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堀井On-Line
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2010年08月03日(火)
最近、首相や、県知事、市長などをみていると、「何、これは!」と、心の底から思うようになった。 青年期にみた老人の捩れた言葉?が何だったのか分かりかけてきた。 当時は、「自分が、何も出来ないのに 何故に背後から刺す言葉しか吐けないのか?」と、嫌悪感を持ったもの!特に一生を無為に過ごしてきた人ほど、強くなる。 ベルクソンが「人生の歩みを進めれば進めるほど、私はわれわれがあまりに貧しいものであるのに気づく。 偉人と呼ばれる人と、他の人々との間にはほとんど差はない。特にいわれもなく与えられたものと、その時々の状況、 あるいは人生の運というものを除外するなら、差は少しもない」という言葉に深く納得する。特に情報化がリアルに表出させる。 ところで、ベルクソンは「時間と自由意志」でアリストテレス以来の時間論に対して、画期的な反対論をとなえ、 一気に名前を高めた。 ベルクソンはまず、人間の意識によって時間を考えなおそうとした。 普段、我われが考えている時間とは、現在の一点を中心に過去へ未来へと空間化され、直線のように考えられ、 測れるものとされている。現に私も、同じである。 アリストテレスもカントも、伝統的な時間論に従っていた。 アリストテレスは「以前と以後に関しての運動の数」、カントは「時間は人間主観に備わった形式」としている。 ベルクソンは、時間は、本来数えることのできない、はっきりした輪郭を持たず、外在化する傾向も持たず、 数との間にいささかの類縁性ももたない、継起(数えることの出来ない感覚や感情の持続)であると、考えた。 彼は、人間の生を純粋に持続するものととらえた上で、その純粋持続こそ時間だと考えた。純粋持続は意識に直接 与えられる時間、内側から生きられた時間であり、時間は、音楽のメロディを聞いているようにときのように、 空間や世界から切り離されて、徹底的に主観化され、内面化されている、とする。演劇を観ていて時間を超越している感覚である。 話は少し脇道にそれたが、人生など結局は独りでしかない。偉人とかいうのも、所詮は、その時代の尺度の評価でしかない。 それも時代時代に評価が変わっていくもの。「人間は<よく生きること>ただ、それだけで充分」と思うようになっただけ、 歳をとったということだ。 ・・・・・・・・ 3042,上杉謙信の家訓 2009年08月03日(月) NHKの日曜日の大河ドラマは、この数十年来ほぼ見てこなかったが前回のシリーズから転換した。 今年の「天地人」の視聴率も良いと聞くが、上杉謙信の精神が直江兼継を通して我われに伝わってくる。 それが何かというと、あまり知られてない。数日前もTVで上杉神社などを紹介していた。 そこで検索に「上杉謙信の家訓」といれたら、やはりあった。 米沢の上杉神社に石碑にもなっている。 【 上杉謙信公家訓16ヶ条 「宝在心」 】 一、心に物なき時は、心広く體泰なり ー心を見失わせるような物がない時は心が広々として、体がゆたかである 一、心に我儘なき時は、愛敬失わず ーわがままに振舞うことがない時は、全てを愛し、慈しむことを 忘れないものだ 一、心に慾なき時は、義理を行ふ ー惜むようなことがない時は、他人への義理や思いやりを 忘れないものだ 一、心に私なき時は、疑ふことなし ー自分勝手な心がない時は物事に対しても疑うことはない 一、心に驕(おご)りなき時は、人を敬ふ ー思いあがった心がない時は他人を尊び敬う気持ちになる 一、心に誤(あやま)りなき時は、人を畏(おそ)れず ーやましい心がない時は他人を恐れることがない 一、心に邪見なき時は、人を育つる ー心に偏見がない時は人を立派に育てられる 一、心に貪りなき時は、人にへつらうことなし ー心に欲が深くない時は他人におべっかを使いへつらうこともない 一、心に怒りなき時は、言葉和かなり ー心に怒りがない時は言葉は柔らかく和やかになる 一、心に堪忍ある時は、事を調ふ ー心に耐え忍ぶ努力がある時は物事は順調にすすむ 一、心に曇りなき時は、心静かなり ー心が曇りなく晴々とした時は、また心も穏やかである 一、心に勇ある時は、悔やむことなし ー心に勇気がある時は後悔することはない 一、心賤(いや)しからざる時は、願い好まず ー心が卑(いや)しくない時は無理な願いを好まず努力して掴める 一、心に孝行ある時は、忠節厚し ー心から尽くそう心がける時は真に仕えようとする気持ちが深い 一、心に自慢なき時は、人の善を知り ー心に自惚れ(うぬぼれ)がない時は、他人の優れた素晴らしさを知ることができる 一、心に迷なき時は、人を咎(とが)めず ー心にしっかりとした信念がある時は他人を責めないものだ 〜〜〜 日本人、特に越後県人の生真面目さが、そのまま現われている。 戦国の世だからこそ、これを実行してきた謙信の誠実さが、他国の武人に評価され、 それが、信玄に塩を送ったことなどに現れたのだろう。 天地人の隠れ主役は謙信の上記の精神ということが理解できる。 ・・・・・・・・・ 2677, 閑話小題 2008年08月03日(日) *長岡祭か〜 8月1日〜3日は長岡祭。 一昨夜は、恒例どおり第一金曜日で長岡の殿町で飲み会。やはり人出は金曜日ということもあり例年より多いようだ。 居酒屋もスナックも、何処も満席に近い状態、それでも午前様に近い時間まで飲んでしまった。 昨日は、次男夫婦が花火見物のため日帰りで帰省。花火の観覧席を含めた新幹線指定席こみで、二人で3万2千円という。 フェニックスという大スタマインには感激しただろう。ただ天気は快晴というわけではなかったが、 それでもフェニックスは良かった。写真を多く撮ったので、ブログの「バードウォッチング」に、明日でも載せるつもり。 不景気なので、地元の人にとって手近なレジャーとして、見直されているようだ。 一番良かったがフェニックス、次が100連発スタマイン、三番目は取引先のワタナベのスタマイン。 〜〜〜 *内閣改造で、一挙に選挙に (字数の関係でカット 09年08月03日) 〜〜〜 *北京オリンピックも間近くなってきた (字数の関係でカット 09年08月03日) 〜〜 *赤塚不二夫が亡くなった (字数の関係でカット 09年08月03日) ・・・・・・・・・ 2007年08月03日(金) 2313, 政治家の家族とは・・ −2 ー焼き尽くす季節にー ー2 〜〜(前日のつつき・・) ますいさくら でも、わたしは、いつか、自分が叫びだしてしまうことを知っていて、その前になんとかしなくては、と思いながらも、 周りに理解されたいとは、全然思わなくて、逆に、自分のことなんて易々と他人にわかられてたまるものかと思っていました。 一方で、わたしは、この家から逃げ出そとしていたのです。理由は、ゆるやかにやってきた体の変化でした。 思春期の体は成長していき、どす黒い癒と傷をいくつも背負う醜いさなぎも動けない羽を持ちあわせた蝶へと変身していったのです。 「兄さんの、わたしの体を見る目が怖い」何度も相談したのに、両親は耳を貸しません。わたしは、ついに、父の選挙期間中に、 通っていた中学校に火を放ちます。どこか、わからない、どこかへ行きたかったのかもしれません。いえ、実際は、わざわざ 放火しなくても、よかったのかもしれないのです。しなくてもよいことばかりしてしまう。だけど、なにかしていないと、 いてもたってもいられない、やっかいな季節を迎えていたのです。 校庭の裏庭から火は回り、火の粉は空中を這う,煙道'を作り、 天空に立ち昇る陽炎となりました。なのに大船という土地柄、松竹撮影所の映画ロケかと思ったみたいで、消火活動が大幅に遅れた。 そして、わたしは、だらしなく、酸欠で倒れているところを発見されました。まるで、自分の激しさが、わたし自身を、 焼き尽くしてしまうかのように。 事件後-両親は、わたしを引取りに警察へ来てはくれませんでした。 選挙期聞中だったからかもしれないし、私という存在自体をなくしてしまいたかったのかもしれません。 結局、わたしを守ってくれたのは、少年法という法律だけでした。暴力を受けること、口を封印されること、それが生まれた時から、 すでに決定されていた事柄なら、自分でひっくり返して、踏みつけて、蹴散らして、何がいけないの? 兄みたいに、父親の輝かしい学歴や経歴に押しつぶされ精神に異常をきたすより、わたしの方が、よっぽど健康的なんだから。 だって、わたしたち家族は、まるで表面は無傷で綺麗なフルーツに見えたでしょ。でも世間なんてアホだから、その中身が、 どんなに虫に喰い荒らされ腐っていようが、量ろうともしない。指でつけられたへこみしか見つけられないじゃないって、 そう思っていましたから。でも、時間の経過とともに、その気持ちは曖昧になり、不安なものへと変わっていきました。 わたしは、行き場所を探していたし、自らがその答えを出さなければならないことも知りました。 兄にどんな目に遭わされても流したことのなかった、涙も顔を伝わるようになりました。 そんな時に、生きる術を教えてくれたのが谷川俊太邸の本だったのです。 ーーー 現役の銀座ママが、よくぞここまで書けるものである。 父親も健在のようだし、 火宅の内情をそのまま書いてよいのだろうかと、考えるのは、まだ書き手として甘いのだろうか? こういう背景があったから、銀座で双子のママの一人として生きていけるのだろう。 私が学生時代に入っていた寮が、早稲田大学の理事の自宅の庭にあり、 24室ばかりの馬小屋みたいな平屋の建物だった。そこに政治家志望の学生が数人いた。 さらにOBも卒業しても、酒を持って世間の憂さ晴らしにきていた。 そのOBの中の兄弟と親しくなりと(弟は学生で在寮)その兄の政治家秘書と酒を飲みながら政治家の裏話を聞いていた。 本人は県会議員になるのが夢だった。(その後、結果としてなったと風のうわさで聞いた) 彼の政治家像の話が、‘ますいさくら’の両親の政治家の姿と酷似している。 「政治家は、あるべき理想の姿をデッサンして、それを演じるのが仕事だ。 自分が、ああだこうだは、存在しない。それも長年かけて、その虚像を創り上げ票に結び付けなくてはならない。 それと、大物政治家のコネとネットを張っていくのが仕事である。」等々、聞いていて、その道のりは 遠くて険しいものだと思った。彼女は、政治家とは、そういうものという知識が無かったのだろう。 あったとしても、受け入れることが出来なかったのかもしれない。これだけ、内と外面が違う人種はいないからだ。 まずは世間を受け入れ、それに合わせて演技をするのが彼らの仕事である。そういえば、世の中の全ての仕事は、 そうなるが。政治家は、世の中を良くしていく体裁が求められる! 政治家だけは、なりたくないし、なれない! ーーー 現役の銀座ママが、よくぞここまで書けるものである。 (字数の関係でカット 09年08月03日) ・・・・・・・ 2006年08月03日(木) 1948, ローマから日本が見えるー19 ー読書日記ー 第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −2 ー皇帝への「5枚のカード」ー 彼は気づかれないように皇帝になるため、一枚ずつカードを集めていった。 カードゲームで、一つ一つはつまらない手札なのに、5枚揃うと「最強の手」ができるのに似ている。 その5枚とは、 1、アウグストゥスとカエサルの名 2、「第一人者」の称号 3、インペラトール のちの「エンペラー」の語源になる名だが、戦の勝者をいう。 これもこの時点では単なる称号に過ぎない。 4、全軍最高司令官 5、護民官特権 −護民官とは貴族階級に対して平民階級の政治的権利を守るために生まれたもの。 彼は、貴族のカエサルの養子だったので、平民だけがなれる護民官にはなれない。 しかし、一年限り「護民官特権」を貸して欲しいと頼んで元老院から了解を得た。彼は死ぬまで、この特権を放さなかった。 この5つを得ることで権力基盤を絶対的なものとした。すなわち、初代の「皇帝」が誕生した。といって、無冠の帝王であった。 皇帝になった彼は具体的にローマを、いかにすれば安定路線へと導けるか考えた。その答えは「平和ーパクス」の確立しかない、 と考えた。そこで考えたのが税体系の確立である。相続税を発明、 関税、売上税、 奴隷解放税、等々、 シンプルで解りやすい5つの税体系にまとめ上げた。 (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! ・・・・・・・・・ 2005年08月03日(水) 1583, 郵政民営化法案について (字数制限のためカット 2010年8月3日) ーーーーー 2004年08月03日(火) 1218、「君のためにできること」 −1 1昨日の日経新聞の最終ページの「文化」の欄のエッセーがよかった。悲しい純真な恋?に思わず涙がこぼれてしまった。 ーweb日経で調べてコピーをと思ったが、記載されてなかった。ならば、書き手の名前「大崎善生」で検索をしたところ、 彼の奥さん(女流将棋棋士の高橋和)のエッセーが出てきた。そこに「第24回 言葉にできない」というテーマで載っていた。 −− ー新聞の書き出しをまず、書き写してみるー 題名は 「君のためにできること」 大崎善生 ー我が家に天使のような10歳の少年が舞い込んできたのは、今年のまだ寒い頃のことだった。 舞い込んできたといっても、彼とは一度もあったことはない。 私の妻が手紙のやり取りを始めたのだ。 ーで、はじまっている。 最後のほうは、 ー「痛いです。苦しいです」と書かれている手紙に何と答えればよいのだろう。 少年は末期がんの苦しみの中で、必死の手紙を書きしたためているのだ。「お手紙うれしかったです。 いつまでもいつまでもおともだちでいてくさい」とまるで泣き叫ぶような字で書かれている。 いつまでも、いつまでもお友達でいてください、その純粋なゆえ、自分のことより人の足の痛みを思いやれる少年の優しい心に。 何もしてやれない悔しさもあったが、少年が懸命に思い与えてくれるものの大きさに、胸が締め付けられる思いがした。 危篤に近い状態にあると聞いたとき、妻は自分が好きな音楽を集めてCDを作って送っていたが、それが少年に届くことはなかった。 「あまりにかわいそうに思った神様が、息子に、最後の最後の恋をさせてやってくれたのだと思います。」と 父親から妻あてに手紙が届いた。そして「病気の苦しさをどれくらい紛らわしてくれたことか」と感謝の気持が綴られてあった。 少年から手紙をもらって僅か三ヶ月。少年は前日まで、妻の足が痛くなくなるよう祈っていてくれたそうだ。 少年がくれたテディベアは、リビングの出窓に座り、今も私たちの生活を静かに見守り続けている。− で終わっている。 ーつづく ・・・・・・ 2003年08月03日(日) 851、 いま政治が面白い 私は政治嫌いであるが、今の日本の現状を見ると、そうはいっていられない。自由党と民主党が合併決定、 この秋に向けて政治が面白くなってきた。小沢は首相にさせたい一人であるが、ここで彼の身を捨てた合併はさすがである。 管代表独りでは看板として頼りないが、小沢と二人となると全く違ってくる。米英並みに選挙公約と閣僚予定者を並べて 政策による選択を直接国民に訴えてくるだろうから、今までの手法や感覚では選挙に勝てない時代である。 自民党も趨勢として小泉首相を下ろしたいが、万一旧守派が自民党総裁選挙で勝った場合、民意に反しているという理由で 総選挙は惨敗するのは明らかだ。その方がむしろお国のためになる。小泉もそのことを解っているので橋本派などを 挑発しているのが漫画的である。官僚政治家の亀井がいまさらのように出てきて、公共事業のばら撒きを餌に甘言を 並び立てているのは哀れな今の日本を代表している。疲弊している地方経剤の利権屋の支持を求めているのだろうが、 いまさら彼等の力は一般の声に反するために大きなマイナスになる。今の日本は思い切った構造改革をしないと、 10年以内に国が壊滅してしまう。それでも利権のためには構造改革したくないのが自民党議員の本音である。 自民党解体のためには一番手っ取り早く、橋本派推薦の新しい総裁の元で国民の真意を問うべきだ。 選挙になると自民党の特に橋本派から多くの偽改革派ー月光仮面のオジサンが出る。それを演じるためには総裁選挙で 小泉指示に回る可能性がある。そのために橋本派の一本化は無理だろう。どうみても小泉は有利である。新潟県は反小泉で決定した。 私の意に反しているので今度の衆議院選挙では民社党に入れることにした。これは恐らく私だけでないだろう。 今度は、地域としても「個人より公約を優先するだけ民度が高いか低いか」が問われるのだ。 政治は何がおきるか解らない、 盆明けから目が離せない動きが出てくるだろう。政治も情報化で利権屋政治家の姿をリアルに映し出してしまう。 北朝鮮の緊迫した動きが本格的になってくるだろうから、それに合わせて最適な指導者を選ばなくてはならない。 ・・・・・・ 2002年08月03日(土) 476、ある老女の遺書ー2 25歳で子供が生まれ、子供のために安全で幸福な家庭をきずき、30歳の女性になり、子供の成長も早く、 永遠に続く絆で互いに結ばれ、40歳の時若い息子たちは成長し、巣立つ日も近く、50歳の時、再び、 私のヒザの上で幼子が遊びたわむれ、 もう一度私を愛する子供達と私は理解しあう。 夫が死に暗い日が続き、未来を見つめ、恐怖に身震いする。若い者達はみな子育てに忙しく、私は昔を、 愛し合った日々を思う。私は年老いた女。自然は残酷だ。老年が私をおろかにみせる。私の体から優雅さは打ち砕かれた。 活気はなくなり、かって熱く燃えた心も今は石のよう!しかしこの古い身体の中に、若い少女は住み続けている。 そして今も再び心がときめく喜びの日々を、また苦しかった日々を思い出し、私の人生を愛し続け、 過ぎ去った日々を再びたどる。永遠に続くものは何もないという厳しい事実だけを残し、あまりにも短い、 あまりにも早く過ぎ去った年月の事を思う。さあ看護婦さん、あなたの目を開きなさい。 目を開いて私を見つめて、もっとそばによって、気難しい老女でない、‘私を知って!’ ーーーーー この文は6年前に読んで非常に感動した本だ。一人の人間の心の叫びがそのまま伝わってくる。 これを何時か書こうと思っていたが、その時がきたようだ。いや久々に検査の為、 病院に行ったのがきっかけでしかないが。たったこれだけの文章の中に人生の全てを言い尽くしている。 これは詩である、人生を言い尽くした。 必ず誰も思う道だ。 ・・・・・・・ 2001年08月03日(金) 97] NoSubject 数日前小学校の同級会の幹事会を今やってるが出てこいとの連絡あり。15分前まで殿町で飲んでいたが再びユーターン。 東京の友人の会とどっちにしようか迷って、返事の期限を10日以上も出してなかった。出る出ないはどうでもいい。 返事を出すのが筋!こってり絞られた。幼稚園、小学校、中学、高校と13年同窓の高木と山崎に頭が上がらず。 結局出席になった。 8月11日鴨川本館。その日はかなり盛り上がり、同級会を終えてしまった感あり。
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2010年08月02日(月)
■ 知性の定義 知性を電子辞書で調べると、 「知性とは、『知覚を認識に作り上げる精神機能。感覚によって得られた素材を、整理・統一し、認識に至る精神機能』とある。 ここで日本人には知性が足りないと繰り返しているが、その「知性とは何か」と言われるといま一つ曖昧である。 そこで著者は知性について一章をさいて書いている。 ー知性について書いている印象に残った部分を書き出してみるー * 私は、「知性とは何をしたらよいかわからないときに用いるものだ」というジャン・ピアジェの明快な表現が好きだ。 つまり「正しい答え」がないときや、通常の対処で十分とは思えないときに必要となる。 柔軟に対処したり 手探りしたりする能力で、いわば知的な即興の能力である。 モーッァルトやバッハのコンチェルトのように高度に 磨き上げられた作品ではなく、ジャズの即興演奏を思い浮かべるとわかりやすい。知性とは、即興で作られ、 思考と行動によって磨かれる「過程」のことである。』 (『知性はいつ生まれたか』ウィリアム・カルヴイン著・草思社) *『 新しい情況に当面したとき、盲目的にもがくというような、本能的方法(例えば運動暴発)によらずに適応する仕方 または課題を解決する方法をいう。過去の経験を利用することが多いので、この能力(記憶)をも〈知性〉のうちに入れるのが 普通であって、これを〈再生的知性〉という。また、人の知性のうちには抽象的思考力があるが、これだけを〈知性〉と 呼ぽうとするものもある。 なお、《英知》というコトバは精神の知的側面、とくに高級な思考作用をいう。 〈概念をつかう能力〉のような高級なものをさすことが多い。』 *『ー 困難な状況に直面して生来的なまたは習慣的な少数の反応しか持ち合わせていない動物は、その反応が成功するか、 環境の偶然の変化によって条件が好転するまで、その力と衝動の持続する限り、その持ち合わせの反応を無駄に繰返すに止まる。 たとえば飢えた鶏が偶然に柵の端に到達し道を発見するまでいつまでも柵の前でうろうろするのである。 これに反し賢い動物は持ちあわせの反応を二三試みたあとで、その周囲の状況を考慮に入れて自発的にその行動を変化させる。 いいかえれば、彼は新しい状況に応じて新しい行動を発明することができる。これこそ知的行動の一般的特徴にほかならない。』 〜〜以上だが、 状況の変化に対し己を変化させ対処する知恵が知性ということ。もう一つ、「知覚を認識に作り上げる精神機能。」 そういえば、知性の低さの集合体が世間様である。要は、知覚の世界に浸かり、認識まで持ち上げられない人々ということか。 「経験・知識を長年にかけて蓄積・熟成し、感性で知覚したことを、悟性から、理性へと移行していく精神機能」 これが私の集約。 ・・・・・・・ 3041,自宅近くの再開発地区のSCの概要 2009年08月02日(日) 自宅から歩いて7〜8分のところの再開発地区に、25店舗のオープンモールのショッピングセンターが出来る。 来年3月から徐々にオープンする予定で、その説明会が来週あると折込チラシにあった。長岡駅裏側から直線で歩いて15分で、 東バイパスに面した好立地の場所になる。私の毎日の散歩道の栖吉川の土手の至近距離にあり、土・日曜日には進捗をみるために、 周辺を散歩をするのが楽しみになっている。 新しい街ができていくのを見るのは夢があってよい。 そこで、ネットで調べたら、25店舗の店名が紹介されていた。新潟の女池地区や長岡の川西からみれば、大規模ではないが、 オープンモールの25店舗なら、中途半端なNSC(ネバーフッド・ショッピングセンター)でない。 近くに出来れば生活を中心とした環境が一変する。数倍、住みやすくなるということだ。 ー以下が、ネットで調べた具体的な出店名ー * イーストスクエア・アクロス長岡 原信 (スーパーマーケット) 蔦屋書店 (ソフトレンタル、書籍) (字数の関係でカット、2008年8月2日) ・・・・・・・・・ 2676, ルソーの思想 2008年08月02日(土) 学生時代に戻った気分でルソーについて、考えてみる まずは ーフリー百科事典『ウィキペディア』からー フランスにおいては早くからボダンなどにより君主に主権(政治についての決定権)が存するとの思想が表明されていた。 この君主主権の観念はフランスなどを中心に当時の絶対王制を支える強力な根拠となっていたが、ルソーはこの観念を転用し、 人民にこそ主権が存すると言う人民主権の観念を打ち立てた。一定以上の財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく、 その国の国籍を有するもの全てを意味する人民にこそ主権があると宣言したことは、その後の普通選挙制の確立や民主主義の進展に 大きく貢献した。一方、ルソーらのフランス啓蒙思想に触発されて始まったフランス革命において、自由や法の支配は全く無視され、 反革命派と名指しされた者への言われなき迫害、虐殺、裁判なしでの処刑などといった恐怖政治が行われた。 〜〜 こんなところだが、 ルソーは、「社会の人々に(殺せる権利)と(殺されない権利)の両方を認めるとする。そうすると、お前の(殺せる権利)と隣人の (殺されない権利)は両立しない。お前は(殺せる権利)と(殺されない権利)のどちらが欲しい?と言われたら(殺されない権利) だろう。だから、社会の皆はお互いを(殺せる権利)を返上し、(殺されない権利)を優先して『社会契約』を自然に結んでるんだ。 だから「殺人はダメ」という理由になる。ルソーは「エミール」で、子供の教育の考え方を述べている。エミールとは、子供の名前で、 この子が育っていく物語である。エミールは、ルソーの思想にしたがって、その中で育てられていくのである。そこでは、 子供の自主性の重要性を述べている。彼は子供を不完全な大人とは考えない。子供は既に自分の素晴らしい世界、人間性を持っている。 人間的に最良のもの、人同士が信じられ、愛し合える元のもん、「良心」を、子供一人ひとりがそれを持って産まれてくる。 それを壊すのは社会、大人の方だとルソーはいう。それを守ってやるのが、教育だと。子供が持っている「良心」を育むのが 「自然に帰れ」という言葉の意味である。子供を守るということ(教育するということ)は、大人の価値観を押し付けるのではなく、 子供が本来持っている豊かなものを守ることである。次ぎのルソー「エミール」の中の一節が、その全てを言い尽くしていると言ってよい。 〜〜 人聞よ、人間的であれ。それがあなたがたの第一の義務だ。あらゆる階級の人にたいして、あらゆる年齢の人にたいして、 人間に無縁でないすべてのものにたいして、人間的であれ。人間愛のないところにあなたがたにとってどんな知恵があるのか。 (字数の関係でカット、2008年8月2日) ・・・・ 2007年08月02日(木) 2312, 政治家の家族とは・・ −1 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!! あの双子の銀座ママの妹の‘ますいさくら’が、ある雑誌に寄稿していた文章である。 図書館で借りた「銀座ママが教える『できる男』『できない男』の見分け方」を読んでいた。 それによると、彼女はシングルマザーで、そのことで子供が虐めにあわないようにアメリカに留学させていることと、 銀座で合理的システムで値段を思い切って格安にしたことも。「ああ、例のママが書いているのか」と気楽に読み始めたら、 内容は「政治家の家族の火宅の実情」である。政治家の火宅の例としては山村新二郎がいる。よど号ハイジャック事件で 人質交換の時によど号に乗りこんだ政治家だが、最後は自分の娘に殺されてしまった。その家庭を彷彿させる内容である。 政治家は「井戸塀」(政治家は最後は井戸と塀しか残らない)といわれるほど、家(庭)を犠牲にしないと 成り立たない世界である。火宅といえば、私自身が物心がついた頃から少年期にかけて家は火宅そのものであった。 事業も政治業も同じ世界である。毎日が闘いの世界で、次々と問題が押し寄せてきて、子供にも直接・間接に エネルギーがかかってくる。終戦から五ヶ月後に産まれで、両親が焼け跡から事業を再度立ち上げる最中であった。 8人兄・姉だったが、そのプロセスで長兄・次兄が亡くなってしまった。そのショックで母はノイローゼになり、心不全で死の 一歩手前までいった。子供ながらにエネルギーを直接感じていた。隣の部屋で「死のうか〜、死にたい!」という両親の話を聞いていた。 事業家とか、政治家とか、一見格好よくみえるが、実情は火宅といってよい。 いや、火宅など当たり前で、それを何とも思わないと、それが面白いとでも思わないと長期的にはやれない。 だから好きになるしかない。丁度、参院選挙が終わった後、政治家の家族を内側から見るのも面白いだろう。 ーー ー焼き尽くす季節にー 谷川俊太郎『ビリー・ザ・キッド』 ますいさくら (字数の関係でカット、2008年8月2日) ーつづく { ますいさくら(1968年10月6日〜、神奈川県鎌倉市北鎌倉出身)は、銀座のクラブのママ兼作家。 血液型A型。父は、桝井祐三(神奈川県議会議員)。 シングルマザーで、一女の母。 片親で母親が水商売だと日本では肩身が狭いだろうという配慮から、娘をイギリスの寄宿学校に通わせている。} ヾ(o・(ェ)・o)ノβyё ・・・・・・・・・ 2006年08月02日(水) 1947, ローマから日本が見えるー18 (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス! ー読書日記ー 第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −1 ーローマ史最大の名優オクタヴィアヌス登場 カエサルは、「大きくなりすぎたローマを守るためには、既に共和制度のシステムは無理であり、住民共同体の利益を守るためには 強力な権力集中の皇帝を中心としたシステムに変えなくてはならない」ことを知っていた。ローマ領の中に住む人々全体の利益を 最大限にするのが覇権ローマの使命であり、その役割は元老院にはもはや果たせないと考えた。 (字数の関係でカット、2008年8月2日) ・・・・・・・・ 2005年08月02日(火) 1582, 変化について 「変化、挑戦、戦い」が生物の成長のサイクルである。環境の変化に対して、自らを変えることが成長ともいえる。 また自のサイクルに変化を見つけだすことも必要になってくる。現代はインターネットなどの情報化の技術や、グローバル化で 変化のスピードが益々加速している。ところが変化することは、非常に難しい。とにかく人間は変化を嫌う。 現状を根こそぎ否定しなくてはならないからだ。それが出来なくなった時、脱皮できない蛇のように死ぬしかない。 自分の過去を振り返ってみると、その節々に大きな変化をしている。その変化が止まった時に停滞が始まっていた。 起きた現象に対して、逃げずに直面して戦うことから挑戦の第一歩が始まる。その中から変化が生じてくる。 特に激変の時代には、ただ変わればよいわけではない。激変にあわせてより大きく変身しなくては何の意味も無い。激変の時は、 真似をしていては変化に追いつかない。自らの脳で考えなくてはならない。組織内では、とにかく配転しか能力をのばすことが 出来ない。出世コースは配転を繰り返し、キャリアを重ねさせる。本人にとって重圧かもしれないが、行蔵として蓄積される。 変化は結果として竹の節のように自らを支える役割も果たす。 そのため、節は打たなくてはならない。 世界が、日本が大きな節目にきている。情報化が根こそぎ世界を変えようとしている。 ・・・・・・・・ 2004年08月02日(月) 1217, 広松渉ー哲学について ー25 広松渉の「新哲学入門」を読んで非常に難しいが、今までの常識が、根底から崩されてしまった。 その後、「哲学入門一歩前」を取り寄せて読んだが、むしろ「新哲学入門」のあとで読んでよかった。 広松渉は「もの」から「こと」の世界へのパラダイムチェンジを主張した。「物的世界像」から「事的世界像」への転換。 ・旧来の世界像は「世界、存在界をモノから成り立っているとみなす。 まず独立に存在する実体があって、それら実体が諸々の性格持って互いに関係する」 ・これにたいして、「『事的世界像』は、関係規定態こそ第一次存在とみる。 実体は、関係規定性の存在論的には独立自存体ではない。要するに関係があってこそ、存在がある」と考えた。 広松は、日常意識で当たり前と思ってきたことを疑い、それは根底から違うという。彼は近代哲学者が思索を重ねてきた疑い得ない 「基盤」を、根底から崩そうとする。「私たちが見ている現象が果たして真実なのだろうか。 善悪の判断基準は何なのだろうか。 美しいと思い込んでいるだけではないだろうか。 等、今まで信じられてきた『真・善・美』とは、果たして何だ?」 今の時代は、幸福とか消費を基本的に、「もの」の充実とか消費だけでなくフィーリングとかサービスとかいう価値観でもとらえている。 別荘を持つことより、リゾートホテルの会員権を持つ時代。家を建てるより、旅行をしてまわるほうに価値をおく時代である。 そのサービスとかフィーリングに生活に必要なものと認知してしまっている。この情報化の社会では、ますます広松哲学を 知っておくべきである。実際のところ、次代から次次代のTVは、実際の生の目でみた対象より鮮明に映し出すという。 カメラでは、その域に到達しているというが。こういう時代には、近代哲学者がたてた哲学を根本から 考え直さなくてはならない時代になっている。 それが「事的世界像」への転換というのだ。 つづく ・・・・・・・・ 2003年08月02日(土) 850, ミッション・ステートメントー自分の憲法 ー原案ー ・死ぬ時に「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」 と心から感謝できる人生を生きる。 ・自分が自分の人生の創り手であることを認識し、自分だけの役割を果す。 ・いついかなるときも、「積極的な姿勢とユーモアと誠実さ」を保つこと。 ・私の隠された能力は人を癒すことだ、その能力をより磨きをかけることで社会と周囲の人に貢献していく。 ・何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って気楽に変化を受け止めていく人間になる。 また何事も「一期一会」と真摯に向き合う。 ・心の声に従って自分の価値観や信念によって行動する。それに対する批判・悪口は全く無視する。 ・子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」と自信を持っていってもらえる人間になるー人生を送る。 子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、私のところにやって来てくれるような人間になる。 家内には私の伴侶として生きてきたことに満足をもてるように勤める。 ・会社に対しては、常に長期的視点に立って改革改善に努め、利益体質を保つように努力をする。 存続は社長としての第一の義務であり、その為には常に新しい知識を導入するよう努力をする。 ・健康には十分気をつけて80歳を大きい目標にする。 ー 具体的には − 1、ホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、情報の蓄積倉庫でもある。 その維持発展に努める。 見ていて自他共に面白く魅力に満ちた内容にする。 特に、随想日記は重要な発信媒体かつ蓄積倉庫としていく。 1、毎朝の散歩は一日のスケジュールで欠かせてはならない健康習慣として必ず実行する。1万4千~5千は維持する。 1、年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける。 60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう最大限努力する。 70歳までに70回を次の目標とする。 1、事業は65歳を大きい目安とする。そのための後進の育成を考えていく。デフレの中、借入金の圧縮に勤める。 1、常に新しい変化に注意を向ける。デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置く。 1、人間関係はこれから大事ネットとして、広く深く創ることにする。但し卑しい人間は絶対に近づけない。 我が内なる卑しさを判断材料にする。これはもっとシビアに徹底する。 1、純粋に助けを求めてきた時は、自分の力の範囲で答えることにする。 1、教養娯楽面では、読書や映画をレンタルやBS・TVを通して可能な限り吸収する。 1、80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリをしている。 陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて家内と二人幸せな絶頂にいる。 丁度海外旅行も100回目で、行きたいところはすべて行った満足感で満ちている。 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで、昔を懐かしみながら好きな歌を歌っている。 ーーーーーーー 以上であるが、やはり大きな手直しが必要に思われる。 現在の延長線上でしかないからだ。 ・・・・・・・・・・ 2002年08月02日(金) 475, ある老女の遺書−1 この文は「心に残るとっておきの話」第五集に載っていた話で、そのまま写し書きしてみる。 ー老人ホームで孤独に死んでいったある老女のロッカーの中から見つかった詩、書き置きです。 「何がわかっているのです!看護婦さん、あなたは何わかっているの? さほど賢くもない年老いた気難しい女、ぼんやりとした目付きをして行動力も緩慢で、食ものを ボロボロこぼしても返事をしない。(努力して、やってみて欲しいの!}とあなたが大声でいっても、 そんな事少しも気にかけない様子で、靴下や靴はいつもなくしたまま、何も逆らわず、何をしようというわけでなく、 長い一日を入浴と食事で埋めている。そんなふうにあなたには思え、そんなふうにあなたは私のことを考えているの? もしそうなら、看護婦さん、目を開いて、私を見つめてごらん。 あなたのいうままに、あなたにしたがって食事をし、私がじっと静かにここに座っている間に、 私のことを話しましょう。私が十歳の子供の時、父と母が一緒に暮らし、兄弟姉妹は互いに愛し合い、 十六の若い少女のときはウキウキして、もうすぐ愛する人に巡り会えることを夢み、 やがて二十歳になろうとする時、花嫁になり心は踊り、永遠に守ると約束した誓いの言葉。 ー続く ・・・・・・・・ 2001年08月02日(木) [96] 旅行で出会ったー普段会えない人ー ・大手情報機器メーカーをリストラされ傷心の60前後の人 ・三條の67歳位の夫婦ー自在で何もおくさない人ーそのまんま!− イグアスの滝でゴミ袋の底に穴をあけ首を通して雨具にしていた。 ・一度も結婚したことがないという70歳半ばの品の良いおばあさん ・ヌー河渡りを見たいばっかりに日本興業銀行を辞め、 外資の銀行に勤め始めたのをまた辞めてきた30代半ばの女性 ・30数年前、ある当時?の代議士の娘、自由時間にパリ野郎に誘惑され朝帰り。 青い顔をして皆が心配しているのをしり目に、ピンク色の頬、うつろな目
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2010年08月01日(日)
「売国者たちの末路 」副島 隆彦 , 植草 一秀 (著) ーまずは、アマゾン・内容紹介ー リーマン・ショックを的中させた副島隆彦と植草一秀の対面が実現。国民を不幸にする国家権力に対し「共闘宣言」を叩きつける。 植草は1990年代、日本を代表するエコノミストとして華々しく活躍していた。しかし2001年4月の小泉純一郎政権誕生後、 その経済政策(すなわち竹中平蔵氏主導の『構造改革』路線)に異を唱えつづけたところ2度にわたって「痴漢事件」の犯人となり、 公的な職を失った。 2004年の事件は罰金刑が確定したが、2006年の事件は最高裁で係争中である。 現在はブログで政治・経済分析を中心とする言論を発信している。 副島は早くから「植草氏は冤罪。売国者・小泉=竹中政治の 謀略に嵌められた」と指摘。 同時に植草氏の言論活動を高く評価してきた。 両氏が相見える本書では、小泉=竹中政策の糾弾は もとより、民主党・小沢一郎代表への国策捜査、「かんぽの宿」問題に象徴される郵政民営化の闇、世界金融危機の行方まで、 新聞やテレビでは触れることのできない「真実の言論」を展開する。 〜〜 このところ読み続けている林秀彦氏の著書の叫びと相通じるところが多い。官僚、政治家、マスコミがアメリカの隠れた コントロールに入っており、それに歯向かう者たちを謀略に嵌めてしまう。アメリカの新自由主義の誤りを今さらではないが、 それに踊った小泉、竹中は万死に値することは事実。私も数年前に、やっと気づいたのだから遅い。しかし大手銀行の 財務内容が改善されたことも事実。 冷戦では西側として、アメリカの傘の中で共産主義から国を守らなければならなかったが、 それが終わった現在では、その構造が変わるのが当然のはず。それを自民と官僚が売国的行為を続けてきた結果と二人は主張。 植草は【一般国民の大多数は、観念的に「警察、検察、裁判所は中立公正であって、正義の味方」という考え方しか持ってなかった。 しかし一部の人たちから「いや、そうではない」という考え方が広がってきた。】という。 高橋洋一の万引き事件は、明らかに 検察官僚の捏造事件と疑ってきたが、植草の痴漢事件も冷静に考えると、やはり冤罪と見ると、辻褄があう。一度、解体的混乱を 通ってしか日本は改革できないのか。 頭と尻尾をみると、つくづく絶望的になる! ・・・・・・・・・ 3040,卒業40年周年か〜 −4 2009年08月01日(土) 昨日届いた、この手紙を本人の了解無しに公開すべきかどうか一日かけて考えた上で判断をした。 私の40年ぶりの問いかけに充分に答えてくれた手紙で、自分の人生を心を込めたダイジェストとして 書かれた手紙を貰うのは初めて。私一人の心におくより、ここに記しておく方が良いだろうと 勝手に判断させて貰った。 ‘学生時代の卒業間近に真剣に対話した延長線上’の手紙上の対話 だから魂が入ったのだろう。それとキャリアの転勤生活で鍛えられた人生の極みの経験の積重ねがある。 学生時代の友人との対話というより、高潔な精神と魂の対話をさせて貰ったような気持ちである。 私にとって一期一会の対話になった。 それだけ良い学生時代を過ごしてきた証明にもなる。 ーー * 奥野君からの手紙 お懐かしい堀井さんのお便りを頂戴し学生時代の記憶が一気に甦りました、本当にお久しぶりでございます。 合気道の道場、同志社や学習院への合同稽古、合宿打上げ時の泥酔・不味い学食・ご自宅に泊めていただいての 佐渡旅行等々、四十年前の皆さんのお顔と行状のあれこれが懐かしく浮かんで来ました。 堀井さんは当時から将来は事業家の道を目指して行くのだろうなと私なりに思っていました。 どうして?と問われれば・同僚に比べて社会経済の出来事への関心が強かったとお答えします。 その方向に真直ぐに進まれたのですね。しかも大成功されて本当にすばらしいですね。 プログも拝見させていただき堀井さんの人生の一端を垣間見ました。暖かな生活が伝わってきました。 その後の小生ですが資生堂に入社し最初の赴任地名古屋をスダートし所沢、福岡、東京、札幌、仙台、 名古屋、広島、東京、仙台と転勤族の暮らしを送り、56歳時に早期退職をして現在地に居を構えました。 最終の役職は支店の責任者でした。50歳台に入ると親しかった先輩、同僚、後輩等が次々と鬼籍に入られるようになりその方々の 浬繋のお顔を拝む都度、 一度の人生を思うように生きられましたか、満足されていますか という思考が強くなってきました。 仕事は化粧品の製造、販売業務なので二十歳前後の若い女性が多く気持は若く、楽しく送れた自負しています、が人生の残り時間が あとわずかになってきたと感じ始めると、時が無性に愛おしくなり、100%の自分の自由時間をはやく手に入れ、 日ごろより感じていた、生物として本来の姿、自然の中で自然と共に暮らそうと決めた次第です。 日常生活は太平洋の日の出をワンちゃんと一緒に拝み作った野菜を食し蔵王連峰に沈む夕陽に1日の健康を感謝する毎日です。 趣味は海釣りとゴルフです。自宅のすぐ目の前が海です。阿武隈川の下流域にて魚影が濃く、黒鯛、サヨリ、ヒラメ、カレイ、 海タナゴ、アイナメ、スズキ、ハゼ、イシモチ、アナゴ等々を釣ってきては命をいただく感謝をしながら食しています。 季節とともに変わり行く波と風と海水の濃淡をみて釣り時をきめます。時の刻みが止まっているように思える一時です。 ゴルフはシーズン30-40回といったところです。自己目標が年1回以上30台のスコアーをだすということでやってます。 ちなみに今季は5月に38が出て満足しています。家族状況ですが29歳の時妻を娶り子供は息子が一人です。 妻は若かりし時準ミス瀬戸で容姿はそれなりだったのですが 6年前に○○○○を発症し・・・。 最新治療を受診しているのですが○○疾患の為大変厄介な病気です。 現在私のサポートが少々必要な状態です。 そんな事情で立教会や同窓会といった宿泊のともなう集いは参加を断念しています。息子は堀井さんの八と同じように 名を新八といいます。丸の内の○○生命国際投資部で海外債権の売買業務に携わっています。平均睡眠時間は4・5時間との事。 親より出来がよかったのはカミサンの弟が岐阜大の教授をやっているのでそのようなDNAをすこしばかりひきついでくれたのかなと おもってしまう親馬鹿です。ざっとした近況ですが一献傾けながら積もる話をしたいと思いつつ先の事情でそれもかなわず 拙文とあいなりました。状況が好転したらぜひお会いしたいですね。 堀井さんとご家族のご健康をお祈りいたします。 7月28日 奥野和男 ・・・・・・・・・・・ * 奥野君への手紙 2009年07月22日 (今日、本人の手元に届く) 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・ 2675, 東西が逆転を始めた! だと 2008年08月01日(金) 十年前、いや数年前まで、「東西逆転」という言葉など思いもよらなかった。この随想日記で書いたことがあるが、 重心は地球を周る。「モンゴル、トルコ、欧州、そして現在はアメリカのエネルギーが、次は中国、インドになる」と。 紆余曲折があろうとも、その流れになりそうである。アメリカの大統領の、あの男と、その背後のユダヤの諸々の事情、 そう「9・11事件」で、事態は根こそぎ動き始めたのである。 情報化もあるが。アジアには地球の半分の人口が存在。 その中国と、インド、そしてロシア(シベリア)に重心が移動始めたのである。これで俄然、娑婆が面白くなってはきたが、 そのハザマにある日本は人口減という均衡縮小で対応するしかないのか? それもいいだう。 〜〜〜〜 「東西逆転―アジア・30億人の資本主義者たち」ークライド・プレストウィッツ著 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・・・・ 2007年08月01日(水) 2311, カント ー世界の限界は経験可能か?−1 (*´・ω・)ノはよー 『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著 ー読書日記ー カントは難しい。ここでも何回か書いてきたが・・・ トルストイをして「何度読んでみても、サッパリ解らない」と言わせしめるほどである。 「それまでの哲学をカントで哲学を収れんし、その後の哲学は、カントから始まる」と言われている。 亀のようでも良いから少しずつでも理解してやろうと5年ほど前に決意。ことあるごとに、噛み砕いてあるカントの本や、 各種の哲学書の中のカントの章を読んでいるが、それでもサッパリ解らない。私が、カントの属性 (クル病とか、生活の規則正しさとか・・)でなく、哲学のエッセンスで解りえたのは、 ・合理主義を経験主義を統合したこと ・「し・な・の」と憶え、『人は何処まで‘知り’えるのか』『人は‘何を成すべき’か』 『何処まで‘望みえる’のか』 という人間の根本を追及していた。 ・カントを説明する上で、ある哲学書が一枚の絵を紹介していた。 −雨上がりの草原に小さな二人の姉妹がいて、マンドリンのような楽器を盲目の一人が弾いている。 その逆側の娘が盲目の娘の肩越しに、雨上がりの草原の虹の景色をみているー この絵は、雨上がりの草原で若草の匂いの中、好きな楽器を弾いているが、眼がみえないため虹と草原の美しさを 知ることができない。 人間は、その機能の範囲でしか対象を認識できない!ということである。 世界の限界を経験しても、その限界を超えることは出来ないということだ。 ・現象は、それぞれカラーのサングラスをかけてしか見えないし、その色に限定されるということである。 −−−等々である 以上の簡単なことを知るのに、悪い脳で必死に取り組んだ結果である。 先日借りてきた『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著ーNHK出版ーが、シンプルにカントの エッセンスを抜き出してあった。110頁ほどの本だが、視覚的にスウ~ッと入っていける?読んでいると、何か何面体かの 球状鏡に色いろな意味が照り返しているような気持ちになる内容である。一度借りてきたことがあったが殆ど読まないで 返してしまった。今回が、もう一つカントを理解するうえで、丁度良いタイミングなのだろう。 それとノロマながら、先ほどのことを、さらに一歩解りかけてきた。 次回から、少し手間がかかるが、私の知的レベルに下げて、這いずりながらも意味を掘り下げてみたい。その為に、 中古本だが注文をして読み始めた。 何度も何度も繰り返し書き込みを入れないと、とうてい歯が立たない。 哲学は、脳の中枢の情報えり分けや、吸収の根幹に関わるので、避けて通ることはできない。 考えること、それが哲学である。 そして考えること、それが人間としての姿だからだ。「なに考えてんだ?自分は!」「なに考えてるんだ?あなたは!」と、 何時も自分に、他人に問いかけているわりに考えるということを考えてない。そして、晩期になって、 「自分は何をしてきたのだろうか?」と、悶絶をする。 もう始めている? 本当にご苦労様です。 ホナナァ☆ |・∀・`@)ノ|Ю ・・・・・・・・・ 2006年08月01日(火) 1946, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る−2 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning その日(7月29日)の夜、松下さんと長岡市の駅近くの「一心堂」というスナックで飲んだ。 そこで、 「阿賀野川の河口で帆付きのカヌーで向う岸に渡ってきた」と、酔っ払いの自慢話。ところが、マスターとスタッフが、 そこをよく知っていて、「大きな川の河口は恐ろしいところで、あそこではエンジン付きの舟以外は誰も乗らない。 知らないだけで、とんでもないこと。何も知らない子供が、寝ている虎の背中に乗って遊んでいるようなもの。 少しでも川の流れが変化したら、どうなったことか・・・」と、呆れていた。 翌日、会社で近くに住む人に話たところ、もっと厳しい指摘。 「あそこは海の波と川の波がぶつかり合っていて、いつどういう波が来るか分らないところ。 毎年何人か死んでいる。 そのため誰も泳ぐ人もいない危険地帯。この豪雨の翌日にカヌー遊びなど危険とかいう問題ではない。」 流木が多く流れていて危なそうだと思ったが。誰も泳いだり、ボートなどに乗ってないはずである。 松下さんは海が主流で川では乗らないといっていた。さらに大きな川や、その河口も初めてと言っていた。 知らぬが仏だったのか。 たまたま、そのような幸運なTPOSを遭遇したのか。 カヌーも経験すればするほど深い世界であり、 のめり込んでしまうという。一人でカヌーを持って海・川に行き、組み立て、そこで遊び、また解体して車に積み込み、一人で 帰ってくるのが良いという。 こういう趣味を持っているのは羨ましい限りである。おまけに、河口湖に別荘を持っていて、 そこでカヌー遊びなど・・・ 人は人、我は我だが・・・ こういう人の趣味などで羨ましいと思った時、 自分の趣味を持っていると余裕を持てるからよい・・・ 「趣味は、その人をそのまま現す」というが、そのとおりである。 永年かけて一人で自分の世界を作り上げていくプロセスを楽しむもの・・人がとやかくいう世界とは別物。 *(ところで、一心堂というスナック開業70年という店。 私の母とマスターの母が同級生。 その上、私の兄とマスターも同級生ときている。こういう老舗が地方都市には多いが、最近どんどん廃業している。 このテーマと関係ないが) バイヾ( ̄ー ̄ヾ)))) ・・・・・・・・ 2005年08月01日(月) 1581, 「これから5年・地価は半値になる」−4 この本に、「都心の大型マンションの暴落が引き金になって土地の下落は更に進む」と、あった。 そのままの記事が、五月号の「ヨミウリウィークリー」にあった。(昨日、図書館でみつけたものだが)いま人気の「品川」に、 価格破壊タワーマンションが1〜2年先に売り出されるとか。70年の定期借地権つき高層マンションで、80平米が3600万という。 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・・ 2004年08月01日(日) 1216, 直立して歩くサル 先日のニュースで、ある動物園で直立をして歩くサルを報じていた。人間のように背筋を伸ばして歩いていた。 インフルエンザで高熱を出した後、直立で歩きだしたという。何かサルの惑星の世界のような不思議な感覚に陥ってしまった。 ・風邪で脳の何処かをやられてしまったのか。・サルの歴史の中で直立で歩いていた時期があったのか。 ・人間が歩き出したのは、脳をやられたサルが歩き出したのかもしれない。 等、考えてみたが。 一般にはサルが木にブラ下っているうちに背筋が伸びて、直立の骨型ができた。その後に、草原に獲物を獲るために出て行くうちに、 直立歩行になっていったと、信じていたが、サル学者はこの現象を如何みるのだろう?進化論で「脳内突然変異作用」の説が あっただろうか。人間でも老人性痴呆症になった人が抑制がとれて突然、絵画の特殊才能が出たという例もあるという。 脳はまだまだ未知の領域である。それが注目をされた時は、悪化をしている時である。そう考えると、脳が最近になって 注目をされているというのは人類は少し脳がおかしくなってきているせいだ。それとも電脳といわれるコンピューターのせいだろうか。 ・・・・・・・・・ 2003年08月01日(金) 849, ありがとうの話ー7 《字数制限のためカット、 2010年8月1日》 ・・・・・・・・・ 2002年08月01日(木) 474, ある小学6年生の作文 [僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。 そのためには中学、高校と全国たいかいに出て活躍しなくては なりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は三歳のときから練習を始めています。 三歳から七歳までは半年くらいはやっていましたが、三年生の時から今までは365日中360日は激しい練習をやってます。 だから、一週間で友達と遊べる時間は5~6時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。 その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。 僕が自信があるのは投手か打撃です。去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、ほとんどの投手を見てきましたが自分が 大会のナンバーワン。 選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン3本を打ちました。 そして全体を通した打率は5割8分3厘でした。このように自分でも納得いく成績でした。そして自分たちは一年間負けを知らずに 野球ができました。だから、この調子でこれからも頑張ります。そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、 お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢のひとつです。とにかく一番大きな夢は野球選手になることです」 この文章はイチロウの子供時代の作文である。−「致知」という雑誌より「夢」と「意思」と 「実績からくる自信」が現れている。それと父親の指導がこの作文の文章からうかがいしれる。 ・・・・・・・・・ 2001年08月01日(水) [94] 倒影について−1 投影といえば対象の中に自身の姿を見るとか,自身を相手に映し出すときにつかわれる。これに対し私が創ったか実際あった言葉か 忘れてたが、‘倒影’という心理がある。これが人間にとって曲者!ずるい批評家とかコンサルタントや新興宗教の教祖が多用する。 他人の悪口はこの心理より発せられる。‘心の中の影’を自身の中より、対象の中に見てけだし否定する。 ずる賢いやつはそういう対象に近づき、否定すべきことを探しある時期がきたら手の裏を返す。誰もが持っている哀れな姿である。 新興宗教の教祖がそれをやる。 ダライラマとかに500万とか1000万の金を献金。会見したようにして会い、あたかも 同格のように写真をとる。そのうちいつのまに教徒にそれ以上と洗脳をする道具に使う。オウム教とかこの前詐欺でつかっまった 足もみの教団はその典型だ。女子短大レベルの若い女が表面的知識を得た時、まずおぼえるのがこの否定である。 それであとは何にも見えなくなってしまう。それで同格かそれ以上と錯覚してしまう。 何事も三分一は影があるが、その影探しだけに精を出す。
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2010年07月31日(土)
18年の海外生活から帰国した著者が大分の山中に居を構えて5年、変わり果てた祖国・日本を憂えている。 ここで、ひとりの地元青年とのやり取りを通して、日本再生には愛国心ではなく、憎むという感情、いわば「憎国心」が必須と説く。 最近は著者の見方にかなり感化されてしまったが、老化からくるマイナーの見方でもある。しかし「憎国心のすすめ」は極論になるが、 それで日本人にアメリカの間接統治を知らせたいのである。それを前提にしないと国家改革など不可能である。 日本は、いまだ 長年にわたった洗脳で思考停止状態にある。その実態に憎悪心を滾らせないと、真の己の姿が見えないというのは至極当然のこと。 ―印象的な部分をランダムに書き出してみた― 《 愛ではない。この日本を救うのはむしろ、憎むという感情、いわば憎国心だ!・・・ 愛するために憎む。 想うために考える。この日本を。「俺の仕事の動機はいつも怒りと愛だ」と私は無理に続ける。 「悶死したくなるような怒りの先に愛が見える。そのとき、仕事をする情熱が生まれ、行動の意味が完結する」「ははぁ・・・」 「日本に帰ってきてから、怒りはほとんど極限に達している。でも、その先の愛は見えない。 だから、もっと、徹底的に憎国心を高ぶらせる」「ゾー・コ・ク・シ・ン・・・ですか」「無論そんな日本語はない。 いま、とっさに考えついた。愛国心の相対だ」「ははぁ・・・」「憎国心さえもっと鍛えれば、もしかすると、死ぬ前に、 もう一度この国を愛することができるかもしれない」》 《 日本人を一言で要約すれば<考えない>ということであり、―ジャップ(日本人の蔑称)は考えないという特殊能力を持っている、 ということになる。人間が考えないでいられるというのは、ムズカシイ以上に実にありえない不思議な才能であり、 特殊の才能である、特異能力とも呼べるものであり、貴重な力となりうるからである。<考える>という根本は、 まず疑問が無くてはならない、それからしてジャップには無い。次に推理、次に分析、最後は統合。この4段階、どれもない。 疑問がないのは、比較感覚がないからということになる。比較がないから、考えない。・・・・ 》 《 中村元「日本人の思惟方法」の引用からー (日本人は)西洋人の目には、シナ人などよりはるかに浅薄な印象を与える。日本人自身は世界の文化を 総合したつもりでいるが、じつは単なる便宜主義的な無反省な折衷混合状態に陥っているおそれが少なくない。》 更に著者は日本人を嘆く。 《 「一言で言えば日本人は他律的な民族だということである。それは縄文から続くわれわれの本性だったのだ。 他律とは、(自分の意志によるのではなく、他からの命令や束縛によって行動すること)であり、カントの用語(ヘテロノミー) によれば、意志が理性の命令でなく、感性の自然的欲望(傾向性)によって規定されること、である。」 「すべて。そして誰かが操作している。このにほんじんの本性を、骨の髄まで他律的であることを知っている誰かが、どこかの国が、 どこかの民族が、その欠点をたくみにつき、利用し、一層助長させ、推進させ、摂取し、操っている。 そして、これほど歴然としている数々の証拠実例を、なぜ人々は気づかないのか?」》 ー著者の視点で人生を振り返ってみると、アメリカの属国としての価値観を疑いもせず、あくせく生きてきただけ?になる。 ・・・・・・・・ 2009年07月31日(金) 3039,「自信を与えてくれた人」 何気なく見ていたブログに紹介してあった一文。世の中には心を打つ色いろな出会いがあるもの。本人にとって何にも替えがたい 自信になったろうし、前向きにさせてくれる出会いである。ネットで調べたら、この人の漫画は何度も目にしたことがあったが、 軽妙な暖かい人物像を描いている。その「元気を与えてくれた人」は、数寄屋橋の絵の中の何かに共振をしたのだろう。 その絵に感動し十五年後に買い求めた人と、その絵を見てみたいものである《 あれは今から二十年も前、私が二十二歳のときです。 私は数寄屋橋で風景画を描いていました。ええ、まだ数寄屋橋の下にはチャンと川が流れていたころです。 私の描いた油絵を、 大勢の人が見て通るんですが一人だけ、三十分も一時間もそばで見ている人がありました。そして最後に私の住所と氏名をきいたんです。 そのときはそれっきりでしたが、五年前にその人から手紙をもらいました。「あなたは忘れているかもしれないが、私はあのとき 住所をたずねたものです。あのときとてもあなたの絵がほしかったのだが買えなかった。こんどようやく家を新築したので、 ぜひあのときの絵を売っていただきたい」そういう内容でした。その頃のぼくの絵なんか売れっこありません。その絵はチャンと ぼくの手もとにあったんです。しかも、何度もぼくは住所を変わったんで、その人は苦労して見つけてくれたに違いない。 ぼくは感激しましたね。さっそくその人といっしょに〃ガクプチ〃を買いにいったりしました。》 ー鈴木義司 《鈴木義司=読売新聞の夕刊の4コママンガを描いている漫画家、2004年7月17日午後2時45分に死去。享年75歳。 むかしテレビ番組「四コママンガ道場 お笑いマンガ道場」に出ていた》 ーー 享年が75歳で、この文章は42歳の時の文章とすると、亡くなる33年前の1971年頃の文章になる。絵を描いていたのが、 その20年前というから1951年ということになる。 岸恵子の『君の名は』が1953〜54年だから、その二年前に数寄屋橋で絵を 描いていたのである。 新築の家の絵に欲しいというところが良い。この逸話の中から、それぞれの人生が浮き上がって見えてくる。 ・・・・・・・・・ 2008年07月31日(木) iPoneについて いずれにしても、これは凄い。少しオーバーに言えば1〜2ヶ月で、私の中の何かが変化するだろう。 情報機器を幾つか持っている。 そのお陰で ・パソコンでインターネットを楽しみ、「お勉強」もしている。・デジタルカメラを常時、鞄に入れて歩いているし、散歩にも持っていく。 ・2千曲入力してあるiPodも持ち歩いている。 ・携帯電話を身につけている。 ・会社の机の前と、自宅の居間の机にもiMac(机上型のパソコン)が置いてある。 それが全て、携帯電話を少し大きくした、このマシーンに入っているである。「それなら、携帯電話があるじゃないか」というが、 これはパソコンを基点としている。 超小型パソコンに、多くのデジタル機器の機能が入っているのが凄いのである。 更に、GPSナビゲーションまで入っている。 新聞や、マックのHPで、このデモンストレーションの映像を見たり、モーニングショーで キャスターが操作をしているのを見たが、自分の手にとって腹を据えてみると、その凄さと深さが見えてくる。 半年前にiPodを実際に使ってみて驚いた。 手持ちの200枚のCD(2000曲)が、マッチ箱位の薄いマシーンに、全て入ってしまった。 パソコンに一度入力をしてしまえば、何時でもマッチ箱に出し入れ自由である。ところが、それさえも、このマシーンは機能の一部として 入っている。 いま一つ、タッチパネル+ワイヤレス+超小型の総合効果が、パソコンのストレスを大幅に減らしている。 このストレス・フリーが最大のネックである。携帯電話が、固定電話から我々を解き放ってくれた。それと同じことが、 今度はパソコンでも起きている。大型コンピューターがパソコンになり、ノートパソコンになり、モバイルパソコンになり今度はこれである。 これには母機のパソコンに対する子機という位置づけは殆どない。(iPodなどの機能を使う時はあるが)これも三年もしないうちに、 古くさい原始的なマシーンになっているのだろうか。まずは、これを使いこなすことから始めないと。何かSFの世界を垣間見ているよう。 若者が、モバイルパソコンに、如何反応するか楽しみである。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月31日(火) 2310, また地震!どうなっている?まったく!ー 9 才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪ 田中真紀子様が、この参院選挙に中越の長岡駅で堂々と車の上から選挙応援ができるか、見ものであった。 TVでは映像を出なかったので、さすがに度胸が無かったのか、警察からでも忠告を受けたのか、どちらだろう。 昨日の朝のTVのニュースでコッソリと個人演説会に来ていた映像があった。「下手に話すとマスコミに何を言われる かもしれないから、街頭演説はしない」だと。この角栄の嬢様は、柏崎・刈羽原発を強引に誰が持ってきたか、ご存知なのだろう。 いくら越後人が人が良いとしても、そろそろ誰が危ない原発を誘致したか、気が付かないはずはない。 しかし誰も口にしないから呆れてしまう。原発で??されかけたのに、何で怒らないのか? 不思議でならない!娘だから関係ない? そうだろう関係ない!のか? しかし姿を現すな、姿を! 仕事場が新潟の駅前だから、たかをくくっていたが甚大の風評被害が 出始めてきた。毎日のようにTVと新聞のトップで原発事故関係が出ていれば、観光客を含めて一般客も来るはずがない。 当ホテルは関東方面から春夏、自動車学校が二週間の宿泊客を送り込んでくる。延べで2000人以上。まずは、そこから激減である。 8月上旬の長岡祭りと、新潟祭りも、これでは期待が出来ない。一割減で済めばよいが・・ (地震前の予定は一割増だったが)北朝鮮の、あの方?も、ミサイルを原発の周辺に一発ぶち込めば間違いなく 日本は政治的に折れるだろうと熟知しただろう。ミサイルに原爆を積んでなくともである。 相手はキ印のドン様なのである。キ印が脅しの武器なのだから・・・原発には敢えて原爆などミサイルにつけなくても充分だということだ。 まあ専守防衛とか、戦争放棄とか何処かの党が言っているが。平気で信じているこの国こそキ印ではないか!? 何で、20万以上が即死なのか、数年以内に数百万人が死ぬのか、いま一度おさらいをしてみよう。 核爆発をするの、核爆発を。 そして人体の最悪の放射能が一瞬に飛び散るの!それも八個も!日本全体が放射能に浸され数百万人が数年内に死ぬの!その規模は、 広島の数百倍などではない!人類史上最大の事故が、あわや地元で、それも私も即死をしていたのである。 中越地震なみだったら、新潟地震(マグネチュード7・5)なみだったら、現実だったのである。その危険を全く知らないのが、 この日本国民。 この事故、いや事件でも!恐らく、私が書いてきた内容を読んで笑っている人がいたら、あなたが無知蒙昧! あの時(原発内火災で映像を見たとき)、何で即、車で脱出しなかったのかを真剣に反省して当然である。 (字数の関係でカット10年07月31日) ・・・・・・・・ 2006年07月31日(月) 1945, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ 豪雨で満水の阿賀野川河口でヨットカヌーに乗った。大学時代のゼミの後輩Mさんが、最近ヨットカヌーに凝っていて、 「今度、是非カヌーを乗ってみませんか」と誘われていた。先日行われた「新潟県活性化の会」を仕掛けている人だ。 来県の前日の27日に電話があり、「車の上にカヌーを乗せて東京の自宅から来たい」という。 天気予報では豪雨注意報が出ていたので「カヌーなど絶対に無理」と言ったが、それでも車の上にカヌーを乗せてやってきた。 「出来ないとしても、帰りの道すがら何処かの河で浮かばせるから!」という。 好きな人はそういうものだ。 天気予報では豪雨、絶対にこんな時にカヌーなど不可能と、服装などの準備は全くしていなかった。 一昨日の29日の朝、どういうわけか打って変わった穏やかな天候になった。(前夜半はかなり降ったようだが) 前回にMさんが来て一緒に飛行場周辺を見て回った時に、阿賀野川の河口がカヌーの最適の場所と目を付けていた。 当日そこに行ってみると、数日の豪雨のため河は溢れていた。しかし、Mさん「平気で大丈夫です、乗りましょう」という。 この玩具みたいなカヌーでこの数百m、いや1キロ以上?もある河口を乗りまわるなど、とんでもないと思ったが、 本人は「平気、平気、何でもないですよ」という。 そして、ドンドンカヌーを組み立て始めた。(o_o ;) 岸沿いを漕ぐのかと思いきや、どんどん河の真ん中の主流に出て、そして対岸まで行ったしまった。 \(゜ロ\) 当然この満水の中、他のボートは1隻も見当たらない。 沿岸にはモーター・ボートが20艘ほどあったが、この洪水一歩手前の中、誰も乗るはずがない。 (///>_<;////)ノ 始めは少し恐怖があったが乗っているうちに、恐ろしさが全くなくなってきた。地元の人からみたらとんでもことであろうが、 それにしても、面白い!豪雨のため大きな流木が彼方此方流れてくるが、それを避けながらボートを操るのだ。 ふと気づくと2時間近くたっていた。そして、午後は寺泊の海岸に移動、再びカヌーを浮かべた。また河とは違ったスリルがある。 風が不意に舞うのと、海流の動きをみながら操る。河とは全く違う面白さがある。Mさん、「このカヌーあげましょうか」というが、 私が乗りこなせるものではない。丁重にお断りをした。Mさん、ヨット歴をいれると30年は舟に乗っているという。 そりゃそうだろう。あの川幅のある阿賀野川の満水の中、流木を避けながらヨットカヌーを乗りこなすには長年の経験が必要だ。 Mさん、その日は遅くなったので急遽、長岡に宿泊。殿町を深夜まで飲み歩いた。そして、翌日の15時過ぎまで、再び寺泊で、 午前・午後にわたりカヌーをして、16時に東京にある自宅に帰っていった。 やってくる前日、知人の通夜があり、 数時間しか寝ないで新潟にきたというから、凄いエネルギーである。こういうのも、能力というのだろう。 28日の活性化の会を含めて、この三日間は、刺激的であった。 ー阿賀野川の満水の河渡りは、一生ものの思い出になった!ー (@´∀`p★)゚*。 ・・・・・・・・ 2005年07月31日(日) 1580, パンセについて 昨日の随想日記の昨年の同日分に、パスカルについて書いてあった。 その中の格言を読み返してみて、現時点の考えを書きたくなった。学生時代に感じたこととは自ずから違ってくる。 ・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、それを示すものである。 ーー 二つの極端とは、善と悪・神と野獣・観念と実践、等々あるが、中庸こそ偉大さがあるということか。 偉大さも所詮は人間の価値観の判断でしかない。 ・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ーー 偽装・虚偽・偽善と気づくかどうかだ。 ・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 恋愛の原因と結果とを眺めてみて、男とは他愛のないものである。 それだけ若き性欲は昇華して恋愛を促進する。 その障壁が高ければ高いほど燃え上がり、お互いが見えなくなるから困ったものだ。 ・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。 ーー それが、親から・環境からの植えつけられた強固な先入観であれば、養老猛のいうバカの壁になってしまう。 (字数の関係でカット09年07月31日) ・・・・・・・・・・・ 2004年07月31日(土) 1215, 「世界の名著をあらすじで読む」 ー読書日記 最近、本屋の平積みのコーナーで、古典などのダイジェスト版が目立つ。文庫本も出始めているからブームになっているのだろう。 先日、図書館で「世界の名著をあらすじで読む」と、「子供に読ませたい世界の名著」を借りてきてさっそく読んでみた。 振り返ってみて、世界の名著はあまり読んでない。古典的なものとして、「罪と罰」「大地」「赤と黒」「魔の山」「旧約聖書」 「新約聖書」・・・それと、ロマンローランの数冊と、最近ではソルジェニーツェンの数冊と、あと数人の作家の本ぐらいである。 ノンフェクションが好きなためだ。「子供に読ませたい世界の名著ーベスト26冊」の中に挙げてある本は殆んど読んでいたので 安心はしたが。読んでみて、名著といわれるものはダイジェストでも非常に面白いことが解った。 それと過去に読んだ本でも99?は忘れているのには驚いた。それを思い出すだけでも充分に価値があった。 トルストイの「戦争と平和」やモーパッサンの「女の一生」や、ショーロフの「静かなるドン」などダイジェストでも面白い。 (字数の関係でカット09年07月31日) ・・・・・・・・ 2003年07月31日(木) 848、10の小法 ホームページのネットサーフィンをしていたら「10の小法」が出てきた。 なかなか含蓄のある内容である。 小食多噛 小肉多菜 小塩多酢 小糖多果 小煩多眠 小衣多浴 小車多歩 小言多行 小念多笑 小欲多施 それでは「10の多法」と大と小を入れ替えてみた。『成人病への近道?10の多法』というとピッタりだ。 逆も真なりである。下記が私の自己評価であるが、一番悪いのが多食少噛である。これさえなおせばよいが、 終戦直後の生まれのせいか腹が膨れないと食事をした気にならない、それも早食いのため小噛になる。 20歳なら80?、40歳なら60?、60歳なら40?と歳に応じて胃に収める量を減らしていかなくてはならないという。 半分以上バツなら成人病間違いなしである。 ○ー無し、△ー普通、×ー傾向あり 『10の大法』 多食小噛 × 多肉小菜 ○ 多塩小酢 △ 多言小行 △ 多念小笑 ○ 多欲小施 △ ・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年07月31日(水) 473,一言タレント 小泉首相が大衆に人気がある大きい要素に毎日だす一言コメントがある。すべてをこめていると言ってよいほど簡素で鋭いし、 いいえて妙だ。?ワンバイト(一言)化というらしい。それで気が付いたが、随想日記も「一言コメント」に似ている。 テーマが一言コメントで、文がその解説と言えよう。そういう面では時代に適しているのかもしれない。 テーマの決定にエネルギーをつかうが、それなりに出てくる。小泉首相の場合、そのプロのコピーライターが側近にいるだろう。 時代が一言タレントを求めているのだろう。これも情報化社会の一現象である。TVの色々の分野の専門的な番組を初心者向けに 放送すると、よい番組が出来上がるという。簡単に、特化して、編成すると内容が芯をつくという。田中真紀子女史もその事をしって、 批判をしているから人気の大きい要素になっている。つまらない時代になったのか、面白い時代になったのかどちらであろうか? ・・・・・・・・ 2001年07月31日(火) [93] 旅行で出会ったー普段会えない人 ・日本生産性本部の元トップとおぼしき人 ・NHK幹部 ・いつもお付きと来るが今回は一人できている山の手の奥様、 ・天下ったばかりの元官僚、 ・日本興業銀行本部のキャリアウーマン ・遠い親戚が亡くなりおもわず数億の現金を相続した人 ・ツアーを2重がさねで続けて、現地でおち合った80台半ばの見た事がないくらい品の良い老夫婦、 ・TVの経済解説でよく見る人 ・えげつない関西のおばちゃん まあ彼等から見たら、反対にどうみられているのだろうか?
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2010年07月30日(金)
まだ65歳まで半年あるが、先日、長岡郊外にある蓬平温泉で中学校・同期の会が開催された。 (前期高齢者入会の会) 出席者が67人で約2割が出席をした。この年齢では2割弱が亡くなってので、亡くなった人が、逆に出席している 「あの世の会」と思うと一人ひとりが際立って見えてくる。把握された亡くなった一割近くの27名が名前が呼び上げられ、 黙祷をした。 5年前に還暦の会が開かれたが、このときは、三分の一の110名の出席者であった。4割減ったことになる。 60歳を過ぎると年々、老化が目立つようになる。 事故、糖尿、脳梗塞などで、何らかの問題が肉体に出てくる時期にはいった。 今回の同級生に卒業以来初めての出席の女性が2人いたが、どのような感慨があったのだろう。 前回の還暦の会の時には 懐かしさのあまり泣いていた人がいた。私のいたクラスに面倒みの良い女性が二人いて卒業以来、頻繁にクラス会を開かれていた。 20歳代を除くと、高校時代を含めて、ほぼ毎年開かれていた。 しかし年々、参加者が亡くなったり、転居をしたために、 還暦を機会に、他のクラスに呼びかけ同期会になってしまった。地方だから可能なのだろう。 男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。 それにしても、65歳は長く生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、そのことが 目的である。それで充分。 しかし、恵まれている人は何処までも恵まれており、そうでない人は、そこから抜け出せないのが 人生のようだ。九州など県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほどと合点がいく。通ってきた道で出会うことは、 奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を重ねるごと実感する。 それにしても、幹事は大変である。 とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる!
・・・・・・・・ 3038,明日になれば何とかなる! 2009年07月30日(木) これは菊田一夫の言葉である。 誰もそうであるように、若いときは心配性の傾向が強い。そして長い人生で色いろ経験して 分かったことは「先の心配事は、その時になってから当たるしかない。で、今は問題の中心から目を外さないこと。 明日は、明日の風が吹く。今心配しても、今心配している範囲のことしか考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」 である。「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、何か心に迫ってくる。創業時の不安感は、 底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。 そういえば一休の逸話があった。 一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺した。 そして・・・ 「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、 遷化されました。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、 妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、 恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。 一巻目・・・大丈夫 二巻目・・・心配するな 三巻目・・・なんとかなる それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべた。 「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」もの。 「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」ということである。 19才でライ病発生以来深刻な体験をもとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉がある。 《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。 あきらめ切れぬ、という言葉は、あきらめを肯定してそれに 到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。が、私はあきらめを敵とする。私の日々の努力は実にこのあきらめと戦うことである。 あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。 というよりも、あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。 死んで勝ということは絶対にないが、しかし死んで敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より) 絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。 明日になれば何とかなると、何もしないで生涯を過ごした人を多く見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの? ・・・・・・・・ 2673, iPhoneは、超小型パソコンだった! 2008年07月30日(水) (っ´Ι`)っ { おはよう 一昨日、iPhoeを購入した。新潟市郊外の赤道の山田デンキで買ったが、説明やら、手続きに二時間もかかってしまった。 購入の手助けをしてくれた知人と、購入直後に居酒屋で操作をしながら、「これは何だ?」と丁度よい酒の肴になった。 携帯電話や、情報だけの端末ではないし、パソコンの括りにも入らないし、何だろうかと? 私が玩具ではないか?というと、 そんな軽いものじゃないと反論された。そりゃそうだ。私の現時点の判断は、「ポケットサイズのタッチ式超小型パソコン」である。 超小型のため、身体に密着できて、タッチで情報を瞬時に呼び寄せることが出来るところがミソ。それに音楽が数千曲も入力でき、 電話が出来て、インターネットもできる。カメラや、携帯電話機能は、多くの機能の一つでしかない。現行の日本の携帯電話は、 各メーカーが競って色々の機能を付加していったもの。そのため、その多くは使われない。平均5?の機能しか使ってないという。 ボタン・キーは他に無いので慣らされ使っているだけのこと。この中の機能で驚いたのが、みたい部分を二回、指で叩くと拡大する。 これで小さい画面のデメリットをカバーしてくれる。よく考えたものだ。ただ、文字入力が慣れないせいか、躊躇している。 キーワードは、 ワイヤレス通信 ・マルチタッチインターフェイス ・超小型(ポケットサイズ)。 常にポケットに入れておけるところが良い。脳のサイボーグ化?ともいえる。次ぎのポイントは低価格化が可能かどうかだろう。 私自身、7年前にこのHPを開設してから感覚が変わってしまった。開設してから数年後に、ブログという個人のHPが爆発的普及した。 更に携帯電話が爆発的に普及をし、機能も良くなった。そして、これからは「ワイヤレス超小型携帯パソコン」である。 これは世界を、更に根こそぎ変えるだろう。携帯電話はタッチ式に大きく舵を切るだろうし、あと十年後から振り返ったら、 これは大きな折り返しの歴史的マシーンの位置づけになるだろう。パソコン?に、携帯電話と、カメラとiPodを付けてポケットに 入れたという意味で! そんなものが果たして必要か? 皆が持ち始めれば必要になるのでは? お宅という言葉も、これで死語になるのでは?。 部屋に居る必要もないからだ。 いや、閉じこもりは別か! ヾ(^ω^*) あと、数日経ったら、その後の感想を書きます。 まだ、焦って買うこともないようだ。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月30日(月) 2309, 自民党が惨敗! ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] 参院が予測どおり自民党の惨敗に終わった。 当然だろう。 自民党のパフォーマンスには、国民はうんざりである。これで本来あるべき二大政党の枠が出来上がった。 小泉が党内の保守派=悪との対立軸を作り、旧来の自民党をそのまま存続させたのが、安部政権である。 岸信介の孫、安部晋三の息子というだけで、憲法改正の騎士として期待されてなった首相である。 だから、あれだけ甘い組閣をしたのである。最後は赤城農林大臣だが、その前の防衛大臣がタレント上がりの女性はいただけいない。 外向きの暴力装置の長が、北朝鮮という隣国のスターリン型国家の核爆発実験の微妙な時期に、この人事は安部の質そのものを 現したといえる。女性だから悪いというのではない、暴力装置の男の組織である、防衛省は!そのくらいの常識ぐらいも 持ってないということ。仲良しクラブ内閣とは、よく言ったものである。辞めないといっても、無理だろう。 早々、この人間の質としての次のミスが出るだろう。叩かれて強くなる要素は充分にあるが、本当の力があるなら、これからだろう。 (字数の関係でカット 10年07月30日) ・・・・・・・・・・ 2006年07月30日(日) 1943, ローマから日本が見えるー17 才八∋ウ_〆(∀`●) 第七章「創造的天才カエサル」ー4 ーカエサルがヨーロッパを作ったー ところで、カエサルによるローマ帝国の安全保障構想は、後世のヨーロッパ史にも大きな影響を与えることになる。 「カエサルがヨーロッパを作った」とする人も多い。 現在の西ヨーロッパの都市の多くは、 カエサル以降のローマ帝国時代に作られた軍団基地や、植民都市を起源としています。 ・フランスのリヨン、ストラスブール、フレジュス ・ドイツのケルン、ボン、マインツ ・イギリスのヨーク、チェスター、バース ・オーストリアのウィーン ・ハンガリーのブタペスト、セルビィア ・ユーゴスラビアのベオグラード などなど・・・ ハッキリいってヨーロッパは古代ローマ人によって作られた。 ーなぜカエサルは寛容を掲げたのかー カエサルは「新しいローマ」のグランド・デザインを描き、それを次々と具体化していったが、その構想をよく理解できた人は 同時代に一人もいなかったといってよい。当時の一番の知識人であった歴史家のキケロさえ、カエサルは協和制の再建に力を 貸せてくれるものと信じていた位である。領土が拡大してしまった現在、そのローマに適した統治システムは何か、 それを君主制にみたのだ。そうした彼の思考を読みとれた人は少なかった。カエサルは生前に書き記したとおり、 「人間ならば誰にでもすべてが見えるわけではない。多くの人は自分が見たいと欲することしか見ていない」ということである。 ここまで冷徹にローマ世界を見ていたカエサルなのに、反対派を決して弾圧をしなかった。 彼は政権に就くなり「寛容」をモットーに掲げ、かって剣を交えたポンペイウス派の人々の安全な帰国を保障したほどであった。 それゆえに彼は自分の護衛隊を解散してしまい、丸腰同然でローマ市内を歩いた。これは彼の気性と見るしかない。 彼は自分の身を守る鎧は信義だけでよいと考えたようだ。そして、彼はBC44年に暗殺をされてしまう。 「カエサルは王位を狙っている」という確信から彼を暗殺をしたブルータス以下14名の元老院の議員によって・・ ・・・・・・・・・・ 2005年07月30日(土) 1579, 閑話小題 一昨夜の夢の話ー 面白い夢を見るものだ。 医者から薬による至高体験のため、無害の麻薬を注射してもらった夢である。薬によるハイ状態とはどんなものか、病院の ベッドに横になって冷静に薬によるハイを待っている。ところが、横になっていなければならないのに、歩き出してしまった。 危ないと思って元のベッドに戻った。しばらくすると、フア?とした酔った感覚になった。潜在意識が、薬の至高状態の経験を夢の カタチでさせようとしたのだろう。安全であれば一度は経験してみたいが、安全のわけがない。インドに行った時ツアーの 同行の女性から??を飲んだ体験談を聞いたことがあった。とにかく、可笑しくなり腹の底から笑って嬉しさが極限になるという。 経験者がいうことは解りやすい。 ー広い世界に馬鹿ひとりー 何気なく浮かんだ言葉で、何も深い意味は無い。自分に対する心の奥底の言葉といったらよいだろう。 「小さい井戸の殿様蛙」という言葉と対比すると面白か。世界を一人漂流旅をつづけていると、こんな言葉が出てくるのだろう。 孤独感と、広い世界に拠りどころを見出せない虚無感が覆いかぶさった自嘲の叫びか。しかし、この言葉に何ともいえない親しみを 覚えるのは何故だろう。一人大声で『あ?あ!』と大きな溜息をつく癖がある。 この溜息の背後にあるのは「広い世界に馬鹿一人」と「小さな井戸の殿様蛙」という自嘲の気持のクロスか。 ・・・・・・・・・ 2004年07月30日(金) 1214,パスカル(3)ー哲学についてー24 ー「賭けの断章」ー 「賭けの断章」は『パンセ』の中でも最も有名な断章の一つである。神の存在と信じる方に賭けることの有利さを確率的議論から 説得しようとするものである。「神は存在するか、しないか。どちらに賭ける? 」すでにこの世に生きている以上、この勝負を 降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択になる。 賭ける対象は「自分の人生そのもの」であるから大きな命題だ。 ・神が存在するという方に賭けて、勝てば永遠の生命と無限に続く喜びを得て、人生は意味あるものとなるが、 賭けに負けても、失うのものは何もない。 ・反対に、神は存在しないという方に賭た場合、たとえ賭けに勝っても、儲けは現世の幸福だけである。 死後は虚無とみなすことになるから、得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。 来世の幸福をすべて失うことになるからである。如何みても神の存在を認めるほうが有利であると言いたかったのだ。 37年前、『パンセ』のこの断章を読んだとき、ナルホドと納得をした。といって、今さらキリスト教関係のクラブに 入るには遅かった? せっかくミッション系の大学だったのに惜しいことをしたと悔いが残った。 理性で納得し、心情が同意するためには時間がかかる。そのためには人との出会いと時間が必要であった。 しかし、今から考えてみて、自分は仏教の方が向いているが。 ー以下はパンセの中の断片集の抜粋である。 ・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、それを示すものである。 ・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 ・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。 ・人間相互の尊敬を結ぶ綱は、一般的に必要から生じたものである。というのは、全ての人間が支配者に なりたがるが、みながそれになるわけにはいかないし、各種の階級が存在せねばならないのだから。 ・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。知識の木は生命の木ではない。 ・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。 ・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。 ・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。 ・人間は考えるために生まれている。ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。 ・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを知るほうが、ずっとよい。 ・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、それはただ未来を処理するために、 そこから光をえようとするに過ぎない。現在は決して我々の目的ではない。過去と現在は我々の手段であって、 未来のみが目的である。 ・習慣は第二の自然だといわれているが、人は、自然が第一の習慣だということを知らない。 ・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、 自分の想像する正義に服従しているのであって、法律の本質に服従しているのではない ・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、足のほうが我々と同じくらい低いところにある ・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。絵とはなんとむなしいものだろう。
・・・・・・・ 2003年07月30日(水) 847, 海は見ていたー映画日記 wowowで放映した映画『海は見ていた』がすばらしい内容であった。レンタルのDVDで見た『たそがれ清兵衛』と『阿弥陀堂』 に匹敵する。山本周五郎の作品を黒澤明が脚本をしたものを、熊井啓が監督して面白くないわけがない。 江戸の深川岡場所でくりひろげられる人間模様と心根の美しさが何とも清々しい。熊井啓も二人の作品を映画化できたのだから 監督稼業として最高だろう。主役の若い女郎の心根の美しさがよく出ていた。日本には日本の素晴らしい人情がある。 (字数の関係でカット 09年07月30日) ーー 何とも山本周五郎作品を黒澤明が脚本した世界がよかった。また黒井啓とキャストが一体となり素晴らしい 作品に出来上がっていた。昨日書店に立ち寄ったら、黒澤監督が書いたこの脚本が絵入りで新刊で出ていた。 買うかどうか迷って、一週間後に判断することにした。 ・・・・・・・・・・ 2002年07月30日(火) 472,近くの川の鴨 15年前に自宅から150m先の川に鴨のツガイが来た。そして半年がたった頃13羽の雛を連れていた。 そしてある時期が来ると旅立っていった。そしてある時期が来ると再びやってきた。その都度その数がどんどん増えて、 一時200?300羽まで増えていった。ところがその一番多い時期から河川工事で川の泥が整備され、鴨が住む場所が少なくなり、 今では50〜100羽近くまで減ってきている。今では鳩やカラスと並んで、鴨の姿は一般的の光景になっている。 人家の近くは猟がない事を経験的に知っているのだろう。鴨にも大型と小型の鴨がいる。それと渡っていく鴨とのこり鴨がいる事が、 散歩で解るようになった。少し話が反れるが、結構多くの種類の鳥がいる事も知った。見たこともない鳥もけっこういる。 こんな近くで鶯、カッコウ、鷺、雲雀、もず、などだ。 ・・・・・・・・・・・ 2001年07月30日(月) [92] 変わった人ーとの出会い 旅行それも秘境系に面白い人が多い。 ・人生の余白を埋めにきましたとか、 ・毎月ー年12回来ている人とか、女の人で退職金使い切るまで続けるそうだ、 ・100回目の人とか(はじめ50回で目を回してしていたが)、 ・12日間の旅行に布のショルダーバッグ一つ。グレーのスーツにポロ、その上によれよれレーンコート。 行き先はヨルダン・シリア・レバノン。着いてみると現地人は正にそのスタイル。彼のほうがピッタシ。 ・57歳のグランドオールドミスが一人いらいら。 キャリアウーマンの明らかに会社から見たらヘドロの典型! 今会社の中は天国、こちらは地獄! ・大手の社長か会長あがりの人物。この前まで偉かろうが旅行の最中はただの旅行仲間!の意味が全く解ってない!人。 奥さんこっそり社会復帰のリハビリのこれが初めての旅行と教えてくれた。 ・生死の手術の後、奥さんと来てヒマラヤを見て泣いている人、 ・10年ボケの父親を見送り世界中を旅行しまくっている人、
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2010年07月29日(木)
著者はここで、「人間とは自分にとって都合のよいことを信じたがる」と指摘している。 その結果、「信じる」というより「期待しすぎる」ことになってしまう弊害が出てくる。 そして「期待に沿わなかった」結果に対し(自業自得でしかないのに)、「裏切られた」と思ってしまうことになる。 以下の絶望的、否定的な見方の多くは自分自身に対する本音。それを隠すために無理をして逆の自分をイメージしている。 他者から見れば、大したことがないのに、必死に「あるべき自分」を演じているのである。 この本の構成は14の絶望ワークからなっている。 この本を読む前に自分の意見を入れてみた。 書いた本人は哲学書を、ほぼ読んでないのではと思いざるを得なかったことも事実。 「しかし、くだらない、嫌われ、恨まれ、何をやっても失敗する、誰も理解してくれない存在」と自覚することこそ第一歩である。 汝自身を知れ! のソクラテスの言葉を己に当てはめれば、下記のとおりである。 ー14の絶望ワークー ≪ ≫内は、私の意見。 第1講 あなたはくだらない存在です ≪だから、指摘されたら怒るのである。あくまで相対でしかない、それは!≫ 第2講 あなたは嫌われています ≪もちろんである。だいたい誰からも好かれている人など信頼できない≫ 第3講 誰もあなたの話を聞いていません ≪聞いて欲しい、ということ自体が、もう対他的になっている≫ 第4講 あなたの話は面白くありません ≪面白い話など、そうそうあるわけがない。だから、本を読むしかない?≫ 第5講 あなたは恨まれ、攻撃されます ≪今さら、いわれる筋合いじゃない。そういう人こそクズである。ったく!≫ 第6講 あなたは空気が読めません ≪空気の読めない人など、元もと傍に寄せないこと≫ 第7講 人はわかりあうことができません ≪当たり前じゃないか、そんなこと! 名を出版社名にした理由が、この辺で分かる≫ 第8講 あなたは成長できません ≪要らぬお世話じゃ! これも上記の同じである≫ 第9講 弱音を吐くことは許されていません ≪泣き言も、やせ我慢も、それはそれでいいじゃないか≫ 第10講 人はみな悪人です ≪当たり前のこと、で、どうした。そう思っていれば裏切られることも無い≫ 第11講 恋愛はすべて「脈なし」です ≪逆に、脈がありすぎたら、どうする? うるさいだけか≫ 第12講 あなたは何をやっても失敗します ≪当たり前だろう、だから死に物狂いで練習を繰り返すのでは!≫ 第13講 本当のあなたを知る人はいません ≪本当のあなた、って何じゃ?自分で自分を知っているのかい≫ 第14講 あなたの夢は叶いません ≪夢は夢だけのこと。それを計画に落とすのが智慧だろうが・・・≫ ーマイナス思考は人を不幸にするとされているが、逆に、その考え方が慎重にものごとを進め、確実に幸せになれる。 要は、「慎重にいこう」こそ、人生の要諦。一つの失敗が、99の成功を破壊してしまうということ。 ・・・・・・・・ 3037,読書について 2009年07月29日(水) 読書については何度も書いてきたが、それでも何度も取りあげる価値は充分にある。手軽に時空を超えて多くの人や 現象に接することができる情報伝達の手段である。大学卒業間近に、色いろ重なって頭がグチャグチャになってしまった。 そのグチャグチャになることが学生時代には最も重要な経験と、後で知ったが、そこで「もっともっと本を読んでおくべきだった」 という後悔の念が起きてしまった。そこで決心したことは「何があっても、毎日二時間の読書」であった。それを今でも守っている。 私レベルとしては朝の散歩と、この随想日記と共に最高の習慣になっている。まずは読みこんでない人が直ぐに分かる。 これは学歴とは違い、意志が大きく左右する学力の問題。 この詩は、読書の素晴らしさと効用を素直に表現している。 また書物を旅に置き換えて読んでみると、ほぼ同じように感じることができる。 人生で時間だけはリッチであった。 ー 「書」 ー 西條 八十 《少年詩集》より 1 雨が降るとき、−風引いて すきな遊びが出来ぬとき、 こどもよ、書物をあそびなさい。 : (旅行紀を読んで遊びなさい) 書物はあなたをつれていく、 : (空想はあなたをつれていく) 海山こえていく千里 知らない国や、とおい国。 見たこともない人たちや、 また、めづらしい動物が あなたと遊び、話する。 書物を読めば、友だちは :(旅行の空想に出れば) いつも出てくる、目のまえに。 2 どんなにだいじにしまっても、 万年筆や、カメラなど なくしてしまうこともがある。 かわいい鳩なき時計でも、 電気じかけの機関車も、 こわれてしまうことがある。 書物は、いっぺん読んだらば :(旅行は、一度旅先に行けば) あなたのこころの奥ふかく じっとそのまま残ってる。 書物がくれる財産は、 :(旅行が与えてくれる経験は) 一生消えない、なくならない。 ・・・・・・・・ 2672, 雁行的進歩とは 2008年07月29日(火) 「雁行的発展法則」というのがある。大空を渡る雁の群れは、先頭の鳥からしんがりの鳥まで、くさび型の隊形をなして飛んでいく。 これは長距離の飛行に一羽一羽の空気圧が最小になる。鶴翼と同じ形である。ー字型の群れと同じパターンで、アメリカ合衆国を 少し遅れながら日本や欧州が追いかける。アジアでは、先頭をきって工業化に成功したのが日本であり、次に台湾や韓国の経済発展が これに続き、さらに中国の沿海部などが急速な経済成長を開始して、それを追うといった形である。このような「選手交代」の形で 経済発展が受け継がれていくのが、「雁行的発展法則」の考え方である。現在もそれにしたがい、動いているかといえば、 現実は違ってきたのである。グローバル化の進展に伴い、今までとは違った「世界システム」が出来、拡大している。 欧米中心の雁行発展法則は崩れはじめ、今後は中国、インドにその重心は移動していくプロセスに入った。 中国に隠れているが、インドも大きな変化のポイントになる。中国は製造、インドはサービス、の部分を担うであろう。 その背後には、ITなどの「情報化」がある。もう、時代は引き返せない。モダン主義社会から、ポスト・モダン主義社会へ 変化したということ。欧米が優れていて、未開発国が遅れているという考え方が、そもそもオカシイ?という 構造主義が出てきたこともあるが・・・ 先日、インドの発展について、NHKスペシャルで3回シリーズで放送していた。 20年後には、アメリカを追い越し、世界のトップを目指すとアメリカ在住の印僑が話していた。見ていて、それもありうると思われた。 先日、図書館で『東西逆転』という本を借りてきた。数日後に、その感想を書いてみよう。IT革命は確実に世界を変えている。 ・・・・・・・・・ 2007年07月29日(日) 2308, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー2 |。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。) 私の4つの質問の答えはどうだろか、(成功もしてないのに、 何を答える資格がないじゃないか!という内面の声を無視して書いてみる。) *どうすれば人生で成功できますか? ー好きなことを早くみつけて、楽しみまで引き上げ、続けること。 *世界で一番大切なことはなんですか? ーいま、ここ! そして今日一日 *愛とはなんですか? ー温み、おもいやり *幸せとはなんですか? ー好きなことができること、好きな人と一緒に居ること。 そして自分を好きになれること。感謝できること。 ーさらに、この本の面白そうなところを抜粋してみたー *自分ができることに集中しろ すばらしいアドバイスというのは、すでに亡くなった人から受けついだものだ。 1948年、ぼくがルーキーだったとき、ドジャースのベテラン投手、ビュー・ケーシーにこう言われた。 「なあ、野球にはおまえが変えられないことがいくつかある 一天気、自分が登板する日、登板する球場、本塁の後ろにいる審判だ。 自分の力で変えられないことについてくよくよするのはよせ。 自分がコントロールできることーストライクを投げること、カープを低めにすることに全力をそそげ。 自分ができることをコントロールしつづければ、かならず勝てる」 さて、ニック、きみはまだ大リーグのピッチャーになれるほど大きくないが、人生でなにをやるにしても、 きっとケーシーのアドバイスが役立つはずだ。カール・アースキン(元大リーグ選手.1950年にナショナルリーグ優勝 通算122勝。) ーー *あえて人と違うことをしよう あえてみんなと違う人間になろう。前例がないとか、だれもそんな風にはしないなどという言葉であきらめたり、アイデアを捨てたり しないこと。そう言われたら、ますます試す価値がある。だれかがあえて違うことをやろうとしなかったら、自動車も飛行機も 存在しなかったはずだ。 分の心に従うこと。教育や知識もとても大切だが、心が頭に同意しないときは心のほうが正しいことが多い。 (以下字数の関係でカット09年07月28日) (*≧∇)ノ~サラハ゛シ゛ャ! ・・・・・・・ 2006年07月29日 10年後の日本は? −1 「10年後の日本」という本を買った。 下記のの箇条書きの幾つかは、この本の目次を参考にした。まだ飛ばし読みだが、近々読書日記を書く。 『日本の論点』編集部編というから、鋭く切り込んでいる。 島国の閉鎖社会の日本が、この世界の潮流の激変の中での大問題が明快に書かれている本である 十年後の日本で間違いなく起こっている問題点である。 日本が、これらをどの様に乗り越え体質を変えていくかを考えると、悲観的になって当然である。 ・消費税の20パー以上の負担 ・少子高齢化社会の到来 ・外国人労働者の比率の増加による犯罪の増加と、治安の悪化。 ・フリーターの増加と、下層階級の増大 ・年金財政の悪化と破綻、団塊の世代の大量定年後の負担の問題 ・中国とインドの台頭と影響力の増加、それに付随する大混乱 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・・ 2005年07月29日(金) 1578,大阪から何が見えるかー2 ー生活保護ー この内容は月刊誌「新潮45」の2005年2月号の ー生活保護天国、大阪市はここまでヒドイー を参照に書いている。 とにかく読んでいて、生々しくて迫力がある。 ー書いてある内容の一部を抜粋してみるー 人は、金が無くなったらどうするか。 ・一つは、借金をする。 ・できなければ人のものを盗む。 ・それもできなければホームレスになる。 ・イヤなら自殺をする。 ・その他に「生活保護」を受ける という、5つの選択肢がある。 『公園にテントを建てて定住すると比較的安全なうえに家賃も水道代もいらなくなります。 病気になれば福祉事務所ですぐに医療扶助が受けられます。生活保護の誘いも舞い込んできます。 仮設一時避難所に入所をすれば安全が保障され、ガスもシャワーも洗濯機も無料で自由に使えます。 閉鎖が近づくと職員が生活保護を受けるように懇願します。自立支援センターに入所すれば三食無料になります。 いずれにしても野宿者は65歳になれば生活保護を受けられます。 年金など積まなくても野宿さえすれば 老後は年金生活者より安楽です。』 多重債務者でヤクザに追われない限り、日本では最低保障はされている。 ホームレスの半数以上が、多重債務者である。それと前科者も就職できないからホームレスに多い。 資産のある人、持ち家のある人は原則として生活保護は受けられない。借家かアパートに住んでないと保護の対象にならない。 生活保護者を分類すると、 ・高齢者 (男65歳、女60歳)、 ・母子家庭、(18歳未満の子供と母親) ・傷病・障害 ・その他、に分けられる。 ・高齢者の場合、67歳の例で男性単身者の生活扶助は80820円、住宅手当42000円、合計122820円受け取れる。 この外に、医療費とNHKの受信料は無料、水道代は基本料、市営の交通費が半額減免がついてくる。 ・母子家庭では、母親30歳、子供9歳と4歳の場合、生活扶助をあわせて235000円を受け取る。 更に高齢者の同じ減免措置がある。 これではヤクザ者でなくても、稼ぎの無いものにとって偽装離婚をしたくなるだろう。 ーー 以上であるが、もともと大阪は人権にうるさいところというのも生活保護日本一の原因になっている。 老齢になって食い詰めたら、大阪に行けばよいのか? それにしてもホームレスが目立つ。 ・・・・・・・・ 2004年07月29日(木) 1213,パスカル(2) ー哲学についてー23 キリスト教の秘義とは、キリストが十字架にかけられ、苦痛の悲鳴の中で悶え死んでいった不条理を解くことである。 パスカルの信仰は、その苦痛で、底深く沈んでいったのだ。「私を救ってください、助けてください、お願いします、お願いします、 お願いします」 この祈りが、キリストの苦痛と一緒になった時、秘義となるのだ。先ほど書いたパンセの第一節 「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。だが、それは考える葦である」があるが、その先の文章がよい。 「これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。ひと吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。 しかし、宇宙が人間を押しつぶしても、人間はなお、殺すものより尊いであろう。人間は、自分で死ぬこと、宇宙が自分が勝っている ことを知っているからである。宇宙はそんなことを何も知らない。だから、わたしたちの尊厳のすべては、考えることのうちにある。 まさにここから、私たちは立ち上がらなくてはならないのであって、空間や時間からではない。わたしたちには、それを満たすことが できないのだから。だから、正しく考えるように勤めようでないか。如何に生きるかの根底はそこになるのだから」 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・ 2003年07月29日(火) 846, 人生の目覚まし時計 「7つの習慣 ー最優先事項」ー2 ベストセラーになった後の二冊めは大体が同じ内容をベースに書いてあってつまらないものが多い。 しかしこれはこの本のほうが「より最重要事項に絞り込んであって面白い」めずらしい本だ。 私の事業が装置産業であった為に、目先の時間だけはたっぷりあった。自然にABC 分析をして、 Aをやるようにしてきたつもりであった。この本を読んで果たしてそうであっただろうかと考えてしまった? Aで満足してしまい、さらにAのAの追求を忘れてしまったのではなかろうか。 この本は何をどうするかの方向性を問題にしている。人生で本当にしたいことが何かを明示することを第一としている。 目先の緊急事態病が最重要事項をつぶしてしまうのだ。最重要事項かつ緊急事態が重なっている事項が一番の難敵である。 「むしろ緊急ではない最重要事項の中にキーが隠されている」と看破している。冷静に考えれば、全くその通りである。 緊急事態は短期的視点でのこと、緊急でないことは、長期的なことであり、かつ方向性を見定める事項だからだ。 ー人生の目覚まし時計の一部を書き写してみるー ある日突然、「本当に重要なこと」と「時間の使い方」のギャップを思い知らされることがある。 それは人生の目覚まし時計というべきアクシデントによって知らされる。 例えば ・「恋人の死」。突然、恋人がいなくなり、「できたはずだが、しなかったこと」がはっきり見えてくる。 成功のはしごに登ることに忙しく、恋人との「豊かな人間関係」をしてこなかった。 ・「子供の麻薬禍」。自分の息子が麻薬に手を染めていたことにある日突然 気づかされるかもしれない。 息子との豊かな人間関係をつくれたチャンスが、次々に頭に浮かんでくる。 しかしそのときまでは、金儲けやコネクション作りなどに忙しくて実行してこなかったのだ。 ・あるいは「癌の宣告」。医者から残り数ヶ月の命だと宣告されるかもしれない。 ・あるいは「妻(夫)からの離婚請求」。離婚の危機に立たされるかもしれない。 このような突然の危機に立たされて、 初めて自分の「時間の使い方」と 自分にとって「本当に重要なこと」との間のギャップがあることに気がつかされるのである。 このような危機的状況を知らせる「人生の目覚まし時計」におこされない限り、多くの人は人生の根源的な問題を考えるという 機会に接する事はまずないだろう。慢性的な深い原因を探らずに、深い痛みどめ応急処置としてバンドエイドや鎮静剤を探すのだ。 ー以上だが、テリー伊藤の『あと一週間で死ぬとしたら何をしますか』という本にいろいろな人が多くのことを書いていた。 しかし誰もがいつでも直ぐにできることばかりであった。ある人が私のその質問に、「身辺のものを全て捨てる」と答えたのが 一番気に入ったが、これなど人生の一番深い意味が含まれている。 当人は気がついていないようだったが。 ・・・・・・・・・ 2002年07月29日(月) 471,下着泥棒 昨日ー15時位か刑事が来た。下着泥棒が一軒先の家の下着を盗んで、たった今この辺に逃げ込んだという。 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・・・ 2001年07月29日(日) [91] 人生のこつ ー2 「生きることを考える事はまず死を考えること」というが、昨日書いた人の内容は正しく具体例として解りやすい。 何故勉強しなければならないか?という問いに、日下公人は何かの本のこう答えている。 「死んで葬式の額縁の写真に入った時、ああ自分は働くだけ働いた!遊ぶだけ遊んだ! 知るだけの事は知った!この世に生まれてきて可能な限りの事はしたつもりだ。これでよい! このようにいえるようになる為、人は勉強をしなくてはならない。」これが解ってない人が多い。 定年退職した後でと総て後回しにしてしまう。後回しの大部分はやらないことの自己欺瞞という事を自身わかっていない。 働いて時間がないときに無理に時間を作ってやるから其れが活きてくることを解ってない。楽しい過去の倉庫、楽しみな 未来の計画の束作り、そして楽しかった倉庫の整理と計画を楽しんで実施している今。
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2010年07月28日(水)
「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 著 ーまずは、「はじめに」よりー この本の主旨は、「マイナス思考はプラス思考より優れている」、これに尽きます。物事を前向きにとらえるプラス思考、 一見いいように思えますよね。「物事を後ろ向きにとらえるよりも前向きにとらえた方がいいに決まってる」 と思うかもしれませんが、こと思考においては、必ずしもプラスがよいとはいえないのです。なぜかというと、 「プラス思考こそが、現実逃避の温床に他ならない」からです。プラス思考こそが究極のマイナス思考といってもいいでしょう。 プラス思考そのものより、プラス思考で行動することで、人間のマイナス面が助長されてしまうといった方が正しいかもしれません。 プラス思考の根本的な考え方「何事もプラスに考えよう」は、「耳が痛くなる情報を耳にしたくない」という人間誰もが 持つ気持ちと合わさると、「物事のマイナス要因を忘れよう」に、ついつい翻訳されてしまうからです。 【 プラス思考の問題点を4項目にまとめてみます。】 1.プラス思考を身につけても、不幸に耐えられる忍耐力、不幸を幸福と読みかえる超解釈力が身につくだけ。 「不平不満を言うのではなく、現状の自分が幸せである、と思いましょう」という考え方がありますが、自分が幸せだと思ったら、 現状に対して何も手を打たなくなってしまいます。本当に幸せならそれを噛みしめていればいいのですが、そうでもないのに無理に 自分は幸せであると思いこみ、現状に対して何もしないのであれば、いずれ、幸せと思いこむこともままならないほど、不幸になって しまうことでしょう。プラス思考は耳触りがよいので、つい現実を見誤ってしまう。現実を直視しないことには現実をよくしようがない。 2.プラス思考は、他人にとってはマイナス思考です 「プラスにとらえる」とは、「自分にとってプラスにとらえる」ことで、つまりは、他人を無意識にマイナスにとらえることになる。 プラス思考とは、自分を軸にしている限りはなかなか見えてきませんが、どこかでプラスをすると、どこかがマイナスになり、 その結果、自分1人の中でプラスでも、周囲と合わせて見ると、誰かから幸せを引いて誰かの幸せがマイナスになっているのです。 3.プラス思考だと、ありのままの自分を肯定するばかりで成長の機会がありません。 ありのままの自分をひたすら肯定するプラス思考のままでは、ありのままのあなたは、いつまでたってもありのままで、 成長することがないでしょう。ありのままの自分を乗り越えていくことが、成長には不可欠なのです。 4.プラス思考は、必ず裏切られる運命にあります 「人を信じよう」と言いますが、信頼して仕事を発注した相手がスケジュールを守ってくれなかったり、 彼氏が友だちと旅行と言っていたのに実は女の人と2人で旅行だったり…… 一言、事前に釘をさしておけば、 裏切られることはなかったのに、「信じよう」などと思って策を打たないから、ひどい裏切りにあってしまうのです。 〜〜 プラス思考は、マイナスを乗り越えた上での考え方であり、その背後にはマイナスを考えた上でのプラスを 元もというのであって、ここで書かれている上っ面の思考法ではない。 それより、言葉を額面どおり捉え、現実逃避に 知らないうちになっているケースが多いはず、それを諌めているのである。肯定は意志であり、否定は感情である。 人間は意志の動物であると同時に感情の動物。両者の混合が必要だろう。 ・・・・・・・・ 3036,閑話小題 2009年07月28日(火) * 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕された。 警備会社の役員というから驚きである。 警備会社関連の犯罪が多いのは如何いうことか? 数年前には、新潟セコムで役員がらみで不正事件が起き、 新聞紙上をにぎわしたばかりである。 警備会社も、この不景気で合理化の対象になる。あれだけ残忍な犯行、 追い詰められると人間は何をやりだすか分からない。前に出入りしていた警備会社の役員と同姓だが、まさか・・・ * 加山雄三の『私の履歴書」が面白い 今月の日経新聞の加山雄三の「私の履歴書」が、派手な芸能人の生活の一端が具体的に見えて面白い。 大学三年の時に欧州に一ヶ月の旅行に行って来た。もう42年になる。それが大学の旅行研究会の主催で、 金持ちの師弟達に急遽仲間入り。当時、年間20万人しか海外旅行には行ってなかったから、かなり裕福な人たちである。 その付き合いの中で、「世の中には、こういう世界があるのか?」と思い知らされた。 馬小屋みたいな寮で、 僅かな仕送りの生活から、全くの別世界を見てしまった段差の大きさは、あまりに大きい。 その世界は光輝いて見えたものだ。 加山の世界ほどではないが、当時としてはかなり派手な世界であった。 その後の加山も大きな浮き沈みは、 あまりにドラマチック。彼が羨ましいとか、冷笑するとかの気持ちがないのは、自分でも不思議である。 * 日経平均が1万円代を回復? (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・ 2671, 幸福の4階建て -3 2008年07月28日(月) *不幸の4階建て」を考えてみる 「幸福の4階は、克服できない苦難や悲しみの中にある」というが、逆の「不幸の4階建て」とすると、どうなるか考えてみた。 前回の「おばさん、の話」を書いていて、おばさんの特徴に弛緩というキーワードが出た。 その反対の言葉が幸福の4階の「克服できない苦難や悲しみ」になるのではと・・・。 不幸の建物の4Fは弛緩とすると、これから1〜3Fが導き出される。 3Fは、やる気も目標も無く、同じことの繰り返し。 2は、不満で悶々とする日々 1は、当面の問題から逃げて、上手くいかないと他者に責任転嫁 不幸の4階建というテーマが、不幸なおばさんの姿から成立するとして、弛緩しているおばさんは果たして不幸なのか?との疑問も出る。 しかし、幸福の4Fの逆の意味で、不幸とは弛緩そのものが大きな要素と考えてよい。誰もが、幸福と不幸の4Fの建物の要素がある。 自分の趣味を持たないで、日々に流されると「こてこてのおばさん」になる。 それも不幸な・・・ というとこだ。 ただ自分で気づかないだけだが。 それは「おじさん」にも、言えることだが。 現在の日本が、この不幸の4Fに近いのでは、 いや自分自身が、そうではないか?と感じたのではないか。 いや、自分は違うと自己説得しているのではないか。 「日々、戦場」を己に課すことが、果たして幸福?「日々、私は何て幸せ!」と何となく思っているのが不幸?なんだろうか。 あまり考えてこなかった中年女性が、不幸なんだろか? そう勝手に、他者を思い込んでいるだけじゃあないか? 幸福など考えるから、訳が解らなくなるのである。 まあ、弛緩もいいものだが! 幸・不幸の裏表ががあるからいいのでは、人生は。 てなところか! ・・・・・・・・・ 2007年07月28日(土) 2307, 最近ホテルでは・・・ [ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ ホテルのオープン以来20年近く、自殺は数件あったが、病死者は無かった。ところがこの6~7年前から病死者が4人も出ている。 どういうことだろうか。心不全、ガンの末期の人?、脳梗塞などなど。この月曜日、出社すると「前日の午前中に病死者が出た」 という報告。土曜日の夜半、いや日曜日になった未明の0時を過ぎの「2980円パック」の客が病死をしたという。 時間になってもチェックアウトをしないので、電話連絡を入れてもノックをしても反応なし。もしかしたら自殺か?と ドアを開けたところ、中年男子が裸で倒れていたという。身体を触ったところ、既に冷たくなっていたので慌てて救急車を呼んだ。 何かの手違いで、救急車に三台の消防車もきて、20人近くの消防士で現場は一時は騒然したという。 消防士が死を確認した後に、警察を呼んで遺体は病院に・・消防士が、「脳梗塞ではないか」と言っていた。チェックイン時に、 手が震えていてカードに身元が書けないので、フロントが代わりに書いたという。急性アルコール中毒か、それに伴う脳梗塞だったと 推測される。50歳前後の中年男性だというが、家族から昨日になって詫びの電話が入った。 病死の場合は、閉鎖の一週間分の部屋代の半額と、神主の「お払い代」が料金になる。ここで不思議なことが一つ。 別の棟になるが、前回の病死の客室のナンバーと、今回の別棟のナンバーが5??号室と同じだったことである。 たまたまの偶然の一致か? それとも、何かがあるのか?不思議といえば、前々回の病死の時の不思議なことがあった。 ここで一度書いたことがあるが。「ホテル業を開業して初めて自殺者があった部屋」に泊まるのが趣味だったことがある。 その為かどうか、フロントが危なそうな客を時々その部屋に泊めるという。泊まった翌日、青い顔をして「この部屋は何か あったんじゃないかい?」と聞くとか?ある日、その部屋に泊まった時のこと。 深夜にトイレに入ったところ人の鳴き声が聴こえてくる。 よく聴くと扇風機の音である。しかし、どう聴いても人の鳴き声に聴こえる。 何度も何度も点けたり消したりしたが、 その声は泣き声である。部屋が部屋だけにマンジリしないで一晩を過ごした。で、翌日に事務所に副支配人が、 その部屋の真ん前に病死者が出たと報告に来た。「嘘だろう?」と聞きなおしたが、事実は事実である。 こういうのを、ユングの「意味ある偶然の一致」ということ。 それ以来、その部屋には泊まっていないが。 まあ、またそろそろ泊まるか!面白そうだから。 『あんた、何のため、哲学書を読んでいるんだ?こういう馬鹿なことを考えないためだろう!全く。』 ヽ(★>з<)アフォ? ・・・・・・・・ 2006年07月28日(金) 1942, 今日は「新潟活性化の会」 \(^▽^*)おはよう これで4回目になる。 あと一回で私の役割は終了。 地域活性のデザインつくりに加わってみて、なるほどプロセスに 筋が通っているのが理解できる。本来は代議士と市議会がすべきことだが、当事者は目が曇るのだろう。 転がっている球は自分では方向転換できないのと同じだろう。アウトサイダーの生き方・視線が少しは役に立っている。 ただ、アウトサイダーとしては、のめり込まないことだが・・このプロセスの中で気づいたことは新潟県は危ない!本当に危ない! 日本が危ない!ということと同じだが。金沢は富山と福井を従え、その後背に関西を控えていて、これに関東が直結する。 金沢が環日本海の玄関として拠点都市になって至極当然である。 森元首相も、まだ当分隠然たる政治力もあるし、 それに引き換え真紀ちゃん、あまりにも・・・? ここでは、まあいいや。手をこまねいているのか新潟よ!という感があるが・・ でも材料が無い!いや、本当に無いのだろうか? よく目を凝らしてみたら、過去のインフラが膨大にあるじゃないか。 高速道路、新幹線、飛行場、港・・・ 無いのは戦略構想が無いというから・・・頭の足りない巨人と同じである。 ・絵図・絵図!!環日本海都市としてのデザイン描いて、知事と市長が馬鹿みたいに 言い続けなくてはならないの! そして東港とか西港の空き地に何を持ってくるか考えるの! ・そして特区とかを造るの。東京都新潟区という隠れコンセプトを作るの! ・飛行場に乗り入れるの、それも新潟駅再開発の完成に合せて! これをゼロからやれ!といっているじゃないの! ホボあるんじゃないか。 無いのはグランドデザインでしょう! ・それと、あと数パーセントの投資で拠点都市のイメージと明確な位置づけが出来るの! ・20数年前に飛行場まで開通させておけば、新潟は変わったでしょ! ・飛行場周辺に、中国・韓国・ロシアの物流と情報基地が出来ていたでしょ! ・サッカー場も、イベント場も、佐渡観光も行きやすくなったでしょ! ・北関東圏の人は北海道、九州、沖縄、韓国、中国の飛行ルートも新潟になっていたでしょ! ・新潟競馬場も至近距離にあるので、もっとお客を呼べたでしょう! ・中国特区とか、ロシア特区もできていたかもしれない?でしょ! 新潟は東京の天領だったの! それを生かさなくては! 北海道に向けて、飛行場の近くから船が出ているでしょ! これだって飛行場至近に貨客船乗り場を造ってやれば? お客、お客、お客の立場で見てみたら・・ いくらでもネタはあるじゃない? 小手先のイベントを持ってくるとか、野球場とか、サッカー場だってどうだか? 要は新幹線なの!もう一度言う!「かなめ」は、新幹線なの! もう一回言おうか、「要ーかなめ」は、新幹線なの! 「国際飛行場」と「港」への直結の新幹線が何処の国にあると思うの!新潟だけなの、新潟だけなの! これと物流特区などの一大特区地区造りを加味すればよい。 おまけに新潟駅再開発があるじゃないですか。 これを利用しない手は無い! 数千億かかる話ではない・・・ コンセプトを先ず作らなくては! ーこれは日々のことを書いている「バード・ウォッチ」の内容だったが、 熱が入っているので随想日記に格上げ?をしたー ・・・・・・・・ 2005年07月28日(木) 1577, 大阪から何がみえるか-1 ー大阪の衰退は日本の近未来の姿か? 大阪と札幌から、いち早く時代の流れが見えると言われる。特に商人の町の大阪は、いち早く時代の流れをつかんで動いた。 しかし、最近の大阪は全く変わってしまったようだ。まずは終戦後に総合商社が、メーカーが、そして金融機関と東京に 本社を移し始めた。現在残っているのは、電力・ガス・私鉄という地域産業のみになってしまった。 更に、大阪の企業は生産拠点までもが海外に移転してしまった。東京などの大都会には、高所得者の住む高級住宅地がある。 しかし、大阪市にはそれが殆どないという。富裕層は、神戸の芦屋や西宮の高級住宅地に邸宅を構えている。 ある意味で、金持ちの極端に少ない社会主義国の様相を示している。その結果、何と生活保護が26人に1人になってしまった。 もちろん日本一である。西成区においては、区民7人に1人の割合が生活保護という。 (ちなみに、日本では100人に1人の割合。新潟県もその割合である。) 大阪市は全国平均の4倍の生活保護者がいることになる。先ほど書いた大阪と札幌はいち早く時代を先取りをすると書いたが、 生活保護は、その日本の先行きの悪さを暗示しているようだ。下手に国民年金を払うより不払いで、生活保護を受けた方が得という。 これでは「何で国民年金の金を払う必然性があるか?」という疑問が湧いて当然である。 若いヤクザの夫婦で、偽装離婚をして母子の生活保護を受けているケースが多々あるという。 ー つづく ・・・・・・・・ 2004年07月28日(水) 1212,パスカル(1) ー哲学についてー22 学生時代には、パンセが常に傍らにおいてあった。当時の不安な気持をいつも和らげてくれた愛読書であった。 現在、読み返してみて当時の哲学書の幾つかが、心の底の根幹をなしていたことに気がついた。 特に人間観は、大きくパンセに影響を受けていた。生き方はニーチェとロマン・ローランである。 当時のささやかな読書が、人生を大きく左右しているとは。「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。 だが、それは考える葦である」パンセの第一節である。彼は物理学、数学などで成果をあげたが、哲学者としても名を成した。 あまり知られてないが、慢性的な病による苦痛の中で人間とは何か、生きるとは何かを問い詰めた。 彼の20年の慢性病が哲学を深めていった。「考える」という一事において、「自分が苦しんでいる」という一事において、 パスカルの「尊厳」のすべてがある。パンセの中の所々に「病の善用を、神に願い祈る」部分が見られる。 ーパスカルが31歳の時、神秘的な体験した。 1654年11月23日22時30分?24時30分の間に、パスカルの生涯を一変させる出来事であった。 「火」の夜の出来事である。(恐らく)ヨハネの福音書17,18章を読んでいた時に、白光色の「光」が見えた。 彼の死後に、上着の裏に縫い込んだ『覚書き』が発見された。 その一節が次の文章である。 (以下、字数の関係でカット09年07月28日) ーーー 以上が、その時の文章である。心の奥で深い痛苦を抱え、社会のひずみ、欺瞞に満ちた人間関係の幻滅等が、 この一夜で一挙に溶け去った。そして歓喜にいたった。キリスト教徒でない私が読んでも感動する言葉である。 ーつづく ・・・・・・・・ 2003年07月28日(月) 845, 親父の小言 わが愛息へ ー親の小言と 冷や酒は後で効く 火は粗末にするな 朝は早起き機嫌良くしろ (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・・ 2002年07月28日(日) 470, いい人とは この意味を考えたことがあるだろうか。子狐レベルの対話の「いい人悪い人」の話である。 突き詰めると「自分にとって都合のよい人」でしかない。「いい人の振りをしよう」というのが子狐の名前の語源といってよい。 「その時の自分の都合のよい権力者に擦り寄っていく」のも、もう一つの語源だが。あの人は本当にいい人だーそう自分にとって とっても都合のいい人だ。ただそれだけだ。それが解ってないからお互い傷つけあうことになる。都合などその都度変わるからである。 ゲゼルシャフトー契約社会とゲマインシャフトー血縁社会の差も一生理解できないレベルである。 少し知り合うともう何か相手を利用することだけを考える人がいる。教養のない女ー特に小汚い中年の女に多い。 男も子狐というレベルの男もそうである。こういう人間にとっての人脈とは利用できる集団か、人との繋がりでしかない。 人脈とは「自分が過去奉仕し続けてきた貸しのある繋がりである」ことが解らない。少なくともいい人の振りをしないことだ。 ベタベタした人間関係がこういう誤解をつくりあげる。地方などの非移動社会ー固定社会では、いい人を演じなくてはならないのか? どうであろうか?!真っ当に生きようとしたら、悪い人を演じなくてはならないのか? いい人とは善悪という道徳的価値観が、それも小さな社会の縛りが入ってくる。それも気違い部落の? ・・・・・・・ 2001年07月28日(土) [90] 人生のコツ ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。本当に色々な人がいるものだ。 推測だがどこかの高校の校長だったのではないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。 「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り 埋め尽くす生き方」をその人の感化で その旅行で決心した。 その人の言うに「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系! 若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた! 家族で日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期が やがてやってきた。しかしどういうわけか死ななかった。それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず 世界中をほとんど回ってしまった。」この時, これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。 「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」 の私の質問に「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。 後は好きな事だけをやる事だそうだ。 なるほどと考えさせられた。
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2010年07月27日(火)
* 日本の余命はあと僅かである (P・107)
どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに超えていた。 彼らの悪辣さの度合いは、 日本人の常識ではとてもついていけない。そのため私たちは、世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じることをやめる。 福沢諭吉は彼の『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の真意を次のように要約している。 ≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと商売をせよ、さもなくば殺す、と言っているのだ」と看破。 その性温厚にして軟弱な江戸時代までの日本人にとって、この考え方は常識をはるかにはずれた奇想天外の暴言であり、 だからこそ福沢もわざわざその事実を本の中でコメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、至極まっとうな 言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても過言ではない。 そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ごしてきたのは、ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、 いま少し足りなかっただけのことである。 あるいはIT革命、情報革命といった、新しい最終的な手段が出そろっていなかった ためでもある。 彼らはそれらが出そろうまで、辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと舌なめずりをしながら、 それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしをしてきたのである。 そしていますべてを手中にし、 すべての条件が整ったというわけだ。 福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっとフォローできる表現を使って 解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」 ということなのだ。 商売は、金儲けは、とっくに済んでいる。 金儲けの最終段階は、いまも昔も奴隷制度の貫徹である。 さらに、究極の奴隷化とは、頭脳の奴隷化なのだ。つまり、マインドコントロールのことである。 いまこそ彼らは堂々と宣言する。 「我々の家畜になれ、奴隷になれ、ロボットになれ、さもなくば殺す」 それが最後の「お触れ」なのだ。≫ 〜〜 それが30数年前から始めたアメリカの金融戦争である。 ドル一極支配下に入れ、さもなくば叩き壊す。 その際たるものが、この金融恐慌。 これで欧州連合のユーロは風前の灯である。たしかにドルも傷ついたが、 胴元の被害は、早々に元に戻る。 更には中国もドルを1兆ドルも持たされた。そして、数年後には、それらを アメロとかいう新ドル?でチャラにする。 それで日本は、その最大の被害者になるのである。家畜の運命は、そんなものか。 ・・・・・・・ 3035,「顔」を哲学すると 2009年07月27日(月) 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな 要素になるのにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。それでは自分で考えてみることにした。 古代よりクレオパトラや小野の小町など、美人は特別に扱われてきた。 考えてみれば顔の部分のバランスと、全身のバランスが 整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。 そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。 また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。 さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、 人間は顔に興味を抱く。どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。 男の顔は履歴書で、 女の顔は請求書とは、よくいったものだ。徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの作品を残している。 漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。 その意味で写楽の絵が、その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。 そのために、整形もするし、高い化粧品をつかい、 毎日、数時間も鏡の前に座り、化粧品をぬったくり、色いろな表情をして魅力を高めようと明け暮れる。 「美人」の「美」とは、バランスが取れていること。 美男美女の顔は「左右のバランスにある」という。 他のバランスを含め、その調整ために化粧をするのであって、決して肌を覆い隠すためではない。 先日、「清水次郎長顔が日本から消えた」というテーマで書いたが、内面から滲み出てくるほどの危機が なくなってきたこともある。 田中角栄や吉田茂、そして佐藤栄作のようなドスのきいた顔は現在の政界には見当たらない。 人の顔は、経験の重なって出来るもの。 「40歳過ぎたら自分の顔に責任を持て」とは、そのためである。 数年前になるが、高校野球をTVで見ていたら、慶応高校と四国の高校生の野球試合の応援団の生徒達の顔つきの違いに 思わず笑ったことがあった。 都会面と、田舎面の違いが明確だったからだ。 一見、都会面のほうが良さそうに見えたが、 良く見ると、都会面は個性のない画一顔。 それに対して田舎面の方は一人ひとりが個性が滲み出ていた。 船頭の息子とか、百姓の倅の農村の味である。 顔は手相と同じで、万人が違う、だから興味を持つのである。 韓国の女性は、日本人と比べると、大きな割合で整形手術をしているという。 考えて見れば変である。 でも、見とれるほどの美人は、好きである! めったに居ないが・・・ ・・・・・・・・・・ 2670, おばさん、の話 2008年07月27日(日) 「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力があるという。 ーおばさんとは、 「女という演技を止めた女性」「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」「老化のバランスの崩れに対して 抵抗しなくなった女性」「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、書けば幾らでも要素が出てくる。 女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。 女性が一番美しいのは、40歳前後という。 おばさんへの、 折り返し地点であるからだ。演技を止めようか、それとも最後の濃艶な女を演じようか、その際が光輝くからである。 一子(長男、長女)の子どもから手が離れ、少し余裕が出てくるが、多くの問題が一挙に押し寄せる時期。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・・・・ 2007年07月27日(金) 2306, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー1 祥伝社 チャールズ・J・アクイスト |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ ー読書日記 このようなプレゼントを、かって聞いたこともなかった。そのユニークな依頼に誠実に答えてくれるアメリカ人が素晴らしい。 成功者は、何かの共通した言葉を持っている。過って一歳だった自分の子供へのプレゼント!という、思いもあるのだろう。 彼らのシンプルだが真髄をついた言葉には感動するものが多い。米国の弁護士の著者が、息子の1歳の誕生日のプレゼントとして 「世の中で成功している偉人から、人生で成功するための助言をもらう」というアイデアを思いつき、1年近くかけて実行。 依頼をした「成功者」のジャンルは、政治、経済、芸能界、スポーツなど。大統領、大リーガーなどの著名人からの素晴らしい アドバイスが届けられた。本書はそもそも、極めてプライベートなものとして依頼されたもので、「本にする」というアイデアは、 依頼者の一人のリチャード・ブランソンが、出版のための依頼だと勘違いして手紙に書いてきたところから思いついたもの。 その為に出版にあたっては、返信してきた全員に再度依頼して承諾書をもらった。その結果、95%の人は快諾し出版に至ったという。 この本の利益は全て寄付をするという言葉も書き添えたところが良い。 著者が送った質問は次の通りである。 *どうすれば人生で成功できますか? *世界で一番大切なことはなんですか? *愛とはなんですか? *幸せとはなんですか? (次回、私のこの答えを書いてみようか?) これに対する答えが、回答者の価値観を浮かび上がらせている。 上記質問に対して、空欄に答えを書いて返信してきた人、書ききれず別途に長文を書く人もいた。 著名人だけあって、自分専用のレターパッドを使っている人もいた。レターパッドにタイプ打ちして、 自筆のサインを見ると、この人はこんなレターパッドなのか!とか、サインはこんななのか!とか、 普段あまり目にすることのできない、側面を見ることができる。 読んでみると、なかなか心のこもった座右の銘が多い。 次のことは、その中で多く見られた言葉である。一番のベースとして、大事なことばかりだ。 「ベストをつくせ」「家族と友人を大事にしなさい」「愛とは、見返りをもとめないこと」「 決してあきらめない」「誠実であれ」「好きなことを極める」「親のいうことをきけ」等々ある。 以下、印象的な人の言葉を抜粋してみる。 ーーー ●良い判断を下すには情報が必要だ。 ●すべての善人に過去があり、すべての罪人に未来がある。 ●自分の性格判断の簡単な方法は、何もしてくれない人にどう接しているかを知ることだ。 ●言いわけはするな。 友人には必要ないし、敵は信じないから。 ●信仰心に栄養を与えて育てれば、疑念は飢えて死ぬだろう。 ●勝とうという意欲より、勝つために努力しようとする意欲の方が大切である。 モーガン・ウーテン(高校バスケットの名コーチ) ●ぼくのアドバイスは、‘毎日を最後の日と思って生きよう、そして自分を信じよう’ リチャード・ブランソン(実業者ー冒険家) ●自分の身に起こることを常にコントロールすることはできないが、起こったことに対する反応を コントロールすることはできる。 失ったものはあきらめ、負けないすべを学ぼう。 フィル・ニークロ(元大リーガー) まだまだ、面白いもの多くある・・・ ?つづく (○´ω`○)ノ**SeeYou**again! ・・・・・・・・ 2006年07月27日(木) 1941, ローマから日本が見えるー16 \(^▽^*)おはよう 第七章「創造的天才カエサル」?2 ー植民都市の建設ー 徴収上の問題を解決をすると同時に、カエサルが行ったのは、属州にもローマ市民権を 積極的に増やしていく方策であった。ローマと属州が共同運命体になるには、属州にもローマ市民を積極的に 増やしていく方策である。 彼は大きく分けて二つの方法で、属州在住のローマ市民を増やしていった。 ・一つは、族州民にローマ市民権を与える方法。 「古くからローマ人は敗者も同化する」という独特な哲学を実践していたが、それを属州民にも適用していった。 ガリアや北イタリヤにとどまらず、スペインの原住民の有力者にも、ローマ市民権を与えたのです。 後世の歴史家が、ヨーロッパはカエサルが創造したとする、ゆえんである。 ・第二は、カエサルはローマ市民を属州に送り込んで、そこに「植民都市ーコローニア」を造らせるという方法であった。 すでにローマはイタリア半島に防衛拠点に植民都市を建設していたが、それを属州までも広げるというやり方である。 このアイデアはカエサルの独創ではない。かってグラックス兄弟の弟ガイウスが試みて元老院に 潰されたカルタゴもそうだし、ポエニ戦役当時スキピオ・アフリカヌスがスペインに建設させたイタリカも、 ローマ人が建設をした本国外の「コローニア」の例である。カエサルは、この植民都市をより多く建設していくことだけ。 カエサルのこの政策によって、属州に移住したローマ市民は8万人にも達した。これは、あたかも棄民のように思われるが、 そうではない。植民者となったのは、ローマにいても仕事の無い失業者であり、カエサルの軍団の兵士だったからだ。 カエサルのこの「植民都市」の建設は一石三鳥の効果をもたらした。 これらの政策によって、ローマと属州は「運命共同体」への道を歩み始めた。 カエサルはローマ本国と属州との一体化を進めるための方策として、これ以外にも様々な政策を具体化していった。 ・首都ローマと属州を結ぶ街道ネットワーク整備がそうだ。 ・また通貨の改革 ・ユリウス暦の制定もそうだ。 カエサルは元老院が造幣権を一手に握っていたのを、これを取りあげて、国立の造幣所を開設し、 そこで金貨・銀貨を作らせてることにした。ユリウス暦の制定にも、カエサルの考えが反映されている。 同盟関係にあったエジプトから天文学者、そしてギリシャからは数学者を招いて、正確な暦作りに着手する。 こうして出来上がったのが、一年が365日、4年に一回、うるう年が入る太陽暦であった。これがユリウス暦である。 これで貨幣として「基軸通貨」をつくり、暦としてユリウス暦という「基軸暦」をつくった。 歴史は一朝では作られない、数千年の時間の中で、多くの血と汗で作られている。 i (ω・`) bai ・・・・・・・ 2005年07月27日(水) 1576, 次にくる波 ー2007年から、いよいよ経済大変動がやってくる 著者:浅井 隆 ?読書日記 HPに「次にくる波」の概略が解りやすく書いてあった。これを数回読めば、買って読むことも無いだろう。 少しオーバーと割り引いて読んでみても、現在の日本は異常事態である。 何らかのクラッシュをきっかけに、 このような最悪な事態になる可能性は大きい。ゼネコンと政治家と官僚のタカリシステムをみても、絶望的になる。 初めはマサカと思いながら読んでいても、決して有りえないことでない。「これから5年 土地の価格が半値になる」 「日本壊死」「日本崩壊」と、悲観的な本を読んで、先行きを考えると末恐ろしくなる。 しかし、これが現在の日本の現実である。小さいからこそ感じるのだろうが、経営の舵取りをしていて 経営環境の激変を実感する。情報化という波が、根こそぎ世の中を変えている。 以下は、そのHPの要約である。 ーーーーー ー過去を変えることはできないが、未来を創ることはできるー 多くの人は、戦後から現在までの60年間の日本の歴史を一つの時代として認識していることだろう。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2004年07月27日(火) 1211, 哲学についてー21 ー哲学 つれずれに 「哲学について」は、読んでいる方は面白くないだろうが、書いていると意外と面白い。 自分の内面を見つめていることになるからだ。 そして、自分の考えと思っていたことが、以前読んだ哲学者の言葉でしかないことに気づいたり、 それまで考えていたことが浅知恵でしかなかったことに一人赤面をする。 私たちが経験して考えたり、 脳の中で考えたりしていることなど、先人は数百年前、数千年前に既に考えていたのだ。 書き連ねるほど、自分の知識と未知のラインが見えてくる。哲学のバカバカしさと反面、深さと効用も解ってくる。 哲学をきちっと勉強をしておけば、新興宗教に引っかかったり、社会の表層に流されたりはしない。 教養の背骨になっていることも事実である。学生時代の寮に、「哲学さん」というアダナの先輩がいた。 何時も一人でニヤニヤしてブツブツ言っていた。「あまり哲学を勉強をすると、ああなるのか!」と、 哲学は程々にしていたが。しかし、人間最後は一人で考え決断をしなくてならない局面で、 哲学の基礎教養は最も重要に働く。周辺に、常に人生の重要な局面から逃げ回っている人が多い。 哲学や宗教などの基礎知識がない人だが、必ず大きな壁にぶつかっている。 自分からは逃げることができないからだ。-他人事ではないが!自分と直面をした時に、哲学が始まる。 ・・・・・・・・・ 2003年07月27日(日) 844, パイロゲン 十数年位前に知人に紹介されて、パイロゲンという健康ドリンクを飲んでみた。 たまたま初めて飲んだ日に「飲み会」があった。 酒がそのままストレートで・・・一晩で 10回以上トイレに行くことになった。しかし次の日は二日酔いは全くなし、早速常用するようになった。 3年以上は飲み続けた。 その前後に胚芽米酵素の『ハイ・ゲンキ』という健康薬品を飲み始めた。 ところが、この二つを同時に飲むと、効きすぎの感がした。ききすぎるのか脱水が激しくなり、数ヶ月で 体重が数?減ってしまった。二つを同時に飲むのは合わないらしい。どちらか一方と考えて『ハイ・ゲンキ』を選択。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2002年07月27日(土) 469,チンパンジーの話 チンパンジーの集団行動について2~3年に一度くらいTVでドキュメントを放映する。 大体が京大の研究グループのものだが、違うものもある。 面白いので必ず見ている。 彼らの集団は猿の集団と一緒で一匹のボスで率いられている。 常に二番ボス、三番手がいて、 その序列は実力により明確に決まっている。 ボスは常に二番手の脅威にされさてている。 時に二番手と三番手が組んでボスを追い落とすこともある。 ボスも時にデスプレーとして、ヒステリックに木や石を投げつけたりして自分の存在の示威行為をする。 時にボス争いで死闘が行われたりする。 その争いは政治家の派閥や権力争いに酷似している。 チンパンジーの研究は人間の原点の研究でもある。ボスのいない時に浮気や小競り合いなどある。 若い恐れを知らないチンパンジーに対するリンチ事件や序列争いも人間に酷似している。 今でもハッキリ憶えているのが、あるボスがメスに恋するが全く相手にされず遠くからメスを 見ている目付きが人間のそれとそっくり。おまけに下半身が!!しているのが、あまりに人間的だった。 彼らは下痢をしたとき枯葉で尻を拭ったりする。またウンチを踏んだときも葉っぱに何度も足を拭ったりする。 風邪で鼻が詰まったときなど、鼻に小枝を入れてクシャミを誘発したりする。笑いに似た表情をしたりもする。 集団でアカゲザルの狩もする。遺伝子の研究がすすむにつれて、彼らは人間の範疇でないかという説もある。 ボノボという種類の猿は更に人間に近い。 TVゲームもできて、その姿は空想映画のようでもある。 ・・・・・・・・・ 2001年07月27日(金) [89] 城と教会そして宮殿 ヨーロッパはお城と教会そして宮殿が素晴らしい!何処の街に行ってもこの三点セットはある。 それぞれの個性という点で素晴らしい! また周辺のくにを侵略して富を根こそぎ奪うのだから規模が違う! 美的センスもよい。外観を眺めているだけで充分満足できる。 文化という点である時期、王侯貴族のシステムも必要であろうか?
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2010年07月26日(月)
終始一貫、日本の現状と先行きに悲観的である。欧米人を知り尽くしているからである。一神教は他の宗教に対して、 奴隷か、死の二者択一ということをである。共産主義圏の崩壊後は、それほど日本の位置づけは大きくなくなった。 後は、日本からの借財をチャラにする、いつものコースである。それが、911であり、915である。 これは、仕掛けられた事件と見れば、以下の著者の論が理解できる。 * 日本人なぶり殺しの条件は整った (P107) ≪ この章では、考えることのできない日本民族の明日の運命が問題だ。その運命は‥、喩えれば、10メートル先の線路は 切断されていて、目前の千尋の谷に渡した鉄橋は影形もなくなっているのに、時速5百キロほどの速度で突っ走る無人列車に 乗っているような状態が日本民族の現実なのである。 しかもそれは自然とそうなっているのではなく、完全に「彼ら」によって 仕組まれている。それに気づき、かつ確認する方法は2つしかない。 ・ひとつは私がここで紹介する何冊もの本を読み、その内容をまず最初に疑った後で、自分の努力で検討し、真偽を探り、 試行錯誤を繰り返しながら深刻に悩み、時には身の危険を冒した個人的なリサーチを試み、また世界各地を自分の足で回り、 最低1、2年の期間その場所に滞在し、実地に自らの経験を積み、見聞を広め、再び文献を洗い直して真贋を探るといった 努力をすることである。 だが、これはほとんど、というより確実に不可能だろう。 問題は、私の時代と違って、 それだけの時間的余裕がまだ残っているかどうかであり、それに関して私は百パーセント悲観的である。 日本滅亡の必然を学び取り、納得したときに、もうこの国はない。 ・もうひとつの、より安易だが、さりとてしないよりはずっとましな方法は、この私の文章を最後まで読み、内容を信じ、 私と一緒に立ち上がり、行動することだ。 しかし(そうするとしても)、最初からもう一度はっきり断っておこう。 まず九分九厘すべては手遅れである――と。 この国は終わる。 仮に私たちがその無人暴走列車に乗っていることを確認 できたからといって、それを止める方法は何ひとつないのだから。何しろブレーキが「彼ら」によって破壊されているのだから。 これは一種の完全犯罪なのだ。となれば、またしても奇跡が必要である。 昭和では吹かなかった神風が、平成で吹くだろうか? 私たちは新しい『立正安国論』が生まれるのを祈るしかない。しかし―、時代が違う。21世紀の安国の実用にはならない。 ・・・イルミナティの確信犯的犯罪などに対しては、もはや、いかんともしがたいのである。・・・ ロスチャイルドやロックフェラーといった世界の超・大財閥から流れる彼らの資金は潤沢・膨大にある。 見返りはそれ以上に膨大なのだから、彼らの出資を躊躇させるものは何もない。 後は世界の他の部分の征服との兼ね合い、 つまり一極支配へのスケジュール的なタイミングに過ぎない。 即ち彼らの言う「アジェンダ(実行予定順位)」だ。 ≫ ―― この文章が4年以上前に書かれている。 2008年9月15日のリーマン・ブラザーの倒産から始った金融恐慌と、2012年末から 起こる?大恐慌と新ドルなどの通貨切り替えが、日本人、そして世界の弱者への「なぶり殺し」ということになる。 そこで著者の林秀彦は、99パーは、既に手遅れという。この国は終わっているのか? 気がついても、どうにもならない! ・・・・・・・・ 3034, バブル時と現在の比較は 2009年07月26日(日) 大よそ20年前と現在を比較した年表があった。 (日経新聞記事内) 比べてみると、なるほど面白い。如何に金融政策に我われが踊らされているかが理解できる。 当時は、それだけ豊かというと、その実感はない。(反対に、当時と比べて現在は貧しいかというと、それも感じない) ー1990年ー ー2009年ー 日本の土地資産 2477兆円 1253兆(07年) 日経平均株価 3万8915円(89年年末) 9287円(07年7月10日) 日本の土地資産 2477兆円 (90年末) 1253兆円(08年末) 平均マンション価格 6123万円 (90年、首都圏) 4775万円(08年、同) 新設住宅着工数 170万戸 109万戸(08年) ゴルフ会員権価格 4388万円 325万円 サラリーマンの小遣い 76000円 45600円 大卒求人倍率 2・86倍 1・62倍 ーー 土地資産は半分だが、今回の暴落を考えると、三〜五分の一。 株価は四分の一だが、買い支えを考えると、五分の一。 サラリーマンの小遣いは6割は厳しい。 ゴルフ会員権が十三分の一は、喜ぶべきか悲しむべきか。 バブルが異常過ぎたとすれば、健全な数字。いや、まだ高い。 株・土地・マンションなどは、まだまだ下がってよい。 20年前でなく、私が大学を卒業をした40年前からみたら、現在の半分以下の豊かさ。 半分以下になっても、情報化で自由と個人がより尊重されれば心は豊かになる? ただ、現在は、世代間ギャップがあまりに大きいので、マイナー世代が荒んでいるが、 荒みが荒みで無くなっていく。 人生は、その時々でやるべきことをこなしておけば後悔はない。 いや、あるか! ・・・・・・・・・ 2669, 日本経済の崩壊と資産防衛 ー2 2008年07月26日(土) ドルが暴落をしたところで、アメリカは何の損失も受けることはない。 金本位制度に戻せばよいからだ。 無制限に刷ったドルで金を買い占めておいて、権威の失墜したところで金本位制度に戻せばドルの価値は戻る。 その時点でアメリカはドル本位制度に戻す選択肢を持っている。ところが落ち込んだ日本円は、元に戻ることは無い。 金そのものがアメリカの40分の1しかないのである。もちろん、アメリカは、金本位制度のドルと、それまでのドルは 交換できない仕組みにする。そう考えると、国家戦略としての奪略である。日本を属国にしておく為に金の備蓄に異常なくらい 圧力をかけたという。 日本など、使い捨てで最後は全てを剥奪する手はずになっている。残酷なものだ。 アメリカ本土には 穀物だけは充分に生産能力がある。更にアラスカには資源が充分に埋まっている。日本がアメリカの国債を500兆円近く 持たされている事実をマスコミは騒がないが、既成の事実である。これらも価値として半分、いや三分の一になる可能性も出てくる。 地方は実感として、既に恐慌一歩手前になっている。これにガソリンの異常高とくれば、一人一台という所有が当たり前の地方では、 深刻な家計の問題が生じる。農業・漁業、公共事業で景気維持をしていた地方は、この一連の経済崩壊の中で更に悲惨な事態になる。 その上に年寄りの多い地方は、年金破綻が大問題にもなる。実際には第二次大戦と、明治維新の時代より、大きな時代の変化に 晒されているのである。日本のバブルが弾けたときに株価が6分の一になったが、それからするとアメリカは3千ドル代になる。 ドルも60円を割ることになるだろう。 これから10年スパンで考えると、こと日本は最悪の道を辿るしかない。 アメリカのドルは64間年で、30分の一価値に落ちてしまった。それは金一オンス、一ドルの値段が、35ドルになってしまった ことからも知ることが出来る。35年間つづいた米英の通貨支配が終わり、多極化の時代に入りつつあるということだ。 この時代にアメリカの属国だった日本が、このプロセスの中で一番の劣化をするしかない冷徹な事実がある。 中国は製造工場として、インドはサービス業を特化して、それぞれ特性を生かし紆余曲折を繰り返しながら成長をするだろう。 その中で日本は、企画製造型のメーカーという生き方が主流になる。知恵を生かした会社経営が求められる。個人としては 知恵を生かした生き方である。ドラッガーは「知識社会」の到来を予測していた。そのモデルが日本と言って無いが、 充分に条件は揃っている。とりあえず、今年も含め目先数年は、緊急事態である。 緊急処置をとらなければ手遅れになる。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月26日(木) 2305, ぼくの血となり肉となった500冊・・・ ー立花隆著 ー読書日記ー 6年の間、毎日一文章を書き上げてきてプロの物書きの凄みが見えてきた。特に一流といわれる人の圧倒的読書量と、 書き上げてきた多岐にわたる文章の多さに唖然とする。問題の在りかを見つける感覚と、それを正確に文章に書きあげる能力は、 シッカリした下積みの基礎があるのだ。 どの世界でもプロは甘くはない。底知れぬ能力ある人たちの中で頭角を現すのは、 そう簡単でない。しかし、ここまで見せつけられると納得をする・・もの書きの下積みのインプットは尋常ではない! ーその一部を抜粋するー 私はいちばん真剣にいちばん多くの本を読み、本格的な人格形成を行ったのは、二十四歳で大学を卒業して文春に入り、三十四歳で 「田中角栄研究」を書くにいたるまでの十年間である。その十年の間に、私はせっかく入った文春を辞めて大学に戻ったり、 はたまた大学をやめてもの書きになったり、もの書き稼業を捨てて、新宿でバーを経営したり、かと思うと、何もかも捨てて、 中近東とヨーロッパを放浪する旅に出たりと、あまり尋常ではない人生の軌跡をたどっていた。その十年の間に、私ははじめての 著書『素手でのし上った男たち』を上梓し、つづいて第二の著書『思考の技術』を出版した。 またこの時期にゴーストライターとして、香月泰男名で『私のシベリヤ』を刊行したし、立花隆とは別のもう一つのペンネームである 菊入龍介名義を用いて『日本経済・自壊の構造』という本を出した。同じ十年聞に、立花隆名で「文藝春秋」「諸君!」「潮」 「週刊文春」「週刊現代」に多数の雑誌記事を書いたが、実は全くの匿名で、その何倍もの原稿をさまざまの週刊誌、月刊誌に書いていた。 そのような文筆活動を通して徐々に活字の世界で立花隆の名が知られるようになっていったが、必ずしも世に広く知られるように なったわけではない。しかし、三十四歳のときに書いた「田中角栄研究」によって人生が一変した。 ということは、二十四歳から三十四歳にかけての十年間を一言で表現すれば、「田中角栄研究」以前の十年間になる。 その十年聞は若干のアウトプットもしていたが、圧倒的時間をインプ・トにさいていた。 生活環境は次々に変わっていったが、とにかく読書にさく時間がいちばん多かった。つまり、私の血肉になる読書の大半は、 この時期になされたのである。それがこの時期に焦点をあてようと思った最大の理由だ。 (字数の関係で中略カット2008年07月26日) ー これを読んだだけでも、この人の圧倒的な知識を思いやられる。他人は他人とはいうが、それにしても 知識という面で自分を対比すると、 その貧弱さに呆然とする。外務省の佐藤優も、そうだが・・・ ・・・・・・・・ 2006年07月26日(水) 1940, 新潟活性化案ー3 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? 7月の22日、三回目の新潟活性化のための会が、会社の事務所で開かれた。 県の??と、長岡、三条、新潟の地区の経営者など7人の 会であった。7月の28日に開かれる会の下準備の意味もあった。 当日の朝、それまで二回の会の主だった流れを以下の通り纏めてみた。 ・環日本海拠点基地としての位置づけを明確に打ち出すー首都圏の日本海への窓口として物流や工場の基地としての機能を充実させる ・環日本海基地としての拠点として 新幹線の東京駅から直接乗り入れの国際空港を打ち出す。 ・新潟駅再開発が、今年施工命令を出されたが、 その工事に重ねて新潟空港と機能を一体化をしていく。 新幹線の延長線路に新潟駅と国際空港のリニアを共同運用をする。 飛行場周辺に10~20万単位で土地を先行取得し、高層ビル特区として容積率を1000パーセントにアップして 取得額の倍を目標にして売却。それを工事費用の一部に当てる。350億の試算になっているが、単線など考えられるあらゆる 知恵を使い半額以内にコストを抑える。 そこの住民はリニアカーを格安で利用できるようにする。 キーポイントは、 *東京駅からの新幹線の飛行場乗り入れ *新潟駅再開発との共同事業 *新潟駅と飛行場と飛行場周辺地域との一体化 *飛行場周辺の高層ビル特区による事業費の捻出 *飛行場周辺の特区構想ー 養老特区、外国人特区、物流特区、中国人特区、レジャー特区・・・ *北陸新幹線への待ったなしの対策として完成を2015年(新潟再開発新駅の完成)を厳守する ーー 地元の経営者は、現在の新潟県の環境に非常に厳しい危機感がある。だから、こういう会が開かれているのだろう。 北陸三県対新潟県の地域間競争が切って落とされようとしている。そして、どちらが勝利を収めるか誰の目にも明らかである、 それに対して枝葉末節の対案も出せないのが現状。2014年の北陸新幹線の開通までに新幹線の新潟空港の開通、そして特区構想の推進。 そのプロセスを通して環日本海拠点基地化を確固たるものにする。その最終の計画を早急に決め、その手順に入らないと手遅れに なること必定。凡庸な?政治家ー前県知事などや地元国会議員・・ ーのお陰さまで手遅れなのかもしれない。このままでは新潟県の衰退が激しくなる。 このさい東京都新潟地区と割り切った方が良い(元々新潟は幕府の天領だったのだから)。 昨日の地元紙の新潟日報の中越・上越版で 「発車ベル9年前」?上越地域と北陸新幹線ー という特集のシリーズが始まった。 かなりシビアな内容である。 タイミングもよい! 全くどうなっているのだろうか、この県は? 野球場じゃないじゃないか! 同じ200億をかけるなら、東京駅からの直接乗り入れの飛行場だろう! そして飛行場周辺の極東地区に向けての本格的な物流・情報拠点づくりじゃないか!東京都新潟地区づくりでよい。 「日本海を内海とみたてた長期的ビジョンの地域つくり」こそ、早急にたてる骨組みである。 何処かの新幹線駅建設が住民の反対意見で取り止めになりそうだ、というレベルと、この延長工事は違うはずだ。 それさえ解らないのだ! 私はこの辺で、この論については打ち切りだが! これは政治家がやるべきことである! 何で私がここでいわなくてはならないのか?まあ、面白い経験であった! 2007年7月26日ー後記 それもこれも、猿回しの猿でしかない! ということだ。 (*^▽^)/ ホンジャ! ・・・・・・・・ 2005年07月26日(火) 1575, 道路公団副総裁が逮捕! 現職の道路公団の内田副総裁が逮捕された。 道路公団に対する公聴会の席での猪瀬氏の質問に、慇懃な返答をして中座した男である。道路公団発注の鋼鉄製橋梁工事をめぐる 談合事件が、現職の副総裁の逮捕になってきた。道路公団そのものが??の巣窟というのは公然の秘密である。 ≪字数制限のためカット2010年7月26日≫ ーーーーーーー ー産経新聞の記事から 2005年7月25日 道路公団副総裁を逮捕 (字数の関係でカット 09年07月26日) ・・・・・・・・・・ 2004年07月26日(月) 1210, つれづれなるままに ーアメリカの最終断末魔ー アメリカの双子の赤字は何を意味するのかを考えると、底知れない恐ろしさをおぼえる。 石油の決済は、全てがドルでおこなわれている。 アメリカがイラクに侵攻したのも、フランスやロシアがフセインとユーロダラーで 決済をしようとしたからといわれている。現在の世界の石油の決済は全てドルでおこなわれているが、ユーロでおこなわれれば、 ドルへの信頼感が薄れる。輪転機でドル札を刷って世界中から物資を集めていたシステムが壊れてしまうからだ。 アメリカにとって双子の赤字など、全く問題はない。輪転機の紙切れの数字がマイナスをあらわしているだけである。 それとアメリカ国債も同じく紙切れでしかない。 かろうじて、その二つの暴落を防いでいるが、ある日突然で恐慌を引き起こして、 その価値を落としてしまえばよいだけだ。全く酷いものである。手形乱発とどこが違うというのだろうか。そのアメリカの属国が日本。 日本がその一番被害を被ることになる。 アメリカの断末魔の後は世界大恐慌となり、日本崩壊は? ー「有限会社」が廃止ー ≪字数制限のためカット2010年7月26日≫ ・・・・・・・ 2003年07月26日(土) 843, SF小説作家・小松左京の21世紀検証 今月号の「文芸春秋」で小松左京が「SF作家として21世紀が予測していたようになったかどうかを自分で検証する」 レポートが面白い内容であった。本人が正直に「自分はその頃は生きていないから、責任をとらなくていいや」と思っていた。 それが「まさか21世紀に自分が生きているとは!」と。 ー要旨を私の主観でまとめてみるとー ・一番の衝撃は平成7年の阪神大震災だという。 本人が書いた「日本沈没」が現実になろうとは。 ほぼTPOS が酷似していた。 ・三十年前は米ソの冷戦真っ只中、まさかソ連と共産圏がこれほどあっさりと崩壊するとは正直思ってもいなかった。 ・今のエレクトロニクノロジーの発達で電卓、パソコンに、携帯電話、ロボット・・等 電子機器がこんなに 「小型」「安価」になってしまったことは、本人の予測をはるかに 超えたことであった。 当時百億したコンピューターがいまや もっと性能が良くなって10万そこそこ買える時代は今でも信じられない。 本人は現在この時代の速さについていけないので、携帯電話を持ってない ・宇宙開発はもっと進むと思っていたが、意外と進まなかった。 今の人類にとっての、予測したほどの必要性が無かったためだ。しかし宇宙への進出は人類に必要である。 ・イラク戦争も衝撃的であったという。多くのビデオカメラが入って戦場の映像がリアルタイムで入ってくる。 ・高齢化社会と今の子供の問題は予測をしていた。 ー以上だが、 ソ連と共産圏の崩壊、今の科学技術の発展、情報化社会の予想を超える進歩など、私が感じたこととほぼ同じであった。 この情報化の進歩はSF作家の想像をはるかに超えていたようだ。 ソ連さえも、まずは軽く崩壊させたのだから。 彼等のような戦中派が今の時代の変化を見ていたら、これほど面白いものはない。 特に戦争体験をしてきた人が、アフガンやイラク戦争のアメリカのハイテク技術を駆使した 武器はSF小説をはるかに越えている。 アフガンのゲリラさえ消滅させてしまう。 ・・・・・・・・ 2001年07月26日(木) [87] エルミタージュ宮殿 今回の旅行のハイライトはやはりエルミタージュだ。 カテリーナ?の冬の宮殿といわれ、ちょうどパリのルーブル美術館と匹敵する内容であった。 300万点ある所蔵の一部しか見れなかったが、ただ案内された壁画や展示物は見た事のある物ばかりであった。 制限された時間内で駆け足であったが、その印象は強いものだった。 エルミタージュはただ美術館と 思っていったが、広大な宮殿でベルサエユ宮殿に似ていた。 その豪華さにまずは驚かされた。 夏の宮殿と言われるカテリーナ宮殿も行ってきたが、これもまた目をみはる豪華さで感激してしまった。 当時のカテリーナ女王の権勢は絶大であることは、この2つの宮殿を見てうかがい知ることが出来た。
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2010年07月25日(日)
* 「取り繕い」国家の「その日暮らし」民族 ー(P・53) 原爆を落とされる直前まで、私たちはせっせと竹槍を作っていたのはつい最近の出来事である。 いくら資源不足の国とはいえ、なんとも象徴的な風景ではないか! それが何になったか。この大悲劇の教訓は、その後も 全く生かされなかった。現在、足音高らかに近づいた究極の世界的大陰謀という「目」に対し、私たちの「目」は老眼にかすみ、 日本民族総家畜化という「歯」に対しては、私たちの「歯」は全部抜け落ち、入れ歯さえもちあわせていないのである。 この世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。 いったい世界で昨日今日何が起きているのかが、わかっていない。 新聞に書いてある程度は読んでいるかもしれないが、その記事を疑う段階までは決していかない。ブッシュの言動と小泉の 言動の間にある因果関係を考察する意欲もない。ということは、即、明日の自分の命には無関心だということである。 なぜか?考えるということができないからである。 目にはカラオケ、歯にはパチンコで毎日を過ごしているのである。 明治国家がインスタント国家であり、急場しのぎ国家、間に合わせ国家、一夜漬け国家、ツギハギ国家だったことは確かなことだ。 世界のあらゆる事情に応急対応を迫られ、いずれかゆっくり腰をすえ、 ・・・と一時しのぎのつもりが、 ずるずるとここまで生き延びた。 ・・・・・・・・ 現在の民主党の沖縄軍事基地の対応も、まさに著者のいう「取り繕い」そのものに終始している。 この本が書かれて4年経ち、その二年後にリーマンショックがあり、世界に先駆けて国家存亡の危機に立たされている現在でも、 ただ「その日暮らし」の政策しかたてることが出来ない。 4年前には、この著は「過激」に受け止められたが、現在では、 ご覧の通りである。自民党と民主党という二大政党の看板はあれど、旧態以前の体質は変わってない。軍事も、金融も米国に 支配され、身動きがとれないで、ただ目先を「取り繕い」、「その日暮らし」をするしかない。ほぼ完全占拠されている 現実が直視できないのである。軍事ひとつとっても、ほぼ全てが米国製。部品補給をストップされれば裸同然になる。 中国、北朝鮮の防衛の一環のための米軍基地の配置というが、実際は日本の軍事占領。金融も、アメリカ国債に500兆円も 買わされている。で、変動為替で、ある時期に来るとドルの価値を下げてチャラにさせられてきた。それを知って知らないふり。 政治家も官僚も、むしろ尻尾を振って従わざっているとしか思えないのである。彼らは日本がアメリカの支配下にあることを 知り尽くしているからである。 北とか中国の脅威より、この見えざる搾取の方が遥かに深刻である。これが現状である。 ・・・・・・・・・ 3033,刑事が家にやってきた 2009年07月25日(土) 先日、家に帰ると家内が 「今朝、あなたが出かけて直ぐに刑事がきて『御主人がいますか』というので、普段は8時15分に出るのですが、 病院に一度行った後、そう20分ほど前の11時前に出かけた」といったという。そこで刑事が「先ほど真ん前のアパート2Fの 一番奥の部屋の窓が割られ、泥棒が入りそうになったが、部屋には住人が居て、通報をしたため逃げた。御主人が、 その時間に出かけたなら目撃をしていませんかね。それでは帰る時間あたりに電話を入れます」と言って帰っていったという。 その1Fの前面にはヤクルトの営業所があり、その横の階段からしか出入りできないのに、何でまた?と家内が警察に言ったら、 現在もう一人の刑事が聞き込みをしているという。家内から話を聞いた後で、早速電話が入ったので、 「 11時8分の新幹線の乗ろうと、家を飛び出したので、家を出た時間はハッキリしている。10時52分で、家の前には 誰も居ませんでしたよ。 ところで、この辺では窓を破って空き巣が入ったなどの話を聞いたことがないが、度々あるのですか 」 と聞くと、「刑事になる前に三年間、駅前派出所に居ましたが、そんなことは、あの辺では全くありません」との返事。 しかし18〜20日の三連休に2回、玄関のチャイムが鳴り出てみると、人が居ないことがあった。 もしかしたら・・・ この辺も 物騒になってきたということか。 都会なら日常茶飯事なのだろう。そういえば、6年ほど前になるか、家に刑事が来たことがある。 一軒おいて隣の家の庭に干していた女物の下着が盗まれたが、その時に若い男が自宅の敷地に入ったのを目撃した人がいるという。 まず私の所在を聞かれたが会社に行っていて問題なし。その前年まで長男が一年間、居候をしていたが、どうも本人の可能性を 探りに来たようだが、そこで首都圏に行っていたのを確認した。そうすると、家の奥の貸家の学生の兄弟?が疑われるが。 その後、二人は引っ越していったが、犯人は捕まったとは聞いていない。それ以外は、空き巣など聞いたことがない。 最近は、新しいアパートが多く建ち、多種の人が出入りをしている。あって当然のことか。
・・・・・・・・・ 2668, 日本経済の崩壊と資産防衛 2008年07月25日(金) 二年と三年前に二回受けたセミナーのシリーズが、再び開講するというので一昨日、受講してきた。 講師の清水洋氏は《平成20年からマーケットの大転換》があると言い続けてきたが、いよいよ現実化をしてきた。 《日本経済はかってない構造変化を体験するので、早めに手をうって事業と財産を守れ》というのが、彼が一貫して言い続けている ことである。今年になって、サブ・プライム問題がアメリカで表面化をして、一挙に世界の景気の陰りが出てきた。 数年前に出席したときに、言っていたことが、まさにそのとおりになってきた。今年になって読んだ本にも同じようなことが 書いてあったが・・ 講師は予告どおりになっているので上機嫌だったが、聞いている方は、その激しさに震撼とした空気であった。 その内容を印象に強かった順に大筋書いてみる。 ・金利の高騰は、既に始っており6〜7?になっている。 出来たら固定金利に換えておくこと。 ・とにかく破産者が多い。生活保護世帯も二年間で130万から150万世帯に増えた。 零細・中小企業の倒産、廃業が信じられないぐらい多い。 ・ガソリンスタンドが現在4万あるが、60?が淘汰される。 (一例をとると、ガソリンは赤ランプがついてから入れにくる車が増え、その上に千円しか入れない) ・地方は老人と子供が増えて、商売が成り立たない職種が増えてきている。 ・問題は国債だが、それより年金の未払いの数字が膨大にあるのを、国民は知らされてない。800兆円あるという。 ・生産者優先の社会から、消費者優先の社会への大転換が雪崩をうって進みはじめた。 ・金は現在、Kgあたり350万だが600万はいくだろう。 ・アメリカのドルは近々には暴落をするが、その後に金か農作物本位制度で復活する。しかし日本は、暴落はするが、 金を持つことをアメリカから間接的圧力で持たされなかった。アメリカの金の在庫量が7500万トンだが、 日本は170万トン、ドイツは350万トンしかない。 ・郵政民営化は、郵貯の資金が外国に逃げることを意味している。 ・国家破綻の結果として、ハイパーインフレが生じ、国債が暴落。国民の資金の価値が暴落。それで国の借金をチャラ? 国家破綻は政府の破綻である。 それを外国メディアが正確に報じる。(外国メディアに敏感であれ) 国民は、消費意欲が極端に落ち、さらなるデフレへ。 ・スイスフラン、ユーロダラーや、金の現物にリスクヘッジをしておくこと。 ・2〜3年後には、ドルと円の破綻は間違いない。 ・人口減少社会は、300年に一度の社会的大変化の時代に突入。それは、明治維新、第二次大戦の終戦に匹敵する ー以上だが、次回は私なりの意見を書く。 - 2008年07月23日 13時〜17時 会場 御茶ノ水 山の上ホテル − ・・・・・・・・ 2007年07月25日(水) 2304, また地震!どうなっている?まったく! −8 今回の地震で不思議なのは、家の倒潰の数に対し火災が無かったことである。全壊1000棟、半壊2000棟、 被害住宅1万数千棟からみて、何で火災が発生しなかったのか? 祭日の午前中としても奇跡的である。 それもダウンタウンと隣接している住宅密集地で、かつ年寄りが大部分の中で?それと同じことだが、死者が11名も 合点がいかない。余震が何回かあってから本震があったのではない。突然の本震の中、三桁に近い犠牲者が出て当然、 不幸中の幸いである!柏崎市は‘家内の実家’があると同時に、母系の親戚があり、知り合いも何人かいる。 いま住んでいる長岡と、事業をしている新潟と、家内の実家のある柏崎と、丁度バランスが取れていた。 それだけ柏崎は因縁があるところ。越後の英雄?田中角栄の出身地の西山が長岡と柏崎の丁度中間にある。 角栄の地元の中で、柏崎は最も利益を受けていたところである。直接的には、今回の刈羽原発と道路網である。 原発だけで3兆数千億、関連を入れればサラに増えるだろう。家内の実家が建材屋をしているので、その内々の豊かさに驚かれる。 柏崎は地味で堅実が特性、しかし小粒だが時代の変化には敏感である。深海の底にシッカリ根を張っている生きもの、 そうヒラメかカレイのような人が多い。家内がそうだからである。長岡は城下町で、派手でプライドだけが高いところで、 柏崎とは全く性格が正反対のところがある。両者とも昔ながらの越後気質が残っているが・・・ あの真紀子とは違う! あれは長岡人ではない、女コメディアンである。じゃあ、お前は何じゃい?と言われれば、 「コメディアンの親の恩恵(新幹線・高速道路網)を間接的に受けて、ヌクヌクと蠢いている住民でしかない!」。 しかし、これが現実である、実際。その代償が、世界最大規模の原子炉の直下型地震で生死の際だった!、と言うこと。 前回の地震の時も聞いたが、前日カラスが異常に騒いでいたという。当日、カラスが何処かに疎開していて一羽も居なく なっていたとか、金魚が異様に動き回っていたとかいう。地震の前の人間が感知できない余震があったのだろう。 ・・・・・・・・ 2006年07月25日(火) 1939, 降りかけコーヒーの味! おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ 昨日の朝、朝食の御飯に何とコーヒーをかけてしまった。「山葵ふりかけ」のビンと「コーヒー」のビンを勘違いをしたのだ。 「気候のせいで、おかしいのかな〜」と独り言をいっていると、「たんなるボケじゃない!」 だと。 「耐えている! こういう妻に耐えている!」という川柳を思い出した!そのコーヒー振りかけの御飯の不味いこと、 この上なしである! もしかしたら美味いのかもと!期待したが。年近くになるが、「山葵ふりかけ」をかけて食べている。 (字数制限のためカット 2010年7月25日) ・・・・・・・・ 2005年07月25日(月) 1574, 日本人の苗字ー2 日本の苗字の多い順ランキングは、 この本によると以下の通りである。 1位 佐藤 1914300人 2位 鈴木 1692300人 3位 高橋 1406000人 4位 田中 1324200人 5位 渡辺 1090400人 6位 伊藤 1072400人 7位 山本 1068200人 8位 中村 1041200人 9位 小林 1011900人 10位 加藤 853300人 田、藤、山、野、川、木、井、村、本、中などが名前によく使われる漢字ベスト10である。 これからみて、自然と土地の名前と関係の深い文字が多いことが分かる。元々、苗字を持つことは特権階級のものだった。 江戸末期の苗字を持っていた人口は20〜30万人、約1万姓だった。明治初期の苗字の義務化により、29万の姓が増えてイッキに 30万になった。それ以前より非公式に使っていた例も多かったようだが、一般的には、苗字は100年しか経ってない新しいものである。 明治8年の平民苗字必称義務令が出たときに、慌てて作られた苗字が多くあった。 そのため、苗字を決めるときの悲喜こもごもが、そのまま現在でも残っている。笑うに笑えない実話が無数にある。 ーこの本の中の幾つかの実例を抜粋してみるとー ・喧嘩の耐えない夫婦に、庄屋の旦那が「円満」といわれて、 そのままそれが、苗字になった。 ・若い身空で後家になった女に、ご隠居に「口説かれたら『射矢』といいなさい」と言われて、名前をそのままつけた。 ・大学の前に住んでいたので『大学』 ・大工だったので『大工』 ・仙人のような顔をしていたので『仙人』 ・女道楽が過ぎるので『女楽』 ・愛媛県南宇和郡網代村の村民の名前が、株菜、大根、浜地、鱒、稗田など、魚と野菜の名前ばかりの村がある ・庄屋が、その男の顔が蛸に似ているので面白がって『太古』とつけられ、教師になった後で「タコ、タコ」と馬鹿にされて辞職した。 ーー そういえば親戚の葬式に出たときの話、隣の席に「家老」という珍しい名前の人がいた。「珍しい名前ですね!」というと、 「実は『けら』という名前だったが、虫の名前で馬鹿にされるので、今の名前に改名したのです」とのこと。 (字数制限のためカット 2010年7月25日) ・・・・・・・・・・ 2004年07月25日(日) 1209, ヘーゲル ー哲学について−20 ーヘーゲルー マルクスの後になってしまったが、近代哲学でヘーゲルが基点になる。ヘーゲルは、「現実世界とその歴史は精神的な 発展していく姿ー現象と考え、それは自己認識に到達するための歴史的プロセスである」と考えた。 心や精神は無機質の自然から生まれたのではなく、それ自身が存在の中心的な構成要素であり、現実を構成する 歴史的プロセスの主体と捉えた。この全プロセスを現におこっていると認識しているもの(存在の究極的な本質)を、 ドイツ語で「ガイスト」と呼んだ。 この意味は「精神」と「心」の中間のようなものであった。 ヘーゲルにとって、ガイストは、存在の核心、存在の究極の本質であった。 ガイストが自己認識を目指して発展する姿であった。それが達成されると、全ての存在は調和をしてひとつのものになる。 それをヘーゲルは「絶対者」とよんだ。 それが「絶対的観念論」である。 ヘーゲルには3つの理論がある。 1、さっき述べた現実とは歴史的なプロセスであるという考え方 2、二番目には、歴史は合理的な構造を持っており、その構造を理解するために必要なのは変化の法則、 すなわち弁証法(正・反・合)であるという考え方 3、三番目には、疎外についての理論である。 人間は、文明を築くプロセスの中で色いろな組織や規則や思想や宗教を生み出してきた。 それが逆に人間を抑圧するようになって、自分で作ったものなのに自分のものでなくなってしまった。 宗教が、その端的なものと考えた。神を自分の投影として作っておきながらそれとは異なる存在、 正反対の存在として考えてしまうようになった。 ヘーゲルの思想のいま一つの特徴は、「国家への崇拝」がある。 {人は全存在を国家に背負っている}と考えた。 それがヒットラーなどに利用され右翼的な民族主義者とみなされた。また共産主義者からもその国家観を利用された。 現在の哲学思想の四大潮流、ヘーゲル哲学・マルクス哲学・実存哲学・分析哲学は、ヘーゲル以後の哲学史そのもの。 [ヘーゲルの弁証法]とは、ー出発点の第一段階は「テーゼ(正)」とよばれ、これに刺激をされて生まれる対立的な反応が第二段階で 「アンチテーゼ(反)」で、この二者の対立がやがて解消されてそのどちらものりこえた新しい状態が生まれる。 それが第三段階の「ジンテーゼ(合)」になる。しかし、この第三段階は新しい状態なので新しい対立を内包して、テーゼになる。 そして、再びテーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという三段階が始まる。この変化は途切れることなく変化し続ける。 これは宗教、科学、経済、社会などの内側からの変化として現れることになる。 ・・・・・・・・ 2003年07月25日(金) 842, エンドレスの巡礼 先日、殺人未遂で逃げ回っていたお爺ちゃんが、エンドレスのお遍路さんでTVに出演をして、たまたまTVを見ていた刑事に 正体がばれて逮捕されてしまった。当地では「エンドレスお遍路」で有名の人だった。TV出演を拒否すればと思ってしまうのだが、 そこが人間の持つ浅ましさだ。 実を言うとこのエンドレスの老人の存在を知っていた。『到知』という月刊誌で、 俳優のショーケンー萩原健一の文章に登場していたのだ。ショーケンは、お遍路を年中恒例にしており、その詳細を書いていたのだ。 その文章でエンドレスの爺ちゃんの存在を知って「70歳を過ぎたら、こういう生き方も良いのかもしれない」と感心をした。 すべてを失い駅などでホームレスをしなくてはならない時が万一きたら、思い切ってエンドレスのお遍路も良いじゃないかと考えた。 絶望をして、死にたくなった時でもよい。実際に、お遍路の道中に行き倒れて死ぬのも、病院で管に繋がれてのた打ち回って 死ぬよりはずっと良い。その最後のよりどころを、この老人は儚くも潰してしまった。「歳とっての逃亡」でしかエンドレスの巡礼は できないのかもしれないが。「巡礼は自分の過去に向かって歩いていくこと」と聞いたことがある。その行き先のまた先が神仏なのだろう。 まだ巡礼をしたいとは思わないが、いつか駆り立てられる日がくるかもしれない。母が80歳を過ぎ痴呆症の現象が出始めの頃に 面白い夢をみた。母が5~6歳の巡礼姿で玄関口にいる。その姿をすでに亡くなっていた母の妹がじっと見つめているのだ。 恐ろしい悲しい神秘的な夢であった。人生はエンドレスの旅路なのかもしれない。 ・・・・・・・・ 2002年07月25日(木) 467,内山由蔵さんへの手紙 葉書ありがとうございます。この春奥様がご逝去されたと、兄より五月の連休頃に散歩の途中に会った時に聞きました。 謹んでご愁傷申し上げます。 丁度私が西アフリカに行っていて留守、参列できなった非礼お詫びします。 今年の2月ごろ堀内トシさんより手紙で「見聞皆師そのご追加分を送ってもらいたい」との依頼されました。 去年の五月より個人のホームページを開設して、毎日「随想日記」を書いたのをコピーして送りました。 その時に2部コピーして、内山さんにもと思ったのですが、少し差出がましいかと、そのまま手元にあるのを今回送ります。 その後の分もあるのですが、この秋頃に再び送りたいと思っています。毎日文章を一文書くのは大変ですが、頭の活性化には ベストのようです。自分でも色々のことを考えているのに驚きます。「書き出す」ことの重要さを改めて実感しています。 土曜日が一番都合が良いので、いつでも連絡をください。大手通りは何をしても無駄だと思います。 同じ努力をしても半分以下の効果しかないからです。同じ努力なら二倍の効果のある場所でやるのが道理だと思います。 ー内山さんの手紙の下書きーより ・・・・・・・・・・ 2001年07月25日(水) [86] ホームページ用3dソフトが完成 ホームページ用3dソフトが完成したようです。 http://www.fsn.co.jp/bonoboのサイトでダウンロードして このホームページの3dの絵をクリックすると動き始めます。 私のホームページに似たものが私の立上げの10ぶんの1のエネルギーで出来そうです。ただし有料です。 詳しくはそのサイトで見てください。富士総業のソフト部門で作成したものです。 ホームページ開設勧めます。 世界が2〜3月経つと変わると本に書いてあったが正しくそんな感がします。
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