍の値段のわけだ。 ・・・・・・・・ 3045,会津八一の 学規 2009年08月06日(木) 会津八一は「学規」を作成し、 自ら及び教え子達の範とした。 ふかくこの生を愛すへし かへりみて己を知るへし 学芸を以て性を養うへし 日々新面目あるへし ー 十四ヶ条 ー 1 感情を以ってうたふこと。 2 真に内心から湧き上がる感情無きときは、漫然として歌を作らんと思わざるべきこと。 3 世才・文才・常識、そんなものでは、自分も感動してをるにあらず。それを以て他人を動かし得ざること当然なり。 4 感情を単純化してうたふべし。 5 表現も単純にして直裁なるを尚ぶ。徒に曲折せるは、真情の流露をさまたぐ。 6 詞句の曲折は初学の能くなし得るところにあらざるも、老熟してこれを自在になし得るとも真情の枯渇し居らば、かへりて厭うべきなり。 7 用語は常人の耳に遠からざるものをよしとす。ろくろく学問を精しからぬ者が専門家振りて、古語歌謡といふようなるものを 襲用するは、最も厭うべきことなり。 古語を用ふるは、やむを得ざる時にのみ限りて許さるべし。 8 散文にていふに如かざることを歌として歌ふは、根本的に心得ちがいなり。 9 和歌は我国のみにあれども、詩歌は如何なる民族にもあり。和歌はその一種なりと知るべし。我国の歌人なかまにあらざれば解しがたき 如きことを、詩歌の本道とも本質とも認めがたし。外国語に翻訳しても、その国の人々によりてたやすく解せらるるやうにてありたし。 10 従って、その辺の歌集をのみひもどき居りて、それで勉強したりとおもふは不心得なり。ひろく世界古今の詩歌を味ひみるべし。 11 いやしくも歌を作るは容易にあらず。うかうかと濫作して、よき歌の出来んことを希ふは無理なり。 一方心境を練り詩歌を弘むるとともに、真に感興の内に催すをまちて、精細を傾けて歌ひ出すべし。 12 要するに作歌は、天才と人力とをまちて、しかも精進して初めて為し得るのみ、漫然たる態度にてたづさはるべきにあらず。 14 書外は工夫をつみて悟得せらるべし。 〜〜 八一は新潟の人で名前は以前より知っていたが、 これだけ含蓄のある学規があったことを知らなかった。 (字数の関係でカット11年08月11日) ・・・・・・・・・ 2680, 漠たる不安 2008年08月06日(水) アメリカのサブプライム問題や、中国の動乱の予感や、イラン・イラク問題など世界は漠たる不安に覆われている。 それに対して二つの取り得る態度がある。 ・それから目をそらさずに色いろ対策を練って対処をするか、 ・将来に対してあまり深く考えずに、ただ目の前のことだけに対処をして将来に対しては自己逃避をするかだ。 (字数の関係でカット09年08月11日) ・・・・・・・・・・ 2007年08月06日(月) 2316, 日本の原発依存度って、どうなっている? ファァ(*つ●-*)*.;'Good☆Morning 今回の地震による柏崎刈羽原発の火災などで、殆ど意識してなかった原発に対する依存度に関心が向いた。 そこでインターネットで早速しらべてみた。それによると・・世界の電力の16%は原子力で、日本国内の原子力依存度は、約3分1強の37パー。 世界全体として原子力の依存度が高まる傾向にある。現在の日本では石油危機当時と比べ、エネルギー消費に占める石油依存度が大幅に低下。 日本と同様に石油資源を持たないスウェーデンでは、70年の77%から95年の43%へと着実に石油依存度を削減 、スウェーデンの エネルギーシステムの中で原子力発電は重要な位置を占めている。石油危機当時の73年度には77.4%だったエネルギー消費に占める 石油依存度は、2001年度に50%になった。(エネルギー消費と発電の石油依存度は違う)現在の日本には、53基の原発あり、発電量で37%を占め、 これを50?まで戦略上持っていきたいというが政府の意向。電力10社では原発31%、石炭火力26%、LNG・LPG火力24%と構成が異なるものの、 いずれも原発依存度は30%台と高い。日本の原子力発電所は17カ所、53基が稼動中。その数は米国、フランスについで3番目。 国内総発電量の37%の日本に対し、アメリカは20?でしかない。ここまで原発への依存度が高くなると撤去するわけにもいかない。 地球温暖化対策として化石燃料を増やせない現在、日本では原発でカバーせざるを得ないのが実情。刈羽原発を筆頭として、日本列島は どこでも地震が起こり得る。今度の地震も新たな活断層が動いたというが、日本で活断層を避けるのは難しい。 今回のように地震が起こって初めて分かるのが現状である。資源の乏しい日本では、エネルギーを確保、維持していくことは国の盛衰に関わる。 といって数年来の原発事故や安全性隠しで原発に対する不信感は非常に強い。敦賀周辺や東海周辺の原発の地下には活断層がある可能性があり、 一つ間違えば、大都市が近くに多くあるため、数十万、数百万単位で死者が出る可能性がある。 この問題は日本にとって今後ますます大きく問われることになる。 byebye ・ω・o)ノ゛ ・・・・・・・ 2006年08月06日(日) 1951, ローマから日本が見えるー20 \(^▽^*)おはよう ー読書日記ー 第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −3 ーローマ軍団のリストラ 皇帝アウグストゥスは税制を整理・再構成をすることによって、以後のローマ帝国の財政面の基盤を確立した。 (字数の関係でカット10年08月06日) ・・・・・・・・ 2005年08月06日(土) 1586, 日本経済恐ろしい未来 「日本経済 恐ろしい未来」ー 読書日記 この本を図書館から、何回か借りてきた。そして読み返しながら、日本経済の行方の参考にしている。 (字数の関係上、あとの文章は「引き出し」の読書日記のコーナーに貼り付けてあります。)2008年08月06日 ・・・・・・・・ 2004年08月06日(金) 1221, 運について−2 何回か「運について」(後にコピーしてある)を書いてきたが、再び書いてみる。運にも二種類ある。 受身の運と、積極的に自分からつかみとる運である。 ・受身の運は、「結果として何時も運がついている運」 性格とか、親の愛情が本人に染み付いているとか、宗教的な 環境の中で育っていて良い結果をもたらす運である。ー性格の明るく良い人。良家の子女(躾がゆきとどいている人)。 ・積極的な運は、「何事にもポイントがある、それを見逃さないよう努力をする。意志こそ運の原動力、原因」という運である。 ここで取りあげる運は、両者を重ねもつ運である。両方が揃って初めて開ける運である。 私の周辺の女性に、美人で、性格が明るくて、一生懸命に生きているが、そのわりには状況が不幸せの人が何人もいる。 やっと幸せを手に入れたと思ったら、すぐに不幸のどん底に落ちてしまう。よく見ていると、両親が不仲だったり等、色いろの理由が ハッキリみえる。「ある程度耐える」という家系からくる知識・体質を持ってない。「ありがとう」を繰り返し言いつづけることは、 耐えることの呪文である。運が上向く以前に、耐えることが出来ない習慣を変える作用がある。いま一つ、言葉の重要性を知らない。 「自分は、ついている(運がある)」と、毎日こころの底から思っていれば、そして、「ついている」と現に言葉に出していれば、 ツキが回ってくるに。「俺はついてない」「どうしようもない」「世の中が悪い」「あいつのせいで、こうなった。あの畜生め」と、 あけてもさめても唱えていれば、不運しかこないのは当然である。もし幸運がきても、それが見えなくなってしまっている。 世の中の八割そうだから、それで良いのかもしれないが。チョッとしたことなのに、せっかくの人生、あまりにも勿体ない。 運は因縁と似ている。因は直接の原因、縁は間接原因をいう。これが重なって結果がきまってくる。多くの因縁の中で、 良いものを選択するのも本人である。やはり良い本、良い人、良い芸術、大自然にシャワーのように浴びるしかないのか。 ーーーー 265, 運について -1 2001年12月10日(月) (字数の関係でカット09年08月06日) ・・・・・・・・ 2003年08月06日(水) 854, 閑話休題 全くテーマが浮かばず如何してよいか解らない日がある。まあほとんど毎日だが。そこが面白い面もあるが。 それでも強引に書いた文章ほど後で読むとよいから不思議なものだ。そうこう考えていたら、あるホームページに「閑話休題」という テーマがあった。これから無理にテーマを決めないで、時々「閑話休題」で書くことにした。書いた後でテーマを書き換えればよいし、 そのまま閑話休題としてもよい。野口悠起雄の「超文章法」の中で、テーマの探し方に「窓から飛び降りそうなくらい大変なものである、 考え尽くしてひねり出すしかない」と書いてあったが、それを読んで学者でもそうかとほっとした。それと「文章上達は量をこなして、 校正と推敲を重ねるしかない」と本音で書いていた。結局は努力努力努力しかない。 (字数の関係でカット12年08月06日) ・・・・・・・・ 2002年08月06日(火) 479, 楽観と意志 「楽観は意志、悲観は感情」 この言葉と出会って、「楽観の意味」が始めて理解できたようなきがした。 そういえば若い時ー理想に燃えていた時、その背後には悲観という不安が大きな口を開けて足元にあった。 若い時期の楽観はあくまでも虚構のような夢の世界であった。その正体が意志であった事がこの言葉を知るまで 解ってなかった。それだけ強烈な言葉であった。悲観はただ流されている喜怒哀楽でしかない。 そういう悲観に占められていた時期の自分は、ただ感情的世界でしかなかった。鬱の自分はそう感情の世界にドップリ つかっている意志喪失の自己の世界である。常に鬱の人は教養のない感情に支配されている人が多い。また非行動的の人が多い。 行動の、行は仏教語で判断という。動はあくまで動物の動きでしかない。行動は意志が入った動きだ。行動的ということは 楽観が勝っている状態と云える。私の周辺の80?の人は悲観的な感情に支配されている人だ。また非行動的の人が多い。 行動的かつ楽観的の人はその背後に強烈な意志が隠されている。楽しかった過去を思い出し楽しみ、将来の楽しみの計画をたてている 今。それに過去の計画を実践している今。 それが楽観であり、意志である。 ・・・・・・・・・・ 2001年08月06日(月) [100] あら!たのし 難しいことをやさしく! やさしいことを深く! 深いことを愉快に! (井上やすし) 井上やすしの本を読んでいて納得して、彼のように紙に書いて机の電気スタンドに張ってある。 彼の言葉じゃなくて誰かの言葉を彼なりに変えた言葉だが。 コツとか要領を旨くついている。 天才はそれぞれこの方法を子供の時より造りあげていた。考えている対象の文章化とか、ゲーム化とか絵画化とかして。 楽しみまで高めるのはそう簡単ではないが、でもやってやれないことはない。 「四S主義 = シンプリフィケーション スタンダディゼーション スペシャリゼーション セグメンテーション 」というチェーン理論のベースになる教えも、これに近い。
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2012年08月05日(日)
オリンピック開会式で久しぶりにサッカーのベッカム選手の姿があったが、彼は強迫性障害であることを最近、告白した。 「何でもまっすぐに並んでいないと気が済まないし、何でもペアになってないと気が済まない」という。自宅の冷蔵庫や、宿泊先の 部屋でもすべてを「左右対象でまっすぐ」に並べ直す作業に長時間を費やす。 ディカプリオ主演、『アビエイター』のモデルに なった大富豪のハワード・ヒューズも、この病。この映画をみたが、「すべてのものが汚染されている」という考えにとりつかれ、 人との接触を避けるようになり、自分が買い取ったホテルで20年間も暮らして、最後は孤独死を遂げた。 ーそこで、ネット辞書で検索してみるとー ≪ 強迫性障害とは、簡単にいうと「わかっちゃいるけどやめられない症候群」。自分でも不合理だと思いながら何回も繰り返すので、 本人にとっては大変つらい病気です。よくみられるものは、トイレに入った後何回も手を洗う、ドアのカギをかけたかどうか、ガス栓を しめたかどうか何回も確認するというもの。本来これらの行為は安全を確保するために誰でも行うが、それが何回も何十回も 確認しないと気がすまない状態になると社会的に支障をきたすことになり、何らかの治療が必要となります≫ とあった。 これは、心の病と、脳の病の原因があり、それぞれの治療がおこなわれているという。心の病の場合、過去の「喪失と悲しみ」が、 原因になっていることが多い。病気に至るのは、喪失の悲しみを乗り越えられないため。人生は、考えてみれば喪失と悲しみがつきもの。 そんなことをいったら現在の私は、重症の強迫性障害に陥っていて当然である。定年も転職も失業も同じ。「喪失と悲しみ」の中で、 最も辛い一つは、連れ合いとの死別。傷が癒えるに最低二年は要するという。 亡くなった姉が晩年、合唱の先生をしていたが、 未亡人だけのグループをつくって(歌で互いに癒しを隠れテーマにして)いた。その姉が私に、「誰も平静を装っているが、 死別の傷のためか尋常でない何かを感じる!」という。 躁鬱症も、分裂症も、この強迫障害も、誰もが多かれ少なかれ持っている。 それをコントロールしようとしてできるものでない。私も当然、それに思い当たる強迫障害に近い症状が幾つかある。多人数の 兄姉の末っ子で、両親が終戦直後で、家業の再創業期にあり、異常な生活環境にあった影響が、心の奧底に大きく存在していた。 人生を通して、その脱皮が人生のテーマだった。それぞれが、それを抱え生涯を生きているのである。私の場合、心の底から笑える 性格があったことと、両親の温もりが地熱としてあったことが、症状を軽くしてくれていた。分裂、躁鬱、強迫障害症の三つを 束ねるのが自己になる。 ・・・・・・ 3784, ツール・ド・フランス 2011年08月05日(金) 昨夜もツール・ド・フランスの総集編の録画が再放送されていた。これで三度目になる。 ーまずは、ウィキペディアより、ツール・ド・フランスの概要よりー 【 毎年7月に23日間の日程で行われるステージレースで距離にして3300km前後、高低差2000m以上という起伏に富んだコースを走りぬく。 フランス国内でのレースが中心だがイギリス、イタリア、スペイン、ベルギー、モナコなど周辺国が舞台になるステージもある。 ステージ数は1993年以降「プロローグ」を含め全21ステージが定着しているが、それ以前はもっと多いステージ数で争われることもあった。 平坦ステージ、山岳ステージ、タイムトライアルステージ(個人、チーム)と多彩なステージ設定がされているが、山岳の比重が大きく なることの多いジロ・デ・イタリアやブエルタ・ア・エスパーニャに比べて平地ステージと山岳ステージのバランスとれた構成となっている。 一社ないし数社のスポンサーの名を冠した9人編成(最低6人)のチームが、20〜22チーム参加する。 出場する選手の国籍はヨーロッパだけに限らずアメリカやオーストラリア、カザフスタン、コロンビアなど多様である。 総合成績1位の選手には黄色のジャージ「マイヨ・ジョーヌ」が与えられるほかスプリント賞、山岳賞、新人賞といった各賞の対象者も 特別なジャージを着用する。 賞金総額は2009年の場合で約320万ユーロ、うち総合優勝者に45万ユーロとなっているほか、 各ステージ優勝やスプリント賞・山岳賞などに細かく賞金が設定されている。 ●特徴として、例年、前半は平坦基調のステージが続き、スピードマンの逃げやスプリンターによる迫力あるゴールスプリントが見られる。 そして中盤に一度山岳を通過し優勝候補が絞り込まれ、その後はまた平坦ステージが続き、今度はポイント賞争いが絞り込まれる。 後半にかけてはラルプ・デュエズ、ガリビエ、モン・ヴァントゥなどの峠を舞台にした山岳ステージで総合優勝や山岳賞をかけた オールラウンダーやクライマーたちの戦いが繰り広げられる。2度の山岳コースはそれぞれ3日ほど繰り広げられ、それぞれピレネー山脈と アルプス山脈を使う事が多いため、ピレネーラウンド、アルプスラウンドと呼ばれる。間の平坦基調ステージは主にこの2つの山脈の間を 移動するために設定されているが、この緩急つけたレイアウトと平坦ステージの多さ、ポイント賞のシステム(後述)などもあり、 スプリンターが一番ポイント賞を獲得しやすいグランツールとなっている。 レースが非常に大規模、かつ露出度が高いため 専門の本部が置かれおよそ500名のスタッフが運営に関わる。また交通規制やレース中の警備、極端な不正行為の取締りはジャンダルマリ (フランス国家憲兵隊)とポリスナシオナル(フランス国家警察)の2系統の警察が担当しており、これに動員される人数が約2万5000人。 さらにボランティアで警備などを担当する人は数十万人にのぼると推察されている。】 ★ この数年、7月になると、この自転車レースを見るのが楽しみになっている。色いろな賞があるが、個人総合が最も価値ある賞。 これを目指して3300kの熾烈な争いになる。距離が距離だけに、その間に多くのアクシデントが生じる。もちろん、万一の故障に備えて、 自転車を数台のせた車が伴走している。その沿道には熱狂的ファンが詰めかけ応援をする。もちろん、TVの実況がある。フランス的なのは、 最後の区間は、パリ近くに場所を変え、凱旋レースになる。ここでは区間賞だけで、総合賞は別になる。そのため、選手もギャラリーも お祭り気分になる。ただし、完走しなければ、総合優勝を失うため、同じチームの選手がヒーローをアシストする。 ・・・・・・・ 3419, 新たなる金融危機に向かう世界 2010年08月05日(木) 「新たなる金融危機に向かう世界 」副島隆彦 (著) ーまずは、アマゾンの内容紹介からー ギリシャの財政危機に端を発したユーロ暴落の裏側にはアメリカの仕掛けがあった。 アメリカは米国債に世界の資金を環流させなければもうもたないからだ。そして5月6日にダウが一時998ドル急落する過程で、 ゴールドマン・サックスのロボット・トレーディング・システムが壊された。このあと、金(ゴールド)が崩される。 そして、金(ゴールド)の大きな下落のあとにドル(米国債)が暴落させられるだろう。 ――サブプライム崩れを始め、 これまでことごとく経済予測を当ててきた著者が、2010年末の恐慌突入に向けてさらに下落を繰り返す世界の金融経済を読む。 〜〜 面白そうなので、ネットで買ったが、☆4つ、というところか。 *現在、世界のゴールドは、16万トンといわれているが、それは表の話で、バチカン、イギリス、スイスに、 それぞれ10万トン、合計30万トンある。したがって、16+30=46万トンあり、1600兆円あるとか。 だから、いつでも金本位制度へ戻ることは可能である。ただし、 先ほどの国に覇権が戻るということか? *ゴールドの大きな値下がりと、大きく新聞広告に書かれていたが、グラム3000円で、最大2500円でしかない。 現在ユーロが狙われているが、それが終わると、次はゴールドが、狙われる可能性があるという。 そして、その次にはドル(米国債)が下げられる。 ゴールドが値上がりをすると騒いでいた副島が、舌の根の乾かないうちに? *秋以降には、アメリカの株価が6500ドルに向かって動き出す。 *アメリカは、不良債権4000兆円の実損処理をしなければならない。これは血をみるおもいで、やらなければならない。 〜〜 以上が印象に残ったところだが、今年、来年、再来年と、大きな危機が次々と襲ってくる。 それは株価や、国債の暴落とか、実物経済でも不動産とかの暴落として現われてくる。恐ろしい限りである。 100年か、500年に一度の変動期に入ったが、まずは徹底的破壊から始る。それが日ごと現象に現れてきているが、 再来年には、非常に厳しい局面を世界も、日本もむかえる事になる。10年、20年スパンに渡ることになるから、 想像を絶した場面が次々と現れる。 背後にあるのは、情報化社会のウェーブ。 ・・・・・・・・ 3044、罪深き新自由主義 2009年08月05日(水) 「罪深き新自由主義」 高杉 良 (著), 佐高 信 (著) 対談・高杉良×佐高信である。二人は「小泉・竹中路線」の深層構造を取り上げ批判、 小泉・竹中路線の罪でもある「かんぽの宿」問題と、マスメディアの劣化を鋭く問うている。 「現在の日本にリーダーはいなくなった」ことに二人は共鳴し、今の不景気は小泉・竹中不況と言い切る。 小泉・竹中虚構改革で得をしたのは米国だけで、ライブドアを太らせたのも小泉の「改革」を悪用しただけという。 新自由主義を標榜していたアメリカがこけたのだから、日本は重症になって当然。 去年の9・15による世界的な金融恐慌が無ければ、これだけ早くアメリカの国家的犯罪も露出はしなかった。 数年前に、アメリカの投資会社のトップがインタビューで、耳を疑うようなことを平然と言っていた。 《 日本の1985年のバブル発端のプラザ合意で、日本銀行は金融緩和を大胆に進めた。あれは我われが意図的に仕掛けた政治的な戦略。 その結果としてのバブル崩壊と、その後の失われた10年で、我われは日本を徹底的に買い叩いた。》と・・。 (以下、字数制限のためカット 2,011年8月5日) ・・・・・・・・・ 2679, ソルジェニーツィンが亡くなった 2008年08月05日(火) ロシアの作家のソルジェニーツィン が亡くなったと報じていた。 享年89歳だった。 私が20代前半の頃に、『イワン・デニーソヴィチの一日』『煉獄のなかで』『ガン病棟』を読んで、 大きな衝撃を受けた記憶が鮮明に残っている。 当時のソ連は一番勢いがあった時期。 反体制は秘密警察に捕まり、収容所に入れられるなどの弾圧を受けた。 その経験を書いたものだが、彼の文からソ連の共産党支配の弾圧の中の重苦しさが作品から滲み出ていた。 (字数の関係でカット 09年08月5日) ーこのWeb辞書の中に次ぎの一節がある 【 1991年12月31日深夜、ソ連は消滅してしまった。代わりにロシア共和国が消滅して再生したロシア連邦は、 ソルジェニーツィンの提言どおりのロシアではなかった。 ロシア連邦の中で再び民族が捕われている。 彼の地元のチェチェン共和国はかつてエリツィンに、今はプーチンに独立を妨げられたままである。 彼は書いた。「それぞれの民族は、たとえ最も小さなものであっても、神の意志によってこの世に生まれてきて、 それぞれ独自性をもっているのである。ウラジミール・ソロヴィヨフは、キリスト教の戒めをもじって、 こう書いている。『自分の民族と同様に、他の民族を愛せよ』 ロシア人の民族自決権を認めるなら、他の民族の自決権も認めるロシア連邦になるように願うものである。】 40年前といえば、ブレジネフが第一書記で、コスイギンが首相だった。二十年近くがソ連の絶頂期だった。 この小説を読んだ感想は、「歴史的にみてー百年単位でみたらソルジェ二ーツェンは大作家、この二人の権力者は歴史的汚点」と、 直感したことを憶えている。現在、ブッシュとかいうアメリカ大統領は、話題を出すこと自体が小汚い気がする。 それだけ現在のアメリカは狂乱状態と言ってよい。 現在の日本のエリートとかいう政・財・官の連中! このアメリカの隷属に 尻尾の振り方で選抜されているに過ぎない。何かうら悲しい気がするが、自分のコンプレックスが根こそぎ解消できることも事実。 「この隷属の御陰で、物理的に恵まれた時代を過ごせてのは我々の世代だろう!」の、心の奥の声、これも事実。 ・・・・・・・・・ 2007年08月05日(日) 2315, 風評で県外観光客が10分の1!ですと ・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!! 先日の読売新聞によると、 「・・県によると、7月16日の地震発生以降、県内での旅館やホテルのキャンセルは、約5万件に上り、 県外からの観光客は例年の10分の1以下にとどまっている。地震の被害がほとんどなかった佐渡や妙高高原、 越後湯沢温泉でも観光客が激減し、原発の被災などによる風評被害が深刻化している。」(2007年8月2日 読売新聞) 当社にとって、あまり関係ないと思っていた風評も、日ごと影響が出始めている。今のところ10?ほどだが、県外の観光客が 10分の1とは尋常ではない。 (以下、字数制限のためカット 2,011年8月5日) ・・・・・・・・ 2006年08月05日(土) 1950, 第四回新潟県活性化の会ー概要 (+>∀<+)ノおぁはは〜よう! 7月の28日に行われた「新潟県活性化の会」の概要を、私の主観でマトメてみた。 *「環日本海拠点都市宣言」をする。 −冷戦終了後、中国とロシアが自由経済を取り入れ成長。 この十数年で、環日本海の重要度が全く変わってしまった。これからは環日本海の時代である。 首都圏から新幹線2時間圏の新潟は非常に恵まれ有利な立地にある。 それを高らかに宣言し、全エネルギーを集中すべきである。 このままでは、北陸新幹線開通を機に、金沢、富山、福井(北陸地区)が環日本海の拠点都市になる。 *日本海時代の象徴として、首都東京から新幹線の新潟空港への直接乗り入れを全県総力をあげて実現をする。 *新潟空港までの新幹線延長工事が、55億の投資で延長工事が可能かどうか? それを可能にする構想案を一般募集をする。採用の際には、その案に対して500~1千万円の懸賞を出す。 「新潟国際空港への新幹線直接乗入れゴーゴー(55)作戦」いうネーミングにする。 *まず公共事業ありきではなく、 民間が主導をとって環日本海拠点都市としての機能 ー流通情報基地などーの充実をはかる。 *新幹線延長工事に合わせて、特区構想を、幾つか立ち上げる。(高層ビル特区、流通特区、チャイナ特区、朝鮮特区・・) 高層ビル特区は、あらかじめ土地を沿線に買っておき、二倍〜三倍の値段で売りぬけ、工事代金に振り向ける。 *新潟駅再開発と合わせて2015年の完成を厳守すること。 ▼ 以上だが、一つの目標(新潟県活性化)に向かって知恵を出し合って議論するのも、面白いものである。 それぞれの個性が意見として出てくるのと、「模擬・県議会小委員会」の議論のようでもある。 ・・・・・・・・ 2005年08月05日(金) 1585, 自民郵政解散の攻防 いま現在、自民党が下野の恐れが出てきた。そのため衆院で反対票を投じた連中が慌てだした。 流れからいって、一般の国民から不支持をされることは間違いがないからだ。再選はホボ絶望になる。これで衆院を解散すれば、 郵政改革阻止の犯人探しになって血祭りに間違いなくされてしまう。旧守派は、その現実的な可能性に震える事態になってしまった。 (以下、字数制限のためカット 2,010年8月5日) ・・・・・・・・ 2004年08月05日(木) 1220, 日記について このホームページで随想日記と、日々の出来事を書いているバードウォッチングを公開しているが、 その他に手書きで「10行日記を」つけている。ところが、最近はマンネリぎみである。 そこで以前買った「4行日記」と、荒川洋治の「日記をつける」と阿久悠の「日記力」を読みかえしてみた。 ・その日付けと曜日と天気を書き、 時系列に書くのもよいー特に天気はその日の自然環境であるから重要だという。 「今日は快晴で、うだるような暑さであった」とか ・身辺の出来事を書いて、会った人の会話の内容、食事の内容、夢の内容等を具体的に書くー時間も書いておくとよい ・その日読んだ本、TVのドラマの感想 ・今日の新聞記事の気になったスポーツとか、政治等の感想を書く。 それ位のことなら幾らでも身辺に転がっている。雑事として、あまり書かなかった内容こそ、後で読んでみると大事が多い。 日記は、「その日でしか書けないこと」を書くことが重要だという。 ホテルの客室と同じで、その日に売らなくては、 単なる空間でしかないのだ。 その日の雑事・出来事を書いてこそ、意味があるのだという。 通勤の新幹線の中での観察とか、知人のこととか、その日の新聞ネタとか、立ち寄った本屋の印象とか幾らでもあった。 手書きの日記までテーマ日記主義を通そうとしていたのだ。勝手に枠を決めて、幾らでも書くべき当日の日常を書かなかった。 (以下、字数制限のためカット 2,012年8月5日) ・・・・・・・・ 2003年08月05日(火) 853, 熊の世界 昨夜のゴールデンタイムのNHKスペシャルで岩合光昭の「北極熊」を放映していた。 そういえば先月行ったアラスカのツアーで、ガイドの伊藤さんから熊の生態の話を多く聞いた。 熊は他の動物と違い、仲間内の共食いが日常当たり前の世界。子供が生まれて8割から9割が途中で殺され、その大部分が 他の熊に食べられてしまうという。雄熊が実の子供を食べてしまうだけでなく、メスも度々食べられてしまう。 (以下、字数制限のためカット 2,010年8月5日) ・・・・・・・ 2002年08月05日(月) 478、100円ショップ 以前も他のテーマの中で書いたことがあるが、100円ショップについて書いてみる。初めは泡沫に見えた100円ショップも社会的認知を 得たといってよい。結構便利で使え勝手のよいものが多い。今でも月に一回は必ずいく。先回は、センスを買った。私の場合、 なくす確率が8割である、いや100?である。それなら割り切って、100円ショップのセンスを買ってみた。悪くはない、 ワンシーズン持てば充分である。3本買ったが、恐らくあと二ヶ月で二本は壊すか無くすだろう。でも200円でしかない。 旅行用で便利なものも多い。飛行機やバスで使う空気枕。小物をいれる網でできている子袋。健康機器、ハンカチ、食料いろいろある。 この良いところは、トレードオフの商品が多い。一つの機能の他は全て殺ぎ落としているのがよい。初めは、無印良品がそうであった。 (以下、字数制限のためカット 2,011年8月5日) ・・・・・・・・・ 2001年08月05日(日) [99] 現地日本人ガイド −2 南アフリカの50歳の女ガイド。 日本の商社で知り合ったイギリス人と結婚。 いろいろあってその旦那とケープタウンに住んでいるという。不安はないかと聞くとその心情の一端を話してくれた。 子供の名前の件で真剣に日本名にするか、それとも英国名にするか戦いになるらしい。自分が死んだ場合残るのは子供の名前だけ。 自分の存在がそれこそ瞬間虚無になってしまうという不安らしい。最近までケープタウンに一つだけしか日本名の墓はなかったという。 移住は若いときはいいが、老年になるときいてくるという。子供が独立し亭主が亡くなった時がきついと言っていた。 一つしかない墓の名前が女の名前でそれを見たとき、芯から不安を感じたという。聞いているだけで肌が寒くなってきた。
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2012年08月04日(土)
団塊世代が定年をむかえ、会社から家庭中心の生活に入りつつある。しかし、そこには妻という海千山千の難敵が控えている。 そして丁度良い捌け口の対象として鬼婆化して団塊粗大ゴミに襲いかかってくる。 団塊粗大ゴミの妻たちも、女社会では、 目のつく嫌われ者として君臨しているから、陰湿な闘いの勇者として力は蓄えている。ところが、その団塊ジュニアの男も、 厳しい立場にある。対象になる女性の7割近くが結婚相手に年収400万以上を求めているが、それを満たすのは僅かに 25%しか存在してない。そこに45%の絶対的開きがある。そのため未婚の男女が増えている。去年の男性の自殺率は女性の二倍。 3万数千のうち、二万以上が男である。 女性は9割以上が、「今度生まれてくるときも女が良い」という。 先日も中学の同期会があったが元気が良いのは女性だけ、男は片隅で大人しい。 家内と私の関係を見ていても、同じ流れ。 色いろあって自宅は家内名義になった途端に・・連日、サンドバック代り。 外国人の目からみて、中年女性連れがデパートや レストランに多く見かけるのに驚くという。旦那が会社で必死に働いている間に、長年かけてTVやネットで文化的教養が蓄積され、 コンサートホールや、世界的名画の展覧会などに大挙してオバサンが押し寄せる。そこに添え物のように連れてきてもらっているのが 亭主という図式。 家内を見ていて気づいたが、自分の行き先に合わせて相手を選別している。行動パターンは単独行動が基本。 年に一度は、4日間乗り放題の特別割引を使い、4日連続の日帰りの東京通いである。 曰く、「ツアーと思えばよい。 単独行動は気ままでよい。問題は一人でランチがとれるかどうか。これを身に付ければ東京は面白さが数倍になる」とか。 世界中を旅行した蓄積は、そんなことは朝飯前。 要はオバサン化いや、オバアサン化したということ。とにもかくにも、男と 違い、消耗していない。「国滅びても山河あり」というが、国が衰えると女が表立ってくる。リーマンショックと東北大震災で、 明らかに世界も日本も激変の嵐に入ってしまった。その背景には、情報化社会の本格的到来がある。 激変現象の一つが、 女の優位社会の到来がある。 子供の頃から、姉が4人もいて鍛えられていた素養が、ここで活きてくるのか? ったく。 ・・・・・・ 3783, ユング ー16 2011年08月04日(木) * ユング心理学、3つの流れ ー � 発達派 ☆ 発達派ー人間の精神的成熟と対人関係 【 ユング派の第三の流れは発達派と呼ばれており、主にロンドンを中心に活躍しているユング派の人たち。ロンドンという ユング派とフロイト派の両方が交流しながら発展している地域柄もあって、フロイト派の精神分析に近い考え方を持っている。 この派の特徴の一つに、「成人の人格の発達における幼児期の重要性を強調」している。 その人が幼児期にどのような親子関係で 育ってきたかが、その人の現在の人格のあり方にとって大きな影響力を持っているという考え方。その頃の親子関係が、対人関係と 感情や衝動のコントロールに関して、非常に重要になってしまう。その頃、あまり親に愛されてないと感じた子供は大人になって からも、「自分は(親に愛されてなかったから)もっと愛されたい」とか、「自分は、いつも良い子でないと受け入れて もらえなかったから、 この人にも良い人と思われないと、見捨てられる」とか、歪んでいきやすい性格になってしまう。 ー発達派の治療態度ー 治療場面で、治療者と患者(あるいは相談者)にわきおこる転移、逆転移を取り扱うことを主な作業とするのも発達派の特徴である。 転移とは、治療の過程で相談者がそれまでの人生において重要だった人物(親・養育者)との関係を、治療者との間で再現することをいう。 つまり、治療過程で、患者(相談者)が、両親や、それに類する人に感じられる人になるということである。 これと逆に、治療者が相談者に抱く特別の感情を逆転移という。この転移、逆転移を「対人関係におけるファンタジー・幻想」 といった方が分かりやすいかもしれない。そこに、集合的・普遍的な父親像、母親像も表現されるので、それが重要な分析材料になる。 】 ▼ いかに、幼児への親の対し方が難しいか、その辺のところが人間の精神の成熟の鍵が隠されている。10歳までに人間の性格、能力の 殆どが決定されてしまうことは、自分と、至近の人たちを見渡せば分かる。そこまで、立ち戻って治療をしていくのが発達派の治療態度。 これを血筋と昔から日本人は言っていた。(哲学的にいえばハビタス)。 もちろん、それぞれ例外はあるが・・ 両親との関係から、 現在の自分に至ったプロセスを見つめ、その歪みを自覚させるように導き出す。 多かれ少なかれ歪みの集合体が自分ということになる。 ・・・・・・・ 3418, 哲学者の言葉 100 2010年08月04日(水) 「最高の人生を送るための哲学者の言葉100」稲垣真美著 何気なく借りてきた本だが、軽いタッチで読みやすいが、唸るような言葉が次々と出てくる。 10項目に100の言葉が書かれ、解説してある。10項目の中から幾つか書き出して考えてみる。 * 第一章、哲学と人間 ≪ 心(ハート)をあらゆる努力で守りなさい。あの血(生命)の泉もそこから流れ出るのだから ≫(ハイデッガー) 【 ハイデガーの学説を、一言で解釈し、具体的に説明するのは容易ではありませんが、古代ギリシャのアリストテレス以来、 種々に考えられてきた「存在」の問題について、人間存在とは「私が在る」ということであり、したがって人間とは「現存在」である、 と規定しました。「現存在」存在の仕方を「世界内存在」とも呼びました。 この場合、「現存在」の言葉の中には、すでに 「今」という時間が入ってきます。 すなわち「存在」とは、常に「時間の問題」に突き当たり、一心同体なのです。 そうだとすると、「今(現在)」とは何でしょうか。「私がこれこれのことを意図している今」「12時である今」 「光が消えている今」等で確定される「今」には「私」「私自身」、あるいはほかの誰でもがそのまま時間ということになります。 「現存在」は時間なのです。「私」は本来的に時間であり、「私」は時間をもっているのです。このように考えて、ハイデガーは、 私たち一人一人の時間としての営みの大切さに思いに至った。南ドイッのフライブルク市の郊外にあったハイデガーの自宅の扉には、 文字を刻み込んだ一枚の板がぶら下げられていました。 その文字はハイデガーが大切な誓いの言葉とした。「旧約聖書」の箴言でした。 「君の心をあらゆる努力で守りなさい。あの血(生命)の泉もそこから流れ出るのだから」ハイデッガーは、この言葉を 「現存在」である自らに対しても、訪れてくる客人たちにも、誓いの言葉として掲げたのです。】 (字数の関係でカット12年08月04日) ・・・・・・・・ 3043,閑話小題 2009年08月04日(火) * 今年の長岡花火 今年の長岡花火、初日(8月2日)は天気予報が雨。 空を見あげると雨が降りそうな雲模様。 それなら降り出したら帰ってくればよいと、行くことにした。 夏の雨は濡れてもしれたものと家内と出かけた。 ところが信濃川の土手に着く少し前からポツリポツリ、それでも花火の誘惑には勝てず最後まで見てきた。 ところが最後の『フェニックス』が始る直前には花火の音と間違う音(雷)と共に雨が降ってきて、 せっかくの花火も興ざめになってしまった。 それでも『天地人』をモチーフにした花火が印象に残った。 二日目の昨日は、前日とうって変わった晴れ。その中での花火は、どれもこれも良かった。 特に最後のフェニックスが感動的であった。河原の人混みの中で歓声と共に一体化して見るのも風情があるもの。 * 失業率、実態は8・8%(助成金にひそむ隠れ失業238万人) 以前にも取り上げたことだが、先日の産経新聞に「6月の完全失業率が5・4%と発表されたが、 助成金申請が238万人に達しているので、それを加えると単純計算で8・8%になる」という記事が載っていた。 欧州が9・4%、アメリカが9・5%というから、この数字が実態といってよい。過去最悪時は、5・5%だから、 僅か一年足らずで1・5倍の失業率になってしまったということだ。 日米欧の失業者が3300万人となり、 昨年の3月から15月で1200万人も増えてしまった。 私たちの年齢が還暦を過ぎたので、深刻な話は聞かないが、 5〜10歳下あたりの年代では深刻な話が多い。 事業が景気に敏感な商売なので、その深刻さが直に伝わってくる。 * 「フランクリンの罫線表」 話が込み入ってくると、(アメリカ元大統領)フランクリンは白い紙を出して、真ん中に線を一本引く。 右にプラスを左にマイナスの印を付ける。そして、相手の言い分を聞きながら、「その点につていは、あなたの得で、 それはコレコレ」とプラスの方へ書き込み、そしてまた「この点につていは、あなたの方が損でそれはコレコレ」と マイナスの方へ書き込む。こじれた話が、それで一目瞭然、利害得失が、表の上にはっきり出されてくるので、 みんな重宝した。これが「フランクリンの罫線表」と云われる表である。 ・・・・・・・・ 2678, 長岡の花火 −2 2008年08月04日(月) −三大花火大会とはー 花火大会といえば秋田の大曲と、隅田川と、長岡の花火と、思っていた。そこで三大花火で調べると、色々地域によって違うようだ。 大阪の花火も、豊田市の花火も、素晴らしいようだ。花火は、それぞれの川辺の情緒を背景に見るから良いので本来比べるものではない。 川辺で各家庭が、空を見上げて団欒するのも花火見学と桜見物ぐらいである。長岡の花火は、フェニックスの花火が中越地震の翌年の 2005年から加わり、段違いによくなった。正三尺玉が、ワイドスタマインと比べてミスボラシクなって、フェニックスが無ければ ベスト10からも除外されても仕方がなかった。最近は同色の花火を同じ場所に重ねて打ち上げるので、三尺玉の数倍の大きさになる。 二年に一度のわりで、初日だけ行っていたが、フェニックスが加わってからは、二日とも行くようになった。 この数年、大曲の花火を部屋の電気を消してTVでみている。これがハイビジョンで、現場にいるようで臨場感がある。 ところで昨夜も二日目の花火見物に行ってきた。初日が良かったので、止めておこうか迷ったが・・・・ それでも〔 天地人花火 「愛と雪」〕という花火が、来年のNHKドラマに因んで特別に打ち上げられるというので、 もしかしたらと行くことにした。やはり期待通り、豪華であった。しかし人でも花火も初日に比べ劣っていた。 仕方が無いだろうが。桜と花火とスキーと海水浴と紅葉と足元をみれば屋外で四季折々に楽しめることが幾らでもある。 少しパソコンとTVから離れることも必要である。でもWowowやレンタルDVDで映画を観るのも面白い! 後記)二年前の同日も、同じテーマで書いていた。完全に忘れているから、改めて読むのも奇妙な気持。 ・・・・・・・・・ 007年08月04日(土) 2314, 今日が今までの人生で一番幸せな日 (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 「今日が今まで一番幸せな日」と思って生きることが出来たら、これほど素晴らしいことはないだろう。 ある人がインタビューで話していた言葉である。 この意味を考えれば考えるほど深い。「一日、一生」「今、ここ」「一期一会」 にも通じていく言葉である。これを自分の「人生の言葉」にして、常に意識をしていたら、「ありがとうございました」に匹敵する。 幸せの選択基準がハッキリと見えてくるからだ。一日を疎かにできないし、何が大事で何が大事でないか見えてくるはず。 「今日一日は、人生で一番大事な日であるし幸せな日である」ことは、紛れもない事実。気がつかないのは日常に慣れてしまった自分。 その視線で周囲を見れば素晴らしいことが多くあることに気づくはず。心の底から今日が一番素晴らしい思えるようになれば、 過去の一番幸せだった日々を常に意識し、その気持ちが蘇ることになる。その気持ちは、周囲の幸せを引き寄せる磁石になってくる。 そうは言っていても、それは暗示でしかないじゃないか?と思うようならば、「今日が人生で一番幸せな日に‘なりますように!’」 という‘願い’にすればよい。 願えば叶うからである。もし本心に、そう思えるようになってしまえば、後は簡単。 「昨日と同じか、それより少し今日が幸せ!」と思えればよい。 「もしも身内や親しい人が亡くなって『今日が人生で一番不幸の日』 の場合は? そうは思えないだろう? 如何なものか?」そういう時は、そういうことを考えないの! ただ、最悪の日を最悪に過ごせばよいだけ。今日が人生で一番幸せ!と思える日がきっと来る!と、思えたら思えばよい。 『幸せ』の言葉の替わりに『素晴らしい』でも、『最高』でもよい。日々の中の何気ないことの中にこそ、多くの幸せのタネが 含まれているということだ。そして、それが開花しているのが「いま・ここ」であり、「今日」である。 ・・・・・・・・ 2006年08月04日(金) 1949, 長岡の花火 *第一日目(8月2日) おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ 以前は、取引先の小さなビルの屋上で見ていたが・・・最近は、信濃川の土手まで行って見るのは三年に一度位。 自宅近くの土手から、遠方の花火も風情があると決め込んでいた。 去年の震災復興記念花火で超大型花火・フェニックスが打ち上げられたが、居酒屋でオヤジ相手に飲んでいた。 (字数の関係でカット09年08月04日) ・・・・・・・ 2005年08月04日(木) 1584, 2005年分路線価が公表 先日、2005年分路線価が公表された。 その要約は ・東京都が13年ぶりに上昇。 山手線外側にも値上がりが波及しだした。 ・反面、全国平均は−3.4?で、13年連続下げ。 (字数制限のためカット 2010年8月4日) ・・・・・・・・ 2004年08月04日(水) 1219, 「君のためにできること」−2 20年来、年に10回は酒を飲んていた友人が末期癌になり、終末医療の病院のビハーラに入院している。 本人が言うには、「24時間が拷問である」見舞いに行くたびに衰弱をしていくのが、わか解るから辛い。 丁度その時に、この文章を読んだこともあって身に沁みる内容であった。お盆は20年近くも、古町を飲むのが恒例になっていた。 そして、今年もその時期が目前になっているが、もう無理である。何か寂しいお盆になる。 ー以下は、作家・大崎善生の奥さんの高橋和の「第24回 言葉にできない」のエッセーであるー (サロンのコーナーに、HPが貼り付けてある) (以下、字数の関係でカット2008年8月4日) ・・・・・・・・ 2003年08月04日(月) 852, 孤独について −3 『人は人、我は我、されど仲良く』と武者小路実篤がいっていたが、それこそそれぞれの 「独」を認め、かつ自分の「独」を 大事にする言葉である。『和して同ぜず』も母校の長岡高校の校是であるが、意味がほぼ同じだ。孤独を特に感じるのは、一人旅である。 若い人のバックパッカーの聖書になっている沢木耕太郎の『深夜特急』という小説に、「独り言をブツブツ言いながら一人、 旅をしていた」と書いてあった。サルトルのいう「即自」と「対自」の会話である。青年期によく国内だが一人旅をした。 一人旅に出なくては精神のバランスが崩れてしまいそうであった。帰ってくると何か大きなものによって満たされる感じがよかった。 旅行の最中は寂しいということは全く無かった。誰かと対話をしていたのだろう。旅は孤独のプラスの異次元の世界に浸れる。 いま振りかってみて、「旅日記を克明につけておけばよかったのに」と悔やまれる。「孤独」というキーワードで検索をしていたら、 脳性麻痺の青年のホームページが出てきた。「孤独などと軽がるしく使うな!」とどやされたようだった。口がきけない人や、 盲目の人の孤独感は想像すら出来ない。私の強みは「孤独に強い」と思っていたが、とんでもないことと思い知った。 「孤独は人を殺さないが、絶望は人を殺す」という言葉をアンドレ・マルローがいっているが、孤独の中の絶望に潰されてしまうのが問題。 その時こそ愛読書が一番自分を癒してくれる。大いなる孤独ー作家の心ーとの出会いが本を通じて可能になる。 孤独であればあるほどその邂逅が大きくなる。 いま一つの孤独で考えさせられるのが老人の孤独であろう。 結婚後、母と同居をしている時にトラブルが何回かあったときに、母が「独り暮らしの孤独の知人がいっぱいいる。 彼等はどんなにトラブルがあっても、子供から離れてはならないとシミジミ言っている。我慢をしなくては」とポツリと 言った事があった。知人に数人家庭内離婚者がいる。 ほとんどが浮気がきっかけだ。それでも離婚をして一人暮らしより ましの為だろうか。一番嫌いなのは、孤独と孤立の違いも解らない輩だ。群れたがる内なる羊である。 ・・・・・・・・・・ 2002年08月04日(日) 477, 人口問題と今後の日本 先日平均寿命が発表された。女85歳、男78歳。女性の半分以上が88歳の米寿を祝う事ができるという。 童謡で「今年60の爺さんの・・・」と歌っていたが、いまや爺さんは80歳か90歳である。100年前の日本の人口は4400万人で、 現在までに約3倍になった。これから100年後は丁度半分の6000万前後になる。100年で3倍になり、今後100年で半分になる。 人口のピークは2006年で、翌年から60万人が毎年減っていくという。100年前65歳以上が5?であったのが、 後10年後には28?になり、50年後は37?を超えるという。考えたら背筋が寒くなる。 周辺は年寄りだらけになる。 (字数制限のためカット 2011年8月4日) ・・・・・・・・ 2001年08月04日(土) [98] 現地日本人ガイド 旅行シリーズもそろそろ終わりに近づいてきた。考えると話題はいくらでもある。現地日本人ガイドのことである。 彼らによって印象が全く違ってくる。添乗員から聞いた話だが、彼らが言い出さない限りあまり聞かないほうがいいらしい。 彼らは考えてみれば、色々な事情でそこでガイドをやっていて当然である。でもそれなりに見えてくる。 ここで数回に分けて事情を書いてみよう。 ーイスラエルのガイドの話。 63歳の独り者の男性のガイド。イスラエルに来て10年以上とか。日本の客は本当に少ないらしい。滞在中一回しかシスターの 数人連れしか会わなかった。本人も久しぶりの日本人の為、うれしくて仕方がないらしい。マイク口からはなさず、喋りっぱなし。 一年前癌の手術をして、放射線にかかっているっらしい。神学生崩れらしくて、神学のイスラエルの大学を卒業しているという。 旧約聖書にしても、新約聖書にしても博識だ。 ただいつ死がくるかもしれない不安と、外地で虚無になってしまうかもしれない 不安がそのまま伝わってくる。それがイスラエルの地で聖書の話をすると迫力がありぴったしなのだ。
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2012年08月02日(木)
* 8年ぶりの歯医者 昨日、朝飯を食べていると口の中で小さな砂利みたいなのが引っかかった。何だろうと見ると、奧歯の虫歯に埋めたツメモノ。 8年前に、やはり取れてしまい新潟駅前の歯科で入れ直したもの。その時も被せた下が虫歯になり取れてしまった。今回の原因も、 当時と同じであった。さっそく家内から聞いた歯医者に行くと、間接的だが、「この夏休み時期に飛び込みは困ります」という。 家内に初診でも電話予約をしていくべきと言われたが、私の判断ミス。 そこで二軒目に切り替えて大型のレストラン風の歯医者に 行ってみた。ここは、顧客サービスの視点から、待合室や診療を現代的に組み替えたシステムで、一度入って見たかったところ。 ロビー兼待合室にはパソコン、マッサージ、何台もの小型TVありで、マンガ喫茶のようである。歯科医が4人も居る。 歯医者といえば、個人医院が多く唯我独尊の前近代的スペース。 誰も語らないが、あまり行きたがらないところが多い。 そこは近代的歯科医を目指す徳真会グループで、新潟県内では松村歯科医が数店舗を出店している。10年位前に自宅から車で 5分ほどのところに出店していたが、私の散歩コースにあった。 実際に患者になった感想は、「ここを知ったら一般歯科医には、 二度と入りたくなくなるだろう」というのが感想。一度だけなので、感想は、その位にしておくが、直ぐにレントゲンを取られ、 それが診療台の前のモニターに映し出されて、こことことが虫歯になっており、15回位の治療回数になります。一回の治療の時間を 長くして回数を減らすことも可能ですという。8年間も歯医者にいってないため、あちこちに小さな虫歯があるようだ。 周囲の人の話だと、年に一回歯垢を取ったり、小さな虫歯を直してもらうとか。朝晩、マウスウォッシュでウガイを丹念にして、 電波歯ブラシで磨いているので大丈夫と、八年も行ってなければ、それも仕方がないが。初回もあり、一時間も治療に要した。 * スポーツジムは夏枯れ 会員制度だから、ジムサイドとしての経営上の問題はないが、夏休みに入ると、昼コースもあるが、館内はガラガラ。 去年も全く同じ状況で、大地震の影響と勝手に思い込んでいたが、夏休みで主婦が家に縛られているようだ。冷房がきいているので、 快適だが、家から出るのも億劫のこともある。「とにかく休まない!」をテーマの一つにしているが、人が多いより少ない方が良い。 日が経つにつれ、その場の空気に馴染んでいっている。 ・・・・・・ 3781, ユング ー14 2011年08月02日(火) * ユング心理学、3つの流れ ー � 仝電鞠鼻 福悒罐鵐或翰�学』福島哲夫著ーP196より) 【 ユングが亡くなって現在に至るまで、ユング心理学の考え方や心理療法派、主に3つ流れ、古典派、原型派、発達派として続いている。 ☆ 古典派= ユングの考え方を、そのまま受け継いでいる。彼らは「心の深層の象徴的イメージの変容に重点が置かれる。 たとえば、個人の中で男性イメージと女性イメージがどのように発展し、一つのまとまりあるものとして機能していくか、ということに 注目する態度に代表される。そして、このような様々なイメージを一つのまとまりあるものとしていく自己の元型の働きが夢や空想の中に どのように表現されるているかを読み取り、その働きが活発になるように関わっていく。男性、女性イメージのほかにも、英雄が龍と 戦って勝利するイメージが、母親的なものからの精神的な自立の象徴と考えられて肯定的に扱われる。 また、それまでの古い自分が死んで、 新しい自分が生まれ変わる「死と再生」、あるいは、それが儀式化されて成人式や結婚式、葬式の儀礼となった「通過儀礼」などの、 イメージを個人が内面で、どのように体験するかということも大事にされる。これは、内面のイメージの変容をどのように体験して、 それまでの自分と、どう違った自分になるかに大きな関心が向いている。 ー古典派の治療態度とはー ここで、グリム童話の「かえるの王様」を例にして自己表現を、取り上げている。 <姫が気に入りの金の鞠を泉に落として、悲しんでいるところ、蛙が現れ、条件をつきで鞠をとってもらう。しかし、蛙を気持ち悪く 思う姫は約束を破り、叩きつけてしまう。すると蛙は王子に変身し、二人は結婚をする> 古典派では、金の鞠を「自己」、 蛙を、未知なる男性、他者。結婚を自己実現と解釈する。彼女は他者と初めは嫌々ながら密接に関わりながら、正面から対決することで 大人になり、自己実現(結婚)をしていく。古典派は、このような変容過程が、実際の個人に起こることを期待するのが、立場になる。】 ▼ ひとつ夢でも、ユングの各派で解釈が色いろ違ってくる。古典派は統合と発達を大事にする。結婚=自己実現するために、 他者を叩きつけてしまう、という部分が象徴的。叩きつけられた他者は、そこで王子=理想的相手に変身するというのも意味深長。 これでは、結婚してからの蛙はたまったものでない。しかし、そういうものと心の奥で、割り切るしかないのか? いずれにしても、 親からの自立は、人類の永遠のテーマとなる。成人式も、結婚式も、ひとつの通過儀礼である。そこで、二世代、三世代家族は 多くの課題を持ってしまうのは当然の結果である。一生、小さな岩場の中に閉じ込められた山椒魚になる。気がつかないのは自分だけ。 ・・・・・・ 3416, 「憎国心のすすめ」 ー2 2010年08月02日(月) ■ 知性の定義 知性を電子辞書で調べると、 「知性とは、『知覚を認識に作り上げる精神機能。感覚によって得られた素材を、整理・統一し、認識に至る精神機能』とある。 ここで日本人には知性が足りないと繰り返しているが、その「知性とは何か」と言われるといま一つ曖昧である。 そこで著者は知性について一章をさいて書いている。 ー知性について書いている印象に残った部分を書き出してみるー * 私は、「知性とは何をしたらよいかわからないときに用いるものだ」というジャン・ピアジェの明快な表現が好きだ。 つまり「正しい答え」がないときや、通常の対処で十分とは思えないときに必要となる。 柔軟に対処したり 手探りしたりする能力で、いわば知的な即興の能力である。 モーッァルトやバッハのコンチェルトのように高度に 磨き上げられた作品ではなく、ジャズの即興演奏を思い浮かべるとわかりやすい。知性とは、即興で作られ、 思考と行動によって磨かれる「過程」のことである。』 (『知性はいつ生まれたか』ウィリアム・カルヴイン著・草思社) *『 新しい情況に当面したとき、盲目的にもがくというような、本能的方法(例えば運動暴発)によらずに適応する仕方 または課題を解決する方法をいう。過去の経験を利用することが多いので、この能力(記憶)をも〈知性〉のうちに入れるのが 普通であって、これを〈再生的知性〉という。また、人の知性のうちには抽象的思考力があるが、これだけを〈知性〉と 呼ぽうとするものもある。 なお、《英知》というコトバは精神の知的側面、とくに高級な思考作用をいう。 〈概念をつかう能力〉のような高級なものをさすことが多い。』 *『ー 困難な状況に直面して生来的なまたは習慣的な少数の反応しか持ち合わせていない動物は、その反応が成功するか、 環境の偶然の変化によって条件が好転するまで、その力と衝動の持続する限り、その持ち合わせの反応を無駄に繰返すに止まる。 (字数の関係でカット、2012年8月2日) ・・・・・・・ 3041,自宅近くの再開発地区のSCの概要 2009年08月02日(日) 自宅から歩いて7〜8分のところの再開発地区に、25店舗のオープンモールのショッピングセンターが出来る。 来年3月から徐々にオープンする予定で、その説明会が来週あると折込チラシにあった。長岡駅裏側から直線で歩いて15分で、 (字数の関係でカット、2008年8月2日) ・・・・・・・・・ 2676, ルソーの思想 2008年08月02日(土) 学生時代に戻った気分でルソーについて、考えてみる まずは ーフリー百科事典『ウィキペディア』からー フランスにおいては早くからボダンなどにより君主に主権(政治についての決定権)が存するとの思想が表明されていた。 この君主主権の観念はフランスなどを中心に当時の絶対王制を支える強力な根拠となっていたが、ルソーはこの観念を転用し、 人民にこそ主権が存すると言う人民主権の観念を打ち立てた。一定以上の財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく、 その国の国籍を有するもの全てを意味する人民にこそ主権があると宣言したことは、その後の普通選挙制の確立や民主主義の進展に 大きく貢献した。一方、ルソーらのフランス啓蒙思想に触発されて始まったフランス革命において、自由や法の支配は全く無視され、 反革命派と名指しされた者への言われなき迫害、虐殺、裁判なしでの処刑などといった恐怖政治が行われた。 〜〜 こんなところだが、ルソーは、「社会の人々に(殺せる権利)と(殺されない権利)の両方を認めるとする。そうすると、お前の(殺せる権利) と隣人の(殺されない権利)は両立しない。お前は(殺せる権利)と(殺されない権利)のどちらが欲しい?と言われたら(殺されない権利) だろう。だから、社会の皆はお互いを(殺せる権利)を返上し、(殺されない権利)を優先して『社会契約』を自然に結んでるんだ。 (字数の関係でカット、2008年8月2日) ・・・・ 2007年08月02日(木) 2312, 政治家の家族とは・・ −1 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!! あの双子の銀座ママの妹の‘ますいさくら’が、ある雑誌に寄稿していた文章である。 図書館で借りた「銀座ママが教える『できる男』『できない男』の見分け方」を読んでいた。 それによると、彼女はシングルマザーで、そのことで子供が虐めにあわないようにアメリカに留学させていることと、 銀座で合理的システムで値段を思い切って格安にしたことも。「ああ、例のママが書いているのか」と気楽に読み始めたら、 内容は「政治家の家族の火宅の実情」である。政治家の火宅の例としては山村新二郎がいる。よど号ハイジャック事件で 人質交換の時によど号に乗りこんだ政治家だが、最後は自分の娘に殺されてしまった。その家庭を彷彿させる内容である。 政治家は「井戸塀」(政治家は最後は井戸と塀しか残らない)といわれるほど、家(庭)を犠牲にしないと 成り立たない世界である。 (字数の関係でカット、2011年8月2日) ・・・・・・・・・ 2006年08月02日(水) 1947, ローマから日本が見えるー18 (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス! ー読書日記ー 第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −1 ーローマ史最大の名優オクタヴィアヌス登場 (字数の関係でカット、2008年8月2日) ・・・・・・・・ 2005年08月02日(火) 1582, 変化について 「変化、挑戦、戦い」が生物の成長のサイクルである。環境の変化に対して、自らを変えることが成長ともいえる。 また自のサイクルに変化を見つけだすことも必要になってくる。現代はインターネットなどの情報化の技術や、グローバル化で 変化のスピードが益々加速している。ところが変化することは、非常に難しい。とにかく人間は変化を嫌う。 現状を根こそぎ否定しなくてはならないからだ。それが出来なくなった時、脱皮できない蛇のように死ぬしかない。 自分の過去を振り返ってみると、その節々に大きな変化をしている。その変化が止まった時に停滞が始まっていた。 起きた現象に対して、逃げずに直面して戦うことから挑戦の第一歩が始まる。その中から変化が生じてくる。 特に激変の時代には、ただ変わればよいわけではない。激変にあわせてより大きく変身しなくては何の意味も無い。激変の時は、 真似をしていては変化に追いつかない。自らの脳で考えなくてはならない。組織内では、とにかく配転しか能力をのばすことが 出来ない。出世コースは配転を繰り返し、キャリアを重ねさせる。本人にとって重圧かもしれないが、行蔵として蓄積される。 変化は結果として竹の節のように自らを支える役割も果たす。 そのため、節は打たなくてはならない。 世界が、日本が大きな節目にきている。情報化が根こそぎ世界を変えようとしている。 ・・・・・・・・ 2004年08月02日(月) 1217, 広松渉ー哲学について ー25 広松渉の「新哲学入門」を読んで非常に難しいが、今までの常識が、根底から崩されてしまった。 その後、「哲学入門一歩前」を取り寄せて読んだが、むしろ「新哲学入門」のあとで読んでよかった。 広松渉は「もの」から「こと」の世界へのパラダイムチェンジを主張した。「物的世界像」から「事的世界像」への転換。 ・旧来の世界像は「世界、存在界をモノから成り立っているとみなす。 まず独立に存在する実体があって、それら実体が諸々の性格持って互いに関係する」 ・これにたいして、「『事的世界像』は、関係規定態こそ第一次存在とみる。 実体は、関係規定性の存在論的には独立自存体ではない。要するに関係があってこそ、存在がある」と考えた。 広松は、日常意識で当たり前と思ってきたことを疑い、それは根底から違うという。彼は近代哲学者が思索を重ねてきた疑い得ない 「基盤」を、根底から崩そうとする。「私たちが見ている現象が果たして真実なのだろうか。 善悪の判断基準は何なのだろうか。 美しいと思い込んでいるだけではないだろうか。 等、今まで信じられてきた『真・善・美』とは、果たして何だ?」 今の時代は、幸福とか消費を基本的に、「もの」の充実とか消費だけでなくフィーリングとかサービスとかいう価値観でもとらえている。 別荘を持つことより、リゾートホテルの会員権を持つ時代。家を建てるより、旅行をしてまわるほうに価値をおく時代である。 そのサービスとかフィーリングに生活に必要なものと認知してしまっている。この情報化の社会では、ますます広松哲学を 知っておくべきである。実際のところ、次代から次次代のTVは、実際の生の目でみた対象より鮮明に映し出すという。 カメラでは、その域に到達しているというが。こういう時代には、近代哲学者がたてた哲学を根本から 考え直さなくてはならない時代になっている。 それが「事的世界像」への転換というのだ。 ーつづく ・・・・・・・・ 2003年08月02日(土) 850, ミッション・ステートメントー自分の憲法 ー原案ー ・死ぬ時に「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」 と心から感謝できる人生を生きる。 ・自分が自分の人生の創り手であることを認識し、自分だけの役割を果す。 ・いついかなるときも、「積極的な姿勢とユーモアと誠実さ」を保つこと。 ・私の隠された能力は人を癒すことだ、その能力をより磨きをかけることで社会と周囲の人に貢献していく。 ・何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って気楽に変化を受け止めていく人間になる。 また何事も「一期一会」と真摯に向き合う。 ・心の声に従って自分の価値観や信念によって行動する。それに対する批判・悪口は全く無視する。 ・子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」と自信を持っていってもらえる人間になるー人生を送る。 子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、私のところにやって来てくれるような人間になる。 家内には私の伴侶として生きてきたことに満足をもてるように勤める。 ・会社に対しては、常に長期的視点に立って改革改善に努め、利益体質を保つように努力をする。 存続は社長としての第一の義務であり、その為には常に新しい知識を導入するよう努力をする。 ・健康には十分気をつけて80歳を大きい目標にする。 ー 具体的には − 1、ホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、情報の蓄積倉庫でもある。 その維持発展に努める。 見ていて自他共に面白く魅力に満ちた内容にする。 特に、随想日記は重要な発信媒体かつ蓄積倉庫としていく。 1、毎朝の散歩は一日のスケジュールで欠かせてはならない健康習慣として必ず実行する。1万4千~5千は維持する。 1、年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける。 60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう最大限努力する。 70歳までに70回を次の目標とする。 1、事業は65歳を大きい目安とする。そのための後進の育成を考えていく。デフレの中、借入金の圧縮に勤める。 1、常に新しい変化に注意を向ける。デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置く。 1、人間関係はこれから大事ネットとして、広く深く創ることにする。但し卑しい人間は絶対に近づけない。 我が内なる卑しさを判断材料にする。これはもっとシビアに徹底する。 1、純粋に助けを求めてきた時は、自分の力の範囲で答えることにする。 1、教養娯楽面では、読書や映画をレンタルやBS・TVを通して可能な限り吸収する。 1、80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリをしている。 陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて家内と二人幸せな絶頂にいる。 丁度海外旅行も100回目で、行きたいところはすべて行った満足感で満ちている。 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで、昔を懐かしみながら好きな歌を歌っている。 ーーーーーーー 以上であるが、やはり大きな手直しが必要に思われる。 現在の延長線上でしかないからだ。 ・・・・・・・・・・ 2002年08月02日(金) 475, ある老女の遺書−1 この文は「心に残るとっておきの話」第五集に載っていた話で、そのまま写し書きしてみる。 ー老人ホームで孤独に死んでいったある老女のロッカーの中から見つかった詩、書き置きです。 「何がわかっているのです!看護婦さん、あなたは何わかっているの? さほど賢くもない年老いた気難しい女、ぼんやりとした目付きをして行動力も緩慢で、食ものをボロボロこぼしても返事をしない。 (努力して、やってみて欲しいの!}とあなたが大声でいっても、そんな事少しも気にかけない様子で、靴下や靴はいつもなくしたまま、 何も逆らわず、何をしようというわけでなく、長い一日を入浴と食事で埋めている。そんなふうにあなたには思え、そんなふうに あなたは私のことを考えているの?もしそうなら、看護婦さん、目を開いて、私を見つめてごらん。 あなたのいうままに、あなたにしたがって食事をし、私がじっと静かにここに座っている間に、私のことを話しましょう。 私が十歳の子供の時、父と母が一緒に暮らし、兄弟姉妹は互いに愛し合い、十六の若い少女のときはウキウキして、もうすぐ愛する人に 巡り会えることを夢み、やがて二十歳になろうとする時、花嫁になり心は踊り、永遠に守ると約束した誓いの言葉。 ー続く ・・・・・・・・ 2001年08月02日(木) [96] 旅行で出会ったー普段会えない人ー ・大手情報機器メーカーをリストラされ傷心の60前後の人 ・三條の67歳位の夫婦ー自在で何もおくさない人ーそのまんま!−イグアス滝でゴミ袋の底に穴をあけ首を通して雨具にしていた。 ・一度も結婚したことがないという70歳半ばの品の良いおばあさん ・ヌー河渡りを見たいばっかりに日本興業銀行を辞め、外資の銀行に勤め始めたのをまた辞めてきた30代半ばの女性 ・30数年前、ある当時?の代議士の娘、自由時間にパリ野郎に誘惑され朝帰り。 青い顔をして皆が心配しているのをしり目に、ピンク色の頬、うつろな目
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2012年07月28日(土)
『きょう一日。〜非常時を生き抜く究極の五木メソッド55 』五木寛之著より * <五木メソッド38手順のまとめ、より> 朝、布団の中でやるメソッド なかなか良い本である。毎朝これを実行したら良いだろう。朝風呂の中で数年来、この半分近いマッサージをしてきたので分かる。 それと現在、週二回のヨガ教室での色いろなポーズが、この中に取り込んである。 ーまずは、そのへんの要点をコピーしてみる。 ≪ 1.寝たまま、両手をこすりあわせる 2.両手の指を軽く組んで上下に動かす 3.指の組合せを変えて同じ動作をする 4.指の組み方を逆にして手首を上下に 5.指と指の間を手刀でたたく 6.指を一本ずつ親指の腹でこすりあげる 7.親指と人さし指を合わせて反らす 8.指を手の甲の側に一本ずつ反らす 9.親指を除く四本の指をそろえて反らす 10.爪の付け根を親指と人さし指でもむ 11.中指、薬指、小指を曲げ伸ばしする 12.親指で手のひろを万遍なく押す 13.足の爪もみ。足裏も押す 14.再び、両手をこすりあわせる 15.その両手を丸めて、顔に近づける 16.手のひらを目、鼻、口元、耳へ 17.頭皮を指で押さえて前後左右に 18.親指でこめかみのくぼみを押す 19.同じように、眉の付け根を押す 20.眼高にそって目の上の骨を押す 21.同じ要領で、目の下の骨を押す 22.小鼻のわきを人さし指で押す 23.口の上から歯ぐきを押さえ左右に 24.下あごの両側のくぼみを親指で押す 25.ほほ骨の下にあるくびみを押す 26.耳の付け根をはさんで上下にさする 27.耳のはしをつまんで引っ張る 28.手のひらで両耳をふさぎ、離す 29.片膝を胸に寄せ、反対の足を伸ばす 30.同じ動作を、もう一方の足でやる 31.両ひざを抱き込み足首を前後左右に 32.両端の足裏を合わせてひざを開き深呼吸 33.足首を反対の足ひざに乗せ倒す 34.同じ動作を、足を組み替えてやる 35.寝たまま、両手をバタバタさせる 36.両足をのばし、両手を下腹部に置く 37.深呼吸。好きな言葉を口に出して言う 38.「きょうも元気だ」と言って起きる 人はさまざまです。百万人いれば百万通りの人間がいる。体質がちがうだけはありません。その人の環境がちがう。 年齢がちがう。気質がちがう。経歴がちがう。ですから、自分ひとりのための方法、というのが最も大事なのです。(中略)≫ ▼ この時代に生き抜くために、このぐらいのことは習慣にしておいた方がよい。習慣は第二の己であるからだ。どれもこれも、 三大成人病対策にもなる。これらは手足のマッサージと、顔と耳と頭のマッサージ、足と腰の関節の伸ばし、そして呼吸法に 分けられる。三年前から本気になって腰痛対策のため、メソッドを取り入れ、更に一年前からスポーツジムに通いだした。 そしてヨガ。しかし腰痛は直ったわけでなし、少し椅子に座り続ければ軽い痛みが出てくる。しかし、直ぐに収まるが。 ・・・・・・ 3776, 閑話小題 2011年07月28日(木) * 世界が誇る中国高速鉄道の話 中国で当初から問題になっていた高速鉄道で事故が起こってしまった。 高速列車にしては死傷者が少なかったのは不幸中の幸い。 ・まずネットで、「これで中国が日本のシステムを盗んでないことが証明された」と、痛烈な批判が出た。 日本はマグネチウド9で一人の死者も出なかったのに、中国は大雨と落雷だけで、これだけの死者が出たとの批判も。 ・“国産”と自負していた新幹線の実態は、日本や欧州、カナダから導入した車両や地上設備、運行管理システムの寄せ集めで、 系統だった運用の可否が懸念されていた。その問題の列車の衝突車両を、世界のマスコミが見ている目前で埋めたのはお笑い以下。 ソ連が崩壊したのはチェルノブイリ原発事故当時の、あまりにズサンな国家体制が露呈してしまったからである。 一党独裁の良否が、そろそろ中国国内でクローズアップされる時期にきている一現象である。 ▼ 以上が、今回の事故から露呈した高速鉄道の危険性の問題。 「当事者の一人は、自分は絶対に乗らない述べていた」と、 マスコミが報じている問題点が本当なら、これから数年間で大事故が頻繁に起こることになる。ということは、 恐ろしい大問題を中国は自らの手で作り上げてしまった。 * アメリカが国債のデフォルト? 何か物騒な話になってきた。共和党がアメリカの借金総額の上限の金額の上のせ条例に反対し揉めていて、もし通らないと アメリカ国債の債務不履行になる危機にあるという。そのため、ドル安がジワジワ進行してきた。 共和党との対立でドルと 国債の価値を下がると誰が一番得をするか、それはアメリカ自身である。 一番損をするのは日本。それは、初めからの アメリカの意図としていたこと。現在の日本の震災と荒廃した政治混乱の、この時期に借金棒引きは願っても叶ったりである。 9・11、9・15、3・11の経済・自然災害の三連発後で弱体した日本の最後の拠りどころの預貯金の多くが、アメリカ国債に とって替わっている。それが不払いとなれば・・・ 考えただけでも恐ろしいである。まずは隷属国家から借金棒引きは当然か! ・・・・・・・ 3411, マイナス思考法講座 ー2 2010年07月28日(水) 「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 著 ーまずは、「はじめに」よりー この本の主旨は、「マイナス思考はプラス思考より優れている」、これに尽きます。物事を前向きにとらえるプラス思考、 一見いいように思えますよね。「物事を後ろ向きにとらえるよりも前向きにとらえた方がいいに決まってる」 と思うかもしれませんが、こと思考においては、必ずしもプラスがよいとはいえないのです。なぜかというと、 「プラス思考こそが、現実逃避の温床に他ならない」からです。プラス思考こそが究極のマイナス思考といってもいいでしょう。 プラス思考そのものより、プラス思考で行動することで、人間のマイナス面が助長されてしまうといった方が正しいかもしれません。 プラス思考の根本的な考え方「何事もプラスに考えよう」は、「耳が痛くなる情報を耳にしたくない」という人間誰もが 持つ気持ちと合わさると、「物事のマイナス要因を忘れよう」に、ついつい翻訳されてしまうからです。 【 プラス思考の問題点を4項目にまとめてみます。】 1.プラス思考を身につけても、不幸に耐えられる忍耐力、不幸を幸福と読みかえる超解釈力が身につくだけ。 「不平不満を言うのではなく、現状の自分が幸せである、と思いましょう」という考え方がありますが、自分が幸せだと思ったら、 現状に対して何も手を打たなくなってしまいます。本当に幸せならそれを噛みしめていればいいのですが、そうでもないのに無理に 自分は幸せであると思いこみ、現状に対して何もしないのであれば、いずれ、幸せと思いこむこともままならないほど、不幸になって しまうことでしょう。プラス思考は耳触りがよいので、つい現実を見誤ってしまう。現実を直視しないことには現実をよくしようがない。 2.プラス思考は、他人にとってはマイナス思考です 「プラスにとらえる」とは、「自分にとってプラスにとらえる」ことで、つまりは、他人を無意識にマイナスにとらえることになる。 プラス思考とは、自分を軸にしている限りはなかなか見えてきませんが、どこかでプラスをすると、どこかがマイナスになり、 その結果、自分1人の中でプラスでも、周囲と合わせて見ると、誰かから幸せを引いて誰かの幸せがマイナスになっているのです。 3.プラス思考だと、ありのままの自分を肯定するばかりで成長の機会がありません。 ありのままの自分をひたすら肯定するプラス思考のままでは、ありのままのあなたは、いつまでたってもありのままで、 成長することがないでしょう。ありのままの自分を乗り越えていくことが、成長には不可欠なのです。 4.プラス思考は、必ず裏切られる運命にあります 「人を信じよう」と言いますが、信頼して仕事を発注した相手がスケジュールを守ってくれなかったり、彼氏が友だちと旅行と 言っていたのに実は女の人と2人で旅行だったり…… 一言、事前に釘をさしておけば、裏切られることはなかったのに、 「信じよう」などと思って策を打たないから、ひどい裏切りにあってしまうのです。 ▼ プラス思考は、マイナスを乗り越えた上での考え方であり、その背後にはマイナスを考えた上でのプラスを 元もというのであって、ここで書かれている上っ面の思考法ではない。 それより、言葉を額面どおり捉え、現実逃避に 知らないうちになっているケースが多いはず、それを諌めているのである。肯定は意志であり、否定は感情である。 人間は意志の動物であると同時に感情の動物。両者の混合が必要だろう。 ・・・・・・・・ 3036,閑話小題 2009年07月28日(火) * 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕 * 加山雄三の『私の履歴書」が面白い (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・ 2671, 幸福の4階建て -3 2008年07月28日(月) *不幸の4階建て」を考えてみる 「幸福の4階は、克服できない苦難や悲しみの中にある」というが、逆の「不幸の4階建て」とすると、 どうなるか考えてみた。 前回の「おばさん、の話」を書いていて、おばさんの特徴に弛緩というキーワードが出た。 その反対の言葉が幸福の4階の「克服できない苦難や悲しみ」になるのではと・・・。 不幸の建物の4Fは弛緩とすると、これから1〜3Fが導き出される。 3Fは、やる気も目標も無く、同じことの繰り返し。 2は、不満で悶々とする日々 1は、当面の問題から逃げて、上手くいかないと他者に責任転嫁 不幸の4階建というテーマが、不幸なおばさんの姿から成立するとして、弛緩しているおばさんは果たして不幸なのか?との疑問も出る。 しかし、幸福の4Fの逆の意味で、不幸とは弛緩そのものが大きな要素と考えてよい。誰もが、幸福と不幸の4Fの建物の要素がある。 自分の趣味を持たないで日々に流されると「こてこてのおばさん」になる。それも不幸な・・というとこだ。ただ自分で気づかないだけ。 それは「おじさん」にも、言えることだが。 現在の日本が、この不幸の4Fに近いのでは、いや自分自身が、そうではないか? と感じたのではないか。 いや、自分は違うと自己説得しているのではないか。「日々、戦場」を己に課すことが、果たして幸福? 「日々、私は何て幸せ!」と何となく思っているのが不幸?なんだろうか。 あまり考えてこなかった中年女性が、不幸なんだろか? そう勝手に、他者を思い込んでいるだけじゃあないか? 幸福など考えるから、訳が解らなくなるのである。まあ、弛緩もいいものだが! 幸・不幸の裏表ががあるからいいのでは、人生は。 てなところか! ・・・・・・・・・ 2007年07月28日(土) 2307, 最近ホテルでは・・・ [ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ ホテルのオープン以来20年近く、自殺は数件あったが、病死者は無かった。ところがこの6~7年前から病死者が4人も出ている。 どういうことだろうか。心不全、ガンの末期の人?、脳梗塞などなど。この月曜日、出社すると「前日の午前中に病死者が出た」 という報告。土曜日の夜半、いや日曜日になった未明の0時を過ぎの「2980円パック」の客が病死をしたという。 時間になってもチェックアウトをしないので、電話連絡を入れてもノックをしても反応なし。もしかしたら自殺か?と ドアを開けたところ、中年男子が裸で倒れていたという。身体を触ったところ、既に冷たくなっていたので慌てて救急車を呼んだ。 何かの手違いで、救急車に三台の消防車もきて、20人近くの消防士で現場は一時は騒然したという。 (字数制限のためカット2012年7月28日) ・・・・・・・・ 2006年07月28日(金) 1942, 今日は「新潟活性化の会」 \(^▽^*)おはよう これで4回目になる。 あと一回で私の役割は終了。 地域活性のデザインつくりに加わってみて、なるほどプロセスに 筋が通っているのが理解できる。本来は代議士と市議会がすべきことだが、当事者は目が曇るのだろう。 転がっている球は自分では方向転換できないのと同じだろう。アウトサイダーの生き方・視線が少しは役に立っている。 ただ、アウトサイダーとしては、のめり込まないことだが・・このプロセスの中で気づいたことは新潟県は危ない!本当に危ない! 日本が危ない!ということと同じだが。金沢は富山と福井を従え、その後背に関西を控えていて、これに関東が直結する。 金沢が環日本海の玄関として拠点都市になって至極当然である。 森元首相も、まだ当分隠然たる政治力もあるし、 それに引き換え真紀ちゃん、あまりにも・・・? ここでは、まあいいや。手をこまねいているのか新潟よ!という感があるが・・ でも材料が無い!いや、本当に無いのだろうか? よく目を凝らしてみたら、過去のインフラが膨大にあるじゃないか。 高速道路、新幹線、飛行場、港・・・ 無いのは戦略構想が無いというから・・・頭の足りない巨人と同じである。 ・絵図・絵図!!環日本海都市としてのデザイン描いて、知事と市長が馬鹿みたいに 言い続けなくてはならないの! そして東港とか西港の空き地に何を持ってくるか考えるの! ・そして特区とかを造るの。東京都新潟区という隠れコンセプトを作るの! ・飛行場に乗り入れるの、それも新潟駅再開発の完成に合せて! これをゼロからやれ!といっているじゃないの! ホボあるんじゃないか。 無いのはグランドデザインでしょう! ・それと、あと数パーセントの投資で拠点都市のイメージと明確な位置づけが出来るの! ・20数年前に飛行場まで開通させておけば、新潟は変わったでしょ! ・飛行場周辺に、中国・韓国・ロシアの物流と情報基地が出来ていたでしょ! ・サッカー場も、イベント場も、佐渡観光も行きやすくなったでしょ! ・北関東圏の人は北海道、九州、沖縄、韓国、中国の飛行ルートも新潟になっていたでしょ! ・新潟競馬場も至近距離にあるので、もっとお客を呼べたでしょう! ・・・・・・・・ 2005年07月28日(木) 1577, 大阪から何がみえるか-1 ー大阪の衰退は日本の近未来の姿か? 大阪と札幌から、いち早く時代の流れが見えると言われる。特に商人の町の大阪は、いち早く時代の流れをつかんで動いた。 しかし、最近の大阪は全く変わってしまったようだ。まずは終戦後に総合商社が、メーカーが、そして金融機関と東京に本社を移し始めた。 現在残っているのは、電力・ガス・私鉄という地域産業のみになってしまった。更に大阪の企業は生産拠点までもが海外に移転してしまった。 (字数制限のためカット 2012年7月28日) ・・・・・・・・ 2004年07月28日(水) 1212,パスカル(1) ー哲学についてー22 学生時代には、パンセが常に傍らにおいてあった。当時の不安な気持をいつも和らげてくれた愛読書であった。 現在、読み返してみて当時の哲学書の幾つかが、心の底の根幹をなしていたことに気がついた。 特に人間観は、大きくパンセに影響を受けていた。生き方はニーチェとロマン・ローランである。 当時のささやかな読書が、人生を大きく左右しているとは。「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。 だが、それは考える葦である」パンセの第一節である。彼は物理学、数学などで成果をあげたが、哲学者としても名を成した。 あまり知られてないが、慢性的な病による苦痛の中で人間とは何か、生きるとは何かを問い詰めた。 彼の20年の慢性病が哲学を深めていった。「考える」という一事において、「自分が苦しんでいる」という一事において、 パスカルの「尊厳」のすべてがある。パンセの中の所々に「病の善用を、神に願い祈る」部分が見られる。 ーパスカルが31歳の時、神秘的な体験した。 1654年11月23日22時30分?24時30分の間に、パスカルの生涯を一変させる出来事であった。 「火」の夜の出来事である。(恐らく)ヨハネの福音書17,18章を読んでいた時に、白光色の「光」が見えた。 彼の死後に、上着の裏に縫い込んだ『覚書き』が発見された。 その一節が次の文章である。 (以下、字数の関係で中間カット09年07月28日) ▼ 以上が、その時の文章である。心の奥で深い痛苦を抱え、社会のひずみ、欺瞞に満ちた人間関係の幻滅等が、 この一夜で一挙に溶け去った。そして歓喜にいたった。キリスト教徒でない私が読んでも感動する言葉である。 ーつづく ・・・・・・・・ 2003年07月28日(月) 845, 親父の小言 わが愛息へ ー親の小言と 冷や酒は後で効く 火は粗末にするな 朝は早起き機嫌良くしろ (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・・ 2002年07月28日(日) 470, いい人とは この意味を考えたことがあるだろうか。子狐レベルの対話の「いい人悪い人」の話である。 突き詰めると「自分にとって都合のよい人」でしかない。「いい人の振りをしよう」というのが子狐の名前の語源といってよい。 「その時の自分の都合のよい権力者に擦り寄っていく」のも、もう一つの語源だが。あの人は本当にいい人だーそう自分にとって とっても都合のいい人だ。ただそれだけだ。それが解ってないからお互い傷つけあうことになる。都合などその都度変わるからである。 ゲゼルシャフトー契約社会とゲマインシャフトー血縁社会の差も一生理解できないレベルである。 少し知り合うともう何か相手を利用することだけを考える人がいる。教養のない女ー特に小汚い中年の女に多い。 男も子狐というレベルの男もそうである。こういう人間にとっての人脈とは利用できる集団か、人との繋がりでしかない。 人脈とは「自分が過去奉仕し続けてきた貸しのある繋がりである」ことが解らない。少なくともいい人の振りをしないことだ。 ベタベタした人間関係がこういう誤解をつくりあげる。地方などの非移動社会ー固定社会では、いい人を演じなくてはならないのか? どうであろうか?!真っ当に生きようとしたら、悪い人を演じなくてはならないのか? いい人とは善悪という道徳的価値観が、それも小さな社会の縛りが入ってくる。それも気違い部落の? ・・・・・・・ 2001年07月28日(土) [90] 人生のコツ ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。本当に色々な人がいるものだ。 推測だがどこかの高校の校長だったのではないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。 「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り 埋め尽くす生き方」をその人の感化で、その旅行で決心した。 その人の言うに「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系!若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた! 家族で日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。しかしどういうわけか死ななかった。 それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中をほとんど回ってしまった。」この時、これだな!と思った。 そして先ほどのの決心をしたのである。 「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。 その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングを かけて食べている」との答え。 後は好きな事だけをやる事だそうだ。 なるほどと考えさせられた。
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2012年07月27日(金)
* ユーロ安が止まらない! ユーロが、ついに95円を割ってきた。4年前までは160円代だったのが、4割以上も下落したことになる。 これはスペイン10年債利回りが7.59%にまで急上昇し、更にイタリアの地方都市が破綻危機に瀕しているなど、 ヨーロッパ金融危機がスペイン・イタリアの地方政府・都市に出始めてきたため。日本だけでなく、欧州に輸出している 中国などが直接影響を受けている。もしユーロ圏内の国でデフォルトでも宣言されたら、更に国債や株式・為替市場が暴落する 負の連鎖が始まる。 やはりロンドン・オリンピックが終わる頃から荒れた経済が表立ってくる。既に会社経営から退いたので、 以前ほどの心配はないが、それでも日常生活に直撃してくることになる。このオリンピックが白々しく思えるほど世界の経済は 逼迫しているということ。 * いじめ 小学校、中学校時の虐めは誰もが何らかのカタチで経験している。色いろ見てきたが、それぞれが酷いもの。人間に格差と、 差別がある限り、自然発生的に起こるのは避けられない。虐め側の人は家庭に問題があり、成績が下位にあるか、性格が捩れていて、 自分より下位の人の弱点を見つけ徹底的に攻撃をする。彼らの特徴に徒党を組む習性が強く陰湿な集団リンチ的要素が強くなり、 強者にヘツライ、弱者に強持てになる。 中学校の虐めグループの、その後は、当然?修羅の人生の人が多い。今回、問題に なっている大津市の虐めによる自殺はタチの悪い虐めのようだが、今日明日にも自殺に追い込まれる直前の小・中学生が数百、 数千人が存在していると考えられる。しかし小・中学校時代の虐め経験は必要悪の側面がある。特に会社組織は弱肉強食社会。 そこには表立たない筆舌に言い表せない虐めが存在している。そのための免疫を子供時代につくっておく必要性がある。 虐める方も虐められる方も家庭問題による歪みの起因の要素が大きい。般若の面は差別による虐めの怒りの表出というが。 ・・・・・・・ 3775, ユング ー11 2011年07月27日(水) * ユングの能動的想像とは? ー2 〈 ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー③ 〉 コリン・ウィルソンは、ここで能動的想像の実例を幾つか取り上げている。この内容からみると共同意識の世界まで入り込んでいる ようで、夢の世界の奥行きの深さを感じさせられる。 私も夢で数知れないほど、奥の深い内容のものをみてきた。 【ーP/242ー もう一人のユソグ派の分析家J・マーヴィン。スピーゲルマソは、母親と娘と老賢人に出会った洞窟での「空想」で、 24歳のときに能動的想像の技法を獲得し始めた。ある日騎士があらわれ、母親と娘をさらって行った。その騎士は、自分は話すべき いくつかの話があり、また話を口述させたい「数人の他の人が自分の国」にいると説明した。 それからスピーゲルマソは数年を費やして、 騎士、尼僧、色情狂の女性、老いた中国人、その他の人々が口述したいろいろな話を書き留めた。これらは、四巻の本になって出版された。 あきらかにスピーゲルマソはブラッド・アブセッツと同じ技法 ーつまり「別の自己」が内気を克服して自分を表現するがままに任せる 方法を用いた。そしてその結果は、多くの点で似ていた。 このシリーズの第四巻『騎士』(「一九八二年)のなかで」スピーゲルマンは きわめて重要なことを観察している。すなわち、能動的想像を実行するのに成功すると、「共時的な事件が規則的に起こり、きわめて 神秘的な方法で世界とかかわりあえる」ことを観察した。 起こることは、内部的な仕事によって世界との関係がともかく変わることだと、 スピーゲルマンは言っている。それから彼は、雨ごい師の重要な話 ーもともとはリヒアルト・ヴィルヘルムによってユソグに告げられた話 を述べている。< ヴィルへルムは、旱害に苦しんでいる遠い中国の村にいた。雨ごい師が遠い村から招かれた。 彼は村はずれにある 一軒の小屋を所望し、三日間そこから外に出なかった。 その後土砂ぶりの雨になり、ついで雪が降った。これは一年のその時季には 前例のないことだった。・・ヴィルヘルムは老人に、「あなたはどういうふうにして雨を降らしたのか」と聞いた。 老人は、自分が それをしたのではないと答えた。「私はあらゆることがきちんとしている国からやって来ました。雨が降るぺきときには雨が降り、晴れが 必要になれば晴れます。人々自身がきちんとしています。ところが、この村の人々はみな、道からはずれていますし、自分自身からも はずれています。 私はこの村に到着してすぐに、それにうつり(感染し)ました。それで、私は一人になれるように、村はずれの一軒の 小屋を所望したのです。私がもう一度道にかなうようになったとき、雨が降りました」と。「道と自分自身にかなう」と老人が言っている ことは、ユングが個性化と言っているもの。脳の二つの半分の間に適切な交通があった。> 雨が降らない村の人々は、左脳の自我で 支配されていた。左脳の自我は、もろもろの問題に過剰に反応する傾向にある。・・アメリカのハワード・ミラーは、人間には既に、 ある形の能動的想像を持っているとミラーがいっているのは実際には、右脳は オーケストラ、左脳が指揮者だということだ。】 ▼ 連続シリーズの夢は、一種の能動的想像になるのだろうか。人は夢日記をつけると、つけないとでは、大きな違いが出てくる。 夢は、潜在意識を覗く手立て。それを記録にして書き残す習慣は、考えてみれば自分を知る一番の方法である。 父親の初七日に、 父のベッドでみた夢(以前にも書いたことがあったが)。父親の魂が私に入れ替わってしまった夢である。 父がガン末期で、 死の恐怖と闘っていた時に、傍にいて、それが直に伝わってきていた。そして、初七日に、その恐怖心が、そのまま夢で、 体感したのである。問題は、それから。ハッとして目覚めたとき、父親の自分が、私として存在している奇妙な実感である。 それから、私に10年以上、変な感覚が身についてしまったのである。今から思うと、その感覚を使って、もっと見るべき 世界を見てきた方が良かったが、それは今だから言えること。自分の内なる沼には、底知れぬ深さがある。 ・・・・・・・ 3410, この国の終わり −6 2010年07月27日(火) * 日本の余命はあと僅かである (P・107) どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに超えていた。 彼らの悪辣さの度合いは、 日本人の常識ではとてもついていけない。そのため私たちは、世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じることをやめる。 福沢諭吉は彼の『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の真意を次のように要約している。 ≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと商売をせよ、さもなくば殺す、と言っているのだ」と看破。 その性温厚にして軟弱な江戸時代までの日本人にとって、この考え方は常識をはるかにはずれた奇想天外の暴言であり、 だからこそ福沢もわざわざその事実を本の中でコメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、至極まっとうな 言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても過言ではない。 そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ごしてきたのは、ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、 いま少し足りなかっただけのことである。 あるいはIT革命、情報革命といった、新しい最終的な手段が出そろっていなかった ためでもある。 彼らはそれらが出そろうまで、辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと舌なめずりをしながら、 それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしをしてきたのである。 そしていますべてを手中にし、 すべての条件が整ったというわけだ。 福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっとフォローできる表現を使って 解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」 ということなのだ。 商売は、金儲けは、とっくに済んでいる。 金儲けの最終段階は、いまも昔も奴隷制度の貫徹である。 さらに、究極の奴隷化とは、頭脳の奴隷化なのだ。つまり、マインドコントロールのことである。 いまこそ彼らは堂々と宣言する。 「我々の家畜になれ、奴隷になれ、ロボットになれ、さもなくば殺す」 それが最後の「お触れ」なのだ。≫ ▼ それが30数年前から始めたアメリカの金融戦争である。 ドル一極支配下に入れ、さもなくば叩き壊す。 その際たるものが、この金融恐慌。 これで欧州連合のユーロは風前の灯である。たしかにドルも傷ついたが、 胴元の被害は、早々に元に戻る。 更には中国もドルを1兆ドルも持たされた。そして、数年後には、それらを アメロとかいう新ドル?でチャラにする。 それで日本は、その最大の被害者になるのである。家畜の運命は、そんなものか。 ・・・・・・・ 3035,「顔」を哲学すると 2009年07月27日(月) 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな 要素になるのにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。それでは自分で考えてみることにした。 古代よりクレオパトラや小野の小町など、美人は特別に扱われてきた。 考えてみれば顔の部分のバランスと、全身のバランスが 整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。 そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。 また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。 さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、 人間は顔に興味を抱く。どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。 男の顔は履歴書で、 女の顔は請求書とは、よくいったものだ。徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの作品を残している。 漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。その意味で写楽の絵が、 その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。 (字数制限のためカット 2012年7月27日) ・・・・・・・・・・ 2670, おばさん、の話 2008年07月27日(日) 「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力があるという。 ーおばさんとは、 「女という演技を止めた女性」「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」「老化のバランスの崩れに対して 抵抗しなくなった女性」「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、書けば幾らでも要素が出てくる。 女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。 女性が一番美しいのは、40歳前後という。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・・・・ 2007年07月27日(金) 2306, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー1 祥伝社 チャールズ・J・アクイスト ー読書日記 このようなプレゼントを、かって聞いたこともなかった。そのユニークな依頼に誠実に答えてくれるアメリカ人が素晴らしい。 成功者は、何かの共通した言葉を持っている。過って一歳だった自分の子供へのプレゼント!という、思いもあるのだろう。 彼らのシンプルだが真髄をついた言葉には感動するものが多い。米国の弁護士の著者が、息子の1歳の誕生日のプレゼントとして 「世の中で成功している偉人から、人生で成功するための助言をもらう」というアイデアを思いつき、1年近くかけて実行。 依頼をした「成功者」のジャンルは、政治、経済、芸能界、スポーツなど。大統領、大リーガーなどの著名人からの素晴らしい アドバイスが届けられた。本書はそもそも、極めてプライベートなものとして依頼されたもので、「本にする」というアイデアは、 依頼者の一人のリチャード・ブランソンが、出版のための依頼だと勘違いして手紙に書いてきたところから思いついたもの。 その為に出版にあたっては、返信してきた全員に再度依頼して承諾書をもらった。その結果、95%の人は快諾し出版に至ったという。 この本の利益は全て寄付をするという言葉も書き添えたところが良い。 著者が送った質問は次の通りである。 *どうすれば人生で成功できますか? *世界で一番大切なことはなんですか? *愛とはなんですか? *幸せとはなんですか? (次回、私のこの答えを書いてみようか?) これに対する答えが、回答者の価値観を浮かび上がらせている。上記質問に対して、空欄に答えを書いて返信してきた人、 書ききれず別途に長文を書く人もいた。 著名人だけあって、自分専用のレターパッドを使っている人もいた。 レターパッドにタイプ打ちして、自筆のサインを見ると、この人はこんなレターパッドなのか!とか、サインはこんななのか!とか、 普段あまり目にすることのできない、側面を見ることができる。 読んでみると、なかなか心のこもった座右の銘が多い。 次のことは、その中で多く見られた言葉である。 一番のベースとして、大事なことばかりだ。「ベストをつくせ」「家族と友人を大事にしなさい」「愛とは、見返りをもとめないこと」 「決してあきらめない」「誠実であれ」「好きなことを極める」「親のいうことをきけ」等々ある。 以下、印象的な人の言葉を抜粋してみる。 ●良い判断を下すには情報が必要だ。 ●すべての善人に過去があり、すべての罪人に未来がある。 ●自分の性格判断の簡単な方法は、何もしてくれない人にどう接しているかを知ることだ。 ●言いわけはするな。 友人には必要ないし、敵は信じないから。 ●信仰心に栄養を与えて育てれば、疑念は飢えて死ぬだろう。 ●勝とうという意欲より、勝つために努力しようとする意欲の方が大切である。 モーガン・ウーテン(高校バスケットの名コーチ) ●ぼくのアドバイスは、‘毎日を最後の日と思って生きよう、そして自分を信じよう’ リチャード・ブランソン(実業者ー冒険家) ●自分の身に起こることを常にコントロールすることはできないが、起こったことに対する反応をコントロールすることはできる。 失ったものはあきらめ、負けないすべを学ぼう。 フィル・ニークロ(元大リーガー) まだまだ、面白いもの多くある・・・ ?つづく (○´ω`○)ノ**SeeYou**again! ・・・・・・・・ 2006年07月27日(木) 1941, ローマから日本が見えるー16 \(^▽^*)おはよう 第七章「創造的天才カエサル」?2 ー植民都市の建設ー 徴収上の問題を解決をすると同時に、カエサルが行ったのは、属州にもローマ市民権を積極的に増やしていく方策であった。 ローマと属州が共同運命体になるには、属州にもローマ市民を積極的に増やしていく方策である。 彼は大きく分けて二つの方法で、属州在住のローマ市民を増やしていった。 ・一つは、族州民にローマ市民権を与える方法。 「古くからローマ人は敗者も同化する」という独特な哲学を実践していたが、それを属州民にも適用していった。 (字数制限のためカット 2011年7月27日) ・・・・・・・ 2005年07月27日(水) 1576, 次にくる波 ー2007年から、いよいよ経済大変動がやってくる 著者:浅井 隆 ー 読書日記 HPに「次にくる波」の概略が解りやすく書いてあった。これを数回読めば、買って読むことも無いだろう。 少しオーバーと割り引いて読んでみても、現在の日本は異常事態である。 何らかのクラッシュをきっかけに、 このような最悪な事態になる可能性は大きい。ゼネコンと政治家と官僚のタカリシステムをみても、絶望的になる。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2004年07月27日(火) 1211, 哲学についてー21 ー哲学 つれずれに 「哲学について」は、読んでいる方は面白くないだろうが、書いていると意外と面白い。 自分の内面を見つめていることになるからだ。そして、自分の考えと思っていたことが、以前読んだ哲学者の言葉でしか ないことに気づいたり、それまで考えていたことが浅知恵でしかなかったことに一人赤面をする。私たちが経験して考えたり、 脳の中で考えたりしていることなど、先人は数百年前、数千年前に既に考えていたのだ。 (字数制限のためカット 2011年7月27日) ・・・・・・・・・ 2003年07月27日(日) 844, パイロゲン 十数年位前に知人に紹介されて、パイロゲンという健康ドリンクを飲んでみた。 たまたま初めて飲んだ日に「飲み会」があった。 酒がそのままストレートで・・・一晩で 10回以上トイレに行くことになった。しかし次の日は二日酔いは全くなし、早速常用するようになった。 3年以上は飲み続けた。 その前後に胚芽米酵素の『ハイ・ゲンキ』という健康薬品を飲み始めた。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2002年07月27日(土) 469,チンパンジーの話 チンパンジーの集団行動について2~3年に一度くらいTVでドキュメントを放映する。大体が京大の研究グループのものだが、違うものもある。 面白いので必ず見ている。彼らの集団は猿の集団と一緒で一匹のボスで率いられている。 常に二番ボス、三番手がいて、その序列は 実力により明確に決まっている。 ボスは常に二番手の脅威にされさてている。時に二番手と三番手が組んでボスを追い落とすこともある。 ボスも時にデスプレーとして、ヒステリックに木や石を投げつけたりして自分の存在の示威行為をする。時にボス争いで死闘が行われたりする。 その争いは政治家の派閥や権力争いに酷似している。チンパンジーの研究は人間の原点の研究でもある。ボスのいない時に浮気や 小競り合いなどある。 若い恐れを知らないチンパンジーに対するリンチ事件や序列争いも人間に酷似している。 今でもハッキリ憶えているのが、あるボスがメスに恋するが全く相手にされず遠くからメスを見ている目付きが人間のそれとそっくり。 (字数制限のためカット 2011年7月27日) ・・・・・・・・・ 2001年07月27日(金) [89] 城と教会そして宮殿 ヨーロッパはお城と教会そして宮殿が素晴らしい!何処の街に行ってもこの三点セットはある。 それぞれの個性という点で素晴らしい!また周辺のくにを侵略して富を根こそぎ奪うのだから規模が違う! 美的センスもよい。外観を眺めているだけで充分満足できる。文化という点である時期、王侯貴族のシステムも必要であろうか?
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