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堀井On-Line
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2001年10月24日(水)
日本にもやっと国内資本系のチェーン店で本物が出始めてきた。
ユニクロ、家具のニトリ、しまむら、イタリヤ料理のサエゼリア、100円ショップ、 無印良品、全国居酒屋チェーンの一部、そしてーーーー
上記の店は今の日本において本格的なチェーンといっていい。 ホット商品を廉価で提供しているからである。
チェーン理論のコンサルタント渥美俊一が三十年以上前から、口酸っぱく言っていた。 「普段の生活を豊かに!日本の物価は高すぎる。それはチェーンの形態しかできない。」
業態というカタチしか、出来てなかったそれが最近になってやっと出来てきたようだ。 デフレとグローバル化の追い風に乗って。
皮革張りのイタリヤ家具で、皮はイタリア製で木工と製造が韓国製の応接セットがある。 韓国は昔から木工の家具の得意なところ、イタリヤから皮革を輸入して、、 木工と人件費の安さと合わせた韓国製イタリヤ家具が完成する。
実をいうと自宅の家具がそうなのだが、ブランド家具の150万相当の家具が、 30万で買えた。五分の一である、グローバルとはそういうことが可能となる。 100円ショップの原価は27円だそうだ。ほとんどが中国・東南アジア製だ。 100円ショップの凄いところは、300円〜1000円なら要らないが、 100円なら買おうというところに目をつけてところだ。
チェーン店はそれがより可能になる。サエゼリアでもワインなど船一隻丸ごと?運ぶことが 可能となる。イタリヤ料理の材料を直接運ぶことが可能だ。近くの地方スパーの原信の惣菜より 安く、もちろんずっと美味く提供が可能になる。客として不思議にさえ感じる。。 知らない客にとって見えないマジックそのものだ。
マクドナルドはそれを65円ハンバーグで、実現してみせた。 今の海外ツアーと国内ツアーみたいなものだ。 3倍〜5倍の価値の商品が同額だからだ。
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2001年10月23日(火)
-イスラム原理主義とはー ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違い
原理過激派はイスラム教を母体としたカルト教と思えば簡単である。 ややこしいのがイスラムが母体という事である。
モハメッドは一人考えた!「何故アラブ人に偉大なる神がないのか、 預言者がいないからだ。そうだそれを考えている自分が預言者になればいい」 と考えたのだろう。
まずは「コーラン」をユダヤ教の「タルムード」の代わりと考えた。 そんなものだ、宗教とは。
宗教学者ひろさちあ氏が月刊誌に、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違いを解りやすく 書いていた。
ユダヤ教は・・・・「旧約聖書」プラス「タルムード」 キリスト教は・・・「旧約聖書」プラス「新約聖書」 イスラム教は・・・・旧約聖書プラス「コーラン」 まずベースが旧約聖書である。 三宗教のうち、 ・父親的な立場がユダヤ教、その父親から長男のキリスト教が誕生、次男のイスラム教が 誕生した。 ・ユダヤ教では、ーアブラハムが神ヤーヴェと契約を結んだ。 その契約は、人間のほうからは、あなた以外の神と絶対に拝みませんと誓い、その契約に もとずいて神は人間にあれこれと命令する。その命令が律法だ。したがってユダヤ教は 、本質的にー契約宗教です。
・キリスト教のイエスは「神は我々を愛しているのだ。だから神の奴隷になる必要がない。 我々は自由人だ」と大胆な主張しました。律法に縛られる必要がないと。 本質的にー自由宗教です。
・マホメットはーキリスト教は安息日を守りません。 そういう自由に対しそれはおかしい律法に忠実であるべしとアラブ人向けにつくった。 自由を謳歌して神と律法から離れた長男のキリスト教に対し、もう一度 原理に戻ろうと主張した。 本質的にー原理主義です。
イスラム教にー神の(アラーの)ために戦う「ジハード」と言う概念がある。 もともとモハメッドが異教徒と闘うことー聖戦ーによって確立されたもの。 後世の信徒もそれにならってつねに異教徒と闘い続け、その教えを世界に広げることを 求められた。
その聖典のハデイースは聖戦について、 ・たとえ一日でもアラーの道の戦い身を投ずることは、この世とそこにあるものよりより良い ・天国に入ることになる人は、たとえこの地上に何をもっていようと、 現世に帰ることを望まないが、だだ殉教者だけは別で、彼は神から与えられる恩寵を知っているため、 現世に戻り,更に10回も殺される事を切に願うのだ
熱心なイスラム教徒は、そのまま本気で信じているのだ。 要するに殉教;は生より望ましいと思っているのだ。 それが過激派になったのだ。
実際はジハードは日常生活の中で「コーラン」をの原理を全世界に定着することである。 過激派はそれを暴力でと解釈した。
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2001年10月22日(月)
もう10年前に読んだコリン・ウイルソンの‘至高体験’が面白かった。 フロイトは‘性’で、ユングは‘聖’で、アドラーは‘権力’の視点で精神分析を 深めていった。しかし彼ら心理学者は精神症・精神病の患者の医者の立場だ。
これに対して‘非常に健康的な人’の持っている性格的特性とかを調べた。 そしてその共通点を探したところ、普通の人に対して‘至高体験’が多いという事だった。 至高体験とはこれ以上ない感激の極み、絶頂の幸福感をいう。
インドを旅行した時、ツアーで一緒だった女性に「20年前にインドに来たとき、 ハシシー麻薬を吸ったことがある」と言ったので「どういう気分になるのか?」聞いた。 「とにかく楽しくって、笑いが止まらなくなった」とのこと。 しかし薬物は中毒になる。死ぬときの痛め止めの薬物の楽しみに取っておくとよい。
ある姉が嬉しそうな顔をして、「極致の喜びを味わったことがある?」 と数年前か私に聞いた。少し躁鬱の気がある人で、近くにいた義兄がハッとした顔をした。 「まさかオルガニズムの事出でも言い出すのでは?」と私もその瞬間思った。
「それでは貴女はあるのか?」と聞いたら、「一度ある」という。 もちろん私がそういう系統ー精神分析とか、心理学が好きということは解らないようだった。 そちら(セックス系)の内容でなかったが、「私は三桁は軽くある」、と答えると 全く信じられない反応であった。「そんな事絶対あるわけはない」という。
「それでは長島が昨年(7〜8年前)セリーグで、10月6日?に大逆転優勝をした時に、 至高体験したのでは。長島は三桁は至高経験をしているのでは?」といった時やっと納得した。
私の場合では、海外旅行で数十回はある。 また事業で一仕事終えた時、緊張感の極めの合間の一瞬の弛緩の時、 あるいは会社の忘年会とかに絶対的幸福感になる。(それだけ盛り上がる) 上げれば限がない。
これはある程度の訓練も必要だ。 会社で昼休みに30分、アルファー波の発生器に‘聴く麻薬の音楽’ (アルファー系音楽)を繋げて、もう10年以上聞いている。(アルバム日記に写真あり) それを毎日している為か酒を飲んだ時など、直ぐブロックが外れそれに近い状態になる。
少しきわどい内容になるが、コリー・ウイルソンのその本に、「ロシアンルーレットが その状態になりやすい」と書いてあったことをおもいだした。ピストルに弾一発を入れ、弾そう を回すやつだ。そして引き金を引く。6分の1で死ぬやつだ。死の緊張感と助かるのを楽しむ。 そして相手と自分が死ぬまでやるやつだ。助かった時の幸福感は至高体験に近いらしい。
家内が不思議そうな顔をして、何人もの友人が「自分を不幸と信じているみたい?」という。 少しは勉強すれば?と思う。生きているそれだけで素晴らしいのに!
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2001年10月21日(日)
この言葉を聴いたとき、‘へーえこんな言葉もあるんだ!’と驚いた。
また言葉のもつ深さと魅力もその時感じた。しかしその時はそれ以上深く考えなかった。
そこでその意味を考えてみた。この言葉から考えられる言葉は露悪、偽善、
露善というところか。善悪はそれぞれの価値のプラスマイナスの表現でしかない。
偽善もしかり、うけるイメージはその価値観のプラスを演じること、いや実際は
マイナスだがプラスに表面を見せておこうという時に使う。
偽悪はその対極にある場合に使う。
その価値観に捉われないために、むしろマイナスを演じる事をいう。
それを意識して演じて、その価値観がいかにつまらない事をジェスチャーして見せる為にする行為か。
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2001年10月20日(土)
物覚えのついた4〜5歳のころから、年末の31日にお年玉を姉兄揃って貰った。それが楽しみだった事を思い出す。
一旦渡しておいて、次の日に全額取り上げられるのだ。
そして貯金通帳に入れられてしまう。高校になるまでそれが続いた。
そして高校に入って暫くすると、なにか株を自分で考えて決めろと言う。
そしてある株を買った。その日から株式のコナーを目を凝らしてみるようになった。
子供のころから、両親に玩具を一回も買って貰った憶えがない。
子供のころ友達の家に行くと、箱に玩具が一杯入っているのを見て、
信じられなかった事を今でもありありと憶えている。
といってお年玉は自分で稼いだ金でないことも確かだ。
株の上達の本を読んだとき、
「まずは種銭をつくれ、それも強い金でなくてはならない。それは自分が
汗水を流した芯のある金でなくてはならない。そういう金でなくては株で利益は
絶対にあげることは不可能だ」これは事業でも当たり前だ。
しかしこの強い金を創るのが一番大変なのである。
父は子供たちに、我慢をしてまず種銭つくりを教えたかったのだ。
お金に対してシビアなのは、実際のこういう教育があったからだ。
実際のところ、金に対してみるところあまりにも甘い。
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2001年10月19日(金)
事業を興そうとした時、まず問題になるのが事業資金である。 俗に言う種銭である!これが硬くないと芯にならない。
資金の芯が甘くなると、事業そのものが甘くなる。 二代目とか婿養子が事業で失敗するのが、それが解ってないケースが多い。
松下幸之助しても、中内功も出発点でそれなりに財産があった。 全くなかったのは私がしっている範囲では、山種証券を興した山崎種三と、 国際興業を興した小佐野賢治と、ニュー大谷の大谷某ぐらいだ。
そのくらい種銭をつくるのが大変で時間がかかる。 20歳の頃読んだ山崎種三の自伝がおもしろかった。
「米屋小僧をしていた時、鼠を捕まえて警察に持っていくと僅かな報奨金が もらえた。米屋なのでいくらでも鼠がいる、毎日鼠とりで捕まえ警察に持って行った。 親方の許可を得て、その金でヒヨコを買った。落ちている米をヒヨコにやり育て、 鶏から卵をとって、それを金に変えこつこつ貯めた。それを元手で成長しそうな株を買った。 そうしてそれを拡大して株師になり株の取引会社までつくった」
それをよんだ時、ハッとした。 父親が恐らくその話を知っていたのではと思ったからだ。
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2001年10月18日(木)
9月半ばに至近にある駅前で最期の旅館の‘たけや’が廃業した。この10年で
小竹旅館、みゆき旅館、大野屋、菊や、越路会館、琥珀、篠田旅館、大山旅館等々10軒あまりが廃業した。
当社等の宿泊主体のビジネス系のホテルに、客を奪われたのが主原因だ。
新潟市内の80パーセントが、この20年で廃業したという。
旅館に何人か知り合いがいたが、本人の自殺とか、夜逃げとか?奥さんの自殺とか
悲惨だ。旅館関係の人にはお妾さん、ヤクザ、花柳界出身者が多い。その筋の人が小金を溜めて
堅気の仕事というのが、その出発点らしい。それにしても見事消滅してしまった。
この次に危ないのが、割烹旅館で風前の灯火とか。
数万円もする割烹の客は,すべてとは言わないが ‘交際費ー実質はたかり’の客そのもの。
当然ながら淘汰されるべき人種。そのミニ犯罪に近い客を相手にしているのだから、
整理されて当然である。これは殆ど全ての商売・仕事に言えることだが、 他人事でなくなってきた。
時代の変化があまりに激しい。
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2001年10月16日(火)
犬ー子供のころのペットは懐かしい。
猫がいて猿がいて、犬のコロがいた。初代コロである。
白と茶と黒の混ざった雑種のムクイヌみたいな犬であった。
一番のおもちゃと同時に友達みたいであった。初めて出会ったころは私の6歳の頃か。
少し頭が悪く、人がいい?ところがあった、当時は放し飼いで、
時たま行方不明になったりした。近くの高砂園というお茶屋の犬がライバルで、
喧嘩ばかりしていた。家族にも従業員にもお客にも、愛されていた。
最後は病気で死んだが、ペットといえば一番印象に残っているのがこのコロである。 次のコロは、長岡駅駅裏に10歳の頃住んでた時、前の家主の飼っていた犬であった。
九州に引っ越した為、そのまま飼っていた。
細い茶色の猟犬のメス犬で、家付きの犬のせいか陰のある犬であった。
猟犬のため鼠をよく獲っていた。この犬はよく子供を産んでいたが、捨てにいった後一晩中
啼いていたのを思い出す。4年後に交通事故で死んだ。
よくしたもので、その直後小さな柴犬が紛れ込んできた。恐らく逃げ出したのだろうが、
愛想ががよくそのまま居つき、10数年後行方不明になった。
学生時代、夏休み等の長期休暇の暇つぶしに、石灯籠に飛び乗る芸当を教え込んだ。
その犬を散歩に連れて行ったら、橋の欄干に自分で飛び乗った。そのまま彼女の芸になった。
結婚後は家内がペットが嫌いで飼ってない。
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2001年10月15日(月)
私ん周辺に非常に強い人がいる。 何を持って強いのかと難しいことは横において、
そういう人を観察してみると、10歳位までに両親の愛情をたっぷり注がれている。 逆に弱い人はその時期、両親の不和とかで愛情が中途半端な人が多い。
精神の柱が愛情で出来ているのではと思われる。 そういう人は、明るい、暖かい、さっぱりしているが反面,我侭だ。 人生の何かを教えられる。
そこで自身は如何であろうか。 少なくとも10歳までは、多くの人にたっぷりそそがれたことに氣づいた。 両親からはベタベタしたそれでなく、間接的な絹木綿的な感覚の愛情であったようだ。 やはり直接しっかりとじかに愛情を受けた人は違う。
愛情のなかで親の愛情ほど、強いものはない。一番の自我愛だからだろう。 だからその子は我侭になってしまうのだろう。
子供にとって両親の不和ほど不幸の事はない。
子供に対しては絶対愛と夫婦愛の両輪が必要という事か。
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2001年10月14日(日)
10年前の話になるが、新潟の大蔵ホテルで野村と円楽の講演会があった。
メインが円楽で前座が野村であった。もちろん私も円楽がまず面白そうで、
野村もまあ面白いのではと期待していった。
野村が出てきた、そして黙って会場を見渡し、ニヤッと笑い、
「大部分は女性ですね、私の話なぞ如何でも言いと思っているんしょう。
円楽の刺身のツマぐらいと思ってるのでしょう」実際そうでだったから、
ザワツイテイタ会場はシーンとなってしまった。その瞬間に野村のペースに
聞き手をのせてしまった。
ー要点はー ・自分は投手の練習用のキャチャー「壁」として採用され
・数年後解雇を言い渡された・丁度その時父親が癌になっていた
・直接上司と掛け合い絶対に辞めないと粘りかろうじて首を免れた
・そのぎりぎりのところでどうしたら一流になれるか考えた
・一流の選手は持って生まれた天性ある、努力だけでは埋めがたい差がある
・そこでぎりぎりのところで、どうしたら一流になるための方法を考えたー頭を使ったー
等々、底から這い上がってきただけに、一言一言が経験にうらずいているためか説得力があった。
また彼も浪人の真っ最中の状態で、話に力が入っていた。
今までにー王、広岡、森と講演を聞いたが、野村だけは底から這い上げって来たためか、 ずば抜けた内容があった。
その日の円楽の話も力が入っていたが、所詮噺家の内容はしれたもの、 しらけた会場の空気が漂っていた 。
さすがキャチャー、瞬間その場を雰囲気をとらえ、自分のペースに捉える術。今でもありありと
憶えている。
9人の選手のうち、一人だけ逆方向を見ているのだから。
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