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堀井On-Line
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2002年02月16日(土)
立花隆の「二十歳のころ」が面白そうなので ネットで買い寄せた。
本屋で立ち読みをしていたが、実際に買い読み始めるとこれが面白い! 立花隆と東大の立花ゼミ生が「各界著名人や無名の人の20歳のころの事」 をまとめたものである。
一番の人生の不定形の可能性の塊のころである, と同時に一番不安定のころでもある。
そして一番その後の「人生の基盤」を作っている時期でもある。 私の周辺の人を見ていると「大学時代何をしていたか」 で人生が決まってしまったように思える。
その頃遊びほうけていたり、ただ漫然と大学生活を過ごしてきた人は、 今もその延長にいる。人生の要所であることに若さゆえ気づかない。
さすが立花隆と思うのは、これを「ホームページ上でサイバー大学という形」 で進めていったことである。ゼミの連中は同じ年代の一番大事な時期に、 各界のこれをやらなくては絶対会えない人から、色々な啓示を受けたことだ。 それもホームページ作りを通して。羨ましい限りである。
人生のOFF−J−T,いやOFF−L(LIFE)−Tになる。
私の二十歳頃を近くに書いてみよう。 それより学生時代の頃になるか。
屋上から「通行人の自分」を眺めているみたいで面白い。
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2002年02月15日(金)
我々は「自分を愛することを罪悪」と知らないうちに, 教え込まれてこなかったか。 人間のいや生物の「遺伝子にはエゴイズムが書きこめれている」という。 まず自分のエゴイズムをハッキリと認めよう。 そしてそのコントロールをすべきだ。
自己への愛が自己陶酔やエゴイズムと混同され、否定されている。 私たちの大部分が、実は愛を経験していなかったのではないか? 経験してきたのは、実は[報酬]であった。
どこかの「チンドンヤ」のように第三者の容認を目指しているのを、 本当の愛といえるだろうか? 第三者の影を探し続けている「子狐」的偽愛・偏愛を愛と勘違いしていた。
まず自分自身を愛し、魂を育てることが「愛」の第一歩である。 その前に人を愛そうとしたり、人に愛されることを求める。 それはオカシイと考えもしない、世界の大部分がそういう人で満ちている。
別にエゴイズムを勧めているのではない。 他人に対する愛の希求を、まず自分に向けよ!である。 自分の魂に慈愛を与えよ!である。 自分のやりたい事を見つけやることが、魂に慈愛を与えることである。
それを第三者に求めることを「愛」と勘違いしている。 真にやりたいことを、第三者に求めていないか?
第三者にそれがある訳が無いことを解ってない。 新約聖書に「汝を愛するように、隣人を愛せ」という最も象徴的な 真理がある。汝を愛せない人間が隣人を愛することができるのだろうか。 聖書もまず隣人を愛せとか、自分への愛を否定はしていない。 宗教的な文章になってきた。
それを知っている人間は他人のそれも解る。 自己欺瞞が世界に満ちている。 解ってない人間が奇麗事を言う。 他人のアラを探す、無能だからそれしかないのだ。 こういう一生を「無能松の一生」という。
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2002年02月14日(木)
お見舞い申し上げます。 どう見舞ったらよいか?私の仕方で最善と考えてこの本 (フランクルの<生きる意味について>)を贈ります。 非常に深い内容のある本です。 今度の貴女の病、あなた自身にコペルニクス的大転換 (人生に何を要求するかより、人生そのものが貴方になにを求めるか?) の問いの大転換のチャンスです。 この本を読んでいるうちに、何かが見えてくるのではないでしょうか。 <過去の総てを肯定し、容認すべし>
父が死を目前にした時「もう一度、同じ人生を・・」と言っていました。 これは非常に深い言葉だったと思います。 それも知識より触発された言葉でなく「苦しみの底より掴んだ言葉」 だからこそ父のこの言葉を素晴らしいと思います。
貴女の場合 「池津屋とともに生き、そしてそこを去り倒産、そして音楽の先生 という人生」はそのまま安穏とした人生より、はるかによかったという見方です。 自分の人生の総てを肯定する見方です。
この数年父の心境が判りかけています。 「社会的自分を一度すてて、真なる自分」を今一度じっくり見つめ直す時期です。 「過去の総てを肯定する視点をもつべし」これは私が言った言葉でなく フランクルがいっている言葉です。 神が一日だけ、この世の中にある人を呼び戻したそうです。 総てが光輝いて見えたそうです。
娑婆の人間に「何故それが見えないのか?」 「どうでもよいこと、娑婆の表象」に流されているからだと思います。 そのゴミの中で生きているからです。 それを餌の種にしているからです。 これを機会に真実に生きてください! ご自愛のほど! ー魂の言葉ー 2000年11月30日 ー 八郎
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2002年02月13日(水)
真実の時
闘牛に「真実の時」という瞬間がある。 闘牛士が最後の止めを刺す瞬間、牛もそれを悟り最後の力を 振り絞って突進しようとするその「一瞬の間」 ーこれを「真実の時」という。
葬式の火葬場で最後に釜に最愛の人を入れる瞬間もそうだ。 最も親しい人との別れの瞬間もそれだ。何回見ただろうか。 いや両親の経験をしている、叔母も。 昨日もその場面を経験した。
感動の絶頂の時もそうだ。 バンジージャンプの落下している瞬間もそれだ。
純粋に泣いているとき、笑っているとき、怒っているとき、 そして悲しんでいるとき、そして楽しんでいるとき、 感動しているとき、をいう。
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2002年02月12日(火)
こういう経験ー夢をみたことがありますか?
「全く無能で白痴の何の取っ掛りのない自分」に呆然としている夢。 夢から覚めても、しばし呆然としている。
自己喪失感というか、虚空の自分を実感した感覚である。 それこそ「自己中心絶対無」でなく、 ・自己中心絶対無能、 ・自己中心絶対虚空 ・自己中心絶対自信喪失
何か聞こえてきそうだ! 「実をいうと、自分はその塊だ!」
あの恐ろしさ! 独り社会から引き離され、虚空をさ迷っている魂。
ある人に話したら「 自己喪失感というやつでないか」といった。 永年連れ添った人を失った人が経験するのが、あの夢の感覚かも。
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2002年02月11日(月)
マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の) 姉正子の幼少年期に呼んでいたあだ名である。 彼女の話をしてみよう。
「声楽家になりたかった」が口癖であった。 「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。 「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが人生の分かれ目であった。
兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。 家族の間に立ち、気苦労をした一生であった。
長岡社会から一歩も出たことがなく、 その卑小性・特異性を全く自覚できないのが特性であった。 「城下町の特性」をそのまま価値観にして生きた。
性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている 可愛い人」でもあった。 常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、 全神経を使う人であった。 その面で母に似ていた。
「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。 独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。
人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。 もって生まれた才能であろう。
後半ー40歳過ぎは事業で失敗。 音楽の先生として200人を越える弟子がいたとか。 好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。
おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を 演じているだろう。 安らかにお休みください!さようなら。
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2002年02月10日(日)
通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。それぞれに思い出がある。 たて続きに3回乗り過ごした。 いまから10〜15年前で一番酒を飲んでいた時期であった。 初めは湯沢で泊まった。
飲んでいた勢いで、ビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。 10時半過ぎであった。 大きい猫がいて手を噛まれた!中年のママさんがいた。 湯沢の情緒が漂っていた!
その次は浦佐駅であった。やはり乗り過ごした2人と話し合い 「割りかん」で帰ってきた。 長岡駅と思い歩いていて,何かが違うのでよく駅名を見ると[浦佐]であった。
3回目は本を読んでいて、夢中になりすぎて乗り過ごした。 折り返しの新幹線で帰ってきた。
5年位前の乗り過ごしが面白かった。 ウソみたいな本当の話である。 正月の3日か4日であった。 乗り過ごした私と同年代の人と駅の改札で話し合い、 どこかのホテルのツインを割り勘で泊まることにした。 そして近くのビジネスホテルで、乗り過ごしの事情をいい「値引を交渉!」
「自分には値引きの権限が無い,駄目!」 酔っていて滅茶苦茶!面白くないので、そのまま出て歩いていた。
たまたま向こうから60歳すぎのの人と、40歳後半の男の人が歩いてきた。 事情を話し、「もっと安いホテルが無いか?」と聞いたら、 ちょっと待てと電話をしてくれた。 そして安くしてくれるホテルがあるといいう。
助かったと思い感謝しつつ後をついていくと、 何と初め値段交渉をしたホテルであった。 そしてその若い方がその社長であった。
そして飲みに行こうという。 それならばこちらも乗りかかった船、その連れと付き合うこととなった。 但し値引いた分の金額を出せという。それは当然のこと二人で出した。
その後、湯沢で一番の高級のクラブで2時間、正月という事もあって 大騒ぎ。ー後で知人に話したら、そのスナックを知っていたー
次の日4時間だけ寝て一番の新幹線で帰ってきた。 だんだん恥のさらけ出し?
「気違い水ー酒」を飲んだドラマがいろいろある。
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2002年02月09日(土)
イルカはどんな状況でも楽しみを見つけ遊ぶという。 私の身辺にイルカのような人がいる。
「今日如何して一日を楽しむか」それしか頭に無い。 オリンピックといえば、一月前からそれを楽しみに待っている。 始まれば夜半でも寝ずに見る。 ウインブルドンのテニスが始まれば、これも然り。
毎日のTVも当然いくつか楽しみの番組がある。 一日が楽しむ為にフルに使われるのだ。 昼は誰か友達と安くて美味しいランチを探し食べている。
その為か顔までがイルカのようになってしまっている。 笑い顔なのである。 必ず笑いのネタを何処からか見つけてきている。
働くことは大嫌い! 遊びならどんなハードな事でも平気、 仕事は少しやると顔がはれ寝込んでしまう。
2〜3人のグループで常に群れているところが、 更にイルカに似ているところだ。 そういう人は今でいう癒しを周囲に与える。 それが唯一のの社会的貢献だ。
こういう人は西欧系の人では当たり前のタイプかもしれない。 我々の年代の日本ではすくないが、若い人ではいくらでもいるのだろう。
社会学で人間には二タイプに分けられるという。 仕事タイプの人と、遊びタイプの人とに。 難しくいうと「仕事タイプをホモ・ハーベン」、「遊び人タイプを ホモ・ルーベン」という。
いるかのような人は「遊びタイプ」の典型である。 これで一生終えるだろう。 母親がこれに劣らず、一生を楽しんでいる。 家系からきているから間違いない。
人生とは、こういう人には幾らでも楽しみを与える。 反対の人には、いくらでも苦しみを与える。 何か法則があるのだろう。
この視点でみると私はシャチというところか?
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2002年02月08日(金)
こういう時代だから、この言葉が大事だ! といって、これは手を打っての話だ。 「最善をつくして天命を待て」の時の言葉だ!
考えてみたら、心の奥で何時もこう呟いていた。 歌に「明日がある、明日がある、明日があるさ・・・」 とかいう歌があった。「明日がある」も似た言葉だ。
「何とかなるさ」も同じ意味か。 今更、一休和尚の話しをしても仕方がないが敢えてする。 「死んだ後どうにもならなくなったら開けよと、一通の封筒を 残して死んだ。そしてどうにもならない時に開けたら(どうにかなるさ!) と書いてあった」
実際今まで生きてきて何とかなってきた。そして良くなってきた。 実際起こりうることより、それに対する不安の方が10倍は大きい事は、 誰も経験済みである。海外旅行ほどその段差を実感する。
今の悪い状態に対して悲観するのでなくて、よくなる方策を考え抜き 実行すればーーーー「今によくなるさ!」
「今の日本はそれをやっているのだろうか?」
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2002年02月07日(木)
この人の本を読んで人生観が変わった。 基本は人生は「積極一貫」である。 言葉を大切にしろ、何気なく使ってる「言葉の力」に気づかずにいる。
「言葉のコントロール」をすべし。「プラスの言葉、積極的言葉」を使うべし。 ‘何か元気の出る本がないか’とい聞かれたら迷わず天風を薦める。
・「積極一貫」がその中心 ・「誠心誠意」がその背後にあり、「良心」が発生源である。 ・なにげなく話す言葉は、どうしても「マイナスの言葉」になってしまう。 常に注意を払い,充分に気をつけていなくてはならない。 ・天風が瞑想の果てにつかんだものは「人間は受信体だ!」ということだ。 その為に、「独りだけの時間」をもち、「心を澄み渡る」ようにしておくべし。 そうすると「感受性」が高まる。
ー最近また天風の本を一日一回目を通している。 理由は簡単である、トイレに置いた。 一週間置いたが、コウカテキメンで毎日が気分がいい。 単純なものだが、何か力が底から湧いてくる。 言葉にどうしてもマイナスが出るが、それを一日一回でも窘めてくれる。
「人生の花園に常によき花を咲かし、よりよき実りをつくらなくちゃ。 それが自分の義務だもん。」 -天風
天風の言葉を書いた手帳があるが、来年はそれを使う!
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