堀井On-Line



[69] 夢について−1

2001年06月30日(土)


夢分析も非常に奥行きの深いテーマだ。

年に一〜二回熊に追われている夢を見る。
熊に追われて二階‐三階の部屋に逃げるが、どこまでも追いかけてくる。
そこで目がさめるという内容である。

熊は現実の問題の変形、逃げているのは恐怖心・不安である。
誰もが経験ある夢である。

一度凄い夢を見た。10年以上前に社内報に書いた文章をコピーしてみる。

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霊的体験‐                 平成4年 7月

二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで
何度か不思議な体験をしてみた。

死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。

夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的実感。

夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。
恐らく経験した人間ではないとわからない。

また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。

そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。

全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。


[68] 久しぶりの古町

2001年06月29日(金)


久々に新潟に泊まる。

古町も数ヶ月ぶり、さすがホステスもママも

洗練されている。ただ何処もお客が入っていない。

このところ11時前に必ず帰る、翌日二日酔いがしないぎりぎりの時間だ。

以前ほど面白いと感じないのは年のせいか?

新潟駅前の客引き、異常に多いどういう事だろう。


[67] 月次決算

2001年06月28日(木)


20年前の創業時より月次決算と毎月監査を実施している。

そしてその報告書を銀行に提出している。

都銀の担当者がいうに県内で大手も含めて殆どなかったという。

不況に入り今になってその実施を慌てて地銀が要求始めていると聞く。

これをきっちりしてあるから権限の委譲ができる。

安心して海外旅行もできた。

装置産業の為、本当のことういうとそこまでやる事はなかったが、

次の計画の時、銀行の担当は上にとうしやすいことは確かだ。


[66] ソフト変更

2001年06月27日(水)


昨日よりこのコーナーのソフトが変わった。

今までのものは70日で書いた内容が自動的に消される。

これは写真も貼れる。

そうなると写真日記とダブルという問題もでてくる。

お笑いも分類のコーナーをつくり、見やすくした。

まだ分類の移行ができてないが、徐々にしていくつもりだ。

昨日は3Dホームページソフトの打ち合わせと、このホームページ

の変更の打ち合わをしたが、だんだん形が見えてきた。


[64] おまいり

2001年06月26日(火)


毎日の散歩のユーターンの地蔵様に祈っている言葉がある。
もう4〜5年続けている。

「あの世のお父さんお母さん、運ちゃん(長兄)進ちゃん(次兄)誠ちゃん(次次兄)、
御祖父さん御祖母さん、親戚の人たち、ご先祖様、そして総ての霊が安らかお眠りください。。

仏様有難うございます。そしてご苦労様です。お父さんお母さん有難うございます。
そしてこの世の総ての人達がより良くありますように。特に大変な人こそより良くあります
ように。

かさねてお父さんお母さん有難うございます。
今日一日精一杯活きます。そして笑って暮らします。」

大変な人は、今周辺で大きい問題に突き当たっている人の具体名をあげる。
これを続けているせいか、精神のバランスが崩れることはない。


[63] 秘境ツアーコーナー故障中

2001年06月25日(月)


3Dホームページ作成中故障発生?

明日中に直ります。

ホームページ面白いがメンテとランニング大変!

好きだからやってるが、そうでなくては無理。


[62] あと2週間

2001年06月24日(日)


あと2週間で北欧ロシア旅行だ。

まだ実感がわかない。かなりハードな旅行になりそうだが、

南アフリカやシルクロードからみれば、半分ぐらいだろう。

このコースはやはり外せないコースだ。

ペルーにいった時、同行の人に「旅行道という言葉があるなら

インドは絶対外せない」と言われて、インドに行ってみて納得。

このコースもそれに近い何かを直感した。

それが当たっているかどうか?12日で5カ国、

バスあり飛行機あり船あり、毎日が移動の日々になるが楽しみだ。



[61] 小泉総理メルマガの紹介

2001年06月23日(土)

[61] 小泉総理メルマガの紹介
らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
● 感動のスポーツ

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[大臣のほんねとーく] 

● 私がタケノコ医者であったころ(坂口厚生労働大臣)

 藪医者に至らない医者のことをタケノコ医者という。私が大学院の在学中
で、衛生学を学びながら一方で小児科臨床を1年半ばかり研鑽したある日、
上司の助教授に呼ばれた。

 「宮川村は三重県一の短命村、その調査に一年ばかり行ってはどうか。」
行ってはどうか、は「行ってきたまえ」の命令に等しい。

 平均寿命35歳の短命村へ、結婚間もない私でしたが、妻を残したまま、
赴任した。

 調査とは名ばかり、宮川村の一番奥に旧大杉谷地区があり、約千名の人口
に一カ所の診療所があった。その診療を行いながら、短命の調査研究をやれ
というのだ。

 赴任したのは五月の中頃だったと記憶している。診療所は村立で看護婦さ
んが一人、事務員さんが二人、私の食事や洗濯をしてくれる人が一人、四人
で私を迎えてくれた。診療所の二階が私の住処で、お茶を一杯入れてもらっ
たところで、患者さんの第一号が来たという。

 泣き叫ぶ子供の声に驚いて診察室に入ると、小学校六年生ぐらいの男の子
が床を転がるようにして「痛い、いたい」を連発している。聞けば、耳にコ
ガネムシがはいったという。

 右耳を覗くと、大きなコガネムシがお尻を外にしながら、外耳道いっぱい
に入っている。「どうしましょう」看護婦は私の腕を試すように見ている。
ピンセットでコガネムシのお尻を摘もうとすると、ツルッとすべって、ムシ
はさらに前へ進もうとする。前に進むと、少年は悲鳴をあげて転がった。

 小児科でも耳鼻科でも、コガネムシが外耳道にはいった治療など、習った
ことはなかった。四〇キロ四方、医者なるものは私一人しかいない。「どう
すべきか」患者や家族より、自分の方が心細くなってきた。

 「水を入れたら死なないか」私の言葉に従い、看護婦は水を入れたが、水
がコガネムシの頭の方へ入っていく隙間はなかった。

 一呼吸して、看護婦は手際よく小さい注射器を取り出し、「麻酔液を入れ
ましょう」そういってコガネムシのお尻に注射針を刺した。すぐにムシは動
かなくなり、痛みのなくなった少年は起きあがり、看護婦は巧みにコガネム
シを引き出した。

 以後一年半、私の滞在期間中「婦長さん」と呼び、常に頭が上がらなかっ
た。このときだけでなく、何度も「婦長さん」に助けられて、急場を凌いだ
ことがあった。

 私にとって、医学部のどの教授から教えられたことよりも、この「婦長さ
ん」から教えられたことの方が多かった。お世話になったから言うわけでは
ないが、激務の中で知恵をしぼる看護婦さんの待遇はもう少し考えなければ
ならない。

 現在の保険点数は看護婦さんの頭かずだけを決めている。その仕事内容を
評価すべきだ。医師と看護婦、その教育に違いはあるが、それにしても評価
が違いすぎないか。看護婦さんが辞めて行くのは何故なのか。

 今、私の考えなければならない仕事の一つである。

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[小泉内閣メールマガジン]
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/


[60] 小泉サイト

2001年06月22日(金)


先日パソコン教室の香月先生が、例の小泉首相のメルマガに入ったという。

そこでついでに私も入る事にした。

昨日より早速メールが届いた。

首相のその時々の生の気持ちが書き込まれ100万以上の人に届けられるのだ。

これが情報革命か!と唸ってしまう。100万人が見てるというと本人が

一番楽しいだろうと思う。


[59] 3D-ホームページー三回目打ち合わせ

2001年06月21日(木)


富士総業の小竹さんより3dのホームページの

モニターという話に乗ったがちょっとしたプロジェクトだ。

当たればおお化けする可能性がある。

デジタル文化の1現象を目の当たりにしている。

7月1日を楽しみにしている。

凄い世界に入ったものだ。

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