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堀井On-Line
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2011年08月01日(月)
* 3Dシネマの凄み 「アバター」でシネマの3D映像の体験をして、その迫力に想像を絶する思いだったが、ここで、「ハリー・ポッター」と、 「トランスフォーマー」をみて、更に進化した映像の異世界に入りこんでしまった。 ストーリーより、その異世界の世界を 楽しもうと期待していたが、次から次への息をつかせない立体空間のド迫力の世界に、我ながら驚いてしまった。 子供騙しのようなロボットのような姿の宇宙からの飛来者が繰り広げる勧善懲悪的闘いが圧巻。 巨大なロボット風の無機質の風体が、人間の想像を遥かにこえた映像に抵抗感を少なくするように計算してある。 要は、デジタルを使い、私たちが経験したことがない世界を3Dで引き込んでくれるのである。薬や音楽で脳を麻痺をさせ、 普段味わえないサイケの世界にトリップさせるのと似ている。 それはそれで、その世界を垣間見るのも悪くはない。 天才という人種は、トリップしたあちら側の視線で、芸術作品を通して表現した人をいうのである。 それと、3Dのシネマと結びつけるのに、少し無理は無くはないが、実際のところ、当たらずとも遠からじである。 せっかく、平均滞在80年の娑婆への宇宙旅行を与えられた人としては、やはり、既成概念内の現象だけを見て、 宇宙の彼方に帰還するには勿体ない。 これもデジタル化のなせる技である。実際にTVもデジタル化と大型化で変わってきた。 数年前までは、面白そうなTV番組は週に数本しかなかったが、現在では一日に数本はある。その上に録画が数百本は ブルーレイデスクに入っている。 なるほど、TVは人をバカにする。 * ここの円高は厳しい あれよあれよと円高が進んでいる。リーマンショックの津波の一波だろうが、東北大震災に、この円高は日本経済にとって大打撃。 アメリカが国債の発行限度の引き上げで議会が対立が起因だが、万一、アメリカが国債のデフォルトを宣言でもしたら、 世界経済は大混乱に陥ること必定。その中で、特に日本はアメリカの国債を大量に持たされているため国家破綻になる可能性がある。 来年にかけ世界は大混乱になるのは分かっていたことだが、欧州とアメリカと日本が、同時に本格的恐慌が発生する序曲になる? 現実に、私の事業で起こったことが前ぶれとすると、当然の現象とみるべきか。新潟県は、この時期の大雨と洪水は、農業と観光に とって非常に厳しい事態。 輸出駄目、農業駄目、観光駄目、公共事業駄目ときたら、お先真っ暗になる。 ユングの布置ではないが、 悪いことは重なってくる。こういう時期は、大人しくジッとしているしかない。 75円で頭を打つだろうが。それでも厳しい! ・・・・・・・ 3415, 売国者たちの末路 2010年08月01日(日) 「売国者たちの末路 」副島 隆彦 , 植草 一秀 (著) ーまずは、アマゾン・内容紹介ー リーマン・ショックを的中させた副島隆彦と植草一秀の対面が実現。国民を不幸にする国家権力に対し「共闘宣言」を叩きつける。 植草は1990年代、日本を代表するエコノミストとして華々しく活躍していた。しかし2001年4月の小泉純一郎政権誕生後、 その経済政策(すなわち竹中平蔵氏主導の『構造改革』路線)に異を唱えつづけたところ2度にわたって「痴漢事件」の犯人となり、 公的な職を失った。 2004年の事件は罰金刑が確定したが、2006年の事件は最高裁で係争中である。 現在はブログで政治・経済分析を中心とする言論を発信している。 副島は早くから「植草氏は冤罪。売国者・小泉=竹中政治の 謀略に嵌められた」と指摘。 同時に植草氏の言論活動を高く評価してきた。 両氏が相見える本書では、小泉=竹中政策の糾弾は もとより、民主党・小沢一郎代表への国策捜査、「かんぽの宿」問題に象徴される郵政民営化の闇、世界金融危機の行方まで、 新聞やテレビでは触れることのできない「真実の言論」を展開する。 ▼ このところ読み続けている林秀彦氏の著書の叫びと相通じるところが多い。官僚、政治家、マスコミがアメリカの隠れた コントロールに入っており、それに歯向かう者たちを謀略に嵌めてしまう。アメリカの新自由主義の誤りを今さらではないが、 それに踊った小泉、竹中は万死に値することは事実。私も数年前に、やっと気づいたのだから遅い。しかし大手銀行の 財務内容が改善されたことも事実。 冷戦では西側として、アメリカの傘の中で共産主義から国を守らなければならなかったが、 それが終わった現在では、その構造が変わるのが当然のはず。それを自民と官僚が売国的行為を続けてきた結果と二人は主張。 植草は【一般国民の大多数は、観念的に「警察、検察、裁判所は中立公正であって、正義の味方」という考え方しか持ってなかった。 しかし一部の人たちから「いや、そうではない」という考え方が広がってきた。】という。 高橋洋一の万引き事件は、明らかに 検察官僚の捏造事件と疑ってきたが、植草の痴漢事件も冷静に考えると、やはり冤罪と見ると、辻褄があう。一度、解体的混乱を 通ってしか日本は改革できないのか。 頭と尻尾をみると、つくづく絶望的になる! ・・・・・・・・・ 3040,卒業40年周年か〜 −4 2009年08月01日(土) 昨日届いた、この手紙を本人の了解無しに公開すべきかどうか一日かけて考えた上で判断をした。 私の40年ぶりの問いかけに充分に答えてくれた手紙で、自分の人生を心を込めたダイジェストとして 書かれた手紙を貰うのは初めて。私一人の心におくより、ここに記しておく方が良いだろうと 勝手に判断させて貰った。 ‘学生時代の卒業間近に真剣に対話した延長線上’の手紙上の対話 だから魂が入ったのだろう。それとキャリアの転勤生活で鍛えられた人生の極みの経験の積重ねがある。 学生時代の友人との対話というより、高潔な精神と魂の対話をさせて貰ったような気持ちである。 私にとって一期一会の対話になった。 それだけ良い学生時代を過ごしてきた証明にもなる。 ーー * 奥野君からの手紙 お懐かしい堀井さんのお便りを頂戴し学生時代の記憶が一気に甦りました、本当にお久しぶりでございます。 合気道の道場、同志社や学習院への合同稽古、合宿打上げ時の泥酔・不味い学食・ご自宅に泊めていただいての 佐渡旅行等々、四十年前の皆さんのお顔と行状のあれこれが懐かしく浮かんで来ました。 堀井さんは当時から将来は事業家の道を目指して行くのだろうなと私なりに思っていました。 どうして?と問われれば・同僚に比べて社会経済の出来事への関心が強かったとお答えします。 その方向に真直ぐに進まれたのですね。しかも大成功されて本当にすばらしいですね。 プログも拝見させていただき堀井さんの人生の一端を垣間見ました。暖かな生活が伝わってきました。 その後の小生ですが資生堂に入社し最初の赴任地名古屋をスダートし所沢、福岡、東京、札幌、仙台、 名古屋、広島、東京、仙台と転勤族の暮らしを送り、56歳時に早期退職をして現在地に居を構えました。 最終の役職は支店の責任者でした。50歳台に入ると親しかった先輩、同僚、後輩等が次々と鬼籍に入られるようになりその方々の 浬繋のお顔を拝む都度、 一度の人生を思うように生きられましたか、満足されていますか という思考が強くなってきました。 仕事は化粧品の製造、販売業務なので二十歳前後の若い女性が多く気持は若く、楽しく送れた自負しています、が人生の残り時間が あとわずかになってきたと感じ始めると、時が無性に愛おしくなり、100%の自分の自由時間をはやく手に入れ、 日ごろより感じていた、生物として本来の姿、自然の中で自然と共に暮らそうと決めた次第です。 日常生活は太平洋の日の出をワンちゃんと一緒に拝み作った野菜を食し蔵王連峰に沈む夕陽に1日の健康を感謝する毎日です。 趣味は海釣りとゴルフです。自宅のすぐ目の前が海です。阿武隈川の下流域にて魚影が濃く、黒鯛、サヨリ、ヒラメ、カレイ、 海タナゴ、アイナメ、スズキ、ハゼ、イシモチ、アナゴ等々を釣ってきては命をいただく感謝をしながら食しています。 季節とともに変わり行く波と風と海水の濃淡をみて釣り時をきめます。時の刻みが止まっているように思える一時です。 ゴルフはシーズン30-40回といったところです。自己目標が年1回以上30台のスコアーをだすということでやってます。 ちなみに今季は5月に38が出て満足しています。家族状況ですが29歳の時妻を娶り子供は息子が一人です。 妻は若かりし時準ミス瀬戸で容姿はそれなりだったのですが 6年前に○○○○を発症し・・・。 最新治療を受診しているのですが○○疾患の為大変厄介な病気です。 現在私のサポートが少々必要な状態です。 そんな事情で立教会や同窓会といった宿泊のともなう集いは参加を断念しています。息子は堀井さんの八と同じように 名を新八といいます。丸の内の○○生命国際投資部で海外債権の売買業務に携わっています。平均睡眠時間は4・5時間との事。 親より出来がよかったのはカミサンの弟が岐阜大の教授をやっているのでそのようなDNAをすこしばかりひきついでくれたのかなと おもってしまう親馬鹿です。ざっとした近況ですが一献傾けながら積もる話をしたいと思いつつ先の事情でそれもかなわず 拙文とあいなりました。状況が好転したらぜひお会いしたいですね。 堀井さんとご家族のご健康をお祈りいたします。 7月28日 奥野和男 ・・・・・・・・・・・ * 奥野君への手紙 2009年07月22日 (今日、本人の手元に届く) 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・ 2675, 東西が逆転を始めた! だと 2008年08月01日(金) 十年前、いや数年前まで、「東西逆転」という言葉など思いもよらなかった。この随想日記で書いたことがあるが、 重心は地球を周る。「モンゴル、トルコ、欧州、そして現在はアメリカのエネルギーが、次は中国、インドになる」と。 紆余曲折があろうとも、その流れになりそうである。アメリカの大統領の、あの男と、その背後のユダヤの諸々の事情、 そう「9・11事件」で、事態は根こそぎ動き始めたのである。 情報化もあるが。アジアには地球の半分の人口が存在。 その中国と、インド、そしてロシア(シベリア)に重心が移動始めたのである。これで俄然、娑婆が面白くなってはきたが、 そのハザマにある日本は人口減という均衡縮小で対応するしかないのか? それもいいだう。 〜〜〜〜 「東西逆転―アジア・30億人の資本主義者たち」ークライド・プレストウィッツ著 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・・・・ 2007年08月01日(水) 2311, カント ー世界の限界は経験可能か?−1 (*´・ω・)ノはよー 『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著 ー読書日記ー カントは難しい。ここでも何回か書いてきたが・・・ トルストイをして「何度読んでみても、サッパリ解らない」と言わせしめるほどである。 「それまでの哲学をカントで哲学を収れんし、その後の哲学は、カントから始まる」と言われている。 亀のようでも良いから少しずつでも理解してやろうと5年ほど前に決意。ことあるごとに、噛み砕いてあるカントの本や、 各種の哲学書の中のカントの章を読んでいるが、それでもサッパリ解らない。私が、カントの属性 (クル病とか、生活の規則正しさとか・・)でなく、哲学のエッセンスで解りえたのは、 ・合理主義を経験主義を統合したこと ・「し・な・の」と憶え、『人は何処まで‘知り’えるのか』『人は‘何を成すべき’か』 『何処まで‘望みえる’のか』 という人間の根本を追及していた。 ・カントを説明する上で、ある哲学書が一枚の絵を紹介していた。 −雨上がりの草原に小さな二人の姉妹がいて、マンドリンのような楽器を盲目の一人が弾いている。 その逆側の娘が盲目の娘の肩越しに、雨上がりの草原の虹の景色をみているー この絵は、雨上がりの草原で若草の匂いの中、好きな楽器を弾いているが、眼がみえないため虹と草原の美しさを 知ることができない。 人間は、その機能の範囲でしか対象を認識できない!ということである。 世界の限界を経験しても、その限界を超えることは出来ないということだ。 ・現象は、それぞれカラーのサングラスをかけてしか見えないし、その色に限定されるということである。 −−−等々である 以上の簡単なことを知るのに、悪い脳で必死に取り組んだ結果である。 (字数制限のためカット2011年8月1日) ・・・・・・・・・ 2006年08月01日(火) 1946, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る−2 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning その日(7月29日)の夜、松下さんと長岡市の駅近くの「一心堂」というスナックで飲んだ。 そこで、「阿賀野川の河口で帆付きのカヌーで向う岸に渡ってきた」と、酔っ払いの自慢話。ところが、マスターとスタッフが、 そこをよく知っていて、「大きな川の河口は恐ろしいところで、あそこではエンジン付きの舟以外は誰も乗らない。 知らないだけで、とんでもないこと。何も知らない子供が、寝ている虎の背中に乗って遊んでいるようなもの。 少しでも川の流れが変化したら、どうなったことか・・・」と、呆れていた。翌日、会社で近くに住む人に話たところ更に厳しい指摘。 「あそこは海の波と川の波がぶつかり合っていて、いつどういう波が来るか分らないところ。 毎年何人か死んでいる。 そのため誰も泳ぐ人もいない危険地帯。この豪雨の翌日にカヌー遊びなど危険とかいう問題ではない。」 流木が多く流れていて危なそうだと思ったが。誰も泳いだり、ボートなどに乗ってないはずである。 松下さんは海が主流で川では乗らないといっていた。さらに大きな川や、その河口も初めてと言っていた。 知らぬが仏だったのか。 たまたま、そのような幸運なTPOSを遭遇したのか。 カヌーも経験すればするほど深い世界であり、 のめり込んでしまうという。一人でカヌーを持って海・川に行き、組み立て、そこで遊び、また解体して車に積み込み、一人で 帰ってくるのが良いという。 こういう趣味を持っているのは羨ましい限りである。おまけに、河口湖に別荘を持っていて、 そこでカヌー遊びなど・・・ 人は人、我は我だが・・・ こういう人の趣味などで羨ましいと思った時、 自分の趣味を持っていると余裕を持てるからよい・・・ 「趣味は、その人をそのまま現す」というが、そのとおりである。 永年かけて一人で自分の世界を作り上げていくプロセスを楽しむもの・・人がとやかくいう世界とは別物。 *(ところで、一心堂というスナック開業70年という店。 私の母とマスターの母が同級生。 その上、私の兄とマスターも同級生ときている。こういう老舗が地方都市には多いが、最近どんどん廃業している。 このテーマと関係ないが) バイヾ( ̄ー ̄ヾ)))) ・・・・・・・・ 2005年08月01日(月) 1581, 「これから5年・地価は半値になる」−4 この本に、「都心の大型マンションの暴落が引き金になって土地の下落は更に進む」と、あった。 そのままの記事が、五月号の「ヨミウリウィークリー」にあった。(昨日、図書館でみつけたものだが)いま人気の「品川」に、 価格破壊タワーマンションが1〜2年先に売り出されるとか。70年の定期借地権つき高層マンションで、80平米が3600万という。 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・・ 2004年08月01日(日) 1216, 直立して歩くサル 先日のニュースで、ある動物園で直立をして歩くサルを報じていた。人間のように背筋を伸ばして歩いていた。 インフルエンザで高熱を出した後、直立で歩きだしたという。何かサルの惑星の世界のような不思議な感覚に陥ってしまった。 ・風邪で脳の何処かをやられてしまったのか。・サルの歴史の中で直立で歩いていた時期があったのか。 ・人間が歩き出したのは、脳をやられたサルが歩き出したのかもしれない。 等、考えてみたが。 一般にはサルが木にブラ下っているうちに背筋が伸びて、直立の骨型ができた。その後に、草原に獲物を獲るために出て行くうちに、 直立歩行になっていったと、信じていたが、サル学者はこの現象を如何みるのだろう?進化論で「脳内突然変異作用」の説が あっただろうか。人間でも老人性痴呆症になった人が抑制がとれて突然、絵画の特殊才能が出たという例もあるという。 脳はまだまだ未知の領域である。それが注目をされた時は、悪化をしている時である。そう考えると、脳が最近になって 注目をされているというのは人類は少し脳がおかしくなってきているせいだ。それとも電脳といわれるコンピューターのせいだろうか。 ・・・・・・・・・ 2003年08月01日(金) 849, ありがとうの話ー7 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・・・ 2002年08月01日(木) 474, ある小学6年生の作文 [僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。 そのためには中学、高校と全国たいかいに出て活躍しなくては なりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は三歳のときから練習を始めています。 三歳から七歳までは半年くらいはやっていましたが、三年生の時から今までは365日中360日は激しい練習をやってます。 だから、一週間で友達と遊べる時間は5~6時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。 その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。 僕が自信があるのは投手か打撃です。去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、ほとんどの投手を見てきましたが自分が 大会のナンバーワン。 選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン3本を打ちました。 そして全体を通した打率は5割8分3厘でした。このように自分でも納得いく成績でした。そして自分たちは一年間負けを知らずに 野球ができました。だから、この調子でこれからも頑張ります。そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、 お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢のひとつです。とにかく一番大きな夢は野球選手になることです」 この文章はイチロウの子供時代の作文である。−「致知」という雑誌より「夢」と「意思」と 「実績からくる自信」が現れている。それと父親の指導がこの作文の文章からうかがいしれる。 ・・・・・・・・・ 2001年08月01日(水) [94] 倒影について−1 投影といえば対象の中に自身の姿を見るとか,自身を相手に映し出すときにつかわれる。これに対し私が創ったか実際あった言葉か 忘れてたが、‘倒影’という心理がある。これが人間にとって曲者!ずるい批評家とかコンサルタントや新興宗教の教祖が多用する。 (字数制限のためカット2011年8月1日)
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2011年07月31日(日)
* 箱庭療法 ー2 ☆ ゲニウス・ロキ <その場所や土地に宿る「精霊」> どの村、国にも聖地があるが、殆どの家に仏間と祭壇がある。家だけでなく、守護霊が、それぞれの人間の魂にいるという説がある。 それを箱庭の中に表出させるのだから、興味がわいてくる。人間の脳は、20億年以上の生物の進化が創り出した得体の知れない機能の塊。 箱庭の作品の写真をネットで見ると、底知れぬ人間の潜在意識の奥行きの深さの一端を見ることができる。 ≪ ーつづきー 「箱庭療法」では、「ゲニウス・ロキ」を重要視する。 古代ローマの思想では「ゲニウス」は「精霊」、 「ロキ」は「土地」を表していた。「ゲニウス・ロキ」で、<その場所や土地に宿る「精霊」>という意味になる。 その時その場に宿った力(精霊)が、無意識の深層心理の神話的な力と結びつき、それが創造力となって「箱庭」に表現される。 この「ゲニウス・ロキ」を実現することが、治療者の「見守る」行為。実際になにもしないが、大きな精神力が必要になる。 「見守る」とは言っても、治療者ではない一般の人が「見守る」のとは、異なる。「箱庭」になにも表現されないセッションでも、 治療者が作り出した「ゲニウス・ロキ」のなかで、患者の内面では変化が起きてくる。それが、二回以降のセッションで現われてきます。 初めの数回のセッションでは落ち着きがない被験者も、その数を重ねることで、徐々にまとまりのある箱庭を作るようになる。 箱庭という守られた空間に自分の気持ちを繰り返し表現することで、その課題が浮かび上がる。 それは、あくまで遊びの中で行われる。遊びの中には、成長をするための要素が多く含まれている。≫ ▼ その箱庭が、玩具の配列で、精霊が浮かび上がってくる。 箱庭の解釈は、大ざっぱにいうと、左半分が内面を、右半分は外面を、 手前から上に向かって現在から未来へと向かう。ところで、聖地は典型的なゲニウス・ロキが在るところに存在している。 その周辺には必ずといってよいほど、岩場が存在している。ピラミッド、中南米の古代の聖地、ギリシャの神殿、エルサレムなどは、 その典型である。 もう一つは立地上、民族の存続上に大きな戦略的拠点でもあるが。箱庭療法、一度は、やってみたいものだが。 ・・・・・・・ 2010年07月31日(土) 3414, 「憎国心のすすめ」 18年の海外生活から帰国した著者が大分の山中に居を構えて5年、変わり果てた祖国・日本を憂えている。 ここで、ひとりの地元青年とのやり取りを通して、日本再生には愛国心ではなく、憎むという感情、いわば「憎国心」が必須と説く。 最近は著者の見方にかなり感化されてしまったが、老化からくるマイナーの見方でもある。しかし「憎国心のすすめ」は極論になるが、 それで日本人にアメリカの間接統治を知らせたいのである。それを前提にしないと国家改革など不可能である。 日本は、いまだ 長年にわたった洗脳で思考停止状態にある。その実態に憎悪心を滾らせないと、真の己の姿が見えないというのは至極当然のこと。 ―印象的な部分をランダムに書き出してみた― 《 愛ではない。この日本を救うのはむしろ、憎むという感情、いわば憎国心だ!・・・ 愛するために憎む。 想うために考える。この日本を。「俺の仕事の動機はいつも怒りと愛だ」と私は無理に続ける。 「悶死したくなるような怒りの先に愛が見える。そのとき、仕事をする情熱が生まれ、行動の意味が完結する」「ははぁ・・・」 「日本に帰ってきてから、怒りはほとんど極限に達している。でも、その先の愛は見えない。 だから、もっと、徹底的に憎国心を高ぶらせる」「ゾー・コ・ク・シ・ン・・・ですか」「無論そんな日本語はない。 いま、とっさに考えついた。愛国心の相対だ」「ははぁ・・・」「憎国心さえもっと鍛えれば、もしかすると、死ぬ前に、 もう一度この国を愛することができるかもしれない」》 《 日本人を一言で要約すれば<考えない>ということであり、―ジャップ(日本人の蔑称)は考えないという特殊能力を持っている、 ということになる。人間が考えないでいられるというのは、ムズカシイ以上に実にありえない不思議な才能であり、 特殊の才能である、特異能力とも呼べるものであり、貴重な力となりうるからである。<考える>という根本は、 まず疑問が無くてはならない、それからしてジャップには無い。次に推理、次に分析、最後は統合。この4段階、どれもない。 疑問がないのは、比較感覚がないからということになる。比較がないから、考えない。・・・・ 》 《 中村元「日本人の思惟方法」の引用からー (日本人は)西洋人の目には、シナ人などよりはるかに浅薄な印象を与える。日本人自身は世界の文化を 総合したつもりでいるが、じつは単なる便宜主義的な無反省な折衷混合状態に陥っているおそれが少なくない。》 更に著者は日本人を嘆く。 《 「一言で言えば日本人は他律的な民族だということである。それは縄文から続くわれわれの本性だったのだ。 他律とは、(自分の意志によるのではなく、他からの命令や束縛によって行動すること)であり、カントの用語(ヘテロノミー) によれば、意志が理性の命令でなく、感性の自然的欲望(傾向性)によって規定されること、である。」 「すべて。そして誰かが操作している。このにほんじんの本性を、骨の髄まで他律的であることを知っている誰かが、どこかの国が、 どこかの民族が、その欠点をたくみにつき、利用し、一層助長させ、推進させ、摂取し、操っている。 そして、これほど歴然としている数々の証拠実例を、なぜ人々は気づかないのか?」》 ー著者の視点で人生を振り返ってみると、アメリカの属国としての価値観を疑いもせず、あくせく生きてきただけ?になる。 ・・・・・・・・ 2009年07月31日(金) 3039,「自信を与えてくれた人」 何気なく見ていたブログに紹介してあった一文。世の中には心を打つ色いろな出会いがあるもの。本人にとって何にも替えがたい 自信になったろうし、前向きにさせてくれる出会いである。ネットで調べたら、この人の漫画は何度も目にしたことがあったが、 軽妙な暖かい人物像を描いている。その「元気を与えてくれた人」は、数寄屋橋の絵の中の何かに共振をしたのだろう。 その絵に感動し十五年後に買い求めた人と、その絵を見てみたいものである《 あれは今から二十年も前、私が二十二歳のときです。 私は数寄屋橋で風景画を描いていました。ええ、まだ数寄屋橋の下にはチャンと川が流れていたころです。 私の描いた油絵を、 大勢の人が見て通るんですが一人だけ、三十分も一時間もそばで見ている人がありました。そして最後に私の住所と氏名をきいたんです。 そのときはそれっきりでしたが、五年前にその人から手紙をもらいました。「あなたは忘れているかもしれないが、私はあのとき 住所をたずねたものです。あのときとてもあなたの絵がほしかったのだが買えなかった。こんどようやく家を新築したので、 ぜひあのときの絵を売っていただきたい」そういう内容でした。その頃のぼくの絵なんか売れっこありません。その絵はチャンと ぼくの手もとにあったんです。しかも、何度もぼくは住所を変わったんで、その人は苦労して見つけてくれたに違いない。 ぼくは感激しましたね。さっそくその人といっしょに〃ガクプチ〃を買いにいったりしました。》 ー鈴木義司 《鈴木義司=読売新聞の夕刊の4コママンガを描いている漫画家、2004年7月17日午後2時45分に死去。享年75歳。 むかしテレビ番組「四コママンガ道場 お笑いマンガ道場」に出ていた》 ▼ 享年が75歳で、この文章は42歳の時の文章とすると、亡くなる33年前の1971年頃の文章になる。絵を描いていたのが、 その20年前というから1951年ということになる。 岸恵子の『君の名は』が1953〜54年だから、その二年前に数寄屋橋で絵を 描いていたのである。 新築の家の絵に欲しいというところが良い。この逸話の中から、それぞれの人生が浮き上がって見えてくる。 ・・・・・・・・・ 2008年07月31日(木) iPoneについて いずれにしても、これは凄い。少しオーバーに言えば1〜2ヶ月で、私の中の何かが変化するだろう。 情報機器を幾つか持っている。 そのお陰で ・パソコンでインターネットを楽しみ、「お勉強」もしている。・デジタルカメラを常時、鞄に入れて歩いているし、散歩にも持っていく。 ・2千曲入力してあるiPodも持ち歩いている。 ・携帯電話を身につけている。 ・会社の机の前と、自宅の居間の机にもiMac(机上型のパソコン)が置いてある。 それが全て、携帯電話を少し大きくした、このマシーンに入っているである。「それなら、携帯電話があるじゃないか」というが、 これはパソコンを基点としている。 超小型パソコンに、多くのデジタル機器の機能が入っているのが凄いのである。 更に、GPSナビゲーションまで入っている。 新聞や、マックのHPで、このデモンストレーションの映像を見たり、モーニングショーで キャスターが操作をしているのを見たが、自分の手にとって腹を据えてみると、その凄さと深さが見えてくる。 半年前にiPodを実際に使ってみて驚いた。 手持ちの200枚のCD(2000曲)が、マッチ箱位の薄いマシーンに、全て入ってしまった。 パソコンに一度入力をしてしまえば、何時でもマッチ箱に出し入れ自由である。ところが、それさえも、このマシーンは機能の一部として 入っている。 いま一つ、タッチパネル+ワイヤレス+超小型の総合効果が、パソコンのストレスを大幅に減らしている。 このストレス・フリーが最大のネックである。携帯電話が、固定電話から我々を解き放ってくれた。それと同じことが、 今度はパソコンでも起きている。大型コンピューターがパソコンになり、ノートパソコンになり、モバイルパソコンになり今度はこれである。 これには母機のパソコンに対する子機という位置づけは殆どない。(iPodなどの機能を使う時はあるが)これも三年もしないうちに、 古くさい原始的なマシーンになっているのだろうか。まずは、これを使いこなすことから始めないと。何かSFの世界を垣間見ているよう。 若者が、モバイルパソコンに、如何反応するか楽しみである。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月31日(火) 2310, また地震!どうなっている?まったく!ー 9 才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪ 田中真紀子様が、この参院選挙に中越の長岡駅で堂々と車の上から選挙応援ができるか、見ものであった。 TVでは映像を出なかったので、さすがに度胸が無かったのか、警察からでも忠告を受けたのか、どちらだろう。 昨日の朝のTVのニュースでコッソリと個人演説会に来ていた映像があった。「下手に話すとマスコミに何を言われる かもしれないから、街頭演説はしない」だと。この角栄の嬢様は、柏崎・刈羽原発を強引に誰が持ってきたか、ご存知なのだろう。 いくら越後人が人が良いとしても、そろそろ誰が危ない原発を誘致したか、気が付かないはずはない。 しかし誰も口にしないから呆れてしまう。原発で??されかけたのに、何で怒らないのか? 不思議でならない!娘だから関係ない? (字数の関係でカット10年07月31日) ・・・・・・・・ 2006年07月31日(月) 1945, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ 豪雨で満水の阿賀野川河口でヨットカヌーに乗った。大学時代のゼミの後輩Mさんが、最近ヨットカヌーに凝っていて、 「今度、是非カヌーを乗ってみませんか」と誘われていた。先日行われた「新潟県活性化の会」を仕掛けている人だ。 来県の前日の27日に電話があり、「車の上にカヌーを乗せて東京の自宅から来たい」という。 天気予報では豪雨注意報が出ていたので「カヌーなど絶対に無理」と言ったが、それでも車の上にカヌーを乗せてやってきた。 「出来ないとしても、帰りの道すがら何処かの河で浮かばせるから!」という。 好きな人はそういうものだ。 天気予報では豪雨、絶対にこんな時にカヌーなど不可能と、服装などの準備は全くしていなかった。 一昨日の29日の朝、どういうわけか打って変わった穏やかな天候になった。(前夜半はかなり降ったようだが) 前回にMさんが来て一緒に飛行場周辺を見て回った時に、阿賀野川の河口がカヌーの最適の場所と目を付けていた。 当日そこに行ってみると、数日の豪雨のため河は溢れていた。しかし、Mさん「平気で大丈夫です、乗りましょう」という。 この玩具みたいなカヌーでこの数百m、いや1キロ以上?もある河口を乗りまわるなど、とんでもないと思ったが、 本人は「平気、平気、何でもないですよ」という。 そして、ドンドンカヌーを組み立て始めた。 岸沿いを漕ぐのかと思いきや、 どんどん河の真ん中の主流に出て、そして対岸まで行ったしまった。\(゜ロ\) 当然この満水の中、他のボートは1隻も見当たらない。 沿岸にはモーター・ボートが20艘ほどあったが、この洪水一歩手前の中、誰も乗るはずがない。 (///>_<;////)ノ 始めは少し恐怖があったが乗っているうちに、恐ろしさが全くなくなってきた。地元の人からみたらとんでもことであろうが、 それにしても、面白い!豪雨のため大きな流木が彼方此方流れてくるが、それを避けながらボートを操るのだ。 ふと気づくと2時間近くたっていた。そして、午後は寺泊の海岸に移動、再びカヌーを浮かべた。また河とは違ったスリルがある。 風が不意に舞うのと、海流の動きをみながら操る。河とは全く違う面白さがある。Mさん、「このカヌーあげましょうか」というが、 私が乗りこなせるものではない。丁重にお断りをした。Mさん、ヨット歴をいれると30年は舟に乗っているという。 そりゃそうだろう。あの川幅のある阿賀野川の満水の中、流木を避けながらヨットカヌーを乗りこなすには長年の経験が必要だ。 Mさん、その日は遅くなったので急遽、長岡に宿泊。殿町を深夜まで飲み歩いた。そして、翌日の15時過ぎまで、再び寺泊で、 午前・午後にわたりカヌーをして、16時に東京にある自宅に帰っていった。 やってくる前日、知人の通夜があり、 数時間しか寝ないで新潟にきたというから、凄いエネルギーである。こういうのも、能力というのだろう。 28日の活性化の会を含めて、この三日間は、刺激的であった。 ー阿賀野川の満水の河渡りは、一生ものの思い出になった! ・・・・・・・・ 2005年07月31日(日) 1580, パンセについて 昨日の随想日記の昨年の同日分に、パスカルについて書いてあった。 その中の格言を読み返してみて、現時点の考えを書きたくなった。学生時代に感じたこととは自ずから違ってくる。 ・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、それを示すものである。 ▼ 二つの極端とは、善と悪・神と野獣・観念と実践、等々あるが、中庸こそ偉大さがあるということか。 偉大さも所詮は人間の価値観の判断でしかない。 ・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ▼ 偽装・虚偽・偽善と気づくかどうかだ。 ・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 恋愛の原因と結果とを眺めてみて、男とは他愛のないものである。 それだけ若き性欲は昇華して恋愛を促進する。 (字数の関係でカット09年07月31日) ・・・・・・・・・・・ 2004年07月31日(土) 1215, 「世界の名著をあらすじで読む」 ー読書日記 最近、本屋の平積みのコーナーで、古典などのダイジェスト版が目立つ。文庫本も出始めているからブームになっているのだろう。 先日、図書館で「世界の名著をあらすじで読む」と、「子供に読ませたい世界の名著」を借りてきてさっそく読んでみた。 振り返ってみて、世界の名著はあまり読んでない。古典的なものとして、「罪と罰」「大地」「赤と黒」「魔の山」「旧約聖書」 「新約聖書」・・・それと、ロマンローランの数冊と、最近ではソルジェニーツェンの数冊と、あと数人の作家の本ぐらいである。 ノンフェクションが好きなためだ。「子供に読ませたい世界の名著ーベスト26冊」の中に挙げてある本は殆んど読んでいたので 安心はしたが。読んでみて、名著といわれるものはダイジェストでも非常に面白いことが解った。 それと過去に読んだ本でも99?は忘れているのには驚いた。それを思い出すだけでも充分に価値があった。 トルストイの「戦争と平和」やモーパッサンの「女の一生」や、ショーロフの「静かなるドン」などダイジェストでも面白い。 (字数の関係でカット09年07月31日) ・・・・・・・・ 2003年07月31日(木) 848、10の小法 ホームページのネットサーフィンをしていたら「10の小法」が出てきた。 なかなか含蓄のある内容である。 小食多噛 小肉多菜 小塩多酢 小糖多果 小煩多眠 小衣多浴 小車多歩 小言多行 小念多笑 小欲多施 それでは「10の多法」と大と小を入れ替えてみた。『成人病への近道?10の多法』というとピッタりだ。 逆も真なりである。下記が私の自己評価であるが、一番悪いのが多食少噛である。これさえなおせばよいが、 終戦直後の生まれのせいか腹が膨れないと食事をした気にならない、それも早食いのため小噛になる。 20歳なら80?、40歳なら60?、60歳なら40?と歳に応じて胃に収める量を減らしていかなくてはならないという。 半分以上バツなら成人病間違いなしである。 ○ー無し、△ー普通、×ー傾向あり 『10の大法』 多食小噛 × 多肉小菜 ○ 多塩小酢 △ 多言小行 △ 多念小笑 ○ 多欲小施 △ ・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年07月31日(水) 473,一言タレント 小泉首相が大衆に人気がある大きい要素に毎日だす一言コメントがある。すべてをこめていると言ってよいほど簡素で鋭いし、 いいえて妙だ。?ワンバイト(一言)化というらしい。それで気が付いたが、随想日記も「一言コメント」に似ている。 テーマが一言コメントで、文がその解説と言えよう。そういう面では時代に適しているのかもしれない。 テーマの決定にエネルギーをつかうが、それなりに出てくる。小泉首相の場合、そのプロのコピーライターが側近にいるだろう。 時代が一言タレントを求めているのだろう。これも情報化社会の一現象である。TVの色々の分野の専門的な番組を初心者向けに 放送すると、よい番組が出来上がるという。簡単に、特化して、編成すると内容が芯をつくという。田中真紀子女史もその事をしって、 批判をしているから人気の大きい要素になっている。つまらない時代になったのか、面白い時代になったのかどちらであろうか? ・・・・・・・・ 2001年07月31日(火) [93] 旅行で出会ったー普段会えない人 ・日本生産性本部の元トップとおぼしき人 ・NHK幹部 ・いつもお付きと来るが今回は一人できている山の手の奥様、 ・天下ったばかりの元官僚、 ・日本興業銀行本部のキャリアウーマン ・遠い親戚が亡くなりおもわず数億の現金を相続した人 ・ツアーを2重がさねで続けて、現地でおち合った80台半ばの見た事がないくらい品の良い老夫婦、 ・TVの経済解説でよく見る人 ・えげつない関西のおばちゃん まあ彼等から見たら、反対にどうみられているのだろうか?
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2011年07月30日(土)
* 箱庭療法 ー1 ユングといえば(日本では)河合隼雄で、砂遊び療法を箱庭療法に発展させた人。彼の著書で、その概要は知ることになった。 一種の創造療法だろう。幼児の頃、砂場で山を作ったり、幼稚園で初めて手にしたクレヨンで我を忘れて家や動物の絵を描いた、 あの頃に立ち返り、用意されたオモチャの植物や動物で、思いのまま自分の内的世界を表現することで、自分の中の何かにつながる 方法である。 その辺のことを、あるHPに分かりやすくマトメテあった。まずは、その部分をコピーしてみた。 ≪ 「箱庭療法」は、1929年、イギリスの小児科医ローエンフェルトが、子供のための心理療法として考え出したもの。 ユング派の心理療法家ドラ・カルフが「砂遊び療法」として発展させた。 後に、日本の心理療法の第一人者であり、 ユング派の心理療法家でもある河合隼雄氏が日本に持ち込み、「箱庭療法」と名づけた。 その方法はいたって簡単。 52cm×72cm、高さ7cmの長方形の箱に砂を入れます。さらに、動物や植物、建物などの様々なおもちゃ、人形などを用意し、 適当な場所においておきます。患者は、箱庭のなかに、先ほど説明したおもちゃや人形を自由に使って、遊びながら自分の内的世界を 表現していきます。ここでは、治療者は、特になにもしません。患者(クライエント)を見守る役に徹します。この「見守る」ことには、 深い意味が込められています。治療者は「見守る」という行為を通して、患者の状態を深く理解していきます。また、患者は治療者に 見守られていることで、安心して自分自身の内面を表現することができます。1回の治療単位をセッションといいますが、患者が箱庭を 見つめるだけで、なにも表現しないセッションもあります。また、ただ砂にさわって砂遊びをしているだけのセッションもあります。 こんなセッションのときでも、治療者は特に指示をしないで、見守り続けます。 ーつづく ≫ ▼ 人生を俯瞰すれば、箱庭みたいなもの。色々なオモチャを掻き集めて、自分の庭に配置する。それを、小さな箱内でやるのだから、 面白いといえば面白い。言語というと、その限界で真の気持ちが表現できないが、玩具を箱庭に気ままに配置すると、自分の中の精霊が 知らないうちに心の底から湧き出てきても何ら不思議ではない。私は家庭菜園は知らないが、そこには、箱庭的な面白さがあるはず。 他に遊戯療法というのがある。これは遊びを通して悩みや問題を表現し、子供の心理的な問題に取り組み、課題を乗り越える。 この場合、次から次へと玩具を変えて落ち着きのないケースが多くなる。言葉や絵となると、その表現に限界ができるが、玩具の 組み合わせは、それを取り除き具体的なモノを組み合わせることで自分の心が表現される。 この随想日記は、言葉の箱庭?になるのか? ・・・・・・・・ 3413, 中学校同期会 −65歳 2010年07月30日(金) まだ65歳まで半年あるが、先日、長岡郊外にある蓬平温泉で中学校・同期の会が開催された。 (前期高齢者入会の会) 出席者が67人で約2割が出席をした。この年齢では2割弱が亡くなってので、亡くなった人が、逆に出席している 「あの世の会」と思うと一人ひとりが際立って見えてくる。把握された亡くなった一割近くの27名が名前が呼び上げられ、 黙祷をした。 5年前に還暦の会が開かれたが、このときは、三分の一の110名の出席者であった。4割減ったことになる。 60歳を過ぎると年々、老化が目立つようになる。 事故、糖尿、脳梗塞などで、何らかの問題が肉体に出てくる時期にはいった。 今回の同級生に卒業以来初めての出席の女性が2人いたが、どのような感慨があったのだろう。 前回の還暦の会の時には 懐かしさのあまり泣いていた人がいた。私のいたクラスに面倒みの良い女性が二人いて卒業以来、頻繁にクラス会を開かれていた。 20歳代を除くと、高校時代を含めて、ほぼ毎年開かれていた。 しかし年々、参加者が亡くなったり、転居をしたために、 還暦を機会に、他のクラスに呼びかけ同期会になってしまった。地方だから可能なのだろう。 男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。 それにしても、65歳は長く生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、そのことが 目的である。それで充分。 しかし、恵まれている人は何処までも恵まれており、そうでない人は、そこから抜け出せないのが 人生のようだ。九州など県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほどと合点がいく。通ってきた道で出会うことは、 奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を重ねるごと実感する。 それにしても、幹事は大変である。 とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる! ・・・・・・・・ 3038,明日になれば何とかなる! 2009年07月30日(木) これは菊田一夫の言葉である。 誰もそうであるように、若いときは心配性の傾向が強い。そして長い人生で色いろ経験して 分かったことは「先の心配事は、その時になってから当たるしかない。で、今は問題の中心から目を外さないこと。 明日は、明日の風が吹く。今心配しても、今心配している範囲のことしか考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」 である。「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、何か心に迫ってくる。創業時の不安感は、 底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。 そういえば一休の逸話があった。 一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺した。 そして・・・ 「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、 遷化されました。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、 妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、 恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。 一巻目・・・大丈夫 二巻目・・・心配するな 三巻目・・・なんとかなる それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべた。 「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」もの。 「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」ということである。 19才でライ病発生以来深刻な体験をもとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉がある。 《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。 あきらめ切れぬ、という言葉は、あきらめを肯定してそれに 到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。が、私はあきらめを敵とする。私の日々の努力は実にこのあきらめと戦うことである。 あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。 というよりも、あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。 死んで勝ということは絶対にないが、しかし死んで敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より) 絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。 明日になれば何とかなると、何もしないで生涯を過ごした人を多く見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの? ・・・・・・・・ 2673, iPhoneは、超小型パソコンだった! 2008年07月30日(水) (っ´Ι`)っ { おはよう 一昨日、iPhoeを購入した。新潟市郊外の赤道の山田デンキで買ったが、説明やら、手続きに二時間もかかってしまった。 購入の手助けをしてくれた知人と、購入直後に居酒屋で操作をしながら、「これは何だ?」と丁度よい酒の肴になった。 携帯電話や、情報だけの端末ではないし、パソコンの括りにも入らないし、何だろうかと? 私が玩具ではないか?というと、 そんな軽いものじゃないと反論された。そりゃそうだ。私の現時点の判断は、「ポケットサイズのタッチ式超小型パソコン」である。 超小型のため、身体に密着できて、タッチで情報を瞬時に呼び寄せることが出来るところがミソ。それに音楽が数千曲も入力でき、 電話が出来て、インターネットもできる。カメラや、携帯電話機能は、多くの機能の一つでしかない。現行の日本の携帯電話は、 各メーカーが競って色々の機能を付加していったもの。そのため、その多くは使われない。平均5?の機能しか使ってないという。 ボタン・キーは他に無いので慣らされ使っているだけのこと。この中の機能で驚いたのが、みたい部分を二回、指で叩くと拡大する。 これで小さい画面のデメリットをカバーしてくれる。よく考えたものだ。ただ、文字入力が慣れないせいか、躊躇している。 キーワードは、 ワイヤレス通信 ・マルチタッチインターフェイス ・超小型(ポケットサイズ)。 常にポケットに入れておけるところが良い。脳のサイボーグ化?ともいえる。次ぎのポイントは低価格化が可能かどうかだろう。 私自身、7年前にこのHPを開設してから感覚が変わってしまった。開設してから数年後に、ブログという個人のHPが爆発的普及した。 更に携帯電話が爆発的に普及をし、機能も良くなった。そして、これからは「ワイヤレス超小型携帯パソコン」である。 これは世界を、更に根こそぎ変えるだろう。携帯電話はタッチ式に大きく舵を切るだろうし、あと十年後から振り返ったら、 これは大きな折り返しの歴史的マシーンの位置づけになるだろう。パソコン?に、携帯電話と、カメラとiPodを付けてポケットに 入れたという意味で!そんなものが果たして必要か?皆が持ち始めれば必要になるのでは?お宅という言葉も、これで死語になるのでは? 部屋に居る必要もないからだ。 いや、閉じこもりは別か! ヾ(^ω^*) あと、数日経ったら、その後の感想を書きます。 まだ、焦って買うこともないようだ。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月30日(月) 2309, 自民党が惨敗! ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] 参院が予測どおり自民党の惨敗に終わった。 当然だろう。 自民党のパフォーマンスには、国民はうんざりである。これで本来あるべき二大政党の枠が出来上がった。 小泉が党内の保守派=悪との対立軸を作り、旧来の自民党をそのまま存続させたのが、安部政権である。 岸信介の孫、安部晋三の息子というだけで、憲法改正の騎士として期待されてなった首相である。 だから、あれだけ甘い組閣をしたのである。最後は赤城農林大臣だが、その前の防衛大臣がタレント上がりの女性はいただけいない。 (字数の関係でカット 10年07月30日) ・・・・・・・・・・ 2006年07月30日(日) 1943, ローマから日本が見えるー17 八∋ウ_〆(∀`●) 第七章「創造的天才カエサル」ー4 ーカエサルがヨーロッパを作ったー ところで、カエサルによるローマ帝国の安全保障構想は、後世のヨーロッパ史にも大きな影響を与えることになる。 「カエサルがヨーロッパを作った」とする人も多い。 現在の西ヨーロッパの都市の多くは、 カエサル以降のローマ帝国時代に作られた軍団基地や、植民都市を起源としています。 ・フランスのリヨン、ストラスブール、フレジュス ・ドイツのケルン、ボン、マインツ ・イギリスのヨーク、チェスター、バース ・オーストリアのウィーン ・ハンガリーのブタペスト、セルビィア ・ユーゴスラビアのベオグラード などなど・・・ ヨーロッパは古代ローマ人によって作られた。 ーなぜカエサルは寛容を掲げたのかー カエサルは「新しいローマ」のグランド・デザインを描き、それを次々と具体化していったが、その構想をよく理解できた人は 同時代に一人もいなかったといってよい。当時の一番の知識人であった歴史家のキケロさえ、カエサルは協和制の再建に力を 貸せてくれるものと信じていた位である。 (字数の関係でカット 10年07月30日 ・・・・・・・・・・ 2005年07月30日(土) 1579, 閑話小題 一昨夜の夢の話ー 面白い夢を見るものだ。医者から薬による至高体験のため、無害の麻薬を注射してもらった夢である。薬によるハイ状態とはどんなものか、 病院のベッドに横になって冷静に薬によるハイを待っている。ところが、横になっていなければならないのに、歩き出してしまった。 危ないと思って元のベッドに戻った。しばらくすると、フア?とした酔った感覚になった。潜在意識が、薬の至高状態の経験を夢の カタチでさせようとしたのだろう。安全であれば一度は経験してみたいが、安全のわけがない。インドに行った時ツアーの同行の女性から ?を飲んだ体験談を聞いたことがあった。とにかく可笑しくなり腹の底から笑って嬉しさが極限になるとか。経験者がいうことは解りやすい。 ー広い世界に馬鹿ひとりー (字数の関係でカット 10年07月30日 ・・・・・・・・・ 2004年07月30日(金) 1214,パスカル(3)ー哲学についてー24 ー「賭けの断章」ー 「賭けの断章」は『パンセ』の中でも最も有名な断章の一つである。神の存在と信じる方に賭けることの有利さを確率的議論から 説得しようとするものである。「神は存在するか、しないか。どちらに賭ける? 」すでにこの世に生きている以上、この勝負を 降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択になる。 賭ける対象は「自分の人生そのもの」であるから大きな命題だ。 ・神が存在するという方に賭けて、勝てば永遠の生命と無限に続く喜びを得て、人生は意味あるものとなるが、 賭けに負けても、失うのものは何もない。 ・反対に、神は存在しないという方に賭た場合、たとえ賭けに勝っても、儲けは現世の幸福だけである。 死後は虚無とみなすことになるから、得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。 来世の幸福をすべて失うことになるからである。如何みても神の存在を認めるほうが有利であると言いたかったのだ。 37年前、『パンセ』のこの断章を読んだとき、ナルホドと納得をした。といって、今さらキリスト教関係のクラブに 入るには遅かった? せっかくミッション系の大学だったのに惜しいことをしたと悔いが残った。 理性で納得し、心情が同意するためには時間がかかる。そのためには人との出会いと時間が必要であった。 しかし、今から考えてみて、自分は仏教の方が向いているが。 ー以下はパンセの中の断片集の抜粋である。 ・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、それを示すものである。 ・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 ・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。 ・人間相互の尊敬を結ぶ綱は、一般的に必要から生じたものである。というのは、全ての人間が支配者に なりたがるが、みながそれになるわけにはいかないし、各種の階級が存在せねばならないのだから。 ・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。知識の木は生命の木ではない。 ・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。 ・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。 ・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。 ・人間は考えるために生まれている。ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。 ・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを知るほうが、ずっとよい。 ・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、それはただ未来を処理するために、 そこから光をえようとするに過ぎない。現在は決して我々の目的ではない。過去と現在は我々の手段であって、 未来のみが目的である。 ・習慣は第二の自然だといわれているが、人は、自然が第一の習慣だということを知らない。 ・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、 自分の想像する正義に服従しているのであって、法律の本質に服従しているのではない ・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、足のほうが我々と同じくらい低いところにある ・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。絵とはなんとむなしいものだろう。 ・・・・・・・ 2003年07月30日(水) 847, 海は見ていたー映画日記 wowowで放映した映画『海は見ていた』がすばらしい内容であった。レンタルのDVDで見た『たそがれ清兵衛』と『阿弥陀堂』 に匹敵する。山本周五郎の作品を黒澤明が脚本をしたものを、熊井啓が監督して面白くないわけがない。 江戸の深川岡場所でくりひろげられる人間模様と心根の美しさが何とも清々しい。熊井啓も二人の作品を映画化できたのだから 監督稼業として最高だろう。主役の若い女郎の心根の美しさがよく出ていた。日本には日本の素晴らしい人情がある。 (字数の関係でカット 09年07月30日) ・・・・・・・・・・ 2002年07月30日(火) 472,近くの川の鴨 15年前に自宅から150m先の川に鴨のツガイが来た。そして半年がたった頃13羽の雛を連れていた。 そしてある時期が来ると旅立っていった。そしてある時期が来ると再びやってきた。その都度その数がどんどん増えて、 一時200?300羽まで増えていった。ところがその一番多い時期から河川工事で川の泥が整備され、鴨が住む場所が少なくなり、 今では50〜100羽近くまで減ってきている。今では鳩やカラスと並んで、鴨の姿は一般的の光景になっている。 人家の近くは猟がない事を経験的に知っているのだろう。鴨にも大型と小型の鴨がいる。それと渡っていく鴨とのこり鴨がいる事が、 散歩で解るようになった。少し話が反れるが、結構多くの種類の鳥がいる事も知った。見たこともない鳥もけっこういる。 こんな近くで鶯、カッコウ、鷺、雲雀、もず、などだ。 ・・・・・・・・・・・ 2001年07月30日(月) [92] 変わった人ーとの出会い 旅行それも秘境系に面白い人が多い。 ・人生の余白を埋めにきましたとか、 ・毎月ー年12回来ている人とか、女の人で退職金使い切るまで続けるそうだ、 ・100回目の人とか(はじめ50回で目を回してしていたが)、 ・12日間の旅行に布のショルダーバッグ一つ。グレーのスーツにポロ、その上によれよれレーンコート。 行き先はヨルダン・シリア・レバノン。着いてみると現地人は正にそのスタイル。彼のほうがピッタシ。 ・57歳のグランドオールドミスが一人いらいら。キャリアウーマンは会社から見たらヘドロの典型! 会社の中は天国、こちらは地獄! ・大手の社長か会長あがりの人物。この前まで偉かろうが旅行の最中はただの旅行仲間!の意味が全く解ってない!人。 奥さんこっそり社会復帰のリハビリのこれが初めての旅行と教えてくれた。 ・生死の手術の後、奥さんと来てヒマラヤを見て泣いている人、 ・10年ボケの父親を見送り世界中を旅行しまくっている人、
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2011年07月29日(金)
最近、面白い言葉ーポタリングを知った。 −ネット辞書によるとー 【 ポタリングとは、自転車でぶらつくことを意味する和製英語で、観光名所などに自転車を用いる「散歩」的なサイクリングをいう。 散走とも言う。サイクリングの一種で、散歩程度に軽く走ることをいう。】 中高年のオジサンが、行く当てない風にママチャリに乗っているのとは、チト違うようだ。毎朝、ウォーキング代わりに、 信濃川まで一時間、自転車で散走をしているが、サイクリングというには違和感があったが、適切なポタリングという言葉があった。 「ちょっとポタリングしてくる!」なら、丁度よい。自転車は野球帽を少し深めに被っていれば目だたないし、人は気に留めない。 また電動アシストなら、エネルギーは普通の自転車の三分の一か、五分の一で済む。 近くのSCや図書館に気楽にいけるのも良い。 この御陰で生活が一変したと言ってよい位である。 イメージとして、サイクリングは、中・長距離の場合に使い、目的は自転車に 乗る方のニュアンスが強い。またツーリングは、長距離で、自転車で旅行をする場合につかう。 東京など密度の濃い都会の二時間の散策なら、かなりの場所に行くことが出来る。 現在、早朝の信濃川のポタリングが主だが、 今度は午後などに折りたたみ自転車を車に乗せて日本海沿岸をポタリングするのも面白そうだ。 そうこう考えると、周囲に面白いことは、山ほどある。ただ気づいていないだけである。 ベストの敵はベターというが、その通り。 それにしても「ポタリング」という語感がよい。 これから少し与太るで,「ヨタリング」という言葉も浮かんでくる。 陰鬱の時、少し与太らないとやってられない。 でも、自重の時期である。 で、自転車でヨタルしかないか。 少し離れた場所のポタリング用に、もう一台、安い折りたたみでも買うか? でも、車で一時間で何処かあるのか考えると? ・・・・・・・ 3412, マイナス思考法講座 ー3 2010年07月29日(木) 著者はここで、「人間とは自分にとって都合のよいことを信じたがる」と指摘している。 その結果、「信じる」というより「期待しすぎる」ことになってしまう弊害が出てくる。 そして「期待に沿わなかった」結果に対し(自業自得でしかないのに)、「裏切られた」と思ってしまうことになる。 以下の絶望的、否定的な見方の多くは自分自身に対する本音。それを隠すために無理をして逆の自分をイメージしている。 他者から見れば、大したことがないのに、必死に「あるべき自分」を演じているのである。この構成は14の絶望ワークからなっている。 この本を読む前に自分の意見を入れてみた。書いた本人は哲学書を、ほぼ読んでないのではと思いざるを得なかったことも事実。 「しかし、くだらない、嫌われ、恨まれ、何をやっても失敗する、誰も理解してくれない存在」と自覚することこそ第一歩である。 汝自身を知れ! のソクラテスの言葉を己に当てはめれば、下記のとおりである。 ー14の絶望ワークー ≪ ≫内は、私の意見。 第1講 あなたはくだらない存在です ≪だから、指摘されたら怒るのである。あくまで相対でしかない、それは!≫ 第2講 あなたは嫌われています ≪もちろんである。だいたい誰からも好かれている人など信頼できない≫ 第3講 誰もあなたの話を聞いていません ≪聞いて欲しい、ということ自体が、もう対他的になっている≫ 第4講 あなたの話は面白くありません ≪面白い話など、そうそうあるわけがない。だから、本を読むしかない?≫ 第5講 あなたは恨まれ、攻撃されます ≪今さら、いわれる筋合いじゃない。そういう人こそクズである。ったく!≫ 第6講 あなたは空気が読めません ≪空気の読めない人など、元もと傍に寄せないこと≫ 第7講 人はわかりあうことができません ≪当たり前じゃないか、そんなこと! 名を出版社名にした理由が、この辺で分かる≫ 第8講 あなたは成長できません ≪要らぬお世話じゃ! これも上記の同じである≫ 第9講 弱音を吐くことは許されていません ≪泣き言も、やせ我慢も、それはそれでいいじゃないか≫ 第10講 人はみな悪人です ≪当たり前のこと、で、どうした。そう思っていれば裏切られることも無い≫ 第11講 恋愛はすべて「脈なし」です ≪逆に、脈がありすぎたら、どうする? うるさいだけか≫ 第12講 あなたは何をやっても失敗します ≪当たり前だろう、だから死に物狂いで練習を繰り返すのでは!≫ 第13講 本当のあなたを知る人はいません ≪本当のあなた、って何じゃ?自分で自分を知っているのかい≫ 第14講 あなたの夢は叶いません ≪夢は夢だけのこと。それを計画に落とすのが智慧だろうが・・・≫ ーマイナス思考は人を不幸にするとされているが、逆に、その考え方が慎重にものごとを進め、確実に幸せになれる。 要は、「慎重にいこう」こそ、人生の要諦。一つの失敗が、99の成功を破壊してしまうということ。 ・・・・・・・・ 3037,読書について 2009年07月29日(水) 読書については何度も書いてきたが、それでも何度も取りあげる価値は充分にある。手軽に時空を超えて多くの人や 現象に接することができる情報伝達の手段である。大学卒業間近に、色いろ重なって頭がグチャグチャになってしまった。 そのグチャグチャになることが学生時代には最も重要な経験と、後で知ったが、そこで「もっともっと本を読んでおくべきだった」 という後悔の念が起きてしまった。そこで決心したことは「何があっても、毎日二時間の読書」であった。それを今でも守っている。 私レベルとしては朝の散歩と、この随想日記と共に最高の習慣になっている。まずは読みこんでない人が直ぐに分かる。 これは学歴とは違い、意志が大きく左右する学力の問題。 この詩は、読書の素晴らしさと効用を素直に表現している。 また書物を旅に置き換えて読んでみると、ほぼ同じように感じることができる。 人生で時間だけはリッチであった。 ー 「書」 ー 西條 八十 《少年詩集》より 1 雨が降るとき、−風引いて すきな遊びが出来ぬとき、 こどもよ、書物をあそびなさい。 : (旅行紀を読んで遊びなさい) 書物はあなたをつれていく、 : (空想はあなたをつれていく) 海山こえていく千里 知らない国や、とおい国。 見たこともない人たちや、 また、めづらしい動物が あなたと遊び、話する。 書物を読めば、友だちは :(旅行の空想に出れば) いつも出てくる、目のまえに。 2 どんなにだいじにしまっても、 万年筆や、カメラなど なくしてしまうこともがある。 かわいい鳩なき時計でも、 電気じかけの機関車も、 こわれてしまうことがある。 書物は、いっぺん読んだらば :(旅行は、一度旅先に行けば) あなたのこころの奥ふかく じっとそのまま残ってる。 書物がくれる財産は、 :(旅行が与えてくれる経験は) 一生消えない、なくならない。 ・・・・・・・・ 2672, 雁行的進歩とは 2008年07月29日(火) 「雁行的発展法則」というのがある。大空を渡る雁の群れは、先頭の鳥からしんがりの鳥まで、くさび型の隊形をなして飛んでいく。 これは長距離の飛行に一羽一羽の空気圧が最小になる。鶴翼と同じ形である。ー字型の群れと同じパターンで、アメリカ合衆国を 少し遅れながら日本や欧州が追いかける。アジアでは、先頭をきって工業化に成功したのが日本であり、次に台湾や韓国の経済発展が これに続き、さらに中国の沿海部などが急速な経済成長を開始して、それを追うといった形である。このような「選手交代」の形で 経済発展が受け継がれていくのが、「雁行的発展法則」の考え方である。現在もそれにしたがい、動いているかといえば、 現実は違ってきたのである。グローバル化の進展に伴い、今までとは違った「世界システム」が出来、拡大している。 欧米中心の雁行発展法則は崩れはじめ、今後は中国、インドにその重心は移動していくプロセスに入った。 中国に隠れているが、インドも大きな変化のポイントになる。中国は製造、インドはサービス、の部分を担うであろう。 その背後には、ITなどの「情報化」がある。もう、時代は引き返せない。モダン主義社会から、ポスト・モダン主義社会へ 変化したということ。欧米が優れていて、未開発国が遅れているという考え方が、そもそもオカシイ?という 構造主義が出てきたこともあるが・・・ 先日、インドの発展について、NHKスペシャルで3回シリーズで放送していた。 20年後には、アメリカを追い越し、世界のトップを目指すとアメリカ在住の印僑が話していた。見ていて、それもありうると思われた。 先日、図書館で『東西逆転』という本を借りてきた。数日後に、その感想を書いてみよう。IT革命は確実に世界を変えている。 ・・・・・・・・・ 2007年07月29日(日) 2308, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー2 |。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。) 私の4つの質問の答えはどうだろか、(成功もしてないのに、 何を答える資格がないじゃないか!という内面の声を無視して書いてみる。) *どうすれば人生で成功できますか? ー好きなことを早くみつけて、楽しみまで引き上げ、続けること。 *世界で一番大切なことはなんですか? ーいま、ここ! そして今日一日 *愛とはなんですか? ー温み、おもいやり *幸せとはなんですか? ー好きなことができること、好きな人と一緒に居ること。 そして自分を好きになれること。感謝できること。 ーさらに、この本の面白そうなところを抜粋してみたー *自分ができることに集中しろ すばらしいアドバイスというのは、すでに亡くなった人から受けついだものだ。 1948年、ぼくがルーキーだったとき、ドジャースのベテラン投手、ビュー・ケーシーにこう言われた。 「なあ、野球にはおまえが変えられないことがいくつかある 一天気、自分が登板する日、登板する球場、本塁の後ろにいる審判だ。 自分の力で変えられないことについてくよくよするのはよせ。 自分がコントロールできることーストライクを投げること、カープを低めにすることに全力をそそげ。 自分ができることをコントロールしつづければ、かならず勝てる」 さて、ニック、きみはまだ大リーグのピッチャーになれるほど大きくないが、人生でなにをやるにしても、 きっとケーシーのアドバイスが役立つはずだ。カール・アースキン(元大リーグ選手.1950年にナショナルリーグ優勝 通算122勝。) ーー *あえて人と違うことをしよう (以下字数の関係でカット09年07月28日) (*≧∇)ノ~サラハ゛シ゛ャ! ・・・・・・・ 2006年07月29日 10年後の日本は? −1 「10年後の日本」という本を買った。 下記のの箇条書きの幾つかは、この本の目次を参考にした。まだ飛ばし読みだが、近々読書日記を書く。 『日本の論点』編集部編というから、鋭く切り込んでいる。 島国の閉鎖社会の日本が、この世界の潮流の激変の中での大問題が明快に書かれている本である 十年後の日本で間違いなく起こっている問題点である。 日本が、これらをどの様に乗り越え体質を変えていくかを考えると、悲観的になって当然である。 ・消費税の20パー以上の負担 ・少子高齢化社会の到来 ・外国人労働者の比率の増加による犯罪の増加と、治安の悪化。 ・フリーターの増加と、下層階級の増大 ・年金財政の悪化と破綻、団塊の世代の大量定年後の負担の問題 ・中国とインドの台頭と影響力の増加、それに付随する大混乱 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・・ 2005年07月29日(金) 1578,大阪から何が見えるかー2 ー生活保護ー この内容は月刊誌「新潮45」の2005年2月号の ー生活保護天国、大阪市はここまでヒドイー を参照に書いている。 とにかく読んでいて、生々しくて迫力がある。 ー書いてある内容の一部を抜粋してみるー 人は、金が無くなったらどうするか。 ・一つは、借金をする。 ・できなければ人のものを盗む。 ・それもできなければホームレスになる。 ・イヤなら自殺をする。 ・その他に「生活保護」を受ける という、5つの選択肢がある。 『公園にテントを建てて定住すると比較的安全なうえに家賃も水道代もいらなくなります。 病気になれば福祉事務所ですぐに医療扶助が受けられます。生活保護の誘いも舞い込んできます。 仮設一時避難所に入所をすれば安全が保障され、ガスもシャワーも洗濯機も無料で自由に使えます。 閉鎖が近づくと職員が生活保護を受けるように懇願します。自立支援センターに入所すれば三食無料になります。 いずれにしても野宿者は65歳になれば生活保護を受けられます。 年金など積まなくても野宿さえすれば 老後は年金生活者より安楽です。』 多重債務者でヤクザに追われない限り、日本では最低保障はされている。 ホームレスの半数以上が、多重債務者である。それと前科者も就職できないからホームレスに多い。 資産のある人、持ち家のある人は原則として生活保護は受けられない。借家かアパートに住んでないと保護の対象にならない。 生活保護者を分類すると、 ・高齢者 (男65歳、女60歳)、 ・母子家庭、(18歳未満の子供と母親) ・傷病・障害 ・その他、に分けられる。 ・高齢者の場合、67歳の例で男性単身者の生活扶助は80820円、住宅手当42000円、合計122820円受け取れる。 以下字数の関係でカット11年07月28日) ・・・ 2004年07月29日(木) 1213,パスカル(2) ー哲学についてー23 キリスト教の秘義とは、キリストが十字架にかけられ、苦痛の悲鳴の中で悶え死んでいった不条理を解くことである。 パスカルの信仰は、その苦痛で、底深く沈んでいったのだ。「私を救ってください、助けてください、お願いします、お願いします、 お願いします」 この祈りが、キリストの苦痛と一緒になった時、秘義となるのだ。先ほど書いたパンセの第一節 「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。だが、それは考える葦である」があるが、その先の文章がよい。 「これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。ひと吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・ 2003年07月29日(火) 846, 人生の目覚まし時計 「7つの習慣 ー最優先事項」ー2 ベストセラーになった後の二冊めは大体が同じ内容をベースに書いてあってつまらないものが多い。 しかしこれはこの本のほうが「より最重要事項に絞り込んであって面白い」めずらしい本だ。 私の事業が装置産業であった為に、目先の時間だけはたっぷりあった。自然にABC 分析をして、 Aをやるようにしてきたつもりであった。この本を読んで果たしてそうであっただろうかと考えてしまった? Aで満足してしまい、さらにAのAの追求を忘れてしまったのではなかろうか。 この本は何をどうするかの方向性を問題にしている。人生で本当にしたいことが何かを明示することを第一としている。 目先の緊急事態病が最重要事項をつぶしてしまうのだ。最重要事項かつ緊急事態が重なっている事項が一番の難敵である。 「むしろ緊急ではない最重要事項の中にキーが隠されている」と看破している。冷静に考えれば、全くその通りである。 緊急事態は短期的視点でのこと、緊急でないことは、長期的なことであり、かつ方向性を見定める事項だからだ。 ー人生の目覚まし時計の一部を書き写してみるー ある日突然、「本当に重要なこと」と「時間の使い方」のギャップを思い知らされることがある。 それは人生の目覚まし時計というべきアクシデントによって知らされる。 例えば ・「恋人の死」。突然、恋人がいなくなり、「できたはずだが、しなかったこと」がはっきり見えてくる。 成功のはしごに登ることに忙しく、恋人との「豊かな人間関係」をしてこなかった。 ・「子供の麻薬禍」。自分の息子が麻薬に手を染めていたことにある日突然 気づかされるかもしれない。 息子との豊かな人間関係をつくれたチャンスが、次々に頭に浮かんでくる。 しかしそのときまでは、金儲けやコネクション作りなどに忙しくて実行してこなかったのだ。 ・あるいは「癌の宣告」。医者から残り数ヶ月の命だと宣告されるかもしれない。 ・あるいは「妻(夫)からの離婚請求」。離婚の危機に立たされるかもしれない。 このような突然の危機に立たされて、 初めて自分の「時間の使い方」と 自分にとって「本当に重要なこと」との間のギャップがあることに気がつかされるのである。 このような危機的状況を知らせる「人生の目覚まし時計」におこされない限り、多くの人は人生の根源的な問題を考えるという 機会に接する事はまずないだろう。慢性的な深い原因を探らずに、深い痛みどめ応急処置としてバンドエイドや鎮静剤を探すのだ。 ー以上だが、テリー伊藤の『あと一週間で死ぬとしたら何をしますか』という本にいろいろな人が多くのことを書いていた。 しかし誰もがいつでも直ぐにできることばかりであった。ある人が私のその質問に、「身辺のものを全て捨てる」と答えたのが 一番気に入ったが、これなど人生の一番深い意味が含まれている。 当人は気がついていないようだったが。 ・・・・・・・・・ 2002年07月29日(月) 471,下着泥棒 昨日ー15時位か刑事が来た。下着泥棒が一軒先の家の下着を盗んで、たった今この辺に逃げ込んだという。 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・・・ 2001年07月29日(日) [91] 人生のこつ ー2 「生きることを考える事はまず死を考えること」というが、昨日書いた人の内容は正しく具体例として解りやすい。 何故勉強しなければならないか?という問いに、日下公人は何かの本のこう答えている。 「死んで葬式の額縁の写真に入った時、ああ自分は働くだけ働いた!遊ぶだけ遊んだ! 知るだけの事は知った!この世に生まれてきて可能な限りの事はしたつもりだ。これでよい! このようにいえるようになる為、人は勉強をしなくてはならない。」これが解ってない人が多い。 定年退職した後でと総て後回しにしてしまう。後回しの大部分はやらないことの自己欺瞞という事を自身わかっていない。 働いて時間がないときに無理に時間を作ってやるから其れが活きてくることを解ってない。楽しい過去の倉庫、楽しみな 未来の計画の束作り、そして楽しかった倉庫の整理と計画を楽しんで実施している今。
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2011年07月28日(木)
* 世界が誇る中国高速鉄道の話 中国で当初から問題になっていた高速鉄道で事故が起こってしまった。 高速列車にしては死傷者が少なかったのは不幸中の幸い。 ・まずネットで、「これで中国が日本のシステムを盗んでないことが証明された」と、痛烈な批判が出た。 日本はマグネチウド9で一人の死者も出なかったのに、中国は大雨と落雷だけで、これだけの死者が出たとの批判も。 ・“国産”と自負していた新幹線の実態は、日本や欧州、カナダから導入した車両や地上設備、運行管理システムの寄せ集めで、 系統だった運用の可否が懸念されていた。その問題の列車の衝突車両を、世界のマスコミが見ている目前で埋めたのはお笑い以下。 ソ連が崩壊したのはチェルノブイリ原発事故当時の、あまりにズサンな国家体制が露呈してしまったからである。 一党独裁の良否が、そろそろ中国国内でクローズアップされる時期にきている一現象である。 ▼ 以上が、今回の事故から露呈した高速鉄道の危険性の問題。 「当事者の一人は、自分は絶対に乗らない述べていた」と、 マスコミが報じている問題点が本当なら、これから数年間で大事故が頻繁に起こることになる。ということは、 恐ろしい大問題を中国は自らの手で作り上げてしまった。 * アメリカが国債のデフォルト? 何か物騒な話になってきた。共和党がアメリカの借金総額の上限の金額の上のせ条例に反対し揉めていて、もし通らないと アメリカ国債の債務不履行になる危機にあるという。そのため、ドル安がジワジワ進行してきた。 共和党との対立でドルと 国債の価値を下がると誰が一番得をするか、それはアメリカ自身である。 一番損をするのは日本。それは、初めからの アメリカの意図としていたこと。現在の日本の震災と荒廃した政治混乱の、この時期に借金棒引きは願っても叶ったりである。 9・11、9・15、3・11の経済・自然災害の三連発後で弱体した日本の最後の拠りどころの預貯金の多くが、アメリカ国債に とって替わっている。それが不払いとなれば・・・ 考えただけでも恐ろしいである。まずは隷属国家から借金棒引きは当然か! ・・・・・・・ 3411, マイナス思考法講座 ー2 2010年07月28日(水) 「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 著 ーまずは、「はじめに」よりー この本の主旨は、「マイナス思考はプラス思考より優れている」、これに尽きます。物事を前向きにとらえるプラス思考、 一見いいように思えますよね。「物事を後ろ向きにとらえるよりも前向きにとらえた方がいいに決まってる」 と思うかもしれませんが、こと思考においては、必ずしもプラスがよいとはいえないのです。なぜかというと、 「プラス思考こそが、現実逃避の温床に他ならない」からです。プラス思考こそが究極のマイナス思考といってもいいでしょう。 プラス思考そのものより、プラス思考で行動することで、人間のマイナス面が助長されてしまうといった方が正しいかもしれません。 プラス思考の根本的な考え方「何事もプラスに考えよう」は、「耳が痛くなる情報を耳にしたくない」という人間誰もが 持つ気持ちと合わさると、「物事のマイナス要因を忘れよう」に、ついつい翻訳されてしまうからです。 【 プラス思考の問題点を4項目にまとめてみます。】 1.プラス思考を身につけても、不幸に耐えられる忍耐力、不幸を幸福と読みかえる超解釈力が身につくだけ。 「不平不満を言うのではなく、現状の自分が幸せである、と思いましょう」という考え方がありますが、自分が幸せだと思ったら、 現状に対して何も手を打たなくなってしまいます。本当に幸せならそれを噛みしめていればいいのですが、そうでもないのに無理に 自分は幸せであると思いこみ、現状に対して何もしないのであれば、いずれ、幸せと思いこむこともままならないほど、不幸になって しまうことでしょう。プラス思考は耳触りがよいので、つい現実を見誤ってしまう。現実を直視しないことには現実をよくしようがない。 2.プラス思考は、他人にとってはマイナス思考です 「プラスにとらえる」とは、「自分にとってプラスにとらえる」ことで、つまりは、他人を無意識にマイナスにとらえることになる。 プラス思考とは、自分を軸にしている限りはなかなか見えてきませんが、どこかでプラスをすると、どこかがマイナスになり、 その結果、自分1人の中でプラスでも、周囲と合わせて見ると、誰かから幸せを引いて誰かの幸せがマイナスになっているのです。 3.プラス思考だと、ありのままの自分を肯定するばかりで成長の機会がありません。 ありのままの自分をひたすら肯定するプラス思考のままでは、ありのままのあなたは、いつまでたってもありのままで、 成長することがないでしょう。ありのままの自分を乗り越えていくことが、成長には不可欠なのです。 4.プラス思考は、必ず裏切られる運命にあります 「人を信じよう」と言いますが、信頼して仕事を発注した相手がスケジュールを守ってくれなかったり、彼氏が友だちと旅行と 言っていたのに実は女の人と2人で旅行だったり…… 一言、事前に釘をさしておけば、裏切られることはなかったのに、 「信じよう」などと思って策を打たないから、ひどい裏切りにあってしまうのです。 ▼ プラス思考は、マイナスを乗り越えた上での考え方であり、その背後にはマイナスを考えた上でのプラスを 元もというのであって、ここで書かれている上っ面の思考法ではない。 それより、言葉を額面どおり捉え、現実逃避に 知らないうちになっているケースが多いはず、それを諌めているのである。肯定は意志であり、否定は感情である。 人間は意志の動物であると同時に感情の動物。両者の混合が必要だろう。 ・・・・・・・・ 3036,閑話小題 2009年07月28日(火) * 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕された。 警備会社の役員というから驚きである。 警備会社関連の犯罪が多いのは如何いうことか? 数年前には、新潟セコムで役員がらみで不正事件が起き、 新聞紙上をにぎわしたばかりである。 警備会社も、この不景気で合理化の対象になる。あれだけ残忍な犯行、 追い詰められると人間は何をやりだすか分からない。前に出入りしていた警備会社の役員と同姓だが、まさか・・・ * 加山雄三の『私の履歴書」が面白い 今月の日経新聞の加山雄三の「私の履歴書」が、派手な芸能人の生活の一端が具体的に見えて面白い。 大学三年の時に欧州に一ヶ月の旅行に行って来た。もう42年になる。それが大学の旅行研究会の主催で、 金持ちの師弟達に急遽仲間入り。当時、年間20万人しか海外旅行には行ってなかったから、かなり裕福な人たちである。 (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・ 2671, 幸福の4階建て -3 2008年07月28日(月) *不幸の4階建て」を考えてみる 「幸福の4階は、克服できない苦難や悲しみの中にある」というが、逆の「不幸の4階建て」とすると、 どうなるか考えてみた。 前回の「おばさん、の話」を書いていて、おばさんの特徴に弛緩というキーワードが出た。 その反対の言葉が幸福の4階の「克服できない苦難や悲しみ」になるのではと・・・。 不幸の建物の4Fは弛緩とすると、これから1〜3Fが導き出される。 3Fは、やる気も目標も無く、同じことの繰り返し。 2は、不満で悶々とする日々 1は、当面の問題から逃げて、上手くいかないと他者に責任転嫁 不幸の4階建というテーマが、不幸なおばさんの姿から成立するとして、弛緩しているおばさんは果たして不幸なのか?との疑問も出る。 しかし、幸福の4Fの逆の意味で、不幸とは弛緩そのものが大きな要素と考えてよい。誰もが、幸福と不幸の4Fの建物の要素がある。 自分の趣味を持たないで日々に流されると「こてこてのおばさん」になる。それも不幸な・・というとこだ。ただ自分で気づかないだけ。 それは「おじさん」にも、言えることだが。 現在の日本が、この不幸の4Fに近いのでは、いや自分自身が、そうではないか? と感じたのではないか。 いや、自分は違うと自己説得しているのではないか。「日々、戦場」を己に課すことが、果たして幸福? 「日々、私は何て幸せ!」と何となく思っているのが不幸?なんだろうか。 あまり考えてこなかった中年女性が、不幸なんだろか? そう勝手に、他者を思い込んでいるだけじゃあないか? 幸福など考えるから、訳が解らなくなるのである。まあ、弛緩もいいものだが! 幸・不幸の裏表ががあるからいいのでは、人生は。 てなところか! ・・・・・・・・・ 2007年07月28日(土) 2307, 最近ホテルでは・・・ [ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ ホテルのオープン以来20年近く、自殺は数件あったが、病死者は無かった。ところがこの6~7年前から病死者が4人も出ている。 どういうことだろうか。心不全、ガンの末期の人?、脳梗塞などなど。この月曜日、出社すると「前日の午前中に病死者が出た」 という報告。土曜日の夜半、いや日曜日になった未明の0時を過ぎの「2980円パック」の客が病死をしたという。 時間になってもチェックアウトをしないので、電話連絡を入れてもノックをしても反応なし。もしかしたら自殺か?と ドアを開けたところ、中年男子が裸で倒れていたという。身体を触ったところ、既に冷たくなっていたので慌てて救急車を呼んだ。 何かの手違いで、救急車に三台の消防車もきて、20人近くの消防士で現場は一時は騒然したという。消防士が死を確認した後に、 警察を呼んで遺体は病院に・・消防士が、「脳梗塞ではないか」と言っていた。チェックイン時に、手が震えていてカードに身元が 書けないので、フロントが代わりに書いたという。急性アルコール中毒か、それに伴う脳梗塞だったと推測される。 (字数制限のためカット2011年7月28日) ・・・・・・・・ 2006年07月28日(金) 1942, 今日は「新潟活性化の会」 \(^▽^*)おはよう これで4回目になる。 あと一回で私の役割は終了。 地域活性のデザインつくりに加わってみて、なるほどプロセスに 筋が通っているのが理解できる。本来は代議士と市議会がすべきことだが、当事者は目が曇るのだろう。 転がっている球は自分では方向転換できないのと同じだろう。アウトサイダーの生き方・視線が少しは役に立っている。 ただ、アウトサイダーとしては、のめり込まないことだが・・このプロセスの中で気づいたことは新潟県は危ない!本当に危ない! 日本が危ない!ということと同じだが。金沢は富山と福井を従え、その後背に関西を控えていて、これに関東が直結する。 金沢が環日本海の玄関として拠点都市になって至極当然である。 森元首相も、まだ当分隠然たる政治力もあるし、 それに引き換え真紀ちゃん、あまりにも・・・? ここでは、まあいいや。手をこまねいているのか新潟よ!という感があるが・・ でも材料が無い!いや、本当に無いのだろうか? よく目を凝らしてみたら、過去のインフラが膨大にあるじゃないか。 高速道路、新幹線、飛行場、港・・・ 無いのは戦略構想が無いというから・・・頭の足りない巨人と同じである。 ・絵図・絵図!!環日本海都市としてのデザイン描いて、知事と市長が馬鹿みたいに 言い続けなくてはならないの! そして東港とか西港の空き地に何を持ってくるか考えるの! ・そして特区とかを造るの。東京都新潟区という隠れコンセプトを作るの! ・飛行場に乗り入れるの、それも新潟駅再開発の完成に合せて! これをゼロからやれ!といっているじゃないの! ホボあるんじゃないか。 無いのはグランドデザインでしょう! ・それと、あと数パーセントの投資で拠点都市のイメージと明確な位置づけが出来るの! ・20数年前に飛行場まで開通させておけば、新潟は変わったでしょ! ・飛行場周辺に、中国・韓国・ロシアの物流と情報基地が出来ていたでしょ! ・サッカー場も、イベント場も、佐渡観光も行きやすくなったでしょ! ・北関東圏の人は北海道、九州、沖縄、韓国、中国の飛行ルートも新潟になっていたでしょ! ・新潟競馬場も至近距離にあるので、もっとお客を呼べたでしょう! ・中国特区とか、ロシア特区もできていたかもしれない?でしょ! 新潟は東京の天領だったの! それを生かさなくては! 北海道に向けて、飛行場の近くから船が出ているでしょ! これだって飛行場至近に貨客船乗り場を造ってやれば? お客、お客、お客の立場で見てみたら・・ いくらでもネタはあるじゃない? 小手先のイベントを持ってくるとか、野球場とか、サッカー場だってどうだか? 要は新幹線なの!もう一度言う!「かなめ」は、新幹線なの! もう一回言おうか、「要ーかなめ」は、新幹線なの! 「国際飛行場」と「港」への直結の新幹線が何処の国にあると思うの!新潟だけなの、新潟だけなの! これと物流特区などの一大特区地区造りを加味すればよい。 おまけに新潟駅再開発があるじゃないですか。これを利用しない手は無い! 数千億かかる話ではない・・・コンセプトを先ず作らなくては! ーこれは日々のことを書いている「バード・ウォッチ」の内容だったが、 熱が入っているので随想日記に格上げ?をしたー ・・・・・・・・ 2005年07月28日(木) 1577, 大阪から何がみえるか-1 ー大阪の衰退は日本の近未来の姿か? 大阪と札幌から、いち早く時代の流れが見えると言われる。特に商人の町の大阪は、いち早く時代の流れをつかんで動いた。 しかし、最近の大阪は全く変わってしまったようだ。まずは終戦後に総合商社が、メーカーが、そして金融機関と東京に本社を移し始めた。 現在残っているのは、電力・ガス・私鉄という地域産業のみになってしまった。更に大阪の企業は生産拠点までもが海外に移転してしまった。 東京などの大都会には、高所得者の住む高級住宅地がある。しかし、大阪市にはそれが殆どないという。 富裕層は、神戸の芦屋や西宮の高級住宅地に邸宅を構えている。ある意味で、金持ちの極端に少ない社会主義国の様相を示している。 その結果、何と生活保護が26人に1人になってしまった。もちろん日本一である。西成区においては、区民7人に1人の割合が生活保護。 (ちなみに、日本では100人に1人の割合。新潟県もその割合である。) 大阪市は全国平均の4倍の生活保護者がいることになる。先ほど書いた大阪と札幌はいち早く時代を先取りをすると書いたが、 生活保護は、その日本の先行きの悪さを暗示しているようだ。下手に国民年金を払うより不払いで、生活保護を受けた方が得という。 これでは「何で国民年金の金を払う必然性があるか?」という疑問が湧いて当然である。 若いヤクザの夫婦で、偽装離婚をして母子の生活保護を受けているケースが多々あるという。 ー つづく ・・・・・・・・ 2004年07月28日(水) 1212,パスカル(1) ー哲学についてー22 学生時代には、パンセが常に傍らにおいてあった。当時の不安な気持をいつも和らげてくれた愛読書であった。 現在、読み返してみて当時の哲学書の幾つかが、心の底の根幹をなしていたことに気がついた。 特に人間観は、大きくパンセに影響を受けていた。生き方はニーチェとロマン・ローランである。 当時のささやかな読書が、人生を大きく左右しているとは。「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。 だが、それは考える葦である」パンセの第一節である。彼は物理学、数学などで成果をあげたが、哲学者としても名を成した。 あまり知られてないが、慢性的な病による苦痛の中で人間とは何か、生きるとは何かを問い詰めた。 彼の20年の慢性病が哲学を深めていった。「考える」という一事において、「自分が苦しんでいる」という一事において、 パスカルの「尊厳」のすべてがある。パンセの中の所々に「病の善用を、神に願い祈る」部分が見られる。 ーパスカルが31歳の時、神秘的な体験した。 1654年11月23日22時30分?24時30分の間に、パスカルの生涯を一変させる出来事であった。 「火」の夜の出来事である。(恐らく)ヨハネの福音書17,18章を読んでいた時に、白光色の「光」が見えた。 彼の死後に、上着の裏に縫い込んだ『覚書き』が発見された。 その一節が次の文章である。 (以下、字数の関係で中間カット09年07月28日) ▼ 以上が、その時の文章である。心の奥で深い痛苦を抱え、社会のひずみ、欺瞞に満ちた人間関係の幻滅等が、 この一夜で一挙に溶け去った。そして歓喜にいたった。キリスト教徒でない私が読んでも感動する言葉である。 ーつづく ・・・・・・・・ 2003年07月28日(月) 845, 親父の小言 わが愛息へ ー親の小言と 冷や酒は後で効く 火は粗末にするな 朝は早起き機嫌良くしろ (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・・ 2002年07月28日(日) 470, いい人とは この意味を考えたことがあるだろうか。子狐レベルの対話の「いい人悪い人」の話である。 突き詰めると「自分にとって都合のよい人」でしかない。「いい人の振りをしよう」というのが子狐の名前の語源といってよい。 「その時の自分の都合のよい権力者に擦り寄っていく」のも、もう一つの語源だが。あの人は本当にいい人だーそう自分にとって とっても都合のいい人だ。ただそれだけだ。それが解ってないからお互い傷つけあうことになる。都合などその都度変わるからである。 ゲゼルシャフトー契約社会とゲマインシャフトー血縁社会の差も一生理解できないレベルである。 少し知り合うともう何か相手を利用することだけを考える人がいる。教養のない女ー特に小汚い中年の女に多い。 男も子狐というレベルの男もそうである。こういう人間にとっての人脈とは利用できる集団か、人との繋がりでしかない。 人脈とは「自分が過去奉仕し続けてきた貸しのある繋がりである」ことが解らない。少なくともいい人の振りをしないことだ。 ベタベタした人間関係がこういう誤解をつくりあげる。地方などの非移動社会ー固定社会では、いい人を演じなくてはならないのか? どうであろうか?!真っ当に生きようとしたら、悪い人を演じなくてはならないのか? いい人とは善悪という道徳的価値観が、それも小さな社会の縛りが入ってくる。それも気違い部落の? ・・・・・・・ 2001年07月28日(土) [90] 人生のコツ ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。本当に色々な人がいるものだ。 推測だがどこかの高校の校長だったのではないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。 「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り 埋め尽くす生き方」をその人の感化で、その旅行で決心した。 その人の言うに「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系!若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた! 家族で日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。しかしどういうわけか死ななかった。 それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中をほとんど回ってしまった。」この時、これだな!と思った。 そして先ほどのの決心をしたのである。 「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。 その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングを かけて食べている」との答え。 後は好きな事だけをやる事だそうだ。 なるほどと考えさせられた。
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2011年07月27日(水)
* ユングの能動的想像とは? ー2 〈 ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー③ 〉 コリン・ウィルソンは、ここで能動的想像の実例を幾つか取り上げている。この内容からみると共同意識の世界まで入り込んでいる ようで、夢の世界の奥行きの深さを感じさせられる。 私も夢で数知れないほど、奥の深い内容のものをみてきた。 【ーP/242ー もう一人のユソグ派の分析家J・マーヴィン。スピーゲルマソは、母親と娘と老賢人に出会った洞窟での「空想」で、 24歳のときに能動的想像の技法を獲得し始めた。ある日騎士があらわれ、母親と娘をさらって行った。その騎士は、自分は話すべき いくつかの話があり、また話を口述させたい「数人の他の人が自分の国」にいると説明した。 それからスピーゲルマソは数年を費やして、 騎士、尼僧、色情狂の女性、老いた中国人、その他の人々が口述したいろいろな話を書き留めた。これらは、四巻の本になって出版された。 あきらかにスピーゲルマソはブラッド・アブセッツと同じ技法 ーつまり「別の自己」が内気を克服して自分を表現するがままに任せる 方法を用いた。そしてその結果は、多くの点で似ていた。 このシリーズの第四巻『騎士』(「一九八二年)のなかで」スピーゲルマンは きわめて重要なことを観察している。すなわち、能動的想像を実行するのに成功すると、「共時的な事件が規則的に起こり、きわめて 神秘的な方法で世界とかかわりあえる」ことを観察した。 起こることは、内部的な仕事によって世界との関係がともかく変わることだと、 スピーゲルマンは言っている。それから彼は、雨ごい師の重要な話 ーもともとはリヒアルト・ヴィルヘルムによってユソグに告げられた話 を述べている。< ヴィルへルムは、旱害に苦しんでいる遠い中国の村にいた。雨ごい師が遠い村から招かれた。 彼は村のはずれにある 一軒の小屋を所望し、三日間そこから外に出なかった。 その後土砂ぶりの雨になり、ついで雪が降った。これは一年のその時季には 前例のないことだった。・・ヴィルヘルムは老人に、「あなたはどういうふうにして雨を降らしたのか」と聞いた。 老人は、自分がそれをしたのではないと答えた。「私はあらゆることがきちんとしている国からやって来ました。雨が降るぺきときには 雨が降り、晴れが必要になれば晴れます。人々自身がきちんとしています。ところが、この村の人々はみな、道からはずれていますし、 自分自身からもはずれています。 私はこの村に到着してすぐに、それにうつり(感染し)ました。それで、私は一人になれるように、 村のはずれの一軒の小屋を所望したのです。私がもう一度道にかなうようになったとき、雨が降りました」と。「道と自分自身にかなう」 と老人が言っていることは、ユングが個性化と言っているもの。脳の二つの半分の間に適切な交通があった。> 雨が降らない村の人々は、 左脳の自我で支配されていた。左脳の自我は、もろもろの問題に過剰に反応する傾向にある。・・アメリカのハワード・ミラーは、 人間には既に、ある形の能動的想像を持っているとミラーがいっているのは実際には、右脳は オーケストラ、左脳が指揮者だということだ。】 ▼ 連続シリーズの夢は、一種の能動的想像になるのだろうか。人は夢日記をつけると、つけないとでは、大きな違いが出てくる。 夢は、潜在意識を覗く手立て。それを記録にして書き残す習慣は、考えてみれば自分を知る一番の方法である。 父親の初七日に、父のベッドでみた夢(以前にも書いたことがあったが)。父親の魂が私に入れ替わってしまった夢である。 父がガン末期で、死の恐怖と闘っていた時に、傍にいて、それが直に伝わってきていた。そして、初七日に、その恐怖心が、 そのまま夢で、体感したのである。問題は、それから。ハッとして目覚めたとき、父親の自分が、私として存在している 奇妙な実感である。 それから、私に10年以上、変な感覚が身についてしまったのである。今から思うと、その感覚を使って、 もっと見るべき世界を見てきた方が良かったが、それは今だから言えること。自分の内なる沼には、底知れぬ深さがある。 ・・・・・・・ 3410, この国の終わり −6 2010年07月27日(火) * 日本の余命はあと僅かである (P・107) どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに超えていた。 彼らの悪辣さの度合いは、 日本人の常識ではとてもついていけない。そのため私たちは、世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じることをやめる。 福沢諭吉は彼の『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の真意を次のように要約している。 ≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと商売をせよ、さもなくば殺す、と言っているのだ」と看破。 その性温厚にして軟弱な江戸時代までの日本人にとって、この考え方は常識をはるかにはずれた奇想天外の暴言であり、 だからこそ福沢もわざわざその事実を本の中でコメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、至極まっとうな 言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても過言ではない。 そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ごしてきたのは、ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、 いま少し足りなかっただけのことである。 あるいはIT革命、情報革命といった、新しい最終的な手段が出そろっていなかった ためでもある。 彼らはそれらが出そろうまで、辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと舌なめずりをしながら、 それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしをしてきたのである。 そしていますべてを手中にし、 すべての条件が整ったというわけだ。 福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっとフォローできる表現を使って 解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」 ということなのだ。 商売は、金儲けは、とっくに済んでいる。 金儲けの最終段階は、いまも昔も奴隷制度の貫徹である。 さらに、究極の奴隷化とは、頭脳の奴隷化なのだ。つまり、マインドコントロールのことである。 いまこそ彼らは堂々と宣言する。 「我々の家畜になれ、奴隷になれ、ロボットになれ、さもなくば殺す」 それが最後の「お触れ」なのだ。≫ ▼ それが30数年前から始めたアメリカの金融戦争である。 ドル一極支配下に入れ、さもなくば叩き壊す。 その際たるものが、この金融恐慌。 これで欧州連合のユーロは風前の灯である。たしかにドルも傷ついたが、 胴元の被害は、早々に元に戻る。 更には中国もドルを1兆ドルも持たされた。そして、数年後には、それらを アメロとかいう新ドル?でチャラにする。 それで日本は、その最大の被害者になるのである。家畜の運命は、そんなものか。 ・・・・・・・ 3035,「顔」を哲学すると 2009年07月27日(月) 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな 要素になるのにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。それでは自分で考えてみることにした。 古代よりクレオパトラや小野の小町など、美人は特別に扱われてきた。 考えてみれば顔の部分のバランスと、全身のバランスが 整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。 そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。 また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。 さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、 人間は顔に興味を抱く。どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。 男の顔は履歴書で、 女の顔は請求書とは、よくいったものだ。徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの作品を残している。 漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。その意味で写楽の絵が、 その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。 そのために整形もするし、高い化粧品をつかい、毎日、数時間も鏡の前に座り、化粧品をぬったくり、色いろな表情をして魅力を 高めようと明け暮れる。「美人」の「美」とは、バランスが取れていること。 美男美女の顔は「左右のバランスにある」という。 他のバランスを含め、その調整ために化粧をするのであって、決して肌を覆い隠すためではない。 先日、「清水次郎長顔が日本から消えた」というテーマで書いたが、内面から滲み出てくるほどの危機がなくなってきたこともある。 田中角栄や吉田茂、そして佐藤栄作のようなドスのきいた顔は現在の政界には見当たらない。 人の顔は、経験の重なって出来るもの。 「40歳過ぎたら自分の顔に責任を持て」とは、そのためである。 数年前になるが、高校野球をTVで見ていたら、慶応高校と 四国の高校生の野球試合の応援団の生徒達の顔つきの違いに思わず笑ったことがあった。 都会面と、田舎面の違いが明確だったからだ。 一見、都会面のほうが良さそうに見えたが、良く見ると、都会面は個性のない画一顔。 それに対して田舎面の方は一人ひとりが 個性が滲み出ていた。船頭の息子とか、百姓の倅の農村の味である。 顔は手相と同じで、万人が違う、だから興味を持つのである。 韓国の女性は、日本人と比べると、大きな割合で整形手術をしているという。 考えて見れば変である。 でも、見とれるほどの美人は、好きである! めったに居ないが・・・ ・・・・・・・・・・ 2670, おばさん、の話 2008年07月27日(日) 「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力があるという。 ーおばさんとは、 「女という演技を止めた女性」「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」「老化のバランスの崩れに対して 抵抗しなくなった女性」「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、書けば幾らでも要素が出てくる。 女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。 女性が一番美しいのは、40歳前後という。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・・・・ 2007年07月27日(金) 2306, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー1 祥伝社 チャールズ・J・アクイスト ー読書日記 このようなプレゼントを、かって聞いたこともなかった。そのユニークな依頼に誠実に答えてくれるアメリカ人が素晴らしい。 成功者は、何かの共通した言葉を持っている。過って一歳だった自分の子供へのプレゼント!という、思いもあるのだろう。 彼らのシンプルだが真髄をついた言葉には感動するものが多い。米国の弁護士の著者が、息子の1歳の誕生日のプレゼントとして 「世の中で成功している偉人から、人生で成功するための助言をもらう」というアイデアを思いつき、1年近くかけて実行。 依頼をした「成功者」のジャンルは、政治、経済、芸能界、スポーツなど。大統領、大リーガーなどの著名人からの素晴らしい アドバイスが届けられた。本書はそもそも、極めてプライベートなものとして依頼されたもので、「本にする」というアイデアは、 依頼者の一人のリチャード・ブランソンが、出版のための依頼だと勘違いして手紙に書いてきたところから思いついたもの。 その為に出版にあたっては、返信してきた全員に再度依頼して承諾書をもらった。その結果、95%の人は快諾し出版に至ったという。 この本の利益は全て寄付をするという言葉も書き添えたところが良い。 著者が送った質問は次の通りである。 *どうすれば人生で成功できますか? *世界で一番大切なことはなんですか? *愛とはなんですか? *幸せとはなんですか? (次回、私のこの答えを書いてみようか?) これに対する答えが、回答者の価値観を浮かび上がらせている。上記質問に対して、空欄に答えを書いて返信してきた人、 書ききれず別途に長文を書く人もいた。 著名人だけあって、自分専用のレターパッドを使っている人もいた。 レターパッドにタイプ打ちして、自筆のサインを見ると、この人はこんなレターパッドなのか!とか、サインはこんななのか!とか、 普段あまり目にすることのできない、側面を見ることができる。 読んでみると、なかなか心のこもった座右の銘が多い。 次のことは、その中で多く見られた言葉である。 一番のベースとして、大事なことばかりだ。「ベストをつくせ」「家族と友人を大事にしなさい」「愛とは、見返りをもとめないこと」 「決してあきらめない」「誠実であれ」「好きなことを極める」「親のいうことをきけ」等々ある。 以下、印象的な人の言葉を抜粋してみる。 ●良い判断を下すには情報が必要だ。 ●すべての善人に過去があり、すべての罪人に未来がある。 ●自分の性格判断の簡単な方法は、何もしてくれない人にどう接しているかを知ることだ。 ●言いわけはするな。 友人には必要ないし、敵は信じないから。 ●信仰心に栄養を与えて育てれば、疑念は飢えて死ぬだろう。 ●勝とうという意欲より、勝つために努力しようとする意欲の方が大切である。 モーガン・ウーテン(高校バスケットの名コーチ) ●ぼくのアドバイスは、‘毎日を最後の日と思って生きよう、そして自分を信じよう’ リチャード・ブランソン(実業者ー冒険家) ●自分の身に起こることを常にコントロールすることはできないが、起こったことに対する反応をコントロールすることはできる。 失ったものはあきらめ、負けないすべを学ぼう。 フィル・ニークロ(元大リーガー) まだまだ、面白いもの多くある・・・ ?つづく (○´ω`○)ノ**SeeYou**again! ・・・・・・・・ 2006年07月27日(木) 1941, ローマから日本が見えるー16 \(^▽^*)おはよう 第七章「創造的天才カエサル」?2 ー植民都市の建設ー 徴収上の問題を解決をすると同時に、カエサルが行ったのは、属州にもローマ市民権を積極的に増やしていく方策であった。 ローマと属州が共同運命体になるには、属州にもローマ市民を積極的に増やしていく方策である。 彼は大きく分けて二つの方法で、属州在住のローマ市民を増やしていった。 ・一つは、族州民にローマ市民権を与える方法。 「古くからローマ人は敗者も同化する」という独特な哲学を実践していたが、それを属州民にも適用していった。 ガリアや北イタリヤにとどまらず、スペインの原住民の有力者にも、ローマ市民権を与えたのです。 後世の歴史家が、ヨーロッパはカエサルが創造したとする、ゆえんである。 ・第二は、カエサルはローマ市民を属州に送り込んで、そこに「植民都市ーコローニア」を造らせるという方法であった。 すでにローマはイタリア半島に防衛拠点に植民都市を建設していたが、それを属州までも広げるというやり方である。 (字数制限のためカット 2011年7月27日) ・・・・・・・ 2005年07月27日(水) 1576, 次にくる波 ー2007年から、いよいよ経済大変動がやってくる 著者:浅井 隆 ー 読書日記 HPに「次にくる波」の概略が解りやすく書いてあった。これを数回読めば、買って読むことも無いだろう。 少しオーバーと割り引いて読んでみても、現在の日本は異常事態である。 何らかのクラッシュをきっかけに、 このような最悪な事態になる可能性は大きい。ゼネコンと政治家と官僚のタカリシステムをみても、絶望的になる。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2004年07月27日(火) 1211, 哲学についてー21 ー哲学 つれずれに 「哲学について」は、読んでいる方は面白くないだろうが、書いていると意外と面白い。 自分の内面を見つめていることになるからだ。そして、自分の考えと思っていたことが、以前読んだ哲学者の言葉でしか ないことに気づいたり、それまで考えていたことが浅知恵でしかなかったことに一人赤面をする。私たちが経験して考えたり、 脳の中で考えたりしていることなど、先人は数百年前、数千年前に既に考えていたのだ。書き連ねるほど、自分の知識と 未知のラインが見えてくる。哲学のバカバカしさと反面、深さと効用も解ってくる。 哲学をきちっと勉強をしておけば、新興宗教に引っかかったり、社会の表層に流されたりはしない。教養の背骨になっていることも 事実である。学生時代の寮に、「哲学さん」というアダナの先輩がいた。何時も一人でニヤニヤしてブツブツ言っていた。 (字数制限のためカット 2011年7月27日) ・・・・・・・・・ 2003年07月27日(日) 844, パイロゲン 十数年位前に知人に紹介されて、パイロゲンという健康ドリンクを飲んでみた。 たまたま初めて飲んだ日に「飲み会」があった。 酒がそのままストレートで・・・一晩で 10回以上トイレに行くことになった。しかし次の日は二日酔いは全くなし、早速常用するようになった。 3年以上は飲み続けた。 その前後に胚芽米酵素の『ハイ・ゲンキ』という健康薬品を飲み始めた。 ところが、この二つを同時に飲むと、効きすぎの感がした。ききすぎるのか脱水が激しくなり、数ヶ月で 体重が数?減ってしまった。二つを同時に飲むのは合わないらしい。どちらか一方と考えて『ハイ・ゲンキ』を選択。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2002年07月27日(土) 469,チンパンジーの話 チンパンジーの集団行動について2~3年に一度くらいTVでドキュメントを放映する。大体が京大の研究グループのものだが、違うものもある。 面白いので必ず見ている。彼らの集団は猿の集団と一緒で一匹のボスで率いられている。 常に二番ボス、三番手がいて、その序列は 実力により明確に決まっている。 ボスは常に二番手の脅威にされさてている。時に二番手と三番手が組んでボスを追い落とすこともある。 ボスも時にデスプレーとして、ヒステリックに木や石を投げつけたりして自分の存在の示威行為をする。時にボス争いで死闘が行われたりする。 その争いは政治家の派閥や権力争いに酷似している。チンパンジーの研究は人間の原点の研究でもある。ボスのいない時に浮気や 小競り合いなどある。 若い恐れを知らないチンパンジーに対するリンチ事件や序列争いも人間に酷似している。 今でもハッキリ憶えているのが、あるボスがメスに恋するが全く相手にされず遠くからメスを見ている目付きが人間のそれとそっくり。 (字数制限のためカット 2011年7月27日) ・・・・・・・・・ 2001年07月27日(金) [89] 城と教会そして宮殿 ヨーロッパはお城と教会そして宮殿が素晴らしい!何処の街に行ってもこの三点セットはある。 それぞれの個性という点で素晴らしい!また周辺のくにを侵略して富を根こそぎ奪うのだから規模が違う! 美的センスもよい。外観を眺めているだけで充分満足できる。文化という点である時期、王侯貴族のシステムも必要であろうか?
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2011年07月26日(火)
スポーツジムに通い始めて4ヶ月足らずになる。そこには中年女性を中心に、あとは年代は30歳から80歳半ばまで様々で、 平均40歳半ばというところか。 65歳の私が場違いという感は全くなく、中年女性の二人連れが目立つ。夫婦は数組である。 男女は一対三の割合だが、私の選んだコースが平日中心の10〜17時までコースで、主婦が中心ということもある。 スタッフに客の集中する時間帯を聞いたところ、夜と、土・日曜日という。それでも私の行っている午前中でも満杯だった会員が、 5月の連休明けから、急減した。ここでも東北大震災が直撃しているようだ。(二ヶ月先払いのため、その影響は2ヶ月先に出る) そこで、顔見知りが二人いたが、地元だから当然のこと。 場所は自宅から車で1〜2分(500メートル先)のところにあり、 まだオープンして半年も経ってない。 ここのオープンは私にとって渡りに舟だが、イメージと実際に通った実感は大きく違う。 一年以上、通ったと通わないとでは、これでは大きな差が出て当然である。これは是非とも勧めである。 私の場合、オープンの10時に行って、イージーラインの予約札をとって、30分近くはマッサージ・ルームで過ごす。 そして10時半からの25分間のイージーラインに参加する。これは6台のマシーン(腰、肩、脚など)で、バランス良く配置され、 一人のインストラクターが指導するシステムになっている。それが終わると再び、マッサージ・ルームか、ランニング・マシーンで 30分過ごす。その後、エアロビックスか、再びイージーラインに参加し、大よそ二時間で終了する。 週に一度は外出をして、近くで昼飯をとって午後のエアロビに一部に参加する。 早朝の、この随想日記の書き上げ、 信濃川の川辺のサイクリング、そして、このジムが、昼までの生活習慣の三本柱になっている。午後からは、本を読んだり、 録画を見たり、昼寝をしたり気ままに時間を過ごす。 頭も身体もフル回転で健康そのもの。昼飯が非常に美味いこと、このうえない。 成るほど、この日々は、平凡で、刺激が少ないが、それでも良い。 ギアチェンジをしてみて、リタイアをした人は、実際に何をして 過ごしているのか不思議だったが、成るほど合点してきた。 誰とも殆ど口をきかないとしても、そこにいるだけで孤独感は少なくなる。 レオタードなどを着た女性たちのエネルギーに溢れた場所は、そこに居るだけで充電になる。特にブラで補填した? 胸の膨らみには! ・・・・・・・ 3409, この国の終わり ー5 2010年07月26日(月) 終始一貫、日本の現状と先行きに悲観的である。欧米人を知り尽くしているからである。一神教は他の宗教に対して、 奴隷か、死の二者択一ということをである。共産主義圏の崩壊後は、それほど日本の位置づけは大きくなくなった。 後は、日本からの借財をチャラにする、いつものコースである。それが、911であり、915である。 これは、仕掛けられた事件と見れば、以下の著者の論が理解できる。 * 日本人なぶり殺しの条件は整った ≪(P−107) この章では、考えることのできない日本民族の明日の運命が問題だ。その運命は‥、喩えれば、10メートル先の線路は 切断されていて、目前の千尋の谷に渡した鉄橋は影形もなくなっているのに、時速5百キロほどの速度で突っ走る無人列車に 乗っているような状態が日本民族の現実なのである。 しかもそれは自然とそうなっているのではなく、完全に「彼ら」によって 仕組まれている。それに気づき、かつ確認する方法は2つしかない。 ・ひとつは私がここで紹介する何冊もの本を読み、その内容をまず最初に疑った後で、自分の努力で検討し、真偽を探り、試行錯誤を 繰り返しながら深刻に悩み、時には身の危険を冒した個人的なリサーチを試み、また世界各地を自分の足で回り、最低1、2年の期間 その場所に滞在し、実地に自らの経験を積み、見聞を広め、再び文献を洗い直して真贋を探るといった努力をすることである。 だが、これはほとんど、というより確実に不可能だろう。 問題は、私の時代と違って、それだけの時間的余裕がまだ残っているか どうかであり、それに関して私は百パーセント悲観的である。 日本滅亡の必然を学び取り、納得したときに、もうこの国はない。 ・もうひとつの、より安易だが、さりとてしないよりはずっとましな方法は、この私の文章を最後まで読み、内容を信じ、 私と一緒に立ち上がり、行動することだ。 しかし(そうするとしても)、最初からもう一度はっきり断っておこう。 まず九分九厘すべては手遅れである――と。 この国は終わる。 仮に私たちがその無人暴走列車に乗っていることを確認 できたからといって、それを止める方法は何ひとつないのだから。何しろブレーキが「彼ら」によって破壊されているのだから。 これは一種の完全犯罪なのだ。となれば、またしても奇跡が必要である。 昭和では吹かなかった神風が、平成で吹くだろうか? 私たちは新しい『立正安国論』が生まれるのを祈るしかない。しかし―、時代が違う。21世紀の安国の実用にはならない。 ・・・イルミナティの確信犯的犯罪などに対しては、もはや、いかんともしがたいのである。・・・ ロスチャイルドやロックフェラーといった世界の超・大財閥から流れる彼らの資金は潤沢・膨大にある。 見返りはそれ以上に膨大なのだから、彼らの出資を躊躇させるものは何もない。 後は世界の他の部分の征服との兼ね合い、 つまり一極支配へのスケジュール的なタイミングに過ぎない。 即ち彼らの言う「アジェンダ(実行予定順位)」だ。 ≫ ▼ この文章が4年以上前に書かれている。 2008年9月15日のリーマン・ブラザーの倒産から始った金融恐慌と、2012年末から 起こる?大恐慌と新ドルなどの通貨切り替えが、日本人、そして世界の弱者への「なぶり殺し」ということになる。 そこで著者の林秀彦は、99パーは、既に手遅れという。この国は終わっているのか? 気がついても、どうにもならない! ・・・・・・・・ 3034, バブル時と現在の比較は 2009年07月26日(日) 大よそ20年前と現在を比較した年表があった。 (日経新聞記事内) 比べてみると、なるほど面白い。如何に金融政策に我われが踊らされているかが理解できる。 当時は、それだけ豊かというと、その実感はない。(反対に、当時と比べて現在は貧しいかというと、それも感じない) ー1990年ー ー2009年ー 日経平均株価 3万8915円(89年年末) 9287円(07年7月10日) 日本の土地資産 2477兆円 (90年末) 1253兆円(08年末) 平均マンション価格 6123万円 (90年、首都圏) 4775万円(08年、同) 新設住宅着工数 170万戸 109万戸(08年) ゴルフ会員権価格 4388万円 325万円 サラリーマンの小遣い 76000円 45600円 大卒求人倍率 2・86倍 1・62倍 ▼ 土地資産は半分だが、今回の暴落を考えると、三〜五分の一。 株価は四分の一だが、買い支えを考えると、五分の一。 サラリーマンの小遣いは6割は厳しい。 ゴルフ会員権が十三分の一は、喜ぶべきか悲しむべきか。 バブルが異常過ぎたとすれば、健全な数字。いや、まだ高い。 株・土地・マンションなどは、まだまだ下がってよい。 20年前でなく、私が大学を卒業をした40年前からみたら、現在の半分以下の豊かさ。 半分以下になっても、情報化で自由と個人がより尊重されれば心は豊かになる? ただ、現在は、世代間ギャップがあまりに大きいので、マイナー世代が荒んでいるが、 荒みが荒みで無くなっていく。 人生は、その時々でやるべきことをこなしておけば後悔はない。 いや、あるか! ・・・・・・・・・ 2669, 日本経済の崩壊と資産防衛 ー2 2008年07月26日(土) ドルが暴落をしたところで、アメリカは何の損失も受けることはない。 金本位制度に戻せばよいからだ。 無制限に刷ったドルで金を買い占めておいて、権威の失墜したところで金本位制度に戻せばドルの価値は戻る。 その時点でアメリカはドル本位制度に戻す選択肢を持っている。ところが落ち込んだ日本円は、元に戻ることは無い。 金そのものがアメリカの40分の1しかないのである。もちろん、アメリカは、金本位制度のドルと、それまでのドルは 交換できない仕組みにする。そう考えると、国家戦略としての奪略である。日本を属国にしておく為に金の備蓄に異常なくらい 圧力をかけたという。 日本など、使い捨てで最後は全てを剥奪する手はずになっている。残酷なものだ。 アメリカ本土には 穀物だけは充分に生産能力がある。更にアラスカには資源が充分に埋まっている。日本がアメリカの国債を500兆円近く 持たされている事実をマスコミは騒がないが、既成の事実である。これらも価値として半分、いや三分の一になる可能性も出てくる。 地方は実感として、既に恐慌一歩手前になっている。これにガソリンの異常高とくれば、一人一台という所有が当たり前の地方では、 深刻な家計の問題が生じる。農業・漁業、公共事業で景気維持をしていた地方は、この一連の経済崩壊の中で更に悲惨な事態になる。 その上に年寄りの多い地方は、年金破綻が大問題にもなる。実際には第二次大戦と、明治維新の時代より、大きな時代の変化に 晒されているのである。日本のバブルが弾けたときに株価が6分の一になったが、それからするとアメリカは3千ドル代になる。 ドルも60円を割ることになるだろう。 これから10年スパンで考えると、こと日本は最悪の道を辿るしかない。 アメリカのドルは64間年で、30分の一価値に落ちてしまった。それは金一オンス、一ドルの値段が、35ドルになってしまった ことからも知ることが出来る。35年間つづいた米英の通貨支配が終わり、多極化の時代に入りつつあるということだ。 この時代にアメリカの属国だった日本が、このプロセスの中で一番の劣化をするしかない冷徹な事実がある。 中国は製造工場として、インドはサービス業を特化して、それぞれ特性を生かし紆余曲折を繰り返しながら成長をするだろう。 その中で日本は、企画製造型のメーカーという生き方が主流になる。知恵を生かした会社経営が求められる。個人としては 知恵を生かした生き方である。ドラッガーは「知識社会」の到来を予測していた。そのモデルが日本と言って無いが、 充分に条件は揃っている。とりあえず、今年も含め目先数年は、緊急事態である。 緊急処置をとらなければ手遅れになる。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月26日(木) 2305, ぼくの血となり肉となった500冊・・・ ー立花隆著 ー読書日記ー 6年の間、毎日一文章を書き上げてきてプロの物書きの凄みが見えてきた。特に一流といわれる人の圧倒的読書量と、 書き上げてきた多岐にわたる文章の多さに唖然とする。問題の在りかを見つける感覚と、それを正確に文章に書きあげる能力は、 シッカリした下積みの基礎があるのだ。 どの世界でもプロは甘くはない。底知れぬ能力ある人たちの中で頭角を現すのは、 そう簡単でない。しかし、ここまで見せつけられると納得をする・・もの書きの下積みのインプットは尋常ではない! ー その一部を抜粋する ー 私はいちばん真剣にいちばん多くの本を読み、本格的な人格形成を行ったのは、二十四歳で大学を卒業して文春に入り、三十四歳で 「田中角栄研究」を書くにいたるまでの十年間である。その十年の間に、私はせっかく入った文春を辞めて大学に戻ったり、 はたまた大学をやめてもの書きになったり、もの書き稼業を捨てて、新宿でバーを経営したり、かと思うと、何もかも捨てて、 中近東とヨーロッパを放浪する旅に出たりと、あまり尋常ではない人生の軌跡をたどっていた。その十年の間に、私ははじめての 著書『素手でのし上った男たち』を上梓し、つづいて第二の著書『思考の技術』を出版した。 (字数制限のためカット 2011年7月26日) ・・・・・・・・ 2006年07月26日(水) 1940, 新潟活性化案ー3 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? 7月の22日、三回目の新潟活性化のための会が、会社の事務所で開かれた。 県の??と、長岡、三条、新潟の地区の経営者など7人の 会であった。7月の28日に開かれる会の下準備の意味もあった。 当日の朝、それまで二回の会の主だった流れを以下の通り纏めてみた。 ・環日本海拠点基地としての位置づけを明確に打ち出すー首都圏の日本海への窓口として物流や工場の基地としての機能を充実させる ・環日本海基地としての拠点として 新幹線の東京駅から直接乗り入れの国際空港を打ち出す。 ・新潟駅再開発が、今年施工命令を出されたが、 その工事に重ねて新潟空港と機能を一体化をしていく。 新幹線の延長線路に新潟駅と国際空港のリニアを共同運用をする。 飛行場周辺に10~20万単位で土地を先行取得し、高層ビル特区として容積率を1000パーセントにアップして 取得額の倍を目標にして売却。それを工事費用の一部に当てる。350億の試算になっているが、単線など考えられるあらゆる 知恵を使い半額以内にコストを抑える。 そこの住民はリニアカーを格安で利用できるようにする。 キーポイントは、 *東京駅からの新幹線の飛行場乗り入れ *新潟駅再開発との共同事業 *新潟駅と飛行場と飛行場周辺地域との一体化 *飛行場周辺の高層ビル特区による事業費の捻出 *飛行場周辺の特区構想ー 養老特区、外国人特区、物流特区、中国人特区、レジャー特区・・・ *北陸新幹線への待ったなしの対策として完成を2015年(新潟再開発新駅の完成)を厳守する ーー 地元の経営者は、現在の新潟県の環境に非常に厳しい危機感がある。だから、こういう会が開かれているのだろう。 北陸三県対新潟県の地域間競争が切って落とされようとしている。そして、どちらが勝利を収めるか誰の目にも明らかである、 それに対して枝葉末節の対案も出せないのが現状。2014年の北陸新幹線の開通までに新幹線の新潟空港の開通、そして特区構想の推進。 そのプロセスを通して環日本海拠点基地化を確固たるものにする。その最終の計画を早急に決め、その手順に入らないと手遅れに なること必定。凡庸な?政治家ー前県知事などや地元国会議員・・ ーのお陰さまで手遅れなのかもしれない。このままでは 新潟県の衰退が激しくなる。このさい東京都新潟地区と割り切った方が良い(元々新潟は幕府の天領だったのだから)。 昨日の地元紙の新潟日報の中越・上越版で 「発車ベル9年前」ー上越地域と北陸新幹線ー という特集のシリーズが始まった。 かなりシビアな内容である。 タイミングもよい! 全くどうなっているのだろうか、この県は? 野球場じゃないじゃないか! 同じ200億をかけるなら、東京駅からの直接乗り入れの飛行場だろう! そして飛行場周辺の極東地区に向けての本格的な物流・情報拠点づくりじゃないか!東京都新潟地区づくりでよい。 「日本海を内海とみたてた長期的ビジョンの地域つくり」こそ、早急にたてる骨組みである。 何処かの新幹線駅建設が住民の反対意見で取り止めになりそうだ、というレベルと、この延長工事は違うはずだ。 それさえ解らないのだ! 私はこの辺で、この論については打ち切りだが! これは政治家がやるべきことである! 何で私がここでいわなくてはならないのか?まあ、面白い経験であった! 2007年7月26日ー後記 それもこれも、猿回しの猿でしかない! ということだ。 (*^▽^)/ ホンジャ! ・・・・・・・・ 2005年07月26日(火) 1575, 道路公団副総裁が逮捕! 現職の道路公団の内田副総裁が逮捕された。 ≪字数制限のためカット2010年7月26日≫ ーーーーーーー ー産経新聞の記事から 2005年7月25日 道路公団副総裁を逮捕 (字数の関係でカット 09年07月26日) ・・・・・・・・・・ 2004年07月26日(月) 1210, つれづれなるままに ーアメリカの最終断末魔ー アメリカの双子の赤字は何を意味するのかを考えると、底知れない恐ろしさをおぼえる。 ≪字数制限のためカット2010年7月26日≫ ・・・・・・・ 2003年07月26日(土) 843, SF小説作家・小松左京の21世紀検証 今月号の「文芸春秋」で小松左京が「SF作家として21世紀が予測していたようになったかどうかを自分で検証する」 レポートが面白い内容であった。本人が正直に「自分はその頃は生きていないから、責任をとらなくていいや」と思っていた。 それが「まさか21世紀に自分が生きているとは!」と。 ー要旨を私の主観でまとめてみるとー ・一番の衝撃は平成7年の阪神大震災だという。本人が書いた「日本沈没」が現実になろうとは。 ほぼTPOS が酷似していた。 ・三十年前は米ソの冷戦真っ只中、まさかソ連と共産圏がこれほどあっさりと崩壊するとは正直思ってもいなかった。 ・今のエレクトロニクノロジーの発達で電卓、パソコンに、携帯電話、ロボット・・等 電子機器がこんなに 「小型」「安価」になってしまったことは、本人の予測をはるかに超えたことであった。当時百億したコンピューターが いまやもっと性能が良くなって10万そこそこ買える時代は今でも信じられない。 本人は現在この時代の速さについていけないので、携帯電話を持ってない ・宇宙開発はもっと進むと思っていたが、意外と進まなかった。 今の人類にとっての、予測したほどの必要性が無かったためだ。しかし宇宙への進出は人類に必要である。 ・イラク戦争も衝撃的であったという。多くのビデオカメラが入って戦場の映像がリアルタイムで入ってくる。 ・高齢化社会と今の子供の問題は予測をしていた。 ▼ 以上だが、ソ連と共産圏の崩壊、今の科学技術の発展、情報化社会の予想を超える進歩など、私が感じたこととほぼ同じ。 この情報化の進歩はSF作家の想像をはるかに超えていたようだ。 ソ連さえも、まずは軽く崩壊させたのだから。 彼等のような戦中派が今の時代の変化を見ていたら、これほど面白いものはない。 特に戦争体験をしてきた人が、アフガンやイラク戦争のアメリカのハイテク技術を駆使した 武器はSF小説をはるかに越えている。 アフガンのゲリラさえ消滅させてしまう。 ・・・・・・・・ 2001年07月26日(木) [87] エルミタージュ宮殿 今回の旅行のハイライトはやはりエルミタージュだ。 カテリーナ?の冬の宮殿といわれ、ちょうどパリのルーブル美術館と匹敵する内容であった。 300万点ある所蔵の一部しか見れなかったが、ただ案内された壁画や展示物は見た事のある物ばかりであった。 制限された時間内で駆け足であったが、その印象は強いものだった。 エルミタージュはただ美術館と 思っていったが、広大な宮殿でベルサエユ宮殿に似ていた。 その豪華さにまずは驚かされた。 夏の宮殿と言われるカテリーナ宮殿も行ってきたが、これもまた目をみはる豪華さで感激してしまった。 当時のカテリーナ女王の権勢は絶大であることは、この2つの宮殿を見てうかがい知ることが出来た。
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2011年07月25日(月)
* 今場所は面白い! 大相撲、今場所は、いやに面白い! 相撲はプロレスと同じでないとしても「現在も談合の臭い強い○○業界?」と酷似した世界。 いずれにしても数年内に、これまでの延長上の事件が発覚、「現在の相撲協会は解体、根本的出直しの事態になる」こと必定。 「税金免除の談合社会も終わりをつげる」可能性を孕んでいる。 しかし、少なくとも今場所は八百長はやりつらい。 で、まず「あの方」が引退に追い込まれた。 この場所全体を俯瞰すると三十代半ばの力士達の、勝率が極端に良くない。 興行上、大関以上に日本人は一人は必要。そこで来場所から、何の引退の替わりに日本力士が大関になる筋書きになってはいたが、 今場所は難しい。で、・・ 全体が阿吽の呼吸で場所全体の筋書きを創作するといえば、恰好がよいが、阿吽の談合が大相撲の本来の伝統?。 「それを今さら何をいっているか!」が、彼ら役者(親方を含め)の言い分である。 それをいっては御終いだが、事実は事実。 現在の協会が解体されれば、国技?を前提にした税金免除だけでなく、これまでの備蓄金も没収される。 せっかく日本的伝統を長年かけ、 つくり上げてきた親方制度の蜜が吸えなくなるため、親方衆が保守的になるのは当然。 で、今場所は、どうも、こうも、 「僕らは、そうすれば良いの?」が、露出しているから、これほど面白い場所はなかった。今場所は、優勝は大関の日馬富士。 大関に一歩及ばなかった一人を含めた関脇の三人が、大関に向けて一線に並んだ。 また、八百長で20数名の力士が追放された効果で、 若手が一挙に十両・幕内になった。 地位は人を作るで、数場所で、それなりの実力が備わってくるはず。 その怪我の功名で、相撲が俄然面白くなってきた。 この傾向は数年は続くだろう。有望な力士も、古参に苛められ若いうちに、 その力が発揮しないうちに枯れてしまうのが、これまでのパターン。その上に、貸し借り、金銭のやり取りで昇進が決まってくるから 関取になったと同時に変になってしまう。 その意味で当面は大相撲は復活するだろう。 若手有望力士の台頭がテーマでキャンペーンを はれば良い。ということは、古参力士の大量の引退劇が始り、相撲自体が新鮮になる。 何処の世界も、同じ。老兵は消え去るのみ か! ・・・・・・・ 3408, この国の終わり −4 2010年07月25日(日) * 「取り繕い」国家の「その日暮らし」民族 ー(P・53) 原爆を落とされる直前まで、私たちはせっせと竹槍を作っていたのはつい最近の出来事である。 いくら資源不足の国とはいえ、なんとも象徴的な風景ではないか! それが何になったか。この大悲劇の教訓は、その後も 全く生かされなかった。現在、足音高らかに近づいた究極の世界的大陰謀という「目」に対し、私たちの「目」は老眼にかすみ、 日本民族総家畜化という「歯」に対しては、私たちの「歯」は全部抜け落ち、入れ歯さえもちあわせていないのである。 この世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。 いったい世界で昨日今日何が起きているのかが、わかっていない。 新聞に書いてある程度は読んでいるかもしれないが、その記事を疑う段階までは決していかない。ブッシュの言動と小泉の 言動の間にある因果関係を考察する意欲もない。ということは、即、明日の自分の命には無関心だということである。 なぜか?考えるということができないからである。 目にはカラオケ、歯にはパチンコで毎日を過ごしているのである。 明治国家がインスタント国家であり、急場しのぎ国家、間に合わせ国家、一夜漬け国家、ツギハギ国家だったことは確かなことだ。 世界のあらゆる事情に応急対応を迫られ、いずれかゆっくり腰をすえ、・・と一時しのぎのつもりが、ずるずるとここまで生き延びた。 ▼ 現在の民主党の沖縄軍事基地の対応も、まさに著者のいう「取り繕い」そのものに終始している。 この本が書かれて4年経ち、その二年後にリーマンショックがあり、世界に先駆けて国家存亡の危機に立たされている現在でも、 ただ「その日暮らし」の政策しかたてることが出来ない。 4年前には、この著は「過激」に受け止められたが、現在ではご覧の通り。 自民党と民主党という二大政党の看板はあれど、旧態以前の体質は変わってない。軍事も、金融も米国に支配され、身動きがとれないで、 ただ目先を「取り繕い」、「その日暮らし」をするしかない。ほぼ完全占拠されている現実が直視できないのである。 軍事ひとつとっても、ほぼ全てが米国製。部品補給をストップされれば裸同然になる。中国、北朝鮮の防衛の一環のための米軍基地の 配置というが、実際は日本の軍事占領。金融も、アメリカ国債に500兆円も買わされている。で、変動為替で、ある時期に来ると ドルの価値を下げてチャラにさせられてきた。それを知って知らないふり。 政治家も官僚も、むしろ尻尾を振って従わざっているとしか思えないのである。彼らは日本がアメリカの支配下にあることを 知り尽くしているからである。 北とか中国の脅威より、この見えざる搾取の方が遥かに深刻である。これが現状である。 ・・・・・・・・・ 3033,刑事が家にやってきた 2009年07月25日(土) 先日、家に帰ると家内が 「今朝、あなたが出かけて直ぐに刑事がきて『御主人がいますか』というので、普段は8時15分に出るのですが、 病院に一度行った後、そう20分ほど前の11時前に出かけた」といったという。そこで刑事が「先ほど真ん前のアパート2Fの 一番奥の部屋の窓が割られ、泥棒が入りそうになったが、部屋には住人が居て、通報をしたため逃げた。御主人が、 その時間に出かけたなら目撃をしていませんかね。それでは帰る時間あたりに電話を入れます」と言って帰っていったという。 その1Fの前面にはヤクルトの営業所があり、その横の階段からしか出入りできないのに、何でまた?と家内が警察に言ったら、 現在もう一人の刑事が聞き込みをしているという。家内から話を聞いた後で、早速電話が入ったので、 「11時8分の新幹線の乗ろうと、家を飛び出したので、家を出た時間はハッキリしている。10時52分で、家の前には 誰も居ませんでしたよ。 ところで、この辺では窓を破って空き巣が入ったなどの話を聞いたことがないが、度々あるのですか」 と聞くと、「刑事になる前に三年間、駅前派出所に居ましたが、そんなことは、あの辺では全くありません」との返事。 しかし18〜20日の三連休に2回、玄関のチャイムが鳴り出てみると、人が居ないことがあった。 もしかしたら・・・ この辺も 物騒になってきたということか。 都会なら日常茶飯事なのだろう。そういえば、6年ほど前になるか、家に刑事が来たことがある。 一軒おいて隣の家の庭に干していた女物の下着が盗まれたが、その時に若い男が自宅の敷地に入ったのを目撃した人がいるという。 まず私の所在を聞かれたが会社に行っていて問題なし。その前年まで長男が一年間、居候をしていたが、どうも本人の可能性を 探りに来たようだが、そこで首都圏に行っていたのを確認した。そうすると、家の奥の貸家の学生の兄弟?が疑われるが。 その後、二人は引っ越していったが、犯人は捕まったとは聞いていない。それ以外は、空き巣など聞いたことがない。 最近は、新しいアパートが多く建ち、多種の人が出入りをしている。あって当然のことか。 ・・・・・・・・・ 2668, 日本経済の崩壊と資産防衛 2008年07月25日(金) 二年と三年前に二回受けたセミナーのシリーズが、再び開講するというので一昨日、受講してきた。 講師の清水洋氏は《平成20年からマーケットの大転換》があると言い続けてきたが、いよいよ現実化をしてきた。 《日本経済はかってない構造変化を体験するので、早めに手をうって事業と財産を守れ》というのが、彼が一貫して言い続けている ことである。今年になって、サブ・プライム問題がアメリカで表面化をして、一挙に世界の景気の陰りが出てきた。 数年前に出席したときに、言っていたことが、まさにそのとおりになってきた。今年になって読んだ本にも同じようなことが 書いてあったが・・ 講師は予告どおりになっているので上機嫌だったが、聞いている方は、その激しさに震撼とした空気であった。 その内容を印象に強かった順に大筋書いてみる。 ・金利の高騰は、既に始っており6〜7?になっている。 出来たら固定金利に換えておくこと。 ・とにかく破産者が多い。生活保護世帯も二年間で130万から150万世帯に増えた。 零細・中小企業の倒産、廃業が信じられないぐらい多い。 ・ガソリンスタンドが現在4万あるが、60パーが淘汰される。 (一例をとると、ガソリンは赤ランプがついてから入れにくる車が増え、その上に千円しか入れない) ・地方は老人と子供が増えて、商売が成り立たない職種が増えてきている。 ・問題は国債だが、それより年金の未払いの数字が膨大にあるのを、国民は知らされてない。800兆円あるという。 ・生産者優先の社会から、消費者優先の社会への大転換が雪崩をうって進みはじめた。 ・金は現在、Kgあたり350万だが600万はいくだろう。 ・アメリカのドルは近々には暴落をするが、その後に金か農作物本位制度で復活する。しかし日本は暴落はするが金を持つことをアメリカ から間接的圧力で持たされなかった。アメリカの金の在庫量が7500万トンだが、日本は170万トン、ドイツは350万トンしかない。 ・郵政民営化は、郵貯の資金が外国に逃げることを意味している。 ・国家破綻の結果として、ハイパーインフレが生じ、国債が暴落。国民の資金の価値が暴落。それで国の借金をチャラ?国家破綻は政府の破綻。 それを外国メディアが正確に報じる。(外国メディアに敏感であれ)国民は、消費意欲が極端に落ち、さらなるデフレへ。 ・スイスフラン、ユーロダラーや、金の現物にリスクヘッジをしておくこと。 ・2〜3年後には、ドルと円の破綻は間違いない。 ・人口減少社会は、300年に一度の社会的大変化の時代に突入。それは、明治維新、第二次大戦の終戦に匹敵する ー以上だが、次回は私なりの意見を書く。 - 2008年07月23日 13時〜17時 会場 御茶ノ水 山の上ホテル − ・・・・・・・・ 2007年07月25日(水) 2304, また地震!どうなっている?まったく! −8 今回の地震で不思議なのは、家の倒潰の数に対し火災が無かったことである。全壊1000棟、半壊2000棟、 被害住宅1万数千棟からみて、何で火災が発生しなかったのか? 祭日の午前中としても奇跡的である。 それもダウンタウンと隣接している住宅密集地で、かつ年寄りが大部分の中で?それと同じことだが、死者が11名も 合点がいかない。余震が何回かあってから本震があったのではない。突然の本震の中、三桁に近い犠牲者が出て当然、 不幸中の幸いである!柏崎市は‘家内の実家’があると同時に、母系の親戚があり、知り合いも何人かいる。 いま住んでいる長岡と、事業をしている新潟と、家内の実家のある柏崎と、丁度バランスが取れていた。 それだけ柏崎は因縁があるところ。越後の英雄?田中角栄の出身地の西山が長岡と柏崎の丁度中間にある。 角栄の地元の中で、柏崎は最も利益を受けていたところである。直接的には、今回の刈羽原発と道路網である。 原発だけで3兆数千億、関連を入れればサラに増えるだろう。家内の実家が建材屋をしているので、その内々の豊かさに驚かれる。 柏崎は地味で堅実が特性、しかし小粒だが時代の変化には敏感である。深海の底にシッカリ根を張っている生きもの、 そうヒラメかカレイのような人が多い。家内がそうだからである。長岡は城下町で、派手でプライドだけが高いところで、 柏崎とは全く性格が正反対のところがある。両者とも昔ながらの越後気質が残っているが・・・ (字数制限のためカット 2011年7月25日) ・・・・・・・・ 2006年07月25日(火) 1939, 降りかけコーヒーの味! おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ 昨日の朝、朝食の御飯に何とコーヒーをかけてしまった。「山葵ふりかけ」のビンと「コーヒー」のビンを勘違いをしたのだ。 「気候のせいで、おかしいのかな〜」と独り言をいっていると、「たんなるボケじゃない!」 だと。 (字数制限のためカット 2010年7月25日) ・・・・・・・・ 2005年07月25日(月) 1574, 日本人の苗字ー2 日本の苗字の多い順ランキングは、 この本によると以下の通りである。 1位 佐藤 1914300人 2位 鈴木 1692300人 3位 高橋 1406000人 4位 田中 1324200人 5位 渡辺 1090400人 6位 伊藤 1072400人 7位 山本 1068200人 8位 中村 1041200人 9位 小林 1011900人 10位 加藤 853300人 田、藤、山、野、川、木、井、村、本、中などが名前によく使われる漢字ベスト10である。 これからみて、自然と土地の名前と関係の深い文字が多いことが分かる。元々、苗字を持つことは特権階級のものだった。 江戸末期の苗字を持っていた人口は20〜30万人、約1万姓だった。明治初期の苗字の義務化により、29万の姓が増えてイッキに 30万になった。それ以前より非公式に使っていた例も多かったようだが、一般的には、苗字は100年しか経ってない新しいものである。 明治8年の平民苗字必称義務令が出たときに、慌てて作られた苗字が多くあった。 そのため、苗字を決めるときの悲喜こもごもが、そのまま現在でも残っている。笑うに笑えない実話が無数にある。 ーこの本の中の幾つかの実例を抜粋してみるとー ・喧嘩の耐えない夫婦に、庄屋の旦那が「円満」といわれて、 そのままそれが、苗字になった。 ・若い身空で後家になった女に、ご隠居に「口説かれたら『射矢』といいなさい」と言われて、名前をそのままつけた。 ・大学の前に住んでいたので『大学』 ・大工だったので『大工』 ・仙人のような顔をしていたので『仙人』 ・女道楽が過ぎるので『女楽』 ・愛媛県南宇和郡網代村の村民の名前が、株菜、大根、浜地、鱒、稗田など、魚と野菜の名前ばかりの村がある ・庄屋が、その男の顔が蛸に似ているので面白がって『太古』とつけられ、教師になった後で「タコ、タコ」と馬鹿にされて辞職した。 (字数制限のためカット 2010年7月25日) ・・・・・・・・・・ 2004年07月25日(日) 1209, ヘーゲル ー哲学について−20 ーヘーゲルー マルクスの後になってしまったが、近代哲学でヘーゲルが基点になる。ヘーゲルは、「現実世界とその歴史は精神的な 発展していく姿ー現象と考え、それは自己認識に到達するための歴史的プロセスである」と考えた。 心や精神は無機質の自然から生まれたのではなく、それ自身が存在の中心的な構成要素であり、現実を構成する 歴史的プロセスの主体と捉えた。この全プロセスを現におこっていると認識しているもの(存在の究極的な本質)を、 ドイツ語で「ガイスト」と呼んだ。 この意味は「精神」と「心」の中間のようなものであった。 ヘーゲルにとって、ガイストは、存在の核心、存在の究極の本質であった。 ガイストが自己認識を目指して発展する姿であった。それが達成されると、全ての存在は調和をしてひとつのものになる。 それをヘーゲルは「絶対者」とよんだ。 それが「絶対的観念論」である。 ヘーゲルには3つの理論がある。 1、さっき述べた現実とは歴史的なプロセスであるという考え方 2、二番目には、歴史は合理的な構造を持っており、その構造を理解するために必要なのは変化の法則、 すなわち弁証法(正・反・合)であるという考え方 3、三番目には、疎外についての理論である。 人間は、文明を築くプロセスの中で色いろな組織や規則や思想や宗教を生み出してきた。 それが逆に人間を抑圧するようになって、自分で作ったものなのに自分のものでなくなってしまった。 宗教が、その端的なものと考えた。神を自分の投影として作っておきながらそれとは異なる存在、 正反対の存在として考えてしまうようになった。 (字数制限のためカット 2011年7月25日) ・・・・・・・・ 2003年07月25日(金) 842, エンドレスの巡礼 先日、殺人未遂で逃げ回っていたお爺ちゃんが、エンドレスのお遍路さんでTVに出演をして、たまたまTVを見ていた刑事に 正体がばれて逮捕されてしまった。当地では「エンドレスお遍路」で有名の人だった。TV出演を拒否すればと思ってしまうのだが、 そこが人間の持つ浅ましさだ。 実を言うとこのエンドレスの老人の存在を知っていた。『到知』という月刊誌で、 俳優のショーケンー萩原健一の文章に登場していたのだ。ショーケンは、お遍路を年中恒例にしており、その詳細を書いていたのだ。 その文章でエンドレスの爺ちゃんの存在を知って「70歳を過ぎたら、こういう生き方も良いのかもしれない」と感心をした。 すべてを失い駅などでホームレスをしなくてはならない時が万一きたら、思い切ってエンドレスのお遍路も良いじゃないかと考えた。 絶望をして、死にたくなった時でもよい。実際に、お遍路の道中に行き倒れて死ぬのも、病院で管に繋がれてのた打ち回って 死ぬよりはずっと良い。その最後のよりどころを、この老人は儚くも潰してしまった。「歳とっての逃亡」でしかエンドレスの巡礼は できないのかもしれないが。「巡礼は自分の過去に向かって歩いていくこと」と聞いたことがある。その行き先のまた先が神仏なのだろう。 まだ巡礼をしたいとは思わないが、いつか駆り立てられる日がくるかもしれない。母が80歳を過ぎ痴呆症の現象が出始めの頃に 面白い夢をみた。母が5~6歳の巡礼姿で玄関口にいる。その姿をすでに亡くなっていた母の妹がじっと見つめているのだ。 恐ろしい悲しい神秘的な夢であった。人生はエンドレスの旅路なのかもしれない。 ・・・・・・・・ 2002年07月25日(木) 467,内山由蔵さんへの手紙 葉書ありがとうございます。この春奥様がご逝去されたと、兄より五月の連休頃に散歩の途中に会った時に聞きました。 謹んでご愁傷申し上げます。 丁度私が西アフリカに行っていて留守、参列できなった非礼お詫びします。 今年の2月ごろ堀内トシさんより手紙で「見聞皆師そのご追加分を送ってもらいたい」との依頼されました。 去年の五月より個人のホームページを開設して、毎日「随想日記」を書いたのをコピーして送りました。 その時に2部コピーして、内山さんにもと思ったのですが、少し差出がましいかと、そのまま手元にあるのを今回送ります。 その後の分もあるのですが、この秋頃に再び送りたいと思っています。毎日文章を一文書くのは大変ですが、頭の活性化には ベストのようです。自分でも色々のことを考えているのに驚きます。「書き出す」ことの重要さを改めて実感しています。 土曜日が一番都合が良いので、いつでも連絡をください。大手通りは何をしても無駄だと思います。 同じ努力をしても半分以下の効果しかないからです。同じ努力なら二倍の効果のある場所でやるのが道理だと思います。 ー内山さんの手紙の下書きーより ・・・・・・・・・・ 2001年07月25日(水) [86] ホームページ用3dソフトが完成 (字数制限のためカット 2011年7月25日)
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2011年07月24日(日)
* タレントは日本特有の職業人 NHKのBS番組「クール・ジャパン」で、各国の外国人が日本のテレビ番組に特殊性を語っていた。 日本のTV番組は、それぞれの国からみると、過剰なぐらいサービスが徹底していて、特にバラエティー番組に、 その傾向が見られるという。そこにはタレントと称する職業があり、何でもこなすマルチ的才能の職業がある。 ーそこで、タレントをウェブ辞書で調べてみるとー 【 俳優や歌手以外で、その才能・個性をセールスポイントにTVやラジオに出演して活躍する人を一般に「タレント」といいます。 バラエティーやクイズ番組に出演している司会者、リポーター、コメディアンなどをさすことが多い。プロダクションに所属して チャンスをつかむほか、街を歩いていてスカウトされることなどもある。 いずれにしても、きっかけをつかむ運と、 魅力あるキャラクターを持っているという、生まれついての素養が重要となります。 】とあった。 このような職業は外国では存在しておらず、日本固有のものという。また、日本のようなバラエティーも特殊であり、 そのテーマに教養を取り上げることなど外国では考えられないという。その意味では、日本は遥かに外国を凌いでいるとか。 もし、それぞれの専門家が、それ以外の番組に多く出演しただけで、仲間内で馬鹿にされる土壌がある。 教養番組に出演する時は、背広を着て、厳しい雰囲気が常識。 ゴールデンタイムに、 教養的知識を面白おかしく番組が構成されるなど有得ないといか。お笑いなら徹底的にお笑いに徹するのが習い。 タレントという存在、そう言われてみれば不思議である。タレント教授、お笑いタレント、元プロ野球タレント、 タレント代議士、マスコミ出身タレント、など不思議といえば不思議な存在である。 専門職で名をなした人が、そのキャラでバラエティーに出て、その場を盛り上げる一員である。そういえば、公道で通行人が インタビューをされた時に、多くの人が、堂々と受け応えする。一億総タレント化の様相でもある。 しかも今度は携帯電話が パソコン化されてきた昨今、ミニブログなどのツイッターで、誰もが情報を発信できるようになってきた。 その中で、色々な方面の多種のタレントも出現始めてきた。面白いといえば面白い時代、総白痴化と否定だけはしてはいられない。 それにしても、TVの露出度が高い低いで、その人気度がはかられる時代、変といえば変である。 バカタレ! ▼ NHK[クールジャパン」HPより 【「外国人に聞くと日本のテレビはおもしろい。でも母国とは違うことも多いという。どんな違いがあるのだろうか? その一つがバラエティ番組が多いこと。またそこで活躍する「タレント」は日本独特の存在だという。その華やかな世界の裏側には マルチになるための努力が隠されていた。もう一つの特徴は難しいことも分かりやすくするためにとことん工夫を凝らしていること。 外国人が番組制作の舞台裏に密着した。】 ・・・・・・・ 3407, 人みな骨になるならば ー15 2010年07月24日(土) * 心理学が自虐 (−P199) もしフロイトの「発見」のうち、後世によって葬られず引き継がれるべきものがあるとすれば、 それは人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに自分自身で気がついていないという、 つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。 われわれの無意識はわれわれに信じたいように信じさせる 傾向があり、しかも、その操作をわれわれに気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、信じざるを得ないことか、 単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。 いったんこの思想に感染してしまうと、以後、人間は自分の判断を 無邪気に信じ込むことが出来なくなる。 それまで気づかれなかった自分の暗黒面を知り、受け入れ、引き受けることで 初めて精神的な健全さが回復されるとするフロイト以後の治療論仮説は十分実証されているわけではない。 なぜなら、そうした「無意識」の洞察なしでも治療効果が得られる心理療法や薬物療法がいくつも知られてしまったからである。 とはいえ、われわれの「無意識」が、まるで別の生き物のように、意識的な感情や記憶や判断を本人の知らないうちに歪ませるのを 勘定にいれておくことは、いくばくか愚行を防止するのに有用なはずである。目常生活において、おいしい儲け話に飛びつくことが 危険であるのと同様に、世界や人生に関する認識においても、自分たちに好都合すぎる筋書きには眉に唾しなければならない。 願望充足をたくらむわれわれの無意識が、そのように誘導しているのかもしれないからだ。 フロイト以後、いやしくも十分知的な教養人は、何らかのムシのよさを備えた世界観や欺瞞の人生観を受け入れがたくなった。 ・話がうますぎるような信念は自己欺隔であり、 ・自民族や人類だけを特別視する思想は単なる願望思考の産物でしかない。 ・輪廻転生は「死んでも命のあるように」という見苦しい未練の現れで、 ・極楽往生は現世の不如意を慰める童話である。 ・文明をもった宇宙人の存在を信じたがるのは人類の孤独をごまかしたいためであろうし、 ・超能力への期待も味気ない現実から目をそらし繍時の夢を見たいがためなのだ。 ▼ 上記の中にも、多くの示唆がある。フロイトの「人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに 自分自身で気がついていないという、つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。われわれの無意識はわれわれに 信じたいように信じさせる傾向があり、しかも、その操作をわれわれに気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、 信じざるを得ないことか、単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。」とは、恐ろしい自己洞察にも思われる。 その視点からみれば、ムシのよさを備えた世界観や欺瞞として、輪廻転生や、極楽浄土、宇宙人の存在、超能力等々を 斬って捨てるところが虚無だからこそ可能である。 ・・・・・・・・ 3032,青年と成年の境目 2009年07月24日(金) 青年と成年の境目とは何だろうか、何度か考えたことがあった。 「就職をし、結婚をして家庭を持って落ち着き先を見出した時」とは思っていた。 開高健は以下の文章は、そのあたりを明快に書いている。 ーまずは、その部分より 【「青春」という言葉があります。私なりに定義をすると、「自分の気に入った、自分の適した職業を見つけるまで、どんどん職業を 変えていける条件と心のある時期」を「青春」というんじゃないか。 職業を選んでしまうと、それはもう青春ではなくて 「青」が「成」という字になる。職業を選んだときからアダルトになるじゃないですか。 (佐治敬三氏との対談より)】 成るほど、その通りである。そうすると、私は34歳までは青年だったということだ。考えてみると、そうかもしれない。 青春は、理想を求め彷徨い漂っている時期をいうのである。それでは、中学校を卒業して就職し、一途に仕事をしてきた人には 青年期は無かったというのか? その辺の判断は非常に難しいが、如何だろうか? そのファジーな部分からみると、人生に希望を 持って具体的に行動をしている人が青年期というのだろう。 一生、足元を踏み固めずに、夢見るオノコがいるが、彼を万年青年とは いわない。万年青年という言葉には、深い教養の上で理想を追い求める人をいう。人にとって、その職業の占める位置は大きい。 連れ添いと同じぐらいといって良い。力=仕事、愛=家庭、知=教養とすると、青年期は、それぞれのカタチを模索し 吸収している時期をいう。 見っともなく、ボロボロで、大きく変化をしている時、だから光輝いているのである。 成年期は、その光を失った時というと、そうでもない。仕事や、家庭つくりに全身をぶつけている違う輝きが出る時である。 そうこう考えると、就職と、結婚が大きな境目といってよい。 自立した時が成年にアップスケールした時である。 心は何時も青年だが、身体は老年になっていく。諦念するしかないか! ところで、青年期も、成年期もない人がいる。ドッキ! ・・・・・・・・・ 2667, 結論で読む人生論 ー3 2008年07月24日(木) 今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。今度、図書館に行って今の本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分?か。 とにかく、面白い。何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。自分を、くそ坊主と割り切れば、 「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題いえる。自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。 −ー 「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」 「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」「てめえがみじめそのものなんだよ」 「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」 「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろうが」「ぶっ殺してやりたいよ」 「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」 「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり愛情であるんだ」 「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、てめえが不幸になる方がいい」。 極めつけは、これ。 ・「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちになれ!そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、 まず己を空しゅうして、謙虚になってひれ伏す。愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、女を愛することもできないし、 女にも愛されない」。 「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」という二十一歳の学生の質問。利いた風な ことをいう者には東光は容赦ない。「バカとちがうか、こん畜生は? 生きているのに“生きる義務”もねえもんだ。 いやならとっとと 死にゃあいいだろう。 そんなこっていっぱし物を考えていると思ってるのはバカだよ。生きるのは何も義務でもないし、運命でもない。 オレたちは命のあるだけ生きるだけのことだ。努力によって生きてるわけでもありゃあしねえ。それでどうせ死ぬんだとか、あとには 何も残らねえとか、そんなくだらねえことを若い身空で考えてよう。たしかに残らねえよ、おめえみたいなバカ者は! その生きる義務とやらをさっさと放棄して死んじまえ! ──『極道辻説法』 おなじように、「人生ってちっとも面白いと感じたことがない」「つまらなかったらさっさと自殺していいんだと思う」十九歳の学生に。 「自殺より、最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、『おまえの人生、つまってるか?』って。 みんな「つまらねえよ」って言うよ。そのつまらない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出していく発見だ、 この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。どこへ行っててもつまるものを発見するという能力をまず養う。 能力というより、そういう努力をするということだ。(略) それでもつまらなかったら、さっさと死んじまえばいい。 オレは別にとめやせん。生きてる意味を放棄したんだから、勝手に死にゃあいいさ。」 ──同書 最後に、「死んだらどこへ行くのか?」という十八歳の学生へ。 「そんなことわかるかい!」。 ーーー これを読んでいると、悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。 そして、言葉は何時までも残るというのが解る。 本当に言葉は大切だ。 その中に感情と理性が入るからである。 最後は人間性ということだ。 ・・・・・・・・・・・ 2007年07月24日(火) 2303, また地震!どうなっている?まったく! ー 7 ー風評で観光地が壊滅状態ー まだまだ、地震の話はつづく。2?3回のつもりだったが、いくらでもあるものである。 この地震の原発の風評が、観光を直撃している。これから一ヶ月近くの稼ぎ時期の海水浴場と、温泉などの観光旅館である。 死活問題であろうが、他人事ではない。8月~10月は当方にとっても一年間の利益の殆どを稼ぐ時期である。 今年は政令都市になった勢いで、一割近くの売り上げアップを期待していたが、これでは大幅でないとしても、マイナスも覚悟を しなくてはなるまい。この商売の宿命である。さっそく地元紙に取上げられていたのが、寺泊港の名物の海と魚の「アメ横」通り。 10軒以上の魚市場風の店が立ち並び、1千台?以上の駐車場は、平日でも車で溢れる。休日は観光バスが大挙して押し寄せてくる。 近くには小洒落たレストランや、海洋深海水をつかった風呂が売りの入浴施設「きんぱち」などが立ち並んで、若いカップルなどで 賑っている。去年も知人の元部下が経営をしているレストランに行って食事をしてきたが、なかなか主人には強気な雰囲気が 漂っていた。ところが、その日を境に寺泊はゴーストタウン化。駐車場には殆ど車が見当たらず、目も当てられない惨状という。 (字数制限のためカット 2011年7月24日) ・・・・・・・ 2006年07月24日(月) 1938, 急増“働く貧困層 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning 昨夜のNHKスペシャルがシビアな内容であった。(急増“働く貧困層"07/23(日) 後09:00 >> 後10:15 ) ▽400万世帯が生活保護水準以下 ▽リストラで年収200万・父親の涙 ▽仕事に就けない若者都会を漂流 等が、骨組みとして構成されていた NHKも日曜日のゴールデンタイムの21時に思い切った番組を組むものだが、これが現実であるからだ。 ーまずはNHKのHPから紹介文をコピーしてみるー いくら働いても豊かになれない「ワーキングプア」と呼ばれる低所得者層の実態をリポートする。 働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできないワーキングプア世帯は全世帯の約10分の1に当たる400万世帯とも、 それ以上ともいわれる。景気が回復に転じたとされる都会でも正社員は狭き門で3人に1人が非正規雇用で働いている。 子どもを抱える低所得世帯では食べるのに精いっぱいで、子どもの将来にも暗い影を落としている。 一方、地方では低収入が原因で税金を払えない人が急増している。基幹産業の農業は厳しい価格競争にさらされ、 離農する人が後を絶たず、集落の存続すら危ぶまれている。高齢者世帯には医療費や介護保険料の負担増が追い打ちをかけている。 憲法が保障する「人間らしく生きる最低限の権利」さえ脅かされかねないワーキングプアの深刻な実態に迫り、 これから目指すべき社会の在り方を模索する。 ーー 現実の地方経済は信じられないような落ち込みなので、この番組は身近の現状の断面を鋭く切り取った内容として受け止めることができた。 この番組の中での印象的なケースといえば ・30歳過ぎのホームレスが職を求めて彷徨う姿が生々しく深刻。このままいって最後に食えなくなったとき、犯罪しか生きる道はなくなる? ・地方都市の寂れた商店街の洋服屋のお爺ちゃんの姿も現代の姿だ。 妻は痴呆症で入院、国民年金の大部分は、その支払いで消えていく。 生活保護を受けるには、持ち家と預金が有ってはならない規定がある。 それが人間としての尊厳の問題となって決断できないでいる。 ・50歳のお父さん、中学生の少年二人を抱えて月に21~22万円で生活をしている。奥さんには先立たれ、数年前にはリストラされ、 現在は3つのアルバイト先で働いている姿が映し出されていた。 (字数制限のためカット 2010年7月24日) ・・・・・・ 2005年07月24日(日) 1573, 日本人の苗字 ー読書日記 ー30万苗字の調査から見えたことー 図書館で借りてきた本だが、身近なことのためか面白い内容であった。知っていることといえば、佐藤などの藤は、 藤原氏の藤から頂いたこと位である。日本人の約30万姓をデータに日本人の苗字を探って、その苗字の驚くべき由来などを紹介。 (字数制限のためカット 2010年7月24日) ・・・・・・・・ 2004年07月24日(土) 1208, 自殺 3万4427人 昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7?も増加して3万4427人と報じていた。 ー内容をまとめてみるとー ・原因として、病苦が45?、経済苦が25? 特に経済苦の増加が目立って増えている ・40歳以上が、4分の3を占め ・男女の比率は、男子が70?、女子が30? ・鬱病が30?70?。 他の精神疾患を入れると、殆んどが精神疾患があった ・1997年まで、年間2万?2万5千人と推移していたが、1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になった ・職業別に見ると、無職が半分近くだ 20万都市で一週間に一人が、日本全体では、毎日94人が自殺で亡くなっていることになる。 大都会の真ん中で失業をして、駅などの人ごみの中にいると、ふっと虚無が自分を覆いこみ電車に飛び込みたくなる衝動に駆られるという。 何か解るような気しないでもないが。「自殺は最後に残された意思の遂行」というが、その心中は当人でなくては解るはずがない。 (字数制限のためカット 2011年7月24日) ・・・・・・・・・ 2003年07月24日(木) 841, 初めての経験ーユースブック ある本を店頭で買おうとしたが、一度「アマゾンの中古本」を買ってみたかったことを思い出した。 そこで買うのを止めて、webのアマゾンで調べてみたら30?オフで出ていた。早速注文をしたら、一週間で直接「持ち主」から 本が送られてきた。大阪の女性の人からで、本は全く新品同様であった。家内にそれを見せると「きれいに読んで、また売ったら」 と考えも及ばない事をいう。恐らくアマゾンは2回目のそれは受け付けないと思うが? そのシステムは革命的だ。 (字数制限のためカット 2010年7月24日) ・・・・・・・・・ 2002年07月24日(水) 466,内山由蔵さんからの葉書 W杯のお陰でアフリカの地図を引っ張り出すチャンスが多く、だいぶ勉強しました。ホテル業も大変のようで、長岡のグランドホテルも 市議の中では云々されています。日本精機の永井さんが赤字のグランドホテル手本にして新潟の万代島の再開発のホテルをやるとか 云っていますが、永井さんでは経営はできませんね、どうするんでしょう。貴方がメルクマールで誉めておられ、私もフアンになった ユニクロ、一揃え買ったが着こなせず若い者にやりました。ユニクロも元の元気はありませんね。大手通も今月一杯で丸越と覚張も廃業、 キッドも閉まったまま。どうするか考えはありませんか?市民センターは一日600人の入場があるとか。 お会いして貴方の話を聞きたいと思っています。私は元気でいます。 ー葉書の日付は7月20日ー2002年 ・・・・・・・・・・ 2001年07月24日(火) 先日も書いたがフィヨルド見物あとの登山列車のトンネルとトンネルの合間の空間で列車が停まった。 そこで全列車の乗客がおりて5分間の滝見物という。 100メートルいくと突然空間が開けていた。 そこに大きなショール滝が現れた。その滝に見とれ写真を撮り乗客の半分近く帰った時、突然音楽が鳴り出した。 ふと滝の中間に赤いものが見えた。赤いドレスの女が踊っている。 写真を撮ろうか、それとも見ることに集中しようか迷ったが両方にすることにした。 まさしく水の精が踊っているようであった。 一生に残る感動的場面であった。明日写真アルバムの載せます
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2011年07月23日(土)
* ユングのいう、能動的想像とは? ーあるブログに、能動的想像法の要約があったー { 能動的想像法は、睡眠と覚醒の中間の状態で、一種の夢想状態に近い。 眠りと覚醒の中間、眠りに落ちるすんでで留まり、 意識を持ちながら夢の中を観察するような、そういった状態。ただし、そこでは、あくまで観察するだけで、干渉はしない。 願望を叶えるために夢を操作するような、そんなことはしません。魂ともいえるものが自由にしている状態を、ただ眺め、観察する。 この時重要になるのが、記録。これは、単に書き留めるだけに留まらず、それは一種の表現になる。書き留めたり、絵に描いたり、 粘土で作ったり、踊ったり、歌ったり、演じたり、また信頼できる人に話したり、そうすることで、無意識の闇にあったものが 命を持ったまま、現世に顕現するのです。そうすることで、こちら側に生きる我々が、こちら側に生きながらあちら側に参加する、 そんな感じになってきます。それが魂の体現の一部となる。 人間を豊かにし、特に現実問題と十分に向き合ってきた中年期・ 老年期の人たちに対しては、今までになかったものを与えてくれたり、今まで見逃していたものに、気づかせてくれたりします。} ▼ なるほど、面白い。 この実例が〈ユングー地下の大王 ーコリン・ウィルソンー 〉にあった。その幾つかを、次回に コピーし考えてみるが、あちら側は、あくまで能動的想像をしている本人の潜在意識の世界である。いや、更に深い共同意識の世界か。 意識を持ちながら夢の中を観察する状態で、魂を眺めているのが能動的想像ということ。子供時代の頃の夢を見ている時の マドロミ状態が、こんなものかもしれない。ユングは自分に、この能動的想像力があることに気づく。フロイトとの仲たがいなどで、 自分の精神が崩壊の寸前に至り、精神病者が苦しんでいる妄想を垣間見ることができた。その一つに「血のなかに溺れかけた 欧州の幻覚が、翌年の1914年に現実になり、その幻想は間違ってなかった認識をえたのは幸運だった。 作家の創作も似ているが、あくまで、これは潜在意識の観察であり、本人の魂の開放である。重なっている部分は、主人公の 魂の開放を通して、読み手を満足させようとするところ。 (全ての小説が、そうとは限らない。) ところで、過って行ったことのある世界の旅先を、毎日のようにTVで放送している。実際に見てきた以外の所も映し出す。 そうすると、当時に立ち返り、そこに自分が行っているような奇妙な感覚になる。これも、能動的想像法の一つになるのか? 老人が過去の思い出に浸っている時、心は能動的想像の世界に入っている? だから、勝手に孤独な老人と決め付けるのは間違い。 この年齢になって分かったことは、行蔵にあまりに多くの経験があることだ。 ・・・・・・・ 3406, この国の終わり ー3 2010年07月23日(金) * 「転ばぬ先の杖」こそが知性の原点 恐怖と不安は鋭敏な自衛感覚を育て、それによって人間である限り永遠に尽きることのない敵に対処することこそ、人間の知の原点。 その典型的な形が、外交をはじめとし、最後の原爆投下にいたるまでのすべての闘争における攻撃と防御のストラットジーである。 恐怖は考えの母であり、不安は考えの教師である。考えた結果を個人的な知性に転じるという能力もまた、疑うという能力をも 持っていなければ達成できない。疑いの度合いが深ければ深いほど、そしてその疑いの解答が明晰であればあるほど、人は賢くなる。 「何故」があり、「何故なら」がある。 西洋哲学は恐怖と不安への疑いが原点であり、西洋宗教も同じである。 それが日本人以外の人間たちが持つ知性である。 一神教的知性なのだ。 賢い人、とは、知性があるということを 古風に言った言葉である。ただの「物知り」とは違う。知恵者とも言った。知恵は智慧とも書く。・・・・ ▼ー感想 知性とは、モノゴトを知っているということでなく、恐怖と不安を感じ取り敵に対処する人間の原点を わきまえ知ることである。 持っている知識を、それに対処する智慧を知性という。言われてみれば、当たり前のこと。 その意味では、現在の日本は知性も何も無いといえる。考えることが出来ないのは知性がないのである。 このように仕立て上たのがアメリカである。 平和憲法を宛がわれ、現在も大事にしている能天気に驚き絶望している。 今だアメリカに軍事占領と金融占拠をされている現実を省みようとしない、著者は終始一貫して、それを指摘している。 恐らく真のアメリカからの独立、「新憲法」に対し国民投票をしたとしても、拒否をするだろう。脳をやられてしまったからだ。 ・・・・・・・・ 3031,卒業40年周年か〜 −3 2009年07月23日(木) * 奥野君への手紙 (今日、本人の手元に届く) 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 書いたことすら忘れていたので、タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。ブログに同月同日に毎日載せたものです。 従って、毎年半年は、当時の日記を毎日読み返しています。その時に、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに 訪ねてきて、これから社会に出るにあたって多くを語ったことや、佐渡に広瀬君などとご一緒したことを思い出しています。 先日の会では石川譲治君や、服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君などの顔が見受けられました。 その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯やりました。 三崎、木矢、伴、鈴木(加藤)、高杉です。 三崎さんは10年前まで、新潟に16年近く転勤できていて、2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んでいました。 ところで私は、その後 ・ジャスコに一年在社後に、 ・産業能率大学に途中編入をし、・その後金沢の「いとはん」(ジャスコに吸収)に一年半在社、 ・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを 二年間従事(その当時に結婚) ・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、 ・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。 2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、何とかやっています。どちらかというと、 創業屋的な人生だったと思います。30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いたというところ。 ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、仙台空港の南10キロほどの漁港のようなところで驚いています。 資生堂に入社して、都会にドップリと浸かっているかと思いきや、その正反対の場所で。 実際のところ、東京のアスファルトジャングルなどより、遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。 それだけでも良い人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。(それぞれに価値観があるでしょうが) 何かチャンスがあったら、会うのも面白いでしょうね。 それでは、お元気で。 あの日語り合った、延長の気持ちで思いのまま書いてみました。 2009年07月22日 堀井八郎 追文)8年前より、ブログを開いています。 暇のおり覗いてください。検索に堀井八郎を入れると出てきます。 当時の写真や、先日のクラブや、同級の二次会の写真があります。 分類には当時の私の日記があります。 〜 22・23・24歳の日記のコーナー〜 ・・・・・・・・・ 2666, 結論で読む人生論 ー2 2008年07月23日(水) ー三十年ぶりの、今東光の毒舌ー 順不順でなるが {第6章 人生の価値、人生の意味ー なにはなくともこの糞坊主ー今東光} が面白い。 久しぶりに今東光の毒舌にお目にかかった。亡くなって30年近くも経つだろう。 ーまずは、その部分ー 人生なんて、そんなにむずかしいものか。じつにさまざまな考えがあって少々、食傷気味である。もしかしたら、 人生論が人生をむずかしくしているのではないか。たしかに人生には山があり谷がある。悲喜こもごもである。 だが結局、生まれて、生きて、ただ死ぬだけのことではないか。どう生きるかは、それぞれの計らいでいいではないか。 ここまで見てきたさまざまな人生論はあまりにも近寄りがたいし、荒唐無稽すぎるし、立派すぎる。もっとスカッとしたものは ないのか、とお嘆きのあなた、これがあるのだ。 その男が生存中は、なんだこの濁声の坊主は、と多少の反感を持っていた。 が、わたしはいまでは今東光を尊敬している。 そう、今東光和尚である。 聞いていただこう。 *「正しい人生」とか「何とかの人生」なんてものはないよ。本人にとっての人生しかないんでね。 自分にとっての人生しかないんだ。おめえが十八なら、「十八の人生」というものしかないよ。 それしか、オレは言いようがないね。(略)だから、自分にとっての人生で、自分が、これが正しいと思って闘って、 勝つか負けるか、これだけだよ、人生なんて。 ──『毒舌身の上相談』集英社文庫 *「バカ正直だと損をする。もっとずるく悪賢く立ち回れ」なんてよく人が言うけど、その言っている野郎が、ずるく悪賢く立ち回って 成功しているかっていうと、絶対にそうじゃねえんだな。 そんなのはダメなんで、真実火の玉になって人生を渡っていって、 社会にぶつかっていくんじゃなけりゃあダメだよ。人がよすぎて結構じゃねえか。そんなタワ言ぬかすような野郎なんぞ相手にするな!─同書 *「人生始めたばかりでスランプに落ちたら、死ぬまでスランプだぜ、この馬鹿野郎!」 「おめえみてえな野郎は一生、女を本当に愛することができねえよ。女を捨てて自慢してるような野郎は、人間の屑もいいところだ」 「そんな夢みたいなこと考えてねえで、てめえのキンタマのフクロのシワでものばしてた方がよっぽどましだぜ、この野郎!」。 ー ──『極道辻説法』集英社 *二十三歳の学生が近所の中三の女学生の家に半年間、毎日毎日いたずら電話をかけた。 どうしても彼女に自分が好きだということを知ってもらいたい。おれはどうしたらいい? 自首すべきだろうか、という質問に対する傑作回答 「 自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん。死にな。二十三歳にもなってそんな電話かけたりするバカなら、 自首するより死んだ方がいい。自首すりゃあ、恥をかくからね。恥かくより死んだ方がいいよ。 切に自殺をお勧めいたします。 ──『毒舌身の上相談』 後記)「死にな」がいい。「悪いことは言わん」「お勧めいたします」がいい。現在、これだけのことを言ったら「馬鹿たち」に袋叩きにあう。 だから誰も、こういうことはいえない。だから懐かしいのである。 今東光が現在の若者、特に負け組みといっている連中。 ◎ 私が今東光に変わって言ったとしたら、こうなるだろう。 「この馬鹿野郎が!何が負け組みだ。そうしたのは御前自身だろう。何が格差社会じゃい笑わすな。 手前に能がないのさえ自覚しないから、 能がないままにしてきたのだろう。 知恵を使え知恵を。その程度のことは幼児でも使っているじゃねえか、馬鹿野郎。 知恵が無いとぬかすなら、足と手を倍以上使え。御前に覚悟も知恵も無いことを自覚もしてねえで何が格差だよ。いいじゃねか、格差も。 もし、格差をつけられたと思っている連中、あんなものゴミみたいなものじゃ。御前よりはマシぐらいだよ。 そんなことより、知恵を使え知恵を、この馬鹿が・・・」 てな具合になるか。 ーつづく ・・・・・・・・・・ 2007年07月23日(月) 2302, また地震!どうなっている?まったく! ー6 昨日の、サンデー・モーニングなどを見ていて感じたことは、ことの重大さが実際のところ解ってはいない! ということである。当事者も、まだ本当のところ解っていないのだから、仕方ないのか? それだけ、この二回目の地震は 大きな意味を持っている。43年前の新潟地震はマグネチュード7・5だった。あの規模だったら、柏崎周辺の10?20万人が即死、 日本は壊滅。地元の長岡の大部分が被爆、数年以内にガンで十万人が死亡の可能性もあった。地震学者が、柏崎市内を歩きながら 道路の液状化現象を説明していた。道路や、そこにある陥没を見て、大げさに海岸の至近にあるための液状化を説明していたが、 そんなもの前の中越地震の長岡市内で何十箇所で目撃している。 (字数の関係でカット2011年7月23日) ・・・・・・・ 2006年07月23日(日) 1937, ローマから日本が見えるー15 \(^▽^*)おはよう \(^▽^*)おはよう! 待ちに待ったカエサルの章である。ローマ帝国といえばカエサルと言ってよいほどカエサルの業績は大きい。 現在のヨーロッパはカエサルが作ったといってほどの改革をしてしまった。 その意味では現在の世界システムの ベースを作り上げたといっても決してオーバーではない。実際に、この本を読むまでは知らなかった。 第七章「創造的天才カエサル」ー1 ーカエサルの登場ー 元老院側BC44年に立つポンペイウス派との内戦を終えたカエサルが終身独裁官に就任した。 (字数の関係でカット2009年7月23日) (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年07月23日(土) 1572, 詐欺師 身近な詐欺師としては、毎日のように電話が来る「??取引屋の営業」である。しつこく同じ会社から数百回も十年近くもある。 もうここまでシツコクかかってくると、声は懐かしい知り合いになる。こちらにしては、丁度良い怒鳴りのストレスの解消相手である。 相手も、解っていて社内向けにかけているのだろうが、最近怒鳴り声に閉口したのかかかってこない?詐欺師は、遇えば半分は 落としたようなものだという。学生時代の同級生の野村證券や大和證券の営業の男から、昔何回も聞いた事があった。 「俺らのやっていることは、1?0パーセントは詐欺である!」真面目な奴も、稀にはいるだろう?現在は、そうではないだろうが。 その露骨なのが、??取引の営業の手口である。最近は脅しまがいの手口の電話もかかってくる。 その手口を冷静に見ていると、重罪の犯罪者から学んでいるとしか思えない。 ● 昨日、通勤の帰り道に車が私の目の前に急ブレーキで停まった。親しそうな顔をした中年の男が何か早口で話し始めた。 高校の同級生とテッキリ思ってしまい、立ちとまって相手の話を聞くことにした。財布とライターとネクタイピンの入った 木の箱を開けて、貰ってくれという。てっきり同級生が、それをくれると思って貰おうと手を差し出すと違う男なのだ。 その男が言うには、「いま、会社の創業祭が終わって、記念品を貰った。これから東京に帰るが、こんなものを貰っても 仕方が無いから地元の人にあげようと思う。丁度あげるにピタッリ人がいたので、ビール代を貰えれば彼方にあげたい。」 「タダなら貰うが、金は払う気は全く無い!」と言うと、顔色を一瞬変えて、そのまま行ってしまった。こういう場面を何回か 経験しているので、路上詐欺の手口の一つだろうと直感したが未経験なら軽く引っかかるだろう。 あの瞬間芸は迫力があった。 交番に届けても仕方が無いが、あれでは引っかかっても仕方がない。 交番のお巡りさんは、こういう話も小ばかにしてしか聞かない。 応対の言葉は聞かなくてもわかっている、「実際被害にあったのですか?・・・」である。 ー検索で「詐欺師の手口」のHPに似たようなものがあったー (字数の関係でカット2008年7月23日) ・・・・・・・・ 2004年07月23日(金) 1207, 排除勧告 昨日の朝日新聞の一面トップが新潟市公共工事の談合の排除勧告の記事であった。このホームページでも何回か書いてきたが、 この国を取り仕切ってきたゼネコン・マフィアの一端が全国的に明らかにされる。公然と、このマフィア・システムを書いてきたが、 字数の関係でカット(2010年7月23日) ・・・・・・・・ 2003年07月23日(水) 840, プロジェクトー NHKTVのプロジェクト?がなかなか面白い内容だった。このシリーズは三回に一回は見ているが、昨夜はソニーのロボット犬 『アイボー』の開発プロジェクトのチームリダーとメンバーの苦労話であった。一つの商品の中に、多くのメンバーの思い人生と エネルギーがぎっちりとつまっている。社長の井深大の『人の真似をするな!』が、ソニーの商品開発のコンセプトの 一つということは知っていたが、しかし現場の技術者にそれが貫かれていたのをみせつけられた。 ー字数の関係でカット(2008年7月23日) ・・・・・・・・・ 2002年07月23日(火) 465,流離(さすらい)のランチャー ある長年サラリーマンを勤めている人から、彼らの昼飯をとることの大変さを聞いたことがある。昼飯時は何処も混んでいる、 それを同僚か誰かと探し歩いて食べる大変さ。その気遣いだけでかなりのエネルギーを使うという。私の場合は、殆ど一人で 11時45分に出る。サラリーマンで混雑する直前に入ってしまうのだ。週5日のうち2日は回転寿司である。 今のランチは500円から300円以下になってきているという。マクドナルドのハンバーガーに缶コーヒーで200円でも結構悪くない。 昨夜家に帰ると家内が不思議そうな顔で、長岡の駅前のアルファー・ワンというホテルで、680円のバイキングに入ったという。 12時少し前に入り13時まで自分達一組だけだったという。値段も安いし、内容も良いし、店は大きいのに誰もいないのが不思議という。 それとあの大量のバイキングの料理をどうするのだろうかと。新潟駅前で自分が行く店で少し遅れて入って、ピーク時間に誰もいない事は 月に1?2度出くわす。週一度の居酒屋の楽しみを欠かさない為に、節約の一番のターゲットになる。ランチは一番に景気に左右する。 流離のランチャーという言葉ももの悲しく聞こえてくる。 不景気だ! ・・・・・・・・ 2001年07月23日(月) [84] 北欧の印象 いま欧州各国の首都はインターネット化による合理化と、EC統一で本社機能がドイツのベルリンに移転、 本社の支店化や支店の撤退が進んで、合理化と人員削減による不況が進んでいるという。いずこの国も一緒と感じた。 ロシアの国境以外は完全オープンといった感だ。ただノルウエーだけは北海油田が発見された為、海陸資源が豊富な上に 石油の心配が無くなったためECに参加せず一国強気という。北欧とロシアは欧州の片田舎とい位置づけられている。 北欧4国の各国の位置付けはスエーデン・デンマーク・ノルウエーの順で彼らはゲルマン民族で言葉もほぼ一緒。 フィンランドだけはハンガリー系のフン属で彼らは露骨な?差別意識があるようだ。何処も一緒か。常にロシアと ドイツなどの外敵にさらされてきたという。どこも立憲君主の政治体制をとっている。また社会民主主義が進んでいる。 ノルウエーの学校制で考えさせられたのは小中9年間クラス換えがなく、先生も一緒。一クラス20人のため先生は80人の生徒を 見ることになり、責任を持って生徒を指導できるという。虐めや差別は少なく、20人は一生の付き合いになる。 競争社会の日本でこれがそのまま良いかどうかわからないが、ヒントになることは確かだ!
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