堀井On-Line



3515, ユダヤ人の頭脳活性法 ー7

2010年11月09日(火)

  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 * ユダヤ人の考え方から何が学べるか
 ー 日本人は、第一人称不在である。
 記憶力が良いことと、自分で問題解決方法を工夫するのは別次元である。
「それについて自分がこう思った。私はここを疑問に思った。私であったらこう考える」という主張が欠如している。
つまり「自分自身は」という一人称が不在である。日本人の、無思考シンドロームの若者の多さは、大人たちの解答直行主義が
まいた種子の結果である。学校時代のまる暗記などで大学受験を乗り切ってきた根源が社会に出てからも続いてきたからである。
ベストセラーなど名著を読んでも、その本に感化されるわけでもない、吸収もしない、いわば、消化器の胃腸を持たない食道だけの
状態の人間、知識の食道人間、それが日本人である。ソクラテスもカントもニーチェも、自分の時代の問題を自分のことばで
考えたのであって、他人の言説の解説はほどんどしてない。 対照的に、日本の知識人は、
あたかも自分の考えであるかのように海外の思想を引用し、それを基準に世間の動向を批評している。 
 ■ここで考える四段階とは?を説いている。
△第一段階で、考えるための基礎的知識とヒントをどうつかむか?を、
△第二段階で、考える課題を自分自身に引きつけ
△第三段階で、自分で疑問を持ち、問題を発見し、解決法を組み立てて
△第四段階で、自分のことばで、自分の考えを述べる   これを徹底的にすることで思考力を高めている。
 ■「質問」ができるか?という能力も大きく問われる日本人は、小中高校を通して、先生にあまり質問をすることはない。
それは逆に言えば、深く問題を自ら求めてないからである。先生の方も生徒に課題を多く出して、生徒自身が研究し、
自分で解答を見つけるように仕組むのが教育もあるべき姿である。ユダヤでは低学年の時から小人数のグループ編成と
ディスカッションを進めている。一クラス25人を超えることはない。課題研究は5〜6名で、生徒たちは議論をしながら進める。
自分たちで考え、自分たちで疑問を持ち、自分たちで質問しあい、自分たちで答えを出す作業をしている。
 〜〜
 自分の頭で考えること、そのためには「自分自身は、こう思う」という第一人称で考えること。疑問を持ち、何が問題かを見つけ、
解決策を見つけ、自分のことばで考えなければならない。特にユダヤの教育は子供のころから、これを徹底させる。
島国の中で、外敵から攻撃の心配がないことが、思考の必要性を最小限にしたのだろう。明治維新は、外的の脅威から起こった。
 坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰など、強烈な個性を持った男たちは、第一人称を持っていた。
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3140, マイケル・ジャクソン 「THIS IS IT」
 2009年11月09日(月)
 昨日、長岡T.joyでマイケル・ジャクソン「THIS IS IT」ーを観てきたが、期待した以上の内容だった。
長男が二回も観てきたというし、家内も観て良かったというので、ネットで内容を調べ納得し観ることにした。
亡くなった時に、あれだけ世界中が悲しんだのだから何かがあるはずと・・・。
ライブをそのまま映画化したものを観たいと思っていたので丁度よいタイミング。
映画館の前から4番目の真ん中の席をとって、館内は私一人だけの気持ちでみたが、上映時間の二時間は、
アッという間に過ぎてしまった。 練習とはいえ、完成前の調整段階のもの。
マイケルと、指揮者、そしてダンサーやミュージシャン、などが一体になり、それぞれの歌の場面を知恵を出しながら
練り上げていた。 彼の歌の隠れテーマは『愛と自由』ではないかと直感したが、正しく、その通りであった。 
 ー以下は、HPの紹介文ー
 《以下字数の関係でカット2010年11月09日》 
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 2775、仮説思考 −2
  2008年11月09日(日)
   ー この本の背裏の紹介の内容が、ズバリ要所をついている ー
 「情報が多ければ多いほど、よい意思決定ができる。このように信じているビジネスパーソンは多い。
 そうであるがゆえに、できるだけ多くの情報を集め、それらを分析してから、経営課題の本質を見極め、解決策を出そうとする。
 実際に起こることは何か? 情報収集しているうちに時間切れになったり、あるいは、ほかのどうでもよいデータはあるが、
 最も重要なデータがないことに土壇場で気づき、苦し紛れで「エイヤーッ」と意思決定せざるをえないことになる。
 徹底的に調べてから、答えを出すという仕事のやり方には無理がある。では、どうすればよいのか? 仮説思考を身につければよい。
 仮説とは、十分な情報がない段階、あるいは、分析が済んでいない段階でもつ、「仮の答え」「仮の結論」である。
 常に仮の答えをもちなながら、全体像を見据える習慣を仮説思考と呼ぶ。
 「仕事が速く、優れた成果をもたらすコンサルタントはみな、仮説をもって仕事をしている」と著者は言う。
 ーこれだけを身につけるだけで、全てが変化をするだろう。そして、その効用とは・・・
 *仮説思考の効用
    著者は、仮説思考の効用を3つ上げている。
    (1)情報洪水に溺れなくてすむ、(2)スピードアップ、(3)他人に状況がよく見える。
 (1)は、学生時代の研究レポートのようなものを考えると分かりやすい。「できるだけたくさんの情報を集めて
    分析してストーリーを作ろうとすると、提出日前の夜中になって重要な点を調べ忘れたと気が付いたりする。
    その結果、その部分は穴をあけたまま提出することになる。情報収集に時間を取られた結果、思考する時間が
    ほとんど取れなくなってしまうのは最悪だ」(内田)。これでは仕事の質が悪いばかりか、時間の無駄となる。
   「最初に答えを決めておいて、それに必要な部品を集めていけばいい。100を網羅的にやるより、もっともらしい2、3をやる。
    仮説思考は繰り返せば繰り返すほど経験がものをいうし、精度も上がる」
 (2)は、仕事がスピードアップし、楽になるという点だ。多くの作業をこなした方が仕事をした気にはなるが、
    実際には仕事の価値とはまったく関係ない。(1)とも関連するが、「100のうちの3に絞って考え、
    それで結果的に問題の解決策につながれば、仕事は加速度的に素早くなる」。作業のスピードを向上させるのではなく、
    仕事の量を減らすことで作業の効率化を図るというわけだ。
 (3)は、他人に仕事が見えるという効用だ。例えば、部下に仕事を依頼し途中経過を確認しようとしても、
    頑張ってはいるようだが、状況がよく分からないということがある。作業の状況よりも着地点を先に決めている人への方が
    アドバイスしやすいし、上司も安心できる。ここでも先に仮説を立てている人の方が結果として良い結果につながりやすい。
    同様に上司も仮説を持っていると、部下は最初から仕事の方向性が見えるので無駄な作業をしなくてすむ。
   「徹夜してやらなければならないような作業を行ったのに、結果的に間違ったものが出てくる」という事態を避けられる。
    もう一つ事例を挙げると 「実験をする前に論文を書く」ケースがある。 最初に論文を書くことで、アウトラインを明確にする。
    そのため、その結論に至る実験内容を決定できる。 つまり、その結論に至る余分な実験を行わなくてよくなる。
     失敗しても自分の出した結論は間違いだと短時間で分かるため、それほど時間の無駄にはならない。
 *自分より1つ上のポジションの立場で考える
   仮説を持って仕事をするためのポイントは、全体のストーリーを立てることだという。
   全部いっぺんにやろうとしてはダメだ。「網羅的にやって80点を取ろうとするよりも、ヘソをおさえてやる方が大事だ」
  「少ない情報でもイマジネーションを使えば2週間もあれば結論を出せる」。新米のコンサルタントに最初の2週間で出させた結論と、
   プロジェクト修了後に出した結論を比べてみても「これがほとんど変わらない」という結果になるという。
   著者は仮説思考を訓練するために「常に自分よりも1つ上のポジションにいる人間の立場になって考えてみる」ことを勧める。
   また「相手の眼鏡を掛けてものを見る」ように心掛けるのも役に立つという。
   ーー
 後記)考え方としては、「演繹法」に似ている。まずテーマを決めて、その要素を探し出す方法である。次回は、この本で紹介している、
   天才棋士の羽生の話である。棋士ほど、あらゆる仮説を一瞬に立て決断しなければならない。
   彼の言葉の一言一言が仮説思考について当てはまるのである。            ーつづく
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2007年11月09日(金)
2411, からだのままに      (☆-v-)。o○《Gооd Мояйiиg》
 「からだのままに」 木けいし著 文藝春秋社   ー読書日記ー 
 数年前、レンタルDVDでみた「阿弥陀堂だより」が非常に印象的であった。図書館で見つけた本だが、その著者の随想なら
読む価値は充分にある。2004年から2006年にかけて種々の媒体に発表された随想である。臨床医師として、文学界新人賞、
芥川賞と受賞した医師だが、終末医療に携わる中でストレス障害から体調を崩し38歳の時にパニック障害から欝病になる。
書くことも読むことも出来ない中で、生かされている自分を見つけ出し、医師として、また作家として復帰する。
  《以下字数の関係でカット2008年11月09日》            ノヾィ♪ヾ(´_`●)ノ ノヾィ♪
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2006年11月09日(木)
2046, 教養について −2
     (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん
数ヶ月前に、同じテーマで書いたが、再び書く。
<前回の要旨>は、
・「教養」の概念は、英語では「文化」を意味するculture、ドイツ語では「形成」を意味する
  Bildungに対応していていて、豊かな人間性の形成のための素養としての知識・経験をいう。
・「いかに生きるか」という問いが教養の始まりであった。
  古代ギリシア人にとって教育の目的とは、一人一人が教養を身につけることであり、
   市民としてよりよく生きるための知恵の獲得を意味した。
・「世間」とは、建前の無教養に重なり、世間には、当然と思われる価値観が厳然としてある。
  しかし、それは地域差別のコントローラーとして機能しており、そのことを客観視できる素材が教養である。
・なぜ人生の後半になってから、そのことに気づくかというと、
 「何が大切で、何が大切でないかが、経験を通して見えてくるからある。
 * 私にとっての教養とは、
「感動すること、感激すること、感謝すること、 その響きを可能な限り大きくするための知識・経験を蓄積すること」
「知ること、愛すること、創造すること、それらを楽しむこと、 このために必要な知識・経験」である。
 『親や、育った環境から与えられた先入観から自由になるための知識・経験』 というのが、結論である。
ーー
先日の朝日新聞の紙面のトークショーの内容が「今、教養とは」であった。なかなか納得しやすい言葉で各自が語っていた。 
印象的な発言を集約してみる。
ー日本画家の千住博の講演がユニークである。 {サルにとって、進化するための教養が壁画だった}という説が面白い。
西欧州の300ある洞窟の壁画のうち、新しいものの一つにアリタミラの壁画がある。
約1万5千年前、時代は氷河期であった。その時期、氷河を前に旧石器人は洞窟に引きこもるしかなかった。
そこでやることはなく、絵を描いたのです。絵は洞窟の奥ほど古く、出口ほど新しく次第にリアルになっていった。
(数千年かけて書き継がれていた)これはなかなか良いとか、こう描けば良いとかといったコミュニケーションが生まれていった。
彼らは絵を描くという行為によって一歩ずつ人間に近づいていった。
その過程で、イマジネーションや観察力、知識、理解力、コミュニケーションが、当時の旧石器人に芽生えた。
つまり芸術がサルをヒトにした。それがアルタミラの壁画の持っている意味です。サルにとって、進化するための教養が壁画だった。
芸術を料理にたとえてみる。つくり手が材料から、美味しい料理を作ろうというイマジネーションが、
他人に食べてもらおうという、コミュニケーションになります。
 《以下字数の関係でカット2010年11月09日》 
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2005年11月09日(水)
 1681, うそつき−4
「うそつき」の話になると、いくらでも面白い話が思いつく。筒井康隆の『嘘と法螺』という随想に、子供の嘘がある。
ーある人が、下駄を片方なくして帰ってきた子を叱った。するとその子は、泥棒が持って逃げたのだと言い訳をした。
泥棒が持って逃げるのをみて、どうしてお巡りさん言わなかったのかと訊ねると、子供は、下駄を持って逃げた泥棒は、
実はお巡りさんだという。 お巡りさんが下駄の片方を持って逃げても、何の役にもたたないだろうというと、
そのお巡りさん片足だったという。
ーこのような話だったと記憶しているが、こうなると瞬間芸としての子供の創作力に感心をしてしまう。ー
次の『嘘』についての話も面白い。ー昔、法螺話をする男がいて、村人からも面白いので好かれていた。
その男は毎朝、村から出て行き夕方になると帰ってきて、仕事を終えた村の働き手が仕事を終えた後に、
彼が今日見たという話を楽しみに聞いていた。ある日のこと『今日は何をみてきたか教えてくれ』というので、
その男は次の話をしたという。「森のなかで笛を吹いている牧神をみたよ。その音につれて、小さな妖精が、踊っていた」
『もっと話してくれ、ほかに何をみた?』「海岸にいってみると、波うちぎわで人魚が金の櫛で髪をとかしていたよ」
ところがある日、海岸に行くと人魚が金の櫛で髪をとかしていた。
そして、その後歩き続けて、森に行くと、牧神が笛を吹いて妖精たちが踊っていた。しかし、その夜、帰ってきて村人に
『今日も話して欲しい、何があったんだ』ときくと、彼は何もないような顔をして、「きょうは何も見なかったよ!」
 ーー
見てきたような嘘だから、男にとってよいのであって、現実なら面白くも可笑しくもない、ということだ。
嘘といえば、化粧も、動物の擬態も、政治家の公約もある。
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2004年11月09日(火)
 1316, まさか、地震が地元で!ー12
昨日の月曜日、ホテルの今週予約が如何なっているのか、実のところ心配であった。
新幹線と在来線の不通の事態なら、普段の客数の五分の一か、十分の一である。
実際、下越の観光ホテル・旅館でさえも殆んどがキャンセルである。
中越地区はゼロは情況から見れば、今さらいうこともない。新幹線がストップなら、駅前型のホテルも同じ情況で当然だが、
復興の為の手伝や、役所が全国から当分は集まって来ていて、差し引してもプラスになっている。
イベントも殆どキャンセルになっている。お客様のほとんどが、作業服を着た被災救援の関係者。
今のところ、復興部隊の人の宿泊でカバーしてくれるが、新潟県の経済は大打撃を受けたことは間違いのない事実だ。
建設・土木関係は当面、神風がふいた状態だろうが。何処まで続くかわからない事態の余震が、まだまだ収まりそうもない。
昨日も震度4〜5の余震があった。通勤の帰路にある長岡駅裏のダイエーが、地下の食品売り場を除いて閉鎖をしていた。
今朝の4時前に震度4弱の余震があった。 余震がいつまでも続いている。今では余震の度に、震度の当てあいをしている。
 メルクマールの日記内容である。
 ーーー
メルクマール  堀井
  ー11月08日
・今日、会社に来ると、国土省の延べ400人の予約が入っていた。これからも震災関係も入ってくるから、予測していた動きが、
でてきたようだ。殆んどが事務方だ。長岡では宿がとれないためだ。といって、これは一時的なことでしかない。
東京〜長岡間は4時間15分〜5時間半はかかる。高速道バスで6時間だから、値段から考えたら、バスが多くなる。
新幹線の脱線の工事は、11月10日からというから、当分開通はないが。しかし亀裂をおこした立柱は、
もう工事に入っているだろう?から、年内は無理としても最短年越し直後辺りではないか。
長岡の奥座敷といわれた、蓬平温泉の「イズミヤ」など、三つのホテルの従業員全員−100人あまりーが解雇されたと、
新聞に出ていた。 失業保険で急場をしのいで、一年後に再開するのか?
いずれにしても、経済は生きるか死ぬかの大打撃であることは間違いのないことである。
  ー11月7日
・朝8時過ぎに、震度3の余震があった。ドッスンという縦揺れのドキッとする地震だった。当分はこの状態が続くだろう。
・「男はつらいよ」DVDを借りてきた。 こういう時は、これにかぎる。
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2003年11月09日(日)
 949, 流通大戦争
 長岡と隣接している見附市の今町に5000坪のスーパーセンター「PLANT5」が開店をした。
10月29日に開店をしたがチラシをまかなかったのでオープンをしている事に気がつかなかった。
規模もさることながら、それぞれのアイテムの多さと値段の安さに驚いた。
 エブリデー・ロープライスをそのまま実践をしていた。 お客の立場からみればアイテム数が多く、
廉価であることが第一である。ただただ「安い、アイテムが多い!」と驚いてしまった。
  (字数の関係でカットー2009年11月9日)
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 648, 流通業界を考える
  - 2003年01月16日(木)
 ー字数の関係でカット(2007年11月9日)ー
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516,デフレと流通大乱
 - 2002年09月11日(水)
夏季の土日・祭日の午後の散歩はダイエーに行く。 店内を3〜40分歩いて帰ってくると、1時間の散歩コースに
丁度よいからだ。 クーラーもきいているし面白いし。それにしてもお客が少ない。 商品はそんなに悪くはない。
ただこれはという商品はヨーカ堂と比べると少ない。ニーズ商品は悪くはないが、ホット商品が少ない。 
でも安いし、面白い事は確かだ。家内もダイエーとヨーカ堂と専門店の特売を使い分けている。それにしても
消費物価が信じられないくらい安いのに驚く。300円、500円クラスで面白いぐらい良い商品がある。
 《以下字数の関係でカット2008年11月09日》
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575, つれづれに学生時代のこと ー2  
 − 2002年11月09日(土)
現在、学生時代の日記を書き写していることは意味のあることだ。ユングは「人生に午前の人生と午後の人生がある」
といっている。その価値観はまるで違う物差しになる。今の私は午後の人生の学生期にある。
それで敢えて「学生時代の日記を書くことで、これからの午後の人生の設計の基礎を考えようとしている」事になる。
若い時には仕事や家庭創りや物質など外に見出そうとした。午後はその時に見出されなかった事や、人生全体の何かを
自分の中に見出していく時期だ。そのことは「夜と霧」を書いた心理学者のフランクルもいっている。
「コペルニクス的視点の大逆転、『人生に何を求めるのでなく、人生が何を求めているか』の追求」である。 
人生の意味の完成というと難しいのかもしれない。午後の人生を余白でなく新しいページの書き込みの過程として捉えると解る。
その意味で学生時代を省みるのは理のある行為である。可能な限り行動し、知り、新しいものを開拓していく
設計図の再構築が必要ということだ。その下敷きとして学生時代の日記を見てみると違う視点が生まれる。
別に難しい事をいっていない。 両親がそれをしっかりやって死んでいったモデルがある。
・・・・・・・
2001年11月9日
ーベトナム旅行中


3514, ペットロス ー2

2010年11月08日(月)

 インコの死で、何か家の中がシーンとしてしまった。 僅か一年だったが、存在感のあったインコだった。
呼びかけた言葉を憶えてしまい、居間のガラス戸越しに、その言葉で必死に呼びかけてきたからである。今までにない経験である。
ここで、ペットロス症候群というウツ病を知った。ペットの死で幼い子供の死と同じぐらいのショックを受け、立ち直れなくなる欝症。 
先日、私のブログでペットの死を知った友人が「飼い犬の死に際の逸話」を聞かせてくれた。
「15年間飼っていた犬が、あと一日で死ぬときに、県外にいる三人の子供全員が別れのため帰省してきた。
ところが友人は私と酒を飲んでいて午前様になってしまった。ところが、犬は帰ってくるのを待っていたかのように本人が
頬ずりをした直後に息を引き取った」という。 うちのインコが長男が知らせを聞いて駆けつけてきて撫ぜてもらった直後に、
死んだのも偶然だけではないと思っていたので、丁度よい内容であった。 動物も、人間と同じようなことがあるのかどうか。
休日だったこともあり死に際に立ち会えたが、ペットが一日かけて死んでいく姿も人間のようであった。何度も危篤になるが、
頭を摩りながら呼びかけるとハッと我に返る。そして時々、餌場から下に堕ちてしまい、力を振り絞って金網を登ってくるが、 
その都度、衰弱してくる。しかし目は虚ろになり、たっているのも難儀になり、蹲ってしまう。呼吸が苦しくなりヒューヒューという
息遣いが聞こえてくる。そして、時々大きな深呼吸をする。意識が遠くなるが、その都度、何かを待っているように戻ってくる。
最後は、長男が喉を摩っている中、ドッサと下に落ち、息絶えてしまった。長男も、家内も、涙を流していたようだ。
 ところでペットは何故、あれだけ人をひきつけられのだろうか。 それは彼らが無条件でなついてくれるから、
人間の方も無条件で受け入れるのである。 それが愛情の原点である。 愛情とは無条件だからである。人間は子供の頃は無条件だが、
時間とともに自立していくほど薄れていく。 しかしペットは、何時までも無条件で愛情を求めてくるため、人間も何時までも愛情を
無条件で与えることができる。したがって幼くして亡くなった子供の悲しみとペットロスの悲しみは酷似するほど深くなる。
 特に子供たちが結婚などで巣立っていった中高年の家庭では、ペットは実際の子供と同じように愛情をもたらしてくれる。
それだけ、悲しみも深くなるものである。それが犬や猫を10数年も飼っていれば・・・
 ・・・・・・・・
3139, 「法則」のトリセツ −4
2009年11月08日(日) 
* フット・イン・ザ・ドア・テクニック
    ー小さなウソの積み重ねー
 OKしやすいことからはじめて、そのOKしてもらった内容を少し変えていきながらクロージングする方法。
よくあるのが「お試し」。「どうぞ、ちょっと試しに着てみてください」と言われて試着すると、あの手この手のほめ言葉で
いろいろと買わされてしまう。 アメリカの心理学者スティンプソンたちが行った実験で、女子大生たちに環境に関する
アンケートを実施し、それに回答した者に、さらに難題を要請するというものがある。
最初の依頼、「環境問題に関する10の質問に答えてください。」
第2の依頼、最初の依頼にOKしてくれた女子大生を対象に、「環境浄化に協力をして下さい。
 指定の場所 (大学から数マイルはなれている)に、苗木を植えてもらたいのですが、お願い出来ますか?」
いきなり、2番目の依頼をすると半数以上の人が拒否をしたにも関わらず、このステップを踏むと、承諾率は80%近い
ところまで跳ね上がった。 このテクニックは、通販広告(ダイレクトレスポンス広告)で良く利用されている。
サンプル無料提供、モニター募集、などである気軽に試乗してください。 よろしかったら一度試着しませんか、
というセールストークもこの原理を利用している。 1番目の依頼と2番目の依頼のバランスがポイントである。
この2つの間にあまり大きな開きがあってはいけない。 そしてこの心理を応用した説得の方法を言う。
 ――
 こういう手口は、過去経験の中で、幾らでも転がっている。その事例を幾つか。騙す本人も知らないで?
使っているケースが多々ある。そう解釈したい。もしかしたら、成り行きで自分も? 動機の問題もあるが・・・
 * ゼネコンが受注する時が、ほぼ、この手段を使う。完成品を買うわけではない。 素人の隙の部分をねらう。
   要は、追加工事である。ダムとか道路工事の計画もしかり。出来っこない計画で着工させ、初期工事の途中で
   到底無理と分かっても誰も指摘をしない。
 * 倒産間際の資金繰りに窮して身内や知人からウソを積み重ねて借金。初めは小さなウソの積み重ねも、
   積もり積もると立派な詐欺行為。刑事事件にならない際のウソの繰り返しは見ていて人間観が変わるほど。
   まずは自分の創作した物語に自分自身が酔ってしまう。そうでもしないと、他人を引き込めない。
   倒産劇からの親戚を巻き込んだ借金話のもつれほど、ストレスなものはない。 
   他人を騙す場合、まずは一番の身近から始める。 これを知っておくと知らないとでは大きな違いになる。
   もう一つ最近にもあった。生生しいから書けないが・・・、 倒産は人間の本性を露出させる。
 * 「まあ、私を信じて下さい!」が殺し文句の男がいる。 この人、ウソを重ねている自覚がない?から罪深い。
   すべて、いざとなると、この言葉で煙をまく。それも何度、騙されても、つい信じさせる技の蓄積がある。
 * ネット上のマッチポンプも、居る。 何年も続ければ立派な『犯罪行為』。  
 ・・・・・・・
2774, 仮説思考 −1
2008年11月08日(土)
  「仮説思考」 内田和成 著         −東洋経済新報社
   実のところ、これを読んでショックであった。 私の場合、仮説を多用してきたが、ある課題があると、
  問題点を幾つか探して、対案を幾つか考える。その対案を仮説と思っていた。しかし、早い段階の「仮の答え」を
  仮説というから、驚いた。リーマンの倒産直後に、大恐慌が始ったと書いた。 その時は、違うかもしれないが、
 8割方は間違いないと。確信はあったが、それでも半信半疑で、そう書いてしまった。 
 ところが、その視点で現象を見据えると、明らかに恐慌であり、その後の経過から現在は多くの人が、
 そのトバグチに立っていると信じている。「あと一週間で死ぬとしたら何をしますか?」という問いかけも
 分かりやすい仮設である。そうすることで、現在の「いまここ」の重要性に気づくことになる。
   間違いなく恐慌と確信したら、現在すべきことは全く違ってくる。
 「まずは結論から言いなさい。そして、その結論に至った理由を三つ分かりやすく説明しなさい」と、よく言う。
  それを思考に使うということだから世界のコンサルトは違うものだ。
  この本は必見に値する。 勘の鋭い人は、この文章だけで充分だが。
  ーまずは、この概要をまとめてみた。ー
 仮説思考とは何なのかというと、 情報収集の途中や分析作業以前に持つ「仮の答え」のことである。
『情報の少ない早い段階で結論を出し(仮説)、問題解決の筋道を大体決めてしまえ』というアプローチをいう。
・問題の課題の洗い出しをし 
・課題を発見したときも原因の追求をする、
・そして解決策を考える。
 この3つのプロセスにおいて事前に仮説を構造化していれば、漏れなく、早く、本質を当てることができる。
 大切なことは仮説を立て、仮説を構造化することである。
 仮説を構造化するために  So What?を使用する、訓練を行うために "Why?を5回繰り返す" などがある。
「仮説思考は、頭が良いとか、手法を多く知っているというのとは異なる」。
 誰もが日常生活の中で無意識に行っている思考方法。 それが仕事になると
「右脳的な考え方はいけない。もっと網羅的に理詰めで考えて結論を出さないといけない」とスイッチが左脳に切り替わる。
 だが、経営や仕事においても日常的な仮説思考を行った方がむしろ効率的で良い結果をもたらす。
  著者は「高速道路で渋滞にはまったとき」を例に挙げる。
「左車線は初心者など運転が遅い人たちが多いから、追い越し車線を選ぼう」「そう考える人が多いからここは左車線を選ぼう」
「この先はインターチェンジがあるから、そこまでは追い越し車線を行って、その後左車線を行こう」これは仮説思考そのもの。
  また雨の週末に外食に行こうとして「今日は雨だからすいているだろう」「雨とはいえ週末だから混んでいるだろう」
 と考えるのも日ごろ良くやっている仮説思考として取り上げている。
 ーー
 後記)レーガン米大統領が、「報告書には問題と、その問題の構造を大項目三分類、そして中項目を三分類ずつ九項目と、
  分かりやすくまとめたものにしていた」という。 成るほど!と感心したが、早い段階の「仮の答え」とは面白い!
  この効果は2〜3倍ではなく、10倍になるというから、若いうちに知っていたら違う人生を送っていただろう?
  それにしても、今になって知ることが、知ることがあまりに多い。 無知の涙か?・・・      ーつづく
・・・・・・・・
2007年11月08日(木)
2410, 「あたりまえ」ということ
 金子みすず の「不思議」という素晴らしい詩がある。
*不思議
わたしは不思議でたまらない 黒い雲から降る雨が 銀に光っていることが
わたしは不思議でたまらない 青いクワの葉食べている 蚕が白くなることが
わたしは不思議でたまらない たれもいじらぬ夕顔が 一人でパラリと開くのが
わたしは不思議でたまらない たれに聞いても笑ってて あたりまえだということが
ーーー
我われは、いとも簡単に「あたりまえ」と思っていることでも、少し考えてみれば、不思議なことばかりである。
自分が現に存在していること自体が、「あたりまえ」ではない。偶然の一致の重なりで現在の自分が存在している。
その現在の自分が存在している宇宙そのものが不思議である。 それに気づくかどうかである。
 (字数制限のためカット10年11月8日)
・・・・・・・
2006年11月08日(水)
2045, あたりまえなことばかり −2
   「 あたりまえなことばかり」 池田晶子著  ー 読書日記    (。^0^。)オッハ〜                
 この本の面白そうな項目から取りあげてみると「考えるとはどういうことか」になる。
「考える」とは、実際のところなんだろうか? 言葉の羅列?それとも、思いつき?、
 それともそれらを対比し、その差異と同定をしながら掘り下げること? 
 まずは、この本の面白そうなところを抜粋しながら「考えて」みる。我慢して最後まで読んでください。それも何度も!
 当たり前のことに何の疑問を感じなくなってしまっている、自分の感覚を呼び戻すためにも・・
 ー 考えるとはどういうことか ー
 *私が日がな何を考えているかといえば、考え始めたはじまりにまで遡ってみると、一言で言えば人生についてです。
  人生というと一言で敢えて具体的にいえば「生まれてきて、死ぬことです」あるいは「誰もが自分である」ということ。
  この当たり前のことが、不思議ではないですか? そんなのは当たり前といいますが、本当に当たり前と言われるが、
  それでは如何いうことか、解るのですか?生きることも、死ぬことも誰も知らないのに、どういうわけか皆知ったふりをして、
  毎日を生きているわけ。
 *キリストの言葉というものをよく読んでみると、私を信じろとはいってませんね。
  あなたの内なる神を信じよ、といっているのです。ところが、生命とか宇宙とかの不思議が本来もうどうしようもない謎を
  忘れた人たちにとっては、キリストそのものが信仰の対象になってしまうのです。 キリストだって分りませんよ、そんなこと。
  ところが自分がわからないといことを忘れているから、ただの権力闘争になってしまう。本末転倒なわけです。
 *どう考えるかという問いにあえて答えるとしたら、一言「驚け!」です。
  (字数制限のためカット09年11月8日)
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 2005年11月08日(火)
1680, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−4
   ー「メタモルフォーゼ」ー ?
     <意識の変容>
 一万年続いていた農耕社会の重心が、工業化社会から情報化社会に移動しようとしている現在、
狩猟社会の本能が再び目覚めようとしている?のか。
北極圏のインディアンに残っている狩猟社会の個人主義は、農業社会が作りあげた差別社会を否定する。
メタモルフォーゼは、情報化社会になればなるほど問われることになるだろう。
以下は「メタモルフォーゼ」ー<意識の変容>の中の文章の抜粋である。
 ーーー
直立歩行を始めてサル類から分岐した人類の先祖たちは、死肉あさりという屈辱的な低い生態的地位を経た後、
大よそ20万年前から狩猟生活を始め、平等な個人同士の対等な関係を基本とする小グループを形づくってきた。
文化人類学者の原ひろ子は「老若男女それぞれが、自分が主だと思っている。
命令口調でものを言う人間や、忠告めいたことを言う人間を極度に嫌い、馬鹿にする。
酋長といった部族全体を統率するリーダーはいない」と報告している。
彼女は「ヘアー・インディアンとその世界」という著で、さらに狩猟民族の`個人主義’について示唆を多くしている。
特に興味をおぼえたのは、彼らの生活が 「働く」「遊ぶ」「休む」の三つにわけられ、
そのうち「休む」が最も重要と考えられている、ということだ。
「休む」とは無為に寝転がっているということではなく、各人がそれぞれの自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)
と相対する時間のことである。他人との関係からはなれて、ひとり静かに自分自身と、つまり自分の無意識と対話するのだが、
守護霊は雪の山野の親しい生物から選ばれるのだから、それは自然の声でもあろう。
そんな平等な個人を基本とする生き方が、農耕時代に入って、身分制社会の不平等生活へと一変したことは事実だ。
まるで高等サル類の不平等な群社会に戻ったかのように、ひたすら優位者の機嫌を窺い、身辺の人間関係に意識の大半を費やし、
一族の、村の、国の共同の神をそろって拝む。 だが農耕社会はわずか数千年来のこと。 
それに比べてわれわれは本格的な狩猟民として、最も短く見積もっても5万年もの経験を持っている。
20世紀の後半になって、農業人口が激減して、巨大な村に過ぎなかった木造的都会が、鉱物的な現代都市に変貌するにつけて、
狩猟民時代の記憶が意識の底から徐々に蘇り始めてきているように思えてならない。
 ーー
 以上であるが、現在の時代に大きなヒントが隠されている。 エスキモーの生活が「働く」「遊ぶ」「休む」の三つに分けられ、
その中で「休む」が最も重要に考えられているというのは、大きな示唆がある。 ゴロゴロ寝ているのではなく、
各人がそれぞれの自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)と相対する時間というのがよい。
意識の変容は、本来の自分に戻る状態といえる。自分の守護霊と対じして、深く自らを見つめることで魂そのものと出会う。
・・・・・・・
2004年11月08日(月)
1315, ビーズ・クッション
数年前、パソコンショップで椅子と腰の間に置く「ビーズ・クッション」を見つた。
早速買って使ったところ非常に良い。そこで海外旅行に持っていって、飛行機やバスの席の腰に当てて使っている。 
 《字数の関係でカット2008年11月8日≫
・・・・・・・
2003年11月08日(土)
948, ユーモアのセンス
 このホームページにもユーモア・小話のコーナーを設けてあるが、世の中には、面白い小話、ダジャレ、
ユーモアは多くあるものだ。といって本当に面白いものは少ない。
以前もユーモアについて書いたが、当時は小話を100近く集めて知人に話した。
それが、ここの癒し系のコーナーに書いてある。  ユーモアについては、全く通じない人が多い。
「どうして?」と共通項を考えてみたが、本を読んでない人にその傾向が強い。
言葉の中にある微妙な面白いイメージが全く湧いてこないのだ。 それと、身構えて冷笑してしてしまう。
早くいえば教養のない人であるが、それをいってはお終いだが。
「じゃあ、あなたは自分の教養があると思っているのか?」と言われると答えようがない。
 全くつまらないと思うか思わないかのテストをしてみる、
ー身の上相談ー
アメリカのラジオ番組で、ある女性の回答が評判であった。あるとき、小学校のこどもが相談の電話をかけてきた。
「うちのママは、毎日、毎日、朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい よく勉強をしなさい TVをいつまでも見てはいけません 
 夜は早く寝なさい と言って、うるさくて、うるさくてしかたがありません。 ボク、どうしたらよいのでしょうか」
  それに回答者が答えた。
「朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい TVをいつまでも見てはいけません 夜は早く寝なさい 以上、サヨウナラ」
 (字数制限のためカット10年11月8日)
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574, つれづれに-学生時代のこと
- 2002年11月08日(金)
学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」という題で書き写しているが、そのときは34年の時空を飛び越えて
青春真っ只中の自分に立ち返っている。 記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。
変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。
学生時代は、
・そこで住んでいた青雲寮の生活     ・武澤ゼミと卒論   ・欧州の一ヶ月の旅行 ・影響を受けた大学の先生と授業
・クラブの先輩同僚などの思い出     ・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出   ・合コンや合宿などなど
結構多くの構成が重なっている。この4年間が人生の圧縮であった。
物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、出来事は数え切れないほどのことがあった。
脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが私の場合創業を目指していたこともあり刺激の強い20年間であった。
武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と結構恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。
高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。毎日日記の中で色々な友人と語っている内容は、
これからどういう生き方をしようかという内容と、その批判である。未来が光り輝いていた。
・自分は留学しようと思う。  ・いや大手の会社に勤めようと思う。
・大学に残ろうと思う。    ・自分で事業を起こしてやろう。
そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。 如何しようか?という人は多かったが。
自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。 何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった
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[220] 実感の言葉
- 2001年11月08日(木)
「自分の人生の今までの実感を、幾つかの言葉で表現してみたら?」と聞かれたら
 1、まずは「恵まれていた」これが全てと言ってよぐらいだ。(時代、両親、恩師・・)
 2、次は、「ついていた、運が良かった」
 3、第三は、「面白く楽しかった」
 4、第四が、「有難う」ー感謝・感謝・感謝である。
 5、そして、「愛こそ全て」愛情の大切さである。
 6、「もう一度全く同じ人生を!」ー
  「ありがとう、面白かった、悔いはなし」 実際のところ、うそ偽りなしの気持ちである。
   ーなんか遺言みたいだー
  (字数制限のためカット10年11月8日)


3513, ペットロス ー1

2010年11月07日(日)

 * ペットが風邪で死す
一年前に我が家に久々にペットになったメキシコ・コガネインコが、数日前の夕方に死んでしまった。
12年は生きるとあったので一年は早すぎる死である。 死因は風邪である。大よそ30年から20年前にかけて、
小桜インコを代々5羽飼っていた。 殆どは二年位で逃げられてしまった。その度に雛を飼ってきては手乗りにしていた。
しかし最後の一羽は凍死をさせてしまい、その罪悪感と子供が大学入学で巣立っていったこともあり飼うことを止めてしまった。
数年来、ペットショップを動物園代わりに、近くのSCに行ったついでに立ち寄っていたが、いやに人懐こいインコが気になっていた。
しかし売れないようで金網にとまって御客から頭を撫ぜてもらっていた。値段が6万8千円じゃ、そうは売れない。
たまたま中年の夫婦が、そのインコの頭を撫ぜていた。 「慣れたインコですよね」と話しかけると、
「私たちはオカメインコを飼っていたが、鳴き声が大きく近所迷惑で、親戚の人にあげた。それで時々、ここのインコを見にきているが、
このインコが懐いていて欲しいけど、やはり近所迷惑が・・・」という。 何気なく私の癖が出て、近くいた女店員に
「5万円なら買いたけど」というと、「このインコ、店の皆が大事に育ててきたインコ。値下げなど出来ません」と怒りだした。
で、私もムキになって、「三ヶ月前から、売れないでいる。ペットは大きくなるにつれて価値が下がるのは常識。
お客が、そう言っていると責任者に聞いてきて欲しい」というと、暫く姿を消していたが「店長が6万円ならオッケーです」との返事。
その成行きで買う羽目になったことは以前、ここで書いた。 で、家内に例のごとく反撃にあって、あわや
「新潟の長期滞在の御客様のペット」となる直前に、急に家内の気が変わって暫くはOKになった経緯がある。
そうこうして我家のペットになったが、ペットショップの多くの御客から頭を撫ぜてもらっていた為、人懐こいのである。
しかし朝晩以外は誰もいないベランダに置いておくため、足音など人の気配が聞こえるとピーピー鳴き叫ぶ。 
最初のうちは、うるさいと思っていたが、だんだん、それが可愛らしくなってきたのは私と長男だけでなく、昼間、家にいる
家内もである。直近は一番、あれだけ嫌っていたのが、このインコの大ファンになったいた。 鳥というより犬に近いと思うほど、
人懐こく、頭がよい。 個々人の識別もし、その対応も変わる。何とか人にかまってもらおうと、色いろな鳴声が憶えた人間の言葉。
それで呼びかけられれば愛情が湧いて当然。「三つ子の魂いつまでも」で、店頭で可愛がられて育った温もりが、性格になったいた。
 
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3138, 閑話小題  ーつれづれにー
2009年11月07日(土)
   * 金の価格が、動き出した?
 金の価格が、そろそろ動き出してきた。 世界の株式総額4000兆円に対して金の総額は500兆円でしかない。
信用取引などの債権総額が7京(7千憶×10)。 金の通貨としての歴史は数千年もある。 時代が変化しても、
やはり通貨の基準軸である。 で、去年に世界主要20ヶ国が、この通貨危機に対して、どんどん通貨を刷りましょうと
決めたのだから、近い将来に金が暴騰するのは当然のこと。 しかし目先に金を放出して、金融危機を乗り越える機関もあり、
一年あまりは自動調整をしてきたが、ここで値上がりに転じてきたようだ。IMFが放出した400トンの金の半分を
伏兵だったインドが買ったことも上げ相場の原因だが。 それとも、まだ調整期の一現象か? 金融の世界だけは
複雑怪奇なので即断は出来ない。 これでバブルの沸く中国上層階級が買いに入るかどうか?
  * 新潟飛行場タクシー運転手殺人事件
 物騒になってきた。新潟市は殺人事件が多いが、港町ということもある。
数万の金のため簡単に殺人事件を起こすから恐ろしい。 運転手も戦々恐々だろう。
「不景気で稼ぎが悪い上に、これだもの!」という、ボヤキが聞こえてきそうである。
さっそく、刑事が当日の宿泊客の名簿を調べにきていたが。 
  * 来春の高卒の就職内定者が4割を割って過去最低
 来年の高卒就職内定率が9月末で37パーセントで、去年より13パーセントもダウンした、という。
経済活動全般が三分の二になったのだから、この数字も肯けるが、地方ではよりマイナスが大きい。
新潟県は33パーセントというから、学校によっては、2割も決定してないところもあるはず。
企業側からいえば、5年もしないうちに大部分が辞めていくなら、中途採用を準社員にした方が数段、戦力になる。
この流れは、もう止まることもないから若者は絶望的になるのも分かる。 新卒の若いうちに、正社員としての
基礎訓練を入れてないと、何処の企業の再就職も難しいことは周知の事実。日本がますます弱っていく姿は痛痛しい。
その人にとって時代背景に恵まれていたかどうかは、大きな要素。その意味で現在、卒業を迎えている若者は気の毒。
しかし「今時の若者は」ではないが、ますます若者の質の劣化が進んでいる。まともな会話さえ出来ないのが大部分。
どうする日本である。それにしても、「ゆとり教育」の弊害は深刻である。 日教組か〜歴史に残るだろう、これは!
                         (偶然だが、去年、似たようなことを書いていた)
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2773,  どこか変?
2008年11月07日(金)
 今更だが、子供も含めて「どこか変」である。「今の若者は!」と、ピラミッドの何処かに書いてあったというが、
現在の若者のそれは、そのレベルではない。 見てみない振りをするしかないのか。アメリカが画策した占領下無能化教育の完成品?  
立場的に書けないことは幾らでもあるが、酷いを遥かに超えている。 情報化による弊害もある。
 以下、その純朴な疑問がそのまま書いてある随想の一部である。 まずは、その部分から、
   ーーーー
*どこか変です!
 女子高校三人が乗ってきて、通路をはさんだ私の前の三人がけの座席に座った。
その直後である。駆け込み乗車さながらに、白い蝶が一匹、勢いよく飛び込んできた。
まるで意志あるがごとくにである。その潔さに驚いているとドアが閉まった。
蝶はまぎれもなく電車の一員になったわけだ。 この珍景に心を奪われていると、蝶はやがて失敗に気づいたらしく
右往左往しだした。だが程なく居場所が決まった。三人の前である。彼女たちの匂いや彩りを花と見立てたのだろう。
その前を拠点に、ひらひらを始めたのである。 私はほっとした。 三人はきっと優しい視線を注ぎ、
あわよくば誰かが、その柔らかな掌に包み込んでいとおしむに違いないと思ったのだ。
 ところがである。彼女たちは、「きゃあー」と悲鳴をあげて、通路を前方へと突っ走って行ったのだ。
あたかも熊ん蜂に襲われでもしているかのように、両手で頭を押さえ、背を丸め、まるで必死なのだ。
信じられない。 なぜなの? 蝶は拒絶されてもなお、その花たちを追った。
三人は、前の車両に飛び込んで大慌てで境のドアを閉めた。そうして、こともあろうにガラスに額を押しつけて、
蝶のようすを伺っているのだ。 これっていったい何なの。ふざけ?それとも本心?高校生だけにその挙動は不可解だった。 
 乗客の大半は蝶のことを知らない。突然の騒ぎにも我関せずである。
ひたすら本のぺージを追い、携帯電話を見つめ、あるいは目を閉じている。
私は行きがかり上、無関心ではいられない。それとなく、孤独な蝶の行方に心を寄せていた。
なぜ、こうまで嫌うのだろう。 相手が複数なら別だけれど、たったの一匹だ。しかも三対一。
ふざけにしては大袈裟過ぎる。 それとも鱗粉が問題なの? それなら眺めるだけでよい。
 そういえば先日、蝉が怖いのだと母親にしがみついて泣き喚く幼児がいた。男の子である。
蝉は歩道の傍らで、ただ、うずくまっていただけなのに。 私にはその泣き声が、自然との関わりが
稀薄になることへの警鐘に聞こえた。そうして、今またその思いが重なった。
人々は急テンポで変化していく世相に翻弄され、それは子どもたちが、野に出て遊びほうとする掛け替えのない
時期を逸することとつながった。 馴染みのない昆虫に拒否反応を示したとしても不思議ではない。
しかし、これもまた痩せていく日本の一コマではないのかと胸が騒いだ。
菜の花と蝶、炎天下の蝉しぐれ…… これらは皆、列島の宝である。 万人の心に響くものでありたい。
 次の駅で私は下車した。 蝶は、まっ先に飛び出したことであろう。
そうして一路、あの葉桜の下の草むらへと、独り旅を楽しんでいるに違いない。
私の偏見かもしれない。 時代おくれも承知である。 これでいいのかしら、と気になるのである。
 ー
 以上だが、何か変なことは誰も知っている。だが、諦めたのか、馬鹿馬鹿しいのか、誰も素朴な疑問を持たない。
 新幹線や、電車の中の似たような出来事を、知人に話すと、今更という顔をしながら、更に酷い事例を話してくれる。
 先日、自動車で3キロ引きずりをして死なせた若者がいた。 その男の、それまでの行蔵をレポートをしていたが、
 その何か変!というのに当てはまる。 親が団塊の世代で、離婚をしていて、親の不仲が子に報い!という奴だ。
 それに過剰な情報である。 オカシクなって当然といえば当然である。
「どこか変?」でなく、「かなり変!」である。
・・・・・・・
2007年11月07日(水)
  2409, まわり道
               ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよ〜♪
  神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。
 同じようなことが、立花隆の文章にもあった。「青年期の10年は潜伏期間で何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。
 私のカラオケの18番が「遠くへ行きたい」である。「まわり道」の先で歌ってたせいか、心の歌になってしまった。
 一番の究極の時こそ一番のプラスとマイナスの経験をする。人生には、色いろな道を通らねばならない。
「のぼり坂、くだり坂、そしてまさか」という道。迷い道、けもの道、なみだ道、散歩道、行き止まり道、
 分かれ道?など、 多くの道を歩いた先にあるものは?  火葬場? 天国?
ーp.121
・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。
「運命」と当面のしごとが要求することを忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口が
あらわれてくることもある。 あるいはまったく思いがけない人がみていて、本道へとつれ出してくれることもある。
けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間見捨てられているわけではない。
いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、
たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。
人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。落伍者のようにみえた青年の中から、
のちにどれだけ個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、順調に行った人よりも
多くの風景に接し、多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。
そのためにやっと「わが道」にたどりついた時、すらすらと一直線でそこに来た人よりも
独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をすることができるだろう。・・・
 ーー
人生60年余生きてきて、本当に無駄なことは無かったと実感する。それも順境の時より逆境の時の方が有益だった。
「順境は枝を張れ、逆境は枝葉を切り取って根を張れ」という。私が現在、文章を思ったままスラスラ書けるのは、
三回の浪人期に、自分を支えるため本を読み、文章を書いたため。その残存が、これである。外務省の佐藤優の文章が
心を打つのは、決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で考え、そして言葉を練りまわしていたからである。
また、そこを「勉強の場」として、本を徹底的に読んだからである。留置場こそ使い方によっては学びの部屋のようだが・・・   
留置場への道もあるか・・・
・・・・・・・・・
2006年11月07日(火)
2044, 読書週間に読書習慣を考える       (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
先週は、「読書週間」で読書について幾つかの新聞で特集を組んでいた。
驚いたのは、「この一ヶ月間で何冊本を読んだか?」の質問で、一冊も読んでない人が半数近くもいたことだ。
・男女はほぼ同じ、女性が50パー、男性が48パーであった。読まなかった人は、この10年間はほぼ変わらなかった。
・20年前に比べると20代では、20年前(22?)に比べると、二倍以上も増えていることだ。
 娯楽が本以外のメディアなどに多様化したことが原因である。
  (字数制限のためカット09年11月07日)      
・・・・・・・
2005年11月07日(月)
1679, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−3
ー「メタモルフォーゼ」ー ?
   <意識の変容>
「意識の変容」といえば、夢であろう。 夢は裸の自分に出会うところである。夢について今まで多く書いてきた。
そして、その本質について深く考えてきたと思っていたが、この文章を読んで疑問を持ってしまった。
ユングやフロイトを読み、実際に不思議な多く体験をして意識の変容としての夢を冷静にみていたつもりであったが。
まずは、「自薦エッセイ集 魂の光景」 ー『メタモルフォーゼ』の章のポイントを書き写してみる。
この著者は深く難しいことを何気なく表現するのがよい。 ジャーナリスト出身だからだろう。
 ーーー    
"夢の形で何が現れるのか。少年時代からぼんやりと感じ、30歳代になってかなり意識したのは、
自分の内部に人気のない山奥の古い沼のようなものがあり、そのエメラルド・グリーンの静まり返った水面下に、
自分の体験だけでなく、両親とその先祖たちの何十代、何百年前にわたる同じ一族としての、同じ民族としての、
同じ人類としての経験だけでなく、哺乳類から爬虫類、両生類、魚類、海中微生物時代の経験までが、
深々と薄暗く沈みこんでいるらしい、ということだった。そしてたぶん私の場合、他のまともな多くの人たちに比べて、
その沼の水面の表面張力、つまり意識と無意識との境の膜が、極度に薄くって弱いらしい、ということも。
  (字数制限のためカット10年11月07日) 
・・・・・・・
2004年11月07日(日)
1314, まさか、地元で大地震!ー11
ウォーキングで、彼方此方みるうちに地震の大きさに驚いている。 近くに避難所があることと、
自宅の裏の空家に被災者一家が入居してきたことと、一昨日の殿町の飲食街で、具体的な被害を見てきたこともある。
お客は閑散、店と客のボトルは殆ど棚から落ちて割れたとか。次々に廃業をしているという。
30分ほど歩いた所にSCがあるが、ゲームセンターは閉鎖のまま、隣接している玩具のチェーン店
「トイラザス」もやはり閉鎖のまま。ジョウシンという家電の全国チェーンも、痛々しいほど店の商品はスカスカ。
駐車場の一角に大きなテントを張って、壊れた商品を一時保管していたのをみても多くの商品が破損したのだろう。
近くのパチンコ店も閉鎖のままである。遊技場など行く雰囲気でもないが。道路は、陥没のまま手がつけられてない状態。
アルファルトで応急処理をしてある道路も余震で再び陥没していたところが多い。この地震で家の崩壊や死傷者が少なかったのは、
建物が雪国用に頑丈に作られていたことと、過疎地で人口の密度が低かったことなどで、第二次災害が最小であったためだ。
これだけの災害でよくぞ三十数人の死者ですんだのは、不幸中の幸いである。
新幹線も、雪国用の特別仕様のため大事故をまぬがれた。
この地震の特徴は余震が異常に多く、現在も続いていて、余震の地域が更に広域に広がっていることだ。
昨日のメルクマールでも書いたが、散歩途中で聞こえてきた農家の人の立ち話が印象的だった。
「丁度良い時期に、地震が起きてくれた。早ければ、稲刈りや農作物の取り入れに影響をしたし、
遅ければ寒さや雪で大変であった。 水害の跡片付けも丁度終わった頃だし」なるほど、その通りである。
大きなマイナスの出来事の中にも、必ずプラスがあるものだ。
これからの被災者の大きな問題は、普段の生活に戻れないことだろう。一番変化に対応しにくい人達?だからだ。
・・・・・・・
2003年11月07日(金)
947, 女の視線
「田中真紀子は選挙になると、一番汚い服を着る」という噂が専らである。なるほど、その同年代の女の視線を、
彼女には解らないのだろう。所詮は票乞食にならなくてはならないのが代議士。
もっとも選挙運動に綺麗な外行きの服も着ることができないが、パフォーマンスで着ているかは女の目には誤魔化せない。
目白御殿に住み、何不自由なく生きてきて、今更庶民派もないだろう。
   (字数制限のためカット10年11月07日) 
・・・・・・・
573, 健康機器
- 2002年11月07日(木)
 以前ある人に「ニギニギ」を紹介されてから、散歩の時は必ず持ち歩き、握ぎ握ぎをしながら歩いている。
肩こりや目などに非常に良い。 数種類を持っていてその時々に使い分けている。
海外旅行の時など飛行機や移動のバスの中では、必ず手で握り締めている。 ボチボチや突起物が付いており、
それが手のツボを刺激をする。 足と目と手にツボが集中しており、手が気楽に一番やりやすい。
100円ショップに多くの種類が売っており、7〜8種類を持っている。
 2週間ほど前に会社の近くの家電の量販店をブラブラしていると、磁気付きのニギニギがあったので早速買ってみた。 
使ってみるとなかなか良い。また自宅の近くのダイエーをブラブラしていると、店頭で磁気付きブレスレッドの
定価8千円のものが1千円で売っていた。 迷わず買って腕にした。
その夜何か寝ていても気分がよく良い夢を見た、そして翌夜も。気のせいもあるだろうが。
 更に再び同じ家電の売り場に再び行くと、アイマスクの磁気入りの物を売っていた。
これを早速買って夜付けて寝ると頭がすっきりした。 今度はヨドバシカメラに行くと、
頭に掛けるイヤホーンの形のコメカミに磁気を当てる物があった。これも良い。
付けて本やTVを見ると疲れないのだ。従ってこの二週間で頭や目や肩が非常に楽になった。
腕にブレスレッド、頭にイヤホーン、手にニギニギ、寝室ではアイマスクをしている。
まあ馬鹿みたいだが? 肩こり、目の疲れに間違いなく良い!
・・・・・・
[219] 無駄な事なし
- 2001年11月07日(水)
 人生ふりかえってみて感じる事は[無駄な事は全くない]という事である。
ある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、
一番重要なポインだったようだ。皮肉と言えば皮肉だ。重要な事はボロを羽織ってくるのだろう。
老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖「自分の人生これでよかったのだろうか?」という問いかけだそうだ。
ある本に‘自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」という言葉を残していたと姉より死後に聞いて、
立ち上がれないほどショックを受けた’という内容が書いてあった。なにか非常に悲しい響きが残っている。
母に「人生の元をとった?」と聞いたことがある。「とったとった十分とった!」と嬉しそうに言っていた!
人によって「無駄な事だらけ」という人生もあるのかもしれない。
人生にやはり意味を求めていないと、そうして精一杯生きてないと、失敗だった?という気持ちになってしまうのだろう。
無駄とはどういう事だろう? ある事業に失敗したとする、それをどういうように解釈するか?
自分の解釈で意味ずけをするかだ。 無駄にみえても、意味があると解釈するかどうかだ。


3512, ユダヤ人の頭脳活性法 ー6

2010年11月06日(土)

  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 * 「論理力」を身につける
   ▼ー知恵は、地中深く岩と砂にまじっている金鉱石に似ている。 
     論理は金を鉱石から抽出する水銀に似ている。(ラビ・モシェ・イブン・エズラ)
  ーまずは、論理力の身につけ方を要約してみたー
【 点と点の情報を結ぶ能力が、論理力であり、点と点とのつながりが論理であり、「論理的」であるとは、
点と点が一貫した整合性で結ばれていることである。また論理的ということは、真実の根拠を積み上げて考えることである。
論理的に考える際の、思考の最小単位となるのは、「A=Bである」というであり、その表現を組み合わせながら、
私たちは物事を考えるのである。  また、考えるという行動には幾つかの面がある。
△論理的に考える △分析的に考える △直感的に考える △情緒的に考える 
△肯定的に考える△否定的に考える △建設的に考える △消去的に考える。
 これは、考えるという行動の様態というか、一面を示している。 過去を思い出すのも「過去を想像する」ことから始る。
しかし、思い起こした内容が実際かどうか、合理的かは問われる。過去のことを自由に想像して、そこから整合性があるかどうか、
確かめるてもある。それでは未来に向けては、どうすれば良いか。いわゆる空想には、願望や憧憬、単なる想像がある。
どこまでも、自分の思うままに、自由に、想像の翼を広げてみるのもよい。これを「考える力を高める」という目的に結び付けるに、
現実化へ一歩ずつ踏み出す必要がある。現実と理想の隔たりを埋めるために、考える力が必要になって来る。
そこで、一つだけ絞って、できる限り詳しく想像をめぐらしてみることである。
  それが実現すると、どのようなことが起こるか。
○何がさらに始るか。○誰が喜ぶか。○誰が最もメリットを受けるか。
○それを持続していくと、さらにどのような幸せを誰と誰に与えることができるか
 これらプラス思考は、どんどん広がっていくもの。またマイナス思考も同じぐらいしておくこと。
それをなるべく具体的に描いていくことです。
 そして、その理想を実現する方法は、今度は、理想とする未来の方向から現在へ向かって発想する。
そうすると、理想を実現化するための手段が明確になって来る。いきなり自分から理想に近づこうとしても無理。
逆順をしていって、現在の具体的な行為で一つずつ片付けていけばよい。 理想とは、未来のことでなく、
未来が要求する条件にかなうように、自分を準備する。そうすることで、未来が現実のものになる。
理想と未来からの発想が、人間を変えるのである。】
 〜以上だが、これらは長年の訓練の繰り返しの中でしか、身につくもの。しかし、論理(筋道)がチャンとしてないと、
行き当たりばったりの生き方になってしまう。それぞれの家のハビタス=習性も、長年かけた代々の行いから築きあげられたもの。
それにそっていくのも良いのかもしれない。
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3137, 脳と日本人 ー3
 2009年11月06日(金)
「 脳と日本人 ー3 」
   * 庭の話 
            P−116  ー枯山水と認知科学ー
≪ 伝統的な庭園を日本と西洋とでは、どう違うのかというと、日本庭園の始まりのひとつは京都の禅宗寺院の庭園。
その一つに竜安寺の石庭がある。 逆に幾何学パターンの伝統的西洋庭園の違いがある。
 日本の伝統的庭園素材の代表は石である。何百年も庭の存在を維持する石である。
石そのものが伝統的日本庭園の中心で、植物は、あくまでも脇役。しかし西洋庭園は植物、とくに花が中心で、石は具えもの。
 日本は庭をみて作庭者の心を読んで、無心に庭の心を読み、無心に己を見つめるためにある。
それに対して西洋の庭は花そのものを楽しむためのものであった。 日本は植生が豊富で、建物も木。
その対比として石を主役にし、植物は第二にする。 西洋は石材の建物のため、植物をメインにしている。
 日本の平安時代頃の建物は、家の空間が庭と一体となるように考えられており、部屋で座って庭を眺めるようになっている。
日本は家と庭とが同一空間の中の中にある。それで家庭という名になるのである。 
それに対して、西洋では石の家の上から見下ろすつくりになる。
 ところで中世から日本の作庭は、「石の乞わんに従え」といって、石が「ここに置いてくれ」といういう声を
出しているのを聞いて配列を考えると禅坊主から庭師に職かえをした人が「作庭記」に書いている。
石の形を生かそうとする考えが基本にある。それに対して、西洋の基本は、石を切り刻んで形に入れようとする。
その根本的な違いが両者にある。その違いを西欧人は日本に来て直ぐに見抜くのである。≫
 〜
 父が私の現在の年齢の時、昭和38年から39年にかけての高度成長期に入った頃に、終の住処として(現に私が住んでいる)
自宅をつくった。 それから数年にかけて庭造りに集中していた。 学生時代に帰省をすると、親しい庭園会社の社長と
嬉しそうな顔で、全国から集めた石で庭造りをしていた。 私も還暦を過ぎた頃から、この庭の奥行きの深さに気づきだした。 
それまでは、海外の秘境・異郷の自然に魅せられて足元が見えてなかったのである。家に庭の組み合わせの妙がある。 
この数年間は、早朝のウォーキングから帰ってくると、必ず庭の中を歩いている。 年中、両親の植えた木や花が
処を変えて咲いている。 父親の精魂込めて集めた石や木の石庭の魂に気づくようになったのだろう。
海外や国内の庭を見続けて、ある分水嶺まで達したこともある。 
50坪ほどで、さほど大きくはないが、幽玄な世界が感じられる庭である。
石、草木、それを創った人の魂が漂っている、それが庭である。 
 ・・・・・・・・・
2772, アメリカの人種比率は?
 2008年11月06日(木)
黒人の大統領が当選したが、アメリカの白人、黒人、モンゴロイドの人種比率をネットで調べてみた。
 ーー
2005年の人口統計によると、
・白人(ヨーロッパ系、北アフリカ系、中東系、中央アジア系、ラテン系) 74.7%(2億1530万人)
・サハラ以南のアフリカ系(黒人)                   12.1%(3490万人)
・アジア系(東アジア、東南アジア、南アジア系)            4.3%(1250万人)
・アメリカン・インディアン                      0.8%(240万人)
・太平洋地域の先住民系                        0.1%(40万人)
・2つ以上の人種を祖先とする国民                    1.9%(560万人)
・その他                                6%(1730万人)
ー以上だがー、
四人に三人が白人、九人に一人が黒人。二十二人に一人がモンゴロイド、五十人に一人がハーフ。ということになる。
  ー以下は字数の関係でカット(2010年11月06日)
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2007年11月06日(火)
2408, 久世塾 −2             (*´・ω・)ノはよー   読書日記
 ー本当の不幸な人とは−
 印象的な人ー講師の話を抜粋しながら、この本の要点を書いてみよう。
 まずは、内館牧子の「本当に不幸な女」には驚いてしまった。
 4人の姉がいたことと、女の職場にいたので、色いろの女性の時々の多くの生き様を見ることができた。 
 特に結婚や恋愛の姿をみていると、心の中が手に取るように見えることがある。
 100%満足をして結婚する女性は皆無に近い?当然のことながら、妥協か成り行きである。
 そして最期は、諦めになっていくのは、キュープラー・ロスの本にあった末期ガンを宣言されて、その受容に
 落着くまでの患者の諦念への過程に似ている。最期の最期まで白馬の王子様を待っているが、そんな人は
 現れるわけがない。   結婚詐欺師は、その心に付け込み理想的物語の世界に誘うのである。
   それはそれでよいが、シナリオライターの眼は、もっと深いところをみているのである。
 ーまずはその部分を抜粋してみよう!ー
私は悪いことでも、つらいことでも、苦しいことでも、あった方か幸せだと思っています。
--以下は字数の関係でカット(2008年11月06日)        ホナナァ☆ |∀・`@)ノ|Ю  
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2006年11月06日(月)
2043, 「私」のための現代思想  −17
               才八∋ウ_〆(∀`●)
  ーこの本の‘まとめ’になるー
   今年は「面白い本」の当たり年であった。この本は「面白い」という面で、ベスト3に入る本である。
                                    ( ̄∇ ̄ |||  
   私たちは考えごとをする時に、略しているかどうかは別として、《私》という言葉を常に使っている。
   意識しないのを含めれば一日数百、いや数千回は使っている。そして、取巻いている世界からは、他人の《私》の
  「超越確実言明」を聞く。人間関係の軋轢の中で都合よく自分勝手な理屈をつくり上げ、
   その歪みに全く気づかないのが人間。さらに悪いことには他人の歪みには敏感に気づくときているから始末が悪い。
   近代哲学などで多く「私」について扱われてきたが「<私>について何か解りやすい理論がないものか?」と考えていた矢先に、
   この書に出会った。「他者」と「他人」の違い}も解りやすい。「他人の知らない部分を他者」と思っていた。
   自分自身の知らない一面をみてもゾッとすることが度々あるから、自分の中にも他者がいることになる。
   ユングの「意味ある偶然の一途」の経験など、まさに未知なる自己である。
  「自分の物語」の中で他者を勝手な配役に振り分け、俺様は主役。主役の俺様にとって、他者へ役割が「他人」になる。
   自分の人生劇場の登場人物として都合の良い役割を決めつけてしまうのだ。
   その都合よい物語の中で他者を端役として位置づけ、都合の悪い相手は悪役にしたて、
   都合に良い相手は善役にする。自意識過剰な軽い女子学生が唯我独尊の独り芝居をしている「あれ」である。
   数年前に亡くなってしまった同級生が、チンドン屋のような独演をいていたが。
   まあ、人生は全ての人が多かれ少なかれ、同じようなものだろうが。U(^(ェ)^)U
   自分のことさえよく解らないのに、他者のことなど解るはずがない。
   他人は、自分の妄想でしかないことを自覚すべきである。 他者不可知論も肯ける。
   いずれにしても、我われは露出しないにしても、何らかのカタチで、《私》と<他者>の軋轢の中で生きて
   いかなくてはならない。<私>の核の《私》が他者の積み重ねの中から出来ているという指摘には驚いた。
   考えてみれば、そうなのかもしれない。簡単に言えばー「私」を認める者の存在ーを通して《私》になる。
   その一番最初は、普通は母である。 初めの他者が母である。
  「《私》と、その<世界>は腐っていく」というのも、戸惑ったが、実際周辺をみていると解る。
   多選の県知事汚職が、そのよい事例になる。 w(☆o◎)w 県知事も、その周辺も腐っていくのが当然である。
   こと自分自身について考えると、あまりにも辛辣に聞こえてくるが・・・
   気が付くかつかないの差である!身体も、《私》も日々腐っていくのである。柿の実と同じである。        
        ( ゜o゜)ハッ  まあ、まあ、まあ、コーヒーいかが? (*^ー^)/C□~~ 
                                     おわり!   バイバイ!
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2005年11月06日(日)
1678, 読書について
「読書とは他人にものを考えてもらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく」
ショウペンハウエル(1788‐1860)の寸言である。 読書には、プラスもマイナスもある。
自分自身で世界を観察し、考え、そこに不変の法則をみつけることこそが重要である。
自分で見つけた知識だけが自分のものになり、初めて世界は部分的としても理解される。
人生を振り返ってみて、「自分とは、過去の行蔵の総量である」と実感する。
だから、その蔵の中には良いものにしておかなくてはならない。「言葉によって表現されていることを直感的に理解するには、
その表現されていることを既に知覚していなければならない」。いや、そのベースの上に書き加えられるという方が正しい。
カントではないが、盲人には『空は青い』は理解できない。視覚という機能があってはじめて空を知覚できる。
自分で体験しないことにはよくわからない(経験主義)。また人間の理解は、その脳機能の範囲を出ることができない。
思考も言葉で考えを表現して見せたところで、それを考えたことのない人間には通じない。
考えを伝達するのは、その考えを知っている人間に対してはその考えを想起させ、
知らない人間に対してはそれを考えるきっかけを与えるに過ぎないのである。
  -以下は字数の関係でカット(2010年11月06日)
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2004年11月06日(土)
1313, まさか、地元で大地震!ー10
 ー経済に与える影響は
この地震による家財などの破損などで一般消費は目先は家具や家電などは売れるだろう。
しかし一般的には災害地以外も含めて大打撃になると予測される。
被害の殆どない新潟市でも飲食店、ホテル、タクシーに大きく影響が出始めている。
新潟ではタクシーは一晩に一組の客が取れかどうかという。飲食店でも学校、企業関係の宴会が殆んど
キャンセルされている。 新潟駅前など、新幹線と関越自動車道の不通で、普段の賑わいの半分以下である。
それでなくとも数年来、駅周辺も人出が減っていた。
この一ヶ月で、個人飲食店の閉店が目立ち始めてきた。新潟の事務所の100m以内で、三店も閉鎖した。
長岡だけでなく、新潟もこの冬で多くの飲食店が閉鎖されるだろう。
当社の長期滞在型アパートメントで、フロアー貸しをしている自動車教習所の話しによると、
東京からの「宿泊の教習生」が、殆んどいなくなった。あらゆる分野で影響が出始めてきた。
反面、長岡ではホテルとタクシーは目先特需という。長岡駅裏のタクシーの待合に一台しか止まってなかったし、
ホテルは今月半ばまで全て満室状態という。 それも長くは続かないだろうが。
JRの在来線と新幹線と、関越自動車道がストップしているのだから、如何にもならない。
昨夜、長岡の殿町の飲食街に飲みに行ってきた。いずこも殆ど客が入ってなかった。
最後に、馴染みの自宅近くの居酒屋に行ったが、近くの避難所に来ていた山古志村の被災民が一人で飲みにきていた。
あまり詳しくは話さなかったが、自宅は壊滅といっていた。この居酒屋も年内で閉店する。
この下書きをしている現在も余震が続いている。夜半も、かなり大きな震度3〜4?の余震が二回あった。
どこまでつづくのだろう。
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2003年11月06日(木)
 946, 22世紀への伝言ー読書日記
 この人の本は図書館に2ヶ月に一度ぐらいの割合で追加される。
 やはり「幸せの宇宙構造」が何ともいって一番である。しかし他の本も決してまけてはいない内容である。
 平易の文章の中にキラリと光る内容がふんだん含まれている。
 難しいことを易しくアッサリと言ってのけているのがよい。幾つかを書き出してみる。
 ーパワー充電法ー
 パワーの充電法として別の方法を三つ、教えておきましょう。
・その一。
 人間そのものもパワーをくれるものです。元気な人、若い娘、よく働く人、動き回る子供、大声で笑う人、
 考え方が前向きな人、建設的、肯定的で明るい人、それに、気力・体力・精神力・意志力などを強く感じさせる人。
 そういう人の傍にいるだけで元気になります。
 喫茶店やレストランで席を決めるとき、友人もそういう人の近くになるべく近づくべきです。
・そのニ。
 室内で充電する方法です。コンセントから5センチほど(手を広げて)離し、出ている電気を取り込みます。
 同時に、「気」が体に流れ込んでいるようにイメージしてください。
・その三。
 空中に「栄養の塊」「エネルギーの塊」があるようにイメージし、それを
 木の実を採るように空中から手で掴み取り、口に入れます。実際にゴクリと飲み込んでください。 
 −−−−−−−
以下は字数の関係でカット(2007年11月06日)
「22世紀への伝言 」
イライラせず、心穏やかで温かく、幸せで満ち足りているときに、自分の中の眠っている潜在能力が花開きます。
では、どうすれば“心おだやか”でいられるのか。その方法と実践の為の手引き書。
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572, ある時間の断面ー9 
- 2002年11月06日(水)
 *1968年 9月24日
8時前に市川さんが起こしにくる、そのまま寝てしまう。9時半に目がさめる。川崎との待ち合わせに間に合わない。
顔を洗い寮を飛び出る。タクシーで校庭の通称 4丁目の交差ベンチに行く。
5分の遅れだが、待っていてくれた。その直前に綾部嬢とバッタリ出くわす。
ヨーロッパに行ってきたという。「すごく良かった、ITAの主催の旅行で行って良かった」と言っていた。
そういえば私が紹介したんだっけ?石川のガールフレンドだったが、今は上手くいってないと彼が言っていた。 
まだお嬢さんだが気持ちのよい人だ。 吉田嬢にも出会う。アメリカに行ってきたという、去年欧州旅行の
グループの一員だった。川崎と喫茶店に行く。かなり溜まっていた話を一人話していた。松村に腹を立てていた。
彼の言い分はよく解るが、そう言っていたら人とは付き合えない。
川崎もこの一年で成長したようだが、人間に影がなく好きだ。帰寮後TVを見て、風呂に行く。さて洗濯だ。
 *9月25日ー水曜日
また寝過ごしだ。全く何たることだ。流されているのだ。 小学生や中学生以下でないか。
自分の中の力があるはずなのに何故流される。 この時期一瞬でも大事なはずなのに。
大学の図書館で3時間卒論の本をまとめをする。 その後、小作と石川とウエストサイドで話す。 
帰寮後、3時間卒論のまとめをして、就寝。
  *9月26日ー木曜日
朝9時に学校に向け出発。産関論を30分受講、食事の後掲示板を見るためにタッカーホールに行くとゼミの武澤先生に会う。
「学館の問題」でタッカーホールで説明会があるから是非聞くよう言われた。偶然深井と会ったので、ホールに聞きに行く。
途中で出て図書館で卒論のまとめ、その後深井と早稲田の本屋へ行く。彼の求めていた本がなく途中で分かれて寮に帰ってくる。
深井もここで変わってきた。卒業間じかのせいか友人が皆練れて男臭くなってきたようだ。
19時頃に大妻女子大の人が尾形君のところに来るが、いないので私の部屋で一時間位待つ。
結構面白い子だが、その後市川さんと食事に行く。 一時間本を読んで夜半の一時に寝る。
・・・・・・・・・
[217] 夫婦別姓
- 2001年11月06日(火)
夫婦別姓について、あるいは行き過ぎた女性の社会参加についても如何でもいいとも言ってられなくなった。
そうでもないか? かなりの思い切った男性優位論を掲げた、ユング系の教授のホーページが面白い。  
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/ka2/rindou/contents.html
アメリカに与えられた民主主義で、消化されてない女性の異常な権利の主張が日本の特質になっているが、
それのみならず家庭を崩壊始めている。 誰も男の立場で何も言わなかったが、正々と論陣をはった彼に敬意を表する。
          -以下は字数の関係でカット(2010年11月06日)


3511, ユダヤ人の頭脳活性法 ー5

2010年11月05日(金)

  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 
  * 感じたことをどう表現するか
 10年近く毎日、テーマ日記を書いてきた。そして得たことは、感じたことを、素直に表現できるようになったこと。
それは前日書いた文章を、早朝40〜60分かけて添削し続けてきたからである。たった、この短い文章にである。
そのため過去に自分が書いた同月同日の文章を読んでいて、時間をかけたエネルギーを文章の中に感じ取ることができる。
魂の一片である。 言葉のデッサンの修正と、色づけをしていたことになる。 知人が、あれだけ自分にはスラスラ書けないと、
諦め顔でいったが、私だって出来ないのを一番知っている。スラスラ書けるようになるには、文筆業でしか生活が出来ない
土壇場を経験してきたプロでしか出来ないはず。 天才は別だが。早朝、何度か書き換えてアップロードする時に必ず
「稚拙だが、これしか書けない!」という思いで吹っ切っている。さらに自分の文章の蔵庫を開放しているに過ぎないと。
満足に近いのは年に数回しかない。それも自画自賛で我を見失っている時である。それ位、感じたことを適切に表現することは難しい。
いや、その感じているそれさえ、疑問を持っている。(この本のマトメというより、自己主張になっているか)
この本に【短くても素直な言葉、素直な表現、素直な組み立てで自分の心にある思いを表現する、それが考えるということ】
とあるが、それが考えることの基本である。素直な心−ことばは、おのずと独特の音、独自の韻を持っていると、著者は述べているが、
その自然の抑揚と響きが読者の心を打つのである。 過去10年近くの文章を毎日読み続けていると、ただ書き写した文章と、
自分の脳を通して消化してある文章の差を自分が一番敏感に知ることになる。 
素直に発したことばは、時空を超えて過去の自分に邂逅できる。だから、素直になるしかない。
それが毎朝となれば、添削の作業そのものが瞑想そのものに近くなる。それと過去の文章を無心で読むことも。
だから続いている。  この文章は、著者に触発されて、私が感じたことを、そのまま書いてしまった。
 ところで今度、実際のダ・ビィンチなどのデッサンの模写をしてみようか。 名画の模写と、名文の模写は基本である。
  ー文字制限のため毎日、文章をカットしているが、これが自分の身を切るようで辛いー
 ・・・・・・・・・
3136,脳と日本人 −2
2009年11月05日(木)
 「脳と日本人  松岡正剛 茂木健一郎」 −読書日記
 * 日本という方法
松岡: ぼくは、日本をヨーロッパ思想の規範の価値観だけで見るのじゃなくて、日本が日本を「方法としての日本」に
 しようとしてきたことに関心があるんです。それを見ることが好きなのです。たとえばインドに生まれたブッダの仏教は、
 中国をへて日本に伝来しましたね。中国の浄土教が日本に入ってくると、法然や親鶯らによって、かなり独創的な
 日本浄土教というものになっています。空海の密教も、インドはむろん、中国にもあまりないものです。つまり、日本は、
 中国にあったものを変えて日本化させてしまっている。再編集するのですね。それは禅もそうだし、屏風や庭園もそうです。
 屏風は、中国ではほとんどが木です。日本は紙ですね。 日本という方法になっていくんですね。 たとえば、屏風は、
 閉じてまた開くとか、季節になったら蔵から出してきて、終わったらまた蔵に戻すとか。ぼくの家もそうしていました。
 掛け軸も、その場に合わせて掛け替える。ヨーロッパなどでは、いつ行っても同じ絵を飾っていますね。
 えんえん百年間も同じ絵を飾っているという家庭もありますからね。セザンヌの絵でもお爺さんの肖像画でも、三年ぶりに
 訪れたら掛け替えてあったということはほとんどないしね。 新しく購入した絵画を自慢したいというのは別ですけどね。
 ところが、日本では、僕くが育った環境では、少なくとも季節ごとに変えています。 みんな、お金持ちじゃないから
 繰り返して使いますけどね。そういうやり方をするわけです。また、禅宗は中国で生まれて発展しましたが、日本で広まり、
 五山の禅宗文化になった。そこにはいろいろ付属して芽生えたものもある。細長い掛軸もそのひとつ、座敷で酒を飲むのも
 そのひとつ。その代表的なものが、枯山水です。中国にもロックガーデンは沢山ありますが、枯山水はまったくありません。
 枯山水は、水を使わずに岩や石や砂を配置しただけで、そこに山や水をあらわしている。水を感じたいから、あえて水を
 抜いているんです。 枯山水の庭の前に、日本では池泉庭園というのをつくっています。毛越寺の庭園ですね。
 そういうのがあったにもかかわらず、枯山水の庭をつくって岩や石や砂があるだけなのに、そこに水の流れや大きな世界を
 観じようとした。つまり、感じたいものを方法論的にそこから抜いたのですね。 こういうことは、宗教改革のような
 既存価値の打倒や分割とはいえないかもしれないけれど、とはいえそこには宗教感覚が生成していないともいえないんです。
 水を感じたいがゆえに、あえて水をなくしてしまった。不在をもって、かえって存在感を表現する。
 ―
 松岡は、何らかの情報を得て受けとめる方法のすべてを「編集」であると見て史書の編纂から日記、短歌、連歌などに
 とどまらず政治・経済のシステムや、書くこと話すこと、生きることそのものまでを編集行為として捉え、
 長年考察し続けてきた成果をもとに日本を日本ならしめている「日本的編集方法」を探っている。
 ただ「主題」を求めようとするのではなく歴史に蓄積された「日本という方法」を発見している。
 極東の島国に流れ込んだ、あらゆる文化を島国に合わせて再編成を長年かけてしてきたのが日本である。
 21世紀こそ、このノウハウが世界に必要となるのではないか、という。分からないでもないが。
 ・・・・・・・・・
2771, 女の一生
 2008年11月05日(水)
ある随想を読んでいたら、次のような内容があった。一人ひとりの人生を見つめると、誰も彼もが波乱に富んでいる。
短い文章の中に、一人の人生が垣間見れるようだ。「言葉には魂が宿る」ということである。
 ーー
・・・十代の終わりには私は親もとをはなれ、働きながら自分で縫ったスーツを着て成人式に出席しました。
これが二十代のはじまりです。そして.「この人となら死んでもいい」と思える恋をしたものの、
「わしの目が黒いうちは、かまどの下の灰も、他人にはやりたくない」と彼の母親に言われ、
死ぬほど辛い失恋をしたのも二十代のことでした。
主人と知り合って妻になり、長男を授かって親となって、私の二十代は終わりました。
主人が交通事故のために、右足切断の身体障害者になったのは三十代のはじめでした。
しかし私は考えた末、身籠っていた長女を出産しました。
それからの月日は二人の子どもの養育と、後に自宅を改装して開いた喫茶店経営の忙しさに追われ、
いろいろなことはありましたが三十代、四十代は夢のように過ぎてしまいました。
子どもたちが成長して私の元から去っていき、五十五歳で喫茶店も閉じました。
先日、紀伊国屋書店で何げなくめくった本に、こんなことが書いてありました。
 女の一生
  二十代 美しく   三十代 強く      四十代 賢く    五十代 豊かに
  六十代 健康に   七十代 しなやかに   八十代 艶やかに  九十代 愛らしく
気がつけば私は六十歳の半ばも過ぎて、四人の孫の「ばあば」になっていました。
振り返り、私の「女の一生」は、どうだったでしょうか。
記憶にも残らない日々を、多く積み重ねただけのような気がします。
私に残されたこれからの人生は、自分のためにも、そして、友人や知人のためにも健康に気をつけて、
しなやかに、艶やかに、愛らしく生きていこうと考えています。
年賀状をポケットに、ポストに向かう私の背を北風が強く押してくれました。
 ーー
解)女の一生 を 男の一生に 私の実感から書いてみると、 
  二十代 七転八倒           三十代 激しく逞しく
  四十代 ゆるやかに、よろよろと    五十代 面白可笑しく、三十年分を
  六十代 静かに 穏やかに?      七十代 (やはり)しなやかに
・・・・・・・・・
2007年11月05日(月)
 2407, こころの旅 ー?         ○´ω`○)ノ**c⌒っ *・∀・)φ【才八∋ゥ♪】
   この本は、ところどころに見逃すことの出来ない「人生の道理」の内容で満ちている。
   それを知っているといないとでは、人生が全く違ってくるだろう。
   その意味では、この本は常に身近において読んで置いてよい本である。
   ・一歳半〜五歳位の間におきる脱中心化=自己客体として自分の身体を客観化する転換期、
   ・思春期におきる超時間的な抽象的時間の概念をもつようになる転換期、
   ・熟年時におこる宇宙時間の実感化への転換期、 と、人生に三回のコペルニクス的転回を指摘している。
    私は宇宙的時間の実感化はおこり始めているが・・・
  まずは、その部分を抜粋して考えてみる。
  −−−−−
  *人生の三回のコペルニクス的転回
・第一の転換期については、ピアジュは子どもの研究において、一歳半ぐらいまでの幼児はすべてを自己中心に考えているけれども、
 一歳半ごろから自分の活動を自分のからだから「脱中心化」し、自分のからだをほかの客体の中の一つとして見ることを始める。
 これは四歳ごろから顕著となり、五、六歳ごろには本格的なものとなる。つまり、空間における自分のからだを客観的に見ることが
 できるようになり、ものを抽象的に考えることができるようになる。これが第一の転換期という。
・さらに思春期ごろから第二の「コペルニクス的転回」が起こる。 青年は時計の「物理的時間」は便宜上のものにすぎない
 ということがわかって来て、超時間的な、抽象的な時間概念をも持ちうるようになるという。
 つまり時間というものは極めて不思議な、哲学的な問題であって、青年期にこの問題に思いをひそめる人は必ずしも少なくない。
  (字数の関係でカット09年11月05日)
・・・・・・・
2006年11月05日(日)
2042, 田舎に泊まろう!
     。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
「田舎に泊まろう!」を見ながら、この文章を書いている。(11月4日9時半)
地上放送で土曜日の9時25分に、夜はBS/TVで、20時に放送しているが、最近はどちらかを必ず見ている。
                (字数の関係でカット08年11月05日)
・・・・・・・・・・
2005年11月05日(土)
 1677, うそつき−3
子供の頃、「うそはついてはいけない」と信じていた。当時の子供社会は、まだまだ純朴な時代背景があった。
中学生になってクラスの隣の席の男が平気でうそをつくのに驚いた。それまで、うそを平気でつく人間はほぼいなかったからだ。
それから年齢を重ねると同時に、うそを平気でつく人間を多く知るようになる。また裏切りも多く出会った。うそに対しては、
誰も一言も二言も言いたいことがあるはず。父が癌であと一年と宣告された時(本人には隠されていた)亡くなるまでの一年の間、
自宅で父と暮らした。私が26歳の時であった。死に病を隠すために時々父にうそをつかなくてはならない場面が多々あった。
そしてあと三ヶ月と宣言された時、父に隠れて葬式用の黒服を作りにいった。何かを察した父は、『何処に行ってきたのか』
と聞いた。その瞬間のうそほどつらいものはなかった。その時、「うそも訓練していなくては!」と、思い知った。
そして、私に思わぬ出来事があった。セミナーで、東京に泊まったときのことである。
ホテルの近くの居酒屋で会社の人と酒を飲んで、何処かのスナックに入った。そこで上機嫌で飲んだことは憶えているが、
その後のことは全く忘れてしまった。二日酔いの私に連れが翌日、「前日のことを忘れてしまったでしょう」と言われた。
「そういえば、全く記憶にない!」と答えると、思ってもない内容であった。人格豹変というのか、全く違う自分がそこにいた。
「自分は、数ヶ月前に離婚をして現在は、その心の傷でしょぼくれている」そして、悲しそうな顔をして肩を落としていたという。
恐らく、よった勢いで二度とくることはないのだから「しょぼくれた男を演じてやれ!」と、思ったのだ。
酔いが醒めたこともあり、深い自己嫌悪に陥ってしまった。酒癖の悪い男の一場面でしかないが。
(字数の関係でカット10年11月05日)
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2004年11月05日(金)
 1312, まさか、地元で大地震!ー9
この地震シリーズを書くのも終りのはずであった。書くのも飽きてきたし、面白くない内容だ。
昨日は普通の生活パターンに戻る初日。ところが新幹線が長岡駅を発車して7分後に、再び余震があるとは思ってもいなかった。
震度は4で、ユサユサという感じの揺れであった。災害以後の、通勤初日の新幹線でまた余震にあうとは。
今年の台風と同じで、どこまでも続くのが不気味である。 地球規模の大気圏と地層で、何か起り始めているのではないのか?
と考えざるを得ない。 観光旅館は、県内は壊滅状態という。中越地区は、ほぼ100?がキャンセル。
他の地域でも80?がキャンセルをしているという。本当に深刻である。これは典型的な業種であるが、ほぼ全ての経済は
壊滅だろう。困ったものである。長岡駅と新潟駅の専門街は殆どお客は見当たらない状態である。
旅行をしていると、この数年どこにいっても、「地球温暖化の影響で、この数年異常気象が起きている。
生態系のバランスが崩れて色いろの分野で大きな問題がおきています」という。神(大自然)が怒っているのだろうか。
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 昨日、出社の直後書いた日記の内容である。
 ー11月4日ー
「冗談じゃない!」 11日ぶりの新幹線、やっと平常に戻れたと思いながら外を見ていた。
ところが発車して7分ほどして、新幹線が急停車。その後10秒程度?揺れていた。
「これは地震で震度4~5位だが、もっと大きいかもしれない。当分、新幹線の車内から出ることが出来ない!下手すると、
数時間はかかるだろう。それにしても、危ない場面に出くわしてしまったのだ」と思い、自宅に携帯電話をするが不通である。
そこで新潟に電話をして状況を聞くと、中越地区が震度5強の地震という。
しかし30分後に発車、長岡を出発して1時間後に新潟に着いたことになる。 これで当分警戒期間が延びることになる。
災害地は、昨日の大雨で地盤が緩んでいたはず、二次三次災害がないといいが。 先週の水曜日の余震5の時も、
やはり三条と長岡の中間地点にいた。 今回の地震では、一回目の地震の三時間前に震源地に近い小千谷の
スー・パー・センターに行っていた。何か巡り合わせが悪い。 少し、それを意識しなくてはなるまい。
帰りの新幹線は長岡まで果して開通するのだろうか。               
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2003年11月05日(水)
945, 瀬戸内寂聴
 先日たまたまBS・11にチャンネルをまわしたら、瀬戸内寂聴の講演で「四苦八苦」の仏話を面白おかしく話していた。
その時の概要が「笑うこと、合掌すること、そして鏡を見ること」であった。 
後半の滝田栄と寂聴の対談が面白い内容であった。「人の命は甘美なものだ!」と釈迦が言ったという寂聴の言葉が印象的。
 そして「慈悲が真髄だ」というのが彼女の実感として迫ってきた。「笑わすことが重要だ」「渇愛こそ最も大事な愛だ」
「自分を慎め!」「51歳で出家して、一つだけ守っているのはセックスだけだ。あとは守ってない」
「出家といっても、カタチからキチンと入ることが大事である。もし髪を下ろさなかったら、煩悩に負けてしまっていただろう」
「髪を下ろすことを絶対に勧めます」「仏像を彫りなさい!」等々、印象的な言葉がドンドン出てきた。
 作家である為か、難しい仏教の真理を簡単にしてしまうのが彼女の特性と自覚しているのがよい。
「笑うこと、合掌すること、そして鏡を見ること」という言葉もよいが「書くこと、与えること、夢をみること」もよい。
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571、ひしょひしょ話
 −2002年11月05日(火)
-組織づくりのポイントー
会社を始めるにしても、組織を創るとき一番大事なのはまず秘書を採用すべきという。次に経理そしてその次に
オペレーションー運営責任者のマネジャーになる。これは逆に考えてしまいがちだが、冷静に考えれば当たり前の事だ。
これが意外と盲点である。これを読んでハッとする人が多いはずだ。 最近は日本もスカウトなどで会社を移動する場合、
秘書を連れて行くケースが多くなった。 それだけ秘書の役割は大きい。秘書は大学教授の助手の役割と同じである。
的確に指示を出す手助けとー雑務の代行だ。アメリカの映画を見ていると、会社の大小に関係なく会社といえば先ず
秘書が出てくることを考えれば解ることだ。その次に大事なのが経理課長だ。 ラインのマネジャーは最も大事だが、
まず充実すべきは秘書の機能である。一人の部下を持つ場合まず秘書としての訓練をしてその機能を入れることだ。
次にお金の管理ー経理課長を訓練をする。運営は最後だ、運営はまずトップの自分がしなくてはならない。
家業で奥さんと一緒に仕事をする場合は、自分がトップと運営責任者のマネジャーを兼ねるケースが多い。 
最近はこの逆のケースの場合も多いが。 出来たら奥さんと仕事をしない方が良い。
一番大事な秘書機能が逆にはたらく?!更にトップの舵取りを奥さんが口出しをする。それだけでなく変化を嫌う。
女の社長が少ないのはこの為だ。この見極めがお互いしっかり分けてないと大きい失敗に繋がる。
家業でも職能を明確にしておかなければならない。 もう遅いか??!!
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[216] クルージング
- 2001年11月05日(月)
10数年前になるが、3分の1の値段でいいから、クルージングのツアーに参加しないかと、当時のある大手の旅行代理店の
支店長から話があった。 定員を大きく割っているので、得意客を優先的にディスカウントをするという。
もちろん二つ返事でOK!当時第二新館の土地の買収先のオナー夫妻と参加した。クルージングが4泊5日で香港2泊の一週間で
10万円だった。こういうレジャーもあるものかと感激した。毎食がバイキングで、これ以上おいしい料理がないくらいの美味しさ。
かつ夜10時から朝6時くらいの睡眠以外、船内のあちこちをブラブラしている。
それがまた楽しい。船上で甲羅干しで寝ているか、ウオーキングをしたり、ライフルを撃ったりする。 
船内ではヨガ教室に参加したり、英会話、ダンスの講習、などイロイロあり、その好きなやつをして過ごす。
それが気ままにどれに参加してもいいのが楽しい。金持ちはイロイロな楽しみ考えるものだ。贅沢な遊びの最高に属するものだ。
三ヶ月で数百万するものがたまに見ることがある。 ここで面白い社会構造を見た。船会社と船員がイギリス人、
コックが中国人、メイドや下働きがフィリッピン人であった。それに客が日本人であった。
夜がカラオケにパーテーやカジノの時間だ。これが毎日続く。気分的に最高であった。
そして飽きた頃にフィリッピンに上陸である。 マニラとミンダナオ島であった。
正式な上陸でなく警察つきの仮上陸の為、パトカーのサイレンを鳴らしながらのビップ待遇である。
えらい?代議士がその気になるのが解かった。60歳を過ぎて余裕ができたら、地中海のクルージングに参加したと思うが。


3510, ユダヤ人の頭脳活性法 ー4

2010年11月04日(木)

「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  * 全身学習法
 子供が六歳でへゲルとよばれる寺小屋に通い始めると、まず文字を指で押さえながら朗読することを教える。
つまり、目で文字を追い、指で押さえ、口で朗読し、耳で聞くわけである。人にとっていちばん記憶しやすいのが、自分の声。
次は胎内入る時から聞いている母親の声。母親の語る童話や寝物語は、人間の知性の発育に大きく影響する。
ユダヤ人は、これに加えて、身体を前後に揺らしながら読みます。つまり全身を使って読むわけである。
我われは、本を持って部屋をウロウロしながら小さな声を出して読むのが一番効果があることになる。
座って前後に身体を揺らせながら読んでもよいが。こういう時、速読は駄目で、ゆっくりと一行ずつ幾度も音読を繰り返し、
文章の余韻を味わってみることである。 それと、考えと思いを書き出すことも重要。 自分が心の中で思っていることと、
自分が理知的に考えていることの間には、大きな段差がある。 自分自身に対して中途半端に妥協せず、自分が納得するまで、
とことん吟味し選び抜き、自分が納得できる表現の文章に組み立ててみることである。
〜解)そういえば、鳩山兄弟の勉強法に「部屋の黒板に書きながら理解をしていく」とあったが、これも身体全体を使っている。 
   〜〜
  *「模写する力」を身につける
          ー「書き写す」、「真似る」そこから自然とオリジナリティーも育ってくる
  書くということは、自分の考えを綴るだけでなく、他人の名文を書き写すことからも学ぶ点が多い。
 名文というものは、日本語の韻律に優れているだけでなく、仮名と漢字の使い分けや、そのつなぎの妙、
 そして仮名と漢字の織り成す音韻の点でも優れている。受験生などに有効な、もう一つの方法は「筆写」。
 試験問題も、設問も、全部二・三度書き写してみる。そうすると出題者の意図が試験問題全体から伝わってくる。
  もう一つ、「写生」である。写生は見えているものを描こうとすることです。紙の空白の何処のスペースの置くか、
 何を訴えて描こうとするかー奥行きが深いもの。それが上手く出来るかどうかは、全体の構図の取り方にかかっている。
 「デッサン」も、誰もが実践可能な頭脳活性法である。デッサンはフランス語で「下絵」のこと。
 鉛筆や木炭、単色の画材だけを使って対象物を書く素描のこと。対象物をその輪郭、白黒の濃淡、陰影、線の太さ、細さなど、
 単純な要素で表現するもの。それだけ、描き手の目の鋭さと腕の確かさが一目瞭然になる。自分でデッサンできないなら、
 模倣と模写から始めることだ。欧米の美術館に行くと、巨匠の画家の作品の前で終日、模写をしている若い人を見かける。
  〜〜
  真似る、書く、書き写すことが、基本のようだ。それも繰り返し、続けること。
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3135, 「法則」のトリセツ  ー3
2009年11月04日(水)
* ドアインザフェース ー取引の駆け引きの一手法   
  ‘ホテルカツ上げ’のケース
アメリカの心理学者チャルディーニが行った実験がある。
最初の依頼「これから2年間、毎週2時間ずつ青年カウンセリングプログラムに参加してもらいたい」
第2の依頼「ボランティアとして、1日だけ、子供を動物園に連れて行ってもらいたい。」
 最初の要請はほとんどの学生が断った。 断った学生に第2の依頼をすると、約50%の学生が引き受けてくれた。
ところが最初のステップを踏まず、いきなり第2の要請をすると、17%の学生しか承諾してくれなかったのである。
この方法は、外交交渉でよく使われる。 以前の経済交渉で、アメリカが常套手段にした方法がこれである。
最初に、とんでもない要求を突きつける。相手が断ると要求を下げてくる。下げてきた要求の方がアメリカの狙いだったりする。
このテクニックは、最初の依頼を断った時の相手の罪悪感を利用している。
 一般的な例としては
「財布を忘れてきたので、一万貸してくれないか」「悪いけど人に小銭でも貸したことがないので汽車賃なら」
「じゃー昼飯代で二千円でも」で、相手が優位な状態で仕方なく金を貸しざるを得なかったことがある。
 女性にルーズで、当時倒産をして生活が苦しいとは聞いていたが。 また最近、ホテルであったケースとして、
《 部屋においていた高価な時計が無くなったと騒ぎ出し、警察を呼んで調べてもらった翌々日から電話での恐喝が始った。
 明らかにカツ上げが目的。百万以上の時計だが、御前のところの誰かが盗んだはずだ。どう弁償してくれる、何とかしろ。》
 警察に電話をしても「民事のこと、話し合いで何とかしてください」という。 何度か電話が来たが、最後は露骨な脅し。
 そこで録音をして警察にとどけることにした。 百万といっておいて数万〜10万で手をうつ手法は見えみえ。
 といって、恐喝ハンターとしては警察沙汰にした方が後々のため。 で、電話を録音をして警察に届け出て一件落着。
 二十年前の時は、「電話の取次ぎが途中で切れてしまった。 数百万の取引が駄目になった。保障をしろ」という。
 これも体の良い恐喝である。 二人連れだったが、対応した副支配人に包丁を突きつけての脅し、その包丁が彼等の車内で
 発見されて逮捕された事件があった。 次回は、小さなウソを重ねた詐欺的行為?のケース・・
〜〜
2770, 半歩遅れの読書術 −3
2008年11月04日(火)
 茶道を通して二人の男の深い魂の結びつきが伝わってくる。馴れあわない親愛、孤独に耐えうる人間の友情が、何とも良い。
さっそく、『平心庵日記』をアマゾン《中古本》で注文をしたが、面白そうだ。
 ーあるHPの感想文からー
  * 逃避から得た恩寵
 昨年(2000年)の晩秋に読んだ本だが、近藤道生氏の『平心庵日記-失われた日本人の心と衿持』(角川書店)も、
私にとってその種の本の一つであった。著者は戦後復興期の大蔵官僚であり、転身して博報堂の代表となった経済人だが、
同時に現代の茶道を支える大茶人として知られている。その著者が、外科医で茶人だった厳父、平心庵・近藤外巻の
日記を読み返し、しだいに大戦の影の迫る、大正末から昭和初期の茶人の生活を描いたのが、この本である。
 平心庵は文字通り「仁術」に生きる開業医だったが、そのために営利的な同業者のあいだでとかく孤立しがちであった。
だがその彼が茶友としたのが三井財閥の総帥であり、近代茶道の復活者一人、鈍翁・益田孝だったから、
話はにわかに華麗な背景に飾られる。 益田は財界の雄であり、山県有朋と結んで政界をも左右した人物だが、
それ以上に江戸後期に形骸化し、利休の精神に回帰させた大正茶道の指導者として有名であった。
 感動的なのは、この二人がたま小田原に住んで、ただそれだけの縁で無私の友情。育んでゆく過程である。
当時・反軍的な益田はようやく政界での力を失い、国の将来を憂いながら隠棲に似た生活を送っていた。
二人はともに孤独を覚えがちな境遇のなかで、いささかも馴れず甘えあわず、茶の湯の規則貫かれた君子の交わりを結ぶ。
二人のあいだに慎み深い距離があって、しかも同じ不幸な時代に耐える暖かい共感が養われていた。そしてとくに私の注目を
惹いたのは、この同じ規律が近藤家の家庭の内部にも及び、息子は父にいつも敬語で語りかけていたという挿話であった。
 この二年、私は「社交する人間」という長編評論に取り組んできた。そのなかで私が社交に求めていたのは、
一貫してこの馴れあわない親愛、孤立に耐えうる人間の友情だったのだが、この本はそれに具体的な挿絵を与えて、
書きつづける私を勇気づけてくれたのであった。
 −−−
 以上だが、両親が茶人だったこともあり子供の頃から茶道の世界を垣間見、その奥行きの深さを感じ取ってきた。
 私が残された時間ですべきことは茶道の世界なのかもしれない。 
 金沢時代に一年間、寮の近くの個人が教えている家に通ったことがあったが・・・
・・・・・・・・・・
2007年11月04日(日)
2406, カラスの話 −2
                ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪
「カラスの話」でもテーマにしようかと思いたった。  ところが、そういえば一年ほど前に
書いたような気がしたので調べたら(Hp内の検索)やはりあった! 一年近くに書いてあった。
 先月の10月23日のこと、中越地震三周年の花火が通勤の帰路に(亡くなった人の数?)打ち上げられて、
その音と地響きが聞こえてきた。その時、彼方此方からカラスの鳴き声が聞こえてきたが、「恐怖の叫びと、
互いに安全の確認」と推測できた。「カラス語」で検索してみたところ、仏の鳥類学者デュポンのカラスの研究があった。
彼の長年の研究の結果、カラス語が幾つか解るようになった。
・カラス語は25の語数からなっていて、ほぼ全ての意思を伝えることでき、
・「クラ、クララ、クラオ、クラオ、クロア、クロネ・・・」とある。
 フランス人は日本のように「カ〜カ〜」の音ではなく、「ク〜ク」の「ク」の音階で聞こえるという。
それぞれ ーここ、そこ、前、うしろ、人間、寒い、暖かい、というようなことを話しているという。
この数日のウォーキングの道すがらカラスの鳴き声に耳を澄ませているが、成る程、意思交換をしている。 
カ〜カ〜カ〜という長い声と、カッカッカッという短い声、音程の上下、回数、などが微妙に違っている。
それと、朝晩の集会での意思交換をしている。 話しは少し変わるが、先日のこと、カラスが宅上犬を
からかっている場面に出くわした。宅上犬の歩いている先の橋の欄干にとまって挑発をしていた。
その可愛いい犬が吠えても逃げようとしないでカ〜カ〜と鳴きかえしていた。
飼い主は面白がって、その犬とカラスの攻防をなすがままに任せていた。
それをまた、私も見ていたのだから・・カラスが子犬を馬鹿にし、からかっているのが何とも人間的であった。
 数分のやり取りの後に、電線に飛んでいった。 カラスは、一番身近な野生を感じさせられる動物である。
 もう少し姿、形が良かったら、もっと身近に感じるのだろうが!    グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
ーーー
2006/10/24
2030, カラスの話
 ー以下は、字数の関係でカットー2007年11月04日
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2006年11月04日(土)
2041, プロ野球の「記者の順位予測」  
                   才八∋ウ_〆(∀`●) 
ープロ野球の「記者の順位予測」と結果ー
 毎日新聞の「記者の目」のコーナーで毎年、プロ野球の開幕前にセ・パ両ーリーグの順位を12人のスポーツ記者が予測する。
 そしてシーズンが終わると、それぞれの記者が「反省の弁」を、 実際の「予測順位」と「実績」の下に書く。
《私はセリーグは巨人、パリーグはソフトバンクと予測したが、みごと外れてしまった。》
  ー記者の結果を見ると、
 ・セ/パ両リーグとも、1〜6位の順位を当てた記者は一人もいなかった。
 ・セリーグに関して、1〜4位まで当てた記者が一人だけいた。 1位に中日を予測した人が6人中3人いたことと、
  巨人を4位予測が3人いたのは、さすがであった。それと、一位を6点、2位を5点というふうに点数をつけた
  順位がセリーグは1〜6位まで、記者の予測通りになったのには驚いた。
  (以下は、字数の関係でカットー2010年11月04日)
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2005年11月04日(金)
1676, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−2
深く考えさせられる内容である。 まずは、この文章を!
 ー「イルカは跳んだーある感触」−
男はイルカのことを考え続けている。イルカ一般のことではなく、1960年代の末ごろのハワイの海洋研究所に
飼われていた一頭のメスイルカのことを。このメスイルカは研究所の訓練者が呼子を吹くとある動作たとえば水面に跳び出て
尾びれで水面を叩くという芸をみせて、餌をもらうように仕込まれていた。その研究所に来る見学者にその芸をみせるのである。
ところがある日、その芸をしても餌はもらえない。 2時間休んで次のショーの時も餌をもらえない。 
当然イルカは当惑して混乱して苛立つ。そうして数日後14回の苛酷な、虚しい演技が終わったあと休憩時間に、
イルカは明らかに興奮した嬉しそうな顔をする。そして15回目の舞台で、いきなりこれまでみせたことのない
4種類の演技を含む8種類の違った演技を、次々とやってのけたのである。 そして、やっと餌をもらえたのである。
それまでの毎回同じ演技をすれば餌をもらえる、という条件反射的行動から、一回ごとに違った動作をしなくては餌を
もらえないという複雑な一段上のルールを認識したのだ。このイルカの話を、日野はグレゴリー・ペイトソンの本の中で読んだ。
「ここでイルカはひとつの跳躍を、論理階型間のギャップのとび越えをやってのけたである」とベイトソンは書いている。
このイルカのことを、男(日野)は考え続けている。14回までの彼女の苦悩と不安を、
14回目の後の休憩時間に起こった劇的なひらめきを、そして15回目に実現した彼女の論理階型の新生を。
 べトソンは
・初めのイルカの段階つまり単純な条件反射的行動を「学習?」となずける。
・それに対して、様々に起こる出来事、つぎつぎと置かれる事態の間に コンテクト(文脈・脈絡)を見出して、
 それに従って行動する(適宜修正しながら) 段階を「学習?」と名づける。
ー以下は、字数の関係でカットー2010年11月04日
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2004年11月04日(木)
1311, まさか、地元で大地震!ー8
昨日の朝、何時もの散歩道を歩いていたところ、一軒の家が全壊していた。
母屋の隣にある小さな二階建ての元住宅で、今は駐車場兼倉庫に使っていたようだ。
倒壊で車が押しつぶされていた。「サロンのコーナー」に写真を貼り付けてあるが、小千谷など震源地に近い古い住宅は、
同じように多く倒れているのだろう。我家の自宅裏の空いていた貸家に、家が半壊した一家が昨日より引越のため荷物を運び始めた。
数日前に不動産屋からの紹介で、台風による洪水と中越地震のダブル被災の長岡近郊の浦瀬の一家が入居することになった。
殆ど生活用の家具は使えなくなったという。台風でやっと立ち直りかけた後なので、かなり深刻のようで、もう避難所生活も限界。
しかし、JAへ夫婦共々勤めている内福の一家のようだが。全壊は300万、半壊は100万円の支援金がでるというが、やはり厳しい。
新幹線は今日から長岡〜新潟間が開通するので、普段に戻ることになる。
近くでは、長岡大手高校の前と、青少年センターの駐車場にテントに囲まれた
臨時浴場が現れた。中が電気で影が見えるのが生々しい。被害は全てにくるのではなく、マダラになっている。
地盤や古い住宅など、物理的に弱い所がやられるようだ。人間の体もそうだが。
今朝の明け方も、叩きつけるような雨が降っていたが、避難所にいる人は本当に大変だろう。
・・・・・・・
2003年11月04日(火)
944, 「創業者からの遺言」
 佐川急便の創業者の佐川清の「創業者からの遺言」というタイトルの本が図書館で目についたので借りてきた。
タイトルと目次をパラパラと読んで印象的であったのが「月一億の小遣い」であった。
それでも通帳の中は何時も空であったとか。 数千万の外車を馬鹿タレントにくれてやったとか、
3億の無心にある有名タレントがきたとか、この男の馬鹿丸出しが可愛いと思ってしまった。
 そういえば何処かの県知事が、その選挙資金を佐川清に無心したことが問題になり、刑事事件になった。 
新潟県前知事の金子某とかいった人だ。もっとも、いまの知事よりは政治家としてはマシだが?
この人も55年体制の認可を金で買って太ってきた??でしかないのが哀れである。
この人に集った政治家とか役者は、その蠅である。 そういう面で、「田中角栄の功罪」の罪という面では深いものだ。
とんでもない政治的致命傷を日本に与えたといえる。それと中曽根も、とんでもない男である。
国鉄解体で、NTT株を野村證券と組んで国民を騙した犯罪を隠したつもりであったのだろうが。
小泉は思い切ってこの老!!の首を切ったことは良い!しかし政治家とは「功罪重ね持って国を変えていくもの」だが。
・・・・・・
570, 仕事と性格形成−2
- 2002年11月04日(月)
以前習っていたパソコンの先生が直前まで教員をしていた。結婚で辞めた後に「人に無性に何か教えたくて仕方なかった」
と言っていた。警察官は私生活の中でも常に犯罪を探してしまうという。「できたら子供は警察官とは結婚させるな!」と
父が口癖で言っていた。私生活でも常にあら捜しをしている為、家庭が暗くなるという。
料理屋も絶対に嫁にはやるなとも言っていた、これはいわずもがだが。ーこれは今回の内容と違う。
私の親戚に元大蔵省の査察をしていた人がいる。仕事が面白くて仕方がなかったという。
仲間内で飲むと功績の内容の自慢と脱税の手口の情報交換という。 実直の塊のような人である。
小説家は全てが小説のねたにするのが商売だ。その為に恋愛もし、乞食もする露出狂とも云える。
私など飲食店にしても、スーパーや専門店に入ると、店員の動きやレジや店の規模や客層を常に見てしまう。
それと順調かどうかをも。 そしていつの間にその聞き取りをしてしまう。
前は近くで開店ををすると、一番客になるのが習性だった。面白いのは母は常に話の内容を1・5倍にして話していたが、
衣料量販をしていた時に、仕入れの1・5倍の値付けの癖が話しの内容に出たものだ。最近になってそれに気が付いた。
本人が本来もっている要素とそれがあいまって性格形成になる。
人間は生物の持っている環境の支配を抜ける事が出来ない猿だ。言葉をもってしまった狂った猿!
・・・・・・・・
[215] オカマバーー2
- 2001年11月04日(日)
 前回書いた初めて連れて行ってもらった時の事、カウンターで若い女性が二人飲んでいた。
「へー、若い女がこういう処にのも来るのかなー」と見ていたところ、一人の女性が「社長!こんな処に来るのですか!」
と話かけてきた。 よく見るとうちの会社の社員。「お前こそ、なんでこんなところに!」と逆にこちらがビックリした。
それぞれ世界があるものだと感心。 毎年行われている長岡高校の同級会を新潟でやってくれと、私の幹事の番に言われた。
そしてその日の3次会で残った4〜5人でその店に行った時、0時を過ぎていた。確か二人の女性が踊りながら、
我々を見てホモの集団を見ているような目つきで見た。その時「これが引き時かなー」とそれから行かなくなった。 
丁度その頃、古町で(Zoo)という店がオープン、値段が7700円でかなりの話題になっていた。女装している店で、
筋肉隆隆のコミックのうりの面白い女?か、あれは切ったとか、いやに女っぽい女?を憶えている。 別世界の驚きがあった。
 二回行ったが、そのホステス(ホスト?)が中学の同級会に女装で行った時、担任の先生の驚いた表情の話が、
印象的であった。その世界の素人?に、その世界を面白おかしく見せたり話すのが「彼らの売り」であったようだ。
「笑われて何ぼ」という世界のようだ。 ただエログロの面白さ一見の価値はあった?
 学生の時、歌舞伎町で女装のオカマの店の前で、お客を見送っている姿を見た時のことを急に思い出した。
その時は如何いうことか全く解らなかったのだから、かなりオクテだったのだろう。


3509, ユダヤ人の頭脳活性法 ー3

2010年11月03日(水)

  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  
  * まず「五感」を鍛える
 人間の持っている感覚−五感を研ぎ澄ます基本的なことがユダヤ人の生活の中で育まれているという。
臭覚・視覚・聴覚・味覚・触覚の五感を鍛えれば全身で何かを感じることができるようになる。
先日、声楽家の話しの内容が印象に残っている。「音楽家はディナーなど食事の会で、語りあいながら美味しいもの
楽しく食べることを特別大事にする」と。一流レストランなら、この五感を充分満足させてくれる何気ない装置ができている。
音楽家は全身で練習をし、観衆の前で演奏や歌を披露する。そのために格段に五感が研ぎ澄まされていなくてはならない。
特に味覚、臭覚は頭脳の活性化には非常に重要である。彼らは、他の視覚、聴覚、触覚は張り詰めた空気の中で
研ぎ澄まされているから、先の二つの感覚が相まって鋭くなる。ユダヤ教は彼らは選ばれし民という根本思想がある。
選ばれし者は、まずは五感から優れていなくてはならないから、食事の材料そのものから細かい規定がある。
頭脳が活性するように長い歴史の経験が、彼らの教え、習慣として根付いている。  
  * 「ことば」を自分のものにする
 まずは「読み書き」の力を身につけること、これも重要である。ことば抜きには、自分の考えを組み立てたり、
表現したりするのは、ほとんど不可能。だいたい日本人が日常で使うことばの数は、せいぜい3000語前後。
アメリカ人の普通の会話は2000語前後。熟語を加えると、やはり3000ほど。
微妙な語彙を増やすために辞書を引く習慣が必要である。そして、自分の心の内側の思いを、多くの日本語から、
どのことばに託するかを決めることも重要になる。ことばは、その人の衣装。 脳活性化の第一歩は、
まず「読む」という作業の見直しから始る。一番効率が良いのは、声を出して読むことである。
ユダヤ人は、暗誦できるほどに聖書を子供たちに音読させている。その暗誦そのものが彼らの頭脳を鍛える。
 そうこう考えると、ユダヤ人から学ぶところは、あまりに多い。偶然だが、去年の同日に「脳と日本人」を取り上げていた。

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3134, 脳と日本人
2009年11月03日(火)
「 脳と日本人  松岡正剛 茂木健一郎 」 −読書日記
 この本の初頭から、「エッ!」と思わせる内容である。「主題は20世紀に出揃っている、21世紀は方法の世紀」と。
最近、パソコン、インターネットを初めとするIT機器などの飛躍的進歩で、世界は大きく変わろうとしている。
それより良いにつけ、悪いにつけ、私自身が劇的に変わってきた。 方法のキーワードが「編集」と看破しているところが、
松岡正剛の言わんとするところ。 実際の、このテーマ日記を8年半ほぼ毎日書き続けていて、大きな内面の変化を実感する。
起承転結の編集作業を通して、外的世界の把握の仕方と、内面の編集作業がアップスケール?した。
それを実感しているからこそ、冒頭からの二人の対話に引きこまれてしまった。 
正座をして隣で聞き耳を立てて読んでいる感じである。  編集とは創造作業の方法というとわかりやすい。
 〜まずは冒頭の、その部分から〜
松岡: 20世紀は主題の時代で21世紀は方法の時代。方法というのは、ものの見方、考え方の支点。
 そのキーが「編集」ということ。平和とか環境とか民主主義とか多様性とか共生とか、主題はだいたい20世紀に出揃ったでしょう。
 でも、何も解決していない。 だったらこれからは、方法が問われた方がいい。それには編集的方法にもっと注目した方が良い。 
 編集という言葉は、新聞や雑誌、テレビ、映画などのマスメディアでよく使われる技法用語です。けれども僕は、その意味と用法を
 拡張して何らかの出来事や対象から情報を得たときに、その情報を受けとめる方法のすべてを編集と呼んでいます。
 たとえば、パソコンで文章を打ったり、日記や手紙を書いたり、というのは全て編集です。企業の経営やプラニングを考えたり、
 会社でスピーチをしたり、家で料理をつくったりすることも編集です。アタマの中に浮かんでいることと、体で起こることを、
 目や手や道具をつかってつなげているわけだからね。だからサッカーや野球は編集ゲームですし、小説を書くことは編集構成です。
 何かを思い出すことも情報編集です。
茂木:「編集」という方法が考えたり、書いたりという人間の知覚や思考、表現のすべてにかかわっているわけですね。
松岡: 人間にかぎらず、生命体の活動はもともとが情報編集でしょう。 生命体の本質はそもそも情報高分子だし、生きていると
 いうのは、負のエントロピーを食べて非線形的なふるまいをすることですからね。二十一世紀は、そういう方法に着目するべきです。
   (以下、字数制限のためカット 2010年11月3日)
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2769, 閑話小題
2008年11月03日(月)
 *時代が激変している!
この数ヶ月、休日に車で一人、フラッと目的なしに色いろな店に入るようになった。女性なら当たり前のことだろうが、
男はフラリというのは少ないのだろう。昨日は、地元のスーパーセンターの<ムサシ>のペットショップ。 
犬の半額セールデ、お客で溢れかえっていた。普段の3倍の子犬で、それぞれが飼いたい衝動にかれれる目をしていた。
家内が動物が大嫌いとは知らなかったが、そういう人間が存在するとは衝撃であった。 まあ、愚痴か!
最近、面白いのが中古品ショップである。ハードオフに冷やかしで行っていたが、似たような店が出来てきた。
新品同様で、三分の一が相場なら買いたい衝動も沸く。 少し恥ずかしいが、今更である。
合理的という意味で、中古ショップは理にかなっている。アマゾンの中古本もしかり。
 *りんごダイエット
  《字数の関係でカット08年11月03日》
 *昨日は、親戚の法事
昨日は、父方の親戚の法事。 兄が実家の商売を倒産させてしまったので、数年は謹慎の身。
当分は私が法事を出ることになる。 これまでは「家」を殆ど無視、意識しなかったが、今後は違う。
10時半に法要があり、12時半からオトキ、二時過ぎに終了。家に帰ってTVで天皇賞をみる。
 ところでニューオータニの和食料理、なかなか美味しい。 驚いた。
 −−−
 *アメリカ大統領選
  《字数の関係でカット08年11月03日》
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2007年11月03日(土)
 2405, 耳栓とアイマスク         (@⌒ー⌒@)ノおはよ〜♪
三ヶ月ほど前に、「100円ショップ」で耳栓を見つけ購入した。そして使い出したところ耳栓なしには寝れなくなってしまった。
あくまで主観だが、8割の音が遮断される。寝室でアイマスクと耳栓をすると、隣で家内がTVを見ていても平気で眠れる。
寝ついた後の四時間は熟睡状態になる。そのためにか、その後は逆に眠れない。私の住まいは住宅が密集していないため、
殆ど雑音は聞こえてこないが、耳栓をして初めて、それでも雑音に囲まれていたことに気づいた次第である。
翌日は忘れているが、消防車や救急車、そして猫の鳴き声、家内の部屋の出入りだったり、周囲の騒音が実は多かったのである。
耳栓は飛行機内で一〜二回つけただけで、家でつけて寝る発想自体がなかった。 夜半に猫の鳴き声に悩まされた時など、
枕元において付ければよかったのである。見た目は圧縮されたスポンジのようである。
先日借りてきた月刊誌「新潮45」の表紙の裏に広告が一面に載っていた。「新素材で、音をシャットダウン」という謳い文句で、
二個組みで280円であった。売れるから載せているのだろう。 売れるということは良いということである。  
   (以下、字数制限のためカット 2010年11月3日)
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2006年11月03日(金)
2040, 「あたりまえなことばかり」 −1
     (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ     読書日記
 著者の池田晶子は、専門知識や用語に頼ることなく、日常の言葉によって「哲学」を語ることで多くの読者から支持を受けている。
自分の考え、自分の言葉で、存在と宇宙について思考をしている。彼女は日本で気をつけなければならない話題が三つあるという。
1、死、 2、宗教、3、国家とは何か、である。
《字数の関係でカット09年11月03日》
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2005年11月03日(木)
1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1     −読書日記
「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。
読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に
入ってから大きな手術をし、死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。
心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。神秘思想に非常に近いところにいる。 
しかし同時に心の奥底に、神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という意識を明確に持ったまま、
心の奥深い世界を描写している。 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。
  ー「書くことの秘儀」ー
”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、リアリティを生み出すことだ、”
”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる
条件ではなかっただろうか。死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 
  《字数の関係でカット08年11月03日》
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2004年11月03日(水)
 1310, 23歳の日記−3
 ー卒業式の思い出ー
大学の卒業式の写真が数枚残っているが、その前後の事や詳細の記憶は殆ど無かった。ところが、この日記で当日の記憶が
鮮明に蘇ってきた。最終の学校の卒業は、人生の大きな境い目であるその記念日の記憶は、大事なことと読んでいて実感する、
それも年齢を重ねれば重ねるほど。幼稚園、小学校、中学校、高校とその日のことは憶えている。その日の父親の気持ちが、
今あらためて振り返ってみると少しは解かってくる。写真も大事だが、気持ちの記録はもっと大事である。
それにもっと早く気がついていれば、日記を書き続けておくべきだった。読み返していて感じることは、
「若いということは、若いというだけで光り輝いている」ことだ。不安定で歪がまだあっても、あらゆる可能性があるのが
若い時の特徴である。それが悩みになるが、その悩むということがよいのだ。それも振り返ってみて初めて気がつく。
 ー1969年 3月24日ー
卒業式に出席する為に、8時半に起床、10時半に四日市から東京に向け出発する。15時前に東京駅に到着する。
大学時代の友人の川崎のところに電話を入れる。一科目、追試が残っていて、それが及第しないと卒業できないのだが、
大丈夫だった。絶対に大丈夫と思っていたが、本当に良かった。万一の時は、就職もオジャンになってしまうのだから。
その足で、寮に行く。佐藤君は居なかったが、残してあった荷物は娯楽室にあった。その荷物を持って、千葉の検見川にある
(三番目の姉)優子さんの家に泊めてもらうために向かう。父が私の卒業式の為、来ている。何か父も嬉しそうだ。
恐らく、最後の子供を無事卒業させたという安堵感だろう。父に言ってはならないことをズケズケといってしまった。
「このままの仕事では、必ず淘汰されるのでは!」とか。父は何か悲しそうな顔をした。本当に何をやっているのか、
自分を怒鳴りつけたい。それも自分の卒業式にわざわざ出てきてくれたのに。
「親父よ、私はまだまだ未熟なのだ。ご免なさい!」 本当に恥ずかしい。
 ー3月25日ー
7時半に起床。今日は卒業式だ。8時過ぎに近くに住んでいる(4女)姉の礼子さんがくる。 父と私に会う為だ。
私は寮に行かなくてはならないので、父より一歩先に家を出る。寮で大家の奥さんに挨拶をする。
丁度その時、佐藤君とバッタリ会う。最後の握手をする。初めは親しかったが、途中から行き違いが出た。
しかし、気持を何時も通じていた。良い寮での同僚であった。 佐藤よ、ありがとう。
これで壊れた関係を元に戻せたようだ。 これで恐らく会うこともないと思うが、良い友人に恵まれた。
さて、その後父と待ち合わせて、大学に行く。これが本当に、本当に最後の最後の行事になってしまった。
まずは深井に会う。新橋しのだ寿司の御曹司で、無神経だったが何ともいえない暖かさがあった。
彼も興奮気味であった。その後、武澤先生に会う。父を紹介した後、父ともども記念写真を撮る。
武澤先生には、言いたいだけいい、その結論を出さずしまいであった。その後、河村、外山、石川、奥野、
兼古、広瀬、皆が居た。 本当に最後ということで涙を浮かべて最後の握手をする。彼らとも、もう二度と会えないのだろう。 
思い出の深い校庭である。ここが日本かと思われるような何ともいえないアメリカ的な雰囲気があった。
父が、あまりに私のところに多くの友人が次々挨拶に来るので唖然としてみている。父は何か取り残されているようだった。
しかし、それより全ての友人に挨拶をする方が先である。卒業式は一人一人が壇上に上がって総長から直接卒業証書を手渡された。
その後、全員で校歌を歌い無事終了した。そして、学食に集まり、ビールで乾杯をして、コップを床に叩きつける。
これで学生時代とお別れという儀式である。そして学校を後にする。ところが面白い現象がおきた。ふと見ると、歩いているのが、
入学当時のグループの兼古と奥野と広瀬の4人なのだ。最後はそこに収まったということだ。兼古は千葉の方向ということで、
駅前の喫茶サルビアで思い出話と、今後の人生について話し合う。そして電車で千葉の検見川まで一緒に帰ってくる。
これで、完全に学生時代は終わってしまった。良い学生時代であった。そして、良い卒業式であった。
これだけ、素晴らしい!と思えるというのは一生の宝になるだろう。 明日から再び現実が待っている。
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2003年11月03日(月)
 943, トンネル怖い
 先週TVを見ていたら、磐梯山から紅葉の景色の生中継をしていた。「今年は紅葉の時期が例年に比べてかなり早い」
と現地の人がいっていた。その言葉の中に「11月初旬の連休には終わってしまって残念である」という気持ちが読み取れた。
ところが会社の大矢さんが、その時行っていたという。 それが「素晴らしい紅葉」であったと教えてくれた。
昨日、思い立って磐梯山に行ってきた。 しかし最後の盛りは、やはり先週であったようだ。
ゴールデンラインのコースの木々の大部分の葉っぱが落ちていた。それでも低い山には紅葉が十分残っていて、
快晴に恵まれたこともあって素晴らしい磐梯の秋の景色を楽しむことが出来た。 ところで10年位前から、高速道路の一車線の
トンネルが恐ろしくなった。誰もがそうだろうが、特に緊張をしてしてしまうのだ。 不安になり他の車はみるところ80キロは
出しているのに65キロが精一杯。 手には汗ビッショリ、気持ちが悪くなるのだ。
高速道路にほとんど乗ることないのが理由なのだろうが。神経症の可能性もある。トンネル内の事故は死亡のケースが多い
こともあり、なおのこと焦るのだ。 一般道に下りればよいのだろうが、時間を節約しなくてはという気持ちがそれをさせない。
帰りは高速の入る直前にある事故用?の空間に車を止めて、後続車を追いやった後にユックリ走るようにしたが。
歳をとったということか。若いうちに家族と日本中を車でいっていて本当によかったとつくづく思った。今度からはバスツアーに
きりかえなくては。 いや日本はもう京都を除けば行くことはないか?それとも、泊り込みで一般道をのんびりいくかだ!
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569、ケーススタデー ー2
2002年 11月03日(日) 
 1968年
毎週金曜日の15時か16時より2時間開かれる。ゼミが終わると太陽が黄色に見える位疲れていた。
知的訓練など全くしたことがなかったためか?二年間コースで初めの一年は課題の本を読んで、それの感想と議論。 
二年目の前半は事例研究で、後半は各自が自分で事例を創り、当事者として2時間ゼミの全員に質問と追及を受け、
その結果を討論する内容だった。私は途中二年目からの編入であったが。 他の人を聞き取る場合は刑事のような内容追及が
リアルで面白いが、自分の場合は追求されて、瞬時に物語を創っていかなければならない。 今でもその全て憶えている。
このケーススタデーは「見聞皆師」にあてはめて考える事が出来る。現象ー事象の中から真理を探し学ぶ方法にもなった 。
また人間関係だけでなく、営業や経営のベストプラクテス−ベンチマーキングにも酷似している。ゼネコンの営業の社内研修でも、
これに似たケースでOFF−JTが行われていると大手のゼネコンの営業の人から聞いたことがある。
流通やサービス業の他店見学も似ている。サラリーマンの足の引っ張り合いは善意を装ってくる陰険版か?
現象とあるべき姿の格差を埋める作業だ。少し違うが、帰納法に似ている。現象の中の真理の内容を検討して結論に導くという点で?
新しい車が発売されると工場ですべて解体して、それぞれのパーツで業者やその部門の人達が集まってチェックする
のはどこのメーカーでもやっていたという。今はコンピューター処理でインターネットをフルに利用しているのだろう。
これの人事管理版が武澤ゼミのケーススタデー?! 管理されるという事はあまり気持ちのいいものではない。
でも組織体としては、それは必要欠くべからざるものである。ここでいま一つ学んだ事は、当たり前のこと
ー自分の能力は自分で創りあげるものという事だ。最後は独りの自覚で自分造りをしなくてはならない。習慣づくりといってよい。  
問題が逸れたが?私の辛辣さは、露悪ー露善(偽悪ー偽善)を自分や他人の中ですぐ直感してその原因を構造化するためだろ
ー父もそうだったから、その理論的訓練を受けた事になる。それよりその結果として自分の無知蒙昧をいやというほど知らされた。
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[214] オカマバー
 ー2001年11月03日(土)
14〜5年ぶりに新潟駅前にある、オカマバーにいってきた。オカマバーの面白いのはその話術である。
変わった飲み屋がないかと言われて、当時よく知人を連れて行ったものだ。始めは近くの大原簿記の理事長が近くに
ビルを創りたいが、この辺の情報を知りたいとので一献と、どう云うわけか奥さんと娘と行ったのがきっかけであった。
やはり初回は異様な感じで、カウンターに男同士の絡みの置物の像には驚いた。しかし知人に話をすると殆どの人が
連れていげという。喜ぶが二度と行こうとは誰も言わない。奥にやはりもう一軒あるそうで、そこはその気のある
ホモのタマリ場という。男同士はあまり猥談は言わないが、かなり際どい下ネタをあっさり言う。
以前姉達が新潟に来た時つれていったが、その時私の手をとって人先指をふき始めた。
そして目をツブレと言うつぶった瞬間その指をシャブラレタ!ぞっとした。
もしホモの味を知ってしまったら、抜けられないとその時思ったが、それより気持ちが悪いほうが先であった。
悲鳴をあげたが、1人の姉が私にもやってみてという。真面目を絵に書いたような人
で、皆凝視の中シャブラレタが「何ともないわ、それより真面目な顔でやってるほうが面白いは!」と言ったのに驚いた。
私の知り合いが、子供を連れてサウナに行ったららそのママがいたと言う。
子供を盾に下半身を隠しホウホウのていで出てきた時のシグサガの話が面白かった事を思い出した


3508, ユダヤ人の頭脳活性法 ー2

2010年11月02日(火)

 「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
*インテリジェンスとはー点と点を結ぶ能力 
  ーまずはP/28から
 ≪ インテリジェンス=考えるとは、そもそも何か? 考えるとは、点と点を結ぶ行為をいう。考える力は、
そもそも言葉や概念、知識などの量とは関係ありません。まず考えるためには物事をありのままに見る行為から始まる。
知識をたくさん持っているのに、考える力がない人が大勢いる。知識と考える力との間には直接の関係はないのです。
最近ではインテリジェンスということばを「情報」と訳したりもしています。だがインテリジェンスは情報ではありません。
Intelligenceというのは、もともと[Inteー重なり、、際(きわ)」「legere(結ぶ)」という
二つのラテン語が合成された言葉です。きわときわを結ぶ、物事と物事を結合するという意味です。
スパイは、点と点の情報を結んで、線の情報を推理し、他の線と線の情報を結んで、面の情報を組み立てます。
そういう断片的情報をつないで、総合的な情報に組み立て、物事を総合的に判断する能力が知性なのです。
そして、この点と点を結ぶ行為こそが「考える」という行為です。 ≫
 〜
インテリジェンスとは元もと軍事用語で、スパイが諜報で得た情報から線、面へ推論する能力。
線と線を的確につなげるには、様ザマな能力が必要になる。そのために、まず「五感」を鍛えなくてはならない。
点と点から線を推論し、他の線と組み合わせて面を推論、その面を幾つか重ねて立方体を推論していく過程を考えること、
というと、分かりやすい。この著で、ラビ・レオポルド・スティンは「インテリジェンスの人というのは、
まずオープンマインドで、しかも積極的に記憶して、そして常に体験してみる人のことだ」と指摘している。
それは、点、線、面、立方体へと考えを進めていくことになる。その視点で、もう一度、自分も含めて周囲を振り返ると、
インテリジェンス人は稀のようだ。せいぜい点と点を結んで線にして、それで止めている。 佐藤優の本を読むと、
点と点から線を、線と線から面、面と面から立方体へと推論を組み立てている思考に驚かされる。
・・・・・・・
3133、現代の結婚事情
 2009年11月02日(月) 
 この世知辛い世の中で、男も女も結婚相手を見つけることは大変である。
私の世代の男は、少し下の年代が団塊の世代のためイメージとして男女比が2対3で恵まれていた。
それにしては??。 最近の結婚の大変さには同情する。 世の中の男の格差の問題もある。 
以前は三高といって高学歴、高収入、高身長(ちなみに三低は低趣味、低収入、低学歴)だったが、今では
・女性からすると
 3低 =低姿勢(レディーファースト)、低依存(束縛しない)、低リスク(リスクの低い職業・公務員など)。
 3C =コンファタブル(快適)、コミニケーティブ(理解しやすい)、コンポレーティブ(協力的)
・男性からみると、4K =可愛い、賢い、家庭的、軽い(痩せている) という。
 収入問題などで、ますます晩婚化になっているが、歳を重ねると、プライドだけが高くなり、
 自分の品との段差が開いていくから、始末が悪い。
人生を振り返ると、両親、連れ添い、そして仕事の相性で、8割方が決まる。
その中で、結婚は私生活の大部分を占めるから大問題。 姉の一人が「結婚は大事業」と実感を込めて言っていたが、
その通りである。 最後は、性格の問題になるが・・・ 一生を添い遂げるのも芸のうちである。 
神様は最も合わない相手を結婚相手に選ばせるように人間をつくり上げてきたという。 
それにしても面白い罠を人間に与えるもの。 人生とはレッスンというより修行である。特に結婚は荒修行!
 ――
結婚といえば、^カリール・ジブラン「結婚」ーの詩が良いー
 師よ、結婚とは何でしょう。
師はおっしゃいました。 君たちの魂は一緒に生まれたのですから、いつまでも一緒にいることでしょう。
死の白い翼が君達の生涯を離れ離れに散らせてしまってもやはり一緒におりましょう。そうです。君達は神の沈黙の記憶の中でさえ
一緒にいることでしょう。けれども君達の「一緒」の間には隙間がなければいけません。
君達の間を天国の風が踊って吹きぬけなければいけません。お互いに愛し合いなさい。でも愛のきずなをつくってはいけません。
君達の魂の岸辺と岸辺の間には、波のうねる海があるようにしておきなさい。
お互いの杯を満たしなさい。けれども一つの杯で飲んではなりません。お互いに君達のパンを分かち合いなさい。 
でも同じ塊のパンに一緒に口をつけてはいけません。一緒に歌い踊りよろこびなさい。でもお互いは別々の人なのです。
リュートの沢山な弦は同じ音楽をかなで出しますが、皆一本一本、別の弦です。君達の心を与え合いなさい。 
でもお互いの手の中に包みこまれてはいけません。生命の手だけしか、君達の心を包みとることは出来ないからです。
一緒にお立ちなさい。でもあまり近くにくっついて立ってはなりません。寺院の柱は皆離れて立っていますし、樫の木やいと杉は
お互いの木蔭の中では大きくならないものなのです。
 ―カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)より―
{「我われ夫婦の間には浅くて広い河がある」と常日ごろ実感しているが、これで良かったということ?]
                        夫婦間というより人間関係の基本でもある。
 ・・・・・・・・・・
2768, 半歩遅れの読書術 −2
 2008年11月02日(日)
 【 出久根達郎 】
  彼の記述にある「井上流 本の読み方十箇条」が面白い。 井上ひさしの『本の運命』に、紹介されているが、
  ここでは二つしか紹介されてなかったのでネットの検索で調べた。 以下のとおりである。
   ーー
一、「オッと思ったら赤鉛筆」。ーこれは万人が実行している。
二、「索引は自分で作る」。ー大切な言葉や事柄に関する索引を本の扉や見返しに つけておくとよい、という。
   思いつかなかったが早速、実行することにする。
三、「本は手が記憶する」。ー「書き抜き帳」を一冊作ってそこに何でも書き込ん でいく。
   大事なのは手で写すこと。そうすると手が自然と記憶する。
四、「本はゆっくり読むと、速く読める」。ーどんな本でも最初は丁寧に、登場人物の名前や関係を、抑えながら読むといく。
   そうすると書 いている人の癖が分かって、その後が読みやすくなり、結果的に速く読める。
五、「目次を睨むべし」。 ー目次は全体の構造の見当がつく。
六、「大きな事典はバラバラにしよう」。 ー分厚い事典は持ち運びが便利なようにバラバラにする。
七、「栞は一本とは限らない」。ー井上ひさしは本を買うとまず、タコ紐の栞を三本ほど貼りつける。
八、「個人全集まとめ読み」。ー個人全集を集中して全部読むと、著者の言葉遣いや書き癖などが分かっておもしろい。
九、「ツンドクにも効用がある」。ー本との運命を大事にする。本は「買おう」と思ったときに買っておく、これが鉄則。
   そして机の横にでも置いておくと、不思議なことに本の方から「読め 読め、読め読め」と言ってくる場合がある。
十、「戯曲は配役をして楽しむ」。ー戯曲を楽しむためには自分でキャスティング すると良い。
   ーー
  以上だが、これとは別に「本は撫でてやると、所蔵者にささやいてくれる」という。成程、その辺は合点がいく。
 そのためには、図書館で借りて、これは!と思ったら迷わず買うことだ。
 出久根によると、井上やすしはかって、日本で発行される書物と雑誌を、一冊残らず買い求めていたという。
 200冊か100冊か、全部毎日買い求めたというから、たいていではない。 井上は本を買うとまず暇そうな喫茶店に入り、
 一冊20分くらいかけて目次を見 たり、ところどころ読んだり、栞(後述参照)を貼りつけたりするという。
 そしてこれを「僕と本との新婚旅行」(98頁)と呼ぶ。こうして一回撫で回すと、本が彼に向かって話しかけてくる。 
 「この間、目次見たでしょ」とか、「そのことは私の中に書いてありますよ」、と。
 結局、そうこう考えると、テクニックというより絶対量をこなすほどの愛情がなければ!ということだ。
 出久根は、この文章の終わりに作家の福永武彦の名言で閉めている。
【人に人徳あれば本もまたこれに従う】 読書だけでなく、全てに言えることだろうが。
 ・・・・・・・・・
 2007年11月02日(金)
  2404, 久世塾          ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ
   図書館で面白い本を見つけた。
   電子書店の紹介文をコピーしておきますが、これを読んだだけで如何に面白い内容か理解できるだろう。
   12回で24万円の講座に120人も集まり、一年にわたって開催されたもので、一人一人の講師がまた多彩である。
   それを一冊に纏めてあるから凄い本になって当然である。この一冊でシナリオライターの世界を深く垣間見ることが出来る。
   そこには色いろな人間観や、哲学、道理が深く含まれている。 シナリオライター塾というより、人間塾といった方が
   よいぐらい深い人間洞察が含まれている本である。シナリオライターは、時代の人間の本質の深いところを、
   面白おかしく提示しなければならない。 現場は血みどろにならなくては感動が生まれるわけがない。 
   一人一人の講師の話が生々しく言葉が深い。 さっそく、アマゾンの中古本を発注した。
  ーー
 久世光彦/著 大石静/著 内館牧子/著 竹山洋/著 
  (以下字数制限の関係でカット09年11月2日)
・・・・・・・・・
2006年11月02日(木)
2039, 猫撃退法    1∧11∧    (ΦωΦ) ニャ〜ン
隣に「猫のブリーダー」が引っ越してきて5〜6年経つ。 
それ以来、我家の庭やベランダが近所の猫の集会所になっている。水をかけたり石を投げても、全く効果が無い。
ブリーダーが知人の同級生ということもあり、露骨に文句も言えない。 そういう人には知恵があり、
近所の陰口屋に上手く取り入ってしまう強かさがある。 そこでインターネットで猫撃退法を調べてみた。
「ペットボトルやコヒーかすなどの猫よけ策のほとんどは殆んど効果なく、センサーで鳴るブザーやスプレーなども
一時的な効果しかない。目先の一時的なものは直に『猫にも見透かされる』」というのがHPに書いてある大たいの結論である。
  (以下字数制限の関係でカット10年11月2日)    サイニャン (・x・)
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2005年11月02日(水)
1674, うそつき−2
面白そうな所を書き写してみた。 何げない言葉の中に鋭い深い意味が入っている。
 私の評論も入れてみた。
 ・人は自分にうそをつくために他人にうそをつく。
  (評)−他人に巧妙にうそを仕掛けるために、まず自分にまず巧妙にうそをつく。
    もう亡くなったが、身近の人の実演を見たことがあるが、迫真の演技だった。
    のっけから騙そうと筋書きを書いて、そのとおり演じ、その演技に自分が酔いしれてしまう。
    そうでもしなければ金を騙し取ることはできないが。これは他人を騙すために自分をまず騙すケースか?
 ・人は自負心を保つために自分にうそをつく。
  (評)ーこれもどこでもあるうそである。特に女のそれは凄い。
 ・人間は、自分のいうことを自分で『信じている』ときに、より効果的なうそをつく。
  (評−効果的なうそを言うために、信じるまで自分に言い聞かせている人間を何度見た。
 ・うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実を歪曲する。
  (評)−会社の責任の擦りあいなど典型だろう。
 ・うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである。
  (評)−なら女性などには、うそを言い続けなくてはなるまい。 また、それが一番よいのだろう。
 ・人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ。
  正真正銘の真実を聞かされて我慢できる人間はそうはいないものである。
  (評)−そうか、自分は真実をいいすぎて嫌われているのか。
 ・うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しない。
 ・自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい。
  (評)ー鬱病者は、自分に正直すぎるんだ。寝る前に今日は楽しかった!と、100回自分にうそ?を言えば良いのに!
 ・人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、一見もっともらしいように思われるものでも、
  その人の過去の歴史的事実など重要でない。
  (評)−渡りのホステスなど、聞いていて??
 ・人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い。
  (評)−私の場合は、逆のようだ? 採用面接で、ほぼ騙されている!?
 ・警官、税関検査官などのうそを見破る能力は、一般人となんら変わらない。
  (評)−ただ場数を踏んでいる!
 ・権力を求める政治家には自己愛的な人が多く、その人格特性がうそを助長する。
  (評)−庶民も、騙されることを望んでいるから始末が悪い。
 ・病的なうそつきは、脳の機能不全と関連のあることが多い。
 ・うそが非道徳的とされているのは、権力構造の維持に役立つからである。
   (以下字数制限の関係でカット10年11月2日)
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2004年11月02日(火)
 1309, 23歳の日記 −2
ー社員教育が終了して、現場初日の日記である。
当時の澄んだ視点と、不安一杯の気持がそのまま出ている。 それと、冷静に見ているところが面白い。
当時は、高度成長期の真っ盛り。大卒の新入社員を確実に確保する為、一ヶ月前の3月1日に新人教育に入っていた。
卒業式の休暇はもらえたが、その辺のことも日記に書いてあった。 遥か彼方の記憶へタイムマシーンにのって、
当時に、よみ返ったような気分である。全てが新鮮で、毎日がドキドキ・ワクワクの連続であった。
しかし激務と変化の連続で、限界を遥かに超えていたようだ。とにかく気持を書きのこすという事は、何か深い意味がある。
 ー1969年3月5日ー
現在、四日市市内の駅裏から歩いて10分位の男子寮にいる。同室は、「魚職人の寡黙の男の人」と、
「同志社卒の一年アメリカに遊学してきた大人しそうな堀田という人」だ。この人とは、いやに気が合う。 
虚無的な、それでいて一言一言が哲学的な味のある男である。一人でワインを買ってきて、フランスパンを
食べている。何かホッとした。今朝は、8時に起床をして、寮での食事後、会社へ出発。初仕事である。
始めは主任会議に出席して紹介される。その後、全社員の前で辞令を交付される。自分でも驚くほど緊張をしてしまった。
午前中は、本店店長の説明がある。午後は、管理係長の説明、その後の15時半より実施訓練。全神経を使ったためか、
疲れてミスを重ねる。直接の上司の松又さんという人は温厚で面倒見が良い。初めから良い人に当たり幸運だ。 
しかし、それに甘えないこと。湯の山の研修にしても、昨晩にしても最低の失敗をしてしまった。
何か自信が無いのか背伸びをしているようだ。関大出の倉谷という同期に帰りの喫茶店で批難される。
「お前は、硬く考えすぎだ、そしてコチンコチンだ」と。 まあそうだろう。 敵を作らないことだ
・・・・・・・
2003年11月02日(日)
942, ドウデモいいことだが!
ー昨夜「長島ジャパン代表」と「王プロ野球選抜」の対戦をみながら書いた文章であるー
 TVで「長島ジャパン代表」と「王プロ野球選抜」の対戦を放映している。もちろんプロ選抜は二流どころだ。
それでも王選抜が八百長をしない限り勝つのは当然である。金で超一流を集めて、監督としては?の長島が選定したチーム。
真剣勝負から遠ざかっていた感覚と勘で勝つわけがない。まあ、お祭りだから仕方がないが。
東尾が解説で「日本選抜がつよいに決まっている」といっているが、そのことをまさか解説ではいえないだろう。
 二流でも監督の質と今の状況をみても、王のチームが勝つに決まっている。
結果論を言っているのではないことを証明する為にこの文章を「引き出しのコーナー」に貼り付けておく。
今「プロ野球選抜」が逆転をしてしまった。「日本野球の文化を守る為に闘う」といか長島がコメントをしていたが、
何を言っているのかこの人、自分でも解ってない。「日本野球を駄目にしたのが、貴方と読売の渡辺恒夫だろう」
これではアジア予選で終わってしまう可能性がある! 皮肉でなく本当だ。いまの自民党と同じである。
 負けた場合を考えて、日本のプロ野球が完全に否定されないことを考えて、長島をたてたのだろうが。
「まあ長島なら仕方がないか」でごまかせるためだ。ドウデモいいことだが!   20時35分
・・・・・・・・・
568,ペイオフー断末魔
- 2002年11月02日(土)
現在竹中大臣と銀行の国家管理」?を主張している元大蔵官僚の木村剛氏の書いた話題の小説の「ペイオフ」がシビアである。
一連の大蔵官僚と政治家の実体が辛らつに書いてある。 まだ半分しか読んでないが、 この小説はすでに2年前に書かれた
「通貨が堕落する時」という単行本の文庫版だ。  多くに人に見てもらうために早めに文庫版にしたという。
この二年の時間を経った今、更に悪化して小説の内容の同じように壊滅に?向かっている。
それでも政治家と金融関係者は自分の権益を守ろうとしている姿は末期の現象そのものである。
もう手遅れかもしれない。あの地銀の不思議な一連の動きが解ってきた。実情は隠れた不良資産の在庫が多く残っている。 
それを処理する為に取れるところから阿修羅のように引き剥がさざるを得ないのだ。それと金融監督庁が大蔵省ー財務省から
独立して銀行に手心を加えなくなった事もある。なるほどと1人合点がいった。これから辛らつな貸しはがしが露骨になる。
それと倒産ラッシュが吹きまくるが仕方がないこと。どうにもならない時代だ、悲観でない。あのゼネコンが次々と潰れるのだ。
株価100円以下の企業はどれが先にいくかの世界だ。そうすると銀行の幾つかが国家管理になる事は必定。
政変が起こるが、といって受け皿はもっと悪くなる。それを繰り返しながらハードランデングしていく。
気の小さい国民性か、アメリカにより精神の中枢をやられた戦後日本のつけがここで清算の時期にきた。
情けないと他人事にいっていられなくなってきた。 このレベルが日本なのだろう。
「皆で渡れば怖くない!ここは地獄の三丁目、よいよい」とジョークも飛ばしたなる。
是非「ペイオフ」を読んでみる事を薦める。 もう本屋に平積みをしてあるはずだ。
一日一日舵取りをしていくのが今の日本の姿だ。日本的社会主義者の大元の末期としてみると面白い。
 ・・・・・・
[213] ーゲゼルシャフトとゲマインシャフトー
 ー 2001年11月02日(金)ー
・ゲゼルシャフトー会社とか公務員の契約社会・組織をいう。
・ゲマインシャフトー血族とか趣味とかの同好家の集団・仲間をいう。
 これが解ってないと同属会社などの弊害が出てくる。 その中間の中途半端な組織ができてしまう。
中間のケースも勿論あるだろうが、その場合は「ゲゼルシャフトを基礎においたゲマインシャフトか、
ゲマインシャフトを基礎においたゲゼルシャフトなのか」明確にしておかないといけない。
 これを明確にしておくと、社会組織の構造の一端が見えてくる。大組織でも、鹿島建設など同属会社も例外的にあることはある。
ゲゼルシャフトの会社に、サークル的なそれ(ゲマインシャフト)を求めている二代目や甘い経営者を時たま見るが、
恐らくこの知識がないのだろう。 学生の時に得た知識を述べているにすぎないが、組織論の基本でもある。
カナダの観光地で若い人の働き手は、学生アルバイトだ。 カナダは親の務めは大学の入学まで。
あとは首相の息子であろうが、働きながら卒業するそうだ。それも社会契約だ。少し違うか?


3507, ユダヤ人の頭脳活性法

2010年11月01日(月)

      「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 図書館で借りてきて目を通したが、なかなかである。ピアノとか、吹奏をやる人は勉強の成績がよい人が多い。
それは長年の間、繰り返し集中し、続けないと身に付かない。教科書を理解し、暗記するなど、それに比べれば、
取るに足らないから成績も良くなると思っていたが・・・ ユダヤだけでなく、優秀な人間?の特性、頭脳活性法が書かれている。
  * アマゾンの ー内容紹介ーより
 マルクス、フロイト、アインシュタイン、ドラッカー、スピルバーグ…… 彼らはみなユダヤ人。
もちろんユダヤ人全てが優秀なわけでは無いけれど、優秀な人間が多いのも事実。それには何か理由があるのだろうか――。
 実はそのヒントは彼らのささいな日常にあった! 五感を目一杯に使い、日々を楽しく過ごすユダヤ人たちの文化。
子どものころから全身を使って本を読み、聖典の名言を吸収していく。そして創造することのみに自分の価値を見出す。
そんな生活の積み重ねによってユダヤ人の発想力が生まれるのだ。 そんなユダヤの世界からヒントを得た、
頭脳活性のための様々なトレーニング方法。ほんの少しの工夫でユダヤ人のすごい発想力が手に入る! ユダヤ本というと、
怪しさのようなものを感じてしまうが、この本には、それがない。ヘブライ大学卒業後、企業コンサルタントなど、学者ではなく
「実学」の世界で生きてきた著者自らの人生観を通して、ユダヤの箴言、格言などから学ぶべきことを的確に表現している。
 〜「まえがき」より〜
「ユダヤ人だから特別に優秀である」と強調するつもりはありません。 それは人種の優劣をつけることであり、
私の本意ではありません。けれども、彼らから学ぶべき点が大いにあることも事実。 確かに、世界にこれだけ有能なユダヤ人が
いるということは、どこか秘密があるに違いない。 そう思ってこの本を読むと、彼らが勤勉で自らを高めるために努力を惜しまない、
ということが見えてくる。 そして「何かに感動する素直な心」こそユダヤ人共通の特性!と。
 *ユダヤの格言やユダヤ人の名言として   ・人の目は前にある。後ろにはない。
  ・考えるのをやめることは、私にとって生きるのをやめることだ。
  ・話す前に、あなたの言葉を選べ。……etc
  ―
 基本は「五感を研ぎすます」こと。 見る、聴く、触れる…そういった感覚を養うことで、人間は心の豊かさを手に入れ、
頭脳も活性化していくのだ、と。心の豊かさが持てれば「何かに感動する素直な心」になれる。彼らはユダヤ教の基本構造として
選民意識を持ち、それを実行していくことである。そこに、生まれつきの天才的頭脳が重なれば優秀な人材が輩出するのは当然。
金融世界で支配しているユダヤ人も、こういう背景があると知ると、納得がいく。アラブ人やインド人が、彼らに敵うわかがない。 
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3132, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー6
 2009年11月01日(日)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)     ー読書日記
   近代イデオロギーの罪
 * 理性主義の恐怖 p−99
科学の発展や、大航海以来の欧州世界の拡大で、それまで宗教が欧州人に一つの統一的説明を与えていた世界が崩れていく。
そこで登場したのが「理性」という理念である。これが「神」の代わりになった。1789年のフランス革命では、「理性」が
至高の価値として掲げられ「神の死」が宣言された。「唯一の神の信仰」が「唯一の神としての理性への信仰」にすり替わった。
そうすると、理性からはずれるものが出てくる。それが子供であり、未開人であり、精神病者である。近代は理性というものを
発見し、そこから逆噴射する形で、子供、未開人、精神病者を発見したのである。その三者の共通点は理性の欠落である。
子供には理性を持つように教育をしなかればならない、未開人には、教え導かなければならないということで、
植民地主義が正当化され、精神病者は回復するまで隔離されるようになった。 
 フランス革命もロシア革命も、理性によって理想社会を作ることができるという考えから起こった。
反計画経済の大御所のハイエクは、社会主義や共産主義は、社会は人間の理性で設計できるという思想だが、
それは「致命的な思いあがり」だと。 共産主義というのが理性の理想的社会だとすると、これに反対するヤツは
みんな殺されなけばならないことになってしまう。 で、中国やソ連やカンボジアで大虐殺が生まれてきたのである。
社会主義がなぜに間違えていたかと言うと、経済が下部構造になっていて、それを計画経済でやっている。
あれは要するに意識が全てを決定するということ。 ところが基本的に経済の流動的動きは無意識が決めている。
 ーー
 この辺を考えると、知性、理性的にあろうとしてきた現代人の方向そのものを根底的に考え直さなければことになる。
最近、年齢のためか根底から今までの生きかたに対して疑念を感じるようになっている。 
毛沢東は何を国民にしたのだろう。スターリンも毛沢東も、理想社会を目指して数千万人も虐殺をしてきたのである。
また、アメリカも、この金融恐慌を引き起こしたのも、理性主義の行き着いた先であった。 
時代は丁度良く欧州大陸からアメリカ大陸へ重心を移していたのが、今世紀はアジアに移行する。
アジア的な考え方が見直されなければならないが、動乱を通してか、それともソフトにいくのか? 
・・・・・・・・・
2767, こころと脳の対話 −3
 2008年11月01日(土)
   面接や新入社員教育の時には、河合隼雄と同様、
  「中心をはずさないで、無心になって対象の人と相接する」しかない。
  そうすることで、心だけでなく、心の中心点の奥の魂同士がクロスをすることができる。
  そこまでしないと、相手のことが理解できないのである。 美人とか、センスや、頭の良さなど属性になるのである。
  河合は当たり前のことを素人向けとして、解りやすい事例を出しただけ。 
  相手の中心点だけを見ると、逆に性格とか、片親とかの属性が浮きだって見えてくる。 
  そこまでいくには、経験を重ねるしかない。  それにしても、色いろな心の病があるものだ。
 「 こころと脳の対話 」 河合隼雄 茂木健一郎
    第三回 魂を救う対話 
  *相手の「魂」だけを見つめる
 P−160 
茂木 「中心をはずさない」って、僕、すごく大事なことのような気がしてきたんです。というのは、『五輪書』には、
   たしか、相手のどこかに注意を置いてはいけない、というようなことが書いてあるんですね。やっぱり同じ感じですか。
河合  同じです。それからね、これは僕が人にほめられた最高の賛辞というか、
   「うれしくてしょうがないからあちこちでしゃべっているんですけれどね、どないうてほめてくれたかというとね……。
   その人は、「離人症性障害」っていう、大変なノイローゼなんです。現実感覚がなくなるんですね。
   こういう場所にいても、みなさんが生きている人間に見えなかったり、それからこういうふうに手を振っても、
   本当に自分が手を動かしているのかわからない。すっこい苦しいけど、誰もわかってくれない。
   自殺する人も多いんですけれど。でも外見はふつうで、ちょっと見てもわからない。
   そういう離人症になられた人が、自分が現実感覚がないのをなんとかしたいと思うから、人と接近するわけね。
   その人、きれいな女の人やったから、恋人がいっぱいできて、また、いっぺんに二人も三人もつくったらしいから、
   恋人同士が殴り合いしたり、劇的なことが周りでいっぱい起こっているんだけれど、その人は全然、劇の外にいるわけです。
   そうでしょう、現実を生きてないわけだから。 その入が、あちこちのセラピストのところに行ってみても、
   どうしてもうまくいかない。何入かのあとで、私のところにこられた。 私のところにこられて、治るまで五年ぐらい
   かかったんですよね。「本当にありがとうございます」とお礼をいわれたときの言葉がおもしろいんですよ。
   「いちばん初め・先生に会ったときに、この先生で自分は治ると思った」
   「どうしてですか」 「いままでの先生と全然違った」 「どう違った?」
   「私が部屋に入ってきたとき、先生は、私の顔にも服装にも、全然関心を示されなかった」
   というのは、ものすごく美人ですから。服もきれいなのを着ておられるんだけれど、その服も見てないし、顔も見てない。
   (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
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2007年11月01日(木)
2403, 恩送り      (゚▽゚*)♪  ('-'*)オハヨ♪
 ある本に「恩送り」という言葉があった。よい言葉である。もともと江戸時代にあった言葉で儒教的、仏教的な味わいがある。
それが明治以降西欧的な考え方が入り、死語になってしまった。親が子供にしてやったことは、子供もまた順繰りに子
孫代々受け継いでいくもの。それが血統であり家系として引き継がれていくものである。最近は「家」そのものが崩壊傾向にあり、
個人に重きを置くようになったが、それでも個人として「恩送り」を必要ということである。
 最近「Web 2・0」で、情報公開が大きな流れになっているが、これも類似したものである。
 ー電子辞書のウキィペディアによるとー
「恩送り」をとは、自分が誰かから受けた親切・善意・思いやりなどを、与えてくれた人へ直接返すかわりに、別の、
必要としている人達に送る事である。又、それにより善意が社会を巡り、様々な善き連鎖が社会全体へと広がってゆく事も指す。
これに似た言葉として、「恩返し」があるが、それは字の通り恩を受けた人に直接に恩を返すことが、
これだと二人の閉鎖的な関係で終わるが、「恩送り」という考え方・実践ならば、返す相手が限定されていないので、
親切を送り出す相手や、親切の内容は、自在に無理なく選ぶ事が出来る。従って比較的短い期間・時間の間に、
具体的に親切をこの世に"現実化"させる事が出来る。 人々が「恩返し」にこだわらず「恩送り」も選択肢とする事で、
社会全体としては、"現実化" し "流通" する親切の量が、圧倒的に多くなるのである。
これは1人1人の視点でも、日常的に自分が出会う親切の量が増える事を意味する。

井上ひさしはNHKの番組『井上ひさし福祉都市を語る〜イタリア・ボローニャの共生社会』において以下のような主旨の事を語っている。
ー 江戸時代に、「ご恩送り」という言葉がありました。ご恩返しは、贈り物を送ったり返したりで、関係は2人しかないわけです。
ご恩送りは、誰かから親切を受けたら、これを親切を受けた誰かに返すのではなくて、他の人に渡していくんですね。そうすると、
江戸に100万人いるとしますよね。1日に一度ぐらいは親切を受けることはありますよね、一瞬のうちに江戸の町に
100万の恩というものがバーッといくわけです。 それをお互いに回すわけですよね。
 ・・・(中略)最近ではある程度の年齢の人たちだけでなく、学生などにもこのような考え方が広がってきている。
特に旅好きの青年、ボランティア活動に熱心な青年などには顕著にこのような考え方を持ち、日々実践している者も多々見られる。ー
   −−
  −以上だが、それでは「恩」とは、どういう意味なのだろうか? 漢和辞典を引くと
  (1)めぐみ・なさけ・いつくしみ・あわれ・ありがたく思う
  (2)「心」と「因」を合わせたもの。因とは、わけ・もと・おこり。
  (3)恩は心をよせること。人に対していたむ心。
  (4)大は人で、人が囲いの中にいることによって、安心していられる。
  (5)人がふとんに寝ている形で、安心・やすらぎの意。
  要約すると「人に対して慈しみの心を持つこと」である。 
 そうすると「恩送り」とは、それぞれが慈しみの心を持てば、互いに安らぐことが出来るということになる。
 私の場合、特に両親から大きな恩を受けたが、それを如何に自分の子供に「恩送り」をするかが今後の大きな課題。 
 連れ合いが入るから難しい問題もある。 生きている限り何らかのカタチで社会から恩を受けている。
 だから、できる範囲のチャンスには可能な限り「恩送り」をするように務めればよい。
 しかし恩送りをした相手に期待はしないことだ。 したと同時に、その価値は激減する。 
                      ホンジャ バイ!(゚▽゚*)ノ~~
・・・・・・・・
2006年11月01日(水)
 2038, 躁鬱病について −6   オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
 「夫はうつ、妻はがん」
    ―夫婦で苦境を踏み越えて ー ?  小川 宏 著
この本で有名人で「うつ病」から脱出した人や、亡くなってしまった人を何人かあげている。
脚本家の倉本聰、俳優の木の実ナナ、高島忠夫、気象士の倉嶋厚などである。
皇太子妃の「適応障害」も、専門家の話によると「うつ病」という。
世界を股にかけたキャリアの女外交官が小さな籠に入れられ、男児が生まれない重圧の中で、ノイローゼになるのは当然のこと・・
倉本聰とラジオの対談で病気の話を聞く機会があった。それによると20歳代から欝を繰り返し、さらに二十数年前、北海道の
富良野に居を移してからは、毎日のように自殺を考えていたという。 その地に適応するまでの苦闘が思い知れる。
自殺で亡くなった人は、桂枝雀、ポール牧、嵐寛寿郎などがいる。精神科医の大原健士郎氏との対談で、
「小川さん、自殺未遂者が息を吹き返した時の第一声の言葉かわかりますか?」と訊ねられて、
「多分生きていて良かったと言うんじゃないですか?」の答えに、 先生曰く、
「そういう人はわずかで・・・ほとんどの人は、助けて!といいます。」 自ら命を断とうとした人が、助けて!
とは矛盾しているが、先生は「誰でも命への執着があるので、そういう言葉を発するのです」という。
最近のアメリカの研究では、成人の糖尿患者のうち20?が「うつ病」になると報告されている。
日本では糖尿患者は普通の人の三倍の確率になる統計がある。またガン患者の25?も「うつ病」
になるというから、気が滅入る状態になった時は、気分の転換が必要、生真面目もほどほどに!ということだ。
10年ほど前になるが、近くに住む私の従兄弟が「うつ病」で自殺した。
見ていて残された者にとって、これほど不幸なことはない! 深い心の傷で、一生の哀しみになる。
自分独りで自分の傷口を治療するしかないが、無理と解ったら医者に行くのが一番良い。
  (以下、字数制限のためカット10年11月01日)       
・・・・・・・・・ 
2005年11月01日(火)
1673, うそつき −1              ー 読書日記
  「うそつき」 ―うそと自己欺まんの心理学  
                  チャールズ・V. フォード (著) 
この本は面白い!自分の心理の底奥深く食いこんでくる。
「人は誰しもうそをつく」という解りきったことを、あらためて突きつけられると、ひるんでしまう。それほど、
「うそ」は誰も扱いがむずかしいテーマである。 実際、夫婦でも友人でも「うそ」を上手に織り込んでいないと、
その関係は崩壊してしまう。 要は真実を語り、その中に適当にうそを織り込むからこそ人間関係は上手くいく。
「うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである」という言葉に、結婚詐欺師と宝石屋の営業マンが思い浮ぶ。
(以下、字数制限のためカット09年11月01日)
・・・・・・・
2004年11月01日(月)
 1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、200m先にある、長岡高校と長岡大手高校の周辺が、自衛隊や
マスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。一昨日の朝、散歩をしていたら自衛隊の大型ヘリが住民を搬送している
のが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。近くの大手高校が山古志村の避難場所に
なっているようで、自衛隊が朝晩、運んでいるようだ。長岡も被災地であるが、自宅近くの倒壊の家はない。
生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、目の前の死の恐怖以外は不感症になっている。 
しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、被災地の真っ只中にいるという実感が少しわいてきた。
こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。昨日の夕方、同じコースを歩いてみたら、もう終わった雰囲気。
人生一度のあるかどうかの出来事であるが、何か実感がまだ湧いてこないのは如何してだろうか。
新幹線が長岡〜新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。 個人的には30〜40万位の損失か。 
石灯篭の復旧に15万の見積もりが、とりあえず確定したものだが。 今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。 
まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
・・・・・・・・
2003年11月01日(土)
 941, 何事もない日の日記
 はっきりいって今日は何も書くことがない。何事も書くことがないときは、何もないことを書くのも面白いと考えて、
それをテーマにして書いてみる。 テーマがまったく見当たらないことは月に一〜二度位ある。
そういう時は、中途半端で終わっているパソコン内のメモ帳の中から引っ張りだして書き足す作業をする。
その場合は書いているうちに、違うテーマが出てくる。
何もないといっても、周囲を見渡せば幾らでもテーマがあるはずだが、毎日だとやはり全く浮かばない日が出てくる。
  (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
 ・・・・・・
567、ケーススタデー   ー1
  ー 2002年11月01日(金)
 前回書いた学生時代のゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。
人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー
各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。
・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。
・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。
・それにしたがって議論を始めるのだ。
・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を示されるのだ。そしてゼミの結論との誤差を話し合う。
幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、8人兄姉の末っ子で常に状況を冷静に見ていた為か、
自分の意見があたるのだ。寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。その為か自分のゼミにおける立場が確立さていた。
それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、自分なりの組み立てをする面白さを知った。
これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。人間関係に対して、直感的に論理だって構図になって瞬間に
出てくるのが最大の武器になった。良質な上司には可愛がられるが、逆のケースの場合は大変な事態になってくる。
この男は何を考えているのかを不安になるらしい。自分はサラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
・・・・・・
「205」春画
 ー2001年11月01日(木)
 子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。それが寝室を改装した2年前に隠し??より出てきた。 
かなりの価値ものかと色めきたったが、カタカナが混じっていた。 明治以降のものだろうから、期待は全く出来ない。 
税務署対策用だったようで、金庫に入れておき、踏み込まれた時に、何気なく見せるものだったとか。
 ー効果は充分あったそうだ。
 今はそんなものは、ポルノとインターネットに打ち込めばいくらでも出てくるが、昔は珍しいものだったらしい。
(以下、字数制限のためカット09年11月01日)


3506,閑和小題ーつれづれに

2010年10月31日(日)

 * この一年間、腰痛なし
 この一年三ヶ月の間、腰痛が殆ど出てない。殆どというのは軽いのは私の場合は敢えて腰痛といわない。
去年の春先から夏にかけてリズム・マッサージャーと、海老反り器械と、縦型バイブレーションの三点を買え揃え、
それを朝晩使っている。さらに去年の秋口からベッドに低反発枕と低反発マットを使用。その効果が実感できたので、
居間の座椅子の上に低反発クッションを置いている。それら全てが総合的に腰の負担を少なくしている。 
これまで腰痛対策として、30年近くウォーキングを取り入れてきたが、中程度は年に二回(5月と11月)、
3年に一度は酷い腰痛になる。但し、病院には一度も行ったことはない。経験からして時間が解決することを知っている。
現在のところ、一年間にわたり取り入れた道具、習慣が有効に働いている。去年夏の腰痛は酷かった!

 * 最近のタブレットパソコン事情
 ここにきて、TVや新聞でタブレット・パソコンを多く扱うようになってきた。
数年先には、世界中の街や居間や列車内で見入っている姿が日常の光景になる。これは居間か通勤途上のツール。
本や新聞、ゲーム、アルバムなど、多くの機能が入り込んで、多くの人にとって手放せないツールになる。
手軽に持ち運び可能の情報の出入れ口として携帯電話と同じような必需品になる。
その普及と同時に、本や雑誌、新聞、アルバムなど紙に印刷されたものは激減していきざるをえない
これを筆頭とした端末はSF世界の作家すら想像できない進化をしていくことになる。 面白い時代である。
いま一つは居間のテレビもネット接続などのパソコン機能が入ってくる。これは、今度とり上げてみる。
 iPadには興味があるが、一通り各メーカーが出揃ってから考えることにする。
・・・・・・・・
2009年10月31日(土)
 3131,期待どおりの電動自転車
 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。
自宅は長岡駅裏から歩いて10分ほどにあるが、長岡駅前から歩いて20分のところにある大手大橋まで12分で着いた。
信濃川を渡ったところにあるジャスコには15分、ユニ系のSCのアピタまでは20分かかった。そして、その先にある
長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に着いたのが45分後であった。万歩計をみると、2500歩になっていた。
45分というと5500歩あるくから、半分近くこいだことになる。 疲れは、ウォーキングと同じぐらいである。
 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。  一日一万歩を目指して歩いているので、自転車には
ほとんど乗ることはなかった。 だからスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を
乗った驚きは大きいのは当然のことである。一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると二倍の加速がかかるもの。
自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、その時に特にペダルに力が更に二倍加わるから、何か異様な感がする。
線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、大きな橋までの登り坂とか、けっこう起伏がある。
そのストレスがゼロで、平らの道路でペダルをまわす時の加速も三分の一で済むのだから、非常に楽になる。
電動自転車は、法律でアシスト一対一から、一対二が認められたことで、爆発的に普及するような気がする。
 ただ、通販で注文して送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が忠告した「すぐに、盗まれるよ」
というのも分かる。小型のためボックスカーに、そのまま乗せる事が可能だからである。
一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。
まだ、珍しいからで、あと数年先がよいんじゃない」といって、買うのを止めた経緯もあった。
スーパーや、駅前などは、当分は置けないが、その時はその時ではあるが。 とにかく、驚いた!
・・・・・・・・・
2766, こころと脳の対話 −2
2008年10月31日(金)
「 こころと脳の対話 」  潮出版社   河合隼雄 茂木健一郎
 第二回 箱庭と夢と無意識 
    《箱庭のなかの「生」と「死」》の要点からー
 京都にある河合隼雄の研究室で、「20数年ぶり」という箱庭づくりを終えた茂木健一朗。
  ー茂木の箱庭を見ながらの二人の対話のポイントをまとめてみたー 
 ーーー
 河合隼雄はまず「意識と無意識の関係」を提示する。 箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る。
ここですでに、アイテム(意識)の背後にその人の無意識ーとば口ーが関わってくる。
「たとえば、ニワトリならニワトリが、心のなかに残っているわけですね。で、帰ろうと思ったら、本屋でニワトリの本が
パッと目に映ったりするとか。必ず買って読もうと。 それが、ユングのいう「シンクロニシティ」です」(P・102~103)。
この時、箱庭で選んだニワトリと本屋で見つけたニワトリとは因果関係はないです。大切なのは、自分の無意識と外のものとが
呼応するというほうです。 なぜか知らないけれど、箱庭の前に立ったらニワトリというアイテムを手にしてしまった。
そして、帰りに本屋に寄ったら、ニワトリの本にパッと目がとまって買ってしまった。
私のなかになぜかニワトリというかたちで無意識が働き出して、それがニワトリの本と呼応した。これが「シンクロニシティ」。
「意味ある偶然の一致」です。 ここには科学的な因果関係はまったくありません。でもこころにとって「意味」があるんです。
「この非因果的ということがものすごく大事なんです」と。河合はこの無意識の非因果的連関のなかに、臨床の中でクライエント
(患者)の生きる「意味」と「可能性」を探りだしてゆく。「とくに近代科学以後は、因果関係を知るというのはすごく
便利なことで、役に立つことでしょう。 因果関係がわかったら、こちらの意図で操作できるわけですから。
だからそっちへ行きすぎて、非因果的連関を見る態度を失ったんじゃないかと、僕らは思っているんですね。・・・・ 
僕なんかは、この非因果的連関のほうをけっこうおもしろがって見ているわけですね。 もちろん因果的にはつながらないんですよ。
ただ、ミーニング(意味)はあるわけだから、そのミーニングを知ろうというわけですね」。
(箱庭の世界は)「わからない。わからないのが大事なんです。だから、それが「可能性」なんです。だからこれを続けると、
その可能性が活躍したりするんですよ。 可能性がもう出てきてる。自分でもわからない可能性があって、そのへんが活躍しだす」
ーー                                                (本書より)。
解)以上だが、「箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る、その背後に既に無意識ーとば口ーが関わってくる。
 ー以下字数の関係でカット2010年10月31日ー
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2007年10月31日(水)
2402, 独りでしていて唯一惨めでない行為        才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
  以下は、林まり子の「読書はじめ」というエッセーであるプロは同じ文章でも、読んでいて読者を引きつける力が違う。
 ここまで書けるには、この随想日記を一万は書かなければならないだろう。すなわち現在は2400であるから、差し引き
 7600÷365日=21年以上はかかる。 いやあと10年、いや5年はかかる。文章力は何をさておき、まずは絶対量である。
  ー以下字数の関係でカット2008年10月31日ー
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2006年10月31日(火)
2037, 躁鬱病について −5
                才八∋ウ_〆(∀`●
 「夫はうつ、妻はがん」―夫婦で苦境を踏み越えて ー ?   小川 宏 著  
ー主観をこめた概要であるー
・31年前に糖尿病になり、ストレスなどが重なり15年前の平成3年に「うつ病」になった。
 癌と同様に、糖尿病は普通の人の三倍も「うつ病」になる可能性が高くなる。 その伏線がそれである。
・当時、彼はモーニングショーなど活躍したアナウンサーだったが、自分の事務所を任せていた弟がお金を使い込んだ
 トラブルが「うつ病」の 直接のキッカケだったという。
・うつ病になった直後の平成3年に電車へ投身自殺をしようとした一瞬、
「自殺は愚か者の結論なり」という言葉がよぎり自殺をとどまった。
・その事情を知った妻に病院に連れて行かれて、本診の前の、問診で「親戚で神経系の病気をされた方はいますか?」いわれ、
「はい、その昔、叔父が神経衰弱と言われました」と答えた。 本診の結果、その場で入院を命じられる。
(帰りに自殺を決行の危険がありと診断) その 三ヶ月後に退院。 {うつ病に遺伝があるとはね〜}
・入院直後の医者の注意が印象的である。「うつ病だけは自分の意志で直そうとしないでください。
 ですからこの病に関しては‘闘病’という言葉は当たりません。上手く付き合えば‘心の風邪’のようなもので個人差はあっても、
 完全に直ります」 この言葉で心が励まされたという。
   ー以下字数の関係でカット2007年10月31日ー  (*^_^*)\          ー つづく
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2005年10月31日(月)
1672, 聖荊の奇跡
 パスカルといえば、「パスカルの賭け」ー後記ーがよく知られているが、それと同じくらい有名なエピソードがある。
(日本ではあまり知られてないが) ー[聖荊の奇跡]である。この奇跡を見たパスカルが[パンセ]を書く大きな動機になる。
姉の娘マルグリットが、目の病気になってしまう。多くの医者をまわっても誰も治せない状態で、症状はますます悪くなる。
その間に、姉のジルベットは修道院に娘を寄宿させる。しかし目の腫れ物が肥大して、膿がでて、鼻骨も侵されてしまう。
ある日、修道院に展示されていた聖荊(キリストが磔にされたときに、頭につけていたとされる荊の冠)
の一部がにマルグリッドの患部が触れると、たちまち腫れ物は消え、完全に病気が治ってしまう。
これは宗教裁判所からも、奇跡として公認されている。この出来事を身近に見ていたパスカルは、信仰が揺るぎないものになる。
彼は、この出来事を契機として人間の回心を願い[パンセ]の執筆に入った。ところで、私に奇跡を貴方は信じますか?
と問われれば、信じる方を選ぶ。手品もどき宗教のトリックでなく「人知のはるか及ばない出来事はありうる」という意味で、だ。
全く、穢れてない少女が純粋に信じ念じたことが、何かのキッカケで細胞レベルからの変容も不思議ではない。
‘パスカルの賭け’
ー以下字数の関係でカット2008年10月31日ー
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2004年10月31日(日)
 1307, 一冊のアルバム
地震に明け暮れているので、話題を変えてみる。事務所の移動で、秘境ツアーなどのアルバムを整理していたら、
未使用の小さなアルバムが出たきた。一面一枚の20枚しか貼れないが、台紙のあるチャンとしたアルバムである。
買っておいて忘れたのだろう。そこで、「さてどう使おうか?」と考えてみた。
その結論として、「過去の旅行のベスト20枚」を貼り付けることにした。そして、それが良かった。何度みても飽きない。
私にとって、どんなものより素晴らしい宝物である。「これは!」という写真は、一回の旅行に数枚はある。
それを更に、20枚に集約したのだ。開けば、それだけでハイになる。 アルバムはそうそう開いて見ない。
いちいちアルバムを開くのが面倒だからだ。 それなら数千枚の写真を、二十枚に纏めればよいのだ。 
そして、常にカバンに入れておくことにした。詩も、言葉の中に全てを集約して残すのだから、究極の凝縮のカタチである。
母が多くの道楽の末に行きついたのが「詩」であった。
事業にしても、お金にしても、不動産にしても、写真にしても、古道具にしても、後継者にしても、残るのは、
生きてきた実感としての「真実としての言葉」と「写真」「信頼」そして「子供」だけである。
話しが大きく逸れてしまったが、貼ってある順に紹介してみる。
・パキスタンの桃源郷といわれているフンザ近郊の小高い崖の上で一人で、足を開いて片手を上げているショット
・パキスタンのカラコルム・ハイウエーのがけ崩れの落石の中、現地人に手を引かれ走り抜けているショット
・機上から、天山山脈を撮ったショット
・タンザニアの大晦日の現地運転手の特別招待のパーテーで、多くの運転手たちと 0時を過ぎた瞬間の写真
・フィンランドの登山列車で、トンネルの合間のビューポイントの滝で、一時停車をして写真を撮っていた。
 ところが、 急に音楽が鳴り出して遠くの滝の岩間で赤いドレスの女が踊りだしたショット(列車のお客に見せる為のショー)
・スイスの山頂の氷河に着いたが、霧で視界はゼロだった。その時、霧が急に風で飛ばされ、氷河が自らの姿を現した。
 家内と二人、感動で呆然として氷河の美しさに見とれていた。 
 ー帰国後、同行の人が、そのショットを上から撮っていてくれていて、送ってくれた一枚
・スイス・マッターホルンでの凧揚げのショットと、マッターホルン
・モロッコ・マラケシュの「ジャマ・エル・フナ広場」の夕景
・モロッコのサバクで撮った、朝日が写しでした「私たちの砂上の影絵」幻想的な極上の写真
・ヨルダンのぺトラの前でのショット
・シナイ山の山上でのショット
・フィジーでパラ・セーリング(モーターボートでパラシュートを引っ張り空を飛ぶ)で、
 空から撮った写真と、地上からそのショットを撮った写真
・リオのカーニバル
・北スペインのパンプローナの牛追い祭り。最終日のファイナル・ギャザリングで、大衆が踊り歌っているショット
・ギアナ高地でボートからテーブル・マウンテンを写したショット。 それと機上から撮ったテーブル・マウンテン
・メキシコのテオティワカン遺跡の、「月のピラミット」の頂上からのショット
・パルミラ(シリア)列柱通り
・ケニアのヌーの河渡りを見たあとの帰り道、夕陽と雲の織りなす夕景
・ワニとシマウマの死闘のあと、最後にシマウマが陸に逃げ切った瞬間のショット (私の人生の最高の一枚である)
・ネパールのカトマンズ近郊の山から、ヒマラヤ山脈を望む
・イスラエルのマサダの砦の山頂からのショット。ユダヤ人1000人が自害した時の闘いの生々しさが、今も残っている
・そして、最後はブラジルのイグアスの滝をヘリから撮ったショットである
  以上だが、恐らく死ぬ時、この一冊を抱きしめているだろう。
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2003年10月31日(金)
940, ゲーム理論ー2
「ミニマックス理論」と「囚人のジレンマ」はゲーム理論の大きい柱になる。
「囚人のジレンマ」は「自分が一番得をしたいと思って選んだ選択肢が、
結果として最適でないものでなくなっている」、それを互いにゲームで競う。
ーそれでは「囚人のジレンマ」とは?
 泥棒の嫌疑がかかっている二人が警察に逮捕され、独房に入れられている。
ただし、物証がないため証言だけが頼り。 そこで警察側は2人に次のような条件を提示した。
1)・2人とも黙秘すれば、証拠不十分で両方が懲役一年
2)・2人とも自白すれば、両方が懲役2年
3)・1人が自白をし、1人が黙秘をすれば、自白側は無罪、黙秘側は懲役3年                 
ー以下は字数の関係でカットー2007年10月31日ー         ーつづく
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566、 2002年10月31日(木)
1968年9月22日 ーセミナーハウス二日目ー
 8時10分前に起床、同室者はまだ二人とも寝ている。 朝食後、セミナー開始。
 ーケーススタデー
討論開始、いい加減なことをいって恥ずかしい! もっと深く考える必要があった。ほかの人がよく学んでいるのが判った。
考え方もベースができているのに今更の感がする。昼食後、全員で相模湖へ行く。私と大島君と東レの研修員3人と同乗する。
ー君は一年後輩、呼び捨ては同期、さん付けは東レの研修派遣の人ーで使い分けているー
東レの野村さんの女性論が面白い。冗談と真実の紙一重の話がさすが大手の人事部の人はセンスが違うと感心した。
車が逸れるが、現地で落ち合う。 早速、釣りをする・・帰りは高木の車でセミナーハウスへ帰る。 高木の人間的魅力の深さに驚く。
再び「愛」について討論、最後に国家愛に行き着く。印象的だったのが「所詮バケツいっぱいの精液が、愛でしかない!」
が印象的だった。 終了後、焼き鳥とビールで夜半の12時過ぎまで語り合う。
 ーある時間の断面 −   1968年 9月23日  
 ーセミナーハウス三日目ー
ー以下字数の関係でカット2010年10月31日ー
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2001年10月31日 [204] 霊体質ー3
 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。
 シンクロニシテー(意味ある、乃至考えられないような遇然の一致)と重なっている。
1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができその下を通った。
  100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。
2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」をしたときの事。
  丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。 それで天侯を憶えていたが、
  午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。
  終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを趣味としていた。
  その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。
3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。
4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が待っている時、急に気分が悪くなった。
  ハッとした、今叔母が私の処にきているのが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った」
  ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。また以前の文をコピ−しておきます。
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  S6201霊的体験 2001/10/31
 私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開する。
“A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと十日町の彼の家へおまいりにいった。
その途中の車中で“B”さんと般若心経の話になり、そこで彼の供養も含めてお経をとなえた。
その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみた。そして何げなく“B”さんの顔をみると、彼の顔がまっ青になっていた。
やはり車中で“C子”さんの話をしていた。“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、
同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせた。そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社した。
そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確立で彼女の家の前に車がとまったのだ。
十日町に出店をした時、彼女の家の前を“B”さんが通って知っていたのだ。私がそこに“偶然”(?)車をとめてしまった。
“B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられないという風だった。
私自身またかというのが実感だった。その日一日“A”さんがニコニコ私達を見守っていたという何かを感じとった。

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