堀井On-Line



4139, 元始、ママは太陽であった ー2

2012年07月25日(水)

   * スナックは「未知なる異空間の社交場」
 著者の言葉そのままに、何処の店も似たかよったりである。この長期不況のため、客足は激減、スナックの数も同様である。
何とか存続しているのは、昔からの店で固定客を掴んでいる店だが、話は不景気の話ばかり。やはり還暦過ぎると、以前のような
元気は減退、それにつれて回数も減っている。それでも月に平均二回は通っているが、一晩3〜4軒のハシゴが2〜3軒で帰ってくる。
高度成長期の一時期を除くと、スナックは儲かる仕事ではなくなった。 まあ、よく維持していると感心する。 一部をコピーする。
≪ 日本全国にスナックはたぶん15万軒ぐらいある。15万軒の扉の中で、毎晩『つぐない』や『銀恋』や『麦畑』や
『津軽海峡冬景色』が何万回も歌われて、何十万人もの家族が、何十万人もの家長のママを囲んで和気藹々夜を楽しんでいる。
家に帰れば別の家族が待っているママもいるし、ひとり暮らしのマスターもいる。 店の中では一緒に遊べる家庭があって、
飲んだり歌ったり、お腹すいたら焼きウドン作ってみんなで食べたり、「今度はどこの温泉に行こうかなど盛り上がったりしている。
 この数年でやたぶん200軒以上のスナックに足を運んできたけれど、裕福なママやマスターなんて一人もいなかった。
「儲けを考えたら、こんなことやってませんよ」というのは、僕がいままでインタビューで、一番よく聞いた言葉のひとつ。
でも、そこには別の「幸せ」と呼ぶのは大げさかもしれないけれど、こころのコリをほぐしてくれる温いなにかが、確かにあった。
有名スポーツ選手を射止あたり、年収、何億という女社長になったり、名家の女家長どして君臨したりオンナ道の「勝ぢ方」にも
いろいろあるのだろう。でも、もし僕がいい年したオバサンだったとしたら、気の良い常連たちに恵まれた、場末の小さな
スナックのママでいる以上の幸せは、なかなか思いつかない。 ところで一説によると、日本で一番多いスナック名は「来夢来人」
(ライムライト)という。ネットによると、その名前のママが四人揃ってライムライト・サミットが開かれたといか。不景気話が
中心だったと思うが?・・ スナックを「未知の異空間の社交場に人生の酸いも甘いも知り尽くしたママが待っていると考えるか、
酔っ払い相手の怪しげな空間として捉えるか」でスナックの価値(意味)も変ってくる。 カフェやバー、こじゃれたレストランが
ない町は日本中にたくさんあるけれど、スナックのない町は殆んどない。共通の異空間を人を求めているのだ。≫
 ▼ そういえば、タンザニアの年越しに行ったスナックが印象的だった。タクシードライバーを中心にした小さな村の中に
  10坪位の掘っ立て小屋だが、カウンターがあり、テーブルと椅子が5〜6あるスナック。そこに30歳位のグラマーの
  現地人ママがいて、年末の年越しのため10人位が焼肉パーティーをしていた。私たち日本人5人が、そこに加わり大騒ぎ、
  しかし、10メートル先にはハイエナが数匹、唸り声をあげていた。タンザニアの片田舎にも日本と同じようなスナックが
  存在していること自体が奇妙な気持ちだった。スナック、そこは漆黒の異次元の寂しさを紛らわす共同空間でもある。
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3773, 閑話小題 ー今場所は面白い大相撲
2011年07月25日(月)
   * 今場所は面白い!
 大相撲、今場所は、いやに面白い! 相撲はプロレスと同じでないとしても「現在も談合の臭い強い○○業界?」と酷似した世界。
いずれにしても数年内に、これまでの延長上の事件が発覚、「現在の相撲協会は解体、根本的出直しの事態になる」こと必定。
「税金免除の談合社会も終わりをつげる」可能性を孕んでいる。 しかし、少なくとも今場所は八百長はやりつらい。
 で、まず「あの方」が引退に追い込まれた。 この場所全体を俯瞰すると三十代半ばの力士達の、勝率が極端に良くない。
興行上、大関以上に日本人は一人は必要。そこで来場所から、何の引退の替わりに日本力士が大関になる筋書きになってはいたが、
今場所は難しい。で、・・ 全体が阿吽の呼吸で場所全体の筋書きを創作するといえば、恰好がよいが、阿吽の談合が大相撲の本来の伝統?。
「それを今さら何をいっているか!」が、彼ら役者(親方を含め)の言い分である。 それをいっては御終いだが、事実は事実。
現在の協会が解体されれば、国技?を前提にした税金免除だけでなく、これまでの備蓄金も没収される。 せっかく日本的伝統を長年かけ、
つくり上げてきた親方制度の蜜が吸えなくなるため、親方衆が保守的になるのは当然。 で、今場所は、どうも、こうも、
「僕らは、そうすれば良いの?」が、露出しているから、これほど面白い場所はなかった。今場所は、優勝は大関の日馬富士。
大関に一歩及ばなかった一人を含めた関脇の三人が、大関に向けて一線に並んだ。 また、八百長で20数名の力士が追放された効果で、
若手が一挙に十両・幕内になった。 地位は人を作るで、数場所で、それなりの実力が備わってくるはず。
 その怪我の功名で、相撲が俄然面白くなってきた。 この傾向は数年は続くだろう。有望な力士も、古参に苛められ若いうちに、
その力が発揮しないうちに枯れてしまうのが、これまでのパターン。その上に、貸し借り、金銭のやり取りで昇進が決まってくるから
関取になったと同時に変になってしまう。 その意味で当面は大相撲は復活するだろう。 若手有望力士の台頭がテーマでキャンペーンを
はれば良い。ということは、古参力士の大量の引退劇が始り、相撲自体が新鮮になる。 何処の世界も、同じ。老兵は消え去るのみ  か!
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3408, この国の終わり −4
2010年07月25日(日)
  * 「取り繕い」国家の「その日暮らし」民族
 ー(P・53) 原爆を落とされる直前まで、私たちはせっせと竹槍を作っていたのはつい最近の出来事である。
 いくら資源不足の国とはいえ、なんとも象徴的な風景ではないか! それが何になったか。この大悲劇の教訓は、その後も
 全く生かされなかった。現在、足音高らかに近づいた究極の世界的大陰謀という「目」に対し、私たちの「目」は老眼にかすみ、
 日本民族総家畜化という「歯」に対しては、私たちの「歯」は全部抜け落ち、入れ歯さえもちあわせていないのである。
 この世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。 いったい世界で昨日今日何が起きているのかが、わかっていない。
 新聞に書いてある程度は読んでいるかもしれないが、その記事を疑う段階までは決していかない。ブッシュの言動と小泉の
 言動の間にある因果関係を考察する意欲もない。ということは、即、明日の自分の命には無関心だということである。
 なぜか?考えるということができないからである。 目にはカラオケ、歯にはパチンコで毎日を過ごしているのである。 
 明治国家がインスタント国家であり、急場しのぎ国家、間に合わせ国家、一夜漬け国家、ツギハギ国家だったことは確かなことだ。 
 世界のあらゆる事情に応急対応を迫られ、いずれかゆっくり腰をすえ、・・と一時しのぎのつもりが、ずるずるとここまで生き延びた。
▼ 現在の民主党の沖縄軍事基地の対応も、まさに著者のいう「取り繕い」そのものに終始している。
 この本が書かれて4年経ち、その二年後にリーマンショックがあり、世界に先駆けて国家存亡の危機に立たされている現在でも、
 ただ「その日暮らし」の政策しかたてることが出来ない。 4年前には、この著は「過激」に受け止められたが、現在ではご覧の通り。
 自民党と民主党という二大政党の看板はあれど、旧態以前の体質は変わってない。軍事も、金融も米国に支配され、身動きがとれないで、
 ただ目先を「取り繕い」、「その日暮らし」をするしかない。ほぼ完全占拠されている現実が直視できないのである。
 軍事ひとつとっても、ほぼ全てが米国製。部品補給をストップされれば裸同然になる。中国、北朝鮮の防衛の一環のための米軍基地の
 配置というが、実際は日本の軍事占領。金融も、アメリカ国債に500兆円も買わされている。で、変動為替で、ある時期に来ると
 ドルの価値を下げてチャラにさせられてきた。それを知って知らないふり。
 政治家も官僚も、むしろ尻尾を振って従わざっているとしか思えないのである。彼らは日本がアメリカの支配下にあることを
 知り尽くしているからである。 北とか中国の脅威より、この見えざる搾取の方が遥かに深刻である。これが現状である。
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3033,刑事が家にやってきた
 2009年07月25日(土)
 先日、家に帰ると家内が
「今朝、あなたが出かけて直ぐに刑事がきて『御主人がいますか』というので、普段は8時15分に出るのですが、
病院に一度行った後、そう20分ほど前の11時前に出かけた」といったという。そこで刑事が「先ほど真ん前のアパート2Fの
一番奥の部屋の窓が割られ、泥棒が入りそうになったが、部屋には住人が居て、通報をしたため逃げた。
    (字数制限のためカット 2012年7月25日)
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2668, 日本経済の崩壊と資産防衛
 2008年07月25日(金)
二年と三年前に二回受けたセミナーのシリーズが、再び開講するというので一昨日、受講してきた。
講師の清水洋氏は《平成20年からマーケットの大転換》があると言い続けてきたが、いよいよ現実化をしてきた。
《日本経済はかってない構造変化を体験するので、早めに手をうって事業と財産を守れ》というのが、彼が一貫して言い続けている
ことである。今年になって、サブ・プライム問題がアメリカで表面化をして、一挙に世界の景気の陰りが出てきた。
数年前に出席したときに、言っていたことが、まさにそのとおりになってきた。今年になって読んだ本にも同じようなことが
書いてあったが・・ 講師は予告どおりになっているので上機嫌だったが、聞いている方は、その激しさに震撼とした空気であった。 
  その内容を印象に強かった順に大筋書いてみる。
・金利の高騰は、既に始っており6〜7?になっている。 出来たら固定金利に換えておくこと。
・とにかく破産者が多い。生活保護世帯も二年間で130万から150万世帯に増えた。
 零細・中小企業の倒産、廃業が信じられないぐらい多い。
・ガソリンスタンドが現在4万あるが、60パーが淘汰される。
 (一例をとると、ガソリンは赤ランプがついてから入れにくる車が増え、その上に千円しか入れない)
・地方は老人と子供が増えて、商売が成り立たない職種が増えてきている。
・問題は国債だが、それより年金の未払いの数字が膨大にあるのを、国民は知らされてない。800兆円あるという。
・生産者優先の社会から、消費者優先の社会への大転換が雪崩をうって進みはじめた。
・金は現在、Kgあたり350万だが600万はいくだろう。
・アメリカのドルは近々には暴落をするが、その後に金か農作物本位制度で復活する。しかし日本は暴落はするが金を持つことをアメリカ
 から間接的圧力で持たされなかった。アメリカの金の在庫量が7500万トンだが、日本は170万トン、ドイツは350万トンしかない。
・郵政民営化は、郵貯の資金が外国に逃げることを意味している。
・国家破綻の結果として、ハイパーインフレが生じ、国債が暴落。国民の資金の価値が暴落。それで国の借金をチャラ?国家破綻は政府の破綻。 
 それを外国メディアが正確に報じる。(外国メディアに敏感であれ)国民は、消費意欲が極端に落ち、さらなるデフレへ。
・スイスフラン、ユーロダラーや、金の現物にリスクヘッジをしておくこと。
・2〜3年後には、ドルと円の破綻は間違いない。
・人口減少社会は、300年に一度の社会的大変化の時代に突入。それは、明治維新、第二次大戦の終戦に匹敵する
  ー以上だが、次回は私なりの意見を書く。  - 2008年07月23日 13時〜17時 会場 御茶ノ水 山の上ホテル −
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2007年07月25日(水)
 2304, また地震!どうなっている?まったく! −8
今回の地震で不思議なのは、家の倒潰の数に対し火災が無かったことである。全壊1000棟、半壊2000棟、
被害住宅1万数千棟からみて、何で火災が発生しなかったのか? 祭日の午前中としても奇跡的である。
それもダウンタウンと隣接している住宅密集地で、かつ年寄りが大部分の中で?それと同じことだが、死者が11名も
合点がいかない。余震が何回かあってから本震があったのではない。突然の本震の中、三桁に近い犠牲者が出て当然、
不幸中の幸いである!柏崎市は‘家内の実家’があると同時に、母系の親戚があり、知り合いも何人かいる。
いま住んでいる長岡と、事業をしている新潟と、家内の実家のある柏崎と、丁度バランスが取れていた。 
それだけ柏崎は因縁があるところ。越後の英雄?田中角栄の出身地の西山が長岡と柏崎の丁度中間にある。
角栄の地元の中で、柏崎は最も利益を受けていたところである。直接的には、今回の刈羽原発と道路網である。
原発だけで3兆数千億、関連を入れればサラに増えるだろう。家内の実家が建材屋をしているので、その内々の豊かさに驚かれる。
柏崎は地味で堅実が特性、しかし小粒だが時代の変化には敏感である。深海の底にシッカリ根を張っている生きもの、
そうヒラメかカレイのような人が多い。家内がそうだからである。長岡は城下町で、派手でプライドだけが高いところで、
柏崎とは全く性格が正反対のところがある。両者とも昔ながらの越後気質が残っているが・・・
   (字数制限のためカット 2011年7月25日)
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2006年07月25日(火)
1939, 降りかけコーヒーの味!
(字数制限のためカット 2010年7月25日)
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2005年07月25日(月)
 1574, 日本人の苗字ー2
日本の苗字の多い順ランキングは、
この本によると以下の通りである。
1位 佐藤 1914300人 2位 鈴木 1692300人 3位 高橋 1406000人 4位 田中 1324200人 
5位 渡辺 1090400人 6位 伊藤 1072400人 7位 山本 1068200人 8位 中村 1041200人
9位 小林 1011900人 10位 加藤  853300人
田、藤、山、野、川、木、井、村、本、中などが名前によく使われる漢字ベスト10である。
これからみて、自然と土地の名前と関係の深い文字が多いことが分かる。元々、苗字を持つことは特権階級のものだった。
江戸末期の苗字を持っていた人口は20〜30万人、約1万姓だった。明治初期の苗字の義務化により、29万の姓が増えてイッキに
30万になった。それ以前より非公式に使っていた例も多かったようだが、一般的には、苗字は100年しか経ってない新しいものである。
明治8年の平民苗字必称義務令が出たときに、慌てて作られた苗字が多くあった。
    (字数制限のためカット 2010年7月25日)
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2004年07月25日(日)
1209, ヘーゲル ー哲学について−20
  ーヘーゲルー
 マルクスの後になってしまったが、近代哲学でヘーゲルが基点になる。ヘーゲルは、「現実世界とその歴史は精神的な
発展していく姿ー現象と考え、それは自己認識に到達するための歴史的プロセスである」と考えた。
 心や精神は無機質の自然から生まれたのではなく、それ自身が存在の中心的な構成要素であり、現実を構成する
歴史的プロセスの主体と捉えた。この全プロセスを現におこっていると認識しているもの(存在の究極的な本質)を、
ドイツ語で「ガイスト」と呼んだ。 この意味は「精神」と「心」の中間のようなものであった。
ヘーゲルにとって、ガイストは、存在の核心、存在の究極の本質であった。
ガイストが自己認識を目指して発展する姿であった。それが達成されると、全ての存在は調和をしてひとつのものになる。
それをヘーゲルは「絶対者」とよんだ。 それが「絶対的観念論」である。
  ヘーゲルには3つの理論がある。
    (字数制限のためカット 2011年7月25日)
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2003年07月25日(金)
 842, エンドレスの巡礼
 先日、殺人未遂で逃げ回っていたお爺ちゃんが、エンドレスのお遍路さんでTVに出演をして、たまたまTVを見ていた刑事に
正体がばれて逮捕されてしまった。当地では「エンドレスお遍路」で有名の人だった。TV出演を拒否すればと思ってしまうのだが、
そこが人間の持つ浅ましさだ。 実を言うとこのエンドレスの老人の存在を知っていた。『到知』という月刊誌で、
俳優のショーケンー萩原健一の文章に登場していたのだ。ショーケンは、お遍路を年中恒例にしており、その詳細を書いていたのだ。
その文章でエンドレスの爺ちゃんの存在を知って「70歳を過ぎたら、こういう生き方も良いのかもしれない」と感心をした。
すべてを失い駅などでホームレスをしなくてはならない時が万一きたら、思い切ってエンドレスのお遍路も良いじゃないかと考えた。
絶望をして、死にたくなった時でもよい。実際に、お遍路の道中に行き倒れて死ぬのも、病院で管に繋がれてのた打ち回って
死ぬよりはずっと良い。その最後のよりどころを、この老人は儚くも潰してしまった。「歳とっての逃亡」でしかエンドレスの巡礼は
できないのかもしれないが。「巡礼は自分の過去に向かって歩いていくこと」と聞いたことがある。その行き先のまた先が神仏なのだろう。
まだ巡礼をしたいとは思わないが、いつか駆り立てられる日がくるかもしれない。母が80歳を過ぎ痴呆症の現象が出始めの頃に
面白い夢をみた。母が5~6歳の巡礼姿で玄関口にいる。その姿をすでに亡くなっていた母の妹がじっと見つめているのだ。
恐ろしい悲しい神秘的な夢であった。人生はエンドレスの旅路なのかもしれない。
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2002年07月25日(木)
 467,内山由蔵さんへの手紙
葉書ありがとうございます。この春奥様がご逝去されたと、兄より五月の連休頃に散歩の途中に会った時に聞きました。
謹んでご愁傷申し上げます。 丁度私が西アフリカに行っていて留守、参列できなった非礼お詫びします。
今年の2月ごろ堀内トシさんより手紙で「見聞皆師そのご追加分を送ってもらいたい」との依頼されました。
去年の五月より個人のホームページを開設して、毎日「随想日記」を書いたのをコピーして送りました。
その時に2部コピーして、内山さんにもと思ったのですが、少し差出がましいかと、そのまま手元にあるのを今回送ります。
その後の分もあるのですが、この秋頃に再び送りたいと思っています。毎日文章を一文書くのは大変ですが、頭の活性化には
ベストのようです。自分でも色々のことを考えているのに驚きます。「書き出す」ことの重要さを改めて実感しています。
土曜日が一番都合が良いので、いつでも連絡をください。大手通りは何をしても無駄だと思います。
同じ努力をしても半分以下の効果しかないからです。同じ努力なら二倍の効果のある場所でやるのが道理だと思います。
  ー内山さんの手紙の下書きーより
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2001年07月25日(水)
 [86] ホームページ用3dソフトが完成
(字数制限のためカット 2011年7月25日)


4138, 元始、ママは太陽であった ー1

2012年07月24日(火)

 ーある雑誌の「元始、ママは太陽であった」都築響一、のスナック・ママのレポートが面白い。 ーまず、その一部を抜粋するー
≪ 「スナックの良い店の見分け方がありますか?」と聞かれるが、そんなのがあったら苦労してないです。スナックのドアが
ああなっているのは、そこが家庭だからだ。「家庭的」じゃなくて「家庭」。あのドアは店のドアというより、ママなりマスターなりと、
常連さんたちがつくる「家」のドアなのだ。ドアがガラス張りで、中の暮らしが丸見え、なんて家はあんまりないでしょう。
 ママやマスターという「家長」がいて、常連さんという「家族」がいる。僕みたいな一見の客は、知らない家にお邪魔する人間として
ドアを開け、奥のほうで和んでる一家に「僕も混ぜてもらってもいいですか」とお願いして、「まあ上がって飲んできなよ」とか言われて
上がりこむ。ちゃぶ台やコタツのかわりのカウンターで肩を並べて飲んで歌って、そういうのを2、3回も繰りかえせば、知らないうちに
家族の一員になっている、スナックとはそういう場所なのだ。だから長いこと営業しているスナックでは、ママやマスターと常連たちが、
やたらとバーベキューだのボウリング大会だの栗拾いだの一泊温泉旅行だのに行ったりする。どんなに歴史があるところだって、
レストランやショットバーがそんなことをするだろうか。
 飲食業にもいろいろあるが、スナックという業種は、開業するのがいちばん簡単な飲食業でもある。飲み物と乾きもの出すぐらいだから、
調理師免許もいらないので、一日講習を受けて食品衛生責任者の資格を取って(よくカウンターの隅とかに青い板が貼ってある、あれです)、
保健所に食品営業許可、警察に酒類販売のための風俗営業の申請をすればいいだけ。あとは毎月の家賃と、お酒とつまみと氷代と、
カラオケのりース代を払えればやっていける。バーやキャバクラみたいに女の子を何人も雇うのでなければ、人件費もかからない。
料理店とちがって食材の心配をする必要もないから、商売としてリスクは、他の飲食業と較べてずいぶん少ない。そのかわり、儲らない。
 スナックでお客さんが払う金額というのはふつう、キープポトルを飲んで3000円から5000円ほどだ。最近では、それくらいで飲み代、
歌い放題という店もたくさんある。ドリンク代を考えれば、カラオケボックスより安上がり、なんてこともある。それで一晩に5人か10人、
常連さんが来れば上等という店がほとんどだから、お金儲けのためにスナックをやってるママやマスターなんて、日本全国にひとりも
いないのではなかろうか。≫
▼ 20歳頃から現在まで46年間、スナック、居酒屋で酒を飲んできた。20代後半から30代半ばまでは、仕事に没頭していた為、
 スナック通いは少なめだったが、それ以外は、月に二回は通っていた。だから、上記に書かれているのは全国津々浦々、殆ど同じという
 ことがよく分かる。男は傷ついて誰かに慰めて欲しいが、連れ添いは「ツレナイ」ため、外のママ様にお上手を言って欲しいのである。
 女の子を置いている店は、クラブの要素を入れて、疑似恋愛空間をつくってお客を呼び寄せる。アルバイトや、酒好き、男好きの
 女性を客に如何に集めるのもママさんの腕になる。それもこれも、采配一つで店の盛衰が決まってくる。ただ一つ、絶対的基本がある。
 店は綺麗に磨きあげておくこと。愚痴を言わないこと。客の悪口を言わないこと。プロ筋の店が少なくなってきた。客もだが!ーつづく
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3772, 閑話小題
2011年07月24日(日)
  * タレントは日本特有の職業人
 NHKのBS番組「クール・ジャパン」で、各国の外国人が日本のテレビ番組に特殊性を語っていた。
日本のTV番組は、それぞれの国からみると、過剰なぐらいサービスが徹底していて、特にバラエティー番組に、
その傾向が見られるという。そこにはタレントと称する職業があり、何でもこなすマルチ的才能の職業がある。
  ーそこで、タレントをウェブ辞書で調べてみるとー
【 俳優や歌手以外で、その才能・個性をセールスポイントにTVやラジオに出演して活躍する人を一般に「タレント」といいます。
 バラエティーやクイズ番組に出演している司会者、リポーター、コメディアンなどをさすことが多い。プロダクションに所属して
 チャンスをつかむほか、街を歩いていてスカウトされることなどもある。 いずれにしても、きっかけをつかむ運と、
 魅力あるキャラクターを持っているという、生まれついての素養が重要となります。 】とあった。
このような職業は外国では存在しておらず、日本固有のものという。また、日本のようなバラエティーも特殊であり、
そのテーマに教養を取り上げることなど外国では考えられないという。その意味では、日本は遥かに外国を凌いでいるとか。
もし、それぞれの専門家が、それ以外の番組に多く出演しただけで、仲間内で馬鹿にされる土壌がある。
教養番組に出演する時は、背広を着て、厳しい雰囲気が常識。 ゴールデンタイムに、
教養的知識を面白おかしく番組が構成されるなど有得ないといか。お笑いなら徹底的にお笑いに徹するのが習い。 
タレントという存在、そう言われてみれば不思議である。タレント教授、お笑いタレント、元プロ野球タレント、
タレント代議士、マスコミ出身タレント、など不思議といえば不思議な存在である。
専門職で名をなした人が、そのキャラでバラエティーに出て、その場を盛り上げる一員である。そういえば、公道で通行人が
インタビューをされた時に、多くの人が、堂々と受け応えする。一億総タレント化の様相でもある。 しかも今度は携帯電話が
パソコン化されてきた昨今、ミニブログなどのツイッターで、誰もが情報を発信できるようになってきた。
その中で、色々な方面の多種のタレントも出現始めてきた。面白いといえば面白い時代、総白痴化と否定だけはしてはいられない。
 それにしても、TVの露出度が高い低いで、その人気度がはかられる時代、変といえば変である。    バカタレ!
 ▼ NHK[クールジャパン」HPより
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)
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3407, 人みな骨になるならば ー15
2010年07月24日(土)
 * 心理学が自虐 
(−P199) もしフロイトの「発見」のうち、後世によって葬られず引き継がれるべきものがあるとすれば、
それは人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに自分自身で気がついていないという、
つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。われわれの無意識はわれわれに信じたいように信じさせる
傾向があり、しかも、その操作をわれわれに気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、信じざるを得ないことか、
単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。 いったんこの思想に感染してしまうと、以後、人間は自分の判断を
無邪気に信じ込むことが出来なくなる。 それまで気づかれなかった自分の暗黒面を知り、受け入れ、引き受けることで
初めて精神的な健全さが回復されるとするフロイト以後の治療論仮説は十分実証されているわけではない。
なぜなら、そうした「無意識」の洞察なしでも治療効果が得られる心理療法や薬物療法がいくつも知られてしまったからである。
とはいえ、われわれの「無意識」が、まるで別の生き物のように、意識的な感情や記憶や判断を本人の知らないうちに歪ませるのを
勘定にいれておくことは、いくばくか愚行を防止するのに有用なはずである。目常生活において、おいしい儲け話に飛びつくことが
危険であるのと同様に、世界や人生に関する認識においても、自分たちに好都合すぎる筋書きには眉に唾しなければならない。
願望充足をたくらむわれわれの無意識が、そのように誘導しているのかもしれないからだ。
 フロイト以後、いやしくも十分知的な教養人は、何らかのムシのよさを備えた世界観や欺瞞の人生観を受け入れがたくなった。
・話がうますぎるような信念は自己欺隔であり、
・自民族や人類だけを特別視する思想は単なる願望思考の産物でしかない。
・輪廻転生は「死んでも命のあるように」という見苦しい未練の現れで、
・極楽往生は現世の不如意を慰める童話である。
・文明をもった宇宙人の存在を信じたがるのは人類の孤独をごまかしたいためであろうし、
・超能力への期待も味気ない現実から目をそらし繍時の夢を見たいがためなのだ。
▼ 上記の中にも、多くの示唆がある。フロイトの「人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに
 自分自身で気がついていないという、つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)
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3032,青年と成年の境目
 2009年07月24日(金)
 青年と成年の境目とは何だろうか、何度か考えたことがあった。
「就職をし、結婚をして家庭を持って落ち着き先を見出した時」とは思っていた。
 開高健は以下の文章は、そのあたりを明快に書いている。
  ーまずは、その部分より
【「青春」という言葉があります。私なりに定義をすると、「自分の気に入った、自分の適した職業を見つけるまで、どんどん職業を
 変えていける条件と心のある時期」を「青春」というんじゃないか。 職業を選んでしまうと、それはもう青春ではなくて「青」が
「成」という字になる。職業を選んだときからアダルトになるじゃないですか。  (佐治敬三氏との対談より)】
 成るほど、その通りである。そうすると、私は34歳までは青年だったということだ。考えてみると、そうかもしれない。 
 青春は、理想を求め彷徨い漂っている時期をいうのである。それでは、中学校を卒業して就職し、一途に仕事をしてきた人には
 青年期は無かったというのか? その辺の判断は非常に難しいが、如何だろうか? そのファジーな部分からみると、人生に希望を
 持って具体的に行動をしている人が青年期というのだろう。 一生、足元を踏み固めずに、夢見るオノコがいるが、彼を万年青年とは
 いわない。万年青年という言葉には、深い教養の上で理想を追い求める人をいう。人にとって、その職業の占める位置は大きい。 
 連れ添いと同じぐらいといって良い。力=仕事、愛=家庭、知=教養とすると、青年期は、それぞれのカタチを模索し
 吸収している時期をいう。 見っともなく、ボロボロで、大きく変化をしている時、だから光輝いているのである。 
 成年期は、その光を失った時というと、そうでもない。仕事や、家庭つくりに全身をぶつけている違う輝きが出る時である。 
 そうこう考えると、就職と、結婚が大きな境目といってよい。 自立した時が成年にアップスケールした時である。
 心は何時も青年だが、身体は老年になっていく。諦念するしかないか! ところで、青年期も、成年期もない人がいる。ドッキ!
・・・・・・・・・
2667, 結論で読む人生論 ー3
 2008年07月24日(木)
 今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。今度、図書館に行って今の本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分?か。 
 とにかく、面白い。何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。自分を、くそ坊主と割り切れば、
「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題いえる。自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。
  −ー
「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」
「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」「てめえがみじめそのものなんだよ」
「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」
「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろうが」「ぶっ殺してやりたいよ」
「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」
「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり愛情であるんだ」
「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、てめえが不幸になる方がいい」。
極めつけは、これ。
・「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちになれ!そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、
 まず己を空しゅうして、謙虚になってひれ伏す。愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、女を愛することもできないし、
 女にも愛されない」。 「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」という二十一歳の学生の質問。利いた風な
 ことをいう者には東光は容赦ない。「バカとちがうか、こん畜生は? 生きているのに“生きる義務”もねえもんだ。 いやならとっとと
 死にゃあいいだろう。 そんなこっていっぱし物を考えていると思ってるのはバカだよ。生きるのは何も義務でもないし、運命でもない。
 オレたちは命のあるだけ生きるだけのことだ。努力によって生きてるわけでもありゃあしねえ。それでどうせ死ぬんだとか、あとには
 何も残らねえとか、そんなくだらねえことを若い身空で考えてよう。たしかに残らねえよ、おめえみたいなバカ者は! 
 その生きる義務とやらをさっさと放棄して死んじまえ! ──『極道辻説法』
おなじように、「人生ってちっとも面白いと感じたことがない」「つまらなかったらさっさと自殺していいんだと思う」十九歳の学生に。
「自殺より、最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、『おまえの人生、つまってるか?』って。
 みんな「つまらねえよ」って言うよ。そのつまらない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出していく発見だ、
 この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。どこへ行っててもつまるものを発見するという能力をまず養う。
 能力というより、そういう努力をするということだ。(略) それでもつまらなかったら、さっさと死んじまえばいい。
 オレは別にとめやせん。生きてる意味を放棄したんだから、勝手に死にゃあいいさ。」 ──同書
最後に、「死んだらどこへ行くのか?」という十八歳の学生へ。 「そんなことわかるかい!」。
 ーーー
これを読んでいると、悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。 そして、言葉は何時までも残るというのが解る。
本当に言葉は大切だ。 その中に感情と理性が入るからである。 最後は人間性ということだ。
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2007年07月24日(火)
 2303, また地震!どうなっている?まったく! ー 7
 ー風評で観光地が壊滅状態ー
まだまだ、地震の話はつづく。2?3回のつもりだったが、いくらでもあるものである。
この地震の原発の風評が、観光を直撃している。これから一ヶ月近くの稼ぎ時期の海水浴場と、温泉などの観光旅館である。
   (字数制限のためカット 2011年7月24日)
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2006年07月24日(月)
1938, 急増“働く貧困層      Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
 昨夜のNHKスペシャルがシビアな内容であった。(急増“働く貧困層"07/23(日) 後09:00 >> 後10:15 )
 ▽400万世帯が生活保護水準以下
 ▽リストラで年収200万・父親の涙
 ▽仕事に就けない若者都会を漂流 等が、骨組みとして構成されていた
 NHKも日曜日のゴールデンタイムの21時に思い切った番組を組むものだが、これが現実であるからだ。
  ーまずはNHKのHPから紹介文をコピーしてみるー
  (字数制限のためカット 2010年7月24日)
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2005年07月24日(日)
1573, 日本人の苗字      ー読書日記        
 ー30万苗字の調査から見えたことー
図書館で借りてきた本だが、身近なことのためか面白い内容であった。知っていることといえば、佐藤などの藤は、
藤原氏の藤から頂いたこと位である。日本人の約30万姓をデータに日本人の苗字を探って、その苗字の驚くべき由来などを紹介。
  (字数制限のためカット 2010年7月24日)
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2004年07月24日(土)
 1208, 自殺 3万4427人
昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7?も増加して3万4427人と報じていた。
 ー内容をまとめてみるとー
・原因として、病苦が45?、経済苦が25? 特に経済苦の増加が目立って増えている
・40歳以上が、4分の3を占め                 
・男女の比率は、男子が70?、女子が30?
・鬱病が30?70?。 他の精神疾患を入れると、殆んどが精神疾患があった
・1997年まで、年間2万?2万5千人と推移していたが、1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になった
   (字数制限のためカット 2011年7月24日)
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2003年07月24日(木)
 841, 初めての経験ーユースブック
 ある本を店頭で買おうとしたが、一度「アマゾンの中古本」を買ってみたかったことを思い出した。
そこで買うのを止めて、webのアマゾンで調べてみたら30?オフで出ていた。早速注文をしたら、一週間で直接「持ち主」から
本が送られてきた。大阪の女性の人からで、本は全く新品同様であった。家内にそれを見せると「きれいに読んで、また売ったら」
と考えも及ばない事をいう。恐らくアマゾンは2回目のそれは受け付けないと思うが? そのシステムは革命的だ。
  (字数制限のためカット 2010年7月24日)
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2002年07月24日(水)
 466,内山由蔵さんからの葉書
W杯のお陰でアフリカの地図を引っ張り出すチャンスが多く、だいぶ勉強しました。ホテル業も大変のようで、長岡のグランドホテルも
市議の中では云々されています。日本精機の永井さんが赤字のグランドホテル手本にして新潟の万代島の再開発のホテルをやるとか
云っていますが、永井さんでは経営はできませんね、どうするんでしょう。貴方がメルクマールで誉めておられ、私もフアンになった
ユニクロ、一揃え買ったが着こなせず若い者にやりました。ユニクロも元の元気はありませんね。大手通も今月一杯で丸越と覚張も廃業、
キッドも閉まったまま。どうするか考えはありませんか?市民センターは一日600人の入場があるとか。
お会いして貴方の話を聞きたいと思っています。私は元気でいます。
ー葉書の日付は7月20日ー2002年
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2001年07月24日(火)
先日も書いたがフィヨルド見物あとの登山列車のトンネルとトンネルの合間の空間で列車が停まった。
そこで全列車の乗客がおりて5分間の滝見物という。 100メートルいくと突然空間が開けていた。
そこに大きなショール滝が現れた。その滝に見とれ写真を撮り乗客の半分近く帰った時、突然音楽が鳴り出した。
ふと滝の中間に赤いものが見えた。赤いドレスの女が踊っている。
写真を撮ろうか、それとも見ることに集中しようか迷ったが両方にすることにした。
まさしく水の精が踊っているようであった。 一生に残る感動的場面であった。明日写真アルバムの載せます


4137, 大方は40歳で右下がり

2012年07月23日(月)

    * 男は40歳でポンコツ化の曲り角 !
  少し前の週刊SPA! になるが ≪40代会社員のポンコツ化が尋常ではない【証言集】≫があった。
 ー それは、「40代会社員の劣化メカニズムを徹底解明」特集で、劣化事例を紹介していた ー  
・「バブルの頃は良かった。友達の付き添いで行った面接で受かったりしたもん」と自慢話を連発
・「係長(男・45歳)という役職なのに、部下のミスは部下のミス、絶対に尻拭いをしてくれません。
 ランチに誘われても必ず割り勘。なぜこいつが係長になれたのか、我社の七不思議」(代理店・28歳)
・「IT関係の職業なのにも関わらず、僕の上司(男・46歳)はファイルの圧縮さえできない。
 Excelの関数はおろか操作もままならない」(SE・25歳)
 ポンコツ40代を見ていると、「自分はこうにはなりたくない」と誰もが強く思うはず。
しかし心理学者の和田秀樹氏は「人は40代になると必ず劣化します」と断言する。
▼ 現場の一線に立っている人も、管理職としての能力も、30歳代までで成長は終わると、いわれている。
 私の事業人生を振り返っても、右上がりが40歳まで、後は下降?で、その後の判断した結果は、右下がりの起因をしたものばかり。
 40歳の頃、富士銀行に勤めていた高校の同級生が支店長への出世コースから外れ出向になったっと聞いて驚いたことがある。
 激しい競争社会では、その辺がピークということ。結局、先が見えエネルギーも出し切ったところで、外に出さないと、
 組織そのものが弱体化する。その頃が厄年として男も女も大病や人生を揺るがす事故や失敗が起きてくる。 逆に、その辺に
 予定挫折として前向きに自分から転職・転業などの節目をつくる方法もある。その意味でも、男の一生は大変である。
 への字の右上がりから、下がりのテッペンが40歳。下がりきったところで少し右に流れたところが65歳以降。 少し長い?
 とすると、最近は80歳以降か。40歳右下がり説からすると、ピークを維持するため何かを学び続けなけばならないことになる。
 戦後日本を一人の人間と喩えてみると、1985年のプラザ合意が明らかに右下がりの決定事項。そして、現在66歳とすると、
 自分そのもの。4年前のリーマンショックが、次の大きは節目で、その大津波が今年末、日本と世界を覆い尽くす可能性が高い。
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3771, ユング ー10
2011年07月23日(土)
   * ユングのいう、能動的想像とは? 
  ーあるブログに、能動的想像法の要約があったー
 { 能動的想像法は、睡眠と覚醒の中間の状態で、一種の夢想状態に近い。 眠りと覚醒の中間、眠りに落ちるすんでで留まり、
  意識を持ちながら夢の中を観察するような、そういった状態。ただし、そこでは、あくまで観察するだけで、干渉はしない。
  願望を叶えるために夢を操作するような、そんなことはしません。魂ともいえるものが自由にしている状態を、ただ眺め、観察する。
  この時重要になるのが、記録。これは、単に書き留めるだけに留まらず、それは一種の表現になる。書き留めたり、絵に描いたり、
  粘土で作ったり、踊ったり、歌ったり、演じたり、また信頼できる人に話したり、そうすることで、無意識の闇にあったものが
  命を持ったまま、現世に顕現するのです。そうすることで、こちら側に生きる我々が、こちら側に生きながらあちら側に参加する、
  そんな感じになってきます。それが魂の体現の一部となる。 人間を豊かにし、特に現実問題と十分に向き合ってきた中年期・
  老年期の人たちに対しては、今までになかったものを与えてくれたり、今まで見逃していたものに、気づかせてくれたりします。}
 ▼ なるほど、面白い。 この実例が〈ユングー地下の大王 ーコリン・ウィルソンー 〉にあった。その幾つかを、次回に
  コピーし考えてみるが、あちら側は、あくまで能動的想像をしている本人の潜在意識の世界である。いや、更に深い共同意識の世界か。
  意識を持ちながら夢の中を観察する状態で、魂を眺めているのが能動的想像ということ。子供時代の頃の夢を見ている時の
  マドロミ状態が、こんなものかもしれない。ユングは自分に、この能動的想像力があることに気づく。フロイトとの仲たがいなどで、
  自分の精神が崩壊の寸前に至り、精神病者が苦しんでいる妄想を垣間見ることができた。その一つに「血のなかに溺れかけた
  欧州の幻覚が、翌年の1914年に現実になり、その幻想は間違ってなかった認識をえたのは幸運だった。
  作家の創作も似ているが、あくまで、これは潜在意識の観察であり、本人の魂の開放である。重なっている部分は、主人公の
  魂の開放を通して、読み手を満足させようとするところ。 (全ての小説が、そうとは限らない。)
   ところで、過って行ったことのある世界の旅先を、毎日のようにTVで放送している。実際に見てきた以外の所も映し出す。
  そうすると、当時に立ち返り、そこに自分が行っているような奇妙な感覚になる。これも、能動的想像法の一つになるのか?
  老人が過去の思い出に浸っている時、心は能動的想像の世界に入っている? だから、勝手に孤独な老人と決め付けるのは間違い。
   この年齢になって分かったことは、行蔵にあまりに多くの経験があることだ。
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3406, この国の終わり ー3
2010年07月23日(金)
 * 「転ばぬ先の杖」こそが知性の原点
 恐怖と不安は鋭敏な自衛感覚を育て、それによって人間である限り永遠に尽きることのない敵に対処することこそ、人間の知の原点。
その典型的な形が、外交をはじめとし、最後の原爆投下にいたるまでのすべての闘争における攻撃と防御のストラットジーである。 
恐怖は考えの母であり、不安は考えの教師である。考えた結果を個人的な知性に転じるという能力もまた、疑うという能力をも
持っていなければ達成できない。疑いの度合いが深ければ深いほど、そしてその疑いの解答が明晰であればあるほど、人は賢くなる。
「何故」があり、「何故なら」がある。 西洋哲学は恐怖と不安への疑いが原点であり、西洋宗教も同じである。
それが日本人以外の人間たちが持つ知性である。 一神教的知性なのだ。 賢い人、とは、知性があるということを
古風に言った言葉である。ただの「物知り」とは違う。知恵者とも言った。知恵は智慧とも書く。・・・・
▼ー感想  知性とは、モノゴトを知っているということでなく、恐怖と不安を感じ取り敵に対処する人間の原点を
 わきまえ知ることである。 持っている知識を、それに対処する智慧を知性という。言われてみれば、当たり前のこと。
(字数の関係でカット2012年7月23日)
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3031,卒業40年周年か〜 −3
 2009年07月23日(木)
* 奥野君への手紙          (今日、本人の手元に届く)
 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 
卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 
書いたことすら忘れていたので、タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 
8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。ブログに同月同日に毎日載せたものです。 
従って、毎年半年は、当時の日記を毎日読み返しています。その時に、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに
訪ねてきて、これから社会に出るにあたって多くを語ったことや、佐渡に広瀬君などとご一緒したことを思い出しています。 
 先日の会では石川譲治君や、服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君などの顔が見受けられました。 
その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯やりました。 三崎、木矢、伴、鈴木(加藤)、高杉です。 
三崎さんは10年前まで、新潟に16年近く転勤できていて、2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んでいました。 
 ところで私は、その後    
・ジャスコに一年在社後に、 ・産業能率大学に途中編入をし、・その後金沢の「いとはん」(ジャスコに吸収)に一年半在社、
・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを
 二年間従事(その当時に結婚) ・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、
・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。
 2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、何とかやっています。どちらかというと、
創業屋的な人生だったと思います。30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いたというところ。
 ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、仙台空港の南10キロほどの漁港のようなところで驚いています。
資生堂に入社して、都会にドップリと浸かっているかと思いきや、その正反対の場所で。 
実際のところ、東京のアスファルトジャングルなどより、遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。 
それだけでも良い人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。(それぞれに価値観があるでしょうが) 
何かチャンスがあったら、会うのも面白いでしょうね。 それでは、お元気で。 
あの日語り合った、延長の気持ちで思いのまま書いてみました。   2009年07月22日     堀井八郎  
 追文)8年前より、ブログを開いています。 暇のおり覗いてください。検索に堀井八郎を入れると出てきます。
   当時の写真や、先日のクラブや、同級の二次会の写真があります。 
   分類には当時の私の日記があります。  〜 22・23・24歳の日記のコーナー〜
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2666, 結論で読む人生論 ー2
 2008年07月23日(水)
 ー三十年ぶりの、今東光の毒舌ー
順不順でなるが {第6章 人生の価値、人生の意味ー なにはなくともこの糞坊主ー今東光}
が面白い。 久しぶりに今東光の毒舌にお目にかかった。亡くなって30年近くも経つだろう。
  ーまずは、その部分ー
 人生なんて、そんなにむずかしいものか。じつにさまざまな考えがあって少々、食傷気味である。もしかしたら、
人生論が人生をむずかしくしているのではないか。たしかに人生には山があり谷がある。悲喜こもごもである。
だが結局、生まれて、生きて、ただ死ぬだけのことではないか。どう生きるかは、それぞれの計らいでいいではないか。
ここまで見てきたさまざまな人生論はあまりにも近寄りがたいし、荒唐無稽すぎるし、立派すぎる。もっとスカッとしたものは
ないのか、とお嘆きのあなた、これがあるのだ。 その男が生存中は、なんだこの濁声の坊主は、と多少の反感を持っていた。
が、わたしはいまでは今東光を尊敬している。 そう、今東光和尚である。 聞いていただこう。
 *「正しい人生」とか「何とかの人生」なんてものはないよ。本人にとっての人生しかないんでね。
自分にとっての人生しかないんだ。おめえが十八なら、「十八の人生」というものしかないよ。
それしか、オレは言いようがないね。(略)だから、自分にとっての人生で、自分が、これが正しいと思って闘って、
勝つか負けるか、これだけだよ、人生なんて。         ──『毒舌身の上相談』集英社文庫
 *「バカ正直だと損をする。もっとずるく悪賢く立ち回れ」なんてよく人が言うけど、その言っている野郎が、ずるく悪賢く立ち回って
成功しているかっていうと、絶対にそうじゃねえんだな。 そんなのはダメなんで、真実火の玉になって人生を渡っていって、
社会にぶつかっていくんじゃなけりゃあダメだよ。人がよすぎて結構じゃねえか。そんなタワ言ぬかすような野郎なんぞ相手にするな!─同書
 *「人生始めたばかりでスランプに落ちたら、死ぬまでスランプだぜ、この馬鹿野郎!」
「おめえみてえな野郎は一生、女を本当に愛することができねえよ。女を捨てて自慢してるような野郎は、人間の屑もいいところだ」
「そんな夢みたいなこと考えてねえで、てめえのキンタマのフクロのシワでものばしてた方がよっぽどましだぜ、この野郎!」。
  ー                                     ──『極道辻説法』集英社
 *二十三歳の学生が近所の中三の女学生の家に半年間、毎日毎日いたずら電話をかけた。
 どうしても彼女に自分が好きだということを知ってもらいたい。おれはどうしたらいい?
 自首すべきだろうか、という質問に対する傑作回答
「 自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん。死にな。二十三歳にもなってそんな電話かけたりするバカなら、
 自首するより死んだ方がいい。自首すりゃあ、恥をかくからね。恥かくより死んだ方がいいよ。 切に自殺をお勧めいたします。
(字数の関係でカット2012年7月23日)
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2007年07月23日(月)
 2302, また地震!どうなっている?まったく! ー6
昨日の、サンデー・モーニングなどを見ていて感じたことは、ことの重大さが実際のところ解ってはいない!
 (字数の関係でカット2011年7月23日) 
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2006年07月23日(日)
1937, ローマから日本が見えるー15   \(^▽^*)おはよう \(^▽^*)おはよう!
 待ちに待ったカエサルの章である。ローマ帝国といえばカエサルと言ってよいほどカエサルの業績は大きい。
 現在のヨーロッパはカエサルが作ったといってほどの改革をしてしまった。 その意味では現在の世界システムの
ベースを作り上げたといっても決してオーバーではない。実際に、この本を読むまでは知らなかった。
第七章「創造的天才カエサル」ー1
   ーカエサルの登場ー
元老院側BC44年に立つポンペイウス派との内戦を終えたカエサルが終身独裁官に就任した。
    (字数の関係でカット2009年7月23日)         (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
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2005年07月23日(土)
 1572, 詐欺師
身近な詐欺師としては、毎日のように電話が来る「??取引屋の営業」である。しつこく同じ会社から数百回も十年近くもある。
もうここまでシツコクかかってくると、声は懐かしい知り合いになる。こちらにしては、丁度良い怒鳴りのストレスの解消相手である。
相手も、解っていて社内向けにかけているのだろうが、最近怒鳴り声に閉口したのかかかってこない?詐欺師は、遇えば半分は
落としたようなものだという。学生時代の同級生の野村證券や大和證券の営業の男から、昔何回も聞いた事があった。
「俺らのやっていることは、1?0パーセントは詐欺である!」真面目な奴も、稀にはいるだろう?現在は、そうではないだろうが。
その露骨なのが、??取引の営業の手口である。最近は脅しまがいの手口の電話もかかってくる。
その手口を冷静に見ていると、重罪の犯罪者から学んでいるとしか思えない。
● 昨日、通勤の帰り道に車が私の目の前に急ブレーキで停まった。親しそうな顔をした中年の男が何か早口で話し始めた。
  (字数の関係でカット2008年7月23日)
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2004年07月23日(金)
 1207, 排除勧告
昨日の朝日新聞の一面トップが新潟市公共工事の談合の排除勧告の記事であった。このホームページでも何回か書いてきたが、
この国を取り仕切ってきたゼネコン・マフィアの一端が全国的に明らかにされる。公然と、このマフィア・システムを書いてきたが、
字数の関係でカット(2010年7月23日) 
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2003年07月23日(水)
840, プロジェクトー
 NHKTVのプロジェクト?がなかなか面白い内容だった。このシリーズは三回に一回は見ているが、昨夜はソニーのロボット犬
『アイボー』の開発プロジェクトのチームリダーとメンバーの苦労話であった。一つの商品の中に、多くのメンバーの思い人生と
エネルギーがぎっちりとつまっている。社長の井深大の『人の真似をするな!』が、ソニーの商品開発のコンセプトの
一つということは知っていたが、しかし現場の技術者にそれが貫かれていたのをみせつけられた。 
   ー字数の関係でカット(2008年7月23日) 
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2002年07月23日(火)
 465,流離(さすらい)のランチャー
ある長年サラリーマンを勤めている人から、彼らの昼飯をとることの大変さを聞いたことがある。昼飯時は何処も混んでいる、
それを同僚か誰かと探し歩いて食べる大変さ。その気遣いだけでかなりのエネルギーを使うという。私の場合は、殆ど一人で
11時45分に出る。サラリーマンで混雑する直前に入ってしまうのだ。週5日のうち2日は回転寿司である。
今のランチは500円から300円以下になってきているという。マクドナルドのハンバーガーに缶コーヒーで200円でも結構悪くない。
昨夜家に帰ると家内が不思議そうな顔で、長岡の駅前のアルファー・ワンというホテルで、680円のバイキングに入ったという。
12時少し前に入り13時まで自分達一組だけだったという。値段も安いし、内容も良いし、店は大きいのに誰もいないのが不思議という。
それとあの大量のバイキングの料理をどうするのだろうかと。新潟駅前で自分が行く店で少し遅れて入って、ピーク時間に誰もいない事は
月に1?2度出くわす。週一度の居酒屋の楽しみを欠かさない為に、節約の一番のターゲットになる。ランチは一番に景気に左右する。
流離のランチャーという言葉ももの悲しく聞こえてくる。 不景気だ!
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2001年07月23日(月)
 [84] 北欧の印象
いま欧州各国の首都はインターネット化による合理化と、EC統一で本社機能がドイツのベルリンに移転、
本社の支店化や支店の撤退が進んで、合理化と人員削減による不況が進んでいるという。いずこの国も一緒と感じた。
ロシアの国境以外は完全オープンといった感だ。ただノルウエーだけは北海油田が発見された為、海陸資源が豊富な上に
石油の心配が無くなったためECに参加せず一国強気という。北欧とロシアは欧州の片田舎とい位置づけられている。 
北欧4国の各国の位置付けはスエーデン・デンマーク・ノルウエーの順で彼らはゲルマン民族で言葉もほぼ一緒。
フィンランドだけはハンガリー系のフン属で彼らは露骨な?差別意識があるようだ。何処も一緒か。常にロシアと
ドイツなどの外敵にさらされてきたという。どこも立憲君主の政治体制をとっている。また社会民主主義が進んでいる。
ノルウエーの学校制で考えさせられたのは小中9年間クラス換えがなく、先生も一緒。一クラス20人のため先生は80人の生徒を
見ることになり、責任を持って生徒を指導できるという。虐めや差別は少なく、20人は一生の付き合いになる。
競争社会の日本でこれがそのまま良いかどうかわからないが、ヒントになることは確かだ!  


4136, 閑話小題 ー日記は翌日の午前中に

2012年07月22日(日)

  * 日記は翌日の午前中につける
 ある本に、「日記文学は、平安期に栄え今も古典として残る名作が多くある。当時の貴族たちの多くは、日記は翌日の午前中に書いた。
つまり前の日の出来事を思い出して書いた」とあった。これを知ったのは極最近のこと。前日とはいえ、時間をおいて思い出すのは
脳にとって良い上に、起きたことを冷静に見つめることができる。私は日記的メモとして陰山手帳、10年三行メモ帳、フリー落書き帳を、
三冊持っており、数日以内に2〜3日分をまとめて書いている。しかし翌日午前中に書く習慣化しておくのがベスト。
改めて考えると手帳お宅、そのものである。内省的性格からして、これほど自分を落ち着かせる習慣は他には見当たらない。
朝、4時過ぎに起きて、この随想日記の校正をしてブログにアップし、ポタリングに出て、食事をしながらモーニングショーをみた後、
風呂に入り、自室のパソコンの前に座って、翌日分の随想日記内容の下書きを書いたり、読書をして午前中を過ごすのが日課。
その中の空き時間にiPadで週刊誌や、世界遺産などの写真集などを見たりしている。今までは、ポタリングの出発前の10分間
ほどだったが、9時過ぎに時間を移行することにする。それほどして書いたものを読み返すのは、ネットに上げた、これぐらいだが。
  * 父親のこと ー2
 父は太平洋戦争前までは、実家の老舗の古道具屋の二代目で、母親が嫁に来たときに父に聞いたそうな。
「家って金持ちなの?」、それに対して父は「資産が7万円位で、金持ちの目安が10万だから、金持ちではない」と。
そして10数年後に戦争が始まり、それから数倍にした財産の殆んどを無くしたという。しかし、その財産の一つが、
空襲で焼けた後の繁華街の四角のあり、そこで始めた商売が当たり一時的だが、全国にも知られた繁盛店になっていた。
父は戦前、道具屋をしていた頃に、その商売柄、津上退助、野本恭八郎( 野本互尊翁)など戦前・戦中の財界人にフリーパスで
会うことが出来て、年に数点の骨董品を買ってもらうだけで商売が成り立っていたという。そのため世の動きに対する知識や教養が
必要ということを肌身で感じていた。コンプレックスだけでなく、子供には学問を身につける必要性は分かっていた。
早寝、早起きがベースにあり、20時半には就寝、5時前に起床し、新聞を読んでいた。綺麗ずきで、チリ一つ落ちていない家であった。
晩年の趣味は骨董品の収集、旅行、株式、旅行であった。 怒鳴ることは無かったが、その代わりに強烈な皮肉が飛んできた。
自分だけでなく家族にも従業員にも非常に厳しい人だった。要する地味にして目立たないこと、自己主張をしないことが大家族の掟。
兄姉達は、常に父親の顔色を窺って、側には近寄らないようにしていた。その父親が亡くなったのは満70歳。 私も3年半後に、
その歳になる。ファザーコン、マザーコンは、人間の心の底に誰も抱えているが、その人の原点である。幼児体験は強烈な経験だった。
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3770, 閑話小題
2011年07月22日(金)
  * 時間でみる施設の使用料金
 スポーツセンターや、シネマを一時間あたりの使用料でみると面白い。
スポーツセンターは、月5980円。20日は通っているので、一日300円である。私の実感は三十分500円で、二時間平均は
滞在しているので2千円の価値は感じる。2千×20日=4万円なら行かないが、1万2千円なら行くだろう。それにしても安い。
知人が、「スポーツジムは一人当たり一回2千円の計算がベース。これに会員数と稼働率をかける」と言っていた。
私の選んだコースの場合、日・祭日を除いたコースで、特別参加の日払いだと一日2400円になっている。
風呂、サウナ、プール、マッサージ・ルーム(マシーン)、ロビー、もちろんトレーニング・ルームありで、
10時から17時まで使い放題で300円は価値がある。 月に一度は行っているシネマは二時間で千円、一時間あたり五百円なら
充分に価値がある。最近のシネマはデジタル化のため圧倒的に画面も音響も迫力があり、別次元の世界に我々を引き込んでくれる。
年齢もあるのだろうが、スナックや居酒屋は、酒・肴などの飲み食いも入れてとしても一時間あたり千五百、二千円からみると、
圧倒的に映画の方が価値がある。 現在の不景気、ネット化、デジタル化で情報量が日ごと飛躍的に増えていることにある。
大相撲や、プロ野球、行楽地は現地まで行かなくても、家でパソコンやTVで、情報や、現場感覚が実感できる。それも無料に近い値段で、
である。スポーツ・センターも、よく見ると、殆どマシーンである。映画も、現在では殆どデジタルでつくられている。 
考える時は考え、休む時は休む。その時に道具としてマシーンを使えばよい。 
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3405, この国の終わり ー2
2010年07月22日(木)
   * 考える遺伝子の不在 
 日本の現状に対して、殆んど誰も考えてない国家に絶望をしながらも、何とかしたいという著者の気持ちが伝わってくる。
これでも考えて生きてきたつもりだったが、この数年来、何を考えて生きてきたのか反省しきりである。
10年来の哲学等の学習効果が少し考えに厚みが出てきたが、そうすると人生全体に疑問を持つようになる。
こと日本人全体をみれば、ほぼ99パーセントは考えてないように見かけられる。「考えて何になるの?」という質問が帰って
くるのが落ちになる。 欧米、特に欧州では中学校の段階で哲学の授業があるという。考えるとは、陸続きの他民族の侵略の恐怖や
不安がああるからだ。 それを真剣に考える時に、それが立ち現われる。海に囲まれて当面の攻撃が考えられない日本民族にとって、
考える必要がそれほどないから、考えられないのである。
  ー 以下の、箇所は辛辣だが、的を得た内容である。ー  −P34 
 要するに「脳が足りん」のだ。 考えるー、という脳の機能が、少なくとも他の民族と比べ極端に欠乏している。
猫でももう少しましに考えて行動しているのではあるまいか。 それは一方において、日本人があまりにも鋭敏で潤沢な「感じる」
という機能を持っているために、考える機能のほうが圧倒され、脳の土俵から押し出されてしまったせいなのかもしれない。
つまり右脳と左脳、ロゴスとパトスの千秋楽の結果である。この事実への感慨は、母国の中の異郷、身寄りが一人もいない九州の
山中に住み着いたこの六ヶ月、日々ショックを新たにし、今日も変わらず、修正できず、ますます強まる一方である。 
 国家は芯の芯まで腐り果て、民族は脳死状態で、植物人間化している、ということを、ほとんど誰も考えていないのである。
いや、考えることができないでいるのだ。うすうすは感じてはいるらしい。そもそも思考力よりも直観力の鋭かった民族である。
なにやら日本の全体がおかしく、どこかが狂っていて、怖ろしい結果が近づいている、といった漠然とした恐怖は、なんとなく
感じてはいるらしい。何しろかつてこの国には起きようもなかった異常な犯罪は、それこそ日常茶飯といった感じで起こり続けている。
帰国してからのこの半年間でも、すでに数え切れない。 あまりの立て続けさに、私も忘れるし、人々も覚えきれず、次々に忘れて
いくようだ。確かに世界中で犯罪は起きている。ニューヨークだって、パリだって、私が十八年暮らしたオーストラリアだって、
犯罪は起きる。しかし、これほどの異常な内容の犯罪は聞いたこともない。どこであろうと、起きているのは「並みの犯罪」だ。
並みの犯罪とは、犯人は、それがどんな種類の犯罪であろうと、何かは考えている。
どんなにバカな考えでも、異常な考えでも、愚かな考えでも、邪悪な考えでも、要するに、ナニカは考えている。
≪ 恐慌以来の日本国家の存亡の危機に対し、国民の危機感の希少さに驚き唖然としている。それが考える遺伝子の不在としたら ≫
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3030、卒業40年周年か〜 −2
2009年07月22日(水) 
  * 卒業40周年記念に参加してみた人間模様。
 1〜2年次の教養課程の同級生では、TVでよく見かける服部学園の服部幸應と、大阪学院大学の白井総長が面白い存在。
・服部幸應は実名が染谷で、当時は存在感が殆どなかったが、常に財布に10万円を入れているという話はあった。 
 一年留年をしてアメリカに行っていたのか、留年をしたためアメリカに行っていたのかはファジーである。 
 二次会のクラス会が彼のために開かれているかどうかは定かではない。 
・私が学生時代で一番親しくして、卒業まじかで大喧嘩をした○○譲○。ハッタリ屋だったが20年前のバブルの崩壊で倒産。
 借入金が280億で、ビルが17棟だったという。 前回は身を隠している状態で不参加だった。三次会の最後は彼と飲んだが、
 二棟だけビルを隠して持っていて現在は、それが生活のベースになっているとか。更に、この恐慌で、経験を買われて
 コンサルタントもしているという。 バブル時の倒産劇は、人生の大きく覆いかぶさっているというが、そうだろう。
・クラブ関係では、神田周辺の菓子問屋に養子に行った男が土産として、仰々しい包みのお菓子をくれたが、家内が言うに、
「これって、前週に買おうと東京駅の地下の店のカリントウ。すごく有名だけど、わざわざ並んで買ってくれたのかしら」
 と言っていた。「まさか、そこの社長じゃないと思うけど、少しは有りえるかも」と答えていた。お返しで、新潟の酒を送った
 ところ、自宅に電話があり家内が出て「そこの社長なんですか」と聞いたら、そうだという。「先週、買おうと店まで行ったら
 行列で買えなかった。奇遇です・・・」家内は、本当か嘘か?その辺は調子が良いが、相手も悪い気がしないだろう。
・卒業してから数年後に、先ほどの石○譲○と、私の自宅に遊びに来た伊香保温泉の「村松屋」に婿養子に入った友人の根岸君。
 十数年前に脳溢血になって、九死に一生を得たとかで、半身不随になっていた。それでも朝一の高速バスで來京し、
 最終のバスで帰ると言う。以前に一族の「いとこの会」を、その旅館で開いたことがあった。
・亡くなっている人はクラスの約一割である。還暦を越えると、社会的に如何こうは、三番目か四番目。10年後には出席できる?
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2665, 人生は儚いのか?
 2008年07月22日(火)
 知人の墓に、亡くなってから隔月にお参りをしている。たまたま散歩をする土手の折り返しの近くに墓がある因縁のためだが。
習慣とは面白いものである。両親の墓には年に三度ほどしか参らないのに。その都度思うことだが、「人生は儚い」ということだ。
必ず、心の中で話しをするが、故人が語りかけてくる言葉は「生きているうち、こっち(あの世)は、ただ空」そしてダメ押しに
「もっと墓参りに来てくれ!」勝手に沸いてくる言葉でしかないが、それでも何かがあるのだろう。故人と話しをしながら、
思うことが、娑婆のことなど全て儚い夢でしかないということ。そこで「儚いとは、如何いうことか?」を考えてみよう。
それは生まれる前の無限の時間と、死んだ後にも続く無限の時間を、死ぬと覚悟をした時に「あまりに小さな時間」を思い浮かんだ
実感である。だから、「幸福の4Fは克服できない苦難と悲しみ」というのも、言い得ている。故人から学ぶことは、そのことである。 
達成した幸福の喜びなど、酒を飲んで盛り上がれば、出来ること。そこには、生きているうちに感じる儚さしかない。
しかし、それを言えるのは達成をした経験のある人間しかない。それも、これも、如何でもいいことだが!儚さと感じるのは、
4Fの克服できない苦難と悲しみの意味を知らないからだ。儚いというのは「わたしの儚さ」である。「わたし」という有限の自分の、
小ささをシミジミ知ることである。その小ささの一番の意味は時間の小ささである。それも、他人と比べるのではなく、生前、
生後にある何処までも広がる時間に対してである。自分を取り巻く永遠の広がりの時間である。そう感じる「わたし」は、
実は過ぎ去った時間を振り返った時に「これ」から「わたし」になった言葉。そうすると、「わたしの人生は儚い」は、
その言葉に縛られた感情でしかないということになる。人生を振りかえって長かったような、一瞬だったような気がするが、
それは現在、そう思っている「わたし」の言葉ということだ。  
 (字数制限のためカット 2011年7月22日)
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2007年07月22日(日)
2301, また地震!どうなっている?まったく! ー5
 まず今回は原発に絞って、これまでの問題をまとめてみる。
・世界最大規模の刈羽原発の真下に、実は活断層が直下に走っていて震度6強、
 マグネチュード6・8の地震が発生した。それは、日本の国家として最も恐れていた非常事態である。
・海岸線のため、それは普通の地震とは違い、一般住宅が1000世帯、半壊はその倍の2000?
 被害家屋が10000世帯にのぼった。それは直下型地震の上、地盤が弱いことが原因である。
 それからみて、原発の施設は想像を遥かに超える損傷を負ったと考えるのは妥当である。
・原発は最大マグネチュード6・5を想定して設計されており、6・8とすると2,5倍の衝撃が
 かかっている。もし、中越地震並みに震度7だったら、マグネチュード7,2だったら、と想定すると、日本はチェルノブイユの
 ような事故になっていた、と考えられる。 日本壊滅?は、決して小説・映画の世界ではない!ということになる。
・マスコミで「この事件の結果、過去に原発反対運動の住民が言っていたことが、ほぼ正しかったことが改めて検証できた」と報じた。 
 ということは、利権で推進した連中は、国家をあわや滅ぼそうとした輩として断罪に値する、ということになる。 
 想定外でしたとは、言いのがれはできない! そのトップだったのは誰かは周知の事実である。その利権に屯したマフィアは誰か!
  (字数制限のためカット 2011年7月22日)
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 2006年07月22日(土)
1936, ローマから日本が見えるー14   (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス!
 第6章 勝者ゆえの混迷ー3
  ー同盟者戦役ー
マリウスの改革は、特に志願兵の導入は『誰の既得権をも損なわない』という意味で利点があったが、
思わない副作用をローマにもたらすことになった。志願兵の導入は元老院の力を最終的に削ぐ作用を働かせていく。
ローマ連合に属している同盟国や地方自治体の市民にとって、兵役はいまだに義務のままだった。
彼ら非ローマ市民たちは、直接税を納めた上に『血の税』としての兵役に就く義務が課せられていた。
これに対してローマ市民は兵役が免除され、しかも直接税はもともと存在しない。これではあまりの不平等である。
こうして起こったのが「同盟者戦役」である。イタリア半島の比較的貧しい8つの部族が一斉蜂起したこの戦争は、さすがに苦戦を
強いられてしまった。結局この戦いは、戦闘に勝ったローマが大幅な譲歩をしたことで完全に収拾する。戦役の二年目にあたる
BC90年の冬、ローマは「ユリウス市民権法」を制定、同盟国に暮らす市民がローマ市民権を自由に取得できるようにした。
    (字数制限のためカット 2010年7月22日)
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2005年07月22日(金)
 1571, 五稜郭
幕末の混乱期、軍艦・開陽丸を駆って官軍と戦い蝦夷地に共和国を樹立しようとした男たちがいた。
この時期、オランダに派遣されていた榎本は帰国、同じ幕臣として勝海舟の幕引きに反発。
新政府に不満を持つ幕臣と新撰組の土方と合流して未開の地・函館の五稜郭に共和国を樹立する。
そこで、官軍の参謀に就任した薩摩の黒田了介(後の内閣総理大臣・黒田清隆)率いる軍と熾烈な戦いを繰り広げる。
その戦いの中で、榎本の人柄を知った黒田は全面降伏を勧め彼の命を救う。しかし土方など幕府方の残党は殆んど
ここで最期を遂げる。やがて刑期を終えた榎本は新政府のロシア交渉特使として活躍する。
阿部公房が「五稜郭」という小説で、榎本武楊が政治的に江戸幕府の残党を纏めて整理する役割になってしまった矛盾を書いている。 
学生時代に読んで、その複雑多層の立場を初めて知った。攘夷か開国か、尊王か佐幕か倒幕か、公武合体か。それらの混沌とした
中で維新の歴史は作られていったが、その中で榎本武楊の果たした役割は、結果として皮肉な結果をもたらした。
阿倍公房の小説は、函館の五稜郭で負けた幕府軍の囚人300人が脱走して、厚岸(あっけし)の海岸から上陸、
山の奥深くへ消えていった、という地元の伝承をもとにそれを追う男の話から始っていた。
 (字数の関係でカット09年07月22日)
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2004年07月22日(木)
 1206, 「半落ち」ー 映画感想 
30万部を越すベストセラー記録を樹立した横山秀夫ワールドの最高峰『半落ち』が映画化され、今年の1月に公開された。
そのDVDが、もうレンタルショップにあった。さっそく借りてきた見たが、素晴らしい内容であった。 見おわった時、
涙が知らずと溢れ出ていた。あとで家内から聞いたが、みた人のほとんどが泣くという。 私の感想文は、最後に書いてある。
 ー解説と内容(ホームページよりコピーしたもの)を貼り付けておきます。
       (字数の関係で中略カット弐千八年七月二十二日)
< 感想>
母をアルツハイマーで5年半、看護した経験があったので、主人公の深い思いに感情移入をしてしまった。
 (字数制限のためカット 2011年7月22日)
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2003年07月22日(火)
 839, あいうえおー生き甲斐測定法
 今やっていることが、生き甲斐があることか、天職か、ベストかどうかの判定基準として、あいうえお生き甲斐測定法がある。
「あ」は、アイデア      「い」は、インタレスト
「う」が、ウォーク      「え」が、エキサイティング  「お」が、オーナーズシップ
  この内の一つは抜けていてもよいが、二つ以上の場合情熱が感じられなくなる。
「あ」は、要は自分のアイデア、企画かどうか。   
「い」は、興味、関心のこと。
「う」は、歩くことで、行動につながる。待っていたり行動なしでは何も始まらない。
「え」は、エキサイティング。燃えるような情熱の涌くこと。
「お」は、オナーズシィップ。自分でやり遂げたという喜びや自負心ー行蔵です。
 これは藤本儀一の『人間ほど面白い動物はない』サンマーク出版ーの最後に書いてあった内容である。
  (字数の関係でカット2008年7月22日)
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2002年07月22日(月)
 464,煮た豆
母から聞いた言葉で印象的な言葉で「煮た豆」がある。もう出来上がってしまって芽が生えて来ない豆をいう。
 (字数制限のためカット 2012年7月22日)
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2001年07月22日(日)
 [83] バイキングについて
ー北欧旅行記ー 
バイキングは今より1200年前突然始まり200年で終わったそうだ。キリスト教の影響ではないかと言われている。
面白いのは相続は末子相続で、長男次男はある年令に成ると家から出て行くそうだ。
海は日本の場合お堀の役割だが、夢に向けての希望という。1000年前のバイキングの船がそのまま発掘されて展示されていた。
一艘40人ぐらいの定員で50艘位で攻めていくそうだ。アメリカまでも行っていたそうで、コロンブスの発見より5^600年
さかのぼる事になる。それにしても金髪で背が高く足が長い、それに美男美女である。料理も上手い!


4135, 閑話小題 ー父親のこと、など

2012年07月21日(土)

   * おもいのままに 
 緑の原野からサバンナへの移行をした、とか分かったようなことを言っている割に、話題の中心は現在の世界情勢、特に、
世界恐慌という大津波襲来の内容が多い。百年、5百年、千年スパンの大変動の大波が襲来するのを、外海?の地平線に
目を凝らして見つめるのは人情として当然だが、どうも期待半分のようでもある。 現に到来した時の惨状は、10年〜20年以上に
わたる長期的になり想像を絶したものだろう。 現に私が、その前波で一年前に事業継続を断念したこともある。
しかし裏山に避難して海原をみると地平線の本体の大波は近づいているのがよく分かる。眼下をみると、これまで通り人々は
何も変わることない生活を送る人と、海辺で浸水が始まり慌てている人もいる。 鈍い人は、現実に大波が来ないと分からないのだ。
ただ、それぞれの立ち位置で、問題の大きさが違うから難しい。5階以上のビルの人にとって、それほど慌てることもないが、
目先の生命は助かっても生活圏が根こそぎ破壊されてしまう。 時どき週刊誌に、大津波の襲来と対応策が見出しに掲載されるが、
売らんがための大げさな見出しとして、狼少年の騒ぎとして見ている。しかし、NHKが特番で危機の深刻さを報じているので、
分かっているはずだが。また私の知人の子弟が外国に留学やビジネスで滞在している人が多い。彼等も二分していて、対策をとる人、
とらない人がいる。どっちにしても、この年齢になれば、何があっても先が知れている。初めは、戦争勃発による株式の暴落から
始まり、ハイパーインフレ、そして銀行閉鎖か? それもなく、延々と現状が続くのか?そうあって欲しいが、有り得ないこと。
   * 父親のこと
 父については何度か書いてきたが、年齢を重ねるごとに父親のことを思い出すことが多くなっている。
年齢が父の晩年に近づいているためだが、どうしも自分と対比してしまう。 私が父親の42歳時の子供だったこともあり、
私を特別視をしてくれていた。その影響はプラスマイナスにも、現在も強くある。父親の死は最大の子供へのプレゼント
という話を聞いたことがある。自立をするためだ。 その意味で私が26歳の時に亡くなったことは丁度良いタイミングであった。 
その頃から創業を始め、結婚も重なり決断は自分独りでするしかない。経験不足の身にとって一つ間違えると地獄のそれは、 
結果が直接、跳ね返ってくるため厳しい。それも、自信が無くとも、分った振りをして決めるしかない。 事業人生の40年間は、
特に、その場で瞬時に判断しなければならない世界。去年の節目から16ヶ月になるが、今だ解放感で空中を浮いているように
気持ちが軽くなっている。 現役の方が良かったなど懐かしむ気持ちは今だになれないが、後悔とか、未練は全くない。
 父は42歳で終戦を向かえ、10数軒あったという貸家は長岡の空襲で全て燃えてしまい一財産の殆んどを失い、そこから
裸一貫から第二の人生が始まった。その頃に私が生まれたが、当時の記憶は生まれた数ヶ月後からハッキリと憶えている。
変化変化の刺激的な日々だったからだろう。その中で必死に働いていた両親の姿が子供心に輝いて見えていた。
 ・・・・・・
3769, 下流の宴 ー2
2011年07月21日(木)
 昨日、7回シリーズの「下流の宴」−最終回のビデオをみた。これでシリーズの録画、3、4、6、7をみたことになる。
内容は団塊世代の現状の起承転結の転結そのもの。 遅かれ早かれ人生は、こんなものであると・・。下流と見下された少女と、
上流?家族の母親との対比の中で、下流、上流とかいう世間体の虚実を浮かび上がらせている。 この隠れテーマは、
「総中流だった団塊世代の崩壊と現代の若者」で、上流とかいう虚妄の実態を面白可笑しく表現している。下流と蔑まされた
痛いげない少女の必死な姿を通して、人間の品格とは何かを問おうとしている。あの夫婦の姿は多かれ少なかれ、定年をむかえている
団塊世代の家庭内に見られる実情。 そこで、問われるのは、「考える」ということ、定年までの準備の有無、そして、これまでの
人生を如何に生きてきたかである。 あの家族の父親が自分、医者の娘というだけが誇りの母親が家内、そして二人の息子を、
あの二人の子供に重ねると、他人事でない? で、どうした!である。 家族には、それぞれの結末が待っている。 
最後は永遠の果てに散っていくのである。それが早いか遅いかの差でしかない。 医者を偉そうに取り扱っているが、
現在の医師の8割は技術者でしかない。そのことを当人たちは熟知している(はずである?)。何かに向かい一心不乱で努力する姿勢、
それに対し全く無頓着の生様、それぞれの人間の姿を作家の林真理子は表現したかったのだろう。蔑まされていた娘が独りで、
医科大学に入って、医者の道を歩くところで、終わっている。 それをバカバカしいと断念する方が面白いのでは?と、思った。
が、これはこれで良い。「世の中の人が総下流なら、それは中流ではないのでは?」と、常々思っていた。
娑婆では下流は平均値の半分以下の収入を言うらしい。国民年金で生活する人たちが下流?というのだろうか? 鳩山一族が上流? 
こうなってくると、漫談になってくる。ところで、私が学生時代に入っていた馬小屋のような寮の住人。 その人たちの実家は
玉石混合だったが、学生時代の寮生活は、こんなものと、誰もが着るもの、食べるものに無頓着であった。 親が自営業だった?から、
仕送りは実家が裕福かどうかに関わらず、ギリギリだった。 むしろ、それを全員が楽しんでいるようだった。誰も実家の裕福さなど
問題にしてなかった。 日本は、アメリカの属国だったこともあり、経済大国といわれ、アメリカに次ぐ豊かさを一時的に謳歌した。
それが、この20年間で・・・ 最後は東北大震災がトドメ。下流とは言わないが、中の下。団塊世代と同じである。
米国が国債のデフォルトを臭わせてきた・・ 500兆以上は買わされているというが・・・ 待っているのは、下流の宴か、やはり。
 ・・・・・・・                               ーたまたま去年のテーマが、それであった。
3404, この国の終わり
2010年07月21日(水)
         「この国の終わり ー日本民族怪死の謎を解く」 林 秀彦 (著)
 18年間の海外生活から帰国した著者の目に映った日本は、いまにも滅亡しようとしている無惨な姿だった。
この本で三冊目になるが、時系列でいうと遡って読んでいることになる。帰国後の早い段階で書かれたためか、日本の惨状の驚きと
、怒りが新鮮である。 アメリカが60年間かけて作りあげた被植民地国家の悲惨な姿に唖然とし、そして怒りの言葉が続く。
私自身に著者が罵倒していると思いながら読むと、一言一言が胸に刺さる。日本人には、そもそも「考える」という総合的な頭脳的現象が
存在していなかった、という著者の見方が一貫している。世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。相手が選ぶ武器は、
こちらの武器でなければならない。剣には剣、銃には銃である。何より必要なのは悪だくみには悪だくみ、最低でも同等同質の武器を
持たないで生存が不可能というが・・。グローバル化、ネット社会に入ってしまった現在、これまでの島国の国民性の改造が必要になる。
  ーまず、印象に残った箇所から
 * 恐怖不感症もしくは不安鈍感症 −P63
日本人は、世界一信じやすい民族なのだ。「疑っちゃ相手に悪い」という心情が働く。何でもかんでも「信ずるものよ、幸いなり」
で貫く。疑うことは不道徳、といった観念まである。恐るぺきノータリン、ノータリンここに極まれりである。
疑うという心情作用は一種の恐怖であり、不安によって触発される。簡単に言えば、人は恐怖と不安という触媒によって進歩する。
ところが日本人は恐怖不感症である。不安鈍感症である。あるいは逆に、あまりにも臆病で卑怯だから恐怖や不安を先回りして回避する。
目をつむり、恐怖の実体を無視する。そしてその場限りの「逃げ」だけで片付ける。だかち戦争をはじめとするすぺての防災対策は
後手後手になる。治にあって乱を忘るるなかれ、などという段階ではない。乱の真っ最中でも、その乱を感じ取れずボケている。
呆けているほうが楽なのだ。そしていままでそれで何とかやってこられた。幸いなことにこの列島は資源がほとんどない、だから助かった。
 〜〜
 この国家的危機の中でも、国民の危機感が感じられない。そして頭を(首相を)取り替えることで、目先の不安解消にしている。
もう絶望の事態だろう、これでは。65年かけたアメリカによる日本国民への植民地化計画の完成が、現在の日本人である。
自分を見れば分かることだが、家内や親戚など身近な人を見ても、その完成体?に近いのでは、と新鮮に驚いている。
・・・・・・・
3029,本屋に行くと何故トイレに行きたくなるのか?
 2009年07月21日(火)
 学生時代に新宿の紀伊国屋に行くと高い確率でトイレに行きたくなり不思議に思ったことがあった。そして、新潟に帰ってきた後も、
新潟の万代シティの紀伊国屋に行くとトイレに行きたくなった。ところが歳を重ねるにつれて、全くなくなったのは何だろうか。 
若いときは、このことが独自のことではなく、一般的傾向など知らなかったし、そういうことを話題にすることもなかった。
最近になって、私だけの傾向ではないと知った。本屋だけでなく、図書館も同じような傾向があるが、本屋の方が傾向が強い。 
私の知人は便秘気味になると図書館に行くという。あのかび臭いが効果があるという。インク、のり、紙などの複合した臭いが、
脳のどこかを刺激するものと言われている。私自身も、その臭いが条件反射的に生理反応が起きるのか、一冊一冊を手に取るときの
何か異様な緊張感が、そうさせるか半々だろうと思っていた。 いま一つは著者の凝縮したエネルギーが、その本を手に取り、
中を覗きみることで、脳に強い刺激を与えることも考えられる。大腸は脳の刺激を一番刺激を受けるというから、その要素が
重なるのだろう。また作家の霊(思い)が本屋や図書館に漂っていて、更に大腸を刺激するのである。 
 作家の山田風太郎は霊感が強く、全国の神社・仏閣に行くと、必ずトイレに行きたくなるという。私は外国のお城の牢獄に行くと、
必ずといってよいほど変になる。何か寒気を感じた後の15分ほどでアッきた、という感覚である。それも急性とくるから、大変。 
石牢の冷たさと自己暗示もあるのだろうが。イスラエルの城で、スイスのレマン湖の岸辺の城で、オーストリアの城で、
書けばきりがない。 ツアーといえども、外国は非日常である。 トラブルの全てが出る。秘境ほど。だから行くのである。
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2664, インドの女盗賊プーラン
2008年07月21日(月)
 図書館で見つけた、「インド盗賊の女王・プラン・デヴィの真実」に、一人の女性の壮絶な人生があった。
彼女の語った世界には尋常ならざる悲惨な現実が次から次へと出てくる。NHKスペシャルで昨夜もインドをシリーズで取り上げていた。
グローバル化とは、こういう異質な国とも垣根が無くなるということだ。
  ーあるブログに、この本の簡約した内容があったので、まずはそれをコピーしてみるー
プーランは、1994年、仮釈放となりこの自伝の口述を行った時には、読み書きができない状態、彼女の手記は口述であった。
  (字数の関係でカット2011年07月21日)
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2007年07月21日(土)
2300, また地震!どうなっている?まったく! ー4
 ー中越地震と中越沖地震の意味することー
 この二つの地震が地元新潟にとって大事件ということは、今更だが、二回たて続きに重なったことと、
 原発が活断層の真上にあり、直下型だったことは、重大な事態である!
 まず中越地震と中越沖地震の違いは何か? 私の主観で考えてみる。
・規模からいえば三年前の中越地震の方が圧倒的に大きいが、地域的にみても長岡を中心とした中越地区全体にわたっていた。 
 山間部の道路や田畑、そして道路・線路がズタズタになった。一時期、中越地区で10万人が学校の体育館などに避難していた。
・それに対し今回は避難民は一万人足らずであり、柏崎市中心の商店街や住宅と至近にある刈羽の原発などに被害が限定していた。
 しかし柏崎市を中心を主にした1000世帯が全壊、半壊などを含めて6000世帯が破壊。小さな市としては甚大である。
 その数は前の中越地震の3倍近い。
・今回の特徴は、世界で最大規模の刈羽原発の直下型ということである。もう少し震度が強ければ、チェルノブイユの事故の
 二の舞になりかねない事態だった。現実的に日本崩壊?の一歩手前だったのだ。チュルノブイユの8倍の規模からみて決して
 オーバーな表現ではない!(このことを何でマスコミは騒ぎ立てないのか不思議で仕方がない。また住民の怒りが、
 あまりにも少ない)まさか、角栄も活断層が下にあるとは、思わなかったのだろう。政治は結果である。この男の罪は重大である!
 この中越沖地震の深刻なのは、三年もしないうちに二度たて続きに発生したこと。その意味では今回の地震は、前回に比べようも
 ないほど衝撃的といってよい。 新潟県にとって、アメリカの9・11事件に匹敵するといってもよい。
 9・11以前、以後というほど、この地震は新潟県にとって深手である。まだ誰も気づいてないようだが。
 このまま原発が再開されれば、大手の企業の進出を躊躇うだろうし、撤退を真剣に検討するだろう。
 それだけではない、農水産品をはじめ酒や、加工品までもが影響を及ぼす。 今後、観光地は致命的イメージダウンになり、
 回復には時間がかかるだろう! 「チェルノブイユ一歩手前だった!」と、何故言わないのだろうか?
 日本沈没が現実になるところだったことを! 何で気づかないのだろうか? 
  脳がおかしいんじゃないか、この国は! 1?2週間以内に、震度6弱の余震がある可能性があるという。
  (字数の関係で以下をカット2008年07月21日)
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2006年07月21日(金)
1935, 霊界からの訪問者 ー3    (\ Y /)(\ Y /)オハヨウ! ♪
  ー四四太郎の霊界日記ー5
霊がブログを持つのも面白いものじゃ。ふざけて書くわけにもいかないし、教訓を垂れれば面白くもないだろうし。 
ところで、これを読んでカルトのそれと、用心している人もいるだろうが、全く関係ないから         
   (字数の関係で以下をカット2008年07月21日)
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2005年07月21日(木)
 1570, 日本壊死       ー読書日記
この恐ろしい題名の本を書店で見て、買おうかどうか迷った。船井幸雄氏の本は数多あるが、ほとんど読んだ事はない。
その場かぎりのいい加減なことを言っているのは私でも解る。しかし、多くの顧客を持ち、本も出し続けているのだから何かが
あるのだろう。以前いた会社で二年間、船井総研に加入したことがある。(30年も前のことだが)いい加減というのを体験上知った。
     (字数の関係でカット2010年07月21日)
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2004年07月21日(水)
1205, 実存哲学(3)ー哲学についてー19
 ーマルクス ー2
マルクスの考えでは、当時の資本主義社会は歴史的に見て、対立なき社会が実現する二つ手前の発展段階とみなした。
近代技術はますます発達を続け、失業者はますます増加すると考えた。
その結果、いわゆる一般大衆が増加、彼らはいっそう生産手段から疎外され、ますます限られた者に生産手段が
握られてしまう。その結果、数の上で圧倒的な労働階級が資本家を打倒し、生産手段を自らの手に収めることになる。
そしてこの革命が、歴史の繰り返しを終わりに導く。この到達点に必然的に進んでいって、いったん理想郷が実現されると、
もはや弁証的でなくなる。生産手段は万人の所有者となり、万人の利益のためにつかわれる。マルクスは哲学そのものを否定し、
「哲学者は世界をさまざまに解釈してきただけだ。大切なのは、世界を変革することである」と断じた。
しかしその予言は実現しなかった。それはマルクスが、一人よがりに自分の理論を科学的と思い込んだからである。
自分が生み出した社会主義を、「科学的社会主義」とよび、これが説得力があったためマルクス主義者がただのマルクスの
個人的意見を「絶対的な事実」と考えてしまった。彼らは未来の社会の姿を科学的に予測できると主張、自分たちが未来の側に
立っていると盲信してしまった。その結果「歴史がわれわれの側にある」がマルクス主義者の口ぐせになってしまい、敵はみな、
「歴史のごみ」として捨て去られるものと信じてしまった。この考えが20世紀に共産圏を中心として大虐殺を引き起こしてしまった。
ソ連や中国では、数千万の大虐殺が生じた。また現在の北朝鮮の不可解な体制は、このような考えの背景があるからだ。
当時、彼の思想は短期間に世界に大きな影響を及ぼした。これほど一時期に大きな影響を世界に与えた思想は歴史上ない。
1883年に、亡くなってからわずか70年で、世界の3分の1がマルクス主義の国家体制になってしまた。
それは驚くべきことであり、それが歴史に残る大失敗であった。芸術にたいしても、その真の役割は社会を批判をすることであると
主張した。芸術は革命の一つの道具とみなしたのだ。その結果、多くの芸術家がその影響を受けてしまった。
サルトル、ピカソなどは、その最たる人である。現在でも多くの国で、その体制が残っているが、独裁の一種の建前として
使われているにすぎない。一度手にした権力を人間は、決して国家人民の為には使わない動物であることを
見落としていた。これほど理想と現実の差がある思想も過去になかった。
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2003年07月21日(月)
838, アメリカの世界戦略を知らない日本人      ー読書日記ー
「イラク戦」後、時代はこう動く  日高 義樹 (著) 出版社: PHP研究所 ;
  ー感想文ー
 新たなる世界大戦の序幕が切って落とされた。 中東、北朝鮮、中国、そして日本は…。
ブッシュ政権要人の肉声から読み解く驚愕のシナリオをシビアに書いてある本だ。この本を読んでいると、今の世界の流れの一部が
見える錯覚?に陥ってしまう。日高義樹はNHK記者時代を通じ、アメリカの専門家として有名で、その著書も数多く出版されてる。
この本は、イラクへの武力攻撃が懸念される2月始めに出版されたものだが、先日、図書館で借りてきて一気に読んでしまった。
  (字数制限のためカット 2010年7月21日)
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2002年07月21日(日)
463,再び業態について
何回か業態について書いているが、地元の今井家具が昨日店の前を通ったら、いつの間にか倒産していた。
   (字数の関係でカット2011年07月21日)
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2001年07月21日(土)
 [82] 人生がモチーフの公園
なんとその公園のモチーフが人生!であった。広大な公園の中央に建つ塔に、時計の刻印のように12のそれぞれの複数の像。
「赤ちゃん、幼児、少年期、青年期、・・老人期そして死」と像が、その時期を象徴して表現してあった。
その中央に死体の山。人生をリアルにそのままずばり表現してある。その周辺にそれぞれの人生の哀歓の像が立ち並ぶ! 
何故誰もが考えつかなかったのか、今まで見た公園で一番印象的と言ってよい。さすが北欧と感心させられた。
このような思いもよらない現物に突然出会うのが、旅行の醍醐味である。


4134, 「夏目漱石の自己本位」 ー3

2012年07月20日(金)

            『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
   * 他人志向型人間
 「自己本位」の対照に「他人志向型」人間がある。学生時代のゼミで読むよう指定された本にリースマン著 『孤独な群集』があった。
以前にも少し取り上げたことがある。  ー 大まかにいうと
《 都会の群衆は、それぞれが孤独であり、他人に対して無視を装っているが、実は非常に敏感で、その視線を気にしている
「他人志向型人間」が多い。これは都市という空間が、人工で創られているためで、各々は個々に分断されているため内情を
知りたいのである。要は内幕情報屋的傾向の強いのがが都会人。》が、私の記憶として残っている。
 そこでアマゾンで調べてみると、【 この本が書かれた1950年代アメリカというのは非常に興味深い10年間であります。
戦後の繁栄を謳歌し、今や万人の上にアメリカの夢が輝いている、そういう光がある反面、冷戦が社会にもたらす緊張、そして
勃興する消費主義、台頭する大企業、人々は次々と「長いものに巻かれ」て自己の表現よりも大樹への忠誠とへつらいという
軍門に降っておりました。そんな時代の空気を吸い込んで書かれたこの書の主人公は、やはり、他者の視線を例えば会社で
四六時中気にするような、「他人志向型」人間であり、仕事によって自己表現をするというかってのアーティストたちとは異なり、
仕事を家計の質を得るための手段にすぎぬと割り切って、自己表現の場を瑣末な消費主義に求める、そんな連中であります。】とある。
 都会の中にあって、誰もが、それは素振りも見せず、それぞれが自己本位で生きていかざるをえない。しかし、心は空虚の
孤独な群集と化してしまう。特に勤め人は、都会暮らしで日々の仕事に忙殺され、自己本位というより、組織という集団の中に
自己を見失いがちになる。そうであればこそ、その中に自己本位のライフワークを確立しておかなければ漱石のような鬱病に
陥ってしまう。そのような世界から、自己本位人間に定年後こそ移行すべしと著者は勧める。その変化が出来ないで、定年後も
仕事仲間と付き合うのが一般だが、「昔の首輪を付けたまま群れをつくり、街中をさ迷う犬」に喩えられる。一度、孤立をして、
孤独の世界をつくり、そこで新たな自分と対峙しないと、そう簡単に自分は変えることは出来ない。他人志向も達観すれば、
それはそれで良いのだろうが・・・いい歳をした老人が群れて、我を忘れて他人の噂をしている姿もいただけない。 特に男は!
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3768, 福島原発事故は実際、何処まで深刻なのか?
2011年07月20日(水)
  大震災と、それに伴なう福島原発事故が起こって4ヶ月以上になるのに、一番深刻と思われる原発事故の深刻度がハッキリしない。
先日、図書館から借りてきた「新潮45 〜6月号」にー特集・震災後をどう生きるかーがあった。実に、現在知りたいと思っていた、
哲学者や、学者、その道の評論家が、それぞれの視点で論評を書いていた。 現在、一般的に知られている事実を科学作家の竹内薫が
 次のように、書いていた。
【 マスコミも含めて、日本人の多くが原子力発電の基礎知識をほとんど持っていなかったことで、いまだに多くの誤解がまかり通っている。
  スリーマイル島とチェルノブイリの事故の違いも知られていないようだ。 
・スリーマイル島ではメルトダウンが起きたが、格納容器が破壊されず、環境への影響はほとんどなかった。
・チェルノブイリは、まともな格納容器すらない、旧東側の原発であり、原子炉が爆発して(核爆発ではない)、放射性物質が成層圏にまで
 吹き飛ばされた、未曾有の大事故だった。 旧ソ連は事故を当初から隠蔽し、海外で放射性物質が検出されて初めて大騒ぎになった。
・今回の福島事故は、深刻であることは間違いないが、スリーマイル島の事故を超え、チェルノブイリより被害が小さい事故、
 というのが世界中の科学者・原発エンジニアの共通する見解だ。
・最悪の事態を迎えたとしても、格納容器が内部の蒸気圧に耐えられずに爆発し、高度500メートル付近まで放射能物質が飛散し、
 周囲に拡散するにとどまるという。4月12日に事故の深刻さが「レペル7」と認定され、「ほれみろ、チェルノブイリと同じではないか」
 という論調のマスコミもあらわれたが、政府が「チェルノブイリではない」と主張しているのは、ある意味、正しい。・・・・ 】
▼ 世界の科学雑誌は、一般的に事態を冷静に見ており、原発事故を「1.未曾有の自然災害」×「2.40年前の技術水準の原子炉」
  とし、数十年かけて再生可能エネルギー技術をスケールアップするまでは、原子力発電を使い続けるべきとしている。
  日本のTVを見ていると、まるで世界中が原発反対で一致団結をしているように思われるが、それは正確でないという。
   また、「想定できたはずの人災」にすり替えようとした動きは、後だしジャンケンであり、原子炉の破壊が人災というなら、
  2万人以上の死者を出した大津波に対しての、10メートルの防波堤に対して、更に大きな人災論をマスコミは騒いで良いはず。
   これまでの過剰反応は収まってきたが、それでも大気にばら撒かれた放射性物質の影響は、次第に身近に来ている。
  問題は、若い人である。その中で、幼児が、10〜20年後に、ガンなどになる可能性が出てくること。
  私たちの年代には、どっちにしても、先は限られているので、騒ぐこともないので、国全体としては落ち着いているのである。
  とはいえ、この事態は健康面だけでなく、政治経済などの先行きに予断を許さないことは間違いない事実。
   それに気づいた人たちが、観光地、温泉などに徐々に戻りつつあるようだ。まずは、この夏の電気エネルギーの供給。
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3403, マイナス思考講座
 2010年07月20日(火)
 「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 (著)
  ーアマゾンの内容紹介より
 前向きなポジティブ思考で「その気」になっても実際には何も変われていない、ってことありませんか?
そんなあなたにこそオススメしたい最終兵器がマイナス思考! 落とし穴だらけのポジティブ思考を捨て、
仕事・人間関係・恋愛で本当に役に立つ“戦略的マイナス思考”を身につけよう。
本当の成長は、徹底的な絶望から始まるのです! 人気ブロガーによる究極の自己啓発書!
 ▼ この本はまだアマゾンの内容紹介と、読者の感想しか読んでない。なるほどと思う部分と、何も知らない何の経験のない人が
読んだら誤解を受けそうでもある。 プラス思考・肯定思考は意志そのものである。それに対しマイナス思考は感情面が強い。
したがって、二つをミックスしながら考えを進めてこそ、思考が高まる。 単純なマイナスも、プラス思考もない。
一般にいうプラス思考は、マイナス思考を乗りこえた上の積極的な働きをいうのであって、頭の軽い明るい人の軽薄思考とは違う。
ここで「絶望ワーク」という、14の講座が展開されているが、もちろん、それらを乗り越えた上の思考であることは当然である。
 先日の全国紙上で、アメリカの「肯定思考法」の行きすぎに疑問を呈している論があった。ただ、それだけで良いはずはないのは、
誰の目にも明らかだが。 格差という視点からみて、肯定思考は「一段上にアップスケールなど考えるより、現状を肯定し、
それを受け入れるべし」と捉えがちになる。 マイナス思考なら、「現状を絶対否定をして社会全体を破壊するか、現状に満足している
自分を否定する」ことになる。 そうすると、ヘーゲルの正・反・合の適応が考えられる。正=プラス思考、反=マイナス思考、それら
から導き出されたランクアップした思考こそ、練りこまれた結果となる。 マイナス思考で準備をして、プラス思考で実践を
することがより有効になる。 思いもよらない失敗をした時、我を取り戻すために必死になって、マイナスを取り繕うために、
プラス面を探し出し気持ちの動揺を最小にする作用として、プラス思考を使うケースが多い。 しかし徹底的に、そのマイナスの
中心点をみるためには、マイナス思考は重要である。 とはいえ、人生は「にっこり笑ってハンカチーフ!」でなければ、
生きられない局面が多い。 だいたい、「マイナス思考講座」という題名の本が出ること自体、世界が金融恐慌だからだ。
今後、10~20年は、いや50年スパンで歴史的大混乱は避けられない中で、「マイナス思考」を持つのが自然であり、
「プラス思考・肯定思考」そのものが、不自然になるのは当然である。明日にでも、この本が送付されてくる。
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3028, 『死ぬときに後悔すること25』+2
 2009年07月20日(月)
 『死ぬときに後悔すること25』 緩和医療医・大津秀一著
《人生の目標は、『死ぬ時に後悔しないこと』》と言ったのは、日蓮だが、この本は新聞の書評で知り、ネットで概要を
調べたもので、実際には読んではいない。しかし、それだけでも、その骨子をしることは出来たようだ。 その骨子とは
 〜〜
末期医療の現場で1000人の死を見届けた医師が書いた本で、「人は亡くなる時にどんなことを後悔しているのか」をまとめたもの。
人は生きている時に、「仕事で出世したい」「人生に成功したい」「お金持ちになりたい」とか思うのが常かもしれないが、
最期を迎える時に思うことは、どうも違うようだ。 ーその25のこととは?ー
健康を大切にしなかったこと          △       たばこをやめなかったこと        ○
生前の意思を示さなかったこと         ○       治療の意味を見失ってしまったこと    ?
自分のやりたいことをやらなかったこと     ◎       夢をかなえられなかったこと       ○
悪事に手を染めたこと             ○       感情に振り回された一生を過ごしたこと  ○
他人に優しくなれなかったこと         ○       自分が一番と信じて疑わなかったこと   ○
遺産をどうするかを決めなかったこと      △       自分の葬儀を考えなかったこと      ○
故郷に帰らなかったこと            ○       美味しいものを食べておかなかったこと  ◎
仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと   ◎       行きたい場所に旅行しなかったこと    ◎
会いたい人に会っておかなかったこと      ◎       記憶に残る恋愛をしなかったこと    ???
結婚をしなかったこと             ○       子供を育てなかったこと         ○
子供を結婚させなかったこと          ○       自分の生きた証を残さなかったこと    ◎
生と死の問題を乗り越えられなかったこと    ○       神仏の教えをしらなかったこと      ○
愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと  ○
  (字数制限のためカット 2011年7月20日)
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2663, 「哲学づくと、どうなるか」
2008年07月20日(日)
 この随想日記を7年以上毎日書き続けたためか、以下のように左から右へと変わってしまった。 但し重心だが。 
 ということは、過去の自己否定の辛い日々になっている? 
根本を突き詰めない日々  ー>   考える日々(考えざるを得ない日々))
日常に流される日々    ー>   新しい知識を求め続ける日々
役立つことを追求する日々 ー>   役に立つとか立たない外を求める日々
常識を加える日々     ー>   常識を根本的に疑う日々
実生活のプラスを加える日々ー>   真実とは何かを求める日々
マスコミに左右された日々 ー>   自分の道理を最優先にする日々  
群れを求める傾向     ー>   孤独の時間に重心を移動
 要するに自分の話す言葉、書く言葉を大事にするようになった。その反面、これまでの表層的な自分を思い出しながら赤面している。
そういえば、二十・三十歳代半までは右側の傾向が強かったようだが・・・ インターネットと、印刷の発明とドチラが人類にとって
大発明になるのかといえば(私自身の判断だが)数段、インターネットだと思う。その人類の大きな転機の大事件に立ちあっている。 
それぞれがブログを通して「語ること」を始めたのである。ブログで語り始めて、語りを継続をして、私の場合、哲学づいたのである。
自分の知識と経験の限界を知ることは、何か空しい気もする。 知っていることより、知らないことが膨大に広がっているのを知ると、
先ほど書いた右側の傾向になっていくのである。それにしても、面白い岐路を生きたものだ。
・・・・・・・・・
2007年07月20日(金)
 2299, また地震!どうなっている?まったく! ー3
  「柏崎原発直下に断層」 ー耐震設計の前提崩れるー
  これが昨日の地元紙の新潟日報一面のトップ記事である。
 更に一面の下にある「日報抄」というコラムに以下のようにあったが、これしか書けないのがマスコミの限界だろう。
 しかし地元紙としては思い切ったことが書いてある。この地震は、日本だけでなく世界に匕首を突きつけた大問題。
 角栄神話の根こそぎ否定の問題であり、娘の真紀子にもつながってくる。代議士として存在していること自体が、
 この地区の後進性を現している。 世界一位の規模を誇る柏崎原発は、マグネチュード6・5までの耐震で造られていた。
 ところが、今回の地震は6・8である。0・2で二倍の衝撃度が増すというから、今回は二倍以上の衝撃が原発にかかったことになる。
 ということは、ただ事でない事態が起きて当然ではないか? 情報はパニックを起こさないために隠蔽せざるを得ないだろう。
・放射能が大規模に漏れたなら隠すということは殺人そのものになるから、ないだろう??と考えるのか、
・それとも隠しざるを得ないと考えるか。どうだろうか? 後者なら、とりあえず新潟まで租界しなければならないか?
   (字数制限のためカット 2010年7月20日)
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2006年07月20日(木)
1934, 二つ目のブログ?2            
  (♯ゝωσ♯)人(+>∀<+)ノぁはは? よう!        
ブログを始めようとすると、まずはどのサイトのブログを選ぶか迷よう。私も、とにかく5つのブログに入っては止めてみた。
  (字数制限のためカット 2010年7月20日)
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2005年07月20日(水)
1569, わたしの酒中日記 ー15
 ー倉敷の夜ー 1977年8月某日
仕入れで、岡山と広島の福山に行った帰りに倉敷アイビースクエアガーデン・ホテルに来ている。
赤煉瓦に蔦のからまる紡績工場を、文化施設のある複合ホテルに改築してある。広い赤レンガの敷き詰めた中庭が売りのホテル。
欧州のホテルに来ているようだ。2Fの建物に、部屋が中庭を囲むようにある。女性の好みそうな風情のあるホテルである。
近くには倉敷の昔ながらの街並みがある。同行の二人と街の居酒屋に入ってみる。観光客用につくってあり、江戸時代を
モチーフにした店である。100年以上経った商家を改造してあるので、映画のロケの店のような錯覚をしてしまうのがよい。
少し値段は高めだが、それだけの価値を十分に感じることが出来た。それと土産物店が何ともいえない風情がある。
福山と倉敷に来たのは二回目である。ここはジーンズと作業服の生産地である。メーカーから直接発注するのだ。
昔風の繊維メーカーと、アパレルの工場が並んでいる。 行く先々に父の話を聞かされた。仕入れは亡くなった父に
出会うたびでもある。 明日は、大原美術館を2時間ほど見た後、学生服メーカーのベンクーガーによる予定である。
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2004年07月20日(火)
 1204, つれづれなるままに
ー自宅の6軒先の家の主人が、仕事先で行方不明になり五日目に発見された。 東北電力に勤めていて、その保守点検のため決壊の
 現場にいたためだ。 行方不明になる前日に、初めて顔を見たのが印象的に残っている。 そこの柴犬が落ち着いた犬で、
 早朝の散歩時にいつも声をかけていた。たまたま、その主人と顔をあわせたのが初めてで最後であった。
 近所だけでも、最近色いろなことがある。
ー橋本元首相がまた疑惑だ。
 (字数の関係でカット2008年07月20日)
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2003年07月20日(日)
 837, 民間校長 ー腑におちる教育を!
 昨日、何げなくNHK・BS1をまわすと、東京の杉並区和田中学校の民間から採用された校長を取り上げた番組を放送していた。
広島の民間出の校長が日教租?によって自殺に追い込まれたり、教育委員会の担当も、自殺をしたニュースが生々しいが、
その成功例もちゃんとあった。
ー内容を大筋は
・「よのなか科」をつくって一線で働いているゲストを、年間25人のペースで招いて 実際の生の教育をしていた。 
 産能大学でゲスト・ティーチャーを経験してきただけに、 その内容に引きつけられた。
   (字数の関係でカット2009年07月20日)
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2002年07月20日(土)
 462,臭いのするような話し
子供頃から母親に「臭いのするような話しはするな!」といわれてきた。そういえば家族の会話で、そういう会話は殆んど無かった。
具体的な下ネタや、下痢や生理的などのデモノ・ハレモノの話しをするなということだ。言葉は大事だ。
(字数の関係でカット2012年07月20日)
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2001年07月20日(金)
[80] 北欧ロシア旅行記
 ー印象順に書いてみよ  
1 ・レニングラードが良かった。
  ・特にやはりエルミタージュがよい。冬の宮殿と言われる建築物が予想以上だ。300万点もあると言う美術品がよい。
  ・ エルミタージュの小劇場でみたバレーが今回の旅行のハイライトの一つだっだ。 
  ・ 川からみたレニングラードの街並みの光景が今まで見た街の美しさでナンバーワンといってよい。街そのものが芸術。
  ・夏の宮殿と呼ばれるカタリ‐ナ宮殿もすばらしい内容であった。
2 ・次はフィヨルド 2時間の川下りふうな船よりの景色がすばらしい!
   最も長いそれは200キロ、深いところは1000メートルもあると言う。
3 ・登山列車からの景色もいい。最も印象的なのはトンネルの合間の空間に列車を止め、下車して見た見た滝がすばらしい。
  突如‘ジョニ‐は戦場に行った’に似た音楽が鳴り響き、滝の途中に突き出た岩の上に赤いドレスを着た女性が踊りだした。
 ‘水の精の踊り’をモチーフにしたのだろうが、幻想的で感動的であった。
4・ノルウエーのベルゲンの世界遺産のブリッゲン地区の街並みと魚仲買人の家も当時の生活が垣間見えた。
  北欧の国民性として家の部屋の中を飾り揃えて、お互い見せ合うのが楽しみだそうだ。
  家具が何処を見てもセンスがいい。バイキングは末っ子相続の変わった風習の国だ。
  海は日本は堀で外敵より守るものだが、バイキングは夢の実現のの所だそうだ。
5・ノルウエーのオスロのフログネル公園が印象的であった。モチーフが人生! 赤ちゃんから成人?老人そして死が像で
  立ち並ぶ公園である。何かヒンヤリした、超越した視点が空間に漂っていた。今回の旅行は5ヶ国をまわるダイジェスト的な内容。
   飛行機、遊覧船、登山列車、高速列車、一泊の豪華船、バスと毎日が移動の旅行であった。
   何でもあり、変化の激しいしかも楽しい旅行であった。


4133, 「夏目漱石の自己本位」 ー2

2012年07月19日(木)

            『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
「自己本位」が無作法に行われたら人間社会は成り立たない。そこには当然、心得がある。それを厳格に守るのが個人主義である。
我々は社会の中に生きている。社会にはルールや心得がある。それを知った上で自己本位で生きていかなければならない。
   * 当然、「自己本位」に心得がある!
≪「他人本位」から「自己本位」に生き方を転換するには、三ヵ条を心得ておかねばならないと漱石は言う。
第一に、自分の個性の発展を遂げようとするならば、他人の個性を尊重しなければならない。
第二に、自身が有する権力を行使しようとするならば、それに付随する義務を忘れないこと。
第三に、自己の金力を示したいのであれば、それに伴う責任を重んじなければならないことである。
 講演の最後に、漱石はこう言いきっている。《 ただもう一「つ御注意までに申し上げて置きたいのは、国家的道徳というものは
個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心は
そんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる。ペテンに掛ける、滅茶苦茶なものであります。だから国家を標準とする以上、
国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、
それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。》≫
▼ 漱石は「自己本位」という金鉱を見つけたことで、その後の進むべき道を見い出した。聴衆に対して
「もしどこかにコダワリがあるなら、何かを掘り当てるまで突き進むと、各人各様にもって生まれた個性がそこにぶつかり、
初めて腰がすわる。そこに腰を落ち着けて前進していくと、個性に磨きがかかり、発展し、幸福感と安心がもたらされる」と、説く。
このことは定年退職者にも、同じく当てはめることが出来る。若さを失う要素の一つは周囲に流されやすくなり、他人本位に
なることがある。まだ江戸時代の滅私奉公の気持ちが抜けきらない時代に、「自己本位」を言ってのけたのだから、驚いてしまう。
単一民族で、島国では、互いを大事にするあまり他人を意識過ぎて、自分を確立する機会が減ってしまう。特に勤め人は孤立に弱い。
・・・・・・・
3767,閑話小題 
2011年07月19日(火)
   * 女子ワールドカップ・サッカーで日本が優勝
 テレビで話題を盛り上げるため、日本が優勝すると笑いながら言っていた解説者はいたが、殆どの人は、
「日本が優勝するなど有得ない」と思っていた。ところが昨日、一般の予測に反し日本女子が優勝をしてしまった。
ドイツに買ったのだから、日本がアメリカに勝っても不思議ではないが、24戦して22敗、二引き分けの相手である。
もし勝つなら「何とか引き分けに持ち込んで、PK戦で勝ちを拾うしかない」と、思っていたのが、正夢になってしまった。
結果的には大震災と原発事故で瀕死の状態の日本に米国が勝ちをプレゼントしたことになる。 米国の一方的な攻撃の中で、
耐え抜いてPK戦に持ち込んで勝利したのだから、恐れ入る。 その中で、神憑り的な幸運が試合の随所でみられた。
明らかに弱者である日本は、一方的な攻撃に耐え抜く弱者の戦法が、最後に幸運を引きよせた結果を生んだ。
 最悪の事態の時に、最悪の出来事を呼び寄せることを「布置」と、先日、ここで書いたが、逆に、この時期に有得ない幸運?を
引き寄せることも「布置」というのだろうか? 
  * メタボの雀、再会
 昨日の朝、女子サッカーを見た後、何時もの信濃川の川辺のサイクリング・コースのベンチで、ストレッチをしていると、
前に書いたことがあったメタボの雀が、何時もの通り、50センチ位のところまでやってきた。このところ見かけなかったので、
餌が無かったが、ポケットに手を入れ撒いたふりをすると、そのあたりを必死に餌を探している。 信濃川の雀、その後、
何気なく自転車に乗りながら観察しているが、餌が豊富なのだろう、全体にメタボ気味のようだ。
  * そろそろ、軽い鬱になりそうな
 三月末を区切りに、自宅に中心の生活に変わり100日余りになる。だんだん慣れてはきたが、そろそろ軽い鬱がきそうか。
早朝、この随想日記の仕上げと、電動アシストのチャリで信濃川土手のサイクリング、そしてスポーツセンターと、午前中は過し、
午後は流しに入る。 映画館、SC、図書館に行ったり、読書をしたりで、時間がたっていく。しかし、今度は余裕が出来てくると、
周囲の人の視線が見えてくる。 事が事だけに獄門打ち首のサラシの身の上か、1〜2年は蟄居閉門である。
本人には、そんな意識は少ないが、あの視線は、やはり、そういうことか?という感がする。 元もとアウトサイダーを基本と
してきたので、「その辺の輩」への逆視線はある。 私も人間、環境の動物。今さらか・・ それ以前の初老性欝か、大震災の背景も?
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3402, 「壊れ窓理論」の経営学
2010年07月19日(月)
「壊れ窓理論」の経営学  ー犯罪学が解き明かすビジネスの黄金律 ー M・レヴィン (著),
 ーアマゾンの内容説明からー
小さなことが大きな成功と失敗を生む! 「壊れ窓理論」とは、小さな犯罪(壊れ窓)を放置すると大きな犯罪を招く、
だから小さな犯罪を取り締まれ、というものだ。この犯罪学の理論をビジネスに当てはめたのが、本書である。
有名企業の豊富な事例をもとに、あなたの会社の「壊れ窓」を防ぐ方策を伝授。
  =まず、その要点をまとめてみると・・=
≪ 「ニューヨークの凶悪犯罪が減ったのは地下鉄の落書きを消したから」 「あなたの会社にも壊れ窓はないか?」という再三の
問いかけと、ささいなことを大事にするか疎かにするかで大きな差がつくという指摘にドキッとさせられる。
序文の一行目に「汚いトイレとは、壊れた窓である。・・・」とある。「一枚の割れた窓のようなチョットした綻びが、
毎日そこを通りかかる人々に向かって強いシグナルを発する。 壊れたまま修理されてなければ、建物の所有者はそれに
気づいてないか、目をつぶっているという意味だ。 ということは、近辺では窃盗や破壊行為や暴行など、もっと深刻な犯罪が
見逃されていたかもしえない。 少なくとも、誰も目を配っていないのは明らかだ。これが壊れ窓理論の核心である。」と・・・
 ここで、さらに鋭く「もし、あなたが経営者で、小さなことはどうでもよいと本気で思っていたら、本書を是非とも読んで欲しい。
あなたの会社を救えるかもしれない。ともかく、些細なことがビジネスの成否を大きく分けるというのは、どれだけ強調しても
足りない。・・・壊れ窓とは汚れたカウンターかもしれないし、見つけにくい場所に置かれたセール商品、適当に羅列された
メニュー、態度の悪い従業員かもしれない。≫
▼ 耳が痛い。あまり細部に口を出すのは管理・監督まで指示するから、と目を瞑ること自体が出発点から間違っているのである。
 忘れていたことである。 内部的にも、その辺を見られる。そういう目で色いろな店とかを見て合せ鏡にするのも良い。
 自分自身の壊れ窓、身近の人の壊れ窓、知人の壊れ窓、という視点で、その性格を見ると面白い。 私は?癖、 はたまた??か。
 ズット壊れたままか。何度も修理をしてきたが、何時の間にか・・ 誰か笑っているけど、壊れているのを自覚してない方が恐ろしい。
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3027,アキバ・オタク文化
 2009年07月19日(日)
 現在、秋葉原が注目を浴びているが、秋葉原は昔から時代の10年先を行っていたという。
現在は秋葉と、中野ブロードウェイは「お宅」だけでなく、外国観光客のスポットになっている。
引きこもりのオタク文化は、新自由主義の変化が引き起こした歪みの側面がある。
しかし電器商品や、萌えとか、コスプレなどのファッションは面白い独自の世界を形成している。
 ーウィキペディアによると
・まず戦後、闇市から出発。 ・1960年代に入り、家電の街になって、・70年代になってオーディオの街に、
・80年代がマイクロコンピューターの街になり、・90年代でマルチメディアの街に、・2000年代になってオタクの街になった。
  ≪字数制限のためカット 2011年7月19日≫
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2662, 閑話小題
 2008年07月19日(土)
 *図書館の、ある光景
もう三月になるだろうか、昼休みに図書館の、あるコーナーに行くと、その二メートル先の立ち席の机に三十冊ほどの本を積み上げ、
腕まくりをしてノートに書き写している40歳位の男の人がいる。週に一度は、そのコーナーに行くので互いに意識?をする。 
座り机が幾らでもあるのに、立って調べている。その方が気持ちを集中出来るからである。 
研究者なのだろうが、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。 何事かと、思うのは当然だろう。
 *地球儀
≪字数制限のためカット 2010年7月19日≫
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2007年07月19日(木)
2298, とどまりたまへ旅人よ
   わきめをふらで急ぎ行く  君の行衛(ゆくえ)はいづこぞや
   琴花酒(ことはなさけ)のあるものを  とどまりたまへ旅人よ
  ーー
 藤村の、この言葉を若いときの自分を振り返って、投げかけてやりたい言葉である。
「わきめをふらで」何を目指していたというのか?‘お前、何を焦っているのか、もっと今・そこをみたら!’と。
時は戻らない、しかし、しかし!・・である。 それが青春なのだろう。ただ、精一杯生きればよい!ということではない。
といって、精一杯生きなければならない時節もある。誠実に生きることだ、自分自身に。そして、その時、そのことに。
しかし、とどまっていては駄目な時もある。 わきめをふらないで歩む時も! まっすぐに、歩かなければならない時もある。 
とどまることも、必要ならとどまることだ、琴花酒とともに。 楽しんだら、酔いがさめたら、立ち去ることだ、それが人生だから。
  ーー
 島崎藤村 「若菜集」ー『酔歌』より
 
旅と旅との君や我     君と我とのなかなれば    
酔ふて袂の歌草を     醒めての君に見せばやな
  ≪字数制限のためカット 2012年7月19日≫             
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2006年07月19日(水)
1933, 霊界からの訪問者-2   (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ  ユーレイイホー ♯♭
ー四四太郎の霊日記ー3
宗親よ、御前の命も10年か20年、早ければあと5年だろう。 そんなものだ。それじゃ~、本当に解っているというと解ってないだろう。
こちら側の殆んどの連中は「まさか自分が死ぬなんて思ってもいなかった」と言っているよ。死ぬ意味がわからなかったようだ。
それは生きる意味がわかってないことと同じことなんだよ。死ぬとね完全に無になって数十年か数百年の休みを貰って娑婆世界に
戻される、と思ってりゃ良いんだよ。実際は??・・ ただ、誰もが死際に後悔をするんだ。あれもこれも何故しなかったのだろう?と。
「人生は二度とない」は、お前の口ぐせだったろう。ワシがこうして出てきたからには、これから死ぬまでの間、生き方を指導してやるよ。
それとも、お前の脳に光を当ててやるよ。前にも言ったとおり、人生の60年や80年など一瞬でしかない。
そして、ある日、一瞬に終わりになるんじゃ。      \(+×+)/バタンキュー
それでいいんだが、その日まで 光り輝いて生きるべきだといっているのじゃ。
といって、それほど深刻になることも無い!ただ、せっかく短い人生、何時までもあると思うな!ということさ。
御前の好きな言葉に「正中心一点無」という言葉があるだろう。 常に物事の中心を見つめ求めること、
そうすると中心点の無からエネルギーがでてくるのじゃ。その正中心一点無がワシであるのだ。
だからワシの声は真実なのじゃ。                   つづく     
ーーーーー
四四太郎の霊日記ー4
霊のことを、結局はお主の頭で考えた範囲のことでしかないと思うだろうが、ワシの口を通すと全く違う視点になるのじゃ。
  ≪字数制限のためカット 2010年7月19日≫
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2005年07月19日(火)
 1568, 退屈について
退屈な時間を誰もが当然経験をしている。しかし一部の哲学者を除いて退屈に対して真正面から考えようとしなかった。
退屈といえばトマス・マンの「魔の山」を思い出す。隔離された療養所の中で延々と議論がつづくのだ。
過去の人生を振り返ってみると、暇で退屈な時ほど一番効果的な何かをしていた。何かをやろうとする時は、意図的に空白時間を置く。
ABC分析のAのことだけに直面できるが、多くの手持ち時間を持て余す。それが、良いのだ。 般若心境の[[空即是色]である。
その退屈な時間に多くのことを考えることができる。忙しくて仕方がないときは、ロボット的仕事ばかりをしていた。暇な時間、いや
退屈な時間という現象をもっと深く考えてもよいだろう。携帯電話は考えてみたら、暇や退屈な時間を無くしてしまったのかもしれない。
「小人閑居して不善をなす」という言葉もあるように、退屈な時間に何をするかである。退屈とは意味の欠如からくることが多い。
何もすることに意味を見出せない状態が退屈の状態であろうか。フランクルの「意味への意志」の欠如ということである。
反面、そんなことに全く関係ない、退屈の気晴らしの人生もよいのかもしれない。いや実際、それが人生だろう。
所詮人生は何の意味の無いことの上で成り立っているのか?もし、そうだとしても、それで良いのではないか?
子育てに、家事に忙殺されている主婦に退屈はないだろう。また女性にとって子育ては最も意味あることである。
子育ても終わり、家事もマンネリになった時に退屈がでてくる。そこで、次に意味を探すことになる。
それを見出せないと、退屈が覆いかぶさってくる。そして欝になる。欝はだいたい10?の人がかかるという。
欝体質の人はもっと多いだろう。まあ退屈紛れに、退屈について書いたが意味は深い。「退屈の小さな哲学」という本を、
図書館で借りてきた。まだ読んでないが、この本の中に多くのヒントがありそうだ。
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2004年07月19日(月)
1203,実存哲学(2) 
 ー哲学についてー18
ーマルクスー1
 実存哲学が「主体」(自己)をテーマにしたのに対して、マルクスが「存在の哲学」を主張した。
包括的な主体の哲学である。マルクスの哲学上の最大の発見は、資本主義生産システム分析を通して、
・この社会は合理的に統御不能な存在である、
・人間の「主観」から独自な「主体」(意志)を持つことを見出したことである。
「資本主義社会を根本的に動かしている力は、生命力を無制限発動している無意識である」ということを明らかにした。
マルクス主義がみごとな思想体系をそなえている理由は、ドイツ哲学、フランス政治理念、イギリスの経済学という
三つの知的伝統を融合させたものであったからだ。したがって、マスクス主義は哲学には分類できない。
マルクス主義は、そのほとんどがヘーゲルから受け継いだものでしかない。 ある本に、ヘーゲル哲学と
マルクス主義の共通する考え方を10に要約していた。非常に解りやすくまとめてあったので書き出してみた。
1、現実はものごとの状態ではなく、つねに進行中の歴史的プロセスである
2、現実を理解するには、歴史的変化とは何かを理解する必要がある
3、歴史的変化は、無作為におきるのでなく、発見可能な法則にのっとっている
4、この発見可能な変化の法則は弁証法的であり、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼの運動を繰り返している。
5、この法則を繰りかえす原動力は疎外といわれ、その疎外によって、どのような
  状態になっても内部に矛盾を生じ、それは終わりを迎える
≪字数制限のためカット 2012年7月19日≫
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2003年07月19日(土)
 836, 私のクレートジャーニー
ー<グレート・ジャーニーとは>
「人類は、400 万年前、東アフリカに誕生し、アジア、極北の地を経て、ついに 1万年前には、南米大陸最南端の
パタゴニアへ到った。 この 5万キロの大遠征をアメリカの考古学者フェイガンは'GREAT JOURNEY 'と呼んでいる。
関野吉晴氏が大遠征の道筋を、自らの脚力を頼りに、逆ルートで踏査をした旅をTVで、
数年間ドキュメントで放送した。私はツアーだが、今回のアラスカ旅行で(シベリアの地をを除いて)
点線で、グレート・ジャーニーをしたことになる。ー少し強引な理屈付けになるが。
・ケニア・タンザニアから下は南アフリカ、西アフリカからモロッコ、スペインを経て西ヨーロッパから北欧、ロシアのルート。
・シルクロードのコースはエジプトからトルコ、イスラエル、ヨルダン、シリア、 レバノンを経て、インド、ネパール、
 パキスタン、ウイグル地区、桂林、北京を得てシベリアへ。
・香港より南下するコースはベトナム、タイ、フィリッピン、そしてフィジーからニュージーランドへ。
 ーまだ行ってないが、オーストラリアとイースター島に行けば南米へ行くコースも完成することになる。
・シベリアからのコースはアラスカ、カナダを通ってアメリカ、メキシコ。
 テーブルマウンテンのあるベネゼイラ、そしてインカのペルーへ。
 ブラジルのイグアスの滝を見ながら、サンパウロを通って、リオへ。
 アルゼンチンのブエノスアイレスを通り、ペルーへ南下をして最南の地パタゴニアに到着。
 一応コースは出来上がることになる。そうすると、残された地は東欧、カザフ、モンゴル、シベリア、
 オーストラリア、イースター島ということになる。しかし今回のアラスカで一応完成した感がする。
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2002年07月19日(金)
461,海外旅行のもう一つの難関
 今は殆ど気にならなくなったが、下痢である。 何とかなるものだが、初めの慣れてない一回目の一ヶ月の欧州旅行では
あわやということが数回あった。やはり経験不足で、食事制限とかポイントが解らないことからくる。大事なのはワンフライト
(10~12時間)の機内食である。飲み物はアルコールを含め飲み放題。時差も含め次々と食事はこちらの体調に関係なく出てくる。
それが美味しいときているから自制がきかなくなる。さらに気圧の関係で着陸後の2時間目あたりにくる。
お腹もパンパンに張っていたのが、元に戻って腸を刺激する。それに疲れと時差の関係で、2~3日はおかしくなって当然。
それを前提にして、機内食を制限したりして体調を整える。一般的には、現地で出発の最低2~3時間前に起きてトイレにいき、
朝食後の出発前に更に行く。9割がたの人はそのようだ。そして到着後2~3日は、昼食後もいく。
これは時差の為身体が慣れてない対策だ。それとワンフライト目の食事、いや機内食は3ぶん1しか腹に入れない。
更に梅干を一日3個を食べる。これで大体大丈夫だ。迷ったら人の目を気にせずドンドントイレに行くことだ。
私の場合、お城の牢獄に入るとどういうわけかオカシクなる。インドは9割以上の人が、かなりひどい下痢になる。
日本の薬では全く効かない。それと今回のスイスのように高度のところも危ない。高山病は下痢と頭痛と倦怠が同時に襲ってくる。
・・・・・・・
2001年07月19日(木)
 先ほど無事帰る。変化の激しい旅行だったが、満足の行く旅行であった。新潟の会社へ直接よる。
修理に出したパソコンを自宅に持ち帰るためだ。あまり国内は変わったことはないようだ。
おりおり旅行内容な書いていくつもりだ。


4132, 脳の中の小さな存在

2012年07月18日(水)

 体操の内村航平のインタビューの中の言葉に驚いた。「どうして一秒の間に、あれだけの回転が出来るのですか?」の問い
に対する答えが凄い。「私の脳の中に小さな自分がいて、彼が冷静に自分を見ていて次の指示を出している。終わってからでも
内容を憶えていて、間違いを正してくれる」等であった。 これは訓練の繰り返しで、色いろのことを自問自答する中から自然に
出来上がった「セルフ」である。その精度が高いため、世界のトップになれたのだ。その小さな存在には科学的訓練のベースの
裏づけがある。擬人化した「セルフ」には、無意識のレベルに達した自己客観視する自分が、幾重に重なっていて、直感的連続動作を
冷静に見つめていて、瞬間の動作を修正している。柔道でも、同じような話を聞いたことがある。世界のトップクラス相手の攻撃に
対した防御は、考えて対処するのでは無理で、練習の重なりで直感的反射防御まで訓練していないと、防げないという。
世界一流まで持ち上がたレベルの高い「小さな存在」に、自分を委ねているのと同じである。
 親とか、小さな地域的価値観から一歩も踏み出すことが出来ない「小さな自分」に縛られているそれもあるが、その辺の
下世話な内容は、ここでは止めておく。ここは世界的アスリートの話。 天才的芸術家や小説家などは、その小さな自分が、
冷静に現象の中の本質を直感して、それを脚色、新たな創造をする。野球のイチロウにしても、こういう右脳と、左脳の論理が
組み合わせが出来た上で、脳の奥で瞬時に動作を指示する司令塔があるようだ。 将棋や囲碁の名人にも同じである。
 少し話は変わるが、毎朝、過去の、この随想日記を読みかえしているが、毎日繰り返していると、読み返している自分が
別人格として存在しているような妙な気持ちになる。3、5、10年前の同月同日の自分と対話している毎朝の自分の存在である。
私=自分は、それぞれの瞬間瞬間いて、これを書いていた。しかし、時間の経過と同時にTPOSは変化していく。その上に自身も
変わっていくため、それぞれを含めた自身の範囲として、「自分」が立ち上がってくる。哲学的になるが、脳の奥の小さな存在は、
言葉だけでなく、直感も持っている。そのセルフの直感こそ、天の閃きになる。それでも上手くいかないケースもある。
世界を知れば知るほど、自分の卑小さを直感するが、小さな存在は確実に真の言葉と直感は研ぎ澄まされていく。
  真なる自己、真実の時は、感謝、感激、感動、極限の時、静粛の中に存在する。 この瞬間は永遠である。
 ・・・・・・・
3766, ユング ー9
2011年07月18日(月)
   〈 ユングー地下の大王  コリン・ウィルソンー③ 〉
   * 幽体離脱とは          
 事故などで仮死状態の時の幽体離脱の色いろな体験談を聞くが、共通点がある。
 私も何度か幽体離脱と思われる経験をしたことがある。突き詰めれば夢だろうが・・夢にしては、あまりにリアルである。
 ユングが六八歳のとき、散歩中凍った道路で滑って、くるぶしを折って、その二、三日、はげしい心臓発作に襲われた時に、
 幽体離脱をし地球の大気圏の境目辺をさ迷った時の体験の手記がある。 幽体離脱は、人間の限りないエネルギーが、
 あるキッカケで、その外に出てしまい、外から自分の肉体を眺めているイメージをいう。
【 ユングはこの神秘に対して一つの鍵を与えるように思われる一つのケースを挙げている。彼は一人の女性の患者が難産の末に
 死にそうになり、彼女自身が自分の肉体の上方の空中にあって、自分の肉体を見下ろしているような感じになったと述べている。
 彼女は医者がヒステリックになったのを見ることができた。それから、彼女の家族が入って来た。彼女は彼らの反応を見た。
 彼女は自分の後ろに春の花が咲いている公園のような不思議な光景があることを知った。それは「別の世界」への入口である
 ことを彼女は知っていた。彼女は、もし自分がそれを見たら、自分の体を再度入れたくなるかもしれないことを知っていた。
 それで彼は目をそむけ続けていた。彼女が目を覚ましたとき、看護婦に自分が見たことを話すことができた。
 看護婦は、この患者が医者やその他のことについて言ったことを正しいと認めざるを得なかった。】
【 ユングはあからさまに言うことはあきらかに気が進まないが、彼が一般的な意向は明白である。
 一九四四年に彼自身が死に近づいた経験をしたために、彼は心は肉体から独立していると確信するようになった。
 これは、死後の生活が実在しているという意味であるように思われる。事実、一九三四年に書いた「魂と死」という論文で、
 彼はもうすんでのところでこのことを肯定しそうになり、生命とは「死という究極の目標」の一つの準備だという考えを、
 世界の宗教は受け入れているように思われると注釈している(ここでも彼はことばを慎重に選んで話しているので、だれも、
 死後の生命を信じていると、彼を非難することはできない)。このような「体外遊離経験」はー「意味のある偶然の一致」と
 一まとめにして考えると、宇宙が混沌とした集合でないことを確実に示している。 ーP183 】
 ▼ 体の外に出た自分を眺めている夢は、あまりに現実的過ぎる内容である。人間の脳は、あまりに奥行きが深い。
  夢は犬でもみるが、人間は幻覚をみる。その幻覚が思わぬ人知をこえた幽体離脱を生み出すだすのだろうか。
・・・・・・・
3401, おテレビ様と日本人 ー5
 2010年07月18日(日)
 何か、この本を読んでいて他人事のようでありながら、実は自分自身のことではないか?
自分が、そのまま嘲笑されているのではないか?と感じとり自分の過去を振り返ってみた。
 テレビが家に入ってきた50年前の中学校二年の頃に、熱中して成績が落ちる一方であった。そして、
ある時にハッと気づき急遽、高校受験に熱中したが、タッチの差でギリギリセーフあった。
高校時代はテレビなど見ている余裕は全くなく、ただ授業についていくのに精一杯。 ある意味で健全?だった。
ところが、東京の学生時代の二年目にテレビを買ってしまったのが大失敗と、これを読んで気づいていた次第。
私も御多分にもれずテレビ大好き人間。 相撲に、プロ野球、ドラマ、映画、etc、と、これまで、バカ製造機の餌食になっていた。
それでも毎日、数時間の読書をしてきたから半分はブタ化を逃れたと、心の中で言い訳をしている始末。
 私と比較ならないほど更に家内がTV好きなので、そのブタ化が合せ鏡のように見て取れる。
反面、学ぶところもある。ほぼ一切のジャンルを問わないで、世界、日本のナンバー・ワンのものを見ている。
スポーツといえば、ゴルフ、テニス、サッカーなどの騒がれ中継されているもの。
教養?番組では絵画、クラシック、各種演奏会。 映画も名作と騒がれていたものの殆ど。これほどのものなら、
TVの弊害というより、有用だろう。 世界一流の絵画を解説つきで見ると、成るほど理解度と、対象の輝きが更に増す。 
ということは、有害になってブタ化していたのは、むしろ私のほうではないか? まあ、いいか! 
そこで私が録画をしたTV番組のタイトルを改めて見てみたが、著者のいう毒番組が過半数以上?。
 現在では、代議士まで、いかにTVに出て、自分をさらすかに苦心をしている。実際のところ、それが次の選挙対策なる。
彼らにとって、選挙民の投票で現在の地位が保たれているからだ。政治家としての能力より、タレントしてのパフォーマンスが 
要求される。 だから、あの宮崎県知事なっている何某が、臆面なく御笑いパフォーマンスで役割を果たしている。世も末だ
 その意味、愚衆から選ばれた政治家が政治をした結果が愚衆政治になっているのである。
TVの出だしの頃、西部劇などで、白人の主役がインディアンに襲撃にあい、反撃して殺しているのを喜んでみていたが、
あのインディアンは、我われの姿でもあったのである。白人=善人、インディアン=悪人という洗脳でしかなかったのである。
ハリウッド映画が全盛を極めているが、その内容には隠された洗脳ものも多く含まれているのである。
・・・・・・・
2009年07月18日(土)
「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 3
   【生きる哲学との出会い】 ー橋口譲二(写真家)ー
 *清水次郎長や殿山泰司の顔がなくなった
養老 いまの日本に「清水次郎長の顔がなくなった」と、TVに写真が出たときに‘あっ’と思った。
  ちょうどブータンに行ってかえってきて、向こうにはよくある顔だったんですね。
  人生やることは大体やってきて、修羅場も踏み、この辺で落ちついたという『まあ、こんなものだ』という顔。 
  そういう顔が日本人からなくなった。 ブータンの顔は日本人によく似ている。モンゴロイドがゴチャゴチャの混ざった顔。
  ・・・そこで思い出したのが、黒澤明「七人の侍」です。 あの役者の顔が、幾らでもいるのです。
橋口 侍のような顔がなくなったのはのは、何でだと思います?
養老 「都会になったから」です。 都会人の顔になった、役人の顔になった。一種つくられた顔です。
橋口 何時ごろだと思います。
養老 気がついたのは15〜20年前からです。「面構え」「面魂」という言葉が死語になった。
橋口 僕が新宿の街角で少年達の顔を撮りはじめたのが1981年で、その頃からと今とでは変わりました。
  それはバブルの影響が大きい。バブルは人をとにかく豊かにして、しかし努力をして得たものでないので、落ちていったと思います。 
  文化の享受の仕方が一面的になったというか、何か平たくなった印象です。以前に新宿にいたのは、いわゆる不良で、彼らは、
  自分を取り繕っていないし、自分を隠していない。不器用で、去勢されてない。
  ブータンの役人の顔が日本人に似ているのは、ある種、器用で要領のいい日本人の顔が浮かび上がってくる。
   ーー
 情報化の影響もあるのだろうが、世界が情報で溢れかえって、地区地区の土着の味が無くなりつつある。
 日本の地方の辻浦々まで、情報が行き渡って、その地区の特有の人間性とか祖先から受け継いできた 風習が損なわれて
 きているからである。 意識の全国総都会化で、地方のブロックが希薄になってしまった。
 また時代のエネルギーが消沈している時は、脂ぎった者同士が塀の上で争う場面が少ないということか。
 ・・・・・・・・・
2661, 読書の価値について
2008年07月18日(金)
 読書について、ある哲学書に、その意味=価値が丁寧に説明してあった。学生時代に、読書の必要性を感じ取った。
そして、卒業まじかになって、その絶対量の少なさに唖然とした。そこで社会に出てから毎日、最低二時間は読書をすると、
自分に誓ったことを憶えている。高等教育で一般教養を教える目的は、「学校教育が終わった後でも学び続ける人間をつくること」
というから、一応、その成果は少しはあった???ようだ。 考え、問いかけ、答えを自分で得る方向に努力する素養である。
 以下は、哲学講義書「考える快楽ーグレイリング先生の哲学講義」の《読書》についての中の一節である。
 ーP251
《読書》*一冊の本を読むことから、いったい何度、人は新たな人生を歩みはじめたことだろう・・・読者は多少経験をつめば、
読書を通じて、歴史、喜劇、悲劇といった多様な人間の経験を、あたかも飛翔するワシのように俯瞰することができる、偉大な国へと
進むようになる。 そして、読書に意識を集中できるようになれば、差しだされた豊潤な世界から多くを得ることができるのだ。
読書の鍵は、集中という言葉にある。 どんな教育であれ、後世に遺すことができる最善のものは、熟考と疑問をもつ習慣だ。 
読書は受け身の行為になりうるし、一時の気晴らしに過ぎない娯楽になる場合もある。たしかに多くの本は、読者がそれ以上の
ものを必要としないくらいにたっぷりと技巧をこらして書かれているし、べつにそのことが悪いわけではない。 
しかし、それ以上のものを求めようとすれば、読書は受け身ではなく、能動的な行動にならねばならない。 
(字数制限のためカット 2012年7月18日)
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2007年07月18日(水)
 2297, また地震!どうなってる?まったく! ー2            ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…ヨウ!
今月中は、何処に行っても地震の話で持ちきりだろう。前回の災害時から推測すれば大たいこうだ。
「その時、私は〇〇(TVを見ていた)という状態で、ビックリして〇〇をした。まさかね~、もう絶対無いと思っていたのに、
何で、この地域だけ起こるんだろうか。それでTVを見たところ柏崎沖が震源で、原発の火災に驚いてしまった。
  (字数制限のためカット 2011年7月18日)
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2005年07月18日(月)
 1567, つれづれに
 ー 二ヶ月に一度ぐらい、全く随想日記のネタが無くなる時がある。今がそうだ。面倒になるのと、馬鹿馬鹿しくなる。
随想日記は毎日「独り言」をいっているようなものだ。独り言に起承転結をつけていることになる。思考には非常に有効なことが
解っているし、止めたら張り合いが無くなるのも解っている。このお陰で目の前の人たちへの、言葉の攻撃が少なくなった。
しかし、そうそうネタが思いつかない。ネタが無くなった後に、以前より多くのテーマが出てくるから不思議である。
   (字数制限のためカット 2011年7月18日)
・・・・・・・・・
2004年07月18日(日)
1202, 実存哲学(1) 
   ー哲学について-17
実存の哲学とは[真理」ではなく[実存」を出発点とした哲学である。最初に実存の哲学を語ったのはキエルケゴールである。
実存とは[この私がここにいる]であり、キエルケゴールは「真理」を語る伝統的な哲学者を批判し、ニーチェなどに
大きな影響を与えた。哲学上の近代から現代への大テーマの転換は、認識論から存在論への転換です。
「本質」から、「存在」への転換といってもよい。実存という言葉は、中世スコラ哲学が本質存在と対比させた事実存在という
概念に由来する。「?である」に対応する概念が「本質存在」であり、「いる・ある」に対応するのが「事実存在」である。
すなわち実存とは、事実をして存在していることが重要だという考えを含んだ概念であり、サルトルはそれを
「実存は本質にせんこうする」と表現した。キエルケゴールは以前にも書いたが、不安や孤独や絶望を真正面からとらえた。
それは、人間が精神を持ち、自由であることの証であると。 主体の哲学である。人間が人間であることの特性や意味を
哲学の対象としたことで、それまでの哲学とは違った実存哲学が注目されるようになった。 それまでの古典哲学の代表者である
ヘーゲルと基本的なキーワードで比較すると
  ヘーゲル    ー普遍性ー客観性ー抽象的
  キエルケゴール ー単独社ー主体性ー実存的 となる。
このキエルケゴールに対して、サルトルが彼の絶対者ー神を前提とすることを根底から否定し「実存が本質に先立つ」と主張を始めた。
 サルトルはー
ーわれわれを取り巻く根本状況は、本質を持った「何ものかである前に、すでに事実存在としてある、実存している。
この根本状況はわたしたちが自ら選択したものではない。それでは流されていてよいのかというと、そうではない。
受動的に決定されているだけの「何ものでない」わたしが、「何ものか」になるべく自己を投企して、状況に主体的に関わっていく
ことこそ、真の実存のあり方である。と主張した。自分の「本質」を自ら生み出すような「決断」を想定し、
それを実現するために自由に決断する「自己投企」をする能力をもっているといっている。
・・・・・・
2003年07月18日(金)
 835, 丁度よい
  お前はお前で 丁度よい
 顔も 身体も 名前も 姓も   お前にそれは 丁度よい  
 貧も 富みも 親も 子も 息子の嫁も その孫も それは お前に丁度よい  
 幸も 不幸も 喜びも  悲しみさえも 丁度よい  
 歩いたお前の人生は  悪くなければ 良くもない  お前にとって丁度よい  
 地獄へ行こうと  極楽へ行こうと 行ったところが丁度よい      
 うぬぼれる要(よう)もなく 卑下する要もない 上もなければ 下もない  死ぬ月日さえも丁度よい  
 仏さまと二人連れの人生 丁度よくない はずがない    
  南無阿弥陀仏          
                浄土真宗の篤信家ー藤場美津路  
 ある会社の専務に「ありがとうの言葉」について話していたら、
そういえば、似た言葉で印象的な言葉があるとのこと。「丁度よい」という言葉だそうだ。
ある会社の応接間に飾ってあった額縁の中の言葉で、それから彼は何かにつけて「丁度いよい」をつけて自己納得していたとか。
・うちの母ちゃん丁度よい  ・今の仕事丁度よい
・今の悩み丁度よい     ・今日の夕飯丁度よい  ・リストラされて丁度よい?
等々、なるほどと感心をしてしまった。考えてみたら、その人に神様は丁度よい環境と条件を与えている。
まあ若いうちから、現状肯定ばかりしていたら成長がないが。
 早速、インターネットで検索をしたら、上記の内容が出てきた。この詩は、はじめ良寛の作と思われていたそうだ。
「丁度よい」と思うことができれば、悲しみや喜びの感情の起伏が少なくなる。諦観ということだろう。
『ありがとう』にしても、『丁度良い』にしても、何か納得してしまうのは、年齢のせいだろうか。
・・・・・・・・・
2002年07月18日(木)
 460,スリにあう
海外旅行のトラブルでは「盗難と下痢」が一番問題となる。今回の旅行で初めてスリにあった。といっても家内の話である。 
ユングフラウヨッホに登山列車でのぼった時にスラレタ。頂上の売店で日本へ出す葉書の切手を買った。その時らしいが、
帰りの列車に乗ったとき気づいた。その時はまだ落としたと思っていた。雨と霧の為ハキングは中止で、降りた駅で2時間ほど
時間ができてしまった。そこで国際電話でカードの中止の手続きをした後、売店に入った。目の鋭い30歳ぐらいの白人女が、
日本人のバッグを見ているのが目に付いた。その時は、店の人が万引きの監視でもしているのだろうと思った。
そして店の外に出ると、グループの女性が2人騒いでいた。店内でバッグの蓋が開けられていたという。何かバッグのあたりが
モゾモゾするので手で触ると空いていたので慌てて出てきたという。違うもう一人の女性も、全く同じ状況で飛び出してきたという。
家内がその時やっと自分もすられた事にはじめて気づいた。そういえばユウグフラウの売店で買ったあとトイレに行った時、
バッグが空いているのに気づき不思議に思ったという。その時はまだすられた事に気づかなかった。万引きに気をつけてと
添乗員に言われていたが、まさか自分たちとは思ってもいなかった。雑踏をしていて、気圧の関係で少し頭がボーッとしている
その場は万引きの絶好の稼ぎ場である。そして二度と顔を合わせない観光客ならさらに都合がよい。
カードの実損はなかったが3000円ぐらいの金が被害だった。


4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方

2012年07月17日(火)

            『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
   ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」
 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人を超えているという。
「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。
私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。
「定年後の人生こそ、自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己本位の生き方に大きなヒントがある、
という言葉が痛いほど分かる。定年後は自己本位への第一歩から始まる。ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー
≪ *「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。 私はちょうど霧の中に
   閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。・・」
  そのころ、明治33年、33歳の時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。そして1年が過ぎ、苦悩が
 極まった時に、あることに気づきます。自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」や
 不安の根本原因だったのではないかということです。 (私の個人主義)
*「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらをでたらめにただよっていたから、駄目であったということに
ようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、
 それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば
 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりと
 いいたいくらいごろごろしていました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識といってもよし、とうてい
 わが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしいものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、
 またみんながそれを賞めるのです。」(同前)
 ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで
「他人本位」が自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」から脱出する鍵を握っていると考える。
 つまり、外から無批判に「鵜呑み」で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、丁寧に吟味し咀嚼して
「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。
*「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略)
 その時、私の不安はまったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」(同前)
ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。
「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。
『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて
 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄(もや)のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな
 犠牲を払っても、ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。(〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、
 もしこの中にあるならば、どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで行ければ、ここに俺の尻を落ちつける
 場所があったのだという事実をご発見になって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから申し上げるのです。』(同前)≫
 ▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。
  キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったのであって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。
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3765, ユング ー8
2011年07月17日(日)
 フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑だったようだ。
ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。以下のフロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。
【 一九〇九年三月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」
という有名な事件が起ぎた。「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。 一九〇九年までに、
心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、通例は精神的な悩みのある思春期の人と
関連があることがあきらかになった。そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、
いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされるという説が生まれた。ユングはこの説を信じ、
ボルターガイスト活動を「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていたとき、突然本棚から
大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。
「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明するために、しばらくすると、もう一度
音がすることを今予言します」。ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後ユングに出した
一通の手紙から判断すると、フロイトは半分以上納得したらしい。しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。
そこで彼は、なんらかの自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が熱くなるのを
感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の
木材から起こっただけのことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、今日では不可能である。】
 ▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身についていた時期があった。
 (偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が
  薄れてしまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議というのが哲学。実際に、そのとおりである。
 ・・・・・・・
3400, おテレビ様と日本人 ー4
2010年07月17日(土)
   * 泥を食う豚、&、バカにつける薬としてのテレビ
 ここまでアメリカによって非植民地化人間に仕立てられてしまった日本。 これまで何を考えてきたのか、
何をしてきたのか、を考えさせられる言葉が続く。冷戦下では、敗戦国として、これしかなかったのだろうか。
一人の日本人として考えなければならない。あてがわれた憲法を今も大切に、誇りを持って維持している健気さ!
 ーP196ー【 私は現在の地球上の国々に別称をつけている。印象的な、いくつかの例を挙げれば次のようなもの。
 虎視耽々の虎(中国)、手負いの猪(アメリカ)、砂漠の狐(イスラエル)、遠吠えの狼(ロシア)、
追い詰められた野犬の群れ(中近東)、老衰のハイエナ(イギリス)、踊るチンパージン(韓国)、叫ぶ山猿(北朝鮮)、
昼寝のイタチ(フランス)、うずくまるピュ―マ(ドイツ)などである。
 それでは日本は何かというと、無論、「泥食う豚」というところだ。これ以上ぴったりのイメージは今のところない。
・・・食うている泥とは、無論テレピだ。一昔は日本人は「蓼食う虫も好き好き」だった。どちらかというと雑食系の日本人は
個性があった。変人奇人、変わり種、自説を曲けない一徹者、頑固おやじ、へそ曲がり、そういう人たちと議論するのは楽しかった。
 ところが今の日本人は、一億全員、同じ声しか出さない。 「ブー」である。・・・・】
 ーP211【 アメリカがサダム・フセインを殺さねほならなかった理由は、自分たちの知性を殺人という悪にすりかえての国際法に
頼ったからだ。 フセインに知性がない暴虐だと裁断し、自分たちには知性があることを立証するために911で立証し、完全に
他の絶対多数としてのバカたちを騙し、石油、経済安定という偽善を打ち立てたのだ。でなければ、バカはもっと、
とめどなくバカをし、知性の善を弱さとしてしまい、とめどない混乱が起きる。 知性の善用は、即、悪であり不幸の原因となる。
なぜこんな大矛盾の不幸が人間に起きているか。 テレビと人間の関係がそれ明かす。 機械が知性を先回りしすぎたのだ。
もし兵器が、この時代でもまだ弓矢の段階だったら、現在の国際紛争も丁度均衡が取れているだろう。現在の人間の知性は、
弓矢並みであり、それがフィットしているのだ。 アメリカがイラク・アフガンに攻め込むのも、鉦や太鼓で鎧兜程度であれば、
これほど「悪」がはびこり、「悲惨」が現実になることはない。人間はいまだにこの「悪」と「悲惨」を征服し、
解消できないにもかかわらず、核兵器を持ってしまった。 テレビを持ってしまった。 それを知性化し、知性利用することは
不可能だ。 どうしてもテレビを悪用するしかない。 唯一の「バカにつける薬」こそ、テレビなのだ。
残るのは、ほんの僅かな、知性ある人間が悲憤慷慨し、嘆き哀しみ、絶望し、諦める現実だけだ。】
 ▼あの911事件は明らかに、私たちがテレビで植え付けられたものであり、真実とは大きな隔たりがあると信じて疑わない。
単純にアメリカ公共事業の戦争屋の仕掛けた罠だけと言い切れないが、逆にアルカイダの単純テロではないことは間違いない。
それらが入り乱れた複合的な結果だったとみるべきか。いずれにしても日本人との差は歴然としている。そして、2012年には?
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3025, 閑話小題
 2009年07月17日(金)
* マッチ・ポンプ
 ーウィキペディアによるとー
【 マッチポンプとは「マッチで火をつけておきながら、それをポンプで消す」というように、自分でわざわざ問題を作り出して
 おきながら、そ知らぬ顔で、自分がそれを解決することで賞賛や利益を得るような、偽善的な自作自演の手法を意味する
 和製英語である。1966年、黒い霧事件第一弾の田中彰治代議士事件で初めて使われ、元々は金品を巻き上げる意味で使われた。】
 色いろのケースがあるが、同じことを繰り返すうちにアシアトを残す。 金銭・物品が絡めば犯罪である。
  そして、一番大事な信用と信頼を無くす。 人間関係は、信用の上に成り立つ。
* 自民党の末期現象
  (字数制限のためカット 2010年7月17日)
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2660, 幸福の4階建て ー2
 2008年07月17日(木)
「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階の幸福というのは何故か?
頭の中が混乱して、今も考え続けているが、実感として解らない。エイズになった人が、果たして幸福なのだろうか?
ガン末期の人が、ライ病の人が、最上階の幸福なのだろか?明日の朝、特攻で旅たつ若者が幸せだったのだろうか?
(実際にあったかどうか別として)キリストが十字架で意識がモウロウとした中で「神よ私を見捨て給うのか?」という
ギリギリの苦悩が、幸福だったのだろうか?深い絶望のうちに自らの命をた断たなければならない者が幸福なのだろうか?
自分の不注意で子どもを死なせてしまった母親の絶望が幸福なのだろうか? 問題提起としては重く、深いが何か反発の方が強い。
もし「克服できない苦難の中にこそ、幸福がある」と思えたら、それだけで苦難を幸福に切り替えていることになる。
その切口からすると、軽く否定するこもできない。崇高な幸福は、そんなに甘いものではない?ということからみても
「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」というのも筋が通っている。不幸の真っ只中の、その中心に実は幸福がある!
ということなのであろうか? 「どん底になったら、その底を掘れ」というが、そういうことなのか?
人生を振り返ると、実感として、どん底?から水が湧き出てきたのは解る。その水が自分を支えてくれていたのも解る。 
苦難の中にこそ、大きな喜びがあった。事業では、問題にブツカッタとき、その問題の中心に解決の鍵があった。
(その理屈は知っていた)それからみると、最上の幸福は、克服できない苦難の中に、幸福があるというのも筋である。
ところで、屋上は何だろうか? それより、4Fの意味である。「克服できない苦難の中こそ、幸福の『鍵』がある」なら解るが。
もし、この言葉が理解できたら、過去の出来事に対する視点が全く変わる。いや、現在の世界観も根本的に変わる。 
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2007年07月17日(火)
 2296, また地震!どうなってる?まったく!      才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪
 昨朝の10時過ぎ、居間で家内とお茶を飲みながらTVをみていたら突然、地響きと同時に揺れが始まった。
アレヨアレヨと思っているうちに、揺れが大きくなって、横揺れから縦て揺りになり茶箪笥の食器が飛び出してきた。
あわてて裸足で食器やガラスコップの破片の中、開きドアを閉めにいった。慌てるとは、このことだろう。
破片で怪我をしなかったものだ。前回の揺れより大きいような気がしたが、気のせいではないかと思った。
すぐに玄関外の獅子の置物を見たが横に傾いていただけ。庭の石灯籠も小さいのが3つ飛び散っているだけで、
他の5つは大丈夫だった。前回の地震で壊れものは破壊されてしまったので、被害は三分の一以下であった。
これでは長岡市内で大きな被害が出ているはずだ!近くに住む実兄に電話をしたら、以前ほどではないという。
TVでは、六強というから前回より激しいことになる。午後三時過ぎに至近にあるスーパーとドラッグストアが開いているかどうか、
ウォーキングの途中に立ち寄ってみたが、二軒ともしっかりオープンしていた。スーパーの酒売り場は何ともなかったかのように
整然と並んでいた。かなりの量の酒ビンが割れていただろうに・・・。惣菜と弁当は買出しのためか商品量は少なかったが、
他はチャンと元通りに並んでいた。地震の危機管理の訓練がしてあったのだろう! まあ、合格というより、流石である!
  (字数制限のためカット 2012年7月17日)
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2006年07月17日(月)
1931, 10年後の日本を考えてみると        才八∋ウ_〆(∀`●)
 十年後の日本で間違いなく起こっている問題点を考えられる限りあげてみた。
・消費税の20?以上の負担                   ・少子高齢化社会の到来
・外国人労働者の比率の増加による犯罪の増加と、治安の悪化  ・フリーターの増加と、下層階級の増大
・年金財政の悪化と破綻、団塊の世代の大量定年後の負担の問題 ・中国とインドの台頭と影響力の増加、それに付随する大混乱
・北朝鮮の崩壊と、朝鮮半島の混乱(これは数年先と思われる) ・2005年からの人口減と経済縮小
・介護保険増大による財政の悪化               ・地球温暖化による大問題の噴出
・関東大震災の可能性の増大             ・「ゆとり教育」で育った年代が人口の中心になってくる社会的大問題。
・行き過ぎた自由競争の弊害の噴出
 (字数制限のためカット 2010年7月17日)
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2005年07月17日(日)
 1566, つれづれに
ーユニクロ社長交代ー
 ユニクロの社長に、創業者の柳井氏が返り咲くことになった。 全く流通に関係ない人が社長になったことに疑問を持っていたが、
 やはり当然の結果となった。 参謀とトップは別ものということが、理解できなかったのだろう。
 それが現在のダイエーのトップ人事にもいえる。数年後に、その失敗のカタチが表面化をしてくるだろう。
ー橋梁談合事件ー
 (字数制限のためカット 2010年7月17日)
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2004年07月17日(土)
 1201, 仮説について
ー仮説を辞書で調べてみると、
ある現象を理論的に統一して説明するために立てられた経験科学上の仮定。
その真偽の検証は、仮説から必然的に演繹(えんえき)された諸命題を実験や観察によるテストで
確かめることによってなされる。検証された仮説は法則や理論として公認される。 ーとある。
事業では、生じてきた問題に対して常に仮説を幾つか立てて、知るかぎりの情報を検証して判断決断をしてきた。
わたしの思考法として、
・自分の立てたテーマと結論に対して正反対の仮説を立ててみるという「仮説思考法」
・本や人の論を全く疑ってみる「一刀両断思考法」
・喩えをつかって、その現象を一度パッケージ化をして、それを鳥瞰してみる方法ー「喩え話鳥瞰法」
・KJ法をつかう方法(帰納法の一種だろう)ー「紙切れ書き出し思考法」
・テーマを考えて、それを構成する材料を集め、そのプロセスで考える方法「テーマ思考法」(演繹法)などがある。
  (字数制限のためカット 2012年7月17日)
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2003年07月17日(木)
 834, 沖縄の中学生のリンチ殺人事件
3年前の春の土曜日に、自宅近くの土手を散歩していた時のこと。川崎小学校裏の土手を歩いていたら、一人の高校生?が相手を
殴っているのが見えた。瞬間に「この馬鹿野郎、、何をやっているんだ!」と走りよっていた。ところが、その場に踏み込んだ瞬間
とんでもない修羅場であった。グループ同士の喧嘩の場で、2~3人が倒れて気絶している。15歳位の犬コロのような餓鬼3~4人が
逆に粋がって『何だと、やるのか!』と迫ってきた。 しまったと思ったが、もう遅い!私も学生時代に合気道をやっていた経験がある、
しかし実践には全く役に立たない位はしっている。こういう時は物を持つのだ。目の前の木を拾い、逆手に持った。
  (字数制限のためカット 2011年7月17日)
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2002年07月17日(水)
 459,危機一髪
今年2月、ある取引銀行が「ドルが必ず上がるはず買わないか」という提案。当時130円、その時期は三月決算に向けて
140円は誰の目にも明らかであった。そこを銀行の担当もついてきたのだ。「上げるべき金利は上げないからドルを買ってくれ!」
一瞬どうしようと迷った、そうするうちに週末になり翌週になってしまった。円が135円まで上がってしまっていた。
そうすると大して旨みがない。手数料を入れると139円になるからだ。迷ったが、それでも132円辺りになったら買おうかと
数字をみていた。そのうち少し下がり133円辺りになり、さてと買いかなという時、大矢氏が反対した。
「もうリスクを負った金融をやらないと決めたはず。それと売買で4円の手数料を取られ、銀行のテラセンの餌食でしかない。
それも銀行に今になって薦められやるのはおかしい?!」それも戦略的に円を買っていれば話は違うが、全くそのとおりである。
買っていたら今は1000万近く損をしていた? 途中で売っていたとしても500万は損をしていた?
(字数制限のためカット 2011年7月17日)
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2001年07月17日
 旅行中


4130, マネー大動乱  −3

2012年07月16日(月)

    * ユーロの崩壊の可能性?     「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著
  リーマンショックをキッカケに欧米が没落過程に入ったといってよい。世界は人種間、民族間、国家間、すべからく
 フラットになっていくプロセスに入った。それが良いか悪いかは解らないが、これまでとは全く違った激流が押し寄せてきている。
 本格的情報化社会のもたらした新時代の到来である。その中でユーロ圏という人工的な経済共同体が出来たが、壁にぶつかり
 右往左往している。南欧系を抱え込んだため、大きな価値観の差が大きく立ちふさがっている。もしユーロの崩壊ともなれば、
 数千年続いてきた白人主導社会の崩壊に繋がる可能性が強くなる。 ー 以下はそれを指摘している部分である。
≪ ユーロというあまりにも人工的にでっち上げられた共通通貨が採用されたことで、これらの加盟国の勤労倫理が改善するとか、
借りたカネは返さなければならないといった市民社会の倫理が浸透するとかの変化があったのだろうか。人間の働き方や生き方は、
制度が変更されたからといって5〜10年でガラッと変るものではない。むしろ、突然変わってしまったら、南欧ののんびりした
雰囲気を満喫きた観光客を失望させてしまうだろう。 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドあたりでの危機対応策が公式に
債務不履行と認められるかどうかは別として、何らかの債務不履行なしでユーロ圏金融市場が再建できると考えるのは白昼夢に近い。
ここにきて格付けが大きく引き下げられたイタリアも、かなり危ない。このへんの金融市場の混乱は既定の事実で、あとは実際に
起きるのがいつになるかというタイミングが興味の焦点ということになる。 すぐにもやってくるヨーロッパ発の金融危機が打ち上げ
花火のように派手なものになろうと、比較的地味に抑えることができようと、これからのヨーロッパ経済が回復のない没落過程に
入っていくことだけはまちがいない。これは、決して世界にとって悪いことではない。大した働きもないくせに、夏は一〜二ヵ月の
バカンスをとり、「ヨーロッパはアジア、アフリカ、中南米の人間より生まれつきできがいいのだから、いい生活をして当然だ」と
思いこんでいる連中は没落して当然なのだ。 第二次世界大戦が終わるまで(フランスやベルギーの場合は、一九六〇年代まで)、
この手前勝手な思いこみが通用していた最大の理由は、アジア、アフリカ、中南米の植民地を収奪していたからだ。イギリスが
その典型だが、戦後のヨーロッパは、慢性的な経常赤字を垂れ流しながら、慢性インフレによる合法的な借金踏み倒しをすることで、
稼ぎよりいい生活をし、欧州諸民族の人種的優越性という虫のよい思い込みを維持してきた。 そういう連中が、やっと身の丈に
合った生活水準に引きずり下ろされるのだ。まじめに働ぎ、自分たちの稼ぎの範囲内で生活してきた人たちにとっては、
なに一つ悪いことはない。むしろ、そのタカリ屋たちが、没落すれば、自分たちの取り分が増える。アジア、アフリカ、
中南米の人たちには、間違いなく歓迎すべきことである。≫
 ▼ 白人主導のシステムとして、マネーを支配下に置くことがある。これまではドルだったが、それに対抗すべしと欧州が
 ユーロという共同通貨を作り上げた。しかし、それが崩壊の一歩手前に陥っている。恐らく、これから数十年かけて、新しい
 通貨システムが構築されるだろうが、その間は恐慌と戦争などの大混乱が生じる厳しい時代に入った。問題は何時、発火するか。
 ・・・・・・・
3764, ユング ー7
2011年07月16日(土) 
  * 集合的無意識と、元型
潜在意識には、個人が長い年月を経て蓄積してきたさまざまな人生経験にとどまらず、個人を超えた「普遍的なもの」と
アクセスする場合がある。この「普遍的なもの」から送られてくるメッセージによって、人類の長い歴史や文化という
大きな文脈の中における、自分の本質的な位置をとらえることができる。
▼ 時間と空間を超えて、すべてにつながっているもの <集合的無意識と、元型>
 〔1〕人類に普遍的に存在する「集合的無意識」
 潜在意識には、個人の過去の経験とは無関係な誰もが普遍的に所有している無意識層があり、ここに、時代、国家、
 地域、 民族、文化、さらにはすべての人類における「共通の意識」があると考え、これによって、人類が考え方を
 自然に共有できるとも考えた。 このような人類に存在する深層意識の共通点を「集合的無意識」とした。
 〔2〕集合的無意識に触れるから、自他との会話が可能になる
 古今、時空を超えた地域の神話や昔話が心をとらえたり、そこに自分と似たような人物を見出したりする。
 また時代や地域の異なる宗教に真理を見出すことが出来ある。
 時代や地域を超えた「普遍的なもの」に「自分」の本質的な位置を理解することができます。
 〔3〕元型
 集合的無意識を構成しているものを「元型」と呼び、世界各地の神話や伝説、遺跡や壁画、宗教、芸術、小説、映画、夢で
「普遍的なイメージパターン」を生み出している。元型は、子を生んで育む母性イメージとしての「母親元型」、 厳格に教え導く
 父性イメージとしての父親元型」、男性の心の中の女性的な部分(女性像)である「アニマ」、女性の心の中の男性的な部分
 である「アニムス」、 社会に適応するために身につけた外向きの顔である「ペルソナ」、自我を形成する過程で
 発達させることができずに抑圧さえた人格である「シャドー(影)」などがある。
 〔4〕自己
 特に重要な元型は「自己(セルフ)」と呼ばれるもの。 これは「完全なるもの」「最高なるもの」を意味し、この元型から
 生み出されるイメージパターンは、悟りや解脱などの宗教的境地や、イエス像・天使像・仏像などの頭上や背後にある光の輪、
 あるいは、金やダイヤモンドなどのような物質に与えられた特別な(尊い、神聖な)意味などが挙げられる。
 「自己(セルフ)」の元型は、自分らしくない人生を生きている場合や、自分の人生が意味のないものに感じられる時に、
 生きる意味を与えたり、自分らしい人生を選択していくための力となったりする。
◎ 我々が自然に安らぎを感じたり、太陽を崇拝することは人類に共通すること。その共通するものがあるからこそ、
我々は自分とも他人とも対話したり、つながることができる。民族に伝わる神話や昔話が、それぞれの民に共感するのは、
それぞれの集合的無意識が働くからである。ところでペットにも集合的無意識があるんじゃない?共通項があるから可愛いのでは?
  ・・・・・・・
3399, おテレビ様と日本人 ー3
2010年07月16日(金)
 * 限定的な陰謀、対極的な陰謀
 ここまで書いて良いものかと思うほど辛らつだが、これが真実である。さらに「ゆとり教育」で植民地人間=ブタ化の完成である。
その典型が、その世代の10代後半から30歳半ばの青年たちは、中国、韓国の若者達に大きく差がつけられてしまった。
その上に携帯電話という思考停止マシーンで育っているから目が当てられない。哀れというしかない! 他人事でない?
 ーまずは、その辺の部分を記してある部分からー  (P/177)
   (字数の関係でカット 12年07月16日)
≪ヤフーのブログ「バードウォッチ」に転載します!≫
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3024,明治・大正と昭和・平成の符号説
 2009年07月16日(木)
 「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー  〜2
  【憂国の時代】 ー関川夏央ー
*明治・大正と昭和・平成の符号説
 この中で、関川が語っていた明治・大正と昭和・平成の符号説が面白い。
  ーその概要をまとめるとー
 現在の激変の時代を幕末から明治維新期に例えると分かりやすいが、明治・大正と昭和・平成の符号説というのがある。 
「時代の状況」がそっくりに見えるのである。その平成も大正時代を越えて21年になる。 大正という時代は、
明治の近代国家づくりが日清・日露戦争を経験し完成。「大正デモクラシー」という教養を尊ぶ自由な時代。
第一次大戦の好景気があり、関東大震災があり、その5年後と言えば昭和の大不況の真っ只中。昭和・平成といえば、バブルと、
その崩壊、平成不況と阪神大震災とピッタリ符合する。そうすると、次にくるのは第二次世界大戦ということになる。
これから10年間は大恐慌の嵐が吹き荒れ、そして戦争? それとも、既に戦争があり、全ての国が敗戦したのだろうか? 
(字数の関係でカット 11年07月16日)
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2659, コールド・リーディング
 2008年07月16日(水)
 本の新聞広告に「コールド・リーディング」という言葉が目についた。
そこで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたら面白い。
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・コールド・リーディング(Cold reading)とは話術の一つ。
 外観を観察したり何気ない会話を交わしたりするだけで相手のことを言い当て、相手に「わたしはあなたよりもあなたのことを
 よく知っている」と信じさせる話術である。「コールド」とは「事前の準備なしで」、「リーディング」とは「相手の心を読む」
 という意味である。詐欺師、占い師、霊能者などが相手に自分の言うことを信じさせる時に用いる話術であるが、その技術自体は
 セールスマンによる営業、警察官などの尋問、催眠療法家によるセラピー、筆跡鑑定、恋愛などに幅広く応用できるものであり、
 必ずしも悪の技術とは言えない。
・よく似たものでショットガンニング(Shotgunning)も、超能力者や霊能者を自称する者が用いる技術である。
 彼らは実演する相手に大量の情報を話すが、そのうちのいくつかは当たるため、相手の反応を見計らいながら
 その反応に合わせて最初の主張を修正し、全てが当たったように見せかける。
 エドガー・ケイシー、ジョン・エドワードらはショットガンニングの疑いがもたれている。
・コールド・リーディングの技法として、実際のリーディングを始める前に、読み取る者は相手の協力を引き出そうとする。
「私には色々なイメージが見えるのですが、どれも明確ではないので、私よりあなたの方が意味が分かるかもしれません。
 あなたが助けてくだされば、二人で協力してあって導き出しましょう」という。これは情報を引き出そうという意図である。
 そして分からないように相手をよく観察しながら、誰にでも当てはまりそうなごく一般的な内容から入る。
*「あなたは、自信がなくなる感じのすることがあるようですね。特に知らない人と一緒にいるときなどです。
そのように感じますがどうですか?」(バーナム効果を参照) または、観察に基づき、より具体的にみえる内容
(実は具体性はあまりない)に踏み込んで推測を行う。
*「私には年老いた婦人があなたのそばによりそっているイメージが見えます。
 少し悲しそうで、アルバムを持っています。このご婦人はどなたかお分かりになりますか。」
*「私はあなたの痛みを感じます。多分頭か、もしくは背中です。」相手はこれら具体性のない推測に対して、びっくりしたり
 思い当たることを話したりするなどの反応をすることで、リーディングを行う者になんらかの情報を明かしてしまうことになる。
 これを基礎に、リーディングを行う者はさらに質問を続けることができる。推測が次々当たれば、相手はリーディングを行う者への
 信頼をどんどん深めてしまう。もし相手に推測を否定されたとしても、態度を崩したりうろたえたりせず、威厳をもって
 「あなたは知らないかもしれないが実は私にはそのように見えるのです」と言い張るなど、信頼を損なわずうまく切り返す方法がある。
 コールド・リーディングには確立した技術がある。多くの演者がこの技術を習っており、能力者を装って一対一の占いを行ったり、
 ジョン・エドワードのように「死者と対話する」などと題した公開の場で、観客に死んだ近親者からのメッセージを披露したりする。
 演者の中には、観客について言い当てて大喝采を受けてからはじめて、実は超能力は使っておらず、心理学と
 コールド・リーディングの知識だけあればできるとばらすものもいる。
 ▼ 以上だが、少し前は宜保愛子、最近では細木数子などが、この手法を使っていた。
 スタッフに相手の下調べをさせたり、待合所に隠しマイクを設置して、情報をとる「ホット・リーデング」がある。
(字数の関係でカット 11年07月16日)
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2007年07月16日(月)
2295, 中島義道の「池田晶子」追悼文 -1           ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕
 自ら書いているように奇人変人の哲学者の中島義道が、池田晶子と知り合いであり、彼女への追悼文を、
ある月刊誌の中で見つけて驚いてしまった。この随想日記も中島は何回か取りあげてきたが、その奇人ぶりには読んでいて、
あきれていた。唯我独尊で、ただへ理屈?を並べ立てている姿、誰かに似ている。かた方の変人の雄の池田と知り合いで、
その追悼文を書いていたとは! 中島にしては、前半はシンミリとした感じであった。何か自分に劣らない奇人の死に
戸惑っているようだった。中島は池田を哲学者と認めてないようで、哲学者でも哲学研究者でもなく、著述業として切り捨てている
ところが、彼らしい。昨年から池田晶子にはまってしまっているが、亡くなったことで更に、もう一歩踏み込んでいる。
とにかく根源的で、純粋であるのがよい。その彼女の姿を中島がどの様に見ていたかを知るのは面白くないわけがない。
哲学者の間では彼女は無視された存在であり、著述家としてしか、見られてなかったようだ。
哲学者にとっては哲学用語を一切使わないのは、それだけで、相手にされなかったのだろう。
初心者向けに絞って、哲学みたいな文を書いている女とみられていたようだ。
 前半は、中島が見た池田の哲学学者仲間としての心象。 後半は、中島独特の批判で構成されている。
  まずは、前半の中島の彼女の心象から・・・
 ー 月刊・新潮45?2007年・5月号ーより  P-152
 池田晶子さんが亡くなった。四十六歳の若さである。新聞報道は三月二日の読売新聞が最初だが、私は翌三日の朝日新聞で知った。
昨年末、新潮社の編集者と忘年会と称して呑んだとき、彼女が癌を患っていることは聞かされていた。その口ぶりから、
末期ということはわかったが、こんなに阜く逝くとは思わなかった。ショックはないと自分に言いきかせていたが、
その日大学にいても彼女のことばかりを考えて過ごした。いままで意図的に避けてきたが、ある種の独特の形で哲学に
携わった彼女に対する自分の気持ち(評価)をごまかすことなく語ってみようと思う。
 池田さんとは四、五回会っている。はじめは十五年以上も前のことであるが、(いま慶応大学の教授である)斎藤慶典さんが
「おもしろいことを書く人が後輩にいるから」と「大森先生を囲む会(略して「大森会」)」に連れてきたのだ。
池田さんは例会の日に、教室の入り口でそっとお辞儀をして入ってきた。そのころ彼女は三十歳位であり、とびきり美人であることは
誰の眼にも明らかだったが、そこにいた参加者たちはまったく無視していた。水玉の(?)袖が長めの白っぽいワンピースを着ていたように
記憶している。池田さんは、当時まったく哲学仲間のあいだでは知られておらず、まだ本を二冊書いた程度であったから、世間的には、
ほぼ無名であった。そこには、永井均、野矢羨樹、飯田隆、丹治個治・・など、いまや日本哲学界を担う人々が決集していたが、
当時彼らは哲学界という狭い世界の中では評価されていたが、誰も世間的には有名ではなかった。  (字数の関係でカット 10年07月16日)
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2006年07月16日(日)
1930, 二つ目のブログ
               ( ̄▽ ̄;)!! オハヨウ!               
新しいブログを二つ開設した。一つは、このHP上に貼り付けてある海外旅行の写真ブログ。
  (字数の関係でカット 09年07月16日)
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2005年07月16日(土)
 1565, 新潟駅周辺再開発が動き出す
ここにきて、新潟駅再開発が本格的に動き出した。昨日(7月15日)、近くの市民会館で住民説明会が開かれた。
一時間あまりであったが、400人位が来ていた。同じ内容で、この数日で6回も開かれるという。
当社のホテル4棟のうち2棟が駅東線道路の拡張に引っかかり、更に200坪の駐車場が明石紫竹線道路に面していることもあり、
このプロジェクトは非常に大きな要素を持っており、ホテル事業に大きな影響を与える。丁度、ホテル建設から10~24年経っており
建て替え時期になっているので、プラスになるだろう。また工事が始まると工事関係者の宿泊に多大な影響をもたらす。
  (字数の関係でカット 10年07月16日)
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2004年07月16日(金)
 1200, ロマン・ロラン
 ー哲学についてー16
(以下、字数の関係でカット2008年7月16日)
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2003年07月16日(水)
833, 孤独について ?2
 以前も書いたが(あとでコピーしておきます)、再び孤独について書く。経営者は孤独でなくてはならないとか、
孤独であるという。特に創業は孤独に徹しないと、甘さが生まれてくる。山の中の孤独というより、街の中の孤独である。
街の中の孤独とは自分と他者の間にラインを引くことである。お互いの距離をおくことである。
 ある本に孤独を「六独」6つに分解して、説明をしていた。
1 独想  2 独学  3 独行  4 独遊  5 独創  6 独楽
 これが出来るようになるには強い意志が必要だ。創業を何回か経験をすると深い孤独の経験をする。
独り着想と構想をねり、その為の情報を集め、分析をして決断、たった独りで嘲笑のなか行動開始、
途中からゲーム化をして遊びまで高め、創りあげる。そしてその起承転結を楽しむ。しかし実際はつらい孤独業である。
つらさと楽しみは裏表であること知る。二代目が失敗をするのは、この孤独に耐えられないためである。孤独に耐えるためには、
宗教が必要である。日本人が平気で自分は無宗教と答えるが、グローバルで見たときとんでもないことだ。欧米では自分が
気違いだと言っているに近いことになる。スモールS (多神教)の集まりを宗教観を前提で答えていることを、自覚していない為である。              ーつづく
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2002年07月16日(火)
 458,一期一会
 以前にも書いたが、旅行の楽しみの一つが色々の人と会えることである。 それも字のとおり「一期一会」である。
 殆んどの人が初めて会い、2度と会うことがないことが解っているから、全てを曝け出し、そして別れていく。
「天国?に行く途中の舟で一時隣り合わせた人たち」に喩えることができる。平気で自分を曝け出せる場でもあり、
 人生の学問の場でもありうる。お互いの人生の通知表を見せ合える場であり人生の決算書を携えて来ているともいえる。
 色々な人生があるものとつくづく思う。遠藤周作の「深い河」というインドのツアー参加者のそれぞれの人生を描いた小説が
あったが、正しくそれである。直にそれを見れるのも、一種独特の圧縮された社会がその期間に形成されるからだろう。 
特に秘境系のツアーには濃い人生を生きてきた人が多い。 私のように人間ウオチャーにとって、最高の観察ができる場でもある。
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2001年07月16日
 旅行中

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