堀井On-Line



335,読書について

2002年02月18日(月)

・大学にいってよかったのは、
 「都会の人は本を読んでいる」ことを知ったことだ。
ー読 書の必要性を学生生活を通して実感
・特に基礎教養としての読書の必要性,
しかしノウハウ書の重要性も馬鹿にできない
・知識・情報を得る手段として、人間と本そしてラジオ・TV 、
今はパソコンのインターネットである。
 その価格や内容からみて、まだまだ書物を超えるものは無い。
 「おおよそ500円から5000円」の間でこれだけの情報が
詰まっていて、手軽にあつかえるのは今のところ他に無い。
・時空を超えていろいろな人と邂逅できる。
 頭の中のバーチャルの世界の触発をしてくれる。
・よい本は自身の中の悪い情報を、どんどん弾き出す働きを持つ。
・特に学校を出てからの読書が大事である。
・学歴でなく、学力が最も重要である。
 その力を効率良くつけるのが読書だ。
 他人の話を聞けない人の特性が「読書の重要性」のわからない人だ。
・一般に言う「井戸端会議のおばちゃん」は、本を読まない人の別称
 と言える。いや蔑称か。
・卒業をしてから大体平均2〜3時間は読んできて、この程度の学力だ。
 ‘子狐’の中に「もしかして全く読んでない自分の姿」をみた時、
 背筋の寒さを覚えた。

 世間には凄い人が多い、それも過去の人の中に無限に存在している。


334,私の読書法

2002年02月17日(日)

やはり速読法が中心だ。
それも「要点集中主義」だ。
その典型が図書館で可能な限り(10冊)借りてきて、居間の「私の居場所」
の横に積んでおく。食事やパソコンをイジッテッル合間にチョイ読みをする。
通勤で行き帰り読む。

そして返す時間が詰まってくる、もちろん週10冊は読めない。
そうすると要点を見ざるを得ない状態になる。
本はその状態でないと、読まないことが多い。
返す期間が決められていると、要点をみざるを得ない。

これは買うに値すると判断するとすぐ「ネット」で注文をする。
買った本は、すぐ折込に入る。
本の端を重要な箇所を折り込んでしまう。
目次、各章、終わりに、図と絵、太字のページを折りこむ。
そうすると、その時点で自分だけの本になってしまう

そして身近においておく。
読んでいて、いやパラパラと開いていて、ここは重要と思うと左下を折り込む。
折込にも情報を入れる。左上は図示と絵。

急ぐ時は、終わりより逆にめくっていく。
そうすると、どういう訳かポイントが良くわかるのだ。
それでも時間が無い時は、この本から一つだけ情報を取るという視点で
集中する。
一つはあるものだ、特に「目次」か「終わりに」でそれを探す。

いま一つ実行していることは、本屋に週2回は寄る。
通勤途中の二軒のどちらか一軒だ。
本屋も毎日のように、売れているコナーの本を入れ替えている。
定点観測である。
立ち読みで要点読みが結構できる。

都会ー東京の羨ましいのは神田も含め大書店が多いことだ。
情報格差の一番象徴的なところだ。


333、20歳の頃 −1

2002年02月16日(土)

立花隆の「二十歳のころ」が面白そうなので
ネットで買い寄せた。

本屋で立ち読みをしていたが、実際に買い読み始めるとこれが面白い!
立花隆と東大の立花ゼミ生が「各界著名人や無名の人の20歳のころの事」
をまとめたものである。

一番の人生の不定形の可能性の塊のころである,
と同時に一番不安定のころでもある。

そして一番その後の「人生の基盤」を作っている時期でもある。
私の周辺の人を見ていると「大学時代何をしていたか」
で人生が決まってしまったように思える。

その頃遊びほうけていたり、ただ漫然と大学生活を過ごしてきた人は、
今もその延長にいる。人生の要所であることに若さゆえ気づかない。

さすが立花隆と思うのは、これを「ホームページ上でサイバー大学という形」
で進めていったことである。ゼミの連中は同じ年代の一番大事な時期に、
各界のこれをやらなくては絶対会えない人から、色々な啓示を受けたことだ。
それもホームページ作りを通して。羨ましい限りである。

人生のOFF−J−T,いやOFF−L(LIFE)−Tになる。

私の二十歳頃を近くに書いてみよう。
それより学生時代の頃になるか。

屋上から「通行人の自分」を眺めているみたいで面白い。


331、自分を愛すること

2002年02月15日(金)

我々は「自分を愛することを罪悪」と知らないうちに,
教え込まれてこなかったか。
人間のいや生物の「遺伝子にはエゴイズムが書きこめれている」という。
まず自分のエゴイズムをハッキリと認めよう。
そしてそのコントロールをすべきだ。

自己への愛が自己陶酔やエゴイズムと混同され、否定されている。
私たちの大部分が、実は愛を経験していなかったのではないか?
経験してきたのは、実は[報酬]であった。

どこかの「チンドンヤ」のように第三者の容認を目指しているのを、
本当の愛といえるだろうか?
第三者の影を探し続けている「子狐」的偽愛・偏愛を愛と勘違いしていた。

まず自分自身を愛し、魂を育てることが「愛」の第一歩である。
その前に人を愛そうとしたり、人に愛されることを求める。
それはオカシイと考えもしない、世界の大部分がそういう人で満ちている。

別にエゴイズムを勧めているのではない。
他人に対する愛の希求を、まず自分に向けよ!である。
自分の魂に慈愛を与えよ!である。
自分のやりたい事を見つけやることが、魂に慈愛を与えることである。

それを第三者に求めることを「愛」と勘違いしている。
真にやりたいことを、第三者に求めていないか?

第三者にそれがある訳が無いことを解ってない。
新約聖書に「汝を愛するように、隣人を愛せ」という最も象徴的な
真理がある。汝を愛せない人間が隣人を愛することができるのだろうか。
聖書もまず隣人を愛せとか、自分への愛を否定はしていない。
宗教的な文章になってきた。

それを知っている人間は他人のそれも解る。
自己欺瞞が世界に満ちている。
解ってない人間が奇麗事を言う。
他人のアラを探す、無能だからそれしかないのだ。
 
こういう一生を「無能松の一生」という。


331,、お見舞いの手紙     − 堀井正子さんへ

2002年02月14日(木)

お見舞い申し上げます。
どう見舞ったらよいか?私の仕方で最善と考えてこの本
(フランクルの<生きる意味について>)を贈ります。
非常に深い内容のある本です。
今度の貴女の病、あなた自身にコペルニクス的大転換
(人生に何を要求するかより、人生そのものが貴方になにを求めるか?)
の問いの大転換のチャンスです。
この本を読んでいるうちに、何かが見えてくるのではないでしょうか。
<過去の総てを肯定し、容認すべし>

父が死を目前にした時「もう一度、同じ人生を・・」と言っていました。
これは非常に深い言葉だったと思います。
それも知識より触発された言葉でなく「苦しみの底より掴んだ言葉」
だからこそ父のこの言葉を素晴らしいと思います。

貴女の場合
「池津屋とともに生き、そしてそこを去り倒産、そして音楽の先生
という人生」はそのまま安穏とした人生より、はるかによかったという見方です。
自分の人生の総てを肯定する見方です。

この数年父の心境が判りかけています。
「社会的自分を一度すてて、真なる自分」を今一度じっくり見つめ直す時期です。
「過去の総てを肯定する視点をもつべし」これは私が言った言葉でなく
フランクルがいっている言葉です。
神が一日だけ、この世の中にある人を呼び戻したそうです。
総てが光輝いて見えたそうです。

娑婆の人間に「何故それが見えないのか?」
「どうでもよいこと、娑婆の表象」に流されているからだと思います。
そのゴミの中で生きているからです。
それを餌の種にしているからです。
  これを機会に真実に生きてください!
                ご自愛のほど!
                    ー魂の言葉ー
                  2000年11月30日
               ー 八郎


330,真実の時

2002年02月13日(水)

真実の時

闘牛に「真実の時」という瞬間がある。
闘牛士が最後の止めを刺す瞬間、牛もそれを悟り最後の力を
振り絞って突進しようとするその「一瞬の間」
ーこれを「真実の時」という。

葬式の火葬場で最後に釜に最愛の人を入れる瞬間もそうだ。
最も親しい人との別れの瞬間もそれだ。何回見ただろうか。
いや両親の経験をしている、叔母も。
昨日もその場面を経験した。

感動の絶頂の時もそうだ。
バンジージャンプの落下している瞬間もそれだ。

純粋に泣いているとき、笑っているとき、怒っているとき、
そして悲しんでいるとき、そして楽しんでいるとき、
感動しているとき、をいう。


329、夢日記ー13  自己喪失感

2002年02月12日(火)


こういう経験ー夢をみたことがありますか?

「全く無能で白痴の何の取っ掛りのない自分」に呆然としている夢。
夢から覚めても、しばし呆然としている。

自己喪失感というか、虚空の自分を実感した感覚である。
それこそ「自己中心絶対無」でなく、
・自己中心絶対無能、
・自己中心絶対虚空
・自己中心絶対自信喪失

何か聞こえてきそうだ!
「実をいうと、自分はその塊だ!」

あの恐ろしさ!
独り社会から引き離され、虚空をさ迷っている魂。

ある人に話したら「 自己喪失感というやつでないか」といった。
永年連れ添った人を失った人が経験するのが、あの夢の感覚かも。


328,マ〜コ  −堀井正子に捧げる

2002年02月11日(月)

マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)
姉正子の幼少年期に呼んでいたあだ名である。
彼女の話をしてみよう。

「声楽家になりたかった」が口癖であった。
「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが人生の分かれ目であった。

兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。
家族の間に立ち、気苦労をした一生であった。

長岡社会から一歩も出たことがなく、
その卑小性・特異性を全く自覚できないのが特性であった。
「城下町の特性」をそのまま価値観にして生きた。

性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている
可愛い人」でもあった。
常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、
全神経を使う人であった。
その面で母に似ていた。

「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。
独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。

人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。
もって生まれた才能であろう。

後半ー40歳過ぎは事業で失敗。
音楽の先生として200人を越える弟子がいたとか。
好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。

おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を
演じているだろう。
           安らかにお休みください!さようなら。


327,新幹線の乗り越しー4回!

2002年02月10日(日)

通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。それぞれに思い出がある。
たて続きに3回乗り過ごした。
いまから10〜15年前で一番酒を飲んでいた時期であった。
初めは湯沢で泊まった。

飲んでいた勢いで、ビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。
10時半過ぎであった。
大きい猫がいて手を噛まれた!中年のママさんがいた。
湯沢の情緒が漂っていた!

その次は浦佐駅であった。やはり乗り過ごした2人と話し合い
「割りかん」で帰ってきた。
長岡駅と思い歩いていて,何かが違うのでよく駅名を見ると[浦佐]であった。

3回目は本を読んでいて、夢中になりすぎて乗り過ごした。
折り返しの新幹線で帰ってきた。

5年位前の乗り過ごしが面白かった。
ウソみたいな本当の話である。
正月の3日か4日であった。
乗り過ごした私と同年代の人と駅の改札で話し合い、
どこかのホテルのツインを割り勘で泊まることにした。
そして近くのビジネスホテルで、乗り過ごしの事情をいい「値引を交渉!」

「自分には値引きの権限が無い,駄目!」
酔っていて滅茶苦茶!面白くないので、そのまま出て歩いていた。

たまたま向こうから60歳すぎのの人と、40歳後半の男の人が歩いてきた。
事情を話し、「もっと安いホテルが無いか?」と聞いたら、
ちょっと待てと電話をしてくれた。
そして安くしてくれるホテルがあるといいう。

助かったと思い感謝しつつ後をついていくと、
何と初め値段交渉をしたホテルであった。
そしてその若い方がその社長であった。

そして飲みに行こうという。
それならばこちらも乗りかかった船、その連れと付き合うこととなった。
但し値引いた分の金額を出せという。それは当然のこと二人で出した。

その後、湯沢で一番の高級のクラブで2時間、正月という事もあって
大騒ぎ。ー後で知人に話したら、そのスナックを知っていたー

次の日4時間だけ寝て一番の新幹線で帰ってきた。
だんだん恥のさらけ出し?

「気違い水ー酒」を飲んだドラマがいろいろある。


326,イルカのような人

2002年02月09日(土)

イルカはどんな状況でも楽しみを見つけ遊ぶという。
私の身辺にイルカのような人がいる。

「今日如何して一日を楽しむか」それしか頭に無い。
オリンピックといえば、一月前からそれを楽しみに待っている。
始まれば夜半でも寝ずに見る。
ウインブルドンのテニスが始まれば、これも然り。

毎日のTVも当然いくつか楽しみの番組がある。
一日が楽しむ為にフルに使われるのだ。
昼は誰か友達と安くて美味しいランチを探し食べている。

その為か顔までがイルカのようになってしまっている。
笑い顔なのである。
必ず笑いのネタを何処からか見つけてきている。

働くことは大嫌い!
遊びならどんなハードな事でも平気、
仕事は少しやると顔がはれ寝込んでしまう。

2〜3人のグループで常に群れているところが、
更にイルカに似ているところだ。
そういう人は今でいう癒しを周囲に与える。
それが唯一のの社会的貢献だ。

こういう人は西欧系の人では当たり前のタイプかもしれない。
我々の年代の日本ではすくないが、若い人ではいくらでもいるのだろう。

社会学で人間には二タイプに分けられるという。
仕事タイプの人と、遊びタイプの人とに。
難しくいうと「仕事タイプをホモ・ハーベン」、「遊び人タイプを
ホモ・ルーベン」という。


いるかのような人は「遊びタイプ」の典型である。
これで一生終えるだろう。
母親がこれに劣らず、一生を楽しんでいる。
家系からきているから間違いない。

人生とは、こういう人には幾らでも楽しみを与える。
反対の人には、いくらでも苦しみを与える。
何か法則があるのだろう。

この視点でみると私はシャチというところか?

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