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堀井On-Line
| 4872,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー40 |
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2014年07月17日(木)
* 類似ホテルが2年もしないうちに! 2年もしないうちに、このコピーホテルが隣地にオープンしたのに驚いた。近くの居酒屋の主が 隣の旅館を買収をしたのを、全く同じレイアウトで建ててきた。 不意打ちだが仕方がない。 私の後を追うように、駅裏に二棟、合計350室まで・・ 更に、ある不動産会社の紹介で富山の 材木商が訪ねてきた。 その翌年から、全国に大量出店をした『αー1』の社長である。 『百億の不動産があるが、その有効活用にビジネスホテルを考えているが、如何なものか?』 かの調査である。そして10年もしないうちに、至近距離に200室のホテルを建ててきた。 現在は?数千室もあるだけに引くに引けない? 簡単にコピー可能なこれ、何の価値がある?と、 深刻に考えてしまった!その時が、節目。 決断するまで考えられなかったのだから、私もしれたもの。 当時、雑誌記事で『一時期、ビジネスホテルを成功させたが、嫌気がさし転業した』人の手記を読み、 方向を考えたが、350室から500室への拡大戦略を止めることはなかった。 長期の装置産業のホテル業を選択したことに問題があったが、10年間の期限を切らなかった方が 問題? 長期装置のため、暇を持て余し『ぼんやり時間』を充分満たすことができた収穫でもあったが・・ 「上手く転進して二桁のホテル展開をしていたより、豊潤な時間を充分に味わうことが出来た」 という見方も出来るが、どうだろう? 現在の、αー1、ルート・インの姿。 どの道、好きで選んだ道、 「毒を食わらば皿までも」か。 それでも万一の備えがあったので、最悪に至らず、こんなことを 書けるのだろうが。 20年目で気づいたことは、「この事業の営業指数が日本経済の先行指数として 現れ出ている!」ということ。装置産業だけに金利、原油価格、為替などが直接コストに跳ね返ってくる。 今だバブル崩壊による深刻なデフレから立直れずにいる日本の近将来に悲観的なのは、 先行して大波に流された自分の裏づけがあるため。 どの道、遅いか早いかの差だが。 この時期の東京オリンピック開催は?それを覆い隠す目暗ましでしかない。阿部首相の隣に苦渋に 満ちた?副首相の顔を見るにつけ、それもヤムナシが、政冶? 隠れた‘世界恐慌!’ なぜ直視しない? ・・・・・・ 4505, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー5 2013年07月17日(水) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 死んでいくにも準備が必要である。 それが具体的に分かりやすく書いてある。筆者の主催の「死を考える集い」から 生まれたのだろうが、分かりやすい。 私も年内には、幾つか選び、実施するつもりである。あまり気持ちが良くないが、 死に装束、骨壷、棺桶、位牌は通販で取り寄せることができるし、戒名は自らつくってあるので、書き込めばよい。 遺言も、このコーナーで書いたこと、そのものになるが。ブログをネット上の墓場と想定して書いているので、 別に必要がない。 問題は物の整理だが、「物」より「こと」を重視してきた事もあり、物は殆どない。 会社も消滅、自宅は家内名義。 一番、重要なのが、「事前指示書」である。 * 「自分の死を考える」ための具体的な行動十五カ条 1.遺影を撮る 2.遺言を認(したた)める 3.別れの手紙、録音、録画を準備する 4.「余命6カ月」を想定して、したいことの優先順位を書き出す 5.死装束を誂える 6.骨壷を用意する 7.棺桶を手に入れる(入ってみる) 8.事前指示書を完成する 9.献体、臓器提供の手続きをする 10.墓地、霊園を手に入れる 11.戒名をもらう 12.散骨の手続きをする 13.人生の節目に“生前葬パーティー”を行う 14.事あるごとに家族や周囲と「死」について語る 15.物の整理をする ひとつひとつの項目に対して自分なりの答えを出して、具体的に行動すことで死がより身近なものになります。 死がより身近になるということは、生がより身近になるということでもあります。 ▼ 特別養護老人ホームの医師になって四百人近い老人の死に立ち会った体験から、著者は「自然死」の本当の姿を 知らない現代医療の本質的問題点をついている。 同時に「私たちも患者のひとりになり得る」医療に対し、 “まともな”あるべき姿はどうあるべきか、死をどうとらえるべきか?を問うている。そして50〜60歳代になったら、 近代医療と関わるな、まだ末期ガンを幸運と捉え死んだほうが良策という。 以下の去年の同月同日の内容が関連している。 ・・・・・・ 4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方 2012年07月17日(火) ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」 〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人を超えているという。 「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。 私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。 「定年後の人生こそ、自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己本位の生き方に大きなヒントがある、 という言葉が痛いほど分かる。定年後は自己本位への第一歩から始まる。ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー ≪ *「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に 閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。・・ そのころ、明治33年、33歳の時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。そして1年が過ぎ、苦悩が 極まった時に、あることに気づきます。自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」や 不安の根本原因だったのではないかということです。 (私の個人主義) *「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらをでたらめにただよっていたから、駄目であったという ことにようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、 それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりと いいたいくらいごろごろしていました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識といってもよし、とうてい わが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしいものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、 またみんながそれを賞めるのです。」(同前) ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで 「他人本位」が自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」から脱出する鍵を握っていると考える。 つまり、外から無批判に「鵜呑み」で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、丁寧に吟味し咀嚼して 「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。 *「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略) その時、私の不安はまったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」(同前) ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。 「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。 『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄(もや)のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を 払っても、ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。(〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、もし この中にあるならば、どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで行ければ、ここに俺の尻を落ちつける 場所があったのだという事実をご発見になって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから申し上げるのです』(同前)≫ ▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。 キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったのであって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。 ・・・・・・ 3765, ユング ー8 2011年07月17日(日) フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑だったようだ。 ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。以下のフロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。 【 一九〇九年三月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」 という有名な事件が起ぎた。「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。 一九〇九年までに、 心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、通例は精神的な悩みのある思春期の人と 関連があることがあきらかになった。そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、 いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされるという説が生まれた。ユングはこの説を信じ、 ボルターガイスト活動を「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていたとき、突然本棚から 大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。 「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明するために、しばらくすると、もう一度 音がすることを今予言します」。ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後ユングに出した 一通の手紙から判断すると、フロイトは半分以上納得したらしい。しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。 そこで彼は、なんらかの自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が熱くなるのを 感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の 木材から起こっただけのことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、今日では不可能である。】 ▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身についていた時期があった。 (偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が 薄れてしまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議というのが哲学。実際に、そのとおりである。 ・・・・・・・ 3400, おテレビ様と日本人 ー4 2010年07月17日(土) * 泥を食う豚、&、バカにつける薬としてのテレビ ここまでアメリカによって非植民地化人間に仕立てられてしまった日本。 これまで何を考えてきたのか、 何をしてきたのか、を考えさせられる言葉が続く。冷戦下では、敗戦国として、これしかなかったのだろうか。 一人の日本人として考えなければならない。あてがわれた憲法を今も大切に、誇りを持って維持している健気さ! ーP196ー【 私は現在の地球上の国々に別称をつけている。印象的な、いくつかの例を挙げれば次のようなもの。 虎視耽々の虎(中国)、手負いの猪(アメリカ)、砂漠の狐(イスラエル)、遠吠えの狼(ロシア)、 追い詰められた野犬の群れ(中近東)、老衰のハイエナ(イギリス)、踊るチンパージン(韓国)、叫ぶ山猿(北朝鮮)、 昼寝のイタチ(フランス)、うずくまるピュ―マ(ドイツ)などである。 それでは日本は何かというと、無論、「泥食う豚」というところだ。これ以上ぴったりのイメージは今のところない。 ・・・食うている泥とは、無論テレピだ。一昔は日本人は「蓼食う虫も好き好き」だった。どちらかというと雑食系の日本人は 個性があった。変人奇人、変わり種、自説を曲けない一徹者、頑固おやじ、へそ曲がり、そういう人たちと議論するのは楽しかった。 ところが今の日本人は、一億全員、同じ声しか出さない。 「ブー」である。・・・・】 ーP211【 アメリカがサダム・フセインを殺さねほならなかった理由は、自分たちの知性を殺人という悪にすりかえての国際法に 頼ったからだ。 フセインに知性がない暴虐だと裁断し、自分たちには知性があることを立証するために911で立証し、完全に 他の絶対多数としてのバカたちを騙し、石油、経済安定という偽善を打ち立てたのだ。でなければ、バカはもっと、 とめどなくバカをし、知性の善を弱さとしてしまい、とめどない混乱が起きる。 知性の善用は、即、悪であり不幸の原因となる。 なぜこんな大矛盾の不幸が人間に起きているか。 テレビと人間の関係がそれ明かす。 機械が知性を先回りしすぎたのだ。 もし兵器が、この時代でもまだ弓矢の段階だったら、現在の国際紛争も丁度均衡が取れているだろう。現在の人間の知性は、 弓矢並みであり、それがフィットしているのだ。 アメリカがイラク・アフガンに攻め込むのも、鉦や太鼓で鎧兜程度であれば、 これほど「悪」がはびこり、「悲惨」が現実になることはない。人間はいまだにこの「悪」と「悲惨」を征服し、 解消できないにもかかわらず、核兵器を持ってしまった。 テレビを持ってしまった。 それを知性化し、知性利用することは 不可能だ。 どうしてもテレビを悪用するしかない。 唯一の「バカにつける薬」こそ、テレビなのだ。 残るのは、ほんの僅かな、知性ある人間が悲憤慷慨し、嘆き哀しみ、絶望し、諦める現実だけだ。】 ▼あの911事件は明らかに、私たちがテレビで植え付けられたものであり、真実とは大きな隔たりがあると信じて疑わない。 単純にアメリカ公共事業の戦争屋の仕掛けた罠だけと言い切れないが、逆にアルカイダの単純テロではないことは間違いない。 それらが入り乱れた複合的な結果だったとみるべきか。いずれにしても日本人との差は歴然としている。そして、2012年には? ・・・・・・・・ 3025, 閑話小題 2009年07月17日(金) * マッチ・ポンプ ーウィキペディアによるとー 【 マッチポンプとは「マッチで火をつけておきながら、それをポンプで消す」というように、自分でわざわざ問題を作り出して おきながら、そ知らぬ顔で、自分がそれを解決することで賞賛や利益を得るような、偽善的な自作自演の手法を意味する 和製英語である。1966年、黒い霧事件第一弾の田中彰治代議士事件で初めて使われ、元々は金品を巻き上げる意味で使われた。】 色いろのケースがあるが、同じことを繰り返すうちにアシアトを残す。 金銭・物品が絡めば犯罪である。 そして、一番大事な信用と信頼を無くす。 人間関係は、信用の上に成り立つ。 * 自民党の末期現象 (字数制限のためカット 2010年7月17日) ・・・・・・・・ 2660, 幸福の4階建て ー2 2008年07月17日(木) 「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階の幸福というのは何故か? 頭の中が混乱して、今も考え続けているが、実感として解らない。エイズになった人が、果たして幸福なのだろうか? ガン末期の人が、ライ病の人が、最上階の幸福なのだろか?明日の朝、特攻で旅たつ若者が幸せだったのだろうか? (実際にあったかどうか別として)キリストが十字架で意識がモウロウとした中で「神よ私を見捨て給うのか?」という ギリギリの苦悩が、幸福だったのだろうか?深い絶望のうちに自らの命をた断たなければならない者が幸福なのだろうか? 自分の不注意で子どもを死なせてしまった母親の絶望が幸福なのだろうか? 問題提起としては重く、深いが何か反発の方が強い。 もし「克服できない苦難の中にこそ、幸福がある」と思えたら、それだけで苦難を幸福に切り替えていることになる。 その切口からすると、軽く否定するこもできない。崇高な幸福は、そんなに甘いものではない?ということからみても 「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」というのも筋が通っている。不幸の真っ只中の、その中心に実は幸福がある! ということなのであろうか? 「どん底になったら、その底を掘れ」というが、そういうことなのか? 人生を振り返ると、実感として、どん底?から水が湧き出てきたのは解る。その水が自分を支えてくれていたのも解る。 苦難の中にこそ、大きな喜びがあった。事業では、問題にブツカッタとき、その問題の中心に解決の鍵があった。 (その理屈は知っていた)それからみると、最上の幸福は、克服できない苦難の中に、幸福があるというのも筋である。 ところで、屋上は何だろうか? それより、4Fの意味である。「克服できない苦難の中こそ、幸福の『鍵』がある」なら解るが。 もし、この言葉が理解できたら、過去の出来事に対する視点が全く変わる。いや、現在の世界観も根本的に変わる。 ・・・・・・・ 2007年07月17日(火) 2296, また地震!どうなってる?まったく! 才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪ 昨朝の10時過ぎ、居間で家内とお茶を飲みながらTVをみていたら突然、地響きと同時に揺れが始まった。 アレヨアレヨと思っているうちに、揺れが大きくなって、横揺れから縦て揺りになり茶箪笥の食器が飛び出してきた。 あわてて裸足で食器やガラスコップの破片の中、開きドアを閉めにいった。慌てるとは、このことだろう。 破片で怪我をしなかったものだ。前回の揺れより大きいような気がしたが、気のせいではないかと思った。 すぐに玄関外の獅子の置物を見たが横に傾いていただけ。庭の石灯籠も小さいのが3つ飛び散っているだけで、 他の5つは大丈夫だった。前回の地震で壊れものは破壊されてしまったので、被害は三分の一以下であった。 これでは長岡市内で大きな被害が出ているはずだ!近くに住む実兄に電話をしたら、以前ほどではないという。 TVでは、六強というから前回より激しいことになる。午後三時過ぎに至近にあるスーパーとドラッグストアが開いているかどうか、 ウォーキングの途中に立ち寄ってみたが、二軒ともしっかりオープンしていた。スーパーの酒売り場は何ともなかったかのように 整然と並んでいた。かなりの量の酒ビンが割れていただろうに・・・。惣菜と弁当は買出しのためか商品量は少なかったが、 他はチャンと元通りに並んでいた。地震の危機管理の訓練がしてあったのだろう! まあ、合格というより、流石である! (字数制限のためカット 2012年7月17日)
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| 4871,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー39 |
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2014年07月16日(水)
* 客室は一日限りの限定販売、在庫の翌日持越し不可品! 色いろあったホテルの立上げも、学生ショップ共々、軌道に乗せることが出来た。 そこで、気づいたのが、<どんなにお客に支持されても、客室在庫以上は売れないこと。イベントなどで一万人が市内に溢れかえっても、 それ以上は、機会ロス。 逆に当日に売れ残った客室の在庫持ち越しが不可能であること> この辺が、この商売の限界で、物販やファッションのような面白みが全くない。 ホテルの立上げは派手で面白いが、その後は、客室という単品を売る地道な商売。 ハレと、ケ(質素)がハッキリしている。 まだ学生ショップを兼用をしている時は、面白味があったが、撤退すると、宿泊客の自殺や苦情以外は、変わりばえのない日が続く。 それも新築、増築が続いている内は、刺激があったが・・ そうこう振返ると、10年が節目時? それもあって、準備期間15年間は、書くネタは幾らでもあるが、ホテル開業後の15年目以降からは、あまりネタがない。 この辺りから母の軽い痴呆症が始まり、その介護と、ストレス解消の秘境旅行に、暇に任せ行くようになっていた。そして、バブル崩壊の潮流の変化が、デフレと共に表立ってきていた。 20以上あった都銀が、3つに集約された時期である。 そして、母が亡くなった後の2001年の9・11テロから、地元を含めた地方経済は大きく落ち込んでいった。 それがそのまま、当方の業績に跳ね返えっていた。その3年後の中越地震、6年後の柏崎沖地震である。 さらに1995年にマイクロソフトがウィンドウ95を出してネット社会が本格的に普及を始めていた。 そこに携帯電話など情報機器の進化で、根こそぎ、ビジネスのあり方を変ってきた。 当初、付帯売り上げを含め6千円あった客単価が、最後は3分2以下まで落込み、これに客数が3分の2になって、会社整理段階で、売上高が3分の1になってしまった。 振返って考えるほど、10年目辺りが、郊外への転進か、撤退時であった。 この事業、有余った余剰資金と不動産を持ってする事業。私のような小資金しかない者は、期間限定で、転進する場合を除いてすべきではない!ということ。 実際に身に沁みた痛みを伴った言葉である。 そんなこと解っていた筈だったが、バブルは、見境をつかなくさせていた。 でも、心底、面白かった! ・・・・・ 4504, 閑話小題 ー最近の大相撲が面白くなった 2013年07月16日(火) * 最近の大相撲が面白くなっている 朝青龍の一連の不祥事も冷めやらぬ内に、「野球賭博」と「八百長」問題が続き、多くの力士が 追放され、体質も一新?以前のような馴合い相撲が出来なくなったこともあってか、勝負への気迫が 格段と増し、このところ面白くなっている。 TVで50年近く観戦してきたが、これだけ真剣で 引き締まっっているのも珍しい。大相撲の面白さは、わずか数秒の間に、多くの要素が詰まっている ことにある。ところで、横綱が下位力士に張り手をするのを見る度に、怒りを感じていた。 逆に下位が横綱の顔を張るのは厳しい上下社会でタブー視され、殆どなかった。ところが、先日、 若手力士が横綱の顔を張ったのには驚いた。これは横綱を含めた一門の力士から出稽古などで、 報復されるだろう・・ また、今度はアフリカ出身の力士も出てきた。 外国人への開放は、 モンゴロイド系だけに絞るべきと思うが、今さら後には戻れない。神事の余興で神社で行われていた 力比べが、興行として発展したもの。 ムラ社会の中で、ある程度の八百長はあって然るべき。 柔道の世界にレスリング選手が参入してくるのと同じで、大相撲の性格も変わっていく。 あの小さな円で、色々な人種が一瞬の技を競うのも面白い。やはり外国人に開放したのは 正解ということか。 * 今さらだが、どうも世界経済が変である 世界経済を引っぱってきた新興国が、ここにきて変のようだ。あれだけ元気の良かったブラジルが、 何と「来年のワールドカップの当地開催反対のデモ」が起こっている。経済効果も考えると、マイナス よりプラスの要素が多いはず。経済的反動で、一般市民の経済的困窮が開催反対運動につながって いる。あれだけサッカー好きの国民が反対するのは、よほどのことだろう。これまで元気だった 新興国が3重苦にあえいでおり、近い将来、世界的金融危機が近々に勃発しそうな様相である。 数ヶ月前まで一オンス1800ドルまで高騰していた金の価格が1200ドル前後まで落ちている。 積極的に買いに入っていた中国、インドなどが緊急に売りに出たため。 20Gで世界の主だった首脳が集まり、持ちこたえていた世界経済に黄色の点灯である。 インド中央銀行がドル売り介入をしたと見られ、世界各国が微妙な空気になっている。 エジプトは小麦在庫が50万トンを切ったと言われる。これは一ケ月で80万トン余り消費する中で、 半月しか備蓄がない中の政治混乱。これに食糧暴動が発生するリスクが高くなっており事態は 危機的状況。更にEUも、中国も、危ない。表立つまでは、今までの延長だが、一度起こってしまえば 一挙に燃え立つのが世界経済。グローバル化は弱肉強食を果てしなく強くするが、弱者はネットで 繋がり、強者を攻撃する構図の混乱は当分、続くことになる。壮年まで、敗戦から高度成長期を 生きてこられたことに感謝ということか! ・・・・・・ 4130, マネー大動乱 −3 2012年07月16日(月) * ユーロの崩壊の可能性? 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著 リーマンショックをキッカケに欧米が没落過程に入ったといってよい。世界は人種間、民族間、国家間、すべからく フラットになっていくプロセスに入った。それが良いか悪いかは解らないが、これまでとは全く違った激流が押し寄せてきている。 本格的情報化社会のもたらした新時代の到来である。その中でユーロ圏という人工的な経済共同体が出来たが、壁にぶつかり 右往左往している。南欧系を抱え込んだため、大きな価値観の差が大きく立ちふさがっている。もしユーロの崩壊ともなれば、 数千年続いてきた白人主導社会の崩壊に繋がる可能性が強くなる。 ー 以下はそれを指摘している部分である。 ≪ ユーロというあまりにも人工的にでっち上げられた共通通貨が採用されたことで、これらの加盟国の勤労倫理が改善するとか、 借りたカネは返さなければならないといった市民社会の倫理が浸透するとかの変化があったのだろうか。人間の働き方や生き方は、 制度が変更されたからといって5〜10年でガラッと変るものではない。むしろ、突然変わってしまったら、南欧ののんびりした 雰囲気を満喫きた観光客を失望させてしまうだろう。 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドあたりでの危機対応策が公式に 債務不履行と認められるかどうかは別として、何らかの債務不履行なしでユーロ圏金融市場が再建できると考えるのは白昼夢に近い。 ここにきて格付けが大きく引き下げられたイタリアも、かなり危ない。このへんの金融市場の混乱は既定の事実で、あとは実際に 起きるのがいつになるかというタイミングが興味の焦点ということになる。 すぐにもやってくるヨーロッパ発の金融危機が打ち上げ 花火のように派手なものになろうと、比較的地味に抑えることができようと、これからのヨーロッパ経済が回復のない没落過程に 入っていくことだけはまちがいない。これは、決して世界にとって悪いことではない。大した働きもないくせに、夏は一〜二ヵ月の バカンスをとり、「ヨーロッパはアジア、アフリカ、中南米の人間より生まれつきできがいいのだから、いい生活をして当然だ」と 思いこんでいる連中は没落して当然なのだ。 第二次世界大戦が終わるまで(フランスやベルギーの場合は、一九六〇年代まで)、 この手前勝手な思いこみが通用していた最大の理由は、アジア、アフリカ、中南米の植民地を収奪していたからだ。イギリスが その典型だが、戦後のヨーロッパは、慢性的な経常赤字を垂れ流しながら、慢性インフレによる合法的な借金踏み倒しをすることで、 稼ぎよりいい生活をし、欧州諸民族の人種的優越性という虫のよい思い込みを維持してきた。 そういう連中が、やっと身の丈に 合った生活水準に引きずり下ろされるのだ。まじめに働ぎ、自分たちの稼ぎの範囲内で生活してきた人たちにとっては、 なに一つ悪いことはない。むしろ、そのタカリ屋たちが、没落すれば、自分たちの取り分が増える。アジア、アフリカ、 中南米の人たちには、間違いなく歓迎すべきことである。≫ ▼ 白人主導のシステムとして、マネーを支配下に置くことがある。これまではドルだったが、それに対抗すべしと欧州が ユーロという共同通貨を作り上げた。しかし、それが崩壊の一歩手前に陥っている。恐らく、これから数十年かけて、新しい 通貨システムが構築されるだろうが、その間は恐慌と戦争などの大混乱が生じる厳しい時代に入った。問題は何時、発火するか。 ・・・・・・・ 3764, ユング ー7 2011年07月16日(土) * 集合的無意識と、元型 潜在意識には、個人が長い年月を経て蓄積してきたさまざまな人生経験にとどまらず、個人を超えた「普遍的なもの」と アクセスする場合がある。この「普遍的なもの」から送られてくるメッセージによって、人類の長い歴史や文化という 大きな文脈の中における、自分の本質的な位置をとらえることができる。 ▼ 時間と空間を超えて、すべてにつながっているもの <集合的無意識と、元型> 〔1〕人類に普遍的に存在する「集合的無意識」 潜在意識には、個人の過去の経験とは無関係な誰もが普遍的に所有している無意識層があり、ここに、時代、国家、 地域、 民族、文化、さらにはすべての人類における「共通の意識」があると考え、これによって、人類が考え方を 自然に共有できるとも考えた。 このような人類に存在する深層意識の共通点を「集合的無意識」とした。 〔2〕集合的無意識に触れるから、自他との会話が可能になる 古今、時空を超えた地域の神話や昔話が心をとらえたり、そこに自分と似たような人物を見出したりする。 また時代や地域の異なる宗教に真理を見出すことが出来ある。 時代や地域を超えた「普遍的なもの」に「自分」の本質的な位置を理解することができます。 〔3〕元型 集合的無意識を構成しているものを「元型」と呼び、世界各地の神話や伝説、遺跡や壁画、宗教、芸術、小説、映画、夢で 「普遍的なイメージパターン」を生み出している。元型は、子を生んで育む母性イメージとしての「母親元型」、 厳格に教え導く 父性イメージとしての父親元型」、男性の心の中の女性的な部分(女性像)である「アニマ」、女性の心の中の男性的な部分 である「アニムス」、 社会に適応するために身につけた外向きの顔である「ペルソナ」、自我を形成する過程で 発達させることができずに抑圧さえた人格である「シャドー(影)」などがある。 〔4〕自己 特に重要な元型は「自己(セルフ)」と呼ばれるもの。 これは「完全なるもの」「最高なるもの」を意味し、この元型から 生み出されるイメージパターンは、悟りや解脱などの宗教的境地や、イエス像・天使像・仏像などの頭上や背後にある光の輪、 あるいは、金やダイヤモンドなどのような物質に与えられた特別な(尊い、神聖な)意味などが挙げられる。 「自己(セルフ)」の元型は、自分らしくない人生を生きている場合や、自分の人生が意味のないものに感じられる時に、 生きる意味を与えたり、自分らしい人生を選択していくための力となったりする。 ◎ 我々が自然に安らぎを感じたり、太陽を崇拝することは人類に共通すること。その共通するものがあるからこそ、 我々は自分とも他人とも対話したり、つながることができる。民族に伝わる神話や昔話が、それぞれの民に共感するのは、 それぞれの集合的無意識が働くからである。ところでペットにも集合的無意識があるんじゃない?共通項があるから可愛いのでは? ・・・・・・・ 3399, おテレビ様と日本人 ー3 2010年07月16日(金) * 限定的な陰謀、対極的な陰謀 ここまで書いて良いものかと思うほど辛らつだが、これが真実である。 さらに「ゆとり教育」で植民地人間=ブタ化の完成である。 (字数の関係でカット 12年07月16日) ≪ヤフーのブログ「バードウォッチ」に転載します!≫ ・・・・・・・・・ 3024,明治・大正と昭和・平成の符号説 2009年07月16日(木) 「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 〜2 【憂国の時代】 ー関川夏央ー *明治・大正と昭和・平成の符号説 この中で、関川が語っていた明治・大正と昭和・平成の符号説が面白い。 ーその概要をまとめるとー 現在の激変の時代を幕末から明治維新期に例えると分かりやすいが、明治・大正と昭和・平成の符号説というのがある。 「時代の状況」がそっくりに見えるのである。その平成も大正時代を越えて21年になる。 大正という時代は、 明治の近代国家づくりが日清・日露戦争を経験し完成。「大正デモクラシー」という教養を尊ぶ自由な時代。 第一次大戦の好景気があり、関東大震災があり、その5年後と言えば昭和の大不況の真っ只中。昭和・平成といえば、バブルと、 その崩壊、平成不況と阪神大震災とピッタリ符合する。そうすると、次にくるのは第二次世界大戦ということになる。 これから10年間は大恐慌の嵐が吹き荒れ、そして戦争? それとも、既に戦争があり、全ての国が敗戦したのだろうか? (字数の関係でカット 11年07月16日) ・・・・・・・・・ 2659, コールド・リーディング 2008年07月16日(水) 本の新聞広告に「コールド・リーディング」という言葉が目についた。 そこで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたら面白い。 ーー ・コールド・リーディング(Cold reading)とは話術の一つ。 外観を観察したり何気ない会話を交わしたりするだけで相手のことを言い当て、相手に「わたしはあなたよりもあなたのことを よく知っている」と信じさせる話術である。「コールド」とは「事前の準備なしで」、「リーディング」とは「相手の心を読む」 という意味である。詐欺師、占い師、霊能者などが相手に自分の言うことを信じさせる時に用いる話術であるが、その技術自体は セールスマンによる営業、警察官などの尋問、催眠療法家によるセラピー、筆跡鑑定、恋愛などに幅広く応用できるものであり、 必ずしも悪の技術とは言えない。 ・よく似たものでショットガンニング(Shotgunning)も、超能力者や霊能者を自称する者が用いる技術である。 彼らは実演する相手に大量の情報を話すが、そのうちのいくつかは当たるため、相手の反応を見計らいながら その反応に合わせて最初の主張を修正し、全てが当たったように見せかける。 エドガー・ケイシー、ジョン・エドワードらはショットガンニングの疑いがもたれている。 ・コールド・リーディングの技法として、実際のリーディングを始める前に、読み取る者は相手の協力を引き出そうとする。 「私には色々なイメージが見えるのですが、どれも明確ではないので、私よりあなたの方が意味が分かるかもしれません。 あなたが助けてくだされば、二人で協力してあって導き出しましょう」という。これは情報を引き出そうという意図である。 そして分からないように相手をよく観察しながら、誰にでも当てはまりそうなごく一般的な内容から入る。 *「あなたは、自信がなくなる感じのすることがあるようですね。特に知らない人と一緒にいるときなどです。 そのように感じますがどうですか?」(バーナム効果を参照) または、観察に基づき、より具体的にみえる内容 (実は具体性はあまりない)に踏み込んで推測を行う。 *「私には年老いた婦人があなたのそばによりそっているイメージが見えます。 少し悲しそうで、アルバムを持っています。このご婦人はどなたかお分かりになりますか。」 *「私はあなたの痛みを感じます。多分頭か、もしくは背中です。」相手はこれら具体性のない推測に対して、びっくりしたり 思い当たることを話したりするなどの反応をすることで、リーディングを行う者になんらかの情報を明かしてしまうことになる。 これを基礎に、リーディングを行う者はさらに質問を続けることができる。推測が次々当たれば、相手はリーディングを行う者への 信頼をどんどん深めてしまう。もし相手に推測を否定されたとしても、態度を崩したりうろたえたりせず、威厳をもって 「あなたは知らないかもしれないが実は私にはそのように見えるのです」と言い張るなど、信頼を損なわずうまく切り返す方法がある。 コールド・リーディングには確立した技術がある。多くの演者がこの技術を習っており、能力者を装って一対一の占いを行ったり、 ジョン・エドワードのように「死者と対話する」などと題した公開の場で、観客に死んだ近親者からのメッセージを披露したりする。 演者の中には、観客について言い当てて大喝采を受けてからはじめて、実は超能力は使っておらず、心理学と コールド・リーディングの知識だけあればできるとばらすものもいる。 ▼ 以上だが、少し前は宜保愛子、最近では細木数子などが、この手法を使っていた。 スタッフに相手の下調べをさせたり、待合所に隠しマイクを設置して、情報をとる「ホット・リーデング」がある。 (字数の関係でカット 11年07月16日) ・・・・・・・・・ 2007年07月16日(月) 2295, 中島義道の「池田晶子」追悼文 -1 ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕 自ら書いているように奇人変人の哲学者の中島義道が、池田晶子と知り合いであり、彼女への追悼文を、 ある月刊誌の中で見つけて驚いてしまった。この随想日記も中島は何回か取りあげてきたが、その奇人ぶりには読んでいて、 あきれていた。唯我独尊で、ただへ理屈?を並べ立てている姿、誰かに似ている。かた方の変人の雄の池田と知り合いで、 その追悼文を書いていたとは! 中島にしては、前半はシンミリとした感じであった。何か自分に劣らない奇人の死に 戸惑っているようだった。中島は池田を哲学者と認めてないようで、哲学者でも哲学研究者でもなく、著述業として切り捨てている ところが、彼らしい。昨年から池田晶子にはまってしまっているが、亡くなったことで更に、もう一歩踏み込んでいる。 とにかく根源的で、純粋であるのがよい。その彼女の姿を中島がどの様に見ていたかを知るのは面白くないわけがない。 哲学者の間では彼女は無視された存在であり、著述家としてしか、見られてなかったようだ。 哲学者にとっては哲学用語を一切使わないのは、それだけで、相手にされなかったのだろう。 初心者向けに絞って、哲学みたいな文を書いている女とみられていたようだ。 前半は、中島が見た池田の哲学学者仲間としての心象。 後半は、中島独特の批判で構成されている。 まずは、前半の中島の彼女の心象から・・・ ー 月刊・新潮45?2007年・5月号ーより P-152 池田晶子さんが亡くなった。四十六歳の若さである。新聞報道は三月二日の読売新聞が最初だが、私は翌三日の朝日新聞で知った。 昨年末、新潮社の編集者と忘年会と称して呑んだとき、彼女が癌を患っていることは聞かされていた。その口ぶりから、 末期ということはわかったが、こんなに阜く逝くとは思わなかった。ショックはないと自分に言いきかせていたが、 その日大学にいても彼女のことばかりを考えて過ごした。いままで意図的に避けてきたが、ある種の独特の形で哲学に 携わった彼女に対する自分の気持ち(評価)をごまかすことなく語ってみようと思う。 (字数の関係でカット 10年07月16日)
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| 4870,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー38 |
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2014年07月15日(火)
* 設計と、建設と、ゼネコン・シンジケート ビル設計の私の方法は、各階の平面図を設計士と話合い何度か書換えながら穴があくほど凝視する。 その過程で他の戦術などを考える。そうこうしていると、夢の中で、その場に立つまでになる。今では3DやCGが あるが・・ 問題は設計担当者と自分のレベル。それが、そのまま出る上に、後になって隠れた問題が出てくる。 千葉の千城台と、実家の商業ビルの基本設計担当者が、事務所を辞め独立していた。 その担当者とは呼吸が合い、 創造(想像)力が引き出されていた。が、彼は私を全くの素人と見ていた。私の場合、創造工学などの本を何冊か 読み込んでいた。また学生時代のゼミなどで、ものを考え出したり、作り上げるに、何も捉われのないピエロ役 「X」を仮想し、暗黙のうちに誰かが演じ、飛躍した案を正・反・合を繰り返しながら練り上げていた。 千葉、 長岡の手掛けた二つのビル設計も、私がピエロ役(暗黙)をしていたが、それを未熟?にしか思えなかったのか、 一度会った後、居留守を使ってきた。それより、千葉と長岡の露わな姿を身近で見ていたこともあったか。 この人物、一棟目のホテルの成功をみた後、改めて組みたいと言ってきたが、許せないのが私の限界。 既に故人だが、設計担当としては神がかり的であった。 長期投資は、時代の変遷を乗越えなければならないため、 長期的視点(神的視線)が必要になるが、ところが分かってないのが多い! 創業は、その都度、会計事務所も、 設計事務所も、何もかも変えるのが筋だが・・ その甘さが、贅肉として、付いていた。 当初のビル建設から薄々気づいていたが、建設業界そのものがゼネコン・シンジケートの存在であること。 当時のビル建設の99%は、その談合で決定されていた。あとの一%は、関係者の熟知した中で、何とか?・・ その網の中で、私は小虫レベル。その都度、何とか努力をしたが、長年かけた膨大かつ緻密の網目で、雁字搦め。 10数年前に社会的大問題になって、大きく変わったというが? 今でも巧妙に、マフィア化し、巧妙に現存? 相手をパターン化し、シンジケートが談合で決めた粗筋どおりに、施主を躍らせる集団詐欺的要素が強い世界。 装置産業は、これと、税制のカラクリで、長期的に存続するのは至難の業である。軌道に乗ったころには、 時代遅れの産物になる。だから、長期の装置投資をする時に、当初からシェルターを組込んでおくしかない! 創業は上手くいけば天国、失敗すれば地獄。その中間にあるのが煉獄。そこは <キリスト教の教義において、 小罪を犯し地獄に行くまでに至らないがすぐには天国へ行けない霊魂が、苦しみを受けながら浄化 され最後の 審判を待つ場所、その状態> 老後は、誰しも煉獄状態? 創業は、地獄、天国、煉獄が直に味わえる。 で、シェルター内は、煉獄? 建設業界は、生き馬の目を抜く修羅世界でもある。偶然だが、以下の文章に続く! ・・・・・・ 4503, 実録・ゴールデンブリッジからの身投げ 2013年07月15日(月) 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニア様なら無料でDVDが借りられます」という。 そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、 初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコのゴールデン・ブリッジから身投げをして いくのが映し出され、遺族や友人が、インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書きを書いているので、死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。 橋の手前で、死のうか迷って考え込み、決断する悲痛な姿が痛ましく映し出されている。 バンジージャンプのように、 飛び込んでいく。身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が 水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台になり、押し上げられたという。 普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して 浮かび上がってくる。 ーウィキペディアによるとー ≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカのドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている 『自殺』をテーマにしている。観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子をカメラに収めた。 後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の様子を映しだそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの 高さから海面に向かって飛び降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の宣伝効果で自殺者が 増加しないように極秘に行っていた。 また、橋の柵に足をかけたら管理局に通報することをルールとして定めていた。 映画は主に橋とその周囲の日常を撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、 遺書などから構成されている。中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報はインタビューの情報でしか語られない。 自殺者の多くが精神的な病やトラブルを抱えていることがその中で分かる。≫ ▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、全員撮ったことになる。次から次へとブリッジ から飛び降りるが、躊躇しているうちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、 それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチックな気持ちを駆り立て、志願者が 国内から集まってくる。県内なら新潟の万代橋が河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず 消えている人がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず! ・・・・・ 2012年07月15日(日) 1129, マネー大動乱 ー2 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著 アメリカの金融業界と他の産業の格差は二倍。そして製造業が商業より三割り高い。日本もアメリカほどでないとして 同じ傾向にある。最近では公務員が民官に比べて2〜3割以上も高いことが問題になっている。強い立場を利用して 御手盛りをしているのである。情報化もあり、一強多弱の傾向が全ての産業で強くなってきた。日本の自動車業界も 日本資本はトヨタとホンダぐらいしか残っていない。家電にいたっては総崩れの様相になってきている。 グローバル化は世界各国の垣根を超えた戦いになり、一強しか生き残れない事態になる。 ー 第二章 アメリカの金権社会は、荒治療でしか直せない ー * 産業間格差と、一業界一社の時代 ≪ 日本の金融業界の給与水準は、その他産業の20〜30パーセント増しくらいである。これがアメリカだと、その他全産業の倍。 20〜30パーセント増しではなく二倍なのだから驚いてしまう。製造業と商業の給料ベースを比べると、日本では製造業が商業の 15〜16パーセント多いだけだ。これがアメリカになると、製造業は商業よりも30パーセントは高くなっている。あらゆる職種に ついて給与水準の差が大きいのがアメリカの特徴なのだ。当然、給与がいい産業には誰れもが殺到するから、どうしてもその 産業は慢性的に人員過剰になる。いくらでもスペアは利くからリストラもしやすい。逆に、低賃金のところは慢性的な人手不足に なりがちだ。人手不足だから時給を上げて人を手当をしようとすると採算割れになるので、他ではどこにでも採用されそうも ない低賃金労働者で久場を凌ぐしかない。移民には絶好の勤め口だが何時までも経っても生産性が低いままだ。 結局、会社ごと、産業ごと衰退してしまう。 アメリカに比べると、日本はどの産業を見渡しても収入に大きな格差がない。 人手不足も人員過剰も極端ではない。それでいながら採用する会社側は「人員過剰の人手不足時代だ」と愚痴をこぽし、 雇われる側は「天職に転職したい」と夢ばかり追いつづけている。どちらの陣営も自分たちがいかに恵まれた環境にあるか ご存じないが、一般庶民が夢を追い、高い要求水準を主張しつづけられるのは文句なくよいことだ。 参考までに、お隣の韓国は教育水準がますます高くなっている。だが、1997〜1998年の大不況でIMFが乗りこんできて、 大企業は一産業一社というアメリカンスタイルにつくり変えてしまった。おかげで、それまでの7〜8つの財閥が競争して 採用活動を展開していた時代は遠い昔、企業の求人活動はすっかり衰退している。 電機.電子ならサムスン、自動車なら現代に 採用してもらえるかどうかで、その後の人生が天と地ほどもちがってしまう。 同業で生き延びているのはクズ同然のその他 大勢企業だけだから、敗者復活戦もありえない。同じ電機業界でも、パナソニックもあればソニーも日立も東芝もあるという 構造はいま、世界中でも日本だけになりつつある。ドイツもかつては大きな産業ごとに代表的な企業が3〜4社ずつあって しのぎを削っていた。これがドイツという国家の活力になっていた。いまはそんな状況ではないぜいぜいフォルクスマゲンと ダイムラーペンツ、BMWを抱える自動車くらいしか、複数の企業が切磋琢磨して高い技術水準を維持できる産業は残っていない。 こうして改めて見渡すと、いまや基幹産業ならどれを取っても少なくとも三〜四社の大企業同士の激しい競争が続いている 国というのは、日本だけなのだ。 あとはどこでも、基幹産業それぞれで国際競争に打って出て通用する企業は一社だけという「競争」環境になっている。≫ ▼ 情報化によるグローバル化が産業間格差と、一業界一社の時代を作り上げたといってよい。但し、その周辺で、それにとって 変わる群れがいることが前提になる。問題は個人レベルの格差に直接影響すること。日本の産業も大きな亀裂が出来たようだ。 ・・・・・・・ 3763, ユング ー6 2011年07月15日(金) * この東北大震災を、ユングの「布置」とし日本国家に置き換えてみると! 10年前の9・11テロと、3年前の9・15のリーマンショックで大打撃を受け瀕死の事態に、今度の3・11の東北大震災と 福島原発事故が重なり襲った。 これを「二つの歴史的経済震災」に対する、この東北大震災は「めぐり合せ」(布置)と考えると、 この大地震の意味が見えてくる。 世界的経済震災が二つ日本に直撃した。それで経済基盤が弱い東北・北海・北陸など地方経済は、 これ以上ないほど疲弊をしていた上に、このめぐり合わせである。 ただ偶然が重なっただけでなく、そこに意味を見出すべきである。 また世界全体からみれば、地球温暖化の中で原子力の是認が流れになっていた矢先のこれ。「西洋的合理主義に対しする根底からの 見直しのサイン」と、この「布置」=めぐり合わせを見るべきではないか。 日本もグローバル化の時代の中、西洋的合理主義の考え方を、根底から変える機会と見るべきである。 また同時に開放も図る サイン?ではなかろうか。 外国人を入れるだけでなく、外国に日本人も出ていくべき時期にある。現在の政治体制では日本は 成り立たなくなっているが、現在の日本は自己修正能力が失われている。 この「布置」は、この震災が最後のダメ出しとして、 否応なく壊滅的状態まで個人から国家までの既存のシステムの破壊が進むことになる。 世界は日本を先駆けとして、その崩壊と 先行きを冷静に学習することになる。 これは取ってつけた民主主義と、隷属国家の末路として捉える。波乱の中で現状を変えるのは、 信長か、秀吉のような下克上で、成り上がってきた者である。 日本も世界も、思い切ったダウンサイズの時期に来ている。 この10年間の、幾つかの自然災害の頻発は、地球規模の大転換へのサインである。まさに、その時に、9・11、9・15の 経済大震災である。やはり、来年後半にかけて、世界は政治的、経済的に大津波が荒れ狂うことになる。 その中で、全体が、 より合理的な、身丈にあった生活になっていくのでは? 現に、日本は、その一歩を踏み出している。 ・・・・・・・・ 398, ゴリラは人間の隣人 ー1 2010年07月15日(木) ビートたけしと、ゴリラ学者の京大大学院教授・山際寿一の「ゴリラは人間の隣人」をテーマにした対談が面白い。 山際寿一の「アフリカでのゴリラ研究の現地ドキュメント」を数年前にTVで見たことがあった。 ーまずは、印象に残った部分からー ≪ゴリラと人間は97パーセント以上同じ遺伝子を共有しているとか。ならばゴリラが分かれば人間も分かる?・・・ 遺伝子かみると、オラウータン、チンパージー、ゴリラは「ヒト科」に属しており、人間に非常に近い存在。 サルとの差の方が遥かに大きい。 では、「人間と類人猿と大きく違うところは何か」というと、人間は劇を作ること。 類人猿のゴリラやチンパンジーは、劇を見ていても意味が分からない。その中に入っていけない。 劇中で、AとBという人間がいたとして、それぞれの行動を見ながら、どういう思惑で、何をしようかと、劇中の人物に 共感しながらみるが、しかしチンパンジーやゴリラは、それが分からない。彼らは現実に起こって事実からあまり離れられない。 しかし我われは現実から離れて、空想の中でドラマを作ることができるわけ。≫ ▼ ー以上だが、これは人間にもいえること。 本を読み込んでない人は現実の世界から離れることができない。 現実を形而下とすると、形而上の言葉の訓練がないので想像力や空想力が弱い。小説を読むとは、文字から作者の創りあげた イメージの世界に入り込むことである。 本を多く読み込んでいる人と、ほぼ読まない人とはゴリラと人間の差ほどがある、 というと言い過ぎになるか? その位、本を読み、考えることは人間の人間たる所以である。 人生設計を前もって作っておいて、 それに従い生きることは自分の人生劇を作ることになる。 必死に生きてきた人は、形而上も形而下の質量が豊富になるので、 言葉とイメージは、それに比例して出来てくる。ゴリラと人間の差は考え、イメージする質量が圧倒的に違うということになる。 情報手段としての言葉がキーワードということ。 街に徘徊するヤクザは、ほぼゴリラの原型の世界とみれば分かるだろう。 時どき弱者を見つけてデモンストレーションをしたりするが、他者への迷惑は、あれほどかけない。 ーつづく ・・・・・・・・ 3023,衝撃的な「ひらめきの話」 2009年07月15日(水) 「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 養老孟司の対談集に、慶応大学教授で映像作家の佐藤雅彦の話が衝撃的であった。 ー彼の語っている一部分を書き出してみるー 【 その日、家の窓から外を見ていたら、まだ見たことのない映像がガーんと出て、今までの中で一番大きかった。 それが、三年後に、100万本ソフトになった『IQ〜インテリジェントキューブ』というゲームです。この世界観が突然出て、 動けなくなってしまった。 暗い画面に、あるステージが浮いている。向こうから巨大な四角いキューブがガンガン来て、 その前を七人とイヌ一匹が逃げ惑い、僕はその人たちに『右に行け』とか『危ない』とか、叫んでいるのです。しばらくして、 これが僕がやったことがないコンピューターゲームなのかと思って、一週間後に、ソニー・コンピュータエンタティメントに のこのこ出かけていった。僕は一線級のディレクターの誰かに話を聞いてもらいたかったのですが、話を聞いてくれたのは ポロシャツ姿のおじさんでした。拍子抜けをしたのですが、気を取り直して「この人に望みを託そう」と決めて、 頭の中の世界観を話したら、僕のことをジッと見て「その話は面白いよ、僕と契約しないか」「えっ」。 そのポロシャツのおじさんは、何と幸運にも副社長だったのです。 】 【 甥にと東京駅でお土産に買ったルービック・キューブをいじっていたらバーンと構造が見えた。当時27歳の時です。それからです、 わけもなく頭に映像がクルクル流れるとか、カタカタというか、とにかく勢いよく動くのが始った。 それまでは‘AならばB、 BならばC,ゆえにAならばC」と理屈でやっていたのが、そんなことでは現実の問題は追いつけないのです。 20歳代前半は酒でも 飲まないとやっていけなかったのが、あのルービック・キューブ以来、一滴も飲まなくなった。 飲みたくないのですよ。 これ以来、わけがわからないけれど面白いというような映像がいっぱい見えるようになって、それでCMプランナーになったのです。 そうしたらスポンサーから話がくると、♪《スコーンスコーン コイケヤスコーン》とか♪《バザールでござーる》 みたいなのがどんどん頭に中に来て・・・・・・・。》】 ▼ モーツワルトが似た状態で「作曲モードに入ると、完成した音楽が宇宙の彼方から聞こえてくるようだった」というが。 現実にこういう話を聞くと人間の脳の不思議さを感じる。特に天才脳の・・(天才は梅毒による脳のロックの開放説もある) ・・・・・・・・・ 2658, 幸福の4階建て 2008年07月15日(火) ヾ(●´∀`●)GOOD MORNING!! 京都大学の工学部の新宮教授が、古今東西の幸福論を読み漁った成果としての「幸福の4階建て論」説が面白い。 《「幸福ということ?エネルギー社会工学の視点から」 新宮秀夫著 》 「新ストレス学説」の創始者・ハンス・セリエ(1907-82)は、そこで、《人間はあまり[[無事」だけでは、死ぬ時にガッカリする。 「ストレスは欠くことのできない人生のスパイス」こそが重要》と主張しているが、 その部分から触発されて、幸福論を4つのステージに分類した。これが面白い。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 ・幸福の1階は人間の本能的な「快」、つまり富、恋、名誉を得て、それを増やすことである。 ・2階は獲得した富や名誉を永続させることである。 そこに時間的要素を入れ、いかに長続きさせること。 ・3階は苦難や苦しみを経験し、これを克服することである。自己実現の要素が入ってくる。 ・4階は克服できない苦しみや悲しみの中に究極の幸福があるのだという。これは解かりにくい。 さすがに、教え子達に猛反発を受けたそうだ。 1、2階の心の感動よりは、3階の苦悩や、難問を乗り越えた方が、より感動を得られることを経験的に知っている。 「感動することが幸福」なのだと看破している。確かに1、2階による心の感動よりは3階の自己実現のほうがはるかに 大きな感動を得られる。苦難を乗り越えた成功体験を知った人たちは自発的かつ前向きになる。 成功の対価としてのお金はもはや副次的なものとなってくる。 達成感が生きがいになるのである。 しかし新宮教授は、その上のランクとして、克服できない苦痛や悲しみの中に、幸福があるという。 この辺は、解るような解らないような。 三階までは、この世の幸せ。 4階は克服できない苦しみの中でこそ強まる天国の世界の願望と、その混濁した中の幸せ。 その苦しみの中で、己が融けてしまう状態が幸せということのようだ。 (字数の関係でカット2009年7月15日)
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| 4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37 |
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2014年07月14日(月)
* 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? 『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、45年間の事業で実感した真髄が、 そのまま書いてあった。《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。 誰しも、 自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、損をしないようにしましょうと、私は アドバイスをします 》 のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。ファッションなどの不良在庫の 発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化したもの。 チョッとした違いに消費者は 敏感だが、売り手が気づかず仕入れをしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れを ベター商品で補おうとして不良在庫になって、損失につながっていく。 これ事業も、人生も全く同じ。 10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを忘れ、目先の ベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、それが駅から一番離れたのホテルと、 駐車場。これが、それまでの利益のみならず、本体の経営を揺るがすことになる。 ちなみにベストは、関越自動車道からの東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。 それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。 3年前の結果は、ベストでなく、ベターの選択の 結果である。 現在も同じことが言えるのでは? 決して、ベストではない? 流れで、自宅に、 そのまま住んでいる。ところで、私の場合、どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の 資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベストでなく、ベターだったのか? 「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! アベノミックスは、 決してベストではなく、ベターでしかない。ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を 清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 当然のことだが! グローバル的 には秒読みに入っている。私、個人は、まさに、一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけか。 ・・・・・ 4502, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー4 2013年07月14日(日) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 *(末期ガンで早々}逝くも地獄、残る(死に損なうの)も地獄 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』と『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を読むと、老いることも、死にゆくことも、 決して甘くないことが分かる。そう遠くない未来を垣間見ているようで呆然とするが、これは目を背けることが出来ない。 子孫を遺す役目を終えた50歳から還暦辺りになったら、「がん死」がお勧めという。 余命6ヶ月と宣言され、幸運と私に 思えるだろうか? 何をしても少しでも長く生きたいと思うのが人情。 近代医学の成果で長生きをした結果、長生きをし 特老に入って死に逝く人を見送り、その悲劇を実感した著者の率直な実感だから説得力がある。 拷問ようなの苦痛を 味わった挙句、息を引き取るのが大半ならば、点滴、薬漬けを拒否し、自然死に近い状態で死んでいく方が良いのかも。 胃瘻と鼻チューブなどで延命させるのが果たして本人にとって良いのだろうか。医療サイドは、出来ること全てを注ぎ、 延命させるのが基本であり、家族も見殺しに出来ないという罪の意識が、拷問に近い状態でも生かそうとする。 それは逆に拷問のため生かしておくことと変わらない、のが分からない。鼻チューブから栄養をとる違和感は半端でないため、 患者は隙あらば引き抜こうとする。そこで両手を縛り付けるが、それは拷問と同じこと。患者は食べないから死ぬのではない。 死に時が来たから食べないのである。それを無理に生かそうとするため、拷問状態になる。「できるだけ手を尽くす」は 「できるだけ苦しめて地獄を味あわせる」と同じ意味になる。そうこう考えると早々と死ぬのも、ひとつの選択になる。 末期ガンで早々逝くも地獄、医療で死に損なうのも地獄。 このところ、中学、高校の同級生がガンや自殺で亡くなったが、 著者の見方によれば、これは生、老、病、死の苦しみを最小で済ませた幸運の持主。老いて逝くのも大ごとということ。 そうこう考えると自殺も選択肢の一つになる。そういえば、図書館で断食で自ら命を断つプロセスを事細かく記録した 文庫本があった。食を断つのは自死かどうかだが・・ 元気なうちに何?を用意しておくのも必要なことかも。 死ぬのは、生きてきたのだから仕方がないが、問題は死際の精神的、肉体的苦痛である。 やはり生きているうち今を充実させるしかない。「 今ヨリナキニ 」である。それと、 「今日という日は、残された日々の最初の一日」と、思い味あわなければならない。 地獄の瀬戸際で何をみるのだろうか? 幸せだった日々に感謝しながら、両親に両側を挟まれ光の中、消えゆくイメージを瞑想で中で創れるかもしれない。 死際の準備も、この著書にシッカリ書いてある。 次回になるが、なかなか含蓄がある。 母親は痴呆症になる前に、 全て準備をして私に託していった。本当は還暦前にしておくべきことだが、今でも遅くはない・・ 何事も準備である。 ・・・・・・ 4128, ヨガとは何?という素朴な疑問 2012年07月14日(土) スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから初心者向けだが、腰痛持ちもあって少し厳しい。 定員50人に、平均40人位が参加している。男性参加者が10名位で、片隅で目立たないようにしている。 その中、時どき 先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、 そこに気持ちを集中して、頭を空ッポにするためのもの。従って、ヨガが上達したとか、しないとかは気にすることはない」という。 なる程!いいことを言われる。週二回、4ヶ月経った印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」腰には良いが、 少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が出始めてきた体感はある。 数十年かけて固まった足腰が、 徐々に解けているのがポーズの積み重ねで実感する。 ー そこでヨガの意味をネットで調べてみた ー ≪ ◇ ヨーガの意味と起源 ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパやモヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の 印形が出土していることから、その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語として確認されているのは 紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地へ 行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。 賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に 「つなぐ」が語源であり、意味するところは「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。 又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、仏教がスタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、 王宮から出家して山野で六年間修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、その間、瞑想をしたり、断食をしたり、 野山で遊行した修行が、まさに当時のヨーガそのもの。その生きたお釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き残したと云われる 「ダンマパダ(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が語られています。「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。 その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日が ついて光あふれた、命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、日知り「聖人」と云ったのです。 このように「ヨーガ」とは、「結びつける」「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」「技法」として 発達してきたのです。 それでは何と何とを「結びつけ」「バランスをとる」のでしょうか? それは、�身体と心をバランスよく結びつける。�内なる私(真我)と大いなる我(宇宙)とを結びつける。 �人と人をバランスよく結びつけることなのです。仏教では、それを三宝と云って、�身体と心をバランスよく結びつけ解放した 人間存在を「仏(ブッダ)」といい�宇宙や自然の法則と自己とを調和させる生き方を「法(ダルマ)」といい、�人と人とが調和し 助け合う平和な社会を「僧(サンガ)」といって尊んだのです。そしてヨーガでは、その方法を、具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、 運動法(アーサナ)、呼吸法(プラーナヤーマ)、瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ) そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)等として、 私達に伝えてきているのです。 ≫ ▼ ≪「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、 感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」が語源であり、意味は「結ぶ」 「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもっていた。≫が、ヨガの本質。内なる真我と大宇宙を結ぶ修行ということ。 10数年ほど前に、散歩で出会った地球の核の一点を擬人化して現在も話をしているXが、宇宙。向き合っているのが真我ということ。 ・・・・・・・ 3762, ユング ー5 2011年07月14日(木) ー「共時性」の幾つかの事例を、<「タオ心理学―ユングの共時性と自己性」ジーン・シノダ・ボーレン著>から抜粋ー 例1 ある女性が、妹の家が燃えているハッキリした夢をみて、妹が安全かどうか電話でたたき起したところ。 まさに、その通り火事になっていて、電話で目をさましたために命拾い。 例2 ある研究者が高度に技術的で分かりにくい問題にぶつかっていて、情報がえられず困っているとき、 ある基金募集のパーティーに出席したところ、たまたま隣の席に座った人が必要な情報を提供してくれた。 例3 ある女性がある町にやってきて、昔の同級生に連絡をとろうとしたけれども住所がわからず、 混雑したエレベーターに乗り込んだところ、たまたまそこに彼女がたっていた。 例4 ある人のことを考えているとき、電話が鳴る。 出てみると、私がちょうど考えていた相手だった。 例5 私はキッチンで夕食の支度をしながら、夫のジムに向かって、「テーブルに花が欲しいわ」と言いました。 子供達はそのとき外で遊んでいて、私の声の届かない遠くにいました。しばらくすると、娘のメロディが家の中にまっすぐに 入ってくると、手にピンク色の花束をかかえていて、「ママ、ここにあるわよ」、と言ったのです。 例6 人の死を知る能力のある人がいます。 ある人の場合、夢や白昼夢として、死ぬ人がスーツケースを持ってその人の前に 現れるのを見ます。そしてしばらくすると、そのスーツケースを持って現れた人が、亡くなったという知らせが届く。 ▼ 単なる偶然とは思えない、これらを、ユングは、共時性(シンクロ二シティ)と呼んだが、その人によって、 その要素の強弱があるようだ。私は、Aーabc、bーabc、Cーabcの9段階の二番目のAのb辺りか。 その人の持っている一つの感覚であり、それが物理的にあったり科学的に証明されるものではない。 前回も書いたが、事業の立ち上げや、ホテル計画を実行段階に入ると、必ずといってよいほど、身辺に普段は 起こらない事故とか、ごく身近な倒産、不幸が起こる。今回、それが共時性の前段階の「布置」ということを知ったが、 今度の当方の倒産でも周辺でも、事故、大病があった。私の場合、負債債権処理など、あと二年は要するから、 二年間は大病、大事故には心しなければならない。 ところで、今回の東北大震災。 国家を人間と喩えると、 明らかに「布置」の思えてしまう。 次回に取り上げるが、そう考えると、今回の震災のユング的見方が見て取れる。 ・・・・・・・ 3397, おテレビ様と日本人 ー2 2010年07月14日(水) *「第五の壁」とは何か. テレビを第五の壁とみなすのは面白い。そうすると、今度は第六の壁というと、パソコンになる。 パソコンには第五の壁も取り込まれ、一方的な情報だけでなく自分サイドも発信できるところが、今までとは違う。 だから、著者の心配がより大きくなるのか、それとも多くが解消されるのかは判断は出来ない。 第四の壁は、それでも生身の観客がいて、役者が直接触れ合える。しかし第五は、まさに流し手の思いのままになる。 ー以下の部分がTVの本質を言い当てている。決して、機械がプラスに働いてはいないことを自覚しないとー ≪ われわれの知る「第四の壁」とは、演劇舞台の部屋の装置が三方の壁に囲まれ、残る一方の壁が観客席に向けて 取り払われているそれをいうのである。「第五の壁」とは、もとより著者が火星人の口に託して名づけたテレピの異称である。 地球を襲撃して戻っていった火星人は、次のように帰国報告したという。 【人間と称する地球上の生物は、光線と空気と出入りのための大小若干の穴のある四つの壁に外界から遮断されて 暮らしているが、ほかにもう一つ、〈第五の壁〉とも称すべきものを所有している。それは四つの壁よりは小さく、 移動は自由で、どつしりしている不透明なガラスの壁だが、四つの壁の穴からはとうてい期待できないさまざまな風物や 生物がそこに現われ、かの人間なるものと同じように語り、むせび泣き、歌う。 それは四つの壁を征服する。 四つの壁を取り払ってしまうのではないが、四つの壁を止揚する不気味なカの持ち主である】 ……われわれは、テレビにたいして〈検察官〉になろうと、〈弁護人〉になろうと、忘れてはならないことは、 その間にもわれわれは〈第五の壁〉の照射にさらされているという事実である。〈テレビ時代〉に産声をあげる赤子は、 〈第五の壁〉の人工の光の中で歩きはじめるのである。 ― この本が書かれてから四十年以上が経過した。 半世紀ぶりに地球を訪れた火醒人が今度はどんな報告をするだろうか。 それは壁ではなく、実は底なしの地獄に落ちる ブラックホールの穴だったと綴告するだろう。テレビの発する光線は、結局突き詰めれば金銭の発する光だった。 それも巨大な額の金が絡む光である。人はそこでただ語り、むせび泣き、歌うだけではない。隣間的な音声でも映像でも、 そこには人間の醜い欲得が潜在する。ただ単に事実を伝達するだけに思えるニュースのコメントですら、一言、 「オバマ氏の当選は確実」と声を発したとたん、あらゆる場面での金が乱れ飛ぶ。テレビの扱う範囲にフィクション、 ノン・フィクションの区別はない。両者は調合され、統合され、まったく別種類の認識対象となる。 認識された潜在意図、である。 この別称こそ「陰謀」と呼ぷものだ。意図はあくまでも隠されている。 誰も意識していない。だが、番組制作には「洗脳」という潜在的な意図が常に基調を作っているのである。 こうした曖昧な感覚混合体が、結局は陰謀と呼ばれるものの正体、テレビの実態になるのだ。≫ 〜 今度は、TVにネットが組み込まれてくる。違った洗脳が始ろうとしていることになる。〜 〜〜 3022,閑話小題 2009年07月14日(火) * 池袋の早朝でみた荒んだ世界 * 自民党の末期 * 腰痛はつらい (字数の関係上カット12年07月14日) ・・・・・・・・・・ 2657, いちゃつき ー2 2008年07月14日(月) 前回に鷲田が宗教学者・植島啓司から聞いた話を書いた。 「‘解脱’は自分を遠ざけて、世界の中に自分を溶け込ませる技術で、‘救済’は逆に自分を開いて、 他人を迎え入れて他人で いっぱいにするというかたちで自分を溶かしてしまう。だから方法が違うんですよ。 (字数の関係上カット12年07月14日)
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2014年07月13日(日)
* 暴力団事務所がホテル至近に二つ! 開業前の一時期に、開設の事務所をゼネコンの現場事務所の背中合わせに、ベニヤ板一枚で仕切りを置いていた。 (その後、東跨線橋近くに移動したが・・) そのゼネコンの現場事務所に暴力団の二人が、恐喝に来て、一人は、 ドアの外で誰も入ってこないように見張りが立ってから、大声で、「何で挨拶の来ない!」「ここは、どこの縄張りか 分かっているのか!」とかの恐喝劇が始まった。修羅場を経験した私でも、ライブでベニヤ板一枚で聞くのは初体験。 その迫力は、自分でなくとも氷つくほどの恐怖である。現場事務所の主任が一人になるのを見届けて来たのだろう。 しかし現場主任は冷静沈着で、対応していた。その直後に聞くと『こんなのに金を出したら、市内の暴力団が次々と 来ますよ!」と平然としている。 その直後、近くの交番に電話をしても、「その程度では受付できません!」と 軽く受け流されてしまった。しかし、帰宅してから、その応対に腹が立ち、交番に激しく抗議の電話を強くした。 その結果、その暴力団事務所前にパトカーが数日間、見張ることになった。 それ以来、その後のホテル建設の ゼネコン現場事務所には、一切に暴力団は顔を見せなくなった。開業してから分かったことが、ホテルは、ヤクザ、 チンピラの絶好の凌ぎの標的であること。しかし一度、出したら、その筋に直ぐ知れ渡ってしまう。 当然、 30年間、一度しか脅し取られることはなかった。当時の副支配人は包丁を突きつけられ脅されたが、そのチンピラ 二人は、その後、県外の検問逮捕された。 開業後、1〜2年に一度は巧妙な脅しが定期的?に続いていた。 現場責任者が対応するが、酔い客の絡みと、ヤクザ、チンピラの恐喝のストレスは、想像の域を超えるという。 ホテルマンの教育で一番初めに受けるのが、客からの罵声に備えた訓練。 お客に扮したトレーナーが、大声で 無理難題を言うのを、ひたすら受け流す訓練。暴力団は、弱みを見せないで迷わず警察に電話をするのが基本だが、 民事と刑事の境目を彼らは熟知し巧妙に仕掛けてくる。何があっても直ぐに連絡するが、刑事とて公務員、あてに ならない! 前門の虎が、脅し客なら、後門の狼は私? 考えただけで、私でも怖ろしい! その後に、暴力団の 不当行為をなくす法律として、平成4年に「暴力団対策法」が施行されたのを境に、脅しが年々、減っていった。 それでも、手口は巧妙になって続いていた。今では、暴力団と知って宿泊をさせると、宿の方も罰せられる? 事務所も、それを隠して契約をした暴力団が逮捕されたニュースが流れていた。暴力団にしたら、年々、凌ぎが 厳しい絶滅動物になっている。 30年間、ニアミスは一度も無かったが、相手も、自動的に交番と、暴力団対策課に 連絡する相手は、一番の難敵。犯罪捜査に積極的に協力するフロントは、私設交番でもある。 そこに恐喝など、 無知なチンピラ以外に仕掛けてこないが、それでも仕掛けてくるから・・ 警察は全ては解決をしてくれないが、 直ぐに相談する習慣こそ、大事。一番悪いのは泣き寝入り! そういえば、一晩に43人が宿泊したことがあった。 ・・・・・・ 4501, 閑話小題 ーバランスボール 2013年07月13日(土) * バランスボール 腰痛の本は雑誌などの記事で読んだことがあったが、図書館から借りて読むのは初めてである。 母親が腰痛持ちだが、私もその体質を引き継いだようだ。腰痛は昭和38年の長岡豪雪で高校の屋根の雪下ろしでの ギックリ腰から持病になり、現在も完治はしていない。借りた本に、腰痛にはバランスボールが良いとあった。 書斎の椅子にバランスボールを交互に使うことを勧めている。 さっそくHCに行ったがサイズは大・小のうち、 その小しかなかった。小でも大丈夫だろうと1500円で買ったが、やはり小さい。台を置いて辛うじて使っているが不安定。 スポーツセンターのエアロの一つに「バランスボール」がある。当初、数回、参加したことがあったが今は参加していない。 これは直径80センチぐらいのゴムの厚いもので、この上に座ってストレッチやエビ反りや、上下のバウンドをする。 机の横において腰が疲れると椅子から、これに乗り換える。まだ3日なので効果は分からないが、直感的にみて良いようだ。 ところが、何時の間に家内が、居間のTV前で椅子がわりに使い出した。 この半世紀の間に、3年に一度位の割合で強い腰痛になっていた。軽いのは季節の変わり目で、年2〜3度の年中行事。 最後に重いのきたのが4年前の7月で、治るまで一月以上を要した。 この時のキッカケが、「パッション」という腰叩き専用のマッサージ機を購入した時のこと。あまりに腰が気持ちが良くて、 使いすぎて逆に重症の腰痛になってしまった。 それ以来、本気になって腰痛対策を幾つか取り入れた。 まずベッドに低反発枕と低反発マッド。会社の椅子には低反発クッションを。居間のTVの前には低反発クッションを導入。 それ以来、大きな腰痛は4年間、一切ない。2年前からのスポーツジム通い運動と、16ヶ月間、週二回のヨガ・エアロの 効果もあって、今では腰の重さが五分の一以下の軽さになっている。 特にヨガは腰痛の自己治療と思えるほどで、足腰の 歪みを修正してくれる。 借りてきた本によると、椅子に座った状態で、体重の三分の一の重量が腰にかかるというから、 私なら20キロである。毎日、4時間近くパソコンの前の椅子に座るので、その負担が実感している。 ・・・・・ 4127, 閑話小題 ーシネマ 2012年07月13日(金) * 相変わらずのシネマ通い 今年になってから平均して月3回はシネマ通いをしている。少し通い過ぎ?だが値段の割に価値を感じるからだ。 エネルギーを持て余している現在、手軽なストレス解消になっている割りに毒は少ない。物語に意識してドップリ浸かるのがコツ。 最近のシネマはデジタル特撮効果で画面も映像も圧倒的迫力がある。家でもWOWOWなどで映画やシリーズのドラマを見ている。 頭には決して良くはないのだろうが、面白いこと、この上ない。今年に入って特に面白かったのは、韓国映画の「マイウェイ・ 12000キロの真実」、邦画で「外事警察」、ハリウッド映画では「バトルシップ」というところ。千円のため、居酒屋一軒分で 月三回は価値がある。 最近では外れは殆んどないが、もし千五百円なら半分も行かないだろう。映画の開始前に予告が流されるが、 それに洗脳されてしまう。時代背景の家具や服飾を見るのが楽しみ、というのも年齢のため。 一つ酒を飲み交わす場面で、徳利は 江戸末期になって出まわるようになったもので、それまでは鉄瓶のようなもので温め、杯についでいた。19Cのロンドンを 背景にした映画は、時代考証を見るだけで面白い。 話は変わるが、先日、家電店で80インチのTVを見てきた。80万位だが、 ここまで大きいと迫力がある。月3回のシネマ通いは、たまたま面白いのが来ていたためで、1〜2回で充分である。 * オスプレーの反対運動 飛行機とヘリ兼用のオスプレーの反対運動、何故、あそこまで反対するのか不思議。沖縄に配備されると一番困るのは中国で、 都合が良いのは日本。飛行コースを決めておけば、別段、危険ということはない。ヘリコプターの役割もあるので、飛行機と違って、 滑走路を必要としないため何処からでも離発着が可能である。 反対理由は中国からの裏指示と疑うのは当然である。 沖縄の飛行場周辺の街は、基地のために後から出来たものが殆んどで、わざわざ基地を街の近くにつくった訳でない。何故か誰も、 このことを言わない。嫌な臭いがする反対運動である。 話は変わるが、原発に対するアンケートで、「全エネルギーの25パーセントを原発が担っているが、15パーセント位が良い」、 が一番多い調査結果が出た。現在の日本は、「原発は危険だが、存続が必要」なことぐらいは、分かっている。このままいけば、 周辺各国から、寄って集って領土など資産を毟りとられてしまう。原爆被爆国だからこそ、原爆を持つ権利が十分ある理屈もある。 もう敗戦国の負い目から脱皮すべきである。67年も経って何が保証である。表立った再軍備をすべきで、原爆を持つべきである。 ・・・・・・・ 3761, ユング ー 4 2011年07月13日(水) 共時性とはシンクロ二シティの訳語で、ユングは、「意味ある偶然の一致」と言っている。 ユングのいう共時性(シンクロ二シティ)の定義を 「臨床ユング心理学入門」 山中 康裕著で、 第一の定義 非因果的連関の原理 第二の定義 「別々の出来事が、互いに因果関連はないが、時間的に一致してそのつながりに意味が感じられる事態を示すこと」 第三の定義 「別々の出来事が、時空間的に互いに一致して、しかもそこに意味深い心理的関連が感じられる事態を示すこと」 第四の定義 「心の世界と物質の世界をつなぐものとして考える場合」 等、定義している。 ここで山中 康裕は、「そのような心の現象は実際に多く存在し、従来の確率論で予測される期待値よりはるかに高い確率で生じている」 *また、河合隼雄は、「希望する人にとっては、共時的現象がよく見えるようになる。共時的現象は、実のところよく生じるが、 われわれがそれを把握していない、と考えられる。 「希望する」人は、心が広く開放されているので、共時的現象によく気づく」 *ジーン・シノダ・ボーレンは、「自然発生的な共時的出来事は、心の中の状況が活発に働き、強い情動を帯びるのに共鳴し、 それにともなって起こるものです」「心が霊的に中心化されてくると、タオに触れることによって、積極的に共時的出来事が おこるようになってくる」「まず、霊的な価値を求めよ。何事であれ、必要な形あるものはやがてやってくる」 「イエスは、人々をみちびくにあたって、神の国について教え、この最高の価値は人々の手元にあって到達できるものである ということを語りながら、それを求めるように説きました。私には、もしも人がまず神の国を求めさえすれば、 現実の必要をみたすために共時性が与えられるであろう、と語っているように思われる」と述べている。 ▼ 私も、この6番目の感覚を得るまでは、半信半疑より、ほぼ否定的であった。しかし、この感覚が内側から出てからは!一変。 作家の佐藤愛子も、この感覚を身についてから、その経験の本を出している。しかしネットを始めた頃か、哲学書を読み始めた頃から その感覚は急激に薄れていった。共時性は、人間の持っている、ある情報器官がはたらいた結果だが、現在の情報端末は、それを はるかに超えている。特にモバイル携帯は、人間の6感を超えて我々の存在のあり方を根底から変えようとしている。 で、過去分の 同月同月をコピーして驚いたが、7年前の7月13日に偶然、ユングの共時性について書いていた。これも意味深い偶然の一致していた。 ・・・・・・ 3396, 蛸が、サッカーの結果を予測 2010年07月13日(火) 蛸がサッカーの結果を8試合全部を当て話題になっている。面白そうなので少し考えたみた。 蛸からすればサッカーの勝負など関係がない。ただ、どっちに入るかでしかなく人間が騒いでるに過ぎない。 とはいえ偶然の一致?が、8回も続くことは有りえないから、何かがあるのか。 考えられることを挙げてみると ・蛸の予測に自信を持ったチームが勝ち進んだか、 ・誰かが予測をして蛸を人知れずに誘導しているのか、 ・蛸が水槽の外の誰かの顔を見て左右を判断しているのか、 ・上記など全てを直感で判断する超能力がある、 ・人間には知りえない何かの能力がある、等が考えられる。 マスコミが注目をしてたには、それなりの実績があったはず。 諸説が出てくるのだろうが、夢があり面白い。 何かトリック?を見つけるより、そのままにしておいた方がよい。理屈からみれば、何で蛸が人間どものゲームの勝敗を 当てなければならないのか? その理由など一つもない。当った当たらないは、人間が勝手につくり上げた虚構でしかない。 でも事実、試合前に勝っている方に入っているではないか?といえるが、その勝ち負けを設定しているのは人間様。 8回も当たったという人間様の論理そのものを疑う必要がある。ドイツの勝ち負けの視点からみている、そこに何かあるとみるべき。 とすると、水槽の中で、誰かのサインにしたがっている説が、有力に思える。 でも、そんなことは、どうでも良い。 スペインの優勝より大きな話題になったから、それで充分である。蛸は三年しか生きないというから次回は無理とか。 ・・・・・・・・ 3021,卒業40年周年か〜 2009年07月13日(月) 「大学卒業40周年記念の集い」に参加してきた。 20周年、30周年記念の集いにも参加をしたが、非常に良いメルクマールになっている。(10周年は、20数年前から企画されたので、 『集い』そのものが無かった)ところが数日前から腰痛が出て上京など無理の事態だったが、「這ってでも行く」と決めた瞬間から、 痛みが少なくなったには驚いた。 「前日の金曜日に銀座でクラブの仲間が集まろうよ」という誘いを断り、当日の土曜日だけを 出席すれば何とかなるのではと考えた。 しかし出席するとしたら、むしろ前日に東京に行って、クラブ仲間の会の出席は 一度ホテルで休んだ後で、腰と相談すればよい。 また当日に上京するよりも、前日に行って翌日のギリギリまでホテルで 待機して集いに参加すれば何とかなるはず。 ということで何とか二日間を乗り切ることができた。 最後は覚悟である。 しかし本当に重症だったら無理だったが。 10年ぶりの会は、前回と同じ位の盛況の賑わいで、400人位が集まった。 2500人のうち1700人に連絡がついて400人が出席。 総長の挨拶で、「この厳しい大学経営の中で非常に人気があり、経営も非常に良好、 長期的に改革を地道に続けてきた成果」と語っていた。この10年ぶりの再会で、各人とも人相も体系も老化がハッキリ見てとれた。 仕方がないのだろう。あと10年後は、もっと激しくなるのだろう。 気持ちとしては、これが最後の参加の集いと割り切っていた。 そのため一人ひとりの語らいが熱くなった。 我われは良い時代に青春時代を過ごしていたのである。この集いに参加する人たちは 現状がある程度、余裕のあるのだろう。何か気持ちがリッチに気持ちになれる。そこで受付でチェックをして胸札と名簿を貰い。 参加費は8千円、そこで何人かの知人と再会。 10人位が集まると、若い女性が、構内ツアーで新しい施設などの案内。 そして、学部ごとの写真撮影。その後、チャペルで集合ミサ。 総長の挨拶など・・・。 その後、学食で大立食パーティー。 その後、学校サイドが用意した二次会がある。しかし前回同様の1~2年の同級会が東武百貨店の14Fに用意してあり、参加する。 参加28名(途中で帰った人3名)その後はクラスで親しかった男と、居酒屋に移動し語らい、22時過ぎにホテルに戻った。 姿、形は変わっても気持ちだけは変わらないのが同期の会での良いところ。 総括として、今回も満点。 ・・・・・・・・ 2656, コミュニケーション力とは? 2008年07月13日(日) 中島義道の「コミュニケーション力」についての一考察が、面白い。これによると、あくまで家内と私の関係だが、 私がコミュニケーション強者で、家内はコミュニケーション弱者になる。しかし、如何みても家内の方が強者で、私の方が 弱者に思えてしかたがない。外国に行って、観光地や飛行場で隣の人に平気で話しかけ英語の勉強をしたり、宮城県の 医師会会長婦人と仲良くなり、ブランド店で見えの張り合いをしたり、ディナーで周囲の人と瞬間芸のようにハイソサエティー 婦人に変身をしてしまう。私など何時も微笑をたたえて無言である。 たまに酔って、その場を目茶目茶にすることもある。 中島のいう「コミュニケーション力」とは、私がいう「対話力」のことのようだ。対話をするには自分の主張を相手に理解させ、 相手の言っていることを理解し、できれば互いに一人では思いもよらない一段上の内容まで内容を止揚することである。 それは対「本」の著者ともである。 ーそれよりまずは、中島の、面白い部分を抜粋してみよう。 (字数の関係でカット09年07月13日)
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| 4867,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー35 |
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2014年07月12日(土)
* 駅前ホテルと旅館の社長たちの抗議 開業直前のこと、以前の会社の事務長が、わざわざ長岡から近況を知りたいと開設準備室に 訪ねてきて、世間話をしていると、開業予定地の真前のホテル社長から『これから、伺います!』と 一本の電話。 その事務長は長岡近郊で工場を経営していたが火災のため倒産した経歴を持つ人で、 威風堂々としている。しかし、前の上下関係もあって、私の前では表向きは服従だった! 当人は元社長なので、それは知り尽くしている。 その雰囲気の中、地元のホテル、旅館の主だった 社長連中が7〜8人、ドタドタと乗り込んできた。何だろう?と思ったが、要は、税込み3980円の 価格破壊に対する抗議と圧力のつもり? ところが、事務長は、その空気に固まってしまったが、 それが、彼らに恐ろしそうな人に見えたようだ。 それと、私にすれば15年間の準備期間を持っての 覚悟がある。烏合の衆になった彼らの方が、明らかに恐れているのを見て取れた。 そこで『私は、ホテル・旅館の組合に入る予定は、一切ありません。問題があるなら、訴えればよい ではありませんか! 名刺を見ると、素人の駆け出しの私にとって貴方たちは、神様のような存在。 それが、こんな、抗議をしてくるとは!』と、我ながら、冷静な受け応え。 彼らは、罵声を浴びせ ようにも、得体に知らない恐持ての来客が腕を組み座っている。その人が、私の一言で絶対命令的 に立ち上り席を譲るのを見て、気を飲まれたのが分かった。 第一、グリーン、ハイマート、 ステーションホテルや、その後、自死?した旅館の主も? で、ここで知ったのは、何とも大らかな 世界の存在。で、数分で、すごすごと、何をしにきたのか?曖昧のまま、帰っていった。それよりも、 事務長、何と面白い場面に出くわすことが出来たことか。 それとも極限の恐怖だったか? 私はゼロというより、面白かった!が。現在も、そのまま経営している彼らか、その子息が、 三年前に「そら、見たことか!」と喜ぶ姿が目に浮かぶが「それ、逆でしょう?」という考えは、 彼らには、あり得ない? 毎日が青色吐息で、この原油高!その世界が全ての彼は、止めるに 止められず!万一のシェルターの備えがあるかどうか? 「倒産や、廃業は悪い!」の銀行系 価値観の盲信が、自分を縛っていることすら理解できない。人様の財布の中までは分からないので、 これも私の思い込みか・・ 長岡も、新潟も、まずは、根こそぎの価格破壊が新規参入の役割。 だから、地元では創業など、すべきでない。それまでの売り方、商習慣を破壊するのが新規 参入者の役割。だから既存の人たちを根こそぎ否定せざるを得ない。で、駄目だったら、 止めればよい。そこに当然、軋轢が生じるが、それを受け止めればよい。そのまま、結構!である。 ・・・・・・ 4500, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー3 2013年07月12日(金) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 * 年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみ 現代医療は、「老い」を「病」にすり替える。「病」は、回復の可能性があるためだが、老いはどうになるものでないのに、 病気扱いにして薬漬けにする。 老人性鬱も、老いれば誰でも落ち込む。それを病気といって薬を与えれば、自動的に薬中に なってしまう。で、それが高じてボケを早めるパターン。保険で薬が安く入手できるので、直ぐに病院に行くが、相手も 商売の要素が強いところ。病気という毒を、違う毒で征する危ない手法を駆使するところ。 ーそこで、この本で面白そうな要所を抜粋ー ・リハビリテーションは、リ(再び)ハビリス(人間にふさわしい)エーション(状態にすること)の合成語で、人間が人間にとって ふさわしくない状態に置かれた時、再びそれにふさわしい状態に戻すことを指し、病前の姿への復帰を意味するわけでない。 以前なら死んでいたものが、死ぬでもなく助かるでもなく、ただズルズルと生かされている事態が起きる。 ・「死」を、止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない「死」に対して、治すためのパターン化した 医療措置を行います。これらは、せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂しさも感じない 幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。 ・点滴注射もせず、口から一滴の水も入らなくなった場合、亡くなるまでの日数がどれくらいかというと、7日から10日が多い。 ・「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を味わわせる」とほぼ同義になっているといっても、 いい過ぎではない状況を呈しています。 ・日本人は、病気や障害を理由に、甘えて依存しがちです。また、それを許す傾向にあります。こういうことをしていると、 欲しくない時にも、無理やり口の中に押し込まれるという「拷問」にかけられることになる。 ・死にかけの人間が医者にすがるのも、あまり感心しません。なぜなら、いかに生きるか、いかに死ぬかは人生の問題で、 医療で解決できる問題ではないからです。 ・初めから、本人が誰かに何かをしてもらいたくて、自分の足で立とうとせずにぐにゃぐにゃしていたのでは、両側から無理に 抱え上げようとしても、どうにもなるものではありません。今、老いも若きも、病気は医者に治してもらおう、苦悩は誰かに 解決してもらおうという、この手のひ弱な人間が日本中に溢れています。 ・現在の日本人は若さにこだわり、「年のせい」を嫌って認めようとはせず、近代医療に過度の期待を持ち、老いを「病」に すり替えています。なぜなら「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。 一方、「病」には、 回復の可能性があるからです。 ・・・年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみです。 今さら、医者にかかって薬を飲んでみたところで、若返らせることは不可能ですから、根本的には、どうにもなりません。 ・問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが目的になってしまっている点にあります。 本来、「健康は、こういう生き方をするために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もないのに、 「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。 ▼ 「還暦を過ぎたら、自然体で、あまり病院などに行くな。どの道、少し早かれ少なかれ亡くなるのだから」と、 特老の医師が言うのだから、内容はシリアスである。「表面的に健康に戻すために、毒を盛って、毒を征する」のが 実態なら、毒を毒のまま放置しておいた方がよいというのも筋が通っている。成人病で突然死した人と、特老などで 不自由な生活をおくっている人と、どちらの生き方を選ぶかというと、どうだろう? 介護生活が平均10年も 残されていると知った現在、末期ガンで余命半年も喜ぶべきかもしれない。不自由の長生きも辛いということ。 ・・・・・・ 4126, 第一感は叡智である 2012年07月12日(木) 倫理研究所の「日捲り」にあった言葉。 「第一感を働かせよ、これは叡智。 気がついたら間髪いれず実行。」と。 出来る人は、これを純粋に実行している。ひと呼吸を入れると必ず迷いが出る。その前に実行すればよいことを出来る人は 知っている。もし迷いが出ても、「迷った時は、可能な限り実行する」という駄目押しの信念を持てばよい。 即実行をしないと人生、後悔をする。そこで、「倫理研究所」のHPを覗いたら次の内容があった。 ー 万人幸福の栞17ヶ条ー ー逆も真なりー 1 今日は最良の一日、今は無二の好機 (今日は最悪の一日、今は無二の危機、と考え一日に挑戦する) 2 苦難は幸福の門 (順境は不幸の門) 3 運命は自らまねき、境遇は自ら造る (運命を考えるときは、境遇が悪いときだけ) 4 人は鏡、万象はわが師 (鏡を見すぎると、何が何だか分からなくなる) 5 夫婦は一対の反射鏡 ( 乱反射があるだけ ) 6 子は親の心を実演する名優である (子供は、親の歪み?) 7 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号 (精神は肉体の象徴? 違うだろう。健康は生活の青信号?これも違う!未病もある) 8 明朗は健康の父、愛和は幸福の母 (陰鬱は不健康の父?、トラブルは不幸の母か? 裏表じゃないか、健康も不幸も?) 9 約束を違えば、己の幸を捨て他人の福を奪う (約束を守るだけでは不足? もう一歩踏み込んだ実行! 無理?) 10 働きは最上の喜び (方向が正しいなら良いが、間違っていれば、働くほど最悪の悲しみの道) 11 ものはこれを生かす人に集まる (使い切った後、いかに捨てるか?) 12 得るは捨つるにあり (得るは拾う人にあり) 13 本を忘れず、末を乱さず (本も、末も叩き壊せ、創造は、そこより始まる) 14 希望は心の太陽である (絶望から、全てが始まる。空即是色である。希望を目標まで具体化すべき) 15 信ずれば成り、憂えれば崩れる (疑いは、考える第一歩。憂いを乗り越えてこそ厚みのある実現がある 16 己を尊び人に及ぼす (人の美点を尊び、その結果、美点を吸収する。それが己を尊ぶことになる) 17 人生は神の演劇、その主役は己自身である (人生は悪魔‘=欲望’のなすがまま、欲望と後悔の織り成す絨毯である) ▲ これが裏表を成しているのが人生。だからこそ味わいが出てくる。だからこそ、明るい視点で人生を日捲りで確認する必要がある。 ー逆も真なりーは、居間で晩酌をしながら下書きしたもの。酔いで歪みが出てきたためか、すらすらと書けたが・・ 正・反・合の、反。 ・・・・・・ 3760, ユング ー 3 2011年07月12日(火) ユングといえば、「布置」と「共時性」である。 〈次数の関係でカット2012年7月12日ー ブログに貼り付けてあります!) ・・・・・・ 3395, 何故、名古屋の資産家の息子が麻布で? 2010年07月12日(月) 学生時代に30日間、一緒に欧州旅行した男が、何ゆえに麻布で撮影会社の社長になったのか?非常に興味があった。 その話を一昨日に会って聞いたが、チョットしたドラマ仕立て。 撮影会社といえばカメラマンとモデルやタレント、 そしてスタジオが舞台になる。撮影の世界は世間一般とは異質である。 人間関係が広く、うるさい上に腕の差が作品で明らかになる。 その世界で麻布周辺で三箇所のスタジオに80数人の会社を経営をしているのだから、そのプロセスの話しが面白くないわけがない。 その会社を独立させるまでの経歴がドラマ仕立てで面白い。三時間が瞬く間に過ぎてしまった。 プライバシーもあるので具体的に 書けないが、静岡の友人と、その話しを三時間に渡って聞き入ってしまった。 大学を卒業後、普通の会社に4年間勤務した後、 実家の貸しビル業に戻ったが、親父と衝突など色いろあった後、東京の撮影会社に勤務(弟子入り)。そこは百貨店の商品のチラシや パンフレットの写真を扱っていた。 そのうち一つの百貨店をイトーヨーカ堂が買収した時に、社長がスーパーの写真など 撮りたくないと拒否反応。そのため、わざわざ分社。その会社の責任者になったが、撮影写真一点あたりの価格が百貨店の半額以下に プライスを抑えられた。そこで知恵を発揮して採算にあうようにした。 その結果、ある時点から分社の方が組織的に大きくなり、 稼ぎかしらなった。それを良しとしない社長との対立。会社を辞めた、ところ過半数が辞めたので、やむなく会社を設立、 現在に至ったという。そこから一人の男の人生が見えてくる。寡黙な純粋な男だったがユニークな人生を生きることになるとは驚き。 そこの人間関係は非常な華やかな世界で、有名タレント、歌手、プロ野球の選手など、撮影で接するのが日常という。 それにしても、学生時代の色いろな友人から見えてくる人生は面白い。面白か、恵まれているから、会う機会ができるということもある。 このリーマンショック以降、経費削減の影響を直撃しているという。 最後は、人間性、品格で人生がつくられる、ということ。 ・・・・・・・・ 3020.旅する力ー深夜特急ノートー4 2009年07月12日(日) 旅する力 ー深夜特急ノート ー4 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 第三章 旅を生きる * そのたびの最大の幸運は、第一歩を踏み出した所が香港だということだった。のちになって理解することになるのだが、 香港から東南アジアを経てインドに入って行くのには、そこから徐々に異国というものに慣れていくのに理想的なルート だったかもしれない。気候とか水や食べ物といったものに徐々に慣れていく。湿気、暑さ、食べ物の辛さ・・・・。 だから、インドに入って下痢をすることもなかったし、どこでもすぐにその土地の食べ物を美味しく食べることができた。 解)そう言われると、成るほどと納得する。登山のように徐々に空気の希薄に慣れていくのは同じことか。 *私は、何時のころからか、新しい国に入ると、暇そうな人を見つけては言葉を教えてもらうようになった。 しかし、語学の乏しい私には、多くの単語を一度に覚えるのが難しい。そこで、次第に、 必要最小限の単語だけを教えてもらうようになった。 いくら 何 どこ いつ こんにちは ありがとう さようなら この二つのグループの7つの言葉さえ覚えていれば、まったく情報のない国に入って放置されても、なんと切り抜けることが わかってきたからである。もう一つ、宿も、かりに安宿も、中国人が経営している限りは 最低の清潔が保たれてしたし、 食堂も、どんなみすぼらしい店構えでも、中国人が調理をしては火が通った安全な食べ物を提供してくれる。 私は、やがて、どんなところに行っても、まずはチャイナタウンを探すようになる。 解)世界中どこに行ってもあるのが中華料理店で、味の外れは少ない。(一番外れが大きいのが和食の店) 何処に行っても、中国人がいるから、いい加減な料理も出せないのだろう。 ・・・・・・・・・ 2655, いちゃつき 2008年07月12日(土) 阪大総長の鷲田清一対談集「気持ちのいい話」に、なかなか含蓄のある話があった。 多田道太郎との対談の中で「気持ちがいい」とはなんだろうと考えたとき、それは「いちゃつく」という言葉に 行き着くという。最近の若い人は、スローセックスというか、最後まで行かないプロセスをダラダラ楽しむ感じが、 また良いと。鷲田は、女子高校生同士が、ベッドで何となくいちゃついている光景が、一番イメージしやすいという。 だいたい飲みにいって、ママとかホステスに何となく酒を飲んでいるのは、横から見れば子供に帰って いちゃついている姿に似ている。そういえば、私が以前に女性の職場に居たときのタブーは特定の人との親しい関係だが、 不特定多数と何気なく仕事の中でいちゃつくのは、誰も見てみぬフリをする。 それが女の職場の中の男の特権である。 誰とも目的無しに共同作業の中で引っ付いて、適当に仲良くするのは、幸福の最たるものである(この本で気づいたことだが)。 この対談集の中に、 鷲田が宗教学者・植島啓司から聞いた話として紹介している話が興味深い。 「‘解脱’は自分を遠ざけて、世界の中に自分を溶け込ませる技術で、‘救済’は逆に自分を開いて、 他人を迎え入れて他人でいっぱいにするというかたちで自分を溶かしてしまう。 だから方法が違うんですよ。 自分が相手の中に吸収されるか、逆に他が自分の中に浸透するか。どっちにしても、自分と世界の距離をなくして、 自分を触っているか。相手を触っているかわからないような『いちゃいちゃ状態』を宗教だ」という。 これから考えると少女が他人の体でいちゃいちゃしている状態や、部屋の中にぬいぐるみをいっぱいにしている状態と、 宗教の解脱、救済と、きれいにオーバーラップするという。 鷲田は、自分はこれまでの人生で最も欠けていたのが、いちゃつき、といい、寝転んで誰かと飽きるまで、とことんゲップを しそうになるまで、いちゃつき続けるのが、今の彼にとっての一番の幸せのイメージと正直に告白している。 セックスになると、 相手を満足させなければとか、社会的なこととか心理的な束縛がかかるから、いちゃつきの方がイメージとしてよいとか。 (以下、中間、略 11年07月12日) ・・・・・・・・・・ 2007年07月12日(木) 2291, 10歳の放浪記 ー3 この番組の中で、作家がドラマの中の10歳の頃の子役を抱きしめた場面を紹介したが、これは深い意味が含まれている。 この行為そのものが「究極の癒し」になるのである。精神症や精神病の原因として最近「トラウマ」が取りあげられている。 辞書でトラウマを調べると、「耐えられないような体験・その痕跡。内的原因(欲動興奮的)と外的原因(侵襲破壊的)がある。」 とある。特に幼少時のトラウマが大きな原因となっている場合が多い。癒し系の本には、その時の自分を思い出して、 イメージとして抱きしめることが、本人のトラウマの一番の治療になる、とある。ところで、NHK/BSで「わたしが子供だった頃」 のシリーズで、童謡作家の上条さなえさんの「10歳の放浪記」をドラマ仕立て観て、感動し、随想日記に二回にわたり書いてきた。 本を買おうかどうか迷ったが「図書館にあるかもしれない」と思って、買うのを控えていた。先日の日曜日に近くの図書館の ファンタジーなどのコーナーで探したが、無い。諦めかけたが、それでもと思い直し更に探したところ、あったのである。 ー以下は、この本の一番のクライマックスの場面であるー。 (以下、中間、略 09年07月12日)
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| 4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34 |
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2014年07月11日(金)
* 開業前の戸惑い 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、小さいが社長の立場。 御客との直接接点がゼロになってしまった。 しかし、準備期間の一年は、開業直前までは何もかも 独りである。 学校に新卒、職安には中途採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければ ならないが、それらは長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の 全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つずつ対話をしながら、決定していくのが、 それが無い場合、独り言を口に出して決めていく。 開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの 現場事務所の主任が、それが何とも不気味だと、注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの 出発である。この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた環境が自分を 慣れさせる。 ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って 訪ねてきた。『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、 貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に雇って欲しい』という。 私にすれば『エッ何?』の小説のような話。『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』 といっても、なかなか引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら 親友が働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。 それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違いをしているよう。 なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白いホテル〉の見出しで、記事を書いて 貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、 貴方のアイデアのホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・云々』と、一方的な話。 何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、丁重に答えるしかなかった。 15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、 面白いもの。その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、誰一人、 真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が潰れてしまう。クーデターを 起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 私も命を張った大勝負の時節! で、断ったが、この計画、誰にも言わなかった秘話。その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、 心不全で亡くなっていた、という。彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。 何とも哀く 気の毒な出来事だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 商売は常時戦場!決して生易しくない。 ・・・・・・ 4499, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー2 2013年07月11日(木) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』中村仁一著 *「治療に関する思い込み度テスト」 「私たちの医療に対する信頼は思い込みでしかない」と著者は、医師の立場から切り捨てている。 私も変わっているので、このテストで○は2〜3つしかない。現在の医療を信頼してはいけないということ。 特に老人は、病院にとって金のなる木。信頼するほど真逆の結果、搾り取られるだけ!というのも、至極当然。 その結果、何とか長生きした先が特老というのも、極論とも思えない。還暦を過ぎたなら、病院でチューブで繋がれる 道でなく、自然死を選ぶのも一つの選択。 ーその辺りから抜粋ー ≪「医療の鉄則」があります。1、死にゆく自然の過程を邪魔しない 1、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない 今の医療現場では、この真逆が行われている。 私が主催する「自分の死を考える集い」の参加者に、 以下のような「治療に関する思い込み度テスト(信頼度テスト)」を行なった。 �ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる �薬を飲まないことには病気はよくならない �病名がつかないと不安 �医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない �医者は病気のことなら何でもわかる �病気は注射を打つほうが早くよくなる �よく検査するのは熱心な医者だ �医者にあれこれ質問するのは失礼だ �医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず �大病院ほど信頼できる医者がたくさんいる �入院するのなら大病院・大学病院が安心できる �外科の教授は手術がうまい �マスコミに登場する医者は名医だ �医学博士は腕がいい �リハビリはすればするほど効果が出る いくつ◯がつきましたか? 奇人、変人の多い「集い」では、○印がゼロがかなりでした。 �の説明は学術専門誌の編集長・インゲルハイム氏の言葉の引用です。「ニューイングランド・ジャーナル・メディシン」 の編集長は「病気の80%は医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い結果になったのが10%弱」 と言いました。4世紀半以上も前の話なのに、今も反論がないそうです。病気を治す中心をなすのは、本人の自然治癒力です≫ ▼ これでも日本の医療制度は世界一のレベル。病院とはいえ、経営システムが必要で、一番の利益になる老人に、 可能な限りの医療を施すのも自然である。問題は、当人の死に方の選択になる。そのためには、このような視点を 知っておくべきである。少しの延命のため、無用の苦痛を与えるのが果たして治療といえるのだろうか? 40年前に父が大手術の一年後に亡くなったが、亡くなる一月ほど前にポツリ言った言葉が耳に残っている。 「あれ程の苦痛なら、手術をしなかった!」と。悪性のガンは、どのみち助からない。 なら、人間ドックも手術も無用と いうことになる。医者が自然死を勧めるほど実態は薬漬け、チューブつき。酒を飲んできた人は麻酔の効きが悪いというし・・ 死に際の厳しさは、実際は壮絶だろうが、生き返って誰も証言しようがない。生きているうち、楽しみ、味わうしかないのか。 ・・・・・ 4125, マネー大動乱 2012年07月11日(水) 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著 世界の激動する国際金融危機を解りやすくダイジェストに俯瞰した内容である。著者の視点で日本国内のついての悲観論と、 欧米や新興国についての楽観論に対して、まだ日本はマシと論じている。 それぞれの章ごとに、ポイントになる部分を 書き出して、それについて論じてみる。 世界のマネーは動乱に入ってしまった。 ー 第一章 アメリカは財務省・ウォール街複合体に潰される?! 〜上位一パーセントの総取り! 【 2007年で、最も裕福な1パーセントが合衆国の全ての資産の34.6パーセントを所有しており、次の19パーセントの人口が 50.5パーセントを所有している。要は、二割の人口が85パーセントの資産を占めている。逆に連邦政府が定める貧困ライン (4人家族で2万2千ドル=180万)以下の生活をおくっている人が4620万人。人口比にすると15パーセントも存在する。 信じられないことだが、生活保護やフードスタンプ(低所得者向け食料配給カード)など、国や州の援助がなければ 生活が出来ない人が47〜8パーセントもいる。失業率は2008年初頭で5パーセントだったのが、リーマンショックで 10パーセントを一時期超えたが、去年の秋には8パーセントまで下がってきた。ではオバマの失業対策が上手くいったか というと、そうでなく、職探しを諦めてしまった失業者が、労働人口から外れた「無業者」になって、失業調査から 外れてしまっただけ。・・アメリカの実質世帯所得は5万ドルで日本円すると400万円。これも下落傾向にある。】 ▼ ネットでその辺を調べたところ、「全人口の上位1%の税引後世帯収入の割合は1979年の約8%から2007年の17%に上昇、 2倍になった。全人口の上位5分の1の富裕層が受けとる税引後世帯収入は、1979年の43%からさらに上昇し、2007年には5 3%だった。言い換えれば、上位5分の1の富裕層の総額は、他の5分の4所得を超えている。」とあった。 現在の日本も、同じ傾向にあるようだ。特に地方の衰退は激しい。世界的みて富裕層といわれる人は100万ドル、 日本では1億前後の流動資産を持っている人をいう。だいたい1・8パーセントの世帯が入るとか。50数世帯に 一世帯というと、なる程、そうか?である。身辺を見渡してみて、豊かそうな人は、その位は持っていそうである。 そういう人たちは、何があっても、しぶとく豊かさを守る知恵がある。 ・・・・・・ 3759, ユング ー 2 2011年07月11日(月) < ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� > あまりに有名な幻覚?だが、序文の冒頭から以下のような刺激的な内容から始まっている。 ーまずは、その部分からー 【 ユソグは六八歳のとき、日課の散歩中凍った道路で滑って、くるぶしを折った。その二、三日、はげしい心臓発作に襲われた。 彼は病院で酸素とカンフル注射で生き続けた。ユソグに付き添っていた護婦は後に、「私は、死にかけている人が一種の白熱光で 取り囲まれているのを見たことがありますが、あなたもそういう光で取り囲まれていましたよ」と彼に語った。 この状態でユングは、生と死の間をさまよった人々によってしばしば述べられてきた幻影のようなものを経験したらしい。 その第一は、約千マイルの上空から見られ、青い光に浸された海と陸地のある地球の幻影だった。彼は、赤味を帯びた黄色のアラビアの 砂漠や雪でおおわれたヒマラヤ山脈を見分けることができた。つぎにそのそばに、彼は阻石のような巨大な石の塊を見た。 しかしそれは、彼がインドで見たことがある、ある寺院のようにくり抜かれていた。その入口の近くに、一人のヒソズー教徒が結珈 趺坐め姿勢で坐っていた。ユソグはこう言っている。近づくにつれて、「私は、あらゆるものがはがされて行くかのような感じがした。 私が目指したか、欲したか、あるいは考えたあらゆるものや、走馬灯の様な地上の全ての光景が、消え去るか、私からはぎとられていった。 それは、この上ない苦痛の過程だった」。そして彼が、そのヒンズ教徒によって、灯心が一杯ともっている寺院内部に案内されたとき、 「私の真の仲間であるすぺての人々」にまさに会おうとしている様だという確信と、自分の生命の意義と自分が、この世に送られて来た 理由が突然わかったのだという確信をもった。そのとき、ヨーロッパの方角からなにかが彼のほうへ浮き上がって来た。彼は、それが 自分の治療をしていた医者だということがわかった。しかしこの医者は古代のコスー医療の神、エスクラピウスの寺院のあるところーの 支配者に変わってしまっていた。その医者はユングに、「あなたは死ぬことが許されないでしょう。少なくとも三〇人の女性があなたが この地球を去るという計画に抗議をしています」と説明した。ユングは、その幻影があせるにつれて、深い絶望感を感じた。自分は しぼらくの間死んでいて、それから生によびもどされると確信していた多くの人々のように、ユングはもどらざるをえないことに憤慨した。 その医者が古代の王の形をしてユングのまえにあらわれたので、彼は、この医者は死のうとしている ー実際その医者の死が、彼自身の 死の代わりになるのだろうーと信じた。一九四四年四月四日、ユングがベッドの上に坐ることを許された最初の日、その医者は熱のために 病床につき、その直後敗血症で死んだ。ユングが、彼の最後の患者だった。 それは幻影の時期であった。 「毎晩私は、もっとも純粋な至福な状態のなかに浮いて驚いた」。朝が近づくと、彼は「今灰色の朝が再びやって来ると、今灰色の世界が その贈り物の箱をもってやって来る」と感じたものである。そして彼が肉体的により丈夫になるにつれて、幻影は止んだ。ユングは幻影を、 ある形の夢か幻覚とみなさず、根本的な現実に対する洞察とみなした。「それは想像の産物ではなかった。幻影と体験はまったく 現実的なものであった。それらについて主観的なものはなにもなかった。それらはすべて、絶対的な客観視をもっていた」。 】 ▼ これは、まさかと思えるほど衝撃的だった。ということは、私には父親が亡くなって10年ぐらい、妙な霊感が身に備わった。 しかし、その直後に結婚し、様々な事業体験で極限の経験をしてきた中で、その新たな感覚が増強されていった。この感覚は他人に 言っても信じてくれないことは(自分が経験してない時を考えれば)分かりすぎるほど分かっていた。その中で、この文章である! ・・・・・・ 3394, おテレビ様と日本人 ー1 2010年07月11日(日) この本はテレビの与える弊害を書きつらねている。それも「7人の家族」「鳩子の家」テレビ・映画の脚本家として 活躍した人だから説得力がある。 テレビ局からの一方的な押し付けで思考力を奪ってしまう弊害は大きい。 4万年前の洞窟の絵文字から、人間は考え、それを他人に伝えてきた。その中から、他者の持つ複雑な考えの意味を理解しようと勤め、 自分の考えを進化してきたのである。そして人間は、「考える動物」として、他の動物と違って、飛躍的に文化・文明を蓄積してきた。 それが、テレビ様の御かげで、根本から破壊された。人間が創りあげたテレビという機械に、人間は勝ち目のない戦いをし、 それに隷属されている。 人生は短いのに、日本人の総白痴化が、ここで顕著になっている。 経済、政治について語る日本人の 内容の浅いのも「おテレビ」のお蔭という。 「911・考えない・日本人」と合わせ、納得させられう点が多い。 ーまずは、要約部分からー ≪ テレビのない時代、人間が余暇を過ごした方法の一つは読書だったから、テレビと本を比較すれば言いたいことがわかるだろう。 知的な刺激を求め、人間が本と親しんだその時間の大部分は、今テレビに奪われている。 本には良書と悪書の区別があった。 だが今、テレビに「良番組」「悪番組」などの識別をすることはない。あまりにも一過性で、人に判断の余裕を与えないからだ。 この番組はコマーシャルをはさんで、すぐ次の番組に移る。 焼け野原の都市に、本屋の数は少なかった。 古本屋はアリババの 洞窟のような魅力があった。実際本の起源は洞窟から始まっているのだ。 約四万年も前に、柔らかい岩や粘土に刻み込まれた 絵文字によって。人間は自分の考えを他者に伝えたい本能を持つようだ。また同時に人間は、他者の持つ複雑な考えの意味を 理解しようと努力を始め、自分の考えと同化させる努力を始めた。同意・同感するたびに、あるいは異論を抱くたびに、 人間は人間らしくなっていった。その結果、何万年もかけて地球上でたった一種類の珍種哺乳「考える動物」が誕生したのだ。 この珍種が、絶滅一歩手前にきている。本を失い、その代替としてテレビを与えられ、考えるカを失ったために。 もうすぐ人間の最大の敵は、再び歴史以前、石器時代と同じように、他の動物、野獣たちに戻る日が来るだろう。 考えるカがついてからの長い期間、人間の最大の敵は、無論、人間だった。それはお互いに自分の損得を優先して 考えるようになったからだ。それは単に金銭、物質の損得への考えだけではなかった。 何よりも人間は、人間らしい人生を 送ることへの損得を考えた。 短く貴重な一生を、どうすればより実りの多い時間で満たすことができるかの損得を考えた。 ( 字数制限のためカット 2011年7月11日) ・・・・・・・・・ 3019.旅する力ー深夜特急ノートー3 2009年07月11日(土) 旅する力 ー深夜特急ノート ー3 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 ー第二章 旅の始まりー * 果たして陸路でロンドンまで行けるのだろうか? 不安を抱えたまま躊躇していた私の背中を押してくれたのは、 1973年暮れに出た雑誌に載ったある文章の一節だった…。それは井上靖が書いた「アレキサンダーの道」という 紀行文の連載第一回の文章であった。掲載誌は「文藝春秋」の1974年の一月号である。その冒頭で井上靖は、こう書いていた。 《昭和48年の5月〜6月にかけて、アフガン、イラン、トルコの主として古代遺跡だけを漁って、自動車で巡った。 約一万キロくるまに揺られた荒い旅であったが、私にとってはすべてが初めての経験だったので、面白かった。 一行は、考古学の江上波夫、画家の平山郁夫両氏の他に、長島弘三、・・・などが同行された。これを読んだ時に 「アフガン、イラン、トルコ」というのは、まさに私が行こうとしているルートそのもの。・・・》 解)書物を通して、経験者が声が多くの人を動かす。経験の持つ力は、後進の人の力を喚起させる。 だから一生を通して読書はしなければならないのである。 * 出発に際して、持ち物の「一覧表」を作った。しかし、参考になる例を知らなかったので一人で考えるしかない。 旅先で新たに買うことも出来るものもあったが、旅先では買うのは極力抑えたい・・・・ 私はリストを作り変えることにしたが、それは無限の引き算をするようなものだった。 これらをバックにつめ、それを背中に背負い、ショルダーバックを肩にかける。その中味は以下の通りであった。 ・パスポート ・証明写真 ・トラベラーズ チェック ・現金 ・航空券 ・カメラ 持っていく本は、最後に三冊に絞った。『星座図鑑』『西南アジアの歴史』、中国詩人選集の『李賀』である。 解)旅行先では、意外と本を読む余裕はない。 その先々で、じっくりとする余裕があれば、その読書は 特別な意味を持つはずだ。 経験主義と合理主義の二つの効果が十二分に発揮する。 金沢の地で大本教の出口王二三郎の本を貪り読んだが、あれは私にとって鳥瞰の視点の一つを 得た機会になった。 人生は、何がなくとも、その時々の本である。 ・・・・・・・・ 2654, 結論で読む人生論 2008年07月11日(金) 「結論で読む人生論 ートルストイから江原啓之まで」勢古 浩爾 (著) ー読書日記 古今の人生論を批評しながら著者の人生論を展開する本。 著者の「わたしを認めよ」「まれに見るバカ」「この俗物が」を読んだが、非常に軽妙で、自虐的な文章が私の性に合って 面白かった。この人生論も、勢古の人生論批判で、「結局何なんだよ?」という彼の主観が面白い。まずは、アマゾンの内容 紹介文と、まえがき、の一部を紹介して、次からは、それぞれの章の面白そうなところを抜粋しながら、考えてみる。 人生論は、哲学と同じく読まなくてはならない。そこで培われたものが自分の人生の司令塔になるからである。 ーまずは、この本の概要からー ( 字数制限のためカット 2011年7月11日)
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| 4865,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー33 |
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2014年07月10日(木)
* つれづれに 〜事業を通した「力と、遊びと、学びと、その背後の闇」 事業を通して多くを学んだ。その一つが金沢でのこと。追込まれ、気持ちが深く沈んでいた時、 内なる声が浮かんできた。「私は、ここに学びに来ている。順調で満足しているより、この事態こそが 学びではないか。こんな惨めな状態は二度と経験はできない。現状がマイナスほど、逆にプラスに なるはず。そんなことも分からないのか!」と。そこで現象を改め見直すと、全てが違って見えてきた。 逆境は学び、順境は遊びと、割り切ればよいということか。 3年前も、そのことを思い出し、 「こんな経験、二度とない。倒産の当事者に成りきって、今すべきことを一つずつ処理をしろ」の、 内なる声にしたがい冷静?に取組めた。これは、節目時の対処を何度か経験してきたこともある・・ それをみていた、月次の経理監査で30年、来社をしていた税理事務所のJさん曰く、 「楽しんでいますね!貴方は現在、何が起き、どういう立場にいるか分かっていない?」と、呆れ顔。 それに「分かっていないのは彼方!」とも言えない。 偽悪的にいえば「これで創業から終わりまで 起承転結の全てを経験できる! これは立上げからの行蔵を持った私の45年の最期の仕上げ!」 の気持ちが、身体も心も自由にしてくれていた。 表立った心は沈んでも、こころ根まで折ることはない。 痩せ我慢としても、冷たい視線?に対し、逆照射をしているしかないが。 ブラックスワンの長期的対策をしてない中小企業の9割?以上の方々が、その視線で、 面白おかしく中傷している自分の姿が分からないのが、ブラックジョーク。 他人には、隠れた4 5年が見えないし、見ることもない。 学び、遊び、働きと、それらから解き放された自由な心、 の4分類で考えると、人生が鳥瞰して見えてくる。 「学び」を切口にすると、マイナスの出来事が 真逆に見えてくる。「遊び」も同じ、現象そのものを遊べばよい。 失敗も、遊びで括ると、ケセラセラ! に、思える。 「働き」で括ると、戦略的失敗も、無我夢中だから・・になる。 全てが意味(価値)づけが可能ということ。 この3つの括りも、宇宙的括りの解き放された 自由な切口で、包み込めばよい。死んで3日もすれば、300年前、死んだのと同じになるのだから。 人生の鳥瞰は面白い! ・・・・・・ 4498, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー1 2013年07月10日(水) * 現役医師の「自然死」のすすめ 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 以前から、新聞や雑誌などの見出しをみたり、書店で立ち読みをしていた本だが、偶然、図書館の返却コーナーで見つけ、 読んでみて驚いた。現在の医療のありかたを根底から否定している内容である。生殖能力を終えた動物は、延命などの 無駄な努力をしないで自然死をしなさい。その無駄な努力は、医師などによる洗脳によるもの。それも特老施設の配置医が、 長生きしている特老の死を見るにつけ、薬で何とか生き延びた結果の、痴呆老人の目線から、書いているから 考えさせらる。 =まずは、概要の部分を抜粋する= ≪ 医者にも格付けがあって、大學病院の医者が頂点で、旧国立病院や日赤、済生会、県立、市立などの税立病院と続き、 次が民間の大病院、中小病院の医者で、一番下が町医者といわれる開業医で、老人ホームの医者はさらにその下ですから、 いわばホームレスレベル。ですかから、県立病院の部長であっても、開業した途端に最下位の町医者に転落するわけです。 世間では、「そんな小さな町医者では駄目」というのがふつうなのですから。考えてみれ当然です。・・・ ・・配置医はホームレスレベルという構図です。その老人ホーム勤勤も12年目に入り、最後まで点滴注射も、酸素吸入も いっさいしない「自然死」を数百例もみせてもらえる、得がたい体験をしました。病院では、最後まで何かと処置をします。 いや、しなければならないから、「自然死」はありえません。 在宅における死も、ふつうは病院医療を引き継ぎますから、 ほとんど「自然死」はないっていいでしょう。また、医者の方も、何もしないことには耐えられないでしよう。 しかし、それは、穏やかな死を邪魔する行為なのです。ですから、殆んどの医者は「自然死」を知りません。 人間が自然に死んでいくのを、見たことがありません。だから死ぬのにも医療の手助けが必要だなどと、いいだすのです。 「死」という自然の営みは、本心、穏やかで安らかだったはずです。それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、 より非人間的なものに変貌させてしまうのです。世の中で、一番の恐がりなのは医者でしょう。それは悲惨な死ばかりを 目のあたりにしてきたせいだと思います。・・・ がんでさえも何の手出しもしなければ痛まず健やかに死んでいきます。 以前から死ぬならがんに限ると思っていました。近年、年寄りのがんの自然死を70〜80例みて、確信に変わりました。 繁殖を終えた年寄りは「がん死」が一番のお勧め。「手遅れの幸せ」を満喫するには、「がん検診」や「人間ドック」など 受けてはなりません。病院通いが多いのは、医者たちが、「健やかに老いなければなりません」と洗脳してきたせいもあります。 今、年寄に対する、重圧は、かなりのものは、健康食品やサプリメントの売れ行きをみれば分かります。本来、年寄りは、 どこか具合の悪いのが正常なのです。不具合のほとんどは老化からがらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、 すっかりよくなるわけはありません。昔の老人のように、年をとればこんなものと諦めることが必要です。ところが、 「年のせい」諦めようとせず、「老い」を「病」にすり変えます。 なぜなら「老い」は一方通行で、その先には、 「死」がありますが、病気なら回復が期待できますから。人は、生きものである以上、死ぬという運命は免れません。 最先端医療といい、再生医療といい、所詮、「老いて死ぬ」という砕内での話です。年寄りは、あまり近づかない方がいい。≫ ▼ ‘まえがき’の一部だが、これが概要である。これを読んで、さっそく、『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という 近藤誠と著者・中村仁一の対談集を買ってきた。まだ目を通した段階だが、多くの共通点がある。上記の‘まえがき’ の内容である。ガンには良性と悪性があって、悪性は、どのみち助からない。それを延命するのが果たして当人に 良いのだろうかという素朴な疑問がある。裸の王様ではないが、誰が声高に主張するかだった。それを放射医と、 特老の配置医が公にしたのだから反響は大きいの当然である。この本も特老の医師という視点で、壮年以下の年齢の 人には当てはまらないが、参考にする部分は多くあるはず。根底から私の先入観を覆す内容である。そういうこと! ・・・・・・ 4124, 老後の備え 2012年07月10日(火) 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 ー� * 老後の備え ーあってもなくても、虚無 学生時代に社会学を専攻した。社会といえば人間の集団をいう。個々にみれば人間学ということになる。人生とは、 その人間の始まりから終わりまでをいい、老後は最後の2割ぐらいの時期。その備えを人生の半ばの中年期から如何に 準備するかを問うているのが、この本。 その時々に、やるべきことを明確にして全力で生きれば老後の備えなど考える こともないが、とはいえ、長年かけた準備は必要である。 私の場合、何度も書いているが 、「50歳代の10年間に30年分の人生を生きること」が人生の最終の備えの仕上げであった。 この御陰で60歳になってから、精神的に非常に楽になった。し残したことが少ないという実感は他人に対しても自分に 対しても余裕を持てる。40年近い事業人生は常に最悪の事業破綻の心配が纏わりついてきた。その恐怖感が逆に リスク管理をさせることになった。 倒産すれば全て失うし、失業保険もないし、退職金もない。まる裸になってしまう。 その危険の海の中でこそ智恵が出てくる。しかし、想定外の事態が起こるのが事業。その事業破綻の備えは人生の備えと 大きく重なる。破綻の備えを事業計画の組立の中に入れておくのは基本である。 私は、第一に「家族は事業に直接 関わりを持たせない」であった。家業と事業の違いは、会社規模に関係なく家族・親戚を事業に関わらせているかどうか。 家業は家業で、それはそれで良い。ただ危険度は高いが、長年かけた備えの知恵がある。家内の実家を見ていると、 つくづく感じる。何があっても生き延びる体質がある。長年かけた老後の備えに、日記帳的記録を書き続けることがある。 私の場合、このブログ。大きな挫折で虚無に陥りそうな気持ちを何とか支えてくれている。 この著書は、 「老後に後悔しない10の備え」を勧めているが、老後に至った現在、「今から」より、「今更」の内容。 行蔵の中身の質量を高めておけば、それが老後に生きてくる。 それぞれの人の視界にみえる地平線内の景色は、 その人だけのもの。 目先の生活の心配をしないで済む余裕があれば良いが、時代が時代で一寸先は闇である。 その中にあって、孤独に耐えらる教養と趣味。この二つをベースとした構えを中年から本気になって構築すべきである。 ところで、老後という言葉。死ぬまで、その人に纏わりつく不安の化け物にも思える。それは還暦から20年以上も 生きなければならない分、大きくなっていく。人生は何とかなるもの。何ともならない時は、自分は無になっている。 だから「いま・ここ」で、精一杯生きるしかない。ただそれだけ。 ・・・・・・ 3758, ユング ー 1 2011年07月10日(日) < ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� > 15〜6年前に、この本を買って読んだ時の衝撃は現在も残っている。それ以前にスェーデン・ボルグの 霊に関する本を読んだことがあったが、この序文からして、一挙に著者によって、「ユング」の異様な世界に引き込まれてしまった。 6年ほど前に、文芸春秋の誌面で立花隆が、「ユング」について、書いた時、ここで取り上げた。 ユングといえば、 超常現象と霊について、心理学者として真正面から向き合った人である。それでフロイトと袂を分かった。 日本では河合隼雄と秋山さと子が、ユング研究で知られている。また江戸時代に明恵という坊様が、夢世界の著書を書いている。 著者のコリン・ウィルソンは、これまた面白い人物で、「アウトサイダー」以来一貫して、「現代人の精神の貧困を問題視し、 その原因と克服の道は何か」を問い続けてきた人物。この著書は、序文から終わりまで、息をつかせないぐらい濃い。 オカルト、 共時性(意味ある偶然の一致)、能動的想像など、ユングの神秘的側面を明快に説いている。この本を読み返したと同時に、連日、 不思議な夢を見ている。私の人生の節目時に、ユング心理学を通して自分を振り返るに丁度良い機会と、怖いが、オカルト世界を再度、 覗いてみたい。一笑にふすなら簡単だが、この世界は踏み込んだものしか知ることが出来ない。この10年哲学を独学してきたので、 オカルト世界を探索し戻ってくる命綱(哲学が)と気休めもある。ユングは、内面の対話を重視した心理学者。ソクラテスの対話法にも 影響され、患者との対話と、バランスを重視した。「汝自信を知れ」を潜在意識に求め、それまで科学者がタブーにしてきたオカルト 世界の神秘世界に正門から入っていった。ユング関係の本を数冊、目を通しため、毎日、明らかに潜在意識の地下世界の夢を見ている。 この手の世界は自分の内面の意識下の何かを刺激する。 以前から、ここでも書いているが、人より強い?霊感が私にある。 ネット世界になってから、この手の話題は静まった。 直感、霊感より、ネットによる認知が強くなったのでは?と思われる。 何が今さらユングだが、それでもユングはユングである。それで何を知ることが出来る? 宇宙の外のXとやらを何でもよいから、 ネットで公開したら良いではないか。神秘主義など、情報不足のなせる技。で、終わってしまう。 ・・・・・・ 3393, 閑話小題 2010年07月10日(土) * お金の恐ろしさ 金の持つ威力、魔力は今さら言うに及ばない。では、その恐ろしさを本当に知っているかというと疑問? その魔力の金を金融工学で創りあげ、破壊したのがアメリカである。 金があれば世界の9割が自由になるし、 無ければ今日明日の飯の心配をしなかればならない。 1万円を持って千円の買い物をするのと、1千円を持って 1千円の買い物をするとでは気持ちの余裕が違う。 身近で金にまつわる人間模様を見ていると、その恐ろしさを実感する。 親戚が親からの相続で大金が入ったところが、人相と着ているものが様変わをした。環境=条件が人をつくる典型的事例である。 逆の話しは幾らでもある。 だから、その恐ろしさを充分に知り尽くさないと・・・・ * 再びユーチュウブについて考えてみる! (字数の関係で中間カット2012年7月10日) * 不機嫌とイライラ 歳をとるとともに人間は円熟していくと青年期までは思っていた。ところが社会に出て、仕事を通してみる年寄りは 機嫌の悪い偏屈の人の方が多いことに気づいた。 30年前から駅前で事業を始めて出あった老人の何割かは、明らかに不機嫌と イライラの塊のような人が多いという事実がある。 しかし今度は自分が60歳を過ぎた辺りから、イライラが多くなってきた。 それは肉体の老化の上に、精神の老化もある。あの出会ったイライラした老人の不快を自分が、その歳になって始めて気づいたのである。 なるほど人生は60歳までと曽野綾子が述べていたが、その一端が分かってきた。それと社会は年寄り向きには出来ていない。 円熟なんぞは、年寄り仲間でしか通用しないのも、道理である。むしろ不機嫌、イライラは避けることの出来ない事態と割り切って、 人に見せないようにカモフラージュすべきである。 自分もそうであるように、同年代の知人も老化現象が起こっている。 他人から聞いた片耳で喧嘩を仕掛けてくる、それを、待ってましたとばかり受けて立つ、というような老化現象を自分にみる。 先のことを考えられなくなると、過去の経験がフラッシュのように思い浮かぶ。 40年前のことを思い出して独り怒ってみたり、 ニヤニヤしたり、年老いた幼児である。これが高じると痴呆症ということか。 晩年は、冬景色ということか。 ・・・・・・・・ 018, 旅する力 ー深夜特急ノート ー2 2009年07月10日(金) 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 第一章 旅という病 * スタインべックの『チャーリーとの旅』には、 子供のころ、たまらなく何処かに行きたくなると、大人は私に「大きくなれば、そんなにむずむずしなくなるよ」といったものだ。 年齢から見て大人の歳になると、中年になれば収まる、と言われたものだ。いざ中年になると、今度は「もっと歳になれば、 その病は治るよ」といわれた。 いま58歳だが、これだけ歳をとれば大丈夫のはずだが、いっこうになおらない。 解)年齢ごとに行きたくなる場所が変わっていく。だから、その歳ごとに行けるところに行くのが理想的。 時間の隙間を見つけ強引に行くしかない。定年後に行こうとしても、限界がある。準備を充分してもだ。 * もし旅が病だとすれば、私がそれに冒されたのはいつのことだったのだろう。ひとり電車に乗って行った あの旅においてだったのだろうか……。その小さな旅がすべての始まりだったかもしれない。 「最初のひとり旅はたった一日で逃げ帰ることになった」 中学生の時、伊豆・大島の三原山を登る途中、 テントを張っている若い男性から「泊まるところが決まっていなかったら泊まってもいいよ」と声をかけられ、 泊めてもらうつもりだったが、犯罪者ではないのかとの疑問が恐怖に変わり、山を下りるとそのまま東京に戻ってしまった。 「たくさんの経験を積んだ今なら、その男性を冷静に判断しただろうが、その時は、誰かが親切にしてくれた場合、 それがどういうことなのかを判断する力量がなかった」 解)私の旅の病は《学生時代の30日間の欧州旅行であった。》 自分を取り囲んでいた殻が、大きくヒビが入り、 半年間は放心状態であった。 日が経つほど、ヒビの割れ目が大きくなっていくのが分かった。その翌年に、北海道の一人旅や、 そして九州、紀州、能登と一人旅をした。一人旅は、一歩踏み出せば気楽で良いことを、その体験上知ったが、世界に出て行く 器量はなかった。 もし可能性があるとしたら、20代までだろう。 私の場合は。 あの21歳の時の旅行は、 私の人生を大きく変えた。 今から考えてみると、 ・世界は広いこと ・人間も社会も普遍的な部分と異質の部分の両面を持っていること ・自分の目線は、多くの世界の目線の一つでしかないこと、この三つを二十代の経験から知ったのである ・・・・・・・・ 653, サッカーやオリンピックで、何故ひとは熱狂するのか 2008年07月10日(木) あまりサッカーの歴史のない日本人が、欧州や南米のサッカーの盛り上がりに、「何故あそこまで熱狂するのか?」 戸惑うことが度々ある。人種間や、国家間の代理戦争?とは気づいてはいたが、ある本にその辺の事情が詳しく書いてあった。 巨人阪神戦が盛り上がるのは、関東人対関西人の、特に関西人のコンプレックスのハケグチということか。
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| 4864,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー32 |
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2014年07月09日(水)
* ホテルと学生ショップのオープン ホテル一角の学生ショップは、メーカー社長と新潟市内の販売権の移動も話が ついていた。更にペガサスの立地セミナーで確実に値上するはずのバイパスと 生活道路のクロスしたポイント箇所を把握、長岡郊外の二つの更地を購入していた。 それが数年で倍近くに値上がりをしていた(税制の関係で5年後売却)。 千葉・千城台ビルの売却資金が、次期計画の基礎資金を予定。 後で気づいたが、この二ヶ所こそが、郊外型ビジネスホテルの立地。それを薄々 気づきながら売却したのが、私の限界。当時、郊外型ホテルに取り組んでいたら、 数十棟のホテルチェーン展開が可能だった。しかし、リーマンショックで、 これも間違いなく壊滅の道を歩んでいたから同じ! 現に郊外型ホテルのルートインとαー1が、現在、苦境に陥っている。 振り返ると、節目の時々こそ、アップスケール(脱皮)の機会があった。 予定挫折で節目を自ら作り、転進した時にチャンスが生まれていた。 そこで、孤独、孤立に自らを置いた第一歩からから、創業が始まる! 決断をして、大風呂敷を広げ、行動を起こしてしまえば、もう後には引けない。 しかし今度こそ、白紙である。目先の問題は、経営計画書の作成と、ホテルの設計と、 千葉・千城台ビルの売却。それと、有り余った手持時間を使った「宅建資格試験」の セミナー通い、から出発。 フロントやベッドメイクなどホテル業務など何も知らないため、ただ呆然自失。 そこで考えたのが、ホテルの一括の運営委託。その場に立てばこそ、知りえたこと。 最終的には、ビルメンテと、ベッドメイクだけにして見積もりを4社に取ったところ、 開けてビックリ玉手箱! 47万、140万、240万、320万である。詳細を見ても同じ。 何で、これだけの差が? とんでもない世界に自分が飛び込んでしまったことを 改めて実感した一現象である。最終的に、これにフロントの夜間委託を加えた。 そして片腕の人材だが、これが、帯に短し、襷に長しで、見つからない。 最後の最後に、リクルート本社の中途採用部門を通して、マネジャーを採用することになった。 その他の学生服ショップとフロント要員は、中途採用と新卒を6人を採用した。 オープン前に、何日か研修したが、寄せ集めのため、バラバラで手ごわい相手。 その上に学生ショップのオープンでは、学生服メーカーの思うまま、なすがまま。 相手は、既成の組織がある上、内装費の一千万円近くを出させてのだから、耐えるしかない。 次は、付属のレストランである。そこで、コーヒー卸「Sコーヒー」の営業担当に相談すると 『任せてください!そんな難しくはないですよ。一人、面白い男を紹介するので、任せれば良いですよ!』 で、開業直前に本人が乗込んできて無事にオープン。 そこで飲食業界の一種独特の世界を知る! ホテルなど、よくぞやったもの! 全てが綱渡りで、赤裸々の自分が露出するが、それこそが 己を導いてくれる。 咽喉過ぎれば熱さ忘れるから人は生きていける! ・・・・・・・ 4497, 怒らないって本当は恐い! ー12 2013年07月09日(火) * 怒らない作法 『怒りの作法』小川仁志著 矛盾しているようだが、ここで「怒らないという方法」について言及している。 ≪ 怒らなくても問題が解決する時に、あえて怒る必要がない。その場合、静観する勇気も必要で、淡々と処理をする。 相手が怒っている場合、特に注意すべき。ネガティブの人、卑小な人を相手にすると、同じレベルまで落ちる危険がある。 ニーチェは、他人の成功を妬んだり、自身の弱さを他人への復讐心に変えていくような人間を「ハエ」と表現、そこで 「そんなハエを叩いて人生を過ごしてはいけない」と警鐘をならす。もう一つ、人間が一人考え行動できることに限界がある。 そういう限界に謙虚になるのも必要なこと。怒って解決できる物事ばかりでない、気が熟するの待つことも必要である。 その間に、知恵を増やすか、仲間を増やし、力を増やしてから、改めて怒れば良い。その意味で、信長型ではいけません。 待つという意味では秀吉型でも足りない、家康型でなければいけません。・・・≫ ▼ 一連の事業撤退のプロセスで、地方経済の惨状認識の実感と周囲の段差に驚き、怒りさえ感じた。 商売柄、津波の到来が早い立ち位置にあっただけだが。 ニーチェは、「ハエ」と表現したが、私は「シラミ」である。 そういう私もシラミだが、ただシラミを自覚している。いや自覚できないのがシラミだから? 私は?・・ だから、そろそろ気持ちに余裕が出来て、改めて見渡すと、危険度が増しているのが分かる。民主党も酷いが、自民党も酷い。 あの戦犯の二人が首相と副首相になり、更に悪い間違いをしようとしている。その付けを支払うのは国民である。 その自民党に国民が多く支持いているのだから。 確かに政治的にみて憲法改革は必要。 甘い餌で釣ることもありだが。 怒るには覚悟がいるが、怒らないことにも覚悟がいる。 その場をともかく遣り過し、タイムラグを置く。 そのため「シラミ」と頭の中で繰り返す。これが一番、効果があるが、「三ヶ月に一度は、嫌なことはあるもの」と覚悟。 まあ、面白いもので慣れ。シラミ、ハエは事実は事実であると確信すると割り切れる。「娑婆娑婆」である。 その意味で、この経験は私の人生の物語にとって必然だったことになる。 受け止め方の問題でしかないが・・・ ・・・・・・ 4123, 予言の書「日本の自殺」 ー11 2012年07月09日(月) * 戦後民主主義の弊害 アメリカに与えられた擬似民主主義を、現在でも大事に守っている府ぬけた日本も、ここまでくると呆れ果ててしまう。 まずは憲法改正と、原爆所持は最低条件である。そして海洋国家として空母を7〜8艘の配備をすべきである。決して極右的発想でない。 中国と北朝鮮が隣接して隙を伺っている現実が、その必要性を求めている。この国民では無理だろうが・・・ ー 次の箇所が正しく疑似民主主義の徴候を書き出している。所詮は、アメリカに充てがわれた民主主義国家。 【 平等主義のイデオロギーに限らず、「戦後民主主義」という名の疑似民主主義のイデオロギーは、すべて現代1975年時の日本の 「自殺のイデオロギー」として機能している。それをわれわれが疑似民主主義と呼ぶ理由は、それが民主主義本来のあり方とは似て非なる ものだからである。それは混沌とした意識にとっては確かに民主主義と大変類似したものに見えるかも知れないが、決定的に重要な いくつかの本質点において、本来の民主主義とは明確に異質のものだからである。 〜疑似民主主義は次のような幾つかの特徴を持っている。病理診断の言葉を使うならば、これを疑似民主主義の徴候群と呼んでもよい。 * 疑似民主主義の第一徴候群は、その非科学的性格である。疑似民主主義は、イデオロギー上の独断的命題の無批判的受容から出発する。 そのドグマに従って行動するなら、必ずや全人類の解放が実現され、一切の社会問題が完全な解決をみるであろうと、そのイデオロギー は主張する。その命題は唯一、絶対的なものであり、完全で、誤りなきものである。問題の鍵は、どれだけ多くの大衆が、どれだけ強く、 また熱烈にこの福音を信ずるかにかかっている。 「信ぜよ。さらば救われん」なのである。 * 疑似民主主義の第二徴候群は、その画一的、一元的、全体主義的性向である。多数決原理の誤った認識の仕方に端的に示されている。 疑似民主主義は本来、多元主義のための一時的、かつ極めて限定された調整のための手段、便法として工夫された多数決を、一元主義、 画一主義、全体主義のための武器に巧妙に転用するのである。 多様なものの見方の存在を否認する方向で作用することになる。 * 疑似民主主義の第三徴候群とは、権利の一面的強調の仕方にある。 疑似民主主義にとっては、義務も責任もどうでもよいことである。 できるだけ権利、権利と主張し、取れるだけのものは取り、しかも義務と責任はできる限り拒絶する。 * 疑似民主主義の第四徴候群とは、批判と反対のみで、建設的な提案能力に著しく欠けるということである。 個人や社会のアラ捜しをすることは、易しいが、問題解決の提案は骨の折れることであり、責任も生じる。 * 疑似民主主義の第五徴候群とは、エリート否定、大衆迎合的な性格である。真の民主主義はエリートやリーダーシップを否定する ものでないばかりか、それに重い責任を課するものである。専門家を否定し、リーダーシップを否定するなら、その結果として、 どうしようもない衆愚政治の泥沼に落ち込んでいくほかない。 * 疑似民主主義の第六徴候群とは、コスト的観点の欠如である。 疑似民主主義は、その権利主張の一面的性格、提案能力の欠如、 大衆迎合主義などから、大衆の気に入りそうなことを並べたてるだけで、その制約条件を覆いかくそうとする。 こうした偽善的なポーズで、大衆の人気取りをしている限り、国家は破産し、社会は滅亡するしかないのである。 】 ▼ 以上の懸念のとおり、これらの症候に冒された隠れ社会主義政党が与党になった結果、収入の二倍の国家予算を組み、 動きが取れない事態をつくっても平然としている。それも国民が擬似民主主義の徴候群におかされた結果だが、それにしても酷い。 ・・・・・・・ 3757, 下流の宴 2011年07月09日(土) NHKで「下流の宴」という面白そうな連続ドラマをあったが、見るほどでないと見過ごしていた。 しかし、先日の夕方に二回分の再放送を見て、そのシビアの内容に苦笑してしまった。エリート・サラリーマンの母親(医者の娘)の 息子が中卒でフリーター。 何とか受験校に心を入れ替えてチャレンジさせたいのに、その彼女が、母親の目には下流家庭の娘。 その娘に、「私は医者の娘、旦那も一流会社勤め。貴女のような家庭とは身分が違うのです」と言い放つ。しかし、その旦那は、 リストラ対象で自分たちも下流に?なろうとしている、で・・・侮辱を受けた娘は、「私が医大に入学すれば、結婚を許してくれますか?」 というところで、終わった。しかし、これはあくまでドラマでしかない。小中学校の基礎が出来てない人が、猛勉強で今さら! が現実。 私の一番上の姉が、その母親に考え方がそっくり。婿取り娘で、長岡社交界が彼女の庭。彼女が意識している庭の住人は、上流だとは 当時も、現在も私には思えないから喜劇にしかみえない。もちろん、その人たちは上・中流など全く意識にはない。 自分のことを一番知っている? しかし学歴と学力のない姉は付き合いを、その庭の人たちに絞り、見栄に全てを入れていた。 (字数の関係上カット、2012年07月09日) ・・・・・・・ 3392, 911・考えない・日本人 ー8 2010年07月09日(金) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) 著者の哲学についての解釈が書いてある。自身の言葉だからこそ、納得する。 特に「哲学することの要点は、驚異と認識、懐疑と確実性、自己喪失と自己発見。」は、分かりやすい。 = 哲学とは = (P−217) * 科学のように進歩発展があるものではなく、その確実性を求めるものでもなく、人間が共に語り合って確認しあう過程のこと。 * 哲学とは、人間が「目覚める」ための試みである。 * どんな人間でも、自分が人間であることを意識し、自分の運命や経験を意識すれば、誰でも参加できるものが哲学。 * 哲学は、誰でも、人間である限り手にすることができるものである。 ただし、他人に教えてもらって覚えるものではなく、自分自身でトライするものである。 * 哲学は真理を自分のものにすることが目的ではなく、それを求める過程のことである。 * 哲学は人間同士の交わりである。 * 哲学は自分が人間となるために現実と関係を持ち、その現実に集中することである。 * 哲学の根源は、人間が森羅万象に持つ驚きと疑いから発するものである。徹底的な疑いが心の中に起きていない限り、 哲学することは不可能である。 * 哲学の起源はそれぞれの人間が、自分自身の弱さと無力さを認めることであった。その自分のカの及ばないことを 無関係だと思い、無関心になるならば、人間は哲学を失い、非人間化する。 * 世界の存在は頼りないものであり、信じられないことに満ちている。それらに疑問を持ち、考えない限り人間は人間の価値を失う。 * 人間が人間同士助け合う動物だという考え方は欺瞞であり、常に人間は孤独であり、平和には常に限界がある。 故にどんな場合でも人間は自分独りで自分にとって確実なことを見出さなければならない。それが哲学することである。 * 人間が自分の挫折をどのように経験するかということが、その人間を決定する要点 * その個人的な困難と困惑の中から、目標を探り出すことが哲学である。 * 哲学することの要点は、次のようものである。すなわち、驚異と認識、懐疑と確実性、自己喪失と自己発見。 〜〜 独りで血の滲むように考えてきたことが、上記のことから読み取れることが出来る。多彩な経験と挫折が豊富?にあるからだ。 人間は考えるからこそ、人間の人間たる所以である。より多く世界を見て、より多く考え、感動すること!それが哲学につながる。 ・・・・・・・・ 3017, 閑話小題 2009年07月09日(木) * 中国のウィグル地区の暴動について (字数の関係上カット、2008年07月09日) ・・・・・・・・・ 2652, 人間、互いに理解不可能なのは、如何して? 2008年07月09日(水) ある哲学書(*ー参照)の中に、何故人は互いに理解不可能なのかを分解していた。。 長男がUターンで帰ってきて、再就職のことなど、節目ということもあり、話を始めるが全く互いに通じない。 それでいて、居酒屋などに誘うと親子三人が仲の良い家族になる。 そのことを、知人に話したところ、 ・一人は、「親子で対話など有り得ないこと、会話さえないのが実情だろう。親子であるのは、ただ説得だけ」。 ・そしていま一人は、「私の息子は三十半ばになるが、今まで会話さえ殆どしたことがない、 最近になって上京した時に ご馳走をしてくれと、電話がきだした。会話さえ、していること自体で充分」。 そういうものか?と、思いつつ、それでも何とか成らないものかと思っていた矢先、わかりやすい道理に出くわした。 <*?(哲学ワンダーランド・貫成人著)第一章の?「話せばわかる」1?3)> ーまずは、その部分を書き出してみる。 ーひとは誰でも、自分の「地平」に束縛されているー 二十世紀ドイッの哲学者ハンス・ゲオルク・ガダマー(1900?2002年)は、‘理解しえないものをいかに理解可能にするか’ をきわめる「解釈学」を構想した。かれによれば、人々がお互い理解不可能なのは各自が持っている「地平」が異なるからである。 たとえば、物置から古い掛け軸がでてきたとしよう。その値打ちを判断するには相当の経験と知識を必要とする。 それに、そもそもそのようなものに価値があると考えていなければ、その価値を判定しようとも思わない。 実際、古いものには価値がないと思われていた明治初年には、貴重な文物が安値で買いたたかれて海外に流出した。 およそ何かを判断するときには、一定の知識や価値に頼らざるをえない。そのような判断や価値付けの拠り所となるものを ガダマーは「地平」とよぶ。大海原や砂漠に立ったときに三六〇度ぐるりを水平線、地平線が取り囲む。「地平」とは、 地平線の内側、自分が立っている足下とは逆に、地平があればこそ、その中にある何かを認識することができる。 もちろん、今わたしが位置する地平の外側にある対象も、わたしが移動すれば見えるようになる。 しかし、そのとき地平もわたしと一緒に移動しており、したがってその対象が地平の内部にあることには代わりはない。 物置から出てきた掛け軸の場合、この地平にあたるのは、骨董品を貴重とする価値観、その値打ちを判定するための経験、知識だ。 一定の価値観や知識があればこそ、古びた品物をそのまま捨ててしまうのではなく、目をとめ、値打ちを判定することができる。 あらたな経験を積み、地平が移動し、拡大すれば、これまでわからなかったものの値打ちもわかるようになるだろう。肝心なことは、 自分の足下にある地平を通常、ひとは意識しないということである。自分にどれだけの経験があるのか、どのような価値基準をもって いるのかのリストをもっている人は誰もいない。いつの間にか身につけた価値観や経験に応じて、ひとは、その場の諸問題に対処する。 その結果、各人は、自分でも気づかないまま自分の地平に束縛されている。 なにしろ、自分がどのような価値観や経験を 持っているかを客観視する方途はないのである。 しかも、このように地平に幽閉された状態であるかぎり、 それぞれは自分がそれまでに身につけた価値観や経験から、身の回りのすべてのもの、したがって他人をも判断するしかない。 もし、相手が自分とは異なる地平に立っていれば、その相手の言うことや、やることはまるで理解の範囲外ということになる。 古物に意味を認めない人物には、物置の掛け軸を二束三文で売ってはいけないという人物の言うことは理解できないのである。 では、この状況が変わることはありえないのだろうか。自分とは異なる他者を理解しうるためには、各人が「心を開いて」 いなければならないとガダマーは言う。他人の言葉や行為をすべて自分の地平の枠内で処理しているかぎり、そもそも 【自分とは異なるものがいる】ということ自体に気づくことはない。けれども、何かのきっかけで、自分が何らかの地平に とらわれていることに気づくときがある。そのときはじめて、ひとは自分の地平を対象化し、相対化するだろう。そして、 それまで自分がとらわれていたのとは別の地平もありうるということに気づくことになる。 官僚出身者特有の話し方をしていた 政治家も、落選が続けば、土地の人たちの言葉でしゃぺり、かつ、自分の意見を伝えることができるようになるだろう。 ▼ 他人から理解してもらえないという嘆きほど、バカバカしいことは以上からみても解るだろう。 一人の人間を理解するなど、到底不可能でである。自分でさえ理解できないのに。ただ馬鹿なオッサンだけは解るが!
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| 4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 |
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2014年07月08日(火)
* 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩! 〜後半編へ 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)の上司である支店長が、 私に面会したいという連絡が入っていた。当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った 応接室で、辞めるについての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を辞め、以前に手がけた 千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。 当行とし今後の資金計画の全てを面倒を みます! まず千葉の貸ビル売却からですね!』と。 金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をしてきた帰りに、次の事業計画の 最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を得たとになる。 その間、僅か一時間。幸先良い 出発になった。地銀の役員クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 地方豪族化した彼らでは? それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システムの価値観で 染まった地元権力の残存者には最高の物語? あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、そこの契約コンサルタントの W先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、ありのままを話すと「この事業計画は間違いない でしょう!」の、お墨付き。私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。 もし都銀の支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することになった? その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。 ・その前の節目は、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で暴落した冬物で大当て、波に乗せた。 ・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が面倒を見てくれた。 ・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角商業地の 売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。 ・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 節目節目で、何もかもがプラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。 どれも紙一重で、思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。 ・・・・・ 4496,怒らないって本当は恐い! ー11 2013年07月08日(月) * 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる 『怒りの作法』小川仁志著 怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、考えることで何とか 乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが導き出されてくる。だから、この「怒りの 精神論」が身にしみる。 ーその辺りからー ≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに対する共感と反発が 出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。それを予め承知した上で怒る 必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を受けたり、怒りに臆病になってしまう。 だから怒りには覚悟と準備が必要になる。覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。 それはある種の決断といってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。 怒るべき時に、決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項で、 怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、どんな反発が 来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。 反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。 特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め予測して、 その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が数分の一で済ますことができる。 そのためには経験の積み重ねが必要だが。 心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。 そこに心の強さが必要となる。 そのために自分の主張が正しくなければならない。 正しければ、怒りは無駄にはならない。 この国では、怒りは仏教文化の影響もあって マイノリティに捉えられがちである。そして、孤立をしてしまう。心の強さとは孤独の強さをいう。 岡本太郎は、「孤独ということは絶対に社会的だ。孤独者とは肉体的にも精神的にも、 他からの制約を誰よりも鋭く感じ、それに傷つきながら、なおも絶望的に挑む人間である」と言っている。 誰からも理解されなくとも、それでも挑み続ける人間を孤独者と捉えている。 孤独とは怒りと深く結びついていて、それらがともに創作の根源になっている。・・・ ≫ ▼ 怒りを表出するには覚悟がいる。その場で怒るか、タイムラグを置くか。過去の怒りが、 数十年の時を超えて、蘇ることが、最近ちなみに多くなってきた。50歳位までは過去を振り 返らないようにしてきた。しかし、還暦を過ぎた頃から、思わぬ記憶がフラッシュバックすることが 多くなってきた。「遠き日は 年とるごとに 近くなり」である。 それもマイナーの怒りの記憶が多く占める。それにしても己の無知蒙昧には独り怒った後に 自嘲することになる。過去は決して消えてなく記憶の奥に刻印されている。だから、老いて 心身が緩むと過去の封印された記憶が、あちこちから飛び出してくる。 それも面白いが・・ 過去は現在の記憶でしかない。そこに脚色も嘘も加わり、 その都度、書き変えられ、違ったものになる。 ・・・・・・ 4122, 閑話小題ーつれづれに世相 2012年07月08日(日) * つれづれに 激変する世界と日本の渦中で、一戦を退いた立場で鳥瞰している毎日が刺激的である。情報化社会の本格的到来で 情報はネットから簡単に手に入る。世界は既に恐慌突入か、その一歩手前で一年先の経済見通しは全く見当がつかない事態。 10年前に現在の事態を誰が想像しただろうか。 80年前の世界恐慌より遥かに大きい恐慌前夜というが、実際のところ 起こってみないと分からない。しかし、ただ事でないことは確か。こういうカオスの中では、軍事力しか頼ることが出来ない。 それも原爆の保持が前提である。この国は被爆国という建前で、保持をしないという国是?がある。 しかい世界の常識は、 この国では通じない。 目先の世界恐慌は避けて通ることは出来ないことは誰の目にも明らか。 20G会議も、目先の 対処療法しか対策がたてられない。 不安を煽るようなことばかり書いているが、リーマンショックは起こってしまった。 その原因となった不良債権が世界中の銀行、政府、企業の金庫に塩漬けで置かれている。それが債権市場か、株式市場で暴落が 起こった時に、表立ってくる。その火薬庫に火の手が近づいている。ロンドンオリンピックも、この状況の中では盛り上がらない。 数ヶ月ぶりにいった居酒屋の主人の話では、長岡の飲み屋街は、惨憺たるもの。これも20年近く言われ続けてきたことだが、 他に働き場が無い上に、一日一日を生き抜いているだけ、という何時もの悲鳴に似た愚痴。歳が歳だけに、行き先は死だけと真顔。 前の事業の整理も終わって身軽になり、身体が浮いたみたいに気軽だが、日ごと何か気が抜けていく。リーマンショック以来の 経営危機の立場から解放された分、逆に身辺が見えてくる。世間的価値観を割り切ってしまえば、けっこう面白いことに満ちている。 しかし実際のところ明日、死ぬかもしれない舟板一枚下は地獄もある。それが人生。天国も地獄も、娑婆にありということか。 何はあれ後悔はないし、ほどほど満足している。自主独立を貫けたのが最大の収穫?最後は自問自答で自分を説得するしかないか。 ・・・・・・ 3756, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −20 2011年07月08日(金) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー � * 楽器編成の基本は、ビッグバンドにあり! ーP・60 【 ビッグ・パンドにはそれこそ膨大な組合せがあるが、思い切って要約してしまえば、ジャズの入門者には次の三つを覚えれば十分だろう。 それは「ビッグ・バンド」「スモール・コンポ」「ビアノ・トリオ」の三バターン。そしてこの三形態も、基本はビッグ・バンドにあるので、 まずこれを見ていこう。ビッグ・バンドの土台を支えているのはリズム・セクション。 リズム・セクションというのは、ピアノ、べース、 ドラムスそしてギターから成っている。なぜこれらの楽器をリズム・セッションと呼ぶかと言えば、ジャズの要のリズムを提供するからだ。 だがベースとドラムスは先ほどの説明から分かるとしでも、初めての人は、ピアノとギターがリズム楽器というところがわかりにくいかも。 クラシックでは、ピアノは、オーケストラをバックに従えたピアノ協奏曲を例に出すまでもなく華麗な主役であり、ロック・ファンにとって、 もちろんギター・ソロが目玉になっている。しかしロックでもサイド・ギターが渋くリズムをカットしているようにジャズのビッグ・バンドも、 ギターはコードを掻き鳴らしつつリズムを提供している。そしてピアノもまったく同じことをやっているのだ。そしてそのコード・サウンドを 押さえたリズム・セクションに乗って、ビッグ・バンドの花形楽器ホーン・セクションがバンド・サウンドを吹き鳴らす。 ホーン・セクションというのは、おのおの数名からなるトランペット、サックス類、トロンボーンのことを指し、これにサックスを受け持つ ミュージシャンが適宜楽器を持ち替えて、たとえばフルートなどを吹いたりする。またスイング時代のバンドでは、ベニー・グッドマン・バンド のようにクラリネットが加わることが多かった。】 ▼ ビッグ・バンドの楽器編成を基として、ピアノ、ベース、ドラムス、ギターがリズム・セッションの基本。 ジャズファンの、まず初め憶える第一歩である。 そこからピッグ・アップしたのが、スモール・コンポとなる。 トランペットはジャズの花形だが、リズム・セッションにならない。 * ジャズの花形楽器、トランペット 【 ジャズの歴史のところで、サッチモの吹いたトランペットの親戚のような楽器としてコルネットが、1920年代は主役だった。 しかしモダン期以降は逆転して、ほとんどがトランペットに変わっていった。トランペットはジャズを代表する楽器といって過言でない。 よく通る高音域と華やかな音色の輝きが、ジャズのダイナミックな特質と一致しているからだろう。実際ルイ・アームストロングを はじめ、一時代を築くようなミュージシャンにはトランペッターが多い。代表例はマイルス・デーヴィス、クリフォード・ブラウン、 そしてリー・モーガンだろう。】 ▼ トランペットが主流なら、トランペットが聞こえたら、モダン・ジャズとみてよい? ・・・・・・・ 3391, 911・考えない・日本人 ー7 2010年07月08日(木) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) * 陽気なロボットが、日本人の原型 (P−192) ≪ 三歳児以下の日本人。自分を客観視するアイの代名詞を持たず、他者を客観視するユーを持たず、故に内言語が生まれず、 故に反省意識が生まれない。故に知性が育たない。故にその近代史は「突き当たり」の連続だった。故に人類で唯一無二の 原子爆弾被爆経験民族の栄に輝いた。「過ちは繰り返しません」と、善のアメリカに原爆を頂いた悪の日本人は、 見当違いの悔恨の思考を働かせて死者に誓い、賑罪をし、より一層の悪化を改善と信じた。こうした日本人の三歳児性は、 無論原爆の出現やその被爆とは関係ない。 われわれ日本人は動物心理をの水準を超えたことは一度もないのだ。 知能ではなく、心理として狸や狐と大差ないということだ。彼らも内語を持たず反省意識を持たないからだ。 原爆を落とした悪よりも、落とされた状態をつくった自分のほうに悪を見る脳みそは、内言語と反省では作りえない 言語以前の反応である。ニャーという猫言語が、ワンという犬言語に尻尾を巻いた心理・外言語構造である。 動物には外言語しかない。いや、言語ではなく、吠え声、鳴き声だ。日本人はその「音」を使ってきた。 「訓」ではない。もはや音と訓の区別もつかない。どっちがどっちだっけ?ハヤシ?リン? ・・・ 人間が人間の条件とされたものを次第に失っていく西欧社会や、アメリカでは「陽気なロボット」(自己満足した 卑小な人間の形容)。人間としての尊厳さも、崇高さも字のとおりの意)とか、色いろある。どれも絶望的に 人間性を失った人間を嘆く言葉であり、その論証には反論の余地がない。≫ ▼ この辺の論も外から見た日本人の姿をシビアに表現している。あまりにアメリカに飼いならされ良いように収奪されても、 それさえ気づかない三歳児以下の日本人の滑稽さを嘆いている。「アイ」と「ユー」さえ持ちえず「ウィ(我われ)」しか言えない 幼児性から抜け出れない日本人。そして、あと二年後にアメリカは??を宣言、日本が持っているアメリカ国債と、 ドルの価値を半減にしてしまう。それが分かっていても、どうもこうもならない陽気なロボットの日本。それが現状の様相である。 ・・・・・・・・ 16,旅する力 ー深夜特急ノート ー1 2009年07月08日(水) 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 ー読書日記 深夜特急を初めて読んだ時の興奮を今でも憶えている。その後、TVでもドラマ化されたが、これも良い脚本であった。 その後、彼の本を何冊か読んだが、それに勝るものはなかった。 この本も、沢木の旅好きの子供の時からの由来と、 旅の指導書のようであり、なかなか説得力がある。 深夜特急の読者を狙っているようだが、そうだとしても納得できる。 全体の総評を書こうかと思ったが、一章か、二章単位で印象的な部分を記録として書き残しておいた方が良いと判断して、 何回シリーズで書くことにした。 まずは ー序章 旅を作るー から 一行目の出だしからして惹きつけられる。 *「旅とは何か。その答えは無数にあるだろう。私には大槻文彦が『大言海』で記した次の定義が最も的を射たもののように思われる。 《家ヲ出デテ、遠キニ行キ、途中ニアルコト》ー・・・しかし、旅は同時に、終わりがあるものである。始まりがあり、終わりがある。 そこには旅を作る、という要素が入り込む余地が生まれるのだ。人は旅をする。だが、その旅はどこかに在るものではなく、 旅をする人が作るのだ。・・・ (解説)旅と旅行の違いは、「旅は、その途中を味わうことを目的とし、旅行は目的地に行くことを主にすることをいう」 ということは知っていた。私にとっての秘境・異郷の旅はとりあえず遠くに行くこと、そして文化・文明というより、大自然に 触れることであった。それは目的地だけでなく、その移動の中に垣間見る景色にあることが多い。 *「余儀ない旅」ではなく、「夢見た旅」を始めようとするとき……既に旅の姿が整えられていく。 夢が生まれ、それを具体化し、実現する。そのようにして、旅を作っていく。しかし、人によって その作り方は違ってくるだろう。だから似た夢でも、まったく違った旅になってくるのだ。 (解説)一回の旅行は、終わって帰ってきても終わりがない。その旅行記を書いて総括し、写真を整理し、そして、 その後にガイドブックや、ネットで情報を取って記憶を再編集する。そして、何時かTv番組で放送をしているのを見る。 その都度に一度行った旅行が再編されるのである。だから、どんどん自分が膨らんでいく。 とにかく一度その地に足を入れることである。 そうすると、作った旅が自ずから動き出していく。 ・・・・・・・・ 2651, ロジャーズ 中国の時代 −1 2008年07月08日(火) 最近の中国事情の本を読むのは、邱 永漢 の中国関連の本以来である。この本は、目から鱗である。20年近く前に中国を訪れて以来、 5年前に北京を訪れてその変貌ぶりに唖然としたが、この本によると、更に変わっているようだ。ただ、その劇的な成長に対する反動が、 どういうカタチでくるのか問題だが。そのクラッシュ後の中国は、これを読む限りより大きく成長するのではと思われる。 ジム・ロジャーズは、中国の成長をいち早く見抜き国際商品の高騰を予言した冒険投資家。これは中国株投資の手の内を明かした 全米ベストセラーになった本。どのページを開いても、唖然とする内容である。この十年間で、耐久消費財の生産能力は、驚くなかれ 100倍になったのである。ロジャーズは、「現在の中国は、1800年代終わりのアメリカは、こんなものだったと思われる」という。 ソ連のように分裂というカタチを通るのか? これだけの大国を束ねるのに、一党独裁という強権も必要なのか? 独裁国家がオリンピックを開催すると破綻する事例からみると、やはり同じ道を通るのだろう。 この本の、次の一節が現在の中国の偽ざらない本音であろう。 ≪ 中国人の友だちが言うには、「中国は貧乏のどん底から這い上がってきた。 経済改革の夜明け前の一九八○年、購買力平価で換算した 中国の一人当たりのGDPはたったの四一〇ドルだった。 当時の米国は一万二三三〇ドルだ。第二次世界大戦以降、世界経済が何十年にも わたって成長している傍らで、私たち中国人は完全に孤立してしまっていた。扉を閉ざして社会主義の桃源郷を作ろうとしていたのだ。 私有財産は許されない。何から何まですべて国の持ち物だ。民間企業もない。全部中央政府が管理しているからだ。競争もない。 食べ物も着る物も、それこそ調理油まで配給制だ。いつも、何とか生きていけるぐらいしかもらえなかった。 サービス業なんてものはない。人民に仕えるのが当たり前で、仕えてもらうなど論外だったからだ。 仕事や職種、勤め先を変えたり、 新しいことを始めたりするのも不可能だった。生まれたそのときから何になるかは決められていた。 資本市場もない。 資本は諸悪の根源のレッテルを貼られていた。そんなふうだったから、私たちが生きている間に世の中が、 こんなに変わったのは、一九八0年代の初め以来、成長率は平均九%であり、中国経済の価値は一〇年毎に倍になった。」≫ といって、先月の上海の証券取引所の株は半値近くまで下がってしまった。 下がりきった有望株を、地頭で考えて長期的に投資すべきということである。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月08日(日) 2287, ちょっとした勉強のコツ −1 (´∀`σ)σ オハYO! ー読書日記ー 外山滋比古氏の著書(エッセイ)である。7年前に発行された本だが、内容は新鮮である。 この本を図書館から借りるのは三度目であるが、何度読んでも新鮮に感じるのは、内容が濃いからだろう。 冒頭からして、 深く考えさせられる。特に、現在の日本は「オーストラリアの蜜蜂」以下?になりかけてはいまいか? 何度読んでも考えさせられる内容である。2003/01/11 に「ハングリー? 」というテーマでも、少し取上げたことがある。 敢えて、いま一度考えなおすのも良いだろう。それだけ、オーストラリアの蜜蜂化した若者の「下流社会化」の問題の根が深い。 ーオーストラリアの蜜蜂ー ( 字数制限のためカット 2011年7月8日 )
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