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堀井On-Line
| 4852,「事業人生を決心して45年」の語り直しー22 |
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2014年06月27日(金)
* 本店ビルの建替えへ そうこうするうちに、地元百貨店の二社が大手チェーンのニチイと、ヨーカ堂の傘下になっていた。 そのニチイ傘下に入った隣地の百貨店と数軒の店舗の共同開発ビル計画が立ち上がっていた。 当地は、その四角にあり、要になるため、当然、参加の打診があった。私が生まれ育った旧ビルも 30年も経って寿命もきていた。 私は当初、共同ビルに参加には賛成だったが、共同ビルの設計は 当然、大型店に都合よいレイアウト。即刻、参加取りやめになったが、この機会に新ビルを建替える ことになった。私には千葉・千城台ビル立上げの経験がある。 この設計過程と、ビル建設の二度目のチャレンジになった。設計会社は千葉と同じ設計事務所と、 担当を同じにした。30年前に、そこで、父が木造店舗から、新ビルの立上げを、身近に見ていた 幼児体験もあった。これに、千葉でのビルの経験を加えての設計の立案、この建物は、その後の 建物でのベストの傑作の設計になった。 扇状の四つ角のビル。柱は最小に、ビル売却を前提に おいて、テナントビルなどに転用可能に、考え抜かれたレイアウトになっている。 二階以上のフロアーと地下をメインの1Fと分離できるテナントビルへの転用可能である。 この建替プロセスほど、人生で面白かったことはなかった。 父の魂が私に乗りうつって建てた ような建物。現在は予備校として稼動しているが、実兄が、通り相場の3〜5割高で売却が出来た。 その買った人物が、その後に取組んだホテル創業のスタッフだった因縁があった。 ニヶ月でコンビ解消をしたが・・ その人も、私から傑作作品と聞いていた 面白いものである。 10年後には、異種のブラックスワンの出現で・・ ? 話は戻るが、新規ビル建設で旧ビルを壊すことになったが、私の手で壊すのも大きな因縁。 仮店舗への移動のため、閉店売出しで一切を整理をした最終の夜、二階で全員で冷酒で乾杯。 旧ビルへの御別れで、飲みほした茶碗を一斉に床に叩き付けた。ところが、全ての茶碗が割れない。 長年の熱湯で強固になっていたため。茶碗にも年季が入っていることを教えられていた。 ところで、敷地ギリギリの鉄筋ビルの解体を、どうするかに非常に興味があった。 何と各フロアの真中に5m程の穴を開け、上層から壊したコンクリートと鉄筋を1Fに落とし、 運び出す。5Fの後は、4,3,2Fと。 ・・・・・・ 4485, 怒らないって本当は恐い! ー2 2013年06月27日(木) 『怒りの作法』小川仁志 著 * 日本人はなぜここまで怒らないのか 何故に日本人は怒らなくなったのか、その理由を幾つか取り上げている。ーその部分を抜粋ー ・ 三木清は『人生論ノート』の中で、「他の感情から比べ、否定的にとらえられるのは、怒りが 憎しみと混同している点にあるとしている。三木は憎しみは負の感情しかないが、怒りはそれとは 違う正のエネルギーを秘めた感情。 したがって、まず怒りに課せられた誤解を解くことから始める 必要がある。感情とは内側から生じてくる一種のエネルギーであって、それをうまく放出することに よって、人間は人間らしくふるまえるのである。 ・ なぜ怒りだけが抑圧されるかというと、そのイメージは、ほとんど常に暴力的言動に結びついている ため。 怒っている人の原因を聞くと、理解が出来る。しかし、その言動は否定することになる。 互いの主観をみとめ、話し合い、理解するのが人間たる由縁だが、暴言や暴力に頼り、他者から 理解してもらうことを諦めてしまうため現代人は動物化しているといわれる。 ・ 権力者は、怒る人間より従順な人間を好みます。自らの保身のためである。 長年かけて教育を始めとした啓蒙活動で人間の怒りを去勢し、従順な国民を作り上げてきた。・・・ 怒りという正常な感覚の一部を奪われてしまった人間は、他の感情ー喜と哀と楽も歪なものに なっていく。笑えない子供、泣けない大人、楽しめない人間。極端までに怒りを嫌悪する現代社会は、 こうした「異常現象」が顕著になっている。人間は、怒りそのものを抑圧されることによって、 喜怒哀楽という自然を失い、不自然な存在に歪められていく。 ・「風土」論にみる日本人とは?といえば、 和辻哲郎の風土論がまっさきに上げられる。 彼は世界の気候をモンスーン型、砂漠型、牧場型の三つに分けた。モンスーン型は、 温暖湿潤なため温厚と同時に忍従的であるため従順な人間になる。これに対し砂漠型は、 厳しい自然に抵抗するため攻撃的になる。また牧場型は、自然を囲い込んで征服しようとするため、 合理的に物事を考えるようになる。日本はモンスーン型、 アメリカと欧州は牧場型。 砂漠型はアフリカやモンゴル。中国はアジアに属するが服従しないという点では特殊。 農村的なるもののエートスは、共同体を重視するため近所と波風を立てないことが、まず求められる。 あの人は、どう思うかということばかりが気になり、常に頭の中に、自分を睥睨する他者の視線が 紛れ込んでいる。 現在の日本の社会制度はほぼ農村出身者によって作られたもの。 たとえば、学校。あれは目立たないことを教え、人と違う意見や行動を封じ込める場所。 まさに教室という名の農村。もう一つ、気候と関連するものに地形がある。 小さな島国の日本人は、外部に対して、まず慌て動揺する。 ・ 個人主義化が、歪んで怒れなくなったことも注目すべきである。30年前の1982年頃は 丁度個人主義が満開に達し、日本中が浮かれ出した。思想界では、ポストモダンというバラバラの 個人を前提とした考え方が隆盛を極めていた。 もう一緒に共通の夢、「大きな物語」を追いかける 時代は終わったと・・・ それ以降、個人主義が拍車をかけていった。 そして誰も怒らなくなった。 権利意識だけ高まった人を怒って面倒になるなら、自分の夢を追求した方がましだからです。 ▼ 怒れなくなった若者、切れる老人が多くなったのは、正しい怒り方が出来ないからである。 デフレ時代の恵まれない時代背景に、どう怒ってよいのか、ただ呆然として立ち竦み、怒りの 沈殿が、個々人の中で憎しみに変わろうとしている。そういえば、北朝鮮の女アナウンサーの コメントは常に怒った内容。そして威嚇したもの。内向きの統制が目的のためも あるが、 明らかに支離滅裂。とはいえ、その対極にあるような日本も間違いなく変。 何のポチは怒りを悪と洗脳されたか。 ・・・・・・ 4111、閑話小題 ー民主党 2012年6月27日(水) * つれづれに 民主党は一度、解党するしかない。欧州発の世界恐慌が迫っている中、日本は数年限定の 大連合を結集するしかない事態。欧州も刻一刻と危機が迫っている。国債と株式の暴落は、 一度暴落が始まると、あとは歯止めが利かなくなる。その時が世界恐慌である。 その影響を一番受けるのが弱体化している日本になる。 その上、アメリカも中国も、 非常に危険な事態である。その結果、際どい金融政策もありえる。それを隠すために、 戦争を中東で仕掛けてくる可能性が強い。イスラエルによるイラン攻撃か、シリア攻撃か、 北朝鮮の暴発にみせかけた挑発か、中国の内乱も十分考えられる。 80年前の世界恐慌は第二次大戦で、それまでの世界の仕組みを叩き壊し、その再建を 新たなエネルギーとして利用した。 ソ連と、共産中国の台頭、そして欧米の西側世界の制覇である。 今度の、それは、新資本主義中国と、インドの台頭になる。 要は、資源である。その先導は 電気自動車と、新エネルギーと、食料の確保。 原発は危険としても残すだろう。 想像を絶した世界の混乱と、創造に向けての動きが始まったようだ。私も不摂生のため、長くて十年。 混乱の中で新しい創造の芽を見ることができるかどうか。スマートフォンとタブレットPCが、 更に時代を大きく動かすことになる。 * 民主党の分裂茶番劇 (上記の文を書いて気づいたこと) ー 民主党の分裂劇は要するに、こういうことだろう。 【 反自民党連合の民主党が政権を取ったが、政索公約はを殆んど空約束に終わった。 このままでは自民党か、維新の会とかいう関西系弁護士の新興勢力に取ってかわってしまう。 近々、総選挙になれば惨敗は明らか。特に、小沢チルドレンは、殆ど落選する。 ならば、原発再開反対、消費税増税反対を公約に掲げ、民主党の隠れ分党をし、出来れば 過半数か、三分の二を残したい。さあ、芝居の始まり始まり。恐慌と大災害の中では消費税の 増税など当たり前のこと。その前のすべき国家的リストラなど、この国の体質では無理なのは 自明のこと。宗主国のアメリカの間接占領を再びしてもらわなけば不可能なのが現実。 自民党だけには、二度と権力を与えてはならない。】が、筋立てである。 政治はマツリゴトである。国民全体のレベル以上の政策は無理ということ。 ・・・・・・ 3745, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −16 2011年06月27日(月) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー � 三枝成彰の「音楽の本」でのジャズの章の記述は、非常に分かりやすい内容で、15回に渡り書き出し繰り返し読んでいる。 しかし、それは熱狂的な長年のファンの記述と実感ではない。 そこで図書館から数冊、ジャズ関係の文庫本を借りてきた。 その中で聴手の立場の知りたいポイントが書いてあったのが、この本である。 その「はじめの」の中の次の部分は、聴き手として知りたいと思っていた部分が要約してある。 【 *「ジャズは、それぞれが個性的なミュージシャンたちの‘演奏’を聴く音楽である」 これは、音楽ファンにとっては当然のことのように思えるけれど、枝葉をはしょって突き詰めてしまえば、これはかなり ジャズの本質に追った鋭い答だし、他のジヤンルの音楽は、実は必ずしもこの言い方には収まり切らない要素を少しずつ含んでいる。 たとえば、ジャズと同じように熱心なファンに支えられているクラシック音楽は、バッハやベートーベン、モーツァルトといった 昔の作曲家たちの作品を、カラヤンとかグールドといった現代の演奏家たちの手によって再現されたものを聴くことが一般的なので、 演奏を聴くことは、同時に作曲された作品を聴くことでもある。 別の言い方をすれば、クラシック音楽の演奏は過去の作品の解釈、 再現でもあり、ちょっと図式的な理解ではあるけれど、紙に書かれた楽譜を実際の音として人に聴かせる、目的のための手段、 といった側面もある。つまりクラシック音楽では、どんなに個性的な演奏をしたとしても、「演奏者だけが音楽の主人公ではない」 というところが、ジャズとは大きく異なっているのだ。 また常日ごろおなじみのポップスや歌謡曲は、親しみやすい、あるいは心に染みわたるメロディの美しさが音楽の魅力になっている ことが多く、お気に入りのミユージシャンが歌い、あるいは演奏する好みの楽曲を聴くというのが普通の楽しみ方だろう。・・・・ 要約すれば、ポピュラー・ミュージックの世界では演奏能力や歌唱力に加え、人々にアビールする曲想、歌詞の力が、とりわけ 現代では、アーティストの人的魅力が備わっていなければ、ファンに対して通用しないところを思い出してもらいたい。 それらに対してジャズは、多くの人たちが誤解しているように「曲」を聴かせることだけが演奏の目的ではない。 またその演奏している曲目にしても、メロディがよくわからない(この部分を「アドリブ」という)ものを延々と吹きまくるばかりで、 いったい何をどう聴いていいやら見当もつかない、というのが一般の印象ではないだろうか。ところが、この何をやっているのか よくわからない「演奏」部分こそが、ジャズの本質とも言うぺき肝であり、聴きどころなのだ。 だから多くのジャズマンたちは、 いかに人と違ったやり方で、この「演奏」をカッコよく仕立てあげるかに、それこそ全身全霊を傾けているのである。・・・ 】 ▼ ジャズマンは、「曲」は、自分の「演奏」の素材として、自分の個性の表出として、オリジナリティを証明するための 利用対象にしている。曲にメロディがあっても、何処かがずれているが、それでよいのである。その個性的演奏がジャズの 持ち味である。従って、聴手の方から、理解しない限り何が何だか分からないという。もちろん演奏者には、個性を売りにできる 内容がない限り、ジャズのファンはのっけから相手にしない。ジャズを聴きながら、これを読んでいると、この世界が、こんなに 深く面白いとは、知らなんだ。 ・・・・・・・ 3380, 閑話小題 2010年06月27日(日) * 新潟市の自殺率が政令指定都市でトップ 先日、新潟市が去年の自殺率が政令指定都市の中で新潟市がトップと発表された。10万人あたり30・4人という。 ということは80万人として240人が自殺で亡くなっていることになる。3日に2人になる。 (2012年6月28日字数制限の為カット) * 詐欺師が教える「タダで手紙を出す方法」 「だまし」の心理学 という本にタダで手紙を出す方法があるそうな。 手口といえば、「宛先のところに、差出人の自分の名前を書く。それでは、相手の名前は? というと、 本来、差出人の名前を書く部分、つまり封書なら裏に書く。それで、ポストに投函すればよい。切手が貼られてないので、 差出人のところに届けられる」という訳。 それが詐欺師の本質を突いた事例という。 なるほど! (2012年6月28日字数制限の為カット) ・・・・・・・・ 3005,戒名を自分で付けてみた 2009年06月27日(土) 「戒名は自分で付けよう」 高林院釈俊信居士著 ー読書日記 以前から「戒名は自分で生前に付けられないものか」と、思っていたら図書館で「戒名は自分で付けよう」という本を見つけた。 早速、借りて読んでみたが、面白い。戒名は一字10万、9字で90万あたりが相場という。坊様が葬式のドサクサに故人の 苗字と名前を元に名前を捻りだすので、まあいい加減で噴出すモノでしかない。 それなら自分でルールを踏まえたうえで考え出した方が、遺族としても心の深くに響くというもの。 ネットで調べると、自分で付けるのは「邪道」と坊様はのたまっているが、口から出まかせレベル。 宗派により、それぞれルールは違うが、 浄土真宗(私の家の宗派)は、 ○○院釈△△居士(女性は○○院尼△△大姉)が基本 ○○は仕事とか(会計士なら懐慶院とか)、精神的・宗教的な言葉を入れるケースが多い。 精神の本籍的な位置づけになる。それに対して△△の部分は本人の名前に一字を入れるケースが多い。 それに本人が好きな言葉、例えば誠、信、真、愛、とかを入れればよいのである。 (最終決定でないとしても、こういうのが後で振り返っても良いことが多い) この本を一通り目を通して10分間で、自分と、家内と、二人の息子の戒名を即興でつくってみた。これも縁である。 私 =堀井八郎 志誠院釈八楽居士 (志は母の名前の一字、誠は父の名前の一字) 家内=堀井恵子 慈愛院釈尼恵光 長男 =堀井大 霊覚院釈大道居士 次男=堀井崇史 自然院釈崇駿居士 まあ、決して悪くはない出来栄?である 80ー90点?。 訳もわからない戒名を坊様にドサクサでつくって貰うよりは良いはず。 浄土宗なら、○○院×誉△△居士 (×は自分の一生の誉れ、例えば絵、歌など・・・) 臨済宗は、基本として浄土真宗と同じ。 だから、亡くなる前に自分で付けて紙に書いて仏壇に置いておけば、後は仏具屋か葬式屋にお願いすればよい。 「本人の希望で、戒名は故人が自分で決めてあります」といえば、欲深でも「邪道」など言わないだろう。 ところで、改めて両親の位牌を仏壇から持ってきて見てみた 父=堀井誠作 池行院釈誠道 母= 志麻 報寿院釈尼信華 合格点だが、父の池行の行を蓮にして 池蓮院釈誠道 にする。 ネットでも1万9千で戒名を付けくれるのがあったが、私は居酒屋で一杯で結構。 丁度良い酒の肴になる。 酒楽院釈酩酊居士 の戒名か? ・・・・・・・・・ 2641, 今年前半の総括 2008年06月27日(金) 毎年、大事件は後半に起きる傾向にあるが、今年は前半に続いた。 ー海外では ・アメリカのサブ・プライム問題で、株の暴落と、ドル安 ・石油が暴騰、さらに穀物など世界同時インフレが始った ・ミャンマーのサイクロンで十数万人が死亡 ・中国のチベットで暴動、全国的にも波及 ・中国の四川省で大地震で9万人近くが死亡・行方不明 ー国内では ・岩手・宮城大地震 ・秋葉原などで、無差別殺人事件がつづいた ・アメリカのサブ・プライムによる余波で日本も株価の暴落 ・石油や穀物が一挙に暴騰、インフレ状況になった ・この半年で更に景気が冷え込んでしまい、特に地方は最悪といってよい状況 特に秋葉原の無差別殺人は、戦後教育の集大成といってよいような最悪の事件だった。 これで日本中が否が応でも、若者達の冷え切った心の奥の一端を見せ付けらてしまった。 ー個人的にみると、 ・長男がUターンをして職さがし。仕事が落ちつくまでは、自分まで落ちつかず。 ・両親の兄弟(姉妹)の最後の一人の叔父が亡くなる。(連合いも全て亡くなった)これで親戚関係の付合いが大きく変わる。 ・パソコンをMacのデスク型に変えた為に、パソコン環境が劇的に良くなった。 iPodを購入し、常に携帯するようになったのも大きい。 ・酒を飲んでフラフラ歩いていて車にも跳ねられたし、呼び込み二人強引にピンクに引き込まれそうになり警察騒動もあった。 ・本は、何冊か面白いものに行き当たった。こんど書くつもり。 ー会社は、 ・昨年の10月半ばより長期の団体が5月末まで入っていたので、2月末の決算は好調。 今期の見通しの数字はたったが、不景気の影は迫っている。後半も大きな波乱要素が多くある。 山より大きな猪はいない、というから、その中で面白おかしく日々を過ごすしかない。 ・・・・・・・・ 2007年06月27日(水) 2276, 天才論 ー1 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] ー読書日記 「天才論」 ーダ・ヴィンチに学ぶ「総合力」の秘訣ー 茂木健一郎著を読んだが、成る程と思う箇所が多くあった。 この本はダ・ヴィンチの作品を通して、「天才」について論じている。 ダ・ヴィンチの絵については、「モナリザの微笑み」が有名だが、「モナリザ」はダ・ヴィンチの自画像だった とも言われてきた。ダ・ヴィンチの芸術家としての根幹に「正式に結婚していない両親から生まれた婚外子ということも含め、 自分のアイデンティティに深い懐疑を抱いていた印象がある。・・誰にでもある、ある種のコンプレックスをダ・ヴィンチも 持っており彼の作品に少なからず影響を及ぼしているように思えた」というところが印象的である。 「万能の天才」が誰も持っている「でこぼこ」(プラス・マイナス面)を、ダヴィンチに当てはめるとしたら何なんだろう? モーツアルトが、あれだけ素晴らしい音楽が作れるのに、字がへたであったことと同様に、ダ・ヴィンチにもいくつかの 「でこぼこ」があるはずとの著者の指摘。ダ・ヴィンチは絵については評価は高いが、彫刻にしても、手稿として残された ものに書かれてある「機械」についても疑問点をあげている。その辺に「でこぼこ」のマイナスのヒントを見ている。 レオナルドは「脳」における視覚の成り立ちが二つあるとして、 ・外から入る刺激が徐々に処理されていく「ボトムアップ」と ・部屋のようすを目を閉じて想像する「トップダウン」と分類。 (2010年6月28日字数制限の為カット)
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| 4851,「事業人生を決心して45年」の語り直しー21 |
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2014年06月26日(木)
* 旧社員の入替と、パート化 数ヶ月で冬物を大成功させ、その勢いで、翌年の春、夏物まで勢いよく商品が回転した。 しかし、次の秋物が、2期目に入ったにも関らず不調に終わって、その影響で、次の冬物の不調に つながった。一シーズン失敗すると、あとの2期に大きく影響を及ぼす恐さを肌身で知る。 その時、何であれシーズン単位の成功が、翌シーズンの成果の絶対条件!そのため仕入の成功と、 良質な知識と情報が営業成績を左右することを知った。 「利は元(仕入れ・情報)にあり」である。 仕入れには、『10、4、2、1の原理』がある。 導入期に10の商品を幅広に展開。最盛期は、それを売れ筋を4を、次に2、最後は1に集中させていく。 見切り時期には、導入期と最盛期の売残り品に、メーカ処分品が加えて格安で処分。 それを円滑にするには、担当者の仕入、販売、在庫調整の即断が可能な権限を現場に 落とさなければならない。スーパーの生鮮食品と同じで、売りきって何ぼである。 それは、月単位か一日単位か、の違いだけ。そこで数値責任を明確にした部門別管理が必要となる。 最初の一年間は、日々、そのため互いの対話が続いていた。熱くなる反面、冷静な客観性が 求められる。そこには、商品、数値、担当、顧客を鳥瞰する目線が必要になる。 だから、難しいといえば非常に難しい。その道10年、20年の経験の前任が、未経験者な私には 絶対無理!と断言するのは当然のこと。その中で、数ヶ月で、以前より客足が増えたのには、 彼らも驚いたはず。店は繁盛して何ぼの生き物。 ところが、数ヶ月もしないうちに、残留の社員が 次々と辞めはじめた。 全く素人の私が仕入れた商品に呆れ、新しい伝票システム、マニュアル、 日報、朝礼など、次々と変る中、過って辞めていった社員達の中傷があった。 辞めていった穴埋めに、パート・アルバイトでカバーするしかなかったが、皮肉なことに、それが プラスになっていた。 新規のパートで応募してくるのは、結婚をして、子供が小中学生になり 手が離れ始めた、過っての販売経験者が主。筋金入りで、生活費の補填という目的を持っていて、 去っていく人達より遥かに良質。新しいマニュアルや、部門別管理の徹底は、入替わった人が 即日、戦力にする仕組みでもある。新システムは、人件費などの経費などの激減効果になっていた。 その頃、石油ショックの影響もあって、就職事情が大きく変わり、翌年の新卒に上質の人材が 多く含まれていた。 新システムに直ぐに馴染んだ彼らが、1〜2年で、即戦力になっていた。 事業人生を決心して10年間で得た経験と知識が、瀬戸際の中で、完全燃焼をしていた。 ・・・・・・ 4484, 怒らないって本当は恐い! 2013年06月26日(水) 『怒りの作法』小川仁志 著 生家が大家族で商売をしていたこともあり、自分の感情を顕わにすることは絶対タブーの中で育った。 それもあって『情念の話術』ーヒトラーの魔力 ーを学生時代に読んだ時、私の常識と全く逆の内容に 驚いた。この本でナチスの大衆誘導の手法を教えていた。「大衆は女子供のようなもの。 喜怒哀楽を込めた情念で煽って集団催眠にかける手法。右手を胸につけ右上にあげる。 演説で大声を振り上げ怒りの感情を大衆に訴え扇動する。それらの手法を日常の話術や、 行動のエネルギーの源泉にせよ。喜怒哀楽をエンジンとみたてフル回転し行動のアクセルにせよ」 というのだから・・ 当時の私にとって、これは性格を変えてしまうほどのインパクト。 私が怒りっぽくなったのは、これ。これを人知れずノウハウにしたら、突然狂ったと思われる。 喜怒哀楽の中で一番疎んじられている怒りこそ日本人に欠けている。(仏教の影響もある) これを、コミニケーションの扉を開くための道具とすべしというのも納得できる。コミニケで怒りの 訴える強度が一番高い。 もし人種差別の場合、笑って抗議しても、泣いて抗議しても、怒りほどの インパクトはない。問題は、その表現の仕方である。これが『怒りの作法』の中で貫かれている 主旨である。 怒りこそ感情の主。逆に人間関係を一瞬に破壊してしまう薬にも毒になるしろもの。 そこに作法が必要になる。 ここで、アリストテレスの「怒りは、しばしば道徳と勇気の武器なり」という言葉を紹介している。 《 それはまさに「正しく怒る」ことである。「怒らないこと」でなく、「正しく怒ること」が大事ということ。 アリストテレスの「中庸」という思想を見ると、このことがわかる。中庸とは最も望ましい状態のこと。 怒りに対する「穏和」を意味する。つまり、然るべき事柄に対し、然るべき人に、然るべき仕方で、然るべき時に、 然るべき間だけ怒る。これが賞賛すべき怒り方であって、こうした怒り方の出来る人を穏和の人という。 怒ることは、必ずしも悪いことではない。しかし、現代人は怒ることを出来るだけ避けようとする。 もっと怒るべきなのに。(p3)》 以前は、今に比べれば、穏和に怒ってくれる人が多かった。でも現代は違う。怒りを抑えることが 良いとされ、それが沈殿してしまう。そして爆発し全てが破壊する。 怒らないって、本当は恐い。 ・・・・・・ 4110は、私が "日本の自殺"ー10完全な本を作った 2012年6月26日(火) 「極端な平等主義を自殺のイデオロギー」とするなら、情報化が正に平等意識をもたらす働きをする。 日本の民主主義は戦い勝ち取ったのでないため、公平と平等の見境がつかないのが実情。 社会主義は、理念として極端に求めた結果、集団自殺の道をまっしぐらに歩む結果となった。 社会主義圏の崩壊である。競争による優勝劣敗のシステムは組み込まれていなけらば進歩は 無くなってしまい、その結果として悪貨が良貨を駆逐することになる。その辺の没落の歴史は、 正直に歴史の中に現れ出ている。 * 自殺のイデオロギー ー次の部分は、現時点の惨状を予測した「自殺のイデオロギー」である。 【 諸文明の没落の歴史を辿っていくと、我々は没落の過程で必ずといってよいほど不可避的に 発生してくる文明の「自殺のイデオロギー」とでも呼ぶべきものに遭遇する。それは文明の「種」 により、また時代によってさまざまな形をとってはいるが、それらに一貫して共通するものは極端な 平等主義のイデオロギーである。この平等主義のイデオロギーは、共同体を解体、社会秩序を 崩壊させ、大衆社会化状況を生み出しつつ全社会を恐るべき力で風化し、砂漠化していくのである。 まずわれわれは、戦後「民主教育」のなかにひそむ「自殺のイデオロギー」を平等主義の観点から 吟味することにしよう。日教組イデオロギーに代表される戦後「民主教育」は、差別反対、人間平等 の名の元に、実は画一主義と均質化を教育の世界にもたらした。 生徒の成績表に「オール3」を つけたり、「オール5」をつけたりする教師や、成績をつけるという行為自体が人間差別に つらなるとして学籍簿への記入を拒否した「民主的」教師たちの行動は、ある意味、戦後 「民主化教育」のイデオロギーを最も単純な形で表現したもの。「オール3」教師や「オール5」 教師は、臆面もなくこう言ってのけたものだ。「人間は全て平等である。 出来の悪い生徒が できるのは社会に責任があり、社会が悪いからで子供には何の責任もない。 子供は皆同じように努力したのだから、全部同じ点をつけるのが正義である」と。 人間の能力は決して規格品のロボットのように平等にできているものではない。 人間はその顔形と同じようにまさしく千差万別の多様な才能、資質を持っており、それこそが、 人間社会の素晴らしい魅力と活力を生み出しているのである。最も人間的な教育とは、 このそれぞれの子供が持っている多様な個性を思う存分伸ばしてやることを大前提と しなければならないはずである。・・・ 】 ▼ アメリカによって与えられた日本憲法と、民主主義の矛盾が、現在の日本の自滅の原因に なっている。 フランス革命が掲げた自由、平等、友愛の近代市民主義の諸原理で、自由を優先に すれば平等が無視されるし、平等を優先にすれば自由を制約せざるをえなくなる。 「日本の自殺」は、潔癖といえるまでの平等主義がもたらしたもの。エリート教育を差別として 否定する。これでは優秀な子供の才能の発育が抑えられてしまう。結果がどうであれ、自主独立で 生きてきて良かった! 子供たちだけでなく、社会そのものが極端な平等主義、平凡主義に 毒されていた。その社会常識より己の主観を育て、それで判断することが毒されない道だった。 ・・・・・・・ 3744, 閑話小題 2011年06月26日(日) ◆ 長寿の秘訣 ー� NHKが放送していた「長寿の秘訣について」を、以前書いた。しかし、何か疑問が残ったのは、 「飢餓状態の方が良いのなら、アフリカや中東などの慢性?飢餓国家の平均年齢が高いはずでは?」である。 問題は少な目ということである。考えてみたら、充分に餌を与えられた実験用の猿はメタボ気味で7分目の方は、 溌剌としていたのは、その3割減だったからである。本当の飢餓状態では、当然ながら早死にする。 以前、モロッコの片田舎で80歳位の老人に年齢を聞いたら、40歳という。 聞き違いかと聞き直したところ、 「生活が貧しく、まともな食事が出来ないので、この年齢で、老いた風貌になってしまった」と、 泣き出しそうに話していた。腹7分目ならよいが、栄養失調は良くないのである。 ◆ エアロビックス ー� 昨日は、スポーツジムで、エアロビックスの「ZUNBA」に初参加したみた。40坪位のスタジオに 100人以上が集まり、要は、「洋風の阿波踊り」。中高年も含め、奇声を発してジュリアナ東京?のタコ踊りを、 エアロビックスの場をかりてドンチャン騒ぎをするのである。変わった衣装を着た男のインストラクターに乗せられ、 その「追いかけ」7〜8人の若い? 女性たちが先導する中、場は最高潮に盛り上がる。 カーテンで真っ暗な 中で電気が点滅する中、若い女性から主婦、そして中高年まで、狂ったように踊って?いや、エアロビをしている。 隣の人とブツカリそうな密度の中でストレスを晴らすように。・・これは健全な欲求不満解消のランチキ騒ぎ。 まあ、考えたもので、健全といえば健全。熱気に呆気にとられ 一番後ろで壁フラワー・・・・ 健全な共同発狂の場も、ニーズなのだろう。 新興宗教は、そのへんのニーズを知り尽くしている。 昔、踊る宗教というのがあった。とにかく三回参加をしてから判断?と思ったが、これは無理だ。 今度、独りカラオケでも行ってくるか。 ・・・・・・・・ 3379, 改めて、現時点を考えてみると 2010年06月26日(土) 現在の恐慌的様相は、ただ事ではないのは今さらだが、歴史的にみて如何いうことだろか、改めて整理してみる。 これは百年に一度、いや二百五十年、それとも五百年に一度の歴史的大転換期。 ・世界史的にみれば、五百年前にコロンブスがアメリカ大陸を発見し、欧州がアメリカ大陸に進出をし、 自分たちの文明を世界に押しつけた時代からの延長の終焉とみるか、 ・二百五十年前に英国から始った近代資本主義が行き詰まりとみるか、 ・80年前にアメリカで発生した大恐慌以来の、第二次の大恐慌とみるか、 ・37年前にニクソンがドルの金兌換制度を止め、紙切れを無制限に刷りまくった結果の行き詰まりとみるか、 ・20年前のソ連・東欧の崩壊の帰結と見るべきか、 ・9・11とリーマンショックの結果と見るべきか、 等々の見方がある。 その6つの潮流が重なっているとみるべきだが、そう考えると、この経済と社会の変調は簡単に収まる代物ではない。 ここにきてネット社会という情報化が世界中に波及、一部の特権階級が独占していた情報を誰もが入手可能になった。 アトムという原子の世界から、ビットの世界へ重心が移動を始めた。 ビットはコピーが可能であり無料化を促す。 それが進化を止まらなくしている。 21世紀の視点からみれば、恐慌は今だ体制を占めている20世紀的体制の 本格的破壊である。 哲学的にみればポスト・モダン主義が現象として姿を現してきたことになる。 日本にとっては、 ・65年前の第二次世界大戦の敗戦、・140年前の明治維新、・1467年の戦国・応仁の乱 以来の大変革期にあたる。 目に見えないが、日本炎上とみればよい。この年齢で大激動を目の当たり出来たことが幸運か不運か? 結局、 アメリカの属国で、完全骨抜きにされてしまった日本が「現時点の日本」である。その去勢された姿を象徴するのが、 社民党の主張であり、自民党の残存保守勢力の姿。 北朝鮮の金一族がアメリカ、支配層が自民党と高級官僚と 自認している輩、とみれば分かりやすい。 一時期は、国民全体が恩恵にあずかったこともあったが、これからは・・・ ・・・・・・・・・ 3004,そう考えない人はどうかしている 2009年06月26日(金) 「世界は感情で動く」 ー5 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー 21章 「そう考えない人はどうかしている−フォールス・コンセンサス効果」 まずはーフォールス・コンセンサス効果ーとは、 【 自分と他者の間に共有されている「合意性(コンセンサス)」を過度に見積もる認知的バイアスをいう。 つまり、人はある状況における自分の判断や行動は一般的なものであり、適切であるとみているので、 他者も普通なら自分と同じように判断し、行動すると考えるのである。そして、もしそれを逸脱した 他者に出会うと、 その他者が特別なのか、あるいは変わった存在だとみなしてしまう。】 このトラップも陥りやすい思い込みである。 自分の考えが周囲の皆の考えと同じものであることは、 ごく当たり前のことであると思い、そのことに疑いを持つようなことはしない。 しかし一たびその前提が崩れ、 「自分と違う」人が現れると、その人に何か欠陥があるのではというレッテルをはり、自らの「常識」に固執するようになる。 その辺の町内に居るオバちゃん達の噂話が典型。世間の目線で少しの差異を見つけ出して非難する「あれ」である。 これは世界一般のことだが。しかし「あれ」と同じ思考形態をしている自分を見逃している。考えてみると我われの 思考形態は、それに縛られていることに気づかされる。思い込みの強すぎる私など、全くの偏見の塊と自認する。 おかしな新興宗教に教祖様が羊タイプの人を集めて洗脳するに、教義を「そう考えない人はどうかしている」まで叩き込む。 自分の偏見を定説と喚きたてていた変な教祖様が話題になったことがあった。これを自分に向けると、良くいうと信念。 悪くいうと独断・偏狭になってしまう。松下教も、紙一重の社内では似たようなようなもの。 共同幻想もハサミも 使いようということ。それもこれも、人間は何時の間にか偏見の塊になっている。で、その偏見で、偏見を解釈している のだから、ますます、歪んでいくのである。 まあ、それが自分という壁を作っているとすると、私は何?この随想日記も、 「私の偏見日記」ということになる。他人の偏見は鮮明に見えて、自分のそれは見えないから、唯我独尊になる。 まあ、それが人間か〜。 (後記 その視線で下の文章を読んでみると、なるほど!「偏見日記」である。 下手に説得力があるから面白いのだろうが、偏見も自覚が必要ということ) ・・・・・・・・・・ 2640, ブランド品 ー2 2008年06月26日(木) ブランドものに、何故も女性や若者は執着するのだろうか。哲学者にとっても社会学者にとっても、 これは面白い対象である。もともとブランドが一般の人に言われだしたのは1960年代という。それまでは 嗜好品としてマニアへの専門メーカーでしかなかった。それがブランドといわれて世界中に知れ渡ったのは 40〜50年前からでしかない。特に日本人が、その旅行ブームで貢献したのである。 (字数制限のためカット 2011年6月26日) ――― 2001/12/19 261,ブランド品 ー1 2001年12月06日(木) ブランド品の定義ー 1、アフリカの土人の酋長と一族が身に着けたがるもの。それも不釣合いのノーコーデネート。 一品豪華主義の典型 2、それなりの金持ちが、社会的体裁の為に飾り立てる小道具。 (字数制限のためカット 2010年6月26日) ・・・・・・・・・ 2007年06月26日(火) 2275, 希望格差 (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 本屋に「希望格差」という本があったので、概要を知りたいと「検索」をした。 会社を安易に辞めていく若い人を見ていて、「この方々は下流格差を自ら希望の人たちでは?」 と思っていたので、彼らの下流志向のことを書いていると思っていた。 しかし、その意味は ・将来に希望を持って取り組める人たちと、 ・将来に希望を持てない人たち、 との格差であった。 そうすると、当社は将来に希望を持てないと思われたのだろうか? (以下は字数の関係でカット2008年06月26日)
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| 4850,閑話小題 ー自動車ウォッチングで見えてきたのは |
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2014年06月25日(水)
* 閑話小題 ー自動車ウォッチから見えてきたことは 22年乗ってきたソアラの寿命も果て、中古の『マークXジオ』を入替えたが、後悔を最小にするため、一週間かけ、 地元の中古車センターを10軒以上を見て回った。そのため、私にとっては、一応ベストに近い選択であった。 これはホンダの多機能車の『オデッセイ』を意識したワゴン車。その差異は、ターゲットを団塊の定年層にしたもの。 座席が三列で、二列、三列目は座席を倒すと荷台になる。展示場で、隣にあった『マークX』と、ギリギリ迷ったが、 昨秋に製造中止になり値崩れをした、Xジオの方にしたが、気持ちのどこかに「セダンの方が良かったのではないか?」 と、引っかかりが残っていた。 一週間、気持ちを集中して中古車を見て回った結果、あることが見えてきた。 車を選定するに、まず予算。次は何年乗るか? 年齢からみて、7〜8年。それなら中古車で充分。次は、安全を考え、 中型車のセダン、スポーツタイプ、ワゴン。次は、ひと目で車種が分かりにくく、「屋敷との地くらい」のバランスが とれた外形のものを基準にして、最終的に、これに決めた。 ソアラに比べ少し重いが、半月後の現在、殆ど後悔はない。 毎日の信濃川までのポタリングで、信号待ちや、大手大橋で引きチャリをしながら、通過する自動車ウォッチグが、 最近、面白くなっている。その車の選定には、様々な要因が重なっている。それがボンヤリ眺めていると、面白くて 飽きないのである。 そこで気づいたのが、6割が軽自動車と小型車。地方で雪国もあるが、中型車以上のセダンが 意外と少ないこと。7割がワゴン、SUVか、それに類するもの。それも、ミニバンと、ワゴン車が目立っている。 セダンは、車種全体からみたら大よそ15%で7台に1台。中型車以上で4台に1台の割合。ワゴン、ミニバン、 ハッチバックなどの比率も、3対1には驚いた。 何か「いい年をワゴンタイプは、いかがなものか」という 引っかかりがあったが、これはこれで?と、納得。 それにしても、22年で、時代も車も、変わったもの。 この程度のことさえ、知らないのである。人は、それぞれ違った色のサングラスをかけているが、その自覚がない! ・・・・・・ 4483, 電動アシスト自転車に乗って、はや4年 2013年06月25日(火) 電動アシスト自転車を乗って3年8ヶ月になる。 まずは、その時の文章より ー3131,期待どおりの電動自転車 2009年10月31日(土) ≪ 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。自宅は長岡駅裏から徒歩10分にあるが、 長岡駅前から歩いて20分のところにある大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところのジャスコには15分、 ユニ系のSCのアピタまでは20分。そして、その先にある長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に着いたのが50分後。 万歩計をみると、2500歩になっていた。50分というと5500歩になるから半分近くになる。疲れは、ウォーキングと 同じぐらい。 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。一日一万歩を目指しているので、自転車にはほとんど 乗ることはなかった。そのためスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を乗った驚きは大きい。 一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると二倍の加速がかかる。自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、 その時にペダルに力が二倍加わるのは、何か異様な感がする。コースは線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の 加速とか、大きな橋までの登り坂とか、起伏がある。そのストレスがゼロで、平らの道路でペダルをまわす時の加速も 三分の一で済むのだから、非常に楽である。ところで、通販で注文して送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が、 「すぐに、盗まれるよ!」というのも分かる。小型のためボックスカーに、簡単に乗せる事が可能だからである。 一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。あと数年先が よいと思うよ」といって、買うのを止めた経緯もあった。スーパーや、駅前などは当分は置けないが、その時はその時。≫ ▼ これを書いた翌日から25年続けていた早朝ウォーキングを、ポタリング(ミニサイクリング)に切り替えた。 同じ一時間で、コースは東バイパスから、長岡大橋を渡って、日赤前の土手を通って、大手大橋から、土手を走り、 長岡大橋に戻り、同じコースを逆に帰ってくる。 冬期間(12〜3月)と雨天を除くと、ほぼ毎日、乗っている。 大よそ、年に200日として7百回以上、一日、14キロで1万キロ、地球を半周、チリ辺りまで走ったことになる。 スポーツチェーンのネット販売で59800円で買ったが、中国産だが私にとって大当たり。現在は値下げで49800円。 もうボロボロだが、何とかあと一年使って買換えるつもりである。まず故障するのはブレーキと、蓄電池周りの 固定器具。パンクは三月に一度ぐらい。来年には、一ランク上のナショナルのものを買うつもりだが・・ 自転車には、シティ、クロス、ロード、マウンテンタイプなどがある。 私のは車輪の小さなマウンテンタイプ。 来年の購入予定はナショナルのクロスタイプのもの、どうなることやら。iPodで音楽を聴きながらの 早朝サイクリングは良い。雨が降ると溜息が出るほど。最近の週末は天気の具合をみて、昼も同じコースを走っている。 ・・・・・・ 4109, 閑話小題 ーつれづれに 2012年6月25日(月) * タクシー運転手の「声」の投書内容 昨日の朝日新聞の『声』に、タクシー運転手の投書が気になった。「連休明けから景気がおかしいとか、 野田政権の改革なき増税とか、原発再稼動への批判ばかり。実際にタクシーの売り上げも悪い」という内容。 もともと5月の連休明けに売り上げの一段落ちは恒例だった。としても、今年の落ちは厳しいだろう。 実際に事業を無理をして続けていたら、今ごろには深手で力尽きていたはず。 一年先までの資金繰りが読めた 事業だったので、早々に見切りをつけたが、本当に決断をして良かったと実感している。ホテルの買い手が直ぐにつき、 5つの新潟駅前物件が処分出来たが、現時点では無理だろう。消費税が内税ということもあり、経費の5パーの負担は 限界を超える。その上に、値上げによる売上げダウンは避けられない。とはいえ、増税以外に収入を増やす手立てが ないのも事実。 民主党も自壊段階に入った上、小沢も完全に終わり。あの自民党の面々を見ると、石原か橋下しか いないのだろう。現場の先端は震撼としているのだろう。 * 原監督の件で、マスコミはダンマリ 土日のワイドショーで原監督の下ネタで大騒ぎをするかどうかみていたが、殆ど扱いは無かった。 読売の渡辺恒夫が恐ろしいのか、影の話し合いがあったのか? 一局を除いて、どのTV局も扱い無し。 誰がみても後ろに暴力団が関係しているのは分りきったこと。ということは早かれ遅かれ原監督はプロ野球から 追放になるのが自然の流れ。巨人のスター選手なら、下ネタの2〜3はあって当然だが、警察に相談しなかったのが致命的。 うやむやに闇の中に葬り去られるか、恐喝犯が逮捕されるか、見もの。 恐喝の二人のうち一人が交通事故?数年前に 死亡しているという・・ 事件が事件だけに、それも事故かどうか? おまけに、リークしたのが元球団代表の清武なら、 これ以上面白い筋立てはない。 やはり当分は、これが槍玉に上げられ、その間に、消費税が可決される。現役の巨人監督の スキャンダルなど、これまで聞いたことがない。それも輝かしい功績があり大スターである。 ・・・・・・・ 3743, 閑話小題 2011年06月25日(土) * エアロビックス スポーツジムで週二回は「エアロビ」に参加する。だいたい30〜50人が、スタジオで色々なプログラムをこなしている。 15〜20分の休憩をおいて何かが30〜50分の間行われている。けっこうメニューがきつく、年代が高くなるほど参加者が少ない。 男の参加者は数名で、片隅で小さくなっている。いい歳をして恥ずかしいが、それでも気を入れて何とかついていっている。 年代が高い人やメタボの人は、スタジオ外のランニングマシーンや、サイクリング・マシーンの間の空間で、インストラクターの指導で、 12人がステップ台とマシーンを交互に使うイージーラインというプログラムをこなす。それをエアロビックの参加者が冷たい?視線で、 行列に並びながら見ている構図になっている。このところイージーラインの25分のプログラムを5分の休憩をおいて続けて参加してきたが、 この梅雨の湿気で一回限りにしている。 ところで、一昨日は、スローヨガに初めて参加をしてみた。キツイと覚悟をして参加したが、意外と楽であった。 これまで 「らくらくエアロ」「バランスボール」「シェイプボクシング」「ステップ30」「スローヨガ」など10回以上は参加した。 最後の、「スローヨガ」を除いて、他は、ついていくのにやっとだが、3回をこなすと力の抜き方が分かる。それにしても、あの熱気は凄い。 時どき、それに参加している自分が可笑しくなって笑いを堪えている。今日は、「ZUMBA」というプログラムに参加するつもりだが、 ドンチャン騒ぎをエアロビに取り入れたものと、説明書にあった。面白そうだが、65歳の男が昼間からドンチャン・エアロに参加して よいものだろうか? ここまで、くれば同じか! そういえば、6月に入ってから、どうも私のいる時間帯では、2〜3割位は 減ったような気がする。不景気が影響しているのだろうか。 ・・・・・・・ 3378, 生涯に直面する四つの不条理 −2 2010年06月25日(金) 「生き方の不平等」 白波瀬佐和子著 まずは、家柄などで絶対的な差がつき、就職時の時代背景が良し悪しが大きく一生を左右し、男社会の中、男か女かでハンデがつき、 老歴期までの準備の蓄積の格差がつく不条理を著者は述べている。何度か書いたが、選りすぐり前の最終の中学校の同級生を見ると、 その時の成績順が、そのまま人生の生き方を決めている。一番が慶応大の教授、二番がレコード協会の専務理事、三番が・・・ そんなことは、この齢になると、どうでもよい。冷静に考えてみると、元もと格差があったのが、街中の学校区ということで集まっていただけ。 地元には新潟大学の付属の小中学校もある。 学校、医者、弁護士などの先生の子供や、大手企業勤務の子供が行く学校。 子供なりに、腑抜けたイメージと嫌悪感を持っていた。最近になって知ったことだが、私の卒業した中学校にわざわざ越境していたと 数人から聞いた。それほどの学校ではないが、振り返ると、それなりの素材がいたようだ。 次に、社会人への転換期の時代背景も大きい。私の学生時代は東京オリンピックが終わり、高度成長期の真っ只中であり、夢さえ持てば チャンスが幾らでも転がっていた時代だった。歴史的にみて黄金の時代。もう、あのような急激な右上がりの時代はない。歌謡曲は時代を 表すというが、次から次へヒット曲が生まれた。 ところが現在は卒業の学生の四分の一が就職できない時代の巡り合わせ。不条理である。 そうこう考えると、両親の質と良好の関係と、時代背景と、男女差で、大方が決まるという不条理がある。 その不条理を撥ね退けて成長するには並大抵の努力と幸運が必要。秋葉原と、先日の広島のマツダの無差別殺人は、 これらの不条理が本人に覆いかぶさった結果である。 一つ間違えると、二度と日の目に会えないのが現実である。 結局、教育は自分が教師と生徒の役割をバランスを持って果たすことだが。 現在ネットという世界ができた。 これが果たして、不条理を乗り越える役割とチャンスを与えることになるだろうか? 運命と宿命が人生を決定する。 ・・・・・・・・ 3003、アルコール依存症 2009年06月25日(木) これまで何度か酒の失敗について書いてきた。飲む、打つ、買うのうち、一つは癖の悪さがあるというが、私は酒。 といって私から酒の癖の悪さを取ったら、これほどツマラナイ人間はいないだろう?と、一人うそぶき飲み続けている。 少なくとも10年は命を削っている。 人間関係も10倍、いや100倍は広がっていただろう。 1年間に次の7項目のうちの3つ以上あれば、アルコール依存症という。(但し国際基準) ・1番目は、アルコールに対する「耐性」。 切り上げのタイミングの意志が弱くなってきて、 1杯や2杯で十分満足していたのが満足できない。 つまり、耐性が形成されたということです。 ー適応 ・2番目は、酒を飲むのを急にやめたり量を減らしたりすると、離脱症状(禁断症状)が出るかどうかです。 ー不適応 手が震える、幻聴がある、幻視がある、発熱をする、落ち着かない、イライラする、不安感が出てくるなど、幅が広い。 ・3番目は、「8時でやめるつもり」「3杯でやめるつもり」「ビールだけにしとくつもり」 ー適応 「帰る前に家族に電話をするつもり」などさまざまな「つもり」で飲みはじめるが、結果的にこのつもりが守れない。 ・4番目は、何度か酒をやめよう、減らそうと試みるがうまくいかない。 ー半適応 ・5番目に、酒を手に入れるための努力や、酔いから覚めるためにかかる時間が長くなってきた。 ー不適応 ・6番目が、飲酒のために遊びや仕事など、他のことをやらなくなってきた。 ー不適応 ・7番目が、酒に酔っていろいろ不利なことが起きているにもかかわらず、まだ飲んでいる。 ー適応 これからすると私は、軽いアルコール依存症ということになる。特に三番目が、問題である。少し厳しい?ようだが、 半分の3・5が適応するから、軽いアルコール依存症というところか。 また国際基準というから。 少し話は変わるが、日本の自殺数は先進国でトップで、44歳までの男性の死因でも自殺がトップ。 年間3万3000人の自殺者が出ているが、その15%がアルコール依存だから、5千人が死んでいる。 過度の酒は緩慢な自殺の一つである。 多くの失敗もしたが、面白かったことは、その100倍だから止められない。 しかし軽度とはいえ、アルコール依存症とは自覚していなかった?が、身に覚えはある。 私の場合は切り上げの意志である。 財布の金を二軒分にすれば良いだけ。 酒が不味そうだが、慣れれば同じか!。 解ってか、父の日の息子二人のプレゼントは紹興酒二本と、ワインであった。 ・・・・・・ 2639, 世界の原子力発電の実情はどうか? 2008年06月25日(水) このところの原油高で、世界の原子力発電所の建設計画は活発になっている。 更に、石油が環境に与える影響の大きさから、原子炉のエネルギーが見直されている。 地震のリスクを大きく抱えている日本も、綺麗ごとをいってはいられない事態である 今後、アメリカ、中国が大量に原子力発電所の建設に入るようだ。一時、知識人の原発反対が一つのコンセンサスだったが、 今では殆ど影を潜めている。 そこで、世界の原子力発電はどうなっているか?を調べてみた。 ーー 世界の原子力発電所の数は、2006年12月末の時点で、 運転中が429基(約3億8705万kW)、建設中が35基(約2940万kW)、 計画中が47基(約5217万kW)とされる(日本原子力産業協会の発表資料による)。国別の設備容量ではアメリカ合衆国が最大で、 06年12月末では約1億476万kW、103基となっており、フランス(約6602万kW、59基)、 日本(約4958万kW、55基)、 ロシア連邦(約2319万kW、27基)、ドイツ(約2137万kW、17基)、 韓国(約1772万kW、20基)の順につづく。 ーーー 情勢とは面白いものである、世界の大きな流れであった原発反対の気運が一挙に消えた。 それでも、この石油高の中で比較的冷静であるのは、代替エネルギーの比率を大きくしてきたから。 それでも、日本は危機状態といってよいから、必要悪としてもなくてはならない。 ・・・・・・ 2007/08/06 2316, 日本の原発依存度って、どうなっている? ファァ(*つ●-*)*.;'Good☆Morning 今回の地震による柏崎刈羽原発の火災などで、殆ど意識してなかった原発に対する依存度に少し関心が向いた。 ーインターネットで早速しらべてみた。 (字数制限のためカット2010年6月25日) ・・・・・・・・・ 007年06月25日(月) 2274, 現在とは何か (o´・ェ・`o)♪。o.+゜。*ぉはょぅ 「現在」とは何だろうか? 歳を重ねれば重ねるほど、その意味の深さを直感する。その意味の奥に一歩でも立ち入ってみたいと思っていた。 ところが面白いもので、そう思っていると丁度知りたいと思った分の知識が、目の前に現れるから不思議である。 決して哲学的に難しい理屈ではない。何時も直面している「いま、ここ」、「現在」の意味である。 文芸春秋の特別版「一冊の本が人生を変える」の中で、 ーハインペル『人間とその現在』訳者である阿部謹也氏(一橋大学名誉教授)の 「ハインペルとの出会い」という文章の中で、この本をあげている。難しい本を優しくまとめてあるため、中味の濃い内容になっていた。 ーその内容の一部を抜粋してみるー ー私が大学三年のとき、歴史というものを自分の外の世界で起こっている出来事の流れだと思っていた。 その出来事が確固とした流れをなしており、その過去から現在までの流れを観察することが歴史学と思っていた。 しかし本書を読んで私のそのような印象は全く崩れ去ってしまったハインベルによると「現在」は4つの層から成り立っている。 一、まず、そのときそのときの現在が問題になる。 私が子供の時のある日の出来事に刻まれている現在。 それは過ぎ去ったものとして過去に属するが、 そのときの「今」という意識は生き残っている。青年期にも中年期にも老年期にも、その時その時の現在がある。 その時の現在はいつから始まるかといえば幸せな結婚生活を送っている人にとっては結婚以後が現在になる。・・・ かってはロシア(ソ連)の現在は1917年のロシア革命に始まっていた。しかし、現在のロシアはソ連邦の崩壊以後 ということになる。破局と大革命、強制力のある理念などが現在を現出していることになる。 二、次に、持続する現在がある。 私たちの意識の下層は過去を残している。 言葉と習慣と食べ物などは正にそのような過去のものが現在に生きている姿である。ひとたび創りだされたものが 生きつづける姿もまた持続する現在の姿である。 秘蹟の中にキリストが現在する形でミサも営まれている。 三、一回限りの現在がある。 (字数の関係でカット2013年6月25日)
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2014年06月24日(火)
* つい本音が出てしまう! 時と場合によるが、やはり拙い発言である。 実際ところ、そうだが・・ 普通の子女史が売春する値段が、世界共通で、その地区の平均給与の一週間分という。 それなりの事情で「最後は、お金でしょ!」が、この値。リーマンショック直前の2007年暮れから 6年余りで、ドルの発行量が三倍になったが、為替値が112円。一割しかドル安になってない。 常識的にみれば、三分の一の40円以下になって然るべきなのに。その差額は? アメリカが刷った分、何もしないで手にいれたことになる。これ某国の偽ドル札と、 どこが違うのだろうか? 当時の650〜700ドル金価格が、現在は2倍。 これも3倍になっておらず、不自然。 大元が、コントロールしているため。 最後は、お金だが、その価値も当てにはならないことが、これから垣間見れる。 金の本質は所詮幻想! としても生活には必需品である。 歴史的に見ると、意図的に 戦争を起こし、ドサクサでハイパーインフレになり、一度、国家の借金を清算するのが常だったが、 世界大戦は無理。そこで、国債と株式の暴落で清算するしかなくなった。元々、貧乏な中国、 ロシアが、元に戻り、欧米と日本の大半が、負組みの貧乏になる図式が近い将来の姿。 で「最後は、金目でしょ!」が、更なる本音になっていく。 当地の住民のインタビューが 的を得ている。 『最後は金だろうが、それを担当大臣の口からは言われたくない!』が、よい。 本当のことは言わないことだが、本当のことは、つい口に出てしまう。 * 都議会の女性差別?発言 この程度の野次は、都議会、国会では当り前だろうが、たまたま、マイクに拾われ、大騒ぎに なってしまった。当然、バッシングで政治生命が完全に絶たれるが。少子問題を取り上げる 当人が独身で、『それなら、自分から、結婚して、子づくりをして、その範を示せ!』というのも 一理はあるが、あの場では、絶対に禁句。阿部首相が、「この難局には、更なる女性の 社会進出が必要」と政策を掲げている中での、身内からの、この発言はいただけない。世界的に、 女性蔑視発言と、嘘をつき逃れようとするプチ権力者の哀れな姿が蔑まれて報道される? 当人は、これが世界的に注目をされて時の人になるとは、思ってなかっただろうに、言葉は恐ろしい。 ・・・・・ 4482, 静かなる大恐慌 ー2 2013年06月24日(月) 「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著) グローバル化は多くの問題を世界中に撒き散らすが、情報化社会では今さら止めることは出来ない。 それは弱肉強食を推し進める。 痛みを伴なっても、乗り越えなければならない現実がある。 ー グローバル化についての部分を更に抜粋すると ◎「過去の行きすぎたグローバル化は、最終的には二度の戦争によって終わりを迎えた。それを繰り返さないために 何が必要かを考えることこそ、この危機の時代における思想と行動の、真の指針となるべき課題です。」(219頁) ◎「グローバル化と国家主権と民主政治の組み合わせを比較し、行き過ぎたグローバリゼーションへのバックラッシュの なかで、いかにグローバル化路線を各国レベルで修正していくか、そこが問われる局面が始まろうとしている。 それは、グローバル化の進展による国内対立の激化とそのための「大きな政府」の必要性になる。 ◎「大きな政府」が主導する経済を「国家資本主義」という言葉で言い表せば、「自由資本主義」とはいえ、一皮剥けば 国家資本主義的な側面をかなりもったものになる。それは一握りの勝者に力が集中することを意味する。 ネットで世界が繋がった、これまでなかった情報社会でのグローバル化を今さら変えることも否定も出来ない。 この事態は何事も事前に対策をとることが不可能である。リーマンショック後にアメリカが行った財政出動で、 何とか世界は巨大な崩壊を避けたが、実体経済が正常化したとは到底思えない。 これらから、以下の問題点が見えてくる。 ・グローバル化は大きな政府をつれてくる。(格差や失業は福祉でカバーしなければならない) ・グローバル化は単なる新自由主義者の自己救済でしかない。 ・グローバル化した資本主義は戦争に行き着かざるを得ない。 ・グローバル化は新興国の足かせになる。 ・グローバル化は地方を疲弊させる。 ▼ 今度の、グローバル化は、以前より遥かに大きな断層になっている。パソコン、携帯電話が地球の隅々まで 行渡りネット社会が現実社会の上を覆いかぶさった。これをコントロールするのは至難の業である。否が応でも 民が主になってしまったのである。これに対する新しい政治経済の新システムが全く確立出来てない。 その経済的側面が恐慌であり、独裁国家が次々と崩壊している「アラブの春」といわれる現象である。 したがって、政治経済の混乱は、あと20年、30年は続くとみてよい。だから、現在起こって問題は数百年、数千年に 一度の大変動のウネリということになり、変化を拒否するのではなく、可能な限り静かに順応していくしかない。 ・・・・・・・ 4108、パニック! 2012年6月24日(日) * 大恐慌、実体験談! 「大恐慌! 」スタッズ・ターケ著 日本人の近い未来を予測させられる本である。80年前の大恐慌の経験を、30年後の1960年後半にシカゴを中心に 金持ちから貧乏人、白人、黒人、日本人などが大恐慌時代の生々しい現実をインタビュー形式で答えている。実体験なので、 これからの暗い現実を垣間見ているようだ。直撃を受けて生活に困った人、運良く、乗り越えた人などいろいろある。ここでは 生きのびることが、その世界の掟だった。世間知らずだった人々に、突然世界が押し寄せてきた当時のアメリカの生々しい 現実がリアルである。大恐慌は、バスタブの栓が抜けるように始まったとある。それが年内に始まる可能性が大という。 他人事でない、私の場合、現実に一年前に先駆けて起こってしまった。そのため、それが始まった時の混乱がリアルに見えるのだ。 鼻声で他人事で嘲笑している顔が、海岸線にいた津波の犠牲者に二重写しになって見えるのである。 ーアマゾンの内容紹介ー 80年前、人びとはあの“つらい時代”をいかに生き抜いたのか? そして今、われわれはどう生き抜けばいいのか! 『仕事!』『「よい戦争」』等でインタビューの名手と謳われたスタッズ・ターケルが、ローズヴェルト政権の中枢部から失業者、 役者、犯罪者にいたるまでさまざまな階層・職業の人びと132人にも及ぶ声を赤裸に再現、あの“つらい時代=大恐慌時代”を なまなましく蘇らせる。 * 「恐慌(デプレッション)」って言葉は聞いたことがないよ。つらい時代(ハード.タイムズ)だって、みんなは言ってた。今も。 ーロジャー、十四歳アパラチア地方の少年、シカゴ在住 * 大恐慌っての、今なら面白いかも。ホント、すごいことじゃないかな。 路上生活をしたって、「ほら、家に帰って学校に 行ってくれさえすれぽ一万ドルあげるから」なんて誰にも言われないんだもの。今のぼくらには選択の余地がある。もし選ぶことが できなかったら、どんな感じかな? ートム、二十歳 * このことをおたしは記憶にとどめています。人によっては頭のなかから追い払ってしまうことですが。わたしは忘れたくない。 自分の最高の思い出をそれで汚したいわけではなくて、それはそこに存在していてほしいんだ、なにしろ実際に起こったことだから。 これが真実、歴史でしょ。 ーシーザー.チャペス * 彼らが愛したのは、死んでしまったわたしたち。 彼らはわたしたちの誤りをすべて忘れた。わたしたちの名前はごたまぜにされた。 物語は長かった。 若者たちは踊った。焚き火にくべる新たな大枝を切ってきた。そして言った、さあ話の続きを聞かせてよ。それからどうなったの? わたしたちには沈黙があった…… ージェネヴィーヴ・タガード、婦九四〇年 ▼ 黒人のインタビューで、「貧しい俺たちにとって、大して変わりはないね」という言葉が印象的だった。誰かが アフリカの難民を呼びよせて福島の惨状をみせたが、何も言わないで帰った。彼らにとって、それが日常でしかなかった。 ・・・・・・ 3742, 世界でひとつだけの幸せ 2011年06月24日(金) * 「世界でひとつだけの幸せ」 マーティン・セリグマン著 学生時代にポジティブ心理を知り、多くを実践し、矛盾を感じ、最近では考え方の一つとして割り切ってみている。 その最たるものが、中村天風の「積極的ものの考え方」である。 少しスランプ気味になると、トイレに二冊、置く習性になっている。 現在も数ヶ月前から、しっかりと置いてある。その辺のタイミングは心得ている。 あまりポジティブ思考に固執すると、嫌なこと、マイナーなことから目を背けてしまい、重大なミスに気づかなくなる。 ポジティブ的思考には、かならず逆照射のマイナー思考を重ねる必要がある。当然、両者の要素が濃くなるほど混乱、 葛藤が大きくなる。しかし、そのプロセスを踏まないと落とし穴に落ちるリスクが増す。ところで、この本、読み始めたが面白い。 ここで著者は、ネガティブ志向の人が、自らの短所や悩みを解消するのではなく、それぞれにもともと備わっている「強み」を さらに伸ばすことで今よりもっと幸せになると説いている。 人間も動物も、細胞から進化して現在に至ってきた。現在まで生き抜いてきた生物は、それぞれの場面で必ず、それぞれが持つ強みを 発揮したから、ここまで到達してきたのである。「自分の中にある強みの遺伝子は己の中で出番を待っている」という考え方は説得力がある。 そこで私の強みとは何か?を、人生を振り返って考えてみた。そこで気づいたことは、どの場面でも、「学び続けていたこと」であった。 初めは実利的なことだったが、途中で変化していった。当然といえば当然のことだが。「僅かな地球の滞在期間を、せっかく与えられた人生、 可能な限り多くを知り、経験をし、楽しまないと」そのための学びになっていった。その一つが、10年前にHPをネットで公開し、 因縁のある人に学んだことを晒すことを思いついた。 そして、その習慣が現在のエネルギーになっている。 で、このザマ? それでも全くかまわない。その通りである。 この習慣そのものが、自分を支え、現象に振り回されながらも冷静でいられる。 それと、良いと決めつけたことを習慣化してしまうこと、これを重ねていくことも強みである。反面、悪い習慣を、そのままに してあるが、治そうとしない、だらしなさがある。 弱点の克服も、重要という自覚がない。「強み」を生かせは、ドラッガーが 強調していたことだが! 人間の強みの最大の一つは、形而下(現象など)を、形而上に変換し、考えることだが・・・ ・・・・・・・ 3377, 人は風呂に何を求めるのか 2010年06月24日(木) 我われは、毎日、熱い風呂につかり、汗をながし、疲れをとる。そして疲れていればいるほど「極楽、極楽!」という気分になる。 世界中で、汗をかくほどの湯につかる「熱湯浴」に入るのは、ごくごく一部。ホテルの浴槽に湯を溜め浸かるのも日本人だけ。 だいたいが、シャワーで済ませる。北・中米のインディアンのシャーマンが「トランス状態に入る手段としての装置として 半地下の小屋で火を焚き、裸になって汗をかく「熱気浴」がある。 これが、焼き石を持ち込むことに替わり、焼き石に水をかけて 蒸気を発生する「蒸気浴」が生まれた。 古代ローマも、各地から多くの資源を持ち込み、娯楽施設としての温泉施設をつくった。 ローマ劇場、温泉は、町をつくるにあたって、大きな設備になっていた。 日本の風呂は、むしろ古代ローマのものに近い。 日本の風呂は仏教寺院の蒸気浴から始り、これが風呂を開放する「施浴」などで、一般に広がり、公衆風呂になっていく。 「風呂に入って、フアーっという浮揚感が、極楽のようだ」となり、現在でも極楽極楽という。世界中の人は、働き、遊び、 汗をかいた後に、汗や垢を流すことで、爽快感を感じてきた。その一瞬が、しあわせ!という、一瞬の気持ちになっていた。 刹那の風呂の幸福感は強烈なものである。 だから、日本人は昔から温泉浴を楽しんだのである。湯治といい、病になると 温泉に長時間の療養をしてきたのである。 国によっては、風呂に入る習慣もないところもあるようだ。 中学校の同級会で 「当時風呂に、月に3〜4度位しか入らなかった」という話題になったことがある。現在は入らない日は数ヶ月に一度あるかないか。 ある女優が、「風呂に二時間も入っていることがある」と言っていた。ぬるま湯にして、半分寝た状態が貯まった疲れをとり 美容によいという。 一種のサウナとしてホテルなどバスタブを使うことが多いという。 私は平日、寝る直前に熱い風呂に15分ほど入る。 また土日は朝の9時位に30分ほどつかる。 その辺りが、私の週単位の一番リラックスする時間帯である。5時前に起床。この随想日記を書き上げた後に、 信濃川岸のサイクリングかウォーキング、そしてSC内のベーカリーで焼きたてのパンとコーヒーを飲んで、帰って新聞を読んで、 風呂に入るのが9時になる。 前夜に酒を飲んで、気分が高揚していれば尚のこと爽快。 金のかからないプチ・ブル気分。 ・・・・・・・・ 3002、新潟駅前・闇金女子事務員殺害事件 2009年06月24日(水) 昨日の昼前に事務所に訪ねてきた知人が興奮した面持ちで、「闇金の事務所の至近距離にあるホテルの美容室に勤務している 娘が昨夜帰ってきて泣きながら、殺された女性が二年前から担当になり、二日前の土曜日に美容室でセットした」という。 特異な事件だけに思わず身を乗り出して聞き入ってしまった。新聞では金は置いてなかったとあったが、昨日のTVのニュース では100万円以上が盗まれたと報じていた。闇金なので金は無かったとしか言えなかったのだろう。 それにしても、事務所内は 血の海で、血の足跡が外まで続いていたというから、凄惨な殺し方のようだ。 月曜日の朝一の9時前に危なそうな闇金からみて、 極道系の人間と推察される。 監視カメラの無い逃走道路を前もって決めておいて逃げたのだろう。 犯人逮捕は簡単ではないだろうが、リピーターの可能性もあるから、どうだろう。女子事務員は、両親と三人住まいで48歳の独身、 黒崎の寿司屋の夜は勤めていたというから、大した給料ではなかったようだ。 (字数制限のためカット 2012年6月24日) ・・・・・・・・・ 2638, 娘に贈る12の言葉 ー5 2008年06月24日(火) 投資家ジム・ロジャーズの言葉 ー読書日記 ー8、汝自らを知ること。ー ・自分自身をよく知ってほしい ソクラテスは「自分の無知を自覚して自分の魂を育んでいくよう」という 倫理的要求として、自らの行動上の標語としたと 言われている。もともとはスパルタのキロンの言葉といわれ「身の程を知れ」という意味だった。 投資で成功するには 何をさておき、自分というものを解っていなくてはならない。 どんな時にも、冷静な判断をしなくてはならない。 そういう状況に自分がパニックになるかを知っていることが重要。人は自分の好きなことについてはうまくやることができる。 自分が最も好きなことを続けなさい。そうすれば成功をすることが出来る。 ・人は群集心理にかられやすい 群衆から離れて冷静に状況を判断すべきである。 ・パニックを起こしてはならない。心理学を学ぶべき。マーケットで起こりやしヒステリック状況を冷静に判断すべきである。 解)命と同じぐらい大事な金を賭けるのだから、顕わな自分と直面する。命を摩り減らすのは自明である。 投機と投資を間違わないことだ。幾ら投機で損をしたことか!中国のバブル崩壊のパニックが何時起こるかである。 ヘッジもしておかなければならないことも確かだが。 ーー ー9、変化を捉え、そして受け入れなさい。ー ・すべては変化していく。 世界は時とともに変化をしていき、それが重なったのが歴史である。 あるものにとっては開かれていくプロセスであり、 あるものにとって閉ざされていくプロセスになる。変化は触媒になりうる。大きな変化こそ大事なのである。 大きな変化は十年単位、百年単位でおこるもの。 ・需給の原理を覆したものはいない。共産主義は需給に頑強に逆らってきた。 需給の原理は経済の教科書の一ページにかいてある。これに逆らったからソ連は崩壊した。 解)現在の変化は、地球上の半数を占めるアジア人、その中でも中国に火がついたことと、情報化の大波が世界を揺るがしている! と言ってよいだろう。ナチ、ソ連など独裁国家がオリンピックを開催すると何年後に体制が崩壊する。 中国も、一度解体するのだろうか。 見ものである。
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| 4848、「事業人生を決心して45年」の語り直しー20 |
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2014年06月23日(月)
* 衣料品の季節物は投機商品 秋物の後は、冬物、春物、夏物と一日一日が全く新しい経験。新シーズンの商品に出会うのは、一周りする一年間は、 何もかも初めて。セーターを例にとると、その素材はウール100%とアクリルがあり、その混毛もある。その裏を見ると、 生産メーカーや、素材などが表示してあることすら知らない。それを地元問屋の専務から一つずつ教授して貰う日々。 ひたすら、その場、その場で憶えていくしかない。しかし、過去の勤務先では、毎日が、高速配転という名の現場教育で、 連日が未知との出合いは経験済み。キャリアとは、各部所への配転で、多くの仕事をこなした職歴を持った総合職。 仕事を身体で憶えるには、現場配転しかない。20歳の頃、「父のような創業者を目指す」と決意したとき、それは、 新規事業を立上げるキャリアを身につけるため、留まることない自己配転の人生を選択したことで、常に、その圧を 自分にかけ続けることになった。 新潟駅前のビジネスホテル事業シリーズが、この結果に終わったのは、10年目か、 少なくとも15年目で、その事業から身を引くか、違う事業に転身出しなかったため! その善し悪しは別として、創業を 繰返す人生を、社会の出発点の構想が、ここでブレていた。 雪国の壁の中、茹で蛙になってしまい、バブル崩壊と ネット社会の到来がもたらす激変を読めなかった。 「まさか、ここまでの激変が?」では、事業者は許されない!こと。 最後の結果は、時代の激変だけが原因でなく、私の時代感覚の鈍さであり、「元は私、そのまま、結構」と、諦めがつく。 話は戻る。現場に飛び込んでみて、季節物衣料が投機商品ということを、直ぐに思い知った。一年を、春夏秋冬に分け、 それぞれを、導入、最盛、見切り期に、1ヶ月に分ける。とすると、季節ものは月単位の、思いきった判断が求められる。 それが商品毎に違うため、年中、切った、貼ったの、投機商品の只中に身を置くことになる。ヤクザなら「切った(殺傷)、 張った(博打)」。衣料品なら、正札の「切った(値下)、はった(正札上に値下値を貼ると、売れ筋に商品を集中)」 になる。これには、経験と、直感と、場数が必要になる。義兄にすれば、私が、出来よう筈がないと確信するのも分かる。 しかし幸運も重なり、店として一シーズンを大当てをすると、その勢いが次に続く。 逆に外れると、逆回転をする。 これに、エネルギーが加味され、結果がそのまま露呈する。生まれ育った10年間の生活環境と、創業を決意しての 10年間の自己配転の全てが、極限の中で、プラスに働いていた。 ・・・・・・ 4481, 静かなる大恐慌 ー1 2013年06月23日(日) 「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著) リーマンショック以降、現在も静かに大恐慌は続いていると何度も述べているが、マスコミはテーマにしない。 タブーかどうか分からないが? 地方もあってか周囲の状況は惨憺たるもの。私の年代がリタイアの時節もあるが、 私を含めて過半数以上が直撃を受けている。ただ、あまり表立って話題にしないというより、明日は我身で黙るしかない。 その現状そのままを、ズバリ書いてある本があった。100年近く前の恐慌と二つの世界大戦を、現在の状況と重ね合わせ、 世界も日本も、静かだが既に世界恐慌に入っていると分析している。 ー まずは、プロローグより ー 《 世界は「静かなる大恐慌」に突入した。危機的なのは経済だけではない。 国際政治は一九二九年の世界大恐慌をはさんだ、ふたつの世界大戦の時代と同じコースを歩み始めた。 グローバル化が必然的に招く、社会の不安定化と経済の脆弱化。それによって国内でも世代間、産業間、都市対地方 などの対立が激化している。この不安定性に耐えうるシステムは、通説とは逆に「大きな政府」の復活しかない。 この歴史の趨勢に我々は逆らうことができないのだ。グローバル化の行きづまり、そして「脱グローバル化」への 急反転というショックを日本はいかに生き抜くかを問うている。》 ーその幾つかを抜粋してみたー ☆ 20世紀を代表する歴史学者、フェルナン・ブローデルは「資本主義は、それが国家と一体化するとき、それが国家で あるときにのみ、栄えると(『歴史入門』)で述べた。この含意するところは大きい。資本主義というシステムは、一見、 アナーキーなものに見えるが、実は「国家」なしでは機能し得ない。それを「国家資本主義」という言葉で言い表せば、 「自由資本主義とはいえ、一皮剥けば国家資本主義的な側面をかなりもっている」(p.95) ☆ 100年前も現代と同じくらいグローバル化(金融は除く)が進んでいた。資本主義は人々の欲望の塊が原動力。 それを野放しにすれば必ず反動という自然の調整で大恐慌が生まれる。それが、1929年の大恐慌と、2回の大戦争。 現在の世界経済を1920年代の世界大恐慌になぞらえ、その類似性を説明していく。20世紀初頭の第一次グローバル化と、 その結果とも言える二度の大戦と大恐慌。そして、並行して進む脱グローバル化への揺り戻し。 今は、その後1970年代のブレトンウッズ体制の崩壊から続く第二次グローバル化の中にあると説く。 ☆ グローバル化と民主主義と国家主権の3つは全部が成立することは不可能で、このうちどれか2つしか同時に成立しない。 グローバル化と民主主義が成立すれば、EUのように国家が抑えられ、グローバル化と国家主権が強くなれば、日米のように 国内の貧富の格差が大きくなる。日本は、グローバル化を抑えた国家主権と民主化を重点とした政策が必要。 ▼ グローバル化が100年前もあって、その反動で恐慌が起こっていた。そして、現在も、酷似しているという。 現在のネットが、当時としては電話の普及に当たるとする。現在は、20ヶ国が一同に介して、恐慌が表立つのを 抑えているが、現実は既に恐慌が静かに進んでいるというのは正しい。特に日本は、その先頭に立っている。 著者は、日本にとって、3つの内、国家主義と民主主義に重点を置くべきというが、国家主義とグローバル化しか 選択の余地はないのではと考えざるを得ない。アメリカの属国しか生きれない体質になっているからだ。 恐慌は、それほど生易しくはない。10年後もしないうちに、東北大震災が消し飛ぶほどの何か、 例えれば、1923年の関東大震災に対する世界恐慌と太平洋戦争のような。 −つづく ・・・・・・ 4107, 哲学で自分をつくる ー5 (デカルト) 2012年6月23日(土) 第二章 まだ自分をさがしているの? ーデカルト ―� * 我狂う、ゆえに我なし! 「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」瀧本 往人 (著) デカルトの「方法序説」の『省察』で、狂気についての指摘が考えさせられた。 ≪「思う」もしくは「我思う」主体が狂気を携えていることはありえない、としている。「Aという定理は間違っている」 ということを新たな「Bという定理」から指摘することはできるが、「私は狂っている」ということを「狂っている主体」が 言うことはできない。もし言うとすると、それは「正しい」ことを言っているのであって、狂っていないことになる。 私は先ほど狂っていたが、今は正常です、と言うことも基本的にはできない。そうすると錯覚や夢とは次元が異なるもの としてデカルトは狂気を提示していることになる。 そうであるがゆえに、「私が考えるということは、狂ってない人間」 の特権と化すのである。 ・・つまり、「我思う、ゆえに我在り」を成立させることによって、「我狂う」場合は「我狂う」 という言明もできないし、「我在り」も成立しないと言っているに等しいのである。狂気は「懐疑する主体」によって 最初から排除されているわけである。≫ ≪・・・デカルトは、本当に確かなものはこの世にあるのだろうかと考え、考え尽くした上で、疑えないものなぞない、 という結論に至った。この世に何も頼れるものがないとは、きっと途方に暮れただろう。しかし彼はこの問いをさらに 突ぎ詰める。そして、まぎれもなく確かなものを発見した。それは、「すべてを疑った」、そのこと自体は確かだ、 ということである。つまリ、疑い尽くした「我」が「在る」ということだけは、動かしがたい「真実」であるということ。 懐疑の果ての確信。考えれば考えるほど、「自分」以外に確かなものはない。だからあなたのように、「自分らしさ」や 「本当の自分」を探るということは、至極当然のことであって、そこにリアリティを感じるのは自然なことだ。 ここまではよい。しかし、ここからが大問題だ。あなたは、いつか「本当の自分」を見つけることができると思っている。 だが、それは本当に可能なのだろうか。 もしかすると、前章でふれたソクラテスが導念した「自分の魂を磨くこと」とは、 今でいう「私らしさ」の追求ではないのか。そう思う人がいるかもしれない。だが、ソクラテスが目指したのは 【魂の鍛錬】であって、「私らしさ」ではなかった。彼には「私」とか「主体」いうものの考え方がなかった。 「ソクラテス」はいたが「私」ではなかった。 この「私」を発見したのは、今から四百年前、日本でいえば 江戸時代初期に生きたデカルトによってである。では、デカルトこそ「私探し」の元祖なのだろうか。 実はこれも正しいとは言えない。デカルトの目的に、世の中に確実なことがあるのかを見極めることであった。 探していたのは確実性であり、「真理」である。その真理が実は、「私」を拠点としていたのである。 確実なものとして「私」は登場してくるのであって、探さねばならないものではなかったのだ。 ≫ ▼ <「私は狂っている」ということを「狂っている主体」が言うことはできない。> は、「嘘つきのパラドックス」 に似ている。エピメニデスという哲学者が「クレタ人は嘘つき だ」と言った、話である。困ったことにエピメニデス 自身がクレタ島の出身。だとするとクレタ人が嘘付きだというのならエピメニデスも嘘つきなのだろうか。だとすると 「クレタ人は嘘つきだ」という言葉自体も嘘なのだろうか。だとするとクレタ人は嘘つきではないのだろうか。 ではエピメニデスの言ったことは正しいのだろうか?ではクレタ人は嘘つきなのだろうか? という哲学問答である。 人生を振り返ると、「私は狂っていた、ゆえに私の人生、ないがごとき」が、実は人生の実相と思い悩んでいる。 狂っていたなずと、狂っていれば言えない。悩みなど、そんなもの!ちっぽけな人生、何を悩む? しかし振り返れば狂っているとしか思えない。 これは私だけではなく万人にいえるが・・・ ・・・・・・・ 3741, パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? 2011年06月23日(木) 指摘されて気づいたことだが、日本でのパチンコの容認である。その存在を誰も不思議に思わない日本の戦後体質と世論。 この疑問に至ったのは、新聞広告で「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」若宮 健 (著) を知り、アマゾンで概要を 読んで、驚き同調したため。この国は、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と癒着?関係になっている実態がある。 ーまずは、アマゾンの著者からの内容紹介ー パチンコによる被害が叫ばれて久しい。依存症でサラ金、闇金の借金まみれになった末に家庭崩壊、自殺という例は 跡を絶たず、炎暑下の赤ちゃんの車中置き去り死亡事故も相変わらずである。著者は長年、パチンコ依存症の問題を 取材してきたが、2006年暮れ、旅行した韓国で、パチンコが全廃され、すべての店舗が姿を消しているのを目にした。 ところが驚いたことは、日本に帰ってきて新聞雑誌をみても、そのことを報じている新聞は皆無で、 そのことを知っている識者も誰もいなかったことである。(字数制限のためカット 2012年6月23日) ・・・・・・・ 3376, 生涯に直面する四つの不条理 2010年06月23日(水) 「生き方の不平等」 白波瀬佐和子著 * 生き方は個人の選択だが、そもそも最初から立つ位置が異なるー 毎日新聞の書評で読んで、ネットで詳細を調べたが、考えさせられる内容である。 ー 以下はネットで調べた概要 ー 著者は、人の一生を四つの段階に分け、それぞれの中心問題をとりあげている。 一、どんな家に生れるか。人は人生のはじめに大きな不条理を背負っている。これは厳然たる事実である。 市場主義者は機会の均等を前提として社会のあり方を考える。だが現実は、その出発点が不平等なのである。 子供の幸せは親の幸せ。せめて子供だけにはましな暮らしをさせたいと、親は教育に力を注いだもの。 世代を超えた人生の帳尻の合わせ方である。 高度経済成長期には熱心な教育ブームが広がって、1970年代の 出産率は2.13で、夫婦に子供二人が典型的な家庭であった。総中流生活といわれたものの、実はじわじわと階層化が 進行していた。日本の母子家庭の貧困率は2/3ときわめて高い者たちが直面する不条理である。 二、次は、若者たちが直面する不条理。 社会に出るときの背景に恵まれたかどうかである。 青少年から大人へ、学校から社会へ、扶養される者から職業人へ、人生への新しいステージへの移行期が恵まれているかどうか。 そこに、例えば九〇年代のような長期不況がぶつかると、正規雇用者になれない人がふえる。深刻なのはそれが長く、 時に一生その人につきまとうことである。それが、たまたまの負け組、たまたまの勝ち組をつくっていく。 著者はこの「たまたま」の中に、自己責任を強調した小泉的発想を批判する。 三、三番目の働く場の不条理は、男女の差が中心である。 高度経済成長の時代には生活の場を女性が一手に引き受けて、 生産の場を稼ぎ主の男性が担うという役割分担論でやってきた。 不況時代でも性的役割分担は本質的に変わっていない。 女性には子育ての時期に労働参加率が低下するM字型労働参加曲線が特徴的である。男女の働き方が欧米に較べ大きく 異なっているのは、労働市場が男女で分断され、女性の賃金と昇進機会が制約されてていること、家庭と職場を結ぶ 社会的支援が不十分である事があげられる。就労形態で見ると女性は事務、男性は生産とはっきりした差異があることである。 医師は男性、看護師は女性が多いという風に断絶している。 四、最後に高齢者たちの不平等である。 高齢期は経済的のみならず、社会的な蓄えがものをいう人生の終盤期であり、 蓄積された不平等がより顕著に現れる時期。「お一人様の老後」で述べられているように、ひとりで生活する高齢者は 同居する家族がいない分、深刻な貧困リスクに向き合わなければならない。そのためには周到な老後設計が求められる。 高齢者の所得格差が大きいのは、他の国に較べて高齢者の就労率が高いからである。 OECDの平均は12%ほどなのに、 日本の高齢者就労率は20%を超えている。欧米では悠々自適の(年金)生活を謳歌するが、日本では年金だけで生活できないので 老後の心配から、いつまでも働くのである。 過去30年の高齢者がいる世帯の変化を見ると、3世代世帯数が60%から20%へと 急速に減少し、反面高齢者のみの世帯数が15%から45%へ増加した。単独世帯や夫婦のみの世帯も10%から25%に増えている。 大世帯という集団が解体していることが如実に示される。そこに不平等が生まれてくる。 ▼ 人生を振り返ると、ここまでは恵まれていたようだ。 老後のセフティ・ネットをつくってあるし、 老後の不安は最小にしてあるが、この恐慌である。それら全てを破壊される可能性がある。 つくづく思うのは、恵まれた 両親の元に生まれた幸運、そして青年期に高度成長期に当たったこと。成年・壮年期は世界二位の経済大国であったこと。 老後は、それほど為残したこともないし・・・。しかし40代半ばから下の人は、時代背景が悪い。その段差が世代間格差か。 ・・・・・・・・ 3001、ハロー効果 2009年06月23日(火) 「世界は感情で動く」 ー4 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー * ハロー効果の意味とは? ーネットの百科事典『ウィキペディア』によると、 【 ハロー効果とは心理的効果の一つ。 ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる 現象のこと。認知バイアス(偏見)の一種である。一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向への ハロー効果も存在する。ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。 例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れてると思い込んでしまうケースがある。 また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにもかかわらず良いイメージを与える。 それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 経験則として古くから気づかれていた現象であるが、 実証的な研究は心理学者のソーンダイクによるものとされている。】 ▼ 世の中は「ハロー効果」だらけといっても良い。スターや大相撲の横綱が、その典型。周囲を弟子に囲まれ、これから大一番に 向かう時など熱気が冬の冷気と相まってオーラのようにとり囲むことがあるという。といって、それと品格とは違う問題。馬鹿な大男に 「品格が良さそうに振舞え」というだけのこと。ハロー効果は何時の間に自惚れもたらす。目隠しをしてペプシとコカコーラを飲むと、 7割はペプシが美味いと答えるという。宣伝による洗脳効果の「スカッと爽やかコカコーラ」が刷り込まれていて、味まで変わってくる。 そうそう、日本の代議士が、典型である。立候補の時のイメージ作戦。彼らは当選するために理想的人物を演じるのである。 そして、そのギャップがスキャンダルとして、白日にさらけ出された時に段差に唖然とする。 世の中、元もと集団幻想であり、個々は、他幻想に、自己幻想でしかないのだから、ハロー効果を狙うのは当然のこと。 そうこう見ると、人生を何をアクセク生きてきたのか、馬鹿馬鹿しくなってきている日々であります。 ‘ 達磨さん こちら向かんせ 世の中は 月雪花に 酒と三味線 ’ で、良いんじゃないかい。 で、少しアル中気味! 後記) 足利免罪事件、あれは初期のDNA鑑定がハロー効果になり、誰も疑わなかったことによる。 ・・・・・・・・ 2637, ロードサービス、初体験! 2008年06月23日(月) ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっは! ー半ドアでバッテリーが上がるー 昨日、車を乗ろうとしたら車が半ドア。そしてエンジンを入れようとしたところ反応がない。 バッテリーが上がっていた。二週間、車に乗らないので気がつかなかった。そこで、その対応策として。 ・まずは兄に電話をしたら、前日に義姉が車の事故で大破。もう使えない状態という。前なら行きつけのガソリンスタンドの電話を して来てもらうが、こういうご時勢、一円でも安いガソリンスタンドを、そのつど見つけて行っているので、気楽に頼めない。 (字数制限のためカット 2012年6月23日) ・・・・・・ 2007年06月23日(土) 2272, 漢字は、一字で、詩やねん (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ ヨ♯ ー 榊莫山 の名言ー (字数制限のためカット 2014年6月23日)
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| 4847,閑話小題 ー75歳が死の目安が、級友と一致 |
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2014年06月22日(日)
* 75歳が死の目安が級友と一致して 前回、葬式で連合いを亡くしたばかりの同級生のことを書いた。私が「75歳を死亡年齢に目安に、 歯医者以外、病院に行かないことにしている」と他の級友から聞き、曰く、「数年前に、ある病院で 検査をしたところ、肝臓に、オデキがあると言われ、肝臓ガンと覚悟を決め、親戚を集めた家族会議を して、生前葬の案も出たが、その前に、別の病院で検査を勧められ、再検査をしたところ何もなかった。 それから、一切の検査をしないことにした。母親と父親の死亡年齢を合計し、半分にすると75歳。 その年齢の目安と、病院に行かない方針が同じことに、驚いた」と。 しかし、死や、生についての 知識を持っている様子がなく、漠然とした不安が全体を覆っていた。 少しでも、その類の知識を持ったと持たないとでは雲泥の差になるが・・ 私の平均余命11年。そのうち介護年齢9年、寝たきり6年とすると、決して長寿は、私らしくない。 下手に治療で死にそこなうと、薬の逆効果で、拷問のようは束縛の寝たきりか、痴呆症が出てくる。 ならば出たとこ勝負。75歳を目標、目安にした。その分、運動量を多くし、食生活を気をつけているが、 いざ、余命を告げられ、目先は後悔をして逝くことになっても・・ 死に方、自分の選択も有りである。 * つれづれに ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーをテーマに、回を重ねて書いているが、 思いもよらない当時の記憶、40数年前の出来事が、昨日のように、次々に連動してフラッシュ バックしてくる。それだけ、激しい日々だったが、封印しておいた記憶を見つめ直すのは、当時の 自分を慰め、癒すと同時に、多くの過ちを知り、後悔も出ることになる。 それは、それぞれの行蔵から、自省をすることにもなる。私は何をしてきたのだろう? 「面白かった!」だけでは済まない、未熟な己が、厳然と、そこにいる。 神様は、人生を自省させるため、老後という余白を人生に与えたようだ。 私を含めた大部分には、基礎教養の絶対量が足りてない。だから「死ぬまで勉強」が必要になる。 周辺を見わたすと、それが分かるが、自分自身になると分からないのが人間の性。 「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」=「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に 往ける者よ さとりよ 幸いあれ 」。 「往ける者よ」を「過ぎ去りし日の自分」に置換えて、 「青き者よ、幸いあれ!と、祈り直すしかない。 成るほど、私は、こんな人間だったのか!と・・ 南無阿弥陀仏の念仏は、そのためある! 私もお近い ようで? 「では、皆様、さようなら!」 ・・・・・・ 4480, 宇宙に外側はあるか 2013年06月22日(土) ー内容紹介ー 「宇宙に外側はあるか」松原隆彦 (著) ◎ 私たちの住んでいるこの宇宙がここに確固として存在している、つまり唯一絶対の存在である、ということは 疑いようもなく当たり前のことだと思われるでしょうか。実は、現代の物理学の知識をもってこの宇宙を眺めてみると、 そんな基本的なことさえも疑わしくなってきます。いま、人類の宇宙を見る目は大きく開かれつつある。 宇宙の何がわかっていて、何がわかっていないのか? 宇宙の全体像とは? 宇宙の「外側」とは? 人類はどこまで宇宙のことを知ることができるのか? 現代宇宙論のフロンティアへと旅立つ一冊。 ◎ 目 次 第 1 章 初期の宇宙はどこまで解明されているか 第 2 章 宇宙の始まりに何が起きたのか 第 3 章 宇宙の形はどうなっているのだろうか 第 4 章 宇宙を満たす未知なるものと宇宙の未来 第 5 章 宇宙に外側はあるか ▼ 宇宙論を分かりやすく解説してあって、私のように最近、興味を持ち始めた素人向けの本。 村山斉著「宇宙は何でできているのか」と「宇宙は本当にひとつなのか」のフォローに丁度良い内容。 村山斉の著書は、明快で分かりやすいが、それでも一歩も二歩も踏み込んだ内容だが、この本の第1章から第4章までは、 宇宙論の優しい入門のあらまし。第5章で、マルチバースがあるかないかに触れているが、ハッキリした説明が無い。 私のような入門者にとって第1〜第4章の方が、噛み砕いてあって、分かりやすい。 村山斉の二冊を含めた三冊が私にとっての宇宙入門書になるが、としても何がなにやらである。 プロローグに ≪ 現代宇宙論が明らかにしたことの中で最も大きな驚きのひとつは、「宇宙は永遠不変のものではない」という事実です。 約137億年前に宇宙の始まりがあるという「ビッグバン理論」が確立したことで、このことが明らかになった。 この宇宙に「始まり」があることがわかると、根源的な疑問がたくさん湧いてきます。≫ がある。 ーその疑問とは、 「宇宙はどうして始まったのか」 「宇宙が始まる前は何だったのか、宇宙が始まる前の宇宙は宇宙ではないのか」 「宇宙に始まりがあるなら、宇宙に終わりもあるのか」 「宇宙に終わりがあるとすると、宇宙の終わりの後には何があるのか。次の宇宙が始まるのか」 「そもそも、始まったり終わったりするような宇宙はどこに存在するのか。この宇宙よりももっと大きな、 何か得体の知れないものの中にこの宇宙があるのか」 等々である。 マルチバース、それも10の5百乗の宇宙の存在の可能性には驚いた。村山斉著「宇宙は本当にひとつなのか」に 詳しく書いてあるが、コペルニクスの地動説と同じ位の驚きを与えた根源的な問題である。そうこう考えると、 再び、人間原理の問題の戻ってきざるを得なくなる。 宇宙は面白い! 宇宙お宅のブログにはビックリ。 ・・・・・・ 4106、私は完全な本 "日本の自殺 'ー9を作った 2012年6月22日(金) * 情報の洪水が人間を劣化させる これが書かれた37年前にはパソコンとインターネットが世界中にこれほど普及するとは思ってもいなかっただろうが、正に現在、 情報の洪水が世界を覆い、個々人の判断を狂わせ地球規模の集団自殺の様相になっている。その大混乱の一つが、この金融恐慌であり、 世界経済は溺死状態?にある。今後10〜20年は、このカオスは続き、その行く末は誰も分からない。下記の部分が、日本だけでなく、 地球規模のカオスになっているから、ことは深刻。 情報機器とネットの進化が、文化、文明レベルで世の中を変えてきた。 【◎ 第一に、われわれは人間経験全体のなかに占める直接経験の比重が相対的に低下し、それに代わって、マス・コミュニケーションの 提供する情報を中心とする間接経験の比重が飛躍的に増大したことに伴うさまざまなマイナスの副作用について検討しておかねばならない。 一般に情報量の増大といわれているものは、人間経験との関連でみるならば、このように各個人の経験世界というものが、ますます大きく 他人の経験に依存するようになるということにほかならない。 マスコミを通じて与えられる間接経験の世界は、一方ではあまりにも 混沌として脈絡がなく精神分裂症の様相をすら呈している。他方でマスコミの提供する膨大な情報によって見せつけられている世界の、 安直なトータル・イメージは、情報の質が悪いと現実世界とは似ても似つかない虚構の世界となる危険がある。知力を高めるために 作られたはずのマス・コミによって人間がだまされ、知力を低下させられ、真実の視界が妨げられるという皮肉な現象が生ずる結果となる。 ◎ 情報化の代償の第二は、情報過多に伴う各種の不適応症状の問題である。高速度に流れる大量情報が、人間の脳の情報処理能力を大幅に 上まわった場合、人間はしばしば情報過多の神経症状に陥る。 短絡型、自閉症型、分裂症型という三つのタイプのものがある ◎ 情報化の代償は第三に、情報の同時性、一時性と関連している。 社会の変化のスピードが早くなると、人間と情報との関係が極めて 一時的なものになってくる。このような現在(1975年当時)の情報環境の下では、新奇な情報を極端に求める傾向が強まっている。 膨大な現在進行型の情報の氾濫なかで情報のライフ・サイクルは短縮化し情報は消耗品化し、情報使い捨ての傾向が極端になってくる。 大量高速情報から自己を防衛するひとつの安易な適応方法は、忘れぽっくなること、つまり健忘症になることであり、歴史的な連続性の 感覚を喪失して刹那主義的な生き方を採用することである。 ◎ 情報化の代償の第四は、以上のようなマイナスの副作用とも密接に結びついているところの、情報受信と発信との極端なアンバランス。 本来、人間の思考能力や創造性は受信と発信の反復を通じてはじめて可能となるものであるのに、この思考のプロセスをじっくりと 通過させないために、短絡型の、論理的思考力のない人間が量産されてくることにもなる。 ◎ 情報化のマイナスの副作用は、第五に、マス・メディアによる異常情報、粗悪情報の過度拡散傾向となって影響を与えている。 情報化の代償、弊害について累々と述べているが、これは情報過多の問題なのか、質の悪い情報を発信し、それも何も考えずに受信する ことの 問題なのか、それとも膨大な粗悪情報がマス・メディアを媒介として流され続けることが問題なのか、いろいろと考えさせられる。】 ▼ 情報の洪水は、それに対処可能な人と、そうでない人との情報格差を生み出している。それは脳力と貧富の差に直結することになる。 それは劣化だけでなく、悪用で社会をいとも簡単に騙せすことが可能になった。反面、電子知能は飛躍的に進化している。 世界中の身知らずの個々人がネットで結ばれ知恵と情報の共有が可能になってきた。それは一時代前からみたら、SFの世界の様相である。 ・・・・・・・ 3740, 閑話小題 2011年06月22日(水) ◆ 長寿の秘訣 先日のNHKで 腹7分目の猿と 腹いっぱい食わせた猿を20年実験した映像があった。腹一杯の猿の半分が死んでいるのに対し、 空腹の方の猿は八割が生存するという。それにしても、隣り合わせの檻に入れられた二匹の猿の姿の差に愕然としてしまった。 全ての生き物に、ある遺伝子のスイッチがあり 飢餓状態の方が健康にいいという内容であった。 101歳のアメリカ人男性は 二十歳の頃から食事制限していて外見は70〜80歳ぐらいに見えた。 小食粗食は、身体に良いとは頭では知ってはいたが・・・ TVでも、実際にモニターが数人、三割カットした食事を7週間で試みた結果、遺伝子のスイッチが入った結果を出ていた。 これを健康食品で可能かを取り上げていた。レスベラトロールという物質が、遺伝子にスイッチを入れるという。最近、コマーシャルで 目にする「ブルーベリー」などに含まれているという。 これを飲み続けると長生き出来るというなら、小食を心がけた上に、 これさえ飲んでいれば長寿になるようだ。私のように食事に、ある程度の満腹感がないと食べた気がしないのは、長生きは出来ないか。 ◆ 一メートルと、一kgの基準の割り出し方 やはりTVの番組で知ったことだが、「一メートルは北極から赤道までの1万、その延長上の南極までで、2万。 一周で4万分の一が一(キロ)メートルの基準値になっている。 また一キロは一リットルの水の重さが原点という。これも初めて知ったこと。 といことは、私の重さは、1・8Lのボトル32本分になる。そんなものなのか。 ◆ 65歳以上の人口比は? 2010年度の65歳以上の高齢者は前年より46万人多い2944万人(総人口比23.1%)と過去最高を更新した。 40年前の1970年度で、7・1パー、1980年度で9・1、90年度で12パー、2000年度で17パー、そして、去年で23・1パーセントになった。 何と、40年で3倍以上になったことになる。大よそ14人に一人から、4人に一人になってしまった。65歳になった現在、私より若い人は 4分の三になってしまった。これは、欧米の16パーセントを遥かに超えた数字である。 2020年には、30パーセントに近づくと言われており、 その年金だけで国家の財政は成り立たなくなる。恐ろしいことに、これは欧米社会も、今まで経験をしたことのない事態。 日本経済の不振も、この辺にある。とはいえ、アジアなどから、どんどん外国人を移住させるのも、問題が出てくる。 ・・・・・・・ 3375, 大相撲の野球賭博について 2010年06月22日(火) 大相撲が野球賭博で再び大問題を引き起こした。 不祥事が年中行事になっている。野球賭博、覚醒剤とか、 一般の世界では有りえない事件が続くと、芸能ごとの別世界と思わざるをえない。大相撲は元もと神事の余興で、 神社で力自慢が祭りに競ったのが始まり。そこには当然、ヤクザまがいの連中が多かった。 (次数制限のためカット 2012年6月22日) ・・・・・・・・ 3000、3000回か〜 2009年06月22日(月) この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。 書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、ただ習慣だから続けているだけ。 (次数制限のためカット 2012年6月22日) ・・・・・ 1000, \(~o~)/千日の随想日記! 2003年12月30日(火) 一昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。更に旅行をして休んだ一日分を加えると約35〜40が合わない。 (次数制限のためカット 2012年6月22日) ・・・・・・・ 2636, ミラクルターキー 2008年06月22日(日) wowowで放映しているユーロサッカー(欧州サッカー選手権)が面白い。ヨーロッパのナンバーワンを決めるもので、 四年に一回開かれている。昨夜は準々決勝で、クロアチアとトルコ戦があった。私は、あまりサッカーには馴染めてないが、 サッカーにかかわらず準々決勝からは、みることにしている。 どの競技も順々決勝が一番面白い内容になるといわれている。 やはり期待したとおりに、面白い内容であった。 トルコは、このシリーズで、逆転劇で奇跡的に勝ち上がってきたという。 昨日たまたま終了の30分前にチャネルを回したら、0対0で熱狂的な場面。もちろんライブである。延長戦の最後の一分にクロアチアが 一点を入れた。 誰もが流れからみてもクロアチアの勝利と信じていた。終了時間を明らかに超えていたが、たまたまトルコの攻撃だった為、 試合がそのまま行われていた。そしてトルコの放ったシュートが入ってしまった。ミラクルシュートとは、こういうのをいう。 実のところ、時間終了間際のミラクルシュートを見たのは始めて。0対0の試合の最後の一分で互いに点数を入れるのをライブでみるのも初めて。 それも互いに際どいシュートが何度も入りそうになった試合であった。そして、最後はPK戦でトルコの勝ちであった。クロアチアにとって 99�勝っていた試合、何人もの選手が悔し涙を流していた。ユーロサッカーはワールドサッカーの合間の、オリンピックの年に開かれる。 欧州にとっては、ワールドサッカーや、オリンピックとは違うプロ筋の中味の濃い試合が多い。その後、巨人対ソフトバンク戦と、 女子バレーの日本対トルコ戦を観ても面白くない。当然だろうが。 会場の熱気が違うこともある。現在、準々決勝のロシア対オランダ戦を 現在見ながら、この文章を書いているが、圧倒的におしていたロシアがたて続きに二点を入れ三対一になって勝ったところである。 ちなみにオランダは、今年の優勝候補で、圧倒的な強さで勝ちあがってきた。終了時間は6時12分である。 それにしても国内リーグとはパスやシュート鋭さが全く違う。ライブのサッカーの試合を見ながら、書くのも面白い! ・・・・・・・・・ 2007年06月22日(金) 2271, 腕時計 最近、ネットで腕時計を買った。メーカーはカシオで、型落ちの58�OFFの2万円前後のもの。前の腕時計のベルトが壊れたので 自分で修理をしたが、それも限界になったので買い換えることにした。(それは、たまたま帰省してきた息子にプレゼントした・・・) 10万位と思ったが、やはり高い?ものを買う気にもならない。時計については、基本的に機能を優先して、他人が見て安物に見えなければ、 それでよしという主義。 その分、家内がブランドものを買ってくれる。(もちろん家内自身のものだが) 学生時代に「男たるもの、ブランド物など、人の上に立つものは身に付けるべきでない。 特に時計は、注意すべし!」と経営学者の 野田一夫教授の授業中のお言葉が、いまだに頭に残っていることもある・・・といって、一日数十回は見るもの、良いにこしたことはない。 前回の腕時計はカシオの「電波修正機能」と「ワールドタイム機能」が付いたものだったが、非常に便利であった。特に電波修正機能は 正確な時間に絶対的に信頼でき、ギリギリの列車時刻の数秒単位の際どい時など非常に有効だった。「ワールドタイム機能」も海外の先々で、 数秒で時間修正できたのも良かった。最近のものは、さらに太陽光エネルギーのソーラーや、幾つかの時刻アラーム、高度計、温度計に、 万歩計も付いたものもある。私が買ったものには、前の機能にソーラーと、幾つかの時刻アラームが付いたもの。三十歳代にハワイに行った時 「ロンジン」の二十万位の時計を買って、10数年間使っていたことがあったが、高いものを身につける気持ちが理解できた。 しかし何度か修理をしたが、その値段が高い。それなら機能的なものを数年単位で買えかえる方が私には合っていると、 カシオのデジタル時計に切り替えた。それ以来、カシオのファンになって5〜6年ごとに買え替えて、4代目になる。 今までで、一番気に入ったのが、二代前のカシオの「秘書?機能付きデジタル時計」である。録音しておいた内容を、設定した時間に話す 機能の付いたもの。これは非常に便利で面白い時計であったが、今はもう廃盤になっていた。 (次数制限のためカット 2012年6月22日)
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2014年06月21日(土)
* 同級生の急逝の式場で 一昨夜の三条での通夜が500人、本葬が100人の参列。 通夜を含めて中学校の同級生が6人?が出席した。膵臓がんが発見されて二ヶ月! 七転八倒の苦しみの中で、亡くなったという。御焼香で手を合わせると同時に、 『おれ、こんなに早く、死にたくなかった!』という、彼の声が聞こえたような? その後の親族の挨拶でも、故人が同じようなことを言っていたというから・・ 故人は晩酌が楽しみで、その過多が原因? 7〜8歳の孫が二人、別れの顔見と、 出棺時に、大泣きをしていたのが涙をさそっていた。去年の同級会の三次会に故人と、二人飲んだのが最期。 「俺の最後の仕事は、家族に一億を残すとと!」と真顔で話していた。 自宅に帰って一時間後に、シネマに行く予定だったが、グッタリ!急遽、中止。 ところで、参列した同級生の一人の奥さんが一月前の20日に亡くなって、 今日が同月命日。『絶対にカミさんより、早く死んだ方が良い!連れの死は、 こたえる。生まれてこの方、一度も炊事の経験無しが、長男と自分の炊事と、j 家事は、非常にきつい!』の言葉が、重い。まだ、同居の長男がいるだけよいが。 入院して二週間で17年前の乳ガンの腰骨への転移での急逝というが、連れは 死ぬつもりがなかったため、何処に幾らの金があるか、全く分からず、 大変だったとか。 亡くなると本人名義の貸金庫、預金は凍結され、葬式の 金さえ工面がつかない中で、何とか葬式を終えた等の話は非常に深刻。 私が家内より先に逝くつもりだが、これだけは? 自炊経験はあるし、 スーパーの買物は好き。宅配弁当もあるので、大丈夫と思うが。「早いもの勝ち」 は、夫婦の死期にも当てはまる。老いの辛酸は、身近な人から、聞こえてくる。 これで中学校の同級男子で、7人も亡くなった。 不明を除くと、3〜4人に1人が、御先に逝ったことになる。 ・・・・・・ 4479, 歌舞伎町 写真集 2013年06月21日(金) 6年前、新潟駅前近くの図書館で、『歌舞伎町事変』(写真集)を見つけたが、その生々しさに驚いた。 日本一の繁華街で、ヤクザや中国マフィアや警察などが入り乱れているのが日常の歌舞伎町。 その続編が、この『歌舞伎町』権徹著で、数ヶ月前に出版されたばかり。 一冊目の『歌舞伎町事変(1996〜2006)』文ー李小牧、写真ー権徹 の毒々しさは少し薄れたが、迫力は充分。ページを捲るたびに、いつの間に歌舞伎町の緊迫した 世界にタイムスリップしてしまう。生々しい現場写真のため、その迫真が直接迫りくる。 新潟駅前の飲食繁華街で事業をしていたので、その猥雑さと恐ろしさを垣間見てきた。 歌舞伎町といえば、学生時代に数回、怖いものみたさに行ったことがあるが、女装したオカマを はじめて見た。 2003年の頃から取締りが強化。また監視カメラが設置されて状況は一変した。 今ではガラス張りで明るい猥雑さになったようだ。写真家の韓国人の権徹が、歌舞伎町 「人間劇場」との出会いについて、以下のように書いている。 《 1996年春、歌舞伎町を撮り始めた。写真専門学校の1年目のことだ。 当時、四谷3丁目に住み、渋谷の学校へ通っていた。 ゼミの撮影テーマが「新宿」だったことも あって、通学途中に新宿駅まで歩き、この街を注意深く観察した。あるとき、歌舞伎町交番前で 鉄パイプを持ったヤクザ20〜30人がケンカをしている場面に出くわした。 あまりの怖さに膝が震え、カバンの中からカメラを取り出して撮影することさえできなかった。 このエキサイティングな街は、いったい何なんだ。 韓国ではありえない交番前の乱闘に 強い衝撃を受けた。このときボクは歌舞伎町を写真撮影の「主戦場」のひとつに選んだ。 歌舞伎町は、人間の生臭さや欲薦むきだしの街だ。苦労して撮った分、写真はおもしろくなる。 東洋一の「眠らない街」は取材のたび、ボクを刺激し続けてくれる。 ここは撮影テーマの尽きない「人間劇場」なのだ。》 ▼ 彼の場合、歌舞伎町写真家として、警察にもヤクザにも顔が知られ、妨害や嫌がらせが 少ないようだが、 それでも危険の真っ只中である。 夜の世界の猥雑といば、5月の連休明けに みた「探偵はBARにいる2」が、 夜の世界を何気なく描き出している。 二年前に‘その一’を見たが、 なかなか面白い。 そこは、カウンター 一枚で普通の世界とは別世界が広がっている。 その辺を知らないと大怪我をする魔界。その最たるのが歌舞伎町だろう。 写真は、数千秒の一の瞬間を切り取る。そこに多くの人間模様が見えてくる。 ・・・・・・ 4105、私は完全な本 "日本の自殺 'ー8を作った 2012年6月21日(木) * 現代文明がもたらす幼稚化 これが書かれた37年前からスーパーなどのチェーン店などが多く現れてきて手軽に何でも 手に入る、一億総中産階級社会になった。 それは幼稚な愚民の群れであり、大量生産 ・大量消費の結果である。 ー以下はその辺りを指摘しているー ≪ 現代人にみられるこの思考力、判断力の全般的衰弱と幼稚化傾向は、一体なにによって もたらされたのであろうか。 ◎ 第一に実に憂慮すべきことに、驚くべき技術の発達、物質的豊かさの増大、都市化、 情報化の進展と教育の普及など高度現代文明が もたらした恩恵それ自体が、このような 精神的状態を副作用として惹き起こしていたのである。 思考力、判断力の衰弱と幼稚化傾向は、 高度現代文明それ自体の産物である。・・・インプットとアウトプットとを結びつける複雑な 仕組みについて思考や判断を働かせるのは馬鹿げてたことだ。そんなものはブラックボックス化 してしまえ、「賃金は大幅に上げろ、物価は大幅に下げろ」「税金は減らせ、しかし 社会福祉は 大幅に増やせ」こういう種類の要求を駄々っ子のように叫びながら、この要求を実現するような 便利なおもちゃを作れと言う。 そういうインプットとアウトプットとを結びつけるような調子のよい ブラック・ボックスは到底作製不能だと言っても、 「そんなことを考えるのはわれわれの仕事ではない、われわれの仕事はとにかくボタンを押して このおもちゃで遊び続けることなのだ」と足をばたばたさえ、挙げ句の果てに癇癪を起こして 手当たり次第にまわりのおもちゃを放り投げ、ぶちこわし始めるという始末なのである。 やがてかれらは群をなして群衆心理の陶酔を楽しみ始める。思考力、判断力の全般的衰弱と 幼稚化は、第二に情報化の代償、つまり マスコミの発達と教育の普及の代償として生じている。 エンゲル係数で現代の消費生活の構造を知ることができないのと同様、文盲率の減少や 進学率の増大などで現代文化の内容を判断はできない。「学歴ある文盲とでも呼ぶべき現代人」 のあいだに見受けられる恐るべき知力の低下、倫理能力の喪失、判断力の全般的衰弱の 秘密が、いまこそ本格的に解明されなかればならないであろう。 かっての時代の農民、漁民あるいは職人たちは完全に自分自身の生活体験を通じて テストした知識の枠内で図式を作り、それでもって人生や世界を測っていた。 かれらの持っている知識や情報は確かに限定されたものであったかも知れないが、 しかし少なくともかれらの生きている生活空間に関しては現代人の到底及び得ない賢明さと 生活の知恵を持っていた。それに引きかえ、現代人は自分の直接体験をしっかりと見つめる 時間を失い、自分の頭でものを考えることを停止したまま中途半端で、皮相な知識の受け売りで 世界中のできごとに偉そうに口をはさんでいらいらと生きているのである。 こうした思考力、判断力の衰弱がもたらした品質の悪い情報は、我々の情報環境に満ちあふれ、 恐るべき情報汚染を惹き起している。 情報汚染の濃厚凝縮を受けた人間はやがて幼稚な 狂信者となり、暗殺をしたり、ハイジャックをしたりする犯罪者と化していく。 われわれはこうした現代文明にひそむ恐るべき幼稚化と野蛮化のメカニズムを直視し、 これを克服するための新しい努力を全力を挙げて開始せねばならない。マスコミの発達と 教育の普及の代償として捉えている点が、 すばらしくもある。少なくとも教育の普及があれば、 思考力、判断力の全般的衰弱と幼稚化を回避できると思ったが、そうでなかった。≫ ▼ 当時書かれた、この警告は、さらに深刻な社会現象になって現れ出ている。 国家収入の二倍の国家予算を組んでも国民の要求を答えざるを得ないのが現状の日本。 国家そのものが判断も決断も出来ない幼児化をしている。情報化の影の部分である ・・・・・・・ 3739, 自分の居場所のみつけかた ー� 2011年06月21日(火) * 愛は根っこ、その愛をふくらませるのが知性 ーP・150 「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著 【 私たちは通り過ぎる人々の群れの中に自分の居場所を見ることはできません。その中の何者かと出会い、 互いに相手に飼いならされ、相手を飼いならし、それによっで、その関係の中に居場所を見つけるのです。 本来、知性というものは優しさを増す効用があるものだと思います。他の民族、年齢や性別の差など、自分と違う立場というものを 理解し行くのには知性が必要です。けれど、それは根っこにちゃんと優しさがあればこそです。その優しさが、その知性によって 増していくのであって、根っこが悪すぎると知性が悪用されてしまいます。 それでは、その根っこはどこから生えてくるのかとよく考えるのですが、やはり子ども時代にイヤというほど愛された人というのは、 どこか人間の善意というものを当たり前と思い、その存在を信じています。善意が当たり前だということは、感謝が足りないと 見えることもあるかもしれませんが、本人も他人に当たり前に善意を示して、感謝を求める気がないのです。 逆に他人からはっきりと悪意を示されると、びっくりします。けれども少々意地悪をされていても、そんなことがあるわけないと 思うから気がつかない。なんだかいじめられていても、ちっとも感じない。そのうちに、いくらいじめても面白くないから仲間に 入れてしまえ、ということになって、人間関係がうまくいきやすい。 これと正反対に、子どもの頃からいじめられるのが当たり前だった人は、世の中の人は当たり前に自分をいじめるものと信じています。 他人の物腰や表情の中に悪意を読み取ろう読み取ろうとしていますから、いくらでも読み収にてしまう。 時にはニュートラルなことや、 善意そのものさえ、「私を利用されている」「最初に喜ばせておいて、後でひっくり返そうとしている」と勘ぐったり、 誰かにほめられたら、「後でひっくり返そうとしているのでないか」など素直に喜べない。 】 ▼ 子供の頃の経験は大きい。良いにつけ悪いつけ、自分の根底が、それに左右されるということを意識して修正するしかない。 それに役立つのが知性である。だから自分で知性を磨くしかない。そのために、他人の話を聞き、本を読み続けること。 その結果、教養が培われる。 私のように多くの姉や兄の末っ子で育った者は、善意も悪意も読み取る習性がある。 常に人の間で緊張しているのは、そのためである。ただ、何をしても最後は許されてきたため、何処か甘さが付きまとってきた。 私の場合、許される場が自分の居場所ということになる。だから、長女系の優しそうな人に惹かれる。スナックや、行きつけの 喫茶店に通うのは、母なる癒やしを心の奥に求めているケースが多い。 ・・・・・・ 3374, しあわせを感じるには「技術」がいる ー2 2010年06月21日(月) ーしあわせを感じる「技術」ー 東洋経済新潮社・しあわせ研究プロジェクト編 「しあわせ」を感じとる技術を、これだけ明確に書いている文章は珍しい。 ー以下は、同志社大の遠藤徹助教授のレポーの中の一文である。なるほど、この通りであるー ≪ しあわせとはイメージである。イメージは断片の積み重ねによって、より実質に近づいていく。 ジグソーパズルのピースを多く集めれば集めるほど、全体像がクリアにいくのと同じである。しかし、時代は急速な変化を遂げ、 情報というピースがあふれ出し、ピースを『ピースである』と自覚できない人々が徐々に増えていく傾向にある。・・・ 戦後、TVや教育などを通じて、『西欧社会のイメージ』が真似をするべきモデルとして入ってきた。あなたはひとりの人間である。 男も女も平等である。 個人はすべからず自己実現すべきだ、と。 イメージが、伝統的な日本の社会のあり方と矛盾を持ちはじめた。・・ 輸入された西欧的なしあわせのイメージのなかに留まろうとするその一方で、日本の伝統社会での役割を演じることを要求される。 その狭間である仮想の世界、『バーチャル・リアリティ』のなかで、我われはもがき苦しむ。では、そこから脱する方法があるのだろうか。 「自分はいったいどういう人間なのか、何をしたいのか、そういうことをもう一度自分に問い直してみなければならない。 こういう幸福なイメージがありますよ、と言われて安易に飛ぶつこうしているだけだと、たとえそれをかたちの上で実現できたとしても 本当に満たされない。 まず自己が持っている『しあわせ』というイメージに対するジグソーパズルのピースのひとつひとつを クリアに認識して、自分の等身大の『しあわせ』というものを目指すことが重要なのではないでしょうか」しあわせを感じるには 「技術」がいる。それは観念でなく具体である。モノ、視界、思想、気分。あらゆるレベルのしあわせの「仮想空間」から抜け出していく。 それが自己の存在に気づいていく真の意味の自立なのである。≫ ▼ しあわせとはイメージというのは、今さらのことだが、そのイメージをジグソーパゾルのピースで組み立てる、 というのも面白いといえば面白い。 人間は言葉を持ったためにイメージを持つことが出来るようになった。 それは仮想とも言えるが、自己ステートメントとして文章化しておくことも大事だろう。若い女性が小さな ノートに書くような夢日記もおなじようなもの。 しあわせの正体は簡単そうだが、意外とむずかしい・・・。 しかし、好きなことをしているか、好きな場所にいるか、好きな人と一緒にいられるか、でしかない。それと比べないこと! ・・・・・・・・・ 2999,百貨店の衰退について 2009年06月21日(日) 今さらの話になるが、百貨店の衰退が激しい。先日の昼休みのランチ時に読んだ喫茶店の週刊誌の大前研一のレポートによると ・12年連続マイナスで、売上高が22年前の水準になっており (字数制限のためカット 12年06月21日) ・・・・・・・・・・ 2635, 娘に贈る12の言葉 ~4 投資家ジム・ロジャーズの言葉 ー読書日記 ー 5、哲学を、つまり「考える」ということを学びなさい。ー ・通念や慣習が人々の思考能力を奪っている。哲学とは「自分の頭で、どのように考えるか」という技術。 「考える力をつける方法は何か」→ひとつの方法は通念や慣習からして「絶対にそうだ」と考えられていて 間違っていたことを、振り返ることである。その時、多数に従わない少数者は何を考えていたかをシッカリ調べて欲しい。 ・誰も考えないことを探す。 →多くの投資家が考えないことは何だろうか。 →「どこが弱気(ベア)か」を探している。ほとんどの投資家は強気(ブル)を探す。 →弱気相場は誰も気にかけないが、素晴らしい投資先であることもある。 ・こんなふうに考えてごらん 歴史的にみて、あと十年は商品の時代が続く。 商品と株の価格は逆に動く 解)この数年、哲学に関しての本を読み続けている。経験の裏づけができた為だろうが、それにしても面白い。 特にカントを多くの入門書レベルの本の中で、少しずつ学び続けている。先日から「子どものためのカント」 (フィリートレンダー)を読んでいるが、それが難しい。 哲学語を殆ど使わないで書いている。こんど、ここでも取り上げてみるが。 ー 6、中国の時代・中国語を身に付けてください。ー (字数制限のためカット 12年06月21日)
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| 4845,「事業人生を決心して45年」の語り直しー19 |
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2014年06月20日(金)
* ペガサスクラブの加入と、システムの改革 衣料量販店は、天候と相場を敏感に読み、時間差で勝負するのが要。 それには情報を多角から取り、後は直感に頼るしかない。その感覚を、僅か数ヶ月で知ることになる。 そのため、産地の大問屋の太いパイプが絶対に欠かせない。 その冬のシーズンも大成功のうち 終わり、事務所で円座をして、ストーブで温めた日本酒を乾杯した時の旨さが格別。 毎日、毎日が、全てが新鮮で、知らないことだらけ。その経験そのものが面白く、次々と知恵が 湧き出ていた。 その年の暮に、チェーン店展開を指導する『ペガサスクラブ」に入会し、衣料チェーンの展開を 錦の美旗にする。そして、大御所の渥美俊一のセミナーに隔月ごとに聴講することになる。 このカリスマ、当時の新興チェーンの拡大に大きく影響していた。卒論に、その著書をネタ本に したこともあり、そのセミナーの面白さは、この上ない。おまけに、聴講者は大手チェーンの幹部。 チョットした会話でも充分に元がとれた。現場でも、セミナーでも、全てが学びの場になっていた。 振り返ってみて、当時の自分自身は、父親の秘蔵っ子で、20歳代でジャスコ、いとはん勤務。 そして、貸ビル建設と、その中で、養老乃滝、ベーカリーをオープンさせていたのだから、 凄いエネルギー。姉夫婦が焦るのは肯ける。 ところで、改革で直ぐに手をつけたのが、ジャスコ、いとはんで取り入れていたチェーンストア 統一伝票システム。これは、5枚綴りの複写で、・仕入先別、仕入伝票1[青] ・仕入伝票2[緑] ・仕入伝票3[灰色] ・物品受領書4[茶色]・納品書5(控)[紫]になっていて、 大口の仕入先に持ってもらい、仕入れ商品の内容を書いて、同封してもらう。 そのうち一枚が先方に、残りの4枚が、そのまま、商品管理、仕入管理、経理の支払管理に 使えるシステム。これは部門別管理にも大きは働きをする。 また、部門別内の小項目が、 そのまま、商品管理にもなる。 数値責任が明確になれば、仕入れや、販売を担当者に 大幅に権限委譲が可能になる。そのベースをつくるに、2〜3年はかかるが、旧来の社員も 何の抵抗もなく、あっさりと導入出来たのは、システムが、シンプルで、便利であるため。 もちろん、大手のメーカー、問屋が多くが、このシステムを取り入れていた。 次に、仕入れと販売の担当責任制度である。現場の情報を、仕入れに直結するには、 仕入れ権限を現場に与えること! 帰って一月も経たないうちに、翌年の新入社員の採用の時期になった。 さて、何人にしようかと、考えていると、長年、勤務の内幕情報屋的存在の総務の女史が、 「思いきって多く入れた方が良いですよ!」と、助言?してくれた。 要は「殆どが辞意を持った 社員が、多いですよ!」ということを察知し、当初の予定の二倍の13名を、採用する。 ところが、翌年の年次を含め、新しいシステム導入に、丁度良い教育対象になっていた。 次は、TKCの伝票システムの導入である。これも、思い切って判断した。そして、接客などの マニュアルの作成と、売上日報の解りやすくしたカジュアル化。 不信感の強い既存社員 からの情報は皆無の中、それならば、欲しい情報を日報に書かせればよいと、次々と、 項目を増やしていった。こういった現場での知恵は、立ち上げの経験から、身についていた。 創業は、瀬戸際に自らを追込み、ことに直接触れ、エネルギーと知恵を融合しカタチ創ること! ・・・・・・ 4478, うつ病 ー高島忠夫の場合 2013年06月20日(木) ー カスペ! 真実の高島ファミリー「忠夫さん、死ぬまで一緒やで」〜寿美花代・献身愛で闘う夫の病〜 ー が感動的であった。 一昨日のゴールデンタイムに放映されたが、二時間がアッという間であった。 「うつ病」については、何度も書いてきたが、高島一家の底なし沼のような状況そのままがドラマになる。 芸能界きってのおしどり夫婦と言われた高島と寿美。 高島は98年頃からうつ病、糖尿病、パーキンソン症候群、 さらに、3年前には不整脈で心臓にペースメーカーを付ける15時間にも及ぶ手術を受けていた。 ーまずはTV局のブログよりー 【“日本一有名な芸能一家”高島ファミリー。一家の主、高島忠夫がテレビの表舞台から姿を消して5年… その自宅にカメラが入った。いったい何があったのか。献身的に夫を支える元宝塚歌劇団のトップスターである妻、 寿美花代の思いを通じて、いますべてが明らかになる! そして、夫婦として「死ぬまでにやりたかったこと」… それは忠夫の夢の実現。寿美花代は、ある賭けに出た。“最後になるかもしれない”家族旅行へ…。】 ▼ 高島の妻で女優の寿美花代が、自らの口で明かした悲劇。夫妻の第1子の長男・道夫が生後5カ月で殺害されたのは、 1964年(昭和38年)8月。住み込みで働いていたお手伝いの 少女(当時17歳)が風呂に沈めて殺害したもの。 寿美はこの時を振り返り、「夜中に、道夫がいないと、探し回り、最後にお風呂を…フタを明けたら、道夫がいた…。 夜中2時すぎぐらいに、あちこち病院行ったが、どこも受け入れてくれなく、やっと1軒 受けてくれた時には…」。 家政婦は殺人罪で起訴され、懲役3〜5年の不定期刑となった。 事件後に、赤ちゃんの泣き声や、「ママー、苦しいよ」 という泣声のいたずら電話が頻繁にかかってきていた。 高島忠夫も既に82歳。寿美花代は81歳。 その夫を懸命に支えてきた寿美は「介護うつ」も経験。「介護で一番大事なのは 完璧にやろうと思わないこと」、 「忠夫は私を本当に姫のように優しくしてくれた人。いまはその恩返し」という。 番組では俳優として活躍していた頃の若き日の高島の姿や、バラエティー番組の様子など懐かしい映像も出ていた。 この隠れた“主役”は寿美。妻の目線、2人の息子の母親の視線で番組は進んでいく。番組では、うつ病患者の家庭の 危機状況が、多く語られて無かったが、実際は壮絶。ただ事実を語り映し出すだけで、物語になっていた。 二年前の倒産劇で気をつけたことは、脳をやられない(うつ病に陥らない)こと。そのためには、運動と、 マイナーの毒?から身を守ることであった。ゾンビは自分の傷口の膿を擦りつけてくるから、性質が悪い。 その中で、堕ちこまないように作り上げた生活習慣こそ、最大の成果だが、それでも時々、傷口が痛む。 それにしても、寿美の開き直りは凄みがある。少し性質の悪い連合いだったら、病院の中で亡くなっていただろうに。 ・・・・・・ 4104、私は完全な本 "日本の自殺 'ー7を作った 2012年6月20日(水) * 豊かさの代償 ー読書日記 37年前はアメリカのアジア戦略上の重要な位置にある日本は、特別待遇を待遇を受けていた。その結果、豊かさを 享受出来た反面、その甘えの体質が日本人についてしまった。それが、豊かさの代償という現象でもある。 以下の部分は、その辺りをついている。 【 日本を第二のローマ帝国としてしまいかねない日本社会内部の自壊作用のメカニズムを、まず豊かさの代償という 角度から順次解剖していくことにしたい。 豊かさの代償として、次の三点を理解する必要がある。 ◎ 第一は、資源の枯渇と環境破壊という代償である。 豊かになればなるほど、一方で資源消費量が増大して資源不足や資源価格の高騰を招き、他方で生産、消費の過程での 廃棄物が増大して環境の質の悪化をもたらす。 豊かさの代償としての資源不足と環境悪化による欲求不満、イライラの 増大が日本社会の内部に自壊作用のメカニズムを発生させるひとつの原因となっていったのである。 ◎ 第二は、使い捨て的な、大量生産、大量消費の生活様式が人間精神に与えるマイナスの諸影響という代償である。 使い捨ての生活様式は、単に資源の浪費、廃棄物の増大による環境破壊をもたらすのみならず、その生活の質の点で大きな マイナスの副作用を内包する。 使い捨て的な生活は一時性、新奇性に高い価値を与えるが、人間とものとの関係がかり そめの一時的な関係になり、絶えず新しいものを追い求める結果、その生活は心理的に極めて安定を欠いたものとなる。 欲望は絶えず刺激されて肥大化し、いつになっても充足感が得られない状態になってしまう。 ◎第三は、便利さという代償である。 便利さの代償として、日本の青少年の体力や知力の低下が進行していった。自制心、克己心、忍耐力、持続力のない 青少年が大量生産され、さらには、強靱なる意志力、論理的思考能力、創造性、豊かなる感受性、責任感などを欠いた 過保護に甘えた欠陥青少年が大量に発生した。戦後日本の繁栄は、他方でひとびとの欲求不満とストレスを増大させ、 日本人の精神状態を非常に不安定で無気力、無感動、無責任なものに変質させてしまった。それはまた伝統文化を破壊 することを通じて日本人のコア・パーソナリティを崩壊させ、倫理観を麻痺させ、日本人の精神生活を解体してしまった。 この生活様式の崩壊と日本人の内的世界の荒廃は、日本社会の自壊作用のメカニズムの基盤をなしていった。】 ▼ 66年の人生の中で物質的貧困から豊かさになっていき、それが失われていくプロセスの登りと下りを国家と個人で、 実体験してみた。まだ下りは道半ばだが、あと10年で日本は貧困国家に間違いなくなる。30〜40年前の、 あの豊かさは何だったのか。あの経験はしないより、してみて良かった。笑うべき時に笑えばよい、いずれ泣くとき 後悔が無くなる。腹の底から笑っておいて本当に良かった。 あとは自嘲か。 ・・・・・・・ 3738, 自分の居場所のみつけかた ー� 2011年06月20日(月) 【 * 勝ち負け社会のカラクリ P−100 「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著 だいたい、社会の価値システムなどというものはその時代がつくる幻想に過ぎない。今は市場社会ですから金儲けが 価値観の基底にある。金を儲けようとする企業家は市民大衆を導いて「消費者大衆」へと変身させることを考える。 その際に用いられるのは「不安」です。ヒットラーのナチズムからオウム真理教まで、大衆動員の手段は不安の醸成ですが、 消費者大衆の動員も不安を動力として行われます。まず市民たちの中に「無能力」や「醜悪」への不安を流す。たとえば 「英語を巧みに操ることの能力が現代社会にとっていかに必要かを宣伝する。それによってその能力が乏しい人の不安を かきたてれば、英語の教材屋や英語学校が繁盛する。言葉なんてその必要が出てくればいくらでも使いこなせるように なるものですから、英語能力に関する不安などは将来という幻想の一つに過ぎない。将来なんて、あるかないかわからない ものですから、それを実在と考えることそのものが幻想なのです。株で儲けたという人の話題は株ブームに乗り遅れる 不安をかきたてています。将来の不安というものがアチコチに散蒔かれているのが「勝ち負け社会」の特徴です。 幻想に乗らない人は最初から勝ち負けゲームに乗りません。世の中を地位、名誉、金の勝ち負けゲームと見なすと、 このゲームにはゲームにつきものの公平のルールというものが決定的に欠けています。 だいたい人生ゲームの参加者で ある子どもは自分に配分される親を選べない。この点ではトランプのカード配りに似ています。ゲームの最初から勝つに 決まっているようなよいカードが配られている参加者もいれば、勝ちようのない持ち札の人もいる。 親の金力、人脈、知的資産、美貌に恵まれない人は人生ゲームの負けが決まっている。しかし人生ゲームはトランプと 違って、勝者だけが参加できる第二次、第三次、第四次のゲームが用意されているから、ひとまずの勝者だって、 いずれ敗者になるというカラクリになっている。 要するに世の中をこの種のゲームと見なすとすれば勝者はひと握り、 敗者は圧倒的多数となります。ところで、この大衆社会の中で力を持っているのは少数派ですか多数派ですか? 衣装やダンスの流行からお笑い芸人のハヤリスタリまで、カギを握っているのは一般大衆と呼ばれる「貧乏で無責任で 無教養で悪趣味な多数派」じゃありませんか。 世の中は彼ら向きにできているから、地位・名誉・金に恵まれた 人々へのジェラシー(嫉妬)やエンヴィー(羨望)に身を焼かれる必要などないのです。そこを間違えるから 「敗者の恨み」にのたうつテロリストになってしまうのです。 】 ▼それでも、負けるより勝つほうが良いに決まっている。要は、いずれ巡ってくる負けの時に、どのように対処するか。 現在の自分の現状は、まさに、人生も勝ち負けゲームと割り切ってしまえば楽である。 「全米N0・1弁護士の勝ちセオリー」を書いて、日の経たないうちに、これだもの、支離滅裂か・・・ 勝ち負けに 囚われないということか! 不安を利用し巧みに大衆を誘導するのが、ビジネスの背景といえば、これから10年は 健康ビジネスが良くなる。<一般大衆と呼ばれる「貧乏で無責任で無教養で悪趣味な多数派」が世の中をほぼ占めて いるなら、あえて「敗者の恨み」にのたうつテロリストに自らなることもないか!> 我が内なる沼は清潔に! ・・・・・・ 3373, 凄い時代 2010年06月20日(日) *「凄い時代ー勝負は2011年ー」堺屋太一著 「はじめに」の前半に、この本の要約がズバリ書いてある。まずは、その部分から。 ー 「凄い時代」である。一年前は「大昔」、二年先はまったく新しい世の中になるだろう。二年前の2008年の洞爺湖畔で 8ケ国のサミットが開かれた。それが一年後にはイタリアで、たった半日だけで、他は13ケ国の拡大会合や17ヶ国の会合に 当てられたのは、国際金融の建て直しと世界大不況の対策である。たった一年で、世界会議の枠組みも、語り合う議題も、 変わってしまったのである。・・ 2009年の世界経済は政策支援の「集中治療室」状態。各国とも生命維持装置のカテールが何本もつけてある。 しかし、やがて抜きはじめる。その時こそ、本当の衝撃が始る革命的改革期だ。それが2011年になるだろう。 本当の「凄い時代」である。なぜそうなのか。 (字数制限のためカット 2012年6月20日) ・・・・・・・・ 2998,他人に厳しく、自分に甘く 2009年06月20日(土) 「世界は感情で動く」 ー3 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー * 他人に厳しく、自分に甘く 我われは「感情のトラップ」にはまっていることは自覚をしていたが、それを一つずつ解明している本である。 前に「ピーク・エンドの法則」を取り上げてみたが、今回は「帰属のエラー」について取り上げてみる。 17章の「他人には辛く、自分には甘い?帰属のエラー」である。 ーまずは帰属のエラーとはー まわりに起きる社会的事象や、自分や他人の行動の原因を推理・推論することを「帰属」あるいは「原因の帰属」という。 それを理論化したものが「帰属理論」。下記のような、色いろなエラー、ゆがみなどを「帰属のエラー」という。 1. 知覚的に目立った情報・刺激に左右されること。 2. 他者の行動に対しては性格・個性などの内面的要因を重視する。 3. 自分の行動に対しては極めてポピュラーで普通の反応であり、普通とは違ったとすれば状況、 すなわち外的要因が異なったと思い込むこと。 4. 自分が成功すると、自分の内面に理由があり、失敗すると外部に要因を求めること。 こうしたバランスの取れない判断は、とても奇妙な結果を生むこともある。 2,3に関しては誰でも身に覚えがあるだろうし、他人の失敗は、元々あいつは、そういう奴だと非難するが、 自分が失敗をするとタマタマ失敗しただけと、自分に言い含めてしまう傾向がある。 「期限を守る」ということにかけては、自分の能力に信頼を置いているし、「期限を守る」他人の能力は高く評価する。 でも、自分が期限が守れなかった場合は、「めったにないほど大変な事情があったからだ」と言い訳をしたりする。 しかしながらその事情とやらは、距離を置いて眺めたり、他の人に当てはめたりしてみれば、少しも例外的なものでなく、 どこにでもあることだとわかる。 かくして「期限を常習的に守らない人の言うことは信用するなかれ」 という帰属のエラーにひっかかる。 ▼「世界は感情で動く」というより、「世界は気分で動く」という題名の方が適切ではないかと読み込むほど思ってしまう。 気分で90パーセントは動いているのだろう、人間は。だから、それを如何に隠すか、目立たないように勤めなければ ならないのである。 人生をふり返ってみた時に、そのことが鮮明に見えてくる。それほど人間は理性的ではない。 特に人間は他人に厳しく、自分に甘くなる。そういう人は、評論家に向いている。特に引退した野球の選手に、 それが露出して見える。 思わず、「それほどの選手だったの?」と言いたくなる評論が度々である。 ・・・・・・・・・・ 2634, 娘に贈る12の言葉 ー3 2008年06月20日(金) ー2、大好きなことに情熱の全てを注ぎなさい。ー ・何かを始めるのに年齢なんて関係ない。好きな道を歩みなさい。 ・素晴らしい人生を歩むためには「お金をもらえなくても、やりたいことをやるべきだ」。 ・細部に注意を払えるかどうかが成功と失敗を分ける。 →大半の人が成功できないのは、限られた範囲の、不十分な調査しかしていないからだ。 →徹底的に調べる。それによって初めて他人よりも多くの知識を得ることが出来る。 →大変な労力を要するが、そのステップこそが人に差をつけられるところだ。 →情熱を傾けられることに打ち込みなさい。 私は中国に価値があると「思っている」のではなく、中国に価値があることを「知っている」のだ。 I thinkではなく I know なのだ。 解)「好きこそモノの上手けれ」「好きと嫌いじゃ どれほど違う 命ただやる ほど違う」 自分が好きなことを早めに見つけること。 ー 3、常識はそれほど常識ではない。 ー ・ほとんどの常識は間違っている。 危険な場所には誰も行きたがらないし、投資もしない。 →だから全てのものが非常に安い。 ・新聞だって、そのまま信じてはいけない。 →時にはジャーナリズムが大衆をミスリードすることもある。人口の半数以上の知性は平均以下だ ということを覚えておきなさい 解)そのことをどれだけ知っているかどうかである。大衆と違った視点で投資先を探せ! ということ。 ことあるごとに「定説」を連発していた教祖様がいたが。 ー 4、世界を自分で見ておいで。 ー ・「イギリスだけしか知らないものに、イギリスが本当に理解できるはずがない。」 →他を知ることで、他から眺めてみることで観察は深まる。 世界を視野に入れなさい 世界市民になってくれ。 ・BRICsの重要性を理解するんだ。ブラジル、ロシア、印度、中国などだ。その中で、特に中国が重要。 解)知れば知るほど、自分が何も知らないことを知るからだ。 それと自分の世界の小ささを。 ・・・・・・・・・ 2007年06月20日(水) 2269, 家は大事である *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! 隣家が4年ほど前に新築に建てかえたが、日毎に家庭が明るくなっているのが、手に取るようにわかる。 「家は大事」とつくづく感じる。何か家によって家族のあり方が変化するようだ。「人間の器は育った家の器に 大きく左右される」と聞いたことがあるが。家はその天井の高さと、居間の広さがポイントになる。更に大事なのが、 「風通し」と「太陽」と「湿気」の三つである。 (字数制限のためカット 2011年6月20日)
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| 4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18 |
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2014年06月19日(木)
* 衣料量販店のコツ 肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。家業そのもののパパママストア。 出社日から、多くの判断が次々と求められたが、衣料量販店の経営など全く知らない白紙からの出発。 ところが、その白紙状態が、結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。 四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争激化と、新興のチェーン店 の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、 冬期間は、雪の壁が、町を遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。 金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店のファッション衣料店が、 そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、駅前のメイン通りに並んでいた。 しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、 「超繁盛店」で全国で知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。 本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の意をくんだ残留者は 無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底をついてくる。その中、地元の問屋の一社が、 当面、全面協力をしていた。そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こして きた。普通なら、導入期に一通り、秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、稼ぐ。 しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、現金を持って初めての 仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での仕入れは、今でも忘れられない。 そして、何とか値崩れの仕入れが終わった。そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、 メーカーへの飛び込み仕入れ。その時、思い浮かんだのが、父と中、高校時代に一緒にまわった記憶。 まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、商品を選び出し 仕入れていく。それも現金で。右上りの時代の中で、誰も忘れていた商売の原点を、動物的直感で 綱渡りの瀬戸際で、始めていた。 何とか一月が過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が、 訪ねてきた。 店頭の立話しだったが、現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、 『当社として、全面的に協力します!』という。 暫くしてから、その意味を知った。 それは『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』であった。 これが、大きかった。それに現金を持って、産地を歩く、基本的原理を、父から教わっていたことも大きい。 これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。 その中、その年末は、思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。 他の大型店は、事前予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。 その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、半値以下の大量仕入れ。 それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりになって当然。 時代の流れもあって、 全てが、プラスに働いていた。激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。 ・・・・・・ 4477, アベノミクスへの疑問 2013年06月19日(水) 日本経済の危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、肌で感じ取っていた。ここでバブル経済とは、 とんでもない誤りを犯そうとしている。 「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は逆。 それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。何人かの経済学者がアベノミクスに批判をしているが、 円安、株高の現象の前に表立っていない。 先日、図書館で借りてきた「文藝春秋4月号に神谷秀樹のレポート ーアベノミクス「危険な熱狂」ーがあった。ネットで調べたところ、これを簡略にまとめたブログの内容があった。 ★ ーブログにゃんと〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』文藝春秋4月号の一部を抜粋ー ≪◎ アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、 彼らのほうが正しいことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗って一儲けしたい投機家ばかりだ。 「持続可能な経済基盤」を構築するものには、人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の大きな要因のうち、何一つコントロールできない。 ◎ 安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。だが、これは完璧に間違った認識、市場にはお金が あり余っている。企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い切れない「ブタ積」が山ほどある。 ◎ 株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復したわけではない。企業の持つ外貨資産の評価額が 上がっているだけの話だ。(中略) 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て資産が、国際通貨の バスケットで見れば価値が目減りしていることになる。 ◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、自民党政権時に彼らが行なった不況対策は、 �「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、 �「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。 しかし、この政策は完璧に破綻。 「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、全くのイリュージョン(妄想)で、 「国際的に価格競争力を失ったのは円高のせいだ」というのもイリュージョンだ。 競争力を失った理由は、 同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、製品の質の面でも優位に立っていないことだ。 ◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは「失われた二十年」で学んだ筈だったが、 実際には学んでいなかったようだ。ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど大きな破綻を日本にもたらし、 その時はもう復活不可能なほどの致命傷となるだろう。≫ ▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来ようはずがない。アベノミクスは、 一部の輸出産業と大手の金融機関がプラスになるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。 二ヶ月前の地元の高校の同級会の当初からのメンバー20名をみると(5人が死亡)、この1〜2年で私を含めて6人が 倒産、廃業、自殺、経営責任での辞任などで(半数近く)やられたことになる。 そう遠くないある日、中国かアメリカの 投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。参院選前にもう一度、そして、参院選挙の後の秋あたり。 ・・・・・・ 4103, 閑話小題 ースローヨガ 2012年6月19日(火) * スローヨガ スポーツジムで週二回ヨガに参加して三ヶ月間、殆んど休まず26回参加している。 ところが一月程前からオウム教の元信者の逮捕が相次いでいる。オウムはヨガ教室を隠れ蓑に信者を引き込んでいた。 それ以来、ヨガ教室のイメージが悪くなり何処もピンチに見舞われていたが、時間と共に愛好者も増えてきているという。 私の参加しているのは50人定員で、平均40人位が参加している。これだけの数がエアロビの教室内で一同に会して暗闇の中で、 ヨガのポーズをとっていると不思議な感覚になる。 ヨガは回数を重ねるごとに、その空気に馴染んでくる上、終了前の10分位の間、 仰向けで大の字になって意識を身体から出すイメージを持つ時間が良い。マントラの音楽を聞きながら、全身から力を抜いて宙游した 気持ちが何時までも続いて欲しいと思ってしまう。それを利用してマインドコントロールをしたのがオウム教。俗世の汚濁に戻りたく なくなるのも分かる。 毎朝、自転車で信濃川の二つの大橋を一周するのを習慣化して三年目になるが、ヨガの世界に似ている。 大手大橋で弥彦山から米山までの100キロ近い展望の中、引きチャリをしながら半眼で、深呼吸をして「地球の中心点を擬人化したX」 と対話を10分近くしている。それが、ヨガの最後の仰向けの瞑想?と似た感覚である。 精神的・肉体的にもベストの経験を、 毎朝のポタリングと、週二回のヨガで体験している。早朝の農作業も、似たような気持ちになるのだろう。 「ヨガは肉体も精神も宇宙の一部とみなし、同化させる業」というところからみて、当然のことだろう。魂が現れ出るということか。 * 日本の初めての流行歌は? 近代的な流行歌第一号は「宮さん宮さん」だそうだ。 明治元年・一八六八年三月に薩長土肥の官軍が錦の御旗を押し立てて、 東海・東山両道から江戸に向かって進撃する道々うたったもの。したがって日本軍歌の第一号でのある。 現代の流行歌第一号は、 大正三年、島村抱月の芸術座が帝劇で上演した『復活』の劇中歌「カチューシャの唄」。松井須磨子が舞台でうたって大ヒット、 翌年レコードに吹き込んだ。女優松井須磨子はまた流行歌手の第一号でもある。流行歌のスタンダード・ナンパーとして、 現在も広く演奏され、うたわれている「船頭小唄」は大正一〇年ごろからはやったが、歌の大ヒットに目をつけた松竹が、 当時新人女優の栗島すみ子で映画化し、これも大ヒットし「小唄映画」と呼ばれる流行歌の映画化第一号となった。 他にの説が多くあるが。 ・・・・・・・ 3737, 自分の居場所のみつけかた ー� 2011年06月19日(日) 「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著 この�を書き上げた当日(一昨日)、偶然に録画をしていた話題作の「告白」を見た。これが、この本からヒントを得たのでは? と思われる異常教育ママ(モンスターママ)の犠牲者・少年の殺人が引き起こしたストーリー。 奇妙な偶然である。 ーこの映画の概要をHPから、まずコピーから。 【 2009年本屋大賞に輝いた湊かなえの同名ベストセラー小説を原作に、教え子にまな娘を殺された中学校教師の復讐を描くミステリー。 事件にかかわった関係者たちの告白によって真相が明らかになっていく緊張感あふれるドラマを作り上げた。 ストーリー: とある中学校の1年B組、終業式後の雑然としたホームルームで、教壇に立つ担任の森口悠子(松たか子)が静かに語り出す。 「わたしの娘が死にました。警察は事故死と判断しましたが、娘は事故で死んだのではなくこのクラスの生徒に殺されたのです」 教室内は一瞬にして静まりかえり、この衝撃的な告白から物語は始まっていく……。その一人の犯人の少年は、モンスターママによる 幼児の頃の執拗な教育で、歪んだ手のつけられない少年になっていた。】 ▼ なかなか面白いストーリーである。 現在の小中学校の学級崩壊も背景にある。どこの家庭にも、多かれ少なかれある問題。 両親の関係が、そのまま子供形成に影響するのは親なら身に憶えがあるはず。その極端なケースから、極端に歪んだ子供が育ってくる。 子供を殺された松たか子役の恨みと怨念は、危機迫るものがある。 この競争社会の時代、子供の基礎能力は必要だが、ついて行けず、 心の中で大きな歪みが出てくる。そこに自分の若かりし頃を振り返れば見えてくる。 常に黒い影に終われ、何処にいても落ち着かず、 他に行けば何かがあるはずと焦っていた自己不一致の日々。それが若さというものだが、それが家庭崩壊や、自己崩壊を生むことになる。 特に「ゆとり教育」が実施された時代に育った世代が親になっている現在、その子供たちの荒廃は、社会問題になってくる。 更に携帯電話などの情報端末が子供たち間に普及した中で、親も含めた大人たちは、その対応が分からない。 親からして、 「自分の居場所」が見つからないのだから、子供たちは情報の洪水の中で、得体のしれない化け物になっていく。 現在問題になっている、ニート世代(20〜40歳)は、家庭からも、会社からも、社会的訓練がなされてないため、居場所がない。 ある意味で、アメリカによる日本属国化政策の完成が現在の日本である。 我々は、その恐ろしい現状を目撃していることになる。 他人ごとでない、自分自身が、その集約化した人生だったと言えなくはない。そこまで悲観的に見ることもないが、現在の日本の 政治の有り様を見ていると、その集約が、もしか自分に当てはまるのでは?と、思ってしまう。最後はリーマンショックでトドメか! ・・・・・・・ 3372, 「めんどうくさい」が不幸のはじまり! 2010年06月19日(土) しあわせを感じるには「技術」がいる ー2 ーしあわせを感じる「技術」ー 東洋経済新潮社・しあわせ研究プロジェクト編 * 不幸になりたがる人たちからのヒント どうも年齢のせいか何かやろうとすると「めんどうくさい」が先に立ってきた。先日ーしあわせを感じる「技術」ーを図書館から借りてきた。 多くの人が「しあわせ」について書いている中に、精神科医の春日武彦が、「不幸になりたがる人たちからのヒント」で「めんどうくさい、 が不幸のはじまり!」に、ハッとした。そこで「人は基本的に現状を大きく変化させることを望まない傾向にある。 たとえ不幸が持続することが火を見るよりも明らかであったとしても、現状維持を選ぶ人の方が多数派」という。 その根底にあるのが 「めんどうくささ」だとしたら、何とも人間は情けなく哀しい存在である。これは、人間は「低位安定」を心奥で求めている結果ではないかと。 「低位安定」から、どうすれば抜け出すことができるか? これからの脱却は「めんどうくさい」との戦でもある。 著者は陳腐な結論と断わって、結局「早寝早起きと整理整頓」に、つきると・・ まずは暮らしを整え、生活を律していくこと。 それができない者には、現状を変えようといこうとする力など生まれない。不幸を願うものはいないが、不幸へと続くレールから外れようと しないものは多い。現状維持の方が楽に思えるからだ。その「めんどうくさい」を突き詰めていくと、満たされてない何かが逆に新しい事態に 直面するのを避けているのである。 私は不幸系の人は身辺には寄せない。 何ともいえない匂いがある。「めんどうくさい病」の一つに 「自律神経失調症」という病がある。 問題にぶつかると後ろ向きになる。 常に周囲の欠点を探し自分を改造しようとしない。 その積み重ねの結果「めんどうくさい病」に陥ってしまうのである。 常に夢見る男(おのこ)で、フワフワし同じタイプの人間と群れたがる。 他人事ではない、年齢からくる老いが「めんどうくさい」病に知らないうちに陥っているのである。 秘境ツアーにしても、事業にしても、 ブログも、自分が幸せと思えた瞬間は、それを乗り越えた結果であった。 しかし「めんどうくさい」も、すべて否定はできない。 自然体という生き方でもあるからだ。 低位安定で満足する層も世の中には必要。世の中は、それぞれの層の構成で成り立っている。 老齢になったら、否が応でも低位安定になってしまう。 面倒を克服するには、習慣化がよい。 それを積み重ねていけば良いが、 それ自体が面倒か〜 さて、棚の整理だ! それと人生の整理整頓の時期にも入ってきたか! ・・・・・・・ 2997、定年か〜 ー2 2009年06月19日(金) 「うれしい定年 さびしい定年」ー 55歳からの賢い生き方ー 北 連一 (著) 私が会社から離れて家庭だけの生活になったとしたら、まず「家内との日中の折り合い」が大問題になるのは解る。 定年直前に「定年後は、私の管轄下よ!」と、旦那に一括を入れていたのをドラマで見たことがあったが、 深い男の悲哀を感じ取ったことがある。 実際の似た場面も立ち会ったことがあったが・・・ 私など三連休になると、家内に顔をまじまじと見られ大きく溜息をつかれ嫌味が始るのが常。 「妻への詫び状」という、妻に白旗を揚げた、だらしのない男たちの見本帳のような本を取り上げている。 人口問題研究所の統計だと、離婚した夫婦の男の平均寿命は、死別した人や配属者のある人に比べて10年ほど短いとか。 だから離婚も耐えなければならないのである。 ある生保の調査によると、女性の1割以上が 「夫と同じ墓には入りたくない」と答えている。 更に、ここで取り上げている30年前の『定年後』の内容が凄い。 その著者は妻のことを「古猛妻」と命名している。 その妻に定年前に、「五箇条の御誓文」の提出を求められている。 一、午前中は一歩も書斎を出ないこと 二、小遣は現在の2万5千円 三、食事の内容には一切要求をつきつけない 四、仕事の上でやむを得ないと認める以外は外出を禁じる 五、これらを不服として大声を発することをしない これは実録小説といっているが、大筋は事実だろう。ここで著者は「定年に先立って、その後に来るものを詳細周到に 予測していたが、女房の支配権の無差別な拡大という致命的な問題をぬかしていた」と、予期せぬ事態に戸惑う。 「定年で自由の身になったと思ったのは春の日の蜻蛉に過ぎない。時間単位で公私を区切る近代的雇用とは比べようもない、 運命共同体的な四六時中の関係に女房がいた」と。まあ、大変なことである。離婚をして独り暮らしをしている同年輩の人が 実際に何人かいる。 やはり10歳は老け込んでしまっている。 ここで一句 「 うれしくも 悲しくもあり 独り味 」 「 笑えるうち 笑っておけと 涙目で 」 そう遠くない日が待っているが、その時は、その時であるとしか、いいようがない。 死んでしまえば同じこと! ・・・・・・・・・・ 2633, 娘に贈る12の言葉 ー2 2008年06月19日(木) 第一の言葉から要点を抜粋してみる。一言一言が、肯ける内容ばかりである。過去に上手くいったことを省みると、そのとおりである。 考え抜き、調べつくして確信できたこと以外は失敗した。オリジナルはなく、周りの流れに従ったときである。 ーー 1、他者に流されてはいけない ー他者に流されず、自分の頭で考えることー ・君には「君」という優秀なブレーンがいる。自分自身で調べ、考え、確信できることを見つけなさい。 他人に、 たいていの問題に関しては、自分のうちに問題を解決する能力をもっているものだ。自分の考えに従って行動することだ。 ・君のアイデアが笑われたら、それは成功へのサインだ。→大勢に従って、成功した人間は誰一人いない。 以前、中国は投資するに値しない国だ、と言われていた。しかし、1990年代に投資対象と気づいたのだ。 実際の中国を調べると、13億の人たちが懸命に働いていた。その上に、貯蓄率が35?もあり、それを投資に向けていた。 そんな国が成長しないわけがない。ところがアメリカはどうだろう。、1990年頃の貯蓄率を4パーで、今ではたったの2パー。 しかも深刻な借金を抱えている。他の人が常識に従っているうちに、中国に投資をした。 おかげで、700?のリターンを 得ることが出来た。 世間の常識を疑ってきたからこそ儲けられた。 →世間の常識は疑うこと。 (字数制限のため、カット2014年06月
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| 4843,「事業人生を決心して45年」の語り直しー17 |
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2014年06月18日(水)
* 二店を、経営委託に! そして、実家に 『出たいというなら、出ていけばよい!』と、私も、母と兄の意見も同じだったが、 それでも妥協策を探したが、 事態は深刻になっていた。そして、母、姉、兄と、私が最後の 話合いをしたが、姉は頑なに出ていく、という。姉夫婦が最後は折れてくると思っていたことを、 しばらく後に、姉夫婦と行動を伴にした社員が、「どの道、直ぐに必ず帰ってくる」と、話していた ことから知る。 姉夫婦のピークは、僅か二年で終わった! Uターンが決まると、問題は、開店したばかりの二店の問題。そこは大手チェーン店の利点が 出てくる。養老乃滝も、ベーカリーも、「金が無いが独立した店舗運営の希望者」は幾らでもいる筈。 そこで、まず、蝶理のベーカリーの担当に、「二店で80万で経営受託する人がいないですか?」 とぶつけた。 すると、「自分が間接的だが受託する!」と、話は簡単に決まってしまった。 彼が受けなくとも、両方の本部は、希望者を直ぐに探し出した筈だが。私には渡りに舟。 その後、二年もしない内に、他の空きスペースが埋まって、ビル経営としては上出来の結果と なって、五千万投資の貸ビルが、年の家賃が千七百万までになっていた。 その五年後には、銀行を通して一億で売り抜けていた。ビル経営の視点でも、この事態が、 プラスに働らいた。 そして、九月初旬に千葉から長岡に戻ってきた。 まず、実兄と「本店か、支店か、どっちを受け持つ」かと、相談すると、兄が「自分は、 そのまま支店を、本店を御前に任せる」という。 本来は、兄が本店に乗り込むのが筋だが、 本店に自ら乗り込むのは気が引けたようだ。 入って直ぐ、成るほど!尻込みをするのが分かった。 そこは既存社員の冷やかな空気が色濃く残っていた。さっそく、一人ずつ、別室に呼び出しての 話合いからの出発。そこに、私への不信感が大きく根付いていることを知る。 彼らには、私は悪役の張本人。それでも残ってくれただけで、充分であった。 さて、どれから手をつけるかである。 地元銀行の北銀と大光相互は、兄に感化され、倒産寸前と判断していた中、 メインを北銀から、当時の都銀の「太陽銀行」に変更。これは、私と実兄の仲人をした営業担当で、 この一連で相談にのってもらった因縁から。 会計事務所も、税理事務所から、会計事務所に変更。 実感は、生まれ育った商家の真っ只中に、20年ぶりに落下傘で舞い降りたような不思議な感覚。 数ヶ月もしないうち、全てが面白くなり、水を得た魚のようになっていた。 そこは10歳まで生活をしていた生家。 火がつくのは当然といえば当然。 4年半後、役割が終えての自らの総括は、達成感では、120点。 ジャスコ、千葉、長岡、新潟も、「引き(時)」であった。(新潟は、最後の最後で、引きが、遅かった?) ・・・・・・ 4476, 閑話小題 ーオノマトペ 2013年06月18日(火) 6月11日のNHKの情報番組「クローズアップ現代」で、「にっこり」「ドキッ」などのオノマトペの魅力を 取り上げていた。擬声、擬音語には、その背後の豊かな情報を伝達する力があるという。 ーNHKのHPによるとー ≪ 「ぐにゃり」に「ほっこり」。「ぱみゅぱみゅ」に「じぇじぇじぇ」。 今、私たちの身の回りでオノマトぺ=擬音語、擬態語が、 急速に増えている。 放送では、 * トップスポーツの現場から。「“べちょべちょ”」「“ぬめぬめ”」 * 新製品の開発を模索する企業でも。「“ガシガシ”」 * ロボットの人工知能の研究現場まで、“どどどどっ”と熱い視線を集めているのです。 人を引き付ける理由は、オノマトペが持つ音の爆弾とも言われる、“ドキッ”とする力。 オノマトペは、普通の言葉とは比べものにならないほどの豊かな情報量を持っていることが明らかになってきた。 言語学者は、「普通の言語では、そぎ落されてしまったものが全部、オノマトペの中に引きずり込まれて凝縮する。」 大手コンビニチェーン 広報「“もちっと”ホットケーキや、“もちもち”くるみパンが、人気があります。」 商品名に、“もちもち”と付けると、売り上げが5倍に増える。そんな都市伝説のようなうわさが、駆け巡っているという。 大手コンビニチェーンの広報では、「“ふんわり”とか、“サクッ”としていない商品は、比較的“もちっと”。」 おいしいを感じる言葉のアンケート調査でも、“もちもち”や、“もっちり”がどんどん急上昇する一方で、“コシのある”や “舌ざわりのよい”は、“ひゅるひゅるっと”急降下。 短く直感的に伝わるオノマトぺがランキングを席けん。 オノマトペは、“パキッと”堅いイメージのある国会でも増殖しています。・・・≫ ▼ 小泉元首相が、一言コメントで、国民の‘考えない層’の取り込みで世論を巧く誘導したが、 「一言実感売り手コメント」とも言える。ツイッターの発信は、現場感覚のオノマトペのようなもの。 スマートフォン、タブレットの情報端末も、現場感覚のオノマトペを親しみやすくしている。 早朝の信濃川の土手の、ある場所で「あ〜あ、清清するな!」と独り呟いているが、これも、それか。 変わったスナックの名前に、‘ひとり静か’‘それから’‘そこ’‘どん底’などあるが、オノマトペのニュアンスの 店名が増えてくるだろう。で、「面白スナック名」と検索したら、「まぬけ」「あくびちゃん」「夜光虫」「団地妻」 「あんたが大統領」「スナックとしま」(池袋にある)「いい娘(こ)銀行」「メロメロ」「居酒屋どんぶり勘定」。 そこで考えついた面白いスナック名・・{化け猫、寄生虫、からおけ音痴、娑婆娑婆、ここそこあそこ、ノミスケべイ}。 とっておきは、「ま、いいか!」以前、新潟駅前にあった? 「へっくしょん」「ずぼずぼ」「プッツン」も? ・・・・・・ 4102、私は完全な本 "日本の自殺"ー6を作った 2012年6月18日(月) * 危機は日本人の内部にある 日本人内部の危機は、敗戦後のアメリカによる日本隷属化政策によってつくられた精神が生み出したもの。 戦後民主主義は自由、民主、平等主義の上面だけを咀嚼した代物。そのため、時間と共に矛盾が大きく出ているのである。 バブル崩壊、9・11テロ、9・15のリーマンショック、そして東北大震災の影響をモロに受けてしまった日本は、 ここで大きな試練に立たされている。そして、世界恐慌に入ろうとしている現在、更なる崩壊が進んでいる。 【 ローマ帝国に関して言えば、社会内部からの自壊は、 ◎世界国家の心臓部の繁栄 ↓ ◎豊かさの代償としての放縦と堕落 ↓ ◎共同体の崩壊と大衆社会化状況の出現 ↓ ◎「パンとサーカス」という「シビル・ミニマム」 ↓ ◎増大する福祉コストとインフレとローマ市民の活力の喪失 ↓ ◎エゴと悪平等主義の氾濫 ↓ ◎社会解体 というプロセスで進行したのである。 この自壊のプロセスは驚くほど現在の日本(1975年当時)の社会過程と類似している。日本の没落の危険は資源問題や 輸出市場などの客観的、外部的、物質的制約条件のなかに存するのではなく、日本社会の内部的、主体的、精神的、社会的 条件のなかにこそひそんでいるのである。 没落の真の危険は、日本人がこの危機や試練を正確に認識する能力を失いつつあることのなかに、この危機や試練に挑戦しようという 創造性と建設的思考を衰弱させつつあることのなかに、 日本人が部分を見て全体をみることができなくなり、短期のことしか考えず、 長期の未来を考えることができなくなり、エゴと放縦と全体主義の蔓延のなかに自壊していく危険のなかに、存するというべきなのである。 豊かさも便利さも、そして情報化、都市化、大衆化、福祉、自由、民主主義、平和なども、現代文明が高く掲げてきたプラスの諸価値を 含んでいたが、人間社会の出来事になんらのマイナスを伴わない絶対的プラスは存在しえない。自然科学と同様である。 節度を越え、調和を喪失したとき、それは突如としてマイナスに変わる。それは、資源問題、公害問題を通じて少しずつ理解されている。 豊かさ、福祉、自由、平和、平等などに実は恐るべきマイナスの副作用が現れることについて、自覚を欠くとき、福祉国家は人間と 社会を堕落させ、自由は無秩序と放縦に転化し、民主主義は全体主義と衆愚社会をもたらすであろう。没落の原因は、外的要因ではなく、 むしろ内的要因にあることを繰り返し述べている。外的要因については、それをはっきりと捉えることができるので、意思さえあれば 対処可能なのかも知れないが、内的要因については、まずもって自覚できない、このため要因をはっきりと捉えることができない、 そのため対処することが非常に難しい、ということなのか。】 ▼ ローマ帝国の自壊は、37年前の日本というより現在の日本の自壊の姿である。ここで、「この問題は決して克服できない問題でない」 とあるが、結果として果たして克服してきたか疑問である。問題は、ここに書いてあるとおり「日本人がこの危機や試練を正確に 認識する能力を失いつつある」ことである。その上にグローバル化による価値観の多様化もある。日本の自滅は文明の自滅でもある。 ・・・・・・・ 3736, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー 〜10 2011年06月18日(土) * 具体的な弁論は? ー ミロのビーナスの腕 『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著 【 それから私は、開発業者の利益のために美しいジャクソン・ボー・バレーの木々を伐採して醜い宅地にしてしまうことに対する 反対論を述べた。「はじめにお話をさせてください。ミロのビーナスはパリのルーブル美術館に所蔵される前、ベネチア芸術の 美術商の手に入りました。この時すでに、この像は人々の注目の的でした。そのポーズと着衣の優美なひだがこのビーナスに非常な 気品を与え、完壁な芸術作品から発せられる力をすべて持ち合わせた傑作でした。人々はこの像を見るために遠くからやって来ました。 そして時がたつにつれ、像の人気が高まるにつれ、像には手を触れたすべての女性を美しくする力があると考えられるようになりました。 美術商は、このビーナスの小さなかけらがほしいという大衆の要求を利用すれば、大もうけできることに気づきました。 ビーナスを見ようとたくさんの女牲がはるばる長旅をしてやって来て、小さなかけらだけでもぜひ手に入れたいと願いました。 持っていれぽ美しくなれると信じていたのです。美術商はある計画を立てました。石膏でビーナスのコピーを作って、そのあと本物の ビーナスを粉々に壊してしまおうと考えたのです。粉々にしてそのかけらを売れば、この芸術作品をまるごと売るよりも、はるかに巨額の お金が転がり込むほずだと思ったからでした。そこで彼は、大金槌を持っている職人たちをビーナスが飾ってある自分の店に呼び出しました。 「粉々に壊せ。壊して、千個のかけらにしろ」。彼は命令しました。彼がはじめという合図をしようと腕を上げ、それを振り下ろそうとした ちょうどその時、目に見えない剣に切られたかのように、彼の腕が体から切り落とされました。それと同時に、ミロのビーナスの反対側の 手も切り落とされました。肉の腕と石の腕、二本の腕が床に落ちて十宇の形を作りました。それはビーナスは決して壊されてはならない という神のお告げだ、と職人たちは思いました。それから間もなく、ミロのビーナスはルーブル美術館のものになり、今日にいたるまで、 美しいものを愛するすべての人のために大切に保存されているのです」 私は少しのあいだ黙った。部屋はしいんとしている。 人々の顔はビーナスの顔のように無表情だ。私は続けた。「この谷は、単なる人間の彫刻家が創造したものではありません。この谷は、 神様がお創りになった芸術作品なのです。事実を把握しているであろう世界的な旅行家の多くは、そびえ立つ孤峰と汚されていない湖が いくつもあるこの谷は、世界で最も美しい谷だと宣言しています。かつてミロのビーナスが私欲のために彼女を破壊しようとした強欲な 美術商の手にあったのと同じように、この谷も皆さんの手のなかにあるのです」 私は演壇を降りた。・・・・ 】 ▼ 自然破壊の是非の裁判で、こんな逸話を出されたら開発業者は、勝てるはずがない。ミロのビーナスのこの逸話、 聞いたことがあるような、ないような? ネットで調べても、この話は出てこない。片方の腕に林檎を持っていたという説がある。 ・・・・・・・・ 3371, 込み込み六千八百円のホテル 2010年06月18日(金) 先日、久しぶりに取引先の業者が事務所に遊びに来て言うに 「湯沢の手前にある大湯温泉に行ってきたが、料理に飲み放題、カラオケで歌い放題で全部で六千八百円だった。 仲間10人で土日の高速代金の千円を利用し分乗したのでドライブがてら二日間で一万円でお釣りがきた」という。 (字数の関係でカット2014年6月18日) ・・・・・・・・ 2996,定年か〜 ー1 2009年06月18日(木) 「うれしい定年 さびしい定年」ー 55歳からの賢い生き方ー 北 連一 (著) 読書日記 還暦を過ぎてからの年賀葉書に、「無事定年を向かえ、悠々自適の毎日を過ごしています」とか、 地元のスナックなどで偶然あった高校時代の顔見知りに「いや〜サンデー毎日も疲れるよ」と言われ、その意味も最初は分からず、 解釈してもらって分かる次第。特にサラリーマンを無事平穏に過ごしてきた人は定年後の日々を切り替えるのは大変だろうと察する。 私の知人は、殆どが現役なので、深刻な話はまだ聞こえては来ないが、従兄弟などの親戚からは戸惑いが伝わってくる。 群れから離れて奥さん1人相手か、独りで生活せざるを得ない厳しい現実が起こる。そして、まずは「老人性うつ病」が襲ってくる。 これは抉らすと危ない。現在の私も少し「うつ病」気味である?、とにかくムカツクのである。いや、恐慌下の売上不振なだけか。 そんな折、先日図書館で、この本を見つけたが、切実さが直に伝わってくる内容。具体的に定年後の人間関係、それも一番の難敵の 奥さんとの力関係を取り上げている。ヤット、会社の人間関係から解放されたと同時に、新たに小さな家での息の詰まるような関係。 「定年退職後初めて人間になった」「毎日が正月」と喜ぶ人がいる一方。「定年葬」と悲観に暮れる人もいる。 この本は「定年退職前後はこういうもの」と、飲み屋でグチを聞いているようで、いやに納得する。 【 定年前に‘やっておいてよかったことは’、料理ができるようになっていた,遊び仲間がいる,ローンが終わっていた, 書斎と書庫を持っていた,娘たちを追い出したことだと吐露する。‘やっておけばよかったことは’,会社離れをする前に,定年後の シミュレーションをやっておく,妻とのコミュニケーションをとっておく,熱中できる趣味を持つこと、だという 】 こういう人生もあるのかというような内容だが「定年の敵は女房だ!」という人のケースなど、深刻な内容も赤裸々に取り上げている。 8人兄姉の末っ子だったことや、親戚に多くの従兄弟たちの生き様がみえる立ち位置に居たことから、「人生の敵(ミカタ)は女房」 というのは深く肯けるが。その辺は、受け止め方の問題ということ。 孤独に対する訓練を長年かけて訓練をしてきたかどうかが、 最大の問題ということ。 それと、家庭菜園や読書などの独り遊びが出来るかどうかである。 それと「ハッピーエンドなど、妄想でしかないと、割り切ること」である。 ・・・・・・・ 2632, 娘に贈る12の言葉 2008年06月18日(水) 「人生と投資で成功するために 娘に贈る12の言葉」 ジム ロジャーズ (著) b(’0’)d おっ w(゜Д゜)w ハァ? ある本に紹介されていたジム・ロジャーズの「中国の時代」「娘に贈る12の言葉」を アマゾンで取りよせて、読んでいる。成るほど面白い。二年ほど前に、ロジャーズの本を二冊読んだが、なかなか面白かった。 それに劣らない力作である。「ビジネスマンの父から息子へ送る手紙」を彷彿する題目だが、内容は全く違う。 ー まずは、その12の言葉 ・他人に流されてはいけない ・大好きな事には情熱のすべてを注ぎなさい ・常識はそれほど常識でない ・世界は自分で見ておいで ・哲学を、つまり「考える」ということを学びなさい ・中国の時代 中国語を身につけて欲しい ・歴史を勉強しなさい ・汝自らを知ること ・変化をとらえ、そして受け入れなさい ・未来を見つめなさい ・大衆に逆らいなさい ・幸運の女神は努力を続けたものに微笑む ジム・ロジャーは一貫して、他人に流されないこと、好きで情熱を傾けられることをすること、 徹底的に歴史、哲学、経済を学ぶことを推奨している。 (字数の関係でカット2012年6月18日)
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