堀井On-Line



3726, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜③

2011年06月08日(水)

     『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
 ここの12章に《 どんな議論でも「絶対に負けない」十の鉄則 》がある。
* 何ごとも十分に準備をする。 ー適切な準備には、物語・シナリオをつくることと、関係者に役割を当てることが必要。
* 相手に聞いてもらえるように、心を開かせる。 ーウソをつかない。
* 議論にストーリー性を持たせる。 ー私たちは遺伝子による物語の話し手であり、聞き手である。
                   審番員、上司、家族、相手は物語を聞くように条件付けられている。 
* 真実を語る。  ー力の議論は、真実を語ることに始まり、真実を語ることで終わる。
* 相手に自分の望んでいることを話す。ー正義の力を忘れないこと、どんな議論にも備わっている正義を見出し、求め、要求しなさい。
* 皮肉や冗談を避ける。ー相手に敬意を払うことによって、私たちは高い次元にたつ。相手を軽蔑する人は、その次元に留まる。
* 論理を見方にする。 ー論理は力だ。「論理は剣に似ている。論理にうったえる人は、論理に滅ぼされる。」
* 行動と勝利は兄弟  ー最も緻密な防御をするより、たとえ最悪でも真正面から攻撃をした方がよい。相手に主導権を握らせないこと。
* 自分の議論の弱点を認めなさい(自分の弱点を曝け出しなさい)
* 自分の力を理解しなさい(自分自身に勝つ許可を与えなさい。そして恐怖を乗り越える)。  これらが、この著書の柱になっている。
≪ 主体的であること、主導権を持つこと、そして準備を充分すること、シナリオを練り上げること、自分の力を信じること。
それが、勝利のコツになる。≫ 周辺をみて、事業も、家庭も、うまくいっている人を観察すると、大体が上記の要素をクリアーしている。
十人に一人か、二人位だろう。 それらの人は、同じような人と群れるから、それが相乗効果として、ますますプラスが膨らんでくる。
 逆に、まったく無頓着に、目先のこと、現象しか見ることが出来なくて、現象の底にある本質など考えることすら出来ない人は八〜九割。
その色濃い人に、不幸の種が八〜九割、集中する。 そして、それが自虐、他虐へとマイナス回転を始めることになる。
さらに似たのが集うから、不幸に箔がついてくる。要は、永年かけた教養を積んでこなかった結果である。 自分だけにマイナスの事態が
積み重なってしまうか理解出来ないため、自虐のドブ沼に嵌まり込む。「勝のセオリー」を、実際に身につけることは、そう生易しくない。
だから時間をかけて準備をし、積み上げていくしかない。 ところで日本の検察、この本の読みすぎ?検察が権力をつかったシナリオとは? 
・・・・・・・
3361, すでに世界は恐慌に突入した ー2
2010年06月08日(火)
「すでに世界は恐慌に突入した ーデリバティブとドルは あと数年で崩壊する」ー朝倉慶 著
   P/129の 「デフォルト宣言するオバマ大統領」は注目に値する!
・過去を振り返るとニクソンはお馴染みニクソン・ショックで金本位体制を破壊し、ドル垂れ流しという
 アメリカの覇権取りに向けた基礎を作った。
・レーガンは新自由主義と言って、規制緩和、財政支出拡大、スター.ウォーズ計画など 冷戦勝利のために軍拡に努めた。
・クリントンの役割はドル高の演出で、世界からお金を無尽蔵に集めてくること。
・次にブッシュに引き継がれますが、消費バブルや戦争バブルを拡張させるためにインフラ整備、要するにドルに魅力を
 持たせること、ドルを集めることを至上命題としてきたのです。その後、集まったドルがレバレッジでさらに氾濫して、
 今回の危機を起こしたのは承知のとおり。これもクリントンのやった世界中からの資金導入がなければできないこと。
・そして今回オバマ大統領の影の役割、一番大事な、すでに大統領になる前から決まっている最大の仕事は何かと言えば、
〈借金踏み倒し〉スワットいわゆる米国債のデフォルト、それに伴う新秩序の形成なのです。いずれ〈オバマショック〉
 と命名されるかもしれませんが、ドル暴落後の世界をいかに収めるか、それもアメリカの国益を最重点にして、これが焦点。
 これまで書いてきた今の世界中で繰り広げられている国債発行、借金頼みはどう考えても持続不能。どこかで大整理が必要です。
 ドル暴落は見事にこれから仕掛けられることであって、オバマ大統領の役目はその状態がいかに自然に起こってきたことなのか
 とふるまうことです。世界やアメリカ国民がこの状態では止むを得ないと思う形で、米国債の無価値化、借金踏み倒しをするか、
 酷ければ戦争に走るかということでしょう。 これらの行為はアメリカの復権を目指すもので、そのプロセスを自然に
 やったように演出することが大事なのです。 オバマ大統領は、就任前は中国を為替操作国と呼び、大変強硬な態度でした。
 それは今は中国に媚びて、米国債を買ってもらうように懇願しているようにみえます。これは演技なのです。
 もうすでに財政破綻から、ドル暴落に陥っていくのは日程に入っている状態ですから、自分達はドルの価値を維持するため、
 全力を尽くしましたという演技が必要なのです。一生懸命ドルを支えるため、超大国アメリカの大統領であるのにもかかわらず、
 頭を下げたという演技が重要なのです。
  〜以上だが、ほぼ上記のことは間違いないだろう。
 このまま世界各国が札を刷りまくるしか手立てがないのだから、早かれ遅かれハイパーインフレは、発生する。
 だから金(ゴールド)が、まず買われ、次に食料品、石油などの資源株が買われることになる。そして極めつけが戦争。
 ネタはイランと北朝鮮あたりになる。アメリカにとっての公共事業は戦争であるから、もっともらしい火種に火をつける。
 ・・・・・・・・・
2986,友愛思想
 2009年06月08日(月)
民主党党首の鳩山が「友愛」の必要性について語ったところ、自民党などに失笑をかってしまった。
隣に「北朝鮮」というテロ国家があるのに、何が「友愛」だと等々・・・。
私が学生時代に住んでいた寮の先輩が軽井沢の「友愛山荘」のペアレント(管理人)をしていたこともあり、
何度かホステラーのアルバイトに行っていた。 そこが鳩山一族の政治団体「友愛の会」の経営する山荘で、
友愛思想について、何度か聞いたことがある。クーデンホフ・カレルギーの友愛思想は現在のEC(欧州連合共同体)
の根本思想で、自由と平等と博愛を目指す考え方である。フランス革命の自由・平等・博愛思想がバックにある。
 ーネット辞書のウィキペデアによるとー
【『自由と人生』著者 クーデンホフ・カレルギー 1938 年刊 訳者 鳩山一郎 】に 友愛とは、上記「自由と人生」に
記されている友愛思想、友愛革命、友愛社会に則る考え方であるが、要は、自由と平等との対立を解消し、
克服するのが友愛主義であると記し、友愛の基本をフランス革命の友愛に依拠していると説明している。 
友愛という考え方は、宗教では、隣人愛、自愛、即他愛、等、広く一般的に知られておりますが、カレルギーは
「フランス革命は、自由、平等、友愛を目標として起こりましたが、そこには自由の革命はありましたが
平等と友愛の革命はなく、しかも自由と平等は対立関係のままにされ、その上経済的平等は誰しも望むところですが
自由が存在しなければ全く価値のないもの」と、述べている。
 さらに自由放任の社会は経済的不平等、富の偏在、貧困の差をより大きくし、如何にして自由と平等の対立関係を
調和せしめるのか、カレルギーはこの対立解消のベースに友愛主義を提唱し、人々の間に具体的に浸透する方途として
友愛革命を掲げました。
  (字数の関係でカット2011年6月8日)
・・・・・・・・・
2622, 『12の口癖』 成功者たちの幸運を呼び込む言葉
 2008年06月08日(日)               ー読書日記
ーまずは、「まえがき?人は言葉で評価される」よりー
銀座ママが見た日本のエリート1万人の秘密!!
「銀座という場所柄、お店にはいわゆる成功者」といわれる方々が数多くいらっしゃいます。
経営者、政治家、スポーツ選手、作家…その数は一万人を優に超え、どなたも溢れる魅力をお持ちです。
そして、その魅力が一番輝きを放つのは、口をついて出てくる言葉でした。 (中略)とくに、
何気なく話しているときに耳に残る口癖は、私を励まし、支えになってくれました。
そして、私はこの口癖こそが成功の秘密だと気づいたのです。」            
ー次に、その『12の口癖』
* 第1の口癖「とりあえず、やってみよう」 * 第2の口癖「あなたに任せるよ」   * 第3の口癖「大丈夫だよ」         
* 第4の口癖「あせっちゃダメだよ」  * 第5の口癖「気にしない気にしない」    * 第6の口癖「幸せだなあ」
* 第7の口癖「一から教えてください」 * 第8の口癖「ツイてるなあ」       * 第9の口癖「一緒にやろうよ」       
* 第10の口癖「それ、おもしろいね」 * 第11の口癖「明日のために負けよう」    * 第12の口癖「信じているよ」
   あとがき  成功する前は誰でも普通の人
 ーーー
この本の、印象的な部分を抜粋してみた。
 (字数の関係でカット2009年6月8日)
・・・・・・・・・
2007年06月08日(金)
2257, ビョーキな人々探訪記 ー4               |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は
   最近エステが大流行だが、いまいちその理由が解らなかった。
 しかし、エステ依存症の横森理香と、同じ経験者の中村うさぎの対談で、その意味の一端が解ったような気がした。
 奇麗になりたい!という心理は解るのだが、それが度を越して罠にハマってしまうのは、少々理解しがたかったが・・
 綺麗はバランス。 バランスを直すのがエステなら、やはりインプットとアウトプットのバランスをとることである。
 エステ依存症の横森が行き着いたのは、地味飯の玄米食である。 外形を治すのに、逆に依存症という病気を抱え込んでしまうのは、
 本末顛倒ということになる。外形は内側の歪みが大きな原因であり、それを治すのがエステの目的であるなら精神科が範疇でもよい。     
 サプリメントもエステに似たようなところもある。「私のサプリメント」でも書こうか! 結論はわかっている。
 玄米食と自然食品がベスト。それが出来ないから、サプリを飲んでるんだよ!という内面の声。
    (字数の関係でカット2008年6月8日)
 ーー
孤独になれない、??な女が陥る罠ということ?     ホンジャ ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・
2006年06月08日(木)
1892, 酔生夢中         才八∋ウ_〆(∀`●)
一昨日は、面白い人と酒を飲んだ。いま話題の南極越冬隊の高倉健が演じた菊池徹氏が父親という。
4月半ばに84歳で亡くなられたといっていた。カナダのバンクーバー在住で、保険業とカナダ国債の日本国内での販売が業務。
知人が菊池さんと親友ということで、「新潟で飲むので一緒に飲まないか」との、お誘いを受けた。
国際金融のプロフェッショナルで、日本人の金融音痴を嘆いていた。この数年は年の半分以上は、日本中を「国際金融」
などの講演をしているとか。16歳で、父親とバンクーバーに移住したので、思考は殆ど英語という。
ハワイでは日本人二世や三世を「バナナ」と言うらしい。(外見は黄色で中味が白色)食べ物は、やはり日本が絶対的に美味しい。
日本に、来ている動機の半分は、日本酒と魚を日本国中、食べ歩けるからだという。十数年前に、カナダだけにいるのに
飽きてしまい、日本全国を食べ歩きの旅をしながら商売になることを考えたそうだ。そして、世界有数の安全なカナダ国債を
売り歩くか、講演をしてまわることを思いついたという。こういう考え方は、成功の基本中の基本である。羨ましい限りである!
そこで南極越冬隊という検索を入れたら、菊池さんのお父さんのことが出てきた。
最近「南極物語」が、アメリカ版でリメイクされた。 お父さんも、その映画に関わっていたとか。
ーーーー
ー菊池徹氏(元第1次南極観測隊員)が多臓器不全のため死去ー
菊池徹氏(きくち・とおる=元第1次南極観測隊員)
(字数の関係でカット2008年6月08日)           !(*^ワ^*)i バイ
・・・・・・・・
2005年06月08日(水)
1527, わたしの酒中日記ー5
 金沢ー3  ー1972年3月某日 
とにかく部外者の目でみると、金沢は特異の街である。加賀百万石の数百年の重みが詰まっている。
それが酒場に集約しているから、あちこちと探して歩くだけの価値が充分にある。 それと人間味も面白い。
今日は会社の島君に酒を誘われる。同期の男なのだが、現在所属している武蔵店に配送センターから配属に
なったばかりの男だ。いい男なのだが、全く彼女ができないという。何かオドオドしていて頼りがなさそう。
店では日常的に、月に1度は飲みに誘われるが、一~二度喫茶店に行っただけで「自分の彼」にされてしまった。
噂が流れた瞬間から、他の誰も口を利かなくなるから女の職場は難しい。 その後は注意はしているが。
(字数制限のためカット 2010年6月8日)
・・・・・・・・
2004年06月08日(火)
1162,「金融資産が狙われている」
ー日本の恐ろしい未来ー ビジネス社 ー長岡中央図書館 2004年0606
高橋乗宣の最新の書が面白い!
ー 概略を書いてみるとー
「2004年・日本経済」で9月以降の経済の後退と国債暴落と、日銀による国債の直接引き受けによる日本経済の破綻の危険性の
増大を指摘しているが、この書では、9月以降ドル暴落の見込みが高まっていることを指摘し、現在デフレのど真ん中にあり
地方から疲弊した日本経済もより深刻な状態が予想されると一歩踏み込んだ言い方をしている。
これからの日本では、個人個人が自己防衛しなければならない。双子の赤字が限界に達し、ブッシュの大減税により無理やり
上昇させたアメリカ経済は9月以降必ず失速し、ドルの暴落を呼び、アメリカ経済は縮小していくだろうとしている。
グローバル市場を管理することは不可能であり市場の実勢に任せざるを得ない。日本経済がデフレから脱出するためには、
実質を伴った財政出動と、適切な規制緩和が必要であり、適切な規制緩和は新しい市場を作り出す。
・今の日本の僅かな株高は、アメリカの演出したもの? あと半年で終了ー大統領選挙までアメリカの景気は幽霊景気であり、
ドル安、株安、国債安というカタチで崩れていく。 まもなくアメリカ経済の大規模な減税効果は剥げ落ちる
・日本の地方の空洞化は一段と激しさを増す 地方経済はますます土砂降りがつづく
・深刻なデフレ経済はますます激しくなる
・いまの地価の下げ止まりは一部の地区でしかない
・デフレもリストラも激しさを増す人員や設備の過剰感は消えていない
・ドル安基調が本格的になるだろう円が80円をこえる場面もありうる
・国債の発行が続いていくと、株価の暴落をまねく株価は7000円割れも考えられる
・地域金融のショックがアチコチで生じて、中央に逆流の可能性あり
ー感想
経済ファッショの足音が聞こえてきたといってよい。
なし崩し的に国民の金融資産を「収奪」「劣化」させようとする政策に切り替えてきているようだ。
国民一人一人が自己防衛をしなくてはならない時代に入ってきたようだ。
「職業を持っていること自体がステータスになる時代になる」というが、そこまで本当にいくのか。
景気悲観論者でバブル期から景気の先行きに警告を発してきたが、流れとしてみていて彼のいっていることは間違いない。
 (字数の関係でカット2011年6月8日)
・・・・・・・
2003年06月08日(日)
 795, 至高体験ー読書日記 -1
 数年前に買って読んだが、人に貸したまま帰ってこない本である。当時コリン・ウイルソンの文章の巧さもあって、
その面白さに夢中になって読んだ。インターネットで調べた内容を後でコピーしておくが、至高体験の内容に対して詳細に
情報が載っている。私の知人で精神症の人が、鬱の治療薬を飲んで一回だけ歓喜の体験談を話始めた。
「それは至高体験といい、薬物を使わなくとも経験できる。またその体質を持った人にはたびたびおこる現象」
と説明したところ、その人は怒り出した。「絶対に度々経験ができるはずがない!」と。
「じゃあ長島茂雄はどうなんだ。あの人は過去に他人の体験できない歓喜を数百倍経験しているだろう」といったら、
本人は納得をした。その直前に巨人が10・6?の劇的逆転優勝をしていたからだ。
 (字数の関係でカット2011年6月8日)
・・・・・・・
2002年06月08日(土)
 431,モテル男
世の中に、自称持てる男が多くいる。 そういう男をからかうのが好きだ。
「貴方持てるでしょう!」大体がこれに引っかかる。 そしてレクチャーが始まる。
・まずは[ 貴方は持てないでしょう。けちで努力もしなくては持てるわけがない。]
(??)心の言葉 (ほってけ!馬鹿!うっせいこの女貧乏!勝手にそう思っているだけだろう。)
・「自分等中年はそうでもないのに脂ぎっている、それを如何に隠すかが勝負!」(それは当たっている)
・「とりあえず自分から絶対に積極的にいってはならない」 (ふんふん・・・・)
・「服装と言葉には十分気を配る」 (へーそうか、苦労してるんだ)
 日夜それだけを考え努力しているという事だ。ちやほやされている状態が趣味という事。 (負け惜しみ)
逆に持てないという事は、そういう努力もしないで、表面だけを見て持てたいと思っているということか。
ギラギラした欲をそのまま出してしまう男?ところでゴッド姉ちゃんが4人もいた立場で育った環境。いっぱい教訓をいただいている。
今度書いてみる。もてる人(但しここでいうのは自称の人)は職場とか家庭環境に女性が少ない人か、母親とか女姉妹がいない環境の人。
心の奥に常に女性に対する渇望があるからだろう。 こういう人は奥さんが離婚か自殺など早死にしている人が多い。 
クリントンあたりなら、少しは羨ましいが?? くだらない話、しかし人間の一番の本質の話か。
女性もそうだが、そういう人は小まめに、積極的、気配りを欠かさない。
   ーどれもないなー??!
関係ないことだがー 昔から,好きなタイプの女性には共通点があった
・身長が162cm当たり ・血液A型 ・長女 ・お嬢様タイプ ・美人?清そ ・知的
学生時代よりそうだった、自分が好きのせいもあるが。 56歳の男の書く内容でないが。
・・・・・・・・
2001年06月08日(金)
 [46] ユニクロのホームページ
ユニクロのホームページがよい。そこで何点か商品を買ってみた。またパンフレットも取り寄せてみた。
ズボンの裾上げもサイズをうちこむと直され送ってくる。一度注文するとメールで週末その日の特売情報を知らせてくる。
衣料の小売りで私の知っている限り、ネット販売でこれほど買いやすいサイトはない。
サイズ、色、形、管理が大変だと思うが、そこがコンピューター管理の得意なところ!200メートル先に店があるが、
どーも中年で行くのがおっくうな気分の時に注文する。
こういう部分を一つとってみても、ユニクロのシステムの凄さを感じる。けっこうネット販売売れているのでは。


3725, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜②

2011年06月07日(火)

      『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
  ■ 今回の事態に、準備はあったか?
 二つの経済震災と、一つの自然震災で、あれよ、あれよの間に、倒産をしてしまった。 これは、たまたま立ち居地が悪かったと、
自分でも納得せざるを得ない。 倒産時の最悪の構えの準備は? 私と家内の厚生年金を40年続けてきたので、何とか生活はしていける。 
しかし自宅は借り入れの担保に入っているので今後、どうなるかである。 何とかクリアー? 出来なくても、それも定め。 
ホテルなどの長期設備投資は何があるかわからない前提で数十年かけてシェルターを準備をしておくのは、セオリー。
 あっさり倒産をしたのをみて、計画倒産?と数人に疑われたが、そんな『子供の寝小便』のようなことはしない。
「シェルター完備倒産」と評した人もいる。しかし徹底してなかった甘さを後悔している。 倒産は倒産であり、私は一度破産者に?
まさか自分が・・・である。 冷笑している貴君、「まさか自分が!と思っているけど、他人事でないんじゃ?どっちにしても、
『まさか』の何かが待っている。老化は、それまでの前提が、次々と破壊されていくことに気づいてないんじゃ?」と、醒めた目でみえる。
言い訳になってしまったが、反省も込めて、この本を何回かにわたり辿ってみる。
 ところで、一般的に言われている「計画倒産」とは、私が知っている限りでは、「手形を振り出している会社が、破綻末期になって
倒産を覚悟した時に、意図的に商品仕入れを膨らませて、それを現金化をして、債権者の目の届かないところに隠した後に倒産する」こと。
弁護士が言うには、「『計画倒産』と『計画的倒産』とは、似て非なるもの。 一般の人は、これを混同している。 計画的倒産は、
駄目と判断したら、倒産の日にちを設定して、粛々と手順を踏むこと。 その意味では、このケースは2週間前に決定したので、
計画的倒産にもならない。父さん(倒産)には『良い父さん(倒産)』と、『悪い父さん(倒産)』があるが、貴方の会社のケースは前者の典型」とか。 
 その立場にたってみると、色いろの知識が入ってくる。20年ほど前に、既に亡くなったが、倒産・整理の専門のコンサルタントの先生に
姉夫婦の整理を依頼したことがあった。その時に、「倒産を覚悟した時には、最低、半年の準備期間が必要」と聞いたのが印象に残っている。
 今年に入るまでは、あと1〜2年は大丈夫だろうと、思っていた。しかし、売り上げ減の角度が三年目に入っても殆ど変わらないのは、
想定を超えていた。その上に東北震災なら、何の未練もない。 で、どうした? かというと、最悪の事態への準備の大切さが本当は
分かってはいなかった、というのが、結論になる。 日本が、ここまで疲弊するとは。 特に、地方経済は、惨憺たる状態! 
更に悪化するとなると、この数年は大荒れになる。 少し本論からそれた内容になってしまった。 まあ、言い訳、正当化、半分か!
 ・・・・・・
3360, 京都! 無双の別荘群
 2010年06月07日(月)
 NHKのワンダーワンダーで「京都!無双の別荘群」を放送していた。
明治・大正に財をなした財閥が、その贅をつくした別荘群が京都南禅寺の周辺に現在も存在している。
7000坪の邸宅に庭師だけで10人が365日、手入れをしている碧雲荘。野村證券の創業者の野村徳七がつくった邸宅である。
それらは借景という自然の景色と庭を組み合わせた庭造りをしている。 また庭屋一如という、庭と屋敷が一体化したつくり。
何有荘、清流亭、瓢亭など、そうそうたる屋敷が次から次へ紹介されていた。
 ーまずはNHKのブログの紹介からー
 * 極上の庭と建物
 古都・京都。年間5000万人もの観光客が訪れる京都にあって、ガイドマップに一切載らず、ひっそりとたたずむ別天地があります。
南禅寺界隈の別荘群。明治維新で召し上げられた9万坪もの広大な南禅寺の敷地を、明治から大正時代にかけて勃興した政財界の
大物が買い求め、持てる財力と美意識の全てを注ぎ込み競い合いながら作り上げた極上の空間が15軒、今にそのまま残されています。
一般に公開されることのなかった別荘の数々。東山の豊かな緑に囲まれた、堂々たるお屋敷をどうぞご堪能ください。
 * 水の庭の競演
 南禅寺界隈の別荘の特徴は、それぞれの庭を流れる豊かな水。実は、この水は明治時代に作られた「琵琶湖疏水(そすい)」です。
水はトンネルをくぐりながら、東山を通り、南禅寺へ運ばれます。別荘の主たちは、この豊富な水を引いて思い思いの趣向を
凝らした滝や池、せせらぎのある広大な庭園を造りました。そして、最高の木材と匠による数寄屋の技を結集し、
失われゆく日本の美を個性豊かにこの地に結実させたのです。
 * 流転の歴史
(以下、字数の関係でカット2011年6月7日)
 ・・・・・・・・
2985,腰痛持ちの皆さんに
 2009年06月07日(日)
 家内も、ついに腰痛もちになってしまった。
私の腰痛は昭和38年度の豪雪の時に高校の屋根の除雪作業でギックリ腰になって以来、45年間の付き合いである。
表日本に住んでいた8年間には腰痛はホボでなかったので、地域の湿気の問題などもある。
現在でも年に平均3〜4回は軽い腰痛になる。5月と11月初旬の連休辺りの気候の変わり目に出ることが多いが、
一度も医者に行ったことは無い。 以前のような脂汗が出るような重症の腰痛は無くなった半面、いつも腰に重い疲労感と
少しの痛みが残っている。 特に長時間の座った姿勢のパソコンが良くない。 半年ぐらい前に(腰痛の私にとって)
最高のマッサージ機器を見つけたことは、ここでも書いた。台がバイブレーターになっており、その上に座ったり乗るもの。
これがウォーキングの次の最高の腰痛対策になっていて、一日数回は使っている。
これに最近、電動ステッパー(7600円)が加わり、一m四方のトレーニングコーナーになっている。
 ところがニヶ月前に、長岡の郊外の家電チェーンの健康機器売り場で「長細い座布団状のクッション」を見つけた。
幅が40、長さ75センチ、厚さが10センチ位のもの。 腰に当てて電気を入れると、7分間、色いろな叩きと、
バイブレーションが手を変え品を変えて続く。 また首から背中に当てると肩こりに良い。
(以下、字数の関係でカット2011年6月7日)
・・・・・・・・・・
2621, 消費社会から格差社会へ ー4
2008年06月07日(土)
ー「負け犬女」対「下流男」ー
「負け犬女」というキーワードは、数年前からTVのドラマで何度か聞いたことがある。
それに対して、男は負け犬という言葉自体が負けを認めることになり、言葉として抑圧されている。
そのこと自体は、自分の挫折経験からして痛いほど解る。 社会学者は、その辺の造語は適格である。
現在の男女の結婚年齢が32歳と29歳なら過半数に近い比率で当てはまってしまう。
それほど、当人は気にしてないから、流行語になるという面白い現象である。
 ーその部分を抜粋してみる。
三浦: 彼らはパソコンの前に座っているんじゃないですか。 ある住宅メーカーが調査したら一日五時間ぐらい
 一人暮らしの男性は、パソコンの前に座っているんです。
上野: この人たちが、ネットのヘビーユーザーですね。あなたの「下流社会』でよくわかったのは、
 下流の人たちにパソコンのヘビーユーザーが多いということ。今パソコンは一番安直で低価格の娯楽だから。
 その反対にアウトドア系は著しく少ないとあったので、なるほどと思いました。
三浦: 自転車みたいにおカネがかからないアウトドアでも、「上」の人の方が多いんです。
 下流の人はまったく体を動かさない。女性もそうなんです。「おうち」でじつとしている(笑)。
上野: それを支えている強力なインフラが、コンビニなんですね、男女ともにね。
三浦: そうですね。あと高級スーパーの「成城石井」とかでね。一人でもおしゃれな惣菜を買って帰って、
 エンヤを聴きながらカモミールティーでも飲んで、「まあいいかー」みたいな(笑)。
 それとネットショッピング。ひきこもっていても、暮らしていける。
 コンビニすら面倒くさくて行かなくなる説もある。・・・・・・・
  ーー
三浦: 「負け犬」という表現にある諧謔が読めてない。裏返して書えぱ、彼女たちの対極にいるはずの、
 彼女たちと同じ年齢層の結婚していない男たちは、自らを「負け犬」と呼ぶことすら抑圧している、
 それくらい男の負け感が強い。自分の負けを認めることさえ、抑圧の対象となるほどの状況にいる男の立場と、
 負けをさっさと認めて競争から降りる女の戦略とでは、男の抑圧の方が強いでしょう。
 そういう意味では、「負け犬」の男に与えられた称号が、「下流」だったかもしれない。
上野: うん、男は負け犬とは呼ばないですね。なるほど、「負け犬女」対「下流男」か(笑)。
 ただし同じ年齢層で「負け犬女」と「下流」を比べると、経済階層では「負け犬」の方が高いでしょう?
三浦: そうですね。
上野: 次の世代は、「下流男」対「負け犬女」になるかもしれませんね。
三浦 その「負け犬女」と「下流男」が、どっちも「おうちタイプ」だから出会わないわけです(笑)。
 調査をすると、けっこうおもしろい結果が出ていて、階層意識は低いけど生活に満足している人は、
 男性にはいますね。「下流」とは言っても、三〇代の前半で年収は三〇〇万円くらいあるんです。
上野 へえ…「下流」と言ってもけっこうあるんだ。 一人なら暮らせますね。でも結婚できない際どいラインですね。
「負け犬女」は、年収三〇〇万の男は相手にしないでしょう。
「負け犬女」」と「下流男」が出会わないのは両方「おうち系」だからだけではなくて、出会ってもすれ違いに終わる。
 ーー
 中学校の同級生をみていると、最下位5?6人の成績の男達の殆どは結婚してないか、しても離婚をしている。
 そして上位は、それなりの社会的な立場になり、離婚の話は聞いていない。 育った家庭環境の為だろう。
 「べきことを、べきときに、べくすべし」の積み重ねをしていたかどうかだろう。
・・・・・・・・・・
2007年06月07日(木)
 2256, 定年後の生活費は幾ら?         おはよー(((。・-・)从(・-・。)・          
私の年代が定年に突入をはじめた。そこで、その後の平均値はどうなっているのだろうか、調べてみたら、
平成16年度の総務省家計調査で、世帯主が60歳以上の無職世帯(二人以上の世帯)の
・実支出の月額は28万。
・公的年金を含めた平均現金収入は、22万円。ということは差額の6万円は下げるしかないということになる。
下げるためには、小さな家に引っ越すとか、車に乗らないとか、食費を斬り詰めるとか、義理を欠くとか、割り切るしかない。
でも「括り」そのものを捨てるには腹をくるしかない。 それに対して、(財団法人の「生命保険センター」の統計では)夫婦で
「ゆとりある生活」をするためには、月額38万円が必要としている。 それにしても「ゆとりある生活」をおくるには、あまりに
大きな差がある。 だったら「ゆとりある生活」とやらの幻想を捨てて、22万円以下の生活に甘んじ楽しむようにするしかない。
反対に、定年生活者は将来の不安から、3割は貯蓄にまわすという日本的な国民性があるという。 余裕があるからいえるのだろう。 
しかし、老後の不安とやらの心理が、自分の楽しみの壁になる。もう子供も巣立ちをしているし、健康のために粗食も求めらるから、
切り詰めた生活に不満も持たないで貯蓄に励む滑稽な存在が垣間見られる。子供や連れ添いにとって、これほど有難いことはないが、
アフォバカな哀れな姿でしかない。 一年前のある意識調査で1?が上流、74?が中流、25?が下流と自認しているというから、
まだまだ日本は健全の国。 大部分が中流意識を持っているのは、世界の奇跡?である。60歳も過ぎれば食べるものも
決まってくるし、車も軽自動車で充分。 いいようになっている。収入と支出だけが豊かさではない。
しかし、最低限が保証された人間が言うこと!でしかないのも事実。昨日、ネットで注文していた「今日、ホームレスになった」
という本が届いた。毎日のように新潟駅構内で、彼らを目にする。一人のホームレスの背後に大きなドラマを、想定していたが、
その一端が見えるのだろう。まあ、いずれ死が清算するのだろうが・・ 極限に真実が見えてくるから、ついこういう本を買ってしまう。 
2〜3日で読み終わるので、何時でも貸しますよ。ところで、取引先の社長、行詰ると寝袋を持って新宿のホームレスのところに
行って泊まってくるという。何があったかわからないが? 娑婆は面白いところだ!ツクヅク思う。 
 「定年後の生活費」から話がかけ離れたが、定年になったらギアを思い切って変えなければならない!ということか。
                  (○´ω`○)ノ**SeeYou**
・・・・・・・
2006年06月07日(水)
1891, 村上ファンド崩壊の衝撃  ー2     おはよ?!(*^ワ^*)i
(以下、字数の関係でカット2009年6月7日)
 ・・・・・・・
2005年06月07日(火)
 1526, ディープ・フロート判明
あのウォーターゲート事件(72年)の情報源が米連邦捜査局(FBI)の元副長官、マーク・フェルト氏とは驚きだ。
情報源については、諸説紛々であったが、その一人とも目されていたFBI副長官であったとは。
外部からのFBI長官の招聘に対して、第一候補であった副長官の恨みが、当のニクソンを失脚をさせたことになる。
後任の長官に自分が指名されることを期待していたが、実際に任命されたのはニクソン大統領側近のグレー司法次官補。
(以下、字数の関係でカット2008年6月7日)
・・・・・・・・・
2004年06月07日(月)
 1161, 衛星授業
アメリカのデンバーのあるコロラド州は校内で銃乱射があったところで、学校に通わせたくない親が極端に増えているという。
そこでインターネット・ハイスクールが注目されてきており、生徒数がアメリカ全体で、もう10数?になっているという。
ところが、その方が教育効果が遥かに高いということがわかりはじめ、まてよということになっているとか。
実際インターネット・ハイスクール出身の学力は普通の高校よりはるかに高くなっているという。
そこでは非常にユニークな教えかたをする。 重要なキーワード出てくると手元にあるパソコンに、「それを調べてみてみてください」
という指示がくるそうだ。 生徒は指示されたと同時に検索で調べる。 そこで、さらに専門的なキーワードを調べるようにという
指示がくる。そしてドンドン深く問題を掘り下げていくという。十年もしないうちに過半数を超えるのではなかろうか。
そして日本も似たような状態になることは間違いはないだろう。予備校や専門学校もインターネット授業が本格的になったきた。
代々木ゼミとか東進ゼミが取り入れている。英会話もそうだ。講義中心なら、それで充分である。いやむしろ一流の先生の授業を
聴いたほうが効率がよいはずだ。考えてみたら、高校受験は受験雑誌や参考書を中心に勉強をしていたし、大学受験は、
それに加えてラジオ講座が中心に変わった。それが、パソコンや衛星TVによる映像に変わっただけだ。面白い時代になってきたものだ。
・・・・・・・・
2003年06月07日(土)
 794, 夢とイメージ
 学生時代に3番目の姉が結婚をして、家を建てた時の話である。その姉は節目ごとに私にノウハウを教えてくれていた。
(小学校5年時の勉強のコツ、中学2年時に具体的な目標のたて方と挑戦の仕方を教えてくれた)
「実を言うとね、この家と庭と旦那とのこの生活、ずっと願って心にイメージをしていたの。それがね、このままいま現実にあるんだよね。
夢を持って、イメージまで高めなさい。そうすると叶うんだから。本当に驚いているんだから」と教えてくれた。ポール・マイヤーとか、
ナポレオン・ヒルとかの本に詳細にそのノウハウが本に書いてあるが、当時は新鮮な情報であった。「なるほど夢を持ち、それを目標に
変えて、具体的にイメージ化をして実行していけば夢が夢でなくなる」と解釈した。建物なら平面図を描き、次にビルのイメージ画を
先に書いてしまうのだ。 女性なら好きな女性のイメージを頭に描くのだ。しかし世の中には自分の想像を超えた理想の女性がいることを
現実に知った、高嶺の花でしかなかったが。好きなタイプをイメージ化した為、早めの判断をしないで済んだ。
(以下、字数の関係でカット2011年6月7日)
・・・・・・・・・
2002年06月07日(金)
 430,自分の居場所
誰もが自分の居場所を持っている。逆に居場所がすくないということは、非常に厳しい状態の時である。
自宅の自分の場所、会社の自分の場所、通勤の自分の場所、日祭日の自分の居場所、全て時間と同時に変わっていく。
20代のある時、ある姉にいわれた。「あなたはすぐ自分の居場所を作り始める。
まず部屋の中に本と椅子と机に本棚に手帳を配置する。そうすると、そこにあなたの居場所ができあがる。
座ると何気なく自分の物を机の上などに配置する。いつの間にあなたの場所ができている。」
その時代だけでなく何時もそうだった。私だけでなく人間すべてがその筈だ。 居場所とは、
・自分が一人でいても寂しくないところ ・何かをしていて、自分が生き生きしてるところ ・すわり心地の良いところ
そうすると趣味など、そういえるかもしれない。それをしている時、それが心の居場所だ。
毎朝あげるお経もそうかもしれない。引っ越したら、別に住まいだけでなく、まずは居酒屋、
そして昼飯を食べる店と自分の座る席。猫でもそれを本能的にあるはずだ、テリトリーとして。
・・・・・・・・・
2001年06月07日(木)
 [45] 創業の話
27歳、千葉の千城台で千城ビル建設と養老の滝1122号店の立上げをやった。準備1年4カ月かかった。
その間に一緒に計画に携わった父も亡くなった。今も忘れられない1973年5月30日であった。11月07日、
店の立上げとビルの完成でパニックの頂点をむかえた。 地獄!・・・・・
その頃写真を撮っているいる余裕などない、写真日記のそれは千城台を引き揚げたあと、懐かしく行った時に撮った写真である。
全く知らない千葉で我ながらよくやったと思う。この地獄の中で創業のノウハウしっかり身につけることができたと思う。
自らを空にして、おきて来た問題を一つずつ解決していくしかない。その時本能的に相手に両手で拝んでいた。
どういうわけか拝まれると人間引き受けてくれるものだと感じた事を憶えている。軽い気持ちで拝むポーズを時々みると、
張りたおしたくなるのそのせいだ。当時のことを記した文章がある。
ーーーー
ーH0907 養老の瀧1122号店、店長の日々ー
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりであったが、いざ自分がその立場に立って、その認識の甘さを
つくづく思い知らされた。千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”と“養老の瀧オ?プン”と“結婚”という、
人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、
最悪の出発となってしまたった。 そしてオープン...! 完全にパニック状態!オ?プン人気も含めお客の列!
  (字数制限のためカット 2010年6月7日)


3724, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜①

2011年06月06日(月)

     『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
  10数年ほど前に読んだ本だが強烈な印象が残っている。 軽そうな題名だが、内容は重厚で味がある。
 全米鷂1の弁護士が書いた「議論の勝ち方というより、人生の勝ち方のセオリー」の本。
アメリカ的プラグマチズムとして割り切って読めばよい。しかし、生の法廷の中で勝ち抜いてきた人生のセオリーの凄みも見逃せない。
とにかく、面白い本である。 4〜5年に一度の割りに三十数年来の友人が、人生の大きな分岐点の決断の問題や、経営上の深刻な悩みを
持ち込んでくる。 私の場合、自分のこととなると何?だが、ひと様の事となると、冷静な答えを出すことが出来る?と自負をしている。 
 学生時代の武澤ゼミの特訓と、百数十回以上のセミナーの蓄積もある。 数年前も、「実は現在、属している会社が吸収合併した
会社のことで裁判沙汰になる。自分は現在、その専任になっているが、どうしたらよいか助言して欲しい」とのこと。 
「2〜3千万レベルか、数億レベルか、それによって私の聞き方と答えが違ってくる?」と言うと、
「もちろん後者で、前回、そこを買収するときに相談をしてもらったが、その買収後に派生した問題」とのこと。
これ以上は書けないが、直ぐに、この本を思い出し紹介をした。 内容は、ほぼ忘れていたが、残っていた記憶で
「一に準備、二に準備、三、四がなくて、五に準備。 それも戦いの構えを時間をかけて作っていく準備を説いている。
それと正攻法を第一にして、問題の中心点に全エネルギーをそそぐこと。それと自分のサイドの勝ちの物語を作ること」が書いてある等、
自然にスラスラと言葉が出てきた。 その意味では、この本を消化していたことになる。 考えてみると、この本、孫子の兵法そのもの。
「勝つための構えを充分に備えておけば、勝利は自ずと決まってくる」のは道理である。分かりやすくいえば勝ちの陣形をコツコツ作ること。
アメリカの現代哲学的な考えの枝葉の一例とみると、法廷闘争の中で勝ち抜いてきた弁護士の自信に満ちた論理が見えてくる。
 
・・・・・・・
3359, ギリシャ問題の深層
 2010年06月06日(日)
 現在、欧州ではギリシャを発端にしてPIIGS(豚ども)といわれるラテン系を中心にした国々の金融破綻が問題になっている。
アメリカ発の金融恐慌が欧州に飛び火をし危険な状態になっている。 ギリシャがユーロ通貨圏に入りたかった理由は、
防衛面(イスラム教諸国に隣接)と、(万年金融破の)金融面があった。 02年ユーロ通貨加盟を検討していた際、
「財政赤字をGDPの3%に抑えなければならない」というハードルがあった。 そこにゴールドマン・サックスが
「とにかく財政赤字の帳尻を合わせる施策を」と、エサを差し出した。 追い詰められたギリシャ政府はその誘いにのってしまった
(当時の政権は現政権と同じパソック、首相はシミティス。現首相パパンドレウは当時の外務大臣)。財政赤字を3%以下に抑える
“魔法”(虚偽)と引き換えに、GSは観光国としては大きな収入源に目をつけた。ギリシャが空港税の30年分の収益と
将来の宝くじなどの収入を差し出すなどの契約を交わした。 ギリシャにとっては加盟さえすれば当時のギリシャの外国からの
借入金利が13〜4パーセントから、3〜4パーセントに引き下げることが可能になる。
加盟の結果、さらにお金を低金利で借りまくった結果が深刻な財政危機である。 加盟のための粉飾決算をしていたのである。
そのことを国民はなんの説明も受けていない。 その上に、ある日突然の「財政破綻寸前宣言」である。ゴールドマン・サックスは
このような誘いを他にも、複数国に持ちかけていた。 ギリシャの公務員は4人に1人もいて、国民も納税意識が非常に低い。
それをドイツ、フランスから合理化を要求されると拒否反応を示して国家レべルのゼネストに入る。4人に1人が公務員だから、
どうにも抑えようがない。ドイツからみれば、「単独であれば1〜2パーセントの金利で済むものを、まともに働かないギリシャと
同じ金利を払う必要があるのか?」と、不満が出るのは当然のこと。 ドイツ、フランスにとって、アメリカの対抗上、
欧州連合の共通通貨のユーロの価値の創造が必要である。 しかし、ギリシャ、イタリア、スペインなどの国家の存在。
「何で私たちの血の滲むような苦労を、御前らの様な怠け者のためにしなければならないのか、まっぴらだ!」となる。 
ラテン系の南欧だけでない、東には、まだ共産主義の計画経済ボケをした東欧諸国がある。彼らにも多額の借金がある。
彼らは自由競争と今さらいわれても!という気持ちが残っている。欧州連合が、果たして維持できるかどうかの土壇場である。
 今度の恐慌は、20世紀に残されてきた問題が一挙に噴出、その破壊であるから、20年は最低でもかかってしまう。
 ・・・・・・・・・
2984、閑話小題
2009年06月06日(土)
 * 資産家夫婦の惨殺事件
少し前の話になるが、資産家夫婦の惨殺事件があった。 月の小遣いが300万という。ポケットに百万単位の金を入れていて、
飲み屋で他のお客に驕っていたという。世の中には、まだ、こういう人もいるのである。その辺のヤクザ者に狙われるのは当然。
銀行を信用しないで家にお金を置いておいたというし、周囲の人もそのことを知っていたようだ。起こるべくして起きた事件である。 
 * インフルエンザの第二波、第三波は?
この10月から新インフルエンザの第二波、三波が始る。
その時の第二波は毒性が強くなり猛威をふるう可能性が大という。実際に毒性の強いのが発生した時にはどうなるのか? 
自分や家族のことだけでなく、日本中の経済が大打撃にもなる。特に客商売をしているところは、凍りつくことになる。
考えただけでも恐ろしい。新インフルエンザ用のワクチンが年内の2千万人分を製造するという新聞が報じていた。
6人に1人に行き当たるようだから、何とかいけそうだが。
 * 昨夜は長岡で飲み会
昨夜は、恒例の長岡で飲み会。新潟駅前は不景気風が吹いていて居酒屋が少ない客の取り合いをしている。
二時間で三千円で飲み放題は当たり前で、そこに値打ち感を持たせるかが大きなポイントになっているようだ。ところで長岡は、
そこそこ人は出ていたようだ。そういえば、去年の今日、車に撥ねられた日だった。(コピー)それを思い出しのだ、早々帰ってきた。 
 * 先が思いやられる、この一週間の不入り
6月の第一週は、毎年のように青ざめるほどホテルが不入りになる。 恒例としてもあまりに悪い。
駅前で居酒屋の店員が割引のチラシを持って客引きをしているのは当たり前の景色。
客の方も週に一度は三千円?で飲み放題の店で仲間同士で憂さ晴らしをしないと、鬱憤が晴れないのだろう。
 ・・・・・・・・
2008年06月06日(金)
2620, あわや大事故!
まったく、この男、よく変な事件を起こすよ!というのが、起きざまの実感! 昨夜、長岡で飲み会。 
普通は第一金曜日だが、上さんの都合で一日早めた。長岡の飲食街、道路には人っ子一人も居ない。 それだけでない、
タクシーも一台も並んでいない。平日のためだろう。 丁度0時頃、タクシーを拾うとして旧八号線にいっても車自体走ってない。
そこで信号を超えて川沿いの道を歩いていたら、左折をしてきた乗用車と出会いがしら撥ねられる。ガソリンスタンドの角で
見通しがよい筈。 かなりの衝撃であった。 ところが、左に担いでいた革鞄が振り向きざまで身体を防御してくれた。
右腕と左足の脛の右を痛打しただけで済んだ。運転手は若い男で、青い顔をして平謝り。大きい衝撃の為、かなりの人身事故と
勘違いをしたようだ。車に乗って病院に向かったが、触ってみたがそれほどではない。しかし、後遺症が出る可能性がある。
事故届けに長岡駅前交番に進路を変える。 しかし、交番は電気が消えて誰も居ない。そこで、電話をして本署からか来てもらう。 
そして現場で事故の詳しい聴取。それも運転手のみ。駅でパトカーが来るまで、「私は、問題を大きくするつもりはない、ただ、
事実を正直に言ってください。下手に自分の都合のよいことを言うと、貴方は不利になりますよ。私は後遺症の時に、
保険の問題などで公にしておきたいだけです。」と言い含めていた。 そのためか、処理は20分ほどで済んだ。
やはり、これを書いている現在、足の脛が痛み出した。 しかし病院にいくほどではないようだ。全く何が起きるか分からないものだ! 
九死に一生とは。 それが突然に自分にとは!やはり人生、したいことをして、悔いのないように生きなければ、それにしても
警察沙汰が二度も続けて起きるとは! (二ヶ月前に呼び込みに強引に店に連れ込まれそうになり、大騒動になった。)
これまで、個人として警察沙汰は一度もなかったが・・(普通なら当たり前だが)
 その運転手に、「こんな時間に、何してるの?」と聞いたら、 「スナックをしています!」という。 
生きているうち、健康のうち、元気なうち、そして若いうち! 人生は!
・・・・・・・・・・
2007年06月06日(水)
2255, まあ、いいか!
            ヽ(★>з<)。o○ オ?ハヨ 
この随想日記の中に数十回以上?も「まあ、いいか!」といっている。そこで、検索に「まあ、いいか」と入れたら、
その題名の本が数冊も出版されていた。自分を慰める言葉で、私の常用語「あ?あ!」の言葉の裏に含まれている。
「あ、しまった!」の「あ!」とは、仏教語で「許し」が入っているという。それを延ばしたのが「あ?あ」か、これは屁理屈。
「まあ、いいか!」は、「私は私のままで、仕方がないだろう」ということになる。 ゜≫q(´I`●) マアマア!
「まあ、いいか!」の前後の言葉として、「しょうがない」「なんとかなる」「こんなものか」が出てくる。
イライラしたり、落ち込むようなミスをした時、目を瞑って十回ほど心込めて「まあ、いいか! それがどうした」
と唱えれば、7割かたは気持ちが軽くなる。「あ?あ」「で、どうした」「まあ、いいか」は、瞬間の癒しのの三言である。        
♪? ヽ(´π`)ノ まあ、どうでもいいや! しかし、ものごとを突き詰めた後に使っている分にはよいが、最初から、
この言葉が先に立つのも問題である。「中途半端な、あの人」になってしまう。金沢に「まあ、いいや男」というアダナがいた。
バカ?の常套語にも成りえる言葉でもある。 何でも使う人間次第だが、この言葉は特にそうである。
  (字数制限のためカット 2010年6月6日)
・・・・・・・・
2006年06月06日(火)
1890, 村上ファンド崩壊の衝撃
                   おはよ?!(*^ワ^*)i
ライブドアの堀江の逮捕時に「最終ターゲットは村上」とスポーツ紙が報じていた。
当時はまさか村上ファンドが、そんなドジを踏むわけがないと思った。 日本的株式市場というイケスに「食肉魚」を入れ
活性化することも、株主の立場を軽くみてきた日本市場には必要だった。積極的出資者といわれるオリックスの宮内社長、
どのように言い逃れをするか見ものである。高利貸しは高利貸しでしかないが・・時代の寵児だった堀江と村上が小菅の
住人になるとは、半年前までは誰も思ってはいなかったはずである。広告料を貰っている大新聞やTVや月刊誌などは、
大手銀行や証券会社の不正を積極的に書けない関係にある。そこで少し危なげな?スポーツ新聞に隠された情報が流れやすい。
 (字数制限のためカット 2010年6月6日)
・・・・・・・
2005年06月06日(月)
1525, わたしの酒中日記ー4
  金沢編ー2      1972年2月某日
武蔵が辻の職場からバスで、20分位のところに寮がある。 その中間点にある繁華街の香林坊で降りて、老舗風の飲み屋を探す。
今夜は片町の大和百貨店の裏にある飲食店のおでん屋に飛込みで入る。人品の良い美人の母娘がいた。聞いたら、三代も続いている店。 
隣の客が話しかけてくる。「言葉が違うようだが、観光客か?」「いや、勤めの関係で、一年います」地元の人からすると微妙な立場のよう。
とにかく、金沢の人は人なつこいのが特徴だ。それと金沢べんの言葉が心を優しくする。言葉の最後に(?じ)をつける。
「?だよね~」という意味である。 それと「?しまっし」という言葉もよい。 「~しなさい」という意味である。
そのアクセントが何ともよいのだ。特に女性がいうと「あ~金沢」になる。それとおいしい店が多い。ここの土手焼きが美味い。
それと次に頼んだスジ肉の煮込みも絶品である。おでん屋のおいしい店を彼方此方で食べたが、この店はまた格別である。
立て込んできたので、その店を出る。このまま帰るのは、惜しいので大和百貨店の隣の飲食ビルに入る。安そうなスナックに入って、
カウンターに座る。まだ8時なので、お客は誰もいない。素人っぽい20代半ばの店の女性が話しかけてきた。
まだ金沢に来て2ヶ月で、1〜2年いたら、何処かに流れていくとか。若いうちに、彼方此方にいって転々としたいという。
こういう生き方もあるのか、驚いてしまった。「この仕事の接客のポイントは何か?」と聞いたところ、
「期待を持たせること」とか。 まさか「何の期待?」とも聞けないし。「それじゃ?、何か期待してよいか?」と聞くと、
「今度、兼六園を案内してくれる?」というから、「今度ね!」と、空約束をして?店を出る。
バスの定期あるが、歩いて帰ることにした。浅野川の橋を渡って、20分ぐらいはかかったが酔いを冷ますのに丁度よい。
まあ、一人で飲むのも悪くはないが、それにしても金沢には美人が多い。それと金沢の文化と風情がよい。
金沢には、3年間が目安だ。能登半島や、金沢の街を貪欲に知っておかなくては。 もっと一人旅をしなくては。
加賀100万石の城下町の歴史が観光だけではなく、飲み屋や喫茶店などに色濃く残っている。
ここは地元の人には非常に厳しいコントロールがある。 反面、部外者には優しいのだ。
この文化的な特徴は数年住んでみなくては知りようがないが。明日は同期入社の連中との飲み会だ!
ーー
また偶然の一致か、去年の今日も金沢関連のことが書いてあった。
・・・・・・・・
2004年06月06日(日)
1160, 「武士の家計簿」ー2
いまの時代にタイミングよく出版された、時の書といってよい。現在の日本は、第二次大戦の終戦時や、江戸末期から
明治維新の時期より大きい大転換期にある。
(字数制限のためカット 2011年6月6日)
・・・・・・・・
2003年06月06日(金)
793, 起業についてー2
 起業について実感のキーワードは「発狂」である。精神の爆発といってもよい。
よし!やろうと決めた瞬間から、もう全てはプロジェクトの完遂をイメージして突き進むだけである。
よほどの粘りと信念がないと突き抜けることはできない。当然の事だが、簡単には事業を興して軌道に乗せることは不可能。
可能にするのは「的」が間違ってない事と、周到な準備と、信念だけである。
いまの事業を興した時は500?の成功確率という確信があった。失敗は許されないし、初めの一歩の重要さを知っていたため、
考えられるだけのことは考え抜いていた。それと、それまでの成功体験の裏付けがあった。何事にもいえるが一番大事なことは、
成功体験である。それが実績ということだ。 それと育ってきた家庭環境が大事ではなかろうか。
10歳位までに,両親の立ち上げをみた経験がなければ、計画も準備も甘くなっていた。また20歳で起業をするという決心をして
準備していた事もある。その瞬間から女性に対しては、気を許さなくなった?どちらを取るかといえば、
迷いない事業の立ち上げであった。若い時の最大の難関はまずは女性である、創業以外の事を割り切ることであった。
つまらない男になっていた!それが陰になっていた?ようだ。
 事業を始めるとき、まずは自分の心の問うたことがある。「経営資源として金を含めた資産を全て『博打の札ー事業』
に変えるが、全てを失っても後悔しないと自分に誓えるか? そして事業を本当にしたいのか???したい!!」
一人の誓いである!今更だが、それだけ勇気と覚悟が必要だった。おそらく大小にかかわらず誰もが、その位の自問自答は
しているのだろう。いろいろな危機があったが、最後はいつもこの言葉を繰り返していた。
結局は事業経営は博打でしかない!当たり続ける事はない。最後は裸になる覚悟は出来ている?のが強みである。
 しかし、まだ憶えているが、事業の準備をしていたときのことである。何か一人でTVを見ているとき、急に不安になり
「屋上の手すりの上に立っているような末恐ろしい感覚」になったのを憶えている。確か借金を初めてしたときである。
この意識下に隠れた不安が意外と経営の原動力になっているのだろう。
立ち上げで判断を迫られるとき、夜半の2時35分が一番冷静な思考になっている。
しかしこの大津波ー大不況に対して、まだそこまで意識がいってないのは、どういうことだろう?!これからか?
・・・・・・・・
2002年06月06日(木)
429,両親の死
両親が亡くなった時、一緒に住んでいた。 そしてその死に様から「生きるとはどういうことか」を学んだ。
死ぬとは如何に大変な事を知った。今ひとつ、死の視点から生を見るということを。
世間とか、娑婆の事を徹底的に割り切って見れるのも、両親の死から、それがいかに幻想である事を学んだからだ。
結局,残るのは「子供と愛情」だけ。それと‘生きてきた事’ー乗り越えてきた「行蔵」それだけだ。
意味とは最後の自己慰めかー心の印ということか? 死を自覚した瞬間の人間の「生に対する渇望」のすざましさに、身震いした。
その瞬間?死を覚悟した瞬間‘砂漠の真ん中に立たされる残酷さ’を直感した。‘心’は「主体」と「イメージ」で成立している。
心を失っている状態は、「主体をなくして何も考えられない状態」と考えれば逆に解かる?
何で‘心’が両親の死の話しから出てくるかと言うと、両親が死と直面した時に「主体」と「イメージ」が
湧き出てくる事実を見たからだ。それは死の恐怖感からくるものである?特に「主体」が凄い。
人生の全てのことは自分の戯曲でしかない。それに満足できるか、できないかだ。死ぬ事はそう簡単のことではない。
昨日の朝、隣の主人が亡くなられた。 今夜通夜、明日葬式に出る予定!
・・・・・・・・・・
2001年06月06日(水)
[44] 何の為のホームページ
何でわざわざ個人のホームページを立ち上げ、公開するのか?
 まずはこの疑問
 1・わざわざ写真を撮って入れたり、           2.貧しい内面の公開をしたり
 3.せっかくとった最重要情報?の公開をわざわざしたり  4.とにかくエネルギーを使わなくてはならない
でもそんなこと、この巨大情報空間から見ればどうでもよい事。むしろさらす事により、リンクの可能性が大きくなる。
インターネットとは考えてみてば、ホームページ間のネットである。基本はホームページである。その拠点を個人や会社で
持つことは、情報空間に自分の基地を持つ事になる。この時代あたりまえと言えばあたりまえである。
ウエブ上に拠点を持つことにより、他のホームページと相互関係になる。その事をホームページ持ったことで実感できた。
もしホームページを持つまでもないと考えるなら、‘お気に入り’の集積と、その分類を自分のパソコンにきっちりしておくべきだ。
そうした場合どうしても自分拠点を持ちたくなる。それは自分のパソコン内でいいのだが。
公開してもかまわない場合ホームページがよい。  巨大情報空間にさ迷い出た子羊というところか。


3723, ジャズについて −15

2011年06月05日(日)

         ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
   * 日本のジャズはどうなっている ?
【 二十世紀初頭にアメリカに生まれたジャズが日本に入ってきたのは、明治から大正に入り、第一次世界大戦が勃発した頃だ。
 当時は社交ダンスが華やかなりし時期で、ダンス音楽として輸入されたのである。
 一九三〇年代にもなると、東京を中心にダンス・ホールがお目見えし、日本人によるバンド演奏も行なわれるなど、
 第一次ジャズ・ブームが起こる。わが国最初の本格的なジャズメンとの評価を得るトランペッター南里文雄が活躍を始めたのも、
 そんな時代である。しかし、ジャズが本当に日本にもたらされたのは、第二次世界大戦後の進駐軍占領時代といっていいだろう。
  それというのも、戦争が激しくなる一九四〇年前後には、ジャズメンの主な活躍の場であったダンス・ホールは閉鎖され、
 やがては「敵性音楽」との理由から演奏そのものが禁止されるなど、ジャズの空白期間に入るからである。
  戦後のジャズ。それは、進駐軍として駐留する兵隊の娯楽として、NHKがジャズなどアメリカのポピュラー音楽を放送したことを
 直接のきっかけとする。やがては、慰安のため進駐軍のキャンプを巡ってジャズを演奏する日本人も出現。
  同時に、日本人の心もとらえ、五〇年代に入ってルイ・アームストロングやベニー・グッドマン、デューク・エリントンなど本場の
 巨匠たちが来日するにいたって、第二次ブームとも呼ぶべき様相を呈したのである。もちろん・進駐軍とともにもたらされたジャズは、
 アメリカと同じようなスタイルの変遷を経ながらも日本にすっかり定着していき、一方、日本の流行歌にも大きな影響力を及ぼすのである。
  そんな日本のジャズで活躍した多くのプレイヤーの代表をあげるとすれば、サックスの松本英彦や渡辺貞夫、トランペットの日野皓正、
 ピアノの秋吉敏子、菊池雅章、山下洋輔らになるだろう。なかでも日野晧正や菊池雅章、秋吉敏子といった面々は、ジャズの本場
 アメリカを拠点に活躍。日本におけるジャズも、本場がそうであるように、八○年代以降やや沈滞気味だが、そもそもは輸入された
 音楽であるジャズの世界でも、世界に通用するアーティストを輩出していることだけは忘れてはならない。 】
  ▼ 私が学生時代に、TV番組でジャズが多く流れていた。それだけでない、カントリーにウエスタン、ブルースにロックと、
   当時はアメリカに如何に同化するかが、大きなバロメーターのところがあった。現在も、その傾向が残ってはいるが。
   地方出身の学生であった私も、何の抵抗もなく、アメリカナイズされていった。それから考えれば今さら何がジャズか、になる。
   とはいえ、当時の刷り込みのあるジャズに、興味を持つのは当然といえば当然で、むしろ抵抗なく、その世界を楽しめばよい。
 ・・・・・・・
3358.すでに世界は恐慌に突入した ー1
 2010年06月05日(土)
「 すでに世界は恐慌に突入した ーデリバティブとドルはあと数年で崩壊する 」 ー船井幸雄 朝倉慶 著
  ーまず、アマゾンの 内容紹介 よりー
いよいよ、資本主義が音を立てて、崩れていきそうな気配。今の我々のシステムはデフレという状態では崩れません。
貨幣への信頼があるからです。ところが、世界的に始まってきた、石油や食糧をはじめとした、今の商品高が止まらなくなり、
酷いインフレ状態に陥ると、やがて貨幣に関する信用が失墜して、経済活動、その他も収集がつかなくなってしまいます。
そうなれば、資本主義の崩壊です。そのきっかけを作るのがドルの暴落です。ドル暴落という引き金が引かれれば、国債大量発行
という借金漬けの日本の状態もそうですが、中国の体制の問題、イラン、イスラエルに見る中東問題、インド、パキスタンの紛争、
さらにはロシアや東欧、書きだしたらきりがないほどの世界を取り巻く矛盾が一気に噴き出てしまう。 ・・・・ (中略)
 恐らく今回の混乱は、経済的な破壊に留まらず、天変地異や、鳥インフルエンザなどの破壊的な疫病も伴うこととなる。 
まさに人類史上最大の困難が幕明けようとしています。しかし、この事態を決して悲劇的なことと捉えないでほしいのです。
豊かになった我々は、実は、多くのものを失ってきているのです。親殺し、子殺し、無差別殺人、振り込め詐欺、こんなことは
なかったことです。豊かさとともに何かが変わったのです。家族や隣人への愛情、屈託のない笑顔、世の中には、お金では
買えないものが山のようにあって、そのものすべてを取り戻す旅が始まるのです。お金や人の地位などは目で見ることができます、
しかし愛情や信頼などは、目では見えませんし、計ることもできません。一番大事なのは、この目に見えないもので、これから、
我々はこの目に見えない、今まで失った一番大事なものを取り返しにいくのです。
 〜〜
しかし朝倉慶の「大恐慌入門」は、たとえ話を多く取り入れながら分かりやすい内容で、非常に多く売れたよう。
その続編といった内容で、6京という信用取引の残高のマイナーは、まだ世界中の企業、金融機関、政府系機関の金庫の中で
ジッと眠っているだけ、必ず、その損失処理をしなければならない時期がくる。それが今や刻々と近づいているのは
誰の目にも明らかである。対処処理で札を刷りまくった結果は、札の価値の下落、ハイパーインフレである。
今年の暮れから2012年には、発生するのは間違いないこと。
・・・・・・・
2983,超円高社会ー 6
2009年06月05日(金)
 現在の年金問題の大きな問題は誰が起こしたのか、そして、その問題点とは何かを簡潔に書いてあった。 
 これによると、田中角栄である。 考える方も考える方だが。 彼の功と罪は、あまりに大きい。
 最後は消費税とは別に、「年金税」という直接税で賄うしかないのだろう。
 ーまずは、その部分を要約して書いてみたー
  * 孫代にツケを回す年金制度の犯人は角栄
【 自分が積み立て、増やしたお金を老後に受け取るという制度は、当初のように続いていたら、これは公平な制度である。
「制度を越えた支え合い」などという政府のマヤカシで洗脳される余地はなかった。では何時、世代間で極端に不公平な賦課方式に
替わったのだろうか。実は、あの詐欺師のような男、角栄である。田中角栄時代に、日本はハイパーインフレに襲われた。
当然年金は目減りをする。年金を引き上げれば喜ばれる。しかし、下げれば嫌われる。そこで角栄は考えたのである。
日本の制度は大福帳会計である。個人個人の会計の口座の中味を把握できる仕組みになっていない。そこで、年金制度を賦課方式に
切り替えれば、年金を掛け金を値上げすることなく、当面の年金額だけを大幅に増やせるぞ、と。この決定こそ、身勝手に国民の財産を
奪い取る、悪魔の決定であった。 それを解りやすく説明をすると、若いXさんの積み立てた財産を勝手に奪い取り、老後期にある
Yさんに勝手にばら撒くという案なのだ。自分の積み立てた金は現在の老人に支払われてしまい、老後は、その時の若い人から
支払えばよい、という考えである。負担を後世代に回すことで票を買うという背信的な政策だったのである。 
当時、角栄の熱狂的に支持した層が、現在、老後の世代になっており、この歪んだ制度の最大の受益者になっている。 
彼等こそ角栄超円高社会ー 5の共犯者なのである。積み立て方式を賦課方式に替え、そして自ら払った金額より大幅に超える年金を
受給し、今の若者に尻拭いを押し付けたのである。角栄は「今太閤」と呼ばれ人気者になって、票を取り、私腹を肥やして、
あの世に逃げていったが、残された国民はいい面の皮である。こうして角栄の手で年金はネズミ講の
システムに切り替えられたのである。このネズミ講の破綻を避けるには、より多くの金を集め、被害者の
数を多く集めて、誰かが尻拭いをしなければならないのである。そのためには人口が増え続けなければならない。】
ーー
以上だが、私たちの年代は、その恩恵を受けるが、その後を考えると大変な負担になる。
これと同じようなことを、自民党が大量国債発行を続けてきた。
更に、この金融恐慌をキッカケに大量に積み増している。 もう手が付けられない手負い獅子。
この総選挙で抹殺されるか、生き延びるか? 自民党を選択してきた国民の民度が一番の問題。
・・・・・・・・・
2008年06月05日(木)
2619, 消費社会から格差社会へ ー3
                      ー読書日記ー
ー若い人は一人旅は流行らないー
 この本によると、10年ぐらい前までは、「深夜特急」とかいう本に啓発されて若者がパックを背負って世界を旅するのが
流行っていた。 が、今では全くといってよいほど見られないという。 いつの間にか時代は変化していたのである。
  ▼ まずは、その部分を抜粋してみる。
以前、ある研究会で旅行関係の仕事をしたんです。聞くところによると最近の若い子が海外旅行に行かなくなったと。
まあお金もないし、頻繁に海外旅行しなくなったと。でもお金の問題だけじゃなくて、どうもコミュニケーションカが
非常に低くなっているんじゃないか、と。 七〇年代初期に 「団体旅行なんてカッコ悪いぜ、デイパック背負って
行く旅がいいじゃん」っていう、「地球の歩き直的なムーブメントがあったけれど、今は「若者だから一人で旅をしろ」
って言っても、もう行かないんです。早大の探検部は今や存亡の危機だそうです。
しかも部長は東京理科大の女子学生らしい。 なぜかというと親が止めちゃう。「今度こんな所に行くんだけど」って
息子が言うと、親が「危ないからよせ」って言う。 それで探検が成り立たなくなったそうです。
日本以外にもっとおもしろい世界があるぞ、なんていう期待も持ってない。じゃあ、どうやったら海外旅行をしてもらえるか、
という研究をして、一つ出た結論が「新・団体旅行」なんです。一昔前の「農協パック」みたいな団体旅行でいいんじゃないかと。
なにしろ郊外の「下流」の若者は「新しい農民」だから。ただ、まったくの団体旅行ではだめだから「みんなと一緒に行く自分らしい旅」
みたいなコンセプトがいいんじゃないかと。つまり「島宇宙」を用意してあげるわけね。
  ーー
  若い人の大半が、金もない、覇気もない、夢もない、ということ。 時代の背景に直接反映している
  インターネットや衛星TVをみれば、世界の映像が直ぐに飛び込んでくる。
  しかし実際に行って感じるのとでは雲泥の差があるのが、わからないのである。
  さらに傾向として結婚からも逃避し出している、ともいう。
  若者はノイズに弱いというが、結婚ほど連れ合いや、子供のノイズは煩いものはない。
  中国は「一人っ子政策」のプラス面がある。 両親が、一人っ子に集中して教育をするからである。
  特に主流を占める貧困層こそ、その脱出手段として、将来を子供にかける。だから底辺の底上げになるのである。
  その若者が、そろそろ社会の中核に出てき始めた。 それに日本の若者が太刀打ち出来るわけがない。
  衰退の最も深刻な現象が、若者たちの無力感である。 ある意味、政治の怠慢の犠牲者である。
                              ーつづく
・・・・・・・・・
2007年06月05日(火)
2254, ビョーキな人々探訪記 ー3     o(゜∀゜)o オッハヨウ
*鬱病について
依存症とは違うが、これも大変な病である。作家の原田宗典と中村うさぎの対談も絶妙である。
原田宗典は数冊読んだことがあったが、彼が鬱病とは驚きだ!
 (字数の関係でカット09年06月05日)
・・・・・・・・
2006年06月05日(月)
1889, 閑話小題       おはよ?!(*^ワ^*)i              
ーインフレの足音ー
 家内の話では、
「スーパーの特価のトイレットペーパーが売り出し直後に売り切れる。主婦レベルの買いだめが始まっているようだ」とのこと。
 値上がりを見越して、主婦レベルでのささやかな生活防衛が始まったようだ。 原油の値上がりからみて当然の現象である。
 インフレはまだ先のことと思っていたが、悪性インフレが徐々に姿を現してきた。2008年から2010年辺りに世界的な大変動がある。
ーサッカーのドサクサにー
 サッカーのワールドカップのドサクサを狙って政治的な大事件が起こる可能性がある。
 冷静に、それが何だか見てみ極める必要がある。その一つが村上の逮捕か?
 それとも、あの大銀行の手入れか。アメリカの株価の大暴落か。
 アメリカの大手??会社の倒産か。大きなテロも可能性がある。無ければ無いでよいが。
ー自殺が8年連続で3万人超ー
 3万人超の自殺が8年連続とは、異常の数字である。
 ホテルで自殺者が出ると当事者として、その詳細が警察から知らされる。
「おん宿 かわせみ」という時代小説があったが、自殺者だけに限らず、
(長期宿泊者などの事情を聞くと)色いろな人生を垣間見ることができる。
 例えば
・12平米のツウィン・ルームに男女二人が5?6年近く宿泊して(暮らして)いたとか。
・子供連れの女性が二年近くシングル・ルームに住んでいたとか。
・怪しげな若い男が、明らかに純情そうな素人娘のヒモとして、ピンサロで働かせていたとか。
・最近は見られなくなったが、流れのピンサロ嬢も時期になると宿泊するという。
 当ホテルは方針上、絶対に売春などの宿泊は厳禁をしているが、時代のせいか、
 デルヘル嬢を他のホテルは殆んど認めているという。 書けばつきない・・・・
 そういう危ない人が必ず数人は宿泊しているが、必ず警察がチャックをしていて本人の大筋が見えてくる。
 自殺で一番憐れだったのが、窓から飛び降り自殺をした人である。警察が調べたところ、
 最近に同居していた女性が亡くなって、その身元もわからない上に、本人の身元も解らないという。
 何か深い事情があったようだが、身元不明で処理するしかないとのこと。
 誰も好んで自殺するはずがない、死ぬなりの深い理由があるのだろう。
 考えてみれば、20代までは死にたいと何度思ったことか?
 最近は、死にたい!でなくて、もっともっと生きたい!と思うのは老化の現象か?
  (字数制限のためカット 2011年6月5日)
・・・・・・・・
2005年06月05日(日)
1524, わたしの酒中日記ー3
   金沢編ー1
ー1971年10月某日
会社の寮から50?のところに「トラちゃん」というホルモン焼屋がある。まわりカウンターの中で、小太りのトラちゃんというに
相応しい小母ちゃんがやっている店である。この店には月に1~2度位、ブラリ入る。寮に近いわりには、会社関係の人はこない。
香林坊には、いくらでも面白そうな店があるので、こんなところでは飲まないし、彼女が大体いるためか、一人で飲む奴などいない。 
香林坊からバスで10分のところにあるが、何時ものようにモツの炒め物を注文して一人飲んでいると、寮の2年先輩が
嬉しそうな顔をして入ってきた。 「おお一人か!実をいうと、今日は競馬で大穴を当てたんだ。一杯奢るから俺について来な!」
断る理由など一切無し、タクシーで香林坊の少し路地に入った店に乗りつけた。 看板には「平家 落人焼き」とある。
店に入ってビックリした。油で店の中が黒光りしてギトギトである。威勢のよい40歳がらみの親父と、女将が愛想良くむかえてくれた。
カウンターの中に大きな1m四方の鉄板に、魚や肉を野菜と一緒に焼いて出してくれる。メニューは鉄板焼きだけのシンプルな
メニューだけである。ツマミは、手で千切ったキャベツが大きなバケツから手掴みで、皿に入れられて出される。
それを食塩を振りかけて前菜にする。平家の落人が、山に隠れて兜を逆さました中で、山菜や猪の肉などを焼いて食べていたという
由来から名づけたのだろう。ここの名物は何といっても「夫婦喧嘩」とタクシーの中で聞いていた。 
ストレスの溜まったオカアチャンが、いい加減なオトウチャンに切れる。見ていても迫力があるという。
そして何時もの通りに夫婦喧嘩が始まった。両親の赤裸々な夫婦喧嘩もなかったので、その夫婦の迫力に驚いてしまった。
しかし、一戦が終わった後は何事も無かったように穏やかになった。オカアチャンが休みの日など、一人しょんぼりとしているという。
その親爺が、今度は会社の先輩の絡み始めた。「お客さんには悪いけど、今日は最高の日のように見えるが、実際は最悪の日なんだよ! 
博打で当たった味が結局は深みにはまり込むんだ。その意味で今日は最悪の日だよ!気の毒になー!」聞いていてイヤに納得のいく言葉。
・・・・・・・・・
2004年06月05日(土)
1159, 「武士の家計簿」
いま話題になっている本に、この「武士の家計簿」がある。激動の時代が、武士の家計簿でリアルに浮き彫りにされている。
現在我々が直面している金融破綻や地価の下落、利権と収賄等々の問題が、150年前に金沢で全部経験ずみなのが面白い。
・仕事は経理ー加賀藩御算用者(経理係)、・小遣い6千円 ・幕末の武士は年収の二倍の借金に苦しんでいた。
  (字数制限のためカット 2010年6月5日)
・・・・・・・
2003年06月05日(木)
 792,起業とは-1
 現在、起業家という言葉がキーワードになっている。国家が支援金まで援助して新しい事業を興すことを勧めている。
ベンチャーだけでなく、企業に属している人やすべての社会人にこのマインドが求められるようになった。
しかしアイデアや着想を練り上げて、プロジェクトを立ち上げ、業績をあげて、拡大し、次世代にひき継ぐのは至難の業である。
うまくいっても大体が25?30年で、その生命を終了する。 営業ー不動産などで「千三つ」といわれることがある。
(字数制限のためカット 2011年6月5日)
・・・・・・・・
2002年06月05日(水)
 428, おしっこをしながら、水を飲む
「おしっこをしながら、水を飲むとそのまま飲んだ水が垂直に排出された感じになる。
 宇宙が身体に流れ込む感じ」という本を読んで、昨日3回も実行してみた。
・まず感じたことは、「こんなことを実際やってみる人は、
 この本を読んだごく僅かな単細胞の人だろうな?」という気持ち。
・世界広しといえども、こんな経験をした人は殆どいない事をしてみた自分の可笑しさ。
・現実にはそうでないが、飲んだ水がじかにそのまま排出されるという
 実感が愉快であった。そこには胃も腸もないそのまま出て行く実感である。
ところでそれがどうしたの?と聞かれても答えようがないが、新鮮な気分と、誰もやったことない体験をしてみた!
という可笑しさで,気分が一新しただけでも価値があった。 何事も経験です!! 貴方も経験してみたら??!
・・・・・・・・・・・
2001年06月05日(火)
[43] オークションサイトについて
今日インテリア山下の社長が来社して、下取りのダンツーの絨毯を1円でネットオークションに出してみた’
と言われたので早速オークションに1000円で入札をしてみた。
またネット上の新しい世界を垣間見た思いだ(e?ビジネスの新しい可能性の一部を)。
これこそ新しい社会の1つの可能性を現している。
ホームページにしろインターネットで毎日が新しい発見の連続である。
確かにネットバブルの部分があることは否定できないが、といってネット社会の方向は事実である。
是非このサイト見てみる事を薦めます。前の頑張ってます!はパソコン教室の練習です。
記念の為残してきます。        http://auction.excite.co.jp/
 


3722, ジャズについて −14

2011年06月04日(土)

          ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
  * ージャズ・ボーカリストー 《 ビリー・ホリデイからカサンドラ・ウィルソンまで 》
【 ジャズの歴史とジャズマンについて、その流れを追ってきたが、ジャズ・ボーカリストを簡単に触れておこう。 
・ジャズ・ボーカリストといえば、誰もがまず思い浮かべるのは、ルイ・アームストロングと、「暗い日曜日」「奇妙な果実」が
 よく知られているビリー・ホりデイ(一九一五〜一九五九)であろう。三〇年代の小コンボをバックにした珠玉のような名唱、
 スターダムにのぼりつめた四〇年代、酒と麻薬で声をつぶしながら深い感動を誘う五〇年代の円熟ーー。 
 「ビリー・ホリデイは、それが自分の人生のように歌った」といわれ、その技巧以上に、ひとつひとつの歌詞に込められた
 万感の思いを、じんわりと聴き手の魂の奥底まで響かせたポーカリストである。
・歌も人生も劇的だったビリー・ホリデイと対照的に、エラ・フィッツジェラルド(一九一ハ〜一九九六)は、抜群のリズム感とまるで
 楽器を思わせるボーカルが特徴で、ジャズ・ポーカリストのトップとして長くその地位を維持した。 
 大作「ソングブック」(五九)など、どれをとってもほれぼれする美しさである。
・サラ・ヴォーン(一九二四〜一九九〇)も、エラ・フィッツジェラルドと双壁をなすモダン・ジャズ時代の女性ジャズ・ボーカリスト。
 四五年にソロシンガーとして独立。五十年代には、トランペットのクリフォード・ブラウンと組んで名作を発表し、
 七十〜八十年代にかけては、ピアノのオスカー・ピーターソンらをバックに名唱を残している。
・カーメン.マクレイ(「九二二年〜九四)、アニタ・オデイ(一九一九〜)といったシンガーたちの名前も忘れられない。
 サラ・ヴォーンも含めて、彼女たちのスタイルには、多かれ少なかれ・ビリー・ホレデイの影響がうかがえるのはもとより、
 ルイ・アームストロングが完成させた‘スキャット’というジャズならではの歌唱法も受け継いでいる。
・ほかにも取り上げなければならないジャズ・ボーカリストは多いが、最後に、カサンドラ・ウィルソンである。ちょっとドスの
 利いた声は好みが分かれが、『ニュー・ムーン・ドーター』(九五)は、サウンドもボーカルもじっくりと聴き惚れるしかない傑作。
 まさしくブラック・ミュージックの新しい帰結として、カサンドラ・ウィルソンに耳を傾けることを勧める。】
  ▼ ジャズについては、他の音楽と同列に聴いていたが、この本で取り上げているジャズマンの名前は、けっこう知っていた。
   私のような、音楽に疎い者でも知っているのだから、ジャズは、TVなどを通して私たちの生活に入り込んでいる。
   学生時代に、暇を持ちあませて、ジャズ喫茶などで屯しているうち、知らないうちに接していたのである。
  ・・・・・・・
3357, つれづれに ー閑話小題
2010年06月04日(金)
  * 日銀短観 新潟県の景況感が四半期、ニケ月連続全国最低
 新潟県の日銀短観で、新潟県といえばだいたい中位の上であった。しかしリーマンショック以来、右下がりに転じ、
ついに二期連続で全国最低になったと地元紙が報じていた。 私が地元経済が異常に悪いといい続けてきたが、
過剰反応でないことが実証された。 まずは公共事業天国だったのが、「鉄から人へ」とへ国家政策が変わった。
農業も、輸出産業関連も最悪、日本で一番早く、恐慌の影響をモロに受けているのが実情である。
元もと新潟県人は質素倹約をモットーである。不景気となれば、その本領が直ぐに出てくる。
  * 県立近代美術館には、驚いた!
 一昨日、「奈良の古寺と仏像」展が長岡の県立近代美術館で開催されているので、行ってみた。
期待には反しなかったが、それより初めて入った県立近代美術館の豪華というより、豪奢な建物には驚いた。
半年以上前から、冬と春先を除いて、早朝、電動アシスト自転車で二つの大橋を一周するのが日課になっている。
そのコースの土手にそれがあるが、空気が違うのである。 肯定的にみれば、これ位は市の格からいって当然?、
しかし程度を遥かに超えている。ゼネコンの税金収奪の姿といって過言ではない。戦後バブルの饗宴の建物である
  * 鳩山から管に
 鳩山と小沢が辞任、次は管副総理が首相に決定する。 当初の予定通り。 これで、小沢も選挙に専念できるし、
新しい体制で選挙に向うのはベストの判断である。 管も、果たして一国の首相に相応しいかというと、これまた不安が残る。
しかし鳩山よりはマシか。これだけは、やらせてみないと分からない。民主党が勝利すれば当面の間、思い切った政策を実行できる。
管は参院で勝利すれば非常に恵まれた役回りになる。 ところで私が学生時代にいた寮が、早稲田の理事が自宅の庭の周りを囲むように
25室の部屋を運営をしていたところ。 そこは、民主党の渡部恒三などが寮生だったが、当時も地方出身の政治家志望の学生がいた。
その関係で軽井沢の鳩山一族の政治団体が経営している「友愛山荘」に休みになると、ヘルパーとして遊びに行っていた。 
別荘地の真っ只中にあるため、自分まで、そこの住人になったような気分になれるのが良かった。 当時、鳩山兄弟は、
東大の学生で、鳩山御殿のパーティーのサクラの客として参加したことが数回あった。 当時は弟の方が首相になる人材と、
聞いていた。が、今では人望がないと知れてしまった。 いずれにしても政治家は大変な仕事である。
・・・・・・・・・
2982,超円高社会ー 5
2009年06月04日(木)
* 食料自給率40%は本当か?
 第7章 市場を毛嫌いする官僚システムの罪と罰 ー『食料自給率40%の世論誘導』には驚きである。
 ーその概要をまとめると・・・
著者は、食料自給率40%は農水省が都合よく作りあげたマヤカシの数字という。
農水省の言い分だと自動車の自給率は1%ということになる。 自動車は原料の重量比によって計算をしない。
自動車は出荷額や付加価値で考える。それと全く同じように食料も出荷金額ベースで自給率を計算することこそが、
世界で広く通用している食料自給率なのである。その世界通用自給率で計算すると何と66%なのである。 
日本国内では、カロリーが低く、しかし付加価値の高い商品作物を多く造っている。だが、カロリーベースで計算すると、
故意に無視していることになる。カロリーベースで自給率を算出しているのは世界で韓国と日本だけである。
例えばキノコはカロリーゼロである。『自給率が低いー>これは大変ー>自給率を上げよう』のパターンである。
しかし、この三段論法の二段目が抜け落ちている。自給率が何故高くなければならないか、が抜けているのである。
去年7月の漁船のストは、魚価を上げることが目的ではなく、補助金だったのである。ある業界だけが何故、
特定の補助金が出たのか、不思議な現象である。GDPとは『付加価値』の合計額のことなのである。豚の子どもを親に育てて、
豚の付加価値を与えたものが農業の仕事の筈が、そのところは一切考慮に入れない計算方式である。 
国内で生まれ、大きくなるまで育てた豚の肉でも「エサの90%以上が輸入品だ」という理由で国産にカウントされない。
そのために9・7%になってしまう。それに輸入豚47%を加えると、僅かに5%にカウントされるのである。 
そうこうあらゆる手段で、役人が66%の自給率を40%にするために、あらゆるところで数字の改竄を行っている。 
米の自給率は、実際は108%なのに、この8年連続でジャスト100%ということになっている。
8パーセントは、元々なかったとして切り捨てている。
 ーー
 こんなことを知らされると、読む前まで信じていた「グローバルの時代の自国の食料戦略」とやらも、
何か役人に世論誘導されている実態に、侘しくなってくる。この方式だと、自動車の原材料自給率は1%という。
 ーーー
2618, 消費社会から格差社会へ ー2
2008年06月04日(水)                  ー読書日記ー
ークルマが社会に与えた影響ー
 車が社会に与えた影響について書いてあるが、若い女性が新幹線や電車の中で鏡を出し化粧をしている理由が、車の中と
混同していることが解った。 新幹線といえば毎年の4月の恒例の姿がある。新社会人の女性が平気で待ち行列で
「うんち座り」をしている姿である。学校の校内の習慣を続けているに過ぎないが、若い女性はひときわ目立つ。
半年で流石に止めるが、それでも半年は続けるのである。これとは関係ないが。乗用車に電子レンジと冷蔵庫が付く時代になった
ということである。内と外の境目が曖昧になっている。そのこと自体がホームレス化ということではないか。
   ーー
上野 もう30年も前のことですが、滋賀県の大津の西武百貨店の駐車場で、車から降りてくる人の調査をしてことがある。
 履物の大部分が{つっかけサンダル}ということがわかった。夏ということではなかった。
 私領域の顔で降りてくる。車は長距離を移動しても私空間を出前する乗り物だということがわかった。
三浦 クルマが人々の潜在心理に与えた影響はすごく大きいですよ。あまりそれを指摘する人はいませんが、
 クルマで育ってしまうと、電車に乗っても化粧をする。「クルマに乗ってると、なんで電車でやっちゃいけないの?」
 っていうことだと思うんですね。 僕もクルマの調査したら、若い男の子がカップラーメンを食いながら 運転していたし(笑)。
 あと信号待ちでマンガ読んでいるんですけど、信号が青になると、読みながらそのままブーンって出すんで驚いてしまいました。
上野 怖え?(笑)。
三浦 もう、なんでもやってますよ。実際、ロサンゼルスの通勤サラリーマンは、朝ご飯を食べ暇がなくて、
 クルマに電子レンジ積んで、テレビディナーを食べながら通勤するらしいですよ(笑)。
 トヨタの「エスティマハイブリッド」っていう車種も、コンセントがついていて電子レンジを搭載できるらしいですから。
山野 ええっ、ホント?
三浦 ですから、電子レンジと冷蔵庫をクルマに完備してあげれば、今の若い子はもう大喜びですよ。
 コンビニが走っているようなものですから(笑)。
上野 "ゴーイング・マイホーム"、つまり「走るわが家」ね。
三浦 そのうち仕事がなくなって、トレーラーハウスに住むようになってね。
 最近、犯罪を起こして人を新聞で見ていると、住所不定・無職でクルマにズットすんでいる人がけっこいる。
  ーー
   アメリカが、既にトレーラー・カーに住み込むプアーが多く見られるという。日本の地方は車がないと生活が非常に不便で、
  一家に一台から、一人の一台の時代に入っている。  これは車がモバイル・ルーム化したともいえる。
  携帯電話にワンセグの機能と、ステレオ機能が付いていれば、充分満足のいく空間になる。
  さらに、コンセントまでついていれば・・・ 家庭など消滅するのは当然のことである。
                     ?つづく
  ・・・・・・・・・・
2007年06月04日(月)
 2253, 倒産にも色いろあるようだ!   ヾ(´∀`o)+。才ノヽ
一昨日、兄夫妻が倒産以来、初めて報告を兼ねて遊びにきた。内面は複雑だろうが、金に追われた困窮の日々から開放され、
さっぱりしたようだ。倒産のマイナス・エネルギーだけは経験した本人しか解らないこと。
傍で見ていて解ったことだが、倒産にも良質か悪質かどうかがある。
 ーまずは悲惨な例からー
幼馴染の兄弟の倒産と、その後の成り行きを数年に渡り身近で見聞きした。倒産直後に弟が建設関係の営業で私のところに訪ねて
きた時、20歳以上も老けた70代半ばの風貌になっていた。想像を絶した経験をしたのだろうが、それそのままが顔に出ていた。
自覚していたかどうかは別だが営業手法として「倒産ネタ」を使っていた。 そのネタなら、どのトップも自ら聞いてくれる、
トップにとって明日は我が身だからだ。しかし本人はつらかっただろう! 彼の話によると、兄の会社の借金の保証人になり、
連鎖倒産をしたという。そして離婚。その後、半年間の引きこもりなど死線を彷徨った後、知り合いの会社の社長に声をかけられ、
営業をしていた。その後、年金年齢になり、働いていた会社を辞めると同時に酒びたり、そしてアル中に近い状態。
一人暮らで際どい日々を送っている。 厚生年金が入るので、生活は成り立っているというが・・ 二十年近く前、婿取りの姉夫婦が
経営していた会社が倒産。それも私と同敷地内の家に住んでいたのでプロセスがまる見え!  生々しい迫力があった。
一度??保証人の封筒を持ってきたが・・「貧すれば鈍する」のが、倒産である。 そのときは母と金を出し合って、整理専門の
コンサルタントの先生に頼んで、後始末をしてもらったが・・その時に姉夫婦の友人・知人の借金の明細のコピーをみたが、
億以上であった。致命傷ではなかったが、??もやられていた・・・人徳というか、長岡的というか、よく貸すよ?である。
私など誰一人として貸してはくれないし、借りる気などさらさらない。
それより、驚いたのは????である。 亡き姉への悪口になるか!  人生色いろある!
ー良質か悪質かは、以下がラインとなるー
・親戚への請け判、借金があるかどうか。         ・高利貸から借金があるかどうか。
・痴呆名士様の世界から脱皮しているか。         ・手形を出しているか。
・夫婦関係が崩壊をしているかどうか。          ・アルコール依存症か女性依存症になっているかどうか。
・事業をしている場合、厚生年金に二人とも入っているか。 ・倒産資金の150万が用意できるかどうかー弁護士費用。
今回の兄夫婦の場合は、全てをクリアー?していたから、良質倒産?である。二人とも厚生年金に入っていて、
義姉は二年後に到達、それまで凌げばよい。厚生年金は法律で守られているから、普通より恵まれた年金生活が保障されている。
  (字数制限のためカット 2011年6月4日) 
・・・・・・・・・
2006年06月04日(日)
1888, 井村雅代
              才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
シンクロナイズド・スイミングのコーチ「井村雅代」という存在を、ある本で知った。
あまりの型破りの指導のため組織から追放され、練習場も失い、選手に次々とさられた。
 (字数制限のためカット 2010年6月4日)
・・・・・・・・
2005年06月04日(土)
1523, わたしの酒中日記ー2
    ー長岡殿町         2005年5月31日
今日は父の33回忌の法事である。 法要の席を長岡駅前の『田村』で開く。坊様がまた例の調子で・・・・?
    (字数制限のためカット 2011年6月4日)
・・・・・・・
2004年06月04日(金)
 1158, 年金の話
これだけ不景気になってくると気になるのが老後である。そのためか、年金がここにきてクローズアップされてきている。
今年から、58歳を過ぎると年金の予測の数字を希望者に郵送される。半月前にその内容が送ってきた。
こういう時代、明日何がおきても不思議ではない。とくに事業をしている立場上、不安の要素があまりにも多い。
ある日ハイパーインフレがおきて金利が2倍にあがる可能性がある。また、上越新幹線でテロの爆発がおきても不思議でない。
(新潟駅の新幹線のホームでは、各階段に警察官が二人ずつ合計10人近く張り付いている)新潟にアルカイダーの幹部が
一年半潜伏していたとかいう情報があったことと関係しているのだろう。ハイパーインフレやテロで、会社は一瞬で倒産してしまう
可能性を含んでいる。経営者は何も保証されてない立場にあるから、万一のことがあれば明日からの生活に事欠くことになる。
倒産をした最悪の人を何人も現に見てきているから、時々凍りつくような不安に落ちいることがある。 
それが逆にエネルギー源にもなっているが。社会保険センターから送ってきた年金の数字を見て少しホッとした事も事実である。
年金支給が63歳と思っていたが、今回の郵送で60からでももらえることを初めて知った。
・1年7ヶ月経つと(60歳)全く他に収入がない場合で、190万円の年金支給。・4年7ヶ月で(63歳)で、260万円。
・6年経つと、家内の分を加算すると3?0万位という。ー何とか人並み?に生きていけそうな金額である。
家内に説明をすると「丁度よいようになっているのね!」セフティーネットとして、あるとないとでは全く違う。こういう年齢になったのだ。
・・・・・・・・
2003年06月04日(水)
791, 鎌倉がよかった
 林さんに大学の授業が終わった後、鎌倉を案内をしてもらった。家内と私にとって素晴らしい思い出になった。
鎌倉は父方の親戚が駅前で古美術(堀井古美術)の店を開いて、法事などで数回行っていた。
しかし鎌倉の大仏以外は全く未知の世界であった。 今回初めて解ったことだが、鎌倉にも五山があった。
鎌倉時代に中国の五山制度にならって、鎌倉の禅寺に設けられた五大寺をいう。室町初期には鎌倉・京都
それぞれに五山が定められた。その後たびたびの改定を経て、足利義満のとき、五山の上に南禅寺がおかれ、
・京五山として天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺、
・鎌倉五山として第一位 建長寺 第二位 円覚寺 第三位 寿福寺 第四位 浄智寺 第五位 浄妙寺 がおかれた。
 それぞれに深い歴史があることがはじめて解った。
私達が案内されたのが、第一の建長寺と第二位の円覚寺、それと長谷寺と‘あじさい寺’の名で親しまれている名月院である。
全て印象的であった。 その中で名月院を書いてみるとー北条時宗が建てた禅興寺の塔頭の一つだったが、のちに足利氏満の
命令で上杉憲方が時宗の父、時頼の墓所として中興した。1394年上杉憲方の没後、上杉憲方の法名 をとって明月院となった。
アジサイだけでなく スイセン、ボケ、モクレンなど草花の種類も 多い寺である。
それぞれが、味わいのある素晴らしいお寺であった。鎌倉がこれほど良いとは実際のところ知らなかった! 
 昼飯を御馳走になった老舗の中華料理店がよかった。横浜の中華街にある中華料理店の支店として60年前から
営業をしているという。由緒ある別荘がそのまま店になっている高級料亭風であった。中華料理も絶品の味であった。
林さんとでなければ、間違っても入れない店である。 話は変わるが鎌倉でタクシーに乗った運転手が「景気が悪い!」
といっていた。特に今年に入ってから、かなり悪いとか。鎌倉の一人当たりの地元に落とす金は平均700円?
と冗談で林さんが教えてくれた。ウォーキングスタイルにリュックを背負いコンビニで弁当を買ってベンチで
食べるのが鎌倉の一日観光のスタイルとか。 母校の講義と鎌倉の散策、一期一会の素晴らしい二日間であった。
・・・・・・・・・
2002年06月04日(火)
 427,世間とはー3
世間に住む人々を喩え話で挙げてみると面白い! 娑婆の集約の姿であろう。
・まずはー どぶに浮くボウフラ!!
   (字数制限のためカット 2010年6月4日) 
・・・・・・・
2001年06月04日(月)
[41] 20年の通勤
新潟と長岡を20年通勤している。1年に250日*20年=5000  5000*2800円平均=1400万円になる。
  (字数制限のためカット 2011年6月4日) 


3721, ジャズについて −13

2011年06月03日(金)

         ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
   * 現代ジャズの新しい動きは? ー�
  ー ジャズのロック化ー 「フュージョン」はこうして生まれた
【 ディキシーランド・スクイルから発し、フリー・スタイルにいたったジャズは、その後、マイルスの前述したアルバム
 「ピッチェズ・ブリュー」が予感させたとおり、ロックや他のジャンルと融合・拡散していくことになる。
 その結果、レコードショップの棚には「フュージョン」という新しい分類もできた。 フュージョンとは、一言でいえば、
 ジャズのロック化を進めたもので、ロックはもとより、ソウルやラテンなど、他の音楽のエッセンスを吸収した音楽だ。
 だが、七〇年代以降のジャズは、もはや五〇〜六〇年代にそうであったようには、のちに影響を及ぼす斬新なスタイルを生み出す
 勢いを失ったといっていいだろう。 なお、八〇〜九〇年代にかけてジャズの周辺で起こったことで、いくらか注自すべき点もある。
 ロンドンのクラブに端を発した、踊るためのジャズの再発堀の動きである。 クラブのDJが特に注目したのが、六〇〜七〇年代のジャズ。
 レコードを素材のとして扱うクラブのDJの腕は、ジャズだろうがソウルだろうがラテンだろうが、自分が選ぶ曲がフロアの客を
 気持ちよく踊らせることができるかどうかにかかっている。もともとジャズのルーツが、「踊るための音楽」だったことを思い起こせぱ、
 これは面白い現象といえるのではないだろうか。 もちろんクラシック音楽でも古典派やロマン派がいまなお愛されているように、
 ハード・パップを中心としてジャズは聴かれているし、過去のスタイルに回帰しているジャズマンもいる。
 その意味では、ジャズは現在もこれからも生き続ける音楽といえるだろう。 】
  ▼ロックとは、電気楽器の使用に特徴があるポプュラー音楽の一種で、誕生から時間を経て、ロックンロールを略してロックと
   呼ばれるようになった。黒人音楽のリズム&ブルースと白人音楽のカントリー&ウエスタンが、異種混合して出来たもの。
   そのロックと、ジャズが混合してフュージョンが生まれた。アメリカ社会の混合が、そのまま音楽で象徴的に現れ出てきた。
   それだけ、アメリカ社会は複雑怪奇ということになる。それが、そのままフュージョンとなったといえる。
  ・・・・・・・
3356, 風の画家・中島潔
2010年06月03日(木)
 「風の画家・中島潔“いのち”を描く」ー NHK クローズアップ現代(5月31日19時半〜)
 ーNHKのHPよりー
 日本画壇で異彩を放つ“風の画家”中島潔(67)。NHKみんなの歌などで親しまれたノスタルジーあふれる童画にはじまり、
源氏物語や詩人・金子みすゞの世界を描いた絵などで、国内だけでなく、海外でも高い評価・人気を誇る。
その中島が「生涯で最高の仕事」として取り組んできた46枚のふすま絵が完成。京都・清水寺の成就院で4月末、公開された。
日本画の伝統とは無縁の画家が、1200年の歴史を誇る名刹でふすま絵を描くのは極めて異例。 
中島は、ここで、終生のテーマでもある「いのちの無常と輝き」を表現するため、過去何度も描いてきた
金子みすずの代表的な詩「大漁」を4たびテーマに選んだ。中島が5年をかけてひたすら描き続けた
イワシの大群の絵は、圧倒的な存在感を放つ。「風の画家」が現代に発する「いのち」のメッセージに迫る。
 ーー
 先日、「クローズアップ現代」で、中島潔の清水寺の成就院の46枚の襖絵をみて、息を飲んだ。
日本画とは無縁の漫画的な絵だが、その存在感と溢れ出るエネルギーに圧倒され、その絵について語る画家・中島潔の
言葉の一言一言の思いの深さに引きこまれてしまった。雑誌などで何度か見たことがある画風。その絵の暖かい風を感じていた。
本人の終生のテーマが「いのちの無常と輝き」と、番組で知ったが、それぞれの絵から湧き出してくる明るい暖かさは,
母に対する慕情という。 さらにいえば仏さまの世界とも言える。 それにしても生命感の溢れた絵である。
清水寺が、童画的絵画を襖絵に取り入れる大らかさに恐れ入る。中島潔が、「金子みすず」の詩を幾つか絵にしていることを初めて知った。
金子みすずの悲しみと、母への思いが、重なっているようだ。 この人の画集は、多くは出版されてないようだ。 
 ・・・・・・・
2981,超円高社会 ー4
 2009年06月03日(水)
日本国家の財政が破綻しているのは「短式簿記方式のため」という論は知ってはいたが、
この書に明快に表現してあるので、改めて考えてみよう。  
ーまずは、その辺の部分をコピーしてみたー  
 *日本国家が借金漬けの元凶は単式簿記のため
今の政権=自民党+公明党に多額の借金を貸し込んでいるのが、我われ国民である。この政府が抱える本質的な欠陥は、
会計に単式簿記を採用していることである。大福町会計あるいは家計簿方式といってよい。この元では、税収と借り入れを
区別することなく【歳入】と一括りに計上する。国債の利子支払いを、元金の償還と区別も出来ず、国民に対する
社会保障の支払いや公共事業などと一括して【歳出】の一言でまとめてしまう。そういう把握しか出来ない法人なのである。
何故今でも行われているか。理由は簡単。明治政府が発足した時には、日本では複式簿記を知らなかっただけ。
何故に、それを改定しようとしないのか。その方が政権を持っているほうが都合がよいからである。
社会保険庁の帳簿の改竄も、原理的に見抜くことが出来なかったのは、それゆえである。中部国際空港を作ったのは、
トヨタである。 これまでは巨大公共事業は、予算も目標期日もオーバーするのは当然と思われていた。
今の大福帳会計の政権法人が行う限り、ほぼ全ての公共事業が、必ず予算も期日もオーバーする。ところが、
トヨタが引き受けた中部国際空港は、驚くべきことに、目標よりも実際の開港が一ヶ月も早く前倒しされた。
しかも予算は7680億円に対して、実に1000億円も下回り、国民の負担を節約されたのである。 
関西国際空港の惨状を見れば、トヨタの凄腕はいっそう明らかである。関西空港は当初予算1兆676億円に対して、
1兆4582億円と、実に37パーセントもオーバーしていた。理由は他にも多くあるだろが、最大の理由は、
民間企業が複式簿記を採用しており、赤字と黒字の理由を把握する能力が備わったいた点に求められるのではないか。 
ーー
国家とは、この程度のものなのか? 代議士たちが、その方が都合がよいと、この制度を守ってきた?自分達に都合の良い
実態が明るみに出るのが恐ろしいのか? この論だけでは判断できないが、もし本当なら、この国は根から腐っている。 
民主党が政権能力がある無しではない、交代で前政権の不正を叩き壊すことに意味がある。
そのシステムをつくらない限り、明治来の官僚体質も変わらない。
.........
2617, 消費社会から格差社会へ −1
 2008年06月03日(火)
  「消費社会から格差社会へ―中流団塊と下流ジュニアの未来」   三浦 展 (著), 上野 千鶴子 (著)
 とにかく面白い本である。社会学部出身ということもあり、その系統の本を40数年読み続けてきたこともあるが 
 最近の格差社会については、非常に興味があった。「下流社会」の著者が対談の一人で、かつ上野千鶴子は私が20代の頃から、
 本を目にしていた。この二人の対談なら面白くないわけがない。 面白そうなところを抜粋して、感想を書いてみる。
・上野が(今の「下流」と言われるコミュニケーション能力の低い、ノイズに弱い若者が出てきたことに対して)
「『日本の保守本流が望んだとおりの国民形成を、あなたたちは3世代に渡って達成したじゃありませんか。
 これこそあなたたちが望んだ結果ですよ』って、『教育基本法改正』なんて言っている自民党のオジサンたちに
 言ってやりたい気分ですよ」
  〜感想ー強烈な皮肉が政治家と現代の若者、それも下流社会の若者に対して言いあてている。
 反面、ノイズの向こう側には彼らの好む音楽などの世界もある。
 これで対人恐怖症とか、トラウマとかいって、社会の面倒な世界を拒否する。
・団塊が中流で、団塊ジュニアは下流。
  〜感想ー これもまた、大方三分の二が団塊世代が中流、そのジュニアが下流である。
 何故、そうなったか、時代がそうさせただけである。
・三浦 「堤清二が破滅型経営者で、西武破綻は起こるべくして起こった。
  〜感想  堤義明は、どうだったか? 似たようなものか。
・{ 中村うさぎ何故ショッピング中毒になるかというと、何ものでもない自分が、女王様になれるから。
 うさぎが、自分のことを『女王様』といったのは象徴的でしたね。ショッピングも、そのものを買った瞬間、
 ガラクタになってしまう。アルコール依存症や薬物依存症と同じ一種の病気として『消費』は「もっと刺激を」
 とエスカレートしていくわけ。渋谷の「109」が「表参道」、「ユニクロ」が「プラダ」になり、
 「エルメス」になっていくのです。消費によって人は王様になれるのです。でも、誰からも感謝されない。
 存在としては必要とされない。それが消費の限界です。 それに気づいた人が、消費以外の何かを探し求めた。
 それが自分探しである。}−上野
  〜~感想ー 突き詰めると、記号の消費でしかないのでは?という見方が面白い。
 「ブランド」というマーク=記号を消費し、王様気分になっている幼稚さ、精神症は、言いえて妙である。
・国家の安楽死説ーグローバリズムで外国人が来てもらわなくてよいようにするには、
 景気を悪くすれば良い。不況になれば潮を引くように自然に居なくなりますよ。逆に言えば、
 外国人が来ている間は、その社会が経済的に魅力があるということです。 そういう豊かな社会で
 育った子供達が競争力を無くすのを別に抵抗することは無い。{平和に滅びていってくれれば」
 というのが私の説です。ー上野
  〜感想ー ここまで書くだけ社会が変になっているのだろう。情報化に適応できないからである。 ーつづく
・・・・・・・・・・
2007年06月03日(日)
2252, ビョーキな人々探訪記 −2   o(゜∀゜)o オッ ヽ(゜∀゜)ノ ハー
恋愛依存症の人といえば、過去に多く見てきた。 私の知る限り10〜20人に、若いときは5〜10人に1人というところか? 
いや実際は、もっと多いのかもしれない。恋愛依存症とは聞こえが良いだけ、色気違いじゃないかい?
でも、ある時期誰もなってしまうから、他人を責めることは出来ない。これに絞るのも人生、楽しいのだろう。
美人に人間性が良いのが多いのは、女性の職場で確認済み。 例外は何処にもいるが、バランスー平衡感覚は顔に現れるということ?。
とにもかくにも「色気違い」を「恋愛依存症」とは面白い。ヤリマン、アゲマンの凄いのは、何処にでもいるが、いざ自分が
出会ったら腰?が引ける。腰から下はコントロールが効かないから困ったものだ。 しかし出来ないヤツほど、解ったことを言う!
(字数の関係でカット09年06月03日)
・・・・・・・・
2006年06月03日(土)
 1887, 100曲CD           ォ'`ョ━━(。・∀・)━━ゥ★
最近、100曲CDをたて続けに買っている。3千円前後というのが気楽で良い。還暦の時に祝いで2セット貰ったものを
含めて7セットになる。事務所の数軒先にある石丸電気のソフト館に100曲CDの特設売り場があり、そこが買うか、
Web上のアマゾンで買う。 一年前に(私にとって)高価のコンポを買ってから、就寝時は必ず聞きながら寝入る習慣になった。
コンポの横にセットを置いて順番に聞いているが、寝入り時のクラシックは気持ちを豊かにさせてくれる。
土日は居間に移動してTVの合間にBGMとして聞いている。 クラシックのある生活というところか。
丁度その折、この毎日新聞/文化欄の What’new が正に自分にとってピッタリの内容の記事があった。
小市民的の典型だが・・・ この値段(一曲30円)だからこそクラシック・ビジターでも聴いてみる気になる。
この記事を見て、さっそく6月の21日発売予定の「スウィング100」を買う気になってしまった。
 ー以下は、その記事をネットでコピーしてみたー
 ほわっつにゅう?:100曲CD競争、過熱 各社が発売、伸び続ける売り上げ
 <最新エンタメ事情 What’s new?>
(以下、字数の関係でカットー2008年6月03日)
・・・・・・・
2005年06月03日(金)
 1522, 将来の不安
将来に対して誰もが漠然とした不安感を持っている。特に激動期において、大きな不安が曇り空のように横たわって見える。
ある哲学書に面白いことが書いてあった。「将来の大きな不安は、現在が不安定である投影でしかない。このことに気が
ついてないことが大きな判断ミスを犯してしまう。将来のことは、現在考えている予測や不安とは全く違うものだ。
いや、明日のことでさえ。問題は現在の不安定が前向きかどうかである。将来の不安は、今の問題の不適合(目をそらしている)
でしかない」という主旨である。
準備を含めると、26歳の時から新事業を幾つか立ち上げてきた経験から、不安に対しては自分を上手くコントロールをしてきた
(せざるを得なかった)。最善を尽くしたつもりの計画を実行するにあたっても、不安はつきものである。
その不安感を、逆にエネルギーの元にするしかない。一人震えていても仕方がない。事前に考えていることと実際は違うが、
その違いに出会った場面でフィード・バックするしかない。いま一つは目標と目的が明確でないことも不安要素になるが、
その信念への揺さぶりと考えるしかなかった。不安になったら、最悪を想定して紙に書き出してみた。
そのプロセスで問題に対して冷静に考えることになる上に、客観視を持つことになる。これはマイナス思考のようだが、
実際はプラス思考になる。問題の中心点にマイナスの視点から突き詰めることになるからだ。とことんマイナスを考えれば、
漠然とした不安を具体的に想定することになる。その過程で、プラスの視点が自動的に出てくる。
それをしないから中途半端のところを行ったりきたりする。そこまで考えてないから不安が出てくる。 
プラス思考と軽く言うが、マイナス思考を背後に持ってないプラス思考は中味は薄い。だから不安感が付きまとうのだろう。
将来への不安感は、現在の変化への不適合の自己逃避がもたらすものである。変化への不適合が将来の不安の問題に
摩り替わってしまう自分の心理を全く気がつかないのが、自滅というカタチに自らを導いていく。将来が不安であればあるほど、
現在の問題の中心点にエネルギーを集中しなくてはならない。 むしろ人によっては自滅も必要な時もあるが。
・・・・・・・・・
2004年06月03日(木)
 1157, 60対10の法則
1昨日、NHKのTVを見ていたらニューヨークの市警が取り入れた「60対10」の法則の取り締まり方法を紹介していた。
「10?の地区を集中して取り締まれば,60?の犯罪を未然に防ぐことができる」という法則を使って、ニューヨークの犯罪を
激減させた事例を紹介していた。 これは「80対20の法則」の応用であろう。20?の要点に80?の要素が集中しているというのを、
もう一ひねりをして10?の要点に60?の要素が集中しているという原理だろう。20?の半分の10%で60?なのだから、
さらに効率的になる。本でいうと、「目次」と「前書き」と「終わり」と、太字と図と箇条書きのところが20?の要点とするなら、
「前書き」と「終わりに」と箇条書き部分が半分の10?としてみるなら、そこに60?が含まれているという見方だろう。
その本によって使い分ければよいことになるが。犯罪のように80?より、60?の防犯の方が現実的なケースの方が良い場合がある。
100?使わなくてはならないケースもあり、ケースバイケースである。80対20という法則だけでなく、60対10の法則もあると
いうことを頭にあればよいが。200?で100?の効率の場合が必要な場合もあるから念のために!
仕事や受験などのように効率を求められている場合、平気でこれをする場合がある。人生はこの場合の方が多いから
困ったものだ。経営もマイナス10にエネルギーを集中して気がつかないから、本当に困ったものだ。誰だそのバカは?自分のこと?
・・・・・・・・・
2003年06月03日(火)
 790, 産能大学講義
何事も経験と、会社のコンサルトをしてもらっている林さんの産業能率大学の授業の臨時講師を受ける事にした。
授業70分のうちの60分が持ち時間であった。場所は新宿より箱根に向かう小田急電鉄で一時間のところにある伊勢原である。
 気楽な気持ちであったが、二日前に講義をいている夢をみた。あまりにも力みすぎ空回りをして一人芝居をしている夢であった。
何処かで緊張していたのだろう。ゆっくり話すのがコツというが、力みを抜く事を忘れてしまって空回りをしてしまった夢だ。
 ところが当日は緊張感はゼロであった。「相手は学生で、実体験をそのまま実感で話せば問題はないだろう」
という気持ちと十分の準備があった為だ。いざ壇上に上がって驚いた、学生のほうが緊張をしているようであった!?
抽象的な話しばかりの授業が多い中、具体的な異様な話に逆に興味を持ってくれたようだ。まあ実務家の話は聞いたことがないから、
珍獣でも見ている気分ではなかろうか。 出席者は50人位で、女学生が半分近くいた。私語をする学生はゼロ、少し居眠りを
している学生が2名いた。講義は先日のレジメどおりに進めたが、カタチ、心観学術態、好きな事を今のうちに見つけて職業に
しなさい、ダンスと歩行、般若心教を暗記しなさい等を話している時は全員の目が光っていた。
「私の人生で得たエキスを誰か一人でも理解してくれればよい」という気持ちが少しは伝わったようだ。
しかし禁止用語も使っていたようだ。また大学で講義など変わった貴重な経験を一つしてみた。そして面白い経験であった。
・・・・・・・・・
2002年06月03日(月)
 426,富豪の館
昨日ラーメン屋で見た週刊誌に、マリナーズのイチローの新しい屋敷が載っていた。2億5千万にしてはプールはなかったが、
豪華な建物だった。南ベトナムに行った時、サイゴンの元南ベトナム大統領府が公開されていた。やはり広大で豪華なものだった。 
その時の説明で、豪邸の条件の話しが面白かった。
 1、映画館を備えている事ーいつでも見たい映画をすぐ見れる状態
 2、プールがあること  3、バーがある事ーホームパーテーが開ける事
さらにヘリコプターの離発着の機能がついていれば、さらによしという。大統領府にその条件が揃っていた。ホームバーと映画館は
一般の家庭に形を変えて入りこみつつある。TVのホームシアターでいつでも見たい映画を取り込める時代の到来だ。 
プールだけは無理のようだ。以前の日本では大きい庭と池と茶室、法事や正月に親戚が集まった大きい部屋だ。
こんなものより自由に世界を飛び廻っているほうが好きというのも、「物より事の時代」のせいか!
・・・・・・・・・・
2001年06月03日(日)
 昨日ホームセンターのムサシの外食部門のやき肉の店の‘赤大門’に行った。
‐大ジョッキーの生ビールとカルビ定食とカルビとロース四品で2100円。二人だから一人1000円あまり!
安いと思った。長岡の郊外に焼肉の店がここで増えた。日本人は誰かがやるとそれに集中してしまう。
焼肉は5〜10年前までは3000円以上だった。それが合理化により半額ちかくなってきたため、新しい客層が増えてきた。
目安のカルビ680〜780円が350〜500円に下がってきた。焼肉や同士の闘いは高額の店をますます追い詰めていく。
‐写真日記に撮ってあります。
−2004年6月3日記ー
先日いったら、その店はもう潰れていた。狂牛病騒ぎでお客が激減したのだろう。


3720,ジャズについて −12

2011年06月02日(木)

            ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
  * 革命か目茶苦茶か −評価が二分された「フリー・ジャズ」
   ■ オーネット・コールマンからジョン・コルトレーンまで   ー P/203
【 一九五九年から翌年にかけ、アルトサックス奏者オーネット・コールマン(一九三〇〜?)は、『ジャズ来るべきもの』
『フリージャズ』というタイトルのアルバムを発表していくことになる。これらはジャズ・ファンのみならず、アーティストの間でさえ、
「ジャズの革命だ」「滅茶苦茶をやってるだけだ」と評価を二分した。大方のリスナーには調子はずれのちんぷんかんぷんな音楽にしか
聴こえない彼の演奏は、当然ながら大衆的な支持は得られなかった。しかし、六〇年代の"反体制気運"とあいまって、いっさいの
音楽的規則や形式にとらわれず、なんでも自由に演奏するフリー・ジャズ・スタイルを生み出す。
 このフリー・ジャズ・スタイルは、コード(和音)による進行がないばかりか、小節の制約すら取り払われたものだ。
結果、メロディーやスウィング感も失われていく。 古典派からロマン派と続く中で美しいメロディーとハーモニーを奏でた
クラシックが、近代.現代に入って失われていったが、あえていえば、ジャズでも同じことが起こったといっていいだろう。
オーネット・コールマン以外では、テナーサックスのアルバート・アイラー(一九三六〜一九七〇)やアーチー・シェップ(一九三七年〜)、
ピアニストのセシル・テイラー(一九三〇〜)などが、こうしたプリー・ジャズの流れの中で語られるアーティストである。
「ジャイアント・ステップス一(五九年)、「マイ・フェバリット・シングス」(六〇)、「至上の愛」(六四)というアルバムにより、
ジャズ史上もっとも偉大なサックス奏者として、多大な影響を及ぼしたジョン・コルトレーン(一九二六〜一九六七》も忘れてはならない。
活動の初期においては、マイルスのクインテットに参加。とめどなく湧き出る鏡舌なアドリブによるソロを演じ、いらつくマイルスに
「でも止められないんだ」という言い訳をしたところ、「簡単なことさ、口から管をはずせばいい」と書われたという逸話を持つ。
そのコルトレーンも、晩年にはアイラーやシェップと共演して、フリー・ジャズ的傾向になる。】
 ▼ フリー・ジャズとは、どんな音調か、ネットで調べて実際に聴いてみたが、書いてあるとおり。 これまではメインの楽器の流れで、
  ジャズの流れを知ることが出来たが、この辺になると、かなりの熟知をしたファンでも、その評価は分かれるのは分かる。
  2ビート・4ビートとか、スイング、ビパップ、ハード・バップ、フリー・ジャズ、フュージョンとかの専門的用語が、
  この本と1200曲のジャズで、少しは知ることになった。何処までマスターすることが可能か、面白そうだ。 
 ・・・・・・・
3355, 人みな骨になるならば ー13
 2010年06月02日(水)
  * なぜドラマみたいでないのか
 これがシビアで面白い。 自分はいうに及ばず兄姉などの人生を覗くと、決してドラマのような人生などない。
そこにあるのは夢も希望もないリアルの人生である。時にドラマみたいなのもあるが、それは喜劇か滑稽な悲劇である。
  ー まずは Pー27から抜粋してみる ー
≪ 前から不思議に思っていることだが、われわれの実人生はどうしてこうもドラマみたいでないのだろう。
なぜ次々に恋愛や心ときめく出会いがないのだろう。これは容姿がいまひとつといった大多数の平均的な人にとって、
そうしたラヴ.アフェアエアは青年期にそれらしいものが二、三あれば御の字で平凡でみすぼらしいものである。
かりに大恋愛の末に大団円を迎えたにしても、そのあとに退屈な毎日がだらだら続くであろう。そのうちヒーローは歯周炎を病み、
ヒロインは亭王の前で平気で放屁をするようになる。もし現実の男女が数奇で劇的な大恋愛に陥っても、かれらの日常をずっと
カメラで追っていけば映画として最悪の作品になること必定である。洗顔歯磨きに十分もかけるし、風呂には二十分も入る。
くちゃくちゃ咀噌し、いきんで排泄する。最悪なのが睡眠で、数時間も横になったままである。絶世の美男美女が演じたとしても、
観客としてとても半時間以上はつきあいきれるものではない。そこで編集が必要になる。 だらだら続く日常性の部分をカットし、
しかも肝心のストーリーがつながるように見せ場だけは拾い上げていく。これを工夫すれば、われわれ凡人の一生であっても
一作や二作ぐらいはドラマ化できないものではない。 映画なら二時間前後にまとめないと観客の集中力を保てない。
ということは七十年の時間から二時間だけをピックアップするのである。しかし、実人生とかリアリティというのは
七十年のほうにあって二時間のほうにはないのである。 だから二時間にまとめられたドラマは作りものであり、退屈な散文的な
七十年のほうがリアリズムなのだ。 活劇や冒険となると、そもそも凡人が経験できないもの、いや経験したくもないものである。
現実の警部補だと担当できる殺人事件は数件か、せいぜい二、三十件どまりで、そのほとんどが単純な激情犯ゆえすぐつかまる。
しかるに小説やドラマの名探偵名刑事たちは数十から数百の殺人事件にでくわし、そのいずれもが奇々怪々な難事件なのである。
しかも、どういうわけか解決する。SFの宇宙船で事故や怪物にでくわさないものはない。フィクションだからしかたがないと言えば
そうなのだが、ノンフィクションやドキュメンタリーであっても編集してあるからには、実人生から遠いこと恋愛物と大同小異。≫
 ▼ 逆に「なぜドラマみたいでなければならないか」という問いが立つ。自分の人生を脚色して自分を納得したいのが人間の弱さ。
 すべて仮想でしかないと冷めた目で周囲を振り返れば、ドラマも何もあったものではない。ドラマはつくりものだが、そっちの方が
現実と思いたいのである。 実際にカントは、対象を認識するのではなく、自分の認識が対象を決めると看破した。
ドラマはつくりもので、ストーリーを主にした抽象画のようなもの。 敢えて言えば主体的に生きていることがドラマみたいに
してくれるのである。だから主体的に生きなけれならない。人生を振り返ると、緩慢だがドラマのようにも思えるのは記憶が
ドラマ仕立てに都合よく変えてくれるから。それでもヘロヘロ・・。精一杯生きていれば、それだけでドラマになると信じたいが。
  ・・・・・・・・
2980,超円高社会  ー3
 2009年06月02日(火)
                      「超円高社会」 水澤潤著 ー読書日記
* 危篤状態の日本の実態
《第5章 政府が破綻しても日本は生き残る》の ー危篤状態に陥った日本政府ー
    が現在の実態を捉えるに解りやすい例え話である。
 国民もマスコミも、その深刻な事態の実感が薄いようである。NHKが毎週のように土曜日などのゴールデンタイムに、
特番を組んで報道しているが・・・。頭の軽い、その辺の人が?「マスコミは騒ぎすぎだから消費が冷え込む」とかいうが、
そんな事態とは違う。 明治維新で幕藩体制が終わり、日本という国家ができた、あの節目より大きな変わり目である。
現在の日本は危篤状態の重病人。 そこに急に大嵐が来た中で重病人に、火事場の馬鹿力を出せという。 
そうしないと死にますよという。 しかし、この20年近く、もう力を使い尽くして、重体になっている身。
 その辺を、上手い例え話で説明しているのである。 ( P-112ー )
【 ブライマリーバランスという意味不明の言葉を、おそらく多くの人が耳にしたことがあると思う。
日本政府が「2011年度に回復する」ことを公約として掲げてきていたこの言葉だが、いったいそれが回復すれば、
どんな良いことがあるのだろうか。 国債の発行や支払というのは日本の国家予算の中でも巨額なのだが、
これをとりあえず無視して、税収と歳出のバランス取れる状態をプライマリーバランスがとれていると言う。
だが、こんな説明では、まだほとんど理解不能だろう。 そこで、不謹慎を承知で人間の症状に喩えて説明してみよう。 
重体の患者がいて、下血が止まらないとする。 輸血(新規国債発行)を行いながら、下血を止めようとしても、
下血の勢いが強いと体内の血液量がどんどん減っていく。このまま行けば、ほどなく臨終を迎えることになる。
        「字数制限のためカット2011年6月2日」
・・・・・・・・
2616, サルトルを考えてみる  ー3
 2008年06月02日(月)
ーまずは、あるサルトル入門書に書いてあった、
 サルトル批判と人気衰退の理由の箇所を抜粋してみよう。
 *サルトルへの批判と、忘却の原因とは
サルトルの影響力は、サルトルの死後急速に低下したが、それは「構造主葉」という新しい思想が現れたことが大きい。
構造主義は、スイスの言語学者ソシュールの言語学と文化人類学などが結びつき、1960年代に作られた新しい思想である。
レヴィ・ストロース、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、アルチュセールらがその代表者とされた。
構造主義は、モノではなく関係を重視するところに特徴がある。またこの思想は、主体(私)としての人間に、たとえば言語のような、
関係の網の目としての構造が先立っている、と考える。構造主義は、西欧近代哲学全体を、主体としての人間を中心とする人間主義
(ヒュー・マニズム)として批判した。またそれは、人間を作るのは歴史ではなく構造だとして、マルクス主義に代表される
進歩的歴史主義を批判した。サルトルの思想は、実存における選択を強調する点で「主体主義」「ヒューマニズム」の哲学とみなされ、
またマルクス主義を評価していた点で「歴史主義」の哲学ともみなされた。
要するに、サルトルは、それまでの古い西欧哲学の代表としてやり玉にあげられたわけである。
構造主義の後には、ジャツク・デリダやジル・ドゥルーズらの「ポスト構造主義」が話題となったが、サルトルはしだいに批判される
というよりも忘れ去られるようになっていった。デカルトやヘーゲルの哲学は西欧近代哲学を代表するものであり、批判されながらも
古典として今も読まれ続けている。ところが、サルトル哲学は、古典にもなりえない二流のものとされてしまい、ほとんと読む人が
いなくなってしまった。サルトルは、もう時代遅れの思想家なのだろうか、そして本当にサルトルを乗り越えたのだろうか、
この二つが、サルトルを見直した後の疑問である。 サルトルは「偽の知識人」を徹底的に批判した。
「偽の知識人」は普遍性の番人を自称し、高みから大衆を導く気になっているが、個別的などの戦争を停止させようとせずに
ただ一般的な平和の望む、などという。 彼らは植民地の人たちを人間以下のものとして排除することで成り立っている。
こういう知識人の問題は、我々の問題である。 閉じた場所の外へ、世界へ関係するとき私たちは真の知識人になるのである。
 ーー
以上だが、この批判を読むと、サルトルは時代遅れの鼻持ちならないフランス人と切り捨てられるのも解る。
人間を作るのは歴史ではなく構造だと主張し、西欧近代主義=白人中心主義自体ということを看破したした構造主義の土台に
なったことも見逃すことはできない。 現フランス大統領サルコジが、サルトルのマイナスの現象とみることも出来る。
 30数年ぶりに、サルトル入門書を数冊読んでみたが、現代にも十分通じるところがある。
果たして、サルトルを現代社会は乗り越えたのであろうか? NO!であることだけは事実のようだ。 
  構造主義と、ポスト構造主義について、今度取り上げてみたい。
・・・・・・・
2007年06月02日(土)  
2251, ビョーキな人々探訪記  ー1    才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪
             ー読書日記ー
 「変? ビョーキな人々探訪記」 著者・中村うさぎ・扶桑社
またまた「中村うさぎ」である。買い物依存症の中村が、他の依存症の人と語る、際どい話である。
(字数の関係でカット09年06月02日)
・・・・・・・・
2006年06月02日(金)
1886, 友、遠方より来るー2
              (。・ω・)ノ☆゜+.オハヨゥゥゥ
訪ねてきた友人と話していて、37年ぶりの忘れていた昔のエピソードの中に、若い時の自分の姿が垣間見ることができた。
若いときは神経質で、プライドだけは高くピリピリしていた。振り返ってみると、家庭環境が大きく自分を支配していたのが解る。
自由になるということは、家庭環境などに植えつけられた価値観や思い込みから解き放たれることである。
一生かかって、その壁を乗り越えるのが人生である。前にも書いたが、中学の担任の先生が停年退職の祝いの同級会の二次会で、
私に悩みを打ち明けたことがあった。 「俺には、俺の人生がなかった!」と。昔の学生時代の友人とのエピソードの中に、
当時はまだ支配されていた両親の価値観や躾などから発する喜怒哀楽などに、その壁を見ることができる。
私の記憶には全く残ってないが、その友人が言うには、「欧州旅行時に、船の甲板でセーターを私から借りた。
そして返そうと手渡したら、烈火のごとく怒った。‘たたんであったセーターを返す時は、たたんで返すのがスジだろう。
それを、そのまま返すのは失礼じゃないか!」 と。今なら、まあいいや!位にしか思わないが、10才位までの家庭環境が
10人の大家族のうえに、従業員が7~8名が住み込みでいた。そのため人に対する気配りを幼児の時から仕込まれていて、
金の貸し借りは厳禁、ものの貸し借りも非常に厳しく制限されていた影響が残っていたのだろう。当時も25人の寮生活をしていて、
他人に対する気遣いが要求されていた。合気道というクラブにも入っていた。当の本人(友人)は集団生活などしたこともなく、
友人から怒鳴られたこと無かった。「その時、初めて相手に対する気づかいを教えられた」という。それ依頼、
現在でも他人に対する気遣いの教訓にしてきたという。「ふーん、昔から怒りっぽいかったのだ。それと、躾がチャンと
身についていて、知らないうちに友人に押し付けていた」と、改めて思い知った。しかし当時、島田の彼の家に泊めて
もらった時のこと。朝食を食べている時に、箸を持った手で味噌汁の御椀を持ったら「何で、そんなミットモナイことをするのだ」
と怒鳴られたことがあった。私の家では、箸での引き膳などに対して注意されることはなかった。それぞれの家庭文化があるのだ。
それは結婚した時に、互いに実感することであるが。寮生活でも、全国から集まっている多種の人と共同生活をしていると、
それぞれの人の背後にある家庭まで見えてくる。そして異種の人との軋轢が、現在になって勉強になっていたと恩い知らされる。
その点で軍隊生活の経験も必要ではないだろうか。 変な洗脳がなければ、の話だが。
        (o´・ェ・`o)ノ♪ バイバイ!
・・・・・・・
2005年06月02日(木)
 1521, お人よしニッポン
昨日の産経新聞4面の「北京春秋」というコラムーお人よしニッポンーというコラムが、言いえて妙で面白い内容であった。
日中関係の悪化のおり、この紹介してあった小話が「日本人のお人よし」を旨くあらわしている。
先日書いた、『知らないことを知らない恐ろしさ』に内容は通じるが!
 その内容とは。
ー小話ー1
「・アメリカ人は殴りたい奴を殴る。  ・イギリス人は殴られている奴を殴る。
 ・ロシア人は殴られたら殴り変えす。 ・中国人は殴られたら抗議する。
    「字数制限のためカット2011年6月2日」
・・・・・・・・
2004年06月02日(水)
 1156, 世間とはー4
「世間さま」という、我々を取り囲んでいる妄想について何回も書いてきた。世間とは、いつの間にか自分で作りあげてきた
「バカの壁」でもある。といって、日本のような島国では、どうしてもお互いに気を使いながら藤沢周平の「海鳴り」の中で、
ある商人の世間に対する気持が正直に書いてあった。作家は、世間というものを鋭く観察するものと感心をした。
私の世間感とほぼ一緒である。それぞれの世界では、世間の妄想とはこんなものだろう。
 ーたしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。
世間は時には悪意をむき出しにして襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来たのである。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。だが善意の人も、一たん利害が対立すると、
手のひらを返したように悪意に満ちた中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。つまり、と新兵衛はそのころ
思ったものだ。無償の善意などというものを世間に期待するのは馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、
隙があれば足元をすくおうとしていると覚悟をしていた方がいい。それが、どうにか自分の才覚でまわりと折り合いをつけ、
自分自身も人の足をすくうような真似をして、きわどく世を渡っているうちに。商人である小野屋新兵衛の身についたようなものだった。
その中で得た一番の教訓は、人に弱味を見せてはならないということだった。世間に侮られず、憎まれず世間を渡るということは
難しいことだった。だがかりに憎まれても、根性さえしっかりしていれば、商いが潰れるようなことはない。
同業に憎まれながら大きくなった須川屋嘉助のような例もある。須川屋は人の思惑など屁とも思わず憎まれれば反発をしてコワモテの
商いをして、ついには誰も手がつけられない大物になった。だが、人に弱味をにぎられ、侮られるようになると、商いもお終いだった。
人の弱味をにぎり、侮る側に回ったときの世間が、いかに残酷に振舞うかをみてきている。
・・・・・・・
2003年06月02日(月)
789, 東京見物
この二日間、東京と鎌倉に行ってきた。まずは初日の東京見物の話。さっき帰ってきたところだが、「新潟と地球の僻地」
を行ったり来たりしていた世界とは少し違う。一泊二日で約16000円の東京宿泊パックである。新幹線とホテルのパックで、
ホテル代が無料ということになる。指定された列車で二人以上という条件がつくが安い。日曜日の8時45分の新幹線で出発する。
家内は上野で降りて、息子に会いに行く。私は東京駅近くの八重洲ブックセンターに行く。13時の待ち合わせまで、アッと
いう間に時間が過ぎる。よくぞこれだけ面白そうな本があるものと驚く。その後、家内と丸ビルに行く。思ったより落ち着いた、
奇をてらってないのがよかった。そこの和食のランチが1800円と高いが、それを感じさせない店であった。
そして日本橋の三越本店に行く。 店員の多いのと、催事場の人の多さに驚く。それと年配ー60歳から80歳が8割がたであった。
17時半より、はとバスに乗る。20数年ぶりのハトバスである。新宿の高層ビルの54階での食事と、お台場をまわるコースで
7500円である。50人以上の定員に12名の乗客である。世界の刺激の強いところばかり行っていた為か喩えると、
薄いコーヒーをクリープをタップリ入れて飲んだ感覚であった。お台場も雨上がりの為、何ともいえない趣があったが!
それより、新宿のパックの指定されたホテルが見つからず、危なそうな場所をさ迷ったほうが刺激的であった。
ポイントを効率的に回った!のがよかった。
・・・・・・・・・
2002年06月02日(日)
 425,父・堀井誠作のことー2
・女性の噂の全くない非常に真面目の人であった。家庭人としてこれが一番の基本である。
・非常にシャイなところがあった。
 (字数の関係でカット2010年06月02日)


3719, ジャズについて −11

2011年06月01日(水)

         ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
  * アート・ブレーキー −何故あの時にドラム奏者に注目が?
【 ハード・バップ時代は、パワフルな演奏を支えたパートとして、ドラム奏者に注目が集まった時代でもある。
ジャズ・メッセンジャーズを率いたアート・ブレイキー(一九一九〜一九九〇)はその代表である。まさに雪崩を打つような連打。
徐々に音が大きくなって、最後は怒濤のようにはじける彼のドラムは、いやが上にもバンドの演奏をホットにうねらせた。
『モーニン』(五八年)のヒットで一世を風靡したほか、バンドからは多くの有望な新人を輩出したことでも知られる。
そしてもう一人、マックス・ローチ(一九二四〜)も忘れられない。四〇年代にはパーカーやマイルスと共演。
その後は、トランペット奏者クリフォード・ブラウンらとクインテットを結成し、数々の名演奏を残している。
もちろん、このハード・パップ時代には、他の楽器演奏者にも多くの逸材を出した。名前だけをあげておこう。
・トランペットではリー・モーガン、フレディ・ハバード、ウィントン・マルサリス。
・サックスではキャノンボール・アダレイ、ジャッキー・マクリーン、ウェイン・ショーター、ブランフォード・マルサリス。
・ピアニストでは、ホレス・シルヴァー、レッド・ガーランド、レイ・ブライアント、フィニアス・ニューボーン、
 ソニー・クラーク、ボビー・ティモンズ、ウィントン・ケリー。
ジャズファンならずとも、名前を耳にする面々が含まれているだろう。それだけ、ハードパップ時代はジャズが
もっともジャズらしく光り輝いた時代でもあったのだ。】
 ▼ 知った上で聴いているのと、何となく聴いているのとでは、やはり大きな差がある。
  ジャズはアメリカが世界の中心になる、まさに右上がりの世相の中で、底辺の黒人や、黒人と白人のハーフの人たちの
  間から、酒場の演奏の即興として生まれてきた。それも、時代の動きに合わせて変化をしてきた歴史がある。
  それらを考えると、私のような俄かファンがシタリ顔で分かったようなことは言えない。 年内はパソコンとiPodに
  入っている曲を可能な限り聴いて、それぞれのアルバムや曲が、どの時代の流れを含んでいるのか知りたい。
 ・・・・・・・
3354, 高校生でもわかる日本経済のすごさ  ー2
2010年06月01日(火)
          「高校生でもわかる 日本経済のすごさ」三橋 貴明 (著)
 ー P−22 に、国民の家計を例にして、その辺を分かりやすく書いてある! ー
 話に現実感を持たせるために、現在の日本の状況を、ある一家に讐えてみましょう。世界一のお金持ちの家庭(日本国家)では、
旦那さん(日本政府)が974兆円もの大金を借りています。しかし、別に外部の金融機関などから借りているわけではなく奥様(家計)
から借りているのです。しかも、旦那さんはちゃっかり467兆円ものお金を、へそくりとして蓄えています。 この家の奥様は、
個人としては世界最大の金持ちで、純資産額が1058兆円にも達しています。 結果、この家庭は「家族としての純資産額が
243兆円もの規模に及び、この金額は家庭の純資産としては世界最大となっているのです。家の中で、最大の稼ぎ手である長男
(非金融法人企業)が最近、今一お金を稼いでこないため(法人税が減少している)、仕方なく旦那は自ら一家の支出を工面している。
とは言え、実際には奥様からお金を借りて、やりくりしているだけなのですが。しかも・その支出は基本的には旦那さんの
家族のために使っている(定額給付金や公共事業など)のです。 家族みんなが旦那さんからお金を受け取り、それを税金といった
形式で再び旦那さんに渡したり、またまた国債という形で貸し付けたり・・ と、家庭内で、お金のキャッチボールを延々と
繰り返している仕組みなのです。家庭内で様々な形でお金の受け渡しを繰り返してはいるものの、家としては世界一のお金持ち。
これが現実の日本の姿なのです。
 ――
 何度か、この例え話は聞いたことがあるが、「スナックに金持ちが入ってきたとして、それでスナックが豊かになることはない」
とか、「大借金を持った人がいたところで、スナックの借財が増える訳でない」というのもわかる。 要は国民が金とか現物の投資、
そして外国の国債や株に逃げないことが前提である。飽きれた子供や奥さんが何時の間にか預金を下ろして、他に移動する
可能性がある。この家は、他に二百数十兆の預金が外国にあるという。但し、この家の親父は暴力団に脅されて500兆ほど
大事そうな借用書と交換に貸し付けているという。  普通の家庭の」平均総資産が3500万あるが、借金は半分ほどある。それを、
どう見るかである。ただし、預金も、ある日(二年後)価値が半減する可能性がある。「氾濫する川辺の家の家族」かい。
・・・・・・・・
2979、不況景色 ー11
 2009年06月01日(月)
  * 今日、GMが倒産というが
・日ごと不景気が深まっている。今日、世界最大の売り上げを70年以上続けてきたGMが倒産する。GMといえばスローンである。 
 GMの社長として、20世紀において最も大きな影響力を発揮した経営者の一人。経営者としての在任期間で、最大の競争相手である
 フォードを打ち負かし、GMを世界最大の自動車会社に育て上げた。 この辺のことはスローンの「GMとともに」に書いてある。
 学生時代に読んだが、ドラッガーの著書の中でも彼は何度も取り上げられている。そのGMが瞬く間に倒産というから感慨無量。
 アメリカの大手金融機関の大部分が実質、国家管理というし、クライスラーも倒産している。
・昨日の朝のニュースでは、新潟市の万代橋の近くのマンションが完成直前の5月29日に会社更生法を申請した。
 一部上場のジョイント・コーポレーションだが、140室の24Fの目だつマンションである。建設業者は奥村組。 
 現在、政府が緊急融資など目先の金融緩和で一時的に凌いでいるが、それも何時まで維持できるかわからない。 
 金曜日の19時過ぎに長岡駅裏にある全国チェーンの居酒屋・庄屋の前を通ったが、50人位入るフロアーに
 お客が一組しか入ったなかった。 給料後の月末の金曜日である。
(
字数制限のためカット2011年6月1日))
・・・・・・・・・・
2615, 東京湾 漂流死体は語る 2
 2008年06月01日(日)
  「東京湾 漂流死体は語る」?読書日記
                   海上保安庁 岸善朗著
 漂流死体の身元や、死因を調べていくうちに、あまりに悲しい気の毒な理由を知る。
世の中は、一度道を踏み外すと過酷な人生が待っている。その中で最も悲惨なケースを抜粋してみた。
アルコールとギャンブルで狂った男の犠牲者の母娘のケースである。正視できないとは、こういうことか。
ーー
巡視艇が死体で揚収した女性は生前、荒川の上流にある土木工事現場の飯場で働いていた。
粗末なプレハブの寮で、十九歳になる娘と共に住み込みの賄い婦をしていた。亭主がどうしようもなギャンブル狂で、
競輪にうつつを抜かし、当時山谷と呼ばれたというところに寝泊まりをして、ほとんど妻や娘のもとに寄りつかない。 
しかも、競輪で金をすっては、すってんてんになりにっちもさっちもいかなくなると決まって妻のところに舞い戻って来た。 
そして、駄々っ子のように金を無心。酒に酔っては妻と娘は、そんな男から逃げ回るように関東近辺の飯場を転々と渡り歩いていた。
そして、幾多の流浪の果てに、辿り着いたのがこの飯場だった。二人にとってここは束の間の安住の地であった。
しかし、二人はすぐに男に居場所を突き止められ、探し当てられてしまう。そのたびに男は妻と娘に金を無心し、それが叶えられないと
容赦なく暴力をふるった。 娘は十九歳で精神障害者。母親が飯場の賄いの仕事だけで稼ぐ金はたかが知れている。娘はやがて
寮の近くの精神障害者の人ばかりを雇う縫製工場で働き始めた。その娘が稼いで入るなにがしかのお金と、飯場の賄いで得る
僅かな賃金とが、二人の母子の唯一の生活の糧だった。 妻と娘は最低限、雨露をしのぐ場所を与えられ、飯場では男たちに混じって
自分たちの食事も一緒に食べさせてもらうような、そういう困窮の生活を続けていた。その夜も男はやって来た。
世間からは今や相手にされず、酒を呑んでは金を無心し、どうしようもなくなると妻の髪の毛を引っ張り回すなど暴力を振るった。
ギャア、ギャア、と悲鳴をあげながら逃げ回る母を、追いかけては殴る蹴るの乱暴をはたらく父を、娘はどんな思いで見ていたのだろう。
飯場の同じ屋根の下に暮らす住み込みの料理人の老婆だけがその光景を目撃している。その夜、母と娘はどんな思いで飯場の寮を出て、
どんな思いで川辺までの道を歩いていったのだろう。生きる望みもなく夢もなく希望もなく、どんな言葉を二人は交わしながら
川辺の道を進んでいったのだろう。妻は、もうこれ以上、男から逃げきれないと観念したのだろうか。 
娘には心を動かす好いた男の一人もいなかったのか。母と娘はどんな気持ちで冷たい川の中へと入っていったのだろう
(二人の死体からは、一切の薬物反応も検出されていない)。 それを思うと、この母と娘が不憫でならない。
 (字数制限のためカット2011年6月1日))
・・・・・・・・・・
2007年06月01日(金)
2250, 耐震偽装 ?6
            (@⌒ー⌒@)ノおはよ?         
検察の権力への傾斜は仕方がないが、「見せ金」で逮捕は異常である。
それも権力者擁護の露骨な尻尾振りの姿は、自らの存在意義を忘れた憐れな哀愁さえも感じとれる。
税務署員が自らの成績を上げるための、あの醜悪な行為に酷似している。
この一連の常軌を逸した行為は、歴史に残るスキャンダルである。 安部は間違いなく短期で消滅する! 
   (字数制限のためカット2010年6月1日))
・・・・・・・・
2006年06月01日(木)
1885, 友、遠方より来る
            おっ w(゚Д゚)w ハァョ?  
一昨日、静岡の島田市から学生時代の友人が遊びに来て一泊していった。
37年ぶりにジックリとそれまでの人生を話あったが学生時代の友人はよいものだ。
午後は新津のフラワーガーデンと、北方博物館、福島潟を案内、夜は新潟駅前と古町で一時過ぎまで飲む。
昨日は車で弥彦まわりで長岡までドライブをしたが、親会社の重役が亡くなったと電話が入り、早々帰っていった。
来年のゴールデンウィークに、今度は私が島田に遊びに行く約束をした。あの辺りは、東海道53次の幾つかがあり見所が
あるようだ。39年前に欧州に同じグループで行って知り合った友人。一ヶ月の共同生活は、数年間の下宿生活と同じ位の
親しみをおぼえる。トヨタ系の部品の関連会社の子会社の社長をしている。やはり欧州友達の深井氏が10年前に
亡くなったことを知らなかった。彼が言うには、東京から名古屋までの東海ベルトラインは好景気という。
その地域を除いた地方は酷い状態ということが一つピンとこないようだった。実際に飲み歩いた店に殆んど客が入ってないのをみて
少しは理解したようだ。現在考えてみても、多彩な友人に恵まれていた学生時代だった。丁度、昭和40年代前半で高度経済成長期の
真っ只中であった。「学生時代の自由な時間の中で何をどれだけ学んだか、そして多くの人と議論できたかどうかで、人生は決まる」。
人生を振り返って高度成長期に青春真っ只中に重なったことは幸運であった。
島田の友人と会ってみて、つくづくそのことを実感する。この再会も一期一会である。50歳を過ぎてから何ごとも、
そのの気持ちできたが・・ 彼を見ていて、「人生にはつきがあり、ついている人はどこまでもついてまわるもの」と思った。
何代も続いた環境から身についた人間性と、情報と、生活環境が、運をつくる。できうることなら、つきのある人間とだけ
付きあうべきだ。ツキのある人間になれるか?般若心教を暗記するとよい!というが・・それか「自分はついている!」を
口癖にするとよいというが・・ 親は子供の鋳型というが、鋳型の悪いのはどうしようもない?(*^ワ^*)
・・・・・・・・
2005年06月01日(水)
 1520, わたしの酒中日記ー1
「酒中日記」という、色いろな文筆家の飲酒に関わる切口の随想を読んで、わたしの酒中日記を書いてみたくなった。
過去のある日を飲酒を切り口として振り返って、その時々の背景を見るのも面白そうだ。
そのカジュアルな酒場の思い出の中に、その時々の心情が思い出される。前後の脈絡なしで、ただ思いつたまま書くので、
過去の時空を気楽に飛び回ることができそうで、書いていても面白くなりそうだ。振り返ってみて、酒席で多くの失敗を重ねてきた。
私の人生はその繰り返しといってもよい。それでも、致命傷を負わなかったのは?不幸中の幸いである。
といってアル中だったわけではない? ところで、何処から書くか迷ってしまう。あまりに美味い酒とホロ苦い酒を多く飲んできた。
いや面白い、楽しい酒を飲んできた。一期一会と思って飲んできたから、美味い酒だったのだろう。
年代を入れ、月日は某月某日で書くつもりである 。 まずは、直近から。
ーー
ー長岡殿町
2005年4月某日
今日は月の恒例になっている酒友との飲み会である。長岡の飲み屋街では、ほぼ行く店は決まっている。
 (字数の関係で中間カット09年06月01日)
ー後記ー
このテーマは当分続くが、何が出てくるか自分でも解らない。 酒場は人生の縮図である。
・・・・・・・
2004年06月01日(火)
1155, 「しつけ」の話
一昨日は父の命日であった。 今から思うと、父は厳しい人であった。
特に、共同生活と金銭の卑しさに対しては異常なほど神経質であった。昔は何処の家でも、多くの厳しいしつけがあった。
毎日の生活は「しつけ」という言葉の刷り込みで、ほとんど決められていた。
それが良いのか悪いのかは別として、多神教の宗教の日本にとって、宗教的戒律が曖昧であるから、
生活規範があったのだろう。欧米では躾をこどもの時に徹底的に叩き込むという。日本でも以前はそうであった。
中学・高校野球部の優秀な監督が、新任して先ずやることは「躾の徹底」である。
新入社員教育をしていて、タダタダ驚くばかりである。しつけが殆ど入っていない。
それでも、それを隠して入り込んでくるから敵もさるものである。両親が躾ができないのだ。
学校も、親の家庭教育が全くなってないことを知り尽くしているため、初めから躾を入れようとしない。
社会常識や躾をする役割が今では会社の場になっている。しつけの言葉が色いろあった。
まっとうの家庭なら、当たり前に親が子に教え込んでいるはずなのだが。それが全くされてないから困ったものだ。
・弱いもの虐めをするな!       ・ご飯粒を残しては農家の人に失礼だ。
・嘘はつくな
・自分の事は自分でしなさい      ・大人の話しには口を出すな
・玄関の履物は揃えなさい       ・早起きは三文の得
・敷居を踏んではならない       ・他人の陰口はいうな
・贅沢はするな            ・見栄を張るな    
  等々書けばいくらでもある。
・・・・・・・・・
2003年06月01日(日)
788, 産能大学ー講義レジメ
  ー来週の産業能率大学ー講義のレジメと一部内容である。
1、ペガサスの軽い説明と、チェーンストアの現状  2、現事業の立ち上げの戦略とプロセス
3、創業とは、創造とは  4、もし私が、今あなた方であったら、最優先で何をするだろうか 5、現在の景気について
  ー「ペガサスクラブ」について
チェーンストアを束ねているコンサルタント会社である。40年前に、日本にも新しい流通経路をつくる為にアメリカの
チェーンストアに学ぼうとしていた。ジャスコやヨーカ堂やダイエーの創業者達が、読売新聞の記者をしていた渥美俊一の
もとに勉強会を作った。それが発展して、コンサルタント会社の「ペガサスクラブ」が出来上がった。
私自身、設立の年にジャスコに入ったが、一年で辞めて産能大学の二部に籍を置いていたことがある。
その後金沢の衣料チェーンの「いとはん」という会社に一年半在社した。その会社もジャスコの偶然だが傘下に入った。
そういう経験を含めて、チェーンの内部からそのシステムを見てきた。また会社設立から「ペガサスクラブ」に入会した。
 ー現事業の立ち上げについてー戦略とプロセス
・スペシャリティーホテルを当時、日本で初めて創った。 オールシングル  統一料金  ロープライス
ー創業ー創造について
 カタチつくり (カ・カタ・カタチ)   カー神・発想  ター田・型  チー血・エネルギー・道
ーもし私が、今あなた方であったら、何をするだろうか
 人生のトータルデザインを創る  ホームページを作成する
 資格を取る           哲学を学ぶ       世界を旅をする
ー現在の景気について
 もうよくなることはない  軟着陸をどういうカタチでするかのレベル
・・・・・・・・・・・
2002年06月01日(土)
 424, 父・堀井誠作のこと -1
一昨日は父が亡くなってまる29年経つ。早いといえば早いし、永いといえば永い年月だ。
父の供養も含めて少し父のことを書いてみよう。
・典型的な明治人で長岡商人であった。
・私が父の44歳の時の子供であり、父に間接的だが溺愛されていた。
・数代続いた骨董品屋の2代目で、父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
 当時の長岡では3?5万が一応資産家の目安だったというから、 もともと裕福な家だった?
 私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。 その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。 しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
 古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。
以前父のことを書いた文をコピーしておきます。
ーーーーーーーー
ーH0505小説のような本当の話!ー
 (字数の関係で中間カット09年06月01日)
・・・・・・・・・・・
2001年06月01日(金)
 言葉の トリック
宗教家とか占い師そして政治家がつかう言葉のトリックに次のような方法がある。
宜保愛子がこの方法を多用していた。
1.あなたは悩んでいますね。           2.あなたは転換期にありますね。
3.???ははしゃいだ後落ち込んでいますね。  4.小さな動物を殺した事がありますね。
5.近くに水がありますね。ーーーー花が近くにありますね。
6.恋愛に悩んでますね。?若い女性にすべて当てはまるからだ。
これを三十?四十位使いこなせば占い師か宗教家になれる。こういう笑い話がある。
占い師がある男に子供が2人いますね?と聞くと、‘いや3人だ’と答えると‘そうあなたが思っているだけです!’
人間は自分自身の言葉のトリックに身動きできなくなっていることが多い。 宜保愛子があるTV番組で。
・玄関に花か花の絵がありますね?
・右に回ると居間で左が仏間か物置になっていて、居間の左が台所でーーと延々と続く。間違えると首をひねりごまかす。
ほぼ私の自宅と一緒であったのに笑ってしまった。
これに私立の探偵かスタッフに外観か玄関を覗き見れば当たって当然。さすがに最近は出なくなった。
 < 過去  INDEX  未来 >


3718, 閑話小題

2011年05月31日(火)

   △ 現時点の関東大震災と、今回の震災の比較は?
 現時点でみて、1923年の関東大震災と、今回の大震災、どちらが日本にとって打撃が大きいのだろうか?
関東大震災は東京が、二次災害の火災で10数万人が亡くなった。死者の数は、あまりに多かったため、混乱が生じて、
確かな数値は、推定しかないようだ。首都東京が壊滅的にやられたのだから、大打撃だったはず。 
更に、その数年後には世界恐慌にも巻き込まれている。 今回はまだ原発の事故が収束に至ってない。
今後どれほど日本にとって大きな影響をもたらすか、まだ未知数。 したがって関東大震災ほどでないとは、いいきれない。 
首都圏に近い上に、本州壊滅の可能性も充分にある。失われた20年という長期的不況に見舞われ、その上にリーマンショックである。
日本経済は深刻な事態の上の、これである。決して、楽観視は出来ない状況である。そうこう考えると、現時点の判断は、
10年スパンで考えると、今回の方が遥かに大きい震災と考えてよいのでは。 変な民主主義が蔓延っているから、なお深刻である。
  
   △ ジャズは、早朝のサイクリング(でiPodで聞く)によい!
 二年近く冬期間をのぞき、信濃川に早朝、サイクリングに行っている。これまでサイクリングでiPodでクラシックなどを
聴いていたが、最近、ジャズを聴いている。ジャストいえば、夜の喫茶店か、スナックのイメージだが、朝の土手のジャズが意外とよい。
2ビートが、早朝の心と身体にリズムをつけてくれる。 鳥の鳴き声や海やせせらぎの波の録音などアルファー波が自然と出る
単調なリズムのものを聴いてきたが、ジャズを早朝とは・・・ 
 ジャズといえば、ルーツは黒人の霊歌で、明るさと暗さの境目が、その背後にあるため、夜明けにあっているためである。
その上にスポーツ・ジムでもiPodでジャズを聴いている。 これも運動に2ビートがあっている。
「聴覚を人はもっと活用すべき」というが、そのとおりである。ジャズはリズムとテンポというが、運動に本来あっている。
にわかジャズファンの誕生だが、これまではクラシックファンだったが、これは中途半端。 演歌に、クラシックに、ロックに、
カントリーに、何でも好きだが、これは!というのがなかった。 そこで1200曲がiPodに入ったからジャズに絞るか? 
というのも、何か軽すぎる? しかし、軽くて結構。門前で拒否するより遥かによい。 特に、こういう落ち込みやすい時期には。
  ・・・・・・・
 2010年05月31日(月)
3353, 何で25坪の店に6人の従業員?
 一昨夜は、長岡駅中の鶏料理店「鶏陣」に行った。25坪ぐらいの店に男5人、女1人、合計6名の従業員。 
首都圏など人口密度の高い好立地なら別に不思議ではないが、地方の駅中の鶏専門店で異様な多さ。 
ガラスばりの向うに見える厨房が異常に大きい。 焼き鶏弁当、鶏肉の炒め、鶏ハルマキ、ビール2杯に、酒一本で、
二人で4000円なら安い。 土曜の17時半にしては客が少ない。 また隣の「朝日山」より従業員がなぜか多い。
そこでHPをみたところ30店舗ほどのチェーン店。 一晩寝て起きて、同じ駅中にあるファーストフードと惣菜販売コーナーに、
焼き鳥販売店があったことを思い出した。週に一度は隣接しているスーパーで酒の肴を買ってるから前を通っている。
ただ、高いから一度も買ったことがなかった。 そこで改めてHPをみたところ、店名は「鶏せい」と違ってはいたが、同じ系列。
思ったとおりであった。 100メートル離れている居酒屋の厨房がセントラルキッチンを兼ねているのである。
焼き鳥店の店頭で焼き鳥の販売をしている店を見かけるが、駅中の至近距離に飲食店と販売店を効率よく運営していたのである。
厨房が店のわりに大きい理由は、そこにあったのである。
 その隣にある「朝日山」に先々週に入ったが、ここは以前からある店が移転開店をした店。10年以上は入ってはなかったが、
酒造メーカーの朝日山の直営店で、直送のため酒そのものが美味しいのを売りにしている通向きの店である。
こういう時代には、何か仕掛けがないと経営は難しい時代である。そういえば、新潟駅に隣接している再開発のビルに
1Fで蕎麦屋、2Fでスナックを経営している人がいるが、これは関係ないか? 2Fは居抜きの店だから何とかやれるのだろうが。
個人経営の飲食店は、どうしても進化が遅れてしまう。 だから代替わりを繰り返すしかない。

 ・・・・・・・・
2009年05月31日(日)
 ゆれる雇用・日本の20年間
NHKの「アーカイブス」で放送された、この20年間の〈ゆれる雇用・日本の20年間〉を幾つか放送して、金子勝などが
検証する番組である。1993年、2001年、2006年、2009年と再放送をしていたが、後半になるほど、内容が深刻度を
増していくのがわかる。 その都度、自助努力というが、その言葉が空しい。ここで再放送されていた4回分全てを
過って見ていたが、改めて時系列に連続して見せつけられると、日本衰退の姿が赤裸々に見えてくるようだ。
  ーまずはNHKのHPの、この番組の紹介からー
バブル経済が崩壊して以降、私たちを取り巻く雇用環境はめまぐるしく変化してきた。
終身雇用、年功序列という働き方は最早当たり前ではなく、パート・フリーター・派遣など、
必要な時に、必要な人数をかき集めるという労働力確保の方法が幅を利かせる時代になっている。
一見、合理的にも見えるこうした雇用のあり方。しかし、ひとたび不況になれば、中高年層、
非正規社員など、弱い立場の人から次々と職を失っていくのが現実である。
何が、これほどまでに雇用環境を悪化させてきたのか?NHKアーカイブスに残る各時代に苦境に立たされた
人々の姿と、経済学者・金子勝さんのお話を通して、バブル以降、揺れ続ける雇用のあり方を見つめ直す。
  ーゲスト:金子勝さん(慶応大学教授)/司会:桜井洋子アナウンサー&林家三平ー
■NHKスペシャル「平成不況・中高年管理職の憂鬱」  1993年放送
 バブル経済の崩壊により、いわゆる企業戦士として会社の成長を支えてきた中高年世代を早期退職という名の
 合理化が襲った。 定年まで勤め上げることを前提に人生設計をしてきた中高年管理職。
 その戸惑いを通して、私たちの働き方の大きな転換点となった終身雇用の崩壊を検証する。
■NHKスペシャル「ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない」  2006年放送
 働いても働いても生活保護の水準以下の収入しか得られない「ワーキングプア」。
 都会には定職に就けない若者があふれ、地方では税金が払えないほどに困窮する自営業者が急増している。
 彼らの悲痛な叫びを通して、行き詰った社会のあり方を考える。
■NHKスペシャル「リストラの果てに 日雇いに流れ込む人々」  2009年放送
 リストラされた中高年、派遣切りされた非正規社員が今、日雇い派遣の仕事に殺到している。
 しかし、違法な派遣業者が横行し、2010年4月から日雇い派遣は原則禁止となる見込み。
 最後の受け皿を失った労働者たちは、どこへ向かうのか・・・。
 〜〜
 以上だが、それぞれに色いろ事情があるが、一度、坂を転げ落ちると、浮かび上がるのに、大きな壁が
出来てしまうのが現実である。 身近に色いろの破綻を見てきたが、何時、自分に降りかかってくる可能性がある。
最悪のケースでも何とかなる準備はしてあるとしても、今は世界恐慌の序曲である。 どうなることやら?
失業率が5%を超えたと騒いでいるが、10%、15%となる可能性がある。 現在の失業者が大よそ350万人。
一時給付金でワークシェアリングをしている人、250万人というから、実質8%ということになる。
・・・・・・・
2008年05月31日(土)
 2614, 東京湾 漂流死体は語る ?1
図書館で見つけた本だが、それぞれの死体が語りかけてくる刺激的な内容が初めからつづく。
深い悲しみが、その死者の追跡から浮かび上がってくる。ホテルの自殺の場合、当事者として刑事が自殺の原因とか、
家庭の事情を知ることとなる。横浜港の漂流死体の場合、原因を追究していると不幸な生き様が垣間見えてくるという。
読んでいても、行間から人間の業の深さと、その結果としての悲しみが胸に突き刺さってくる。
ここに出てくるのは世間を騒がすような猟奇的な事件ではない。しかし、一人悲しみが死体として漂流している人間の結末から
叫びとして突き刺さってくる。死ぬには死ぬなりの事情が、それぞれあるのである。娑婆には亡霊が彷徨っていても不思議ではない。
これを読んでいてつくづく思ってしまった。一つ間違えば誰にも、ありえるのである。
この本が出版されて14年にもなろうとしているが、現在も同じような仕事に従事している人がいるのである。
アメリカのTVドラマのシリーズで、「CSI・科学捜査班]という刑事ものがある。
死体から、犯人を追い詰めていく内容だが、この本は、人生を追いもとめるもの。
だから、読むものの心を引き付けるのである。 あとがきーに、この本の要約が明快に書いてあった。 
 ーー
 豪華客船、貨物船、タンカーなど、世界各国の船が出入りし、あらゆる人種が行き交う世界最大級の海の玄関口、
横浜港……。 経済大国ニッポンの大動脈を担ってさ様ざまな船が往来する東京湾。
……この現代社会の縮図ともいえる東京湾をはじめ、太平洋の荒波が打ち寄せる房総東岸など、
関東近隣の海を舞台に繰り広げられる犯罪の捜査、取締まりの最前線で私は働いてきた。
そして、この手で揚収した漂流死体も数え切れないほどである。
海上での「漂流死体情報」に接するや、私はなりふり構わず巡視艇や監視取締艇で飛び出していく。
死体との出会いは一刻でも早い方がいい。風や潮流で流され、それだけ発見揚収が難しくなるからだ。
現場に直行し、死体を発見揚収し、合掌ののち、他殺か自殺か、あるいは事件死なのかといった、
いわゆる事件がらみの死体かどうかをはっきりさせるため捜査活動を展開する。
 死因、死亡時期などを明らかにするため検視を行い、解剖に立会い、また、これらと並行して死体の人相、特徴、
着衣、所持金など手掛かりとなるものを頼りに身元を突き止め、さらに死者の肉親、友人などから事情聴取をすすめ、
「なぜ漂流死体となったのか」を徹底的に調べていく。 それは「死者の生前の旅」を辿っていくことに等しい。
  (字数制限のためカット2010年5月31日)
・・・・・・・
2007年05月31日(木)
2249, 耐震偽装 ?5
                 (o゚▽゚)o オハョ?
以下の文を読む限り「アパ・グループ」は非常に??な集団である! 片耳の内容を一方的に信じるのは何だが、
社長が安部首相の後援会副会長で、それ故にまだ存在しているのだから、開いた口が塞がらない。
しかしネットで、この事実は全国津々浦々まで浸透し続けている。これは抑えることのできない事実である。
検察まで加担した事実を昨年暮れに藤田が外人記者クラブで披露しているビデオもネット上に公開されている。
ウヤムヤの幕引きは絶対にない! そんなバカなことがあって良いわけがない。
私が知る限り日本は、そんな非常識が通る国ではない。今年の後半は大きな嵐が国内を吹き荒れることは間違いない。
もしそうでないとしたら日本は救いようがない。{ こう書きながらでも、もう救いようがなくなっているのでは? 
という疑問がわく!しかし・・・・・??}  ??の孫という血筋だけで首相の座が転げ込んだ甘さが、この耐震偽装疑惑事件に
象徴的に出ている。政治は一寸先は闇である。 この男が、憲法改正をやらないで、誰がやるというのか?全く!
P-408
そうした中、2月14日頃であった。会社の真志尾から「報告したいことがある」と、僕に内線があった。
手に資料を抱えながら、「新たな偽装物件が発見されました」と声を上げた。
僕はまた姉歯関係かと、と思った。しかし、その予測に反し、「姉歯ではありません。
田村水落という、アパグループの構造設計を一手に行っているところです」と。
「今のところ、三棟です」と、付け加えた。もう、大抵のことには驚かなくなっていたが、
アパグループの名前が出たときには、「ヒューザー以上の大問題になる」と思わざるを得なかった。
(以下字数の関係で中間カット09年05月31日)
ーーー
信じられない内容である。非常にたちの悪い会社であり、行為そのものが犯罪的である。
この本は、もう全国にばら撒かれマスコミが底辺で動き出している。それよりネットで飛び交っているから
何時どこで発火するかだ。 恐ろしい!と時代の変化の凄さを知るのは、彼らだろう。
建設関係の人から聞いた話だと、マンションそのものに疑いを持ち始め、買い控えが始まっているというが・・
私は元々アンチ・マンション派だが。     つづく       ☆^(*≧ω≦)ノ~~~βyё
・・・・・・・・・
2006年05月31日(水)
 1884, 家電の買い替え期間   (。・∀・)ノ゙オハヨウ!
家電の買い替え期間は、大体どのくらいのものだろうか?と思っていたら、先日の日経新聞の中にあった。
・冷蔵庫    10年      ・洗濯機    9年
・掃除機    7年
・エヤコン   10年      ・カラーtv    9年
・ビデオカメラ 6年半      ・DVDプレーヤ 4年半
・デジタルカメラ 3年      ・パソコン   4年半
・携帯電話   2年半
  以上であるが、我家の実体は大よそだが、
・冷蔵庫は  20年近く    ・洗濯機は  15年
・掃除機   10年      ・エヤコン  10年と25年
・カラーtvは 7~8年     ・DVDは  5年
・パソコンは 3年      ・携帯電話  3年
・電気釜   10年
家電には当たり外れがある。使い方にもよるだろうが、同じラインの中でタマタマ工程の中で
偶然仕上がりが良いものと、悪いものが出る。 これは致し方ないものだが。
私の経験からみると、TVに関することだがソニーはよい。シロモノは松下電器は外れが少ない。  ヾ(^ω^*) バイ                  
・・・・・・・
2005年05月31日(火)
 1519, 知らないことを知らない恐ろしさ!
一昨日の日曜日のNHKスペシャル
「日本の群像・再起への20年 銀行マン苦闘」が刺激的であり、怒りを感じざるを得なかった。
ユダヤ資本に翻弄されている現在の日本経済を焙り出した内容であった。その象徴として勝者のゴールドマン・サックス会長と、
敗者の元長銀会長の姿を対比させ、映し出していた。「1985年の日本のプラザ合意は、ユダヤ資本のアメリカの銀行が仕組んだもの」と、
平然と嘯いていたのには怒り心頭になった。アメリカが日本に国内消費の拡大を求め、バブルのキッカケをつくったのだ。
そして、「アメリカ国内不動産の高値掴みを誘導した」と、平然と話していた。
そして、現在は逆に「日本の落ちきった不動産を買いまくっている」と。ゴールドマン・サックスのトップの言葉が凄い。
「知らないという事を知らないで、バブルでアメリカの不動産を買いまくっていた日本人ビジネスマンの姿が・・」
その戦略的経済戦争に負けたのが、現在の日本経済の姿である。
現在の日本では、順調に業績を伸ばしている外資金融機関に日本の学生が殺到している。
その反面、不良債権の処理に苦しみながら、再起をめざしている日本の銀行の姿がある。
が、両国の銀行にどんな違いがあったのか?が、辛らつなカタチで映し出されていた。
特に敗者の象徴の日本長期信用銀行の元会長が現在も、その時の貸し出しに対する裁判の係争中であるのが印象的であった。
「知らないことを知らないことの恐ろしさ」の結果が、現在の日本であろう。 他人事でないのが、恐ろしいが。
ソクラテスの「私は多くの知っているのではない。何も知らないというということを知っているだけだ」が、身に沁みる。
・・・・・・・・・
2004年05月31日(月)
 1154, つれづれなるままに
・まったく書くテーマが出ない日が、時々ある。今日はその日であるが、そういう日は自分でも嫌になる。
今までは千回まではと踏ん張ってきた。毎日書き続けることからくる習慣が重要であって、止めればエキスが失われる。
それが解っているから、休むわけにいかないから厳しい。といって、所詮は趣味の世界の話でしかないが。
・先日、自宅の台所の改装のため夕食がつくれず、近く(150m先)のファミリーレストランに急遽いった。
隣り合わせているイタメシアの「サエゼリア」とチャンコ料理屋の「江戸沢」のどちらかと思いながら、店の前までいった。 
サエゼリアはほぼ満席で、江戸沢は一席しか入ってない。両方とも100席以上の店だから、その差がはっきり見えてくる。
サエゼリアと江戸沢の客単価が二倍近くの差がある。何故お客が来ないのか、経営者はわかってないのだろう。
メニューの内容が、開店当初から全く変わってない。まあ、他人事でないか。仕方なく江戸沢に入ったが、
出てきて何か損をしたような気分であった。・今年の自宅の藤の花がほとんど咲かなかった。過去30年で二?三回目である。
そういえば毎日散歩をしていて、花と草の勢いが例年に比べて弱いのがよくわかる。
梅雨が例年より早いとTVでいっていたが、今年は米の豊作は望めない?・昨日は異常なほど暑い一日であった。 
今朝もどんよりしている。晴れる日もあれば、曇る日も雨の日もある。 天候も人生みたいなものだ。
・・・・・・・・
2003年05月31日(土)
 787, 「加熱する新潟のホテル戦争・NHK」をみて
今日のNHKの[きらっと新潟ー加熱するホテル戦争」が面白い内容だった。電話が二本入ってきた。
 NHKの何も解ってない素人が企画した内容という前提で見ていたせいか、お笑いの部分もあった。
今時にホテルで高価な結婚式をあげる時代ではない。アッパークラスの5?の人種は例外である。
     (以下字数の関係で中間カット09年05月31日)
・・・・・・・・
2002年05月31日(金)
 423, 酒の話?1
学生時代も、勤めていた時代も、どこに行ってもすぐ見つけるのが、飲み友達と、いきつけの飲み屋である。
地元で今も数人いるが、そのうち特に飲んだ二人は亡くなったり転勤で居なくなった。
転勤の一人は新潟に出張にくる度、今でも年3回は飲んでいる。特に勤めてからのそれぞれの地方の酒が忘れられない。
やはり金沢の酒が忘れられない。なんともいえない味がそれぞれの店にあった。歴史の深みであろうか。転勤商売も苦しいだけ、
そういう楽しみもある。苦しい時期ほど、そういう居酒屋の酒がうまっかった。新潟では20年前から5年位前までの酒が、
特に美味しい思い出が多くある。大学時代の友人が、丁度その時新潟に転勤で赴任してきており飲み歩いた。
それと数年前に亡くなったが「新潟駅前の花園の町内会長をしていた不動産やの社長」と古町を飲み歩いたことだ。
有名な老舗の小料理屋や料亭を芸者をあげたりして飲んだ。数十回も。自分では間違ってもできない昔流の粋な遊びである。
亡くなってからは、当然のこと料亭などは全く行ってない。丁度「海外旅行と遊びの入れ替え」の部分があったが。
飲むほうも、その時期時期に一応一とおりのことを経験し


3717、閑話小題

2011年05月30日(月)

   * 今日は父親の38周忌
 父親が亡くなって38周年になる。私にとって生前の父親の存在があまりに大きかったので、亡くなった日が、
第二の自分の誕生日と思うほどである。その時が精神的自立の時だったようである。毎年のように同じようなことを書いているが、
八人兄姉の末っ子で、父親は特別に私を大事にしてくれていた。その意味で、私の人生は当たりと信じている。両親の愛情の分量が、
自分という存在に対して、肯定的になれるかどうかの境目になる。父が亡くなって38年という歳月は、長く、刺激的な日々であった。
結果として、この事態(倒産)になっても、時代背景に飲み込まれたと諦めがついている。 父から学んだことは、金銭哲学である。
『死に金を使うな、普段の生活を節制し、使うべき時は使うこと。事業を通して人生を楽しむこと。趣味は大事にすること。』
大筋は、こんなものだが、人生の何たることか、両親の生き様を通して学べたことは、本当に良かったと思っている。この事態でも、
両親の子供のころ見てきた苦労からすれば、数分の一でしかない。だから、平然?としていられる。事業を起こし、維持し、そして、
消滅させる物語は、そう甘い要素で成り立つ訳がない。その前提を知っているから、その辺の輩の批判、罵倒は無視出来る。
 それにしても、自分の息子に毎年、このような追悼の文章を書いて貰える父も幸せ?である。 これが私の供養である。
    〜〜
   * 地震保険について
 TVのモーニング・ショーを見ていると、「地震保険」について取り上げていた。東北大震災以来、保険の契約が三倍に増えたという。
 意外と知らないことが、多いのが地震保険。 ーまずは、その内容から
【 ・火災保険に入ってないと、地震保険は入れない。地震の時に発生した火災では、火災保険はおりない。
  ・支払い最大範囲は、火災保険の3〜4割まで。家を建て直すというより、生活保障の役割でしかない。
  ・全壊が全額、半壊が半額、一部損傷が5パーが、目安という。
  ・地震の場合、保険屋がパンクした場合支払いが不能になる心配は(国家が5兆円まで補償するので)ない。
  ・建物の構造や、地域によって、保険金は大きく変わってくる。
  ・地震保険に入っている割合は、火災保険に入っている人の4分の1
  ・全壊で100パー、半壊で50パー、一部損壊で5パーが、保険でおりる目安。 】
 ー以上のことは、このTVを見るまで、知らなかったこと。これに入るか否かは、それぞれの住居環境による。
  ・・・・・・・
  3352, 父の命日(37周年)
 2010年05月30日(日)
 毎年、父の命日に思い出や人となりを書いていると、多くのことが記憶の彼方から思い出される。
思い出し、書くことが父にとっての供養と思っている。
「過去の所業と思いが魂」と仮説を立てると、「両親と子供の頃の思い出は魂の故里」になる。
これまで書いてきたが、父は典型的な明治人で、シャイな性格。 長男で実家の古美術商を引き継ぎ、
第二次世界大戦の戦時中は骨董は売れなくなったため、兵隊の戦死者が多くなり仏壇と仏具の販売で乗り切った。
終戦直後は古着の売買に転進、その後、衣料品量販店に切り替え、地方では小さいながらも名をなした。 
古美術商の時代には、地元出身の山本五十六や、ツガミの津上退助、そして野本互尊などに骨董品を収め、
時代の潮流の情報や薫陶を受けたのが人生をプラスにしたベースになったようだ。 
その結果、「情報の先取りと長期的視野と、転進が、人間の一生を左右する」というのが持論にあった。 
それは教養によってベースが築かれることを彼らから学んだようだ。 学歴コンプレックスも大きかったが、
それがバネになっていた。 日々の生活を節制するのがベースで、贅沢、慢心、虚栄を忌み嫌い、清潔、
潔癖の明治人の特徴を、そのまま受け継いでいた。朝は5時に起き、仏壇で祈り、新聞を隅々まで読むのが日常だった。
その辺は私も同じで、これは家の文化(ハビトス)か。 また人に妥協するのが大嫌いで、親戚以外は、
株屋ぐらいしか周辺に近づけなかった。酒は年末年始に少し飲むだけで、外食は贅沢と最小限度しかとらなかった。
(当時は、それが一般だったが) 年に一度の法事と、大晦日の年越しの家族と従業員との宴会が晴れのときで、
その楽しかったことが、そのまま父の思い出となった。 恐らく自分が死ぬときのイメージは両親の手に引かれ、
光の中に消えていく光景になるだろう。 毎年、父のことを書き続けた文章を読み返すと、書き残す不思議を思い知る。
書くことは、その時点では心の記録だが、時間の経過とともに魂の記録になるのである。
人間の脳の思いなどアテにならないし、思い出もそうだ。しかし書き出し、それを重ねることで、魂に熟成していくのである。
音楽家は音楽で、仏像師は仏像で、作家は小説で、魂の記録として刻印されるのである。
それも宇宙時間からみれば微小のこと。しかし、微小のことでも、それに乗っている間は人生である。さて、恒例の墓参り!
・・・・・・・・
2977、父親の37回忌に
 2009年05月30日(土)
 今日は父親の37回忌。亡くなって、もう36年になる。命日に何度か父のことを書いたが(後でコピー)、
テーマにすることが供養になると思い書いてきた。父親のことを考えると、自分とは何だろうという哲学的な問いになる。
私の場合は特に父親の影響が大きかった。誰でもファザコン、マザコンだが、父が43歳の時に産まれたこともあった。 
そのために幼児から少年期の記憶に、父の所業が記憶で多く残っている。 母親は仕事の前線に立っていたので、父が何時も
私を連れて街の何処かにつれ歩いていた。その為に父が亡くなるまで、その影響は大きく、27歳で亡くなった時に初めて
精神的に独立をすることが出来た。(同時に結婚をしたこともあるが) 父が私の年齢(63歳)の時に、私が20歳だったが、
その時の父は元気溌剌だった。時代は昭和41年(1966年)、高度経済成長期真っ盛りの時期。 その時代と現在を比べると、
その段差には大きい。まだ日本中が坂の上の雲を見つめて急成長の頂上にいた。父は明治38年生まれで家を中心に常に考えていた。
父の頭の中は戦前、戦中、戦後の経験が重なっており、そのことを事あるごとに話をしていた。 
特に長岡の戦災体験は生生しく残っていたようだ。  また戦後の時代の流れの激しさに焦りを感じていた。
ソ連も、昭和40年代が絶頂期で、まさか20年あまりで消滅するなど、考えられなかった。
また、アメリカもその後20年もしないうちに、壊滅的経済破綻になるとは・・父を思い出すというより、父の視線で世の中の
変化を見ている自分がいる。命日に父のことを書いた文章を読んでいると、父の影響が大きく自分に影響していることがわかる。
その枠を破壊できなかったのか、それとも、それはそれで私らしさで、そのまま結構なのか?
いや、出来の悪い1・2代目でしかない。 しかし自分の心に誇れる父を持てたことは幸せである。 
 それに引き換え私ときたらまったく? 今さら、どうもこうもない。 以前、父の魂が自分の魂と合体したような
不思議な夢について書いたことを思い出した。 その辺のことを書いた文章をコピーしてみた。 さて墓参りである。
  これだけ毎年のように書いていれば、下手な法事より供養になるだろう。
ーー 
2003/04/25
 不思議-シンクロニシテー
 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を
散歩をしているコースで初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。 その中で一番凄かったのは、
7~8年前に義父が亡くなった時である。葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、
その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論はじめてである。
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、
納棺の時間が偶然に一致したのだが。死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」
といっている。涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。なら大都会では毎日降っていることになる。
地方におきやすいのだろう。人知のはかれない何かがあることは間違いない! ー以前書いたものをコピーしておきます。
▼ H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が
“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。また死後二?三日後の夢も強烈な夢
(?)であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
・・・・・・・・
 2613, 閑話小題
2008年05月30日(金)
 ー今日は父親の命日ー
父親が亡くなって35年、36回忌である。
毎朝、仏壇で、父・母、兄・姉、義父・義母、そして10人位の因縁のある故人の顔を思い出し手を合わせている。
一番初めは父であるが、父の愛情の上で、現在の自分があると歳を重ねるほど実感する。
家庭的には恵まれていた。特に両親との相性が良かったことが私の人生にとって一番の要だった。
次には家内との相性だが、それなりに? この文章を推敲し、ネットに上げ、墓参りに行く。
 ー交通事故死がピーク時の三分の一だとー
交通事故死が5744人と54年ぶりの低下とマスコミが報じていた。昭和45年度には16765人というから三分の一に減ったことになる。
車の数は数倍になっているはずだから、十分の一以下になったことになる。一昨年の福岡市の3幼児死亡事件で警察庁が
飲酒運転の強化を図ったことと、シートベルトの義務化が大きな要素になっているという。去年の交通事故死の半分近くが、
65歳以上の高齢者で占めているというから、年寄りは交通事故には特に気をつけないということになる。
10年近く前で、一万人を割ったと聞いていたが、ここまで減っているとは知らなかった。
 ー中学校の同期会の話ー
先日、中学校の同期会に出席した。元々、中学校の同級会が、ほぼ毎年行われてきたが、他のクラスの同期の人たちが参加を
することで、いつの間にか同期会になってしまった。今回の出席者24人のうち、私が属していたクラスの出席者は7名であったが。
小学校と重なる人が半分以上入るので、年に二回は会う人が半分以上はいる。ところで、あまりシビアには書けないが、
それぞれの人生の大枠が見えてくる。離婚、倒産、死別、大病、事故など、一人の人生は重いものだとつくづく感じる。
人生は決して平坦ではなく、山あり谷ありである。一人の人生には小説一冊分の人生が濃厚に詰まっている。だから面白い。
大よそ、15?は亡くなった。
・・・・・・・・
2005年05月30日(月)
 1518,今日は父の33回忌
去年の今日も、父の命日のことを書いたが。 私にとって父の存在はあまりにも大きかった。
そして、今でも父の影響から抜け出てないといってよい。明日は、身内だけの33回忌の法要である。
父の口癖は、『死んでしまえば、それまでよ!』であった。そして、この歳になっての実感として『その通りである!』
だから、「早いうちに生きることとは何かを知り、生きることを第一の仕事としなくてはならない」ことを学んだ。
末期癌で亡くなる一年間、赤裸々な父の死の葛藤を身近で見ながら、人生とは何かを教えてもらった。
そして、その後の生きる大きな教えと指標になった。・何をするにしても捨て身で取り組まなくてはならないこと。
・地元のー痴呆名士ー とは一線を引くこと。 近所の人とは親しくするな!。
・お金に対する対処を間違うな。金はライフワークの一つとして取り組むこと。人間はお金の前では赤裸々で悲しいほど弱いこと。
・「女はを持つということは、荷車に大きな重い荷物を持って坂道を登るようなもの、遊ぶなら覚悟を持って遊べ!」
この年齢になって改めて父を振り返ってみると益々学ぶことが多くなっている。 学歴は無かったが、接してきた人に
超一流の人が多かった。古物商をしていたためであろう。 深い違った教養を持っていた。時代を読み取る能力と、
人物を選別する能力、そして人間の狡さを知っていた。 さて、これから近くのスーパーで花を買って墓参りだ!
・・・・・・・
2004年05月30日(日)
 1153, 今日は父の32回忌
今日は、父親の31年目の命日である。この世で一人の人を選びなさい、といったら間違いなく父である。
それだけ私にとって父の影響が大きい「ありがとう」と一番いわなくてはならない人である。
年齢とともに、父親と心の中で話すことが多くなってきている。 一方的に話しかけているのだが、ときどき父も
話しかけてくることもある。もっと以前から事業のことなど話しかければよかったと、今になって思い始めている。
 《供養の為に、14年前に書いた文章をコピーしておきます。》
ーそういえば、この文章を書いた頃のことを思い出した。ある休日の夕方、TVでお寺の仏像を映し出していた。
そのとき、TVの中の仏像に少し開いていた障子から夕陽があたり、何ともいえない不思議な感じになった。
何だ何だ、今日は何かあるんじゃないか?!と、考えてみたら、父の命日だった。うっかりしていて、
父の命日を忘れていたのだ。本当に不思議なことがあるものだ!と思った。 さあ父親の墓参りだ!
 ーー
 H0505 小説のような本当の話!
 十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。ところがすでに墓がきれいに磨かれており、
花が飾られていた。 生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、お参りをしていると、
見知らぬ老人が話しかけてきました。 たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に正直に事情を話したところ、
父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。 それが本当にうれしくてうれしくて! それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく
考えさせられる出来事でした。父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、
丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった次第です。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]