堀井On-Line



3950, 未婚時代の婚活 ー2

2012年01月18日(水)

  * 女性は二ランク上を狙う
「キレイで素敵な女性がアラサー、アラフォーで独身のまま。何故あの人が?って何時も話題になります」という。
それに対して男女共いえるが、自分をワンランク上の自己評価をするのが年頃の特徴。その上、相手に一、二ランク上を
求めるから、さらに段差が大きくなる。そうこう迷っているうちに婚期を逸してしまう。 若い時から周囲の男から
チヤホヤされているうちに一番の女性の売りの「若さ」が失われ、商品価値が下がってしまう。逆に内面は熟し素敵である。
そのためギャップが大きくなって、キレイで素敵な女性が売れ残ってしまう。 その対象になる男は昔のうちに刈り取られている。
収入もそこそこあり仕事はベテランであれば、今更、妥協する必要もないが、その焦りを見せられない。 
そのうち昔は見向きもしなかったレベルの男にも相手にされなくなる。周囲は、あの人は結婚の意思がないと思い込んでいる。
 学生の頃だが、結婚して五年以上も経った姉の話に驚いたことがある。「女というのはシンデレラ・コンプレックスは強い。
結婚した今でも、王子様が現れて私を連れに来てくれる期待が心の底にある」という。 誰がみても、義兄は姉と遜色ない人である。
人間は、そんなものかもしれない。1970年、1980年の頃は年頃になれば結婚するのが自然であり、誰ひとりも、そのことを
疑ってもなかった。しかし家庭というシステムが、以前ほど大事にされなくなった現在、それほど結婚の希求は多くない。
女性といえば自分から積極的になれないため待ちになり、チャンスは少ない厳しい現実がある。婚期を逸した男女の気持ちは、
焦りで満ちているが、誰も手助けはしてくれない。その頃が、男にとって仕事が土壇場であり、どうしても婚活は二の次になる。
 逆に、婚活をするなら、自分で条件=原因を良くしなくてはならない。男なら優しさと強さ。ないのなら、フリをするしかない。
女性なら性的魅力と、母親的穏やかさをディスプレーすればよい。 とはいえ結婚に至っても三割が離婚する時代、結婚は難しい。
まずは、自分のレベルを冷静に自覚すること。 チャンスを多くつくること。 妥協すること。 自信のある何かを持つこと。
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3585, 「とりあえず、5年」の生き方
2011年01月18日(火)
「とりあえず、5年」の生き方  ―諸富祥彦 (著)
  ーアマゾンの内容紹介ー
 あなたは満足感とともに最期を迎える人ですか?
 それとも、人生に悔いを残しながら旅立つ人ですか?
以下の項目に1つでも該当する場合は、もしかしたら後悔とともに人生を終えるかもしれません。
□自分の大好物を最後までとっておく人          □「将来のために今日はガマン」と考える人
□「いつか」「そのうち」としたいことを先延ばしする人  □「自分は80歳まで生きる」と思い込んでいる人
□30代で1000万円以上貯金がある人
 人生の軌道修正をはかることは、何歳からでも始められます。たとえ明日死ぬとしても悔いが残らない充実した人生をつくるのは、
ほんの少しだけ考え方と行動を変えれば可能なのです。 そのヒントを「仕事」「お金」「恋愛や家族」「あたなだけの大切なこと」
といった分野ごとにまとめてある。
▼ 50歳を過ぎ、母が亡くなり、二人の子供は家から巣立っていった。 人生の区切りの時とジックリと考えた。
そして「とりあえず、還暦までに残りの人生を押し込んで一年一年を過ごす」と決め、実際の行動に落とすことにした。
まずは秘境ツアー50回を目標にした。これは、2001年の9・15テロでスローダウン、達成できなかったが、43回までは達成した。
更に50歳半ばで個人のHPをつくり思いを書き尽くすことと、来し方の写真などを整理して載せることに集中。
反面、社会的なことは思い切って割り切ることにした。そして還暦を向かえたとき、心の中で独り万歳をした。
その直後は、何をしてよいか分からなくなった。そこで出てきた言葉が、「とりあえず5年間、やり残したことを追加する」とした。
そして先日、その5年が経過した。これも2008年のリーマンショックの大波で中途半端の状態になってしまった。 で、後半。
「来年は無い。今年中にやるべきことは全てやるよう心掛ける」そして「とりあえず5年、70歳」が次の峠の到達地点とした。
ところが先日、新聞広告で、この言葉をみて同じことが書いてあったので驚いてしまった。
 ここまできたら、人生の喜劇化もよいだろう。いや、人生そのものは、喜劇そのものか、振り返ると!
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3210, デフレ時代の商売 −2
2010年01月18日(月)
 * 鯛焼き屋
 この数年、駅周辺などで多く見かけるようになり、ニュースなどで話題になっていて、この数年で倍倍に増加していると報じている。 
投資金額が格安で済み、資金回収が早く済むという。「100万円で開業できます! 加盟料金40万、指導料20万、その他・・
(店舗内装、取得は別)《たいランド》」と、ネットにあった。 先日の朝のTVで「二日の研修で、開業資金が500万」というから、
内装・店舗敷金込み?か。鯛焼きは、ネリモノ商売の典型である。ネリモノといえば、ドーナツがある。原価率10パーセント以下だから、
当たると、これほど面白い商売はない。パン屋、ケーキ屋、蕎麦屋、うどん屋が、それである。手間はかかるが、原価が安い。
鯛焼きにも、最近は餡の替わりにクリーム、カボチャ、芋を入れたり、ピザそのものを鯛焼きの型したものや、お好み焼きを鯛焼き風に
売るものもある。 たこ焼きも可能?? 「白鯛焼き」の名前で、パリッとした外皮、モチモチの生地、中味は餡の、これまでは無かった
鯛焼きチェーンもある。これもブームで飽きられれば、そこまでの商売だが、当たれば半年か一年で資金回収が可能。これは世界にも
通用する可能性がある。誰もが手軽に出来るということは、直ぐに過剰になり、飽きられる。だから工夫が必要になる。 
10前にで長岡で地元大手の会社が倒産したが、若い二代目の社長は仙台に行き、鯛焼きと御焼きを始めたと聞いた。 
誰も知らない地で、ゼロから再出発するのだから、尊敬に値する。
 * アウトレット専門のショッピングセンター
 (字数制限のためカット 2012年01月18日)
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2845, 金融大崩壊 −1
2009年01月18日(日)
  「金融大崩壊」 − 水野和夫著
 昨日、半日で一挙に読んでしまったが、歴史的な視点を入れて解りやすい内容である。
5年前から「世界は激変するー資産防衛セミナー」に何度か出て、重大局面にあることを認識。
それをキッカケで多くの金融危機関係の本を読んできた。 現象として現れてきたのが一昨年の夏の大きなウネリ、
そして去年の9月の大激震となったのである。 この本は、その辺の潮流を解りやすく書いてある。
  ー要約するとー
・現在の金融危機は「100年に一度の危機」ではなく、16世紀に資本主義が始まって以来最大の危機。
 *16世紀からの「近代資本主義」と、 *1968年からの「新自由主義」と、
 *1995年からの「アメリカ金融資本主義帝国」の終焉が、この金融恐慌、と看破。 
 考えてみれば、その資本そのものは傷をついてない。深手を負ったのは国家と国民である。
・16世紀以来の近代資本主義がつくりあげてきた中産階級ー国民を、資本が破壊した。
 近代資本主義下で「大きな物語」を信じて多くの人が中産階級になることが出来た。
 それが2008年9月15日に終わってしまった可能性がある。それは同時に「主権国家の時代の終焉」でもある。
・サブプライムローンと新自由主義が、資本・国家・国民の三位一体を断ち切ってしまったことで、この金融崩壊は後世に名を残す。
・1995年以降、国際資本の完全移動性が実現したことで、資本は国家と国民に対して優位に立った。
 そして資本がぬけがけし地球規模で暴走した。グリンスパン前議長こそ資本の側に立ち、それを容認した。
 その結果、1995年から増えた世界の金融資産は1京円(=10000兆円)。
・1970年以前は「大きな物語」が成り立っていたので「大きな政府」が成り立っていた。新興国が大型の積極的財政に転じても、
今後、果たして財政赤字を解消できるのか、先進国が同じく積極財政をとっても、期待した通りには効果は得られない。
・ポスト・アメリカの世界の象徴がG7の終焉と20Gの始まりであり、これは無極化への流れになる。
 そして日本の輸出型経済モデルは新興国の中産階級を相手に据えるべきだとする。
 中小企業はこれまでの下請けだけではなく、独自に積極的に海外に出ていくべきだ、と。
  ー 以上であるが、結論からいうと・・・・    次回に続く!
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2008年01月18日(金)
2480, 「世間体」の構造 −1          (´∀`σ)σ オハYO!
 『「世間体」の構造 −社会心理史への試み』   ー読書日記
   専門が社会学のため、そして長年、その系統の本を読み続けてきたため、
  「世間」とか、「世間体」という言葉の虚偽と、日本社会(特に地方の後進性)
   の中に潜む泥沼の悪臭を感じ取り、その泥沼には近づかないようにしてきた。
   私の場合、職住が新潟と長岡と分かれていたため、最小の接点で済んだのが幸運だった。
   こういう人種は巧妙に近づいてくる。しかし直に臭い嗅ぎ取り、距離を取るように?してきた。
    そこで、「世間体」を辞書でひいてみたがところ・・・
  1. 社会的な視点からの自己のみなされ方。
  2. 社会的地位や名誉、学歴、家柄による判断基準。分かり易い肩書きが最優先され人間性は含まれてない。
  3. ワイドショーに準ずるモラルやマナー。 とある。 社会的地位も内面的な教養の区別すらも知識にない人達。
    これが殆どだから、仕方がないが・・・ 少なくとも、それを鳥瞰する目と時間は持たないと。 
 ー「世間体」に関する、ことわざに関して、要約している部分を抜粋してみるとー
 P−50
故事ことわざの類いには、「好きこそ物の上手なれ」という反面、「下手の横好き」ともいうように、もともと両義的な
意味あいがこめられているものである。 矛盾したいいまわしが対になっているのは、ことわざの常であろう。
「世間」をめぐることわざのたぐいとて、けっして例外ではない。本質からいえば、矛盾し、相反する意味内容を、
状況によってたくみにつかいわけるところにこそ、ことわざの生命があり、おもしろさがあるのだ。にもかかわらず
「世間」にかぎっていえば「世間」をめぐる慣用句がことごとく「世間なみ」に収斂していることに、私はことのほか
注目したいのである。そのことがとりもなおさず、「世間」の特徴である、と断ぜざるをえないからである。 
思えば、わが国の人びとの多くは、「世間なみ」に生きることを、人生のモットーとしてきたのではなかったか。 
それが積極的にはたらいた場合には、「世間なみレベルの生活水準がたもて「世間なみ」の知識をもたないと恥ずかしい、
ということで、彼らは頑張って生きてきた。この「世間なみ」に生きようとがんばるエネルギーが、わが国の近代化の
ひとつの精神的な原動力となってきたといっても、けっして過言ではあるまい。その反面、異端のもつ大胆なエネルギーが
発揮されることは、きわめてまれであった。ことの善悪をとわず、自分だけがとびぬけて目立つということは、
「世間」の手前、極めて気はずかしいことでなければならなかったからである。
 ーー
 「世間様に笑われないように」が、日本人の良くも悪くも、大きな羅針盤であった。
(字数制限のためカット 2012年01月18日)
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2007年01月18日(木)
 2116, 品格について −1           <(_ _)> おはようございます!
「国家の品格」というベスト・セラーの本の影響で、「品格」という言葉を巷でよく聞くようになった。
 何をもって品性・品格というか解らないが、私の最も嫌いなのが品性のない人。じゃあ、自分は品性があるかというと、
 どうも自信がない。 そこで、「品位」「品格」を検索で調べてみたが、あるHPの中の説明がよい。
 これを読んで少しホッとした。品性のない人を嫌うには、チャンと裏づけがあった。
 人品なのだから、これだけはどうしようもないが・・いま思い当たる「人間の品格」を思いのまま書いてみると、
・知識・教養・経験で培われた人間性の質をいう。
・品を品物のシナと考えればよい。「人間としての品物が良いかどうか?」とみれば、解りやすい。
 人間を品物として自分を振り返ると、自信がなくってしまう!
ーあるHPにあった「品位と品格」についてが、ずばり要点を言い当てている。
  ーまずは、その箇所を抜粋してみるー
【品位とは人に備わっている人格的価値であり、品性は人の性格を道徳的価値として見る場合の呼称である。
一方、品格と言うのは物の善し悪しの程度、品位、気品を言い、人間のみならず社会全体や都市、
地域に対しても当てはめることができる。日本社会の原理(社会の拠ってたつ根本法則)
は侍社会の躾だと言う人が多い(司馬遼太郎他)。侍は雨が降っても走らず、道の真ん中を歩き、
曲がり角は直角に曲がるなど本当に凛々しかったという。またある行為で恥を掻いたり、人に後ろ指を差される
或いは笑い者になれば、死ぬほどの屈辱感をおぼえるなど行動規範が社会の品格を保つ要因となっていた。 
  品格があるというのを具体的に示すのは難しいが、
  品格のなさはどのような場合に生ずるかというと、
   ・権力に媚びる、
   ・大きいもの(組織・企業)を崇拝しそれに依存する、
   ・自分の権利だけを主張し適わないと嫉妬する、
   ・自立性がなく自尊心がない、
   ・ごまかしがあり本物の心と価値が分からない、
   ・金銭を崇拝する等である。
    これらは程度の差はあるとしても人間誰でも心の奥底に持っている。
    しかしそれが表に出ないように修養し、努力しているのである。 】
   {上品だ、下品だと?そんなもの! ~ヽ( ̄Д ̄*)ちっ(=△=)凸 ファック!           
 ▼ 以上であるが、この「6つを擬人化したような人」が実際にいるから面白い。
   (字数制限のためカット 2011年01月18日)
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2006年01月18日(水)
1751, あ~あ60歳−2             (゚Д゚*)ノ⌒【おはよう】
一昨夜も還暦の会を開いてもらった。二次会で久々に新潟の古町のカントリーウエスタンの「テネシー」に行ったが、
不景気で息するのもやっと?という風であった。(つд;*) (ノω=;)。。。(/へ\*)))
還暦の赤いチャンチャコは着たいような、反面着たくないような気持ちであった。
ところが、その店のマスターが半年前に贈られた赤いウエスタンのチョッキと赤いハットをかぶり記念写真を撮った。
これで両方の気持ちをカバーしてくれた。 還暦の行事の赤いチャンチャコと帽子をかぶったことになった。
 (字数制限のためカット 2012年01月18日)
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2005年01月18日(火)
 1386, 若者と携帯電話
(字数制限のためカット 2010年01月18日)
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2004年01月18日(日)
 1019、「会社にお金が残らない本当の理由」−2
二年前に節税が何かないかと考え抜いた。そこで思いついたのが、個人の事業用資産の三ヶ所を会社に売却をする
「個人の損だし」による方法である。バブル期に買った個人名義の事業資産を時価で会社に売却をした。
そして個人の会社からの借入金と相殺した。その結果個人は?の損失が出た。そして過去2年分の税金の数千万が戻ってきた。
(字数制限のためカット 2011年01月18日)
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2003年01月18日(土)
650, 債務返済年数
 最近この言葉が新聞や本などでよく見かけるようになった。
会社の利益などや償却での現金収支の額が返済に充てると仮定して債務完済まで何年かかるかをいう。
ー総借り入れをキャッシュフローの金額で割った数字をいう。
 当社は今のところ12年である。装置産業の当社として、無借金と同じ状態が8〜10年であるから、
あと2~3年でその状態になる。といって大きい事件がおきて、日本の総生産が2〜3割ダウン、
利益がマイナスになれば、一挙に20〜30年になる可能性がある。 地銀などの
「審査能力の崩壊をきたしているところが、ただ審査基準を当てはめている」のが今の日本の状態である。
当方も危ない会社にされかけたが、貸しはがしの陰湿な口実だったかもしれない。
今朝の日経新聞に「過剰債務、中小が深刻」と書いてあった。大手で平均12年に対して、29年という。
深刻なすうじである。他人事でないのが経営である。新幹線にテロなどがあったら、売り上げが激減する。
小説といっていられない北朝鮮が控えている。あと2~3年でかなりの減量感が出るが、今の日本も似た状態だ。
本格的な倒産の嵐を耐えねばならない。
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2002年01月18日(金)
 304、パソコンの機能と実感−1
パソコンの機能と実感。これには無限に近い機能?が入っている。ワープロ、電卓、辞書、写真現像機能、名簿、TV、CD、
世界中の情報を検索できる図書館、情報発信機能ーホームペイジ機能、印刷機、手帳、ポストイット、などあげれば数かぎりない。
万能機械といってよいほど機能が入っている。10年前の数億相当のコンピューターが10万そこそこで買えるのだ。
これを使うかどうかが、仕事だけでなく人生にかかってくるといってよい。やっとその数百分の一を知っただけだ。
これを使って何をすればよいか、徹底的に考えられるかどうかが、これからの鍵になる。この一年でやっと人並みに近づいた。
この一年で全く違う世界に一歩足を踏み入れた。ブラインドタッチを少し出来掛けてきた。やっと門に入り、
その通路を歩き出した感覚だ。メールも抵抗なくできるようになった。飛躍的に自分が変化しているのが解る。
デジタルカメラの写真もあまり抵抗なく、やっとホームページに貼れるようになった。
それでも圧縮を抵抗なくする為に時間がかかる。本も抵抗なくWeb上で買えるようになったのも最近だ。
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1月18日 1969年
 9時半目覚める。二日酔いもよいところだ。やっと起きて、横浜さんのところを出る。 直接学校へ行く。
田島と学食でばったり出会う。昨日はゼミに出てこなかった。彼が言うには卒論を出せなかったということでゼミを辞めたと言う。 
二日酔いもあってか、怒りが出る。卑怯だと彼を責めたてる。後悔をしたが、私がいう問題ではなく彼自身の問題である。
でも寂しいのは事実である。今まで一緒にやってきたのに!あと一歩のところで何をしているのかと思うのは当然。
一番人間として信じていたのに。時々ハッとする言葉を投げかけていたのに。最後は挫折なのか。そういう姿も羨ましいところもある。
見習うべきなのかもしれない、満足のいかない中途半端な卒論を出すよりズット良いかもしれない。その後、産関論の欠席届を出して、
川崎と待ちあわせで来るのを待っているとクラブの高杉と出会う。高杉とも、如何いうわけか気が合う。
留年などして苦労しているからだろう。30分ほど今後の進路のことなど話をする。その後、川崎と喫茶店に行き話をする。
彼は彼のペースで相変わらずいる。彼は自分の思ったとおりに生きているのが特徴である。本当にこの学校に入って良かったと思う。
人間性が豊かの人が多いのだ。寮に帰り、またTVで東大の安田講堂の立て篭もりの攻防を放映していた。
彼等の行動は現実には全く理解できるものではない、といって、あそこまで駆り立てる何かがあるはずである。 
彼らが見ている社会矛盾をもっと見るべきであるが。その矛盾の中にこれから入っていくのだ。


3949, 国債暴落、円安、超インフレは何故? ー1

2012年01月17日(火)

  * ユーロとドル安が続いているが、
欧州各国の国債の格下げでユーロ安が続いている。まだ株式の暴落が起きてないが、一日一日、その緊迫度が伝わってくる。 
地震(リーマン・ショック)より、津波(世界恐慌)の方が遥かに破壊度が大きくなる。 ニュースで近じか仏大統領が
大きな決断を下すという。 ドルは50円、ユーロは60円、株価は6000円?もありえる事態。 ただし段階を踏むだろう。
日銀の白川総裁が、「欧州危機は、最大のリスク要因になっている」と述べたが、日本経済も体力が弱っているため大打撃になる。 
分かっていたことだが。 問題は、三月あたり・・・
 「日本の論点 2012」 ー円の落日ー「国債暴落、円安、超インフレは来る?」が、この辺を分かりやすく書いている。
《 デフレであるかぎり、円高は続く「歴史的な円高水準」が続いて久しい。直接的な要因として挙げられるのが、
 米国のFRBによる積極果敢な量的金融緩和政策だ。二〇〇八年九月のリーマンショックを受け、FRBは合計二兆三〇〇〇億ドル
におよぶ国債などの買い入れをおこない、金融機関に流動性を供給した。これで、FRBのバランスシートはいっきに三倍に膨らんだ。
成果については賛否両論あるが、これだけ大量のドルが市場に出回れば、その価値は相対的に下落すると考えるのがふつうだろう。
しかし、円が高い理由はそれだけではない。日本のデフレの影響も大きい。 長期的な為替レートを決める要因の一つに
「購買力評価」がある。同じモノは世界中どこでも同じ価格で売られるはずであり、それを調整するのが為替レートであるという考え方。
つまり、為替レートはインフレ率の差を相殺するように動くということである。たとえば二〇〇〇年から今日までの十一年間で、
米国の消費者物価指数は約三〇%上昇した。 いっぽう、デフレの日本の伸びは、ほぼゼロだ。また、二〇〇〇年の為替レートの水準は
一ドル一〇七円前後の日米のインフレ率の差である三〇%が為替レートによって調整されたとすると、現在は一ドル約八二円の水準である。
とすれば、今日の為替レートは、けっして「異常な円高」とはいえない。つまり、インフレ率の高い国の通貨は安くなりやすく、
デフレの国の通賀は高くなりやすい ーおよそ二〇年にわたってデフレから脱却できない日本の円が高くなるのは、必然であると
いえるだろう。さらに円高は、デフレの要因にもなる。海外から商品を安く仕入れて売れば、競合している国内の商品も価格を
下げざるを得なくなるからだ。それは、工場の海外移転や人員または給与の制限といった国内産業の合理化を促す。
さらにそれは生活基盤を失わせる雇用不安につながるから、また消費が控えられ、デフレが深まり、ますます円高が進行する。
こうしたスパイラルから抜け出さないかぎり為替介入などの円高対策も実効性は薄い。》
 ▼ ビッグマックの各国の為替換算の値段は、日米が同じ、中国は半額、スイスが二倍という。以前、欧州でビッグマックが
  日本の三倍近いのに驚いたことがある。 欧州危機をキッカケとした世界恐慌が近づいているようだ。
  それも想像を絶したものになるはず。 これから数年間は、銀行閉鎖? ハイパーインフレ? 株価が半値? 何でもありか。
 ・・・・・・・
3584,閑話小題
2011年01月17日(月)
  * 日めくりの格言
    「仕事に雑用はない!」  そうか! そうだ! これ 「人生」にも「普段の生活」にも当てはまる。
  * セレンディピティとは
  − ウィキペディアによると、
 < セレンディピティは、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。
  何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、
  幸運を掴み取る能力のことである。 例えば、諺の『犬も歩けば棒に当たる』や、北原白秋作詞の童謡『待ちぼうけ』の一節
 「ころりころげた きのねっこ」の状況にちかい。>
 ー「運」が良い人は、突き詰めると、この能力が研ぎ澄まされている。それには心根が真直ぐに伸びてないと、土壌もあるが?
  * 「あげぽよ」「うけぴー」「わや」「ちゃいちゃい」
 これが女子中高生ケータイ流行語大賞の候補と!ニュースにあった。まったく理解できないが、感覚的には面白い。
  ーそこで早速ネットで調べてみたー その内容といえば、
【 流行語大賞の候補に、「あげぽよ」「アラシック」「ちゃいちゃい」「うけぴー」「うぇーい」「わや」「もふもふ」
「やっふぃ」「もいきー」「ちゃんねー」「ポイポイポイポポイポイポピー」「やびゃあ」など20があるとか。
それぞれの言葉の意味や出所だが、
・「あげぽよ」は「テンションアゲアゲな状態」を意味するギャル語。『ぽよ』は、可愛いので語尾に付けるが特に意味はない。 
・「ちゃいちゃい」は『ばいばい』『またね』を意味する」
・「アラシック」は「アイドルグループ『嵐』のファンを指す。病気になってしまうほど、嵐が好きという意味。」
・「やびゃあ」は、「『やばい』が変化した言葉で意味は同じ。
・「ポイポイポイポポイポイポピー」は、素人女性宴会芸集団『あやまんJAPAN』が『LOVE&JOY』という曲に乗せ
  歌い踊る中で使用される掛け声」などである。…
ー流行語は、その時代に反映するが、女子中高生の間だけなら良いとも言ってられない。 普段使う言葉こそ重要だが、
 「今どきの若い者は!」のレベルダウンになる。何処かの女子大生の別れ際の言葉「皆様、御機嫌よう、さようなら」もある。
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3209, 年金支払い総額 1400万
 2010年01月17日(日)
「年金定期便」とかいう大型の封書が日本年金機構から送付されてきた。 41年間で総額1388万円である。
(以前の年金通知の中にもあったかもしれないが、記憶に残ってなかった>)その間の金利や貨幣価値の変動などからみて3倍が妥当。 
 実質の支払額は 1400×3=4200万は積み立ててきたことになる。それも半強制的にである。
 私の年齢は63歳の去年の7月から21万円が死ぬまで年金として支払われ。
21×12ヶ月×(平均余命80−63歳=)17年 −>、4284万になる。 成るほど、こんなものになる。但し、自民党と官僚が、
これを過去に食い散らしてなければである。ところが、田中角栄様が、その年金を食い散らす算段?をしていたのである。
その掛け金の支配金は、我われに年金が支払われる時点の掛け金で賄われるシステムに換えていたのである。 
未来のために積み上げた年金を現政府が自由に使えるようにしていたのである。 酷いものである。 
腹がたつ以上に、情けない。 当時の政府も、少子化とか、国家のダウンサイジングが現実のものになるとは
思ってもいなかったのだろう。 数年前から団塊世代が年金組になって、大問題になってきた。
 こういう事態をみて、今の若い世代の人たちは年金を支払いに疑問を持つのは当然である。
いずれにしろ我われは大きな問題に直面していることだけは確かである。 年金税も現実問題として有りえる。
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2844, 「ほめる」言葉  −1
 2009年01月17日(土)
 《精神対話士》の「ほめる」言葉  ーメンタルケア協会偏 読書日記
図書館で何気なく手に取った本。人間関係を円滑にするための褒めるノウハウ書と思ったが、《精神対話士》の、
という部分が気になり借りてきた。 ところが、なるほど口先で褒める言葉ではなく、心の底から褒める言葉が
並んでいる本であった。基本は、「相手の存在を認めることから、すべてが始る」である。
 この本を編集した財団法人メンタルケア協会とは何か?がHPにあったのでコピーしてしてみる。
< 慶応大学医学部出身の医師達が中心となって設立された協会。
 「人間は病気など、さまざまな障害によって心に不安を抱え、人生をマットウするための根幹となる「生きがい」
 を見失いがちになることに着目。 それらの人々を真心の対話によって励まし、「生きることの尊さ」を共感できる
 「メンタルケア・スペシャリスト養成講座」を開催。一般に普及させるため精神対話士の育成、認定、派遣を行っている。
 この本は、精神対話士の効用の一端を「ほめる言葉」にまとめたもの。
 「温かいひと言」を相手に投げかけることで、親密な人間関係を築けることを教えている。>
 借りて少し読んだ後に、直ぐにアマゾンで注文をして取り寄せた。こういう場合、アマゾンは有り難い! 
私が人を褒めると、知人や同級生に驚かれることが何度かあった。
「おい、どうした?お前が人を褒めるなんて殆どないのに!」である。ということは、「けなしても、褒めてない」のである。 
私はけっこう褒めているつもりだが、違うのである。 「営業用の褒め言葉」を聞きなれているため?言えないのである。
全て知った上で「嫌味」を言うより、営業用でも褒めた方が良いのだが、しかし、しかし、言えないのである。
  (字数制限のためカット 2012年1月17日)
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2008年01月17日(木)
2479, 新潟県の物流の現状は              (。´_`)ノおはぁ。
 地元の大手の中越運送社長が昨日の日経新聞・新潟県内版のインタビューで語った「新潟県の物流の現状」
 が注目すべき内容だった。貨物量の動きが、そのまま景気の動きを表すが、何処も同じ秋の空である。
 ーまずは箇条書きにまとめてみるー
・足元の景気と言えば、年末でも、これまでのような活気はない。
・住宅着工の遅れで、建設資材が動かないうえに、原油高のせいか人々は買い物には行かなくなっており、百貨店も人が少ない。
・かっては9月から年末年始にかけて越冬需要でモノが大きく動いたが、今は通常の月と変わらない。
・中越沖地震の影響で消費は減り、復興需要があったのは特定の業界だけ昨年は上半期から低迷、9月以降はめっきりダメで、
 12月に入ってから目に見えて落ち込んだ。12月20日でしめた決算も非常に悪い。  年末年始もこの流れがつづく。
・いまは企業によって二極化している。大手、とくに輸出を手がける企業は世界の運賃の高騰に水準を合わせて上げているが、
 一方中小はなかなか値上げは出来ない。うちで運賃があわないのに、下請けはもっとあわないはず。
・新潟での海外の荷物のほとんどは中国からの輸入。新潟で待っていても、仕事は殆ど取れない。
 中国の仕事を入り口で取る体制を整える。  日本郵政との競合はどうなるか分らない状態だ。
 ▼ 以上だが、どの業界も厳しさという面で、ホボ同じことがいえる。ところで、運送のコスト構造は、人件費が6〜7割、燃料が2割。
(当業態のホテルは、人件費が三割、燃費は一割)2005年度になるが、その4年前の6割に貨物量が減ったという。
中越沖地震から県内の動きは更に10?は減ったから、この5〜6年で半分ということになる。これでは運送業界だけでなく、
県全体は壊滅に近い事態といってよい。今年は更に落ち込みが見込まれるから、一足先に恐慌が来ていると言って過言ではない。
しかし、事業者の数は中小がジワジワ増えているというから、悲鳴をあげるのも分かる。
何処も同じであるが、それにしても酷い状態である。
                   ヾ(@⌒ー⌒@)ノ マタ!
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2007年01月17日(水)
2115, だと!    ○┓
『    だと!』   《     》
             『  んで!』  《     》
 (字数制限のためカット 2012年1月17日)
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2006年01月17日(火)
1750, おひとりさま     (*^o^*)オ (*^O^*)ハ (*^。^*)ヨー!!
先日、TVで『おひとりさま』というテーマで女性の一人の食事や音楽会の参加について取りあげていた。
女性といえば、つねに誰かと二人以上で行動するのが常だが、最近になって、ひとりで行動するスタイルが格好よいとされている。  
 お茶どうぞ ( ^-^)_且~~~   「おひとりさま」のスタイルといえば、映画やリサイタル一人で観たあと、ぶらりと店に入り
ワインかコーヒーを飲みながら食事…。大人の女性としての一人の時間を楽しむことである。背景にはキャリアウーマンの出現がある。
時には一人で旅行に出て、ジックリと孤独の時間を味わうスタイルを身につけること。ひとりの時間を楽しめる人間こそ「おひとりさま」
であり、しっかりした個を確立してこそ他人との関係も良好になる。自然態で自分と向かい孤独を楽しめる人こそ「ひとり」の世界を
確立できる。         
ー自己の確立がしっかりしているとは
 1「個」の確立ができていること   2 他人の個を認めることができる
 3 独り遊びができること      4 知的裏付けをもっている である。
  (字数制限のためカット 2010年1月17日)
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2005年01月17日(月)
 1385, ラムセス2世
「たけしのエジプトミステリー?」ー古代エジプト最強の王ー  の録画を先日みた。10年近く前にエジプトに行った時に、
初めてラムセス2世の存在を知った。現地添乗員が「日本では、クレオパトラが有名だが、欧州ではラムネス2世の方が
段違いに有名である」と説明をしたが、なるほど彼の遺跡の多さには驚いた。この番組は、タケシと吉村作治と
女レポーターの対談方式で進行していた。ラムセス2世と古代エジプトを、より知りたいと思っていたので丁度よいタイミング。
  ーまずラムセス2世の概略をみるとー
・第19王朝のファラオで紀元前1304年〜紀元前1237年まで67年間エジプトを支配。 
 紀元前1295年頃、シリアのヒッタイトと戦い、決着がつかず、世界最初の国際的な和平条約を結んだ。
 そして後にヒッタイトの王女を妃に迎えた。
・後半の治世は内政に力を注ぎ、神殿建築等の事業を起こした。
・100歳近くまで生き、多くの女性との間に100人以上の子供がいた。
・彼は大規模な建造物を数多く建てたが,中でもアブ・シンベル大神殿が特に有名である。
・数の上では最も多くのオベリスクを建てたファラオとされ,実際8本のオベリスクが現存している。
(字数制限のためカット 2011年1月17日)
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2004年01月17日(土)
1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 −1      ー読書日記
 紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。タイトルは−93・7パーセントの会社は10年以内に潰れる
ー攻めるだけでは会社は10年続かないーである。「初めに」の出しからして刺激的な文章である。
ー「まずはキャッシュで一億を作る。」
社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。
しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。現在日本には一億の預金を持つ人は108万人。総世帯4700万ですから全体の2.3パー。
50世帯に一世帯が一億を持っているのです。 実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。資金繰りに追われているところが大半。 
何故こうなったのでしょうか? それはほんのチョッとした差から生じています。そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。
・・普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。 ーとのっけから読み手を引きつけていく。
 ー印象に残ったところを抜粋してみるとー
・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。
・今の日本の税制は「かっぱらい」である。「取りやすいところからとる!」
・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じている。
 税理士や会計士は無知もいいところ。ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。
 その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、税金をボッタクラレている。
・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。
・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。 ーこの詳細がナカナカ面白い
・社長で「いい人」ほど儲かってない。 一般常識の世界で生きているからだ。
 ロータリークラブとか・・ それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。
・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20?、社員30?」但し役員報酬は合法的裏金で
 実質的に会社の金と割り切ること。 内部留保金と未来投資資金として割り切ること
・裏帳簿の勧め・・・
・戦略3つ,戦術7つ
・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。 リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。
ー以上が印象に残った内容だ。   ーつづく
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2003年01月17日(金)
 649, 損切り
ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。 題目が 「会社と個人の資産防衛策」 
 副題がーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。このパンフレットに殆ど90パーが含まれている?
ーその概要を書くと以下のとおりであるー
・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 −不採算部門の切捨て
 −不良資産の切捨て
 −不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
  (字数制限のためカット 2011年1月17日)
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2002年01月17日(木)
 303、事業と難関
 事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に思いもよらない何かが起こる。
それと当然「事業そのもの」にも、想定以外のことがおこる。必ず難関が次から次に起こってくる。回を重ねるうちに、
そういうものだと割り切れるようなった。そしてかなりの極限に追い詰められた時、「これが今回の丁度ピークのそれ」と
冷静に受けとめれるようになった。そしてその二つが重なってくることが多い。しかし経験とは凄いものである、
それが勘で解る。 ここを踏ん張っていると次の展開が出て来ると解ってくる。従っていつの間にか、その感覚がゲーム的になる。
難関を一つずつ乗り越えていくのが逆に面白くなってくる。 それは付き物である。これが一波、これが二波、これが三波と、
そして「これが今回の一番の大波」?とうけながら冷静に対処していく。一番の大波と感じた時は、これが自分の限界点に近いことがある。
しかしこれ以上の波はないのも解る。それが仕事というものだ。人生もそうか! 初めて事業を興した時、全ての問題がはき出た。
「そういうもの」ということが解らなかった。気持ちに余裕はなかった。しかし親戚の同じ歳のナショナルに勤めていた人が遊びに来て、
帰りにボロボロの姿を見て「羨ましい!」といった一言が自分を支えてくれた。その人は今かなり出世をしたとか聞いている。
その人の弟の葬式に7〜8年前出会ったとき、「私は自己採点は80点だが、貴方はいくつか?」
と聞いたら、「93点」と言っていた。 人事系の仕事だから冷静な点数と思う。
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ー1月17日 1968年
 午後一時にゼミに出席する。今までのゼミの反省と総括をする。私の意見は「週2日を週一回にしたのが問題ではなかったのか?」
であった。全体的に同調されたようだった。 石川君と私の卒論の発表会的なところもあった。その後ゼミの連中と飲みに行く。
「嵯峨」から飲み始める。 下落合の助手の横浜さんの下宿の近くまで、17時から翌朝の5時まで12時間も飲みまわる。
その後数人で横浜さんの部屋で泊まる。石川には、「その仮面を剥げ!」とかなり激しく言ってしまった。彼も私を辛辣に批判をする。
私のほうが過激であった。 あとで謝らなくては! 言いたいことを言ったあとで自己矛盾がおこる。 自分が解らなくなってしまう!


3948, 未婚時代の婚活

2012年01月16日(月)

  * 普通の男性は1パーセントしかいない!
 文藝春秋のリポートで、現代の未婚時代の分析を元戦略コンサルタントが分析をしていた。
それが、なかなかユニークな切り口で面白い。仕事が三次産業にいたため若い男女の生態を見る立ち位置にいた。
伴侶を決めるのは、女性も男性も、一生の一大事である。そうそう、満足できる相手には巡りあえることはない。
そして決めたあとでも、もっと良い人がいたのではとしゅんじゅんするもの。この歳になっても、今だ・・・
著者の目でみると彼らの結婚したくとも結婚できない女性の共通する悩みが殆ど同じことに気づいた。 たとえば、
「私は、決して高望みはしていない。普通の男性でよいのに、周りにいない」 「いい男は、なぜか皆んな早婚」
「キレイで素敵な女性がアラサー、アラフォーで独身のまま。何故あの人が?って何時も話題になります」
確かに、現象面から見れば当たっているが、著者が分析からすると、至極当然になる。
 まず「普通の男性がいない」は、普通の男性は、僅か1パーセントしかいないことになる。
普通の男性は、通常いくつもの「普通」が重なり合っている。:普通に会話できる:普通のルックス:普通の身長:普通の清潔感:
普通のファッションセンス:普通の学歴:普通の年収 などなど。「普通」というからには確率は50%、それらの全てを満たすと
すると、 :会話普通50%×ルックス50%と掛け合わせていくと×=0・8%になる。それぞれを高望みをしなくとも、全てを
満たす人は100人に一人になる。そこに社会情勢からして男女とも年収が激減している。このレポートでも取り上げているが、
グラフがある。年収の高いレベルを横軸の右側、縦軸に既婚か未婚かになっていて、それぞれの面積の広さで人数の比率が
一目でわかるもの。ここでは、30〜34歳のデータだったが800万以上が約8割が既婚。200〜400万の6割が未婚。
200万以下は7割以上が独身だった。「いい男が早婚」なのは、年収だけの条件だけでなく、性格の良い男も結婚が早い。
女性から見て結婚相手として人気の高い「誠実で、私思いの、いい男」。一見、少し地味な印象で口下手で、華やかな女性には
モテるわけでないが、それ故に、遊ぶぐせが付いたり、他の女性に目移りすることなく、若くして年貢を収めてしまう。また
女性もほっとく訳がない。彼らは誠実で真面目なため年齢を重なるたびに良い男になっていく。が、結婚相手として、とっくに
目立たないうちに刈り取られている。こうして、「いい男はみんな早婚」になるのである。     ーつづく
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3583, アート画像転換システム
2011年01月16日(日)
 カシオが、このところ全国紙に全面広告で「アート画像転換システム」の広告記事をたて続けに出している。
そこで会員登録をして、HPのソフトを使って驚いた。アップした画像を油彩、水彩、色エンピツなどアート風に転換してくれる。
それが思いのほかに良い。デジタルで撮った風景や人物も、それぞれ簡単に転換できる。それがプロが書き換えたと
思えるほどの出来栄えで、ここまで来たのかと溜息が出るほどカルチャーショック。これではプロがカタナシである。
この絵を実際に描くには、数年は絵画教室にでも通わなければならない。それが数秒で誰でも気楽に転換が可能になった。
デジカメで撮った過去の写真を転換する度、その出来栄えに狐につまされた思いになる。 まだ、その機能が入ったデジカメを
手にとって見てないが、その場で転換可能のもの。 タブレット式パソコンで、現地で写真を撮って、その場で色を書き加えれば、
これまで一部の人しか出来なかった各種のアート画が、現地で可能になる。 他のHPにも自由に使えるソフトが幾つもある。
そこには美人、線画、版画、漫画、スケッチなど100位の写真加工転換ソフトが使える。
 私にとって、これは夢のようなソフトになる。 これまで、多くの写真がCDカードやアルバムに眠っている。
この中で、気に入ったものを画像転換すれば、私にとって素晴らしいアートが出来上がる。
おそらく、セザンヌ、ゴッホ、ピカソなど世界的な画家の筆致のソフトが出てくるはず。 それだけでない、彼らの絵画を
自分で転換して新たのアート作品に作りかえれば、違った作品が出来る。それが実際の作品より数倍良くなることもありえる。
実際にゴッホの「ひまわり」を加工してみたが、水彩画などに転換したものは、何とも味がある。
カシオは、これに膨大の開発費を投入したと思われるが、それをフリーソフトで公開し、出来上がった作品をパネルや、
装飾品に印刷、販売するサービスを始めるようだ。 再度、書くが、「この写真が、こんな風に転換してしまうのか!」の、
驚きの連続である。 iPadの次世代機種にカメラ機能が付くと噂されているが、これが発売されたら買うつもりである。
観光地に持っていって、その写真を撮り、スケッチ画に転換して、絵描きソフトで書き加えることが可能になる。
 いや、書き加える必要もないほど最良に近いソフトが、それを許さないか?   これは、凄いソフトである。
 ・・・・・・・  
3208, Twitter の意味すること! ー3
 2010年01月16日(土)
* Twitpic 
Twitterが凄いと思っていたら、その写真版が、そのサービスの中にあった。
直ぐに「写真版があってもよい」と思ったが、サービス周辺をみたら当然のようにあったのである。
そこで早速、デジカメで撮った通勤途中の福島江の桜の写真を載せてみた。なるほど、これなら雪桜を知らない人でもわかる。 
そのサイトには世界各地の人のTwitpicの写真が羅列してあった。「英語が分からない」という拒否反応が直ぐに出たが、
数言の英語なら状況から分かるし、写真そのものが語りかけてくる。雪桜という言葉なら分からなくても 写真なら世界中の
人が見ても、白の幻想的なイメージは分かる。それと同じことが、世界中のTwitpicにもいえる。それが、また面白いのが多い。 
このシャツは自分が現在作っているもの、という紹介のサイトだったり、普通の女性?二人が胸を露出した写真だったり、
黒人の男のヌードもあった。 構えてないところが良い。 当然、Twitbideoというのもある。 写真もビデオも、パソコンでも
モバイル端末で、何時でも何処でも見ることができる。ハイチの大地震の現場写真も世界中を駆け巡っている。
TVのニュースでも、かなり際どい怪我人の惨状映像が流れていた。 情報化の事例の一つである。
数年前からYoutubeというショートの映像配信の投稿サイトがある。 グーグルが千五百億円で買収したことで話題になった。
これも手軽に何処からでもビデオを配信できるからよい。 Twitterも、三年で既に九百億円の値がついているという。
 Twitterに話が戻るが、自分で、キーワードと指定した言葉の前に‘♯’をつけると、それがネットでグループ化される。
「藤の花」を知らせたい場合、‘♯藤の花’と入れると、その言葉の検索で、直近の映像から羅列して出てくる。
*長岡の花火、*福島江の桜、*ハイチの地震、*居酒屋で一人で飲んでいる、等々、幾らでも発進できる。
全国レベルだから「おれも、いま一人で飲んでいる!」とか、直ぐの反応があるはず。
初めキーワードをコンピューターが選定すると思ったが、実際は♯で、本人から指名できる。それなら同じ状況の
「つぶやき」が繋がる。 もし、「三菱UFJ銀行への怒り」の前に♯を入れると、この銀行の怒りを持った者同士が、
怒りを共有することが出来ることになる。 世界の情報の網目が小さくなり、かつ鋭敏になるのである。
更に、情報を送りたい相手のサイトの前に@をつけると、自動的に送信される。これが携帯で飛び交うから驚くのである。
ブログがマイクロ化し、互いにキーワードで結び合う、のである。 だからマイクロ・ブログともいわれる。
若い人を中心に直ぐに当たり前の機能として使われだしている。 情報格差は、無限に開くばかりになる。
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2843, 雲屯庵 −3
2009年01月16日(金)
 当時、雲屯庵に若い僧侶がいた。 外見は茫洋としているが、この男がなかなかの博識で、俗にいう玉。
 最近調べたら新井の姓になっていたので新井石龍禅師の養子になったか?、名前だけ継いだのか?
 この人が語った「異世界」の話しが面白い。 もう40年も前の話だがよく憶えている。
《 数年前に社会勉強と修行のために二年間ある工場に入った。 そこで僧侶の感覚で、朝6時に出社。
 他の人が出社する前に徹底的に掃除をした後に働いた。 三時間も前に来て働いているのだから、
 上司に直ぐに認められ、一〜二年もしないうちに、工場のトップクラスに登りつめてしまった。
 別に、必死に働いたのではない、ただ僧侶の感覚で仕事をしただけ 》
 この一言は当時、勤めたばかりで身体も精神も出来てない‘柔’の私にとって、激務で疲れ果て憔悴していた私にとって、
 ショックであった。何時の間にか、周りの勤め人に感化されていたのである。彼の一言一言が鋭いナイフのようであった。
   また、その時に寺社会の底知れぬ昔からの風習を聞かされた。その世界は裏表がハッキリしていて、チャンと
 「何?の方の世界」はシステム(風習)としてあるという。もし若い庵女なら、隠れ旦那の風習があり、通婚のシステムがある。
 (もちろん地域的なものもあろう。そういえば「午前様は過去に何度か女性で失敗、本来は本山のトップになれる経歴と
 能力が十分にあったが、それが原因で、この寺で終った人物」と父親から聞いていた。この歳になっても、少し綺麗な女性が
 身辺に来ると 「直ぐに手をつける?」等々、なかなか真偽は解らないが面白い話題で満ちていた。 
 更には、預金通帳には?千万(現在なら?億)あり、 非常に裕福であるとか・・云々。 
 今でも??は度々、訪ねて来るが、品が良く、綺麗な人。 問題になるから、この位にしておくが、
 40年も以前のことだとしても人間の俗社会と大して変わらない。
 名寺で京大印度哲学科出の午前様なら、昔なら御殿様クラスの存在なのだろう。
  ーー
 ー9月01日 1969年
その夜、休暇で日本に帰ってきていた慶応を出て、ハーバード大のビジネス・スクールの学生がいた。 
彼と高橋さんと、そこの雲水と話をする。ところが、その雲水が博学で、高橋さんと私はダンマリ。
ハーバードと雲水の議論に全くついていけないのだ。どうしたのだろう? 禅師に昼間真っ二つに甘さを指摘され、夜は夜で
二人の議論についていけない自分が、そこにいるのだ。 何だろう、何だろう、何だろう!実践としてスーパーに入ったが、
何にもできない中途半端な自分がいる。実際のところ濁流の中で、もう水を飲んでアップアップしているだけの自分が、
神戸で一人呆然としているだけだ。どうしたのだ、どうしたのだ。 適当に真面目に考えることもないが。
  2005年 ー1月14日記ー
 ーこの時のショックは計り知れないものがあった。身近で、これだけの知的水準の高い、同年代のハーバード大学の人と
接したのは初めて。 会話さえついていけないのだ。一言一言の言葉が宇宙語のよう。その逆の環境の真っ只中にいたから、
その段差がなおのことあったのだ。「学生時代に自分は何をしてきたのだろう?」という、疑問を持ったまま卒業をしたこともあり、
「いま一度一人になって知識の再構築したい」という気持ちが芽生えたキッカケになった。
(字数の関係でカット12年01月16日)
・・・・・・
2008年01月16日(水)
2478, 「恐慌」が待ち構える黄昏の米国 −1    b(^o^)d w(^0^)w オッハー♪
 昨日の毎日新聞の −記者の目:黄昏の米国「多元的世界経済」へー(内野雅一)が刺激的である。
 サブプライム問題の深刻化と同時に、景気の減速どころか、「恐慌」が現実化をしてきた。 
機軸通貨ドルへの信頼感からアメリカへ 還流していた資金が原油と金、そして穀物にも向かっている。
 またアメリカ一極から、資源大国ロシア、中国、中東諸国へと、「多元的世界経済」へ変化を始めた。
 その移動過程で、一番影響を受けるのがアメリカと日本であるのは自明。 年末年始にかけてサブプライムや
社会的格差の実態をNHKが ゴールデンタイムに放送した。 それだけ事態は深刻ということである。 
  =まずは、その記事である=
「東証一時765円安」「大発会で最大の下げ」「原油高で大波乱」。1月4日付主要各紙の夕刊1面の見出しである。
普段ならご祝儀相場となることが多い年頭の株取引・大発会が「波乱の幕開け」になったことを伝えている。
  (字数の関係でカット09年01月16日)
 −−
アメリカのドル基軸は、サブプライム問題で瓦解したのだろうか?その結論を出すのは早いかもしれないが、
今までとは違ってきたのは間違いない。 アメリカの衰退は日本の衰退を意味する。   ヾ(=・ω・=)o☆バイバイ
・・・・・・・
2007年01月16日(火)
2114, セレブ殺人事件ーロスト・ジェネレーション   b(^o^)dおっ W(^O^)Wはようー♪
現在を象徴する事件として多くの意味が含まれている事件である。
(字数の関係でカット09年01月16日)
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2006年01月16日(月)
1749, 心のままに生きてごらん−3            (゜Д゜*)ノ⌒【おはよう】
鳥はよけいなものを背おわない。 だから、とべるんだよね。        −87
過去は記憶のなかにしかない。 記憶はあくまであたまのはたらきで、
あたまはきりかえがきくから、過去も自分でかえられる。              −91
ほんのすこし時間をさくだけで、よろこんでくれるひとがどれだけいることか。
それなら、それをいとわないこと。 −96 
(字数の関係でカット09年01月16日)     ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪  
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2005年01月16日(日)
1384, 生きる2004〜森山良子コンサート
 昨夜、何げなくTVの番組表を見ると「生きる2004〜森山良子コンサート」があった。
森山良子のコンサートを学生時代に見たこともあり、ジックリ見た。加山雄三・さだまさし・平原綾香の4人がそれぞれの時間を
受け持つもので、彼女のワンマンショーではなかった。誕生日に心に残る何かがないかと思っていたが、良いメルクマールになった。
かわいいものだが。何げなく皇后の来賓席の姿を映し出していた。そのためか全員の歌に熱が入っていたようだ。
加山雄三と森山良子は、学生時代の思い出の歌手である。さだまさしも心の歌をジックリ聞かせてくれる。自分の誕生日の贈り物と
勝手に思って聴いたが、部屋の電気を消して真っ暗の中で聴いていると、実際の会場にいるようであった。
特に、森山良子の歌の全てが心に響く。「今日の日はさようなら」は学生時代、また加山雄三の歌も当時を思い出させてくれる。
昭和40年代は経済の高度成長期のよい時代だったということだ。歌は時代背景を、そのまま反映する。
まあ誕生日に丁度よい番組みに当たったということだが、小市民そのものだ。
・・・・・・
2004年01月16日(金)
 1017, 足の話−2
 前にも少し書いたが、野球のスカウトがまず注目するのは足である。リトルリーグから大学を経て社会人に
なるまで観察し続けることもある。まず足が速いこと、それによって体のバネや筋肉や関節の柔らかさが分る。
野球はランニングに始まり、ランニングで終わる。大リーガーのスカウトは、特に足にうるさいという。
イチローや、二人の松井も脚力は並外れている。大相撲でも、入門をすると徹底的に下半身ー脚を鍛え上げる。
股割りから始まり、すり足、四股を教えていく。 そして、足指で土を掴まえるようになるまで足を鍛える。
本場所の相撲を見ていて、足に目があるのではないかと思うくらい微妙なところで俵の上で残ったりする。 
そこまで鍛え上げているからだろう。足を辞書でひくと、「体を支え移動させる機能。たとえば、動物の下肢、
立ちまたは歩行の用をなすもの、タコなどでは遊泳の用をなすもの」等が書いてある。 足といえば、「足が付く」
「足が出る」「足を洗う」「足を引っ張る」「勇み足」等々、慣用句にもなっているほどだ。
(字数の関係でカット12年01月16日)
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2003年01月16日(木)
 648, 流通業界を考える
実家も勤務も前業も流通業界の出身の為か業界のウネリに興味がある。一般小売店と地方百貨店はほぼ壊滅。
その流れが都心の百貨店にきている。そごう百貨店の倒産、西武流通グループの解体と西武百貨店の再生法。
東急もしかり。三越の不祥事の連続の事態。これからは高島屋の隠れた問題が吹き出るはずである。
百貨店といっても、その実体は不動産業でしかない。問屋とアパレル業やメーカーの場所貸しでしかない。
 (字数制限のためカット 2011年1月16日)
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2002年01月16日(水)
 302、事前の一策は事後の百策に勝る
生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。ビル計画の場合、
出来上がった後「こうしておけばよかった、ああしておけばよかった」ということが出てきても、その修正に莫大の
費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもないと仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。
これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。それをどこまでやれたかが、10年〜20年後に結果として出てくる。
宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をする。
以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。事前の一策を練る事といえる。
(字数の関係でカット12年01月16日)
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1月16日  1969年
9時起床。10時前に大学にいって卒論提出。万歳!これで頭を痛めていた難問をクリアーする。
内容は満足のいく半分のできであった。あれだけ努力をして、内容はこのレベルでしかない。
基礎ができてなかったのだろう。あちこちの文章を切り抜いて、自分の言葉に言い換えただけでしかない。
そこに新しい視点を見つけることは不可能であった。甘さといい加減さが、この内容が物語っている。
以前の自分はもっと自分に厳しかったはずなのにどういうことだろう。
そういえば今日試験があったのを知らなかった。これをとらないと単位が取れないという。
欠席届を出して、後はどうなるか様子見である。一つ大きな心配が増えた。
ゼミの河村と石川と外山と4人で研究室に行き、助手の横浜さんと話をする。
その後、寮に帰りTVをつけると、東大の校舎で反代々木系全学連が安田講堂にたてこもって8千人の警察官と
攻防を繰りひろげていた。まるで戦場である。 講堂の屋上からは火炎瓶、空からはヘリコプターが三機もいて
サイリュウガスを撒いている。驚くばかりである。駒村の部屋に行く。彼とは大きな距離を感じる。その後風呂に行く。
その後部屋に帰ってくると、先輩の永田さんくる。先日、飲みに行ったばかりだが、また彼と飲みにいく。
先日よりズット落ち込んでいた。あれだけ強気であった人が、何があったのか弱気なのだ。
もう秘書は辞めて田舎に帰るとか、鼻ー蓄膿症ーが悪くてどうにもならないとか。
 午前一時過ぎに帰って、就寝。


3947, つれづれに ー66歳か

2012年01月15日(日)

  * 66歳の誕生日に
 還暦を過ぎてから年々、老いを感じるようになっている。 特に昨年春先の大きな区切りから緊張から解き放され、成る程、
リタイアとは、こういうものかと思い知った。 しかし人間とは不思議なもので、直ぐに次の生活に慣れてしまう。 それと、
これまでより腰を据えて本を読めるようになった。 また日常の平凡を味わえる余裕が出てきたようだ。 私の場合、
40年近い事業人生、丁度、去年が引き時だった。 挫折感とか後悔は、自分で驚くほど少ない。
 振り返ると、事業を始めた頃は日本が高度成長の真っ只中で右上がりの風の中で最も恵まれた環境であった。そして20年前に
バブルの崩壊。10年前の9・11、3年前のリーマンショック、去年の3・11震災の三連打で終了。丁度よい区切りでもある。
そして今年からはリーマン・ショックを大地震とすると、大津波(世界恐慌)の襲来である。 本来、去年の後半のはずだったが、
何とか今年に延命させたが、所詮は時間稼ぎ。 そのキッカケは欧州発になりそうな雲行きである。 そうこう考えると、
去年が店しまいの時期だった。66歳というと、精神的にも肉体的にも70歳に一歩近づた感がする。仏間に祖父の写真があるが、
私より10歳近く若い時写真だが、80歳以上に思えるほど年老いている。「この人より私が10歳も上か」と見るたびに感じるが、
若い人から見たら、66歳は66歳である。 最近、TVなどで15,20歳ぐらいの人を見ると、私の年齢まで40〜50年もあり、
私が死んだ後も生き続けているのか、考えるようになった。 その年齢のとき、両親も同じような気持ちで私のことを見ていたのだろう。
「私にとって、年寄りは15歳、年上の人である」という。 とすると50歳以下の人から見たら立派な年寄り。「まさか、自分が
年寄りになってしまうとは、思いもよらなった」と家内の言葉。  一年一年、来年は存在しないと仮定して、年内に出来ること、
やりたいことは、可能な限りやってしまう気構えで淡々と実行していくしかない。 実際に去年は、そうしてきたが・・・ 
もともと独立独歩の人生、これからは、それが生きてくる。 それぞれに年齢の経験は、初めてになる。 それを味わうことだ。
 例年、それぞれの実感が書き連ねているが、書き残すのも悪くはない。 今年は会社からのケーキのプレゼントはない!
  ・・・・・・・
3582, 65歳か〜!
2011年01月15日(土)
 今日で、目出度く?65歳である。法的にも立派な前期高齢者である。二年前に厚生年金の支給を受けているし、
今更だが、今日から60歳後半に入ることになる。死んでも「お早いのに、残念ですね!」とは、言われなくなる。
60歳までは、10年スパンを大きな目安にしていたが、還暦を過ぎてからは5年を目途に切かえた。
で、この5年は何をテーマにしてきたかというと、50歳代に目指した「10年間で、人生の余白分を全て埋める」
のフォローをすることにしてきた。それと、一年一年を確実に埋めること、哲学を深めることである。
リーマンショックの不意打ちで、5年間の後半の2年半は混乱をしたが、それでも深まる波の中で、
数百年、数十万年の人類にとっての断層の現象化を日々、見届けている幸運を経験もしている。
 45歳から誰もが訪れる肉体的老化が、還暦を過ぎる頃から角度が一段下がってきている。
また同年代の知人が、定年で一線から身を引き始め、大病になったり、生老病死の問題に直面しつつある。
とはいえ、死ぬまでは生きていかなければならないのが人生である。父は38年前に71歳で亡くなった。
それからすると、やはり「とりあえず5年」として、一年一年を生きていくしかない。これは前半5年と同じである。
 私の伯母が、90歳過ぎに「歳をとることは無念なこと」と、話していたというが・・・
まさか、自分が65歳になるとは、自分でも驚き。 それぞれの年齢の峠を通るのは、その都度、初めての経験。
面白いといえば面白い。特に、この断層の時代である。「魂に更に何を満たしたらよいか?」この問いが答えの手がかり?
 「で、何だろう?」      それにしても、毎年、ほぼ似たようなことを書いている自分が滑稽である。
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3207, 64歳か〜!
 2010年01月15日(金)
 昨日、これまでの誕生日の感慨を読み返してみた。現在の気持ち以上の感慨が、これまで全て書いてあり不思議な奇妙な気持ち。
毎年の時節に、何時も同じように考えているだけでしかないのである。それはそれで良いが。何か差異があるとしたら、
一年の少しばかりの経験の蓄積と環境の変化だけ。家内もケーキの一つも買ってくるわけでない。この日は新年早々ということもあり、
外で酒を飲むことが多い。 学生時代の卒業直前の誕生日の日記が下記にコピーしてあるが、社会に出る間際の緊張感が伝わってくる。
20歳の誕生日は、試験の前日で無我夢中で勉強していたが、寮の友人に寿司を御馳走して貰った記憶がある。
還暦の誕生日の日記を読むと、少し思い入りの入った文章になっていた。その日は、誰かと古町のウェスタンで赤いハットと
ベストを着せられて、ウェスタン調のハッピーバスディーを歌ってもらった。これも、また御愛嬌というところだった。 
やはり、大台を超えるのは感慨があるのは当然のこと。 昨日、中学の同級生から電話があり、来年度には65歳の区切りになるので、
小中校合同の同期会の幹事会を開くので、10人位が集合し飲もうという誘いがあった。そう来年度に入ると同級は前期老齢者になる。
ここまで辿り着くと、生きているだけ有難い!と思うようになる。加齢につれて身体も心も重くなるのは想像外だったが、それも生きて
いればこそである。 還暦も過ぎ、年金も貰い、叔父叔母と、その連れ添いも全て亡くなった。そして想像を絶する恐慌の大波。 
そして、情報化がもたらす社会の変化。現実は厳しいが、面白いのも事実。 今年の誕生日の感想は、こんなものか! 
 やはり、「 なにしょうぞ 燻んで 一期は夢 ただ狂え 」 ということか! 充分、狂ってきたが?!
・・・・・・・
2842, つれづれなるままに -63歳か〜 
 2009年01月15日(木)
* 63歳の誕生日か〜
 今日(1月15日)で63歳の誕生日になった。 が、まだ60歳を過ぎた実感すら全くない。
「歳月、人を待たず」といいうが、両親、義父、義母、そして両親の兄弟、姉妹全てが、
鬼籍に入ってしまった。 そして兄姉、いとこ達の4割が亡くなってしまった。
この歳まで生きられたことと、思いのまま生きてきたので、人生に悔いは無いが、この断絶の時代、
可能な限り生きて変化の行く末を見たいのも心情。 この誕生日からは厚生年金を満額貰える年齢でもある。
(以下、字数制限のためカット2011年1月15日)
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2008年01月15日(火)
2477, 62歳の誕生日に     YΘ!!。  _゜ヽ(*´∀`)ノ
 今日で62歳になった。この随想日記に誕生日の感想を書いていたが、そのこと自体を全く忘れている。だから読み返すと面白い。 
5年続けて、自分の誕生日の実感を気持ちを込めて書いてあった。さらに、39年前の誕生日の日記も書いてあった。(後記してある) 
こころから誕生日に祝ってくれる人はいない?ので、せめて自分に対して、実感としての言葉を残すしかない? 
いまさら誕生日もないが・・所詮、それも言葉でしかない。 年越しに全員でするのだから、誕生日を敢えてすることはない!
というのが、日本の昔からの習慣だから、あまり誕生日に祝うことはなかった。現在も、それはあまり変わってないようである。
 私は、両親の42歳と38歳の時に誕生したこともあり、二人の晩年の峠を一緒に過ごした。その経験から、同じ峠にさしかかった現在、
擬似体験をしているような気持ちになる。熟年は過ごし方によっては、これほど面白い時期はないのである。 
親鸞ではないが、この峠の道が同行二人、いや同行三人という気持ちになる。私の場合は仏様と同行というより、心の中の両親である。
 熟年は過去を抱えながら、だんだん峠が高く険しく空気が希薄になっていく。何故?空気が希薄になるのかを自問自答しながら
自分の過去と向かい会う。そして己と同じ年齢の両親の当時の姿が生々しく目に浮かぶ。峠が高くなるにつれ視界は大きく
開け遠景が広ろがる。それもこれも、宇宙の彼方からみれば、この62年の経験は、砂?塵?原子?でしかないが。
その時々に、その時々の気持ちを書き残した痕跡は、自分の宝物になる。全く同じ言葉でも、その時のメルクマールになるのである。
要するに時間が縦として記録されているのである。それが如何した?というが、それが如何もしようがしまいが、良いのである。
人生は生きていくだけで大事業である。どんな大事業より価値がある。その当たり前のことが解らないから平気で道を誤ってしまう。
 今日は毎月の飲み会! 外で飲む理由がたつので、丁度良い?歳月、人を待たず! か〜。 
 ただ、一日一日は充実をしている。                 
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2007年01月15日(月)
 2113, あ〜もう、誕生日か〜  61歳ですか  お陰さまで ○‖=‖_有難うございます! (; ̄ー ̄A アセアセ・・・
例年、誕生日にほぼ、誕生日の実感を書いていた。それを忘れていて、前の同日分を貼り付けようとして思い出し急遽、
これを書き出した次第である。それにしても過去分の「誕生の実感」を読み返してみるのも楽しいものだ。
他人の誕生日は『ああそうか!』ぐらいしか思わないが、自分は感慨が深い?読み返すと、それがよく解る。
61歳?自分が自分でないような,認めたくないというより信じられないのが実感だ。
この歳には、もっと老成していると思いきや、とんでもない!気持ちがドンドン若くなっていくのだ。
それに加え、脳がアップスケールしていく。この随想日記を書き続けていることと、ネットサーフィンの効果もある。
それと、数年前から人や社会の見方が根底から変わってきた。情報の質・量が圧倒的に増えて、脳の基幹が
変わったこともあるが、人生の競馬でいう直線コーナーに入ったこともある。コペルニクス的な大転換である。
元々、世間・社会の価値を根こそぎ疑っていたが、それが更に転換した。人間の見方を例にとると、人間の品性を
まず見るようになった。「国家の品格」という本がベストセラーになったが、人間の品位が年齢を重ねると、
ますます見えるようになったきた。そこで自分は品位はあるのだろうか?不安になってきた。いつも家内に『品が無い!』
と言われ続けてきた。私の両親は間違いなく品位があったが、私がどうだろうか?と。家内の両親も品位は充分あった。
じゃあ、どちらがあったかというと、まあここで書くことでないか! 明日にでも、「品位について」を書くが、
ある物指しからみて、何と信じられないことに、家内より私の方が品位が上?であった。その基準によるが、
「目先の現象や価値観に左右されない」のが品位というらしい。それも明日書くとして・・・
結局、人生はゆったりと豊かな気持ちで、感謝して生きていれば、それで充分ということだろう!
「で、どうした!」「61だと!」「で、」「今日は、のみに行こうか!」 結局、このあたりに話が収まる。                     
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2006年01月15日(日)
1748, あ~あ60歳!          オハヨ〜━ヾ(*´∀`*)ノ━☆
 今日で60歳になってしまった。(*´ェ`*)w(⌒_⌒; タラタラ  ´ヘ`;)エヘへ・              
前にも書いたが、60歳を大きな到達点として、それ以降の全て前倒してきた?
ので、感慨がことさら深い! 成人式と同じく還暦は大きな区切りになる。
昨日は兄にカウントダウン?の還暦祝いをしてもらった。明日は友人の数人にしてもらう。      
去年の中学校同期還暦の会で、定年間近の同級生が「人生60歳代が一番良いらしいな!」という言葉に『エッ!』と、
驚いてしまった。サラリーマンの傍ら、自分のライフワークを持っていた人なら、そうかもしれないが。         
何度も書いてきたが、人生を振り返ってみての実感は、
1、とにかく恵まれていた。 時代に、家庭(両親に家内に子供)に、先生に、そして事業に。
2、ついていた。 3、面白かった。 4、悔いはない!である。
 人間は考え行動した総体と、自分が生まれた両親と家族、そして自分の家庭、職業、趣味などの総体が
自分を構成していると実感する。人生の7〜8割がた生きて最後の直線コースに一歩踏みこんだ日である。     
少しは大人しくしなければ! それにしても、毎年の誕生日の日記を読むと面白い!
「自分でいて自分ではない独りの男がいる。」それにしても、考えていることは同じことの繰り返しでしかない。★:゜( ̄▽ ̄*)>*
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2005年01月15日(土)
 1383, 誕生日ーつれづれに
今日は私の誕生日である。 59歳である。この歳になってしまった自分が信じられない。
人生は短いという思いと、長く生きたものだという思いが交差している。
気持ちは全く歳をとっていないのに自分でも驚いている。早くいえば馬鹿ということだろう。
鏡を見れば歳相応の顔があるが、見慣れてしまったせいか、その歳の自分に気がつかなくなっている。
1月15日は「成人の日」で祭日だったので、それも重ねて「自分の祭日」にしていた。
しかし、数年前から日にちが変更になってしまった。以前は毎年1月15日にはNHK『青年の主張』を楽しみにしていた。
色いろな世界を垣間見れるのがよかったが最近はみなくなっていた。今年はまだ放映されていないが、どうしたのだろうか。
学生時代の日記にも『青年の主張』の感想が書いてあった。 あと一年で還暦になる。 以前は還暦というと大年寄りという
感がしていたが、あと一年でなるのだ。 最近は、歳をとることがあまり気にならなくなっているのも事実である。
60歳以降の人生を、60歳前までに押し込んで生きてきたので、充実感は強い。
昨夜は、一日早い誕生祝いをスナックでしてきた。以前は祭日だったので、一人でたまたま開いているスナックに
 飛び込むのを、楽しみにしていた。誕生日というと、祭日で暇なこともあり歓待をしてくれた。それが狙いなのだが。
▼ 書き終えてから、数年前の随想日記を見ると、ほぼ同じ日記が書いてあった。
 毎年同じ感想というのも馬鹿みたいといえば馬鹿みたいなものだ。しかしメルクマールにはなっている。
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2004年01月15日(木)
 1016, 58歳の誕生日
 あと二年で還暦である。もうこの年になった!というのが実感である。 60歳までに、60歳以降の余白を全て埋めてしまう
 生き方をしようと50歳の時、決心をした。「10年で30年分を生きる」が、それからのコンセプトになった。
 そして8年が経つ。 実際のところ、そうしてきたかというと自信はないが、そう思って生きてきたことは事実である。
「海外旅行を50回を60歳まで」にと目標としたのも、その一つである。この随想日記もその一つだ。
 60歳を過ぎてからというのが一般だが、約三年前1千を目標にして、昨年の暮れに達成した。
 言い残しておきたいことは殆ど書いてしまった。あと二年で730日分書けば?もういいだろう。
 父が58歳の時、私は中学二年生だった。その頃、50代後半は凄く年寄りに見えたものだ。
 恐らく若い人から見たら、そう見えるのだろう。 年齢を重ねると、マイナスだけでなくプラスも同じくらい
 あることも知った。若い時と違った充実をした日々を過ごせるのだ。経営をしていると心休まる日は少ない?が、
 といって毎日の内容が濃い。 この年齢の風景を見てみると、
・10〜15パーセントの同級生が亡くなっている。
・私の両親の兄弟姉妹と連れ添いは9割以上亡くなっている。 いとこは4割、兄姉は9人中4人亡くなった。
 従兄弟で現役で働いている人は一割もいない。 兄姉で働いているのは、兄夫婦と私だけだ。
 同級生では、男では定年か廃業の直前の人が殆どだ。生老病死とは、よくいったものだ。
 生き、老い、病んで、死んでいくのだ。 それを苦しみと捉えて解決法を説いたのが仏教だ。
 といって死ぬまでは生きているのだ。楽しみは無限にある。「日々是好日」の意味の深さが解ってくる年代に入った。
・・・・・・
 2003年01月15日(水)
647, ハッピーバースデー
  おめでとう〜   *<( ・∀・)ノ□☆□ヽ(・∀・ )>*
ツアーで、ホテルのレストランで食事をしていると時おり人だかりができる。 宿泊客の誕生日に、レストランのコックやボーイが
全員集まってケーキに火をつけハピーバースデーを歌っている。小さいレストランの場合は全員が合唱をする。何とも心が和むひと時だ。
そして本人がケーキを持って、各席に持って回って配るのだ。キリスト教徒の誕生日に対する思い入れは、日本人と比べるとずっと強い。
それはキリスト教の教えにある。神から頂いた生命の記念する日に、その場に居合わせた人は神の意思である。
従って祝うほうも心からその人に祝福する。またケーキもその祝福として、お互い分け合う。与えるほうも貰うほうも目出度いのだ。
あの暖い雰囲気にはキリスト教の教えの背景がある。数年前までは1月15日は休日であった。その誕生日には一人で飲みに出ていた。
それも入った事のない店に飛び込む事にしていた。この日だけは家内は「一人休日に飲みに出る」に文句を言わない。
休日のために殆どの店が休んでいるが、飛び込みで入って誕生日で特別に飲みにきたと話すと歓待される!
勿論それを狙っているのだが。これを年中行事にしていた。「その日が休日だから面白い」のであって、
いまでは家に大人しく帰る? 勿論今日も会社から貰ったケーキを持って!
誕生日ほど自分と第三者の差が大きい。子供の頃の家庭では「正月に一度に祝うのだから、誕生祝の必要はない」と一切やらなかった。
勤めていたときや、以前の会社では朝礼で全員でハッピーバースデーの歌を歌いケーキを贈り、寄せ書きをしていた。
今は会社でメールで祝いの文章をお互いに送ることにしている、それとケーキを。
 ・・・・・・・
 2002年01月15日(火)
 301、動物の不思議な世界−2
(字数制限のためカット 2012年15日)
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1月15日 ー1969年
 今日は学生時代最後の誕生日だ。毎年この日にNHK「青年の主張」を必ず見ることにしている。
 このよう見るのは最後だろう。内容と評価を、メモをしながらみた。
・北海道代表の武田(女)さんの主張  あまりハッキリした意志が感じられないー65点
・東北代表の清水さん 働きながら夜間にいっている。自分をしっかり把握して真正面から
 自分を見つめられる人間になりたい −70点
・四国代表の中西さん(女)ー実習教官 自分を温かく包んでくれる深い何かに感謝−80点
・東海代表の須田さん(女) 女である自分の農業の立場 75点
・東京代表の守屋さん 青春の喜びー無限と思われる未来の夢に対する生き方 若さの代名詞は可能性 75点
・沖縄代表の宮城さん(女) 沖縄県民の心情ー85点
・近畿 林さん 精薄施設の女指導員 園児の美しい心の素晴らしさについてー75点
・関東代表の関谷さん  自分1人で生きていく心構え 70点
・九州 河嶋(女) 生活の為働かなくてはならない姉妹について老人対策など 90点
・中国代表の吉原さん 非行少年の観察員の主張  心が病んでいる少年達ー80点
 以上が私のつけた評価の点数である。
現実にドップリ使っているのだから仕方がないが、もっと広い視野で自分を見下ろす目が必要ではないか。
  (字数制限のためカット 2012年15日)


3946, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー3

2012年01月14日(土)

      「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」 水野和夫著
  * 陸と海のたたかい
 
 「 ヴァスコ・ダ・ガマとコロンブスによって海洋に進出し、近代化を始まった。これは、要するに、
「欧州における北アメリカの開発に伴う超長期のブーム」の出発と捉えることができるとウォルター・ウェップが述べたが、
19〜20世紀初頭になって、近代化は米英によるアジアの開拓史へと受け継がれ、「地理的・物的空間」を広げていった。
さらに、1970年代半ばから、米国は「電子・金融空間」を高レバレッジで無限に膨張させようと試みた。
そのブームが終わったのはベトナム戦争とドル危機が、その象徴であった。膨張を前提にする「近代史」は本来、そこで終わっていた。
その後、「大きな物語」を「電子・金融空間」をつくることで近代は延命したが、リーマン・ショックでどうやら先進国における
バブルの宴は終わったようだ。 「海の時代」の構造を前提としているポンド・ドルの基軸通貨体制が成り立っているのだから、
膨張が止まれば、その危機が起きて当然である。・・・その中で、第一次石油ショックと、第二次石油ショックを乗り越えた日本も、
バブル崩壊の後、原油の暴騰から日本の「実物投資空間」が輝きを失う一方で、「電子・金融空間」を築いた米国は一見輝いてみえ、
「金融帝国」化してゆき、日本も、それを見習えと主流をなした。しかし、本当に深刻なのは、日本がいま一度、近代化の輝きを
取り戻しさえすれば何とかなると思っていることにある。その象徴が「成長戦略」であり、デフレが景気回復の妨げになっている
という考え方である。
 ▼ 9・11のテロは、陸と海のたたかいの構図そのものである。資源を紙切れ=ドルで持っていかれて、民のほとんどは
  貧しいまま。その反撃があのテロと想定すると合点がいく。海と空を制圧したアメリカが、その上に「電子・金融空間」を
  更に付け加え世界を制圧し続けていた。その新たな空間の象徴が、あの二つのビルであった。そこに飛行機をミサイルとして
  攻撃したのだから、アラブの連中からしたら「してやったり」である。それを口実に、原油や鉱物資源の宝庫の、アフガン、
  イラクに的を絞って攻撃をしたのだから、著者の、この戦いの縮図とみることができる。

・・・・・・・・
3581, 閑話小題
2011年01月14日(金)
  * 人は知っている範囲しか、理解しようとしない!
 最近、つくづく思うことは、「人は知っている範囲でしか、ものごとが理解しようとしない」ということである。
そんなことさえ知らなかったのである。恐らく、9割、いや9分9厘の人が、そのことに気づいていないのでは?
10年間これを書き続けかつ哲学書を読み続けたため、論理的にモノゴトを捉える力が以前に比べ少しついた。
毎日、過去10年分の同月同日のこの文章を読み返していると、いやでも自分の能力の範囲がみえてくる。
そこで、その範囲でしか理解してない自分を振り返ることになる。 人間は可能な限り経験し、知識を深めておかないと、
歳を重ね己の人生を鳥瞰した時に、その浅瀬の中で苦悶することになる。 どんなに深耕したと思っていても、振り返ると、
その浅さに唖然とする。特にネット社会では、キーワードを検索に打ち込めば、それに見合った情報、知識が無限に入手可能になる。
今年からタブレット式パソコンが普及、進化を始めると更に、何処からでも、情報が入手、かつ見ることが出来る。
知っていることが財産でなくなり、即座に、知識を入手出来て、自分の頭で消化する能力が必要とされる。
しかし、それも知識の蓄積があればこそ、無ければ、情報のまま消え去ってしまう。
  * 辺野古の移設先は「原子力空母」
 産経新聞のコラムで加地伸行が、辺野古の移設先を「原子力空母」にという案を真面目にか、ふざけてか、提案をしていた。
毎年、一隻ずつ、三隻つくり、沖縄の沖に浮べておく。世界有数の造船技術があるのだから、可能なはず。
一隻一兆円で、三年間で三隻で三兆円。沖縄南に一隻、日本海に一隻、尖閣列島に一隻。 これなら沖縄の外で、
県民からも文句は出まい。考えてみれば日本は広大な海洋国家。こと何かがあれば、三隻が船団を組んで、対処できる。
今迄の中で一番、良い案に思えるが。 韓国が別に二隻をつくり、同盟でも結べば、中国に対しても大きな抑止力になる。
その前に、中国の圧力と国内の反対で潰されるか、この国は!
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3206, 閑話小題
2010年01月14日(木)
  * ツイッター、その後
 昨年暮れにツイッターを一月続けてみようと思い立ち現在に至っている。 ブログを維持するのが大変だが、ツイッターなら誰でも
直ぐに出来る。ツイッターはチャットとブログを足して二で割ったようなミニブログで、ブログを維持するほどのエネルギーを要さない。
ブログの文章はテーマを考え文章を書くが、ツイッターはテーマは必要なく自然のツブヤキを書く。キーワードはネット上で選んでくれる。 
 私のブログのテーマは、殆ど「つれづれに」である。したがって内容は【つぶやき】に近いもので、その時に自然に発生してきた
思いを書いている。ツイッターに写真を貼り付けは可能だが、分類の仕分けは出来ない。 世界のツブヤキが地域を越えて行き交うとは
面白い時代である。ブログから『ツイッター』へ多くの人が移行しているというが分かる。撮った映像をツイッターに載せる
サービスもある。どこからも発信できるので、現場の臨場感のある映像が瞬時に発信される。
自分のブログを常に文章に貼り付ける人が多い。連動するので親子ブログのようになる。。
  * 日本航空の破綻
 (字数の関係でカット2012年1月14日)
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2841, 雲頓庵 −2
 2009年01月14日(水)
 とにかく、この寺は何ともいえない磁力があり、新鮮だった。
勝沼という若い僧侶がいたが20年前に行ったところ新井石龍の養子?に収まり、副住職になっていた。
この坊主が面白い人物だった。次回に彼について書いてみる。まずは石龍禅師から・・・
 ーS63・07 新井石龍禅師に学んだ事 ー?
夜十時頃、一人で本堂より三百m先に入った禅堂で坐禅のマネ事をしていた時の事。我慢で時おり襲ってくる恐怖感に耐え、
そろそろ本日の終了と思った矢先。誰もいるはずのない堂内に何かの気配!雲水に因縁めいた話を聞いた事も手伝い恐怖のどん底に
落とされました。私の人生で二回の超恐怖体験の一つです。大声を出し、逃げ出したいのをこらえ震える足で本堂にたどりつきた。
雲水と“医者の卵”と“弁護士の卵”と四人で、懐中電灯と棒を各々持ち、恐々禅堂にその正体をたしかめに行ったところ、
猫位の大きさの獣物だったのです。逃げられないように禅堂の戸閉まりをして翌朝に持ちこみました。再び四人で棒を持って
その獣物の正体をたしかめに行ったところ、何と“モモンガ”だった。そこで“生け取り”と追いかけ回したのですが、
途中から反対に歯をむき追いかけられる仕末。野生の獣と直接対峙したのは初めてでしたが、その殺気には驚いてしまった。
その時騒ぎを聞きつけた老師が我々の一人の棒をとりあげるや、一撃でモモンガをたたき殺してしまった。
その気合のすごさに本当に驚いてしまいました。二十才そこそこの大の男が四人逃げまわっているのに、九十近くの禅師が
何のためらいもなくただの一撃!私自身その時、合気道を三年近くやり、少し逆せていた時だけに、その迫力にショック。
結局武道も禅よりみると枝葉でしかないのか?等々。禅師の一面をみた事件でした。
 −−−
 当時の日記が残っている、書き残すということは生きた痕跡を残すことである。
写真もしかりだが、日常の何気ないことほど細かく残すと数十年後に、それが網のようになり、
多くの記憶が戻ってくる。過ぎてしまえば4年も40年も同じである。
・・・・・・・・・・・
−1968年8月31日日記帳より
今日、雲頓庵(禅寺)に来る。卒論の勉強の為だが、予想どうりのところだ。 早速座禅をくんでみる。
足が痛くなり無我の境地にさほど遠い。現在の自分が求めていたもののヒントを与えそうだ。
ここに慶応大学を卒業して弁護士の試験勉強をしている高橋さんと、立教女学院の短大生が10人位いる。
面白い人ばかりで明日帰ると言う。帳面を忘れてきた。これから当初の目標の計画立てだ。
  ー9月1日
朝5時に目が覚める。鐘の音が聞こえてくる。6時半に起き早速掃除をする。
朝食前に高橋さんと裏山に登ってみる。昼、彼女らが帰る。昼飯時にこの寺の後見人という人と話す。
午後は離れの一室で「流通革命」を100ページと「流通機構の話し」を60ページ繰り読む。
勉強の集中力が足りないのがいらだつ。明日より気を入れなおさなくては。夜は10時にうとうとしてしまった。
 後記ー独りで夜30分禅堂で座禅をくんでみる。ロマンチックな感がする。誰も見ていないので自分との闘いだ。
  ー9月2日 六日町 雲頓庵
朝6時に目が覚める。6時半に顔をあらい掃除をする。食事の後、「流通革命」を後半100頁を読み終える。
そして昼飯。小千谷の根本医院の長男がやってくる。二浪とか「つらいだろう!」13時から17時半まで
「流通機構の話し」を読む。中央公論の流通の切り取りも読む。何か集中が足りない。21時半に禅堂にいって座禅をくむが、
何かごそごそという音がする。こわごわ見ると猫みたいなのがいる。一瞬凍りつく!よく見ると小さなイタチみたいだ。
皆を呼びにいく。全員でそれを追いかけまわす。逆に歯をむいてくる。とりあえず戸締りをして、次の日にする。
  ー1968年9月3日
目が覚めるが時計が止まっていて何時かわからない。本堂に行くと6時10分、顔をあらっていると、住職が昨日の動物を退治しようと
長い棒を持ってやってくる。そして気合もろともその動物をたたき殺す!凄い気合だ。よく見るとイタチでなくモモンガであった。
顔を見ると可愛い顔をしている。少し気の毒に思った。昼飯後、住職とわれら3人組で裏山に茗荷を取りに行く。
それが結構面白い!かごで3杯とる。午後の勉強は3時になる。急に将来のことを考えると、不安が押し寄せる。
相変わらず、読書のペースが遅い。
  ーー
 40年の時空を超えてというのも、自分のことだから実感できる。書いてあるからである。
・・・・・・・・
008年01月14日(月)
2476, 閑話小題                ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
 *大相撲初日の感想!
大相撲の年三回開かれる両国場所の初日が、それも初場所の初日が特に面白い。
それが昨日であった。朝青龍の復帰の場所と、時津風部屋のリンチ殺人事件が、大きく取り扱われている
タイミングもあり異様な感じが漂っていた。幕下の取り組みから、若手有望力士を見分けてやろうと見たが、
有望なのは旧ロシア圏とモンゴルの若手だけ。元アマチュア世界チャンピオンなど、
一〜二年後に三役間違いない力士が4〜5人、横綱間違いないというのが、二人もいた。そのうち、
半分は怪我で潰れるが・・幕下、十両に有望な力士の厚みが、全体のレベルにつながってくる。
 (字数の関係で、中間カット09年01月14日)
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2007年01月14日(日)
2112, 塩野七生が「日本の政治と政治家」を語る −2      才八∋ウ_〆(∀`●)
 ローマ帝国の歴史を熟知している欧米の政治家からみて、日本の政治家の演出があまりにも乏しくみえるのは解る。
 国家連合を1400年も維持してきた政治センスは一朝一夕で出切るものではないが。
 しかし、真似ることも、学ぶ事もできるはずである。また国家のために一身を投げ打つ覚悟が出来ているかどうかもある。
*民主主義の仕組みの中で、理想的な政治家は生まれるのでしょうか? 果して民主主義は絶対的な善なのだろうか?
  塩野:私は日本人に少し違和感を感じるのは「民主主義を信じすぎ」ということです。
   民主主義は万全でない、デマゴーグに左右されるのです。
*政治家の粒が小さくなったと言われますが、どうですか?
  塩野:それは政治家を使い捨ての存在だと思ってないからです。使い捨てだと思えば、その人の一番いいところが
  どこだと考えて使います。権力は「必要悪」でなくて、何かをやるために「必要」なのです。この頃の政治家は
  面白くないという議論は、20歳そこそこの若い女性が「この頃の男は面白くない」というのに似ています。
*政治家は善人には出来ませんね
  (字数制限のためカット 2010年01月14日)
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2006年01月14日(土)
1747,新潟駅・駅再開発が決定!      オッハヨ〜
        (((。・-・)从(・-・。)・゜・。・゜゜・*:       
 昨日、市役所に駅再開発の経過を聞きに行ったところ「最終決定された!そして近々に公示。
(字数の関係でカット2012年1月14日)
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2005年01月14日(金)
1382, 23歳の日記ー8  ー9月01日 1969年
 (字数の関係でカット2009年1月14日)
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2004年01月14日(水)
1015, 一人と独り
度々この言葉の書き方を迷うことが多い。私の場合は、状況から「疎外感を持っている状態」を「独り」と書き、
数名の一人の場合を「一人」と書いていた。独りは、独身や孤独などの置かれた状況をいい、一人は、一が人についている状態で
孤立とは違う。したがって独りという言葉とは少し意味が違ってくる。数字で言うと一人は「一」で、独りは「ゼロ」ということか。
 辞書で調べると
・ 独り ー単独、孤独「独りになりたい」
・一人 ー人数「息子が一人います」となっている。
状況と数の違いということだ。凍りつくような独身生活と青春を謳歌している独身生活とは同じ独りでも、また意味が違ってくる。
老人の自殺は、凍りつくような独り生活に耐えられなくなるケースが多い。生涯を通じて、自分独りの楽しみを創ってきたかどうかだ。
しかし連れ添いや子供を失った喪失感は、それでもカバーできない場合がある。この随想日記も早朝、独り居間で書いている。
全く寂しいとか、辛くて書いてはいない。どちらかというと面白い。「独り」は「真我」といってよい。
自分の中心点の奥の「正一点中心無」といも言えるだろう。
ー以下はインターネットで調べた内容をコピーしました。ー
 ー「独りって…」
  ある人が言ってたよ。 一人と独りは違うとね。私はその言葉にうなずくよ。私は独りだけど独りじゃない。
  私には、友達も仲間もお母さんもいる。でも、私は独りです。どんなに幸せな時間が流れても さっきまで、
  仲間と笑ってる時間があっても独りの寂しさはやってきます。 人間、しょせん独りなんです。
 −ひとりでいるのは寂しくない?−
   (字数の関係でカット2011年1月14日)
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2003年01月14日(火)
 646, 教育を考えてみた
昨日は成人式だった。少し硬い教育を考えてみよう。過疎の学校の生徒の成績は普通の学校の生徒よりかなり落ちるという。
学校の統合や廃校で父兄が反対運動をするが、これは生徒の側から見たらマイナス。常識的に考えれば、一人当たりの先生の比率が
圧倒的に多い過疎の方が成績が良くなってよいはずだ。それが反対に悪くなるのはどういうことだろうか?いろいろな問題が含まれている。
あまり管理が行届いて、子供の遊びや工夫の目を摘んでしまう事や子供同士の動物的刺激が最小に済んでしまうからだ。
小学校高学年から中学にかけての虐めや、ライバルとの闘いが意外と人間性の基礎をつくっているのかもしれない。
多くの人間との接点の中より人間の基礎がつくられるのが真実ということだろう。小学校5年までにその人の能力の基礎は
確定してしまっている。そこのベースより抜け出せないともいう。小学校や中学を見渡しても、大化けした同級生は全くいない。
逆はいくらでもいるが。これからの時代は、今までのような学業の成績だけでは判断されないから難しい。自分で自分の特性を
早く見つけて、自己育成を早い段階で積み上げなくてはならない。昨日の成人式でノーベル賞をもらった小柴さんが
「やりたいことを見極めて」と言っていた。「自分のやりたいことを見極めることは、そう簡単なことでない。食わず嫌いせず、
いろいろな事を自分で試してください」と。もう遅いのか?最後のチャンスなのか?「あなた何がしたいの?」とある若い人に聞いた。
「何にもない!ただ流されるまま生きていければよい。この時代何をしても上手くいくはずがない。時代が悪いのだ。」
開いた口が塞がらなかった!でもこれが若い人の半分以上を占めている感覚である。大学を卒業しても就職口ない時代、
自棄になるのは解らないでもないが。そういえば地元の? 問屋の?2代目が同じことを言っていたと母から聞いた事を思い出した。
親父が「俺なら幾らでも創業のネタがあるが、ああなっては人生終わりだ」という内容。
「人生どんな時でも前向きに切り開いていく能力」が教育の基本だが。
今の日本の中途半端の挫折がこういう雰囲気をつくっている。最後は悲観的になったが、教育はすべての基本だ。
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2002年01月14日(月)
 300、「心と合理化」
「合理的とは最小の資源で最大の効果を求めることである。しかし心構えとして必要なことは、最大の努力で最小の効果である」
若いときに出会った言葉である。そして全てに対してその気持ちの構えでとり組んできたー精神論もいいところだ。
これは知る人ぞ知ることである。意外とこれは落とし穴かもしれない。それを可能とするのが、本当にそれが好きかという根本で
決まってくる。「好きと嫌いはどれほど違う、命ただやるほど違う」という都都逸があった。好きなことをしての一生と、
そうでない一生では天と地の位の差がある。私の場合、事業と箱作りービル建設である。したがってこの30年、苦労した感はない。
周辺に波乱万丈の人生を生きてきたとかいう人がいるが、それが何なんだとつくづく思う。好きなことをやってきたという人生こそ
大事なことだと信じていきてきた。他人の批評は所詮他人の脳の歪みでしかない。この前ベトナムに行ったとき、
定年直前のバスのドライバーが二人できていた。本当に楽しそうに旅行を楽しんでいた!子供のとき自動車に憧れ、
大人になったらドライバーになると決めていた。本当に夢がかなってよかったとシミジミ言っていた。
決して社会的に高いわけでないが、人生の後半にそれを言えることが最も大事だと思うようになった。心とはそういうものだ!
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1月14日 1969年
11時過ぎに起床。 食後、卒論の最後の仕上げだ。 16時に酒井君がくる。
佐藤の友人で早稲田の男で何か気が合う。酒を買ってきて、佐藤と三人で飲む。
酒井君に「私は防御が強すぎる。そして直に針を出して、人から自分を守ろうとする。
如何でもよいことまでも突き詰めてしまうと。自分をあまりに大事にしすぎだと。もっと自分を下から見るべきか。
・「観念構成のために最もよい燃料は経験である。 直接的な経験は一番上等な燃料になる。
 こういう経験はいつまでも身についてくるし、必要な時にはドンドンでてくる」
・「賢人の最も美しいあり方は、きわめて控えめな言葉を使って、きわめて強烈なことを言うことにある」
・「自分自身の考えを信じること、人知れず深く考え、自分にとって真理であることは全ての人にとって


3945, ファイナル・クラッシュ ー4

2012年01月13日(金)

        「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」  
 以下の文章は欧米の資産家の資産運用の一部を垣間見せる内容である。彼らは、リーマンショックを大地震と例えれば、
それから発生する大津波=ファイナル・クラッシュは当然、織り込み済み。逆に、それを逆手にとって運用利益を狙っている。
その中で、日本は一部の人を除いて、この大地震に気を取られファイナル・クラッシュには、いま一つ警戒感が足りてない。
前ぶれ波の直撃で惨事を受けた立ち位置にいたため二波、三波の大津波が見えている。
  ー 以下に欧米のファンドマネジャーの世界の一部が垣間見れる ー
【 タネ本の著者ヒューゴ・ブローは、卒業後、ロンドン市立大学に進学、金融関係の仕事に就いてチャネル諸島(英仏海峡、
イギリス王室属領)やイギリスで働き、出版当時はあるプライベートバンクのファンドマネジャーとなっていた。
プライベートバンクは、日本の銀行のようないわゆる商業銀行とは業態が異なる。 基本的に株式会社ではなく、
預かり資産に対して無限責任を負うパートナーによる個人銀行である。王族や貴族を含む世界トップクラスの富裕層を顧客とし、
その資産の保全や運用を主な業務としている。 ロスチルド(日本では 「ロスチャイルド」 として知られている)メロンと
いった家系に属する、表に出ない富豪たちは、それぞれのプライベートバンクお抱えのファンドマネジャーを囲っている。 
著者はそうしたファンドマネジャーとして、「この地球上で最も裕福な人たち」の資産運用を担当しているという。
資産を運用してもらうには、最低でも一億ドル、日本円で100億円程度は必要であろうという、世界でも指折りのマネジャー。
ファンドマネジャーは、だいたいロンドンかニューヨークの近辺に住んでいる。だが、著者がタックスヘイブンであるガーンジー島に
住んでいるのは、税金を嫌ってのことだろう。 おそらく自らも巨額の報酬を得ているのだと想像する。 私はこれまでにも、
彼のようなファンドマネジャーに何人も会っている。イギリスでは一定以上の資産家には必ずファンドマネジャー、顧問弁護士、
顧問会計士、子弟教育コンサルタントがいる。かかりつけの家庭医がいるのと同じようなもの。イギリスには、ファンドマネジャーを
家族で引き継ぐ習慣もある。 ちょうど、執事を代々引き継ぐような感覚である。そのあたりの習慣は日本とは全く違う。
私はイギリス人の友人から、その人が資産運用を任せているファンドマネジャーを繹介してもらい、それを私の日本人の顧客に
紹介するようなこともしていた。私はクラブ主催者を通じて著者の本名を知ったのだが、本書ではペンネーム「ヒューゴ」で通す。】
 ▼ こういうのを見ると、力の蓄積があり、豊かな階級の人が、ますます豊かになるように出来ている。それがリーマンショックで
  一部は破綻したが、その傾向は、そのまま。資産運用のプロがいて、どのプロに任せればよいかを資産家は考えていればよい。
  それは実績と、それに裏付けられた信用である。世界の1%が富の過半数を占めているが、ファンドマネジャーが弱者から
  吸い上げるシステムは数百年かけ作り上げられている。 これが世界の現実である。
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3580, 何故、民主党が駄目か!
2011年01月13日(木)
 自民党は駄目、そして民主党に替えてみたが、これが更に駄目。 国家崩壊の下地を自民がつくり、その上を民主党が加速して
突っ走っているのが現状。これは民主党の枠組みが戦後体質を引きずったまま現在に至っているため。 
世界中がネットで覆われて、人々が世界中に行き来し、情報、金が行き来している中で内向きな福祉重視では、対応できない。 
元もと世界は長年かけ人種格差、国家格差、経済格差がつくられている。現に白人が有色人種を支配している厳然たる事実がある。
米英を頂点とした白人国家が、後進国援助という建前を立て、実は有色人種の世界を支配してきたのである。
そのことが長年の時間をかけ、民族間、国家間で、格差になっている。ところが、この10年でネット社会が世界を覆い、
様相が一変してきた。 国家間、民族間の垣根越しに情報や人間が行き交い、その結果、フラット化が始った。
それが日本にも押し寄せてきている。 明治来、自民党などの保守政党と官僚とが結託し、利権構造をつくり上げ支配してきた。
そのプロセスの中で特権階級が出来て現在の日本を支配している。その二世、三世が政界の多くを占めている。それを嫌った国民が、
平等を旨とした民主左派に政権を与えた。しかし、それで国家が動かなくなってしまったのが現在進行中の内部分裂。
これまで右上がりの経済成長の中で批判政党だった民主党は国家の舵取りは最も不得意。社会の建前は平等だが不平等が世界の現実。
そこに社会主義的政策を真正直にとれば、時代逆行に陥るのは当然。 国家という枠を超えたグローバル化は、当然弱肉強食が
激しくなり、格差が大きくなる。それをフォローをするのが政治であって、格差そのものは、止めようがない。
小泉元首相は間違った政策をとったのではなく当たり前の政策をとっただけ。 何で国内の出稼ぎのアジアの労働者より、
日本人が優遇されるのか? それは日本人だからだ。その日本人の中でも格差がつくのは、世界の格差の構図に比例してきただけ。
公平と平等は違うのである。 戦後から日本はアメリカの間接・被占領統治国の立場で憲法を与えられ、無能化教育をされてきた。
その両輪として加担したのが自民党と社会党である。自民党も社会党も、あたかも貴族院の様相。 中国とアメリカの大国の間で、
真の独立は難しいとしたら、アメリカの属国として割り切るか、スイスのように、軍備力を徹底的に補強するしかない。
原爆などの破壊兵器の保持は、最低条件である。 現在の日本の民度は、それをするに低すぎる。それならばアメリカ属国として
生き抜くしかない。地勢的に日本は丁度よいところにある。 とすれば、現在の立場が一番よいことになるが・・・
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3205, 古町の衰退
 2010年01月13日(水)
 大和百貨店の撤退、書店の北光社の閉店と、新潟のダウンタウン古町の衰退が問題になっており、その連載が
地元紙・新潟日報一面で「古町 揺れる灯」として連載をされている。ダウンタウンの地盤沈下を今さらの問題だが。 
郊外には大型SCが多くでき、互いに凌ぎを削っている。更に、駅には駅中専門店街が次から次へとオープンしている。 
その中での衰退は当然である。 私事になるが、年に4〜5回行っていた古町には、去年は一度も行かなかった。
タクシーの往き帰りが勿体ないのと、不況の中、飲む回数も減っている。日報の記事は10回シリーズだが、何か哀愁に満ちた内容。 
スナックが酷いとは聞いていたが、15〜6年前に450軒あった飲食店が、現在は250軒になって日ごと客数が減っているという
スナックのママさんの悲鳴がインタビューであったが、この数ヶ月でも多くの店の閉店するはず。
 (字数制限のためカット、2012・01月13日)
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2009年01月13日(火)
NHKの日曜日大河ドラマ「天地人」で、若き直江兼継が修行した「雲頓庵」が舞台になっている。
雲頓庵を思い出しながらみているが、何度か隠れ屋的に通ったことが青春時代の一ページとして残っている。
特に当時、80歳半ばの怪僧の新井石龍禅師の思い出は鮮烈に残っている。
   以前、社内報で書いた部分を紹介してみる。
ーS63・05 新井石龍禅師に学んだ事 ー?
 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、 六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね
 春・夏休みになると滞在していた。度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会があった。無知と若さの為に生意気な
 質問をした私に、いつも笑顔で答えてもらったことが、今では懐しい思い出。 京都大学哲学科卒で、気持ちは若い。
 女性で何度か失敗して、その世界では登りつめることが出来なかったと、両親から聞いたことがある。
  まだ鮮明に憶えている対話とは、
 (私)  −禅とは一言で言うと何ですか?
 (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。  ー 示単
   社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの雲頓庵の禅師との対話。
 (私)  −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづくわかりました。
 (禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。 世間も理屈もあるものか!
 (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。後者の言葉には頭を真二ツにわられてしまった!というのが実感。 
  頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたきこわされ、
  社会人の一員に一歩踏み入った瞬間だったことを憶えている。
 ー以下は、当時の日記であるー
  ー1968年 雲頓庵    9月10日
 7時5分起床。 掃除に食事、9時半より11時半まで勉強! その後に、長岡の明治大学の1年の田村君と話す。 
3日まえにやはり勉強の為に来た男だ。夕食後7時半より、午前様と「神」について話す。 午前様「一という数字はあるが、
一という実体はない。それを一といえば一であるが、一でないといえば一でない。 一は万物であるともいえる」
「人間は実体だけでない、魂であり、永遠的なものである。全ては生き続けている。」
デカルトの「我思う、故に我あり」の言葉を引用された。
「誰もが神の要素を持っている、磨くかどかだ」「人間の見る聞くは5感6感の働きでしかない。
それを超えた存在はいくらでも存在する。それは修行によって初めて知る事ができる。」
「神が罰を与えるのは、困らせる為でなくそれにより、間違いを知らしめる為である。」
御前様と話していると自分の無知が露出されてくる。 明日は座禅を8時にくむ予定である。
  ー9月11日
 午前様が座禅の指導をしてくれる。解ったような解らないような! 9時から夜9時まで座禅に挑戦!
計8時間休み休みだ。午前中は雑念だけだ。午後からは少し集中できる。
感想はただ疲れただけだ。当然ながら禅の事はさっぱり解らない。ここの2週間近くは、充実したものだった。
明日からは娑婆である、楽しみだ。 これから高橋さんと根本君と送別会だ。
 ▼ 恐らく日記に書いてなければ、全て忘却の彼方。書き残すことは痕跡を残すことである。  ーつづく
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2008年01月13日(日)
 2475, 年頭の新聞の記事の総評 −2          才ノヽ∋ ー ヾ(´∀`o)+。…
産経新聞の30人の論説委員の「論説委員がもの申す」、見開きの二面全ページの寸評だが、的を得ているものばかりである。 
年頭の特集では一番、わかりやすく、今年はどのような年になるかを考えるには、これを読み返せば、ほぼ網羅している
といってよい。この中で、ある論説委員が取上げていた阿久悠の遺言のラストメッセージ、
 ー日本の社会が「湿り」と「暗がり」を失ってしまったーは、面白い見方だ。
  (字数制限のためカット、2010・01月13日)
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2007年01月13日(土)
2111, セレブ殺人事件ー普通の人が一番恐い!  才八∋ウ_〆(∀`●)
世の中どうなってるのだろうか?毎日のように凄惨な殺人事件が続いている。バラバラ事件のセレブ妻が逮捕される前の
電話のやり取りをTVで生々しく放映していたが・・。電話のやり取りは70分もわたっていたというが・・
犯人の奥様が新潟中央高校の裕福な出身で、お嬢様学校の白ゆり学園卒のセレブというから興味が倍増する。
「何処の誰か」が知れわたるから、針の筵だろう。苗字が旦那名だろうからよいが、地方は狭い社会である。
ところで年末に借りたDVDが「400万ドルを拾った三人が狂っていく物語」で、なかなか面白い内容だったが、
その最後のセリフが言いえて妙だった。「普通の人が一番恐ろしい!」この事件も、まさに普通の人である。
夫婦間のことは二人しか知りえぬことがあるが、二人とも愛人がいたという。新宿の歌舞伎町近くに、これ見よがしにバラバラの
胴体を置くとは、余程の憎しみがあったのだろう。この文章を書いている現在、TVで3人の暴力団に殴られた普段大人しい男が
逆上して、その3人を刺し殺してしまった事件を報じている。書いている内容そのもの「素人こそ恐ろしい!」である。
暴力団のチンピラが殺したならわかるが、ド素人に殺されるのだからカタナシだ。    
暴力団もオフレを出さないと、「素人衆には気をつけろ!」と・・・笑うに笑えない娑婆である。    
 (字数制限のためカット、2012・01月13日)
 ・・・・・・
2006年01月13日(金)
1746,心のままに生きてごらん- 2   
    才ノヽ──d(∀`d*) ─(*b´∀)b──ヨ     ー読書日記
外見がかわれば なかみも かわるわけでもないけれど・・ なかみがかわれば 外見もかわる −34
苦労は彫刻家のノミのようなもの。えたいのしれない かたまりを けずり、
なかにかくれていた傑作を うきぼりにする                        −36    
なにもかも、いや、愛のほかはなにもかも、みな、かりものにすぎない、           −37                  
(字数の関係でカット09年1月13日)
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2005年01月13日(木)
 1381, 現在、世界で何が起こっているのか? −2
ー自然環境的側面ー
中越地震も含めてインドネシア沖地震など私にとっても生まれて初めての事件が続く。
学生時代、TVで、『環境破壊がこのまま続けば、30年後、50年後にはオゾン層の破壊や地球温暖化で、
地球上は破滅状態になる』という番組をみた、鮮明な記億がある。
その時、『何故解っているのに、誰も政治的に手を打たないのだろうか?』と、素朴な疑問を持ったことがあった。
自分の生きている時代のことしか考えないのが、人間の本質なのだろう。この様が「地球環境の破壊」からくる、事態である。
一人の人間として、『地球環境の破壊』のことより、自分のことに全てを考えてしまう、オゾマシイ存在が人間である。
この地球環境は更に、早かれ遅かれ徹底的に破壊される。ならば、いま起こっていることを当たり前のことでしかない?
これが「現在、大気圏で起こっている自然現象」である。これに中国の13億の民や、インド、旧ソ連の民が目覚め
石油などをドンドン使いだしはじめた。更に絶望的な事態である。地球上の生物にとって人間は癌細胞そのものと言うのも肯ける。
・・・・・・
2004年01月13日(火)
 1014, 足の話−1
 図書館の健康のコーナーを見ていたら「足」に関する本が多いのに驚いた。手にとって読んでみると、ナカナカ面白い。
そこで「足は何のためにあるか」と「足の裏から見た体」を借りてきた。速読で印象に残ったところを中心に纏めてみた。
ーその前に足に対する私の知っている範囲の知識を書いてみる。
・相撲取りは足首を見ればよいと聞いたことがある。 どんなに太っていても足首が締まってなければ三役にはなれない。
 それと土踏まずが広いことも大事と聞いていた。子供のときから、力士を見ていて間違いない。
 北の湖や大鵬や若の花など歴代の横綱は全てそうだ。
・また野球選手も、まず見るのは足であるという。早く走れるということは、全ての可能性を秘めているという。
・足は第二の心臓、常に刺激を与え続けなければならない。(風呂時には、念入りにマッサージを続けている)
・人間の老化はまず足より始まる。足を若い時から鍛え続けておかなくてはならない。(一日1万4千歩を歩いている)
 ▼ この本に書いてある内容を印象の強い順に書いてみる。
・人間の効き足は左足である。 ー実験の結果、男女の放尿時には左足に重点がかかっているという。 
 一番の自然の姿であるからだ。 左足は、体全体のバランスを保つ機能を受け持ち、移動方向を定める。右足は、
 攻撃とかスピードをコントロールする。(前から、効き足はどちらであろうか素朴な疑問があったが、昨日初めて知った)
 ということは、一歩踏み出す時は右足からが自然であり、長く立っている時は、左足に重心を置くほうが良いことになる。
・人間の一番の特徴は二足性歩行にある。 直立の姿勢の結果として咽喉が真っ直ぐになり、話す言葉を持つことができた。
・まず四足動物から4手動物としての猿に進化。その後、下半身の2手が足に(後退?)進化していった。
 そこで2手がさらに進化していった。                   ー 続く
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 2003年01月13日(月)
  645, お金はむき出しの真実
以前にもお金についての一考察を書いたが、さらに書いてみる。
・お金で不幸になるというが、それは他人のお金をいう。−そのとおりだ!!
・事業、それ他人のお金だってさ!!−それ当たり前の事?自己資金の範囲ー無借金の場合、事業といわない?!
・どんな人間でも買収されないものはない!!
 ただ問題はその金額である。 −凄いシビアの話だね。でも考えてみれば誰でもそうだろう。
・お金は自由の塊である。その金に縛られている馬鹿がいる。−気づいているかどうかだがー
・貧困が犯罪の母であるなら、知恵の不足が犯罪の父である。−この合体が刑務所の中の真実??
・お金は不平等を平等にする。それだけ絶対的な威力だ。 ー 世の中の不幸は不平等からきているもんね!
・お金は「力」だけでなく「言葉」である。 −意味をたっぷり含んだ言語だ。
・借金は自由の人間を束縛する監獄だ。   ー 私など懲役刑。
  渋沢栄一の「必要なら樽の水は飲んでもよい。しかし絶対に漏らすな!」。
   (字数制限のためカット、2011・01月13日)
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2002年01月13日(日)
 299、動物の不思議な世界
以前テレビの動物番組で目を疑うことがあった。ハイエナに襲われた小鹿を、カバがそのハイエナを追い払い、
その後小鹿に大丈夫かと思いやっている内容であった。異種の動物の子供をかばうということが、現実にあった。
その子鹿はすでに死んでいたが、鼻先で起こそうとしていた。もちろん同種であれば当然かばうだろうが、
本能的にそれをしたのだろう。先日も野生の雌ライオンが、鹿の子を育てているのがニュースに出ていた。
その後水飲み場で、雄ライオンに食べられてしまったといっていた。以前、温帯魚を飼っていたとき、同種であるが一匹の魚が
他の魚を執拗に攻撃していた。見ていると他の魚が必ずその間に割って入っていた。「嘘だろう」と見ていたが、
何回もそのパターンが続いていた。長岡の鯛の専門店でのこと、水槽の中を2〜3十匹の鯛の群れが一方の方向に回遊していた。
その時一匹の鯛と目が合ってしまった。その後2時間近く、回ってくる度に見詰め合っていた。
その後スナックにいったが、その話でモチッキリになって、その鯛を食べに行こうとなりその店に電話をした。
すでに閉店していたが、もちろん実際は行く気はなかった。
・・・・・・・
ある時間の断面
 1月13日 1969年
12時半に起床。午後、姉の優子さんのところに電話をする。今月中に清書をしてもらった金を払いに行くと約束をする。
川崎から電話でスケートにいけなくなったと電話が来る。夜、先輩の永田さんが部屋に遊びに来る。
二人で飲みに出る。かなり弱気になっていた。今は誰もが気持として不安定のようである。
この人は県会議員になるというハッキリした目標がある。 しかし自信が無くなってきたとか。
こういう先輩が私に悩み事を正直に言ってくるのは、私の中に客観的な視点をみたのだろう。
武澤ゼミ効果だろう。 私も最近おかしい。 何もするでなし、スランプを抜け出れない。


3944, 岐路に立つ世界経済

2012年01月12日(木)

  * 今年は、一日一日何が起こるか分からない
 11日のNHKのクローズアップ現代、連休明けには刺激的な内容である。昨年から欧州の金融危機が続いているが、
そのダイジェスト版と、世界経済恐慌前夜の深刻さを伝えようとする内容。恐慌が起きる起きないでなく、何時起きるかの瀬戸際。
   ー まずは、NHKのHPの番組解説から ー クローズアップ現代 「2012年 岐路に立つ世界経済」
≪ ヨーロッパの国々を脅かす国債危機「ソブリン・クライシス」。そして野火のように広がるアメリカのデモ「ウォール街を占拠せよ」。
 そして日本はその二つの危機に挟まれて記録的な円高に見舞われている。背景にあるのは、“自由”な金融市場で広がる“マネー”。
時として制御を失い、リーマン・ショックによる金融機関の破たんのみならず、国家を揺るがす事態を引き起こすパワーを持つに至った。
世界はいま、国家の財政危機と銀行などの金融危機が同時に進行するただ中にある。経済危機が起きる度に“マネー”が引き起こす
新たな“バブル”によって乗り越えてきた世界経済。しかし、先進国をも巻き込んだ連鎖の中で格差が拡大、失業が解消されず、
不況が長引き、社会保障制度まで大きく揺らいでいる。日本も、もはや“対岸の火事”ではない。GDP国内総生産の2倍を超える
財政赤字を抱える日本では、消費税増税の議論が本格化する。世界は、実体経済を凌駕し、国家をも左右する“マネー”がもたらす
困難を乗り越えることができるのか。2012年最初のクローズアップ現代は、危機の構造を解き明かしながら、この難局にどう向き合い、
いかに解決しなければならないのかを探る。(総合テレビ:2012年1月11日 19:30〜20:43/73分拡大版)≫
 ▼ 欧州、米国の起きている金融恐慌の深刻さと、世界恐慌前夜の状況を映像と、識者の対談で構成した内容。翌日の朝も
  録画で再びみてみた。 ○ 日本国債への波及は、あと3〜5年。 ○ イタリア、フランスに国債危機が来ているが、
  次はドイツになる。 ○ ECBの準備金は20兆円だが、必要な金額は100兆円。それはECの基本理念を根本から損なう金額。
  それを考えると?? ○ 日本の国債金利が1%、いずれにしても上がっていく。消費税の値上げノリシロがあるのでまだ良いが、
  これが出来ないと、暴落の可能性も・・・ ○ 2012年は経済的にみて、世界経済の歴史的分岐点になる。・・等々である。
  先日のNHKスペシャルで「東北被災者の12万人の失業問題」を取り上げていた。NHKのメッセージは、アメリカと欧州の切迫した
  危機は、私たちの生活に深刻な影響を及ぼす現実が迫っている。 最近知ったことだが、震災直後の3月15日に関東地区の住民に
  避難命令を出すかどうか決断を官邸が迫られていたという。それだけ危ない日々だった。それが決して好転したとは思われない。
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3579, 閑話小題 −2
2011年01月12日(水)
  * ある居酒屋で
 もう10数年、長岡で飲む魚料理の店がある。その店の三軒隣に夫婦でやっている焼き鳥と小料理の店がある。
夏は戸を開けているので店頭から中がよく見え、一度は入ってみたいと思っていた。 ところが先日、前を通ったら
貸店舗の看板が出ていたので、女店主に聞くと、「去年暮れに夫婦揃って覚醒剤常用で逮捕され、店は閉鎖。
自分の店にも刑事が聞き込みに来た」という。 飲食店の店主が薬中でつぶれた話しは聞いたことが無い。
長岡駅の専門店街でトラブルを起こし、駆けつけた警官が様子が変なので調べたら、覚醒剤の服用が発覚したとの話。
  * どうでもよいことだが
 何処かの?誰か。 三日間乗り放題1万2千円で、東京に毎日、通うという。 行き先をネットで下調べをして、
10時に東京に着くように乗車、帰りは18時の新幹線に乗る。 それでも数ヶ月に一度なら、安い遊びか。
去年の暮れは二日通ったが、今回は三日に挑戦というから凄い。その人の友達は、その乗り放題の切符で、東京の子供の家に
行った帰り、急に思い立ち草津に行って温泉に浸かり帰ってきたとか。独り遊びは自由の天使の羽がつく。
  * 花の平成元年組
 今年大学を卒業する男(22歳)は、久々の当たり年のようだ。 高卒の4年目もプロ野球などで大活躍をしている。
そういえば早稲田大学の三人の投手が揃ってプロ野球で一巡で指名された。また全日本学生野球選手権で優勝をした。
全日本ラグビー選手権は決勝で破れて準優勝に終わったが、全日本駅伝では総合優勝をした。「花の平成元年組」とでも
命名されるのだろう。 大相撲でも花の三八トリオといわれた当たり年があって、同期が何人か横綱になった。
高校も10年に一度位、当たり年があって、東大など一流校に多く合格する。 考えてみたら人生でも当たり年があるか。
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3204, 善は悪より生まれた!
 2010年01月12日(火)
「善は、悪より生まれた」の言葉が、妙に頭に残った。「悪は、善より生まれた」なら、合点がいく。 
キリスト教倫理からすれば、イエスの教えが善なら、悪は、それに反する思いや行いになる。 人間が社会を形成する時に、
一つの規範が必要になる。 例えば、国家創りにまずは憲法、そして法律、それを守らせる内への警察という暴力装置、
そして、外に対しては軍隊である。それを統治する象徴として日本なら天皇、欧米なら大統領である。 孔子の教えは、
一つの指標を作り上げて、民を内側からコントロールする教え。古代中国から現在に至るまで、その教えは非常に有効に働いた。
それらの規範を守ることを善というなら、それに反するのを悪という。 ということは、それができる前は、その規範をもって
振り返ると悪がまかり通っていたことになるから、「善は悪より生まれた」ということになる。しかし、それも変である。
キリスト教倫理からみると、『どうして聖なる神から悪魔が生まれたのか。』という疑問が生じる。
 女性の哲学者 シモーヌ・ヴェイユは 『善は、悪からは生じない。 ところが悪はある意味で善によって生じる。
悪は神とわれわれの間にある。 愛は、そのうえを通過せねばならない。』 彼女は悪を二元論的に見ないで神様と自分との間を
裂くものとみた。 神様の愛の力を説き、愛こそが悪を征する力であると。 これは、キリスト教倫理的な見方でしかない。
悪党ほど、善の価値を知っているのだろうか。悪も善も知り尽くした善、一回転、数回転した上で善という捉えかたもある。
親鸞の、悪人が極楽浄土に行くのは当然(悪人正機説)という考え方に近くなる。キリストは、ユダヤ教の弱者(女子供、奴隷)
の立場からみた善を説いた。 善悪も立場で変わるから、ややこしい。 省みて、己の悪に気づいて改心する善ということか。 
どうも、これは答えのない永遠の問いのようである。
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2839, 不況の景色 −7
2009年01月12日(月)
  *タクシー業界の不況
一昨日の毎日新聞・社会面のトップで新潟市のタクシー業界の不況を取り上げていた。市内の老舗二社が倒産、運転手の再就職が
ままならないと・・適正の台数が1000台のところに、1700台の過剰台数。二社で280人が失業、最後は月に12万円の
手取りだったという。全国的でも新潟、長岡のタクシー業界は厳しい状況。昨年の最終金曜日の0時過ぎの2980円の割引に、
百十数人が宿泊をした。夜半の0時過ぎにホテルの前まで行列をなしていたというから、知らない人が見たら驚くだろう。
それだけ、お客はシビアになっている。 それでは、前年に比べてプラスになっているか?といえば、前年割れである。
いかに宿泊客が少なく、シビアに商品選定をしているか、この事実からも見てとれる。ホテルは装置産業の典型である。
一度設備投資をすれば、30年は潰すことが出来ない。一口に30年というが、その間は世界は激変を重ねている。だから面白い。
  *景気の山は07年10月
内閣府が、この景気の山が07年10月と発表した。同11月から景気後退の局面に入ったと認定する方針だという。
(以下、字数の関係でカット2011年01月12日) 
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2008年01月12日(土)
2474, 年頭の新聞の記事の総評 −1  ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
 今年の年始の新聞を一通り目を通したが、楽観的の記事はホボ皆無。その中で、産経新聞に面白い記事が多かったようだ。
正論というコーナーの佐伯啓思京大教授の「ニヒリズムに突き進む日本」という記事が面白い。(サロンのコーナーにコピー)
ここでのニヒリズムという意味は、今まで自明と思われてきた諸価値の崩壊であり、これまでの本質を判断する基準が失われてしまう
ということである。一部勝ち組を除いて、他が負け組なら、大勢がニヒリズムになるのは当然だろう。産経の30人の論説委員が、
一言ずつ書き留めた「平成20年に思う」もなかなか鋭いコメントに満ちていた。
総じて、日本も含めて悲観論が大勢だった。これは仕方がないこと。
・中国のオリンピック  ・アメリカの大統領選挙
・アメリカのサブプライム問題の行方と、それによる原油高が及ぼす世界経済の行方とアメリカの経済の減速のもたらす影響が、
今年のグローバル化社会の大問題になる。日本もサミットの議長国として、どのように対処するかが問われ、またこの流れから
すると民主党が政権をとる可能性もある。また、特に日米の大問題になっている、格差の問題もある。それでも、アメリカが主導して
世界は比較的落着いていたが、今年からは、そのタガが外れ中国やロシアが世界の表舞台に出てくる年である。それに対して、
評論家もどうなるのか評論できないのが、今年の記事の特徴である。その背後には、やはり情報化の進展がある。
特に情報のオープンソース化が世の中を根こそぎ変え始めている。そこに「情報の格差社会」が怒涛のように起きているのだ。
権力者も下手に、その力を乱用できなくなってきている+−がでている。今年は本格的な大乱の初年度である。 ∀`)ノ゜バイバイ!
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2007年01月12日(金)
2110, クローズアップ現代「東大・論文ねつ造疑惑」  b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
一昨夜の19時半のNHKの「クローズアップ現代」には驚いてしまった。
 その内容とは「揺らぐ科学の信頼」〜東大・論文ねつ造疑惑〜
 ー概要はNHKのHPによるー
東京大学大学院の研究グループが発表した遺伝子をめぐる論文のねつ造疑惑で、大学は、去年の暮れ、論文の責任者の教授と実験を
担当した助手を懲戒解雇にした。1年9か月に及ぶ調査の結果、論文は信ぴょう性を欠いており社会の信頼を著しく損なったと断定。
東京大学を揺るがした疑惑は一応の決着を見た。しかし科学論文の危うさを印象づけた今回の疑惑。論文は、どこに問題があったのか。
疑惑を生む背景は何なのか、依然、明らかになっていない。そこには、最先端科学の研究が抱えている共通の課題が見え隠れする。
(以下、字数の関係でカット2011年01月12日) 
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2006年01月12日(木)
1745、 心のままに生きてごらん      (o゜▽゜)o オハョ〜     ー読書日記
 イギリスで大ベストセラーとなった、人生の「天国から地獄」を体験した著者が綴った、
152のメッセージである。どのページにも、人生を豊かに生きることを教えてくれるメッセージがある。
トイレにでも置いて、毎日数行でも読むとよい本だ!一頁に一つの文章がメルヘンな絵とともに書いてある。
しかし、ひとことひとことに深い響きが伝わってくる。 悩んだとき、苦しいとき、さびしいとき、わからなくなったときなど
人生の大切なことを思い出させてくれるだろう。常に迷い彷徨う存在の人間にとって丁度良い励ましの言葉になる。 
若い人向けより人生を多く経験した人ほど感じるところが多いのではないだろうか、その中の幾つかを書き出してみた。
 ーーー                            !お茶 (@゜▽゜)_且~~どうぞ w 
・言葉は地図……  どちらも道をおしえてくれる。                      ー1
・10の人生を1だけ生きるか、10の人生を10まで生きるか、そのちがいはどちらをえらぶかです。   ー2
・しあわせは自分のなかでかなえるもの!                           −3
・信じよう、まよっていたのは信じる勇気がなかったからだと 信じよう。            −4
・なにより最大の迷信は、なんでも あればあるほどいいと思うこと。              ー5
・悲劇はかわるチャンスだから・・・・・。      −6
・なにもおわりはしない。ただかわるだけ。      −7
・苦痛が愛するのはおそれ。苦痛がおそれるのは愛。  −8
・信じることができなければ、あちこちとびらを閉めきって生きていくことになるでしょう。
 それでわたしの言葉はどこから入ればいいの?                   ー9
・自分のよさをみとめないとそれがあることすらゆるされなくなる。          ー10  
・たくさんの涙が流された。 ただ思っているだけで口にはだせずにいたことのために。 −11
・怒りはたんに、愛がおるすになった状態。     −16             
・ひとつ、しあわせに条件をつければ、 ひとつ、なやみのたねをまいたことになる。  −18
・夢はいいーーーでも、 目標となったら現実だ。                  −20
・心はきもちを植える庭のようなもの 花を植えれば、 花がさき、
 イモを植えれば、イモができ、なにも植えなきゃ 草がはびこる           −23
・時間は世界共通の通貨            −24
・どうしてこうも多くのひとがいいことで自分をほめるより悪るいことで自分をせめたがるの? −25
・怒りに怒りでおうじれば、結果はさらなる怒りでしかない              −26
・不安はいまに居場所がない。 未来にしか存在できないものだけれど、未来になったら、
 そこがいまになるだけ。 不安はいまに居場所がないのだから             
・笑いは世界共通の言語                              −29
・人生はいつでもこれから。 これまでじゃない。        −30
   ▼ 「心のままに生きてごらん」ダイヤモンド社      −つづく            |≡ヾ(´∀`)ノバイ  
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2005年01月12日(水)
1380, 現在、世界で何が起こっているのか? −1
「現在、世界で何がおこっているのか?」という素朴な疑問がある。 身近では、台風による洪水と中越地震。
 世界ではインドネシア沖地震など天災。 それだけでない、ITなどの技術革新からくる社会的な大変革。
 全てが、今まで見たことも聞いたこともない現象である。 どうなっているのだろうか。
 新年ということで、その人間的側面と、自然的側面から考えみる。まずは人間的側面から・・ 
 <人類のビッグバン >
 ー「人類にとって20万年に一回のビッグバンがこの情報革命だ」と、数年前に聞いたことがあった。
 その時は、かなりオーバーに聞こえたが、現在の状況からは決してオーバーには思えない。
 一人一人が情報基地を持ち、自分を表現をし始めたのだ。私自身も、このHPを持ち、自分の主張の公開を始めた。
(いや主張しつつ、自分の知識を整理して貯蓄し始めた。) そして4年近く経つが、自分から離れて独自のものとして
 歩みだした感もする。脳を外部化して、そこに情報をインプットし、またアウトプットしている。
 それを公開しているのだからおかしなものである。普通なら部屋の机の中の日記帳かメモにある内容を、キーワードの検索で
 誰でも見ることができるから不思議な世界である。携帯電話とパソコンにより我われの社会という様々な家族や会社や
 所属する共同体が、個人というユニットに分解され、ネットで再構築されるプロセスに入ったのだ。 このことは人類にとって
大革命であり、今までの共同体を根こそぎ破壊することである。それが地球規模で、それぞれの共同社会の破壊が起こり始めたのだ。
「人類が20万年かかって構築してきた共同体が、個々人がインターネットで再構築されようとする前の大混乱が地球規模で起きている」 
これがビッグバンの正体であり、世界を根こそぎ変えている。
数年前までは、考えられない現象がドンドンおこっているのも、その背景があるからだ。 
  ・・・・・・
2004年01月12日(月)
 1013, 大相撲がはじまる
ここ数年、大相撲がつまらなくなったと書いてきた。しかし今場所あたりから、何かが変って面白くなってきた。
 (字数制限のためカット 2010年1月12日)
・・・・・・・・・
2003年01月12日(日)
 644, 呼称の妙味
雑誌の「宝島」が一月三日の読売新聞の全面広告が面白かった。呼び名を変えれば、日本も変わる(かも)。
「呼称改革」と名をうって今までの呼び名を変えたら、中身もそれにつれて古い何かが変わり始めるかもしれない
という馬鹿馬鹿しい内容だが、といって唸る内容でもあった。これを全面広告で載せるセンスがいい。
(以下、字数の関係でカット2009年01月12日)     (^┰^;)ゞ  
・・・・・・・・・ 
2002年01月12日(土)
 298、酒乱ー2
私の一番のマイナスの特性は酒乱のケがあることだ。勤めてそれも本格的になったのが、金沢時代からだ。
酔わなくてはやってられない、いや酒に逃げていたのかもしれない。といってそれで人生を狂わせた、
というほどでもない・・? 酒の失敗がない人生を考えてみると、10倍位の人間関係が広く深くなっていた?
反面、人間関係でABC 分析のBCの人間の排除に一番いいのも確かだった。
 (字数制限のためカット 2011年1月12日)
 ・・・・・
 1月12日  1969年
・「想像は知識より重要だ」 アインシュタイン
・アイデアを多く出す為の価格表ー 一つ出すたびに二倍の価格になる。
 人をバカにする方法のアイデアを10個を10分で書き上げよ! という設問を考えてみる。
1、TVをなるべく多く見る。 自分で考える時間をなくしてしまう。  2、他人との交友の中に安定を求める。
3、行動に移さない ースタートをしない。              4、自分はダメだ、バカと信じ込む。
5、不安定な気持のままいる。自己コントロールをしない。       6、一瞬一瞬をいい加減に生きる。
7、自分の壁の中にのみ生きる。人の言うことは一切聞かない。本も読まない。 8、自信喪失にする。
9、経験のみに頼る                         10、バカな連中だけと付き合う。
 こんなものだが。何か二年前の自分そのものだ。 今もそうか?
ー 2004年1月12日AM6:00 記ー
こうして35年前の日記帳を写していて、今も昔も変らない自分に驚いている。そしてあまり成長をしていない自分にも驚く。
人間観察が好きなのだ。逆にそれにとらわれすぎて全体と自分自身が見えなくなっている視点だ。
また大人数の末っ子の立場で兄姉を一人一人観察してきた上に、社会学という早くいえば人間学を専攻してしまった為である。
反面、「人生のデザイン」を自分で書いて生きることができた?が。それが、書かないで生きてきたことと
どれほどの差があるのだと言われれば、何も反論できない?! まあいずれにしても「頭でっかち」だということだ。


3943, 閑話小題

2012年01月11日(水)

    * つれづれに ー不況景色
 このところ急に身の回りが寒々としてきた。自分の状態が状態だけに、そう見えてくることもあるが。
私の甥っ子が「メガネ・スーパー」に努めているが、先日、検索すると、株価が100円を割っており倒産の瀬戸際とあった。
また銀行の株式相場を見ていたら案の定、震災地の銀行の幾つかの株価が50円前後。あの「みずほ銀行」も100円前後。
マスコミも情報コントロールをされ、そのことを取り上げない。 20年以上、屋敷内の貸家も空家になって三ヶ月目になる。 
3月、4月の転勤時期に入居を期待しているが、どうなることか? 現在、消費税アップが問題になっているが、前の事業を
考えてみても、消費税が10%になったら借金ゼロでも存続は無理。 これは他の多くの事業でも当てはまるはず。
増税を反対をするのは分かるが、国の税収が激減し、収入が支出の半分以下なら上げざるをえない構図になっている。
現在の日本国内では金を使わない算段はいくらでもある。これでは貧乏症の日本人の消費マインドは、さらに大きく冷え込み、
長期の景気低迷になる。 世界的な経済の氷河期に入った。昨夜もNHKのクローズアップ現代を一時間延長して、欧州危機、
世界恐慌危機についての放送していた。また先日も東北被災地の失業問題の特番を組んでいた。これが数十年も続くというから・・

  * バンジージャンプの命綱が切れた
 ニュースで、南アフリカのボツナワ国境にあるザンベジ川のバンジージャンプで、飛び降りた若い女性の命綱が切れ落下、
落ちていく映像が報じられていた。それでも奇跡的に助かり、自力で川辺に泳ぎ着いたという。よく助かったものである。
人間が川に飛び込んで助かる限度が40Mというから、一度バンドした後に紐が切れた高さが、40M以下だった為に、
奇跡的に助かったことになる。打ちどころが少しでも悪かったら、もちろん即死である。 これまで、飛び降りた人が5万人、
その一人に私も入っている。これまで、紐が切れたりした事故は無かったという。それにしても私も50歳で、よくやったものだ。
・・・・・・・
3578, 10年一昔というが ー2
2011年01月11日(火)
この10年で、デジタル機器が飛躍的に進化し、パソコンや携帯電話などでネット社会が出現。
地球上の人たちのあり方を根底から変えてしまった。 この間にブログが世界的に普及、誰もが個人サイトの
発信基地を気楽に開けるようになった。更に携帯電話機能が飛躍的に性能アップ、そこにインターネットが接続され、
ミニ・ブログのツイッターが受発信と、Youtubeで世界中の動画の受発信が可能になった。これらがグローバル化を
押しすすめる結果となった。この10年の潮流を知るために、大きな出来事を重要順に選んでみた。
 ー2001年〜2010年、世界10大ニュースー
1、2008年のリーマン・ショックと世界恐慌  2、2001年の9・15テロ、そしてアフガン、イラク戦争
3、ネット社会の出現            4、デジタル機器の飛躍的進化
5、3,4の結果、世界のグローバル化、フラット化が進む
6、インド洋、中国・四川、ハイチ大地震などの大災害が相次ぐ
7、アメリカで初の黒人大統領が選出     8、中国・インド・ブラジルなどの新興国の飛躍的経済発展 
9、電気自動車がクローズアップ、今後の重要産業に目される
10、環境問題が待ったなしに! その一つとして原発開発の機運が世界中に高まる
 この主な出来事をみても、10年前では想像を絶する現象が、たて続きに起きている。
今後10年は、これより激変が起こるとみると、それは想像を絶することになる! 分かっていることは、
「この現象は百年単位の変化の現象でなく、数千年、数十万年単位の変化の入り口に入った」ということ。
それからすると、この変化は恒常的に続木、その結末として人類の歴史は、それほど長く続かないと見るべき?
 ・・・・・・・・
3203, 電気自動車の話
 2010年01月11日(月)
「電気自動車は、パソコン、携帯電話以上の影響を社会に与える」と、思わず疑いたくなるコメントが、NHK・TVの
レポートのインタビューから聞こえてきた。30年間電気自動車を研究してきた慶応大学教授が話していたのだから、
再びびっくり。私の知る限り、パソコンと携帯電話以上のインパクトのあるマシーンは、これまで無かったし、
今後とも当分無いだろうと思っていた。 家内に言ったら「そんな馬鹿なことはない」と、私と同じ意見。
 しかし、本当と仮説を立てると如何いうことか? 移動空間から情報空間としての見直しなら納得する。
(希望的予測として)三年後に普及車が量産され、10年後には重心が、エンジン車に取って変わっているという。
部品が10分の一から、更に少なくなるはず(三万ー>三千)。 日本にとって、リチウムとか、電気技術が進んでいるので、
プラスに働くとか。 わかず三年前までは、「電気自動車」が、ここまで注目されるとは思っていなかった。
ガソリンエンジンは熱を持ち、スペースをとり、車形などに大きな制約があった。しかし、それから解放されると思いもよらない車が、
あらゆる業界から出現する可能性が大というのも頷ける。さらに電気自転車とスクーターの融合したようなものや、オートバイと
車の融合したものが出来るだろう。車椅子のような乗り物が一般の移動に考え出される可能性もある。自動車の概念が根底から
崩されることになる。 家の一部としての移動式生活空間と見直されるかもしれない。 生活の中で電気自転車で驚いていた。
それが電気自動車としたら、更に大きなインパクトを与えることになる。さらには電気モーターの、カヌー、舟、小型ヨット、
電気ヘリとか、電気パラグライダーも。 厳しい経済環境になっていく反面、面白い時代でもある。 
・・・・・・・・
2838, アメリカが隠し続ける金融危機の真実 −2
2009年01月11日(日)
  軍産共同体が戦争をつくりあげるため、政府の中枢に深く入り込んでいる一端を明らかにしている。
 イラクの戦争も、仕掛けられた一つ。 イラクのフセインが石油のドル決済をユーロにしようとした為、
 大量破壊兵器が存在しているような工作をして戦争に導いたことが露見した。そのことをブッシュが知らない訳がない。 
 今度はイスラエルとイランか、北朝鮮だろう。 それとも金融危機で少し疲弊したから休む?
   ー次の部分こそ資本帝国主義の核心の部分だろうー
  <第三章 金融危機を起こした闇の権力者の正体 P−110〜>
この軍産複合体をひと言でいえば、戦争でひと儲けしよという思惑を持った軍需産業の大手企業や一部の金融資本家、
アメリカによる世界支配を信奉する政治家、軍人などが一体となった勢力だ。
表に見えるのはロッキード.マーチン、ボーイング、ノースロップ・グラマン、レイセオン、そしてユナイテッド.ディフェンス
といった軍需産業の李企業だが、その裏には日本の天下りがかわいらしくみえるような黒い薯の影が見えてくる。
たとえば、2期8年に渡ったブッシュ政権の高官30人以上が、以前は軍需産業の役員や株主だったという経歴の持ち主だった。 
これがどういった影響を及ぼすかというと、父ブッシュが名誉顧問を務め、ブッシュ政権の高官数名が役員を務める
投資ファンド、カーライル・グループがある。 このカーライルが、ブラッドレー戦闘車を製造する
ナイテッド・ディフェンス社を97年に買収した。 当時、多額の赤字に苦しんでいた同社だったが、
ブッシュ政権発足直後の01年に米陸軍から新型自走砲の発注を受け、株を上場。
カーライルは上場初日だけで多額の売却益を得ている。 こうした例は他にいくつもある。
その癒着の構図を裏づけるかのように、米ソ冷戦後は、一時3000億ドルを割り込む水準まで低下したアメリカの軍事予算だが、
ブッシュ政権時には6000億ドル超にまで増加している。この額にはアフガニスタン戦争やイラク戦争の戦費は含まれていない。
その裏で、いったいどれだけの金が軍産複合体へと流れ込んでいったのか。一説によると、
軍事費の一部は毎年ブラックマネーとしてプールされ、その総額は1兆ドルになっているという。
80年代までの東西冷戦中は、ソ連など共産勢力への恐怖から巨額の軍事予算が計上されることについて
多くの国民が納得し、軍需産業は潤っていた。だが、冷戦の終結とともに軍事予算は削減されていく。
このままでは自分たちの影響力が弱まってしまう。そういう思いを募らせた軍産共同体は、アメリカに対する
新たな脅威を作り出すプランを練り、その資金力と政府へとつながる人脈を駆使して、数々の工作を行っていった。
  −−−−
 ケネディの暗殺も、彼らの疑いがあると聞いたことがある。
次は、あの人?の可能性がると、この本に暗に書かれている? 第二次世界大戦で、世界恐慌が実質清算されたのだから、
世界規模の戦争を仕掛ける動きが出ても不思議でない。 日本の1000兆を超える預金を狙うのは至極当たり前のことだ。
前回の日本のバブルはアメリカの仕掛けだったのは今更のことである。 これが世界の現実である。
・・・・・・・・
2008年01月11日(金)
 2473,  生姜湯
昨年末、寒い最中に冷酒を飲んで胃腸をこわし年末年始の三日間、寝込んでしまった。そこでドラッグストアで、
身体を温める何かがないかと立ち寄ったら、タイミングよく生姜湯が広告品として割引いて売られていた。
渡りに舟と買って飲んだところ、身体がポカポカして体調は回復した。この冬は、これだと再び大量に買い込み毎朝、
起きて直に飲んでいる。「生姜湯はアルコールを多く飲む人に良い」と以前聞いたことがある。 二日酔いの時など、
翌朝に食事を抜く時に腹持ちをするので丁度良い。「身体を温め発汗を促し、血液・体液の流れを良くし、尿の出を良くして
身体の水たまりを排泄する。エネルギーの流れを良くして気力を高め、抑うつ気分をとる。血小板の凝集力を弱めて血液を
サラサラにし、血栓を予防改善する」「保温、抗炎症効果、殺菌殺虫効果」があり、 昔から薬代わりに飲まれていた。 
生姜といえば、寿司屋の消毒として添えられているから、生ものの毒消しとて余程良いのだろう。
飲むと一時的に空腹感が無くなるから、うまく使えばダイエットにもなる。
生姜湯を買った時に、ついでに「抹茶クズ湯」を買って飲んだが、これも身体が温まったまる。 
冬の友というところである。まあ、そういう歳になったということか? しょうが ないか!
 ーーー
2007年01月11日(木)
2109, 塩野七生が「日本の政治と政治家」を語る −1  (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!   
 日経新聞(1月4日)に「作家の塩野七生が日本の政治家を語る」が掲載されていた。安部首相、小泉、小沢などを語っていたが、
なかなか面白い。15年間にわたり15巻の「ローマ人の物語」を完結させた作家。カエサルを理想としている視点から、
なおのこと、三政治家には手厳しい。 その中で小泉元首相には比較的高い評価をしていた。
  ー面白いところを抜粋してみるー
 * まずは、阿部首相をどう評価しますか?
塩野:阿部は人間的にはいい人なんだろう。旦那様にするには良いタイプだが、指導者としていいかどうかは別。
  阿部首相は誠意がありますが、答えればよい10倍の量、誠心誠意答えているが、普通なら飽きてしまう。
  芥川龍之介の言葉で「ときには嘘でしか表現できない真実もある」のです。実を越えるために、虚のやり方が良い時がある。
  彼は変化球を投げない。小泉元首相は、旦那には大変じゃないか。知力はどうかなぁ。説得力に関しては、起承転結の
  「起」しか言わない。我々が彼に改革を期待して「承転結」まで考えてあげていた。マキャヴェッリは
  「民衆は抽象を問いかけられると間違える場合があるけれど、具体的に示されれば相当程度に正確に判断を下す」と言っている。
  小泉さんはそれをした。阿部首相は言っていることがだんだん分らなくなってしまう。
塩野:文章の世界では、メリハリや切り返しを芸というのですが、阿部さんは芸がおありでない。
  あの年齢では性格を変えろといっても無理だろうけど。私が振付師だったら、彼に合う戦略を考えますね。
  具体的に言うと、官房長官に彼と全く違った人間を持ってくるべきでした。国際会議では熟練の通訳が必要ですね。
  安部さんの言う半分に縮めることの可能性のある人が必要です。そうしないと国益に反する。
塩野:私たちは阿部首相が改革を続けてくれるだろうと期待したので、あの支持率が生まれたのです。
  その後の低支持の原因は演出がないこと。小泉は劇場政治とか、政治は喧嘩だと言われたが、それを否定する方がおかしい。
  政治はドラマであり、喧嘩でもある。それが嫌なら官僚にでもなっていればいい。私は以前「国会の予算委員会か、
  顔見世歌舞伎かと言うようなれば日本の民主主義は安泰だ」と書きました。この頃はチットも面白くない。
  阿部さんは理性に訴えているのでしょう。小泉さんは感性に訴えたのです。
 * 民主党の小沢代表はどうですか?政治家にとって手段であるはずの政権交代が目的になっていますが。
塩野:ある時期面白いと思っていたのですが、しかし、彼は勝負しない人です。勝負する時に逃げてしまう。高級なバラには
  花屋さんはいろいろな細工をするが、しばしば満開になる前に枯れてしまう。どうせ枯れてしまうのなら満開にならなくては。
     −−
*政治家の世襲についてどう思いますか?
 (字数制限のためカット 2012年1月11日)
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2006年01月11日(水)
 1744、 正しく生きるとはどういうことか       φ(* ̄0 ̄)ノ[才八∃一]
池田清彦著の「正しく生きるとはどういうことか」を読んだが、今ひとつピンとこない。
「正しく生きるとは身の程を知り地道に働いて、それとは別の趣味の世界に生きるのが一番安定した生き方」が、この本の一番の要点。 
果たして、そうだろうか? 著者自身の人生観でしかないのでは? これ以外は、訳のわからないこと?を綿々と書き連ねているだけ。 
  (字数制限のためカット 2012年1月11日)
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 2005年01月11日(火)
1379, 全日本高校サッカー選手権
一昨日の全日本ラグビー選手権に続いて、昨日は全日本高校サッカーがあった。
息詰まるような接戦で、0対0のままPK戦になった。ここまできてのPK戦の決着は個々人に責任がかかる。
息を飲むような緊迫の中、選手のプレッシャーは極限になる。市立船橋はPK戦は弱いと言われていたが、準決勝戦で
金沢の星稜に勝った。しかし、この決勝のPK戦では九州の鹿児島実業が4対2で勝って優勝をした。
試合は、鹿児島実業が優勢に進めていたので、この結果も当然といえば当然である。負けた市船の監督が呆然としていた姿が
印象的であった。これも勝負の世界である。大学生ラグビーでも、高校サッカーでも、一期一会の優勝戦だから面白い。
数年前までは、あまりサッカーは見なかったが、新潟アルビレックスの試合を見てから急に見るようになったから、
単純なものだ。最近はBSで放送している欧州のプロのサッカーも見るようになった。 見はじめると面白い。
一流選手の試合は何かが違う。鍛えあがられた上の個性があるから、一流になれるのだ。
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2004年01月11日(日)
 1012, 牛丼チェーンー狂牛病の影響
 他山の石という面で考えてみる。アメリカの狂牛病による牛肉の輸入禁止は、牛丼チェーンを含めた飲食業界や
食肉業界などに、大きな影響を与え始めてきた。アメリカの圧力で、早々に輸入禁止措置を解除されるだろうが、
一般の牛肉に対する不信感は、そう簡単には拭い去ることはできない。
(字数制限のためカット 2011年1月11日)
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 2003年01月11日(土)
  643, ハングリー?
日本は「国は大変だが自分は大丈夫という!」という雰囲気で満ちている。私もそれに近い感覚を持っている。
私の青年期の頃のあのハングリーさは、時代背景もあってか全く感じられない。
昔の日記をおりにつけて書きうつしているが、本当にハングリーであった。
「何かをやれば何かが叶う」という気持ちだ。今の日本に一番欠けているのがそのハングリー精神だ。
 ある逸話で
ーオーストラリアに移住した欧州人が、年中花咲くこの地でミツバチを持ってきたら蜂蜜が欧州の数倍は取れるだろうと目論んだ。
しかし失敗に終わったという。はじめの年は多く取れたが、年々収穫が下がり最後は全くとれなくなった。
蜂は寒い冬に備えて蜂蜜をとりこむ為に集めるのであって、年中花が咲いている地ではその必要がなくなる為だという。 
なるほどと考えさせられた。 現在アメリカの一流大学の合格者はベトナムやカンボジアの難民か、その子弟が多いという。
ハーバードなどは20?以上を占めて問題になっている。そこに入って知識を得るしか将来は無いから、死に物狂いで学ぶという。
 またソニーの元会長の大賀氏がこの正月の紙面で中国に10数年ぶりに行って、日本の丁度戦後10年に頃の熱気とハングリーを
感じたという。先年中国に行った時、現地の添乗員が話していた内容が印象的だった。「日本に留学をした。そこで同じ人間として
如何してこんなにまでまで生活の格差があるのか義憤を感じた。勉強をして必ずあの生活を勝ち取るつもりだ」
聞いていて、日本は中国に追い越されるのではと不安になった。
 今の日本はオーストラリアに持ってきたミツバチ。もうじき大寒波が来るのに、いや既にその一波がきている。
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2002年01月11日(金)
297、最近飲む回数が減ったわけ
・何といっても不景気だ、気分的に沈みがちの中飲んでいても旨くない。 誘いも少なくなる。
・新潟駅と長岡駅に鮮魚店や料理屋の販売店などのテナントが出来た。 通勤の途中に両方がある。
これが一杯飲み屋よりもずっと美味しい。地元の一流の料理屋が出店で割烹料理を売っている。
 子供の時の正月料理とほぼ同じ味である。これを帰りの時間(PM6:00)
 の値引きセールになる。家で食べる方が美味しいという逆転現象がおきる。
・歳をとってきたー以前ほど赤ちょうちんの雰囲気に親しみを感じなくなった。
・TVのパフォーマンスの方が楽しい。  以上が理由に上げられる。
 サラリーマンのスーパーでの買い物が増えているのと自分の姿が二重写しになる。
週に1回はどちらかの駅の売店で肴のツマミを買う。家内も外で飲んで帰ってくるより、健全?で、
美味しいから文句をいわない。彼ら店主は、この時代の変化が全く解ってない!これは他人事でない。
何処も全く同じ味の商品!こちらは毎日が生活面では変化の連続だ。また変化し続けてる店しか行かなくなるのも、
当たり前である。スーパーの食品も冷凍・冷蔵技術や器の高度化や低コスト化で日日向上している。
闘いの相手がどんどん変化している。家でデジタルTV をつけ、パソコンをいじり買ってきた肴をつまみで酒を飲んでいたほうが
ずっとよい。 年齢もあろうが。デフレとライフスタイルが変わってしまったことに気ずいてない。
他人事でないが。店主よりこちらが舌が肥えてしまったという逆転にも。 毎日が激変である。
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 1月11日  1969年
12時に起床。ジャスコオカダヤに論文を提出をする。一安心をするが今ひとつ満足のいくものではない。
午後は安心感からか漫然とTVを見て過ごす。間中のブーちゃんが帰省から戻ってくる。彼と少し話をする。
何かイヤにソフトになりビックリする。夜、駒村の部屋に行くと、気分が悪いと部屋に引き篭もっている。
かなり陰鬱になっているようだ。何かあったのだろうが、自己疎外という奴だ。こちらまで滅入ってしまう。


3942, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー2

2012年01月10日(火)

      「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」 水野和夫著
  * 事実は真実の敵である
‘はじめ’の次の言葉が、この本の全てを要約している。
≪ 我々がシュミットのいう「世界史」の終わりに近づいているに一刻一刻と近づいているにもかかわらず、その認識がなく、
グロバリゼーションを「ヒト、モノ、カネが国境を越えるプロセス」と考えて資本の反革命の片棒を担いでいる。・・・ 
「事実は真実の敵だ」といったのは、ミュージカル「ラ・マンチャの男」の脚本を書いたD・ワサーマンである。 
グロバリゼーションの「事実」とは、「ヒト、モノ、カネの国境を越える自由な移動」であり、その「真実」とは、
帝国システムをなす中心と周辺を結びつけるイディオロギーである。≫
 ▼ ここで、二つの経済震災と、一つの自然震災を著者は「近代の自己敗北」と「歴史における危機」とみる。
 近代は、過去の遺産を食い潰し、未来の利益を横取りをしたと看破している。現在の日本のy財政や年金を例にみても、
そのことが納得できる。 ヒト、モノ、カネの移動をグロバリゼーションの事実とだけみて、その真実を知らないと、
近代科学のもつ恐ろしい力に飲み込まれてしまう。 その上に、ひとりひとりの手には、高性能の情報端末を持つ時代になっきた。
情報化社会でグローバリゼーションを止めることは不可能。 グローバル化は金融や情報だけでない、細菌なども含まれる。
今回は大地震と津波、そして原子力発電の破壊が重なった大震災だったが、鳥インフルエンザや、狂牛病などの細菌汚染もあるから、
ことは重大になる。それぞれの地区、国内の問題が、一瞬のうちに世界に広がってしまう危険が増したのである。
帝国システムをなす中心だけでなく、最悪の問題にとって変わって世界の周辺各国に結びつける作用になる。
これこそ、グロバリゼーションの事実であり、真実といえるのである。 従って、この本のテーマの「終わりなき危機」が
グローバリゼーションの真実ということになる。インドや、中国のような膨大な人口を広い国内に抱えている国が、最後に
生き残ることになるのか? グローバリゼーションは、それぞれの文化を破壊する。それが一番、恐ろしいことである。
 きしくも、下にある二年前の「一〇〇年前の世界一周 ー2」の文章が、それを語っている。
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3577、10年一昔というが ー1
2011年01月10日(月)
10年一昔というが、それにしても激しい変化である。 
 10年前の2001年といえば、
・前大統領のブッシュがゴアに僅差をつけて大統領になり
・9・11テロが発生、アルカイダと断定し、アメリカはアフガン攻撃をし、タリバン政権は崩壊した。
・国内では、小泉が「改革なくして成長なし」「自民党をぶっ壊す」などのフレーズで、首相に就任。
 田中真紀子が外相になったが、直ぐに能力に問題ありと失脚。
・イチローが大リーグのマリナーズに移籍、豪語したとおりにMVPを獲得した。
・この年に、アップルがiPodを発売し、携帯デジタル音楽プレーヤーが爆発的に売れ始めた。
・皇太子妃に第一子の愛子様が誕生。
 これが21世紀の幕開けであった。
 それから、ブッシュはアフガンに攻撃の後、イラクに侵攻、泥沼に入ってしまった。
 そして、リーマンショックという大事変が起きてしまった。
その結果、失われた10年をそのまま引きづり、失われた20年と日本経済と社会は疲弊してしまった。
首相は、小泉の後、一年ごとに交代し、現在に至っている。その間の失政による混乱は、あまりに悲惨である。
戦後、間接的アメリカによる統治で日本そのものが骨抜きにされたことは言うまでもない。
小泉元首相の改革で垣根が低くなったが、格差は拡大。これも仕方がないこと。
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3202, 一〇〇年前の世界一周 ー2
2010年01月10日(日)
 先日の新幹線の行き帰りの車中で、旅行記の文章を読み上げた。
8割が117枚の写真で埋められていたので、70ページぐらいの文章でしかなかった。
その半分は、この本をまとめあげたドイツの文筆家のフォローの文章であり、読みやすい。
アベクが50年後に、この写真と昔のメモを見ながら書いた文章で、旅行中はカメラに思いを込めていた。
そのため、その写真の向こうからアベクの思いが、そのまま出ているようでもある。 
この中で日本の写真は20枚あり、当時の庶民の姿が何ともリアルである。 彼は旅行を通して、
自分の住む世界に疑問を持つようになり、旅も終わりになるにつれて、考えが大きく変化したことに気づく。
「 旅を始めたとき、彼は欧州文明が正しいという確信を持ち、その一員であることに誇りを持っていた。
そして海を渡り、彼方で暮らす人々と知り合うようになった。すると、欧州の本当の姿は、安っぽい民族主義に包まれ、
まるで動物ででもあるかのように万国博覧会の見せ物になっていた世界の人とは、大きく異なることを見いだしたのだ。
彼等は貧しくとも、言葉が理解できなくとも、奇妙な風習があっても、ワルデマールは彼等と心を交わすようになった。
インディアンの青年、快活なアメリカ女性、別府で過ごした二人の芸者、日本の職人、友となったナカノ、北京で雇った
少年、バラナシにいた敬虔な信徒たち、そして、ジャワで見かけた花のような人たち・・・・ 」
「 シナ海やマラッカ海峡と比べたら、地中海には何の夢も描けない。 黄浦江から見た上海と比べたら、世界で最も
美しいといわれたナポリでさえ色あせて見える。ベスビオ山はせいぜい小さな丘で、インドネシアのセメル山を
見たときのような興奮を覚えない」等々。 このリーマンショックは、欧米中心で周っていた世界の崩壊過程の
大きなキッカケである。 彼は旅行を通して、それまでの欧州中心の世界観が、いかに歪んでいたかに気づいた。
私の趣味が「世界異境、秘境ツアー」である。そこでみるのは、自分の世界がいかに小さいか、そして歪んでいるかを
再確認することである。それより、大自然のパノラマの魅力もあるが。100年前の、この経験は、それまでの価値観を
根底から破壊するのは当然である。近代哲学の一群が、いち早く、それに気づいている。 構造主義、脱構造主義などである。
アマゾンの原住民の風習と、欧米とどちらが優れているのか? もしかしたら、彼らの方が?という疑問が出てきた。
100年前に、アベクは、それに気づいたのである。 タダ、彼は哲学者ではなかったのである。
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2837, 「犬の時間」と「猫の時間」
 2009年01月10日(土)
図書館で何気なく手に取った本の中に「犬の時間」と「猫の時間」という言葉があった。犬は、人間に飼いならされ
忠犬ハチ公ではないが、決まった時間に決まった行動をする習性がある。これに対して猫は気の向くまま気ままに、
時の流れにまかせて一日が何となく過ぎていく。人間の生活の中にも「犬の時間」と「猫の時間」があるのではということ。
会社では「犬の時間」、自宅は「猫の時間」。会社勤めは「犬の時間」で、定年後は「猫の時間」ということも出来る。
前に、男女、夫婦のことを「化け猫と、ボケ犬」と例えたが、それに似ている。どっちの時間帯が良いということではなく、
二つの時間帯を割り切って使えば良い。それなら、「人間の時間」とは、いかなる時間を言うのだろうか。
「人間らしい時間」というと、知的であること(本を読み、文章を書き)、楽しい時間を持って笑っていること、
過去・未来を語り合っていること。そして、感謝・感激・感動している時間。酒を飲んで歌っている時間。
そうすると、「犬の時間」「猫の時間」は、それはそれで良しとして、人間らしい時間を多く持つべきことになる。
せっかく面白い視点の喩え話も、人間様を持ってきて詰らなくなってしまったか。それにしても、うちのカミサン、全く猫のようだ。
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2008年01月10日(木)
 2472, ホテル納入業者の専務の話         ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
 20年近くに亘り、仕事初めに地元でホテル用品と、スナックや居酒屋に酒を収めている大手?業者の専務が来社、
 一年分の情報交換をするのが恒例になっている。県内の全般のホテル・旅館、スナック・居酒屋などの趨勢の情報と、
 駅前周辺のホテルや居酒屋などの情報交換をする。私と専務との二人の話は、地元のサービス業の生の潮流のダイジェスト。
ーその今年の県内の客商売の概要というと・・・
・柏崎沖地震以来、リゾート旅館やホテルは最悪の事態。1〜2割の落ち込みが回復しないまま続いている。
 またスナック・クラブは、ますます酷い事態になっている。 何処の業界でも当てはまるが、値段に対して
 顧客は敏感になっていて、値上げができないが、コスト圧力は強くなっており悲鳴も上がらないのが現状。
・スナックでは客が来ないので大事な固定客にボッテしまい、自分の首を自分で絞めてしまう事態が常態化してきている。 
(字数制限のためカット 2012年1月10日)
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2007年01月10日(水)
108, ゾンビの群れ     オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
 ー団塊世代の大量退職とゾンビ化について
一昨日、NHKスペシャルで「団塊の世代」の大量定年を向かえるにあたり、意識調査をしていた。 
途中からパソコンを打ち込みながら見ていたが、何かイマイチの番組であった。一年早く還暦をむかえたのでいえる。
   (字数制限のためカット 2011年1月10日)
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2006年01月10日(火)
1743, 全国高校サッカー選手権
 ー全国高校サッカー選手権決勝戦・TV観戦記ー
昨日の高校サッカーの決勝戦が面白かった!サッカーの試合でこれだけ興奮してみたのは初めてといってよい。
  〔もともとサッカーは地元のチームか、大試合の決勝戦位しかみないが〕
延長戦でのギリギリの攻防は見ていても手に汗を握る魂と魂のぶつかりあいの試合であった。
はじめは初優勝を目指している滋賀県の野州を応援していたが、途中から鹿実を含めて両者を応援してみるようになった。
最後には九州の鹿児島実業が勝つのだろうと思っていたが、野州が1―1の延長後半7分、中川からの右折り返しに
途中出場の滝川が決勝ゴールを決めた。 鹿児島実は史上9校目の2連覇を惜しくも逃した。
土俵際でウッチャリと小手投げでクルクル入れ替わる劇画のような試合内容であった。 /キック!◎ヽ(●`・v・) /○◎●
高校生というより、プロの試合のようであった。これだけの技術をフルにつかっての攻防が高校生でも可能なのだ。
これはお互いの優勝への執念の結果であろう。        ( ´・ω・`)_且~~コーヒー イカガ?
七日の準決勝の野洲と、閉校瀬戸際?の多々良学園(山口)も見たが、これも大接戦であった。
シュート計33本を打ち合う攻め合いとなり、野洲が後半5分に楠神の右クロスを滝川が頭で決めて先制。
この1点を守り切った内容であった。この決勝でも技術を前面に押し出した野州のサッカーが、連覇を狙う鹿児島実の
チームプレーとの対決に勝って滋賀県勢初優勝を成し遂げた。「タイムアップの笛は、次の試合への新しい夢への笛である」
というが、高校のサッカーを見ているかぎり、この伝統が次々とつづくだろう。 
甲子園の高校野球も含めて、純粋な少年達の心が迫ってくるからよい!    ☆~~ヾ・ェ・)o尸~  ジャ〜 マタネ~♪
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2005年01月10日(月)
 1378, 全日本大学ラグビー選手権
ハイ!(/o^)ノ○ノ(^o\)   ○⌒ ヽ(ω・´ ) ホレッ!
 毎年、この連休は全日本高校サッカー選手権の決勝と、全日本大学ラグビー選手権の決勝が行なわれる。
 毎年楽しみの一つになっている。(年末は全日本相撲選手権と剣道選手権だが)
 この連休は大相撲の初場所と柔道の嘉納杯も重なりTV漬けになる。
 ラグビーは、団体戦では一番面白いと言われている。昨日は、早稲田と昨年の覇者の関東学院大学の決勝。
 早稲田が逆転で勝ったが、関東学院が優勝してもおかしくない内容であった。
 早稲田の監督が「今日は泣きますよ!」というほどの熱戦であった。
 ここまで勝ち抜いてくれば決勝に勝ってこそ、その価値が出てくるだろう。
 見ていても、彼らの勝ちたい気持ちが伝わってくる。あとは社会人との決勝リーグがあリ日本一が決まるが毎年、
 学生が大差で負けている。エイ!(。・_・)_/ゞ ~゜○〜○ ポカ! ^☆)X_x)イテェ
 学生ラグビーといえば早稲田の頭脳に対して明治大学の、真正面からの力による攻めのラグビーが印象深い。
 10年前に、96歳で亡くなった北島忠治監督の姿が今でも焼きついている。
 一途に真正面からの攻撃が彼の哲学で、明治ラグビー部の伝統になっている。その後、OBの内紛で多くの問題が噴出した。
 最近は関東学院を中心に優勝が争われていたが、今年は早稲田が優勝だ。ラグビーは学生も社会人も、
 全日本選手権の決勝か準決勝ぐらいしか見ない。しかし、決勝戦は緊迫感があって面白い。
 今日は、全日本高校サッカーの決勝戦だ。準決勝は、非常に面白かったが。
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2004年01月10日(土)
 1011, 2時35分
 深夜の底は2時35分と聞いたことがる。それを聞いた時にハッとした。
過去に大きな決断を迫られた時に目が覚める時間が、決まって深夜の2時35分であったことだ。 (σД≦)ネムゥ〜
 丁度深夜と翌朝の切り替え時間の底なのだ。そこで決断した内容が果たして正解であったかというと別問題だが。
ギリギリ突き詰めると、そのあたりに一番に頭が冴える。
 現在はなるべくベッドの中では考えないようにしている。しかし決断を迫られたときは別である。
むしろベッドの中の方が陰陽バラエテエーに考えることができる。
 最近は夜半の2時半や3時半に目が覚めることが多くなってきた。この時代の変わり目、判断に迷いが出るからだ。
結果として「真に自分と向き合う時間」になる。最後は「自分独り!」という実感を、裂け目の時間で経験することになる。 
考える上で一番大事なことだ。 話は少しそれるが、木が大地の水を吸い上げ始める時間が深夜の3時半という。
木に耳を当てると聞こえてくるそうだ。学生時代ことであるが、酔いを強くする為にわざわざ深夜の一時過ぎから
飲み始めたことがあった。4時過ぎあたりになると茫洋とした気分になってくる。∪ヽ(●-`Д´-)ノ彡☆ 酒持ッテコイヤ〜
真夜中から朝を跨いだ感じがよい。 若いからできたのだろう。
・・・・・・ 
2003年01月10日(金)
 642,DVDのレンタルショップ
DVDのレンタルショップが昨年末にオープンした。新潟駅近くにある石丸電気が倉庫を改装して出店したが、
お客は入っている。売り出し期間ということで入会費は無料。レンタル料がベラボウに安い。
7泊8日で100円と200円の二種類ある。新作は3泊4日で200円である。結構見ていて雑音が入ったりして
見にくい部分があるが、値段の安さは魅力である。蔦やに行ったが、270円か450円の間である。
会社の至近距離にあるため非常に便利である。先日も4枚借りて500円だった。
奥をみるとカーテンがあってピンクのDVDのコーナーがあった。 ある会で石丸電気に勤めていた人がいた。
販売でもピンク物がよく売れるといっていた。そのコーナーには結構お客が入っている。間違っても入ってみることはできない。
感じたのは商品の絶対量が足りない。今の5倍の量になったらもっと入るだろう。
先日借りたのは「スターゲイト・SG−1]「AI]「ウォーゲーム」「ザ インターネット」である。
昨夜は「AI]を見たがなかなか見ごたえがあった。これで100円は安い。採算は合うのだろうか。
韓国産であればDVDのハードは1万円で買える。時代は変わっている。
・・・・・・・・・・ 
2002年01月10日(木)
 296,壁
5〜6年前か、息子の大学入試の作文の課題が「仏教について」であった。
そこで自分ではどう書くか考えてみた。チャンスがあったらに書いてみようと思うが。
その前年が「壁」であったと聞いて、すぐ自分のそれを考えた。それを思い出して書いてみる。
「壁」というと、まず考えられるのが仕切りの壁で、区分の役割である。そして心の壁である。
それも自分の思考習慣の壁である。仕切りの壁も人工のものと、自然の壁がある。
人工のものとして一番大きいものとして万里の長城がある。
日本だったら海というところか。これは外国から国を守る為のものだ。
屋敷の壁、これは家屋敷を外から遮断するものである。部屋の壁はそれぞれの機能の区分である。
こんな内容であった。何故はっきり憶えているかというと、日記に書いていた為である。
これに対し、今新たな考えを加えると「言葉の壁」と「習慣の壁」である。
言葉の壁の「取りあえず」「でも」「まいっか」・・そして外国語の壁がある。
習慣の壁、そうそう行動の壁、感情の壁、いくらでも出てくる。
  言葉の壁を次回書ててみよう。
・・・・・・
1月10日  1969年
 10時起床。 朝食後、12時過ぎに学校に向かう。13時にゼミに行くが、4年で出てきているのが私だけだ。
武澤先生が急用で欠席であった。半分遊びで、助手の横浜さんと30分ほど議論をした。その後、3年全員と喫茶店へ行く。 
皆で子供のように騒いだ。タバコを1分で吸えるかどうかの賭けをする。結局誰も吸えなかった。
 全員でゲームセンターへ行き一時間ほどして、横浜さんと三年生の3人と寿司屋にいく。
「理念」とは何かが話題になる。横浜さんがいう「理想像を追い求めるプロセスでの、その人の
方法が理念ではないか」というのが何か変った言葉として印象に残った。
私の考えていたのは「理想像を追い求め一体化を図ること」とは少し違ったようだ。
 また疎外感についても議論をした。「疎外から立ち直った時、一つの成長過程の変革を向かえるのでは」
という意見に対して、横浜さんは「その反省過程で、他の手段方法を考え、そのことから自己を第三者として
捉えることが前進になる」と言われたことも印象的であった。しかし反対にそれに捉われることは、
自分の壁をつくってしまう為に何もできない状況になる独創性が失われてしまうとも考えられる。
 「私も考え方が凝固まりだした」という言葉に対して、「それも現時点では必要ではないか」
「一つの枠を創っていないと吸収する力を持ち得ないのでは」という言葉も説得力があった。
合気道の師範の黒岩先生も同じことを言っておられた。「その枠を弾力的かつ吸収力のあるものにすることこそ大事」だと。
その枠を大きくしたり縮めてみたりすることが大事だと。そこから外に散歩に出たり、旅行をすることが重要ということだ。
 夜、市川さんがお茶を飲みに来る。彼とも2時間以上議論をする。
 


3941, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー1

2012年01月09日(月)

     「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」 水野和夫著 (評価 ★★★★★)
   * 9・11、9・15、3.11の意味するもの =「近代の敗北」の記念碑
 私にとって10年前の9・11、3年前の9・15、去年の3・11の三連打で呆気なく事業人生を終焉をした。
それぞれの震災が起こるたびに売り上げが翌日から右下がりになってしまう。その都度、政府が打ち出す政策などで何とか
持ちこたえてきた。 しかし最後の東北大震災で止(とどめ)めをさされてしまった。売り上げの推移は正直である。 
 最近、二つの経済震災と、原発事故をともなった東北大震災の三つは関連しているのでは?と考えた。 ところが先日、
図書館で借りてきた水野和男著の『君はグローバリゼーションの真実を見たか』の中に、私が知りたいことが、そのままあった。  
  ーここで書かれていることを大雑把にまとめるとー
≪ 500年前に、ヴァスコ・ダ・ガマとコロンブスによって海洋に進出し、近代化を始まった。これは、要するに、
「欧州における北アメリカの開発に伴う超長期のブーム」の出発と捉えることができる。それは「陸の時代」から「海の時代」の
転換を示唆していた。海の時代には、アメリカ、アジア、インド大陸などに侵略をしていた。それを欧米では近代化といっていた。
そして2008年のリーマン・ショックと、去年の3・11の原発事故で、その近代化の終焉を迎えた。 9・11は、
そのアメリカに対する、弱者からの反撃でもあった。本来1970年半ばで終わっていたアメリカの時代も、金との兌換の中止を
宣言したニクソンショックで終了したはずだった。その1974年に自動車や家電製品に使われる粗鋼消費量がピークを向えていた。
これが「地理的・物理的空間」の膨張の止まりであった。近代社会とは、膨張し成長し続けることを前提とした。≫   
  ー まず、そのへんの部分を抜粋してみる ー
【 9・11(米国同時多発テロ)、9・15(リーマン・ショック)、3.11(福島原発事故)を「真の危機」と認識し、
 その原因を考えないと、これらを上回る大きな危機が襲ってくる。 
  * 9・11ではテロリストによってジット旅客機がミサイルに、
  * 9・15ではサブプライムローンが略奪的貸付として、CDSが「金融版大量破壊兵器」として、
  * 3・11では原発が「放射能兵器」へ姿を変えて、弱者に牙をむいた。米国の多くの専門家は、今回の事故で「原発テロ」
への警戒心が強まったと口をそろえる。「9・11」と「3・11」の、悪魔のような合体だ。今回の福島第一原発箏故を受け
 巨大津波に備えて万全の対策をとっても、「原発テロ」は想定外だったということは許されない。 
  また、「100年に一度」の金融危機だったリーマン・ショックを量的金融緩和で封じ込めた後、米国の財政赤字を放置していたら、
 ドル危機につながらない保証はない。・・・ シユミットのいう世界史とは「陸と海のたたかい」であり、「大地のノモス」を
 めぐるたたかいであると捉えると、資本がアメリカのグローバリゼションに期待していることに象徴されているように、
 数十年後には取得すべき空白は地球上になくなる。だから、「世界史」が終わるのである。しかし、人類史が終わるわけではない。
 終わるのは「成長の時代」(近代)であり、シュミットのいう「世界史」である。ヨーロッパ史とは「膨張」の歴史であり、
 その延長線上にあって「爆発」した近代は、「成長がすべてを解決する時代」だったのである。 近代とは、技術進歩によって
 経済成長をするということを皆が信じて疑うことがなかった時代だが、9・15や3・15以後、成長しようとすればするほど、
 一方で貧しくなる世界がある。 近代の原理に忠実であろうとすればするほど、反近代を招来させることになった。
 「歴史における危機」が生じると、最も弱い地域や最も貧しい人々にしわ寄せが集中する。ある特定の人が利潤を極大化しようと
 「努力」すると、他の人はより貧しくなることが 頻繁に起るようになった。 】
▼ この3つの震災は、大きな時代の変わり目であり、アメリカの衰退の象徴になる。この3つが「近代の敗北」の道標として
 歴史に残る。我われは、その場面に現在進行で直面しているのである。この節目(カオス)が今後数十年、続くことになる。
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3576, 閑話小題
2011年01月09日(日)
  * ある朝のこと
 最近、夜半に目をさますと、過去の小学校や中学校時代のある場所にタイムスリップするイメージを持つ。 
宇宙の漆黒に渦をまいて巻き込まれるイメージの中、そこに移動する。そこはまさに、その頃の場所に立ったよう。
そこから記憶の探索をする。あまり集中すると気分が悪くなるので、用心をする。そこから色いろな光景と記憶が戻ってくる。
半分覚醒し、半分は当時の世界に入ってしまう。これは、はまると面白い。通勤途中の新幹線の中でも可能だが、早朝の、
半覚醒でするとリアルになる。これは一種の瞑想だろう。いや、夢想か? 小説か映画の一本は書けそうだ。
小説家は、そこで脚色をしてストーリーを作るのだろう。振り返ると一年(時間)は短いが、実際は気が遠くなるほど長い。
  * 何だろう、最近の地球の自然美の映像は
「地球絶景の旅」とか、「絶景の空撮」とか、「ローマ街道空撮」とか、最近これまで見かけなかったような
ドキュメントの映像をしばしば見かける。撮影機器が格段と良くなっていることもあるが、息を飲むほど美しい。
書店や図書館で、大型書籍を通して見ていたが、これがテレビで多く見かけられるようになってきた。
ここで世界中に大型のハイビジョンTVが普及してきたことを見越し、番組をつくり始めたため。
この20数年にわたり地球の絶景・秘境に行ったのは、あの大自然の自然美と霊気に触れる為である。
しかしTVの画面を通しても、あの大自然の美しさが茶の間に現出し、向かい合えるのだから文明の力には驚かされる。
家内は、「実際に何度も、その出会いを経験しているから、感じるのであって、その感受性は他の人より敏感なだけ。
その経験が無ければ番組さえ見ようとしないし、見ても感受性が鈍いはず」という。しかし、あの霊気は感じて当然だろう。 
現に、地元の書店で、ギアナ高地のテーブルマウンテンの空撮の写真を見て、息を飲んでしまい、その二年後には、
その懐に入り、その霊気を充分吸ってきた。 スイスの山から大きな広い山あいの風景を見た時も、思わず息を飲んで、
やはり同じ光景に出会ってきた。 ケニアも、そうだ。高校の同級生がケニアで撮った野生動物と草原の写真を見て心をうたれ、
その後、アフリカの魅力に取り付かれた。 しかし、その感受性は、その積み重ねで研ぎ澄まされてきたこともある。
 この経験と、ネット社会の現出に出会えたことは、大きな財産になっている。
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3201, デフレ時代の商売
2010年01月09日(土)
 * 自動車の100円レンタルだと!
毎日、驚くことばかりである。 「自動車の100円レンタルが出現」と、TVで紹介していた。
10分100円である。それでも二時間借りても1200円、普通のレンタル店の数分の一である。
要は短時間でも借りることも出来、手軽で、かつ安い、ということ。 何故、そんなに安くできるかというと、
「中古車販売店が、副業で、中古車を貸し出すので、事務所も机一つあれば開業できる」からである。
弁当屋が配達に使ったり、遠くのスーパーに主婦が使ったりする。
面白いのはベンツを5分100円で貸し出すのもあった。2時間ドライブをして2400円なら、高くはない。
 * 中古婦人服再生品
中古ファッション服の部分を切り取り、それらを組み合わせて加工し、個性的なデザインに変え、2〜3千円代で、
売る店がある。 個性的で値段が安いので若い女性に支持されている。 デザインセンスの良い人なら、
誰でも出来そうな商売である。 中古ショップや、格安ショップから買ったものを何種類か組み合わせ、縫い込めばよい。
(以下、字数の関係でカット11年01月09日)
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2836, アメリカが隠し続ける金融危機の真実 −1
 2009年01月09日(金)
「アメリカが隠し続ける金融危機の真実」: ベンジャミン・フルフォード著   ー読書日記
ーその概要をまとめてみたー
世界を揺るがし続けている金融危機の裏には、明かされていない支配者たちの思惑があった!
欧米には世界経済を動かしている一部のエリートの存在があり、彼らは石油産業、軍需産業、金融資本を掌握しており、
現在も米国、英国政府に大きな影響を及ぼしている。彼らは「新世界秩序」と呼ばれる新しい世界の形を目指している。
今回の金融危機は、軍産複合体と金融資本家の間の方針の違いが、原因である。
軍産複合体はイラク戦争の先にさらに大きな戦争を起こし、戦争景気によってウヤムヤにする戦略をとろうとした。
著者の独自に入手した情報は、軍産複合体の目指した戦争のタイムスケジュールは2012年に設定されていた。
・まずはイスラエルによるイランへの空爆をして中東に火種をつくり出した上に
・EU、ロシア、中国、を巻き込んだ第三次世界大戦にまでなだれ込もうというものだ。
(以下、字数の関係でカット11年01月09日)
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2008年01月09日(水)
2471, 中国一人っ子政策の現状は     ッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
  NHKスペシャルで、この日曜日に放送した ー激流中国ー小皇帝の涙ー
 「超競争社会でリストラされた親が一人っ子にかける夢と重圧」には驚ろいた。ある小学5年のクラスの生徒の数人の姿を
映し出した内容だが、爆発寸前の親と子供の姿が痛々しい。「子供の成績がよく、より良い学校に進学できれば、自分達の人生は成功。
出来が悪ければ家のお荷物!」と子供の目の前で言いのける。子供は少しでも手抜きをすると、親は手を上げるなどプレッシャーを与える。
親は競争社会で落ちこぼれ、子供に夢をかけしかないから、自然厳しくなる。見ていると中国の一人っ子政策のプラスの面も見え隠れす
両親のエネルギーが子供の教育に集中することである。自分達の将来を一人の子供に託すのだから、自然に教育に真剣になる。
少なくとも、現在の日本の教育現場とは真剣度が違ってくる。これを見ていると、日本はアジアでも二等国家に突き進んでいるのが解る。
 ー以下はNHKのHPよりコピーした内容であるー 
「一人っ子」政策を実施してきた中国。以来、一人っ子家庭で、親が子を過保護に育てる、
いわゆる「小皇帝」問題が指摘されて久しい。こうした親の過剰な期待、教育ブームの過熱ぶりがおさまることはない。
(以下、字数の関係でカット11年01月09日)
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2007年01月09日(火)
2107, ウェブ人間論 −5   (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜
 *「ハビトゥス」という概念*
「ウェブ人間論」の中に印象的なところがあった。
 まずはその内容から
ーフランスの社会学者のピエール・ブリュデューが、「ハビトゥス」という概念を出している。
ある社会環境の中で、上流階級の人は、子供の時からオペラを何回みているか、もっと低いクラスの人たちはオペラを何回見たか、
動物園に何回行ったことがあるか、具体的な数字を調査すると、[階級]が再生産されていく、そういう環境にまつわるハビトゥス
(習慣)が大きいー  という箇所である。 そこで辞書で「ハビトゥス」を調べてみると
*人々の日常経験において蓄積されていくが、個人にそれと自覚されない知覚・思考・行為を生み出す性向。
*態度,外観,装い,様子,性質,習慣などを意味するラテン語。アリストテレスのヘクシスに相当する。
 人間は善への志向をもつが,その構成契機のうち情念passioとともに道徳的選択に影響を与えるものがhabitusで,
 行為によって獲得された習慣である。
*トマス・アクィナスの倫理学の重要な概念として、intellectus(知性),scientia(学知),sapientia(英知),
 prudentia(分別),justitia(正義),fortitudo(剛毅),temperantia(節制)などをhabitusとしてあげている
ーあるHPに、次のような説明があったが、上記をフォローするのに良いー
  (以下、字数の関係でカット09年01月09日)
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 2006年01月09日(月)
1742, 教養とは ー2       (」o^∀^)」コンチワァァァァァァァァァァァァ
 教養を考えるために、
「教養のないオバちゃん」を例に考えてみる。 私が大好き?の典型だから解りやすい。
・小さな世界しか知らない上に、それが全てと信じている。
 ・品性がなく身勝手。
 ・とにかく本を読まない。      クルクル  σ@( ゜∀゜)y パー!?
  その結果、人の話を聞こうとしない。読む本は週刊文春か、週刊現代、週刊ポスト。
 ・身分の上の者や金持ちに対してひくつな態度をとる。逆に、身分低い人や貧しい人に対して傲慢になる。
 ・自己耕作(修養)に対して全く興味を持たない。ー 自分の内面には全く興味を示さない
 ・自分のことをやたらに話し、自己宣伝をする。
 ・群れをつくる、それも同じレベルと。
 ・関心は常に他人の粗捜しにある。ーTVの粗捜し番組に異常な関心を示す。 フム(*゜Д゜)φ))ナルホド!! 
 幾らでも要素が出てくる。
  ある人?を思い浮かべながら書いているから、言葉が次々と出てくる。考えてみたら自分の中にも多くの要素があるから、
  嫌いなのだろうが。 ナニガナンダカ??┐( ̄▽+ ̄*)┌??サッパリ 男でも身辺に、この女版が幾らでもいる。
  知識はあるが教養のないタイプもある。 知識は教養の必要条件ではあるが、十分条件ではない。
  しかし私が知っている範囲でみると、知識の多さが必要条件を充分条件に変える。 (・∀・。)(-∀-。
  (以下、字数の関係でカット−2011年01月09日)  
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2005年01月09日(日)
1377, 人生における成功者の定義と条件−3           ー 読書日記
 年代があがるほど、面白いものが多くなる。アメリカナイズされた個人主義が戦後教育で根付いてきたのが、
 この定義と条件でわかる。40代の抜粋である。この辺になるとやっと、響いてくるものが出てくる。
・「今タイムマシンがあったとしたら何時に戻りたい?」と聞かれたとき「今でいいよ」と答えることが出来る人。−46歳 歯科医師    
 ーmy感想ー「今でいいよ」にも、色いろな意味があるだろう!よほどうまくいった人生か、よほど酷い人生か?
  (以下、字数の関係でカット−2008年01月09日)        
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2004年01月09日(金)
 1010, 10年日記帳
昨日「10年日記帳」を買ってきた。いつも行く書店に3年日記帳と5年日記帳があり、その横に更に10年日記帳があった。
数日前から迷っていたが思い切って買うことにした。10年といえば途中で途切れる(死ぬ)可能性もあるが。 
10年前にこの日記帳を書きつづけていたら、毎日が面白いだろう。 日記お宅になってしまうかもしれない。
 買ってみて「10年先を白紙で毎日意識してみることが出来る」のではないかと気づいた。
現在はホームページの随想日記に、35年前と2年前と一年前の日記をコピーして貼り付けている。
この為どうしても、後ろ向きになってしまうが、10年日記の先の白紙を毎日見ることにより、
10年スパンで物事をみる目が知らないうちに身に付くのではないだろうか。更にもっと深い意味が出てくる可能性もある。
ーポストイットで未来の日記を仮定で書き、貼っておくとかー  ーありたい理想の姿を現在進行形で書いてみるとかー
年をとっていく自分を見るのが憂鬱になる可能性もある。反面10年経ったとき後ろ向きになってしまう可能性もある。
その時は亦新たに10年日記帳を買えばよい。今日から門出の日記の開始である。
随想日記に、過去の当月当日を貼り続けているが、結果として毎日過去の日記を見ることになっている。
(いや初めから、それを自分で読み直すために貼り付けたが)そうすると、ほぼ同じことをしていることになるが、
白紙を毎日見ることが決定的に違う。まあどうなることか。こうして公表してしまえば、書きざるを得ないだろう。
習慣化は第二の天性というから。 これも加えたいが・・・・・
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 2003年01月09日(木)
 641, 動物と人間
旅行をしていると、色いろな世界を垣間見れる。特に動物の話が深い。
・シナイ半島で聞いた話だが、ラクダが面白い性格を持っているという。理不尽にいじめたりすると根に持って、隙を狙って
 人を殺すという。理屈に合った調教なら恨まないという。人間の気持ちと同じという、何か解るような気がした。
・ケニアの湖の小さな舟の船頭に聞いた話だが。目の前にいるカバのグループ一匹が先日ある男を襲ったという。
 その男はいつも遠くからカバを馬鹿にしてからかっていたという。静かに船に忍び寄ってきて襲って、
 その後死体はあがらなかったという。 何気なく現地の人が話すが内容は新鮮で迫力がある。
・中国ウイグルのホータンで聞いた話しが面白い。ロバと人間の関係がよい。労働力として運命共同体として
 運搬としてつかうが、死んだら墓をつくり埋葬するという。何かその地域の特性があらわれている世界だ。
・アフリカでは野生動物は自動車に乗った人間は絶対に襲わない。
 時間をかけた、といっても100年だろうが、お互いの契約ができているという。
・ペルーのチチカカ湖の沖にの葦で作った島に住む住民の世界だ。
 驚いたのが、鵜に似た鳥が天敵がいなかったせいか人間を恐れない。その島民も欲しいときにその鳥をとって食べるのだ。
 現場を見て自分の常識から考えられない光景に口を開けたまま呆然とし た。
・もっと刺激的なのはインドである。牛は神聖な動物とされて最下層の人より上に扱われているのだ。
 街で自由に闊歩している。当然誰より自分が上という 事をしっている。餞民が交通事故の場合は 
 ほとんど問題にされないが、牛の場合は大きい問題になる。日本では考えられない。
・パキスタンでは、街の真ん中で羊を殺し解体している。日本では勿論、許可をえた場所以外屠殺は禁止されている。
 動物との関係は風土や宗教により成り立っている場合が多い。世界は好奇に満ちている。
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2002年01月09日(水)
295,夢に日付けをいれる
 この正月、TVに出てきた創業社長の言葉である。「時間を切ってない仕事は仕事でない」のは、言うまでもないが、
夢に時間を入れるとは、その段階から計画に移行したことになる。夢ー>希望ー>目標ー>計画ー>手順と具体的行為に
思考ダウンしていくものだ。時間を入れるということは具体的目標、計画化に入ることになる。
夢とは長期的な漠然としたものである、時間を入れることにより、短期レベルに、具体的レベルに引っ張り込むことが
可能となる。人生にビッグな設計図を描いておくことは当然のことだが、時間(日付)のところが意外と曖昧になってしまう。
私が自分の葬式の写真からの視点を忘れないようにしているのも、人生の終わりー最後日を意識しているからだ。
 言葉の遊びか本心か、「2020、0202、0202」」 
2020年2月2日ー午前2時2分。この辺りを目安に、生きてみよう! 今年死ぬかもしれなが、後は神の思し召しのまま!
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1月9日 1969年
 9時起床。
1時45分のの汽車で帰る予定が雪の為に15時に延ばす。
正子さんのところに行くと、2千円の小遣いをもらう。正子さんは話が面白い。型にはまってないのがよい。
独創的で、自分の哲学を持っている。15時の列車にのり、19時に帰寮。市川さんと早速飲みに出る。  

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