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堀井On-Line
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2013年04月03日(水)
『 隠居大学ーよく遊びよく遊べ 』 天野祐吉、お相手 横尾忠則 * 第一時限 ー猫の自由に学ぼう 横尾忠則 横尾の『猫の自由に遊ぼう』が面白い! 気の向くまま、飼主に気兼ねすることもなく、自由気ままに時間を過ごす。 これを御隠居と二重合わせにしている。専業主婦の家庭は、亭主が犬型で、主婦が猫型に自然になっている。家内をみると、 つくづくと猫の生き方を見て取れる。亭主は会社で赤くなったり青くなったり。しかし、猫型の主婦は、給料を持ち帰って くれれば、我関せず。 亭主は、リタイアー後も猫になりきれず、切れた首輪をつけたまま外をうろつく。 元何某の 肩書きなど何にもならない。リタイアをして新しい環境に直ぐに適応するために、長年かけた準備が必要になる。 以下の対話は、なかなか面白い。 ≪ 天野: 猫型人間とか犬型人間とかいうが、誰にでも心の中に両方を養っているじゃないかと。子供の頃は、 だいたい猫型の方が偉そうにしているが、大人になって組織の中で働くようになると犬の方が成長していく。 横尾: 猫は、僕にとってアーティストの見本です。猫は妥協しないし、犬みたいに尾っぽを振らない。 自分に忠実で、他人に忠実でない。アーティストは自分以外に忠実になっていけないのです。 天野: ぼくの場合ですと、二〇年前にふっと気がつい。自分の内側をのぞいてみたら犬ばかり肥大していて、 猫は息も絶え絶えになっていった。動物虐待もいいところだなあと思って、それから犬的部分の猫に栄養を 与えるようにして。そして猫が元気を取り戻してきたら次第に「なんで真面目に働いでばかりいたんだう。 こんなことのたために生れてきたのか?」という思いがどんどん強くなってきたんですね。そして、これって、 多くの隠居候補の人に気持ちに近いと思う。世の中のルールに従うことも、あるいは働くことも大切なんだけど、 でも隠居生活を送る上では、猫の自由をもう一度学びなおす必要もあってよいんじゃないか。 それで『猫の自由に学ぼう』を隠居大学の校訓その一にしたいと思ったんです。≫ ▼ 私の中の犬猫は、首輪をつけたままの野良犬と野良猫。一応、自由に放飼いをしていたが、何時も喧嘩ばかりで、 札付きの嫌な奴である。どうも酒を飲むと、表立って出てくるから困ったもの。 青年期までの猫、成年期の犬、 そして老年期に猫に戻るという説が何とも珍妙である。両者とも野生動物を人間に都合の良いよう改良されたもの。 「犬は家につき、猫は人につく」というが、今さら男は新しい人間関係の構築は難しい。縦社会で生きてきた男達は、 横社会には向いていない。家では嫌われ、紐のきれた首輪をしたまま街中を彷徨うか、猫を被るしかない。誰?それ! ・・・・・・ 4026, 「人生の知恵」ノート 2012年04月03日(火) 4年前に、図書館からグラシアンの「賢人の知恵」という本を借りてきて、ここで書き始めたが、一回限りで終わっていた。 少し読んで、いま一つピンとこなかったので途中で止めたようだ。ところが先日、図書館で ー本当に役立つ「人生の智恵」ノートー というグラシアンの他の訳書を見つけて読んだ。 今回は、言葉の一言一言が納得出来た。 現役を退いたこともあるのだろう。 グラシアンの経歴は、『雄弁な伝道師として圧倒的な名声を得るが、1657年、サラゴサでの聖書学の教授の地位を追われる。逮捕され、 追放されたタラソナという村で一年後に没した。』とある。これで、この人物の処世術が生くさすぎることが分かるが、内容は、 現在も納得するものが多い。“善人が損をするのは善良だからではなく、世間を見る目が甘いからだ。”など、伝道師にしてはシビア。 人間は、真面目に生きているわりに、次から次へと、問題が生じてくる。 何故だろうか、智恵が足りないのである。グラシアンは、 「高邁な知識だけで人生は乗り越えられない。日常生活に適応するのが重要とまではいわないが、最も必要。使えない知識より、 今日使える術こそ真の知識である。」という。 ここで人生と事業を振り返ると、多くのことが改めて見えてくる。 ー 以下は、人間関係を良くする言葉のノート ー 1 愚か者とはつきあわない ー愚か者ほど優秀と思っている。 指導するだけ徒労。ー互いに思っているからすくわれるか? 2 誠実になりすぎない ー蛇の悪知恵と、鳩の誠実さを使い分けよう。自分が騙したことがないから、直ぐ騙される。 3 第一印象にとらわれない ー人の心は多面的。一面だけで判断しない。 4 口に合わない料理をすすめない ー相手の好みを知ること。自分の好みは相手の好みとは限らない。 5 突飛なふるまいをしない ー突飛な振る舞いは、欠点として相手はみる。 6 もろい人間とつきあわない ーもろい人間は自分勝手な心が強い。被害者意識が強く、人は悪意の塊と思う。 7 不幸な人ともつきあわない ー走り続ける成功者は不幸な人と関わる余分な時間はない。 8 他人の欠点に慣れる訓練をする ーこれは訓練で慣れる。 9 多数派とともにある賢者たれ ー周囲に合わせるのは良いが、品位を忘れない。少数派の愚者もいるが。 10 友人であり続ける努力をする ー長く付き合える友人は見定めること。 11 賢者を見つけ助言を求める ー相手を見定め、助言を求めるのは、思慮深さの証である。 12 認められなくてもがっかりしない ー必要なのは厳しい自己評価。 13 会話は慎重に、そして楽しく ー会話は雄弁さより慎重さが大事。相手に合わせよ。 14 親切をおまけにつける ー親切は費用対効果が高い。相手より先にするのが技。 15 相手の急所を見つける ー殆どの人が求めているのは快楽。その急所を見つけよ。 ▼ 品位のない人間は最後の裏切りの切り口で、本姓が分かる。 見上げても見下げても、全て自分の範疇。 ・・・・・・・ 3660,音信不通だった友人から連絡が! 2011年04月03日(日) * 5分の差で助かった 学生時代の友人の奥野和夫さんから、昨日の午後に電話が入った。安否を知るために、 宮城県亘理町の住所先に葉書を出していた。それが昨日になって本人の手元に届き、電話をくれたのである。 彼の話の概要とは! ≪ 妻が病院に行くのに付き添った後、自宅に帰ってきて、たまたまTVを見ていたら、激しい地震が襲ってきた。 それが長い時間にわたり続いたが、急にTVの画面が変わって6メートルの津波が押し寄せるという緊急の内容。 直ぐに6Mより10Mに変わったのをみて、着のみ着のままで自動車で高台の方面に向かった。しかし、道路は 渋滞で前に進まない。そこで機転をきかせ農道に回ったが、そこも渋滞。その間に余震が激しく前に進めないほど。 それでも何とか高台に辿り着いた後の5分後に大津波が襲ってきたという。 その後、避難所に行ったところ数百人の先客がいて 寝れる状態ではない。そこで車の中で一晩過ごしたが、着の身着のままで逃げてきたため、寒がきつい。 暖房もガソリンが無くなるので、一晩中、5分ごとにエンジンをつけたり、止めたりして過ごした。朝までの時間が非常に長く感じた。 水洗トイレは、ボランティアの中高学生が水を近くの川から次々と運んでいた。命は助かったが・・・ 妻が病のため、避難所では 悪化の可能性がある。 ふと30分の所に前の会社の先輩が住んでいるのを思い出し、そこに9日間、避難させてもらった。 そのうちに群馬の実家の兄に連絡がついて、車でガソリンを新潟県経由で持ってきてもらい、何とか兄のいる実家にたどり着いた。 最近になって道路が復旧してきたので、自宅を見てきたが、1Fが海水の泥で滅茶苦茶のため、廃材処理の手続きをしてきた。 命一つでも助かっただけで充分! 火災保険に入っていたが、地震保険には入ってなかった。 ≫ ー以上が、彼の15分間の電話内容だが、一つ判断を間違えれば助からなかったようだ。 住所の亘町荒浜は仙台飛行場の南下に位置し、阿武隈川の河口にある。 終の住処を、そこに選んだことに羨ましさを感じていた。 それが、まさか・・・ それでも命が助かっただけでも喜ばなければなるまい。他人ことではない、まさか、まさかの日々である。 ・・・・・・・・ 3295, 果たして、日本は財政危機が訪れるか? 2010年04月03日(土) 昨日の朝日新聞の ーキーパーソンーのみずほ証券の高田創氏への 「先進国最悪の借金、財政危機は起きますか?」のインタビュー形式の内容が、時が時だけに注目して読んでみた。 ー その内容を私の主観でマトメテみた ー 日本の国債残高が2010年度で637兆円に達する見通しだが、「先進国で最悪の借金体質」といわれる中で、 国債発行余力を探った。 (字数の関係でカット2012年4月03日) ・・・・・ 2920,私は嘘しか言いません 2009年04月03日(金) ー養老孟司が、対談で次のようなことを述べていていた。 《 数年前に亡くなったユングなどの研究者の河合隼雄が真面目な話をする時に「私は嘘しか言いません」と言っていたそうです。 これは考えてみたらシミジミと効いてくるセリフです。つまり「私は嘘しか言いません」というのが本当だと既に嘘をついている。 河合さんは、この言葉に「言葉など当てになりませんよ」という意味を込めていられるのだと思いますよ。》 なるほど、面白い。 哲学に似た問題提起があった。 「クレタ人の嘘」である。 ー『クレタ人は嘘つきだ』が真ならば,クレタ人が発した『クレタ人は嘘つきだ』自体が嘘で, クレタ人は嘘をつかないことになり,『クレタ人は嘘つきだ』が真という仮定と矛盾する。 もし、『クレタ人は嘘つきだ』が偽ならば、クレタ人は嘘をつかないことになる。 つまり、『クレタ人は嘘つきだ』が真となってしまい,『クレタ人は嘘つきだ』が偽という仮定と矛盾する。 『クレタ人は嘘つきだ』の真偽がいずれであると仮定しても、矛盾が起こる。ー 言葉の何とも妙なところだが・・ 「私は嘘をいいません、信じてください!」の口癖の人がいた。 これほど好い加減な言葉はないが、言うほうも言うほうだが、騙される方も騙されるほうだ。騙している方も騙されている方も、 ボケ漫才のように気づかないから始末が悪い。それなら「私は嘘しか言いません」の方が良い。それも哲学的ときているから面白い。 しかし、それでは世界が回らない。詐欺師は「嘘しか言わない」からこそ、その奥にある言葉の意味を知っている。言葉は共同幻想、 そして仮想を創りあげる。それに己が気づかないから問題は拗れるのである。「私は嘘を言いません」と真面目に言う人がいるが、 「私は嘘しか言いません」を悪用するとどうなるか? 「私は嘘を言わないように心がけている。嘘を言った分、何倍も自分に 跳ね返ってくるし、自分の中に残る」これは、私の基本だが、一般も同じだろうか? 嘘も方便だが・・・冗談のつもりの嘘で何度も大失敗をしたが。 ところで本当(真実)って何だろう? ・・・・・・・・・ 2556, 印度放浪 ー1 2008年04月03日(木) 『印度放浪』 藤原新也著 朝日文庫 写真家の文章は何故もこのように対象を、そして対象に映った気持ちを上手く表現出来るのだろうか。 言葉の一言一言が詩のようでもある。以前、買って目を通したが、長男がインドへ行ったのを機会に読んでみた。 文庫本になっているが、半分以上がカラー写真で、40年以上前に書かれたものとは思えない。 表紙を開くと、すぐ次のページに、この一行だけが書いてあった。 ー 歩むことに、ぼく自身と、ぼく自身の習ってきた世界が虚偽に見えてきた。ー そして、その二ページ後に、 ーぼくは歩んだ。 出会う人々は、悲しいまでに愚劣であった。 出会う人々は、悲惨であった。 出会う人々は、滑稽であった。 出会う人々は、軽快であった。 出会う人々は、はなやかであった。 出会う人々は、高貴であった。 出会う人々は、荒々しかった。 世界は良かった。 《旅》は無言のバイブルであった。《自然》は道徳であった。《沈黙》はぼくをとらえた。そして、沈黙から出た言葉はぼくをとらえた。 良くも悪くも、すべては良かった。 ぼくは全てを観察をした。 そして、わが身にそれを《写実》してみた。 ▼ 40歳になって15年ぶりにこの旅をふりかえった著者が「なぜインドに行ったのか」の質問に言葉がつまり、 その若者の後の影に、過去の自分を投影する。 (若いときの自分について) 青年は何かに負けているようだった。たぶん青年は太陽に負けていた。 そして、青年は大地に負けていた。青年は人に負け、熱に負けていた。 青年は牛に負け、羊に負け、犬や虫に負けていた。青年は汚物に負け、花に負けていた。 青年はパンに負け、水に負けていた。青年は乞食に負け、女に負け、神に負けていた。 青年は臭いに負け、音に負け、そして時間に負けていた。 青年は、自分を包みこむありとあらゆるものに負けていた。 疲れたその青年の目は表情を失っているかに見えたが、太陽にいられて眩く白熱する、 目の前の地面を、ただぼんやりと見つめ返すだけの意思をわずかに残していた。・・・・ ・・・なんか知らんけど目茶目茶に何でもかんでも、負けにいったんじゃないかなぁ。最初の頃は。 (字数の関係でカット2012年4月03日) ・・・・・・・・・・ 2007年04月03日(火) 「定年以降の生き方」を考える 才八∋ウ_〆(∀`●) 今年から、大量の団塊の世代が定年を向かえる。 その第一期生が、この4月から正式に大量に会社から(悪くいえば)放りだされる。「組織」から離れて「個」として、 どのように自立(自律)するかが問われる。「孤独」「孤立」した時に、自分と如何に付き合っていくかが真に問われるのが、 これからの人生である。それまでの組織内での相互依存関係の環境が、自分自身への依存になるから厳しい。 宅上犬が「明日から家の外で暮らしなさい!」と翌日から屋外に放り出されるのと同じ。勤めていた会社の価値観は、 他では全く通用しないしないことに、そこで初めて気づく。鑑札のある首輪があるうちは、誰も温かく向かえてくれるが、 首輪が外されてしまえば、誰も相手にしない。その時ただ一人茫然とするしかない。そこで手っ取り早く「定年退職者の溜まり場」に ソソクサと出かけても、「自己を持たない濡れ落ち葉同士の葉っぱ」の絡み合いになるのは、当然の成り行き。 そこにいるのは 自分と同じ「虚しさ」を埋めにきているゾンビばかり。「人生とは何か」を考えたことのない人は、自我の先の自己が希薄である。 そこでは自我と自我のぶつかり合いになるだけ。ここではゾンビの話ではなく、定年退職後の生き方を問おうとしているのである。 面白いので、つい話がそれてしまった。 還暦になる前に10~30年かけてライフワークを確立すべし!ということ。今さら言っても 仕方がないが・・ 面白いから話を続けよう。そこでは即席でもよい、「楽しい」と思えることをやること。 その「楽しい」が何かも解らないから始末が悪いときている・・・何時間やっても疲れないものを探せばよい。 それも解らない? じゃあ、愛玩動物ーペットが好き?なら、飼えばよい。もういる。もし犬を飼っているなら、さらに小鳥を飼えばよい。 もし持ち家があるなら家を売って、その資金で旅行三昧をすればよい。その覚悟がなければ、家の中でウジウジすればよい。 二度とない人生、最後は楽しみ尽さなければ。定年後は、年金の他に10万円の収入が理想という。年間120万円あれば、 海外の安いものなら夫婦で二回は行ける。せっかく死が貴方の後ろから追いかけてくる歳になったのだから、その死への恐怖と 危機を借りて、他人からの目や、プライド、見栄など、一度無視することである。死の前では、そんなものは霞でしかない。 限られた時間を自分の奥底の声の通り生きなくては何の意味もない。死ー無という絶対的な宇宙からみたら自分の存在なぞ無いに等しい。 だから一度独りになって、ジックリ多くを考えるべきだ。図書館があるでしょう、図書館が!それと身近にいくらでも自然が! 美術館も、いや百貨店もある。それに気づくには独りになりきることしかできない。誰かに言われそうだ。 シツコイ!同じことばかり書いている、と。定年の時期なので、ついついアウトサイダー的人生観は、これから必要になるから? (別の声)そういうけどね、今さら如何すればよいんですか、路頭に迷ってしまっているのだから、致し方ないのです。 ただ、朝起き、 飯喰って、ボーッするのも、良いじゃないですか。それしか出来ないのだから。何で好きなことを探さなければならないのですか? こういう生活が好きなのだから、ただ比較しているだけじゃないですか。ウジウジして生きる、ナメクジの人生もあるのですよ。 人生、人生というけど、ナメクジのはった跡を言っているだけじゃないですか。 そんなもの! ・・・・・・・・・ 2006年04月03日(月) 1826, ずっとやりたかったことを、やりなさい?4 ー 3月22日 12:00記 朝起きがけのモーニング・ページを始めて8日経つ。(3月14日開始) 学生時代の卒業間近に半年分書いてあった日記がある。 何の構えの無い、筆が向くままの文章だが、 もっと日常の些細なことや気持ちの動きを書いてあればと面白いのにと、読み返してみて実感する。 それをカバーするのが、モーニング・ページである。何でも良いから気の向くままノート3ページに書いていく。 書くことがなかったら、書く事が無いと書いた上に、その後に「ありがとう、嬉しい、楽しい、幸せだ、ついている、大丈夫、 許す、よかった」などを自動的に書く。そうすると、不思議なことに何かが出てくる。 学生時代はそれに近かったが、最近は構えてしまう。モーニングペイジは脳の排水というが、その排水に何かがある。 この文章も頭に浮かんだままの内容の文章である。毎朝一時間近くかけて修正・構成している随想日記ーテーマ日記も 面白いが、ただ何も考えないで起きがけに構えないままのモーニング・ページも面白い。 これはHPで公開はできないし公開したら、そこに構えが入ってしまう。 ー 3月30日 pm12:30記 「8週間は読み返さないこと」とあった。それでも数日前のものを読むとナカナカ面白い。 (字数の関係でカット2010年4月03日) ・・・・・・・ 2005年04月03日(日) 1461, 「どう思いますか格差社会」 昨夜の19時半から22時半の特番が深く考えさせられる内容で、好きな?巨人戦も殆ど見ないで、この番組に見入ってしまった。 (字数の関係でカット2011年4月03日) ・・・・・・・・ 2004年04月03日(土) 1096, 人生と時間 1日=24時間、 1年=8,760時間、 80年=700,800時間 人生80年間を時間換算すると、確かに700,800時間になる。 人間には睡眠や食事、排泄など、生理的に欠かせない時間がある。 そうした時間を1日10時間とすると、70万?292000(10時間×80年)=約41万時間となる。 <人生は41万時間の配分ゲーム>といえる。 ・ 1日=労働時間+生理的必要時間(睡眠、食事、排泄etc.)+自由時間 (字数の関係でカット2012年4月03日) ・・・・・・・ 2003年04月03日(木) 729, 「イヌが教えるお金持ちになるための知恵」 ー読書日記 (字数の関係でカット2008年4月03日) ・・・・・・・・ 2002年04月03日(水) 365,ミカン集中法 「ミカンを頭の上15センチ上に置くイメージを抱き、本を読んだり、書き物をすると集中力が数倍増す」という。 (字数の関係でカット2008年4月03日)
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2013年04月02日(火)
『 隠居大学ーよく遊びよく遊べ 』 天野祐吉、お相手 御隠居 御隠居生活に予定より三年早く、二年前の65歳をもって入った。しかし振り返ってみると、51歳から実質的御隠居生活に 一歩踏み込んでいたようだ。 同居していた母親が痴呆症になって5年半後に亡くなった後、数ヶ月間は呆然としていたが、 「今までの延長は捨て、50歳代に、その後の余生の全てを遣り尽そう」という思いが湧き上がった。そして残り30年分の 人生を圧縮して生きようと決心をして、「思い浮かぶ限りの遣り残した事を迷わず優先的にする」ことにした。 50代で秘境ツアーを中心に24回の旅行。美味い酒を飲む。当時、まだブログが無かったので、パソコン教室に通い、 個人HPを立上げて、全エネルギーをかけ思い浮かぶことを毎日「随想日記」として書き続け現在に至っている、これである。 これが私の隠居生活の移行で、それを私自身も気づかなかった。どれもこれも面白く、楽しくなければ続かない。 この経験から学んだことは、「御隠居は覚悟が無ければ出来ない」ということ。傍からみたらつまらないこと?でも、 遊び気分で全エネルギーで取り組んでこそ道楽。これも毎日、よくぞ真面目くさって書いている。でも、私にとって面白い。 だから道楽である。 御隠居は道楽をもっているかどうか。 たっぷりある時間を遊べるかどうかである。 まずはー内容紹介ー 【 こんな時代こそ「隠居」を見直そう! 原始、「隠居」は遊びの達人だった。若いモンの憧れだった。 目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の 豪年を取るって、いいもんだなァ。 華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。オモシロキビシク、 いい加減精神の真髄を語り明かす。】 老いは、生老病死のマイナス面が表立ってくる時期。その時、失われつつある喜怒哀楽を道楽の中に求める必要性がある。 考えてみれば「良く遊ぶ」のは非常に難しい! 次回は、一時限目の 「横尾忠則 対 御相手の天野祐吉」より ・・・・・・ 4025, シングルイン、31年間の総括 ー6 2012年04月02日(月) * リストラは、どうだったか ? 2001年の9・11テロの翌月から売上が毎年続けて一割以上減少、三年間で3分の2まで減少していった。 それに対し、ボーナスの半額カット(年間給与の一割相当)、私は5割以上、役員は4割カットをして対応したが、 キャッシュフローからの返済は1億3千万から4千万まで激減してしまった。 それまでの正社員と役員20数名のうち、 三分の一まで減らし、パート・アルバイトに切りかえた。 次に、二つのホテルの1階部分の客室を飲食店用のテナント スペースに切り替え貸店舗にした。 さらに第三シングルインを長期滞在型ホテルに切り替えた。 二つの客室の壁を取り去り、 一つにして自動車学校や、企業の長期滞在として貸し出した。 それも数年で軌道に乗りかけ、目処がたった矢先のリーマンショック。 これも2割以上の売上減が三年目に入っても続いた結果、事業断念に至った。 新潟駅再開発も大幅に遅れ、 二つのホテルが道路拡張計画上にあって説明会が開かれていたが、そのプロセスで規模縮小か移転の想定も当てが外れていた。 そのリーマンショック以来、政府の緊急政策の御陰で資金繰りは何とか予備資金を使うことなく、持ちこたえていたが、 売上が三分の一まで落ち込み、事業存続の先行きを考え出した矢先に東北大震災。 これで最後の踏ん切りがついたが、直接原因は、 リーマンショック。 事業構造の転換も身を切るほど厳しいが、事業経営の真髄が発揮される場面。 もちろん返済額の減額交渉に、 リストラ策と、その実施と、経過報告が義務つけられ、その効果が出始め何とか目処がたった矢先のこれ。 十年間、やれることは やった思いがあるので、後悔は全くない。 シングルインというホテル名と建物は、他の事業主が引き継いだので、ここで経営の リストラが断行されたことになる。 6年先の道路買収まで維持できるかどうかだが、あまりにリスク要因が大きい。 長期装置産業の恐ろしさを知らないようだが、世界は楽観と悲観で成り立っている一事例。 ・・・・・・・ 3659, つれづれに 2011年04月02日(土) * 原発事故の深刻さ 原発がもたらす影響は、今後どのようになっていくのだろうか? 経済は大きく落ち込むのは目に見えて明らかである。 業界格差は明らかに出てくるだろうが、飲食、ホテル、レジャー関連、タクシーなど三次産業から深刻度が深くなっている。 東北、関東地区の農水産も壊滅状態で、米の生産者も、今年の作付けに入ってよいものか、思案をしているのだろう。 伝え聞くところによると、長岡の奥座敷といわれているリゾートホテルは、お客がほぼゼロの状態が続いているとか。 この冬は豪雪で惨憺ものだったが、さて春が来たという時に、地震と原発事故である。 特に原発事故の成り行きを世界中が、固唾をのんで見守っているのは、死の灰が地球規模に広がる可能性があるからである。 毎日毎日、TVでこのニュースである。消費マインドが冷え込むのは自然の成り行き。 株と国債の暴落をきっかけに、 ハイパーインフレになるのが、一番考えられる道筋である。その時、「新円切り替え」が実行されるはず。 日本の危機といえば、元寇、明治維新、日清戦争、日米戦争である。それ以上の危機になっていくのだろうか? 東京では、一部の子供たちの疎開が、静かに行われているようだが・・・ ・・・・・・・ 3294, エッ何! 2010年04月02日(金) * 次年度からの予算財源はこれ? ドサクサに紛れ一瞬で郵貯の預け限度金額が2倍の2千万円に決定した。閣内対立を演出して、仕方なく鳩山首相が原案通りに 決定したカタチをとったのは筋書きどおり。23年度以降の予算が、このままでは組めなくなるのを見越し郵貯の限度額を上げて、 郵貯残高を増やそうという目論見。穿った見方をすれば、中小・零細金融機関が更に危なくなるのを見越して、その受け皿を つくっておくメリットもある。3人だけの政党の亀井を金融大臣に据えて泥亀の捨石として最大限に利用している。もちろん本人も、 それを承知、それが政治。先日のTVのモーニング・ショーで金融機関の破綻時の国家補償を1千万から2千万に引き上げてもよい」 と述べていた。 (以上、字数制限のためカット 2012年4月2日) ・・・・・・・・ 2919,寝入る瞬間を経験したことがあるか? ー3 2009年04月02日(木) マギーの「哲学人」の中に、次ぎのような文章を見つけた。ー私は寝入る瞬間について大いに頭を悩ませていたが、 ウィトゲンシュタインは死に関して、それと同じような瞬間を扱っていた。その瞬間を経験しようとしても無理であると 彼は述べていた。 なぜなら、明らかにその瞬間に意識がなくなるため、それを意識できないからなのだと。ー これによると、その瞬間は意識がないのだから、ない意識が、それを経験できないというのだ。「もし哲学者が考えるとしたら?」 と私が考えた内容と酷似はしている。 しかし私の実体験とは違っている。「あっ!」という数百分の一秒の感覚を、 寝入る瞬間に直感したのである。 実際にスット意識を失う刹那(瞬間)を感じたのである。 「その瞬間の感覚は、寝入る瞬間の直前であり、寝入る瞬間ではない」 と反論されそうだ。しかし「それが寝入る瞬間だろう」と、 反論も可能である。それに対して「意識が無意識の世界への移行の瞬間を如何して感じ取るというのか、論理からみて疑問である。 その直前の刹那が果たして経験できると言うのか?」 と言うだろう。しかし私は、その刹那を感じたのだから、 何を言おうが事実は事実である。「それでは証明しろ」と言われれば 証明のしようがない。 この書で寝入る瞬間を経験することは、ほぼ不可能で私は特異経験をしたことが分かった。寝入ったアチラの物語の夢について、 ここでも多く書いてきたが、気楽に内容を言葉としてノートに書き出すと面白い。 このテーマとは関係ないか! ところで寝入る瞬間の体験って、そんなに大事なこと? って。 ある哲学の本を読んでから、ほぼ皆無というなら、 私にとって大事なことです! 毎晩、何度も目がさめる者にとって、一度は経験してみたいもの。それを経験したのだから。 ・・・・・・・・ 2555, ホモ・ルーデンス ー1 2008年04月02日(水) 『ホモ・ルーデンス』 ー読書日記 ヨハン・ホイジンガ(オランダの歴史家) 1938年著。 「文化は遊びとして、もしくは遊びから始まったのではない。言うならば、遊びの中で始まったのだ」 ーすべては遊なりー 〜文化は遊びの中にはじまる〜 ホイジンガーの言いたいことは、この二つに尽きる。 まずは ーすべては遊びなりー(遊びの考察と定義とは) について考察してみよう。 ホイジンガの遊びに対する考察は、プラトンの言葉から始まる。 「真面目にすべきことは真面目にやり、真面目でなくてもよいことはそうしないでもよいのです。 最高の真面目さを以て、事を行うだけの価値があるのは、ただ神に関する事柄だけなのです。 これに対して、人間は、ただ神の遊戯の玩具になるように、というので創られた。 これこそが、人間の部分です。だから人はみな、男も女もそういうあり方に従って、最も美しい遊戯を遊戯しながら、 今ちょうど心に抱いているのとは正反対の考えで生きてゆかなければならない。(プラトン対話集『法律』)」 著者は、この真面目と遊びの対立において、「真面目は遊びを閉め出そうと努めるが、遊びは喜んで真面目さを 自己の中に抱き込むことが出来る」と、遊びの優位性を説いている。 そして、遊びの定義として、 「遊びは自発的な行為もしくは業務であって、それはあるきちんと決まった時間と場所の限界の中で、 自ら進んで受け入れ、かつ絶対的に義務づけられた規則に従って遂行され、そのこと自体に目的をもち、 緊張と歓喜の感情に満たされ、しかも『ありきたりの生活』とは『違うものである』という意識を伴っている」 「遊びは人間がさまざまの事象の中に認めて言いあらわすことのできる性質のうち、 最も高貴な二つの性質によって 充たされている。リズムとハーモニーがそれである」遊びの定義から、世俗に対して離れているという点で、 「聖なるもの」と「遊なるもの」は同一であると。最後の文章に「人間的思考が精神のあらゆる価値を見渡し、 自らの能力の輝かしさをためしてみると、必ずや常に、真面目な判断の底になお問題が残されているのを見出す。 どんなに決定的判断を述べても、自分の意識の底では完全に結論づけられはしないことがわかっている。 この判断の揺らぎ出す限界点において、絶対的真面目さの信念は破れ去る。古くからの『すべては空なり』に代わって、 おそらく少し積極的な響きを持つ『すべては遊なり』がのし上がろうと構えている。これは安っぽい比喩で、 ただ精神の無力を思わせるかのようだ。しかし、これこそプラトンが人間は神の玩具であると名付けた時に達した知恵なのだ」 ーー 一流は、その芸を遊びの領域まで到達している。遊びは自由への飛躍ということだ。 次回はー文化は遊びのなかにはじまるーを考えてみる。梁塵秘抄 巻第二 四句神歌 に以下のような歌がある。 「 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」 子供達が純真に遊ぶ心を忘れずに、健やかに育って欲しいと願う気持ちが、 そして、自らもまた、子供の頃の気持ちを持ち続けていたいと願う心がこもっている歌だが。 ・・・・・・・・・・ 2007年04月02日(月) 2190, 飲料水について オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン! 何処かの国の大臣様が、不正申告の事務所代の言い訳に「6000円のミネラル・ウォーター」を経費にしている、 と言い訳をして失笑をかった。 (以上、字数制限のためカット 2010年4月2日) ・・・・・・・・・ 2006年04月02日(日) 1825, あちら側の世界 ー6 b(⌒o⌒)d おっ \(*^▽^*)/ はぁー ーGoogleという会社とは?ー グーグルのミッションは「世界中の情報を組織化し、それを誰からでもアクセスできるようにすること」と定義している。 「世界政府があるとしたら、そこで開発しなければならないはずのシステムを全部グーグルで作ろう」ということだ。 そのために「世界中の情報を整理しつくす」というが、そう簡単にはできることでない。 グーグルに関して ー第2章 グーグル?知の世界を再編成するー の概要から考えてみよう。 (これは、あるHPからコピーしたものだが、簡潔にまとめてある) ・グーグルのミッションは「世界中の情報を組織化し、それをあまねく誰からでもアクセスできるようにすること」 ・ネットの「こちら側」であるフィジカルな世界から、インターネット空間に 浮かぶ巨大な情報発電所とも 言うべきバーチャルな世界である「あちら側」へのパワーシフトが確実に起きる ・情報をインターネットの「こちら側」と「あちら側」のどちらに置くべきか、情報を処理する機能を「こちら側」と 「あちら側」のどちらに持つべきなのか、というトレードオフが、これからのIT産業の構造を決定する本質となる ・グーグルの情報発電所とも言うべき巨大コンピュータ・システムは、チープ革命を徹底追求した全く新しい 作り方で自製し、 圧倒的な低コストを実現したという意味において、三大潮流のすべてを体現した存在である ・グーグルのビジネスモデルは新しいバーチャル経済圏を形作ろうとしており、 「知の世界の秩序の再編成」に新しい富の分配メカニズムをもたらしている ・「情報自身の淘汰」に委ねるという思想のもとに、すべての情報を共有することこそが、組織と情報」 におけるコペルニクス的転回であり、グーグルの組織マネジメントにおけるスピードとパワーの源泉になる ・サービスにおける「人間の介在」の思想の違いから、ヤフーはメディア、グーグルはテクノロジーという本質的な違いがある ー以上だが、 「世界中の情報を組織化し、それを誰からでもアクセスできるようにすること」「世界政府があるとしたら、 そこで開発しなければならないはずのシステムを 全部グーグルで作ろう」というミッションの恐ろしさの一端を、 多くの人が 実感できたのが、2005年6月に「グーグル・アース」というサービスを始めた時だ。 無料でダウンロードできるグーグル提供のソフトウェアとサービスを使うと世界中の衛星写真、起伏に富んだ地形の立体画像、 さらに大都会の場合、建物の意味を含めた詳細の三次元画像を、私たちはパソコン上ですべてみることができるようになった。 (以下、字数の関係でカット2008年4月02日) ーー 先日さっそく「グーグル完全活用本」?創芸者を買ってきたが・・・ 次回は「アマゾン」について書く。 ゝ(-_- ) バイ! ・・・・・・・ 2005年04月02日(土) 1460, 頭脳の果て ?読書日記 この本は数年前に買ったが、目を通しただけで本棚に並んでいた。何げなく手に取ってみたところ、面白い。 前に読書日記で書いた「迷ったときは運命を信じなさい」に似ている。ネット書店の「アマゾン」で、 この本の基本情報を取ろうとしたら、この中古本が何と10倍近くの値段で出ていた。 絶版のため、値段が競りあがっているという。書き込みと、ページの折込をしてあるので売り出せないが、 そうでなかったら、売りに出したのだが。(売り手の戦略の可能性もあるが)それにしても、面白い本である。 特に天才のイメージを借りるテクニックが面白い。天才の感覚を借りるテクニック(Genius Code)、イメージワークである。 天才をイメージで呼び出して、その人になりきり、その人の疑似体験をする。 イメージトレーニングを発展させたと言えばわかりやすい。使いようによっては、かなりパワフルにはたらく。 大まかにいえば、1.リラックスする 2.モデルとなる師を具体的にイメージの中で描写する 3.着ぐるみの中に入るようにして師匠の背中から中に入り、師の焦点と、言葉と、体の使い方を体験する。 終わった後では、その着ぐるみを脱ぐというような感じになる。 実際、随想日記を書いて読み直すとき、物書きのイメージで批判的に自分の文章を読み返すと、 いつの間に全く違った添削をしている。他にもイメージ・ストリーミングが色いろ書いてある。 その一つを紹介すると、 1・エレベータのようなものに乗る。 2・ボタンを押すと、他の星に移動する。 3・そこには、他の星の自分がいて、自分よりはるかに能力がある。 4・その自分と一体になって、ものごとを考える。そして何かヒントがでてくるはず。 5・そして元の自分に戻って、そのマシーンにのって帰ってくる。 まあ、大雑把にいえばこうだ。 私が考えた、「三つの部屋の物語」も、これがヒントかも知れないが。 更に、いま一つを紹介しておこう。夜寝る前に目を閉じて、最も偉大な9人を透明な顧問にして、彼らと一緒にいると想像する。 彼らは私を楽しい冒険の旅に導いてくれる。おかげで真実の偉大さに再び深く感謝することができ、創造的な試みに向けて 努力する気持ちと正直な考えを表現する勇気を持つことができる。自分の好きな9人を選ぶのもよいだろう。 「迷ったときは運命を信じなさい」の、ギリシャ神話の神様と似通っているが。これらは、私達が持つ大脳の素晴らしい 潜在意識のメッセージに耳をそばだてることである。また違う視点を得ることが可能になる。 (以上、字数制限のためカット 2012年4月2日) ・・・・・・・・ 2004年04月02日(金) 1095, わからないという「方法」 この本を本屋で見たとき、てっきりーわからないという「方法」で、自分の枠の世界からでない方法のことを 言っているのかーと思ってしまった。それはできませんと勝手に思い込んで、小さな世界に閉じこもってしまうのも同じ。 (以上、字数制限のためカット 2013年4月2日) ・・・・・・・・ 2003年04月02日(水) 728, 天国と地獄 人生を長く生きてきて「天国と地獄」は死後にあるのではなく、生きている人間の心ー思いの中にあることが解った。 その意味で一生かかって、天国のイメージをつくるのが宗教のはたす役割といってよい。 事業は経営が順調だと天国、 上手くいかないと地獄である。これほどのハッキリしたものはない。上手くいっている時はこの世の天国である。 (以上、字数制限のためカット 2013年4月2日) ・・・・・・・ 2002年04月02日(火) 364,新入社員歓迎会 毎年この時期におこなわれる。 かなり毎年盛り上がる。当社の宴会はもともとかなり盛り上がるが、歓迎会がさらに盛り上がる。 2〜3年に一回はトリック・スターが出るが今年は2人いた。お陰で例年の数倍の盛り上がりようであった。 (以上、字数制限のためカット 2013年4月2日)
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| 4398, 閑話小題 ー 円滑法が4月から期限切れになるが |
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2013年04月01日(月)
* 要は、アベノミクスとは! アベノミクスと浮かれているが、少し考えれば、こういうこと。「小泉の中期政権後、毎年、首相が変わってきた。 その二人が偶発的に首相と副首相になって、似たような失敗の拡大版を始めようとしている。再び失敗したところで、 政敵に殺されたり、刑務所に入れられたりしない。大盤振る舞いの付けは、国民の負担になるだけ。幾ら金を発行しても、 銀行を通して国債を買わせることで周りまわって戻ってくる。 一度、ハイパーインフレにし、銀行閉鎖するなどの 荒治療した方が、デフレスパイラルが続く現状より良策。 世界は通貨安比べ、その中で紙幣の供給を増やし銀行閉鎖も含め、 一より出直しすべし 」ということ。その中で大部分の国民に物価高という負担が架ってくる。そして、責任を取って辞任。 そのパターンが繰り返される。 * 同級会の幹事 毎年行われている高校の次回の幹事になった。この10年近くの会の半分近くは、私とコンビのM君二人がしている。 二人とも飲み会の幹事は手馴れたためである。名簿を振り分けメンバーに連絡をすると、それぞれの様子が直に伝わってくる。 ここで多くがリタイア、年金生活に入ったか、事業整理か倒産とか、その一歩手前など色いろあるようだ。それと、名簿に 横棒で消された亡くなった名前が目に入る。あと10年もすれば、横棒が半分になる。 * 円滑法が4月から期限切れになるが 円滑法案が延長されていたが、4月から期限切れになる。一昨年、整理をした事業の実情からして、この打ち切りは厳しい。 今から4年前に施行され、その御蔭で運転資金のマイナス分を、これと、雇用調整助成金・中小企業緊急雇用安定助成金を プラスした分で二年間を持ちこたえた。そして限度にきた時に、3・11の東北震災が起き、迷わず事業整理に入った。 その円滑法が切れるというから弱体化した中小・零細は破綻が増えと見るべき。それもありマスコミが騒ぎ出した。 特に首都圏から離れた地方ほど、不景気の影響が大きい。それでも参院選挙までは何とか持たせるが、問題は、その後。 ・・・・・・ 4024, 事業生活39年の、独り語り ー7 2012年04月01日(日) 11年前に、千城台ビル内で創めたベーカリーについて書いていた。 ―まず、そのコピーからー ≪ [103] センチュリーベーカリー ー昭和50年3月〜8月31日ー (2001/08/09) 他人に話した事が殆んどないが、焼きたてベーカリを立ち上げた事がある。千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、 空きビルを埋めるべく何がいいか考えた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’に目をつけた。 冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。 商社の東レの子会社の蝶理という商社が、このフランチャイズをやるという 新聞記事をみて、ホテル・レストランショーで実際にみて、早速やることにした。東十条にある関連のベーカリーに朝4時に起きて通う。 そして二カ月後にオープン! 例のとうりパニックそしてーーー。 素人は初めは良いがある時期がくると、応用が利かない弱点が出る。 その時期に長岡の実家で問題が発生。 このタイミングを狙われたのである。 そこで第三者に経営委託をして急遽長岡へUターン。 恐らくあのままやっていたら数年で行き詰まったと思われるほど、実際は難しい商売。 振り返ってみると、‘開発型委託経営ビル’を 造った事になった。 考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、 実家の衣料デスカウント・ハウスと、12年近く、全く未経験の分野への自己配転をしていたことになる 。 ≫ ▼ このビルは、建設の7年後にテナントが埋まったこともあり総投資の二倍の一億で売却した。 当時、5つのテナント部分は、 養老の滝のオープン以来一年数ヶ月経っても空いたまま。養老の滝も、軌道に乗り、サブだった人に任せ、空きテナント部分で 新しい店を考えた。そこでホテル・レストランショーで見つけた、テイクオフのベーカリー。ジャスコでも、金沢の「いとはん」でも、 数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、 など次々に任される。品種変われど、商品管理の本筋は同じ。だから居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握して全力で取り組めば、 何でも可能ということを知っていた。 そのため実家の仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。 何事も、表面が違っても、本質は同じである。 ・・・・・・・ 3658, 価値とは思い込み 2011年04月01日(金) 価値観の価値は「思い込み」とすると、その意味がストレートに伝わってくる。 価値は意味に非常に近いと解釈をしていたが、「思い込み」とすると、より分かりやすい。 人間は、それぞれの思い込みの中で生きている。その思い込みは子供の頃からの周囲の刷り込みがベースになる。 その刷り込みから脱皮していく経験と知識の蓄積が教養になっていく。 大きな挫折をすると、思い込みが破壊される。 創造と破壊は裏腹であるが、思い込み(価値観)の破壊も重要である。それが節目の切欠になる。 「互いの価値観が違う」というが、「互いの思い込み違う」ことでしかないのが分かる。 まずは自分が何を思い込んでいるかを知ることが、第一歩。 それも、思い込みになるかもしれない。 価値、意味、思い込みを、絡めて一文をつくると 「価値、価値観と難しいそうにいうけど、そんなことは思い込みという意味でしかない」 ・・・・・・・ 2010年04月01日(木) 3293, 人みな骨になるならば ー9 * なぜ簡単に(エゴ)捨てられないのか 「なぜ簡単に人間はエゴを捨てられないのか」が、理路整然と書かれている。 ー まずは、その部分を抜粋して考えてみる ー 試みに、街を歩きながらエゴの武装解除をしていき、「すべてはブラフマンの現われである。あの広告塔も、 こなたの酔っ払いも、私と同根のものだと実感する修行を続けてみるがよい。 その結果、わかることは、 目の前にある山川草木、鳥獣虫魚はもちろんのこと広告塔や塵芥とさえ、つながっている感覚をわずかに持つことができる。 一番難しいのは、むしろ他の人間と通底しているという実感である。これは予想外のことだ。 人間は他の人間との差異に対して 最も敏感である。 もちろん修行などしなくても、抽象的な「人類」や「同国民」と連帯しているような感覚を持つことができる。 われわれはスローガンとしての連帯や仲間意識は大好きなのである。しかし、通底体験というのは、そうした観念上のものではなく、 目の前の太ったオバちゃん、向こうからやってくるダラシない若者との瞑想的な一体感なのである。 これが実は難しい。 このことは、おそらく自我の意識というものが、主として社会集団において自己と他の具体的な成員と 区別をするために発生したのではないかと疑わせる。人間らしさの殆んどの特質が、他の人間との生存競争を 通じて進化してきたと主張する学者が多い。 人の容姿はもとより言語や知略も、たぶんサーベルタイガーや マンモス相手に開発されたものではない。 異性や仲間との付き合い上、是非とも必要だったのだろう。 自我もまた水辺やサバンナでの生計とか氷河期の気候とかに適応するためでなく、狡猾な同族であるヒト相手の 社会生活を生き抜くために必要だったからだ。 ▼ 映画の「2012」でも、世界の滅亡に、世界各国が協力しあう場面が、これを読んで浮かんできた。 人の差異は、外敵に対してでなく、社会集団における自己と他者との生存競争を通じて進化してきた!というのが、 鋭い指摘である。 40年前の学生闘争の嵐の中で、田舎出の教条主義の「あれ等」は、同じ方向の分派達との 争いの方が、残酷な死闘になっていった。 殺人の過半数以上が家庭・親族という事実と同じである。 人間の遺伝子の性格は利己主義という。 それを抑えるのではなく、他者の迷惑にならないようにすることと、 社会の有益な何かに向けることが、人から人間になることだろうが、それは建前と割り切るのではなく、 エゴを野獣、いや野性と看做し、コントロールすることが教養か? 酒を飲むと、それがね〜 鵺? ・・・・・・・・ 2918,「無趣味のすすめ」という問題提起 ー1 2009年04月01日(水) 新聞広告のー「無趣味のすすめ」村上龍著ーの説明文である。 ーわたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、 金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。 趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような 出会いも発見もない。 心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大な コストと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。それらは私たちの「仕事」の中にしかない。 ー 思い切った問題提起である。 「人生は仕事だけではない」ことは今さらだが、中途半端な仕事をしながら、趣味の世界に生きる人間に対する一撃。 しかし仕事一筋できた男が挫折した時に、趣味の世界を持っていたために救われることがある。 仕事のできる男ほど、それと同じぐらいの趣味の世界を持っていて それが仕事をプラスへ導く。 しかし、仕事を達成するには多大なコストと危険を伴い、常に失意や絶望という底知れない荒海が舟板一枚下にある。 趣味だ娯楽など、余所見をしている暇などないのも事実。 読書を趣味としてきたものにとって、いや酒が好きで 居酒屋通いをしてきたものとして、秘境・異郷ツアーが好きで世界中を巡ったものとして、そこには失望も歓喜も 興奮が満ちていた。 そこは熱帯雨林のように豊穣な世界が存在をしていた。 しかし、言われてみれば過去の事業を振り返れば、 その数倍の豊穣な世界があったことも事実である。 要は、「力、愛、知」の「力」の部分に力点を置くべし、ということだろう。 少し、趣味に力を入れすぎたか? そうでもないか? 新聞広告に列挙していた内容を次回に書き出してみる。 その一つが ー効率化とゆとりー 「農耕と国家が生まれてから、ゆとりを持って生きることができた人は全体の一%もいない。」 が、面白いが、そうでもないんじゃないかとも思われるが、如何だろうか? 身近では、一人も存在していないが、いや、ごく身近に一人居る? いや、そう見えているだけ? ・・・・・・・・・ 2554, 閑話小題 2008年04月01日(火) *予習と復習 人生の終盤に入ってくると、色いろとそれまで気がつかなかったことが、実感としてわかることが 多くなってくる。特に学習に対しての予習と復習の大切さを、あの時、気がつかなかったか悔やまれる。 そういえば、先生が予習復習を口すっぱく言っていたが・・こと、学業に関しては予習30、復習70?と目安だろう。 (字数制限のためカット 2012年4月01日) * 客引き・スカウト行為が今日より禁止 (字数制限のためカット 2012年4月01日) *ガソリン値下げ (字数制限のためカット 2012年4月01日) ....... 2007年04月01日(日) 2189, 「考える」とはどういうことか? おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ ー 読書日記 「近代哲学再考」 竹田青嗣著 ー「ほんとう」とは何か 自由論ー 池田晶子の本の中で、「考える」を多く取り上げ、考察している。また読書日記でも取り上げた。 「思う」から「考える」へ、どのように変化するかというと、その対象をまず把握することから始まる。 我われが「悩む」というと、悩んでいる対象を把握していないことにある。その把握ー情報収集が考える第一歩が始まる。 把握のプロセスから、すでに考えることになる。「考える」をー検索すると、「問題の解決や,目標の実現や達成のために, いろいろな経験や知識を組みあわせながら,新たな構想をさぐっていく精神活動。 すなわち,思いをめぐらし(連想,想像,推理),考え(思考,工夫),そして決断する(判断)ということである」と定義している。 ひとことで言えば、「本質の洞察をするための精神活動」ということである。難しいことを解りやすく整理するのが、 私の考える切り口でもある。池田晶子が子供向きに哲学用語を一切使わない文章などは、一瞬で深い真理に導く。 ーこの著の以下の部分は「考えるとは何か?」を考える上で、なかなか解りやすい! ーー 「プラトン入門」という本で、わたしは哲学の方法原理をつぎのように整理しました。 *「物語」を使わずに抽象概念を使用する。 *「原理」を提示する。 *つねに「一から」(根底)から再始発する。 ーについて、宗教では世界説明をするのに「物語」を使います。そしてこの簡潔な「物語」を通して、世界はなぜ、 どのようにして存在したか、人間はどういう理由で存在するか、なぜ生きて苦しみ、またその生の意味は何か、 といった自己と世界の存在それ自身についての「問い=謎」に対する答えが、明快に与えられる。 これに対して「哲学」は、「万物」「原理」「水」といった抽象概念を用いて世界説明をおこないます。 ここで抽象概念とは、「一」「他」「同」「静」「変化」「不変」「多」「完全」「不完全」「永遠」・・等々の言葉。 「物語」を排し、「抽象概念」を使うことによって、哲学の世界説明が、特定の文化や民族や共同体の限界を越えて、 誰もがその思考に参加できるいわば開かれた言語ゲームとなった。 ??について、哲学は「概念」を論理的に使用しつつ「原理」を提出する、というルールで行われる世界説明 (人間とは何かを含む)の言語ゲームだ、といえます。そして、ここでの「原理」という言葉は、本来、根本的で究極的な 「真理」という考え方とは違ったものである。自然科学の、仮説と実験とを繰り返しつつ理論体系を徐々に整備していく、 という基本方法は、一見、哲学の思弁的方法と異質なものと思える。 しかし、少し注意すれば、科学もまた、「物語」を禁じ手にし、「抽象概念」を論理的に使用し、「原理」を提出し、 さらにすでに成立した世界説明を神聖化したり、固守したりせず、常に時代の要請に合わせた、できるだけ深い前提に 立ち戻ってもういちど理論を組み立て直す、という根本原理によって成立していることがわかる。 哲学は、ある多様な現象を、どのような「キーワード」(=原理)で呼べば、またそれをどう構成すれば、 より普遍的な(=広い共通了解を生むような)説明方式になるか、これが哲学どいう思索方法のもっとも革新的な 方法であり、自然科学はまさしくこの方法を「自然科学」の領域に当てはめ成立したものである。 ??について、哲学の重要な点がある。 (字数制限のためカット 2010年4月01日) ・・・・・・・・・ 2006年04月01日(土) 1824, あちら側の世界 ー5 ウェブ進化論ー5 ーオープンソース現象ー(2) ー「ウィキペディア」について この本で知ったのが百科事典の「ウィキペディア」である。まずは、この百科事典から調べてみた。 (字数の関係でカット2008年4月1日) ・・・・・・・・ 2005年04月01日(金) 1459, 遠くにありて日本人 ー2 この番組が面白いので見ていたら、先日で最終回になっていた。スペイン在住の日本人画家であったが、その中で 印象的な場面があった。大きなキャンパス全体に、斑模様の微妙な茶色を背景として塗りこんで、あとは数日間、 その画面を睨み続けて、何か閃きが来るのを待つ。そしてヨギッタ一瞬に、それをすくい取るという。 (字数制限のためカット 2012年4月01日) ーーー 2004/12/13 1350, 遠くにありて日本人 ー1 この番組み、度々見ているが、昨日のアメリカのロス近郊のバイク・ビルダー(手づくりバイク)の日本人がなかなか面白い。 (字数制限のためカット 2010年4月01日) ーーーーーーー 2004年04月01日(木) 1094, 『携帯電話不安症』症候群 先日、ニュースで携帯電話不安症について特集をしていた。メールが来ないと、不安になってしまい 精神のバランスを失ってしまい、不安と疎外感で一晩中泣いてしまうという。 手軽に自分の気持を携帯電話で誰にも伝えることができる反面、 孤独になる機会が少ない為に、チョッとしたことで精神のバランスを崩してしまうという。 常に誰かと繋がって (字数制限のためカット 2010年4月01日) ・・・・・・・・・・ 2003年04月01日(火) 727, 「結婚スピーチ 」-読書日記 ー死ぬまで忘れられない話 ー この本がタイトルとは違って、斉藤茂太の人柄の為か面白いのだ。おそらく我々のスピーチの数十倍の機会が多いから、 色いろの逸話を集めたのだろう。考えてみれば、夫婦の何ともいえない機微を取り上げるのは結婚式が一番多い。 夫婦の関係ほど微妙で複雑で赤裸々で面白いものはない。 (字数制限のためカット 2013年4月01日) ・・・・・・・・・・ 2002年04月01日(月) 363,人に好かれる方法 * 聞き役 学生時代読んだ本に、カーネギーの「人を動かす」という本があった。 その中にあったデールの6原則があった。 1、名前を覚える 2、聞き手にまわる 3、誠実な関心を寄せる 4、相手の関心を把握する 5、笑顔で接する 6、褒める ーと記憶している。学生時代まだ田舎を出たばかりで、 人間関係の都会的感覚が身についてなかった。 (字数制限のためカット 2013年4月01日)
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2013年03月31日(日)
ー「世間」の捨て方 ー ひろ さちや (著) * 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》 「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で 農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。 それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。 ーその辺りを抜粋してみるー ≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。「武士という者が日本を悪くした存在です。(略) 武士の頭の中にあるものは主君に使えるということだけ。 端的に言えば、奴隷ですよ。(略)この奴隷というものを、武士道 だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。 戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、雇われの用心棒だった。 「日本は典型的な武士の社会。鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫ ▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と役職と禄高で、社会的評価がされている。 そうこうみると、我われは現在でも奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、 人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた 武士のつくった武士道など信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると ≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して 武士道精神と単純に解釈されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、山本常朝自身は 「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、死を美化した書物と一括りに出来ない。 現代でいう ビジネスマナーのマニュアルに近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に近代人の想像する ところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では 地方武士の生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本としての一面もあり、 『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を 付けたがる。商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が必要だから、道を思い浮かべた のだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。 絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。 ・・・・・・ 2012年03月31日(土) 4023, シングルイン、31年間の総括 ー5 * どこで間違えてしまったのか? 「会社の寿命30年説」を検索したところ、日経ビジネスが1983年に総資産額のランキング分析を基に唱えたもの、とあった。 私の事業も、この説のとおり30年で寿命を向かえた。 創業当時、私が30歳代半ば、当時のマネジャーと次長は20歳半ばから後半。 30年後の現在、三人の平均年齢が60歳近くになっていた。 ホテル4棟の平均年齢も25年になっており、引き時と見ることができる。 ここで、三つの震災などの外的要因を別にして、「この事業、何処で間違えてしまったのか?」という問いを立ててみる。 ◎ 首都圏から新幹線2時間圏内の駅前ホテルの客室需要が数分の一に落ち込む予測が出来なかったのが大きな原因。 ◎ 更に企業の営業活動のあり方が、この20年間に根底から変わってしまった。20年前のバブル崩壊と、ソ連・東欧の崩壊で 東西の垣根が無くなり、グローバル化が日本の国力を根こそぎ奪ってしまった。 その意味を捉えることが出来ず、 思い切った方向転換を出来なかった判断ミスが次の要因。 ◎ それに加えて1995年にマイクロソフトが、ウィンドウ95を発売、パソコンが飛躍的に使いかってが良くなり、爆発的に普及した。 それにネットが結びついたネット社会が現実社会の上位に出来てしまった。これで、ビジネスのあり方が根本的に変わってしまい、 経済も社会も、スピードと変化が激しくなった。 それが資産デフレと物価デフレをもたらしていった。 ◎ 首都圏と地方という経済と社会の関係が、首都圏と東南アジアとへシフトが変わっていった。 そのため、日本の地方の力を 大きく削いでしまった。 それにリーマンショックと、東北大震災が重なり致命的大打撃になってしまった。 ー 以上を、簡約すると、 * 20年前のバブル崩壊の影響が、ここまで日本を弱体化させる重大性が理解できなかったこと。 * 資産デフレと、物価のデフレが、これほど長期に続くと読めなかったこと。 * 情報化で、ネット社会が現実社会の上位に出来上がり、経済・社会を根こそぎ変えたスピードが、ここまで早いとは。 要するに、バブル崩壊と情報化がもたらす影響の大きさの読みが甘かったこと。 30年前は新潟駅に新幹線がオープン。 新潟駅周辺は活気に溢れていた。しかし10年後のバブル崩壊で、20の都市銀行も 3行になっていった。 時代の激変がもたらす影響を理解できず、バブル後に、さらに客室数を増加させた。これが最大の間違い。 間違ってなかったとしても、それも時代の大津波が襲って破壊しているだろうから、どこで間違えたのだろうか?という問いが 間違えていることになる。 継続しているじゃないか?というが、良くて半分、悪いと五分の一。 これに原油高に、消費税のアップ。 ・・・・・・・ 2011年03月31日(木) 3657, つれづれに 私にも大きな試練と転機がきた。 65歳ということか。 毎日が、原発事故の悪化を示すニュースである。 本格的な恐慌へ一歩踏み込んだようだ。 今日は、ホテル開業30周年になるが、 ・・・ 違う意味でのメルクマールになる! 偶然だが、去年同日の下の文章が身に沁みる。 ・・・・・・・・・ 2010年03月31日(水) 3292, 人みな骨になるならば ー8 * くぐり抜けた境地 (p−237) ーまずは、スカッとする?部分を抜粋するー (人によれば、冷水を浴びせらた感じか!) これまで縷々と述べてきたことは、要するに世界はわれわれに対して、期待するほどには親切ではないが、 危惧するほど冷酷ではないということだ。 もちろん、われわれの幸運・不運によっては、期待する以上に 慈悲深かったり、また危惧していた以上に残酷だったりするが、それにも特別な意味などないのだ。・・・・ 究極の課題は、われわれがあらゆる無用な縛りを脱ぎ捨てて、自分だけの人生を積みあげることである。 それはたぶん海岸で砂の城を築くような児戯でしかないだろう。いずれ波が浚っていき、後には元の砂浜が残るだけだろう。 そのことが何故、かなしむことなのだろうか。われわれは僅かな時間でも立派に砂の城を積み上げたのに。 この事実だけは、何も否定できない。神であろうと宇宙であろうと。われわれの人生というものは、 ひとつのモニュメント≪記念碑≫である。 それだけで意味や価値の有無など関係ないのである。 ・・・ 誰も認めたがらないことだが、おそらくわれわれ一人一人の人生は無駄である。われわれの人生は将来だれにも 顧みられることのない記念碑なのだ。歴史的・空間的に座標を持ちはするが、束の間に開花して終わるモニュメント でしかない。 早晩、誰も憶えている人が居なくなってしまう無駄な記念碑こそが、われわれ一人一人の生涯である。 無駄ならせめて輝く無駄でありたい。この場合、「何もかもが無駄なら、輝こうが輝かなくても同じだろう」という野次には 抵抗力をつけておこう。 単に、くすんでいるより、輝いていた方が良いだけだという、切り返せなくてはならない。 この「無駄である」という自覚を通してしか、われわれは知的な、あるいは心情的な束縛から抜けきることが出来ない。 「無駄である」という覚悟がないと、現世のさまざまな意味や価値や人道や正義に惑わされてしまう。 臨斉義玄が警戒した「人惑」とは、これら総称したものである。・・・・意味や価値の雲海を抜けきった先には、 実は何もないのである。 それを解放と感じることができない人々は、元の古巣に戻るしかない。・・・ 「おそらくわれわれの一人一人の人生は無駄である」 「無駄であるという自覚を通してしか、知的な、心情的な束縛からぬけきることができない」 「人生が無駄であると悟ることで、意味や価値の雲海を抜け、その先が実は何もないことを知り、 それが解放と感じる境地が全てである」と。 般若心経の色即是空、そのものではないか。 それを虚無主義とかいうベールで包んで、色=現象の世界の絶対言明としている全てを根こそぎ掘り起こし、 そんなものは何ということはない!と、断じているのである。 虚無も決してマイナスではないのである。 チロリか ・・・・・・・・ 2009年03月31日(火) 2917,日本人の8人に1人が鬱病! 現在日本人の8人に1人が鬱病という。女性と男性の割合は、女性2に対し男性1、の割合で女性の方が倍になる。 イタリヤ人は4人に1人の割合というから、陽気なイタリア人のイメージとは、かけ離れている。私自身は20歳代半ばまで 少しは欝的だったが、本質的には陽気。 欝は青年期は誰でも通る道。精神的な落ち込みは独りで乗り越えてきたが、 落ち込む余裕さえ無かったのが実情。20年ほど前になるが、取引先の営業の人が重い躁鬱になってしまった。 病院の塀の上から内側に落ちるかどうかの際どい場面が何度かあったが、何時の間にか、その病気の聞き役になっているうち、 コントロール役になってしまっていた。その人も数年前に亡くなったが、「原因」は、プライバシーに関わるから書けないが・・。 本人の口から欝の状態をこと細かく聞いたが、壮絶の一言である。 家中の家財をバットで叩き壊すなど・・・。 自分では、コントロール不能とか云々。亡くなる数年前から、自分で危なくなると、医者に行って入院を10日ほど願い出て、 落ちつくと退院をしてきた。そうなると精神病ではなく、精神症というらしい。病と症の境は、周囲に迷惑をかけるかどうか。 精神も肉体も同じで、病である。医者と相談をして、発症したときは薬を飲んだり入院をして俗世界から一歩引けばよい。 そのことを本人が相談にくるといい続けていた。欝になる前には必ず異常な躁状態になる。そうすると周辺から電話がかかってきて、 「欝の発生の予告」が来る。 そして、何時ものパターンが始るのである。今回の調査の結果の「8人に1人が鬱病」には驚いたが、 周りをみると、そういえば・・。2〜3家族に一人になるから深刻。生真面目で、常に誰かに頼っていて、周りに気づかいをしすぎ、 自然の笑いの無い人。私は自分の弱さを知っているので、予防の知識を充分に積んだが、それでも最近の不況は心を暗くする。 毎朝ウォーキングをし、仏壇前で5〜6分瞑想的な祈りをし、美味い酒でも飲んで憂さを晴らせば欝になりようがないと思いきや、 そうでもない。歳をとると何らかのカタチで欝的状態がついてまわる。そりゃそうだ。一つずつ病が加算され、身体は老いていき、 友達・親兄弟は亡くなっていけば、欝状態になるのが自然である。 この世界恐慌は「グローバル欝」を誘発する。 それを利用して戦争を起こし、チャラにしたのが、これまでの方法。 これからは、無いとは言えないのが世界である。 突き詰めると、やはり戦争?? ・・・・・・・・・ 2008年03月31日(月) 2553, ヒルティの幸福論 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] アランの幸福論といえば、次にヒルティの幸福論を取り上げなければなるまい。 幸福論といえば、この数年来、哲学に熱くなっているので、浅いというイメージがわいてしまう。 格言や、哲学書の中で、軽く考えるレベルと信じていた。しかし、突き詰めれば幸福感を求めているのかもしれない。 幸せな人より、不幸せな生き方の人の姿?から、その不幸論がシビアに見えるからである。 まあ、それはそれで・・・・ いや、無知が全ての原因ということが、あまりに哀れで! 自分の姿を合せ鏡で見えたのだろう。 所詮、人間は結末は不幸なのだから。カール・ヒルティは1833年生まれの法律家。 アランの「幸福論」はストア哲学的であるのに対してヒルティの「幸福論」はキリスト教的で、お堅い。 アランの幸福論ともに、幸福を、自分の内部だけで完結するものでなく、自分を離れた、外的な環境や社会に対しての関心や、 献身的行動にこそ幸福があるとしている。ヒルティの幸福術のポイントといえば、仕事こそ最高の幸福と思い、 良い習慣を身につけることだ第一 自分の意志で幸せになれる 人間を知ることになる。 ーそれぞれの印象的な部分を抜粋してみた。 「我を忘れて自分の仕事に完全に没頭することのできる働きびとは最も幸福である。」「本当に大切なのは、なによりも習慣の問題である。 第一の主要な規則は、すなわち、われわれは消極的に悪い習慣を捨てようと努力するよりも、むしろ常に良い習慣を養うように 心掛けねばならぬということである。」 日) ・・・・・・・ 2007年03月31日(土) 2188, 宮城まり子 ー3 (~Q~;) おはよう?? 今日で日経新聞の「私の履歴書・宮城まり子」が終わった。深い世界を垣間見た思いである。純粋な動機こそ一番強いのだろうか? 彼女にとって、この生き方しかできなかったのだろう。障害者の一生を受けとめることは、生易しいものでない。 人生の全てをかけて受けとめているのだから、これこそ人生の格闘である。数日前の、この場面が彼女の性格と強さが出ている。 「私がやらなければならない!」という自負が、捨て身でコトに当たれるのだろう。 ▼ ねむの木学園が始まったばかりで高校に進学する子はまだいませんでした。 「なぜ」「制度がないんだよ」私は躊躇いもなく東京に帰って、首相官邸に行きました。 1972年の9月16日。どんどん入っていって、「首相にお会いしたいんです」と言うと、2~3分もしないうちに、大きなしわがれ声が して田中角栄さんが出てきました。「今日は、総理大臣にお知らせしたいことがあって参りました。両親のない子、貧しい子、 よくできるのにお金がない子が日本中の擁護施設にいます。大學にいくらなら自分で働いたらよいでしょう。 けれども働いても定時高校にいけない子もいます。その子が優秀なら高校にいけるようにしてください。面倒を見る職員のことも 少し考えてください。」「高校へ?」「はい」。総理はしばらく黙って私を見ておられましたが「やあ、ありがとう。 勉強になりました。すぐ返事ができなくて残念だが、待っていて下さい」と言われました。翌年1月17日に二階堂進官房長官から 連絡施設が入り、養護入所児童等で高校に進学できる能力を認めたものには国からの費用を交付する。直接処遇職員については 基本給に12~16?を加算するという制度に変わったことを教えていただきました。吉行淳之介さん、亡くなって13年たちますが、 ねむの木学園で格闘しているうちに、愛する淳之介さんの病気が、慢性の肝硬炎から肝硬変に進み、その原因がC型肝炎であることを こっそり知らされました。 (字数制限の関係でカット 2012年3月31 ・・・・・・・ 2006年03月31日(金) 1823, 日暮里界隈 ー3 才八∋ウ_〆(∀`●) 飲み屋の話になると話は、止まらない! 日暮里の・谷中銀座の商店街が、何ともレトロの味がある。数十軒の商店が両側に並ぶが、空き店舗が一軒も見当たらない。 昼間は観光客で溢れかえっているのだろう。魚屋、衣料品店、肉屋などパパ・ママストアには商品が満ちていた。夕方の閉店まぎわの 店の雰囲気が何ともいえない情緒がある。こういう風景に惹かれるのは地方の商店街では、もう失われてしまったからだ。 その通りから一歩はいった処に、情緒ある居酒屋が目に入った。前までいくと料金が書いてあったが、普通の居酒屋の倍近い。 次男も一緒なので、たまには良いだろうと入った。25坪ほどの店だが居酒屋にしては高級つくりである。変わっているのは、 店の中央に奥の料理場から人ひとりが商品を出せる空間のある10席位のカウンターがある。(吉野家のカウンターのような・・) サラリーマン風の中年男性が4人飲んでいた。その入れ替わりに60歳代後半の品の良い旦那様風の人が入ってきた。 何かのキッカケで話を始めたが、上野周辺で『三河屋』という老舗の葬儀関係の商品を扱う旦那という。 ( ・・)つ?{}@{}@{}- やきとりどーぞー♪ 「新潟から来て、東京在住の息子と飲んでいる」というと、 自分の生活圏の文化ー趣味(常磐津・・)とか、町内の話などを面白おかしく話してくれた。 下町文化の話は聞いていても飽きない。二軒目に入った店なので、あまり注文しなかったためか高くは なかった上に谷中ならではの雰囲気を充分味わえた。 旦_(。-_-。)いい仕事してますな? ところでJRの日暮里駅駅周辺の居酒屋は、店構えは良いが殆んど外れである。 下町の為か、朝鮮系の店が多い。宿泊しているホテルに紹介された駅近くの居酒屋に行ったら、かん酒(前の客が残して アルコールの抜けた酒)を出されたり、どう計算しても何割か高く後味の悪い思いをしたこともあった。 日暮里界隈というイメージとおりの危ないところもある。その危なそうなところが面白いのだが!バイ ._〆('Д'*⊂⌒`つ ・・・・・・・・・・・・・・ 2005年03月31日(木) 1458, はだしの学者ー西江雅之 以前、図書館から借りた西江雅之の旅行記「花のある遠景」を読んで、常識をはるかに超えた生き方に驚いてしまった。 世界を乞食のように放浪して、その土地・土地の言語と文化の研究に従事、50ヵ国の言語を話す。 ハダシの学者といわれるように、目線が現地人になっている。そのためか、どこの地に行っても誰とでも友人になってしまう。 (字数制限の関係でカット 2012年3月31 ・・・・・・・・ 2003年03月31日(月) 726, 結婚式で思う 私は結婚式と葬式に参列するのが好きだ。 その中に色いろな人生の圧縮がみえるからだ。 一般には「人生で集まって褒めてくれる」のは、「生まれた時と結婚式と葬式の三回」だけだ。 (字数制限の関係でカット 2013年3月31)
・・・・・・・・・・ 2002年03月31日(日) 362,ある思い出-慈善 中学の頃の話である。 隣にMという一家がいた。そこに一歳年上のカッチャンという遊び友達がいた。 その家の裏に倉庫があった。そこに乞食のような生活をしている親娘が住んでいた。母親が肺病で、私のある姉に あの家の近くに近寄らないように言われていた。カチャンの母親が気の毒がって面倒を見ているという。 (字数制限の関係でカット 2013年3月31)
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2013年03月30日(土)
「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著) * 私たちの住む宇宙は、10の27乗.10のマイナス35乗の世界 ー2 【 宇宙は10の27乗メートル、素粒子は10のマイナス35乗メートル。これが、私たちが存在する自然界の「幅」。 その両端にある宇宙研究と素粒子研究のあいだに62桁もの「距離」がある。ところが最近、まったく関係なさそうに見える 2つが、実は密接につながっていることがわかってきました・・】 これが、この本のポイント。 今回は素粒子になるが、どうも10の−35乗という世界の実感が沸いてこない。137億光年の彼方より私を逆照射して、 更に8桁小さい素粒子の世界を科学の言葉として突きつけられたのである。それを実感じろという方が無理。 「人間の大きさを一として、外界は137億光年の広がり、内は、その広がりを逆算した、更に8桁も小さな素粒子。 そして、宇宙と素粒子は同じようなもの? 何なんだろう、これは? ーまず、この辺りのポイントの箇所を抜粋してみるー ≪ ちなみにリンゴー個と原子-個の大きさの比は、天の川銀河と地球の大きさの比と同じぐらい。 天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさしかない。さて、原子1個の直径は、 10の−10乗メートル。かつては、これが「この世でいちばん小さいもh素粒子」だと考えられていました。しかし、 やがて原子にも「内部構造」があるーつまり「もっとバラバラにできる」ことが判明します。原子の中心には「原子核」と 呼ばれるものがあり、そのまわりを「電子」がくるくると回っている。先ほどの「原子の直径(10の−10メートル)」とは、 電子が回る軌道の直径だったわけです。そして、電子の軌道から原子核までの距離は、決して近くありません。 地球と人工衛星ぐらいの距離感をイメージする人が多いと思いますが、原子核の直径は電子の軌道よりはるかに小さく、 10のマイナス15乗メートル。電子の軌道の10万分のーです。もちろんミクロの世界の話ですから、私たちの目から見れば どちらも同じようなものですが、実際は5桁も違う。富士山の標高と地球の直径でさえ、4桁しか違いません。 原子核から見ると、電子ははるか彼方を飛び回っているのです。この原子核の発見によって、「素粒子」のサイズは一気に 小さくなりました。ところが、話はそこで終わりません。原子核にも「陽子」や「中間子」といった内部構造があり、その陽子や 中間子も、いくつかの粒子によって形づくられているのです。 その粒子が「クォーク」と呼ばれるもの。いまのところ、 クォークこそが真の「素粒子」だと考えられています。その大きさは、どんなに大きく見積もっても10のマイナス19乗M。 かつて「素粒子」だと思われた原子とは9桁、その真ん中にある原子核とも4桁違うのです。さらに重力と電磁気力、そして あとで説明する強い力と弱いカも統一すると期待されている「ひも理論」は、素粒子の大きさは10のマイナス35乗Mだと 考えられています。≫ ▼ 世界は「ウロボロスの蛇」(蛇が自分の尾っぽを齧っている絵)で、宇宙研究と素粒子研究の二つが密接に繋がっていて 原理的に同じという。 「天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさ。 これが10の−10乗。 素粒子は−35乗」と言われても、実感など出来ようがない。ただ「物は事の変化の過程の有り様」という意味が少し 分かるような気がする。振り返れば過去は夢幻でしかない。いや現在もである。「実は宇宙のエネルギーの96パーセントが、 他の宇宙からループ状の管の先から無限に注ぎ込まれている」と言われても、「何それ?」の話になる。 まあ、面白い! ・・・・・・ 4022, シングルイン、31年間の総括 ー4 2012年03月30日(金) * あの日から今日で会社の一周忌 あの日から、今日で一年になる。17時を持って弁護士二人と女事務員二人と、私と役員二人が同席の中、 「今日の17時を持って会社は消滅をしました。ご苦労さま!」と弁護士が宣言、全員起立をし深々と頭を下げた瞬間、 31年間の(株)ホテル・プロジェクトは消滅した。 そして、3つの会社実印と通帳の全てを弁護士に引渡し、 総務・経理関係全ての弁護士事務所への引継ぎが始まった。 3月18日に会社解散を決めた瞬間から整理手続きが始まったが、 全てがドラマのよう。 翌日31日9時から、銀行に弁護士と事情説明にまわり、午後13時に従業員全員を集めて解雇の言い渡し。 その後に退職手続きに入った。 修羅場には異常に強い方だが、不安そうに事情を聞いている従業員の姿を目の当たりに見て、 「気の毒。悪かった。」という言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、涙が溢れ出てしまった。 弁護士の手順は慣れたもの。一つずつ流れが、 進んでいった。 丁度、東北大震災と原発事故の進行が重なり、現実離れした映画の渦中にいるような日々。新潟駅周辺には、 自国に逃げ出す中国人と韓国人が溢れていた。 自分では冷静と思っていたが、実際は動転していたようだ。 「交通事故だけは気をつけて下さい。普段の数倍の確率で起きるのが通例で、大よそ一割の人が事故にあいます。」と、 弁護士に何度も注意された。 実際にマスコミが騒ぎ出すのは、その一週間後になった。 弁護士が「直接原因は、東北大震災」と 流したため、ニュースは全国レベル。 家に隠るのは精神上悪いので県外のホテルでも行っていようか、弁護士に相談すると、 「ここで後ろ向きの行為は、なお良くない。家にいるべき」という。 これも一理と納得。 日曜日18時のドキュメント「バン記者」 のスタッフから、「一連を取り上げたい」と早速電話が入ったが、もちろん断った。毎月、月次決算のために30年間、事務所に来ていた 会計事務所の担当が、「あなたは、処理過程を楽しんでいる。何が起こっているか、理解していないのでは」と、呆れたようにいう。 腹を据えてしまえば、後は冷静にコトに従うしかない。全力で、事に取り組めば、自然と体が浮いたように動く。 それが活き活き 楽しんでいるように見えたようだ。 冷静に振り返ると、創業の生みからみれば、万一の準備を備えていれば、苦しみは数分一。 それが第三者には見えない。 長年かけ準備をし30年も続けた事業は、行蔵として強く残るもの。 死や人生と同じである。 考えれば考えるほど、この事業に心底、感謝している。 結果に、悔いも、未練もない。「 ご覧のとおり、そのまま結構! 」 ・・・・・・・ 30年前の3月31日を前にして 2011年03月30日(水) * 創業30周年の日を前にして ・・ そういえば、明日が30年前の命がけで始めたホテル開業の日である。 当時の名前はベンクーガーホテル。 その一月前の2月28日にホテルの一角でデザイン学生服をオープンをしていた。いま思い出しても、良い時代だった。 一瞬で消え去る学生服メーカーのネーミングをホテルにつけるという奇抜さが話題をよんだ。平日はホテルに集中。 土日は学生服を販売する変わったホテルである。チンケといえばチンケだが。 当時は、まだ高度成長時代の真っ只中、 創業前に人材を集めるのが大変な時代。 当時と現在の、時代の格差に驚きざるをえない。ホテルなど誰も経験者がいない中で、 右往左往の緊迫した日々が懐かしい。 何かにガムシャラに前に向かえば、そこには求めるもの答えがあった。 私たちは時代背景の中でしか生きることが出来ない。そして、30年後の現在、当時より客室の価格平均が三割以上も下がっている。 平均給与は数倍に上がっているに関わらずに。ドルショック、バブルとバブル崩壊、2001年の9.11テロ、2008年の9・15のリーマンショック。 そして、この大震災。その中で特に日本は、その都度大きく変動した。自分の人生を振りかってみて、時代の要請にそって 能力をつくり上げ成功と挫折をしながら生きていく、それが人生だった。事業は30年が大きな節目になる。その節目がきた。 ・・・・・・・・ 3291, 人みな骨になるならば ー7 2010年03月30日(火) * 健康法は一種の信仰である ー まずは、その一部を抜粋してみる ー 長年医者をやっていて、少しは自分でものを考えたことのある人は、病気や寿命は畢竟するところ「運」ということを知っている。 昔ならとうに亡くなっている人が、現代医療で長生き出来たケースもあるが、現代に生を受けた強運である。次に、感染や、 悪性腫瘍、循環障害の大半は不運に起因するところが多い。 出会いしかり、遺伝・体質しかり、生活条件しかりである。 これに無理に生活習慣病と名づけ、本人の素行いかんで完全に予防・解消できるという発想は、希望的観測や信仰に近い。 ただ皆がそうであることを熱望しているから信じられているだけだ。 健康や寿命まで運次第というと不安だからだろう。・・・ ありとあらゆる健康法をしたところで、それは入手できる限りのお守りを持っているのと大差がなく、死病を発する時には やはり発するのである。5歳で白血病になる幼児や、20歳過ぎてクモ膜下出血をおこした青年にとって、健康法がいかなる意味があるか。 ・・・ むしろ健康法とは一種の信仰なのである。本当かどうかは二の次である。「これさえやっておけば」「これをやめておけば」は、 健康と長寿が保証されるかを信じこむことで不安を紛らわせているに過ぎない。つまり健康法とは念仏とかわらないのである。 たしかに健康法や健康習慣をつづけることは念仏百万遍と同じ安心感につながる。・・・少なくとも無心で念仏を唱えることは 精神衛生によろしい。 もし当人にとって健康食品が美味しく、スポーツが楽しく、タバコが嫌いで、規則的な生活が好きなら、 念仏が趣味と同じで、それに越したことはない。 それは本質的に健康法ではなくて、単なる好みの問題である。 ・・・結局、健康法や養生法というのは、いくぶん不確かな「何かのための手段を確保しようとする試み」以上のものではない。 むしろ大事なのは「何か」のほうであって・・・ モーツアルやショパンが作曲そっちのけで健康法に没頭して長生きして 孫に囲まれゲートボールを楽しんだとして、後代のわれわれにとって何の意味もないし、彼等はモーツアルトでもショパンでもない。 さらに、はっきり言えば、古今を通じて健康法や医療によって最終的に死を免れた者は絶無である。 ▼ 現在も、健康法を色いろ続けている。 ウォーキングは三十年近く続けているし、健康食品も幾つか飲み続けている。 しかし、「そんなものは御守りでしかない」「それを続けていることで安心しているに過ぎない」とまで言うのか。 私は、もしウォーキングを続けていなかったら、間違いなく高血圧などの成人病で、死んでいるか、重症になっていると、 今でも信じている。 しかし、それをしているから少し不節制をしても大丈夫という慢心が出ていることも事実である。 「酒飲まず、煙草も吸わずに、百まで生きた馬鹿がいる」というが、「酒を飲み、煙草を吸って、百まで生きた奴がいる」になる。 実際は、やはり不摂生をした方が早死している。ストレス解消に、徹夜で煙草を吸いながらマージャンしている人に、 癌や高血圧になる人が多いのは誰の目にも明らかである。それで死んでも、死ななくても、その程度でしかない?ということか。 ・・・・・・・・ 2916,とんでもないことなんだよ! 2009年03月30日(月) 先週の金曜日の昼、新潟駅至近にあるレストランでのこと。隔月ぐらい入るが、パンとコーヒーが美味しい店である。 食事が終わった後でコーヒーが美味しかったので、追加料金が100円こともあり注文をした。 ところが一口飲んで噴出しそうになった。 (ぬるま湯ではなく)ホボ水に近いコーヒー。出してくれた女性に思わず 「水に近いけど、これって、とんでもないことなんだよ!」と言ってしまった。それより何で、水に近いコーヒーを 出してしまったのか、その方が興味を持った。コーヒーに濃い目と薄めとメニューにあったので薄めを頼んだが、 湯を継ぎ足すのを水と間違ったようだ。 (字数制限のためカット2012年3月30日) ・・・・・・・・・ 2552, アランの幸福論 2008年03月30日(日) 「幸福論」は、古典的に読み継がれているのが、ヒルティ、ラッセル、そしてアランがある。 この3つは世界の三大幸福論と言われている。 アランは、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者。 1906年のはじめ、アランは地方紙に、毎日原稿用紙2枚程度の短い文章を書きつづけ、このコラムは 「あるノルマンディー人のプロポ」という見出しで、第一次大戦が勃発する1914年までにこうしたプロポを3078編、 さらに大戦後に約2000編を新聞や雑誌に書けた。 健全な身体によって心の平静を得ることを強調。全の不運や つまらぬ物事に対して上機嫌にふるまうこと。 また社会的礼節の重要性を説く。 「幸福であることは他人に対する義務である」「私たちが自分を愛してくれる人のためになしうる最善のことは、 自分が幸福になることである」「望んでいることはすべて、人を待っている山と同じ。自らよじ登っていかなければ ならないのだ」「上機嫌療法を行うと、物事を気持ちの良いシャワーのように受け流し、筋肉をのばししなやかにし、 食欲がすすみ、気分がさばさばして、生命が元気づく。」「もし道徳論を書かねばならなくなったら、私は、 上機嫌を第一位におくだろう」「新年の贈りもので私がお勧めしたいのが、上機嫌である。これこそ、贈ったり、 貰ったりすべきものだろう。何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。これこそ、交換によって増大する宝物である。 あなたがどこへ投げ捨てても、それは芽を出し、花を開くだろう」「運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間にも、 新しい世界が生まれているのだ」「嘆きも悲しみも、鳥と同じ。ひょいと留まっては、飛びさっていく」 「まず自分がほほえまなくて、誰がほほえむのか」「私は投獄されれば、毎日たった一人で笑うことを健康法とするだろう」 「幸せとは、すべてが満たされている状態ではなく、多少の満たされない部分があり、それを追求するところに幸せがある」 「体操と音楽とがプラトンの二大療法であった 」「深い悲しみは肉体の病的状態の結果である」 「うつ病者は、グルメのように自分の悲しみの味をかみしめてばかりいる」 「悲しみは病気なのだから、あれこれ理由など考えず、病気として我慢すればいい」(5.ふさぎの虫) 「子供たちには幸福になる方法をしっかり教えるべきである。その第一の規則は、現在のものにせよ、 過去のものにせよ、自分の不幸について、決して第三者に話さないことである」 ーーーー この本は学生時代に読んだが、本はもう手元にない。そこで図書館から借りて読んでみたが、時間を隔てた後に読むと 受け止め方が違ってくる。幸福な人と、そうではない人(不幸)の経験をしたり、周囲に実例を多く見たためである。 (字数制限のためカット2011年3月30日) ・・・・・・・・ 2006年03月30日(木) 1822, あちら側の世界 ー4 (@°▽°@)ノオッハヨー ウェブ進化論ー4 ーオープンソース現象ー 「オープンソース現象」が最近の潮流になっているというが、これが大きな変革をもたらす要素になる。 ー以下は、この著書 Pー176からの抜粋である。(非常に哲学的にも深い示唆がある) (字数の関係でカット2008年3月30日) ホンジャ o(▽^*)ノ~~ ・・・・・・・・ 2005年03月30日(水) 1457, 乱気流の恐怖 先日「台湾行きの飛行機が乱気流で42人の重軽傷者!」と報道されていた。私も台湾周辺で乱気流に遭遇したことがあるが、 あの恐怖感は言語で言いあらわせない。(どうなるかは神のみぞ知る異常事態)スーッと50?位?飛行機が垂直に落ちる感じで、 体が上につきあがりそうになる。それも何度もつづくから恐怖も頂点になる。 もちろん、シートベルトをしてなければ体が放り出されている。死なないと確証があれば逆に面白い?のだろうが。 飛行機は順調の場合は恐怖感はゼロであるが、乱気流に出あったり、飛行機に不調があるのではないかと疑いが 出たときは恐怖のどん底に落とされる。もしかしたら、このまま消滅してしまうのではないかという恐怖感である。 二十数年前のことだが、ハワイで「飛行機の上部が吹き飛んで座席が丸見えの状態で着陸をした映像」をニュースで見て、 そのリアルな状況にゾッとした記憶が鮮明に残っている。確か何人かが吹き飛ばされたと記憶しているが。 また映画でも墜落ギリギリの状態のものを何本か見たことがある。実際に経験したものでなければ、あの恐怖感はわからない。 飛行機は時速1000キロで一万メートル上空を飛んでいる。そのことに何もない時は気がつかないが、意識をした時にそのことに気がつく。 9・11の時も、実際にテロリストが飛行機を乗っ取ってビルに突入したのだから乗客は恐怖のどん底であったはずだ。 以前にも書いたことがあったが飛行機で夢を見たことがあった。自分が空に浮き上がっていく。電信柱が下に見えてきて、 まずいと思っているうちに夢から醒めた。そしてやっと地上にいる自分に戻ったと思った瞬間、自分が飛行機の中にいる。 その瞬間、直感的に空を1000キロの時速で飛んでいる体感がした。大声を上げて助けを呼びたいが、回りの人は寝ている。 その時の恐怖の極みを今も鮮明に記憶している。普通の日常では経験できない異常密室空間が飛行機の中である。 ・・・・・・・・ 2004年03月30日(火) 1092, 大相撲・千秋楽 一昨日が大相撲の千秋楽であった。 4人が11日目まで全勝。最後の一番で優勝が決まった面白い場所であった。 一時のつまらない時期を過ぎたようだ。外国出身の力士ということを気にしないようにしたら面白くなった。 幕下、十両、幕内前半に有望の歴史が目白押しに出てきた。大関・横綱になる素質は大体わかるが、それでも多くは外れてしまう。 (字数の関係でカット2008年3月30日) ・・・・・・・ 2003年03月30日(日) 725, 今日の結婚スピーチ 今日は会社の女子社員の後藤早苗さんの結婚式。 何か祝辞をいわなくてはならないが、これはというのが出てこない。気持ちの入らない祝辞ほど聞いていて、 いやなことがないのを知っているから流す事もできない。こういう時は自分の話しをすればよい。結婚観をそのまま 話をするしかないと思ったが、そうはいかない。初めて図書館で「祝辞・結婚スピーチ」のコナーを覗いてみた。 (字数の関係でカット2013年3月30日) ・・・・・・・・・ 2002年03月30日(土) 361,イスラエル 主観であるが、旅行をしたところに事件がおきる。ペルー、エジプト、イスラエル、そしてフィジー、 ケニアと次々と、ああそれとパキスタンとネパール。それから考えると、今度はヨルダンかシリアあたりか。 (以下、字数の関係で中間カット09年3月29日)
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2013年03月29日(金)
ー超「超整理法」より ヘリコプター勉強法とは自分で麓から山の頂上まで勉強するのではなく、ネットなどを駆使することで一気に山頂を極める方法。 野口悠紀雄著『超「超」整理法』にあった内容で、以前はパラシュート法といっていたもの。本など一番のキーポイントを見つけ、 そこだけ集中して学ぶ方法である。10数年前、ある知人に、「あなたの読書方法の要は何ですか?」と聞かれたことがあった。 直ぐ誰から聞き知った上で質問してきたのは分かった。その時に自然に出てきた答えは、「熟読する本と、目的を持って読む本を 分けている。後者の場合、読みに足りる部分を主観的に読む」であった。その答えがベストでないが、初めから対象に従うのでなく、 主観的に読むことでポイントを把握するやりかた。 随想日記を毎日書いていると主観的でなければ続けることは不可能。 そのため、読書感想文は自ずとヘリコプター読書法になる。 この本の何処が一番の要点か、まず探す。小説と哲学書以外は、 まともに読まない。80対20の法則で、20だけ拾い読みをするだけ。 図書館で借りて読むことが多く、10冊は机の前に 積んで置いて、時どきパラパラと流し読みをし、その後アマゾンの内容紹介と書評を読む。そこに幾つかのピンポイントが表示され、 関連した本の紹介まである。20分も流し読みをすれば八割は把握できる。それを纏め書き残せば、後々まで、残る。 だから面白く 病みつきになって続いている。 ところで国内外のパックツアーも、ピンポイントを揃えてパックにしている。ポイントだけに舞い降りると点で、「 ヘリコプター旅行法」ということになる。 旅通の人は小ばかにするが、ツアー好きな私など、元もと旅行などと思っていない。 専用ヘリで富士山頂上などの観光ツアーで充分。何も麓からの登山をしたいと思わない。富士の頂上から下界を眺めるだけで充分。 旅とツアーは違うのである。情報化の時代、熟読とヘリコプター勉強法を分けておくべきである。検索にキーワードを入れれば、 情報と他人の知識は幾らでも手に入る。その意味で、幾ら時間があっても足らないぐらいで、面白くて面白くて仕方がない。 幸せなことだが、何時、死を含めブラックスワンが舞い降りてくるか分からない。楽しめ、笑え、悲しめ! 今のうちである。 ・・・・・・ 4021, シングルイン、31年間の総括 ー3 2012年03月29日(木) * 計画倒産というが 何人かの知人に、「計画倒産?」と揶揄された。目先の資金ショートで倒産したのではないので、言われて当然である。 売上が10年で三分の一に減少、東北大震災で四分の一が予測されれば、99%行きずまりは見えている。 それを前提に続けるべきかを考えれば、見切り千両の決断は当然のこと。 そこで計画倒産について考えてみる。 何度か、ここで書いたが、私の理解している意味は、「手形決済をしている会社が倒産をする場合、仕入れ商品を増やし、 現金にして私用にまわし倒産すること」と、思っていた。 そこで弁護士に、「計画倒産って何ですか?」と聞くと、 ≪ 計画倒産と、計画的倒産は別物。 普通、倒産は資金繰りがつかなくなり資金ショートをして倒産する場合をいう。 しかし同じ倒産でも、事前に継続不能と察知したら、最小の混乱で済むように手はずを踏むのを「計画的倒産」という。 計画倒産と、計画的倒産は全く違う。詳しくない人は、それを混合し、噂のネタにする・・ 計画倒産か計画的倒産かより、「良い倒産」と、「悪い倒産」の分類を私はしています。≫ との答え。 高利貸しなど、街の金融が入り、家族・親戚に連帯保証の受け判を押させて、最後が自殺か夜逃げが、倒産に付きもの。 幼児の頃から、何時も夜逃げ話を聞いていた。それだけ商売の恐ろしさは知っていた。そして、身近の倒産をつぶさにみていた。 それもあり、「万一の場合、危機管理用の準備資金を用意し、運転資金に食い込んだ時点で、会社整理を考える」と決めていた。 それが去年の1月末に一時的に使いざるを得なくなった。 二年続けて3割減少していた売上が、三年目に入っても、 とどまることなく続いた結果である。そこで、色いろのシュミレーションをしたところ、半年から一年内の資金ショートが明白。 会計事務所の担当に相談すると、「事務所の三割の会社が今日明日の資金繰りに駆け回っているのが実態。下から、4割レベル」 という。しかし、取引先の月末の支払いをし、退職金を、あるレベルまで払えるのは、今しかない、とシュミレーションの数値は 示している。 7月には地デジ化のための客室テレビの入れ替えが予定されており、その上、ボイラーの入れ替え予定がある。 両方ともリース会社の受諾を受けていたが、事業継続が果たして正しい判断かどうかの正念場。 その矢先に、東北大震災。 30年の現事業経験からして、更に2〜3割の売上減が予測。 春恒例の催事が、ほとんど中止、宿泊のキャンセルが続いた。 その時に浮かんだのは、「一瞬早い決断は、打撃は半分で済むが、一瞬の遅れは2倍になる。ここの躊躇は、差し引き4倍の打撃。」 そして、閉鎖の二週間前に決断をした。これを計画倒産の範疇といえば、答えようがない。明日で丸一年になる。これも事業の一環。 ・・・・・・・ 地震 ーつれづれに ー14 2011年03月29日(月) * 自主的退避の言葉の持つ意味とは? 「自主的退避」と、福島原発事故で30キロ圏の住民に対して退避を勧めている。この言葉の持つ意味を考えると、 「本来は退避勧告をしたいが、その前に自主的に退避できる人は、早めに退避してください」「それぞれの事情に応じて 自分で退避してください」 ということだろう。 当初より政府の発表は常にパニックを起こさないように情報を流しているが、 それも重要のことである。 ところで、この原発事故で何で電力不足になるのだろか? それは関西と東京の周波数が違う為、 関西電力から東京電力へ電気送ることは出来ない、この国の解決できない大問題がある。違っていた方が一部業者の利益に なるためである。それが、この電力不足の最大原因とマスコミは問題にしない。マスコミは、広告費を電器メーカーなどから 得ているため、これを問題にできない側面がある。UC圏の周波数でさえ、統一してあるのに、単一国家の日本が、この有様である。 * 全国チェーンと地元チェーンの力の差 家内が、3・11災害以降、「ヨーカ堂が凄い凄い」が口癖になっている。近くに、スーパー原信があるが、 そこの多くの欠品が、ヨーカ堂には揃っているという。先日も東京に住んでいる息子にトイレットペーパーを 送ったが、原信との商品力が違う上に、送料が格段に安いという。こういう時に、会社の総合力が商品力に 出てくるのである。特に全国チェーンは、災害時こそ自分たちの全国区の強さを発揮して、信用を高めるチャンスと、 平時より災害時対策をしている。 原信は郊外型SC内に店舗があるため駐車をしやすいこともあるが。 ・・・・・・・・ 3290, ツイッター が詰まらない? 2010年03月29日(月) ツイッターを勧めた友人から、次のようなメールが入った。 《 おはようございます。昨日書きかけのメール残して帰り、今加筆しております。書きかけのメール完成させて、送信します。 ツイッターのことですが、私、どうも疑問に思っている事があり、貴方にお伝えしたく、メールしました。と言うのは、 ツイッターを見ても、貴方のツイッター以外あまり価値が無いように感じております。つまらないのです。 貴方みたいな、「ツイ友?」でも出来ればまた変わってくると思いますが、まだわが友にはツイッターをしている者はいません。 良い方法があれば教えて下さい。》 以上ですが、恐らく時間が無いのが半分以上の理由。 ―何度か、自分も上記のような気持ちになったことがある。 ・しかし、とに角フォローの相手の呟きを、ことあるごとに見ていると面白くなっている。 ・色いろのツイッターと、そこに貼り付けてあるブログとフォローからネットウェーブをして、相性の良いフォロー先を見つける。。 ・また#(ハシュタグ)の先の呟きの世界も面白い。 面白くなるまで、粘るしかない。(絶対に面白いから) ー以下は知人へのメールの返事。 非常に基本的な問いなので、思いのまま書いてみます。 実は、私も同じような壁があり、若い人のように気楽に フォロー先の人に話しかけられません。それでも、#bentou #obenntou の長野と八丈島の人に「美味しそうですね」とか、 発信すると返事が返ってきます。 もっとも、この二人と貴方だけですが。 以前、学生時代の友人との40年来のやり取りの文を随想日記に去年8月に書きましたが、 その人もツイッターを開始しました。 私の影響かどうかは分かりませんが、ツイッターのフォロアーに 仙台の同年代といえば、彼ではないかと思っています。 しかし、ツイッター上で話していません。 (字数の関係でカット2012年03月29日) ・・・・・・・・・ 2915,昔、地方と東京に6種類の金持ちが居たそうな 2009年03月29日(日) 日本には戦後、地方に6種類の金持ちがいたという。そして、現在彼等の多くが消え去ろうとしている。 ・山林家 ー>輸入材、人件費の高騰で資産価値の激減 ・酒造業者 ー>清酒離れで、戦後4000から1700に ・商店街の老舗旦那 ー>郊外化で、ほぼ消滅 ・地場の建設業者 ー>公共事業が激減、談合の締め付け ・医師 ー> ?? ・地場産業のオーナー経営者 ー>中国、東南アジアからの格安な輸入品の流入 高校の同級生の親の何割かが、この中に入る。 そして現在も似たようことを続けている。この数年で、その多くが死ぬか没落を始めた。 私は商店街の老舗?商店主の??息子。(自覚しているので御勘弁を!) 誰も彼も、彼らの息子なら、同じ?? いや、御立派なのもいる?(自分だけはマトモと思っているようだ)これに大農家で再開発などで買収された家も入るが、これだけは安泰?。 この30年、地方は没落の流れであったが、首都圏と東海産業ベルトラインは世界に向けての輸出を基盤として、日本を引っ張ってきた。 ところがである、そこが壊始めたというから絶望的と言わざるを得ない。「昔、東京には6種類の金持ちが居たそうな」と言われる日が 来つつある。 ・政治ゴロ、・官僚ゴロ、・土地成金ゴロ、・情報屋ゴロ・?・? ・・・・・・・・ 2008年03月29日(土) ー読書日記ー ディズニーの言葉 一言一言が胸に響く言葉ばかりである。原点を大事にしている創業者の理念が、ディズニーランドに、そのままあふれている。 一匹のネズミ(ミッキーマウス)がチャップリンが原型と始めて知った。あの大きな靴、そして上着はチャップリンの姿である。 なるほど、それならわかる! 自分の好きなことを人生を通して追求してきたディズニーの言葉だから、言葉の中に魂が入っている。 ・なかでも一番大切なのが“自信”、自分を信じるということだ。 ひとたび、こうと思ったら、盲目的に一片の疑いもなく、それにのめり込んでいくことだ。 ・幸福とは心の状態を言う。 物事をどう見るかだ。 幸福とは満足することだと思っているが、これは金持ちであることを意味してはいない。 ・男は仕事のために家族を犠牲にしてはならない。 ・本を適切なタイミングで読む、ということはとても大切である。 ・好奇心はいつだって新しい道を教えてくれる。 ・ディズニーの成功を支えている最も重要な要素は 遊び心と 好奇心だ。 遊び心とは、笑うことを愛する、 というアピールをする気持ち。好奇心とは、常に人間の心にあって想像力によって刺激されて生まれたものだ。 ・夢を実現させる秘訣を知っている人にでも、越せない壁があるなどとは、どうにもしんじられない。 私が思うに、その秘中の秘は 4つの“C”で要約される。 好奇心(Curiosity)、自信(Confidence)、勇気(Courage)、不変性(Constancy)だ。 ・すべての芸術家は何よりも先にまず喜びを与える人である。 他人を楽しませることが好きな人は、やはり同じように自分自身の喜びと満足を得ているのである。 ・・・・・・・・・ 2007年03月29日(木) 2186, 「勝負脳」の鍛え方 才八∋ウ_〆(∀`●)サン 図書館から月刊現代の新年号を借りてきたら、第四の知能「勝負脳」の鍛え方ーというレポートがあった。 数日前にフィギア・スケートで安藤美姫が逆転で優勝をしたばかりであった。 トリノのオリンピックで惨敗、他の試合でも、ここ一番の大勝負に勝てなかった。 勝負を決めるのは鍛錬だけでなく、色いろな運や脳力が必要ではないかと、実感していた。 ーまず、このレポートの概要をまとめてみるー 「頭が良い」とは、どんな脳を指して言うのかというと、 ・記憶する能力 ・イメージをつくる能力 ・覚えたことをパフォーマンスする能力(多重能力)という。 要約すると、「ものを覚え、それでも脳が忘れてしまうために、覚えた情報を一度脳内で再編集し、 その内容を表現するという流れを鍛えることで、頭をよくすることが大事である」ということになる。 この3つの能力を活用できる人が、勝負事で勝てるかというと、必ずしもそうはいかない。 スポーツの試合や受験、ビジネスといった実戦で勝つには「頭が良い」だけではダメ。 レポーターの提唱する脳の第四番目の知能は独創性や創造力を生み出す能力が勝負の鍵を握っている。 この能力を勝負脳となずけている。端的に言えば、勝負に勝つための独創性のある戦略を練る知能である。 アメリカのマックスウェル・マルツがサイバネティックスという成功の理論を提唱した。 それは、目的を明確にし、それを目的が達成するまで忘れない、というものです。 そんなことは、当たり前と思うかもしれないが、それがナカナカできない。 勝負脳を鍛える第一のポイントは、「目的と目標を区別すること」が挙げられる。 ・目的は勝つことであり、目標はどのように勝利するかです。 ・そして勝負脳を使って勝つには、目的よりも目標に集中することが大切なのです。 目標も目的も同じようなものだと思うが、それが違うのである。 両者の違いを説明するのに、フィギアスケートの荒川静香選手の例で考えてみると・・ 06年のトリノでオリンピックの金を取ったあと、こんなコメントを挙げていた。 「順位はまったく考えていませんでした。新しい採点方法に対応するために、演技ごとに自分の欠点を明らかにして、 一つ一つをいかに完璧にこなすかに集中していました。一位になれたことにビックリしました。」 彼女はトリノから採点方法が変わったことを理解していた。その意義を理解し、一つ一つの技をいかに素晴らしく 見せるかに集中したのです。スポーツだけでなく、ビジネスでも簡単に成功する人と努力をしても成功しない人がいます。 (字数の関係でカット2012年03月29日) ・・・・・・・・・・・・・・・ 2006年03月29日(水) 1821, あちら側の世界 ?3 ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨ ウェブ進化論ー3 ーロングテールとはー この本で印象的だったのが、ロングテールというキーワードである。 ロングテールが最大限生かせるようになったのは、情報化のなせる業である。最近買う本の半分近くが、アマゾンからの中古本である。 一度消費者が買って読み終わったというより、出版社か中間流通業者が個人名を使って販売しているのではとしか思えない。 ただ同然で買い入れて、それをアマゾンに貼り付けておいて、直接送ってきているのでは?また、一度買った本ー中古本は ロングテールの部類ともいえる。しかし、それもロングテールの大きさと長さを知らないのだろうか?世の中、音をたてて変化している! ーネット世界で利益を稼ぐ「ロングテール現象」とは何かロングテール(Long Tail:長い尾)とは? この言葉は最近少しずつ 米国で使われるようになった。ロングテールとは何なのか、本という商品を例にとって考えてみる。 一年間にどんな本がどれだけ 売れたのかを示す棒グラフを作ってみる。縦軸に売れた部数を取り、横軸には左から第一位『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』、 第二位『世界の中心で、愛をさけぶ』、第三位『バカの壁』……と売れた順に一冊ごとに棒グラフを連ねていく。 横軸には「一冊あたり五ミリ」、縦軸には「千部あたり五ミリ」でグラフを書くと、本の売れ方の全体像はどんな形状になるか? (字数の関係でカット2008年03月29日) ・・・・・・・ 2005年03月29日(火) 1456, 生命保険に入る馬鹿、入らない馬鹿 私は生命保険には入らない主義である。「馬鹿馬鹿しい!何で自分が死んで保険金が?それ位なら、その保険金を相手に 直接やるか貯金すれば良い。保険屋は確率の問題で、奇麗事をいってピンハネしているはずだ。」というのが私の理屈である。 もう一つは、「先のことはわからない、だから心配したって仕方がない。最悪の事態になったとして、それがどうした?!」 という考え方が基本にある。保険に入る人は「先のことはわからない、だから心配だ」という考え方なのだろう。 「だから心配だ」と「だからどうした」の分岐点で考え方が変わってくる。それぞれの人は色いろな立場と事情があるので、 私の場合の話と断っておくが。平均寿命80歳が、生死の五分五分のラインである。それ以上生きた場合、生命保険金は支払われない ものが多い。この辺に保険屋のマジックがある。その事実を知らない人が意外と多い。(母もそうだったが、この事実を知らないで 80歳まで保険に加入していた)80歳以前に死んだ場合に、残された家族の生活には有効であるから保険に入るのだ。 しかし保険屋というものは、不安事業でしかない。その不安をくすぐって加入させる保険のオバちゃんがいるのだろう。 したがって、詐欺的要素が出てくるのだ。壮年で亡くなった場合に、家のローンや子供の教育費が負担に対するヘッジとして 必要だろうが。といって博打であることも確かである。保険屋の立場からみれば、あくまで博打の胴元でしかない。 無知な大衆から利益を得るのが目的である。相互補助団体といえば、何処かの宗教団体と同じだが、不安解消ビジネスで あることも同じである。箪笥預金も同じだろう、将来が不安と、生活を切り詰めて貯金をして死んでいく。 お笑いであるが、本人にとって不安なのだろうが。不安感に対して、「それがどうした!」「で、どうした!」 「何とかなるわい!」「大丈夫大丈夫!」と自省してみれば、その金を楽しみに向けたほうが良いのがわかるはずなのだが。 無知の一番気の毒なカタチである。最後は生活保護を受けられるから何とかなるし、死んでしまえば一円もかからない。 自分は死なないと思っているから貯め込みたくなるのだろうが。「大金を残して死んだ孤独な老人」というのが一番滑稽である。 金の本質を考えれば哀れな生き方ということは自明である。使い切れないほど使って、大金が残っている人もいるから一概に言えない。 ・・・・・・・ 2004年03月29日(月) 1091, 公示価格は時代反映の象徴 少し日が経ったが先日、全国の公示地価が発表された。都心の一部が下げ止まり感とあったが地方は下落率が拡大していた。 (字数の関係でカット2012年03月29日) ・・・・・・・・・・・ 2003年03月29日(土) 724, プロ野球開幕 昨夜からプロ野球が開幕した。他に面白いプロスポーツやアメリカの大リーグ中継をNHKが衛星TVで開始した
(字数の関係でカット2010年03月29日) ・・・・・・・・・ 2002年03月29日(金) 360,末っ子相続 世界の何処の社会でも長男相続である。それが当然と思っていたら、末っ子相続の社会があった。 (字数の関係でカット2010年03月29日)
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| 4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1 |
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2013年03月28日(木)
「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著) * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の 大転換期にある」と素人に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が存在している」というから、 驚きである。この「宇宙は何でできているのか」は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、 これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・・ =まずアマゾンのー内容紹介ーより= ≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。では残り96%は何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。 誕生直後の宇宙は、素粒子が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。 だから、素粒子の種類や 素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。 本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」 「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、限りなく小さくて大きな物語。≫ ーキーポイントの部分の抜粋ー 【 この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、 最も小さいのが素粒子・・ たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって、1〜2メートル程度。 ビルやマンションはもう1桁上がって、数十メートルの高さ。東京タワーは333m、建設中の東京スカイツリーは634mにです。 それぞれおよそ「3×、10の二乗メートル」「6×、10の二乗メートル」。高い富士山(3776メートル)、「10の三乗」という桁数。 では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロメートルですから、メートルに直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。 その地球が太陽のまわりを公転する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗メートル)のオーダー。 でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の 軌道の約10億倍の大きさ(10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成しており、その銀河団は 天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。 それらをすべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに 1万倍(10の27乗)。こうなると「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので「10のX乗」という 表現が必要になります。これがまさに、いわゆる「天文学的な数字」のスケールなのです。】 ▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と極少合わせ10の62乗の世界。 しかし、この他に宇宙が10の500乗もある可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。 他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギーを供給しているという。これを読むと、 人生、社会、人間がつくり上げた神、正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。 それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく ・・・・・・ 4020, 事業生活39年の、独り語り ー6 2012年03月28日(水) 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして商売を当て、ビルそのものを 活性化しなければならない。 父親の死の問題もあって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的にみて 商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら確実に客を確実に 呼び寄せると直感。 そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。 その1ヶ月後の結婚と、慌しい日々が続いていった。 連日、朝の7時から23時までの激務である。 ≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。 千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という人生の初体験を同時に始めた。 丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となってしまたった。 そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、 地獄のような日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの 3人の激しい日々であった。“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、 “24時間(休んでいても仕事のうち)仕事”という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗するのは前者より 脱皮できない為である。 大手ス−パ−の創業期に入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが..その厳しさが全く違う。はじめの 数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる! という前提があった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち向かっていると、いつの間にか辛さが 辛さでなくなってくる、適応能力が自然についてくるのだ。 ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”を飲ませているのだ。 それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の 本当の恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件が月に一度はおきた。恐怖の中で 1人トイレの中で(他の人にはわからないように)震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ 腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、 お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。フランチャイズのシステムは今でも 素晴らしいものであった。標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、 このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 創業は辛い! 1973.11.07〜 ≫ ▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の出だしに経験することになった。現在からみると、 良い経験だが、実際に窮地に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギーを集中していると、 思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。 ・・・・・・ 3290, 地震 ーつれづれに ー13 2010年03月28日(日) * メルトダウンが始った? 2号機の付属建物で高濃度の放射能が検出された。濃度が《1000万倍》。メルトダウンが急速に進んでいるのか? 爆発が起こる 可能性があるのか?。急に政府が副首都を大阪といい始めたのは何故?等々、疑問が出てきたが、どうなるのだろう? 大使館が大阪や 京都に移動したり、外国人が大挙して帰国していったのは、正しい情報を持っていたため?知らぬが仏の仏様は日本人の茹で蛙だけか! * 関東大震災 今だ現在進行中の世界的にみても最大規模の大震災の真っ只中に日本はいる。この津波により破壊された原発事故も、 現在も予断を許さない事態。最悪のシナリオとして日本壊滅の事態もありえるのか。現在は「東北、北関東の壊滅」レベルだが、 これが「東北・関東壊滅」だけでなく、「日本壊滅」もありえる。実際のところ水の汚染が進んだら本州壊滅が現実的になる。 千年に一度の国家的危機の大震災に発展するのか。 ところで百年来の大震災といえば、まず思い浮かぶのが関東大震災である。 ー そこで、ネットで関東大震災を調べてみたー 【 関東大震災は、1923年(大正12年)9月1日(土曜日)午前11時58分、神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として 発生したマグニチュード7.9、海溝型の大地震(関東地震)による災害である。死者・行方不明者 14万2800人 地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。それが大惨事につながった。】 死体が山のようにつみ上げられいる画像をみたことがある。この時「朝鮮人が日本人を襲撃している」という風評が飛び交い、 数千人のの朝鮮人が殺害された。東北関東大震災からみるとマグニチュードは遥かに小さいが、火災が人的被害を大きくした。 この東北関東大地震は人口密度の低い東北ということもあり死者は関東大震災に比べれば少ない。 しかし大津波と原発事故で本州壊滅の危機に立たされてしまった。 まったく恐ろしい限りである。 ・・・・・・・ 3289, 「離婚確率」が30% ! 2010年03月28日(日) 「離婚確率」が30%になったと新聞で報じていた。40年前の4・5倍という。 まずは、ー先日の新聞記事によるとー ≪ 結婚した人が離婚する確率が約3割に上ることが25日、厚生労働省の統計で分かった。 最低だった40年前と比べ約4・5倍に増えている。離婚件数は平成14年をピークに6年連続で減少傾向にあるが、 離婚する確率は上昇し続けている。・・・・平成17年に結婚した人と離婚した人の割合は1対0・3だった。 この割合が今後も変わらないと仮定すると、結婚した人の約30%が離婚することになる。 同様の計算を過去にさかのぼると、昭和40年に離婚した人の割合は約7%で、以降、上昇が続いている。≫とある。 7〜8年前に、25パーから30パーセントになったと聞いたような気がするが・・・ 離婚経験者が何気なくいう本音に、心の傷を感じるとることがある。「自分には、勿体ないほどの人だった」と、 同時期に二人から聞いたことがある。 新たに若い連れ添いができ、幸せそうな人の何気ない言葉に心の闇が覗く。 家庭内離婚も含めると、半数以上は破綻しているというが・・・ 我慢・我慢、そして我慢か、それとも三割? 女性の方も、その傷は浅くはない。 女性の場合は世間知らずで、亭主がバカに見えて、愛想を尽かすのだろうが、 それでは己はというと、自分がまるで見えてない。 母子家庭の半数以上が、年収200万以下の貧困層 という現実が待っている。亭主をバカにするのが世間一般のようだが、生理的に相性が悪いのは致し方ない。 「結婚生活は煩わしいが、さりとて、独りでは殺伐すぎる」というところだが、相性の悪いのは如何にもならない。 5年ほど前にTVで松坂恵子と渡哲也が夫婦役の『熟年離婚』の連続ドラマを放映、ここでも取り上げた。 一方的に出て行った嫁さんが理想的な転進をした内容だが、あれは罪作りである。殆どが、究極の苦しみを味あう。 昼間笑って、布団で泣いて? いや、反対もあるか? 他の相手を見つけておいたり、準備金をつくったり、 憎しみは何をしでかすか分からない。 それが夫婦というものか? オカメと般若は紙一重? ・・・・・・・・ 2914,新潟駅再開発事業が4年目に入る 2009年03月28日(土) 来週になると新年度だが、「新潟駅再開発事業」が4年目に入る。H18年度~H27年度の10年計画が駅と線路の高架と、 駅裏広場と、前期の道路整備、H28年度~H37年度の10年間は駅前広場と、の後期の道路整備になる。 (字数の関係でカット2012年03月28日) ・・・・・・・・ 2550, 閑話小題 2008年03月28日(金) * 盃の中に蛇がいる! 何気なく図書館の本を捲っていたら、この言葉が合った。「英国の詩人のホープという人の言葉」だが、私など何度か、 その蛇に噛み付かれたものである。酒を飲んでいると思っていたら、その盃の中の蛇に飲みこまれていた経験が、あまりに多い。 大蛇だけではなく、内臓まで食い散らしている。「本当の敵は沈黙している」と、フランスの詩人のバレリーの言葉にあるが、 黙っている敵こそ、恐ろしい。汝の名は酒!ということか? * 偏見のかたまり 「故郷より一歩も出たことの無い人は偏見のかたまりである」(ゴルドニー・18世紀の喜劇作家)これは地域の問題だけでなく、 自分の職業、固定観念、学問から一歩も出てない人に対していえる問題である。 地方にいると、それをつくづく感じることがある。 人間は誰しも偏見の塊と己を割り切った方がよい。だから、常に外の世界に触れる必要があるということだ。 それと、あらゆる分野の本を読み続けていないと、偏見の穴の中に入り込んでしまう。 * 世逃げのすすめ(ひろさちや著) (字数の関係でカット2012年03月28日) ・・・・・ 2007年03月28日(水) 2185, 政令指定都市とは? おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ 新潟市が4月1日より浜松市と政令指定都市に指定される。 といって、それについて殆ど知られてないのが実情。そこで、政令指定都市について調べてみた。 ≪ 政令指定都市とは、“○○区” などの行政区が置かれたり、県に代わって道路の管理をしたり、 県を通さずに国に対して予算の陳情が出来るなど「都道府県と同格」の扱いを受ける都市である。 名前は市でも実態は県に近いものである。地方自治体には大きく「都道府県」と「市町村」 と二種類があり、市町村は水道やゴミ、住民票の手続きなど主に日々の生活に密着した行政を担い、 都道府県は、都市計画づくりや警察など、より広い行政を担当している。 法律上は人口は「50万」が指定の要件だが、運用上は「100万(または現在80万以上で、将来100万になる見込み)」 を基準として指定が行われてきた。現在は政府の市町村合併支援の一環として、合併を経ることを条件に この人口基準が「70万」に引き下げられている。静岡市や堺市はこの優遇措置による指定である。 政令指定都市は1956年に5市(大阪、名古屋、京都、横浜、神戸)で始まり、歴史があるだけに、 一種のブランドになっている。そもそもこの制度は、通常の市に大都市の特例を重ねたものにすぎず、 大都市制度としてキチンと設計されたものではない。市町村の合併促進の材料に使われたことも否めない。 県の仕事の都市計画つくりを、市としての視点で計画が作れる利点が出てくるので、市としての独自性や 一体感のある都市づくりもできる。仕事と共に財政も移行するので、お互いの駆け引きなどいらない 責任の押し付け合いはなくなる。その象徴として、新潟駅高架再開発事業は 県から市へ移行された。≫ ▼ 政令指定都市というブランドにしては、新潟のブランド・イメージはあまりに低い。角栄と真紀子、それと拉致事件の現場が 浮かぶ位である。この一年あまり、新潟を活性化するには如何したらよいのか?脳を絞って考えてみた。 そして出た結論は、 「日本海拠点都市を目指すべき!」が結論であった。それも20年前から地道に、それをすべきであった。東京駅周辺が日本の芯である。 そこから日本海に突き抜けることが、ポイント。新潟駅から飛行場までの間にエネルギーを集中投資すべきであった。 新幹線の何たるかが解っていないのである。角栄におんぶに抱っこだったからだ。もう遅い!拠点都市は金沢に間違いなくなっていく。 これから新潟駅立体交差の駅をつくる?何をやっているのか、今さら!何処かの誰かが「飛行場まで新幹線をひくと、新潟駅が通過駅に なってしまう」と、のたまっていたというが、こんな程度である。政治家と役人は、票と金にならないのでやらないだろうし! ・・・・・・・・ 2006年03月28日(火) 1820, 今場所の大相撲 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? (字数の関係でカット2008年03月28日) ・・・・・・・・・ 2004年03月28日(日) 1090、ニコイチ 私が事業としている「ビジネスホテル」も曲がり角にある。こういう装置産業は20年~40年スパンの投資になる。 時代の変化に対して、あらゆる仮説をたてて潰しのきく建物にしておかなくてはならない。以前にも書いたが、 私が手がけた建物は殆ど柱が入ってない。中を掻き出せば、他の転用が利くようになっている。少し先走ったが、24年前に 光ファイバー用の配管が各客室に入っている。新潟駅前で現在1DKマンションが、この数年ドンドン建っている。 調べるまでは、在庫オーバーと思っていたが、何とほぼ満室という。驚きであった。なら在庫オーバーのビジネス客室を それに転用すればよい。二部屋の一つの客室を掻き出してミニキッチンと居間空間に変えればよい。 サービスアパートメントへの転用である。建設業界には元々「ニコイチ」という言葉があったのだ。 マンションの住人が隣が売りに出た時に買い取って改築をしたりする時や、手狭になった市営アパートを 一つにしてしまう場合の用語だという。「なるほど、そうか!」と唸ってしまった。現在、多くの建設業者は、不況の煽りで 苦境に立っている。その打開策として「改築・改装」に力を入れ始めた。古ビルを創り変える仕事もこれからの事業として 面白い分野になるだろう。大変だろうが。それにしても転用を前提にして創っていて助かった!のが実感である。 この数年は、この改築?が仕事になりそうだ! 事業から、色いろ人生を学ぶことが実に多い。 長期的視点、鳥瞰的視点、忍耐、人間観察、何よりも自分自身を知ることなどだ。 ・・・・・・ 2003年03月28日(金) 723, 仰げば尊しー卒業式 三月といえば卒業式の時期である。誰もが昔の卒業式を思い出す時期でもある。 幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と卒業式の記憶は鮮明である。かすかな記憶だが書いてみる。 (字数の関係でカット2013年03月28日) ・・・・・・・・ 2002年03月28日(木) 359, ST訓練 (字数の関係でカット2013年03月28日)
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2013年03月27日(水)
* 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど散歩する姿はないのは寒いためだろう。 分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さを凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。 毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったことになるが、自転車はボロボロになって当然。 リチウム電池は、当初一回の充電で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、持つかどうか。 あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走ったことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・ * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが 舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。 これで春の訪れを知るとは・・・ * 久々にグーグルアースを覗いたが、面白くなっていた。 アフリカ大陸にグーグルアースの地球儀を回転すると、 画面の下に各地のツアーガイドの写真が10ほど出てくる。それをクリックすると、そこに焦点が合わされ拡大していく。 YouTubeの右に関連の録画の画面が出てくるのと同じ。これで更に使いやすくなった。 また以前より写真とHPなどの 貼り付けが多くなっていた。スマートフォンなどの普及でタッチで気楽に使えるように進化していた、ということ。 改めて自分の生活の中でiPadが与えたインパクトの大きさに驚いている。マイクロソフト、グーグル、マック、アマゾン などが世界に与えた変化は、あまりにも大きい。 * 数日前に朝日新聞の一面のトップに腰痛の話題が出ていた。こういう話題を一面トップで扱ったのは、あまりなかった。 ところが一昨日、一時帰宅した長男が腰痛になって医者に行ったところヘルニアと診断されコルセットを付けて帰ってきた。 私は半世紀も腰痛に悩まされてきた。しかし医者にかかった事が一度もない。全てホッカイロで治してきた。時間が解決する のを経験が教えてくれた。5年に一度は、ひと月ぐらいは酷い痛みになるが、ある時期が過ぎると直る。この4年間は、 重い腰痛はない。スポーツセンターに通って二年、エアロやヨガなどで足腰を鍛えているが、季節の変わり目は鈍痛になる。 50,60歳代の4割は腰痛に悩まされるというが、人類永遠の課題の一つ、割り切るしかない。 ・・・・・・・ 4019, シングルイン、31年間の総括 ー2 2012年03月27日(火) ホテルは典型的な装置産業で、資金を土地と鉄とコンクルートに固めてしまうと、30年は維持しなければならない。 その間に経営環境は激しく変化するが、客室という単品を毎日売り続ける「あきない」である。 立ち上げは華々しく面白いが、 その後の時代変化に対応するに、ダメ元の覚悟がなければ、やれる事業でない。最初の千城台ビル建設で父から学んだことは、 「ビルは長期スパンの生きもの! ツブシがきく前提で設計すべき」ということ。具体的には、骨組みを太くして、可能な限り 柱を入れないこと。構造上、難しい場合は柱を壁面に可能な限りよせること。それに、設計事務所の方針の「ビルは、神からの さずけもの。自分だけの使いかってで造ってはならない」が重なったビル設計になった。それと平面図に魂を入れること。 千城台ビルと長岡の場合、夢に、その平面が出てきて、3Dのような可視化するまでになっていた。要は、万人に通じる魂を入れること。 だから、売りに出すと即売になって当然である。 買い手の全部が、ホテルか、建設関係者。 それが分かるのだろう。 この事業を始めるにあたって会社には家族や親戚関係者は一切入れず、保証人にしないことも前提条件にした。 また初期投資二億全てを失っても、後悔はしないこと。これは何度も自分に言い聞かせた。現在、平然としていられるのは、 その覚悟の上で始めたため。 妻子を会社に入れ、連帯保証を押させ、子供に家庭があれば、家族崩壊。 それと職住を分けること。 また取引先に迷惑をかけないよう債権額を最小にするのは、後に恨みを残さないため。 倒産は、長年、一緒に苦労を重ねてきた社員と、 その家族にも多大な迷惑をかけてしまい後にひく。倒産の翌日、従業員を一同に集め解雇を言いわたした時に、思わず涙が吹き出てきた。 この人たちは明日から失業者。 その思いが、言葉でなく、涙になってしまった。 取引先に支払う分、最後まで残って残務整理を してくれた社員に回すべきだったのか? これで良かったのか? 自問自答が続く。 正解はあるはずがないが・・ 倒産の虐めの一つに、 計画倒産疑惑の流布がある。 銀行は、それを許すほど甘くないのを知って知らずか。 私にとっては褒め言葉にしか聞こえないが。 ・・・・・・ 3653, あと一月で10年 2011年03月27日(日) 何ごとも、一日3時間を10年続ければ「ひとかど」になるという。 で、この随想日記を書き続けて、あと一月で10年。 で、何だったのだろうか? 常に、「何か書かなければ」という心理的圧迫が感覚を磨く作用をしていた。ここで何年に一度、 書き続けている効用を取り上げてきた。論理思考が培われたことと、読書の備忘録や、旅行の感想文、そして毎年、同月同日に 書いた文章の何年分を読み返す効用など、現在の私にとって無くてはならない存在になっている。常に変わったことや、面白いことに 出合うと、その場で自然に起承転結の文章化をしてしまう癖がついてしまった。「記者の目で論理を組み立てる習慣」という、 現象に隠された本質を、あらゆる角度からみる視線である。 ところで10年一区切りで実はホッとしたところもある。 この随想日記を休むことも考えている。 一度休むと、再び書くことが面倒になるが・・ 「一日も休まない」というのは 実は大きなプレッシャーだが、反面それが張りになっていた。 何も書かないとなると、頭が変になってしまうかもしれない。 書くということは、自分の心の開放でもあり、自由を獲得している部分がある。 それにしても、10年も続いたものと 自分自身が驚いている。「偉そうなことを書いているが、その様は何だ」が、読み手の心理。 それを分かっていても、 偉そうなことを書くことで、自分を開放をする面白さもある。 65歳、そろそろ自分の痕跡の消しに入る時期に入った。 このまま書き続けるか、それとも形態を変えるか? 書くことの秘儀は少しは?分かった。書き出すことで、その背後にある 膨大の世界を僅かながらでも知覚できたことが何よりも変えがたい収穫であった。 節目の時であることは間違いない。 ・・・・・・・・ 3288, 人みな骨になるならば ー6 2010年03月27日(土) * 意味の意味 ーまずは、意味深長?の部分を抜粋してみるー いろいろと思索した挙げ句、いにしえの賢人たちは「人生に意味があるかどうかという問題に対しては客観的な解答が あるのではなく、各人が自らの人生に意味を付与するかどうかにかかっている」といった暫定的結論に達したもようである。 これは、ずいぶん心もとない結論である。 こちらの理解の仕方によっては、「みなそれぞれ勝手に意味を見出しなさい」 といっているだけなのである。 だれも、われわれ一人一人の人生に意味・意義・価値などを保証してくれてはいない。 われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかもしれない。それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みに すぎない、と言わんばかりである。 そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の人生には意味があるとする あつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味だとする謙虚な人物との、いずれが正しいかを判断する根拠などない。 思いたい放題であり、思った者勝ちのようなところがある。 なぜこのような次第になるのだろうか。おそらく「意味」とか 「意義」とかの言葉の起源に問題があるように思われる。 それらは「目的」などと同様に、古代人の日常生活の中から 生まれてきた概念である (全ての言葉がそうなのだが)。大昔、まだ人類が人生やら宇宙やらをそれほど真剣に考えておらず、 毎日の生存や空腹のことで頭がいっぱいであった頃、なんらかの対象や行為が役に立つものかどうかが最大の関心事であった。 そして、自分や身内にとって大切なことが、すなわち「意味」をもち「意義」のあるものであった。「目的」もまた本来は、 欲求の向かうゴールであり、その達成のために努力という投資と、さまざまな「手段」を講じなければ到達点にすぎなかった。 ・・・たぶん人生や宇宙には「意味」も「目的」もないはずである。それらもまた木登りや航海と同様、一つのプロセスには 違いないから、「結果」はあるであろう。 あらゆるプロセスは、特定の時点をとれば「結果」を伴うからである。 その結果を意味や目的と読み替えることはできるだろうが、それなら宇宙や人生の意味と目的は消滅すること、ないし永遠に 溶け込んでいくこと、あるいは繰り返されることに他ならない。 単なる繰り返し(永劫回帰)には意味がないであろう。 存在するものはいずれ消滅するのだから、存在の最終的な結果は消滅ということになる。 しかし、こんな結末は意味や目的と 言えるだろうか。もしそうなら、われわれの誕生の目的はわれわれの死亡ということになる。それゆえ結果があるからといって 「意味」や「目的」があるとは言えない。「意味」や「目的」というのは単なる結果ではなく、目指すべきものであり、 さらに、あくまでも「自分(われわれ)にとって」という但し書きがついていなければならないのである。 宇宙や人生に、自分(われわれ)にとっての意味や目的があるとしても、それは人間だけの話である。 ▼ 人生の意味など、後づけの自己正当化でしかないのは自明のこと。 独りブツブツ呟くように支離滅裂のことを書いている?、 この随想日記のようなもの? 「意味とは、価値に非常に近い言葉」と信じていた。 だから、意味・意味と生半可に語る人に、 「それを価値・価値と置き換えれば、自分エゴの意味づけに気づくのに!」と、何時も内語で呟いていた。 意味など自分の都合のよい筋書きの為のエゴというと、少し歪んでくる??エゴは決して悪くはない、但し他人の犠牲を・・ ・・・・・・・・ 2913,ホテル&旅館 大淘汰 2009年03月27日(金) 新聞広告に、週刊ダイヤモンドの特集記事が載っていた。 「ホテル&旅館 大淘汰」である。 さっそく書店で買って読んだが、大体予測したとおり直撃の惨状。 内容は東京圏内の外資系高級ホテルと、 日本の御三家、リゾートホテル・旅館の不振を取り上げたもの。ホテルマン45年歴の日本ホテル協会会長が 「初体験」というほどの急激な売り上げダウンに見舞われて激しい値引き競争で収益が激減しているというもの。 ー概要を大きくマトメルと ・外資系ホテルが壊滅状態で、安売りのジレンマに陥っていて、開発ラッシュが一転して 全国で開発の中止、延期が続出 ・日本の「御三家」ーオオクラ、帝国、ニューオータニーが沈没 特にオオクラは内部崩壊に瀕している ・能登のホテル百万石も破綻、身売りが多発していて、変化に対応できない事態 沖縄も観光ブームに沸いていたが一転、閑古鳥が鳴いている 以上が、この特集の骨子になる。 ▼ 全てにわたり、11月以降は二桁のマイナスが続いている。ホテルは在庫の蓄積は効かないので日ごと売って何ぼの商売、 この世界恐慌?は、新規に出店した外資系のホテルにとって、根底から揺らぐのも肯ける。ハッキリいえば、何処も「稼働率激減、 市場は壊滅状態」というのが、ビジネス、都市型ホテル、リゾートホテル、大型旅館など全ての業態でいえる緊急事態。 最近開業したホテルの多くは、実需ベースというより、「再開発の最大化」のための誘致の傾向が強かった。それに行き場のない 外資の資金が後押しをしたことも重なってバブル現象。大阪、名古屋のホテルも総崩れで20パーセントのダウン、大阪や中国、 韓国などのアジア圏の売り上げ激減。名古屋は自動車業界の惨状が直撃、悲惨な事態である。地元の新潟でも、 外資系のビジネスホテルが数軒オープンしたが、バブルの様相の感がしていた。その上に11月下旬より、極端な稼働率の下落が 顕著になっており、深刻という面では同じ。特に4月からの年度変わりからの予約の状況が非常に悪いのが気がかり。 「1〜2年なら何とか凌げるが、後は誰も分からない」というのが大部分の実感だろう。 3年先に、まず一棟が新潟駅再開発の道路拡張の買収予定に入っている目安があるのが救い。 しかし大津波が覆いかぶさってきている事実は厳然としてある。 <一日、一生>の思いで生きるに丁度よいか? ・・・・・・・・・ 2549, 一神教vs多神教 ー3 2008年03月27日(木) ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよ?♪ *近代天皇制は一神教か? まずは、この本にある、「近代天皇制は一神教か」という部分を抜粋してみる。 【 近代天皇制は一種の一神教、擬似一神教ではなかったかと、ぼくは考えています。 近代日本は一神教の欧米の脅威にさらされて、わが国も一神教で対抗するしかないと思い、京都にすっこんでいた 天皇を引っ張りだしてきて神聖不可侵の神のような存在にし、国民、特に兵士に天皇への絶対服従を強いたのですが、 日本人も追いつめられると同じようなことをしたわけです。ウェーバーがユダヤ教の神、ヤハウェは戦争神だと言った ということはさっきも話題になりましたが、近代日本も、その前の徳川時代には二百数十年、国内的にも対外的にも戦争を しなかったのに、明治になってから戦争ばかりやっていました。これも、天皇を一神教の神のコピーのようなものにしたことと 関係があると思います。】 (字数制限のためカット2010年3月27日) ・・・・・・・ 2007年03月27日(火) 2184, 聖地と台所 オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン! 「ファンタジーの魔法空間」 ー2 著者・井辻朱美 岩波書店 ー 読書日記 前回、「いい場所」とは、台所と屋根裏部屋]という部分を抜粋して考えてみた。 今回は台所と聖地を同定しながら、聖地とは何かを台所とは何か考えてみよう。 ー まずは、その部分を抜粋してみる。 ー P-41 ある場所に置かれる神像はその[場所]の指標なのである。どこに置いてあって良いというのではない。 日本なら吉の方向が定められており、マルタの台所では「一日じゅうそれが見える」場所がそれである。 神像が置かれる場所が[いい場所]ではなく、[いい場所]に神像を置くことが正しい。 神像的[いい場所]をさらにグローバル的にいったのが聖地であろう。 植島啓司氏は『聖地の想像力』の中で、その9つの条件をあげている。 01:聖地は一%たりとも移動しない。。 02:聖地は極めてシンプルな石組みをメルクマールとする。 03:聖地は「この世に存在しない場所」である。 04:聖地は光の記憶をたどる場所である。 05:聖地は「もう一つのネットワーク」を形成する。 06:聖地は世界軸で貫通しており、一種の記憶装置である。 07:聖地は母胎回帰願望と結びつく。 08:聖地とは夢見の場所である。 09:聖地では感覚の再編成が行われる。 例えば、エルサレムは01・02の条件によって、3つの聖地になっている。トルコのイスタンブールにある アヤソフィア回教徒寺院はかってのキリスト教会を転用したものである。 逆にスペインのゴルドバは回教徒寺院をキリスト教会に転用したものである。 それをパワースポットと呼ぶにせよ何にせよ、古代人はそこが聖地であることがわかっていた。 この聖地の条件は、台所という空間の中での、マルタでいう「いい場所」にあてはまる。 台所は大地の炎の力に結びつき(4)、ウクライナでは、そこでは大家族が一同に会し「座ったり、料理をしたり、 食べたり、洗濯をしたり、寝たり、何でもする」(6,7)ウクライナの台所とはそれ自体が聖地であるという以上に、 家そのものであり、家族にとっての全世界であった。ウクライナにとって、そこはさらに「いい場所」という中心点が必要になる。 マルタの「いい場所」もまた、それはこの世ならぬ世界の道しるべであり、みあかしに照らされた光の記憶は夢見の衝動を誘い(8)、 聖母子像は母胎回帰の夢想と他の信者とのネットワークを示し(5)、 そこに家族の思い出を結びつけるメモリーバンク(06)でもある。それがなければ台所は「からっぽ」なのである。 (字数制限のためカット2012年3月27日)
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2013年03月26日(火)
「暴走老人! 」藤原 智美 (著) * 待つことをめぐる考察 ー時間編 イライラの原因の一つは待たされることである。しかし日常は考えてみれば「待つこと」で大半は占められている。 列車を待つ、車内で目的地に着くのを待つ、エレベーターで待つ、昼飯が出てくるのを待つなど、待たされることばかり。 最近、喫茶店に学生が少なくなったという。スマホなどの携帯電話で待ち合わせの時間が無くなったり、駅などのベンチで ネットサーフィンやゲームをしていればば、別に喫茶店でなくてもよい。 それは待つ喜びも失われたことになる。 子供の頃、クリスマスや、年末の年越しを心躍らせ首を長くして待っていた。現在、そんな気持ちになることなど殆どない。 主体的な待つのは良いが、相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代は、ムダな時間を排除するのが求められる。 そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなりつつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。 そして定年や人員カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られがちになる。それに苛立ちと 焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。 新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨がきて、試験があり、やっと夏休み、・・・と 長い日課が延々と続いた。それが、今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されてないのに、 思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。 そこではマイナスのフラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の書き上げと アップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、 帯グラフに従って一日をこなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、マシーンが介在する。 どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人にとって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、 iPod、パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。 待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。 それが本来の姿ではなかろうか。生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つことも 大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね! ・・・・・・ 4018, シングルイン、31年間の総括 ー1 2012年03月26日(月) 準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が、10億だったので返済額が20億円。 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、勘定足って銭足らずの典型。 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな右下がり、2001年の9・11テロから 4年かけて売り上げが三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック以来、二年半で半減。 11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。 破綻の直接原因は9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 東北大震災は最後のとどめ。 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%の支払い済み。(国の補填3百万も含め。) 役員は、役員就任時に一度、退職金払い済み。 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 それも、半年後に売却。 ( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れると思ってなく、慌てていた」。 自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけたビルは、売り出すと同時に即売。 設計の中に売却前提で計画してあるため。 ▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。 三つの経済・自然災害が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、 借金をしてする事業ではない。そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネスのあり方が 変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになってしまった。 結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。 ・・・・・・ 3652, 地震 ーつれづれに ー12 2011年03月26日(土) * 外国人が大挙して帰国、 そして身近に避難民が! 日ごと、原発の放射能の起こるべきマイナーの影響が一つずつ、現れ出てきている。 御用放送局のNHKのニュースと、広告料金で成り立っている民法の流す情報など信じるに足りない、と仮説を立てると、 現在流されている事態の本質は知ることが出来ないのは当然のことと思い知る。 東北は壊滅状態とは間違っても記事に出来ない。 毎日、枝野官房長官の発するコメントは建前の上っ面の情報でしかない。 外国人が我先に逃げ出していることを考えると、 地球史上最大規模の危機とみるべきである。 政府は事実の情報を風評とて否定することしか、パニックを抑えるしかない。 現状の進展を一般には小出しにするしかないのである。放射能の摂取量が10倍、100倍から何時の間にか数千倍になっている。 しかし、外国は容赦なく事実を報じるから、そのギャップがみえてくる。 ところで、家内が昨日、自転車で郵便局に向かっていたところ、中年の女性に福島弁で「郵便局は何処ですか」と聞かれ、 「自分も行くところだから、ご一緒しましょう」と、自転車を降りて話しを聞きながら案内したという。その内容とは、 「自宅が30キロ以内にあり、家族で車で避難してきた。しかし、自分は透析を受けているので、中央病院に近い比較的 良い公立のデーサービスの施設に一人でいる。原発は政府は安全というので、信じていたのに、こんなになってしまった」と。 その施設に三年ほど亡くなった母親を週二回、世話になったことがあった。大きな娯楽室があるが、そこのステージの上で 暮らしているとか。 30キロ以内なら、もう元の生活に戻れるかどうかである。その人の顔色が悪く正視できなかったという。 駅には、大きなリュックを持った親子連れの姿が多くみられる。本当に、これが現実なのか信じられない日々である。 この事態で、経済活動は大幅に減ることになる。それだけでない、今年の就職の内定の取り消しと首切り、そして倒産が 大幅に増加することになる。身が凍る思いである。あれから二週間になるが、現在も進行中で問題が拡大している。 ・・・・・・・ 3287, 人みな骨になるならば ー5 2010年03月26日(金) * ザインとゾルレン ー まずは(P−68)の「ザインとゾルレン」の一部分を抜粋する。 ・ザインはドイツ語で、「在る」とか「である」のことだから、抽象名詞として使うと「そこに客観的に在るだけのもの」 という意味になる。それが良いことか悪いことかを問わず、現実にあるんだもの、しょうがない、といったニュアンスの言葉。 「存在」と訳されるが、「現実」や「実態」と訳したほうがよいことも多い。 ・ゾルレンというのは、英語では助動詞に相当する。「べきである」「そうあらねばならない」といった意味で、 抽象名詞としては「当為」と訳される。当為は訓読みすれば「まさになすべし」と読み下す。 「そうあらねばならない性」、ひいては「本来はそうであるべき様態」のことである。 たとえば、当時の旧制高等学校生なら「親父が死んだので、ゾルレンとしてはすぐ郷里に帰へって家業を継ぐべきだが、 ザインとしてはここでこうして破帽のまま君たちと安酒を酌み交わしているわけさ」といった使い方をした。 このように、ザインはゾルレンとともに用いられるのがほとんどだから、ザインというのは単に現状というだけでなく ゾルレンと対比される「ていたらく性」を帯びる。 本当はゾルレンであるべきなのに、現状はザインなのよ、といったところ。 前節で挙げた唯骨論によると骸骨こそがザインの象徴である。 そんなものが、われわれの体内に鎮座しているというのは 必ずしも歓迎すべきことではない。若い美男美女であれば、なおさらのことである。 だれしも一皮剥けば骸骨が現れることは 簡単に証明できる。 ただ最近は手術場を除いて、生きている人間にそんな残酷なことをあまりしなくなっただけのことである。 ゾルレンとしては、万物の霊長にして神の似姿である。そんな人間の中心が骸骨にすぎないというのは直視するにしのびがたい。 いくらなんでも骸骨はあんまりだ。人間の中心には霊魂やクンダリニーが宿っているべきである。 しかし、それはあくまでも ゾルレンなのであって、あいにくとザインとしてはやはり愛想のないことにおぞましくも骸骨しか存在していない。 ここで悟るべきである。ゾルレンというのは願望や想像、あるいは強制にしかすぎず、実証も提示もできないものであることを。 ゾルレンは信じることが出来ない対象であることを。 これに対してザインは見ることも、触ることもできるものである。 ▼ ザインが唯骨論の骨の存在で、ゾルレンは神の似相である、というのは言いえて妙である。 ゾルレンは願望や想像、あるいは強制に過ぎないと言うのも刺激的である。こうあるべき、というのも幻像の最たるもの。 等々、著者の虚無の論も肯けるというより、優しく聞こえてくる。 それも経験と年齢を重ねたためである。 閑吟抄の、チロリ チロリ チンチロリの「何しょうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え」の虚無とは類似をしている。 成すべき、などの建前より、今生の世は夢 と割り切り、狂ったように生きることこそ、虚無を突きぬけた言葉である。。 何をしても、成るようにしかならないのだから、目の前を精一杯、何かに打ち込むしかないということ。それも、捨て身で。 それが狂うということ。 この二つを冷徹な目で、己に対してみつめることだ。それが骨になったものの視線である。 ・・・・・・・・・ 2912,金を使うなら頭を使え! 2009年03月26日(木) 榊原英資vs岩井克人の対談 「金を使うなら頭を使え!」ー新潮45ー09年2月号 ここで学者と元大蔵官僚の二人は、この金融危機の深刻さをアッサリと論じている。 既にアメリカの金融全体に8兆ドルを投入していたのである。それだけ深刻ということになる。 一つAIGだけをとっても潰すことができない。潰せば残っているゴールドマンサックスなども 倒産してしまうからである。といって対処主義では、ここだけで数百兆円も投入せざるを得なくなる。 ということは、結果は知れたこと。 新ドルの切り替えか、国家デフォルトしかないことになる。 ーまずは要点を抜粋してみるー 榊原は、 ・まず「アメリカ政府とFRBが金融セクターに入れてある資金が8兆ドル(800兆)で、 アメリカの金融システム全体が公的な管理に入っていると述べている。 ・アメリカの消費が落ちなかったのは消費者金融のおかげだったが、それが壊滅した現在、 国民は消費行動を変えざるを得なくなったという。 ・金融危機ー>金融収縮ー>資金繰り難、倒産ー>マイナス成長ー>不良債権の増加ー>金融危機の拡大 というスパイラルに入ってしまう可能性が大としている。 (字数の関係でカット2011年03月25日) ・・・・・・・・・ 2548, 一神教vs多神教 ー2 2008年03月26日(水) (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ この本を読むと、現在起こっているアラブ対欧米の血みどろの争いの原因が透き通って見えるような気がするから不思議。 この本は、一神教の批判本であり、多神教については、あまり語られてはいない。そもそも、一神教は奴隷の宗教、 迫害された人々の宗教である。だから、その根本は怨念があり、戦闘的であるのは見ていればわかることである。 「なぜ多神教は一神教に負けるのか?」という問いと、その答えが面白い。 ーまずは、その部分からー 多神教は突きつめると、共同体の血縁幻想に支えられ、母親的、女性的に支えられているから、それが一神教を打破することはない。 戦わないということはないが、自分の範囲以上には自分の神々を広めようとしないから、限度がある。逆に一神教同士だと、 両方が普遍性を主張するから、血みどろの戦争になる。共産主義も一神教です。 ユダヤ教かキリスト教の改訂版です。 一神教が普遍的現象なら、中近東以外の地域に別の一神教が出来てよいはずですが、発生しませんでした。 ということは、一神教は、自らの普遍性を主張しますが、本当はきわめて地方的な現象で、言ってみれば、中近東の風土病ですね。 一神教は、中近東の風土病で、強迫観念が強い。そして狂信的の重度の病気であるから、絶対にこうでなくてはならないと 信じているやつと、多神教のように、こうでも、ああでも、いいと思っている奴と喧嘩をすれば、勝負ははじめからわかっている。 その結果、一神教が世界を植民地化していったのである。 ーー 一神教は都市の宗教であり、多神教は農村の信仰であるということ。世界宗教に発展するには、まず都市の宗教である必要があったのです。 ーー 一神教は人類の癌だという意味は、一神教の唯一絶対神を後ろ盾にして強い自我が形成され、その強い自我が人類に最大の災厄を もたらしているということです。自我というのは、病気で、自我の強さは病気の進行度のようなものだけど、その場合の最大の難関は、 その両者が対決すると、自我の強い方が勝ってしまうということです。つまり、人類は、病気の重い連中の方が勝つという絶対矛盾状況に おかれているということなんです。人類史でいえば、ネアンデルタール人が絶滅して、クロマニョン人の世の中になってしまったという 時点で、もう間違ってしまったじゃないか。クロマニョン人つまり現生人類は言語も宗教も芸術ももっている。それ以前に、地球に 人類が発生したことが間違いのもとだったということになる。人類がいなかったら、人類以外の動植物はどれほど幸福だったことか。 ーー 好戦的な狂信主義者といえば、それまでだが、あくまで中近東の風土病という表現は言いえて妙。 一神教は人類の癌というのも、思い切った言葉である。人類は癌というのは聞いてはいたが。 また明治政府以降の天皇制について、擬似一神教と看破しているところは頷けた。その辺は、次回に考えてみる。 ・・・・・・・・ 2007年03月26日(月) 2183, --つれづれなるままに-- (~Q~;) おはよう??ファ? ー大相撲についてー (字数の関係でカット2012年03月25日) ー夢ー ー携帯電話ー (字数の関係でカット2012年03月25日) ・・・・・・・ 2006年03月26日(日) 1818, あちら側の世界-1 (’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ? ウェブ進化論 ?1 ー読書日記 ー概略編ー 新聞広告をみて面白そうだと思っていたが、買って読んでみてショックであった。(ウェブの世界の深遠をみてしまった! ということで)私のような門外漢でも理解できる内容がよい。読んで現在進行しているウェブ世界の奥行きの深さを思い知らされた。 というよりGoogleの世界の奥行きを知らされた思いだ。私の場合、毎日平均数?回はGoogkeの検索を使っているから、なおのこと 理解できたのだろう。そして、5年間このHPを維持してから。そしてamazonのHPの進化を実感してきたからである。 キーワードが現代のお金で、検索の向こうが現金引き出し機か、何でもでてくる自販機、という譬えの世界である。 ウェブのとてつもない世界が、向こう側で自己飛躍している。ー資料をGooglの検索で集め、まとめてみた。ほぼ、 この本の概要の7?8割は把握できるだろう。(このプロセスで、この本を2?3回読んだ効果はあったが。 本そのものの読み方もキーワードを検索をしながら読むと、理解が早く深くなる。それより、やはり買って読んだほうがよいが。) ー私の感想文というカタチにしたー ーー (。・・)_且~~ お茶 ウェブの世界の人達からみれば、何ということが無いかもしれないがその利用者として、驚きの毎日を過ごしている 此方側の自分が、著者としての当事者のアチラを含めたウェブの世界を鳥瞰している内容である。 ネットの「あちら側」と「こちら側」というユニークな視点で、Webの進化がもたらす影響を論じている。 (字数の関係でカット2008年03月25日) ー つづく ーーーー 「ウェブ進化論 」?本当の大変化はこれから始まる ちくま新書 ?梅田 望夫 (著) サラバジャ? ゝ(-_- ) ・・・・・・ 2005年03月26日(土) 1453, おどろき、そして感動 「考えるにはどうしたらよいですか?」という純朴な問いかけがある。この問いかけに対して、いずれの哲学書にも 「おどろき」が「考える」突破口になると書いてある。何でもないことの中にも新しい発見を見つけ驚くことがその出発点になる。 驚きは、そのまま感動につながる。その感動が人生を動かす。仏教の教えの中に「驚きをたてよ」という言葉がある。 この言葉は、考える、生きるという面で深い意味がある。歳を重ねると、多くのことを経験しすぎて驚きが少なくなる。 しかし、歳をとって解ったことは「驚きが桁違いに多くなった」ことである。知れば知るほど、その周辺に知らない発見が増えるからだ。 驚くということは、未知・無知の分野に果敢に挑戦して新しい何かに衝撃を覚えるということだ。それと未知なるが故の不意打ちが 驚きになる。 そして、それが考えにつながっていく。無能の人は、何を見ても聞いても驚かない。驚く素養がないのだ。 いや思い込みというバカの壁が取り囲んでいる。破れている太鼓が音が共鳴しないのと同じである。 隣の太鼓の音にもよい太鼓は響くが破れ太鼓は実際に叩いても音が響かない。驚きには、その皮の張りが必要である。 世界を旅をすると、驚きに満ちている。そして、その深い世界に感動をする。こんな世界があったのかと、 内面が爆発しそうなほどの感動を数知れず経験する。そして対象にのめりこんでいく。人間は感情の動物といわれる。 たしかに理性的な部分が人間たる所以だが。人間を突き動かすエンジンのはたらきをするのが感情である。 感情は ・おどろき ・愛 ・憎しみ ・喜び ・悲しみ ・欲求の6つから成り立っている。 (字数の関係でカット2013年03月25日) ・・・・・・・・ 2004年03月26日(金) 1088, 商売人 「商才は西進する」とシルクロードの旅行で聞いたことがあった。ところが、曽野綾子の文章に同じ内容があった。 ・東京商人は大阪商人に比べたら子供 ・大阪商人は中国商人に比べたら赤子 (字数の関係でカット2012年03月25日)
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2013年03月25日(月)
* 劇場版「相棒の映画感想 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、物語に捻りと味わいがあって面白い。 一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 ーまずは、専用サイトの内容よりー 【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、 捜査一課刑事・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行本店システム部の中山雄吾。 ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う伊丹、 不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めていく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は 行き詰っていく・・。】 ー私の主観で要約するとー ≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容がネット上に流され、それを知った暴力団関係の トレーダーが、そのXデーを知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察トップが、銀行閉鎖の 計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然とマスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。 金融庁などの各省官僚と政治家の打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、 アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。貨幣も国債も信用があってこそ通用する。 誰も信用しなくなったら只の紙切れ。映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから立て直さなければならないならば。 それにしても、あまりに国民は無知と(私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、「シリアへの攻撃と、 イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認があった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。 ・・・・・・ 4017, 事業生活39年の、独り語り ー5 2012年03月25日(日) 最初に事業として手がけたのは、ジャスコを辞め、一年間の遊学時に見つけておいた千葉市郊外の千城台の更地。 父は自分の死期を悟り、ビル建設の助言を通した父の経験則の直伝の日々になっていた。準備に入って10ヶ月後に父は亡くなった。 千城台ビルの完成前5ヶ月前である。「千葉シリーズ」は、ビル建設の一年半と、 実務の二年間の合計三年六ヶ月取り組んだことになる。 この三年半も熾烈の日々。(20歳〜40歳までは、常に似たようだったが。) そのビル内で、居酒屋の養老の滝1122号店と、焼きたてのセンチュリー・ベーカリーをオープンさせた。恐いもの知らずで、 捨て身で、よくぞやった!もの。ただ無我夢中であった。 その時、実家でトラブル発生。 急遽、店舗二店とも知人の伝手で 経営委託をして長岡にUターン。 危ない綱渡りである。 人間にはイザというと、自分で決め込んだ能力を遥かに超えた力が 湧き出てくることを、この経験から知った。 ビル投資5千万に対し一億で売り抜けたが、新潟のホテル開設資金の資本金になった。 千葉の千城台はジャスコ勤務の後に産能大に通っていた時に確保したもの。 新聞で県の住宅供給公社が造成した団地の商業地区の 売却を目にしたのが始まり。 ところで父は、実家の事業にたずさわっている婿取りの姉夫婦と、実兄と、私の関係を心配をしていた。 そのため亡くなる数年前に突然、家に呼び出され、会社の株式と、主だった会社名義の土地を、私と、母と、兄と、姉に、4等分の 相続を宣言し、名義を変えてしまった。これがトラブルのタネ。その時、姉夫婦は呆然自失。父は地方名士志向の姉夫婦を見限っていた。 ところが父の死後、生前贈与以外の父名義の財産を姉夫婦が都合良く分配していた。その上、間接的に「母親と、兄と、私の会社株式を 自分たちに譲れ!」と迫ってきた。 それ以前に、「父の死後の社長は母親」という父の遺言書を無視をして、母を説得、義兄が 社長になっていた。 私は「乗取り陰謀」と激しく、それを認めた母親をなじっていた。 それもあり、私が千城台ビルで、 二軒目の焼きたてパン屋を開店した直後に、「主だった従業員を引き連れて出る。それとも・・」と迫ってきた。御家騒動の勃発である。 起こるべきして起こった騒動だが、母と実兄は、二人の豹変に動転し、怒り心頭だが、私には、想定とおりのこと。 大学を出てからの熾烈な日々が、「この程度の問題処理など朝飯前!」ぐらいにしか思えなくなっていた。千葉の知人に相談したら 丁度良い人を知っていた。 急遽、その人と経営委託をして実家に戻ることになった。 これも丁度良い、節目。 しかし朝飯前と 思っていたが、ここも過酷な日々が待っていた。 地方名士を自認していた姉夫婦の後釜に、馬鹿息子がクーデターを起こして 帰ってきたという街の冷たい視線と流布の中で、私にとっては第二の創業。 姉夫婦にとって、手際よくUターンするとは思っても いなかったようだ。 それより我慢を重ねてきた母の激怒が、全て。 私もイザという時の見極め(正中心一点無)は、持っていた。 ・・・・・・・ 3651, 地震 ―つれづれに ー11 2011年03月25日(金) * 凍りついてしまった経済 この地震で、日本経済は凍りついてしまった。 ・ リゾートホテルは、歓送迎会がほぼキャンセル。駅前ホテルもビジネス客は皆無。 ・ 生鮮野菜も恐ろしくて、他の産地物でも敬遠。水はペットボトルしか安心できなく。 ・ 知人の子供が住宅の契約直前になって、業者の方から契約を断ってきたという。 資材が入手出来るかどうか混沌としていて、期限までに住宅の完成が確約できない。 その場合、遅延金を払わなくてはならないので、当面契約は出来ないのが事由。 ・ 飲食店も期末期首の稼ぎ時に、歓送迎会の予約がほぼストップ。 ・ 甥っ子が宇都宮でチェーンのファッション店に勤めているが、全く商品が売れなくなり頭を抱えているとか。 これでは、経済恐慌になってしまう。 空中の放射能が雨と一緒に浄水場に注ぎ込み、水道水が汚染されたということは、ただならぬこと。 この福島第一原発の河口付近の海から安全基準の127倍の放射性物質が発見されたと、読売が一面トップで報じていた。 それから連想されるのが魚の汚染。近海ものの魚も危ないとしたら、何を口にしたらよいのか?恐ろしい限りである。 そろそろ農家は田植の準備に入る時期に入ったが、収穫の秋口に、米が売れるかどうか心配だろう。 売れるのは、外米と古古米だけという奇妙な現象になることすらある。 一日一日が放射能漏れの深刻さを露呈するニュースであれば、景気は悪くなる一方のは当然だろう。 * 奇妙な数字の一致 9.11は9時46分、神戸は早朝の5時46分、そして、この3.11は14時46分。 偶然だろうが、46分が一緒! いま一つが 2001年 09.11 + 2011年 03.11 = 012年 12.22 は マヤの歴の終わりの日。 偶然の一致だが面白い! ・・・・・・・・ 3286, デフレの実感 2010年03月25日(木) 2月末より本格的デフレ・インスパイラルに入ったようだ。 内容を面白くするため少しオーバーな表現かどうかは??。 ・先日、3月でエコポイントのタイム・リミットということで、買って7年半経つ50インチのTVの買い替えを考えて 大型家電を三店舗まわってみた。 今度は65インチの薄型TVで、4〜5年前は100万前後していた。 数年もすれば50万を割るだろうと思っていたが、何とエコポイントを差し引いて30万円である。隣にあった一番ホットの LEDのシャープの60インチが37万円である。 信じられない!である。もし本気になれば、あと数万円は下げられる? 現在のTVはパイオニアのPDPで充分に満足している。 今でも画質は、現在の店頭のものと遜色ない。 しかし地上波への変更が(特殊なので)数万のマシーンを入れないと映らないという。そこで、少し心が動いたが、 このデフレの中で一年後には更に下がると判断し、この機会の購入は止めにした。 次はデジカメとビデオカメラ、これも値崩れが激しい。新商品になる度に新しい機能が加えられ、値段が安くなる。 ・アパートの値崩れも激しい。現在は三万円代の中での価格競争になっており、5万代に入ると、よほど間取りの良いものしか 入り手がないという。 自宅のまん前の20世帯以上ある二軒のアパートは、この数年で数軒しか入居者が居なくなった。 築20年は経っている割りに値段が高いためだろうが??。 大東建託とかいう20年入居一括借上げの会社があるが、 以前から会社が倒産するリスクをオーナーは考えていないと懸念していた。 こういう時節になれば、特に危険である。 ・建築関係も、ますます価格競争が激しくなり、ギリギリの状態が続いている。 中小は、特に厳しく、何とか助成金で 食いつないでいるが、必ずクラッシュがあるはず。 店をまわっても、元気の良いところは、業態としてディスカウントを長年かけて作り上げてきたところ。 100円ショップ、ユニクロ、ニトリ、サエゼリア、回転寿司、蔦屋などである。それも店舗がスーパーストア(超大型店)。 デフレ・スパイラルは、ハイパーインフレの露払いである。 後ろに控えているハイパーインフレが恐ろしいのである。 これが国家破綻という奴だ。一度、ガラガラポンと破綻させないと、あの世界に撒き散らされた猛毒は排除は出来ない。 それがリアルに動き出してきたということ! 事実は事実である。 ・・・・・・・・ 2911,人生は作品である 2009年03月25日(水) 「 人間にとって、その人生は作品である 」 これは司馬遼太郎の言葉である。 「 人間には志がある。その志の味が、人間の味である 」 という言葉もある。 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品ということが理解できる。 そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 死んだ時に完成するが、その時は自分にとって 関係ないことになるから絶妙。哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。 それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 本人の意志に従う物語。 従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える) 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると、顔から火が出ることが度々。 主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの内容が物語を決めることになる。 だから、問題に対して嘆いてはならない。(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 「死の看取り」から、人生をみた時に 彼女は人生の奥義に気がついたのである。 産まれて、死ぬまでの、それぞれの時節に、それぞれの難問があり、 その難問を解いていく過程で学ぶことが人生であり、最後のレッスンが死であると職業を通して学んだのである。 これは学びというより、修養ともいえる。 解決不可能に近い難しい問題が押し寄せてくるのが人生。それを解決するためには、 問題に対して真正面から真摯に向き合うしかない。目をそむけると数倍エネルギーが被さってくる。それも作品だろうが。 昨夜、女房と「人生など二度とない、思い切って全てを処分して三年ぐらい二人で彷徨ってこないか?」と話している夢をみた。 現状逃避がありあり!だが。 そういえば、TVの旅行番組で、ある工場を定年退職した人が、全てを処分して買ったヨットで 夫婦して欧州の運河で旅行しながら生きていく姿を映し出していた。 何ともいえない人生の姿(作品)である。 ・・・・・・・・・ 2547, パリ高級娼婦館女主人の告白 ー5 2008年03月25日(火) ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚ ギリシャ神話の「ピグマリオンの神話」に登場するピグマリオンという王様。 自分の彫った女性像に恋をする。恋こがれた彼の想いがビーナス神に届き女性像は本物の人間になり、 ピグマリオンの恋が成就するというストーリー。 この娼婦の館の女主人は、ひとりあたり二年かけて、そのような理想に近い女性を作り上げる。 その幾つかが、なかなか面白い。女性の魅力の作り方であり、真をついている。 (手練手管の熟練が自然と身につけるイロハである。) ・われ関せずの態度をとること。 ・彼らが期待するイメージのみを与えること。 ・自分の問題は自分で解決すること。 ・巧みなセックス技術を身に着けること。 ・ユーモアと優しさと悦楽を与えること。 (以下、字数制限のためカット 2010年3月25日) ・・・・・・・・ 2007年03月25日(日) 2182, 「ライオン 空前の王交代劇」ー2 ( ^3)ー♪ オハヨウゴザイマス! 「ライオンの空前の交代劇」を観ていた時に、一年ぐらい前の「三頭の兄弟(放浪)ライオンの物語」を思い出した。 「検索」で調べてみたら「地球・ふしぎ大自然」で、昨年4月に放送されたものだった。インターネットは本当に便利である。 ーその内容をまずは紹介してみるー ライオンは猫科の中で唯一群をなして生活する動物である。しかし一つの群の中のオスは最大でも三頭ぐらい。 それ以外のオスは群に属しない放浪生活をする。だが放浪ライオンの生態についてはあまり知られていない。 今回この番組はその放浪ライオンの生活の記録を伝えている。群の中のオスは、遅くとも三歳までに群を出される。 これは近親交配を防ぐためであるとのことであるが、元来狩が苦手な雄ライオンにとっては、これは試練の始まりでもある。 この番組では、ある三頭の兄弟を追いかけて、その生態について紹介している。ライオンは同時に群を出た兄弟が一緒に生活する 例が多いとのことである。群を出た放浪ライオンは、自らだけの力で生きていくか、どこかの群を乗っ取るか、しか手はない。 まだ力不足の三兄弟は、まずは自分たちの力で生き残る試練にさらされることになる。食料の少なくなる乾期などの試練を 乗り越えて、三頭はなんとか生き延びる。 翌年、やや逞しくなった彼らは、群の乗っ取りを試みる。 しかしながら他の群のメスに全く相手にされない。結局彼らは二回の失敗後、幸運にも雄ライオンを病気でなくした メス三頭の群と出会い、自分達の群を手に入れる。もっともこれからの彼らは、その群を守る任務に追われることになるのだが・・ ちなみにライオンが群を維持できるのは長くても三年が限度だとのことである。ライオンが群で暮らすことは以前から知っていたが、 あぶれた雄がどうして生活しているのかは当番組で初めて知った。やはり雄が自分の城を築くのは大変なようである。 ところでこれまた私が初めて知ったのは、雄ライオンが兄弟で行動することが多く、群も兄弟で維持している場合が多いという。 ライオンの兄弟の結びつきがこれほど強いというのは、なかなか興味深いものであった。 解) 前回は、メスのライオン・クループの視点の「王交代劇」 のドキュメントだったが、これは雄の放浪ライオンの立場の 苦労物語である。(TV局も、制作会社も違うものだが・・・)百獣の王ライオンに、このような弱肉強食の世界があるのである。 メスのグループにも、オスにとっても試練はどこにもある。人間社会と、似ているところが可笑しさと、悲しみを感じとれる。 デ・カン・ショ、デ・カン・ショというが、人間の本質は動物とドコガ違うのか。 まあ、ライオンの世界と人間の世界の違いを論じてもしかたないか? 追い出されたオスが社会の中で、自分の居場所を確保するのは至難のワザではないのである! まったくである! ーーーーー 2006年03月25日(土) 1817, 日暮里界隈 ー2 ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆ 最近の定宿は日暮里のホテルである。 日本旅行社の元支店長の知人に、「都心(東京?秋葉原)に近くて、 安くて・便利で・気楽で、インターネットもあり、かつ面白そうな居酒屋が近くにあるホテルはないか?」と聞いたら 「自分が定宿にしているホテルが全ての条件を揃っている」という。 (以下、字数制限のためカット 2010年3月25日) ・・・・・・ 2003/06/26 日暮里界隈 ー1 (字数の関係でカット09年3月25日) ・・・・・・・ 2005年03月25日(金) 1452, 「仏教の根底からの否定」の文章ー2 ー山根二郎かく語りきー2 ー前回に続いて印象的な部分を書き出してみるー あのオウムが、教団の対立者を「ポア」という名で殺したが、これは特殊な教義を信奉していたからと信じられている。 (字数の関係でカット2008年03月25日) ・・・・・・・・・ 2004年03月25日(木) 1087, ある日突然 ある日突然、今まで順調であった仕事や商売が成り立たなくなる時代になった。 以前は、時計屋が典型的な事例であった。 ・25年前に、デジタル時計の出現でアナログ時計の売り上げが激減をしてしまった。 ・10年前には駅前旅館も消滅をしてしまった。 (字数の関係でカット2008年03月25日) ・・・・・・・・ 2003年03月25日(火) 720,「お金の哲学」ー3 デフレになって、お金の価値が物の価値より上がってきて、日本ではタブーのお金に対して関心が増してきている。 過去何千年も祖国を追われていたユダヤ人は特にお金にシビアであるのも、最後頼るべきはお金や金ダイヤなどの 貴金属ということが骨の髄まで解っているからである。 (字数の関係でカット2011年03月25日) ・・・・・・・・・・ 2002年03月25日(月) 356,西アフリカー3 ー能力探しー 今回の旅行で面白い人とであった。 予備校の講師でミュージシャン、今度小説を出すという。 年令が31歳、数学の本を何冊か出し、予備校の講師。 今回の旅行で3つの歌を作ったという。 (字数の関係でカット2013年03月25日)
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