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堀井On-Line
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2012年07月02日(月)
「 財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した 」浜矩子 (著) 英国の怪物的俳優で異様な喜劇俳優アトキンソンことミスター・ビーンの過っての持ち役の一つがサー・ベンジャミンだった。 サー・ベンジャミンは、ロンドン市長主催の晩餐会の栄えある舞台で、「人生の不確実性」について語った内容が新鮮である。 この著書で、欧州危機について、この質問を、そのままに答えている形式になっている。 * ミスター・ビーンに聞こう 【・・・ これを考えていくにあたって、皆さんにご紹介申し上げたい人物がいる。 その人の名は、サー・ベンジャミン・フレッチャー。 イギリスの大物政治家で自ら交通大臣や社会保障大臣を歴任・下院議長も務めた。彼は架空の人物である彼を演じて大反響を得たのが、 ローワン・アトキンソンである。イギリスの怪物的俳優で異様な喜劇俳優だ。 物言わぬドタバタ男キャラクター、「ミスター・ビーン」 としての彼をご存知の皆さんは多いだろう。ミスター・ビーンは何も言わない。だが、アトキンソンは実は極めて多芸な俳優さん。 七変化的な役柄の演じ分けが得意だ。そんな彼のかっての持ち役の一つが、サー・ベンジャミンだった。 サー・ベンジャミンは、 ロンドン市長主催の晩餐会でスピーチに立つ。 市長の晩餐会はイギリス恒例のビッグ・イベントである。その栄えある舞台で、 サー・ベンジャミンは「人生の不確実性」について語る。 その中身は、あたかも今日の日本を語っているがごとくだ。 「今日、イギリスは一三八○年以来最大の経済危機に直面している」と、サー.ベンジャミンは口火を切る。なぜ一三八○年なのかは よくわからない。・・ここから、その「我々がみずからに投げかけるべき質問群」が並べ立てられてた。この紙面上に再現してみよう。 ー 我々がみずからに投げかけるべき質問群 ー ● 我々は今どこにいるのか ● いかにしてここにきたのか なぜ、ここにきたのか ● 我々はどこに行きたいのか ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか ● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、我々はどうすればわかるのか ● 我々は地図を持っているのか ● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか ● 我々はここで立ち止まりたいのか ● それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか 】 ▼ これを現在の自分と書き換えて自問自答して考えると、面白い。ここで著者は、対象をユーロ危機に置き換え質問に答えている。 それぞれが個々のテーマとして成り立つ質問群。私たちは9・15ショックという大地震直後の大津波来襲を目前にした茹で蛙。 遊びなされ! ・・・・・・・ 3750, 自分の居場所のみつけかた ー⑤ 2011年07月02日(土) 「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著 人生はままならぬもの。特に少年・青年期は傷つきやすい時期。ところが中年期、そして晩年期に入ると、過去の出来事のガスが 心の底の沼に溜まり、いつの間にか泥沼になって猛毒が湧き出てくる。 それに老化が重ねると、その毒で脳がやられ下手をすると、 重症の鬱病か分裂病になる。 それを防ぐには孤独に徹し、先人の知恵などを借りて洗浄をしないと老醜を曝すことになる。 憎しみが重度になると、主語(相手)を選ばなくなり、憎しみの連鎖が始まる。以下は怒りと憎しみの意味が分かりやすく書かれている。 【 ● 怒りに羨望が絡むと「憎しみ」に変わる ーP・118 「怒り」と「憎しみ」の間には少し差があります。怒りは、相手に欲しいものをおねだりしてももらえないというときの感情です。 まだ相手の愛を求めています。赤ちゃんが「オギャー」と泣いて、お母さんのおっぱいの必要を示す。これを「怒り(アンガー」と言います。 そこに「羨望(エンヴィー)」が入ってきます。これは相手が持っているものを、本来自身が持つべき、とその人から取り上げたくなる感情。 「エンヴィー」という言葉の由来は、「横目で睨む」です。つまり、人の持ち物を睨む。それを取り上げたいという感情。 怒りに羨望が絡んでくると「憎しみ」になります。「嫉妬」というのは男女の関係で、自分の持っている人をとられるのでないかという焦燥、 怒り、不安の複合した感情です。 取られることを恐る感情、取ろうとするのも憎む感情です。ここにも「憎しみ」があるわけですが、 男女関係が絡まないエンヴィーとは区別されます。 嫉妬は人聞関係を破壊しません。むしろ人間関係を破壊されることを恐れる感情ですが、 憎しみ、憎悪は人間関係の破壊に結びつきます。もう一度、赤ちゃんとお母さんの関係で考えてみると「おっばいが欲しいのにもらえない」 というときに発生する感情はアンガー。お母さんはいいもの(おっぱい)を持っていて、弟だの妹だのがどんどん出てくるお母さんが 持っているものをみんな自分のものにしたいと思ったら、これはエンヴィーになります。 ですから、愛情というのは考えてみるとかなり厄介なもので、一つ間違えると怒りに、もっと間違えると憎悪に転換します。 そういう「関係」に身を置くのが厄介だと思うと、逃亡心が生まれてくる。こんな面倒な関係からは離れたくなることもあるでしょう。 昔の東洋人の思想の中には、そういう面倒な関係が嫌だというものがありますね。 いろいろな欲望や感情が渦まいた俗世から離れて、 仙人のように淡々と生きる生き方に憧れるというものです。それをやるとなると、どこかで線を引いて、人間関係からリタイアすることを 考えなければなりません。あれこれ面倒なことがあるうちは、山の中で仙人のように暮らすことに憧れるかもしれませんが、いざ本当に離れた ところで一人暮らすとなったら、今度は記憶の中の人間関係にわずらわされることになる。 人間は人の中でしか生きるしかないのです。】 ▼ 大人数の兄姉の中で、私が両親の住んでいた実家に住みついて家屋敷などを引き継いだため多くの葛藤があったのが世の倣い。 「怒り」×「羨望」=「憎しみ」は肌で嫌というほど感じ取ってきた。私も家内も愛情を限りなく受けてきたが、逆の与え方は上手くない。 「自分」というものは、自分一人の閉鎖系で成り立っているより、人との「関係」として成り立っていると著者は強調している。 「愛」というのは、そういう関係性を言っている。 だから、年齢を重ねるほど人間関係は丁寧に扱わなければ。 「ピーク、エンドの法則」がある。 記憶は、ピーク時と、終わりが引き立ってくる。その数パーセントで、8割以上の記憶を決まる。 ドロドロの経験が少ない人は、その辺の構えが甘くなる。 心の奥の沼に大切な人生経験をマイナーにして落とし込んでしまう。 ・・・・・・・・ 3385, 911・考えない・日本人 ー3 2010年07月02日(金) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) ー以下の箇所は、欧米の一神教と無宗教の日本の差でもあるー * 生存に必要な要素、それは悪 (P・62) ≪ 男のいない日本に、「男らしさ、勇気」があるわけがない。 白人の根本的な善悪の問題は道徳科目ではない。哲学科目だ。 当然、日本にあるわけがない。 日本の悪は改心と謝罪の対象である。 白人の悪は復讐の対象である。 根本的に異質だ。 人間の生存に不可欠な、最も重要な要素は何か。 悪である。 悪を身につけない限り、生きられない。 人間を悪から解放するものは、より強力な悪しかない。 悪がないことは善か? ノー。 それは無知であり、バカだ。 生きる条件、つまり《人間の条件》を持たないということだ。 そしてここに911の問題が拡大される。あの出来事の真の意味を理解できない限り、今後の人間の条件はない。 「神は死んだ」というニーチェの言葉を、もっと深く理解しなくてはならない。 だが、悪がわからなければ、神もわからない。 悪のない日本には、死ぬ前から神は存在していなかった。 存在しない神は死ぬこともできない。つまり「意味」がない。 意味――、神と悪は鶏と卵だ。ねえ、ちょっと、ほんとに・・ 冗談じゃなく、日本史をよく勉強してごらん。 そして、その後で世界史を勉強してごらん。 そうすれば、いまなぜ日本が。これほどに惨憺たる状況にあるのか、実にハッキリ、完全に分かるんだ。 ▼ 「人間の生存に不可欠な、最も重要な要素は何か。悪である。悪を身につけない限り、生きられない。 人間を悪から解放するものは、より強力な悪しかない。悪がないことは善か? ノー。」 これは、ユダヤ教などの一神教の考えかただが、島国の日本人には考えられない思考法。アラブ・欧州には 悪が身近に常にあるから、考えるしかない。 現在の惨憺たる状況は、過去の歴史をみれば分かること。 僅か30年前に隣国中国では、呆けた老人・毛沢東の方針で、2千万とか3千万人が虐殺されたのである。 あれが悪か善かは歴史が証明するが、あの世界では、善人は悪党の片棒を担がされるか、殺される。 現在、日本はアメリカに60年以上かけて隷属的人間に変えられた。思考が出来ない哀れな人間にである。 =偶然、以下の「垂直の言葉」に思考について書いてあった。 面白い偶然である。= ・・・・・・・・・ 3010,垂直な言葉 2009年07月02日(木) 「魂とは何か」池田晶子著 ー読書日記 池田晶子の「魂とは何か」という本に、「垂直な言葉」というがあった。 横に流れる時間に対して、垂直の時間=永遠の時間、という言葉がある。 「今という瞬間の中にこそ、永遠がある」を宗教的、哲学的に考えていくと、感動、感激の瞬間に 感じた垂直の時間の意味の一端を理解することができた。 ところが、今度は「垂直の言葉」である。 池田晶子は判りやすい。 いや、判ったような気にさせる、と言うほうが本当である。 ーまずは、その部分である。 P-217 * 考える不思議、「常識」の不思議 【対談】石川好×池田晶子 池田 当たり前のことを言われても、何を言いたいのか読み手がわからない、と受け止められているのではと。 石川 それは、あなたの言葉が垂直だからですよ。 池田 以前に、おまえは右か左かと訊かれたので、私は垂直だ、と答えたことがあったけど。 石川 そうそう、その意味。日本人の中で、言葉を横でなく縦に、垂直に降りていくものと自覚的に使っている人は、 めずらしいと思うんです。 なぜかというと、日本の風土の中に、垂直に考える習慣がないからね。横の社会なんですよ。 (字数制限のためカット2,012年7月2日) ・・・・・・・ 2006年07月02日(日) 1916, スペイン画家・堀越千秋ー7 才八∋ウ_〆(∀`●) スペイン七千夜一夜 集英社文庫 ー読書日記 スペインといえば、やはり闘牛である。何回か闘牛について書いてきたが、堀越氏の闘牛の見方が独特の視点である。 「俺と一緒にするな!」という著者の声が聞こえそうだが!一回目は衝撃的だったが二回目に見たときは、観衆と一緒に興奮して、 面白いと思えるようになった。早くいえば、寄ってたかって一頭の牛を殺すのを楽しむショーである。が、慣れてくると、 それが恐ろしいことに、面白くなるのだ。現在は、闘牛士と戦う前に、槍で刺して弱らせる。そうしないと殺される確率が高くなるからだ。 初め観たときに誰もが思う「卑怯ではないか!」と。しかし、ここはスペイン!それが現地の文化?の一つなら一緒に楽しむこと、 と決め込み、何度か自分の良心に言い聞かせて・・ ーまずは、その一部を抜粋してみた。 ≪ スペイン名物、闘牛とは、そもそもそんな主客転倒の様式化といってよい。牛は、平和な原野の牧場からある日突然連れさられる。 暗闇に閉じ込められて、いきなりドアが開くとまぶしい闘牛場だ。怒ってやみ雲にも角を振り回しているうちに、あちこち槍だの 銛だのに突き刺されて、最後に長剣を刺されて死ぬ。何が何だかわからない。 一方、客の方は、やれあの牛は闘しがない、 いや勇敢だ、角を左に回す癖があってよくない。いや口を結んだままで強い、右足がゆわい、いやダメな牛だ、いや素晴らしい牛だ、 これこそ牛の中の牛だ、等々、勝手なことを言う。そして血の泡吹いて息絶えた牛が、4頭のラバに引かれて退場をするところを、 拍手をしたり、口笛をふいて避難したりする。人間どもの勝手もいいところだ。牛の都合など一切、考えない。 人間の都合と審美観のみを一方的に牛に押し付ける。元々人間対動物の関係は、そういった一方的なものだが。 牛の都合は、実は、無視されているのではない。スペインの人間によって、主客転倒や主客合一の甘露をかけられて、つまり 人間にとって良い牛は、恐ろしい野生の黒牛でもないし、敵でもない。美しい、雄雄しい、勇気ある、気高い「自分」なのである。 強い牛は自分の美点の反映なのである。勿論こっちの自分は、牛がいくら刺されても痛くもかゆくもない。牛の中に一瞬、自分の美しい 反映を認めただけなのだから、牛がばたりと死んでしまえば、あーあと葉巻をくわえて背伸びするだけだ。こういう便利で自分勝手で、 自由にあっちへ行ったりこっちへ来たり、一瞬のうちに都合の良いほうへ乗り移る「自分」というものを、日常的に心の中に 飼っておかないと、闘牛という、不思議な審美観によって支えられる「芸術」を理解したり、まして愛したりなど、到底できない。≫ ▼ スペイン人と日本人は違うのです!! ー以前の闘牛について書いた文章ですー 2002/09/07 パンプローナの牛追い祭り (字数の関係でカット弐千八年七月弐日) ・・・・・・・・ 2005年07月02日(土) 1551, わたしの酒中日記 ー 番外 わたしの酒中日記を書き出して驚くほど昔の記憶が戻ってきている。居酒屋やスナックのことから記憶と背景をたどっていくと、 芋づる式に記憶が次から次へと出てくる。その記憶をたどると、その時々に精一杯生きていた姿に驚かされる。 真面目?に不器用に生きていた当時の自分の姿が、輝いて思えてくる。今まで後ろを振り返らないことをモットーに してきたせいか、最近になって振り返ると、その瞬間瞬間の記憶が生々しく新鮮に感じる。その時々の心のひだが ドンドン思い出されてくる。しかし書けないことは幾らでもある。 その辺がプロと素人の書き手の違いである。 本当のことは作家以外、そうは書けるものではない。読み返してみると、若さ特有の自意識過剰がそのまま見てとれる。 それが若さなのであろうが。昔のことを書くのは気持ちが重いが、好きな酒を飲んだ思い出なら気楽に書ける。 その切り口からのTPOSの背景を書き出すのも面白い。誰もがフラッシュ的な記憶の断片が脳裏に浮かぶ。 (字数制限のためカット2,011年7月2日) ・・・・・・ 2004年07月02日(金) 1186, 異境・秘境ツアーレッスンー5 ー感動は蓄積される 何故、異境・秘境に行くのかというと、想像を絶する素晴らしい世界がそこにあるからである。 そして大自然や遺跡の異質の世界に、直接触れて感動するからだ。実際体験して解ったことは、歓喜と激しい感動は、 ほぼ同じではないかということだ。旅行のたびに期待していた数倍の感動と歓喜?がそこに待っていた。 とくに大自然の中の壮大な美しさや神秘性から受ける感動は何にも変えがたい。その感動を得る為に、いそいそと 飽きずに家内と一緒に出かけていく。感動の蓄積が磁力になり、更により大きな感動を引き寄せる。 そして感動は確実に自分の中にドンドン蓄積されて醸造される。れて、その時の蓄積された感動の波動が開放される。 毎日晩酌で、ほぼそのブロックが開放されハイに瞬間なってしまう。幼児期から青年期にかけて可能な限り、 親は子供に芸術(音楽会や一流の絵)や自然を見せて感動のシャワーを浴びせてあげなさいという。 その量×質が、その人の人生を決めるという。感謝・感激・感動は、その人の潜在能力のベースになるからだ。 今からでも遅くはないから、可能な限り一流なものを見て、触れて感激・感動を 意識的にしていかなくては!いまさら遅いか?豊かな人生とは、感謝・感激・感動の豊かな人生をいう。 ・・・・・・・・ 2003年07月02日(水) 819, 恵まれていた時代に生きて 50歳時に、「自分の人生を振り返って実感をいってみろ!」と自問自答した。直感的の出た言葉が「恵まれていた!」 「面白かった」「悔いはない」である。特に思ったのは「恵まれていた」である。 ・第二次世界大戦直後の1946年の一月に日本に生まれたことが全てといってよい。 ー冷戦下における日本という環境において、アメリカが中国・ソ連・北朝鮮など共産圏に 対する前線基地と位置づけて、 日本に最優遇待遇を与えてくれていた。 ・新潟県という全国でも最も豊かな自然を背景にした環境も良かった。 ・両親も含めて家庭にも恵まれていた。 多くの兄姉にも恵まれていた。 ・ちょうど青春時代が高度成長期にあたり、時代の波に乗ることができた。国に若さと希望があった。 (字数制限のためカット2,011年7月2日) ・・・・・・・・・・ 2002年07月02日(火) 455,地球をサッカーボールに喩え 今回のワールドサッカーを新聞はどう捉えているか、毎日新聞の社説がダントツよかった 「・19世紀のナショナリズム、 ・20世紀の資本主義、 ・21世紀のグローバリズム化。この3つが今の世界を動かす 理念だとすれば、地球がサッカーボールに凝縮して私たちの前に現れた。私達は本物のサッカーの興奮を始めて知った。 欧州と南米で4年ごとに繰りかえされる祭りに加わった。スポーツが野球などアメリカの影響下にあった日本、 アメリカの影響から逃れたい無意識の願望に後押しされて、アメリカが作らなかった国際標準を初めて選んだ」 この鋭い分析に納得した。「サッカーボールを地球に喩える」とは、書くプロはさすがに違うと感心した。 ・延べ500億の人が見たと予測されているという。大きいビジネスでもある。 ・「90分ナショナリズム」という言葉も新鮮だった。 ・朝日新聞に出ていた川柳もよい「球ひとつ生命あるようなゴール決め」 ・選手の過半数が何処かの国のプロサッカー 多国籍の選手ーグローバルの時代 印象的キーワードを並べてみる ・地球最大の運動会 ・国家の威信をかけた模試ー代理戦争 ・壮大な民族展示会 ・・・・・・・・・・・ 2001年07月02日(月) [71] 夢についてー3 夢は犬や猿など他の動物も見るという。子供の時母や姉が実際幽霊を見たとかの体験談をきいて、いい年をしていいかげんな事と、 気持ちの中で全く受け付けなかた。ところが経験を積むにしたがって何か常識で考えられない何かが存在している事を確信してきた。 特に‘夢’とか‘遇然の一致’そして‘死’‘自然現象’に何か人知を超えた存在を感ずるようになった。 ー以前の文のコピーをまたしておきますー H05 11 記 妙な夢 秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。 (字数制限のためカット2,012年7月2日)
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2012年07月01日(日)
「 財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した 」浜矩子 (著) * 共同債の発行など気違沙汰! 連日のトップニュースがユーロ危機である。一つ間違えると世界恐慌になるからだ。ギリシャ、イタリア、スペイン、 キプロスと、その危機はモグラ叩きのように次々と出てくる。その都度、ドイツ、フランスを中心にしたEUが財政対策を打ち出し、 何とか乗り越えている。数日前も何とか緊急対策を打ち出した。しかし、ここまで来たかというのが、「ユーロ共通債」構想。 字のとおり、ユーロ圏として一本化した債権を発行することで、ユーロ圏で統一的に財政資金を調達しようとする代物。これまでの、 加盟各国が個別に国債を発行するのではなく、調達窓口を一本にしようとするもの。ブタちゃん=PIIGSにとって、これほど有難い 国債はない。ユーロと同じく、ごねて、どんどん共同債を発行してもらえるからである。 ギリシャ、スペイン、イタリアにとって、 7%近い金利が遥かに低くなる。金利の低いドイツが逆に高くなるため認める訳がない。しかし、そうでもしなければ、PIIGS各国は、 財政破綻の限界に来ている。ユーロは暴落し、嫌われた通貨に成り下がった上に、 共同債など、無理ときている。何をしてもユーロ構想が、メルトダウンに入るのは時間の問題。 著者は、ここで、 「ある地域内で単一通貨を導入して、うまくいく二つの条件がある。一つは、その地域内では、どこも物価水準、失業率、金利、 賃金が同じ、要は、経済格差が全くない状態であること。二つ目に、地域内に存在する経済格差を埋める中央調整装置の存在が 前提としている。この二つが存在しているかというと、否という。著者は、ドイツが前者の経済格差を無くする方向を求め、 フランスは、財政難諸国を救済する仕組みの強化を目指そうとするが、この二つは、根本的に相容れないもの。現在のユーロは、 股裂きの刑にさらされているという。ドイツもフランスも、今さら、ユーロ圏脱退も出来ない。それをPIIGSが、その足元をみて、 今までの安楽の延長の生活を求めている。それも、時間の問題が現時点である。何処かの国では、国債発行がGDPの二倍、 国家予算は税収の二倍になっても、その都度、首相を取り替えて、国家リストラを避ける。ユーロ圏は同じ道を歩きだしただけ。 PIIGSを、最終的に準加盟国という名目にして排除するしか存続の道は無いが、私の見立てになる。恐ろしい日々は続く。 ・・・・・・・ 3749, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −19 2011年07月01日(金) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー � ジャズの聴き方のポイントは、�、�で書き写し解説した。歴史については「音楽の本」のジャズの章に詳しくあったので、 ここでは飛ばし、「ジャズに使われる楽器とその編成」についての、ポイントを取り上げてみる。 【 ジャズで使われる楽器は、基本的にクラシック音楽と同じ。違うところは、クラシック音楽の音色のメインとなる弦楽器類 (ヴァイオリン、ビオラの類)はメッタニ使われず、ベースは、ジャズでは独自の演奏法を行う。クラシックで使われないもので ジャズ特有のものはドラム・セットで、この存在がジャズらしいリズミカルな躍動感を作り出すキーポイントとなっている。 クラシックの楽器類マイナス弦楽器(ベースを除く)プラスドラムセットがジャズ特有のタイトでキレの良いサウンドを作っている。 以上のように、楽器そのものより演奏法によってジャズらしさが出ている。 * まずは、リズムの強調。ジャズのベースは、音楽の最低音部を受け持つだけでなく、2ビート、4ビートといった 基本ビートがハッキリと聴き取れるよう、クラシックのように弓で持続音を弾かず、指で弦を弾いてリズムを明確にしている。 * 次に、楽器奏法の特徴は、ピアノ、トランペット、サックスといったクラシックでも使われる楽器が、どうしてジャズ特有の ダイナミックで個性的な聴こえ方をするのかという、楽器を「ミュージシャンの身体に引き寄せて」演奏しているからだ。 (以下、字数の関係上カット、2012年7月01日) ・・・・・・・ 3384, 911・考えない・日本人 −2 2010年07月01日(木) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) ーアマゾン、内容紹介、よりー ≪ まだ信じているのですか? あの事件が真実だなんて。911の以前と以後では、人間の歴史は完全に代わり、 人間の条件も全く変わった。 これだけは確かなことである。 911は、人間が最後にたどり着いた最大の愚かさと、最大の悪の結晶だった。 これだけは確かなことである。 911は、ある一部の人間たち、私風に命名すれば「ファイナル・パワー・エリート」たちが仕組んだものである。 私は「911同時多発テロ」と呼ばれている事件は、すべて《彼ら》の自作自演であり、ヤラセであり、捏造であり、その他 どんな言葉を使ってもいいが、ブッシュ政府が公式に発表している内容とはまったく違うものであるということを、確信している。 なぜか? まず疑ったからである。疑わしい要因、要素が多すぎると感じたからである。次に考えたから、知る努力をしたからである。 そのときに私の持った精神状態は、「情熱」と呼べるものとほとんど同じものだった ≫ ー 以下の箇所は、家畜化された日本人への強烈な批判だが、言いえて妙である。ー(P/86) 【 給費留学生など、日本の若い頭脳がアメリカに召集された。江藤淳などもその中の一人だったが、あのようなろくでもない 日本人のクズが、モルモット代わりに研究されたのかもしれない。 確かにあのような男を典型的日本人モデルとして研究すれば、 その洗脳のたやすさ、誘導のやさしさ、また、一般的な人聞家畜化の手引き材料としては理想的だったに違いない。 その性温厚にして、地球上の人類の例外中の例外、闘争本能ほぼゼロ、嫉妬心ゼロ、執念深さ同じくゼロ、喉もと過ぎれば 熱さを忘れ、知性、理性、論理力はほぼ狐並み、言語、特に国語に対する認識・意識ともに幼児並み、借り物言語に痛痒を感じず、 哲学志向ゼロ。おだてにはすぐ乗り、《彼ら》の差し金で少し高い地位に就かせれば、黙っていても《彼ら》の意を先取りし、 率先して日本人を家畜化させるお先棒を担ぐ。あの当時のフルブライト奨学金で渡米した日本人の全リストでも作ってみれば、 そうした証拠が出るはず。その後彼らが、どのようなジャンルにおける、どのようなポジションで、どのような手先活動をしたか。 多分アカデミー関係が多いはずだ。教授や教師ほど、この使用人に適した職業もない。日教組と地下では連動している可能性も高い。】 ▼ この十数年、特に感じてきたことがズバリ書かれている。アメリカ占領国で日本人が家畜化されていることすら気づいていない 哀れさ、その手先が歴代の自民党であり、社会党(現社民党)である。特に著者が移住していたオーストラリアの視点からみると、 それがリアルに見えるようだ。 特に失われた20年で日本の劣化の激しさが鮮明になってしまった。 ― つづく ・・・・・・・ 3009,誰が電気自動車を殺したか ? ー2 2009年07月01日(水) GMがそのまま本気で電気自動車に取り組んでいたら、現在も世界NO・1の優良メーカーだったはず。 将来の先取りが本来あるべき戦略であったのに、それを自ら葬ったことで自分自身を殺すことになった。 この数年は多目的のSUV(スポーツ多目的車)という大型車に社運をかけてしまった。 そのうえ自社でローン会社をつくり、車だけでなく住宅ローンまで扱っていたという。 歴代のホワイトハウスのスタッフが石油会社の出身者で占められ、電気自動車の抹殺に組していた。 「誰がアメリカ合衆国を殺したか?」に題名を変えてもよいようなアメリカの縮図でもある。 腐りきったネオコンがアメリカを支配し、それに憎悪を抱いたイスラム原理主義者が9・11のテロを行い、 彼等の戦略に引きこまれ、アフガン、イラクに戦争を仕掛けてしまった。 (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日) ・・・・・・・・・ 2645, アメリカ狂乱 ー1 2008年07月01日(火) 「アメリカ狂乱 ー次の大統領統は誰か」 日高 義樹 (著) 本屋で平積みしてあった本だが、何時か図書館に並んだら読もうと思っていた。それが数日前に、長岡の図書館で読んだら、 数十年近くに渡り、アメリカの国内事情と大統領選挙を見てきた著者の視点のためか多角的に分析していて説得力がある。 (以下、字数の関係上カット、2009年7月01日) ・・・・・・・・ 2007年07月01日(日) 2280, ビジネススーツ ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! ー 超高層ビル=ビジネススーツ・ビル論 ー *半月ほど前の読売新聞に掲載されていた建設史学者の鈴木博之氏の「ビジネススーツ・ビル論」が面白い。 超高層ビルの外装を、ビジネス・スーツと類推するところがユニークである。 ー超高層ビルが林立すると、そこに立ち並ぶ超高層群は無個性化を始め、ビジネススーツのように縦ストライブの、 抑えた色調の外装パターンになり、外観からはビルの存在感を消そうとする傾向に入った。 それを「国際化」と見る人もいる。ー 概略は、このようである。 (以下、字数の関係上カット、2008年7月01日) ・・・・・・・・・ 2006年07月01日(土) 1915, スペイン画家・堀越千秋 ー6 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/ 文化とかという難しい?ことでなく、スペインの日常料理から現地の生活実感を垣間見ることができる。。 私など、三度行ったスペインのバールの美味い酒のツマミの印象だけで、「もし永住するならスペインが良いな?」 と思っていたら、一撃を喰らう内容があった。 ≪スペインの町でキョロキョロしている日本人旅行者たちは、「イヤァ、スペインは美人が多くて結構ですな」 など言いがちである。おまけに「スペイン料理は日本人の口にあっているし」とも言う。 「オリーブ油が如何だこうの言いますが、私は大丈夫です、美味しいですよ」という人がいる。 じゃあ、今夜みそ汁も白米も一切やめて、固いバンにオリーブオイルとラード(マンテカ)塗ってくてみなよ。 あんたの好きな烏賊のリンク揚げと、二週間続けて揚げて使ったオリーブ油で好きなスペイン・オムレツをこしらえて喰いなよ。≫ (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日) ・・・・・・・・・ 2005年07月01日(金) 1550, 将来の不安?2 ー不安を哲学するとー 我われは、過去に対しては悔恨があり、未来に対しては不安が付きまとう。といって、まだ来ぬ未来を不安がっていても仕方がないし、 反対にノンビリ過ぎるのも問題。最悪を想定しておくことも必要であり、「大丈夫!」という言葉を口ぐせにしておくことも、一つの 解消方法である。不安の対象に対して考えつくしたあとで、「その時は、その時だ」と放念することも時に必要である。 青年期の日記を読み返してみても、その時点時点で不安感が大きく口を開けていた。不安は一生我々を悩ますものだ。我われを脅かす 「特定の対象」に向けられたものが「恐れ」であり、「不安」は漠然とした恐れの感情をいう。その恐れに対して打ち勝つ克己心が勇敢、 勇気ということになる。前にも、「将来の不安」という題目で書いた。不安は目先の変化に対する不適応から生じる心理の揺れと書いたが、 目的意識の希薄さも不安心理の一つである。その不安感に対して哲学者がどのように考えてきたのだろか? ーある本からの抜粋をしてみるー ・先ずは、キリスト教の初期に神に対する畏敬や罪に対する恐れを不安とみた。 その不安を克服することが永遠の生を得るための前提であるとした。 ・次には、19世紀になって、キルケゴールが不安の心理分析をおこなった。 その後、ハイデッガーやサルトルなどの実存主義者やフロイトなどの精神分析で中心概念になった。 キルケゴールは不安感を罪の問題に結びつけて考察する。アダムとイブの原罪から、 人間は皆罪を持って生まれてきたとして、 罪の状態に陥る可能性の中で罪あるものとなると。不安とは悪魔的なものが持つ妖しい魅力に堕落できるという「自由のめまい」であり、 それは堕落の深遠を覗き込む時の感覚にたとえられる。サルトルは、これを「めまいが不安であるのは、私が断崖に落ちはしないか という恐れだけでなく、私みずからが断崖に身を投げはしないかと恐れるかぎりにおいてである」と考えた。ひとは天使や動物と違って、 可能性に対してたえず不安を覚える。それは人間がこころと身体との総合としての精神という特殊のあり方をしているからだ。 つまり人間はその本性上、不安になりざるをえないのだ。 不安の中でおのれの罪を自覚して、はじめて目覚めた精神となる。 その絶望的な不安にかかわらず、なおも自分自身に真剣であり続け、 ひとりの単独者として信仰へと飛躍することによって、 不安から解消され、真に自由になることができる。キルケゴールは不安の心理を分析することを通して、人間のあるべき姿を探求した。 ・ハイデッガーは、不安とは現存在として最も根本的な気分であるとした。 彼によると、現存在は世界内存在として理由もなくこの世界に投げ出され、そのつど、何らかの気分に規定されている。 (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日) ・・・・・・・ 2004年07月01日(木) 1185, 異境・秘境ツアーレッスンー4 秘境ツアー先の現地の日本人ガイドを見てみると、多様な人生が垣間みえる。 それぞれの色いろな事情を聞いているとドラマそのもの。 ・日本でたまたま、その国の人と知り合って結婚、移り住んでいるケース。 ・その国の留学滞在や、連れ添いが仕事で駐在しているケース。 ・旅行をしていて気に入り、一度帰ったが忘れられないで、何とか手続きをとって住み着いたケース。 ・世界中を数年単位で渡り住むことを、自分の生き方にしている人。 等々さまざまである。 日本人がほとんど行かない現地の人ほど、日本人に会うと、そして日本語が話せることが嬉しいようである。 ・最近の変わった人といえば、去年行ったアラスカのマッキンレーの伊藤さんという人だ。 60過ぎの、見た目はエスキモー人そのものであった。若いときにアラスカに渡って、そのまま現地人に同化してしまった。 観光シーズンはガイド、それ以外が猟師をしているという。「アラスカのエスキモーが、たまたま間違えて日本人に生まれたきた」 といっていた。この人の存在は私も本で何回か出てきていたので知っていたが、まさか会えるとは思ってもいなかった。 狼などの猟の話が、リアルで原始的で非常に面白い。30数年前の「3億円強奪事件」の犯人ではないかと先年、 週刊誌に騒がれた人物でもある。 嬉しそうに、その逸話を話していた。 ・やはり去年の、アイスランドの若い女性ガイドは、「旅行先のパリで知り合った白人男とたまたま アイスランドに来て数年滞在している」といっていた。結婚をするかどうかは解らないとか。 今風の若い人は、こうなんだと驚いたが、日本人と思わなければ如何ということはない。 ・イスラエルのガイドは、以前にも書いたことがあるが、ヘブライ大学出で神学者くずれの60歳位の人。 癌で何時死ぬかわからないといっていた。 日本にいまさら帰っても、友人もいないし、 現地で死ぬかもしれない寂しさを10日間、切々と話していた。自己証明をしておきたかったのだろう。 日本人はイスラエルに来ることは殆どないという。そのためか、マイクを離さず「自分の過去」をこと細かく 話しまくっていた。「イスラエルの地で、自分が消滅する不安がたまらない」という叫びが心の底から響いていた。 旧約・新約聖書の地を巡りながら、ガイドの心の十字架を背負って生きている姿が印象的であった。 ・人間的と思ったのは、ニュージーランドの70歳ぐらいの女性である。若い時にニュージーランドの豊かさに憧れ、移住した。 ところが、その直後から日本が高度成長になり、この国より豊かになってしまった。そのまま日本に住んでいた方がよほど 豊かな生活ができた、無念であるという言葉が何か微笑ましく、 しかし悲痛な叫びに聞こえてきた。 ・南アフリカの50歳位の女性はもっと切実であった。 日本の商社でイギリスの男性と知り合い結婚、イギリスに行ったが、 仕事の関係でケープタウンまできて生活をしている。 日本人の墓は一つしかなく、彫られていた年号は明治末期という。 (以下、字数の関係上カット、2012年7月01日) ・・・・・・・・ 2003年07月01日(火) 818, 12の宮 ーある本に面白いことが書いてあったので抜粋する。ー 昔読んだ本の中に、こんなことを書いたものがありました。うろ覚えなのですが、こんな内容でした。 私たちには「12の宮」があり、その宮には必ず一つの黒丸がある、というものです。 「12の宮」というものを私なりに作ってみました。 ・家族・家系的な6つの宮に対して ・自分にかかわる6つの宮があるような気がします。 ー家族・家系にかかわる宮として 1番目として家系運 2番目として親運 3番目として子供運 4番目として兄弟運 5番目として親戚運 6番目として配偶者運ー結婚運ー結婚できるかどうかも含む ー自分運として 7番目として金銭運ー出入れする金ー短期スパンの金 8番目として財産運ー蓄積された長期スパンの金 9番目として仕事運 10番目として健康運 11番目として友人・先輩運 12番目として異性運 以上は私が考えたものです。その本の著者が考えたものと違うと思います。 この「12の宮」に必ず1つの黒丸がある。つまり瑕疵(キズ)があるという考え方です。 (以下、字数の関係上カット、2008年7月01日) ・・・・・・・・ 2002年07月01日(月) 454,面白かった!! ワールドサッカーが終わった。 やはり世界のトップが集まる試合は面白い。サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。 (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日) ・・・・・・・・ 2001年07月01日(日) [70] 夢についてー2 何か欲しい!とか、どこかに行きたいという夢と夜見る夢と共通点が非常に多いという。 トイレにいきたいと探している夢は目を覚ますと殆どトイレにいきたい状況である。次の夢は不思議な不思議な夢だ。 ‘母とか父が死んだ後自分のなかに生きている!’とかいうが、少なくとも私の中で事実の世界だ!夢で事実生きている。 痴呆症になり幼児に退行した幼児に変身した母が出てくる。それは正しく母が私の中で事実生きているのだ。 次にまた以前書いた文章をコピーしておきます。 ーーーーーー H0511妙な夢? ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周して もどってきて布団に入る。ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。まずいと思い反対側に ねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。 これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて(そのまま水平にいて) (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日)
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2012年06月30日(土)
「 財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した 」浜矩子 (著) 昨日、たまたま図書館で見つけた本だが、丁度良いタイミングに知りたい内容が書いてあった。 「これまでは序曲に過ぎない。2012年からが財政恐慌本番の年である!」と、欧州の金融恐慌の最後の死に至る無限ループが 手に取るように分かりやすく書いてある。「本来の経済の火消し役であるべき財政政策、金融政策がなぜ 現在の金融危機に つながってしまっているのか?」 金融危機をお金を刷ってばらまくことで解決しようとする(漏洩金融)財政政策により、 グローバル経済における金融と財政の死に至る無限のループを以下の述べている。 ≪グローバル経済において、ヒト・モノ・カネは容易に国境を超え、その飛躍と拡散が行く先々で様々な問題を引き起こす。 ところがそれら諸問題の火消し役を果たすべき国々の財政は、国境を越えられない。このミスマッチが国々の財政政策にかつてない 負担をかけ、金融政策をかつてなく無力化する。そして、重みに耐えられなくなった時、起こってはいけない財政恐慌が発生する。≫ ≪ リーマン・ショックそのものは金融恐慌だった。国境を越えて暴走がもたらした恐慌である。かってなく巨大で、迅速で、複雑で、 公域に広がりをもつカネが、金融の大河に溢れて超弩級の洪水を引き起した。それがリーマン・シックに他ならなかった。 この空前のスケールのグローバル恐慌に、国境を越えられない国々の財政が立ち向かったのである。勝敗は目に見えていた。 しかも、国境を越えて大きな過ちを犯した。彼らは、なにはともあれ、経済活動をリーマン・ショックによる落ち込み前の段階に 押し戻そうと躍起になった。そのために、空前の財政大盤振る舞いに乗り出した。あの時、アメリカの財務長官だったポールソンが 何と言ったかをご記憶だろう。金融恐慌をせき止めるために、彼は「バズーカ砲を用意した」と、いった。借しげもな火薬をつぎ込んで、 銀行の不良権を買い取る。傷ついた金融機関は、どんどん重荷を軽くしてあげる。負担は連邦政府が全部肩代わりしてやろう。 迫力はあったが、そのおかげで金融機関の痛みが財政の痛みに転化することとなった。他の諸国においても、同じことが起こった。 その道に踏み込むとする国々もあったが、結局は、金融の痛みを財政が肩代わりする流れに誰もが巻き込まれていってしまった。 そもそも、リーマン・ショック発生前夜において、国々の経済は明らかに危険すぎる経済的な高みに上りつめすぎていた。 だからこそ金融恐慌という名の大洪水力発生した。それなのに、リーマン・ショック後における国々の財政は、あの高すぎ危険な 山の上に、経済活動の水準を押し上げようと必死になった。≫ ▼「日本は既に輸出主導、円高対応、成長戦略を目論む局面から、成熟戦略へ入っているのではないだろうか」と、今後の日本の進む 方向の転換の必要性を説いている。今だ「成長なくして生存なし」という言葉が支配しているが、無理な道理を通そうとするため、 財政出動の繰り返しになる。結果として金融恐慌の原因を作り、そして世界恐慌へ向かっている。その限界が年内、2012年問題である。 ・・・・・・ 2011年06月30日(木) 3748, ジャズについて(供 ー「ジャズ完全入門!」 −18 ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー 【 聴き手のほうから音楽に寄り添わなければわからない、という理由は、もう一つある。それは、ジャズが異文化に属しているという 事実である。いまとなってはポピュラーミュージック、ロック、それにクラシック音楽も含めて、我々を取り囲む音楽環境はほとんど すべてと言ってよいほどに外来種のものとなってしまったので、ことさらジャズの異文化性を取り上げても、ピンとこないかもしれない。 しかしアメリカの黒人音楽として誕生したジャズは、その文化的な背景が我々とはかなり違っているので、私たちの素地のままの感性で 判断しても、その狙いがわかりにくいということがあるのだ。たとえばカウント・ベイシーのバンドなどは、よく演奏のエンディングを 一度終わったように思わせておき、また繰り返すというような芸を見せるが、その回数はお茶漬文化の僕らの感覚から言ったら、 少々「くどい」と思わせるほどなのだが、これは黒人音楽の特徴の一つなのである。... (以下、字数の関係上カット12年6月30日) ・・・・・・・ 2010年06月30日(水) 3383, 「だまし」の心理学 ー1 二ヶ月前にも、この著者・安斎 育郎 (著)の「不思議現象の正体を見破る」を、ここで書いたことがある。 その中で「だまし」に絞って書いた書である。重なっている部分が多いが、これはこれで面白い事例が次々と出てくる。 固定観念を巧く利用した手法は、なるほどと感心するが、騙していることすら、意識をしないツワモノに出くわしてきた。 倒産で資金繰りのため、我を忘れて身近なものから借金のために「だまし」を仕掛け、その結果、詐欺師のウワテをいく手法で 親戚・友人を騙していくのを身近で見たことがある。浅ましいというか、見事というか、身が凍るようだった。 ―超能力や心霊現象に、人はなぜ騙されるのかー 「だまし」の心理学ー 安斎 育郎 (著) =まずは、アマゾンの内容の紹介より= ≪ 世の中には、さまざまな「だまし」があふれています。 最近問題になった、マンション強度偽装、食品の消費期限偽装、 振り込め詐欺、盗作、必修科目履修漏れ、テレビ番組の捏造などなど、どれも広い意味での「だまし」です。 また、推理小説や手品、トリックアートなど、人を楽しませるエンタテインメントとしての、罪のない「だまし」というものも 存在します。本書では、古今東西、さまざまな事例をとりあげながら、人はなぜだまそうとするのか、なぜだまされてしまうのか という疑問を、図説を使いながら解明していきます。 自称霊媒師による詐欺行為や、UFOやネッシーのニセ写真などの トリックを暴きつつ、霊やたたり、超能力は存在するのかを科学的に分析。また、なぜ人々はスピリチュアルなものに 惹かれ、カルト宗教に心を奪われるのか、心理的、社会的な面からもアプローチします。≫ ー その幾つかを紹介してみる ー * かって虹の観察で、どこでどんな地震が起こるかがわかると自称していた人がいた。その人M氏は、虹の色の濃さや持続時間に 基づいて地震の予知をしていた。 その予知はハガキで知らされていた。たとえば、8月2日の午前2時に某地方で震度4の地震が あったとする。近所の人が8月2日に郵便受けを見ると、二日前の消印の付いたハガキがあり、差出人がM氏になっている。 その文面には「8月2日の午前2時に某地で地震が起きる」と書いてある。それで、予知が本当と信じ込んでしまう。 ところが、これが騙しだった。M氏は自分宛によく「文面や宛名などをエンピツで書いたハガキ」を出していた。このハガキこそが、 虹による地震予知のトリックだった。 これをどこかで、地震が起こると、自分宛に送られたハガキに書かれたエンピツの文面を 消しゴムで消して、近所の人の名前と、地震の起こった日時と、場所を書き込んでいた。そのハガキを、自分で入れにいっただけ。 知らない近所の人は驚くわけである。稚拙なトリックだが、騙すに充分である。 ・・・・・・・・ 2009年06月30日(火) 3008,今年も半分が過ぎた ・新インフルエンザが発生し、パンデミックになったが、弱毒性のためかまだ落ち着いている。問題は第二波のくる秋口。 ・去年の9月15日に起きた金融危機の直撃の影響が身辺にも影響を始めてきた。アメリカのGMとクライスラーが倒産。 シティなどのアメリカの金融機関が実質国家管理になった。 ・1月末にオバマが正式に大統領に就任、その政策転換が具体的に見え出してきた。 ・北朝鮮で、原爆の実験が行われたが国内的に不穏な動きが出てきているようだ。 毎年の傾向だが、今年も大きな事件は後半に先送りになった。 去年が、世界的な金融恐慌発生がキーワードなら、今年は新インフルエンザのパンデミック。 要は秋口からの二波で猛毒になるかどうかだが、後進国で猛威をふるった時の医療体制の不備が最大の問題。 この新インフルエンザが、世界的に数百万、数千万の死者が出るパンデミックの初期とみるかどうか。 さらにアメリカ発の金融恐慌を、世界恐慌の初期段階と見るかどうか。 この辺の見極めがポイント。 歴史的から見ると、悲観的にみる方が正しいようだ。去年の9・15が起きた時に、アメリカの恐慌を専門に 研究している経済学者が、「今回の恐慌は、20世紀前半の恐慌とは比べようもないほど規模が大きく、かつ質も悪質である」 とコメントしていたのが印象的であった。 それが雰囲気として、底をついたような楽観的な空気が一部あるが? まだまだ初期の初期段階でしかない。明日からの後半は、更に大荒れの歴史的日々が待っている。 近くに自民党が衆院選挙で 解党的な敗北が決定的。民主党が政権を取った後に、本格的な政界の再編成があり、その過程で終戦後の60年の膿が出てくる。 そして、気づいた時には日本は、更に経済的にも、政治的にも大きく縮小している。 (以下、字数の関係上カット12年6月30日) ・・・・・・・・・ 2644, 「無法バブルマネー終わりの始まり」 ー2 2008年06月30日(月) まず第一章の中の小項目 ーゴーストタウン化が始まった!ー P/56を、そのままコピーしてみる。 ≪ いま、金融機関ばサププライムローンによる融資どころか、プライムローン(なんの延滞もない健全顧客向けのローン) にまで融資をストップしている。 年収五〇〇〇万円を超えるリッチな顧客向けのジャンボローンですら、新規融資は止まったまま。 (以下、字数の関係上カット10年6月30日) ・・・・・・・・・ 2007年06月30日(土) 2279, 今年の半年の総括 (2) ☆^(*・ω・)ノ~~~オハヨウ! もう半年が過ぎてしまった。比較的、穏やかな前半といってよい。それでも振り返ってみると色いろなことがあった。 *プライベートでは ・次男がめでたく結婚(3月3日) ・実家にあたる兄の会社が倒産(5月15) ・両親を含めて最後の叔母堀内リツさんと、母の従兄弟の元市長の内山由蔵さんが死去(1月下旬) ・ゴールデンウィークに大學の友人の川崎整治さんを静岡に訪ねる ・高校の同級生二人が癌で入院、手術 *会社では ・新潟駅立体工事が正式に着工 ・会社のホテル業の底打ちと、右上がりが始まった *政治・経済・社会面では 海外も国内も大きな変動はなく、比較的穏やかな半年であった。地方統一選挙も大きな波乱はなかった。 社会面では、相変わらず陰惨な殺人事件が毎日のように続いている。 経済面では、少し経済が持ち直しているようだが、あくまでも一時的なもの。大嵐の前の微風が吹いているに過ぎない。 *本で印象的だったのは カズオ・イシグロの 「日の名残り」 中村うさぎの 一連の本 藤田東吾の 「耐震偽装」 佐藤優の 「獄中記」 高橋敏夫 「人生のことは、小説が教えてくれた」 野口悠紀雄 「日本経済は本当に復活したのか」あたりが印象に残っている。 *健康面では「半日人間ドック」で、全く問題なし。 後半は、かなり政治も経済も含めて大荒れの予兆がしている。 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年06月30日(金) 1914, スペイン画家・堀越千秋ー5 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? この本を読んでいると、ところどころで日本の文化との違いに「そうか?!」と唸ってしまう。 アンダルシアに行ったとき、日本人女性の名前の墓を見たことがある。百年以上前のものだった。 「何の因縁でそこまで行ったのだろうか?」人の世の深遠を見たような感動があった。その女性の寂しさが直に伝わってくるようだった。 南アフリカでも、古い女性の墓を見たことがある。またケープタウンの日本人女性の現地ガイドの話が生々しく印象的だ。 (以下、字数の関係上カット10年6月30日) ・・・・・・・ 2005年06月30日(木) 1549, 宇野千代 宇野千代が代表作「おはん」を書き終えた後に、一行も書けなくなってしまった。そこへ中村天風が「今度ね、自分の頭の中に 舞台をこしらえて、その中でいろいろ、あの女とこの男とひっつけよう、この男とこの男とこうしようというふうに躍らせながら そいつを書いていったらいいだろう」「出来ないと思うものはできない。出来ると信念することは、どんなことでも出来る」言った。 「いい事聞いた!」宇野千代は、それいらいスランプを脱し、書く文章も変ったという逸話がある。この天風の言葉を、スットンと 脳に入れてしまう彼女が凄い。彼女は中村天風の弟子であり、その教えの実践者である。天風の言葉が、彼女の中で血肉になって 明るく具体的に噛み砕いているところがよい。ー「私は不幸に対してはなかなか凹まない自信がある。どんなところからでも、 私流に幸福を見つける自信がある。私は、勿論不幸は好きではない。…自分を不幸だと思うことの方が、もっと好きではない。…」 ー「何事をするにも、それをするのが好き、という振りをすることである。それは、単なるまねでよい。すると、この世の中も、 嫌いな人がいなくなる。このことは決して偽善ではない。自分自身を救う最上の方法である。」 ー「私たち人間は、何時でも、ものの考え方の方向を、絶対に明るい方にもっていきたいものです。 明るいところには元気が、暗いところには病気が必ず宿っているのです。」など、まさに、天風の言葉が彼女の体験を通して 具体的に諭しているようだ。また、彼女の「私、なんだか死なないような気がするんですよ。」という言葉もよい。 90歳半ば頃に発した言葉である。本心から出ているからよいのだ。「人生はいつだって、今が最高の時なのです。」 と語っている彼女の顔が目の前に浮かぶようだ。人生を最大限に生きた人は、サッパリとして清清しい。 ーつづく ・・・・・・・ 2004年06月30日(水) 1184, ‘私は幸せ’ あるホームページをみていたら、福田純子さんの講演が載っていた。この人の本を読んだこともあって、さっそく読んだが、 奥の深い内容であった。そういえば母の口癖に、「わたしの幼児期に亡くなった父が、自分の守護霊で、いつも私を見守って いてくれていて、時に助けてくれている。だから何があっても大丈夫なの」があった。そう信じていれば、潜在意識の中で 父親が自分をコントロールしてくれるのだろう。まあコピーしておきます、ご覧あれ! ーー 始めての方に“私は幸せ”って話を一つだけさせて下さい。よろしいですか、10分だけ 山岸さんの時間を頂きます。 名古屋から博多に帰る時です。新幹線で指定席を探して歩いていると向こうからキラっと光る奥様がいてとても気になったんです。 (字数の関係上カット08年6月30日) 2011年六月三十日記ー【この人の口癖は‘私は幸せ’】過去を、そう思い込むことは可能。 ・・・・・・・ 2003年06月30日(月) 817、「神話の力 」 2 早川書房 ー私の感想 この本は、私にとって過去に読んだ本の中でベスト5に入る本である。随想日記でも何回か取り上げてきた。 自分とは何かを考える時、神話に大きいヒントが隠されている。日本のような島国の神話は「中空」思想が物語に隠されている。 左右に相対立するものを配置して中央に中抜きの存在を置いて、ガス抜きの役割をさせている。今も天皇制が中空としての 役割として存在しているのが面白い。西部劇もそうだ。ある町にふらりと現れた主人公が、そこの悪役と対決して苦難の上に、 倒して英雄になり、何処かに帰っていく。これが神話のストーリーと同じである。男は無意識のうちに英雄願望を持っており、 女は誰もがシンデレラ姫コンプレックスを持っているという。 結婚して10年も経った姉が「今でもシンデレラコンプレックスが ある。白馬に乗った王子様が何時か迎えに来てほしいという」と私にうちあけたことがあった。 人間なんてのはそんなものだろうが、これも無意識の中の刻印があるためだろう。 ーレビュー (以下、字数の関係でカット2008年6月30日) ・・・・・・・・・・ 2002年06月30日(日) 453,世界で一番に貴方の味方 「大都会の超高級クラブの裏側」というドキュメント ーお水の青春ー女心の裏表ーが副題であった。 印象順に順不同で書いてみると ・大都会のクラブの「ママとナンバーワンホステスとタイとフィリピンの混血のホステスの3人」の内側レポート。 ・会員制でお客の情報がパソコンで完璧に把握されている。その相手のホステスも決まっており気配りを徹底的にしてある。 ・指名ナンバーワンーベストスリーを発表、お互い競わせる。 ・ナンバー1の女性が店が終わった後、必ずその夜のうちにその日のことをノートにきめ細かく書き込むー書く事でいろいろな 気づきとか、話題を記憶にとどめる。 その人の話題書き留めるーそのうち重要な事を情報はパソコンに打ち込む。 ポイントはその日のうちにやることだという。 ・メールと電話をする。 食事に誘う。事前の準備をきめ細かくしておく。 ・銀座などの高級クラブのシステムは世界で日本しかないシステムである。 ・男は夜の世界でー嘘と誠の世界を楽しむホステスは自分総てをかけて男女の際どいゲームを楽しむ ホステス教育で其処のママが言っていた、「自分のお客に、世界で一番に貴方の味方と自分を認識して下さい」 「一番大事なことは人格であるーそれを磨く事」 なるほどと思った、そういう店が有ったら 行ってみたいものと思った。一晩10万以上も払ってけして高いと思わせない何かがあるから行くのだろう。 ( 以下、字数の関係でカット2008年6月30日 ) ・・・・・・ 2001年06月30日(土) [69] 夢についてー1 夢分析も非常に奥行きの深いテーマだ。年に一?二回熊に追われている夢を見る。 熊に追われて二階‐三階の部屋に逃げるが、どこまでも追いかけてくる。そこで目がさめるという内容である。 熊は現実の問題の変形、逃げているのは恐怖心・不安である。誰もが経験ある夢である。 一度凄い夢を見た。10年以上前に社内報に書いた文章をコピーしてみる。 霊的体験‐ 平成4年 7月 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。死後一週間後位か妙な夢をみた。 私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’という内的実感。 夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからない。 また死後二?三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
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2012年06月29日(金)
* イスラエルのイラン攻撃の時期 イスラエルのイラン核施設への攻撃が、現実味を帯びてきた。それに備えてイスラエルは与野党の大連立政権を樹立した。 時期は米・韓大統領選挙の前か、直後の辺りか。シリアの内戦は、その上空をイスラエルがイラン攻撃をするに丁度良い。 反政府軍への武器の供与は、イスラエルと西側がしているはず。 イランを援護するシリアに対し、西側寄りのトルコが攻撃する 機会を伺っている。イランは半年以内に原爆製造の最重要部分が完成する。それが攻撃の根拠。11月の米・韓大統領選挙は、 現政権にとって、最も有効にはたらく。それとギリシャ・スペイン発の世界恐慌発生が何故か重なる。 中国も日本も、 この時期に政権交代期である。 オリンピックが終わる八月半ばから政治も経済も世界情勢から目がはなせない。既に世界は カオスの入っているが、これから具体的な世界恐慌、中東戦争というカタチが現れてくる。イランはペルシャ湾閉鎖で対抗すると、 アメリカとNATOの参戦に口実を与える。その結果、イランは大打撃を受けるが、キリスト教圏とイスラム教圏の文明の戦いでもある。 これを機会に世界各国はハイパーインフレになる可能性があり、金融システムは大きく揺らぐ。世界の金融システム炎上である。 オーバ―かもしれないが、これが現実味を帯びてきた。6京円の不良債権は膿みを出さない限り消すことは出来ない。 それにはイランとシリアでの戦争が狙い目で、一石二鳥になる。ロシアも中国も、それが分かってシリアの現政権を後ろで支えようとする。 小沢も、野田首相も、自民党幹部も、そのことを熟知?しているはず。 日本もイスラエル同様に、戦争と恐慌に備えた連立政権樹立が 必要条件になる。民主主義も、目先の正義も、世界恐慌と、大規模のカオスの中では必要が無い。それを前提に世界は動き出したのである。 小沢の離党も、民主と自民党の妥協も、その大きな渦の中から見れば小さなこと。恐慌と戦争に、平時の常識は全て捨て去ることだ。 これは仮説ではない。いや仮説として世界の動きを注意してみると、全てが当てはまる。 世界は本格的に動き出したのである。 ー 以上は、あくまで私の独り言である! 半年後に、振り返ってみたら、この内容は当たっているはずと私は思っているが? それを考えると、原発の全面廃棄など、とんでもない! 必要悪だが、この時世、再稼働すべきである。 日本も世界も危機である。 ・・・・・・・ 3747, ジャズについて(鵺) ー「ジャズ完全入門!」② −17 2011年06月29日(水) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー ② 【 ジャスは「曲目ではなく演奏を聴く」と、もう一つ大切なポイント。それは「ジャズは、聴き手が音楽に寄り添わなければ楽しめない」 ということ。音楽を二通りに分けてみると、ポピュラーミュージックや歌謡曲のように、音楽のほうから「ね、聴いて聴いて」とばかり 優しく聴き手に寄り添ってきてくれるものと、クラシックやジャズのように、ある程度受け手の側が積極的に音楽を理解するよう努める 姿勢がないと、そのよさがわかりにくいものとがある。これは、聞いてもらってなんぼの商業音楽と、ちょっと嫌味なコトバだけど、 「芸術性」を持ってしまった音楽の違いであるといってもいいだろう。厳密に言えばジャズは大衆芸能から生まれたものなので、 その昔は「ゲイジュツ」というようなご大層なものではなかったのだが、ある時期から、やっているミュージシャンの思惑とは 関係なく(もちろん自覚していた人もいるけれども)、否応もなく芸術性を持ってしまったのだ。 これは・国宝に指定された仏像のことなどを例にすると、わかりやすいだろう。 はるか昔、お寺の仏像は信仰の対象であり、 その作り手は自分が芸術家であるなんて思ってみなかったろう。しかし後世に、いつしか博物館に飾られるような美術的価値を 持ってしまうことがあるように、大衆芸能であったジャズが芸術性というややこしいものを背負ってしまったと考えていただきたい。 そしてこの芸術性というようなものは、とうてい一口で説明できないけれど、少なくとも、世間に流通している商品のように 口当たりのよいものばかりでもなさそうだということは、ご理解いただけるだろう。有り体に言って、芸術とは、商業音楽のように 誰もが喜んで購入するような多数決の世界とは別の原理で出来ているものだし、結果としてTVのワイドショーのように「万人が理解できる」 といったものでもない。 (字数制限のためカット2012年6月29日) ・・・・・・・ 3382, 考えない・日本人 2010年06月29日(火) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) * 家畜人間ジャップ ーアマゾン、内容紹介、よりー ≪ まだ信じているのですか? あの事件が真実だなんて。911の以前と以後では人間の歴史は完全に代わり、人間の条件も全く変わった。 これだけは確かなことである。911は、人間が最後にたどり着いた最大の愚かさと、最大の悪の結晶だった。 これだけは確かである。 911は、ある一部の人間たち、私風に命名すれば「ファイナル・パワー・エリート」たちが仕組んだものである。これだけは確かである。 私は「911同時多発テロ」と呼ばれている事件は、すべて《彼ら》の自作自演であり、ヤラセであり、捏造であり、その他どんな言葉を 使ってもいいが、ブッシュ政府が公式に発表している内容とはまったく違うものであるということを、確信している。 なぜか? まず疑ったからである。疑わしい要因、要素が多すぎると感じたからである。次に考えたからである。知る努力をしたからである。 そのときに私の持った精神状態は、「情熱」と呼べるものとほとんど同じものだった ≫ ー 以下の箇所は、家畜化された日本人への強烈な批判だが、言いえて妙である。ー (P/86) 給費留学生など、日本の若い頭脳がアメリカに召集された。 江藤淳などもその中の一人だったが、あのようなろくでもない 日本人のクズが、モルモット代わりに研究されたのかもしれない。 確かにあのような男を典型的日本人モデルとして研究すれば、 その洗脳のたやすさ、誘導のやさしさ、また、一般的な人聞家畜化の手引き材料としては理想的だったに違いない。 (字数制限のためカット2012年6月29日) ・・・・・・・・ 007,誰が電気自動車を殺したか? 2009年06月29日(月) 昨日の午前、何気なくWOWOWに回すと、「誰が電気自動車を殺したか?」というドキュメント映画を放映していたが、 時が時だけに、その内容に引き込まれてしまった。GMの倒産を暗示している内容で、映画の題名が良い。 19年前に画期的な電気自動車をGMが発表し、レンタルで貸し出した。 しかし電力モーターの普及に不利になる多くの 業界の圧力の中で、何時の間にか消えていった。その犯人を追及する内容。 犯人を自動車メーカーGM、石油メジャー、 アメリカ政府、消費者、マスコミ、州環境保存局、などと設定して、具体的に探っていく。 ーその映画内容の紹介のHPからー 「誰が電気自動車を殺したか?」(クリス・ペイン監督)。2006年 舞台はロスを中心としたカリフォルニア州。米自動車大手の GMが1990年に発表した画期的な電気自動車「EV1」がさまざまな理由で、この世から葬り去られるまでを克明に描いている。 当初、高性能で環境にも優しいEV1は羨望の的だった。「とにかくスピードが速いから、反則切符切られるよ!」 (俳優トム・ハンクス)も大絶賛。ところが石油業界から「石炭火力発電だって大気汚染の原因」との声が上がって風向きが変わってくる。 低公害車の販売を義務づける法律も骨抜きに。トラブルも重なり、GMはリース中のEV1を回収し始める。もともと販売はなく リースだけで市場に出回ったEV1は2005年3月、同州から完全に姿を消した。そのころGMが大々的に販売していた車の一つが 大排気量の装甲車のハマーが皮肉だ。ちなみに、そのハマーで環境問題を訴える催しに颯爽と登場するのがシュワルツェネッガー州知事。 まるで笑い。 そのEV1自体にもトラブルがあったり、技術的に未熟な面があったが、作品は地球温暖化の恐ろしさを訴えた 「不都合な真実」(2006年)に勝るとも劣らぬ衝撃的な内容。 ▼ 現在のアメリカの恐慌の原因を、その事例として、急遽つくられた錯覚するようなアメリカの社会の歪みを炙りだした内容で、 三年前に作られていたというのが救い。現在、車一台あたりの部品が3万だが、電気自動車になると一万で済むという。 ということは、部品メーカーが半分から3分の一に減り、組み立ても同じことになる。 既存のメーカーは規模が大きいところほど、今後の転換が難しくなるのである。 ・・・・・・・・・・ 2643, 戦略+夢・ノート 2008年06月29日(日) 大学ノートサイズのノートを、文庫本版と、バイブル版のサイズに変えた。文庫版に統一するのが本当なのだろうが、 あと一月で結論を出すつもりだ。サイズを小さくすることで、携帯に便利ということで、これだけ変えるとは思わなかった。 文庫版の薄いものなら常に持ち運びが出来る。 常に携帯できるのが、私にとってのポイントだった。 早速、日常の思いを書く「随想日記」「哲学ノート」と、5年?10年先を考える「戦略+夢ノート」を作った。 特に「戦略+夢ノート」が面白い。 5年を基点とした中期長期ノートとしたら、どんどん書きこめるのである。 そこに「7つの習慣」の「ベストの敵はベターである」を、副題として書き込んでみた。5年後(?10年後)を考えるということは、 5年前(-10年前)を振り返ることになる。ノートを開き5年先を想定することは、「潮流とは何か」を考えることになる。 長期の装置投資を事業するものにとって、この程度の専用ノートを書き続けるべきであった。一度気がつくと、前から、 こういうノートを専用に作っておかなかったことが悔やまれる。ただし、これが何時まで続くか自分でも楽しみである。 (数ヶ月で自然消滅の可能性もある)「モーニングページ」(毎日思いのまま書き込むノート)は、会社にきてからの 「ランチページ」として続いている。朝はこの随想日記を完成し、アップすることと、ウォーキングを優先している。 (字数制限のためカット2011年6月29日) ・・・・・・・・・・ 2007年06月29日(金) 2278, あと半年の命!と告げられた人の言葉 ー2 才ノヽ∋?_φ(゚▽゚*)♪ ガン告知と、末期がんの死期の告知とは違う。 その辺が曖昧になっているから、医療現場では残酷な問題が生じる。 「あと半年!」と言われて、果たして抗しきるというのだろうか。この女性は、正直にその辺の気持ちを吐露している。 その瞬間から、砂漠の真っ只中の炎天の中に置かれたようになるという。それまで生きてきた分の人生を、 その期間の僅かの間に生きるのである。だから死ぬ時は、その人が生きてきたように死んでいくのである。 ー以下は昨日の、続きー 我がことながら、いまもってその行為(祈り)の意味、内容を言葉で説くことはできません。最初は確かにわかりやすかった。 「助けて」「治して」といった懇願でした。が、いつの間にか意味不明、質、量もつかめぬまま曖昧な時間に変わってしまう。 いわば、からっぽ。・・・・中略 私の住む京都は数え切れぬほどの宗派が密集しています。そこで多くの宗教的なる行事、 儀式に参集し、指導されるまま念じたり、動いたりしてきた。そこで何となしにつかめたのが、炎、音、匂い、金銀極彩色、 像、言葉、残酷な修行のいずれも、からっぽになる為の巧みな装置であるということでした。それらを駆使して何処かに導くのが、 僧侶、宗派の教祖であるようで、彼らは演出家といっていい。人の祈りにさらされ、磨かれた回数、機会が多い宗派ほど、 その演出、導きの巧みさが際立っているのは言うまでもありません。それを理解してなお、告知されて後の恐怖のリアルを とりあえず騙す、目くらまし剤は今考えても、どうさぐってもあの、からっぽへと導く行為の蓄積以外にはなかったと思います。 それにしてもテレビなどで紹介されると必ず数十通の手紙が局に届き、数人がわが家を訪れます。ほとんどが健康食品と 宗派への勧誘です。そこで語られ、展開される論旨、勧誘の説得法、術はどれもきわめて似ています。訪間者の全員が 確信を瞳に浮かべ、強引に部屋に進入し、笑顔を湛えています。これで貴女は救われますと断じます。 彼らの確信する 「やさしさと善良さ」を如何拒めばよいのか? 形も効果もない空っぽだけが私を支えうる、と善男善女に伝える術を 今だ見つけられず、戸惑うばかりです。 ーおわり ▼ ー死は誰にとっても永遠なる闇の空洞。その空洞はその大きさ、質感、彩など具体的に知るうる 捉えきれないゆえに言いしれぬ恐怖を誘います。想像力のなかに位置するブラックホール。 (字数制限のためカット2010年6月29日) ・・・・・・・・ 2006年06月29日(木) 1913, くちなしの花 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/ 一昨日の日経新聞の「私の履歴書」ー遠藤実ー の中にあった詩である。 深い純粋な思いが直接伝わってきて、思わず息を呑んでしまった。 俺の言葉に泣いた奴が一人 俺を恨んでいる奴が一人 それでも本當に俺を忘れないでいてくれる奴が一人 俺が死んだらくちなしの花を飾ってくれる奴が一人 みんな併せてたった一人 私が20代後半に流行った、渡哲也の「くちなしの花」(遠藤実・作曲)の元になった詩。 (以下、字数の関係でカット2008年6月29日) (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年06月29日(水) 1548, 私の酒中日記 −11 金沢ー7 1972年7月20日 明日で、金沢を去る。 一番上の姉・正子さんから電話があり、京都に行く途中に金沢に寄るという。 そのため今夜、金沢で酒を飲むことになった。片町から少し歩いた犀川大橋の先にある、ごり料理の有名店に行く。 「ごり」とは金沢を流れる浅野川などに生息するハゼのような川魚だが、昔から金沢料理に使われる名物である。 川のほとりに建ち、「ごり」を中心にした加賀料理の店である。二階の一室に通されるが、なかなか趣がある。 ワラビのヌタや、ごりの佃煮と揚げ物が出た。夕景の中での料亭も風情があってよいものだ。ごりは、小さな川魚で ゴツゴツした形である。金沢で初めて食したが、良い思いでになった。その後、金沢の郊外にある「ホワイト・ハウス」 という有名レストランに案内をする。金沢市内を一望できる有名店だ。同僚と一度いったことことを思い出して案内した。 その後、都ホテルに姉を送る。金沢の夜も今日で最終になった。一年半近くいたが、五年もいたような気分であった。 会社が揺れていたこともあるが、中味の凝縮された日々である。気分的には屈辱の日々であった。金沢は見方によれば、 露骨な差別社会で、そと者の社員は人間扱いはされない。金沢で特に感じたことは、加賀百万石の文化の深さである。 自分の故郷も元長岡藩だが、その歴史の深さがまるで違う。金沢は、派手なのだ。背後には能登半島、福井、富山、高山を 控えた観光地である。対極にある長岡は、それに対して地味の世界である。比べること自体が問題であるが。 幕末に長岡藩家老の河井継之助が「贅沢禁止令」を出した文化が、今でも脈々と続いている世界である。 それと江戸末期に官軍に敗れたことが、どこか卑屈になっている。金沢に住んで、このことがよくわかった。 長岡は、金持ちが「めかけー愛人」を持つことは悪口の対象になる。金沢では、それは羨望であり、ほめ言葉である。 男女の?も非常に大らかで、自由な雰囲気が満ちていた。日本の中のスウェーデンと内々で自認している世界。 また、男は今でも自分のことを「わし」という。相手を呼ぶ時は「お前」か、「貴様」という。 店では、男は絶対に掃除はさせないのだ。箒を持ったら誰か女性がきて、取り上げられてしまう。 とにかく、加賀百万石の異様な?世界であった。外者にとって、長くは住みたいとも思わない世界である。 でも三年住むと、それも無くなるという。 さらば!金沢。 ・・・・・・・・ 2004年06月29日(火) 1183, ショーペンハウエルー哲学について-12 ショーペンハウエルは、カントの思想を修正して完成をさせたドイツの哲学者で、主著は「意志と表象としての世界」である。 (一七八八?一八六〇)に生き、その思想はカント・ショウペンハウエルというものをつくりあげた。 彼はあくまでカントを自分の理論の前提条件とした。その意味で彼の哲学の出発点は「カント哲学批判」だった。 「真の実在は盲目的な生存意志であるとし、個々の人間の中に意志として現れ、盲目的意志の衝突が相継ぐ結果、 苦痛に満ちた人生を送らざるを得ないという厭世哲学」を主張した。 この苦痛から解脱する道は、 ・芸術活動に専心して個体の意志を克服するか、 ・個体はすべて同一の形而上学的本質をもつ意志であると自覚し、 他人の苦痛への同情を根拠として倫理的に解脱するか、のどちらかであると論じた。 絶え間ない望みと恐怖を伴う欲望の渦に身をゆだねるかぎり、永遠の幸福と平和は手に入らない、と説いた。 カントは、物自体の世界にやどる意志の働きによって、人間の体は「自由」な運動をすることができると主張した。 それに対して、ショーペンハウエルは、それは不可能でとして、意志の働きとそれに関する体の働きは、本当は同じ一つの出来事が 二つの側面からとれえられているいるだけと考えた。一つは内側から経験されているもの、もう一つは外から経験されているものだ。 このことを、彼は「動機とは内側から経験される原因である」という有名な言葉でいいあらわしている。 人の倫理観の源になっているのは「同情心」であってカントが信じている理性ではないと論じた。 彼によればこの同情心こそ愛と倫理が生まれてくる基盤と考えた。彼まで、西洋では東洋哲学は全く知られてなかった。 (字数制限のためカット2011年6月29日) ・・・・・・・ 2003年06月29日(日) 816、『80対20の法則』ー読書日記 リチャード・コッチ著 仁平和夫訳 ー私の解説ー 数年前になるが、この本を読んだ時はショックであった。約100年前のイタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリスに おける所得と資産の分布を調査した結果、所得と資産が一部の人達に集中していることを発見、2つの奇妙な事実に気が付いた。 (字数の関係でカット09年06月29日) ・・・・・・・・・ 2002年06月29日(土) 452,「まあだだよ」 昨夜TVで見た黒澤明作品である、これで見るのが3回目だ。見れば見るほどその味わいが深くなる。 内田百聞とその門下生だった男達の心あたたまる物語である。 その内容は省くが、見るたびに新しい味わいを感じる 百聞の記念式典で花の贈り物を持ってきた生徒の孫に、思わず説教をする。もちろん小学生低学年でその意味が解るはずがない。 (字数の関係でカット2010年06月29日)
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2012年06月28日(木)
* 血圧 血圧が高めのことは知っていた。しかし毎日これだけ運動をしていれば大丈夫のはずと、たかをくくっていた。ところが、家内が 先週末、ドラッグストアにある血圧計ではかったところ、思いのほか高かったと聞き、一昨日、スポーツジムにある血圧計ではかったら、 何と165もあった。ヨガを終えた直後なので血流が良過ぎたのか、それとも・・・ そして昨日、一時間半の運動の後、怖々と はかってみたところ、130だったので、ホッとした。しかし、これでも高いようだ。ジムに通い始めた頃には月に一度は見ていたが、 だいたい130代だった。ネットによると、≪ 日を変えて何回か血圧を測定し、いつも拡張期血圧が90mmHg以上、あるいは収縮期血圧が 140mmHg以上であるのが高血圧の診断目安≫という。これからすると、私の場合、ぎりぎりセーフになる。 塩分と糖分に関しては、 意識的に最小にするようにしてきた。体重も30年間、体重も増えることもない上に、身体が重いと思ったことはない。 * 欧州発世界恐慌の瀬戸際 (同じことを繰り返して書いているが) ギリシャのやり直し選挙で緊縮派の勝利で、目先の世界恐慌の火種を何とか消した。しかし、スペイン国債金利が7%を超えた。 UCBなどが融資を決定をし何とか、これも乗り越えつつあるが、何時までも続くわけでない。 一度、火がつけば、世界の6京 (6千億ドルの10倍)の不良債権が表立ち、世界中の企業と銀行の連鎖倒産が出ることになる。これはリーマンショックなど 比べようのない事態。そのため何があっても目先、乗り越えざるを得ない。次の目標はロンドンオリンピックの終了だが、微妙である。 先日も、スペインの銀行28行の格付け引き下げがあった。ドンヨリした暗雲が世界中を覆っている中、国内政治は大混迷。 消費税を上げないと日本はもたないが、引き上げれば経済は大打撃。 これほど酷い政治と経済の惨状をみるとは! それも、まだ本格的世界恐慌は始まっていないのに、である。 悪いことに内税のため、増税は実質は経費アップになる。その上、 売上減は必至になり、中小・零細企業は大打撃。もう私にとって影響は少ないが、一歩、ひいた目でみても恐ろしい。 ある朝、 何処かの株式市場で暴落が発生、その日を境に世界経済は大混乱に陥る。解っていても手立てが無いから、ことは深刻。 ・・・・・・ 3746, 閑話小題 2011年06月28日(火) ◆ エイズ並みの、恐ろしい性病 人間、ギリギリに立つと、本性が出てくるもの。 その中で最もリアルに出るのが「他人(ひと)のせい」にする悲しいサガ(性)。 人間には、「あなた群」というのがあって、色いろな気持ちや体験を通して培った感覚や、体の細胞たちからの記憶が、人の中に 蠢いている。 過去の色いろな感情や感覚が、塊になって、その時々の感情や感覚を仲間として同居していて出番を待っている。 その一つが「他人(あのひと)のせい」病である。 さしずめ、今回の倒産劇の「三つの震災」を倒産理由にしている我が内なる、 それである。そう書きながら、これらの八割が原因と脳の奥からの声が聞こえてくるが・・。原因や責任転嫁は動揺から生じることが多い。 「他人のせい」は、メビウスの輪で、「原因は自分にもある」ことに気づかなくしてしまう。東北大震災も、あれは数百年に一度の天災が 原因である。そこまで、想定できないのは自明である。それを政治は言明できないという恐ろしい事態である。 ◆ 3D仕立の靴下とスポーツシャツ 「父の日」に、次男からプレゼントが送ってきた。ネット・ショップからだが、包装を開けてみると、靴下二足。 白系と黒系の無地もので、よく見ると、立体的な足の形をしたモノで、足の部分ごとに縫い方が違っている。 それも、縫い目がない。足にピッタリ密着するようになっている。 分かりやすくいえば、足袋風ハイソックで、指先、 踵、そして土踏まずの箇所が、それぞれに合わせた織り方になっている。一度、TVで、その製造マシーンを見たことがあった。 スポーツジムで、それを履いてみたが、脚が全体が適度の締め付けで軽快な感じがする。一度履いたら、運動に 欠かせなくなる。これなら2〜3千円を出してでも買いたくなる。 ところで昨日、ジム用の着替えのスポーツシャツをと専門店に いったところ、何と「3Dシャツ」のコーナーがあった。やはり立体的に上半身の形になっているシャツが並んでいた。 それも乾燥が早いシロモノである。それが千円というので、さっそく買ってみたが、これも良い。元々あったのだろうが、 ベトナムで、トレード・オフをし価格ダウンしたのが店頭に並んだので、目に入ったのだが。これも、デフレの一現象。 ・・・・・・・ 3381, 今年、半年の出来事 2010年06月28日(月) 今年も半年が過ぎ去ってしまった。速いものである。 * 世界からみると、天変地異でチリとハイチで大地震が発生し、ハイチでは30万人の死者がでた。 一昨年に中国の四川で7万人、2006年12月末にはスマトラ島沖地震・インド洋大津波で20万人が亡くなったが、 今年は前半だけで二つの大震災が発生した。地殻そのものが変動期に入ったようだ。 景気も、欧州に金融恐慌が表面化してきた。 ギリシャ、そしてスペインと・・。 経済危機は当分の間、世界中で続く。 北朝鮮問題も、再び動き出してきた。 破綻国家が何時、暴発するのか? アメリカの石油流出も大きな問題。 まだ流出が止まってないから、ことは深刻である。 * 国内では、鳩山から管首相へ政権が移行。景気は、エコポイント給付で何とか最悪の事態を避けているが、 実態は二番底に向かってまっしぐら。 社会現象では、ツイッター(ミニブログ)が爆発的に普及始めている。 またタッチパネル式パソコンのiPadが発売された。 これが新聞・週刊誌・書籍などを近い将来、淘汰することになる。 大相撲で朝青龍が暴行事件で追放。 その興奮が冷めないうちに、今度は野球賭博が発覚、大相撲協会始って以来の 大不祥事に発展した。 身辺では叔父叔母など既に死に絶えたこともあるが幸・不幸は無かった。 大きな事件は、年の後半に多く発生する傾向にあるが、大地震が既に二つが発生、アメリカの原油流出も発生した。 後半も、何か大きな事件が続きそうな感がする。 日本経済も土壇場に来ており、先は暗雲が漂っている。 ・・・・・・・・・ 3006,戒名を自分で付けてみた ー2 2009年06月28日(日) 「戒名は自分で付けよう」 高林院釈俊信居士著 ー読書日記 歳が歳だけに戒名を自分で考えると、何か神妙な気持ちになる。 思い立ったが吉日、軽い気持ちで考えると良い。 あの世の名前を、自分が生きてきた生き様を元にネーミングする作業だから、これほど面白いことはない。 当時は坊様以外に、その能力を持った人が少なかったこともあるが、今は違う。家の仏壇には回出位牌が二つある。 回転式の祖先の過去帳である。 明治半ばからの当家の祖先の戒名と俗名と亡くなった日が記録してある。 八角形の筒状になった書き込み式位牌で、中が回転する。私が実家に住んでいるので、仏壇を守っていることになる。 この仏壇の中に祖先の魂が入っていると考えてもよい。 この文を書くにあたりメモをとったが、一人ひとりの人生が 何かを語りかけているようである。 俗名も法名も、一人の人間のミニ物語である。 そして亡くなった年齢も命日も、 その人だけの物語の記念日。嘆き悲しむ親や親族がいて、坊様も、それを踏まえて法名を捻り出したのである。 本人も死に怯えたかもしれない。 それさえ無かったのかもしれない。戒名も、位牌も決しておろそかにしてはならないのである。 だから、自分の戒名を自分で作るのも、永遠の自分を残すという意味で大事な作業かもしれない。坊様から命名してもらうも、 それはそれで良い。自分で命名するのが邪道なら、自称戒名、として別につくっておくのも良いだろう。 俗名は親が作るなら、あの世の名前は自作でつくるのも理屈である。 ところで、家の回出位牌に書かれていた法名とは、以下の通りである。 父、堀井誠作 の法名は 池行院釈誠道 72歳没 昭和48年6月30日没 母 志摩 報寿院釈尼信華 88歳没 平成4年9月23日 一番上の兄、運一 の法名は 釈足心 23歳没 昭和27年3月15日 二番目の兄、進 の法名は、釈証盆 24歳没 29年8月11日 三番目の兄 誠 の法名は、釈淨誠 5歳没 11年6月4日 祖父の多吉は、釈淨信 62歳没 2年7月22日 祖母のツルは 釈尼妙証 55歳没 大正12年10月 父には幼児の頃に亡くなった兄がいて 修作 5歳没 明治31年8月29日 明治29年に亡くなった父の姉のヒサ 42年に亡くなったフミの名前がある。 そうこう考えると仏壇を守る立場として、自分の戒名を勝手に付けて良いものか、疑問もある。 下手をすると罰当たりになるか? それぞれの命日には、心を込めて般若心経をあげないと・・・。 ところで両親を除くと、誰も彼も私より年齢が下である。父親は「先祖供養だけは、しっかりしておけ」が口癖だった。 ところで自分で考えるのが面倒? なら、 俗名を○と×のところに入れておけばよい。 たとえば、著者のように。 面白みはないが。 あの世の名前も、事前につけておくのもオツである。 合掌! ・・・・・・・・・ 2642, 郵便ポストが赤いのも、みんな娑婆が悪いのよ! 2008年06月28日(土) 昨日の産経新聞の一面のコラム、 曽野綾子の「小さな親切、大きなお世話」 ー弱点を武器にする弱者たちー が、的を得た論評であった。 ー要旨といえばー 秋葉の男を通した、現代の腑抜けの若者と負け組みと称して何もしない人たちへの批判である。 戦後教育の最悪の集大成が秋葉無差別殺人である。曽野綾子は、彼は弱点を武器にする弱者でしかない、と批判。 短大を出た環境に育ったこと、派遣会社でも勤めることができること、五体満足の体と健康があること、 それだけで充分という。 アフリカや南米の貧困層と比べれば、全く恵まれている。 それを「負け組」意識、弱者の僻みで根が歪んでしまっていると指摘する。 彼らは「弱者は弱い」のだから、援助しろ、イタワルのが当然という、開き直りを武器にしている、と。 − 以上だが、 団塊ジュニアの弱者の事例が周辺に幾らでも転がっている。彼らは、それなりの間接的な脅しをしてくる。 「死ぬしかない!」とか、「弱者になっていまったのは親や社会の責任だ」とか。時代が下降すると、頭と尻尾が腐るというが。 何が平和憲法か、笑わせる。アメリカの去勢をモクロンダ枠組をそのまま大事にして、この様である。 この事件は序曲でしかない。 彼女の最後の閉めの言葉 「戦後の日本は心身を強くすることは軍事力の象徴で平和の敵とみなしてきたが、それは間違いだ。 強くなって耐える力を持ち、自発的に不運な人のために金か労力か、心か時間を差し出せる人を 目的に教育すべきである」が、教育の背骨になければならない。 「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんなアナタが悪いのよ!娑婆娑婆 」ではね?。 ・・・・・・・・・ 2007年06月28日(木) 2277, あと半年の命!と告げられた人の言葉 ー1 何げなく読んだ言葉の重みに、すくんでしまった。その一言一言の重みと、末期ガンと宣告された経験者しか知らない、 虚空を目の前にした不思議な体験の言葉。 ノンフィクション作家の柳原和子の「からっぽの演出と装置」の文章。 ーー 三年半前、医療から末期を告げられました。なぜか今も生存しています。告知された私が三年半かけて自覚したのは、 告知人が医師であれ、占い師であれ、裁判官であれ、死の期限を切られると人は(わたしは) 「その言葉にとことん支配されてしまう、修正がきかない、」という他人からみれば愚かしいまでの単純な事実でした。 実のところ死は虚構です。誰ひとり体験し、蘇り、それを聞かせたり、した人は一人もいません。 (字数制限のためカット2010年6月28日) ・・・・・・・・ 2006年06月28日(水) 1912, スペイン画家・堀越千秋?4 「スペインうやむや日記」?3 ー読書日記ー * その9 ーむかつく (P-90)が面白い! プラド美術館のそばに何ヶ月か住んでいる知り合いの日本の女の子が、まだプラド美術館を見てないというから、 『え~見てないの。せっかくそばに住んでいるのだから、損だよ、そりゃ見なくてちゃ』といった。 この言い方あるいは内容が、何か先方に劇的な感情を起こすかもしれないと。ところが、何と彼女は、にわかにわめきましたです。 「それってむかつくっ!」「・・・はい?」「む・か・つ・く!」 同席していた、もう1人の女の子(両方20代)が説明してくれた。 こういう「あたまごなし」の「先生みたい」な「一方的」なものの言いようは、「おしけがましく」て「むかつく」そうだ。 ニャニィ 【君はъака】\_(・ω・`)ココ重要! あのな、ふざけんなよばかやろう。 だが私は分別のあるインテリの国際人であるから、私の言葉のどこがそれに相当するか、静かに問うた。 しかし、むかついた女の子Aはソッポを向いているし、女の子Bは私が悪いという。 そもそも私は下心なしに安いレストランで不味い夕飯をおごり、そのあとアルメンドロのカフェでコーヒーまでおごっているところである。 全く無罪である。それが何故??「世代の差」と女の子Bはぬかした。ヾ(。??∀??)ノ? 私の目の前にいるのはタヌキか、虫か、ナマズか、 火星人か? 頭ごなしでいったのではないし、先生みたいでもないし、先生でもない。ただの親切だ、ということです。 その情けない論理にすがって、言い方の言い訳をいうのに二時間も要した。 時計を見ると午前三時である。この馬鹿どもの相手に、あたしゃつかれた。;;(≧ω≦;) ーーーーー 以上だが、そのときの場面が目に浮かぶようだ!こういう馬鹿女が、何も知らないでスペインにきているのだ。 とくに欧州に行くと、日本人女は舞い上がってしまう。日本とは、女の扱いが全く違うのだ。 レディファーストに徹しているから、 それが土地柄ということが判らないのだ。旅行先で何時も辟易させられている。頼むから食事の席では、そばに来ないでと・・・ この三十数年間、新入社員の入社前教育が、ほぼこういう経験である。 詳細は書かないが・・・ 家庭教育が全く入ってないのだ。 それと学校でも社会規範を教えてない。ニャニィである。そして、1〜2年すると解ったような顔をして それも・・まあ、やめてこ! 他人事ではない、自分の最も身近の誰々さん、まさか家内とも言えないが、 「もっと、 ひ・ど・い・・・・・」殺される?? 消せ消せここ!何か堀越が乗りうつった?感じか。 .゜ヽ (字数制限のためカット2012年6月28日) ・・・・・・・・ 2005年06月28日(火) 1547, エホバの証人ー2 彼らの世界に一度踏み入ると、多くの規則に従しなくてはならない。 信者は教会活動に全身全霊を捧げることを強要?される。 ・献血の拒否 ・偶像崇拝の禁止 ・国の祝祭日の否定 ・特定の学校行事への不参加 ・長時間の伝道の義務(多いもので月に140時間、少ないもので60時間、 『ものみの塔』と『目ざめよ』の両誌を手にして家をまわる) ・毎週5つの集会の出席 以上のような義務を果たそうとすると、家庭はもとより、職場や学校から次第に離れるようになっていく。 (字数の関係でカット11年6月28日) ・・・・・・・・ 2004年06月28日(月) 1182, 秘境・異郷ツアーレッスン ー3 いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。そして、質とは我々をいかに楽しませて くれるかである。結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。 どんな仕事でも、それは共通している。そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。 ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては存立し得ない厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。 次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。ベテランなら解るが、まだ20代の女性の場合 見ているほうが辛くなることが多い。トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。 北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。20代半ばなのに、30分前に閉館した博物館を日本からワザワザ来たと 談じ込んで開けさせたのには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいって最後まで、その姿勢を崩さなかった。 最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。やはり南スペインの アンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。スペインのカセットを 持ち込み、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。 厳しい中でも、その環境を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。 ー つづく ー以前書いた文章をコピーしておきます。 [90] 人生のコツ 2001/12/21 (字数の関係でカット09年6月28日) ・・・・・・・・ 2003年06月28日(土) 815, たそがれ清兵衛 構想十年、山田監督が藤沢周平の時代劇を選び映画化した話題の作。中年男性が目に涙をいっぱいためて映画館から出てくるという。 (字数の関係でカット09年6月28日) ・・・・・・・・・・・・ 2002年06月28日(金) 451,星野富弘ー詩画展 先日、新潟近郊の豊栄の公会堂で彼の詩画展に行ってきた。数百人が来ていて,何ともいえない熱気に包まれていた。 ー彼の概略は ・私と同じ年の1946年生まれ。24歳のとき教師をしていたクラブ活動で、首の骨を骨折して手足の自由を失う。 ・入院の2年目より口に筆をくわえて文や絵を書き始める。 ・9年後の退院の年に前橋で絵画展を開く。 ・その後国内やアメリカ各地で花の詩画展を開く。 ・1991年に生地の群馬県勢多郡東村で村立富弘美術館を開く。 毎年40万人が訪れるという。 彼のことを知ったのは十数年前の「到知」という雑誌である。対談だったと思うが、その中で「傷口よりあなたの優しさが沁みこむ」 という文が忘れられない。早速詩画集を買って絵を繰り返し見た。口で、これだけの絵を書くエネルギーに別世界を感じ取った。 (字数制限のためカット2012年6月28日) ・・・・・ 2001年06月28日(木) [67] 月次決算 20年前の創業時より月次決算と毎月監査を実施している。そしてその報告書を銀行に提出している。 都銀の担当者がいうに県内で大手も含めて殆どなかったという。不況に入り今になってその実施を慌てて地銀が 要求始めていると聞く。これをきっちりしてあるから権限の委譲ができる。 安心して海外旅行もできた。
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2012年06月27日(水)
* つれづれに 民主党は一度、解党するしかない。欧州発の世界恐慌が迫っている中、日本は数年限定の大連合を結集するしかない事態である。 欧州も刻一刻と危機が迫っている。 国債と株式の暴落は、一度暴落が始まると、あとは歯止めが利かなくなる。その時が世界恐慌である。 その影響を一番受けるのが、弱体化している日本になる。その上、アメリカも中国も、かなり危険な事態である。その結果、かなり際どい 金融政策もありえる。それを隠すために、戦争を中東辺りで仕掛けてくる可能性が強い。イスラエルによるイラン攻撃か、シリアへの攻撃か、 北朝鮮の暴発にみせかけた挑発か、中国の内乱も十分考えられる。80年前の世界恐慌は、第二次大戦で、それまでの世界の仕組みを叩き壊し、 その再建を新たなエネルギーとして利用した。 ソ連と、共産中国の台頭、そして欧米の西側世界の制覇である。今度の、それは、 やはり新資本主義中国と、インドの台頭になる。 要は、資源である。その先導は電気自動車と、新エネルギーと、食料の確保。 原発は危険としても残すだろう。 想像を絶した世界の混乱と、創造に向けての動きが始まったようだ。私も不摂生のため、長くて十年。 混乱の中で新しい創造の芽を見ることができるかどうか。スマートフォンとタブレットPCが、更に時代を大きく動かすことになる。 * 民主党の分裂茶番劇 (上記の文を書いて気づいたこと) ー 民主党の分裂劇は要するに、こういうことだろう。 【 反自民党連合の民主党が政権を取ったが、政索公約はを殆んど空約束に終わった。このままでは自民党か、維新の会とかいう 関西系弁護士の新興勢力に取ってかわってしまう。近々、総選挙になれば惨敗は明らか。特に、小沢チルドレンは、殆ど落選する。 ならば、原発再開反対、消費税増税反対を公約に掲げ、民主党の隠れ分党をし、出来れば過半数か、三分の二を残したい。 さあ、芝居の始まり始まり。恐慌と大災害の中では消費税の増税など当たり前のこと。その前のすべき国家的リストラなど、 この国の体質では無理なのは自明のこと。宗主国のアメリカの間接占領を再びしてもらわなけば不可能なのが現実。自民党だけには、 二度と権力を与えてはならない。】が、筋立てである。 政治はマツリゴトである。国民全体のレベル以上の政策は無理ということ。 ・・・・・・・ 3745, ジャズについて(鵺) ー「ジャズ完全入門!」① −16 2011年06月27日(月) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー ① 三枝成彰の「音楽の本」でのジャズの章の記述は、非常に分かりやすい内容で、15回に渡り書き出し繰り返し読んでいる。 しかし、それは熱狂的な長年のファンの記述と実感ではない。 そこで図書館から数冊、ジャズ関係の文庫本を借りてきた。 その中で聴手の立場の知りたいポイントが書いてあったのが、この本である。 その「はじめの」の中の次の部分は、聴き手として知りたいと思っていた部分が要約してある。 【 *「ジャズは、それぞれが個性的なミュージシャンたちの‘演奏’を聴く音楽である」 これは、音楽ファンにとっては当然のことのように思えるけれど、枝葉をはしょって突き詰めてしまえば、これはかなり ジャズの本質に追った鋭い答だし、他のジヤンルの音楽は、実は必ずしもこの言い方には収まり切らない要素を少しずつ含んでいる。 たとえば、ジャズと同じように熱心なファンに支えられているクラシック音楽は、バッハやベートーベン、モーツァルトといった 昔の作曲家たちの作品を、カラヤンとかグールドといった現代の演奏家たちの手によって再現されたものを聴くことが一般的なので、 演奏を聴くことは、同時に作曲された作品を聴くことでもある。 別の言い方をすれば、クラシック音楽の演奏は過去の作品の解釈、 再現でもあり、ちょっと図式的な理解ではあるけれど、紙に書かれた楽譜を実際の音として人に聴かせる、目的のための手段、 といった側面もある。つまりクラシック音楽では、どんなに個性的な演奏をしたとしても、「演奏者だけが音楽の主人公ではない」 というところが、ジャズとは大きく異なっているのだ。 また常日ごろおなじみのポップスや歌謡曲は、親しみやすい、あるいは心に染みわたるメロディの美しさが音楽の魅力になっている ことが多く、お気に入りのミユージシャンが歌い、あるいは演奏する好みの楽曲を聴くというのが普通の楽しみ方だろう。・・・・ 要約すれば、ポピュラー・ミュージックの世界では演奏能力や歌唱力に加え、人々にアビールする曲想、歌詞の力が、とりわけ 現代では、アーティストの人的魅力が備わっていなければ、ファンに対して通用しないところを思い出してもらいたい。 それらに対してジャズは、多くの人たちが誤解しているように「曲」を聴かせることだけが演奏の目的ではない。 またその演奏している曲目にしても、メロディがよくわからない(この部分を「アドリブ」という)ものを延々と吹きまくるばかりで、 いったい何をどう聴いていいやら見当もつかない、というのが一般の印象ではないだろうか。ところが、この何をやっているのか よくわからない「演奏」部分こそが、ジャズの本質とも言うぺき肝であり、聴きどころなのだ。 だから多くのジャズマンたちは、 いかに人と違ったやり方で、この「演奏」をカッコよく仕立てあげるかに、それこそ全身全霊を傾けているのである。・・・ 】 ▼ ジャズマンは、「曲」は、自分の「演奏」の素材として、自分の個性の表出として、オリジナリティを証明するための 利用対象にしている。曲にメロディがあっても、何処かがずれているが、それでよいのである。その個性的演奏がジャズの 持ち味である。従って、聴手の方から、理解しない限り何が何だか分からないという。もちろん演奏者には、個性を売りにできる 内容がない限り、ジャズのファンはのっけから相手にしない。ジャズを聴きながら、これらを読んでいると、この世界が、 こんなに深く面白いとは、知らなんだ。 ・・・・・・・ 3380, 閑話小題 2010年06月27日(日) * 新潟市の自殺率が政令指定都市でトップ 先日、新潟市が去年の自殺率が政令指定都市の中で新潟市がトップと発表された。 10万人あたり30・4人という。ということは80万人として240人が自殺で亡くなっていることになる。3日に2人になる。 (2012年6月28日字数制限の為カット) * 詐欺師が教える「タダで手紙を出す方法」 「だまし」の心理学 という本にタダで手紙を出す方法があるそうな。 手口といえば、「宛先のところに、差出人の自分の名前を書く。それでは、相手の名前は? というと、 本来、差出人の名前を書く部分、つまり封書なら裏に書く。それで、ポストに投函すればよい。切手が貼られてないので、 差出人のところに届けられる」という訳。 それが詐欺師の本質を突いた事例という。 なるほど! (2012年6月28日字数制限の為カット) ・・・・・・・・ 3005,戒名を自分で付けてみた 2009年06月27日(土) 「戒名は自分で付けよう」 高林院釈俊信居士著 ー読書日記 以前から「戒名は自分で生前に付けられないものか」と、思っていたら図書館で「戒名は自分で付けよう」という本を見つけた。 早速、借りて読んでみたが、面白い。戒名は一字10万、9字で90万あたりが相場という。坊様が葬式のドサクサに故人の 苗字と名前を元に名前を捻りだすので、まあいい加減で噴出すモノでしかない。 それなら自分でルールを踏まえたうえで考え出した方が、遺族としても心の深くに響くというもの。 ネットで調べると、自分で付けるのは「邪道」と坊様はのたまっているが、口から出まかせレベル。 宗派により、それぞれルールは違うが、 浄土真宗(私の家の宗派)は、 ○○院釈△△居士(女性は○○院尼△△大姉)が基本 ○○は仕事とか(会計士なら懐慶院とか)、精神的・宗教的な言葉を入れるケースが多い。 精神の本籍的な位置づけになる。それに対して△△の部分は本人の名前に一字を入れるケースが多い。 それに本人が好きな言葉、例えば誠、信、真、愛、とかを入れればよいのである。 (最終決定でないとしても、こういうのが後で振り返っても良いことが多い) この本を一通り目を通して10分間で、自分と、家内と、二人の息子の戒名を即興でつくってみた。これも縁である。 私 =堀井八郎 志誠院釈八楽居士 (志は母の名前の一字、誠は父の名前の一字) 家内=堀井恵子 慈愛院釈尼恵光 長男 =堀井大 霊覚院釈大道居士 次男=堀井崇史 自然院釈崇駿居士 まあ、決して悪くはない出来栄?である 80ー90点?。 訳もわからない戒名を坊様にドサクサでつくって貰うよりは良いはず。 浄土宗なら、○○院×誉△△居士 (×は自分の一生の誉れ、例えば絵、歌など・・・) 臨済宗は、基本として浄土真宗と同じ。 だから、亡くなる前に自分で付けて紙に書いて仏壇に置いておけば、後は仏具屋か葬式屋にお願いすればよい。 「本人の希望で、戒名は故人が自分で決めてあります」といえば、欲深でも「邪道」など言わないだろう。 ところで、改めて両親の位牌を仏壇から持ってきて見てみた 父=堀井誠作 池行院釈誠道 母= 志麻 報寿院釈尼信華 合格点だが、父の池行の行を蓮にして 池蓮院釈誠道 にする。 ネットでも1万9千で戒名を付けくれるのがあったが、私は居酒屋で一杯で結構。 丁度良い酒の肴になる。 酒楽院釈酩酊居士 の戒名か? ・・・・・・・・・ 2641, 今年前半の総括 2008年06月27日(金) 毎年、大事件は後半に起きる傾向にあるが、今年は前半に続いた。 ー海外では ・アメリカのサブ・プライム問題で、株の暴落と、ドル安 ・石油が暴騰、さらに穀物など世界同時インフレが始った ・ミャンマーのサイクロンで十数万人が死亡 ・中国のチベットで暴動、全国的にも波及 ・中国の四川省で大地震で9万人近くが死亡・行方不明 ー国内では ・岩手・宮城大地震 ・秋葉原などで、無差別殺人事件がつづいた ・アメリカのサブ・プライムによる余波で日本も株価の暴落 ・石油や穀物が一挙に暴騰、インフレ状況になった ・この半年で更に景気が冷え込んでしまい、特に地方は最悪といってよい状況 特に秋葉原の無差別殺人は、戦後教育の集大成といってよいような最悪の事件だった。 これで日本中が否が応でも、若者達の冷え切った心の奥の一端を見せ付けらてしまった。 ー個人的にみると、 ・長男がUターンをして職さがし。仕事が落ちつくまでは、自分まで落ちつかず。 ・両親の兄弟(姉妹)の最後の一人の叔父が亡くなる。(連れ合いも全て亡くなった)これで親戚関係の付き合が大きく変わる。 ・パソコンをMacのデスク型に変えた為に、パソコン環境が劇的に良くなった。 iPodを購入し、常に携帯するようになったのも大きい。 ・酒を飲んでフラフラ歩いていて車にも跳ねられたし、呼び込み二人強引にピンクに引き込まれそうになり警察騒動もあった。 ・本は、何冊か面白いものに行き当たった。こんど書くつもり。 ー会社は、 ・昨年の10月半ばより長期の団体が5月末まで入っていたので、2月末の決算は好調。 今期の見通しの数字はたったが、不景気の影は迫っている。後半も大きな波乱要素が多くある。 山より大きな猪はいない、というから、その中で面白おかしく日々を過ごすしかない。 ・・・・・・・・ 2007年06月27日(水) 2276, 天才論 ー1 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] ー読書日記 「天才論」 ーダ・ヴィンチに学ぶ「総合力」の秘訣ー 茂木健一郎著を読んだが、成る程と思う箇所が多くあった。 この本はダ・ヴィンチの作品を通して、「天才」について論じている。 ダ・ヴィンチの絵については、「モナリザの微笑み」が有名だが、「モナリザ」はダ・ヴィンチの自画像だった とも言われてきた。ダ・ヴィンチの芸術家としての根幹に「正式に結婚していない両親から生まれた婚外子ということも含めて、 自分のアイデンティティに深い懐疑を抱いていた印象がある。・・誰にでもある、ある種のコンプレックスをダ・ヴィンチも 持っており彼の作品に少なからず影響を及ぼしているように思えた」というところが印象的である。 「万能の天才」が誰も持っている「でこぼこ」(プラス・マイナス面)を、ダヴィンチに当てはめるとしたら何なんだろうか? モーツアルトが、あれだけ素晴らしい音楽が作れるのに、字がへたであったことと同様に、ダ・ヴィンチにもいくつかの「でこぼこ」 があるはずとの著者の指摘。ダ・ヴィンチは絵については評価は高いが、彫刻にしても、手稿として残されたものに書かれてある 「機械」についても疑問点をあげている。その辺に「でこぼこ」のマイナスのヒントを見ている。 レオナルドは「脳」における視覚の成り立ちが二つあるとして、 ・外から入る刺激が徐々に処理されていく「ボトムアップ」と ・部屋のようすを目を閉じて想像する「トップダウン」と分類。 (2010年6月28日字数制限の為カット) ・・・・・・・・・ 2006年06月27日(火) 1911, スペイン画家・堀越千秋ー3 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ 「スペインうやむや日記」ー2 ー 読書日記 ースペイン人の特質ー この本は読んでも読んでも飽きない。いや読むほどに堀越スペインの世界に引き込まてしまう。 同じ世代で、身近に感じ取れとられることもあるが・・・ 堀越の自在から滲み出ている人間の味が、葡萄酒のように漂ってくる。 28歳でスペインに渡って30年の実感を「国際人とは、長年の孤独に慣れた者のことなのである」といっているが、 海外の流浪者の哀感がそのまま伝わってくる言葉である。流浪の民の著者の言葉だからこそ、言葉の重みがそのまま迫ってくる。 ースペインの特徴を、いたって解りやすく説明してくれるー (2012年6月28日字数制限の為カット) ・・・・・・・ 2005年06月27日(月) 1546, 人生の最後に後悔すること アメリカの90代の男女1万人の質問、「90年も生きてきた人生の中で、最も後悔していることは何ですか?」の答えは、 「もっと、いろんなことにチャレンジすれば良かった・・」ということだという。おそらく今後未来永劫?同じ答えになるだろう。 一度しかない人生、やりたいことをどんどん見つけ存分生きることこそ、人生が私たち問いかけている問題である。 この人生の問いかけを、人生の全てをかけて答えを探すことこそ、後悔をしない生き方になる。中村天風のいう「積極一貫」を、 人生を通して徹することである。何故、色んなことに頑なに目を向けなかったのだろうか?知識がなかった現状に満足しきっていた、 余裕がなかった、人生を真剣に考えなかった、等々、いろいろあるだろうが。豊かなアメリカの90代の人々が 「もっと多くのことをチャレンジすれば良かった」という切実な後悔は、何を意味しているしているのか? 旧共産圏や後進国では、こういう問いかけは少ないはずだ。それを言えるだけの豊かさという環境があるからこそいえる。 ということは、「余裕が出来たら可能なかぎり色いろなことにチャレンジしてみるべきだ」という答えが自動的に返ってくる。 教養とは、 ・家庭や社会から縛られた先入観や馬鹿の壁を、広く深い知識と経験持つことによって知ることをいう。また、 ・『人生は可能なかぎり多くのことことにチャレンジすべし』を知る経験と知識である。 しかし、一つのことを突きつめた人に、この問いかけは無かったはずだ。限界まで生きてきたからだ。それしかないし、 他は考えられないからだ。 それでも、あるのが人間であるが。「もっと多くのことにチャレンジしておけばよかった!」 この半年間、人生の直線コーナーに入る前である、もっと深く問い詰めてみよう!か。 父が死期を悟った時に、私に預金通帳を見せて「この中味は、自分にとって単なる数字の羅列でしかない!」 と言ったことを思い出す。 中味も大事であるが、といって死んでしまえばそれまでだ。人間を支配している不安と恐怖が、 新しいチャレンジを阻害するのだろう。そして貯金をすることで解消しようとする。それに支配される状態が、老いている状態である。 今度、不安について哲学的に問い詰めてみよう。90歳の人がいうから問題がクローズアップする。20歳でも同じ問いかけが必要である。 周りを見渡せば幾らでもチャレンジの対象がある。見えてないのだ。それも足元にあるのに。 ・・・・・・・・ 2004年06月27日(日) 1181, カント ー 哲学についてー11 カントは、一般的にギリシャ以降の哲学の世界に登場した最大の思想家とみなされている。 ドイツのケーニヒスブルクの貧しい馬の蹄鉄屋の家に生まれます。 因果なことに、“ せむし ”で、背中にコブがあり、 身体がゆがんで胸が小さく、生まれついての喘息もちだった。脈はいつも120をこえ、いつもゼイゼイと今にも 死にそうな 子供であったのだそうです。毎日毎日苦しみながら、それでも17歳を迎えたとき、 父親はカントを「 駄目でモトモト 」 と半ばあきらめつつ、年に数回巡ってくる有名な医者のところへ連れて行く。そうするとこの医者は、じっとカントの様子を 見てからこう言います。「 あなたは本当に気の毒な身体をしている。辛かろう苦しかろう。それは医者として見ただけでわかる。 しかし、それは身体だけのことだ。身体は確かに気の毒な状態だけれど、心はどうでもなかろう。 心までも“ せむし ”みたいにゆがんで息苦しくてゼイゼイしているのならともかく、あなたの言うことも心もしっかりしている。 身体のことで辛い、苦しい、といくら騒いでも、父さんや 母さんやみんなが辛いだけで何にもならない。それよりも、 心のしっかりしていることに感謝しなくては。死なずにいるのはそのおかげなんだよ。そのことを喜びと感謝にしていけば、 身体の方も次第に軽くなって 良くなっていくものなんだ。このことがよくわからないようだったらお前は本当に不幸なんだよ。」 カントは、家に帰ってからこの言葉をじっと考えます。人間というのは、 身体あってのものだろうか、心あってのものだろうか・・。 そしてついにカントは、世界が誇る大哲学者への道を歩み始めた。終生独身だった彼の生活は、平凡で真面目いっぽうにみえた。 毎日きまった時間に散歩をする姿を見て、街の人は時計の時間を修正をしたという。 (2008年6月27日字数制限の為カット) ・・・・・・ 2003年06月27日(金) 814, 「ありがとう」の言葉 ー6 昨日、現地見学ということで千葉の越谷に行ったが、どうしても現地の場所がわからない。たまたま通りがかりの自転車に 乗った女の人に聞いたら、そっちに行くから案内をしてくれるという。ところがなかなか現地のその場所がわからない。 ( 2008年6月28日字数制限の為カット ) ・・・・・・・・ 2002年06月27日(木) 450,吉村作治-宗教・教えー3 (2008年6月28日字数制限の為カット) ・・・・・・・・ 2001年06月27日(水) [66] ソフト変更 昨日よりこのコーナーのソフトが変わった。今までのものは70日で書いた内容が自動的に消される。 これは写真も貼れる。そうなると写真日記とダブルという問題もでてくる。お笑いも分類のコーナーをつくり、見やすくした。 まだ分類の移行ができてないが、徐々にしていくつもりだ。昨日は3Dホームページソフトの打ち合わせと、 このホームページの変更の打ち合わをしたが、だんだん形が見えてきた。
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2012年06月26日(火)
「極端な平等主義を自殺のイデオロギー」とするなら、情報化が正に平等意識をもたらす働きをする。 日本の民主主義は戦い勝ち取ったのでないため、公平と平等の見境がつかないのが実情。社会主義は、理念として極端に求めた結果、 集団自殺の道をまっしぐらに歩む結果となった。社会主義圏の崩壊である。競争による優勝劣敗のシステムは組み込まれていなけらば 進歩は無くなってしまい、その結果として悪貨が良貨を駆逐することになる。その辺の没落の歴史は、正直に歴史の中に現れ出ている。 * 自殺のイデオロギー ー次の部分は、現時点の惨状を予測した「自殺のイデオロギー」である。 【 諸文明の没落の歴史を辿っていくと、我々は没落の過程で必ずといってよいほど不可避的に発生してくる文明の「自殺のイデオロギー」 とでも呼ぶべきものに遭遇する。それは文明の「種」により、また時代によってさまざまな形をとってはいるが、それらに一貫して 共通するものは極端な平等主義のイデオロギーである。この平等主義のイデオロギーは、共同体を解体、社会秩序を崩壊させ、 大衆社会化状況を生み出しつつ全社会を恐るべき力で風化し、砂漠化していくのである。 まずわれわれは、戦後「民主教育」のなかにひそむ「自殺のイデオロギー」を平等主義の観点から吟味することにしよう。 日教組イデオロギーに代表される戦後「民主教育」は、差別反対、人間平等の名の元に、実は画一主義と均質化を教育の世界にもたらした。 生徒の成績表に「オール3」をつけたり、「オール5」をつけたりする教師や、成績をつけるという行為自体が人間差別につらなるとして 学籍簿への記入を拒否した「民主的」教師たちの行動は、ある意味、戦後「民主化教育」のイデオロギーを最も単純な形で表現したもの。 「オール3」教師や「オール5」教師は、臆面もなくこう言ってのけたものだ。「人間は全て平等である。 出来の悪い生徒ができるのは 社会に責任があり、社会が悪いからで子供には何の責任もない。子供は皆同じように努力したのだから、全部同じ点をつけるのが正義である」と。 人間の能力は決して規格品のロボットのように平等にできているものではない。人間はその顔形と同じようにまさしく千差万別の多様な才能、 資質を持っており、それこそが、人間社会の素晴らしい魅力と活力とを生み出しているのである。最も人間的な教育とは、このそれぞれの子供が 持っている多様な個性を思う存分伸ばしてやることを大前提としなければならないはずである。・・・ 】 ▼ アメリカによって与えられた日本憲法と、民主主義の矛盾が、現在の日本の自滅の原因になっている。 フランス革命が掲げた自由、平等、友愛の近代市民主義の諸原理で、自由を優先にすれば平等が無視されるし、平等を優先にすれば 自由を制約せざるをえなくなる。「日本の自殺」は、潔癖といえるまでの平等主義がもたらしたもの。エリート教育を差別として否定する。 これでは優秀な子供の才能の発育が抑えられてしまう。結果がどうであれ、自主独立で生きてきて良かった! 子供たちだけでなく、 社会そのものが極端な平等主義、平凡主義に毒されていた。その社会常識より己の主観を育て、それで判断することが毒されない道だった。 ・・・・・・・ 3744, 閑話小題 2011年06月26日(日) ◆ 長寿の秘訣 ー② NHKが放送していた「長寿の秘訣について」を、以前書いた。しかし、何か疑問が残ったのは、 「飢餓状態の方が良いのなら、アフリカや中東などの慢性?飢餓国家の平均年齢が高いはずでは?」である。 問題は少な目ということである。考えてみたら、充分に餌を与えられた実験用の猿はメタボ気味で、7分目の方は、 溌剌としていたのは、その3割減だったからである。本当の飢餓状態では、当然ながら早死にする。 以前、モロッコの片田舎で 80歳位の老人に年齢を聞いたら、40歳という。 聞き違いかと聞き直したところ、「生活が貧しく、まともな食事が出来ないので、 この年齢で、老いた風貌になってしまった」と、泣き出しそうに話していた。腹7分目ならよいが、栄養失調は良くないのである。 ◆ エアロビックス ー② 昨日は、スポーツジムで、エアロビックスの「ZUNBA」に初参加したみた。40坪位のスタジオに100人以上が集まり、 要は、「洋風の阿波踊り」。 中高年も含め、奇声を発してジュリアナ東京?のタコ踊りを、エアロビックスの場をかりて ドンチャン騒ぎをするのである。 変わった衣装を着た男のインストラクターに乗せられ、その「追いかけ」7〜8人の若い? 女性たちが先導する中、場は最高潮に盛り上がる。 カーテンで真っ暗な中で電気が点滅する中、若い女性から主婦、そして中高年まで、 狂ったように踊って?、いや、エアロビックスをしている。 隣の人とブツカリそうな密度の中でストレスを晴らすように。・・・・ これは健全な欲求不満解消のランチキ騒ぎ。まあ、考えたもので、健全といえば健全。熱気に呆気にとられ 一番後ろで壁フラワー・・・・ 健全な共同発狂の場も、ニーズなのだろう。 新興宗教は、そのへんのニーズを知り尽くしている。 昔、踊る宗教というのがあった。 とにかく三回参加をしてから判断?と思ったが、これは無理だ。 今度、独りカラオケでも行ってくるか。 ・・・・・・・・ 3379, 改めて、現時点を考えてみると 2010年06月26日(土) 現在の恐慌的様相は、ただ事ではないのは今さらだが、歴史的にみて如何いうことだろか、改めて整理してみる。 これは百年に一度、いや二百五十年、それとも五百年に一度の歴史的大転換期。 ・世界史的にみれば、五百年前にコロンブスがアメリカ大陸を発見し、欧州がアメリカ大陸に進出をし、 自分たちの文明を世界に押しつけた時代からの延長の終焉とみるか、 ・二百五十年前に英国から始った近代資本主義が行き詰まりとみるか、 ・80年前にアメリカで発生した大恐慌以来の、第二次の大恐慌とみるか、 ・37年前にニクソンがドルの金兌換制度を止め、紙切れを無制限に刷りまくった結果の行き詰まりとみるか、 ・20年前のソ連・東欧の崩壊の帰結と見るべきか、 ・9・11とリーマンショックの結果と見るべきか、 等々の見方がある。 その6つの潮流が重なっているとみるべきだが、そう考えると、この経済と社会の変調は簡単に収まる代物ではない。 ここにきてネット社会という情報化が世界中に波及、一部の特権階級が独占していた情報を誰もが入手可能になった。 アトムという原子の世界から、ビットの世界へ重心が移動を始めた。 ビットはコピーが可能であり無料化を促す。 それが進化を止まらなくしている。 21世紀の視点からみれば、恐慌は今だ体制を占めている20世紀的体制の 本格的破壊である。 哲学的にみればポスト・モダン主義が現象として姿を現してきたことになる。 日本にとっては、 ・65年前の第二次世界大戦の敗戦、・140年前の明治維新、・1467年の戦国・応仁の乱 以来の大変革期にあたる。 目に見えないが、日本炎上とみればよい。この年齢で大激動を目の当たり出来たことが幸運か不運か? 結局、アメリカの属国で、完全骨抜きにされてしまった日本が「現時点の日本」である。その去勢された姿を象徴するのが、 社民党の主張であり、自民党の残存保守勢力の姿。 北朝鮮の金一族がアメリカ、支配層が自民党と高級官僚と自認している輩、 とみれば分かりやすい。 一時期は、国民全体が恩恵にあずかったこともあったが、これからは・・・ ・・・・・・・・・ 3004,そう考えない人はどうかしている 2009年06月26日(金) 「世界は感情で動く」 ー5 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー 21章 「そう考えない人はどうかしている−フォールス・コンセンサス効果」 まずはーフォールス・コンセンサス効果ーとは、 【 自分と他者の間に共有されている「合意性(コンセンサス)」を過度に見積もる認知的バイアスをいう。 つまり、人はある状況における自分の判断や行動は一般的なものであり、適切であるとみているので、 他者も普通なら自分と同じように判断し、行動すると考えるのである。そして、もしそれを逸脱した 他者に出会うと、 その他者が特別なのか、あるいは変わった存在だとみなしてしまう。】 このトラップも陥りやすい思い込みである。 自分の考えが周囲の皆の考えと同じものであることは、 ごく当たり前のことであると思い、そのことに疑いを持つようなことはしない。 しかし一たびその前提が崩れ、 「自分と違う」人が現れると、その人に何か欠陥があるのではというレッテルをはり、自らの「常識」に固執するようになる。 その辺の町内に居るオバちゃん達の噂話が典型。世間の目線で少しの差異を見つけ出して非難する「あれ」である。 これは世界一般のことだが。しかし「あれ」と同じ思考形態をしている自分を見逃している。考えてみると我われの 思考形態は、それに縛られていることに気づかされる。思い込みの強すぎる私など、全くの偏見の塊と自認する。 おかしな新興宗教に教祖様が羊タイプの人を集めて洗脳するに、教義を「そう考えない人はどうかしている」まで叩き込む。 自分の偏見を定説と喚きたてていた変な教祖様が話題になったことがあった。これを自分に向けると、良くいうと信念。 悪くいうと独断・偏狭になってしまう。松下教も、紙一重の社内では似たようなようなもの。 共同幻想もハサミも 使いようということ。それもこれも、人間は何時の間にか偏見の塊になっている。で、その偏見で、偏見を解釈している のだから、ますます、歪んでいくのである。 まあ、それが自分という壁を作っているとすると、私は何?この随想日記も、 「私の偏見日記」ということになる。他人の偏見は鮮明に見えて、自分のそれは見えないから、唯我独尊になる。まあ、それが人間か〜。 (後記 その視線で下の文章を読んでみると、なるほど!「偏見日記」である。 下手に説得力があるから面白いのだろうが、偏見も自覚が必要ということ) ・・・・・・・・・・ 2640, ブランド品 ー2 2008年06月26日(木) ブランドものに、何故も女性や若者は執着するのだろうか。哲学者にとっても社会学者にとっても、これは面白い対象である。 もともとブランドが一般の人に言われだしたのは1960年代という。それまでは嗜好品としてマニアへの専門メーカーでしかなかった。 それがブランドといわれて世界中に知れ渡ったのは40〜50年前からでしかない。特に日本人が、その旅行ブームで貢献したのである。 (字数制限のためカット 2011年6月26日) ――― 2001/12/19 261,ブランド品 ー1 2001年12月06日(木) ブランド品の定義ー 1、アフリカの土人の酋長と一族が身に着けたがるもの。それも不釣合いのノーコーデネート。 一品豪華主義の典型 2、それなりの金持ちが、社会的体裁の為に飾り立てる小道具。 (字数制限のためカット 2010年6月26日) ・・・・・・・・・ 2007年06月26日(火) 2275, 希望格差 (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 本屋に「希望格差」という本があったので、概要を知りたいと「検索」をした。 会社を安易に辞めていく若い人を見ていて、「この方々は下流格差を自ら希望の人たちでは?」 と思っていたので、彼らの下流志向のことを書いていると思っていた。 しかし、その意味は ・将来に希望を持って取り組める人たちと、 ・将来に希望を持てない人たち、 との格差であった。 そうすると、当社は将来に希望を持てないと思われたのだろうか? (以下は字数の関係でカット2008年06月26日) ・・・・・・・・ 2006年06月26日(月) 1910, スペイン画家・堀越千秋? 「スペインうやむや日記」?1 読書日記 先日、図書館で何げなく手にした本が「スペインうやむや日記」 ?堀越千秋ー集英社 であった。 文章は、10年以上前のものだが、現地に長年住んでなくては書けないことばかり。 さっそく著者が最近出版したばかりの『スペイン七千夜一夜』ー集英社文庫ーをネットで取り寄せた。 (まだ読んでないが・・・) 画家のためか、言葉の一言一言が深く胸に突き刺さる。読んでいると飾らない著者の言葉が、「自分より自分自身の存在が彼のなかにある」 というような錯覚になってしまう。それと文章の書き方を教わった。結局は人は自問自答をしている。とくに随想日記は独り言で良いはず。 著者に、こう言われているようだ。「何を改まってないで、もっと自分に語りかけるように書きなよ!ブツブツとさ。だいたい頭の中で 繰り返している言葉からして何だよ。 そうつまらないよ。言葉を変えなよ。ヘラヘラしてさ。いいじゃない、それで。アンタなら、 そう書いても誰も何とも思わないよ。」そこで単純だから、素直に少し文体を変ることにした。直ぐに元に戻ってしまうかどうか、楽しみ。 もどるだろう。ただ、短文に、簡単な言葉にはなるだろうな?・・ 「うやむや日記」の =第一章 スペインの黒い雨=から、スペインの 世界の引き込まれてしまう!まずは、ご覧あれ!これで何も感じなかったら、脳が少し鈍感になっている、と思ってもよい? ーー 私は画家である。従って、ものの美醜や、もののうまいまずいなどに通じており、さぞ大酒飲みで貧乏であろう、 と人は皆思うらしいが、そうではない。ARTというものは、ものの美醜の彼方にあり、ましてやもののうまいまずいなどは とっくの昔に解脱しており、酒はオホホと笑ってたしなむ程度、マットレスのクッションは札束、というのが私の実情。 が、そんなことを吹聴していたのでは、六日間着たままのシャツが「着こなし」に見えなくなってしまうし、高級料亭に お招ばれされるべきところを「実はおいしいギョーザ屋があるんですよ」となってしまうし、貧乏な友達にはたかられてしまうであろう。 (以下は字数の関係でカット2009年06月26日) (*^ワ^*)i バイ ・・・・・・・ 2005年06月26日(日) 1545, エホバの証人ー1 誰もが年に数回は、街角などで二人連れで本をかざして立っている姿や、自宅への訪問伝道で、彼らの姿をみているはず。 といって、「エホバの証人」で知っていることといえば、献血拒否で時々新聞に載る位のことである。 (以下は字数の関係でカット2008年06月26日) ・・・・・・・・ 2004年06月26日(土) 1180, 秘境・異郷ツアーレッスン ー2 このツアーで出会う人が素晴らしい?私の過去に出会った人の中でも「特A」?の人と出会えることである。 それも、濃厚な空間で共通の趣味ということもあって互いの気持ちを開く。金を出してまで南米やアフリカやインド・パキスタンなどの シルクロードに危険を冒してまでくるのだから、よほど好きか、そこに何かすばらしい体験がまっているのを知っている人である。 旅行をし尽くしたか、大きな人生の忘れ物を捜しにやってくるか、何らかの理由でその地域に興味がある人か、人生の癒しを求めに来ている人。 また写真や絵や小説の題材を探している人とか様々である。職業は役人、先生、商店主、会社役員、主婦、等々いろいろある。 年齢は中高年が多いが、若い人も少なくない。その人たちと同じ目的で濃厚な時間と空間を供にする。そこでは普段聞けない面白い話や 人生を垣間見ることができる。一回の旅行で、本や周辺の人では絶対に聞けない濃厚な話が聞ける。遠藤周作の小説「遠い河」のような、 それぞれのおもい人生を背負った人の集団と赤裸々な日々を過ごすことにもなる。もう二度と会わないから、本音の話になる。 そこでは、それぞれの旅行経験の情報交換の場になる。旅行回数と情報の質は、ほぼ正比例をする。 旅行をしていて気がついたことは大まかに ・自然派と遺跡派と欧州派 ・アフリカ派とインド派と南米派と中国派 に分類することができる。 ーつづく ・・・・・・・・・・ 2003年06月26日(木) 813, 日暮里界隈 一度、日暮里に行きたい思っていたが、念願かなって知人に夜の日暮里を案内してもらった。 谷中銀座と日暮里駅の中間を少し入り込んだところに、時代から取り残されたような場末の飲食街があった。 それが何ともレトロ調で映画のセットの中に入ってしまったよう感覚である。知人の会社の東京事務所があったため、 よく通ったという店があった。沖縄出身の60歳位の女将がやっている7~8人位しか入れない沖縄料理の小さい店であった。 店の名前は『あさと』といって、本人の名字の安里をそのままつけていた。石垣島出身で具志堅用高もわざわざ訪ねてきたという。 (字数制限のためカット 2010年6月26日) ・・・・・・・・・ 2002年06月26日(水) 449,吉村作治ーピラミッドは王様の墓ではない!ー2 「歴史」ー岩波文庫 に書いてあるが、紀元前ギリシャのヘロドトスがピラミッドを見たときに、近くにいた老いた神官が「これは何か?」の問いに 「王の墓ではないか」と答えたという。ただそれをヘロドトスが歴史書に書いただけで数千年それが信じられてきただけだという。 最近になってピラミッドを造った人達の街が見つかった。墓や出勤簿が出てきたという。 それまでは奴隷が造ったと信じられてきた。出勤簿には欠勤の理由が書き込まれていたという。 二日酔い、兄の結婚式等々。発掘で事実がまったく変わってしまう。日本では中ぐらいの川が3000本あるという。 エジプトはナイル川一本だけ。しかしエジプトの農耕地は日本の面積分が今もあるという。 ピラミッドは公共事業という説がある。それも無用の長物だから意味があるという。収穫の50?が王様、25?が地主、 25?が農民が取った。する仕事がない時に王様が25?をその公共事業のために放出したという。 一回だけ200年かけて4,500年前に運河を作った、しかしそれが王様の利益と判ると二度とそれをやらなくなった。 その後神殿造りに変わっていった。今地球上で61億人中45億の人間が神がいると信じているという。 当時のエジプトで神について以下のように考えた ・一番良いのは、神などいる訳がないと理解した上でいた方がよいという考え ・二番目に良いのは、神が本当いると信じること ・三番目は神はいないと思うこと ・最低なのは神がいてもいなくてもどうでもよいと思うこと{これが今回一番面白い内容であったー現代人と変わってない} 日本は古い国と思っているのは日本が世界を知らないだけでしかない。新しい国だ。AC3世紀にはもうエジプトは終わっていた。 エジプト中には83のピラミッドがあるという。ほかに50はあるといわれているが、まだ発掘されてない。王様にも最大5個の ピラミッドを持つ者や、ゼロのものもいる。今は3年に一個の割合で発見されている。最終出るまでに後200年かかるといわれている。 ・・・・・・・・ 2001年06月26日(火) [64] おまいり 毎日の散歩のユーターンの地蔵様に祈っている言葉がある。もう4〜5年続けている。 「あの世のお父さんお母さん、運さん(長兄)進さん(次兄)誠さん(次次兄)、祖父さん祖母さん、親戚の人たち、ご先祖様、 そして総ての霊が安らかお眠りください。仏様有難うございます。そしてご苦労様です。お父さんお母さん有難うございます。 そしてこの世の総ての人達がより良くありますように。特に大変な人こそより良くありますように。 かさねてお父さんお母さん有難うございます。今日一日精一杯活きます。そして笑って暮らします。」 大変な人は、周辺で大きい問題に突き当たっている人の具体名をあげる。これを続けているせいか、精神のバランスが崩れることはない。
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2012年06月25日(月)
* タクシー運転手の「声」の投書内容 昨日の朝日新聞の『声』に、タクシー運転手の投書が気になった。「連休明けから景気がおかしいとか、野田政権の改革なき増税とか、 原発再稼動への批判ばかり。実際にタクシーの売り上げも悪い」という内容。もともと5月の連休明けに売り上げの一段落ちは恒例だった。 としても、今年の落ちは厳しいだろう。 実際に事業を無理をして続けていたら、今ごろには深手で力尽きていたはず。 一年先までの 資金繰りが読めた事業だったので、早々に見切りをつけたが、本当に決断をして良かったと実感している。 ホテルの買い手が直ぐにつき、 5つの新潟駅前物件が処分出来たが、現時点では無理だろう。消費税が内税ということもあり、経費の5パーの負担は限界を超える。 その上に、値上げによる売上げダウンは避けられない。とはいえ、増税以外に収入を増やす手立てがないのも事実。 民主党も自壊段階に 入った上、小沢も完全に終わり。あの自民党の面々を見ると、石原か橋下しかいないのだろう。現場の先端は震撼としているのだろう。 * 原監督の件で、マスコミはダンマリ 土日のワイドショーで原監督の下ネタで大騒ぎをするかどうかみていたが、殆ど扱いは無かった。読売の渡辺恒夫が恐ろしいのか、 影の話し合いがあったのか? 一局を除いて、どのTV局も扱い無し。誰がみても後ろに暴力団が関係しているのは分りきったこと。 ということは早かれ遅かれ原監督はプロ野球から追放になるのが自然の流れ。巨人のスター選手なら、下ネタの2〜3はあって当然だが、 警察に相談しなかったのが致命的。 うやむやに闇の中に葬り去られるか、恐喝犯が逮捕されるか、見もの。 恐喝の二人のうち一人が 交通事故?数年前に死亡しているという・・ 事件が事件だけに、それも事故かどうか? おまけに、リークしたのが元球団代表の清武 なら、これ以上面白い筋立てはない。 やはり当分は、これが槍玉に上げられ、その間に、消費税が可決される。現役の巨人監督の スキャンダルなど、これまで聞いたことがない。 それも輝かしい功績があり大スターである。とはいえ、その程度のことでしかない。 ・・・・・・・ 3743, 閑話小題 2011年06月25日(土) * エアロビックス スポーツジムで週二回は「エアロビ」に参加する。だいたい30〜50人が、スタジオで色々なプログラムをこなしている。 15〜20分の休憩をおいて何かが30〜50分の間行われている。けっこうメニューがきつく、年代が高くなるほど参加者が少ない。 男の参加者は数名で、片隅で小さくなっている。いい歳をして恥ずかしいが、それでも気を入れて何とかついていっている。 年代が高い人やメタボの人は、スタジオ外のランニングマシーンや、サイクリング・マシーンの間の空間で、インストラクターの指導で、 12人がステップ台とマシーンを交互に使うイージーラインというプログラムをこなす。それをエアロビックの参加者が冷たい?視線で、 行列に並びながら見ている構図になっている。このところイージーラインの25分のプログラムを5分の休憩をおいて続けて参加してきたが、 この梅雨の湿気で一回限りにしている。 ところで、一昨日は、スローヨガに初めて参加をしてみた。キツイと覚悟をして参加したが、意外と楽であった。 これまで 「らくらくエアロ」「バランスボール」「シェイプボクシング」「ステップ30」「スローヨガ」など10回以上は参加した。 最後の、「スローヨガ」を除いて、他は、ついていくのにやっとだが、3回をこなすと力の抜き方が分かる。それにしても、あの熱気は凄い。 時どき、それに参加している自分が可笑しくなって笑いを堪えている。今日は、「ZUMBA」というプログラムに参加するつもりだが、 ドンチャン騒ぎをエアロビに取り入れたものと、説明書にあった。面白そうだが、65歳の男が昼間からドンチャン・エアロに参加して よいものだろうか? ここまで、くれば同じか! そういえば、6月に入ってから、どうも私のいる時間帯では、2〜3割位は 減ったような気がする。不景気が影響しているのだろうか。 ・・・・・・・ 3378, 生涯に直面する四つの不条理 −2 2010年06月25日(金) 「生き方の不平等」 白波瀬佐和子著 まずは、家柄などで絶対的な差がつき、就職時の時代背景が良し悪しが大きく一生を左右し、男社会の中、男か女かでハンデがつき、 老歴期までの準備の蓄積の格差がつく不条理を著者は述べている。何度か書いたが、選りすぐり前の最終の中学校の同級生を見ると、 その時の成績順が、そのまま人生の生き方を決めている。一番が慶応大の教授、二番がレコード協会の専務理事、三番が・・・ そんなことは、この齢になると、どうでもよい。冷静に考えてみると、元もと格差があったのが、街中の学校区ということで集まっていただけ。 地元には新潟大学の付属の小中学校もある。 学校、医者、弁護士などの先生の子供や、大手企業勤務の子供が行く学校。 子供なりに、腑抜けたイメージと嫌悪感を持っていた。最近になって知ったことだが、私の卒業した中学校にわざわざ越境していたと 数人から聞いた。それほどの学校ではないが、振り返ると、それなりの素材がいたようだ。 次に、社会人への転換期の時代背景も大きい。私の学生時代は東京オリンピックが終わり、高度成長期の真っ只中であり、夢さえ持てば チャンスが幾らでも転がっていた時代だった。歴史的にみて黄金の時代。もう、あのような急激な右上がりの時代はない。歌謡曲は時代を 表すというが、次から次へヒット曲が生まれた。 ところが現在は卒業の学生の四分の一が就職できない時代の巡り合わせ。不条理である。 そうこう考えると、両親の質と良好の関係と、時代背景と、男女差で、大方が決まるという不条理がある。 その不条理を撥ね退けて成長するには並大抵の努力と幸運が必要。秋葉原と、先日の広島のマツダの無差別殺人は、 これらの不条理が本人に覆いかぶさった結果である。 一つ間違えると、二度と日の目に会えないのが現実である。 結局、教育は自分が教師と生徒の役割をバランスを持って果たすことだが。 現在ネットという世界ができた。 これが果たして、不条理を乗り越える役割とチャンスを与えることになるだろうか? 運命と宿命が人生を決定する。 ・・・・・・・・ 3003、アルコール依存症 2009年06月25日(木) これまで何度か酒の失敗について書いてきた。飲む、打つ、買うのうち、一つは癖の悪さがあるというが、私は酒。 といって私から酒の癖の悪さを取ったら、これほどツマラナイ人間はいないだろう?と、一人うそぶき飲み続けている。 少なくとも10年は命を削っている。 人間関係も10倍、いや100倍は広がっていただろう。 1年間に次の7項目のうちの3つ以上あれば、アルコール依存症という。(但し国際基準) ・1番目は、アルコールに対する「耐性」。 切り上げのタイミングの意志が弱くなってきて、 1杯や2杯で十分満足していたのが満足できない。 つまり、耐性が形成されたということです。 ー適応 ・2番目は、酒を飲むのを急にやめたり量を減らしたりすると、離脱症状(禁断症状)が出るかどうかです。 ー不適応 手が震える、幻聴がある、幻視がある、発熱をする、落ち着かない、イライラする、不安感が出てくるなど、幅が広い。 ・3番目は、「8時でやめるつもり」「3杯でやめるつもり」「ビールだけにしとくつもり」 ー適応 「帰る前に家族に電話をするつもり」などさまざまな「つもり」で飲みはじめるが、結果的にこのつもりが守れない。 ・4番目は、何度か酒をやめよう、減らそうと試みるがうまくいかない。 ー半適応 ・5番目に、酒を手に入れるための努力や、酔いから覚めるためにかかる時間が長くなってきた。 ー不適応 ・6番目が、飲酒のために遊びや仕事など、他のことをやらなくなってきた。 ー不適応 ・7番目が、酒に酔っていろいろ不利なことが起きているにもかかわらず、まだ飲んでいる。 ー適応 これからすると私は、軽いアルコール依存症ということになる。特に三番目が、問題である。少し厳しい?ようだが、 半分の3・5が適応するから、軽いアルコール依存症というところか。 また国際基準というから。 少し話は変わるが、日本の自殺数は先進国でトップで、44歳までの男性の死因でも自殺がトップ。 年間3万3000人の自殺者が出ているが、その15%がアルコール依存だから、5千人が死んでいる。 過度の酒は緩慢な自殺の一つである。 多くの失敗もしたが、面白かったことは、その100倍だから止められない。 しかし軽度とはいえ、アルコール依存症とは自覚していなかった?が、身に覚えはある。 私の場合は切り上げの意志である。 財布の金を二軒分にすれば良いだけ。 酒が不味そうだが、慣れれば同じか!。 解ってか、父の日の息子二人のプレゼントは紹興酒二本と、ワインであった。 ・・・・・・ 2639, 世界の原子力発電の実情はどうか? 2008年06月25日(水) このところの原油高で、世界の原子力発電所の建設計画は活発になっている。 更に、石油が環境に与える影響の大きさから、原子炉のエネルギーが見直されている。 地震のリスクを大きく抱えている日本も、綺麗ごとをいってはいられない事態である 今後、アメリカ、中国が大量に原子力発電所の建設に入るようだ。一時、知識人の原発反対が一つのコンセンサスだったが、 今では殆ど影を潜めている。 そこで、世界の原子力発電はどうなっているか?を調べてみた。 ーー 世界の原子力発電所の数は、2006年12月末の時点で、 運転中が429基(約3億8705万kW)、建設中が35基(約2940万kW)、 計画中が47基(約5217万kW)とされる(日本原子力産業協会の発表資料による)。国別の設備容量ではアメリカ合衆国が最大で、 06年12月末では約1億476万kW、103基となっており、フランス(約6602万kW、59基)、 日本(約4958万kW、55基)、 ロシア連邦(約2319万kW、27基)、ドイツ(約2137万kW、17基)、 韓国(約1772万kW、20基)の順につづく。 ーーー 情勢とは面白いものである、世界の大きな流れであった原発反対の気運が一挙に消えた。 それでも、この石油高の中で比較的冷静であるのは、代替エネルギーの比率を大きくしてきたから。 それでも、日本は危機状態といってよいから、必要悪としてもなくてはならない。 ・・・・・・ 2007/08/06 2316, 日本の原発依存度って、どうなっている? ファァ(*つ●-*)*.;'Good☆Morning 今回の地震による柏崎刈羽原発の火災などで、殆ど意識してなかった原発に対する依存度に少し関心が向いた。 ーインターネットで早速しらべてみた。 (字数制限のためカット2010年6月25日) ・・・・・・・・・ 007年06月25日(月) 2274, 現在とは何か (o´・ェ・`o)♪。o.+゜。*ぉはょぅ 「現在」とは何だろうか? 歳を重ねれば重ねるほど、その意味の深さを直感する。その意味の奥に一歩でも立ち入ってみたいと思っていた。 ところが面白いもので、そう思っていると丁度知りたいと思った分の知識が、目の前に現れるから不思議である。 決して哲学的に難しい理屈ではない。何時も直面している「いま、ここ」、「現在」の意味である。 文芸春秋の特別版「一冊の本が人生を変える」の中で、 ーハインペル『人間とその現在』訳者である阿部謹也氏(一橋大学名誉教授)の 「ハインペルとの出会い」という文章の中で、この本をあげている。難しい本を優しくまとめてあるため、中味の濃い内容になっていた。 ーその内容の一部を抜粋してみるー ー私が大学三年のとき、歴史というものを自分の外の世界で起こっている出来事の流れだと思っていた。 その出来事が確固とした流れをなしており、その過去から現在までの流れを観察することが歴史学と思っていた。 しかし本書を読んで私のそのような印象は全く崩れ去ってしまったハインベルによると「現在」は4つの層から成り立っている。 一、まず、そのときそのときの現在が問題になる。 私が子供の時のある日の出来事に刻まれている現在。 それは過ぎ去ったものとして過去に属するが、 そのときの「今」という意識は生き残っている。青年期にも中年期にも老年期にも、その時その時の現在がある。 その時の現在はいつから始まるかといえば幸せな結婚生活を送っている人にとっては結婚以後が現在になる。・・・ かってはロシア(ソ連)の現在は1917年のロシア革命に始まっていた。しかし、現在のロシアはソ連邦の崩壊以後 ということになる。破局と大革命、強制力のある理念などが現在を現出していることになる。 二、次に、持続する現在がある。 私たちの意識の下層は過去を残している。 言葉と習慣と食べ物などは正にそのような過去のものが現在に生きている姿である。ひとたび創りだされたものが 生きつづける姿もまた持続する現在の姿である。 秘蹟の中にキリストが現在する形でミサも営まれている。 三、一回限りの現在がある。 それはひとたび生まれて死ぬ人間の運命である。子供はたしかに成長する過程にあるが、完結した全的人間でもある。 戦渦の中で飢えている人には一切れのパンが現在であり、孤独なものには援助の手が現在になる。 一回限りの現在は時代の脅威の中で幸福を享受することでもある。 四、最後に決断の領域がある。 私たち自身の行動によって人と人とが感謝で結ばれていくことである。要するに、歴史に対して私たちは自己を主体として 対するのであり、時間も客観的に流れていくのではなく、自分が捉えることによってはじめて生きてくるということが解った。 すべての歴史的出来事を現代という視点で捉えるということは、自分の目で歴史を見るということであり、そのためには 自分の内面に対応する歴史を発見しなければならないのである。私の若い頃の日本の歴史学にはこのような時間論は無かった。 古代、中世、近代という時代区分が確立しているとされ、それぞれの時代のなかに幾つもの現在があるなど思いもよらなかった。 現代世界にも様ざまな現在があるように、古代にも中世にも様ざまな現在があり、それらを意識していた人々の暮らしと 思想を見出さなければならないのだと、思い知ったのである。私は自分が生きている空間としての周囲の世界を見ることから 始めたのである。当時、安保騒動のさなかにあり、私の周りでもデモや議論が渦巻いていた。私もその議論の中にいた。 しかし私はその中で自分の目で見、確認したことから出発しようとしていた。私は一つの地域を選び、その地域の歴史料から、 その地域の歴史を起こしていくことを考えた。それは外国史を対象としているものにとってとてつもないことであった。 ▼ ー以上が概要であるが、なかなか難しいようだが、それでも解りやすくもある。 ・その時どきの現在があり、それは大きな革命や、出来事が現在を現出しており、 ・現在は、私たちの意識の下層に過去を有しており、 ・現在は、一回限りであり(一期一会)、 ・現在は決断という領域を有していて、自己と対峙して自分が捉えることによって、はじめて生きてくる。 現在は、自分が主体的に世界を捉え、自分の内面と対応した実感として考えたときに、その中に意味を見出すことが出来る、 ということである。「現在」という問題も、結局は「いま、ここの現在」の自分との対峙ということになる。 般若心教を唱えているときの、五蘊皆空の直感に似ている。 (ノ ゜口゜)ノさらばじゃあ ・・・・・・・・ 2006年06月25日(日) 1909, スペイン画家・堀越千秋 −1 ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★ブエノス ディアス! 以前NHK・BS でー遠くにありて にっぽん人 ーを、シリーズで放送していた。 世界各地の国に溶け込んで活躍している日本人の芸術家や、技術者や、経営者などを紹介する番組である。 (2009年6月25日カット) ・・・・・・ 2005年06月25日(土) 1544, 私の酒中日記 ー10 金沢 ー6 ー1972年3月某日 武蔵店の店次長と最近飲むようになった。店長の愚痴をよく言うが、私が口が堅いことを見抜いているからだ。 これで二人目の店次長だが、二人とも現在の店長の悪口を平気で言う。何時ものように居酒屋に飲みに行こうと歩いていると、 目の前に店の女子がいる。丁度よいから誘うと、嬉しそうについてきた。ところで、店次長の今日の話が面白い。 (字数の関係でカット2011年6月25日) ・・・・・・・・・ 2004年06月25日(金) 1179, 哲学についてー10 ー現在の哲学 現在の哲学はどうなっているのだろう。現在の哲学を考える時、「構造」主義の概念がベースになっている。この「構造」とは 「構造化されたシステム」をいうのではなく、無意識であり、自己の限界を次々に乗りこえていく根源的生命力のことをいう。 構造主義とは[さまざまに変化していく諸現象の背後に隠された深層的で不変な「構造」(無意識)を探求する]と、いうことである。 解りやすく大雑把にいえば 「哲学であれ何であれ、あらゆる種類の言説は言語の構造であり、それがすべてである」その構造主義を唱えたのはソシュールである。 彼は人間は言語を持つことで人間になった、「人間は言葉だ」と主張。構造として「主体の発見があり、言葉は真の創造者だ」とした。 このような構造主義や、脱構造主義が出てきた背景には情報化社会の到来がある。 情報化はデジタル社会といわれ、すべてを情報量で記述する記号社会のことである。 情報化はコトバを持たない人、自在に駆使できない人やシステムが敗北をする社会といってよい。 その意味で哲学は個々人にとって真正面から取り組みざるを得なくなっている。 哲学は日常実世界には一見無用にみえるが、人生そのものにとって非常に重要になってきている。 自分のホームページを持ち、そこに自分のコトバで主張することの重要性をあらためて確認した。 「哲学について考える」を書いてきた効用か、今までとは何か違った目で「哲学」の本を読めるようになった。この程度でだ。 ところで、本棚には哲学に関する本が何冊かある。何冊か書いてみると 「哲学のカフェ」 ノーラ・K 「ソフィーの世界」ヨースタイン・ゴルデル 「哲学を知ると何が変わるか」鷲田小弥太 「哲学がわかった!」鷲田小弥太 「哲学のコテン101物語」木田元 「新哲学入門」三木清 (2012年6月25日字数の関係でカット) ・・・・・・・・・・ 2003年06月25日(水) 812, 変な人が書いた成功法則 ー 読書日記 (2008年6月25日字数の関係でカット) ・・・・・・・ 2002年06月25日(火) 448,吉村作治ー考古学について ?1 昨日、彼の講演があったので聞いてきた。エジプトなど遺跡が好きであった事と彼の本を読んでいたため、 一言一言が非常に興味をもてた。 講演内容を時系列にそのまま書いてみる ・考古学は人間学である。 骨董屋とは違う ・掘ること自体が面白いー好きにやれと好きに掘らせておくと60日経つと虜になる (字数の関係でカット2008年6月25日) ー 続くー ・・・・・・・・ 2001年06月25日(月) [63] 秘境ツアーコーナー故障中 3Dホームページ作成中故障発生?明日中に直ります。 ホームページ面白いがメンテとランニング大変! 好きだからやってるが、そうでなくては無理。 ーつづく
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2012年06月24日(日)
* 大恐慌、実体験談! 「大恐慌! 」スタッズ・ターケ著 日本人の近い未来を予測させられる本である。80年前の大恐慌の経験を、30年後の1960年後半にシカゴを中心に 金持ちから貧乏人、白人、黒人、日本人などが大恐慌時代の生々しい現実をインタビュー形式で答えている。実体験なので、 これからの暗い現実を垣間見ているようだ。直撃を受けて生活に困った人、運良く、乗り越えた人などいろいろある。ここでは 生きのびることが、その世界の掟だった。世間知らずだった人々に、突然世界が押し寄せてきた当時のアメリカの生々しい 現実がリアルである。大恐慌は、バスタブの栓が抜けるように始まったとある。それが年内に始まる可能性が大という。 他人事でない、私の場合、現実に一年前に先駆けて起こってしまった。そのため、それが始まった時の混乱がリアルに見えるのだ。 鼻声で他人事で嘲笑している顔が、海岸線にいた津波の犠牲者に二重写しになって見えるのである。 ーアマゾンの内容紹介ー 80年前、人びとはあの“つらい時代”をいかに生き抜いたのか? そして今、われわれはどう生き抜けばいいのか! 『仕事!』『「よい戦争」』等でインタビューの名手と謳われたスタッズ・ターケルが、ローズヴェルト政権の中枢部から失業者、 役者、犯罪者にいたるまでさまざまな階層・職業の人びと132人にも及ぶ声を赤裸に再現、あの“つらい時代=大恐慌時代”を なまなましく蘇らせる。 * 「恐慌(デプレッション)」って言葉は聞いたことがないよ。つらい時代(ハード.タイムズ)だって、みんなは言ってた。今も。 ーロジャー、十四歳アパラチア地方の少年、シカゴ在住 * 大恐慌っての、今なら面白いかも。ホント、すごいことじゃないかな。 路上生活をしたって、「ほら、家に帰って学校に 行ってくれさえすれぽ一万ドルあげるから」なんて誰にも言われないんだもの。今のぼくらには選択の余地がある。もし選ぶことが できなかったら、どんな感じかな? ートム、二十歳 * このことをおたしは記憶にとどめています。人によっては頭のなかから追い払ってしまうことですが。わたしは忘れたくない。 自分の最高の思い出をそれで汚したいわけではなくて、それはそこに存在していてほしいんだ、なにしろ実際に起こったことだから。 これが真実、歴史でしょ。 ーシーザー.チャペス * 彼らが愛したのは、死んでしまったわたしたち。 彼らはわたしたちの誤りをすべて忘れた。わたしたちの名前はごたまぜにされた。 物語は長かった。 若者たちは踊った。焚き火にくべる新たな大枝を切ってきた。そして言った、さあ話の続きを聞かせてよ。それからどうなったの? わたしたちには沈黙があった…… ージェネヴィーヴ・タガード、婦九四〇年 ▼ 黒人のインタビューで、「貧しい俺たちにとって、大して変わりはないね」という言葉が印象的だった。誰かが アフリカの難民を呼びよせて福島の惨状をみせたが、何も言わないで帰った。彼らにとって、それが日常でしかなかった。 ・・・・・・ 3742, 世界でひとつだけの幸せ 2011年06月24日(金) * 「世界でひとつだけの幸せ」 マーティン・セリグマン著 学生時代にポジティブ心理を知り、多くを実践し、矛盾を感じ、最近では考え方の一つとして割り切ってみている。 その最たるものが、中村天風の「積極的ものの考え方」である。 少しスランプ気味になると、トイレに二冊、置く習性になっている。 現在も数ヶ月前から、しっかりと置いてある。その辺のタイミングは心得ている。 あまりポジティブ思考に固執すると、嫌なこと、マイナーなことから目を背けてしまい、重大なミスに気づかなくなる。 ポジティブ的思考には、かならず逆照射のマイナー思考を重ねる必要がある。当然、両者の要素が濃くなるほど混乱、葛藤が大きくなる。 しかし、そのプロセスを踏まないと落とし穴に落ちるリスクが増す。 ところで、この本、読み始めたがナカナカ面白い。 ここで著者は、ネガティブ志向の人が、自らの短所や悩みを解消するのではなく、それぞれにもともと備わっている「強み」を さらに伸ばすことで今よりもっと幸せになると説いている。 人間も動物も、細胞から進化して現在に至ってきた。現在まで生き抜いてきた生物は、それぞれの場面で必ず、それぞれが持つ強みを 発揮したから、ここまで到達してきたのである。「自分の中にある強みの遺伝子は己の中で出番を待っている」という考え方は説得力がある。 そこで私の強みとは何か?を、人生を振り返って考えてみた。そこで気づいたことは、どの場面でも、「学び続けていたこと」であった。 初めは実利的なことだったが、途中で変化していった。 当然といえば当然のことだが。「僅かな地球の滞在期間を、せっかく与えられた人生、 可能な限り多くを知り、経験をし、楽しまないと」そのための学びになっていった。その一つが、10年前にHPをネットで公開し、 因縁のある人に学んだことを晒すことを思いついた。 そして、その習慣が現在のエネルギーになっている。 で、このザマ? それでも全くかまわない。その通りである。 この習慣そのものが、自分を支え、現象に振り回されながらも冷静でいられる。 それと、良いと決めつけたことを習慣化してしまうこと、これを重ねていくことも強みである。反面、悪い習慣を、そのままにしてあるが、 治そうとしない、だらしなさがある。 弱点の克服も、重要という自覚がない。「強み」を生かせは、ドラッガーが強調していたことだが! 人間の強みの最大の一つは、形而下(現象など)を、形而上に変換し、考えることだが・・・ ・・・・・・・ 3377, 人は風呂に何を求めるのか 2010年06月24日(木) 我われは、毎日、熱い風呂につかり、汗をながし、疲れをとる。そして疲れていればいるほど「極楽、極楽!」という気分になる。 世界中で、汗をかくほどの湯につかる「熱湯浴」に入るのは、ごくごく一部。ホテルの浴槽に湯を溜め浸かるのも日本人だけ。 だいたいが、シャワーで済ませる。北・中米のインディアンのシャーマンが「トランス状態に入る手段としての装置として 半地下の小屋で火を焚き、裸になって汗をかく「熱気浴」がある。 これが、焼き石を持ち込むことに替わり、焼き石に水をかけて 蒸気を発生する「蒸気浴」が生まれた。 古代ローマも、各地から多くの資源を持ち込み、娯楽施設としての温泉施設をつくった。 ローマ劇場、温泉は、町をつくるにあたって、大きな設備になっていた。 日本の風呂は、むしろ古代ローマのものに近い。 日本の風呂は仏教寺院の蒸気浴から始り、これが風呂を開放する「施浴」などで、一般に広がり、公衆風呂になっていく。 「風呂に入って、フアーっという浮揚感が、極楽のようだ」となり、現在でも極楽極楽という。世界中の人は、働き、遊び、 汗をかいた後に、汗や垢を流すことで、爽快感を感じてきた。その一瞬が、しあわせ!という、一瞬の気持ちになっていた。 刹那の風呂の幸福感は強烈なものである。 だから、日本人は昔から温泉浴を楽しんだのである。湯治といい、病になると 温泉に長時間の療養をしてきたのである。 国によっては、風呂に入る習慣もないところもあるようだ。 中学校の同級会で 「当時風呂に、月に3〜4度位しか入らなかった」という話題になったことがある。現在は入らない日は数ヶ月に一度あるかないか。 ある女優が、「風呂に二時間も入っていることがある」と言っていた。ぬるま湯にして、半分寝た状態が貯まった疲れをとり 美容によいという。 一種のサウナとしてホテルなどバスタブを使うことが多いという。 私は平日、寝る直前に熱い風呂に15分ほど入る。 また土日は朝の9時位に30分ほどつかる。 その辺りが、私の週単位の一番リラックスする時間帯である。5時前に起床。この随想日記を書き上げた後に、 信濃川岸のサイクリングかウォーキング、そしてSC内のベーカリーで焼きたてのパンとコーヒーを飲んで、帰って新聞を読んで、 風呂に入るのが9時になる。 前夜に酒を飲んで、気分が高揚していれば尚のこと爽快。 金のかからないプチ・ブル気分。 ・・・・・・・・ 3002、新潟駅前・闇金女子事務員殺害事件 2009年06月24日(水) 昨日の昼前に事務所に訪ねてきた知人が興奮した面持ちで、「闇金の事務所の至近距離にあるホテルの美容室に勤務している 娘が昨夜帰ってきて泣きながら、殺された女性が二年前から担当になり、二日前の土曜日に美容室でセットした」という。 特異な事件だけに思わず身を乗り出して聞き入ってしまった。新聞では金は置いてなかったとあったが、昨日のTVのニュース では100万円以上が盗まれたと報じていた。闇金なので金は無かったとしか言えなかったのだろう。 それにしても、事務所内は 血の海で、血の足跡が外まで続いていたというから、凄惨な殺し方のようだ。 月曜日の朝一の9時前に危なそうな闇金からみて、 極道系の人間と推察される。 監視カメラの無い逃走道路を前もって決めておいて逃げたのだろう。 犯人逮捕は簡単ではないだろうが、リピーターの可能性もあるから、どうだろう。女子事務員は、両親と三人住まいで48歳の独身、 黒崎の寿司屋の夜は勤めていたというから、大した給料ではなかったようだ。 (字数制限のためカット 2012年6月24日) ・・・・・・・・・ 2638, 娘に贈る12の言葉 ー5 2008年06月24日(火) 投資家ジム・ロジャーズの言葉 ー読書日記 ー8、汝自らを知ること。ー ・自分自身をよく知ってほしい ソクラテスは「自分の無知を自覚して自分の魂を育んでいくよう」という 倫理的要求として、自らの行動上の標語としたと 言われている。もともとはスパルタのキロンの言葉といわれ「身の程を知れ」という意味だった。 投資で成功するには 何をさておき、自分というものを解っていなくてはならない。 どんな時にも、冷静な判断をしなくてはならない。 そういう状況に自分がパニックになるかを知っていることが重要。人は自分の好きなことについてはうまくやることができる。 自分が最も好きなことを続けなさい。そうすれば成功をすることが出来る。 ・人は群集心理にかられやすい 群衆から離れて冷静に状況を判断すべきである。 ・パニックを起こしてはならない。心理学を学ぶべき。マーケットで起こりやしヒステリック状況を冷静に判断すべきである。 解)命と同じぐらい大事な金を賭けるのだから、顕わな自分と直面する。命を摩り減らすのは自明である。 投機と投資を間違わないことだ。幾ら投機で損をしたことか!中国のバブル崩壊のパニックが何時起こるかである。 ヘッジもしておかなければならないことも確かだが。 ーー ー9、変化を捉え、そして受け入れなさい。ー ・すべては変化していく。 世界は時とともに変化をしていき、それが重なったのが歴史である。 あるものにとっては開かれていくプロセスであり、 あるものにとって閉ざされていくプロセスになる。変化は触媒になりうる。大きな変化こそ大事なのである。 大きな変化は十年単位、百年単位でおこるもの。 ・需給の原理を覆したものはいない。共産主義は需給に頑強に逆らってきた。 需給の原理は経済の教科書の一ページにかいてある。これに逆らったからソ連は崩壊した。 解)現在の変化は、地球上の半数を占めるアジア人、その中でも中国に火がついたことと、情報化の大波が世界を揺るがしている! と言ってよいだろう。ナチ、ソ連など独裁国家がオリンピックを開催すると何年後に体制が崩壊する。 中国も、一度解体するのだろうか。 見ものである。 ・・・・・・・・・ 2007年06月24日(日) 2273, 霊長類オンナ科図鑑 ー1 (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。 中村うさぎ著 角川書店 またまた、 中村うさぎである。図書館で手に取ると、ついつい借りて読んでしまう。この本は、「こんなオンナはイヤだ!」と、 女達への悪口の連続!の内容である。女の職場で、いやというほど色いろな女族を見てきたが、でも可愛いのが女である。 それにしても中村うさぎが、よくぞ冷淡に女の生態を書きあらわしている。だから同性に嫌われるのだろうが、若い鼻持ちのならな いバカ女!達よ、少しはこの本を読んで、自分の姿を省みなよ!と心底、言いたくなる本である。 (字数の関係で中間カット 09年6月24日) ・・・・・・・・ 2006年06月24日(土) 1908, 地方経済(新潟)の実態 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? 先日、佐渡出身の人から聞いた話。「佐渡の人口が、自分が高校を卒業した40年前に比べて14万→7万人以下に半減。 (字数制限のためカット 2011年6月24日) ・・・・・・・・ 2005年06月24日(金) 1543, 新宿・歌舞伎町の変容 歌舞伎町といえば、1~2年前までは風俗無法地帯であった。 しかし石原知事が『歌舞伎町浄化作戦』を展開させてから 昨年の4月から半年間で、風俗関係を162店、人数にして500人、暴力団員が200人、それから不法外国人が7百人が 検挙されて歌舞伎町の街が一変しているという。それまでは、日本暴力団とチャイナ・マフィアが仕切る無法地帯に近い状態。 (字数制限のためカット 2012年6月24日) ・・・・・・・・・・ 2004年06月24日(木) 1178, 哲学についてー9 ー現代の哲学 −2 実存主義の大きい影響を受けたサルトルは、たんに優れた著述家としてだけでなく劇作家・小説家としても名を知らしめていた。 彼はハイデッガーを研究し、最初の戯曲を発表。また1943年には哲学上の著作として重要な「存在と無」を書き上げた。 彼の言葉に「精いっぱい生きること」がある。「社会が課す規制や規則に反発するのは若者であり、誰でも 『自己についてのあらゆる選択権』をもっている」という、彼の言葉に当時の若者が飛びついた。 現代の哲学を考えると、アメリカのプラグマティズムをあげなくてはならない。「知識を実践的な活動としてとらえる」 考え方である。18世紀後半アメリカが国家として独立すると、アメリカ特有の新しい文化や思想が生まれるようになる。 その後100年かかって優秀な哲学者がハーバード大学などからでてきた。バース、ジェームス。そしてディーイである。 バースはプラグマティズムを「言葉に表れた意味を確認する手法、意味論である」と主張した。彼の一主張で 「知ることはひとつの行為」であるというのが印象的だ。20世紀には分析哲学が飛躍的にのびた時代でもある。 哲学者の多くは学者や科学者ばかりという背景もあった。論理分析や言語分析などは歴史的に見ても飛躍的といって よいものであった。人間の知識の本質に対する徹底的な再検討と分析である。 そして構造主義がうまれてくる。 ・・・・・・・ 2003年06月24日(火) 811, 「最良」の敵は「良」である ある本の冒頭に出ていた見出しである。 ー以下に書き写してみるー 「重要事項を優先すること」は、人生の核心に関する問題といえる。ほとんどの人は、「やりたいこと」や 「やらなくてはならないこと」がありすぎて疲れ果てている。 自分の時間を最大限に使い果たすために、そのときどき、 あるいは一瞬一瞬、行動を決定することは大変なことである。「良」か「悪」を見分けることは簡単だ。無駄な時間や 愚かな時間の時間の使い方なら誰にもすぐに分る。「良」か「最良」かを見分ることが難しいのだ。 「最良』の敵は「良」であることが多いからだ。あなたにとっての「最良」とは何だろうか。 「最良」のために時間を使うことを妨げているのは何だろうか。それは意外なことに、あまりに多い「良」が邪魔をしている。 数多くの「良」に邪魔をされて、最優先事項を優先できなかったことを、ほとんどの人が後悔するのである。 ・・・・・・ ー以上であるが、「無意識的に小事に取り組んでいるのは、意識的に大事に取り組まないのと同じだ」 と次の項目にあった。 小事が「良」大事が「最良」と考えてみると小事が最大の敵というのが解る。 小事も大事であるが、それにとらわれて大事を見逃すことが致命傷になる。目先の緊急を処理することが、いっけん大事そうだが、 これが敵である。「最良」を明確にして、真北(北極点)に向かって常に磁石の針を「最優先事項」に向けていなくてはならない。 何かハッとする言葉である。イトーヨーカドウで「ヘドロー売れ筋外れ商品」の仕入れ原因を調査した。 ーそれがなんと売れ筋商品の品切れをカバーする為に仕入れた類似商品だったー売れ筋を最良とみて、次善の商品を入れたつもりが、 最悪の事態を呼び寄せてしまった。少し意味がそれたか?人生そのものであると同時に、すべてに当てはまることといってよい。 今の日本の姿といってもよいだろう。自民党旧守派が常に「足して二で割る」政策をしてきたことが、この「良」といえる。 日本をここまで追い込んだのは醜悪集団が「良」の選択をしてきた結果である。単なる利権集団屋さえ気がつかない低俗国民に 問題ありだが。最良の「敵」が「良」とは、もっと早く気がついているべき!気がついているほうであったが、それは「良?」 の人に比べてか。 最良じゃない自分がいう権利はないか?しかし真北の選択という面で最良は選ぶことはできたはずだ。 その都度真北を見てきたつもりであったが、どうであろうか。私が意識的にー敵(良)としてきたことは俗に言う「世間様」。 それでも一言で「『最良』の敵は『良』である』とずばりいってのけるとは! ・・・・・・・ 2002年06月24日(月) 447,内面処理の仕方ー心の自己処理 昔から自我の強い性格「プライドの高い性格=コンプレックスの強い性格」でいろいろ行き詰まりなどあった? それなりに乗り越えてきたのは「最後は一人」ということが実感で解っていることもある。 行き詰まりとかトラブルがあった時の気持ちの処し方で・一番手っ取りはやいのは、辛らつにその内容を紙に書く。 自分の気持ちと事象を、とことん書き連ねる。・それでもどんどん出てくる気持ちの混乱、それをとことん書く。 ・脳内に出てきた言葉を全部、書き出す。もう出てこなくなるまで書く。・その内容を読み返す、そして更に書く。 これを繰り返すと、幾らでも出てくる、それを書き尽くす。・それをきっちりまとめて、最後は破って捨てる。 ・そしてその全てを袋に入れて紐で縛りつけ、心の奥にしまっておくイメージを繰り返す。その時は残るが、時間が経つと 全く内面から消滅する。「割り切」を合理的にしていることになる。それを中途半端にすると後に残ってしまう。 あとは時間が全て洗い流してくれる事を信じる。その時間の見積もりをする、これは一年、三ヶ月と、最近は誤差がない。 一番辛いという、連れ添いの死も三年という。般若心教を暗記してあるのも良い。全ては宇宙の出来事の些細な出来事で しかないことが自己確認できる。般若心教は憶えておいた方がよい、心の保険としても。 ・・・・・・・・ 2001年06月24日(日) [62] あと2週間 あと2週間で北欧ロシア旅行だ。まだ実感がわかないが、かなりハードな旅行になりそうだ。 南アフリカやシルクロードからみれば、半分ぐらいだろう。このコースはやはり外せないコースだ。 ペルーにいった時、同行の人に「旅行道という言葉があるならインドは絶対外せない」 と言われて、インドに行ってみて納得したが、このコースもそれに近い何かを直感した。 それが当たっているかどうか?「12日で5カ国、バスあり飛行機あり船ありだ」毎日が面白い。
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| 4107, 哲学で自分をつくる ー5 (デカルト) |
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2012年06月23日(土)
第二章 まだ自分をさがしているの? ーデカルト ―① * 我狂う、ゆえに我なし! 「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」 瀧本 往人 (著) デカルトの「方法序説」の『省察』で、狂気についての指摘が考えさせられた。 ≪「思う」もしくは「我思う」主体が狂気を携えていることはありえない、としている。「Aという定理は間違っている」ということを 新たな「Bという定理」から指摘することはできるが、「私は狂っている」ということを「狂っている主体」が言うことはできない。 もし言うとすると、それは「正しい」ことを言っているのであって、狂っていないことになる。私は先ほど狂っていたが、今は正常です、 と言うことも基本的にはできない。そうすると錯覚や夢とは次元が異なるものとしてデカルトは狂気を提示していることになる。 そうであるがゆえに、「私が考えるということは、狂ってない人間」の特権と化すのである。 ・・・つまり、「我思う、ゆえに我在り」を成立させることによって、「我狂う」場合は「我狂う」という言明もできないし、 「我在り」も成立しないと言っているに等しいのである。狂気は「懐疑する主体」によって最初から排除されているわけである。≫ ≪・・・デカルトは、本当に確かなものはこの世にあるのだろうかと考え、考え尽くした上で、疑えないものなぞない、という結論に至った。 この世に何も頼れるものがないとは、きっと途方に暮れただろう。しかし彼はこの問いをさらに突ぎ詰める。そして、まぎれもなく 確かなものを発見した。それは、「すべてを疑った」、そのこと自体は確かだ、ということである。つまリ、疑い尽くした「我」が 「在る」ということだけは、動かしがたい「真実」であるということだ。懐疑の果ての確信。考えれば考えるほど、「自分」以外に 確かなものはない。だからあなたのように、「自分らしさ」や「本当の自分」を探るということは、至極当然のことであって、 そこにリアリティを感じるのは自然なことだ。ここまではよい。しかし、ここからが大問題だ。あなたは、いつか「本当の自分」を 見つけることができると思っている。だが、それは本当に可能なのだろうか。 もしかすると、前章でふれたソクラテスが導念した 「自分の魂を磨くこと」とは、、今でいう「私らしさ」の追求ではないのか。そう思う人がいるかもしれない。だが、ソクラテスが 目指したのは【魂の鍛錬】であって、「私らしさ」ではなかった。彼には「私」とか「主体」いうものの考え方がなかった。 「ソクラテス」はいたが「私」ではなかった。 この「私」を発見したのは、今から四百年前、日本で言えば江戸時代初期に生きた デカルトによってである。では、デカルトこそ「私探し」の元祖なのだろうか。実はこれも正しいとは言えない。デカルトの目的に、 世の中に確実なことがあるのかを見極めることであった。探していたのは確実性であり、「真理」である。その真理が実は、「私」を 拠点としていたのである。確実なものとして「私」は登場してくるのであって、探さねばならないものではなかったのだ。 ≫ ▼ <「私は狂っている」ということを「狂っている主体」が言うことはできない。> は、「嘘つきのパラドックス」に似ている。 エピメニデスという哲学者が「クレタ人は嘘つき だ」と言った、話である。困ったことにエピメニデス自身がクレタ島の出身。 だとするとクレタ人が嘘付きだというのならエピメニデスも嘘つきなのだろうか。だとすると「クレタ人は嘘つきだ」という言葉 自体も嘘なのだろうか。だとするとクレタ人は嘘つきではないのだろうか。ではエピメニデスの言ったことは正しいのだろうか? ではクレタ人は嘘つきなのだろうか? という哲学問答である。人生を振り返ると、「私は狂っていた、ゆえに私の人生、 ないがごとき」が、実は人生の実相と思い悩んでいる。狂っていたなずと、狂っていれば言えない。悩みなど、そんなもの! ちっぽけな人生、何を悩む? しかし振り返れば狂っているとしか思えない。 これは私だけではなく万人にいえるが・・・ ・・・・・・・ 3741, パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? 2011年06月23日(木) 指摘されて気づいたことだが、日本でのパチンコの容認である。その存在を誰も不思議に思わない日本の戦後体質と世論である。 この疑問に至ったのは、新聞広告で「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」若宮 健 (著) を知り、アマゾンで概要を読んで、 驚き同調したため。 この国では、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と癒着?の関係になっている実態がある。 ーまずは、アマゾンの著者からの内容紹介ー パチンコによる被害が叫ばれて久しい。依存症でサラ金、闇金の借金まみれになった末に家庭崩壊、自殺という例は跡を絶たず、 炎暑下の赤ちゃんの車中置き去り死亡事故も相変わらずである。著者は長年、パチンコ依存症の問題を取材してきたが、2006年暮れ、 たまたま旅行した韓国で、パチンコが全廃され、すべての店舗が姿を消しているのを目にした。ところが驚いたことは、日本に 帰ってきて新聞雑誌をみても、そのことを報じている新聞は皆無で、そのことを知っている識者も誰もいなかったことである。 ーアマゾンに投稿されている以下の評論も、正論であるー ≪ 韓国に、2000年代に入ってパチンコが日本から移入され、様々な社会問題を引き起こした末に、数年で全面禁止になったという話は、 寡聞にして全く知らなかった。 (字数制限のためカット 2012年6月23日) ・・・・・・・ 3376, 生涯に直面する四つの不条理 2010年06月23日(水) 「生き方の不平等」 白波瀬佐和子著 * 生き方は個人の選択だが、そもそも最初から立つ位置が異なるー 毎日新聞の書評で読んで、ネットで詳細を調べたが、考えさせられる内容である。 ー 以下はネットで調べた概要 ー 著者は、人の一生を四つの段階に分け、それぞれの中心問題をとりあげている。 一、どんな家に生れるか。人は人生のはじめに大きな不条理を背負っている。これは厳然たる事実である。 市場主義者は機会の均等を前提として社会のあり方を考える。だが現実は、その出発点が不平等なのである。 子供の幸せは親の幸せ。せめて子供だけにはましな暮らしをさせたいと、親は教育に力を注いだもの。 世代を超えた人生の帳尻の合わせ方である。 高度経済成長期には熱心な教育ブームが広がって、1970年代の 出産率は2.13で、夫婦に子供二人が典型的な家庭であった。総中流生活といわれたものの、実はじわじわと階層化が 進行していた。日本の母子家庭の貧困率は2/3ときわめて高い者たちが直面する不条理である。 二、次は、若者たちが直面する不条理。 社会に出るときの背景に恵まれたかどうかである。 青少年から大人へ、学校から社会へ、扶養される者から職業人へ、人生への新しいステージへの移行期が恵まれているかどうか。 そこに、例えば九〇年代のような長期不況がぶつかると、正規雇用者になれない人がふえる。深刻なのはそれが長く、 時に一生その人につきまとうことである。それが、たまたまの負け組、たまたまの勝ち組をつくっていく。 著者はこの「たまたま」の中に、自己責任を強調した小泉的発想を批判する。 三、三番目の働く場の不条理は、男女の差が中心である。 高度経済成長の時代には生活の場を女性が一手に引き受けて、 生産の場を稼ぎ主の男性が担うという役割分担論でやってきた。 不況時代でも性的役割分担は本質的に変わっていない。 女性には子育ての時期に労働参加率が低下するM字型労働参加曲線が特徴的である。男女の働き方が欧米に較べ大きく 異なっているのは、労働市場が男女で分断され、女性の賃金と昇進機会が制約されてていること、家庭と職場を結ぶ 社会的支援が不十分である事があげられる。就労形態で見ると女性は事務、男性は生産とはっきりした差異があることである。 医師は男性、看護師は女性が多いという風に断絶している。 四、最後に高齢者たちの不平等である。 高齢期は経済的のみならず、社会的な蓄えがものをいう人生の終盤期であり、 蓄積された不平等がより顕著に現れる時期。「お一人様の老後」で述べられているように、ひとりで生活する高齢者は 同居する家族がいない分、深刻な貧困リスクに向き合わなければならない。そのためには周到な老後設計が求められる。 高齢者の所得格差が大きいのは、他の国に較べて高齢者の就労率が高いからである。 OECDの平均は12%ほどなのに、 日本の高齢者就労率は20%を超えている。欧米では悠々自適の(年金)生活を謳歌するが、日本では年金だけで生活できないので 老後の心配から、いつまでも働くのである。 過去30年の高齢者がいる世帯の変化を見ると、3世代世帯数が60%から20%へと 急速に減少し、反面高齢者のみの世帯数が15%から45%へ増加した。単独世帯や夫婦のみの世帯も10%から25%に増えている。 大世帯という集団が解体していることが如実に示される。そこに不平等が生まれてくる。 ▼ 人生を振り返ると、ここまでは恵まれていたようだ。 老後のセフティ・ネットをつくってあるし、 老後の不安は最小にしてあるが、この恐慌である。それら全てを破壊される可能性がある。 つくづく思うのは、恵まれた 両親の元に生まれた幸運、そして青年期に高度成長期に当たったこと。成年・壮年期は世界二位の経済大国であったこと。 老後は、それほど為残したこともないし・・・。しかし40代半ばから下の人は、時代背景が悪い。その段差が世代間格差か。 ・・・・・・・・ 3001、ハロー効果 2009年06月23日(火) 「世界は感情で動く」 ー4 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー * ハロー効果の意味とは? ーネットの百科事典『ウィキペディア』によると、 【 ハロー効果とは心理的効果の一つ。 ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる 現象のこと。認知バイアス(偏見)の一種である。一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向への ハロー効果も存在する。ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。 例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れてると思い込んでしまうケースがある。 また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにもかかわらず良いイメージを与える。 それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 経験則として古くから気づかれていた現象であるが、 実証的な研究は心理学者のソーンダイクによるものとされている。】 ▼ 世の中は「ハロー効果」だらけといっても良い。スターや大相撲の横綱が、その典型。周囲を弟子に囲まれ、これから大一番に 向かう時など熱気が冬の冷気と相まってオーラのようにとり囲むことがあるという。といって、それと品格とは違う問題。馬鹿な大男に 「品格が良さそうに振舞え」というだけのこと。ハロー効果は何時の間に自惚れもたらす。目隠しをしてペプシとコカコーラを飲むと、 7割はペプシが美味いと答えるという。宣伝による洗脳効果の「スカッと爽やかコカコーラ」が刷り込まれていて、味まで変わってくる。 そうそう、日本の代議士が、典型である。立候補の時のイメージ作戦。彼らは当選するために理想的人物を演じるのである。 そして、そのギャップがスキャンダルとして、白日にさらけ出された時に段差に唖然とする。 世の中、元もと集団幻想であり、個々は、他幻想に、自己幻想でしかないのだから、ハロー効果を狙うのは当然のこと。 そうこう見ると、人生を何をアクセク生きてきたのか、馬鹿馬鹿しくなってきている日々であります。 ‘ 達磨さん こちら向かんせ 世の中は 月雪花に 酒と三味線 ’ で、良いんじゃないかい。 で、少しアル中気味! 後記) 足利免罪事件、あれは初期のDNA鑑定がハロー効果になり、誰も疑わなかったことによる。 ・・・・・・・・ 2637, ロードサービス、初体験! 2008年06月23日(月) ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっは! ー半ドアでバッテリーが上がるー 昨日、車を乗ろうとしたら車が半ドア。そしてエンジンを入れようとしたところ反応がない。 バッテリーが上がっていた。二週間、車に乗らないので気がつかなかった。そこで、その対応策として。 ・まずは兄に電話をしたら、前日に義姉が車の事故で大破。もう使えない状態という。前なら行きつけのガソリンスタンドの電話を して来てもらうが、こういうご時勢、一円でも安いガソリンスタンドを、そのつど見つけて行っているので、気楽に頼めない。 ・車のコンビ二に電話をすれば、5千円?は取られるだろう。それこそ、ばかばかしい。 ・そこで、カードのサービスにロードサービスがあったことを思い出した。 OMCのロードサービスである。 (字数制限のためカット 2012年6月23日) ・・・・・・ 2007年06月23日(土) 2272, 漢字は、一字で、詩やねん (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ ヨ♯ ー 榊莫山 の名言ー 漢字は、一字で、詩やねん。字というものは、そもそも絵画的でっしゃろ。山、川、木、森、すでに、字そのものに、 絵と言葉の合体がある。室生犀星がな、どんな人でも死が訪れる頃には、ええ字が書ける、と言うてます。 それに、中途半端に風流そうに見せた字より、読む人のことを考えて、丁寧にわかりやすく書いてある字のほうが、 なんぼか感じがええもんですよ。 真っすぐ前ばかり見とっても、 何も見えてこんで。 ... ▼「漢字は、一字で、詩やねん。字というものは、そもそも絵画的でっしゃろ。・・・」 いい言葉である! 「人の名前は、それだけで、その人の一生の物語」という言葉を思い出したが、この言葉を重ねると何とも言いえて妙である。 その物語のテーマという名前を両親が愛と願いを込めてつけて、ストーリーは本人が一生をかけて演じるもの! 「人の名は、それだけで、詩やねん。」という言葉が成立するが、これも含蓄がある。 墓の横の姓名と年月日をみると、つくづく消えし過去の物語を感じるのは、そのせいだろう。 一人一人物語と深い経験を持っている。 そうすると、私の場合ー 堀井八郎ー一生をかけて八つの井戸を掘る男! 私の場合、小さなビルを増築も含め八つ造った?それとも、八つの大きな出来事に出会った? 八は中国でお金のことというが、金がついてまわったという実感はない!理屈はどうにでもつく、ということか! ・・・・・・・・ 2006年06月23日(金) 1907, エピソードで読む西洋哲学史ー2 。・∀・)ノ゙オハヨウ! ー読書日記 この本の中にフランスの教育事情があった。日本との違いに驚いたが、これでは不法移民が暴動を起こすのも解らないでもない。 自由・平等・博愛を標榜している仏国をエリート教育システムからみると、徹底的な差別国家とも受け取ることができる。 (エリートは、選抜された人である。その背後には振り落とされた人が多く存在している)自由、平等、博愛はエリート社会の 仲良しクラブ内だけの合言葉でしかないのか?「有得ないからせめて努力しましょう」ということだ。北朝鮮のように、 漫画的な奴隷制度が残存している国からみればまだよいが。優秀な人を選んで徹底的に教育しなければ国は成り立たないのも事実。 P・310 高等師範学校(エコール・ノルマル・シュぺリウール)、 これがフランスの知識人世界を理解するキーワードの一つである。 フランスの高校生は大学に進学しよう思えば、 ・バカロレアと呼ばれる全国統一テストを受ける。 ・これに合格すると大学入学の資格を得て、基本的にどの大學にも進学できる。 ・フランスでは大學の授業料はタダ、無料である。 現在のデータでは、ソルボンヌ大學の場合、年間二万円少しの「登録料]]を払えばよい。基本的には欧州の大學は、 フランスでもドイツでも、授業料はタダ。この点がアメリカとは基本的に違う。(アメリカは年間250万円が相場) 欧州は大學授業料がタダなので、私立大学は殆ど存在しない。しかし、フランスのエリート高校生は大学には進学しない。 ソルボンヌ大學なんか行かない。 何処に行くか?高等専門学校(グランゼコール)を目指すのである。 (字数制限のためカット 2010年6月23日) ・・・・・・・ 2005年06月23日(木) 1542, バージン島にオフショア会社設立? 一昨日、取引先の保険会社の社長が、「面白い人を連れて行くから会ってくれないか」という電話が入った。 何回か、その面白い人?の話を聞いていたので、気楽に会うことにした。菊池ファイナンシャルグループ代表の 菊池重喜氏という人である。持ってきたパンフレットによると1966年にカナダ移住。 現地で、伊藤忠商事カナダ、サンライフ生命保険を経て、1980年に保険会社の菊池ファイナンシャルを創立、 2000年には現在の菊池ファイナンシャルグループを創立をしたという。 彼の話の要点は、 ・日本そのものが危ない状態に入った、 ・AAA格付けのカナダ国債・アメリカ国債をオフショア金融センターで購入しておけば資産が安全に育ちますよ! そのお手伝いが、彼の仕事である。今までは、海外のオフショア会社の設立など、全く別世界に思えていたが 手軽につくれるという。 (字数制限のためカット 2011年6月23日) ・・・・・・・・ 2004年06月23日(水) 1177, 「物語の主人公になる方法」ー読書日記 人生は一冊の小説のようなものというが、図書館でいつも見ているコーナーに新たに新刊本が追加されてあった。 (字数制限のためカット 2010年6月23日) ・・・・・・・ 2003年06月23日(月) 810, 「ありがとう」の言葉ー5 最近は殆んど見られなくなったが石油スタンドが完全自由化になる以前は、まだ石油の価格が暗黙のうちに規制されていた。 その際の、ガソリンスタンドの差別化として、お客の車に対して深深と頭を下げるのが流行っていた時期があった。 (字数の関係でカット09年06月23日) ・・・・・・・・・・ 2002年06月23日(日) 446,喧嘩のコツ ・まずは先手必勝、なんでもそうだが ? 王手・飛車より、先手が怖い ・相打ちを狙う。 ー但し、相手よりより力を込め、弱点を狙う 自分が傷つくことを恐れて腰が引ける、やるなら相打ち ・逃げ道をつくっておくー 引き際を見つける 相手の逃げ道もつくるー窮鼠猫を噛む ・短期決戦ーこれも鉄則 ・大義をつくっておく ・時には捨て身でも ・長期に喧嘩か短期で戦法を変えるー見際めをする ー長期戦は江戸の敵を長崎で討つ方式 こういう奴の在庫がいっぱいある、男社会は仕方ないが。その前に殆んど自滅していくが。 喧嘩はしない事だ、但し仕方ない時は全力ですべきだ。事業は見方を変えれば喧嘩そのものだ。 事業は弱い相手を探して叩けばいいが。子狐がけっこう喧嘩を売ってくる、仲間内に自慢か話題つくりか箔付けの為に。 その場合けっこう面白がってやる。生理的に楽しくかつラインが作れるからだ。エネルギーのロスだが、長期戦にすぐ切り替える。 長期戦の相手は徹底的に蔑視する,内面から消滅するまで。おかげで人間関係で悩むことは少ない、割り切れるからだ。 ・・・・・・・・・ 2001年06月23日(土) [61] 小泉総理メルマガの紹介 らいおんはーと ? 小泉総理のメッセージ]
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