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堀井On-Line
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2002年06月22日(土)
この4~5日前よりの腰痛、山場を越したようだ。 数年に一度のひどい状態であった。 現金なもので酒が入ると痛みが激減、あったたまるためであろう。
今は痛みが一進一退の状態、今朝も少し痛みが残っていた。 一昨日より腰痛バンドを買っていたのを思い出して、つけてみる。 熱を腰の部分に持つ。更に通勤途中で腰痛向きのシップを買って張る。
なかなか利くので吃驚する。 今まではホッカイロ一筋であったが、他にもあるのに初めて気づく。 暖めるのがポイントのようだ。 いつも冬場と、この時期の湿気の多いときになる。
腰痛は猿から人間に進化する過程で、 −4つ足から、二足歩行に切り替わったときにー 腰にその過重がきている為に腰痛になるという。 人類の大きい課題だ。
母が腰痛持ちでそれが遺伝したようだ。 今みたいに自宅で座った状態でパソコンを打つのが一番悪い。
これは腰痛を検索したものだ。 http://www.h3.dion.ne.jp/~kumihimo/k/txt/t3-4.htm
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2002年06月21日(金)
http://www.melonpan.net/tatsu/yatta/index.html 「やった。」坂本達著
図書館の海外旅行のコーナーで面白い本を見つけた。 なかなか面白い。 子供服の「ミキハウス」に勤め数年、何処でもある話で自己逃避も含めて 「海外旅行に出たい」という気持ちが出る。辞表を書く段階で社長の耳に入る。
オーナー社長がそれを宣伝材料?とみて、有給休暇を条件に引きとめる。 そして夢のような4年3ヶ月の旅行記。 なかなか面白い内容であったー本もホームページも。
そして社長の思惑どうり?帰国後その体験をホームページに書き込み、 さらに講演を続けている。それなりに面白い内容である。 少なくとも自分でしたいができなかった事だ。
こういう社会もあるということで目を通してもいいのでは? またこういうことがあっても、良いのではと思った。
http://www.nikon.co.jp/main/jpn/society/sakamoto/ http://www.melonpan.net/tatsu/ http://www.melonpan.net/tatsu/report/index.php
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2002年06月20日(木)
ヤクザが1万円札を財布にビッシリ入れ見せびらかす、見せ金である。 中学の同級会で久々に出てきた男がまったく同じ事をしていた。 普段金に困っているから、逆に故郷に帰ってきたときぐらい 金を持っている振りをしたくなるのがミエミエである。 可愛いものだが。
銀座で永くクラブのマネジャーをしていた人の「人の見分け方」の話。 「高価な服装、靴、時計で身を固めている人が一番危ない」ツケはできないという。 外見が金持ちに見える人は、成金とかバブルの成り上がりの人が多い。 実用本位の質素の服装をしている人が一番信用できるという。
何回か会社を潰した人が再び会社を興し、少しうまくいくとベンツに 髭に皮ジャンに高級クラブ、お決まりのコース。 そして数年後夜逃げ、身辺でいくらでもある。
すぐに逆上せ上ってしまう。 結局は事業はそれをしたかったための手段でしかなかったのだ。
それと同じ事が、スナックで見かけるやり手ブスの中年女。 ブランド品を上から下まで飾りつけ、香水の匂いを撒き散らす姿は喜劇。 コンプレックスの裸の王様そのもので、−心理は見せ金と一緒。 それに気がつかないから世の中面白いのだろう。 日本人のブランド好きは上記のやり手ブスの心理そのもの。
それが人間の全ての集約した姿だ、自分の見えない姿でもある。
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2002年06月19日(水)
これほどいいかげんな言葉はない。 世間様の世界の「言葉の流通手段」である。 ある同?会の「子狐とチンドンヤの対話」が常にこれだ。
ある噂を聞きつけると、次にいう言葉[みんなが・・言っている」 子狐どもの自分を子狐たらしめている言葉である。
それを少し問い詰めると、子狐の小騙しがバレル、 その時「誰というわけでないが・・・、とにかく評判が悪いぞ、 皆がそういっている」と逃げる。 自己宣伝屋のチンドンヤと子狐の話を横で聞いていると、 唾を吐きかけたくなる、大の男が馬鹿丸出し!!
特に人生に迷いがでたり、自信をなくしている時「みんなが・・」 といわれると、その内容や意見や噂を鵜呑みにしてしまう。 特にぬれ落ち葉の集まりでは、子狐に掻き回されてしまう。
そのことにより、選択や進むべき方向を間違ってしまう。 後になって考えて「みんな・・・」 は何も実態がなかったことに気づいても遅い。
あちこちの社会を見てくると、それがすぐわかる。 いかに実態のない言葉ということが。 ヘドロ化した、移動性のない社会のへドロ言葉でしかないことを。
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2002年06月18日(火)
「金持ちがあるなら、時間持ちという言葉もあってよい」 というのを本で読んだ事がある。
若いときから時間だけは多くあった。 時間のブルジョアといってよい。現在もそうである。 初めは持て余していたが、今は充分?に有効利用をしている?
現在も装置産業を選んでしまった為、時間だけはたっぷりある。 初めの数年は本当のところ、どうしてよいか戸惑った。 小人閑居して不善をなす」というところもあった、今もか。
経営セミナーに出るか本を読むか??しかなかった。
お金と同じである。 人がお金を持て余さないのは、お金を自分のために使おうとしている為である。 「主体的」に使えるから、お金は幾らあっても持て余さない。 お金は自由の塊そのもの。
時間があるということは、自分で使える自由があるということだ。 時間を持て余すことは、その自由を使いこなせない事。
もう十数年も前の事になるが、ある長岡の不動産屋の社長が 毎日が日曜日のくらい暇な日程の私の姿を見ていて笑っていた。
3月のある日、年度替りで不動産屋が一番忙しい時だった。 奥さんと二人パニックに近い状態に。
その後二人で喫茶店に行った。 本人自慢げに「イヤー忙しいくってね〜」 私「その仕事何パーセント、500円のパートのできる仕事?」 不動「99パーセント」 私「ふーん、あんたの時給はいくら?」 不動「一万円あたりかな!」 私「時給一万が、500円(当時)の仕事をして喜んでいるんだ」 その後、本人はすぐ一切の雑務をしなくなった。
話しは外れたが、 時間もち(金持ち)とは、主体を持って使いこなしているかどうかだ。
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2002年06月17日(月)
誰でも持っている要素である。 組織も対象の人とも合わない、突き詰めてみると自分と合わない人だ。
自分の事といってよい。 ・今所属している組織か職業と自己一致しているかである。 ・夫婦間の問題 ・両親の仲が良かったか
中学時の問題児は両親の不一致である場合が多い。 不幸にしているのは本人にその意識がないことだ。 あと舅・姑の関係も絡んでくる。 家庭内が安定しているかどうかであるし、やはり家系も関係している。
夫婦間を見ていると、いろいろな問題がある。 それがそのまま子供に反映してくる。 あるいは自分に反映してくる。
その蓄積が自己不一致を深めていく。 そしてそれが対象に不満という形で向けられる、実際は自分の問題なのに。 誰もが多かれ少なかれ抱えている問題である。
大手会社が両親が離婚をしている人を入れたがらないのは、 多くの人の中で経験的にそれを知っているからである。 何事も例外はあるだろうが。
言葉を持ってしまった人間が無限の欲を持ってしまった。 アダムとイブが蛇に勧められて食べてしまったりんごである。 しかしそれは有限である。そこに不平が出てくる。 仏様はその欲の対処の仕方を教えた、それが仏教である。
ただ自己不一致も捉え方によっては必要なことがある。 理想主義による不一致、それを埋めるための視点であるからである。 あるいは経営にとって、計画の不一致のフィードバックとして必要な事だ。 前向きな建設的な自己不一致ならむしろエネルギーにもなる。 コンプレックスもそうなのかもしれない。
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2002年06月16日(日)
毎日書いていて不思議な気がする事がある。 気の置けない友人か家内に話す内容を、そのまま正直に書いている。 それが何か非常に気持ちが安定するのだ。
心の中の自分との対話を常に書き込んでいるのである。 悪趣味?といえば、そうかも知れないが、 見られていることを意識して書いている事で一応修正はしてある。 書いた翌日一番で書き直すことは度々だ。
書き続けていて不思議な感覚がどんどん深くなる。 色々の人の日記を見ていても、やはり「ソフィーの世界」 のような不思議な感覚を受ける事がある。 ある意味で開き直っている自分とコントロールしている自分がいる。
もっと面白いのは、過去の自分の文章である。 読み返した時に、空の上から自分を見ている自分の視点が何とも不思議である。 書き続けている事で、その日その時間の心のメルクマールになる。
過去に日記を書いておけばよかった。 反面忘れる事も大事である、書かなかった良さもある。 学生時代の卒業間じか半年分は書いたのがあるが、その時の心情が赤裸々に書いてある。 書くという事は排泄と感じることもあるし、昇華ということもある? メルクマールでもあるし、呼吸でもあるし、発散でもある。
一度書けばコピーをして、その書き足しもできる。 思考の再深耕が容易になる。 ビルの上からの視線でその方向も見えてくる。
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2002年06月15日(土)
私の仲人の名前である。 私が八郎ー兄が三郎。 兄は男で3番目、私が兄姉の8番目で八郎になった。 多くて最後の方は面倒だったのか、戦時戦後のドサクサで じっくり考えている余裕がなかったのだろうか? シンプルだ・
兄も私も嫁さんを与三八が紹介してくれた「仲人」である。 三八に与えるで与三八である。 そのことに気づいたのは、結婚して数年経ってからである。
本人に「自分の名を宿命と考えてか、ブラックジョークと考え意識して 紹介したのか」と聞いた。 本人はエヘヘと笑って答えをはぐらかした。 まあ面白いものだ。
話が変わるが 最近はあまり行かなくなったが7〜8年までは、よく経営セミナーに行った。 会場の席とか食事等で隣席の人と話すと何処かで因縁がある事が多い。 またかと思うほど何処かで繋がっている。 確率から考えて異常に多い。何かがあるのでは?目に見えない??
あるセミナーで聞いたが、「集まりで同じ姓名の人が集まる確率が、 理屈ぬきで多い」という。また誕生日も月単位で同じ人が集まるという。
会社も斎藤だったら斎藤が集まるという。 以前プロ野球で国鉄で、 「田」のつく人が異常に多くて話題になったことがある。 金田投手のいた頃だ。
自分の名前は大事だ。 名前で無意識で縛られている事が多い。
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2002年06月14日(金)
朝散歩をしていて、今までにない全身に気が満ちていて驚いた。 何故だろうか、そうだサッカーのせいだ。
一球に地球上の多くの人の気が集まっている、それを毎日見ている為だ。 ワールドカップはサッカーを通した国家間の戦争ともいえる。
オリンピックは多くの競技で行われるが、 サッカーはその時間帯では一試合か二試合である。
それも自国の試合だけでなく、他の国も微妙に関係してくる。 少しのミスが取り返しのきかない致命傷になったりする。 数億いや10億人以上が全神経を集中してみている。
庶民レベルでは、今地球上のイベントでは最大の催事といってよいだろう。 地元で行われることにより、私のようなあまり興味のない人間でも 俄かファンになってしまう。
その為か見ている自分にまでも、そのエネルギーが流れてくる。 地球上がこの期間、人の気で満ち溢れる。 これからは勝ち進んでいく国にそれが集中していくのだろう。
フランスが前回優勝した時のフランスの気は、満ち満ちていただろう。 これとオリンピックが隔年で行われるのだから、丁度よいバランスである。
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2002年06月13日(木)
ADSLを自宅に入れようと思っていたところ、パソコンの 先生に9月まで待ったほうがよいと言われた。 光ファイバーが各家庭やオフィスに入るという。
会社の方の切り替えも考えて、早速NTTにきてもらって話を聞いた。 契約後、導入に3ヶ月位かかるが9月より新潟でも可能という。
そのパンフレットを見て驚いた、インターネットを通さずに 直接メールやチャットが映像でやり取り出来るようになる。 あるペットの好きな人が、映像でチャットで話している, そこの席が空いていればそこに入り,お互いの顔を見ながら話ができる。 驚きである。
またホームページ内で映像も編集しておけば、いつでもそれをみる事ができる。 今まではスイスの写真を見る事ができたが、今度は映像をみる事ができる。 メールも映像を送れるしTV電話もできる。 ホームページも個人サテライトスタジオになってしまう。
3~4年前では考えられない現象がいまや現実になろうとしている。 携帯TV電話の時代に、これなど当たり前の事かもしれない。 インターネットとホームページに集中しているが、 それを超えた?時代の変化がきている。
光ファイバーの家庭への導入は3年先と考えていたのが、 あと数ヶ月と現実になってきている。 出張が減るのは間違いないだろう。 1000倍~2000倍の大量の情報量が安価になりTV会議や営業活動も 一般的になる。
面白い反面、ナンバーワンしか生存できない競争社会の到来だ。
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