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堀井On-Line
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2010年12月28日(火)
日曜日のモーニングショーで、「豊かなのに、幸せになれない、何故」というテーマで、 レギュラーのメンバーが議論をしていた。直ぐに、「豊か=幸せ、と決め付ける前提の方が変である」と、呟くと、 家内が「また屁理屈を言っている」と、のたまった。 「豊かさは必要条件だが、絶対条件ではない」と言っても 分かる相手ではないと頭の中で呟いていたが・・。しかし人生を振り返ると、やはり豊かであるにこしたことはないのも事実。 あるメンバーが「豊かさは、求めるものでなく、深めること」という言葉に一人納得。 幸福度の一番高いのがデンマークで、 二位がスイス、八位がブータン、日本は90番目という。何の根拠かしらないが欧州に続いて、日本は幸福度はAクラスに 入っていいはず。 日本人が世間知らずというか、あまりに世界を知らない。ここで、「人間は繋がりの中で生きているのに、 変な個人主義に陥ってしまい、集団社会の中の役割を果たす場面が少なすぎる」といっていたがが、そのとおりである。 哲学の先生がインタビューで、「戦後からこのかた、成長を追い求めてきた結果、便利の追求が、身体を使わないことと 思い込んでしまい、自分の立ち位置が見えなくなっている」と、述べていた。 戦後、日本は自由主義=個人主義、民主主義=平等主義、成長経済=豊かさを追求してきた。 それもこれも共同幻想でしかなかったが、それでも世界に稀な国家をつくりあげた。それも、占領統治国家のアメリカの手の内で、 その手を返され直ぐに崩壊してしまった。それが国家として、現在も大きな暗い影を覆ってしまっている。 「物質的な幸福と、精神的な幸福を混同してしまい、幸せを幸せと感じることが出来なくなっているのが現在の日本」。 また、人間は世界の王様と勝手に思い込んでしまった結果、多くの矛盾が生じている。考えてみれば、幸せという言葉自体が 共同幻想そのものである。それからすると、不幸もである。「貧しいのに、幸せな私、何故?」という言葉、やはり、そぐわないか。 「豊かで、幸せの私」「貧しくて、不幸な私」どれもこれも、似て非なるもの? いや違う? でも、「豊かなのに、幸せになれない、何故?」は、ブラックジョークの最たる言葉。 家内が言うに、「友達の殆どが、自分は不幸と思っているみたい」だと! 傍から見れば、豊かで美人で教養がありそうなのに?。 ということは、やはり、このテーマは殆どの人が実感していることか。 ところで豊かとは何? それは比較? 共同幻想? ま、いいか! ・・・・・・・ 3189, つれづれに ー閑話小題 2009年12月28日(月) * 来年は、どういう年になるのだろうか? 思いつくまま、来年のイメージしてみるが、マイナーなことしか思い浮かばない。 ・日本国債と株価の暴落と、金の暴騰。 日本経済の二番底か、二番底の底抜け。 中小企業の破綻がドミノ倒しのように続く。 ・アメリカは今更だが、日本と欧州経済が後半にかけて更に大混乱する。 ・国内も参院選挙に向けて、政界再編成に動くだろう。鳩山も参院まで持つかどうか。 持てば、長期政権の可能性も出るが、この難局を乗り越えるかどうかというと疑問である。 * かえり矢 かえり矢とは、矢を放せば、おのれに矢はかえることをいう。 現在の鳩山首相が、この言葉そのもの。 野党時代に、自民党幹部の秘書の汚職に対して、それは代議士本人の責任で辞めるのが当然と攻撃。 今度は自分の秘書である。その当時の鳩山の攻撃の映像が、彼の弁明の会見の前後に繰り返し放映されるのだから、 どうもこうもである。 どうみても、あの弁明では納得できない国民感情だろう。 * クレタ人のウソ 今更だが哲学に、「嘘つきのパラドックス」 がある。 (ネット辞書のウィキペデアによると) ≪ 自己言及のパラドックスの古典として知られるのが、次の嘘である。 “ 「クレタ人は嘘つきである」とクレタ人が言った。 ” なお、この発言をしたクレタ人はエピメニデスであるとされる。 ここでクレタ人(エピメニデス)自身が「クレタ人は嘘つき」と言及しているため、パラドックスが発生してしまう。 すなわち、「クレタ人は嘘つきである」が本当なら、クレタ人であるエピメニデスも嘘つきであるはずで、従って 「クレタ人は嘘つきである」という発言も嘘でなければならない。しかし「クレタ人は嘘つきである」が嘘なら、 クレタ人であるエピメニデスも正直者である事になる。 従って彼の「クレタ人は嘘つきである」という発言も 本当でなければならない ≫ 禅問答のような話になるが。 人生の中に似たような場面にしばしば出会うことがある。鳩山のウソは、これ以前のレベルである。 ・・・・・・・・ 2824, 暴走する国家恐慌化する世界 −2 2008年12月28日(日) AIGが何故救出されたかが、詳しく述べられているが、知るほどに今回の金融危機の根の深さを感じ取る。 1929年の世界恐慌を遥かに超えた破壊が起きようとしている。異常な時には、異常なリーダーが出る。ヒトラー、 スターリンである。毛沢東も含めると、5千万人以上が直接間接的に殺された。スペイン風邪を含めると一億人が亡くなった。 これから10年は異常な事態を覚悟をしていた方がよい。 何度も書いてきたことだが・・・ * AIG は 何故救出されたか 副島: AIGが何故救出されたか?15兆円という巨額の資金をFRBが出したか? それはCDSの保険商品を扱う最大の保険会社だったからだ。AIGはリーマン・ブラザー向けに巨額のCDSを発行していた。 リーマンが倒産したため、AIGの株価は暴落、しかし大銀行各社と結んでいたCDSの契約が巨額だったので、 もしAIGが倒産すると全てのCDS(最大6200兆円の価値が無価値になる可能性もある、 そうすると他の銀行が引当金を積まなければならなくなり激しい金融恐慌が起こる可能性があった。 最近、私が聞いたのが、日本の自衛隊、団体保険、年金運用やその再保険を、全部このAIGに任せていたという。 金融庁が9月15日にやったことは、日本にある資金を、AIGの在日幹部達が米国本部に送金を阻止することだった。 −6200兆円の1割としても、六百兆円の損害金をアメリカ政府がAIGに替わって支払うことなど出来ないはずだ。 15兆円を当座の資金として支払っても、2%でしかない。その数十倍をアメリカ政府が払えることなど不可能。 それがAIGだけでない。 そうこう考えると、アメリカは一度デフォルト(支払い不能宣言)をするしかないのか?。 口先の上手い黒人大統領が綺麗ごとをいっても、払えないの払えない。この人が話す言葉の裏づけは瞬時に融かされる。 それが情報社会の凄みである。 日本の「あの人?」よりは、ましか。 外黒、内白の大統領は、当面は無制限にドルを刷り、国債を発行し、ハイパーインフレもやむを得ないとするだろう。、 その後デフォルトを宣言する。それとも旧札二ドルを一ドルの新ドル発行するかしかない。 恐ろしいことだが、これが事実のようだ。地球の隅々まで毒饅頭が回っていたのである。 金融立国と称して米国同様にイギリス、スペインなどもしていたから 世界同時金融恐慌になったのである。AIGは目先の救出をしただけで、根本が解決されてはいない。 来年は、世界恐慌が本格的に吹き荒れる年、最低5〜10年は続くことになった。 ブッシュは史上最低の指導者として、歴史に残る。 阿部、福田、そして麻生は如何だろう? 日本は小泉か? ・・・・・・・・・・ 2007年12月28日(金) 」 2459, ウェブ時代をゆく −1 【お】|ゝω・)【は】|・ω-)ノ【よ】|((ゝω<)ノ【う】 −読書日記 なかなかよい本である。「ウェブ進化論」の完結篇で、それに劣らない内容。一言一言が新鮮で説得力がある。 この情報化のスピードと変化に戸惑っていたおり、分りやすく現在地と方向を示している。 それも肯定的・楽観的なところがよい。若いSEには必見の書だが、一般の人こそ読んでおいた方が良い内容である。 ウェブの世界は、いま一つの違う地球の出現であり、リアルの世界に匹敵するほどの世界である。それをアメリカ大陸 の発見と、アメリカという人工国家と類推している組立てが非常に面白い。世界の1〜2割の人がインターネットで 結ばれるなど信じがたいことである。それも、ブログという受発信基地を持って、平等に、そして自由に。 さらにオープンソース(情報公開)の潮流が、情報の莫大な恩恵をもたらしている。 ーまずは、紹介の内容と目次を書き写してみた。 「ウェブ時代をゆく 」─いかに働き、いかに学ぶか 梅田 望夫 (著) ー内容紹介文(アマゾン)ー 現代は、江戸から明治に匹敵する「時代の大きな変わり目」だ。ウェブという「学習の高速道路」によって、 どんな職業の可能性がひらかれたのか。食べていけるだけのお金を稼ぎつつ、「好き」を貫いて知的に生きることは可能なのか。 この混沌として面白い時代に、少しでも「見晴らしのいい場所」に立ち、より多くの自由を手にするために――。 オプティミズムに貫かれ、リアリズムに裏打ちされた、待望の仕事論・人生論。『ウェブ進化論』完結篇。 序章 混沌として面白い時代 ー 字数の関係でカット(2007年12月28日) ・・・・・・・・ 2006年12月28日(木) 2095, 下流喰い −4 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! バブル崩壊から日本の経済が立ち直りつつあるというが、金融の再編成の歪みや、ゆとり教育の行きすぎなど 多くの問題が日本社会を蝕んでしまった。強者が弱者からむしり取る社会構成が出来上がったのである。 高利貸しは徹底して弱者からサラ金三悪という手法で全てをむしり取る。十数年前のことだが、ある話が鮮明に記憶に残っている。 字数の関係でカット(2010年12月28日) ・・・・・・・・・ 2005年12月28日(水) 1730, 新潟県活性化案 ある知人から、新潟県活性化案の知恵を貸してもらえないかと相談を受けた。 学生時代のゼミの後輩だけに、私の知恵を搾り出せるだけ出した案が、以下の通りである。 1、新幹線を新潟飛行場まで延長する。 2、新潟飛行場を3千?に延長してハブ空港(国際空港)化する。 3、コスト削減のため単線にする。 4、第三セクターを立ち上げ、新潟飛行場周辺を数十万坪買い上げ、そこを特区にして高層のビルの 容積率を1千%に上げ、買入価格の二~三倍の値段で売却して、新幹線の工事費の半分以上を捻出する。 5、飛行場と東・西港周辺に大流通センターの特区とする。 6、飛行場から新潟駅まで新幹線の線路を使った新交通システムの無人電車を通す。(新幹線の空いている時間をフルに使う) ー特区地区の住民には格安の乗車券にする。 7、新潟駅から朱鷺メッセ〜西港~飛行場~東港の新交通システムを別に通す 以上、新潟県を「環日本海拠点都市」と位置づけ、宣言をする。 その象徴として「東京駅から飛行場への直接乗り入れの新幹線」を上越新幹線の特化とする。 ーー これが私の新潟県活性化のための原案である。φ(._. )カキカキ (。・ω・)ノ□ハィ 3(-ω-。)クシャ (。-ω-)ノ⌒゚□ ポイ 今さら、観光は金沢・富山・福井の観光資源に対して太刀打ちはできないのは誰の目にも明らかである。 それなら東京駅から新潟飛行場まで直接乗り入れをすることで、日本初の直接乗り入れのハブ空港にすれば良い。 字数の関係でカット(2010年12月28日) ・・・・・・ 2004年12月28日(火) 1365, シンプルの勧め−3 以前にも何回か、シンプルの勧めを書いてきた。服装に関して、昔の旦那様の粋な着物の着こなしについて書いた。 欧州を旅行していると、気づくことが服装のセンスである。よく見ると、シンプルなのである。基調は白と黒である。 白と黒のどちらかといえば、黒である。他は、せいぜいベージュか、濃紺か、ネズ。 しかしデザインがよい、それもシンプル。 ネッカチーフとか、くづ下とか、カバンや、帽子などの色を変えてポイント。オカマのオスギが、銀座で服装チェックの番組がある。 家内が好きなので見ることがあるが笑ってしまう。気取ってブランド物を身につけている人を片っ端から切り捨てている。 着こなしているつもりのブランド物のバランスがチグハグ。 すべての人が、「コスプレ」そのもの、それもチンドンヤ以下である。 銀座で目立つブランド物を固めている人はコスプレ!と、 思ってウオッチングをして歩けば楽しいだろう。 「銀座の街を意識した、外見を繕っている世界のコスプレ!」は少し言いすぎか? そう思っていれば、 ブランド物など欲しくはなくなるはずである。土人が西洋のブランド物を身につけても似合うわけがない。 まして、黄色人種はさらに似合わないのが解からないのが可笑しいのだ。 オスギが言いたいことはただ一つ 「シンプルに、着こなしているかどうか」である。定番的服装をまず着こなすことという。 一例をあげれば、パリでよく見かける、何げない白のブラウスに、濃紺のタイトスカート。 これを何人が着こなすことができるだろうか。定番的服装も着こなしができない人ほど、ブランド物に頼る。 よくスナックなどで見かける、やり手ブス風ブランドチャラチャラ女。そういう視点で人生を見直すと、面白いことに気がつく。 捨てて捨てて捨て去った時のシンプルさは、禅僧の生き方に見られる。 そこまでは極端としても、他人に惑わされているものを 最小限度にすべきである。一般には、死を宣言されて人生を振り返った時に無駄なことが何であったか、初めて気がつく。 人間関係もそうだ!捨てて捨てて捨て去った時に残ったシンプルこそ一番重要なことだ。 但し若いうちは、せいぜい派手に、 その時にしか着れない色彩をして、多くのものを身に着けてみることも必要なことである。 ー以前書いた1,2と大して内容は変わりがないが。自戒・反省のため、書いた。 ーーーーーーー シンプルの勧めー2 字数の関係でカット(2007年12月28日) ・・・・・・・ 2003年12月28日(日) 998, アマチャアビデオ特集 昨夜NHKで「アマチュアビデオ特集」を放送していた。 単身赴任の父親に赤ちゃんの姿を映像に録って、毎日TV電話に送る姿や、小学生のグループがテーマを決めて ビデオで録って編集をする活動があった。また庭で雀が、足が何かに絡んで動けなくなった仲間を助けようという 微笑ましい内容が映しだされていた。井筒和幸という映画監督が、解説をしていたが、この中で「他人に見せるということになると、 全く違ったビデオの内容になる。もっと深く言えば、誰に見せるのかを意識をした時に内容は全く変わってくる」という言葉が印象的。 字数の関係でカット(2009年12月28日) ・・・・・ 2002年12月28日(土) 624,今年の総括 今年の総括の時期になった。 毎年卓上日記に書いている。 ・姉正子が亡くなる ー9人のうち4人死んだ。 ・父方のオバがなくなる。父方の叔父の連れ添いだ。 これで父の兄弟・姉妹とその連れ14人が全てが亡くなった。年齢の一つの風景か。 ・海外は三回行った。 西アフリカ、スイス、パタゴニアだ。 これで39回、60歳までの50回の目標に近づいたが。来年は戦争の可能性があり、どうなることか。 ・子供は長男が再就職と更なる転職。次男は会社ごと身売り、転籍。これは時代の風景だろう。 会社は ・この不景気の中一応順調に経過という事か?相変わらず銀行の貸しはがしの予兆があったが。借り入れも一応順調にいった。 ・売り上げも微弱ですんだが利益は2割減った、来年はどうなることか。 新入社員が6名入って若返った。 国際社会は去年は歴史的な9・11があったが、比較的に落ち着いた年だった。北朝鮮問題がクローズアップしてきた。 国内も比較的安定した年だったが、景気がますます悪くなって救いがたい状況。国内も国際的にも 20世紀的なものが本格的に壊れ始めてきたのが今年の特徴だった。自民党は仮面を変えてしぶとく残っているが。 ・・・・・・・ 2001年12月28日(金) 283、創業の頃ー2 中途採用は‘一ヶ所でオぺレーションを4〜5年以上やってきたキャリア’以外は入れない。 間違えて入れたら、いらない苦労を背負い込むからだ。ある日のこと,ライバルになる会社の事務の責任者と名乗る女性から 電話が入った。会いたい、どうしても面接をして欲しいとのこと。かなり強引の電話内容であった、そうして会った。 「取引先から貴方の事を聞いた、ほれ込んだぜひ自分を使ってほしい」とのこと。私もドライだが、こういう小説みたいな事は、 まずいのは解かっている。 それより立ち上げの時は、なるべく汚れてない(癖のついてない)人間を集めないと、空中分解をする 可能性を孕む。当たり前のことだが、人間は過去の経験に縛られて一歩もそれから出れない性(さが)をもつ、更にそれに対し無自覚だ。 その意味で人選は立ち上げ(創業)の一番の要素になる。当然その話は成立しなかった。次はマネージャーである。 初めは潰れたばかりの建築メーカの元課長。癖がついていてマネジャーに不適任。すぐ話し合い解消、次の人選。 時計やの2代目!これも一週間でヤメ。あとはリクルートしかないと、 東京まで中途採用の関連会社に出向いて、広告と面接! そして応募してきた今の支配人と出会う。 ・・・・・・・・ 12月28日 1968年 11時に起床。13時に千葉の姉の優子さん宅に向かう。途中花屋で植木の花を買っていく。 卒論の清書をしてもらった分をもらい、16時半に帰路につく。途中に集団すりを目撃をする。 財布を掏ろうとして騒がれて慌てて逃げていった。17時半に帰寮。20時に帰省バスに乗る為に新宿に行く。 21時のバスに乗る。翌朝の5時に到着。家に着いたあと就寝。ーこの4ヶ月の日記を見ると字があまりに乱雑である。 他人に見せるものでないとしても、これ自体自分の姿である。最近自分というものに対して目覚めてきたと同時に、 自分に懐疑的になってきた。そして少しのことで動揺するのだ。 この二ヶ月間は特にそうだ。また同時に脱皮に向かってモソモソしているようだ。自分の理念とは何だろうか? ・創造、遊び、愛、知性という面から、それぞれをどう位置づけるか。自分の理想的なバランスである。 ・それと真善美のいう面からも自分のバランスを考えてみよう。 ー 創造について 男としては、価値基準の一番の指標になる。 これは生きていく手段としてより、人生の目的として、 自己の具現化として追求するのが重視されて当然のことである。 人生の大部分はこれを追求すべきである。 その追求をしていく過程・・・・ ー愛について ー遊びについて ー 省略
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2010年12月27日(月)
* 高校・大学生の就職難について 25日のクリスマスの土曜日のゴールデンタイムに何と「高校・大学生の就職難」についての討論会があった。 時代が変わったものである。 大学生は、一番価値があるモラトリアム(社会人前の猶予期間の自由)が、 これでは満喫できない。 それより過半数以上が大学に進学すること自体が変。25%あたりが適正である。 私の時代は16%だった。それが、まず問題である。高校卒では就職が不利、だから大学に行くというのが進学理由、 だから学生時代に自由を有意義に謳歌できないのである。 高校、大学とも42〜3%が就職先が決まってないというが、 違う学部に再編入したり、大学院に残ったりした学生は数字に入ってないので、実際は過半数が就職出来ないのが現実。 すざましい厳しさである。 韓国、中国人の質を比べるとレベルが非常に低下しているというが・・・ * どうなっている?朝鮮半島 23日の韓国の大規模な実弾射撃訓練、危ないと思っていたが北は急にトーンが低下してしまった。 全面戦争になった時、韓国は失うものが北に比べて格段に大きいためイザとなると腰が引けてしまう。 片一方は、全面戦争を常にちらつかせ、始ったら終いのことを熟知している。脅しは、脅しでしかない。 目を凝らして状況を見ると、結局は北朝鮮は中国の隠し砦、日米韓はいいようにあしらわれている。 「アメリカへの間接的脅し道具」ということ。 中国が「世襲は反対、早晩、金一族は政権を国民に返すべし」 という声明と、国境閉鎖で数ヶ月で体制がひっくり返る程度のこと。 * 瞬間像 「突然涙が溢れたり、ふと笑いがこみあげたりすることがある。それは過去に堆積された経験、思い出が〈今〉と結びついて、 瞬間像がフラッシュのように表出した結果、それはまさに生そのものと触れた時である。 その意味では、瞬間像とは、 「純粋持続」を感覚的に把握するする瞬間である。この特性を、ベルクソンは〈直感〉ないし〈哲学的直感〉と呼んでいる。 これは「意図的にぼんやりすること」で、感じ取ることが出来る。だから老齢期には、その時間が多くなる。 これを日本語で〈イメージ〉とか思い出像と言ってしまうと、明確な輪郭をもったものと想起されるが、 フラッシュは、あたかも「いま、ここ」に鮮明なイメージを映し出す。年寄りはボンヤリしているようだが、これまでの人生の 思い出が、次々と表出しているのである。それが、コントロール出来なくなると、痴呆症に陥るのである。 ・・・・・・・・ 3188, 3D映画の初体験の感想とは? 2009年12月27日(日) 昨日の朝9時からシネマで「アバター」を観てきた。「3D=立体のシネマとは、どんなものか」の実感の感想を書いてみる。 メガネに上に重ねたこともあり、初めの30分は馴染めなかったが、馴れてくるにしたがい異空間に引き込まれいた。 「映画の画面と、自分の顔の間に映像空間ができた」というのが、未体験の人に説明するに分かりやすいだろう。 映画そのものが、画面から映像が飛び出して見える演出が計算されてつくられていて、自分が映画の空間の中に 入りこんでしまった感覚になり、緊迫感が数倍になってしまう。 ストーリーがなかなか面白く、想像を絶する画面が 次から次へと展開していく。 20世紀では考えも及ばない映画である。「2012」も、同じだったが、自分が、 どっぷりと異空間に取り込まれてしまうのである。 21世紀のバーチャルもここまできたかと感じいった。 所詮は、生きていること自体、夢・幻のバーチャルでしかないが・・・。私がみたのは字幕版だったが、 3Dに関しては字幕が見えずらい。 吹き替え版がお勧めである。これをみても何とも感じない人もいるだろう。 戦後、何も無いところから時系列で時代の変化をみてきたので、こういうものに敏感になるのだろう。 今世紀に入ってから次から次へと、これまでとは違う世界がつきだされる。 21世紀に生きているのである。 9・11テロ、9・15の金融危機、ブログの飛躍的普及、携帯電話の進化、アメリカの黒人大統領の誕生、 中国の経済発展。 日本では、自民党の壊滅など、思いもよらない現象が起きている。 この3D映画も、その一つである。 ドラッガーが40年前に「断絶の時代」がやってくる言っていた。 ソ連の崩壊、中国の文化革命、インターネットなどの情報革命、それと100年?数百年に一度の恐慌と、 怒涛のごとく日常にも押し寄せてくる。 この3D映画も、その一つだろう。面白いが、恐ろしい時代である。 ーところで、家内は3Dが思っていたより大したことがなかった、という。 私とは受けとめ方が違う。 私は、意識的に立体空間に入ろうと勤めていたのと、初めの30分の違和感に引きずられたからだろう。 ・・・・・・・・ 2823, 年初来、世界の株価は半減! 2008年12月27日(土) 年初来の世界の株価と貨幣の下落が、朝日新聞に載っていた。(12月23日、経済欄) 解りやすいが、世界の株価6000兆の半分3000兆円が失われたことになる。これに国債や住宅ローンや サブプライムローンなどの債権の暴落を入れると、その損失は計り知れない。 ーまずは、その記事からー この金融恐慌で、 ・世界の株価は、1年間で半減 アイスランドは99%(百分の一)の下落になっている。 9月半ばからの金融危機と景気後退の深刻化で、世界の株式市場の株価が08年の1年間でほぼ半減する見通し。 年初から11月までの世界の株価の下落率は46%に達しており、市場からの資金の流出と、世界経済の牽引役だった 新興国の急落ぶりが激しい。 年間の下落率は02年の19.6%を超え、95年以来で最大で、対象の国すべてがマイナス となるのも初めて。 なかでも新興国の急落が目立っている。ロシアが11月までに71.30%、インドが67.98%、 中国57.80%、ブラジル57.50%の下落。高い経済成長率で投資マネーが流れ込んでいたが、損失を被った投資家が 資金を一斉に引き揚げ始め、株価の大暴落。 ちなみに、ドイツ・フランス・ドイツは5〜60%の下落。 ・通貨をみると、アイスランドで、99.37%の下落。ロシア、アイルランドが69.86%)、 ベルギー(同68.78%)で、調査した全体の3分の2以上の32カ国・地域が5割以上の下落という。 日本はマイナス34.50%で下落率はモロッコに次いで2番目に小さい。 金融危機の震源地の米国は39.60%の落ち込みで、日米は07年から株価が低迷していた分、 新興国と比べると下落率が小さいようだが、数年スパンでは同じと見ることもできる。 来年も不安定な相場が続くだろう」とみている。これでは世界恐慌に一直線進んでいるといえる。 −−− これからみると日本の被害は最小に思えるが、元もと日本は十数年かけて下落していたし、米国は一年前から下落していた。 その上に輸出立国のモデルの日本は一挙の落ち込みで、大打撃を受けることになる。これから5年間は倒産の嵐になるのは必然。 まずは、失業率が数年後に10〜20%になる。これは数軒に一軒の家庭に失業者が出ることになる。 目先はカンフル剤的な資金投入で平穏を保つが、一時的なこと。 かなり厳しい管理体制になるだろう。 ・アメリカから離れ、中国と組んでアジアのブロック圏をつくるか、 ・これまで通りアメリカの隷属国家として、太平洋経済圏で生きるか、、 ・アメリカも中国からも等しい距離をとり、真の独立国家を目指すか、である。 この場合、憲法を変えて、原爆保持を宣言する。 現在の日本は、?の選択しか能力は無いだろうが・・・ ・・・・・・・・・・ 2007年12月27日(木) 2458, 明治大學応援団 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] 現在はどうか分らないが、私が学生の頃の明大応援団は名が知られていた。 中越の十日町市の元市長の諸里という人も、明大の応援団長だった。(二番目の姉が中学校で同級生で、その辺の話を聞いていた) 当時は厳しい規律と格式?の高いブランド・イメージがあった。それが、応援団の暴行で学生が自殺。その凄惨な内容が露見した。 「鉄拳制裁」や「かわいがり」「いじり」など一般では考えられない虐めである。 学生時代に国士舘の応援団の虐めを山手線で目撃した友人の話が聞いたことがある。 蝉と先輩らしき男がいうと、下級生が手すりに掴まりミーンミーンと鳴いたとか、荷物置き場に上がり鶯の真似をさせられたとか、 公衆の面前で暴力団まがいだったといいう。先年に亡くなった新潟の『夕陽コンサート』を立ち上げた男も応援団だったが・・・ 応援団といえば、いつも校庭で屯していて別世界に閉じこもっているグループという印象が残っている。また、その男はそうだった。 地元の長岡高校に入ったとき、数ヶ月間、新入生は放課後、校歌の練習でしごかれる。大声と丸めた新聞紙で殴りつけ恫喝をしながら、 校歌を幾かつ憶えさせられたが、今でも恐怖と嫌悪感が残っている。プライドと伝統を植えつけるのに必要か?と、半分肯定、 半分否定ではあるが・・・ 大学では体育会系で一番ガラが悪く、暴力団紛いというのが応援団の印象であり、今回の問題は 起こるべくして起きた問題。下半身に熱湯をかけるなどがビデオに残されていたというから、解散は当然である。 それでも大相撲部屋から見れば甘いだろうが・・彼方此方のスポーツなど行事に一番前で見る機会が多いから上級生になれば、 良いだろうが、馬鹿製造集団でもある。馬鹿になることも必要だが、小馬鹿はこまる。 ーマイナーな話なので、可愛い話を一つ加えよう。近くの土手を散歩をしていたところ、小学校の運動会をしていた。 例年になく元気の良い紅白の応援団の声が聞える。よくみたら、先輩と思しき中学生の応援団が数名ずつ、紅白に分かれ、 指揮をとっていた。さすがに低学年は別グループだったが、気合を中学生に入れられた小学生の姿が何とも初々しい。 ((´_`○)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・・ 2006年12月27日(水) 2094, 下流喰い −3 (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん! *タクシー業界運転手の悲鳴* (この内容は本の概略でなく生の現場のレポートである) −−−− この本を読んで、改めて現在の日本の病巣に深さに驚かざるを得ない。ここでは何度も取りあげてきたが、 「タクシーの運転手の悲鳴」である。飲み会の帰りに数ヶ月に一度は使う程度だが、必ずというほど、 「運転手さんも大変でしょう!」と聞くが、ほぼ同じ返事が返ってくる。<月の手取りが14~5万円で、奥さんがパートで 8万位稼いで、子供1~2人で何とか食いつないでいる云々・・。それでも辞めても直に補充が入ってくるからね〜」である。 ホテルの前にタクシーが並んでいるので、その時々の景気状況や彼らの身近の話が入ってくる。 全国的に「固定給のベースが廃止され、完全歩合給制」が全国的に普及始めてきたという。 新潟市も来年四月から完全歩合制になるという。4年前に規制緩和を受けて、タクシー業界に多くの新規参入があった。 そのため業者間競争が激しくなり、各社一斉に増車をして収益確保に入り、各社には成果主義が導入された。 その一環が完全歩合給である。平均年収が300万弱と、全産業のそれより150万円も低い現状にある上に、 今度は最低賃金も保証されないのだという。運転手もお客という獲物を他の車より先に捉えるセンスが要求される。 そのセンスのあるとなしでは、収入が全く違ってくる。 ーーーー (字数の関係でカット、08年12月27日) ・・・・・・・・ 2005年12月27日(火) 1729, 流通再編成 (*´ノД`)<<< +。:.才八∋ー 「西武・そごう」をセブン&アイグループが傘下に収めると各誌のトップで報じていた。 これで、7兆数千億の規模になり、世界の流通グループでも5番目の規模になるという。 これで国内でイオンと二大流通グループを構成することになる。アメリカのセブンイレブン本社も 買収しているから、世界の流通として質からみても遜色ない流通グループになる。 ~~旦_(-ω-`。) (字数の関係でカット、10年12月27日) ・・・・ 2004年12月27日(月) 1364, M資金 学生時代から、この資金の話を聞いていた。また父が、東京女子医大病院で手術をした時、隣のベッドの人の話も M資金に似た話を父にしていた。「終戦時に軍の秘密の金塊を隠して持っている」とか。 (字数の関係でカット、09年12月27日 ・・・・・・・ 2003年12月27日(土) 997,「 私の死亡記事」−2 この本を読んで、それでは私も書いてみようかと思って既に2年経つ。そこで書きだしたが、そうは書けないものだ。 あからさまな自分を、突き放して見つめることは辛いことである。宇宙から地球を見つめ、地球から日本を見つめ、 日本から新潟を見つめ、そして自分を見つめ、その自分を突き放して最終の死の視点から冷静に書くのも面白い挑戦でもある。 ー以下、真面目にフザケテ書いてみるー 戦後直後の混乱期の1946年01月15日、新潟県長岡市に8人兄姉の末っ子として生まれる。父が43歳、母が38歳にの時に生まれた為に、 両親に溺愛?されて育った。実家が丁度、転業期の為、いつも一人放って置かれて育った。一生を通して独り遊びの癖が抜けていない。 しかし無事に人並み?に大学を卒業をした。両親の姿をみていたためか、大学時代より創業の準備を始めていたと 彼の文章に書いてあった。27歳で千葉で独立したが、その二年後に実家で騒動が勃発。実家の「衣料量販店」を五年近く従事する。 実家の経営を軌道に乗せ、その後新潟の駅前で日本で初めて客室主体の「シングル専門ホテル」を開業する。35歳の年であった。 一階に学生服を兼業して奇妙なホテルとして注目を浴びる。その後、70室の客室を500室まで新潟駅前で増やす。 そのプロセスでリースバックを思いつくがバブルの時代に買い取り方式に拘りすぎたようである。 現在デフレのフィッシャー効果の為、事業構造の転換迫られ丁度手がけた矢先であった。 酒を飲んで多くの失敗を繰り返していたが、昨夜ついに暴走族と長岡駅裏で乱闘、袋叩きにあって 翌日死んでいるのを発見される。誰も同情する人が無いのは、この人の生き方をそのまま顕している。 死を予感したのか、随想日記を997日分書き残したが、その最後に皮肉にも「私の死亡記事」が書いてあった。 本人の目標の1000に、あと三日であった。 享年57歳。 葬儀、告別式は本人の希望でなし。 ・・・・・・・・・ 2001年08月13日(月) [107] 「私の死亡記事 」‐文芸春秋 図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である」 (字数の関係でカット、09年12月27日) ・・・・・・・・ 2002年12月27日(金) 623, 新しいパソコンについて 会社の自分のパソコンを日立のPuriusに入れ替えた。感想はとにかく画面がきれいだ。明るくクッキリしているのが良い。 画面は二年前に買った自宅用のパソコンの3倍は良い感がする。会社のパソコンの入れ替えを利用して2年に一度変えている。 年々パソコンが飛躍的に良くなっているのが良くわかる。今回もかなり迷ったあげく画面の良さを優先した。 それと違うメーカーを取りあえず使ってみるのも要素にいれた。当たりであった。画面が明るいことと クッキリしているのが本当によい。まだ機能やソフトは把握をしてないが新鮮な感じも良い。 今のパソコンは2年経つとゴミとNTTの人が言っていたが、当たらずとも遠からじという感じがする。 あと二年経ったらもっと凄い内容になっているのは間違いがないだろう。恐らく動画と電話の画面が主体になるだろう。 不況でもこの分野の世界の進歩はとどまる事が無い。パソコンを使えないということは時代に見放されてしまったといってよい。 話は変わるが、ニュースで携帯電話で音声付動画が配信できるのが売り出されるという。 5〜6分のものを3本まで可能といっていた。 面白い時代だ! ・・・・・・・・・・ 2001年12月27日(木) 282、同姓同名 東京でも、地方でもいつも同姓同名を電話帳で探していた。必ずいるはずだと。山田太郎とか、 小林恵子とか言う名前の人は何回もそのことに慣れていたと思うが、一回もあったことがないのも気になる。 そしてインターネットの検索で見つけた。岐阜の駅周辺の呉服屋の主人だった。ー商工会議所の名簿に出ていた。 それを知った時妙な気分であった。周辺にいたらあまりいい気分でないだろう。 初めて見つけたことと、同姓という因縁である。手紙でも書こうと思ったが、それはおかしいと思い止めた。 その話をある知人に話したら、それでは「自分の名をインターネットの検索に入れてくれ」とのこと。 それではと入れてみた。なんとその5年前の新潟で行われた、マラソンのシニア部門の記録の名簿が出てきた。 本人もびっくりしていた。 堀井は遡ると平家の武将で、源平の合戦で負けた落ち武者だそうだ。 その為か、富山や新潟の上越市周辺にその姓が非常に多い。第二新館の鉄骨工事が富山の業者であった。 その社長の名が堀井だった。鉄骨検査でその工場に行ったとき、私の想像どうりヒタイの広い自分にそっくりな男だった。 ・・・・・・・・ ある時間の断片 12月27日 1968年 12時に起床する。 午後読書をする。夕方に新宿の紀伊国屋に行くが、目的の本がない。 帰寮後、21時に瓜生の部屋で、彼と佐藤と緒方と酒を飲んで騒ぐ。22時に先輩の永田さんと渡辺文雄さんがくる。 飲んでいるうちに、現実社会は厳しいとかの愚痴が始まる。自分の思っている範囲が手に取るようにわかる。 彼らに理想などあるものだろうか。この溝はもう埋められない。 -2004年12月27日ー記 これを読んで気がついたが、二人が後年に「県会議員」になったという。 何じゃ、こりゃ!こんなものだろう。両方とも、国会議員の秘書だった。国会議員なら、もっと程度が?? ・・・・・・・ ーある時間の断片 12月26日 1968年 11時起床。 午後から卒論のまとめ。ジャスコオカダヤから「販売革新」という月刊誌が贈ってくる。 その文面によると、2月21日から出社のようだ。これを見て焦りがでる。気持の整理がまだできてないせいだろう。 あと55日しかないのだ。いかに気持を整理していくかだ。少し自分の気持を整理をしてみよう。 学生時代に自分の能力ー特徴を見つけ出した。行くべき方向も見つけた。自分の長所も欠点も把握した。 そして自信もついた。これからはジャスコという会社に入り、先ずはその中で組織にチャレンジをすることになる。 そこで自分に対する課題を一つずつ処理をしていかなくてはならないのに、ここで躊躇しているのは何故だろう。 両親を見てみるがよい。戦前戦後を通して生き抜いてきた姿が実例である。私もここで社会に旅たつときが来たのだ。 自分の柵を乗り越えなくてはならない時期に来た、自分の足で一歩一歩。その為には逆に自分の中に生きなくてはならない。 武沢教授にしても、高木にしても、あの奥知れない能力を見るがよい。私の中のそれを探し出していかなくてはならない。 石川にしても、外山にしても、河村にしても、それぞれが外から見ると大きな宝石が見て取れる。 もちろん自分にもそれに負けないものがあるはずである。 最近、「何故何故」という問いかけが、自分の中に生じてきた。 これは哲学的になってきたということだろう。何故はたらくのか、何故生きていくのか、何故お互いに傷つけあうのか。 纏めるつもりがいつの間にか混乱をしてしまった。 少し考えすぎだ。
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2010年12月26日(日)
ー海外からみると、 ・大地震がハイチとチリで発生、ハイチは23万が死亡した。この数年、毎年のように大地震が発生している。 ・朝鮮半島ではミサイルの発射実験、韓国との漁船撃沈、北方限界線近くの島への砲撃があった。 ドン様も健康が日々悪化、三男の正恩が後継者に選定された。 ・政治経済では、アメリカの民主党が中間選挙で大敗。欧州ではギリシャ、アイルランド危機が表面化。 世界的に景気はジワジワと悪化を続けている。 ・メキシコ湾で原油が流出、アメリカ史上最大の汚染事件になってしまった。 ・中国では、次期最高権力者として習近平が選ばれた。また、万博も開催された。 ー国内では、 ・政治向きでは、民主党の鳩山首相が辞任、管首相へ引き継がれたが、参院選挙で大敗。捩れ国会で政治混迷。 ・景気は更に悪化、日本航空が倒産。エコポイントで何とか最悪の事態は避けられた。 ・大相撲は朝青龍が首。その反面、白鵬が63連勝を達成した。また、賭博野球で琴光喜が引退に追い込まれた。 野球はロッテが大逆転で優勝。ワールドサッカーで、日本は決勝リーグまで進出した。 ・郵便不正事件の押収証拠改ざんで大阪地検特捜検事が逮捕され、村木元局長は無罪。 また、尖閣列島で中国船とのトラブル発生。その上、撮影された録画の漏洩事件が発生した。 ・芸能関係では、・・・取り上げることもないか。 〜以上だが、地方経済は一段と悪化、悲鳴も上がらないほど。 個人的には二年ぶりにニュー・カレドニアにいったことと、市内に住む従姉と高校の同級生が亡くなったことと、 テレビを入れかえたことか。不況が事業に直撃、溜息の多かった一年だった。 今年より「来年怖い」である。 ・・・・・・・・ 3187,海外10大ニュース 2009年12月26日(土) 海外の10大ニュースである。 ニュースはマイナーなことが主流になるが・・・ その結果とは 1 新型インフルエンザ大流行、世界で死者相次ぐ メキシコで4月、通常の季節性や強毒性の鳥インフルエンザとは違う、新型の豚インフルエンザが流行した。 2 オバマ米大統領が就任 変革を訴え、2008年米大統領選に勝利した民主党のバラク・オバマ上院議員が1月20日、第44代大統領に就任。 3 マイケル・ジャクソン急死 「ポップス界の王様」と呼ばれた米歌手マイケル・ジャクソンが6月25日、 ロサンゼルスの自宅寝室で呼吸停止状態で見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。 4 米GM、クライスラーが相次ぎ経営破綻 米自動車最大手のゼネラル・モーターズ(GM)は6月1日、米連邦破産法11章の適用を申請した。 5 ノーベル平和賞にオバマ大統領 米国のオバマ大統領は、4月のプラハでの演説で、米大統領として初めて「核なき世界」を 6 北朝鮮が弾道ミサイル発射 北朝鮮は4月5日、長距離弾道ミサイルを発射した。>>詳細 7 韓国で射撃場火災、日本人客10人死亡 韓国南部・釜山の室内射撃場で11月14日、火災が発生し、日本人観光客10人が死亡した。 8 中国新疆ウイグル自治区で暴動、197人死亡 中国新疆ウイグル自治区のウルムチで7月5日、少数民族ウイグル族の大規模暴動が発生し、武力鎮圧された。 9 南太平洋、スマトラで大地震相次ぐ インドネシア西部スマトラ島沖でマグニチュード7・6の地震が9月30日に発生し、1195人が死亡した。 10 世界陸上、ボルト選手が3冠 8月にベルリンで行われた陸上競技の世界選手権で、ジャマイカのウサイン・ボルト選手が男子100メートルと 200メートルを世界新記録で制し、第3走者として出場した男子400メートルリレーでも優勝した。 ー以上の結果をみると、上位5番目までがアメリカ発の事件である。 如何にアメリカの影響が大きいかである。 黒人のオバマ大統領関連以外、全てマイナーな出来事。 オバマ就任も、見方によれば??。 発展しているアメリカでは黒人の大統領が選出されるわけが無い。 シビアな視線で重大ニュースから潮流を読み取ることがグローバル化の時代に最も必要なことになる。 ・・・・・・・・ 2822, 暴走する国家恐慌化する世界 −1 2008年12月26日(金) 「暴走する国家恐慌化する世界 ー迫り来る新統制経済体制の罠ー」 副島 隆彦×佐藤優 日本文芸社 この二人の対談、成るほど期待を裏切らない内容であった。「辛らつな裏話なら副島が得意の分野、 佐藤優はまだ外務省に在職していることもあり、少し戸惑っているようでもある。 ー印象的な副島隆彦の核心部分を私の主観でマトメながら羅列してみる。 ・アメリカ経済は本格的なリセッション、そして大不況に突入。貧困層の暴動も発生する。 それを阻止するのに一番効果を発揮するのが、オバマの肌の色。黒人大統領が飢えた人々の平和と団結を呼びかけるに 丁度良い役者、陰の人物が、それも計算の上で彼を押し上げていった、それが政治である。 ・オバマは大統領になったら、直ぐに大規模な公共事業をする。信用不安に対して、どれだけでもお金をぶち込む。 そうするとドルの価値が落ちて、やがて「ドルの切り下げをする」。そうするしかない。だからやる。 ・やがて、健全な人々もプライムローンを払えなくなるが、それを阻止するために、500兆円ぐらいの金を入れる。 いや、その倍も入れる。そこで財務省は米国債をものすごい勢いで発行、それをドルを発行するFRBが引き受ける。 そこでFRBがどんどんドルを刷って、アメリカ財務省に与える。この資金を破綻しそうな大銀行、証券、生保の救済に与える。 さらに、公共事業や福祉政策を行うとドルが膨大に増加、その結果として、一ドル30円位までは落ちる可能性がある。 株価は数年かけて3000ドル台まで落ちる。バーナンキは、そのために育てられた男である。 彼は‘ヘリコプター・ベン’と呼ばれている。ヘリコプターから金をばら撒く様にドルを大放出する特殊な人物です。 ・今度の金融崩壊は、非常に凶悪であり、デリバティブの契約総額が、実に八京円に及んでいる。 その一割でも8000兆円、五%でも4000兆円の処理をしなくてはならない。 ・アメリカのやったことは、ネズミ講です。日本は600兆円も貢いでいるが一銭も帰ってこない。 ・アメリカの言いなりになって時価会計を企業に押し付けて、多くの会社を潰しておいて、その押し付けた当のアメリカが 時価会計制度の放棄をいい始めた。アメリカのポチの金融庁は慌てふためいているが、すっとぼけて何食わぬ顔をしている。 −−− 副島の論を聞いていると、そこしれぬ深い闇が我われの前に漂っている。 暴風雨や津波のレベルでない、 もっともっと大きな崩壊が現に目の前で起きている。それは、数年で立ち直れるレベルのものでない。 昨日のニュースで、就職の決まった女子高生が朝起きると一番初めに経済ニュースを見ると言っていた。 「果たして自分の勤めている会社が人員整理をしてないか、新卒採用を取止めないか心配です」と! ・・・・・・・・・・ 2007年12月26日(水) 2457, 歌舞伎町事変(1996〜2006) −3 !(。・ω´・)っノXXXXXXXXXX>C【才ノヽ∋―】゚+。*゚+。 歌舞伎町は日本の吹き溜まり、そして下半身、とはよく言ったもので、現代版吉原が実態だった。 しかし、政治が本気になって浄化を決意すれば変化するのは当然である。最近は、朝キャバ、昼キャバが20軒ほど 営業を始めたと新聞にあった。ちなみに50分で6千円、客単価が1万円とか。色いろあるようだ。ところで、そこを追われた 怪しげな人たちはどうしたかというと、当然、周囲に散らばってしまう。 その実態の一つが以下の通りである。 −−144 強盗、窃盗、ピッキング、証明書偽造など、中国入犯罪の多くは、結局のところ日本人が関与している。 (字数制限のためカット 09年12月26日) ーーーーー 2006年12月26日(火) 2093, 哲学者が皇室の意味を考えると! b(^o^)dおっW(^O^)Wはー♪ 「知ることよりも考えること 」池田晶子著−? 読書日記 現在の日本の皇室はあまりにも金をかけすぎであり仰々しい。幕末に国家をつくるときの御旗として仰々しくする 必要があったのだろうが、時の権力者が如何に「あの家の方々」を利用して御旗の陰で何をしてきたか?外務省と同じように 「無用の用」なのだろうが、あまりに金ピカ過ぎる。京都御所に皇居を移されて、江戸城跡は公式の外国の来賓が来たときの迎 賓館としての機能のみを残すべきである。本来の城跡としての史跡公園にして、災害が起こった時の避難場所として整理すべき。 まず皇室の質素化こそ日本再生モデルとして、国家システムの合理化の範を示すべき。これをきちっとしておかない限り 「神社のお賽銭=神への賄賂レベル」から日本の官僚と国民の意識は変わらない。著者は言葉は選んであるが、 「皇室問題」に対して本質をキッチリと論じているところはさすがである。島国は土着の王様という「中空」=ガス抜き、としての 天皇制も必要だろうが、金のかけすぎということ!その不自然さが「皇太子妃の重度のノイローゼとして逆の立場でも爆発している」 ことからみても解ることだ。早々、より象徴的な天皇制をうちだして「質素な親しまれる天皇」として再出発。 直接選挙の「大統領制」に切り替えて明確な権限と責任を与えなくてはならない。 ーまずは要点を抜粋してみる。 ー楽しいお祭りー 「知ることより考えること」より まあ、あの家の方々は大変である。あちらも大変だが、「こちらの側の」 盛り上がりも並大抵ではない。まさにそのことが、大変な理由である。そうでなければ、所詮は他人の家の騒動でしかない。 こちら側は、たまたまこの国に生まれたその理由だけで、興味をもつだけ。我われにとって、あの方がたは何なのか、 このことを考えてみたい。古来、天皇家の仕事は、生産に関する祭祀をおこなうことであった。四季折々、 神に代わって暦を司り、農事の開始を告げる。したがって、人々はその人の語ることに耳を傾け聞き耳を立てていた。 その振る舞いに注目するのは当然のことである。 天皇家にたいする我われの考え方の原型はそこにある。 ところで、神に代わって神の言葉を告げる人とは、神主である。あの家の方々は、古い古い神主の家である。 神主の仕事を長きに亘り世襲しつつ現代までこられたわけである。そして「世襲」に対して、我われは深い関心をよせる。 ところが、今回このお世継ぎが誰になるかの問題が起こっている。血統もしくは男系ということが問題らしい。 (字数の関係でカット08年12月26日) −−− まあ、これ以上、私のコメントは要らないでしょう! (*^○^*)ノ バイ! ・・・・・・・・・ 2005年12月26日(月) 1728, 中野ブロードウエイ −2 (ヾ(´・ω・`オハヨウ〜(o´_ _)o)ペコッ この中野ブロードウエイの中に、異様な店があった。商品が何も無い店のレジ8台位のところに、人が行列をしている。 知人に、『あれって何をしているのですか?』と聞いたところ、「古本、衣服、カセットなど、何でもかんでも10円で 仕入れている」という。「ほぼ全部、無条件で買い入れること」という。仕入れる方は、その中からお宝を見つけるという。 (字数制限のためカット 10年12月26日) ・・・・・・ 2004年12月26日(日) 1363, 金に泣く人笑う人 −3 ヒモの男の話は暗くはないが、女性の場合は違ってくる。ヒモにしても、イロにしても結局は浅知恵でしかない。そのイロの話。 ー抜粋ー その「イロ」の方は19歳のホステスのP子が典型である。彼女の素性は悲しい結末から明らかになった。 20数年前に大阪の東淀橋のマンションの一室で絞殺死体で発見された。16歳の時に親との仲がこじれて大阪に流れてきて、 年齢を偽ってホステスになった。殺された時、7人の異性と毎週関係を持っていた。月、火、水、木、金、土、日と異なった男が、 日ごとに訪ねてきた。 会社役員、自営業、僧侶、公務員、医者等々。 ( ^▽^)σ)~0~)アヘ〜♪ この複数の男が浮かび上がったのは、P子の死後に残された幼い日記の記述と7枚の差し込み式の表札であった。 彼女は毎日「表札」を変えていたのだ。その曜日によって男の表札を差し変えていた。 7人のアホな男達は、自分だけの女と思っていたのだ。殺害直後の捜査段階で、7人の男は警察に呼ばれて事情を聴取された。 が、全員にアリバイがあり、犯人は流しの犯行とわかったものの、時効となった。 一人平均5万円を徴収していたというから、夜のホステスの収入も含めて一ヶ月八十万位を稼いでいたようだ。 現在だと300万といったところだろう (σ・・)σゲッツ! 司法解剖の結果、陰部の色素沈着の度合いから、40代の女性とおもわれていたが、結果は二十代ぜんはんであった。 相当異性との関係があったことになる。 ヒモは心で稼ぐ、それも偽りー詐りの心である。 が、女性は詐リの心と体で稼ぐようなものである。働かずに暮らしていこうとしたら、それは安楽のことかもしれない。 ヤドカリにしてもカメレオンにしても相当な自己欺瞞に徹する必要がある。 ▼ー(。-_-。)ゝ 今夜ハカエサナイゼ! (字数制限のためカット 09年12月26日) ・・・・・・・・・ 2003年12月26日(金) 996, 戦死者と犠牲者と殉職者ー2 ー自衛隊と警察 ー 先々週2日間、NHKの夜のゴールデンタイムに「安全保障・徹底検証」を放送をしていた。 少し観たがバカバカしいので、直ぐにチャネルを変えた。 警察官の視点から自衛隊をみると、割り切れない部分が多いだろう。 警察は常に危険な中に身を曝しているのに、一度も危険な立場に立ったこともない自衛隊が少し危険な 立場になるだけ大騒ぎをしているからだ。「安全」に対する暴力装置という面で、 ・警察は内部に対する-国家体制を守る為の-暴力装置 ・自衛隊は外部から国家体制を守る為の暴力装置という役割を果たすのが、その機能である。 自衛隊は、戦後60年近く訓練以外の戦闘で死亡はゼロである。警察は戦後、何人殉職しただろうか?数千人以上だろう。 見方を変えれば、所詮は自衛隊は犠牲者の立場でしかない。いざ本業の遂行の立場に立った時に、 その半世紀以上の都合の良かった立場から抜け出れないのだろうか? 自衛隊は誰も死んでないのに、戦死に対して マスコミが面白おかしく危険をいっている事がオカシイ。国を守る為に存在しているのが軍隊だろう! 今の自衛隊は「歩行訓練で行ったり来たりして給料を貰っている」だけ。「国家危急の時に命を張る」のが軍隊の仕事だ。 それがアメリカの国家戦略に組み入れられてもである。北朝鮮とイラクのテロは日本もアメリカも共同の敵である。 そこに行って参戦するのは至極当然である。自衛隊が初めて危険に立たされて、何で国全体が揺れなくてはならないのだ。 戦闘が嫌なら軍隊に入らなければよい。戦争は起こるまいと思ってはいっているのが、大部分だろうが? 「大型免許証とクレーン車?の免許をタダで取るために入隊する」という話を聞いたことがある。軍隊は外交の手段でもある。 彼等もその位の知識を持っていると思うが。この狂った国の世論は、狂った視点しか言論できないのだ。 そう見えているのかもしれないが。 ・・・・・・・・ 2002年12月26日(木) 622, パタゴニア旅行記ー8 アルゼンチンとチリの民度の差を感じた。特にアルゼンチンの汚職体質と民度の低さを。 一度アルゼンチンに入りペルノモリノ氷河などの氷河国立公園を行った後にペルーに入った。 その出国にあたり国境警備をしている憲兵隊が、要求をしたこがない書類をバスの運転手に要求してきた。 これは暗にお金を要求していることだという。拒否をした為に書類を取りにワザワザもとの街に戻り、 4時間近くのロスをしてした。また再入国のときもにも同じような事があった。アルゼンチンはそういう体質らしい。 国境を越えると空気が全く変わったのだ。ペルーは資源に恵まれていることも含め民度の差が歴然としている。 さらにアルゼンチンは国家が破綻をしている状態だった。国家経済は破綻しているが、国民はドルの箪笥預金を 持って自衛をしている。自国の金よりドルが国内で主に流通しているという。日本の数年先の姿に見えてきた。 昨日たまたま野口悠紀雄のホームページを見ていたら、全く同じ内容のことが書いてあった。 あとでコピーしておく。チリ・アルゼンチンと日本の物価の差は3倍であった。賃金は10分の1である。 そうすると豊かさの差は3倍ある。実際そう思えた。日本がデフレで騒いでいるが、まだ物価は外国に比べて 3倍であることは事実である。当分はデフレは収まらないだろう。 ・・・・・・・・・・・ ー野口悠紀雄のホームページからー 日本とアルゼンチンの違いは何か? 答え:2年。 (すでにかなり膾炙(かいしゃ)している(特に、金融関係者のあいだで)。 原典が外国の雑誌なので、外国人に話しても多分ダメだろう。先日ある大使館の昼食会で話したら、かなり受けた。 なお、私の友人の指摘では、2 年というのは間違いで、正しくは 2 ヶ月だという。そうだとすると、言うならいまのうちだ。 ある会合で、ある人(政策当局者)が、「アルゼンチンと比べるなんて、けしからん。失礼だ」と息巻いていた。 私は、「本当に失礼ですよね。アルゼンチンに。」と言いいかけて、危ないところで思いとどまった。 ー上記を説明するとー 2年というのは日本の将来の姿である。アルゼンチンの失業率は30?であった。日本の汚職は絶望的だ。 自?党と官僚と企業がつるんだ時間をかけた構造汚職だからだ。アルゼンチン以下の日本に成り下がったか!! ・・・・・・・・ 2001年12月26日(水) 281、夢日記ー12 夢で景色のあまりの美しさに、よーく見ようとした瞬間消えてしまう。誰も経験があると思う。 変わった夢にこんな夢がある。夢の中で瞑想をしていると、自分の体がスーと浮き、部屋の天井の近くに漂っている。 さらに庭の辺りまで浮いている。そして下をみて凄い経験をしている自分が信じられない! 浮遊しながらこういう自分が不思議と思っている夢である。 昨夜の夢は、かなり危ない夢であった。 「酔って留置場に一晩泊まってきた」と家内に起こされ説教されている夢。夢の中だが誰かと飲んで後の記憶は全くないのだ。 もちろん留置場など泊まったことがないが、朝起きて記憶のないとき、そういわれてもしかたがない。 前日「男はつらいよ」のなかでそれに近い場面があったのが、自分の酔っ払いの失敗と重なって夢になったと思うが。 夢は一日100分見るという。そうすると、一年で一ヶ月ちかく夢の世界にいるという。 一生で五年間以上夢を見ていることになる。そうするとそれを如何考えるかは重要だ。 それを記録して自分の潜在意識を覗き込むと、明せき夢(はっきり覚えている夢)を見る頻度が多くなる。 夢は自分の潜在意識の入り口でもある。夢日記でよく覚えているのは、その直前に非日常の激しい経験をしたあとの リアクションである。そう考えると他愛のないものとも思う。 むしろ忘れてしまっている内容こそ深い自分の意識ではないか。 潜在意識下の戯曲化が夢であろう。
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| 3561, 「プレイボーイの人生相談 1966-2006」 ー3 |
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2010年12月25日(土)
ーまだまだ今東光である。昭和の名僧・朝比奈宗源に喧嘩を売った逸話が面白い。 * 自信がないからこそ謙虚に生きられる ●ボクの性格は、自分勝手で、内向的で、人づきあいが悪く、人にも好かれず、何事にも自信がもてない、まことに自分でも いやになってしまうんだ。人に好かれなくてもいいからせめて自信をもって歩きたい。そして積極的な人間になりたい。 どうしたらいいか、ぜひご教示ねがいたい。 ●オレが選挙に出た時、神奈川県の仏教界の連中がみんなで、「鎌倉の円覚寺の管長の、朝比奈宗源に挨拶に行け」と言うんだ。 オレは「行く必要はねえ。オレはいま、誰にも頭をさげずに運動してるんだからな」って言ったんだがね。 でも神奈川県の仏教界の人が十人ほど車三台連ねて、そのうちの一人がお気の毒にカステラなんか買ってさ、行ったのよ。 「ボクは今東光だ」と言ったら「どこか、いろんなところであなたの写真見ていますよ。あなたはえらいこと始めましたね」 「妙なことでね、とうとう立候補することに」と言ったら、オレの顔ジッと見てね、「自信ありますか?」とぬかしやがった。 いいか。一刻といえども、人間も生きていることに自信なんか持てやしないよ。今日いま地震が起きるか、誰に斬られるか わからねえじゃねえか。自信なんかないからこそ謙虚に生きていけるんだ。それをあの野郎、生意気に自信があるのかねって。 何をぬかしやがる!だからオレは「自信がなくて立つバカがあるか、このバカ野郎って!」いきなり言ってやった。 「おい、帰ろう!これで何が禅坊主だ。こいつはバカだよ。帰ろう!」と言って先に出ちまった。他の奴がびっくりしちゃってね。 なんだかそこらヘカステラなんかぶち投げちゃってサ。「先生あれじゃひどすぎる」って言うから、「オレは洋服着てたから あれでもおとなしくしてたんだ。 オレが衣を着てたら、オレはあそこに跳ね上ってヤツの首をぎゅうと絞めたぜ。そして聞くよ、 『てめえ、生きてることに自信があるか』って。『ある』なんて答えやがったら、そのまま絞め落してやったよ。 『自信ございません』と言ったら手離してやるつもりだ。 これが禅だと言ってやるつもりだった。オレに言わせれば 禅坊主の雲水よりも劣る野郎だ。それでもって人を教化するなんてできるわけねえじゃねえか。オレのところでもう一遍 弟子になり直せと言いてえよ。まったく。ま、オレは選挙には当選する自信はあったけど、人生に自信なんかとてももてないよ。 〜〜 まあ、驚いた。円覚寺の朝比奈宗源といえば昭和を代表する名僧である。この男に渇をいれるのだから、本人も周囲も驚いたろう。 悟りすましている宗源より、生くさの今東光の方が、遥かに好きである。 宗源様、何を思われたのだろうか。「このクソ坊主」 と言われるとは、腰を抜かさんばかりだったろうに! 「何を言いやがる、このクソ色坊主め!」と言い返したほうが、 まともな坊様と思ってしまう私は、まだまだ修行が足りないのだろうか。 でも、やっぱり生臭坊主である。 ・・・・・・・・ 3186,日本10大ニュース 2009年12月25日(金) 読売新聞が毎年、発表する日本と世界の10大ニュース、他の大新聞も出すが、一番発行部数の多い読売を選んでみる。 読者が選ぶから、酒井法子の逮捕が5位になっているが、他は、こんなものだろう。 ーまずは、日本国内の結果からー 1、衆院選で民主308議席の圧勝、歴史的政権交代で鳩山内閣発足 第45回衆院選は8月30日に投開票され、民主党が過半数(241)を大きく上回る308議席を獲得した。 2、日本でも新型インフルエンザ流行 厚生労働省は5月9日、カナダから帰国した大阪府の高校生ら3人が、国内で初めて新型インフルエンザに 感染していることが確認されたと発表した。 3、裁判員制度がスタート 刑事裁判に一般市民が参加する裁判員制度が5月21日に始まった。殺人など重大な刑事事件について、 くじで選ばれた裁判員6人が、裁判官3人と1審を担当する。 4、日本がWBCで連覇 野球の世界一を争う第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は3月23日、 米ロサンゼルスで決勝が行われ、日本が韓国を5―3で破り、2連覇を果たした。 5、酒井法子容疑者、覚せい剤所 警視庁は8月8日、自宅に覚せい剤を隠し持っていたとして、酒井法子容疑者を覚せい剤取締法違反容疑で逮捕。 6、天皇即位20年 7、高速道路「上限1000円」スタート 8、イチロウが大リーグ初の200本安打、9年連続 9、巨人が7年ぶり21度目の日本一 10、「足利事件」の菅家さん釈放、 ーーー 不況の浸透というのがない。 実際は、そうとしても取り上げないか。 それに比べ去年は、本当に大きな事件が多かった。来年も、恐慌は更に深刻化し、 世界は、ますます内向きになる。 薄型大型TVを買い込んでレンタルDVDをみるか、ミニ・ブログの ツイッターで呟くか、晴れれば家庭菜園、雨なら読書に励むことになる。 巣篭もりの時代である。 ・・・・・・・・ 2821, ドバイは今 −? 2008年12月25日(木) 「ドバイ」で検索をしてみたら、三年前の5月中旬にNHKスペシャルで、以下のような特集の内容紹介があった。。 このドキュメントを当時、見ていて鮮明に記憶しているが、栄枯盛衰の象徴である。 《 沸騰都市 ードバイ 砂漠にわき出た巨大マネー (NHKのHPより) 煮えたぎる都市の地殻変動を描くシリーズ「沸騰都市」。第1回はドバイを取り上げる。 世界最大の空港、世界最大の人工島、怒涛のようにオイルマネーが降り注ぎ、あらゆる分野で世界一を目指す中東ドバイ。 極めつけは、高さ800メートル、160階建て、世界最高の高さを誇る超高層ビル・ブルジュドバイ。 2009年中の完成を目指して、今建設が24時間体制で進んでいる。ドバイ政府は、ブルジュドバイをピラミッド以来の アラブ社会の権威の象徴と位置づけている。 世界の建設現場からクレーンを根こそぎ奪い、バングラデシュや パキスタンから母国の数倍の給料で労働者をかき集める。世界が不況に苦しむ中、ドバイに群がる人々の欲望の物語を描く》 ーー この放送以来、僅か三年あまりで、バブルがはじけた。廃墟のビルが立ち並ぶ死の都市になるかどうか見ものである。 ー字数の制限でカット(2009年12月25日)− ・・・・・・・・・ 2007年12月25日(火) 2456, 四四太郎の霊日記 −13・14 (*бωб*)/ォハョー 四四太郎の日記 −13 一週間という間隔も、ワシからみたら数十秒でしか感じないが、その数十秒が長く感じられるからおかしなものじゃ。 今年もあと8日で終わるが、まあ長期的にみたらまだまだ安定した年だったろう。ただ気ままに話せること自体が、 ワシにとってよいのだ。言葉には、何とも不思議な力を含んでいるが、言霊とは良く言ったもの。 まさか四百数十年後に娑婆で話せるなど想像すらしてなかった。それも現代でもチャンと喋れるとはおもわんだ。 御主の脳を通っているからじゃろう。同じ日本でも、ここまで変わるとは驚きである。人間は環境の動物とは、つくづく思う。 それにしても刺激の強い娑婆になったものじゃ。だた、それ故に日常の微妙な細部の楽しみがわからなくなっている。 しかし、その何倍も面白いことがあるのも確かのようじゃが。確かにワシは御主の脳を通って、こうして娑婆に出てきて 話せる反面、御主が四百数十年の過去からの透き通った目で現在を見つめることが出来るプラスもあるのじゃ。 いつか御主が上越の近郊の鮫ヶ尾城に来たことがあったじゃろう!あの時、何ともいえない不思議な気持ちになっただろう。 何か御主の周りに霊が取り付いたような気分になったのは、あれは実はワシだったのだ。あの時からワシは御主に取り付いたのじゃ。 ワシの念もあの城に強烈に残っていたからのう。話は変わるが御主に付けておいたジーダと殆ど話さなかったようだが、 もったいないじゃないか。普通は、こんな知恵を持った相談相手は持てないのだ。それもこれも、お前しだいであるが・・ところで、 違うブログに移動することを考えているようだが、それはそれでよいことだが、よ〜く考えてから判断することじゃ。 ーーーーー 四四太郎の霊日記 −14 ところでワシは御主に言っておきたいことがある。御主の祖先を辿ると鮫ヶ城の城主の堀井宗親というが、 あれは間違いじゃ。あれは堀江宗親であって、堀井ではない。四四太郎のワシは堀江の家臣の一人でしかないのじゃ。 あとでよ〜く資料を調べてみるがよい。「御館の乱」か「鮫ヶ城」で調べると、その辺のことが詳しくかいてある。 そんなものは、どうでもよいことだが、あの裏切り者の汚名の城主が祖先でなくて良かったということじゃ。 確かに、裏切って影虎を自殺に追いやったまでは良いが、その後武田の没落で影勝の立場も微妙になり、 ワシ等も何時危なくなるか判らなくなり、片貝式部殿を頼って小千谷の郊外の池津の村にお世話になったのじゃ。 田畑は14反をあてがわれた。 まあ、ほんの前の出来事のようじゃ。 そこで、百姓をしながら生き延びることが全てであった。 とはいえ、それはそれで激しい人生であった。元々、侍とはいえ百姓侍だったから、百姓をすることには何の抵抗はなかったのじゃ。 残った親戚も、お互いにいがみ合い苦労をしたと風の便りに聞いていたから、新井の土地を離れたのは正解であった。 生きるのは、4百数十年前も御主の生きている時代も同じことじゃ。 いや、一つ間違えば殺される当時からみれば、 今など刺激は少ないくらいである。当時は、それこそ小さな世界で小さくなっていなければならないのも辛いことじゃった。 (゚Д゚*)ノ⌒【さようなら】 ・・・・・・・・ 2006年12月25日(月) 2092, 下流喰い −2 おっW(^O^)Wはようございます ー 読書日記 前回では概要を中心とした内容だったが、ここでは、消費者金融の世界の生々しい現場のレポートを中心に 抜粋しながら考えてみる。駅のダンボールの住人(ホームレス)の殆んどが多重債務者という。 一歩踏み外すと、誰もが陥ってしまう世界である。350万人といえば30人に1人が多重債務者。ということは、 10世帯のうち1世帯が多重債務者が存在していることになる。4世帯に一軒が高利貸しの金を借りていること自体が異常である。 時代が変わってしまったということである。消費者金融の顧客が、どういう経過をたどって多重債務者になっていくかが 詳しく書いてあり、大手消費者金融会社が彼らを罠に落としていく様が生々しい。 ーまずは、生々しい実態の部分を抜粋して考えてみようー *多重債務者の平均像とは* ー字数の制限でカット(2009年12月25日)− (o ・д・)ツ バイ! ・・・・・・・・ 2005年12月25日(日) 1727, 中野ブロードウエイ −1 (゚∇^*)オハヨ♪〜 「中野ブロードウェイ」は、JR中野駅の前にあるショッピングモールの一番奥にある。 中古漫画など、コレクターズアイテムを扱うお店が集まることで知られる。 その近くに住む知人に案内されるまで、 その存在を知らなかったが、一歩足を踏み入れて驚いた。猥雑な?店がところ狭し並んでいて、根暗な感じの男や 東南アジア・韓国・中国人などでどの店も満ち溢れていた。上海の場末のモールという雰囲気である。 不気味?な雰囲気で、最近はオタクだけでなく一般の客が異様な面白さに引かれて集まってくるという。 地下1〜4階までは、フロアごとに商店会が組織されていて、それぞれが「ビルの中にある商店街」になっている。 〔ワンフロアー1000坪位か〕また5〜10階は住居フロアになっている。ここは1960年代最先端スポットであったが、今では マニアックな買い物が楽しめる場所として秋葉原と同じぐらい全国レベル、いや世界レベルに知られる観光ゾーンになっている。 骨とう屋、宝飾品店だけでなく、ペットショップ、漫画、アニメはもとより、フィギュア、食玩、オーディオ機器など、 いわゆる“オタク”な人々がお宝を探しにやってくる。そういう店が2、3階に集中していて、異様な雰囲気を醸しだしている。 ((≡ ̄♀ ̄≡))/T タケコプター ドラえもん└|∵|┐ はにわ (=゚ω゚=) たまちゃん 地下にはアメ横のような食料品店や、安くておしゃれな衣料品の店がそろっている。 バッグ、化粧品、寝具など、くらしに身近で気軽に入れるお店も多くある。その一角には西友があったが、何か場違いであった。 一言でいうと、お宅?を中心にした客層を狙ったレアモノのショッピングモールである。 前のアメ横のイカガワシサがプンプンとしている。ブラックの商品が多く流れている雰囲気がよい。 サロンに、ここのHPを貼り付けておきます。 -つづく ・・・・・・・・・・ 2004年12月25日(土) 1362, 金に泣く人笑う人 −2 読書日記 第五章の「男と女の金の相関」 ー「ヒモのAとイロのB」の内容が面白く、かつ悲しい。 <まずはヒモの話> ーヒモのAはなんの変哲もない二十代後半である。ホストクラブで働くような男ではない。 むしろ風采の上がらないセールスマンといったタイプである。 この男に18人の女性がどうして貢ぐのか。いくら考えてもわからなかったが、何回か会っているうちに、 この男には特殊の偽善性があるのがわかった。虚言癖がごく自然に具わっているのが徐々にわかった。 その理由は、Aと会う場所がその都度変わっていて、彼はどの雰囲気にも自然に溶け合っているのだ。 場所は喫茶店という外の店でなく、常に違った女性の部屋であった。 OL,ホステス、居酒屋の女将、学生、看護婦とさまざまであった。彼はどの部屋にも溶け込む男であった。 (字数制限のためカット 09年12月25日) ・・・・・・・・ 2003年12月25日(木) 995, クリスマス−2 昨日は学生時代のクリスマスイブの日を書き写したが、その[一年後のクリスマスの日]を記憶の中から引き出してみる。 ジャスコオカダヤに入社して四日市本店に勤務、そこから合併先のジャスコフタギの「神戸垂水店」に転勤になり、 半年経っていた。会社は幹部候補生を即戦力にする為に、店と売り場の高速配転をしていた。 2ヶ月もして慣れると、即配転である。四日市、神戸、桑名等。 5番目の売り場では、関西では初めての靴部門の 立ち上げの責任者に取立てられていた。それにしても、あまりにも過酷であった。当時のスーパーは、まだ得体の知れない 新参の危うい小売屋でしかなかった。濁流に放り込まれて、毎日が濁り水の中を溺れながら押し流されている日々だった。 現在考えても、よくぞあの濁流に飛び込んだものだと思う。それだけ当時の流通は暗黒の世界であった。いや今もそうだが。 話はそれたが、クリスマスは食堂でささやかなクリスマスパーテーをやったような記憶があるが、確かかどうかはハッキリしてない。 その後に会社仲間と寿司屋で酒を飲んでいたような記憶があるが、これも如何であろうか。女性とは一緒ではなかったようだ。 そうなら何処かで記憶が残っているだろう。クリスマスなどと浮世のことなど考えられない状態であった。 それにしても、あまりに異常の世界であった。 合併というのは、信じられないほど現場の摩擦がある。 その先兵は如何立場かという知識は全く無かった。 先ほど書いたように、流通業は当時は濁流そのものであった。 信じられないような光景が色いろあった。ところで、その年の年越しを思い出した。宿直で、年越しを床屋で髪を刈っていた。 当時の関西は、年越しは床屋が深夜まで営業をしていた。それまでの年越しは全て実家で両親と供に年を越していた。 刺激が強すぎた日々でも、芯には染まらないのが私の特性である。これは武澤ゼミのお陰であるし、また欠点かもしれない。 また創業という目的があったためである。「クリスマス」や「年越し」という視点で、過去を切り取ってみると色いろのことが 記憶の底から湧き出てくる。 メリークリスマス! ・・・・・ 2002年12月25日(水) 621, 電子辞書を初めて買った実感 字数の関係でカット(2007年12月24日) ・・・・・・ 2001年12月25日(火) 280、喩え話 かなりキワドイ難しい内容だ。これほど危ない内容はテーマに出来ない。何で?あまりに本質的な内容になるからだ。 それは能力の限界の表現になる。浅い知識の底を見せてしまうからである。といって、今更という気持ちで書いてみよう。 キリストも仏陀も喩え話の名人だったという。難しい話も喩え話で一瞬に理解でき、かつ理解させる事が可能になる。 本質を心象風景で、いや心象画でー心的視覚化する事だ。喩えー易しく噛み砕き、かつ事例に置き換えることか。 喩えのほうが本質より,より中心をついている場合が多いのは何故か? イソップ話の内容はあまり知らないが、 「かなり深い喩え話が含まれている」のではないかと想像できる。 神話もその国の潜在意識という。おとぎ話も昔話もそうだという。 ジョークもユーモアも、庶民の笑いに転化した喩え話が多い。「暗い子狐」など、自身の心象風景そのものだ。ハワイなどでは 出てこない喩え話である。雪国の特化された生き物だからだ。喩えはその本質の中心をつかまえてないと、転化できない。 逆にそれさえしっかり把握していれば、可能である。自分の心象風景に置き換える作業である。そして心象風景の中から、 その中心をより把握させる置き換え作業である。いずれにしても、自分の理解のためにも喩えを使うことも大事である。 鯰とかーとらえどころのないやつ。ムジナー??とか、動物に喩えるのも面白い。 キリストの「右頬を殴られたら、左頬を出せ」など、キリスト教の教えを喩えで一言で表現している。 ・・・・・ ある時間の断片 ー12月25日 1968年 11時に起床。午後本を読んだり、食事をして過ごす。夕方、米林が帰省をしていく。 夕食後、会社の論文の構想を色いろ書いてみる。21時に、市川さんの友人等5人を引き連れて赤坂に行く。 いざ中に入ろうとすると、誰も物怖じをして入ろうとしない。ここまできて何だろうと強引に入れようとするが3人が逃走。 やっとのこと市川さんと、あと一人を入れる。入って、踊りだせば後は狂ったように踊りだした。24時に帰寮。 変な学生時代最後のクリスマスであった。来年はどんなクリスマスを過ごしているだろうか。 ー2003年12月24日記 その一年後のクリスマスは、ジャスコに勤めて四日市から神戸に転勤になっていた。 神戸の垂水という街であった。凄い世界であった。転勤直後に瀬戸物の叩き売りをやらされたり、店舗の大改築の真っ只中にいた。 クリスマスの日は、おぼろげな記憶だが寿司屋で仲間内で飲んでいた思い出がある。神戸の場末のストリップ小屋に、 現地の店の先輩に連れて行かれたりしていた。興味より気持ちが悪いというのが実感であった。その時は、 もう靴屋ー靴部門の責任者であった。僅か八ッヶ月である。まだ憶えているのが、年越しに宿直で年越し時間に床屋に居たことだ。 何か侘しい寂しい時間の中にいた。何が流通革命だ!というのが、実感であった。 いま考えてみると、半分正しく半分は純粋になれなかったのだろう。
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| 3560, 「プレイボーイの人生相談 1966-2006」ー2 |
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2010年12月24日(金)
ー 今東光、今でも一言一言が光っているが、さすが福田和也の評である。怖いものは何もない今東光の毒が、 薬の役割?を果たすことを自分がファンとしての読者だったから熟知している。鎌倉の円覚寺の管長の朝比奈宗源と大喧嘩した 逸話は次回に取り上げるが、何をしても、言っても、それが通用するからよい。「プレーボーイ」の読者層の悩みの 大半は過剰な性欲である。この本の過半数は、その類の悩みに対し、毒に対し毒を持って制する回答をしている。 回答者は、ある意味でユングやフロイトが仮面を被って悩みに答えている? そんな上等でないとしても、男なら 誰もが抱えている大問題。ある意味で、有名人も異常?性欲者という告白をして、同レベルで答えるから共感するのである。 ▲ 今東光についてー福田和也 ≪ 今東光は、スゲェ。 中学生の時に、週プレで、その核爆発的連載を読めたことは、今ままでの生涯のなかでも、 飛び切りの幸運だと思っている。谷崎潤一郎、ただ一人の弟子。谷崎はバカが嫌いで、無教養な奴を許さなかった。 今にそれだけのアタマがあった。とはいえ、中学を三つクビになって、そのままというのも立派な学歴。 って、そのままという立派な学歴。 そのうえ乱暴者でね、いつも仕込み杖をもってあるいて、喧嘩は殺す気でやらなきゃいけない、が信条。 自宅の一階に右翼のテロリストたち、二階に共産党の運動家をかくまっていたという。左翼が二階なのは、逮捕された時の扱いが 厳しいから、少しでも逃げやすいほうへ、という配慮。戦前の話だ。親友が川端康成。で、当時の文壇の大ボス菊池寛とケンカをして、 バカらしいっていって比叡山にいって、大僧正になった。 菊池が死んだら、また筆をとって、ベストセラーを連発。 しかし、この相談にはシビれたねえ。もう載せられないだろう、こんなの。十七のバーテンが、十六のホステスとデキて、 子供が出来たからどうしようという相談に、そんなもん、タネも畑も悪いから、堕しちまえ、だもの。坊さんの云うことじゃないよ。 面白い。老人ホームに努めている男には、横着なジジイどもなんざけっ飛ばせ、だし。青春の悩みをうちあける女学生には、 一発ヤラセロだからね。「よく女に手をだして、女にゆすられたり、親からねじこまれたりとか、若気のあやまちで、とか いろいろいうけど、そんなもの、あやまちでもなんでもありゃあしねえ。しかし、やらなかったことこそ、若気のあやまちだね」だと。 良いこというよなあ。≫ ー やらなかったことこそ、過ちか〜。下半身が衰えてくると尚のこと思うのだろう? 息子に悪いことをしたと! ・・・・・・・・ 3185, 坂の上の雲 2009年12月24日(木) NHKで「坂の上の雲」が何回かのシリーズで放送されている。私たちの年代が、この本に大きく影響されを受け、 日本経済成長期の精神的支柱になった歴史小説である。秋山兄弟と日清、日露戦争の中に生きる青雲の志を持った群像に 引きこまれていった思い出がある。日露戦争での兄・秋山好古の戦闘場面。そして、弟・真之が海軍の参謀として バルチック艦隊を殲滅する場面は、当時の私にとって驚きの連続であった。 読みながら己の卑小さに改めて自己嫌悪を抱いたり、 彼らの志の純粋性に感化したことが懐かしい。当時、日本は西欧列強に対抗するための新国家つくりに青年達が坂の上の雲を目指して 必死に生きていた。司馬遼太郎は、日露戦争は奇蹟の勝利と看破、その奇蹟の演出者の代表に秋山兄弟を選んだ。 伊予松山の人、秋山好古、秋山真之である。 家柄といえば伊予松山藩の下級武士族であった秋山家の下級武士で、 秋山家の父久敬は、「貧乏がいやなら、勉強をおし」と立身の道を説いていた。好古は陸軍で、世界最強といわれた ロシアのコサック騎兵集団を破った。弟の真之は海軍で、ロシアの主力艦隊であるバルチック艦隊を破った。 真之は日本海海戦の開始前に「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の電文の起草をした。 その真之と一つ年上の正岡子規とは中学から大学予備門まで同学であった。しかし二人の性格は対称的で、 真之はガキ大将であり、子規は子供の頃、「青びょうたん」というあだ名であった。。 子規も真之も勝山小学校を卒業して松山中学校に入った。 兄の好古はこの時期、士官学校付きの勤務となっている。 日本人離れした顔かたちをしていて、たびたび西洋人と間違われた。 彼にとって男子に必要なのは 「若い頃には何をしようかということであり、老いては何をしたか」と考えていた。 彼らを中心にした明治期の激動の中の「大きな物語」である。 この激動期に、原点に立ち返り青雲の志を 日本人に喚起する意図で放映されたのだろう。 ドラマ自体もなかなか良くできている。 ・・・・・・・・・ 2820, ドバイは今 −? 2008年12月24日(水) ドバイが、この金融恐慌でバブルが崩壊、解雇の波と一昨日の読売新聞の一面トップで特集をしていた。 ドバイブル破裂というところだ。 このまま廃墟化すれば、歴史に残る光景になる。「悪銭、身につかず」ということか。 ーまずは、その新聞記事ー 《ドバイにも金融危機の影 … 止まったクレーン・解雇の波》 世界一高いビル、世界一豪華なホテルなど「世界一」を冠する建築物を次々に登場させ、21世紀に入って猛烈な勢いで 発展を続けてきたドバイ。中東の物流・金融センターとして、200に及ぶ国籍の労働者や投資家を引きつけてきた このペルシャ湾岸の小さな首長国にも、金融危機の影は忍び寄っていた。その現場を歩いた。 −− ドバイ北東部にあるアラブ首長国連邦(UAE)労働省。「カスタマーサービス局」待合室に、 (以下、字数制限のためカット 2010年12月24日) ・・・・・・・・・・ 2007年12月24日(月) 2455, 歌舞伎町事変(1996〜2006) −2 (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ この数年、週刊誌に歌舞伎町の泥酔客の喧嘩や、 露わな若い女性客の狂態の写真を見かけるが、 この写真家?が撮ったものだろう。私も新潟駅前のヤクザの徘徊する足元でよく酒を飲んでいたものだ。 数回ニアミスをして凄まれそうになったことはあったが。それよりも危ない世界と、 危なくない世界の人間の臭いを彼らが一番知っているはず。それと、隙があるかどうかもあるが。 数年前から、ホテヘルとかデリヘルとかいう噂を聞く。私の性格上、絶対にそういう客は当方に泊めないのが方針。 今更というが性格なら仕方がない。新潟も来年の4月から本格的に浄化の流れになるが。 歌舞伎町の彼ら(風俗)はどうなったのか? 以下は、その変身の実態である。 先日、新潟の事務所の近くの図書館に行く道すがらラブホテルの前を通ったら、 明らかに一仕事を終えた女性が出てきてきたが、そこには、曇りガラスの車が待機していた。 P−62 以前から、「歌舞伎町に許可店のヘルスは 3、4店舗しかないといわれていた。 (以下字数の関係で、中間カット2008年12月24日) −−−− 長岡で何度か兄と行ったスナックの前がラブホテル。出入りが窓から見えるが、その数に驚くと言う。 それも、合法というから・・・・ ゜・。*バイバイヾ(´∀`o)+。 ーーーーー 2006年12月24日(日) 2091, 下流喰い −1 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはようー♪ ー 読書日記 銀行に勤めている親戚の人から、「サラ金から金を借りている人の多いのに驚くばかり!」 と、聞いてから10年近く経つ。 本屋で、この本を何度か立ち読みしていたが、<直ぐに図書館に並ぶだろう> と思いとどまり買わなかった。 ところが会社の‘Oさん’から、「面白いから読んだら」と、この本を手渡され読んでみたら、 この中味が凄い!やはり立ち読みとは違う。さっそくインターネットの検索に「多重債務」と入れたら、「2000万人、200万人、 20万人、1万人」の数字が解りやすい!と、金融筋の人から聞いた話として、あるHPの中に紹介していた。 サラ金からの借金をしている人が2000万人、そのうち多重債務に陥っている人が200万人、(この本では350万) 自己破産者が20万人、 借金苦による自殺者が1万人、だという。 8000万人の勤労者の中2000万人がサラ金を 利用しているというと勤労者の1/4になる。( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ ーまずは「下流喰い」の概要をまとめてみるー ・小泉構造改革が最終盤にかかった05年後半あたりから、「地域格差」に加えて、「格差社会」という キーワードも話題にのぼるようになった。その分岐点が1980年代にあった、バブルの発生である。 それが借金=悪という日本人の常識が、借金を如何にして土地などに投機した方が得という風潮に変わってしまった。 消費行動も買ってからローンで支払うという感覚に変わってしまった。クレジットが推奨されはじめた時期である。 この背景をもってバブルが弾けてしまった。 ・日本の全産業の平均年収が500万円を下回ったとされ、 ・貯蓄ゼロが24?と4分の1になり、 ・生活保護が100万世帯を超え、 ・全体の4分の1の世帯の高額所得が、その他の4分の3に匹敵する事態、 ・その他の4分の3の平均の半分に満たない人の数が、この数年で15.3?に跳ね上がった ・いまや多重債務者は、数年で二倍の350万人以上になり、 ・大都市の大阪や東京の公立小中学校の就学援助者を受ける人数は、04年までの4年間で40?も増え、 4人に1人。足立区では2人に1人が受給する事態である。 ・2003年の「消費者信用産業」の市場規模は「73兆円」というから、この年のGDP中に占める民間最終消費支出 「282兆7000億円」の4分の1になる。この数値が意味するものは、すでに日本が、階級社会の色濃く残っている 欧州を凌いで、アメリカに次ぐ第二位の格差を実現させていることになる。 消費者金融の想定する理想的な優良顧客像とは、 ・年齢は40代後半、 ・年収は300万円程度で ・子供が二人おり、 ・家計的には住宅ローンの返済の他に養育費、教育費のやりくりが最優先され、 一家の主人は完全に後回し。 (字数制限のためカット 09年12月24日) ・・・・・・・・ 2005年12月24日(土) 1726, つれづれに (。・o・。)ノ こんにちゎぁ♪ ー東京は明らかにバブルの様相ー 久々に東京に行って、知人と終日都内の要所を回ってみて驚いた!高層ビルが彼方此方に建っていることだ。 〔知ってはいたが、実際みた感覚は違うということ〕建築中のものが多く、明らかにバブルの様相が見てとれる。 この反動で2010年あたりが危ないというのも、解るような気がする。それと、新宿近くの大通りに韓国通りとか 中国街ができていた。何か日本もここにきて、大きな回り角にきているのか! 世界の首都でスラム街が無いのは、日本だけと聞いていたが。 ○=(≧Σ≦) へっくし ー新潟の大停電ー 近年、新潟は次々と大きなニュースが起きるものだ。(真紀子のパフォーマンス、拉致、小学生の長期監禁、水害、地震) たまたま、停電のおこる一時間前に東京に出かけ一泊していたが。昨日、帰ってきて家内から話を聞いて驚いて会社に電話 をしたら、大ごとだったという。家内も諸用で新潟に来ていて、大風と停電に遭遇してやっとのことで長岡に帰ってきた。 新幹線が不通になり、ホテルの方も50人のキャンセルが出たが、 150人の東北電力の宿泊があり差引100室プラスになり、不幸中の幸いであったという。チャノメ!(・∀)つ且~~ ⊂(´∀` )アリガト ー中野ブロードウエイー 明日のネタになるが、知人に案内された中野ブロードウエイには驚いた。 お宅?を中心にした客層を狙ったレアモノのショッピングモールだが、秋葉原と同じぐらい全国レベル、 いや世界レベルに知れていて観光ゾーンにもなっているという。 Σ(゚Д゚ノ)ノ おおぉぉぉぉ〜 以前のアメ横のイカガワシサがプンプンとしていた。 (^_^)/~~ バイ〜 ・・・・・・・・ 2004年12月24日(金) 1361, ルーブルの一日 ー夢の美術館 昨日は、NHK・BSHIの「夢の美術館」で「ルーブル美術館」の6時間生番組を見た。 10時から17時(昼一時間休憩)までのロングランであった。私にとって、「ルーブルの一日」であった。 NHKの存在に対して疑問を持っている一人であるが、こういう番組みを見ると、その存在も必要かと思ってしまう。 学生時代の旅行でのルーブル美術館とベルサイユ宮殿はカルチャーショックの最たるものであった。 ミロのビーナス、モナリザ、ニケの像、ボナバルドの戴冠式などの絵を見た時の感動は今も鮮明に憶えている。 数日をかけてじっくり見てみたいと思っていたので、丁度よいタイミングであった。 昼の一時間は息抜きで、 ウォーキングをして効率的に時間を使った。実際に見始めたら非常に内容が濃い。800年の時間の中で、 それぞれの時代に翻弄されながら、皇帝や市民に愛されたプロセス(歴史)を克明に追っていた。この番組みでは、 それぞれの絵などの背景や歴史を克明に追っていた。その時代時代の皇帝や、その愛人、そして市民の、 ルーブルに対する思い入れを、作品の背景を通して追っていた。フランソワ1世、ルイ13世、ルイ14世、ナポレオンの 役割をあげることができる。それぞれが思い入れて収集をしてきた作品群が残っている。これだけ美術に対して 思い入れてあるのも、フランスという国柄である。国民が会員になって基金を毎年積み立てて、作品の収集を続けている。 まだ、「自然・文明から文化に戻ってくる」には5年は早いと思っているが。 それでも、チャンスがあれば何でも見て知っておかなくてはならない。それにしても、ハイビジョンは作品を 鮮明にリアルに映し出すものだ。 人生は、前倒しにしておかないと。 いや、してきたか?! ・・・・・・・ 2003年12月24日(水) 994, 戦死者と犠牲者と殉職者ー1 「戦死者と犠牲者」は図書館で立ち読みをした「文芸春秋」の塩野七生の寄稿文の「題名」である。 イタリアでは、イラクのテロで亡くなった兵士を「戦死者」で統一したという。「戦死者」は言葉の通り、 戦争で死んだ兵士をいう。現在の日本は、もし死者が出たところで「戦闘」に参加したことにならない。 首相官邸でさえ「犠牲者」扱いにせぜるをえないのだ。イタリアでは、戦死者として国葬並みの扱いをした。 アメリカ大統領が終戦宣言をした後で、参加したにかかわらずである。ところが日本ではあくまでも「犠牲者」 になってしまうのだ。憲法を変えずに軍隊をつくり、このイラクにも「戦闘でない後方支援」と言葉を濁して、 問題を先送りをしようしている。矛盾が出ることは必定だ。「隣にスターリン主義国家があり、その脅威に 曝されている現実を直視しようとしないで、平和主義を唱えていれば済む問題ではない。堂々と主権国家の国民を 100人以上も拉致をしている現実がある。旧社会党と自民党の一部は、それに間接的に加担しているのである。 それにも拘らず、まだ寝ぼけている平和国家日本。その虚構が脆くも崩壊しようとしている。 すでに国家の体を生さなくなっていると言わざるをえない。ここまできても、自民党の利権屋に 牛耳られているのだから、小泉のパフォーマンスに目先を誤魔化されているだけである。 ・・・・・・・・・ 2002年12月24日(火) 620, パタゴニア旅行記ー7 −話しまくる人ー 今回の旅行で面白い人がいた。常に一人話しまくっている人である。常に自分が話をしていないと気がすまない人だ。 アメリカ経営学者のドラッガーの本にもこういう人のことが書いてあった。500人に一人の割合でこれで 上手くいく人がいるといっていた。タレントのタモリやサンマや古館一郎あたりの人のことだ。 相手の反応を見ながら瞬時に内容を変え続けられる人で、一方的に話をしていても不快さを与えない人だ。 誰かの話している間に割り込んで強引に自分の話題に引き込んでいく。聞いているほうはたまらない。 一種の自閉症に似ている。閉じてしまっている自分の世界に相手を引っ張り込もうとする。 三人のグループであったが、その一人がコッソリト「あの人は悪い人でないが直らない病気!」と教えてくれた。 誰もが持っているが、自分でコントロールしているものである。私など人のことをいえた義理でない、 他人より数倍その要素が大きい。それにしても老年に差し掛かった女性のそれはすざましい。 人の話を聞けない人は案外と多い。すぐに自分に置き換えてしまう心の癖がついてしまっている。 「出羽の守」という人だ。東京では、長岡では、仲間内では、家族ではという自分の世界に置き換えてしまう。 そうあの人のことだー幾らでもいるからこう表現した。この随想日記も一人話しまくっているようなもの?? 人間その要素を誰もが持っている。 ・・・・・・ 2001年12月24日(月) 279、飲み助考ー隙間風 男の楽しみの一つに「ちょっと一杯」がある。酒を飲みながら‘隙間風’という歌を聴いていて、「飲み助の気持ちの本質は 隙間風、だから飲みに行くのだ」と感じた。それだけでないが。こういう時代だからこそ、隙間客という言葉がでてきたと思う。 隙間ーこれはどういうことか?ハンドルの遊びか?竹の節か? 「漠然とした心に満たされない何か」というところか。 それを埋めについつい行ってしまう。特に単身赴任の中年にさしかかった人は、それがないとやっていけないだろ。 学生時代に金がないので寮で月に一回ぐらい酒を買ってきて飲むのが楽しみでだった。サッポロジャイアンツやトリスの大瓶、 それにスルメ。酒の美味さを知った最初といっていい。何ともいえない楽しみであった。知恵で深夜から飲むのだ。 そのほうが酔えるからだ。夏4時ぐらいに陽が昇ってくるくるあたりは陶酔の絶頂になる。若いから出来たのだろう。 人は酒を飲んで大笑いしている時が、一番の幸福の状態だという。それに知的会話があると、非常にお互いプラスになる。 他人の悪口になると、暗い狐になってしまう。 サラリーマン同士のそれは仕方ないか?組織内の軋轢は厳しいからだ。 私の金沢時代(25-6才)ある意味で一番つらい時期であったが、片町や香林坊や武蔵ヶ辻の一杯飲み屋の酒は最高であった。 酒の美味しさとストレスは反比例するのだろう。数百年の歴史のある街、一杯飲み屋にも何ともいえない深みがあった。 ・・・・・・・ ある時間の断片 12月24日 火曜日 1968年 9時ごろ、長岡の姉の正子さんから電話。千葉の姉の西村、小林さんの所にクリスマスプレゼントを届けるように頼まれる。 16時に部屋を出て、伊勢丹に行って、犬の玩具と電車を買って東京駅に行く。西村さんと待ち合わせるが、勘違いで30分待たされる。 その足で独りで銀座に行ってみる。銀座4丁目から、みゆき通りを歩いてみる。人の数は思ったより少ないようであった。 市川さんの部屋ですき焼きパーテーをしていた。相楽がきていた。私と対立して寮から出て行った男。 少し休んで、面白くないので新宿に出る。23時過ぎまで飲みまわる。 0時に帰寮するが、市川さんが部屋に来て、再び寿司屋に飲みに出る。明日自分を赤坂の「ムゲン」に案内をしろという。 自分のお客に案内するのに丁度よいという。明日の飲み代は全て自分が持つという。何か毎日、他人に振り回されている。
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2010年12月23日(木)
* 「生が終われば、死も終わる」 ある「死」の特集の雑誌にあった言葉「生が終われば、死も終わる」が、心に残った。 「一人称の死」を砕いた言葉である。身ちかな二人称の死はあっても、一人称=私、の死はない。 したがって「私の生が終われば死も終わる」ということ。それを一言で言い表した言葉。 このことから「生が始り、死も始る」という理が見えてくる。 生があるからこそ、死がある。 「死んでしまえば、それまでよ」という言葉もある。父が親戚の葬式で何時も言っていた。 これは生者の目線の代表的な言葉である。その言葉の背後には、「他人の死から、生きているうちが華。 人生を可能な限り生きなければ」という、思いがある。 * 人間の死因 日本では、毎年大よそ百万人が亡くなっている。死因は、病気、自殺、他殺、そして災害による。 そのうち、95パーセントが病死、自殺は3パー、交通事故などの災害と他殺が残りになる。 もっとも、それは死のキッカケであって、真の死因は産まれてきたこと。いずれにしても死ぬ。 百万人が産まれ、百万人が死んで人口は減りも増えもしなかったが、数年前から人口減が始った。 * 同じ年代の死 私の同学年の男性では、平均して2割ほど亡くなっている。中学は25パーセント、30年来の高校三年の同級会の 出席者の20パーセント、大学のゼミの同期6人は0である。 進学につれて死亡率が低くなっている。 従姉妹で父方をみると、兄姉を含め30人の従兄弟(従姉妹)がいるが、平均年齢が72歳で12人が亡くなっている。 4割である。私の兄姉も私含め9人のうち4人が亡くなっている。生存している平均年齢は70歳。 父方は癌系で、糖尿は少ない。40過ぎてからの死亡が殆どそれ。 死を恐れるのは「やり残したことがある」が、「虚無」への不安と並んで心の底にある。 やり残したことを、やり尽くしたところで同じでしかない。虚無になりようもないのに、そのイメージを恐れる。 プッツン、いや、プチ! か?それは。 これもイメージ。 ・・・・・・・・ 3184, 久々のジョーク ー7 2009年12月23日(水) たまには、全く下らないと一笑される駄洒落も良いだろう。 * 駄洒落問答 問 使うとき使わないで、使わないとき使うものは? 答 風呂のふた。 問 かけるときにひくものは? 答 電話帳。 問 同じものだけど、見る人によって違うものは? 答 鏡。 問 東京の上野公園にある西郷さんの銅像。 東向きでしょうか西向きでしょうか? 答 夏向き 浴衣を着ていたから 問 トンボとハチが東西に分かれて戦争しました。どちらが東軍だったか? 答、トンボ。 2×4が8 (西がハチ)。 問 シユーベルトの好きな飲み物は、どんな果実から作られている? 答 ミカンセイ 問 年を取ればとるほど若くみえるものは? 答 アルバムの写真。 問 寒くなればなるほどあつくなるものは 答 氷。 問 世界中でいちばん赤ん坊の多い国はどこ? 答 ニュージーランド(乳児ランド)。 問 トイレに咲く花は 答 スイセン。 問 モ一ゼの好きなお酒? 答 水割り。 問 ビールにもあつくしたものがある。何というビール? 答 缶ビール(燗ピール)。 問 飲むと感動する酒は? 答 ジン。 問 笑いがとまらなくなる酒は? 答 エピスピール。 ー面白くない? それでは! 夜行列車の乗客が切符を失くして大騒ぎをしている。その前の席の男、私の切符を10ドルで買いませんかと持ちかける。 何分の一なので、喜んで目の前の男の切符を買うことにした。 買った男、前の席の男に「あんたは、どうするんかね?」 と聞くと、「まあ、何とかします。そのかわり、切符に私の名前を書かせてくれ」と言い、切符の一部に名前を書き込んだ。 で、その切符を買った男が改札口を出てから、その男、切符を出さずに、改札口を出た。駅員が驚いて追いかけて切符を 出すように言うと、その男は、さっき出したと言い張る。駅長室で言い争っている時に、その男「そういうことも、 あろうと、切符に自分の名前を書いてある。調べてみたまえ!」 * 名前を書いておいた札を、他の席の素知らぬふりをした仲間に先に支払いをさせ、 その後、支払った支払わないというトラブルをおこして、逆に強請る古典的方法があるが。 ・・・・・・・・ 2819, 閑話小題 2008年12月23日(火) *ジャストインタイム トヨタのジャスト・イン・タイムこそ、派遣社員の存在理由だった。それが現在の不況からみえてきた。 ある評論家が言っていたことだが、「必要な時に、必要なだけ、それ以外の在庫を持たない」が、ジャスト・イン・タイムのシステム。 それを自動車の部品だけでなく、労働の部分に当てはめたのが派遣社員のシステム。それが決して悪いことではない。 そのニーズを満たす機能が「派遣会社」なのである。これは、そのニーズが十分あるのは良いが、恐慌に入ろうとしている現在、 彼らは一挙に職を失い、街に溢れかえることになったのである。 近くに彼らのアパートがありバス停で見かけるが、何ともいえない雰囲気が漂っている。 *巣籠りが、この正月のキーワードだと 新潟などの雪国では、冬季では当たり前のことだが、この金融恐慌で日本中が巣籠りという。 知人が「この正月、配達の寿司屋の予約が異常に多いらしい。巣籠りを決め込むみたい」といっていた。 そういえば、国内でクリスマス・ソングをTVや街角で一度も聞いてない。 もちろん、デコレーションケーキも、みていない。 巣篭もりとは、鳥が巣に篭ることをいう。 住まいは、巣舞いが語源。人間は巣から出たきたことだから、10年は巣篭もりでジッとするのもよい。 問題は、そこで何をするかだ。 本を読みましょう、本を! 「総 閉じこもりかい〜!」 *ネットで買うと 二月ほど前に髭剃りをネットで買った。ネットで一番人気で18000円だった。 事前に通勤帰りに新潟駅のヨドバシカメラで何種類かを見た上でネットを買った。 そして一昨日、長岡・川西にあるSCに行ったおり、ジョウシンなど三軒の全国チェーン店で調べたら、 32000円から割り引いて28000円とあった。こうして楽しむのも面白い。平均してネットで買うと、2〜3割は安い。 ・・・・・・・・・ 2007年12月23日(日) 2454, 「ブログ」について 一年前にブログを2つ開設したが中途半端の状態にしていた。しかし「ブログ」への移行への焦りがあったが、 何かタイミングを待っていた。ブログへの移行のキッカケは、第三者の悪戯だろうと思っていた。 (作り上げた特製のHPに対する愛着もあったが)そして「バード・ウォッチング」へ?H系のサイトの書き込みがあった。 丁度良いと腹をくくって、まずは、それから移行することにした。問題は、どのサイトのブログを選ぶかである。 検索で「ブログの選び方」「ブログ」と入れたら、人気のサイトが多く出てきた。そこで数分で開設できるものならと 片っ端から開設してみた。7〜8以上である。まずは去年開設した、「ヤフー」と「goo」の機能を見直し「ココログ」 「FC2」「楽天・インフォシーク」「はてな」「グーグルのblogger」「exsiteblog」等々、開設してみた。 まず私の適正からみて「ヤフー」がベストと判断、「バードウォッチング」を切り替えた。 次に旅行の写真のサイトは「exsite」に、そして次の切り替えは「はてな」を予定している。 どれが良いかではなく、どれが自分に適しているかが選定基準ということである。 この一〜二ヶ月間のブログの選定と使用で、この機能の凄さを感じ取った。 (字数制限のためカット09年12月23日) ・・・・・・・ 2006年12月23日(土) 2090, 人生は生きるに値するか? b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪よう♭さん♯ 『人生が生きるに値するかどうか』は、哲学上最大の問題になる。 値しないとして自殺した作家も多々いる。 思想家ではショーペンアウアーは『生きるに値しない!』と言い切った。しかし彼は長寿であったが・・・! ショーペンハウアーのように値しないというなら、生きているだけ無駄として捨ててかかるしかない。 「生きるに値しないからこそ、価値あるものへ転換することが人生である!」という情熱が湧いてくるか? それぞれの考え方があるだろう。私の場合は、もちろん『生きるに値する』であるが、どうも世の中、 そうでもない人が多くいる。 生きるに値するかどうかは、その人の生きかたであり「生きる意味を求めていけば、 人生は生きるに値するのは当然」。意味=価値であるから、「人生に意味をもとめること=人生に価値をもとめること」 になり、「求めよ、さらば与えられん」のとおりの価値が出てくる。 「よく働き、よく学び、よく遊ぶこと、そして常に‘一歩日常から外に出る時間を持つこと’。 この4つのそれぞれに価値を見出し、冷静に掘り下げていくこと」このことが「私の生きるの値する」。 まあ、そんな難しいことを言わないでも、「人生なんぞ『飯食て、糞して、死ぬだけ』じゃないか、 こんなもの!生きるに値してもしなくとも、それが何ほどのもの。生前があり、生まれ、そして生き、生前に戻るだけ、 他に美味い酒を飲んで、上さんの顔を見て幸せと思い、寝て、楽しい夢でもみて、仕事を楽しんで、人生の価値など考えなければ、 それで最高ではないか!」でよいものを。 そこでだ、「お前さんの人生は生きるに値した?」というと難しいから、 「人生で元とった?」と近くの遊び人だった不動産屋の親父(10年近く前に亡くなったが)に聞いたことがあった。 よくぞ聴いてくれたという顔をして(´ー`)y-~~ 「とったとった十二分にとった!」という返事。 同じ質問を呆けて亡くなる前の母親に同じ頃に聞いたところ、やはり「充分すぎるほどとりました!」との返事。 「生きるに値するか」と、「生きた元をとったか」は確かに違う! しかし、「生きるに値するか」の質問よりも人生の価値を 考える時に深い問いになる。 人生の元をとったか?はー充分人生を生きたか?と同じ。ショウペンハウアーは、人生は生きるに 値しないという嫌世家だが、その慰めは芸術で一時期でも紛らわせることができるとした。このような難しい問題を気楽に扱うこと 自体に問題がある。答えなどある訳がないのも解っている。しかし、これは生涯自問自答していかなければならない問題である。 しかし、あと三ヶ月の命と宣言され逃れようもない事態に追い込まれて「貴方の人生、生きるに値したのですか?」と、 あと一週間で間違いなく死ぬ人に問われたら、真実どう思うだろうか?「 」しかないないだろ ( ^3)〜♪ 《 生きる価値があるかって?「真剣に生きてきた事実の前にそんな愚問は質問に値しない!クソして寝ろ!この馬鹿野朗!!」 というのが、私の現在の答えである。《本当か?本当にそんなことが、いえるのか? 》 《たいして真剣に生きてこない御前に相応しくない》と、心の奥の声が聞こえてくるが Ψ(`∀´)Ψケッ! ほんじゃ、ばいばい! o(^-'o)♪☆(o^-^)o〜♪ ・・・・・・・・ 2005年12月23日(金) 1725.一年経てば全て過去 オハヨウゴザイマス o┐ 「一年経てば、すべて過去」どこかで聞いた言葉だが、全くそのとおりである。 感情面を入れると、実際のところは三年であるが。 (一世一代?の失恋とか、連れ添いの死は治癒期間は三年) 去年から、10年日記に心情を書いているが、前年の分が上段に 書いてあるので、嫌でも目に入る。それをみると、一年経てば殆どが過去のことである。 嫌なことを忘れるのが上手い方だが、 それでもつまらないことに気を使っている自分が解る。〔一年経ったからこそいえることだろうが〕 反面、30年も前のことが昨日のように感じることもある。年齢を重ねるとは、そういうことかとツクヅク思う。 殆どのことは、「一年経っても問題だろうか?」と、自問自答すれば良い。 自分の存在は過去の総合である。数10年経っても心に残っているのは自分にやましい何かがあるためだ。 しかし人間は過去の総合態〔体〕である。記憶を全て喪失した人間をみればわかるはずだ。 過去も未来も、言葉でしかないのだろうか? ( ゜Д゜)⊃旦 < 茶飲めや ~旦_(-ω-`。) ドモドモ ・・・・・・・・ 2004年12月23日(木) 1360, 金に泣く人笑う人 −1 藤本義一のこの本は「面白い」という点では抜群である。この人は、金銭と欲と詐欺にからむ小説を多く書いている。 雑学を多く知っていることに感心をする。一冊の本を書くために、多くの人とインタビューをするから尚更である。 この本の中にも、ナルホドと唸る面白い話であふれている。 ーその幾つかを抜粋してみるー 12章の「騙しのカラクリ」が面白い。 ーペテンの技法・香具師の商法ー 香具師の語源は 武士→野武士→野士→野師→香具師と考えるとよいだろう。 武士になれない野武士が武器を取り上げられて、野士になり、武器を持たないので既に ‘士’でないので野師になったと考えればよい。野師は口先三寸で啖呵売をして騙す方法を考えた。 つまり、言葉巧みに香具(仏具)を売る方法を考えた。この巧言を説明するとこういうようになる。 香具師は最低二人組む。 一人の場合は単なる啖呵売りであり、これは詐欺行為でなく、大道芸人の一種と考えてもよい。 例の「男はつらいよ」の寅次郎を考えればよい。二人以上で組織されるのが香具師の原則である。 原則的な香具師は一人が山伏姿になり、いま一人は仏具を商う仏具士に化ける。 先ず山伏に化けた男が京の方から里に下りてくる。錫杖を手にして高下駄を鳴らして歩く白装束は誰も目立つ異様さ。 そして、山にこもって修行したという人という印象から村人達は尊敬の目を向ける。 昔も今も詐欺師たちは魅力的な特色を持っていなくてはならない。 この山伏は悠然と村を通り過ぎようとする。 が、一軒の家の前で、急に立ち止まる。家は村の庄屋の場合が多い。庄屋でなくとも、村長と思われる豪勢な屋敷前である。 山伏はその場で急変する。全身を痙攣させ、口から泡を吹かんばかりの苦しみ方をする。 村人たちは仰天をして、庄屋を呼びに行く。 庄屋は水を与えたり、苦しみを鎮めようとする。ようやく一息入れた山伏は苦しい息の下からいう。 「この家の前に通りかかった時に、急に悪霊に取りつかれて身動きが出来なくなってしまった。出きれば、この家の仏壇を拝ませてほしい」 庄屋は、これを拒むことはできない。自分の屋敷内に悪霊がいるといわれれば、恐怖心で招き入れる。 仏壇の前で山伏は狂ったように祈りつづけて、やがて上半身を前にして気を失う。 (以下字数の関係でカット2008年12月23日) ーつづく ・・・・・・・ 2003年12月23日(火) 993, 「魔女は夜ささやく」ー読書日記 長編小説を読むのは久々である。一昨日家内が親戚の葬式で不在であったので、一気に読み終えてしまった。 「あ〜面白かった!」というのが実感の言葉である。新聞の書評で激賞をしていたのを読んで、早速インターネットで取り寄せた。 新幹線の中で読むことにして、約2ヶ月かかった。上下800頁で、読みがいがある。 初めから一気に緊迫場面の連続で、 ロバート・マキャモンの世界に引き込まれてしまった。主人公の青年マシューの真実を追究する姿勢は好感が持てた。 一人の青年の成長過程をみるようで、読み終えて爽やかさが残った。 内容は 18世紀直前の植民地時代のアメリカ。 ー以下は字数の関係で中略(2008年12月23日) ・・・・・・ 2002年12月23日(月) 619,パタゴニア旅行記ー6 今回の添乗員が過去の添乗員の中でベストの人であった。大手銀行のリストラ組で、その後事業を起こして失敗。 バックの力と自分の力の差を読み違えたと言っていた。「バックとは何か?」の問いに、資金力と答えた。 それにしても、彼の知識量と見識の高さに驚いてしまった。これで添乗をどん底で経験すれば、人生という意味で大きいものを 掴むことができるのではないか?そう甘くはないが。前回は南アフリカ、今回の南米のパタゴニア、次回はウイーンの新年の恒例の ウイーンフィルの観賞の添乗だそうだ。仕事はテキパキとかたずけるし、質問には何でも完璧に答えるし。 凄い人がいるものだとつくづく感じ入った。特に英語がぺらぺらでイギリスに長年駐在していたようだ。リストラでこういう人が 多く職を失ったと思うと経営者の責任も甚大とつくづく思う。話しが違うが、秘境の旅で一人参加の人が多い。 そのエネルギーに驚かされるし、何か余白を埋めに来ている人が多い。ある人が何気なく言っていた。 [[帰ったら死ぬ心配をしなくては!いろいろの問題を引き出しの中にギュウギュウに押し込んで出かけてきた。 帰ったらそれが待ち構えている」人生の圧縮された言葉だ。 ・・・・・・・・ 2001年12月23日(日) 278 心の開放のために! 心の開放のために!-何からの開放????かんがえてみよう!「心を自由にする為に! 本当に自分がしたいことを見つけよう。これが一種の瞑想だ。これを探し出して、明確にしてそれを推し進める事が 本来の人間の姿だ。それが本来の価値であり、価値観といえる。」下記にコピーした要旨である。瞑想の意味が 今ひとつ解かってなかったが、逆に自分探しという意味で説得力があった。「仕事人間」を馬鹿にする風潮があるが、 本人が本心に楽しければ第三者の批判外である。自己実現こそ心の開放ということか。何事も考えているだけで解からない、 やはり積積的にやってみて初めて解かる。私が好きなのが早稲田教授のエジプト等の遺跡発掘の吉村作治氏である。 3年浪人して早稲田に入り、エジプトの発掘に自分の全財産と全人生を投げ込でいる。家族の生活費は大学からの収入で。 タレント活動の収入は全て発掘活動に使う。8000万だそうだ。それを種にして寄付等を願うと、その事実の前で 4〜5億の金が集まるという。「タレント教授」といわれても、本人は手段と割り切っているから「そのとうり!」 と開き直っているのがいい。大橋巨泉の生き方とレベルが違うと思う、それは私の価値観か! H6/09ーコピー ー自己実現のために-日下公人 心を自由にするために、こうするといい。自分は何が欲しいのか、どうすれば幸せに感じるのか、 人の寝静まった深夜に起きて、紙を広げて7つ書いてみなさい。そしてそれに優先順位をつける。終わったら忘れて寝る。 翌日生活していると、おりにふれて思い出す。友人、知人、有名人の言動をみて「あの人は自分の欲望の3番目をやっている」 とか。・・・そうしたら「実現の手段を考えよう。そして実現しそうなことより実行しろ」と。実行の優先順位をつけたら、 ほかの事はやらなくていい。そうすると他の人の話が生き生き自由に聴けるようになる。こういうような作業は一種の「瞑想」です。 ・・・・・・・ 12月23日 日曜日 1968年 11時過ぎに起床。 午後はTVを見たり、本を読んだりして過ごす。21時過ぎに、永田さん等が寮のOB会の 忘年会の帰路に寮による。高橋の部屋で飲み会にでてこいとのこと。 そこで飲んだ後、近くの「ヤマ」という居酒屋で飲む。 一年先輩の衛さんが隣でチョッとしたことで私に怒り出す。 初めは何とも感じていなかったが、怒りが途中からわいてくる。 (字数制限のためカット 2010年12月23日)
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| 3558, 「プレイボーイの人生相談 1966-2006」 −1 |
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2010年12月22日(水)
「プレイボーイの人生相談 1966-2008) まずアマゾンの内容紹介から :真の教養人による人生相談の最高傑作! 古くは柴田錬三郎、今東光、開高健、最近では松本人志、リリー・フランキーなど錚々たるメンバーによる、 時代は変わっても決して色あせない珠玉の人生訓や哲学を集めた記念碑的1冊! ーー いや、面白い本を図書館で見つけた。どのページをランダムに開いて読んでも、ニヤリとさせられる。 やはり、まず見るのは今東光である。べランメイ調で甘っちょろい若者の悩みを切って捨てている。 * つまるものを探せばいい ● 質問≪厭世主義つていうのか、オレは人生っててちっとも面白いと感じたことがないんだ。 よく「自殺は敗北だ」なんていうけど、つまらない映画だったらさっさと途中で出ていっても 敗北でもなんでもないと同じで、人生だってつまらなかったらさっさと自殺していいんだと思うけど、 これでもやっぱり「人生に負けた」ことになるんですかね。≫ー死ぬのは平気なんだけど負けるのは大嫌いな男より。≫ ● 解答≪自殺より最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、「おまえの人生、つまってるか?」って。 みんな「つまらねえよ」って言うよ。そのつまらない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出していく発見だ、 この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。どこへ行ってもつまるものを発見するという能力をまず養う。 能力というより、そういう努力をするということだ。織田信長がある日、手をたたいて人を呼んだ。 おそばの小姓が「ハイッ」と入ってきて、おじぎして「ご用は?」「なんにもない。帰れ」。またポンポン……。 「ご用はっ?」、何人来てもみんな「帰れ」そして「帰れ」。そうしたら最後、森蘭丸が入ってきた。 信長がじっと見てたら、すっと来て、おじぎをする前に、小さな糸くずが落ちているのに気づいた。 それを指でつまんでから「何のご用でございますか?」。「呼んだのは、その糸くずを拾わせるためじゃ」 これで信長は、「蘭丸というやつは注意深い、偉いやつじゃ」というんで登用した。他のやつはみんな落第よ。 信長ばかりじゃない。会社だって、学校だって上役、先輩も全部、やはりそういう人間を要求してるんだ。 それ考えりゃあ、つまらない人生もつまるようにできる。オレも「坊主の世界はつまらん、つまらん」とも言ってるけど、 つまるようにいつでもやってるから、忙しくて面白くてな、愉快でたまらんのだ。それでもつまらなかったら、 さっさと死んでしまえばいい。オレは別にとめやせん。生きてる意味を自分で放棄したんだから、勝手に死にゃあいいさ。 ≫ 解)独り遊びが出来れば、人生は面白いはず。その代表的なのが読書。 最近はTV、パソコン、屋外スポーツがある。 ・・・・・・・・ 3183, つれづれに ー閑話小題 2009年12月22日(火) * 古町の老舗書店「北光社」の閉店 古町の大和の斜向かいにある「北光社」が来月で閉鎖をするという。大和百貨店も春先に閉鎖するというから古町にとって大打撃。 残るは三越だけになってしまった。 ダウンタウン化が、さらに進むことになる。大和が撤退したあとは、その客を取り込めるか、 それとも、更なる地盤沈下でダウンするかで、三越の存在も決まってくる。 新潟駅の街中商店街の存在も大きい。 それにしても、小さな書店の閉鎖に新潟日報の反応が、あまりに大きい。日曜日の朝刊の一面と社会面のトップ扱いである。 それだけ象徴的な存在だったのである。情報化社会で本を読む人が少なくなったことに加え、 アマゾンなどのネットからの注文が増加していることもある。 * 質素で退屈で憂鬱な時代 リーマンショック直後に、慶応の池尾和人教授が、2010年代は「質素で退屈で憂鬱な時代」になる、といっていたという。 なるほど、最近の時代風潮であり、自分の気持ちでもある。 「空虚で回顧的で溜息の時代」ともいえる。 それが、一昨日のNHKのゴールデンタイムの「坂之上の雲」の明治時代の回顧と、続いて放送された 「マネー資本主義ウォール街の怪物復活である。 再びアメリカのウォール街で、マネーゲームが復活はじめたレポート。 結局、その最大の被害者は、弱者で、強者は、直ぐに復活をしてくるのである。 で、質素は別に悪くないこと。退屈と憂鬱は気持ちの問題である。なら、それは、それで、割り切ることも必要ではないか。 「空虚で、回顧的で、溜息」よりは、よい。 人口減少も、世界の先進国に先駆け、見本を示すことになる。 ・・・・・・・・・ 2818, いやいや、驚いた 2008年12月22日(月) *娑婆は 色いろあるものだ。 10日前に面白い?手紙が来た。 自宅前のアパートのオーナー?と名乗る突然の手紙。 十八年分のアパートの駐車場の電気代の割り当ての請求という。 18年×5300円=113万円分の向う三軒両隣の「融雪用電気料金」五軒分の分割、24万円の徴収の願いという内容。 (字数制限の関係でカット 09年12月22日) ・・・・・・・・・・ 2007年12月22日(土) 2453, 歌舞伎町事変(1996〜2006) ー読書日記 「歌舞伎町事変」文ー李小牧 写真ー権 徹 {{"(;-┏Д┓-)o"オハヨウ 歌舞伎町案内人と呼ばれるこの街を知り尽くした中国人、李小牧。不夜城の暴力と欲望の全てを写し撮るため徘徊し 続ける韓国人写真家、権徹。歌舞伎町の生の姿を撮りつづけた10年分の記録である。殆どが白黒と、カラーの写真で彩られている。 いつの間にか新宿歌舞伎町の魔界のヤクザと警官と不法滞在外人などの緊迫した世界に引き込まれてしまう。 恐いもの見たさでついつい見ているうちに、カメラマンの目なってしまっている。 歌舞伎町裏社会の話が当事者から生の写真でレポートされているから迫真に迫っている。 新潟とはいえ飲食繁華街で商売をしているので、知っていた方がよい情報で満ちている。 韓国人、中国人の目で見ているのも切口を鋭くしていた。これを読んでいると、あまり一見の店には行けなくなる。 ーーーーー P−44 2001年年9月11日が歴史の転換期であったように、03年4月年は、2003年4月22日は、歌舞伎町にとって大きなターニングポイント。 この日を境に、この街の歴史は一変し、私を含めて、数多くの「住人」たちが様々な影警を受けた。生きるか、死ぬかの影馨だ。 (字数制限の関係でカット 10年12月22日) p−109 監視カメラとNシステムの設置も原因の一つだろう。2002年に運用が開始された「街頭防犯システム」 という名の監視カメラ網は、最初に設置された50台を皮切りに、その後も着々と増設されている。 当初の50台の内訳は、固定カメラ18台(デジタルズーム30倍超) 固定カメラ(左右360度・上下、180度回転。光学ズーム20倍、デジタルズームをかけあわせると220倍にもなる)、 そして高感度カメラ1台(光学ズームー5倍。 3CCDで超精密撮影が可能)である。これらのカメラは、 最高で人間が持つ新聞上の文字さえも判別できるという。 この監視カメラの映像が、新宿署と警視庁に 送られるという仕組みだ。さらに同時期、歌舞伎町を囲いこむ形で、 Nシステム(通過する全車両のナンバープレートを無差別に撮影し、データを記録。・・・・(略) ーーーーーーー 後記) リンチや、警察に追われて逃げ回るヤクの売人、そして警察から身を隠す女たちの後姿など、 見たことの無かった写真の羅列である。これも情報化なのだろうが、その場に身を投じていなければ 写せない写真である。 つづく アァン!(▼□▼#)モンクアンノヵ? ・・・・・・・ 2006年12月22日 2089, 道教と儒教 <(_ _)><(_ _)> おはようございます! 少し硬い一席を! 昔から中国では二つの役割を儒教と道教が果してきた。中国人は長い歴史の中で、 功なれば儒教の徒になり、失意の時や隠居の身になった時は、道教を奉じるようになる。 ・儒教は、人間社会を構成していく基盤として男性原理的でありを説き、それぞれの分を戒め、それに忠実に従うことを求める。 ・それに対し道教は、老荘の哲学が元になっている。無為自然を基本におき、人間の色いろな規則からなる社会の掟をことごとく否定。 また儒教などを超越した世界に住むことが最上としており、女性原理に支えられる。 道教の自然主義は傷ついた心を癒す力になるが、現実からの逃避主義ともいえる。 孔子は時の権力者に都合のよい思想をつくり上げ売り込んだという見方がある。 それは自分の思想で世の中を良くしたいという一心から出たものである。 どちらかというと窮屈な悲観的イメージがついてまわる。 「自省・反省」を常に自分に課す思想といえるが、その「自省・反省」という裏には、 常に「世間的に認められる人」になりたいという意味が隠されている。 その「認められる人」は社会的に偉い人ではなく「人間としてでき上った人」の意味が強い。 これに対して、老子は孔子の世俗的なものを根本から否定する。 山の中の一軒屋に住んで仙人的な生活を良しとするイメージがついてまわる。 どうでもよいことに汲々とするな、無為自然に日々を生きよと説く。 老子の思想の中で「三宝」が説かれている。「慈」と「倹」と「先に立たず」である。 ・「慈」は、万物を包容する広さ、 ・「倹」は、自分の状況に応じて慎ましやかにしていられる心のゆとり、 ・「先にたたず」は、名声を求めない心の落ちつきである。 これを持つためには、私利・私欲を捨てさえすれば自然の中にいるような、無心の気持ちになれると説く。 常に大宇宙のような森のように大自然であれ。人為的な差別や争いから一歩退いて水のように柔軟であれ。 名利にとらわれないで、自らを誇るな。 足るを知れ。 大自然の道に従え。 等々である。 ーー 以上であるが、学生時代に貝塚茂樹著「諸子百家」の中の『師徒行伝』と、『老子の哲学』『荘子の立場』を読んだ。 その本が現在、手元にあるが、学生時代の感想は、孔子に対しては「権力者に尾を振る人」、 老子には「山中の田畑を耕して隠れ住む人」、荘子は「農家で晴耕雨読をする人」であった。 今でも論語に対しては、「何で自分から首輪をつけなければならないのか?」という気持ちは変わらない。 0∧ ∧ [^ェ^] === わん 000( ω ω ) 彡 あくまで教養の一端として把握しておけばよい、というレベルしか理解していないということ? この思想を手っ取り早く言えば、厳しい父親と、優しい母親ということ! 得意の時は心の中で父親と酒を交わし、失意の時は母親とお茶でも飲んで社会を鳥瞰しているイメージか。 ごきげんよう さようならm(__)m ・・・・・・・・ 2005年12月22日(木) 1724, なにを遺せるのだろうか ~~旦⊂(・∀・ )マァ チャ! 中野孝次著 「何を遺せますか」という本がある。実際のところ我われは後世に一体何が遺せるのだろうか? この本に、人が死後に遺せそうなものについてあれこれ検討してみたが、結局最もたしかな後世に 遺せるものは人間性である、というくだりがある。財産を残すことができるが、通常こだわっている目に見えるもの ー金、家、土地、遺言、宝物、宝石等は、いずれは消滅する。著者は後世に残せるものは唯一人間性であるという。 【゜Д゜】y─┛~~~ 遺すべき考えられるモノ・コトを目次にあげてそれぞれを説明しているが、その幾つかをみると成る程と考えさせられる。 以下は目次からひろってみた項目である。 ー?ー 勲章 家 お金 カネ・マネ+.゜(●´I`)b゜+.゜ 暮らしのなかの器と道具 コレクション 原稿・手紙 日記 寄付 臓器移植 墓 木を遺す 会社 人類の文化 ビンボウ ノコソッ! (=^ε^= )”’(;`・ω・)ノ ---===≡【えぇ?!マジ?】 普段何げなく考えていることを、 ウソ! (^┰^;)ゞ 整然と書かれているのを見ると考えさせられる。 人は死んで何を遺すかというー生の結末から、いかに生きるべきかが逆に見えてくる。 我われを成り立たせている物や事を取りあげ、死後に遺すに足るか否かを検討、 「最もたしかな後世に遺せるものは人間性である」と結論づけている。子供達の残るものは親の性格の一部である。 多くの姉と兄を見ていてつくづく感じることである。この時代の大激変の渦中、自分の残せるものを見つめ、 逆算することこそ必要だろう。 バイ!(。・o・。)ノ ・・・・・・・ 2004年12月22日(水) 1359, 「23歳の日記」ー8 ー9月01日 1969年 新潟の六日町の雲屯庵にきている。学生時代に司法試験のため一人勉強している三条の高橋さんがいた 新井石龍禅師と、早速話しをさせてもらう。私「世の中こんなに厳しいとは思ってもいませんでした! 理屈と実社会との隔離に、ただただ驚いています」 禅師「世の中は、変わりはしない。世の中が厳しいのではなく、あなたの理屈が甘かっただけの話です。」 私「・・・・・」その夜、日本にきていた慶応卒で、ハーバード大ビジネス・スクールの在学中の同じ歳の人と、 高橋さんと、そこの雲水と話をする。ところが、その雲水が博学で、高橋さんと私はダンマリ。 ハーバードと雲水の議論に全くついていけないのだ。どうしたのだろう? 禅師に昼間真っ二つに甘さを指摘され、夜は夜で二人の議論についていけない自分が、ここにいる。 何だろう、何だろう、何だろう! 実践としてスーパーに入ったが、何にもできない中途半端な自分が存在し、 現実として濁流の中で、もう溺れかけてアップアップしているだけの自分が、神戸の垂水の地で一人呆然としているだけ。 どうしたのだ、どうしたのだ。適当に真面目に考えることもないが、早くいま一度、ゼロから知識の再構築をしないと。 逃げ込んだところで、逆に叩きのめされてしまった。 ・・・・・・・・ 2003年12月22日(月) 992, クリスマス クリスマスといえば色いろ思い出がある。子供の頃ツリーを買ってきて,電飾を姉たちと作った時のトキメキを クリスマスソングを聞くと思い出す。パリのシャンゼリデ通りの電飾の美しさも忘れられない。 またフィンランドのヘルシンキのクリスマスイブの氷を張りつめたような神聖な思い出がある。 街全体が張り詰めた独特の雰囲気に包まれていた。丁度、日本の年越しに似ている。 会社でスペインに行ったときの帰りに立ち寄ったのだ。その時、何かの時間待ちに会社の和田さんと 二人で30分ばかり街を歩いたのが、いやに記憶に残っている。昔の正月の街を歩いたような既視感が印象的であった。 最近は不景気のせいか、あまりデコレーションスケーキの派手な販売は殆ど見られなくなってしまった。 昨日ダイエーで光ファイバーで出来たツリーを買ってきた。ふとレジの横を見ると半額セールで1500円。 糸状の先に小さな光が点滅する幻想的なものであった。家で飾ったところ思ったよりずっと良かった。 ミニサンタなどと供にクリスマスの雰囲気がでてきた。インターネットでクリスマスと検索したら、 以下の内容が印象的であった。 ・・・・・ ークリスマスを楽しむ24の方法ー クリスマス・グランデからちいさな提案です。 01:指折り数えて待つ。 待つことで見えてくるものがあるはず。 02:書を捨てよ、街へ出よ。 参考書はなし。肌で感じることからはじめましょう。 03:毎年、を持つ。 プレートでもカードでも。積み重ねる月日の上にあなたがいます。 04:手紙を書いてみる。 言うは易し書くは難し…僕は手紙というものが苦手です(^^; 05:今年あったいいことを書き出す。 たぶん、今年会ったいい人のリストに? 06:三年後に残したいものは何か? 三日後でも百年後でもなく、三年後を考えてみてください。 −あとは略 ------------ 以上だが、 何かブルークリスマス用の楽しみ方みたいだ。 それでも、楽しむことは良い! 最近は何でも意識的に楽しむことにしている。 ーーーーー 2002年12月22日(日) 618, パタゴニア旅行記ー5 ー広尾のお犬様 ー 旅行をしていると、普段では会えない人といろいろ出会える。 今回は一人参加の東京の高級住宅地の広尾の奥様がいた。 犬の話から、愛犬の散歩の話題になった。 広尾の公園で朝のお散歩の話で大爆笑であった。愛犬に衣装を着せて連れてくるが、そのファッションが面白いとか。 天使の翼をつけたお衣装だったり夏は浴衣であったりする。 冬は何と毛皮を着せた犬もいるという。 まあそういう人は水商売の人だとか。犬にも公園デビューがあり、数日は全ての犬が匂いをかきにやってくるという。 そして認知をされるという。まあ人間の世界と同じである。 犬好きの人は自分の犬の自慢がしたいらしい。 このあたりも人間と類似している。まずは相手の犬を褒める。 そうすると互いの褒めあいの場になるという。 横で聞いていると馬鹿みたいだが、それがまた面白いとか。 聞いていても目に浮かぶようだ。 住人でもないのに遠くから車に乗せて その世界に来る人もいるとか。人間の一番の悲しい?いや愛くるしい性が丸出しのところがよい。 愛犬は飼ってないが、散歩でその世界を毎朝近くの土手で見ているから真実味がある。 ・・・・・・・ 2001年12月22日(土) 277、笑いについてー 私の最大の素質に気づいた! 腹から笑える事だ! 昔からいろいろあったが、これは子供の時からの特技だ! それだけ激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。笑っていなくては、やってられない!TVの漫才をみて笑っていたら、 親戚の叔母が見ていて不思議そうな顔をして「どうしたらそうして笑えるの?」と、学生の時代に聞いたことがあった。 笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか? 人生から笑いをとったら、残るのは何だろう?笑う為に生きてきたみたいなものだ。それだけで人生元を取ったように思える。 いや感動・感激もいえるが。笑いと感動は、魂の顕現化といっていい!それでは落語家か、漫才家になればよい。しかしそれは 商品でしかない。実際の(笑)は違う。心、いや、魂の緩みだ!どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。 笑えない時期でも、(笑い)は別腹であった。その理由は今でも解かってないが、背後に豊かさがあった為だろう。 家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、大笑いをしていたらしい。 でも本当にそうかと自問してみると、そうでもないか!?「凍りつくような時期」ではどうであっただろうか? 笑いはなっかった!やはり結婚をして,家庭を持ってからは、どんな時期にも笑いだけはあったようだ。 それが家庭の効用?か。 いや訓練と、習慣である! ーーーーーーー 12月22日 土曜日 1968年 9時起床に後、食事。土砂降りである。 千葉に住む、すぐ上の姉・礼子さん宅へ向かう。しかし早速、二人でいがみあう。 あいも変わらず仲が良いのか悪いのか解らない。彼女の悲観的な面から抜け切れてないのが気に入らない。 如何してマイナスマイナスに考えるのだろう。 夫婦仲が原因?。15時に寮に向けて出発。 17時前に寮に到着。 瓜生君の部屋で、お茶を飲む。その後部屋にいると、米林君が来て5日間の寮内の出来事を何気なく切り出す。 佐藤と駒村孝道がチョッとしたハプニングがあったという。また一年先輩の留年組みで残っている佐々木さんが女性を連れ込んだとか。 今さら何もいうことがない。あと二ヶ月で居なくなるのだから。もういいだろう。20時過ぎに飲みにでる。 まあ、面白い一日であった。
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2010年12月21日(火)
1992年に岩崎恭子がバルセロナの平泳ぎ200Mで、よもやの金メダルをとった時の言葉「今までいきてきた中で一番幸せ」 を今も鮮明に憶えている。当時、14歳の中二の女の子が、その直後発した言葉で注目されたが、時間が経つにつれて、 その言葉に対する反発が声無き声?として世に広がっていった。そのためか本人はマスコミに出なくなってなってしまった。 世の大部分の人は、多くの苦労を背負い、日向に当たらず消え去っていく。ところが多くの幸運が重なって、あの若さで金メダル。 その一言で一生、その重さを背負うことになった。 この言葉は、苦労に苦労を重ねた末に発する言葉。 しかし人生を振り返ってみると、心の中で何度も呟いてきたことか。他人がどう思おうが、この言葉が芯から発することが出来れば、 それで良いのではないだろうか。14歳の女の子が、その時に、そう思ったのだから、世間様がとやかくいうことではない。 ところで、スポーツ選手が色いろの言葉を残している。長島茂雄は「失敗は成功のマザー」とか、 清原の「どん底に入る時は、底をもっと掘れ、そうすれば、そこはどん底でなくなる」とか。ことをなしたから、人も注目をするだけ。 ところで「今まで生きてきた中で一番幸せのことは、何?」とは、至高体験から発する言葉。感動、感激の極みである。 その経験なら数限りある。その一つを限定など出来はしない。これも受けとめ方の問題があるが。 逆に何気なく誰かが言っていた言葉、「これまでの人生で、あまり良いことが殆ど無かったな〜」を聞いたとき、エッと思った。 同じ体験をしても、感受性がないのである。言葉として、それをパック出来ないのではないか。「幸せを感じる力」が無いのである。 「感動、感激を求めて多く経験すれば、その積み重ねが、更に感動、感激を引き寄せる。それが、「今までで一番幸せ」を感じる経験を 多くもたらせてくれる。 手っ取り早く 「私は幸せ」を口癖にして、心の芯から言える訓練をすればよい。近くの山にでも早朝に登り、 日の出をみて、幸せ!と思えれば、数限りなく幸せと思えるのである。 傍から見たら御目出度いと見えても、 それで良いのではないか。要は、幸せ感は自分が作りあげていく心情でしかない。それにしても、最近、溜息が多い! 良いこと三つに、悪いこと一つは仕方ない! 半々? それは受けとめ方、次第。 ・・・・・・・ 3182, Twitter の意味すること! ー2 2009年12月21日(月) 私の、この随想日記の一行が大よそ50文字である。ということは、140文字といえば三行になる。 そうすると、「要するに」「つまり」の要点か、本音のツブヤキしかない。だから、面白いのである。 新聞は、500〜1000文字が、雑誌は、1000〜2000文字が記事としての目安。 相手に大よその情報を伝える場合は、200文字という。それを三分の一の140文字にするのは大変である。 だから「思考の断片」か「自然にでた本音」を書くしかない。「つぶやきしろう」とかいうのもいた。 小泉元首相が一言コメントで、国民の心を捉えたこともあったが、今からすれば、国民にたいするツブヤキでしかなかった。 ところで、著者はTwitterのマーケティング活用の可能性について言及。その目的を「情報発信・PR」「ユーザーサポート」 「ブランディング」の3点と整理。その上で、ユーザーから得られるものとして、「ダイレクトでリアルタイムな反応」 「ユーザーがどこでつまづいてるのか」といったサポート的な情報、「Twitter上でブームが起きる過程」が調べられるという 3点を挙げている。 またTwitterを「マーケティングには間違いなく使える」と断言。 取り組むべき最大のポイントとして、 ・コストが安いことを挙げた。無料でアカウントを開設でき、担当者が1人いれば情報発信できる。 ・さらにTwitterには「ゆるい雰囲気」があるので、企業もできる範囲で取り組む“ベストエフォート” が許される環境にあるという。 Twitterには面白い発言がフォローを集め、クチコミで広がるためサービス。 「社内で面白く、トラブルに対応できる人間にTwitterをやらせる」ことで色いろなノウハウが得られる、という。 グーグル社が「ユーチューブ」を1500億円で買収されたが、現在の米ツイッター社は900憶円の価値というから、 如何に数秒で発信できる、この手軽なミニブログの凄みの大きさに驚かされる。 「今の六本木の映像が見たい」と入れれば、六本木のあらゆる場所から、携帯電話の生映像が見ることが 出来るのも一年以内に可能ということになる。 まあ、面白い時代である。 ・・・・・・・・ 2817, ケインズの「相場は『美人投票』論」」 2008年12月21日(日) ケインズは以下のように、相場と『美人投票』の類似性と、相違から、相場の本質を述べている。 「玄人筋の投資は新聞紙上の美人コンテスト、参加者は100枚の写真の中から最も美しい顔かたちの六人を 選び出すことを要求され、参加者全員の平均的な選好に最も近い選択をした人に賞品が与えられるという 趣向のコンテストになぞらえてみることもできよう。 このようなコンテストでは、それぞれの参加者は自分が いちばん美しいと思う顔を選ぶのではなく、他の参加者の心を最も捉えそうだと思われる顔を選ばなければならない。 全員が問題を同じ観点から見ているのである。」と 述べている。 結果としてどうなるかというと、他の者は誰を選ぶか、 という観点から予想される者が選ばれることになる。 この点に関し、岩井克人東大教授は、「その結果選ばれる 『美人』とは、皆が美人として扱うから皆が美人として扱うという『自己循環論法』の産物にすぎない」という。 解りやすい例えである。ソローの論は、この辺もヒントになったのか?。新自由経済資本主義のフリードマン的な考え方には、 再び戻ることはないとしても、時間と共に再び規制が緩和され、同じような大規模な金融危機が発生する可能性もある。 それはさておいて、投資と、投機は違うもの、投機は美人投票論に近いだろう。 『儲かると信じて買い、結果として損をして売る』パターンが一般人の結果としてなる。上がり切ったところで、 逆張りをして反対の流れをつくって暴落させる、これもあるから、素人が儲かるわけがない。 「賭場の八百長ツボふり」と、同じである。 それもNTTの株売却時のように、国家単位で仕掛けてくる。 このケインズの美人投票理論を応用したものが、GoogleのPageRankだと言う。よく考えるものだ。 検索エンジンが、勝手に独自の評価項目を作り上げて選んだページではなく、Webページ同士のリンクという投票行動を、 ページのランキングスコアとして採用したのである。 これによって、検索が原始時代から抜け出すことができるように なった上に、広告効果が飛躍的に伸びたのである。持っているお金さえ、国家間では相場で決まることから考えても、 金を持つこと自体が投機行為である。その貨幣が現在、一番不安定ときているから・・・・ ・・・・・・・・・ 2007年12月21日(金) 2452, 居場所を見つけたときに人間は変わる −1 (。´_`)ノおはぁ。 人生の中で、しっかりした家庭で育った人は結局紆余曲折があっても元に戻るものだ。人間には何があっても、あなたを 受け入れてくれる家庭を必要とする。そこが本人にとっての居場所なのであろう。以下の短い文章の中に、家庭、夫婦、 人間に必要なことは何かを考えさせられた。 強い父、優しい母、そして喧嘩する兄弟が必要である。親、教育者、上司として、 考えさせられる示唆が多く含まれている。そういえば、ヘレンケラーの恩師のサリバン先生の指導に似ている。 そうこう考えると、人間には最低の教養と、暖かい家庭が必要ということだ。 ーーーーーーー 「存在の大地」高史明・芹沢俊介・上田紀行著 芹沢: いまの話にも関わってくるような象徴的な話を聞いたことがあります。それは、一人の青年の話なのですが、 物を盗んで仕方がない二十歳ぐらいの青年がいて、月に何回となく物を盗むのです。それで、何回となく捕まる。 ところが警察はちょっとした盗みぐらいでは刑務所へ送らない。裁判にまで持っていくことはないのです。 彼も「もう二度とやりません」と言っては、また盗みをやる。それでまた捕まるということを繰り返していた青年がいました。 この青年に対して、ある施設で、二つの対応策が出てきたのです。・一つは、警察や裁判所をうまく使って、彼を一度 きつい場面へ追い込もうと。強い規律と訓練と指導とがあるような場所を通過させて、その後に自分たちが引き受けようという 方策を提案した人がいました。ところがもう一人、その案に対して「ノー」と言った人がいるのです。 そして結局、その施設では後の人の案を採用して、青年に対応することになりました。 ・彼と対応したのは一人の女性だったのですが、その人が彼にどういう接し方をしていったかと言うと、 とにかく特別扱いをするということをしたのです。その青年は、いまの言葉で言えば非常にキレやすい人なので、 キレたときには、すぐ一対一になってとことん彼の言い分を聞くということがひとつ。 もうひとつ、その青年は人に殴りかかったりすることはないけれども、大声を出したり、 物を投げたり蹴飛ばしたりして人を威嚇することがあるのです。その場合は、とことんやりあう。 つまり、彼が大声を出せば、それに負けないぐらいの大声でどなり返す。 相手が物を蹴飛ばせば、自分も蹴っ飛ばす。要するに、喧嘩の相手をきちっとやる。その二つを徹底するのです。 ( 字数制限のためカット 2,010年12月21日) ・・・・・・・・・ 2006年12月21日(木) 2088, 14歳からの哲学−1 才八∋ウ_〆(∀`●) 「14歳からの哲学」 池田晶子著 − 読書日記 「知ることより考えること」と、「人生のほんとう」と、「41歳からの哲学」と、 この「14歳からの哲学」の中から、その都度目についたテーマを考えてみる。 人間として、社会人として、家庭人として、色いろな問題を地頭で考えているから、 そして子供向きに書いてあるから、解りやすく、深いところが考えやすい。 今回は、 ー「家族」ーである。 「家族」については、家庭崩壊が大問題になっている現在、その本質をつかまえておかなければおかなければなるまい。 家庭内離婚の含めたら半分は家庭崩壊というが、その中で一人一人が夫婦とは、親子とは何かをしっかりと把握しておかないと 両親の犠牲になったり、子供の犠牲になってしまうことになる。カナダでは親の責任は高校卒業するまでという。 卒業したら学費を夏休みと冬休みにアルバイトで稼ぎ出すのが常識になっている。観光地の若い従業員は殆どが大学生の学費稼ぎである。 首相の子供でも、大金持ちの子供でも、もし親が出しているということが知れると、一人立ちできない人間として軽蔑されるという。 どこかの国の、いい歳をしたフリーターとは「独立心・自立」という面で雲泥の差がある。動物の母親の責任は子が外敵に襲われても 個体で対処できる時点という。その時点を過ぎると、親は子供を冷たく突き放す。これは殆どの動物に共通の親子関係であり、 例外は人間位のもの。 本来、人間も当てはめることが自然である。 ー著者の「家族」についての章の中の要点を抜粋してみる。なかなか面白い!ー 世の中にはたくさんの他人がいるが、その一番近い他人が、家族である。その痛みや心が解らないという意味で、たしかに他人である。 ≪以下、字数制限のためカット、09年12月21日≫ ・・・・・・・・ 2005年12月21日(水) 1723, ベルグマンの法則 オハョョヨヨ∃"ヽ( ゚∀゚)ノ"ョョヨヨ∃ゥ!! 生物学上の法則に「ベルクマンの法則」がある。 哺乳動物の分布と体の大きさの関係を表した法則で「近縁のものが南北に渡って分布するときは、 寒い地域に生活するもののほうが、体が大きくなる。」というもの。 例えばクマでは (。'(ェ)'。)ノ♪北海道のヒグマと本州のツキノワグマではヒグマの方が体が大きい。 ホッキョクグマ 体長3.5m 体重400〜500kg ヒグマ 体長 2m 体重300kg ツキノワグマ 1.5m 体重60〜150kgと、極端に北にいくほど大きくなる。☆━━━…‥‥ソウカ〜('(ェ)'ヽ) その理由は、体重の大きなものは小さいものに比べて体表面積の割合が小さく、それだけ保温効果が大きいから。 もっっとわかりやすく言うと、大きな鍋と小さな鍋ではどっちがさめにくいか、考えてみるとよくわかる。 他にも「アレンの法則 」というのもある。 キツネやアメリカのウサギ類の耳のように m9(`ω゚) 「より寒冷地に行くに従って体の突出部が小さくなる傾向がある」というもの。 突出部が小さいと熱の放散量が多く、突出部が小さいと放散量が少ないためだ。 さらに「グログラーの法則」というものもある。哺乳動物の分布と体の色との関わりを表した法則。 「近縁のものが南北に渡って分布するときは、北に生活するものがほど体色が薄く白っぽくなる傾向にある」というもの。 人間もほ乳類だから、この原理は当てはまる。確かに北国の人は色が白い。中間のアジアは黄色で、南にいくほど黒くなる。 旅行してきて気がついたことは、カナダや北欧で黒人やインド人をほとんど見かけない。 体質的に合わないのだろう。 ・・・・・・・・・ 2004年12月21日(火) 1358, あなた、ここにお座りください 「あなた、ここにお座りください」夫に出て行けといわれた妻が、 「私の大切な物を一つ持って行きます」と風呂敷を広げた後にこう言ったそうです。 昨日の朝日新聞の一面広告の中の、思わず手帳にメモをしたくなる 「身近な人の名言・格言」と「手帳・日記・家計簿の商品企画」の大賞受賞作である。他にも幾つかあった。 ー字数の関係でカット(2008・12月21日) ・・・・・・・ 2003年12月21日(日) 991, 離婚事情ー2 2日前に長岡の大手通りの市役所サービスセンターに印鑑証明をとりにいった時、 隣りの市役所相談室という小さなコーナーに電話がかかってきた。老齢の相談員の話し声が聞こえてきた。 「ハイハイ、・・・・・、ところで貴女の年齢は幾つなんですか? エッ74歳!その歳で離婚ですか。 何をいっているのですか、いいを歳をして」その声を背にして帰ってきたが、何か切ない思いが残った。 数軒先の近所の人が最近60歳を過ぎて二組離婚をしたとかいう。以前も離婚について書いたことがあった。 家庭内離婚を含めて、5分5分とは恐ろしいことである。ということは、この文章を書かない方がよいのだが。 一番に身近にいる他人が連れ添いである。それが一つ屋根に住んで、舅姑などの圧縮された人間関係の中で 二人の権力闘争が絡んでくるから一層難しい問題になる。その人の全て圧縮されたのが夫婦問題といってよい。 一つ間違えばお互いの人生の破滅も待っている。以前、取引をしていたメーカーの社長は玄人向きの女好きだが、 その結果として奥さんに「?病」をうつしてしまった。離婚はしなかったが、酷いものだ。 この人の過去をみていると、一番世話になった人の裏切りの積み重ねであった。勤めていた会社の取引先や同僚を奪っていた。 「自分とは何かを考えるということは、他人とは何かを考えることである」その一番身近な他人が連れ添いになる。 浮気や、可処分所得の分配、互いの身内との人間関係などで、自分と他人の関係の接点でトラブルが生じてくる。 ある仲睦ましい老夫婦にその秘訣を聞いたところ「我慢、我慢、我慢・・ただ我慢!」と答えたという ジョークのような話しがある。子供の頃両親の喧嘩も何回か見てきた。親の喧嘩は一番子供の心を傷をつけるものである。 子供の神経症は、殆ど両親の不仲からきている。以前、遠い親戚の老齢になってからの離婚のことを書いたことがある。 やはり、その子どもは神経症で病院通いをしていた。スナックのママさんを見ていると、結婚は大事にしなくては ならないものだと実感する。しかし「合わないのは合わない!」のはよーく解るが! 当たり外れは5分というのも神様は酷な課題を与えたものだ! 本当! 以前書いた文章です。 ーーーーー 533, 離婚事情 2002年09月28日(土) ー字数の関係でカット(2007・12月21日) ・・・・・・・ 2002年12月21日(土) 617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4 アルゼンチンタンゴがすばらしい!昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士が 女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。 それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。 そして、その踊りが西欧の人達に認められていった。従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。 ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが2時間以上にわたって繰り広げられた。 全く期待をしていかなかったのが良かったのか、初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。 お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。 辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。この旅を締めくくるに最高のイベントでもあった。 写真を見てもらえれば解るはずだ。よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。 心に多くのものを残してくれた。 ・・・・・・・ 2001年12月21日(金) 276、べきことを、べき時に、べくすべき 昔からこの言葉が好きだった。「時節到来」ということか。その時その時の何かの時節がある。 それを見つけ、積極的に挑むということだ。 昨日書いた「後回し」の諌めでもある。 学生時代は勉強を、働く時期には働き、引退すべき時は引退をという事だ。 これがこのまま出来ないのが人生だ。あるいは社会だ、それだから面白いのだ。 その時のすべきことが見えなくなってしまうからだ。その意味で家族、親の果たすべき役割は大きい。 結局それを刷り込むのが親の教育だからだ。親として耳が痛いが。 その世界に埋没してしまうと、 べきことが見えなくなってしまうケースが多い。常に変化に対し、チャレンジと闘いをしつづけていく姿勢が必要だ。 その時々、基本としてウオームハートとクールヘッドが必要だ。いつもウオームヘッドとクールハートになっているからだ。
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2010年12月20日(月)
* 朝の瞑想 同月同日の10年間の随想日記の一部を、数日前から私のブログ「バードウォッチ」に貼り付けている。 字数制限があるので、毎日、カットをしないと字数オーバーになる。これは、現在書いている文章が、つまらないと 将来の自分がカットするぞ!という警告になる。しかし、カットは身を削られる気分になる。 早朝5時過ぎに、前日に書きあげたテーマ日記の添削と仕上げ、そして以前書いた9年分の文章を読み返し、カットする作業は、 ある意味の瞑想になる。独りで10年間の同月同日の自分の文章(エネルギー)に向きあうのは、自分との出会いでもある。 * 「自分の人生が嫌になった、終わりにしたかった!」 ー 昨日のニュースより ー 高校卒業して依頼、10年フリーターで職を変えていた男が、無差別傷害をした動機が自暴自虐の、この言葉である。 10年前位まで、ウォーキングをしていると、明らかに精神を病んでいる20歳代半ばの男が自転車に乗ってブツブツ言っていた。 ところが数度に一度、自転車で向かってきて直前で避けたリ、寸止めをする。その間合いが、絶妙で怒るに怒れないで、一切無視。 10年以上、それが続いたが、ある日から突然、姿が消えた。全国的に子供が襲われる事件が相次いだ時期からである。 その男が、誰かに聞いて欲しいのだろう「俺はジイサン、バアサンに潰された!」と、呻きながら自転車で通り過ぎていった。 いやに、その言葉が心の底に残っている。数年前の秋葉原の無差別殺人事件が、両親の弄りすぎだった。 知人の多くは、 長男の話をしたがらない。 嫁姑と同じく、人生の永遠の課題である。 旧約聖書にもある。 * 勘違い 自宅の敷地内にある貸家の屋根裏にハクビシンが騒いでいたという話題を、ここで取り上げた。 そこで朱鷺を襲ったのがハクビシンと勘違いをしてしまった。ある人に、あれは「テン」と注意をされ気づいたしだい。 それにしても、何でハクビシンが敷地内に? 雉や山鳩が時々見かけられるのだから、ハクビシンもいても不思議でないが。 そういえば数年前に熊も出た。鷺もいれば、鴨もいる。 そうそう、変な布を羽織った類人猿もいる。 ・・・・・・・・ 3181、インコの話 2009年12月20日(日) 私はペット好きだが、家内は大嫌い人間。 子供の頃から家には犬か猫、はたまた猿が家に同居していた。 猿は二代にわたり4年位はいた。 結婚してから10年後に、互いに妥協?をして小桜インコを5代にわたり飼っていた。 しかし子供二人が大学に行ってしまい、誰も居なくなってからは飼わなくなってしまった。 それと最後のインコを 寒さで死なせた罪悪感から飼うのを止めたのこともある。 ところが三ヶ月ほど前に、スーパーセンターの「ムサシ」の ペット売り場で中型インコの「メキシコ・コガネインコ」を衝動買いをして飼っている。 生後半年で、人に懐いている。 近くに引っ越していった長男が、このインコを飼ってから必ず家に立ち寄り、世話をするようになった。 本人に特に懐いていて、家内が言うには長男の車の音を聞き分けるという。 ここまで人に懐くと情がうつるもの。 買った時、そのインコを送り出す女店員二人が、車まで籠にいれたインコをキャリアカーで持ってきてくれたが、 何か寂しそうな顔をしていたのが印象的であった。「凄く人に懐いていて、寂しがりや。外にでたがるので、籠の蓋を開けても 外にでない臆病なところもある。三ヶ月も皆で可愛がっていたので、愛情がタップリあるので、可愛がって下さい」という。 それを直感したので、私も買ったのだが。 二ヶ月前に、犬の半値セールのチラシが入っていて、面白そうなので 立ち寄った時に見かけたインコ。 その後、そのインコがまだいるか気になって再び行ったが、売れずに居たのである。 (字数の関係でカット 10年12月20日) ・・・・・ 2816, 不況景色 −5 2008年12月20日(土) *貸し剥がしが、全国で吹き荒れ、そして大量倒産が 一昨夜のNHKの「クローズアップ現代」は30分の枠を1時間15分に延期した厳しいものだった。 その中での中小企業への銀行の貸し剥がしを具体的にレポートしていた。 一般的には、銀行借り入れは短期と長期の組み合わせになっている。短期は、半年とか1年で借り換えをするが、 まずは、急激に悪化した企業には、借り換え時期の貸し出しを断る。銀行の立場からすれば当たり前だが、 物件持込など銀行が持ち込んだ投資案件など、銀行に梯子を外されるケースも多い。長期も計画通り返済できない時に、 返せなかった部分を銀行が追い貸しをしながら企業の回復を待つケースが多い。ところが今回の金融恐慌で、銀行も企業も 体力が消耗して上に、日本中は貸し剥がしが露骨に行われているという。レポートは、黒字を長年続けている企業に突然、 借り換え時に返済を要求してきたケースであった。 その経営者は、何で突然返済を迫られたか呆然としていた。 当社のコンサルティングをしてもらっているH氏が先日の酒席で、「銀行の貸し剥がしについて、どう定義づけますか?」と問われた。 深く意味を考えたことがないので、その時に思いのまま答えたことは「資金の切迫している弱みに付け込んで強引に資金回収すること」 あるいは「自社の都合で、借り換え時に資金を回収すること」と答えた。H氏曰く、「償却後に利益を出している会社から一方的に 資金回収すること」 成るほど思ったが、「それがホテルや製造業などの設備装置産業にいえることでは」と問い返した。 飲食業など、三年〜五年が目安のところもあるからだ。 それに対して、「いや同じだと思う」という。 そういえば、今回の金融恐慌に対して、当社の数年先の最悪の売り上げダウンの場合の一つの目安が、設備の償却後の利益確保を 基にしている。 審査の厳しい銀行も、初めにそこをみる。9・11のテロ以来、4年間ジワジワと売り上げがダウンした時に、 それをネタに大手銀行に揺さぶられたことがある。H氏は『償却後に、これだけ利益を出しているだけで、何を言っているのか。 その支店長のパフォーマンス。動じることは全くない』と終始一貫していた。ゆすぶられた時の売り上げが底で、 その直後に回復基調になったので、それ以上の揺さぶりはなかったが。それにしても、今考えてみても明らかにオカシイ動きだった。 同時期、全国で同じような異様な動きをして大問題になり、その後、大人しくなった。それからみて今度の落ち込みがどれ位になるか、 考えただけでも末恐ろしい。貸し剥がしは、これから数年間は続くだろう。銀行そのものも一つ間違えば、不良債権の山になり 倒産になりかねない。ところで、いま一度実感としての貸しはがしとは? 「貸出先の危険を他の金融機関に一歩先に取り立てる銀行の立場を守る行為」 ? まずは第一波が、来年の1月05日である。年末に資金繰りの出来なかった企業の倒産が続出。 次が2月初旬。そして3波が4月初旬で、次からは毎月の初旬で、来年は恐慌パニックの年になる。 恐ろしいことだ。 5年後に駅前再開発の道路拡張で、1つホテルが収容され、それが返済財源にプラスされるから大丈夫だが、 それでも何が起きるか分からない。5年以内に、半数近くの事業所が消滅するだろう。 過去5年で三割以上が消滅したというから、何も極論でない。(新しいのが出来ているので目立たないが) *追記(12月21日)Hさんから、早速メールが入り「償却前の利益」の勘違いという。前と後の一言で、大違いである。 もし、これがマスコミで知れわたったっら、多くの中小企業は助かるはずだ。 ・・・・・・・・・・ 2007年12月20日(木) 2451, 今日を楽しむための100の言葉 『今日を楽しむための100の言葉』伊藤守著 ディスカバー21 「自分自身の素晴らしさに気づく」ことをテーマとするiBDセミナーを 15年間主催してきた著者が、今まで語ってきた中から100の短い言葉を選び出してある。 若い人はそのまま受け止めればよいが、この歳のためか、その正反対の言葉が出てしまう。 それでは、せっかくの言葉が台無しになるので、書くことは控える。 特に若い人に良い言葉だろう! ーーーー ・『 辛いだなんて、格好つけるな。』 ・『 嘘がいけないのではない。 問題は、自分がどんな嘘をついているか、知らないこと。』 *嬉しくもないのに嬉しいと言ってしまったり、だいじょうぶじゃないのにだいじょうぶな振りをしたり。 わたしたちは、たくさん嘘をついている。そして、そのことに気がついていない。まるで、失神したまま生きているようだ。 ・『 やりたいことはやっている。やらなかったことは、やりたくなかったこと。」 *やっていないことを反省するより、いろんなことをたくさんやった方がいい。 周りの人がどう思うか、そんなことはどうでもいいから。 ・『 可能性は、いつもあなたの外にある。したことないこと、やってごらん。』 ・『 気球が上がっていくときは、最初に砂袋を捨てるんです。 いくらヘリウムガスを入れようと、それより重い砂袋をもっていては上がらない。 いまもっているものを何ひとつ捨てることなく、気持ちだけ軽くなろうだなんて、ちょっとむずかしい。 ・『 あぶなくなったら、トカゲは尻尾を切る。タヌキは死んだ振りをする。 ヒトは、感じない振りをする。』 ・『 誰かがあなたを好きなのはあなたが優しいからじゃない。あなたがあなただから。』 ・『 うまくいってる人は うまくいくパターンを使ってる。 上手いってない人は 上手いかないパターンを使ってる。それだけのこと。』 ・『 楽しくない人生は、基本的に意味が無い。」 *毎日ご機嫌で暮らしている人の前では、業績とか財産とか、 これまで自分がすがってきたものが、本当に色あせて感じられるものです。 ・『 私たちは誰かのために生まれてきたんじゃない』 *それなのにどうして他人の評価で自分の価値を計ろうとする習慣から 抜け出さないのだろう ・『 目標をひとつに決める勇気を持ちなさい 』 *私たちが目標を持てないのは、目標を決めてしまったら、 それ以外のものが手に入らなくなってしまうのではないかと恐れているから。 何かひとつでも、本当に達成できたらすべてが手に入るというのに。 完全になったから人に認められるわけではない完全になったから人に愛されるわけではない ・『 いちばん問題なのは、問題なんかないという状態に逃げ込んだ人。』 ・『 人間はそう簡単に変われるものじゃないって?そう思っている人は,確かに変わらないと思うよ。』 ・『 天に星が輝いていても、あなたが見上げなければ、ないに等しい あなたが自分自身に目を向けなければ、あなたの価値もないに等しい 』 ・『 ほかの誰かになろうとしない ほかの誰かにならないようにしない 』 ーー 以上だが、やはり素直に受け止めた方が良い言葉である。考えること、考え続けること、それが最も大事なことである。 そのためには独りになる時間を持つこと、問題から逃げないことである。今日を楽しむといったら、任せておけ! と言いたいところだが・・・殆ど、私にとって当たり前のこと?でしかない?? いや、違うか??微妙なところだ! (*^−^)ノ バアイ ・・・・・・・・ 2006年12月20日(水) 2087, 経験についての一考察 −2 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはようー♪ 10日ほど前に、「経験」について書いたが、さらに考えをすすめてみよう。 歳を重ねるとは経験を重ねることであり、それが成熟することであり、良い人生経験を重ねることが 熟年として豊かな心で最後の光となる、云々と前回書いた。経験がマイナスの部分から自分の心を苛むことも多くなった。 福田和也の「成熟への名作案内」(PHP)に以下のような一節があったが、自分の心の影の部分をそのまま言い当てている。 ードイツの哲学者ヘーゲルは、経験を「自分の真実を失うこと」だと書いている。 自分の真実を失う、つまりこれが自分なのだ、自分はこういう人間であり、そのように認識され規定を試みた人間として、 この世の中を見ているんだという、自信というよりも、自認と足場が崩壊し、自己が自己として、自分に対して 持っていた信頼感なり当てにする気持ちが胡散霧消してしまうこと、それが経験なのだ。 それは自分というのは、良くも悪くも、この程度の人間、がんばっても、しくじっても、この範囲の人間であり、 どんな窮地におかれても、最低の品位を崩すことはない、というような自信が、具体的な行動の中で失われる、 あるいは変わるということ。 それが、経験だと、ヘーゲルは言っている。 だとすれば、成熟とは、何よりも自分が自分であるということを失い、自分から任じていたような、 立派な人間ではなければ、尊ぶべき個性も独自性も、勇気も持っていないということを知り、 その崩壊のあとになお、自分の姿を見つめて生きていこうと努力することが、成熟をするということに他ならない。 ーーー 以上であるが、私の現在の心情はとりもなおさずほぼ同じである。これが「熟年という心象風景」かと、 毎日のように内省する日々である。経験を重ねるということは深い悩みが色濃く蓄積していくことでもある。 ひとり、心の奥の高みにいて、すべてを見下していた自分が、「薄汚れた軽薄な馬鹿な男」と気がついたときの衝撃。 そのとき、中原中也の詩「汚れてしまった悲しみに 今日も・・」の悲しみが深く心に響いてくる。 挫折という「心の背骨」の骨折で逃げおおせなくなったとき、見下していた周囲を見上げたときに初めて気づく真実の光景。 そのとき、自分の価値観が根底から変化する。 この繰り返しの中で、人間の成熟が初めてもたらされる。 熟年は、深く心の憂いが霧になって取り囲んでくる。その中で独り飲むコーヒーの味も良いが!(⌒▽⌒)/"”さいなら! ・・・・・・・・ 2005年12月20日(火) 1722, 時代を読み解く「三つの言葉」 才八∋_φ(・ω・`)゜+. 文藝春秋の今月号の<新年特別企画> の特集が面白い。 (字数の関係でカット 09年12月20日) ・・・・・・・・ 2004年12月20日(月) 1357, 23歳の日記ー7 1969年 7月17日 神戸・垂水にて この会社で、もう何人から誘われたが、女の職場は厳しい。一人に振り向けば、その人以外は全てに無視されるのが女性の職場。 地方のせいか、心の綺麗な純粋な人が多い。また、声をかけてくる人は自分に自信がある人。目的がなければ何人かが合格で?、 毎日が楽しい日々だろう。それでは何故ここまで来たのか、意味がなくなる。それと、学生時代の女友達と比較してしまう。 妥協できない。武澤先生のいう、学生時代に相手を見つけておくのが一番良い相手に出会う確率が高い、というのがわかる。 ただ、決めてしまっていれば、今のような気持ちでなれない。 7月18日 (字数の関係で中間カット 10年12月20日) 8月9日 意のむくまま、文章を書いてみよう。9月になったら、1〜5日まで休暇をもらうことにしよう。 最も効率的にすごす為には、学生時代に卒論を書く為に籠った 新潟の六日町の雲屯庵に行くことにした。そこで自分を見直してみるのもよいだろう。 自分を冷静な状態にしておかないと、大きな落とし穴にはまり込んでしまう。 自分の目的が何だか解らなくなってしまう。こう文章を書いていても、この境遇から何も見えなくなりつつある。 同室に堀田君という同期がいるから、気持の中で支えがあるが。 あまりにも4ヶ月は変化が激しいし、刺激が強すぎる。自分を支える為にも、違う視点を持つ為に。 ・・・・・・・ 2004年12月20日 ー感想記 文章に残すということは、良いのか悪いのか。読めば読むほど記憶としての糸口になるが、反省・悔悟の思いがでてくる。 35年前の反省をしても仕方がないだろうに。恐らく死期を悟った時、昔のことが走馬灯の思い出され、反省と悔悟と、 反面喜びなどの、多くの思いが重く軽く、嵐のように吹き荒れるのだろう。真面目な、世間知らずの?男が、 高度成長期の時代背景の中で、あせっている姿がそのまま文章に出ている。当時の心の傷が、そのまま今も残っている。 心のままに書き残すことも大事なことだ。それにしても、やはり異常な状況での体験であった。 20〜40歳代は、誰もがこんなものか? それとも、やはり? 人生は面白い! ・・・・・・・ 2003年12月20日(土) 990, 軽井沢の思い出ー2 軽井沢駅から少し歩いたところに「離山」という小さな山がある。麓から頂上まで一時間もしないうちに登れる山で、 独りで何回か登った。その頂上から見る風情は何ともいえない趣があった。 また別荘地の散策も面白い。 歩いているだけで豊かな気持ちになれるのだ。 別荘と、そこの表札を見ているだけでも面白い。 有名人や大手の会社の名前で占められているのだ。それと一歩、別荘地に入ると殆ど人気が無いのもよい。 一時期、都内の若い女性の間で「5千円族」というのが流行ったことがあった。 その金額で休日、軽井沢の日帰りコース として丁度手軽だからだ。別荘地を散策して、軽井沢銀座のウインドウショッピングをして、軽く食事をして5千円で済ます。 早朝、街を歩いていると小奇麗な喫茶店が開いていて何げなく飲んだコーヒーが絶品だったことを思い出した。 いま考えいてみると、何処の湧き水と最高級のコーヒー豆を使用していたのだろう。また「万平ホテル」もレトロ調で 軽井沢にピッタリの雰囲気。 そこのレストランが美味しい。ところで私の新婚旅行は軽井沢であった。 挙式後、三浦さん夫妻と一緒に帰ったことを思い出した。丁度30年前のことである。 ・・・・・・・・・ 2002年12月20日(金) 616,パタゴニア旅行記−3 パタゴニアの印象といえば、氷河の他に遠くに広がる原野とアンデス山脈である。 アルゼンチンからペルーへの移動で見た左右の視界が270?もあるアンデス山脈のパノラマが素晴らしい。 数千メートルの山頂なら幾らでもあろうが、少し小高い平地で三百キロに近い景色が見えるのは想像を絶していた。 アフリカで数十キロの視界の景色を見たときの驚きを今もはっきり憶えているが、それがなんと数百キロの 視界の景色を目の当たりに見たのだ。 世界は驚異に満ちていると実感した瞬間であった。 秘境系の旅行はこういうチャンスに満ちているのがよい。世界の果てのマゼラン海峡や世界の果ての町ウシュアイア。 そこから船に乗り、ビーグル水道に埋めつくすアザラシやペンギンの群れをまじかに見たのも鮮烈な記憶に残っている。 人口十万のこの町で見た夕日の美しさも忘れられない思い出だ。 大型の野良犬があちこちに屯していたのが印象的だ。 厳しく貧しく派手さはないが、ある豊かさを感じ取った。ほとんど時代の変化に翻弄されることなく地道に生きてきた 逞しさからくるものであろう。ペルーでは殆ど見ることなかったコンドルが多く見ることができたのも今回の印象であった。 小さいテーブルマウンテンに似ている山の岩壁に巣が多く作られていた。ペルーで見たリャマの一種の野生のグアナコが 身近に多く見れた。それとダチョウにそっくりの野生のニャンドウも印象的であった。 両者とも捕獲が禁止されている為に多く繁殖した。その土地の景色にピッタリの動物が棲んでいるのも自然のなせる業だろう。 ・・・・・・・・ 2001年12月20日(木) 275、後回しー我が内なる無能性 後回しにして忘れ失敗した事を、誰もが数知れず経験しているはずだ。後回しは半分以上やらないことだ。 (字数の関係でカット 09年12月20日)
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2010年12月19日(日)
「プラトンとかものはし、バーに寄り道」ー ジョークで理解する哲学 ー トーマス カスカート (著), ダニエル クライン (著) 少し難しいジョークと解説集。しかし考えさせられる内容で満ちていて、味わい深い。 哲学をジョークに絡めるというより、ジョークそのものが本来、哲学を含んでいる。 * 合理的に疑う=哲学的ジョーク ある被告が殺人の容疑で裁判を受けていた。有罪を示す強い証拠があったが、死体がなかったのだ。 被告人の弁護士は最終陳述で奇策に出た。「陪審員のみなさん、これからあなた方をびっくりさせようと思います。 殺されたはずの人間が、一分以内に、この法廷にはいってくるでしょう」 かれは法廷のドアのほうを見た。 動転した陪審員たちは、いっせいにドアを注視した。一分間がすぎたが、なにごともおこらなかった。弁護人はいった。 「死んだ人が廷内に歩いてはいってくるというのはわたしのでっちあげでした。ところが、あなた方の全員が期待感をもって ドアのほうを見ました。つまり、だれかが殺されたかどうかについて、わたしはこの事件では合理的な疑問があることを、 あなた方に示したわけです。あなた方に『無罪』の評決を下されるよう、求めなければなりません」 陪審員たちは退席して審議にはいった。数分後にもどってきた陪審員たちは「有罪」の評決を下した。 弁護人はうめくようにいった。「どうして、そんな評決になったのですか。あなた方はある疑問をもつべきでした。 わたしはあなた方の全員が、ドアを見るのを見たのです」陪審長が答えた。 「たしかに。・・でもあなたの依頼人である被告は見ませんでしたよ」 【 いやすごい落ち、味のある哲学的ジョークである。娑婆は、こんなブラックジョークが溢れている。 生きていること自体がブラック? 紫? 人生の季節で変わる? 私はコバルトブルー! ? 】 ・・・・・・・・ 3180,今年の総括 2009年12月19日(土) 今年も総括の時期になってしまった。 去年のリーマンショックや、中国・深川大地震のような大事件は無かった。 オバマが一月末に正式にアメリカ大統領に選出、日本では自民党が惨敗し民主党の鳩山政権が発足。 それと新インフルエンザが本格的な流行を始めたことと、WBCで日本が優勝、マイケル・ジャクソンが 亡くなったことぐらい。 身辺でも金融恐慌の暗い雰囲気が漂ってはいたが、亡くなった人は従妹一人。 来年は、その分だけ大きな経済的事件や、国際紛争も起きそうである。 今年は、中休止の年というところか。 しかし日本経済は厳しさを増している。 当方も新潟国体で何とか息をつけたが来年は大きなイベントは見当たらない。 来年は来年だが、気持ちは暗くなる。 今年を歴史的に振り返ると、「ハイパー・デフレが始まり」 「新インフルエンザが本格的に蔓延」、「自民党が崩壊、民主党が政権を取り」「国債発行が予算を超えた」が、キーワード。 決して安泰の年というのではなく急な坂を転げ落ちていく境目の年である。私自身、25年ぶりに海外旅行に行かなかったことである。 9月に行こうとしたが、新インフルエンザの世界的な拡大に迷いが出て、キャンセル。 今からすると、行っておくべきだったと 後悔をしている。この恐慌の中、行かない判断も正解だったのかもしれない。2001年9月11日のテロと、去年の9月15日の リーマンショックの激震で、世界は大動乱に入ってしまった。 その二つの津波のウネリが大きく覆い被さってきているのが、 昨今の大不景気の原因。 今年も無事?終わりそうだが、来年はどうなっているか? 神のみぞ知るである。 ・・・・・・・・ 2815, 不況景色 −4 2008年12月19日(金) 今回の金融危機で、まずは日本の自動車、住宅、電気メーカーが大打撃で、深刻な事態になっている。その一つが為替差損である。 一円のドル安でトヨタで400億というから、120円から87円となれば、33円×400億=一兆三千億円以上になる。 数年でトヨタでさえ倒産というのも肯ける。ニュースでホンダのトップが涙目で、異常事態と言っていたが、果たして如何だろう? 野口悠紀雄の『円安バブル崩壊』の中では、 ー「「金融緩和政策と為替介入によって生み出された異常な円安バルブが崩壊して、本来の状態に戻りつつあるだけ」 と指摘。金融崩壊までの景気拡大は、企業の“選択と集中”による企業体質の強化や、改革による効果というよりも、 異常な円安バブルがもたらしたものだという。( この本は2008年5月29日に発行だが・・・) 昨年8月以降に急激な円高が進んだが、日米の金利差や消費者物価上昇率を比較すると為替レートは1ドル=60〜70円程度。 世界でほぼ同一品質のものが販売されているマクドナルドのビッグマックが課税前価格で日米で同じ価格の為替レートを算出すると 1ドル=79円に相当するという。 これから考えても、きっかけは金融危機としても、円高は円安バブルの崩壊の70円代 というのも肯ける。この自動車業界の惨状からみて、これまでの彼らの繁栄が、大多数の国民の犠牲の上で成り立っていたと思うと、 腹が立つことも事実である。 ーこの本のP−8にある次の箇所を読んでいて、腹が立ってきた。ー ・・・・「ビッグマック指数を使って次のように考えるとよくわかる。東京で276円で買ったビックマックをニューヨークに 持っていって売るとする。販売収入3、49ドルを100円のレートで日本円にすれば349円になる。 276円の元手で349円が得られるから、こういう行動が利益をもたらすのである。移動で品質が低下するので現実的ではないが、 製造業では品質は低下しないから、取引は現実的になる。たとえば、「日本でもアメリカでも自動車がビッグマック一万個分」 とすると、日本円で276万円の車が、3万4900ドルになる。したがって、日本で製造した車が外国に輸出して売れば、 右のメカニズムで利益が発生する。」 この数年間に現実の経済で生じたことの基本は、このようなことだった。・・・ 現在起こっていることは、その正常値になっただけと、野口悠紀雄は述べているのである。 それも一挙だから、パニック状態になるのである。 円高は原油高、穀物高、資源などを5割以上も高く買わされていた 国民からみたら、マイナスである。 その上で、彼らは繁栄を謳歌していたのである。それが東海ベルト地帯だけが、 その他の地域と違う国ではないかとさえ思えるほどの差になっていたのである。 ・・・・・・・・・・ 2007年12月19日(水) 2450, 手帳は予定、日記は過去を書くもの! (σ・з・)σオハYO!! そろそろ来年度の日記と手帳の準備に入る時期である。 最近では手帳と日記が兼用になっているものも目立つ。 書いたこと自体忘れていた学生時代の日記を倉庫で見つけ読み返し、その当時の記憶が鮮明に思い出されて、 気持ちを書き残す重要性を実感した。当時、何故書き残していたのか?当時の日記からすると、 自己コントロールとして書いていたようだ。それが結果として行動記録になったのである。 現在はブログと随想日記に日々行動と心情を書いているが、見られることが前提である。 学生時代の日記に39年ぶりに出会って懐かしく感じるのは、本心を書いていたからだ。 公開していたら、赤裸々な気持ちをそのまま書けなかっただろう。昨日、毎日新聞の読書欄に東大教授が 日記と手帳について解りやすく書いていた。 ズバリである。下手に心情など書こうとするから書けなくなる。 身近なことを簡潔にメモを刷ればよい、それも自分の言葉で! ーまずは、その内容からー 日記をつけない人はいう。いったい何を書いたらいいのかと。何も書く必要はないのだ。 何かを書こうと思う時点で拘束され、負担に。やがて挫折。日記は提出の必要なし。 文章表現に凝ることはない。自由きままに、その人の「いちばん楽なごとば」でつければいい。 感情表現を加えると重くなる。寝る前に一日を振り返り、「晴。午後から講義。夜、必殺仕事人、見る」。 ぼくはこんな感じ。 田山花袋は、いう。事実を書くだけでいいと。 <こう思ったとか、ああ思ったとかいうことよりも、こういうことをした、 ああいうことをしたという行為を書いておく方が「日記」という本来の性質にかなっている>。 (字数の関係でカット2008年12月19日) 荒川洋治、東大教授(日本政治思想史)日記の「新年」 (._.〃)ゝ…バイバイ ーーー 私のように読書の要約を残すため公開するコーナーや、日々の社会の感想を何気なく書き続けることで、より周囲や社会を 深く広くみることを動機にしている輩にとって、誰にも見せない日記も必要になる。それでも、いつか誰かに見られる 前提で書くしかない。そうだとしても独り自分に対峙する日記は、必ず習慣として持つべきである。 ・・・・・・・・ 2006年12月19日(火) 2086, 哲学者が霊能者を一刀両断すると!−2 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! 「知ることよりも考えること 」−? 読書日記 「生きていること自体が、神秘体験である。生前、死後の世界と何を取り繕っているのか、馬鹿も休み休み言いなさい。 それなら、現に生きている神秘を説明してみたら!」と問われたら江原某はどう答えるのだろうか? 「見えるものは見える」と言うしかないか。それとも「それじゃ心が見えますか?」と言うか? ばっさり切り捨てている部分が更に面白い。 ー生きていること自体が神秘体験だろう!− ーー 前世を語る者たちの、オーラとカルマの「物語」なのだ。物語とは、文字通り物語なのだから、本当でも嘘でもない。 知り得ないことについて、本当とも嘘とも言えないのは決まっている。 あれらの物語を求める人はおそらく、あれらの物語を 「本当のことだ」と思っている。 それを信じることによって、人生の意味と理由が与えられたように思うのである。 しかし、そのような仕方で与えられるような人生の意味と理由は、それ自体が物語である。 本当か嘘かさだけではない。 そんなもので本当に救われるのだろうか。人が何らかの神秘的なもの、「神秘体験」に惹かれるのも、恐らく同じ理由である。 オーラやカルマや臨死体験を神秘というなら、自分が存在しているということは、どうして神秘ではないのか。 ほとんどの人は、自分が存在していることを神秘だとは感じていない。そんなことは当たり前だと思っている。 (以下、字数制限のためカット 09年12月19日) ・・・・・・・・ 2005年12月19日(月) 1721, 日本一短い手紙 「喜怒哀楽」 −1 『 日本一短い手紙』のシリーズを読むのが二冊目になるが この「喜怒哀楽」がよい! 人間の赤裸々な姿だからだ。 読んだ瞬間、涙が出そうになった。 何も書けません! w(;o◎)w ー 第10回一筆啓上賞の中の10篇である。 口元のわずかな動きで分かります。かあさん、きょうは、うれしいんだね。 金子数栄 長崎県 59歳 農業 喜怒哀楽って季節みたいだ。1度に全部来ないし、何かを残してすぎてゆく。 寺沢紗裕里 岩手県大船渡市 15歳 中学3年 潮が引いた浜辺に貝が二つ。お父さん、私達みたいだね。次の波も 被り抜いていこう。田中久美子 熊本県水俣 46歳 地方公務員 家族全員がいたときの玄関いっぱいの あの喜怒哀楽の靴たちはどこですか 中江三青 鳥取県鳥取市 54歳 会社員 畜生!あげたてのてんぷらが食いてえ! ― ガ島で戦死した兄からの最後のハガキ ― 井邑勝 福岡県北九州市 69歳 無職 きみは小さな足でかわいい地団駄を踏む。 いったい誰から教わったんだい? 塩見直紀 京都府綾部市 37歳 自営業 雨音で目を覚ましたので窓を見たら アジサイがのぞいて笑っていました。 岸波由佳 福島県福島市 18歳 高校3年生 目を閉じるとき瞬間私は貴方との人生に「喜怒哀楽」のどの顔をするかしら 高橋直美 青森県青森市 31歳 主婦 母が怒り出したから、「だっ」と逃げたら、「だだっ」と母が追って来た。 石榑美樹 新潟県長岡市 18歳 高校3年生 いつの間にか付けていた心の仮面が、 今では勝手に感情を作る。本当の感情はどれ? 加藤裕美子 福井県福井市 15歳 高校1年生 ー他にも、すばらしい作品が多くある。 人の心は、弱く儚いものだが ーー ねぇあなた、哀しみの次には楽しさが来るんだよ。もう一度頑張ってみようよ。先日、満員電車で、席を譲られてね、感謝したけど、 何故か心に、空席が出来たよ。あなたがいないから、泣いていたんじゃないの、私もいないから、泣いていたの。 虹が出た時、土筆の顔が見えた時、今年初めて燕を発見した時。何だか幸せ。 「喜び」はきっと一人じゃ作れないよ。だって一人じゃうれしくないじゃん。 ・・・・・・・ 2004年12月19日(日) 1356, 梅の花ー2 部屋は六畳ぐらいの大きさで、机の下が掘りごたつ風になっている。 メニューは、湯葉煮、茶碗蒸し、豆腐のけんちん揚げ、黒豚と季節野菜の豆乳しゃぶしゃぶ、 豆乳リゾッテ風、シャーベットである。食事が終了するのに、一時間半はかかった。 挨拶に来た、マネジャー風の人の話によると「昼客の殆どが女性のグループで、11時過ぎに来て2時近くまでいる。 その為お客はあまり回転をしない」とか。最短で1時間半かかるのだから、女性客はそれだけ居座るだろう。 いま流行の、スローフードの典型である。「郊外型、高級料亭ふう京料理のスーパーストア廉価店」といえる。 (字数制限のためカット 2010年12がつ19日) ・・・・・・・・ 2003年12月19日(金) 989, 軽井沢の思い出 現在書いている随想日記に「軽井沢」のことが頻繁に出てくる。 記憶の彼方のことが、今更のように思い出される。 大学二年の秋に、隣の部屋の先輩から「OBの先輩がペアレントをしている軽井沢の山荘」のアルバイトに誘われた。 丁度、学生時代の生活に慣れて、寮とクラブだけの生活に辟易としていた時期で、丁度よいタイミングであった。 仕事といえば、食事つくりと、掃除と、宿泊客の夜の遊び相手である。 若い女性が殆どで、フォークソングを一緒に歌い、 ゲームをしたり、話相手になる。初めての経験で夢のような毎日であった。卒業するまで連休や夏・冬休みに二年間ほど行っていた。 早朝の朝もやの中、宿泊客とか同じヘルパーの女学生と散歩をするのが一番の楽しみであった。並木道の木が重なり合っている 「愛のトンネル」いや「「愛の小道」という絵に出てくるような場所もあった。周囲は別荘や池やホテルなどがあり鳥のさえずりや 雉の鳴き声が聞こえてきて、幻想的な小説の主人公になったような世界。 そこで仲が良くなって東京で会ってもTPOSが違うのか、 一度で夢破れたことが何回かあった。夢は夢にしておくべきということを何度か再確認をした。 また久々に会う女学生が嬉しそうな顔をして走りよってくる姿が、何ともいえない記憶として残っている。 何で誰とも結婚しなかったのだろうか、不思議で仕方がない。両親の縛りから抜け出せなかったのだろう。いや??! まだ受け止められるだけのものが無かった。 ところで話が変るが、そこの名前は「友愛山荘」であった。 旧軽から歩いて7〜8分のところにあった。政治家一族の鳩山家の政治団体「友愛」が、ボランティアで運営している ユースホステルであった。今はもう「鳩山家」の別荘に変っている。 そのペアレントー山荘の責任者が、学生寮の先輩で 「三浦満さん」あった。結婚したてで、奥さんが明るい人で「波子さん」と言われて皆に慕われていた。一歳の赤ちゃんがいた。 夜の「お遊びタイム」の後、三浦さんと酒を飲みながら政治や哲学など話すのも楽しみだった。 {ユースホステルでは、宿泊客をホステラーといい、アルバイトをヘルパー、マネジャー役の夫婦をペアレントという。} 大学を卒業をしてから10年位の間2年に一度は遊びにいっていた。また私の結婚式には三浦夫妻に出席してもらった。 「海外旅行」「葉山」「留学」「軽井沢」「外車」ゼミ」などの言葉は学生時代の私の世界では、特別の響きがあった。 友人の何人かは外車のアルファロメオやフォルクスワーゲンなどを乗り回していた。 貧乏(寮生活)と金持ち(欧州旅行で知り合った友人)の狭間で、目が回るような日々であった。 今から考えてみると、あらゆる人と社会的なものを一切脱ぎ捨てて、裸で付き合えたのが学生時代の一番の特典であった。 ・・・・・・・ 2002年12月19日(木) 615, パタゴニアの旅行記ー2 この旅行は12月4日〜17日までの14日間の旅行であった。 ・まずの見どころは世界自然遺産の一つ氷河国立公園の拠点のアルゼンチンのカラファテに三連泊。 大迫力の氷河の崩落を見るペリノモレノ氷河、及び氷山の浮かぶアルティーノ湖のクルーズを楽しみ、 この氷河国立公園最大のウプサラ氷河を見る内容であった。 モレノ氷河については前回書いたが、 ウプサラ湖の一面小さい氷山で埋め尽くした景観はその氷河をバックに何ともいえない美しさを現していた。 またウプサラ氷河は幅10?高さ80?の壮大な景観を、晴天の空の青に氷河の白と青をミックスさせて 我々の眼の前に展開していた。 何ともいえないパタゴニアの美しさに時間の静止を感じた。 ・次のハイライトはパイネ国立公園であった。1万年前に絶滅した巨大なナマケモノーミロドンの骨が発見された ミロドンの洞窟の岩ドームに呆然とした。その中でやはり圧巻はパイネグランデの雄姿である。 雲を頂く岩峰が4つ天を突き刺す姿はパタゴニアを象徴するものである。帰りの車の中でみたその姿は 一生概忘れられない夕景であった。山頂近くまで以前氷河があったのが山頂の岩の色の違いで分かるのがよい。 その先にあったグレー湖とその水源のグレー氷河に50?近くまで船を近づて見上げたのも印象的。 氷河の美しさでは近くで見たこともあってベストであった。 ・・・・・・・ 2001年12月19日(水) 274,一卵性双生児 今は行かなくなったが、10年前ぐらい週一回、10年近く通っていた店がある。そこの板前兼亭主が一卵性双生児である。 店の名前が「味生」である。面白いのが、共同経営のうえに一軒の住宅に二家族が住んでいる。 子供が2〜3人ずついて、食事も一緒に食べるという。二人の奥さんが一日交代に店にきて手伝う。 残ったほうの1人が家事をするという。小説になるような話だ。「現実は小説より奇なり」とはよく云ったものだ。 ふぐの専門店で客種はいい、なんともいえない雰囲気があった。副業と趣味を兼ね、チャウチャウのブリーダーでもある。 双子の世界は、一般の常識では解らないものが「テレパシーとか感覚の世界」であるという。 二人がカモシダシテイル雰囲気がなんともいえなくいい。TV小説の世界に入ったような気になる。色いろな世界があるものだ! ・・・・・・・・ ある時間の断片 12月19日 1968年 目が覚めたのが12時少し過ぎである。少し寝すぎたようだ。食後13時から17時まで集中して卒論を書き上げる。 休んで、21時から0時まで再び集中する。そこから頭を休めるつもりで、「愛について」を読む。 今の自分の姿勢を否定している部分が多い。「受容」と、「犠牲的精神」「信頼」という部分が見失われているようだ。 クールヘッド・ウオームハートといっているが、今の私が完全に逆のようだ。もっと広い範囲で本を読むべきであった。
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