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堀井On-Line
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2001年12月28日(金)
中途採用は‘男で、一ヶ所でオぺレーションを4〜5年以上やってきた キャリア’以外は入れない。 間違えて入れたらトンデモナイ苦労を背負い込むからだ。
ある日のこと,ライバルになる会社の事務の責任者と名乗る女性から電話が入った。
「会いたいといい、どうしても面接をしてくれ」という。 かなり強引の電話内容であった、そうして会った。 「取引先から貴方の事を聞いた、ほれ込んだぜひ自分を使ってほしい」 とのこと。
私もドライだが、こういう小説みたいな内容はまずい位は解かっている。 それより立ち上げの時は、なるべく汚れてない(癖のついてない) 人間を集めないと、空中分解をする可能性を孕む。 当たり前のことだが、人間は過去の経験に縛られて一歩もそれから出れない 性をもつ、更にそれに対し無自覚だ。
その意味で立ち上げ(創業)の一番の要素になる。 もちろんその話は成立しなかった。 次はマネージャーである。初めは潰れたばかりの建築メーカの元課長。 癖がついていてマネジャーに不適任。すぐ話し合い解消、次の人選。
時計やの2代目!これも一週間でヤメ。そうだリクルートしかないと、 東京まで中途採用の関連会社に出向いて、広告と面接!そして応募してきた今の支配人と出会う。
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2001年12月27日(木)
東京でも、地方でもいつも同姓同名を電話帳で探していた。 必ずいるはずだと。山田太郎とか、小林恵子とか言う名前の人は 何回もそのことに慣れていたと思うが、一回もあったことがないのも気になる。
そしてインターネットの検索で見つけた。岐阜の駅周辺の呉服屋の主人だった。ー商工会議所の名簿に出ていた。 それを知った時妙な気分であった。周辺にいたらあまりいい気分でないだろう。
初めて見つけたことと、同姓という因縁である。手紙でも書こうと思ったが、 それはおかしいと思い止めた。
その話をある知人に話したら、それでは「自分の名をインターネットの検索に入れてくれ」 とのこと。それではと入れてみた。なんとその5年前の新潟で行われた、 マラソンのシニア部門の記録の名簿が出てきた。本人もびっくりしていた。
堀井は遡ると平家の武将で、源平の合戦で負けた落ち武者だそうだ。 その為か、富山や新潟の上越市周辺にその姓が非常に多い。 第二新館の鉄骨工事が富山の業者であった。その社長の名が堀井だった。 鉄骨検査でその工場に行ったとき、私の想像どうりヒタイの広い自分にそっくりな男だった。
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2001年12月26日(水)
夢で景色のあまりの美しさに、よーく見ようとした瞬間消えてしまう。 誰も経験があると思う。
変わった夢にこんな夢がある。夢の中で瞑想をしていると、 自分の体がスーと浮き、部屋の天井の近くに漂っている。 さらに庭の辺りまで浮いている。 そして下をみて凄い経験をしている自分が信じられない! 浮遊しながらこういう自分が不思議と思っている夢である。
昨夜の夢は、かなり危ない夢であった。「酔って留置場に一晩泊まってきた」 と家内に起こされ説教されている夢であった。 夢の中だが誰かと飲んで後の記憶は全くないのだ。もちろん留置場など 泊まったことがないが、朝起きて記憶のないとき、そういわれてもしかたがない。 前日「男はつらいよ」のなかでそれに近い場面があったのが、 自分の酔っ払いの失敗と重なって夢になったと思うが。
夢は一日100分見るという。そうすると、一年で一ヶ月ちかく夢の世界にいるという。 一生で五年間以上夢を見ていることになる。そうするとそれを如何考えるかは重要だ。
それを記録して自分の潜在意識を覗き込むと、明せき夢(はっきり覚えている夢) を見る頻度が多くなる。夢は自分の潜在意識の入り口でもある。
夢日記でよく覚えているのは、その直前に非日常の激しい経験をしたあとの リアクションである。そう考えると他愛のないものとも思う。むしろ忘れてしまって いる内容こそ深い自分の意識ではないか。
潜在意識下の戯曲化が夢であろう。
夢日記を書くこと、そしてそれを読み返すことは自分と潜在意識との対話になる。難しく いえば顕在意識と潜在意識の対話といってよい。
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2001年12月25日(火)
かなりキワドイ難しい内容だ。これほど危ない内容はテーマに出来ない。 何で?あまりに本質的な内容になるからだ。それは能力の限界の 表現になる。浅い知識の底を見せてしまうからである。 といって、今更という気持ちで書いてみよう。 キリストも仏陀も喩え話の名人だったという。
難しい話も喩え話で一瞬に理解でき、かつ理解させる事が可能になる。 本質を心象風景で、いや心象画でー心的視覚化する事だ。
喩えー易しく噛み砕き、かつ事例に置き換えることか。 喩えのほうが本質より,より中心をついている場合が多いのは何故か?
イソップ話の内容はあまり知らないが、「かなり深い喩え話が含まれている」のではないかと想像できる。神話もその国の潜在意識という。
おとぎ話も昔話もそうだという。ジョークもユーモアも、 庶民の笑いに転化した喩え話が多い。
「暗い子狐」など、自身の心象風景そのものだ。ハワイなどでは出てこない 喩え話である。雪国の特化された生き物だからだ。
喩えはその本質の中心をつかまえてないと、転化できない。 逆にそれさえしっかり把握していれば、可能である。自分の心象風景に 置き換える作業である。そして心象風景の中から、その中心をより 把握させる置き換え作業である。
いずれにしても、自分の理解のためにも喩えを使うことも大事である。 鯰とかーとらえどころのないやつ。ムジナー??とか、動物に喩えるのも面白い。 キリストの「右頬を殴られたら、左頬を出せ」など、キリスト教の教えを 喩えで一言で表現している。
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2001年12月24日(月)
男の楽しみの一つに「ちょっと一杯」がある。
酒を飲みながら‘隙間風’という歌を聴いていて、 「飲み助の気持ちの本質は隙間風、だから飲みに行くのだ」と感じた。 それだけでないが。 こういう時代だからこそ、この隙間客という言葉がでてきたと思う。
隙間ーこれはどういうことか?ハンドルの遊びか?竹の節か? 「漠然とした心に満たされない何か」というところか。 それを埋めについつい行ってしまう。 特に単身赴任の中年にさしかかった人は、それがないとやっていけないだろ。
学生時代に金がないので寮で月に一回ぐらい、皆で酒を買ってきて飲むのが楽しみでだった。 サッポロジャイアンツやトリスの大瓶、それにスルメ。 酒の美味さを知った最初といっていい。何ともいえない楽しみであった。 知恵で深夜から飲むのだ。そのほうが酔えるからだ。夏4時ぐらいに陽が昇ってくる くるあたりは陶酔の絶頂になる。若いから出来たのだろう。
人は酒を飲んで大笑いしている時が、一番の幸福の状態だという。 それに知的会話があると、非常にお互いプラスになる。他人の悪口になると、 暗い狐になってしまう。サラリーマン同士のそれは仕方ないか?組織内の軋轢 は厳しいからだ。
私の金沢時代(25-6才)ある意味で一番つらい時期であったが、 片町や武蔵ヶ辻の一杯飲み屋の酒は最高であった。反比例するのだろう。 数百年の歴史のある街、一杯飲み屋にも何ともいえない深みがあった。
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2001年12月23日(日)
心の開放のために!-何からの開放????かんがえてみよう!
「心を自由にする為に!本当に自分がしたいことを見つけよう。 これが一種の瞑想だ。これを探し出して、明確にしてそれを推し進める事が 本来の人間の姿だ。それが本来の価値であり、価値観といえる。」
下記にコピーした要旨である。瞑想の意味が今ひとつ解かってなかったが、 逆に自分探しという意味で説得力があった。
「仕事人間」を馬鹿にする風潮があるが、本人が本心に楽しければ第三者 の批判外である。自己実現こそ心の開放ということか。
何事も考えているだけで解からない、やはり積積的にやってみて初めて解かるものだ。
私が好きなのが早稲田教授のエジプト等の遺跡発掘の吉村作治氏である。3年浪人して早稲田に入り 好きなエジプトの発掘に自分の全財産を、全人生を投げ込でいる。
家族の生活費は大学からの収入で。タレント活動の収入は全て発掘活動に使う。 8000万だそうだ。それを種にして寄付等を願うと、その事実の前で4〜5億の 金が集まるという。「タレント教授」といわれても、 本人は手段と割り切っているから「そのとうり!」と開き直っているのがいい。
大橋巨泉の生き方とレベルが違うと思う、それは私の価値観か!
H6/09ーコピー ー自己実現のために-日下公人
心を自由にするために、こうするといい。自分は何が欲しいのか、どうすれば 幸せに感じるのか、人の寝静まった深夜に起きて、紙を広げて7つ書いてみなさい。
そしてそれに優先順位をつける。終わったら忘れて寝る。 翌日生活していると、おりにふれて思い出す。
友人、知人、有名人の言動をみて「あの人は自分の欲望の3番目をやっているな」 とか。・・・そうしたらl「実現の手段を考えよう。そして実現しそうなことより 実行しろ」と。実行の優先順位をつけたら、ほかの事はやらなくていい。
そうすると他の人の話が生き生き自由に聴けるようになる。こういうような作業は 一種の「瞑想」です。
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2001年12月22日(土)
私の最大の素質にきずいた!
腹から笑える事だ!昔からいろいろあったが、 これは子供の時からの特技だ! いやそれだけ激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。
笑っていなくては、やってられない!
TVの漫才をみて笑っていたら、親戚の叔母が見ていて不思議そうな 顔をして「どうしたらそうして笑えるの?」と学生の時聞いたことがあった。
笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。 でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか?
人生から笑いをとったら、残るのは何だろう? 笑う為に生きてきたみたいなものだ。それだけで人生元を取ったように 思える。いや感動・感激もいえる。
魂の顕現化といっていい!それでは落語家か、漫才家になればよい。 しかしそれは商品でしかない。
実際の(笑)は違う。心、いや魂の緩みだ! どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。 笑えない時期でも(笑)は別腹であったことは事実である。 その理由は今でも解かってないが、結局は背後に豊かさがあった為だろう。
家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、 大笑いをしていたらしい。 でも本当にそうかと自問してみるとそうでもないか! 「凍りつくような時期」ではどうであろうか?笑いはなっかった! やはり結婚をして,家庭を持ってからはどんな時期にも笑いだけはあった。 それが家庭の効用?か。
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2001年12月21日(金)
ーべきことを、べき時に、べくすべき 昔からこの言葉が好きだった。 「時節到来」ということか。その時その時の何かの時節がある。 それを見つけ、積極的に挑むということだ。 昨日書いた「後回し」の諌めでもある。
学生時代は勉強を、働く時期には働き、引退すべき時は引退をという事だ。 これがこのまま出来ないのが人生だ。あるいは社会だ、それだから面白いのだ。 その時のすべきことが見えなくなってしまうからだ。
その意味で家族、親の果たすべき役割は大きい。 結局それを刷り込むのが親の教育だからだ。親として耳が痛いが。
その世界に埋没してしまうと、べきことが見えなくなってしまうケースが多い。 常に変化に対し、チャレンジと闘いをしつづけていく姿勢が必要だ。
その時々、基本としてウオームハートとクールヘッドが必要だ。 いつもウオームヘッドとクールハートになっているからだ。
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2001年12月20日(木)
後回しにして忘れ失敗した事を、誰もが数知れず経験しているはずだ。 後回しは半分以上やらないことだ。言葉の遊びになると思うが、 「さき回し」もあるはずだ。準備はそれに似ている。
夢を持つことは、一種のさき回しになる。準備はものごとを 上手くやる最大の秘訣である。成功の功はネルという意味だ。練り上げ 成すことが、成功という。準備・計画の練り上げが最も大切だ。
計画の練り上げ内容でほぼ決まってしまう。 実行プロセスはあくまで、その手順レベルでしかない。
後回しはそのレベルと全く違う。ABC分析のCの後回しならわかる。 それ全て含めて後に回す。
無知無能の習慣パターンだ。わかっている、それが致命傷のなることを。 そして今までそれで致命傷に近い失敗をした。それでも後回しにしようとする。
今の日本の姿そのものがこれだ。ここにきても更に改革を後回しにしよう のたうち回っている。戦後社会主義ー官僚体制主義から抜けきれずに。
決断の後回し、いや決定の後回しといっていい。後で後で後で人生終わってしまう! 「全て定年後といって内の亭主何にもしないの!」と家内の知人が言っていると いう話を聞いたことがある。それの究極だ。ブラックジョークにもならない。
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2001年12月19日(水)
今は行かなくなったが、10年前ぐらい週一回、10年近く通っていた店がある。 そこの板前兼亭主が一卵性双生児である。店の名前が「味生」である。
面白いのが、共同経営のうえに一軒の住宅に二家族が住んでいる。 子供が2〜3人ずついて、食事も一緒に食べるという。
二人の奥さんが一日交代に店にきて手伝う。 残ったほうの1人が家事をするという。小説になるような話だ。 「現実は小説より奇なり」とはよく云ったものだ。
ふぐの専門店で客種はいい、なんともいえない雰囲気があった。 副業と趣味を兼ね、チャウチャウのブリーダーでもある。
双子の世界は、一般の常識では解らないものが「テレパシーとか感覚の世界」 であるという。二人がカモシダシテイル雰囲気がなんともいえなくいい。 TV小説の世界に入ったような気になる。
いろいろな世界があるものだ!
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