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堀井On-Line
| 5132,閑話小題 〜奇跡的二打席連続本塁打に続いて、翌日は |
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2015年04月03日(金)
* 奇跡的二打席連続本塁打に続いて 高校野球には魔物がいるというが、幸運の神様もいるようだ。 〜ネット上の記事によると、 《大阪桐蔭との決勝戦で、同点で迎えた八回、試合を決めたのはまたしても 背番号17の松本哲幣。前日の2打席連続満塁弾に続く決勝2点本塁打で甲子園 のヒーローとなった。・・》 準レギュラーの全く無名の選手が、準決勝、決勝戦で、2打席連続満塁打と、 勝越しの2点本塁打を打って一躍、ヒーローに・・ 昨年秋から右翼ポジション 争いに敗れ、背番号「17」に甘んじていた男が、その素質を一気に開花させた 場面である。これまで、数多の試合を観てきたが、無名選手が、これほどの劇的 活躍を目の当りをしたのは初めて。満塁本塁打の後、再び満塁の打席に立つこと 自体が出来すぎ。更に翌日、決勝の勝越し打を打ったから驚き。 記録として、 1試合8打点も史上最多。当時星稜の松井、PL学園桑田らがマークした 7打点を上回った。プロ野球では2006年に巨人二岡が史上初の2打席連続 満塁本塁打を記録しているが、元々、それだけの実績のあった選手である。 この場面の巡りあわせに、日ごろの練習で培われた才能が爆発をしたもの。 因縁とは、因が直接原因、縁が間接原因とすると、その二つがタイミング良く 巡りあったことになる。平沼というピッチャーが、いたため、野手に転向した、 右翼ポジションの争いにも敗れた控え選手だからこそ光り輝く。 高校野球史に残る快挙の物語として残る。 それより、両親が喜んだろうに! たまたま億以上の宝くじが、三度続けて当たったような? いや、それ以上。 ところで、スカウトの経験からして、こういう選手?の扱いは、冷ややか? ・・・・・・ 4767,閑話小題 ーさあ、ミニ書斎をつくろう! 2014年04月03日(木) * 書斎は、自分の壺中! 3年前のリタイアで、まず考えたのが自分の居場所。それまで仏間の一角に 本棚と机を置いていたが、ほぼ座ることはなかった。家では、早朝に起きて、 本を読むか、ノート型パソコンでブログを書いていた。仏間の一角は、あくまで、 そのための予備コーナーの場でしかなかった。また通勤の新幹線の往復一時間の 座席も、大事な読書空間。高速の移動空間は、脳にとって最適だが、この様。 更に会社の事務所も、訪れる人も少なく、ここも書斎空間になっていた。 しかし、リーマンショックで、リタイア時期が三年早く到来してしまった。 一挙に失われた会社の事務所と新幹線の時空間が必要になって、倉庫と仏間の 一角に移動することになる。もともとあった机と書棚に、サイドテーブルを設置、 事務所のパソコンと、ミニコンポ小型書棚を移動した結果、そこは私の最適空間に なっている。今では早朝に2〜3時間、午前9時半〜12時まで、5時間はいる。 ここは心の落ち着く自由空間で、我ながら気にいっている。音楽をBGにて、 自由気ままに、読書をし、ブログを書き、ネットサーフィンをし、瞑想をしたり。 男には趣味に没頭できる空間が必要。先日、図書館で文庫本のコーナーで偶然、 『ミニ書斎をつくろう』杉浦 伝宗 (著)を見つけた。立読みだったが、 「書斎が無理なら、ミニ書斎をつくりなさい」には、全く同感である。 私の空間は、仏間の半分の、2m四方の4平米だが、著者の目安は1・3m四方。 私の一歳下の団塊世代が、一斉に停年になって家に入っているが、問題が居場所。 著者は狭小住宅を手がける建築家で、1畳・1万円の予算から、階段下や寝室の 一部などの空きスペースを書斎化するアイデアを提示している。 流し読みで、 面白いと思ったのが、「ミニ書斎は壺空間」。自分独りのシェルターの確保こそ、 粗大ゴミと蔑まれる我身の守るため必要なことである。もう一つ、電子書斎が あれば、その空間は更に良いものになる。オタクもいいところだが! 「大不況には本を読む」(橋本治著)を、借りてきた。ネットの検索に、 「ミニ書斎 写真」と入れたら、面白いものが多くあった。私のミニ書斎 と共に、ヤフーブログに載せたが、理想的な良いものが多くある。 ・・・・・・ 4400, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −2 2013年04月03日(水) 『隠居大学ーよく遊びよく遊べ』天野祐吉、お相手 横尾忠則 * 第一時限 ー猫の自由に学ぼう 横尾忠則 横尾の『猫の自由に遊ぼう』が面白い! 気の向くまま、飼主に気兼ねする こともなく、自由気ままに時間を過ごす。これを御隠居と二重合わせにしている。 専業主婦の家庭は、亭主が犬型で、主婦が猫型に自然になっている。家内を みると、つくづくと猫の生き方を見て取れる。亭主は会社で赤くなったり青く なったり。しかし、猫型の主婦は、給料を持ち帰ってくれれば、我関せず。 亭主は、リタイアー後も猫になりきれず、切れた首輪をつけたまま外をうろつく。 元何某の肩書きなど何にもならない。リタイアをして新しい環境に直ぐに適応 するために、長年かけた準備が必要になる。〜以下の対話は、なかなか面白い! ≪ 天野: 猫型人間とか犬型人間とかいうが、誰にでも心の中に両方を養って いるじゃないかと。子供の頃は、だいたい猫型の方が偉そうにしているが、 大人になって組織の中で働くようになると犬の方が成長していく。 横尾: 猫は、僕にとってアーティストの見本です。猫は妥協しないし、 犬みたいに尾っぽを振らない。自分に忠実で、他人に忠実でない。 アーティストは自分以外に忠実になっていけないのです。 天野: ぼくの場合ですと、二〇年前にふっと気がつい。自分の内側を のぞいてみたら犬ばかり肥大していて、猫は息も絶え絶えになっていった。 動物虐待もいいところだなあと思って、それから犬的部分の猫に栄養を 与えるようにして。そして猫が元気を取り戻してきたら次第に、「なんで 真面目に働いでばかりいたんだう。こんなことのたために生れてきたのか?」 という思いがどんどん強くなってきたんですね。そして、これって、多くの 隠居候補の人に気持ちに近いと思う。世の中のルールに従うことも、あるいは 働くことも大切なんだけど、でも隠居生活を送る上では、猫の自由をもう 一度学びなおす必要もあってよいんじゃないか。それで『猫の自由に学ぼう』 を隠居大学の校訓その一にしたいと思ったんです。≫ ▼ 私の中の犬猫は、首輪をつけたままの野良犬と野良猫。一応、自由に 放飼いをしていたが、何時も喧嘩ばかりで、札付きの嫌な奴である。 どうも酒を飲むと、表立って出てくるから困ったもの。青年期までの猫、 成年期の犬、そして老年期に猫に戻るという説が何とも珍妙である。 両者とも野生動物を人間に都合の良いよう改良されたもの。「犬は家につき、 猫は人につく」というが、今さら男は新しい人間関係の構築は難しい。 縦社会で生きてきた男達は、横社会には向いていない。家では嫌われ、 紐のきれた首輪をしたまま街中を彷徨うか、猫を被るしかない。誰?それ! ・・・・・・ 4026, 「人生の知恵」ノート 2012年04月03日(火) 4年前に、図書館からグラシアンの「賢人の知恵」という本を借りてきて、 ここで書き始めたが、一回限りで終わっていた。少し読んで、いま一つピンと こなかったので途中で止めていた。ところが先日、図書館でー本当に役立つ 「人生の智恵」ノートーというグラシアンの他の訳書を見つけて読んだ。 今回は、言葉の一言一言が納得出来た。 現役を退いたこともあるのだろう。 グラシアンの経歴は、『雄弁な伝道師として圧倒的な名声を得るが、1657年、 サラゴサでの聖書学の教授の地位を追われる。逮捕され、追放されたタラソナ という村で一年後に没した。』とある。これで、この人物の処世術が生くさ すぎることが分かるが、内容は、現在も納得するものが多い。“善人が損を するのは善良だからではなく、世間を見る目が甘いからだ。”など、 伝道師にしてはシビア。人間は、真面目に生きているわりに、次から次へと、 問題が生じてくる。 何故だろうか、智恵が足りないのである。グラシアンは、 「高邁な知識だけで人生は乗り越えられない。日常生活に適応するのが重要 とまではいわないが、最も必要。使えない知識より、今日使える術こそ 真の知識。」という。 ここで人生と事業を振り返ると、多くのことが 改めて見えてくる。 ー 以下は、人間関係を良くする言葉のノート ー 1 愚か者とはつきあわないー愚か者ほど優秀と思っている。 指導するだけ徒労。ー互いに思っているからすくわれる? 2 誠実になりすぎない ー蛇の悪知恵と、鳩の誠実さを使い分けよう。 自分が騙したことがないから、直ぐ騙される。 3 第一印象にとらわれない ー人の心は多面的。一面だけで判断しない。 4 口に合わない料理をすすめない ー相手の好みを知ること。 自分の好みは相手の好みとは限らない。 5 突飛なふるまいをしない ー突飛な振る舞いは、欠点として相手はみる。 6 もろい人間とつきあわない ーもろい人間は自分勝手な心が強い。 被害者意識が強く、人は悪意の塊と思う。 7 不幸な人ともつきあわない ー走り続ける成功者は不幸な人と 関わる余分な時間はない。 8 他人の欠点に慣れる訓練をする ーこれは訓練で慣れる。 9 多数派とともにある賢者たれ ー周囲に合わせるのは良いが、品位を忘れない。少数派の愚者もいるが。 10 友人であり続ける努力をする ー長く付き合える友人は見定めること。 11 賢者を見つけ助言を求める ー相手を見定め、助言を求めるのは、思慮深さの証である。 12 認められなくてもがっかりしない ー必要なのは厳しい自己評価。 13 会話は慎重に、そして楽しく ー会話は雄弁さより慎重さが大事。 相手に合わせよ。 14 親切をおまけにつける ー親切は費用対効果が高い。 相手より先にするのが技。 15 相手の急所を見つける ー殆どの人が求めているのは快楽。 その急所を見つけよ。 ▼ 品位のない人間は最後の裏切りの切り口で、本姓が分かる。 見上げても見下げても、全て自分の範疇。 ・・・・・・・ 3660,音信不通だった友人から連絡が! 2011年04月03日(日) * 5分の差で助かった 学生時代の友人の奥野和夫さんから、昨日の午後に電話が入った。 安否を知るために、宮城県亘理町の住所先に葉書を出していた。 それが昨日になって本人の手元に届き、電話をくれたのである。 彼の話の概要とは! ≪ 妻が病院に行くのに付き添った後、自宅に帰ってきて、たまたまTVを 見ていたら、激しい地震が襲ってきた。それが長い時間にわたり続いたが、 急にTVの画面が変わって6メートルの津波が押し寄せるという緊急の内容。 直ぐに6Mより10Mに変わったのをみて、着のみ着のままで自動車で高台の 方面に向かった。しかし、道路は渋滞で前に進まない。そこで機転をきかせ 農道に回ったが、そこも渋滞。その間に余震が激しく前に進めないほど。 それでも何とか高台に辿り着いた後の5分後に大津波が襲ってきたという。 その後、避難所に行ったところ数百人の先客がいて寝れる状態ではない。 そこで車中で一晩過ごしたが、着の身着のままのため、寒がきつい。 暖房もガソリンが無くなるので、一晩中、5分ごとにエンジンをつけたり、 止めたりして過ごした。朝までの時間が非常に長く感じた。水洗トイレは、 ボランティアの中高学生が水を近くの川から次々と運んでいた。 命は助かったが・・ 妻が病のため、避難所では悪化の可能性がある。 ふと30分の所に前の会社の先輩が住んでいるのを思い出し、そこに9日間、 避難させてもらった。そのうちに群馬の実家の兄に連絡がつき、車でガソリン を新潟県経由で持ってきてもらい、何とか兄のいる実家にたどり着いた。 最近になって道路が復旧してきたので、自宅を見てきたが、1Fが海水の泥で 滅茶苦茶のため、廃材処理の手続きをしてきた。命一つでも助かっただけ充分! 火災保険に入っていたが、地震保険には入ってなかった。 ≫ ー以上が、彼の15分間の電話内容。一つ判断を間違えれば助からなかった。 住所の亘町荒浜は仙台飛行場の南下に位置し、阿武隈川の河口にある。 終の住処を、そこに選んだことに羨ましさを感じていた。それが、まさか・・ それでも命が助かっただけでも喜ばなければなるまい。 他人ことではない、まさかまさかの日々。 ・・・・・・・・ 3295, 果たして、日本は財政危機が訪れるか? 2010年04月03日(土) 昨日の朝日新聞の ーキーパーソンーのみずほ証券の高田創氏への 「先進国最悪の借金、財政危機は起きますか?」のインタビュー形式の内容が、 時が時だけに注目して読んでみた。 ーその内容を私の主観でマトメテみたー 日本の国債残高が2010年度で637兆円に達する見通しだが、「先進国で 最悪の借金体質」といわれる中で、国債発行余力を探った。 (字数の関係でカット2012年4月03日) ・・・・・ 2920,私は嘘しか言いません 2009年04月03日(金) ー養老孟司が、対談で次のようなことを述べていていた。 《 数年前に亡くなったユングなどの研究者の河合隼雄が真面目な話をする時に 「私は嘘しか言いません」と言っていたそうです。これは考えてみたら シミジミと効いてくるセリフです。つまり「私は嘘しか言いません」という のが本当だと既に嘘をついている。河合さんは、この言葉に「言葉など当てに なりませんよ」という意味を込めていられるのだと思いますよ。》 なるほど面白い。哲学に似た問題提起があった。「クレタ人の嘘」である。 ー『クレタ人は嘘つきだ』が真なら,クレタ人が発した『クレタ人は嘘つきだ』 自体が嘘で,クレタ人は嘘をつかないことになり,『クレタ人は嘘つきだ』が 真という仮定と矛盾する。もし、『クレタ人は嘘つきだ』が偽ならば、クレタ人 は嘘をつかないことになる。つまり、『クレタ人は嘘つきだ』が真となって しまい,『クレタ人は嘘つきだ』が偽という仮定と矛盾する。 『クレタ人は嘘つきだ』の真偽がいずれであると仮定しても、矛盾が起こるー 言葉の何とも妙なところだが・・ 「私は嘘をいいません、信じてください!」 の口癖の人がいた。これほど好い加減な言葉はないが、言うほうも言うほう、 騙される方も騙されるほうだ。騙している方も騙されている方も、ボケ漫才の ように気づかないから始末が悪い。なら「私は嘘しか言いません」の方が良い。 それも哲学的ときているから面白い。しかし、それでは世界が回らない。 詐欺師は「嘘しか言わない」からこそ、その奥にある言葉の意味を知っている。 言葉は共同幻想、そして仮想を創りあげる。それに己が気づかないから問題は 拗れるのである。「私は嘘を言いません」と真面目に言う人がいるが、 「私は嘘しか言いません」を悪用するとどうなるか?「私は嘘を言わないように 心がけている。嘘を言った分、何倍も自分に跳ね返ってくるし、自分の中に残る」 これは、私の基本だが、一般も同じだろうか? 嘘も方便だが・・・ 冗談のつもりの嘘で何度も大失敗をしたが。ところで本当(真実)って何? ・・・・・・・・・ 2556, 印度放浪 ー1 2008年04月03日(木) 『印度放浪』 藤原新也著 朝日文庫 写真家の文章は何故もこのように対象を、そして対象に映った気持ちを 上手く表現出来るのだろうか。言葉の一言一言が詩のようでもある。 以前、買って目を通したが、長男がインドへ行ったのを機会に読んでみた。 文庫本になっているが、半分以上がカラー写真で、40年以上前に書かれた ものとは思えない。表紙を開くと、すぐ次のページに、この一行だけがあった。 ー歩むことに、ぼく自身と、ぼく自身の習ってきた世界が虚偽に見えてきた。ー そして、その二ページ後に、 ーぼくは歩んだ。 出会う人々は、悲しいまでに愚劣であった。 出会う人々は、悲惨であった。 出会う人々は、滑稽であった。 出会う人々は、軽快であった。 出会う人々は、はなやかであった。 出会う人々は、高貴であった。 出会う人々は、荒々しかった。 世界は良かった。 《旅》は無言のバイブルであった。《自然》は道徳であった。 《沈黙》はぼくをとらえた。そして、沈黙から出た言葉はぼくをとらえた。 良くも悪くも、すべては良かった。ぼくは全てを観察をした。 そして、わが身にそれを《写実》してみた。 ▼ 40歳になって15年ぶりにこの旅をふりかえった著者が 「なぜインドに行ったのか」の質問に言葉がつまり、その若者の後の影に、 過去の自分を投影する。(若いときの自分について)青年は何かに負けている ようだった。たぶん青年は太陽に負けていた。そして、青年は大地に負けていた。 青年は人に負け、熱に負けていた。青年は牛に負け、羊に負け、犬や虫に 負けていた。青年は汚物に負け、花に負けていた。青年はパンに負け、 水に負けていた。青年は乞食に負け、女に負け、神に負けていた。 青年は臭いに負け、音に負け、そして時間に負けていた。 青年は、自分を包みこむありとあらゆるものに負けていた。 疲れたその青年の目は表情を失っているかに見えたが、太陽にいられて眩く 白熱する、目の前の地面を、ただぼんやりと見つめ返すだけの意思をわずかに 残していた。・・ ・・なんか知らんけど目茶目茶に何でもかんでも、負けにいったんじゃない かなぁ。最初の頃は。 (字数の関係でカット2012年4月03日
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2015年04月02日(木)
* 日本にとってのリン鉱石とは? ナウルのリン鉱石、日本にとって何だろか考えてみた結論が、戦後から、 この方コツコツと貯めてきた預貯金。しかし、リン鉱石と同様、その多くが 日本国債と米国国債に替わっている! 総預金と、国債などの負債が同額に なるのが今年。 そこに、5年後にオリンピックの開催とは何ぞや・・ わずか4年前に、千年に一度の大地震と津波で、大きく痛んで復興半ば。 今だ福島原発では溶解が進行中。このクラスの大地震の10年以内後には必ず、 それに匹敵する地震か火山の大爆発が起きている。これらが複合し、近未来に、 国民の弱者に皺寄せが大きく直撃をする。「現状さえ良ければそれで良し、 未来は未来!」の、‘いいじゃないか’騒ぎ! 〜その辺りから〜 ≪・ナウル人は、Buada Lagoonで捕れた魚や、ココナッツやパンダーヌスを好む。 しかし、現在、ほとんどの食料は輸入に頼っていて90%は輸入で、ほとんどは 缶詰。そこにはたっぷりと保存料が入っている。その食料が不足している上に、 ナウルに入る航空便も頼りに出来ない。それはスカスカの店の棚を見ればわかる。 ナウル人の平均寿命は男性で58才、女性で64才。日本より20歳は早死になる。 ・ナウルの状況はダイヤモンド著の『文明崩壊』で語られるイースター島の 崩壊の物語を彷彿とさせる。ナウルと同じ太平洋の小島イースター島は、無計画 な開発と環境破壊を続けた結果、ついに資源を消費し尽くして文明が消滅して しまい、島民の生活は石器時代に戻った。両者の大きな違いは、イースター島は 他の文明と隔絶され閉鎖された空間に存在し、また森林破壊等が国土に与える 影響を科学的に分析・理解できる時代ではなかったのに対して、ナウルは 地理的にはイースター島と同じく世界の果てに位置するにせよ、他文明と 隔絶するどころかむしろ積極的にグローバリゼーションの波に乗って行き、 それに飲み込まれた結果として崩壊に向って行っている点・・ ≫ ▼ ナウル人も、日本人も、公務員、金融関係者と、一部の上層階級は、 万一に備えた準備が完了してあるという。リン鉱石(預貯金)を 掘り尽くしてしまった日本、現象面では、国債と株式と円相場の暴落で、 その正体が現れてくる。 ナウルは、そのまま露出されているだけ。 私も似たようなものだが! 裏山の中腹から外海が見えるからこそ、 断言できること。刻々と時は進んでいく。 老化の戯言であればよいが! ・・・・・・ 4766,ぼんやりの時間 ー1 2014年04月02日(水) ぼんやりの時間 辰濃 和男 (著) リタイア以降、時間が有り余り、ぼんやりの時間が増えたかというと、 そうでない。ウツ病に陥らないために、早朝から寝るまでのスケジュールを 決め、ただ淡々とこなしているからだ。 3年経った今、良いタイミングに、 この書に出あった。平坦な一日がアッという間に過ぎていく。 それはそれで良いが、ぼんやり時間が少なすぎる? ーまずアマゾンの内容紹介ー 《 常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊し つつある。今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのでは。 では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさ が生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながら つづる思索的エッセイ。 》 ーカスタマーレビューよりー 【「ぼんやり」と生きるライオンやサンマは生存していないのであろう、 だから、人間にも本来、「ぼんやり」は許されないのだ。幼い時から、 悪臭や異音に鋭く反応しつつ成長し、身を守って生きている。このような 絶え間のない外界との緊張関係は、必然的に対極の「ぼんやり」へ憧憬を生む。 すなわち、「ぼんやり」は人間に生来備わった自然感情や心のあり方と見る よりも、生物として必須条件である「対外緊張」を運命付けられた人間に 根差した”解放願望”として捉えられるべきであろう。 従って「木と共に過ごす」串田孫一、「湖畔の小屋を建て、畑を耕す」ソロー、 「隅田川の川面を眺めているうちに、あっという間に2時間過ぎた」池波正太郎、 「珊瑚や熱帯魚を求めてダイビングに浸る」玉三郎、「夏の夕暮れ時の樫の木々 に映える日の光に心を満たされた」ミッテランなど、どの登場人物も眩く輝いて いる。彼らのどのエピソードも懐かしい幻想のように温かで、ユートピアの ように心和ませるものがある。しかし「ぼーっとしながら生きる」のが好きと いう深沢七郎の背後には片目失明の不自由をこらえて右翼暴力から逃げ惑った 日々が刻印されており、「林に入り黙座す」と「武蔵野」で詠んだ国木田独歩 には、帰れば妻との確執の絶えない実生活が待っていた筈である。 著者は自らの体験も含め、こういう人間の現実の生活を冷静に観察した上で、 「ぼんやりの時間」を持つことは実際には口で言うほど簡単なものではないこと を熟知するが故に、だから敢えて「ぼんやりの時間」を人間にとってかけがえ のない、貴重なものと見ている。本書に見られる「ぼんやり賛歌」は、大抵 の生身の人間には実現困難だという著者の苦い現実認識と、それでも尚、 人間らしく生きる上で我々が忘れてはならない理想願望がベースになって いることを見逃してはなるまい。 】 ▼ 欧米人のバカンスはリゾート地で、かけ替えのない貴重な時間をのんびり 過ごす。 日常を離れた自然の中で、ボ〜っとするのが、最高のレジャー。 日本には温泉宿で湯治で身体を休めるレジャーがあった。私のネックになって いるのが、この随想日記と、ネットサーフィン。誰に頼まれた訳でもないのに、 毎日、これで自己達成をした気分にとらわれている。そうでもしないと自分を 支えていられない状況もある。偶然だが、去年の今日(4月2日)の文章は、 ノンビリしないで遊べ遊べというのから、この内容の意図に反している? 「自分の限界としても、還暦までに、やりたいことをやった!」という思いが、 ある。この時節も、ぼんやりなど、してはなかった。時節があるのだろう。 どの道、死んでしまうまでの精神のあり方の問題でしかない。 ・・・・・・ 4399, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ ー1 2013年04月02日(火) 『隠居大学ーよく遊びよく遊べ』天野祐吉、お相手 御隠居 御隠居生活に予定より三年早く、二年前の65歳をもって入った。 しかし振り返ってみると、51歳から実質的御隠居生活に一歩踏み込んでいた。 同居していた母親が痴呆症になって5年半後に亡くなった後、数ヶ月間は呆然と していたが、「今までの延長は捨て、50歳代に、その後の余生の全てを 遣り尽そう」という思いが湧き上がった。そして残り30年分の人生を圧縮して 生きようと決心をして、「思い浮かぶ限りの遣り残した事を迷わず優先的にする」 ことにした。 50代で秘境ツアーを中心に24回の旅行。美味い酒を飲む。 当時、まだブログが無かったので、パソコン教室に通い、個人HPを立上げて、 全エネルギーをかけ思い浮かぶことを毎日「随想日記」として書き続け現在に 至っている、これである。これが私の隠居生活の移行で、それを私自身も 気づかなかった。どれもこれも面白く、楽しくなければ続かない。 この経験から学んだことは、「御隠居は覚悟が無ければ出来ない」ということ。 傍からみたらつまらないこと?でも、遊び気分で全エネルギーで取り組んでこそ 道楽。これも毎日、よくぞ真面目くさって書いている。でも、私にとって面白い。 だから道楽である。 御隠居は道楽をもっているかどうか。たっぷりある時間を 遊べるかどうかである。 まずはー内容紹介ー 【こんな時代こそ「隠居」を見直そう!原始、「隠居」は遊びの達人だった。 若いモンの憧れだった。目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、 外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の豪年を取るって、 いいもんだなァ。 豪華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。 オモシロキビシク、いい加減精神の真髄を語り明かす。】 老いは、生老病死のマイナス面が表立ってくる時期。その時、失われつつある 喜怒哀楽を道楽の中に求める必要性がある。考えてみれば「良く遊ぶ」のは 非常に難しい!次回は、一時限目の「横尾忠則 対 御相手の天野祐吉」より ・・・・・・ 4025, シングルイン、31年間の総括 ー6 2012年04月02日(月) * リストラは、どうだったか ? 2001年の9・11テロの翌月から売上が毎年続けて一割以上減少、 三年間で3分の2まで減少していった。それに対し、ボーナスの半額カット (年間給与の一割相当)、私は5割以上、役員は4割カットをして対応したが、 キャッシュフローからの返済は1億3千万から4千万まで激減してしまった。 それまでの正社員と役員20数名のうち、三分の一まで減らし、パート・ アルバイトに切りかえた。 次に、二つのホテルの1階部分の客室を飲食店用 のテナントスペースに切り替え貸店舗にした。さらに第三シングルインを長期 滞在型ホテルに切り替えた。 二つの客室の壁を取り去り、一つにして自動車 学校や、企業の長期滞在として貸し出した。 それも数年で軌道に乗りかけ、 目処がたった矢先のリーマンショック。これも2割以上の売上減が三年目に 入っても続いた結果、事業断念に至った。新潟駅再開発も大幅に遅れ、二つの ホテルが道路拡張計画上にあって説明会が開かれていたが、そのプロセスで 規模縮小か移転の想定も当てが外れていた。そのリーマンショック以来、政府の 緊急政策の御陰で資金繰りは何とか予備資金を使うことなく持ちこたえていたが、 売上が三分の一まで落ち込み、事業存続の先行きを考え出した矢先に東北大震災。 これで最後の踏ん切りがついたが、直接原因はリーマンショック。事業構造の 転換も身を切るほど厳しいが、事業経営の真髄が発揮される場面。もちろん 返済額の減額交渉に、リストラ策と、その実施と、経過報告が義務つけられ、 その効果が出始め目処がたった矢先のこれ。十年間、やれることはやった 思いがあるので、後悔は全くない。シングルインというホテル名と建物は、 他の事業主が引き継いだので、ここで経営のリストラが断行されたことになる。 6年先の道路買収まで維持できるかどうかだが、あまりにリスク要因が大きい。 長期装置産業の恐ろしさを知らないようだが、世界は楽観と悲観で成り立って いる一事例。 ・・・・・・・ 3659, つれづれに 2011年04月02日(土) * 原発事故の深刻さ 原発がもたらす影響は、今後どのようになっていくのだろうか? 経済は大きく落ち込むのは目に見えて明らかである。業界格差は明らかに 出てくるだろうが、飲食、ホテル、レジャー関連、タクシーなど三次産業から 深刻度が深くなっている。東北、関東地区の農水産も壊滅状態、米の生産者も、 今年の作付けに入ってよいものか、思案をしているのだろう。伝え聞くところ によると、長岡の奥座敷といわれているリゾートホテルは、お客がほぼゼロの 状態が続いているとか。この冬は豪雪で惨憺ものだったが、さて春が来たという 時に、地震と原発事故である。特に原発事故の成り行きを世界中が、固唾を のんで見守っているのは、死の灰が地球規模に広がる可能性があるからである。 毎日毎日、TVでこのニュースである。消費マインドが冷え込むのは自然の 成り行き。 株と国債の暴落をきっかけに、ハイパーインフレになるのが、 一番考えられる道筋である。その時、「新円切り替え」が実行されるはず。 日本の危機といえば、元寇、明治維新、日清戦争、日米戦争である。 それ以上の危機になっていくのだろうか? 東京では、一部の子供たちの疎開 が、静かに行われているようだが・・ ・・・・・・・ 3294, エッ何! 2010年04月02日(金) * 次年度からの予算財源はこれ? ドサクサに紛れ一瞬で郵貯の預け限度金額が2倍の2千万円に決定した。 閣内対立を演出して、仕方なく鳩山首相が原案通りに決定したカタチをとった のは筋書きどおり。23年度以降の予算が、このままでは組めなくなるのを 見越し郵貯の限度額を上げて、郵貯残高を増やそうという目論見。 穿った見方をすれば、中小・零細金融機関が更に危なくなるのを見越して、 その受け皿をつくっておくメリットもある。3人だけの政党の亀井を金融 大臣に据えて泥亀の捨石として最大限に利用している。もちろん本人も、 それを承知、それが政治。先日のTVのモーニング・ショーで金融機関の 破綻時の国家補償を1千万から2千万に引き上げてもよい」 と述べていた。 (以上、字数制限のためカット 2012年4月2日) ・・・・・・・・ 2919,寝入る瞬間を経験したことがあるか? ー3 2009年04月02日(木) マギーの「哲学人」の中に、次ぎのような文章を見つけた。 ー私は寝入る瞬間について大いに頭を悩ませていたが、ウィトゲンシュタイン は死に関して、それと同じような瞬間を扱っていた。その瞬間を経験しようと しても無理であると彼は述べていた。 なぜなら、明らかにその瞬間に意識が なくなるため、それを意識できないからなのだと。ー これによると、その瞬間は意識がないのだから、ない意識が、それを経験 できないというのだ。「もし哲学者が考えるとしたら?」と私が考えた内容と 酷似はしている。しかし私の実体験とは違っている。「あっ!」という数百分の 一秒の感覚を、寝入る瞬間に直感したのである。実際にスット意識を失う刹那 (瞬間)を感じたのである。「その瞬間の感覚は、寝入る瞬間の直前であり、 寝入る瞬間ではない」と反論されそうだ。しかし「それが寝入る瞬間だろう」と、 反論も可能である。それに対して「意識が無意識の世界への移行の瞬間を 如何して感じ取るというのか、論理からみて疑問である。その直前の刹那が 果たして経験できると言うのか?」 と言うだろう。しかし私は、その刹那を 感じたのだから、何を言おうが事実は事実である。「それでは証明しろ」 と言われれば 証明のしようがない。 この書で寝入る瞬間を経験することは、ほぼ不可能で私は特異経験をした ことが分かった。寝入ったアチラの物語の夢について、ここでも多く書いて きたが、気楽に内容を言葉としてノートに書き出すと面白い。このテーマとは 関係ないか! ところで寝入る瞬間の体験って、そんなに大事なこと?って。 ある哲学の本を読んでから、ほぼ皆無というなら、私にとって大事なことです! 毎晩、何度も目がさめる者にとって、一度は経験してみたいもの。 それを経験したのだから。 ・・・・・・・・ 2555, ホモ・ルーデンス ー1 2008年04月02日(水) 『ホモ・ルーデンス』 ー読書日記 ヨハン・ホイジンガ(オランダの歴史家) 1938年著。 「文化は遊びとして、もしくは遊びから始まったのではない。 言うならば、遊びの中で始まったのだ」 ーすべては遊なりー 〜文化は遊びの中にはじまる〜 ホイジンガーの言いたいことは、この二つに尽きる。 まずはーすべては遊びなりー(遊びの考察と定義とは)について考察してみる。 ホイジンガの遊びに対する考察は、プラトンの言葉から始まる。 「真面目にすべきことは真面目にやり、真面目でなくてもよいことはそうしない でもよいのです。最高の真面目さを以て、事を行うだけの価値があるのは、 ただ神に関する事柄だけなのです。これに対して、人間は、ただ神の遊戯の 玩具になるように、というので創られた。これこそが、人間の部分です。 だから人はみな、男も女もそういうあり方に従って、最も美しい遊戯を遊戯 しながら、今ちょうど心に抱いているのとは正反対の考えで生きてゆかなければ ならない。(プラトン対話集『法律』)」 著者は、この真面目と遊びの対立 において、「真面目は遊びを閉め出そうと努めるが、遊びは喜んで真面目さを 自己の中に抱き込むことが出来る」と、遊びの優位性を説いている。そして、 遊びの定義として、「遊びは自発的な行為もしくは業務であって、それはある きちんと決まった時間と場所の限界の中で、自ら進んで受け入れ、かつ絶対的 に義務づけられた規則に従って遂行され、そのこと自体に目的をもち、緊張と 歓喜の感情に満たされ、しかも『ありきたりの生活』とは『違うものである』 という意識を伴っている」「遊びは人間がさまざまの事象の中に認めて 言いあらわすことのできる性質のうち、 最も高貴な二つの性質によって 充たされている。リズムとハーモニーがそれである」遊びの定義から、世俗に 対して離れているという点で、「聖なるもの」と「遊なるもの」は同一であると。 最後の文章に「人間的思考が精神のあらゆる価値を見渡し、自らの能力の 輝かしさをためしてみると、必ずや常に、真面目な判断の底になお問題が 残されているのを見出す。どんなに決定的判断を述べても、自分の意識の底 では完全に結論づけられはしないことがわかっている。この判断の揺らぎ出す 限界点において、絶対的真面目さの信念は破れ去る。 古くからの 『すべては空なり』に代わって、おそらく少し積極的な響きを持つ 『すべては遊なり』がのし上がろうと構えている。これは安っぽい比喩で、 ただ精神の無力を思わせるかのようだ。しかし、これこそプラトンが人間は 神の玩具であると名付けた時に達した知恵なのだ」 ーー 一流は、その芸を遊びの領域まで到達している。 遊びは自由への飛躍ということだ。次回はー文化は遊びのなかにはじまるーを 考えてみる。梁塵秘抄 巻第二 四句神歌 に以下のような歌がある。 「 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」子供達が純真に遊ぶ心を忘れずに、健やかに育って 欲しいと願う気持ちが、そして、自らもまた、子供の頃の気持ちを持ち続けて いたいと願う心がこもっている歌だが。 ・・・・・・・・・・ 2007年04月02日(月) 2190, 飲料水について オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン! 何処かの国の大臣様が、不正申告の事務所代の言い訳に 「6000円のミネラル・ウォーター」を経費にしている、と言い訳をして 失笑をかった。 (以上、字数制限のためカット 2010年4月2日)
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2015年04月01日(水)
失業率9割の国、ナウル共和国 〜2 * ナウル共和国の現状 ≪ ・最盛期には年間200万トンの鉱石を輸出していたナウルも資源枯渇が進み、 2002年時点で数万トン、2004年時点で数千トン規模にまで採掘量は減少した。 リン鉱石は島の真ん中に集まっていたが、リン鉱石が掘り尽くされた今、ナウル の8割の地表はめちゃくちゃだ。かっては森で覆われていた地表は、石灰石が 転がる灰色の大地になってしまった。海外からの資金流入と国際金融業の参入を 狙って、ほぼすべての規制を廃したが、マネーロンダリングの抜け穴になること を理由としてアメリカ合衆国から批判を浴び、頓挫! ・そこで、アフガニスタン難民を受け入れる事と引換えにオーストラリアから 援助を受け取る事にした。が、難民は国民の2割程度まで増加。政局は混乱し、 難民の管理どころでは無くなり、難民たちから「オーストラリアの方がいい!」 と言われる始末。当然これも失敗した ・リン鉱石枯渇を見越して、その利益を他の事業に振り分ける開発グループが 存在したが、ハワイやメルボルンにホテル建設などを行なうものの、こちらも 外国人任せの経営で利益は出ず、失敗に終わっている。 ・2003/01/19-下旬: ナウル大統領官邸がナウル国民の暴動により焼失。 海外と繋がっていた唯一の電話回線が不通に。電力供給も滞り,国民の生活 も麻痺状態に。大統領が各国に緊急支援を求める声明を発表するも,電話回線 不通のためか外部に届いたのは3週間後。地表を覆っていたリン鉱石がナウル の富の源で、1960年代、1970年代には世界でもっとも豊かな国の一つだった ナウルはこのリンの生産に国の全事業を投資し、リンが取れなくなった現在、 経済が破綻した。 ≫ ▼ 童話のような物語だが、残酷といえば残酷。 現大統領も超肥満体だが、 歴代の大統領は、糖尿で次々と亡くなっていたというから、笑うに笑えない。 この話、何故か現在の日本に重なるところがないだろうか。国家収入の二倍 の予算を削る意欲もなく、世界恐慌が迫る中、オリンピックの開催に向かって お祭り騒ぎ。反対の論は国賊扱い。そのツケの全ては、10〜20年後の若者へ 引継がれるが、誰も、目を背けている。このナウル国の現状が、未来に・・ ・・・・・・・ 4765,閑話小題 ー感動の書換え 2014年04月01日(火) * 感動の追体験 以前、少し書いたが再び。 現在、ヤフーのブログ‘バードウォッチ’ に、以前に行った先をネットでひろった写真を載せている。これが面白い! 現地で思いもよらない光景に出あった感動は心の大きな財産だが、その瞬間は 決して写真や映像では残せはしない。対象と同化し振動しているからで 夏の 花火と同じである。ところが、デジカメの進化もあって、ネット上には違う 視覚の感動の瞬間(写真)が溢れているのを最近、知った。実際の感動の方が 遥かによいのは当然だが、ネット上の写真を見ていて、<ああ、これだ!> と感じた瞬間に、その時の感動が再度、浮び上がるから不思議。 エーゲ海 クルージングで、寝椅子に寝転がってエーゲ海の美しさの中、リラックスする 心地よさは、何ものにもかえがたい。一期一会の自分だけの至福の時である! 今では、誰でも、そのTPOSの光景をカメラやビデオで撮って、ネット上に 公開するようになった。その御陰で、その瞬間と似た体験をした者にとって、 手軽に感動の追体験?が可能になっている。カメラ目線が違っても、その瞬間 の感動は同じ。それは記憶の復習効果、書換えにもなる。 所詮は、全ては 幻想である。カメラ性能が格段にアップし、誰もが気楽に撮れるため、ネット 上には素晴らしいのが多い。豊かな気持ちは感動の質量の掛け合わせに比例する。 * 猪瀬の贈収賄、不逮捕されないの? 何ゆえに、猪瀬が逮捕されない? 次の東京オリンピックの汚点にしたく ないため? とすると、支離滅裂。ここまで真実(汚職)が露呈しているのに、 この結末はない!上記の御二人の、御意向か? 何が東京オリンピック? 江戸末期打ち壊しの「ええじゃないか、ええじゃなかい」の騒ぎに酷似。 同じアフォ(アフォのミクス)なら踊らな損!と笑ってられない。最も地政的 に危険な立ち位置にいるのが日本なのに!20世紀前半に酷似している。 * アベノミクスで生温かい風が吹いているが ー偶然、去年の今日に似たタイトルがあったー 何かが変なのは分かってはいるが、それでも?首を傾げることが多い。 それと6年後の東京オリンピックも。「デフレ脱却のため、無制限まで通貨を 増やしましょう、後は野となれ山となれ!そのため注意をオリンピックに 向けましょう」」ということ。それも、日本の財政破綻の責任者だった二人の 元首相が、現首相と副首相に居座り、更に悪化に向けた舵きりをするのだから! 電気光熱費と、消費税の値上げは、一般の消費者と、中小企業に大きな負担 になる。それと、欧米も、新興国の経済も波乱要素が大きい。 恐ろしいのは、突然の世界同時株安である。 ・・・・・・ 4398, 閑話小題 ー 円滑法が4月から期限切れになるが 2013年04月01日(月) * 要は、アベノミクスとは! アベノミクスと浮かれているが、少し考えれば、こういうこと。 「小泉の中期政権後、毎年、首相が変わってきた。その二人が偶発的に首相と 副首相になって、似たような失敗の拡大版を始めようとしている。再び失敗した ところで、政敵に殺されたり、刑務所に入れられたりしない。大盤振る舞いの 付けは、国民の負担になるだけ。幾ら金を発行しても、銀行を通して国債を 買わせることで周りまわって戻ってくる。一度、ハイパーインフレにし、銀行 閉鎖するなどの荒治療した方が、デフレスパイラルが続く現状より良策。世界は 通貨安比べ、その中で紙幣の供給を増やし銀行閉鎖も含め、一より出直しすべし」 ということ。その中で大部分の国民に物価高という負担が架ってくる。そして、 責任を取って辞任。そのパターンが繰り返される。 * 同級会の幹事 毎年行われている高校の次回の幹事になった。この10年近くの会の半分近くは、 私とコンビのM君二人がしている。二人とも飲み会の幹事は手馴れたためである。 名簿を振り分けメンバーに連絡をすると、それぞれの様子が直に伝わってくる。 ここで多くがリタイア、年金生活に入ったか、事業整理か倒産とか、その一歩 手前など色いろあるようだ。それと、名簿に横棒で消された亡くなった名前が 目に入る。あと10年もすれば、横棒が半分になる。 * 円滑法が4月から期限切れになるが 円滑法案が延長されていたが、4月から期限切れになる。一昨年、整理をした 事業の実情からして、この打ち切りは厳しい。今から4年前に施行され、その 御蔭で運転資金のマイナス分を、これと、雇用調整助成金・中小企業緊急雇用 安定助成金をプラスした分で二年間を持ちこたえた。そして限度にきた時に、 3・11の東北震災が起き、迷わず事業整理に入った。その円滑法が切れるという から弱体化した中小・零細は破綻が増えと見るべき。それもありマスコミが 騒ぎ出した。特に首都圏から離れた地方ほど、不景気の影響が大きい。 それでも参院選挙までは何とか持たせるが、問題は、その後。 ・・・・・・ 4024, 事業生活39年の、独り語り ー7 2012年04月01日(日) 11年前に、千城台ビル内で創めたベーカリーについて書いていた。 ―まず、そのコピーからー ≪ [103] センチュリーベーカリー 〜昭和50年3月ー8月31日(2001/08/09) 他人に話した事が殆んどないが、焼きたてベーカリを立ち上げた事がある。 千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、空きビルを埋めるべく 何がいいか考えた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’ に目をつけた。冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。商社の東レの 子会社の蝶理という商社が、このフランチャイズをやるという新聞記事をみて、 ホテル・レストランショーで実際にみて、早速やることにした。 東十条にある関連のベーカリーに朝4時に起き通う。そして二カ月後にオープン! 例のとうりパニックそしてーーー。 素人は初めは良いがある時期がくると、 応用が利かない弱点が出る。その時期に長岡の実家で問題が発生。 このタイミングを狙われたのである。そこで第三者に経営委託をして急遽 長岡へUターン。恐らくあのままやっていたら数年で行き詰まったと思われる ほど、実際は難しい商売。 振り返ってみると‘開発型委託経営ビル’を 造った事になった。 考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、 ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、実家の衣料デスカウント・ ハウスと、12年近く、全く未経験の分野への自己配転をしていたことになる 。≫ ▼ このビルは、建設の7年後にテナントが埋まったこともあり総投資の二倍の 一億で売却した。 当時、5つのテナント部分は、養老の滝のオープン以来 一年数ヶ月経っても空いたまま。養老の滝も、軌道に乗り、サブだった人に任せ、 空きテナント部分で新しい店を考えた。そこでホテル・レストランショーで 見つけた、テイクオフのベーカリー。ジャスコでも、金沢の「いとはん」でも、 数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。 配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、など次々に任される。 品種変われど、商品管理の本筋は同じ。居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握 して全力で取り組めば、何でも可能ということを知っていた。そのため実家の 仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。 何事も、表面が違っても、本質は同じである。 ・・・・・・・ 3658, 価値とは思い込み 2011年04月01日(金) 価値観の価値は「思い込み」とすると、その意味がストレートに伝わる。 価値は意味に非常に近いと解釈をしていたが、「思い込み」とすると、より 分かりやすい。人間は、それぞれの思い込みの中で生きている。その思い込みは 子供の頃からの周囲の刷り込みがベースになる。その刷り込みから脱皮していく 経験と知識の蓄積が教養になる。大きな挫折をすると、思い込みが破壊される。 創造と破壊は裏腹であるが、思い込み(価値観)の破壊も重要である。それが 節目の切欠になる。「互いの価値観が違う」というが、「互いの思い込み違う」 ことでしかないのが分かる。まずは自分が何を思い込んでいるかを知ることが、 第一歩。 それも、思い込みになるかもしれない。価値、意味、思い込みを、 絡めて一文をつくると「価値、価値観と難しいそうにいうけど、そんなことは 思い込みという意味でしかない」 ・・・・・・・ 2010年04月01日(木) 3293, 人みな骨になるならば ー9 * なぜ簡単に(エゴ)捨てられないのか 「なぜ簡単に人間はエゴを捨てられないのか」が、理路整然と書かれている。 ー まずは、その部分を抜粋して考えてみる ー 試みに、街を歩きながらエゴの武装解除をしていき、「すべてはブラフマンの 現われである。あの広告塔も、こなたの酔っ払いも、私と同根のものだと実感 する修行を続けてみるがよい。 その結果、わかることは、目の前にある山川 草木、鳥獣虫魚はもちろんのこと広告塔や塵芥とさえ、つながっている感覚を わずかに持つことができる。一番難しいのは、むしろ他の人間と通底している という実感である。これは予想外のことだ。人間は他の人間との差異に対して 最も敏感である。もちろん修行などしなくても、抽象的な「人類」や「同国民」 と連帯しているような感覚を持つことができる。われわれはスローガンとしての 連帯や仲間意識は大好きなのである。しかし、通底体験というのは、そうした 観念上のものではなく、目の前の太ったオバちゃん、向こうからやってくる ダラシない若者との瞑想的な一体感なのである。 これが実は難しい。 このことは、おそらく自我の意識というものが、主として社会集団において 自己と他の具体的な成員と区別をするために発生したのではないかと疑わせる。 人間らしさの殆んどの特質が、他の人間との生存競争を通じて進化してきたと 主張する学者が多い。人の容姿はもとより言語や知略も、たぶんサーベル タイガーやマンモス相手に開発されたものではない。異性や仲間との付合い上、 是非とも必要だったのだろう。自我もまた水辺やサバンナでの生計とか氷河期の 気候とかに適応するためでなく、狡猾な同族であるヒト相手の社会生活を 生き抜くために必要だったからだ。 ▼ 映画の「2012」でも、世界の滅亡に、世界各国が協力しあう場面が、 これを読んで浮かんできた。人の差異は、外敵に対してでなく、社会集団に おける自己と他者との生存競争を通じて進化してきた!というのが、鋭い指摘。 40年前の学生闘争の嵐の中で、田舎出の教条主義の「あれ等」は、同じ方向の 分派達との争いの方が、残酷な死闘になっていった。 殺人の過半数以上が 家庭・親族という事実と同じである。人間の遺伝子の性格は利己主義という。 それを抑えるのではなく、他者の迷惑にならないようにすることと、社会の 有益な何かに向けることが、人から人間になることだろうが、それは建前と 割り切るのではなく、エゴを野獣、いや野性と看做、コントロールすることが 教養か? 酒を飲むと、それがね〜 鵺? ・・・・・・・・ 2918,「無趣味のすすめ」という問題提起 ー1 2009年04月01日(水) 新聞広告のー「無趣味のすすめ」村上龍著ーの説明文である。 ーわたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽の プロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が 発生する「仕事」だ。 趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、 人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンド するような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストと 危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。 それらは私たちの「仕事」の中にしかない。 ー 思い切った問題提起である。 「人生は仕事だけではない」ことは今さらだが、中途半端な仕事をしながら、 趣味の世界に生きる人間に対する一撃。しかし仕事一筋できた男が挫折した時に、 趣味の世界を持っていたために救われることがある。 仕事のできる男ほど、 それと同じぐらいの趣味の世界を持っていて それが仕事をプラスへ導く。 しかし、仕事を達成するには多大なコストと危険を伴い、常に失意や絶望という 底知れない荒海が舟板一枚下にある。趣味だ娯楽など、余所見をしている暇など ないのも事実。 読書を趣味としてきたものにとって、いや酒が好きで居酒屋 通いをしてきたものとし、秘境・異郷ツアーが好きで世界中を巡ったものとし、 そこには失望も歓喜も興奮が満ちていた。そこは熱帯雨林のように豊穣な世界が 存在をしていた。 しかし、言われてみれば過去の事業を振り返れば、その数倍 の豊穣な世界があったことも事実である。要は、「力、愛、知」の「力」の 部分に力点を置くべし、ということだろう。少し、趣味に力を入れすぎたか? そうでもないか? 新聞広告に列挙していた内容を次回に書き出してみる。 その一つが ー効率化とゆとりー 「農耕と国家が生まれてから、ゆとりを持って生きることができた人は 全体の一%もいない。」が、面白いが、そうでもないんじゃないかとも 思われるが、如何だろうか? 身近では、一人も存在していないが、 いや、ごく身近に一人居る? いや、そう見えているだけ? (字数制限のためカット 2012年4月01日)
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2015年03月31日(火)
先日のTVレポートで、ナウル共和国の現状を報じていた。 街中、大相撲の小錦、曙のような肥満体の人が、何をするでもなく ブラブラして姿があり、国民の9割が失業者。 欧州諸国に"発見"される 前は主に漁業で自給自足の生活をしていたが、イギリスの植民地時代には 強制労働に徴用され、そして独立後はリン鉱石の輸出により何もしなくても 基本給が勝手に口座に振り込まれるようになった結果は・・ 〜ネットより〜 ≪ 2007年に日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』の取材班が訪れた際、 日中の街中を無為にうろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた ・面積:21平方キロM 〜バチカン、モナコ公国に次いで世界で三番目に狭い ・人口:9322人(2011年)〜バチカン、ツバルに次いで世界で三番目に少ない ・失業率は実に90%。そして、残り10%のうち95%は公務員 働いていない方が「正常」とみなせるレベルの数字。 アメリカ国務省によると、公務員以外の労働者は僅か300人。 ほとんどの国民が労働を知らず、勤労意欲もない国民が労働しなくなった ため、肥満も加速。肥満比率は8割を超えて世界一 ナウル国は、サンゴ礁の上に何百万年もの間にわたって海鳥のフンが堆積して できた島。その海鳥のフンは長い年月の間にやがて良質なリン鉱石へと変質。 そのリン鉱石を採掘し、海外へ輸出することによって、ナウルは莫大な富を 得ることになった。そのため、 ・税金無し、教育、病院、電気代は無料 ・結婚した人には政府から新居が提供され ・飛行機をチャーターして海外にショッピングに行く人も ・自炊なんてしない。缶詰やミネラルウォーターを買う もしくは、外国人経営のレストランに行く ・徒歩で出かける人もまばら。移動手段は車かバイク ・リン鉱石の採掘作業も他国からの出稼ぎ労働者に。 働いているのは、国会議員と政府の役人だけ(100名足らず) ・1980年代には国民一人当たりのGNPがアメリカ以上、日本の倍に ・全世代に年金(基礎給与)を支給 ≫ ▼ ところが、そのリン鉱石が掘り尽くされ、枯渇した現状は、糖尿に 蝕まれた無気力な肥満体の住民だけ。 欧米文化に翻弄され、最後は、 こうなるという事例で知られるようになった。「リン鉱石立国」として 1968年に独立国家となった繁栄は、無計画な採掘で15年と持たなかった。 採掘できる資源には限度があることは、分かっていたはず。 しかしリン鉱石で稼いだお金の半分は国民に分配、残り半分は政府 により国外への投資に向かったが、これもホボ失敗。 ・・・・・・ 2014年03月31日(月) 4764,閑話小題 ー3年前の日記より ー2 * 昨日で、あの日から三年になった 先日、3・11災害から3年経った、と書いた。そして10年日記帳から、 3月9日〜19日までを書き写した。今度は、会社整理の日々になる。先日に続き、 2011年3月20日〜4月2日の二週間。(一般債権がほぼゼロもあり)自宅も、会社 の事務所にも一度も抗議電話も押しかけが無かった。債権者会議も当然無く、 無事、切り抜けていた。それもあってか、計画倒産の噂が流れたが、そんな ことは出来よう筈がない。事業計画をたてる段階から、万一のリスク管理 (下の数値ライン設定と、避難のためのシェルターを長年かけ用意)をしていた。 これを計画倒産と言われれば、それまでだが・・ これを書き写していて、 涙が出そうになったが、面白いと懐かしがっている自分もいる。 ・3月20日(日):この連休明けから、具体的手順に入る。差し迫ってきた。 モーニングショーでは、大震災を詳しく報じている。それもあるが、 私も、ある意味、被災者である。 あとは、流れに任せるしかない! ・3月21日(祭日):TVで週末の東京の歌舞伎町、新橋、銀座、魚河岸など 中継していたが、震災のためいずこも閑散。昼食は近くの ‘サエゼリア’で。満席だが、被災民と思しきグループが目立った。 これが現実である。 ・3月22日(火):新潟の万代のラブラに行くが、人は閑散。 昼飯は ケンタッキーの鳥ハンバーガー。コンサルトの林氏にメール。 今日、決断をしたが、この2〜3ヶ月、特に動揺をしている。 この災害が、後押しをしたのは確か。 ・3月23日(水):大矢、斎藤、弁護士と事務所で、状況について 最後の話合い。17時〜18時半。 ・3月24日(木):16時40分に弁護士と打ち合わせ。厳しいが、しかたがない! ・3月25日(金):弁護事務所で、弁護士と打ち合わせ。最後の決断の確認。 ・3月26日(土):NTTで、携帯電話の会社から個人への切替の手続きをする。 ・3月27日(日):NTTへ、再度、手続きをしなおしに行く。 ・3月28日(月):整理の具体的手順に入る!身体が浮いたようで、 頭はフル回転。違う人格が入り込んでいるようだ。 ・3月29日(火):会社には行かず、個人の整理のための手順の幾つかを踏む。 久々に際どい危機感の中の自分が、いる。 ・3月30日(水):13時より、弁護士二人に女子事務員と、現金など経理部門 の引渡しを大矢と私、5人で始める。そして、17時に正式に 弁護士の宣言で、30年以上の会社が消滅をした。 全員、起立をしてm(_ _)m。 ・3月31日(木):9時10分より、弁護士と二人、第四、商工中金、新潟信金 の順にまわる。何処も、豆鉄砲をくらった様子。 :13時、従業員を集め、解雇の言い渡し。全員が不安そうな 顔をしているのを見て、気持ちが切れ涙を流す。 17時、車で帰路の途中、Iさんより携帯に電話。迷ったが、 これも記念と、18〜20時半まで長岡駅裏の居酒屋で酒を飲む! Iさんも、まさかと信じられない顔。 ・4月01日(金):13時半、弁護士と会社の事務所で打ち合わせ。 15時、昨日の説明会で出席できなかった5人に説明。 18時半〜燕のKさんと燕で酒を飲む。3人の就職先の依頼を。 21時44分で長岡に帰る。 ・4月02日(土):県内の親戚に数人に事情の電話。仙台の学生時代の行方 不明だったO君より無事の電話。5分の差で助かったとか。 前に仙台の住所にハガキを出していたのが、遅れて届いていた。 ▼ 良質もあるが、悲しいとか、惨めとかいう感傷的気分はゼロに近い。 目の前の一日をひたすらこなし過ごすしていた。それは今も同じだが。 それでも「喉ぼと過ぎれば熱さ忘れる」で、何事も2年半〜3年。 陰湿の嫌がらせはないことはないが、慣れてしまえ、「理解出来る範囲で 見ている方々の程度の測量」で遊ぶ楽しみになる。これは実体験でないと 分かるはずがない。その意味でも、自分観察、人間観察でベストの経験。 救ったのは長期のリスク管理? ・・・・・・ 2013年03月31日(日) 4397,「武士道」という諸悪の根源 * 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》 「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前 のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。 その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。 それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー ≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。 「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは 主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・ この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。 ・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。 戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、 雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。 鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫ ▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも 奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、 人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の 身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など 信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると ≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈 されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、 山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、 死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に 近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国 主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活 に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本 としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。 商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が 必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を 遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。 絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、 世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。 ・・・・・・ 2012年03月31日(土) 4023, シングルイン、31年間の総括 ー5 * どこで間違えてしまったのか? 「会社の寿命30年説」を検索したところ、日経ビジネスが1983年に総資産額の ランキング分析を基に唱えたもの、とあった。私の事業も、この説のとおり 30年で寿命を向かえた。 創業当時、私が30歳代半ば、当時のマネジャーと、 次長は20歳半ばから後半。30年後の現在、3人の平均年齢が60歳近くになって いた。ホテル4棟の平均年齢も25年になっており、引き時と見ることができる。 ここで、三つの震災などの外的要因を別にして、 「この事業、何処で間違えてしまったのか?」という問いを立ててみる。 ◎ 首都圏から新幹線2時間圏内の駅前ホテルの客室需要が数分の一に 落込む予測が出来なかったのが大きな原因。 ◎ 更に企業の営業活動のあり方が、この20年間に根底から変わった。 20年前のバブル崩壊と、ソ連・東欧の崩壊で東西の垣根が無くなり、 グローバル化が日本の国力を根こそぎ奪ってしまった。その意味を捉える ことが出来ず、思い切った方向転換を出来なかった判断ミスが次の要因。 ◎ それに加えて1995年にマイクロソフトが、ウィンドウ95を発売、 パソコンが飛躍的に使いかってが良くなり、爆発的に普及した。 それにネットが結びついたネット社会が現実社会の上位に出来てしまった。 これで、ビジネスのあり方が根本的に変わってしまい、経済も社会も、 スピードと変化が激しくなり、それが資産デフレと物価デフレをもたらす。 ◎ 首都圏と地方という経済と社会の関係が、首都圏と東南アジアとへシフトが 変わっていった。そのため、日本の地方の力を大きく削いでしまった。 それにリーマンショックと、東北大震災が重なり致命的大打撃になった。 ー 以上を、簡約すると、 * 20年前のバブル崩壊の影響が、ここまで日本を弱体化させる 重大性が理解できなかったこと。 * 資産デフレと、物価のデフレが、これほど長期に続くと読めなかったこと。 * 情報化で、ネット社会が現実社会の上位に出来上がり、経済・社会を 根こそぎ変えたスピードが、ここまで早いとは。要するに、バブル崩壊と 情報化がもたらす影響の大きさの読みが甘かったこと。 30年前は新潟駅に新幹線がオープン。新潟駅周辺は活気に溢れていた。 しかし10年後のバブル崩壊で、20の都市銀行も三行になっていった。 時代の激変がもたらす影響を理解できず、バブル後に、さらに客室数を増加。 これが最大の間違い。間違ってなかったとしても、それも時代の大津波が 襲って破壊しているだろうから、どこで間違えたのだろうか?という問いが 間違えていることになる。 継続しているじゃないか?というが、 良くて半分、悪いと五分の一。 これに原油高に、消費税のアップ。 ・・・・・・・ 2011年03月31日(木) 3657, つれづれに 私にも大きな試練と転機がきた。65歳ということか。 毎日が、原発事故の悪化を示すニュースである。本格的な恐慌へ一歩 踏み込んだようだ。 今日は、ホテル開業30周年になるが、・・ 違う意味でのメルクマールになる!偶然だが、去年の下の文章が身に沁みる。 ・・・・・・・・・ 2010年03月31日(水) 3292, 人みな骨になるならば ー8 * くぐり抜けた境地 (p−237) ーまずは、スカッとする?部分を抜粋するー (人によれば、冷水を浴びせらた感じか!) これまで縷々と述べてきたことは、要するに世界はわれわれに対して、 期待するほどには親切ではないが、危惧するほど冷酷ではないということだ。 もちろん、われわれの幸運・不運によっては、期待する以上に慈悲深かったり、 また危惧していた以上に残酷だったりするが、それにも特別な意味などない・・ 究極の課題は、われわれがあらゆる無用な縛りを脱ぎ捨てて、自分だけの 人生を積みあげることである。それはたぶん海岸で砂の城を築くような児戯で しかないだろう。いずれ波が浚っていき、後には元の砂浜が残るだけだろう。 そのことが何故、かなしむことなのだろうか。われわれは僅かな時間でも立派 に砂の城を積み上げたのに。この事実だけは何も否定できない。神であろうと 宇宙であろうと。われわれの人生というものは、ひとつのモニュメント ≪記念碑≫である。それだけで意味や価値の有無など関係ないのである。・・ 誰も認めたがらないことだが、おそらくわれわれ一人一人の人生は無駄である。 われわれの人生は将来だれにも顧みられることのない記念碑なのだ。 歴史的・空間的に座標を持ちはするが、束の間に開花して終わるモニュメント でしかない。 早晩、誰も憶えている人が居なくなってしまう無駄な記念碑 こそが、われわれ一人一人の生涯である。無駄ならせめて輝く無駄でありたい。 この場合、「何もかもが無駄なら、輝こうが輝かなくても同じだろう」 という野次には抵抗力をつけておこう。 単に、くすんでいるより、輝いて いた方が良いだけだという、切り返せなくてはならない。この「無駄である」 という自覚を通してしか、われわれは知的な、あるいは心情的な束縛から抜け きることが出来ない。「無駄である」という覚悟がないと、現世のさまざまな 意味や価値や人道や正義に惑わされてしまう。臨斉義玄が警戒した「人惑」とは、 これら総称したものである。・・意味や価値の雲海を抜けきった先には、実は 何もないのである。それを解放と感じることができない人々は、元の古巣に 戻るしかない。・・ 「おそらくわれわれの一人一人の人生は無駄である」 「無駄であるという自覚を通してしか、知的な、心情的な束縛からぬけきる ことができない」「人生が無駄であると悟ることで、意味や価値の雲海を抜け、 その先が実は何もないことを知り、それが解放と感じる境地が全てである」と。 般若心経の色即是空、そのものではないか。それを虚無主義とかいうベールで 包んで、色=現象の世界の絶対言明としている全てを根こそぎ掘り起こし、 そんなものは何ということはない!と、断じているのである。 虚無も決して マイナスではないのである。 チロリか ・・・・・・・・ 2009年03月31日(火) 2917,日本人の8人に1人が鬱病! 現在日本人の8人に1人が鬱病という。女性と男性の割合は、女性2に対し 男性1、の割合で女性の方が倍になる。イタリヤ人は4人に1人の割合というから、 陽気なイタリア人のイメージとは、かけ離れている。私自身は20歳代半ば まで少しは欝的だったが、本質的には陽気。 欝は青年期は誰でも通る道。 精神的な落ち込みは独りで乗り越えてきたが、落ち込む余裕さえ無かったのが 実情。20年ほど前になるが、取引先の営業の人が重い躁鬱になってしまった。 病院の塀の上から内側に落ちるかどうかの際どい場面が何度かあったが、 何時の間にか、その病気の聞き役になっているうち、コントロール役になって しまっていた。その人も数年前に亡くなったが、「原因」は、プライバシーに 関わるから書けないが・・。本人の口から欝の状態をこと細かく聞いたが、 壮絶の一言である。 家中の家財をバットで叩き壊すなど・・ 自分ではコントロール不能とか云々。亡くなる数年前から、自分で危なくなると、 医者に行って入院を10日ほど願い出て、落ちつくと退院をしてきた。 そうなると精神病ではなく、精神症というらしい。病と症の境は、周囲に迷惑を かけるかどうか。精神も肉体も同じで、病である。医者と相談をして、発症した ときは薬を飲んだり入院をして俗世界から一歩引けばよい。そのことを本人が 相談にくるといい続けていた。欝になる前には必ず異常な躁状態になる。 そうすると周辺から電話がかかってきて、「欝の発生の予告」が来る。 そして、何時ものパターンが始るのである。 今回の調査の結果の「8人に1人 が鬱病」には驚いたが、周りをみると、そういえば・・。2〜3家族に一人に なるから深刻。生真面目で、常に誰かに頼っていて、周りに気づかいをしすぎ、 自然の笑いの無い人。私は自分の弱さを知っているので、予防の知識を充分に 積んだが、それでも最近の不況は心を暗くする。 毎朝ウォーキングをし、 仏壇前で5〜6分瞑想的な祈りをし、美味い酒でも飲んで憂さを晴らせば欝に なりようがないと思いきや、そうでもない。歳をとると何らかのカタチで 欝的状態がついてまわる。そりゃそうだ。一つずつ病が加算され、身体は 老いていき、友達・親兄弟は亡くなっていけば、欝状態になるのが自然である。 この世界恐慌は「グローバル欝」を誘発する。それを利用して戦争を起こし、 チャラにしたのが、これまでの方法。これからは、無いとは言えないのが世界。 突き詰めると、やはり戦争?? ・・・・・・・・・ 2008年03月31日(月) 2553, ヒルティの幸福論 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] アランの幸福論といえば、次にヒルティの幸福論を取上げなければなるまい。
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2015年03月30日(月)
* 副操縦士の心の闇 世に多く存在する‘うつ病’を持つ人は、副操縦士の心の闇の一端を理解 出来るだろう。子供の頃からパイロットを夢みて、すべてを捧げてきた純粋な 青年が、その世界の過酷の実態を知り、会社と社会を恨むようになり、 それが蓄積をしていったようだ。 報道によると《 ・・元恋人は同僚の客室 乗務員で、副操縦士と昨年5カ月間交際していた。副操縦士は普段は優しかった が、仕事の話になると急変。「給料が安い」と怒りをぶちまける一方、契約が 更新されるか、不安を見せていた。突然、元恋人に怒鳴り散らしたかと思えば、 トイレに長時間こもったりした。「墜落する!」と叫んで目覚める夜もあり、 ある時、「いつか僕は全てを変えることをしてみせる。誰もが僕の名前を知り 忘れないだろう」と語ったという。当時、元恋人は気にもとめなかったが、 墜落を知って思い出したという。元恋人は精神疾患とは薄々気づいていたが、 本人は内緒にしていた。副操縦士は格安航空会社の親会社ルフトハンザ航空 によると、長距離便の機長になることを夢見ていた。「健康の問題から自分でも 不可能と分かり、思い詰めて(故意の墜落を)してしまったのではないか」と、 元恋人は話している。》 重度の‘うつ病’で病院から「勤務不可」と診断書を出され、自棄になり、 機体もろ共の思いが、こういう結果になってしまった。4年前の一連で、長年の 備えをしてあり、過去の経験も含め、想定内として辛うじて大きく落込むことは 無かったが、それでも一つ判断を間違えると、重度の‘うつ病’が、口を空けて いた。だから図書館やネットで、節目時に読むべき本を探し、貪り読むしかない。 その危なさを楽しめるまで、突詰めれば、後は、時間薬が解決してくれる。 副操縦士にとって、操縦士としてのエリートコースから外れ、格安航空会社の 待遇が、あまりに悪く、その不満で、‘うつ病’になり、その立場さえも、維持 出来なくなれば、スチュワーデスの彼女との付合いも、結婚も失われてしまう。 操縦士というスペシャリストが、突然、その資格を失えば、恐慌一歩手前の 欧州では、新たな就職先は皆無。あるのは失業者か、ワーカーしか残されてない。 私が彼の立場なら、燃え尽き症候群になっている。 二年前に、高校の同級生が 老舗の自営店の不振から、‘うつ病’になって、自死をしたが、他人事では なかった。ドップリと、小さな世界に浸かると、他の世界が見えなってしまう のも致しかたがないが・・ ホテル業を30年していた中で、2〜3年に 一度は、自殺者が出るが、当事者として、その自殺理由が警察から報告がくる。 それには、そこに至る深い理由と、闇を垣間見ることができる。 過去を振り 返ってこそいえる戯言、『生きている内が花』などの世界は、そこには皆無! そう遠くない近未来に、うつ病より恐ろしい?「余命○ヶ月!」が待ている? で、偶然だが、以下へと、物語は続く! 明日が無いという恐ろしさ! ・・・・・・ 4763,最後だとわかっていたら 2014年03月30日(日) * 最後だとわかっていたら ーひと言でいいのですー吉川直美編より アメリカのマレック という女性が、わが子を亡くしたときに書いたもの。 2001年の同時多発テロで、貿易センタービルに一機目が激突したあと、救助の ために最初のビル内に突入した数百名のレスキュー隊の一人で、行方不明に なってしまった29歳の消防士と言われたが、それは誤報) ー母親の悲しみが、そのまま直に伝わってくる文章である。少し長いが・・ ーー 『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)より あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら わたしは もっとちゃんとカバーをかけて 神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら わたしは あなたを抱きしめて キスをして そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど 最後だとわかっていたなら 一言だけでもいい・・「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる でももしそれがわたしの勘違いで 今日で全てが終わるのだとしたら、わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして私達は 忘れないようにしたい 若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも 約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは 今日が最後になるかもしれないことを 明日が来るのを待っているなら 今日でもいいはず
もし明日がこないとしたら あなたは今日を後悔するだろうから 微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜し んだのかと
忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを どうしてしてあげられなかったのかと
だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう そして その人を愛していること いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」 を伝える時を 持とう そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を後悔しないだろうから 「最後だとわかっていたなら」ノーマ・コーネット・マレック ▼ もし漠然と80歳が自分の寿命と考えていて、来年にでも余命半年と突然、 宣言されたと仮説をたてると、現在の年齢が68歳として、差し引き11年が 失われることになる。自分の未来を子供とすると、その衝撃と哀しみが、 この詩に重なってくる。そうすると、いま何をすべきかが浮かんでくる。 人生をもっともっと深く愛しなさい! 家族・友人を大事に、親切にし、 供にあることに感謝しなさい! もう一度、人生を見つめ直しなさい!になる。 今日一日、清く正しく美しく、何事にも興味を持って、感謝して生きることだが。 若き日の追憶で、もっともっと、人生を燃焼しておけばと後悔するが、 それを何故、いま現在しないのだろう? ・・・・・・ 4396,宇宙は何でできているのか −2 2013年03月30日(土) 「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著) * 私たちの住む宇宙は、10の27乗.10のマイナス35乗の世界 ー2 【 宇宙は10の27乗メートル、素粒子は10のマイナス35乗メートル。これが、 私たちが存在する自然界の「幅」。その両端にある宇宙研究と素粒子研究の あいだに62桁もの「距離」がある。ところが最近、まったく関係なさそうに 見える2つが、実は密接につながっていることがわかってきました・・】 これが、この本のポイント。 今回は素粒子になるが、どうも10の−35乗という世界の実感が沸いてこない。 137億光年の彼方より私を逆照射して、更に8桁小さい素粒子の世界を科学の言葉 として突きつけられたのである。それを実感じろという方が無理。 「人間の大きさを一として、外界は137億光年の広がり、内は、その広がり を逆算した、更に8桁も小さな素粒子。そして、宇宙と素粒子は同じようなもの? 何なんだろう、これは? ーまず、この辺りのポイントの箇所を抜粋ー ≪ ちなみにリンゴー個と原子-個の大きさの比は、天の川銀河と地球の大きさ の比と同じぐらい。天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個 程度の大きさしかない。さて、原子1個の直径は、10の−10乗メートル。 かつては、これが「この世でいちばん小さい素粒子」だと考えられていました。 しかし、やがて原子も「内部構造」があるーつまり「もっとバラバラにできる」 ことが判明します。原子の中心には「原子核」と呼ばれるものがあり、その まわりを「電子」がくるくると回っている。先ほどの「原子の直径(10の−10M)」 とは、電子が回る軌道の直径だったわけです。そして、電子の軌道から原子核 までの距離は、決して近くありません。地球と人工衛星ぐらいの距離感を イメージする人が多いと思いますが、原子核の直径は電子の軌道よりはるかに 小さく、10のマイナス15乗メートル。電子の軌道の10万分のーです。もちろん ミクロの世界の話ですから、私たちの目から見ればどちらも同じようなものです が、実際は5桁も違う。富士山の標高と地球の直径でさえ、4桁しか違いません。 原子核から見ると、電子ははるか彼方を飛び回っているのです。この原子核の 発見によって、「素粒子」のサイズは一気に小さくなりました。ところが、 話はそこで終わりません。原子核にも「陽子」や「中間子」といった内部構造 があり、その陽子や中間子も、いくつかの粒子によって形づくられているのです。 その粒子が「クォーク」と呼ばれるもの。いまのところ、クォークこそが真の 「素粒子」だと考えられています。その大きさは、どんなに大きく見積もっても 10のマイナス19乗M。かつて「素粒子」だと思われた原子とは9桁、その真中に ある原子核とも4桁違うのです。さらに重力と電磁気力、そしてあとで説明する 強い力と弱いカも統一すると期待されている「ひも理論」は、素粒子の大きさは 10のマイナス35乗Mだと考えられています。≫ ▼ 世界は「ウロボロスの蛇」(蛇が自分の尾っぽを齧っている絵)で、 宇宙研究と素粒子研究の二つが密接に繋がっていて原理的に同じという。 「天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさ。 これが10の−10乗。素粒子は−35乗」と言われても、実感など出来ようがない。 ただ「物は事の変化の過程の有り様」という意味が少し分かるような気がする。 振り返れば過去は夢幻でしかない。いや現在もである。「実は宇宙のエネルギー の96%が、他の宇宙からループ状の管の先から無限に注ぎ込まれている」 と言われても、「何それ?」の話になる。 まあ、面白い! ・・・・・・ 4022, シングルイン、31年間の総括 ー4 2012年03月30日(金) * あの日から今日で会社の一周忌 あの日から、今日で1年になる。17時を持って弁護士二人、女事務員二人、 私と、役員二人が同席の中、「今日の17時を持って会社は消滅をしました。 ご苦労さま!」と弁護士が宣言、全員起立をし深々と頭を下げた瞬間、31年間 の(株)ホテル・プロジェクトは消滅した。3つの会社実印と通帳の全てを 弁護士に引渡し、総務・経理関係全ての弁護士事務所への引継ぎが始まった。 3月18日に会社解散を決めた瞬間から整理手続きが始まったが、全てドラマ 仕立てのよう。 翌日31日9時から、銀行に弁護士と事情説明にまわり、午後 13時に従業員全員を集めて解雇の言い渡し。その後に退職手続きに入った。 修羅場には異常に強い方だが、不安そうに事情を聞いている従業員の姿を目の 当たりに見て、「気の毒。悪かった。」という言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、涙が 溢れ出てしまった。 弁護士の手順は慣れたもの。一つずつ流れが進んでいった。 丁度、東北大震災と原発事故の進行が重なり、現実離れした映画の渦中にいる ような日々。新潟駅周辺には、自国に逃げ出す中国人と韓国人が溢れていた。 自分では冷静と思っていたが、実際は動転していたようだ。「交通事故だけは 気をつけて下さい。普段の数倍の確率で起きるのが通例で、大よそ一割の人が 事故にあいます。」と、弁護士に何度も注意された。実際にマスコミが騒ぎ出す のは、その一週間後になった。弁護士が「直接原因は、東北大震災」と流した ため、ニュースは全国レベル。家に隠れるのは精神上悪いので県外のホテルでも 行っていようか、弁護士に相談すると、「ここで後ろ向きの行為は、良くない。 家にいるべき」という。これも一理と納得。 日曜日18時のドキュメント 「バン記者」のスタッフから、「一連を取り上げたい」と早速電話が入ったが、 もちろん断った。毎月、月次決算のために30年間、事務所に来ていた会計 事務所の担当が、「あなたは、処理過程を楽しんでいる。何が起こっているか、 理解していないのでは」と、呆たようにいう。腹を据えてしまえば、後は冷静 にコトに従うしかない。全力で事に取り組めば、自然と体が浮いたように動く。 それが活き活き楽しんでいるように見えたようだ。 冷静に振り返ると、 創業の生みからみれば、万一の準備を備えていれば、苦しみは数分一。 それが第三者には見えない。長年かけ準備をし30年も続けた事業は、行蔵 として強く残るもの。 死や人生と同じである。考えれば考えるほど、 この事業に心底、感謝している。 結果に、悔いも、未練もない。 「 ご覧のとおり、そのまま結構! 」 ・・・・・・・ 30年前の3月31日を前にして 2011年03月30日(水) * 創業30周年の日を前にして ・・ そういえば、明日が30年前の命がけで始めたホテル開業の日である。 当時の名前はベンクーガーホテル。その一月前の2月28日にホテルの一角で デザイン学生服をオープンをしていた。いま思い出しても、良い時代だった。 一瞬で消え去る学生服メーカーのネーミングをホテルにつけるという奇抜さが 話題をよんだ。平日はホテルに集中。土日は学生服を販売する変ったホテル。 チンケといえばチンケだが。 当時は、まだ高度成長時代の真っ只中、創業前 に人材を集めるのが大変な時代。当時と現在の、時代の格差に驚きざるをえない。 ホテルなど誰も経験者がいない中で、右往左往の緊迫した日々が懐かしい。 何かにガムシャラに前に向かえば、そこには求めるもの答えがあった。 私たちは時代背景の中でしか生きることが出来ない。そして、30年後の現在、 当時より客室の価格平均が三割以上も下がっている。平均給与は数倍に上がって いるに関わらずに。ドルショック、バブルとバブル崩壊、2001年の9.11テロ、 2008年の9・15のリーマンショック。そして、この大震災。その中で特に日本 は、その都度大きく変動した。自分の人生を振りかってみて、時代の要請に そって能力をつくり上げ成功と挫折をしながら生きていく、それが人生だった。 事業は30年が大きな節目になる。その節目がきた。 ・・・・・・・・ 3291, 人みな骨になるならば ー7 2010年03月30日(火) * 健康法は一種の信仰である ー まずは、その一部を抜粋してみる ー 長年医者をやっていて、少しは自分でものを考えたことのある人は、 病気や寿命は畢竟するところ「運」ということを知っている。昔ならとうに 亡くなっている人が、現代医療で長生き出来たケースもあるが、現代に生を 受けた強運である。次に、感染や、悪性腫瘍、循環障害の大半は不運に起因 するところが多い。出会いしかり、遺伝・体質しかり、生活条件しかりである。 これに無理に生活習慣病と名づけ、本人の素行いかんで完全に予防・解消できる という発想は希望的観測や信仰に近い。ただ皆がそうであることを熱望している から信じられているだけだ。健康や寿命まで運次第というと不安だからだろう・・ ありとあらゆる健康法をしたところで、それは入手できる限りのお守りを 持っているのと大差がなく、死病を発する時にはやはり発するのである。 5歳で白血病になる幼児や、20歳過ぎてクモ膜下出血をおこした青年に とって、健康法がいかなる意味があるか。・・ むしろ健康法とは一種の 信仰なのである。本当かどうかは二の次である。「これさえやっておけば」 「これをやめておけば」は、健康と長寿が保証されるかを信じこむことで不安 を紛らわせているに過ぎない。つまり健康法とは念仏とかわらないのである。 たしかに健康法や健康習慣をつづけることは念仏百万遍と同じ安心感につながる。 ・・少なくとも無心で念仏を唱えることは精神衛生によろしい。もし当人に とって健康食品が美味しく、スポーツが楽しく、タバコが嫌いで、規則的な 生活が好きなら、念仏が趣味と同じで、それに越したことはない。それは本質的 に健康法ではなくて、単なる好みの問題である。 ・・結局、健康法や養生法と いうのは、いくぶん不確かな「何かのための手段を確保しようとする試み」 以上のものではない。むしろ大事なのは「何か」のほうであって・・ モーツアルやショパンが作曲そっちのけで健康法に没頭して長生きして孫に 囲まれゲートボールを楽しんだとして、後代のわれわれにとって何の意味も ないし、彼等はモーツアルトでもショパンでもない。さらに、言えば、 古今を通じて健康法や医療によって最終的に死を免れた者は絶無である。 ▼ 現在も健康法を色いろ続けている。ウォーキングは30年近く続けているし、 健康食品も幾つか飲み続けている。しかし、「そんなものは御守りでしかない」 「それを続けていることで安心しているに過ぎない」とまで言うのか。 私は、もしウォーキングを続けていなかったら、間違いなく高血圧などの 成人病で、死んでいるか、重症になっていると、今でも信じている。しかし、 それをしているから少し不節制をしても大丈夫という慢心が出ることも事実。 「酒飲まず、煙草も吸わずに、百まで生きた馬鹿がいる」というが、 「酒を飲み、煙草を吸って、百まで生きた奴がいる」になる。実際は、やはり 不摂生をした方が早死している。ストレス解消に、徹夜で煙草を吸いながら マージャンしている人に、癌や高血圧になる人が多いのは誰の目にも明らか。 それで死んでも、死ななくても、その程度でしかない?ということか。 ・・・・・・・・ 2916,とんでもないことなんだよ! 2009年03月30日(月) (字数制限のためカット2012年3月30日) ・・・・・・・・・ 2552, アランの幸福論 2008年03月30日(日) 「幸福論」は、古典的に読み継がれているのが、ヒルティ、ラッセル、 そしてアランがある。 この3つは世界の三大幸福論と言われている。 アランは、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者。 1906年のはじめ、アランは地方紙に、毎日原稿用紙2枚程度の短い文章を 書きつづけ、このコラムは「あるノルマンディー人のプロポ」という見出しで、 第一次大戦が勃発する1914年までにこうしたプロポを3078編、さらに大戦後に 約2000編を新聞や雑誌に書けた。健全な身体によって心の平静を得ることを 強調。全の不運やつまらぬ物事に対して上機嫌にふるまうこと。また社会的 礼節の重要性を説く。「幸福であることは他人に対する義務である」 「私たちが自分を愛してくれる人のためになしうる最善のことは、自分が 幸福になることである」「望んでいることはすべて、人を待っている山と同じ。 自らよじ登っていかなければならないのだ」「上機嫌療法を行うと、物事を 気持ちの良いシャワーのように受け流し、筋肉をのばししなやかにし、食欲が すすみ、気分がさばさばして、生命が元気づく。」「もし道徳論を書かねば ならなくなったら、私は、上機嫌を第一位におくだろう」「新年の贈りもので 私がお勧めしたいのが、上機嫌である。これこそ、贈ったり、貰ったりすべき ものだろう。何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。これこそ、 交換によって増大する宝物である。あなたがどこへ投げ捨てても、それは芽を 出し、花を開くだろう」「運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間 にも、新しい世界が生まれているのだ」「嘆きも悲しみも、鳥と同じ。 ひょいと留まっては、飛びさっていく」「まず自分がほほえまなくて、 (字数制限のためカット2011年3月30日)
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2015年03月29日(日)
〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著) * ゴッホの魂 ーA ゴッホの魂は、ルター派のひとつ、カルヴァン派の職業観から生まれ出て くる「働く神」であった。貧しかった彼は、いつも神から「退けられた者」 という劣等感にさい悩まされ、それが、そのまま、魂のエネルギーとして 絵画の中に残っている。 〜その辺りから(p27)〜 ≪ ドイツ人のマルティン・ルター(1483〜1546)がカトリック権力者たちの 信仰姿勢にプロテスト(抗議)したのが始まり。ルターによれば、信仰は、神と 信者の直接的な関係を本質としており、両者の間で唯一認められる媒介項は 聖書だけだとなります。カトリックの総本山ヴァチカンの豪華な教会装飾などは 邪道の最たる例となります。質素に信仰に励み禁欲的に労働に従事することが 称えられ、贅沢、無駄遺い、怠惰は批判されました。聞くべきはイエスの言葉。 「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」 天上の神も地上の神イエスも労働に専念しているのだから、神に喜ばれたけれ ば、禁欲的に働かなければいけないというわけ。こうしたルターの禁欲的労働 思想をさらに神中心に改革したのがジャン・カルヴァ(1509〜1546)でした。 人類を救済する全権は神が握っている。救われる人を神はすでに選んでいる (「予定説」)。 では、「選ばれていること」は何によって分かるか、その証は 何なのか。カルヴァン派の人々は、自分の職業を神から与えられた天職とみなし、 それに禁欲的に励んでいられることが「選ばれていること」の証だと考えた。 こうなると、誰しも、この証を示そうと自分の仕事に真剣に従事するように なります。同時に、職についていない人間は、神から「退けられた者」と みなされ、蔑まれます。カルヴァン派の労働論にはもう一つ注目すべき点が ありました。労働を個人の問題ではなく、社会への貢献・社会にいる人々への 隣人愛と捉えた点です。隣人愛といっても、神中心に考えられているわけです から。まず神への愛があり、それから同じ社会に生きる人々への愛があるが、 端的に言えば、人類を愛する神に愛をもって応えねばならないということです。 カルヴァン派にとっても神は基本的に「働く神」でした。その神は神自身に 合わせて人間の社会を働く集団にしようと欲した。人類の幸福を願って、 そう欲した。こうした人類に寄せる神の愛に応えるべく、労働社会に役立つ 労働をしなくてはいけない。神への愛の証とて社会に役立つ仕事、社会の人々 を愛する仕事をしていなければいけないとカルヴァン派は考えていた。 (略)・・「逆境にいる人々に平和と安ぎを与える。」これがゴッホにとって、 愛するということの第一義でした。この愛に照らして神学部の受験勉強は役に 立たないと感じられたため、彼はこれに興ざめし、アムステルダムの赤線地帯 の補助説教師に、ボリナージュ炭田の見習い伝道師に、身を転じていった。≫ ▼ ロンドンのナショナルギャラリーのゴッホの‘ひまわり’の前に立った時、 その漂っている空気に立ち竦んでしまったが、その作品が、ゴッホの2千点 ある作品の中で、最高傑作のひとつだったことを最近知ったが、納得である。 ひまわりに関しては、次回に取り上げる。 ・・・・・・・ 4762,私を癒したのは、許しである 2014年03月29日(土) * 究極の許しとは ーひと言でいいのですー吉川直美編より キリスト教的ケースの中の、私の規範を遥かに超えた世界である。 究極の心の傷には、究極の対応がある。8人兄弟の末っ子で、親の目が 届かないところで、いつも誰かから揶揄われてきた反面、許されてもきた。 そのため、許されるのが当然という甘さがつきまとっている。しかし、 許されないことが人生には数多くある。以下の許しのプロジェクトには、 非常に教えられる。人生には色いろあったが、許し、許されているのである。 ーまずは、そのケースよりー 《『正義は私を癒してくれなかった。私を癒したのは、許しである。 ーデビー・モリス』 米国には、人を殺して服役している被害者と、 殺された被害者の家族が面会をする、和解のためのプロジェクトがある。 コーディネーターが間に入って、文通からはじめて、慎重に長い時間を かけて面会に向けて双方を整えていきます。実際の記録映像を観る機会が ありましたが、若い女性を襲って銃で撃ち殺した少年と、その女性の母と 妹が初めて顔を合わせる場面。極度に張り詰めた空気の中で挨拶が交わされ、 当然、会話もはずみません。加害者の少年は顔をあげることもできず、 緊張と恐れで体調を崩していました。観ているだけでも胃がせり上がってくる ような重苦しさの中、家族は、「ずっとあなたに一つのことを訊ねたかった、 そのためにやってきた」と切り出します。それは、愛する者を失った日から 知りたいと願って、叶わなかったこと。警察も裁判所も答えてはくれなかった。 やはり、「なぜ殺したのか?」「娘を返して」と訴えるのでしょうか。 母親が静かに問いかけます。 「私の娘は、最期に何かを言い残しませんでしたか? 最期の言葉を 知りたいのです、」 沈黙のあと、少年は泣き崩れて、言葉を絞り出します。 「あなたを許します……。あの人はそう言いました。」 「……やはりそうでしたか。娘ならそう言うと思っていました。」 「……許してください。」 ひとしきり、肩を寄せ合うように涙を流すと、亡き人の許しの宣言が憎しみ の連鎖を断ち切ったかのように、いつしか彼らは談笑はじめていました。 最後は、少年の体調を家族のように気遣って別れました。許しは簡単では ありません。どうやっても許せるはずのないものを容赦することなのです。 ですから、この物語を理想として押しつけることをしてはならないのです。 それでもなお、これは誰にでも起こり得る、解放の物語であると信じています。》 ▼ 結局、殺された側と、殺した側の溝は広く、深い。殺される間際に、 「あなたを許します」と言うなど、深い信心がなければ言えないこと。 そう言っただろうと確信していた母親も素晴らしい。そうこうみると、人間 には、宗教が必要である。例え、幻想でも、それが深まれば、やはり人間の 魂をすくうことになる。人生には、自分の力では、どうにもならないこと ばかり。だが、一つずつ、一人で解決しなければならない。そして、最後は 許し、許され、生きていくしかない。それにしても、すざましい事例である。 ・・・・・ 4395, ヘリコプター勉強法 2013年03月29日(金) ー超「超整理法」より ヘリコプター勉強法とは自分で麓から山の頂上まで勉強するのではなく、 ネットなどを駆使することで一気に山頂を極める方法。野口悠紀雄著 『超「超」整理法』にあった内容で、以前はパラシュート法といっていたもの。 本など一番のキーポイントを見つけ、そこだけ集中して学ぶ方法である。 10数年前、ある知人に、「あなたの読書方法の要は何ですか?」と聞かれた ことがあった。直ぐ誰から聞き知った上で質問してきたのは分かった。 その時に自然に出てきた答えは、「熟読する本と、目的を持って読む本を 分けている。後者の場合、読みに足りる部分を主観的に読む」であった。 その答えがベストでないが、初めから対象に従うのでなく、主観的に読む ことでポイントを把握するやりかた。 随想日記を毎日書いていると主観的 でなければ続けることは不可能。そのため、読書感想文は自ずとヘリコプター 読書法になる。この本の何処が一番の要点か、まず探す。小説と哲学書以外は、 まともに読まない。80対20の法則で、20だけ拾い読みをするだけ。図書館で 借りて読むことが多く、10冊は机の前に積んで置いて、時どきパラパラと流し 読みをし、その後アマゾンの内容紹介と書評を読む。そこに幾つかのピン ポイントが表示され、関連した本の紹介まである。20分も流し読みをすれば 八割は把握できる。それを纏め書き残せば、後々まで、残る。だから面白く 病みつきになって続いている。 ところで国内外のパックツアーも、ピンポイントを揃えてパックにしている。 ポイントだけに舞い降りると点で、「ヘリコプター旅行法」ということになる。 旅通の人は小ばかにするが、ツアー好きな私など、元もと旅行と思っていない。 専用ヘリで富士山頂上などの観光ツアーで充分。何も麓からの登山をしたいと 思わない。富士の頂上から下界を眺めるだけで充分。旅とツアーは違うのである。 情報化の時代、熟読とヘリコプター勉強法を分けておくべきである。 検索にキーワードを入れれば、情報と他人の知識は幾らでも手に入る。 その意味で、幾ら時間があっても足らないぐらい、面白くて仕方がない。 幸せなことだが、いつ死を含めブラックスワンが舞い降りてくるか分からない。 楽しめ、笑え、悲しめ! 今のうちである。 ・・・・・・ 4021, シングルイン、31年間の総括 ー3 2012年03月29日(木) * 計画倒産というが 何人かの知人に、「計画倒産?」と揶揄された。目先の資金ショートで 倒産したのではないので、言われて当然である。売上が10年で三分の一に 減少、東北大震災で四分の一が予測されれば、99%行きずまりは見えている。 それを前提に続けるべきかを考えれば、見切り千両の決断は当然のこと。 そこで計画倒産について考えてみる。何度か、ここで書いたが、私の理解して いる意味は、「手形決済をしている会社が倒産をする場合、仕入れ商品を増やし、 現金にして私用にまわし倒産すること」と、思っていた。 そこで弁護士に、「計画倒産って何ですか?」と聞くと、 ≪ 計画倒産と、計画的倒産は別物。 普通、倒産は資金繰りがつかなくなり 資金ショートをして倒産する場合をいう。しかし同じ倒産でも、事前に継続 不能と察知したら、最小の混乱で済むように手はずを踏むのを「計画的倒産」 という。計画倒産と、計画的倒産は全く違う。詳しくない人は、それを混合し、 噂のネタにする・・ 計画倒産か計画的倒産かより、「良い倒産」と、 「悪い倒産」の分類を私はしています。≫ との答え。 高利貸しなど、街の金融が入り、家族・親戚に連帯保証の受け判を押させて、 最後が自殺か夜逃げが、倒産に付きもの。幼児の頃から、何時も夜逃げ話を 聞いていた。それだけ商売の恐ろしさは知っていた。そして、身近の倒産を つぶさにみていた。それもあり、「万一の場合、危機管理用の準備資金を用意し、 運転資金に食い込んだ時点で、会社整理を考える」と決めていた。 それが去年の1月末に一時的に使いざるを得なくなった。二年続けて2割半ば 減少していた売上が、三年目に入っても、とどまることなく続いた結果である。 そこで、色いろシュミレーションをしたところ、半年から一年内の資金ショート が明白。会計事務所の担当に相談すると、「事務所の三割の会社が今日明日の 資金繰りに駆け回っているのが実態。現時点は下から4割レベル」という。 しかし、取引先の月末の支払いをし、退職金を、ある程度、払えるのは、 今しかない、とシュミレーションの数値は示している。 7月には地デジ化 のための客室テレビの入れ替えが予定されており、その上、ボイラーの入れ替え 予定がある。両方ともリース会社の受諾を受けていたが、事業継続が果たして 正しい判断かどうかの正念場。 その矢先に、東北大震災。30年の現事業 経験からして、更に2〜3割の売上減が予測。春恒例の催事が、ほとんど中止、 宿泊のキャンセルが続いた。その時に浮かんだのは、「一瞬早い決断は、打撃 は半分で済むが、一瞬の遅れは2倍になる。この躊躇は、差引き4倍の打撃。」 そして、閉鎖の二週間前に決断をした。これを計画倒産の範疇といえば、 答えようがない。明日で丸一年になる。これも事業の一環。 ・・・・・・・ 地震 ーつれづれに ー14 2011年03月29日(月) * 自主的退避の言葉の持つ意味とは? 「自主的退避」と、福島原発事故で30キロ圏の住民に対して退避を勧めている。 この言葉の持つ意味を考えると、「本来は退避勧告をしたいが、その前に自主的 に退避できる人は、早めに退避してください」「それぞれの事情に応じて自分で 退避してください」 ということだろう。当初より政府の発表は常にパニックを 起こさないように情報を流しているが、それも重要のことである。 ところで、 この原発事故で何で電力不足になるのだろか?それは関西と東京の周波数が 違う為、関西電力から東京電力へ電気送ることは出来ない国の解決できない 大問題がある。違っていた方が一部業者の利益になるためである。それが、 この電力不足の最大原因とマスコミは問題にしない。マスコミは、広告費を 電器メーカーなどから得ているため、これを問題にできない面がある。 UC圏の周波数でさえ、統一してあるのに、単一国家の日本が、この有様である。 * 全国チェーンと地元チェーンの力の差 家内が、3・11災害以降、「ヨーカ堂が凄い凄い」が口癖になっている。 近くに、スーパー原信があるが、そこの多くの欠品が、ヨーカ堂には揃って いるという。先日も東京に住んでいる息子にトイレットペーパーを送ったが、 原信との商品力が違う上に、送料が格段に安いという。こういう時に、会社の 総合力が商品力に出てくるのである。特に全国チェーンは、災害時こそ自分たち の全国区の強さを発揮して、信用を高めるチャンスと、平時より災害時対策を している。 原信は郊外型SC内に店舗があるため駐車をしやすいこともあるが。 ・・・・・・・・ 3290, ツイッターが詰まらない? 2010年03月29日(月) ツイッターを勧めた友人から、次のようなメールが入った。 《おはようございます。昨日書きかけのメール残して帰り、加筆しております。 書きかけのメール完成させて、送信します。ツイッターのことですが、私、 どうも疑問に思っている事があり、貴方にお伝えしたく、メールしました。 と言うのは、ツイッターを見ても、貴方のツイッター以外あまり価値が無い ように感じております。つまらないのです。貴方みたいな、「ツイ友?」でも 出来ればまた変わってくると思いますが、まだわが友にはツイッターをしている 者はいません。良い方法があれば教えて下さい。》 以上ですが、恐らく時間が無いのが半分以上の理由。 ― 何度か、自分も上記のような気持ちになったことがある。 ・しかし、とに角フォローの相手の呟きを、ことあるごとに 見ていると面白くなっている。 ・色いろのツイッターと、そこに貼り付けてあるブログとフォローから ネットウェーブをして、相性の良いフォロー先を見つける。 ・また#(ハシュタグ)の先の呟きの世界も面白い。面白くなるまで、 粘るしかない。(絶対に面白いから) ー以下は知人へのメールの返事。 非常に基本的な問いなので、思いのまま書いてみます。 実は、私も同じような壁があり、若い人のように気楽にフォロー先の人に 話しかけられません。それでも、#bentou #obenntou の長野と八丈島の人に 「美味しそうですね」とか、発信すると返事が返ってきます。 もっとも、 この二人と貴方だけですが。以前、学生時代の友人との40年来のやり取りの 文を随想日記に去年8月に書きましたが、その人もツイッターを開始しました。 私の影響かどうかは分かりませんが、ツイッターのフォロアーに仙台の同年代 といえば、彼ではないかと思っています。しかしツイッター上で話していません。 (字数の関係でカット2012年03月29日) ・・・・・・・・・ 2915,昔、地方と東京に6種類の金持ちが居たそうな 2009年03月29日(日) 日本には戦後、地方に6種類の金持ちがいたという。 そして、現在彼等の多くが消え去ろうとしている。 ・山林家 ー>輸入材、人件費の高騰で資産価値の激減 ・酒造業者 ー>清酒離れで、戦後4000から1700に ・商店街の老舗旦那 ー>郊外化で、ほぼ消滅 ・地場の建設業者 ー>公共事業が激減、談合の締め付け ・医師 ー> ?? ・地場産業のオーナー経営者 ー>中国、東南アジアからの格安な輸入品 の流入高校の同級生の親の何割かが、この中に入る。そして現在も似た ようなことを続けている。この数年で、その多くが死ぬか没落を始めた。 私は商店街の老舗?商店主の??息子。(自覚しているので御勘弁を!) 誰も彼も、彼らの息子なら、同じ?いや、御立派なのもいる?(自分だけは マトモと思っているようだ)これに大農家で再開発などで買収された家も 入るが、これだけは安泰? この30年、地方は没落の流れであったが、首都圏と 東海産業ベルトラインは世界に向けての輸出を基盤とし、日本を引っ張ってきた。 ところがである、そこが壊始めたというから絶望的と言わざるを得ない。 「昔、東京には6種類の金持ちが居たそうな」と言われる日が来つつある。 ・政治ゴロ、・官僚ゴロ、・土地成金ゴロ、・情報ゴロ・?・? ・・・・・・・・ 2008年03月29日(土) ー読書日記ー ディズニーの言葉 一言一言が胸に響く言葉ばかりである。原点を大事にしている創業者の理念が、 ディズニーランドに、そのままあふれている。一匹のネズミ(ミッキーマウス) がチャップリンが原型と始めて知った。あの大きな靴、上着はチャップリンの姿。 なるほど、それならわかる! 自分の好きなことを人生を通して追求してきた ディズニーの言葉だから、言葉の中に魂が入っている。 ・なかでも一番大切なのが“自信”、自分を信じるということだ。ひとたび、 こうと思ったら、盲目的に一片の疑いもなく、それにのめり込んでいくこと。 ・幸福とは心の状態を言う。 物事をどう見るかだ。幸福とは満足する ことだと思っているが、これは金持ちであることを意味してはいない。 ・男は仕事のために家族を犠牲にしてはならない。 ・本を適切なタイミングで読む、ということはとても大切である。 ・好奇心はいつだって新しい道を教えてくれる。 ・ディズニーの成功を支えている最も重要な要素は 遊び心と 好奇心だ。 遊び心とは、笑うことを愛する、というアピールをする気持ち。好奇心 とは、常に人間の心にあって想像力によって刺激されて生まれたものだ。 ・夢を実現させる秘訣を知っている人にでも、越せない壁があるなどとは、 どうにもしんじられない。私が思うに、その秘中の秘は 4つの“C” で要約される。好奇心(Curiosity)、自信(Confidence)、 勇気(Courage)、不変性(Constancy)だ。 ・すべての芸術家は何よりも先にまず喜びを与える人である。 他人を楽しませることが好きな人は、やはり同じように 自分自身の喜びと満足を得ているのである。
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2015年03月28日(土)
* 大塚家具の顛末 父娘の経営権をめぐっての争い、娘側が勝ったが、当然の成り行き。 百貨店的経営モデルか、専門量販大店モデルか、の経営方針の違いによる 仲違いに親子の情実が絡んだようだが、情報化社会は父親の経営モデルを 良しとしない。リア王に、何か重なって見えるのは私だけではないだろう。 専門大店への切替となると、会長・子飼いの社員の大部分がヘドロとして、 処分されるが、これを良しとしない彼らが会長と組んで生残りを図ったとも 考えられる。しかし出資者からみたら、娘サイドを支持するのは当然のこと。 この結果、アメリカのファンドが大儲けをしたというが。それにしても、 会長の老醜、見苦しい! 老兵は黙って去るべし。それは、このブログにも いえる事。ただ沈黙を守っていれば良いものを、恥かしげもなく、ったく! * 旅客機乗の道連れ自殺 ドイツのエアバス機墜落で、検察当局は、《同機を故意に墜落させた 副操縦士の自宅で押収した書類に「勤務不可能」とする内容が見つかった》 と報じた。数年前に、燃えつき症候群の傾向があったというが・・ これで、当分、機長と副機長、トイレに気楽に行けなくなった? これは道連れ自殺というより、149人を巻きこんだ虐殺? 消息不明の マレーシア航空でも意図的な事故であることを示す証拠があり、このような 事故はここ1年5カ月で3件となり、死者は416人に上る、という。 これだけは、実際のところ防止は無理。当初、このニュースを聞いた時、 <テロリストによる操縦士の家族を人質にとったテロの強要の可能性がある> とみたが、乗員にも同じ宗教の人も混じっているため、それは無いか。 ・・・・・・ 4761,ぼんやり時間をしてますか? 2014年03月28日(金) ーひと言でいいのですー吉川直美編 より * ぼんやり時間 これを読んで気づいたことが、3年前からのリタイアで「ぼんやり時間」が 少なかったこと。当時、心配したのが、心の空白からくるウツ症である。 それも初老性ウツを、周辺で何人か見ている。そこで、無為の時間を最小にする ことを第一にすること。そのために、早朝から、寝るまでミニ・サイクリングと、 スポーツジム通いで運動をすること。そして、ブログ作成、ネット・サーフィン、 TVの連続ドラマと、週一の映画館通いなどを組込んで置くことで、まずは 3年間を乗越えることにし、合間に、寝室、書斎で空白を置くことにした。 それが私の「ぼんやり時間」。 〜その箇所から〜 《「ぼんやりしているのは人間にとって非常に大切な貴い時間である。 単に漠然と貴いと言っている訳ではなく、この間に、本人はどの程度意識 しているか分からないが、必す貯えられているものがある。」〜串田孫一より 一日の予定が、朝から晩まで有意義な計画で埋め尽くされてはいませんか。 スケジュール帳に有益な予定が 隙間なく詰まっていないと、人生を無駄に しているようでそわそわしませんか。白紙の部分は無益な時間ではなく、自由 な発想が与えられ、想像力が羽を伸ばすぼんやり時間、たましいの息継ぎ時間。 箸休めがあってこそ濃厚な時間も引き立つのです。 お気に入りのカフェで コーヒーを味わう。風に流れる雲をなんとはなしに目で追いかける。公園の ベンチに座って子どもたちの遊ぶ声に包まれる。仕事の合間にふと手を止めて、 雨の音に耳を澄ます。そんな無為な時に、ゆらりと身を任せてみましょうか。》 ▼ この30数年間、何事も「遊び、仕事、学び」と、分けて、重なりの合間 に余白時間を入れてきた。それが瞑想だったり、独りボ〜と物思いにふける 時間だったり、散歩だったり。ここで気づいたのは、ご隠居の現在、ボ〜と する時間を、より多く持つこと。ポタリングをしていると、信濃川の土手で、 ぼんやりベンチにいる人を見かける。散歩の休憩か、ぼんやりが目的なのか? 「ぼんやり」を検索したところ ーぼんやり時間 辰濃和男著ーがあった。 今日にでも図書館で探してみるが、面白そう 欧州では夏場など、避暑地で、 何をするでなく浜辺で無為の時間を過ごすのが最高のレジャー。 生活圏から離れ、綺麗な空気の中で「ぼんやりする時間」が最高の時間と すると、早朝のポタリングと、午前中の三時間近い書斎でのフリータイムが 私の「ぼんやり時間」? 違う!これな日常の範疇! ・・・・・・ 4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1 2013年03月28日(木) 「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著) * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ 本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の大転換期にある」と素人 に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が 存在している」というから、驚きである。この「宇宙は何でできているのか」 は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、 これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・ =まずアマゾンのー内容紹介ーより= ≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。で残り96%は 何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子 が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、 素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、 逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。 本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、 「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」 「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、 限りなく小さくて大きな物語。≫ ーキーポイントの部分の抜粋ー 【この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が 関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、最も小さいのが素粒子・・ たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって1〜2m程度。 ビルやマンションはもう1桁上がって、数十mの高さ。東京タワーは333m、 建設中の東京スカイツリーは634mにです。それぞれおよそ「3×、10の二乗m」 「6×、10の二乗m」。高い富士山(3776m)、「10の三乗」という桁数。 では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロmですから、メートルに 直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。その地球が太陽のまわりを公転 する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗m)のオーダー。 でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は 「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の軌道の約10億倍の大きさ (10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成して おり、その銀河団は天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。 もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。それらを すべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる 宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに1万倍(10の27乗)。こうなると 「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので 「10のX乗」という表現が必要になります。これがまさに、いわゆる 「天文学的な数字」のスケールなのです。】 ▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と 極少合わせ10の62乗の世界。しかし、この他に宇宙が10の500乗もある 可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。 他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギー を供給しているという。これを読むと、人生、社会、人間がつくり上げた神、 正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。 それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に 刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく ・・・・・・ 4020, 事業生活39年の、独り語り ー6 2012年03月28日(水) 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。 そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの 問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく 時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして 商売を当て、ビルそのものを活性化しなければならない。父親の死の問題も あって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的 にみて商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗 展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら客を確実に呼び寄せると直感。 そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。その1ヶ月後の結婚と、 慌しい日々が続いていった。連日、朝の7時から23時までの激務である。 ≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、 自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。千葉の新興住宅地 (五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という 人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、 ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となった。 そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列! しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような 日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの 激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。 “勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間 プラス2〜3時間、という立場が、‘24時間(休んでいても仕事のうち) 仕事’という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗する のは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に入社、異常に 近い厳しい世界に3年近くいたが・・ その厳しさが全く違う。はじめの 数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。 あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち 向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が 自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒” を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。 そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさ をそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件 が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他人にはわからないよう) 震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ 腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。 また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、お客に怒鳴る変わりに 従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。 フランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであった。標準化、単純化、 マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、 このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 創業は辛い! 1973.11.07〜 ≫ ▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の 出だしに経験することになった。現在からみると、良い経験だが、実際に窮地 に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギー を集中していると、思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。 ・・・・・・ 3290, 地震 ーつれづれに ー13 2011年03月28日(日) * メルトダウンが始った? 2号機の付属建物で高濃度の放射能が検出された。濃度が《1000万倍》。 メルトダウンが急速に進んでいるのか? 爆発が起こる可能性があるのか? 急に政府が副首都を大阪といい始めたのは何故?等々、疑問が出てきたが、 どうなるのだろう? 大使館が大阪や京都に移動したり、外国人が大挙して 帰国していったのは、正しい情報を持っていたため?知らぬが仏の仏様は 日本人の茹で蛙だけか! * 関東大震災 今だ現在進行中の世界的にみても最大規模の大震災の真只中に日本はいる。 この津波により破壊された原発事故も、現在も予断を許さない事態。最悪の シナリオとして日本壊滅の事態もありえるのか。現在は「東北、北関東の壊滅」 レベルだが、これが「東北・関東壊滅」だけでなく「日本壊滅」もありえる。 実際のところ水の汚染が進んだら本州壊滅が現実的になる。千年に一度の国家 的危機の大震災に発展するのか。 ところで百年来の大震災といえば、まず 思い浮かぶのが関東大震災である。 ー そこで、ネットで関東大震災を調べてみたー 【 関東大震災は、1923年(大正12年)9月1日(土曜日)午前11時58分、 神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生したマグニチュード7.9、 海溝型の大地震(関東地震)による災害。死者・行方不明者14万2800人 地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。 それが大惨事につながった。】 死体が山のようにつみ上げられいる画像をみたことがある。この時 「朝鮮人が日本人を襲撃している」という風評が飛び交い、数千人の朝鮮人が 殺害された。東北関東大震災からみるとマグニチュードは遥かに小さいが、火災 が人的被害を大きくした。この東北関東大地震は人口密度の低い東北という こともあり死者は関東大震災に比べれば少ない。しかし大津波と原発事故で 本州壊滅の危機に立たされてしまった。 まったく恐ろしい限りである。 ・・・・・・・ 3289, 「離婚確率」が30% ! 2010年03月28日(日) 「離婚確率」が30%になったと新聞で報じていた。40年前の4・5倍。 まずは、ー先日の新聞記事によるとー ≪ 結婚した人が離婚する確率が約3割に上ることが25日、厚生労働省の統計 で分かった。最低だった40年前と比べ約4・5倍に増えている。離婚件数は 平成14年をピークに6年連続で減少傾向にあるが、離婚する確率は上昇し続け ている。・・平成17年に結婚した人と離婚した人の割合は1対0・3だった。 この割合が今後も変わらないと仮定すると、結婚した人の約30%が離婚する ことになる。同様の計算を過去にさかのぼると、昭和40年に離婚した人の割合 は約7%で、以降、上昇が続いている。≫とある。 7〜8年前に、25パーから30パーセントになったと聞いた気がするが・・ 離婚経験者が何気なくいう本音に、心の傷を感じるとることがある。「自分には、 勿体ないほどの人だった」と、同時期に二人から聞いたことがある。 新たに 若い連れ添いができ、幸せそうな人の何気ない言葉に心の闇が覗く。 家庭内離婚も含めると、半数以上は破綻しているというが・・ 我慢・我慢、 そして我慢か、それとも三割?女性の方も、その傷は浅くはない。女性の場合は 世間知らずで、亭主がバカに見えて、愛想を尽かすのだろうが、それでは己は というと、自分がまるで見えてない。母子家庭の半数以上が、年収200万 以下の貧困層という現実が待っている。亭主をバカにするのが世間一般のよう だが、生理的に相性が悪いのは致し方ない。「結婚生活は煩しいが、さりとて、 独りでは殺伐すぎる」というところだが、相性の悪いのは如何にもならない。 5年ほど前にTVで松坂恵子と渡哲也が夫婦役の『熟年離婚』の連続ドラマを放映、 ここでも取り上げた。一方的に出て行った嫁さんが理想的な転進をした内容だが、 あれは罪作りである。殆どが究極の苦しみを味あう。昼間笑って布団で泣いて? いや、反対もあるか? 他の相手を見つけておいたり、準備金をつくったり、 憎しみは何をしでかすか分からない。 それが夫婦というものか? オカメと般若は紙一重? ・・・・・・・・ 2914,新潟駅再開発事業が4年目に入る 2009年03月28日(土) 来週になると新年度だが、「新潟駅再開発事業」が4年目に入る。 H18年度~H27年度の10年計画が駅と線路の高架と、駅裏広場と、前期の道路 整備、H28年度~H37年度の10年間は駅前広場と、の後期の道路整備になる。 (字数の関係でカット2012年03月28日) ・・・・・・・・ 2550, 閑話小題 2008年03月28日(金) * 盃の中に蛇がいる! 何気なく図書館の本を捲っていたら、この言葉が合った。 「英国詩人のホープという人の言葉」だが、私など何度か、その蛇に噛み付かれ たものである。酒を飲んでいると思っていたら、その盃の中の蛇に飲みこまれて いた経験が、あまりに多い。大蛇だけではなく、内臓まで食い散らしてる。 「本当の敵は沈黙している」と、フランスの詩人のバレリーの言葉にあるが、 黙っている敵こそ、恐ろしい。汝の名は酒!ということか? * 偏見のかたまり 「故郷より一歩も出たことの無い人は偏見のかたまりである」 (ゴルドニー・18世紀の喜劇作家)これは地域の問題だけでなく、 自分の職業、固定観念、学問から一歩も出てない人に対していえる問題である。 地方にいると、それをつくづく感じることがある。人間は誰しも偏見の塊と己 を割り切った方がよい。だから、常に外の世界に触れる必要があるということ。 それと、あらゆる分野の本を読み続けていないと、偏見の穴の中に入り込む。 * 世逃げのすすめ(ひろさちや著) (字数の関係でカット2012年03月28日) ・・・・・ 2007年03月28日(水) 2185, 政令指定都市とは? おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ 新潟市が4月1日より浜松市と政令指定都市に指定される。 といって、それについて殆ど知られてないのが実情。そこで、 政令指定都市について調べてみた。(字数の関係でカット2014年03月28日)
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2015年03月27日(金)
* フランス、ラスコー洞窟の洞窟画 8年前に購入した写真集、『世界のスピリチュアル・スポット』を 見ていたところ、「ラスコーの洞窟画」があった。以下は、そこに 書かれている説明文である。そこで、ネット検索をしたが、その規模の 大きさと、絵画の躍動感に改めて驚いた。面白半分の落書程度と思って いたが、現代の画家も驚くほど、高度の技術を持った本格的な壁画・・・ ≪1940年、フランスのドルドーニュ県で、ヴェゼル渓谷の土手を探索して いた4人の少年が迷子の犬を探していたときに木の下に穴があるのを見つけた。 そしてそれがきっかけとなり、地元の住人すら存在を知らなかった洞窟が発見 された。洞窟の中には約17.000年前、数世代にわたって創作された、馬、野牛、 鹿などの彩画、線刻画が保存されていた。はるか昔に衰退してしまった文明で、 ある特定の物事がなぜ行われたかを正確に知るのは困難である。 だが、この洞窟が気軽な落書きの場でなかったことは明らかだった。 科学者で探検者でもあり、「先史学の父」と呼ばれたブルイユ神父は、道具や ランプは散乱しているものの、人間が住んだ形跡がないことを指摘した。 この洞窟は何か特別な目的、おそらくは神聖な目的に限って使用された場所に 違いなかった。惰報が十分でないがゆえに、こうした場所がどういうかたちで 神聖だったのかについては、さまざまに議論を呼ぶものである。文書のかたち でも口承ででも歴史が残されていないため、それぞれの主張を裏づけるものが ないからだ。これらの壁画は狩猟の成果を表現したものと主張する説があれば、 猟の成功を祈願する共感呪術か、大地の「子宮」の内部で豊穣を願うシャー・ マンの儀式だったという主張もある。芸術的な内容から見るなら、壁画を描いた 人々の技術はそうした文脈を表現する上で大いに貢献した。彼らは洞窟内部の 凹凸を最大限に利用して多くの動物に立体感を与えることに成功し、なかには 高い天井を駆ける動物すらいた。画家たちの観察は正確である。彼らは対象を 熱知し、動きやカ、速さを表現することに多大な努力を払った。壁画は、 それを描いた人々にとって、単に目を楽しませるもの以上の重大な意味が あった。これは、日常とは異なったレベルの意識領域に属す絵なのである。≫ ▼「地下に長く伸びる洞窟は枝分かれし、壁画が集中している大空間などが幾つ かあって、洞窟の側面と天井面には、数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿 ・人間 ・幾何学模様の彩画、刻線画、顔料を吹き付けて刻印してあった」という。 それも、数世紀にわたり描かれたというから、呪術のひとつだったのだろう。 最古の洞窟壁画は、20年前に発見されたショーヴェ洞窟絵で3万2千年前のもの。 古代人の魂そのもの。世界は広く深いわりには、現代人は、あまりに底が浅い! ・・・・・・ 4760,そんなに長生きしたいですか ー8 2014年03月27日(木) 『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著 * 死に時を忘れた日本人が多過ぎる! ここでは「ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢がある」 ことを提案している。 寝たきり時間が、男性6・1歳、女性7・6歳もある。問題は、不自然な形で、 生かしておくこと。それなら、ある年齢になったら病院に行かないこと。 ーその辺からー 《 病院へ行かないことの利点として、 ・第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。 ・第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。 ・第三に、よけいな病気を見つけられる心配がないこと。 ・第四に、時間が無駄にならない。第五に、お金が無駄にならない。 ・そして最後に、精神的な負担が減るということを挙げられる。 誰もが死ぬことと、苦痛に対して恐怖を覚え、自然の寿命を受け入れられない。 多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い、 そちらの方が死よりも苦しい余生になる。》 ナンシー・ウッド著『今日は死ぬのにもってこいの日』引用の 「タオス・ペブロの古老の言葉」(ネイティブ・アメリカンの詩)がよい! 今日は死ぬのにもってこいの日だ。 生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。 すべての声が、わたしの中で合唱している。 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。 今日は死ぬのにもってこいの日だ。 わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。 わたしの畑は、もう耕されることはない。 わたしの家は、笑い声に満ちている。 ▼「自然体で、死時がきたら、受け入れなさい。介護9〜14年、寝たきり 6〜7年半で長生きするより、病気を受け入れ、放って、早そう死んだ方が 良い!」というのも道理で、老人ホーム医の言葉だから重く響いてくる。 「ある年齢」とは、各自違うのだろうが、還暦から古希の間だろう。私は医者 に一切行かなくなったのが4年前の64歳。私の死に時を75歳にしているが、 どうだろう? 今の酒量では無理? もう充分生きた気がする。 最近、ー私は、生きていることが好きなんだ!ーの言葉が、心に焼き付いた。 今の私の心境である。生きてきて、実感で、良いこと二つに嫌なこと一つ だったが、歳をとるにつれ、その比率が近づいて現在は半々。 これからは逆転し、最後は嫌なことが多くなるのだろう。 それでも「生きることが好き!」と、思いたいもの。 ・・・・・・ 4393,閑話小題 −つれづれに 2013年03月27日(水) * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど 散歩する姿はないのは寒いためだろう。分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さ を凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。 毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったこと になるが、自転車はボロボロになって当然。リチウム電池は、当初一回の充電 で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、 持つかどうか。あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走った ことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・ * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの 脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根 をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。 これで春の訪れを知るとは・・・ * 久々にグーグルアースを覗いたが、面白くなっていた。アフリカ大陸に グーグルアースの地球儀を回転すると、画面の下に各地のツアーガイドの写真が 10ほど出てくる。それをクリックすると、そこに焦点が合わされ拡大していく。 YouTubeの右に関連の録画の画面が出てくるのと同じ。これで更に使いやすく なった。 また以前より写真とHPなどの貼り付けが多くなっていた。スマート フォンなどの普及でタッチで気楽に使えるように進化していた、ということ。 改めて自分の生活の中でiPadが与えたインパクトの大きさに驚いている。 マイクロソフト、グーグル、マック、アマゾンなどが世界に与えた変化は、 あまりにも大きい。 * 数日前に朝日新聞の一面のトップに腰痛の話題が出ていた。 こういう話題を一面トップで扱ったのは、あまりなかった。ところが一昨日、 一時帰宅した長男が腰痛になって医者に行ったところヘルニアと診断され コルセットを付けて帰ってきた。私は半世紀も腰痛に悩まされてきた。 しかし医者にかかった事が一度もない。全てホッカイロで治してきた。 時間が解決するのを経験が教えてくれた。5年に一度は、ひと月ぐらいは 酷い痛みになるが、ある時期が過ぎると直る。この4年間は重い腰痛はない。 スポーツセンターに通って二年、エアロやヨガなどで足腰を鍛えているが、 季節の変わり目は鈍痛になる。50,60歳代の4割は腰痛に悩まされる というが、人類永遠の課題の一つ、割り切るしかない。 ・・・・・・・ 4019, シングルイン、31年間の総括 ー2 2012年03月27日(火) ホテルは典型的な装置産業で、資金を土地と鉄とコンクルートに固めて しまうと、30年は維持しなければならない。その間に経営環境は激しく変化 するが、客室という単品を毎日売り続ける「あきない」である。立ち上げは 華々しく面白いが、その後の時代変化に対応するに、ダメ元の覚悟がなければ、 やれる事業でない。最初の千城台ビル建設で父から学んだことは、「ビルは 長期スパンの生きもの! ツブシがきく前提で設計すべき」ということ。 具体的には、骨組みを太くして、可能な限り柱を入れないこと。構造上、 難しい場合は柱を壁面に可能な限りよせること。それに、設計事務所の方針の 「ビルは、神からのさずけもの。自分だけの使いかってで造ってはならない」 が重なったビル設計になった。それと平面図に魂を入れること。 千城台ビルと長岡の場合、夢に、その平面が出てきて、3Dのような可視化 するまでになっていた。要は、万人に通じる魂を入れること。だから、 売りに出すと即売になって当然である。買い手の全部が、ホテルか建設関係者。 それが分かるのだろう。この事業を始めるにあたって会社には家族や親戚は 一切入れず、保証人にしないことも前提条件にした。また初期投資二億全てを 失っても、後悔はしないこと。これは何度も自分に言い聞かせた。現在、 平然としていられるのは、その覚悟の上で始めたため。妻子を会社に入れ、 連帯保証を押させ、子供に家庭があれば、家族崩壊。それと職住を分けること。 また取引先に迷惑をかけないよう債権額を最小にするのは、後に恨みを残さない ため。 倒産は、長年、一緒に苦労を重ねてきた社員と、その家族にも多大な 迷惑をかけてしまい後にひく。倒産の翌日、従業員を一同に集め解雇を 言いわたした時に、思わず涙が吹き出てきた。この人たちは明日から失業者。 その思いが、言葉でなく、涙になってしまった。取引先に支払う分、最後まで 残って残務整理をしてくれた社員に回すべきだったのか?これで良かったのか? 自問自答が続く。 正解はあるはずがないが・・ 倒産の虐めの一つに、計画 倒産疑惑の流布がある。銀行は、それを許すほど甘くないのを知って知らずか。 私にとっては褒め言葉にしか聞こえないが。 ・・・・・・ 3653, あと一月で10年 2011年03月27日(日) 何ごとも、一日3時間を10年続ければ「ひとかど」になるという。 で、この随想日記を書き続けて、あと一月で10年。で、何だったのか? 常に、「何か書かなければ」という心理的圧迫が感覚を磨く作用をしていた。 ここで何年に一度、書き続けている効用を取り上げてきた。論理思考が 培われたことと、読書の備忘録や、旅行の感想文、そして毎年、同月同日に 書いた文章の何年分を読み返す効用など、現在の私にとって無くてはならない 存在になっている。常に変わったことや、面白いことに出合うと、その場で 自然に起承転結の文章化をしてしまう癖がついてしまった。 「記者の目で論理を組み立てる習慣」という、現象に隠された本質を、 あらゆる角度からみる視線である。 ところで10年一区切りで実はホッと したところもある。この随想日記を休むことも考えている。一度休むと、 再び書くことが面倒になるが・・ 「一日も休まない」というのは 実は大きなプレッシャーだが、反面それが張りになっていた。 何も書かないとなると、頭が変になってしまうかもしれない。 書くということは、自分の心の開放でもあり自由を獲得している部分がある。 それにしても、10年も続いたものと自分自身が驚いている。 「偉そうなことを書いているが、その様は何だ」が、読み手の心理。 それを分かっていても、偉そうなことを書くことで、自分を開放をする 面白さもある。 65歳、そろそろ自分の痕跡の消しに入る時期に入った。 このまま書き続けるか、それとも形態を変えるか? 書くことの秘儀は 少しは?分かった。書き出すことで、その背後にある膨大の世界を僅か ながらでも知覚できたことが何よりも変えがたい収穫であった。 節目の時であることは間違いない。 ・・・・・・・・ 3288, 人みな骨になるならば ー6 2010年03月27日(土) * 意味の意味 ーまずは、意味深長?の部分を抜粋してみるー いろいろと思索した挙げ句、いにしえの賢人たちは「人生に意味があるか どうかという問題に対しては客観的な解答があるのではなく、各人が自らの 人生に意味を付与するかどうかにかかっている」といった暫定的結論に達した もようである。これは、ずいぶん心もとない結論である。こちらの理解の仕方に よっては、「みなそれぞれ勝手に意味を見出しなさい」といっているだけ。 だれも、われわれ一人一人の人生に意味・意義・価値などを保証してくれては いない。われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかもしれない。 それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わんばかり である。 そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。自分の人生には 意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味だとする 謙虚な人物との、いずれが正しいかを判断する根拠などない。思いたい 放題であり、思った者勝ちのようなところがある。なぜこのような次第になる のだろうか。おそらく「意味」とか「意義」とかの言葉の起源に問題がある ように思われる。 それらは「目的」などと同様に、古代人の日常生活の中から 生まれてきた概念である (全ての言葉がそうなのだが)。大昔、まだ人類が 人生やら宇宙やらをそれほど真剣に考えておらず、毎日の生存や空腹のことで 頭がいっぱいであった頃、なんらかの対象や行為が役に立つものかどうかが 最大の関心事であった。そして、自分や身内にとって大切なことが、すなわち 「意味」をもち「意義」のあるものであった。「目的」もまた本来は、欲求の 向かうゴールであり、その達成のために努力という投資と、さまざまな「手段」 を講じなければ到達点にすぎなかった。・・たぶん人生や宇宙には「意味」も 「目的」もないはずである。それらもまた木登りや航海と同様、一つのプロセス には違いないから、「結果」はあるであろう。あらゆるプロセスは、特定の時点 をとれば「結果」を伴うからである。その結果を意味や目的と読み替えることは できるだろうが、それなら宇宙や人生の意味と目的は消滅すること、ないし永遠 に溶け込んでいくこと、あるいは繰り返されることに他ならない。 単なる繰り返し(永劫回帰)には意味がないであろう。存在するものはいずれ 消滅するのだから、存在の最終的な結果は消滅ということになる。しかし、 こんな結末は意味や目的と言えるだろうか。もしそうなら、われわれの誕生の 目的はわれわれの死亡ということになる。それゆえ結果があるからといって 「意味」や「目的」があるとは言えない。「意味」や「目的」というのは 単なる結果ではなく、目指すべきものであり、さらに、あくまでも 「自分(われわれ)にとって」という但し書きがついていなければならない。 宇宙や人生に、自分(われわれ)にとっての意味や目的があるとしても、 それは人間だけの話である。 ▼ 人生の意味など、後づけの自己正当化でしかないのは自明のこと。 独りブツブツ呟くように支離滅裂のことを書いている? この随想日記 のようなもの? 「意味とは、価値に非常に近い言葉」と信じていた。だから、 意味・意味と生半可に語る人に、「それを価値・価値と置き換えれば、 自分エゴの意味づけに気づくのに!」と、何時も内語で呟いていた。 意味など自分の都合のよい筋書きの為のエゴというと、少し歪んでくる? エゴは決して悪くはない、但し他人の犠牲を・・ ・・・・・・・・ 2913,ホテル&旅館 大淘汰 2009年03月27日(金) 新聞広告に、週刊ダイヤモンドの特集記事が載っていた。 「ホテル&旅館 大淘汰」である。さっそく書店で買って読んだが、 大体予測したとおり直撃の惨状。 内容は東京圏内の外資系高級ホテルと、 日本の御三家、リゾートホテル・旅館の不振を取り上げたもの。ホテルマン 45年歴の日本ホテル協会会長が「初体験」というほどの急激な売り上げダウン に見舞われて激しい値引き競争で収益が激減しているというもの。 ー概要を大きくマトメルと ・外資系ホテルが壊滅状態で、安売りのジレンマに陥っていて、 開発ラッシュが一転して 全国で開発の中止、延期が続出 ・日本の「御三家」ーオオクラ、帝国、ニューオータニーが沈没 特にオオクラは内部崩壊に瀕している ・能登のホテル百万石も破綻、身売りが多発していて、変化に対応 できない事態沖縄も観光ブームに沸いていたが一転、閑古鳥が鳴いている 以上が、この特集の骨子になる。 ▼ 全てにわたり、11月以降は二桁のマイナスが続いている。 ホテルは在庫の蓄積は効かないので日ごと売って何ぼの商売、この世界恐慌? は、新規に出店した外資系のホテルにとって、根底から揺らぐのも肯ける。 ハッキリいえば、何処も「稼働率激減、市場は壊滅状態」というのが、 ビジネス、都市型ホテル、リゾートホテル、大型旅館など全ての業態でいえる 緊急事態。最近開業したホテルの多くは、実需ベースというより、 「再開発の最大化」のための誘致の傾向が強かった。それに行き場のない 外資の資金が後押しをしたことも重なってバブル現象。大阪、名古屋のホテル も総崩れで20パーセントのダウン、大阪や中国、韓国などのアジア圏の売上げ激 減。名古屋は自動車業界の惨状が直撃、悲惨な事態である。地元の新潟でも、 外資系のビジネスホテルが数軒オープンしたが、バブルの様相の感がしていた。 その上に11月下旬より、極端な稼働率の下落が顕著になっており、深刻という面 では同じ。特に4月からの年度変わりからの予約の状況が非常に悪いのが気がかり。 「1〜2年なら何とか凌げるが、後は誰も分からない」というのが大部分の実感 だろう。3年先に、まず一棟が新潟駅再開発の道路拡張の買収予定に入っている 目安があるのが救い。しかし大津波が覆いかぶさってきている事実は厳然ある。 <一日、一生>の思いで生きるに丁度よいか?
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2015年03月26日(木)
* つれづれに 〜ボンヤリしながら 「はてな」のブログのアクセスが3月3日から、何故か5倍の1500に 増加した。不自然なので一時的と思っていたが、なかなか減らない。ところが、 数日前の連休から、以前の300前後に戻ってしまった。突然、増えた理由も、 減った理由も分からない。300でも多いと思っていたが、1500になった、 アクセスが20日近く減少しないので少し自信を持ちかけていたが・・ 内容からしたら、300でも、出来過ぎだが。14年近く、毎日2〜3時間 かけて、一日一文を書いてきたが、気がつけば、5000以上。自分のデータ ベースを公開し、自己コントロールするため、どうしても、他者の目線を意識 をしてしまうが、こうともしないと5千日も続けられなかったことも確か! ところで、一昨日の早朝、一時間ほど早く起きて机に向かったため、ブログ のアップも、一時間早く終わった。そこで、意識的にボンヤリとしてみた。 目の前の書棚の本や、図書館で借りてきた本を次々と流し読みをしたりしたが、 この何をするでもない時間が良い。午前中のネットサーフィンでも、この間 (ま)でするが・・ * オープン戦の原・巨人が変? 明日からプロ野球の開幕だが、パ・リーグは、ソフトバンクとオリックス。 セ・リーグは広島と巨人の前評判がよい。しかし、どうも巨人の原監督の 監督としての賞味期間が切れているのは確か。巨人というブランドの監督の 消耗度はただ事ではないはず。もう無理である。新監督は、江川か、桑田辺り がベストと考えられるが、どうだろう! それにしても、あの戦力、他チーム を圧倒している。それを賞味期限を終えた監督で勝てないゲームを観るのも、 味わいがあることも確か。三年期限で、江川監督、桑田ヘッドコーチにし、 その後、江川が退くシナリオ。何故か、誰も言わないのは何故だろう! 原に実績があるため? ・・・・・・ 4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート! 2014年03月26日(水) ーひと言でいいのですー吉川直美編 * 挫折と悲哀こそ兄弟との共感のパスポート 人生で、何も挑戦しないで、挫折も悲哀も味わったことがない人が思いの外 に多い。それも人生だが、ポッキリと折れてしまう危険がある。その時に立直る に大きなエネルギーを要することになる。秘境ツアーの中に、こういう人を 何人か見かけたことがある。かなり深刻の悩みのようだっただが、それを経験 する方が、しないで済んだ人より幸運? 悲哀さえ、知らず終えていくのも人生。 大きな挫折を経験してない人ほど、「まさか、自分が!」の声が心底から 生じてくる ーその辺りから!ー 《【苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生の あらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し 合い、交るためのパスポートである。ーロバート・ゴルティス】 ある心理的・霊的成熟を目指す研修会に、いつもピンと背筋を伸ばした 人はきぜんを寄せつけない、毅然としたシスターが参加されていました。 ほかの参加者が様々に痛みや弱さを分かち合う中で、彼女は両親にも家族にも 愛され、早くから神に仕え、とくに記憶に残る挫折も後悔もなく、どんなに 心を探っても痛みがないと胸を張られました。その研修会にも、修道院長に 命じられてしぶしぶ来られたのでした。ほかの参加者が嘆き、もだえ苦しみ、 寄り添い寄り添われ、やがて十分泣いて気の晴れた子どものように笑顔を取り 戻したころ、思いがけずうちひしがれていたのは彼女でした。「私には人の 痛みがわからないことがわかりました。それがはじめて知った挫折です。」》 ▼ 人生の味わいは、挫折と悲哀と諦念から滲み出てくる。それなくして、 最後の最後に、味わいの無い自分の人生に愕然。秘境旅行の参加者には、 そういった風な人が人生の悲哀を味わい尽くしてきた人より、多く見られる。 それこそ一番の挫折に気づいた人たちである。何度も書くが、中学校の担任の 先生が、定年時に私に深刻に話したのは、このことだった。「定年になった 現在も90歳前後の両親に見守られ、のうのうと順調に生きてきた。しかし、 そこには自分の人生が全く無かった。これほど、無念のことはない。思いのまま 生きている、お前が羨ましい!」と。それも人生。その怒りを周囲の挫折や悲哀 に向ける人たちより、遥かにましである。この節目で‘自分の傷口を他人の血で 洗おうとする哀れな人たち’を多く観察しただけでも、良い経験をした! 自分の経験範囲しか理解できないのが人間の性。そのことを自覚できないのも 人間の悲しい性である。 ところで私も、このシスターの範疇? で、最期は! ・・・・・・ 4392, 暴走老人! −2 2013年03月26日(火) * 待つことをめぐる考察 ー時間編 「暴走老人! 」藤原 智美 (著) イライラの原因の一つは待たされることである。しかし日常は考えてみれば 「待つこと」で大半は占められている。列車を待つ、車内で目的地に着くのを 待つ、エレベーターで待つ、昼飯が出てくるのを待つなど待たされることばかり。 最近、喫茶店に学生が少なくなったという。スマホなどの携帯電話で待ち 合わせの時間が無くなったり、駅などのベンチでネットサーフィンやゲームを していればば、別に喫茶店でなくてもよい。それは待つ喜びも失われたこと。 子供の頃、クリスマスや、年末の年越しを心躍らせ首を長くして待っていた。 現在、そんな気持ちになることなど殆どない。主体的な待つのは良いが、 相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代はムダな時間を排除するのが 求められる。そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなり つつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。そして定年や人員 カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られ がちになる。それに苛立ちと焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した 発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。 新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨が きて、試験があり、やっと夏休み、・・と長い日課が延々と続いた。それが、 今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されて ないのに、思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために 生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。そこではマイナスの フラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで 割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の 書き上げとアップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。 8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、帯グラフに従って一日を こなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、 マシーンが介在する。どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人に とって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、iPod、 パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及を 始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の 前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。 待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと 私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。それが本来の姿ではなかろうか。 生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つ ことも大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。 「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね! ・・・・・・ 4018, シングルイン、31年間の総括 ー1 2012年03月26日(月) 準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、 閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が10億だったので返済額20億円。 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、 勘定足って銭足らずの典型。 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな 右下がり、2001年の9・11テロから4年かけて売り上げが 三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック 以来、二年半で半減。11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。破綻の直接原因は 9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 東北大震災は最後のとどめ。 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、 ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95% の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)役員は、役員就任時に一度、 退職金払い済み。 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 それも、半年後に売却。( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れる と思ってなく、慌てていた」。自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけた ビルは、売り出すと同時に即売。設計の中に売却前提で計画してあるため。 ▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。三つの経済・自然災害 が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、借金をしてする事業ではない。 そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネス のあり方が変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになった。 結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。 ・・・・・・ 3652, 地震 ーつれづれに ー12 2011年03月26日(土) * 外国人が大挙して帰国、 そして身近に避難民が! 日ごと、原発の放射能の起こるべきマイナーの影響が一つずつ、 現れ出てきている。御用放送局のNHKのニュースと、広告料金で成り立って いる民法の流す情報など信じるに足りない、と仮説を立てると、現在流されて いる事態の本質は知ることが出来ないのは当然のことと思い知る。東北は壊滅 状態とは間違っても記事に出来ない。毎日、枝野官房長官の発するコメントは 建前の上っ面の情報でしかない。外国人が我先に逃げ出していることを考えると、 地球史上最大規模の危機とみるべきである。 政府は事実の情報を風評とて 否定することしか、パニックを抑えるしかない。現状の進展を一般には小出し にするしかないのである。放射能の摂取量が10倍、100倍から何時の間 にか数千倍になっている。しかし、外国は容赦なく事実を報じるから、 そのギャップがみえてくる。 ところで、家内が昨日、自転車で郵便局に 向かっていたところ、中年の女性に福島弁で「郵便局は何処ですか」と聞かれ、 「自分も行くところだから、ご一緒しましょう」と、自転車を降りて話しを 聞きながら案内したという。その内容とは、「自宅が30キロ以内にあり、 家族で車で避難してきた。しかし、自分は透析を受けているので、中央病院に 近い比較的良い公立のデーサービスの施設に一人でいる。原発は政府は安全 というので、信じていたのに、こんなになってしまった」と。 その施設に三年ほど亡くなった母親を週二回、世話になったことがあった。 大きな娯楽室があるが、そこのステージの上で暮らしているとか。30キロ 以内なら、もう元の生活に戻れるかどうかである。その人の顔色が悪く正視 できなかったという。駅には、大きなリュックを持った親子連れの姿が多く みられる。本当に、これが現実なのか信じられない日々である。この事態で、 経済活動は大幅に減ることになる。それだけでない、今年の就職の内定の 取り消しと首切り、そして倒産が大幅に増加することになる。身が凍る思い である。あれから二週間になるが、現在も進行中で問題が拡大している。 ・・・・・・・ 3287, 人みな骨になるならば ー5 2010年03月26日(金) * ザインとゾルレン ー まずは(P−68)の「ザインとゾルレン」の一部分を抜粋する。 ・ザインはドイツ語で、「在る」とか「である」のことだから、抽象名詞 として使うと「そこに客観的に在るだけのもの」という意味になる。 それが良いことか悪いことかを問わず、現実にあるんだもの、しょうがない、 といったニュアンスの言葉。「存在」と訳されるが、「現実」や「実態」 と訳したほうがよいことも多い。 ・ゾルレンというのは、英語では助動詞に相当する。「べきである」 「そうあらねばならない」といった意味で、抽象名詞としては「当為」と 訳される。当為は訓読みすれば「まさになすべし」と読み下す。 「そうあらねばならない性」、ひいては「本来はそうであるべき様態」のこと。 たとえば、当時の旧制高等学校生なら「親父が死んだので、ゾルレンとしては すぐ郷里に帰へって家業を継ぐべきだが、ザインとしてはここでこうして破帽 のまま君たちと安酒を酌み交わしているわけさ」といった使い方をした。 このように、ザインはゾルレンとともに用いられるのがほとんどだから、 ザインというのは単に現状というだけでなくゾルレンと対比される 「ていたらく性」を帯びる。本当はゾルレンであるべきなのに、現状はザイン なのよ、といったところ。前節で挙げた唯骨論によると骸骨こそがザインの象徴。 そんなものが、われわれの体内に鎮座しているというのは必ずしも歓迎すべき ことではない。若い美男美女であれば、なおさらのことである。だれしも一皮 剥けば骸骨が現れることは簡単に証明できる。ただ最近は手術場を除いて、 生きている人間にそんな残酷なことをあまりしなくなっただけのことである。 ゾルレンとしては、万物の霊長にして神の似姿である。そんな人間の中心が骸骨 にすぎないというのは直視するにしのびがたい。いくらなんでも骸骨はあんまり。 人間の中心には霊魂やクンダリニーが宿っているべきである。しかし、それは あくまでもゾルレンなのであって、あいにくとザインとしてはやはり愛想のない ことにおぞましくも骸骨しか存在していない。ここで悟るべきである。 ゾルレンというのは願望や想像、あるいは強制にしかすぎず、実証も提示も できないものであることを。ゾルレンは信じることが出来ない対象であることを。 これに対してザインは見ることも、触ることもできるものである。 ▼ ザインが唯骨論の骨の存在で、ゾルレンは神の似相である、というのは 言いえて妙である。ゾルレンは願望や想像、あるいは強制に過ぎないと言う のも刺激的である。こうあるべき、というのも幻像の最たるもの。等々、著者 の虚無の論も肯けるというより、優しく聞こえてくる。 それも経験と年齢を 重ねたためである。 閑吟抄の、チロリ チロリ チンチロリの「何しょうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え」の虚無とは類似をしている。 成すべき、 などの建前より、今生の世は夢 と割り切り、狂ったように生きることこそ、 虚無を突きぬけた言葉である。何をしても、成るようにしかならないのだから、 目の前を精一杯、何かに打ち込むしかないということ。それも、捨て身で。 それが狂うということ。 この二つを冷徹な目で、己に対してみつめることだ。 それが骨になったものの視線である。 ・・・・・・・・・ 2912,金を使うなら頭を使え! 2009年03月26日(木) 榊原英資vs岩井克人の対談 「金を使うなら頭を使え!」 ー新潮45ー09年2月号 ここで学者と元大蔵官僚の二人は、この金融危機の深刻さをアッサリと 論じている。 既にアメリカの金融全体に8兆ドルを投入していたのである。 それだけ深刻ということになる。AIGだけをとっても潰すことができない。 潰せば残っているゴールドマンサックスなども倒産してしまうからである。 といって対処主義では、ここだけで数百兆円も投入せざるを得なくなる。 ということは、結果は知れたこと。 新ドルの切り替えか、国家デフォルト しかないことになる。 ーまずは要点を抜粋してみるー 榊原は、 ・「アメリカ政府とFRBが金融セクターに入れてある資金が8兆ドル(800兆) で、アメリカの金融システム全体が公的な管理に入っていると述べている。 ・アメリカの消費が落ちなかったのは消費者金融のおかげだったが、 それが壊滅した現在、国民は消費行動を変えざるを得なくなったという。 ・金融危機ー>金融収縮ー>資金繰り難、倒産ー>マイナス成長ー> 不良債権の増加ー>金融危機の拡大というスパイラルに入ってしまう 可能性が大としている。 (字数の関係でカット2011年03月25日) ・・・・・・・・・ 2548, 一神教vs多神教 ー2 2008年03月26日(水) (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
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2015年03月25日(水)
〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著) * ソクラテスを魅惑する魂 ソクラテスといえば、「魂の鍛錬」「対話術」「無知の知」がキーワード。 魂とは「神的でダイモン的な何か」として、その鍛錬を説く。〜その辺りから〜 ≪(p17) ソクラテス自身に最も人知の限界を意識させたのは、ほかならぬ 彼の内部から立ち上がってくる声。いくら知ろうと思っても認識できない。 声といっても、明確に言葉を発するわけでなく、いつ心のなかに発生するかも 分からない正体不明の存在です。自分のなかに棲む謎の他者。分からないまま 現れて自分を翻弄する何ものか。この声は自分を毒したと正義のソクラテスは 強弁していますが、はたしてそうだったのでしょうか。 この声が国事への公的参加をソクラテスに拒ませたのはたしかに正しかった と思われます。しかし彼が公的な場にいようと、私的な活動の場にいようと、 あの「神的でダイモン的な何か」は曖昧な動きを呈します。しっかり動かない 既存の制度、慣習、信仰とは反りのあわない暖昧な動きです。そして彼の意識 の底で果ての知れない広がりを呈しています。大きな魂と呼んでもいいでしょう。 彼の「無知の知」の教説、彼の正義、心、そして自分自身のものと彼が考えて いた魂は、この大きな魂と表裏一体になっていて、しかもその底から、大きな 魂を定かには見えないかたちで溢れ出るにまかせていたと思えてくるのです。 そのことは、はたしてソクラテスにとってよいことだったのでしょうか。 無知を人に悟らせるのは間違ったことではありません。立派な正義です。 しかしソクラテスの言動は正論であると同時に正論を超える何かを放っていた。 彼を死なせるほどにです。公開裁判で、彼は、五百一人の民衆裁判官に対し、 まるで自分を有罪へ、そして死刑へ、煽り立てるように挑発的正論をぶった。≫ ▼ ネット検索に(ソクラテス ダイモン)と入力すると、 <ソクラテスは、自然に際して合理的思考を、対話・議論には論理性を重視 するが、その一方で内面にダイモンという神霊の声を聞いて茫然自失の態に陥る ことが多かったと言われます。ダイモンは『善なる神霊あるいは悪なる神霊』 とされますが、その実態は詳らかではなく、ソクラテスの意識に突如飛来する 神秘的現象であり、ソクラテス自身には『内なる道徳律を示す声』のような 認識が為されていたようで、自らが道徳律に反する悪しき行為を為そうとする 時に『それを為すべからず』といった形でダイモンの合図がやってきた。 現代の脳神経科学的な見地からは、てんかん発作に近い意識消失を起こしたと されます。しかし、ソクラテスの脳内現象とダイモンの出現を結びつけて、 神霊としてのダイモンは幻影に過ぎないと科学的判断で切り捨ては出来ますが、 心的リアリティとして『内面的な良心や倫理観の象徴としての神霊』は実在した こともまた事実です。> とある。彼は、一切の著書を残さず、その言説は、 弟子のプラトンによるもの。欧州の発生の地で、2千5百年前のギリシャで、 こういう議論が戦われていたとは、驚きである!それにつけても私の脳は・・ ー思いまどうことはない、人生は無意味なのだ ーサマーセット・モーム ・・・・・・ 4758,閑話小題 ー冒険家の憂鬱 2014年03月25日(火) ーベスト・エッセイ2012ー探検家の憂鬱 角幡唯介 * 35歳の冒険家の憂鬱 ある随想集で見つけた少し哀しい話題。友人に晩婚の人が何人かいたが、 35歳ぎりぎりで結婚をした。モテ過ぎの人は、女性が逆に敬遠するようだ。 以前、女性の適齢期をクリスマスケーキに例えた時期があった。 22、23をピークに、24、25と日毎に価値が下がっていく。現在は違うが、女性の 職場には、23歳停年制の暗黙の戒律があった。若くて綺麗な娘が毎年、入社して 人気が日毎、凋落するのに耐えられない。そこで、早めに本命を掴んでおいて、 あとは少しでも良いのを探す! が、最後は、この程度と諦めて結婚していく。 著者は、35歳男の婚活についての本音だから、納得させられる!ーまずは、抜粋ー 《 婚活女からみた人間の価値判断の基準は意外と単純なところにあり、男で いうと34歳と35歳の間に引かれるラインが、それにあたるのではないか。 つまり女性陣の多くは私の年齢を聞いた瞬間、頭の中で四捨五入して、35歳は 40歳側の人間ーおっさんーという仮借なきカテゴライズをしているような気が するのだ。さらに悪いことに私は探検家という日本で数人しかいない珍しい 肩書を名乗っている。名刺的には「ノンフィクション作家・探検家」としている のだが、ノンフィクション作家などという普通の肩書は探検家を前にすると、 アマゾン州にそそぐタパジョス川みたいなもので、ほぼ存在しないに等しい。 そのことを証明するように、私はこれまで何度も、どんな文章を書いているん ですかと質問されたことがない。聞かれるのは、どんなところに行ってるんです か、そこで何をするんですか、何のためにそんなことするんですか、マゾか サドかといえばマゾですか、といった質問ばかりなのだ。 ・・ 酒も入って 気持ちよくなってくると、ついついキャバクラにいるような気分になってきて、 あることないことをペラペラしゃべってしまう。やれ雪崩に三回埋まって死に そうな目に遭ったとか、チベットで滑落して九死に一生を得たとかの話を お酒の力を借りて講談調で話すのだ。面白いことに、そういう話をすると女性 の目は必ず変わる。もはや場の主役に躍り出たような気分になっている私は、 その目の色の変化を肯定的に捉え、今、女たちは俺のことを男の中の男だと 思っている、などと有頂天になるが、実際のところ女性陣の目の色が変わった のは、私を男の中の男だと思い始めたからではなく、対象外と思い始めたから であることにはその場では決して気がつかない。翌日に次回の約束を取り付け ようと、お気に入りの女性に意気揚々とメールを出し、数日待っても返事が 来なかった時に初めて気がつく。コンパに来る女性は通常、交際相手を求めて いるから、四十歳の側に属した探検家を名乗る、安定的な生活基盤がない どころか生存基盤すら危うい男をつきあう対象と見なすわけがないのだ。 もし年齢と職業がネックになっているという推測が正しいのであれば、長年 憧れてきた世間的な幸せを私が享受する可能性は、いよいよしぼんでいく。》 ▼ 私自身の経験では、それが27歳。21歳から26歳までは、終戦直後の生まれ のため、同年代の数が極端に少ない上に、数歳下の数が異常に多いため、 在庫からして非常に有利の状況。その割に?だったが、それでも早いうちから 声がかかっていた? しかし、姉4人の最低ラインがあるため、クリアーする 相手は、なかなか見当たらない。要は、さほど持てなかっただけだが、 27歳になると同時に、塩を引くように、声がかからなくなった。ここが潮時と、 思った矢先、紹介されたのが家内である。家内も同じような動機だった? だから、著者の悩みが分かるのである。先行きどうなるか分からない事業を 創業をするといっても、何の手掛かりもない。誰も、結婚相手として認めない 当時の私の状況に似ている? 結婚の時節は、それぞれあり、それを逃すと・・ 生涯独身が男3人に1人、女4人に1人の時代が来つつある厳しい時代である。 特に女性は、相手の選択で大きく人生が変わってくるから・・ ・・・・・・ 4391、大衆は何も考えない 2013年03月25日(月) * 劇場版「相棒の映画感想 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、 物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 ーまずは、専用サイトの内容よりー 【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事 ・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行 本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた 疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う 伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】 ー私の主観で要約するとー ≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを 知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察 トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや 銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の 打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。 現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、 アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。 貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。 映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから 立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と (私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、 「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。 ・・・・・・ 4017, 事業生活39年の、独り語り ー5 2012年03月25日(日) 最初に事業として手がけたのは、ジャスコを辞めて、一年間の遊学時に 見つけておいた千葉市郊外の千城台の更地。父は自分の死期を悟り、ビル建設 の助言を通した父の経験則の直伝の日々になっていた。準備に入って10ヶ月後 に父は亡くなった。千城台ビルの完成前5ヶ月前である。「千葉シリーズ」は、 ビル建設の一年半と、 実務の二年間の合計三年六ヶ月取り組んだことになる。 この三年半も熾烈の日々。(20歳〜40歳までは、常に似たようだったが。) そのビル内で、居酒屋の養老の滝1122号店と、焼きたてのセンチュリー・ ベーカリーをオープンさせた。恐いもの知らずで、捨て身でよくやった!もの。 ただ無我夢中であった。 その時、実家でトラブル発生。急遽、店舗二店とも 知人の伝手で経営委託をして長岡にUターン。危ない綱渡りである。 人間にはイザというと、自分で決め込んだ能力を遥かに超えた力が湧き出てくる ことを、この経験から知った。ビル投資5千万に対し一億で売り抜けたが、新潟 のホテル開設資金の資本金になった。千葉の千城台はジャスコ勤務の後に産能大 に通っていた時に確保したもの。 新聞で県の住宅供給公社が造成した団地の 商業地区の売却を目にしたのが始まり。ところで父は、実家の事業に携っている 婿取りの姉夫婦と、実兄と、私の関係を心配をしていた。 そのため亡くなる 数年前に突然、家に呼び出され、会社の株式と、主だった会社名義の土地を、 私と、母と、兄と、姉に、4等分の相続を宣言し、名義を変えてしまった。 これがトラブルのタネ。その時、姉夫婦は呆然自失。父は地方名士志向の姉夫婦 を見限っていた。ところが父の死後、生前贈与以外の父名義の財産を姉夫婦が 都合良く分配していた。その上、間接的に「母親と、兄と、私の会社株式を 自分たちに譲れ!」と迫ってきた。 それ以前に、「父の死後の社長は母親」 という父の遺言書を無視をして、母を説得、義兄が社長になっていた。 私は「乗取り陰謀」と激しく、それを認めた母親をなじっていた。それもあり、 私が千城台ビルで、二軒目の焼きたてパン屋を開店した直後に、「主だった 従業員を引き連れて出る。それとも・・」と迫ってきた。御家騒動の勃発。 起こるべきして起こった騒動だが、母と実兄は、二人の豹変に動転し、怒り 心頭だが、私には、想定とおり。 大学を出てからの熾烈な日々が、 「この程度の問題処理など朝飯前!」ぐらいにしか思えなくなっていた。 千葉の知人に相談したら丁度良い人を知っていた。 急遽、その人と経営委託 をして実家に戻ることになった。これも丁度良い、節目。しかし朝飯前と思って いたが、ここも過酷な日々が待っていた。地方名士を自認していた姉夫婦の 後釜に、馬鹿息子がクーデターを起こして帰ってきたという街の冷たい視線と 流布の中で、私にとっては第二の創業。姉夫婦にとって、手際よくUターン するとは思ってもいなかったようだ。それより我慢を重ねてきた母の激怒が、 全て。 私もイザという時の見極め(正中心一点無)は、持っていた。 ・・・・・・・ 3651, 地震 ―つれづれに ー11 2011年03月25日(金) * 凍りついてしまった経済 この地震で、日本経済は凍りついてしまった。 ・リゾートホテルは歓送迎会がほぼキャンセル。駅前ホテルもビジネス客は皆無。 ・生鮮野菜も恐ろしくて、他産地物でも敬遠。水はペットボトルしか安心できない。 ・知人の子供が住宅の契約直前になって、業者の方から契約を断ってきたという。 資材が入手出来るかどうか混沌として、期限までに住宅の完成が確約できない。 その場合、遅延金を払わなくてはならないので、当面契約は出来ないのが事由。 ・飲食店も期末期首の稼ぎ時に、歓送迎会の予約がほぼストップ。 ・甥っ子が宇都宮でチェーンのファッション店に勤めているが、全く商品が売れ なくなり頭を抱えているとか。 これでは、経済恐慌になってしまう。 空中の放射能が雨と一緒に浄水場に注ぎ込み、水道水が汚染されたということは、 ただならぬこと。この福島第一原発の河口付近の海から安全基準の127倍の 放射性物質が発見されたと、読売が一面トップで報じていた。 それから連想されるのが魚の汚染。近海ものの魚も危ないとしたら、何を口に したらよいのか?恐ろしい限りである。そろそろ農家は田植の準備に入る時期に 入ったが、収穫の秋口に、米が売れるかどうか心配だろう。 売れるのは、外米と古古米だけという奇妙な現象になることすらある。 一日一日が放射能漏れの深刻さを露呈するニュースであれば、 景気は悪くなる一方のは当然だろう。 * 奇妙な数字の一致 9.11は9時46分、神戸は早朝の5時46分、そして、 この3.11は14時46分。偶然だろうが、46分が一緒! いま一つが 2001年 09.11 + 2011年 03.11 = 012年 12.22 は マヤの歴の終わりの日。 偶然の一致だが面白い! ・・・・・・・・ 3286, デフレの実感 2010年03月25日(木) 2月末より本格的デフレ・インスパイラルに入ったようだ。 内容を面白くするため少しオーバーな表現かどうかは??。 ・先日、3月でエコポイントのタイム・リミットということで、買って7年半 経つ50インチのTVの買い替えを考えて大型家電を三店舗まわってみた。 今度は65インチの薄型TVで、4〜5年前は100万前後していた。 数年もすれば50万を割るだろうと思っていたが、何とエコポイントを差し 引いて30万円。隣にあった一番ホットのLEDのシャープの60インチが 37万円である。 信じられない!である。もし本気になれば、あと数万円は 下げられる? 現在のTVはパイオニアのPDPで充分に満足している。 今でも画質は、現在の店頭のものと遜色ない。しかし地上波への変更が (特殊なので)数万のマシーンを入れないと映らないという。そこで、少し 心が動いたが、このデフレの中で一年後には更に下がると判断し、この機会の 購入は止めにした。次はデジカメとビデオカメラ、これも値崩れが激しい。 新商品になる度に新しい機能が加えられ、値段が安くなる。 ・アパートの値崩れも激しい。現在は三万円代の中での価格競争になっており、 5万代に入ると、よほど間取りの良いものしか入り手がないという。自宅の まん前の20世帯以上ある二軒のアパートは、この数年で数軒しか居なくなった。 築20年は経っている割りに値段が高いためだろうが??。 大東建託とかいう 20年入居一括借上げの会社があるが、以前から会社が倒産するリスクを オーナーは考えていないと懸念していた。こういう時節h、特に危険である。 ・建築関係も、ますます価格競争が激しくなり、ギリギリの状態が続いている。 中小は、特に厳しく、何とか助成金で食いつないでいるが、必ずクラッシュが あるはず。店をまわっても、元気の良いところは、業態としてディスカウント を長年かけて作り上げてきたところ。100円ショップ、ユニクロ、ニトリ、 サエゼリア、回転寿司、蔦屋など。それも店舗がスーパーストア(超大型店)。 デフレ・スパイラルは、ハイパーインフレの露払いである。後ろに控えている ハイパーインフレが恐ろしいのである。これが国家破綻という奴だ。 一度、ガラガラポンと破綻させないと、あの世界に撒き散らされた猛毒は排除 は出来ない。それがリアルに動き出してきたということ! 事実は事実である。 ・・・・・・ 2911,人生は作品である 2009年03月25日(水) 「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。 哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。 それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄 合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者 の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える) 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。 主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの 内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。 (自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日)
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