堀井On-Line



4982,瞬間説得 ー3

2014年11月04日(火)

          「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
  * 美人であることが、瞬間説得になる!
 「美人は本当に得か?」という研究を社会心理学者がしたところ、その答えは、「本当」である。
  今さらで驚くべきことでないが、女性にとっては大問題。 ーその辺りを要約するとー
・署名活動で、美人の方が普通の人より格段に多く集めるし、
・美人のボランティアが立っている慈善街頭募金は、圧倒的に金額が多いし、
・裁判でも、容姿の魅力が効果をあげ量刑が軽くなっているという。 
・アメリカの大学の実験で、男子大学生に事前に被験者の細かい情報に加え、美人と、
 そうでない人の写真を混ぜておくと、事前の10分間の電話打合せでは、魅力度で、対応に
 明らかな変化をもたらす結果だった。
・もっと露骨な調査があった。排卵期、月経期、その他のグループの3つに分けて、
 どのグループの女性が、持てたかというのもある。もちろん、子供ができる可能性が高い
 排卵期の女性で、フェロモンが出ていたため?
   ーこのジョークが、まさに瞬間説得である。
《 交通警察官が、スピード違反でバイクの男をつかまえた。「違反切符を切れないような、
 納得できる理由があればいってくれ」と警官。「それがさ。先週、女房がおたくの警官と
駆け落ちをしたんだ。それが、パトカーを見たとたん、彼女を帰しにきたかと思って逃げたんだよ」》
 身近なペットを見ても、それぞれの方法で飼主への瞬間説得を身につけている。
ペットのインコは、鳴き声と、止り木での回転と、視線で瞬間説得をしている。アイコンタクトも、
女性の流し目も同じ。「目は口ほどにモノを言い」である。 TVのスポットCMも、15〜20秒の
瞬間説得になる。特に、女性へのコンプレックスCM(化粧品、ヤセ薬、装飾品など)が巧妙で、
見ていて面白い。 香水は、瞬間説得の最たるもの。 それと褒め言葉も。
・・・・・・
4615, 閑話小題 ー愛すればそっくり
2013年11月04日(月)
   * 愛すればそっくり
 30年間、ウォーキングとポタリングを続けてきた中、犬の散歩と行きあってきたが、
何故か犬と飼い主の姿と顔が似ている。TV番組で、そのレポートをしていたが、学者まで
出て分析をしていた。犬と飼い主の写真を左右において、ペア当てをしたところ、7割が一致。
そこで、目だけを両者切り取ってペア当てをさせたところ、やはり7割が一致。同じ環境で、
似たようなものを食べていれば似てくるのか? しかし飼った年月が長いほど似てくるか?
といえば、そうでない。そこで「自分に似た犬を無意識に選定する」という説がクローズアップ。
同じ環境と、互の性格が同化する説が尤もらしい。 似た者夫婦というが、同じ? 
犬は上下が明確だが、夫婦は対等?で、愛憎相まり!正反対の顔になっていくケースが多い? 
   * シネマ『スティーブ・ジョブズ』
 先日、シネマで『スティーブ・ジョブズ』をみてきた。  ーシネマのブログにはー        
【 常に既成の枠組みを打ち破り、理想を求め続けたスティーブ・ジョブズ。
人と違う考え方を貫き、周りの人全てを敵に回した<反逆児>が、どうやって、世界中の
人に愛されるデバイスを創ったのか。 シリコンバレーの寵児と呼ばれながらも繰り返される
成功と挫折の狭間で、彼は何を考え、何を想ったのか―。1970年代、友人たちと共に自宅
ガレージからスタートしたアップル・コンピューター。 その類稀なる創造力により、文字通り
 “世界を変えた”天才の半生を描いた大注目作。】
▼ ジョブスに関するドキュメントは、幾つかTVで取り扱われており、シネマは、それらを
 忠実に物語化。その中で、ジョブスが、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏に電話越しに
怒鳴りつける場面が圧巻。ジョブスは「絵文字をモニター画面上に表したりマッピングの概念」
をゼロックスから盗み、そのアップルからゲイツが盗作したのである。
《 画面をスクロールするために「ボタン」をかたどった部品の絵を使ったりして、PCを直感的に、
しかも簡単に操作できるようにしたウィンドウズは、これらの経緯で出来ている 》ということ。
 映画では、ガレージでアップルを興した20代初めから、晩年までの約30年間のジョブズ氏の
人生のストーリ。まず学生時代に、友人たちと自宅のガレージでアップルを設立するところから
スタート。4年で株式を上場させ富と名声を手にするも、目に余る傍若無人ぶりで「君自身が
アップルの敵だ」と役員の全員一致で解任されてしまったジョブズ氏が、それでも夢を諦めず
ピンチに陥ったアップルに立ち戻って「アップルをもう一度クールに」と大胆かつ斬新なビジョンを
実現していく。そのキッカケが、iPodである。そしてiPhone・iPadにつながっていく。
ウィンドウズも元といえば、ジョブス。ジョブス、ゲイツは、明らかに歴史を変えた人物として残る。
                                             〜評価85点
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4240, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー13
2012年11月04日(日)
     * 駅伝のルーツとは       ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
 今日、大学選抜の駅伝が行われるが、駅伝のルーツが、この本にあった。
飛脚がルーツという感があったが、なるほど、色いろな経緯があった。
箱根駅伝もTV中継をするようになってから爆発的にファンが増えた。 
 −まずは、その辺りを抜粋する。
≪選手がリレーして走る、いわばロード・リレー・レースである駅伝は、日本発祥のスポーツである。
 最初に駅伝が行なわれたのは、1917(大正六)年のことだ。この年は、京都から東京へ首都が
移ってからちょうど50年目にあたった。当時の有名企業は、こぞって50周年の記念行事を計画し、
駅伝はそうした企画のなかの一つとして、考案されたものだった。駅伝を発案したのは、当時は
まだ朝日新聞や毎日新聞の後塵を拝していた読売新聞の青年社員。彼は、京都の三条大橋から
東京の上野を結んで、昔の飛脚のように東海道五十三次をマラソンリレーする斬新なアイデアを
考え出した。「駅伝」という名前はこの時考え出された。鉄道の駅に立ち寄るわけでもないのに、
なぜ駅伝という名前がつけられたのだろうか。これは、古代の「駅伝制度」にちなんでいる。
古くは飛鳥時代から、日本の主な街道には、急ぎの使老が乗り継ぐための馬を配した「駅馬」
「伝馬」が置かれていた。選手たちが次々に走り継いでいく様子をこれになぞらえ「駅伝」と
名づけたのだ。この日本初の駅伝は、関東組、関西組のニチームで争われ、選手たちは三日間
昼夜を徹して東海道を走り抜いた。沿道は世紀の大勝負に大観衆が熱狂して声援を送り、
最後は関東組の勝利に終わった。この駅伝大会が成功したため、三年後は東京と箱根を往復
する駅伝大会が始めている。これが現在の箱根駅伝。最近では海外でも駅伝が行なわれている。
日本が生んだ競技が、世界に広がりつつある。≫
▼ 駅伝は順調でもチームの一人が倒れれば、それで終わりとう危険がある。
だから、見ている分には面白い。倒れた人は、それで一生の傷を負う。
甲子園の野球に、似たところがあって、そのドラマは残酷でさえある。
 ・・・・・・・
3875, ギリシャ危機の実態とは? −2
2011年11月04日(金)
  * 呆れたギリシャと、日本
 ギリシャが支援を受けるには借金を減らすため政府予算をきりつめなければならず、
国民の反発が強い。否決されれば、欧州の解決策が白紙に戻る。そのジレンマの中で、
何と国民投票をギリシャ首相が表明したとニュースにあった。いずれ破綻をするのなら、
一度破綻させ、ギリシャをEUから外せばよい。一つ間違えると、世界は恐慌。いや、既に
瀬戸際に立っている。本来は10月に起こって不思議でない恐慌が、少し延びているだけ。
まず、その記事の一部をコピーから・・・
【 欧州の政府債務(借金)問題への懸念が再燃し、株安やユーロ安を引き起こした。
ギリシャがユーロ圏各国による支援策を受け入れるかどうかを国民投票で決めると発表し、
否決されれば欧州問題が解決できなくなるとの不安が強まった。独仏首脳はギリシャ側と
2日に緊急会談を開き、対応を協議する。 1日の欧州株式市場では、ドイツの株価指数が
一時6%、フランスの株価指数が一時5%を超える大幅な下落になった。とりわけギリシャ
国債を多く持つ仏金融大手のソシエテ・ジェネラルやBNPパリバなどの株価が大きく落ち込み、
金融機関の経営への懸念が強まっている。その後のニューヨーク株式市場も急落した。
大企業で構成するダウ工業株平均は一時、前日終値より約320ドル下落した。 
欧州通貨「ユーロ」も売り込まれている。1日午前の東京外国為替市場では一時1ユーロ=
109円台をつけたが、その後は 円高ユーロ安が進み、欧米市場では106円台になった。】
▼ 世界の金融関係者は固唾を飲んで見ているが、日本は、他山の石でないから大変である。
問題はギリシャだけでなく、他のPIIGSが控えていること。その上にアメリカも、日本も、そして
中国も大きな地雷を抱えている。各国の指導者の誰も、その解決方法が分からず、成り行きに
従うしかないのが現状。 ギリシャの公務員数が、何と人口の10パーセント。
日本の公務員数はというと400万人。国家公務員100万人、地方公務員300万人。
多いといっても3パーセントでしかない。話は飛ぶが、日本の公務員は、退職金とか公務員
年金を給料に換算すると年に一千万近くになるという。で、それを掛けると、何と40兆円になる。
国家予算と、地方の予算は別としても、国家予算より多いことになる。
で、国の予算が実収入の三倍。 当然、待っているのは、国家破綻である。そして、韓国が
IMFの管理下で血の滲むような、合理化をせざるを得なかった道が目の前に待っている。 
同調バイアスと、正常性バイアス、そして他愛主義者が政権をとっていることもあり、国民は
大津波の前の土手で、車に寄りかかってプカプカとタバコを吸っている姿に類推できるのが、
現時点。海岸線の危ない人の話だけでない。
  ・・・・・・・
 3510, ユダヤ人の頭脳活性法 ー4
2010年11月04日(木)
「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
   * 全身学習法
 子供が六歳でへゲルとよばれる寺小屋に通い始めると、まず文字を指で押さえながら
朗読することを教える。つまり、目で文字を追い、指で押さえ、口で朗読し、耳で聞くわけである。
人にとっていちばん記憶しやすいのが、自分の声。次は胎内入る時から聞いている母親の声。
母親の語る童話や寝物語は、人間の知性の発育に大きく影響。ユダヤ人は、これに加えて、
身体を前後に揺らしながら読みます。つまり全身を使って読むわけである。 我われは本を持って
部屋をウロウロしながら小さな声を出して読むのが一番効果があることになる。
座って前後に身体を揺らせながら読んでもよいが。こういう時、速読は駄目で、ゆっくりと一行
ずつ幾度も音読を繰り返し、文章の余韻を味わってみることである。 それと、考えと思いを
書き出すことも重要。自分が心の中で思っていることと、自分が理知的に考えている間には、
大きな段差がある。自分自身に対して中途半端に妥協せず、自分が納得するまで、とことん
吟味し選び抜き、自分が納得できる表現の文章に組み立ててみることである。
 解)そういえば、鳩山兄弟の勉強法に「部屋の黒板に書きながら理解をしていく」と
あったが、これも身体全体を使っている。 
  *「模写する力」を身につける
ー「書き写す」、「真似る」そこから自然とオリジナリティーも育ってくる
書くということは、自分の考えを綴るだけでなく、他人の名文を書き写すことからも学ぶ点が多い。
名文というものは、日本語の韻律に優れているだけでなく、仮名と漢字の使い分けや、
そのつなぎの妙、そして仮名と漢字の織り成す音韻の点でも優れている。受験生などに有効な、
もう一つの方法は「筆写」。試験問題も、設問も、全部二・三度書き写してみる。 そうすると
出題者の意図が試験問題全体から伝わってくる。もう一つ、「写生」である。写生は見えている
ものを描こうとすることです。紙の空白の何処のスペースの置くか、何を訴えて描こうとするか
ー奥行きが深いもの。それが上手く出来るかどうかは、全体の構図の取り方にかかる。
 「デッサン」も、誰もが実践可能な頭脳活性法である。デッサンはフランス語で「下絵」のこと。
 鉛筆や木炭、単色の画材だけを使って対象物を書く素描のこと。対象物をその輪郭、白黒の
濃淡、陰影、線の太さ、細さなど、単純な要素で表現するもの。それだけ、描き手の目の鋭さと
腕の確かさが一目瞭然になる。自分でデッサンできないなら、模倣と模写から始めることだ。
欧米の美術館に行くと、巨匠の画家の作品の前で終日、模写をしている若い人を見かける。
〜〜
真似る、書く、書き写すことが、基本のようだ。それも繰り返し、続けること。
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3135, 「法則」のトリセツ  ー3
2009年11月04日(水)
* ドアインザフェース ー取引の駆け引きの一手法   
  ‘ホテルカツ上げ’のケース
アメリカの心理学者チャルディーニが行った実験がある。最初の依頼「これから2年間、
毎週2時間ずつ青年カウンセリングプログラムに参加してもらいたい」
第2の依頼「ボランティアとして、1日だけ、子供を動物園に連れて行ってもらいたい。」
 最初の要請はほとんどの学生が断った。 断った学生に第2の依頼をすると、約50%の
学生が引き受けてくれた。ところが最初のステップを踏まず、いきなり第2の要請をすると、
17%の学生しか承諾してくれなかったのである。この方法は、外交交渉でよく使われる。
 以前の経済交渉で、アメリカが常套手段にした方法がこれである。
最初に、とんでもない要求を突きつける。相手が断ると要求を下げてくる。下げてきた
要求の方がアメリカの狙いだったりする。このテクニックは、最初の依頼を断った時の
相手の罪悪感を利用している。 一般的な例としては
「財布を忘れてきたので、一万貸してくれないか」「悪いけど人に小銭でも貸したことがないので
汽車賃なら」「じゃー昼飯代で二千円でも」で、相手が優位な状態で仕方なく金を貸しざるを
得なかったことがある。 女性にルーズで、当時倒産をして生活が苦しいとは聞いていたが。 
また最近、ホテルであったケースとして、《部屋においていた高価な時計が無くなったと騒ぎ出し、
警察を呼んで調べてもらった翌々日から電話での恐喝が始った。明らかにカツ上げが目的。
百万以上の時計だが、御前のところの誰かが盗んだはずだ。どう弁償してくれる、何とかしろ。》
 警察に電話をしても「民事のこと、話し合いで何とかしてください」という。 何度か電話が来たが、
最後は露骨な脅し。そこで録音をして警察にとどけることにした。 百万といっておいて
数万〜10万で手をうつ手法は見えみえ。といって、恐喝ハンターとしては警察沙汰にした方が
後々のため。 で、電話を録音をして警察に届け出て一件落着。二十年前の時は、
「電話の取次ぎが途中で切れてしまった。 数百万の取引が駄目になった。
保障をしろ」という。これも体の良い恐喝である。 二人連れだったが、対応した副支配人に
包丁を突きつけての脅し、その包丁が彼等の車内で発見されて逮捕された事件があった。
次回は、小さなウソを重ねた詐欺的行為?のケース・・
〜〜
2770, 半歩遅れの読書術 −3
2008年11月04日(火)
 茶道を通して二人の男の深い魂の結びつきが伝わってくる。馴れあわない親愛、孤独に
耐えうる人間の友情が、何とも良い。さっそく、『平心庵日記』をアマゾン《中古本》で注文をしたが、
面白そうだ。 ーあるHPの感想文からー
  * 逃避から得た恩寵
 昨年(2000年)の晩秋に読んだ本だが、近藤道生氏の
『平心庵日記-失われた日本人の心と衿持』(角川書店)も、私にとってその種の本の一つ。
著者は戦後復興期の大蔵官僚であり、転身して博報堂の代表となった経済人だが、同時に
現代の茶道を支える大茶人として知られている。その著者が、外科医で茶人だった厳父、
平心庵・近藤外巻の日記を読み返し、しだいに大戦の影の迫る、大正末から昭和初期の
茶人の生活を描いたのが、この本である。平心庵は文字通り「仁術」に生きる開業医だったが、
そのために営利的な同業者のあいだでとかく孤立しがちであった。だがその彼が茶友としたのが
三井財閥の総帥であり、近代茶道の復活者一人、鈍翁・益田孝だったから、話はにわかに
華麗な背景に飾られる。 益田は財界の雄であり、山県有朋と結んで政界をも左右した
人物だが、それ以上に江戸後期に形骸化し、利休の精神に回帰させた大正茶道の指導者
として有名であった。 感動的なのは、この二人がたま小田原に住んで、ただそれだけの縁で
無私の友情。育んでゆく過程である。当時・反軍的な益田はようやく政界での力を失い、
国の将来を憂いながら隠棲に似た生活を送っていた。二人はともに孤独を覚えがちな境遇の
なかで、いささかも馴れず甘えあわず、茶の湯の規則貫かれた君子の交わりを結ぶ。
二人のあいだに慎み深い距離があって、しかも同じ不幸な時代に耐える暖かい共感が
養われていた。そしてとくに私の注目を惹いたのは、この同じ規律が近藤家の家庭の内部にも
及び、息子は父にいつも敬語で語りかけていたという挿話であった。 
この二年、私は「社交する人間」という長編評論に取り組んできた。そのなかで私が社交に
求めていたのは、一貫してこの馴れあわない親愛、孤立に耐えうる人間の友情だったのだが、
この本はそれに具体的な挿絵を与えて、書きつづける私を勇気づけてくれたのであった。
▼ 以上だが、両親が茶人だったこともあり子供の頃から茶道の世界を垣間見、その奥行きの
深さを感じ取ってきた。私が残された時間ですべきことは茶道の世界なのかもしれない。 
 金沢時代に一年間、寮の近くの個人が教えている家に通ったことがあったが・・・
・・・・・・・・・・
2007年11月04日(日)
2406, カラスの話 −2    ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっは〜♪
「カラスの話」でもテーマにしようかと思いたった。ところが、そういえば一年ほど前に
書いたような気がしたので調べたら(Hp内の検索)やはりあった! 一年近くに書いてあった。
 先月の10月23日のこと、中越地震三周年の花火が通勤の帰路に(亡くなった人の数?)
打ち上げられて、その音と地響きが聞こえてきた。その時、彼方此方からカラスの鳴き声が
聞こえてきたが、「恐怖の叫びと、互いに安全の確認」と推測できた。「カラス語」で検索して
みたが、仏の鳥類学者デュポンのカラス研究があった。彼の長年の研究の結果、
カラス語が幾つか解るようになった。
・カラス語は25の語数からなっていて、ほぼ全ての意思を伝えることでき、
・「クラ、クララ、クラオ、クラオ、クロア、クロネ・・・」とある。
 フランス人は日本のように「カ〜カ〜」の音ではなく、「ク〜ク」の「ク」の音階で聞こえるという。
 (字数制限のためカット2014年11月4日)  


4981,瞬間説得 ー2

2014年11月03日(月)

          「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
  ー前回の瞬間説得の問いの答えの内容はー
★ < 電車は五分ほど途中停車しました。車内は満員で、しかもさらに五分間停車するという
アナウンス。 すると、ジョギングウェアを着た男がいきなりタバコを取りだして火をつけました。
車内は不愉快そうな沈黙に包まれましたが、誰もが黙っています。あなたなら、トラブルもなく
一発でやめさせるには? >
 ー>人々の顔がそれを雄弁に物語っていたが、誰もが、こうした場合ありがちなように黙っていた。
 そのとき突然ピンストライプのスーツの男が禁を破りました。「失礼」とタバコを持って男に身を
寄せ、「ちょっと火を貸していただけませんか」 これがきっかけになりました。 堪忍袋の緒が
切れたのです。すぐに別の乗客が止めに入りました。「あんた方、禁煙だってこと知ってるだろう?」
と彼は言いました。スーツの男は禁煙の表示に、突然"気づき"ました。
「悪かった。気づかなかったんだ」それから彼はジョギングウェアの男をふり返りました。
「これは消した方がよいみたいだね」 ・・禁止区域で平然とタバコに火をつけるような人物は、
おとなしくしていないのが普通で、必ず抵抗します。 これに対処した乗客はどうしたでしょう? 
真正面から対決するのではなく、まったく反対の方向へ行きました。》
 ▽ 逆に二人になって、ますます黙りざるを得なくなる可能性もある? 
★《 =赤ちゃんには逆らえない=ヒューストンのある女性から聞いたばかりの話。
昨夜友達が自宅のポーチで赤ん坊の泣き声がするので、気味が悪くなら警察に通報したそうだ。
警察が彼女に言った。「とにかくドアを開けないでください」するとその女性は心配し訴えた。
もしも赤ん坊が窓のぞぱを這っていて、道に出だりしたら車に轢かれてしまうかもしれないと。
 警察は言った。「すでに警官のチームがそちらに向かっています。何があろうとドアを開けないで
ください」警察は連続殺人鬼が録音した赤ん坊の泣き声を流し、誰かが赤ん坊を捨てていった
のだと思わせて、女性たちを外にもびきだそうとしているのだと言った。絶対とは言いきれないが、
夜中に女性が一人でいる家の外で赤ん坊の泣き声がしたという通報を数件受けているのだと……。
人間の赤ん坊の無力な泣き声は、か弱くもないし、無能でも、原始的なものでもない。
それは自然界でもっとも深遠かつ強力なものだ。父親と母親はそれを聞いて初めて、親としての
自覚が生まれる。「幼児の」泣き声は、宇宙に放たれるのではなく、人間の愛と慈悲の深みへ
降りていく。それを強盗が利用しようというのだ。》
 ▽ 子供の泣き声こそ、瞬間説得になるが、実際にあったことだから、説得力があるし、
この程度の細工はするのだろう。 初めての創業で、小さなテナント商業ビルの一角に、
養老乃滝をオープンした。ところが、居酒屋などの経験が無かったため、2〜3ヶ月に一度は、
酔っ払いの絡みに対応できなかった。そこで考えたのが、相方や、手伝いのパートさんと事前に
打合せておいて、彼らを怒鳴りつけることで、酔払いの気勢を削ぐ方法を思い至り、何度か
きりぬけた事があった。 ・・で、女性が頻繁に使うのは、涙。瞬間説得の最たるもの。
 もう一つ、謝罪会見の後の、10〜20秒間の最敬礼! 彼らは、下を向きながら 1,2,3と
数えているらしい!
・・・・・・
4614, 2000年前のポンペイー6
2013年11月03日(日)
 イタリアのポンペイの遺跡には三度行っているが、行くほどに、その魅力に惹かれる。
また何度か、ここでも書いてきた。TVでは、『NHKBS歴史館』などで、多くの特集を組んでいる。
また、図書館には写真集がある。AC79年に、ナポリ湾を見下ろすベスビオ火山 が大噴火すると、
南東10キロに位置したポンペイの町は火山灰に埋もれたが、1748年から発掘調査が行われ、
それが現在も続いている。ローマ人が創り上げた古代都市が徐々に姿を現しているが、今でも
半分も、発掘されてない。 舗装された道路、神殿、住宅、商店街などが20Mの火山灰に、
2千年の間、保存されている。人骨などは、その熱で溶けてしまい、それを覆って出来た空洞に
石膏を流し込んだものが発見された現場近くに展示されている。
 ところが最近、ある地下室で、54人が噴火後、生埋めになって折り重なった生々しい遺骨が
発見された。そこで、彼らのDNAや、装飾品・衣服などから新たに多くの事実が分かってきた。 
そこは大きな商家で、その主人と思われる人の身の周りから金銀が。エメラルドを身につけた
男女の遺骨には、人骨が青く同化。小銭を多く持っている人は近くで商いをしていた人。
妊婦は胎児の骨がお腹の辺りあったことから推察される。噴火から火山灰がポンペイまで
到達するに19時間かかったというから、留まった人は、大金持で金銀の財産を失うのを恐れ、
妊婦は身重で、商人は店に未練があったため、等々が推察される。ポンペイには下水道が完備、
都市計画があって、商店街、大広場、神殿などあり、現代の都市にひけをとってない。
古代ローマの都市は、中世のルネサンスまで、それを凌駕した時代は一度も無かった。
その古代都市を、大噴火の20Mの火山灰が石膏代りに、都市全体を保存し、私たちの目の前に
再現し見せてくれるのだから、奇跡である。石の文化は、後々まで残るからよい。
彼らは午前中だけ働き、あとは浴場や、劇場などで、生活を楽しんでいた。
瀬戸内海周辺は、農作物などが豊富で、物流が盛ん。それが万遍無く市民に
行き届いていたようだ。 世界は広く、深い!
・・・・・・
2004/11/29
1336, 2000年前のポンペイー5
一昨日のNHKスペシャルで「ポンペイ」を特集していた。
落書きを切り口に番組みを構成していたのが、新鮮であった。
たまたまポンペイについて書いていたので、その偶然の一致が奇妙な気分である。
2000年前の生々しい人間の心が、落書きの中に出ていた。話は少し逸れるが、エジプトの
ルクソール神殿の遺跡の壁にあったレリーフに,兵隊の絵があった。同じ絵が多く描かれていたが、
現地の日本人女ガイドの説明が面白い。その兵隊うちの一人だけが、ところどころ逆向きに
向いているのだ。当時の多くの職人の一人が、命をかけて?わざっと逆向きに彫ったという。
いつの時代でも、そのような遊びがあった。それよりも、数千年の時空を超えた男の生身の
人間的なジョークを伝えているのがよい。
  ーその番組みで紹介していためポンペイのメモには
・〔私と貴方が一緒に踊ったことを憶えていて、訪ねてきてくれてラブレターを置いていってくれた〕
 返事が壁に書かれていた。
・隣近所のお知らせー人々は回覧板かわりに壁を使ってコミュニケーションをしていた。
・現在の通りの商店看板と殆ど同じものが、当時のポンペイの街にもあった。
・ポンペイの街には400軒の店があった。 24時間営業の居酒屋があった。
 その居酒屋の奥の部屋でゲームと会話をしている絵が残されていた。
・食料品店の壁には、掛け売りのメモが書きこまれていた。 家計簿的なメモもあった。
・果物屋には桃が売られていたメモがあった。  等々である。
メモから、当時の変化がうかがい知ることが出来る。当時のローマ帝国の政策の大きなもの
として、パンと、サーカス(街には必ず円形劇場がつくられていた)を庶民に与えることであった。
AD・54に17歳で皇帝になったネロが、その政策を更にエスカレートさせていった。
そのためか、贅沢の限りをつくす考えが一般にまで浸透を始めていた。
その頃のメモに〔今を楽しめ〕というのがあった。
それがエスカレートしたのかタブーのメモもあった。
・下品の言葉を慎むように
・他人の妻には手を出さないこと
・食事をしていて、着物を汚さないように
 宴会場の壁には、酔っ払いの落書きに
〔とことん飲むぞ!〕というものもあった。
富める者と貧しいものとの格差が鮮明になり始めてきていた。
そして、貧しい者の荒んだ心がそのまま落書きになっていた。〔あの男に災いあれ!」
当時の円形闘技場の落書きの中に「闘技場の外で多くの人同士が剣をもって争う姿」があった。
試合を見ていた同士が喧嘩になって殺しあう事件が起こったのだ。普段の生活が、火山で時が
そのまま密封され生々しい世界が奇跡的に今に多くを語りかけている。
  −この私のポンペイのシリーズはまだまだ続くー
・・・・・・
2004/11/26
1333, 2000年前のポンペイ −4
遺跡の中でポンペイの遺跡は、奇跡に近い状態で当時の世界をそのまま閉じ込めて現在に
提示してくれている。このグラビアの本を開いているだけで、気持ちが2000年の時空を飛び
越えてローマの時代にはまりこんでしまう。この小プリニウスの手紙には、大きな衝撃を受ける。
この青年の知性にも、驚きざるをえない。それと、大プリニウスの行動にも当時の知的レベルの
高さを知ることができる。この内容が、2000年前の事実がそのままドキュメント風に
記載されているから迫力があるのだ。人間の変わらない感動、恐怖、そして生活が
そのまま伝わってくる。街全体が、当時のまま残っているから、更にこの手紙の内容が生々しい。
18世紀の初頭まで人々の記憶から忘れ去られたことが、当時のままの姿を残すことにもなった。
35年前の日記を昨日のように感じるのは何ら不思議ではない。全て昨日のようなものである。
数ヶ月前のTVドキュメントは、この手紙を忠実に映像化をしていた。
そして、爆発が起きてからポンペイが埋まるまでの19時間も、当時の遺体の様子から
想像をしたドキュメントが生々しく時系列で構成されていた。。
ー6月20日の手紙
私は先に、あなたの求めに応じて、伯父の死についての手紙を書き送りました。
手紙を読で、ミセヌムに残されたこの私がいったいどんな恐怖を味わい、そしてどんな危険に
あったかぜひ知りたいと貴兄はおっしゃいます。実は、先の手紙ではそれを書こうとしていて、
筆を置いてしまったのです。「思い出すのもつらく、悲しみは深いけれど、とにかくやってみましょう」
 伯父が出発した後、私はずっと勉強をして過ごしました。そのために残ったのですから当然です。
それから入浴と食事をし、そして短く途切れがちな睡眠をとりました。
それまでも、前ぶれのような地震が幾日も続いていましたが、カンパニア地方では珍しい
ことではなかったので、さほど恐ろしくはありませでした。しかし、その晩起こった地震はあまりに
激しく、もはや揺れているという程度ではなく、すべてがひっくり返ってしまったかのようでした。  
母が急いで私の部屋にやってきました。私の方ももう起き上がっていて、母がまだ眠っていたら
起こそうと考えていたところでした。
私たちは中庭に避難し、腰を下ろしました。そこは海と建物を隔てる格好の空間でした。
当時17歳だった私は、落ち着いていたというか、無分別だったというか、ティトゥス=リウィウス
(訳注:古代ローマの歴史家、『ローマ建国論の著者)の本を持って来させ、いかにも暇を持て
余しているかのようにその本を読み、やりかけのレジュメを続けていました。そこへ伯父の友人が
やって来ました。伯父に会いにスペインから戻ったばかりだというその友人は、私が母と一緒に
座って本を読んでいるのを見て、私の無気力と不注意を責めました。それでもなお私は、熱心に
読書を続けようとしていたのです。 もう昼の第1時だというのに、光はなおもぼんやりとして、
まるで病人のように弱々しいままでした。すでに建物には亀裂が入っていました。
私たちは屋外にいたのですが、建物が崩れ落ちたときのことを考えると、その狭い場所では
安全とは言えませんでした。ついに私たちは町を出る決心をしました。私たちの後には茫然と
なった群衆が続きました。人は突然激しい恐怖に襲われると、自分の決断より他人の決断に
従う方が賢明だと考えるらしいのです。   (字数の関係でカット 2013年11月3日)
・・・・・・
2004/11/13
1320, 2000年前のポンペイ −3
  小プリニウスの「手紙」−1
ポンペイについて書いた直後に地元の新潟中越地区に大地震がおきた。偶然の一致だろう。
ポンペイの遺跡から当時の情報が多く知ることができた。歴史から忘れられたポンペイの遺跡が
発見され、発掘が始ったのが18世紀の半ばであった。そして現在に至るまで250年にわたって
発掘が続いている。まだ発掘してないところが多くあるという。
歴史家のタキツゥスが、書の中で当時のある若い青年の手紙を残していた。当時まだ17歳だった
青年の2通の手紙が当時の模様をこと細かく整然と後世に伝えていた。その文章を読んでいると、
その一言一言が身に沁みる。その青年とは、当時、地中海艦隊の司令官としてナポリ湾岸の町
ミセヌムに駐在していた大プリニウスの甥、小プリニウス(61年頃〜112年頃)である。
歴史家タキトゥスの求めに応えて書いたこの手紙は、ローマ帝国内の美しい都市に起きた
大惨事の貴重な目撃談となっている。 この手紙を読んでいて、彼の驚きと当時の若い
彼の興奮がそのまま、2000年の時空を超えて伝わってくる。
「言葉を持つことは魂を持つこと」という言葉の重みを実感する。
発掘された遺跡の姿そのものが、そのまま人間の変わらない生活と真実を伝えている。
ーー
小プリニウスの「手紙
ー6月16日の手紙
 伯父の死をできるだけ正確に後世に伝えるため、あなたに手紙を書くようにとのご依頼を受け
私はとても嬉しく感じました。というのは、伯父の死があなたによって書き留められることで、
彼に不滅の栄光が与えられると考えたからです。恐ろしい災厄によって死んだために、
伯父の死は、他の被害にあった住民や美しい町とともに永遠に記憶されるでしょう。
また、伯父自身、後世に残るであろう多くの作品を書いています。しかし、それに加えてあなたの
著書に書き留められるとすれば伯父の歴史上の記憶は、より確かな、永遠のものになるはずです。
私は思うのですが、歴史に残るようなことを行うか、あるい、は価直のある文章を書く能力を神から
与えられた人は恵まれた人であり、しかもこの能力を2つとも与えられた人は、最も幸せな人です。
私の伯父は、彼自身の著書とあなたの御著書とによって、そのような恵まれた人物の一人と
なるでしょう。というわけで、私はあなたの御依頼をお引き受けいたします。いや、こちらから
進んで手紙を書かせて頂きます。
 伯父はミセヌムにいて、船団の指揮をとっていました。異様な形の巨大な雲が現れたことを
母が伯父に知らせたのは、9月の第1日より9日前(8月24日)の第7時(午後1時)頃のことでした。
伯父は日光浴と冷水浴をしてから軽い食事をとった後で、ちょうど仕事の最中でした。
伯父は靴を持って来させると、その超自然現象を一番よく観察できる場所にのぼりました。
 (字数の関係でカット 2013年11月3日)
・・・・・・
2004/10/22
1298, 2000年前のポンペイ −2
図書館で何気なく歴史コーナーを見ていたら、「『ポンペイ』完全復活、2000年前の古代都市」
というグラビア集があった。一ケ月位前にTVで『ポンペイ』を特集していたのをDVDに録って、
その面白さに繰り返し見た後なので、思わす時間を忘れて、その場で見入ってしまった。
借りてきて見ているがTVよりさらに深い内容である。本は、映像では表現できない違う役割がある。
 AC/79年8月24日、ヴェスヴィオス山の大爆発で火山灰で埋没したこの街は、その18世紀半ば
からの発掘によって、古代ローマを知る上で大発見になった。それまで、古代ローマの遺跡と
いえば、ローマ市郊外の遺跡であったり、地中海沿岸の都市であった。
ローマ帝国は、このような街が数千もあって、それによって支えられていた。
しかし、それらはその後の追加工事などで、当時の原型を殆ど留めていないものばかり。
これだけ、完璧に残って発見されたのは歴史上初めてである。街そのものを、石膏(火砕流)
を流し込んで、そのまま保存したようなものである。
ーそのグラビア内容とは
・街全体の航空写真と、それを元につくられた街の復元の絵
・それで解ったポンペイの都市計画図 そして街の構成と築造技術
・給水システムと下水システム
・共同墓地と体育場と円形闘技場、そしてスタビア浴場
・娼婦の館の写真と、そのレイアウト。 そして、そこに描かれていた男女交合の絵
・完全に残っているパン屋と、内部の工場と、パン原型 そして、それをもとに作られた
 パン屋の想像図
・複合劇場施設の航空写真と、その図面と、想像図
・音楽堂と、そこに描かれていた壁画と、残されていたタンバリンと、ブロンズ製のパンパイプ
・街の心臓部になっていた、市民広場 そこでは、街の住人や、郊外の豊かな農民、商人、
遊び人など様々な人たちが集っていた。そこでは選挙もおこなわれていた。
・公衆トイレもあり、入ると控えの間があり、外からは見えないようになっていた。
そこを入ると便座があり、 排水溝があって常に水が勢いよく流れていた。
こう見ると、現代の都市と大して変わりがないといってもよい。      ーつづく
・・・・・
2004/09/27
1273, 2000年前のポンペイ ー1
先日、TVで「ポンペイ」を特集をしていた。十数年前にイタリアに旅行した時に立ち寄った、
ポンペイの街の記憶とTVの内容が重なって、非常に興味を持ってみることができた。
ーまずはポンペイの概略を書いてみるナポリの南東にあるヴェスヴィオス山のふもとの町。
古代ローマ時代には貴族たちの別荘地として発展し、パクス・ロマーナ期の繁栄ぶりはめざましい
ものがあった。当時の人口は2万。公共施設が次々と建てられ、建物の構えはローマにひけを
とらないほどだった。悲劇は、AC79年8月24日にやってきた。ヴェスヴィオス山が突然、
大爆発を起こしたのである。大地は鳴動して山頂は吹っ飛び、火口がぽっかり口をあけた。
きのこ雲は天に達し、くもった空の下に、三日三晩、火山灰と火山弾が降り注ぎ、泥流は
火口をあふれ出し、町を襲った。ポンペイの町にも大量の石や灰が積もり、噴火の翌日までに
その灰の深さは5〜7mにも達した。屋根の損壊や有毒ガスによる窒息による犠牲者の数は
人口の1割にあたる2000人と考えられている。そこには火砕流でタイムカプセルのように、
当時の生活が残されていた。遺体を覆った火砕流の岩石の空洞に、石膏を入れて型どった
生々しい遺体の像が幾つかあった。お金を握った者や、妊婦や、奴隷、子供、犬など様々だ。
街を歩いていて驚いたのは、タイムカプセルでドロップアウトしたようになるほど、リアルに
当時の生活が残っていたことだ。残っていた住宅の壁画などから見て、「性」に対して非常に
大らかであったようだ。女中部屋には、自?用の男性の??が壁につき出ていた。
幅10mの道路の両側には、焼きたてのパン屋、居酒屋、売春宿などが通りに並んでいる。
売春の値段まで残っていた。今でいうと、コーヒー一杯分位だった。道路には轍の後がくっきりと
あるし、十字路には歩道がある。下水道や、公衆水飲み場もあり、街の中央には広い集会場
もあった。今回のTVの特集で、全く知らないかった事実が多くあった。
街の殆どの人が、一瞬で亡くなったと思っていたが、発見された遺体は1000でしかなかった。
15000〜20000人の人口と推測されるから、遺体の半分は発見されなかったとみても、
9割の人が逃げ延びたのだ。


4980,瞬間説得 ー1

2014年11月02日(日)

          「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著
 面白い本である。その大部分が、一瞬の説得で、その気にさせた事例だが、面白いものばかり。
ヤクザの恐喝も、これである。何かに因縁をつけ、恐怖のどん底に落としいれ、金を巻き上げる。
書籍の帯も、店頭の客への瞬間説得のため。情報化社会こそ、これが必要ということ。
  ー背表紙裏のないよう説明からー
【 そんなつもりはなかったのに、その人にはなぜかいつも説得されてしまう。もしかしたら、
 あなたの相手は瞬間説得力を身につけているのかもしれない。ことば巧みというだけでは
説明できない、この特殊能力はどこからくるのか?視覚、聴覚、先入観と、説得力の密接な
関係とは? 心理学者が 科学を武器に、隠された説得の方法を探りだす!】
    〜まずは、幾つかの事例から〜
≪ ◎ 問題を一つ。
 金曜の夜、ロンドンの地下鉄で信号機故障があり、電車は五分ほど途中停車しました。
車内は満員で、しかもさらに五分間停車するというアナウンス。すると、ジョギングウェアを着た
男がいきなりタバコを取りだして火をつけました。車内は不愉快そうな沈黙に包まれましたが、
誰もが黙っています。あなたならどう声をかけますか? トラブルもなく一発でやめさせるには?・・
 [ 答えは、明日ここで ]
  ◎ いま一つ。
 イギリス連邦政府の要人のためにロンドンで催されたある晩餐会でのこと。ウィンストン・チャチル
は、顔見知らぬ客が値のつけられないほど貴重な銀の塩入れを盗もうとしているのに気づいた。
問題の紳士は、稀少な工芸品をディナーをジャケットにすべりこませ静かに出口へと歩きだしだ。
チャーチルはどうしただろうか? 主催者の顔も立てなければならないが、不祥事も避けたい。
その板ばさみに悩んだすえに、妙案を思いついた。一秒も遅れてはならないと、すぐにペアの
胡椒入れを手にしてこっそりと自分のディナージャケットに入れた。それからゆ共犯者に近づき、
ひそかに持ちだした調味料入れを見せた。「おれたちは見られたみたいだ」とチャーチルは
呟やいた。「あそこに戻したほうがいい」 ≫
▼ ここで、5つの要素、「単純性・私的利益感、意外性、自信、共感」が重要だとしている。
(著者は英語での頭文字をとってSPICEとしている)上記の、いずれにも、この5つの要素が
入っている。おれおれ詐欺も、ブラックの営業も、同じである。相手を混乱させ、瞬間説得で、金を、
契約を騙し取る。ファッション店の売り子も、迷っている客に、買わせるように誘導する。
ここで取り上げた事例も、まず、仲間の立場に自分を置いて、間接的に説得している。
 口説きも、性欲という面で、似たような? ーつづく
・・・・・・
4613, 君は1万円札を破れるか? ー3
2013年11月02日(土)
 ー君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)
   *「銀行」は詐欺から始まった! 
 手持ちの資金の8倍まで資金の貸出可能というから、必死になって預金を集めるわけである。
その8倍の枠も、米国の強制によるもの。それ以前は無制限。そのアメリカといえば、自国に
抜け道を多くつくっておいて、8倍の枠組みを他国に強制するのだから、悪質。銀行ほど良い
商売はないが、バブル崩壊で都市銀行は三行に集約された。 
 ー以下が解りやすいー
《 現在のような形態の銀行が誕生したのは中世末期、17世紀ごろのヨーロッパいてでした。
 この当時、ヨーロッパでは貿易などの拡大によって商業取引が盛んになり決済に使われていた
金を大量に保有する人たちが出てきました。大量の金を手元に置いておくと、泥棒に狙われて
危ないので、預けることにしました。その預け先というのが「ゴールドスミス」と呼ばれる人たちで、
金を加工して、金貨を造る金細工商。彼らは、金をしまっておくための頑丈な金庫を持っていた。
ゴールドスミスは、お客さんから金を預かった際に、預かり証を発行しました。この預かり証は
本来、クロークに上着を預けたときにもらうチケットや、パーキングのチケットと、なんら変わり
ないはずです。ところが、ここから意外なことが起こります。重たい金を持ち運ぶのは不便なので、
人々がゴールドの預かり証を金の代わりに取引の決済に用い始めたのです。そして、ゴールド
スミスたちはあることに気づきました。それは、預かり証を持ってきて金をくれという人が
ほとんどいない、ということでした。というのも、決済で預かった人も、自分の手元に置くのが
不安なので、そのままゴールドスミスに頂けておくからです。預けに来る人ばかりで、受け取りに
来る入が少ないならば、自分たちが実際に保有する金の総量以上の預かり書を発行しても、
問題にならない。預かり書を持った人々が一斉に窓口に来て金を取り戻そうとさえしなければ、
どれだけ架空の預かり書を出してもバレないというわけ。彼らはこれを利用して、預かり書を
大量に発行し、人に貸して利子を取り始めました。これはハッキリいって、詐欺行為です。
もし、個人が同じことをやったら、完全に詐欺。でも、現代の銀行がやつていることも、原理は
これといっしょです。このように、預かりを保証する金よりも頂かり証の量の方が多くなるのが、
「信用創造」です。銀行というのは、そもそも信用創造という考え方による、合法的な誰欺
行為をなりわいとしているのです。ゴールドスミスのやり方を真ね、やがてヨーロッバ全土に
同業者が現れ、それぞれ独自の預かり証、つまり紙幣を発行するようになります。
そうなると、これまでのように国家がお金の発行権をコントロールできなくなっていきます。
時の権力者であった君主たちは、自らの権力が脅かされるわけですから、「お前ら、何を
やっているんだ」と口を出します。ところが、銀行家、「こんなにおいしい商売はないですよ」
といわれて、「じゃあ、俺にも入させろ』ということになる。自ら権力を奪われるとも知らずに。
そして、国が必要とする金が賄えないと、銀行から借りるようになる。銀行家は、国家に
貸し付けることで、権力を自らの手に引き寄せていったのです。・・・ 》
▼「銀行の本質は詐欺! 金で世界が回っているが、その金は、架空の預かり書の紙切れ。」
現在の日本は、得体の知れない恐怖に覆われ、将来に希望が持てなくなる。その恐怖に慄き、
竦み、預金に励む。それも結局、アメリカ国債を買わされ、その国債が4兆ドルに至っている。
売ろうとしたところ、それは米国に対する宣戦布告と脅されている始末。日本の出世システムは、
米国の属国たる優秀なポチになること。 優秀な人ほど人相が悪い?のは、そのため。 
・・・・・・
4238, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー11
2012年11月02日(金)                             
  * バイブレーターの起源は、ヒステリックの医療機器 ー「ルーツ全集」インフォペディア編より
 際どいが健康機器売場でのバイブレーターの見方が、これで少し変わってくる。
≪ ちょっど刺激釣なセックスをしてみたい…。そんな時に使う大人のおもちゃの定番といえぱ
 バイブレーター。女性を絶頂に導いてくれるスグレモノだが、バイブレーター、じつはもともとは
医療器具だった。いったいどんな治療に使われたのかというと、情緒不安定、具体的には
ヒステリー発作を起こしている女性を対象としていた。ヒステリーの語源は、ギリシャ語で子宮を
意味する「ヒューステラ」。つまり、昔は、ヒステリーを起こすのは子宮が原因と考えられていた。
しかも、子宮が欲求不満であることから起こると信じられていた。 もうおわかりだろう。
ヒステリーを起こすのは、性的欲求不満が原因なので、治療法としては、女性を性的に満足
させればいい。そこで、医者や助産師が、指でマッサージ(愛撫)して、絶頂に導くことで治療を
していた。 この療法のための医療機器として一九世紀の終わりに開発されたのが、ヒステリー
専用のマッサージ器であるバイブレーターだったというわけ。こうした治療は古代ギリシャの時代
から、一九二〇年代まで、西洋ではれっきとした医療行為だった。確かに、目的自体は今も昔も
変わっていないとはいえ、医者が患者にバイブレーターを使うなど現在では考えられない。
一方、バイブレーター以前は、大人のオモチャの主役だった人工ペニスは、10Cのビザンチン
帝国の百科事典にも記載されている。 こちらは一般的に普及していたようで、アテネの女性に
愛用されていたようだ。また、インドの性典『カーマ・スートラ』にも「男性自身が小さすぎて
満足できないときは、これを使うとよい』と記されている。 ≫
  ▼ ・・・ !  これを読んで、「大人の玩具」と検索して吃驚仰天。  
・・・・・
3873, 緑の原野が君たちを待っている!
2011年11月02日(水)
 学生時代に衝撃を受けた授業といえば幾つかある。その中で当時、ドラッガーの訳者で
経営学の野田一夫教授の言葉である。HP内検索で調べてみたところ10年近く前に、
この随想日記で取り上げていた。
 ≪ 2002/02/28 20歳の頃ーある教授との出会い−2 野田一夫教授 ≫である。
野田教授の授業は厳しく、少しでも遅れてきたら入室禁止、途中の退座や、よそ見や、私語は
絶対禁止。授業は異常なほどの緊張感で進められていた。その内容を再び大まかに書いてみる。
≪ 貴君らは選ばれて、ここにいる。そして、社会に出て行けば指導者の立場になるために、
 ここで学んでいる。今日から食事をするときは、店の真ん中に座って堂々ととりたまえ。 
間違っても、隅でとるな。君たちの学生生活は、指導者になるための準備期間であることを
忘れないこと。そのために可能な限り本を読みたまえ。あらゆる分野の本を読めるのは今しかない。
ロマンローランの「ベートーベンの生涯」を直ぐに買って読みなさい。彼は多くの災難を乗り越えて、
あれだけの素晴らしい曲を作った。「運命」は、音楽家でありながら、難聴の病に冒された時の
絶望を音楽にしたもの。「苦難を突き抜け、歓喜に」「良く、かつ高貴に行動するものは、
その事実によってだけでも困難に耐えることができる」などの言葉がある。絶望を通り抜たからこそ、
あの曲が出来上がった。 君たちは恵まれている。しかし、それに甘んじていてはならない。
「社会という緑の原野が君たちを待っている!」 だから、学生である現在、灰色の世界
(学問の世界)で、多くを学ばねばならない。≫
この感動的な教えを聞いて将来に明るい陽ざしを感じたのは初めての経験。
それも高度成長期の最中である。その日以来ドラッガーの書を必死に読み始めることになった。
自分の強みを見つけ、自分の資源を集中すること。マーケッテングを優先すること。
紳士的であること。他にもアメリカの経営書を多く読むことになった。 その何もかもが面白く、
理詰めで、乾いた干乾びていた脳に吸収されていった。 教養課程の二年までは、日本の作家の
書を中心に読んでいた。 が、それでも絶対量が少ないことに気づいた。高校時代まで、殆ど
教養書を読むことがなかったツケが回ってきたことに気づく。お陰で、卒業後40数年の間、
毎日二時間の読書習慣がついた。 何で。このことを思い出したかというと、当時が一つの節目
だったからである。そして現在、次の節目に至ったためである。「灰色の世界から緑の原野へ、
そして、原野を通り越して、大草原に出たのが、現時点」である。 アフリカの猿は原野の木の
上から、草原に進出し、二足歩行を始めた、という説がある。 そう考えると、第二、第三の
人生こそ、やっと人間らしい生活が我われを待っていると考えられる。周囲は、既に
エネルギーを使い果たし、抜け殻しか残ってないような人が三分の二? それも人生だが、
緑の原野にいた蛇の代わりに、草原にはライオンもハイエナも豹がいる。振り返ってみて、
学生時代に多く視点を得た。緑の原野では、さらに多くのものを得た。そして、現在、
草原に入った。 そこで生き抜くためには、ただ一つ、考えなければならない。
・・・・・・・
3508, ユダヤ人の頭脳活性法 ー2
2010年11月02日(火)               
 *インテリジェンスとはー点と点を結ぶ能力  「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
  ーまずはP/28から
≪ インテリジェンス=考えるとは、そもそも何か? 考えるとは、点と点を結ぶ行為をいう。考える力は、
そもそも言葉や概念、知識などの量とは関係ありません。まず考えるために物事をありのままに見る行為から始まる。
知識をたくさん持っているのに、考える力がない人が大勢いる。知識と考える力との間には直接の関係はないのです。
最近ではインテリジェンスということばを「情報」と訳したりもしていますがインテリジェンスは情報ではありません。
Intelligenceというのは、もともと[Inteー重なり、、際(きわ)」「legere(結ぶ)」という
二つのラテン語が合成された言葉です。きわときわを結ぶ、物事と物事を結合するという意味です。スパイは、
点と点の情報を結んで線の情報を推理し、他の線と線の情報を結んで、面の情報を組み立てます。そういう断片的
情報をつないで、総合的な情報に組み立て、物事を総合的に判断する能力が知性なのです。
そして、この点と点を結ぶ行為こそが「考える」という行為です。 ≫
▼ インテリジェンスとは元もと軍事用語で、スパイが諜報で得た情報から線、面へ推論する能力。線と線を
的確につなげるには、様ザマな能力が必要になる。そのために、まず「五感」を鍛えなくてはならない。
点と点から線を推論し、他の線と組み合わせて面を推論、その面を幾つか重ねて立方体を推論していく過程を考える
こと、というと、分かりやすい。この著で、ラビ・レオポルド・スティンは「インテリジェンスの人というのは、
まずオープンマインドで、しかも積極的に記憶して、そして常に体験してみる人のことだ」と指摘している。
それは、点、線、面、立方体へと考えを進めていくことになる。その視点で、もう一度、自分も含めて周囲を
振り返ると、インテリジェンス人は稀のようだ。せいぜい点と点を結んで線にして、それで止めている。 
佐藤優の本を読むと、点と点から線を、線と線から面、面と面から立方体へと推論を組み立てている思考に驚かされる。
・・・・・・・
3133、現代の結婚事情
2009年11月02日(月) 
 この世知辛い世の中で、男も女も結婚相手を見つけることは大変である。
私の世代の男は、少し下の年代が団塊の世代のためイメージとして男女比が2対3で恵まれていた。
それにしては??。 最近の結婚の大変さには同情する。 世の中の男の格差の問題もある。 
以前は三高といって高学歴、高収入、高身長(ちなみに三低は低趣味、低収入、低学歴)だったが、今では
女性からすると
 3低 =低姿勢(レディーファースト)、低依存(束縛しない)、低リスク(リスクの低い職業・公務員など)。
 3C =コンファタブル(快適)、コミニケーティブ(理解しやすい)、コンポレーティブ(協力的)
・男性からみると、4K =可愛い、賢い、家庭的、軽い(痩せている) という。
 収入問題などで、ますます晩婚化になっているが、歳を重ねると、プライドだけが高くなり、
 自分の品との段差が開いていくから、始末が悪い。
人生を振り返ると、両親、連れ添い、そして仕事の相性で、8割方が決まる。
その中で、結婚は私生活の大部分を占めるから大問題。 姉の一人が「結婚は大事業」と実感を込めて言っていたが、
その通りである。 最後は、性格の問題になるが・・・ 一生を添い遂げるのも芸のうちである。 
神様は最も合わない相手を結婚相手に選ばせるように人間をつくり上げてきたという。 
それにしても面白い罠を人間に与えるもの。 人生とはレッスンというより修行である。特に結婚は荒修行!
――
結婚といえば、^カリール・ジブラン「結婚」ーの詩が良いー
 (字数制限のためカット 2011年11月2日)
・・・・・
2768, 半歩遅れの読書術 −2
2008年11月02日(日)
 【 出久根達郎 】
  彼の記述にある「井上流 本の読み方十箇条」が面白い。 井上ひさしの『本の運命』に、紹介されているが、
  ここでは二つしか紹介されてなかったのでネットの検索で調べた。 以下のとおりである。
   ーー
一、「オッと思ったら赤鉛筆」。ーこれは万人が実行している。
二、「索引は自分で作る」。ー大切な言葉や事柄に関する索引を本の扉や見返しに つけておくとよい、という。
   思いつかなかったが早速、実行することにする。
三、「本は手が記憶する」。ー「書き抜き帳」を一冊作ってそこに何でも書き込ん でいく。
   大事なのは手で写すこと。そうすると手が自然と記憶する。
四、「本はゆっくり読むと、速く読める」。ーどんな本でも最初は丁寧に、登場人物の名前や関係を、抑えながら
   読むといく。そうすると書 いている人の癖が分かって、その後が読みやすくなり、結果的に速く読める。
五、「目次を睨むべし」。 ー目次は全体の構造の見当がつく。
六、「大きな事典はバラバラにしよう」。 ー分厚い事典は持ち運びが便利なようにバラバラにする。
七、「栞は一本とは限らない」。ー井上ひさしは本を買うとまず、タコ紐の栞を三本ほど貼りつける。
八、「個人全集まとめ読み」。ー個人全集を集中して全部読むと、著者の言葉遣いや書き癖などが分かっておもしろい。
九、「ツンドクにも効用がある」。ー本との運命を大事にする。本は「買おう」と思ったときに買っておく、これ鉄則。
   そして机の横にでも置いておくと、不思議なことに本の方から「読め 読め、読め読め」と言ってくる場合がある。
十、「戯曲は配役をして楽しむ」。ー戯曲を楽しむためには自分でキャスティング すると良い。
   ーー
  以上だが、これとは別に「本は撫でてやると、所蔵者にささやいてくれる」という。成程、その辺は合点がいく。
 そのためには、図書館で借りて、これは!と思ったら迷わず買うことだ。
 出久根によると、井上やすしはかって、日本で発行される書物と雑誌を、一冊残らず買い求めていたという。
 200冊か100冊か、全部毎日買い求めたというから、たいていではない。 井上は本を買うとまず暇そうな喫茶店に入り、
 一冊20分くらいかけて目次を見 たり、ところどころ読んだり、栞(後述参照)を貼りつけたりするという。
 そしてこれを「僕と本との新婚旅行」(98頁)と呼ぶ。こうして一回撫で回すと、本が彼に向かって話しかけてくる。 
 「この間、目次見たでしょ」とか、「そのことは私の中に書いてありますよ」、と。
 結局、そうこう考えると、テクニックというより絶対量をこなすほどの愛情がなければ!ということだ。
 出久根は、この文章の終わりに作家の福永武彦の名言で閉めている。
【人に人徳あれば本もまたこれに従う】 読書だけでなく、全てに言えることだろうが。
・・・・・
 2007年11月02日(金)
 2404, 久世塾                     ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ
 (以下字数制限の関係でカット10年11月2日)


4979,閑話小題 ー話すより書け      

2014年11月01日(土)

   * まずは、話すより書け
 数ヶ月前になるが、小学校の同期会が近隣の温泉宿で行われた。
86歳の担任の西澤先生も出席され、会の始まる前に別室の先生に挨拶にいき
20分ほど話をさせてもらった。以前、新潟で一晩、御一緒して古町に飲みにいった
ことがあった。その時に、社内報に書きつらねた『事業百訓』のコピーを差上げたが、
その話から、『今ではブログに13年以上、毎日欠かさず文章を書き続けて、身近な
30人〜40人位が読者になっています。慣れてくると、これが面白くなって、毎日
2〜3時間はかけてます』と話すと、『そうですね、話すより書けと言いますよね。
書けば、一度、内容を整理できるうえに、考えますから・・』と答えられた。
 ところで、高校、大学の合格時に、お祝いの葉書を頂戴した。そして三年前?も
慰めの葉書を頂いていた。先生は筆書の達筆家。そのため、悪筆の私には、
それがプレッシャーになり、その返事に悪戦苦闘。
大学のゼミの武澤先生も、何度も、手紙を頂いた。話すより、書けである。
入院した人に一番良いのが葉書の便りというが・・ 書く癖をつけると、論理的に
なって、相手の話の骨格が把握できるようになる。読書と、手紙を多く書いている
人は、そうでない人に比べ、話す内容が格段の差が出てくる。逆に、一寸した
世間話に、気楽に答えられなくなり、結果として、硬い印象を与えてしまう。
性格もあるが・・ 頭に浮かんだ言葉を、一度、書き出してみると、更に、考えが
出てくる。話すことで、次々と、新たに考えるタイプもいるが・・
早朝、この文章の加筆、修正をしていると、意識内での自己対話をしている
感覚になる。それと、誰かに向かい問いかけをしているような・・ それが内省、
内観にもなっている。大自然に、一流芸術に触れ、驚き、感激し、感動し、
それを言葉にし、自己対話をし、誰かに話す、そして書き出し、残す。
この一連が人生を豊かにする。 
・・・・・・
4612, 君は1万円札を破れるか? ー2
2013年11月01日(金)
            ー君は1万円札を破れるか? ー 苫米地英人 (著)
   * 世間を覆う「不安」の正体 ーお金の本質は「情報」であるー 
《 今の世の中、「先行きの不安」を感じている人が、大変多いようです。
2010年に次の世論調査の結果が発表。世界の国内総生産の75%を占める先進23ヶ国の
人々を対象に「将来について安心を感じるか、不安を感じるか」という質問をしたところ。
将来が「安心」と回答した人が23ヶ国中最低の86%もの人が「不安」と回答えたそうです。
ちなみに,「安心」と回答した割合が高かった国のトップはインド(79%)、中国(78%)、
オーストラリア(73%)でした。 なるほど、インドや中国は今後、飛躍的な経済成長が見込まれて
いますし、オーストラリアは先進国の中にあって、健全な財政状況が続いています。
それに比べて日本はと考えたときに、将来に不安を覚える人が多いこと。・・恐怖というのは、
その対象がハッキリしているものをいいます。その対象によって自身にどんな危険がもたらされる
のかという認識が生じます。その危険に対して、なんらかの対処をしなければという反応を伴う
精神状態が「恐怖」です。 たとえば、山道を歩いていてへピに出くわしたときに感じるのは
「不安」ではなく「恐怖」。「かまれたら、危ないかもしれない」と危険を認識して、一目散に
逃げるなり、危険を回避するための行動を取ろうとします。それに対しして不安とは、その対象が
はっきりしないもの。精神医学でいう不安症とは、具体的に恐れる対象や根拠がないにも
かがわらず「何かいやなこと、恐ろしいことが起こるかもしれない・・」といった悪い未来を漠然と
予測し、不安にとらわれる病気。日本国民の大半が、不安感に取りつかれている。
「会社の業績が不振で減給された。いずれリストラされるのでは……」「企業が次つぎ倒産し、
求人がへり仕事に就けなくない…」「年金や国保などの社会保障制度も維持できなくなることは
わかりきっている…」など不安を感じる理由が挙がってくる。けれど、「不況」や「財政破綻」などの
問題に対して、「どのように危険なのか」を正確に判断し、「どうすれば対処できるか」といった
ことにまで考えをめぐらせている人は、あまり多くないでしょう。大半の人は、テレビのニュースや
新聞、雑誌などでそれらの言葉を見かけるたびに、ただ漠然と「何か困ったことが起こり、その
弊害が自分の身にも及ぶのではないか」と不安を煽られているだけでないでしょうか。 
その不安の正体を突き詰めれぱ、「お金に関する不安」です。世の中の先行きが恩わしくない
方向に向かつていて、そのために自分が充分なお金を得られなくなり、生活が苦しくなる・・
そんな不安に多くの人がさいなやまされているわけです。 最初に結論を言っておきます。
現代のお金は、単なる「情報」に過ぎない。「これには、これだけの価値がありますよ」と主張
する情報です。これもまた「信用」という情報のみです。 多くの人は、日ごろ目にしている
紙幣や硬貨のことをお金と思っているかもしれません。紙幣や硬貨には物理的な実体が
ありますが、実は、それはお金の実質ではありません。仮の姿だといってもいい。
お金の本質により近いのは、みなさんの預金通帳に記帳されている「数字」です。こういうと、
「実際にお金があるから。通帳に数字が書き込まれているんでしょう」と思われるかもしれません。
通帳に起蔵されている残高をいつでも引き出すことができる。それはただ、お金が出人りして
いる記録だろう、と。実は、そうではない。数字のほうが本質で、紙幣やコインはそれを目に
見えるようにして、やりとりできるための道具。ただの紙っぺらであり、金属片に適ぎないのです。》
▼ 準備期間を含めた45年間の創業と事業人生、このカラクリを真に分かっていただろうか。 
 2001年の9・11テロから急激に地方経済が悪化していった辺りから、バブル崩壊の上に、
更に大きな並みが押し寄せてきている。9・11テロも、やらせ?・・そして、リーマンショックと、
3・11災害と、世界規模の地震と津波。経済震災と、自然震災が世界と日本を襲った。
お金の正体は情報というなら、情報機器の革命的進化が世界を根こそぎ変えている。それが、
経済震災でリーマンショック、政治的には北アフリカ、中東の政変であり、欧米経済の衰退。
そして、静かに進行している世界恐慌。
・・・・・・
4237, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー10
2012年11月01日(木)                       
  * 卓球をピンポンと呼ぶのはなぜか    ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より   
 卓球は英語で「テーブルテ二ス」という。1880年代、イギリスのテ二ス愛好家たちによって
考案されたスポーツだ。じつはテーブルテニスというのはあとでついた名前で、もともとは
イギリスでもアメリカでも「ピンポン」と呼ばれた。ピンポンの語源は、当時使われていた中空の
革張りラケットで球を打つと「ピン」という音が出て、球がテーブルに当たると、「ボン」と聞こえる
ところからきている。この名称が卓球協会の名称として正式に採用され、イギリスとアメリカでは
「ピンポン協会」が設立された。ところが、このピンポンという名称はすでにイギリスで商標登録
されていることが、あとになって判明。スポーツ用品メーカーが家族で遊べる玩具として発売して
いた卓球セットの商品名を、「ピンポン」として登録していたのだ。そこで、トラブルを避けるため、
イギリスのピンポン協会は解体された。今でも卓球をピンポンと呼ぶのは、当時の名残り。
   * 土壇場は斬首刑の土もリ
 ドタキャンとかいう、土壇場の意味は、字の通り「土を盛って築いた壇の場所」。
江戸時代の死刑に、この土壇場に罪人を横たわらせて斬首刑を執行したため、土壇場は
「斬首刑の刑場」を意味していた。土壇場に上げられた罪人は、手足を拘束され、どうにも
ならない状態で処刑を迎えた。ここから土壇場は、どうにもならない事態をさすようになった。
▼ 土壇場で死に直面した時のの恐怖は、言語に絶するだろう。そういえば、ユーチューブで、
フセインが絞首刑になるまでの映像があった。吉田松陰も恐怖で転げまわったとか。
ところで、バンジージャンプの飛込み台の恐怖のどん底の凍りついた瞬間を思い出した! 
数分前から恐怖で呼吸困難、頭の中は真っ白!「こんなはずでなかった!」
という言葉。躊躇するほど恐怖が倍増してくる。ワッーという感じで飛び込んだが・・  
高層ビルから投身自殺をしようとして、2Fで何かに引っかかり九死に一生を得た人の
インタビューをTVで見たことがあるが、その直前まで意識があり、鮮明に落下していく光景が
見えていたという。ロシアン・ルーレットも、こんな感じだろう。快感のところもあるようだが。
・・・・・・
3872, 一人旅
2011年11月01日(火)                       
 一人旅を過去に何度かしたことがある。北海道と九州に、それぞれ10日間ほどと、大学を出て
四日市に勤務をしたときに、紀州の尾鷲に一泊したこともあった。 金沢で修行していた時には、
観光バスの日帰りコースで能登半島に行ってきた。23歳から26歳の4年間、精神的な体力が
出来たころである。一人旅には、それに似合った時節がある。
27歳で結婚し、事業の立ち上げを始める直前。振りかえってみると、その時節しかタイミングが
なかったのである。一人旅をすべき時節に、すべき事をしていたことになる。
 一人旅は思い立ったら、駅の旅行センターで、「一週間ほど北海道の一人旅をしたい」
といえば、窓口の担当者が、そのルートを一緒に組んでくれ、列車と宿の手配をしてくれる。
そして、そのルートに従えばよい。一度、列車に踏み込めば、不安とか、孤独感はなくなる。 
若さもあり、一人旅そのものに酔っている部分もあった。 当時の記憶が少ないのは、目先が
変化変化の連続で、刺激の強い日々だったからである。 現在、一人旅というと、面倒という
思いが先にたつ。しかし今から思うと北海道も、九州も思いで深い。人生を振り返ると、
それぞれの時節の思い出があるが、特に旅行の思い出は大きい。北海道は、青森から
青函連絡船に乗り、函館、札幌、釧路、網走、旭川、函館と周遊した。北海道の旅も、
一歩踏み出すと気ままだった。結婚してから10年間は家内と国内旅行ガ中心だった。 
事業と家庭中心で、海外旅行に切り替えたのは15年経ってから。卒業記念に海外への
一人旅が流行りだしたのは、私が卒業をして数年してから。しかし当時の私の精神的体力では、
海外の一人旅は無理。私の知人ではオーストリアが二人、イタリアに一人、留学をした。
それと幼稚園から高校まで同窓で、慶応大学教授になった直後に亡くなった男が、
学生時代に欧州を数ヶ月一人旅をしたといっていた。 そう、新潟県活性化案を一緒につくった
松下さんも、一年間、彼方此方のアメリカの大学を聴講してまわったとか。 感受性の強いうちに
世界を見ると見ないとでは大違い。それも一人旅で・・ 幕末から明治維新にかけ、外国に
行った人と、行かなかった人と、その後の活躍が違っている。 明治政府の高官になって、
新しい政府つくりの邁進したのは、前者が多い。一人旅は変わっていく景色を見ながら、
独りブツブツ呟きながら思いにふけるもの。
 ・・・・・・
3507, ユダヤ人の頭脳活性法
2010年11月01日(月)
              「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 図書館で借りてきて目を通したが、なかなかである。ピアノとか、吹奏をやる人は勉強の成績がよい人が多い。
それは長年の間、繰り返し集中し、続けないと身に付かない。教科書を理解し、暗記するなど、それに比べれば、
取るに足らないから成績も良くなると思っていたが・・・ ユダヤだけでなく、優秀な人間?の特性、頭脳活性法が
書かれている。
  * アマゾンの ー内容紹介ーより
 マルクス、フロイト、アインシュタイン、ドラッカー、スピルバーグ…… 彼らはみなユダヤ人。
もちろんユダヤ人全てが優秀なわけでは無いが、優秀な人間が多いのも事実。それには何か理由があるのだろうか―。
 実はそのヒントは彼らのささいな日常にあった! 五感を目一杯に使い、日々を楽しく過ごすユダヤ人たちの文化。
子どものころから全身を使って本を読み、聖典の名言を吸収していく。そして創造することのみに自分の価値を見出す。
そんな生活の積み重ねによってユダヤ人の発想力が生まれるのだ。 そんなユダヤの世界からヒントを得た、
頭脳活性のための様々なトレーニング方法。ほんの少しの工夫でユダヤ人のすごい発想力が手に入る! ユダヤ本と
いうと、怪しさのようなものを感じてしまうが、この本には、それがない。ヘブライ大学卒業後、企業コンサルタント
など、学者ではなく「実学」の世界で生きてきた著者自らの人生観を通して、ユダヤの箴言、格言などから学ぶべき
ことを的確に表現している。
 〜「まえがき」より〜
「ユダヤ人だから特別に優秀である」と強調するつもりはありません。 それは人種の優劣をつけることであり、
私の本意ではありません。けれども、彼らから学ぶべき点が大いにあることも事実。 確かに、世界にこれだけ
有能なユダヤ人がいるということは、どこか秘密があるに違いない。 そう思ってこの本を読むと、彼らが勤勉で
自らを高めるために努力を惜しまない、ということが見えてくる。 そして「何かに感動する素直な心」こそ
ユダヤ人共通の特性!と。
 *ユダヤの格言やユダヤ人の名言として   ・人の目は前にある。後ろにはない。
  ・考えるのをやめることは、私にとって生きるのをやめることだ。
  ・話す前に、あなたの言葉を選べ。……etc
  ―
 基本は「五感を研ぎすます」こと。 見る、聴く、触れる…そういった感覚を養うことで、人間は心の豊かさを
手に入れ、頭脳も活性化していくのだ、と。心の豊かさが持てれば「何かに感動する素直な心」になれる。
彼らはユダヤ教の基本構造として選民意識を持ち、それを実行していくことである。そこに、生まれつきの天才的
頭脳が重なれば優秀な人材が輩出するのは当然。金融世界で支配しているユダヤ人も、こういう背景があると知ると、
納得がいく。アラブ人やインド人が、彼らに敵うわかがない。 
 ・・・・・・・・
3132, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー6
 2009年11月01日(日)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)     ー読書日記
   近代イデオロギーの罪
 * 理性主義の恐怖 p−99
科学の発展や、大航海以来の欧州世界の拡大で、それまで宗教が欧州人に一つの統一的説明を与えていた世界が
崩れていく。そこで登場したのが「理性」という理念である。これが「神」の代わりになった。1789年のフランス
革命では、「理性」が至高の価値として掲げられ「神の死」が宣言された。「唯一の神の信仰」が「唯一の神としての
理性への信仰」にすり替わった。そうすると、理性からはずれるものが出てくる。それが子供であり、未開人であり、
精神病者である。近代は理性というものを発見し、そこから逆噴射する形で、子供、未開人、精神病者を発見した。
その三者の共通点は理性の欠落である。子供には理性を持つように教育をしなかればならない、未開人には、教え
導かなければならないということで、植民地主義が正当化され、精神病者は回復するまで隔離されるようになった。 
 フランス革命もロシア革命も、理性によって理想社会を作ることができるという考えから起こった。
反計画経済の大御所のハイエクは、社会主義や共産主義は、社会は人間の理性で設計できるという思想だが、
それは「致命的な思いあがり」だと。 共産主義というのが理性の理想的社会だとすると、これに反対するヤツは
みんな殺されなけばならないことになってしまう。で、中国やソ連やカンボジアで大虐殺が生まれてきたのである。
社会主義がなぜに間違えていたかと言うと、経済が下部構造になっていて、それを計画経済でやっている。
あれは要するに意識が全てを決定するということ。 ところが基本的に経済の流動的動きは無意識が決めている。
 ーー
 この辺を考えると、知性、理性的にあろうとしてきた現代人の方向そのものを根底的に考え直さなければ。
最近、年齢のためか根底から今までの生きかたに対して疑念を感じるようになっている。毛沢東は何を国民に
したのだろう。スターリンも毛沢東も、理想社会を目指して数千万人も虐殺をしてきたのである。
また、アメリカも、この金融恐慌を引き起こしたのも、理性主義の行き着いた先であった。 
時代は丁度良く欧州大陸からアメリカ大陸へ重心を移していたのが、今世紀はアジアに移行する。
アジア的な考え方が見直されなければならないが、動乱を通してか、それともソフトにいくのか? 
・・・・・・・・・
2767, こころと脳の対話 −3
2008年11月01日(土)


4978,野心のすすめ ー2

2014年10月31日(金)

                「野心のすすめ」林真理子著
   * 野心とバッシング
 さしずめ私なら、『倒産とバッシング』のテーマになる。普通の神経なら、自律神経をやられて
然るべき事態。それを楽しみ、面白がっている?もう一人の、いや多くの内的存在?と、難題を
多く乗越えてきた経験と知恵があったことも、何とか持ちこたえることが出来た理由になる。
更に、さし詰まった生活の枯渇とか、裏切られた感覚が無かったこともある。  
ー著者の、バッシングなどが生々しいー
≪ 紅白の審査員をやったり、CMに出たりということはすぺて叶った頃ですが、ある日突然、
一通の手紙をいただきました。その手紙には、あなたは自分が普通の女の子の代表みたいな
ことを言っているけれど、すっかり有名人面していい気になるな、ということが書いてありました。
それが皮切り。ドドドドッと怒濤のように悪口が寄せられるようになりました。林真理子バッシング
が始まったのです。 びっくりしました。自分とは違う人格が、外で一人歩きしているような気持ち。
それまでの私はいじめられることはあっても、会ったこともない知らない人から敵意を剥き出しに
されるようなことはありませんでしたし、業界で少し重宝されるようになってからも、愚図でドジ
だったけれど可愛がってもらえるタイプの人間でした。
なのに、有名になったとたんに他人の悪意がセットでついてきたのです。ショックでした。
バッシングのきっかけは、やはリテレビに出始めたことが大きいと思います。・・(中略)
・・当時、私もすごく舐められていたし、意地悪をされました。当時は、出版社の人からさえも、
だまし討ちをされたことがあります。女の子相手の人気雑誌から、有名人がメイクをするページに
出ませんか、と依頼された時のことです。私もお化粧を習いたいからいいですよ、とメイクされて
写真を撮って、別わくでもらったのですが、発売された雑誌を見てみると、私だけ別枠で
「ブスの人のメイクはこうします」と書いてあったという酷い話……。
頭に来て文句を言ったら、編集者とライターが、これは私たちの独断でやったこと。
どうか編集長には言わないで、と小さな花束を持って誤りに来ました。面倒くさくなって
「はい」と流しましたが、私が好意的に取材を受けたのに、しっぺ返しに遭ったり、
人間不信になりそうな日々が続きました。・・・≫
▼ 金融以外の債権が殆ど無かったことと、事業所が地元で無かったため、『倒産バッシング』
 に対して、平然としていられたが、もし、地元で商売をしていて、一般債権者などに迷惑を
かけていたら、まして連鎖倒産などがあったとしたら到底、地元に居座ることは出来なかったはず。
それでも、見ず知らずの人に辛辣な敵意をまるだしにされる。不思議なことに、1〜3年で、
その人たちに、内的黒鳥が舞い降りる。それも何ら不思議ではない、その方々は大かた
戦中・終戦時の生まれ。2〜3年で、本人か連れ合いに内的黒鳥が舞い降りるか、意味ある
偶然が起きやすい時節のため。 あの敵意、本人の内的黒鳥が現れ出ようと騒ぐから!
「人の不幸は蜜の味」というが、今回分かったのは、その蜜には毒が混ざっていること。
で、あのミイラの群!   =偶然だが、7年前に著者の文章を書いてあった!
・・・・・・
2402, 独りでしていて唯一惨めでない行為
2007年10月31日(水)
              才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
 以下は、林まり子の「読書はじめ」というエッセーである。
プロは同じ文章でも、読んでいて読者を引きつける力が違う。
ここまで書けるには、この随想日記を一万は書かなければならないだろう。
すなわち現在は2400であるから、差し引き7600÷365日=21年以上はかかる。
いやあと10年、いや5年はかかる。文章力は何をさておき、まずは絶対量である。
林まり子と比べること自体が無理があるか?
しかし、血の濃さは段違い此方が?? まあ、相手が女である。
本の世界は読めば読むほど、その引き出しの中身の深さと引き出しの多さに
茫然とさせられてしまう。もっともっと、読んでおけば良かったと悔やまれる。
自分の無知蒙昧に知れば知るだけ読書量が増えているということである。
林まり子は、家内がファンである。というと、私は読む気がしなくなる?
ときどき手にするが血は濃い。もちろん女と男の差があるが。
現在の私の読書に対する気持ちに酷似している。
 
  ・・まずは彼女の文章から・・
     『読書はじめ』 2007年ベスト・エッセー集より
  
「あなたのおかげよ。ありがとう」友人から礼を言われた。
彼女の長男が、この冬中学受験をすることになった。
しかし下町の小学校なので、中学受験をする子はほとんどいない。
塾通いが知れてから、学校で仲間はずれになってしまった。
休み時間、たったひとりで過ごさなくてはならなくなった息子に、
彼女は私のエッセイを読ませたという。そこには、こんな一節があった。
「本をよく読むからといって、そう頭がよくなるわけでも、立派な人になるわけでもない。
  しかし読書というのは、ひとりでしていて唯一みじめでない行為だ」
(中略)
自分のことを考えても、子どもの頃からかなりの本を読んできた。
お菓子を食べるように、ごく自然に本のページをめくってきたものだ。
しかし教養はおろか、性格にも自信はない。結論は、
「本のおかげでひとりの時も楽しかった」ということだけである。
しかし彼女の長男は、私のエッセイを素直にとってくれ、休み時間いつも図書館で
ひとり本を読むようになったという。そうしたら、少しも淋しくなくなったというのだ。
しかも毎日を読んでいれば、誰だって本好きになる。
それまで漫画しか読まなかった男の子だったのに、
子ども向きの『三国志』二十巻を読破したという。そして晴れ晴れと言ったそうだ。
「お母さんの友だちが書いていたとおりだね」
自分の書いたものが、人にいい影響を与える、などというのはめったにない経験なので、
この話を聞いた時、私も本当に嬉しかった。そしてふと母の言葉を思い出したのである。
「自分が何も持っていないことを知りなさい」
というのが、私が十八歳で上京する時の、母のはなむけの言葉であった。
これがじっくりと理解出来るようになったのは、五十歳を過ぎた頃からだ。
いろんな人に会ったり、学べば学ぶほど、自分がいかに無知かということがわかる。
本を読むと特にうちのめされる。この世には何万というひき出しがあるが、
自分はせいぜい十か二十しか開けていない、ということを思い知らされるのである。

最近本屋にいくと、私は片っぱしから新書を買う。西太后について、皇室問題、
最新日本経済、イスラエルとユダヤ人、ニュースでひっかかったことをさらに深く
知りたく、本を買いまくる。小説やエッセイを読む楽しみは子どもの頃から知っていたが、
最近は知りたいものが次々と出てきて、ノンフィクションの本もどっさりと集める。
 この年になって初めて知った「知の楽しみ」。
しかし残念なことに、このところ老眼が進み、昔のような本の租借力はなくなっている。
全く、頭の方がやる気を出してくれた頃には体力が減少していくのである。
だから子どものうらからもっと読んで欲しいのである。
冒頭に述べたの少年のように、小さな不幸が人と本を結び付けてくれる。
 −−−−−
解)
人間の知識量など、たかが知れたものだ。
ソクラテスのように、それを真に知っているかどうかというと疑問である。
しかし、知識は‘金銭や財産の質量’から見たら遥かに大きい絶対量の差が出る。
桁が全く違ってくるから恐ろしい。 また、それが情報社会の凄みである。
「ひとりでする行為で惨めでない唯一の行為」というが、
ウォーキングや、昼飯を独りで食べていくのも、夜に居酒屋に独りいくのも、
図書館や本屋に本を探しに行くのも、何も惨めではない。
読書の効用を言いたかったのだろう。
また、読書は著者やカメラマンなど作品の世界に入っているのだから、
惨めの逆の世界である。 まあ、理屈は止めておくか!
              グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・
2013年10月31日(木)
4611, 君は1万円札を破れるか? ー1
  ー 君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する ー 苫米地英人(著)
 初歩的金融に関する本だが、歯切れがよい。あらため原点に帰って「そもそもお金とは何か?」
を考え直すにもってこい。お金は、交換媒体機能、価値尺度機能、価値保存機能があるが、
この裏には、お金の発行権を持った権力者の支配の道具機能。これが絶対的権力の大元。
それは、「信用を元に、無限にお金を創造できるというカラクリで、絶対的権利を得ることになる。
「信用創造」という錬金術である。その大元が、アメリカで世界を支配している。今のところだが・・
   〜アマゾンの内容紹介〜
* 世界経済を「洗脳」で支配する人々に勝て! 世界の富の95%を握る支配層によって、貨幣が
 操作されているとしたら?気鋭の脳科学者が、貨幣による洗脳を暴き、解く。
 お金から自由になり、真の自由を獲得する!
* 「貨幣のカラクリ」を知り、真の自由を手に入れる。「お金には絶対的な価値がある」と、
 多くの人が思い込んでいる。それこそ、洗脳であり、民衆の奴隷化だ。現代社会を支配する
 「お金」とは何か? その正体と、貨幣を通した支配構造に気づいたとき、あなたは自分の
 人生を奪還する!
* どんな仕事であっても、あなたの仕事はもともと、ただ自分のお金を稼ぐためだけにしている
 のではない。人のために役立つ価値を、この世に生み出しているのです。その価値をもっと
 高めていけたのならば、この世の中でさらに多くの人を幸せにすることができるのです。       (「あとがき」より)
▼ 世間を覆う「不安」の正体を、「お金に関する不安」と看破。その不安は、実は経済支配者が
 人々に刷り込んだ最大の洗脳であり、これこそが大部分の人たちの人生を「奴隷の人生」に
 貶める呪縛。この呪縛が徹底的に刷り込まれたため、「何が、どのように問題か」を考えるより
 早く、反射的に不安に駆られてしまう。お金の奴隷とは、お金は絶対的な価値があると盲信し、
 その価値観に縛り付けられている人になる。現実は世の中の八割は金で解決できることは
 事実。だが、追求する対象ではなく、あくまで結果についてくる。 その結果としてのお金は、
 その瞬間から手段になる。私の金銭哲学のベースに父親の教えが大きい。 
 父が亡くなる数ヶ月前、独り考え込んで呟いた「通帳に書き込まれた数字と、紙切れに書いた
 数字と何が違うのだろう?同じでないか」という、素朴な疑問。ある程度の財をなしたが、
 人生の最期を悟り、死んでいく無念。 「仕事を楽しみ、終の住まいを建て、何がしかの
 財産がある。それが、どうした?」という少年のような戸惑い。 口には出さないが、「蓄財とは
 何のため?それが通帳の数字への疑問となり、人生を改て見直すことになる。 その頃、
 あれだけ保守的で頭の固い父が、何を思ったか、共産党の「赤旗」新聞を読み始めた。
 それまで信じていた日経新聞と逆の見方があり、それも正しいようだ、と気づいたようだ。
  次回から、面白そうな部分を、抜粋し、考えていく。  ーつづく
・・・・・・
2012年10月31日(水)
4236, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー       ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より          
 ● 聖火リレーはヒトラーの軍事戦略から始まった
 オリンピックのハイライトといえば、聖火リレーである。だが、古代オリンピックでは聖火の儀式は
行われていなかった。近代オリンピックでも当初は行われていなく、ナチ政権下で、ギリシャの末裔
がドイツという印象を世界に植え付けようという思惑があった。ナチスの狙いは、それだけでなく、
軍事的目的があった。その道筋は3000キロ、計7ヶ国あり、その道筋を詳しく下見をしたが、
その時、戦車が通れるか、どの位で走れるか調査をした。実際にほとんどは、ナチに占領された。
戦後、廃止を検討されたが、やはり宣伝効果も含めて存続が決まった経緯がある。
= 結局は、右上がり経済の自国の宣伝材料として政治家は、これほど裏金を使える美味しい
印籠はない。オリンピックを純粋に目指している選手は、それでよいが、メダルを取れば、それで
一生食べていける時代は終わった。
 ● 花見を広めたのは、八代将軍の徳川吉宗の粋な、計いから
 日本人の春の恒例行事といえば、花見である。東京周辺だけでなく、全国津々浦々で桜の
名所が多い。庶民でも、金をかけずに近所の公園や川辺で気楽な行事になっている。だが、
庶民の娯楽として花見が確立されたのが、江戸時代になってから。三代将軍の家光が、吉野
から苗木を運ばせ、上野に多くの桜を植えさせた。また八代将軍吉宗が王子の飛鳥山、品川の
御殿場、隅田川などの植えさせ、一般庶民に開放した。庶民の花見は、この吉宗の計らいが
大きかったという。もともとお祭り好きな江戸っ子、これを機会にドット繰り出すようになり、
全国に広がった。
=このような経緯で始まったとは知らなかったが、日本人のように右ならえ文化の典型。 
 他に盆踊りと秋祭り。
・・・・・・
2011年10月31日(月)
3871, ギリシャ危機の実態とは?
  * 曽野綾子の‘つぶやき’
 曽野綾子が、雑誌の手記で「ギリシャ危機の実態」を書いていたが、分かりやすい。
  ーまずは、その要点の部分を書き出してみる。
【外国メディアが原発にしか興味を示さないのは、彼ら自身の国からして蜂の巣をつついた
ようになっているからで、日本も大変だが外国も大変なのである。もはや恒久化した観のある、
高学歴の若年層の失業現象。イタリアでは「プレカーリオ」(非正規)という言葉を聴かない
日はなく、それがスペインでは、広場を埋める「怒れる若者」たちになる。彼らは、独立もできず
結婚もできず子も作れない。その一方で、不法にヨーロッパに入国したアフリカ人は、人道の名に
よって保護され子供もたくさん産む。既成の労働組合は中高年の職場を守ることしか頭になく、
その人々の職さえも不安になりつつあるのは、経営者たちが海外に工場を移す一方であるからで、
コールセンターまでが、アルバニアやルーマニアなまりのイタリア語でかけてくるようになった。
 アイルランドもギリシアも破産直前。それでいて国民は、EUの命ずる緊縮生活は断固反対。
EUが援助するのも所詮はギリシアに融資している自国の銀行を助けるためなのがわかって
いるからだが、ドイツとフランスの銀行がつぶれたらEUもつぶれると言われても、怒れる
ギリシア人たちは、それとオレの職がどう関係するのかと言い返すだけなのである。
蜂の巣をつついたようになっているのはイスラム圏も同様で、自由を叫ぼうと、こちらも所詮は
「職」の問題。独立後に旧宗主国のヨーロッパに負けるなと教育を振興したのはよいが、
その受けた教育にふさわしい仕事を供給できる社会づくりが十分でなかった。
それで、軍人と公務員ばかりが増え、コネのない者は失業したのだった。
 職を常時提供できる社会とは、生産する中産階級が健在な社会ではないかと思うが、
イスラム教には、それをはばむ何かがあるのだろう。要するに世界中が大変で、ほんとうの
ところはオバマもサルコジもメルケルも何をしてよいのかわからないのではないかと思う。
これが今の世界なのだから、日本は外国の評判など気にせず、災害の復興に専念して
いればよい。今回の災難で唯一良いことは以前のように外国からカネをしぼり取られないで
済むということだ。何か言われても、御存知のよううな状態で、その復輿だけで大変なのです、
とでも言うて逃げればよいのである。日本人も少しは、悪賢くなりましょう。(六月二十三日日記)】
▼ ギリシャ危機が、どのようなカタチで収まるのか見ものだが、恐らく、準参加国家として
 枠組みから、外されるしかないだろう。ぎりぎりの交渉の中で、EUの銀行が保有する
ギリシャ国債の50%を「自主的に」減免することで合意に達したようだが、ギリシャがデフォルトを
するより、ましということ。しかし、次にはイタリア、スペインが控えている。何処まで、火元を
押さえることが出来るのか。9月以降は、いつ株の大暴落が起きてもおかしくない
状況だったが、当面、乗り越えたようだ。しかし、根本的解決を少しも解決されていない。
ぎりぎりの状況は、今後も連日、続く。狼少年のようだが、彼女の言うとおり、これが現実である。
  ・・・・・・・
 2010年10月31日(日)
 * この一年間、腰痛なし
 この一年三ヶ月の間、腰痛が殆ど出てない。殆どというのは軽いのは私の場合は敢えて
腰痛といわない。去年の春先から夏にかけてリズム・マッサージャーと、海老反り器械と、
縦型バイブレーションの三点を買え揃え、それを朝晩使っている。さらに去年の秋口から
ベッドに低反発枕と低反発マットを使用。その効果が実感できたので、居間の座椅子の上に
低反発クッションを置いている。それら全てが総合的に腰の負担を少なくしている。 
これまで腰痛対策として、30年近くウォーキングを取り入れてきたが、中程度は年に二回
(5月と11月)、3年に一度は酷い腰痛になる。但し、病院には一度も行ったことはない。
経験からして時間が解決することを知っている。現在のところ一年間にわたり取り入れた道具、
習慣が有効に働いている。去年夏の腰痛は酷かった!
 * 最近のタブレットパソコン事情
 ここにきて、TVや新聞でタブレット・パソコンを多く扱うようになってきた。
数年先には、世界中の街や居間や列車内で見入っている姿が日常の光景になる。
これは居間か通勤途上のツール。本や新聞、ゲーム、アルバムなど、多くの機能が入り込んで、
多くの人にとって手放せないツールになる。手軽に持ち運び可能の情報の出入れ口として
携帯電話と同じような必需品になる。その普及と同時に、本や雑誌、新聞、アルバムなど紙に
印刷されたものは激減していきざるをえないこれを筆頭とした端末はSF世界の作家すら
想像できない進化をしていくことになる。 面白い時代である。いま一つは居間の
テレビもネット接続などのパソコン機能が入ってくる。これは、今度とり上げてみる。
 iPadには興味があるが、一通り各メーカーが出揃ってから考えることにする。
・・・・・・・・
2009年10月31日(土)
 3131,期待どおりの電動自転車
 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。
自宅は長岡駅裏から歩いて10分ほどにあるが、長岡駅前から歩いて20分のところにある
大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところにあるジャスコには15分、ユニ系のSCの
アピタまでは20分かかった。そして、その先にある長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に
着いたのが45分後であった。万歩計をみると、2500歩になっていた。
45分というと5500歩あるくから、半分近くこいだことになる。 疲れは、ウォーキングと同じ
ぐらいである。 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。  一日一万歩を目指して
歩いているので、自転車にはほとんど乗ることはなかった。 だからスポーツタイプで、6段
切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を乗った驚きは大きいのは当然のことである。
一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると二倍の加速がかかるもの。
  (字数制限のためカット、2014年10月31日)


4977,閑話小題 ーツアーゲームの醍醐味 〜②

2014年10月30日(木)

    * 人生も旅行もゲームも、難問の解決過程を味わうこと!
 ゲームとは、仮に障害を幾つかつくり、条件と、約束事を決め、目標達成をすること。
ツアーの行先を地区ごとに埋めることをゲーム感覚にして30年近く、様々な出来事があった。
トラベル(旅)の語源がトラブルの難問を乗り越えるプロセス自体が楽しみになっていく。
 創業で、幾つかの難題を障害と見立て、乗越えてきたことが、旅行にも生かされていた。
ツアーの49回の内わけとして、欧州15回。中東、アフリカ10回。インド・パキスタンを含めた
アジア7回。ハワイなど南太平洋6回。南北アメリカ11回になるが、それぞれの地域の空白を埋める
のもゲーム感覚。 一回のツアーには、普段のトラブルの殆どが全て出てきて、決して楽ではないが、
ゲームで、それを楽しまないと、二度と行きたくなってしまう。 最近は、家内の意向で欧州が多い。 
 南米、南アフリカ、パキスタンのシルクロードなどの最果ての地から日本を見ると、日本は最果ての地。
すべからく行先に辿りつくのが目的でなく、途中に起こる様々の経験全てを味わうことが目的になる。
特に、飛行機の行き帰りと、目的先の移動中のバスの車中を楽しめるかどうかがポイント。
 アランの幸福論に、「憂鬱の人に言いたいことはただ一つ。「遠くをごらんなさい』がある。
憂鬱な人が殆どみんな、読みすぎ!人の目(心)はこんな近距離を長く見ていられるようには
出来ていない。広々とした空間に目(心)を向けてこそ、人間は安らぐのである。夜空の星や
水平線を眺めている時、目(心)は、まったく、くつろいを得ている」がある。この言葉が遠く旅する
目的を言い表している。
 贅沢なライフワークだが、それ一つに絞り、何とか続けられたことが、人生の様々な難問を
乗越える支えになってきた。人生ゲームというキッズがあるようだが、難問が高いほど面白いのは、
深淵の意味が含まれている。死んでしまえば、それまでよ!死んで花実が咲くものか!である。
大部分の、世間様という人たちと一線を画すこと、それには、良い芸術作品、大自然の神秘、
良書を浴びなくてはならない。その前に立ちはだかる難問を乗り越えるゲーム化が、
人生のゲーム化である。
・・・・・・
4610, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー2
2013年10月30日(水)
              「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー (著)
    * 雨がもたらす感動 《その時々の感情に合わせて》
 〜私がいったところはどこも 一人の詩人が私より先に立ち寄っていた。(シグムンド・フロイト)〜
 この本には俳句が多く引用してある。イメージを簡潔に、生き生きと彷彿させるに俳句が
ピッタリだからという。成るほど、雨の日に一人、部屋で読んでいると、どの俳句も身に染みてくる。
 冒頭に、「その時の、感情に合わせて」と、以下の俳句などの一節が書かれていた。
  ー慈悲
 慈悲は強いられ 行なうものではない。
慈悲は天から降りそそぐ 恋みの雨のように大地を閏すもの。 シェークスピア(ヴェニスの商人)
  ー融和する愛
 こんなふうに、夏の雨ぱ私たちの 心にしっかと棲みつく。だれかの心と鼓動を合わせ
打つ生まれ変わった心のように。 ミュリエル・バリュベル「優雅なハリネズミ」
  ー孤独ー  
秋雨や夕餉の箸の手くらがり      永井荷風
  ー情熱
情熱とは感情的には朝露にとっての雨 水蒸気にとっては水のようなもの  ジョセフ・ジュベール
  ー別れ
白露や 死んでゆく日も帯締めて    三橋鷹女
  ー再会
夕立もやみたる頃の迎へ傘       高橋淡路女
  ー辛さ
五月雨や上野の山も見飽きたり     正岡子規
  ー優しさ
初時雨猿も小蓑をほしげなり      松尾芭蕉
  ー存在の驚き
はるさめの暮れなんとしてけふも有   与謝野蕪村
  ー喜び
タ立が洗っていった茄子をもぐ     種田山頭火  
  ー哀愁
タ時雨蚕ひそみ音に愁う哉       与謝野蕪村
▼ 雨は、どちらかといえば陰鬱的な気持ちに私たちをさそう。しかし、雨がもたさす憂鬱、退屈、
孤独感の中から何にもにも代え難い感情が湧き出てくる。そして静かにエネルギーが満ちてくる。
童謡《 あめあめふれふれ母さんが ジャノメでお迎えうれしいな、ピッチピッチ チャップチャップ
ラン ランラン。》が、心の奥から聞こえてきた。
・・・・・・
4235, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー8
2012年10月30日(火)                       
                   ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
● グレルの語源
<グレルの語源は平安時代の「貝合わせ」という遊びからきている。
ハマグリの貝殻を二つに分け、ピッタリ合うものを探す遊びである。これが意外と難しくて
ナカナカあわない。ここから、しっくりこないことをハマグリの倒語、ハマ・グリ ー>グリ・ハマ
となり、そのうちグレだけ残って動詞化し「グレル」になった。この言葉、江戸時代には一般に
使われていた。>
▼ 最近、あまりグレルという言葉を聞かなくなった。ここで知るまで、愚連隊のグレから
きていると思っていたが、愚連隊の愚連が、グレの当て語でったことになる。青少年期に
グレタの者に、全うな?人生を過ごしたのは、少ない。 人生の基本が出来てないのは、
その後で立て直すのは難しい。10歳で人生の限界が決まってしまう説がある。
     〜〜
● へべれけの語源はギリシャ神話から
 べろんべろんに酔った状態を「へべれけになる」というが、飲みすぎて正体を無くした状態に
ピッタシである。一説によるが、ゼウスの娘にちなんだへーべ・エリュケーションからきている。
エリュケーションは、お酌をするという意味になっている。オリンポスでは、へーベがお酌を
するのが習わしで、若くて美しい美人。しかも、ゼウスの娘なら、つい杯を重ねてしまう。
神々は前後の境なく酔いつぶれてしまう。「へーべ」「レリュケーション」すなわち「へべれけ」
という言葉が生まれた。他にも、「へ」と「べ」の区別がつかなくなり、へべれけが生まれた
という説がある。
▼「へ」と「べ」の見境がつかない説もよいが、女神へーべの酌で神々が泥酔した説も面白い。
飲み屋のネタに丁度良い。スナックに行くのは、へーべを求めて酔いたいためだ。へーべは
いないが、へーべ風はいる。居酒屋で酔った後に行くのは、幻想を求めるため。 
 ・・・・・・
3870, 品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らねぇ!
2011年10月30日(日)
 映画監督の山本晋也の、ある雑誌の手記にあった言葉だが、言い得て妙である。 
  まずは、その概略を書いてみる。
≪ 小学校1、2年生の頃、友達と「鞍馬天狗」のかかっていた映画が見たくて、トイレの窓から
友達4人と侵入したが、支配人に捕まった。「先に入った友達がいるはずと、教えれば許す」と
いう条件を出されたが、「友達はいません、僕一人です」と言い通した。そのため警察に突き出され、
父親が引き取りにきた帰り道に、引っ叩かれた後に「ろくでもねえことをしやがって、でも、お前さん、
友達を売らなかったてぇのは、偉い。品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らなぇって
いうからな。覚えてけ!」「品行」という言葉の意味は、大人が使っていたので何となく分かったが、
「品性」という言葉の意味は暫くわからなかった。ただ、その中で、親父が友達を売らなかった
ことを褒めてくれた、雰囲気は伝わった。自分は成人映画を撮り続けて250本になる。
その上に、深夜番組で風俗レポーターを21年もやったが、一度として歌舞伎町で浮遊した
ことはない。それもこれも、親父の、この江戸弁がきいている。 ≫ 
▼ 事業を40年近く携わってきて最後は、この結果に終わった。色いろあったが、法律はスピード
違反なら10キロオーバーまで。綺麗ごとだけでは済まされないのが事業だが、その辺のことは
守ってきた。何事も契約は遵守。 自分の心にとってやましいことは、やらない信念は持ってきた。
この倒産劇で多く非難をされたと思うが、自分では結果に対し納得しているので冷静でいられた。
確かに品行は良いとはいえないが、品性が悪いとは思ったことはない。いや、酒癖が悪いから、
第三者からみたら最低の品性か。
「国家の品格」、「女性の品格」とかいう類の本では、品性の部分では、ほぼカバーをしていた。
そこでは自己確立が出来ているかどうかが、問われている。 人を悪し様に言っている人たち、
陰口しか言えない人たちの、劣性などが羅列してある。もっとも立場変われば、見方が全く違う。
誰も自分にはあると思っているが、実はないのが品性。大たい2ランク上の自己評価をするから、
お笑い。 自嘲? それもこれも比較の問題になる・・ 今さら品性と言われても!
  ・・・・・・・・
3505, フューチャリスト宣言 ー3
2010年10月30日(土)
  「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
  * 楽しくてしょうがないというやつしか勝てない
  ー まずは、茂木の日米の教育の基本的考え方の違いから ー
 茂木:日本の教育では基本的に「範囲」があって、『正しい範囲』を押さえた人が最終的に
大学入試に受かる。ところがアメリカの高等教育は違う。・・・アメリカの教育は最初から偶有性
(何が起こるか分からない)の海の中に生徒たちを放り込むしかない。とにか「自分の好きな
ことを勝手にやりなさい」と。しかし個々人が好きな方向にとんがるとは言っても、やはり
何らかの基準がないと困るので、ナショナル.ミニマムとしてSAT(大学進学適性試験)がある。
基本的に放し飼いなので、最低限のベーシックな問題しか出さない。日本の大学入試みたいに、
囲い込まれた世界で人工的な受験技術を磨く必要はまったくなくて、それぞれが勝手な方向に
突き進んでいるので、共通項としてはミニマムにならざるをえない。ともかく、僕は公式的な正しい
範囲なんて本来ありえないと思っています。だから、日本の教育の本質は「談合」であると思う。
・・(略)つまりアメリカでは、とんがらせる方向というのは人によって異なる。たとえば人によって、
それこそ高校の時から量子力学まで進めるかもしれないし、歴史を深く掘り下げたいという人も
いるかもしれない。それに対し、日本は、ここまでの範囲しか勉強をしてはダメといって、
人工的に競争をさせようとする。 どちらが良いかは、アメリカが良い。・・(略)それでも
「とんがっていいんだよ」ということが、最近では感覚として受け容れられてきた気がしてきた。
▼ アメリカの教育システムがベストという訳ではないが、私がミッション系の大学に入って
感じたことは、小学校、中学校、高校から一貫教育できた連中の自由闊達さに、まず驚かされた。
他の都会育ちもいるが、地方の連中が、あてがわれた受験勉強(大学進学適正試験)に多くの
エネルギーを奪われているうちに、彼らはジャズバンドに、ゴルフに、服飾に、遊びに、自由の
空気を満喫していたのである。現在考えてみて、その差があまりに大きかった。
当時は、それほど感じなかったが。それで「とんがるように生きてきた」が、このザマ。 
先が歪んでいたから?・・ でも、とんがると、娑婆は面白くなる。その自由闊達が社会に
出たとき、そのまま世渡りにプラスになっている。それぞれ一長一短はあるが、グローバル化は、
「とんがり」が求められるのである。 実は、心の奥は毎日が面白くて仕方がない? いや、
そうでもない? 「面白くなき世を、面白く」の意味が、歳を重ねていく上でシミジミと分かり
かけてきた、ということ!
 ・・・・・・・・
3130, 閑話小題 ーつれづれにー
2009年10月30日(金)
  * PDP・TVとDVD購入から7年経過の感想
購入7年経過の感想といえば、50インチの大きさと画面の明るさと鮮明さが良かったこと。
特に映画と相撲やボクシングなどの迫力が圧倒的になる。それと海外各地の紹介番組も、
現地に居るような錯覚にさせる。 ただし、長時間見ていると疲れる。購入メーカーのパイオニア
がPDP・TVより撤退をしたが、製品は合格。
7年経っても、現在の薄型TVに見劣りをしていないところは、さすがに日本のメーカーである。
TVと録画機は8年を目安にしているので、TVはあと一年だが、三年位は持ちそうだ。
その時は、液晶の65インチのつもりだが、そろそろ液晶とは違う画期的なTVが出はじめている。
で、現在、薄型液晶を買おうと迷っているなら、50インチ以上をお勧めする。結局は画面の
大きさだが、部屋の広さもあるから一概にはいえない。メーカーは、どこも同じようなものだが、
敢えていうならソニーか、シャープ。
  * 経済の二番底が近くあるのか?
 9月に入ってから、地場から聞こえてくる経済の様子が変のようだ。 しかし新潟駅周辺は
9月下旬の国体と身障者のスポーツ大会、5連休の観光客のために賑わっていたが、10月半ば
から一挙に元に戻ってしまった。 このところ半年に一度は、こういう雰囲気にはなるが、銀行や
会計事務所の話や取引先の話を聞くと、今度は本当に追い詰められてしまったところが多いという。 
年末年始は大荒れ、の予測が前からあったが、その余震が9月から始ったということだ。 
当方は、冷夏のマイナスを9月、10月で何とか取り戻したので、何とか二月決算の数字は
予定通りの目安はたっているが・・・。 年末・年始は二番底に?。
  * 「足腰の痛み」か〜 
 NHKクローズアップ現代の10月27日「あなたの関節は大丈夫?」
〜ロコモティブシンドロームの脅威〜を食い入るように見てしまった。
その内容とは《(NHKのHPより)手すりにつかまらなくては階段を上れない、
横断歩道を青の間に渡りきれない…。 足腰の痛みなど自覚症状がほとんどない人も含め、
骨や関節に問題を抱えている人が、全国でおよそ4700万人もいるということが、厚生労働省
研究班の調査から明らかになった。は、ヒザや腰の関節を支える軟骨がすり減っていたこと。
こうした運動器の障害はロコモティブシンドロームと呼ばれ、"寝たきり予備軍"と
受け止められている。 (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日)
 ・・・・・・・・・
2765, こころと脳の対話 −1
2008年10月30日(木)
「 こころと脳の対話 」  河合隼雄 茂木健一郎 著  (潮出版社 )             
ー概要ー
  月刊誌上の3度の対談を再構成した本である。脳科学者・茂木健一郎が作る「箱庭」を
ユング派分析家・河合隼雄が分析。脳科学と心理療法は現代人の苦悩を救えるなどを議論している。
第1回 こころと脳の不思議(ユングは人間の何を見ようとしたか
   ;学生時代の箱庭体験;安易に「言語化」することの怖さ ほか);
第2回 箱庭と夢と無意識(箱庭のなかの「生」と「死」
   ;「わからない」ことを大事にする;ニワトリが牛耳る不思議な世界 ほか);
第3回 「魂」を救う対話(脳治療の倫理的課題;脳科学に限界はあるか
   ;夢のなかで「意味」がつながるとき ほか)
−−
まずは第一回「こころと脳の不思議」の《夢の意味を自分で考えてみる》から箱庭の解釈が印象的。
私も時々、前夜みた夢を雑記帳に書きだすが、後で読み返すと非常に面白い。
これも箱庭の話だが、箱庭は意識と無意識の、少し意識よりの世界を表現するという。
 私の事務所の部屋の横に、秘境ツアーで買って来た小さな人形がある。
それだけでなく、母が旅先で買ったものや、子供が小さな頃に買ったものもある。
考えてみたら、この棚そのものが、箱庭ではないか、脈絡は有って無いような。
母、私、そして息子の三代の小さな人形が百個位詰まっている。
そこで時々、気の向くまま7〜8個、白い用紙の上に並べてみようかと思っている。
そして、ジッと見ているうちに何か不思議な世界に、入り込んでしまうような気がする。
それはそうだろう、南アフリカの喜望峰で買ったサイの像と、ケニアのマサイ族と、子供が
買ってきたディズニーランドのミッキーマウスなどが、白紙の上で並べば、そこに深層の
何かが見えてきて当然である。
ーP・19
茂木 僕がやった箱庭は、いまでも覚えてますけれど、やっばリ砂でした。僕はそのころ、
 内向的というか、知らない人としゃべりがあまりできなくて。 あるとき、箱庭で、村でお祭りを
 やっていて、山にサルが一匹いて、木の上からそのお祭りを見ている、というのをつくったんです。
茂木 どういうことか、と聞かれたので.「僕はこのサルで、そのお祭りのなかにまでは行きたく
 ないんだけど、でも一人で、こうやって楽しそうな様子を見ているのが好きなんだ」というような
 ことをいって。 そのころの心象風景だったんですね。
河合 その、祭りを見ているサルですね。それは、客観的に祭リを観察している自分というのと、
 それからサルで典型的なのは孫悟空ですね。将来、大活躍する可能性とか、あるいは
 仏道に入っていくような宗教性や精神性とか、そういうものを全部もっている存在としてそこに
 いるんですよ。それで、いたたずらもするしね。 それって、すごくおもしろいですね。
茂木  なるほど、その「サル」というところがポイントなんですね。
 ーP・23
河合 わかりやすくいうと、僕らが生きているということ自体、ものすごく無理をしているわけでしょう。
  それを無理しているだけではもたないかち、寝たときに調整するわけです、全体性のなかに。
 その全体性のなかに調整する動きを、脳のなかで視覚的に把握したものが夢ではないかと、
 僕はそう思ってるんです。   (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日
・・・・・・・・・・
2007年10月30日(火)
2401, こころの旅 ー5         ('-'*)オハヨ♪
  ―カリール・ジブラン『預言者』
      「子供について」       −読書日記
赤ん坊を抱いたひとりの女が言った どうぞ子どもたちの話をして下さい
(それで予言者は言った)
あなたがたの子どもたちは あなたがたのものではない 彼らは生命そのものの 
あこがれの息子や娘である彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども あなたがた
から生じたものではない あなたがたは彼らに愛情を与えうるが  あなたがたの考えを
与えることはできない なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。
あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが 彼らの魂を宿すことはできない
なぜなら彼らの魂は 明日の家に住んでいるから。
あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが 彼らに自分のようにならせようとしてはならない
なぜなら生命はうしろへ退くことはなく いつでも昨日のところに うろうろ ぐずぐずしてはいないのだ
あなたがたは弓のようなもの その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて 前へ放たれる 射る者は永遠の道の上に的をみさだめて
力いっぱいあなたがたの身をしなわせ その矢が速く遠くとび行くように力をつくす
射る者の手によって 身をしなわせられることをよろこびなさい
射る者はとび行く矢を愛するのと同じように じっとしている弓を愛しているのだから
 解)
この詩は味わい深い意味がある。 子供に対して全ての親が理解しておかなければならない
基本の姿勢である。(以下、字数の関係でカット、2011年10月30日)


4976,閑話小題 〜TVドラマのマッサンを見たことがある

2014年10月29日(水)

   * 面白い出会い 
 1967年の学生時代に、軽井沢・万平ホテルのレストランで、NHK・朝ドラ「マッサン」を見た
ことがある。軽井沢友愛山荘のヘルパーをしていたある日の午後、車で5分ほどの万平ホテルに
コーヒーを飲みにいったところ、品の良さそうな老人が、秘書らしき人とコーヒーを飲んでいた。
近くの人が小声で、「あの人が、ニッカの創業者の竹鶴さんだよ」といっているのが聞こえてきた。
二人とも黒のスーツにノーネクタイの白ワイシャツ姿。品が良いが人を寄せ付けない空気が、
その席に漂っていた。私の連れの話では、奥さんがイギリス人で、数年前に亡くなったたという。
当時も知名人だったようだ。まさか、47年後の朝ドラの主人公として、たち現れるとは、思いも
よらなかったが! 懐かしい思い出の一コマであった。調べてみると、奥さんリタは1961年に、
マッサンは1979年に亡くなっていた。生まれが1894年というから、当時の年齢は73歳。
当時、かなりの年寄りに思えたのは、私が若かったため? ところで、当時、親しくしていた
友人を軽井沢に連れて行ったが、その後、軽井沢に別荘を持ったという・・ その友人とは、
卒業間際に大喧嘩をして、絶交状態? 人生、色いろある。 所々にある大きな池と並木道を、
山荘の宿泊客や、同僚のホステラーと、早朝、歩いた良い思い出がある。学生時代には、
将来の手がかりも何もかも無かったが、背中に羽があるかのように飛び回っていた。
   * 家内が、ある会の議事録の筆記を頼まれて
 毎日、文章を十数年来、書いてきたこともあり、文章を書くことに抵抗はないが、家内にとって、
議事録をまとめるのは初めての経験。必死の形相で四苦八苦。 以前もイタリアのポンペイで
迷子になった時の対処の礼に、機内で添乗員にメモ書きに添えて礼金を渡すことにしたが、
その文章が書けないという。そこで、私が、家内にかわって書いたことがあったが・・ 
また、『どうしたら良いか?』というから、『上手く書こうと思うな。雛形を探し、とにかく、拙速に
書き上げること。問題は、その後の、書直しを、何度かすること』と、答えた。 こういうのは、
一気に書きあげるしかない。この程度の随想日記でも、前日まで書上げた内容を、60〜90分も
かけ添削をしている。 そう簡単に、気持ちの入った文章など出来ようはずがない。
 何事にも、言えることだが。
・・・・・・
4609, 閑話小題 ー金からの自由
2013年10月29日(火)
   * 金からの自由と解放感!
脳科学者・認知科学者の苫米地英人の『君は一万円札を破れるか』を図書館でみつけ
借りてきた。銀行に倒産させられた?バイオ企業の雄だった林原の専務の著書『破綻』と
並列に読むにちょうど良い内容。 脳科学者が、金融、特にお金の本質を書くと、こうなるのか、
と読むと尚の事、面白い。後日、ここで取り上げるが、 概要といえば、《お金は経済支配者の
洗脳でしかなく、早めに呪縛を解いた方がよい》、と。森林(現実、経済社会)から、サバンナ
(隠居生活)に出てみると、森での思い込みの枠が明確に見えてくる。長年の間、恐れていた
倒産に至って、汚名をきて、曝し首になっても、「それが、どうした!」と開き直ってしまえば、
何んてことはない。 地方の中小の三分の一が、今日明日の資金繰りに追われ、残りの
大部分が一歩手前。まともは1〜2割もあるかなしか。事業整理をした結果、今までの心労は
ゼロに近い。事業をやり直す気持ちなど、さらさらない。独り4時起床、ブログを書き上げ、
6時にポタリングに出て・・と、一日のプログラムを淡々とこなす日々。 お金が無くて、不自由を
するかといえば、皆無といえば嘘?になるが、ほぼなし。全て、やりつくした感があるため、
別に今さら。 酒もビールも、味などかまわなく、美味いと思えば美味いと感じるから不思議。 
リッツカールトン・ホテルのレストランが、偽装のネタの料理を出していた云々? 
そんなもの、業界の連中からみれば日常茶飯事で、何を今さら。 食通とかいう人が、
能書きたれていても、それが、いかに下らないことか、料理人が一番良く知っている。 
とれたての魚や、野菜を産地で食べるのが一番美味しいし、それ以上の味があろうはずはない! 
一流シェフの料理が美味いなど錯覚。その錯覚も良いことは良いが・・ 目隠しをし、料理、酒の
味見をすれば分かること。平べったい顔の若い女性に、整形をし、プロが化粧をし、ブランドの
衣装を着せれば、誰でも絶世?の美女。それと同じで、料理の味も集団催眠の一種。 
そういう変身番組を土曜日の9時過ぎにTVで毎週、お笑いで放映している。 
 お金も、同じ。 紙切れを、あたかも価値があるように洗脳し、現物を騙し取る。
米国の基軸通貨のドルが、そうである。更にバラまいたドルを米国債で回収すればよい。
ネズミ講と同じで、国家が倒れない限りは大丈夫。 世界はバカばかり、欺し証文(お金)と、
大事な時間を対価にした労働や資産を、紙切れと平気で交換する。それで何かが買えるからだ。
その証文の価値は、一部の連中が紙切れに印刷をし、価値があると洗脳しただけの詐欺そのもの。
それが、森林から出てみると、鮮明に浮かび上がって見えてくる。とはいえ「金から自由になるには、
気にしないで済む、何がしかの金が必要」という現実がある。地方では、年3百〜4百万の支出に
耐えられる金額が目安。それさえ確保すれば? その生活に甘んじれば、金から自由になれる、
それ以上は同じことになる。1千万以上の生活を20数年してきたが、充実感があったが、
現在と大して変わりはしない。いや、金の呪縛から解放された分、現在の方が良い。
以前、「会社を良い状態で、息子に引き渡した状態をベターなら、整理をし曝し首の現在が
ベストという実感がある」と書いた、それである。 それもこれも、それぞれの成り行き。
どうでも、よいこと。 「饅頭嫌い!」の落語の話かも? が、オチ。
・・・・・・
4234, プレイボーイの人生相談 ー2
2012年10月29日(月)
  今東光の回答も面白いが、柴田錬三郎の回答も単調直入に切って捨てるところが面白い。
   * 愛の本質とは?
● わたしは、18歳の女子学生です。愛の本質について悩んでいます。
 今まで3〜4人、肉体関係のあった人がいますが、わたしの求める愛ではありませんでした。
いまも一人の男性と、月に二〜三回あっているのてすが、彼と分かれたあとの何ともいえない 
むなしさはいったい、なんなのしょうか? ー愛の本貿とは何んでしょうかー
◎ チンビう同志が裸体をくつつけ合つて愛の本質など判りはせん。魂というものについて、
 まず考えなくてはならないのだ。君には、それを考える能力がないらしい。一八歳にしか
ならないのに、もう数人の関係を持つとは、驚くべきズベ公ぶりだ。行為そのものが、どうせ、
二〜三分の動物的なエンヤコラに相違ない。 だからキミは、セックスさえも知らないのだ。
 まず、阿保らしいセックスを中止して、愛するということは何かを知るために、名作といわれる
古今東西の恋愛小説を読みたまえ。魂の美しさ、苦しさ、清らかさ、そして浄化を知るがよい。
   * 惚れて、許して、妊娠し…
● 私は十八歳の女子学生です。今、市内のある喫茶店でアルバイトをしています。
店のバーテンをどうしようもないほど好きになってしまいました。相手も私を思っているようです。
でもその人は結婚しているらしいのです。人の話を聞いたのだからハッキリわからないけれど、
聞く勇気もありません。でも時々、彼にがらかわれているようにも思えるのです。
  相手は遊びのつもりなのでしようか。
◎ 嬉れて、からだを許して、一度ぐらい妊娠して人工中絶して、やがて、すてられて、なかば
 ヤケになって、新宿あたりの酒場のホステスになって、だんだん美しくなって、野心を起して、
酒場のマダムになる野心を起して、いろいろの男から、金をひき出して、ついにその無理が
たたって、ダマした男に殺されて、バラバラにされるかね。
 ▼ いずれの世の中も、悩みは同じ。悩み、悶え苦しんで、その格闘の中から、人生は
 生まれてくる。いずれにしても、人生は真正面からぶつかるしかない。とはいえ綺麗過ぎる
人生も、つまらないが、汚いのも考えもの。「小汚い人生を小奇麗にして生きることこそ、
避けるべき??」か。それとも、そんなことを一切、無視すべきか。 どちらにしても同じ。
 ・・・・・・
3869, 地球の中心点からの声 
2011年10月29日(土)
   * 瞑想のヒント?
 二年前から、早朝のウォーキングをポタリング(ミニ・サイクリング)に切り替えたが、それ以前は
25年以上近くの土手を歩いていた。1万から1万5千歩を目標にしていたこともあって、週末には
2時間以上歩いてい時期もあった。しかし1時間も歩き続けると腰が痛くなり、屈伸をしたり、
何度かシャガミこむ。その内に、そこで深呼吸をするようになっていた。
屈伸は10回ぐらい繰り返すと不思議と腰痛が引く。ある時に思いついたのが、しゃがんだ時に
地球の中心点まで気持ちを落としみ、そこからエネルギーを汲みあげ、逆に立ち上がったときには、
天に向けてエネルギーが宇宙の彼方に向かうイメージである。 呼吸法などの本から租借した
呼吸法ということになる。その時に、何時の間にか擬人化した声と対話するようになっていた。 
しかし最近になってウォーキングからポタリングに切り替えたため、殆ど、その呼吸法をすることは
なかった。ところが、昨日の朝、ポタリングの途中、信濃川の大手大橋の上を引きチャリをし
歩いていると、地球の中心点が頭に浮かんできて、呼びかけてきた。
《 ワシ(中心点)をリアルにイメージしろ。そして、ワシと繋がったと思え。この一点の声を
 聞こえる奴は少ない。何時でもよい。目を瞑り、そのイメージを持つのだ。 それで地球の
中心に己を置くことができ、そのエネルギーを得ることが可能になる。まずは、ここを歩いたときは
必ず、この瞑想をしろ! 》と。 本当の話である。 地球の大元に繋がる?イメージは面白い!
もしかして頭が変になってきたか。元もと変だから、何だろう。内なる声なのか、はたまた妄想か。
ただ、純粋にイメージを持てば、これは内なるエネルギーの大元に繋がることになる?
外に向かっていたエネルギーが内向きになった結果か、それとも鬱から躁への切り替え時の
イメージか、これは。呼吸をしてくれという身体の叫びが正体か。深呼吸は意識的にしていたが、
まだ足りないようだ。 毒が溜まる状況下、エネルギーが枯渇ぎみ、ということ。 
深呼吸が精神の大元そのもの。 中村天風の教えと同じである。 
 ・・・・・・・
3504, 10−10−10 ー�
2010年10月29日(金)
   「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」  スージー・ウェルチ (著)
 ここで多くの事例をあげて、3つのスパンで考える方法を教えている。
そこで自分の日常の小さな判断の経過をあげてみる。
▼(例)=今月は、どういう訳か飲む機会がなかった。そのためか帰りの新幹線車中で
「さて今月は、外で飲んでいない。酒の肴でも買って家に帰ろうか?殿町にでも飲みに行こうか?」
と誘惑の気持ちが出てきた、とする。 そこで、この3つのスパンで考える。
≪ 店での二時間はストレス解消になる(短期)、しかし酔った勢いで下手をすると数軒まわる
可能性があり、明朝は後悔する(中期)、それも一週間後には全て忘れている(長期?)。
飲みに行けば明朝のウォーキングかサイクリングは中止になり、せっかくのゴールデンタイムが、
二日酔いで帳消し。さて、どうするか。朝か、夜か? 一週間後には全く記憶の彼方なら、帰るか≫
になる。これは数ヶ月に一度はある。以前は三度に一度は誰かに電話をしたが、今は歳のせいか、
ほぼ帰る。要は考えるという間で、衝動を抑えることができる。 事例としては、人生とは違う
内容だから相応しくないか。 しかし、この本、久しぶりに頭がスカッとさせられた本である。 
再度、おさらいをすると、
【 紙とエンピツで、目の前の悩みや葛藤を自問形として書いてみる。<わたしは○○をすべきか
どうか?>つまり、人生の様々な節目に現われてくる問題をまず自分に問いかけてみる。
大切なのは、その決断を下したら10分、10ヶ月、10年後(別に10の数字にこだわらなくともよい。
一週間、半年、数年後でもよい)の結果を予測することだ。予測は、ただの想像とは違う。
目下の問題の充分の情報を集め、分析し、客観的に見つめなおし初めて予測可能になる。
その過程で、「自分の本心」と「価値観」が浮き彫りになり、裸の自分と向き合うことになる。
そこで、さらに「よりよい決断」をしたかどうかを、その過程で知ることになる。
もし、そうでなかったら、そこで修正する。人間は誰も節目で同じように考えるのだろうが、これを
習慣化すれば、より深く考えることが容易になり、判断と決断が早まる。現在の恐慌?も、
「100年、250年、500年に一度のスパン」で捉えたり、「500年、1万年、20万年に一度の
スパン」で捉えたりすることもできる。この視点で過去を振りかえると、自分を見つめ直す
きっかけになる。 
・・・・・・・
3129,電気自動車の時代
 2009年10月29日(木)
先日、NHKスペシャル「電気自動車革命」を放送していた。以前にも「電気自動車が、
これからの主流になる」という内容の特集を組んでいたが、地球温暖化防止のための
‘脱ガソリン’として、世界中が電気自動車へ向けてギアが変わってきたようだ。
GMが先駆けて脱ガソリン車の開発・完成をした時にあらゆる妨害が入った。
それを「誰が電気自動車を殺したのか」というテーマのドキュメントも放送していた。
石油業界にとって脱ガソリンは大打撃になる。が、温暖化を考えたら、そうはいってはいられない。
 ーNHK・HPのこの番組紹介からー
《 自動車革命 第2回 スモール・ハンドレッド 新たな挑戦者たち 》
シリーズ2回目は、世界各地で同時多発的に勃興する電気自動車メーカーの動きと、
電気自動車に社運をかける日本メーカー日産の最前線の動きに密着する。中国の農村部で
「電気自動車ブーム」が起きている。町工場が雨後のタケノコのように生まれ、今まで自動車と
縁のなかった層が新たな市場として活気づいている。 新興メーカー中には、ヨーロッパに進出
するなど、自動車メーカーと市場争いを繰り広げるところも出てきた。一方アメリカでは
「グリーンニューディール」を推進するオバマ政権のもと、グーグルなどシリコンバレーのIT企業を
中心に「21世紀の産業革命」を起こし、世界のイニシアティブを握ろうという動きが進んでいる。
これに対し、世界の自動車メーカーで初めて本格的な電気自動車の量産化を打ち出した日産は、
ガソリン車の購買層をターゲットに市場の開拓を推し進めている。 市民の意識改革の難しさ、
充電インフラ整備など様々な課題をかかえながら、新時代を切り開こうとしている。
 ーー
 違う時代に紛れ込んでしまったような錯覚を受けてしまった内容だった。
  ー印象に残った部分を列記してみると、。 
  (字数制限のためカット 2011年10月29日)
 ・・・・・・・・・
2764 ,ウォール街の魔女
 2008年10月29日(水)
  【産経抄】の10月25日のコラムが強烈である!
  関西で「がめついヤツ」とかいう三益愛子が主演していた演劇があったが、
 そのウォール街版である。 ここまで徹すれば、これまた御立派である。
  ーまずは、そのコピーから
 1世紀ばかり前の米国に「ウォール街の魔女」と呼ばれる女性がいた。へティ・グリーンという。
 父親の遺産をもとに株や債券、不動産に投資を続け、1916年に81歳で亡くなったとき、
 当時の金で1億ドルの財産を残した。 今のレートで100億円近い。
 ▼作家、ジェイ・ナッシュの『世界変人型録』という本によれば、彼女は金銭に関する第六感の
ようなものを持っていた。 銀行の破綻(はたん)や金融恐慌を巧みにかぎとりながら稼ぎまくった。
  さらに、大富豪にしては「常軌を逸した締まり屋」でもあったという。
▼20年間、同じ服を着てウォール街を歩き回り、決して車には乗らなかった。食事は安い
 レストランですまし、安下宿を転々とし週5ドル以上の家賃は払わなかった。読んだ新聞は
息子に売りにいかせ、その息子がケガをしたときは、治療代をケチり片足を切断させられた。 
(字数制限のためカット 2010年10月29日)
 ・・・・・・・・・
2007年10月29日(月)
2400, こころの旅 ー4         (* ̄0 ̄)ノ 才八∃一 gozaimasu!
*まわり道*
  神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。
同じようなことが、立花隆の文章にあった。「青年期の10年は潜伏期間、そこで何を蓄積するかで
人生が決まってくる」と。 誰もが直線的な人生より、まわり道をする。 が、問題はその道で如何に
自分を培養するかである。 行ったきりの人生もあるが・・・ 精神喪失(精神病)や自殺は、
その極端な例。 一つや二つは、迷路の迷い込み七転八倒した経験は人知れず持つのが人生。
お伽噺や神話は、その理想の物語として我々に提示される。まわり道こそ、物語なのである。
その時は辛く、激しく、情けなく、悲しいが、真実と夢があった! 
 逆にまわり道のない人生はそこに何の味わいがないだろう。 中学校の担任が定年の
祝いの同級会の二次会で、「オレの人生はなかった!両親が先生で、今も90歳近いのに
矍鑠としている。そして二人のコントロール下にある」という言葉が重く聞こえた。   
   ーp.121ー
 ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。
 「運命」と当面のしごとが要求することを忠実にはたしているうちに、意外にもそこから
本来の道へ行く糸口があらわれてくることもある。あるいはまったく思いがけない人がみていて、
本道へとつれ出してくれることもある。けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間、
見捨てられているわけではない。 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの
旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、それが
後半生で充分生かされることが少なくない。人間は「ただではころばない」という芸当もできる。 
 落伍者のようにみえた青年の中から、のちにどれだけ個性豊かな人生を送る人がうまれたことで
あろう。それは彼のこころの道中で、順調に行った人よりも多くの風景にせっし、多くの思いに心が
肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと 「わが道」にたどりついたとき、
すらすらと一直線でそこに来た人よりも独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をする
ことができるだろう。・・・」
ーー
 人生60年余生きてきて、無駄なことは無かった!と実感する。 それも順境の時より、
逆境の時の方が有益だった。 「順境は枝を張れ、逆境は(枝葉を切って)根を張れ」というが。
佐藤優の文章が心を打つのは、決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で
差し入れられた本を読み、考え、言葉を練りまわしていたからである。   
そこを「勉強の場」として、割り切ったからである。まわり道の中でこそ、個性ができるのである。  honnja ヾ(・ω・`)ノバイ


4975,閑話小題 〜好きなこと、非日常

2014年10月28日(火)

   * 嫌いなこと、無感動
 酒席での、ある人の一言が気に入った。
『私の好きなことは非日常!嫌いなことは無感動、無反応!』
私の趣味の秘境ツアーは、非日常と感動を求めて海外に出ることにある。毎日1〜2つはみる
TVドラマも、週1度は、通っているシネマも非日常世界の仮想体験をするため。人生を振り返って
みて、思い出されるのは非日常的のことばかり。しかし本当に大事なのは、その時節の日常。
その背景があればこその非日常。したがって、この二つの組合せを知恵で生かせば良い。
老いるということは、日常に埋没し無感動になること。子供の頃の、青春時代の、あのキラキラ
した気持ちは、どこにいったのやら。
  * 塩の話
 サラダは、だいたいが塩がする。このサラダは塩の意味から派生した言葉。
ラテン語で塩のことをサルsalと呼ぶ。このsalから様々な言葉が派生した。例
えばサラーリーマン(salary man)がそれ。サラリーマンは和製英語だが、そのサラリー
salary(給料)は塩sal。古代ローマでは、兵士の塩代のことをラテン語でサルsal(塩)
にちなんでsalariumといい、これがsalaryサラリー(給料)となった。 塩と同じくらい
貴重なものという意味で、給料salarium が使われていた。他にも、例えばsauce(ソース)、sausage(ソーセージ)、salami(サラミ)、soldier(ソルジャー:兵士:塩をもらう人)がある。
 塩は空気や水とともに、人や動物が生きていく上で欠かせない。これは生命が海から誕生した
ことと関係がある。世界で生産される塩の三分の二が、岩塩を材料としている。
岩塩は5億〜2千万年前に地球の地殻変動で海が陸地に閉じ込められ、水が蒸発後に土砂が
堆積してできたもの。人類は魚介類や獣肉を食べて自然に有機塩を摂取する以外に、塩を意識
しだしたのは5千年前からと推定される。食物の味を高め腐らせない塩は、古くから霊力を秘めて
いると崇められ、お清めや、相撲などで土俵にまくなど、清浄の力で穢れを払う目的がある。
「しおらしい」は、「塩を欲しがる」女性の仕草が由来のようだ。 「塩梅がよい」「塩加減がよい」
「敵に塩を送る」「青菜に塩」「ナメクジに塩」「傷口に塩」など、諺にも多く使われている。
・・・・・・
4608, 孤立無業
2013年10月28日(月)
 朝日新聞の書評に、『孤立無業(SNEP)』 玄田有史〈著〉があった。
ネット検索で調べると、多くのレビューが出てきた。そこで、その幾つかをまとめてみた。
孤立無業から独居老人に、そして孤立死を迎えることになる。死ぬ時は、誰もが孤立死だが。
《  * 孤立が就労意欲を奪う
 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた東大社会科学研究所の玄田有史が、
新たな分析視角を提唱。ニートが15歳から34歳の無業者を指すのに対し、本書が取り上げる
「孤立無業」は、20歳以上59歳以下の未婚で無業者のうち(在学中を除く)、ふだんずっと
一人でいるか、一緒にいる人が家族以外にいない人々を指す言葉。  孤立無業者は、
家族と一緒にいる時間がふだんある「家族型孤立無業」と、ずっと一人の「一人型孤立無業」に
分類される。この春、ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版ウェブサイト『JAPAN REALTIME』
が「孤立無業者『SNEP』が急増中」という記事を掲載したことで、ネット上で「SNEP」に注目が
集まることとなった。玄田教授によると、「SNEP」のインターネット利用率は41.3%にとどまり、
孤立していない無業者に比べると20ポイントも少ない(2006年のデータ)。 
 〜玄田教授への質問〜  ――孤立無業と聞いても新しい概念とは思えませんが。  
玄田:孤立無業は、英語でいうSolitary Non―Employed Personsの頭文字を取ってSNEP。
 Solitaryには「ひとりぼっちの」「他人とつきあいのない」「孤独な」「寂しい」といった意味が
あるように、無業者の中でも、ふだんずっと 一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々の
ことを指します。
  ――ニートや引きこもりとどう違うのですか。
玄田:まず年齢の定義が違います。ニートは15〜34歳の若年無業者を指す一方、孤立無業は
20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者。仕事をしていない点ではニートと同じですが、
ニートは仕事を探す活動や準備をしていない無業者、SNEPは友人や知人との交流のない無業者、
約9割が6か月以上働いていません。 外出をめったにしない人もいますので、その意味では
引きこもりはSNEPに含まれていると考えていい。 また、過去1年にスポーツや旅行、ボランティア
などの社交活動を一切行っていない割合が高いのが特徴です。
  ――孤立無業者はどのくらいいるのですか。
玄田:総務省統計局の「社会生活基本調査」から導き出したところ、2006年に112万人いた
孤立無業が2000年代に急増し、2011年時点で162万人に達していることが分かりました。
これは60歳未満の未婚無業者の実に約6割を占めています 》
▼ 老後にも「孤立無業」が待っている。特に男の場合、縦社会に慣らされてきたため、
横社会では、孤立しやすい。それでも160万以上は驚き。 何とか60歳に辿りついたが、
それまでに一つ間違えれば『孤立無業』があった。 倒産は、ほぼ、孤立無業が待っている。
事業は船底一枚下が地獄。だから必死に考え、力と知恵が湧き出る。 最後は挫折で、
孤立無業である。特に大都会での「孤立無業」は厳しい。「独りは良い」というのは、独りでない
 からこそ 言えること。人の間にあってこそ、人は人間になる。先日、初老の独り暮らしの人が、
アルバイトで何とか生活している状況をリポートしていたが、鬼気(危機)迫る深刻なもの。 
あの時、何もかも放り出し、独り東京の郊外に身を隠し、年金暮しか、生活保護の道もあった。
大部分が、それに近い。そこで寂しさと、心の傷を癒すため、酒に溺れアル中、そして孤立死・・ 
としても、一歩も、かたい岩場の穴に閉じこもった人生より遥かにまともに、思うのだが、
当人は、凍りつく日々。緩んだ方々より凍死? 何か最近、緩んできた?
・・・・・・
4233,プレイボーイの人生相談 ー1
2012年10月28日(日)
以前、この中の今東光の回答の幾つかを取り上げたことがあった。
先日、図書館で再び借りて読んだが、今東光の珍妙な味わいある内容に決して劣らないものが
多くあった。回答者は、他に柴田錬三郎、吉本隆明、アントニオ猪木、開高健、赤塚不二夫、
岡本太郎、武田鉄矢などなど。 その幾つかを取り上げるが、面白い!
若者向けの雑誌のためか、「性についての悩み」が多い。 『プレイボーイの人生相談』(集英社)
   ーまずは武田鉄也からー  <愛につながる性の道>
相談:「彼女はいるのですが、どうしても風俗通いがやめられません。
    風俗に行くと、彼女には要求できないことも要求できて、とにかくハマってしまうのです」。
回答:「実はセックスというのはお互いを汚しあうことなんです。だから、本当にキミが彼女のことを
好きなら、彼女と一緒に汚れる性を体験しなければ本当の性は完結しないんだ。(中略)・・・
お互いを汚し合い、互いを洗い合うところに本質があるんだ。キミが風俗にハマっているのは、
相手を洗ってあげる必要がないからなんだよね。例えばレストランと一緒で、自分が食べたものを
後片付けする必要がないから、気楽だし、好き勝手注文することができる。毎日レストランじゃ、
飽きちゃうし、お金も続かなくなる。そうすると、やっぱり自分の家で食べるご飯が中心になるし、
いちばん落ち着ける場所になる。だから自炊をするんだけれども、自炊をするために魚を買って
さばいてみれば、はらわたは出るし、生ゴミなんかたくさん出るわけだ。すると当然、部屋は汚れる。
実は本当の性、セックスというのはそういうことなんです。今のあなたは彼女とのセックスを
汚さないように、散らかさないように、後片付けがしやすいようにやってると思うんだ。でもさ、
若いんだったらふたりで片付けないと片付けきれないぐらい汚したりしていいんじゃないかな。
キミはもっと獣性や野生を出して彼女を汚すべきなんだ。そして、その汚れをふたりできれいに
片付ける。そんなところに、本当の愛につながるセックスの道というのがあると思うんです」。≫ 
   <何のために生まれてきたか? と考えて>
相談:「最近、ボクはなんのために生まれてきたのかと考えることがあります。
人間ってなんのために生まれてくるんでしょうか」。
回答:「ただ、その問題を考えている人たちは、みんな悩みながら、なぜか突拍子もない
ことをやり始めているんです。簡単な例を挙げてみましょう。桃太郎という昔話があります。
よく考えてみてください。 桃太郎っていうのは実に変なヤツですよね。桃から生まれたと
いわれて、ある日突然、鬼ヶ島へ鬼退治に行くわけです。だいたい桃から人間が生まれるわけ
がないと思っていますね。そんなことは子供でもわかります。それに、自分にはおじいさんと
おばあさんしかいない。村の友達と比べれば、なぜなんだろうと不思議がるでしょう。
そこで、桃太郎は鉢巻を締めて考えたんでしょうね。「オレはなんで生まれてきたんだろう?」。
その結論は「オレは鬼退治をするために生まれてきたんじゃないだろうか?」だったと思うんです。
オレはどうやらふつうのやつとは違う、なにか突拍子もないことをするために生まれてきたんだ。
その突拍子もないことはなにかと考えたときに、それが「誰もやらない鬼ヶ島を攻めること」だった。
突拍子もないことをやることで桃太郎は、オレはなにか?という答えを見つけたんだ」。
▼ 私なら、こう回答する。 ≪そんな人生の大問題の手軽な答えなどないよ。
「何のため生まれてきたのだろうと頭の中で繰り返しながら、本屋と図書館を見て回りなさい。
必ずあるから。そしたら、まず、おわりと、最終章を読みなさい。そこになかったら、序文を読めば、
多くのヒントがあるよ。とにかく、自分で答えを探すこと、それが一番大事なことだよ!≫
 ・・・・・・・
3868, 嘘みたいな本当の話 ー5
2011年10月28日(金)                  
 * 祖母とロック      「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
祖母と歌番組を見ていた。とあるロックバンドが演奏していた。当時とすると若者に人気のバンド。
祖母がひとこと「彼らはロックがわかっていない」と言った。そして祖母は無言で演奏を見続けた 
ー奈良県うさど
  * 彼女だけの階段
「あの階段、どこですのん?」ターナル駅の地下街で呼び止められた。
「ほら、あのいつも通る階段よ」 私は一瞬とまどったが、困っているおばあさんを無視することも
できず、「その階殴を上がると何が見えますか?」と聞いてみた。しかしおばあさんは私に聞いても
だめだと思ったらしく「あの人に聞いてみたろ」とそそくさ行った。  ー大阪府 馬山鱒由紀
  * もうひとりの私へ
 研究室に入ると、先輩が詰め寄って来た。彼女は日本古代史専攻の学究の徒。「あなたは、
歴史を学ぶ者として恥ずかしくはないの〜」はい〜「なぜ、○○遺跡発掘を邪魔するのか?」を
知りたい。「私は、この目で見た。あなたが、その遺跡でしていることを。嘘はつけないよ。
なぜ、そんなことをするのか」何が何やら、さっぱりわからない。「私、その遺跡のことも発掘の
ことも、何も知りません」「よく、そんな言い訳ができるね。私は、この目で見たんだから」はい〜
 四十年近く経ったいまでもわからない。在学中、彼女はずっと糾弾の目で私を見つめていた。
よく似た人がいるのだろうか。もうひとりの私は、そこで何をしていたのだろう。どこの遺跡で
何をしていたのだろうか。いまはそれが知りたい。  今日、知人に言われた。『○○スーパーで
パート始めたの?』『牛乳の補充してたでしょう』エーッ! もうひとりの私、頑張ってるね。
▼「彼女だけの階段」を読んで、学生時代に住んでいた寮の近くでの出来事を思い出した。
それも、いやに鮮明に憶えている。5歳ぐらいの女児が、「私の家を知らないですか?」と、
道を迷ったらしく私に聞いてきた。「町名は何というの?」と聞くと、その子、「何を言ってんの。
ほら私の家よ、私の家よ」という。 私、「 ・・・・ 」 不思議そうな顔をして走っていった。
痴呆症の老婆と私の出会った少女の話と、実は同じような思い込みを我々はしている。
自分が知っていることを他の人まで知っていると思い込む一人合点。 それが長年、蓄積
されているから問題。それより、自分が何にも知らないことを、知らない恐ろしさの方が悲惨。 
悲惨さえ自覚出来ない悲しい過去と、そして現在。 軽い話が重くなったか!
 ・・・・・・・
3503, フューチャリスト宣言 ー2
2010年10月28日(木)                
 *(ネット)システム一人勝ちの時代  「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
 最近、ネットなどの通販がコンビニ業界と、百貨店業界の売り上げを超えた。
10年前では考えられないこと。我が家では半分近くがアマゾン、楽天などのネットによる
宅配便の購入である。それも一回払いのカードで割引ポイントを稼いでいる。また楽天など
ネット商店街を提供する業者は売り上げの数%を出店先からはねている。
これは流通だけでなく、情報に対してもいえること。情報というコンテンツをつくる方は、
ネットをコントロール側からすると、消費される≪素材≫でしかなくなっている。ネット商店は、
実際に店に商品を並べ、販売するよりコストが格段と安く済むため、経費が格段と安く済み、
それでもネット・システムを利用する。それが、僅か10年もしないうちに、百貨店やコンビニの
売り上げを超える結果になったのである。そういえば「マトリックス」という映画を観たとき、
コンピューターが、それぞれのシステムと結びついて、エネルギーと情報を吸い取って生体
システムが、人間をコントロールしてしまう場面があった。 それは極端としても、ネット商店街
などの売り上げが、現実の店の売り上げを超えてきたという現実は、ネット一人勝ちを更に
推し進めることになる。 当方にも楽天の営業がきて「現在の売価を1・5倍にして、宿泊者に
販売をして、ポイントを上乗せをして相手に付ける」という提案をしてきた。宿泊者は、領収書を
貰えるので、会社から、その金額が返金になるが、ポイントの差額が楽天で使えるので、
優先的に選択をしますという。何か、これは詐欺の推奨でないかと疑問を持っている。
グーグルも、検索を無料提供し、その情報にヒットする広告が自動的に調べ手に流すことで
広告代が入るのだから、これは素晴らしい。ネット一人勝ちの典型である。新聞広告だけを
集めたネットが最近出来た。それまで新聞に挟まれてきたのが、地域単位でまとめたネット。
そこに出す商店が出すメリットは、広告の中の惣菜の何を大きくクリックするかで、その商品に
対して顧客が注目されているかを知ることができる。それ自体が、既にリサーチになっている。 
システム一人勝ちは、今後ますます激しく時代を動かすことになる。
・・・・・・・・
3128,ジム・ロジャーズの経済見通し
2009年10月28日(水)
 去年の9・15のリーマンショックは世界経済に大激震を与えた。世界各国は、この一年間、
その影響を最小限度に抑えるために可能な限りの資金を投入。それで表面的には平静を保って
いるが、それは目先の応急処置。日本の失われた10年、20年と同じような停滞をもたらす
杞憂があるというのも、今更だが、どうも分かってないのが多い。ジム・ロジャーズのインタビュー
を数ヶ月ぶりに目にした。 当たり前のこととはいえ、彼が言うから説得力になる。  
ーまず、その内容をコピーしてみるー
   ◇「経済危機、再燃も」
    −−金融危機から1年余りが経過し、世界経済は回復の動きも出ています。
◆各国の政府が大量にお金を使ったおかげで改善しているように見えるだけだ。自律的な
回復ではなく危機が去ったとは言えない。米国経済は消費が低迷し、問題解決のために政府は
借金を重ね、一時的な雇用対策などに重点を置いている。産業の競争力の向上にはつながらず、
問題を先送りしている。「失われた10年」、いや「20年」に突入したかもしれない。
一方、中国政府は競争力をつけるような分野に投資しており、米国との差が鮮明になっている。
    −−日本の政権交代が経済に及ぼす影響をどう見ますか?
◆政府は「未来は明るい」と言うもの。ただ、私自身は投資について政府のアドバイスを
受けないことにしている。政権交代があれば、恩恵を受けるところとそうでないところが出る。
日本の新政権は出生率を上げる政策に力を入れるので子育て関連の企業は恩恵を受けるが、
公共事業削減を目指しているため建設業のような企業は先行き厳しいのではないか。
    −−日本に対する投資スタンスは?
◆次の10年を見通すとアメリカに比べると債権国の日本の方が期待できる。私も日本円は
保有している。最近は円高傾向にあり、円はまだ上昇するはず。ただ、日本は少子高齢化に
直面しているうえ、巨額の財政赤字を抱えているため、将来的に円を手放さなければならない
時期が来るかもしれない。日本の国債は投資への意欲をなくすような低金利だから保有しない。
  −−関心を持つ投資先は?
◆貴金属や農産物などの商品相場だ。商品は新興国を中心とした需要の増大に対する
供給が追いついておらず、高騰している。今後も堅調に価格が上昇すると見込まれるため、
今後も商品に投資していく。
〜〜
 サブプライム・ローンを混入した債権は世界中の金融機関や企業内の資金運用部門に秘かに
眠っている。それが何時、表面化するか、その時が大恐慌のキッカケになる。 ただ引き延ばして
いるだけでしかない。 だから世界の20ケ国が顔を突き合わせて、対策を考えているが、世界の
金融機関の一せい閉鎖をする位の荒治療が必要だが、それは無理である。だから、失われた
10年~20年になるしかないのである。 以前なら世界戦争で、一度清算という手があった。
 ・・・・・・・・・
2763, 閑話小題
 2008年10月28日(火)
 *金融危機が止まらない
(以下字数の関係でカット2009年10月28日) 
・・・・・・・・・・
2007年10月28日(日)
2399, 世間に踊らされた「悪役」
(以下字数の関係でカット2008年10月28日)  


4974,閑話小題 ー韓国が変なわけ

2014年10月27日(月)

   * どうなっている? 韓国の実情
 韓国の「セウォル号沈没事故」「地下鉄事故」「野外コンサート事故」など、たて続きに、日本では
考えられない事件が起きている。その背景には、韓国経済の崩壊と、歪な社会背景があるようだ。
ーネットで調べた幾つかを羅列するが、末恐ろしい日本の未来が垣間見れる。これが隣国の現実。
・大学進学率は日本の54%に比べ90%ある。(日本の専門学校的なものも含む) 
しかし就職率は、その半分も満たない。その上、全体の7割が非正社員。
日本との物価の差はないにかかわらず、月収が7万8千円。
 2011年だが、ニートの数が100万人。ニート率が日本の3・7倍。失業率が20%もある。
・年金は、月に一人8400円しかなく、老人の自殺は日本の自殺率の4〜5倍。
・サムソンは、実際は外資が54%を握っている。その規模は総企業の4分の1になっている。
 利益に至っては、韓国の大企業の半分をサムソンが稼ぎ出している。そのうち携帯関連が7割。
 中国の企業がとってかわると、韓国経済は、さらに大きく揺らぐことになる。
・主な銀行の株式を、半数以上が外資が握っており、韓国の上場株式の8割が外資が握る。
 そのため、大企業は外資の利益のために動くことになり、その結果、給与が低くおさえられる。
経済危機で、IMFが乗り込んできて、アメリカに完全支配国家になり下がった状態といえる。 
サムソンは利益の15%しか税金を納めてなく、安い給料で働かせ、稼ぎ出した利益は
外資が持ち出す仕組み。
・ジニ係数が、0・53にもなっていて、これは、暴動が起きるレベル。ちなみに日本は0.33、
危険ラインは、0.4といわれる。
・強盗が日本の二倍。暴行事件が3倍。殺人が5倍。強姦が40倍も発生。強姦常習者には
電子足輪がつけられる。
・何と「韓国民の4人のうち3人が韓国より出て行きたい」といい、アメリカの4人に1人、豪州の
5人に1人が買春婦という。マスコミで流布されている状況と、あまりにかけ離れている。
・韓国人は、誰も、こんな状況になるとは、望んだことでない。知らなかったため。
▼ これらから、現在の日本は天国のようだが、韓国の現状は、日本が国家的リストラが
出来ないままだと、10年内に、似た状況になるとみてよい。韓国と中国政府は、国家的
揺らぎが起こると攻撃対象を日本に向ける。日本は戦争を憲法で禁じているのだから、これほど
都合の良い国はない。この状況では、韓国の近未来は、更に 厳しい状況になると予測され、
その後を日本は追うことになる。経済不況について、スペインなど南欧の現地レポートで
驚いていたが、韓国も似ている状況になっていた。日本も、確実に後追いをしているのが現実。
・・・・・・
4607, そして、人生はつづく ー7
2013年10月27日(日)
   * そして、『私』の人生はつづく
 「そして、人生はつづく」に、それぞれが、「そして、『私の』人生はつづく」と、想定するだろう。
私の場合、「51歳で母を亡くした時、還暦までに人生のやりたいことを燃焼する」と、決心した。
到達時に心の底で「万歳!」。そして、人生がつづいて8年近くになる。
二年半前に会社整理せざるを得なり、本来は致命傷だが、軟着陸?もあって、立ちなおりは早い。
既に燃焼した人生があったこともある。20歳で事業創業の人生を決め、踏み出して45年スパンの
事業人生。その物語の終わりのピリオドが会社整理。誰にでも、何事にも挫折が必ず待っている。
私にとって還暦が区切り。還暦から新たなステージが始まって第一の区切が65歳時の事業精算。
次は死期を覚悟する「余命半年」の宣言時か、寝たきりになった時、そして最期は、プッツンの
前日から数秒前辺り。その時、全てが夢幻と気づく・・
 ところで、一昨日、タクシーに乗って早そう、50代後半の運転手が、身の上話を始めた。
「両親の仲が悪く、離婚。母親に引き取られ、母一人子一人の母子家庭。生活が厳しく、
直ぐに働かざるを得なく、結局、水商売の世界へ。職場のホステスと結婚したが、カミさんが
客と浮気、離婚。女の子がいたが、裁判の結果、私が引き取り、母親ともに育て上げた。
子供は巣立ち、今は、母と暮らしているが、生活で手一杯。人生何も良いことはなかった・・」と、
数分で彼の人生を物語風に語った。「一限の客に、よく話しますね!」というと、「ここまでくれば、
恥も何もない・・実は、お客さんを乗せたことがあり、身の上話をしたことがあったんで」と。 
タクシーに乗ると、必ず景気とか、収入とか、生活状況を何気なく聞く習慣がある。
以前、何か聞いたのだろうが、色いろな人生がある。 人生は一度、歯車が狂うと、孫子何代、
その影響を受けてしまう。順調時から、「まさか」の坂に備え(シェルター)をつくっておくべきは、
身をもって言えること。助けてくれるのは自分だけ! 「自分だけは、自分の会社だけは、
大丈夫!」と、つい思いがちだが・・ 地球規模から見れば、グローバル化が世界を激変
させている中、各人の「そして、人生がつづく」。 情報化、グローバル化、まさかの事態
(ブラック・スワン)、弱肉強食などがキーワードになる。特に、グローバル化は、島国の
日本にとっては大きなマイナスをもたらす。それぞれの『私』も、思い込みでしかない・・
・・・・・・
4232,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー7
2012年10月27日(土)                ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 食べると危険 ートマトはもともと観賞用の植物
≪ 生で食べてもおいしいし、ソースやケチャップの材料にもなるトマトだが、じつはヨーロッパでは
長いあいだ、トマトは観嘗用や薬用としてしか利用されていなかった。トマトの原産地は中南米。
メキシコでは「トマトル」という名で煮込み料理などに使われていた一時代を経て16〜17世紀に
ヨーロッパのもたらされた。当時のトマトは品種改良も進んでおらず、甘味もなく美味しくなかたようだ。
トマトが食べられるようになったのは、イタリアの貧しい農民が、二世紀を経た後に、飢え死にを
するぐらいならと食べたのがキッカケ。≫
▼ これも多くの野菜同様に南米から持ち込まれ、当初は観賞用で、「黄金のリンゴ」「愛のリンゴ」
 と呼ばれた。
   * 冷使用人の嫌がらせが功を奏した? ー清酒誕生の裏話
≪ 清く澄んだその見た目から、日本酒は清酒とも呼ばれる。日本酒が現在のような透明に
 澄んだ酒に変貌するのは、江戸時代初期のこと。じつはそれまでの日本酒は濁り酒で、今でいう
どぶろくだった。その濁り酒から澄んだ透明の酒ができたのは、まったくの偶然からだった。
江戸時代初期、兵庫県にあたる摂津の国に、鴻池新六という酒造業者がいた。ある時、新六が
素行の悪い使用人を叱ったところ、その男は蔵の酒桶に灰汁を投じて逃げてしまった。
主人を困らせようというもの。ところが思わぬ効果を挙げた。翌朝になって新六が桶の中を見ると、
今まで白く濁っていた酒が清く澄みわたり、味も香りも驚くほど芳醇なものに変わっていたのだ。
まさに、偶然の産物だった。使用人の恵業かなければこの発見はなかった。新六は、この酒を
江戸まで運んで売ることを思いつく。運び賃をはじめとする流通の経費はかかったが、清酒を
求め大名の間で、奪い合いになるほど大評判になり、売れた。新六は江戸と摂津の国を何ども
往復して莫大の利益をあげると、大阪に出て商売を広げた。こうして鴻池家は大阪を代表する
豪商になっていくのである。≫
▼ 大阪の鴻池が、こういう経緯で大財閥をつくったとは知らなかったが、面白いものである。
 ただ、それを大々的に売り出した、新六の才覚があったことも大きい。
 ・・・・・
3867, 三〜四年前の為替相場
2011年10月27日(木)
 三年前の2008年10月25日(土)≪随想日記のテーマ「閑話小題ー毎日が薄氷の上」≫
が為替相場について書いていた。
≪ 9月の半ばから恐慌前夜の重い雰囲気である。日経平均も三ヶ月で40%も暴落、
 何と7600円まで下がった。ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニック
に入っている。この結果どうなるのか? 倒産の続出と、失業者の増加、ハイパーインフレと、
食品の高騰である。それで済めばよいが。考えただけで凍り付く思いになる。 経済大津波が
世界中を押し流す勢いである。
ー以下は、一年前との比較である。これからみると、まだ経済破壊は序盤ということが分かる。
(2008年10月22日現在)≫ 【そこで、現在2011年10月26日現在を、書き入れてみた。】
        2007年10月24日       2008年10月22日   2011年10月25日
ドル円         114.10             97.70         76.~
ユーロドル       1.42              1.27  
ユーロ円       162.80            124.70     103〜
NYダウ       13,675            8,519          11,913
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%           2.23%
原油         87.10             67.48           80
金          757ドル            724ドル         1640ドル
日経         16000            8500          8800
▼4年前と比べるとドルとユーロが大よそ三分の二になり、金価格が、2.2倍になってしまった。
それに対し、株価は一年後にはアメリカの株価は6割まで下がったのが、9割近くまで回復している。
  日本の株価は、4年前から一年後に半分近くまで落下したが、その後の三年後の現在も、ほぼ
同じである。アメリカと欧州は、ドルとユーロを過剰に刷っただけ?資源と金はふんだんにある。
 ・・・・・・・
3502, 10−10−10 ー� 
2010年10月27日(水)
「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」
 スージー・ウェルチ (著)
  *「10−10−10」と「起承転結」
 ここで、著者は、自分の直感を盲信すべきでないともいう。ことにあたって、冷静にあれという。
さらに三つ目の長期的視点も気をつけるべしと釘をさす。それが短期的、中期的より優れているとは限らない
ことを、この「10・10・10」が教えている。長期的視点は重要だが、他の時間軸での見方も重要であると。
考えれば考えるほど奥行きが深くなる。 そこで文章作法、いや四コマ漫画の「起承転結」を、これに当てはめる。
< 起=現在、承=現時点で実感できる近い将来(1〜2年先等)、転=一時代先の将来、結=永遠、虚無 >という
 仮説である。文章作法も、漫画からみると、転=が最も重要である。10年一昔ともいうし、転を基軸に起と承と結が
決まってくる。そうすると、哲学的に人生を俯瞰して考えると10年先の転に常に標準を合わせて現在、そして数年先を
決めるべき、となる。ある海外ツアーの添乗員が、面白いことを言っていた。「自分は、10年スパンで人生を括ってきた。
卒業をして10年は普通のサラリーマン、そして次の10年は世界を見たいため添乗員に、その10年に来年なってしまう。
次の10年を何をしたらよいか決断しなければならない。この10年は満足をしているが、次の10年も全く違う分野に
転進した方が良いのは分かっているが」成るほどと、考えさせられた。それは、決して職業とか職場を変えるべし、
ということでなく、職場配点でも、内面の変化でもよい。そうこう考えると、この(大小の)決断のための3つの
スパンの視点を身につけることは非常に重要である。自分の過去に、あと理屈で次の10−10−10を考えるのも方策。
転に焦点をあてるために、起が重要なのは言うまでもない。現在は結の永遠・虚無に垂直にたって通じているからだ。
 そんな難しいことより、三つのスパンで考える習慣を、転、転、転で、いや、テン・テン・テンで考えることだ。
小さな節目、中くらいの節目、そして大きな節目を過去から見つけ、この先に当てはめることである。 
 まあ、何をしてきたのだろうか。それは100人中100人が当てはまるが、これを当てはめて10年先、?
十年先を考えないと。それより、もう先が無いか!
 ・・・・・・・・・
3127,「法則」のトリセツ ー2
 2009年10月27日(火)
 * エメットの法則  ー後回しは二倍のエネルギーが必要となるー
 他人事にはよく分かるが、自分のこととなると全くみえないから恐ろしい。
仕事を頼むなら忙しい人に頼めとは、出来る人は仕事を後回しにしないで直ぐにやるからである。
ーウィキペディアによるとー
≪エメットの法則とは「仕事を先延ばしにすることは、片付けることよりも倍の時間とエネルギーを要する」
 というリタ・エメットが提示した法則である。 我われはついつい仕事や判断を先延ばしにしがちである。
 そのことは大きなマイナスになることを体験上知っている。だから如何に問題から逃げないようにするかである。
 しかし「やりたくない」という気持ちが勝ってしまい「後で」という言葉が習性になっている。≫
▲ これは、個人だけではない、現在の日本が直面している問題である。そのツケは、結局は我われの後の世代に
 回ってくるが、その根は深く、後に回すしかしないのが現状である。これは、逆に考えれば「何事も先手を打った
方が結果として、エネルギーは半分で済む」ことになる。戦略的に先を読んで前もって準備をしておくと結果は
半分のエネルギーで済むということ。 たったこれだけの法則、どこまで実行してきたのだろうか?
  〜〜
 * ハロー効果
≪ ハロー効果とは心理的効果の一つで、ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴に
 ついての評価が歪められる現象のこと。 一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな
方向へのハロー効果も存在する。ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、
後光効果、光背効果とも呼ばれる。例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、
人格的にも優れていると思い込んでしまうケースが挙げられる。また、有名人やタレントを通じたCMや広告が
その商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにもかかわらず良いイメージを与える。それによって
購入意欲を刺激したり、購入したりする。 いっぽう、CMに起用されたタレントが不祥事を起こしたりすると、
商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする ≫
▼ 常に、何処かのバカタレが麻薬事件で問題を起こしているが、あれが実情の素顔でしかない。虚像を売るのが
 彼らの商売。クレオパトラは、それほどの美人ではなく、常に男の視線を意識をして派手な演出効果を
していたとか。特に色と光に、そんなもの。
 ・・・・・・・・・
2762, 半歩遅れの読書術 
 2008年10月27日(月)
 日経新聞に連載中の書評4年分をまとめたもの。新刊書ではなく、刊行後1-2年経た本を主な対象にしている。
30名が読書にまつわる思いを書いている中身の濃い本である。
冒頭に出てきた荒川洋治のー基本という「本」−僕のジャンル別の『書き方』−の次の一節が面白い。
 ーP-22
M・j・アドラー、C・V・ドーレンの『入門本を読む本』(外山滋比占、一九九七)は本を読む人のための、本だ。
「文学書」を読むときの心得は、「文学の影響力に抵抗してはならない」。たとえぱバリが舞台の小説を読みながら、
ロンドンだったらいいのにね、などと思わないこと。流れに身をまかせよ。それが読者の経験となる。
「文学の中に名辞、命題、論証を求めてはならない」。いうにいわれぬ「何か」を求めることだ、と。
またテレビやラジオなど外側の情報源は「突っかい俸にすぎない」。だから本を手放してはならないと、
「自分の中に精神的貯えをもたなければ、知的にも、道徳的にも、精神的にも、われわれの成長は止まってしまう。
 そのとき、われわれの死がはじまる」。現代人への、警告である。・・・(中略)
さて、ぼくは読みかたではなく、書きかた、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してみた。


4973,閑話小題 ーよい先生とは

2014年10月26日(日)

   * 「数学科」より「子ども科」へ!   〜『大丈夫、なんとかなるさ』近藤勝重著より
なかなか、示唆のある内容である。 ーまずは、その辺りから 
≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。それは中学一年の
英語リーダーで先生にニューヨークの地名の意味を質問したことからはじまる。なんと先生は
「地名に意味があるか!」と怒声を上げたというのだ。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄って
ニューヨークの意味を知る。独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに
越したことはない」とエッセーで言い添えている。
 いい先生というと、アメリカのある学校で数学を教えていた先生の話を思い出す。
その先生は数学を教えることが自分の仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を
教えることでは」と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。
「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」を教えるのだとなると、
それは最終の目標ではなくなる。やがて子どもたちも変わってきて、成績がぐんぐん伸びた
エディという子は、答える.「先生に習うようになってから、自分が好きになったんです」
『こころのチキンスープ』で知った話だが、その先生の言葉をぼくなりに想像してみた。
こんな感じではないか。
「エディ正解まであと一歩のところよ。公式はちゃんと使えているわ。あなたならきっとできる」 ≫
▼ 学生時代に「人事管理」「キリスト教倫理」「経営学」など、影響を受けた教授は、その科目を
超えた、「青年学」だったようだ。授業を通じて、これからの人生を如何に生きるか、どうあらねば
ならないか、を教えていたようだ。そう、専門課程を通してベースになる教養の必要性を教えて
いたようだ。 現在の私の学問は、一度、子どもにたち返って、原点から考え直すこと。
自分を子供に見立てた「子ども学」が、私の科目である。純真な気持ちで哲学や文学を通して、
どうしようもない自分を学び直す、学びとすれば、何かが見えてきそうだ。現実に溺れたまま、
この歳まで生きてきた男が、急にガンを宣告され、それまでの生き方そのまま自分に問われる。
そして、それまで生きてきた姿そのままで、死んでいく。これは、全ての人に当てはまること。
この数年来、死ぬ時に、両親と手をつないで雲の彼方に上っていくイメージを作り上げてある。
とすると、「子供学」を通した「死生学」になる。「もっともっと楽しんでおけば良かった」と、
それでも後悔するはずだから、一日一日を大事にし、楽しむことが、いま与えられた課題になる。
「いま現在、実行している!」という内なる声は、勘違い! それにしても、毎日が面白いが・・
 まだまだ、楽しみが足りない!ということ。 
・・・・・・
4606, 閑話小題 ージェネリック家電
2013年10月26日(土)
   * ジェネリック家電
 最近、ジェネリック薬品という言葉を聞く。その意味は、「開発した薬が一定期間を経過した
ことによって特許切れになった薬品を、他社が格安で製造販売できるようになった薬」。ところが、
昨日の朝のTVのモーニングショーで、初めて聞く、「ジェネリック家電」を特集していた。 
白物家電などで、型落ち(一世代前)した製品の部品を集めて半額から10分の1の価格に
抑えた専門メーカーの商品である。 取材を受けていたメーカーの売上が、毎年、右上がりに
増加しているという。 去年、20年以上使っていた扇風機が二台、同時に寿命にきたため、
家電チェーンの店先に行ってみると、何と980円、1480円、1980円の扇風機があった。
そこで1480円と1980円のを買い、二シーズン使ったが何も問題がない。何故、ここまで値段の
差があるのか不思議だったが、番組をみて納得。 半月前に5年間使ったデジカメが壊れ、
新たに買うことにした。当初からデジカメはカシオにしている。前のものは「絵画変更機能付き
など多機能」で3万円前後だったが、今度のは7千円。ベースの機能以外、一切ついてないが、
画素が800万から1600万画素に増加したもの。 2万円以上の多機能付きか迷ったが、
ベース機能以外は殆ど使っていないので、一番安いのを買った。デジカメは、日常、肌身
離さず持ち歩いていて、携帯電話より私にとっては必要な機能。
デジカメは現在、スマートフォンに組み込まれて、瀕死の状態だが、それにしても安い。
 20年近く前に、新潟のイタリア家具専門店から居間の応接セットを買った。百万円以上は
するような高級家具が、30万円。そこで、社長に聞くと、「これは、実は韓国産。木製部分が
韓国産で、鞣し革部分をイタリヤから輸入したもの。デザインは百万以上の家具を忠実に
似せているので、本物と全く同じです!」と。そして、我家の居間に鎮座をしている。
実際のところ、見た目は良いが、実用的ではない。これは「ジェネリック家具」の走りだろう。
 考えてみれば百均も、生活用品を中心にしたジェネリック雑貨。型落ちや、特許切れで、
値段を落とした訳ではないが、使用目的に絞り込んでトレードオフをしている点では同じ。 
5百、千円ならいらないが、百円なら・・ 韓国や中国メーカーの飛躍的成長に、「日本の
人材の型落ち?」を取り入れ、格安の製品開発をしていった背景がある。
中間層の収入が減れば減ったで、こういう知恵が出てくる。 
・・・・・・
4231,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー6
2012年10月26日(金)
 ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * コーラは頭痛に効くドリンク剤だった
≪1886年、アメリカの薬剤師ペンバートンが、アフリカ原産の常緑樹「コーラ」の種子のエキスに
コカの葉や香料を加えて、頭痛薬「コカ・コーラ」として売り出した。水で薄めて飲めぽ、二日酔いに
よる頭の痛みなどに効果があったのである。ある日、二日酔いの客がペンバートンの薬局に
やって来た。店員は、いつものようにその場で水で薄めて客に飲ませようとしたが、あいにく
手近なところに水がなかった。そこで、間に合わせに炭酸水で割ったところ、二日酔いの客は
すっかり元気になり、効き目の早さに大喜びしたのである。これが評判を呼んで、シュワッと
泡の出るコカ・コーラがアメリカ中に広まっていった。日本には、1919(大正八)年に輸入されたが、
当時の日本人には馴染めない味だったのか、あまり売れず、いったんは発売が中止になった
歴史がある。再度輸入されるようになったのは第二次大戦後になってからだが、当初は占領軍の
兵士や、その家族用で、一般に広く飲まれるようになったのは1961(昭和三六)年に輸入が
自由化されてからのことである。 ≫
   * 緑茶、紅茶、ウーロン茶、どれももとは同じ葉っぱ
≪ お茶といえぽ緑茶、紅茶、ウーロン茶など、さまざまな種類のものがある。 しかしルーツは
一つなのである。ではこれらのお茶は何が違うのかというと、製造方法が違うのだ。 製造過程で、
葉の発酵具合を変えることで、まったく違う種類のお茶になるのである。一般的に、緑茶は発酵
させず、若葉を蒸してもんだり妙ったりして作られる。ウーロン茶は半発酵させた茶で、青茶ともいう。
そして充分な発酵を経て作られるのが紅茶である。ウーロン茶や紅茶は発酵させる過程で、
独特の風味や香りが生まれるというわけだ。≫
 ▼ コーラも、お茶も一種の軽い興奮剤。空腹を誤魔化すに適していたのだろう。
 ・・・・・・・
3866, 嘘みたいな本当の話 ー4
2011年10月26日(水)
          「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
  * 黒い瞳
 新聞が配達される頃、たいがい目が覚める。我家の犬が決まって吠えるからだ。昼間でも家の外に人の気配が
すると、玄関に走り出し吠える。家を守ってでもいるつもりなのか、内弁慶で、大きな犬の前ではこそこそ逃げる。
やっぱり飼い主に似るのだろうか。その日は何か予感がして、近道を通った。父が入院している病院に向かっていた。
病室に入ると父は人工呼吸器につながれる瞬間であった。自然死でとお願いしていたのに。言葉を発しようとしたが、
得意げな医師の表情に、口をつぐんだ。父は九州男児で、職人気質。よく叱られたが、いまは言葉を発することもなく、
微動だにせず機械と息を合わせ続けていた。が、二十五日後、その瞬間はやってきた。重い足を引きずるかのような
音と共に機械は動きを止めた。ドラマでは何度も見ていたが、パルス音と共に波形が小さくなる様を他人事のように
ただ眺めていた。父の法要が済み、一段落した頃、通りがかりのペットショップで一匹の犬とたまたま目が合う。
茶色のトイプードルが我が家にやってきた。とにかくやんちゃで、言うことをきかない腕白坊主。その後、ブリーダー
から送られてきた血統書を見て、思わず声が出た。「一月二十八日」彼の誕生日は、父が人工呼吸器に繋がれた、
まさにその日であった。これを書いている最中、視線を感じて振り向くと、真ん丸の黒い瞳でじっとこちらを
見ている彼がいた。 兵庫県 光安清登
▼ 10数年前の話になるが、夕方の5時半に偶々寺院の仏像がTVの映像に映し出されていた。
 その時に居間の障子越しから夕陽が仏像を照らした。それが偶然にしては出来すぎの神秘的な混合になった。
もしかして今日は何の日か?、ハッとした。父親の命日の5月30日をスッカリ忘れていた。 両親の命日を
忘れたことは後にも先にも、それっきり一度もない。
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3501, 10−10−10 ー�
2010年10月26日(火)
 「10-10-10 人生に迷ったら、3つのスパンで決めなさい!」 スージー・ウェルチ (著)
  「何かが始るとき、そして終わるとき、人は立ちすくむ」。
 その時、目先に捉われて、感情が乱れ、思考停止になり、絶望に陥ってしまう。 が、そんな節目にこそ、
10-10-10は未来に目を向けてくれる。そして未来から節目を見直す思考を促す。それも3つのスパンで問題に光を
当てることになる。そこで、自分の価値観は果たして何だろうか、自分のシガラミとは何かを気づかせてくれ、
人生の優先順位を考えるきっかけになる。また自分に必要なもの、必要なことは何かを見極めるチャンスを与える。
それが自分の潜在意識の囁きに耳を澄ますことになる。 
 未来=10年後だけでなく、現在=10分後・10日後にどうなっている?の視線も重要である。
目先、とにかく冷静沈着が必要とされる。ここで「10・10・10」を、<バーチャル・コンサルタント>と
擬人化して質問を発することを勧めている。
 我が内なる「10・10・10」が、この緊急の事態(質問)の答えは何だろうか?と。
その質問を明確にすれば、答えの何割かは自然と内から出てくる。それはガイドでもある。そこで、
「長期的視点で現在何を準備すべきか、中期的なら何を準備すべきか、そのため現在の具体的行動は何か」
を冷静に考えることが可能になる。 少なくとも問題に対して前向き思考になる。
 彼女は、これを「人生管理ツール」という。 人は闇にいる時、そこに、そのまま留まってしまう傾向が非常に
強くなっている。問題に対して、この思考を繰り返しているうちに、人生の優先順位を並びかえる作業をしている。 
 経営は、それを年中考えることだが、慣れは、それを忘れさせる。 しかし10−10−10をツールとして使えれば、
気楽に長期思考も短期思考もしていることになる。 著者は女性の直感で、10−10−10と単純な三つのスパンで
考える方法に気づいたこと、そのことが、素晴らしい。そして3つのスパンで単純に、具体的に考えるほど、
気づかなかったこと、漠然としていたことが姿を現してくる。ここまで、シンプル化するには膨大のエネルギーを
注ぎ込んでいる。間違いなく、これは卓越した決断の思考法である。
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3126、あいうえお言霊修行
2009年10月26日(月)
 「あいうえお言霊修行 」 矢山 利彦 (著)  ー読書日記
 図書館で、何気なく手に取った本。さっそくポストイットに書き写して、パソコンの画面の下に貼り付けた。
「ありがとう」を何万、いや何十万回か言ったが、最近は言わなくなった。 
今度は「あいうえお言霊修行 」として、せめて一万回をいって見ようか。 以下は、アマゾンの
 ー内容紹介ーと 「カスタマレビュー」
《 言葉には気のチカラがこもっています。そのチカラを脳が感じているのです。
言葉には意味だけではなく、本当にチカラがこもっているのです。「うれしい」「悲しい」・・・。
そうした言葉の一つ一つを脳の深い部分が感じ、プラスとマイナスの言葉に振り分け、そのチカラを身体に伝え、
心の文様をつくっているのです。気がつかないかもしれませんが、「自分の口から出た言葉」「人から聞いた言葉」
に、私たちの身体と心はつねに反応しているのです。》
 ーカスタマレビューで、ホボ7割方を言い尽くしているので、そのままコピーしてみるー
魔法の言葉では、五日市剛さんの『ツキを呼ぶ「魔法の言葉」』がある。  本書では、魔法のプラス言葉
【あいうえお言霊修行】として、『言葉が心を変え』『身体を変え』『人生を変える』方法が紹介されている。
●この言葉は、(声に出して)1万回間違わずに唱えれば、確実に変われる強さがある。
●途中でマイナス言葉を言ったら、振り出しに戻って【0:ゼロ】から、始めること。
   [魔法のプラス言葉]
・「あ」は、「ありがたい」 ・「い」は、「いつくしむ」 ・「う」は、「うれしく」 
・「え」は、「エンジョイ」 ・「お」は、「おおらか」
   [病気になる人、ネガティブ]な人に多い、
  「が・ぎ・ぐ・げ・ご」思考及び行動
・「が」は、「がんばる」 ・「ぎ」は、「義理・義務」 ・「ぐ」は、「グチる」
・「げ」は、「原理・原則」  ・「ご」は、「ごまかす」
1万回間違わずに唱える行動に動くことで、人生は、積極的なプラス思考となり、いい方向に変わると考えます。
魔法のプラス言葉の第2弾です。 行動に動いて、損をすることはないでしょう。
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指回しをしながら、親指から、あいうえお順に回しながら言うのも良いだろう。
栗田昌裕の指回し体操で「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」というのがあった。
一時、中年の人が彼方此方でしているのを見かけたが。  良いと思ったら何でもともかくしてみることだ。   
 でも、一万回も、言えるかな? まあ、パソコンの下に貼り付けてあるから、それだけでも良いか?
「がごぎげご」か〜、社民党の女党首が、これ! いや他人事じゃないか〜 そのどこが悪い!とも言えるが。
                                    世界は娑婆娑婆! だもの。
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2761, 金融危機・中国からの視点
 2008年10月26日(日)
産経新聞の【ちゃいな.com】という産経新聞・中国総局長・伊藤正のコラムが、面白い。
中国も、社会主義が抱えている汚職と、一党独裁の矛盾が噴出。更に米国の金融危機の余波を受けている。
やはり米国同様に、これから10年間は動乱になる可能性がある。
 その中国の置かれた現状が先週の産経新聞の一面に掲載されていた。まずは、その内容から・・・・
【 中国が毛沢東の革命路線から改革・開放路線へ転じ、経済発展へスタートを切ったのは1978年12月。
 この歴史的転換の主役、トウ小平副首相(当時)は翌1月、外交関係を正常化した直後の米国を訪問した。
 トウ氏は経済発展には対外開放が不可欠で、そのかぎは対米関係にあると考えていた。
 トウ氏の外交顧問で訪米に同行した中国の米国研究の権威、李慎之・元社会科学院副院長が、
 なぜ対米関係が重要なのか問うと、トウ氏は明快に答えた。「米国についていった国はみな富強になったではないか」
 このエピソードは、先に連載した「トウ小平秘録」でも紹介したが、このとき、トウ氏の頭にあったのは、
 米国市場で巨額のドルを手にした日本だったろう。 実際、過去30年間、中国は米国を最重要の経済パートナーに、
 対外貿易を振興、急成長を続けてきた。
 中国式発展方式の特徴は、安価な労働力を武器に外資を導入、「世界の工場」として輸出で外貨を獲得することにある。】
  (字数の関係でカット、09年10月26日)
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2007年10月26日(金)
2397, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー4
                        (*´・ω・)ノはよー

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