|
堀井On-Line
|
2008年09月02日(火)
精神病や精神症について、何度か書いてきた。 誰もが、何らかの精神症は持っているし、その一歩手前の経験をしているはずだ。(まともであればだが) 言うか言わないかの差だろうが、家系や、性格もあるから極々軽い人もいるのだろう。 青年期と、老年期は誰もが躁鬱気質を持っており、乗り越え方は、それぞれある。 私も神経症など多くありすぎて説明するのも大変だが、それを気にしなくなったのは、50歳過ぎた頃だろうか。 私を知っている人は想像すらできない神経症を、一人静かに?乗り越えてきた。 青年期のうつ病的な体質も、神経過敏症も、視線恐怖症も、現在では殆ど消滅をした。
誰もが、何らかの深刻な神経症を持っているのを実感したのは、40歳を過ぎてからである。 60歳ー還暦頃から、少し鬱っぽい日々が多くなっている。 もしかしたら、この時期になる初老性鬱病の触りなのかもしれない。 しかし、私の場合は、絶対に?重症にはならない確信がある。まあ、明日のことは分からないが。
北欧には白夜の反対の黒夜があり、一日の日照時間が数時間しかない。 その冬の時期に起こるうつ病が深刻と、旅先で聞いた。 「季節性感情障害」といい、大半は女性がなり、家系もあるという。 治療には、特殊の明るい光線を一日三十分当てると症状がかるくなる場合が多いとか。 元々、エデンの園はアフリカと古人類学者の説があるが、その反対の冬の黒夜は病気を誘発するのだろう。 日本で最も自殺の多いのは秋田県。北欧と同じく冬の時期が長いのが自殺を誘発するというのも肯ける。 ハワイやフロリダで波の音を聞き、パイナップルやオレンジでも食べ、踊って歌っていれば鬱などなりようもない。 私は一月生まれもあり、冬の時期が嫌いではない。むしろ好きであるが、美味い餅を食べ、熱燗で鍋をつつき、 コタツでDVDの面白い映画を見て、熱い風呂にユックリ入っていればマイナスな気分になろう筈がない。
しかし鬱病の恐ろしさを周辺で見聞きしている。 無線のチューニングのように、周囲のマイナス、過去のマイナスを拾い上げ自分の中に蓄積していく。 人生の様さまな後悔のネタが次々と思い浮かんできて、その海に溺れ、もがくようになる。 そして深い深い鬱の闇に己が沈没してしまう。 それが鬱病である。 その数歩手前の精神状況が殆どの老齢者の心のうちというから恐ろしい。 そういう連中が寄り沿うと、人間は後退をしていくのがリアルに見えてくる。 他人事ではない、まったく。とにもかくも、腹から笑える場所を幾つか持てるかである。
私が鬱にならないという自信があるのは、毎朝の散歩があるからだ。これを始めて25年ほどになるが、 朝の陽光と、新鮮な空気と、鳥と虫の鳴き声と、川のセセラギが身体にも精神に良いからである。 さらに土日の笑いの時間の設定である。 それと毎日一度の仏壇の前の祈りと、般若心経である。 それを実行していても、どうも少し欝っぽいのは、そういう時期のためだろうか? 過去のマイナーの記憶がフラッシュのように飛び出してくる。 それが、歳をとったということか? 欝的気分も日常の塩味として、必要であるが。 -ω-)..。oо○(゚+。鬱々゚+。) ・・・・・・・・・・ 2007年09月02日(日) 2343, ポスト・モダン主義とは (o゚▽゚)o オハョ〜 ゴザマス! 最近は、あまり以前のような大物?が、居なくなった。 これは時代の変遷のためである。 高度成長期の、田中角栄とか、小佐野賢二とか、堤義明とかいうのは、存在しえなくなったのである。 存在したところで、「それが何じゃい!」と誰も仰ぎ見たりはしない時代になったのである。 解りやすい事例として、イチローが大リーグで超一流の選手として認められたところで、 「ああ、そういう人がいる、凄いな~」で、それはそれはご立派なことで!と、 頭に過ぎってお終い。それより、それぞれが自分の好きなことを見つけ、 それぞれの楽しみを求める時代になったのである。それは考えてみれば当たり前。 それだけ、社会が成熟したということだ。第二次大戦後、マッカーサーが日本を占領したとき言ったのが、 「日本人は10歳の子供」である。欧州から見れば、そんなものかも知れない。 といって、西欧が未開の原始人より文化が進んでいるということではない。
モダン=大きな成功とやらを求めた時代は終わったのである。これを解りやすく書いたある本があった。 『世界をよくする現代思想入門』高田明典著である。 情報化社会は、ポスト・モダン主義をますます加速させる。 日本は、いや世界は、9・11が現象として大転換期と日となる。その意味で、あの男ービンラディンは歴史に残る。 アメリカ現大統領は、「アメリカの凡庸・親子大統領の息子」として歴史に留める。 私が生きた戦後のアメリカ大統領では、その意味ではカーターと肩を並べる??の人物。 その程度ということだ。
この本の一部を抜粋してみるー P-158 ーーーーーーー 20世紀を特徴づける概念として「大きな物語」があります。 私だちの社会は、二十世紀前半(モダン)の社会において、 「大きな物語」を信じて突き進んできました。 その大きな物語とは ・「理性・知性によって社会は必ず理想郷へと近づいていく」、 ・「科学は、私たちを幸福にしてくれる」というものであり、 ・「勉強すれば社会的に成功して幸福になれる」であり、 ・「お金持ちになることが、人間の幸せである」などなどの「物語」であった。 二十世紀前半においては、多くの人たちがそれを「信じて」いたが、 一九七〇年代以降、そのような「大きな物語」を信じられなくなるような出来事が 多く発生し、私たちの心の中に「不信」が発生しました。 科学は私たちの社会を「幸福にする」どころか、むしろ「不幸にする」ものでもある。 知性や理性によっては「理想郷の実現」はできそうもない、ということです。 そのような状態を「ポスト・モダニティ(ポストモダン状況)」と呼ぴます。
そのような「大きな物語への不信」の中で、芸術表現はいったい「何ができるのか」ということを考えたのが、 ポスト・モダニズムのそもそもの端緒でした。 なぜなら、それまでの「表現制作物」の多くは、 「その社会や文化が信じている価値の表現を行う」ということを、その駆動原理としててきたという側面があるからです。 「大きな物語」が崩壊した今、「何を表現すればいいというのでしょう。 もちろん、「次の時代を担うような価値観の提示」さえ、忌避されます。 もはやそのような「大きな価値」「支配的な価値」さえ信じられなくなっているのが、現代の私たちです。 この二十世紀末から二十一世紀にかけての表現分野は、すでに「ポスト・モダニズム」のような様相を呈しています。 (字数の関係で中間カット2008年9月2日) ーーー 面白い時代である。ただし、それぞれが自分で考え、決断しなければならない厳しさを要求されるのである。 それぞれが自由を見出し、そこに価値=意味をつくらなければならない。 (○´ω`○)ノ**SeeYou Again! dato ・・・・・・・・・ 2006年09月02日(土) 1978, クルマが売れない! Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning ある新聞の経済欄で「クルマが売れない!という記事が出ていた。 景気回復に比例して車が売れ出すという業界常識が崩れてしまった。 車そのものの魅力が低下、車が日用品化してきたからだ。
これまでの車は30年から40年前までの時計みたいなもの。 ロンジンとか、ローレックスとか、持っているだけで偉そうな錯覚をさせる イメージを加えて売っていた。ステータスシンボルの要素が大きかった。 ところが現在は、どんなよい車に乗っていても何の価値も感じなくなった。 むしろ頭の軽さが目立つだけだ。この情報化でモノ、コトへの価値が見え始めてきたのだ。
7月の新車販売台数が(軽自動車を除いて)13ヶ月連続で前年実績を下回ったという。 軽自動車を除くと、13ヶ月も前年を下回ったのは1968年以来という。 (軽自動車を含めると4ヶ月連続の下落) あれだけ騒がれて登場したトヨタのセルシオの国内販売が、当初予定していた計画を遥かに下回ったという。
この背景には日用品化した以外に、消費の多様化がある。 車に振り向けられた消費者のお金が、デジタル携帯音楽プレーヤーや、 薄型TVなどの家電製品や、携帯電話の通話料に向けられているためだ。 確実に消費者の欲しいものの中の、順位が下がっている。
かって本田宗一郎が「ライバルは同業者だけではない!」といって言葉が、さらにシビアに聞こえてくる。 車購入の中心だった団塊の世代の、車への興味も確実に下がってきている。 年功序列の賃金制度がホボ崩壊し、「いつかはクラウン」という購入パターンは 過去のものになったこともある上に、その年代が実質定年を迎えつつある。
「クルマが売れない」というキーワードで検索をかけたら、 日産と三菱自動車の販売不振の内容が出てきた。かなり深刻のようだ。 日産のゴーンの戦略も尽きてきたようだし、鼻持ちのならない「三菱のブランド」が 大衆に嫌悪感を持たれてしまった。フルラインのトヨタ、若者・スポーツ感のあるホンダと、 軽自動車のメーカーと、それぞれの特化が顕著になってきている。 ところで私自身、もう14年近くトヨタのソアラに乗っている。 前の型のソアラに4年半乗った後、新中古のソアラに乗り換えた。 現在もエンジンもしっかりしているし、車自体14年以上乗った車という古さを全く感じない。 まだ8万キロしか乗ってないが・・・
また十年前より、高速自動車の長いトンネルに入ると、閉所恐怖症みたいな感覚になってから遠乗りをしなくなった。 そのため、「近くの移動の手段であれば何でもよい!」という気分になってしまった。 おまけに前の型のソアラがあまり出回ってないので、古車を乗っている感じがない。 60歳になったら最後の車を買おうと思ったが、そんな気分にもなれない。 それなら海外旅行に、もっと行ったほうがよい。その気持ちは、一般の団塊の世代と同じなのだろう。
売れない理由は、流行語でいうと、社会の比重が中流社会から下流社会へと変化していることもある。 それが一番の理由だろう。 バイヾ( ̄ー ̄ヾ)))) ・・・・・・・・ 2005年09月02日(金) 1613, 愛とはなにかー2
愛、それも「無条件の愛」こそ世界が必要としている。無条件の愛とは、期待も要求も制約を持たないで愛すること。 過去を振り返ってみると、自分が受けた愛情で深く残っているのは両親の愛情である。 これは無条件?の愛情だからこそ深く残るのだろう。
それでは「条件付きの愛情」の、「条件」とはどういうものか? ある本(*)にキッチリと箇条書きであった。 その共通点は、自分の利益・欲を満たしてくれる前提条件である。 そして、その中に自己認知も含まれているが、人間なら当然のことである。 その「条件」を細かく当たると愛など、自己愛の延長でしかないし、 キリストも「自ら愛するように、汝の隣人を愛しなさい」と、自己愛を認めている。
ーその「条件」を、幾つか抜粋してみる。 『わたしは、あなたが・・ の条件をもし満たすなら、あなたを愛します。』 ・あなたが、私をあるがままに受け入れ、尊重するなら。 ・私を認め、勇気づけ、理解してくれるなら。 ・私を楽しませ、喜ばせ、飽きさせないなら。 ・私に対して誠実で、善良で、忠実で、正直であるなら。 ・私と共通点を持っていたり、信念や興味が共通なら。 ・私を責めたり、批判したり、裁いたりしないなら。 ・私のことを大人として、対等に扱ってくれるなら。 ・私のことを最優先にしてくれるなら。 等々、いくらでもある。
これを読むかぎり、恋愛など「条件付のエゴの塊」である。 成田離婚は、まさにその条件をお互いに知り、誤解して結婚して、理解して離婚する集約した姿である。 「バカな女」が男を渡り歩くのは、この条件付愛を真の愛と信じているからだ。 他人事ではないか。無条件の愛とは、我われの深奥にある神的自己の表れでもある。 汲み続けていないと直に濁るか、水が枯れてしまうが。
*「愛することを選ぶ」 誠選書房 E.キャディ著
・・・・・・・・・ 2004年09月02日(木) 1248, ダイエットに100万賭ける−1
二年ぶりに、契約更新で柏崎の保険代理店の社長が来社した。 スリムになってスッキリした様子なので、どうしたのか聞いたところ、ダイエットに成功したという。 彼の知人の保険屋さんから賭けを持ち込まれたそうだ「お互いのダイエットで、失敗したら百万を払う」 期間は4ヶ月で、体重の12諭∨椰佑砲箸辰藤隠悪舛任△襦 賭けた仲間は7人。まだ全員の結果は判明はしていない。但し、二人は成功をしたという。 彼のとったダイエットの方法は、三食の食前にグレープフルーツを一個食べつづけて2週間、7舛眩蕕擦燭修Δ澄 それと家族が百万という金額に驚いて、食事に対してコトゴトク口出しをしたというのが、さらに効果を高めた。
そして4ヶ月にかなり余裕を持って達成することができたとか。 金額が1万や10万では、真剣にならなかっただろうが、百万円の金額が、真剣さを 増したのだ。一生に一回あるかないかのこと、必死になりざるをえない。
私のダイエットといえば、朝の散歩と、肉食と揚げ物をなるべくさけること。 それと、甘味もの(缶ジュース・砂糖・お菓子)を口に入れないことである。 それと週に2〜3回は体重計に乗って、少しでも増えたら食べ物に注意する。 この十年間はほぼ理想的な範囲であるが、これに酒量を控えれば理想的なのだが。 崖っぷちに自らを追い詰めるこの方法、大きなノウハウである。考えてみれば、事業も人生も同じことがいえる。 −つづく ・・・・・・・・ 2003年09月02日(火) 881, 讃岐うどんの店
最近ブームになっている讃岐うどんのチェーン店に行ってきた。 100円からの讃岐うどんを食べられる客単価400円の店だ。 揚げ物などを皿に取り、うどんを注文して勘定をする方式をとっている。 社員食堂のセルフ式をそのまま讃岐うどん屋に取り入れた業態である。 ・一回目に食べたのが「肉コロッケと、掻き揚げと、普通の讃岐かけうどん」で約500円であった。 ・2回目は、「100円の小のかけうどんにオニギリとハンペンと天ぷら」で400円であった。
客層は家族ずれからサラリーマン風とOL とばらついていた。 一組あたりの滞店時間が20分位で、非常に短いのが特徴だ。近くにあったら週に一度はいくだろう。 気軽で300〜400円で済むからだ。ガソリンスタンドと同じで、セルフ方式そのものが受け入れられている。 セルフ方式を取り入れて、美味しい?ものを安くしているところがミソだ。 家族で美味しいものを食べにいくところではない。お腹を満たす為に行くところだ。
新潟駅前の自社の事務所の近くに牛丼の「松屋」も開店予定だ。おそらく週に一度は行くことになる?だろう。 遅かれ早かれ、この業態の讃岐うどんチェーン店も出てくるだろう。 客単価の低いところをねらった店が求められているからだ。今までの単価の半額が目安である。
これは一時的ブームで済むのか、このデフレの時代の大きな潮流にそったものなのか、 今のところ判断はできない。しかし、セルフ方式の合理的システムは流れに沿っている。 最近の居酒屋チェーンも闘いの中から、必死にそれぞれの新しい業態の店を創ってくる。 いかに消費者に受け入れられるかの闘いである。 その闘いを避けた店は受け入れられなくなる。 その意味で個人経営の居酒屋はますます苦しくなっていくだろう。 飲食店のウォッチングは身近で判りやすく面白い! 趣味といってよい。
・・・・・・・ 2002年09月02日(月) 507,私の世界十大ニュース
56年間生きてきて、大きい時代の変化に驚きである。 21世紀を垣間見た一つの生命の視点、驚きベスト10を私の主観で書いてみる 1、何といっても、インターネットである。 ただただ驚きだ。 キーワードを幾つか打てば世界中の情報が一瞬で画面に出てくる。 2、ソ連と東欧の崩壊。 3、日本の勃興と衰退ーこれだけ劇的になるとは。 4、パソコン、TV機器、などのハイテク機器の進歩。 5、世界中を気楽に多く行き見る事ができたこと。 6、宇宙への知識の進歩。 7、人類の月への着陸。 8、中国の文化大革命。 9、アメリカの9・11のテロ。 10、キューバ危機とケネデーの暗殺。 恐らくこの十年はもっと大きい変化がおきるのではないだろうか。
・・・・・・・・・ 2001年09月02日(日) [129] 人間関係
人間関係、これが私の専攻した学問である。 私を知っている人間はほんと!と驚くはずである。 全く人間関係に,はちゃめちゃであるからだ。 といって人間関係に悩んだことはない。 悩むような場をつくらない、行かないからである。 よかったと思うことは、社会そのものが学問内容になるからだ。実社会は人間学であるからである。 末っ子ということと、寮生活と、勤めと、事業の中で、あらゆるタイプの人間から赤裸々な現象として割り切って見れた。 皆それぞれの過去ー血縁を背負って生きていることが解った。その人間関係にどうしてもエネルギーを使うからだ。 人事管理のゼミの時の総意は、組織は能力は創れないというのが結論であった。 しかし、これは私の勝手な思い込みだった。
|
|
|
|
2008年09月01日(月)
人類の現時点を俯瞰してみると、人間圏が限界に達してしまったことと、 インターネットという人類文明史にとって大きな情報手段を手に入れた、という大きな分岐点に立っている。 著者はアポロの月面着陸が地球史・生命史という時間スケールでも、特記すべきことと見ている。 4億年前に、生命が初めて海から陸に進出した事件に匹敵するという。 現代は宇宙から地球をみなければならない時代になってしまったのである。 グーグルアースも、地球だけでなく天体飛行のできる機能がついている。 我々は何時の間にか、その立ち位置に置かれてしまったのである。 ー以下、要点を抜粋したー 〜〜〜 「地球システムの崩壊」 松井孝典著 −読書日記 −2 *現代とはいかなるじだいか
1969年、人類は地球上の生命としては初めて、地球の重力圏を突破し、月面にその足跡を印した。 人類としての記念すぺき最初の一歩を印したアームストロング船長は、 その歴史的瞬間に立ち会った気持ちを、次のように述べている。 「これは一人の人間としてはほんの小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」。 この言葉ほど、現代という時代の特徴を、簡潔にして明瞭に伝えるものはない。 アメリカの文豪ノーマン・メイラーもまた、この高揚した時代の気分を次のように残している。 「二〇世紀はアポロー1号の打上げをもって終った」。 それは地球史、生命史という時間スケールでも、特記すべき事件である。 今から四億年前、生命が初めて海から陸に進出した事件に匹敵するからだ。 地球の重力圏を突破することの哲学的意味は、宇宙から地球を見る視点を獲得することにある。 それは地球が、他の太陽系天体と同じくひとつの天体にすぎないことを、一般の人にも、画像としてはっきりと 確認させてくれるが、しかし一方で、地球が他の太陽系天体と、異なる天体であることも認識させてくれる。 その雲の変化や、季節による大陸の地表変化は、大気と海との複雑な相互作胆あるいは生物圏の存在を示唆し、 地表が、その領域を構成するいくつかの構成要素間の、相互作用による動的な平衡状態にあることを語っている。 専門的な言い方をすれば、それは地球がひとつのシステムであるということだ。 また、夜になると地表を覆う光の海は、この天体に、高度に発達した知的生命体、 あるいは文明が存在することを、灯台からのシグナルのように宇宙に向かって発信している。 従って、「現代とはいかなる時代か」と問われれば、 「我々の存在が宇宙から見える時代、あるいは我々が宇宙を認識しはじめた時代」といっていいだろう。 それはまた、我々が大脳皮質に外界を投影し、内部モデルを構築するーそれが認識ということだが、 その認識の時空を拡大することで、ギリシャ以来の学問のゴールである普遍性について、 具体的に語りはじめた時代といってもよい。宇宙からの視点を得るとは、俯瞰的、相対的、普遍的視点をもつ ということと同じである。 その結果、「我々は初めて、我々とは何か、どこから来てどこへ行くのか」、 という根源的な問いに真正面から向き合うことができる。 その詳細を議論するには、宇宙や地球や文明について、いくつか基本的な認識を確認しておかなくてはならない。 〜〜 何度も書くが、これはコペルニクス的な人間観の転換でもある。また、その視点が最重要になる。 月面着陸が地球史的にみて、これほど大きな出来事だったとは知らなかった。 そして宇宙の彼方から地球を改めてみた時に地球システムの中に、自然の中に 人間という知的生物がいて、生物を支配しているのである。 それだけでなく、自らを創りあげた地球システムを破壊始めたのである。 それが自滅とわかっていても自分自身どうすることも出来ない事態に入ってしまっている。 この知的生物とやらは、知を得たがゆえに消滅していくのである。 正しく「アダムとイブが禁断のりんご食べたこと」が、これに当たるのだろう。
・・・・・・・・・ 2007年09月01日(土) 2342, 「ある」ことと「あった」こと お|* ̄O ̄|は 『狂人三歩手前』 ー中島義道著 ー「ある」ことと「あった」ことー
理屈っぽくなるが、「ある」とは「あった」があるからあるから「ある」のである。 「あった」があるから、その想起で現在が「ある」のである。 「私」も現在から過去を振り返ったとき、「私」が発生するのと似ている。 現在は過去にかこまれているのである。かって旅先で暴漢に襲われて記憶を無くしてホームレスになって、 そして立ち直っていく男の物語の映画をみたことがある。 これこそ自己喪失である。そこに記憶も生活基盤を無くすことの恐ろしさを見た。 それは「あった」があるから「ある」という説明に、解りやすい物語であった。 その映画を見て、人生は「ある」ということと、「あった」ということで成り立っており、 その両者を大事にしなくてはならない!と実感をした。過去は消せないのである。
以下は『狂人三歩手前』から・・・ ーーー 世界についてでも、私自身についてでもいい、物体についてでも、心についてでもいい、 われわれは現在の知覚を基準にして、何らかの客観的対象が「ある」とみなしがちである。 書い換えれぱ、それを客観的認識としがちである。 だが、これはまったくの錯覚ではなかろうか? むしろ、物や心が客観的に「ある」ということの基準は、 過去において「あった」ということと現在「ある」ことの両立不可能な二重のあり方のうちにあるのではなかろうか? 確かに、過去の出来事は「うっすらと」しかないのに対して、眼前の光景は、「がっしりと」そこにある。 だが、あり方の強度と「ある」ことの原型とは別である。 現に見えているとか現に触れるということが、 ただちには何かが(客観的に「ある」ことの条件でないことはすぐにわかる。
第一に、世界のほとんどの客観的な事物や出来事を、私は現に見ていないし、現に触れていない。 第二に、動物でも赤ん坊でも知覚はしているが、ただちに何かを(客観的に)「ある」とみなしているとは言えない。 では、何かが「ある」と言えるためには知覚に加えて何が必要なのだろうか? 何かが「あった」ということをとらえる能力としての「想起」である。
過去とは過ぎ去った擬似(薄まった)知覚的世界ではないのだ。 それは、ープラトンのイデア界のようにーわれわれの知覚世界とはまるで異なった意味世界なのだ。 だから、そこには「戻れない」。戻れるのは、何らかの知覚的世界だからであり、意味の世界に「戻る」ことは 原理的にできないからである。われわれはいかにも現在の知覚的世界だけに 生きているように見えるが、じつは刻々と過去世界に取りかこまれて、いや浸されて生きているのである。
過去の事象を(客観的に)「あった」ものとして認識することは、 言語の意味としての過去世界を眼前の知覚風景にうまく関連づけてとらえることである。 現在の事象を(客観的に)「ある」ものとして認識することは、眼前の知覚風景を 言語の意味としての過去世界にうまく関連づけてとらえることである。 ということは、われわれは、常に現在に生きているのではない。常に現在と過去に生きているのである。 過去に生きることができる者のみが、現在に生きることができる。現在にのみ生きている、と言われる動物や赤ん坊は、 過去に生きることができないが故に、実は現在にも生きていないのである。 これを言い換えれば、「あった」ということがわからない者は「ある」こともわからない。 あなたが自分のからだを観察しても、心の状態を観察しても「私」をとらえることができない理由もここにある。 「私」とは、現在と過去という両立不可能な二重の世界に生きることが出来るような者なのであるから。 そして、我々は現在と過去とを一挙に対象的にとらえることはできないのだから。 ーー
非常に解りやすい、深い内容である。これを歴史に当てはめてみても、成り立つことである。 遡れば、ビッグバンがあったから、現在があるのである。 (その説が正しければだが)ありえない事が起こったのである。そして、現在、私が世界を生きている! これは偶然か、必然か?そしてビッグバン以前は何だったのか? これを考えるのが哲学の一歩である。 バ━━ヾ(′ω`●)ノ━━イ ・・・・・・・・・ 2006年09月01日(金) 1977, 三回目のケニア旅行ー2 (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス!
10年前には日本人観光客が一万人だったが、現在では十万になってしまった。 以前はケニアに行ってきたといえば珍しい存在であったが・・・ また首都のナイロビからマサイマラへの道路では以前はあまり車が走ってなかった。 しかし現在では対向車が絶えることなく走っていた。
話は変わる。 マサイマラでの出来事。サファリカーが5~6台終結しているところに 若い雄ライオンが二匹寝ていた。ところが何分経っても寝たままなので、その場を去ろうとすると、 突然隣の車が二台が交互に、そのライオンの鼻先に車を突進、寝ているライオンを飛び跳ねてしまった。 若い現地の運転手が笑いながらからかっているのだ。初めてみるシーンである。
自然動物に対して絶対してはならない行為と、ただ驚いてしまった。 後ろの席にいた若いツアー仲間の女性が、それをみて突然泣き出してしまった。 彼女の気持ちが痛いほど理解できるが・・考えてみれば、現地人にしてみればライオンなど野良猫のようなもの。 もし抗議したとしたら「御前ら観光客こそサファリーカーで勝手に排気ガスを撒き散らして、 奇麗事を言うんじゃない!」というのが本音だろう。ただ、長い年月を通して、動物とサファリカーは お互いに危害を加えない暗黙の了解を作ってきた。その意味でやはり問題だろう。
今回の旅行でアフリカが遠い存在から、ごく近い存在に感じ取ることができた! それにしても7年前のヌーの河渡りの印象が、あまりにも強烈過ぎた。 野生のライオンや、豹を見ても感激しなくなった!もうサファリは最後か!いやタンザニアがある。 まだまだ、深いアフリカは!添乗員から、マリが面白い!と聞いた。 地方経済がもっと回復してくれば大手を振ってもっと出かけるのだが・・ 絶望的か!もう年一で充分だが・・ (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが? バイバイ! ・・・・・・・・・ 2005年09月01日(木) 1612, ハワード・ヒューズ ー字数の関係でカット(08年9月01日)
・・・・・・・・・ 2004年09月01日(水) 1247, さよなら!五十嵐恭一さん −五十嵐恭一さんへの弔文
友人の五十嵐恭一さんが8月21日の夜半の11時過ぎ、長岡西病院で亡くなった。 享年57歳であった。 その日はオーストリアの旅行の為、日暮里に前泊していたので、 旅行から帰ってきた翌日の30日になって初めて、その事実を知った。
朝日新聞系の「朝日広告」の営業で、高校の後輩ということもあって、公私の付き合いがあり、私の弟分であった。 かなり激しい躁鬱症で、間接的だが私がカウンセラーとコントロール役をしていた。 支局長までなったが、 その病のため平社員に降格された。それでも過去の経験を買われて、そのまま同じ職場で仕事を続けていた。 盆暮れを含めて年数回、20年以上飲み続けていた。 アポ無しで事務所で直接来ても、 抵抗感を持たせないキャラクターがあった。気持ちが純粋で、面白いミニ情報を多く持ってきてくれていた。
三年前から、唇に腫瘍ができ、それが原因で転移して末期癌になっていた。 この5月に自宅に見舞いに行ったところ、 苦痛に呻いていたのをみて、末期医療の長岡西病院のビハーラ病棟への入院を勧めた。 (躁鬱病の重症の時も、私が入院を勧めると、直ぐに従った。)
自宅への見舞いの三日後に、即入院をした。そして最後に見舞いに行ったのが、亡くなる10日前であった。 一緒に見舞った人が、五十嵐さんの知人で、先に亡くなった人の名をあげて、 「私も直ぐに行くから、彼らと待っていてくれ!」と慰めた。 ところが、「まだ、早い!」と絶叫をしたのをみると、マダマダ生に未練があったようだ。 死ほど、自分と他人の差が大きいものはない。
苦痛は想像を超えていたようで、「24時間の拷問にあっているようだ」といっていた。 奥さんに苦痛の為[殺してくれ!]と、懇願したそうだ。 私の身辺で多くの末期癌の壮絶な死を見てきたが、 彼のそれは悲惨で見るに耐えないほど激しく厳しいものであった。本人しか知らない想像を超える辛さがあったのだろう。 オーストリアの旅行先で、行く先々の観光地で、バスを降りると雨が降ってきた。 そして、バスに乗ると雨が止む。 それが三度目に、虹が出たとき、「ああ、五十嵐恭一は亡くなった?!」と、 思ったのが事実と知った時、なるほど、彼らしく自分でお知らせをしてきたのだと思ってしまった。 知人縁者の死は、自分の死でもある。しかし自分の中では、より身近になって何時までも生き続けることを実感する。 さようなら、五十嵐恭一!そして、ありがとうございました! ご冥福を!
・・・・・・・・ 2003年09月01日(月) 880, 敗戦の時 ー有事の時代に突入 −2
彼が新宿のビルの上から東京を見ると、「大震災の後の無残な街の姿に見えてくる」という。 このセミナーを聞いていて、その無残な国の真っ只中に置かれて、何も手をうってこなかった自分の鈍さに、 背筋が凍る思いであった。 99佑凌佑箍饉劼手をうってないとしても、大震災から疎開する1%で なくてはならないのが経営であり、時代を生き抜くということだ。 この内容を一ヶ月かけて熟慮して、手順に一つずつ落としていくつもりだ。 去年からの対策を含めて戦略は進行中だが、装置産業はこの有事では大きいハンデになる。 返済能力が10~15年以内なら「良い借金」の範疇というから、一応大丈夫だ。 四棟のホテルのうち2棟が新潟駅再開発の道路拡張にかかる。 ついているのだろうが、しかし有事である。 ある日売り上げが半分ということもあり得る。 今は返済能力が100年や500年はざらというが、その仲間内に入ってしまう可能性も無いとはいえない。 逆に考えれば、大チャンスである。 その為には、自宅などの全ての資産を売払い、 その全てを金ーゴールドに 換えておく位の覚悟がいる。 頭の固まった私に果たして、それができるだろうか。できれば今の大震災を軽く乗り切ることができるはずである。 どこまで決断できるかであろうが。 全てを賭けたゲームとして割り切っていけば面白いだろう。 このセミナを再度聴きに来ている人が数人いた。 何かわかるような気がした。凄い時代なのに、 普段の生活の中では実感がわかない。多くの資料を貰ってきて、何度も何度も読み返しているが、考えれば考えるほど 日本の惨状に驚きざるを得ない。『今は有事なのだ!!』 「今頃わかったのか?」という声が聞こえてきそうだが、 実をいうと実感として、正直そうである。 有事の意味の捉え方もあるが。 ー以前に書いた読書日記をコピーしておきます。 ・・・・・・ 「財産を無くす人、財産を残せる人 」ーデフレ経済下21世紀の日本型蓄財術- ー読書日記ー 清水洋/著
ー私のマトメタ内容ですー 時代を見極めよ、そして早く決断を! その為に日本の現在をどういう時代かを整理してみると ・「デフレ基調」に変わった。 ・官僚型社会主義システムの崩壊過程にある。 ・市場原理が支配する自由競争になるー競争の激化。 ・レース型競争社会からゲーム型競争社会になる。 ・圧倒的な「勝ち組」とその他大勢の「負け組」と分けられる。 ・これから5年間は「最悪期」に入る。 ・国債の暴落とハイパーインフレの可能性が大である。 その結果 ・不動産価格は5分の〜10分の1 ・株式は5分の1から20分の1 ・ゴルフ会員権は5分の1から1000分の1 ・失業率は15~20 ・消費税は15~20諭,砲覆襦 以上はITなどの情報化や、それに伴うグローバル化が起因としている。 更にこの動きは拍車がかかるだろう。 企業としては、この流れに対して ・総資産の圧縮と借入金の圧縮 ・知的集約の企業形態に変身 ・固定資産を手持ち流動資金への変換 ー手元キャッシュフローの流動性を高める。 ・不良部門を徹底的に切り捨て、優良部門に集中する ・公的部門の民営化時代に先手を打つ 等への変身への決断をしなくてはならない。 以上であるが、以前この人の経営セミナーのパンフレットをみてさっそく取り寄せて読んだ本である。 これを元に会社を変身しないと遅かれ早かれ消滅してしまう運命にある。 以前書いた随想日記をコピーしておきます。
・・・・・・・・・ 2003年01月17日(金) 649, 損切り ー字数の関係でカット(08年9月01日)
・・・・・・・・ 2002年09月01日(日) 506, 孤独について
人間は独りで生まれ、独りで死んでいかなくてはならない。本質は孤独である。 学生時代、名僧いや怪僧?の新井石龍禅師との問答で、禅師は、[禅は一言でいうと何ですか?] の私の問いに「字のとおり単を示すことだー宇宙に自分が独りということに気づくこと」と答えられた。 全くそのとおりである。 若い時に大都会に出る必要性は、大都会の中で、凍りつくような孤独の経験をしておくこと。 圧縮された大都会の真ん中での孤独な生活である。 じっくりと孤独の厳しさを知ると ・仲間の大切さを知る事ができる、但し真っ当な人だが! ・本を通して数千年前、数百年前の人物と出会うことができる。 ・独り遊びの大切さ知るー音楽会や映画に独りで行くとか。 ・自分のアイデンテティーが見えてくるー自己の確立。 ・孤独の賑やかを知る。 それを若い時にじっくり経験してないと、「何処かの子狐?」のように中年期・壮年期を迎えたとき、 どのようにしてよいか解らないで、そのレベルでベタベタ群れるしかないのだ。 それか濡れ落ち葉になるしかない。失敗の人生である。地方にはこういう人が大部分だ。仕方ないことだが?
・・・・・・・・ 2001年09月01日(土) [128] 地獄の舗装
地獄の舗装の砂利は善意でできている。日本の裁判の何割かは善意が発端だ。 あれやってやったのにー善意だったのにー本人の為と思ってやったのにー 請け判はその典型だ、連帯保証人という言葉に勘違いをして一生を棒に振った人を何人も見てきた。 身近の親戚が、目の前で手形を出そうとしたこともあった。 私の目を見てヤバイと引っ込めた。 他の親戚までが「そんなに苦しいなら押してやりな」とかいう。ーそういう奴ほど自分では絶対に押そうとはしないが 善意という名の悪行が、善意という甘さをねらって行われてきた。 正しく冒頭の「地獄の舗装の砂利は善意でできている」である。これでいかに人が人を傷つけてきたことか。
現実に仕事をしていて、善意という相手の甘さを狙ってくる人間のいかに多いことか。 仕事をしているとこの絡みのくもの巣である。しかしそれは現金をただ呉れてやると、全く同じことだ。 「何で貴方に現金をあげなくてはならないのか、現金にするとこの金額を呉れと 言っているのですよ!」というと、きょとんとする。全く他意がなかったり、利害を抜くのが善意である。 対価を求めるのは打算でしかない。 結局べたべたした関係がその巣窟である。
|
|
|
|
2008年08月31日(日)
ここでも、何度か酒の失敗について書いてきた。 しかし楽しい酒はこれまた格別よい。 致命的な大失敗をしても仕方が無いと割り切れるほど、酒は日常の制約や退屈さから解放をしてくれる。 「酒はモラルの休暇」とは、よく言ったものだ。 世界の人たちは酒の少々の失敗は認めてくれる。 歴史を振り返っても、どの社会でも飲めや歌えの大騒ぎを許容する祭りや行事があり、その日のことは、大目にみられてきた。 ただ酒で抑制が解放されてしまい、殺人や、思ってもいない浮気や、失態も起こる。 「しらふの人間が心の中で思っていることを、酔っ払いはベラベラと話してしまう」ことが、酒の一番の欠点だろう。 そういう不節制にも教育的?価値もあるという。 少し無理はあるが、直接跳ね返ってくる身近な事件?になるからだ。 あまりに真面目くさった人生も、これまた面白くも可笑しくもない。 下戸の人は、酒を飲んで大騒ぎをしている高揚した楽しさ、至福を知らないまま生涯を終えるのである。 普段の生活の中に、自分を解放する夕時の一時の時間として一般的には、 どの世界もアルコールは日常の生活に入りこんでいる。 どの街にも飲み屋街が繁華街にあり、多くの人が頻繁に出入りする。スペインにはバールが、何処にいってもある。 値段の安い西欧居酒屋である。 そこには、誰もかしこも入り浸っている。 長い歴史の中で、出来上がった庶民の娯楽施設だが、そこで家族や友人同士が夜遅くまで話し合っている。 カフェテラスのように店の前にも席があって、多くの人が親しそうに話しをしているのを見ると、奇異な感じがする。 バイロンは「理性があるからこそ、人は酔わねばならない。人生で最高のものは、けだし酩酊なり」と、いっている。
酒に十の徳あり(酒には十種の長所がある)という。 百薬の長、 寿命を延ばす、 旅行に食あり、 寒気に衣あり、 推参に便あり、 憂いを払う玉ぼうき、 位なくして貴人に交わる、 労を助く、万人和合す、 独居の友となる。
酒は、つらい日々ほど、その時間だけは美味い酒で楽しい最高の気分になれる。 辛い日々の酒こそ、美味い味わいが残る。 一時的に天下を取ったような気分に慣れるのである。 達成感など実際の喜びを感じるには長い年月と、汗と涙が必要となる。 しかし、酒は酔いという作用で、その喜びを与えてくれるのである。 だから、恐ろしいのである。
まあ、よくぞ、これだけ、酒で失態をしたものだ。 しかし、その時々に本当に美味い酒を飲んできた。 これが、もしかしたら、人生で一番の価値あることだったかもしれない。 たまには大騒ぎをするのも良いじゃないですか、ということだが、「御前の場合は、それさえなければ、な〜」 と何度言われたことか。 そして自戒しとことか! でも、私から、それを取ったら毒の無い河豚みたいなもの。 棘の無いバラ、それともノンアルコールのビール? それにしても、酒を飲んだ楽しい思い出の多いこと。
先日、亡くなった赤塚不二夫の本を読んだ。 今度書くが、明らかにアルコール依存症。 新宿を中心に飲んで騒いだ具体的内容が書いてあるが、想像を絶した酒騒ぎである。 酒を飲んで漫画の世界に入り込んでしまうのである。 カリブ海のホテルの一つや二つ分は飲んだと言うから、数十億円は飲んだのだろう。 なら、アル中になるわけだ。 でも、面白かっただろうな、う、ら、や、し、い ! そうでもないか? いや、やはり、うらやましい??
・・・・・・・・・・ 2007年08月31日(金) 2341, 「私」とは何か? 〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●) 「狂人三歩手前」−中島 義道 (著) −読書日記 ー「私」とは何か?ー
「私」について、その構造について、過ってこの読書日記で書いたことがある。 成る程と合点がいったが・・・ 常に考える時、「私」は何々・・・と一日、数百回も自問自答しているのに、 その「私」とは何ぞや?と、考えたことがない。 それをキチッと知っていると、いないとでは、思考の根本が違ってくる。
ー「私」が無になることーのコーナーの「私」についての説明が解りやすい。 ある哲学書で「私」についての説明があった。 {「いま・ここ」の主観を私とは言わない。 土手を歩いていて振り返った時、 さっきの橋を歩いていた主観が「私」として飛び出してくる。云々}と。 成る程と思いつつ、解ったようでもう一つ理解できないモヤモヤが残っていた。 過去を振り返った時に「私」が初めて発生するということ? 垂直に縦にある「いま・ここ」の主観は、まだ私になってないということ?
ところが彼は、この本の中で、その「私」を噛み砕いて解りやすく説明をしている。 ーー −p.86 「いま・ここ」に存在するものを「私」だと思い込んでいるのだ。 だが、そうであろうか? いま両肩から下に頭部を欠いた独特の身体が広がっているが、 なぜこれが「私の」身体なのだろうか?そこに独特の感じがするから?だが、 なぜその独特の感じが「私の」感じなのだろうか?こう問いつめていくと、この方向に答えは見いだせないことがわかる。
「私」とは知覚とは別の独特の作用によって端的にとらえられるものではないか? いや、そんな独特の作用など見いだせない。「私」とは知覚しているときに、同時にそこに感じられるものではないか? いや、胃がきりきり痛い時にそれと並んで独特の「私」という感じなどない。 そもそも「私」とは作用の対象ではなく、作用の絶対的主体なのではないのか?多くの哲学者はそう考えた。 そして、それを「純粋自我」とか「超越論的統覚」とか名付けた。 だが、人間としての「私」がそんな抽象的な発光点のようなものであるはずがない。 あれもこれも否定して、振り出しに戻ったわけである。
ここで、別の視点から反省してみるに、「私」とははじめから異なった時間における同一なものと了解されている。 「私」とは過去のあの時も同一の「私であった」者である。しかも、その同一性は二つの対象を見比べて判定するのではなく、 現在の側から一方的に過去のあの者を「私であった」者と判定するのである。 「私」は、過去と現在との関係において登場してくるのだから、現在の世界を隈なく探しても見いだせないのは当然である。 過去自体はすでに消えている。過去の記憶だけが残っているのだ。 現在の知覚される世界ではなく、過去の想起される世界を探究することによってはじめて「私」は身を現わすのである。 ここにきわめて重要なことは、過去のあの時に私が不在であっても「私」の同一性は保たれるということだ。
夢の場合で考えてみよう。夢を見ているあいだ「私」は自覚されていない。 「私」は、夢から覚め「私は夢を見た」と過去形で語る時にはじめて自覚される。 まさにその時、あれが「私の」夢であったことが忽然と了解され、遡ってあの時「私が」夢を見ていたことになるのである。
夢ばかりではない。この構造は広く普遍化できる。「私」は仕事に没頭している時や、夢中でボールを追いかけている時や、 ぼんやりもの思いに耽っている時など、いわば消えている。 しかし、あとから「私は〜していた」と語れる限り、その時「私」は存在していたことになるのだ。夢中で小説を読んでいた。 ふと気がつくとあたりが薄暗く、電気をつけてみるともう三時間も経っている。 私は小説の内容を細部に至るまでありありと覚えている。一体誰が読んでいたのか?ほかならぬこの「私」である。 ーーー
夢を例にした説明が、理解しやすい。夢見ているうちは「私」は成立してない。 じゃあ、夢の中で私は何々、云々といっているのは何だろうか? ただ夢の中で過去のことを考えただけで何の問題は無いか! まだ夢の中で成立してない純粋何とかいう未成立の?が、 夢の中で成立した「私」として過去からの流れの何かを考えていた! ということになる、ただそれだけだ。 そういえば、また夜半にリアルな夢をみた。 グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ ・・・・・・・・・ 2006年08月31日(木) 1976, 充実した人生 おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ 時差ぼけだ〜
先日の新聞広告の「男の品格」という紹介文で 「自分の一生が幸福だったかどうかは、男にとっては大した問題ではない。 だが充実していたかどうかは大きな問題だ」という内容があった。
ところで私の場合はどうか、考えてしまった。 幸福度は70~80点? 充実度は、どうだろう? どうしても知人との比較対象になってしまう。 その充実度は外的なものになってしまう。 それでも、やはり80点か?
幸福度は気持ちの問題だから、その本人次第だが充実度は? やはり過去の人生の密度に関係してくる・・・ 密度は濃かった?、それとも淡白だった?のだろうか・・・
ところで「充実したか」と、「幸福」を置き換えて、「人生は充実していたかどうかは大して問題ではない、 だが、幸福と思えるかどうかは大きな問題だ」という理屈も、成り立つのでは? 充実をした人生を送ってない人も多いから、その見方も大事じゃないかと?? ( ̄ω ̄;)!! 全て解釈ー受け止め方、そう言葉・言葉でしかない。 どう考えても充実した人生を送ってない人が、自分は充実した人生を送ったと勝手に思い込んでいる人もいるし、 充実した人生を送ってきた人が、自分は充実した人生を送ってこなかったと思い込んでいる人もいる。 だからよいのだろう!人生は。 充実した人生か〜 やはり大事なのだろう! ところで充実した人生とは? ・感動・感激・感謝の詰まった人生 ・自分の夢を追い求め、そのプロセスで自分の力を出し切った人生 ・自分の好きなことをやり遂げた人生 ・燃焼しきった人生 ・よく遊び、よく学び、よく働いた人生 というところか!! ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ 美味い酒を飲んで、美味い飯食べて、上さんで満足して、ニコニコしていて、 充実した人生のことなど我関せずで人生を終えるのも良いのだが・・・ ところで充実している時って充実感など意識してないものである。 食べている時満腹感がないのと同じこと。 感動・感激、そして達成感などが、溜まった状態をいうからだ。 不幸のときに充実感はない!しかし充電をしているのだから、空の状態。 下手に充実感など持たないほうがよほどよいのでは?とも考えられる。まあ、いいか! この旅行の直後のためかイヤニ充実感がある! 気功をすれば、 早朝の散歩も、 気の充実はできる。 それで充分といえば、それまでだが・・・ ホンジャ(。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・ 2005年08月31日(水) 1611, 日本人「上機嫌化」プロジェクト−2
著者の斉藤孝は、日本人の持っているエネルギーは「自己肯定力」と看破している。 日本人が忘れかけている独自的な自己肯定力を、次の6つの特質としてあげている。
前回も書いたが、その6つを少し詳しく繰り返しみてみる、 1、日本人とは「上機嫌文化」をもっており、毎日の労働の中でも 楽しむことを忘れず、仕事の辛さを軽減する智慧があった。 2、日本人は本当に子供を可愛がる民族であり、子供っぽさを慈しんできた。 その子供っぽさが、新しい文明を取り込む積極性のもとになっていた。 3、日本は湿度の高い国であるから、「とにかく水に流す」ことが好き、 変わり身が早く、ストレスを溜め込めない民族であった。 4、かって日本人は「身体から入る」ことの重要性をわかっていた。 経験から勉強する伝統があった。だから向学心が高いレベルで維持できた。 5、私たちの意識は「気づかいを育てる日本語」に大きく影響されており、 言葉に出さなくともお互いに気を使うことを求められてきた。 6、桜に対する愛情でもわかるように、日本人は「はかなさを愛でる」民族であり、 その感受性は繊細な心で支えられている。 そうした細かさを持つ日本人は、心の容量が大きく強い心を持っていた。
上機嫌化プロジェクトといえば、自分がそうだ。「毎日欠かさず、面白可笑しく生きる」ことを、自分に課している。 土・日は、特に「お笑いの日」にして、お笑い番組を4~5本は観ている。 毎朝の散歩では、肯定語を繰り返し口の中で呟くようにしている。 トイレには「絶対肯定・積極一貫」の中村天風の本が置いてある。 同級会で同じ歳の連中を見ると、ほぼ全員が不機嫌そうな顔をしている。 如何してそんな顔をするか、そして胡散臭そうな顔をするのか、不思議である。 「楽観は意志、悲観は感情」というが、上機嫌も意志でつくり上げることが可能である。
私の知人に、万年躁の人がいる。何か不自然な感じがするが、それはそれでよいのかもしれない。 「そう」演じているのかもしれないが。 しかし、かなりの遊び人。 やはり性格なのだろう。 歌でいえば「チャンチキオケサ」のような人だ。この歌、上機嫌の最たる歌である。
・・・・・・・・・ 2004年08月31日(火) 1246, オーストリア旅行記 −1
8月22日〜29日までオーストリアのツアーに参加してきた。最近、文化圏の国に行ってきたのは久しぶりである。 オーストリア一周というから、自然系の旅行かと思って行ったが、チロル・アルプスの景観を見る機会は殆ど無かった。
チロルといっても、ザルツブルクやグラーツやインスルブルクなどの都市の教会やお城を見る内容であった。 それよりも、ヨーロッパ文化の底知れぬ深さに驚いてしまった。 何ごともそうだが、実際何ごとも経験したことしか、自分の世界が広がらないことを毎回実感する。 知識も然りである。生きるということは、自分の世界を少しでも広げることでもある。 学生時代の欧州一周旅行でウィーンに来たことを思い出したが、ほぼ記憶に残っていないのには驚いた。 オーストリアの概略を書いてみる ・オーストリアの面積は、北海道とほぼ同じ。 ・人口は800万人、そのうち170万人がウィーンに住んでいる。 ・国土の65%が山岳地区。 ・欧州の中央にあり、北の異民族の防波堤的役割があった。 ・ハプスブルク家が何といっても有名である。 日本の人口の15分の1しかないのに、これだけの存在感がある。 やはり文化の深さと広さが、それを成しているのだろう。
ーつづく ・・・・・・・・・ 2003年08月31日(日) 879, 敗戦の時 ー有事の時代に突入 『会社と個人の資産防衛セミナー』 2003年8月27日 池袋・かんぽ会館12時30分〜17時 講師清水洋 −中央会ー主催
東京で先日『会社と個人の資産防衛セミナー』に参加してきた。 以前この随想日記に、この講師の本の感想文を書いたことがあるが、 実際のところどうなっているか聞いてみる時期にきていた。 講師の清水洋の本を二冊読んでいたが、実際参加してみて日本の現状の酷さに驚かされた。 彼は税理士をしていると同時に、会社の再建・再生・債務対策などの指導に奔走している。 その生々しい一言一言がドラマで面白くさえあった。 40人ぐらいの参加者全員が食い入るように聞き入っていた。そのためか、講師も熱が入っていた。
ー要点を印象順に書くとー ・近い将来、間違いなく国債の暴落・金利上昇・ハイパーインフレになる。 それに備えてヘッジをしておくべきである。動産ー金ーなどに換えておくべきだ。 銀行は預金封鎖もあり得る。 戦前の預金閉鎖の法律が残っており、閣議決定だけで可能である。 ・年間1万9千社が倒産といっているが、実際は転廃業を含めると22万社が消滅している。 これは関東大震災が目に見えないカタチで毎年おきている以上のことだ。 ・今年140兆、来年が150兆、再来年が170兆円の国債発行の予定。 −という事は、一家の借金にすると毎年500万円の借金が増えていることになる。 破綻をはるかに超えている状態である。 ・それをカバーするのは国債しかない。そろそろ銀行が、その買取に難色をはじめてきた。 次の手段として小口にして国民に売り始めた。 歴史的にみて、そうせざるを得なくなった時は国家財政の破綻の時期。 第二次世界大戦の敗戦直前に、戦時国債が多発された。 それを信じ買い取った国民は財産を失った。 金やドルに換えていた人もいたという。そういう人が大資産家にとってかわった。 いま無知蒙昧な国民がこぞって買い始めている。 ・現在は大清算時代の有事の時だ、今までの考え方では自己防衛は不可能だ。今までの常識を全て捨てることだ。 ・不動産はまだまだ値下がりが続く。良質の不動産と、それ以外の不動産の価値の差がますますつく。 ・借り入れは可能な限り返し少なくすること。 ・政治家の旧守派と官僚と財界の利権のトライアングルが国家を破綻に導いている。 国民がその自民党を支持している。この程度の政党の嘘に騙されている国民そのものが悪いのだ。 ・日本政府は世界最大の金融機関である。郵貯に、年金、多すぎる税金をかき集め、政治家と官僚が好き放題使っている。 道路に橋に第三者機関によるホテルや体育館などなど。 すべて採算割れ。 ーつづく ・・・・・・・ 2002年08月31日 (土) 505, 独り言
最近、自宅近くで自転車に乗ったり、歩きながら独り言をいっている人に たて続き4人にすれ違った。 別に精神に異常をきたしているとは思えなかった。 60歳位の男の人は怒りながら歩いていた。家内は何回もそれを目撃しているという。 時代がそれだけ世知辛くしているという事か。 今まで見てきた独り言をいっている人は、明らかに精神の異常な人。 独り言は聞いていると本当に内容が重いことが多い。ところでこの随想日記を公開しているのも独り言といってよい。
25年前になるが、岐阜に向かう丁度通勤列車に乗った。突如何処かで男が独り言を大声で話し出した。 初めは何気なく聞いていたが、過去に北海道に旅行した具体的内容であった。 それが結構面白く内容なあるものだったことを今でも憶えている。列車に全員が咳払い一つしないで聞いていた。 知らないうちに頭で思っていることが溢れ出ている状態をいうんだろう。聞いている方は非常に不気味だ。 50年近く前に長岡駅の周辺に頭のおかしな「たるまのゆき」という女の浮浪者がいた。 独りでぶつぶつ笑いながら歩いていた。 なかなかのインテリで学校の先生をしていたという? 以前に都会である中年の女性が通り向かって怒鳴っていた事もあった。
・・・・・・・・・ 2001年08月31日(金) [127] 特異点
‘自分自身’宇宙の特異点である。もちろんこの地域も、職場も、友人も特異点である。 この当たり前?のことがきずかない。 考えてみればそれぞれの経験の世界以外知ることができないし、 その人にとって、その世界は特異点でなく普遍の世界にみえる。
総ては特異点の集まりであり、「普遍」はそう見えているだけだ。 従がって、もしその世界に埋没したり、停滞すると全てが「普遍」に見えてくる。 私が嫌うのが、`中高年の教養のないおばさん'である。それこそ特異点そのものである。
「現象が真実と信じている点」である。真実とは何かも考えたことがない。 俗にいう噂とか社会現象にドップリ浸かっている。それぞれが特異ということが解らない。 そして対象に集中して相手の特異を見つけると、あたかも、とんでもない欠点と思い込んでしまう哀れな存在。
|
|
|
|
2008年08月30日(土)
松井孝典の「レンタルの思想」の中のキーワードの一つが「共同幻想」である。 一万年前に農耕牧畜を始めて、「人間圏」を作り上げてきた。 そして右肩上がり人間圏の拡大が共同幻想だったことを、人類は宇宙に出て地球を俯瞰して初めて知った。 資源が有限であり、農耕以来、環境破壊を続けてきたことも、これ以上の人間の欲望を拡大できないことも知った。 ー著者の松井孝典は、次のように人間圏の危機を述べている。 ≪欲望のカタチは所有であり、人間は地球という大地を「所有」すると、錯覚していたのである。 これが人類の「共同幻想」というのである。共同幻想は、これだけでなく、貨幣は未来永劫に交換可能とか、 神様の存在とか、人間の命は地球より重いとか、民主主義とか、市場主義経済とか、自由平等とか、 人間を規定する概念すべてといってよい。21世紀の人間圏にとって、その崩壊の引き金になる最も高いシナリオは、 これらの共同幻想が多くの人に幻想と認識されたときである。 その一つがインターネットとという。 インターネット社会は、個々人を主体化し、情報が個人に拡散する。 情報が拡散するということは、 社会が均質化していくことになるが、共同幻想という面では理想的かもしれないが、宇宙からの視点から見れば、 人間圏のビッグバンになる。それは秩序も構造も、情報もあってない、混沌とした社会になる。》 そこで、共同幻想とは何かを知るためにネットで調べてみた。
ー以下は共同幻想についてのウィキペディアのコピーであるー 共同幻想(きょうどうげんそう)とは、複数の人間で共有される幻想である。 日本の思想家である吉本隆明が用い、有名になった言葉である。 吉本は、自分の共同幻想とは、マルクスの用語である上部構造と同じ意味であり、 ただ手垢がついているから使いたくなかったと述べている。 吉本隆明は、著書「共同幻想論」で人間関係は、3種類に分類されると提唱した。 ▼ 自己幻想 = 個人と個人の関係。 ー芸術がこれに当たる。他者には影響を及ぼさないため、無制約に自由である。 ▼ 対幻想 = 個人と他者とのプライベートな関係。 ?家族・友人・恋人がこれに当たる。 ▼ 共同幻想 = 個人と他者との公的な関係。 ?国家・法律・企業・組合がこれに当たる。 宗教は、個人の内面に収まっている限りは自己幻想に当たるが、教団を結成し、布教を開始すれば、共同幻想に当たる。 この分類は効果的であり、世界を正しく見るうえでこの3つの幻想領域を混乱、混同させないことが 大事であると吉本は主張する。これらはそれぞれ独自の法則で動いているのである。 例えば、吉本は心理学者のフロイトはリビドーと言う対幻想性を、社会領域まで無条件に拡大して採用しようと したところに誤りがあると批判する。また、1人の人間もこの3つの領域でそれぞれ違う顔を持っている。 *職場にいる顔と、*家庭にいる顔、*1人でいるときの顔や行動は、それぞれ違うのである。 外弁慶、内弁慶という言葉があるように、冷酷な独裁者や軍人が家庭内では優しいよき父親であったり、 逆に職場では物静かな男が、家庭内では暴力的な暴君として振舞うなどということは、充分ありえる。 吉本隆明は、共同幻想の世界では、個人が幽霊としてしか存在できないと主張する。 例えば、「今は企業の危機だから、粉骨砕身働け」との企業幹部の檄は、 労働力を売りに来ているに過ぎない個人としての労働者の立場と矛盾する。 〜〜〜 以上だが、 松井孝典の二冊の本は、大きな衝撃であった。 地球学という視点で、自分を振り返ると、大いなる共同幻想の中で蠢いていた小さな生命でしかないことだ。 太陽の惑星の一つの地球、その大気圏の中の、物質圏の、生物圏の、人間圏の、極東圏?の中の小さな島国の、 北陸圏の、新潟圏の中の、何でしかない私。 地球の外から俯瞰すれば、そういうことである。 そして、共同幻想を何の疑問を持たないで抱いていた存在である自分を振り返り、「何?何だったのか?」 と根こそぎ、人生観がぐらついている。 恐らく、身近に死を感じ取った時に、直感的に感じる恐怖心の向こうに見える宇宙的な俯瞰の視線は、 織田信長が舞ったという敦盛の 「人生50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか」を彷彿させる。
・・・・・・・・・・ 2007年08月30日(木) 2340, さっきみた幻想的、かつリアルな夢 -v-)。o○《Gооd Мояйiиg》○o。(-v-★)
これだけ、ハッキリと憶えている夢は珍しい。 毎朝書いているモーニング・ページに夜半にみた夢を書いているが、 殆ど忘れている。それでも、五日に一度位は大筋は書いているだろうか。 夢から醒めた直後は、忘れないように反駁をしているが、しかし殆どは反駁したことだけしか憶えていない。 ところが、どういうわけかリアルに殆ど憶えているのである。 夢見た直後に、リアルに、詳細に書けば、読んでいても面白いだろうから、あえて書き出してみる。 まずは、私の夢の世界を、ご覧あれ。 私の潜在意識の公開である!
ーーー 近所を散歩していると、面白そうな家が目に付いた。家の向かって右の方に、子供のための遊び場がつくってある。 そこで主人らしき人が手作りで何かを作っている。 声をかけると、中に入ってもよいという。 そこに入っていくと右が廊下のようになっていて、手作りの小さな部屋が5つ位ある。 その中に子山羊がいたり、こどもの遊び場があったり、遊び道具が入っている。 その廊下の奥に少し広い空間があり、カヤックやカヌーなどが置いてある。 家の右全体が自分たちの遊び場として、その主人・松尾という人が自分で手作りで 作ったという。 そういえば去年、大学の学生時代の友人がカヤックを持ってきて 新潟の阿賀野川の河口で大水の中、二時間ぐらい遊んだことがある、と言うと、急に打ち解けてくる。
そして、居間に案内をする。そこには、彼の友人が4〜5人遊びに来ていた。毎週のように週末は仲間が集まるという。 そこで奥の方の部屋に行き、そこで松尾さんと話をする。薄っすらとした髭をはやした五十歳位の人で、自由業のようだ。 名刺をだそうとしたが、出さない方がよいと判断、自分の姓だけをいう。 急に睡魔が押し寄せてきたが、そこに10歳位の彼の息子が来て、正座をして挨拶をする。 私も挨拶をしようとしたが、眠くてできない。 その松尾さんに、 「あなたは自由業でしょう。弁護士か、医者か、会計事務所の先生とか」というと、その通りだと答える。 そうじゃなければ、このような好きなことを好きなまま、できないはずだ。
ところが、この夢には次の場面がある。翌日、何と家内を連れて、その松尾さんの家に行ったのだ。 そして、家内は松尾さんの奥さんと話をしている。半分お互いに知っていたようだ。 二人で世間話を始める。まあ、せっかくのところに何で家内か、と思っているうちに帰ることになった。 ところが、何か騒がしいので行ってみると、この家の老いたお手伝いさんが前日亡くなり、 そのお参りに近所の人が来ていたのだ。 そこで私も、仏壇の前でお参りをする。 身寄りではないが、お手伝いとして面倒を見ていた人という。 聞いていて涙が出てくる。
その後、一人で自宅の前に帰ってくると、宅配の人が玄関口にいる。その前に宅配の人がきていたようで、不在の紙がある。 そして、家に入ろうとすると、何か人の気配がする。二人の息子と、二匹の犬が一Fの部屋にいる。 庭から部屋の中を見るとまだ高校生の彼らである。 その辺りで眼が覚める。 何か不思議な、リアルな夢である。心象風景ということか? 他人の夢を垣間見るのも面白い? というより、珍しいか!私も直後にこれだけ、鮮明に文章化したのは初めてである! ネムイ! :(,, ・∀・)ノ゛ マタネー.:+: ・・・・・・・・・ 2006年08月30日(水) 1975, 写真家はインドをめざす \(^▽^*)おは! ー読書日記 インドを精通する写真家14人が描いたフォトエッセイが、この1冊に凝縮してあり、読んでいて魂まで吸い込まれるようだ。 この本、この数年で5〜6回は図書館で借りてきては返している。 読めば読むほどに何とも魅力のある本である。 いや本が魅力があるというより、インドの地と、そこに住む人々の混在した多様性にひかれる。 カルカッタのマザー・テレサの建てた「死を待つ家」。路傍でまるでゴミのように死んでいく身よりの無い人々が、 せめて屋根のある家で死んでいけるように建てた家の死を待っている老人達の写真を冷静に撮ってあるもの。 ・物乞いのライ病患者や、駅の隅で転がっている少女の死体? ・河の辺で焼かれている燃え上がっている死体。
インドをドック・アイの視線でカメラマンの目は鋭く一瞬を抉り撮っている。 白黒の写真が、むしろピッタリである。一人当たり7〜8頁の文章と、10枚位の白黒写真がその文章の後にある。 画家や写真家のエッセイは何故、ここまで優しく鋭く人の心を捉えるのだろうか? 恐らく、一瞬の被写体の中にある本質を見抜く感性が私たちの心の奥の共感を呼び起こすからだろう。 この本のトップの日比野宏の出だしの文章から、対象を鮮明に表現する。 ーー チャイ屋で一服するのが、インドの楽しみである。土蔵のような店の天井に吊り下げられた扇風機が、 湿気の無いヒンヤリした風を送ってくる。 何げなく帳場をみると、ゴキブリが油で揚げた菓子の上を通過し、ネズミが茶碗の周りを這いずり回る。 隣の男が茶碗にハエが入っていると怒ったら、店の主人が平然とした態度で、スプーンで取り除いた。 ハエや蚊は空気の成分と同じだという感覚が、この土地で生活する条件の一つかも知れない。 インドに入国してから一週間も経ってない私だが、その状況に少しずつ慣れていった。 −− という具合で、もう自分がインドの茶屋で、お茶を飲んでいるような錯覚に陥ってしまう。 また7人目の「インドに想う」−鎌澤久也の写真も、文も素晴らしい。 − カルカッタといわずインドは楽しかった。 人と動物が一体となり、平等な姿で共存するインド、大通りに牛が寝そべり、交通の妨げになっても、 決して文句を言わないインド人、ヒンドゥー教においては、牛は神聖視されているからなのだろう。
しかし、乞食に堂々とした態度で、お金をくれといわれたのにはビックリした。 いまだに残っているカースト制度に起因をしているのだろうが、君はお金を持っているのだから、持っていない自分に お金をくれる義務があり、自分は貰う権利がある。確かに理は通っているが、が、いま一つ納得がいかない。 ・・それはそうと、ある夜、デリーの安宿で、屋上から街灯で浮かび上がる街並みや、 華やかな通りを眺めていると、見るからに長期旅行者といった、20代後半の男性から、 [[人生とは何でしょうか?」と、突然話しかけられた。 ウ〜ンと私はうなってしまった。 ーーーー 「写真家はインドをめざす」青弓社 (共同 著書) (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・ 2005年08月30日(火) 1610, 閑話小題
ーダイエー長岡店閉鎖ー ダイエーの長岡店に一昨日の日曜日、最後の見納めで行ってきた。 あと閉鎖まで三日ということで、殆んど商品がない状態。 最後の残りの商品にハゲタカかハイエナが集るように客が、右往左往していた。 本来は閉店といえば、問屋が売れ残り商品をドサクサに紛れて売るのだが、 その元気もないようだった。ダイエー出店で長崎屋が閉鎖に追い込まれ、 今度は郊外のSCやスーパーセンターに敗れ去る姿は現実の厳しさをそのまま露出していた。
ー今度の選挙は自民大勝かー (字数の関係でカット08年8月30日) ・・・・・・・・・ 2004年08月30日(月) 1245, オリンピックが終了
オリンピックが、昨夜(日本時間では今朝方)終わった。 期間は8月12日から29日までの17日間であった。結局は金メダルが16個。 前回の三倍、東京オリンピックと同数、であるから大成功だった。 復興委員会が数年前に打ち立てた戦略の結果であった。
私の印象の強い順に書くと ・金メダルを16個取ったこと ・女子マラソンで野口が優勝したこと(丁度ツアーで、ウィーンのホテルでチェックインをした直後にゴールを見た) ・柔道が8個の金メダルを取ったこと ー野村が三試合連続金メダル、谷亮子が女子でニ連勝、 優勝最有力視されていた井上康生が一回戦で破れたことなど ・水泳では、男子の岡島が金を二個、女子ではあまり目立たなかった選手が優勝をしたこと ・体操の団体優勝の緊迫した内容と優勝 ・優勝選手のドーピングで、銀であったハンマー投げの室伏選手の逆転優勝 ・優勝をめざしていた野球が銅に終わったこと −日本のプロ野球の威信をかけたが、この程度の実力ということが判明したことと これで、一リーグ制に加速がつくだろう 以上、誰もが同じ印象であろう。 ところで、過去に日本が強かった卓球、体操、レスリングなどを、中国と北朝鮮が 冷戦時代に戦略的に集中して強化して狙いうちをしていた。そしていつの間にか彼らの得意競技になっていた。 それを一部とりかえしたといってよい。いずれにしても、日本復興委員会をつくって本気になって 金メダルを狙いにいった結果だった。 まあ素晴らしいことだ!
・・・・・・・・・ 2003年08月30日(土) 878,「何故なれない富士山が世界遺産に!」
先日のNHKTVの「クローズアップ現代」をみていて驚いた。 「富士山が世界遺産の指定から外れてしまった」と真面目に取り上げていた。 「馬鹿たれ、ユネスコの世界遺産とは何ぞや知っているのか!」 こんなものはフランスの一部の利権屋の既得権のワッペンの世界でしかない。 そのことを西アフリカのツアーで嫌というほど知らされた実感である。 そのツアーの謳い文句が、「世界遺産を見てまわる旅」であった。 ところが、その世界遺産というのが見るに耐えない塵以下の代物だった。 殆ど意味のない、小さな小屋が世界遺産という。これは詐欺以下の世界である。 添乗員曰く「これは詐欺の世界で、世界遺産はそういう西欧のラベルーワッペンの代物でしかない!」 「うっせい、この野郎!それを謳い文句でパンフレットに載せて、つれてきたのはどこのどいつだ!」 と心の中で思ってもすでに遅かった。
NHKの番組で「何故、富士山が世界遺産から外された?」と真面目に取り上げていたのだ。 このことを解ってNHKも放送しているのだろうが、まさか「天下のユネスコの世界遺産とはその程度のものだ」 とも放送できないのだ。 何の意味がない世界遺産をタップリ時間と金をかけて行って、 ゴミ?を見せつけられた経験がいわせているのだ。
この文章をみて「私の偏見で決めつけているいるのではないか?!」 と考えるかも知れないが、実体験でこの目で見た事実である。 どうしても西欧の価値観で決められるのだ。自分たちが過去に統治していて、今も関係の深い観光資源に甘くなる。 「こんなもので遺産はおかしいし、まだ富士山が選ばれてない」と、その時も添乗員が言っていた
ノーベル賞も、「もっと質が悪いもの」と考えると世界が違って見えてくる。 あくまで欧米の政治的価値観のレベルでしかない。馬鹿みたいなのが、この表象世界である。 しかしそこに住んでいるのが人間でもあるのも事実であるが。 特に閉ざされた国の日本人は、世界遺産とかノーベル賞という言葉だけで信じてしまう傾向があまりにも強い。 更に地方にいると、こういう視点を持つこと自体が変人扱いをされてしまう。
「他の星の住人の視点」をこういうグローバルの時代こそ必要ではあるまいか! フランスでは大統領に当選すると、まず大統領マニュアルを徹底的に叩き込まれるという。 その中に「地球儀を数メートル離れたところからみる習慣化の訓練」があるという。 それを知ったときは、なるほどと納得したものだ。自宅では、TV の横に100円ショップで買った地球儀が置いてある。 会社では、机の横に子供が使っていたボロボロの地球儀が置いてある。 時たま稀有壮大のことを考えるのは、そのせいだ。
100円ショップというところが自分でも(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿! 週に数回は地球の旅の番組をTVで見るときに手にとって見るが、非常に便利である。
・・・・・・・・ 2002年08月30日(金) 504, 男時と女時
5年ほど前か、何かの雑誌で「男時と女時」の特集をしていた。 国の勢いにしても、会社にしても、個人としてもその時がある。それに反したことをしないで従うこと。 今の日本は正しく女時である。30数年前の高度成長期は男時であった。人間もその人により、その時々がある。 駄目ー女時のときは、ただじっとして本を読むか、来るべき時の為の準備期間と割り切ったほうがよい。 「風車、風の吹く間の昼寝かな」と誰かが、うたっていたが。「枝葉を切って根を養う」時期と心得てジタバタしないこと。 男時の時は、全エネルギーを出し切って葉と枝を精一杯張ることだ。 それぞれの立場や職業があるだろうが、 大体が10~20歳代は女時として、知識、経験を蓄え、30~40歳代に男時として、枝葉を張る時期だ。 ラクダの時−30歳まで、ライオンの時−30〜60歳、そして子供の時ー60歳以上があるが。 今の世界ー先進国は女時に入っているのではないだろうか。 一日のなかでもある。10時から16時辺りが、男時か。[5時から男]はアフター5からだろうが。
・・・・・・・・・ 2001年08月30日(木) [126] まだ生きている!
33日の漂流の後奇跡的に助かった、漁船の船長が昨日TVに出ていた。 「スイカが流れてこないかなーとか、おや今日も生きているとか、なかなか死なないもんだとかぼーと考えていた」 このようなひとつづつが奇跡の原因らしい。 ・スイカが流れてこないかなーはプラス発想、 ・おや今日も生きているのかというは、事故(自己)の客観化というらしい。 10年位前ののヨットレースの佐野某の漂流記を読んだことを思い出した。 鴎をを捕まえて食べていたらしいが、一種の死の瞬間の倒錯がすごい。 今乗っているボートごと垂直に数百メートル昇っていった。 それは夢でもなんにでもない事実としかいえない出来事だったという。 ユングがそれに似た経験をしている。瞑想をしていてそのまま天に上るくだりである。 インドの上空をどんどん昇っていく、インドの国の地形とか青い海そして地球が見えたという。 それがそのずっと後宇宙飛行士が見た光景と同じであった。中世では人肉を食べた内容が克明に残っていたりした。
|
|
|
|
2008年08月29日(金)
地球は太陽の周りの隕石が何度も何度も衝突を繰り返しながら拡大し、生成されたもの。 聖地が石で出来ているというのも、その辺に秘密があるのだろう。 趣味の究極は石になるというが、それもまた同じ理由なのかもしれない。 いま気が付いたが、植嶋啓司の本を取り上げたことがあった。 全く忘れていたが、聖地の共通点を取り上げた内容だった。 〜〜 「宗教の隕石学」への挑戦 松井孝典×植島啓司 *聖地の岩石学
松井: 植島さんの本を読んで、なるほどと思ったのが、「聖地というのは、みんな石切り場だ」ということです。 植島: 石を切り出したところ、あるいは特殊の石組みですね。 松井: 自然が宇宙の歴史を記した古文書なら、石切り場も古文書です。 植島: 20年間、世界中の40数箇所の宗教の聖地をおとずれたが、共通して出会ったものは「石」であった。 エルサレムの黄金のドームは「岩のドーム」と言われているとおり巨大な一枚岩が置いてあるだけ。 聖墳墓教会のあるゴルゴダの丘もかっては巨大な石切り場だった。 ストーンサークル(環状列石)、 岩石刻文の宝庫であり、 パルテノン神殿が建てられたアテネの小高い丘は 巨大な石の塊、エジプトのピラミッドは元々は石灰岩の山で、崩して平らにして組みなおしたもの。 これらは偶然だけではないだろう。 植島: 聖地の条件として、ある樹木があるとか、洞窟があるとかではなく、なぜ石なのか、石には何か特殊の 力があったのか。・・・ 古文書として石を読む上で、分析は非常に大事だと思います。 ただ石の成分を読むのではなく、石が置かれた文化的環境を読む。 石ということでは、隕石や地球のマグマとの関係も重要です。・・・ 松井: 実は1980年以前はそういう認識はなかった。というのも地質学では、巨大隕石の衝突と 地球史・生命史を結びつける考え方は、科学では退けられていた。 しかし天から降る石があって、それが人間の存在や考え方に影響を及ぼすという認識は、自然科学の 登場前からあったかもしれない。 松井: 今こそ地球上に多くの人が住むようになって、絶えず隕石の落下が報告されているが、これが人間が少ない時に 大空から大音響とともに火の玉が降ってくるというのは、すごいインパクトがありますよね。 〜〜 解) 聖地は、どれもこれも、石切り場の跡にあるという。 私も多くの聖地を見てきたが、全てが石組みであった。 古代は大創造物は石しかないのだから、何も不思議ではないじゃないか、 という見方も出来るが。 隕石に不思議な成分が含んでいたのかもしれないし、宇宙の暗号があったのかもしれない。 現代の人類が、その暗号に気づかないだけなのかもしれない。 隕石に不思議な波長を、特殊能力のある人は、感じ取っていたのだろう。 空から轟音とともに石が降ってくれば、神からの贈物と思うのも不思議ではないが。 「聖地の隕石学」も面白いだろう。 親父が晩年、石に興味を持ち、うちの庭には大きな石と、石灯篭がゴロゴロある。 一昨日も、兄の庭にあった石灯籠を一つ引き取った。 一年ほど前から、庭の花を写真に撮りだしてから、ここの庭に興味を惹かれるようになった。 石と木と花と緑のバランスが良いが、実は特徴は背景の石だったということだ。
・・・・・・・・・・ 2007年08月29日(水) 2339, 意志について ・ω・)ノはよー 「狂人三歩手前」 ー中島義道著 −哲学などしないようにー
哲学は、全て根こそぎ疑い、そして疑いの中から真実を見つけようとする。 哲学は曖昧な言葉をミキサーのように砕いてしまう。 意志についても哲学者は、その言葉に含まれている前提を見逃さない。 殺人者は、殺そうという意志があって成り立つ。(衝動もあるが)一般的に意志は初めから「善いもの」という前提がある。 その前提を見逃さないのが哲学である。だから、嫌われるのである。 といって、曖昧な考えは、判断を狂わしてしまう。 真理をさけて通ることは、さけて通ったという事実が残る。
ーー P−174 世の中で信じて疑わないことのほとんどが眉唾ものである。 とは、10歳の頃から直感していたが、ーそれを一つ一つ「やっぱり」と納得していく過程が私の人生であった 「ある」とは何か、「いま」とは何か、「私」とは何か、「善い」とは何か、 人生経験を積めば積むほど夜中に森の中をさまようようにわからなくなっていく。
とりわけ、このごろ「意志」と呼ばれているものは、ただの社会的取り決めにすぎないのだ、という思いが 強くなってきている。 私はすべてにおいて優柔不断であり、何かを選んだ瞬間に後悔することはざらにある。 「タンメン」と注文した瞬間に、「味噌ラーメン」にすればよかったと後悔する。 だが、すぐ取り消すのは恥ずかしいし、もう作り始めているかもしれないし、とあれこれ考えて、ぐっとこらえるのだ。 現実社会は、「タンメン!」と叫んだことは私の意志だとして、それを固定化しようとする。 なぜなら、注文を取った直後に次々にくるくる訂正が入ると、商売ができなくなるからである。 すべての約束について、守るまで約束遵守の意志があるとみなされるのも同じこと。 意志とは、かように実際的な要求から生まれたものにすぎないのではないだろうか。 何がこの行為を生じさせたのか、何があの行為を生じさせなかったのか、こう問うと、 実のところめまいのするほど膨大な「原因」を考慮せねばならず、皆目わからなくなる。 だが、わからないと、社会生活上不便なので「意志」という架空物をとらえてて、 錯綜する原因をごく少数に整理整頓し、それらが「引き起こした」というお話しをでっちあげているだけである。
そして、このインチキ芝居も、われわれが大きな禍に直面したり、あるいは他人に大きな禍を及ぼすとき、 化けの皮が剥がれ落ちる。 われわれは「意志」などというチャチな贋造物など投げ捨てて、 「なぜこうなってしまって、ああならなかったのだろうか」と全身で後悔するのである。 後悔は、意志とは論理的に両立しない。なぜなら、後悔とは、私が意志したことを、同じ私がまさにそのとき 「ほかの意志もできたはずだ」という前提のもとに悔やみ続けるのであるから。 だが、それは矛盾だといくら言ってもわれわれは後悔をやめない。 そういう場合は一般に、論理より実際の行いのほうが「正しい」のである。 なお、後悔はこういうタイプのものぼかりでほない。 われわれは、試験会場であのヒントに気づかなかった自分の不注意にも、寝過ごして、 ハレー彗星を見損なった自分の怠惰にも、後悔する。 (字数の関係でカット08年8月29日)
ーーーー そういうこと! 哲学など徹底的に割り切って鳥瞰していないと、 社会を混乱させるに過ぎないだけである。 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年08月29日(火) 1974, 東京駅の一瞬の出来事! Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning (~O~)ふぁ・時差ぼけ!
ケニア旅行の帰路、最終の新幹線に間に合わないので日暮里に泊まった。 翌朝、東京駅の新幹線改札口の近くに行ったところ、 突如顔色を変えた黒服の背広の10人位が走ってきて通行をストップした。 一瞬、テロ爆弾の予告電話が入り閉鎖を始めたのかと思った。しかし、その直後冷静にみると何か違う。 黒服の男達は改札口の両側にロープを張って、その中に人を入れないようにしている。 「はは~、超ビップの新幹線の乗り込みのための警戒のための何か?」と直感。 逃げかけた家内を呼び止め「超ビッグのための警戒。面白そう見てみよう!」 次の瞬間に、カメラを出してと、家内がいう。近くにいた人がやはり携帯電話のカメラを出した。 私も一瞬迷ったが、バックにデジタルカメラを有ることを思い出した。 そのときは、皇室??を忘れて写真を撮っていた。 近くのSPが嫌な顔をしたのが一瞬わかった。 それをさせないのが、SPの技術のなのだろう。 そして、一枚撮って、その後ビデオに切り替えた。しかし、それは写って無かった。東京駅では日常だろうが・・ 天皇・皇后様が新幹線に乗るときの状況を直に見るのも面白い。 新幹線に乗るときに数分間の一瞬の間しか交通止めしかできない。 もし閉鎖で乗り遅れたら、国民の反感を間違いなく受ける。 我われの目線は天皇であろうが、何であろうが同じである。 \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・ 2005年08月29日(月) 1609, 愛とは何か −1
この歳になって、いまさら「愛とは何か」でもないが、この年齢でなればこそ、愛が人間の心の背骨と実感する。 ある愛の定義が納得のいくものである。 「愛は、自分自身や他者に対して共感的にあるがままに受け入れることと 尊重することである」 これから考えてみると、愛することとは、自分を自分として、他人を他人として受け入れることになる。 まずは自分と他人を尊重することである。他人を愛するということは、よかれと思い、 その道を一緒に探し求めることである。 判断や批判なしに受け入れることが、愛の第一歩である。
飯田史彦著「愛の論理」の「愛」の定義が面白い。 その一部を抜粋してみると、 ー愛の定義 p.334
愛とは、自分という存在の価値認識と成長意欲から生まれるものであり、相手がただ存在してくれている ことへの感謝ゆえに決断し、 永続的な意志と洗練された能力によって実行しようと努力する、相手の幸福を願い成長を支援する行為である。
p.374 私たちは、愛の実行力からみた人間としての成熟度に応じて、 現在の自分に可能な範囲で精一杯の愛を実行すればよい。 なぜなら、成熟度を大きく超える愛の実行を試みても、そこには必ず無理が生じて、 自分自身を痛めつけたらり、相手をも巻きぞえにして傷つけてしまう結果になるからである。 ただし、私たちは、自分の成熟度を高めるための努力を、つねに怠ってはならない。 なぜなら、私たちは、愛の実行のみによってゆるされるのではなく、 より高度な愛を実行しようと挑戦することによって、ゆるされるからである。 したがって、私たちは、はるか彼方にそびえる「愛の山頂」にあこがれながらも、 いま目の前で踏みおろすべき「次なる愛の一歩」を、見きわめなければならない。 そして、まだ山のふもとや中腹を歩んでいることを自覚しながらも、 着実に山頂を目指して登ろうと努力する時、その勇気と成長によって、私たちはゆるされるのである。
ーまた谷川俊太郎の詩がよい あい 谷川俊太郎
あい 口で言うのはかんたんだ 愛 文字で書くのもむずかしくない
あい 気持ちはだれでも知っている 愛 悲しいくらい好きになること
あい いつでもそばにいたいこと 愛 いつまでも生きてほしいと願うこと
あい それは愛ということばじゃない 愛 それは気持ちだけでもない
あい はるかな過去を忘れないこと 愛 見えない未来を信じること
あい くりかえしくりかえし考えること 愛 いのちをかけて生きること
−− 宗教の愛についての教えも深い。 愛について聖書にはこう書かれています。 「愛は寛容で、情け深く、ねたむことをしない。高ぶらず、誇らず、 無作法をしない。自分の利益を求めない。いらだたない。恨まない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。すべてを忍び、信じ、望み、耐える。」 また仏教では、「無縁の慈悲」を究極の愛の姿としています。 つまり、私が誰かに何かをしてやるということを全く意識しないで、他者を幸せにすることです。
・・・・・・ 2004年08月29日(日) 1244.お笑いコーナー 今日のお笑い
いろんな国の男が、象について本を書いていた。 ドイツ人は脚注がたくさん付いた三巻本を書いた。 その表題は「象研究序説」 フランス人は薄く軽妙な本を書いた。 その表題は「象とその性生活」 イギリス人は挿絵の豊富な旅行案内を書いた。 その表題は「アフリカ奥地の象狩り」 アメリカ人は広告用小冊子を書いた。 その表題は「裏庭での趣味と実益をかねた象の飼育法」 ユダヤ人は戦闘的なパンフレットを書いた。 その表題は「象と反ユダヤ主義」
ーーーーーーー ブッシュ大統領がイメージアップと人気増進のためにPRキャンペーンを行うことにした。 彼は小学校を訪れて子供達に彼の政策について分かり易く説明することに決めた。 大統領による説明が終わった後、彼は子供達に向かって「何か質問がありますか?」と尋ねた。 スティーブという生徒が手を挙げて 「大統領、僕は三つ質問があるんです。 1.どうして大統領選挙では総投票数が少なかったのに、あなたは大統領になれたのですか? 2.はっきりした動機もないのに、なぜあなたはイラクを攻撃したのですか? 3.歴史上最大のテロリスト攻撃は広島への原爆攻撃だと、あなたは思いませんか?」
ちょうど質問が終わった時に休憩のベルが鳴ったので、子供達は校庭に遊びに出た。 休み時間が終わって子供達が教室に戻るとブッシュ大統領は彼等にまだ何か質問があるか、と尋ねた。 エディが手を挙げて尋ねた。 「大統領、僕は五つ質問があるんです。 1.どうして大統領選挙では総投票数が少なかったのに、大統領になれたのですか? 2.はっきりした動機もないのに、なぜあなたはイラクを攻撃したのですか? 3.歴史上最大のテロリスト攻撃は広島への原爆攻撃だと、あなたは思いませんか? 4.どうして今日はいつもより20分早く休憩のベルが鳴ったのですか? 5.僕の友達のスティーブはどこに消えちゃったのですか?」
ーーーーーー 2003年08月29日(金) 877, 女の盛り時ー女とオバサンの境い目
十数年前に、第一生命の叩上げの財務の人と飲んだ時期があった。 女性を知り尽くしている人という感じであった。こと女性に関しての一言一言が相通じるものがあった。 私も姉が4人もいたり、女性の職場にいたため、女性の裏表を知っているつもりであった。 しかし体を張って保険をとってくる女性を管理してきた人の言葉は、全く違う響きがあった。 ・保険勧誘はギリギリのところの女性を動機付けていなくてはならない。 部下とは塀の上に一緒に立って(男女の中という意味)いないと仕事にならない。その危なさが何とも面白い。 ・女性の盛りは40歳からの数年である。丁度人生の曲がり角で一番危ない時である。 その危なさが微妙に女性の魅力になっている時期である。 オバサンになるか、今一度最後の花を咲かせるかの境い目が何とも良い。 なるほどと思って、その視点で見つめなおすと全くその通りである。 高峰秀子が何かの本で「女性は45歳が境い目で、急激に坂道を転げ落ちるように変わっていく」と実感で書いていた。 何か第一生命の人の言葉と相通じるものがあった。 女としての最後の輝きが全身から出てくるのだろう。 その時期に、私の姉たちと従姉が葬式で同席した。その年齢の境い目の前後の姿を、そのまま目の当たりに見てしまった。
しかし、チャンと身奇麗にしていれば、その年齢の魅力は出てくるものだ。 年齢を重ねれば重ねるほど、自己管理が必要ということだろう。 それは男女に関係なくだが。内面がそのまま表に出るから恐ろしいのが歳の蓄積である。 昨夜も同級会の幹事会で悪臭を撒いていた「おれは中卒だ!」が口癖の漫画に出てくるような職人がいたが。 同級の女性達も、年齢の割りにちゃんとした魅力を保っていた。長年の品位が魅力になってくるのだろう。
ーーーーーーー 2002年08月29日(木) 503,「10,4,2,1の法則 」-2
我々は何時の間にかこの逆をやってしまうことがある。一つことをやって上手くいかないと次のことを始める。 それはそれでよいが、やめてから次のことをすべきである。 やめないで、次から次に始める。上手くいって舞い上がって始めるケースも多いが。 力の分散である。飲食店の場合、見ていると本当に多い。
東京TVの「愛の貧乏大作戦」を見ていると面白い。追い詰められた商店主の店を建て直す番組。 主力の商品がお客に受け入れられなくなり廃業直前になる。メインの商品の落ち込みを他の商品を広げて逃げてしまう。 更に主力商品の力が落ちる。そのことすらも気づいていない。上手くいっている店は、商品の絞込みがしっかりしてある。 その店で修行する番組なのだが、その段差が漫画的ですらある。 いろいろな失敗の中でそれに気づいている店主と、全く気がついてない店主の差が歴然としている。
マクドナルドはハンバーグだけであれだけ大きくなった。 ただハンバーグでは大きくなれない、あとはシステムの構築だ。 それも数十年かけた。 街の大衆食堂は、何でもあるが全て中途半端だ。 その道のプロならまだよいが、素人が中途半端で始めると目が当てられない。 近くの飲食店で死にかけている店がやはり同じことをしている。拡散はメインの商品の質の低下を引き起こす。
自分がレンズになり、メイン商品に焦点を当て続ける事だ。 そうすれば、そこにはエネルギーが集まる。自戒も込めて書いている。 私の場合は、客室プライスの価格破壊の徹底と、それでも利益を出せる仕組みつくりだ。 話はそれたが、時代の変化に対して変化し続けることは難しい。 一つの事を止めて、次の商品の開発は大事なことだ。商品も事業もだが、メインの深耕を本当にしてからだ。
ーーーーーーー 2001年08月29日(水) [125] 目には目を歯に歯を
この意味をイスラエルに旅行するまで全く知らなかった。 実際の意味はその正反対の意味であった。 それまでは目をヤラレタラら殺す、歯をヤラレタラ目をやる。 それをヤラレタ範囲で仕返しをやる、というむしろ優しい掟であった。それだけ激しい条件の世界であった。 旧約聖書でいつの間に当たり前と思っていたことが、そこで始めて規制されていた。 ホモもしかり、それまで当然の世界で何もおかしい世界でなかった。 その倫理をただ旧約聖書が規定したから悪いことでしかないのだ。そのことをイスラエルではじめて知った。 5000年前にアブラハムという部族長が神の声を聞いてその声に従って、イスラエルに向かった。 そのアラーの神に今も世界が支配されている。
キリスト教の神もそのラージXでしかないのだ。 イスラムののアラーの神も然りである。 考えてみればあの裸の王様でしかない。 皆解っていながらそう考えておいたほうが、良いから信じてしまえと鼻声で X を神にして祈っている。 確かに人間の人知に及ばない何かがあることは当然だが、それを単純に神に集約するのはおかしい。 しかし神の名の元に基準は必要であり、言葉を待ってしまった人間ー過剰な欲を持ってしまった人間ー
|
|
|
|
2008年08月28日(木)
*首都圏の不動産の本格的倒産が始った アメリカのサブプライムローンの影響で、外資が一斉に引きはじめた影響が出始めた。 一昨日も「旭ホームズ」が780億の負債を抱えて倒産。 先日はアーバンコーポレーションが2500億円、旧興和不動産が1700億、ゼファーが1000億弱、 セボンが700億、スルガコーポレーションが600億と、たて続きに倒産してきた。 周辺をみると長岡市内も、新潟市内も、過剰なマンション建設がおこなわれている。 誰が見ても不況の中にあって無謀に見える。 土地の仕入れから完成まで3?5年は最低かかるので、 急な景気停滞に対処できないのが、彼らの宿命である。 完成時には、時代が様変わり、というのが現在の経済状態である。 数日前のTVで、売れ残ったマンションを買い叩いて再販する業者の特集をしていた。 だいたい仕入れ値が、当初の6割。 2割が経費と利益として、8割の売値が相場。 新潟市内も売り出す前から、既に値くずれが生じているという。 これが今後5?10年間つづく大変動の始まりか。 あくまでも始まりであるところが、恐ろしい。
*星野野球のバッシングが手厳しい 日本野球が負けた時に、星野野球の批評を書いたが、同じことを解説者が言っていた。 「星野の選定したこと、それ自体がおかしい(現役から遠ざかっていた人物の監督、コーチでは)」 「お友達(同士)野球じゃないか、あれらは」とか、私より厳しい評論だった。 ところが、昨日の報道では、選手達は五つ星のホテルに宿泊、一度も選手の宿舎に来なかった、という。 これは、既に問題以前の話である。 「韓国、中国人で笑っている顔は全くないのに、日本人選手はニヤニヤしていた」 「オリンピックだろうが、そんなことは自分には関係ない」と混血ベトナム人が言っていたとか、手厳しい。 これが現在の日本の姿なのだろう。
*ロト6で 3億2000万を当てた男 金曜日に、この題名のTVドラマをしている。 面白そうだが見たことがない。 昨日の昼のTVショーで、このモデルになった人が出てきた。 顔を隠していたが、41歳の独身男のサラリーマン。 当てて二年が経つが、現在の残金が9600万円。 そのうち、2億円を株で損。 保険の美人に貢いだあげく、下の病気をうつされたとか。 フィリッピンパブの女性にたかられたとか、お金に振り回される日々という。 誰にも話せないプレッシャーと、ストレスが大きいとか。 そして、それを知った女性は、そのトタンに態度が一変して、たかろうと一心になるとか。 その対談をしていた映画監督の山本晋也は、チャップリンの 「世の中では、勇気と想像力と、少しのお金があればよい」の言葉を紹介して、あまり金は持たないほうが良い、 と最後をしめていた。 その男、損をしたとしても2億6000万円も使ったのだから、そしてドラマ化したのだから。 それだけで良しとしないと。 それより、解るような気がする、それが。今度、そのドラマを見たくなった。
・・・・・・・・・・ 2007年08月28日(火) 2338, ホッファー −4 (*'▽'*)/☆゜’ ほっふぁー ようさん〜〜〜〜♪ (;-""-);'↑ ー更にHPにあったホファー「波止場日記」の中から言葉を拾ってみるー ー 〜〜 ー は感想です。
<たびたび感銘を受けるのだが、すぐれた人々、性格がやさしく内面的にも 優雅さをもった人々が、波止場にたくさんいる。この前の仕事でアーニーとマックとしばらく一緒になったが、 ふと気付くと、この二人はなんと立派な、寛大で、有能で、聡明な人間だろうと考えていた。 じっと見ていると、彼らは賢明なばかりではなく 驚くほど独創的なやり方で仕事にとりくんでいた。 しかも、いつもまるで遊んでいるように仕事をするのである> ー人間の価値とは何か?最近、解らなくなってきた。誠実であるということ、そして努力をし続けること、 他人と比較しないこと、知恵を出す術を知っていること、他人ことを気遣いすること、 他人に笑顔を浮かべること、迷惑をかけないこと。その基準で図れば解るはずだがー <労働者としても、また人間としても比類ないニグロが幾人か波止場にいるのを知っている。 この人たちは柔和で、誠実で、非常に有能である> ー結局は、アメリカこそヒンズー教のような差別・階級社会である。これだけは、仕方がないと割りきるしかない。 おうおうにして下の人の中に、柔和で、誠実で、有能な人がいるのも解る。ただミス・フィットなだけだー <知識人は自己の有用性と価値とに自信がもてないために、とてもプライドなしには 立っていけないのであり、普通は国家とか教会とか党とかいった ‘ある緊密なグループと自己を一体化してプライドの根拠としている’のである> ーロータリー、青年会議所、銀行の主催した会とか、色いろあって名刺に ベタベタ書いている立派な方がいる。 誰も面と向かってアフォと言わないのが日本的で良いが、それにしてもね〜。
<自分自身の幸福とか、将来にとって不可欠なものとかが全く念頭にないことに気付くと、 うれしくなる。いつも感じているのだが、自己にとらわれるのは不健全である> ー不健全の何処が悪い?という声が聞こえそうだが。でも、健全に越したことはないー <全般的に見て、教育のある人間より大衆の方が、人類についてよい見解をもっている。 ・・・教育はやさしい心を育みはしない> ーその人の性格によるが、概してそうみてもよいか?−
<人は、充実した2,3分の間に、数ケ月にわたる努力以上のことを なしとげられるものだ> ーそれじゃ、努力した数ヶ月はどうなるの? そういうこともある!というのが本当じゃないか!ー
<私は欠点や欠陥にみちた社会に生きている。 しかし、この社会は全ての人に好きなことをさせる十分のゆとりをもった社会である。 ・・・干渉されることなく自己の能力と才能を発揮したい人にとっては、 この国(アメリカ)は理想的な国である> −そう思うから、良いんじゃないのですか? 違う?ー
<人間のつくり出した実用的な諸道具は、大部分非実用的なものの追求のなかから得た洞察や技術を応用したものである> ーインターネットを代表として、軍事産業から民間の転用に多く見られるのが良いのか悪いのか? それと昔の王侯貴族の贅沢品?もあるかー
<二十世紀最大の犯罪は、金銭欲にかられた資本家たちによってではなく、献身的な理想主義者たちによって犯された。 レーニン、スターリン、ヒトラーは、金銭を軽蔑した。 十九世紀から二十世紀への移行は、金銭尊重から 権力尊重への移行であった、 金は諸悪の根源だというきまり文句のなんという単純さ> ー金銭って何?という、基本的な概念が問われなければ、何も解決しないだろう。− <仕事に行く気がしなかった。ほとんど一日中買い物をしてすごした。 エリックに大きなトラを、そしてリリーにはお盆。25ドルばかりかかった。 昼、株価のひどい暴落を告げる新聞の見出しに気づいた。大変愉快になった。 ずいぶん意地の悪い見方だが、私がほくそえむにはそれなりの理由があった。 株価の上昇はしばしば物価一般の上昇を意味してきた。賃金や預金の実質価格の低下は数千人の ギャンブラーたちの破産よりも影響が大きく、不幸な災難となるのである> ーこれ以上、落ちようがない立場の真骨頂であるがー <自由に適さない人々、自由であってもたいしたことのできぬ人々、 そうした人々が権力を渇望するということが重要な点である。 ・・・ もしもヒトラーが才能と真の芸術家の気質を持っていたなら、 もしもスターリンが一流の理論家になる能力を持っていたなら、 もしもナポレオンが偉大な詩人あるいは哲学者の資質をもっていたなら、 彼らは絶対的な権力にすべてを焼きつくすような欲望をいだかなかっただろう。 ・・・自由という大気の中にあって多くを達成する能力の欠けている人々は権力を渇望する> −権力って最高の自由って見方は出来ないのか?−
彼が愛読したモンテーニュの「エセー」の言葉 <ベッドで死ぬよりも馬の背で死ぬべきだと思う。自分の家を去り、縁者たちから遠く離れて死ぬべきだと思う。 友人たちと愉快に生きよう。しかし、死ぬときは見知らぬ人々の中で死のう> ーこれに向かって生きたのがホッファーである。孤独を守るこそ人生の核心である。言葉では幾らでも言える。 しかし、彼は人生を通して彼は守り通したところに彼の生き方があるー ○´・ω・]ノ ヂャァネッ ! ・・・・・・・・・ 2006年08月28日(月) 1973, 三回目のケニヤ旅行 −1
ケニアに行ってきた。 家に着いてまだ二時間だが、現実に帰る前に書いている。 これでタンザニアに行った時に通過したことも含めて4回目になる。 旅行をしていて気づいたことは、三回で充分。 タンザニアのセレンゲッテーか、南アフリカのオカバンゴにすべきであった。 といってもケニアの大地は、そこにいるだけでも精気を充電でき、バカンスとしては十分に満足できた。
今回のハイライトを印象度から書いてみると ①まず初日のサンブルのサファリでみた、豹のペアリングである。 これは、プロのカメラマンでも、ほぼ見ることが出来ないもの。 これだけでも、 今回の元をとってしまったといってよい。(しかし、初日に何枚か撮った写真を間違えて全て消去してしまった。) 仲間内のSDカードをコピーしてもらったので、何とか・・・ ②マサイ・マラの夕景も良かった。あとで写真を掲載するが、マサイの夕陽は何ともいえない哀愁がある。 そういえば以前のヌーの河渡りのウォッチングの帰り道の夕景の小高い丘の光景を思い出した。 一匹取り残された足の折れたヌーが怯えて、神経質に周りを見渡していた姿。 夕景は死の間近を暗示、 足の折れた姿は病気を、一匹取り残された姿は孤独を、 人間の死期を悟った時の心象風景そのものである。夕陽の赤に近いオレンジ色は、朝日の色にも似ている。 死と生は酷似しているのだろう! 今回の夕景は 2~3日うちに掲載予定。 ③いつも感動するのが、ナイロビからマサイマラに向かう道路からみる大地講帯の広大な風景である。 それも、どんどん変わっていく風景が素晴らしい。 これも見ているだけでも心が洗われる。 ④アバーディアのサファリで見た、小さな川での二匹の象の水場での争いも 印象的であった。一匹の象が水を飲んでいるのを後できた象が待機していた。 やおら飲み終えて帰ろうとしたのを見はらかって、待機をしていた象が歩き出した姿を見て、帰るのを止めて後ずさりをして その象を頭で押し返してしまった。さらにその河水飲み場に糞をして嫌がらせをした。何か人間の浅ましい姿に似ていた。 ⑤サンブルでの、変わった動物が次から次へと見れたことだ。 特に印象的であったのは、網目キリンと、オリックス、ディクディク、ゲレヌクなどが印象的であった。 前回の、ヌーの河渡りの時も、そうだったがアフリカに来る人は癒しを求めてやってくる。 あの大地は、そこにいるだけで心が洗われる思いになる。 今回も、充分過ぎるぐらいの精気をいただいた思いである。
・・・・・・・・ 2005年08月28日(日) 1608, 日本人「上機嫌化」プロジェクト−1
またまた斉藤孝だが、文藝春秋・7月号<日本人「上機嫌化」プロジェクト>が面白い。 鬱々とした空気の現在の日本で、読めばみるみる元気になる方法を書いている。 少しふざけた文章なのだが、なるほどと合点がいく。 戦後、日本はバブル崩壊までずっと右上がりの経済成長の環境を背景に、前向きな熱気の中で生きてきた。 失われた10年、いや15年とかいう右下がりの時代になって、全員が自信を失い、前途に明かりを見出せないでいる。
著者は、この文章で、日本人の本来持っているエッセンスを抽出して、社会全体で確認しなおす必要性をといている。 そのエッセンスとして次の6つをあげている。「上機嫌文化」「子供文化」「とにかく流す」「身体からはいる」 「気づかいを育てる日本語」「はかなさを愛でる」である。 その中で特に面白のは、「上機嫌文化」である。 最近は世界でも有数な欝病気質だといわれる。 不景気のせいだが、これは本来の日本の姿だろうか。 私の過去を振り返ってみても、著者のいう「上機嫌文化」が背景にあった。高度経済成長期は特にその傾向が強かった。 彼はこの文章の中で、19世紀末に日本に来た外国人作家などの旅行記に描かれている日本人の姿を紹介している。
ーその文章を抜粋してみる 19世紀後半、日本に1ヶ月ほど滞在してフランスのボーヴォワールは、こんな光景を目にしている。 <たいへんお茶のみで、煙草とおしゃべりが大好きな日本人は、この火鉢を前に一日を過ごす。・・・ 我われの入ったどの店でも、我われの国では見られないような丁重さと、人を引き付ける愛想のよさをもって応対した> また同時期に東アジアを旅したオーストリアの軍人グスタフ・クライトナーはこんな光景をみた。 <荷物を担いでいる人たちは、裸に近い恰好だった。肩に竹の支柱をつけ、それにたいへん重い運搬籠を載せているので、 その重みで支柱の竹が今にも割れそうだった・・・・しかし難儀な仕事をしているにかかわらず、この人たちは上機嫌で、 気持ちのよい挨拶をしてくれた。彼らは歩きながらも、締めつけられた胸の奥から仕事の歌を口ずさんでいた。> 日本人はかって、このようにストレスの解消の手段が非常に多く用意されていた。 まずは、上機嫌を取り戻すことだが、この不景気という環境にとりあえず慣れることか。 ーつづく ・・・・・・・・・ 2003年08月28日(木) 876, 「2003年、日本国破産<対策編> 」 ーYEN(円)と国債が紙クズとなる日が近づいている !?
この内容も前回の本に劣らないほどショッキングである。 ・まずは2003年に前兆があらわれる(4年前の文章)ー金利上昇、円安、デフレの終了 ・2005~7年にはかなりの事があらわれる ーインフレのスタートなどのスタート ・2010年ー国家破綻などが私たちの前に重大な脅威として本来の姿を現す。 国の借金が雪ダルマ式にふえていき、20㌫近いインフレで国民生活に重大な脅威が生じ始める。 ・2010~2015年 日本がIMF管理下に入る可能性もある。(ハイパーインフレと経済の大混乱) ・2025年ー国家破産と老人大国化で政府そのものがぼろぼろに。インフレ以外は現在の日本は既に その状態であるといっても過言でない。そして著者が書いている2003年になっても、大した対策を立ててない。 そうすると、この本の通り最悪を想定しなくてはならない。 最近になって、事業をこの規模にとどめていて良かったと思うようになった。 いややり過ぎだったのかもしれない。昨日以前読書日記に書いた「財産をなくす人財産を残せる人」 の著者・清水洋のセミナーに東京まで行ってきた。 内容を明日書くが絶望的な見解であった。
・・・・・・・・ 2002年08月28日(水) 502, 40才の禁酒ー隠れ酒の味
30歳になった記念で、10年間の喫煙を止めた。 大変だったが、それから体調がかなり良くなった。そして40歳の年に禁酒に挑戦をしてみた。 約半年で頓挫をした。宣言をした翌日が義弟の結婚式だった。 結婚式場で隣の人に 「何馬鹿を言っている!明日からにしなさい!」と出鼻をくじかれ飲まされた。まずは幸先が悪かった。 自分を律する手段で周囲の人に宣言をした。しかし一ヶ月もしないうちに、禁断症状が出た。 そして台所にある料理酒を、皆が寝静まった後に飲み始めた。その後、水を入れて誤魔化すのだが。 だんだんその酒が薄くなり、家内が気がついたのか首をかしげていた。 そして半年たって、人に勧められて一寸一口飲んでから、だんだんエスカレートして、最終的には元に戻ってしまった。 約束をしたメイン銀行の支店長が都合の悪いことに?転勤でいなくなってしまった事もある。 その後その反動で、より痛飲をするようになったのだから始末が悪い。 最終的には、「一人酒をやらない、自宅で日本酒は飲まない、自分から人を誘わない、自棄酒は飲まない」 というルールをつくり自己規制をしている。隠れ酒の酒のうまさは格別であった。
--------------- 2001年08月28日(火) [124] 酒乱-鵯
酒飲みの悩みの一つに酒乱がある。私も酒乱のけがある。 酒による失敗は数あげれば限がない、命を失いかけた事も何度もある。 ある限度を越すと、スケベイになるか喧嘩だ。最近は笑いだ。とりあえず笑いの種を探す。 5年前に毎年やっているいる高校と小学校の同級会が同じ日にあった。5年に一回の小学校の同級会に出た。 二次会に行くと10人位の暗い集団がいた。高校の同級会の二次会に遇然鉢合わせたのだ。 その時本当に嬉しかった事を思い出す。その中の一人が 「おい堀井!こっちの会にに出てこいや、お前がいねえと葬式だいや!」 その時これだな!と思った。愉快な酒これほど楽しい事はない。 今は明るい酒乱!になっている。 --------------- H0905 宴会好き! 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。 私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になったのだろう!。 忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけてよく飲んだものだ。 もともと私の父が宴会好きであった。酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、 無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。
これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。 今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位だった。 芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。 丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返していると思うと “三つ子魂”何やらである。当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。 今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、その上をあたかもサ−カスの綱渡り のマネをする芸であった。酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、痴呆で亡くなった。
|
|
|
|
2008年08月27日(水)
6500万年前に巨大な隕石が衝突し、恐竜が絶滅したというドキュメントをTVでみた記憶はある。 この本で知ったことだ、米ソの核の爆発のエネルギーの1万倍の規模とは驚いた。 当時、「もし核戦争で起こって核が全て使われたら人類を数万回は殺戮できる」と聞いていた。 その一万倍の破壊が6500万年前に実際あったのである。 それが現代に来たとした物語の映画が幾つかみたが... その御陰で、恐竜が絶滅して人類の祖先が生まれる環境が出来たのである。 1000万年遅れれば、我々人類の祖先さえ、まだ地球上に存在してないのである。 以下は「レンタルの思想」を読んで、さっそく取り寄せた本にあった地球にとっての 革命的事件の内容を抜粋した。 −−− 「地球システムの崩壊」松井孝典著 −読書日記 *地球史における革命的事件 〜〜〜 K/T境界層と略称される地層がある。絶対年代では、6500万年前の地質のことである。 この年代を境に、生物の絶滅が起こっている。それぞれの地層にふくまれる化石に基づいて その年代が決められる地質年代では、その前後の年代を、白亜紀、第三紀と命名して区分している。 それぞれの年代の、外国語表記の頭文字がKとTなので、その境界の地層は、K/T境界層と呼ばれる。 この地層は世界中至る所に分布する。もちろんわが国にもある。・・・・・・
カリフォルニア大学の、アルパレスという地質学者を中心とするチームが、そのK/丁境界層で、 イリジウムといら元素が濃集している事を発見し、それが巨大な隕石の衡突によってもたらされた、とする学説を、 サイエンス誌に発表したのである。 それが地球史観においてなぜ革命的なのかといえぱ、従来、 地質学の根本原理といわれていた「斉一説」を否定するものだったからである。斉一説とは、前にも紹介したように、 現在生起する自然現象が過去においても同様に起こったと考え、従ってそれを前提にして、地層に残された記録を 解読しようとする考え方のことである。 天体衝突のようなアドホックな現象を排除して、地質詑録の解釈をするのが より科学的、ということで導入され、悟奉されてきた。 その後一〇年くらい、この論文の妥当性に関し、論争が読く。 論争に終止符がうたれたのは、1991年のことだ。メキシコのユカタン半島において、その地下に6500万年前に形成された。 直径180キロメートルに達する巨大なクレーターが発見されたのだ。 一九九四年、筆者は米国、メキシコの研究者らと共同で、 このチチュルブ・クレーターと呼ばれるクレーターの地琢物理学的調査を始めた。多くのダイナマイトを使うことなどで、 許可まで時間がかかったが、一九九六年にようやく、地質調査の許可を得るところまでこぎつげた。 予備調査を開始したところ、 欧米やメキシコのK/T境界では、これれまで報告されないような異常なK/T境界層が存在することを発見した。・・・・
例えば、ぺニャ一ルベル層、ババナ周辺の100キロmくらい渡って、東西に分布する。 それぞれが場所ごとに、様々な厚さをもつ。それらは、当時のユカタン半島の東に分布した地塊の、大陸棚斜面ドに、 東.西に分布したひと連なりの地層と考えられる。ユカタン半島に、直径10キロメートルを超える巨大な阻石が衝突し、 直幡180キロメートルに連なる巨大なクレーターが形成されたその時、衝突の衝撃波は大地を揺るがし、 海には波長が1千キロメートルにも達するような、また海岸ではその波高が数百メートルに連するような、巨大な津波が発生した。 地震により大陸棚の斜面は崩壊し、すざましい土石流となって海底に滑り落ち、更に津波によって運び込まれた土砂で、 海は汚され、泥海と化す。それらが堆積し、形成されたのが、キューバ各地に堆積されたK/T境界層である。
これらの地層を調ぺた結果、それまで知られていなかった、いくつかの新事実が明らかにされた。 ひとつは、いずれもが、津波によって形成されたことである。天体働突と津波とがどう結びつくか? 直後10kmの巨大隕石が秒速二〇船瓠璽肇襪鯆兇┐訛度で衝突すると、 その瞬間、膨大なエネルギーが解放される。その衝突のエネルギーは、かって米ソが冷戦時代 に保有していた核弾頭のすべてを同時に爆発させエネルギーにひってきする。 今は亡きカール・セーガンらが指摘したように、全面的な核戦争が起これば、 いわゆる"核の冬゜呼ばれる地球環境の変動が起こるが、この衝突によぞ引き起こされる 環境変動は、そのエネルギーの比較からもわかるように、それとは桁違いの大きさである。 〜〜〜 その衝撃のため生き延びたのが海中の動物と、小動物だったというのも注目に値する。 地球システムからの人間圏への報復は、この延長ならもっと大きな事態になるのだろうか?
・・・・・・・・・ 2007年08月27日(月) 2337, 郵便配達夫シュバルの理想宮 −1 ゚∇^*)オハヨ♪ 「郵便配達夫シュバルの理想宮 」−河出書房ー岡谷公二著
図書館の返却コーナーで見つけ一昨夜読んだが、とにかく面白い! 以下は、シュバルの理想宮の概要であるが、私好みである。最近は、普通の成功話など何とも感動などしないが、 こういう馬鹿と気違いの紙一重の話には興味をそそられる。 それもユング的な世界を、 そのまま理想宮という形で33年間もかけて、コツコツと創りつづけるなど、何と感動ものである。
ーまずは、その概要というとー (字数の関係でカット08年8月27日1)
ーーーーーーー 2006年08月27日(日) 1972、事業百訓ー1996年(10) (字数の関係でカット08年8月27日) ーH0805 エジプト、トルコ感激の旅 ーエジプト編ー まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。まず最初に訪ねたのがカルナック神殿。 “まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。 これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。 歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。 そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って 古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。 空に天を指すオペリスクとラムセス�世などの王や神の像の数々、今まで何度か海外旅行をしていながら、 何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。 次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、 かくれるように数々掘られている集団墓地だ。 この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。 また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と、そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。 その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な光景も印象的であった。 その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス�等の巨大な立像も実際そこに立ってみて 古代歴史の深さを実感する事ができた。またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という 小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。 旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”という、 まさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。 丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、 異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが対比する事ができた。 早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。 我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、 “騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、それがイスラム教という。 カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。 考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。 まだ今にも起きあがりそうなラムネス�をはじめとする数々のミイラも 数千年をこえて、不死への激しい希求を魂に語りかけてくるようであった。
ーH0805 エジプト、トルコ感激の旅 −トルコ編 ー トルコといえばキノコ岩等の奇岩の群れのあるカッパドキアが有名である。 トルコ中央に位置しているアンカラの南東に広がる高原地帯にある。 中世にイスラム教徒の圧迫により逃れ逃れたキリスト教がたどりつき、奇岩をくり抜き洞窟教会や住居をつくりあげた聖地。 まさにSF映画やアニメ漫画に出てくるような現実ばなれした奇景そのもの。“本当にここは地球上?”と息をのんでしまうほど。 その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の秘密地下都市群。 あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下のマンションと形容できた。 一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、信仰の深淵さをみた思いであった。 そして、その帰りのバスの中より夕景の“大きな 丸い真赤の月光”も生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。 イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている地下水道の貯水池“イエレバタン・サライ”も非常に印象的なものであった。 十二列×八mの列柱が三百三十六本整然と並んでおり、その一本の柱の下に神話に出てくる女神、メンドーサの石首が 土台になっているのが神秘的だ。バック・グランド・ミュージックにベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、 その場の雰囲気にぴったりであった。 トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、何世紀にわたって世界中より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。 リンゴ大の四十数カラットのダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。 宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。 また、イスラム寺院のブルーモスクやアヤソフィアも、その荘厳な内部も圧倒された。 私自身、気功をやっている為か、右手がいたくなるほど、しびれがきたのには驚いた。 これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか触れる事はできなかったが、 この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。 最後に行った巨大市場、スークも面白かった。 五千の貴金属、みやげ物を売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。 そういう目でみると逆に面白いものばかりであった。 殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、 中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。 (H 8年.1月30日〜2月8日) ーH0807 インカ帝国<夢の旅> ーマチュピチュの遺跡編 ー ペルーはインカ帝国がスペインに滅ぼされるまで文字が一切ないという不思議な文明の国であった。 その為かプレインカ(インカ帝国以前の文明)と、インカ帝国がより神秘的にナゾめいて来る。 その圧巻がマチュピチュの遺跡である。高度三千三百mのインカの首都であったクスコよりバス、登山列車、 登山バスを乗り継いで四時間あまりの行程。 四千〜五千mの山々の谷間に、突然小さな(といっても二千三百m) 山が見えてきた。 そこに空中都市といわれるマチュピチュの遺跡が、霊界のように造られていた。 まさに地上世界ではなく「あの世」を思わせる神秘的、霊的、宇宙的な別世界である。 エジプトのカルナック神殿をみた時の驚き!と同じか、それ以上の驚嘆に一瞬につつまれてしまった。 あれだけTVドキュメントと写真でみていたのに、“現実にみると全く違う!” 神秘的あまりにも神秘的、 いや霊的神性という言葉が、ぴったりとする! 本当に地球は広いそして深い!とあらためて実感した。 この空中都市は、インカの人々がスペイン人より逃れる為と復習の為の作戦都市といわれている。 そして突然、この都市を焼き払い奥地へと消えていき、 まだ発見されてない地に伝説のそして幻の ビルカバンバの都市を建設したという。マチュピチュを去る決意をした人々は老人と“太陽の処女”たちを殺し、 その一角の墓地に葬った。この遺体がこの遺跡が発見された時に一緒に発見されたという。 私もこれだけの異界文明の“すごみ”を経験するのは生涯で初めてであった。 まさにSF小説の地を夢で浮遊しているようであった。
ーH0807インカ帝国<夢の旅> −ナスカの地上絵編ー AC百〜六百年の昔、海岸から三百八十kmの乾燥地帯に一つの文化が栄えていた。 謎の地上絵で知られるナスカ文化である。彼等は何を思ってか九百k屬砲錣燭觜大な大平原に直接、 三角形の図形と線の動物、虫、植物、宇宙人(?)の絵を描いた。 (その絵と同じものが当時の土器に描かれているので、彼等の時代に描いたのが判明できたという。) その地上絵は飛行機ではじめて発見、判明された。それが何を意味しているのか、 宇宙人説、空飛ぶ人間説、星座をあらわすカレンダー説などあるという。 灰色の土地を十cmも削ると黄色の地面が出てくる。それを三十cmの巾で十〜三百mにおよぶ絵をえがいている。 その数がペルー全土で二百以上あるという。そしてその多くがナスカに集中している。 セスナ機で二十分位飛んだ大平原にあちこち見えてきた。 本当に宇宙人にみせる為としか思えない。“UFO”のまさに世界である。 少なくとも、このフライトの間は宇宙人は本当に存在しているのでは?と確信したくなる光景であった。 ハチドリ、クモ、コンドル、サル、宇宙人の絵と、その背後に何キロにわたる縦横に描かれた直線は、 誰に見せる為のものであろうか不思議そのものである。 編みあげの髪の毛のインデォのおばちゃん、アンディスの山脈、チチカカ湖にすむ原住民の素朴な生活。 そして世界の七不思議といわれる巨石建設の技術等に、強烈なペルーの魅力的な世界が今でも脳裏に やきついてはなれない。高山病に悩まされ死ぬ思いであったが、そんな事は些細に思わせるほどの 聖なる不思議な日々であった。 (次の南米はペルーの反対側にあるキアナ高原にある世界最後の秘境、テーブル・マウンテン) ーH08年6月6日〜 ーH0809 大地の果て南アフリカー はじめに南アフリカに注目した時、何と遠い国かと思ったが、 英国・ジンバブエ・ボツナワと飛行機を乗り継いで本当に“遠くへ来たものだ!”と実感した。 わずか十一日の間にこれだけ多くの見聞と感激と驚きを経験できるとは…。 ツアーの同行者十名が二十〜五十回以上のリピーターが大部分で、トラベルにつきもののトラブルを 全員で逆に楽しむ強者ばかり。そのためかストレスが最小に済んだ事もあって、非常に楽しく味わい深い旅行であった。 一番の圧巻はジンバブエにある世界三大瀑布の一つのビクトリア滝であった。 リビングストンの発見したこの滝は幅千七百m、落差百五mあり、 まさにあのイグアスの滝に匹敵する壮大かつ豪快な男性的な景観であった。 またそこでの超恐怖体験のバンジージャンプは、この旅行のすべての記憶を消しさる位の強烈な体験であった。 また次に行ったボツナワ共和国のチョベ国立公園でのサンセット・サファリと、 翌朝のポート・サファリもケニア・サファリと違った味わい深いものであった。 野生の象がハトやスズメのように街の中へ入りこみ、木の葉を食べているのには腰を抜かさんばかり驚いた。 そしてロッジに帰ってくるとホテルの柵の入り口に、やはり五〜六頭 木の葉を食べていた。 ケニアの殺気だった緊張感がまるでなく、田舎の、のんびりしたアフリカ… という感覚であった。ここでは象があまりに増えすぎ間引をしているという。 喜望峰も感激の連続であった。 大地の果ての峰の左にインド洋、右に大西洋という。 ここでしか見られない高台で海をみとれていると、何と!クジラが泳いでいるのが見えたのだ! これこそ喜望峰での最高の見ものであった。 また喜望峰に来る途中でたち寄ったミニ・クルーズでの、 数千頭のオットセイの群れの岩場も印象に残った。帰路にたち寄った小さな湾の野生ペンギンの群れに 一〜二m近くまで近づき顔をつきあわせたのも、自分が人間である事を一瞬忘れてしまいそうであった。 南アフリカといっても、ヨハネスブルクは一千万人近いロスアンゼルスを思わせる大都会であった。 ケープ・タウンも人口百三十万人の高速道路、高層ビルがたちならぶ超近代都市であった。 反面、地方の大部分が超貧困層の黒人が占めており、まだ深刻な人種対立が根が深いようだった。 現地の年配の英国人妻の日本人ガイドの視点よりみる、人種間の対立の話を聞くうち、あくまで我々は生活者でなく、 旅行者(通行人)でしかない事を思い知った。まだまだほとんど書けないほど多様な旅行であったが、 どこに行っても人間の普遍性とそれぞれの文化の多用性、特殊を見ることができるのが旅行の最大の収穫でもあった。 H 7.10/27〜11/6 ーH0809 愛と憎しみと価値判断ー 「“愛”の反対語は“憎しみ”ではなく、“価値判断を下すこと”」という言葉に接して、 その深い含蓄ある意味を私なりに考えてみた。この事よりまず愛の一面の意味として“価値判断を下ださずに、 1歩さがって見守る”という事になる。“憎しみ”とは“価値判断を下す事”それより生じる壁を相手との間につくる事、 それはとりもなおさず自分の壁をつくる事につながる。それはその壁を越えてくる(相手)、事象の拒否感情といえるのではないか。 この壁の内側は長い間の価値判断のくり返しにより、ますます卑小化していく。 そしてマイナス思考回路の習慣化と、 その結果としての病気の誘発を供う。 価値判断を下さない事はそれでは可能なのだろうか!?という疑問も残るが、 対象を“あるがままの姿でみる(きれいとみるでなく、きたないとみるのではなく、そのままみる目)が必要となる。
ーH0811 人生の楽しみ方ー 遊びの定義とは“自分の好きな事をして、それを楽しむ”というらしい。人生五十年の実感として 全く苦労した感が少ないのは、自分で目標をたて、そのプロセスを楽しんだ為とハタッと思った。 もっとも“自分の目標をたて、それを楽しむ”までの準備期間と、そのエネルギ−は大変であったが。 両親がこの達人であった。仕事も趣味も本当に楽しみつくしていた。“お金”とは楽しみの滓と父は常々いっていた。 母もありとあらゆる趣味を持っていた。そのほとんどが一流の域に達していた。 そのポイントを聞いた事があるが、“好きになれるかどうか、そして自分のモノになれるかどうか 始める前に見きわめる事、そして手をつけたら死んでもその域にいくまであきらめない。 そしてライバルをみつけて、その人についていく事”という。何事も遊びにまで昇華していく事がその主旨のようだ。 制約等でワクをはめられて“好きな事”ができないなら、“好きになる事”だ。 好きになれないのは自分の“主観”の固さでしかない。ある新興の大手企業で社是として “おもしろ、おかしく”にしているのを知って驚いたが、単純だが奥ゆきの深さを感じる
|
|
|
|
2008年08月26日(火)
ー 読書日記 進化生物学者の長谷川真理子との対談が面白い。 ネアンデルタール人と、現生人類が重なってた時期があるが、何故に 現生人類が生き残ったのか? 脳の大きさよりコネクションが違っていて、そのことが多くの道具を使うことを促して生き延びたこと、 言語能力が格段と上だったこと、更に病気に対する抵抗力の差があったという。 そして「おばあさん」の誕生が現生人類の特徴という。 それまでの色いろな人類のメスは排卵が終わると 直ぐに死んだ。 しかし現生人類の女性はその後も生き延び、お産のノウハウを娘に伝授したので人口が増えたという。 人骨から「おばあさん」の骨が多く発見されたことから分かったという。 面白い節である。 〜〜 ーおばあさんの誕生ー 長谷川真理子×松井孝典
*おばあさんの不思議
長谷川: いまある限りの現生人類の骨から年齢を測ると、おばあさんの骨が含まれているから、 長生きしたのだと思います。 松井: それは現生人類が繁栄するという意味で、非常に本質的な点ですね。 なぜそうなのかについて何かアイデアはあるのですか。 長谷川: 「グランドマザー仮説」というのがありまして、祖母の知恵が、娘が母親になるときの孫の 生存率を上げたのではないかと言っています。 松井: それはそう思いますね。出産の経験がまったく蓄積されないで単なる生物として初めて出産を経験するのと、 出産とはこういうものだということをあらかじめ意識として持っているのとではすごく違いますよね。 長谷川: 全然違いますね。 松井: それで人口が増えることに加えて、寿命も長くなるわけで、環境には二重の負荷がかかる。 長谷川: そうですね。でも流行病とかが時々ありますから、長いこと人間の人口はそんなに増えませんでした。 だけどまず一万年前に増えて、それから産業革命から増えて・・。でもそれから豊かになると出生率が減るでしょう。 進化的に生物として考えると、 自らの繁殖率を減らそうとする生き物はいないわけです。 豊かになるということは条件がよくなるわけで、条件がよくなると普通はもっと産むので、 だから人間がどうして豊かな暮らしになればなるほど持ちたい子供の数が減るのかなと。 松井: おばあさんが存在するという不思議と、もう一つは豊かさがあるところに達すると産まなくなるという不思議と。 長谷川: 全世界的にそうです。それがどうしてそういう心理状態になるのか。 松井: やはり出産が大変じゃないのかな。本当は産みたくないんじゃないのかな。 長谷川: それもあるかもしれませんが、進化生物学的に考えれば、そんな心理を持つこと自体が 不思議なことですから、 いろいろモデルをたてて研究している人がいます。そこから見えてきたのは、べつにこういう先進国だけではなく、 牧畜民の社会とか、農耕社会とか、少しでも富の蓄積ができたあとには、 子供だけではなくてー子供も富と数えてー 持っている富全体を最大化しようとするみたいなのです。・・・・・ 〜〜 (−対談を終えて) 松井孝典 これまでの人間論には、生物学的人間論と哲学的人間論があった。 今回は生物学的人間論とはいかなるものか、ということで長谷川さんと対談した。 現生人類の起源には、多地域進化説と出アフリカ説とがあり、後者が有力になりつつある。 現生人類はなぜアフリカから拡散したのか?あるいは数万年前、同じ地域に存在した ネアンデルタール人が絶滅し、ホモ・サピエンスが繁栄したのはなぜか?現生人類は なぜ人間圏をつくって生き始めたのか? など、生物学的人間論には興味ある問いが数多く残されている。 そのすべてを議論するには紙面が十分ではなかったが、今回の対談で、少なくとも上に挙げた問いへの 答えは出せたと思っている。 なぜか知らないが現生人類には、おばあさんが生存できるという特徴と、 言語能力が格段に高いという特徴がある。この二つの特徴が、現生人類をして短期間に世界へ拡散させ、 それぞれの地域での繁栄をもたらし、一万年くらい前の環境変動に対し農耕牧畜という生き方を選択させた。 今回の対談で明らかになったように、右肩上がりを前提とし、共同幻想を抱いて生きるといういまの生き方は、 現生人類の誕生以来の生物学的特徴なのだ。 宇宙からの傭鰍的視点はこの特徴に対し、何らか有効なフィードバック作用をもたらすだろうか? (松井) 〜〜 言語能力を高くして、より良い情報手段を獲得して長生きする。 それが現代の特徴ではないかい?? 私もか!
・・・・・・・・・・ 2007年08月26日(日) 2336, ホッファー −3 (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。
一昨日、アマゾンで注文をしていた中古本の、ホッファーの自伝が送って来た。 一昨夜半、二時間かけて読破したが期待したどおりの内容であった。 ミス・フィットや港湾労働者の立場で、 何故独学であらゆる分野の知的好奇心を持ち続けることが出来たのだろうか、まず疑問を持った。 それは7〜15歳までの盲目体験である。そして、彼の父親がやはり労働者に係わらず、 読書好きの教養人だったことが彼の勤勉性を培ったようだ。
さすらいのホームレスから見た、ミス・フィットの人たちの生態も克明に書かれていて、 時空を越えた当時の生身の生活が垣間見れ、彼と一緒に20世紀前半のアメリカを 彷徨っているような気持ちになってしまった。 ホッファーの言葉を幾つかのHPから拾ってみた。 なかなか含蓄の深い言葉ばかりである。 (ー 〜〜 ー は私の内語である。) ーーーー <世界で生じている問題の根源は自己愛にではなく、自己嫌悪にある。> ー自己嫌悪を無くすには、他人への愛が必要ということ! 自己愛は、人への慈愛から育てるのが近道。それが出来ないのが人間か〜 でも、半々と割り切ってしまうしかないか、自己愛と自己嫌悪! 他人が嫌ってくれているのに、自分まで同調することもないだろうにー
<驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。 自分自身にすることを他人に対して行う。自分自身を憎むとき、他人も憎む。 自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。 自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである> ー{これはホッファーの「思いやり」についての最も深い部} というが、 自己犠牲という奴ほど、自己というエゴがヘバリツイテイルということに 注意しないと、軽い?人間のボランティアになってしまう。解る?その意味ー <私の言う知識人とは、自分は教育のある少数派の一員であり世の中のできごとに 方向と形を与える教授の権利を持っていると思っている人たちである。 知識人であるためには、良い教育を受けているとか特に知的であるとかの必要はない。 教育のあるエリートの一員だという感情こそが問題なのである> ーそういうこと!「教育のあるエリートの一員」か〜? エリートなんぞ対比の問題でしかないのが解らないのは、単なる馬鹿! ある本を読んでいたら、何処かの大学の教授が自らを日本を代表する教養人と のたまっていた。 まあ、可愛いいから許せるか?− ー字数の関係上カット(2008年08月25日)
バイヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・・ 2006年08月26日(土) 1971.事業百訓 ー1995年(9)
ー H0701新年にあたりー ー字数の関係上カット(2007年08月25日)
ーH0701 事業百訓 ー 446 “ドーナツの穴”、あれこそ色即是空です。 ああそれと小沢昭一がいった“色っぽい事をすると空しくなる。 ”あれも、まさにその意味をいいあてている。 −永六輔 447 業態とは損益分岐点である。−ヨーカ堂、鈴木社長 448 「自分なりに」を禁句とせよ! 自分を限界づけて、その範囲内という意味におちいってしまう。−田舞徳太郎 449 ほうたいをまいてやるなら、他人の傷にふれてはならない。−ヘッセ 450 人の痛いのは三年でも我慢する。−ことわざ 451 好きな事より、してよっかったと後で思える事をせよ。−ドバル 452 真理はしばしば矛盾の中にある。 453 釈迦については、人類史上最初に人間の肉体と人生より “精神”というものを抽出し、凝視し、よき作用を見、悪しき作用の機能を指摘した。 さらに悪しき作用を押さえこむ処方まで与えた。 それが仏教であるといえる。 この凝視と方法に医学が気付くのに十九世紀末のフロイトまでまたねばならなかった。 −司馬遼太郎 454 「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」といわれました。 大事なものは取られても生活を根底より覆されるような被害ではない限り、いつか忘れる。 それで自殺した話は聞かない。 しかし悪口を言われて死んだ老人の話や子供の話はよく聞きます。 それは人をおいやり子供を精神薄弱にする力がある。...私達は二つの尺度を持っている。 「自分のする事は、そう悪くない」「人のする事は大変悪い」自分の過失を咎める尺度とは、全く違う。 ...自分の未来を勝手に決めないで下さい。こんな未来しか持ってないと、わかった顔をしないで下さい。 紙の書かれるシナリオと貴方の書かれるシナリオは全く違うのです。..ドイツのことわざに “共に喜ぶのは二倍の喜び、ともに苦しむのは半分の苦しみ”があります。−三浦綾子
ーH0701 テーマ日記ー (字数の関係でカット08年8月26日) ーH0703 事業百訓ー 455 行動の動機が、行動の本当の判断基準である。 みかけ上は同じような行動を千人がする。 本当はその動機が違えば、みな違うものである。 <なぜなら行動とは意志のことだからである。>しかし意志は行動と同じではない。 <行動せずに考えたり、意志したりすることは、そこにチャンスが存在するとしても “壺”の中の炎や、砂にまかれた種と同じである。燃えずに消え、芽を出さずに死んでしまう。> 仏教徒と同じようにスウェデンボルグは、人間とはその人の意志した行動の総和だと断言する。 <人間の霊的肉体とは彼が自分の意志によってした行動以外の何ものでもない。> そして<天国への道は、この世の外にあるのではなく、この世にある。>(スウェデンボルグ伝より) 456 自分の“木”をみつけるべし。さがしつづければ、ある日その木はどれだと判るはず。(山尾三省) 457 (a)七千万年前に原始ザルが生まれ、 (b)二千年前に霊長類が生まれ、 (c)七百〜八百万年前に今の人類の原型が生まれた。 (d)一万二千年前に農耕がはじまり、地球上に三百〜四百万人の人類が存在した。 人類は“森林”の中で天敵がなかった。その為自らのうちに敵を持つシステムをつくっていった。 ―河合雅雄― ーH0703 ブラジル旅行記ー “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。 カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。 その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。リオのカーニバルのランクがA・B・Cとなっており Aランクが9チーム、 Bランクが15〜16チーム、 Cランクは数十チームとなっている。 AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを80分の持時間で踊りながら行進する。 そこは六万人の観客席があり、審判席で厳格に審査され、その年の優勝等順位があらそわれる。 チケットは一般の人はほぼ入手不可能である。TV新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。 チームは四千名が1チームで構成されており、それが約500名×8チームに細分化され統一のコンセプトのもとに 仮装が華やかにつくられている。音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉をかけてつくる。 その作曲も採点の大きなポイントになるという。一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。 観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。 上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて、 優勝チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けてのよいスポンサーが約束される。 その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。 カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”が、すべて含まれている。 東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。 ブラジルの印象を書くと、“サッカー”と、“サンバ”(カーニバル)と、“森林”と、 “イグアスの滝”そして“汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。
ーH0705 バンジージャンプー ーニュージーランドのバンジージャンプー 字数の関係上カット(2007年08月25日)
ーH0705 事業百訓ー 458 “才能とは自分で決めること、そして人として最も大切な事は他人とは何かを考える事。”(山川方夫) 459 競争対策とは“差別化”のことです。 それはより徹することでのみ勝者となります。 徹することは、より例外を少なくすることです。換言すれば“標準化”の徹底ということですが、 それは内容を“単純化”しないと一向にすすまないものです(3S主ギ)―渥美俊一 460 「いや、あの世があるかどうか私にも判らない。 ただ死ぬ瞬間に“これからいいところにいける”と思って死ぬのと、 “これから荒涼たる荒野を生ぐさい風と一緒に永久にさまよう”と考えるのと、 “なにもかも虚無だ”と考えるのと、この三つを並べて考えると“楽しいところへ行ける”と考えるほうがよい。 そこで死ぬ瞬間に、それが信じられるように“想像力”で、一生かかってあの世は極楽だというイメージを 頭の中につくりあげている。それがカトリックというものです。 −「上智大学のホイベルス神父」 ―(井上はじめ、司馬遼太郎対談より) 461 “私の経験からすると、(夢)というのはまさに人間の魂そのものだと思います。 夢を持っていない人間は、本当に魂がなくなってしまいます。 カリブ海には一種の魔法使いがいるとされています。そして人の魂を奪ってしまうことがあると。 そのぬけがらが映画になったゾンビ。 目が大きくなって中をみると何もない…” 462 アインシュタインでの(相対性理論)もう一つの重要な意義は“物質とエネルギーは交換することができる”という認識である。 物質は一つのエネルギーの形態にすぎない。 またエネルギーの減速している状態、または結晶化したものにすぎない。 私たちは肉体もエネルギー体そのものである。…(光の手…) 463 個人レベルでは、現代心理学や精神開発の世界により深くかかわっていくと、either/or(どちらかが)の古い形が、 both/andの形にとけこんでいくのが判る。そこにはもはや善や悪が存在しない。 誰かを憎むとか愛しているかでなく、もっと自身の中に広大な能力に気ずく。 同じ人間に対して愛と憎しみを感じ、その中間にある総ての感情を感じられるようになる。 464 人(他人)を指さす時、他の指はすべて自分の方をむいている。(人を批判する時、その大部分は自分にあてはまる) 465 みんな(自分にとって)自分が主役! 466 欧米等のキリスト教、イスラム教にとっての神は、大文字のX(エックス)であるが、 日本人にとっての神は小文字のxのn乗(神々達)である。従って同じ目線で議論は無駄であり… 467 あなたの事情よりチャンスを考えるのではなく、チャンスよりあなたの事情を考える事だ! 468 「それにしても一体何が残るのだろうか? よく判らぬが私は“想い”が残るとあえている。 “想い”の“深さ”が残る。“想い”をつめると幽霊になるという。 だから幽霊がいたとしても少しも不思議ではない。」(葉山照葉)
ーH0707 事業百訓ー 469 “永遠”とは今後の時間ではない。 永遠は長い時間でさえない。永遠は時間とは無関係です。 永遠は時間領域内のあらゆる思考が切り離している<いまここ>の次元です。 ここで永遠を永遠ととらえない限り他のどんなところでも 永遠はとらえられません。とにかく万物すべてにおいて永遠を経験すること、 それが生命の機能なのです。(キャンベル) 470 “たとえ雷に打たれたとしても決して否定的な考えをするべきではない” (バートランド・ラッセル) −否定語にとりつかれた病的人間の臭い −“人間は一日大体九万位の事を考えるそうで、悲しい事に大部分が否定的な事だという。 471 “人の世は虚空(生前)と虚空(死後)の折り返し地点” 472 成功の“功”は「ねりあげる」という意味。 したがって成功はねりあげ成す事をいう。 成功しないのは(計画準備)ねりあげがたりない為です。 473 出来るまでやってみる事です。やれないのは(できるまで)やってみないからです。(中村久子の母親あやの言葉) 「お念仏なさいませ。一切は仏様におまかせすることです。どんなときも仏様は私たち衆生を抱きかかえて下さいます。 お念仏させていただきましょう」 この深い意味が久子にはわかった。
ーH0709 事業百訓ー 474 “人にはやさしくやさしくおなりなさい。その為にあなたは強く強くならなければなりません。”(宮城まり子) 475 “怒りは無智、泣くは修業、笑いは悟り”60才になってはじめて、この味がわかってきた。(金語楼) 476 人生つらい事を探せば、つらい事ばかり!。 いやな事を探せばいやな事ばかり!。 うれしい事を探せば、うれしい事ばかり!。 ありがたい事を探せば、ありがたい事ばかり!。(山本紹之介) 477 .Ε修鬚弔な ¬鸞を守れ フェアであれ じ朕佑鯊砂鼎擦 スゴ饋瓦鯔困譴襪福淵蓮璽譟璽瀬咼奪肇愁鷁馗后Ε螢奪繊Ε妊アルング) 478 「半年先に会社を辞めることになって、 自分の仕事を引き継ぐ人間がいないと想定してみる。 そして組織をみなおし、自分のしている仕事を部下に任せてみる。 それから、どうしたら事業に新たな価値を付加する事ができるか考える。 この過程を引退するまで何度でもくり返す」(トム・ピータース) 479 人を愛し、賞賛するほど大量のエネルギーが自分の中に流れ込む。 人を愛し、エネルギーを与える事が自分の為にできる最上のことだ。 (聖なる予言−ジェームス・レッドフォード)
ーH0711 旅についてー ーH0711 事実とイメージー 字数の関係上カット(2007年08月25日)
|
|
|
|
2008年08月25日(月)
「宇宙の発展と文化の論理 」− 鷲田清一×松井孝典
*ここにないものと関わる能力
松井: 前回は、生物学者の長谷川真理子さんと対談しました。 そのときの話では、現生人類には抽象概念が生まれた契機の一つが、喉の構造の変化です。 逸れによって、文節性の高い言語を獲得できたということです。その御蔭で目の前に起こってない現象でも、 抽象化して相手に伝えることができ、知恵の伝達が可能になるということでした。 つまり人類がいまのような生き方をするうえで重要な要素として、言語の機能というものがある。 それを哲学がどう考えてきたかというところから、話を始めましょう。 鷲田: 人間とはなにかということは、思想史の中でいろんな語られ方をしてきました。 いまおっしゃつた、話す人(ホモ.ロクエンス)という思想はもちろん根本的なものです。 また、遊ぶ人(ホモ・ルーデンス)というのもありますね。「遊び」ということができることを 人間の本質としてみる。ホモ・サピエンスとか、ほかにもいろんな捉え方はあるのですが これらの共通点をみれば、ここにないものに関わっていくということ、つまり不在なものに 自分を関係づける力をもつということなんです。いま目の前に現れているものを、 取り換えられない必然のものと捉えるのでなく、それをさまざまな可能性のひとつとして 了解しなおすということなんですね。 人間以外の動物は、生物としてのシステム沼に、別のあり方がないような形で組み込まれている。 〜〜 解) 「ここにないものと関わる能力」、これは言葉の持つ最大の効力だろう。 カラスは500の鳴き声のサインがあるというし、ケニアではシマウマが鳴き声で多くのサインを出しているのを知った。 それでは、鳴声と言葉の違いは何だろうか? それは、正に「ここにないものと関わる能力」が 言葉の中にあるということである。 亡くなった親族や恩師や友人とは、生きていた時より、むしろ 深く関わること出来るようになる。 教養とは、多くの「ここにいないものと関わってきた」蓄積である。 過去を振り返ると、自分の読書量と経験量が、ここにいないものとの関わる能力の質を決めることが解る。 予習能力も復習能力も、そのうちの一つになる。 それと、更にすすむと予知能力もある。 言葉は考えれば考えるほど、奥行きが深い世界に我々を誘い込む。ファンタジーも、妄想もある。
・・・・・・・・・ 2007年08月25日(土) 2335, どうせ死んでしまう ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 「狂人三歩手前」ー中島義道著 −1 ーどうせ死んでしまうー
この本は月刊誌「新潮45」の連載で、時々、このコーナーを図書館で読んでいた。 その連載をまとめたのが、この本である。本の題名が「狂人三歩手前」というのが良い。 この本の冒頭からして、 ーどうせ死んでしまうーである。 いずれプッツンするのは解っているが、生きているうちは、 せめて「いま・ここ」に集中して面白おかしく生きたいと思っているが・・・。 {いずれ死ぬのなら、何で「いま・ここ」に集中して生きる必要などあろうか?} という投げかけの言葉も道理である! 生死の問いかけになる。 「死んでしまえば、それまでよ!」も、生き残った此岸から彼岸へいった死体に対する、 思い込みでしかない。まあ、哲学は哲学でも、この人はあまりに嫌世過ぎる。 でも、甘ったるい人生論より余程面白いし、考えさせられる。 心の奥に、「所詮は死んでしまう!ケセラセラ」という、中空を持っていないと、現実に振り回されてしまう。 「飯喰って、糞して、死ぬだけ、人生は!・・所詮死ぬのだから」 ーP・11 (字数の関係でカット08年8月25日) ーーー 解) まあ、そういうこと! そこから出発をしないと、人間をやっていて面白くはない! と言って、逃れることの出来ない事実の前で、それに囚われるのも癪である! せめて束の間の一時を馬鹿踊りをするのも良いかどうかは、その人の性格による。 馬鹿踊りが嫌なら、地球という稀有な存在の大気圏の中を、しっかり見るのも良い。 絶対的消滅?そりゃ、消滅したヤツのこと、消滅してない限り消滅など関係ございません! と、絶対的存在の束の間を味あえば良い! ゴチャゴチャいおうが、楽しみつくそうが、 泣いて喚こうが、絶対的消滅の前では同じこと。 いずれ、どうせ消滅するのだから。 輪廻の思想は、その点では巧く不安心理を緩和する。逆に、そんなものに囚われてしまって何しているの? 所詮は洗脳された羊じゃないかい?と、こっけいでもある。結局は、哲学では死の不安は解消出来ないということか? それとも、神様に頼るしかないか? それとも、自分が神になるか。 神は、この宇宙の外の存在だから矛盾するか?
☆―サラバ(o´c_`o) ジャ! ・・・・・・・・ 2006年08月25日(金) 1970.事業百訓 ・・・ ー1994年 H0601新年にあたり (目先の流れを間違わないように!)潮流は大不況である。 −以下、字数の関係でカット(2007年08月25日)
ーH0603 海外旅行 二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。 さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。私の趣味の一つといってよい。 海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。それぞれ全てがすばらしい。 違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、その広がりと深さの味わいは旅行し、 現実にその場に立ち感激しなければ理解できない。 初めて旅行したのは昭和四十二年、海外旅行が自由化された翌年だった。 大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。 当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、 オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、 英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。 また欧州の文化文明に大きなカルチャーショックを受けた。 帰国して数ケ月はただ呆然としていた。二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば、 人生の一大転機のきっかけになった。 それだけ感激とショックは大きかった。 ーH0603ゴネ社会のカラス達 ラジオで鳥学者の「カラスの習性」という話題の中で印象的な話があった。“牛の出産時に、ただ対象が弱味を見せている、 というだけでおそいかかり、時には牛が出血で死んでしまうケースが多々ある。 ”この新潟駅前花園地区近辺は、 ゼネコン関係者の間でも鬼門になっている位、そのカラス的習性人種のたまり場で有名の地区という。 飲食関係者とかミニオーナー達が自分達も、何かゴネ社会でチャンスがあればタカってやろうとうごめいている。 全く関係のないところまで出向き、口を出し?をせびる。 その為にそのカラス達は飲食組合や、 町内会の役員をまずねらうという。考えてみれば今の小物代議士(政治業界のたかり屋)と全く同じ手口だ。 今回の工事でもその代表的カラスが何匹かさわぎかけた。 但し今回は比較的うまう納まったが。 第二増築工事の時は、近隣のオーナーに停年退職期のウサを すべて工事妨害にたたきつけられてしまった。(店子にあいさつに行きオーナーになかったという理由で) 隣地の工事等の妨害は相手は数十倍いや数百倍こたえる。当然その怒りは形を変えて数倍も攻撃する事となった。 隣地の攻撃は後ほど有利になるのだ。 これがわかってないから目前の相手を攻撃してしまうのだ。 “隣地境界は絶対に攻撃してはならない” あたり前の事がどうしてわからないのか。 人間の心の中にサド的なものが悪魔が秘んでいると、工事の度に思いしらされる。
ーH0605 般若心経のすすめ 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、 般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。 今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。 二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた ⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム) α波がくみこまれている ぁ版亜匹この中に入っている イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る 情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、結果として“運=無意識の判断”を左右する Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、自己の中にその中空がつくられる 夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、 キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で、少しでも近づける様な気がする。
ーH0605 事業百訓 432 長い人生において、誰しも受け入れ難いことに遭遇するときがある。 真正面よりたち向い頑張ろうとしても、のり超えられないときもある。 そんなときは「こうあらねばならない」というタテマエを取りのけて、 あるがままの自分を受容しないと挫折してしまう。 涙というものは、頑張りをはずし、無理のない自然な自分を再生させる。 そんなエネルギーを持つものかもしれない。 −吉村はそんな事を考えたものだった。(涙による再生−柳田邦男) 433 “日本はトルコ以東において西洋人に侵略されなかった唯一の国である”という。 外国政府に対して日本人が他のアジア人と違い異常な緊張力を持っている。 内陸戦争になれば、こういう無数の侍と戦わねばならぬと、 まず第一に物憂く思った。(司馬遼太郎) 434 以来40数年僕の一応の答は「人間は不自然な動物である」、動物は自然に適応する為に自らを変化させてきた。 ところが人間は自然のほうを変えて文化文明という反自然的な 環境をつくり上げてきた。(河合隼雄) 上記より考えてみると、 数千年か数万年スパンで人類のつくりあげた不自然な文化文明は、 すべて消滅する運命にあると考えるのが自然である。
435 ある日突然“進化論”に関する本を読んでいた時、ある活字が矢のようにとびこんできた。 私達を形作る宇宙の原子の数は10の80乗と見積もられているが、宇宙のはじまりより現在までの時間は、 秒単位で10の80乗と推定される結果、原子の配列と時間の配置に同じものは絶対に起こりえない。 −私は気の遠くなる孤独感におそわれた。自分と同じ生きものは過去150億年にはいなかったし、 今後50億年をすぎ、太陽が爆発しても同じ生きものはあらわれない… (脚本家−橋本忍−時の流れ−より) 436 たまるべきは何か?それはただ一つ、現在の努力のみである。 それが主観的価値の基準である。 437 セックスとは相手を介ざいしたマスターベーションである− (“エスの論理”より 1991/11/末 読売新) 438 一遍という人は、川の流れのように下へ下へ下っていった人ですから 軽いですね。人間は重いうちはまだ駄目です。軽くならないと。彼は最初のうちは重いです。 松山を出るうちはまだ重い。それがすてて捨ててるうちにだんだん軽くなるのです。 −彼は“南無阿弥 仏決定住生六十万人”という浄土行きのパスポートを配って歩いた(板村真民) 439 魂は出来事を経験に高める。…“精神は山の頂上に、魂は谷に”たとえる事ができる。 440 第一生命サラリーマン川柳 1993年入選作より−(注)(1)→一位 ・つれこむな私は急に泊まれない(1) ・OLの口につけた万歩計(2) ・耐えてきたそういう妻に耐えてきた(4) ・休暇とれ五時には帰れ仕事しろ(5) 441 人間の最大の悪は何であるか?―鈍感である。 442 子供叱るな、来た道じゃ 年寄り笑うな 往く道じゃ 来た道、往く道、一人道 みんな来た道、往く道じゃ これから通る、今日の道 通り直しのきかぬ道 いまやらねば、いつ出来る わしがやらねば、誰がやる (平櫛田中) 443 八笑七敗(負けても笑える心を持つ事) 444 腹たたば 鏡を出して 顔をみよ、鬼の姿が ただでみられる 445 僕は(+)(−)をはずして生きるという事を、若い時よりやっていたと思います。 常識でいえば(−)と考えられる事も、体験の大きさでは(+)(−)も同じ。 (+)3と(−)300なら、マイナスが損と思うが (+)(−)の符号をとれば…(日野啓三)
ーH0607 ケニア・サファリ紀行 (機 前知識はほとんどなし、 「何がおきるのか出たとこ勝負の旅」というのが率直な気持であった。 ところが秘境の旅というイメージで行ったところ、そこは欧州の高級リゾート地であった。 三十年前まで英国領であった為、欧米のサファリを目的としたリゾート地として区画整備されてあった。 広大な動物保護区及び国立公園と一般の土地はわけられており、前者は天国、後者は貧困そのものであった。 サファリ(動物ウォッチング・ドライブ・ゲーム旅行)は生まれて初めて、 一日一日、一シーン、一シーンが鮮明な感激として脳裏に焼きついている。
強烈な印象の順に列記してみると、 夕方、五十頭の象の群れが一列になり、右手にキリマンジェロをみながら林の方に帰っていく、 (TVでこのシーンを見た事があるが、まさか初日にこれをみれるとは思わなかった) ライオン二匹がペアリングしている横で一頭がシマウマを食べているシーン、 チーターが二百m先に一匹のガゼルをねらいを定めて木影でスキをねらっているシーン、 二十頭位の象の群れに三m位近ずいたシーン、 湖でカバの群れに近ずいたところ一頭が我々のボートを追いかけてきたシーン (一ケ月前にその群れに漁師が殺されたとか)、 数千〜数万頭のヌーの大移動、 マサイ・マラ族の村の中での異様な雰囲気、 気球の船上よりのアフリカの大地の景色、 四〇〜五〇頭の水牛の群れの真只中にサファリーカーでつっこんだシーン、 キリマンジェロの遠景、等々書けばきりがない。過去十七回の海外旅行の中でも最も刺激的印象的なものであった。 欧州では“アフリカの毒”という言葉があるとか。その毒(魅力)にあたり、ウワ言のようにアフリカ、アフリカと 言うそうで、今の私はまさに毒にあたっている状態です。(1994.7/10 〜18 )
^ーH0609 歩行とダンス 丸山圭一郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”という二人の対話が面白かった。 “ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的。 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?ありうる!”という。非常に含蓄のある面白い内容である。 人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、 “よしこの仕事とチーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と、一人笑った。 私の学生時代の大手商社に勤めている友人と、酒をのみながら右の話をした。 本人いわく “私はさしずめ、それはホーク・ダンスだな!。好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。 それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。 ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながらパターンをマスターし、 かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。 ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。 ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。 そしてその反対に逆の人も。
ーH0609 至福の時 母が八十六才になり、年相応?の初期の痴呆症があらわれて三年、年を重ねるという事は大変な事と思いしらされる。 痴呆とは脳の回線が時々はずれたり夢の世界に入りこみ、現実との境界がつかなくなったり昼夜の別がつかなくなったりする。 はじめは周囲の私達の気が動転、本人の症状にふりまわされたが、今ではほとんど、それぞれの現象に それぞれの原因がわかるようになり、あまり動じなくなった。(それには二年以上経過したが) しかし回線がはずれている時は、なれている私達でも背スジがゾーッとする事がある。 本人にも喜怒哀楽はあるし、外部環境の把握をそれなりにしてある。 夜半の半錯乱の翌朝、すべてを忘れている本人にその話をすると “それでは私はどうしたらよいのか?”と逆に聞かれて返事に窮する事もあった。 この春より母を早朝、公園へ一時間位リハビリも含めてドライブ+散歩に行くが、 誰一人いない公園で母と二人いると幽界か霊界にいるような気になる事がある。 その時の母のうれしそうな顔をみると、この時が人生の“至福の時”かもと感じられる。
ーH0609 ゲームと人生ー ハーバード著の“思考の原理”という書物の、「人生ゲーム化」という内容が面白く印象に残った。 要旨は “ゲームとは、目標を設定し、そこに障害と自由を与えて、互いに(あるいは自分自身)競わせる。 重要なのは障害である。 自由配慮の中で障害をのりこえさせて、目標に到達させる。 この三つのバランスをとりながら競争するのがゲームである。 人生をこのゲームにたとえると、人生の障害も自由そのものも余裕を持って客観視ができるし、 楽しむ事ができる、という内容であった。人生をゲームにたとえると妙味が違ってくるように思える。 人生にとってのその人の目標は、つきつめて考えると、その人の精神とも考えられる。 その達成において当然目標が大きければ大きいほど障害が大きく、多くなるし自由度合も大きく、多くなってくる。 その障害を楽しんでとり組む自由な心(とらわれない視野が“自由”というのかも)こそ人生のゲーム化といえる。
ーH0609 ケニア・サファリ紀行(供法 国立公園よりナイロビへの帰り道(雨あがりの泥々のいなか道)を命がけで四時間、 つきぬけた、その時の赤茶色の大地と緑の森の コントラストのすばらしさと、 数十km先までみえた広大な地平線も生まれて初めて見る光景だった。 そして小学校の近くを走っている時みた、子供達のあどけない愛嬌のある目と顔も忘れる事ができない。 野生動物も、今まで動物園でみたのと全く違うものだった。 毛色の光沢、目のかがやき、 悠然たる動きが、あの大地を背景として自然と一体となり絵になっているのだ A當の牧場の乗馬もよかった。 新鮮な空気と草の臭い! その帰りの車で、前方に10人あまりの若い男達が必死な形相で走っている。 その後を、一頭のバッファローが追かけている。我々の車が間に入って その場は収まったが・・。離れバッファローは非常に危険だとか! ささ紊茲蠍たアフリカの広大な草原。下を見るとシマウマの群、他に目を向けると、気球に驚いて逃げている 二頭のライオン。そして、気球を降りての食事。乗客三人に対して、10人のスタッフ。そして一応、機長もいる。 360度の展望の中での食事が、格別美味しい。シ,知て小屋のイメージだったロッジが、実際は高級ホテルであった。 食事も高級レストラン並。 夜半聞こえてくる不気味なハイエナの声!
ケニア人の90涌幣紊蓮一生の間で野生のライオン、キリンを見ないという。 それだけ一般大衆は貧しいという。首都ナイロビでホテルから一歩外に出ると、 物乞いと、物売りが瞬時に寄ってくる。現地の女の日本人ガイドが、その貧しさに涙を溜めて訴えていた。 日本人の観光客は、年間に一万人に満たないという。その点で超穴場といえよう。 実感として、一試合で二本のホームランを打った感じ!であった。
|
|
|
|
2008年08月24日(日)
*大曲の花火 昨夜は、秋田の大曲の花火をNHkのハイビジョンでみた。 この数年の年中行事の一つになっている。 電気を消した見ていると、自分が土手で見ている気分になる。 プロの花火師の評論が面白い。 花火には「菊」と、「牡丹」の形があるとか。 丸い花火は割りものとか、云々。 大曲は、日本中のプロの花火師が競う競技大会。 その結果が公表される。 開くタイミング 10点、 開き具合、 30点 色彩および配色 30点 技術 30点 の比率で評価される。 地元の長岡の花火も良いが、大曲の方が華やかで規模(数)が大きい。 〜〜 *日本野球がオリンピックで敗れた訳 日本が、良いところがないまま、敗退してしまった。結果論からいうと、星野監督の選定ミスである 現役を退いて何年もたった監督と、コーチでは勝負勘が全く無くなっている。 せめて副監督として古田元ヤクルト監督をつけておくべきで、御友達感覚の監督、コーチで勝てるわけがない。 選手が、星野監督とコーチの前で、すくんでしまって実力を発揮できなかった、ということ。 更にG.G佐藤の二回の大エラーも、水を大きく指した。 本人の一生の傷になる。数年間は針の筵だろう。 ニュースに流れた日本人の観客のヤジ「御前ら、日本の野球はこんなものだったのか?」も厳しいが、 それくらい星野には良いだろう。 あまりにプロ野球の監督とし鮮やかな辞め方をしたのだから。 それより、あの二年前のワールド・ベースボール、あれは劇的過ぎただけ。 ただ星野は、酷かった。 人生は、こんなものだろう、 所詮は!+−ゼロ。 〜〜 *オリンピックが終わるか これまでは、あまりオリンピックは見ないが、時差のあまりない北京で行われたことと、 お盆を跨いでいたこともあり、これだけ見るのも珍しい。といって決勝進出と、注目された試合だけだが。 前回の三分の二の金メダルだったが、こんなものだろう。 テロによる混乱も無く、まあ無事終了のようだが・・・ 中国にとっては大成功のオリンピックとは言えないが、そこそこ(65点)だった。 独裁国家がオリンピックを開催すると、何年後かに独裁体制が崩壊するのは、 ナチのドイツと、ソ連の崩壊から推測出来る。 これから10年間は、大きな試練が待っている。上海の万博まで持つだろうが、火はついたことは間違い。
・・・・・・・・・・ 2007年08月24日(金) 2334, 離人症体験 オハ…YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+
ある本の中の「離人症」の経験者の話に目が釘付けになった。 私の最も好きな内容だからである。そこでネット辞書で調べてみた。 ーー 「離人症とは、自分が自分の精神過程または身体から離れて 外部の観察者になったかのような自己の知覚または体験の変化」と定義される。 ・離人感は深刻な感覚の歪みがあらわれる。 例えば、世界が霧か煙を通すようにぼやけて見えるとか、 声がくぐもって遠方からのように聞こえます。 ガラスの檻に閉じ込められ、それにより「現実の」世界から切り離されている感覚。 具体的には、自分が存在する実感がない、自分が見知らぬ人間であるように感じる、 自分が生きている感じがしない、などがある。
・身体に関する訴えとして、自分の体が死体・ロボットのように感じる、 自分の体の実感がない、自分の体が大きく・小さく感じる、などがある。 ・また、行動する自我とそれを観察する自我の分離があり、 自分の行動を離れたところから自分が観察するという感覚がしばしば起きる。 このような分離は、心の中での果てしない自問自答、堂々めぐりと体験されたり、 自分の体から自分が抜け出す経験(体外離脱体験)と感じられることもある。 トランス状態にあるような様相を呈することもある。 ・自分以外の人間は自分の体験を真剣に取り上げてくれないと嘆き、 これらは心的外傷に深い関連があり、自傷行為や自殺企図もある。 ーー
以上だが、その中で体外離脱体験もあるようだ。 私自身、色いろな体外離脱やパニックに陥ったことが度々あった。 この「離人症経験」とは違うプロセスで体外離脱体験になったのである。 人生の大きな変わり目とか、 厳しい秘境旅行の帰りの飛行機の中とか、大きなストレス状態の時などに生じるところが似ている。 過去の随想日記に、そのことを幾つか書いてきたが、離人体験とは少し違う。 (後記の数年前の文章を貼り付けた中に、偶然に夢について書いてあった。)
一番近いのが、ある旅行からの帰りの飛行機の中での恐怖パニック体験。 (何度か書いたことがあるが・・・)秘境旅行の帰り、ホッとして眠っていたところ夢をみた。 自分が地上からフワフワと風船のように浮遊して、空に舞い上がっていく。 みるみる電信柱を越え、空に上がっていく。「これは危ない、地上に戻らないと!」と、 本能的に夢から我に帰ったところ、そこは地上ではなく空中を飛行中。戻るはずの地べたがないのである。 空中から地上に帰ったはずの自分が、逆に更に高い空中を飛んでいるのである。 それも自分が1000キロの速度で飛んでいる実感がしたのである。 飛行機も、周囲の人も消えて、独り空を超高速で飛んでいるのである。 恐怖で失神?なんてものではない! このような特異の恐怖体験をした人は世界広といえ、殆どいないだろうと、 パニックが収まった時に頭に浮かんだ。(実際は多くいるだろうが、特異という意味で・・・) バンジージャンプで二回飛び降りているが、落下時の恐怖より恐ろしい?瞬間であった。 その落下としても垂直に空中を飛んだ経験があるから、その時に実感できたのだろう。 数分は続いただろうから、よく心臓が止まらなかったものである。
離人体験の恐怖を語っているブログがあったが。 その類の知識のない子供が、自分が自分から抜け出た感覚は本当に恐ろしいのは解るような気がする。 離人症という病があるとは、知らなかったが、欝になり、落ち込んでいる心理状態は、正にこれじゃないか? 「ものみのとう」とかいう、あのカルト集団、あれも集団離人症候群じゃないかい? {娑婆を「物見の塔」から見下して、あの集団で修行すれば、千年後に奇跡があらわれ、キリスト様と出会い・・・} それも、幸せな集団離人症ということ? ホンジャ(´_`○)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・・・・ 2006年08月24日(木) 1969.事業百訓・・・ 事業百訓ー1993年(7) H0503事業百訓 413 比喩は意味よりも深くしみいる。 比喩は心象風景の点描である。比喩は意識の下の世界感である。 414 (インディアンの教えより)・・・・ 415 敵を憎んではいけない…計算が狂ってしまう。(ゴッドファザー掘 416 海の色はその陽ざしによって変る。 417 量の“ゆらぎ”はエネルギーを生む。(高村光太郎) 418 みずのたたえのふかければ おもてにさわぐ なみもなし ひとも なげきのふかければ いよいよ おもてぞ しずかなる(高橋元吉) 419 果実によって、その木のなんたるかが知られる(キエルケゴール) 420 “善意の小悪党”→周辺に本当に多い輩。 善意を道具に相手に近づき、結果として必ず相手を食い物にし、おとし入れる。 それに対して、本人は全く気づいていない?相手が気をゆるすのを待ち、相手の一番の秘密をつかむと、 手の裏をかえし内幕情報屋に変身する業(ごう)とする輩でもある。 421 哲理の中で生きる(みる) 仝る…内性的に(見る) ∋襪襦塚性的に(視る) 4僂襦津学・原理的に(観る) じ海襦沈弧薪に体験して(験る) (中村天風) 422 ・積極一貫(生命の原理) ・“心の積極性”−陽性・積極性・プラス思考→肯定・肯定・絶対肯定の世界 ・“言葉の積極性” −言葉は思考を造る。言葉の重要性を知る。 積極的言葉を“グリーンのスイッチ” 否定的言葉を“黒のスイッチ”とし… ・“行動の積極化”……“いたわり”“おもいやり”を積極的になげかける。 423 笑って暮そう、ハンカチーフ。
ーH0503 核本業 “本業に徹する事”の重要さを失敗より書いてみる。 “徹しない”場合の生ずる最大の事は、本業で生じているチャンス・ロスに全く気づかない事にある。 学生ショップという衰退産業にまきこまれ、しかし一億の利益をあげたが その数倍いや、数十倍ののチャンス・ロスが発生していた。 と同時にその心のスキが株投資という株屋の食い物にされ、その分をすっかりロスしてしまった。 本業以外に本当の利益を出す事があり得ないし、出せたとしても、その数倍のロスが発生している。 その時はそれは見えない。あとでふり返った時に初めて気づく。 当社の本当の御客様は誰なのか!そしてそのお客様に対して何ができるか! それに対して、総てのエネルギーを集中し続ける事こそ核本業ではありまいか! “客室のモア・スペシャル、モア・ディスカウント”の提供が核本業であったはずだ! それを続けた時に会社の成長があった。 他に目を向けた時、停滞がはじまった。その責任は誰。 私である!
ーH0503 万歩計 “万歩計”をつけてから約一年が経過する。冬期八千歩・それ以外が一万三千歩・平均して歩いた。 一年で四百二十万歩、一歩五十センチとして、二千km歩いた事になる。 江戸時代の人は平均二万歩近く歩いたという。ある調査によると会社の営業系の人は七千歩!事務系六千歩! 管理職が五千歩!トップは四千歩が平均歩数との事。また人間の身体の構造は本来、歩くようにできているそうです。 私の場合必ず手帳に歩数をメモにとり一週と一ケ月の平均歩数を出します。 これを実施していて雨の日の休日でも傘をさしてでも散歩に出るか、天気予報を見ながら“歩き溜め”をしたりする様になった。 私の知人も数名万歩計をつける様になりました。今では、万歩計をつけ忘れても大体、歩数はわかるようになりました。 参考の為に、万歩計は薬局かドラッグストアに二千円位で売っています。
ーH0503 “死”について ・ 自宅の両隣の御主人や息子さんも含めて近所で五軒も葬式があった。 六年程前に“いとこ”がやはり四人、たて続きに亡くなった。 私の年令の風景の一つなのか? ・ 人間の死亡率は百%! ・ 人間の恐ろしいのは、“死”より“死に際”じゃないか? ・ 親の死は、子供に対する最大のプレゼント ・ “我々が生きている間は死はこない。死が来た時にはわれわれはもはや生きていない”(エビクロス) ・ 死んでしまえば塵である。(伊藤栄樹) ・ 死んで三日もたてば三百年前に死んだと同じ事。 ・ “苦”は生きているうち。それが死への苦しみであっても! ・ “色いろ、あったが死んでしまえば何ってこたあない!始めから無かったと同じじゃないか! 皆の衆”(山田風太郎) ・ “ああ、自分が消滅した後、空も地上も全く同じとは何たる怪事! ・ 死とは人生における最後の挑戦である。(ハイデッカー) ・ 死はお浄土への単身赴任である……極楽世界があるかないかではないのです。 あるべきなのです。いや、あらねばならないのです。(さち・ひろや) ・ 死も人生というドラマの一部分、それも最後の仕上げという。 ・ 死に直面した時“さようなら、たださようなら、さようなら!”これこそ、死の苦しみにとらわれない妙薬。 ・ 人間は死ぬ事を、ひそかに望んだので戦争をしたのだ。 自己保存の要求はきわめて強いかもしれないが“死”への欲情はさらに深い。 ・ “死の準備”は大別して“自分の心の覚悟”と“自分の愛する者達への配慮” にわけられる。死は根本的には“無”である。“無”にはいかなる準備のしようがない。 “無”になる事に覚悟せよと言ったって、いかなる覚悟も“無”であり“無”になる。 死はどうであれ“無の世界”=“無”も自覚も存在のない世界へ運び去るのだ。 ・ “父母によばれてこの世に遊びに来て、用が済んだら、はいさようなら”(一休和尚) ・ “自分の死”に対して、どれ位時間をかけたか?やっぱりかかった時間と比例します。 だから死について考え続けるより他にありません。自分の心を明確にする事。それをやっていると毎日が濃縮されて、 いつ死んでもいいと思う程、充実してきます!(曽野綾子) ・ 死は暗闇ではなく光明と考えられるかどうか、もどって来た人はいないのだから。 ・ 他人(ひと)は先、我は後!
ーH0505 小説のような本当の話! 十数年前のこと、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。 ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。 生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、 お参りをしていると、見知らぬ老人が話しかけてきました。 その寺の近所に住んでいるという本人がしみじみ語るには “自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、 店にいた父に正直に事情を話したところ、全く見知らずの自分に分割払いをしてくれた。 それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、 必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている。”との事。 聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。 その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。 そういう“生き方”を自分はしてきただろうかと、考えさせられる出来事でした。 父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか? 当時、丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決めました。
ー H0509 人間関係で最も大事な事 自身八人姉兄の末っ子の身を守る知恵の為か? 学生時代の寮生活での経験の為か? “一つの原則を本能的に身につけてしまった。 ”他人の陰口にしろ、よくない情報の媒体者の名前と情報源をあかさない事と、口どめされた情報は他に絶対流さない! ところが世の中これがかなり教養のある人でも、この原則の重要性を気づいていない。 逆にこれこそ自分の特性として人間関係に利用している。 学生時代に、たしか“孤独の群集”(リースマン)という 都市社会を分析した書物を読んだ記憶があるが(内幕情報屋人間こそ都会人の特性とか) この文章を読んでいて自分の事を書かれているのではと思うはずである。 それ位、ほとんどの人は人間関係の基本的原則が判っていない。 この傾向の強い人は当然の事ながら不幸な人生を送っている。 これが善意という“カタチ”で実行されるから始末がさらに悪い。 以前いた会社の部下の女性にこの典型的なタイプがいた。頭がよく、美人なのだが誰もいやがる。 今でも悪い意味で忘れられない人だ。本人には悪気は全くない。 ただそれが趣味なだけだが。周辺の人は大変だ。当然ながら現在不遇である。 本人はその原因を判ってはないが、周囲の人間はそれを全員知っている。
ーH0511 高級化と高度化 (字数の関係でカット08年8月24日) ーH0511 51対49 (字数の関係でカット08年8月24日)
ーH0511 無駄飯(浪人生活) 私ほど浪人生活の回数を多く経験した人間も少ないのでは?と、馬鹿な自慢をしてみる。 大学浪人(18才)・社会浪人(24才)・事業浪人(26才と34才時) 等々。浪人生活は本当につらい!魂の芯まで氷つくようである。私の姉がいった “ボクサーが三分たたかって一分休んでいるようだ!横でみていてもつかれる” すぐ上の秋に最近妙な事をいった。“お前は若い時、いっぱい遊ばせてもらった。 末っ子だったからできたと思う。あれが羨ましい。” たしかに、これほど戦略的にみてよい事はなかった。一生懸命やっていると、すばらしい事をやっている錯覚に落ちいってしまう。 結局それが何の為かを忘れてしまう。その事が浪人の立場にいるとみえてくる。 一生懸命やりすぎたのがこの様だ。 最重要のAをはずしてB・Cの事ばかりやりすぎて、そしてD(浪人)になってしまったこの様が、いやっという程身にしみる。 ところが、その立場に立っているのにそこより逃避しようとジタバタしてEFGとさらに落ちていく人を身近で何人もみた。 それも、中年期を過ぎた人が。私がこの経験より学んだ事は“何が自らにとって「A」であるか、それをじっくりみすえる事、 そしてその努力を人知れず、一人でこつこつ努力をする。世間とは周辺の馬鹿な現実にどっぷりつかりきっている四〜五人の事だ。 彼等こそ反面教師だ!”という事だった。定年退職期や事業の失敗等ではじめてそれに気ずく人が、 私がみている範囲で95%以上だ。要するに“節目”をつくるという事だ。そしてそこをうつという事だった。 〜〜 ーH0511 妙な夢― (機砲△詭詒勝⊆宅のどこかで音が聞こえた。 泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、 居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。 ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になる, という夢(?)である。 これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて(そのまま水平にいて) 下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。 かなりうなされていたと思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではない。部屋の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。 はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみた。しかし夢ではなかった。 ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。
ーH0511 妙な夢―(供暴葉原のワシントンホテルに泊まった時の事。夜半、何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。 夢だろうと腕をつねったが痛い。これは面白いとメガネをかけじっくりとみた。 全体が白光色の黒髪の27〜28才位の、のっぺらした美人であった。 別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、 “それってみんな同じ顔をしているんだよね!”といわれた時はじめてゾーッとした。 またこんな夢もある。 夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえてウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、 まずいと中断した。 あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。 その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという。 これも乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえたのだろうか? 単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。
|
|
|
|