堀井On-Line



4902,閑話小題 ーロボットエアコン

2014年08月16日(土)

   * つれづれに 〜ロボットエアコン?
先日、25年以上使っていたエアコンの取替え工事。そこで驚いたのが、エアコン機能。 
人認識をして、そこだけに冷暖房の風を放射する機能は売り場で聞いていたが、設置作業の人の
説明で、「認知した人の周囲を感知して丁度良く調整した温度の風を放射する」という。
説明書には「温度カメラと画像カメラが二台あって、まず人を認知し、温度カメラが人の周囲の
温度を認知して送風」とあった。
 扇風機を見ながら「これに冷房機能をつければ良いのに」と思っていたが、逆にエアコンに
調整した温度の冷房の扇風機能を付ける着想である。これでは電気料金が激減する。 
部屋全体を冷やす今までの常識を放棄?部分放射の結果として部屋を冷たくする方式。
更にメンテの掃除機能と除湿機能も付いていて、何か面白い一種のロボットエアコンのようなもの。 
電化製品の進化は止まらない。 このところ、電気製品や車が寿命時期にきて、入替えるたびに、
家内が「私の預金はジリ減!」と悲鳴?で、八つ当たり? 
毎日、チャリで信濃川の新鮮な空気を吸い、週一のシネマでストレス解消。
唯一の慰みは懐いたインコの呼びかけ?「男はつらいよ」の日々。 ほぼ、これで大きいのは
無くなったが・・ いや、あとは屋上の床のビニールの交換が控えている。 大きな屋敷は、
22年間、乗っていたソアラのようで、メンテとランニングの経費が、重くかかってくる。  
居心地は確かに良いが!
  * 高校野球も、サッカーのワールドカップも、面白くなった
 森の生活(現役)から、ご隠居の生活に入って、こういう高校野球や、サッカーのワールドカップ
などのイベントが、以前よい面白く感じるようになってきた。視線がピュアーになったこともある。
現役の時には、常に万一の事態に対して緊張していたが、今では、まったく解放された日々。
プラスとマイナスの両面があるが、これはこれで毎日が面白い! 
ところで、高校野球は長年、西高東低だったが、今年は、今のところ東高西低である。
特に弱者だった北陸甲信越は全勝!山形まで含めた裏日本側も強い。あくまで、ここまでだが!
・・・・・
4535, 閑話小題 ーつまらん男 ー2
2013年08月16日(金)
 * つまらん男とは、どういう人か哲学してみようか!
  そこで、その「つまらん男」とは、どういう人か、少し考えみる。
 頭に浮かんだ‘あの人たち’(我が内なる)の顔を思い出して羅列すると・・・
・親など身近な人や地域社会から与えられた価値観を疑いもせず、ただひたすら追求している人。
・挫折をした経験が少なく、小さなお山の大将で、その世界の価値観に合わないヨソ者を
 目の敵にする人。
・夢や目標を持つことなく、ただ現実に溺れ、埋没した人生しか生きてない人。
・傷つくことを極端に恐れ、それ故に何事も決心できず、その憂さを他人の批難で晴らすしかない人。
・烏合の衆で、群れることしかしらず、孤独、孤立を恐れ、仲間の顔色をうかがうしかない人。
 群れた思考ゼロの老人・中年・青年、サラリーマン・・ で、群れは何人以上か?の答えに
 5人以上があるが、 「一匹狼以外、すべて群れだよ」というのもある。これからフット思いついた
 のが「自分以外、すべて、つまらない男よ!」 これ、言い得て妙。 
・それでは、「つまらなくない人はいるのか?」というと、幾らでもいる。自分が、つまらない男と
 少しでも思ったら、少しは「つまらなくない男」。
何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が定年退職時の同級会の二次会の対話。
《「堀井よ、悩みを聞いてくれ!俺には俺の人生が無かった。両親とも教師で、当たり前のように
 教員になった。 現在、両親とも90歳近くでカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視
されているようで自立できない。私自身の人生は無かったのでは? あるのは二人への憎しみ。
この苦しみは並大抵でない・・》
 初老性鬱症の典型事例。赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて疑わない
「あの方たち」こそ、 「つまらない人」。自分の姿が見えてないため。欝になるには、それなりの
多くの原因がある。先生にとって両親は、哲学でいう「影」。人生には、それぞれの現象、節目がある。
それは、多面体であり、 光の当て方で、白にも黒にも、黄金にも変わりうる。
中学の担任は、その光のあて方で初老性鬱症もあって、 影(両親)の価値の刷り込みされた
自分に気づいたのである。二人の牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを
持つべきであった。そのことに気づく教養が足りなかった? それでも、気づいただけでも、
 良かったことになる。少くとも「あれらより」。先生の両親への憎しみは、ポンティーと、その師の
フッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題になる。 自分の人生の節目での選択、
それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。避けて通っていたのである。
ある意味、万人が抱えている深刻な根源的悩みである。 それすら分からず紋付袴の紋章を
競っている、あの方々こそが、「つまらない人」。その意味、老舗を潰した男は、それに気づいて
感謝をしたのである。「つまらなくない男」に脱皮したから、人生の完成になった。 
 もう一人の男というより、私は、これで半人前?になれたのである。あれらって自分のこと? 
大丈夫、9割以上が、つまらない人だから!しかし自分を真当と思っていたら、間違いなく「あれら」。
 誰かのように、「つまらない男」で何処が悪い!と開き直るのも、一つの手。いや、それしかないか!
・・・・・・
4160, ペルシャ湾危機 ー2
2012年08月16日(木)
   * 鍵はシリア!      (第三次「油断!」イラン危機ー文芸春秋4月号ー参照)
 現在、シリアでの内戦が激化しており、アサド政権の崩壊も視野に入ってきた。
もし早めにアサドが崩壊すれば、イランもこれまでの強気な政策を変えざるを得ない。
首都・ダマスカス中心部で一月ほど前に爆弾テロがあった。国防相や、国防副大臣を務める
アサド大統領の義理の兄が死亡、他の閣僚もケガをした。 イスラエルを先頭に欧米各国は、
まずはアサド政権の崩壊に全力を向けているが、イランへの制裁効果をみて9〜11月辺りに
核施設攻撃の判断をする可能性がある。しかしイランが裏交渉で引き下がることも考えられる。
もし、何事もなければイランが核開発の全面的撤退を飲んだとみてよい。
その前に、少くともシリアがイランに援助を与える余裕がなくなるまで内戦を激化させている。
その前にアサド暗殺か軍部の寝返りが起きるのか。しかし、イランはイスラエルに届く数百の
ミサイルを持っており、その他にレバノンのヒスボラが5万発のロケットと、ガザ地区のハマスを使い
イスラエル攻撃も可能で、世界同時テロもある。それを踏まえてもイスラエルは攻撃を仕掛ける
しかない。それほどイランの原爆保持は重大問題。イラン・イスラエル戦争ともなれば、世界情勢は
一挙に緊迫する。イランも原油生産国の資金で軍事力は豊富。ただならぬ戦争になるが、
それでも世界相手では3ヶ月が限界。アメリカも積年の恨みがある。もし戦争になり、ホルムズ
海峡が閉鎖ともなれば世界恐慌の起爆の危険性もある。いずれにしても、ユーロ圏の金融危機と、
中東は一段と緊迫した事態になる。国内政治も解散が目前に控えていて、政治的混迷が起きてくる。
今度の起爆は乾いた藁が世界中に積み上がっているため一瞬で燃え上がる可能性大。
シリア、トルコ、イラン、イスラエルの一連の動きから、目が離せない領域に入ったと見るべきである。
だから、国内では解散と総選挙を急いでいる。保守連立内閣の体制を早急につくらなければならない。
年内は何でもありの歴史的スペクタルショーが始まる。アメリカ大統領選、盛り上がりがないのも当然。
 ・・・・・・・
3795, 哲学人 ー�
2011年08月16日(火)
          『哲学人』 ブライアン・マギー著 ー読書日記
ー 第一章 子供のころの記憶  〜時間に始まりと、終わりはあったのだろうか?〜 �
 私が5歳、9歳の時など、ものごとを深く考えることはなかった。10歳頃に親戚の葬式で、故人が焼却場で
骨になったのを目の当たりにしたときに「、何故、人は生きている間に好き放題に生きないのだろうか?」と思った。
死を目前にすると年齢に関係なく、人生を鳥瞰する視線が顔をだす。子供の頃から時間の始まりと終わりを突き詰め
考えていたマギーの頭脳には驚かされる。
【 時間に始まりはあったのだろうか? 終わりはあるのだろうか? 9〜12歳くらいまでの2~3年の間、
 私は時間をめぐる謎の虜だった。夜の闇のなか、ペッドに横たわったまま、よくこんなことを思ったものだ。
きのうという日に前の日があるし、その前日、そのまた前日と、覚えているかぎり日にちをさかのぼつていく
ことができる。でも私が覚えている最初の日にも、やっぱり前日はあったはず。自分の誕生日にも前日はあったに
ちがいない。そして、その前日の前の日も。・・・ どこまでも、どこまでも・・ いや、そうだろうか? 
 この、どこまでもどこまでも溯っていくということが、私にはうまく飲みこめなかった。そんなことは不可能に
思えたのであった。たぶん、きっとどこかに始まりはあったはずだ。でも、始まりがあったとすると、その前は
どんな状態だったのだろう? もちろん、何もなかった(まったくの無だった)のは明らかなわけで、そうでなければ
始まりなどありえない。けれども、もし何もなかったのだとすると、どうして何かがはじまることがでできたのか? 
その何かはどこから生じたというのか? 時間がひょっこりと( なんとも不思議なことに! )
 無から現れ、ひとりでに動きはじめたわけがない。無は無であって、何かではないのだから。とすると、始まり
ということ自体が思いも寄らないことであり、始まりがあるということもやはり不可能であるように思える。
こうして結局、時間に始まりがあったとは考えられず、始まりがなかったとも考えられないということになって
しまった。きっと何かを見落としているにちがいない、私はそう考えてみた。選択肢はこのふたつしかないのたから、
どちらかが正しいはずだ。 ふたつとも不可能ということはありえない。そこで私は、まず一方を集中的に検討して
から他方に移り、集中力が尽きたら、またもとに戻るという作業をつづけて、どこで間違ったのか突さ止めようとした。
 けれども、なんの手がかりもつかめなかった。私はこの問題に取りつかれベッドのなかだけでなく、しだいに日中も
考えこむようになった。初めのうちはカになってくれそうな大人たちに相談もしてみたが、彼らの反応に私の混乱は
かえって増すばかりだった。自分にはわからないと認めたかと言うと、そんな疑間を話題にしてもおもしろくない
といわんばかりに別のことを話しだけでなく、あからさまに見下し、「おやおや、そんなことに気をまわして時間を
無駄にしないほうがいいよ」とせせら笑うかのどちらかだった、私にはわけがわからなかった。】
▼ 神様が、ここで早めに現役からの退去(倒産)を命じたのは何故だろうか?と考えると、
 「ここで、娑婆気から一たん大きく離れ、哲学書にしろ、トルストイなどの古典的小説を腹を据えて読みなさい。
そして、自分の過去を振り返り、そして、現在の己を見つめなおし、人生の総括をすべし」という事だろう。
そのために、やはり哲学書を?み締める必要がある! その点、「自己を見つめる 」渡邊二郎 (著) を、
その直後、選択をし、その時の事象を噛み締めながら読んだことは正解であった。そして次は、この書である。
それと、この随想日記の過去分を再思考すること。
 ・・・・・・
3430, 我が家に新しいテレビが
2010年08月16日(月)
* 運送会社のサービス化とは
  ーまずは、商品搬入で垣間見た「運送会社のサービス」の話しからー
「運送会社でも、ただ運ぶだけでなくサービスを付加したところが、不況の中で検討している」という話しは
度々聞いていた。具体的には何かと考えてなかったが、一昨日の新しいTVの納品を見ていて、「これが運送会社の
サービスではないか?」と、感じ、「運送会社の設置サービスですか?」と聞くと、「そうです!」という。
チームで幾つかの搬入現場を同時に動いているのが分かった。少し分からないことがあると携帯電話で現場同士が
頻繁に連絡しあっている。 設置終了まで、予測どおり2時間半を要した。その間、延べ6人が出入りしていたが、
激務のようで全員が目が釣りあがっていた。色いろなメーカーの電器商品を納入を家庭にするから、大変な仕事である。 
それに対する知識がないとやれないが、それらをチームで携帯電話のやりとりでフォローしていた。
8年前のテレビの購入時は、運送業者関係者ではなかったようだ?。そうすると家具店も同じようなものか。
スーパーの宅配も始ったが、これも運送業者の受け持ちか。 これらは運送サービスの典型的事例。運送といえば、
宅配便と、引越しセンターが、運送のサービス化としての市場を形成している。それが直接に消費者に対する
サービスの付加なら、家電や家具店などの業者の配送部分の委託である。物流の一場面だから、当然、納品サービス
(家電の家庭内のセットなど)付配送も、当然あっておかしくない。しかし店サイドとの軋轢が、電話のやり取りから
手に取るように分かった。これからは農家や漁業関係の産直がネット販売の出てきている。 ヤマト運輸の宅配便は、
サービス化で先行しているので、潜在需要を作るに有利。ネット社会では運送業者のキメ細かいサービスが求められる。
これまでの旧来の運送業務だけでは、生存競争が激しい時代には生き残れないのが現実。 時代の変化に合わせて
企業も変化し続けていかなければならない事例。 それにしても、生々しい世界を垣間見てしまった。
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3055, 功利主義者の読書術
2009年08月16日(日)
 「功利主義者の読書術 」佐藤 優 (著)  ー読書日記
 佐藤優の読書術本なら、買わないわけにはいかない。
ビジネス書、世界文学の名作、哲学書、宗教書まで「役に立てる」という観点から本を紹介しているが、
この人の本は決して期待を裏切らないからよい。 私にとって「如何いう本を読むべきか」という先生役が、
立花隆から佐藤優に重心が移動したといってよい本でもある。 この本の中に私も過って読んだ本も何冊かある
 ー高橋和己著『邪宗門』 副島隆彦著『恐慌前夜』ソルジェニーツィン著『イワン・デニーソヴィッチの一日』
池田晶子著『死と生きる』ーなど、佐藤の解説を読むと己の浅さを思い知らされる。
それが、ここでいう自分の立ち位置を知るということ。  ここで著者は、
「実用書やビジネス書は、初めから役に立つようにつくってある。そこで功利主義的な考えからいえば解説をしても、
読者にとって追加的利益は殆どない。そういう観点から『新約聖書』や『資本論』『カラマーゾフの兄弟』のような
古典が、21世紀の現下日本と世界を読み解くのに、いかに役立つかをを、あえて取り上げている。更に、
実用主義は何か軽佻浮薄に見えるかもしれないが、そうではない。目に見えるものだけが現実と考える傾向が強いが。
(字数制限のためカット 2012年8月16日)
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2690, 若者が危ない!
 2008年08月16日(土)
希望格差社会 −1
           ー希望格差社会ー山田昌弘著・筑摩書房
著者は「若者が危ない」という。そして「若者が社会的弱者になりつつある」
「やがてこの弱者たちが社会に危険をもたらすであろう」と。統計をみると、
・親と同居している未婚成人(その過半がいわゆる「パラサイト・シングル」)は1200万人。
・離婚数は年間29万組(結婚75万に対する数値だから結婚したカップルの40%が離婚)
・結婚75万のうち、「できちゃった婚」(婚姻届提出後10ヶ月以内に出産)は15万。
・フリーター(未婚若年アルバイト雇用者)は200万人。失業中、未婚派遣社員を入れると
 未婚若年不安定雇用者数は400万。
・「引きこもり」については正確な数値がないが、推定50万人。
・義務教育期の不登校は13万。
・児童虐待は児童相談所が把握しているだけで年間2万件。
・「将来、自分の生活がよくなる」と考えている若者(25−34歳)は15%。
・中学生の70%が「将来、日本は今以上豊かにならない」と考えている。
どうして、こうなったか? 著者は、その理由を「リスク社会」の出現という。
 ー「リスク社会」とは何か、
「リスクをとることを強制される社会」、「選択を強制される社会」のことである。
「自分のことに対しては、自分が決定する。  (字数制限のためカット 2010年8月16日)
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 2007年08月16日(木)
2326, 被災地・柏崎の現在の事情          才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
今日で「柏崎沖地震」から丁度一月になる。昨日、家内の実家の墓参りに柏崎に行ってきたが、中心地ほど
倒壊している家が目立った。ダウンタウンの本町辺りの商店街の通りを中心として倒壊した民家と商店が生々しく
現れてきた。そして(住んではいけない)赤紙と、(住居注意の)青紙が半数以上の家に張られていた。
地方局のアナウンサーのTVのクルーが撮影している姿が更にリアルさを増していた。家内の実家の近所は
特に酷い状態であった。家内の両親(故人)の住んでいた住宅は傾き隣の倉庫の壁を突き破っていた。
特に内部は目茶目茶という。そこは無人だったので人災は無かったが。義弟の話によると「始めの揺れで立って
いられず腰を落とした瞬間、次の揺れで身体が横に吹っ飛んでしまった」という。車で商店街を通っていると、
自衛隊とパトカーが次々とすれ違い、次々と倒壊の家をみるにつけ、映画のロケ地にいるようで現実感がなかった。
義弟に「この地震は、即死するかもしれない事態だった!」といっても、キョトンとしていた。
そんなことを考えている余裕が無いのだろう。「柏崎刈羽原発の再開は無い!と思いませんか?
そうなれば柏崎経済は壊滅的になるので、目先の復興景気を勘違いしないように!」と忠告したが、
私が感じた角栄への怒りなど、ほど遠い話のようだ。一月経ったためか、道路等思ったより傷んではいなかったが、
やはり東電の原発の爆発まで至らなかったことが救いであった。以上が私の柏崎市の現状レポートでした。


4901,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー48

2014年08月15日(金)

  * 反省なら猿でもできる! ーご覧のとおり、そのまま結構
 最期は倒産というカタチの整理で終わったが、これも因果応報と諦めもついている。 結婚以来、実家からの慣わしで、家内に給料を与え、健康保険と厚生年金をかけるのは当然と考えて実行をしてきた。家内は家内で、実家の会社名義の株式を家内
名義に分与されていたのを清算。それに預金を加えると、この事態でも何とか路頭に
迷うこともなく、生活をしている。また家内の両親も、私の両親も、実生活は
質素であったことが、そのまま私たちにも引継がれ? 結果として、破滅から逃れる
ことが出来ている。 第三者からみたら、10億の借財を残して倒産したのに、このままの状態でいるのが疑問のはず。 
世の中、甘くないのに。そこで計画倒産になる。 創業時の計画から、
長期スパンのリスクを織り込んだ創業設計が可能。 三条や燕の土地柄は、倒産には
慣れていて驚か少ない。平気で倒れ、何時の間に再起するケースを多い、とか。
元もと、リスク分散のポートフォーリオのノウハウが染み付いている。 私の場合、家内へのリスク分散と、家族を社内に入れない原則を守っていた。 
そのことが結果として、守ってくれていた。末期に近づくにつれ、必ず銀行は、
まずは連れ合いの連帯保証を求めてくる。 振り返ってみて、「もし、あの時の
判断を実行していたら破滅をしていたはず!」というケースが、幾つかあった。
 逆に「何で、馬鹿の決断をしてしまったのか?」も、数限りある。その結果の
一つでもあるが。 「ご覧のとおり、そのまま結構!」と、まず自分で認めること。 そうすると、見えなかった要因が、浮び上がってくる。 
・箱物などの長期投資は、有り余る資金が無い限り、すべきでないこと。
・やるなら早々に転売をすること。
・時代の潮目を読み、果敢に決断すること。
・世の中の99%は、目先の現象しか見えてない。現象の大もとを見る目を養うこと。
そのために、長期、中期、短期の目を持つこと。「10.10.10の原則」=10年、10ヶ月、
10日先の3つのスパンで考える視点を持つこと。その何れも甘かったため、この結果に
終わった自分が浮き彫りなってくる。 反省ならサルでも出来るのだが・・

・・・・・・
4534, 今日、我が家に新しいテレビが ー2
2013年08月15日(木)
 現在のスマートTVの先がけの東芝の多機能TVについて、三年前の14日にテーマとして
取り上げていた。あれから居間はこれを、寝室で普通の薄型TVを見ているため、その差が歴然と
見えてくる。三年使った実感として、ドラマとか野球をジックリ見る場合、寝室の方がTV環境に良い。
しかし寝室の液晶TVには録画機能が無いことと、W0WOWが見れないこともあり、不満が残る。
19〜24時までの地上波=5時間×6日分の中には必ず面白い内容がある。
当初は、この機能は不必要と思っていたが、使い出すと、これが一番有効。ゴールデンの
一週間分が自動録画され、一週間後には当初分から自動的に消されていく。
その中から番組表から選んでみることが出来る価値に気づくのに、一月もかからなかった。
ツールが、生活の面白さを決めてしまう一例である。電動駆動の自転車、iPad、シネマ館、
スポーツジムと同じ。この2〜4年で、これらのシステム導入で生活パターンが全く変り、
段違いに面白い日々。 まず、三年前の ー3428, 今日、我が家に新しいテレビが
ー2010年08月14日(土)ー の一部をコピーする。
《 八年近く使ったテレビを、「地デジの切り替え時期」と「エコポイント」もあって、思い切って
買い替えた。 そのため今年に入って、どれを買おうか、何時買うか、をゲーム感覚で、家電店と
ネットサイトで集中した。 昨年からバックライトのLed方式のTVが、家電売り場で目立っており、
買うならこれと決めていた。ところが、この春のエコポイントの終了間近か辺りから3Dテレビが
急に脚光を浴びてきた。
既存のTVを売り切った後に、これである(略)》
▼ 現在、慣れてしまうと、これが当たり前になっている。 パソコンでYoutubeをみているが、
 家内は居間にパソコンがあるが、それをTV映像で見ると格段と面白いとか。 TVもバカ製造の
側面が大きいが、割り切ってしまえば、これほど面白く、便利なシステムはない。パソコンと
ネット機能が、タブレットとスマートフォンに繰り込まれた現在、次は居間のTV。
まあ、暇人?には、特に面白い時代になっている。居間、書斎、寝室の小さな内周世界と、
スポーツジム、信濃川一周、図書館、シネマと、週3度のランチ、平均して月一度の飲み会と、
年一度?の旅行が、外周世界。 これが残された私の人生の世界。 このように己を冷笑して
みると、これまた面白い。あとは人と比較しないこと。 好きなことをしてきた強みが、これ。
・・・・・・
4159, ペルシャ湾危機
2012年08月15日(水)
 * 既に水面下で戦争は始まっている! (第三次「油断!」イラン危機ー文芸春秋4月号ー参照)
 オリンピックが終わると、次は中東危機とEUのメルトダウン危機が始まる。EUのメルトダウンは前に
取り上げたので、ペルシャ湾危機について考えてみる。「ホルムズ海峡閉鎖はアメリカにとっては
軍事問題だが、日本にとっては死活問題」と、いわれる。アメリカなどは安全保障上の理由から
中東原油を減らしてアフリカやロシアから輸入を増やしているし、欧州は北海ブレンド原油があり、
中国も国内産原油がある。しかし日本は中東から90%、ホルムズを通過する原油が85%もある。
もしイランによる閉鎖で原油を止められたら深刻な影響を受けるのは日本である。
原油備蓄が半年分あるとしても、閉鎖をされると原油価格が50%は軽く高騰するといわれる。
現在、毎日のようにシリアの内乱のニュースが流れているが、アサド政権が倒れると、イランに
とっても大打撃になる。反政府勢力にはイスラエルの援助があるとみられ、イランとイスラエルの
代理戦争でもある。もしイランが核開発を進め、核爆弾を持てば、サウジなどの湾岸諸国も対抗上、
核抑止力として核とミサイルを購入するという。それらを考えるとイスラエルが、このまま見逃す
ことは考えにくい。イスラエルがイランの核開発を阻止するのは、イランの神権政治が
イデオロギー的にイスラエルの存在を否定しているため。最高指導者ハメニイや現大統領が
頻繁にイスラエルを崩壊させると言っているからだ。とにかくイスラエルの領土は小さい。
そこに原発を一発、打ち込めば、それだけで大打撃になる。 世界的金融危機、中東危機の、
いずれにしても、際どい状況が表立ってくると見たほうがよい。昨年11月、イラン革命防衛
隊基地で大爆発がおきて、基地は完全に消滅し、ミサイル開発責任者ら30人が暗殺された。
また、この数年来、核科学者が暗殺されている。これに対しイランも、今年一月にバンコクの
イスラエル大使館爆破未遂事件があった。昨年10月にアメリカでサウジアラビア大使を
暗殺しようとした事件もあった。 最近では、シリアで国防大臣などが会議で集まったところに
テロがあり、国防大臣をはじめ要人が暗殺された。一連の暗殺事件や未遂事件を見ると、
水面下では戦争突入状態が分かる。 日本はあいも変わらない政治的混迷が続いており、
中国、韓国、ロシアなどに足元をみられ領土問題で攻勢にあっている。 国家的大危機にあるに
かかわらず、いまだ微温湯的体質が、そのまま残っている。
しかし現実は、ますます混迷に向かっている。直近の年内だけ考えても、非常に危険である。
 ・・・・・・・
3794, 哲学人 ー�
2011年08月15日(月)
           『哲学人』 ブライアン・マギー著 ー読書日記
 この哲学書が私の前に大きく立ちはだかっている。10年前に読んだブライアン・マギー著
「知の歴史ービジュアル 哲学入門」は、マーカーで真っ赤になっている。一度読み終わった後に
トイレに5年以上は置いて、ことあるごとに読み返していた。大型本で半分は絵と図が書かれており、
重要な部分は大文字で書かれていて、難しい内容に対し、ページを開く抵抗感を最小にしてある本である。 
数年前に、たまたま借りてきた本が、マギーの「哲学人」だった。今度は、そう簡単に読み進むことが
出来なかったが、一年ほど前に読みおえたが、実際は、あまり噛み砕いてなかった。350ページの分厚い、
上下の二巻である。しかし、哲学評論家という立場で自分の哲学遍歴方式で書かれているので、何とか最後まで
読み終えることができた。ここで、棒線をひいた部分を中心に書き写したり、コピーしたり、デジタル化して、
私の小さなデジタル・バンクに入れるため、まず上下24章のうち、6章の要所を挑戦したい。
著者のレベルの哲学書を読み解くに、以前に彼の「知の歴史」を何年かけて読んだため、続けそうな気がする。
  ーまずは、この本の上巻表紙の背裏に書いてある抜粋の部分からー
《 眠りに落ちる瞬間がわからないのはなぜ? 少年時代の疑問に大人は答えてくれなかったが、それこそが
 哲学だった。「オックスフォード哲学」全盛期の学生時代。言語の明晰化に終始し、哲学を「思考についての思考」
とする潮流は、現実世界の理解を深めたいと考えていた著者に何も与えてくれなかった。 知覚論、経験論、論理学、
科学哲学… 多くの思想を吸収しながら、ついにカント哲学に出会ったとき、著者はみずからの方向性を確信する。
 学外での人生を選択し、政治哲学の実践である国会議員と、哲学番組の企画制作の仕事を両立、第一線の哲学者と
 交流を深めながら、自身の疑問に答えるため哲学を探究していく。》
▼ この本を読んでいて、自分の子供の頃とは次元の違う世界にいて、哲学的に考えていた著者に驚愕をした。
 知的風土の違いは子供に、そのまま現れ出てくる。ところで以前にも少し書いたことがあるが、私には眠る瞬間が
分かったことがある。「スゥ〜」と意識が失われる瞬間が分かったのだ。だから、私には、どんな偉い哲学者が、
それを意識出来る訳がない、と論じても、 私には、それが間違いと断言できる。プッツ〜という感覚で、
管が細くなっていく先に落ちていく、という感じである。
 ・・・・・・・
3429, 電子書籍の衝撃
2010年08月15日(日)
   「電子書籍の衝撃」 佐々木 俊尚著
「iPad 対 キンドル」と、合わせて読むに丁度よい内容、その詳細というところ。
書籍が電子化されていく世界が、「本を読む」「本を買う」「本を書く」という行為に、
どのような影響をもたらし、どのような新しい世界を作り出すのか? を、探り出す内容。
  まずー著者後書きよりー
【 私は年に数百冊も本を購入し、たぶん百冊以上はちゃんと読んでいる活字中毒者です。そして同時に、年に
四~五冊も本を出している書き手のひとりでもあります。その意味でキンドルやiPadのような電子ブックリーダーが
出てくることによって、本の世界がどう変わっていくのかは自分にとっても切実な問題としてとらえています。
本文中で何度も書いていますが、間違えてはならないのは、「電子ブックの出現は、出版文化の破壊ではない」
ということです。何千年も同じような活字形式で人々に愛されてきた本は、そう簡単には崩壊はしません。
そこがたかだか数百年の歴史しかない新聞や、あるいは登場してから数十年しか経っていないテレビとは違うところ。
でも活版印刷が十五世紀に発明されて本の流通と読まれ方が劇的に変わったように、電子ブックも本の流通と
読まれ方を大きく変えるでしょう 】
 電子書籍の拡大によりコンテンツ自体が著者や発行年にかかわりなく平準化し、
よりセルフパブリッシングが拡大する。音楽の世界がデジタル化で起こったことが、ほぼ同じように
書籍の世界でも起こるのである。その結果、既存の出版モデルは立ちいかなくなるということだ。
・キンドル、iPadというタブレット式パソコンが一躍脚光を浴びてきた
・そこには優れたプラットフォームがあり、
・電子書籍化でセルフパブリッシングが可能になり、フラット化する
・さらにツイッターなどのコミュニティなどでコンテクスト消費的な動きになる。
本屋もCD・レコード店、出版社、音楽出版社もiTunesやアマゾンの淘汰されていく運命にあるということ。
kindle・iPadが、iPhone・iPodと同じように、それぞれの世界を淘汰していくプロセスを踏んでいくのである。
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3054,渡辺淳一の不良講座
 2009年08月15日(土)
 渡辺淳一著『反常識講座』 
 ー第六章 軽率になって恋をしよう
渡辺淳一の恋愛感が面白い。この本の三分の一近くが、その内容である。恋愛感とテクニックは、著名な作家は品位を
疑われる?とかで正面きって書こうとしない。恐ろしい女評論家が「女性蔑視!」と攻撃されかねないこともある。
渡辺淳一は、それが売りだから攻撃する方も腰がひけるのだろう。
 ー彼の云わんとすることはー
・ 男と女は体の構造が違う。 真面目くさらないで、どんどん女性に声をかけろ。
 そのためには、心など込めないで気楽に褒めまくれ。 それも一人の女性に的を絞らないで、二人、三人を
 同時に追いかけろ。一人を追いかけるより、その方が同時に上手くいく確率が遥かに高い。
(字数制限のためカット 2012年8月15日)
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2689, 他山の石のことながら
 2008年08月15日(金)
 ー大手ファミレス・チェーンが大きく揺れ動きだした
他山の石のことながら、「ファミレス」が石油高と不景気の直撃を受けているだろうと思っていたが、
 案の定「外食産業の不振」の記事が毎日新聞に載っていた。(8月13日経済蘭)
ファミレスのトップの「すかいらーく」の創業社長が97?の株式を握る投資会社二社による解任である。
 07年12月期に二年連続赤字で、130億の赤字というから大変なことだ。
(字数制限のためカット 2010年8月15日)
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2007年08月15日(水)
 2325, ベナレス −1          ー読書日記ー
図書館から何げなく借りてきた本だが、一時間もしないうちに読んでしまった。
写真が半分以上だったこともあるが、死の世界が剥き出しになっている。
この本はTVの放送内容を本にしたもので、TVの映像を切り取った写真と文章を中心に構成されている。
実は数年前に、この番組をみていたのである。本を読み終わってから思い出したのだから自分でも呆れてしまった。
早く読めたのも、その下地があったからである。
ー著書もTVも、「NHKスペシャル アジア古都物語」―ベナレス 生と死の聖地 ーである。
  <その内容の一部を抜粋してみる>
インド各地から遺体が運ばれてくるガンジス河中流域、ヒンドゥーの聖都ベナレスのレポートである。
その中で、ガンジス川で沐浴をする誰もが言う。「ベナレスで荼毘に付されれば必ず天界に行ける…」と。
全国から車やトラクターで運ばれてきた遺体は、路地を抜けるために屋根から降ろされ、人びとの手によって
担がれ火葬場へと向かう。「ラーム・ナーム・サティヤ・へー、ラーム・ナーム・サティヤ・ヘー」
(神様だけが真実である、神様だけが真実である…)担ぎ手たちはこの言葉を繰り返し口にする。 
こうして冥福を祈られながら、やがて遺体はマニカルニカー・ガートと呼ばれる火葬場に到着する。
聖地ベナレスで最も聖なる場所の一つであるマニカルニカー・ガートはガンジス河をのぞみ、街の中心部に位置する。
その歴史は数千年におよぶと伝えられている。  (字数の関係で中間カット 09年08月15日)


4900,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー47

2014年08月14日(木)

   * マイホーム購入ローンの落し穴からから見えたホテル倒産原因!
 3千万円の住宅で、純資産(自己資本)5百万の場合、2千5百万が銀行ローンになる。
バランスシートの右側の資金欄からみると、契約をした瞬間、自己資本の5百万が消滅する
現実を殆どの人は自覚してない。住宅メーカーの利益分の上乗せてあるのが消えるだけで、
元もと、その価値でしかない。 その程度ならマシで、もっと損をしているケースが殆どと見てよい。
要は、買った瞬間に、新規住宅は‘中古住宅’になり、市場的には当然、3〜5割引になって
当然である。22年間のっていた、ソアラが、そうである。中古車フェアの目玉で、入口近くに
展示していたのを衝動買いをしたが、二千キロ乗っていたが、親とのトラブルで返品されたもの。
値段は三分の二以下。  その上に、デフレなら、年々の値下がり額がローンの支払い額を大きく
上回る。バブル崩壊時期に、それが日本中に多くの悲劇をもたらした。資産の急激な減少に対し、
返済の負債の減少額が追いつかず、資産バランスが崩れてしまい、資産のすべてを売っても
借金を返せない事態になる。 
 私の事業の最期では、ホテル債権資産売却後の残債が20%も残ってしまった。
30億の投資が、僅か4億円の売却額である。その間に、20億の返済は済んでいたのに、である。 
元もと、その中の6億がゼネコン・シンジケートの撥ねられ、あとは、金利と、実態とかけ離れた
税制の矛盾などもある。 最期の年度前まで、全ての年度が営業黒字で、この結果である。
更に激しい資産デフレとくれば・・ これからしても、10年〜15年目での事業転売こそが、
正しかったことになる。
 住宅ローンに話が戻るが、「30年近くローンを払い続けて、完済。定年になって残るのは、
上物は査定ゼロのボロ家(廃棄だけで200万は掛かる)と、土地。 
そこで、「私の人生は何だった?」と、唖然とする。「だったら、新しい貸家を渡り歩いた方が、
遥かに良かった」という思いになる。これが比較的恵まれていた中産階級としたら、大不況に
なるのは当然。これがデフレの恐ろしさ! 住宅メーカーは、『家賃分の支払いを、そのまま、
住宅ローンに転用すれば』の甘言で勧誘するが、実は、大きな落し穴があることに気づかない。
逆に、ハイパーインフレの場合、それは逆に働くため、この見方は一概に正しいとは、言えない。 
この上に、資産デフレと、物価デフレが直撃をし、この有様になった我が身だが、今さら後悔も
何もない! ポートフォリオの考え方を、資産だけでなく、夫婦間にも取入れておくのが
長期投資のポイントになる。たとえば、「土地は妻名義、建物は夫名義」とか、まあ、離婚も
ありうるから、その方が危険? で、失業や転職などで住宅ローンを支払えなくなった場合? 
ローンの返済をストップをして、一度、不良債権にすると、競売にかかる直前に、半値か、
半値八掛の値で、交渉が必ず来る。そこで、子供か親戚などに買ってもらえばよい。
それで借財が半分以下になる。私の抵当に入っていた住宅は、家内に、買って貰ったが、
今では居候の身。 割切れば、娑婆は面白い!
・・・・・・
4533, 閑話小題 ー花火が途中で中止、残った花火はどうなる?
2013年08月14日(水)
   * 花火が途中で中止、残った花火はどうなる?
 「隅田川花火大会」が7月27日にあり、2020年の東京五輪招致を祈願してオリンピックを
イメージした花火などが打ち上げられたが、雷雨のため開始から約30分後に中止になった。
同大会が中止となったのは初めて。 三分一も上げないうちに中止ということで、貧乏人の
私たちは気になるところ。その疑問を朝日新聞で取り上げていた。隅田川の花火の場合、
保険が80万円がかけてあり、実損はない。 筒に花火を入れて置くため雨で湿気てしまい
再利用は不可能。化学薬品で処理した後に水で流すという。隅田川の場合、6千数百万の
実損は保険屋が受ける。火師も当日は冷ひやだろう。
   * お盆か〜
 お盆については毎年のように書いているが、早朝の三つのお寺の墓参りと、夕方の改めて
家内との菩提寺への墓参り。盆・暮の実家帰りの大移動も日本の風物になっている。 中国も
旧正月前後の40日間で延べ31億人が鉄道、バス、飛行機などの交通機関を利用するそうだ。 
日本も時代は変わって、墓参りも以前ほど重きをおかなくなってきている。 私など、仏間の一角に
パソコンデスクを置いて、一日4時間以上もいるので、今さら墓参りの必要もない。 墓参りを
何故するか?の哲学的質問に、「故人を偲ぶとき、他に行くところが無いため」というのがある。 
実家に仏壇があり、盆暮は昔からの長期休暇で帰省も東洋的である。 寺への挨拶も、
家族形態が家から個人に重心が移っており、以前ほどの重さがなくなった。時間的には
一年の3分2だが、気持ちの上では折り返しになる。我家は、正月には一家が集まるが、
盆は兄夫婦がくるだけ。年寄のレジャーの趣むきということか。その中で、寺院経営も年々、
厳しさを増しているだろう。私自身、このHPが墓とみなし、死後の墓参りより生存中の墓参りを
してもらっているので、今さらお盆という気持ちが強い。しかし、先祖供養も必要である。
・・・・・・
4158, 閑話小題 ーアイスキャンディー
2012年08月14日(火)
    * 今日は御盆二日目
 先日から御盆のため民族大移動が国内外に向け始まった。13日は早朝、三つの寺、
夜は菩提寺に二度目の墓参り。盆暮れは日本特有の恒例の里帰りも良い風習である。
不景気で世相が暗くなるほど、こういう行事は大事にされる。しかし家族主義から個人主義へと
考え方が変わる中で、こういう風習も廃れるのは避けられない。
 ところで墓とは何だろうか? 多宗教の日本人にとっての心の拠りどころ。
最後は、あそこに入るという共同幻想があり、祖先の霊が眠っていてイメージがある。
私は自分のHPを墓場とみたて、死んだ後より生前供養に毎日来てもらうイメージがある。
ところで百年、二百年先には、家の墓が残っているかというと、旧家意外は、ほとんど残っていない。
本家の墓があるが、一人息子は独身で、やはり百年? 昨日も、両親に因縁があった無縁墓に
花一輪をたてお参りをしてきたが、これも百年。  ところで御盆の13日の早朝、オリンピックの
閉会式のためか人も疎ら。こんなことは初めてである。閉会式の方が優先ということ。
お寺も不況業種の典型である。
* アイスキャンディー
 子供の頃、街中の「行楽」というラーメン屋のアイスキャンディが夏の名物で、
アズキアイスとミルクアイスの二種類があった。今は店も無くなり、私が知る限り一軒だけ
昔のスタイルのキャンディ屋が残っている。10年位前になるが、たまたま、熱暑の中、
雁木通りを歩いていて見つけ、10本買って帰ったことがあった。 
ところで一昨日、近くのスポーツジムの帰りにスーパーに寄ったところ、オバサンが
美味しそうにキャンディーを頬張りながら出てきた。 買い物を終え出口近くに行くと、
サービスカウンターでキャンディーを売っていた。オバサンを見なければ見逃していたが、
5本買って家に帰って食べてみたが、思ったより小ぶりで味は今イチ。 
それにしても、子供の頃に食べた行楽のアイスキャンディーは美味しかった!
・・・・・・
3793, スポーツジムの景色 −3
2011年08月14日(日)
 4ヶ月でのジムの運動効果はどうか?というと、体重は元もと早朝のウォーキングと、
サイクリングの効果で、適正体重を20年以上は保っていた。そのため、減増はないが、
頬の弛みは無くなり体調は非常によい。二年前に3〜4年に一度の重い腰痛になってから、
色々の腰痛対策の工夫をしたプラス効果は出ていた。 しかし4月からの午前中のサイクリングを
含めた三時間の運動は、これまでの足腰の関節を鍛えなおすに効果的。この数年来、足腰の
関節が固まった感じが、このジム通いで半分はとれたようだ。 あと4ヶ月後の年内には、
さらに一絞りした身体が出来ているはず。 ジムでは、常に各種エアロビックと、イージーライン
(インストラクターの指導下、6つの器械とステップ台で運動を繰りかえし一周する)など
プログラムが開かれている。 別にマッサージルームか、ランニングマシーンか、
筋トレマシーンで独自に過ごせる。時に昼をマタイダときは、外出も可能。 謹慎の身?にとって、
昼間に息抜きできる場所が存在しているのが有難い。喫茶店替わりである。 
これはアメリカで出来上がったサービス業態だろう。  ースポーツクラブをウィキペディアで検索すると
【 スポーツクラブは、各種の運動施設と専門の指導員を有する施設。フィットネスクラブとも呼ばれる。 
 定義は明確ではないが、たとえば日本の経済産業省の特定サービス産業実態調査における
フィットネスクラブの定義は、「室内プール、トレーニングジム、スタジオなど室内の運動施設を有し、
インストラクター、トレーナーなどの指導員を配置し、会員にスポーツ、体力向上などのトレーニング
方法などを教授する事業所」とされ、室内プールの他に室内運動施設を有しない事業所は
除外するとされている。】
▼ 私の通っている「ホリデイ」は、これにサウナ、風呂、マッサージルームが加わっている。
 またランニングマシーンはTVつきである。ポイントは施設に多くの種類の施設を備え会員数を
集めること。今月から極端に会員数が減ったため?、値段を平均一割程度下げてきた。この施設も
半年以上もかけて完成した。しかし完成して僅かで東北大震災の直撃である。大型設備投資の
難しさを他山の石として見ていることになる。 漫画喫茶はモバイル携帯電話と、iPadなどの
タブレット型パソコンが直撃している。いずれにしても恐慌である。
 ・・・・・・・
3428, 今日、我が家に新しいテレビが
2010年08月14日(土)
 八年近く使ったテレビを、地デジの切り替えとエコポイントもあり、ここで切り替えることにした。 
そのため今年に入ってから「どの機種を買おうか、何時買うか」をゲーム感覚で、家電店、そして
ネットで集中した。 昨年からはバックライトのLed方式のTVが最近、家電売り場で目立っていて、
買うならこれと決めていた。 ところが、この春のエコポイント制限期限が終了間じかになると、
3Dテレビが脚光を浴びてきた。既存のTVを売り切った後に、これ。 そうすると今度は
3Dテレビに気持ちが移った。(字数制限のためカット2012年8月14日) 
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3053,人を殺すということはどういうことか −2
2009年08月14日(金)
 「人を殺すとはどういうことか ―長期LB級刑務所・殺人犯の告白」  [著]美達大和
 現役無期懲役受刑者の言葉だけに、一言一言が重く深く響いてくる。受刑者の大部分が
罪など悔いてないのである。犬や獣のような連中が殆どで、自分の欲望のためなら他者の生命は
全く価値も尊厳も感じないと暴露する。照魔境で照らすと、多くの悪魔の姿が映っているに違いない
人たち。 著者は、ここで罪の深さを知り、カントなどの哲学書から「天上の輝く星、そして内なる
良心」の重要性を語る。 
「内なる良心に目覚めることこそ殺人の罪を償う道」であることを獣のような仲間をみて実感する。
 P−10ー 生命を奪うということは、生命だけでなく過去の記憶や未来の希望も全て破壊し
尽すということ。それ以外にも、さまざまな負の感情を植え付け、歳月の経過と共に風化させる
どころか、増殖させてしまうことに気がつき愕然としました。・・・・私は殺人には償う術はないと
思っていますが、それではどのように生きればいいのかについて、懊悩してきました。 
・・考え続けるほど、人間の原初的な善の心の発掘が必要だと知りました。・・・「獄」という字は、
獣や犬がものを言うと書きますが、実際に生活してみると、そのとおりでした。
正常な感覚を持っている者は本当に少ないのです。
 P−250ー 私はここで服役するまで、人はもっと自省し学習すると思っていましたが、
現実は違いました。  (字数制限のためカット2010年8月14日) 
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2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」
2008年08月14日(木)                  
  ー遊びをせんと生まれけむー    −読書日記−
亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、
口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。
・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。美に感応する心である。
・「感」は、 感性、感動、共感。 旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、絵画、音楽、映画、
 演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。
・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」
  にあるように、人間は「ホモ・ルーデンス」。 遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。
・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。一瞬の新しいものへのシュンパツ力。
 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素である。 確かに、人生はこれを磨くプロセスであった。
  この中でも、「遊び」が、人間にとって最も有用な行為になる。
「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、遊びについて次のように述べている。
《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源がある。
最初に家畜化された動物ー小犬は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び好きな動物であった。
猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された動物は子供たちのぺットであった。
おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で
発明された可能性が強い。 たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を使わなかったが、
足の代りにローラーをつけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。
  (字数制限のためカット2010年8月14日)
・・・・・・・・・
2007年08月14日(火)
2324, 嘘でしか語れない真実もある!       (。・・)ノぉはょぅ♪
芥川龍之介に「人生には嘘でしか語れない真実がある」という言葉がある。その典型的なものが旧訳・新訳聖書。
あのような奇跡などあるわけがないが、あの話を通して事実では語りえない真実を語っている。末期がんの患者に、
「あなたは助かりませんよ」と知らしめることが、いいのか? 死ぬ直前まで嘘で固めて、気づかないようにして
やる方がいいのか? これは誰も判断の出来ないことである。日本には「嘘も方便」「嘘からでたマコト」という
言葉があるが、時には嘘も大事なこともある。女性の化粧など、嘘で固めた外形?ではないか。いや、真実を
引き出す行為か? プロの物書きは、まずは真実を伝えるためなら平気で嘘を書きなさい!と教える。
読み手は些細なことが事実かどうかより、真実を伝えてくれることを望んでいる。
「正直に拘ると、人生あまりに窮屈で面白くなくなります」という言葉が浮かんできた。 
何処かの小説で誰かが言っていそうである。詐欺師など、嘘のプロが普通の人を如何みているのだろうか?
少なくとも、言葉の効用を知り尽くしている。 嘘にも色いろある。相手を陥れる嘘や自利のための嘘は結局は
自分に跳ね返ってくる。相手のためになる嘘は、それがプラスになり生きてくるものである。
嘘でしか語れない真実?    ー以下は字数の関係上、カット。(09年08月14日)-


4899,ホントに大事なお金の話 −4

2014年08月13日(水)

* 金の持つ力ー魅力・魔力・暴力とは
 世の中の8割は?金の力で自由になる。だから魅力と魔力と暴力性を備えた金を持つ人間に
惹かれるのである。今の世界は資本主義社会であり、資本=金が価値基準の元になっている。
 金とは、自由であり、力そのもの。金さえあれば、世の中の8〜9割が自由に出来る。 
逆に、金を失うと、不自由この上なくなる。 そして、裸の自分と向きあう事になる。
それが、逆に効用になるのは、皮肉といえば皮肉。。
 ーお金の持つ力について、以下で、ずばり指摘している!
≪ お金とは何か、を考える際のキーワードは、金の持つ「力」である。
 お金は、3つの力(魅力、魔力、暴力)を、兼ねそなえている。
1、お金は、価値がコンパクトに保存されていて、必要なときに必要なものと交換できる(お金の魅力)
2、お金は、人々の欲をどんどん大きくする (お金の魔力)
3、お金は、そのカで人々を操ったり傷つけたりももできる (お金の暴力)≫
▼ この3つの力は、人生を生きていく上で大きな働きをする。100万なら100万の、1億なら1億の、
10億なら10億の、100億なら100億の力を発揮するし、それを動かすだけで世界も、視野も開ける。
・小学、中学と、高校、大学の友人を見ていると、学力だけでなく、家系からくる貧富格差が
明らかに見て取れる。
・お金の魅力については、その交換価値にある。 世界旅行に出たければ、旅行代理店の
旅行パックを選び、金を振り込めば、世界各国に気楽に行ける。こんな便利で、都合の良いものは
ないが、これを稼ぐとなると、それなりの知恵と努力が必要になる。 剥き出しの真実の塊は、
そう簡単に得ることは出来ない。
・その金には、魔力が潜んでいる。金の魅力に対し、欲が無制限に広がっていく。
それが逆に命取りにもなる。
・お金は、その力ゆえに、人を支配した上に傷つける「暴力」性が出る。お金で何事も解決できる
という錯誤を持ってしまう。しかし、解決のための一番の力でもある。人間の持つ自由への無限の
願望の、手段そのものになる。
・お金は、知識、情報に非常に似ている。知識、情報は、自由と力をもたらす点である。
持った分、使った分、自由を得ることが可能になる。 全てが、終わってしまえば夢幻! 
それを金で買えるのか?買えるのである!だから、魅力と、魔力があり、暴力性が伴うのである。
恐ろしいかな幻覚。 で、饅頭欲しい!  で、いやに去年の同月同日の文章が微妙に響いてくる。

・・・・・・
4532, 閑話小題 ーつまらん男
2013年08月13日(火)
  * つまらん男は私じゃないか
 今さらだが、最近、人生を振り返って、つくづく自分が「つまらない男」「嫌な奴」と自覚するように
なった。色いろの経緯もあって、自己否定と、それを打ち消そうとする自己肯定が、せめぎ合う日々。
老年は誰も似たかよったり? 相手を指摘するときの人差し指の下の3本は自分の方を向いている。
親指は上を指しているが、親指が天の道理で、人先指は相手の指摘、他の三本の指が自分のこと、
になる。 相手の指摘は、自分に三倍も身に覚えのあること。
 前回の同級会で、社長まで上り詰め、順調に定年をむかえようとしていた矢先、不条理の返り矢に
当たった実直な人物に、励まそうと思って使った枕詞で、大失言をしてしまった。
「つまらない男と思っていたが、良かったじゃないか。この試練でアンタも半人前になれたんだから!」
と。これ、自分に対する自問自答の末に出した、その時点の自分への結論。
「つまらない男」は自分のこと。しかし発した言葉は帰らない。恐ろしいことである。
その直前に横の席に実家の老舗を倒産させてしまった人が、「倒産した現状を考えれば考えるほど、
心から感謝させられる!」と、語りかけていた。この心の経緯が、私の自問自答の中でも多くあった。
「事業が順調で、息子の一人を継がせるのが、果たしてベストだったか。もう一人の息子に恨まれるし、
継いだ方は上手くいって当り前で、頓挫すれば恨まれるだけ。三羽の震災クラスの黒鳥の到来で、
思い切った事業撤収の決断こそ、ベストではないか。下手な未練はないし、オセロじゃないが、
それまでの白コマを逆に黒コマとして考える機会にもなる。しかし、これは口外してはならないし、
第三者からみれば自己詭弁でしかない。このクラスの震災と経済震災の出あいは必ず意味がある。」
と思っていたので、それが手に取るように理解できたのである。 で、その返事が偉そうに、
「以前の不幸を加えると、あんたも、これで一人前!人生の完成じゃないか。」である。 
哲学で言う「承認」の言葉。 それに対し、もう一人には、あまりに無神経な言葉である。
でも、その結果は当人にとって大きな意味(価値)があるはず。そのぐらいのことは葛藤の中で
十二分に自覚はしているはずだが・・ それにしても、常日頃、自覚し始めた「嫌な奴」
「上から目線のヤワな奴」の、自己「承認」になった。老いは恐ろしい!
【*哲学でいう承認とは? =ホネットの研究テーマは、相互主体間関係の倫理的な再構成
(ハーバーマスと同様、個々人の関係における道徳性の再構築)にある。つまり、倫理的(道徳的)
発展は、相互主体的関係を前提とし、その中心は、承認関係に置かれている。】
ー究極状態の主体たる相手を認めなさい!これ人間関係の基礎ー ご先祖様、歪んだ私を助けて!
・・・・・・・ 
4157, 老後は夫婦の壁のぼり
2012年08月13日(月)            
  ーまずは、内容紹介よりー      「老後は夫婦の壁のぼり」ねじめ 正一著
 すべての団塊世代に捧げる老後のヒント。団塊世代の作家・ねじめ正一が、人類永遠のテーマ「夫婦、男女のすれ違い」を
縦軸に、今、団塊世代が直面する「老後の問題」を横軸に、ユーモラスに、時に真摯に縦横無尽に紡ぐエッセイ集。
 ーー
 図書館で、この本を手にして早速よんでみたが、身につまされる話が次々と出てくる。人生は坂を上ったり、下ったり、
マサカの坂に出会ったりするが、老いは、そんな生易しいものでなく、ロック・クライミングの室内用壁のぼり、のようなもの。
とにかく一日一日が、下に落ちまいとニジリ登っていく壁である。亭主が外で働き稼いでいるうちは、奥さんも一歩下がってきた。
しかし稼ぎを無くして年金暮しで収入も激減し、家でゴロゴロしていると、それだけで腹がたつのは道理。そのため、すれ違いと
溝は深まるばかり。 ここで、ー夫婦喧嘩‘健康法’ーを紹介している。NHKの健康に関するTV番組に出演した時の、鈴木清順の
ー夫婦喧嘩‘健康法’ーである。 番組が始まり、「ねじめさんの健康法は何ですか」と、著者に話を振ってきた。
著者は草野球をしていたので、「年間25試合の草野球が楽しい。身体を動かす喜び、仲間との交流の嬉しさ、そして、
試合が終わってから家へ40〜50分歩いて帰ること・・・」と上ずって話した。次に、清純さんに、その質問が移った。
≪「うん、そうですね。夫婦喧嘩ですかね。ばあさんと喧嘩していると、腹が立ってきてぼけないし、脳みそが活性化し、
どなると大声が出て肺に良い。毎日欠かさず喧嘩しています」 いやはや凄い。隣に座っていた私は目から鱗が落ちた。
私の草野球健康法は海の藻屑、いやスタジオのゴミになった。≫ 
 以上だが、それにしても大変なエネルギーだが、それなりの信頼感がないと大声で喧嘩もしていられない。
家内とも大喧嘩は日常茶飯事だが、どうもこうも、精神的にも肉体的にも健康法とはいえない。それよりも、
家に入ってからは、互いの壁のぼりが言いえて妙である。「神様は連れ添いに世界一相性の悪い人を選ぶ!」という
格言がある。若いときは、自分にない部分を持っている人に惹かれるもの。それは逆に、自分と重なる部分が少ない人。
それが長年かけて鬱積として蓄積されている。それでも昼は、すれ違いで何とか耐えてきたのが、年金暮らしで昼も夜も
一緒なら叩き合いになって当然である。特に男は、縦社会に生きてきたので、日常という横社会中心の場での生活に
慣れてないため、どうしても妻一人に気持ちがいってしまう。小さな家の中での啀み合いが、
「老後は夫婦の壁のぼり」になるのである。もしか、これ、ロック・クライミング? 酸素切れ?
・・・・・・・・
3792, つれづれに ー 今日は御盆
2011年08月13日(土)
  今年の御盆は格別の思いである。 姉、兄に続いて、私もこの三月末で会社を倒産させてしまった。
「亡き両親と兄たちに、どう報告すべきか?」という気持ちは、何処かにある。急激な悪化は、あと数年は大丈夫という見通しも、
数ヶ月もしないうちに、少し前倒しの決断をせざるを得なかった。この事態の中でも事業を継続発展させるのが私の務めだったはず。
経営は結果責任、言い訳は一切無用である。20年前のバブル崩壊、10年前の9・11テロ、そしてトドメが三年前のリーマンショック、
その上に更に東北大震災。 この20年と、これから10年の異変は、明治維新と第二次世界大戦に匹敵するか上回る規模になる。
問題は、それが今だ進行中であること。 父親が、第二次世界大戦の敗戦時には42歳であった。私は現在、65歳で、年齢からみて
再チャレンジ出来る年齢ではない。 また情報化とグローバル化の時代背景がある。 特に、情報のネット化が数千年、
いや数十万年に一度の人類にとって想像を絶するツールで、人類のあり方そのものを根底から変え始めてきている。
 情報化、デジタル化は、多くのものを無料化させる力が働く。これはプラスにもマイナスにも働く。携帯電話にパソコン機能が入り、
個々人の間の情報が瞬時にやり取りが可能になった。 そのため世界中の既存体制が、そのコントロール不能になっている。
この中での事業経営は、非常に難しくなってしまった。 日本も世界も、この混沌とした中にあって、大きな岐路にたたされている。
この時期、リーマンショックで疲弊した日本に千年に一度の東北大震災が襲った。この布置は、世界規模では戦争か、災害が起こる
可能性がある。 それが我々の前にどのような事態で現れ出るのだろうか。 幸いといって良いのか、世界に先立って、日本は20年前に
バブル崩壊を経験し、国家も、会社も、個人もダウンサイズをしてきた。その点では、体質が既に変わってしまっている。
 第二次世界大戦の半年後に、日本で生を得て、そして、それに匹敵する変動を、ここで経験している自分が、そして日本がある。
その三分の二が右上がり、三分の一が右下がりであった。人生の丁度良い時節が、歴史的繁栄の右上がりだったことを感謝している。
日本の浮き沈みに自分の人生が、ほぼ同じように重ねっていた。 所詮は国家と盛衰のウネリの中で、浮き沈みをするしかない人生か!
 目出度し目出度し!より、この方が、よほど良い人生かもしれない。 そう思うしかないが! でも、やはり恵まれていたことになる。
 ・・・・・・・                        
3427, iPad 対 キンドル ー4
2010年08月13日(金)
『iPad 対 キンドル ー日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』 西田宗千佳著
   * タブレット式パソコンのブレイクの意味することは
 日進月歩にパソコンが形を七変化をして便利な道具として提示されてきている。その一番ホットなのがモバイル携帯電話。
代表的なのがiPhone。それが今やiPadにとって代わろうとしている。早くいえば4倍の大きさのiPhoneである。
これをキッカケに多くが参入を始めてきた。 その競争が激しくなればなるほど、消費者は使い勝手が良くなる。
その結果、マスコミと出版業者の大部分が淘汰される。これにツイッターのようなミニ・ブログを個々人が持って、
情報の受発信を始める。 空間を越えて、それぞれがキーワードで繋がるのだから、これまでとは全く違った社会になっていく。
これからの社会の変容は誰も予測はつかないし、これまでとは違った価値観が出てくる。 
 考えてみればパソコンが卓上と、ノート型パソコンしかなかった方がオカシイ、ということになる。最近になって携帯に
パソコンが付いたばかり。 これが板状の平面のパソコンになった。 とすると、次の何かが出てくるはず。
ヘルメット式とか、メガネに画面が映し出されるものとか、投射式とか、想像を遥かに超えたものが、早晩に出てくる。
(字数の関係でカット 12年08月13日))
 ・・・・・・・・
3052,都会暮らしが良いか、それとも田舎が良い?
2009年08月13日(木)
 生きていくに都会が良いのか、地方が良いのか。 その人によって違うし、その判断は出来ない。
私自身は、成行きで人生の大部分を地方で過ごすことになった。 それに対して、良かったとも悪かったとも思っていない。 
どっちにしても同じでしかないのは分かっている。それぞれの性格もあるし、体質もある。 また歩んできた道もある。
ところで、地方で自然に囲まれた老荘的な生き方を自慢げにいう人はいるが、逆に都会の方が良いと声高に主張する人は少ない。 
が、あったのである。 渡辺淳一著『反常識講座』のー第三章 住むなら猥雑な都会ーの中に、堂々と書いてある。
 反常識の御題目だから、堂々と書けるのである。  
  その概要といえば
【 齢をとって田舎住まいというなら解らないでもないが、若いうちは都会の方が良い。
田舎は社会的制約が多すぎる。東京に多くの人が住み、離れたがらないのは、都会が周囲に対して
無関心で余計な干渉をしないからだ。それだけ自由になれるからである。具体的に言えば、未婚でも、ホモでも、
レズでも、どんなカタチでもそれなりに容認してくれる寛容さがある。もし地方なら白い目で見られ
逃げ出しざるを得ない雰囲気がある。それと圧倒的な刺激に満ちていて面白い。むろんその裏には悪が満ちている、
その分面白いのである。そのチョッとやばいのが若者にとって魅力なのである。若者にとって、緑や空気が
美味いなど二の次である。生臭いのが地方では露出できないのである。だから齢をとってからなら、地方は良い。
若者は、表の顔とは別に、我がまま勝手に利己的で、性的欲望を満たし暴力もある、それを誰も咎めようしない
緊迫した都会で刺激を受けた方が良いに決まっている。 また、都会の良いところは、人材の上限と下限の
幅が広いことだ。上も下も果てが無い。】   まったく、その通りである。
 私の場合は三十年近く、新潟と長岡を住と職が分かれていた。 だから地元で我慢?出来たと思っている。
どちらにも属しているようで実は、何処も属していないで済む環境が良かった。 その通勤で感じたことは、
地方の若者の緊張感の希薄性である。 希薄だから都会に出て行かなかったとも言えるが、都会のあの猥雑な
緊迫感が全く感じられない。 それはそれで、良い部分もあるが。 しかし・・・
 先日、大学の同級生と四十年ぶりに一期一会の対話をしたことを書いた。 彼は資生堂のキャリアとして、
大都市の転勤暮らしを34年間してきた。そして、奥さんが病で倒れ、最後の住まいを二度目の赴任の地の
仙台の郊外の河口の漁村に決めた。 そこは大好きな釣りの魚場。その彼に都会派?、田舎派?など問う方が野暮。 
この問いの対象は、何も分かってない若者向きの問いである。 才能と金があって、もっと若ければ、都会の
猥雑の雰囲気の新宿の近くに住んで、川口湖あたりにセカンドハウスを持った生活も良いだろう。
そう一度、【新幹線を新潟駅から飛行場まで延ばそう会】で、太鼓を叩かれて踊らされかかった松下さんは、
当にそれじゃないかい! と言って、取って代りたいとは全く思わないのは、どうしてか。
 それぞれ! ということを知っているから。
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2687, 閑話小題 
2008年08月13日(水)
 *お盆か〜
お盆は、早朝に因縁ある3つの墓参りをし、夕方に実家の墓を参りをして、坊様に顔出しをするぐらいである。
もちろん休むことなく、誰も居ない事務所で本とパソコンいじりをしている。これも普段と変わらないが。
盆・暮・ゴールデンウィークのような民族大移動の時期はジッとしているのが習慣になっている。
(字数の関係でカット 12年08月13日))
 *北京オリンピック
 *最近の車事情
(字数の関係でカット 2010年8月13日)
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2007年08月13日(月)
2323, 面構え       ゜+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆
つらだましい『面魂』 ーとは、強くはげしい性格や精神が表れている顔つきをいう。
先日の葬式で同級生の何人かに会って、それぞれの顔をみると昔の面影をのこしているが、
やはり人生の風雪に鍛えられた経験が顔ににじみ出ていた。私が見るところ、その人の顔が
出来てくるのは50代に入ってからである。『面魂』に似た言葉に「面構え」がある。「面構え」とは、
むしろ長い年月をかけて出来上がった顔のこと。片岡球子という画家が「面構」をテーマとして、
色んな人の肖像画を書き続けている大作シリーズがある。その中の第1作「足利尊氏」など、
あまりにも味のある漫画的顔で、頭に描いていたイメージとはまるで違う。
(字数の関係でカット 2011年8月13日)


4898,ホントに大事なお金の話  −3

2014年08月12日(火)

                『知っておきたい ホントに大事なお金の話』佐伯 良隆 (著)
  * お金と「幸せ」について ー幸せは金で買えるか?
 幸せは金で買えるかは古代哲学からの大問題。 ー以下で、その辺りを取り上げている。
≪・2002年に、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カネーマンが『年収7万5千ドル以上になると、
 それ以上の所得の増加は「生活満足度」は高めても「幸福度」は殆ど変わらない』と結論づけた。
・2013年、ミシガン大学のスティーブンソンとウォルファーズは、各国の詳細なデータ分析から、
一人当たりGDPと「生活満足度」には明確な相関があり、「幸福度」とも一定の関係がある、とした。
・それでは日本人の幸福度はどうでしょう。国の豊かさを示すGDPは50年前には4000ドルでしたが、
現在は43000ドルと、10倍以上になりましたが。一人当たりの経済活動費は飛躍的に増加し、
私たちが手にするお金も増えました。それが連動するなら、日本人は10倍も幸せになったはず。
・ある調査で、世界各国で自分の幸福度を10段階で自己評価したものを集計した結果、
2012年時点で、日本は6・5で、1960年度から50年で、ほとんど変化をしてなかった。
一方、北欧諸国は8・0前後と高く、他の欧米諸国の多くも7・0〜7・5、深刻な経済危機をかかえて
いる失業率が20%のギリシャさえ6・4%。 日本は主要先進国中、最低レベルなのです。
OECDの幸福度指数でも、経済力の割りに高くない。一人当たりGDPが14位にかかわらず、
幸福度指数が34ヶ国中21位でした。・・・ ≫
▼ バブルの崩壊以降、右下がりの経済環境の中、戦前世代、団塊世代、団塊ジュニアは、
 右上がりの時代と比べてしまうのが要因の一つ。 私の場合、終戦から40年近くの右上がりの
時代に生きて、それまでの40年は日本の歴史的繁栄時代に生きることが出来て、非常に
良かったことは確かである。 で、現在は? というと、バブル崩壊までに、その恩恵を充分に
受けていたこともあり、当時の温もりがあってか、それなりに良いし、満足をしている。
 森の生活の30数年間は、7百万〜千5百万の収入だったが、年金生活の現在、3分1から
4割の収入になったが、収入なりに楽しみがあって、当時が良かったと思いは皆無。
7万5千ドル(750万円)といえば、一般の家庭生活で、生活をしていくに気にしないで済むレベル。
御隠居生活なら400万もあれば、充分。父親の質実剛健の教えが、年金暮らしで再度、生きてくる。
 預金が10億もあれば、やはりハワイに夏場と冬場の数ヶ月は滞在しているのだろうが!
饅頭嫌いは建前で、饅頭大好きが、やはり本音である! 小さな中古マンションに引越し、
半分はハワイに行くことは可能だが、そこまでは出来ない!のは・・ この考えも、バブル期の残物?
・・・・・・
4531, 生きる悪知恵  ー9
2013年08月12日(月)              
   * 最近、涙もろくて困るんです・・      「生きる悪知恵」西原 理恵子 (著)  
A: 「男は人前で涙を見せてはいけない」と教えられて育った昭和の男です。
ところが、不惑を過ぎた頃から、どうも涙腺が弱くなってきました。いや、近しい人のお葬式とか
娘の結婚式とかで泣くのならいいんですが、本当にちょっとしたことで泣いてしまうんです。
特にヤバイのが映画。昔だったら絶対泣かないどころか、半分バカにして笑ってたような
べタベタな泣かせ映画で泣いてしまって、周りに気づかれないようにするのが大変。
 「おっぱいバレー」や「ルーキーズ」で涙があふれてきたときには、我ながら呆れました。
 一人のときならいいですが、人前ではみっともなくて困ります。 どうすれば、つまらちいことで
 泣かずに済むようになるでしょうか。(51歳・男・自営)
B:  昭和の男だって、泣いていいんですよ。星飛雄馬だって父ちゃんだって、よく泣いてたじゃ
 ないですか。「少年兵は簡単に人を殺す」って(戦場カメラマンだった)鴨ちゃんに聞いた括だけど、
それは子供は生きていくうえでのいろんなことを知らないから。子供はすぐ虫を殺すけど、大人は
「かわいそうだから、やめておこう」ってなるのと一緒。大人の涙は色んなことを経験したから出る涙な。
「いろんな人生にお疲れ様」という涙。私の周りの大人もよく泣く。もう泣きまくり。男の人も女の人も。
この年になるとみんなもう背負っているものが一杯になって。ちょっとしたことで「ああ……」って
溢れてくる。私もホントに、世界中いろんなとこに旅行に行っても、本を読んでいても、
子供のチョッとしたこととか、猫が寝てるのとかを見ても、過去の何かとすり合わせようとする
みたいで、自分の中でこみあげてくるものがある。 ヘミングウェイの「何を見ても何かを思いだす」
じゃないけど、もう走馬燈が回り始めてるのかも。「人前でみっともない」って、そんなことない。
もし「泣いてる父さんが嫌だ」なんて言う人が周りにいたら、そんな人とはつき合わないね。 
 やっばり今まで我慢してきたことかたくさんあるわけで、そろそろ体の中の我慢のツボが
いっぱいなんですよ。だから溢れてるわけで、それを無理に止めるとホントに心の病気になって
しまう。だから、よく泣き、よく笑い、よく飲んで、よく食べて、外に出て、体を動かして日の光に
あたること。その年で精神を壊すと大変ですから、我慢することなどしないで。
遠慮せず、泣いてください。だって、あと少ししたらもうチンコも立たなくなって病気になって
死ぬだけですから。歌にもあるでしょう、「泣きなさい、笑いなさい」って。
 すべて自然のままに垂れ流しでいきましょう。 結論、 自然のままに垂れ流せぱよし。
 ▼ 20歳代によく布団の中で泣いたものである(但し人前では泣かなかった)。
 それが30歳過ぎた頃から 泣かなくなった。泣いていられるほど置かれた立ち位置が崖っぷち
だっただけだが。 布団でも人前でも、涙を流すと何か踏ん切りができる。さめざめ泣くことと、
腹から笑うことの中に、心の深い傷に対して人類の
 長年かけ作りあげた自浄作用があるようだ。自浄作用といえば、先日、信濃川の長岡大橋を
ポタリングの途中、初老の男が、川に向かい背中を反らした後、前を屈むようにしながら数度、
ワォーッ」と喚いていた。 何かがあったのだろう。今度、誰もいないとき、やってみようと思ったが、
これ、気持ちがいいはず。今度、シネマで、ストーリーに感情移譲をして、泣く練習をしてみようか。
・・・・・・・
4156, EUメルトダウン
2012年08月12日(日)
           「EUメルトダウン 欧州発 世界がなくなる日」 浜 矩子 (著)
 オリンピックも終わろうとしているが、これから年末までの4ヶ月半の日々が、緊迫した日々になる。
この本の題材のとおり、「EUメルトダウン」と、イスラエルによるイラン核施設への可能性である。
ズバリ8割だろう。この書籍は書店では目にして立ち読みをしていたが、数日前に図書館で見つけた。
去年暮れに出版された本で、その後の推移は、ほぼ当たっている。しかし、その都度EUは何とか緊急融資を
決定して、乗り切ってきた。しかし、どれもこれもギリギリの決断。
  ーまずは、アマゾンの内容紹介よりー
≪ ギリシャに端を発した、欧州の財政危機問題はポルトガル、イタリア、スペインといったいわゆる
 PIIGS諸国に連鎖し、遂にEUの屋台骨の一つであるフランスまでにも飛び火して、金融危機が勃発しようとしている。
さらに、もう一つの屋台骨であるドイツも改革疲弊・限界支援で今後の動きが読めない。EUは、まさにメルトダウン
寸前の状態にある。ギリシャの破たんが、すぐそこまで来ている今、ユーロは暴落し、諸外国の株価も急落している。
EU発の世界経済大崩壊″第二のリーマン・ショック″は日に日に現実味を帯びてきているのである。果たして
世界最大の国家″EUは生き延びられるのかー。そして、この欧州危機は世界に伝播し、大恐慌に陥ってしまうのか―? 
‘ユーロという通貨の統合の果実が毒’に変わりつつある今、世界経済は大変革のターニング・ポイントを迎えている。
欧州危機を乗り越えるにはどんな方策があるのか? そして、日本は今後EU諸国とどの様に関わっていくべきなのか?
エコノミスト・浜矩子氏が、EUの経済危機を、EMS(欧州通貨制度)の崩壊、マーストリヒト条約締結から現在に
到るまでの歴史的事実から、EU、そして欧州各国がとるべき政策を考察、解説する。≫
▼ 1979年に発足した欧州通貨制度は、その縛りを各国が守ることから始まったが、その足並みが揃わず、
 大きな壁に突き当たったが、最後に妙案が出てきた。事実上のドイツ・マルク本位制に見立てて、各国が、
ドイツの経済実態に自国経済のパフォーマンスに摺り寄せることだった。インフレ率も、成長率も、失業率も、
金利も、目指すはドイツだった。要するに「ベスト・プラクティス」を各国がすることだった。ところが
1990年代に入って、安定するはずのドイツが、東ドイツを吸収したため、西ドイツ・マルクが消滅、統一マルクに
なって、価値の定まらない通貨になってしまった。西ドイツの人々は、東ドイツの人々のために「連帯税」を
取られ、その力を失っていった。そして、問題であった、南欧の人たちの仕事に対する甘さが、そのまま、
ドイツに重く圧し掛かって、その将来に暗い影を落としてきているのが現状。ドイツ国民も、どこまで、この重圧に
耐えられるか、もし、反対政党が、離脱でも言い出し、勝利を収めれば、このEUのメルトダウンが大爆発を起こし
消滅することにもなりかねない。その前にPIIGSの一つがデフォルトの可能性が大である。
時の権力者は自分の代での爆発は避けたいもの。それが積もり積もって、限界点に到達したか?
 ・・・・・・・
3791, スポーツジムの景色 −2
2011年08月12日(金)
 このところジムが何か変である。4月初旬に入会したが、当時は平日の午前中に関わらず会員で満タンで、
「ここは不景気とは別世界、私の知らないうちに社会は変わってしまった」と、思い知らされた。 
まずは値段の安さである。昼間の空いている時間帯(主婦と定年後の団塊世代を狙いをつけた時間帯=金曜ー定休、
日祭日を除く10時から17時)のコースが、月に5980円である。 私は、ほぼ皆勤で10〜12時の二時間は通っている。
20日で割ると一日300円でしかない。 しかし私が入会後、一月もしない5月のゴールデン・ウィーク後から、
ジム内の会員数が激減をしている。まずは三割、そして五割、最近では三分の一ほどになってしまった。
嘘のようだが本当である。僅か4ヶ月のうちである。平日昼の時間帯からみて、景気に敏感な主婦層が多い
こともあるが、東北大震災の影響が直撃したようだ。会費が二月分前払いのため、連休明けから激減したようだ。
また場所柄、農家関係も多いこともある。考えてみれば新潟は福島の隣県。イメージからして、農作物は
中長期的にみて大打撃は避けられない。農業関係者なら敏感なはず。 連休後から御友達紹介キャンペインを
始めたが、新規の見学者が、このところ少なくなった。 スポーツジムはレジャーの範疇に入る施設である。 
10年前の9.11テロと、3年前の9.15−リーマンショックは、数百年に一度の文明と政治経済の大激震。
その影響が、まずは日本に直撃。 それで今回、私の事業も倒産に至った。 その上に、1000年に一度の
地震・津波の自然大災害と福島原発事故である。 そして先週末からの世界同時株安が襲ってきている。 
ジムが劇的に会員が激減していくのも当然といえば当然。 家内は10年前から信濃川の川辺のイオン内の
スポーツジムに通っている。 そこで家内に、会員数が減っているかどうか聞いたところ、「元もと少ないので、
減った感じはない」という。 とすると、ジム愛好者が居酒屋が新規開店に殺到するように、新しいジムに
様子見に来たのが一巡し、前のジムに舞い戻った要素もあるのだろうか?と考えてみたが、新しく大きい方が、
より多くの種類の設備が付加されているので、大方が元に戻るというのも考えにくい。やはり大震災の影響である。
それと私自身の見方が、時が時だけに、悲観的にみてしまうことも考慮してもである。休日は、市営の公共施設の
サンライフにいくが、そこで一通りジム設備が揃っていて、我慢すれば出来ないことはない。
公共のジムを二つ兼ねれば、それなりの満足感を得ることも可能である。スポーツジムからみる、景気も、
そう甘いものではない。 それにしてもジムは、ゴルフをしない者にとっては健康にとって、非常によい。 
 ・・・・・・・・
3426, iPad 対 キンドル ー3
2010年08月12日(木)
   『iPad 対 キンドル ー日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』 西田宗千佳著
 * iPadは「eBook」ではない?!
 初めの発表会でiPadが画面に出たとき、会場は単に大型のiPhoneに、がっかりしたようだった。
しかし途中から、会場の雰囲気は変わっていった。「10インチ」の意味が、デモを通して来場者に分かってきた。
アップルの狙いは「eBook」ではなく「リビング」ということが、ジョブスの紹介からみえてきた。
モバイルデバイス、要は「屋外に毎日持ち出して使う機器」だけでなく、リビングにシーンを移動したのである。
この数年、小型モバイルパソコンが爆発的なブームだったが、これは、台湾などでつくられた低価格のモバイル
小型ノートパソコンが、その原点にあった。 使用者は、そこに本や書類を入れて、リビングやカフェなどで
見ていたのである。そこに目をつけ考えられたのが、このタブレット式パソコン。そのためiPadやキンドルとは
似て非なるものとなったのである。大型のiPhoneというだけでなく、大きさをソファーやチェアやベッドで
寝そべって見れるところが、ポイントとなっている。 我家の居間のテレビ前の座り机の横にパソコンを置いている。
その台は回転が効いて、私が使ってないときは、家内が向きを反転させ使っている。
だから、iPadをデモで見たときに驚いてしまった。居間で時間を遊ぶ面白さがよく分かるからである。 
次にiPadの価値はiPhoneに使われている「アプリ」にある。既に多くのものがiPhone用に開発され、普及している。
それが、使えるとなると、その顧客を取り込める。そのためkindleがeBookの「単機能」に対して、iPadは「汎用」が
特徴になる。 またeBookに関していうと、手軽な「文庫本」的なキンドル、それに対し「雑誌」的なiPadといえる。
現在iPadが月に100万台の大ブレークの販売に、一挙にタブレット式パソコンに火がついてしまった。
これは、これまでの出版業界だけでなく、マスコミそのものの根本からの崩壊に繋がる。紙の出版物は
10年後には半減どころか、10分の一になる可能性すらある。傍目には面白が、恐ろしい時代である。
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3051,人を殺すとはどういうことか
2009年08月12日(水)
「人を殺すとはどういうことか
   ―長期LB級刑務所・殺人犯の告白」  [著]美達大和
 図書館で何気なく題名に引き寄せられて立ち読みをしたが、その生々しさに立ちすくんでしまい、借りてきた本である。
LB級刑務所は長期の重犯罪者達の檻、その大部分は良心のカケラもない人たち。これは獄中でつづった特異な半生記・観察記で、
今年になって出版されたもの。著者自身が2件の殺人を犯し、無期懲役刑に服しながら獄中でつづった手記で、前半が自分の半生。
後半が刑務所の他の受刑囚たちの観察記である。 本人は今も無期懲役に服している。
高い知能と冷徹さを生かして社会的な成功を収めた後、自らの価値観に従ってふたりの人間の命を奪う。 
逮捕後や公判中も罪の意識はまったく感じなかったが、検察の論告を聞いているときに突然、情動のスイッチが入り、
後悔や反省の念がわき起こる体験をする。最初の殺人は26歳のとき、金融業で成功を収め、ヤクザの組織に在籍していたときに
起こした。用意周到な犯行ですぐに発覚することはなかった。 2件目の殺人はその数年後。その動機について
「私から見て誠実と感じられなかった被害者の言動などが主因になりました」という。2件目の犯行で逮捕され、1件目の犯行が発覚。 
 その後、償いの日々を送りながら他の受刑囚を観察し、犯罪の動機や今の感情についてインタビューを試みる。
そこでみえてくるのは、フィクションでは描ききれない矛盾に満ちた人間の生々しい姿。
強盗殺人を犯したある男は、被害者に「全くざまあみろだ」と言い放つほど冷酷な人間が、TVのご対面番組には涙を流す。
ヤクザ同士の抗争で殺害した被害者の強さを畏敬し「ヤクザとしての自分の生き方がしっかり決まった」と出所していった男。
(以下、字数の関係でカット 11年08月12日)
・・・・・・・・・
2686, 人生のハレとケ
 2008年08月12日(火)
以前に何度か取り上げたことがあるが、再びハレとケについて考えてみる。人生にはハレのときもあれば、ケのときもある。
ハレは、田舎の祭りや、稲刈りのとき、(晴れ晴れの時)ケはそれ以外の地道な日々の生活である(ケチケチ、倹約の時)。
 我々は、この二つのリズムの中で生きている。過去を振り返った時を考えれば、華やかの出来事に目が行くが、
しかし何気ない出来事の方が深い味わいがある。書いたことすらも忘れていた学生時代の日記が半年分、倉庫の奥にあった。
そして、その日々を此処で連日書いた。それを読み返すと何気ない日々が、何と面白いかがわかる。ハレもケも書いてあったことで
面白かった。私のハレを振り返ってみると、それが秘境・異境ツアーであり、事業のの立ち上げの時であった。
写真にも旅行記も残っているし、立ち上げは辛い反面、華やかだった。そして記憶が鮮明に残っている。そのために背景のケの日々が、
その光によってかき消されてしまいがちになる。家内が(というより女性は)、そのケの楽しみ方を知っている。 
とにかく日々の平凡を楽しんでいる。これは天性なのだろう。 私も日々の生活を楽しむ術を知っている方だが、女性には敵わない。
生活を楽しむ!ということだろう。 隣に人がいてもいなくとも、ただ目先のことを楽しむ!ということを。
だから、面白くないことを我慢するなど勿体ない、とつくづく教えられる。白(ハレ)と黒(ケ)があるから互いが成り立つのであって
白だけだったら白色の白が理解できない。現在の我々を見渡すと、ハレだけを追いかけている。 しかしケ=普段の平凡な日々を、
如何に充実させることこそ人生の価値。話しは変わるが、ユニクロが狙っているのは、普段着を如何に充実させるか、ハレ(外着)の他
メーカーの商品を引き立たせる裏方に割り切っている。「隠れユニクロ」と言われようとも、普段着を如何に良くし楽しむことに
徹していれば、大多数の人が支持をしてくれる。ケの文化こそ今一度見直す必要な時のような気がする。
『日々、是好日』これこそ、知恵さえ使えばできること。 現実の日本は正にケの時である。
   さて、今日の昼飯何にするかな! 鼻歌を歌ってスキップか〜


4897,閑話小題 ーシャバシャバ

2014年08月11日(月)

   * 娑婆とは
 「娑婆」の定義を知りたいとネットで検索したところ、次の内容があった。
≪ 娑婆とは仏法では人が生きる世界を指し、世界四苦八苦に耐える自由のない世界としている。
 しかし、俗語的に娑婆は刑務所に入っている人にとっての外の自由な世界を意味する。これは
江戸時代、遊郭を娑婆に対する極楽安堵の地と例えていたが、遊郭で働く女郎からは
「娑婆(外の世界)こそ自由の世界」になるためで、意味は逆だがどちらも人が普通に暮らす
世界をさす意味では変わっていない。俗語的意味で娑婆がよく聞かれるのはドラマなどの
出所シーンで「シャバの空気はうめえ」というセリフ。また、日常生活でも合宿中の生徒や
新入社員、人里離れた地で勤務する人など自由のきかない生活をしている人が
「早くシャバに戻りたい」といった形で使用する。≫ 
≪「彼岸」は「此岸」に対する言葉で、ともに仏教から出た言葉。「此岸」(こちらの岸)とは、
私たちの住む世界のことで、仏教では娑婆(しゃば)世界ともいいます。「娑婆」とは昔の
インドの言葉で、堪忍土とも訳され、耐え忍ぶ世界という意味です。≫ とあった。
▼ 父の口癖が娑婆。日常的に世間を娑婆と言換えて使っていたため、たびたび聞いていた言葉。
 商家は、日常が戦の場の真只中で四苦八苦世界の側面があった。 終戦直前に、空襲の焼夷弾で
街が焼かれた直後に物心がつき、一家は転業をしながら日々を過ごす娑婆世界の環境であった。
 若者言葉に「やばい」と「シャバ」をかけ「シャバイ」があるとか。今の私の日々は、シャバイになる?
この言葉から「ショバイ」が連想される。 ショバイ日々、商売に熱中する日々。ショバショバである。
現在の私は「ショボショボ」になるのか!
・・・・・・
4530, 閑話小題 ー他人に金を貸したことがあるか?
2013年08月11日(日)
   * 他人に金を貸したことがあるか?
 父親の教えが、「他人との金の貸し借りをするな、特に保証人の受け判や甘言の出資は
絶対にするな!」。ある姉が事業悪化に陥り、手形の受け判を持ってきたが、当然、断った。 
二ヶ月に一人、その対象を探していて、その番が私にまわってきたようだ。 しかし、実兄が
抵当に入っている自宅確保のため3百万を貸してくれの申し出に、さすがに迷った挙句、
百万を見舞金として出すことにした。それ以外、一切、他人との貸し借りはない。 
私の事業悪化時も、予備金があったので、銀行の追加借入れや、縁者などからの借入など、
考える以前の問題。20年前の最後のホテル投資以来、長期資金の追加借入はない。 
ただ愚直に、「予備資金に手をつけた段階で事業撤退をする」と決めておき、実際に断行した。
それを計画倒産というなら、その通り。「他人の不幸は蜜の味」の輩が興味本位で物語を
つくっているのだろうが、所詮は世間とかいう輩の戯言、共同幻覚。TVのバラエティに
『開運!なんでも鑑定団』があるが、そこに持込まれる骨董に借金のカタか、温情買取があるが、
ほぼ贋作。それと知って持込んだのか、本人も贋作と知らなかったか? これだけは当人の
動機の問題になる。バレたとき、自分も騙されていたと言い張ることが出来る。
骨董など美術館で一級品を見るだけで充分。既に亡くなったが知人に、あわよくばと
「億クラスの受け判」の話を持ち込もうとしたのがいた。「貧すれば鈍する」行為の典型が
「倒産直前の悪あがき」。私の場合は父親の教えと普段から言っていたので、断る手取り早い
言い訳になったが、断りきれない場合は、言い値の一割を返済期限ゼロという条件で貸し付けるか、
与えればよい。姉の場合は、事業整理のコンサルタントの費用の一部と、手伝いで、その不義理は
解消したつもりだったが・・ その折の知人縁者の借金一覧表が手元にあるが、よくぞ、これだけ?
 これらを見れば、貧する前に事業整理に早々と手順に入るしかなかった、ということ。
中学校、高校、大学の頃、自宅に何人かの地元の事業家が、借金の申込みに来ていた。
子供の頃から父に倒産、夜逃げの具体的内容を子守唄のように聞かされていた。
そして、借金と金融機関の恐ろしさも。それから身を守るのは長年かけた事業体質というか、
生活習慣しかないことも。 二年前に、直後に聞かれたことは「計画倒産?」である。
今どき計画倒産など有り得ない事ぐらい知ってか知らずか。 常日頃、万一の備えの話を
していたが、これである。 でもまさか、3羽の黒鳥(震災型変動)が、私の目前に舞い降りるとは。
 今では、多くの仲間の鳴声が聞こえている。その中の東京オリンピック、どうなのか?この時節、
普段から「親の遺言が、出資、金の貸し借りはしてはならない」と、周囲に言い続けましょう。 
ある日、突然、何が起きることか、実体験して、初めて分かること。裏山から外海を毎日、
眺める日々も、これまた複雑怪奇な気分。 Aのa層と、一部Aのb層は、数年前に避難完了。
やられるのが、それ以外の、もう失うのもないC層を除く9割の人々。 
海岸線で、日々の生活を何の疑いなく続けている。危ないのに! 
 ・・・・・・
4155, 閑話小題 ーオリンピックも後半に
2012年08月11日(土)
     * オリンピックも終盤に入った
 ロンドンオリンピックも終盤になってきた。今回のオリンピックは日本としてはメダル数が多い。外国にならいメダルが
取れそうな種目に集中してきた効果が、ここで出てきたようだ。特に女子選手の活躍が目立っている。国が衰えるとオリンピックや
サッカーのワールドカップの成績が良くなるというが。 そういえば以前ほどオリンピックに大騒ぎをしなくなった。不景気で、
浮かれていられないということか。 そろそろ国内外の政治も動き出してきた。9月から年末にかけ、中東のシリア、イランか、
ユーロ圏の経済危機で焦臭い動きがで始めるだろう。 今のところオリンピックへのテロは起きてないが、無事終了して欲しいもの。
テロリストも国を背負っているので躊躇するのが道理だが、それが通らないのが彼ら。
  * 地平線の距離は?
 地平線という言葉は、何か私たちを惹きつける。「どの位?」というと、20キロか、30キロと思うが、実は4キロ強。
一番身近では海原と空の境目がある。海岸線に100Mの展望台をつくったら、36キロ先とか。タンザニアのセレンゲッテーの
草原で、360度の草原の地平線を見たが、これは感動もの。 私たちが数十キロ先の山や海原が見えるのは段差があるため。
  * つれづれに
 この時節、早朝のポタリング(自転車散歩)の帰り道、子供のラジオ体操の帰り姿と出くわす。その姿を見て、「この子供たちは
60年、70年先も生きているのか!」という思いが出ている。つい最近までは、そんなことは無かったのに。一線を退いたことも
あるのだろう。羨ましいとか、気の毒にとかいう気持ちは無いが、これが昔からの年寄の気持ちだったのだろう。最近、隣家が
取り壊され更地になって3ヶ月経つが、幼児二人を連れた父親が、日曜日に空き地の中で楽しそうに佇んでいた。
恐らく近く着工が決まっていて、近い将来、家族で住むのを楽しみにしている姿が良い。人生で一番、幸せな時である。
・・・・・・・
3790, この世界株安、リーマンショック激震の津波!
2011年08月11日(木)
 先週末からニューヨークで始った世界株安、アメリカ、欧州で数日で一割近く下げたが、昨日は日米の株式市場で、
反発をして終わった。 ただ今週、いや今月一杯がどうなるかだ。 あのリーマンショックから、あと一ヶ月で三年になる。
そろそろ津波の本体が到来時期になる。この世界同時株安が、それである。 この津波は今後数年間は次次と押し寄せることになる。
リーマンショックから三年で、日・米・欧の政府は、その対策の投入などで破綻寸前、国債もデフォルト寸前の事態に陥っている。
その結果として世界同時株安に本格的突入とみてよい。 そして、その次に来る大津波がハイパーインフレである。 
これが世界を覆うのは二年後から三年後。 これで世界は大恐慌の真っ只中に入る。 三年前のリーマンショックは、数百年に
一度の歴史的経済的大変動の事象であるのは、今さら言うまでもない。それを何とか世界各国が緊急対策で抑え込んでいたが、
対策を出し切り限界にきてしまったのが、この世界株安。ドルとユーロは瀕死の状態で、その崩壊も世界株安と同時に崩壊の危機。
80円代前半で推移していた円も、ここで76円代に入ってきており、年内に60円代もある。この事態は体力を使い果たした
日本にとって大打撃。そうこう考えると世界恐慌が現実の脅威として姿を現してきた。
日本の地方経済は20年前のバブル崩壊、10年前の9・11テロ、そして3年前の9・15のリーマンショックで致命的打撃をうけた。
そして、この東北大震災である。この直撃をうけた一現象が、当方の倒産だった。 ビジネスホテルは景気の変動に敏感に左右する。 
だいたい30年の経験則からみて当方の売り上げ減は、その半年後から他の事業にも現れ出てくる。直線的に右下がりになるのではなく、
波状に上下を繰り返しながら、右下がり続いてくる。 東北大震災は布置(最悪の時に不思議と、最悪の事象が重なって起こる)である。
そして元社会党左派が、この時期に権力を握ってしまったのも布置。
 今回の恐慌は、1930年代の恐慌とは規模が遥かに大きくなるのはいうまでもない。結果からすれば、中国が破壊と再生を繰り返し、
世界のエネルギーの中心になっていく。これから起こる大恐慌も、その布置のひとつである。
世界的にみても、前半は東北大震災。後半は、世界的経済混乱(世界的株安、ドル:ユーロ安、穀物などの高騰)、その序曲がこれ!
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3425, iPad 対 キンドル ー2
2010年08月11日(水)
『iPad 対 キンドル ー日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』 西田宗千佳著
  * ソニーは、ハードの強みを狙う 【 以下は、要約である 】
 2008年、2009年に、eBookリーダー市場で売れたのはキンドルだけではない。二番手として活況を呈したのはソニーである。
アマゾンが、これまでの電子書店のネット窓口から直接、端末のキンドルに送信するシステムを強みにしたのに対し、
ソニーは、版権を持っている出版社に目をつけ、契約することした。 契約社会のアメリカでは、著者と出版時に契約を交わす。
契約に際しては、「出版だけに限らずオールライトを取りにいくのが基本」だから、デジタル化に関しても、許諾を出すのは
出版会社だけでいい。 出版会社との交渉だけで、一気に大量の書籍のデジタル版について、販売権を確保できる。 この原理は、
出版だけではなく、音楽、映画に関しても同じことがいえる。そのためアメリカでは、音楽・映画配信が、日本より格段に進んでいる。
ソニーの強みは「ハード開発」である。キンドルとの最大の違いは、通信機能を使って、新聞や雑誌を講読できる点である。
更にアマゾンと敵対関係にある大手小売店チェーンと組んで、一番売れそうなコーナーなどで売ることも強みになる。
アマゾンのキンドルは大手流通の店頭では売られてない。 何故ならアマゾンのネットで販売されるからである。
その盲点をソニーがついたのである。 キンドルがブームになり、その商品を見たくなり店頭に行っても、そこにはない。
そこにあるのはブランド力のあるソニーの商品とあれば、それを手に取ることになる。さらに他のコンテンツが利用できるとあれば、
顧客は、それに惹かれるのは当然のこと。アマゾンが「オンライン」で攻め、ソニーは「店舗」で攻める戦略である。
2009年までに累計100万台以上を売ったという。去年までに、キンドルは200〜300万台を売ったと推測されるという。 
そこにマックがiPadで割り込んできた。何と一ヶ月で100万台を売ったというから、その凄さには驚かされる!それは次回になるが・・・
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3050,4時間半熟睡法
 2009年08月11日(火)
 新聞で最近『4時間半熟睡法』という本の広告を見かける。買うほどでもないので、ネットで書評を読んでみた。
 ・一番良いのが6時間半〜7時間半である。
 ・就眠の三時間前に食事、一時間前に風呂かシャワーを浴び、熟睡タイムは0〜6時におく。
 ・布団に入ったら、とにかく早く寝入るように工夫すること。等々、今さらのことばかりで書いてある大方は実行済みである。
「3時間では短すぎる。が、習慣化すれば4時間半でよい。一番良いのは7時間前後で、床についたら早く寝入る工夫をしなさい」 
ということ。私は、「ベッドに7時間横になる。 寝れないときは気にしないでiPodを聴くなど工夫する」が基本。
寝れないことを気にしないように務める。だから寝不足気味ということはない。工夫として耳栓をするのが熟睡の効果となっている。
100円ショップに売っているが、寝入ってから4時間は爆睡できる。 これで8割の音が遮断される。更にゲルマニュウム入りアイマスク。
これは眼の周辺を暖めてくれる。(耳栓の半分位の効果がある) 睡眠は、それぞれの人の体質もあるから自分にあったを工夫するしかない。
昼寝が10分位は出来る環境にある人は、5時間を目安に訓練するのも良いのでは? 熟睡時間は無に近い状態だから、
要はそれ以外の中途半端な睡眠状態の時間帯を如何に工夫するかである。熟睡時間を4時間半とすれば、「残りの二時間をカットしてもよい」
と言うことになる。「習慣化すれば、4時間半の熟睡が深くなる」というのも道理である。睡眠は、食事と同じく人間にとって大きい要素。
だから軍隊や研究機関で研究される重要事項になる。その最低熟睡時間が4時間半というなら、その前提で自分の習慣つくりを
すればよいことになる。 組織のキャリア(エリート)が睡眠時間が口を揃えて4〜5時間というのにも一致する。
 私は、敢えて現在の7時間を5〜6時間に短縮する気は今のところ無い・・・  
   時間が無いとかいうのを言い訳にしている人は、是非チャレンジすべきである。
   こういう人に限って8〜9時間寝ている?か、 4時間睡眠で頑張っている?? 小○カ!
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2685, iPhoneは、超小型パソコンだった! −4
 2008年08月11日(月)
朝日新聞の経済欄『補助線』ーiPHONEを読み解くー が面白い!   
ーまずは、その内容からー
 *使いやすさ競う時代に*
最近、中国に出張したソフトバンクの孫正義社長は一度もノートパソコンを開かなかったという。
米アップルの携帯電話「iPhone(アイフォーン)」でメールをチェック。孫氏の感想である。
 7月11日にソフトバンクモバイルが国内で発売。初日は店頭に長い列ができた。 従来の携帯電謡のようなキー(ボタン)はない。
すべての操作はタッチパネルをさわる。 画面をつまむようにさわると画像が小さくなり、指を広げると拡大する。確かに面白い。
iPhone効果がでたのか、7月の契約増加数はソフトパンクモバイルが15カ月連続でトップに立った。だが、発売からーカ月がたち、
ライバルの通信会社や日本メーカーからはiPhone脅威論はあまり聞かれない。店頭には在庫があり、当初の混乱はなくなった。
   (字数の関係でカット2011年8月11日)
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2007年08月11日(土)
2321, デジカメを使った文字スキャナー
              o(*'▽'*)/☆゜’おはよう〜♪
毎日、随想日記を書くのは、かなりのエネルギーを要する。 ネタぎれになるので、どうしても「読書日記」が多くなる。
そこで、面白そうな箇所の紹介や、引用するのが一番手っ取りはやいが、本を書き写すエネルギーが膨大になる。
中途半端なブラインドタッチしかできないこともあるが・・・
5年ほど前にハンド式のスキャナーを買ったが、読み取るのが難しく何度か使ったが、途中で諦めてしまった。
しかし、このハイテクの時代に、よいスキャナーが必ずあるはず。そこで本気になって検索で調べてみた。
(字数の関係でカット2009年8月11日)


4896,ホントに大事なお金の話  −2

2014年08月10日(日)

         『知っておきたい ホントに大事なお金の話』佐伯 良隆 (著)
   * 医療保険と、生命保険に入る馬鹿!
 少し考えてみれば分かることだが、生命保険など、もっての他。あれだけの約定を誰も読まないし、
読んでも解りようがない。そこには、あらゆる保険会社に都合の良いことが書いてあるのは当然の話。
私たちが、30、40歳で死ぬ確率は1千人に1人でしかない。社会人になると同時に、保険屋からの
軽やかな勧誘。それが、実は家と同じ位の大きな買物であることさえ知らず、契約をしてしまう。
 そんな甘い時代も終わったと保険屋はいうが・・
 ーまずは、以下の部分からー
≪厚生省のデータによると、死亡率は35歳男性で1000人中0.8人、40歳では1・28人となってます。
 文字とおり万一ではないが、千が一ぐらいの低確率。とはいえ、不幸が起きてしまうと家族に対する
経済損失は大きく、人生最大のリスクになる。生命保険文化センターの試算では、40歳男性で、
妻38歳・長女10歳、長男8歳の4人家族の場合、会社員で約750万円。自営業者で約2400万円を、
民間の保険でまかなうのが望ましいと、されます。
 データによると30代男性は平均2200万円、40代男性は平均2800万円で多くが会社員で
あるとを考えると充分に用意できていますね。それでも、生命保険文化センターによれば、足りてない
と感じている人が6割にのぼる。月々払う保険料は、何も起こらなければそのまま消えていきます。
いわゆる「掛け捨て」という言葉にあるように、お金を捨てている気にさえなるかもしれません。
そこで、保険料の一部が将来戻ってくる商品があります。「積み立て」「貯蓄型」と呼ばれるタイブ。
払ったお金が利息とともに戻ってくると聞けば得した気分なる。万が一の備えと将来への貯蓄
がひとつの保険で、できるので、一挙両得な気がしますね。実際、貯蓄好きの日本人気質に
合ったのか、このタイプは人気のようです。ところがこのタイプ、よくよく見ると、掛け捨て型の
保険に「積み立て部分を編込んだ商品」なのです。将来の教育費に備える学費保険も同様です。≫
▼ 39歳までにガンになる人は、その累積でも100人に1人。そして、その死亡率は500人に
1人しかいない。統計から見ると、ガンは高齢者であり長生きをした代償。その漠然とした不安と、
こういう事実を知らない素人を言葉巧みに誘うのが保険の本質である。平均入院日数は35日で、
入院の自己負担は平均約20万。これに対し、保険会社から給付される保険金は、平均一万。
一生に1〜2度のイベントのため、保険に入っている。30歳の人が給付金1万を受け取るための
保険料は、月に約3千年。合計10年で36万。預金にすれば金利がついて40数万になる。
そこからも、保険のカラクリが見えてくる。支払保険の半分は、保険屋の餌食とみればよい。
 私の主義として、銀行借り入れの前提条件のホテルへの火災保険以外は、保険には入ってない。
そのため、家内は不安になって、結婚以来、家内名義の給与から、健康保険と厚生年金を
差引いた分の10万を40年間、預金をしていた。それが、3年前の窮地のタネ銭になったことは
何度か書いてきた。保険屋の餌食になっていれば、半分は?? この一連で言われた、
計画倒産など元もとする必要など無いこと。世の中には下衆の類が、あまりに多いが、
保険屋の一番おいし層な人たちでもある。
・・・・・・
4529, 生きる悪知恵  ー8
2013年08月10日(土)
              「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)
    * 親の面倒は金で解決と割り切ること
Q: いい年して恥ずかしいのですが、親と仲良くできません。中学の頃って、誰も口も利かなくなる
じゃないですか。  大学で家を離れ、正月もほとんど帰らないまま30年か過ぎ、もはや何を喋って
いいかも分からなくなりました。 とはいえ、ある年齢以降は「たまには親孝行を」と思って食事に
連れていったりもしたのですが、
 「ひとつも旨くなかったな」などと人の好意を無にするようなことを平気で言います。・・・
 そんなことが積み重なって、親との間に微妙な食い違いが生じるようになってしまいました。・・・ 
 どうすれば心穏やかに親と接することができるでしょうか。
A: 親の面倒は、それこそお金で解決しなきゃいけない問題なんです。だって、24時間も
 介護してたら、仕事はどうするの? 自分や奥さんや、子どもの生活はどうするの? 
 医師も介護のプロもみんな言ってます。
 「素人じゃできないよ」って。寝たきりでウンコを投げてくる人を、素人が面倒見れる訳がない。
 共倒れになるだけ。介護はプロしかやっちゃいけない。だから、そのためにもお金を貯めて
 おかないけない。 親孝行もいいけど、そのへんをはき違えて優先順位を間違う人が多い。
 家族のことを考えたら、姥捨て山に捨てなきゃならないときがあるんです。だから、本気で
 介護のことを考えるなら、早めにそういう施設を見つけておくこと。あとは金銭面でのバックアップ。
 家族がやるべは金銭面のバックアップ。週イチでもいいから、 お花を持っていって「大好きだよ」
 とか言ってあげる。そして、お金を出してあげる。だからもう、仲よくするとか親孝行など
 考えなくていいんです。無理なものはもう無理。というわけで、そもそも親と仲よくできないと
 悩むこと自体がムダ。【親子仲よくなくてヨシ。】 困ったときは力ネで解決。
 そのためにしっかり働きましょう。
▼ 8人兄姉の末っ子だったこともあり、両親から孫のように扱われてきたこともあり、至って良好。
 そうこうあって、実家に住むことになって現在に至っている。 母は亡くなる前の5年半の間、
軽い痴呆症になっていた。息子二人を含めた家族総がかりで何とか持ちこたえたが、傍目と
現場の違いは、あまりに大きい。金だけで解決できるほど甘くない。しかし、金で割りきった方が
良い部分が多くあることも事実。昔から、老人の蔑称に、「死にそこない」というが、長生きはよいが、
死に損なうのは問題だ。人生、そう甘くない! 特に最期は。明るくプッツンと逝きたいもの。
・・・・・・
4154, 中小企業の延命は、すでに限界 
2012年08月10日(金)
  * 金融円滑化法、来春廃止(返済猶予後の倒産が増加)
 昨日の朝日新聞の経済欄のトップに、「中小企業延命策、すでに限界」の見出しで、この活用後も
経営難が悪化し、倒産が増えている実情をレポートしていた。 ーまずは、その概要をまとめるとー
≪ 金融危機で資金ぐりが苦しくなった中小企業の借金返済を先延ばしの金融円滑化法が、来年3月末で
 期限切れになる。一時的延命も、経営立て直しも出来ず、倒産する企業が増えてきた。大方の会社は、
その延命期間も市場環境が悪化して、借金が増え続けてしている。 地銀の支店長によると、正常な貸出先に
戻れるのは全体の15%。計画通りにいかないのが85%を占める」。金融庁によると、返済猶予をした
中小企業は全国で30〜40万社の前途。この通りだと、25〜35万社がこの秋以降、かなり厳しい
事態になり、倒産が大幅に増える。≫
 私の事業も金融法で延命したが、売上減が止まらず先行きの見通しはゼロもあり見切りざるを得なかった。
恐らく無理をし続けていたら今は地獄。 おまけに、この秋口に欧州発世界的株式の暴落か、中東戦争が
起きそうな状況で、多くの倒産が続出することになる可能性が強い。これに再来年の消費税の増税を考えると
経済パニックは避けられない。この9月以降は日本も世界も非常に厳しい緊迫した状態になる。
何らかの延命策も取られても、このままでは済まない。実際に私自身が、その渦中にあったから、近未来が
手に取るように分かる。 平成を装っているのか、この静けさは何だろう。大手家電メーカー各社が軒並みに
大赤字でリストラが行われている。東北大震災から一般の消費動向が一変、ショッピングに楽しみを
見出さなくなってきているという。震災の経済に与える影響は、これからという上に、リーマンショックと
欧州発の金融危機とくれば、誰もが財布を締めて当然。 
どうも話はマイナスばかりだが。
 ・・・・・・・
3789, 天才だもの
2011年08月10日(水)
  { 「天才だもの。」ーわたしたちは異常な存在をどう見てきたかー 春日武彦著 }
 天才に関する本に何故我われは引き付けられるのだろう? それぞれの専門の切り口が違っているところが面白い。 
天才と気違いは紙一重というが、気違いの部分が重なっているだけ。 天才と気違いは凡人の世界から遥か彼方から
違った視線で、逆照射している部分は同じである。何処が違うかというと、目指した対象の創造されたものが
卓越した結果を出しているかどうか。気違い?は、そこまで完成させる執念がない。そのへんが凡人と重なっている。 
凡人も一度は狂い逆照射すべきだ!そうでないと?
ーまずは、序文の中からー
【 P/16 ー天才について語る時、多くは凡庸な語り口になってしまう。ここで語られるのは、
「天才」そのものよりも、私たちがどのような人物を「天才」と見なしてきたかについて語られている、といってよい。
・・・ さて天才の定義である。あたかも天から授かったかのような傑出した才能に恵まれた「選ぼれし人」
といったところだが、世間のイメージとしては、天才にはいくつかの条件が求められる。早熟といった点は
どうであろうか。天才は彗星のごとく登場する、しかも少年や青年のうちに・・ 。 
またランボーが不細工で貧相な中年男なら、あれほどの評価は得られなかったのではないか。画家のビュッフェも
画壇への登場は若干十九歳であり、ローティーンにして大学の数学科を総代で卒業したとか、天才以前に紳童である
天才伝説には必要なのかもしれない。・・・天才は日常生活においては無能ないし常識外れであることも、
世間は期待する。グレン・グールドは夏でも手袋をしていたとか、三島由紀夫は寿司屋でトロしか頼まなかったとか、
ディケンズは青い紙に青インクで原稿を書いたとか、ペン・ジョンソンは立ったままの姿で埋葬してほしいと
言い残したとか、その類の逸話を求められる。大いなる才能へ脳が機能の大部分を捧げてしまったため、
ごく当たり前のことが余力を割り当てられなくなってしまった、さもなければ形而下の出来事など関心の外へ追い
やられてしまっているのだと理解することによって、やっと我々は彼らを怪物と見なさずに済ませられるわけである。 
そして天才は幸福であってはならない。少なくとも世間一般で言うところの幸福に甘んじては困る。
いい歳をして電車の切符集めが趣味とか、五〇を過ぎても童貞で平気とか、金銭にまったく無頓着とか、
食事のメニューが一年三六五日同じとか、そういった非現実的なところがないと困る。あまりにも卑俗な欲望を
刹き出しにされると、我ら凡人たちのライバルとなりかねない。それは承服しかねるということになる。
妄想の持ち主、つまり精神を病んだ人たちは、ときに自らを天才と称す。つまり誇大妄想である。 統合失調症では、
当初は被害妄想に脳まされているうちに、狙われる自分ー>自分は狙われる価値ある存在ー>自分は天才だから
狙われる、という具合に変化を遂げるに至る。】
▼ 軽いタッチの天才に関する随想といった内容である。別に、御堅い天才論は別の本で読んで、
 これは我われが日常感じているレベルで読者と共に楽しめる内容である。この情報化の時代に、あまりに多くの
天才の才能が花開いてしまうため、逆に天才が見逃されるのではないだろうか。時どきブログで、「私は現在、
精神を病んで、一歩学術の世界から身を引いて・・云々」のプロフィールに正直に書いてあるのに出会うことがある。
むしろ、その方が、我われを引き付ける。特に、哲学とか論理学で行き詰まり精神に異常をきたし格闘をしている
人の文章こそ真実にみちている。以前なら絶対に目にすることのできなかった人たちの血と汗が、直接伝わってくる。
 ・・・・・・・
3424, iPad 対 キンドル ー1
2010年08月10日(火)
『iPad 対 キンドルー日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』 西田宗千佳著
 *「ウィスパーネット」が、kindleの秘密
アマゾンが発売した電子ペーパー本といったようなキンドル。「ウィスパーネット」といわれる通信機能が特徴。
ユーザーは通信をなにも意識しなくてもよい、何故なら通信料は書籍の代金にふくまれているので、別に支払う
必要がない。現在ではアメリカ?だけで41万冊の種類が用意されており、電子書籍の価格はハードカバーが
25〜30ドルくらいに対して9・99ドル。新刊も同時に発売されるものが多く、紙の6割ぐらいで売られている。
この威力は使った人にしか分からないという。まだ日本では馴染みが少ないが、要は「アマゾンのネットで
本を注文すると紙の本の替わりに電子ペーパーがキンドルに直接、着信する」のが特徴。 決済は、これまでの
ようにネット上でおこなわれる。iPod に似ているが、違うところは、直接端末に着信するところ。
一番のポイントは端末から直接、発注も可能であること。 【ネットに比べ、見にくいというが】
これまでのアマゾンの顧客を、そのまま取り込めるのがミソ。 更に新聞や雑誌も普及始めているという。
アマゾンは、kindleそのもので儲けることでなく、あくまで電子ブックを売ることが目的。ライバルは
現在のところ、ソニーとアップル。 アメリカ国内では、キンドル200万台に対してソニーは100万台。 
ソニーは、日本よりも出版が自由な米国で先行。一方、iPadは、電子書籍端末専用ではないノートPCと
携帯の中間の、他の機能を多くそろえた汎用機を目指しており、リビングでつかわれるシーンを想定している。
またiPhonむけの専用OSをつかえることで、その顧客の取り込みが有利。 それにしても、端末に
パソコンで注文した書籍が、直接、振り込まれるのには驚いた。iPodは、一度音楽をパソコンに振り込むのに対し、
端末の先の通信代を考えないで済む「ウィスパーネット」には、驚いてしまった。音楽も、近い将来、
機能としてつく可能性すらある。 他にも、それぞれの特徴を生かした端末が多く出てきている。 
次回は、ソニーの戦略 
 ・・・・・・・
3049,ハリネズミのジレンマ
2009年08月10日(月)
哲学者、ショーペンハウエルの逸話に「ハリネズミのジレンマ」がある。
 (哲学書では度々取りあげられる逸話である・・・) 少し取りあげたような、無いような?
《 針のような鋭い毛を全身に生やしたハリネズミが二匹,巣穴の底で震えている。外は吹雪で巣穴の中は寒い。
 そこでハリネズミは,寄り添い暖めあおうとするが、互いの針で相手を傷つけあうことになる。痛さで体を離すが
 今度は寒くてたまらない。一晩中くっついたり離れたりを繰り返した結果、そこまで痛くも無く相手のぬくもりを
 感じられるような距離を見つけて夜の寒さをしのいだ。》
▼ 若い時に、ある距離を越えて友人が近づいてくると、全身から針が出て相手を拒否する自分に驚いたことがある。 
 それでいて、逆に孤独感から知らない間に相手に近づき過ぎて相手の針を感じたこともある。8人きょうだいの末っ子で、
 家が商売をしていたこともあり、それぞれの独立性は幼稚園時代ら訓練されていた。私の家庭では付かず離れず、
 自分のプライバシーは披瀝しないことが、まず要求された。 だからハリネズミの逸話が痛いというほど分かる。
 大人数の家族では、むしろハリネズミであることが、自然態なのである。大家族は、それだけで空気が暖かくなっている。
 だから人混みの中の孤独には慣れている。他者と関わる時に(友人関係、親子、夫婦、会社などの人間関係)
 自我が露出してしまい、一人よがりになりがちになる。  成田離婚は、ハリネズミのジレンマの典型事由である。 
 また孤独の大切さを実感しながら、それぞれが寄り添う都会の群衆の群れの生き方がハリネズミのジレンマになる。
  ハリネズミ同士ならよいが、一方がネズミなら、ただ傷をつけるだけになる。 独居老人のジレンマでもある。
 ・・・・・・・・・・
2684, 己の地平の地を耕す
 2008年08月10日(日)
知人が二人、最近になって(10年前から)素人菜園に凝っている。たまたま事務所で二人が出会ったとき、
嬉々として話が弾んだ。何か奥深く面白いらしいが、私には向いていないようだ。 下地に10年はかかるらしい。
『心身にとって、これほど良いことは無い』と二人は口をそろえて言う。それを聞いていて畑での一連作業が
何か自分の心を耕しているに感じた。人生は畑を耕すのに似ている。長い人生の道のりも計画通りに楽しみ生きるより、
苦しみ努力をして歩むことが多いもの。スキップだけでは面白く可笑しくもない。たどたどしく泥まみれが人生である。 
イソップの寓話に、面白いのがある。
《 葡萄畑を持っている家族がありました。あるとき父が病に倒れた。病床の中で父はニ人の息子に言いました。
 「実はおまえたちに財産を遺してある。金貨を壷の中に入れて、葡萄畑に埋めておいたのだ。
 私が死んだら、その壷を掘り起こして二人で分けなさい」。父が死んだ後、二人の息子は葡萄畑を一坐懸命に掘り起こした。
 しかし壷はとうとう出てこなかった。 二人は落胆しました。ところがその翌年、何と葡萄がこれまでになく見事に実った。
 畑の土を掘り起こしたことで葡萄がたくさん採れるようになり、こ人の息子はとても裕福になりました。》
父の遺言は、息子に努力を教えるためのウソ。自分に与えられた人生の畑を懸命に耕してみること。
そこには必ず金貨以上の幸福があるはず。イソップの、こういう寓話を幾つか遺しているが、下手な人生論より良い。
(そういえば本屋で、そんな題名の本があった。今度借りて読んでみようか)「ところで御前さん、人生の畑を
耕したの?それも真剣に?」と問われれば「う〜ん、耕してきました!これでも」そして、「上を見れば限がない、
横を見れば情けない、下を見れば底がない!」と言うところか。
このように毎日、随想日記を書き続けるのも、ある意味で、畑を耕しているようなもの。
テーマ一つずつが、畑の一部分を掘り返しているようである。しかしね〜、それで、この様だから・・・・
畑の土は、雑草や動物が腐って積み重なって出来ている。 「人生を耕せなど、何をぬかす、御前さん! 
土が既に決まっているのだろうが。」という心の奥の声が聞こえてくる。
「いや、違う。その土を見分けて肥料を自分で探して、時間をかけて自分の野菜を作るのが耕すことだろうが・・」
ということがを、畑から学ぶのだろう。土といえば、アイスランドに行った時に、驚いたことがある。国土に土が
殆ど無いのである。岩石の上に辛うじて藻が覆ってあるだけ。植物が元々生えないので土が出来ないのである。
藻は菌で出来ているので土は必要としない。しかし、それは堆積はしない。その時になって、成るほど我々は
生物の屍の累積の上に生かされていることを実感した。
人生を耕す前に、畑を耕して、植物を育てると、その意味が実感できるのだろう。


4895,ホントに大事なお金の話  ー1

2014年08月09日(土)

          『知っておきたい ホントに大事なお金の話』佐伯 良隆 (著)
 お金に関する本を多く読んできたが、この本は、なかなか面白い。 実は昨日の
「事業人生のを決心して45年」の語り直し」ーホテル事業と、マイホームの購入ーは、
この本からの引用である。「住宅ローンに潜む危険な落し穴」については、「住宅ローン」を
「ホテルローン」に置換え可能と気づいた。それが、そのまま、三年前の結果になってしまった。
世の住宅ローンを組んだ殆どの人が、右上がりのインフレの時代なら帳尻はあったが、
デフレに転換した現在、バランスシートでみる限り、契約をした瞬間、不良在庫になり、年々、
価値が下がり続け、定年になって、ふと気づくと、不良在庫のマイホームと、手元には余命のための
資金すら残ってない厳しい現実を知ることになる。他人事でない。
その事業版が、私の現在?σ( ̄、 ̄=)ンー
   ーまずはアマゾンの内容説明からー               ┐('〜`;)┌  ( ̄~ ̄;) ウッ
≪ 預金、投資、ローン、家、保険、仕事、将来、経済、時間、幸せ、お金の儲け方、守り方、
殖やし方、 稼ぎ方、使い方、考え方……今まで誰も教えてくれなかったお金のこと、ハーバードMBAが
ゼロから教えます。
○【お金の判断、そして人生の決断には、確かな知恵が必要だ】=「残念なことに日本では、
まともな金融教育が長らく行われてきませんでした。お金の話は品がないとして、学校や家庭では
金融教育をさける傾向にあります。それで日本人の多くは、お金についての大事な話を誰からも
教わらないまま、大人になるのです。しかしいったん社会に出ると、お金と正面から向き合わねば
なりません。就職、仕事、結婚、ローン、住宅、保険、投資、貯蓄、老後、……さまざまな局面で、
お金についての判断を迫られます。さながら、装備のないまま社会という荒波の航海に
出るようなもの…(はじめにより)
○【ハタチの自分に読ませたい】= お金の「殖やし方」「守り方」「稼ぎ方」「使い方」「力」から、
  ・・・お金と「経済」「幸せ」「時間」…まで、ぜんぶ教えます!
○【お金のことが、ぜんぶ自分で決断できるようになる! 】=「給料が上がらず、この先心配……」
「投資を始めたいけれど、何がいいですか」「保険には入ったほうがいいの?」
「貯金はいくらあれば足りる?」「どうしたら、お金に苦労せずにすむのか……」 生きていくうえでの
お金の悩み、不安、すべて自分で答えを出せるようになる!
○【身近な話題にこそお金の本質が隠れている】=「今すぐ100万円もらうのと、1年後に105万円
もらうのではどちらがいい?」「100万円が半々の確率で、150万円か50万円になるのと、同じく
110万円か90万円になるのではどちらが得?」「宝くじはハイリスクマイナスリター!?」・・
答えられそうで、答えられない質問から、お金の本質に迫ります ・・答えられそうで、
答えられない質問から、お金の本質に迫る。
▼ <「事業人生を決心して45年」の語りなおし>の、第一歩の20才の、いや34才の自分に、
是非とも教えてやりたい内容である。当時、お金の本質に関し多くを知らなかったし、現在も
同じようなもの。シンプルに考えれば、生命保険には入らない方が良いに決まっている。
で、私は掛けなかった。投資信託も同じこと。 次回から何回か、幾つかをピックアップをする。 
今さら遅いが、これに関する無知が悲しい!
・・・・・・
4528, 生きる悪知恵  ー7
2013年08月09日(金)
                 「 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)
   * しっかり治して、しっかり舐めろ
Q: 知り合って三年、やっとものにした彼女のあそこが、くさいんです
A: こういうのを「すそワキガ」というらしい。傷つけないように知らせて、治してから、しっかり舐めろ!
   * さっさと当たって砕けましょう
Q: 職場の22歳も年下の彼女が好きになりました
A: 7〜8割は、「好意は持っていますけど、お父さんみたいな感じで、そんな風に考えてませんでした」
  と思いますけど、最後の恋かもしれませんので、「さっさと当たって砕けましょう」(ただしシラフで)
   * 小6の娘が好きな男の子の家に入リびたりで心配です。
A: 小学校6年の娘が好きな男子の家に行くようになり夕方まで3時間は二人きりで過ごしています。
  両親は共働きで留守。娘に注意すると「何がいけないのよ」と逆ギレされますし、向うの家では
「うちは放任主義です」と取り合ってくれません。12歳で肉体関係はないと思いますが、もしもの
ことがないか心配です。
Q: これはダメです。ヤリマン階段を上ってます。いや、別に男女間でどうこうじゃなく、
親のいない家に子供がいるのは、遊びで火事になったりとか、事故があるんで危険。
あと、大人がいない家に上り込むのは泥棒のすること、って私は教わりました。セックスとか
心配する前に泥棒。めちゃ罪重。何かなくなって「アンタんちの娘が盗んだ」と言われても
  対応のしようがないし。人の家に勝手に上がっちゃいけません。それは基本的な問題です。
とりあえず、大人がいない家に上げさせる向こうの親とあなたが悪い。
どうしても娘がの男の子と遊びたいなら、私だったら男の子を自分の家に呼ぶなあ。
向こうが「ウチは放任主義なので」って言うんだったら、あなたの家で一緒に晩ご飯を食べれば
いいし。  しかも、娘にそんな好き放題させておいて、「まさか肉体関係は」って被害妄想だけ
膨くらませてどうするの。 「娘に注意すると逆ギレされる」って、それで引きさがるあなたが悪い。
ウチの田舎の高知県なんて、もっと親が強いですよ。東京とかで見てると、子供にすぐ折れるんで
ぴっくりしたもの。子供に逆ギレされて、そのまま何も言わないということ自体が、まったく
わからない。子供がキレたら倍に返しでキレるというのが私ら高知のやり方。
これはもう、奥さんもキレまくってください。張り倒してポコポコにしてでも連れて帰ってきてください。
  こないだ息子が反抗期でウソついて塾サボってて、私がキレ、「めえみたいウソつきは
親父みたいな気違いアル中になって道端でクソもらして死んじゃうんだよ。死ねクソ野郎。」
って怒鳴ったら、息子と娘に「いくら何でも、その言い方はよくない」と叱られましたが、激しく
キレないと、相手はバカなので伝わりません。
▼ 振りかえってみて、小学校6年生ぐらいが一番、男女とも魅力的な空気が漂い、しっかりした
オスメスになっている。それも誰も居ない家で二人きりなど、黙認する方がおかしい。息子二人
なので、娘を持った父親の気持ちは分からないが、直接、相手の父親と話合う。
「うちは自由放任は、女子の親の言い分なら分かるが、男子の親の言い分にはならない」と。
・・・・・・
4153, 人間には限界がある
2012年08月09日(木)
 人間、それぞれの能力があるが、当然ながら限界がある。その一つに自分で勝手に
決め込んでしまう心理的限界がある。30歳・40歳までは、その限界を壊し続け、アップスケール
する成長期である。自己能力の限界の設定と、その達成。そして破壊になり、限界の挑戦の
繰り返しになる。機会を見出し、挑戦、変身していく、これが成長である。
これは仕事だけでなく、趣味の分野でも同じ。40歳代に入ってからは、秘境・異郷旅行を趣味にし、
カナダのロッキーから、アフリカのケニア、タンザニア、南アフリカ、北アフリカ・中東、そして南米、
シルクロードへと、行き先を広げていった。 未知の世界に初めて行くときは、まず心理的限界を
乗り越えなければならない。直前に大きな心の揺れが出て、計画断念まで考える。
しかし一歩、家から出れば、あとは成り行きに任せる。限界は誰にもある、要は、その先に
踏み出すかどうか。 口では軽く言えるが、いざ実行となると、そう甘くはない。
挫折は、その限界に跳ね返された時に生じるが、自分の再構築する機会になる。 
諦念とは、限界を知り、そのまま素直に受け入れることをいうが、実に辛い。 
世界的カーレーサーの言葉に、「限界は誰もいける、問題は、それから先に、どれだけいけるか
である」という名言がある。 野球の野村元監督の講演で印象に残った言葉がある。
《 自分は二流の能力しかなかった。その事実を認め、戦い勝つためには「考えること」しかない。
一流選手の中で勝ち残るために、その間にプラスの要素を加える工夫しかない。
それが考えること、データー野球・・・云々》 
凡人は、一に準備、二に準備、それを常に楽しみ工夫してやるしかない。
あまりに、考えない人が多い。そう思ってきたが、一番考えないのは、この私。これは全ての人に
当てはまるが。 実際に、あと10年間は考える時間が欲しいが・・。 
ところで、モバイル携帯端末が普及してネットで世界が繋がってしまった現在、能力の限界も
今までとは違ってきている。脳がネットで世界中に繋がったのである。面白く、かつ恐ろしいことで、
ここに時代の大きな断層が出来てきた。20年、30年前だったら、数百億もするコンピューターが、
ただ同然に世界中の人々が持てるようになり、現実世界をネット世界が覆いだしたのである。
これが断層となって既存のシステムを根底から破壊はじめてきている。 
ところで人間を不幸にしている要素に、その限界を認知できないことがある。
そこに不幸の種が出来てくる。として、限界を遥かに超えたところで、砂利の大きさと形の
差異でしかない。面白可笑しく楽しむしかないか、最後は!
・・・・・・・
3788, 閑話小題
2011年08月09日(火)
  * 水戸黄門が放送終了という
 水戸黄門が、今年の12月で放送を終えるという。放映開始が私が社会に出た年1969年で、42年になる。 
1979年には視聴率は43.7パーセントというから、信じられない人気だった。それも現在10パーセント前後まで
落ちていた。勧善懲悪がハッキリしていて、印籠を出す時間が分単位で分かるという。 初代が東野英治郎で現在の
黄門様は5代目。最後は黄門様のお上の力を披瀝することで、各藩の下々や家老などの悪事を暴く筋書き、40年以上も
経てば飽きられて当然。当初の頃、年に数度みた記憶があるが、最近は全くみてなかった。 由美かおるの入浴シーンも
売りだっが、数年前に彼女も還暦を向かえとこともあり、なくなってしまった。 当初のころ、芥川龍之介の逆視線の
「桃太郎」の物語と、水戸黄門の勧善懲悪が重なりを感じてつまらなくなった。桃太郎が勝手に鬼が島に鬼を征伐に
行って、宝物を奪略してきたという筋書き。立場変われば善悪は逆転するという捻れた物語。鬼にとって桃太郎こそ、
勝手な侵略者。そういえば姉の一人が大好きで、脳の構造までが、印籠を出すタイミングを常に計っていたようだったが・・
地方都市の世界は家紋〜 城下町小唄は今も続いている。全ての世界も同じ? そこしか知らないものにとっては
  * 無言の圧力
「毎日のように、貴方の随想日記を読んでいると、無言の圧力を感じる」と、ある人にいわれた。成る程、そうかもしれない。
ここでは思いの一部分も書ききれてないが・・ 毎日続けることで、書いた言葉の背後にある無言のエネルギーを感じるのか。
理路整然と筋道を書き上げることは、それなりにエネルギーを要する。とはいえ、書き、修正を加え完成させると、それを
第三者として、それを見つめている自分がいる。それも毎日10年分の同月同日の文章もコピーし読み返していると
奇妙な感覚になる。同化しているような。一文章 2時間×10年=20時間の集中したエネルギーもある。(テーマ探しは別) 
書いた瞬間に全て忘れているためか、書いた本人が一番、エネルギーの痕跡を感じる。書いてしまった文章は
過去のエネルギーであり、時間がたってしまい再度読んでいる時、現在の自分のエネルギーと混同する。
それが読み続けることで「無言の圧力」のように感じるのか。 それを感じさせるだけ稚拙ということ。    
 ・・・・・・
3423, 5つの「あ」
2010年08月09日(月)
中国奥地で国際援助の植林活動をしている日本人が、「5つの‘あ’」で現地で頑張っているといっていた。
「 あせらず、あわてず、あきらめず、あてにせず、あなどらず 」である。
「中国人の反感の視線の中で、こういう地味の国際活動は、この5つの精神でないと持続できない」という言葉が重い。 
人生訓でもある。 そこで、≪5つの「あ」≫と検索で調べてみると、他にもあった。
* 『あせらず』 不安、焦燥があってもゆとりを持つことが必要です。
  『あわてず』 現時点で急な展開を求めるべきでなく、少し時間的猶予を…
  『あきらめず』まだ自分には使っていないものがあるから、それを使えば安全・自由です。
  『あるがまま』現実をありのままに見つめ、目の前のことを、感謝・喜びとして感じると、あるがまま行動できますよ!
  『ありがとう』今日、一日の無事に感謝し喜びをこめて“ありがとう”と表現しよう
* あんしん. あんぜん. あたたかさ. あいじょう. あかるさ
* 挨拶、ありがとう、謝る、頭を下げる、新しいこと  などがあった。
 しかし、中国での植林事業では「「あせらず、あわてず、あきらめず、あてにせず、あなどらず 」が良い。
 自然体の具体的な心の持ち方ということ。逆に「焦り、慌て、直ぐに諦め、誰か・何かを当てにして、あなどる」が、
 日々の自分たち?   それにしても、中国でボランティアで長年、植林にたずさわっている姿に頭が下がる。
 ・・・・・・・・
3048,閑話小題 
2009年08月09日(日)
   * 印税は定価の一割
  作家の一冊あたりの手取りは大まかにいうと、定価の一割という。 といって、一万冊売れると思って出版はしたが、
 半分も売れなければ、その一割が入るかどうかだ。本を出版して一万冊売れるかどうかが目安(現在は7〜8000冊)
 1500円の本が、まあ売れたとして150万円でしかない。だから作家にしても、ノンフィクションのライターが
 物書きで生活するには並大抵のことではない。 現在は、出版不況で総合月刊誌の休刊が相次いでいる。
   * モノを知らないから困るのではない
 「我われは、モノを知らないから困るのではない。知っていると勝手に思い込んでいるから困る。」の名言がある。
 その上に、知っていることが、実は間違っていることもある。
 「人は、それぞれが知っている範囲の中でしか、理解しえない」ということも最近つくづくと思うこと。
 結局は何にも知らないも同然だったということだ。特に他人に対して、それがいえるのでは。
 知っていたつもりの人が、全く知らない一面というより、多面を持っているのを知り度肝を抜かれることがある。
 我われがインドのカースト制度の差別社会を見るとき、それは実は気づかないだけで、日本でも歴然としてあること。
 自由、平等、そして思いやりのある博愛、等々は全部ウソ。 それを知っているつもりで、実態は不自由で、
 身分社会が厳然としてあり、大方が金で左右される取引社会の真っ只中にある事実が見えてないだけ??。
   * 昨夜は高校の同級会
  昨夜は、高校の同級会。 幹事だったので気を使ったが例年通り盛況に終わった。出席が15名。 
 ドタキャンが一人と、連絡なしの欠席が一人。 二次会は6人出席。 ドタキャンもあろうと会費を千円を上乗せを
 していたので何とか凌いだが、問題の二人は、これまで一度も出席をしたことのない男。 亡くなった山田君の
 奥さんに三回忌という名目で出席して貰ったが、故人も喜んでいただろう。 それより故人の奥さんが、その場に
 馴染んでいたので安心をした。驚いたのは、奥さんも含めて無職が一人だけのことだった。 
 自営業が半分以上ということもある
 ・・・・・・・・・
2683, iPhoneは、超小型パソコンだった! −3
2008年08月09日(土)
  −Phnoe の経過報告
これが気に入っているのは携帯電話に馴染めなかったことが大きい。
ボタン入力が苦手なこともあり、気楽に弄りまわせないでいた。それより気楽に電話をかけたりメールを出す相手が
いないこともある。家内が昨年の春に初めて自分の携帯電話を持ったとき、嬉々として使い出した。妹とメールの
遣り取りを遊び感覚でしはじめた。土日の暇なときに、「いま、暇。何してる?」とかをメールで入れたり、
私がTvを見ている前で、ワンセグで他のTvを見たりしている。   (字数制限のためカット 2010年8月9日)
・・・・・・・
2007年08月09日(木)
 2319, 5次元世界が存在する?   ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ
何かSF的な話か、新興宗教の本に出てくる異次元の話が、たまたま見ていたNHK・TVで放送していた。
「エッ、何?」と注目してみた。あと数年もしないうちに「『5次元の世界』が発見される可能性がある」という。
来日中の理論物理学者のリサ・ランドールがNHKのアナウンサーと、朝から異次元を語っていれば、
私でなくても誰でも驚くであろう。    (字数の関係でカット2011年08月09日) 
・・・・・・
2006年08月09日(水)
1954, ある首斬り役人の日記 −1
 「ある首切り役人の日記」 フランツ・シュミット著
 −そろそろ、お盆! 少し背筋が凍りつく内容もよいだろう!ー
 (字数の関係でカット2011年08月09日)   ・・・・・・・・・
2005年08月09日(火)
1589,自民郵政解散の攻防−3


4894,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー46

2014年08月08日(金)

   * ホテル事業と、マイホームの購入
 ホテル事業も、個人のマイホームの投資も、長期ローン物件は大きなリスクを抱え込むことになる。
ホテル建設には、まず銀行の同意が絶対条件で、完成後には会社所有になると同時にオーナーと
錯覚をする。それが実は間違いの元。10億投資のホテルで、2億円を自己資本としても、
8億円は銀行で、実質的オーナーで、あくまで間借り人。
 住宅ローンで例えると、3千万のうち自己資本が600万、2400万をローンで組んだとして、実質、
その分は銀行が所有で、実質オーナーは、あくまで間借りということになる。そこが間違いの元。
「お金は、自身が固定されることを極めて嫌うため、買ったと同時に暴落する性格を持っている。
買ったと同時に3分2とみればよい。 そこで自己資本分600万は、ゼロになる。 
夢のマイホームとは、サラリーマンが長年かけた預金を一瞬にして蒸発させてしまう現実を、
99%の凡人は、その現実に気づかない。 売り手の住宅メーカーも、利益団体であり経費がかかる。
そこに3〜5割の掛け値を上乗せをするのは当然。 商談が済み、契約をした途端、長年かけた
自己資本の預金が消失してしまう。そのことを99%は理解できない。 
 資産=負債+純資産というバランスシートが会社も、個人にもある。契約をした瞬間に、
この純資産が消滅してしまうだけでなく、マイナスになっている現実に気づかない。そのため、
自宅は不良在庫になる。バランスシートで考える限り、貧乏サラリーマンは、自宅を購入しては
ならないことになる。だから、親が無借金の持家かどうかが大きく人生を左右する。
 住宅ローンの3千万円を、ホテル事業でも同じことが言える。 私の場合、二桁上の30億。
自己資本が、当初、2億、その後の利益で5〜6億円まで増加したとして、ホテル建設費で、
ゼネコンの談合システムで2〜3割は撥ねられしまう。実質営利犯罪システムが、存在していた。
更に、金利の上下変動と、
税制のカラクリで多くの税金を払うことになる。 最後は、時流の変化のリスクが待っている。
そこに資産デフレとなれば、まさに倒産になる。三年前、私の身に起こったことは、まさに、これ。 
金利変動、収入減少、それと欠陥や火災問題などがある。現に、私は、会社と個人補償で丸裸。
当時の役員二人は、この住宅ローンに直面している。私を含めた三人は、30年も長期投資物件に
たずさわった経験者。それからして、この有様になる。 西武鉄道グループは解体、東武鉄道
グループにしろ、日本の大手ホテルチェーンは、都心以外は経営状態は良くない。
 弱小資本は、長期ホテル投資などしてはならない!が、結論である。 やるなら早々の
事業転売が前提で、資産デフレの転換期の1990年代まで。 面白かったのは、準備期間と、
立ち上げ。 しかし面白かったは、感情面の話でしかない!この結果で、思いの外、喪失感が
少ないのは、自分も、借り物でしかないことを少しでも知っているため?
 凡人は、何であれ、搾取される対象でしかないとは、これも自然の摂理ということ?
グローバル化とは、そういうこと。一強多弱は、どの世界でも、露骨にたち表れてくることになる。
・・・・・・
4527, 生きる悪知恵  ー6
2013年08月08日(木)
                「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)
   * 娘が、漫画家になりたいと言い出しました
Q:高2の娘が、漫画家になりたいから、大学に行かずマンガを描くと言い出しました。昔からお絵かきが好きな子で
 マンカもよく読んでいましたが、まさかそんなことを考えているとは思わず、驚いています。特に成績がいいわけでもなく、
 この就職難の時代に中途半端な大学に行くより、なれるならなってくれたほうがいいという気もします。でも、プロの
 漫画家になるなんて簡単なことではないでしょうし、娘の描きかけのマンガを見ましたが才能があるかどうかわかりません。
 娘に才能があるかどうか、どうやって判断すればいいのでしょう? 今は大学もマンガ学科みたいなところがあるようですし、
  そういうところやマンガ専門学校に行かせたほうがいいのでしょうか? アドバイスいただればと思います。 
A:私が美術予備校に行って勉強になったのは、自分の作品と他者の作品を冷静に見比べることができるようになったこと。
 300人の絵を並べて、その中で最下位だということがわからなかったの、最初は。「なぜ、自分が最下位で、この人が一番?」
 なのか自分が見えてなかったの。 ・・すごい不細工なのに自分のことを可愛いと思い込んでるコがいるでしょ。あれと同じ。
  でも、予備校で本当に上手な人の絵を見て、大学に行ったらもっとみんな上手かった。 で、「ダメだ、こりゃ」って、
 自分の実力がいかにないかとわかって、「じゃあどうするのか」って、そこからですよね。そういう意味で、専門学校みたいに
 人が集まっているところに行くのも自分の位置を知るにいいかも。・・才能があるかどうかなんてやってみないとわからんし、
 親が判断することでなく、それは世間様が判断すること。
  ・・まあ、別に漫画家じゃなくても、高校生にもなった娘が進路について「これをやりたい」というのに
 反対することはない。ひとつだけアドバイスするなら、「アルバイトはさせたほうがいい」ってことかなあ。
 お金をもらって、他人に怒ってもらえるという経験は貴重です。私もアルバイトでいろんな経験させてもらったのが
 財産になってる。 いるだけで「可愛いね」って言われる時代から、いるだけで「邪魔、パパア!」って言われる時代まで、
 女の人の方が描くことの引き出しが多いんですよ。だから、やっばりいろんな場所でいろんな経験してほしいですね。
▼ 早期退職のサラリーマンの蕎麦屋をしたいという話と同じ。遊びや趣味でやるのと、それで生活していくのは別問題。
 17〜8年前になるが、甥っ子が京セラに勤めて10年、何かで社長賞を貰ったのを契機に漫画家に転身したと聞いた。
 当初は、そこそこ売れっ子だったと聞いていたが・・ 漫画家の名は、自分の名前を逆読みにした「きもと○○」という。
 次々と若い漫画家が出てくる中で若い人の感覚を取り入れ続けて生き抜くのは大変のはず。この娘の場合は、専門学校に
 入れるのがベスト。その世界で仕事が出来るだけでも、本人に馴染むからである。
・・・・・・
4152, 「B層」の害毒
2012年08月08日(水)
          【 ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 】ー適菜収著 より
 哲学者の適菜収のー日本を蝕む「B層」の害毒ー論が面白い。B層といえば(何度か取り上げたが)、小泉元総理が
「ワンフレーズ」で、「マスコミに扇動されやすい大衆に名付けた層」をいう。2005年の郵政選挙の際に選挙戦略として
国民をIQと構造改革への姿勢からA層、B層、C層、D層に分類し、B層を選挙のターゲットとしたことに由来する。
これで当時の自民党に圧倒的大勝利を収めた。この層について、著者は以下のように分析している。
≪ 「B層」とは何かというと、
◎〈マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち〉とあり、
〈B層は絶対に反省することがありません。無制限に拡大した権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。
 郵政選挙で騙され憤慨し、再び民主党のマニフェスト詐欺に騙され失望し、将来にわたり「騙された!」
 と喚き続ける存在がB層です。〉とある。
◎〈今の世の中が肌に合わない人。今の世の中のどこかがおかしいと感じている人。今の世の中を深く軽蔑している人。
 そういう人はニーチェの言葉に耳を傾けてみるべきでしょう〉という
◎〈B層の問題とは、すなわちキリスト教の問題なのです。〉 〈B層が無知を自慢し、偉大な人物が死んでも
 「アタシ知らなーい」「誰それ?」などとわざわざネットに書き込むのは、彼らがキリスト教の影響下にあるから。〉 
◎〈まともな哲学者・思想家は、例外なく民主主義を否定しています。人類の知性は、民主主義と
 戦い続けてきたのです。 民主主義は、十八世紀に発生したキリスト教カルトです。〉
(わが国にも「民主主義には寛容の精神がある」「民主主義は少数意見を尊重する」などと言う人がいます。
 バカなんでしょうか? 民主主義に一番たりないのは寛容の精神と少数意見の尊重です。) ≫
▼ 問題は、B層が悪いのではなく、彼らは、どの様にも操作されやすいということである。これまで、マスコミは、
 大衆として、彼らを捉えて、その操作を駆使しトップダウンを役割にしてきた。 ところが、そのB層に超小型
パソコン=モバイル携帯が普及して、これが情報のコンテンツになってしまった。B層には、自分がB層の自覚がないため、
そのレベルの判断が体勢を占めてしまう。これが「B層の害悪」になるのである。B層はA層にコントロールされてこそ、
社会は保たれるのに、B層が主導権をとったら、そこには混乱があるだけである。現在の民主党の混乱は、これである。
A層を自認してきた自民党も、あのざまで、C層化している自覚が全くない。この超小型パソコンが、今後もたらす
影響はモンスターのように、世界を混乱に陥れることになる。タブレットPCも含めた端末情報機器が、
プラスにもマイナスにも社会を激変させている。
 ・・・・・・・
3787, 閑話小題
2011年08月08日(月)
  * アメリカ国債の格下げ
 ここでアメリカ国債が、アメリカ議会での共和・民主党の対立で危うくデフォルト(債務不履行)になりかけた。
このため70年維持してきた格付けがトリプルAからダブルAに下げと発表になった。これはアメリカ国家の格付け
と同じである。3年前のリーマンショックは世界経済システムの崩壊だったが、それに対してアメリカ政府は、
やれることは全てやり尽した。それが限界にきた結果がデフォルトの危機である。 このことは、円高、ドル安は
当分の間は続くことを意味する。その結果として世界にとって、とりわけ日本にとって最悪の事態になる。 
まず世界同時株安、そして世界恐慌の具体的現象化とみてよい。それが今年の後半から来年に始ることは
リーマンショック直後からいわれていた。欧州経済も右倣いで崩壊寸前の事態で、その歪が何時爆発しても
おかしくない異常事態。 まず今週から来週にかけて世界の株価がどうなるか見ものである。
  * 原発事故、これから始る影響
 原発事故による放射能汚染の実態が一つずつ表面化している。まず、この秋の新米がどうなるのか。最悪の場合、
東北・関東甲信越の新米が全滅ということもありえる。その対策として消費者は既に古米の購入に走っている。 
特に子供がいる世帯は他人事ではない。汚染が、どの程度で収まるのか今のところ誰も分からない。 それは時間と
共に現われ出てくる。悲観楽観論は、この事態では失せてしまう。放射能は水の循環の中で動植物の生態の循環の中に
静かに入り込み我々に影響してくる。昨日、チェルノブイリの事故の、その後の現地民の汚染による影響のTV番組の
再放送を見た。あそこまで酷くはないとしても、日本人は放射能に敏感である。それが水と農作物、畜産物から体内
汚染とくれば、壊滅的打撃になる。 本州崩壊と原発事故直後に風評が聞こえてきたが、それが現れ出てきているのか。
  * 私は特別の人間! だもの
 若い女性は、いや人間そのものは、心の何処かに「自分は特別な存在」と思っている。しかし少し考えれば、
それぞれが特別の存在であり、今さらいうことではない。しかし世界の広さと深さを知り、自分の卑小さ知るにつけ、
特別の存在という思いなど吹っ飛んでしまう。 最近、身近の人が正直に「私は特別の存在なの」と面といわれて
驚いてしまった。その言葉の中に、特別選ばれしものという思いあがりを感じたが、そう心の底に、思える純真は
大事なのかもしれない。ただ見方によれば、ただ無知なだけだが・・ 今、此処にある存在の不思議からみれば、
私は特別の存在と思うのも仕方がないのか? たまため去年の同日に取りあげたテーマの通じていた。
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3422, 哲学者の言葉 100 ー2
2010年08月08日(日)
 * 第一章、哲学と人間
  ≪ すべての人は、われわれのようなものである。<ヤスパース> ≫
 これまで生きてきて、どの世界にも同じような人がいて、同じことを考えていた。ただ違うのは、地方性と、
レベルの差。そこで差異をみると同時に、同じところをみることが、早く同化するポイントになる。年齢差、男女、
地域性、学歴差、などあるが、まずは、同一性が問題になる。 まず P−21の以下の部分を、抜粋してみる。
【 そもそも人間とは何であるかについて、ヤスパースは次のように考えました。「人間は一つの点のように
存在しているのではなく、いつも何かの状況の中に拘束されて生きている、そのような"状況内存在"である。
さまざまな状況と関わりをもち、いろいろな予測や判断によって危険を回避しながら事を運んでいくが、最後には
乗り越えることのできない壁にぶち当たる。それは、争い事や、責め苦や、死によってもたらされる」 ヤスパースに
とっては、人間は言葉をもち思考する生物であり、行為によって国家(都市国家)を法律のもとに共同体としてつくった
生物であり、道具を製作し仕事をし、経済によって生計を営む生物なのであるが決定的なことはそういう事柄にはない。 
人間の本質は運動の中にあるという。人間は現状のままにとどまってはいられず、他の動物のように平穏無事に
世代から世代へと同じことを繰り返す存在ではない。人間は、袋小路、退化、転倒を繰り返し、自己疎外に陥ること
すらある……。・・・ ヤスパースは、このような意味で「すべての人は、われわれのようなものである」と言いました。
そして、人間が、やがてどこかで、いつの日か、限界状況にあるのを知ったときに、人間はこれまでと違うことを始める。
知識欲や、航海の冒険、とどめがたい好奇心等々いろいろありますが、それは勇気を伴なう。
この勇気こそが限界状況でも人間に自由への希望を与え、勇敢に終局へと向かわせるもの、とヤスパースは考えた。
人間が何であり得るかは、やはり彼の自由の希求の中に秘められています。人間が生きていく限り、絶えず努力して
獲得しなければならないのは、人間として品位であり、人間が人間であるのは、その品位をまた他人の中にも認めること、
それが、「すべての人は、われわれのようなものである」というヤスパースの言葉の内実(内なる事実)でもありました。】
《人間が生きていく限り、絶えず努力して獲得しなければならないのは、人間として品位であり、人間が人間であるのは、
 その品位をまた他人の中にも認めること、それが、「すべての人は、われわれのようなものである」》は、究極の真理。
そうありたいが、そうはいかないのが人間様である。人間としての品位のないのが、人の中にあるわけのない品位を
求めてしまうから、ことが拗れてしまう。勇気こそが限界状況の中で自由への希望を与える、というのも道理である。
老いは勇気の喪失からくる。
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3047,自信過剰な人
2009年08月08日(土)
 異常なくらい自信過剰な人を最近、身近で見かけた。その位でないと、この時代では前進できないが、
それが自分の実力を超えた思い込みでは、自滅する確率は高くなる。 やはり身近で自信喪失の人もいるから、
その両者の断層から多くのことが見えてくる。 世の中は自信過剰な人と自信喪失の人で成り立っているし、
人生はその交互作用でもある。この不況の中では「私」は少々自信喪失気味だが、そのぐらいの方が良いのだろう。 
特に若いときなどは自信過剰と、その結果としての無残な失敗の繰り返しがある。失敗に対して、繰り返し立ち上がって
チャレンジできるかで人生が決まってくる。大学を卒業し数年、大きな挫折体験の中で、「自己能力の限界の設定」
という言葉に出会ったが・・   ーまずは、ある本の説明部分を抜粋してみるー
《 英語では(overconfidence)という。 自己の能力や知識を過信すること。悪い事態が起きる確率を過小評価し
 (「過度の楽観主義」という)、いま目の前に起こっていることがコントロール可能だと思い、成功の確率を主観的に
 高く評価する(「支配の錯覚」ないしは「マジカル・シンキング」という)。まだ、いくつもの可能性を残しているにも
 かかわらず(「狭すぎる予想範囲」という)、そのまま突き進んでしまう。 そこへ追加的な情報が与えられても、
 自分の予測を補完するものだと確信を強めてしまい、予測の範囲がそれほど広がらない。
 たとえば、投資家の心理として、情報の正確性を誤認し、過度の取引をしてしまう(予測が外れるのは
 数%と判断しても、 実際は20-30%外れていることは多々ある)。また、「後知恵」的解釈の原因でもある。 》
  こういう実験がある。
 質問=あなたは幾ら賭けますか?
Aーコインを投げる前に、表と裏と幾ら賭けますか?
Bーコインは既に投げられたけれど、どちらが出たか分からないが、幾ら賭けますか?
  この実験の結果は、後者の方が掛け金が少なくなる、という。
 そこには、本人の意志は通らないが、何か心理トリックで意志が通るような錯覚に陥ってしまう結果が出てしまう。 
 それが事業でも全てにいえるのである。 自信も同じで、自分で気づかない心理トリックが潜んでいる。
 新規に何かをする方からしたら、考えつくした上で発狂するしかない。 何もしない人間の壁を見ているからだ。
 しかし心理トリックを実験で導き出す面白い事例である。 この心理トリックで女も男も、相手をどんどん
 換えていくのである。  許されるのは若いうちだけだが。
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2682, マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術 −2
2008年08月08日(金)
 この本は、特に目次が面白い。
結局は、金融のエリートと称する詐欺師に素人が騙されたいる図式しか見えてこない。 しかし時代は、
断層の時である。自分がその真只中に居るから、その大きさに気づかないだけ。いや、目を逸らしているのである。
この本の目次を見ているだけで、この本の概要がわかる。間違いなく、アメリカの崩壊が始った。
アメリカはイギリス連邦と、日本と組んでブロック化をしていくだろう。
それが早まるか、遅くなるかは大統領選挙の結果で決まる。その意味で、この選挙の結果は大きい。
 ー目次ー   (字数の関係でカット 09年08日)


4893,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー45

2014年08月07日(木)

   * 面白かったという手応えが残った有難さ! 
 改めて45年を振返ると、これは人生そのものの総括であり、自分の限界の再認識にもなる。 
経済雑誌『財界』を発行する財界研究所の創設者・三鬼陽之助の弁『経営者たるものは、その行蔵を
表立てないこと、秘しておくこと』がある。 経営者失格の私が、こんな行蔵を書くべきでないのが、
本当だが、今さらである。先日、ここで取上げた『意味としての心』の中で《「意味」の『意』は「気持」。
『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、
あったか? 逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。》と書いた。
 生きてきた中で、その時々に空虚な心を少しでも満たそうと、エネルギーをひたすら注ぎ込んできた。
それが、そのまま自分の姿であり、その凝視が内省になっている。 逆境時にも、ひたすら読書三昧を
重ね、1日、2〜4時間の読書を続けてきた。 最近ではネットサーフィンを含め、現在も続いている。
それでも、一番肝心なところを理解し得なかった。知らないこと、知らない知識へのチャレンジが
少なかったことになる。 「得意淡然/失意泰然」は勝海舟のことばだが、私には、逆の
「得意泰然/失意沈然」が悲しいかな、見て取れる。最期に、この結果が当然である。 
逆の結果としても、私には大して変わらない? ご覧のとおりの結果を、現実に経験をしてみて、
事前で考えていたことと、大きく違う! 事前の見方をしていた自分が薄っぺらに見えている。 
まず<倒産が悪い!という一連の思い込みの間違い>がある。
<倒産には、悪い倒産と、良い倒産があり、良い倒産は、むしろ勧めるべき決断であって、
ワーストでなく、ベターでもなく、ベスト>という経験から得た実感である。もちろん、ケースによるが。
激動の時代ほど、事業サイクルが短くなる。だから、見極めをつけたら、銀行などに植付けられた
<倒産は悪い>という先入観をかなぐり捨て、見切りをつけるのが「良い倒産」に繋がる。
『倒産に良いも悪いもあるものか!』が間違い。<従業員の生活を破綻させる>
<取引先を連鎖倒産させる><家庭が破綻する><生活の目処が立たない>等々、
多くの問題があるが、決断しなければならない時節には、決断しなければならないことがある!
 結果からすれば、戦争などで大家族が生き抜くなどの事情がない限り、起業家などすべきでない!
しかし、後悔が少ないのは、日本の歴史上に過って無かった高度成長期で、良い思い味わったり、
起業の面白さを充分経験できたことがある。『面白かった!』という実感が、間違いなく残っているのは、
有難いことである。意味のミが満(ミ)ちていたため。 装置産業のプラス面の「時間持ち」と、
マイナスのブラックスワンとの遭遇の経験も、振り返ってみれば、光の中での夢幻でしかない。
・・・・・・
4526, 生きる悪知恵  ー5
2013年08月07日(水)             
  * 中ニの娘が父親と、今だ風呂に入っているのですが  「生きる悪知恵 」西原 理恵子 (著)
Q :  中2の娘が父親とお風呂に入っているのですが
A :  ・・ここは日本のお母さんたちの合言葉は「毛が生えるまで」。
 毛が生えたら自然と恥ずかしがり入らなくなります。吉田戦車のマンガにあったけど、
お父さんにとっては毎日がカウントでしょ。娘が一緒にお風呂に入ってくれなくなるまで
「あと何日」っていう、その時が来るまでじっくり味わわせてあげてくださいよ。
娘が「パパ大好き」って、すごくいいいこと。 私も女子高だったんで、パパ大好き派の子
いっばいいて、もう夜、パパの布団に潜り込んで寝てたぞという子、結構多かった。
そこまでいかなくても、腕組んで歩いたり、それはもう、パパ嫌いで、「臭いんだよ、オヤジ」
という家庭に比ぺたら天図みたい。ましてや「オヤジ死ね」って言ってる息子がいるのに比べたら、
どれだけいいか(笑)。 ある意味、ぜいたくな悩みですよ、好きなだけパパっ子にさせて
あげてください。心配しなくても大丈夫。毛が生えたら娘のほうから人らなくなりますから。
中2だから、そろそろでしょう。まさにカウントダウン。 
・・アメリカなら父娘が一緒に風呂に入ると逮捕されるとか。
▼ 数年前に、次男とツイッターでやり取りしたことがあったが、直ぐに、
「父と息子がツイッターをするとは 前代未聞」とのツブヤキが入って、やめたことがある。
「だからこそ面白い」と今から考えれば良かったが・・ 
   * 60歳代の父が30歳代の女性と同棲。妙にやつれてきました
Q :数年前に母を亡くしてから、一人暮らしをしていた60歳代の父が30歳代の女性と同棲。
 妙にやつれてきました
A :「体が心配」って言うけど、腹上死したらそれはそれで最高に幸せな死に方じゃないですか。
 いがみ合ったり、寝たきりになったり、見たくないようなものばっかり見せて死ぬんですよ、普通。
そんな嫌な死に方するのに比べたら、もう万々歳。どうせいつかは死ぬんだし、これが最後の
恋なんだから、好きにさせてあげましょうよ。 何の問題もありません。
放っときゃいいんです、ハイ。  結論、腹上死したらラッキーと思え!
▼ やつれた理由を下ネタと決め付けるのも何だが、やつれるほどの精力が残っているなら、
 最上の幸せ!」
・・・・・・
4151, 虎穴問答
2012年08月07日(火)
 以前に少し取り上げた「虎穴問答」について。 金沢の「いとはん」という衣料チェーンにいた時の話。
同期10数人で勉強会をつくって、そこに石川県知事を呼んで話を聞いたことがあった。それが社長の逆鱗にふれ、
「預りの身?」の立場上、抜き差しのならない事態になった時に、書店で見つけた本にあった問答。
そして自から、その会を潰すことになった。去年の倒産劇の時も、この問答を思い出していた。死に体の会社を
一歩早く潰すか、ぎりぎりまで踏んばるべきかの決断の際に、この問答を何度も類推し、考えてみた。  
 ーそこでネットで「虎穴問答」を調べてみたが、その部分からー
≪ 大阪控訴院でのこと、ある日、審理の最中に王仁三郎は裁判長に向い、「人虎孔裡に墜つ」という禅問答を
 いどんだことがある。これはひとりの人間が虎の穴へ落ちこんだ場合どうしたらよいか、という問答だ。 
王仁三郎が、「裁判長、あなたはどうお考えになりますか」というと、裁判長は自分は法律家だからわからないが、
どういうことかと逆に問う。そこで王仁三郎の説法がはじまった。人間より虎のほうがつよいから逃げようと
すると殺される。刃むかっていっても同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへってくると殺しにくる。
どっちにしても助からない。けれどひとつだけ生きるみちがある。それは食われてはだめだ。
こちらから食わしてやるのだ。食われたらあとにはなにも残らんが、自分のほうから食わしてやればあとに
愛と誇りとが残るのだ。 王仁三郎はこの問答で大本事件を語ったのである。裁判長はさすがにうたれるものが
あったとみえ、うーんと嘆声を漏らしたという。 また、粛然とした空気が法廷に流れ、敵味方の区別なく一同
思わず襟を正したそうだ。さて、この虎穴問答はもうひとつ深い意味をもっている。というのは、虎に身を与えた
愛と誇りの犠牲が、現実の事件全般の進行に一大転機をもたらしたからだ。奇跡的に死地に生を得たもので、
九分九厘だめだったものがあと一厘で逆転にむかうのである。これこそ一厘の仕組みとかいうものだろう。≫
▼ 戦前戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や政治家から目をつけられ、
 大弾圧にあった。その過程の裁判での、この虎穴問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死と
しての四苦八苦と例えることができる。それぞれの苦に、自ら受け入れ苦しむことこそ解決の最短の道になる、
と考えることができる。事業断念も決意も、虎を3つの断層=9・11テロ、9・15のリーマンショック、
3・11大災害の三つの震災とみなし、その重なりから、虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、
先んじて喰われてしまおうという最後に思い出したのが、この問答。
 その時に、当時の大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを読んだが、これが面白い。
 ・・・・・・・
3786, ユング −17
2011年08月07日(日)
   * ユングについての総括
・ 父親の死の時の不思議な体験をキッカケに奇妙な感覚が10年余りの間、身についておたこともあり、
 ユングの理論には非常に興味をひかれた。ユング本人に元もと通常以上のシックス・センスがあったため、
それを、そのまま発達すればよかった。大本教の出口なお、天理教教祖の中山みきは、そのセンスが強力だった。 
また日蓮には身体全体にオーラが包み込んでいたという記述が残っている。 27歳時の父の死亡時での実体験が
無ければ、シックス・センスに対して信じることはなかっただろう。現に幽体離脱のような体験をしたのだから、
これは信じるしかない。 ユングがフロイトと対立・離別をしてまで、この方面の研究を続けた内容は侮れない。
・ ユングが取り上げた中で、「共時性」と「布置」に、まず興味をひかされる。 奇妙な偶然の一致の不思議さである。
 これは多くの人が経験しているはずだが、それを話すと、何か軽薄と誤解されるのを恐れてか、あまり口外をしない。
 子供の頃に親戚の人が、その類の話しをするのを聞いて、「いい大人が、他愛無い話をしている」と心底で感じていた。
 しかし人生経験を積み重ねるうちに、親戚の人たちの言っていることは、決して他愛無い話でなかったことを知った。
 幽霊の話しも、その一つになるが、これも、あり得ることである。共時性、布置とは少しズレルが・・
・ またオカルト現象も、ユングを読んで、実際のところ驚いてしまった。これも個人が持っている、ある能力が何かに
 感応した働きだろう。そうこう考えれば、哲学の存在論に関わってくる。現在、自分が、現に此処にいる不思議から
 みれば、オカルトなど、他愛にないもの。エスキモーで5キロ先にいる白兎を見つけることが出来る人がいるとか、
 犬が数千キロ先の親の鳴声に反応するとかを疑問に思うこと自体が、小さな限界の範囲内で決めているからである。
 脳には20億年の生物進化の記憶がある。
・ 最近、特に感じるのが、それぞれが持っている経験と能力の深さと広がりである。特に、ブログなどで、
 それが比較的簡単に覗き見ることが可能になったこともある。デジタル化で人間の五感を遥かにしのぐ機器が
 不朽はじめると、逆に人間の持つ不思議さが一つずつ解明されることになる。ブログ、ツイッターなどの普及は
 ユングの世界を超える可能性がある。ネット世界の出現こそカルト?
・・・・・・・
3421, 日本の幸せ度
2010年08月07日(土)
 昨日、ランチを食べていた店の週刊誌に「日本人の幸せ」について、特集をしていた。
といっても、ある本の内容を、そのまま要約した内容、許可を得ているのだろうが・・・
メモを持ってなかったので、頭のメモに書き付けてきた。如何いうわけか、全部スラスラ?と、出てきた。
 日本人の幸せー9
* 流動資産一人あたり700万、一世帯で1500万、金融・土地など資産2千万が、幸福の飽和点。
* 幸福度は、学歴に正比例する。    【中学校、高校、大学の同級・同期会を見ると、歴然としている】
* 女性より男性の方が不幸の割合が高い。【家内と私を比較すれば分かること。男は社会の消耗品】
* 都会は、そうじて幸福である。    【これも残念ながら、本当。新潟市、長岡市は都会かどうか?】
* 幸福の80パーセントが、遺伝する。 【選択前の最終学歴の同級生の、その後をみると、正比例している】
* 経験・体験は、幸せには左右されない。【これは、難しい問題だが?】
* 世界的にみて、税金の高さは幸せに関係しない。 【高いところほど、豊かだからか?】
* 幸福度は加齢とともに下がっていく。【そう、一番幸せだったのは、0〜9歳、20〜29、30〜39、
  50〜59歳の順】
* 失業の不安は、幸福度に関係してくる。【最近、実感している】  以上だが、間違いがない。
 ▽ その他に、* タバコを吸う人は不幸になる。* 月一度以上、ギャンブルする人は不幸になる。
   * 気短、心配性、は不幸な人が多い。 * 社民党は不幸な人が多く、内閣支持者に幸福な人が多い。
  この辺が、私の記憶である。よくぞ憶えていたものだが・・・ 幸福論が好きだからだ。
  ラッセルは、「幸福な人を特徴づけるのは、まずは人生への熱意であると言う。人や物に敵意をもつような
  ことをせず、熱意をもって生きれば、外界への興味も湧き、人生も楽しくなる。 男性も女性もほんものの
  愛情をもち得る。家族、家庭での生活も楽しくなりプラスに転じる。」といっている。  
 ・・・・・・・・
3046,卒業40年周年か〜 −5
 2009年08月07日(金)
 40年前に奥野君と何を話したのかを知りたくなって、「分類のコーナー」の中の検索で『奥野君』を入れたら、
その当時の文章が出てきた。 これは一度書き込んでしまえば、直ぐに出てくるから便利である。
この3000の随想日記は私の人工頭脳?のストックの役割を果たしている。当然、みすぼらしいのは自覚している。 
いや、自覚せざるをえない、というのが本当のところ。ところで4時間も何を話したのだろうか? 当時の日記を
読んでみて、書き残しておく重要性をつくづく思う。言葉として残しておくと、それを糸口として40年の時空を超えて、
当時の光景が昨日のように蘇ってくる。現在、日記を「10年日記」など何種類か書いているが、このような心情を、
そのまま書くものはない。いや、もう書けなくなったのかもしれない。 20歳半ばからも日記を書き続けておけばと
後悔をしている。 この随想日記は良いメルクマールになっているが、心情ではない。                  
ー11月19日ー 1968年      2003/11/22
・11時起床。 13時半に同級の奥野君が私の部屋に突然に訪ねてくる。
 1〜2年の時、席が隣のこともあって親しかった人だが、専門課程になってから疎遠になっていた。
 話をしたかったのだろう。人生について、倫理観について、その後読んだ本で感銘したことを必死に話をしていった。
 特にケネディの自伝に感銘を受けた、というのが印象的であった。 見違えるように自信を持ったように見えた。 
 男っぽくなったという言葉がピッタシ。4時間ばかりして帰っていった。もう彼と話し合うことは無いだろう。
 アパートから一時間以上かけてきたというから、自分のメッセジーを伝えたかったのだ。
・それにしても最近多くの人が吹き付けるように来るのに驚く。聞き役に徹していることと、大学最後の時が来ている。
・武沢先生にいわれて急こしらえに親しい女性をつくろうとしても無理。といってチャンスは幾らでもあるが。
 理想と現実の乖離か大きすぎるのだ。妥協はしたくない。
▼ 最近になって知ったことだが、女性は同じレベルの学校ではなく、一〜二ランク上の男を狙う。
 だから当時は妥協できなかったのである。それと姉達のレベルより下げることができないシスターコンプレックス
 もあった。 四人の姉は、地方では、それなりのレベルの美形?だったので、その眼もある。 一つの判断が
 人生を大きく左右する時期で、ふりかえってみると非常に緊迫した日々だった。この齢になったためか、一年前も
 二十年前も、四十年前も大して変わらない感覚になってきている。過去という一つの袋の中味が一年前も五十年前も
 大して問題ではなくなったというイメージである。死期を悟った時に、これがもっと強くなるのだろう。 
 この時期の日記を読み返すと、当時は人生の使用前。今は使用後。
 という感? 使用後というには早いか? 学生時代は、社会に出る前の予備訓練期というのが、みてとれる。
・・・・・・
2681, マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術 −1
 2008年08月07日(木)
  「マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術」 松藤民輔著    -読書日記
この数ヶ月以来、この人の本は三冊目になる。「無法バブルマネー終わりの始まり」「世界バブル経済の始まり」
を読んで、世界と日本の先ゆきに唖然としたが、更にこの本はショッキングな内容である。
金山を買って、大もうけして、更に金のブームを起こしたいのだから、力が入っている。
 世界経済の危うさは誰の目にもハッキリしている。金鉱山の投資家の切口から社会の潮流を見ると違ってくる。
   まずは ーはじめにー の以下の部分から
さて、いまが本当に金融恐慌の入り口なのであれば、身をすくめてこの「嵐」が通りすぎるのを待つしかないのか?
けっしてそんなことはない。ものは考えようである。いつの時代も、運の女神は前向きに創意工夫する人間をサポー
トしてくれる。恐慌とは、あらゆる「プロ」が負ける時代を意味する。従来の投資法が通用しない時代を意味するのだ。
恐慌が本格化する前に、この恐慌を逆手にとってひと財産築いてしまえばいい。 そのためのポジションを早急に
準備すればいいではないか。金融恐慌を前に、わたしたちがとるべきポジションは「金」と「金鉱山株」しかないと
思うが、どうだろう。これは、過去の大恐慌の歴史のレッスンでもある。 投資で勝つ鉄則は、「真似る」「学ぶ」
「待つ」という3Mにこそある。十五年間、わたしはこの恐慌を待っていた。 それは、いまかいまかと「恋人」
の登場を待っている気分に似ている。いま、金は、一九八○年の最高値一トロイオンス1875ドルをあっさり超えて、
1000ドルを挟んで上下しているけれども、金融恐慌が本格的に始まれば、あっという間に二〇〇〇ドルの壁を
超えていくにちがいない。わたしは一九九三年、ソロモン・ブラザーズ証券で当時得ていた二億円の年収を捨て、
ペーパーマネーの世界から実物経済(金鉱山事業)の世界へと身を投じた。いまや北米をはじめ、世界のあちこちで
鉱山を経営している。普段はヘルメットをかぶって地下二千の鉱山で金を採掘している。
つまり、パソコンの前で金や金鉱株の動きに一喜一憂している「投資家」ではない。自らリスクを負った経営者として、
現在のこの金融恐慌に向き合っている。いずれにせよ、もしもこの恐慌が最大級のものならば、リターンも最大級の
ものになる。そのとき、恐慌は、わたしたちにとって「恋人」から「恩人」に変わっていることだろう。
 〜以上だが、更になぜ、私たちが恐慌のトバ口に立っているかを次ぎの5つをあげている。
  ーサブプライム問題は、まだ片付いてない。
  ー金融機関の倒産は、これからが本番
  ードルの転落
  ー原油高、資源高、食料高の三重苦が始る
  ー「有事のドル」の伝説崩壊
〜次回は、この本の目次を俯瞰しながら考えてみる。

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