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堀井On-Line
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2012年08月26日(日)
* 若きドン様の親の敵討ちは残酷! 何気なくTVをみていたら、北朝鮮の金正日の元料理人が出ていた。これが漫画的ドラマ仕立。 その男が、「金正恩に招待され北朝鮮に行ってきた内容」で、金正恩や、そののファミリーと食事をした写真があった。 父・金正日を裏切り逃げ帰った過去全てを水に流してくれた温情深い現在のドン様に感激している、という筋書き。 その日本人は現地に妻と二人の子供を残してきたが、正恩の計らいで残留家族と対面した。ところが、「料理人の長男が、 再会した二週間前の夜半に苦しみだし、両手を三回突き上げ絶叫し、亡くなった」という。心臓発作だった。 『 呼び出しに応じたのを確認したと同時に、長男を毒殺し、家族に会わせて、その事実を知らしめ、今度は長女を殺す、 という脅しをかけ、北朝鮮のメッセンジャーを暗に強要している』のは誰の目にも明らか。 その後、妻と娘を残して帰国し、 TVに出演したのだが、その筋書きをキャスターに指摘されると、「そうであっても、それでよいと思っている」という返事。 北朝鮮に愚弄されている姿が、そのまま出ていたが、陰湿で残酷な仕打ちのドラマ仕立。 リアルで現在進行中のため、 料理人が翻弄されている姿が痛々しい。 独裁国家のドン様を裏切り愚弄すると、このザマになるという残酷ショー。 これは北朝鮮が茶の間に直接日本愚弄のメッセージをしてきたことになる。逆にみれば、この程度の連中でしかない。 マスコミが、この料理人を抹殺するか、パンダとして利用するか、パンダ利用になるのだろう。 現地の家族が本当に存在していたのか、そう持ちかけられたのか、本人の作り上げた物語なのか、色いろの仮説がたつ。 コミック漫画の悲劇か、喜劇か? くさい話だけは確かだが。 ・・・・・・ 3805, 哲学人 ー⑥ 2011年08月26日(金) * 学生時代の恩恵 学生時代の恩恵は、現在でも大いに実感している。 もしも学生時代に一度、頭を粉々にしてなかったらと思うと・・・ マギーは、ここでイギリスのエリート学生の内面を正直に書いている。 哲学と芸術の長い歴史が大学にあり、 そこのプログラムを学生はこなしているのである。都市には、美術館があって歴史的名画を身近に見ることができる上に、 コンサートも子供時代から親から連れて行ってもらっている。 教養のベースが、風土の中に染み付いているのである。 ー「哲学人」ブライアン・マギー著よりー 【 結局、大学が知性という面で私にしてくれたことの中で一番肝心なことは、知的価値が芸術的価値とは独立して存在しているという こと、そして、知的価値に関心を持つように仕向けてくれたことである。 一年目には、理知的で気の合う仲間の中に、他にもまして 知的な価値に傾倒している人がいることを知ってカルチャーショックをうけたことである。彼らとの交流のかなで、そうした価値を 自分なりに受け入れられるようになるに三年目まで待たなければならなかった。 そのおかげで、知的価値は私にとって欠かせないものとなり、私の人生と考え方に色褪せることのない彩を添えてくれた。 ちなみに、私はこのような経験をしたおかげで、一部の聡明な人々に対する理解を深めることができたのではないかと思っている。 それは、さまざまな理由から大学教育を受けたことがなく、そのためにこういだ経験をしていない人々についてである。 そういった人々がどんなものの見方をするか私はわかるつもりだし、彼らの身になってみることもできる。 ひょっとしたら自分も 同じ立場になっていたかもしれないからだ。 正式な教育は、世界というものが個人の見解や意識や関心や想定の単なる拡張ではない という考えを育むよう仕向けてくれる。これは正式な教育が授けてくれる最大の恩恵である。当然のことながら、こうした教育は 他者の助けなしにできない。 他者は私たち個人をしばっている拘束をまぬがれているからである。 けれども、ここから導かれるのは、独学の者は生半可な教育を受けた程度にしかなりえないという、残念だが逃れようのない事実である。 オックスフ・オード入学当時の私の考え方にはっきりいって欠けていたもののうち、最も重要だったのは、その後の経過を考えると、 哲学ということになる。 人間の関心事の中で最も価値があって大切なものとして、哲学は確かに偉大な芸術に近い水準に達しているし、 その理由も似通っているように思う。どちらも、人間が到達しうる最も高いレペルで真理を探究する活動である。どちらも物事の本質を、 つまり存在の根源的な神秘を探ろうとしている。 それを果たせないとしても、人間の理解に限界があるせいにすぎない。 ショーペンハウアーが述ベているように「芸術家が具体的に行なっていることを、哲学者は抽象的に行なっている。」 哲学者は自分の意見を概念で表現するよりほかなく、そして概念というものにはどうしても一般性がつきまとうため、哲学は芸術ほどの 深みには到達できないかもしれない。 だがその一方で、哲学にはできても芸術にできないことがある。 アイリス・マーギックは 「よきにつけ悪しきにつけ、芸術は哲学より深いところに達する」と語ったが、哲学には芸術よりすぐれた面がいくらかはある という意味ではそのとおりであるし、全体としては芸術に及ばないという意味でもそのとおりである。】 ▼ 芸術と哲学が教養のベースであるのは今さらだが、マギーの、このような文章を読むと、より芸術に触れておくべきだったと実感する。 芸術作品は、作者の魂そのもの。それぞれの時代が生み出した人物が全霊を捧げて、作品の中に魂を入れ込んだ名作である。 それに直接触れ、感動するのが一番、人間の魂を高めることになる。そのためには時間をかけて対象と向き合うしかない。 ・・・・・・・ 3440, 再び、死について考えてみる ー4 2010年08月26日(木) * 死を喩えると 死を喩えると、旅と、眠り、とされる。 「死ぬ」が旅と、眠り、に喩えとされることは、プラトン『ソクラテスの弁明』の一節にある。 ー「つまり死ぬということは、次の二つのうちの一なのです。あるいは全く何もない.無」といったようなもので、死んでしまえば 何も少しも感じないといったものなのか、あるいはまた言い伝えにあるように、それはたましいにとって、ここの場所から他の場所へと、 ちょうど場所をとりかえて、住居を移すようなことになるかなのです。そしてもしそれが、何の感覚もなくなることであって、ひとが寝て、 夢ひとつ見ないような場所の、眠りのごときものであるとしたならば、死とは、びっくりするほどの儲けものであるということになるでしょう。 ・・・・また他方、死というものが、ここから他の場所へ、旅に出るようなものであって、人が死ねば、誰でもかしこへ行くという、 あの言伝えがが本当とすると、これより大きい、どんな善いことがあるのでしょうか、裁判長諸君。」ー 葬式で、「故人は旅立たれました」というが、夢なら醒め、旅なら帰ってくるのが前提にある。 永遠の眠りというと、そこで夢を見る可能性がある。無に帰した者が夢の見ようがない。あくまで心象風景でしかないのが、 これでわかる。 最近、ブラックホールに喩えることがある。その人の全てが、その中に吸い込まれ、再び戻ってくることはない、 という意味で、喩えとして科学的風である。 ブラックホールは生命を終えた星が爆発をして、その重圧で空間の歪が生まれ、 穴が開いて異次元?の時空に周辺のものを吸い込んでいく。これを死に喩えることは、これはこれで、説得力がある。 最近、ホワイトホールも、存在も云われるようになってきた。何処かの歪から何が噴出している空間の存在。それは生命ということになる。 面白いのが、死の喩えを、生そのものにしている説がある。 これまでの死の喩えのは、生のうちで経験される現象=旅、眠る、去る、 失う、等々である。それらは再び我われの元に帰ってくる可能性がある。死は絶対性であるから、「死ぬ」に永遠性が現われてくる。 そうすると、永遠に眠る存在になる。こんなそんなで、結局、死は喩えると分かりやすそうだが、生きている人間の論理というのが 露出するだけ。 同じ動物の牛に喩えると、先ほどの喩えは不自然である。死も、生きていることも、幻想でしかないなら 喩えでイメージするのも良いではないか。 少し、眠たくなってきた。 ・・・・・・・・・ 3065,ウワサを考えてみる 2009年08月26日(水) * オルレアンのうわさ 『オルレアンのうわさ』とは、1969年5月、フランスのオルレアンに流れた女性誘拐の噂。 オルレアンは、パリの南方100kmほどのところの人口十数万人の地方都市。この街のブティックで、女性が消えると言う噂が 流れたのは、1969年5月。若い女性がブティックの試着室に入ると、催眠性の薬品を嗅がされたり薬物を注射されたりして、 前後不覚になったところを誘拐され、地下道から外国の売春宿に売り飛ばされていく、というもの。 (字数制限のためカット2011年8月26日) ・・・・・・・・ 2700, 「レンタルの思想」−6 2008年08月26日(火) ー 読書日記 進化生物学者の長谷川真理子との対談が面白い。 ネアンデルタール人と、現生人類が重なってた時期があるが、何故に 現生人類が生き残ったのか? 脳の大きさよりコネクションが違っていて、そのことが多くの道具を使うことを促して生き延びたこと、 言語能力が格段と上だったこと、更に病気に対する抵抗力の差があったという。 そして「おばあさん」の誕生が現生人類の特徴という。 それまでの色いろな人類のメスは排卵が終わると 直ぐに死んだ。 しかし現生人類の女性はその後も生き延び、お産のノウハウを娘に伝授したので人口が増えたという。 人骨から「おばあさん」の骨が多く発見されたことから分かったという。 面白い節である。 ーおばあさんの誕生ー 長谷川真理子×松井孝典 *おばあさんの不思議 長谷川: いまある限りの現生人類の骨から年齢を測ると、おばあさんの骨が含まれているから、長生きしたのだと思います。 松井: それは現生人類が繁栄するという意味で、非常に本質的な点ですね。なぜそうなのかについて何かアイデアはあるのですか。 長谷川: 「グランドマザー仮説」というのがありまして、祖母の知恵が、娘が母親になるときの孫の 生存率を上げたのではないかと言っています。 松井: それはそう思いますね。出産の経験がまったく蓄積されないで単なる生物として初めて出産を経験するのと、 出産とはこういうものだということをあらかじめ意識として持っているのとではすごく違いますよね。 長谷川: 全然違いますね。 松井: それで人口が増えることに加えて、寿命も長くなるわけで、環境には二重の負荷がかかる。 長谷川: そうですね。でも流行病とかが時々ありますから、長いこと人間の人口はそんなに増えませんでした。 だけどまず一万年前に増えて、それから産業革命から増えて・・。でもそれから豊かになると出生率が減るでしょう。 進化的に生物として考えると、 自らの繁殖率を減らそうとする生き物はいないわけです。 豊かになるということは条件がよくなるわけで、条件がよくなると普通はもっと産むので、 だから人間がどうして豊かな暮らしになればなるほど持ちたい子供の数が減るのかなと。 松井: おばあさんが存在するという不思議と、もう一つは豊かさがあるところに達すると産まなくなるという不思議と。 長谷川: 全世界的にそうです。それがどうしてそういう心理状態になるのか。 松井: やはり出産が大変じゃないのかな。本当は産みたくないんじゃないのかな。 長谷川: それもあるかもしれませんが、進化生物学的に考えれば、そんな心理を持つこと自体が 不思議なことですから、 いろいろモデルをたてて研究している人がいます。そこから見えてきたのは、べつにこういう先進国だけではなく、 牧畜民の社会とか、農耕社会とか、少しでも富の蓄積ができたあとには、 子供だけではなくてー子供も富と数えてー 持っている富全体を最大化しようとするみたいなのです。・・・・・ 〜〜 (−対談を終えて) 松井孝典 これまでの人間論には、生物学的人間論と哲学的人間論があった。今回は生物学的人間論とはいかなるものか、 ということで長谷川さんと対談した。現生人類の起源には、多地域進化説と出アフリカ説とがあり、後者が有力になりつつある。 (字数制限のためカット2011年8月26日) ・・・・・・・・・・ 2007年08月26日(日) 2336, ホッファー −3 (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。 一昨日、アマゾンで注文をしていた中古本の、ホッファーの自伝が送って来た。 一昨夜半、二時間かけて読破したが期待したどおりの内容であった。 ミス・フィットや港湾労働者の立場で、 何故独学であらゆる分野の知的好奇心を持ち続けることが出来たのだろうか、まず疑問を持った。 それは7〜15歳までの盲目体験である。そして、彼の父親がやはり働者に係わらず、読書好きの教養人だったことが 彼の勤勉性を培ったようだ。さすらいのホームレスから見た、ミス・フィットの人たちの生態も克明に書かれていて、 時空を越えた当時の生身の生活が垣間見れ、彼と一緒に20世紀前半のアメリカを彷徨っているような気持ちになってしまった。 ホッファーの言葉を幾つかのHPから拾ってみた。 なかなか含蓄の深い言葉ばかりである。 (ー 〜〜 ー は私の内語である。) ーーーー <世界で生じている問題の根源は自己愛にではなく、自己嫌悪にある。> ー自己嫌悪を無くすには、他人への愛が必要ということ! 自己愛は、人への慈愛から育てるのが近道。それが出来ないのが人間か〜 でも、半々と割り切ってしまうしかないか、自己愛と自己嫌悪! 他人が嫌ってくれているのに、自分まで同調することもないだろうにー <驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。 自分自身にすることを他人に対して行う。自分自身を憎むとき、他人も憎む。 自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。 自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである> ー{これはホッファーの「思いやり」についての最も深い部} というが、 自己犠牲という奴ほど、自己というエゴがヘバリツイテイルということに 注意しないと、軽い?人間のボランティアになってしまう。解る?その意味ー <私の言う知識人とは、自分は教育のある少数派の一員であり世の中のできごとに 方向と形を与える教授の権利を持っていると思っている人たちである。 知識人であるためには、良い教育を受けているとか特に知的であるとかの必要はない。 教育のあるエリートの一員だという感情こそが問題なのである> ーそういうこと!「教育のあるエリートの一員」か〜? エリートなんぞ対比の問題でしかないのが解らないのは、単なる馬鹿! ある本を読んでいたら、何処かの大学の教授が自らを日本を代表する教養人と のたまっていた。 まあ、可愛いいから許せるか?− ー字数の関係上カット(2008年08月26日) バイヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・・ 2006年08月26日(土) 1971.事業百訓 ー1995年(9) ー H0701新年にあたりー ー字数の関係上カット(2007年08月25日) ーH0701 事業百訓 ー 446 “ドーナツの穴”、あれこそ色即是空です。 ああそれと小沢昭一がいった“色っぽい事をすると空しくなる。 ”あれも、まさにその意味をいいあてている。 −永六輔 447 業態とは損益分岐点である。−ヨーカ堂、鈴木社長 448 「自分なりに」を禁句とせよ! 自分を限界づけて、その範囲内という意味におちいってしまう。−田舞徳太郎 449 ほうたいをまいてやるなら、他人の傷にふれてはならない。−ヘッセ 450 人の痛いのは三年でも我慢する。−ことわざ 451 好きな事より、してよっかったと後で思える事をせよ。−ドバル 452 真理はしばしば矛盾の中にある。 453 釈迦については、人類史上最初に人間の肉体と人生より “精神”というものを抽出し、凝視し、よき作用を見、悪しき作用の機能を指摘した。 さらに悪しき作用を押さえこむ処方まで与えた。 それが仏教であるといえる。 この凝視と方法に医学が気付くのに十九世紀末のフロイトまでまたねばならなかった。 −司馬遼太郎 454 「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」といわれました。 大事なものは取られても生活を根底より覆されるような被害ではない限り、いつか忘れる。 それで自殺した話は聞かない。 しかし悪口を言われて死んだ老人の話や子供の話はよく聞きます。 それは人をおいやり子供を精神薄弱にする力がある。...私達は二つの尺度を持っている。 「自分のする事は、そう悪くない」「人のする事は大変悪い」自分の過失を咎める尺度とは、全く違う。 ...自分の未来を勝手に決めないで下さい。こんな未来しか持ってないと、わかった顔をしないで下さい。 紙の書かれるシナリオと貴方の書かれるシナリオは全く違うのです。..ドイツのことわざに “共に喜ぶのは二倍の喜び、ともに苦しむのは半分の苦しみ”があります。−三浦綾子 ーH0701 テーマ日記ー (字数の関係でカット08年8月26日) ーH0703 事業百訓ー 455 行動の動機が、行動の本当の判断基準である。みかけ上は同じような行動を千人がする。本当はその動機が違えば、みな違う。 <なぜなら行動とは意志のことだからである。>しかし意志は行動と同じではない。 <行動せずに考えたり、意志したりすることは、そこにチャンスが存在するとしても “壺”の中の炎や、砂にまかれた種と同じである。燃えずに消え、芽を出さずに死んでしまう。> 仏教徒と同じようにスウェデンボルグは、人間とはその人の意志した行動の総和だと断言する。 <人間の霊的肉体とは彼が自分の意志によってした行動以外の何ものでもない。> そして<天国への道は、この世の外にあるのではなく、この世にある。>(スウェデンボルグ伝より) 456 自分の“木”をみつけるべし。さがしつづければ、ある日その木はどれだと判るはず。(山尾三省) 457 (a)七千万年前に原始ザルが生まれ、 (b)二千年前に霊長類が生まれ、 (c)七百〜八百万年前に今の人類の原型が生まれた。 (d)一万二千年前に農耕がはじまり、地球上に三百〜四百万人の人類が存在した。 人類は“森林”の中で天敵がなかった。その為自らのうちに敵を持つシステムをつくっていった。―河合雅雄― ーH0703 ブラジル旅行記ー “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。 カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。 その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。リオのカーニバルのランクがA・B・Cとなっており Aランクが9チーム、 Bランクが15〜16チーム、 Cランクは数十チームとなっている。 AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを80分の持時間で踊りながら行進する。 (字数の関係でカット12年8月26日)
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2012年08月25日(土)
「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一 (著) * 老生自覚 ≪ 自らの老いを自覚することを「老性自覚」と呼びます。老性自覚には「内からの自覚」と「外からの自覚」があります。 △ 内からの自覚には、物が見えにくくなったり耳が遠くなったりする「五感の能力低下」、しわや白髪が増える、歯が抜けるなどの 「身体的徴候」、もの忘れが増えたり、計算が遅くなったり、根気がなくなったりする「精神的な減退」などがあります。 △ 一方、外からの自覚には、子どもの成長や孫の誕生、配偶者や友人の死、定年退職、他者からの老人扱いなど、 「社会的なできごとや経験」があります。 このような老性自覚は、「老い」にネガティブな意味だけでなく、ポジティブな意味も感じていた時代には、当たり前のこととして、 自然に受け入れられていたのかもしれません。しかし今は、そうではありません。第1章で述べたとおり、現代人は老いを感じると、 暦年齢を主観年齢に合わせるべく、アンチエイジングに励みます。また、身体の状態も75 歳〜80歳ぐらいまであまり下がらずにきて、 最後の数年でガックと落ちるのが今の老人です。日本人の場合、介護が必要になるのは平均して寿命の1割、7年間か8年間程度なのです。 つまり、現代の日本人には、極端にいえば老年期がなく、壮年期のあと直ぐに死と向かい合う時期がやってくるのです。 このことは、「死に対する準備ができない」ことを意味します。老性自覚を自然に受け入れ、心も体も徐々に老いていった時代には、 自身が老人になることや死ぬことを、自然に受け入られたのだと思います。≫ ▼ 人は脳卒中や心臓発作などで病院に運び込まれたり、死に直面する病気に直面し逃げ場のない状態に追い込まれた時や、 自信を失ったときにガックと老いるのである。老人は自分が失敗したことで自信を失うのではなく、周囲が、それを繰り返し 指摘することで生きる気力を失うことが多い。だから周囲は、このことに気づく必要があるが、現実は甘くはない。 少くとも服装と言葉と運動量は注意しておく必要がある。「一年後は無いかもしれない!」を常に意識しているが・・ それでも 一期一会の気持が甘くなる。仏壇に祖父の遺影があるが、私より10歳若い57歳時だが、80歳近くに見える。 目先を精一杯生きるしかないが、果たして死に際、冷静でいられるのだろうか? 充分生きたので静かに逝きたいが、所詮、無理。 ・・・・・・ 3804, iPadを買った 2011年08月25日(木) タブレットPC、来年春のiPad3が出てから買おうかどうか迷っていたが、思いたったが吉日で、三日前に購入した。 去年から八月に買うと決めていたが、この春先の騒動で、それどころではなかった。ここで気持ちも落ち着いてきたことと、 「iPadバカ」というタイトルの本を読んだのがキッカケとなった。 そこで実際に手に取ると、成るほど面白い。 感想として、これはモバイル携帯が大きくなったというより、無線のタッチ式タブレットパソコンである。 パソコンでゲームをしたことは皆無だが、今度はゲームなどソフトをダウンロードして、使いこなしてみたい。 タブレット(バインダー)で持ち運びが簡単で、無線であることが、これまでと違った感覚。 ベッドや車内などで、 気楽にウェブ上の新聞やニュース、ブログなどを見ることができる。 パソコンの前に座り、電源をオン、ヤフーのHPにアクセス・・ 等々を、タッチだけで出来るので手軽にネット世界に入れる。しかも板状で、何処へでも持っていける。 まだ使い始めて数日なので、 門前から一歩を踏み込んだばかりだが、これは日常の必需品になると直感。 初期投資がゼロ円、ランニング・コストが5千円が高いか 安いかは、その人によるだろうが、新聞を止めて少し生活を切り詰めれば何とかなる? 少し重いのが気がかり。あとは本を自動的にめくり、 スキャンしてくれる器械でも出現すれば良いが。 新聞・雑誌がタブレット式パソコンなどの端末の出現で淘汰されるといわれているが、 実際に手元に使ってみて、その流れになると確信。先日、近くのステーキチェーンでランチの写真を撮っていたら、フロアーの女性が来て、 「写真を何に使うのですか?」と、聞かれた。( HPに写真が多く掲載されているので、競合店の視察とも思ってもいないはず) 「ブログに、気に入ったランチを時々載せているので、これも」と答えると、暫くして再びやって来て、「店長がブログを見たいので、 ブログ名を教えてもらえますか」という。 少し躊躇したが、教えたところ、厨房の辺りから、「出てきた出てきた」と小さな声。 モバイル携帯で早速、何人かで見ているようだった。そういう時代になったのだ。 薄型タブレット、無線、ツイッターなどで、誰でも直ぐに 情報が繋がると、現実社会の上にネット社会が覆いかぶさる時代が現実に、こういうカタチでやってきたのである。面白い時代である。 ・・・・・・・ 3439, 「うち」と「そと」という、考え方 2010年08月25日(水) 日本人の考え方として、「うち」と「そと」を区別する。 「そとの人」に対し「うちの人」の話をするときには、 その人に敬称をつけないのが一般である。元もと「家」の単位をベースにして、その内側を「うち」といい、一歩出ると、 「そと」とする。 家の玄関は鍵をしめて用のある人以外は、あけない。節分には、「鬼はそと、福はうち」と、豆をまく。 江戸時代の藩制度の名残で、属している組織の帰属を第一にする考え方は現在も続いているといってよい。 朝礼、社員旅行などは、うちを固める儀式。日本的な名残である。それが人間関係の中でも、考え方として色濃く残っている。 「この人は、うち側の人で、友人。うち側でない人は、そとの人で、知人」とする。 裏切られたり、騙されると、あっさりと、 心の中で、そとの人に分別してしまう。 面白といえば面白いが。一般的に、家族と、信頼している友人、そして、 会社の同僚が、「うち」になる。それ以外は、「そと」と単純明瞭。これが個人主義の欧米人からしたら不思議なようだ。 欧米は一神教。 ビック鶸と「私」の関係が「うち」で、その神の前で永遠の愛を誓った連れ添い、そして、二人の間の子供と、 「うち」が拡大して、「家庭」が存在する。 しかし、日本の「うち」は、多神教をベースにして「家」に、まず帰属して、 その内側が「うち」で、外側が「そと」になる。 私自身を振り返ると、この二分法で知人、友人、同僚を振り分けていた。 一度、信頼を失った相手は、そとの人と、二度と、心を開くことはない。特に、卑しさを見せつけられると我慢が出来ない。 そういえば、「タテ社会の人間関係」で、中根千枝が《日本社会の人間関係は、個人主義・契約精神の根づいた欧米とは、 大きな相違をみせていて、まず「場」を強調し「ウチ」「ソト」を強く意識する日本的社会構造に、どのような条件が考えられるか》 を論じ、タコツボ社会が日本的特質と指摘している。 その考え方そのものが、私の造語になるが「タコツボ思考」ということか。 自分を省みると成る程、いやに納得できる。ウツボが徘徊している中でタコはタコツボに入って、最後は人間に食べられてしまう。 「うち」と「そと」の間の「にわ」か「うちにわ」を日本人は昔から取り入れて自然を取り入れていた。 ・・・・・・・・ 3064,階級社会だと! −3 2009年08月25日(火) こういう話は大好きである。「石ころがね、その大きさやカタチを競ったって、少し離れてみれば砂利じゃないかい」 ということだ。だから、名刺に多くの肩書きを書いたり、ロータリー・クラブなどに入って特別な人間と思い込んで いる可愛い人の優越感も、人間の性と割り切れば良いのだが。その生臭い人間が何とも愛おしいのである。これも揶揄か? 「幼い頃より一流作品の絵画や音楽や大自然を可能な限り、シャワーのように浴びせることが、親の子供に対する 最大の勤めである」というが、これがハビトォスの骨格づくりになる。クラシックの演奏会や美術館に家族で行くことは、 家系としての文化資本が無ければ無理。私など父親からは大相撲の地方巡業かプロレスに連れて行ってもらったことしか記憶がない。 下町の魚屋一家で演奏会に連れ立っていくイメージが全くわかないのと同じである。 演奏会は山の手の家庭のイメージである。 家屋敷の佇まいでもハビトォスの匂いを嗅ぎ分けることができる。 家柄とか学歴の良し悪しで全て決まるわけではない。 自分で意識して美術館に行って一流の絵画や彫刻をみてまわり、音楽会に行って良い音楽を聴く習慣をつければ、その習慣行動 (プラティーク)の積み重ねから、それをつくり出しているハビトォスがつくられていく。片方はハビトォスが崩壊し、 片方はハビトォスがカタチつくられてのを身近で見てきたからいえることだが。 習慣とは、第二の天性。 良い習慣を幾つか積み重ねていけば、それが、その人の天性になる。出世とやらを考えるなら、目指すポジションの習慣行動と ハビトォスを作ることが近道になる。したがって偉人(例えばフランクリンなど)の伝記や、三国志や孫子の兵法などで学び、 良い習慣行動身に付ければ、その背後にあるハビトォスの構築になっていく。 「力、愛、知」が、人間力の構成要素なら、 その一つの力は、男にとって必要欠くべからざる要素。階級社会では、全身全霊で習慣行動をつくり上げるのは男として当然のこと。 しかし、一つの側面として割り切っていないと、そこで挫折をした時にハビトォス全体が破壊される。 考えてみたら46回の秘・異郷ツアーの中には、ハビトォス構築の全てが含まれていた。世界中の大自然の景観に魂の振動を経験し、 美術館では世界的名画や彫刻に感動し、アルゼンチンタンゴやスペインの闘牛や、フラメンコに呆然として見入り、 アフリカの手づかずの動物に触れ、・・・等々、 文化資本の蓄積は何にも変えがたい財産である。 そのわりに、自分自身に文化資本の蓄積が感じられないのは如何してか? 幼少時の文化シャワーが足りなかったということ?! でも、父親に骨董店に幼時から多くを見てきたが・・・ ・・・・・・・・・ 2699, 「レンタルの思想」−5 2008年08月25日(月) 「宇宙の発展と文化の論理 」ー 鷲田清一×松井孝典 *ここにないものと関わる能力 松井: 前回は、生物学者の長谷川真理子さんと対談しました。 そのときの話では、現生人類には抽象概念が生まれた契機の一つが、喉の構造の変化です。 逸れによって、文節性の高い言語を獲得できたということです。その御蔭で目の前に起こってない現象でも、 抽象化して相手に伝えることができ、知恵の伝達が可能になるということでした。 つまり人類がいまのような生き方をするうえで重要な要素として、言語の機能というものがある。 それを哲学がどう考えてきたかというところから、話を始めましょう。 鷲田: 人間とはなにかということは、思想史の中でいろんな語られ方をしてきました。 いまおっしゃつた、話す人(ホモ.ロクエンス)という思想はもちろん根本的なものです。 また、遊ぶ人(ホモ・ルーデンス)というのもありますね。「遊び」ということができることを人間の本質としてみる。 ホモ・サピエンスとか、ほかにもいろんな捉え方はあるのですが、これらの共通点をみれば、ここにないものに 関わっていくということ、つまり不在なものに自分を関係づける力をもつということなんです。いま目の前に現れているものを、 取り換えられない必然のものと捉えるのでなく、それをさまざまな可能性のひとつとして了解しなおすということなんですね。 人間以外の動物は、生物としてのシステム沼に、別のあり方がないような形で組み込まれている。 ▼ 解) 「ここにないものと関わる能力」、これは言葉の持つ最大の効力だろう。カラスは500の鳴き声のサインがあるというし、 ケニアではシマウマが鳴き声で多くのサインを出しているのを知った。それでは、鳴声と言葉の違いは何だろうか? それは、正に 「ここにないものと関わる能力」が言葉の中にあるということである。 亡くなった親族や恩師や友人とは、生きていた時より、 むしろ深く関わること出来るようになる。 教養とは、多くの「ここにいないものと関わってきた」蓄積である。 過去を振り返ると、自分の読書量と経験量が、ここにいないものとの関わる能力の質を決めることが解る。 予習能力も復習能力も、そのうちの一つになる。 それと、更にすすむと予知能力もある。 言葉は考えれば考えるほど、奥行きが深い世界に我々を誘い込む。ファンタジーも、妄想もある。 ・・・・・・・・・ 2007年08月25日(土) 2335, どうせ死んでしまう ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 「狂人三歩手前」ー中島義道著 −1 ーどうせ死んでしまうー この本は月刊誌「新潮45」の連載で、時々、このコーナーを図書館で読んでいた。 その連載をまとめたのが、この本である。本の題名が「狂人三歩手前」というのが良い。 この本の冒頭からして、 ーどうせ死んでしまうーである。いずれプッツンするのは解っているが、 生きているうちは、せめて「いま・ここ」に集中して面白おかしく生きたいと思っているが・・・。 {いずれ死ぬのなら、何で「いま・ここ」に集中して生きる必要などあろうか?}という投げかけの言葉も道理である! 生死の問いかけになる。「死んでしまえば、それまでよ!」も、生き残った此岸から彼岸へいった死体に対する、 思い込みでしかない。まあ、哲学は哲学でも、この人はあまりに嫌世過ぎる。 でも、甘ったるい人生論より余程面白いし、考えさせられる。心の奥に、「所詮は死んでしまう!ケセラセラ」という、 中空を持っていないと、現実に振り回されてしまう。「飯喰って、糞して、死ぬだけ、人生は!・・所詮死ぬのだから」 ーP・11 (字数の関係でカット08年8月25日) ・・・・・・・・ 2006年08月25日(金) 1970.事業百訓 ・・・? ー1994年 H0601新年にあたり (目先の流れを間違わないように!)潮流は大不況である。 −以下、字数の関係でカット(2007年08月25日) ーH0603 海外旅行ー 二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。 私の趣味の一つといってよい。海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。それぞれ全てがすばらしい。 違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち 感激しなければ理解できない。初めて旅行したのは昭和四十二年、海外旅行が自由化された翌年だった。 大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、 旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、 英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。また欧州の文化文明に大きな カルチャーショックを受けた。帰国して数ケ月はただ呆然としていた。二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば、 人生の一大転機のきっかけになった。 それだけ感激とショックは大きかった。 ーH0603ゴネ社会のカラス達ー ーH0605 般若心経のすすめー ー以下、字数の関係でカット(2009年08月25日) ーH0605 事業百訓ー 432 長い人生において、誰しも受け入れ難いことに遭遇するときがある。 真正面よりたち向い頑張ろうとしても、のり超えられないときもある。 = 以下、字数の関係でカット(2010年08月25日) = ーH0607 ケニア・サファリ紀行 前知識はほとんどなし、 「何がおきるのか出たとこ勝負の旅」というのが率直な気持であった。 ところが秘境の旅というイメージで行ったところ、そこは欧州の高級リゾート地であった。 三十年前まで英国領であった為、欧米のサファリを目的としたリゾート地として区画整備されてあった。 広大な動物保護区及び国立公園と一般の土地はわけられており、前者は天国、後者は貧困そのものであった。 サファリ(動物ウォッチング・ドライブ・ゲーム旅行)は生まれて初めて、 一日一日、一シーン、一シーンが鮮明な感激として脳裏に焼きついている。 強烈な印象の順に列記してみると、 ・夕方、五十頭の象の群れが一列になり、右手にキリマンジェロをみながら林の方に帰っていく、 (TVでこのシーンを見た事があるが、まさか初日にこれをみれるとは思わなかった) ・ライオン二匹がペアリングしている横で一頭がシマウマを食べているシーン、 ・チーターが二百m先に一匹のガゼルをねらいを定めて木影でスキをねらっているシーン、 ・ 二十頭位の象の群れに三m位近ずいたシーン、 ・湖でカバの群れに近ずいたところ一頭が我々のボートを追いかけてきたシーン(一ケ月前にその群れに漁師が殺されたとか) ・数千〜数万頭のヌーの大移動、 ・マサイ・マラ族の村の中での異様な雰囲気、 ・気球の船上よりのアフリカの大地の景色、 ・四〇〜五〇頭の水牛の群れの真只中にサファリーカーでつっこんだシーン、 ・キリマンジェロの遠景、等々書けばきりがない。過去十七回の海外旅行の中でも最も刺激的印象的なものであった。 欧州では“アフリカの毒”という言葉があるとか。その毒(魅力)にあたり、ウワ言のようにアフリカ、アフリカと 言うそうで、今の私はまさに毒にあたっている状態です。(1994.7/10 〜18 ) ーH0609 歩行とダンスー 丸山圭一郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”という二人の対話が面白かった。 “ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的。 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?ありうる!”という。非常に含蓄のある面白い内容である。 人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、 “よしこの仕事とチーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と、一人笑った。 私の学生時代の大手商社に勤めている友人と、酒をのみながら右の話をした。 本人いわく “私はさしずめ、それはホーク・ダンスだな!。好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。 それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。 ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながらパターンをマスターし、 かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。 ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。 ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。 そしてその反対に逆の人も。 ーH0609 至福の時ー 母が八十六才になり、年相応?の初期の痴呆症があらわれて三年、年を重ねるという事は大変な事と思いしらされる。
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2012年08月24日(金)
「あなたが大金持ちではない10の理由」ドナルド・トランプの著 アマゾン内のネットサーフィンで見つけた不動産王ドナルド・トランプの著「あなたが大金持ちではない10の理由」が面白い。 耳が痛いが・・ まず基本的な考えは「お金持ちになりたいなら、お金を持つ前からお金持ちのように思考しなくてはならない」である。 まず金持ちであるかのように考え振舞うことから始めよ、である。 そう振舞ってもダメなのはダメだが・・・ ー「あなたが大金持ちではない10の理由」ーとは ① 休みをとらなくちゃいけない・・・と思っている 「休みをとりたいなぁ」と思ったらその仕事はあなたに合っていない。 まず自分が好きになる仕事を選ばなくては! ② 睡眠とらなくちゃ・・・と思っている 著者は一日4時間しか寝ない(午前1時〜午前5時)。寝る間を惜しむほど仕事に打ち込むことが基本。 ③ 集中力に欠けている 「私は相手が二、三語話しただけで次に何を話すかがわかる。それが出来れば会話をリードできる」 相手に集中する能力。 ④ テクノロジーに頼り過ぎ メールでは感情を伝えられない。電話したり、直接相手に会うこと。 ⑤ 相手の期待値を考慮していない 賞賛や驚きは相手の期待値により変わる。 相手の期待を知って初めて効果があがる。 ⑥ 仲間に頼りすぎている 最後は一人。「どんなことでも自分でできる!」と思い、自分でやるべきことをやらなくては何も進まない。 人に頼りすぎると仕事の遂行が遅くなってしまう。 ⑦ 成功グセをつけていない 一つの成功は次の成功を呼び込む。まず実際に行動を起こし何かを成し遂げる。著者は「彼の触ったものは黄金に変わる」評判がある。 ⑧ 意思決定がいいかげん 「意思決定は恋人を決めるときと同じように」。 多くの人が意思決定を「一目ぼれ」のように扱っていることを嘆く。 会議で他人の意見を聞くのは「あの子のことをどう思う?」と聞いているのと同じ。意見を聞きつつ、注意深く意思決定を進めること。 ⑨ 家族とうまくいっていない。 家族はもっとも重要。 家族と良い関係が、基本中の基本。 ⑩ 好奇心をもっていない 成功者は何にでも興味を持つ。興味はイノベーションにつながり、成功の鍵。起きていることすべてに興味を持つこと。 ▼ 今さら金持ち云々など、関係ないが、それでも道理は面白い。 上手くいっている人は上記はクリアーしている。 会社を創業し軌道に乗せるに、ほぼ上記をカバーしないと不可能だが、それも震災ひとつで、パーである。 お金は、お金を意識しないで済む程度が一番よいという。 年齢にもよるが、一般的に100万ドルか、一億円が目安。 ・・・・・・ 3803, 哲学人 ー⑤ 2011年08月24日(水) ここでもテーマにした吉本隆明の「共同幻想」という言葉がある。その典型が国家である。 その元になっているのが、ウパニシャッドといわれる。 また信長が好んで舞ったといわれる部分の敦盛の歌詞 《 思へばこの世は常の住み家にあらず 草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし 金谷に花を詠じ、 栄花は先立つて無常の風に誘はるる 南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり 人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・・》 所詮は、幻想のようは儚い一生を鳥瞰した歌詞。 マギーは、ウパニシャッドを簡潔にまとめてあり、分かりやすい。 * ウパニシャッドとは ー「哲学人」ブライアン・マギー著より 【 15、6歳のころ、世界の偉大な宗教の経典を集めた「世界の聖典]という本を学校の図書館で見つけ、好奇心から読んでみた。 この本の中で、唯一、私の想像力を心底かき立てたのが『ウパニシャッド』だった。 驚いたことに次のような記述があった。 「ー人間の知識と経験の全領域はイメージだけで成り立っており、そのイメージは流動的であって、永遠不変の存在を持たないのだが、 それに対して実在する現実は、永遠に存在するものであるけれども、我々は直接それを知ることができず、それを明確に把握することも できないー」。 私は自分の考えが目の前のページに、それも数千年前の昔の書物に載っているのを見て愕然とした。そこには、さらに、 私の思いもつかない説明まで書かれていた。それによれば、「私たちの心には無数の多様なイメージが浮かぶが、そのイメージを去来 させているのは、個々とのイメージと同数の、直接触れることのできない対応物ではなく、あるひとつの大きなものである。 私たちは個人として生まれたときから分化し、死ぬと再びそこにとけこむ。突きつめると、実際には、その大きなものしかない。 互いに相容れることなく個々に分離しているのは、イメージだけである。また、イメージはあくまでイメージであって、主観的で はかないものである以上、そしてとくに、人間には生来、イメージを独立して存在する事物と混同する傾向がある以上、イメージを 幻想とみなすのは、しかるべき理由があることになる。分離した個々の事物、人間を含む個々のあらゆる事物は、してみると 現像ということになる。現実には万物はひとつである。」 ・・・私には、この見解は確認できないように感じられたのである。 たとえこれが真理であったとしても、そのことを知るすべが見当たらなかった。 とはいえ、この見解は、ある重大な事実を 痛感させてくれた。私は自分でも気づかぬうちに、ー存在しているものは基本的に私たちの考えていることに「似ている」、 すなわち多種多様なものが存在していると想定していたーのだが、この想定には根拠がないことが明らかになった。 考えてみれば確かに、現実の本当の姿はどういうものかをめぐるいかなる意見にも根拠がないように思われる。】 ▼ 過去を振り返ると、実際あの時の経験は記憶とていて残っている。 その対象も物理的に残っているものもある。 しかし時間は、記憶も、物理的残存しているものも、容赦なく変えてしまう。そうすると、残っているのはイメージである。 そうこう考えると、ブラフマンの存在こそ、そこから発生し、そこに戻っていくという考えに、ついつい・・・夢幻でしか!と。 恋愛など、性欲がつくりあげたイメージのダンスでしかない。ダンスが終わったら・・・ 類推は、いくらでも出てくる。 ・・・・・・・ 3438, 腰痛について 2010年08月24日(火) 腰痛について何度か書いたことがある。《下にコピー》去年にも二回書いている。 そういえばこの一年、日常的な腰の重みはあっても、顔をしかめるほどの腰痛はない。 一年間何もないのは近年には記憶がない。 低反発マットと、海老反りマシーンによる背筋伸ばしと、立振動の バイブレーション・マシーン効果がでているようだ。四足だったサルの祖先を持つ人間が、両足で立って歩くようになったのが、 腰痛の原因。特にディスクワークで椅子に座る時間が長い人とか、立ち仕事の過剰が腰に負担をかけるのが原因。 日常的に心がけることは、 ・なるべく歩くように心がけること(一日1万歩を目安にする)、 ・普段の姿勢で胸を広げアゴをひいて頭を背骨に上に置くようにし、 ・前かがみの時は、屈まないようにして膝を曲げるように心がけ、ものを拾うときは、腰から上は立てたまま膝を曲げる。 ・右手でものを拾うときは、反対の左足を必ず前にだすこと ・電車の座席や、喫茶店、居酒屋で座席に座る時に、足を組まないこと ・腰の冷えに充分気をつけること、また夏の冷い飲物の過剰摂取による内臓の冷えも危険 ・常に自分は腰痛持ちであることを意識をし、腰痛を目覚めさせないように、注意をすること ・季節の変わり目には、腰痛になる前から腰痛ベルトを事前にすること などなど、ある。 腰痛と、嫁姑問題は、人類の永遠のテーマのようだが、予防の習慣で、ある程度は押さえ込むことは可能。 腰痛の御かげで、早朝の散歩の習慣を25年間も続けることも出来たし、姿勢は良くなった。 その結果、全身の血の巡りは良くなった。 まずは嫌わないで腰痛と仲良くすること。 ―― 3063,閑話小題 2009年08月24日(月) * 日本文理高校が決勝だと 日本文理高校が、あれよあれよという間に決勝戦まできた。国体開催の一月前ということもあり是非とも優勝をしてほしいもの。 今日は県内は大きな盛り上がりになるはず。昨日は県岐阜には勝てないと踏んでいたが、まさか勝つとは。過去に準々決勝が最高だったから、 新潟県にとっては大快挙である。地元の予選では対戦相手とは段違いの力だったが、ここまで来るとは思ってもいなかった。 彼らナインも監督も同じだろう。 新潟県は、このところ二度の大地震が続き、景気も最悪の事態の上に、この天候で稲作も期待できない。 優勝でもしたら国体までのつなぎになる。たまたま今日は飲み会が入っているので、酒の味が美味くなる。 * 新インフルエンザの恐怖 商売が商売だけに、この新インフルエンザで日本中に蔓延した最悪の事態も考えなくてはならない。 半年も客が誰も泊まらないこともありうること。そうすると「 」 考えても仕方がないことだが、現実に有りえることである。 この恐慌?の中で、更に日本経済は壊滅状態。特に地方経済は体力が消耗しているので深刻の事態になる。ビジネスホテルは直撃を受ける。 新潟国体の特需を計算に入れていたので、もし大幅の縮小となると大問題になる。 困ったものである。 支配人の近所の親しくしている家の子息が新インフルエンザになったとか。 タミフルを飲んでホボ直ったというが、現実に身近に感染者が出てきたのである。 お盆で海外旅行から持ち帰った菌と、帰省などの国内旅行でばら撒かれた菌が、10日の潜伏後で表面化する。 更に来週から学校が始ると、密室の教室内で大蔓延するのは火を見るよりあきらか。 一ヵ月後には、日本中が新インフルエンザで大問題になっている可能性が大である。 新潟国体の縮小も充分に有りうること。 これからは一日一日が、スリルとサスペンスの日々になる! そうこう考えると、恐慌も重なった大津波の本体が押し寄せてきたというのか。 数ヶ月先も読めなくなってきたが、それが日本の現実か。 高校野球の優勝かどうかより、 直撃を受ける本体の方が大問題である。 不安と不機嫌の日々がつづく。 ・・・・・・・・ 2698, 閑話小題 2008年08月24日(日) *大曲の花火 昨夜は、秋田の大曲の花火をNHkのハイビジョンでみた。この数年の年中行事の一つになっている。 電気を消した見ていると、自分が土手で見ている気分になる。プロの花火師の評論が面白い。 花火には「菊」と、「牡丹」の形があるとか。 丸い花火は割りものとか、云々。 大曲は、日本中のプロの花火師が競う競技大会。 その結果が公表される。 開くタイミング 10点、 開き具合 30点 色彩および配色 30点 技術 30点 の比率で評価される。 地元の長岡の花火も良いが、大曲の方が華やかで規模(数)が大きい。 〜〜 *日本野球がオリンピックで敗れた訳 日本が、良いところがないまま、敗退してしまった。結果論からいうと、星野監督の選定ミスである 現役を退いて何年もたった監督と、コーチでは勝負勘が全く無くなっている。 せめて副監督として古田元ヤクルト監督をつけておくべきで、御友達感覚の監督、コーチで勝てるわけがない。 選手が、星野監督とコーチの前で、すくんでしまって実力を発揮できなかった、ということ。 更にG.G佐藤の二回の大エラーも、水を大きく指した。 本人の一生の傷になる。数年間は針の筵だろう。 ニュースに流れた日本人の観客のヤジ「御前ら、日本の野球はこんなものだったのか?」も厳しいが、 それくらい星野には良いだろう。 あまりにプロ野球の監督とし鮮やかな辞め方をしたのだから。 それより、あの二年前のワールド・ベースボール、あれは劇的過ぎただけ。 ただ星野は、酷かった。 人生は、こんなものだろう、 所詮は!+−ゼロ。 〜〜 *オリンピックが終わるか これまでは、あまりオリンピックは見ないが、時差のあまりない北京で行われたことと、 お盆を跨いでいたこともあり、これだけ見るのも珍しい。といって決勝進出と、注目された試合だけだが。 前回の三分の二の金メダルだったが、こんなものだろう。テロによる混乱も無く、まあ無事終了のようだが・・ 中国にとっては大成功のオリンピックとは言えないが、そこそこ(65点)だった。 独裁国家がオリンピックを開催すると、何年後かに独裁体制が崩壊するのは、ナチのドイツとソ連の崩壊から推測出来る。 これから10年間は、大きな試練が待っている。上海の万博まで持つだろうが、火はついたことは間違い。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月24日(金) 2334, 離人症体験 オハ…YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+ ある本の中の「離人症」の経験者の話に目が釘付けになった。 私の最も好きな内容だからである。そこでネット辞書で調べてみた。 ーー 「離人症とは、自分が自分の精神過程または身体から離れて外部の観察者になったかのような自己の知覚または体験の変化」と定義される。 ・離人感は深刻な感覚の歪みがあらわれる。例えば、世界が霧か煙を通すようにぼやけて見えるとか、声が遠方からのように聞こえます。 ガラスの檻に閉じ込められ、それにより「現実の」世界から切り離されている感覚。 具体的には、自分が存在する実感がない、 自分が見知らぬ人間であるように感じる、 自分が生きている感じがしない、などがある。 ・身体に関する訴えとして、自分の体が死体・ロボットのように感じる、 自分の体の実感がない、自分の体が大きく・小さく感じる、などがある。 ・また、行動する自我とそれを観察する自我の分離があり、自分の行動を離れたところから自分が観察するという感覚がしばしば起きる。 このような分離は、心の中での果てしない自問自答、堂々めぐりと体験されたり、 自分の体から自分が抜け出す経験(体外離脱体験)と 感じられることもある。 トランス状態にあるような様相を呈することもある。 ・自分以外の人間は自分の体験を真剣に取り上げてくれないと嘆き、これらは心的外傷に深い関連があり、自傷行為や自殺企図もある。 ーー 以上だが、その中で体外離脱体験もあるようだ。 私自身、色いろな体外離脱やパニックに陥ったことが度々あった。 この「離人症経験」とは違うプロセスで体外離脱体験になったのである。 人生の大きな変わり目とか、 厳しい秘境旅行の帰りの飛行機の中とか、大きなストレス状態の時などに生じるところが似ている。 過去の随想日記に、そのことを幾つか書いてきたが、離人体験とは少し違う。 (後記の数年前の文章を貼り付けた中に、偶然に夢について書いてあった。) 一番近いのが、ある旅行からの帰りの飛行機の中での恐怖パニック体験。 (何度か書いたことがあるが・・・)秘境旅行の帰り、ホッとして眠っていたところ夢をみた。 自分が地上からフワフワと風船のように浮遊して、空に舞い上がっていく。 みるみる電信柱を越え、空に上がっていく。「これは危ない、地上に戻らないと!」と、 本能的に夢から我に帰ったところ、そこは地上ではなく空中を飛行中。戻るはずの地べたがないのである。 空中から地上に帰ったはずの自分が、逆に更に高い空中を飛んでいるのである。 それも自分が1000キロの速度で飛んでいる実感がしたのである。 飛行機も、周囲の人も消えて、独り空を超高速で飛んでいるのである。 恐怖で失神?なんてものではない! このような特異の恐怖体験をした人は世界広といえ、殆どいないだろうと、 パニックが収まった時に頭に浮かんだ。(実際は多くいるだろうが、特異という意味で・・・) バンジージャンプで二回飛び降りているが、落下時の恐怖より恐ろしい?瞬間であった。 その落下としても垂直に空中を飛んだ経験があるから、その時に実感できたのだろう。 数分は続いただろうから、よく心臓が止まらなかったものである。離人体験の恐怖を語っているブログがあったが。 その類の知識のない子供が、自分が自分から抜け出た感覚は本当に恐ろしいのは解るような気がする。 離人症という病があるとは、知らなかったが、欝になり、落ち込んでいる心理状態は、正にこれじゃないか? 「ものみのとう」とかいう、あのカルト集団、あれも集団離人症候群じゃないかい? {娑婆を「物見の塔」から見下して、あの集団で修行すれば、千年後に奇跡があらわれ、キリスト様と出会い・・} それも、幸せな集団離人症ということ? ホンジャ(´_`○)ノ ノヾィ♪
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2012年08月23日(木)
「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一 (著) * 「長寿者は少食」という、間違った思い込み 私の両親をはじめ、若い時から多くの老齢の人との接点が多く、人生を充分に生きた人たちのエキスを得ることができた。 最期は脳梗塞やガンなどで亡くなっていった。それぞれが壮絶で、生きた人生のとおり死んでいったが、死んでしまえば、それまで。 身近で知る限り、80歳辺りから一年一年、急激に体力が落ちていく。中年まではメタボにならず、老齢期に入ったら、逆に 痩せ過ぎない方が良いようだ。長寿の人には、小食というより肉にしろ魚にしろ何でも食べる人が多く、食事を楽しみにしている。 それと愚痴は少なく、明るく何事にも興味を持つ性格が共通している。 それと孤独の人は認知症になりやすいという。人の接点が少なくなり、それが存在理由を小さくして、内に篭もるようになる。 それが認知症を進める。 一般的に男の方が定年後、横の関係が出来てないため孤立傾向になりやすい。 妻に先立たれると、 孤立する傾向が強くなる。そこで個食が孤食になり、その寂しさからアルコール依存症になっていくケースが多い。 一度、アルコール依存症になると、倒れるまで飲まないと気が済まない状態になる。 その結果、孤独死。 孤立する原因に、 時どき新聞ネタになる「ゴミ屋敷の住人」の主がいる。 老人の判断基準で分別が出来なくなり、苦情などでゴミを捨て辛くなり、 その結果、家にはゴミの山になり近所との軋轢が出てしまう。この傾向は全国的にエスカレートしているとか。 私の場合も、 家内に先立たれたら直面する可能性がある。 自分の年齢と、その自覚の差異が7歳もあるのが問題の起因の一つ。精神の老いに 生活が追ていけなくなる問題である。 もう一つ70歳を過ぎると免許証の返納を勧められる。しかし本人にとって最後の砦を 失うことになる。危ないという自覚がないから、尚のこと。歳をとり日常生活でイライラすることが多くなるほど、車の運転は 自己効力感が強くなり、貴重な楽しみになっている。それを取り上げると、気力も何も無くしてしまう。いずれに、直面することに なると思うと暗くなるが、今日一日を精一杯生きていくしかない。老人化も、冷静にみれば面白いもの。生きているだけ儲けもの? ・・・・・・ 3802, 哲学人 ー④ 2011年08月23日(火) * 驚きを忘れた人々 (P/29より) 【 あらゆる意味とあらゆる目的がこの世界のなかにあリ、価値と道徳は人間によってつくられる、つまり、価値と道徳は社会的・歴史的に 形成されるのである。真実はミステリアスであるとの意見を『彼ら』は理解できず、それゆえ人間の経験の意味するところは私たちの理解を 超えているのかもしれなといった意見を、まわりくどい戯れ言(その正体はやはり宗教的なもの)とみなした。私にとってこの態度のどこが いちばんなじみにくく、いちばん理解しがたかったというと、それは私たちが存在していることに、というより、なんらかのものが 存在していることに驚異(あらゆるものが奇跡にほかならないということ)を感じる感覚が欠けているという点である。 結局のところ、 深く考えなくても、子どもくらいの思考力さえあれば、私たちの経験のきわめて一般的かつ基本的な特徴すら私たちは自分では 気づいて当然なのに、私がいま述べているような人々はその点を見抜けなかったらしい。 ある種の常識的なものの見方がほぼ正しいと いうことを自明だととらえているようだが、私にとって自明だったのは、「常識は正しくない」ということだった。 あっという間に不可解さと自己矛盾の泥沼に嵌ってしまうからである。さらに正直に言うと、「『彼ら』は常識的な世界観を否定することを ばかげているとみなしたけれども、私からすれば、それを容認することこそばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みないあいだしか もちこたえ代物だった。はなはだ浅薄であったばかりか、支えとなるものはなく、ぽっかりと宙に浮いていたのである。『彼ら』の見解の 根本を問いただしても、そうした疑問はことごとく退屈で的はずれなものとして退けられた。世界や経験のさまざまな基本的特徴は、 人間の推理力ではとうてい理解できそうにないという事実に注意を向けようとすると、彼らはこの事実を逆手にとって、問題を提起する ことを封じこめた。彼らの望みは、理解できる事物の領域に自分の人生を閉じこめることだった。最初に挙げたクルーブと比べると、 わずかながら深遠で批判的でもあったが、結局、両者の態度には多くの共通点があったのである。 大人になるにつれて、世界にまつわる驚異の念にひたり、世界が差し出す解決できそうにない問題(とくに、時間、空間、物体の知覚、 物体の本質などに関する問題)にのめりこんでいったおかげで、私はまわりの人たちからやや孤立することになった。こうした問題を 語りあえる相手が見つからなかっただけではない。 そんな問題をもち出せば変人扱いされかねないことを思い知らされたのである。 人づきあいをしなかったわけではなく、人生のほかの局面ではとても社交的な人間だった。昔から友人はいたし、17歳になって恋愛もした。 パーティが大好きで、熱烈な音楽愛好家にして、芝居通でもあった。それでも、経験のきわめて形而上学的な次元に心を奪われていることは、 たとえ日々そうした問題に取リ岨んでいたとしても伏せておくべきだと知ったのである。そんなふうに孤独感を覚えながらも、この問題に 取り組んだのは、なんといってもこの問題が圧倒的に重要であったからだ。私たちの本質や、私たちが暮らしている世界の本質にとって 根本的なものであるのに、こうした問題に何故誰も魅了されないのか理解できなかった。 頭の良い人なのに、何よりも重大な問題に 暗黙のうちに禁じられているには、何とも奇妙に思われた。 】 ▼ ここで、マギーは「 私にとって自明だったのは、常識は正しくないということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の泥沼に 嵌ってしまうからである。さらに正直に言うと、彼らは常識的な世界観を否定することをばかげているとみなしたけれども、私からすれば、 それを容認することこそばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みないあいだしかもちこたえ代物だった。」と、述べている。 常識は、殆ど正しくないことは、今さらだが、あえて事を荒立てることもない。私も常識とやらは、ほぼ間違えていると、この年齢で実感する。 考えてみれば「あの人は常識人」ほど侮蔑の言葉はない。大部分である常識人のいうことを、まともに聞いてきた人生、何だったのだろう。 ・・・・・・・ 3437, 64歳の現時点で、感じること! ー2 2010年08月23日(月) * あと5ヶ月で65歳になるが 65年の人生を振り返ると、月並みだが長いような短いような感じだが、決して長くはない。アッという間である。 家庭に恵まれていたし、時代背景にも恵まれていた。 満足度は70、いや80点である。 明日の金が無くて呆然としたことも無かったし、人間関係で悩むことも比較的少なかった。 また事業を四十年近く、やれたことが良かった。また装置産業を選択したため、自由時間に恵まれたのが良かった。 好きな秘境ツアーも、私の環境=条件内では最大限に楽しむことができた。 好きな本も充分に読むことができた。 好きな箱物(ビル)造りも、小規模だが増築を含めると8棟を立ち上げることができた。 もっと事業を大きくできたチャンスがあったが、恐慌になった現在、それが良かったかどうか。 第二次世界大戦の終了から、米ソの対立、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国の文化革命、そして、ソ連と東欧の崩壊、 日本の高度成長、バブルと、その崩壊、そして失われた20年という長期の停滞。アメリカのニューヨークの9・11テロと、 アフガン・イラク戦争。そして、極めつけがアメリカ発の大恐慌である。それが今後、10〜20年と色いろなカタチで、 20世紀的なものや、文化の破壊がすすむ。65年の人生で、半分以上は成長期の時代を味わってきた。特に20代、 30歳代は、高度成長期にあたっていた。もう日本が、これだけの右上がりに成長を謳歌する時代は二度とこない。 そうこう考えると本当に良い時代背景だった。 情報化社会の到来で、劇的変化を始めた時代の入り口を生きている。 その変化は想像を遥かに超えている。 毎日が驚きと、感動と、おののきの日々である。それにしても知らないことが多すぎる。 ・・・・・・・ 3062,階級社会だと! −2 2009年08月23日(日) 上流階級?の人が落ちぶれた時に、階級の存在をシビアに知ることになる。 その時のハビトゥス(その人の習慣をつくりあげている文化構造)の崩壊のプロセスを身近で何人か見てきた。その崩壊は人間性の崩壊になる。 階級社会にとって必要なことは、その入れ替えの弾力性である。弾力性が無くなれば階級社会が自滅することを経験的に知っているからである。 時間軸の長短から考えれば誰もが成上がりでしかない。イギリスは階級制度のハッキリした国であるが、その入れ替わりには長年の経験上、 当然のように受け入れるシステムになっている。新しい価値をつくりあげれば、その価値の創造者として認める。日本でも明治時代の伝統で、 家柄より学歴を優先する社会的システムができている。日本の最も優れた文化資産である。 (字数制限のためカット 2011年8月23日) ・・・・・・・・・ 2697, 散歩について 2008年08月23日(土) 散歩の習慣と効用については何度か書いてきた。1月から3月半ばを除けば毎朝、豪雨でない限り歩いている。 もう25年ほどになる。年々少しずつだが歩数は減っているが、それでも毎朝一時間弱は歩く。 日本人の歩行は、この三十年で激減しているという。30年前で7000歩が現在では6000歩弱に、車通勤では、4000歩も歩かない。 江戸時代には日本には散歩という概念がなかった。車がないので、何処に行くのにも歩いていたから、敢えて歩く必要も無かったようだ。 それでも、現代人と比べると3倍から5倍は歩いていたという。西欧人のように、「楽しみのための目的なしの歩き」に名前を散歩と名を つけたのは、勝海舟であった。氷川清話には、散歩の話がところどころ出てくる。散歩の語源は、漢方の言葉で、漢方の内服薬を飲んだあと、 その薬を早く吸収させるため歩くことを意味していた。勝海舟は、外国人が生活の中に散歩を取り入れているのを見て、 心身の健康の効用を看破した。私にとって、散歩のない日々は考えられないほど、日常の生活の一部になっている。大雨で歩かなかった 翌日など、身体から毒素(恐らく活性酸素だろう)が抜けていくのがわかる。それと、脳の活動が活発になるのも分かる。 これを続けていると鬱病などなる訳がない。早朝に、陽光にあたりながら、鳥の声と、川のせせらぎの音を聞きながら、深呼吸を して歩いていれば、マイナス思考など出ようがない。最近はiPodでアルファー波のタップリ入った音楽を聴く習慣も取り入れた。 哲学の小道が京都になるというが、決まった道を、他のことを意識しないですむ道という。 ソクラテスではないが、プラトンなどと問答しながら歩いたのは、脳が活性化するためである。散歩を健康のためとか、 考えるため、というのでは長続きはしない。あくまで楽しい日課の一つとして取り入れて、スキップするような気持ちで歩くことだ。 最近80歳過ぎの少し痴呆症の入った年配の人が散歩をしている。道に立って、来る人来る人に手を上げて親しそうに話しかけている。 (字数制限のためカット 2012年8月23日) ・・・・・・・・・・ 2007年08月23日(木) 2333, ホッファー −2 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! この特異な哲人ホッファーの存在が、今日のように我々に知られるに至ったのは、マーガレット・アンダーソンという 「コモン・グラウンド」編集長である。「たった一人、彼女が東海岸で自分の原稿を待っているのだと思えることが、 自分の思索を持続させた」と、ホッファーは書いている。世に出た著書は、好評だったが、爆発的に売れたわけではない。 あくまでも彼は本の“著者”にすぎない状態だった。1964年にカリフォルニア大学のバークレー校で週に一度の学生たちとの講義も 担当するようになったときも話題をよんだわけではなかった。ホッファーのような変わった人物を講師にするのは、バークレーのやり方。 しかし、ホッファーはひとつの感慨をもつ。「人にはこのように、世界のどこかでそれを待っているところが、少なくとも一カ所は あるものなのだ」ということを。 以下は、ある本からの抜粋である。 ▼ ホッファーが人気をもつきっかけはテレビであった。1967年、エリック・セヴァリードとの対談がCBSで放映され大反響になった。 それから一年に一度、ホッファーはテレビ対談に登場する。かれ自身はつねに目立たない存在を望んだが、どんな評価も名声も ホッファーの生活を豊かにすることも、その精神を危機から脱出させることもなかった。社会や世間のほうがホッファーのような “例外者”を必要とした。こういうホッファー・フィーバーのなかで、彼はまったく変わらなかった。 沖仲仕をやめて著述に専念するようになるのは六十五歳をすぎてから。八十一歳で死ぬ(一九八三)まで、本を書きつづけ主要な著作は 十一冊をかぞえる。うち六冊は日本でも邦訳が出たが、現在も入手可能なものは一冊しかない。これほど数奇な人生があろうかと 思わせるほど波乱に富んでいるが、これ以上に面白いのが、彼がいろんなところで出会った、数々の特異な社会的不適応者たちの語る 自分の人生である。この自伝には、そのような忘れがたい人々との忘れがたい出会いがつまっている。その一つ一つが、 まるで短篇小説以上の仕上がりになっている。こういった出会いのすべてが彼の哲学的思索のナマの素材になっているのである。 (以下、字数制限野関係でカット 09年8月23日) −つづく ・・・・・・・・・・ 2006年08月23日(水) 1968.事業百訓・・・? −1991・1992年(6) H0301新年を迎えて!! (字数の関係でカット 08年8月23日) ーH0307事業百訓 ー 今より20年前、人間には周期(波動)があるのではないかと気がついた。 九年が一周期で前半が陰・後半が陽である。 (マイナス3才〜5才) (6才〜14才) (15才〜23才) (24〜32) (33〜41) (42〜50才)(51〜59)(60〜68才)(69〜77)……。 (字数制限のためカット 2012年8月23日) ーH0309事業百訓ー (字数の関係でカット08年08月23日) ーH0311事業百訓ー 最近私が造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。(江藤淳の“夜明けの紅茶”をもじったものだが) ・早朝(4時半〜5時半)起床 ・近くの土手を一時間散歩 ・テレビ体操 ・瞑想 ・家族全員のお祈り・食事と続く。 特に散歩がよい。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、 時々に般若心経をとなえる。この散歩に全てが含まれても過言ではないという“気”にもなる。これを実施して4年、 副産物として夜に出あるく事と、酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。 時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。 また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。 早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して、自ら挑戦してみた事だ。 彼は登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。 1時間半10km歩くという。 そして読書とシャワーをあびるとの事。夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。 これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。 ーーーーーーーー 事業百訓ー1992年(11) H0401新年を迎えて!! (字数の関係でカット) ーH0405事業百訓ー (字数制限のため中間カット2010年08月23日) ーH0407事業百訓ー 395 ~402,字数の関係でカット ーH0407高野山へ旅してー 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。 初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。 また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も延暦寺ならではのものであった。 翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は神秘的で左右の墓石群に千年の歴史の深さを感じた。 何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠・伊達政宗・前田利長・豊臣秀吉等の墓であった。 三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、あげていたのが武田信玄の墓であった。 県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。 この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的なものである。 その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげており、奥の院そのものという感じであった。 秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間”(関白秀次が切腹させられた間) がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せつけられたようであった。 高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前によくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。 ーH0407城下街小唄 ー 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。 (字数制限のためカット 2011年8月23日) ーH0407霊的体験ー 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。死後一週間後位か妙な夢をみた。 私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感できたのだと思う。 それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった!という不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!” と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。そのひきずりこまれた瞬間 ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。 ーH0407禁断の秘密 ー (字数制限のためカット 2012年8月23日)
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2012年08月22日(水)
「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一 (著) * 長寿の人の共通点 ーわがままに生きる 「憎まれもの世にはばかる」ではないが、歳をとると因業になっていく。先がないので抑えていた我がままが表だつ。 長寿の共通点が「わがまま」。わがままと因業は紙一重。 ー その辺りをまとめてみた。 【 日本には100歳をこえる人は4万8千人いる。50年前には153人しかいなかったというから300倍以上である。 10年前で1万人をこえたというから、僅か10年で5倍である。人間の寿命の限界は、フランス女性の122歳。 100歳以上の人に対し医学や遺伝子の様々な研究が行われていて、心理学研究では、ある程度共通した性格ががわかっている。 男性の場合は、性格が几帳面で、自分を曲げないで、日課がほぼ決まっていて、生活がきちんとしている人。 女性の場合は、明るくてわがまま。ちょっと強引だが、周囲の人を幸せにしてくれる、‘大阪のオバチャン’みたいの人。 男女とも、「わがまま」の人が長寿である。「自分勝手」とは、少し違うが、我が強い人である。「わがまま」の意味は、 「自分が決めたことを、自分の思うようにできている」で、誰かが元気がない時に、その人が喜びそうなことを、積極的に動く人。 それは「自律できている」ことである。自律を保つことで幸福度を高く保っている人ということになる。アメリカの心理学者が、 面白い実験をした結果がある。 ≪ 三匹の犬を一緒につなぎ、電気ショックを与える。 一匹目は、電気ショックを与えたら、 鼻でパネルを押すと電気ショックを押すと止むようにし、二匹目は、一匹目が押した時に、電気ショックが止みますが、自分では 何をしても止まない。三匹目には何もしない。これを繰り返した後に、それぞれを仕切りに分けたボックスに入れて、 電気ショックを与えると、二匹目の犬は、すぐに飛び越えられる低い仕切りでも、うずくまっただけで、逃げようとしなかった。 この犬の状態を「学習性無力感」と呼ぶ ≫ 】 ▼ 何か勤め人根性が染み付いて、退職後に誰も指示しないため無気力になる大方が二匹目の犬に近い? 身につまされる人が多いだろう。身近な人に似たような人がいるが、人生は誰も同じようなもの? わがままな二代目か、婿取り娘が果たして長生き?かというと、そうでもない。それはそれで気苦労があるのだろう。 ライフワークを続けること自体が、わがままになるが、10年20年が必要だが、今からでも遅くはない。 ・・・・・・・ 3801, 哲学人 ー③ 2011年08月22日(月) 『哲学人』 ブライアン・マギー著 ー読書日記 ー 第一章 子供のころの記憶 〜時間に始まりと、終わりはあったのだろうか?〜 鵺 【 何かが存在するためには、その何かは「ほかのものとは違うなんらかの個性」を備えていなければならない。 つまり、その何かとは「異なるもの」も存在していなければならないのであり、その「何かに限界がなければならない」のである。 したがって、いまあるものに終わりがないということはありえず、いまあるものに始まりがないということもありえない。 私は始まりのない時間も終わりのない時間も不可能であると確信するようになった。 かといって、始まりや終わりがあるという 可能性をつかめそうにないわけでもなかったが。 さらに、似たような問題が空間に関して存在することにも、私はすぐに気づいた。 いまでも覚えているが、ロンドンからイングランド中部のマーケット・ハーボロに疎開していたころ(確か十歳か十二歳の頃だった)。 公園の芝生に横になって雲ひとつない青空をずっと奥まで見通そうとしながら、こんなふうに考えたことがある。 『 もし僕が空のなかにまっすぐ、昇ってそのまま突進んでいってたら、どこまでも進んでいけたっていいはずだ。 でも、そんなことはできない。どうしてできないのか? きっと、最後には終わりみたいなものに突きあたるからだろう。 だけど、どうして?最後に何かにぶつかるのだとすると、その何かは空間のなかにないといけないんじゃないだろうか。 そして、その何かが空間にあって、空間ももっとあるとすると、その向こう側にも何かがあることになるんじゃないか。 ただ、そうすると限界がないことになるけれど、終わりのない空間なんかあるはずない。終わりのない時間がありえないのと同じである。』 こうした問題にしきりと頭を悩ませた末、私はこう考えるようになった。最大の間違いは、自分に想像できないものがあるはずはないという 仮定にあるのだろう。 考えられることと、実際にありうることとは違うのかもしれない。結局のところ「つぎはどうなる? そのつぎは? そのつぎは? そのつぎは? 」と、ずっと問いつづけていれば、確かにある意味では、永遠につづいていくものがあると考えることはできる。 しかし、その永遠につづくものは考えられるだけで、実際には存在しないということも、当たり前のような気がする。 無限というものは、考えることはできても、存在することはありえない。たとえば星の敗が無限であることなど実際にはありえないように・・。 それとも、自分は落とし穴かち抜け出そうとしているのに、いままた落ちつつあるのだろうか? ともかく、真相がなんであれ (考えられるものが存在できず、考えられないものが存在できるとしても)、それは自分が現に抱えている問題を解決する役には立たないだろう。 時間に始まりがあるのかないのかについて、それは真相を教えてくれないからである。いったい、このふたつのうちどちらが本当なのだろう? 】 ▼ 私が、年齢を重ねて実感していることを、既に10歳前後から考えていたのだから文化の背景が違うということになる。 欧州では中学校の頃から哲学の授業が取り入れられている。 考える基礎を感受性の強い中学の時期に教える必要性を ギリシャから続いている哲学の歴史から学んでいたのである。「何かが存在するためには、その何か、他のものと違う何らかの個性を 備えてなければならない」という考え方は、西欧の考え方のベースにある。 島国の日本では、個性を押しつぶした右倣いが必然になる。 欧州は多民族のため、常に隣国から虐殺される危険があり、万一の場合、それぞれが違った個性で生きのびる必要性があった。 そのため自分の頭で考えることが最重要になる。 やはり、考えて生きるべきである。そのことは周辺、いや自分を省みて了解できる。 ・・・・・・・・ 3436, 人生で後悔することとは? 満足していることは? 2010年08月22日(日) * 私の人生で後悔することを、まず3つ挙げるとしたら 先日、「死ぬときに後悔すること」を取りあげた。そこで私の場合はどうか、考えてみた。 ● 人生で後悔すること ・酒の飲みすぎと、それからくる失敗の連続 ・身近の人たちへの配慮の不足 ・NTT株やカラオケ事業など中途半端な準備で大失敗したこと ・100年、250年に一度の世界的変動期に遭遇してしまったこと ・大学ノートに絞って生情報・知識を整理したおくべきだった。 記録のパターンの統一の不徹底 ● 人生で、本当に良かったと思えること ・幼児期・少年期に、両親の創業を家族として体験できたこと(両親が必死に働いている姿を身近でみたこと) ・大学時代に多種の経験ができたこと。 最も充実した学生生活を送れたと言えること 《ゼミ、一ヶ月間の欧州旅行、寮生活、クラブなどなど》 ・30歳までに、問題の大部分を吐き出し、乗り越えたこと。 ・26歳から、四十年近く独立独歩で事業ができたこと。 ・55歳からHPを開設、公開し、一日一テーマで9年3ヶ月、休むことなく書き続けたこと。 その結果、ネット世界に乗り遅れなかったこと。 まる『10年』に9ケ月になったこと その結果、情報化社会の一端を垣間見れたこと ・好きな秘境・異境ツアーを中心に海外ツアーなど47回、続けて旅行できたこと ・両親などの家庭環境に恵まれ、時代背景が歴史的にみて日本がベストの時代に20、30、40歳代を過ごせたこと ・人生で致命的な場面に遭遇しなかったこと(今までは、だが) 〜〜 実際は後悔することだらけなのだろうが、やりたいことは、やった実感がする。「人と比較をしない」のがポイント。 何度も書いてきたが、「上を見ればきりがない。下を見れば底がない。横を見れば情けない」の最後を「ありがたい」にすればよい。 後悔か〜 やはり、感謝が足りない分、後悔することになる。 一日、一回でも心を込めて「ありがとう」というか。 ・・・・・・・・ 3061,階級社会だと! −1 2009年08月22日(土) 世の中には露出されてないが、階級社会が歴然と形成されている。地方などでは、あまり表面化してないが、都会などでは 住む街からして歴然としている。千葉・総武線沿線界隈などの下町と、自由が丘などの山の手界隈と街並みからして違うのは今さら。 世の中に平等など考えてみたら有得ないのは当然で、有るとしたら選挙権とチャンスの平等位のもの。 ところで、仏の社会学者のブリデューが、「プラティーク」と「ハビトゥス」という概念で社会階層のあり方を分析している。 ・「プラティーク」とは、習慣行動と訳されるもので、我われが何を好み、色いろな場面でどのように振舞うかである。 ・「ハビトゥス」とは、その習慣行動を派生させている規範システムをいう。 高校受験で、まず分類され、高校のクラスも 成績順に分類され、大学でふるい分けられ、次は就職、そして、それぞれの組織の出世競争でランクつけられる。 ブリデューは、「それぞれの階層の含まれる人間は、全てでないにしても、同じような習慣行動をとる」 このような構造を発生するものとして「文化資本」という概念を示している。 そういえば父が私を道具屋に幼児の頃から連れて行き、色いろな茶碗や仏像を意識的に見せていた。 母は、ことあるごとに倫理的な話や、商売の原理原則の話をしてくれた。 第二次大戦前まで、何代か続いた古美術店を営んでいて、 戦中、戦後に色いろな商売の立ち上げなどの経験を具体的に聞かされていた。 また、山本五十六や、地元の「ツガミ」の津上退助や、 野本互尊との親交の中で学んだことなど聞かされて育った。 それが、「ハビトゥス」のベースだったことになる。 それがあったから、どの場面でも偉そうな何を見ても、それがどうしたで、相手から威圧を感じたり、仰ぎみることはなかった。 文化資本の一部分の引継ぎがあったのだろうか。その文化資本は決して親だけでなく、自分で長年かけて形成しなければならないことも 両親の生き様をみて分っていた。 毎日の早起きであり、読書であり、下世話な話をしないことであり、日常の贅沢をしないことであり、 死に金を使わないことである。 「で、御前さんは、その程度か?」と言われれば、それまでよである。 ただ、私たちは、 その文化資本の匂いは嗅ぎ分ける。その文化資本は、倒産などで一瞬に崩壊してしまうケースを、あまりに多く見てきた。 それぞれの階層は、その匂いには敏感である。特に腐った匂いには。「習慣は第二の天性」である。 だから自分で良い習慣を 一つずつ作り上げれば、ある日、突然違う自分を見出すことも可能である。 その反対もある。 ・・・・・・・・・ 2696, 「レンタルの思想」−4 2008年08月22日(金) ー人類を救う「レンタルの思想」松井孝典対談集ー どの対談を読んでも、なかなか難しいが、何度か読むと解かってくるから不思議である。 対談でないと、専門家(特に学者)の書物を読む気にはならないが、対談の場合は意識的に 難しい部分を、噛み砕いて対談をしてくれるから、話しの内容についていける。 私が、この二人の対談で理解できたことは、 ・「『人間とは何かを考えたとき』 言語・法・貨幣 という本能と理性の間にある媒介物こそ、 人間を人間にしているのだ」ということである。 しかし、その貨幣が欲望の肥大を生むのである。 ・「貨幣という概念の誕生によって初めて、グローバルな人間圏が定義されるのではないか」 「所有という欲望の具体的なカタチを貨幣という抽象化し、それがグローバルな人間圏を形成させた」という点である。 これにインターネットで電子マネーが瞬時に世界を駆け巡るのだから、世界がグローバル化するのは必然。 まずは、一番印象に残った部分を抜粋してみた。 ー欲望の倫理学ー ー 松井孝典 × 岩井克人ー 岩井克人: 法のない社会では、たとえば他人に殴られた人間は、その人間を殴り返すか、または直接賠償を要求しなければならず、 そこでは個人の力の大小や属するグループの強弱によって人間関係が支配されてしまう。しかし、法があれば、その法を媒介として、 殴られた人間と殴った人間との関係は抽象的な権利と義務の関係に還元されることになる。 それが人間社会を拡大する。 さらに貨幣が導入されると、人間と人間との間の交換関係がグローバル化する。贈与交換にもとつく共同体では、交換の範囲が お互いに顔を知っている人間同士に限られるのですが、貨幣の媒介は顔を知らない人間同士でも交換を可能にする。 地球上にちらばっていたローカルな人間圏が統合され、本来の意味での人間圏というのができることになる。 松井孝典: 地球システムのなかの人間圏という概念を定義する仕方に、二つあると。一つは物質エネルギー循環的に定義する方法、 もう一つは貨幣という仮想的概念のもとに、一つの共同体として成立するか条件から定義する方法。 岩井克人:そういうふうに考えると、じつは『人間とは何か』と考えたときに、それは、言語・法・貨幣 という、 自然でもなく人為でもない人間関係の媒介物、ハイエクの言葉を借りると(本能と理性の間)にある媒介物こそ、 人間を人間にしているのだということになる。 それは同時に、人間を普遍化させることになります。 《対談を終えて》 松井孝典 生物圏から人間圏が分化したその時、人間の欲望が解放された、と私は考えた。欲望の具体的表現が所有であるから、その時に 人類の地球の所有が始まった、と以来考えている。しかし、主流派経済学では所有権という概念を用いて、生物圏の種の一つに過ぎない 段階でも、人間の行動の全てを解釈する、という。 貨幣という抽象的概念の誕生によって初めて、グローバルな人間圏が定義 されるのではないか、という指摘と共に頭の中が刺激される。ただし、未来という時間軸は、所有権という概念をもってしても、 その議論に組み込めない。私風に言えば、歴史を規定する境界条件が変化するとき歴史に基づいて未来は予測できない、 ということであるが、問題の難しさはいずれにせよ、この問題に帰着するようだ。(松井) 〜〜 後記:電子マネーとか、地域マネーとか、ポイント制などの企業内マネーとか、 これまでとは違った貨幣が生まれだしてきた。特に注目するのはネット内の仮想世界のマネーである。 ネット内では、共通ルールと、共通マネーと、共通言語が必要となる。それを前提としてネット内の 仮の個々人が成り立つ。そして、リアル世界では実現できなかった欲望が解放される。 金か〜 使ってこそ金、貯めるものじゃない、欲望を開放するもの。 ただ仮想的概念でしかないことを忘れないことだ。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月22日(水) 2332, ホッファー −1 オノヽ∋―_φ(゜▽゜*) アメリカの社会哲学者というより、哲人・ホッファー。彼の文章を読むと、深い魂を呼び起こす熱が伝わってくる。 彼は自分の生きかたを通して人生の何たるかを考え続けている。 知識として、やっと彼まで行き着いか!というのが感想である。日本でいうと中村天風のような人物である。 「ホッファー」で検索をして、日本で現在一冊だけ出版してある本を見つけ、中古本だがアマゾンから発注をした。 「エリック・ホファー自伝 構想された真実」だが、今から読むのが楽しみである。HPに彼に関する書き込みが多いのに驚いた。 これからみても彼の哲人ぶりを垣間見れる。生きていく上で真の「学び・学習」とは何かを深く考えさせられる。 まずは、検索で調べた哲人・ホファーの人生の概略図である。 ーーー ・ホッファーは(1902年7月25日〜1983年5月20日)は独学の社会哲学者。ドイツ系移民の子としてニューヨーク、ブロンクスに生まれる。 ・7歳のときに母と視力を一緒に失った。 (字数の関係でカット09年08月22日) ・・・・・・・・・ 2006年08月22日(火) 1967.事業百訓・・・? ー1989・1990年 (5) ーH0101事業百訓ー 313 生物はあきらかに“物”の領域である事を認識しなくてはならない。 ……人間の“心”は社会現象によってつくられたものかも。 あれだけ誰もが信じて疑わなかった天動説が地動説にとって変るように、心の存在そのものも…… 314 気分は悲観、楽観は意志である。(宇野収・東洋紡会長) (字数の関係でカット、2008年8月22日) ーH0105ー 事業百訓 320 あの世で神様が「あなたの一生の中で、一日だけ、もう一度生かせてあげます」と言ったら、どの一日をあなた選びますか? (字数制限のためカット 2012年8月22日)
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2012年08月21日(火)
* 今年の熱さ対策 今年は当初は熱暑だった。しかし7月末辺りから暑さも収まってきたが再び盆からぶり返してきた。ひと月前にミニサイズの 扇風機二台を買ってきて、居間と書斎に一台ずつ置き、これまでの古い扇風機と併用して使っている。それにスーパーで売っていた 「冷却ジェルパック首もとベルト」を3つを冷凍庫で冷やし交互に使っている。これは冷たさが一時間しかもたないが、冷却時間が 三時間のため複数必要になる。 ところで今年の電力不足騒ぎ、今のところ起きてない。問題は残暑のこれからになるが。クーラーは 寝室の就寝時間だけ入れて、居間では夕方の一時間ぐらい入れている。夏場の電気料金が月に三万円、一日千円になる。 * 大手大橋にて 先週土曜日の早朝、何時ものようにポタリング(ミニ・サイクリング)の大手大橋で、ヒキチャリをしながら歩いていると、 後ろから声をかけたれた。車椅子に乗った隻手の男性で、恐らく交通事故で右腕を根元から切断、下半身麻痺で自走式車椅子である。 私の電動アシスト自転車に興味を持ち声をかけてきた。電動アシスト自転車が如何に良いか説明すると、自分の車椅子が電動切替え式で、 背後に電動モーターがついていて時速6キロという。何度か薄暗い中、かなりのスピードで走っているのを見たことがあった。 人それぞれの運命と人生がある。 ところが昨日の朝、いつものコースの信濃川の土手を走行していると、屋根つきの休憩所で、 30歳前後の男女二人が、その電動の車椅子を畳んでいた。本人は不在で、まさか聞く訳もいかないし、そのまま遣りすごしたが。 その前に何か(熱中症とか?) あったのだろう。ポタリングを始めて4年目になるが、続けていると色いろある。 そういえば、雀が少なくなった。去年の大雨で河川敷の雑草地に水が使ったせいだろうか。燕も少なくなった。多いのはカラスだけ。 ・・・・・・ 3800, 人間の五感が認知できる範囲を世界という 2011年08月21日(日) 「知的余生の方法」渡部昇一著 〜2 * 人間は世界内存在である 第二の人生は、その世界内存在の隅に足を入れたことでもある。隅から逆視線で世界内を見直すと、これまで見えてこなかった、 世界内存在の皺と虫が不思議に思えるぐらいに奇妙に見えてくる。なるほど悲劇と喜劇は裏表とか、善悪の基準のいい加減さとかが。 学生時代あたりから、この辺のこと、「現象に現れていることと、本当のことは、違う」ことをゼミなどで少しだが分かっていた。 だから、「学び続けていないと、大きな転換期に対応できなくなってしまう」危機感が人一倍あったが、最期は、このザマ。 それでも、最悪の事態の備え、家族を事業に入れないとか、家内と私の通帳管理は全く別にしておくとか、家内にも厚生年金を別口で かけておくとか(退職金や、倒産時の失業保険はないため)一般の勤め人とは違ったリスク管理をしてあった。 それをもって勤め人の立場からすると、計画倒産というらしい。 【「人間は世界内存在である」という場合の「世界」というのは、人間の五感が認知できる世界ということになる。 縦、横、深さの他に時間をいれてもせいぜい四次元の世界である。五次元、六次元の世界がどのようなものであるかは想像すらできない。 音も光も人間が五感で認識できる周波数の範囲は限られている。それは、象の皮膚の襞の中の寄生虫には星が存在せず、梅の香が存在 しないようなものではないか。人間は五官の世界に閉じ込められていて、これから逃れる方法はない。 この状況を 「人間の世界内脱出不可能性」というらしい。人間は象の皮膚の嫉につく寄生虫とは違う。人間は自分が五官の世界内に存在していることを 知りながら、そこから脱出しようという努力をしたり、脱出することを、祈ったりするからである。そしてそれに成功している人もあると 主張する人もいる。それがオカルトである。オカルトとは、つまり五官と時間の囲い込みを超越しているという意味である。どの宗教の 神様も人間の世界内に閉じ込められてはいない存在だ。だから有難いのである。神様とはいかないまでも、超能力があるという人もある。 ある宗教家には私の前世がわかるという。私の霊魂は在原業平とベンジャミン・フランクリンのそれだったという。 二人とも私が好きな人であり尊敬する人でもあるから悪い気はしないので、それを信ずるわけでないが、有難く承っている。 こういう認識の仕方は、人間の世界内存在の状況を完全に超越しているわけである。普通の人間は解剖学的制限の下にある。 これを哲学的に言えば、「世界内存在」の実体である。だから解剖学者はオカルトの世界を認めない人が多い。霊魂だとか 超能力などは、人間をいくら解剖し、いかにすぐれた顕微鏡や検査法を用いても存在をつきとめられるわけではないからだ。】 ▼ ビックバンが起こって宇宙ができたというが、それは世界内というのか、それを人間の知識が感知した範囲でしかないから、 人間は世界内存在というのか、どうか。インドのカースト制度。それぞれの身分に世界があり、最下位にも、チャンとした目下がいる。 世界は、それぞれの視界内のことになる。 この情報化、世界中の寄生虫が、他の寄生虫と瞬時に情報交換が可能になってきた。 ・・・・・・・ 3435, 再び、死について考えてみる ー3 2010年08月21日(土) 新聞広告に「死ぬときに後悔すること」の幾つかが載っていた。直接、死とは関係ないが 死際の後悔は事前に準備で少なくできる。 面白そうなのでネットを調べてみた。 ーアマゾンの「死ぬときに後悔すること25」の紹介文よりー 《 ほとんどの人は死を前にすると後悔するという― では、人生の最期を前に、どのようなことに後悔するのか。 本書は、終末期医療の専門家である著者が、千人を越す患者たちの吐露した「やり残したこと」を25に集約して紹介。 この本の著者は1000人の死を見届けた終末期医療の専門家。死に直面した時でも充実した生き方をして生ききったら、 『この世に未練はない!』の境地になれそうである。》 =「死ぬときに後悔すること25」のうち20に絞って記した。 ▲1 健康を大切にしなかったこと ●病気になる前にお金を使うか、なってから使うか ●健康のうちから健康を大切にする ○3 生前の意思を示さなかったこと ●大切なのは遠慮なく話し合うこと ●平素から意思疎通をしておく ◎5 自分のやりたいことをやらなかったこと ●自分の気持ちに嘘をつかない ●自由に生きるか、忍耐に生きるか ○6 夢をかなえられなかったこと ●一つのことを続けると良いことがある ○8 感情に振り回された一生を過ごしたこと ●小事に心を揺るがせないことが大事 ?9 他人に優しくなれなかったこと ●優しさを行う難しさ 心の優しい人は後悔が少ない ?11 遺産をどうするかを決めなかったこと ●遺産と介護の問題 ●遺産分与の話し合いは元気なうちに ?12 自分の葬儀を考えなかったこと ●自分の望む葬式とはどういうものか ●自らの葬儀を準備した女性 ◎14 美味しいものを食べておかなかったこと ●好きなものを楽しく食べる ◎15 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと ●「仕事命」の人生を後悔しないために ●病気をきっかけに散歩の喜びを知った ◎16 行きたい場所に旅行しなかったこと ●旅行は出来るうちにしておくほうが良い ●最期の旅で人生を完結させた人たち ◎17 会いたい人に会っておかなかったこと ●人は終わりまで他者を求めるもの ●人との出会いは一期一会の精神で ?18 記憶に残る恋愛をしなかったこと ●恋愛の記憶は最後の日々を豊饒にする ●スローラブのすすめ ○19 結婚をしなかったこと ●結婚という「形」がもたらす安心感 ●夫婦の深い結びつきが苦しみを和らげる ○20 子供を育てなかったこと ●多くの家族に囲まれた患者には笑顔が多い ●自由と孤独はいつも隣り合わせ ?21 子供を結婚させなかったこと ●子供が結婚していないという心残り ●まず子供を独り立ちさせるところから ◎22 自分の生きた証を残さなかったこと ●人生の総括は早めにしておくほうがいい●生きた証として何を残すか●手紙に思いの託して ◎23 生と死の問題を乗り越えられなかったこと ●生の意味、死の意味を考える ●「マイ哲学」を確立する ○24 神仏の教えをしらなかったこと ●世界で一番死を恐れる現代日本人 ●「来世」の持つ癒しの力●健康なうち宗教について考える ○25 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと ●家族愛が問われる時代 〜〜 ×▲○◎は、私自身の評価である。第三者の評価は違っているのだろうが、死ぬときの心の問題としての自己評価。 ×と▲が少ないのに驚いているが、普通に生きていれば?、こんなものか! 唯一の▲は酒の飲みすぎ! ・・・・・・ 3060,逆説思考 ー4 2009年08月21日(金) 逆説思考で思い出したことがある。 武澤ゼミの武澤信一先生に中根千恵著「縦社会の人間関係」の読書と、その感想を述べる課題が与えられた。 その前年の昭和42年に出版されて注目された本で、日本社会の特性をズバリついた内容。 現在でも日本社会を知る名著として知られている。 ーその概要をネットで調べてみると 《今では、常識になっている縦社会(日本)、横社会(西欧)という概念を最初に提示した古典的な本。 初版本は昭和42年であるが、今でも現代の日本社会に当てはまる内容である。逆にいうと、それほど日本社会における 普遍的な構造を捉えた本と言う事ができる。 本書によると、社会集団の構成の要因を、資格(構成員に共通したもの、 例えば、氏、素性、学歴:出身大学、地位、職業、資本家、労働者、など)によるものと 場(一定の職業集団、所属機関、地域) によるものに分類し、どちらの要因で社会構造が構成されているかで、社会が特徴づけられている。 日本は場により構成される社会であり、その中での順序:通常は年功序列、が重要な縦社会である。 日本のような縦社会は、分業が成り立たない社会(競合メーカーはフルセット戦略をとりがち)、能力平等という非現実的な 事柄を前提とした悪平等社会、中央集権の政治構造を持つ社会、派閥の功罪の生じる社会、である。 一見すると縦社会であるということとの因果関係がわかりにくいような現象についても、縦社会という社会構造が原因であると、 分かりやすく説明されている。 また、契約精神の欠如のために、共通の目的・仕事の達成に責任感が乏しく、往々にして、 それ以上に感情的な人間関係が重要視される社会である。》 ▼ 以上だが、年功序列・終身雇用を前提とした日本社会の人間関係について社会人類学の観点から論じている。 日本社会はタコツボ社会とも喩えられ、現在の中央省庁の官僚機構も、それぞれ独立性が強すぎて国家運営の障害になっている。 (字数の関係でカット11年8月21日) ・・・・・・・・・ 2695, 「レンタルの思想」−3 2008年08月21日(木) 「レンタルの思想」を、私の理解したレベルで、まとめてみよう。 ー以下は、思いのまま書いた内容で修正を敢えてしなかったー 《地球システムを構成しているのは、大気圏、その中の物質圏、その中の生物圏、そして、更に一万年前に出来た人間圏である。 それまでの生物圏で採取、狩猟で生きてきた人間が、牧畜・農業を始めたことで、爆発的な人口増加を可能にした。 そして5000年前から始る各地の文明は一万年前の牧蓄・農業への転換と、その結果としての人口の爆発的増加から始っている。 人間が狩猟に留まっていれば、せいぜい5〜600万の人口が限度であった。それが、その1000倍を超えた現在、地球のシステムは、 人間圏を支えることが出来ない相転移点の水が氷、水蒸気に変化すること)に、達っしてしまった。現在の天変地異や、エイズ、 鳥インフルエンザなどの世界の混乱は、その一現象である。我々は、人間圏からみた哲学的人間観、生物的人間観だけでなく、 宇宙から俯瞰した地球システムの中の人間圏の中の人間観を改めて作らなければならない。 ここで、一万年前から始った牧蓄・農業の もととなる所有という欲望を、見直さなければならない。 それは、地球上の自然だけでなく、土地、そして我々人間すら、 地球からの借り物=レンタルという視点である。地球システムは、このまま人間圏が膨張し、地球を汚染、破壊し続けると、 人間圏に対してマイナスのエネルギーを発することになる。いや、既に発している。 それがミャンマーのサイクロンであり、エイズであり、鳥インフルエンザであり、世界各地で起きている大地震である。 それを解決するヒントの一つが江戸時代にある。江戸時代の支配階級の武士社会は、武士階級の土地の所有を認めなかった。 更に江戸時代の消費をするものの大部分が有機物の植物であった。 それは、自然循環するもので、廃棄物そのものが、殆ど出ないもので賄われていた。》 〜〜 以上が、私が著者のー地球をすくう「レンタルの思想」ーから理解した概要である。著者は対談の中で、インターネット社会は、 地球外から俯瞰して考えてみると、危ないという。情報が均質化され、個々人が過剰に主体的になりすぎるからである。 それが進むと、ビッグバンの状態に近い、混沌状態が生まれて、何が起きるか解らない事態になる。 これは、実感として解る。 現在の社会問題の多くは、これを起因しているといってよい。 この本を読み返し、そしてインターネット上で、彼のインタビューや、彼の著書の評論を読みながら、考えているが、深い大きな示唆が 提示されている。人生観や信条が根こそぎ揺らぎだしてさえいる。考え出して僅か一週間で、根っこが揺らぐのだから、私も知れたものだが、 それだけのインパクトがある。この百年の人口増加の比率が、今後3000年続くと、地球の体積と人間の体積が同じになるという。 それだけ20世紀は、人口が爆発的に増えてしまった。その一部の文明国?先進国が化石燃料を使い込んだため、その汚染で地球システムは 崩壊を始めたのである。僅か100年で、地球が数十億年かけて創りあげてきたシステムを根こそぎ破壊したのである。 この狂った猿は、「一人の人間の生命の重さは、地球より重い」と、のたまっていたのである。隣の国では、狂った独裁者が今だ存在をして、 将軍様と名乗り国を乗っ取っている。しかし内向きという点では下手な資本主義より、地球のシステムにとって良いのかもしれない。 オウム教を肯定するのではないが、視点は宇宙からである。 オームとは、宇宙からの音波の音である。 地球システムに人間は従うべき?という思想があるかどうかわからないが、一度修行で、宇宙に出て、 再び現生を見直すことに関しては否定は出来ない。インターネットという、人類にとって一万年、いや十万年スパンの、 とてつもない手段を手に入れた人間は、時を同じくして地球システムの破壊という大失態をしてしまった。 以上だが、なるほどと、改めて納得する。図書館で借りた本だが、他の著書と同時にアマゾンで発注をした。 ー次は、印象に残ったの対談の内容を書いてみる。 ・・・・・・・・・・・ 2007年08月21日(火) 2331, 「ぼくの血となり肉となった500冊」ー2 (*'▽'*)/☆゜'Good☆Morning −読書日記 「ハエとハエとり壺」は、哲学の意味の説明に解りやすい喩えである。 道理さえ解れば何とことがないが、知らない当人にとっては道理の存在があることすら解らない。 還暦過ぎたり、死の間際になって気づくことも、若いときに少し考えれば解ることばかり。 それが教養ということなのだろうが、若いときは人生経験が浅いので如何してもディズニーランドのキャラクターの ように頭でっかちになってしまう。しかし、それでもよいから教養を身につけることこそ必要である。 ーヴェド・メータ著『ハエとハエとり壼』ーの斬新さ 立花隆 (字数の関係でカット09年8月21日) ・・・・・・・・・ 2006年08月21日(月) 1966.事業百訓・・・? 事業百訓ー1987年・1988年(4) ーS6201新年をむかえて (字数の関係でカット2010年8月21日) ーS6209事業百訓ー “宇宙と地球と人類”を大雑握にとらえまとめてみると− ? 我々の宇宙は百二〇〜百五〇億年前にラグビーボール大の素粒子がビック・バン(大爆発)により生じた。 ? そのひろがりは(a)二千億の太陽で一つの宇宙(銀河系)を形成 (b)その銀河が百億存在しているところまで確認され ? 地球誕生は四十五億年前であり、太陽のまわりの細かい隕石がぶつかりあって拡大して生じたも (字数の関係でカット12年8月21日) 事業百訓ー1986年(5) ーS6101新年にあたりー (字数の関係でカット08年8月21日) ーーーーーーー 事業百訓ー1988年ーS6303 魂の色は何色 5才の時、一年間牧師が毎週家庭に説教に来ていた時の事である。牧師の質問が“魂の色は何色ですか?”であった。 姉兄等は当然答えられず、最後に私のところにきた。一瞬考えた後の私の答が“魂の色は顔色”であった。 牧師と両親のその時の驚きを、今でもはっきり記憶しています。そこであの時の牧師の用意していた答は何だったのか、 T氏と酒をのみながら話し合った事があるのですが、結論はでずじまいでした。その時のT氏は“白光色”。 私はおそらく“虹色”ではないかという意見だったようです。もちろんこの話にはオチがつきます。 五才の子供にこの言葉の意味がわかる訳がなく、肌色という意味で顔色という単語がでたのがそのタネあかしです。 しかし絶妙のタイミングで、絶妙な答であった事は事実でした。今の私にこれ以上の“答”をだす事は不可能です。 せいぜい“目の色”“音色(ねいろ)”“夢色”“十人十色”です。でも本当にすばらしい答は“肌色”かもしれません。 ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、六日町の禅寺“雲頓庵”に 読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。 無知と若さの為平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい思い出になっています。 (私) −禅とは一言で言うと何ですか? (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。 社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの雲頓庵の禅師との対話 ( 私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづくわかりました。 (禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。世間も理屈もあるものか! (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。 後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。頭で物事を考えていた私が、 “自分が”前に出ていた私が、その時点でたたきこわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。 ーS6307ー 人生は雷光なり 二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、実感として“人生は雷光のようなものだ” 以下字数の関係でカット2008年8月20日)
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2012年08月20日(月)
「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一 (著) * 自伝的記憶 最近、思い出す頻度が高いのは20〜25歳の頃のことが多い。当時の日記が残っているためと思っていたが、その年頃は強い感情が 満ち、自由で未来への旅たちの時節。少しの決断が、人生を大きく左右に分けてしまい後悔も大きい。多くの自伝的記憶は、 この頃がピークになる。あの極度の緊迫感のあった日々は過酷だが懐かしさが残る。 ー次の部分は、理解しやすいー ≪ 日常のできごとの記憶である「エピソード記憶」のうち、自分の人生に関する「自伝的記憶」だけは、20代をピークに、 10歳後半から30代前半までの青春時代のできごとを、たくさん思い出すのです。なぜか青春時代よりも今に近い、30代後半以降のことは、 青春時代ほどには思い出しません。この、青春時代の記憶を突出してたくさん思い出す現象を、「レミニッセンス・バンプ」と呼びます。 レミニッセンス・バンプは、老人に限ったことではありません。中年以降の人ならば、誰にでも起こります。 では、いったいなぜ、 青春時代の記憶だけが突出しているのでしょうか? その理由の一つには、「強い感情を伴うできごとは、記憶しやすく思い出しやすい」 という、記憶の特徴が挙げられます。10代後半から30代前半にかけては、進学したり就職したり、親元を離れたり、友と出会って友情を 育んだり、けんかをしたり、恋愛をしたり結婚をしたりと、強い感情を伴うできごとが多くあります。そのため、それらのできごとが、 ことごとく心にしっかりと刻み込まれるのです。また、親の監視下から離れ、なおかつ重要な仕事を任されることも、 養うべき家族もないといった、社会的責任のない青春時代は、人生でいちばん自由かつ可能性に満ちたた時代です。親や地域の抑圧から 解放され、社会からの抑圧はまだない。ほんのひととき。その、今は失ってしまった自由と可能性に満ちた時代に、人はノスタルジア という感情を喚起され、好んで思い出すのです。≫ ▼ 自伝的記憶は、その時どきで再編成される。あらゆる可能性に満ちた青春時代は、老いれば老いるほど懐かしいものとなる。 俗世の縛りから解放され、そこはかとなく楽しい気分でいられる時間がある老人は、楽しいことを思い出しやすい。 人間は楽しい気分の時は楽しいことを、悲しい気分の時は悲しいことを思い出す傾向にあるためである。人生のピークは、青春の 真っ只中にあるため、その辺の記憶が鮮明に戻ってくる。 老年は、自分の人生という物語の記憶を校正している。過去の日々を 思い出し、「日々是好日」というより、過去の「日々是口実」を都合良くすることになる。 自伝的記憶の再構成である。 ・・・・・・・ 3799, タブレット式パソコン 2011年08月20日(土) そろそろタブレット式パソコンを、と思っていた矢先に、この一連の騒動。 ここで、少し落ち着いたので、 家電メーカーのタブレットPCのコーナーに行ってみて驚いた。それより隣のモバイル携帯電話コーナーに驚いてしまった。 その内容は今度にして、タブレット、ここで買うと二年間は縛られてしまうので慎重になる。 売り場で感じたことは ・ソニーかアマゾンの読書用専用の機種か、 ・ドコモの多機能のものか、 ・MacのiPadか、 ・家のパソコンに無線ランをつけ、電波を飛ばして、家庭内の第二の携帯パソコンとして割り切ったものに、大方分類される。 その中で、どれを選ぶかである。 私の知人のように、両方選ぶというのもあるが・・ 年金生活者として 殆ど家にいる身として別に買わない選択もある。 電話機能が付いているかどうかは機種によるが、モバイル携帯が大きくなっただけ。 各メーカーが数年後の主力商品を目指し機能の競争が始ったため、少しでも後の方が良いものが出てくるはず。 しかしデジタリアンとして、ここで我慢するのも辛い。外的世界から、内的世界に気持ちの重心を移動したので焦る必要もない。 ところで最近、モバイル携帯電話やタブレット式PC用の直感的なブログが出始めてきた。写真と、映像が直感的に表現でき、 かつ見やすく、面白い。数年後には、これにデジタルTVかパソコンに連動するのだろう。 最近、目にする丸めることが可能な シート式モニターにモバイル携帯を連動するものが出てくるはず。こと、デジタル機器に関しては、想像を遥かにこえたものが 次々と出てくることになる。手段=道具の方が、人間の進化を超えてきている現実は、プラスにもマイナスにもなる。 ますます、面白、怖い時代になっていく。 とにかく、モバイル売り場へ遊びにいってみたら、今と未来の一部が垣間見れるはず。 ランニングコストは、モバイル携帯が6千円、タブレットが7千円。その中間的大きさの商品が初期投資 0円になっていた。 その境目の基準が、大きさだけだと! 今日、明日、他の家電メーカーの店頭で、説明を聞きにいくつもりだが、今のところ、 あと数ヶ月は待つ方になるのでは? ところで一年前に買いかえた多機能TV、面白過ぎてバカが増している。 今さらか・・・ ・・・・・・・ 3434, 再び、死について考えてみる ー2 2010年08月20日(金) * 死に際の恐ろしさ 家内が、近所に住む友人の通夜で聞いてきた話。 肺が溶けていく病気で(肺結核)、息の出来ない苦しさと痛みの果てに、 最後には「オトウサン、助けて!」と叫んでいたという。 断末魔の苦しみは、近親者にとって一番辛いもの。 同級生の葬式で、衰弱しきった遺体を見て驚いたばかり。 死に際の苦痛は避けることが出来ないのだろうか。 最後は独りで苦悩と苦痛の中で死を向かえると思うと、何ともやりきれない。 といって考えても考えなくとも結果は同じ。 なら考えない方がよい。年寄りは、そういう事例を多く見聞きしているから「ぴんぴん・ころり」と死にたいと、願うのである。 死を悲劇と考えるか、生の成就と考えるかは難しい。 最近、亡くなった友人の大部分は、苦痛と苦悩の果てに亡くなっていったようだ。 最期は、リンゲル(麻薬)の濃度を高め、苦痛を緩和し、その果てに死を早めるしかない。 そこではリンゲルによる極楽と、肉体の苦痛の地獄が混濁する。 父親も、手術後の数日間は苦痛の極みにあり、 「あんなに苦しむなら、手術などしなければ良かった!」と死ぬ数ヶ月前に言っていた。 手術の一年後に亡くなったが、 最期は病室で独りで頭を掻き毟っている姿をみた。「死んでいいから、どんどんリンゲルを打ってくれ」と、延命より、 安楽死を望んだ。 また、私の4番目の姉の旦那が亡くなった時の、断末魔の苦しみの状況も、姉からリアルに聞いた。 最期は苦痛で暴れるのを、何人かで抑えて・・・・ 亡くなった。 数年に一度は、訳のわからない新聞記者とか、検察が、断末魔の苦しみの末に、強いリンゲルとか何かで死期を早めたのを 聞き込んで、逮捕や刑事告発をするケースがある。ガンだけではないが死に際には苦しむ患者の息を止めてやるのが、医師の役割。 誰が苦痛の際で生きているより、早く解放された方が良いのは当たり前のこと。死は誰にも平等に、思わぬ苦痛を伴い、やってくる。 人生は生きているうち!美味い酒を飲んで、好きなことをして、後悔の残さないように生き、そして最期は、 のたうちまわって死ぬしかない。上手く死ぬのも芸のうち、など言っていられない。 何処かのホテルのバスにナミナミと水を張り、睡眠薬をタップリ飲み、美味い日本酒を一升も飲めば楽に逝けそうだが。 まだまだあるが、こういうジョークは止めておこう。 ・・・・・・・・ 3059,逆説思考 −3 2009年08月20日(木) * 「逆説思考」を逆説で思考してみよう。 まずは逆説思考の典型的事例は、フランクルの心理学である。フランクルが「夜と霧」で、死と隣り合わせの日々で、 コペルニクス的転換の心理転換が起こる。「人生に何かを求めるのではなく、人生が私に何を求めているか。 そう、生き抜いて愛する人と再会をし、自分の残してある仕事をやり遂げること」である。人生が何を人に求めているか? ・創造価値(何かを創造することによって実現される価値) ・態度価値(人生でどうしようもならない究極の場面で態度を変えることで実現される価値) ・体験価値(何かを体験することで実現される価値。美しい夕日や景観を見て実現される価値) これらを知るために、「本当にしたいことは何か」「夢は何か」「人生の目標は何か」をまず追求すべきである。 しかし、自分の人生は無意味という観念にとらわれた人にとって、その価値を受け容れることが難しい。 それでは、どうするか! 「闘う」ことしか、自分の価値を創りあげることができないのである。 人生に押しつぶされいる人は、「生きるのが辛くなっている」のである。その「つらさ」については仏の哲学者ドゥルーズが原因を 追究している。彼は「器官なき身体」という生きることの実相を明らかにしている。我われは「欲望」と「欲求」によって動いている。 喉が渇けば水を飲むことによって欲求を満たそうとする。性欲も、食欲も、睡眠欲も、排泄欲もである。 しかし、それだけで人間は行動するわけではない。自動車がガソリンの補給と、ラジエーターの水の交換だけで動くものではない。 それは自動車が人間の目的のための道具であるのと同じく、人間も、身体の生理的欲求だけでなく、 「器官の欲求」を超えたところに存在する何かのありさまを「器官なき身体」とドゥルーズはいう。 ー彼は以下のようにいう。 (*参考 「現代思想の使い方ー生きるのがつらいと感じた時ードゥルーズ」P176) 「闘いとは、反対に、力と力で補完し、自からの捕らえるものを豊かにするあの『器官なき身体』の生命力のことである。 赤ん坊が呈示しているこの生命力、すなわち、執拗で頑で飼い馴らしがたく、あらゆる器官組織的な生とは異なる、 そんな生きるー意志である。」それは、私たちの「存在そのもの」に由来する力であり、「存在そのもの」が指し示し、 進んでいこうとする方向性である。「存在そのもの」とは「生そのもの」と置き換えることが出来ます。 辛いというのは、その「生そのもの」の発露が何かで阻止された状態である。 この辛さを克服するには、「器官なき身体」の目指す方向を見据え、その方向に努力することである。 それは、別の存在と衝突し、その価値観を取り込んでいくことにより次第に達成されるのである。 その闘いを、ドゥルーズは『あいだにおけるー闘い』と呼ぶのである。「あいだにおける闘い」によって、私たちは、 「存在そのもの」へと近づいていくことが出来ます。たとえば自然と闘うとき、「対抗する闘い」ではなく、 「あいだにおけるー闘い」を行うことによって、「自然」と融合し、新たな何かなることができます。 「裁きによって、人は成長しない」と彼はいう。「裁き」は既存の枠組みによる準拠して何らかの価値判断を行うことであり、 それでは、それから一歩も抜け出せない。 我われが、その裁きから抜け出て闘いを選択しなければならない。 その闘いが我われの生命を輝かせるのである。 ーーー 以上だが、 生きていくうえで、3C(チャレンジ、チェンジ、コンペティテーション)が必要である。 世界は常に変化しているなら、己も変化しない限り、不自然状態になり、「つらさ」という圧力が押しかかってくるからだ。 フランクルの人生の意味を見出していける人なら、価値を求めることも出来ようが、意味や価値をどのようにして 見出していくかという、更なる根源的な問いが必要になる。そこにあるのは、闘いしかないのである。 先ほど書いたように「つらさ」は、その闘いの回避に原因があるのである。 常に自問自答している「正中心一点無」の気持ちで問題から目を背けないで立ち向かうしかないということになる。 最後の最後は「見方を変えるのではなく、宇宙の中で自分は独りと自覚し、己の価値を闘い取るべし」ということだ。 アウシュビッツ収容所内では無理だろうが! 部屋の中からなら良い、ということ? ・・・・・・・・ 2694, 「レンタルの思想」−2 2008年08月20日(水) 二十年ほど前か、「人生は神様からの借り物、何を焦っているのか! 借金も資産のうち、その資産も借りでしかない。 自分自身も大自然からの借り物でしかない。借りの世界と言う人生では、何事も真正面から目を離さなければ、 それだけでよい!」と、視点を見据えたら気持ちの重みが半減した。 所詮、娑婆は生きているうちの幻想でしかない。 「色即是空、空即是色」ということだが、それもこれもレンタルと思えば、それでよい。 宇宙からの俯瞰からみる宇宙的人間論も必要な時代に差し掛かったのである。 ーネットにあった「レンタルの思想」の松井教授の‘インタビュー’の部分をコピーしたー ・夜半球の地球を宇宙から眺めると煌々と輝く光の海が見えます。 この光の海を "地球システムを構成する人間圏という構成要素"としている。 ・大気が見えるとか、海が見えるとか、大陸地殻が見えるとか、森林が見えるとかと同様に森林は生物圏です。 ・我々が一万年前か農耕牧畜という生き方をしている。狩猟採集"と"農耕牧畜"という生き方を宇宙から 見るということと同じですが、地球システムという見方で比較すると、この二つはまったく違う。 "狩猟採集"というのは、"生物圏"という地球システムのサブシステムに閉じて生きる生き方です。 動物がやってる生き方なんです。我々人類が700万年ぐらい前に類人猿から分かれたといっても、 狩猟採集をしているうちは基本的にほかの動物と変わらない ー人間は、生き物の一種にすぎなかったー ・人間は生物圏の中の種のひとつとして生きているということなんです。 食物連鎖に連なって、生物圏の中の物やエネルギーの流れを利用して生きる生き方。 いろんな人類が生まれては消えたという歴史の中で、現生人類も1万年前まではそういう生き方をしていた。 その"農耕牧畜"という生き方を地球システム論的に考えてみる。例えば、森林を伐採して畑に変えると、 太陽から入ってくるエネルギーが地表で反射される割合が変わるわけです。 これは、太陽のエネルギーの流れを変えてるわけ ・雨が降ったときに大地が侵食される割合も、森林に覆われているときと農地とでは全然違うわけです。 それが土砂として海に流れていく。これは、地球における物質循環を変えるということでしょ」 これはすなわち、地球全体のエネルギーや物質の流れに関わって生きるということです。 それを地球システム論的に分析すると、"人間圏"という新しい構成要素をつくって生きる生き方ということになる。 その結果、地球全体の物やエネルギーの流れが変わったということです」 ー"人間圏"というのは、我々が生物圏の中から飛び出して作った新たな構成要素ー ・1万年ぐらい前に生まれて、どんどん大きくなって今に至ると。その発展段階での違いも分析することができます。 すると今の人間圏の問題点も浮き彫りになってくるわけですよね。 そのシステムが何であれ、システムを記述するときにはその構成要素が何なのか、構成要素間の関係性が何なのか、 これを特定するとそのシステムの特徴が分かるわけです。関係性とは駆動力が何なのか、によっています」 地球システムの場合で言えば、構成要素とは先程述べたようなさまざまな物質圏です。その関係性とは例えば、 海から蒸発した水が大気中で雲を作り、雨となって落ちて大陸を侵食して……といった循環ですね ・人間圏の場合だと、産業革命のころまではその誕生以来、基本的な変化はありません。 駆動力という意味では、 地球システム固有の自然のエネルギーを使っていたということです。すなわち、地球という星全体の物やエネルギーの 流れを人間圏にバイパスさせていたということです。日本だと江戸時代まで、ずっとそうなんです」 ・体にしたって、皆さん自分の体だと思ってるでしょ。でも自分の体じゃないよね。生きている間、地球から借りてるだけだよね。 ・元々地球を構成している元素の一部をたまたま体として利用している。我々が生きるときに身体という物が 重要なんじゃなくて、それぞれの臓器が重要なんです。人体というシステムを構成する構成要素ですが、 その臓器がそれぞれの機能を発揮して、人体というシステムを作ってる。重要なのは、その臓器の機能なんですよね ・これはどういうことかっていうと、実は身体という物を所有するんじゃなくて、レンタルしてるということです。 こういうふうに物事を考えない限り、地球システムと調和的な人間圏は作っていけない こういう方向に動いていかなきゃいけないけど、これは基本的には資本主義経済とか市場主義経済とかと矛盾するよね 「例えば江戸時代だと、領地にしても家屋敷にしても、所有しているのではなく、貸し与えられているだけですね。」 「そのころは、もともと所有なんて概念はない。みんなレンタルだった。加えて駆動力をその内部にもたないから、 江戸時代に環境問題なんてほとんどない。これは地球システムと調和的な人間圏。 そういうことを考えてみれば、わたしの言ってることはそんなに荒唐無稽じゃないんだけど」 ーー 一万年来の、大転換期に差し掛かっているのは解っていたが、それは情報化時代の到来が起因と思っていた。 それが人間圏の膨張による限界点を超えたことによる、とは。 地球のシステムが間違いなく人間圏を破壊する。それが温暖化による天変地異や、これから間違いなく 数千万規模の死者が予測される鳥ウィルスの流感や、エイズである。 それを目の当たりに見ているのである。 ミャンマーのサイクロン、中国の四川省の大地震、至近では中越大地震、中越沖地震、これは始まりでしかない! 人生の元を取っている?ので、諦念でとらえているが、しかし5年〜10年スパンのことではない。 50年〜100年単位で、いやもっと大きなサイクルだろう。20世の人類は何をしたのか?未来の人類に。 ・・・・・・・・・ 2007年08月20日(月) 2330, 「ぼくの血となり肉となった500冊」 ー読書日記 (`・ω・。)っノXXXXXXX>C 才ノヽ∋― 「ぼくの血となり肉となった500冊そして血にも肉にもならなかった100冊」ー著者 立花隆 昨日の「株価暴落の意味するもの」で引用したが、この一ヶ月は隙間時間があると、この本を読んでいる。 彼の猫ビルにある3万5千冊の中から選んだ数百冊の本のミニ・ダイジェスト。 数行から数十行の内容が キラリと光っているものばかりである。 ランダムに面白そうな部分を抜粋しながら考えるに丁度良い。 『思索紀行 ぼくはこんな旅をしてきた』の続刊的な本である。 この本がキッカケで、彼の著書「エーゲ 永遠回帰の海」を買って読んで、今年の旅行ははギリシャと決定した。 更にウィトゲンシュタインの「90分でわかるウィトゲンシュタイン」を買った。 彼の本は、読書のナビゲーター として割り切って読んでいる。まずは、彼の彼たる所以である特徴の部分から抜粋してみる。 −− *フィクションからリアル世界へ(P−64 ) (字数の関係でカット2008年08月20日) ・・・・・・・・・ 2006年08月20日(日) 1965.事業百訓・・・?
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2012年08月19日(日)
「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一 (著) 還暦から65歳までは自分が老人と意識したことがなかった。しかし会社から離れ、家庭中心の生活に入ると、急に老いを 目前に突きつけられた感がする。 思いもしなかった過去の記憶が突然に蘇る頻度が多くなり、それぞれの時節に袋に閉じ込めていた 遠い記憶がフラッシュバックしてくる。 図書館で借りてきた本だが、なかなか老人の本質をついていて身につまされる。改めて 老人学を調べると、面白い本がある。要は、人生を通して学び続けてきたかどうかだろうが。 ーアマゾンの内容紹介ーより 【 = わけがわからないご老人の行動には、理由がある! = あなたはご老人を見たときに「なぜ、あんなことをするのかな?」と、思うことがありませんか? たとえば、もう先が長くないのに、 気にもかけず、毎日楽しく暮らしている人。誰が見ても反射神経や判断力が低下しているのに頑なに車の運転をやめない人。 些細なことでキレ、頭から湯気を出して怒っている人....。ご老人たちの行動は、謎だらけです。しかし彼らのこのような行動には、 実はそれなりの理由があります。 その理由を探り、高齢者の行動と心の謎を、老年行動学によって解き明かしたのが本書です。】 ▼ 冒頭の、「なぜ老人は都合のよいことしか覚えていないのか?」の問い、が面白い。 「どうやら老人は自分の都合の良いことや楽しいことしか覚えてないらしい。」の問いを立て、次のように答えている。 ≪ 老人に限らず、もともと人の気分は、ネガとポジの真ん中ではありません。うつの人などはネガ寄りですが、通常は真ん中よりも ポジ寄りなのです。なぜかというと、人はみな、自分が死ぬことを知りながら生きているからです。いつか必ず死ぬとわかっていながら 生き続けるには、「自分には生きている意味がある」という自己肯定感や、「自分は生きる価値のある存在だ」という自尊感情が必要で、 それがないと人は生きていけないのです。そのため人は、自分という存在を肯定し、自分の価値を高めてくれる情報を、無意識のうちに 集め、記憶し、脳に蓄積していきます。そして、気分をポジ寄りに保つことによって、生き続けるのです。 この基本的なしくみは若者も老人も同じなのですが、若者の方がネガティブな事に目が向きやすく老人はポジティブな事の方により向き やすいのです。実際に、悲惨な写真と楽しい写真を見せると若者は悲惨な写真を見る時間が長く、老人は楽しい写真を見る時間が長いという 実験結果があります。理由の一つとして、生きていく上で必要な学習機能として、若いうちはネガティブなことに目が向くと考えられています。 人生の端緒を開いたばかりの若者にとって、長い時間を生き抜くには、他人はどのようなとき自分を攻撃し、自分はどのような状況で傷つき、 どのように苦しむのかといったネガティブなことに目が向くのではないかと考えられている。それに対して老人は、散々ネガティブなことを 経験してきていますから、もうそのようなそのようなことを学習する必要はありません。しかも、高齢になって残された時間が短いことを 認識するようになると、気分をポジティブに保つことが、今後の人生を生きる上で重要になります。経験上、ポジティブなことに目を 向けた方が生きやすいため、注意力や記憶力という‘限られた資源’を、ポジティブなことに当てるようになるのです。 ≫ ー 老いはポジ寄りに意識的に向けていないとネガティブに陥る傾向にある。なる程、この年齢になって気づいたことは、年齢に 気持ちが追ていけないこと。実際のところ、心の精神年齢の調査では50、60歳代で6歳の差があるという。 アメリカでは、男が15〜6歳、女が22〜23歳もあるという。私は10歳近くは若い。というより、年齢に気持ちがついて行けない。 ・・・・・・・ 3798, まずは「自分の世界の自覚」から! 2011年08月19日(金) * 世界内と世界外 40歳の頃から20年間にわたり世界の秘境・異郷に熱中したのも、その世界の凄みに引き付けられたことがある。 それぞれの世界は、それぞれ他から隔絶され、それぞれの時間が流れているのを実感させられる。その世界を対比することで、いかに 自分の世界が小さく、脆い現象世界に存在していることに気づかされる。ここで世界を象に喩えているところが面白い。その皮膚の襞が、 それぞれの社会。そこの寄生虫が我われと見ると、わかりやすい。 問題は、それぞれの寄生虫は、そこが全世界と思っていること。 それを知るには、その世界外に出てみないと分からない。 人間は世界内存在とハイデッガーが述べたのは、そのことである。 ーまずは、渡辺昇一著 「知的余生の方法」の ≪自分の世界の自覚≫ よりー 【 ここでは人間の「世界内」と「世界外」について述べてみたい。 こんな句がある。<虫けらは やはり自分の 世と思い 阿部佳保蘭> 毛虫は、住む木の種類が決まっているという。Aという毛虫はKという木の葉しか食べない。その毛虫にとってはその木の傍に美しい花咲く 種の木があろうが、おいしい葉を持つσ種の木があろうが関係がない。Kという自分の木だけが全世界だと思っている。 この応用は いくらでも応用できる。「象の皮膚の襞につく寄生虫は、自分がくっついているその襞だけが自分の全世界で、象がどのような形をしている 動物かも知らない」というようなことを言ったのはフランスの哲学者ルコン・デュ・ニュイであったろうか。このように虫の立場から見る 世界とか、鳥の立場から見る世界とか、人間以外の動物の目から見る世界の「視点の転換」を教えたのはユクスキュウルというドイツの動物学者。 哲学史でどう取り扱われているかは詳しくは知らないが、人間の思考法を大転換させる業績だと思う。 木田元さんは近代西洋哲学の、特にドイツの哲学者ハイデガーの権威である。・・・木田さんはハイデガーの『存在と時間』の訳を 読んで発奮されて東北大学の哲学科に入学され、哲学者になられた。ハイデガーを本当に理解したいと思ったからだと言う。当時の私は 中学の教科書のほかには、佐々木邦の『珍太郎日記』とか、吉川英治の『三国志』を耽読していたのだから、暦日年齢的には三、四歳ぐらいの 違いなのに、精神年齢としては十歳以上も違っている。そう言えば、同じ中学の五年先輩の丸谷才一氏の読書歴を見ても、私とは確実に 十五歳以上の精神年齢差がある。その木田さんは比較的早い頃からハイデガーについての著述をなされていたが、ハイデガーを本当に 理解できるようになったのは、ずっと後年で、ハイデガーがユクスキュウルの動物学の影響を受けているのがわかったからであるという。 象の寄生虫の存在を「象の皮膚の皺という世界内存在」ということになる。」・・・ 】 ▼ この辺は、カントの論に似ている。カントは五感の能力内でしか世界を認識できないと初めて論じた人。寄生虫と、人間の違いは、 自分が象の皺の中にいることを実感しているかどうか。それを知るには、長年かけた教養を積むか、その地を遥か離れなければならない。 そういえば、力・愛・知の追求の他に、それらから一歩離れた価値の追求をしてきたのは、五感の外の(世界外)存在も念頭に入れていたため。 ・・・・・・・ 3433, 電子書籍の衝撃 ー2 2010年08月19日(木) 「電子書籍の衝撃」佐々木 俊尚 著 *iPadの有利な理由と、不利な理由 ◎ まず優れている点は、 ・汎用機としての魅力。パソコン、そして携帯電話に次ぐ三番目のデバイスとして生活の中の確固として存在になる。 大きな画面を近距離からリラックスした姿勢で見ることができる。書籍、ちょっとした動画の鑑賞、映像つき音楽などが 気楽にみれる。 マニアを除けば一人一台になると、キンドルのような専用機は不利で、本も動画も見れ、ウェブも 楽しめる汎用機を皆が見れるようになるか。 ・次に、iPadはiPhoneをベースにしているため、そのアプリ(ソフト)を、そのまま使える。既に数万点もある。 既に一年前で3000万台を持ったユーザーが、そのまま横滑りをしやすい。 ◎ 不利な部分は、 ・サイズと重量、バッテリーの持続時間などのスペック。キンドルに比べ面積も重量も、大きく重い。 持続時間は、バッテリーの10時間に対して、キンドルは7日から10日。 ・第二に、キンドルはバックライト付きの液晶画面で、見た目が紙に近く、液晶より文字が読みやすく、目が疲れにくい。 ・第三に、値段がキンドルの二倍もする。 それらから、結局何を選ぶかになる。 ▼ 以上から、決め手は、そのプラットフォームになってくる。プラットフォームとは、購入システムのことをいう。キンドルなら、 アマゾンという書籍専門のネット販売サイトがある。それに対しiPadは、iTunesストアがあり、そこから音楽や映像も購入できる。 その何を選択するかになる。流行している本は、なかなか入手しづらいが、ネットなら、そういうことはない。これにグーグルがソニーと組んで 参入してくるというから、その有利なプラットフォームを前面に打ち出してくる。それが何かまだ分からないが、二社に対して強烈なものに なるだろう。 他にもマイクロソフトも何かを出してくる。その激闘の中で、今までの紙の新聞・書籍が壊滅過程に入る。いや、既に入っている。 ・・・・・・・ 3058,逆説思考 −2 2009年08月19日(水) 逆説思考といえば、ここでも取り上げた京都大学工学部の新宮教授が、 古今東西の幸福論を読み漁った成果としての「幸福の4階建て論」説が面白い。 《「幸福ということ」−エネルギー社会工学の視点からー新宮秀夫著 》 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 この論に関しては釈然と出来ないので何度も考えてみた。それでも疑問が残ったが、考えるという面では良い問題提起である。 これを逆説思考と考えると違った見方になる。挫折、失恋、倒産、などで失意のどん底でもがいている、そこに幸福があるのだろうか? 金沢時代を振り返ると、そこには何ともいえない酒の味とか、友情とか、仲間の邂逅があった。節目となる失意の底ほど、無駄なようでいて、 一番大事なことをしているのである。「窮すれば変じる、変じれば通じる」である。竹の節目と同じ。哲学的にみれば横の時が平常とすれば、 窮した時は垂直の時ということになる。垂直で立ちっぱなしも問題だが、ここは志が試されている時である。 ーネットで逆説思考を調べてみたところ《逆説思考 ー自分の「頭」をどう疑うか 森下 伸也著》が、あった。 ーその概要とはー 逆説こそ「思考力」「洞察力」の根本とし、通常の価値観の一面性を暴露し、それを反転させてしまう思考のスタイルを、 「逆説思考」と定義している。 転倒思考(常識の命題を逆にする)、逆因果思考(常識の因果関係の結果を逆にする)、 因果反転思考(常識の因果関係を因果反対にする)という3つの類例を設定する。 ことわざや文豪の例でその3パターンを具体的に観察し、オイディプスの予言では逆説が与える心理的な効果を考察、 さらに逆説は欠陥動物である人間に本質的なものであり、それゆえ人類の文明は週末が来ると広げていく。 「ロミオとジュリエット効果、カリギュラ効果(禁止されるとやりたくなる)」 「ハンディキャップ進化論(人類は記憶力や体毛が退化したことで言語や火を発明した)」 「エラー進化論(人類は失敗を成功の元にして発展してきた)」 「エゴイズム的自殺(自由が空虚を生む)」 「アノミー的自殺(規範がなくなって不安になる)」など、逆説的なトピックを紹介している。 エジソンやアインシュタインそしてダ・ヴィンチ は、脳に障害があった。しかし、その傷害のおかげで、天才になった。 その人に とって負の面が、逆に、その人を形成している重要なファクターになっている。天才の殆どが梅毒という説もある。 ー 以上だが、通説とか常識を根こそぎ疑うことこそ、時代の大変動期には特に必要である。 次回は、この逆説思考を逆説してみる! ・・・・・・・・ 2693, 「レンタルの思想」−1 2008年08月19日(火) 松井孝典の対談集の ー人類を救う「レンタルの思想」ーが面白い。 あるブログに松井教授の「レンタルの思想」を簡略した内容があった。 ▽ まずは、その思想の概略から、 ・一万年の人間圏の歴史でみると、現代を人類の歴史上相対的な意味で、飢えから解放されて豊かになった時代。 この豊かさはなぜ実現できたのか。 未来はこのまま豊かになり続けるのか。 ・地球の歴史は、環境問題として考えれば汚染の歴史である。 ・地球システムの構成要素が変化すれば、地球システムのモノやエネルギーの流れが変化し、環境が変わることは 当たり前である。 問題は人間が、この時間変化を速めている事にある。 ・では我々はこの問題になぜ危機感を抱いているか? それは100年という非常に短い時間に環境が変化し、我々がそれに 適応できないからである。人間圏がここまで大きくなってくると、時間変化をこのままずっと速めていくという事はできない。 ・我々が右肩上がりという共同幻想を維持したいとしても、それは達成できなくなりつある。そのひとつが、インターネットによる サイバーワールド。 情報という仮想的な世界、地球というリアルワールドでなくて、情報社会というサイバーワールドをつくって、 その中の時間を速める事によってサイバーな豊かさを追求しようとしているのが、現代の人間圏のもう一つの特徴である。 サイバーワールドは飛躍的に拡大していけるが、リアルワールドはもう拡大できない。これまでの右肩上がりが継続し、時間変化も いくらでも速められるという幻想を、あたかも現実であるかの様に見せる世界だけが発達しているのが現在の人間圈である。 そのサイバーワールドに、右肩上がりという共同幻想を押しつけて、あたかも未来も豊かになっていくかの様な 幻想の中に生きているのが現在の我々である。 ・人間圏の未来を考えた時、この様な右肩上がりで均質化をめざす事で良いのだろうか。 又、人間圏の現状をどう認識する上で宇宙から見た視点が必要だと言う事である。 ・我々は20世紀を振り返って21世紀を考えるという発想をするが、もっと長いタイムスパンで現在を認識しないと、 人間圏をつくって生きるという、我々が地球の上で行なっている生き方の是非は論じられないことを指摘しておきたい。 ・長い歴史に基づいて未来を考えるとどうなるか。 その様な歴史においては、歴史とは「分化」だとすれば、 人間圏が「分化」するというのが「未来」という事になる。 「人間圏の分化」とは、人間圏を構成する要素、ユニットをどう考えるのかという問題である。 ・単なる造具にすぎないインターネット社会という人間圏に、今後どんな共同体が新たにつくられていくのか。 あるいは国家という共同体、EUの様な地域的な国家の共同体が、人間圏のユニットとして、今後どういう意味を持つのか という事を考え直さなければいけないのである。 人間圏の新しいユニットとしてどういう共同体をつくっていくのか、 そこに未来がかかっている。その為には新しい思想が必要である。 それを「レンタルの思想」と呼んでおきたい。 ・人間圏をつくって生きるという生き方で、これまで追求されてきた事は、個人が豊かになっていく事である。 豊かさとは具体的には物を所有する事である。人開圏をつくって生きはじめた結果、我々は初めて欲望を解放しても 生きられる様になった。 しかしそれは、人間圏への物やエネルギーの流入を増加させる事ができるからである。 ・人間の欲望は際限なく、右肩上がりにどんどん増大するから、それを満たす様に人間圏を拡大させてきたのが人開園の歴史である。 人間園が拡大できなければ、これまでの様な豊かさの追求はできない。従って今、豊かさの意味が問われているのである。 ・我々の存在そのものも実はレンタルである。 我々は自分のからだを自分の所有物だと思っているが、これは物としては地球から 借りているにすぎないのである。 地球から材料をレンタルして我々は自分のからだをつくり、その機能を使って生きている だけの事。「所有」に対するアンチテーゼは「借り物」、即ち「レンタル」という事でレンタルの思想と命名したのである。 ・本書では、地球の上にへばりつき人間圏の内部に閉じ、人間を絶対的な存在として全てを考える人間中心主義的な人が陥りがちな 考え方へのアンチテーゼとして、 宇宙人という知性が存在すればこう考えるのではないか、という考え方を紹介してきた。 宇宙人としてどう生きるかを考えない限り、これからの地球システムと調和的な人間圏=文明 はありえないと思うからである。 その様な視点から21世紀の科学が創造できるのではないか、その「解」一つがアストロバイオロジーである。 〜〜 以上だが、次回は松井教授のインタビューを紹介して、考えてみよう。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月19日(日) 2329, この株価暴落の意味するもの ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!! この一ヶ月足らずで、株価が3000円近く、大よそ15?の下げは、やはり気になる。アメリカの低所得者のローンの破綻や、 アメリカ経済の疲弊、自民党の参院の大敗、近々に予測される衆院選挙と、その結果の混乱を先読みした結果である。 参院選挙以降から株価がジワジワ下がり始めて、ついに一昨日800円の暴落になった。 ところで立花隆の「ぼくの血となり肉となった500冊」で紹介されていたスティーブン.ローチ著『超大国の破綻』 (中央公論新社)の内容が、アメリカ経済の破綻が始まったのではないかと不安になる。立花隆の本からの抜粋をしてみると・・ 目次には、 「もはやアメリカ経済は世界経済を支えられない」「ドルの暴落は必然的に起る」 「激突の道を走る世界経済/グローバリゼーションが生み出した世界的供給過剰/ 資産バブル破裂/かくてデフレは生じ、今後も続く」「情報革命は『失敗に終わった革命』」 「幻想をばらまく"ばら色のシナリオ」「景気二番底の危機に直面するアメリカ経済」がならぶ。 (字数の関係でカット08年08月19日) ・・・・・・・・・ 2006年08月19日(土) 1964.事業百訓・・・ S5801新年にあたり 激動の年 (字数の関係でカット09年08月19日) ーー ーS5801事業百訓 (字数の関係でカット10年08月19日)
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2012年08月18日(土)
・30年前=36歳。新潟のホテルの立ち上げ二年目で営業は順調で、一息ついた時。 二つ目のホテルの土地を近くに見つけ、 買収交渉に入りつつあった。時代は右上がり。ホテルの1Fで学生ショップを兼業しており、ホテル名も学生服メーカーの 名前をつけていた。月〜金曜日はビジネスホテルが満室で、土日は学生服の売上を稼ぎと当初の思惑が当たり、ピークの時。 この頃、東北・上越新幹線が開通し、新しい波が東北と裏日本といわれた日本海側にも打ち寄せてきた。 ・25年前=41歳。1987年といえば、プラザ合意から三年目。バブルで日本中が湧き上がっていた。ホテルも280室になり、 利益体質が完成していた時期。この時、郊外型ホテルを考えていたが、結局は新潟駅前で500室を目指すことにした。これも、 バブルの影響である。こうして振り返ると、戦後の日本経済と命運が全く同じだったことが見て取れる。 ・20年前=46歳。それまでの無理もあって病気で打ちのめされていた。日本経済もバブル崩壊からくる大不況に突入。 それでも、バブルの予熱が日本を覆っていた。客室数は280室、さらに500室に舵を切る決断をしてしまった。 この時期、まさか20の都銀が近い将来、次々に倒産や、吸収合併されていくとは、夢にだに思ってなかった。 ・15年前=51歳。母親が亡くなった翌年。 人生を俯瞰して、「やり残したことを還暦まで圧縮して生きる。30年分を 9年間に押し込む」と考え、決断。今から考えてみて、これは正解で。 バブル崩壊で金融機関の再編成、真っ只中。 ・10年前=56歳。「人生の良いところ還暦まで!」と、年数回の秘・異郷旅行など無我夢中。 個人のHPも立ち上げ、 生活の中心をネットに移動して二年目。 意味・人生を謳歌していた時期。しかし、売上はジワジワと下降曲線に入っていた。 ・5年前=61歳。リストラ効果も出始めて、新潟駅前再開発事業も進み、何とか目安がたちホッとしていた。二つのホテルが 道路拡張工事で買収が近い将来あるまでと・・ まさか、翌年、リーマンショックが起こるとは、夢にだに思ってなかった。 ・そして現在である。 やはり、この10年も激動期。 二つの中越地区の大地震、そしてリーマンショック、東北大震災で、 近い領来には間違いなくリーマン・ショックによる大津波が襲ってくる。そうこう考え自分の人を振り返ってみると、 日本経済の光と陰が、ほぼ重ねっていた。 経済大震災と東北大震災からして、やはり去年三月が引き時。 ▼ 5〜10年スパンの節目で振り返ってみて、目先の日常にとらわれ、長期的視野で決断できない姿が見えてくる。 振り返るってみて、私の人生の折り返しの時節は34歳。 独立の一歩を踏み出した時である。とにもかくにも無我夢中。 そして、人生の後半に入った。 11年前の9・11テロの翌月から、売上減がジワジワと三年続き、その後に中越地震である。 この時は震災復興関連景気で何とか持ったが、何とか目安がたってきた2008年9月のリーマン・ショック。この日を境に、 毎年20%半ばの売上減が続き、三年目に入っても同じ下降曲線。10年前の売上減を加えると、売上が三分の一まで激減。 そして、決断。「年内に、大津波の本体の一波が押し寄せる」という仮説を立て現実を見ると、末恐ろしいが・・ ・・・・・・ 3797, 知的余生の方法 2011年08月18日(木) 4月から、これまでの30年の新潟の事業の終焉で、新しい生活に変わった。サンデー毎日(毎日が日曜日)の生活も思いの他、 抵抗なく馴染んでいる。 定時に家を出て、新幹線で新潟に行き、事務所で時間を過ごし、帰ってくる生活を「外的時間」とすると、 家を中心に気ままに過ごす時間を「内的時間」というのか?。 早朝に、この随想日記を書き上げたり、独り自転車で信濃川の川辺を サイクリングをしたり、スポーツジムで運動をする時間が私にとっての「内的時間」。 社会に出てからは、ひたすら未来へ進むことに関心が向いていた。それは世界の動向と変化を察知することであった。 そこに気持ちが集中している時は、「外的時間」を過ごしている時である。その中で、ふとした瞬間、過去の思い出や経験が フラッシュバックし、過去から呼び出される事がある。良いことだけでなく悪いこともである。過去は自分を形作った日々であり、 これからの人生のベースでもある。 これからは、外的時間から内的時間の絶対量が逆転する。 渡辺昇一著「知的余生の方法」に次のような一節がある。≪「内なる時間」を使う≫ 【 カレルは、時間には2つあるという。1つは物理的な時間。例えば、地球の自転を24時間と決めたりするといったようなことだ。 もう1つは「内なる時間」。これを彼は、抜群の比喩で説明している。物理的な時間は世界中同じだが、彼はこの時間を川の流れに 例えるとどうなるかと問う。そして、同じ速さで流れる川に沿って歩く人間を考える。 朝早く起きて元気に満ちて川沿いを歩くと、 川の流れが遅いのに気づく。ところが、どんどん歩いていって夕方になって疲れてくると、川の流れが速くなっていると感ずる、というのだ。 川の流れは同じ速さなのに、人間が元気な時は遅く見え、疲れてくると速く感じる。どうしてなのか。「内なる時間」のせいと、カレルは言う。 若い頃の時間はゆっくり流れる。しかし、年を重ねるとだんだん速く流れるようになる。だから老化というのは、実は、時間の流れを速く 感じるようになることなのだ。年とともに時間の質が変わってくる、そして、シニアはこの質の変化に戸惑う。 比喩でいえば、20歳の時は時速20キロで流れ、60歳の時は時速60キロ流れると考えればよい。あまりの速さについて行けず、 結局は無為に時間を過ごしてしまうことにもなりかねない。】 ▼ ここで、これまでの人生の価値観を大転換し、未来中心に向けていた目を、過去にも向け、過去を修正する作業が人生の仕上げになる。 人生を逆照射し、前向きで時どき見ていた過去を、しっかりと後ろに向き直し、見つめ直す時間も「内なる時間」ということ。 これまで読んだ本や、読みかけの本に再チャレンジしたり、やり残したことなど幾らでもある。それを坦々とこなすことも内なる時間と いえる。そうこう考えると「人生が自分に余白を埋めて欲しいことは何かを聞き出すこと」が必要である。私の場合、この随想日記がある。 毎朝、これを書き上げた後に、字数制限のため、書いた分だけ過去分の一部をカットする作業がある。これは、過去のエネルギーの カットのように思えて辛いが、しかし、その時にしっかりと読み返し、再考することになる。これこそ私の内なる時間になる。 ・・・・・・・ 3432, 再び、死について考えてみる ー1 2010年08月18日(水) 数日前に近所の家内の友人が急逝した。 最近、「60歳過ぎれば今日明日亡くなっても不思議でない。 今年しか人生が残されていないと一日一生の思いで生きなければ。だからチャンスがあれば、何ごとも可能な限りやらなくては。」 と話したばかり。 哲学でも、死について多く考えられている。 以下は、「現代哲学の冒険シリーズ」の中の【「死」 細川亮一「恐れと驚きー死と生の問いー」】を参考にして書き上げた。 ≪ そこで「死の人称性」は、死を語る上で分かりやすい説明になる。 ・まず三人称の死は、「彼らが死んだという過去形」か、「彼は死ぬだろうという未来形」で語られる。 ・一人称の死(私の死)は、過去でも現在ではない。将来自分は死ぬだろう、死ぬ運命にある未来形である。 ・二人称の死は、「あなたが死んだ」と過去形ではいえない。「あなたは死ぬかもしれない」とはいいえるが、あまり馴染まない。 弔辞でいう「あなたは死んだ」というのは過ぎ去った過去のことでなく、葬儀の現在のことである。したがって、あくまで現在の範疇。 人の死の人称性の、一人称、二人称、三人称が、 過去・現在・未来の時間性を有しているのである。≫ ー以上だが、今回のような亡くなる前日に電話をしたが不在といわれた友人が、翌日、そ連れ添いから 「実は死に病で最近になり入院していたが、朝方亡くなった」と電話があり、家内がショックを受けた、という死に話は、 間接にしか知らない二人称の死であり、もっとも死について考えさせるケースである。そこから逆に、死から生への逆照射をすると、 【生きるとは何か】のヒントが、みえてくる。【私は生まれた】と、逆に私の誕生を過去形でしかいい得ない。未来の死と、過去の誕生、 「現在、生きている私こそ、この世の存在」ということになる。だから、現在、四苦八苦としても、それを生きる証として受け止めるのが自然。 私の死と誕生の、死の時点は、私にとって特異点。 この2つの特異点の間が「私が生きている」現在形として語ってよい。 自分の過去も、現在、そして未来を思い浮かべている現在も含め、全てが現在と言いうるのではないか。 そこにベルクソンの時間論の意味が、ある。時間など人間の主観?の捉え方でしかないと。 で、二人称の死から考えられるのが、自分の死と生のイメージの絵の書き加え、修正作用となる。 ・・・・・・・・ 3057,逆説思考 2009年08月18日(火) 「逆説思考」というのがある。哲学は、常識をまずは疑ってかかる。 「逆ではないかい?」と、まずは逆説をたてることから始める。私が学生時代に学んだことは、これだった。 まずは、否定してみる、そして、次に立ち戻って肯定してみる。その間に、第三の案が出るのを待つ。それが考える第一歩となった。 その繰り返しの中から自己の客観化すなわち「自己距離化」が生じる。 もし自分が大きなミスをして追い詰められた時に、 「この大きな問題を解決する能力を神によって与えられた試練である。問題の中心に向けて集中していると自ずから解決の糸口が現われる。」 と考える。 これも逆説思考でプラスへの切り替えである。 看取り学のキュープラ・ロスも人生は問題の連続と看破。 その解決のプロセスを学びと捉え、最終のレッスンが死であるとした。これもまた逆説思考である。オーストリアの心理学者のフランクルは ナチスの死の収容所の生死の淵で、数年後の自分の姿を思い浮かべ辛さを乗り越えることが出来た。「その時に私は、あるトリックに すがりました。1945年のそんな中で想像してみたのです。 私は、講演用の見台の前に立って、講演をしているんだ。 たとえば、『一心理学者の強制収容所体験』というような題で講演しているだ、大きく、綺麗で、明るい照明の、なによりも 暖房の効いたホールで」というように。これも逆説思考である。金沢で落ち込んでいた時に、夜半に同じような気持ちの切替えの経験があった。 いや、ずっとこの連続が人生であった。『自分は事業を立ち上げる修行にきているのである。最悪の状態こそ最良なのに何が苦しいというのか。 この現実を受け入れること、そして経験を味わうことだ』と。そう考えてから、気持ちが楽になって冷笑していた自分と環境が違う視点で 見ることができた。 人生、還暦を過ぎた今こそ、逆説思考が必要なのだろう。 生老病死が現実として目の前に突きつけられる。 今さらジタバタしても遅いが、生老病死のレッスンもまた面白いと思えるかどうかだが・・・ 山田風太郎の世界? 果たして、人生の完成などあるのだろうか? あるわけない、迷ったままで充分! これも逆転思考。 ・・・・・・・・ 2692、「誠実であるということ」とは、どういうことか? 2008年08月18日(月) 私の好きな哲学者の中島義道が『哲学者というならず者がいる』の中のカント哲学「実践理性批判」で、誠実性について次のように 述べている。「誠実性が実現されてない限り、いかに外形的な善が実現されても厳密な意味で『善』は実現されていない。」 誠実性とは何か?とは、「善い行為」を実現するさいに、僅かでも自己利益が混入してはならないということ。 (取引を求めない、という仮言命法、ということか) 中島はカントが実際言ってないとしても、言いそうなこととして次の4つをあげている。 ・自分をわずかでも実際より善く見せようとしないこと。 ・自分が不利益を蒙るとわかっていても、それが真実だから「そうだ」と語ること。 ・他人が不利益を蒙るとわかっていても、それが真実だから「そうだ」と語ること。 ・いかに優位に立っていようと、たとえそれがいかに理由のあるものであろうと、 いささかも放漫であってはならない。-誠実な人は決して放漫ではない。いささかも誠実を誇ることはない、ということである。 以上のことを実際に実行すると社会は成立しないだろうから、ある程度は不誠実でなければ生きていけない。 そういえば以前に、 誠実であるとは如何いうことか? 考えたことがある。「誠心誠意、無心に対象にエネルギーを注ぎ込むこと」が、結論であった。 それと、「自分を騙さない。それが人を騙さないことになる。」「約束を守る」ことである。 「あの人は誠実な人」というと、それからどんなイメージが連想されるだろうか? ・自分の言った言葉に対して責任を持てる人。 ・自分を信じてくれる人である。 ・「良心」を大切にして、人を利用しない人である。(心の綺麗な人) 誠実そうな人はいても、誠実な人は、ナカナカいないものだ。「論語の会」にでも入って、鼻声で斉唱しようか? 私の姉の名前は、正子、恭子、優子、そして礼子。正しく、恭しく、やさしく、礼儀か〜 誠実そのもなじゃないかい! 父親の名前は誠作だから、潜在意識が、そうさせたのか?それとも、親しくしてもらっていた野本互尊翁から命名して貰ったか? ・・・・・・・・・ 2007年08月18日(土) 2328, 近視矯正手術 'Good☆Morning 。っω-)..。 私の周辺で最近「近視矯正手術」をする人が目だってきた。先日の葬式時に、幼馴染みの同級生が眼鏡を外していたので 「コンタクト?」と聞いてみた。しかし彼の答えは「白内障の手術時に眼球の中に近視レンズを入れた」であった。 さらに彼の三人の娘も手術をしたという。(三人のうち二人が片眼だけの手術)本人の話だと「とにかく楽になった、 眼の重さがかなり軽減した。それで娘も決意した」という。ところで私も、この春に手術をしようと決意をしたところ、 ある知人が「15年前に白内障の手術と一緒にレンズを入れた経験からみて、やらない方がよい。それでもどうしてもしたいなら、 片眼をやってから様子をみたほうがよい。白内障など已むを得ない場合を除いたら、やるべきでない!」と強く諭された。 その瞬間、あれだけ強い決意も、一年間時間を置いてから判断することにした。 「出来ることなら眼球にメスを入れるのは避けるべき」というのも道理であるし、15年間の経験の言葉は貴重である。 それにしても、ここにきて急激に手術をする人が増えているようだ。眼球にメスをいれる矯正も、 日が経ってないのに大丈夫なのだろうか?今から十年前にアメリカで近視矯正手術が爆発的に普及した時は、 毎年2〜3倍の確率で伸びたとインターネットに出あった。今の日本と同じだったのだろう。近視矯正手術にはレンズを眼球に 入れるケースと、角膜を削るケースがあるようだが。眼は最も重要な器官であるから、慎重に慎重を重ねないと! でも、あれだけ楽になった爽やかな顔をみるにつけ、少し迷いが出てきた。 ヾ(・д・。)バイバイ ・・・・・・・ 2006年08月18日(金) 1963.事業百訓・・・? 事業百訓ー1981年・1982年ー (1) S5606創刊に際し! 堀井八郎 総員十名前後の会社で、“社内報”?。大げさな!と受けとめられそうです。 しかし、三人以上のグループになった時、何はとりあえず自己表現の場の一つとして絶対不可欠の“事”のはずです。 当社の方針として内的情報はすべて“ガラスバリ”で公表する事を基本としています。 “内的よどみ”をなくし“外”にむかいオープンにする。と同時に外との交流を積極的にはかり “知識の集積化を企業単位として個人として図る体”をつくる方針です。 その一つの媒体としてこの社内報をフルに活用していく事が必要です。 社内報は社内だけではなく、取引先、お客様等にくばる事を前提としています。 従って社内の実情等はすべて裸のまま公開されるので、会社及び個人として“社風”を そして“営業内容”を良好に保っていなければ“悪臭”を外に向かって放出する事になりかねません。 また文章化されたものはどういう訳か絶対にごまかしはできないのも事実です。 それと同時に後々までも残るので非常に注意をしてかからねばならないのです。 全員がこの社内報をみるのが楽しみなものにしていってほしいと思います。 次に文章の書き方としてのポイントを私なりに書いてみると ? まず単文に ? 次に単文と単文をつなぎ合わせる ? ありのままにきどらずに ? 必ず何回か書き直しをする事 ? 最後のしめの文章を強烈な印象のものにする ? カクテルより“ドブロク”的である事(他人のものの混合より自然発生的アルコール) ? 普段より書くクセをつけていく事、等です。 何か参考になればと思います。最後に発行するからには必ずつづけて途中休刊にならないように! 恐らくいずれの会社、グループでも半年1年は後、80〜90%は休刊か廃刊のはずです。必ず続く事をいのります。
ーS5606ホテル開業にあたり!ー ○ S54. 6 → 市内ホテル調査の結論が出る ○ S54.10 → その結果を約4カ月の“あたため”の後に当ホテル開業の最終意志決定。 ○ S55. 3 → ホテル運営会社“株式会社池津屋興産”(資本金壱千万円)を設立。 ○ S55. 9 → 着工 ○ S56. 3 → 完成 *調査の結果、ビジネスホテル業界について 私なりに感じた事を書いてみると理論体系が全くない * 固定観念の非常に強い大名商売である * 企画段階で、90%以上の結果が出てしまう等々です。 その対応として、次の特性を戦略にすれば、充分な勝因なるという結論がたった訳です。 (1) オールシングル (2) ロープライス統一料金 (3) 徹底下請け (4) 立地要因(駅より100m)を生かす (5) 学生ショップとの兼業(レンガ張り) (6) チェーン理論の導入 (7) 自己資本の高比率化 オープン後、現在前記の要因によりすべてが順調です。 しかしそのすべてのものは、オープンと同時に、 無限への陳腐化の方向に向かうという事を前提に、次の戦略を自らに課さねばならないと思います。 ーS5608事業百訓ー 私の手帳にメモしてある仕事百訓を、この機会をかりて紹介してみよう。 これは過去にうけた講習会や書物より抜粋したもので、私自身一日一回は必ず読むようにしており、 私にとっての“お経”みたいなものです。 (字数制限のためカット 2012年8月18日)
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2012年08月17日(金)
ここで人生を5年スパンに区切り、振り返ってみる。ミニ自分史である。自分の姿が浮き上がってくるようで、面白い。 何度も書くが両親と時代に恵まれていたことが見て取れる。歴史的にみて、終戦後40年間ほど豊かだった時期はないという。 その中で、その豊かさを充分味わった実感は、何ものにも代え難い財産である。 ー まずは前半から ー ・60年前=6歳、長岡市立阪之上小学校一年生だった。担任は女性の茨城先生。20歳後半のヒステリックの先生で、 優しい反面、厳しい先生だった。当時の住まいは長岡一番の繁華街の4階建てのビルの3Fに住んでいた。家は、そこで 衣料店を経営していて、まさに小説のような異様な家庭環境にあった。成績は普通で、とにかく毎日が面白く刺激的だった。 ・55年前=11歳、阪之上小学校6年。勉強に少し目覚め、虐めの要素もあったが級長にされていた。街中もあり、生徒の質は 決して悪くはなかったが、異様な緊張した雰囲気が漂っていた。この辺で、その人の素質が決まってしまうという。 ・50年前=長岡高校二年生で、試験試験の日々。何時もギリギリの成績だったが、追試は受けたことがなかった。 勉強をすれど、どうしたら成績が上がるかの術が分からない辛く暗い日々。受験校のため成績で人間が区分されていた。 ・45年前=21歳、立教大學三年。欧州の30日間旅行で、それまでの自分が粉々に壊れてしまった時期。人生で一番、光っていた。 見るもの触るもの全てが新鮮で、明るく光ってみえていた。時代は1967年、日本も山頂に近づいていた。 ・40年前=金沢の‘いとはん’(衣料スーパーのチェーン)を辞めて実家に帰ってきて、千葉の千城台ビルの計画に入っていた。 父は末期ガンで東京女子医大で手術後、退院した父親と、計画を進めていた。父は、医者の宣言通りに手術の一年後に亡くなった。 死期が分かっている父と事業経験の伝達を一年がかりで始めて二ヶ月目に入っていた。将来に向けた明るさと、死に直面した 父親の苦悩の狭間で、真近で人生と事業の原点を学んでいた。翌年、石油ショックが起き、最悪の出だしになった。 ・35年前=長岡の大手通の四角にある実家の衣料量販店の店長で、4歳の頃のできた古ビルの建て替え工事の計画に没頭していた。 引き継いだ店も順調に推移、商売が面白く、身体が浮いているように動いていた。一種の躁状態で、怖いものなし、目は血走り、 何かに取り付かれているようだった。衣料は一シーズンごとに完結する博打的要素が強い。そのコツを掴むと、これが面白い。 30年前からは次回にするが、振り返ると刺激的で、恵まれていた背景があった。 ・・・・・・・ 3796, 「役に立つ」とは? 2011年08月17日(水) * 「役に立つ、立たない」を判断基準にしてないか? 私たちは、何時の間にか、役に立つか、役に立たないか、で物事を判断してしまう。その是非は色いろあるが・・ しかし経験則で、我われは役に立つ立たないは結果でしかないことに気づいている。教養は、その最たるもの。教養を役立てるために 身につける人はいない。これは目的でも手段でもなく、人間性の素養として積み上げること、そのことに意味(価値)がある。 哲学などは、目先、役に立たない。しかし自分の頭で考え、判断し、その結果を積み上げていくのが人生である。 それを放棄し、 目先の利益になるかどうかで判断したり、直ぐに手軽な身近な人の意見に従って判断、決断をしてしまい、重大なミスをする。 その辺のところを、今回の変動の中で、しっかりと見せてもらった。(実は、その最たるものが自分?) 〜 哲学者?の池田昌子は、著書の中で、鋭く指摘している。(「メタフィジカル・パンチ」ー学者さんー)〜 【 「学者」というと、役にたたないことをする人という自嘲気味な言葉が風潮になっている。「学問をするところ」であったはずの 大学という場所が、レジャーランドか、就職予備校に変わってしまった世の流れに呼応しているのだろう。「学問」すなわち 「役に立たないこと」、「学者」すなわち「役に立たないことをする人」、そういう等式が、人々の頭の中に、しっかりと できあがっているようにみえる。 ・・・(中略) ところでこの「役に立つ」ということの意味なのだが、科学理論に対する科学技術の関係に明らかなように、生活と生存に直接に 関係するもののことを人は「役に立つ」と言う。 相対性理論は役に立たないが、宇宙開発は役に立つ。 解剖学は役に立たないが、 医療技術は役に立つ。とはいえ、それぞれ前者あっての後者なのだから、この御時世、総じて理科は文科よりは旗色がいい。 文科、この無用の長物、経済学者が金持でないことが学者が無用であることの最たる証拠だと、妙な理屈を言った友人がいるが、 それなら中世の英文法に基づくシェークスピア解釈を一生の仕事にしている学者はどうなる。 古代バビロニアの懊形文字の読解に 全生涯を賭けている学者の立場はどうなるのだ。 ましてや哲学、哲学科。外国語に事寄せることもできない、この学科を選ぶことは就職を捨てることだ、と私の頃でも聞いていた。 が、そういったことがどういったこととかを考えることこそ先決であるはずだ、という理屈は、私にとってあまりに自明なことだったので、 考えるために哲学科を選ぶことに迷いを覚えるはずもなかった。まあこのあたりが、どうも普通の人の感覚からずれてきてしまう その核心部ではあるのだけれど。その生活と生存に直接に関係するという意味で、「最も役に立たない」と思われている哲学という学問を、 学問の府から追放せよという動きが文部省内にあると最近聞いた。こんな時代、実学以外に余計な金は出せないと。そういえば、 「総合人間学部」とか、よくわけのわからない学部の一分科として哲学科があるのを目にしてはいた。あれは、そういうことだったのか。】 ▼ この随想日記の長期講読の皆様も、今回の倒産劇で、「偉そうに言っているが、何だい、この様は」と思ったに違いない。 私自身が、「偉そうに書いてきたが、所詮は、こんなもの。自分の脳内を、そのまま公開した結果である。止めるなら今回がチャンス。」 と少し、動揺をした。が、しかし、「目的は、自分の『弧』の中の内側をネット上で世界を公開することで、ネット世界を身近にすること、 そして、現象世界を、冷静に見つめる直すことが出来ることである。役に立つ立たないは現象社会の波間の判断でしかないのは、今さら。」 と、気持ちを持ち直し続けている。ある意味、断層で自分の支えでもある。役に立つ以前の問題。振り返ると、役に立たないと思っていた ことが逆に役立った方が多いのに気づかされる。目標地点が明確でないから、それが分からないのである。所詮、死んでしまえば同じだが。 ・・・・・・・ 3431, 我が家に新しいテレビが ー2 2010年08月17日(火) * 新しいTVについて ーとにかく画面が抜群に綺麗ー (以下、字数の関係でカット2012年08月17日) Yahooのバードウォッチのコピーしておきます。 ・・・・・・・・ 3056,人生は旅である 2009年08月17日(月) 『人生は旅である』の喩えは昔から多く言われてきたことで今さらだが、 沢木耕太郎著『旅する力』に含蓄の言葉があったので、その幾つかを紹介してみる。 ・「旅する力」それは広く云えば「偶然に対して柔らかく対応できる力」 ・「人生を過ごしていく人を旅人に喩えると、人生の目標は旅の目的地になる」 ・人生で起こるトラブルは旅で起こる困難性。 その解決プロセスが人生も旅を豊かにする。 ・人生の大きな区切りは、旅の日程や、立ち寄った街であり、泊まったところになる。 その街での偶然と奇遇などの 出会いがあり、それにより次の展開が違ってくる。 そこは人生の交差点であり、人と人との交差が人生も旅を作りあげる。 ・お金と知識は、人生でも旅でも大きな要素。 それは歩く旅ならバックの中の食料に喩えられる。 ・旅に無性に出たくなる動機は、「感動」と「非日常」を求めること。人生でも、それが大きな要素になる。 ・年齢を重ねると新しい出会いが面倒になるが、自分で乗り越えなければならない。 ▼ 旅の方から人生を照射してみると、人は常に新しい出来事を求めて何事にもチャレンジする必要性が分かってくる。 そこで出会う感動と、未知との遭遇こそが人生を豊かにしてくれる。人類が数千年かけて創りあげてきた文化も文明も我われは 殆ど知らないが、旅の多くの経験を通して様々な邂逅が可能になる。地球に知的生物として生まれてきたからには、大自然も、文明も、 文化も可能な限り見聞し、感動することで世界を広めた分が自分の世界になる。旅に出る前の、あのワクワクした高まりが青春であり、 晩年に差し掛かった時の満足が人生の充実感である。そうこう考えると、まだまだ人生の旅路から多くのことを経験し続けるべきと、 書きながら内省をしている。まだ与えられた人生の有り難みが足りないような気がする。旅路の果て。パタゴニアの果ての街で夕日を見ながら 老齢の残り日とはこんなものか、アレが人生の全てを照らしたイメージか、と思ったが。そう新幹線からみえる弥彦山の日没にも。 あと12年で後期高齢者。一つの目安と考えると、一クルーをこなすに時間は充分にある。さて何をするか、何をしないかを真剣に考えないと。 ・・・・・・・・・ 2691, 強者同士相互扶助婚姻 2008年08月17日(日) 希望格差社会 −2 ー読書日記ー 「構造改革」とか「市場淘汰」という社会では、基礎的な能力が高く、かつプライヴェートな相互扶助組織を自己創造していく。 「人脈、学閥、閨閥など」に支援されていて、かつ「戦略的に考えることのできる人間」は巧みにリスクヘッジすることができる。 彼らはリスクヘッジをさらに確実化するために、「強者同士の相互扶助組織」を強化する方向に向かう。 その端的な表れが、「強者同士の婚姻」である。 これまでの家族社会学の常識では「夫が高収入の場合は妻が専業主婦となり、 夫が低収入の場合は妻が就労して家計を補完する」。この常識はもう覆えされつつある。 話は逆になっているのである。 「夫が高収入の場合ほど、妻の就労率が高く、夫が低収入であるほど、妻の就労率が低い」という傾向が顕著になってきている。 高度専門職についている「強者」の男女が婚姻し、さらに豪奢な生活を享受する一方で、不安定就労者同士が結婚した生活能力のないカップルに 「できちゃった婚」で子どもが生まれて一層困窮化する。不安定就労者の若年男性は、事実上、自分と同程度に社会的弱者である 不安定就労者の女性の中からしか配偶者を選べない。(高度専門職に就いている女性強者が男性弱者を配偶者に選ぶ可能性はほとんどない)。 だが、弱者同士の結婚は、「共倒れ」のリスクをむしろ増大させるだけ。不安定就労の若年女性が、男性強者の配偶者に選ばれる(「玉の輿」) 確率はそれよりはずっと高い。しかし、リスク社会では、かりに女性が不安定就労者であっても、男性強者は配偶者に相当の学歴や教養や 人脈などの文化資本を要求する。言い換えれば、男性強者の専業主婦たりうる条件は「文化資本を備えた強者の家庭のご令嬢」である というかたちで、予め限定されている。未婚率の急上昇、少子化の進行の背景には、この勢いづく「強者連合」によって蹴散らされた 「結婚したくてもできない弱者」の急増という事実がある。リスク社会は「勝つ人間は勝ち続け、負ける人間は負け続ける」という フィードバックを繰り返し短期的に二極に分化。その結果はどうなるのか。強者はより強く、弱者は一度落ちたら二度と這い上がれない。 「夢に向かって努力すればその夢は必ず実現するというのは『ウソ』である。 全ての人が希望通りの職に就けることはあり得ない。 (以下、字数の関係でカット2011年08月17日) ・・・・・・・・・・ 2007年08月17日(金) 2327, ベナレス −2 。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。) インドは強烈な印象の国であった。帰路の飛行場に着いたとき、本当のところホッとした。聞きしに勝るインドという国の文化に、 良きにつけ、悪きにつけショックであった。ヒンズー教とカースト制度、貧しさと豊かさ、タージ・マハールなどの霊廟や城、 ガンジス川とベナレス、そして古代から現代までが入り混じった社会。日本の日常とは全てちがっていた。その中でもべナレスの街と ガンジス川の沐浴と、舟からみた二ヶ所の火葬場。そしてガンジス川からみた日の出。ガンジスの火葬場周辺にいる修行僧の顔と眼。 そして我が物顔で歩いている牛。そしてライ病の集団の物乞い。幼女の乞食。この本ではベナレスの「死を待つ館」の家族がありのままを 映しだしている。生も死、貧しさも豊かさ、差別も、その全てがリアルにそのまま露出されている。それが日本とは対照的なのである。 人生の折り返し地点を越えベナレスに引っ越してきた老夫婦や、老齢になったことで自らべナレスの僧院などにやってきた人びとなど、 死期を間近に感じる前に移り住む人もいる。この街は「死を受け入れる街」として永年をかけて奥行きを広げ、深さを増している。 インド各地から運ばれてくる死体は多い時で100体。また家族や、死者の灰をガンジスに流すために訪れる人も毎日数千人もいる。 なかには郵便で灰が送られてくるケースさえあるという。ここは死者の為の街であり、その準備の為の街。ここの「死を待つ館」の人に、 「死ぬのは恐くないですか」と聞いても、「どうして怖いことがあるのか。ここは寺院もあり、ガンジス川もある。この街が私を呼んだのだ」 と答えて、平然としている。彼らにとって、ここでの死は誇らしいものであり、ここに連れてこられること、その家族にとっては、 連れてくることが喜びなのである。 死が喜びとは!素晴らしいではないか! ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・ 2006年08月17日(木) 1962, 「事業百訓」を読み直してみて おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ ねむ! 二十五年前から書いてきた社内報の事業百訓を、明日から十数回のシリーズで振り返ってみる。 このHPのコーナーにあるものだが、書いた私自身、この数年殆んど読み返してない。 丁度良い機会なので、纏めつつ回顧しながら読んでみる。必死に書いたのだろうが、まあ真面目なものだ。 「そのわりには現在の貴様は何じゃい!」と赤面してしまう。読みかえしていると、大きな変化がわかる。 (字数制限のためカット 2010年8月17日) ・・・・・・・ 2005年08月17日(水) 1597, ひらがな思考術 −2 ーまずは第一章のほどくの内容の概略をまとめてみた。この本は、読めば読むほど深い。 難しいことばを、簡単な優しいことばに置き換える以前に、ひらがなことばで考える習慣をつけてしまえということか。 (以下、字数の関係でカット、2009年8月17日) ・・・・・・・・・ 2004年08月17日(火) 1232, 「こころ」の出家 -読書日記 この年齢になると周囲が、定年、病、倒産、子供の自立、連れ添いの死、老父母の死、等、 何らかの大きな転換期に直面してくる。情報化社会に翻弄されて深刻な危機に何らか陥っているケースが多い。 (以下、字数の関係でカット、2008年8月17日) ・・・・・・・・・・ 2003年08月17日(日) 865, 同級会−2 昨夜は中学の同級会いや同期会があった。 小学校は一学年の同期が100人足らずのため、5年に一度の同期会になっている。 中学校の同期会は今回が初めてであった。クラスで親しい男が卒業して以来初めて出席していた。名刺を見たら「日本レコード協会」 の専務理事の肩書。ということは、日本の歌の世界の隠れたドンだ。ビクターの取締役になり、その後関連会社の設立に参加。 その後今の仕事をしているという。かなり重い仕事と言っていた。早稲田を卒業後、ビクターに入社。初めの仕事が、桜田順子など 3人娘の教育係だったという。森進一など有名人は殆ど旧知の仲とか。「自分ほど面白い経験をした人間は少ないのではないか」とシミジミ。 中学だけをみてみると、その時の成績順で人生が決まってしまっている。ちなみに一番だった男が慶応大学の教授(数年前死亡)、 二番がこの人、三番が自衛隊のえらいさんになっている。後は保険会社の支店長、学校の先生など。成績の悪い人はあまり恵まれた 人生ではないようだ。恐ろしいものだ。「何を持って恵まれた人生か?」という疑問があるが、あくまでも表面的なことだ。 あと二年で60歳、皆その歳を目安に生きてきたようで心境は複雑のようだ。しかし会えば、心は今だ中学生だ。 クラスでは50人中既に7人亡くなっている。そのうち男は5人で2割になる。 最近亡くなった人の殆どが癌だ。 地元に住んでいると、小学校、中学校、高校の同級会に出席する機会が多くなる。30歳すぎから仕事や子育てに余裕が出るためか、 それぞれ頻繁に開かれるようになってくる。私も30歳前後に地元に帰ってきてからは出席をするようにしている。 学生から社会人に脱皮の20代は、学生時代の人間関係から一度離れることが人間形成で必要である。 その為に30代辺りから自然に開かれるのだろう。同級会は40歳が社会的に最前線に立っているときであり、担任の先生の 定年時期も含めて一番良い時である。クラスによって全く開かれないか、頻繁に開いているかどちらかだ。 (以下、字数の関係でカット2008年08月17日) ・・・・・・・・・ 2002年08月17日(土) 490, 随想テーマ日記の効用 毎日一テーマで、その日思いついたことを書き続けて一年数ヶ月が過ぎた。何か毎日が、そのために追い立てられている感がする。 多くのエネルギーが、その為に取られていることは事実だ。 しかし、エネルギー対効果比率から考えても充分その価値がある。 「何のために毎日こうも書き続けているのか?」という疑問があると思う。 ・それは簡単だ、自分の為に書いている。 ・公開することで、あらゆる人に見られていることを意識、その為に客観化が必要になるからだ。 ・毎日、その都度思いついたことを書き続けることにより、過去に考えたことを、一づつ引っ張り出し、外部化をしていく作業が 記憶と行蔵の整理になる。 ・またその時その時の自分の気持ちや心境のメルクマール化が可能になる。 ・その時点のホットな情報の中期記憶化・デジタル化をしていることになる。 デジタル化をする事で、あとで組換えの時大テーマの要素の構成部分のパーツとしてつかえる。 ・書きつづけることで、外部の情報に対する感覚が鋭くなってきている。 ・心や内面の公開が、結果的に自分を積極的に主張出来る。 ・これをチップに記憶させておけば、数十年先数百年先に見てもらえる。 結局は波動の蓄積という事かもしれないが、死んだあとも残る。 とりあえず3年1000のユニットを書き続けることが目標だ。 実際、世界が毎日激変?している。内部の入れ替えがおきていること。 ・・・・・・・・・ 2001年08月17日(金) [111] 数ヶ月ぶりの古町 数ヶ月ぶりに古町に出る。16日の為か店は半分ほど休んでいて、飲み客も少ない状態であった。昨年の暮れ行った店で‘安寿’という店で、 「人生楽しく!」が本人と店のコンセプトということをこの笑い顔を見て今思い出した。このように笑えるのは大きい財産であろう。 「楽しいから笑うのでなく、笑うから楽しい」ということを本人がよく知っているのだ。笑いは訓練でできる能力だ。古町は少し高いが やはり面白い。私のミニノートにジョークと駄洒落の索引がかいてある。いつも鞄かポケットにいれてある。開くとα波が出てくる。
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