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堀井On-Line
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2010年08月30日(月)
秘・異郷の旅、よもやま話 ー1
* 海外旅行に見せられて これまで47回の海外旅行で、フラッシュ的に記憶から飛び出したことを思いのまま書いてみる。 その方がむしろ、これまで書けなかった生の体験をリアルに表現できそうだ。 痕跡として残るのは、現場で撮った写真と言葉。 人生を旅に喩えることがあるが、素晴らしい経験と同時にトラブルを如何に少なくし有意義な旅に仕上げるかがポイント。 そのために、行き先の選定、日々の過ごし方、対処の仕方などのコツが大切になる。 また日本の遥か彼方から、逆照射してみた 自分の人生の卑小さが何とも滑稽に感じることがある。 それが気持ちに余裕を持てるのが収穫になっている。 まずは、思いもよらない経済恐慌に出くわした為に、人生の仕上げに入った計画に狂いが生じてきた。それも、なるがままの人生。 旅先で、絶対に行きたかったが行けなかったところはない。 ガラパゴス諸島ぐらいだが、それほど行きたいと思わない。 秘・異郷旅行での最大の収穫は、想像を遥かに超えた自然が与えてくれる感動。 自然そのものが何か波動を発している。 その波動に、飲み込まれにいくのである。 この感動は、山好きの人が国内の色いろな名山で経験しているものと同じだろう。 世界の異郷の地で、違う形で経験をするのである。 学生時代の多感な頃に北海道、九州、そして紀州と一人旅をしたことがあるが、 あの時の下地と、21歳時の一ヶ月の欧州旅行でのカルチャーショックが下地にあったから、ここまでノメリ込んだのだろう。 その結果、ほぼ毎晩、BS/衛生TVの何処かのチャンネルで、これまで行った先を放送しているが、見ていると旅の延長のようになる。 「一回の旅は、帰ってきても、そのまま続いていく」が、そこで実現してくる。一点豪華主義?としても、贅沢である。
・・・・・・・ 3069,新インフルエンザの恐怖 2009年08月30日(日) 新インフルエンザが全国的に流行期入りをし、拡大はもう止まらないという。 どうせ感染するなら、早くなって直った方がよいと割り切った方が良いようだ。 先日のTVのモーニングショーで、新インフルエンザ(=A)と、これまでのインフルエンザ(=B)との 違いを説明をしていた。その内容とは、 ・Aの方が、症状として重い。 身体がだるく、下痢や、発熱になり、気管支がやられ呼吸などが困難になる。 ・Bに比べて感染力が圧倒的に強く、かかる比率は比較にならないほど。 ・5〜19歳までが患者の7割で、青少年が罹りやすい。 ・予防でタミフルを飲んでも、48時間しか持たない。 ・外出後の手洗いと、ウガイ以外に、これといった予防方法はない。 ・感染者の接触した箇所の菌は48時間は死滅しない。だから、人の集まるところは何処もかしこも菌だらけ。 こんなところだが、ようは殆どの人が罹ると理解した方がよい。 一昨日の新聞報道では、まず10月半ばに一波のピークが来た後に、一度沈静化をして第二波がくるという。 来年の3月までに3500万人と三割が感染。その一年後の2011年までに8000万人と7割以上が 感染する可能性がある。 世界的にみると、大流行が終わるまでに3割の20億人が感染するとみられる。 WHOの新インフルエンザの症状として、 ・顔が青ざめ ・呼吸困難になり ・休息の間でも呼吸困難になり ・痰に色がつく(血が混じったり) ・意識もうろう ・三日を超える光熱 ・低血圧 等々。 当方の商売が商売だけに、これが日本中に蔓延した時の10月以降を考えると恐ろしい。 最悪の場合、数ヶ月間も客が半減し 「 」 現実に有りえることだ、そうしたら・・・後は天まかせ?。 金融恐慌の最中で、更に日本経済は壊滅状態? 特に地方経済は体力が消耗しているので深刻。 当然、ビジネスホテルは直撃を受ける。 その上に新潟国体が中止か、大幅に縮小ということもありうること。 現実に身近にも感染者が出てきている。 盆休みで海外旅行から持ち帰った感染者や、里帰りでの交流で 広範囲で菌が交流し、その子供達が明日から新学期、そこが菌の媒体の場所になり爆発的蔓延はあきらか。 一ヵ月後の9月末には、日本中が新インフルエンザがピークを向かえる。 新潟国体も予断を許さない事態もある。 明日からは、政変と恐慌と新インフルエンザが重なった大津波が吹き荒れるスリルとサスペンスの日々! ・・・・・・・・・ 2704、共同幻想を抱いていただけ? 2008年08月30日(土) 松井孝典の「レンタルの思想」の中のキーワードの一つが「共同幻想」である。 一万年前に農耕牧畜を始めて、「人間圏」を作り上げてきた。 そして右肩上がり人間圏の拡大が共同幻想だったことを、 人類は宇宙に出て地球を俯瞰して初めて知った。資源が有限であり、農耕以来、環境破壊を続けてきたことも、 これ以上の人間の欲望を拡大できないことも知った。 ー著者の松井孝典は、次のように人間圏の危機を述べている。 ≪欲望のカタチは所有であり、人間は地球という大地を「所有」すると、錯覚していたのである。 これが人類の「共同幻想」というのである。共同幻想は、これだけでなく、貨幣は未来永劫に交換可能とか、神様の存在とか、 人間の命は地球より重いとか、民主主義とか、市場主義経済とか、自由平等とか、人間を規定する概念すべてといってよい。 21世紀の人間圏にとって、その崩壊の引き金になる最も高いシナリオは、これらの共同幻想が多くの人に幻想と 認識されたときである。 その一つがインターネットとという。インターネット社会は、個々人を主体化し、 情報が個人に拡散する。 情報が拡散するということは、社会が均質化していくことになるが、共同幻想という面では 理想的かもしれないが、宇宙からの視点から見れば、人間圏のビッグバンになる。 それは秩序も構造も、情報もあってない、混沌とした社会になる。》 そこで、共同幻想とは何かを知るためにネットで調べてみた。 ー以下は共同幻想についてのウィキペディアのコピーであるー 共同幻想(きょうどうげんそう)とは、複数の人間で共有される幻想である。 日本の思想家である吉本隆明が用い、有名になった言葉である。 吉本は、自分の共同幻想とは、マルクスの用語である上部構造と同じ意味であり、 ただ手垢がついているから使いたくなかったと述べている。 吉本隆明は、著書「共同幻想論」で人間関係は、3種類に分類されると提唱した。 ▼ 自己幻想 = 個人と個人の関係。 ー芸術がこれに当たる。他者には影響を及ぼさないため、無制約に自由である。 ▼ 対幻想 = 個人と他者とのプライベートな関係。 ?家族・友人・恋人がこれに当たる。 ▼ 共同幻想 = 個人と他者との公的な関係。 ?国家・法律・企業・組合がこれに当たる。 宗教は、個人の内面に収まっている限りは自己幻想に当たるが、教団を結成し、布教を開始すれば、共同幻想に当たる。 この分類は効果的であり、世界を正しく見るうえでこの3つの幻想領域を混乱、混同させないことが 大事であると吉本は主張する。これらはそれぞれ独自の法則で動いているのである。 例えば、吉本は心理学者のフロイトはリビドーと言う対幻想性を、社会領域まで無条件に拡大して採用しようと したところに誤りがあると批判する。また、1人の人間もこの3つの領域でそれぞれ違う顔を持っている。 *職場にいる顔と、*家庭にいる顔、*1人でいるときの顔や行動は、それぞれ違うのである。 外弁慶、内弁慶という言葉があるように、冷酷な独裁者や軍人が家庭内では優しいよき父親であったり、 逆に職場では物静かな男が、家庭内では暴力的な暴君として振舞うなどということは、充分ありえる。 吉本隆明は、共同幻想の世界では、個人が幽霊としてしか存在できないと主張する。 例えば、「今は企業の危機だから、粉骨砕身働け」との企業幹部の檄は、 労働力を売りに来ているに過ぎない個人としての労働者の立場と矛盾する。 〜〜〜 以上だが、 松井孝典の二冊の本は、大きな衝撃であった。 地球学という視点で、自分を振り返ると、大いなる共同幻想の中で蠢いていた小さな生命でしかないことだ。 太陽の惑星の一つの地球、その大気圏の中の、物質圏の、生物圏の、人間圏の、極東圏?の中の小さな島国の、 北陸圏の、新潟圏の中の、何でしかない私。 地球の外から俯瞰すれば、そういうことである。 そして、共同幻想を何の疑問を持たないで抱いていた存在である自分を振り返り、「何?何だったのか?」 と根こそぎ、人生観がぐらついている。恐らく、身近に死を感じ取った時に、直感的に感じる恐怖心の向こうに 見える宇宙的な俯瞰の視線は、織田信長が舞ったという敦盛の 「人生50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか」を彷彿させる。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月30日(木) 2340, さっきみた幻想的、かつリアルな夢 -v-)。o○《Gооd Мояйiиg》○o。(-v-★) これだけ、ハッキリと憶えている夢は珍しい。毎朝書いているモーニング・ページに夜半にみた夢を書いているが、 殆ど忘れている。それでも、五日に一度位は大筋は書いているだろうか。夢から醒めた直後は忘れないように反駁をしているが、 しかし殆どは反駁したことだけしか憶えていない。ところが、どういうわけかリアルに殆ど憶えているのである。 夢見た直後に、リアルに、詳細に書けば、読んでいても面白いだろうから、あえて書き出してみる。 まずは、私の夢の世界を、ご覧あれ。 私の潜在意識の公開である! ーーー 近所を散歩していると、面白そうな家が目に付いた。家の向かって右の方に、子供のための遊び場がつくってある。 そこで主人らしき人が手作りで何かを作っている。 声をかけると、中に入ってもよいという。 そこに入っていくと右が廊下のようになっていて、手作りの小さな部屋が5つ位ある。 その中に子山羊がいたり、こどもの遊び場があったり、遊び道具が入っている。 その廊下の奥に少し広い空間があり、カヤックやカヌーなどが置いてある。 家の右全体が自分たちの遊び場として、その主人・松尾という人が自分で手作りで作ったという。 そういえば去年、大学の学生時代の友人がカヤックを持ってきて新潟の阿賀野川の河口で大水の中、 二時間ぐらい遊んだことがある、と言うと、急に打ち解けてくる。そして、居間に案内をする。 そこには、彼の友人が4〜5人遊びに来ていた。毎週のように週末は仲間が集まるという。そこで奥の方の部屋に行き、 そこで松尾さんと話をする。薄っすらとした髭をはやした五十歳位の人で、自由業のようだ。 名刺をだそうとしたが、出さない方がよいと判断、自分の姓だけをいう。 急に睡魔が押し寄せてきたが、そこに10歳位の彼の息子が来て、正座をして挨拶をする。 私も挨拶をしようとしたが、眠くてできない。 その松尾さんに、「あなたは自由業でしょう。弁護士か、医者か、 会計事務所の先生とか」というと、その通りだと答える。そうじゃなければ、このような好きなことを好きなまま、できないはず。 ところが、この夢には次の場面がある。翌日、何と家内を連れて、その松尾さんの家に行ったのだ。 そして、家内は松尾さんの奥さんと話をしている。半分お互いに知っていたようだ。 二人で世間話を始める。まあ、せっかくのところに何で家内か、と思っているうちに帰ることになった。 ところが、何か騒がしいので行ってみると、この家の老いたお手伝いさんが前日亡くなり、 そのお参りに近所の人が来ていたのだ。 そこで私も、仏壇の前でお参りをする。 身寄りではないが、お手伝いとして面倒を見ていた人という。 聞いていて涙が出てくる。 その後、一人で自宅の前に帰ってくると、宅配の人が玄関口にいる。その前に宅配の人がきていたようで、 不在の紙がある。そして、家に入ろうとすると、何か人の気配がする。二人の息子と、二匹の犬が一Fの部屋にいる。 庭から部屋の中を見るとまだ高校生の彼らである。 その辺りで眼が覚める。 何か不思議な、リアルな夢である。心象風景ということか? 他人の夢を垣間見るのも面白い? というより、珍しいか!私も直後にこれだけ、鮮明に文章化したのは初めてである ネムイ! :(,, ・∀・)ノ゛ マタネー.:+: ・・・・・・・・・ 2006年08月30日(水) 1975, 写真家はインドをめざす \(^▽^*)おは! ー読書日記 インドを精通する写真家14人が描いたフォトエッセイが、この1冊に凝縮してあり、読んでいて魂まで吸い込まれるようだ。 この本、この数年で5〜6回は図書館で借りてきては返している。 読めば読むほどに何とも魅力のある本である。 いや本が魅力があるというより、インドの地と、そこに住む人々の混在した多様性にひかれる。 カルカッタのマザー・テレサの建てた「死を待つ家」。路傍でまるでゴミのように死んでいく身よりの無い人々が、 せめて屋根のある家で死んでいけるように建てた家の死を待っている老人達の写真を冷静に撮ってあるもの。 ・物乞いのライ病患者や、駅の隅で転がっている少女の死体? ・河の辺で焼かれている燃え上がっている死体。 インドをドック・アイの視線でカメラマンの目は鋭く一瞬を抉り撮っている。 白黒の写真が、むしろピッタリである。一人当たり7〜8頁の文章と、10枚位の白黒写真がその文章の後にある。 画家や写真家のエッセイは何故、ここまで優しく鋭く人の心を捉えるのだろうか? 恐らく、一瞬の被写体の中にある本質を見抜く感性が私たちの心の奥の共感を呼び起こすからだろう。 この本のトップの日比野宏の出だしの文章から、対象を鮮明に表現する。 (字数の関係でカット09年08月30日) ーーーー 「写真家はインドをめざす」青弓社 (共同 著書) (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! ・・・・・・ 2005年08月30日(火) 1610, 閑話小題 ーダイエー長岡店閉鎖ー ダイエーの長岡店に一昨日の日曜日、最後の見納めで行ってきた。あと閉鎖まで三日ということで、 殆んど商品がない状態。最後の残りの商品にハゲタカかハイエナが集るように客が、右往左往していた。 本来は閉店といえば、問屋が売れ残り商品をドサクサに紛れて売るのだが、その元気もないようだった。 ダイエー出店で長崎屋が閉鎖に追い込まれ、今度は郊外のSCやスーパーセンターに敗れ去る姿は 現実の厳しさをそのまま露出していた。 ー今度の選挙は自民大勝かー (字数の関係でカット08年8月30日) ・・・・・・・・・ 2004年08月30日(月) 1245, オリンピックが終了 オリンピックが、昨夜(日本時間では今朝方)終わった。期間は8月12日から29日までの17日間であった。 結局は金メダルが16個。前回の三倍、東京オリンピックと同数、であるから大成功だった。 復興委員会が数年前に打ち立てた戦略の結果であった。 私の印象の強い順に書くと ・金メダルを16個取ったこと ・女子マラソンで野口が優勝したこと(丁度ツアーで、ウィーンのホテルでチェックインをした直後にゴールを見た) ・柔道が8個の金メダルを取ったこと ー野村が三試合連続金メダル、谷亮子が女子でニ連勝、 優勝最有力視されていた井上康生が一回戦で破れたことなど ・水泳では、男子の岡島が金を二個、女子ではあまり目立たなかった選手が優勝をしたこと ・体操の団体優勝の緊迫した内容と優勝 ・優勝選手のドーピングで、銀であったハンマー投げの室伏選手の逆転優勝 ・優勝をめざしていた野球が銅に終わったこと −日本のプロ野球の威信をかけたが、この程度の実力ということが判明したことと これで、一リーグ制に加速がつくだろう 以上、誰もが同じ印象であろう。 ところで、過去に日本が強かった卓球、体操、レスリングなどを、中国と北朝鮮が 冷戦時代に戦略的に集中して強化して狙いうちをしていた。そしていつの間にか彼らの得意競技になっていた。 それを一部とりかえしたといってよい。いずれにしても、日本復興委員会をつくって本気になって 金メダルを狙いにいった結果だった。 まあ素晴らしいことだ! ・・・・・・・・・ 2003年08月30日(土) 878,「何故なれない富士山が世界遺産に!」 先日のNHKTVの「クローズアップ現代」をみていて驚いた。「富士山が世界遺産の指定から外れてしまった」 と真面目に取り上げていた。「馬鹿たれ、ユネスコの世界遺産とは何ぞや知っているのか!」 こんなものはフランスの一部の利権屋の既得権のワッペンの世界でしかない。 そのことを西アフリカのツアーで嫌というほど知らされた実感である。 そのツアーの謳い文句が、「世界遺産を見てまわる旅」であった。 ところが、その世界遺産というのが見るに耐えない塵以下の代物だった。 殆ど意味のない、小さな小屋が世界遺産という。これは詐欺以下の世界である。 添乗員曰く「これは詐欺の世界で、世界遺産はそういう西欧のラベルーワッペンの代物でしかない!」 「うっせい、この野郎!それを謳い文句でパンフレットに載せて、つれてきたのはどこのどいつだ!」 と心の中で思ってもすでに遅かった。 NHKの番組で「何故、富士山が世界遺産から外された?」と 真面目に取り上げていたのだ。このことを解ってNHKも放送しているのだろうが、まさか「天下のユネスコの世界遺産とは その程度のものだ」とも放送できないのだ。何の意味がない世界遺産をタップリ時間と金をかけて行ってゴミ?を 見せつけられた経験がいわせているのだ。 この文章をみて「私の偏見で決めつけているいるのではないか?!」 と考えるかも知れないが、実体験でこの目で見た事実である。どうしても西欧の価値観で決められるのだ。 自分たちが過去に統治していて、今も関係の深い観光資源に甘くなる。「こんなもので遺産はおかしいし、 まだ富士山が選ばれてない」と、その時も添乗員が言っていた ノーベル賞も、「もっと質が悪いもの」と考えると 世界が違って見えてくる。あくまで欧米の政治的価値観のレベルでしかない。馬鹿みたいなのが、この表象世界である。 しかしそこに住んでいるのが人間でもあるのも事実であるが。特に閉ざされた国の日本人は、世界遺産とかノーベル賞という 言葉だけで信じてしまう傾向があまりにも強い。更に地方にいると、こういう視点を持つこと自体が変人扱いをされてしまう。 「他の星の住人の視点」をこういうグローバルの時代こそ必要ではあるまいか! フランスでは大統領に当選すると、まず大統領マニュアルを徹底的に叩き込まれるという。 その中に「地球儀を数メートル離れたところからみる習慣化の訓練」があるという。 それを知ったときは、なるほどと納得したものだ。自宅では、TV の横に100円ショップで買った地球儀が置いてある。 会社では、机の横に子供が使っていたボロボロの地球儀が置いてある。 時たま稀有壮大のことを考えるのは、そのせいだ。 100円ショップというところが自分でも(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿! 週に数回は地球の旅の番組をTVで見るときに手にとって見るが、非常に便利である。 ・・・・・・・・
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2010年08月29日(日)
* まさか昼飯がパン食になるとは! 最近の昼飯は外食から事務所内で駅のベーカリーで買ってくるパン食に切かえた。 時どき弁当もあるが、どうも冷えた弁当は部屋で食べるにはそぐわない。レンジでもあれば別なのだろうが。 それもインドのナンのようなものでパセリと海老か、唐揚げを包んだものがラップに巻かれている。 若い女性が好みそうなやつで、それだけのコーナーがある。 以前は、他にカレーパンなど二個だったが現在では一個にバナナ。 この歳になると、味は美味しく、サッパリして、腹に持たないものを求める。とすると女性向きにつくられたものが丁度良い。 30年近くのランチャーも卒業で、お部屋でヒッソリとパン食。 なれると外食が馬鹿馬鹿しくなる。 駅内にあるミニ・スーパーの弁当コーナーを見ると、300円弱から400円辺りが中心プライス。月に3〜4回は買うが、 何かイマイチ。 駅のベーカリーにイートインのコーナーがあり、コーヒー付きで400円位である。 近くのマクドナルドなどと競合しているが、殆どが女性客。 早い時間から客席は半数以上は埋まっている。 最近、長岡駅内にも出展したが山崎パンの直営店という。 最近、ほぼ同じものが地元のスーパーに見かけられるようになった。 スーパー原信が、地元のベーカリーチェーンを買収して、自社店舗内に出店している。土日のどちらか一日の早朝7時に毎週 行って、焼き上がりのパンとコーヒーを飲むのが楽しみの一つになっている。 昼にパン食に切り替えてから体重が1〜2キロほど痩せたが、これで20歳半ばの体重に戻った。歳相応になったということか。 それより、ランチを食べに行くのが面倒になったということ。 ・・・・・・・・ 3068,衆院選後のマスコミ社説を先取りすると! 2009年08月29日(土) 衆院選挙の自民党の壊滅は、ほぼ決定的である。 バナナを使って捕獲されたサルと自民党の姿そのものが重なって見える。 サルを捕獲するに、箱にバナナを入れておき、サルの手が入る穴からバナナを掴むと手が抜けない。 そこを捕獲するという逸話がある(本当かどうかは確かではない)。 それと、自民党の300議席からくる権力の執着に似ている。 誰かがこの喩えを使うかどうか。 翌日のマスコミの解説の内容は以下の通りだろう。 * 民主党の大勝に意味すること 《 民主党が歴史的大勝をしたが、これは自民党の4年間の政策に対する国民の失意の結果。 ところが自民党の領袖たちは最期まで、その自覚が全く無かったようである。 一年おきに、実力の無い首相を血統書のブランドだけで三人もたて続きに送り出し、その醜態を見せつけられれば、 国民は愛想を尽かすのは当然である。 自民党は、国民を小泉劇場という猿芝居で騙し取った議席で4年間も居直り 官僚に利する政策を続けた結果が、これである。 日本の歴史に残る最悪の事態に導いた4人の宰相と、 元首相や元領袖などは、汚点として評価されて然るべきである。 この7〜8年間に新自由主義の波に乗り、堀江モン、村上某、オリックスの宮内某とかの、怪しげな乗っ取り屋が マスコミで寵児のように扱われた。 その結果、日本的企業風土は粉々に壊されてしまっていた。 小泉の行った郵政民営化は旧態依然とした体質に風穴を開けたことは確かである。 民主党が、それを全面否定してはならないが、大きな修正の必要性はある。 ところで日本の国体をこれほど落し込んだ元凶の田中角栄の娘が、風の流れに便乗して民主党に入り込んで 閣僚を狙っている?と報じられているが、外務大臣のときの醜態を二度と国民の前に出してはならない。 落選した自民党の大量の元代議士が今度は参院で再起を目指して、水面下で選挙を目指して起死回生をかけるだろう。 その結果として、参院が自民・公明党が過半数を取ることになれば、これまでと全く逆転する皮肉な事態になる。 そのプロセスで政界再編成になるだろうが、この政治的に幼稚な日本という国にとって、この5年間は大転換期。 可能な限り安定した政局の必要である。 民主党の待ったなしの強力な戦略が求められる。 》 大方、こんな風な内容だろう。「自民に不満、民社は不安」とは良く言ったものだ。変化は不安だが、必要である。 ・・・・・・・・ 2703, 「レンタルの思想」−7 2008年08月29日(金) 地球は太陽の周りの隕石が何度も何度も衝突を繰り返しながら拡大し、生成されたもの。 聖地が石で出来ているというのも、その辺に秘密があるのだろう。 趣味の究極は石になるというが、 それもまた同じ理由なのかもしれない。いま気が付いたが、植嶋啓司の本を取り上げたことがあった。 全く忘れていたが、聖地の共通点を取り上げた内容だった。 〜〜 「宗教の隕石学」への挑戦 松井孝典×植島啓司 *聖地の岩石学 松井: 植島さんの本を読んで、なるほどと思ったのが「聖地というのは、みんな石切り場だ」ということです。 植島: 石を切り出したところ、あるいは特殊の石組みですね。 松井: 自然が宇宙の歴史を記した古文書なら、石切り場も古文書です。 植島: 20年間、世界中の40数箇所の宗教の聖地をおとずれたが、共通して出会ったものは「石」であった。 エルサレムの黄金のドームは「岩のドーム」と言われているとおり巨大な一枚岩が置いてあるだけ。 聖墳墓教会のあるゴルゴダの丘もかっては巨大な石切り場だった。 ストーンサークル(環状列石)、 岩石刻文の宝庫であり、 パルテノン神殿が建てられたアテネの小高い丘は巨大な石の塊、エジプトの ピラミッドは元々は石灰岩の山で、崩して平らにして組みなおしたもの。これらは偶然だけではないだろう。 植島: 聖地の条件として、ある樹木があるとか、洞窟があるとかではなく、なぜ石なのか、石には何か特殊の 力があったのか。・・・ 古文書として石を読む上で、分析は非常に大事だと思います。 ただ石の成分を読むのではなく、石が置かれた文化的環境を読む。 石ということでは、隕石や地球のマグマとの関係も重要です。・・・ 松井: 実は1980年以前はそういう認識はなかった。というのも地質学では、巨大隕石の衝突と地球史・生命史を 結びつける考え方は、科学では退けられていた。 しかし天から降る石があって、それが人間の存在や 考え方に影響を及ぼすという認識は、自然科学の登場前からあったかもしれない。 松井: 今こそ地球上に多くの人が住むようになって、絶えず隕石の落下が報告されているが、これが人間が少ない時に 大空から大音響とともに火の玉が降ってくるというのは、すごいインパクトがありますよね。 〜〜 解) 聖地は、どれもこれも、石切り場の跡にあるという。 私も多くの聖地を見てきたが、全てが石組みであった。 古代は大創造物は石しかないのだから、何も不思議ではないじゃないか、 という見方も出来るが。 隕石に不思議な成分が含んでいたのかもしれないし、宇宙の暗号があったのかもしれない。 現代の人類が、その暗号に気づかないだけなのかもしれない。隕石に不思議な波長を、特殊能力のある人は、 感じ取っていたのだろう。空から轟音とともに石が降ってくれば、神からの贈物と思うのも不思議ではないが。 「聖地の隕石学」も面白いだろう。親父が晩年、石に興味を持ち、うちの庭には大きな石と石灯篭がゴロゴロある。 一昨日も、兄の庭にあった石灯籠を一つ引き取った。 一年ほど前から、庭の花を写真に撮りだしてから、ここの庭に興味を惹かれるようになった。 石と木と花と緑のバランスが良いが、実は特徴は背景の石だったということだ。 ・・・・・・・・ 2007年08月29日(水) 2339, 意志について ・ω・)ノはよー 「狂人三歩手前」 ー中島義道著 −哲学などしないようにー 哲学は、全て根こそぎ疑い、そして疑いの中から真実を見つけようとする。 哲学は曖昧な言葉をミキサーのように砕いてしまう。 意志についても哲学者は、その言葉に含まれている前提を見逃さない。 殺人者は、殺そうという意志があって成り立つ。(衝動もあるが)一般的に意志は初めから「善いもの」という前提がある。 その前提を見逃さないのが哲学である。だから、嫌われるのである。 といって、曖昧な考えは、判断を狂わしてしまう。 真理をさけて通ることは、さけて通ったという事実が残る。 ーー P−174 世の中で信じて疑わないことのほとんどが眉唾ものである。 とは、10歳の頃から直感していたが、ーそれを一つ一つ「やっぱり」と納得していく過程が私の人生であった 「ある」とは何か、「いま」とは何か、「私」とは何か、「善い」とは何か、人生経験を積めば積むほど夜中に 森の中をさまようようにわからなくなっていく。とりわけ、このごろ「意志」と呼ばれているものは、 ただの社会的取り決めにすぎないのだ、という思いが強くなってきている。 私はすべてにおいて優柔不断であり、 何かを選んだ瞬間に後悔することはざらにある。「タンメン」と注文した瞬間に「味噌ラーメン」にすればよかったと後悔。 だが、すぐ取り消すのは恥ずかしいし、もう作り始めているかもしれないし、とあれこれ考えて、ぐっとこらえるのだ。 (字数の関係でカット08年8月29日) ーーーー そういうこと! 哲学など徹底的に割り切って鳥瞰していないと、社会を混乱させるに過ぎないだけである。 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年08月29日(火) 1974, 東京駅の一瞬の出来事! Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning (~O~)ふぁ・時差ぼけ! ケニア旅行の帰路、最終の新幹線に間に合わないので日暮里に泊まった。 翌朝、東京駅の新幹線改札口の近くに行ったところ、突如顔色を変えた黒服の背広の10人位が走ってきて 通行をストップした。一瞬、テロ爆弾の予告電話が入り閉鎖を始めたのかと思った。 しかし、その直後冷静にみると何か違う。黒服の男達は改札口の両側にロープを張って、その中に人を 入れないようにしている。「はは~、超ビップの新幹線の乗り込みのための警戒のための何か?」と直感。 逃げかけた家内を呼び止め「超ビッグのための警戒。面白そう見てみよう!」次の瞬間に、カメラを出してと、 家内がいう。近くにいた人がやはり携帯電話のカメラを出した。私も一瞬迷ったが バックにデジタルカメラを有ることを思い出した。そのときは、皇室??を忘れて写真を撮っていた。 近くのSPが嫌な顔をしたのが一瞬わかった。 それをさせないのが、SPの技術のなのだろう。 そして、一枚撮って、その後ビデオに切り替えた。しかし、それは写って無かった。東京駅では日常だろうが・・ 天皇・皇后様が新幹線に乗るときの状況を直に見るのも面白い。新幹線に乗るときに数分間の一瞬の間しか 交通止めしかできない。もし閉鎖で乗り遅れたら、国民の反感を間違いなく受ける。 我われの目線は天皇であろうが、 \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・ 2005年08月29日(月) 1609, 愛とは何か −1 この歳になって、いまさら「愛とは何か」でもないが、この年齢でなればこそ、愛が人間の心の背骨と実感する。 ある愛の定義が納得のいくものである。「愛は、自分自身や他者に対して共感的にあるがままに受け入れることと 尊重することである」これから考えてみると愛することとは、自分を自分として、他人を他人として受け入れることになる。 まずは自分と他人を尊重することである。他人を愛するということは、よかれと思い、その道を一緒に探し求めることである。 判断や批判なしに受け入れることが、愛の第一歩である。飯田史彦著「愛の論理」の「愛」の定義が面白い。 その一部を抜粋してみると、 ー愛の定義 p.334 愛とは、自分という存在の価値認識と成長意欲から生まれるものであり、相手がただ存在してくれていることへの感謝ゆえに決断し、 永続的な意志と洗練された能力によって実行しようと努力する、相手の幸福を願い成長を支援する行為である。 p.374 私たちは、愛の実行力からみた人間としての成熟度に応じて現在の自分に可能な範囲で精一杯の愛を実行すればよい。 なぜなら、成熟度を大きく超える愛の実行を試みても、そこには必ず無理が生じて、自分自身を痛めつけたらり、 相手をも巻きぞえにして傷つけてしまう結果になるからである。ただし、私たちは、自分の成熟度を高めるための努力を、 つねに怠ってはならない。なぜなら、私たちは、愛の実行のみによってゆるされるのではなく、 より高度な愛を実行しようと挑戦することによって、ゆるされるからである。したがって、私たちは、はるか彼方にそびえる 「愛の山頂」にあこがれながらも、いま目の前で踏みおろすべき「次なる愛の一歩」を、見きわめなければならない。 そして、まだ山のふもとや中腹を歩んでいることを自覚しながらも、 着実に山頂を目指して登ろうと努力する時、その勇気と成長によって、私たちはゆるされるのである。 ーまた谷川俊太郎の詩がよい あい 谷川俊太郎 あい 口で言うのはかんたんだ 愛 文字で書くのもむずかしくない あい 気持ちはだれでも知っている 愛 悲しいくらい好きになること あい いつでもそばにいたいこと 愛 いつまでも生きてほしいと願うこと あい それは愛ということばじゃない 愛 それは気持ちだけでもない あい はるかな過去を忘れないこと 愛 見えない未来を信じること あい くりかえしくりかえし考えること 愛 いのちをかけて生きること −− 宗教の愛についての教えも深い。 愛について聖書にはこう書かれています。 「愛は寛容で、情け深く、ねたむことをしない。高ぶらず、誇らず、無作法をしない。自分の利益を求めない。 いらだたない。恨まない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。すべてを忍び、信じ、望み、耐える。」 また仏教では、「無縁の慈悲」を究極の愛の姿としています。 つまり、私が誰かに何かをしてやるということを全く意識しないで、他者を幸せにすることです。 ・・・・・・ 2004年08月29日(日) 1244.お笑いコーナー 今日のお笑い (字数制限のためカット 2010年8月29日) ーーーーーー 2003年08月29日(金) 877, 女の盛り時ー女とオバサンの境い目 十数年前に、第一生命の叩上げの財務の人と飲んだ時期があった。 女性を知り尽くしている人という感じであった。こと女性に関しての一言一言が相通じるものがあった。 私も姉が4人もいたり、女性の職場にいたため、女性の裏表を知っているつもりであった。 しかし体を張って保険をとってくる女性を管理してきた人の言葉は、全く違う響きがあった。 ・保険勧誘はギリギリのところの女性を動機付けていなくてはならない。 部下とは塀の上に一緒に立って(男女の中という意味)いないと仕事にならない。その危なさが何とも面白い。 ・女性の盛りは40歳からの数年である。丁度人生の曲がり角で一番危ない時である。危なさが微妙に女性の魅力に なっている時期である。 オバサンになるか、今一度最後の花を咲かせるかの境い目が何とも良い。 なるほどと思って、その視点で見つめなおすと全くその通りである。 高峰秀子が何かの本で「女性は45歳が境い目で、急激に坂道を転げ落ちるように変わっていく」と実感で書いていた。 何か第一生命の人の言葉と相通じるものがあった。 女としての最後の輝きが全身から出てくるのだろう。 その時期に、私の姉たちと従姉が葬式で同席した。その年齢の境い目の前後の姿を、そのまま目の当たりに見てしまった。 しかし、チャンと身奇麗にしていれば、その年齢の魅力は出てくるものだ。 年齢を重ねれば重ねるほど、自己管理が必要ということだろう。それは男女に関係なくだが。 内面がそのまま表に出るから恐ろしいのが歳の蓄積である。昨夜も同級会の幹事会で悪臭を撒いていた 「おれは中卒だ!」が口癖の漫画に出てくるような職人がいたが。 同級の女性達も、年齢の割りにちゃんとした魅力を保っていた。長年の品位が魅力になってくるのだろう。 ーーーーーーー 2002年08月29日(木) 503,「10,4,2,1の法則 」-2 我々は何時の間にかこの逆をやってしまうことがある。一つことをやって上手くいかないと次のことを始める。 それはそれでよいが、やめてから次のことをすべきである。やめないで、次から次に始める。上手くいって 舞い上がって始めるケースも多いが。力の分散である。飲食店の場合、見ていると本当に多い。 東京TVの「愛の貧乏大作戦」を見ていると面白い。追い詰められた商店主の店を建て直す番組。 主力の商品がお客に受け入れられなくなり廃業直前になる。メインの商品の落ち込みを他の商品を広げて逃げてしまう。 更に主力商品の力が落ちる。そのことすらも気づいていない。上手くいっている店は、商品の絞込みがしっかりしてある。 その店で修行する番組なのだが、その段差が漫画的ですらある。いろいろな失敗の中でそれに気づいている店主と、 全く気がついてない店主の差が歴然としている。マクドナルドはハンバーグだけであれだけ大きくなった。 ただハンバーグでは大きくなれない、あとはシステムの構築だ。それも数十年かけた。街の大衆食堂は何でもあるが全て中途半端だ。 その道のプロならまだよいが、素人が中途半端で始めると目が当てられない。近くの飲食店で死にかけている店がやはり 同じことをしている。拡散はメインの商品の質の低下を引き起こす。自分がレンズになり、メイン商品に焦点を当て続ける事だ。 そうすれば、そこにはエネルギーが集まる。自戒も込めて書いている。私の場合は、客室プライスの価格破壊の徹底と、 それでも利益を出せる仕組みつくりだ。話はそれたが、時代の変化に対して変化し続けることは難しい。 一つの事を止めて、次の商品の開発は大事なことだ。商品も事業もだが、メインの深耕を本当にしてからだ。 ーーーーーーー 2001年08月29日(水) [125] 目には目を歯に歯を この意味をイスラエルに旅行するまで全く知らなかった。 実際の意味はその正反対の意味であった。 それまでは目をヤラレタラら殺す、歯をヤラレタラ目をやる。それをヤラレタ範囲で仕返しをやる、 というむしろ優しい掟であった。それだけ激しい条件の世界であった。 旧約聖書でいつの間に当たり前と思っていたことが、そこで始めて規制されていた。 ホモもしかり、それまで当然の世界で何もおかしい世界でなかった。 その倫理をただ旧約聖書が規定したから悪いことでしかないのだ。そのことをイスラエルではじめて知った。 5000年前にアブラハムという部族長が神の声を聞いてその声に従って、イスラエルに向かった。 そのアラーの神に今も世界が支配されている。キリスト教の神もそのラージXでしかないのだ。 イスラムののアラーの神も然りである。考えてみればあの裸の王様でしかない。 皆解っていながらそう考えておいたほうが、良いから信じてしまえと鼻声で X を神にして祈っている。 確かに人間の人知に及ばない何かがあることは当然だが、それを単純に神に集約するのはおかしい。 しかし神の名の元に基準は必要であり、言葉を待ってしまった人間ー過剰な欲を持ってしまった人間ー
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2010年08月28日(土)
新しいTVに切り替えて二週間になる。 画面の鮮明さは説明するのが難しいほど。時間が経過しても驚きは消えない。 ボクシング、プロ野球、歌謡番組、演奏会、大自然などの旅番組などの現場の臨場感がこれまでと違う。 剥き出しのエネルギーが、これらから直に伝わってくるからである。 その結果、それ以外のワイドショー、バラエティー、中途半端なドラマなどを、ほぼ見なくなった。 マシーンが逆に視聴者の選択を変えてしまう現象である。それと対象をリアルに変えてしまうのである。 米国の本格的な映画も、これまでと違った迫力が画面に出るので面白みが倍増してきた。そうこう考えると、やはり大したしろもの。 現場で人間が見える対象より、デジタル加工した方が、より鮮明になるという領域に入ってしまった。 これに3Dの立体化された映像が加わったり、スーパーハイビジョンが本格的に放送されたとしたら、世界各地に 実際に行ってみるよりTVで見た方が良く見えるということになる。(現に、ある領域では達しているが) その一端を垣間見ているのである。 実際には現地でみる360度の視界で、五感で体感するものにかなうはずはないが、 視覚・聴覚の世界で数倍鮮明に映し出される世界は違う。 まだ地デジがアンテナの関係でまだ映らないが、 これが入ると本来の多くの機能が加わる。それが凄いようだ。(8画面を同画面で見たり、地デジ8チャンネルを26時間録画したり・・) 高機能TVというより、未来の先取りのTVという感である。 テレビなどバカが見るもの!は間違いない事実。 しかし自分が行った旅先の映像が、より鮮明に画面に映し出され、そこに深く浸かることが可能になった。 面白い機能のひとつが、テレビのセンサーが室内の照明や室外からの陽光を読んで、画面を修正する「おまかせ」がある。 テレビは、それぞれの家庭の居間で毎日、顔を突き合わせるもの。そのため、メーカーは、そのシェアが即、会社の力を あらわす。そのため、いずれも総力をあげ商品作りをしてくる。 一歩出遅れた東芝がプライドをかけたエネルギーが伝わってくる。 ・・・・・・・・ 3067,私の世界からみえた衆院選の予測 2009年08月28日(金) 私の世界から垣間見た、この衆院選挙の直感的予測は、民主ー325 自民ー95である。 飲み会、同級会、会社、取引先などで自民党に同情的な人は皆無という事実からみても、 自民党の惨敗は間違いし、80議席以下の可能性もある。 輸出産業関連の大手企業の支配下にあった自民党政権の一番の被害者の地方の中小・零細企業や 農水産関連の人たちの怨念は深い。 小泉劇場での郵政民営化の争点だけに国民の目を向けて、 旧守派潰しの芝居をつくりあげて大勝をした。 そして、自分も含めた4人の元総理などの二代目、 三代目に政権のタライマワシをして自分たちの権益を守ってきた。日本国家の戦略の布石を試みたが、 実力不足で出来なかった。 最後は麻生の質の悪さの露呈である。 これでは、国民は怒りを通りこし侮蔑の感を持つのは当然のこと。 小泉が薄ら笑いを浮かべて、 《 私の手法のワンフレーズの「郵政民営化・自民党を叩き壊す」を、 今度は民主党が「政権交代・官僚支配の打破」の切り替えに成功している 》とのたまっていた。 当の本人だから、その辺のことが鮮明に見えるのである。 冷静に考えれば、民主党が270議席辺りが政治的に妥当だが、自民党の4年の醜態を見れば、 壊滅的破壊を求めるのは国民感情である。 民主党の鳩山も所詮は鳩山一郎の孫で、同じ穴の狢。 政治家業の老舗の一員でしかない。 手垢のついてない日本のオバマが出る懐の深さがないのが現在の日本の現状。 民主大勝で、日本も遅ばせながら大きく政治が変わる。 あの元首相などの顔が消えるだけで、非常に喜ばしい。 あれこれ考えると、やはり民主ー325でよい。 創価学会などの政治介入を断ち切るためにもである。 その隙をついて怪しげな宗教家業屋が政界進出?だと、ったく! ・・・・・・・ 2702, 閑話小題 2008年08月28日(木) *首都圏の不動産の本格的倒産が始った アメリカのサブプライムローンの影響で、外資が一斉に引きはじめた影響が出始めた。 一昨日も「旭ホームズ」が780億の負債を抱えて倒産。先日はアーバンコーポレーションが2500億円、 旧興和不動産が1700億、ゼファーが1000億弱、セボンが700億、スルガコーポレーションが600億と、 たて続きに倒産してきた。周辺をみると長岡市内も、新潟市内も、過剰なマンション建設がおこなわれている。 誰が見ても不況の中にあって無謀に見える。 土地の仕入れから完成まで3?5年は最低かかるので、急な景気停滞に 対処できないのが、彼らの宿命である。完成時には、時代が様変わり、というのが現在の経済状態である。 数日前のTVで、売れ残ったマンションを買い叩いて再販する業者の特集をしていた。だいたい仕入れ値が、当初の6割。 2割が経費と利益として、8割の売値が相場。新潟市内も売り出す前から、既に値くずれが生じているという。 これが今後5〜10年間つづく大変動の始まりか。 あくまでも始まりであるところが、恐ろしい。 *星野野球のバッシングが手厳しい (字数制限のためカット 2010年8月28日) ・・・・・・・・・・ 2007年08月28日(火) 2338, ホッファー −4 (*'▽'*)/☆゜’ ほっふぁー ようさん〜〜〜〜♪ (;-""-);'↑ ー更にHPにあったホファー「波止場日記」の中から言葉を拾ってみるー 『ー 〜〜 ー は感想』 <たびたび感銘を受けるのだが、すぐれた人々、性格がやさしく内面的にも 優雅さをもった人々が、波止場にたくさんいる。この前の仕事でアーニーとマックとしばらく一緒になったが、 ふと気付くと、この二人はなんと立派な、寛大で、有能で、聡明な人間だろうと考えていた。 じっと見ていると、彼らは賢明なばかりではなく 驚くほど独創的なやり方で仕事にとりくんでいた。 しかも、いつもまるで遊んでいるように仕事をするのである> ー人間の価値とは何か?最近、解らなくなってきた。誠実であるということ、そして努力をし続けること、 他人と比較しないこと、知恵を出す術を知っていること、他人ことを気遣いすること、 他人に笑顔を浮かべること、迷惑をかけないこと。その基準で図れば解るはずだがー <労働者としても、また人間としても比類ないニグロが幾人か波止場にいるのを知っている。 この人たちは柔和で、誠実で、非常に有能である> ー結局は、アメリカこそヒンズー教のような差別・階級社会である。これだけは、仕方がないと割りきるしかない。 おうおうにして下の人の中に、柔和で、誠実で、有能な人がいるのも解る。ただミス・フィットなだけだー <知識人は自己の有用性と価値とに自信がもてないために、とてもプライドなしには 立っていけないのであり、普通は国家とか教会とか党とかいった ‘ある緊密なグループと自己を一体化してプライドの根拠としている’のである> ーロータリー、青年会議所、銀行の主催した会とか、色いろあって名刺にベタベタ書いている立派な方がいる。 誰も面と向かってアフォと言わないのが日本的で良いが、それにしてもね〜。 <自分自身の幸福とか、将来にとって不可欠なものとかが全く念頭にないことに気付くと、 うれしくなる。いつも感じているのだが、自己にとらわれるのは不健全である> ー不健全の何処が悪い?という声が聞こえそうだが。でも、健全に越したことはないー 全般的に見て、教育のある人間より大衆の方が、人類についてよい見解をもっている。 ・・教育はやさしい心を育みはしない> ーその人の性格によるが、概してそうみてもよいか?− <人は、充実した2,3分の間に、数ケ月にわたる努力以上のことを なしとげられるものだ> ーそれじゃ、努力した数ヶ月はどうなるの? そういうこともある!というのが本当じゃないか!ー <私は欠点や欠陥にみちた社会に生きている。 しかし、この社会は全ての人に好きなことをさせる十分のゆとりをもった社会である。 ・・・干渉されることなく自己の能力と才能を発揮したい人にとっては、 この国(アメリカ)は理想的な国である> −そう思うから、良いんじゃないのですか? 違う?ー (以下、字数の関係でカット 09年8月28日) ○´・ω・]ノ ヂャァネッ ! ・・・・・・・・・ 2006年08月28日(月) 1973, 三回目のケニヤ旅行 −1 ケニアに行ってきた。 家に着いてまだ二時間だが、現実に帰る前に書いている。 これでタンザニアに行った時に通過したことも含めて4回目になる。旅行をしていて気づいたことは、三回で充分。 タンザニアのセレンゲッテーか、南アフリカのオカバンゴにすべきであった。 といってもケニアの大地は、そこにいるだけでも精気を充電でき、バカンスとしては十分に満足できた。 今回のハイライトを印象度から書いてみると ①まず初日のサンブルのサファリでみた、豹のペアリングである。 これは、プロのカメラマンでも、ほぼ見ることが出来ないもの。 これだけでも、 今回の元をとってしまったといってよい。(しかし、初日に何枚か撮った写真を間違えて全て消去してしまった。) 仲間内のSDカードをコピーしてもらったので、何とか・・・ ②マサイ・マラの夕景も良かった。あとで写真を掲載するが、マサイの夕陽は何ともいえない哀愁がある。 そういえば以前のヌーの河渡りのウォッチングの帰り道の夕景の小高い丘の光景を思い出した。 一匹取り残された足の折れたヌーが怯えて、神経質に周りを見渡していた姿。 夕景は死の間近を暗示、 足の折れた姿は病気を、一匹取り残された姿は孤独を、 人間の死期を悟った時の心象風景そのものである。夕陽の赤に近いオレンジ色は、朝日の色にも似ている。 死と生は酷似しているのだろう! 今回の夕景は 2~3日うちに掲載予定。 ③いつも感動するのが、ナイロビからマサイマラに向かう道路からみる大地講帯の広大な風景である。 それも、どんどん変わっていく風景が素晴らしい。 これも見ているだけでも心が洗われる。 ④アバーディアのサファリで見た、小さな川での二匹の象の水場での争いも 印象的であった。一匹の象が水を飲んでいるのを後できた象が待機していた。 やおら飲み終えて帰ろうとしたのを見はらかって、待機をしていた象が歩き出した姿を見て、帰るのを止めて後ずさりをして その象を頭で押し返してしまった。さらにその河水飲み場に糞をして嫌がらせをした。何か人間の浅ましい姿に似ていた。 ⑤サンブルでの、変わった動物が次から次へと見れたことだ。 特に印象的であったのは、網目キリンと、オリックス、ディクディク、ゲレヌクなどが印象的であった。 前回の、ヌーの河渡りの時も、そうだったがアフリカに来る人は癒しを求めてやってくる。 あの大地は、そこにいるだけで心が洗われる思いになる。 今回も、充分過ぎるぐらいの精気をいただいた思いである。 ・・・・・・・・ 2005年08月28日(日) 1608, 日本人「上機嫌化」プロジェクト−1 またまた斉藤孝だが、文藝春秋・7月号<日本人「上機嫌化」プロジェクト>が面白い。鬱々とした空気の現在の日本で、 読めばみるみる元気になる方法を書いている。少しふざけた文章なのだが、合点がいく。戦後、日本はバブル崩壊までずっと 右上がりの経済成長の環境を背景に、前向きな熱気の中で生きてきた。失われた10年いや15年とかいう右下がりの時代になって、 全員が自信を失い、前途に明かりを見出せないでいる。著者は、この文章で、日本人の本来持っているエッセンスを抽出して、 社会全体で確認しなおす必要性をといている。そのエッセンスとして次の6つをあげている。 「上機嫌文化」「子供文化」「とにかく流す」「身体からはいる」「気づかいを育てる日本語」「はかなさを愛でる」である。 その中で特に面白のは、「上機嫌文化」である。最近は世界でも有数な欝病気質だといわれる。 不景気のせいだが、 これは本来の日本の姿だろうか。私の過去を振り返ってみても著者のいう「上機嫌文化」が背景にあった。 高度経済成長期は特にその傾向が強かった。彼はこの文章の中で、 19世紀末に日本に来た外国人作家などの旅行記に描かれている日本人の姿を紹介している。 ーその文章を抜粋してみる 19世紀後半、日本に1ヶ月ほど滞在してフランスのボーヴォワールは、こんな光景を目にしている。 <たいへんお茶のみで、煙草とおしゃべりが大好きな日本人は、この火鉢を前に一日を過ごす。・・・ 我われの入ったどの店でも、我われの国では見られないような丁重さと、人を引き付ける愛想のよさをもって応対した> また同時期に東アジアを旅したオーストリアの軍人グスタフ・クライトナーはこんな光景をみた。 <荷物を担いでいる人たちは、裸に近い恰好だった。肩に竹の支柱をつけ、それにたいへん重い運搬籠を載せているので、 その重みで支柱の竹が今にも割れそうだった・・・・しかし難儀な仕事をしているにかかわらず、この人たちは上機嫌で、 気持ちのよい挨拶をしてくれた。彼らは歩きながらも、締めつけられた胸の奥から仕事の歌を口ずさんでいた。> 日本人はかって、このようにストレスの解消の手段が非常に多く用意されていた。 まずは、上機嫌を取り戻すことだが、この不景気という環境にとりあえず慣れることか。 ーつづく ・・・・・・・・・ 2003年08月28日(木) 876, 「2003年、日本国破産<対策編> 」 ーYEN(円)と国債が紙クズとなる日が近づいている !? この内容も前回の本に劣らないほどショッキングである。 ・まずは2003年に前兆があらわれる(4年前の文章)ー金利上昇、円安、デフレの終了 ・2005~7年にはかなりの事があらわれる ーインフレのスタートなどのスタート ・2010年ー国家破綻などが私たちの前に重大な脅威として本来の姿を現す。 国の借金が雪ダルマ式にふえていき、20㌫近いインフレで国民生活に重大な脅威が生じ始める。 ・2010~2015年 日本がIMF管理下に入る可能性もある。(ハイパーインフレと経済の大混乱) ・2025年ー国家破産と老人大国化で政府そのものがぼろぼろに。インフレ以外は現在の日本は既に その状態であるといっても過言でない。そして著者が書いている2003年になっても、大した対策を立ててない。 そうすると、この本の通り最悪を想定しなくてはならない。最近になって、事業をこの規模にとどめていて良かったと 思うようになった。いややり過ぎだったのかもしれない。昨日以前読書日記に書いた「財産をなくす人財産を残せる人」 の著者・清水洋のセミナーに東京まで行ってきた。内容を明日書くが絶望的な見解であった。 ・・・・・・・・ 2002年08月28日(水) 502, 40才の禁酒ー隠れ酒の味 30歳になった記念で、10年間の喫煙を止めた。大変だったが、それから体調がかなり良くなった。 そして40歳の年に禁酒に挑戦をしてみた。約半年で頓挫をした。宣言をした翌日が義弟の結婚式だった。 結婚式場で隣の人に「何馬鹿を言っている!明日からにしなさい!」と出鼻をくじかれ飲まされた。 まずは幸先が悪かった。自分を律する手段で周囲の人に宣言をした。しかし一ヶ月もしないうちに禁断症状が出た。 そして台所にある料理酒を、皆が寝静まった後に飲み始めた。その後、水を入れて誤魔化すのだが。 だんだんその酒が薄くなり、家内が気がついたのか首をかしげていた。そして半年たって、人に勧められて一寸一口飲んでから、 だんだんエスカレートして、最終的には元に戻ってしまった。約束をしたメイン銀行の支店長が都合の悪いことに?転勤で いなくなってしまった事もある。その後その反動で、より痛飲をするようになったのだから始末が悪い。 最終的には、「一人酒をやらない、自宅で日本酒は飲まない、自分から人を誘わない、自棄酒は飲まない」 というルールをつくり自己規制をしている。隠れ酒の酒のうまさは格別であった。 --------------- 2001年08月28日(火) [124] 酒乱-鵯 酒飲みの悩みの一つに酒乱がある。私も酒乱のけがある。酒による失敗は数あげれば限がない。命を失いかけた事も何度もある。 ある限度を越すと、スケベイになるか喧嘩だ。最近は笑いだ。とりあえず笑いの種を探す。5年前に毎年やっているいる高校と 小学校の同級会が同じ日にあった。5年に一回の小学校の同級会に出た。二次会に行くと10人位の暗い集団がいた。 高校の同級会の二次会に遇然鉢合わせたのだ。その時本当に嬉しかった事を思い出す。その中の一人が 「おい堀井!こっちの会にに出てこいや、お前がいねえと葬式だいや!」 その時これだな!と思った。愉快な酒これほど楽しい事はない。 今は明るい酒乱!になっている。 --------------- H0905 宴会好き! 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。 私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になったのだろう!。 忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけてよく飲んだものだ。 もともと私の父が宴会好きであった。酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、 無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。 これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。今考えてみても相当の盛り上がりで、 これほど楽しい思い出はない位だった。芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。 丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返していると思うと “三つ子魂”何やらである。当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。 今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、その上をあたかもサ−カスの綱渡り のマネをする芸であった。酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、痴呆で亡くなった。
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2010年08月27日(金)
* 小沢一郎が、民主党党首に立候補 日本の歴史始って以来の危機の時期に、小沢が立候補を決断をした。 この恐慌を乗り越えるには、自民党、民主党という枠を超えた大連合しかない。その断行は待ったなし。 管首相以下の三人が政権運営維持、難局に対処出来るなど考えられない。 面白いもので、小沢が立候補のニュースをみた直後、近くあった月刊誌の「現代・プレミアムーノンフィクションと教養」 を手に取ると、週刊文春などの編集長などをいていた花田紀凱が小沢一郎批判をしている文に行き当たった。 田中角栄直伝の集金システムの手法は、そのまま続いている。 ここで、1993年、小沢が新生党を結成した時に立花隆が朝日新聞に痛烈な批判の文章を取上げていた。 【「羽田新党とは何か。あなた方は、要するに経世会の分裂した片割れではないか。経世会とは何か。要するに旧田中派ではないか。 田中派とは何か。五億円収賄犯.田中角栄をかついで、日本の政治を十年余りにわたって目茶苦茶にしてきた徒党ではないか。 (中略)田中が右といえば右、左といえば左に動いて、日本の総理大臣の首を次々にすげかえ数の力であらゆる道理を踏みにじってきた、 政治腐敗の元凶のような集団ではないか。あなた方はその中核だったではないか。(中略)金の力と数の力で政治を支配し、 権力のうま味を思う存分吸い取ってきたのが、あなた方ではなかったか。(中略)自分たちの過去にけじめもつけずに、何が新生だ。 ちゃんちゃらおかしい。」 今回の秘書逮捕でようやく明るみに出かかっているが、以来16年、小沢は何ひとつ変わっていなかった、 のである。その小沢が、まかり間違えば総理の座につくかもしれなかった。なのに新聞は何びとつ書かなかったのである。 小沢が都心部に十数件のマンションの部屋を所有していることを週刊現代が告発しても、そしてそれを訴えた小沢が敗訴しても、 小沢の二つの政治団体が25億円ものカネを貯め込んでいることを『週刊文春』にしても、新聞は後追いしなかった。】 以上だが、それでも政治とは、泥の中から、自分の出番に一世一代の政策を実行することにある。 彼の出番は、自民党と官僚支配を叩き壊すこと、日本を真のアメリカからの独立を図ること。 そして現在では100年、 500年に一度の日本の危機にあたり大同連合を組み、10年・20年続くだろう激動に対処できる枠組みをつくり上げることである。 アメリカにとって、これはCIAなど総動員をかけて、潰すべき人物の筆頭になる。 恐らく、怪しげな死も充分にあるし、 マスコミを使った誹謗中傷の真っ只中に立たされる。 しかし政治家としては、死をかけるだけの価値ある役割である。 綺麗ごとでは政治は動かない。 見渡しても、その役割を捨て身で出来る殺気のあるのは、他には見当たらない。 ・・・・・・・・ 3066,ウワサを考えてみる −2 2009年08月27日(木) 「うわさ」をもう一歩掘り下げて考えるために「オレルアンのうわさ」と「和服美人局のうわさ」を対比してみる。 似ているところは、バックにある犯罪組織の臭いと、性的な危うさ、そして「ユダヤ人経営者」=「女好き経営者」 への虐めである。 違うところはオレルアンが若い女性の間の噂だったのが、長岡は街の酔い客である。 前者は根も葉もないデマだったと後で判明したが、後者はファジーのままで終焉したこと。 「うわさは愚者に始って、賢者で終わる」というが、冷静になれば風評ということが分かるはず。 人は「事実より、信じたいことを信じる」傾向があり、心の闇に符号することには更に強くなる。 「悟りとは、平気で死ぬことでなく、平気で生きること」というが、うわさなど一々気にしていたら 自分の世界を小さくするだけである。 特に地方では小さい世界を更に小さくしてしまうことになり、生き辛くなる。 女性週刊誌は芸能人の「うわさ」(とくに下ネタ)を商売のネタにしている。 逆に芸能人も売名のため、自分の方からネタを売り込む場合もある。「火のないところに煙がたたない」というが、 うわさをたてられた当人が火ではなくて、うわさを好んでする「劣化した連中の口が火元」になるから、複雑になる。 中世の頃にあった「魔女狩り」や、第二次大戦の東京大空襲直後の「朝鮮人狩り」とか、デマが 真実と信じられ殺害にまで至る。 今では「2チャンネル」のサイトが、その機能を果たしている。 人間の心の弱点には「 自分の心の不安を言葉に言い換えた物語を信じてしまう傾向 」がある。 それをついたのが新興宗教であり、占い師である。 週刊誌の記事は売らんがために、不安のネタを見出しにして、 あらゆる手法を使う。 それを額面どおりに受け止めるのも問題だが。 この選挙のキャンペーンにも、 その不安を煽って物語をつくり、自分を解決の主役にしている輩を多くみかける。 それを選挙民が求めているいるのだから、虚像でもよいから演じるのは当然のこと、といえば、その通りだが。 ・・・・・・・・・ 2701, 地球史における革命的事件 2008年08月27日(水) 6500万年前に巨大な隕石が衝突し、恐竜が絶滅したというドキュメントをTVでみた記憶はある。 この本で知ったことだ、米ソの核の爆発のエネルギーの1万倍の規模とは驚いた。 当時、「もし核戦争で起こって核が全て使われたら人類を数万回は殺戮できる」と聞いていた。 その一万倍の破壊が6500万年前に実際あったのである。 それが現代に来たとした物語の映画が幾つかみたが... その御陰で、恐竜が絶滅して人類の祖先が生まれる環境が出来たのである。 1000万年遅れれば、我々人類の祖先さえ、まだ地球上に存在してないのである。 以下は「レンタルの思想」を読んで、さっそく取り寄せた本にあった地球にとっての 革命的事件の内容を抜粋した。 「地球システムの崩壊」松井孝典著 −読書日記 *地球史における革命的事件 〜〜〜 K/T境界層と略称される地層がある。絶対年代では、6500万年前の地質のことである。 この年代を境に、生物の絶滅が起こっている。それぞれの地層にふくまれる化石に基づいて その年代が決められる地質年代では、その前後の年代を、白亜紀、第三紀と命名して区分している。 それぞれの年代の、外国語表記の頭文字がKとTなので、その境界の地層は、K/T境界層と呼ばれる。 この地層は世界中至る所に分布する。もちろんわが国にもある。・・・・ カリフォルニア大学の、アルパレスという地質学者を中心とするチームが、そのK/丁境界層で、 イリジウムという元素が濃集している事を発見し、それが巨大な隕石の衡突によってもたらされた、とする学説を、 サイエンス誌に発表したのである。 それが地球史観においてなぜ革命的なのかといえぱ、従来、 地質学の根本原理といわれていた「斉一説」を否定するものだったからである。斉一説とは、前にも紹介したように、 現在生起する自然現象が過去においても同様に起こったと考え、従ってそれを前提にして、地層に残された記録を 解読しようとする考え方のことである。 天体衝突のようなアドホックな現象を排除して、地質詑録の解釈をするのが より科学的、ということで導入され、悟奉されてきた。 その後一〇年くらい、この論文の妥当性に関し、論争が読く。 論争に終止符がうたれたのは、1991年のことだ。メキシコのユカタン半島において、その地下に6500万年前に形成された。 (字数の関係でカット08年8月27日) ・・・・・・・・・ 2007年08月27日(月) 2337, 郵便配達夫シュバルの理想宮 −1 (字数の関係でカット08年8月27日) ーーーーーーー 2006年08月27日(日) 1972、事業百訓ー1996年(10) (字数の関係でカット08年8月27日) ーH0805 エジプト、トルコ感激の旅 ーエジプト編ー まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。まず最初に訪ねたのがカルナック神殿。 “まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。 これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。 歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。 そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って 古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。 空に天を指すオペリスクとラムセス?世などの王や神の像の数々、今まで何度か海外旅行をしていながら、 何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。 次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、 かくれるように数々掘られている集団墓地だ。 この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。 また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と、そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。 その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な光景も印象的であった。 その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス?等の巨大な立像も実際そこに立ってみて 古代歴史の深さを実感する事ができた。またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という 小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。 旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”という、 まさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。 丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、 異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが対比する事ができた。 早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。 我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、 “騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、それがイスラム教という。 カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。 考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。 まだ今にも起きあがりそうなラムネス?をはじめとする数々のミイラも 数千年をこえて、不死への激しい希求を魂に語りかけてくるようであった。 ーH0805 エジプト、トルコ感激の旅 −トルコ編 ー トルコといえばキノコ岩等の奇岩の群れのあるカッパドキアが有名である。 トルコ中央に位置しているアンカラの南東に広がる高原地帯にある。 中世にイスラム教徒の圧迫により逃れ逃れたキリスト教がたどりつき、奇岩をくり抜き洞窟教会や住居をつくりあげた聖地。 まさにSF映画やアニメ漫画に出てくるような現実ばなれした奇景そのもの。“本当にここは地球上?”と息をのんでしまうほど。 その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の秘密地下都市群。 あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下のマンションと形容できた。 一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、信仰の深淵さをみた思いであった。 そして、その帰りのバスの中より夕景の“大きな 丸い真赤の月光”も生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。 イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている地下水道の貯水池“イエレバタン・サライ”も非常に印象的なものであった。 十二列×八mの列柱が三百三十六本整然と並んでおり、その一本の柱の下に神話に出てくる女神、メンドーサの石首が 土台になっているのが神秘的だ。バック・グランド・ミュージックにベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、 その場の雰囲気にぴったりであった。 トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、何世紀にわたって世界中より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。 リンゴ大の四十数カラットのダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。 宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。 また、イスラム寺院のブルーモスクやアヤソフィアも、その荘厳な内部も圧倒された。 私自身、気功をやっている為か、右手がいたくなるほど、しびれがきたのには驚いた。 これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか触れる事はできなかったが、 この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。 最後に行った巨大市場、スークも面白かった。 五千の貴金属、みやげ物を売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。 そういう目でみると逆に面白いものばかりであった。 殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、 中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。 (H 8年.1月30日〜2月8日) ーH0807 インカ帝国<夢の旅> ーマチュピチュの遺跡編 ー ペルーはインカ帝国がスペインに滅ぼされるまで文字が一切ないという不思議な文明の国であった。 その為かプレインカ(インカ帝国以前の文明)と、インカ帝国がより神秘的にナゾめいて来る。 その圧巻がマチュピチュの遺跡である。高度三千三百mのインカの首都であったクスコよりバス、登山列車、 登山バスを乗り継いで四時間あまりの行程。 四千〜五千mの山々の谷間に、突然小さな(といっても二千三百m) 山が見えてきた。 そこに空中都市といわれるマチュピチュの遺跡が、霊界のように造られていた。 まさに地上世界ではなく「あの世」を思わせる神秘的、霊的、宇宙的な別世界である。 エジプトのカルナック神殿をみた時の驚き!と同じか、それ以上の驚嘆に一瞬につつまれてしまった。 あれだけTVドキュメントと写真でみていたのに、“現実にみると全く違う!” 神秘的あまりにも神秘的、 いや霊的神性という言葉が、ぴったりとする! 本当に地球は広いそして深い!とあらためて実感した。 この空中都市は、インカの人々がスペイン人より逃れる為と復習の為の作戦都市といわれている。 そして突然、この都市を焼き払い奥地へと消えていき、 まだ発見されてない地に伝説のそして幻の ビルカバンバの都市を建設したという。マチュピチュを去る決意をした人々は老人と“太陽の処女”たちを殺し、 その一角の墓地に葬った。この遺体がこの遺跡が発見された時に一緒に発見されたという。 私もこれだけの異界文明の“すごみ”を経験するのは生涯で初めてであった。 まさにSF小説の地を夢で浮遊しているようであった。 ーH0807インカ帝国<夢の旅> −ナスカの地上絵編ー AC百〜六百年の昔、海岸から三百八十kmの乾燥地帯に一つの文化が栄えていた。 謎の地上絵で知られるナスカ文化である。彼等は何を思ってか九百k?にわたる広大な大平原に直接、 三角形の図形と線の動物、虫、植物、宇宙人(?)の絵を描いた。 (その絵と同じものが当時の土器に描かれているので、彼等の時代に描いたのが判明できたという。) その地上絵は飛行機ではじめて発見、判明された。それが何を意味しているのか、 宇宙人説、空飛ぶ人間説、星座をあらわすカレンダー説などあるという。 灰色の土地を十cmも削ると黄色の地面が出てくる。それを三十cmの巾で十〜三百mにおよぶ絵をえがいている。 その数がペルー全土で二百以上あるという。そしてその多くがナスカに集中している。 セスナ機で二十分位飛んだ大平原にあちこち見えてきた。 本当に宇宙人にみせる為としか思えない。“UFO”のまさに世界である。 少なくとも、このフライトの間は宇宙人は本当に存在しているのでは?と確信したくなる光景であった。 ハチドリ、クモ、コンドル、サル、宇宙人の絵と、その背後に何キロにわたる縦横に描かれた直線は、 誰に見せる為のものであろうか不思議そのものである。 編みあげの髪の毛のインデォのおばちゃん、アンディスの山脈、チチカカ湖にすむ原住民の素朴な生活。 そして世界の七不思議といわれる巨石建設の技術等に、強烈なペルーの魅力的な世界が今でも脳裏に やきついてはなれない。高山病に悩まされ死ぬ思いであったが、そんな事は些細に思わせるほどの 聖なる不思議な日々であった。 (次の南米はペルーの反対側にあるキアナ高原にある世界最後の秘境、テーブル・マウンテン)ーH08年6月6日〜 ーH0809 大地の果て南アフリカー はじめに南アフリカに注目した時、何と遠い国かと思ったが、 英国・ジンバブエ・ボツナワと飛行機を乗り継いで本当に“遠くへ来たものだ!”と実感した。 わずか十一日の間にこれだけ多くの見聞と感激と驚きを経験できるとは…。 ツアーの同行者十名が二十〜五十回以上のリピーターが大部分で、トラベルにつきもののトラブルを 全員で逆に楽しむ強者ばかり。そのためかストレスが最小に済んだ事もあって、非常に楽しく味わい深い旅行であった。 ・ 一番の圧巻はジンバブエにある世界三大瀑布の一つのビクトリア滝であった。 リビングストンの発見したこの滝は幅千七百m、落差百五mあり、 まさにあのイグアスの滝に匹敵する壮大かつ豪快な男性的な景観であった。 またそこでの超恐怖体験のバンジージャンプは、この旅行のすべての記憶を消しさる位の強烈な体験であった。 ・また次に行ったボツナワ共和国のチョベ国立公園でのサンセット・サファリと、 翌朝のポート・サファリもケニア・サファリと違った味わい深いものであった。 野生の象がハトやスズメのように街の中へ入りこみ、木の葉を食べているのには腰を抜かさんばかり驚いた。 そしてロッジに帰ってくるとホテルの柵の入り口に、やはり五〜六頭 木の葉を食べていた。 ケニアの殺気だった緊張感がまるでなく、田舎の、のんびりしたアフリカ… という感覚であった。ここでは象があまりに増えすぎ間引をしているという。 ・ 喜望峰も感激の連続であった。 大地の果ての峰の左にインド洋、右に大西洋という。 ここでしか見られない高台で海をみとれていると、何と!クジラが泳いでいるのが見えたのだ! これこそ喜望峰での最高の見ものであった。 また喜望峰に来る途中でたち寄ったミニ・クルーズでの、 数千頭のオットセイの群れの岩場も印象に残った。帰路にたち寄った小さな湾の野生ペンギンの群れに 一〜二m近くまで近づき顔をつきあわせたのも、自分が人間である事を一瞬忘れてしまいそうであった。 ・ 南アフリカといっても、ヨハネスブルクは一千万人近いロスアンゼルスを思わせる大都会であった。 ケープ・タウンも人口百三十万人の高速道路、高層ビルがたちならぶ超近代都市であった。 反面、地方の大部分が超貧困層の黒人が占めており、まだ深刻な人種対立が根が深いようだった。 現地の年配の英国人妻の日本人ガイドの視点よりみる、人種間の対立の話を聞くうち、あくまで我々は生活者でなく、 旅行者(通行人)でしかない事を思い知った。まだまだほとんど書けないほど多様な旅行であったが、 どこに行っても人間の普遍性とそれぞれの文化の多用性、特殊を見ることができるのが旅行の最大の収穫でもあった。 H 7.10/27〜11/6 ーH0809 愛と憎しみと価値判断ー (字数の関係でカット09年8月27日) ーH0811 人生の楽しみ方ー (字数の関係でカット09年8月27日)
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2010年08月26日(木)
* 死を喩えると 死を喩えると、旅と、眠り、とされる。 「死ぬ」が旅と、眠り、に喩えとされることは、プラトン『ソクラテスの弁明』の一節にある。 ー「つまり死ぬということは、次の二つのうちの一なのです。あるいは全く何もない.無」といったようなもので、死んでしまえば 何も少しも感じないといったものなのか、あるいはまた言い伝えにあるように、それはたましいにとって、ここの場所から 他の場所へと、ちょうど場所をとりかえて、住居を移すようなことになるかなのです。 そしてもしそれが、何の感覚もなくなることであって、ひとが寝て、夢ひとつ見ないような場所の、眠りのごとき ものであるとしたならば、死とは、びっくりするほどの儲けものであるということになるでしょう。・・・・また他方、 死というものが、ここから他の場所へ、旅に出るようなものであって、人が死ねば、誰でもかしこへ行くという、 あの言伝えがが本当とすると、これより大きい、どんな善いことがあるのでしょうか、裁判長諸君。」ー
葬式で、「故人は旅立たれました」というが、夢なら醒め、旅なら帰ってくるのが前提にある。 永遠の眠りというと、そこで夢を見る可能性がある。無に帰した者が夢の見ようがない。あくまで心象風景でしかないのが、 これでわかる。 最近、ブラックホールに喩えることがある。その人の全てが、その中に吸い込まれ、再び戻ってくることはない、 という意味で、喩えとして科学的風である。 ブラックホールは生命を終えた星が爆発をして、その重圧で空間の歪が生まれ、 穴が開いて異次元?の時空に周辺のものを吸い込んでいく。これを死に喩えることは、これはこれで、説得力がある。 最近、ホワイトホールも、存在も云われるようになってきた。何処かの歪から何が噴出している空間の存在。 それは生命ということになる。 面白いのが、死の喩えを、生そのものにしている説がある。 これまでの死の喩えのは、 生のうちで経験される現象=旅、眠る、去る、失う、等々である。それらは再び我われの元に帰ってくる可能性がある。 死は絶対性であるから、「死ぬ」に永遠性が現われてくる。そうすると、永遠に眠る存在になる。 こんなそんなで、結局、死は喩えると分かりやすそうだが、生きている人間の論理というのが露出するだけ。 同じ動物の牛に喩えると、先ほどの喩えは不自然である。 死も、生きていることも、幻想でしかないなら喩えでイメージするのも良いではないか。 少し、眠たくなってきた。 ・・・・・・・・・ 3065,ウワサを考えてみる 2009年08月26日(水) * オルレアンのうわさ 『オルレアンのうわさ』とは、1969年5月、フランスのオルレアンに流れた女性誘拐の噂。 オルレアンは、パリの南方100kmほどのところの人口十数万人の地方都市。この街のブティックで、女性が消えると言う噂が 流れたのは、1969年5月。若い女性がブティックの試着室に入ると、催眠性の薬品を嗅がされたり薬物を注射されたりして、 前後不覚になったところを誘拐され、地下道から外国の売春宿に売り飛ばされていく、というもの。 初めは1軒だけだとされていたが、最終的には6軒のブティックと靴屋が、この風聞の対象とされた。この6軒の店舗うち、 5軒までがユダヤ人経営の店で、残る1軒も、噂の少し前にユダヤ人の前店主から引きつがれた店。 『オルレアンのうわさ』の著者のモランは、この噂が、思春期の少女にありがちな、性的なものへの恐れと憧れの中から 生まれたと指摘。 初期の噂は、『神話』化し、社会問題となった後期型の噂と違い、いかにも根も葉もない世間話程度の内容。 少女の次にこの噂に反応したのは、母親や女教師など、少女達との接点がある大人の女性と指摘する。 この反応が、それまで 女学生の間にのみ広まっていた噂話が、より多くの人に広まる契機になった。 この噂が広まるにつれ、新しい要素が付加される。 『誘拐を行なっているのはユダヤ人』という民族差別的な内容。 ユダヤ人という触媒を得たことで、オルレアンの人々に とってより現実的な脅威として認識され、急速に拡大する。噂が爆発的に広まった時期、新聞報道などでアンチキャンペーンが 行なわれたが、騒動を終息はしなかった。新聞で取り上げられたことで、人々の関心は更にこの噂に向けられた。 試着室から派生した、様々な噂もまた、新たにささやかれるようになった。 警察や報道は疑惑の店舗の店主たちとつながっている、などの陰謀論や、ネオナチなど、反ユダヤ主義者が ユダヤ人迫害のためにデマを流している、などの対抗神話が数多く生まれた。これが最終的に火消しになった。 日本でも、これに似たデマが幾つか流れたことがあった。 「関西の暴力団グループが車で接触事故を起こして ゆする手口で県内を稼ぎまわっている」とか、「志村けんが亡くなった」とか、以前のことになるが、 長岡で、和服の女性が地元の数人の社長から美人局で金を脅し取ったとかで具体的の名前が出たことがあった。 背後には暴力団がいて云々。一年間以上も続いたが、噂をしている連中のバカ面が今でも目に浮かぶ。 日本には一神教の神はいないが、世間様という「うわさ」による恐ろしい陰湿な虐め=罰則がある。 したがってアウトサイダーに徹することも一つの生き方の選択肢になる。 馬耳東風、そういう内内のことは 我関せずにするしかない。 「世間様に笑われないように」という大きな足かせ、その鎖を外さないと! ・・・・・・・・ 2700, 「レンタルの思想」−6 2008年08月26日(火) ー 読書日記 進化生物学者の長谷川真理子との対談が面白い。 ネアンデルタール人と、現生人類が重なってた時期があるが、何故に 現生人類が生き残ったのか? 脳の大きさよりコネクションが違っていて、そのことが多くの道具を使うことを促して生き延びたこと、 言語能力が格段と上だったこと、更に病気に対する抵抗力の差があったという。 そして「おばあさん」の誕生が現生人類の特徴という。 それまでの色いろな人類のメスは排卵が終わると 直ぐに死んだ。 しかし現生人類の女性はその後も生き延び、お産のノウハウを娘に伝授したので人口が増えたという。 人骨から「おばあさん」の骨が多く発見されたことから分かったという。 面白い節である。 〜〜 ーおばあさんの誕生ー 長谷川真理子×松井孝典 *おばあさんの不思議 長谷川: いまある限りの現生人類の骨から年齢を測ると、おばあさんの骨が含まれているから、 長生きしたのだと思います。 松井: それは現生人類が繁栄するという意味で、非常に本質的な点ですね。 なぜそうなのかについて何かアイデアはあるのですか。 長谷川: 「グランドマザー仮説」というのがありまして、祖母の知恵が、娘が母親になるときの孫の 生存率を上げたのではないかと言っています。 松井: それはそう思いますね。出産の経験がまったく蓄積されないで単なる生物として初めて出産を経験するのと、 出産とはこういうものだということをあらかじめ意識として持っているのとではすごく違いますよね。 長谷川: 全然違いますね。 松井: それで人口が増えることに加えて、寿命も長くなるわけで、環境には二重の負荷がかかる。 長谷川: そうですね。でも流行病とかが時々ありますから、長いこと人間の人口はそんなに増えませんでした。 だけどまず一万年前に増えて、それから産業革命から増えて・・。でもそれから豊かになると出生率が減るでしょう。 進化的に生物として考えると、 自らの繁殖率を減らそうとする生き物はいないわけです。 豊かになるということは条件がよくなるわけで、条件がよくなると普通はもっと産むので、 だから人間がどうして豊かな暮らしになればなるほど持ちたい子供の数が減るのかなと。 松井: おばあさんが存在するという不思議と、もう一つは豊かさがあるところに達すると産まなくなるという不思議と。 長谷川: 全世界的にそうです。それがどうしてそういう心理状態になるのか。 松井: やはり出産が大変じゃないのかな。本当は産みたくないんじゃないのかな。 長谷川: それもあるかもしれませんが、進化生物学的に考えれば、そんな心理を持つこと自体が 不思議なことですから、 いろいろモデルをたてて研究している人がいます。そこから見えてきたのは、べつにこういう先進国だけではなく、 牧畜民の社会とか、農耕社会とか、少しでも富の蓄積ができたあとには、 子供だけではなくてー子供も富と数えてー 持っている富全体を最大化しようとするみたいなのです。・・・・・ 〜〜 (−対談を終えて) 松井孝典 これまでの人間論には、生物学的人間論と哲学的人間論があった。今回は生物学的人間論とはいかなるものか、 ということで長谷川さんと対談した。現生人類の起源には、多地域進化説と出アフリカ説とがあり、後者が有力になりつつある。 現生人類はなぜアフリカから拡散したのか?あるいは数万年前、同じ地域に存在したネアンデルタール人が絶滅し、 ホモ・サピエンスが繁栄したのはなぜか?現生人類はなぜ人間圏をつくって生き始めたのか? など、生物学的人間論には 興味ある問いが数多く残されている。そのすべてを議論するには紙面が十分ではなかったが、今回の対談で、少なくとも上に 挙げた問いへの答えは出せたと思っている。 なぜか知らないが現生人類には、おばあさんが生存できるという特徴と、 言語能力が格段に高いという特徴がある。この二つの特徴が、現生人類をして短期間に世界へ拡散させ、 それぞれの地域での繁栄をもたらし、一万年くらい前の環境変動に対し農耕牧畜という生き方を選択させた。 今回の対談で明らかになったように、右肩上がりを前提とし、共同幻想を抱いて生きるといういまの生き方は、 現生人類の誕生以来の生物学的特徴なのだ。 宇宙からの傭鰍的視点はこの特徴に対し、何らか有効なフィードバック作用をもたらすだろうか? (松井) 〜〜 言語能力を高くして、より良い情報手段を獲得して長生きする。 それが現代の特徴ではないかい?? 私もか! ・・・・・・・・・・ 2007年08月26日(日) 2336, ホッファー −3 (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。 一昨日、アマゾンで注文をしていた中古本の、ホッファーの自伝が送って来た。 一昨夜半、二時間かけて読破したが期待したどおりの内容であった。 ミス・フィットや港湾労働者の立場で、 何故独学であらゆる分野の知的好奇心を持ち続けることが出来たのだろうか、まず疑問を持った。 それは7〜15歳までの盲目体験である。そして、彼の父親がやはり働者に係わらず、読書好きの教養人だったことが 彼の勤勉性を培ったようだ。さすらいのホームレスから見た、ミス・フィットの人たちの生態も克明に書かれていて、 時空を越えた当時の生身の生活が垣間見れ、彼と一緒に20世紀前半のアメリカを彷徨っているような気持ちになってしまった。 ホッファーの言葉を幾つかのHPから拾ってみた。 なかなか含蓄の深い言葉ばかりである。 (ー 〜〜 ー は私の内語である。) ーーーー <世界で生じている問題の根源は自己愛にではなく、自己嫌悪にある。> ー自己嫌悪を無くすには、他人への愛が必要ということ! 自己愛は、人への慈愛から育てるのが近道。それが出来ないのが人間か〜 でも、半々と割り切ってしまうしかないか、自己愛と自己嫌悪! 他人が嫌ってくれているのに、自分まで同調することもないだろうにー <驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。 自分自身にすることを他人に対して行う。自分自身を憎むとき、他人も憎む。 自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。 自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである> ー{これはホッファーの「思いやり」についての最も深い部} というが、 自己犠牲という奴ほど、自己というエゴがヘバリツイテイルということに 注意しないと、軽い?人間のボランティアになってしまう。解る?その意味ー <私の言う知識人とは、自分は教育のある少数派の一員であり世の中のできごとに 方向と形を与える教授の権利を持っていると思っている人たちである。 知識人であるためには、良い教育を受けているとか特に知的であるとかの必要はない。 教育のあるエリートの一員だという感情こそが問題なのである> ーそういうこと!「教育のあるエリートの一員」か〜? エリートなんぞ対比の問題でしかないのが解らないのは、単なる馬鹿! ある本を読んでいたら、何処かの大学の教授が自らを日本を代表する教養人と のたまっていた。 まあ、可愛いいから許せるか?− ー字数の関係上カット(2008年08月26日) バイヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・・ 2006年08月26日(土) 1971.事業百訓 ー1995年(9) ー H0701新年にあたりー ー字数の関係上カット(2007年08月25日) ーH0701 事業百訓 ー 446 “ドーナツの穴”、あれこそ色即是空です。 ああそれと小沢昭一がいった“色っぽい事をすると空しくなる。 ”あれも、まさにその意味をいいあてている。 −永六輔 447 業態とは損益分岐点である。−ヨーカ堂、鈴木社長 448 「自分なりに」を禁句とせよ! 自分を限界づけて、その範囲内という意味におちいってしまう。−田舞徳太郎 449 ほうたいをまいてやるなら、他人の傷にふれてはならない。−ヘッセ 450 人の痛いのは三年でも我慢する。−ことわざ 451 好きな事より、してよっかったと後で思える事をせよ。−ドバル 452 真理はしばしば矛盾の中にある。 453 釈迦については、人類史上最初に人間の肉体と人生より “精神”というものを抽出し、凝視し、よき作用を見、悪しき作用の機能を指摘した。 さらに悪しき作用を押さえこむ処方まで与えた。 それが仏教であるといえる。 この凝視と方法に医学が気付くのに十九世紀末のフロイトまでまたねばならなかった。 −司馬遼太郎 454 「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」といわれました。 大事なものは取られても生活を根底より覆されるような被害ではない限り、いつか忘れる。 それで自殺した話は聞かない。 しかし悪口を言われて死んだ老人の話や子供の話はよく聞きます。 それは人をおいやり子供を精神薄弱にする力がある。...私達は二つの尺度を持っている。 「自分のする事は、そう悪くない」「人のする事は大変悪い」自分の過失を咎める尺度とは、全く違う。 ...自分の未来を勝手に決めないで下さい。こんな未来しか持ってないと、わかった顔をしないで下さい。 紙の書かれるシナリオと貴方の書かれるシナリオは全く違うのです。..ドイツのことわざに “共に喜ぶのは二倍の喜び、ともに苦しむのは半分の苦しみ”があります。−三浦綾子 ーH0701 テーマ日記ー (字数の関係でカット08年8月26日) ーH0703 事業百訓ー 455 行動の動機が、行動の本当の判断基準である。 みかけ上は同じような行動を千人がする。 本当はその動機が違えば、みな違うものである。 <なぜなら行動とは意志のことだからである。>しかし意志は行動と同じではない。 <行動せずに考えたり、意志したりすることは、そこにチャンスが存在するとしても “壺”の中の炎や、砂にまかれた種と同じである。燃えずに消え、芽を出さずに死んでしまう。> 仏教徒と同じようにスウェデンボルグは、人間とはその人の意志した行動の総和だと断言する。 <人間の霊的肉体とは彼が自分の意志によってした行動以外の何ものでもない。> そして<天国への道は、この世の外にあるのではなく、この世にある。>(スウェデンボルグ伝より) 456 自分の“木”をみつけるべし。さがしつづければ、ある日その木はどれだと判るはず。(山尾三省) 457 (a)七千万年前に原始ザルが生まれ、 (b)二千年前に霊長類が生まれ、 (c)七百〜八百万年前に今の人類の原型が生まれた。 (d)一万二千年前に農耕がはじまり、地球上に三百〜四百万人の人類が存在した。 人類は“森林”の中で天敵がなかった。その為自らのうちに敵を持つシステムをつくっていった。―河合雅雄― ーH0703 ブラジル旅行記ー “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。 カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。 その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。リオのカーニバルのランクがA・B・Cとなっており Aランクが9チーム、 Bランクが15〜16チーム、 Cランクは数十チームとなっている。 AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを80分の持時間で踊りながら行進する。 そこは六万人の観客席があり、審判席で厳格に審査され、その年の優勝等順位があらそわれる。 チケットは一般の人はほぼ入手不可能である。TV新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。 チームは四千名が1チームで構成されており、それが約500名×8チームに細分化され統一のコンセプトのもとに 仮装が華やかにつくられている。音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉をかけてつくる。 その作曲も採点の大きなポイントになるという。一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。 観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。 上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて、 優勝チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けてのよいスポンサーが約束される。 その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。 カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”が、すべて含まれている。 東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。 ブラジルの印象を書くと、“サッカー”と、“サンバ”(カーニバル)と、“森林”と、 “イグアスの滝”そして“汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。
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2010年08月25日(水)
日本人の考え方として、「うち」と「そと」を区別する。 「そとの人」に対し「うちの人」の話をするときには、 その人に敬称をつけないのが一般である。元もと「家」の単位をベースにして、その内側を「うち」といい、一歩出ると、 「そと」とする。 家の玄関は鍵をしめて用のある人以外は、あけない。節分には、「鬼はそと、福はうち」と、豆をまく。 江戸時代の藩制度の名残で、属している組織の帰属を第一にする考え方は現在も続いているといってよい。 朝礼、社員旅行などは、うちを固める儀式。日本的な名残である。それが人間関係の中でも、考え方として色濃く残っている。 「この人は、うち側の人で、友人。うち側でない人は、そとの人で、知人」とする。 裏切られたり、騙されると、あっさりと、 心の中で、そとの人に分別してしまう。 面白といえば面白いが。一般的に、家族と、信頼している友人、そして、 会社の同僚が、「うち」になる。それ以外は、「そと」と単純明瞭。これが個人主義の欧米人からしたら不思議なようだ。 欧米は一神教。 ビック鶸と「私」の関係が「うち」で、その神の前で永遠の愛を誓った連れ添い、そして、二人の間の子供と、 「うち」が拡大して、「家庭」が存在する。 しかし、日本の「うち」は、多神教をベースにして「家」に、まず帰属して、 その内側が「うち」で、外側が「そと」になる。 私自身を振り返ると、この二分法で知人、友人、同僚を振り分けていた。 一度、信頼を失った相手は、そとの人と、二度と、心を開くことはない。特に、卑しさを見せつけられると我慢が出来ない。 そういえば、「タテ社会の人間関係」で、中根千枝が《日本社会の人間関係は、個人主義・契約精神の根づいた欧米とは、 大きな相違をみせていて、まず「場」を強調し「ウチ」「ソト」を強く意識する日本的社会構造に、どのような条件が考えられるか》 を論じ、タコツボ社会が日本的特質と指摘している。 その考え方そのものが、私の造語になるが「タコツボ思考」ということか。 自分を省みると成る程、いやに納得できる。ウツボが徘徊している中でタコはタコツボに入って、最後は人間に食べられてしまう。 「うち」と「そと」の間の「にわ」か「うちにわ」を日本人は昔から取り入れて自然を取り入れていた。 ・・・・・・・・ 3064,階級社会だと! −3 2009年08月25日(火) こういう話は大好きである。「石ころがね、その大きさやカタチを競ったって、少し離れてみれば砂利じゃないかい」 ということだ。だから、名刺に多くの肩書きを書いたり、ロータリー・クラブなどに入って特別な人間と思い込んで いる可愛い人の優越感も、人間の性と割り切れば良いのだが。その生臭い人間が何とも愛おしいのである。これも揶揄か? 「幼い頃より一流作品の絵画や音楽や大自然を可能な限り、シャワーのように浴びせることが、親の子供に対する 最大の勤めである」というが、これがハビトォスの骨格づくりになる。クラシックの演奏会や美術館に家族で行くことは、 家系としての文化資本が無ければ無理。私など父親からは大相撲の地方巡業かプロレスに連れて行ってもらったことしか記憶がない。 下町の魚屋一家で演奏会に連れ立っていくイメージが全くわかないのと同じである。 演奏会は山の手の家庭のイメージである。 家屋敷の佇まいでもハビトォスの匂いを嗅ぎ分けることができる。 家柄とか学歴の良し悪しで全て決まるわけではない。 自分で意識して美術館に行って一流の絵画や彫刻をみてまわり、音楽会に行って良い音楽を聴く習慣をつければ、 その習慣行動(プラティーク)の積み重ねから、それをつくり出しているハビトォスがつくられていく。片方はハビトォスが崩壊し、 片方はハビトォスがカタチつくられてのを身近で見てきたからいえることだが。 習慣とは、第二の天性。 良い習慣を幾つか積み重ねていけば、それが、その人の天性になる。出世とやらを考えるなら、目指すポジションの習慣行動と ハビトォスを作ることが近道になる。したがって偉人(例えばフランクリンなど)の伝記や、三国志や孫子の兵法などで学び、 良い習慣行動身に付ければ、その背後にあるハビトォスの構築になっていく。 「 力、愛、知 」が、人間力の構成要素なら、その一つの力は、男にとって必要欠くべからざる要素。 階級社会では、全身全霊で習慣行動をつくり上げるのは男として当然のこと。 しかし、一つの側面として割り切っていないと、そこで挫折をした時にハビトォス全体が破壊される。 考えてみたら46回の秘・異郷ツアーの中には、ハビトォス構築の全てが含まれていた。 世界中の大自然の景観に魂の振動を経験し、美術館では世界的名画や彫刻に感動し、アルゼンチンタンゴや スペインの闘牛や、フラメンコに呆然として見入り、アフリカの手づかずの動物に触れ、・・・等々、 文化資本の蓄積は何にも変えがたい財産である。 そのわりに、自分自身に文化資本の蓄積が感じられないのは如何してか? 幼少時の文化シャワーが足りなかったということ?! でも、父親に骨董店に幼時から多くを見てきたが・・・ ・・・・・・・・・ 2699, 「レンタルの思想」−5 2008年08月25日(月) 「宇宙の発展と文化の論理 」ー 鷲田清一×松井孝典 *ここにないものと関わる能力 松井: 前回は、生物学者の長谷川真理子さんと対談しました。 そのときの話では、現生人類には抽象概念が生まれた契機の一つが、喉の構造の変化です。 逸れによって、文節性の高い言語を獲得できたということです。その御蔭で目の前に起こってない現象でも、 抽象化して相手に伝えることができ、知恵の伝達が可能になるということでした。 つまり人類がいまのような生き方をするうえで重要な要素として、言語の機能というものがある。 それを哲学がどう考えてきたかというところから、話を始めましょう。 鷲田: 人間とはなにかということは、思想史の中でいろんな語られ方をしてきました。 いまおっしゃつた、話す人(ホモ.ロクエンス)という思想はもちろん根本的なものです。 また、遊ぶ人(ホモ・ルーデンス)というのもありますね。「遊び」ということができることを人間の本質としてみる。 ホモ・サピエンスとか、ほかにもいろんな捉え方はあるのですが、これらの共通点をみれば、ここにないものに 関わっていくということ、つまり不在なものに自分を関係づける力をもつということなんです。いま目の前に現れているものを、 取り換えられない必然のものと捉えるのでなく、それをさまざまな可能性のひとつとして了解しなおすということなんですね。 人間以外の動物は、生物としてのシステム沼に、別のあり方がないような形で組み込まれている。 〜〜 解) 「ここにないものと関わる能力」、これは言葉の持つ最大の効力だろう。カラスは500の鳴き声のサインがあるというし、 ケニアではシマウマが鳴き声で多くのサインを出しているのを知った。それでは、鳴声と言葉の違いは何だろうか? それは、正に 「ここにないものと関わる能力」が言葉の中にあるということである。 亡くなった親族や恩師や友人とは、生きていた時より、 むしろ深く関わること出来るようになる。 教養とは、多くの「ここにいないものと関わってきた」蓄積である。 過去を振り返ると、自分の読書量と経験量が、ここにいないものとの関わる能力の質を決めることが解る。 予習能力も復習能力も、そのうちの一つになる。 それと、更にすすむと予知能力もある。 言葉は考えれば考えるほど、奥行きが深い世界に我々を誘い込む。ファンタジーも、妄想もある。 ・・・・・・・・・ 2007年08月25日(土) 2335, どうせ死んでしまう ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 「狂人三歩手前」ー中島義道著 −1 ーどうせ死んでしまうー この本は月刊誌「新潮45」の連載で、時々、このコーナーを図書館で読んでいた。 その連載をまとめたのが、この本である。本の題名が「狂人三歩手前」というのが良い。 この本の冒頭からして、 ーどうせ死んでしまうーである。いずれプッツンするのは解っているが、 生きているうちは、せめて「いま・ここ」に集中して面白おかしく生きたいと思っているが・・・。 {いずれ死ぬのなら、何で「いま・ここ」に集中して生きる必要などあろうか?}という投げかけの言葉も道理である! 生死の問いかけになる。「死んでしまえば、それまでよ!」も、生き残った此岸から彼岸へいった死体に対する、 思い込みでしかない。まあ、哲学は哲学でも、この人はあまりに嫌世過ぎる。 でも、甘ったるい人生論より余程面白いし、考えさせられる。心の奥に、「所詮は死んでしまう!ケセラセラ」という、 中空を持っていないと、現実に振り回されてしまう。「飯喰って、糞して、死ぬだけ、人生は!・・所詮死ぬのだから」 ーP・11 (字数の関係でカット08年8月25日) ・・・・・・・・ 2006年08月25日(金) 1970.事業百訓 ・・・? ー1994年 H0601新年にあたり (目先の流れを間違わないように!)潮流は大不況である。 −以下、字数の関係でカット(2007年08月25日) ーH0603 海外旅行ー 二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。 私の趣味の一つといってよい。海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。それぞれ全てがすばらしい。 違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち 感激しなければ理解できない。初めて旅行したのは昭和四十二年、海外旅行が自由化された翌年だった。 大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、 旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、 英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。また欧州の文化文明に大きな カルチャーショックを受けた。帰国して数ケ月はただ呆然としていた。二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば、 人生の一大転機のきっかけになった。 それだけ感激とショックは大きかった。 ーH0603ゴネ社会のカラス達ー ーH0605 般若心経のすすめー ー以下、字数の関係でカット(2009年08月25日) ーH0605 事業百訓ー 432 長い人生において、誰しも受け入れ難いことに遭遇するときがある。 真正面よりたち向い頑張ろうとしても、のり超えられないときもある。 そんなときは「こうあらねばならない」というタテマエを取りのけて、 あるがままの自分を受容しないと挫折してしまう。 涙というものは、頑張りをはずし、無理のない自然な自分を再生させる。 そんなエネルギーを持つものかもしれない。 −吉村はそんな事を考えたものだった。(涙による再生−柳田邦男) 433 “日本はトルコ以東において西洋人に侵略されなかった唯一の国である”という。 外国政府に対して日本人が他のアジア人と違い異常な緊張力を持っている。 内陸戦争になれば、こういう無数の侍と戦わねばならぬと、 まず第一に物憂く思った。(司馬遼太郎) 434 以来40数年僕の一応の答は「人間は不自然な動物である」、動物は自然に適応する為に自らを変化させてきた。 ところが人間は自然のほうを変えて文化文明という反自然的な 環境をつくり上げてきた。(河合隼雄) 上記より考えてみると、 数千年か数万年スパンで人類のつくりあげた不自然な文化文明は、 すべて消滅する運命にあると考えるのが自然である。 435 ある日突然“進化論”に関する本を読んでいた時、ある活字が矢のようにとびこんできた。 私達を形作る宇宙の原子の数は10の80乗と見積もられているが、宇宙のはじまりより現在までの時間は、 秒単位で10の80乗と推定される結果、原子の配列と時間の配置に同じものは絶対に起こりえない。 −私は気の遠くなる孤独感におそわれた。自分と同じ生きものは過去150億年にはいなかったし、 今後50億年をすぎ、太陽が爆発しても同じ生きものはあらわれない… (脚本家−橋本忍−時の流れ−より) ー以下、字数の関係でカット(2010年08月25日) ーH0607 ケニア・サファリ紀行 前知識はほとんどなし、 「何がおきるのか出たとこ勝負の旅」というのが率直な気持であった。 ところが秘境の旅というイメージで行ったところ、そこは欧州の高級リゾート地であった。 三十年前まで英国領であった為、欧米のサファリを目的としたリゾート地として区画整備されてあった。 広大な動物保護区及び国立公園と一般の土地はわけられており、前者は天国、後者は貧困そのものであった。 サファリ(動物ウォッチング・ドライブ・ゲーム旅行)は生まれて初めて、 一日一日、一シーン、一シーンが鮮明な感激として脳裏に焼きついている。 強烈な印象の順に列記してみると、 ・夕方、五十頭の象の群れが一列になり、右手にキリマンジェロをみながら林の方に帰っていく、 (TVでこのシーンを見た事があるが、まさか初日にこれをみれるとは思わなかった) ・ライオン二匹がペアリングしている横で一頭がシマウマを食べているシーン、 ・チーターが二百m先に一匹のガゼルをねらいを定めて木影でスキをねらっているシーン、 ・ 二十頭位の象の群れに三m位近ずいたシーン、 ・湖でカバの群れに近ずいたところ一頭が我々のボートを追いかけてきたシーン(一ケ月前にその群れに漁師が殺されたとか) ・数千〜数万頭のヌーの大移動、 ・マサイ・マラ族の村の中での異様な雰囲気、 ・気球の船上よりのアフリカの大地の景色、 ・四〇〜五〇頭の水牛の群れの真只中にサファリーカーでつっこんだシーン、 ・キリマンジェロの遠景、等々書けばきりがない。過去十七回の海外旅行の中でも最も刺激的印象的なものであった。 欧州では“アフリカの毒”という言葉があるとか。その毒(魅力)にあたり、ウワ言のようにアフリカ、アフリカと 言うそうで、今の私はまさに毒にあたっている状態です。(1994.7/10 〜18 ) ーH0609 歩行とダンスー 丸山圭一郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”という二人の対話が面白かった。 “ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的。 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?ありうる!”という。非常に含蓄のある面白い内容である。 人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、 “よしこの仕事とチーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と、一人笑った。 私の学生時代の大手商社に勤めている友人と、酒をのみながら右の話をした。 本人いわく “私はさしずめ、それはホーク・ダンスだな!。好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。 それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。 ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながらパターンをマスターし、 かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。 ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。 ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。 そしてその反対に逆の人も。 ーH0609 至福の時ー 母が八十六才になり、年相応?の初期の痴呆症があらわれて三年、年を重ねるという事は大変な事と思いしらされる。 痴呆とは脳の回線が時々はずれたり夢の世界に入りこみ、現実との境界がつかなくなったり昼夜の別がつかなくなったりする。 はじめは周囲の私達の気が動転、本人の症状にふりまわされたが、今ではほとんど、それぞれの現象にそれぞれの原因が わかるようになり、あまり動じなくなった。(それには二年以上経過したが)しかし回線がはずれている時は、 なれている私達でも背スジがゾーッとする事がある。本人にも喜怒哀楽はあるし、外部環境の把握をそれなりにしてある。 夜半の半錯乱の翌朝、すべてを忘れている本人にその話をすると“それでは私はどうしたらよいのか?”と逆に聞かれて 返事に窮する事もあった。この春より母を早朝、公園へ一時間位リハビリも含めてドライブ+散歩に行くが、 誰一人いない公園で母と二人いると幽界か霊界にいるような気になる事がある。 その時の母のうれしそうな顔をみると、この時が人生の“至福の時”かもと感じられる。 ーH0609 ゲームと人生ー ハーバード著の“思考の原理”という書物の、「人生ゲーム化」という内容が面白く印象に残った。 要旨は “ゲームとは、目標を設定し、そこに障害と自由を与えて、互いに(あるいは自分自身)競わせる。 重要なのは障害である。 自由配慮の中で障害をのりこえさせて、目標に到達させる。 この三つのバランスをとりながら競争するのがゲームである。人生をこのゲームにたとえると、人生の障害も自由そのものも 余裕を持って客観視ができるし、楽しむ事ができる、という内容であった。人生をゲームにたとえると妙味が違ってくる。 人生にとってのその人の目標は、つきつめて考えると、その人の精神とも考えられる。 その達成において当然目標が大きければ大きいほど障害が大きく、多くなるし自由度合も大きく、多くなってくる。 その障害を楽しんでとり組む自由な心(とらわれない視野が“自由”というのかも)こそ人生のゲーム化といえる。 ーH0609 ケニア・サファリ紀行(?) ・ 国立公園よりナイロビへの帰り道(雨あがりの泥々のいなか道)を命がけで四時間、 つきぬけた、その時の赤茶色の大地と緑の森の コントラストのすばらしさと、 数十km先までみえた広大な地平線も生まれて初めて見る光景だった。 そして小学校の近くを走っている時みた、子供達のあどけない愛嬌のある目と顔も忘れる事ができない。 ・ 野生動物も、今まで動物園でみたのと全く違うものだった。 毛色の光沢、目のかがやき、 悠然たる動きが、あの大地を背景として自然と一体となり絵になっているのだ ・ 早朝の牧場の乗馬もよかった。 新鮮な空気と草の臭い! その帰りの車で、前方に10人あまりの若い男達が必死な形相で走っている。 その後を、一頭のバッファローが追かけている。我々の車が間に入って その場は収まったが・・。離れバッファローは非常に危険だとか! ・ 気球より見たアフリカの広大な草原。下を見るとシマウマの群、他に目を向けると、気球に驚いて逃げている 二頭のライオン。そして、気球を降りての食事。乗客三人に対して、10人のスタッフ。そして一応、機長もいる。 360度の展望の中での食事が、格別美味しい。?掘っ立て小屋のイメージだったロッジが、実際は高級ホテルであった。 食事も高級レストラン並。 夜半聞こえてくる不気味なハイエナの声! ケニア人の90パーセント以上は、 一生の間で野生のライオン、キリンを見ないという。 それだけ一般大衆は貧しいという。首都ナイロビでホテルから一歩外に出ると、 物乞いと、物売りが瞬時に寄ってくる。現地の女の日本人ガイドが、その貧しさに涙を溜めて訴えていた。 日本人の観光客は、年間に一万人に満たないという。その点で超穴場といえよう。 実感として、一試合で二本のホームランを打った感じ!であった。
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2010年08月24日(火)
腰痛について何度か書いたことがある。《下にコピー》去年にも二回書いている。 そういえばこの一年、日常的な腰の重みはあっても、顔をしかめるほどの腰痛はない。 一年間何もないのは近年には記憶がない。 低反発マットと、海老反りマシーンによる背筋伸ばしと、立振動の バイブレーション・マシーン効果がでているようだ。四足だったサルの祖先を持つ人間が、両足で立って歩くようになったのが、 腰痛の原因。特にディスクワークで椅子に座る時間が長い人とか、立ち仕事の過剰が腰に負担をかけるのが原因。 日常的に心がけることは、 ・なるべく歩くように心がけること(一日1万歩を目安にする)、 ・普段の姿勢で胸を広げアゴをひいて頭を背骨に上に置くようにし、 ・前かがみの時は、屈まないようにして膝を曲げるように心がけ、 ものを拾うときは、腰から上は立てたまま膝を曲げる。 ・右手でものを拾うときは、反対の左足を必ず前にだすこと ・電車の座席や、喫茶店、居酒屋で座席に座る時に、足を組まないこと ・腰の冷えに充分気をつけること、また夏の冷い飲物の過剰摂取による内臓の冷えも危険 ・常に自分は腰痛持ちであることを意識をし、腰痛を目覚めさせないように、注意をすること ・季節の変わり目には、腰痛になる前から腰痛ベルトを事前にすること などなど、ある。 腰痛と、嫁姑問題は、人類の永遠のテーマのようだが、予防の習慣で、ある程度は押さえ込むことは可能。 腰痛の御かげで、早朝の散歩の習慣を25年間も続けることも出来たし、姿勢は良くなった。 その結果、全身の血の巡りは良くなった。 まずは嫌わないで腰痛と仲良くすること。 ―― 2009/11/23 3154,低反発マットと腰痛 低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとしてマクラにバスタオルを巻いて使っているが、 その後、ベッドに低反発マットを敷いて寝ている。 使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。 腰痛も少なくなったようである。 寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。それと横向きが少なくなった。 人は平均、左右、仰向けなど平均10回ほど寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。 だいたい寝返りの時に目がさめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。 それは腰や肩の部分が身体に合わせて包み込むような感じで、マクラも首と頭も、同じく実感として、寝心地が三倍は 楽になったようだ。 これだけは実際に数ヶ月、寝てみないと分からない感覚。 特に腰痛の人にはお勧めである。 この特徴は身体との接点の部分だけが沈み込むことにある。 シートの方が身体に合わせてくれるのである。 誰もが寝入りの数時間は熟睡するが、その後、身体と布団の接点部分の重圧で寝返りが多くなる。 ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナーがある。 私のはニトリで2千円だが、そこは4千〜2万以上。 どこが違うのか聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。 他にマットの素材にゲルマニウムやセラミックが 混入されているのもあるようだ。 (私は、枕の下にゲルマニウムの鉱石を置いている) 低反発マットもニトリで6980円の値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。 ベッドには、低反発枕と、その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、目にはゲルマニウムのアイマスク、 耳には、100円ショップで買った耳栓をしている。 その積み重ねの結果は充分出ている。 良さでは、低反発マクラ、マット、耳栓、アイマスクの順である。就寝は人生の三分の一を占める割に、人は無頓着である。 この低反発マットを使って気づいたが、ウォーターベッド、これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。 ―― 2009/06/07 2985,腰痛持ちの皆さんに 家内も、ついに腰痛もちになってしまった。 私の腰痛は昭和38年度の豪雪の時に高校の屋根の除雪作業でギックリ腰になって以来、45年間の付き合いである。 表日本に住んでいた8年間には腰痛はホボでなかったので、地域の湿気の問題などもある。 現在でも年に平均3〜4回は軽い腰痛になる。5月と11月初旬の連休辺りの気候の変わり目に出ることが多いが、 一度も医者に行ったことは無い。 以前のような脂汗が出るような重症の腰痛は無くなった半面、 いつも腰に重い疲労感と少しの痛みが残っている。 特に長時間の座った姿勢のパソコンが良くない。 半年ぐらい前に(腰痛の私にとって)最高のマッサージ機器を見つけたことは、ここでも書いた。 台がバイブレーターになっており、その上に座ったり乗ったりする。これがウォーキングにつぐ腰痛対策になっていて、 一日数回は使っている。これに最近、電動ステッパー(7600円)が加わり、一m四方のトレーニングコーナーになっている。 ところがニヶ月前に、長岡の郊外の家電チェーンの健康機器売り場で「長細い座布団状のクッションを見つけた。 幅が40、縦が75センチ、厚さが10センチ位のもの。 腰に当てて電気を入れると、7分間、色いろな叩きと、 バイブレーションが手を変え品を変えて続く。 また首から背中に当てると肩こりに良い。 マッサージ師が一通りのコースをこなすのと同じである。 それがロボットマッサージのようで何とも面白い。 迷った末にネットで注文した「リズム・マッサージャー・パッション」が先日届いた。 早速使ってみて、7分間で、腰の重みが8割がた消えてしまった。 ビッグカメラや、ジョウシンの店頭の値段は39800円。 少し高いと思ったが、何度か店頭で使っているうちに、 欲しくなったのである。 そこでネットで調べると、税・送料込み25,500円である。 去年の年末調整の残りの「ヘソクリ」を使うことで自己納得をして買うことにした。 以上、リズム・マッサージャーと、電動ステッパーと、縦型バイブレーション三点で、48,000円で、 家庭内腰痛対策の完成というところ。 で、どれが一番良いか? 値段に正比例ということで、先日買ったもの。 ―― 2003/11/13 953, 腰痛ー2 腰痛のことは以前にも書いたが、一昨日の朝、例年どおり腰痛が出た。いつも季節の変わり目に出るが、私の場合は寒さで 体を冷やしてしまうのが一番の原因である。いま一つは、パソコンを座って打っていると腰に負担がかかる。 今のところ時間をかけて暖めるしか方法はない。 間接的には、パソコンと寒さがあるが散歩の後、屈伸とストレッチを したのが悪かったようだ。 腰痛について書こうと思って過去の随想日記を調べたら、去年の連休後に書いていた。 五月の連休後も例年腰痛が出るのだが、今年はどういうわけかなかったが。 腰痛になると何もする気が起きなくなる。また一回一回ごの痛みの内容が微妙に違う。しかし今まで一回も医者がかりはない。 経験上、暖めていると長くて10日で大体直ってしまうからだ。その治療法を40年近くしている。 インターネットで調べたら、腰痛にも色いろある。デスクワークの人や、お産や生理が原因であったり、内臓の負担からくるものや、 運動のやりすぎ、等々ある。今朝おきたら3分の1位に痛みが減っていた。全治四日の予測が当たっていたようだが、どうなることやら。 ―― 401, 腰痛 - 1 2002年05月09日(木) 昭和38年の三八豪雪の時、長岡高校の屋根の雪落としをしていて腰痛になってしまった。 母が腰痛もちで、よく腰が左右に曲がっていたのを見たが、それがそのまま遺伝したようだ。 腰の骨が本当に左右にずれるのである。その時の痛みは言葉に言いがたく、脂汗がにじみ出る。 大体が季節の変わり目に出ることが多い。その対策として15年前から散歩を始めたが、今は腰痛対策というより 精神的肉体的両面の健康のすべての対策になっている。散歩も一日30000歩を超えると、逆に腰痛になる。 人間の今の身体の構造は、歩く前提で出来ているという。何かあったら歩くのが一番自然だ。腰痛は猿が人間に進化する過程で、 腰に不自然な力がかかるようになった。その結果、人類共通の持病になってしまった。歩行がその対策によいことは、 15年続けての実績で解る。しかし完治はしない。腰痛が出はじめたら、ホッカイロをその部分に当てるのが一番効果がある。 (母の対策を見て知ったことだが)それで4~5日で直るからだ。医者には一度もかかったことはない。あとは腰痛と仲良くしていくしかない。
・・・・・・・・ 3063,閑話小題 2009年08月24日(月) * 日本文理高校が決勝だと 日本文理高校が、あれよあれよという間に決勝戦まできた。 国体開催の一月前ということもあり是非とも優勝をしてほしいもの。 今日は県内は大きな盛り上がりになるはず。昨日は県岐阜には勝てないと踏んでいたが、 まさか勝つとは。過去に準々決勝が最高だったから、新潟県にとっては大快挙である。 地元の予選では対戦相手とは段違いの力だったが、ここまで来るとは思ってもいなかった。 彼らナインも監督も同じだろう。 新潟県は、このところ二度の大地震が続き、景気も最悪の事態の上に、 この天候で稲作も期待できない。 優勝でもしたら国体までのつなぎになる。。 たまたま今日は飲み会が入っているので、酒の味が美味くなる。 ーーー * 新インフルエンザの恐怖 商売が商売だけに、この新インフルエンザで日本中に蔓延した最悪の事態も考えなくてはならない。 半年も客が誰も泊まらないこともありうること。そうすると「 」 考えても仕方がないことだが、 現実に有りえることである。 この恐慌?の中で、更に日本経済は壊滅状態。 特に地方経済は体力が消耗しているので深刻の事態になる。 ビジネスホテルは直撃を受ける。 新潟国体の特需を計算に入れていたので、もし大幅の縮小となると大問題になる。 困ったものである。 支配人の近所の親しくしている家の子息が新インフルエンザになったとか。 タミフルを飲んでホボ直ったというが、現実に身近に感染者が出てきたのである。 お盆で海外旅行から持ち帰った菌と、帰省などの国内旅行でばら撒かれた菌が、10日の潜伏後で表面化する。 更に来週から学校が始ると、密室の教室内で大蔓延するのは火を見るよりあきらか。 一ヵ月後には、日本中が新インフルエンザで大問題になっている可能性が大である。 新潟国体の縮小も充分に有りうること。 これからは一日一日が、スリルとサスペンスの日々になる! そうこう考えると、恐慌も重なった大津波の本体が押し寄せてきたというのか。 数ヶ月先も読めなくなってきたが、それが日本の現実か。 高校野球の優勝かどうかより、 直撃を受ける本体の方が大問題である。 不安と不機嫌の日々がつづく。 ・・・・・・・・ 2698, 閑話小題 2008年08月24日(日) *大曲の花火 昨夜は、秋田の大曲の花火をNHkのハイビジョンでみた。この数年の年中行事の一つになっている。 電気を消した見ていると、自分が土手で見ている気分になる。プロの花火師の評論が面白い。 花火には「菊」と、「牡丹」の形があるとか。 丸い花火は割りものとか、云々。 大曲は、日本中のプロの花火師が競う競技大会。 その結果が公表される。 開くタイミング 10点、 開き具合 30点 色彩および配色 30点 技術 30点 の比率で評価される。 地元の長岡の花火も良いが、大曲の方が華やかで規模(数)が大きい。 〜〜 *日本野球がオリンピックで敗れた訳 日本が、良いところがないまま、敗退してしまった。結果論からいうと、星野監督の選定ミスである 現役を退いて何年もたった監督と、コーチでは勝負勘が全く無くなっている。 せめて副監督として古田元ヤクルト監督をつけておくべきで、御友達感覚の監督、コーチで勝てるわけがない。 選手が、星野監督とコーチの前で、すくんでしまって実力を発揮できなかった、ということ。 更にG.G佐藤の二回の大エラーも、水を大きく指した。 本人の一生の傷になる。数年間は針の筵だろう。 ニュースに流れた日本人の観客のヤジ「御前ら、日本の野球はこんなものだったのか?」も厳しいが、 それくらい星野には良いだろう。 あまりにプロ野球の監督とし鮮やかな辞め方をしたのだから。 それより、あの二年前のワールド・ベースボール、あれは劇的過ぎただけ。 ただ星野は、酷かった。 人生は、こんなものだろう、 所詮は!+−ゼロ。 〜〜 *オリンピックが終わるか これまでは、あまりオリンピックは見ないが、時差のあまりない北京で行われたことと、 お盆を跨いでいたこともあり、これだけ見るのも珍しい。といって決勝進出と、注目された試合だけだが。 前回の三分の二の金メダルだったが、こんなものだろう。テロによる混乱も無く、まあ無事終了のようだが・・ 中国にとっては大成功のオリンピックとは言えないが、そこそこ(65点)だった。 独裁国家がオリンピックを開催すると、何年後かに独裁体制が崩壊するのは、ナチのドイツとソ連の崩壊から推測出来る。 これから10年間は、大きな試練が待っている。上海の万博まで持つだろうが、火はついたことは間違い。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月24日(金) 2334, 離人症体験 オハ…YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+ ある本の中の「離人症」の経験者の話に目が釘付けになった。 私の最も好きな内容だからである。そこでネット辞書で調べてみた。 ーー 「離人症とは、自分が自分の精神過程または身体から離れて 外部の観察者になったかのような自己の知覚または体験の変化」と定義される。 ・離人感は深刻な感覚の歪みがあらわれる。例えば、世界が霧か煙を通すようにぼやけて見えるとか、 声がくぐもって遠方からのように聞こえます。 ガラスの檻に閉じ込められ、それにより「現実の」世界から切り離されている感覚。 具体的には、自分が存在する実感がない、自分が見知らぬ人間であるように感じる、 自分が生きている感じがしない、などがある。 ・身体に関する訴えとして、自分の体が死体・ロボットのように感じる、 自分の体の実感がない、自分の体が大きく・小さく感じる、などがある。 ・また、行動する自我とそれを観察する自我の分離があり、 自分の行動を離れたところから自分が観察するという感覚がしばしば起きる。 このような分離は、心の中での果てしない自問自答、堂々めぐりと体験されたり、 自分の体から自分が抜け出す経験(体外離脱体験)と感じられることもある。 トランス状態にあるような様相を呈することもある。 ・自分以外の人間は自分の体験を真剣に取り上げてくれないと嘆き、 これらは心的外傷に深い関連があり、自傷行為や自殺企図もある。 ーー 以上だが、その中で体外離脱体験もあるようだ。 私自身、色いろな体外離脱やパニックに陥ったことが度々あった。 この「離人症経験」とは違うプロセスで体外離脱体験になったのである。 人生の大きな変わり目とか、 厳しい秘境旅行の帰りの飛行機の中とか、大きなストレス状態の時などに生じるところが似ている。 過去の随想日記に、そのことを幾つか書いてきたが、離人体験とは少し違う。 (後記の数年前の文章を貼り付けた中に、偶然に夢について書いてあった。) 一番近いのが、ある旅行からの帰りの飛行機の中での恐怖パニック体験。 (何度か書いたことがあるが・・・)秘境旅行の帰り、ホッとして眠っていたところ夢をみた。 自分が地上からフワフワと風船のように浮遊して、空に舞い上がっていく。 みるみる電信柱を越え、空に上がっていく。「これは危ない、地上に戻らないと!」と、 本能的に夢から我に帰ったところ、そこは地上ではなく空中を飛行中。戻るはずの地べたがないのである。 空中から地上に帰ったはずの自分が、逆に更に高い空中を飛んでいるのである。 それも自分が1000キロの速度で飛んでいる実感がしたのである。 飛行機も、周囲の人も消えて、独り空を超高速で飛んでいるのである。 恐怖で失神?なんてものではない! このような特異の恐怖体験をした人は世界広といえ、殆どいないだろうと、 パニックが収まった時に頭に浮かんだ。(実際は多くいるだろうが、特異という意味で・・・) バンジージャンプで二回飛び降りているが、落下時の恐怖より恐ろしい?瞬間であった。 その落下としても垂直に空中を飛んだ経験があるから、その時に実感できたのだろう。 数分は続いただろうから、よく心臓が止まらなかったものである。離人体験の恐怖を語っているブログがあったが。 その類の知識のない子供が、自分が自分から抜け出た感覚は本当に恐ろしいのは解るような気がする。 離人症という病があるとは、知らなかったが、欝になり、落ち込んでいる心理状態は、正にこれじゃないか? 「ものみのとう」とかいう、あのカルト集団、あれも集団離人症候群じゃないかい? {娑婆を「物見の塔」から見下して、あの集団で修行すれば、千年後に奇跡があらわれ、キリスト様と出会い・・} それも、幸せな集団離人症ということ? ホンジャ(´_`○)ノ ノヾィ♪
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2010年08月23日(月)
* あと5ヶ月で65歳になるが 65年の人生を振り返ると、月並みだが長いような短いような感じだが、決して長くはない。アッという間である。 家庭に恵まれていたし、時代背景にも恵まれていた。 満足度は70、いや80点である。 明日の金が無くて呆然としたことも無かったし、人間関係で悩むことも比較的少なかった。 また事業を四十年近く、やれたことが良かった。また装置産業を選択したため、自由時間に恵まれたのが良かった。 好きな秘境ツアーも、私の環境=条件内では最大限に楽しむことができた。 好きな本も充分に読むことができた。 好きな箱物(ビル)造りも、小規模だが増築を含めると8棟を立ち上げることができた。 もっと事業を大きくできたチャンスがあったが、恐慌になった現在、それが良かったかどうか。 第二次世界大戦の終了から、米ソの対立、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国の文化革命、そして、ソ連と東欧の崩壊、 日本の高度成長、バブルと、その崩壊、そして失われた20年という長期の停滞。アメリカのニューヨークの9・11テロと、 アフガン・イラク戦争。そして、極めつけがアメリカ発の大恐慌である。それが今後、10〜20年と色いろなカタチで、 20世紀的なものや、文化の破壊がすすむ。65年の人生で、半分以上は成長期の時代を味わってきた。特に20代、 30歳代は、高度成長期にあたっていた。もう日本が、これだけの右上がりに成長を謳歌する時代は二度とこない。 そうこう考えると本当に良い時代背景だった。 情報化社会の到来で、劇的変化を始めた時代の入り口を生きている。 その変化は想像を遥かに超えている。 毎日が驚きと、感動と、おののきの日々である。それにしても知らないことが多すぎる。 ・・・・・・・ 3062,階級社会だと! −2 2009年08月23日(日) 上流階級?の人が落ちぶれた時に、階級の存在をシビアに知ることになる。 その時のハビトゥス(その人の習慣をつくりあげている文化構造)の崩壊のプロセスを、身近で何人か見てきた。 その崩壊は人間性の崩壊になる。 階級社会にとって必要なことは、その入れ替えの弾力性である。 弾力性が無くなれば階級社会が自滅することを経験的に知っているからである。 時間軸の長短から考えれば 誰もが成上がりでしかない。 イギリスは階級制度のハッキリした国であるが、その入れ替わりには長年の経験上、 当然のように受け入れるシステムになっている。新しい価値をつくりあげれば、その価値の創造者として認める。 日本でも明治時代の伝統で、家柄より学歴を優先する社会的システムができている。日本の最も優れた文化資産である。 ところで一番上の姉が(設立した会社の倒産後)歌の先生をしていた。そこで聞いた城下街世界が面白い。 10人位のグループを幾つかつくって教えていたが、そのグループ分けがユニークである。 未亡人だけを集めたグループとか、 医者の奥さんだけを集めたグループとか、金持ちの有閑マダムの社交クラブである。それも「プラティーク」の世界? こぞって慶応幼稚舎に子供を入れたがるのは、その階級に参加したいため。 かなり前の話だが、経営セミナーを 東京のホテルで受けた時期に、夕食で隣に座った人と名刺の交換をした。飲食業界の大手の社長で私と同年輩の人だった。 その人の奥さんが柏崎の出身で、ブルボンの娘という。「何処で知り合いましたか?」と聞いたところ、母親同士が慶応出身で、 女性だけの何かOB会の役員をしていた因縁で話がまとまったという。 成るほど、そういう世界があるのである。 地元にもゴルフ場の格付けがあって、そこの会員権を持てるかどうかが登竜門になる。 反対に、その会員権を売却すると倒産の前兆の噂になるという。海外旅行に46回行ったが、秘境ツアーに参加する人は、 世界中を周っている人達。そこで聞く彼らのプラティークの話は非常に参考になる。私を含めて変なのも多いが・・ ライオンズ・クラブとかロータリー・クラブとかいう活動も、その登竜門? というより、トップセールスを 互いに容易にするための集まり? どうみても、文化遺産のあるようには思えないが。 「売り家と 唐文字で書く 三代目」という古川柳にあるが、文化遺産の引継ぎだけでも駄目だから、難しいところだ。 「目くそ、鼻くそを笑う」の話。「上を見ればキリがない、下を見れば底がない、横を見れば情けない」か〜 ッタク!
・・・・・・・・・ 2697, 散歩について 2008年08月23日(土) 散歩の習慣と効用については何度か書いてきた。1月から3月半ばを除けば毎朝、豪雨でない限り歩いている。 もう25年ほどになる。年々少しずつだが歩数は減っているが、それでも毎朝一時間弱は歩く。 日本人の歩行は、この三十年で激減しているという。30年前で7000歩が現在では6000歩弱に、 車通勤では、4000歩も歩かない。江戸時代には日本には散歩という概念がなかった。 車がないので、何処に行くのにも歩いていたから、敢えて歩く必要も無かったようだ。 それでも、現代人と比べると3倍から5倍は歩いていたという。西欧人のように、「楽しみのための目的なしの歩き」に 名前を散歩と名をつけたのは、勝海舟であった。氷川清話には、散歩の話がところどころ出てくる。散歩の語源は、 漢方の言葉で、漢方の内服薬を飲んだあと、その薬を早く吸収させるため歩くことを意味していた。 勝海舟は、外国人が生活の中に散歩を取り入れているのを見て、心身の健康の効用を看破した。 私にとって、散歩のない日々は考えられないほど、日常の生活の一部になっている。大雨で歩かなかった翌日など、 身体から毒素(恐らく活性酸素だろう)が抜けていくのがわかる。それと、脳の活動が活発になるのも分かる。 これを続けていると鬱病などなる訳がない。早朝に、陽光にあたりながら、鳥の声と、川のせせらぎの音を聞きながら、深呼吸を して歩いていれば、マイナス思考など出ようがない。最近はiPodでアルファー波のタップリ入った音楽を聴く習慣も取り入れた。 哲学の小道が京都になるというが、決まった道を、他のことを意識しないですむ道という。 ソクラテスではないが、プラトンなどと問答しながら歩いたのは、脳が活性化するためである。散歩を健康のためとか、 考えるため、というのでは長続きはしない。あくまで楽しい日課の一つとして取り入れて、スキップするような気持ちで歩くことだ。 最近80歳過ぎの少し痴呆症の入った年配の人が散歩をしている。道に立って、来る人来る人に手を上げて親しそうに話しかけている。 それが一日の大きな楽しみになっているようで、決まった時間に決まった何人かと親しそうに話しをしている。 私も話しかけられたが、どうも苦手で笑って通り過ごしているが・・。痴呆症にとっては、あの習慣は一番の薬になる。 ところで何でもっと多くの人が早朝散歩をしないのだろう。あれだけ心身にとって良いことを。 時間が無いのなら、チョットした時間に意識をしてあるくことだ。もし私が散歩を取り入れてなかったら間違いなく現在、 娑婆には居いだろう。寝る前の風呂と、早朝の散歩で猿コールを蒸発させているから、事なきを得ている。 二十年ほど前に「散歩について」書いた随想を読んだ恩師が手紙をくれたことがあった。その恩師は鬼籍に入られてしまった。 後記)面白いものだ、偶然の一致になるが「夜明けのリゾートタイム」であとに書いてあった。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月23日(木) 2333, ホッファー −2 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! この特異な哲人ホッファーの存在が、今日のように我々に知られるに至ったのは、マーガレット・アンダーソンという 「コモン・グラウンド」編集長である。「たった一人、彼女が東海岸で自分の原稿を待っているのだと思えることが、 自分の思索を持続させた」と、ホッファーは書いている。 世に出た著書は、好評だったが、爆発的に売れたわけではない。あくまでも彼は本の“著者”にすぎない状態だった。 1964年にカリフォルニア大学のバークレー校で週に一度の学生たちとの講義も担当するようになったときも 話題をよんだわけではなかった。ホッファーのような変わった人物を講師にするのは、バークレーのやり方である。 しかし、ホッファーはひとつの感慨をもつ。 「人にはこのように、世界のどこかでそれを待っているところが、少なくとも一カ所はあるものなのだ」ということを。 以下は、ある本からの抜粋である。 −− ホッファーが人気をもつきっかけは、テレビであった。 1967年、エリック・セヴァリードとの対談がCBSで放映され、大反響になった。 それから一年に一度、ホッファーはテレビ対談に登場する。 かれ自身はつねに目立たない存在を望んだが、どんな評価も名声もホッファーの生活を 豊かにすることも、その精神を危機から脱出させることもなかった。 社会や世間のほうがホッファーのような“例外者”を必要とした。 こういうホッファー・フィーバーのなかで、彼はまったく変わらなかった。 沖仲仕をやめて著述に専念するようになるのは六十五歳をすぎてから。 八十一歳で死ぬ(一九八三)まで、本を書きつづけ主要な著作は十一冊をかぞえる。 うち六冊は日本でも邦訳が出たが、現在も入手可能なものは一冊しかない。 これほど数奇な人生があろうかと思わせるほど波乱に富んでいるが、これ以上に面白いのが、 彼がいろんなところで出会った、数々の特異な社会的不適応者たちの語る自分の人生である。 この自伝には、そのような忘れがたい人々との忘れがたい出会いがつまっている。 その一つ一つが、まるで短篇小説以上の仕上がりになっている。 こういった出会いのすべてが彼の哲学的思索のナマの素材になっているのである。 (以下、字数制限野関係でカット 09年8月23日) −つづく ・・・・・・・・・・ 2006年08月23日(水) 1968.事業百訓・・・? −1991・1992年(6) H0301新年を迎えて!! (字数の関係でカット 08年8月23日) ーH0307事業百訓 ー 今より20年前、人間には周期(波動)があるのではないかと気がついた。 九年が一周期で前半が陰・後半が陽である。 (マイナス3才〜5才) (6才〜14才) (15才〜23才) (24〜32) (33〜41) (42〜50才)(51〜59)(60〜68才)(69〜77)……。 そして周期の変わり目が厄年となり 人にとって非常に危険・不安定の年となる。 これは決して人の論理の借物ではなく私自身の周期であるが、昔より数え年で24・33・42才と厄年と丁度一致する。 中高年の当社の応募の人の履歴書をみていると、大体厄年をきっかけに何か失敗しているケースを見うける。 厄年は、丁度肉体的に精神的にも節目の年ではないかと考えられる。 現在の私は今年までが陰で来年が転換の年となり1993年より陽転になっていく。 偶然の一致か事業計画も丁度それにあわせて立ててある。 過去を振り返ってみると全て陰陽はかったように明確になっており、一年の狂いもない。 少し運命論的な書き方になったがそうではなく、いかにその“節目”をみつけ“運”という波動(勢い)に乗るかである。 “陰”の時は“陽”の為の内的エネルギーの充実をはかる時になる。 これを書いていてマイナス3才(生まれる前の3年)とは、どういう意味なのか非常に興味がわいてきた。 私の兄が三才年上という年まわりに関係あるのだろうか? それとも…… ーH0309事業百訓ー (字数の関係でカット08年08月23日) ーH0311事業百訓ー 最近私が造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。(江藤淳の“夜明けの紅茶”をもじったものだが) ・早朝(4時半〜5時半)起床 ・近くの土手を一時間散歩 ・テレビ体操 ・瞑想 ・家族全員のお祈り・食事と続く。 特に散歩がよい。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、 時々に般若心経をとなえる。この散歩に全てが含まれても過言ではないという“気”にもなる。これを実施して4年、 副産物として夜に出あるく事と、酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。 時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。 また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。 早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して、自ら挑戦してみた事だ。 彼は登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。 1時間半10km歩くという。 そして読書とシャワーをあびるとの事。夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。 これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。 ーーーーーーーー 事業百訓ー1992年(11) H0401新年を迎えて!! (字数の関係でカット) ーH0403事業百訓ー 385 、否定は結論であって、探究を中止する事だ。 正しい結論は自ら体験をして、あらゆる角度から探究をして、疑問を解明してこそ出るものだ。 根拠のない否定は自らを否定する事になる。(高橋信次) 386、負けた時、すぐ反省することは一番良くない。反省するのは2番目でよい。 反省というのは、まじめにものを考えすぎてしまうからです。そこには笑いがありません。 趣味や道楽でもそうですが、とにかく無心になる、これが一番です。そして心底で笑うことです。 “商売にうまくいく”“勝負に勝つ”すべてに共通している事は、無心になり笑うことです。 それが幸せになれる最大の条件です。(米長邦雄) 387 つきつめよ!あいまいにするな!先に伸ばすな!(渥美俊一) 388 “人間の奇妙な特質の一つは他人の欠点はすぐみつけるが、 失敗の原因となるような己の特質には気付かないという点である。 ”この問題は人間に限らず企業にもあてはまるもので、危機管理における重要な課題を示している。 389 「人間の真価は、その人が死んだとき、何をなしたかで決まるのではなく、 彼が生きていた時何をなそうとしたかである。」 (ユング) ーH0405事業百訓ー (字数制限のため中間カット2010年08月23日) ーH0407事業百訓ー 395 ~402,字数の関係でカット ーH0407高野山へ旅してー 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。 初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。 また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も延暦寺ならではのものであった。 翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は神秘的で左右の墓石群に千年の歴史の深さを感じた。 何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠・伊達政宗・前田利長・豊臣秀吉等の墓であった。 三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、あげていたのが武田信玄の墓であった。 県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。 この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的なものである。 その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげており、奥の院そのものという感じであった。 秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間”(関白秀次が切腹させられた間) がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せつけられたようであった。 高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前によくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。 ーH0407城下街小唄 ー 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。 その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。 その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており漫画的ですらある。 彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、 彼等の出す“ウワサ”がその社会を大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが“マンダラ”の中心に 近い人間が言った事こそ絶対?(“ウワサ”として)彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。 固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。 “非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、今は下火になったのだが、 新興の各業界の?1の社長が聞くに耐えない“ウワサ”を流された。“一種の集団いじめ”、そのストーリーが陰湿でリアル。 冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。それがおもしろおかしくて集団ヒステリック的につくりあげられており、 自らの名が出るかどうか怯えている。“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのもの。 ーH0407霊的体験ー 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。 死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。 いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感できたのだと思う。 それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった!という不思議な実感。 経験した人間ではないとわからないはずだ。また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがり トイレに行った。全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。 ーH0407禁断の秘密 ー 「近年の分子レベルの系統進化学は、神学者や哲学者によって数千年守られ続けてきた 禁断の秘密を一気に暴露してしまった。DNA(遺伝子)の構造上の相違量を測ると、 ヒトと二種のチンパンジーは1.6%であり、一方我々に近縁なもう一つの類人猿ゴリラは、 人とも二種のチンパンジーとも2.3%異なっていた。 この結果はゴリラがチンパンジーと人類が分枝する少し前にわれわれより分枝した。 となるとチンパンジーにとって最も近縁な動物はゴリラではなくヒトであり、 チンパンジーは実は“チンパン人”だった。……せいぜい六万年前まで 「単なる大型ほ乳類の一種あるいは、ちょっと変わったチンパンジーにすぎなかった。」 “7/14読売新聞” 東大、動物行動学 助教授・長谷川寿一 霊長類ヒト科ヒト属ヒト、これが我々の今までの分類上信じられており、 人類だけが高み立って勝手に分類していた事になる。 ヒトも含めた三種のチンパンジーの一種でしかなかった。 本当に刺激的“禁断の秘密”
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| 3436, 人生で後悔することとは? 満足していることは? |
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2010年08月22日(日)
* 私の人生で後悔することを、まず3つ挙げるとしたら
先日、「死ぬときに後悔すること」を取りあげた。そこで私の場合はどうか、考えてみた。 ● 人生で後悔すること ・酒の飲みすぎと、それからくる失敗の連続 ・身近の人たちへの配慮の不足 ・NTT株やカラオケ事業など中途半端な準備で大失敗したこと ・100年、250年に一度の世界的変動期に遭遇してしまったこと(自分の問題ではないが) ・大学ノートに絞って生情報・知識を整理したおくべきだった。 記録のパターンの統一の不徹底 ● 人生で、本当に良かったと思えること ・幼児期・少年期に、両親の創業を家族として体験できたこと(両親が必死に働いている姿がみれた) ・大学時代に多種の経験ができたこと。 最も充実した学生生活を送れたと言えること 《ゼミ、一ヶ月間の欧州旅行、寮生活、クラブなどなど》 ・30歳までに、問題の大部分を吐き出し、乗り越えたこと。 ・26歳から、四十年近く独立独歩で事業ができたこと。 ・55歳からHPを開設、公開し、一日一テーマで9年3ヶ月、休むことなく書き続けたこと。 その結果、ネット世界に乗り遅れなかったこと。 まる『10年』に9ケ月になったこと その結果、情報化社会の一端を垣間見れたこと ・好きな秘境・異境ツアーを中心に海外ツアーなど47回、続けて旅行できたこと ・両親などの家庭環境に恵まれ、時代背景が歴史的にみて日本がベストの時代に20、30、40歳代を過ごせたこと ・人生で致命的な場面に遭遇しなかったこと(今までは、だが) 〜〜 実際は後悔することだらけなのだろうが、やりたいことは、やった実感がする。「人と比較をしない」のがポイント。 何度も書いてきたが、「上を見ればきりがない。下を見れば底がない。横を見れば情けない」の最後を「ありがたい」にすればよい。 後悔か〜 やはり、感謝が足りない分、後悔することになる。 一日、一回でも心を込めて「ありがとう」というか。 ・・・・・・・・ 3061,階級社会だと! −1 2009年08月22日(土) 世の中には、露出されてないが、階級社会が歴然と形成されている。地方などでは、あまり表面化してないが、 都会などでは住む街からして歴然としている。千葉・総武線沿線界隈などの下町と、自由が丘などの山の手界隈と街並みからして 違うのは今さらである。世の中に平等など考えてみたら有得ないのは当然のことで、有るとしたら選挙権とチャンスの平等位のもの。 ところで、仏の社会学者のブリデューが、「プラティーク」と「ハビトゥス」という概念で社会階層のあり方を分析している。 ・「プラティーク」とは、習慣行動と訳されるもので、我われが何を好み、色いろな場面でどのように振舞うかである。 ・「ハビトゥス」とは、その習慣行動を派生させている規範システムをいう。 高校受験で、まず分類され、高校のクラスも 成績順に分類され、大学でふるい分けられ、次は就職、そして、それぞれの組織の出世競争でランクつけられる。 ブリデューは、「それぞれの階層の含まれる人間は、全てでないにしても、同じような習慣行動をとる」 このような構造を発生するものとして「文化資本」という概念を示している。 そういえば父が私を道具屋に幼児の頃から連れて行き、色いろな茶碗や仏像を意識的に見せていた。 母は、ことあるごとに倫理的な話や、商売の原理原則の話をしてくれた。 第二次大戦前まで、何代か続いた古美術店を営んでいて、 戦中、戦後に色いろな商売の立ち上げなどの経験を具体的に聞かされていた。 また、山本五十六や、地元の「ツガミ」 の津上退助や、野本互尊との親交の中で学んだことなど聞かされて育った。 それが、「ハビトゥス」のベースだったのだろう。 それがあったから、どの場面でも偉そうな何を見ても、それがどうしたで、相手から威圧を感じたり、仰ぎみることはなかった。 文化資本の一部分の引継ぎがあったのだろう。その文化資本は決して親だけでなく、自分で長年かけて形成しなければ ならないことも両親の生き様をみて分っていた。 毎日の早起きであり、読書であり、下世話な話をしないことであり、 日常の贅沢をしないことであり、 死に金を使わないことである。 「で、御前さんは、その程度か?」と言われれば、 それまでよである。 まあ、いい。 ただ、私たちは、その文化資本の匂いは嗅ぎ分ける。その文化資本は、倒産などで 一瞬に崩壊してしまうケースを、あまりに多く見てきた。それぞれの階層は、その匂いには敏感である。特に腐った匂いには。 「習慣は第二の天性」である。 だから自分で良い習慣を一つずつ作り上げれば、ある日、突然違う自分を見出すことも可能である。 その反対もある。 ・・・・・・・・・ 2696, 「レンタルの思想」−4 2008年08月22日(金) ー人類を救う「レンタルの思想」松井孝典対談集ー どの対談を読んでも、なかなか難しいが、何度か読むと解かってくるから不思議である。 対談でないと、専門家(特に学者)の書物を読む気にはならないが、対談の場合は意識的に 難しい部分を、噛み砕いて対談をしてくれるから、話しの内容についていける。 私が、この二人の対談で理解できたことは、 ・「『人間とは何かを考えたとき』 言語・法・貨幣 という本能と理性の間にある媒介物こそ、 人間を人間にしているのだ」ということである。 しかし、その貨幣が欲望の肥大を生むのである。 ・「貨幣という概念の誕生によって初めて、グローバルな人間圏が定義されるのではないか」 「所有という欲望の具体的なカタチを貨幣という抽象化し、それがグローバルな人間圏を形成させた」という点である。 これにインターネットで電子マネーが瞬時に世界を駆け巡るのだから、世界がグローバル化するのは必然。 まずは、一番印象に残った部分を抜粋してみた。 −−− ー欲望の倫理学ー ー 松井孝典 × 岩井克人ー 岩井克人: 法のない社会では、たとえば他人に殴られた人間は、その人間を殴り返すか、 または直接賠償を要求しなければならず、そこでは個人の力の大小や属するグループの強弱によって 人間関係が支配されてしまう。しかし、法があれば、その法を媒介として、殴られた人間と殴った人間との 関係は抽象的な権利と義務の関係に還元されることになる。 それが人間社会を拡大する。 さらに貨幣が導入されると、人間と人間との間の交換関係がグローバル化する。 贈与交換にもとつく共同体では、交換の範囲がお互いに顔を知っている人間同士に限られるのですが、 貨幣の媒介は顔を知らない人間同士でも交換を可能にする。 地球上にちらばっていたローカルな人間圏が統合され、本来の意味での人間圏というのができることになる。 松井孝典: 地球システムのなかの人間圏という概念を定義する仕方に、二つあると。 一つは物質エネルギー循環的に定義する方法、 もう一つは貨幣という仮想的概念のもとに、一つの共同体として成立するか条件から定義する方法。 岩井克人:そういうふうに考えると、じつは『人間とは何か』と考えたときに、それは、言語・法・貨幣 という、 自然でもなく人為でもない人間関係の媒介物、ハイエクの言葉を借りると(本能と理性の間)にある媒介物こそ、 人間を人間にしているのだということになる。 それは同時に、人間を普遍化させることになります。 《対談を終えて》 松井孝典 生物圏から人間圏が分化したその時、人間の欲望が解放された、と私は考えた。 欲望の具体的表現が所有であるから、その時に人類の地球の所有が始まった、と以来考えている。 しかし、主流派経済学では所有権という概念を用いて、生物圏の種の一つに過ぎない段階でも、 人間の行動の全てを解釈する、という。 貨幣という抽象的概念の誕生によって初めて、 グローバルな人間圏が定義されるのではないか、という指摘と共に頭の中が刺激される。 ただし、未来という時間軸は、所有権という概念をもってしても、その議論に組み込めない。 私風に言えば、歴史を規定する境界条件が変化するとき歴史に基づいて未来は予測できない、 ということであるが、問題の難しさはいずれにせよ、この問題に帰着するようだ。(松井) 〜〜 後記:電子マネーとか、地域マネーとか、ポイント制などの企業内マネーとか、 これまでとは違った貨幣が生まれだしてきた。特に注目するのはネット内の仮想世界のマネーである。 ネット内では、共通ルールと、共通マネーと、共通言語が必要となる。それを前提としてネット内の 仮の個々人が成り立つ。そして、リアル世界では実現できなかった欲望が解放される。 金か〜 使ってこそ金、貯めるものじゃない、欲望を開放するもの。 ただ仮想的概念でしかないことを忘れないことだ。 ・・・・・・・・・・ 2007年08月22日(水) 2332, ホッファー −1 オノヽ∋―_φ(゜▽゜*) アメリカの社会哲学者というより、哲人・ホッファー。彼の文章を読むと、深い魂を呼び起こす熱が伝わってくる。 彼は自分の生きかたを通して人生の何たるかを考え続けている。 知識として、やっと彼まで行き着いか!というのが感想である。日本でいうと中村天風のような人物である。 「ホッファー」で検索をして、日本で現在一冊だけ出版してある本を見つけ、中古本だがアマゾンから発注をした。 「エリック・ホファー自伝 構想された真実」だが、今から読むのが楽しみである。HPに彼に関する書き込みが多いのに驚いた。 これからみても彼の哲人ぶりを垣間見れる。生きていく上で真の「学び・学習」とは何かを深く考えさせられる。 まずは、検索で調べた哲人・ホファーの人生の概略図である。 ーーー ・ホッファーは(1902年7月25日〜1983年5月20日)は独学の社会哲学者。ドイツ系移民の子としてニューヨーク、ブロンクスに生まれる。 ・7歳のときに母と視力を一緒に失った。 (字数の関係でカット09年08月22日) ・・・・・・・・・ 2006年08月22日(火) 1967.事業百訓・・・? ー1989・1990年 (5) ーH0101事業百訓ー 313 生物はあきらかに“物”の領域である事を認識しなくてはならない。 ……人間の“心”は社会現象によってつくられたものかも。 あれだけ誰もが信じて疑わなかった天動説が地動説にとって変るように、心の存在そのものも…… 314 気分は悲観、楽観は意志である。(宇野収・東洋紡会長) (字数の関係でカット、2008年8月22日) ーH0105ー 事業百訓 320 あの世で神様が「あなたの一生の中で、一日だけ、もう一度生かせてあげます」と言ったら、どの一日をあなた選びますか? 321 文学とは、もの言わぬ神の意志に言葉を与える事だ!(芹沢光次郎) 322 我々にとって、出来ない事より、出来る事のいかに多い事か。出来ない事のみに目をやり、何故何もしないのか、 出来る事に目を向けよう。そして一つずつ確実に実行していこう。それが我々の人間としての自然の営みのはずである。 (学生時代の日記より) 323 彼は自分の能力・経験など全く信じていない。 従って彼は、すぐに「事」のそばに行き、手で何回もくり返しさわり、確かめようとする。(アラン) 324 彼は決心した!とは良い言葉だ。一言で決心と解決という二つの意味を示している。 325 私は、最善を選ぶ事はできない。最善が、私の選ぶのだ!(タゴール) 326 神様は、あなたに欲しいものは何でも与えています。与えられていないのは、あなたにその準備ができてない為。 327 激しく生きただけ、深い眠りつく事が出来る。 328 「昇君、一番大事な事は、人に相談するなよ!」(正力松太郎より五島昇へ) ーH0107ー 事業百訓 329 今ここ一升マスがあるとしよう。この中に栗を一升入れたら何にも入らないだろうか。決してそんな事はない。 その栗の間に豆粒を入れればまだかなり入る余地がある。あとはもう入れられないかというと粟粒なら大分入る。 それに水を入れればまだ入るだろう。このように時間の活用には上には上がある。(嘉納治五郎) 330 明日為すべき事は今日これを為せ!(先まわし!) 331 異質のものの組合せでしか新しいものは生まれない 332 偉い人にならなくともよい、優れた人にならなくてもよい、人に役立つ人間になりなさい!(西田天香) 333 “こころ”=念(こころ)=思い→想い→念い→空(念)即是色 334 人生とは“人との出会いの歴史”である。それは自分史彩る知的財産である。 335 商業半世紀の方向は?誠実な商売?法人企業化?価格破壊であった。(創業も同じ道理を含む) 336 ほめるとは (a) 祝う事・たたえる事 (b) 美点擬視より自然発生 (c) 言葉による親切である (d) 3ケ所×3回を実施できたらホメプロ! (e) 心のこもらないほめ言葉は品性のないお世辞おだて! ーH0109事業百訓ー 337 我社の社会的役割(事業としての存在理由)は、ホテルとしてのシングル・ルームの品質がよく、 しかも安いという第三のテーゼの実現であった。そしてその事が新潟市内のプライスの下おさえとなり、 他の大都市に比べ二割の平均プライスのダウンをさせている事である。 338 事業経営にとっての“戦略”とは資産・資金・人材・組織等の経営資源の蓄積である。 そしてこれとは全く違って“経営戦略”がある。これはその時流にあわせて乗りものを変えていく事である。 時流にあわせて事業内容をガラリと変える事である。一般にこの二つ区分がつかず混同しているケースが多にある。 非常な低レベルのトップでその下位にある営業戦略を“戦略”と思いこみ、レバー・ワーカー・レベルの人員不足と 資金繰り不足を平気で口にしている。そして経営戦略(事業内容の変革)は全く考えている余裕すらなく、 自らの舟が重大な危機にある事すら見えなくなっている。 339 その事業内容が社会悪ならば、その努力すべては徒労であり悪の補佐としての罰を受けなくてはならない! 340 不平家とは、その環境の不一致というより自分自身との不一致である事が多い。 そしてその事に本人が気づいていない事が本人を不幸にしている。 ーH0111事業百訓 ー 341 a 21Cに向けての“コンセプトの明確化としぼりこみ” b イノベーション・ターゲットのしぼりこみ c “核本業”へ徹する→我社の社会的役割(存在基盤) d 戦略として確立 342 生きるとは“愛する事”“望む事”“感動する事”そして“身ぶるいする事” 343 企業とは解決すべき問題の集合体であり、経営者の仕事はその問題をみつける事である。 問題さえみつければそれぞれの専門化にまかせればよい。(松下幸之助) 344 世界を引っ張ってゆく秘訣はただ一つしかない。それは強くある事だ。 なぜなら“力”には誤診もなく錯覚もないからだ。力に裸にされた真実だかR(ナポレオン) 345 “因縁”と“果報”を分解すると “因”は直接原因であり“縁”は間接原因をいう。 “果”は直接結果をいい、“報”は間接結果をいう。 (因→果)(縁→報) 346 …心を究めよ!しかしてその心をつくせ! 物質の足りざるは心で補うことができるが、 心の足りざるは物質では補うことはできない! (亀山閣−長末秀道) 347 春は人夢み、 夏は人と集う、 秋は人と語り、 冬は人と囲む (遠野物語)
ーーーーーーー 事業百訓ー1990年 H0201 新年の御挨拶に代えて ー新年にあたり (字数の関係でカット、2008年8月22日) H0205 事業百訓 348 翔ぶ前には縮め! 349 夢は天才である(黒沢明) 350 “貧乏を直すな!貧乏で直せ!” “病気を直すな!病気で直せ!” …(結果をなおすのではなく原因をなおせ “もともとこの世に死んだ人間は一人もいないはずだ” 351 経済的価値の創造 他者の価格のメッセージ 私にとって仕事とは何か 現代の要請 自己実現の為の所為(創造こそ人生) 352 毎日新聞の十二万首の川柳より選ばれたサラリーマンの川柳… ? 無理させて、無理をすなと無理をいい(特選) ? 粗大ゴミ、毎朝出すのに、夜戻り ? エム・エム・シー、余裕あらへん、イマイマシー ? 過労死のニュースの時だけ妻やさし ? このカネ(給料)で24時間働けますか? ? 露天風呂、化粧おとして、トドの群れ ? オバタリアン、選挙時だけマドンナに 353 “過去が咲いている今、未来の蕾で一杯な今”河井寛次郎 354 死ぬまで百倍!
H0207 事業百訓 355 生きる最終目的を、私の(人間の)自己表現と思っていたが “神の自己実現”とは思っていもいなかった。(宗教書をよんで気づく) 356 “それもそうだろう、この世には死んだ人間は一人もいない” “死とは何ですか?…死とは死んでから考えてもおそくない!今日一日が大切である”−中村天風− 357 “自分の行動をもっとも身近な展望で、つまり今日的なもので決定する人間はもっと力弱い人間である。 (マカレンコーソ連の教育者) 358 ディスカウント+郊外+規模=好調という図式!流れ。 359 意識はそれを持ち続ける事により無意識になる。 360 肉体 気 意志 理智 歓喜 361 “気”とは ・全身呼吸(足芯呼吸)より生ずる ・“ゆるみ”が大事 ・自然とのコミュニケーション ・“志”より生ず ・“今”(常に) ・宙遊 H0210 事業百訓 362 ?幽体離脱 ?トンネル体験 ?花園体験 ?光の存在ー愛や慈悲を感じる ?光の存在に案内されて亡くなった親や友人に会う ?壁や河で行き止まる ?そこで人生を反省させられる ?お前は早いと言われて戻ってくる。 (臨死体験−一度死んだ状態より生きかえる事をいう。 ―カール・ベッカー筑波大学教授) 363 愛とは立ちどまる事だ!ある一人の前にしばしたちどまる事なく、時間を使う事まく愛を交わす事はできない。(ピカート) 364 末期癌の自然退縮の研究で医者に完全に匙を投げられた患者が、ときとして自然に治ってしまう。 十数年前までは十万人に一人といわれていたのが五百〜一千人に一人あるそうです。 そのうち69名を集めてわかった重大な事は人間の「実存的転換」という事です。 自分の生命はいただいたものであり、“生かされて生きている”のであり、また自分という存在は 他者からのサポートなしにはありえない(持ちつ持たれつ)という自己ルーツへの目覚め(実存的転換) がそれである。 ―池見酉次郎− 365 ワニ(爬虫類)と、 ウマ(下等哺乳類)と、 ヒト(後期哺乳類)が同居している人間の脳の矛盾。 H0211 事業百訓 (字数制限のためカット 2010年8月22日)
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2010年08月21日(土)
新聞広告に「死ぬときに後悔すること」の幾つかが載っていた。直接、死とは関係ないが 死際の後悔は事前に準備で少なくできる。 面白そうなのでネットを調べてみた。 ーアマゾンの「死ぬときに後悔すること25」の紹介文よりー 《 ほとんどの人は死を前にすると後悔するという― では、人生の最期を前に、どのようなことに後悔するのか。 本書は、終末期医療の専門家である著者が、千人を越す患者たちの吐露した「やり残したこと」を25に集約して紹介。 この本の著者は1000人の死を見届けた終末期医療の専門家。死に直面した時でも充実した生き方をして生ききったら、 『この世に未練はない!』の境地になれそうである。》 =「死ぬときに後悔すること25」のうち20に絞って記した。 ▲1 健康を大切にしなかったこと ●病気になる前にお金を使うか、なってから使うか ●健康のうちから健康を大切にする ○3 生前の意思を示さなかったこと ●大切なのは遠慮なく話し合うこと ●平素から意思疎通をしておく ◎5 自分のやりたいことをやらなかったこと ●自分の気持ちに嘘をつかない ●自由に生きるか、忍耐に生きるか ○6 夢をかなえられなかったこと ●一つのことを続けると良いことがある ○8 感情に振り回された一生を過ごしたこと ●小事に心を揺るがせないことが大事 ?9 他人に優しくなれなかったこと ●優しさを行う難しさ 心の優しい人は後悔が少ない ?11 遺産をどうするかを決めなかったこと ●遺産と介護の問題 ●遺産分与の話し合いは元気なうちに ?12 自分の葬儀を考えなかったこと ●自分の望む葬式とはどういうものか ●自らの葬儀を準備した女性 ◎14 美味しいものを食べておかなかったこと ●好きなものを楽しく食べる ◎15 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと ●「仕事命」の人生を後悔しないために ●病気をきっかけに散歩の喜びを知った ◎16 行きたい場所に旅行しなかったこと ●旅行は出来るうちにしておくほうが良い ●最期の旅で人生を完結させた人たち ◎17 会いたい人に会っておかなかったこと ●人は終わりまで他者を求めるもの ●人との出会いは一期一会の精神で ?18 記憶に残る恋愛をしなかったこと ●恋愛の記憶は最後の日々を豊饒にする ●スローラブのすすめ ○19 結婚をしなかったこと ●結婚という「形」がもたらす安心感 ●夫婦の深い結びつきが苦しみを和らげる ○20 子供を育てなかったこと ●多くの家族に囲まれた患者には笑顔が多い ●自由と孤独はいつも隣り合わせ ?21 子供を結婚させなかったこと ●子供が結婚していないという心残り ●まず子供を独り立ちさせるところから ◎22 自分の生きた証を残さなかったこと ●人生の総括は早めにしておくほうがいい●生きた証として何を残すか●手紙に思いの託して ◎23 生と死の問題を乗り越えられなかったこと ●生の意味、死の意味を考える ●「マイ哲学」を確立する ○24 神仏の教えをしらなかったこと ●世界で一番死を恐れる現代日本人 ●「来世」の持つ癒しの力●健康なうち宗教について考える ○25 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと ●家族愛が問われる時代 〜〜 ×▲○◎は、私自身の評価である。第三者の評価は違っているのだろうが、死ぬときの心の問題としての自己評価。 ×と▲が少ないのに驚いているが、普通に生きていれば?、こんなものか! 唯一の▲は酒の飲みすぎ! ・・・・・・ 3060,逆説思考 ー4 2009年08月21日(金) 逆説思考で思い出したことがある。 武澤ゼミの武澤信一先生に中根千恵著「縦社会の人間関係」の読書と、その感想を述べる課題が与えられた。 その前年の昭和42年に出版されて注目された本で、日本社会の特性をズバリついた内容。 現在でも日本社会を知る名著として知られている。 ーその概要をネットで調べてみると 《今では、常識になっている縦社会(日本)、横社会(西欧)という概念を最初に提示した古典的な本。 初版本は昭和42年であるが、今でも現代の日本社会に当てはまる内容である。逆にいうと、それほど日本社会における 普遍的な構造を捉えた本と言う事ができる。 本書によると、社会集団の構成の要因を、資格(構成員に共通したもの、 例えば、氏、素性、学歴:出身大学、地位、職業、資本家、労働者、など)によるものと 場(一定の職業集団、所属機関、地域) によるものに分類し、どちらの要因で社会構造が構成されているかで、社会が特徴づけられている。 日本は場により構成される社会であり、その中での順序:通常は年功序列、が重要な縦社会である。 日本のような縦社会は、分業が成り立たない社会(競合メーカーはフルセット戦略をとりがち)、能力平等という非現実的な 事柄を前提とした悪平等社会、中央集権の政治構造を持つ社会、派閥の功罪の生じる社会、である。 一見すると縦社会であるということとの因果関係がわかりにくいような現象についても、縦社会という社会構造が原因であると、 分かりやすく説明されている。 また、契約精神の欠如のために、共通の目的・仕事の達成に責任感が乏しく、往々にして、 それ以上に感情的な人間関係が重要視される社会である。》 〜〜 以上だが、年功序列・終身雇用を前提とした日本社会の人間関係について社会人類学の観点から論じている。 日本社会はタコツボ社会とも喩えられ、現在の中央省庁の官僚機構も、それぞれ独立性が強すぎて国家運営の障害になっている。 ここで、取り上げたいのは、その時の武澤先生の視点である。 「果たして、日本が縦社会という彼女の論は正しいのだろうか。日本こそ横社会ではないか、という論をたて考える必要がある。 日本ほど、肩書き=資格、出身大学、職業、などの資格に重心を置いている社会ではないか。 西欧=資格、日本=場(所属機関、地域)と決めつけている論を一方的に理解するのは、疑問である」と・・・。 中根千恵の論の明快な分析を盲信してしまった底の浅さと、読書の絶対量の少なさに衝撃を受けた瞬間であった。 学生時代の過ごし方が間違っていたのではないか?と、この辺から大きな動揺が始まり頭がグチャグチャになってしまった。 逆説思考でみると、このグチャグチャが良かったのだが。 ・・・・・・・・・ 2695, 「レンタルの思想」−3 2008年08月21日(木) 「レンタルの思想」を、私の理解したレベルで、まとめてみよう。 ー以下は、思いのまま書いた内容で修正を敢えてしなかったー 《地球システムを構成しているのは、大気圏、その中の物質圏、その中の生物圏、そして、更に一万年前に出来た人間圏である。 それまでの生物圏で採取、狩猟で生きてきた人間が、牧畜・農業を始めたことで、爆発的な人口増加を可能にした。 そして5000年前から始る各地の文明は一万年前の牧蓄・農業への転換と、その結果としての人口の爆発的増加から始っている。 人間が狩猟に留まっていれば、せいぜい5〜600万の人口が限度であった。 それが、その1000倍を超えた現在、地球のシステムは、人間圏を支えることが出来ない相転移点 (水が氷、水蒸気に変化すること)に、達っしてしまった。 現在の天変地異や、エイズ、鳥インフルエンザなどの世界の混乱は、その一現象である。 我々は、人間圏からみた哲学的人間観、生物的人間観だけでなく、宇宙から俯瞰した地球システムの中の 人間圏の中の人間観を改めて作らなければならない。 ここで、一万年前から始った牧蓄・農業のもととなる所有という欲望を、見直さなければならない。 それは、地球上の自然だけでなく、土地、そして我々人間すら、地球からの借り物=レンタルという視点である。 地球システムは、このまま人間圏が膨張し、地球を汚染、破壊し続けると、人間圏に対してマイナスの エネルギーを発することになる。いや、既に発している。 それがミャンマーのサイクロンであり、エイズであり、鳥インフルエンザであり、世界各地で起きている大地震である。 それを解決するヒントの一つが江戸時代にある。江戸時代の支配階級の武士社会は、武士階級の土地の所有を認めなかった。 更に江戸時代の消費をするものの大部分が有機物の植物であった。 それは、自然循環するもので、廃棄物そのものが、殆ど出ないもので賄われていた。》 〜〜 以上が、私が著者のー地球をすくう「レンタルの思想」ーから理解した概要である。 著者は、著書の対談の中で、インターネットの社会は、地球外から俯瞰して考えてみると、危ないという。 情報が均質化され、個々人が過剰に主体的になりすぎるからである。 それが進むと、ビッグバンの状態に近い、混沌状態が生まれて、何が起きるか解らない事態になる。 これは、実感として解る。 現在の社会問題の多くは、これを起因しているといってよい。 この本を読み返し、そしてインターネット上で、彼のインタビューや、彼の著書の評論を読みながら、 考えているが、深い大きな示唆が提示されている。 人生観や信条が根こそぎ揺らぎだしてさえいる。 考え出して僅か一週間で、根っこが揺らぐのだから、私も知れたものだが、それだけのインパクトがある。 この百年の人口増加の比率が、今後3000年続くと、地球の体積と人間の体積が同じになるという。 それだけ20世紀は、人口が爆発的に増えてしまった。その一部の文明国?先進国が化石燃料を使い込んだため、 その汚染で地球システムは崩壊を始めたのである。僅か100年で、地球が数十億年かけて創りあげてきたシステムを 根こそぎ破壊したのである。この狂った猿は、「一人の人間の生命の重さは、地球より重い」と、のたまっていたのである。 隣の国では、狂った独裁者が今だ存在をして、将軍様と名乗り国を乗っ取っている。 しかし内向きという点では下手な資本主義より、地球のシステムにとって良いのかもしれない。 オウム教を肯定するのではないが、視点は宇宙からである。 オームとは、宇宙からの音波の音である。 地球システムに人間は従うべき?という思想があるかどうかわからないが、一度修行で、宇宙に出て、 再び現生を見直すことに関しては否定は出来ない。インターネットという、人類にとって一万年、いや十万年スパンの、 とてつもない手段を手に入れた人間は、時を同じくして地球システムの破壊という大失態をしてしまった。 以上だが、なるほどと、改めて納得する。図書館で借りた本だが、他の著書と同時にアマゾンで発注をした。 ー次は、印象に残ったの対談の内容を書いてみる。 ・・・・・・・・・・・ 2007年08月21日(火) 2331, 「ぼくの血となり肉となった500冊」ー2 (*'▽'*)/☆゜'Good☆Morning −読書日記 「ハエとハエとり壺」は、哲学の意味の説明に解りやすい喩えである。 道理さえ解れば何とことがないが、知らない当人にとっては道理の存在があることすら解らない。 還暦過ぎたり、死の間際になって気づくことも、若いときに少し考えれば解ることばかり。 それが教養ということなのだろうが、若いときは人生経験が浅いので如何してもディズニーランドのキャラクターの ように頭でっかちになってしまう。しかし、それでもよいから教養を身につけることこそ必要である。 ーヴェド・メータ著『ハエとハエとり壼』ーの斬新さ 立花隆 ある日、何かの用事で「諸君!」の編集部に行ったところ、田中さんがちょうど外から、帰ってきたところでした。 いきなり「お前、ウィトゲンシュタインって知ってるか?」と聞いてきた。「知ってるも何も、いま大学の授業でやっていますよ」 と答えると、「じゃ、『ハエとハエとり壺』知ってるか?」と、この本の話をもちだしてきた。ハエとハエとり壼というのは、 ウィトゲンシュタインの有名な哲学の定義、「哲学というのは、ハエ取り壷にはまってしまったハエに、ハエ取り壺から どうすれば出られかを教えてやるようなものだ」 (『哲学的探求』産業図書)から出ています。ここでいうハエ取り壺は 日本のハエ取り器とはちょっとちがいます。当時ヨーロッパで使われていたもので、大きなガラスビンを伏せたような形状をしていて、 下からは出入り自由です。ガラスビンの下のほうに置かれたエサにつられてそこにとまったハエが、そこから飛び立つと、 ガラスピンにトラップされて逃げられなくなるというものです。ハエは本能的に上に飛ばうとするからガラスビンに トラップされてしまうのであって、一回下に飛んで、ガラスビンの下のフチをまわれば逃げられるのですが、ハエは ハエの本能に従って上に飛ぼうとするので、どうしてもつそれと同じように、哲学的難問はすべて、人間の知が構造的に かかえこんでしまっている弱点によって作り出されたニセの問題(ハエと同じように逃げ道が発見できればたやすく逃げられるのに、 普通に頭を働かせている限り逃げ道を発見できない)だというのが、ウィトゲンシュタインの立場です。 本当はそこに問題そのものが存在していないということに気がつけば、すべての哲学上の問題は解決されるというより 消えてなくなる、というのがウィトゲンシュタインの哲学のエッセンスです。 それを端的に表現したのが、 ハエとハエとり壺・のエピソードのわけで (字数の関係でカット09年8月21日) ・・・・・・・・・ 2006年08月21日(月) 1966.事業百訓・・・? 事業百訓ー1987年・1988年(4) ーS6201新年をむかえて 私の予測として今年より三年間が大激変の時と位置づけられます。その初年度として今年をみています。 世界経済が本格的に衰退期に入り、その風が日本に本格的にふきはじめる年です。 その現象として、アメリカが日本に対して本格的に政治経済面で攻撃をしかけてくるのは間違いありません。 また、国内的には間接税が来年より実施されれば、内部留保の厚い企業をのぞいて整理統合がはじまります。 その中で企業として生きぬくためには、より徹した損益分岐点の引き下げと、より特化した戦略の徹底が必要です。 ーS6201霊的体験ー 私には少し強めな霊的感覚があります。 今回より数回シリーズで実体験を公開します。 “A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと十日町の彼の家へおまいりにいきました。 その途中の車中で“B”さんと般若心経の話になりました。そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。 その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。何げなく“B”さんの顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。 車中で“C子”さんの話をしていたのです。“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、 同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。 そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。 そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確立で彼女の家の前に車がとまったのです。 十日町に出店をした時、彼女の家の前を“B”さんが通って知っていたのです。私がそこに“偶然”(?)車をとめてしまったのです。 “B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられないという風でした。 私自身またかというのが実感でした。その日一日“A”さんがニコニコ私達を見守っていた、という何かを感じとりました。 ーS6203事業百訓 ー 224 偉大な人間とは自分の理想(像)の演出者をいう。 −ニーチェ− (字数の関係でカット2010年8月21日)
ーS6209事業百訓ー “宇宙と地球と人類”を大雑握にとらえまとめてみると− ? 我々の宇宙は百二〇〜百五〇億年前にラグビーボール大の素粒子がビック・バン(大爆発)により生じた。 ? そのひろがりは(a)二千億の太陽で一つの宇宙(銀河系)を形成 (b)その銀河が百億存在しているところまで確認され ? 地球誕生は四十五億年前であり、太陽のまわりの細かい隕石がぶつかりあって拡大して生じたもの。 ? 三十億年前に生命が地上に誕生 ? 数百数万年前、猿が誕生 ? 五万年前にホモ・サピエンス(今の人類)が出現 ? 文明は五〜六千年前以前にはじめてうまれた。 ? 宗教(仏教、キリスト教)がおよそ二千 五百年にうまれ ? 現在の地上の人類は五十億人であり、過去人類として出現した数は、およそ八百億人という。 ? その人間も五十兆の細胞で構成されており、脳細胞は百三十億である。 以上の背景を持っておよそ八十年間の寿命を全うする。 子供の頃、胸にワッペン、片手にお菓子をもって、好きな女の子をおいまわす。 女の子は大人をまねたママゴト。それを少し拡大した事を一生を通じて、何等不思議ともおもわずくり返す。
事業百訓ー1986年(5) ーS6101新年にあたりー (字数の関係でカット08年8月21日) ーーーーーーー 事業百訓ー1988年ーS6303 魂の色は何色 5才の時、一年間牧師が毎週家庭に説教に来ていた時の事である。牧師の質問が“魂の色は何色ですか?”であった。 姉兄等は当然答えられず、最後に私のところにきた。一瞬考えた後の私の答が“魂の色は顔色”であった。 牧師と両親のその時の驚きを、今でもはっきり記憶しています。そこであの時の牧師の用意していた答は何だったのか、 T氏と酒をのみながら話し合った事があるのですが、結論はでずじまいでした。その時のT氏は“白光色”。 私はおそらく“虹色”ではないかという意見だったようです。もちろんこの話にはオチがつきます。 五才の子供にこの言葉の意味がわかる訳がなく、肌色という意味で顔色という単語がでたのがそのタネあかしです。 しかし絶妙のタイミングで、絶妙な答であった事は事実でした。今の私にこれ以上の“答”をだす事は不可能です。 せいぜい“目の色”“音色(ねいろ)”“夢色”“十人十色”です。でも本当にすばらしい答は“肌色”かもしれません。 ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、六日町の禅寺“雲頓庵”に 読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。 無知と若さの為平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい思い出になっています。 (私) −禅とは一言で言うと何ですか? (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。 社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの雲頓庵の禅師との対話 ( 私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづくわかりました。 (禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。世間も理屈もあるものか! (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。 後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。頭で物事を考えていた私が、 “自分が”前に出ていた私が、その時点でたたきこわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。 ーS6307ー 人生は雷光なり 二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、実感として“人生は雷光のようなものだ” 以下字数の関係でカット2008年8月20日)
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