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堀井On-Line
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2014年10月05日(日)
2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部 (著) 第十一章 新興市場の時代 ーのまとめ、 ・四十年前、新興国市場は存在していなかった。�眷 小平はまだ追放の身だった。インドの首相インディラ・ガンジーは、 銀行を国有化し、大企業を押さえ込み、社会主義に転向。チリは社会主義政権で、アジェンデ大統領はコンピューターで 計画経済ができると信じていた。先進国にとって開発途上国という言葉は、政府の腐敗を意味しており、途上国にとって 投資は、海外資本による纂奪を意味していた。 ・それが変わったのは、開発途上国が資本主義と和解し、その技術、資本、インフラをとりいれ、世界の資本市場で、 安い労働力をつかって製造工場の役割を果たすようになったからだ。 ・ゴールドマン・サックスが、BRICsという言葉を使って新興国市場の成長に世界の目を向けさせたのは二〇〇三年のことだが、 実際はその予測を二倍くらい上回る規模にブラジル、ロシア、中国は成長した。 ・これは・経済成長が指数関数的に、すなわち規模が増えた分を利用してさらに増えるからで、現在の先進国のうち、 二〇五〇年までに、経済の世界規模で上位七力国に残るのはアメリカのみ。 あとは、中国、インド、ブラジル、 マレーシア、インドネシア、メキシコにも抜かれると予想される。 ・ある国の工業化の時期が遅れれば遅れるほど、その速度は速くなる。しかし、その速度は、他の要因にも左右される。 そのなかでもっとも大きなファクターは、教育である。生産性を向上させるさまざまな手法や技能は、教育程度の高い 労働人口を持つ国で速く広まる。 ・フィリピン、エジプト、メキシコ、インドネシア、バングラデシュ、パキスタン、ナイジェリアなどの新興国で、教育年数が 二〇五〇年までに著しく延びて、生産性の高い労働力をその国に生み出し、経済成長をあと押しするだろう。 ・中国は二〇二五年を境に急速に高齢化が進み、人々はそれまでに海外にため込んだ海外純資産をとりくずし始める。 そして中国は労働力不足 におちいる。 ・今中国は、六五歳以上の人ひとりに対して、就労可能年齢の労働者(つまり、二○歳から六四歳までの人)が七・九人いる。 二〇五〇年には、わずか二・二人になる。日本は現在の時点で、退職者ひとりを労働者二・六人が支えている。 ▼ 現在の日本が、このまま衰退していくとは思えないが、極東の陸の孤島の日本が、その地政学的な有利さの中で、 教育に熱心だったことも含めて、世界第二位の経済立国に上り詰めた。しかし、これまで。これからはネットが 世界を覆う時代である。インドの貧民窟街の少女にも、ネット上では大きくチャンスがある。そういうハンデを 背負った人たちと競っても、太刀打ちするには、余程のことがないと難しい。 ・・・・・・ 4210, 異郷日記 ーサンジバル 2012年10月05日(金) 「異郷日記」西江雅之著 * サンジバルの逸話 人は家の中に閉じこもっているほど危険なことはない。外界に出て戦い続けないと人生の自殺者になってしまう。 硬い殻に閉じこもり、しがみつくしかない人生こそ避けなければならない。 ーその辺を抜粋してみるー ≪ 東アフリカのタンザニア国。大陸側からの最短距離で約四〇キロほど離れた沖に浮かぶザソジバル。平坦な島の中に、幾つかの町と、 多くの村が散る。住民のほとんどは、イスラム教使だ。そこでは目の前に現れる事物のすべてが、次々に過去を語り出すザンジバルは 史実虚構が入り交じる物語に埋もれた土地なのだ。散歩に出かければ、崩れかけた石造りの建物や、アジビア数字が消えかけている 大小の墓石が目に入る。海に目を向ければ、緩やかな波のうねりや潮騒が、すでにこの世を去った冒険家、奴隷商人、奴隷、征服者、 イスラム教徒、ヒンドゥー教従、キリスト教の宜教師たちの声を告げてくる。それらの声には、優しいものあり、人々威嚇するものあり、 高笑いあり、探い嘆きを伝えるものもある。各々の声は複雑に紺み込まれた歌となって、何こからか聞こえてくるドラムの音の伴奏に乗り、 道行く人の内部にすべり込んでくる。 (・・・中略) わたしがアラビア語に接し始めた頃に聞いた話がいつも頭に浮かんでくる。 ある老人が海辺へと通じる道で、一人の青年に出会った。彼は漁から戻ったばかりなのだろう、漁に使う道具を担いでいる。 「アッ・サラーム・アライクム(汝の身に安らぎあれ!)」。若者は老人に言った。 「アッ・サラーム.アライクム」。老人は挨拶を返してから、「ところで、おまえは海が恐ろしくはないのかね? お前のおじいさんは、 海で命を失った。おまえのお父さんも海で命を落とした。それでもまだ、おまえは海に出て平気で仕事をする。恐ろしくはないのかね?」 若者は怪訝な表情をして言った。「じいさん、あなたのおじいさんは家で死んだ。あなたの父さんも家の中で亡くなった。それなのに、 よくまあ恐ろしがらずに平気で家に住んでいられますね」。 妙に頭に残る話なので、わたしはザンジバルで、何人もの知人に スワヒリ語で何度も同じ話をした。「そうなんだ。人はどこかにしがみついて生きているのだ。そのこと自体が恐ろしいことなんだ」と、 わたしの知人の漁師は言った。「どこかにしがみつく。そして安心する。それにしても、人間は酷い動物ですよ」と、わたしは言う。≫ ▼ 目先の安定にしがみき、安心をもとめ人生を棒にふる愚かさを批判し、節目時には果然と行動すべしというタンザニアの逸話。 何処の道理も同じである。著者は‘あとがき’に、「私は今も‘異郷の人’である。自分の皮膚の外側は、すべて異郷と感じている。」 と述べている。そうでなくては、流れ者のように世界中を渡り歩けないだろう。逆にいえば、世界中を渡り歩いたため、皮膚の外側を、 異郷に感じるようになったともいえる。著者からみれば、一般人の誰もが「どこかにしがみついて、人生を棒に振っている」のである。 私も、地方の城下町で生まれ、10年間は、外で生きた。 それ以外は職場は新潟、住居は長岡の生活としても、地元に縛られていた。 と同時に、しがみつき、安心していた。リタイア以降は、多くの縛りから解き放され、宙に浮いている感がする。それでも、まだまだ 楽しみが足りない。縛りの残物があるためだが、それも最期の砦で必要。それを無くすに死ぬしかないが、まだ死にたくはない。 ・・・・・・・ 3845, 地獄への道は善意で舗装されている 2011年10月05日(水) 20数年前の経営セミナーで、創造工学の中山正和が、「日本の裁判の中で、9割が善意でしたことが発端で裁判になっている。 『地獄の道は善意で舗装されている』のが、現実社会である。」という言葉が印象的だった。甘い善意は、地獄の入り口と心に刻んだ ことを記憶している。 特に事業においては善意は絶対禁物が人間関係の第一歩。当たり前のことだが、それを知らない人が多い。 善意の積み重ねは、その人の人徳を高める第一歩。しかし一つ歯車が狂うと、「軒先を貸して、母屋を取られる」結果になる。 営業を生業とするものは善意をノウハウとする。それが相手にとってのニーズであり、対象の懐に入る手段。 善意、好意を示され喜ばない人間はいない。 この格言は昔から言われいる基本である。 ー ウィキペディアによると ー ≪*「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた当時までさかのぼれば、善き意志から発していたのであった」 (地獄への道は善意で舗装されている について) ー ユリウス・カエサル *「天国へ行くために最も有効な方法は、地獄への道を熟知することだ」(地獄への道は善意で舗装されている について)ーマキャヴェリ *マルクスは、この格言の発祥でこそないものの、これを援用、敷衍させ、「地獄への道は善意で、天国への道は階級闘争と 俺の濃い髭で舗装されている」などと語ったと言う。 *キリストとその弟子達は、善意からキリスト教を発足させた。 その結果、十字軍や宗教戦争、魔女狩りなどの惨劇が起こり、人々に夥しい地獄を体感させた。・・・ 善意という言葉は、法律用語で言えば、「知らないこと、認識していないこと」という意味も含有する。 つまり、犯罪と知らずに 窃盗を行ったり、人を殺したりしても、その原因は善意になるのである。法律用語の善意も考慮に入れると、古来起こってきた 全ての惨劇や、人間同士の軋轢は、全ては善意が引き金になっていると言っても過言ではない。 しかし、ウィキペディアでも コミュニティの円滑化、利用者の齟齬防止の為に善意にとることが推奨されているように、人間同士の意思疎通や、社会の構築と その円滑な運営には「善意」が必要不可欠なのだ。この二律背反に、多くの哲人達が煩悶してきたことは言うまでも無い。 哲学者であり、レスラーとしても著名な木吉カズヤが、地獄への道である善意をよすがとしなければ生きていけない人間、 保てない社会を悲しみ、「救いはないね!救いはないんですか?」と絶叫したことは、あまりにも有名である。 ≫ ▼ 善意をもって事に当たるのは、それはそれで良いが、逆手に取られても、恨まない範囲で示すと割り切ることだ。 善意も捨石として、直接の見返りを求めないこと。「積善の家に福が集まる」は、見返りを求めないからこそ福が来る。 ・・・・・・・ 3480, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー13 2010年10月05日(火) * 旅行代理店の選定は? 旅行代理店の選定は、金に糸目をつけないなら別だが、如何に良くて安いパッケージを探し出すかは他の商品選定と同じである。。 ・まずは趣味の問題になるが、地方の代理店は避けるべきである。地方名士様ならチヤホヤしてくれるので、それが目的なら問題がない。 同じような目的の人が来ているから、同レベルの人なら良いが・・とにかく、添乗員の場数が少ない人が多い。地方同士のなれあい客 しか相手にしてないので全国区の質の差が歴然としている。 ・初心者なら、JTBとか日本旅行辺りで良いだろう。「ビールばかり飲んでいたが、今度から日本酒を飲んでみたいが・・」 という人は、全国区の灘の酒辺りのブランド品で、そのイメージで味わえばよい。同じ外国に行くなら同行の人は異質の全国区がよい。 ・初心者としてアフリカや、南米など異郷に行くなら、秘境・異郷専門のワンランク上の客を狙っている「ユーラシア」とか、 「旅のデザインルーム」などが良い。JTBや日本旅行でもワンランク上のブランド名でツアー募集をしている。 アフリカ専門とか、南米専門とか、特定の地域に絞った代理店もあるが、添乗員の質のムラが非常に大きい。これも外れると、 場所が場所だけに、客にとっては大きな問題。 名前の通った代理店は必ず御客のチェックリストがあり封書に密閉して送られ厳しく 審査されるので、外れは少ない。 旅行は添乗員の質で半分近くは決まってくる。 何度か、添乗員で旅行そのものが台無しになった 経験がある。しかし怒りを会社にぶつけるのも大人気ないので、二度と行かないという消極的手段しかない。 ブランドなどで高いのは外れが少ないし、安いのは外れの危険が多い。 安いものに、シーズンの終わり間じかのものがある。 これは経験からして外れの方が多い。しかし安さの誘惑で負けて何度か失敗をした。 反対に少し高いと思ったが、他にないので 仕方ないので、という大当たりというケースが何度かあった。 行っている人達の人品が良いと心が洗われる。 南アフリカ、南米のマケドニア、北スペイン、新羅ウィグル地区・カラコルムハイウェー、などは同行客の人品の御かげで、 厳しい日程でも楽しく過ごすことが出来た。行き先を決めて、それにあった代理店のコースの選定に集中すれば自ずと見えてくる。 旅行先で、良かった旅行先の情報を聞いたら、代理店と、その時期まで聞いて、その通りに選定するのがベスト。 何ごとも同じ。 ・・・・・・・・ 3105,我にたためる翼あり 2009年10月05日(月) 「我にたためる翼あり」という言葉には考えさせられた。なかなか含蓄がある。 バーネット作「小公子」を日本で初めて紹介した若松賎子の言葉。 「私の中に、たたんだ翼を持つ者と信じて努力をして、大きく羽ばたく時を待つ」という意味。 賎子自身は、若くして病に倒れ無念の思いと祈りのこもった言葉。 それを知っていれば尚のこと深さが覗きみれる。 何かを志す者にとっては、これほど励ましてくれる言葉は少ない。翼を才能、努力の蓄積、志、夢とも、とることができる。 賎子の魂が、この言葉の中に篭っているような響きがある。 それも女性の言葉、それも「たためる翼」という内に込めた 大きなエネルギーを感じ取ることができる。 何かを目指している若者がいたら、是非とも教えてやりたい言葉である。 縁あって、この文章を読んで感銘をしたならば、近いくの青年に是非とも教えてやって欲しいもの。ところで我に、たためる翼が あっただろうか? 精一杯翼を広げ羽ばたいたが、雀は雀。翼を持っていると自分で信じて努力していれば、それだけで良いということで 納得するしかない。「我にたためる翼あり」を私の小さな経験に鑑みると、自分の翼?で飛んだのは「秘境・異郷ツアー」。 たたんでいる時間は少なかったか。 翼といえば、一羽ばたきで数百里を飛ぶ大鵬のイメージが沸いてくる。
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2014年10月04日(土)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部 (著) * 第十二章 グローバリゼーションとアジアの世紀 ーのまとめ ・『エコノミスト』誌グループのシンクタンクであるエコノミスト・インテリジェンス。ユニットは、今後の世界経済を おおまかにいって三つのシナリオに分けており、そのうちのひとつ、コントロールされたグローバリゼーションの状態で 進むと考えている。リーマンショックや欧州危機などによって、市場主義に対する警戒から政府は一定の規制を グローバル化に対して課してくるが、市場は開かれている状態だ。 ・"後戻りするグローバリゼーション"というシナリオでは、不穏な空気の中で保護主義の気運が高まると見ている。 先進世界の大半で、経済の弱体化と高失業率が不安を生み、保護主義をあおる。これにより、"コントロールされた グローバリゼーション"という基本予想と比べると、2010年から2030年の世界の年間成長率は数パーセント削られ、 この期間全体では世界の生産高が大きく落ち込むことになる。 ・シナリオの三つ目、"凋落したグローバリゼーション"は、1914年から1945年の縮小の時代に似ている (グローバリゼーションに背を向ける)。もしこれがふたたび起こると、成長に悲惨な結果をもたらすだろう。 世界の成長率は年率約1%にまで低下し、ひいては世界全体のひとりあたりの所得も減少する。 最も大きな打撃を被るのは新興市場、なかでも最貧国だろう。 ・一番蓋然性の高い最初のシナリオで考えると、最も重要な地位を世界経済で占めでくるようになるのはアジアの経済で、 2050年には、世界の半分がアジア経済となる。 ・しかし、その中で日本は相対的に、急速にプレゼンスを失っていく。2010年には、世界経済の5・8パーセントを 占めていた日本のGDPは、2030年には、3・4パーセントになり、2050年には、1・9パーセントになる。 経済成長のスピードも西ヨーロッパを下回り、今後40年を通して、1・1から1・2パーセントで推移する。 その結果、2010年には、アメリカの七割あった日本のGDPは、2050年には相対的に58・3パーセントまで低下する。 ・今後40年間にひとりあたり実質GDPが最も大きく成長するのはアジアの発展途上国(4・7パーセント)で、サハラ以南の アフリカ諸国(4・4パーセント)、中東と北アフリカ(3・9パーセント)がこれに続く。ラテンアメリカ(3・3パーセント)と 東ヨーロッパ(3・2パーセント)は、新興市場地域の中で最も速く成長する国々に後れをとる。 ▼ 「アジアの人口は現在6割を占めているので、平均に近づくだけ」ということができる。それにしても、日本の 見通しは悪い。2010年には、世界経済の5・8パーセントの日本のGDPは、2030年、3・4パーセント、2050年には、 1・9パーセントというから、惨憺たるもの。若者が将来に夢がもてないのも理解できる。今までが良すぎたと 割り切れない問題である。 アジア開発銀行のアジア経済を展望する報告では、中国やインドが順調に成長を続けた場合、 GDPに占めるアジアの割合は現在の27%から52%へ。中国は20%、インドは16%。日本は現在の約9%から3%程度に 低下するが、アジアの需要を取り込み、1人あたりGDPは3万ドルから8万ドルに増えると予測している。 それもこれも、あくまで予測。3万ドルの半分と思ってしまうのは、悲観的すぎるか! ・・・・・・ 4209, アラン 幸福論 2012年10月04日(木) 『アラン 幸福論』 合田正人著 アランといえば幸福論で、まず思いつく人。幸福論と言えば、スイスのヒルティ、イギリスのラッセル、アランの幸福論など 「世界三大幸福論」があげられる。アランのそれは93の断章からなっていて、かみくだいた、「幸福小咄」「幸福のコラム」 といった軽いもの。とはいえ、ちゃんとした哲学に関するもの。かれの幸福論は、観念論というより、あくまで日常生活に立脚して 幸福への指標を導き出した文学的にも優れたものとして読まれてきた。アランは、「人は誰にでも幸福になれる」そして 「人生の主役になれ」、そのために「ダンスのように人と付き合え」、最後に「幸福になることは義務である」と断言している。 ーここで紹介されている断章の一部よりー 〔 解)は、私の主観 〕 ・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。という言葉のとおり、「哲学は、生についての省察である」 という立場から、幸福は誰かに与えられるものではなく、「自らの意志と行動によってつくりだすもの」であると説いた。 ・不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていればいいのだ。 人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。」 解)王子のようにただ待っているだけの人が何と多いことか。 待つだけでなく、不平不満を言い、人のせいにする大多数のように。 ・自分で自分を不幸にし、その不幸を伝染、増大させていく人々こそが本物の不幸をもっと不幸にしていく」 解)正反対もいえる。 ・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。 解)だから人生は意思の格闘技である。 ・快楽を抑制したから人間は幸福になるのではなくて、幸福であるから快楽を抑制することができる。 解)金持ち、喧嘩せず。 ・喜びは行動とともにやってくる。 解)行動の行は決心、判断の意味がある。自分の勘を信じて行動をし続けよ、ということ。 ・幸福は、自分の手作りである。 解)時間をかけ、ライフワークを続けることか。 ・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。 解)自嘲も笑いか? ・未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である。 解)おもしろそう!楽しそう!と思うことから何事も始まる。 ・悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。 解)意志が濁ると意地になる。楽観6の悲観4の割合が丁度よい? ▼ アレンではないが、「幸福になる五ヶ条」が目前のパソコンに貼ってある。 「一、今日一日、親切にしようと思う」「一、今日一日、明るく朗らかにいようと思う」 「一、今日一日、謙虚にしようと思う」「一、今日一日、素直になろうと思う」 「一、今日一日、感謝をしよと思う」である。 これがいざ実行となると難しい。 ・・・・・・ 3844, 正常性バイアスと同調バイアス 2011年10月04日(火) この日曜日のNHKスペシャルで「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」が凄い!と家内から聞き、録画を見ることにした。 その内容は、≪「津波が来るかもしれない」という時、人は何を考えどう行動し、何が生死を分けるのか。≫ が テーマ。 ここで正常性バイアスと同調バイアスが、多くの犠牲者を出してしまったケースを炙り出していた。そこでネット辞書で調べると 【 正常バイアスとは、外界の強烈すぎる刺激に対して、理知的動物がそれを心理で抑制して、慌てないようにしてしまうこと。 当然、日常性を保護するために必要な措置だが、度が過ぎると「本当の危険」に対しても、「煙はやがて収まるだろう」とか 「今の地震が全てで予震などではなく、もっと大きな地震などやってこない」とか、暴風雨被害や津波、テロ等々あらゆる事態に対して、 緩い判断をしてしまいかねない。現代は謎を駆逐した明るい社会である。が、そのために殆ど無感覚者と化し、まさにこれが原因で 被害が甚大化している。】とある。また同調バイアスは、【大災害のとき、人は大多数の人と同じ行動をとる(ことで判断を誤る)】 ▼ ここで、「いざとなった時の人間の判断は、鈍い」ことを浮き彫りにしている。 そこで気づいたことは、この千年に一度の 大地震と津波を察知して直ぐに逃げる判断は、一般的に難しいという事実である。 この大津波から連想されるのが、リーマンショック。 これは数百年に一度の経済大震災であり、その本格的大津波=大恐慌が今年から数年かけて、世界中を大混乱に陥れる大惨事の震災。 その影響は、まずG8の中で一番弱体化している日本の地方にやってきている。 それが、次に欧米の株式の大暴落がくるのは必定。 日本の大多数の中小企業と鈍い大衆には、それが他山の石としてしか見えてない。 地球規模の大津波(ハイパーインフレ)が目先の 来ているのに現実として受けとめることが出来ない。 何故か? 正常性バイアスと同調バイアスが働いているからだ。 その先取りしてしまったこともあり、それがよく見える。 思わず耳を疑う言動に唖然とすることしばしば。 「御前のところは低地だが、自分のところは上にある(業績の見通しは悪くない)、偉そうなことを言っているが、その様は!」と。 私から見れば「 それは数年の時差でしかない、数キロ先に過ってなかった大津波が来ているのに、当方の崩壊の立ち話をしているだけ」 という単純な視線が冴えてくる。 色いろなシェルターや近くに裏山があるから、大丈夫のようだが・・人は人の智慧がある? 轟音をたてて、そこに来ている事実を、「正常バイアス」と、鈍い連中間の「同調バイアス」が、動物的直感を狂わしている。 ドルとユーロの暴落は2年ほど前から始っていて、まだ下落の道半ば。 株式の暴落も始まっている。 本格的が始まるのは、今月中か、遅くとも来年三月。 リーマンショックの上に半年前の東北大震災。 この費用は増税で賄うしかない。 その各家庭の預金は、回りまわって、アメリカ国債と日本国債にいっている。それも暴落することになる。 ギリシャ国民の、 あの鈍感さは察知しても、自国になると! 偶然だが、以下に、日本の近い将来を暗示する内容が取り上げてある。 韓国ドラマが受けるのも分かる。 以下の状態を経験する以前に、隣はカルト国家がある。 ・・・・・・・・ 3479, 15年前の韓国・国家破綻のすざましさ! −2 2010年10月04日(月) 昨日の「韓国・国家破綻のすざましさ」の実態のレポートの続きである。 日本も「失われた20年」と言われているが、その間に韓国では「国家財政破綻」の中で 国家リストラが断行されていた。 日本も小泉・竹中コンビが金融再編成で大鉈を振るい、また自民党を破壊。しかし政権与党の民主党には政策理念が見えてこない。 ―まずは、昨日の続きの要点であるー ・IMFの改革を通してそれまでの古い柵が消え、経済が自由化されアメリカナイズされたことで、韓国は大きく変わった。 それまであった終身雇用が崩壊し、年齢よりも能力が重視されるようになリ、社長でも経営がうまくいかないと株主にクビにされる。 現在、韓国では四十五歳定年が定着しているが、これも経済破綻が起点となっている。ベンチャービジネスも盛んになり、 三十代、四十代の社長が数多く出てきている。 国全体が破壊から再生に立ち上がろうとしている。 ・国が経済破綻すると、庶民の資産はどうなるのだろうか。 破綻と同時に起きたのが、金利の急上昇。破綻前は13%だった 住宅ローン金利が、いきなり二倍以上の27パーセントまで上がった。このため、マイホーム購入の契約が次々と破棄され、 新築社宅の売れ行きが急激に落ち、同時に価格も下がった。すでにローンを組んでマイホームを購入していた人は、支払い額が 急激に増えた。当時、韓国ではほとんどの人が住宅ローンを変動金利で借りていたので、金利が二倍になった途端に払えなくなり、 延滞者も急増。この延滞利息が、なんと六〇%。とても払えず家を手放し、親元などに身を寄せる人が激増した。 ・株価は四分の一。預金金利が暴騰し31パーセントになった。ちなみに物価は経済破綻をしても、それほど上がらなかった。 ▼ 以上だが、日本の失われた20年も異常だったが、国家破綻の韓国の惨状には驚きである。現在はアメリカナイズされた国に 変身しているが、その間、日本は長期不況でただ、立ちすくんでいるだけ。 今後10年、韓国に近い惨状は覚悟すべきである。 日本の地方は既に恐慌の様相を示している。残る関東と東海地区も、リーマンショックで、それぞれ原爆が落とされた状態。 今のところエコ・ポイント制度などのカンフル剤で持たせているが、これも今年の暮あたりで終了。既に暗雲が漂い始めてきた。 金利が暴騰したら日本経済は即死になる。とはいえ、ハイパーインフレとは、そういうものである。 ・・・・・・・・ 3104, 返済猶予法案の成立から見えてくること! −3 2009年10月04日(日) 昨日の朝のモーニングショーに亀井静香が出演、TV側の評論家と「返済猶予法案」の是非について議論をしていた。 亀井節で、この評論家を根こそぎ否定していたが、コメンテーターの無知が露出した漫画的な内容。 都会のマスコミの世界の中から一歩も出たことのない連中の浅はかさが、あまりに酷い。亀井節でバカ・チョンと罵倒されていたが、 されて当然。 何を言っても議論にならないレベル。最後は、「この程度のしかコメンテーターはいないのか、この局は」と 適切な御言葉で切り捨てていた。まあまあ?の肩書きを持っていながら、論理形成ができないとは。 生の現実に接してないからである。 参考のために、そのコメンテーターは、岩井奉信(日本大学法学部教授) 奥野史子(スポーツコメンテーター) 高橋進(日本総合研究所 副理事長) 森本敏(拓殖大学 海外事情研究所所長)である。 (字数制限のためカット10年10月4日) ・・・・・・・・ 2739, 何故、こんなに多くのバブルを経験するのか? 2008年10月04日(土) 「資本主義は嫌いですか ―それでもマネーは世界を動かす 」−1 竹森 俊平 (著) この本は私の知人からメールで「面白い本がある」と紹介され早速買って読んだが、成るほど面白い! 世界恐慌の様相を示してきている米国発の金融システム崩壊の原因は住宅バブルの崩壊によるもの。 そのバブルが何故起きるかを解りやすく書いてあった。 ーまずは、その部分からー なぜ、われわれは、こんなに数多くのバブルを経験するのだろうか。 その結論を要約すれば、「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を維持するために、経済システムの「自動制御装置」が 働いた結果であった。高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(とくに金融機関)や政府が、さまざまな手段を動員して 高成長の維持を図る。 そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。あまりにも単純なルールに従って動く「自動制御装置」 は、システムの安定をもたらさないこともある。特定の要因だけを重視して制御する結果、制御されない他の要因によって、 かえってシステムの安定が乱される可能性があるからだ。今回のサブプライム危機も、「自動制御装置」が「高い経済成長率」という 一つの要因にあまりに重点を置いてきた結果といえるかもしれない。 「サブブライム危機」を契機に、今後は「自動制御装置」も 根本的に調整し直されるだろう。バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。 その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済の成長率は低下する。これが結論。 −−−− 解)これが現在の金融恐慌の原因のバブル発生のあら筋である。 バブルの収縮を繰り返しをしながら、経済は動いていく。 (字数制限のためカット09年10月4日) ・・・・・・・・・ 2007年10月04日(木) 2375, コシヒカリが売れない! (* ̄0 ̄)ノ[才八∃一] 先日のニュースで{最近になって「コシヒカリ」が売れない}と、ミニ特集をしていた。 去年だけでも、県内で3万トンの余剰米が出たという。事態はかなり深刻のようである。 ーーーーーーー 2006年10月04日(水) 2010, 「私」のための現代思想 −7 おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ ねむ・・さむ ここのー「私」とは何かーという文は非常に難解であるが、一番の触りでもある。 「独我論」-唯我独尊の独りよがりの論法ーで生きている人は何処の世界にもいる。 究極的には全ての人にいえるだろうが(<特に私は強い!>・・と、思ったほうがよい) しかし、それ(独我論)では、長い時間の中で自然と淘汰されていく。 言葉は「言語という制度」に従わなければならないが、その「言語という制度」に従って使用することが思考である。 そして思考する主体が「私」である。 言葉の意味とは、その使用であり、「言語制度に従って言葉を使用すること」が 「言葉に命を与えている原因」であるならば、思考の「主体」は「言語制度」ということになる。 つまり私たちは「自我」「私個人」で思考しているのではなく、言語制度に従って言葉を使用している状態を 「私の思考」と呼んでいるだけ、ということになってしまいます。 しかし、それだけでないと誰でも考えます。 それでは・・・それが以下に述べられている。 話すにしても、文章を書くにしても、まず「私」がある。 その私とは何かが明確になっていない。ここで、その私の正体が解剖されている。 随想日記を2,000書いてきたが、それは独我論の「私」に気づくプロセスだった。 《私》という「私」の芯は、歪んだ過去の残物でしかなかったということ??・・ 過去の感動・感激・感謝の倉庫? 夢で溢れた夢倉庫? その総体ということ?? −−−−− 第三章 「私」とは何か −? ーウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」− 私たちの脳裏に発生している思考は、言語によって表現されます。言語以外の方法で表現された自分の思考を、 認識することはできません。原稿を書いている私は、キーボードの打ちすぎで右手が少ししびれてきたが、 それもしびれてきた」と言葉にしてみるまでは気づかなかったことです。 「眠いかも知れない」と感じたことも、言葉にするまで気づかなかったことです。 脳裏で言葉になった瞬間に「感じた」であり、それまでは「思っても見なかった」ことだと言えます。 そういう私は、本当に主体者なのだろうか?「私」の営みは、純粋な意味で全て「私」に帰属しているといえるだろうか。 (字数の関係でカット2008年10月04日) \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・・ 2005年10月04日(火) 1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・4 4、超一流の人 宗親 どうしてもこういう商売をしているとね、人間の悪い面だけが見えてしまってね。 でもいいことも多いよ。絶対にこういう仕事でないと会えない人と直接話ができる事だね。 芸術家で日本国宝の人とか、超一流の奴。やはり普通じゃないよ。一流になる人は違うね。そう信念ね、持っているね。 「酒をの飲むなら男とのみゃれ、10年かけたる読書に勝る」あれだね。一生を一つの事にかけている奴は違うよ。 ひと言ひと言が、にじみ出てくるんだよな。教わる事は、「真剣に」ということさ。その人の周囲はピーンと 張り詰め空気が漂ってるんだよな。 あの空気というか雰囲気は、実際会ってみなくては解らないよ。 自分の仕事と何も違うところはないよ。ただ真剣、純粋そして高貴というか後光が漂っているね。人間こういう人は、 1000人に一人いるんだよ。まず50人に1人、別格のがいるんだ。その50人のなかから20分の一選ばれるんだよな〜。 そのへんの人は、自分で考える能力があるんだ。物真似を超えて自分の何かを作り上げたやつさ。 50人に1人は物真似レベル。そのなかで20人に1人自分のものを作れるやつが出てくるんだ。 これ私の客商売で人を見た中で感じたことさ。
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2014年10月03日(金)
* 「嘘みたいな本当の話」の書き方 『嘘みたいな本当の話』 内田樹、高橋源一郎:選者 この内容に似たテーマの文章を幾つか書いてきた。空中離脱や、ジンバブエの鉄橋からの バンジージャンプや、意味ある偶然の一致の経験、などなど。それもあってか、もの足りないが、 その軽さと、切口も悪くはない。 ≪ 投稿された中での選定の基準のひとつは、「奇妙な後味の残っているもの」と、 「そういうことってあるよね」感のあるものという。これは随想そのものにも言えるが。 例えとして、次の古典的なショートショートが良い! ≪「地球最後のの男が、最後に残った シェルターで、いま死を迎えようとしていた。すると、ドアをノックする音がした。」 これを選者の 内田樹が読んだのが、中学校の時で、半世紀も忘れてなかった。そして、いまでも、 「人間とはあらゆる修辞的装飾を剥ぎ取った場合に何ものか」という定義を試みるとき、 この条件設定をしてしまう。それだけこの「奇妙な味」は僕の中に内面化してしまったことになる。 もうひとつ、「そういうことって、あるよね」と言うのは人間の可能性を押し広げる重要なキーワード。 「成瀬さんて、空中浮揚するらしいよ」「うん、そういうことってあるよね」 そういう感じで使います。 ・・・ つまり、「奇妙な後味」も「そういうことって、あるよね」も、どちらも自分が「人間とはこういう ものである。世界はこういうもので成り立っている」とリアルかつクールに考えていることの 「ちょっと外側」を感じさせ、結果的により精密に、かつ奔放に自己観察をするきっかけに なるものだということになる。・・ ≫ ▼ ものを考えたり、文章化をする時、この二つの基準が、何が大切かを考えさせる。 「嘘みたいな本当の話」のネタは、考えれば幾らでもある。モノゴトをじっくり観察すれば、 何事も「嘘みたいな本当の話」になる。問題は、気づくか気づかないだけ。だから精密に、 奔放に観察するしかない。そこに、奇妙に味わいが出てくる。「本当のような嘘の話」が、 小説だが、その間逆をショートショートで書くのだから、それなりの観察が必要だ。 ・・・・・ 4583, 2050年の世界 ー12 2013年10月03日(木) 「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部(著) 第十三章 貧富の差は収斂していく ーのまとめーより ・格差は二つの格差を考える必要がある。すなわち、各国間の格差と、それぞれの国の中での格差。 ・各国間の格差は、一九九〇年代まで開く一方だった。一九世紀の最も富裕な十ヶ国の一人 あたりの所得は、最貧十ヶ国の六倍にすぎなかったが、二〇世紀の最後になると、最も富裕な 十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の四〇倍を超えるようになった。これは、北米と欧州の 経済成長がこの間急激で、他の地域が停滞していたからである。 ・一九七八年の中国、そして一九九〇年代初期のインドの経済改革の開始が各国間の 所得格差解消への転機となった。一九九〇年以降、新興経済国の大多数がアメリカより急速に 成長し、キャッチアップのペースが上がってきている。 ・そして今後も、欧米や日本などの国々が高齢化による財政の悪化に苦しみ、低成長を余儀なくされることを 考えれば、出生率が高く人口の配当が大きいアフリカを含む新興経済国との差はますます縮小し、 世界的な規模での貧富の差は縮小する。 ・しかし、一九九〇年代から先進国を中心に起こったのが、国内における格差の拡大。 アメリカのジ二係数は一九七〇年代中期の○・三一から、現在○・三八まで上昇している。 ドイツやスウェーデンでも国内の格差は広がっている。その理由に共通しているのは富裕層がかってない規 模の収入を得るようになってきていることだ。 ・富裕層の所得が爆発的に増大した理由に、トップ層の職業の収入がグローバル化による 市場の拡大で増えたこと、そして金融業の異常ともいえる肥大化があげられる。 ・ただし、こうした国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の途上国の経済拡大が起こり、 それらの国々に住む人々の所得が増大するので、全体としては、世界的な規模で 貧富の格差が縮小する。 ・全世界の中流階級集団は、現在の五億人未満(世界人口の七%)から、二〇三〇年には 一一億人超(世界人口の一七%)に膨らみ、二〇五〇年の時点でさらに増えているだろう。 ▼ 欧米に、それ以外の地域の人々が近づくのはグローバル化のプラス面である。 現在の先進国のような 「上層・3%、中流・30%、その他」に世界の階層は、変化していく。しかし問題は、その他の 67%の人たちが、三分の一の生活実態が情報化で見えること。3%の上層は、それを和らげる 政策を取りざるを得なって、下流から中流への移動を計るしかないので、世界は徐々に 良くなっていく? それは楽観的見方だが、どうだろう。移住が比較的簡単になり、豊かな 地域に貧しい人たちが移住するため、国家内格差は大きくなっていく。 国内の貧富の差の 拡大を上回る速度で、世界の途上国の経済拡大が激しくなっていく。それは40年後ではなく、 現在、起きている問題である。ドバイの都市建設の労働者がインド、バングラデシュからの 臨時雇用で、現地人との差は大きい。また、北朝鮮の政治体制が、その典型。 弱肉強食が社会の発展の原動力なら、貧富の差の収斂は、人類の永遠の課題になる。 ・・・・・・ 4208, 異郷日記 ー三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈 2012年10月03日(水) * 三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈 「異郷日記」西江雅之著 何処にでもありそうな話だが、フィールドワークの言語学者が書くと、これほど面白い物語になる。 私の去年春の見切りに対する尾ひれ羽ひれの話も大方、想像できる。だから城下町の地元に帰って来てからは 徹底的なアウトサイダーを決め込んだのは、そのためだ。片田舎の城下町‘蝦蟇屋敷’界隈の話の縮小版が、 そのまま以下である。 ーその辺からー ≪ その後、わたしは"なごみ"の常連のようになった。掘っ立て小屋といってもよいような雑な造りの店内には、 粗末な木製の椅子がわずか七つ、いつも下駄ばきの大塩さんがカウンターの内で、ガス台の傍に置いた小さな 椅子に俯き加減の姿勢で座っているだけで満杯といった極く小さな店である。客層は平均年齢五〇歳。なかには 口の悪い強烈な酔っ払いも多かったが、誰もが一国一城の主を自負しているような人物で、政治や文学、演劇など について、相手構わず勝手なことを話していた。 ・・・(中略) その"なごみ"の大塩さんが店から ブイと姿を消したのは、わたしが蝦墓屋敷に住みついてから数年経ってのこと。常連の一人から聞いた話では、 ある夏の日の夕方、一杯飲みに行こうと思い立って店に行くと、入り口が閉まったままになっている。 しばらく時間をおいて再び店に行っても、入り口は閉まったままである。休業の張り紙もなく妙だと思ったという。 その数日後、大塩さんは幾駅か離れた町の病院で発見された。彼はそこで亡くなったのである。身元が分からない まま亡くなったので警察沙汰になり、やっと身元が判明したということだ。この出来事を巡って、近隣の飲み屋 では当然のことながら盛りだくさんの噂が出た。真相を知っている者、真相を知りたいと思う者。好奇心に 駆られた連中が、一時的に増えた。それだけで売上げがあがったと言われた店もあるらしい。自殺説も多い。 不治の病に悩んでいたという説、発作的な行為だったという説、皆が知らない所で何者かに脅かされていた説、 陰で巨額の借金があって悩んでいたという説、およそ皆が思いつく説が出揃ったころ、話題は自然に消えた。 わたしは彼の死の原因はまったく知らない。しかし、巷の隅で彼の死が話題となったころ、引越しの初日に。 なごみを紹介してくれた"稲穂"の女主人に路上でバヅタリ出会った。「あら!」と言うなり、「あなたも大 変だったでしょう。数十万円の借金が、一瞬のうちにパーになってったんですものね」と切り出した。 わたしには話の脈絡がまるで掴めない。だが、話を聞いていると、‘なごみ’の主人は人知れずかなり 多額の借金を何人もの常連からしていたらしかった。そして、わたしもその被害者の一人とされたのだった。 「借金のことなど、あの店で聞いたことは一度もありませんが」と、わたしは言った。「そうですか、あの方、 やはりお金を借りられそうな人を選んでいたんですね」と、"稲穂"の女主人は、なんだか私が金のない人物で あることを確認したかのように言った。それは事実だが、とにかく大塩さんからは借金の話など聞いたことがない のも確かだ。しかし、もし噂が本当だとしたならば、いつ見ても同じような質素な服を身につけ、今にも壊れそうな 粗末な丸椅子に腰を下ろし、無口に客に応対していただけの人物が、何百万円という金を如何なる目的で、 誰のために手にしていたのかは不思議である。その後、ほどなくして、同じ路上で出会った飲み仲間から 「知ってますか?"稲穂"のママが亡くなったんです」と、話しかけられた。わたしは彼女の死因も知らない。 どうやら持病が元で、病で亡くなったらしい。 ≫ ▼ 地元から車で一時間半に高田城下町や、新発田城下町がある。そこでは昔からの生活があり、土着の人間関係が 長い町の歴史とし脈々と続いている。そして私の住む町の長岡城下町も同じである。 新発田出身者がUターンで 帰り地元に住み、新潟で仕事をするとしたら、当然、地元の人間関係に深入しないのが生活の知恵。それと同じ パターンを私も新潟で仕事、住むのは長岡にと、当然とってきた。しかし、仕事を終え、長岡だけの住処になると、 そこは、江戸時代からの血筋とか何とかの暇人の小さな人間関係が続いている、がんじがらめの蝦蟇屋敷界隈。 上記のような魔女狩りの噂話の丼池。そこは地元民の全世界、象の皮膚のヒダ世界の中。 ・・・・・・・ 3843, 閑話小題 2011年10月03日(月) * つれづれに ー老後とは 母親が38歳、父親が42歳の時に生まれたため、子供の時から二人の壮年から老年への移行期の姿を見てきた。 家は商売をしていたので、まず生存をしていくベースを確保する必死さが幼児の頃から生で伝わっていた。 生まれた時から毎日が戦争の真っ只中のような日々。 サラリーマン家庭からみたら異状の生活環境である。 ある意味、60年たった現在、やっと緊迫した日々から開放された日々。 逆に生涯殆ど勤め経験がなく、 独立独歩で生きてきたため、緊迫感が少し薄れただけで、勤め人が定年後に感じる「自由の不自由さ」は全くない のも事実。 家に一日中居ても、家内の視線以外には、何の抵抗感も、何をして良いのかの戸惑うことも、 皆無である。元もと、商売上の付き合いも最小にしてきた上、肩書きを持ったら誘いがくるような慈善団体に 入ったこともないし、その中で威張ったり、競う相手の存在も殆ど居ない。 自分が自分であるために妨害する ものは初めから振り捨ててきた。それが多くの人たちに誤解を与えてきたが、自分が自分であることの方が 良いのは、長年の読書で分かっていた。そのためか、この生活の変化に大した違和感は少ない日々になっている。 * ゴッドファザー ゴッドファーザー を一昨日、WoWoWで日本見た。30数年前の封切りを映画館で見てから、TVで何度か見ているが、 その年齢ごとに受けとめ方違ってくる。ギャング映画だが、権力の集中と決断をテーマにしたマネジメントそのもの。 封切当初は、そのギャング世界の迫力と殺しあいの生々しさに世界中が驚きに沸きかえった。人生経験を積んだ後に みる、二代に続くマフィアのボスの物語は、また違って見えてくる。 事業の立ち上げと、その盛衰を経験してみると、 あの緊迫感は事業とて同じこと。 現在では家具とか、装飾にも目がいくが、ファミリーの人間模様が面白い。 映画そのものは、やはり名作中の名作。7〜8年に一度は再放送されるが、名作は何度見ても、その都度、新鮮である。 ・・・・・・・ 3478, 15年前の韓国・国家破綻のすざましさ! ー1 2010年10月03日(日) ある月刊誌の「15年前の韓国・国家破綻のすざましさ」の実態のレポートを読んで愕然とした。 「今すぐ取り組め生活防衛のための五箇条ー韓国に学ぶ国家破綻の恐ろしさー」 15年前にIMFの管理下の置かれた韓国の姿は、日本の近将来図とみるべきだろうか。まずは、その一部から・・・ ・韓国経済は、急成長していて1995年にはGDPの実質成長率が9%。だが、アジア通貨危機の波をモロにかぷり、 98年には一ドル700ウォンだった通貨が、97年夏には900ウォンまで下落、11月には1000ウォンを 突破し、98年には2000ウォンにまで下落した。三分の一である。 ・この時、韓国には30ほどの財閥があったが、韓宝、起亜、三美など名だたる財閥が次々と破綻。 さらに、銀行も次々と破綻して約半分になり、残った銀行でも、従業員の半分をリストラする過酷な再建策を断行。 ・企業も約半数が破綻し、何とか残った企業でも大幅なリストラが行われたので、失業者は150万人を超えた。 ・混迷した状況にさらに拍車をかけたのが、IMF(国際通貨基金)の財政再建策。 破碇した韓国経済はIMFの管理下に 置かれ、IMFから金を貸じてもらい、その代わりに緊縮財政を迫られた。IMFが財政赤字を減らして為替を安定させる ため金利を上昇させたので、韓薗経済は大不況に突入した。健康保険などの社会保障は機能していたが、健康保険 対象外の病気が多くあったため、収入が激減し家庭では病院に行くのをあきらめる人が急増。 病院は患者が激減し、背に腹は代えられないと24時間診療する病院も出てきた。 ・通貨が下落したことで、輸入に頼るガソリン・軽油などが暴騰したため、車に乗らない人が増えて道路は閑散。 寒い中、灯油価格も高騰したので、人々は寒さに震えた。 ・大学を卒業しても就職先がないので、そのまま大学院に進んでキャリアアッアする学生が急増したために、 それまでガラガラだった大学院の入学競争率が二倍に跳ね上がった。 ・いっぼうで、会社をクビになり、再就職もできず犯罪に手を染めるサラリーマンも急増。治安は極端に悪化し、 詐欺も横行。混乱と不安が増す中で、テレビからは娯楽番組が消えた。こんな大変な時に不謹慎だという 投書がテレビ局に殺到したからだ。破綻から一年間は、先が見えない中で、庶民の顔からも笑みが消えた。 ▼ この続きは次回として現在の円安で300円になるというと、まさかと誰もが思うが、韓国では既に 起こってしまった現実である。失業者も日本の人口の半分として、日本で300万人というと、これまた 信じられない数になる。日本の政治も経済も自己コントロール不能となれば、韓国と似た道を歩くしかない。 金利も今のところ1〜2パーセントだが、これも何時どうなるか分からない。隣国と臨戦状態の韓国と海に囲まれ ノンビリ構えている日本と、あまりに違う。 ーつづく ・・・・・・・ 3103, 終わりなき旅 2009年10月03日(土)
「心に残るとっておきの話ー第九集」 ー終わりなき旅ーより これを読んで、深い何かに覆い包まれたような気になった。頭に残ったまま私の言葉で、その内容を書いてみる。 ≪ ツアーに参加しようと飛行場に向かったが交通渋滞でギリギリに飛行機に乗ることになった。殆どの同行の人の 顔も知らないまま飛行機の席に座ったところ、近かくの席の60代の初老の夫婦が赤ちゃんの世話をしていた。 孫にしては両親がいないのでオカシイとは気になりだした。スチュワーデスが声を掛けたが、赤ちゃんを見て変な 顔をして行ってしまう。周りの人も何か変な雰囲気。そして飛行機を降りたところで、その赤ちゃんをみたら、 何と人形だった。そのツアーの人たちは気持ちが悪かったのだろう、誰も近くに寄らない。ところが食事のおりに 同席したところ、その初老の人が「変だと思うんでしょうね」と、事情を話し始めた。「二人とも教師だったが、 なかなか出来なかった赤ちゃんが、やっとのことで授かった。ところが直ぐに亡くなってしまい、 そのショックで 妻は自殺を図ったりした上に、精神を病んでしまった。 その精神治療のために医師と相談した上に、せめての慰み にと人形を身代わりにして10年、衣服を替えたり、食事をしているふりをしたり、生きているように扱ってきました。 何で、こういう話をするかというと、あなたが初めて食事で同じ席についてくれたからです」という。 それを聞き返す言葉がなかった。≫ ▼ 大筋は、こういう内容である。何か、その二人の姿が目に浮かぶようである。 今でも何処かに三人で旅行して いるのだろうか。ツアー、それも秘境ツアーには、色いろな人と出会う。 人生の甘いも辛いも味わいつくし、 さて、あの世に行く前にチョッコラ世界の果てでも行ってみるか、みたいな人とか、博識の人とか、色いろな人生を 背負ってくる人が多い。この二人の背負った運命と、ツアー舞台の組み合せが、何とも悲しみが直に伝わってくる話。 ・・・・・・・ 2738, フォードが4ドル、GMが9ドル! 2008年10月03日(金) アメリカ株式市場で史上最大の暴落で金融恐慌の様相を示してきた。この影響で世界中の株価が暴落を始めている。 それにしても、火の手のまわりが早いのに驚かされる。今回のサブプライム問題は1〜2年で収束するほど生易しくない。 火の手が早まれば銀行閉鎖など何が起こるか分からなくなる。アメリカは、この火消しにドルの輪転機をフル回転すしかない。 その結果、金融破綻というハイパーインフレが待っている。欧州では、次から次へと銀行の国有化が始ったというし、 取り付けが静かに進んでいる。金融システムの崩壊は、まず弱者に皺寄せがくる。 一波として大量の倒産が数ヶ月後に始る。 身一つで山の上に逃げなくてはならない具体的な行動とは、金を買うぐらいのことしか思いつかない。 情報化社会は以前のような情報コントロールが不可能になる。今年に入って、悲観的な本を何冊か読み、資産防衛セミナー で知ったことは、あまりに危ない世界経済の実態。この半月だけでも、劇的な世界の銀行の破綻と、再編成が生じている。 これは既に金融恐慌である。世界恐慌に入ってしまったと仮説をたてて、現在の動きをみると、一連の動 (字数制限のためカット2010年10月3日) ・・・・・・・・ 2007年10月03日(水) 2374, 人は60歳で何をしたか −3 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 ー読書日記 (以下は字数の関係でカット14年10月3日)
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2014年10月02日(木)
対談ー小菅正夫 『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談 * 生きて、子どもを育てりゃもう十分 年齢を重ねたこともあるが、「毎日、淡々と何事もなく、自分がベストと思ったスケジュールを、 こなしていれば十分」と、思うようになった。リタイアで主夫化したようだが・ 少子化は、右下がりの 時代、将来の展望が開けず、収入が先細りの中では、子どもは最小にするしかない事情がある。 ーその辺りからー ≪ ・茂木: アメリカでフクロウの研究をしている小西正一先生の研究室に留学していた方に 聞いたんですが、ある種のフクロウは繁殖させるのが難しい。なかなか子どもを作ってくれない。 でも、小西先生の研究室で飼っているフクロウだけは繁殖するというんです。なぜかとみんな聞く けど絶対教えてくれない。でも、ある時に失敗をして偶然わかったらしいんですが、エサの冷凍 ネズミを、毎回食べ切れる程度与えていたんでは子どもは作らない。 あり余るくらい、お腹いっぱい食べても余るくらいエサをあげると子どもを作るというんですね。 エサが豊富にあるということがシグナルとなって、繁殖行動を始めるらしい。 ・小菅: たぶん動物は、自分の子どもが、ちゃんとひとり立ちできる「見極め」があって初めて 子育てをスタートするんだと思う。エサだって、自分が食べるだけじゃなくて、もう数羽いても 生きていける環境があるとわかったから、じゃあ雛もそこで生きていけると判断する部分が どこかにある。命をつないでも大丈夫という安心感がそういう行動を起こさせることかもしれない。 ・茂木: 最近の日本の少子化は、安心できていないということですかね。 ・小菅: そういうことだと思う。誰に聞いても、「育てていけるか不安だ」とかね。でもそうじゃない、 育てていくんだって。みんな自分を中心に考えているからね。子どもを育てたらあれができない、 これができないって。生き物というのは子どもを産んで育てるために生きている。 自分が生きていくことを第一に考えているわけではない。だから、娘が結婚したときに、 「今すぐ子ども作れ」と言ったら、 「お父さんにそんな.」と言われる覚えはない」と言われました)。 それがやっぱり僕は、親から子へ渡す言葉としてはね、あの言葉は正しかったと思うんですが、 どうでしょうかね。 ・茂木 なんかね、僕は人間って自分が動物だということを忘れて不幸になっていると思う。 小菅さんもずっと動物たちを見てきたわけですが、逆に動物から見て、今の人間社会に対する 提言が、ありますか。 ・小菅 もうちょっと楽に生きるべきだと思いますね。あれもこれもしようと思うから疲れると思う。 まずは生きること。基本は。しっかり生きて、子ども育てて、それが軸なんで、それ以外はプラスα。 それができないから人間としてどうなのかとか、そういうふうに考える必要はなんかないんじゃないか。 ・茂木: 勉強ができないとか、たいしたことじゃない。生きていればよい。・・・ 生きていることが一番価値があるということ、それが当たり前。 ・小菅: 動物からみたら、何でそんなくだらないことで悩んでいるのと思うと思います。 「もっと平気で生きなさい」といっていると思います。 ≫ ▼ 人間は、あくまで動物でしかない。それを忘れてしまっている。特に、文明国では。もっと楽に、 平気で生きるべき、と言うが、それに真に気づくのは、概して老いてから。しかし知識を持って しまった現在、それでは生活に支障をきたす。だから、リタイアを区切りにして、気楽に生きろ! ということ。そのため、長年の準備が必要になる。人は、動物であると同時に知的動物でもある。 で、以下の文に続く! ・・・・・ 4582, そして、人生はつづく ー2 2013年10月02日(水) 『そして、人生はつづく』 川本三郎著 ー『あとがき』ーも、良い (ほぼ、全文) 《「東京人」2010年7月号から2011年11月号まで連載した「東京つれづれ日記」を中心に、 この間のエッセイを編んでいる。書名はイラン映画、アッバス・キアロスタミ監督「そして人生は つづく」に倣った。1990年、イラン北部を襲った大地震の後、監督自身が大きな被害を受けた 村を訪ねてゆくドキェメンタリー風作品。どんなに悲劇に遭ったとしても生き残った者は、昨日と 同じように今日も生きてゆかなければならないという切実な思いがこの言葉にはこめられている。 家内を癌で亡くしたあと、私にとってもこの言葉は支えになった。悲しみを大仰に語ることなく、 毎日を普通に生きること。なんとかいままでどおりに暮してゆくと。 3.11の惨劇のあと、 現代を代表する俳人、長谷川罹さんは、「やむにやまれ思い」で、俳句ではなく歌を詠み、 『震災歌集』(中央公論新社、2012)にまとめた。 そのなかに、こんな歌がある。 「ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思ふ大津波ののち」 悲劇の大きさを知れば知るほど日々の「平安」が大事に思える。物書きである私にとっては、 一人で暮らすことに平安を見出していくことになろうか。頭のなかにはともかく、暮しのなかには 修羅を持ちこまないこと。静かな生活を心がけること。そうやって家内亡きあとの日々をやり過して きたように思う。もとより60代も半ばを過ぎた人間にはもう劇的なことも起らない。いまのところ 健康を保っているので、家事もなんとかこなしている。3・11後、「生存罪責感」という言葉を知った。 家族を失い、自分だけが生き残ってしまうと、死者に申し訳ないという気持が強くなることをさす。 生き残ったからにはなんとか生きてゆかなければならない。そう思う一方で、死んでしまった者に 負い目を感じてしまう。ふたつの気持に引き裂かれながら毎日がある。もともと旅が好きだったが、 一人暮しになってから旅が増えた。といっても家を長く空けるわけにはゆかないのでせいぜい 一、二泊。ほとんどが鉄道の旅。 列車の窓から流れてゆく風景を眺める。あまり大自然には興味はない。人間の営みが感じられる町がいい。鉄道の駅があって、駅前には昔ながらの商店街がある。 食堂やそば屋があれば有難い。夏ならビール、寒くなったら燗酒。孤酒は生きる元気を与える。 旅をしていて以前とは違う楽しみも出来た。好きな町に出会った時「老後をこの町で暮したら、 どんなだろう」と空想すること。函館、盛岡、小田原、湯河原、松江、長崎など、町を歩きながら、 このマンションに住んで、この居酒屋に通って・・と想像する。 》 ▼ 生の切実な声が、ストレートに伝わってくる。「最近の旅は、隠れ里探しになってきている」 というのも良い。私も、この大きな住宅に何時までも住むのは無理である。5年が目処になるが、 住み心地がベストのことも確か。それにしても、老後を、「そして、人生はつづく」というのは良い。 連れ添いに先立たれたり、寝たきりや、病が次々と出てくる時節に「そして、人生はつづく」から、 「それでも、人生はつづく」になるのは致し方ない。その中で、いかに静かに心の平安を保つ ことの難しさは周囲の老醜を見れば分かること。 何もかも面倒になり、ただ惰性と安逸の中で、 過去のフラッシュに心が動揺する。その反面、TVの旅番組で、毎日、行き先の放送している。 ドラマも、多くの経験を得た現在、今までと違う見方で味える。さほど先は無いと思い、 あらため世の中を見ると、知らないこと、未経験のこと、気づかなかったことだらけ。 そして、人生はつづく。 されど我らが老後である。 ・・・・・・ 4207, 親子年表 2012年10月02日(火) * 自分目線の100年世界 還暦を過ぎた辺りから、その時々年齢の父と当時の自分の年齢を重ねてみている。 更に最近では、「二人の息子の年齢に自分は何をしていたか」も重ねみるようになった。 先日、こういう見方を「親子年表」として存在していることを知った。考えることは皆、同じである。 父が66歳時に、私は22歳。父が亡くなった71歳時に27歳。1973年であった。 父の享年まで私は、あと5年になる。そろそろ最期の身辺整理の時期に入っている。 父は最期の仕事に自分の財産を生前贈与をして亡くなっていった。それが私の人生を大きく 支えてくれた。両親の愛情を物心とも直接、間接的に受けたことが最大の財産である。 その意味で家内も私と同じように恵まれた両親だった。その相性が良かった悪かったで 人生が大きく変わる。これこそ最大のツキの善し悪しになる。 それに甘んじて一生、 親の世界から抜けられなく過ごし、死の間際に慌てて生き急いでいる人を秘境ツアーで 何人も出会ってきた。 「ハッとしたら、既に老境。親のいうとおり生きてきたが、自分の人生が 何も無かった。死に病になり、何時死ぬか分からないが、このままでは死ねない。その何かが 世界の果てにくれば少しで分かると思い立ち、参加した!帰国すれば大きな問題が山積み」 という一身上の話を偶然、山道で隣り合わせになった60過ぎの一人参加の女性から聞いた。 死に直面した時に大きく動揺するのは、「やりたいことを、してなかったため」という。 結果がどうあれ、現在、心が安定しているのは、60歳までに、前倒しにして遣り尽くした感がある ためだが、これは大きい。これがないと、周囲のマイナス探しで自分を肯定するしかない晩年になる。 ほぼ九割の人のそれは周囲の誰かを具体的に特定すれば見て取れる。団塊世代と、その子供の 世代の特徴を親子年表にし、時代背景から見ると、その特徴が浮かび上がってくる。その世代間 格差が、あまりに大きい。逆に団塊世代の親の世代をみると、太平洋戦争に大きく翻弄された 最も困難な時代である。それからして終戦直後の団塊世代前後の人が奇跡的に恵まれた時代に 生きたことになる。自分の親と子供を重ねると、100年、150年の視界が鳥瞰できる。 ・・・・・・・ 3842,iPadと、アプリ、あれこれ ー3 2011年10月02日(日) どうも不思議なことがある。マスコミが、タブレットPCを殆ど報道しないことである。 恐らくマスコミがタブレットPCに脅威を感じているため、ニュースの素材として避けているのでは? と思うのは私だけでないはず。先日も中学校の同期会に持って行こうか迷った位である。 同年代の彼らなら、このアプリを見たら腰を抜かさんばかり驚くはずだが、嫌味とも受けとめられる 可能性もあるので止めたが・・ それだけ、これは私にとっては大きなインパクトになっている。 モバイル携帯が出回っているので、それほどでもないかも知れない? しかし、モバイル携帯と、タブレットとは違う。 ・アマゾンが読書専用のタブレットとは別に、多機能タブレットPCの分野に進出すると報道された。 現在、他のメーカーでiPadに対抗できるところはないが、対抗できるとしたら アマゾンしかないと言われた。対抗馬としての本命のお出ましである。 ・シャープも社運をかけてタブレットPCに打ち込んでいるが、売れているふうではない。 ・先日、大型家電のタブレットコーナーに行ったところ、各メーカーの特性のあるタブレットが 並んでいた。その一つにソニーが、近くに売り出し予定のメガネケースにソックリな二つ折りで、 見開きのものがあった。モバイル携帯二個分が折りたたみになったようなもの。 これなら落としても壊れにくいし、持ち物として小物の範疇になる。 ・富士通は、小型ノートパソコンの画面が取り外せるタブレット式。これも便利で抵抗なくタブレット に移行できる。 ー話しをiPadに戻す。これを使いこなすポイントはアプリとの出会いになる。 それとブログとツイッターも、いま一度、探してみる必要がある。パソコンとの接点が飛躍的に 増えるからだ。 忙しい人ほど、タブレットは有効。特にビジネスには間違いなく効果的になる。 暇な私など、机上PCと並べ交互に使っている。 そして疲れて寝室で仮眠するときも枕元に 置いているほど。 IPAdバカか! ・・・・・・・ 3477, ロスチャイルドと共産中国が2012年、世界マネー覇権を共有する 2010年10月02日(土) 「ロスチャイルドと共産中国が2012年、世界マネー覇権を共有する 」 鬼塚 英昭 著 ー内容紹介ー 読者よ、知るべし。この八百長恐慌は、第一にアメリカの解体を目標として遂行されたものである ことを。そして金融マフィアの世界支配の第一歩がほぼ達成されたことを。私たちは微力である。 しかし、このまま、この八百長恐慌をただ黙殺していてもよいものなのか。ヨーロッパもアメリカ 同様に解体される。恐慌の津波は太平洋を越えて日本に襲いかかろうとしているのだ。 ▼ この本によると「ロスチャイルド」が世界を牛耳っており、ロックフェラーさえ配下にしているという。 東南アジアを、日本を、そしてアメリカを破壊し、今度は「中国」に目を向け、新しい世界マネーの 覇権を共有しようと図っており、その鎧が出るのが2012年という。 そのため中国は金を買い増し、 世界中の資源を買い漁っている。ロスチャイルドを軸に、2012年に中国と仕掛ける新世界秩序を 明確にしている。(中国に仕掛けた上で、結果として主導権を握る) この世界恐慌も、仕組まれた 八百長恐慌であり、アメリカ解体を目指し遂行されたものと知るべしという。 (字数制限のためカット 2011年10月2日) ・・・・・・・・・ 3102, かなしみの詩 2009年10月02日(金) かなしみの詩 ー「10歳の放浪記」その後ー 上條さなえ著 たまたま図書館で、ある本を必死に探していたら偶然、あの「10歳の放浪記」の続編が目に入った。 今年の1月の発刊だから、最近に図書館に入ったばかりだろう。図書館の天使が導いたのだ。「10歳の放浪記」では、 その後、養護学園に入るところで終わった。その「おわり」に、その後の「非情な虐めがあった」と書かれていた。 学園の中では、一人ひとりの幼い子供たちの哀しみがあり、本人の哀しみの傷があまりに哀れ。 11歳といえば 自分を考えても、厳しい人間関係の基礎が出来る時期。不幸な子供たちほど仲間への虐めも辛らつになる。 その中で彼女の逃げ場がトイレと誰も居ない図書館。そこで、自然と本を手に取るようになる。そして、そこで先生に 手渡された石川啄木の詩集「一握の砂」。いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落ついのち なき砂のかなしさよ という言葉が、さなえの心を捕らえたのだ。「かなしさ」を表現してもいいのだという驚き。 かなしみといはばいふべき 物の味 我の嘗めしはあまりに早し この歌に出合った瞬間、さなえの胸に吹き矢が当たったような気がしたという。 そして歌集の啄木の写真をみつめ、もしかしたら11歳の初恋だっかかもしれない、と。 山本先生に「啄木の歌をいくつ覚えた?」と聞かれ首をかしげた。「うーん、80ぐらい・・かな」 「一番好きなのは?」 「みんな好きなんですけど・・・」少し考えてから言った かなしみといはばいふべき 物の味 我の嘗めしはあまりに早し 山本先生は、黙ってきいていた。 そして、「早苗ちゃん、早苗ちゃんは食べることが好きだね。食べ物にはね、 うま味、塩味、あま味、から味、さんみがあるというけど、僕はもう一つあると思っているんだ」 「かなし味、かなしみという味を知る人は琢木もそうだけど、人にやさしくなれるんだ。とっても大切な味なんだ。 早苗ちゃんは、かなしみの味を知っているから、いい子なんだね」私は俯いたまま涙をこぼした。 わたしは、やっぱり山本先生のような先生になりたい。 〜以下は、この本の紹介文〜 昭和36年、10歳のホームレス生活を経てたどりついた学園で、11歳の著者を待っていたのは…。 愛情あふれる先生と、それぞれに事情を抱えた生徒たちとの出会い、将来の夢、友情、勉強する楽しみ、そして、 文学への目覚め…。「10歳の放浪記」の著者が描く、再生の物語。児童文学作家・上條さなえ、渾身の自伝第2弾。 養護学校に暮らす子どもたちの中でもひときわ貧しい風体の主人公は、意地の悪い男子生徒などからいじめに遭う。 それでも、思いやり深いよい先生に恵まれ、たくましく生き抜いていく。また、石川啄木の短歌との出合いから 読書の楽しさに目覚め、そのことが、のちに児童文学作家として立つ原点となる。 《竹田養護学園での日々は、ホームレスだったわたしの再生の日々でもありました。(中略)わたしは 山下先生との出会いにより、「教師」になろうという夢をもちました。その夢が、どれほどわたしの励みに なったことでしょう。友だちのいじめに耐えられたのも、夢のおかげだったと思います。また、わたしは ホームレスの日々を経て、強い少女になっていたのでしょう(「おわりに」)》 後記) アウシュビッツで殺されたユダヤの子供たちに、それぞれのドラマがあったのだろうに! ーーーーー 2283, 10歳の放浪記 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) この日曜日の朝、偶然にBS・NHKハイビジョンで「私が子供だったころ」を観て、思わず涙が溢れてしまった。 ーその大筋を書いてみるー (字数制限のためカット 2010年10月2日) ・・・・・・・・・・ 2737, 1929年の世界恐慌とは? 2008年10月02日(木) 昨日の毎日新聞の「なるほどドリ」質問、というコーナーの記事が1929年の大恐慌と、今回の金融危機を 対比し説明している。これによると全米の銀行の半分が倒産、それにともない企業も倒産ラッシュで、三年で 失業者が4人に1人の割合になり、これが世界第二次大戦につながっていった。 この「世界恐慌」に酷似している、というから。ともにバブル崩壊が引き金!という。29年の世界恐慌に 詳しいアメリアの学者がインタビューで「今回の方が遥かに規模が大きく性質が悪い」とコメント。 〜〜〜〜 なるほどドリ 株価が大変なことになっているね。 記者 先月29日の米ニューヨーク市場のダウ工業株30種平均は前週末比777泌下落し、史上最大の下げ幅でした。 グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は「100年に1度の危機」と言い、1929年の「世界恐慌」に 状況が似てきたとの懸念も出ています。 Q 世界恐慌って歴史の教科書で読んだことはあるけれど。 A 世界全体の経済が破綻してパニックに陥ることです。1929年10月のニューヨーク市場にした 世界の金融危機と、その後の長期的な不況を指しています。 Q 今と似てるの? A バブルの崩壊がきっかけという点が共通しています。世界恐慌の時には、第一次世界大戦後の特需や工業化 による空前の好景気でダウ平均は直前の5年間で3倍に急伸しました。今回もダウ平均は過去3年で2割以上、 住宅価格は5年で倍に上昇しています。「株と住宅は上がり続ける」と過剰な投資を膨らませた金融機関が、 急落によって巨額の損失を抱えたのです。 Q 恐慌でどうなったの? A 不安に駆られた預金者の取り付け騒ぎに発展し銀行が相次いで破綻、米国内の銀行の数は約半分に減りました。 融資が受けられなくなった企業の倒産も粗次ざ、3年後には米国の全労働者の4分のーが失業しました。 影響は世界に及び、失業者の増加による社会不安はドイツ、イタリア、日本でファシズムの台頭も招きました。 Q 怖いね。世界経済はこれからどうなっちゃうの? ・・・・・・ (字数制限のためカット 2014年10月2日)
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2014年10月01日(水)
* 逸ノ城の太腿は92センチ どえらい新人が大相撲に入ってきた。白鵬が「俺より強い」といったとか、 双葉山以来の逸材とか。 21歳で入門して5場所目の今場所で、一横綱・二大関を敗った。 白鵬まで敗れていたら不甲斐ない、というより大相撲の全面否定にもなっていたところ。 白鵬が何とか勝って面目を保ったが・・ 来場所と、次の場所に12勝を上げると大関。 そうすると、来年中の横綱もありうるが、そうは甘くない? 太腿が92センチもあるというから、 少し肥満気味の人の腰周りと同じ。それでいてバランスが取れている。 初の草牧のゲル育ちというが、こんな体格の男に日本人が敵う訳がない。 既に大相撲は蒙古勢に上位を多く占められ、次の大物二人が上がってきている。 面白いといえば面白いが・・ 問題は怪我! * 人間は他人と同じになろうとして、自分の4分の3を失う 「人は他人と同じになろうとして、自分の4分の3を失ってしまう」は、ショーペンハウアーの言葉。 何世紀も農耕社会が主だった島国では、まず他人と同じになることが生活の知恵。 だからこそ 「和同の精神=和して同ぜず」が必要になるのだが、人は自然に流れる。情報社会では、自分の 好きな分野を生かすことが可能になってきたが、反面、情報の大波の中で、最善と思われる一部 の情報に洗脳される傾向が強くなる。 他人と同じになろうとするのは、自分の頭で考えないから。 自分で考えを深めれば、自然、他と同じにならない。それにしても、本当に考えな人が多い! 石ころが個性個性といっても、所詮、集めてみれば砂利でしかない。 それより、人と比較しないことだ! ・・・・・・ 4581, 2050年の世界 ー11 2013年10月01日(火) 「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部 (著) 第十四章 経済とビジネス ーのまとめ ・一九五〇年代の統制資本主義の時代にはマイナーな理論とみられたシュンペータの理論は、 その後の現実の歴史によって、最も影響力のある経済理論に押し上げらた。 ・一九五六〜八一年までは、『フォーチュン』誌が選ぶ五〇〇社のリストのうち、 年平均で二四社が脱落していた。 一九八二〜二〇〇六年には脱落組が四〇社に増えいる。 ・ことにインターネットの発明・普及によるグローバリゼーションはシュンペータの言う創造的破壊の スピードを高めている。想像もできない技術革新により、これまでのビジネスのやり方が陳腐化し、 固執していた企業は淘汰され、新企業が生まれる。 ・製造業では、大量生産の方法が開発された一九二〇年代以来の、大きな技術革新よってその現場は 変貌をとげるであろう。可能性があるひとつの技術として 3D印刷技術があげられる。 ・他にも、あらゆる物がネットと常時接続するようになり、そのネットワークがわたしたちの生活を変える。 ロボットの技術革新によってこれまで人間にできなかった作業ができるようになる。あるいは電子秘書の 機能を持つ自律型のソフトウェアができることで、仕事の効率化が起きるなど、様々な技術革新による 経済の変化が予想される。 ・先進国にいちはやく追いつきたいという新興国経済の要求も様々な技術革新を生むだろう。一気に 九〇パーセントものコストを削減するような工程の開発によって、先進国の商品市場もがらりと変わる。 ・契約型の雇用者が、複数の企業にみずからの技能を売るようになるなど、会社の形態もより複雑化する。 ・様々な技術革新にともない、グローバル市場においては、知識階級に富が偏在するようになり、 労働者の勤務はグローバル化によってより過酷化する。 ・しかし総じて言えば、「資本家の功績というのは、女王にもっと絹の靴下を供給することではなく、 それを女子工員たちの手が届く場所に持ち込んだことにある」とのシュンベーターの言葉どおりに、 人々は創造的破壊の荒波のなか恩恵を受ける。 ▼ 工程といえば、隣家のプレハブ住宅工事。まず3〜4Mの杭打ち工事。ビルや工場建設などの 基礎工事を住宅に応用。ミニ杭の打ち込みから三週間、一切の工事がなく、その後、床底の部分を 小さな重機で二日間で掘り込み、そこにプレハブの床と杭を結び始めた。ビル工事の小型版である。 パソコンを手の平に押し込んだスマートフォンの普及で、世界は創造的破壊で大きく変化を始めた。 「まさか、一番かたいビジネスと思っていた事業が、この結果になるとは!」が、全てのビジネスで 生じてくる。情報化は創造と破壊のサイクルを短くするが、消費者にとってはプラスになる。 ・・・・・・ 4206, 閑話小題 ーキモカワキャラ 2012年10月01日(月) * キモカワキャラ TVで石破幹事長を評して「キモカワキャラ」と言っていた。的確な一言フレーズを作るもの。 顔はコワモテだが、一度話し始めると、ソフトで、そのギャップが可愛らしく見える辺りを凝縮した言葉。 本人が聞いたら傷つくだろう。中年から熟年の何割かのベビーフェイス顔は、この言葉に当てはまる。 この言葉から連想できるのは、「キモバカキャラ」「イモカワキャラ」「キモカマキャラ」「キモマジキャラ」 「キモギャルキャラ」などある。 角栄は、ギタギタしていて汚職の利権漁りのイメージが強いので 「キモギタキャラ」。 ネット社会のB層には、的確な「一言フレーズ」で如何に発信するかだが、 虐めに使われるから問題になる。 この一言フレーズで切り捨てられ、切り捨てるのが現代である。 * ギリシャ、イタリアは近未来の日本? ギリシャ、スペイン、そしてイタリアで起こっている恐慌に近い事態は、近将来の日本? 5〜6年先の日本の事態。南欧の近未来には、何かのキッカケで凄惨な国家破綻になる可能性がある。 それでも、国民は国家に頼るしかなく、急激な締めつけに反発、事態は悪化を辿る。 それは日本も同じ。スペインの25歳までの若年労働者の失業率が過半数を超えているというが、 現に日本の高卒、大卒の三分の一が正規社員の就職が出来ず、就職したとしても三年もしないうちに 三分の一は辞めてしまうため、若者の半分はフリーター状態。将来の日本が思いやられる。 60才以上が預金総額の6割を持ち、40才以下が、その10分の1の6%しか預金がないため、 消費は減る一方。適齢期の女性の結婚相手の収入希望が6百万。そんな相手は少ないため 未婚が増加している。厳しい時代になった。互いに自己限界の設定をシビアにすればよいものを、 と思っても「たった一度の人生に誰かが何処かで待っている」という洗脳がなされて抜け出せない。 隣国に中国、韓国があり、競争相手は韓国男性、中国女性になりつつある。2ランク上なら、 私なら考える。 * つれづれに 血圧が、毎日通っているスポーツジムにあるため計る習慣がついている。 毎日、大きくブレルため、高血圧かどうか戸惑っている。また運動する前と後と、食事の直後では 20は違ってくる。120〜160前半、平均すると135で、高血圧かどうか微妙である。中高年の 八割が高血圧というから、一般からすれば平均だろう。 冬時期を除けば一日三時間も運動をして、 この数値。晩酌を減らせば、直ぐに下がるのは分かっているが・・ これも以前に書いたことだが、 今、自然に頭に浮かぶことは、こんなこと。 ・・・・・・・ 3841, 閑話小題 2011年10月01日(土) * まず、50冊の本を業者に送付 iPadなどのタブレットPCの普及と同時に、手持ちの本をデジタル化をする動きが出てきている。 本の裁断機と自動スキャン機を買って、手持ちの本を一万冊をiPadに入力した人の「iPadバカ」 という本をネットで購入し、読んだが、その手間など自分には無理と諦めていた。ところが、最近、 マスコミで、「スキャンの代行業者が出現、出版元や作家からクレーム」という報道を知り調べたら、 業者は溢れるほどあった。裁断機とスキャンを準備し、ネットで誘導すれば誰でも何時でも参入可能。 半月前に思い切って、まず50冊を選定し、いざ業者に送ろうかとしたが、何かが引っかかって、 箱につめたままにしていた。ともかく50冊をと思い切って業者に送付した。 一週間後には完成するが、送ってしまった本は、二度と戻らない。それが正しい判断かどうかは、 一年後にならないと分からないこと。とはいえ本棚に並んでいても、それが図書館にある本と、 何処が違うのかというと、あまり違わないのも事実。金を出して読んだ本は本気で読むから 買うのである。本棚に置いておくのは、それと時を共にした愛着と、再読するため。 それがパソコンに入っただけと、割り切ってしまえば良いだけだが・・・ 考えあぐねて、とにもかくにも送付することにした。 * つれづれに 一昨日は、中学校の同期会 中学校の同級会が開かれ出席してきたが、今年に入って二回目である。出席は11名。 この数年は、年に二回は開かれている。春から私の生活圏が小さくなった分、それはそれで有難い。 あいも変わらず女性は元気が良い。 帰ってみれば午前様。店は何処もガラガラで、よくやっていると 老婆心が出るほど。 男5人の出席のうち、中小企業の社長は3人。背中の重しが取れた分、 天使のように気持ちが軽くなった。そのため現役の人と接すると、何かエネルギー負けを感じるのは 仕方がない。プラマイ、ゼロ。一線で働くということは、それ自体が歪みの増大になっていることに、 最近になって気づいた次第。 それが個性でもある。 ところで高校の同級会、去年も、今年も 開かれてない。一昨年、私とM君が幹事で、恒例でその年の幹事が次の幹事を指名して 持ちまわるシステムになっているが、任命責任がないでない。 この時期は、むしろ行われないほうが良い。娑婆はシャバシャバか! ・・・・・・・ 3476, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー12 2010年10月01日(金) * 次のツアーの選定の仕方 ツアーの選定を、どのようにして決めるのか? その都度に選定のプロセスがある。 多いのが直近に行ったツアー仲間の情報と、自分が、その時点で行きたいところを数ヶ所あげて、 その資料を集め情報を得るところから始る。 まず直近に行って良かった周辺を探すことが多い。 エジプト・トルコが良かった直後にイスラエルが面白い!と聞いて資料を集めて決断。 そして、次はシリア・ヨルダン・レバノンのコースを決めるとか。 インドに行って、ネパールに行き、その後、中国のウィグル地区からカラコルム・ハイウェーを通って パキスタンに抜け、アフガンの国境の麻薬通りに行くコースの順に行ったりとか。 一ヶ所から周辺の二ヶ所を選ぶケースが多い。それを結んで行くと、それが世界一周コースに なったりする。スペインも中央、南、北スペインの三ヶ所だったり、オーストリア、スイス、北イタリアも、 そうだ。 南米も、同じ理由で行き先を決めていった。情報は、その都度行ったツアー仲間と添乗員 が、その最大の情報源になる。他の人も同じこと。従って聞くほうも聞かれる方もオープンになる。 国内では単に自慢話になるが、旅行先では情報交換クラブ仲間になる。インド派、アフリカ派、 欧州派、南米派、遺跡派、シルクロード派など、その人により違ってくる。 万遍なく行っている人は、「旅行道派」ということになる。 私の経験からすると、一度行って良かった 処に通い詰めるのも良いが、やはり万遍なく色いろな世界を見ておいたほうが良い。 TPOSが良いこともある。ある人が、これから世界中を10回行くとしたら、どのような場所を 選ぶとしたら、《 南米三ヶ所、アフリカ三ヶ所、カナダ、ウィグル・カラコルム、北スペイン、スイス》 と答える。それか、船旅で100日間世界一周のコースがあるが、あれでも良い。 そこに行ってから付け足しをするのも合理的である。一人150万が高いか、 安いかを如何に判断するかだが。集中の妙である。 ・・・・・・・ 3101,返済猶予法案の成立から見えてくること! −2 2009年10月01日(木) 返済猶予法案の成立が現実味を帯びてきた。無理だろうという一般的な見方だったが、 面白くなってきた。実際のところ、こうでもしないと中小企業はもたない、と前回書いたとおりである。 新聞やマスコミの論説などからして実態の厳しさが分かってない。 「昭和初期の恐慌ほどではない」とか、藤井財務大臣が言っているが、その数倍の津波が 来ているのが理解できない?のである。 (字数制限のためカット2011年10月1日) ・・・・・・・・・ 2736, 正直こそ、最大の正当防衛 2008年10月01日(水) 議論に絶対負けない法 −4 読書日記 学生時代に、「青雲寮」(25人)という名の寮に4年間いた。三日前にも40年ぶりに訪ねた夢をみた。 夢の中の寮は部屋も40年前のままだったが、古くて瓦解する寸前の汚い風景。 そこで初めて 知ったのが、自分の見たことのない世界。今回は夢がテーマではないので詳細は書かないが、 北は秋田から南は福岡までの人種を知った。こでまず驚いたのがウソを平気で言う何人かの人。 8人兄姉の末っ子のため、ウソなど必ず見抜かれることを体験上知っていた。しかし、それは 私だけの話し大体、15%の割りでいた。(もちろん、ウソを付く程度のレベルで言っている。 人を陥れるために付くウソを平然と言うと人種のことである)正直であること、それが一番の 自然体ということは、特に母から常日頃いい聞かされてきた。だから、それが当たり前 ということは、圧縮された異種の人間の集合体ではベースではないことを、そこで知った。 しかし長い人生を歩いて、正直こそ一番の力になることを知った。反面、正直とウソさえ 知らない人種がいる。 それは無知の人間である。 ただ親の価値観を引き継いで、 その価値観の中で生きていて、その価値を疑ったこともない人たちが大部分だろう。 自分もそうなのだろう。その価値観に従うことが正直なのだろうから何がなんだか分からなくなる。 −次の箇所が、そのあたりの人間の歪みを、言い表している。 p−93 私たちは子供のころから本当のことを言いなさいと諭され、人生のさまざまな場面において 「正直は最良の策」だと確信するようになった。 だが、一生のあいだに、真実を語る事に、 ほとんど上達しない。おかしなことに、私たちの社会は正直であることを奨励しない。 大学に「真実を語る法」と題する講座はない。「うそつき自主治療協会」など、というものもない。 真実を語る人だと自称する人には一度もお目にかかったことはないし、もし自分の言うことは 全部本当のことだという人がいたら、私はくるりと向きを変えて逃げ出す。 私たちは幼いころの経験から本当のことを言うとたいていは罰を受けると学んだ。 本当のこと書うと、負けるか、拒否されるか、追い出されるかだ。悪いことをして、それを正直に 告白すると、たとえ悪気がなく些細なことでも、たいがいは罰を受ける。自分が怖いと思ってる ことを正直に言うと、馬鹿にされる。 (字数制限のためカット2010年10月1日) ・・・・・・・・・・ 2007年10月01日(月) 2372, 人は60歳で何をしたか *「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 文芸春秋 ー読書日記 何度もここで書いたことだが、50歳になった時、はたと今後如何に生きようか?一年考えた末に、 「この十年で、60歳以降も含めた全ての人生を生きよう」という結論に達した。 そして、そのつもりで生きた。現在に至って、このコンセプトは正解だったと自己満足をしている。 これは他人が評価する問題ではない、自分自身のことである。 昨年の一月に還暦を迎えた時に 「この10年間の生き方は満足できたが、次の10年をどのように生きようか? そのコンセプトを 一年間考えよう」と決めた。正直にいうと、その満足できる結論は出てない。 しかし大よそ考えたのは「この十年生きてきた中で、やり残したことが幾らでもあったはず、 それを追求だけで幾らでもあるはず、それを探せばよいだけ」である。「やり残しを探し、一つずつ 潰していく」しかし50代のコンセプトからみると、何か攻撃的ではない。50代のそれは好きな 世界秘境ツアーを可能な限り行けばよいし、嫌なこと、嫌な人間のいるところに、一切顔を 出さなければよかった。秘境・異郷旅行を徹した?上に、このHPの文章を遺言と思いを 書き足せば良かった。他に身体に害にならない程度に美味い酒を楽しめばよかった。 これまで読みたかった本は幾らでもあったが、それを読めばよかった。 その結果、60歳に なった現在、何か張りが無くなってしまった。この10年の間、少し無理してきたこともあり、 唯我独尊の生き方でもあった。50歳で人生の元は取った実感があったし、60歳で人生の余白も 埋めた実感を持てた。そこで、他の同じような年代の人は如何なのか、気になりだした? (いや、それより60歳代のコンセプトを満足してなかった!からだ) ところが面白いもので、丁度良い本を図書館で見つけたのが、これである。それを読むと、 60歳の地点で色いろな人生の立ち向かい方があるのに驚かされた。意外に老成している 内容が多いのには驚いたが、えり抜かれた人は当然ながら、それぞれの人生に最大限の 努力をしている。この本を読んでみて、小さな世界に満足していた自分の卑小さが合わせ鏡 のように見えてくる。生きてきたようにしか、その後も生きられない。それでも真摯に生きてきた 人は、その後の人生でも枯れるのではなく、むしろ成長しているのが解る。 次回からは、その印象的なところを抜粋しながら考えてみる。同じ歳とはいえ、比べようもない 相手ではあるが、自分が情けないような、悲しいような気がする。これは生まれた天分だから、 仕方ないとしてもである。二度とない人生、一日一生の思いを更に深くすれば良いのだが!
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| 4947,閑話小題 ー中古車価格は、格付け項目のチェックで決められる |
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2014年09月30日(火)
* 中古車価格は、格付け項目のチェックで決められている 22年前のトヨタの「ソアラ」が大当たりで、大した故障もなく、これまで満足をして乗ってきた。 さすがに、この型のソアラを殆ど見かけなくなっていた。その前も、やはり前の型のソアラを 5年近く、その前はコロナを三年ほど乗っていた。 ところが、この5月の車検で、修理に50万 かかるといわれ、乗り換えることにした。そこで、急遽、車探しになった。新車への拘りはなく、 まず中古センターを一週間にわたって探し出したのが、ワゴン車『トヨタ・マークXジオ』。 ソアラに比べ出足しが弱いのが少し気になる以外は、満足している。 それにしても中古車の 車種と、その在庫量の多いこと。 一週間探し回って知ったのが、「全国共通の格付けがあり、 それでに比例して値段が決められている」こと。 まず、価格と年式が、基本で、次に走行距離、 車検時期があり、それに付属品、タイヤ、人気が、加味された値段は、交渉で値切る余地が 少ない。中越地区の膨大の中古車から、個人の事情で探し出すのだから、大変だが面白い! ー私の事情は、 ・自宅駐車場の家具としての家屋敷とのバランス。 ・事故も考えて、中型以上。 セダンか、ワゴンには拘らない。 ・まだ、何から三年の立場?を考慮して、あまり目立たない、人に知られてない車種。 ・人生の最後の車として、数年後に後悔をしない車。 ・県外への遠出はしないため、近場で、乗りやすく、燃費は程ほどのこと・・ 等々。 以上を考慮した、車検の期限までの一週間を区切った車探しの面白いこと、この上なかった。 去年秋に生産中止で、値段は格安? 団塊の世代以降の、車好きを狙ったコンセプトカー。 燃費が月8〜9千円が4〜5千円に下がったこともあるが、家内はお気に入り、センスが好きとか。 それにしても、車のネット販売サイトには驚いた。「販売サイト」の格付けがあるから可能なのだろう。 資金に余裕があり、世俗的謹慎の身でなかったら『トヨタ86』『スカGT』『アクセラ・スポーツ』? ・・・・・・ 2013年09月30日(月) 4580, 2050年の世界 ー10 「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部(著) 第十五章 バブルと景気循環のサイクル ーのまとめ ・バブルの発生期には、かならず、それを引っ張る新興産業がある。十九世紀は運河と鉄道。 1990年代はインターネット企業。バブルは、新産業への投資として必要だとする考えもある。 ・ただし、歴史を振り返ると、結局はバブルによって新産業に投資した投資家よりも、 消費者が得をする。 その分野がすぐに過当競争になり、価格が引き下げられるからだ。 ・2008年のリーンショック以来の最新のバブル崩壊によって、各国は債務超過に苦しむように なっている。これは緊縮財政を呼んだが、しかし、それに耐えきれない国民が政治的な 反乱をおこし、不安定化が促進される可能性がある。 ・しかし、この景気後退においても、物の価格は上昇に転じている。これは、中国、 インドという二大新興国がグローバル経済に組みこまれ、成長の過程で、エネルギなどの 需要をより欲しているため とする見方がある。だとすると、現在は、長期の好景気の、 とば口だと考えられる。 ・日本型の鈍化した市場が、欧米などで長期間続く可能性がある。 ・過去の実績のある株価を実績順に買っていくという成長株派のモメンタム理論。 本来は過去の株価の推移は将来の価格決定にはまったく関係がないはずだが、 それがおおむねうまくいくことの理由は、そうした 投資家が増えることによる割安株派の バンドワゴン効果がある。 ・しかし、このモメンタム理論は、バブルの崩壊など、経済に断層が生じると、 巨額の損失を被ることがある。 ・株式市場の投資家には企業に成長要因を見つけて投資する「成長株」派と、過小評価 されている株を買う 「割安株」派のふたつがある。成長株派は、1990年代後半の ITバブルのように、強気市場の最も勢いのある段階に関わることが多く、割安株派は、 経済が景気後退を抜け出すときに実力を発簿することが多い ▼ 40年先のバブルと景気循環のサイクルを論じること自体が、土台無理。20世紀前半の 第一次大戦、世界恐慌、第二次大戦、の一連の変動期と、現在を重ね合わせると、1933年 辺りになる。とすると、第二次世界大戦が始まることになる。時代はバブルと崩壊、そして精算の ための戦争が、大小生じて流れていく。20世紀前半は、欧米の中で、欧州から米国への エネルギーの移動であったが、今度は、アメリカから中国、インドなどアジアへの移動になる。 ・・・・・・ 2012年09月30日(日) 4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている * 日本人の人生は、ツアーに似ている 「異郷日記」西江雅之著 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。 早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど世界の僻地で直接、原住民と触れ合う 機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。 この本は4年前に出版されたものだが、既に 早大を退職し、気ままに国内外を講演などでまわっているという。その著者の体験談の 一言一言はツアーでしか、秘境に行く機会のない者にとって、参考になることばかり。 まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から・・ ≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で"異郷〃との 重なり合いが見出される。目的地の異文化度が高ければ、当然、その重なり合いは大きくなる。 ◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に味わうために 金を支払う行為」と言えそうだ。一般的には、その行為は多かれ少なかれ、地理上の身体 移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇という時間を持つ社会に属す人々にのみ 許された行為である。目的地で一時的な異郷感を味わわせてくれる事物は、土地の人々から 見て、必ずしも本物である必要はない。それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物で あったならば、訪れる人々にとっては受け入れ難い事物の方が多くなり、観光は成り立たなく なるだろう。それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮かべれば明らかだ。 観光には"……らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、それを主催する側とを含めた、 全体としての観光というものを話題の対象とすれば、そこには、企画、経営などという側面が 大きな役割を果たすことは言うまでもない。しかし、その場合でも ‘・・・らしさ’は見過ごせない要素となる。 ◎‘旅’は何よりも「道中」が主役である。古典文学を見ても、旅の話を支えているのは、 目的地に至るまでの道中で出くわすことになる数々の予期せぬ出来事だ。道中で何が 起こるか分からない。それを乗り越えて到着した目的地で、一段落となる。道中にいる間、 旅人は異郷の人である。人生は常に旅路にあると自覚する者は、本物の異郷の人である。 ◎‘旅行’の場合は目的地までの行程は保証されている。旅行者は目的地までは交通手段を 利用して安全に運ばれる。目的地に到着してから、旅行者は思い思いの活動を各自の興味に 応じて開始する。結果として手に入れたいと望むのは、個人的な楽しみであり、良き思い出である。 ◎‘ツアー’では、出発点と目的地との往復が予め保証されている。それのみか、道中、 宿泊地、目的地での行動内容の一つひとつが、あらかじめ他人によって計画に組み込まれて、 それなりの効果を狙った演出も準備されている。参加客は、それらの催し物を個々にこなして ゆくことで移動を終える。多くの場合、自分の気に入った場所でも時間的な制約を受ける。 物足りなさも残される。しかし、全行程が保証されていて、何を見て、何をすべきかを考えなくても 安心できるという利点もある。 昔、「人生は旅である」と言った。しかし、現代の日本人の 人生は、ツアーに似ているとも思えてくる。≫ ▼ あと三回で世界旅行(主にツアー)50回に達成する。一応、来年中と考えていたが、 年金生活者、家内の鞄持ちとして年一度が限界か、それも無理? しかし30年近くかけて、 小刻みに安いパックを探して行っていたので、充分満足しており悔いはない。 著者の「現代の日本人の人生は、ツアーに似ている」は、言いえて妙である。 ツアーより、むしろ観光に思える。そこでは"…らしさ"が重要と信じられているからだ。 それらは受け止め方の違い。やはり実感は旅である。 ・・・・・・ 2011年09月30日(金) 3840, iPadと、アプリ、あれこれ ー2 雑誌や本などの電子化で、出版物の概念そのものが根底から変わることになる。 要は無料である。デジタル化は著作権の有名無実化を意味する。 青空文庫というアプリは、 数百冊のフリーの本がある。学生時代に読んだ、芥川龍之介、有島武郎、夏目漱石、森鴎外 などの懐かしい本が無料で何時でも読める。 雑誌以外で初めて買ったのが 『松岡正剛の書棚』というデジタル本。全体の書棚のレイアウトと、それぞれの棚が写真に 載っており、それに沿って松岡の文章が書いている。 面白いのは、完成したばかりの 東京駅直ぐ隣にある丸善ビル(書店)に、同じ書棚のスペース(60坪)が公開されている。 そこの写真が、この本のベースになっている。 松岡正剛といえば、「千夜千冊ブログ」という 読書感想専門のブログがある。5〜6年前から、この書評を読んでいるが非常にわかりやすい。 その辺をネットで調べると 【「千夜千冊」は、2000年2月から執筆を開始、2004年の『良寛全集』で1000に達したが、 それ以降から現在までも続いている。・・ 2009年10月に、丸善丸の内本店に、松岡正剛 プロデュースによる松丸本舗をオープン。ショップ・イン・ショップという形態で、松岡をはじめと する著名人の書斎を再現した本棚など、その斬新な店舗づくりが話題を呼んでいる。 2010年7月には、『松岡正剛の書棚―松丸本舗の挑戦』(中央公論新社)が発売された。】とある。 上京のおりに是非とも行ってみたいが、書店のあり方も大きく変わろうとしている。ネット書店は、 こういう考え方をベースにレイアウトが構築されるのが理想。 iPodが根こそぎ、音楽配信のあり方を変化させたが、その波が今度は出版界にも、 やってきている。去年からiPadなどタブレットPC端末の爆発的普及から始った。 パソコンは、その場で書評や解らない単語を調べることが可能である。それと指先を開いたり 縮めたりで字の大小を変えることが出来る。これが読む方からしたら非常に良い。 雑誌などは、パラパラと全体を俯瞰出来るところが良いが、下の欄にページを次々と スクロールできるので遜色ない。近い将来、検索で、あらゆる本の中の情報に辿りつける 時代が来ることは間違いない。そうなると著作権の問題が出てくるが、それがニーズなら、 その問題はクリアされるしかない。 ・・・・・・・ 2010年09月30日(木 3475, 迫るハイパーインフレの危機 ー2 この時期に社会主義者の管首相と仙谷に政権を与えていることは最悪の事態と見るべきである。 彼らは大きな政府と称し、収入減少を甘くみて財政赤字を積み増している。それ以前に、この借金体質を 作り上げてきたこれまでの日本は、もう後がなくなってきている。著者の藤巻健史だけがハイパーインフレを 警告してきたのではない。多くの経済学者と評論家が10年以上も前から、警告を発しつつけている。 それでもハイパーについては大っぴらには書けないようで、大新聞では殆ど論評されてない。 以下は、藤巻健史の前回の続きである! * 市場主義に背を向けてきた日本 * 自分の財産は自分で守る ( 字数の関係でカット12年09月30日 ) ・・・・・・・・ 2009年09月30日(水) 3100,強請りの類 この商売をしていると、数年に一度は、その手の専門職が強請りをしてくる。 小さなのを入れれば毎年である。 ( 字数の関係でカット11年09月30日 ) ・・・・・・・・ 2008年09月30日(火) 2735, 学校 山田洋次の「男はつらいよ」シリーズが好きだが、他には「学校」シリーズもよい。 それぞれに味があるが、この後20年近く撮られてない。 その中で特に、?が良い。 横浜郊外に住む中学3年生の少年が、学校に行かなくなって半年経った或る日、その少年は 『冒険の旅に出る』との書き置きだけを残して一人家を出る。目標は九州・屋久島の縄文杉という設定。 彼がそこにヒッチハイクで乗り継いでいくプロセスで多くの経験をしていく。初めから最後まで観客に ハラハラさせられる場面がつづくが、その少年は、その経験を通して成長していく。 そして最後は、登校拒否を乗り越えて学校に行くことになる。 一番感動的な場面をあげてみる。 ≪ ヒッチハイクを何度した後、九州まで行く女性ドライバーの長距離トラックに乗せて貰う。 彼女が、その少年の事情を聞き、自分の自宅に少年を連れて行く。そこには彼女の自閉症の青年がいた。 一晩泊めてもらい話すうちに心が通じる。翌朝、女性ドライバーの車で鹿児島港まで送ってもらうことに なった大介は、別れ際に、その青年から侍の絵とともに次の詩を書いた手紙をもらう。『 大介君へ/ 草原のど真ん中の一本道を/あてもなく浪人が歩いている/ほとんどの奴が馬に乗っても/浪人は歩いて 草原を突っ切る/早く着くことなんか目的じゃないんだ/雲より遅くてじゅうぶんさ/この星が浪人に くれるものを見落としたくないんだ/はっぱに残る朝露/流れる雲/小鳥の小さなつぶやきを聞きのが したくない/だから浪人は立ち止まる/そしてまた歩きはじめる/ 日向国浪人 大庭登』。 母はそれを、その少年から読んでもらい「あの子、そげなこと考えとったの。おばさん、ちっとも 気づかんかった」と、号泣する。別れ際、彼女はフェリーのチケットを大介に渡し、彼の肩を 強く抱きしめた。屋久島に行かなくてもよくなっていたが、フェリーのチケット買って貰ったこともあり 屋久島に渡る。その少年は島で出会った登山客の金井真知子に同行を頼んで縄文杉までの登山に挑む。 険しい山道を真知子に励まされながら一歩一歩進み、ついに縄文杉に到達する。 その夜、縄文杉側の山小屋に泊まった少年は真知子に勧められて家に電話を入れる。出たのは妹だった。 彼女は兄の快挙を喜ぶと共に母が毎日泣いていることを伝えてくれた。 妹のことを真知子に問われる まま話す少年に、真知子は「一人前になるというのは、ありのまま自分を受け入れることから 始まるんじゃないかな」と話す。≫ −− 恐らく、この映画を観て、登校拒否の少年が何人も癒されたのではないか。 少年期には、誰も大きな傷を受ける。それは一生の傷になる。しかし、それを抱えて一人道を歩くのが人生。 自閉症の青年の詩の一節、「この星が浪人にくれるものを見落としたくないんだ」がドキッとさせられる。 何度も観たが、その都度、考えさせてくれ、後味のよい気持ちを残してくれた映画である。 ・・・・・・・・・ 2007年09月30日(日) 2371, え? なに! 何で? 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) オハァァァァァァ♪ 新潟駅内の「ヨドバシカメラ」のカードをファイナンス付のカードに切り替えてほしい! 切り替えれば大きい特典があるというので書類一式を書いて送った。 (字数の関係でカット08年09月30日) ・・・・・・・・ 006年09月30日(土) 2006, 私の酒の自主規制とは おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ たしか以前にも書いたことがあるが、 酒の失敗の積み重ねから長年かけて作りあげてきた「自己規制」を書き出してみた。 驚いたのは、多くのルールを積み重ねてあったことだ。 そりゃそうだ、酒の失敗がなければ、私の人生はもっともっと豊かであったはずである。 キチガイ水を脳に送り込むのだから、自主規制をしなければならない。 ・自宅で日本酒は飲まない ・外で一人酒は飲まない(特に散会の後・・) ・自棄酒飲まない(不味い酒は飲まない) ・女性と二人で酒を飲まない ・2日続けての飲み会は断る(飲み会は集中するが・・ ・午前様でも、歩いて帰る ・酒の肴は肉類(焼き鳥は除く)を食べない ・午前様は避ける(最近になって加えた) ・一期一会のつもりで徹底的に楽しむ ・地方名士様が集まる店には行かない ・客単価5000円以上の店には行かない ・他の客の固有名詞の名前を出す店には行かない ・ボトルは絶対に置かない ・ヤクザ系の店(ピンク系)には行かない。 ・マイナス系の人間集まる飲み会は避ける 大体は守っているが、一昨日は午前様で幾つかを違反・・(散会以後の一人酒、午前様、タクシーで帰宅、 イチゲンの店が御名士様の来る店、等々) 酒は注意すべし! 十年、いや二十年は命を縮めたか? 緩慢なる自殺の手段ということ!「酒たばこ飲まずに100まで生きた馬鹿がいる」というが・・ ーー 書いた後に「100まで生きた馬鹿がいる」で検索をしたところ、自分のHPの文章が出てきた。 そして、内容といえばこの文に類似であった。まったく・・ボケ! この程度の者かお前は! しめの文章[[酒の飲まず100まで・・・」というとこまで、 同じときている! さらに4年以上前の文章の方が出来が良いときているから・・
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| 4946,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −3 |
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2014年09月29日(月)
* 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー② 番組に出てくるプロが判断する値段、果たして本当だろうか? 当然、プロも見ているので、いい加減な値もつけられないが・・500万、800万を何の基準で 判断するのだろう? 一般の買値と売値には大きな開きがある。 出演している鑑定士?の 立場上、実売価格より高めに言っておけば、無難。逆に骨董店主からすれば、高値で売った ものを、安く根付け去れれば、詐欺呼ばわりされてしまう。贋物と知らないまま、死んで しまえば、それこそ「知らぬが仏」である。 武士の家系から出てくる刀や槍・茶道具に、けっこう贋物が多い。金が無い殿様が、時には 贋物専門の刀鍛冶や陶芸工場を持っていて、名刀名品として勿体をつけて家臣に与えていた ケースが見られる。拝領する家来にとって、半ば勲章。 真偽は二の次だから、問題はない。 地域内では地域貨幣のようなもの。 鑑定士も、その辺はわきまえて、「たいへん素晴らしい品です。値段は、そこそこですが、 良いものです。大事なお宝として保存して置いて下さい。」と言葉を濁すのが常のようだ。 絶対に、本当のことは言ってはならないのが、骨董の世界の掟。 子供の頃、何度か骨董 仲間のセリの現場に父に連れられいかれたことがある。 大きな座敷で20人位が円座を組んで。その中央にセリの骨董品が出される。 仕切人が、提出された骨董の提出者の提示の最低値をいう。そこから、今でいうオークションが 始まり、最高値で次々と競り落されていく。 これを仲間取引といい、それだけを商って全国を 渡り歩く人がいる。 これも、目利でないと、即座の判断を要するので、深く広い経験と知識が 必要になる。「なんでも鑑定団」は、あくまでバラエティショー。 しかし、これを真剣に見続ければ、かなりの知識を得ることが出来る。 しかし、素人は、他山の石として、ゆめゆめ手を出すべきでない世界である。 それにしても、一流の茶器は、見ているだけで癒される! ・・・・・・ 4579, 2050年の世界 ー9 2013年09月29日(日) 「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部 (著) 情報機器とインターネットの進歩が、情報公開を促し、科学を飛躍的に発展させることになる。 そのキーワードは、生物学とナノ科学、情報科学、天文学。それらが互いに結びついていき、 水平思考的な科学が出てくることになる。 ー第十六章 次なる科学ー のまとめ ・次なる科学のフロンティアは、化学でも物理学でもなく生物学にある。 ・生物学とナノ科学、情報科学、天文学などが結びつき、さまざまな発見と人類に とっての進歩をもたらす。 ・2030年ごろまでには、わたしたちの知る生物のほとんどが遺伝子のサンプル化を終え、 またサンプリング過程そのものが、多くの未知の生物の存在を明らかにする。 その過程で、最近、生物の原初形態として、古細菌、真正細菌、真核生物以外に四つめの ドメインがあるらしいことがわかったように、生命の歴史の未知の部分が解明されていく。 ・宇宙も、制覇の対象というよりも探索の対象、特に生命の起源を知る意味でさまざまな 研究や発見がなされるだろう。太陽系以外の恒星の惑星の研究などが進み、生命が地球に 特異の現象なのか否かということも解明されていくだろう。 ・生命誕生の仕組みの解明は、われわれの細胞を研究していくことで開けていく道もある。 ・物理学は、未知の物質の探索の時代に終わりを告げ、現在あるものへの分析に 向かうだろう。 なかでもその最大のターゲットは宇宙を覆う暗黒物質の正体だ。 ・経済成長により東アジアの国々は、科学分野でもさまざまに進出しているが、真に独創的な 研究は権威を根こそぎひっくり返す革新性を必要とする。その意味で、東アジアの儒教的な 上下関係、あるいは中国の専制的な政治体制はマイナスに働く。 ・非西洋では随一の技術大国である日本でさえ本格的な基礎科学の研究は立ち後れている。 日本人研究者で科学部門のノーベル賞を受賞したのはわずか十五人。それは例えば オーストリアの受賞者数よりひとり多いだけーオーストリアの人口は日本の人口の 七パーセント以下で、その理由の一つとして、日本の若手科学者が先達の理論に 迎合しがちなことが挙げられる。これに対して欧米では、旧来の理論を否定することで キャリアが築かれる。 ・その意味で、政治体制が専制的な中国よりも、民主的なインドにおいて科学は発展するだろう ▼ 情報の共有化が進み、それが想像を絶するほどの科学は進化するはず。 その一つが暗黒物質の研究。そして生物学。一年一年単位で静かに科学の進化は進むので、 その先の予測は不可能に近い。 また、それがもたらす社会的変化も大きくなる。 そうこう考えると、やはり少しでも長生きをして時代の先を見ていたい欲が出てくる。 いや、未来でなくても、現在の世界で知らないことだらけ! それを自覚するだけで、見えてない世界が見えるはず。全く、この厚いバイアスには! ・・・・・・ 4204, 閑話小題 ー阿部が次期首相というが 2012年09月29日(土) * 阿部が次期首相とは驚き! 自民党の総裁選挙、リアルタイムのTV放送だったため、ドラマ的で非常に面白い内容。 選挙の数日前から、安倍有利の予測があったようだが、安倍自身も周囲も勝てるとは思って なかっただろう。中国との尖閣列島紛争が追い風になったことになる。維新の会の橋下に 党首を依頼され断った際に、衆院選挙後の自民との連合の可能性を話をしていたようだ。 政権をとった際には、維新の会のメンバーを行革と自治大臣に置けば、この時期に丁度良い 超強権内閣になる。 石破が勝利し党首になっても、安倍が副総理になっただろうから 似たような。これで次の体制が見えてきた。とはいえ5年前に病気としても、総理大臣を 投げ出した人。一部の疑念が残るが、この緊急事態の中、もう一度、やらせのも良いかも。 対中国政策は強行姿勢になる可能性が高く、厳しい局面が出てくるが、この位の人が 丁度良いとみるべき。基本的に私の考えも安倍に近いが、国家の均衡縮小の方針は 無いのが気がかり。(有っても言えないか?) 前の谷垣と石原幹事長は野党の立場もあり「座りの悪いコンビ」だった。 それに比べて数段良くなった。 これで復古でなく新しい日本をつくり変えて欲しいが、 これで年内解散の可能性が高まった。 * つれづれに ーリタイア生活について リタイアの生活に入って一年半になる。単調な平々凡々とした日々だが、これがこれで 私に合っている。事業生活を40年近く続けてきて、それまでと違った隠遁生活の平坦さに 飽き飽きすると思いきや、それは全くない。何だろう、これは?と、自身で驚いている。 時代が激動になってしまった実感があるからだ。 この随想日記を一日一文書き上げ、 毎日三時間の早朝のサイクリング、午後のスポーツジム通いが、一日のリズムになる からである。それと、40年近くの事業生活は両肩に大きく覆いかぶさっていた。 それからの解放感が、気持ちを自由にしてくれる。前倒しの思い切った決断が、銀行 担当者も慌てるほど事業物件の売却を早くしたこともある。何か、何時も同じことを 繰り返しているが、実際に、そうだからである。 主婦も亭主さえ、コントロールが出来ていれば、これほど楽で面白いものはない。 ヒモに徹すればよいだけ。男も仕事が順調なら、それで良いが。 ・・・・・・・ 3839, iPadと、アプリ、あれこれ ー1 2011年09月29日(木) iPadの便利さと多様性と、そのアプリの豊富さと内容に、驚きの毎日を過ごしている。 * その一例としてメモを残すための「黒板」や「ボード」のアプリが面白い。 黒板に赤、白、黄色の チョークと、黒板消しが、下の溝に置いてあり、それを取り出しメモを書きこめる。凄いのは、それから。 上段にあるカメラのアイコンを押すと撮影され、iPadの写真ロールに自動的に記憶される。 これは電子黒板(自動的に記憶して、再現したり、コピーを打ち出してくれる 機能の応用である。 これは非常に便利。 黒板はチョークで書くが、ボードに直接、指で書き込むものもある。 要は手書きのメモを、写真と録音と共に簡単に記録し残せる。 * メモ専用のアプリものには、iPad内臓カメラで撮った写真を、そこに添付することも出来る。 またマイクのアイコンを押すと、録音も添付される。モバイル携帯を使い込んでいる人なら何を今更だが・・ 同じ類のもので、スケッチ専用のものがある。カラーペンが豊富に用意されていてスケッチ用になっている。 黒板とか、スケッチ用のアプリは、アナログとデジタルの融合。 * 面白いところでは、iPadの現在位置を自動ナビをし、その近くのコンビニや、 飲食店を表示してくれるものがある。 * Googleで、直接、音声で入力をし、検索するものがある。 既に使っているが、何か奇妙な感覚だが、 この上なく便利である。 *「ちら読み」出来る本や雑誌だけを集めているアプリもあり、その幾つかを現在、毎日のように立ち読み をしている。前書きとか、目次、そして、冒頭の内容を載せていて「興味ある人は購入してください」 と、誘うもの。 ゲームのアプリのフリーのものは殆どこれだが、多種の切口の断面が見ることができる。 初めてiPadからネットで買ったのが、「最新iPadアプリ特選700」。 これを連日見ながら新たな アプリ探しをしている。この雑誌で、紙の本・雑誌より、iBookの方が読みやすいことが確信できた。 紙は紙で、リアリティがあって読みやすが。これでは数年で新聞社や雑誌が消滅するのも納得できる。 アメリカでは去年暮れから今年にかけて、電子書店の売り上げが店頭書店の売り上げをこえた。 これは、あくまで販売経路の売り上げだが。 本といえば・・・・ それは次回。書店まで行って買う 手間や、本棚まで行って本を取り出し、読むまでの手間が、デジタル機能で省ける便利さは何よりである。 ・・・・・・・ 3474, 迫るハイパーインフレの危機 ー1 2010年09月29日(水) 中央公論8月号の《迫るハイパーインフレの危機*現金・預金は一番のリスク資産 ー藤巻健史》が、 ハイパーインフレを考える上で分かりやすい。その要旨の一部を抜粋する・・ * 日本とギリシャは、どっちが健全か? 「債務不履行を起こした場合、ギリシャはその国債の7割をドイツ、フランスをはじめとする他国が 保有している。したがって大きな損失を被るの他国。だから騒ぐのである。それに対して、日本国債の 95パーセントを保有するのは日本国民だが、被害者は自国民になる。だから、その方が問題は深刻と 認識しておかなければ。」 △ 自国民が被害者の方が性質が悪いという見解は驚きである。しかし、被害者は何らかの形で、 日本の資産を確保するはず。 * 日本の財政再建は時すでに遅し 「国の累積赤字は来年3月末には975兆円に膨れあがる計算になっています。約1000兆円の借金は、 毎年10兆円ずつ返しても100年かかる計算。日本の税収は昨年度37兆円に落ち込み、その10兆円に しても捻出は難しい状況です」 △ 戦争という非常手段で清算が無理なら、ハイパーインフレでやるしかない! * ハイパーインフレへ、そして、それは実質《徳政令》になる。 「財政悪化はおできがぱんぱんに膨れあがり、膿が飛び出しそうな状態です。 (字数制限のためカット2012年9月29日) ・・・・・・・ 3099,政府の借金など返済の必要なし? ー2 2009年09月29日(火) =著者は日本国家を一家に譬えている。 〜その部分から ・世界一の金持ちの家庭(=日本国家)では、旦那(日本政府)が974兆円もの大金を借りている。 しかし、外部の金融機関ではなく、奥様(家計)から借りている。 しかも、467兆円のお金をヘソクリをしている。 ・この家の奥様、個人としては世界最大の金持ちで、純資産が1058億円もある。 この結果、この家族は純資産が243兆円もあり、世界最大の金持ちである。 ・一家の中の、最大の稼ぎ手である長男(非金融法人)が、最近、いま一つ金を稼げないので (法人税が減少)仕方なく旦那は資金の工面をしている。といって、奥さんから借りているだけだが。 旦那から貰った金を預金をしたり、国債という紙切れ(借用書)、税金として再び旦那に渡している。 要は家の中でキャッチボールをしているだけ。 ・ここで家が破産するとしたら、どういう場合か?「利益や収入が足りなくて、借金が返せないとき」 というが、家の中でのキャッチボールをしているので、絶対に破産はない。 〜以上だが、 「財政的に破綻するのは、どういうときか」というと、「借金返済のための現金が最終的に入手できなかった 時に破綻する」 すなわち手持ちの資金が尽き果て、預金残高がゼロになり、現金収入が途絶え、 現金化可能な資産を全て売り払い、金融機関はもちろん、家族からの借金も不可能になった結果、 ついに、債務不履行、破綻する。 企業も、家庭も破綻するのは、返済のための流れが途絶えた時である。 しかし、国家の場合は、世界の国が財政が破綻しないのは、営業キャッシュフローのマイナスを、 財務キャッシュフローで補充しているからである。日本の政府は世界の中で最も金を借り易い環境にある。 その証拠に日本国の国債は世界で一番金利が低いことで理解できる。世界は、大不況のため、日本の金融機関が 溢れかえっている。その国債も中央銀行が買っているのだから、政府そのものは、痛くもかゆくも無い。 増税をして、政府の借金を返済している国など何処にもない。なぜなら、ゴーイング・コンサーン、すなわち 継続することが前提になっている政府が永遠に債務の繰り延べができるから。その点、自国政府の国債残高を 槍玉に上げる日本のマスコミは本当に稀有な存在である。なら、ロシアとアルゼンチンが債務不履行をしたのは? オカシイと思うだろう。国家両国が外国からドル建てで借りていた債務、すなわち対外公的債務が借りられ なくなったため。 *政府の借金は、世界中の国と比較して、それほど突出していない *政府の借金の債権者は、実は日本国民である。 *政府の借金総額は大きいが資産も大きい。あのアメリ力政府の二倍の金融資産を持っている。 * 国家の純資産総額世界最大で、国家としては世界一番の金持ち *政府の借金を、税金で返済している国など一切ない。 *政府は自国通貨建て借金に対して、永久に繰り延べをしてもかまわない *4番目のキャッシュフォロー(中央銀行による国債の買い入れ)を持つ政府が 債務不履行になることなど、ありえない。 何度も著者が繰り返していることは、「政府は借金を完済する必要が無いこと。 しかし、それも全てが日本政府の借金が、自国通貨建てだからこそ、言える話である」 ーつづく ・・・・・・・・・ 2734, 米国金融恐慌の深層 −2 2008年09月29日(月) 前回につづき朝日新聞「論壇時評」の社会経済学者・松原隆一郎氏の論評《金融危機の深層》を考えてみる。 ー まずは、続き の部分から ー 【 日本が経常収支黒字で米国債を購入、米国から流出したドルを還流させる「新・帝国循環」を支えたと 喝破したのは吉川元忠の「マネー敗戦」(文春新書)だが、サププライムショックがついにその矛盾を爆破した というわけだ。円高は当然、輸出頼みの日本を不況に陥れる。楽観論から悲観論に至るこの違いを、 どう理解すべきか。それは、資産の流動性(他者に受け取ってもらえる可能性)を信じるか否かによっている。 楽観論も帝国循環も、国際通貨としてのドルの流動性に対する信頼の上に成り立っている。またサププライム ローンが安全な資産と信じられたとき、複雑に組み合わせて証券化がなされ、世界に受容された。 ところが暗転して安全性に対する不安が広まると流動性は低下した。それが信用不安からドルに対する 信認の低下に及んだのが、今回の危機である。問題は、資金や貨幣の流動性に対する信頼が、何らかの 確固とした根拠にもとづくものではない点だ。バブルは資産に対する強気の集団心理が引き起こし、 不況は不安に起因する。どう対処すれぱ人々の信頼が回復されるのか、断言できないのである。 * 処方箋、どれも不完全* 危機への処方鰍としてJ・E・スティグリッツは、銀行経営者の個人的報酬と社会的影響に均衡を図る政策の 必要を挙げている。金子勝はより具体的に公的資金の強制注入と、銀行経営者の法的責任の検討を提唱する。 益田安良は正反対に、注入先の再建が進まないときの国民負担を考慮し、救済に疑義を呈している。 筆者は金子案に共感するが、根本的にはどの案も絶対の策とはいえない。 日本では、03年のりそな銀行への公的資金注入が外資に「日本政府は銀行は潰さない」 というアナウンスと受け取られ、株価が上昇した。 しかしそれとて社会心理の機微にすぎない。 資産に対する信頼は、工学的に管理できるものではないのである。】 ▼ 評)以上だが、ドルの国際通貨は流動性に対する信頼の上に成り立っているシステムを 米国自らが壊してしまった。 (字数制限のためカット2010年9月29日) ・・・・・・・・ 2007年09月29日(土) 2370, 喫茶店の話 先日、コーヒーの由来と喫茶店について書いた。もう二十年、いや三十年以上前から日本では 喫茶店という業種そのものが成りゆかなくなってきているとも書いた。 (字数制限のためカット2010年9月29日)
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| 4945,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −2 |
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2014年09月28日(日)
* 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー① 私には、骨董品や美術品の保有欲が全くない。一流品などは美術館で見ればよいし、 何ゆえに手元に置かなければならないか不思議である。両親を見ていると、隠れた 名品を探し、さり気なく、格安でハンター、倉庫に収めることが趣味のようだ。 これは骨董収集家の全てにいえるが。それなら、名だたる名品を、世界の美術館で 見ればよい!というのが、私の持論。21歳の時に、ルーブル美術館、大英博物館 などで、世界的名品を見た経験が、更に裏づけになった。 鑑定団を見ている共通点は、「骨董店の主が、アマチュア気取りの素人に、 太鼓持ち話術で売りつけているのが殆ど。だから、出てくる当人、いやに識別感に 自信を持っている。 が、それは店主の刷りこみ。株や骨董は、素人が手を出す ものではない。「買いで騙され、売りも騙され」が、素人の悲しさ。 数代前の先祖が大事にしていたお宝にも多くある。両親の場合は元プロで、 特殊ケースだが、骨董世界は、「俺おれ詐欺」より、タチが悪い側面がある。 そこは特定少数の愛好家の世界。特定少数の本物の骨董品の周囲には、 その数十、数百倍の贋物と、詐欺紛い人たちが存在する。もし、金に窮したら、 どこかの骨董市などで、高そうな骨董を探して、金を持っている友人等に、 「これは我が家の蔵にあったもの。何時でも引取りますから、買ってもらえますか」 と、売りつけ、そ知らぬ顔か、ドロンをすればよい。 大体が、素人が一度買った骨董品を、逆に骨董店に持って売ることはほぼない。 太鼓持ちの大臣扱いで偉くなった幻想で満足した段階で、半分以上の買いの 目的を果たしている。 だから、素人衆の倉庫は、騙された骨董品の山。 で、騙す方は、買取の誓約書を平気で書く。ばれた時は、そのまま引き取れば、 詐欺ではないからだ。適当に「時代が変わりました」「この品の相場が現時点で 暴落しました」「自分も実際のところ騙されていました!」で済ますことも可能。 ーつづく ・・・・・・ 4578, そして、人生はつづく 2013年09月28日(土) 『そして、人生はつづく』 川本三郎著 図書館で手に取ってみて、「まえがき」の文章が現在の私の心境に似ていたので驚いた。 還暦過ぎれば、誰も似たような現実が待っている。 まずは介護が平均10年が人生の終りに控えている。 私など、「そして、・・」より「それでも、人生はつづく」が合っている。まずは ー「まえがき」の全文ー 《 2008年の6月に35年連れ添った家内を癌で亡くした。子供がいないのでそれから一人暮しが始まった。 その「独り居」を毎月一回、日記の形で書いていった。物書きという仕事柄、幸い一人でいることに慣れている。 というか、物書きとは一人でいることが仕事のようなもの。 本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。 一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。これに、家事という新しい仕事が加わった。 愛読しているアメリカ人の詩人、作家メイ・サートンの『独り居の日記』(武田尚子訳、みすず書房、1991年)は、 ニューイングランドにある緑豊かな田舎家での一人暮らしの日々を綴ったものだが、こんな言葉がある。 「私にできることといえば、瞬間瞬間を、一時間一時間を、生き続けることだけだ――小鳥に餌をやり、 部屋を片づけ、たとえ私の内部には築きえなくとも、せめて私の身の周りに、秩序と平和を創造することだ」。 一人暮し、もうじき七十歳になろうとする人間にとっても「秩序と平和を創造すること」がいかに大事であるか。 自己管理をきちんとし、静かに暮すこと。一人暮しになって静かな一日を送る困難と、幸福を知るようになった。 家事をし、仕事をし、散歩をし、一日の終わりに酒を飲みながら、昔の映画をビデオで見る。 無論、そんな平穏な一日が毎日あるわけではないが、それだからこそ「秩序と平和」が大事なものに思えてくる。 もうあまり大きな声でものを言いたくない。「独り居」のなかにささやかな喜びを見つけてゆきたい。 3・11のあともそんな思いで書き続けた。あれはフェリーニの映画だったか、「私は生きることより思い出すことの ほうが好きだ。結局は、同じことなんだけど」という意味の言葉があった。日記を書くとは、まさにその日その日を 思い出にしてゆくこと。》 アマゾンの ーBy FANTASMA UCCIDENDO MECCANISMOレビュアーが、よい!〜編者か著者のどちらかの投稿?〜 {評論家・川本三郎は2008年に妻・ファッション評論の川本恵子を亡くし、以来独りの物書き生活が始まった。 読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・・でも独りだ。たまには旅にも出る。一見、悠々と見えても、心は独りさびしき、 時の旅人である。面倒な“家事”も自分でしなくてはならない。そんな老境に入った著者の日々が綴られている。 著者は当たり前に生きてきたつもりだが、妻の死、そして3・11で変わった・・・ 著者は、震災後に東北を応援 しようと小さな鉄道の旅にでる。 3・11と世の中のこと・・・。 淡々と静かに自分の日々を綴る・・・ そして彼自身独りの人生の時は流れてゆく・・・。たった数歳しか違わないのに、私とはまるで異なる時をゆく。 それでいいのだと思う。そして、人生はつづく・・・。ターミナルは一つであっても、そこに至る道は人それぞれに 異なるのだ。独りという寂しさの重圧は、若き時には跳ね返せても、老齢に至れば、そのエナジーも枯れつつある ことを自ら認識、体験中のトロイGKMです。余韻が残った久しぶりの大人の文章。} ▼「本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。 ・・もうじき七十歳になろうとする人間にとっても、秩序と平和を創造すること、がいかに大事であるか。」が、 言い得て妙。私は二年半前に、その半年前までは思いもしなかった事業整理をせざるを得なくなったが、それでも、 人生はつづいている。そこでのコツは 「独り」の世界の中で、秩序正しい静かな生活を守ること。 一応、準備を含めた45年かけた独りの世界があるが・・・ ・・・・・・ 4203, 呪いの時代 ー17 2012年09月28日(金) * あとは呪詛の効果を搾制し、贈与を活性化するしかない! 「呪いの時代」内田樹著 呪詛を抑えるに、贈与でお返しをするのが一番良い方法になる。が、放置しておけば、さらに憎悪が増す。呪い に対し、贈与で返すのが贈与の贈与たる由縁になる。メディアは記事を売らんがために呪いの対象をつくり上げる。 手っ取り早いのが、政治家の失政と芸能人のスキャンダル。関係もないのに、いつの間に扇動され呪詛の集団に される、俗に言う世間様レベル、B層である。呪詛は、これからも強くなるが、知恵で自分を守らねばならない。 ーその辺りからー ≪ 世の中はバカばかりで、システムは全部ダメであるという宣告はかなりの部分まで真実を衝いているのかも。 私が問いたいのは、その指摘が正しいとすれば、そのような世の中を少しでも住みやすいものにするために、 あなたは何をする気なのかということである。完膚なきまでに批判し抜くことが、個人に対しても制度に対しても、 もっとも効果的な「改善」実践であるという左翼的な批評性の定型から私たちは抜け出すべきときです。 「私がこのシステムの責任者です」と名乗り、それに対するすべての批判を粛々と受け容れ、批判されればされる ほどパフォーマンスが向上するような「責任者」が存在するなら、そのような定型的批判も有効かも知れない。 だが、実際には、そのような責任者はどこにもいないのである。 私たちはもう「壊す」時代から抜け出し、 「作る」時代に踏み入るべきだろう。命旦夕に迫る病人に向かって「生き方を根本的に変えろ」と叱りつける 人間はいない。それよりは残されたわずかな生きる時間の質を維持するためにどうするかを考えるだろう。・・・ (・・中略)私たちの意識を批判することから提言することへ、壊すことから創り出すことへ、復讐することから 受け容れることへ、傷つけることから癒やすことへ、社会全体で力を合わせて、ゆっくりと、後戻りすることなく シフトしてゆくべき時期が来た。そのときに指南力を発揮すべきなのはメディアである。けれど、メディアは まだ「呪い」の語法を手放すことができずにいる。この本の中で私は別に目新しい知見を語っているわけではない。 皆なが知っていることをもう一度繰り返し確認しているだけである。呪誼も贈与も人類と同じだけ古い制度であり、 それがどう機能するものかは誰でも知っている。けれども、多くの人びとはそれは神話や物語の中のことであっで、 私たちの日々の生活には何のかかわりもないと思っている。そうでない。呪誼は今人びとを苦しめ、分断しているし、 贈与は今も人びとを励まし、結びつけている。呪認の効果を搾制し、贈与を活性化すること。 私が本書を通じて提言しているのは、それだけのことである。 ≫ ▼ 西アフリカ横断のバスツアーで、単調な奴隷通りという道をひた走っていた時、突然、道路の脇道にそれた。 そこは、小さな市場になっていて、5〜6軒の店があった。呪詛の為の小物だけを売っている市場という。 アフリカの地域の多くでは、今だに呪詛の習慣があり、その効果が信じられている。そこで突然、生々しい人間の サガを突きつけれたようだった。昔、アフリカの奴隷は、地元の部族が近くの部族を襲い、捕虜にして奴隷商人に 売ったもの。警察力など希弱な土地柄だと、近辺の争いに弱者は黙って呪詛に訴えるしかない。日本は近代国家 とはいえ、断絶の、それも20数年も落ち目の時節にあって、その鬱憤を誰かを呪うしかない。アフリカの呪詛の 小道具が、メディアによる、誰かへの集団リンチのような槍玉=記事に取って代っただけ。私たちは、ますます、 周囲の、そして政府の呪詛が強くなる。しかし、それが故に、国家の舵取りが大きく狂っていることさえ、 気づかないとしたら、命取りになりかねない事態である。 ・・・・・・ 3838, ツール(道具)について考えてみる ー4 2011年09月28日(水) 20万年前に、動物は初めて言葉というツールを持った。 そして、以前から使用していた物理的道具と共に 他の動物を狩猟し勢力圏を拡大していった。 ところが一万年前に地球上に異変が生じ、それまでの果実などの 植物採取と狩猟では生きていくことが出来なくなって、牧農が始まった。 その時に、それまで培われてきた 言葉と道具が農業と牧畜の進化に役立つことになった。経験は本能で動物も植物も蓄積は可能だが、場所や時間を 越えて言葉や絵に置き換えて情報を伝えることが出来るのは人間だけ。現在の情報化革命が20万年来の人類の 革命といわれる。デジタル化とネットで情報が瞬時に地球上の個々人に行き渡るようになり、人間と社会の 有りようを根底から変えてしまった。 ツールが時代に大断層を生じさせてしまったのである。 新たにネット世界が出来て、それが現実世界の上位になりつつある。 これが今後どのように時代を変えていくのか 想像さえ不可能。連日のようにiPadを取り上げているが、この御蔭で目的とするブログに到達するまで、 初期立ち上げを含めて数十分の一の時間で辿りつけるようになってしまった。 おまけに体積も十分の一以下で、 コードから解放され、ボードからも解放された。タッチ式のため、ネットサーフィンが非常に楽になり、 本やアプリも簡単にネットから購入可能になっている。 丁度、購入して一月経つが、それまでの情報の質量が 一桁は増えた感がする。ツールを弄るのが面白くなったら、しめたもの。アプリについては次回に書くが、 調べれば調べるほど次々と面白いものが出てくる。 目につくアプリは、ベストのものしかない。 それが時と共に改善され続けているため、使いかってが良いものが多いのは当然である。 ところで、10年前の今日にあたる日に「目的と手段」というテーマで書いていた。 面白い偶然である。 「ツールは手段だが、目的と手段は融合するか?」という問いかけ。 前回、「畑仕事と釣がいいか、 iPadがいいか?」という問いかけになったが、それからすると、「iPadをしながら釣をすればよい」 ことになる。トイレの読書と同じ? どんどん使いかってのよいツールは、使えばよい。 ただし、振り回されるな!ということになる。 ・・・・・・・ 3473, 幻滅論 2010年09月28日(火) ーまずは背表紙より 「幻滅論」北山修著 【「これは何のための本かを一言で言うなら、私自身の悩ましくも楽しい旅の記録であり、それに公共性を付与 するべく、人生におけるいくつかの不幸に強くなるためという思いでまとめた本だ」 文化畑から医学の世界に 入って30年、著者は臨床の日々の中で、ウィーンで生まれ欧米で発展してきた精神分析を、文化の役割を強く意識 して、日本語による日本の臨床に生かす道を考えつづけてきた。そのために、「語られた過去」の総和としての 神話や昔話に注目しながら、「イザナキ・イザナミ神話」や異類婚姻説話などの悲劇の意味を考え、「甘えの構造」 を深め、言語の研究をすすめてきた。 とくにこの数年は、浮世絵の中に夥しい数の母子像を発見して、その構図を 分析してきた。そこに読みとれるのは、人と人とのつながりであり、つながりがありつづけている という幻想であり、つながりが断ち切られることから生じる幻滅であった。 本書にはこのような考察のすべてが 収められている。『幻滅論』は、自分と他人と環境とのつながりを知るための本でもある。子が母から切り離される とき、抱える環境から自分が切り離されるときに生じる幻滅は、けっしてマイナスの体験ではない。 「あの素晴らしい愛をもう一度」と嘆きながらも現実と触れあうチャンスとなるのだ。 類のない日本文化精神分析の本が、ここに誕生。】 ▼ 図書館で「幻滅論」という本を見つけ借りてきた。共同幻想があれば、当然のことながら幻滅論があってよい。 幻想論といえば、吉本隆明の共同幻想論がある。共同幻想とは、ネット辞書によると 【 血縁・氏族的共同体(家族)が、地縁・部族的共同体(原始的な国家)に転化する結節点として、兄妹・姉弟の 対幻想に着目している。兄妹・姉弟の対幻想は、夫婦の対幻想とは違って、肉体的な性交渉を伴わない対幻想なので、 いくらでも無傷に空間的に拡大できる。兄妹・姉弟の対幻想が、他家との婚姻と言う形で空間的に拡大しているため、 国民は心理的な一体感を共有し、幻想としての国家が成立する。逆に言えば、原始的な国家の成立は、兄妹・姉弟の 近親相姦が自覚的に禁止されたときに求められる。中上健次の「国家は白昼に突発する幻想化された性なのだ」 と言う言葉は、このことを指している】とある。 ー幻想論は、ここで書いたことがある。それに対応して論理を組みたてていると思い込んでいたが、違っていた。 母子のつながりが何時までも続くという幻想が潰された時に生じる幻滅である。 親離れは動物としての本能的行為。 その辺の切口が共同幻想と違う。 一般的に幻滅するとは、対象に抱いていたイメージが地に落ちた時に出てくる言葉。 それが親から引き離された時に起きる心理といわれても戸惑ってしまう。初めて共同幻想論を読み、改めてそれまでの 自分を振り返ると大部分が幻想に引きずりまわされていたことに気づいた。現象と実態、恋愛と幻滅、理想と現実の ギャップなど経験があったが。そ時の心理が幻滅とすると納得する。勝手に思い込んでいたイメージが壊れるケースと、 対象にはイメージ通りとしても、その背後には自分の知らない要素があり、それが表出するケースもある。 一番身近な結婚でも、現在では3割が離婚、残り7割の半分が実質破綻というデータがある。 幻想が、幻滅に 変わった身近な事例である。誤解で結婚し、理解して離婚である。歳を重ねると幻想も幻滅も消滅する。 ・・・・・・・ 3098, 政府の借金など返済の必要なし? ー1 2009年09月28日(月) * ほんとうかいな? 「高校生でもわかる 日本経済のすごさ!」 三橋貴明著を図書館で手にとって、目が点になってしまった。 ーまずは、その概略をまとめてみると・・・ー 「国の借金が大変だ」「これ以上の国の借金を増やし続けることなどできない」 テレビや新聞その他のメディアで、 有名タレントから経済学の博士号を持った「専門家」まで多種多様な人々が、「日本の国家財政が破綻に瀕している!」 と毎日のように繰り返し繰えしています。 しかし、国債金利の最低水準にある日本国の借金は世界の中で一番 余裕ある水準であること、世界中の政府が長期的に借金を増やし続けていること、政府であろうと企業であろうと 経済規模を大きくするに借金が増えるのは当たり前であるから「国の借金をこれ以上増やせない」ということが 真っ赤なウソである。 国の借金とは何だろうか? 公的債務、すなわち政府の借金は返す必要がない、と聞いたら、 あなたはどう思いますか。 恐らくそんなはずがない。 借金は.自分たちの税金で返すか、あるいは子孫に負担を 押し付けるしかないと、反駁するかもしれません。しかし現実の世界では自国の借金を返している国など一つもない。 なぜ一つもないと断言できるのかと言えば、そもそも政府の借金を返済している国など世界に一つも無いからなのです。 一時的に「政府の借金が減ってしまった国こそあるものの、政府が自らの意志をもって節約に努め返済に勤しんでいる 国など本当に一つもありません。ましてや、国の税金で借金を返すなどと、本末転倒なことをしている国など皆無です。 ポイントを言うと ●日本政府の借金は、世界中の国と比較して、それほど突出しているわけではない ●日本政府の借金の債権者は、実は日本国民である。 ●日本政府の借金総額は大きいが資産も大きい。 あのアメリ力政府の二倍の金融資産を持っている。 ●日本国家の純資産総額世界最大で、国家としては世界一番の金持ち国家 〜〜 どうも、この本の論法は落とし穴があるような気がする。金融資産の500兆円分はアメリカの国債を買わされて しまって紙くずでしかないし、いつか爆発的なハイパーインフレになり、国家破綻になるのは目に見えている。 しかし、だから如何した。国民の資産が壊滅するが、国家としては何ものも失われない。それでは、国民の金融資産、 不動産資産の価値の暴落があっても、その縮小した中では同じではないか、ともいえるのである。 次回は、日本国家を家庭に例えて、説明をしている部分を紹介してみる。 ー つづく ・・・・・・・・・・ 2733, 米国金融恐慌の深層 −1 2008年09月28日(日) 朝日新聞の昨日の「論壇時評」で社会経済学者の松原隆一郎が《金融危機の深層》として、アメリカ発金融危機 の本を評論していた。 (字数制限の関係でカット2010年9月28日)
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| 4944,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ ー1 |
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2014年09月27日(土)
* 「なんでも鑑定団」 熱狂的ファンでもないが、好きな番組である。骨董の世界は奥行きは深く、広く、 果てしない。私の実家が江戸末期からの骨董商の分家で、父は、その分家の二代目。 当時の地元名士様に的を絞った、上客を多く持っていたが、太平洋戦争で骨董販売 では生活が成り立たず、父が戦中、戦後にかけて、転業した後、終戦後、衣料量販店 で大当て、骨董を趣味として、買い手としての収集家になっていた。 それもあって、幼児の頃から父に連れられ、昔の仲間だった骨董店などに連れて いかれていた。そのお陰で、知らずと骨董の真贋を見分ける目がついていた。 良いものを見続けると、贋物が感覚的に分かってくる。 (これ人間にもいえるが) 更に20数年、世界中の美術館を見てまわったことも目を養ていった。 美術館は古今東西の超一流の骨董品の展示場である。 ーネットによるとー 《 1994年4月19日放送開始。テレビ東京系から放送中。元々は、島田紳助が 過去に司会をしていた深夜番組「EXテレビ」として放送した「家宝鑑定ショー」がルーツ。 ・・・ 様々な人が持っている「お宝」を、専門家(主に古美術品やアンティーク ショップの経営者が中心)が鑑定し、値段付けを行う。意外なものが高価な鑑定結果を 得たり、高価だと思われていたものが偽物などで安価になってしまうという意外性や、 鑑定物に対する蘊蓄が堪能できるのが特徴。 鑑定の結果、埋もれていた芸術家や芸術作品が発見されたこともあった。 ・・ 本番組からいわゆる鑑定ブーム、骨董品ブームが起きたが、何でも金銭で 換算してしまう点や、美術品をパフォーマンスで見せる点などを苦々しく感じている 美術関係者もいる。 しかし、依頼品にまつわる人々の熱かったり切なかったりする思い入れや、 鑑定結果に一喜一憂する依頼人の表情などは人間味にあふれ、鑑定を単なる金銭的 評価に終わらせていない。また、鑑定結果が出る前には、これから鑑定する 依頼品に対する予備知識の解説が入る。そこでは、製作者の生い立ち、歴史的背景 などのほか、作風、作品の見方、味わい方などが紹介される。このために文化史、 美術史などにおける教養番組としての側面も持ち、その観点から当番組を楽しむ 視聴者も多いと言われる。・・・》 ▼ 子供の頃から、両親の日常の会話の中心が、何時も骨董の話。 そこで購入した骨董品を二人で楽しそうに眺めていた。部屋の中では、常に骨董品が 季節ごとに変わる。その環境が当たり前の世界であった。母親が亡くなった時の相続で、 兄が倉庫に溢れていた骨董品。私は現在住んでいる自宅だった。で、あの骨董の山、 どうなったか?不動産も実売になると半値だから、他人事ではない。実際、事業も・・ 売り家と唐様で書く三代目!『 努力して築き上げた家産も孫の代になると遊び暮らして 使い果たし、ついに家まで売りに出す。しかも「売り家」札は その道楽ぶりを物語って しゃれた唐様の書体で書いてある」ということ。『この随想日記そのものが、唐様 そのもの?どの道、宇宙のゴミ、同じこと』と、バカがいう。 『同じバカなら、踊りゃなソン』と、更にいう。 その目で「何でも鑑定団」を見ると、同類憐れむで面白い! ・・・・・・ 4577, 2050年の世界 ー8 2013年09月27日(金) 「2050年の世界ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部 (著) 2003年のビッグバン理論が観測で認定され、大きな境い目になった。 宇宙衛星などの観測から 宇宙が拡大しているにかかわらず、膨張が加速していることが分かった。膨張のためには他の宇宙 から何かのエネルギーが、注ぎ込まれなければ成り立たない。それが暗黒物質と暗黒エネルギー である。現在、その発見に世界中の科学者が躍起になっている。 第十七章 苦難を越え宇宙に進路を ーのまとめ ・冷戦時代に予想されたフロンティアとしての有人飛行競争は終わりを告げ、宇宙の商業利用 の時代が来ている。 アメリカの全地球位置発見システム(GPS)など人工衛星群の商業的 価値は、2009年には1609億ドルにのぼり、前年比11パーセント増の成長を達成。 ・アメリカが宇宙へ独自に有人飛行をすることをやめた反面、中国の台頭が目立っている。 中国は、2025年をめどに月着陸をめざしている。しかし、これは米国が月着陸を果たしたときの 世界的興奮と比べれば、はるかに小さなニュースとなるだろ。 ・NASAは、小惑星への有人飛行を計画しているが、火星への有人飛行のほうがはるかに、 世界的インパクトが見込める。 ・軍事的な宇宙利用の主眼は、引き続き情報収集という機能に集約されるだろう。 ・民間会社による宇宙飛行はすでに実現しており、アメリカは宇宙探索の、部分をそれらの 会社にアウトソースしている。ヴァージン航空を率いるリチャード・ブランソンは、ヤーキェリー 計画のような弾道飛行によって宇宙に出るサービスを提供する会社を始めているが、 まだ一回あたりの費用が二〇万ドルと高すぎる。民間会社による観光目的の宇宙飛行は、 今後費用が下がっていき、金持ちの娯楽の一部となるだろう。 ・銀河の動きを説明するために、暗黒物質なるものが宇宙の五分の一を占めなければ ならないことになっている。 その正体を知ることは、当面の大きな宇宙探索の目的のひとつ。 宇宙の膨張が速度を増していることが近年観測されたが、それを説明するための 暗黒エネルギーの正体も解明が待たれる。 ・太陽系以外に生命の可能性のある惑星はいくつもあり、観測技術の発達によって 地球以外の生命の発見が今後なされるかも。 ▼ ひと時代前には、他の宇宙などSF小説さえ取り上げなかった。それが、10の500乗の 別宇宙の存在の可能性が、実しやかに語られている。宇宙の知識も、天文科学の進化で 飛躍的に伸びている。40年前では、想像すらできなかった別宇宙の存在に匹敵する新たな 事実が発見されているのだろうが・・・ 「人間を一の単位とすると、我々が住む宇宙が 10の27乗の世界で、ミクロではマイナス35乗の世界が我々の世界」という。 言葉として、マイナス35乗のミクロ物質が、どのように考えても私の頭では理解できない。 現在、暇を見つけては、そのイメージを持とうとするが、無理。 もしか、持てたとしたら、どうだろう?お釈迦様より、遥かに超えた何かを実感できるのでは? 137億光年の宇宙の果てが27乗の外の世界で、逆にマイナス35乗の物質世界の合計 62乗が私の世界? 理解不能! ・・・・・・ 4202, 閑話小題 ー危所に遊ぶ 2012年09月27日(木) * 危所に遊ぶ 芭蕉の『俳諧問答』に「危所に遊ぶ」という言葉がある。 危所は字のとおり危ない所だが、 「名人は定跡から外れ、未知の分野にも冒険心を持って飛び込み、そこで楽しむ」という意味がある。が、他にも、 「危ない所で遊ぶぐらいの心の余裕を忘れないこと」と、「危ない所の先に宝が隠されている」という解釈もある。 事業の創業も、自分を一度、絶壁に追い詰め、そこから湧き出るエネルギーを動力にする。 危所を見極め、そこに隠された キーを見つけることがポイント。ゲームとは危所(難関)を設定し、知恵で乗り越える遊び。難度の高い危所を合理的に 乗り越える域に達した人が名人になる。これは人生にもいえる。生まれ、死ぬまでの間に難関が次々と立ち塞がってくる。 人生を充実させるには、その難関を最大のエネルギーを使い知恵にかえ乗り越えることにある。これも「危所に遊ぶ」である。 * 最近の私の言説は「悲観的すぎ?」 この数年来、世界恐慌に突入直前という論調で書き続けている。10年前に同じ位の悲観論で書いていても、今から振り返れば、 その数倍も酷い惨状になっている。まさか、地元の越後で大地震が二回も起き刈羽原発が破損。上越新幹線もトンネル内で脱線。 世界を見れば、アフガン、イラクにアメリカが攻撃し、政権を転覆。それに百年〜四百年に一度の経済震災のリーマンショック。 更に東北大震災で二万人の死者と、津波による福島原発の最高7レベルの破損。そして近将来には、リーマンショックによる 世界恐慌が覆い尽くそうとしている。この10年間の惨状の数倍規模の変動が起きるとすると、私が書いている内容など、まだ甘い。 東北大災害が起こるまでは、心の何処かに首都圏か東海地区の温和なところに終の住み家の憬れがあったが、今では考えられない。 更に、この秋口から年末にかけての恐慌への不安定材料が、あまりに多い。これに中国が権力移譲期の混乱の隠れ蓑にするため、 尖閣列島の領土問題を大々的キャンペインを始めた。日本の政治の混乱を見抜いてのこと。ドラッガーではないが、「断絶の時代」に 本格的に入ったということ。何事もなく、凡々とした時代より、断面が見れるだけ良いと思うしかないが・・・ ・・・・・ 3837, 『 ライフ ―いのちをつなぐ物語― 』 2011年09月27日(火) 二週間以上も前の話題になるが・・・ 急に思い立ってシネマ 『ライフ ―いのちをつなぐ物語―』を見てきた。 金曜日の少し早めの9時開始だったので数人しかいないのではと思いきや、20人は入っていた。ツアーでアフリカや南米、 北極圏などに行っているので、実感として身近に感じ取る感受性は人一倍あるはずである。 とはいえ、映像は映像。 手付かずの野生動物の世界は激しい弱肉強食の闘いの中である。そこにはギリギリの生死の狭間で生存の知恵が生まれてくる。 TVのシリーズで放送した総集編だったが、大画面でみる画像は迫力がある。 こういうドキュメント映画をみるにつけ、 人間が地球の主役ではないことを思い知らされる。 ところでiPadのアプリをみていたら、 「Memory of coiors presented by Fotopedia」(色彩の記憶)の写真集のアプリがあった。 てっきり秘境系の写真集と思って、250円ならとダウンロードした。 しかし景色は一切なく、秘境の住人の上半身か全身の写真集だった。 しまったと思ったのは、初めの20分だけ。見ているうちに、彼らの自然の面構えと、顔と全身に塗られたペイントと服装の素晴らしさに、 引き込まれてしまった。 祭りか、祝いのための取って置きの晴れ姿や顔などのペイントが、素朴で美しいのである。 日本も江戸時代までは、こんな素朴な顔をしていたはず。 カメラマンのRangelの説明文が、また良い。 ≪ この人々のまなざしに向き合い、見えてくるのは・・・自分自身の人間性の反映です。彼らは「私たち自身」です。≫ と。 ネットは、確かに最先端のテクノだが、こういう世界の美しさを一般に知らしめる力がある。 地球の素晴らしい秘境の大自然や、 そこの住人が昔からの生活と伝統を守り、いま現在も変わらない生活を続けている姿を、リアルに記録してくれる。 それだけでない、 手付かずの大自然の中には野生の動物や、数多の植物が生きている。 この東北大震災と福島原発の汚染は、その正反対の近代科学が もたらした問題。 科学は両刃の刃である。 顔には、全身には、文化が、そのまま現れる。 あらすじ を検索すると次のようにあった。 『 ライフ ―いのちをつなぐ物語― 』 【 カメラは地球上の全大陸に足を踏み入れ、あらゆる技術を駆使して、多様な生き物たちの生態を世界で初めて捉えた。 肉眼では見えない細部の撮影を可能にしたハイビジョンマクロカメラによるハエジゴクの捕食と受粉。ジャイロ式ステディカムによる グンカンドリ対アカハシネッタイチョウの空中戦やバンドウイルカの泥を利用した餌の捕獲。超ハイスピードカメラも、数々の生き物の 珍しい生態を捉える。フサオマキザルのヤシの実割り、ハネジネズミのスピード移動、バシリスクの水面走行、トビウオの海上飛行。 特製ボックスを使用したスーパーハイビジョンカメラでバショウカジキの小魚の群れ追撃を撮影。彼らの行動は早すぎて通常のカメラでは 捉えられないので、これまで前例がなかったが、超ハイスピード撮影による80倍のスローモーションでその生態を追うことが可能になった。 この他にも、数多くの姿がカメラに収められた。アイベックスに襲い掛かるキツネ。三匹のチーターが協力して行なうダチョウ狩り。 コモドオオトカゲによる水牛への攻撃。ロライマ山に生息するオリオフリネラがタランチュラの攻撃を受けて岩場を転がり落ち逃げる様子。 木の枝の上で戦うチリクワガタ同士の愛の戦い。ザトウクジラの求愛コンテスト“ヒートラン”の完全撮影。だが、本作が伝えるのは、 こういった映像の珍しさではなく、それらを通じて表現される生き物たちの生きるための知恵、勇気、愛なのである。】 ・・・・・・・ 3472, 人生、よもやま話 2010年09月27日(月) 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、最近いやにフラッシュのように断片が頭によぎる。歳のせいだろう。 現在、思い出してみても小説になるような世界だった。長岡の駅前は戦災にあって焼け野原から復興の過程にあった。 終戦直後に産まれ、街の真っ只中の店が幼児期の世界であった。両親、兄姉、店の従業員、出入りの業者、御客が慌しく 犇いていた。そして、多くのドラマを子供なりに見ていた。華やかな集団生活で、誰もが笑顔で頭を撫ぜてくれていた。 一歳前から記憶が始っている。人は一般には3歳ごろから始まるとは青年期になって初めて知った。 這い這いしていたことも、初めて歩いたことも、そして、鉄筋コンクリートのビルが立ち上がっていく過程も鮮明に残っている。 夢のような日々であった。ラジオから美空ひばりや、笠置しず子の歌声が聞こえていた。 幼稚園に入り、初めての友達ができた。 そして家庭内のゴタゴタが色いろあった。 忠実に当時のことを書き出せば、面白い小説が数冊は書ける。何時の世も、 人間の赤裸々な人生が展開されている。 まだ憶えているが、店に尾長猿を肩に乗せた男が店に入ってきた。そして、 この猿を買ってくれないかという。傍にいて、初めて見る猿に驚き見入っているうちに、その猿が愛おしくなり、買って欲しいと 父に頼むと、アッサリと買ってくれた。そして、店頭のペットとして、直ぐに人だかりになった。 昼は店のペット、夜は三階の 家庭のペットとして皆に可愛がられる存在になっていた。 その頃、家には白黒のコロという愛嬌があるが、少し抜けている犬がいた。 今までは、その犬が人気者だった。 しかし猿に人気が移ると、犬が猿に嫉妬をして大喧嘩をする。それが子供心に面白い。 そうこうしていると、今度は猿の攻撃相手が家庭内では兄と私になる。足や尻を思い切って噛むのである。 そして歯形がつく程度から、出血をするまでになった時、父は直ぐにハク製屋に売ってしまった。 残酷なものである。 そのうち次は自分がペット屋で同じ種類の猿を見つけきて、父に買って欲しいというと、また、アッサリと買ってくれた。 二代目のタロウである。これも、直ぐに慣れたが、一年もしないうちに狂暴になってしまった。メス猿を買いまして ツガイとして店のマスコットにした。しかし、ある時期が来ると、今度は店の前で平気でペアリングを始める始末。 これも二年もしないうちに剥製屋いき。過ぎてしまえば、全て夢幻か〜 哲学に過去は存在するかどうかの考察がある。 ・・・・・・・ 3097,返済猶予法案の成立から見えてくること! 2009年09月27日(日) ーまずは産経新聞の記事からー 金融界が「亀井ショック」に揺れている。郵政改革・金融相に就いた国民新党の亀井静香代表が、 中小企業向け融資や個人向け住宅ローンの返済を一時猶予する「モラトリアム法案」を今秋の臨時国会に提出し、 早期成立を目指す考えを打ち上げたため。銀行への猶予の強制が法制上可能かという問題に加え、不良債権の増大や モラルハザードなど副作用を指摘する声もあるが、銀行への不信感を募らせる亀井氏の勢いはとまりそうにない。 {字数制限のためカット2011年9月27日} ・・・・・・・・・ 2732, 恐慌前夜 −3 2008年09月27日(土) 「恐慌前夜」副島 隆彦 (著) ー読書日記 「現在の世界の経済は、世界恐慌と煽り立てていれば、近い将来必ず大当たりになるのは当然じゃないか」 と言ってしまえば、それまでだが。この金融パニックはは2年や5年で問題の解決するほど浅いはない。 ー以下、面白そうな部分を抜粋して考えてみる。 *恐慌前夜、何に投資すればよいかー *すべての金融商品は「保険」から始ったー (字数制限の関係でカット09年09月27日) ・・・・・・・・・ 2007年09月27日(木) 2368, 閑話小題 *安部居抜き内閣* 福田内閣の組閣が終わったが、「安部居ぬき内閣」とは、よく言ったものだ。店舗を内装・食器そのまま売却することを「居抜き」 というが、今回は安部が組閣直後に投げ出した内閣だから、それが自然だろう。ママつきで売却という話も聞いたことがある。 もちろん買い手の愛人に、そのままなるのだろう?が、水商売は何でもありの世界である。 *時津風部屋一家殺人事件* この6月に、新潟県出身の入門したての力士が稽古の途中に倒れ、そのまま死んだとTVのニュースに出ていた。 親は傷からみて殺されたと主張していたが、その場所は時津風親方は仮病?で本場所には出てないとか。 今朝のニュースで「リンチで殺人容疑で立件へ」と報じていた。 相撲部屋は、リンチは日常で、その苛酷さは周知の事実である。これではますます日本人は相撲のなりてはいなくなる。 殺された本人は何度も実家に逃げ帰り、その都度連れ戻されたというから、親にも問題があった。 リンチと「あんま」の境界上でないと、強くなれないのがプロの世界だが。朝青龍も本場所で負けた力士の部屋に乗り込んで、 復讐をするのが仁義だったというが。あまりに露骨なので現在間接的に親方衆からリンチになっているのが、一連の朝青龍の問題。 それにしても、入門して三ヶ月の17歳の子供を何度も実家から連れ戻し、集団で叩き殺すとは信じがたいことである。 {字数制限のためカット2011年9月27日} ・・・・・・・・・・ 2006年09月27日(水) 2003, 具体的にみるWeb2・0社会とは −2 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning (~O~)ふぁ・・ 「グーグル Google」 の著者の佐々木俊尚氏の講演でのキーワードは、ネット社会の先行きを象徴している。 その中で一番印象に深いのが「Buyma」である。一昔前までは考えられなかったことが、現出してきたのだ。 (字数の関係でカット2008年09月27日) つづく (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年09月27日(火) 1638, 巨大スーパー販売前線の男達 一昨日のNHKスペシャル『巨大スーパーの販売前線の男達』が日本の流通業の現状を、そのまま映しだしていた。 デフレ不況などの影響で大手スーパーマーケット各社の売り上げが伸び悩んでいる。 業界第2位の売上高を維持しているイトーヨーカドーの戦略に迫っていた。 (字数制限の関係でカット09年09月27日)
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| 4943,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー51(余禄) |
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2014年09月26日(金)
* 「倒産が悪い」は、思い込み? 倒産など、実際のところ、その数ヶ月前までは思ってもいなかった。繁華街のど真中の商家で 10歳まで住んでいたため、両親の話題は周辺の倒産話。その生々しい具体例を多く聞かされた。 さらに姉夫婦と、兄の会社の倒産の相談も受けていた。それが、まさか自分も!とは。 それもあり、新潟駅前の事業設計には、万一の備えを長年にかけしていた。 以前にも書いたが、《 家内とは通帳を別にして、家内名義の給与を与え、そこから厚生年金と 社会保険をかけ。事業には家内も含め家族・親戚は入れない。地元にはホテルをつくらない。 御名士様の集まる会は同級会以外は避ける・・等々を守っていた。それが最悪の事態から 自分を守ってくれた。 身近の姉と兄の倒産の実態を見ていたが、高利貸しなど街金融に 手を出さなかった以外、備えはなかったようだ。 「倒産=悪」と思うのは仕方がないが、見込みのない経営を続けるより、深手になる以前の、 体力のあるうちの整理は、むしろ良いはず。そのためには、長年かけた備えが必要。 最後は、こうなり少しはガッカリはしたが、学生時代に決心した創業人生を生きなかったら、 確実に絶望か大きな後悔を持ったはず。 45年の人生は、それを最小にしてくれているが、 自分で気づいてないが、愚痴を書いていたかも?。 『不安、挫折、絶望などのマイナス100のことは、エネルギー面では、プラス100と、同じ」と、 脳科学者・茂木健一郎の言葉にあったが・・ 最後の節目と、現在も含め、自分と周囲の上面の 視点が面白い! そうこう経験してみて、この結果も決して悪くはない! 私には丁度よい塩梅だったと思うしかないが |ω・`) ・・・・・・ 4576, ほめことば練習帳 ー3 2013年09月26日(木) * 第二歩目は関心を持つということ。 「ほめことば練習帳」山下景子著 ー要約の箇所からー 《 日本語には、風景や季節を愛で、讃える言葉がたくさんあります。それだけ、この国の風土を愛し、 関心を寄せてきた証。人間が好きな人は、自ずと褒めることが多くなる。旺盛な人は気づくことも多いので、 ほめる材料にこと欠かないでしょう。自分の価値観や思い込みに縛られている人はほめることができません。 粗探しばかりしてしまうとしたら、要注意です。それは、相手に関心があるのではなく、つまるところ、相手を 否定しているのですから。ひとりひとり違う人の能力。それを敬う気持ちが、ほめ言葉につながるのでしょう。》 ☆ 第二歩の(能力に敬意を表するほめ言葉) 多才/三舟の才/詠雪の才/七歩の才/十八番/立て板に水/達筆折り/紙付き/圧巻/ハ面六膏/鬼才/鍾々たる/ 賢い/利口/造詣が深い/知的/優れている/上手/腕が立つ/ハ丁(八挺)/器用/妙/巧み/堪能/秀でる ▼ それぞれの個性を認めて、絶対肯定する言葉が「ほめ言葉」になる。ほめることは、相手だけでなく、 自分を肯定することになる。このことを自ら分かっているか?というと、分かってない。 肯定は意志。それが分からない。 * 第三歩は、円滑油となるほめ言葉 《 ほめ言葉は、潤滑油としての役割も果たします。これらを第三歩としてまとめました。 特に日本人は、この使い方を大切にしてきたようです。しかし、それゆえの弊害もあります。 よく「心にもないお世辞」などといいますが、実際、ほめ言葉とお世辞の境い目は限りなく曖昧です。 下心がなくても、相手がそう感じれば、お世辞になってしまいますし、反対に下心があっても相手が感じなければ、 ほめ言葉です。ですが、人を傷つけないための潤滑油は、必要だと思います。それよりもむしろ、ほめることに よる効果を期待することの方が、問題ではないかと思うのです。 たとえば、やる気を出すためにほめるなどと いうことも、見返りを求めているといえないでしょうか。ほめ言葉は、言葉の贈り物。義理で贈り物をすることは あっても、はじめから見返りを求めて贈り物をすることは、気持ちのいい行為ではありませんね。》 ☆ 第三歩 ー潤滑油となるほめ言葉 結構/重宝/面白い/珍しい/初めて/筆舌に尽くし難い/そこはか/微妙/雰囲気があるいい/気が利く/ 卒が無い/機知に富む/打てば響く/才覚がある/成る程/頼りになる/愛想がいい/いみじくも ▼ ほめ言葉は言葉の贈り物。贈り物には繊細の注意とタイミングと、綺麗な包装紙で包む必要がある。 まずは身近な家族から、ほめる訓練をしてみようか。家内が服装に迷ったとき、何時も私に選択を委ねる。 その時がチャンスである。(逆の場合は、無視されるが) そういえば、母親が子供の頃から常に褒めてくれていた。 ほめ言葉は、愛情の自然表現になる。ほめていれば自然と愛情が入る。逆に貶すことは、憎悪の念が入る。 ・・・・・・ 4201, 呪いの時代 ー16 2012年09月26日(水) * 「ほんとうの私」という幻想からの脱却 ー2 「呪いの時代」内田樹著 「ほんとうの私」という幻想、考えてみると実に奥行が深く面白い。ある種の人間、それも比較的軽い人間が陥り やすい心理トリック。その幻想に本人が気づかないから始末が悪い。会社が倒産したり定年の節目にハッとする。 「本来の自分はこんな会社にいるべき人間でなかった!自分の人生、失敗した」と。これが実は「ほんとうの私」と いう幻想のなせるワザに気づかない。 結婚相手の選定の失敗と思う夫婦の確率95パーセントと酷似している。 結婚も職業選択も振り返れば似ていることが分かる。それ以前に人生は幻想そのものだが。で、結婚相手と、 選定した職業を呪うのが必然となると、大方の人は人生を呪う宿命?になる。だから老人の顔は肉体の衰いと 病気が重なり暗くよどんでいる。しかし、このことを知っていれば、自分だけでないことで諦めがつくというもの。 誤解をして結婚、理解して離婚というが、その上、大部分が「誤解して結婚、我慢して老年!」になる。 幸せそうな夫婦と、幸せな夫婦は違う。 ありもしない「ほんとうの私」さがしが高じるとルーツを知りたくなる。 ルーツなどアフリカのサルぐらいを知っていれば充分。平家の落人だったか、源氏の末裔だろうが、それが何だと いうのだろう。その間に嫁の血が入っているため、血筋などあってないに等しい。頭の体操で、私にとっての 「ほんとうの私」とは何か考えてみた。そう、HP内に10年以上もかけ、いろいろアップしてきた、これ?。 で、どうした? どうでもない! ただ、それだけ。これは「ほんとうの私」というより、「正味の私」に近い、 この程度のもの。 その「正味の私」も、怪しげなもの。あとは文章と同じように、最後はひねりをいれ自嘲する しかない。「ほんとうの私」は、いつの間にか肥大化し、現在の「正味の私」を何とかフォローしようとする。 それが性格の歪みになり、その病的性格が、成熟を止め、無知で無能を正当化して呪いの塊になる。 そのため停滞の世では、国民全体に蓄積されるため自分より弱い者と、政府に攻撃することになる。だから首相は 一年も持たない。権力闘争で批判勢力は、「ほんとうの私」の「私」を「政治」に取り替える。 あるべき 「ほんとうの政治」を掲げれば、呪いの時代では、権力奪取に有効に働くからだ。それで民主党が政権奪取をしたが、 このザマ。そして、今度は「維新の党」である。しかし結果は火を見るより明らか。とはいえ、自公民の延長は困る。 そうなると連立で強権政府を時限立法で、大鉈をふるうしかない。要は、日本は思い切ったダウンサイズをして、 正味の日本になるしかないと割り切ることだ。原爆を持ち、アメリカと手を切り、自主憲法を作り直し、国民全体の 生活を数段落とし(消費時アップ)、地勢を生かした真の独立国家を建て替えるしかない。現実に、そうなる。 アメリカか中国の属国より、その方が余程よい。 この10年、いや20年は大荒れになる! ・・・・・・・ 3836, ツール(道具)について考えてみる ー3 2011年09月26日(月) どんな優秀なツールを持っていても、目的が定まらないと宝の持ち腐れになる。 現在はデジタルの時代。 情報の大部分はデジタルに置き換えられる。デジタルは限りなくコピーが可能。 完成時から、それらは無料の 方向に限りなく下がっていく。完成と同時に、それを叩き台とした次の革新が始まり、その連鎖は止まらない。 知的ツールも同じことで、止め処もなく優秀になっていく。それが一般に浸透すると知的底辺の底上げが生じる。 それが先端の能力を押し上げ、情報が核爆発的に拡大を始めている。その結果、どうなるかは北アフリカの独裁 国家の現象。知的ツールの集約されたモデルが現在のところiPhoeとiPadと、それに付随してくるアプリ(ソフト)。 また家電と電気自動車、そして住宅にも、その流れが更に進んでいる。 iPadを例にとれば、一枚のタブレットに、 あらゆる機能が組み込まれている。 本・雑誌、本棚、本屋、ゲームセンター、スポーツジムのインストラクター (ビデオ)、映画館、ファッション店、スーパー、レコード店など、あげればきりがない。重要なことは、一枚の タブレットに集約されたこと。音楽がiPodeに数千、数万曲が収まってしまって数年もしないうちに、本に雑誌も 同じ流れが生じてきた。本棚の数千、数万冊の雑誌、本がタブレットに収まるのである。レンタル本まで出ている。 (ある時期が過ぎると自動的に消える)iPad/iPhoneのアプリだけで、既に10万種もあり、現在も果てしなく 増え続けている。フリーの子供のゲームや、カーレースものをダウンロード、遊んでいるが、これが面白い。 数年前までゲーセンに行って遊んでいたものが、タブレットPCで遊ぶことができる。対戦相手が必要な場合、 ネット上から呼び出し遊ぶことができる。 私たちの年代からすればSFの世界に近い感がする。 ネット世界に入り込み、その住人になったら、現実世界の中で生きることに違和感が生じて当然。 一枚の ICチップに80億個以上のトランジスターが入ったものが出ているという。トランジスターは私が十歳代前半 の頃に普及を始めた。父が仕入れの出張先で買ってきたトランジスター・ラジオを見て驚いたことを覚えている。 あれから50数年といえば、この時代では大昔になるが、トランジスターが80億もICに入っているなら、 iPhoneに数千、数万の曲が入るのも納得する。デジタル化とネットが情報機器のカタチになって、世界を根底から 変えている。 それを利用しない手はないことは言うまでもない。 が、それら全てを放棄し、畑仕事や釣に没頭 する生き方こそ求められる時代でもある。 ツールに振り回されるより一歩、二歩、それから離れることも必要。 ツールはツールである。午前、午後に分けるとか、週末は釣と畑仕事、平日はツールで遊ぶとか。 逆に中途半端か。こんなに面白いもの、私は使う方をとる。 ・・・・・・・ 3471, 久々のジョーク -9 2010年09月26日(日) * 呼び方 * 男女の差 * 動物愛護 * 祈り * 離婚の理由 ( 以下、字数の関係でカット2012年9月26日 ) ・・・ 2731, 恐慌前夜 −2 2008年09月26日(金) 「恐慌前夜」副島 隆彦 (著) ー読書日記 *焦げついた住宅公社債《530兆円》その内訳 P−34 ことの始まりは、7月に入って米大手証券のリーマン・ブラザーズが「GSE社)は、会計基準が厳格化 されれば750憶ドル(8兆円)の増資が必要だ」と記したレポートを発表したからだ。このリーマン自身の破綻の日も近い。 人(他人)のことを分析している暇はない。 7月10日にウィリアム・プール前セントルイス連銀総裁が「GSEはすでに 実質超過(破綻している)である。 {字数の関係で一部カット(2009年9月26日)} *シティー、メリルリンチ、さらにモルガンも消える P−178 アメリカでこれか30社ぐらいの大銀行、大証券会社、生命保険会社、侵害保険会社が潰れるだろう。 ヨーロッパでも20社ぐらいが今からまだまだ潰れていくだろう。 {字数の関係で一部カット(2009年9月26日)} ・・・・・・・・ 2007年09月26日(水) 2367, エーゲ 永遠回帰の海 −3 ー読書日記 今回のギリシャ旅行の目玉の一つのデルフィの神殿について、立花隆の「エーゲ 永遠回帰の海」の中に、 解りやすい記述があった。具体的で解りやすい興味を引かれる箇所である。ギリシャはギリシャ神話と、哲学ができた ところであり、その原点がデルフィでもある。最近、哲学がますます面白くなってきたことも、このギリシャ旅行への 動機になった。 世界は深いし、人生ではその一端しか触れることしかできない。少しでも多く触れて、世界を知る ことが人生である。実際のところ、その場に行ってこそ、その一端が見えてくる。ツアーとはいえ世界の光の場に 多く立てたのは大きな心の財産になっている。プラトンの「饗宴」でも読もうか。 ーP・166よりー (以下、字数の関係でカット2009年9月26日) ・・・・・・・・・・ 2006年09月26日(火) 2002, 具体的にみるWeb2・0社会とは −1 おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ 長岡商工会議所(9月24日13時半)でおこなわれた「グーグル Google」 の著者の佐々木俊尚氏の講演をまとめる。 テーマは「グーグルが拓く、『Web2・0』マーケティングセミナー」である。著書の説明程度だろうと期待して いなかったが、一時間半で最近のネット社会の現状を面白くまとめた内容であった。 {字数の関係で一部カット(2007年9月26日) \(^▽^*)バイ!
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