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堀井On-Line
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2010年07月31日(土)
18年の海外生活から帰国した著者が大分の山中に居を構えて5年、変わり果てた祖国・日本を憂えている。 ここで、ひとりの地元青年とのやり取りを通して、日本再生には愛国心ではなく、憎むという感情、いわば「憎国心」が必須と説く。 最近は著者の見方にかなり感化されてしまったが、老化からくるマイナーの見方でもある。しかし「憎国心のすすめ」は極論になるが、 それで日本人にアメリカの間接統治を知らせたいのである。それを前提にしないと国家改革など不可能である。 日本は、いまだ 長年にわたった洗脳で思考停止状態にある。その実態に憎悪心を滾らせないと、真の己の姿が見えないというのは至極当然のこと。 ―印象的な部分をランダムに書き出してみた― 《 愛ではない。この日本を救うのはむしろ、憎むという感情、いわば憎国心だ!・・・ 愛するために憎む。 想うために考える。この日本を。「俺の仕事の動機はいつも怒りと愛だ」と私は無理に続ける。 「悶死したくなるような怒りの先に愛が見える。そのとき、仕事をする情熱が生まれ、行動の意味が完結する」「ははぁ・・・」 「日本に帰ってきてから、怒りはほとんど極限に達している。でも、その先の愛は見えない。 だから、もっと、徹底的に憎国心を高ぶらせる」「ゾー・コ・ク・シ・ン・・・ですか」「無論そんな日本語はない。 いま、とっさに考えついた。愛国心の相対だ」「ははぁ・・・」「憎国心さえもっと鍛えれば、もしかすると、死ぬ前に、 もう一度この国を愛することができるかもしれない」》 《 日本人を一言で要約すれば<考えない>ということであり、―ジャップ(日本人の蔑称)は考えないという特殊能力を持っている、 ということになる。人間が考えないでいられるというのは、ムズカシイ以上に実にありえない不思議な才能であり、 特殊の才能である、特異能力とも呼べるものであり、貴重な力となりうるからである。<考える>という根本は、 まず疑問が無くてはならない、それからしてジャップには無い。次に推理、次に分析、最後は統合。この4段階、どれもない。 疑問がないのは、比較感覚がないからということになる。比較がないから、考えない。・・・・ 》 《 中村元「日本人の思惟方法」の引用からー (日本人は)西洋人の目には、シナ人などよりはるかに浅薄な印象を与える。日本人自身は世界の文化を 総合したつもりでいるが、じつは単なる便宜主義的な無反省な折衷混合状態に陥っているおそれが少なくない。》 更に著者は日本人を嘆く。 《 「一言で言えば日本人は他律的な民族だということである。それは縄文から続くわれわれの本性だったのだ。 他律とは、(自分の意志によるのではなく、他からの命令や束縛によって行動すること)であり、カントの用語(ヘテロノミー) によれば、意志が理性の命令でなく、感性の自然的欲望(傾向性)によって規定されること、である。」 「すべて。そして誰かが操作している。このにほんじんの本性を、骨の髄まで他律的であることを知っている誰かが、どこかの国が、 どこかの民族が、その欠点をたくみにつき、利用し、一層助長させ、推進させ、摂取し、操っている。 そして、これほど歴然としている数々の証拠実例を、なぜ人々は気づかないのか?」》 ー著者の視点で人生を振り返ってみると、アメリカの属国としての価値観を疑いもせず、あくせく生きてきただけ?になる。 ・・・・・・・・ 2009年07月31日(金) 3039,「自信を与えてくれた人」 何気なく見ていたブログに紹介してあった一文。世の中には心を打つ色いろな出会いがあるもの。本人にとって何にも替えがたい 自信になったろうし、前向きにさせてくれる出会いである。ネットで調べたら、この人の漫画は何度も目にしたことがあったが、 軽妙な暖かい人物像を描いている。その「元気を与えてくれた人」は、数寄屋橋の絵の中の何かに共振をしたのだろう。 その絵に感動し十五年後に買い求めた人と、その絵を見てみたいものである《 あれは今から二十年も前、私が二十二歳のときです。 私は数寄屋橋で風景画を描いていました。ええ、まだ数寄屋橋の下にはチャンと川が流れていたころです。 私の描いた油絵を、 大勢の人が見て通るんですが一人だけ、三十分も一時間もそばで見ている人がありました。そして最後に私の住所と氏名をきいたんです。 そのときはそれっきりでしたが、五年前にその人から手紙をもらいました。「あなたは忘れているかもしれないが、私はあのとき 住所をたずねたものです。あのときとてもあなたの絵がほしかったのだが買えなかった。こんどようやく家を新築したので、 ぜひあのときの絵を売っていただきたい」そういう内容でした。その頃のぼくの絵なんか売れっこありません。その絵はチャンと ぼくの手もとにあったんです。しかも、何度もぼくは住所を変わったんで、その人は苦労して見つけてくれたに違いない。 ぼくは感激しましたね。さっそくその人といっしょに〃ガクプチ〃を買いにいったりしました。》 ー鈴木義司 《鈴木義司=読売新聞の夕刊の4コママンガを描いている漫画家、2004年7月17日午後2時45分に死去。享年75歳。 むかしテレビ番組「四コママンガ道場 お笑いマンガ道場」に出ていた》 ーー 享年が75歳で、この文章は42歳の時の文章とすると、亡くなる33年前の1971年頃の文章になる。絵を描いていたのが、 その20年前というから1951年ということになる。 岸恵子の『君の名は』が1953〜54年だから、その二年前に数寄屋橋で絵を 描いていたのである。 新築の家の絵に欲しいというところが良い。この逸話の中から、それぞれの人生が浮き上がって見えてくる。 ・・・・・・・・・ 2008年07月31日(木) iPoneについて いずれにしても、これは凄い。少しオーバーに言えば1〜2ヶ月で、私の中の何かが変化するだろう。 情報機器を幾つか持っている。 そのお陰で ・パソコンでインターネットを楽しみ、「お勉強」もしている。・デジタルカメラを常時、鞄に入れて歩いているし、散歩にも持っていく。 ・2千曲入力してあるiPodも持ち歩いている。 ・携帯電話を身につけている。 ・会社の机の前と、自宅の居間の机にもiMac(机上型のパソコン)が置いてある。 それが全て、携帯電話を少し大きくした、このマシーンに入っているである。「それなら、携帯電話があるじゃないか」というが、 これはパソコンを基点としている。 超小型パソコンに、多くのデジタル機器の機能が入っているのが凄いのである。 更に、GPSナビゲーションまで入っている。 新聞や、マックのHPで、このデモンストレーションの映像を見たり、モーニングショーで キャスターが操作をしているのを見たが、自分の手にとって腹を据えてみると、その凄さと深さが見えてくる。 半年前にiPodを実際に使ってみて驚いた。 手持ちの200枚のCD(2000曲)が、マッチ箱位の薄いマシーンに、全て入ってしまった。 パソコンに一度入力をしてしまえば、何時でもマッチ箱に出し入れ自由である。ところが、それさえも、このマシーンは機能の一部として 入っている。 いま一つ、タッチパネル+ワイヤレス+超小型の総合効果が、パソコンのストレスを大幅に減らしている。 このストレス・フリーが最大のネックである。携帯電話が、固定電話から我々を解き放ってくれた。それと同じことが、 今度はパソコンでも起きている。大型コンピューターがパソコンになり、ノートパソコンになり、モバイルパソコンになり今度はこれである。 これには母機のパソコンに対する子機という位置づけは殆どない。(iPodなどの機能を使う時はあるが)これも三年もしないうちに、 古くさい原始的なマシーンになっているのだろうか。まずは、これを使いこなすことから始めないと。何かSFの世界を垣間見ているよう。 若者が、モバイルパソコンに、如何反応するか楽しみである。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月31日(火) 2310, また地震!どうなっている?まったく!ー 9 才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪ 田中真紀子様が、この参院選挙に中越の長岡駅で堂々と車の上から選挙応援ができるか、見ものであった。 TVでは映像を出なかったので、さすがに度胸が無かったのか、警察からでも忠告を受けたのか、どちらだろう。 昨日の朝のTVのニュースでコッソリと個人演説会に来ていた映像があった。「下手に話すとマスコミに何を言われる かもしれないから、街頭演説はしない」だと。この角栄の嬢様は、柏崎・刈羽原発を強引に誰が持ってきたか、ご存知なのだろう。 いくら越後人が人が良いとしても、そろそろ誰が危ない原発を誘致したか、気が付かないはずはない。 しかし誰も口にしないから呆れてしまう。原発で??されかけたのに、何で怒らないのか? 不思議でならない!娘だから関係ない? そうだろう関係ない!のか? しかし姿を現すな、姿を! 仕事場が新潟の駅前だから、たかをくくっていたが甚大の風評被害が 出始めてきた。毎日のようにTVと新聞のトップで原発事故関係が出ていれば、観光客を含めて一般客も来るはずがない。 当ホテルは関東方面から春夏、自動車学校が二週間の宿泊客を送り込んでくる。延べで2000人以上。まずは、そこから激減である。 8月上旬の長岡祭りと、新潟祭りも、これでは期待が出来ない。一割減で済めばよいが・・ (地震前の予定は一割増だったが)北朝鮮の、あの方?も、ミサイルを原発の周辺に一発ぶち込めば間違いなく 日本は政治的に折れるだろうと熟知しただろう。ミサイルに原爆を積んでなくともである。 相手はキ印のドン様なのである。キ印が脅しの武器なのだから・・・原発には敢えて原爆などミサイルにつけなくても充分だということだ。 まあ専守防衛とか、戦争放棄とか何処かの党が言っているが。平気で信じているこの国こそキ印ではないか!? 何で、20万以上が即死なのか、数年以内に数百万人が死ぬのか、いま一度おさらいをしてみよう。 核爆発をするの、核爆発を。 そして人体の最悪の放射能が一瞬に飛び散るの!それも八個も!日本全体が放射能に浸され数百万人が数年内に死ぬの!その規模は、 広島の数百倍などではない!人類史上最大の事故が、あわや地元で、それも私も即死をしていたのである。 中越地震なみだったら、新潟地震(マグネチュード7・5)なみだったら、現実だったのである。その危険を全く知らないのが、 この日本国民。 この事故、いや事件でも!恐らく、私が書いてきた内容を読んで笑っている人がいたら、あなたが無知蒙昧! あの時(原発内火災で映像を見たとき)、何で即、車で脱出しなかったのかを真剣に反省して当然である。 (字数の関係でカット10年07月31日) ・・・・・・・・ 2006年07月31日(月) 1945, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ 豪雨で満水の阿賀野川河口でヨットカヌーに乗った。大学時代のゼミの後輩Mさんが、最近ヨットカヌーに凝っていて、 「今度、是非カヌーを乗ってみませんか」と誘われていた。先日行われた「新潟県活性化の会」を仕掛けている人だ。 来県の前日の27日に電話があり、「車の上にカヌーを乗せて東京の自宅から来たい」という。 天気予報では豪雨注意報が出ていたので「カヌーなど絶対に無理」と言ったが、それでも車の上にカヌーを乗せてやってきた。 「出来ないとしても、帰りの道すがら何処かの河で浮かばせるから!」という。 好きな人はそういうものだ。 天気予報では豪雨、絶対にこんな時にカヌーなど不可能と、服装などの準備は全くしていなかった。 一昨日の29日の朝、どういうわけか打って変わった穏やかな天候になった。(前夜半はかなり降ったようだが) 前回にMさんが来て一緒に飛行場周辺を見て回った時に、阿賀野川の河口がカヌーの最適の場所と目を付けていた。 当日そこに行ってみると、数日の豪雨のため河は溢れていた。しかし、Mさん「平気で大丈夫です、乗りましょう」という。 この玩具みたいなカヌーでこの数百m、いや1キロ以上?もある河口を乗りまわるなど、とんでもないと思ったが、 本人は「平気、平気、何でもないですよ」という。 そして、ドンドンカヌーを組み立て始めた。(o_o ;) 岸沿いを漕ぐのかと思いきや、どんどん河の真ん中の主流に出て、そして対岸まで行ったしまった。 \(゜ロ\) 当然この満水の中、他のボートは1隻も見当たらない。 沿岸にはモーター・ボートが20艘ほどあったが、この洪水一歩手前の中、誰も乗るはずがない。 (///>_<;////)ノ 始めは少し恐怖があったが乗っているうちに、恐ろしさが全くなくなってきた。地元の人からみたらとんでもことであろうが、 それにしても、面白い!豪雨のため大きな流木が彼方此方流れてくるが、それを避けながらボートを操るのだ。 ふと気づくと2時間近くたっていた。そして、午後は寺泊の海岸に移動、再びカヌーを浮かべた。また河とは違ったスリルがある。 風が不意に舞うのと、海流の動きをみながら操る。河とは全く違う面白さがある。Mさん、「このカヌーあげましょうか」というが、 私が乗りこなせるものではない。丁重にお断りをした。Mさん、ヨット歴をいれると30年は舟に乗っているという。 そりゃそうだろう。あの川幅のある阿賀野川の満水の中、流木を避けながらヨットカヌーを乗りこなすには長年の経験が必要だ。 Mさん、その日は遅くなったので急遽、長岡に宿泊。殿町を深夜まで飲み歩いた。そして、翌日の15時過ぎまで、再び寺泊で、 午前・午後にわたりカヌーをして、16時に東京にある自宅に帰っていった。 やってくる前日、知人の通夜があり、 数時間しか寝ないで新潟にきたというから、凄いエネルギーである。こういうのも、能力というのだろう。 28日の活性化の会を含めて、この三日間は、刺激的であった。 ー阿賀野川の満水の河渡りは、一生ものの思い出になった!ー (@´∀`p★)゚*。 ・・・・・・・・ 2005年07月31日(日) 1580, パンセについて 昨日の随想日記の昨年の同日分に、パスカルについて書いてあった。 その中の格言を読み返してみて、現時点の考えを書きたくなった。学生時代に感じたこととは自ずから違ってくる。 ・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、それを示すものである。 ーー 二つの極端とは、善と悪・神と野獣・観念と実践、等々あるが、中庸こそ偉大さがあるということか。 偉大さも所詮は人間の価値観の判断でしかない。 ・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ーー 偽装・虚偽・偽善と気づくかどうかだ。 ・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 恋愛の原因と結果とを眺めてみて、男とは他愛のないものである。 それだけ若き性欲は昇華して恋愛を促進する。 その障壁が高ければ高いほど燃え上がり、お互いが見えなくなるから困ったものだ。 ・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。 ーー それが、親から・環境からの植えつけられた強固な先入観であれば、養老猛のいうバカの壁になってしまう。 (字数の関係でカット09年07月31日) ・・・・・・・・・・・ 2004年07月31日(土) 1215, 「世界の名著をあらすじで読む」 ー読書日記 最近、本屋の平積みのコーナーで、古典などのダイジェスト版が目立つ。文庫本も出始めているからブームになっているのだろう。 先日、図書館で「世界の名著をあらすじで読む」と、「子供に読ませたい世界の名著」を借りてきてさっそく読んでみた。 振り返ってみて、世界の名著はあまり読んでない。古典的なものとして、「罪と罰」「大地」「赤と黒」「魔の山」「旧約聖書」 「新約聖書」・・・それと、ロマンローランの数冊と、最近ではソルジェニーツェンの数冊と、あと数人の作家の本ぐらいである。 ノンフェクションが好きなためだ。「子供に読ませたい世界の名著ーベスト26冊」の中に挙げてある本は殆んど読んでいたので 安心はしたが。読んでみて、名著といわれるものはダイジェストでも非常に面白いことが解った。 それと過去に読んだ本でも99?は忘れているのには驚いた。それを思い出すだけでも充分に価値があった。 トルストイの「戦争と平和」やモーパッサンの「女の一生」や、ショーロフの「静かなるドン」などダイジェストでも面白い。 (字数の関係でカット09年07月31日) ・・・・・・・・ 2003年07月31日(木) 848、10の小法 ホームページのネットサーフィンをしていたら「10の小法」が出てきた。 なかなか含蓄のある内容である。 小食多噛 小肉多菜 小塩多酢 小糖多果 小煩多眠 小衣多浴 小車多歩 小言多行 小念多笑 小欲多施 それでは「10の多法」と大と小を入れ替えてみた。『成人病への近道?10の多法』というとピッタりだ。 逆も真なりである。下記が私の自己評価であるが、一番悪いのが多食少噛である。これさえなおせばよいが、 終戦直後の生まれのせいか腹が膨れないと食事をした気にならない、それも早食いのため小噛になる。 20歳なら80?、40歳なら60?、60歳なら40?と歳に応じて胃に収める量を減らしていかなくてはならないという。 半分以上バツなら成人病間違いなしである。 ○ー無し、△ー普通、×ー傾向あり 『10の大法』 多食小噛 × 多肉小菜 ○ 多塩小酢 △ 多言小行 △ 多念小笑 ○ 多欲小施 △ ・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年07月31日(水) 473,一言タレント 小泉首相が大衆に人気がある大きい要素に毎日だす一言コメントがある。すべてをこめていると言ってよいほど簡素で鋭いし、 いいえて妙だ。?ワンバイト(一言)化というらしい。それで気が付いたが、随想日記も「一言コメント」に似ている。 テーマが一言コメントで、文がその解説と言えよう。そういう面では時代に適しているのかもしれない。 テーマの決定にエネルギーをつかうが、それなりに出てくる。小泉首相の場合、そのプロのコピーライターが側近にいるだろう。 時代が一言タレントを求めているのだろう。これも情報化社会の一現象である。TVの色々の分野の専門的な番組を初心者向けに 放送すると、よい番組が出来上がるという。簡単に、特化して、編成すると内容が芯をつくという。田中真紀子女史もその事をしって、 批判をしているから人気の大きい要素になっている。つまらない時代になったのか、面白い時代になったのかどちらであろうか? ・・・・・・・・ 2001年07月31日(火) [93] 旅行で出会ったー普段会えない人 ・日本生産性本部の元トップとおぼしき人 ・NHK幹部 ・いつもお付きと来るが今回は一人できている山の手の奥様、 ・天下ったばかりの元官僚、 ・日本興業銀行本部のキャリアウーマン ・遠い親戚が亡くなりおもわず数億の現金を相続した人 ・ツアーを2重がさねで続けて、現地でおち合った80台半ばの見た事がないくらい品の良い老夫婦、 ・TVの経済解説でよく見る人 ・えげつない関西のおばちゃん まあ彼等から見たら、反対にどうみられているのだろうか?
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2010年07月30日(金)
まだ65歳まで半年あるが、先日、長岡郊外にある蓬平温泉で中学校・同期の会が開催された。 (前期高齢者入会の会) 出席者が67人で約2割が出席をした。この年齢では2割弱が亡くなってので、亡くなった人が、逆に出席している 「あの世の会」と思うと一人ひとりが際立って見えてくる。把握された亡くなった一割近くの27名が名前が呼び上げられ、 黙祷をした。 5年前に還暦の会が開かれたが、このときは、三分の一の110名の出席者であった。4割減ったことになる。 60歳を過ぎると年々、老化が目立つようになる。 事故、糖尿、脳梗塞などで、何らかの問題が肉体に出てくる時期にはいった。 今回の同級生に卒業以来初めての出席の女性が2人いたが、どのような感慨があったのだろう。 前回の還暦の会の時には 懐かしさのあまり泣いていた人がいた。私のいたクラスに面倒みの良い女性が二人いて卒業以来、頻繁にクラス会を開かれていた。 20歳代を除くと、高校時代を含めて、ほぼ毎年開かれていた。 しかし年々、参加者が亡くなったり、転居をしたために、 還暦を機会に、他のクラスに呼びかけ同期会になってしまった。地方だから可能なのだろう。 男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。 それにしても、65歳は長く生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、そのことが 目的である。それで充分。 しかし、恵まれている人は何処までも恵まれており、そうでない人は、そこから抜け出せないのが 人生のようだ。九州など県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほどと合点がいく。通ってきた道で出会うことは、 奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を重ねるごと実感する。 それにしても、幹事は大変である。 とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる!
・・・・・・・・ 3038,明日になれば何とかなる! 2009年07月30日(木) これは菊田一夫の言葉である。 誰もそうであるように、若いときは心配性の傾向が強い。そして長い人生で色いろ経験して 分かったことは「先の心配事は、その時になってから当たるしかない。で、今は問題の中心から目を外さないこと。 明日は、明日の風が吹く。今心配しても、今心配している範囲のことしか考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」 である。「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、何か心に迫ってくる。創業時の不安感は、 底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。 そういえば一休の逸話があった。 一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺した。 そして・・・ 「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、 遷化されました。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、 妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、 恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。 一巻目・・・大丈夫 二巻目・・・心配するな 三巻目・・・なんとかなる それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべた。 「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」もの。 「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」ということである。 19才でライ病発生以来深刻な体験をもとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉がある。 《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。 あきらめ切れぬ、という言葉は、あきらめを肯定してそれに 到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。が、私はあきらめを敵とする。私の日々の努力は実にこのあきらめと戦うことである。 あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。 というよりも、あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。 死んで勝ということは絶対にないが、しかし死んで敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より) 絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。 明日になれば何とかなると、何もしないで生涯を過ごした人を多く見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの? ・・・・・・・・ 2673, iPhoneは、超小型パソコンだった! 2008年07月30日(水) (っ´Ι`)っ { おはよう 一昨日、iPhoeを購入した。新潟市郊外の赤道の山田デンキで買ったが、説明やら、手続きに二時間もかかってしまった。 購入の手助けをしてくれた知人と、購入直後に居酒屋で操作をしながら、「これは何だ?」と丁度よい酒の肴になった。 携帯電話や、情報だけの端末ではないし、パソコンの括りにも入らないし、何だろうかと? 私が玩具ではないか?というと、 そんな軽いものじゃないと反論された。そりゃそうだ。私の現時点の判断は、「ポケットサイズのタッチ式超小型パソコン」である。 超小型のため、身体に密着できて、タッチで情報を瞬時に呼び寄せることが出来るところがミソ。それに音楽が数千曲も入力でき、 電話が出来て、インターネットもできる。カメラや、携帯電話機能は、多くの機能の一つでしかない。現行の日本の携帯電話は、 各メーカーが競って色々の機能を付加していったもの。そのため、その多くは使われない。平均5?の機能しか使ってないという。 ボタン・キーは他に無いので慣らされ使っているだけのこと。この中の機能で驚いたのが、みたい部分を二回、指で叩くと拡大する。 これで小さい画面のデメリットをカバーしてくれる。よく考えたものだ。ただ、文字入力が慣れないせいか、躊躇している。 キーワードは、 ワイヤレス通信 ・マルチタッチインターフェイス ・超小型(ポケットサイズ)。 常にポケットに入れておけるところが良い。脳のサイボーグ化?ともいえる。次ぎのポイントは低価格化が可能かどうかだろう。 私自身、7年前にこのHPを開設してから感覚が変わってしまった。開設してから数年後に、ブログという個人のHPが爆発的普及した。 更に携帯電話が爆発的に普及をし、機能も良くなった。そして、これからは「ワイヤレス超小型携帯パソコン」である。 これは世界を、更に根こそぎ変えるだろう。携帯電話はタッチ式に大きく舵を切るだろうし、あと十年後から振り返ったら、 これは大きな折り返しの歴史的マシーンの位置づけになるだろう。パソコン?に、携帯電話と、カメラとiPodを付けてポケットに 入れたという意味で! そんなものが果たして必要か? 皆が持ち始めれば必要になるのでは? お宅という言葉も、これで死語になるのでは?。 部屋に居る必要もないからだ。 いや、閉じこもりは別か! ヾ(^ω^*) あと、数日経ったら、その後の感想を書きます。 まだ、焦って買うこともないようだ。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月30日(月) 2309, 自民党が惨敗! ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] 参院が予測どおり自民党の惨敗に終わった。 当然だろう。 自民党のパフォーマンスには、国民はうんざりである。これで本来あるべき二大政党の枠が出来上がった。 小泉が党内の保守派=悪との対立軸を作り、旧来の自民党をそのまま存続させたのが、安部政権である。 岸信介の孫、安部晋三の息子というだけで、憲法改正の騎士として期待されてなった首相である。 だから、あれだけ甘い組閣をしたのである。最後は赤城農林大臣だが、その前の防衛大臣がタレント上がりの女性はいただけいない。 外向きの暴力装置の長が、北朝鮮という隣国のスターリン型国家の核爆発実験の微妙な時期に、この人事は安部の質そのものを 現したといえる。女性だから悪いというのではない、暴力装置の男の組織である、防衛省は!そのくらいの常識ぐらいも 持ってないということ。仲良しクラブ内閣とは、よく言ったものである。辞めないといっても、無理だろう。 早々、この人間の質としての次のミスが出るだろう。叩かれて強くなる要素は充分にあるが、本当の力があるなら、これからだろう。 (字数の関係でカット 10年07月30日) ・・・・・・・・・・ 2006年07月30日(日) 1943, ローマから日本が見えるー17 才八∋ウ_〆(∀`●) 第七章「創造的天才カエサル」ー4 ーカエサルがヨーロッパを作ったー ところで、カエサルによるローマ帝国の安全保障構想は、後世のヨーロッパ史にも大きな影響を与えることになる。 「カエサルがヨーロッパを作った」とする人も多い。 現在の西ヨーロッパの都市の多くは、 カエサル以降のローマ帝国時代に作られた軍団基地や、植民都市を起源としています。 ・フランスのリヨン、ストラスブール、フレジュス ・ドイツのケルン、ボン、マインツ ・イギリスのヨーク、チェスター、バース ・オーストリアのウィーン ・ハンガリーのブタペスト、セルビィア ・ユーゴスラビアのベオグラード などなど・・・ ハッキリいってヨーロッパは古代ローマ人によって作られた。 ーなぜカエサルは寛容を掲げたのかー カエサルは「新しいローマ」のグランド・デザインを描き、それを次々と具体化していったが、その構想をよく理解できた人は 同時代に一人もいなかったといってよい。当時の一番の知識人であった歴史家のキケロさえ、カエサルは協和制の再建に力を 貸せてくれるものと信じていた位である。領土が拡大してしまった現在、そのローマに適した統治システムは何か、 それを君主制にみたのだ。そうした彼の思考を読みとれた人は少なかった。カエサルは生前に書き記したとおり、 「人間ならば誰にでもすべてが見えるわけではない。多くの人は自分が見たいと欲することしか見ていない」ということである。 ここまで冷徹にローマ世界を見ていたカエサルなのに、反対派を決して弾圧をしなかった。 彼は政権に就くなり「寛容」をモットーに掲げ、かって剣を交えたポンペイウス派の人々の安全な帰国を保障したほどであった。 それゆえに彼は自分の護衛隊を解散してしまい、丸腰同然でローマ市内を歩いた。これは彼の気性と見るしかない。 彼は自分の身を守る鎧は信義だけでよいと考えたようだ。そして、彼はBC44年に暗殺をされてしまう。 「カエサルは王位を狙っている」という確信から彼を暗殺をしたブルータス以下14名の元老院の議員によって・・ ・・・・・・・・・・ 2005年07月30日(土) 1579, 閑話小題 一昨夜の夢の話ー 面白い夢を見るものだ。 医者から薬による至高体験のため、無害の麻薬を注射してもらった夢である。薬によるハイ状態とはどんなものか、病院の ベッドに横になって冷静に薬によるハイを待っている。ところが、横になっていなければならないのに、歩き出してしまった。 危ないと思って元のベッドに戻った。しばらくすると、フア?とした酔った感覚になった。潜在意識が、薬の至高状態の経験を夢の カタチでさせようとしたのだろう。安全であれば一度は経験してみたいが、安全のわけがない。インドに行った時ツアーの 同行の女性から??を飲んだ体験談を聞いたことがあった。とにかく、可笑しくなり腹の底から笑って嬉しさが極限になるという。 経験者がいうことは解りやすい。 ー広い世界に馬鹿ひとりー 何気なく浮かんだ言葉で、何も深い意味は無い。自分に対する心の奥底の言葉といったらよいだろう。 「小さい井戸の殿様蛙」という言葉と対比すると面白か。世界を一人漂流旅をつづけていると、こんな言葉が出てくるのだろう。 孤独感と、広い世界に拠りどころを見出せない虚無感が覆いかぶさった自嘲の叫びか。しかし、この言葉に何ともいえない親しみを 覚えるのは何故だろう。一人大声で『あ?あ!』と大きな溜息をつく癖がある。 この溜息の背後にあるのは「広い世界に馬鹿一人」と「小さな井戸の殿様蛙」という自嘲の気持のクロスか。 ・・・・・・・・・ 2004年07月30日(金) 1214,パスカル(3)ー哲学についてー24 ー「賭けの断章」ー 「賭けの断章」は『パンセ』の中でも最も有名な断章の一つである。神の存在と信じる方に賭けることの有利さを確率的議論から 説得しようとするものである。「神は存在するか、しないか。どちらに賭ける? 」すでにこの世に生きている以上、この勝負を 降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択になる。 賭ける対象は「自分の人生そのもの」であるから大きな命題だ。 ・神が存在するという方に賭けて、勝てば永遠の生命と無限に続く喜びを得て、人生は意味あるものとなるが、 賭けに負けても、失うのものは何もない。 ・反対に、神は存在しないという方に賭た場合、たとえ賭けに勝っても、儲けは現世の幸福だけである。 死後は虚無とみなすことになるから、得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。 来世の幸福をすべて失うことになるからである。如何みても神の存在を認めるほうが有利であると言いたかったのだ。 37年前、『パンセ』のこの断章を読んだとき、ナルホドと納得をした。といって、今さらキリスト教関係のクラブに 入るには遅かった? せっかくミッション系の大学だったのに惜しいことをしたと悔いが残った。 理性で納得し、心情が同意するためには時間がかかる。そのためには人との出会いと時間が必要であった。 しかし、今から考えてみて、自分は仏教の方が向いているが。 ー以下はパンセの中の断片集の抜粋である。 ・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、それを示すものである。 ・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 ・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。 ・人間相互の尊敬を結ぶ綱は、一般的に必要から生じたものである。というのは、全ての人間が支配者に なりたがるが、みながそれになるわけにはいかないし、各種の階級が存在せねばならないのだから。 ・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。知識の木は生命の木ではない。 ・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。 ・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。 ・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。 ・人間は考えるために生まれている。ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。 ・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを知るほうが、ずっとよい。 ・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、それはただ未来を処理するために、 そこから光をえようとするに過ぎない。現在は決して我々の目的ではない。過去と現在は我々の手段であって、 未来のみが目的である。 ・習慣は第二の自然だといわれているが、人は、自然が第一の習慣だということを知らない。 ・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、 自分の想像する正義に服従しているのであって、法律の本質に服従しているのではない ・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、足のほうが我々と同じくらい低いところにある ・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。絵とはなんとむなしいものだろう。
・・・・・・・ 2003年07月30日(水) 847, 海は見ていたー映画日記 wowowで放映した映画『海は見ていた』がすばらしい内容であった。レンタルのDVDで見た『たそがれ清兵衛』と『阿弥陀堂』 に匹敵する。山本周五郎の作品を黒澤明が脚本をしたものを、熊井啓が監督して面白くないわけがない。 江戸の深川岡場所でくりひろげられる人間模様と心根の美しさが何とも清々しい。熊井啓も二人の作品を映画化できたのだから 監督稼業として最高だろう。主役の若い女郎の心根の美しさがよく出ていた。日本には日本の素晴らしい人情がある。 (字数の関係でカット 09年07月30日) ーー 何とも山本周五郎作品を黒澤明が脚本した世界がよかった。また黒井啓とキャストが一体となり素晴らしい 作品に出来上がっていた。昨日書店に立ち寄ったら、黒澤監督が書いたこの脚本が絵入りで新刊で出ていた。 買うかどうか迷って、一週間後に判断することにした。 ・・・・・・・・・・ 2002年07月30日(火) 472,近くの川の鴨 15年前に自宅から150m先の川に鴨のツガイが来た。そして半年がたった頃13羽の雛を連れていた。 そしてある時期が来ると旅立っていった。そしてある時期が来ると再びやってきた。その都度その数がどんどん増えて、 一時200?300羽まで増えていった。ところがその一番多い時期から河川工事で川の泥が整備され、鴨が住む場所が少なくなり、 今では50〜100羽近くまで減ってきている。今では鳩やカラスと並んで、鴨の姿は一般的の光景になっている。 人家の近くは猟がない事を経験的に知っているのだろう。鴨にも大型と小型の鴨がいる。それと渡っていく鴨とのこり鴨がいる事が、 散歩で解るようになった。少し話が反れるが、結構多くの種類の鳥がいる事も知った。見たこともない鳥もけっこういる。 こんな近くで鶯、カッコウ、鷺、雲雀、もず、などだ。 ・・・・・・・・・・・ 2001年07月30日(月) [92] 変わった人ーとの出会い 旅行それも秘境系に面白い人が多い。 ・人生の余白を埋めにきましたとか、 ・毎月ー年12回来ている人とか、女の人で退職金使い切るまで続けるそうだ、 ・100回目の人とか(はじめ50回で目を回してしていたが)、 ・12日間の旅行に布のショルダーバッグ一つ。グレーのスーツにポロ、その上によれよれレーンコート。 行き先はヨルダン・シリア・レバノン。着いてみると現地人は正にそのスタイル。彼のほうがピッタシ。 ・57歳のグランドオールドミスが一人いらいら。 キャリアウーマンの明らかに会社から見たらヘドロの典型! 今会社の中は天国、こちらは地獄! ・大手の社長か会長あがりの人物。この前まで偉かろうが旅行の最中はただの旅行仲間!の意味が全く解ってない!人。 奥さんこっそり社会復帰のリハビリのこれが初めての旅行と教えてくれた。 ・生死の手術の後、奥さんと来てヒマラヤを見て泣いている人、 ・10年ボケの父親を見送り世界中を旅行しまくっている人、
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2010年07月29日(木)
著者はここで、「人間とは自分にとって都合のよいことを信じたがる」と指摘している。 その結果、「信じる」というより「期待しすぎる」ことになってしまう弊害が出てくる。 そして「期待に沿わなかった」結果に対し(自業自得でしかないのに)、「裏切られた」と思ってしまうことになる。 以下の絶望的、否定的な見方の多くは自分自身に対する本音。それを隠すために無理をして逆の自分をイメージしている。 他者から見れば、大したことがないのに、必死に「あるべき自分」を演じているのである。 この本の構成は14の絶望ワークからなっている。 この本を読む前に自分の意見を入れてみた。 書いた本人は哲学書を、ほぼ読んでないのではと思いざるを得なかったことも事実。 「しかし、くだらない、嫌われ、恨まれ、何をやっても失敗する、誰も理解してくれない存在」と自覚することこそ第一歩である。 汝自身を知れ! のソクラテスの言葉を己に当てはめれば、下記のとおりである。 ー14の絶望ワークー ≪ ≫内は、私の意見。 第1講 あなたはくだらない存在です ≪だから、指摘されたら怒るのである。あくまで相対でしかない、それは!≫ 第2講 あなたは嫌われています ≪もちろんである。だいたい誰からも好かれている人など信頼できない≫ 第3講 誰もあなたの話を聞いていません ≪聞いて欲しい、ということ自体が、もう対他的になっている≫ 第4講 あなたの話は面白くありません ≪面白い話など、そうそうあるわけがない。だから、本を読むしかない?≫ 第5講 あなたは恨まれ、攻撃されます ≪今さら、いわれる筋合いじゃない。そういう人こそクズである。ったく!≫ 第6講 あなたは空気が読めません ≪空気の読めない人など、元もと傍に寄せないこと≫ 第7講 人はわかりあうことができません ≪当たり前じゃないか、そんなこと! 名を出版社名にした理由が、この辺で分かる≫ 第8講 あなたは成長できません ≪要らぬお世話じゃ! これも上記の同じである≫ 第9講 弱音を吐くことは許されていません ≪泣き言も、やせ我慢も、それはそれでいいじゃないか≫ 第10講 人はみな悪人です ≪当たり前のこと、で、どうした。そう思っていれば裏切られることも無い≫ 第11講 恋愛はすべて「脈なし」です ≪逆に、脈がありすぎたら、どうする? うるさいだけか≫ 第12講 あなたは何をやっても失敗します ≪当たり前だろう、だから死に物狂いで練習を繰り返すのでは!≫ 第13講 本当のあなたを知る人はいません ≪本当のあなた、って何じゃ?自分で自分を知っているのかい≫ 第14講 あなたの夢は叶いません ≪夢は夢だけのこと。それを計画に落とすのが智慧だろうが・・・≫ ーマイナス思考は人を不幸にするとされているが、逆に、その考え方が慎重にものごとを進め、確実に幸せになれる。 要は、「慎重にいこう」こそ、人生の要諦。一つの失敗が、99の成功を破壊してしまうということ。 ・・・・・・・・ 3037,読書について 2009年07月29日(水) 読書については何度も書いてきたが、それでも何度も取りあげる価値は充分にある。手軽に時空を超えて多くの人や 現象に接することができる情報伝達の手段である。大学卒業間近に、色いろ重なって頭がグチャグチャになってしまった。 そのグチャグチャになることが学生時代には最も重要な経験と、後で知ったが、そこで「もっともっと本を読んでおくべきだった」 という後悔の念が起きてしまった。そこで決心したことは「何があっても、毎日二時間の読書」であった。それを今でも守っている。 私レベルとしては朝の散歩と、この随想日記と共に最高の習慣になっている。まずは読みこんでない人が直ぐに分かる。 これは学歴とは違い、意志が大きく左右する学力の問題。 この詩は、読書の素晴らしさと効用を素直に表現している。 また書物を旅に置き換えて読んでみると、ほぼ同じように感じることができる。 人生で時間だけはリッチであった。 ー 「書」 ー 西條 八十 《少年詩集》より 1 雨が降るとき、−風引いて すきな遊びが出来ぬとき、 こどもよ、書物をあそびなさい。 : (旅行紀を読んで遊びなさい) 書物はあなたをつれていく、 : (空想はあなたをつれていく) 海山こえていく千里 知らない国や、とおい国。 見たこともない人たちや、 また、めづらしい動物が あなたと遊び、話する。 書物を読めば、友だちは :(旅行の空想に出れば) いつも出てくる、目のまえに。 2 どんなにだいじにしまっても、 万年筆や、カメラなど なくしてしまうこともがある。 かわいい鳩なき時計でも、 電気じかけの機関車も、 こわれてしまうことがある。 書物は、いっぺん読んだらば :(旅行は、一度旅先に行けば) あなたのこころの奥ふかく じっとそのまま残ってる。 書物がくれる財産は、 :(旅行が与えてくれる経験は) 一生消えない、なくならない。 ・・・・・・・・ 2672, 雁行的進歩とは 2008年07月29日(火) 「雁行的発展法則」というのがある。大空を渡る雁の群れは、先頭の鳥からしんがりの鳥まで、くさび型の隊形をなして飛んでいく。 これは長距離の飛行に一羽一羽の空気圧が最小になる。鶴翼と同じ形である。ー字型の群れと同じパターンで、アメリカ合衆国を 少し遅れながら日本や欧州が追いかける。アジアでは、先頭をきって工業化に成功したのが日本であり、次に台湾や韓国の経済発展が これに続き、さらに中国の沿海部などが急速な経済成長を開始して、それを追うといった形である。このような「選手交代」の形で 経済発展が受け継がれていくのが、「雁行的発展法則」の考え方である。現在もそれにしたがい、動いているかといえば、 現実は違ってきたのである。グローバル化の進展に伴い、今までとは違った「世界システム」が出来、拡大している。 欧米中心の雁行発展法則は崩れはじめ、今後は中国、インドにその重心は移動していくプロセスに入った。 中国に隠れているが、インドも大きな変化のポイントになる。中国は製造、インドはサービス、の部分を担うであろう。 その背後には、ITなどの「情報化」がある。もう、時代は引き返せない。モダン主義社会から、ポスト・モダン主義社会へ 変化したということ。欧米が優れていて、未開発国が遅れているという考え方が、そもそもオカシイ?という 構造主義が出てきたこともあるが・・・ 先日、インドの発展について、NHKスペシャルで3回シリーズで放送していた。 20年後には、アメリカを追い越し、世界のトップを目指すとアメリカ在住の印僑が話していた。見ていて、それもありうると思われた。 先日、図書館で『東西逆転』という本を借りてきた。数日後に、その感想を書いてみよう。IT革命は確実に世界を変えている。 ・・・・・・・・・ 2007年07月29日(日) 2308, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー2 |。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。) 私の4つの質問の答えはどうだろか、(成功もしてないのに、 何を答える資格がないじゃないか!という内面の声を無視して書いてみる。) *どうすれば人生で成功できますか? ー好きなことを早くみつけて、楽しみまで引き上げ、続けること。 *世界で一番大切なことはなんですか? ーいま、ここ! そして今日一日 *愛とはなんですか? ー温み、おもいやり *幸せとはなんですか? ー好きなことができること、好きな人と一緒に居ること。 そして自分を好きになれること。感謝できること。 ーさらに、この本の面白そうなところを抜粋してみたー *自分ができることに集中しろ すばらしいアドバイスというのは、すでに亡くなった人から受けついだものだ。 1948年、ぼくがルーキーだったとき、ドジャースのベテラン投手、ビュー・ケーシーにこう言われた。 「なあ、野球にはおまえが変えられないことがいくつかある 一天気、自分が登板する日、登板する球場、本塁の後ろにいる審判だ。 自分の力で変えられないことについてくよくよするのはよせ。 自分がコントロールできることーストライクを投げること、カープを低めにすることに全力をそそげ。 自分ができることをコントロールしつづければ、かならず勝てる」 さて、ニック、きみはまだ大リーグのピッチャーになれるほど大きくないが、人生でなにをやるにしても、 きっとケーシーのアドバイスが役立つはずだ。カール・アースキン(元大リーグ選手.1950年にナショナルリーグ優勝 通算122勝。) ーー *あえて人と違うことをしよう あえてみんなと違う人間になろう。前例がないとか、だれもそんな風にはしないなどという言葉であきらめたり、アイデアを捨てたり しないこと。そう言われたら、ますます試す価値がある。だれかがあえて違うことをやろうとしなかったら、自動車も飛行機も 存在しなかったはずだ。 分の心に従うこと。教育や知識もとても大切だが、心が頭に同意しないときは心のほうが正しいことが多い。 (以下字数の関係でカット09年07月28日) (*≧∇)ノ~サラハ゛シ゛ャ! ・・・・・・・ 2006年07月29日 10年後の日本は? −1 「10年後の日本」という本を買った。 下記のの箇条書きの幾つかは、この本の目次を参考にした。まだ飛ばし読みだが、近々読書日記を書く。 『日本の論点』編集部編というから、鋭く切り込んでいる。 島国の閉鎖社会の日本が、この世界の潮流の激変の中での大問題が明快に書かれている本である 十年後の日本で間違いなく起こっている問題点である。 日本が、これらをどの様に乗り越え体質を変えていくかを考えると、悲観的になって当然である。 ・消費税の20パー以上の負担 ・少子高齢化社会の到来 ・外国人労働者の比率の増加による犯罪の増加と、治安の悪化。 ・フリーターの増加と、下層階級の増大 ・年金財政の悪化と破綻、団塊の世代の大量定年後の負担の問題 ・中国とインドの台頭と影響力の増加、それに付随する大混乱 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・・ 2005年07月29日(金) 1578,大阪から何が見えるかー2 ー生活保護ー この内容は月刊誌「新潮45」の2005年2月号の ー生活保護天国、大阪市はここまでヒドイー を参照に書いている。 とにかく読んでいて、生々しくて迫力がある。 ー書いてある内容の一部を抜粋してみるー 人は、金が無くなったらどうするか。 ・一つは、借金をする。 ・できなければ人のものを盗む。 ・それもできなければホームレスになる。 ・イヤなら自殺をする。 ・その他に「生活保護」を受ける という、5つの選択肢がある。 『公園にテントを建てて定住すると比較的安全なうえに家賃も水道代もいらなくなります。 病気になれば福祉事務所ですぐに医療扶助が受けられます。生活保護の誘いも舞い込んできます。 仮設一時避難所に入所をすれば安全が保障され、ガスもシャワーも洗濯機も無料で自由に使えます。 閉鎖が近づくと職員が生活保護を受けるように懇願します。自立支援センターに入所すれば三食無料になります。 いずれにしても野宿者は65歳になれば生活保護を受けられます。 年金など積まなくても野宿さえすれば 老後は年金生活者より安楽です。』 多重債務者でヤクザに追われない限り、日本では最低保障はされている。 ホームレスの半数以上が、多重債務者である。それと前科者も就職できないからホームレスに多い。 資産のある人、持ち家のある人は原則として生活保護は受けられない。借家かアパートに住んでないと保護の対象にならない。 生活保護者を分類すると、 ・高齢者 (男65歳、女60歳)、 ・母子家庭、(18歳未満の子供と母親) ・傷病・障害 ・その他、に分けられる。 ・高齢者の場合、67歳の例で男性単身者の生活扶助は80820円、住宅手当42000円、合計122820円受け取れる。 この外に、医療費とNHKの受信料は無料、水道代は基本料、市営の交通費が半額減免がついてくる。 ・母子家庭では、母親30歳、子供9歳と4歳の場合、生活扶助をあわせて235000円を受け取る。 更に高齢者の同じ減免措置がある。 これではヤクザ者でなくても、稼ぎの無いものにとって偽装離婚をしたくなるだろう。 ーー 以上であるが、もともと大阪は人権にうるさいところというのも生活保護日本一の原因になっている。 老齢になって食い詰めたら、大阪に行けばよいのか? それにしてもホームレスが目立つ。 ・・・・・・・・ 2004年07月29日(木) 1213,パスカル(2) ー哲学についてー23 キリスト教の秘義とは、キリストが十字架にかけられ、苦痛の悲鳴の中で悶え死んでいった不条理を解くことである。 パスカルの信仰は、その苦痛で、底深く沈んでいったのだ。「私を救ってください、助けてください、お願いします、お願いします、 お願いします」 この祈りが、キリストの苦痛と一緒になった時、秘義となるのだ。先ほど書いたパンセの第一節 「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。だが、それは考える葦である」があるが、その先の文章がよい。 「これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。ひと吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。 しかし、宇宙が人間を押しつぶしても、人間はなお、殺すものより尊いであろう。人間は、自分で死ぬこと、宇宙が自分が勝っている ことを知っているからである。宇宙はそんなことを何も知らない。だから、わたしたちの尊厳のすべては、考えることのうちにある。 まさにここから、私たちは立ち上がらなくてはならないのであって、空間や時間からではない。わたしたちには、それを満たすことが できないのだから。だから、正しく考えるように勤めようでないか。如何に生きるかの根底はそこになるのだから」 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・ 2003年07月29日(火) 846, 人生の目覚まし時計 「7つの習慣 ー最優先事項」ー2 ベストセラーになった後の二冊めは大体が同じ内容をベースに書いてあってつまらないものが多い。 しかしこれはこの本のほうが「より最重要事項に絞り込んであって面白い」めずらしい本だ。 私の事業が装置産業であった為に、目先の時間だけはたっぷりあった。自然にABC 分析をして、 Aをやるようにしてきたつもりであった。この本を読んで果たしてそうであっただろうかと考えてしまった? Aで満足してしまい、さらにAのAの追求を忘れてしまったのではなかろうか。 この本は何をどうするかの方向性を問題にしている。人生で本当にしたいことが何かを明示することを第一としている。 目先の緊急事態病が最重要事項をつぶしてしまうのだ。最重要事項かつ緊急事態が重なっている事項が一番の難敵である。 「むしろ緊急ではない最重要事項の中にキーが隠されている」と看破している。冷静に考えれば、全くその通りである。 緊急事態は短期的視点でのこと、緊急でないことは、長期的なことであり、かつ方向性を見定める事項だからだ。 ー人生の目覚まし時計の一部を書き写してみるー ある日突然、「本当に重要なこと」と「時間の使い方」のギャップを思い知らされることがある。 それは人生の目覚まし時計というべきアクシデントによって知らされる。 例えば ・「恋人の死」。突然、恋人がいなくなり、「できたはずだが、しなかったこと」がはっきり見えてくる。 成功のはしごに登ることに忙しく、恋人との「豊かな人間関係」をしてこなかった。 ・「子供の麻薬禍」。自分の息子が麻薬に手を染めていたことにある日突然 気づかされるかもしれない。 息子との豊かな人間関係をつくれたチャンスが、次々に頭に浮かんでくる。 しかしそのときまでは、金儲けやコネクション作りなどに忙しくて実行してこなかったのだ。 ・あるいは「癌の宣告」。医者から残り数ヶ月の命だと宣告されるかもしれない。 ・あるいは「妻(夫)からの離婚請求」。離婚の危機に立たされるかもしれない。 このような突然の危機に立たされて、 初めて自分の「時間の使い方」と 自分にとって「本当に重要なこと」との間のギャップがあることに気がつかされるのである。 このような危機的状況を知らせる「人生の目覚まし時計」におこされない限り、多くの人は人生の根源的な問題を考えるという 機会に接する事はまずないだろう。慢性的な深い原因を探らずに、深い痛みどめ応急処置としてバンドエイドや鎮静剤を探すのだ。 ー以上だが、テリー伊藤の『あと一週間で死ぬとしたら何をしますか』という本にいろいろな人が多くのことを書いていた。 しかし誰もがいつでも直ぐにできることばかりであった。ある人が私のその質問に、「身辺のものを全て捨てる」と答えたのが 一番気に入ったが、これなど人生の一番深い意味が含まれている。 当人は気がついていないようだったが。 ・・・・・・・・・ 2002年07月29日(月) 471,下着泥棒 昨日ー15時位か刑事が来た。下着泥棒が一軒先の家の下着を盗んで、たった今この辺に逃げ込んだという。 (字数制限のためカット 2010年7月29日) ・・・・・・・・・ 2001年07月29日(日) [91] 人生のこつ ー2 「生きることを考える事はまず死を考えること」というが、昨日書いた人の内容は正しく具体例として解りやすい。 何故勉強しなければならないか?という問いに、日下公人は何かの本のこう答えている。 「死んで葬式の額縁の写真に入った時、ああ自分は働くだけ働いた!遊ぶだけ遊んだ! 知るだけの事は知った!この世に生まれてきて可能な限りの事はしたつもりだ。これでよい! このようにいえるようになる為、人は勉強をしなくてはならない。」これが解ってない人が多い。 定年退職した後でと総て後回しにしてしまう。後回しの大部分はやらないことの自己欺瞞という事を自身わかっていない。 働いて時間がないときに無理に時間を作ってやるから其れが活きてくることを解ってない。楽しい過去の倉庫、楽しみな 未来の計画の束作り、そして楽しかった倉庫の整理と計画を楽しんで実施している今。
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2010年07月28日(水)
「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 著 ーまずは、「はじめに」よりー この本の主旨は、「マイナス思考はプラス思考より優れている」、これに尽きます。物事を前向きにとらえるプラス思考、 一見いいように思えますよね。「物事を後ろ向きにとらえるよりも前向きにとらえた方がいいに決まってる」 と思うかもしれませんが、こと思考においては、必ずしもプラスがよいとはいえないのです。なぜかというと、 「プラス思考こそが、現実逃避の温床に他ならない」からです。プラス思考こそが究極のマイナス思考といってもいいでしょう。 プラス思考そのものより、プラス思考で行動することで、人間のマイナス面が助長されてしまうといった方が正しいかもしれません。 プラス思考の根本的な考え方「何事もプラスに考えよう」は、「耳が痛くなる情報を耳にしたくない」という人間誰もが 持つ気持ちと合わさると、「物事のマイナス要因を忘れよう」に、ついつい翻訳されてしまうからです。 【 プラス思考の問題点を4項目にまとめてみます。】 1.プラス思考を身につけても、不幸に耐えられる忍耐力、不幸を幸福と読みかえる超解釈力が身につくだけ。 「不平不満を言うのではなく、現状の自分が幸せである、と思いましょう」という考え方がありますが、自分が幸せだと思ったら、 現状に対して何も手を打たなくなってしまいます。本当に幸せならそれを噛みしめていればいいのですが、そうでもないのに無理に 自分は幸せであると思いこみ、現状に対して何もしないのであれば、いずれ、幸せと思いこむこともままならないほど、不幸になって しまうことでしょう。プラス思考は耳触りがよいので、つい現実を見誤ってしまう。現実を直視しないことには現実をよくしようがない。 2.プラス思考は、他人にとってはマイナス思考です 「プラスにとらえる」とは、「自分にとってプラスにとらえる」ことで、つまりは、他人を無意識にマイナスにとらえることになる。 プラス思考とは、自分を軸にしている限りはなかなか見えてきませんが、どこかでプラスをすると、どこかがマイナスになり、 その結果、自分1人の中でプラスでも、周囲と合わせて見ると、誰かから幸せを引いて誰かの幸せがマイナスになっているのです。 3.プラス思考だと、ありのままの自分を肯定するばかりで成長の機会がありません。 ありのままの自分をひたすら肯定するプラス思考のままでは、ありのままのあなたは、いつまでたってもありのままで、 成長することがないでしょう。ありのままの自分を乗り越えていくことが、成長には不可欠なのです。 4.プラス思考は、必ず裏切られる運命にあります 「人を信じよう」と言いますが、信頼して仕事を発注した相手がスケジュールを守ってくれなかったり、 彼氏が友だちと旅行と言っていたのに実は女の人と2人で旅行だったり…… 一言、事前に釘をさしておけば、 裏切られることはなかったのに、「信じよう」などと思って策を打たないから、ひどい裏切りにあってしまうのです。 〜〜 プラス思考は、マイナスを乗り越えた上での考え方であり、その背後にはマイナスを考えた上でのプラスを 元もというのであって、ここで書かれている上っ面の思考法ではない。 それより、言葉を額面どおり捉え、現実逃避に 知らないうちになっているケースが多いはず、それを諌めているのである。肯定は意志であり、否定は感情である。 人間は意志の動物であると同時に感情の動物。両者の混合が必要だろう。 ・・・・・・・・ 3036,閑話小題 2009年07月28日(火) * 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕された。 警備会社の役員というから驚きである。 警備会社関連の犯罪が多いのは如何いうことか? 数年前には、新潟セコムで役員がらみで不正事件が起き、 新聞紙上をにぎわしたばかりである。 警備会社も、この不景気で合理化の対象になる。あれだけ残忍な犯行、 追い詰められると人間は何をやりだすか分からない。前に出入りしていた警備会社の役員と同姓だが、まさか・・・ * 加山雄三の『私の履歴書」が面白い 今月の日経新聞の加山雄三の「私の履歴書」が、派手な芸能人の生活の一端が具体的に見えて面白い。 大学三年の時に欧州に一ヶ月の旅行に行って来た。もう42年になる。それが大学の旅行研究会の主催で、 金持ちの師弟達に急遽仲間入り。当時、年間20万人しか海外旅行には行ってなかったから、かなり裕福な人たちである。 その付き合いの中で、「世の中には、こういう世界があるのか?」と思い知らされた。 馬小屋みたいな寮で、 僅かな仕送りの生活から、全くの別世界を見てしまった段差の大きさは、あまりに大きい。 その世界は光輝いて見えたものだ。 加山の世界ほどではないが、当時としてはかなり派手な世界であった。 その後の加山も大きな浮き沈みは、 あまりにドラマチック。彼が羨ましいとか、冷笑するとかの気持ちがないのは、自分でも不思議である。 * 日経平均が1万円代を回復? (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・ 2671, 幸福の4階建て -3 2008年07月28日(月) *不幸の4階建て」を考えてみる 「幸福の4階は、克服できない苦難や悲しみの中にある」というが、逆の「不幸の4階建て」とすると、どうなるか考えてみた。 前回の「おばさん、の話」を書いていて、おばさんの特徴に弛緩というキーワードが出た。 その反対の言葉が幸福の4階の「克服できない苦難や悲しみ」になるのではと・・・。 不幸の建物の4Fは弛緩とすると、これから1〜3Fが導き出される。 3Fは、やる気も目標も無く、同じことの繰り返し。 2は、不満で悶々とする日々 1は、当面の問題から逃げて、上手くいかないと他者に責任転嫁 不幸の4階建というテーマが、不幸なおばさんの姿から成立するとして、弛緩しているおばさんは果たして不幸なのか?との疑問も出る。 しかし、幸福の4Fの逆の意味で、不幸とは弛緩そのものが大きな要素と考えてよい。誰もが、幸福と不幸の4Fの建物の要素がある。 自分の趣味を持たないで、日々に流されると「こてこてのおばさん」になる。 それも不幸な・・・ というとこだ。 ただ自分で気づかないだけだが。 それは「おじさん」にも、言えることだが。 現在の日本が、この不幸の4Fに近いのでは、 いや自分自身が、そうではないか?と感じたのではないか。 いや、自分は違うと自己説得しているのではないか。 「日々、戦場」を己に課すことが、果たして幸福?「日々、私は何て幸せ!」と何となく思っているのが不幸?なんだろうか。 あまり考えてこなかった中年女性が、不幸なんだろか? そう勝手に、他者を思い込んでいるだけじゃあないか? 幸福など考えるから、訳が解らなくなるのである。 まあ、弛緩もいいものだが! 幸・不幸の裏表ががあるからいいのでは、人生は。 てなところか! ・・・・・・・・・ 2007年07月28日(土) 2307, 最近ホテルでは・・・ [ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ ホテルのオープン以来20年近く、自殺は数件あったが、病死者は無かった。ところがこの6~7年前から病死者が4人も出ている。 どういうことだろうか。心不全、ガンの末期の人?、脳梗塞などなど。この月曜日、出社すると「前日の午前中に病死者が出た」 という報告。土曜日の夜半、いや日曜日になった未明の0時を過ぎの「2980円パック」の客が病死をしたという。 時間になってもチェックアウトをしないので、電話連絡を入れてもノックをしても反応なし。もしかしたら自殺か?と ドアを開けたところ、中年男子が裸で倒れていたという。身体を触ったところ、既に冷たくなっていたので慌てて救急車を呼んだ。 何かの手違いで、救急車に三台の消防車もきて、20人近くの消防士で現場は一時は騒然したという。 消防士が死を確認した後に、警察を呼んで遺体は病院に・・消防士が、「脳梗塞ではないか」と言っていた。チェックイン時に、 手が震えていてカードに身元が書けないので、フロントが代わりに書いたという。急性アルコール中毒か、それに伴う脳梗塞だったと 推測される。50歳前後の中年男性だというが、家族から昨日になって詫びの電話が入った。 病死の場合は、閉鎖の一週間分の部屋代の半額と、神主の「お払い代」が料金になる。ここで不思議なことが一つ。 別の棟になるが、前回の病死の客室のナンバーと、今回の別棟のナンバーが5??号室と同じだったことである。 たまたまの偶然の一致か? それとも、何かがあるのか?不思議といえば、前々回の病死の時の不思議なことがあった。 ここで一度書いたことがあるが。「ホテル業を開業して初めて自殺者があった部屋」に泊まるのが趣味だったことがある。 その為かどうか、フロントが危なそうな客を時々その部屋に泊めるという。泊まった翌日、青い顔をして「この部屋は何か あったんじゃないかい?」と聞くとか?ある日、その部屋に泊まった時のこと。 深夜にトイレに入ったところ人の鳴き声が聴こえてくる。 よく聴くと扇風機の音である。しかし、どう聴いても人の鳴き声に聴こえる。 何度も何度も点けたり消したりしたが、 その声は泣き声である。部屋が部屋だけにマンジリしないで一晩を過ごした。で、翌日に事務所に副支配人が、 その部屋の真ん前に病死者が出たと報告に来た。「嘘だろう?」と聞きなおしたが、事実は事実である。 こういうのを、ユングの「意味ある偶然の一致」ということ。 それ以来、その部屋には泊まっていないが。 まあ、またそろそろ泊まるか!面白そうだから。 『あんた、何のため、哲学書を読んでいるんだ?こういう馬鹿なことを考えないためだろう!全く。』 ヽ(★>з<)アフォ? ・・・・・・・・ 2006年07月28日(金) 1942, 今日は「新潟活性化の会」 \(^▽^*)おはよう これで4回目になる。 あと一回で私の役割は終了。 地域活性のデザインつくりに加わってみて、なるほどプロセスに 筋が通っているのが理解できる。本来は代議士と市議会がすべきことだが、当事者は目が曇るのだろう。 転がっている球は自分では方向転換できないのと同じだろう。アウトサイダーの生き方・視線が少しは役に立っている。 ただ、アウトサイダーとしては、のめり込まないことだが・・このプロセスの中で気づいたことは新潟県は危ない!本当に危ない! 日本が危ない!ということと同じだが。金沢は富山と福井を従え、その後背に関西を控えていて、これに関東が直結する。 金沢が環日本海の玄関として拠点都市になって至極当然である。 森元首相も、まだ当分隠然たる政治力もあるし、 それに引き換え真紀ちゃん、あまりにも・・・? ここでは、まあいいや。手をこまねいているのか新潟よ!という感があるが・・ でも材料が無い!いや、本当に無いのだろうか? よく目を凝らしてみたら、過去のインフラが膨大にあるじゃないか。 高速道路、新幹線、飛行場、港・・・ 無いのは戦略構想が無いというから・・・頭の足りない巨人と同じである。 ・絵図・絵図!!環日本海都市としてのデザイン描いて、知事と市長が馬鹿みたいに 言い続けなくてはならないの! そして東港とか西港の空き地に何を持ってくるか考えるの! ・そして特区とかを造るの。東京都新潟区という隠れコンセプトを作るの! ・飛行場に乗り入れるの、それも新潟駅再開発の完成に合せて! これをゼロからやれ!といっているじゃないの! ホボあるんじゃないか。 無いのはグランドデザインでしょう! ・それと、あと数パーセントの投資で拠点都市のイメージと明確な位置づけが出来るの! ・20数年前に飛行場まで開通させておけば、新潟は変わったでしょ! ・飛行場周辺に、中国・韓国・ロシアの物流と情報基地が出来ていたでしょ! ・サッカー場も、イベント場も、佐渡観光も行きやすくなったでしょ! ・北関東圏の人は北海道、九州、沖縄、韓国、中国の飛行ルートも新潟になっていたでしょ! ・新潟競馬場も至近距離にあるので、もっとお客を呼べたでしょう! ・中国特区とか、ロシア特区もできていたかもしれない?でしょ! 新潟は東京の天領だったの! それを生かさなくては! 北海道に向けて、飛行場の近くから船が出ているでしょ! これだって飛行場至近に貨客船乗り場を造ってやれば? お客、お客、お客の立場で見てみたら・・ いくらでもネタはあるじゃない? 小手先のイベントを持ってくるとか、野球場とか、サッカー場だってどうだか? 要は新幹線なの!もう一度言う!「かなめ」は、新幹線なの! もう一回言おうか、「要ーかなめ」は、新幹線なの! 「国際飛行場」と「港」への直結の新幹線が何処の国にあると思うの!新潟だけなの、新潟だけなの! これと物流特区などの一大特区地区造りを加味すればよい。 おまけに新潟駅再開発があるじゃないですか。 これを利用しない手は無い! 数千億かかる話ではない・・・ コンセプトを先ず作らなくては! ーこれは日々のことを書いている「バード・ウォッチ」の内容だったが、 熱が入っているので随想日記に格上げ?をしたー ・・・・・・・・ 2005年07月28日(木) 1577, 大阪から何がみえるか-1 ー大阪の衰退は日本の近未来の姿か? 大阪と札幌から、いち早く時代の流れが見えると言われる。特に商人の町の大阪は、いち早く時代の流れをつかんで動いた。 しかし、最近の大阪は全く変わってしまったようだ。まずは終戦後に総合商社が、メーカーが、そして金融機関と東京に 本社を移し始めた。現在残っているのは、電力・ガス・私鉄という地域産業のみになってしまった。 更に、大阪の企業は生産拠点までもが海外に移転してしまった。東京などの大都会には、高所得者の住む高級住宅地がある。 しかし、大阪市にはそれが殆どないという。富裕層は、神戸の芦屋や西宮の高級住宅地に邸宅を構えている。 ある意味で、金持ちの極端に少ない社会主義国の様相を示している。その結果、何と生活保護が26人に1人になってしまった。 もちろん日本一である。西成区においては、区民7人に1人の割合が生活保護という。 (ちなみに、日本では100人に1人の割合。新潟県もその割合である。) 大阪市は全国平均の4倍の生活保護者がいることになる。先ほど書いた大阪と札幌はいち早く時代を先取りをすると書いたが、 生活保護は、その日本の先行きの悪さを暗示しているようだ。下手に国民年金を払うより不払いで、生活保護を受けた方が得という。 これでは「何で国民年金の金を払う必然性があるか?」という疑問が湧いて当然である。 若いヤクザの夫婦で、偽装離婚をして母子の生活保護を受けているケースが多々あるという。 ー つづく ・・・・・・・・ 2004年07月28日(水) 1212,パスカル(1) ー哲学についてー22 学生時代には、パンセが常に傍らにおいてあった。当時の不安な気持をいつも和らげてくれた愛読書であった。 現在、読み返してみて当時の哲学書の幾つかが、心の底の根幹をなしていたことに気がついた。 特に人間観は、大きくパンセに影響を受けていた。生き方はニーチェとロマン・ローランである。 当時のささやかな読書が、人生を大きく左右しているとは。「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。 だが、それは考える葦である」パンセの第一節である。彼は物理学、数学などで成果をあげたが、哲学者としても名を成した。 あまり知られてないが、慢性的な病による苦痛の中で人間とは何か、生きるとは何かを問い詰めた。 彼の20年の慢性病が哲学を深めていった。「考える」という一事において、「自分が苦しんでいる」という一事において、 パスカルの「尊厳」のすべてがある。パンセの中の所々に「病の善用を、神に願い祈る」部分が見られる。 ーパスカルが31歳の時、神秘的な体験した。 1654年11月23日22時30分?24時30分の間に、パスカルの生涯を一変させる出来事であった。 「火」の夜の出来事である。(恐らく)ヨハネの福音書17,18章を読んでいた時に、白光色の「光」が見えた。 彼の死後に、上着の裏に縫い込んだ『覚書き』が発見された。 その一節が次の文章である。 (以下、字数の関係でカット09年07月28日) ーーー 以上が、その時の文章である。心の奥で深い痛苦を抱え、社会のひずみ、欺瞞に満ちた人間関係の幻滅等が、 この一夜で一挙に溶け去った。そして歓喜にいたった。キリスト教徒でない私が読んでも感動する言葉である。 ーつづく ・・・・・・・・ 2003年07月28日(月) 845, 親父の小言 わが愛息へ ー親の小言と 冷や酒は後で効く 火は粗末にするな 朝は早起き機嫌良くしろ (字数制限のためカット 2010年7月28日) ・・・・・・・・・ 2002年07月28日(日) 470, いい人とは この意味を考えたことがあるだろうか。子狐レベルの対話の「いい人悪い人」の話である。 突き詰めると「自分にとって都合のよい人」でしかない。「いい人の振りをしよう」というのが子狐の名前の語源といってよい。 「その時の自分の都合のよい権力者に擦り寄っていく」のも、もう一つの語源だが。あの人は本当にいい人だーそう自分にとって とっても都合のいい人だ。ただそれだけだ。それが解ってないからお互い傷つけあうことになる。都合などその都度変わるからである。 ゲゼルシャフトー契約社会とゲマインシャフトー血縁社会の差も一生理解できないレベルである。 少し知り合うともう何か相手を利用することだけを考える人がいる。教養のない女ー特に小汚い中年の女に多い。 男も子狐というレベルの男もそうである。こういう人間にとっての人脈とは利用できる集団か、人との繋がりでしかない。 人脈とは「自分が過去奉仕し続けてきた貸しのある繋がりである」ことが解らない。少なくともいい人の振りをしないことだ。 ベタベタした人間関係がこういう誤解をつくりあげる。地方などの非移動社会ー固定社会では、いい人を演じなくてはならないのか? どうであろうか?!真っ当に生きようとしたら、悪い人を演じなくてはならないのか? いい人とは善悪という道徳的価値観が、それも小さな社会の縛りが入ってくる。それも気違い部落の? ・・・・・・・ 2001年07月28日(土) [90] 人生のコツ ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。本当に色々な人がいるものだ。 推測だがどこかの高校の校長だったのではないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。 「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り 埋め尽くす生き方」をその人の感化で その旅行で決心した。 その人の言うに「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系! 若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた! 家族で日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期が やがてやってきた。しかしどういうわけか死ななかった。それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず 世界中をほとんど回ってしまった。」この時, これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。 「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」 の私の質問に「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。 後は好きな事だけをやる事だそうだ。 なるほどと考えさせられた。
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2010年07月27日(火)
* 日本の余命はあと僅かである (P・107)
どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに超えていた。 彼らの悪辣さの度合いは、 日本人の常識ではとてもついていけない。そのため私たちは、世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じることをやめる。 福沢諭吉は彼の『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の真意を次のように要約している。 ≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと商売をせよ、さもなくば殺す、と言っているのだ」と看破。 その性温厚にして軟弱な江戸時代までの日本人にとって、この考え方は常識をはるかにはずれた奇想天外の暴言であり、 だからこそ福沢もわざわざその事実を本の中でコメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、至極まっとうな 言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても過言ではない。 そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ごしてきたのは、ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、 いま少し足りなかっただけのことである。 あるいはIT革命、情報革命といった、新しい最終的な手段が出そろっていなかった ためでもある。 彼らはそれらが出そろうまで、辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと舌なめずりをしながら、 それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしをしてきたのである。 そしていますべてを手中にし、 すべての条件が整ったというわけだ。 福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっとフォローできる表現を使って 解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」 ということなのだ。 商売は、金儲けは、とっくに済んでいる。 金儲けの最終段階は、いまも昔も奴隷制度の貫徹である。 さらに、究極の奴隷化とは、頭脳の奴隷化なのだ。つまり、マインドコントロールのことである。 いまこそ彼らは堂々と宣言する。 「我々の家畜になれ、奴隷になれ、ロボットになれ、さもなくば殺す」 それが最後の「お触れ」なのだ。≫ 〜〜 それが30数年前から始めたアメリカの金融戦争である。 ドル一極支配下に入れ、さもなくば叩き壊す。 その際たるものが、この金融恐慌。 これで欧州連合のユーロは風前の灯である。たしかにドルも傷ついたが、 胴元の被害は、早々に元に戻る。 更には中国もドルを1兆ドルも持たされた。そして、数年後には、それらを アメロとかいう新ドル?でチャラにする。 それで日本は、その最大の被害者になるのである。家畜の運命は、そんなものか。 ・・・・・・・ 3035,「顔」を哲学すると 2009年07月27日(月) 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな 要素になるのにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。それでは自分で考えてみることにした。 古代よりクレオパトラや小野の小町など、美人は特別に扱われてきた。 考えてみれば顔の部分のバランスと、全身のバランスが 整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。 そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。 また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。 さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、 人間は顔に興味を抱く。どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。 男の顔は履歴書で、 女の顔は請求書とは、よくいったものだ。徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの作品を残している。 漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。 その意味で写楽の絵が、その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。 そのために、整形もするし、高い化粧品をつかい、 毎日、数時間も鏡の前に座り、化粧品をぬったくり、色いろな表情をして魅力を高めようと明け暮れる。 「美人」の「美」とは、バランスが取れていること。 美男美女の顔は「左右のバランスにある」という。 他のバランスを含め、その調整ために化粧をするのであって、決して肌を覆い隠すためではない。 先日、「清水次郎長顔が日本から消えた」というテーマで書いたが、内面から滲み出てくるほどの危機が なくなってきたこともある。 田中角栄や吉田茂、そして佐藤栄作のようなドスのきいた顔は現在の政界には見当たらない。 人の顔は、経験の重なって出来るもの。 「40歳過ぎたら自分の顔に責任を持て」とは、そのためである。 数年前になるが、高校野球をTVで見ていたら、慶応高校と四国の高校生の野球試合の応援団の生徒達の顔つきの違いに 思わず笑ったことがあった。 都会面と、田舎面の違いが明確だったからだ。 一見、都会面のほうが良さそうに見えたが、 良く見ると、都会面は個性のない画一顔。 それに対して田舎面の方は一人ひとりが個性が滲み出ていた。 船頭の息子とか、百姓の倅の農村の味である。 顔は手相と同じで、万人が違う、だから興味を持つのである。 韓国の女性は、日本人と比べると、大きな割合で整形手術をしているという。 考えて見れば変である。 でも、見とれるほどの美人は、好きである! めったに居ないが・・・ ・・・・・・・・・・ 2670, おばさん、の話 2008年07月27日(日) 「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力があるという。 ーおばさんとは、 「女という演技を止めた女性」「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」「老化のバランスの崩れに対して 抵抗しなくなった女性」「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、書けば幾らでも要素が出てくる。 女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。 女性が一番美しいのは、40歳前後という。 おばさんへの、 折り返し地点であるからだ。演技を止めようか、それとも最後の濃艶な女を演じようか、その際が光輝くからである。 一子(長男、長女)の子どもから手が離れ、少し余裕が出てくるが、多くの問題が一挙に押し寄せる時期。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・・・・ 2007年07月27日(金) 2306, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー1 祥伝社 チャールズ・J・アクイスト |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ ー読書日記 このようなプレゼントを、かって聞いたこともなかった。そのユニークな依頼に誠実に答えてくれるアメリカ人が素晴らしい。 成功者は、何かの共通した言葉を持っている。過って一歳だった自分の子供へのプレゼント!という、思いもあるのだろう。 彼らのシンプルだが真髄をついた言葉には感動するものが多い。米国の弁護士の著者が、息子の1歳の誕生日のプレゼントとして 「世の中で成功している偉人から、人生で成功するための助言をもらう」というアイデアを思いつき、1年近くかけて実行。 依頼をした「成功者」のジャンルは、政治、経済、芸能界、スポーツなど。大統領、大リーガーなどの著名人からの素晴らしい アドバイスが届けられた。本書はそもそも、極めてプライベートなものとして依頼されたもので、「本にする」というアイデアは、 依頼者の一人のリチャード・ブランソンが、出版のための依頼だと勘違いして手紙に書いてきたところから思いついたもの。 その為に出版にあたっては、返信してきた全員に再度依頼して承諾書をもらった。その結果、95%の人は快諾し出版に至ったという。 この本の利益は全て寄付をするという言葉も書き添えたところが良い。 著者が送った質問は次の通りである。 *どうすれば人生で成功できますか? *世界で一番大切なことはなんですか? *愛とはなんですか? *幸せとはなんですか? (次回、私のこの答えを書いてみようか?) これに対する答えが、回答者の価値観を浮かび上がらせている。 上記質問に対して、空欄に答えを書いて返信してきた人、書ききれず別途に長文を書く人もいた。 著名人だけあって、自分専用のレターパッドを使っている人もいた。レターパッドにタイプ打ちして、 自筆のサインを見ると、この人はこんなレターパッドなのか!とか、サインはこんななのか!とか、 普段あまり目にすることのできない、側面を見ることができる。 読んでみると、なかなか心のこもった座右の銘が多い。 次のことは、その中で多く見られた言葉である。一番のベースとして、大事なことばかりだ。 「ベストをつくせ」「家族と友人を大事にしなさい」「愛とは、見返りをもとめないこと」「 決してあきらめない」「誠実であれ」「好きなことを極める」「親のいうことをきけ」等々ある。 以下、印象的な人の言葉を抜粋してみる。 ーーー ●良い判断を下すには情報が必要だ。 ●すべての善人に過去があり、すべての罪人に未来がある。 ●自分の性格判断の簡単な方法は、何もしてくれない人にどう接しているかを知ることだ。 ●言いわけはするな。 友人には必要ないし、敵は信じないから。 ●信仰心に栄養を与えて育てれば、疑念は飢えて死ぬだろう。 ●勝とうという意欲より、勝つために努力しようとする意欲の方が大切である。 モーガン・ウーテン(高校バスケットの名コーチ) ●ぼくのアドバイスは、‘毎日を最後の日と思って生きよう、そして自分を信じよう’ リチャード・ブランソン(実業者ー冒険家) ●自分の身に起こることを常にコントロールすることはできないが、起こったことに対する反応を コントロールすることはできる。 失ったものはあきらめ、負けないすべを学ぼう。 フィル・ニークロ(元大リーガー) まだまだ、面白いもの多くある・・・ ?つづく (○´ω`○)ノ**SeeYou**again! ・・・・・・・・ 2006年07月27日(木) 1941, ローマから日本が見えるー16 \(^▽^*)おはよう 第七章「創造的天才カエサル」?2 ー植民都市の建設ー 徴収上の問題を解決をすると同時に、カエサルが行ったのは、属州にもローマ市民権を 積極的に増やしていく方策であった。ローマと属州が共同運命体になるには、属州にもローマ市民を積極的に 増やしていく方策である。 彼は大きく分けて二つの方法で、属州在住のローマ市民を増やしていった。 ・一つは、族州民にローマ市民権を与える方法。 「古くからローマ人は敗者も同化する」という独特な哲学を実践していたが、それを属州民にも適用していった。 ガリアや北イタリヤにとどまらず、スペインの原住民の有力者にも、ローマ市民権を与えたのです。 後世の歴史家が、ヨーロッパはカエサルが創造したとする、ゆえんである。 ・第二は、カエサルはローマ市民を属州に送り込んで、そこに「植民都市ーコローニア」を造らせるという方法であった。 すでにローマはイタリア半島に防衛拠点に植民都市を建設していたが、それを属州までも広げるというやり方である。 このアイデアはカエサルの独創ではない。かってグラックス兄弟の弟ガイウスが試みて元老院に 潰されたカルタゴもそうだし、ポエニ戦役当時スキピオ・アフリカヌスがスペインに建設させたイタリカも、 ローマ人が建設をした本国外の「コローニア」の例である。カエサルは、この植民都市をより多く建設していくことだけ。 カエサルのこの政策によって、属州に移住したローマ市民は8万人にも達した。これは、あたかも棄民のように思われるが、 そうではない。植民者となったのは、ローマにいても仕事の無い失業者であり、カエサルの軍団の兵士だったからだ。 カエサルのこの「植民都市」の建設は一石三鳥の効果をもたらした。 これらの政策によって、ローマと属州は「運命共同体」への道を歩み始めた。 カエサルはローマ本国と属州との一体化を進めるための方策として、これ以外にも様々な政策を具体化していった。 ・首都ローマと属州を結ぶ街道ネットワーク整備がそうだ。 ・また通貨の改革 ・ユリウス暦の制定もそうだ。 カエサルは元老院が造幣権を一手に握っていたのを、これを取りあげて、国立の造幣所を開設し、 そこで金貨・銀貨を作らせてることにした。ユリウス暦の制定にも、カエサルの考えが反映されている。 同盟関係にあったエジプトから天文学者、そしてギリシャからは数学者を招いて、正確な暦作りに着手する。 こうして出来上がったのが、一年が365日、4年に一回、うるう年が入る太陽暦であった。これがユリウス暦である。 これで貨幣として「基軸通貨」をつくり、暦としてユリウス暦という「基軸暦」をつくった。 歴史は一朝では作られない、数千年の時間の中で、多くの血と汗で作られている。 i (ω・`) bai ・・・・・・・ 2005年07月27日(水) 1576, 次にくる波 ー2007年から、いよいよ経済大変動がやってくる 著者:浅井 隆 ?読書日記 HPに「次にくる波」の概略が解りやすく書いてあった。これを数回読めば、買って読むことも無いだろう。 少しオーバーと割り引いて読んでみても、現在の日本は異常事態である。 何らかのクラッシュをきっかけに、 このような最悪な事態になる可能性は大きい。ゼネコンと政治家と官僚のタカリシステムをみても、絶望的になる。 初めはマサカと思いながら読んでいても、決して有りえないことでない。「これから5年 土地の価格が半値になる」 「日本壊死」「日本崩壊」と、悲観的な本を読んで、先行きを考えると末恐ろしくなる。 しかし、これが現在の日本の現実である。小さいからこそ感じるのだろうが、経営の舵取りをしていて 経営環境の激変を実感する。情報化という波が、根こそぎ世の中を変えている。 以下は、そのHPの要約である。 ーーーーー ー過去を変えることはできないが、未来を創ることはできるー 多くの人は、戦後から現在までの60年間の日本の歴史を一つの時代として認識していることだろう。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2004年07月27日(火) 1211, 哲学についてー21 ー哲学 つれずれに 「哲学について」は、読んでいる方は面白くないだろうが、書いていると意外と面白い。 自分の内面を見つめていることになるからだ。 そして、自分の考えと思っていたことが、以前読んだ哲学者の言葉でしかないことに気づいたり、 それまで考えていたことが浅知恵でしかなかったことに一人赤面をする。 私たちが経験して考えたり、 脳の中で考えたりしていることなど、先人は数百年前、数千年前に既に考えていたのだ。 書き連ねるほど、自分の知識と未知のラインが見えてくる。哲学のバカバカしさと反面、深さと効用も解ってくる。 哲学をきちっと勉強をしておけば、新興宗教に引っかかったり、社会の表層に流されたりはしない。 教養の背骨になっていることも事実である。学生時代の寮に、「哲学さん」というアダナの先輩がいた。 何時も一人でニヤニヤしてブツブツ言っていた。「あまり哲学を勉強をすると、ああなるのか!」と、 哲学は程々にしていたが。しかし、人間最後は一人で考え決断をしなくてならない局面で、 哲学の基礎教養は最も重要に働く。周辺に、常に人生の重要な局面から逃げ回っている人が多い。 哲学や宗教などの基礎知識がない人だが、必ず大きな壁にぶつかっている。 自分からは逃げることができないからだ。-他人事ではないが!自分と直面をした時に、哲学が始まる。 ・・・・・・・・・ 2003年07月27日(日) 844, パイロゲン 十数年位前に知人に紹介されて、パイロゲンという健康ドリンクを飲んでみた。 たまたま初めて飲んだ日に「飲み会」があった。 酒がそのままストレートで・・・一晩で 10回以上トイレに行くことになった。しかし次の日は二日酔いは全くなし、早速常用するようになった。 3年以上は飲み続けた。 その前後に胚芽米酵素の『ハイ・ゲンキ』という健康薬品を飲み始めた。 ところが、この二つを同時に飲むと、効きすぎの感がした。ききすぎるのか脱水が激しくなり、数ヶ月で 体重が数?減ってしまった。二つを同時に飲むのは合わないらしい。どちらか一方と考えて『ハイ・ゲンキ』を選択。 (字数制限のためカット 2010年7月27日) ・・・・・・・ 2002年07月27日(土) 469,チンパンジーの話 チンパンジーの集団行動について2~3年に一度くらいTVでドキュメントを放映する。 大体が京大の研究グループのものだが、違うものもある。 面白いので必ず見ている。 彼らの集団は猿の集団と一緒で一匹のボスで率いられている。 常に二番ボス、三番手がいて、 その序列は実力により明確に決まっている。 ボスは常に二番手の脅威にされさてている。 時に二番手と三番手が組んでボスを追い落とすこともある。 ボスも時にデスプレーとして、ヒステリックに木や石を投げつけたりして自分の存在の示威行為をする。 時にボス争いで死闘が行われたりする。 その争いは政治家の派閥や権力争いに酷似している。 チンパンジーの研究は人間の原点の研究でもある。ボスのいない時に浮気や小競り合いなどある。 若い恐れを知らないチンパンジーに対するリンチ事件や序列争いも人間に酷似している。 今でもハッキリ憶えているのが、あるボスがメスに恋するが全く相手にされず遠くからメスを 見ている目付きが人間のそれとそっくり。おまけに下半身が!!しているのが、あまりに人間的だった。 彼らは下痢をしたとき枯葉で尻を拭ったりする。またウンチを踏んだときも葉っぱに何度も足を拭ったりする。 風邪で鼻が詰まったときなど、鼻に小枝を入れてクシャミを誘発したりする。笑いに似た表情をしたりもする。 集団でアカゲザルの狩もする。遺伝子の研究がすすむにつれて、彼らは人間の範疇でないかという説もある。 ボノボという種類の猿は更に人間に近い。 TVゲームもできて、その姿は空想映画のようでもある。 ・・・・・・・・・ 2001年07月27日(金) [89] 城と教会そして宮殿 ヨーロッパはお城と教会そして宮殿が素晴らしい!何処の街に行ってもこの三点セットはある。 それぞれの個性という点で素晴らしい! また周辺のくにを侵略して富を根こそぎ奪うのだから規模が違う! 美的センスもよい。外観を眺めているだけで充分満足できる。 文化という点である時期、王侯貴族のシステムも必要であろうか?
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2010年07月26日(月)
終始一貫、日本の現状と先行きに悲観的である。欧米人を知り尽くしているからである。一神教は他の宗教に対して、 奴隷か、死の二者択一ということをである。共産主義圏の崩壊後は、それほど日本の位置づけは大きくなくなった。 後は、日本からの借財をチャラにする、いつものコースである。それが、911であり、915である。 これは、仕掛けられた事件と見れば、以下の著者の論が理解できる。 * 日本人なぶり殺しの条件は整った (P107) ≪ この章では、考えることのできない日本民族の明日の運命が問題だ。その運命は‥、喩えれば、10メートル先の線路は 切断されていて、目前の千尋の谷に渡した鉄橋は影形もなくなっているのに、時速5百キロほどの速度で突っ走る無人列車に 乗っているような状態が日本民族の現実なのである。 しかもそれは自然とそうなっているのではなく、完全に「彼ら」によって 仕組まれている。それに気づき、かつ確認する方法は2つしかない。 ・ひとつは私がここで紹介する何冊もの本を読み、その内容をまず最初に疑った後で、自分の努力で検討し、真偽を探り、 試行錯誤を繰り返しながら深刻に悩み、時には身の危険を冒した個人的なリサーチを試み、また世界各地を自分の足で回り、 最低1、2年の期間その場所に滞在し、実地に自らの経験を積み、見聞を広め、再び文献を洗い直して真贋を探るといった 努力をすることである。 だが、これはほとんど、というより確実に不可能だろう。 問題は、私の時代と違って、 それだけの時間的余裕がまだ残っているかどうかであり、それに関して私は百パーセント悲観的である。 日本滅亡の必然を学び取り、納得したときに、もうこの国はない。 ・もうひとつの、より安易だが、さりとてしないよりはずっとましな方法は、この私の文章を最後まで読み、内容を信じ、 私と一緒に立ち上がり、行動することだ。 しかし(そうするとしても)、最初からもう一度はっきり断っておこう。 まず九分九厘すべては手遅れである――と。 この国は終わる。 仮に私たちがその無人暴走列車に乗っていることを確認 できたからといって、それを止める方法は何ひとつないのだから。何しろブレーキが「彼ら」によって破壊されているのだから。 これは一種の完全犯罪なのだ。となれば、またしても奇跡が必要である。 昭和では吹かなかった神風が、平成で吹くだろうか? 私たちは新しい『立正安国論』が生まれるのを祈るしかない。しかし―、時代が違う。21世紀の安国の実用にはならない。 ・・・イルミナティの確信犯的犯罪などに対しては、もはや、いかんともしがたいのである。・・・ ロスチャイルドやロックフェラーといった世界の超・大財閥から流れる彼らの資金は潤沢・膨大にある。 見返りはそれ以上に膨大なのだから、彼らの出資を躊躇させるものは何もない。 後は世界の他の部分の征服との兼ね合い、 つまり一極支配へのスケジュール的なタイミングに過ぎない。 即ち彼らの言う「アジェンダ(実行予定順位)」だ。 ≫ ―― この文章が4年以上前に書かれている。 2008年9月15日のリーマン・ブラザーの倒産から始った金融恐慌と、2012年末から 起こる?大恐慌と新ドルなどの通貨切り替えが、日本人、そして世界の弱者への「なぶり殺し」ということになる。 そこで著者の林秀彦は、99パーは、既に手遅れという。この国は終わっているのか? 気がついても、どうにもならない! ・・・・・・・・ 3034, バブル時と現在の比較は 2009年07月26日(日) 大よそ20年前と現在を比較した年表があった。 (日経新聞記事内) 比べてみると、なるほど面白い。如何に金融政策に我われが踊らされているかが理解できる。 当時は、それだけ豊かというと、その実感はない。(反対に、当時と比べて現在は貧しいかというと、それも感じない) ー1990年ー ー2009年ー 日本の土地資産 2477兆円 1253兆(07年) 日経平均株価 3万8915円(89年年末) 9287円(07年7月10日) 日本の土地資産 2477兆円 (90年末) 1253兆円(08年末) 平均マンション価格 6123万円 (90年、首都圏) 4775万円(08年、同) 新設住宅着工数 170万戸 109万戸(08年) ゴルフ会員権価格 4388万円 325万円 サラリーマンの小遣い 76000円 45600円 大卒求人倍率 2・86倍 1・62倍 ーー 土地資産は半分だが、今回の暴落を考えると、三〜五分の一。 株価は四分の一だが、買い支えを考えると、五分の一。 サラリーマンの小遣いは6割は厳しい。 ゴルフ会員権が十三分の一は、喜ぶべきか悲しむべきか。 バブルが異常過ぎたとすれば、健全な数字。いや、まだ高い。 株・土地・マンションなどは、まだまだ下がってよい。 20年前でなく、私が大学を卒業をした40年前からみたら、現在の半分以下の豊かさ。 半分以下になっても、情報化で自由と個人がより尊重されれば心は豊かになる? ただ、現在は、世代間ギャップがあまりに大きいので、マイナー世代が荒んでいるが、 荒みが荒みで無くなっていく。 人生は、その時々でやるべきことをこなしておけば後悔はない。 いや、あるか! ・・・・・・・・・ 2669, 日本経済の崩壊と資産防衛 ー2 2008年07月26日(土) ドルが暴落をしたところで、アメリカは何の損失も受けることはない。 金本位制度に戻せばよいからだ。 無制限に刷ったドルで金を買い占めておいて、権威の失墜したところで金本位制度に戻せばドルの価値は戻る。 その時点でアメリカはドル本位制度に戻す選択肢を持っている。ところが落ち込んだ日本円は、元に戻ることは無い。 金そのものがアメリカの40分の1しかないのである。もちろん、アメリカは、金本位制度のドルと、それまでのドルは 交換できない仕組みにする。そう考えると、国家戦略としての奪略である。日本を属国にしておく為に金の備蓄に異常なくらい 圧力をかけたという。 日本など、使い捨てで最後は全てを剥奪する手はずになっている。残酷なものだ。 アメリカ本土には 穀物だけは充分に生産能力がある。更にアラスカには資源が充分に埋まっている。日本がアメリカの国債を500兆円近く 持たされている事実をマスコミは騒がないが、既成の事実である。これらも価値として半分、いや三分の一になる可能性も出てくる。 地方は実感として、既に恐慌一歩手前になっている。これにガソリンの異常高とくれば、一人一台という所有が当たり前の地方では、 深刻な家計の問題が生じる。農業・漁業、公共事業で景気維持をしていた地方は、この一連の経済崩壊の中で更に悲惨な事態になる。 その上に年寄りの多い地方は、年金破綻が大問題にもなる。実際には第二次大戦と、明治維新の時代より、大きな時代の変化に 晒されているのである。日本のバブルが弾けたときに株価が6分の一になったが、それからするとアメリカは3千ドル代になる。 ドルも60円を割ることになるだろう。 これから10年スパンで考えると、こと日本は最悪の道を辿るしかない。 アメリカのドルは64間年で、30分の一価値に落ちてしまった。それは金一オンス、一ドルの値段が、35ドルになってしまった ことからも知ることが出来る。35年間つづいた米英の通貨支配が終わり、多極化の時代に入りつつあるということだ。 この時代にアメリカの属国だった日本が、このプロセスの中で一番の劣化をするしかない冷徹な事実がある。 中国は製造工場として、インドはサービス業を特化して、それぞれ特性を生かし紆余曲折を繰り返しながら成長をするだろう。 その中で日本は、企画製造型のメーカーという生き方が主流になる。知恵を生かした会社経営が求められる。個人としては 知恵を生かした生き方である。ドラッガーは「知識社会」の到来を予測していた。そのモデルが日本と言って無いが、 充分に条件は揃っている。とりあえず、今年も含め目先数年は、緊急事態である。 緊急処置をとらなければ手遅れになる。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月26日(木) 2305, ぼくの血となり肉となった500冊・・・ ー立花隆著 ー読書日記ー 6年の間、毎日一文章を書き上げてきてプロの物書きの凄みが見えてきた。特に一流といわれる人の圧倒的読書量と、 書き上げてきた多岐にわたる文章の多さに唖然とする。問題の在りかを見つける感覚と、それを正確に文章に書きあげる能力は、 シッカリした下積みの基礎があるのだ。 どの世界でもプロは甘くはない。底知れぬ能力ある人たちの中で頭角を現すのは、 そう簡単でない。しかし、ここまで見せつけられると納得をする・・もの書きの下積みのインプットは尋常ではない! ーその一部を抜粋するー 私はいちばん真剣にいちばん多くの本を読み、本格的な人格形成を行ったのは、二十四歳で大学を卒業して文春に入り、三十四歳で 「田中角栄研究」を書くにいたるまでの十年間である。その十年の間に、私はせっかく入った文春を辞めて大学に戻ったり、 はたまた大学をやめてもの書きになったり、もの書き稼業を捨てて、新宿でバーを経営したり、かと思うと、何もかも捨てて、 中近東とヨーロッパを放浪する旅に出たりと、あまり尋常ではない人生の軌跡をたどっていた。その十年の間に、私ははじめての 著書『素手でのし上った男たち』を上梓し、つづいて第二の著書『思考の技術』を出版した。 またこの時期にゴーストライターとして、香月泰男名で『私のシベリヤ』を刊行したし、立花隆とは別のもう一つのペンネームである 菊入龍介名義を用いて『日本経済・自壊の構造』という本を出した。同じ十年聞に、立花隆名で「文藝春秋」「諸君!」「潮」 「週刊文春」「週刊現代」に多数の雑誌記事を書いたが、実は全くの匿名で、その何倍もの原稿をさまざまの週刊誌、月刊誌に書いていた。 そのような文筆活動を通して徐々に活字の世界で立花隆の名が知られるようになっていったが、必ずしも世に広く知られるように なったわけではない。しかし、三十四歳のときに書いた「田中角栄研究」によって人生が一変した。 ということは、二十四歳から三十四歳にかけての十年間を一言で表現すれば、「田中角栄研究」以前の十年間になる。 その十年聞は若干のアウトプットもしていたが、圧倒的時間をインプ・トにさいていた。 生活環境は次々に変わっていったが、とにかく読書にさく時間がいちばん多かった。つまり、私の血肉になる読書の大半は、 この時期になされたのである。それがこの時期に焦点をあてようと思った最大の理由だ。 (字数の関係で中略カット2008年07月26日) ー これを読んだだけでも、この人の圧倒的な知識を思いやられる。他人は他人とはいうが、それにしても 知識という面で自分を対比すると、 その貧弱さに呆然とする。外務省の佐藤優も、そうだが・・・ ・・・・・・・・ 2006年07月26日(水) 1940, 新潟活性化案ー3 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? 7月の22日、三回目の新潟活性化のための会が、会社の事務所で開かれた。 県の??と、長岡、三条、新潟の地区の経営者など7人の 会であった。7月の28日に開かれる会の下準備の意味もあった。 当日の朝、それまで二回の会の主だった流れを以下の通り纏めてみた。 ・環日本海拠点基地としての位置づけを明確に打ち出すー首都圏の日本海への窓口として物流や工場の基地としての機能を充実させる ・環日本海基地としての拠点として 新幹線の東京駅から直接乗り入れの国際空港を打ち出す。 ・新潟駅再開発が、今年施工命令を出されたが、 その工事に重ねて新潟空港と機能を一体化をしていく。 新幹線の延長線路に新潟駅と国際空港のリニアを共同運用をする。 飛行場周辺に10~20万単位で土地を先行取得し、高層ビル特区として容積率を1000パーセントにアップして 取得額の倍を目標にして売却。それを工事費用の一部に当てる。350億の試算になっているが、単線など考えられるあらゆる 知恵を使い半額以内にコストを抑える。 そこの住民はリニアカーを格安で利用できるようにする。 キーポイントは、 *東京駅からの新幹線の飛行場乗り入れ *新潟駅再開発との共同事業 *新潟駅と飛行場と飛行場周辺地域との一体化 *飛行場周辺の高層ビル特区による事業費の捻出 *飛行場周辺の特区構想ー 養老特区、外国人特区、物流特区、中国人特区、レジャー特区・・・ *北陸新幹線への待ったなしの対策として完成を2015年(新潟再開発新駅の完成)を厳守する ーー 地元の経営者は、現在の新潟県の環境に非常に厳しい危機感がある。だから、こういう会が開かれているのだろう。 北陸三県対新潟県の地域間競争が切って落とされようとしている。そして、どちらが勝利を収めるか誰の目にも明らかである、 それに対して枝葉末節の対案も出せないのが現状。2014年の北陸新幹線の開通までに新幹線の新潟空港の開通、そして特区構想の推進。 そのプロセスを通して環日本海拠点基地化を確固たるものにする。その最終の計画を早急に決め、その手順に入らないと手遅れに なること必定。凡庸な?政治家ー前県知事などや地元国会議員・・ ーのお陰さまで手遅れなのかもしれない。このままでは新潟県の衰退が激しくなる。 このさい東京都新潟地区と割り切った方が良い(元々新潟は幕府の天領だったのだから)。 昨日の地元紙の新潟日報の中越・上越版で 「発車ベル9年前」?上越地域と北陸新幹線ー という特集のシリーズが始まった。 かなりシビアな内容である。 タイミングもよい! 全くどうなっているのだろうか、この県は? 野球場じゃないじゃないか! 同じ200億をかけるなら、東京駅からの直接乗り入れの飛行場だろう! そして飛行場周辺の極東地区に向けての本格的な物流・情報拠点づくりじゃないか!東京都新潟地区づくりでよい。 「日本海を内海とみたてた長期的ビジョンの地域つくり」こそ、早急にたてる骨組みである。 何処かの新幹線駅建設が住民の反対意見で取り止めになりそうだ、というレベルと、この延長工事は違うはずだ。 それさえ解らないのだ! 私はこの辺で、この論については打ち切りだが! これは政治家がやるべきことである! 何で私がここでいわなくてはならないのか?まあ、面白い経験であった! 2007年7月26日ー後記 それもこれも、猿回しの猿でしかない! ということだ。 (*^▽^)/ ホンジャ! ・・・・・・・・ 2005年07月26日(火) 1575, 道路公団副総裁が逮捕! 現職の道路公団の内田副総裁が逮捕された。 道路公団に対する公聴会の席での猪瀬氏の質問に、慇懃な返答をして中座した男である。道路公団発注の鋼鉄製橋梁工事をめぐる 談合事件が、現職の副総裁の逮捕になってきた。道路公団そのものが??の巣窟というのは公然の秘密である。 ≪字数制限のためカット2010年7月26日≫ ーーーーーーー ー産経新聞の記事から 2005年7月25日 道路公団副総裁を逮捕 (字数の関係でカット 09年07月26日) ・・・・・・・・・・ 2004年07月26日(月) 1210, つれづれなるままに ーアメリカの最終断末魔ー アメリカの双子の赤字は何を意味するのかを考えると、底知れない恐ろしさをおぼえる。 石油の決済は、全てがドルでおこなわれている。 アメリカがイラクに侵攻したのも、フランスやロシアがフセインとユーロダラーで 決済をしようとしたからといわれている。現在の世界の石油の決済は全てドルでおこなわれているが、ユーロでおこなわれれば、 ドルへの信頼感が薄れる。輪転機でドル札を刷って世界中から物資を集めていたシステムが壊れてしまうからだ。 アメリカにとって双子の赤字など、全く問題はない。輪転機の紙切れの数字がマイナスをあらわしているだけである。 それとアメリカ国債も同じく紙切れでしかない。 かろうじて、その二つの暴落を防いでいるが、ある日突然で恐慌を引き起こして、 その価値を落としてしまえばよいだけだ。全く酷いものである。手形乱発とどこが違うというのだろうか。そのアメリカの属国が日本。 日本がその一番被害を被ることになる。 アメリカの断末魔の後は世界大恐慌となり、日本崩壊は? ー「有限会社」が廃止ー ≪字数制限のためカット2010年7月26日≫ ・・・・・・・ 2003年07月26日(土) 843, SF小説作家・小松左京の21世紀検証 今月号の「文芸春秋」で小松左京が「SF作家として21世紀が予測していたようになったかどうかを自分で検証する」 レポートが面白い内容であった。本人が正直に「自分はその頃は生きていないから、責任をとらなくていいや」と思っていた。 それが「まさか21世紀に自分が生きているとは!」と。 ー要旨を私の主観でまとめてみるとー ・一番の衝撃は平成7年の阪神大震災だという。 本人が書いた「日本沈没」が現実になろうとは。 ほぼTPOS が酷似していた。 ・三十年前は米ソの冷戦真っ只中、まさかソ連と共産圏がこれほどあっさりと崩壊するとは正直思ってもいなかった。 ・今のエレクトロニクノロジーの発達で電卓、パソコンに、携帯電話、ロボット・・等 電子機器がこんなに 「小型」「安価」になってしまったことは、本人の予測をはるかに 超えたことであった。 当時百億したコンピューターがいまや もっと性能が良くなって10万そこそこ買える時代は今でも信じられない。 本人は現在この時代の速さについていけないので、携帯電話を持ってない ・宇宙開発はもっと進むと思っていたが、意外と進まなかった。 今の人類にとっての、予測したほどの必要性が無かったためだ。しかし宇宙への進出は人類に必要である。 ・イラク戦争も衝撃的であったという。多くのビデオカメラが入って戦場の映像がリアルタイムで入ってくる。 ・高齢化社会と今の子供の問題は予測をしていた。 ー以上だが、 ソ連と共産圏の崩壊、今の科学技術の発展、情報化社会の予想を超える進歩など、私が感じたこととほぼ同じであった。 この情報化の進歩はSF作家の想像をはるかに超えていたようだ。 ソ連さえも、まずは軽く崩壊させたのだから。 彼等のような戦中派が今の時代の変化を見ていたら、これほど面白いものはない。 特に戦争体験をしてきた人が、アフガンやイラク戦争のアメリカのハイテク技術を駆使した 武器はSF小説をはるかに越えている。 アフガンのゲリラさえ消滅させてしまう。 ・・・・・・・・ 2001年07月26日(木) [87] エルミタージュ宮殿 今回の旅行のハイライトはやはりエルミタージュだ。 カテリーナ?の冬の宮殿といわれ、ちょうどパリのルーブル美術館と匹敵する内容であった。 300万点ある所蔵の一部しか見れなかったが、ただ案内された壁画や展示物は見た事のある物ばかりであった。 制限された時間内で駆け足であったが、その印象は強いものだった。 エルミタージュはただ美術館と 思っていったが、広大な宮殿でベルサエユ宮殿に似ていた。 その豪華さにまずは驚かされた。 夏の宮殿と言われるカテリーナ宮殿も行ってきたが、これもまた目をみはる豪華さで感激してしまった。 当時のカテリーナ女王の権勢は絶大であることは、この2つの宮殿を見てうかがい知ることが出来た。
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2010年07月25日(日)
* 「取り繕い」国家の「その日暮らし」民族 ー(P・53) 原爆を落とされる直前まで、私たちはせっせと竹槍を作っていたのはつい最近の出来事である。 いくら資源不足の国とはいえ、なんとも象徴的な風景ではないか! それが何になったか。この大悲劇の教訓は、その後も 全く生かされなかった。現在、足音高らかに近づいた究極の世界的大陰謀という「目」に対し、私たちの「目」は老眼にかすみ、 日本民族総家畜化という「歯」に対しては、私たちの「歯」は全部抜け落ち、入れ歯さえもちあわせていないのである。 この世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。 いったい世界で昨日今日何が起きているのかが、わかっていない。 新聞に書いてある程度は読んでいるかもしれないが、その記事を疑う段階までは決していかない。ブッシュの言動と小泉の 言動の間にある因果関係を考察する意欲もない。ということは、即、明日の自分の命には無関心だということである。 なぜか?考えるということができないからである。 目にはカラオケ、歯にはパチンコで毎日を過ごしているのである。 明治国家がインスタント国家であり、急場しのぎ国家、間に合わせ国家、一夜漬け国家、ツギハギ国家だったことは確かなことだ。 世界のあらゆる事情に応急対応を迫られ、いずれかゆっくり腰をすえ、 ・・・と一時しのぎのつもりが、 ずるずるとここまで生き延びた。 ・・・・・・・・ 現在の民主党の沖縄軍事基地の対応も、まさに著者のいう「取り繕い」そのものに終始している。 この本が書かれて4年経ち、その二年後にリーマンショックがあり、世界に先駆けて国家存亡の危機に立たされている現在でも、 ただ「その日暮らし」の政策しかたてることが出来ない。 4年前には、この著は「過激」に受け止められたが、現在では、 ご覧の通りである。自民党と民主党という二大政党の看板はあれど、旧態以前の体質は変わってない。軍事も、金融も米国に 支配され、身動きがとれないで、ただ目先を「取り繕い」、「その日暮らし」をするしかない。ほぼ完全占拠されている 現実が直視できないのである。軍事ひとつとっても、ほぼ全てが米国製。部品補給をストップされれば裸同然になる。 中国、北朝鮮の防衛の一環のための米軍基地の配置というが、実際は日本の軍事占領。金融も、アメリカ国債に500兆円も 買わされている。で、変動為替で、ある時期に来るとドルの価値を下げてチャラにさせられてきた。それを知って知らないふり。 政治家も官僚も、むしろ尻尾を振って従わざっているとしか思えないのである。彼らは日本がアメリカの支配下にあることを 知り尽くしているからである。 北とか中国の脅威より、この見えざる搾取の方が遥かに深刻である。これが現状である。 ・・・・・・・・・ 3033,刑事が家にやってきた 2009年07月25日(土) 先日、家に帰ると家内が 「今朝、あなたが出かけて直ぐに刑事がきて『御主人がいますか』というので、普段は8時15分に出るのですが、 病院に一度行った後、そう20分ほど前の11時前に出かけた」といったという。そこで刑事が「先ほど真ん前のアパート2Fの 一番奥の部屋の窓が割られ、泥棒が入りそうになったが、部屋には住人が居て、通報をしたため逃げた。御主人が、 その時間に出かけたなら目撃をしていませんかね。それでは帰る時間あたりに電話を入れます」と言って帰っていったという。 その1Fの前面にはヤクルトの営業所があり、その横の階段からしか出入りできないのに、何でまた?と家内が警察に言ったら、 現在もう一人の刑事が聞き込みをしているという。家内から話を聞いた後で、早速電話が入ったので、 「 11時8分の新幹線の乗ろうと、家を飛び出したので、家を出た時間はハッキリしている。10時52分で、家の前には 誰も居ませんでしたよ。 ところで、この辺では窓を破って空き巣が入ったなどの話を聞いたことがないが、度々あるのですか 」 と聞くと、「刑事になる前に三年間、駅前派出所に居ましたが、そんなことは、あの辺では全くありません」との返事。 しかし18〜20日の三連休に2回、玄関のチャイムが鳴り出てみると、人が居ないことがあった。 もしかしたら・・・ この辺も 物騒になってきたということか。 都会なら日常茶飯事なのだろう。そういえば、6年ほど前になるか、家に刑事が来たことがある。 一軒おいて隣の家の庭に干していた女物の下着が盗まれたが、その時に若い男が自宅の敷地に入ったのを目撃した人がいるという。 まず私の所在を聞かれたが会社に行っていて問題なし。その前年まで長男が一年間、居候をしていたが、どうも本人の可能性を 探りに来たようだが、そこで首都圏に行っていたのを確認した。そうすると、家の奥の貸家の学生の兄弟?が疑われるが。 その後、二人は引っ越していったが、犯人は捕まったとは聞いていない。それ以外は、空き巣など聞いたことがない。 最近は、新しいアパートが多く建ち、多種の人が出入りをしている。あって当然のことか。
・・・・・・・・・ 2668, 日本経済の崩壊と資産防衛 2008年07月25日(金) 二年と三年前に二回受けたセミナーのシリーズが、再び開講するというので一昨日、受講してきた。 講師の清水洋氏は《平成20年からマーケットの大転換》があると言い続けてきたが、いよいよ現実化をしてきた。 《日本経済はかってない構造変化を体験するので、早めに手をうって事業と財産を守れ》というのが、彼が一貫して言い続けている ことである。今年になって、サブ・プライム問題がアメリカで表面化をして、一挙に世界の景気の陰りが出てきた。 数年前に出席したときに、言っていたことが、まさにそのとおりになってきた。今年になって読んだ本にも同じようなことが 書いてあったが・・ 講師は予告どおりになっているので上機嫌だったが、聞いている方は、その激しさに震撼とした空気であった。 その内容を印象に強かった順に大筋書いてみる。 ・金利の高騰は、既に始っており6〜7?になっている。 出来たら固定金利に換えておくこと。 ・とにかく破産者が多い。生活保護世帯も二年間で130万から150万世帯に増えた。 零細・中小企業の倒産、廃業が信じられないぐらい多い。 ・ガソリンスタンドが現在4万あるが、60?が淘汰される。 (一例をとると、ガソリンは赤ランプがついてから入れにくる車が増え、その上に千円しか入れない) ・地方は老人と子供が増えて、商売が成り立たない職種が増えてきている。 ・問題は国債だが、それより年金の未払いの数字が膨大にあるのを、国民は知らされてない。800兆円あるという。 ・生産者優先の社会から、消費者優先の社会への大転換が雪崩をうって進みはじめた。 ・金は現在、Kgあたり350万だが600万はいくだろう。 ・アメリカのドルは近々には暴落をするが、その後に金か農作物本位制度で復活する。しかし日本は、暴落はするが、 金を持つことをアメリカから間接的圧力で持たされなかった。アメリカの金の在庫量が7500万トンだが、 日本は170万トン、ドイツは350万トンしかない。 ・郵政民営化は、郵貯の資金が外国に逃げることを意味している。 ・国家破綻の結果として、ハイパーインフレが生じ、国債が暴落。国民の資金の価値が暴落。それで国の借金をチャラ? 国家破綻は政府の破綻である。 それを外国メディアが正確に報じる。(外国メディアに敏感であれ) 国民は、消費意欲が極端に落ち、さらなるデフレへ。 ・スイスフラン、ユーロダラーや、金の現物にリスクヘッジをしておくこと。 ・2〜3年後には、ドルと円の破綻は間違いない。 ・人口減少社会は、300年に一度の社会的大変化の時代に突入。それは、明治維新、第二次大戦の終戦に匹敵する ー以上だが、次回は私なりの意見を書く。 - 2008年07月23日 13時〜17時 会場 御茶ノ水 山の上ホテル − ・・・・・・・・ 2007年07月25日(水) 2304, また地震!どうなっている?まったく! −8 今回の地震で不思議なのは、家の倒潰の数に対し火災が無かったことである。全壊1000棟、半壊2000棟、 被害住宅1万数千棟からみて、何で火災が発生しなかったのか? 祭日の午前中としても奇跡的である。 それもダウンタウンと隣接している住宅密集地で、かつ年寄りが大部分の中で?それと同じことだが、死者が11名も 合点がいかない。余震が何回かあってから本震があったのではない。突然の本震の中、三桁に近い犠牲者が出て当然、 不幸中の幸いである!柏崎市は‘家内の実家’があると同時に、母系の親戚があり、知り合いも何人かいる。 いま住んでいる長岡と、事業をしている新潟と、家内の実家のある柏崎と、丁度バランスが取れていた。 それだけ柏崎は因縁があるところ。越後の英雄?田中角栄の出身地の西山が長岡と柏崎の丁度中間にある。 角栄の地元の中で、柏崎は最も利益を受けていたところである。直接的には、今回の刈羽原発と道路網である。 原発だけで3兆数千億、関連を入れればサラに増えるだろう。家内の実家が建材屋をしているので、その内々の豊かさに驚かれる。 柏崎は地味で堅実が特性、しかし小粒だが時代の変化には敏感である。深海の底にシッカリ根を張っている生きもの、 そうヒラメかカレイのような人が多い。家内がそうだからである。長岡は城下町で、派手でプライドだけが高いところで、 柏崎とは全く性格が正反対のところがある。両者とも昔ながらの越後気質が残っているが・・・ あの真紀子とは違う! あれは長岡人ではない、女コメディアンである。じゃあ、お前は何じゃい?と言われれば、 「コメディアンの親の恩恵(新幹線・高速道路網)を間接的に受けて、ヌクヌクと蠢いている住民でしかない!」。 しかし、これが現実である、実際。その代償が、世界最大規模の原子炉の直下型地震で生死の際だった!、と言うこと。 前回の地震の時も聞いたが、前日カラスが異常に騒いでいたという。当日、カラスが何処かに疎開していて一羽も居なく なっていたとか、金魚が異様に動き回っていたとかいう。地震の前の人間が感知できない余震があったのだろう。 ・・・・・・・・ 2006年07月25日(火) 1939, 降りかけコーヒーの味! おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ 昨日の朝、朝食の御飯に何とコーヒーをかけてしまった。「山葵ふりかけ」のビンと「コーヒー」のビンを勘違いをしたのだ。 「気候のせいで、おかしいのかな〜」と独り言をいっていると、「たんなるボケじゃない!」 だと。 「耐えている! こういう妻に耐えている!」という川柳を思い出した!そのコーヒー振りかけの御飯の不味いこと、 この上なしである! もしかしたら美味いのかもと!期待したが。年近くになるが、「山葵ふりかけ」をかけて食べている。 (字数制限のためカット 2010年7月25日) ・・・・・・・・ 2005年07月25日(月) 1574, 日本人の苗字ー2 日本の苗字の多い順ランキングは、 この本によると以下の通りである。 1位 佐藤 1914300人 2位 鈴木 1692300人 3位 高橋 1406000人 4位 田中 1324200人 5位 渡辺 1090400人 6位 伊藤 1072400人 7位 山本 1068200人 8位 中村 1041200人 9位 小林 1011900人 10位 加藤 853300人 田、藤、山、野、川、木、井、村、本、中などが名前によく使われる漢字ベスト10である。 これからみて、自然と土地の名前と関係の深い文字が多いことが分かる。元々、苗字を持つことは特権階級のものだった。 江戸末期の苗字を持っていた人口は20〜30万人、約1万姓だった。明治初期の苗字の義務化により、29万の姓が増えてイッキに 30万になった。それ以前より非公式に使っていた例も多かったようだが、一般的には、苗字は100年しか経ってない新しいものである。 明治8年の平民苗字必称義務令が出たときに、慌てて作られた苗字が多くあった。 そのため、苗字を決めるときの悲喜こもごもが、そのまま現在でも残っている。笑うに笑えない実話が無数にある。 ーこの本の中の幾つかの実例を抜粋してみるとー ・喧嘩の耐えない夫婦に、庄屋の旦那が「円満」といわれて、 そのままそれが、苗字になった。 ・若い身空で後家になった女に、ご隠居に「口説かれたら『射矢』といいなさい」と言われて、名前をそのままつけた。 ・大学の前に住んでいたので『大学』 ・大工だったので『大工』 ・仙人のような顔をしていたので『仙人』 ・女道楽が過ぎるので『女楽』 ・愛媛県南宇和郡網代村の村民の名前が、株菜、大根、浜地、鱒、稗田など、魚と野菜の名前ばかりの村がある ・庄屋が、その男の顔が蛸に似ているので面白がって『太古』とつけられ、教師になった後で「タコ、タコ」と馬鹿にされて辞職した。 ーー そういえば親戚の葬式に出たときの話、隣の席に「家老」という珍しい名前の人がいた。「珍しい名前ですね!」というと、 「実は『けら』という名前だったが、虫の名前で馬鹿にされるので、今の名前に改名したのです」とのこと。 (字数制限のためカット 2010年7月25日) ・・・・・・・・・・ 2004年07月25日(日) 1209, ヘーゲル ー哲学について−20 ーヘーゲルー マルクスの後になってしまったが、近代哲学でヘーゲルが基点になる。ヘーゲルは、「現実世界とその歴史は精神的な 発展していく姿ー現象と考え、それは自己認識に到達するための歴史的プロセスである」と考えた。 心や精神は無機質の自然から生まれたのではなく、それ自身が存在の中心的な構成要素であり、現実を構成する 歴史的プロセスの主体と捉えた。この全プロセスを現におこっていると認識しているもの(存在の究極的な本質)を、 ドイツ語で「ガイスト」と呼んだ。 この意味は「精神」と「心」の中間のようなものであった。 ヘーゲルにとって、ガイストは、存在の核心、存在の究極の本質であった。 ガイストが自己認識を目指して発展する姿であった。それが達成されると、全ての存在は調和をしてひとつのものになる。 それをヘーゲルは「絶対者」とよんだ。 それが「絶対的観念論」である。 ヘーゲルには3つの理論がある。 1、さっき述べた現実とは歴史的なプロセスであるという考え方 2、二番目には、歴史は合理的な構造を持っており、その構造を理解するために必要なのは変化の法則、 すなわち弁証法(正・反・合)であるという考え方 3、三番目には、疎外についての理論である。 人間は、文明を築くプロセスの中で色いろな組織や規則や思想や宗教を生み出してきた。 それが逆に人間を抑圧するようになって、自分で作ったものなのに自分のものでなくなってしまった。 宗教が、その端的なものと考えた。神を自分の投影として作っておきながらそれとは異なる存在、 正反対の存在として考えてしまうようになった。 ヘーゲルの思想のいま一つの特徴は、「国家への崇拝」がある。 {人は全存在を国家に背負っている}と考えた。 それがヒットラーなどに利用され右翼的な民族主義者とみなされた。また共産主義者からもその国家観を利用された。 現在の哲学思想の四大潮流、ヘーゲル哲学・マルクス哲学・実存哲学・分析哲学は、ヘーゲル以後の哲学史そのもの。 [ヘーゲルの弁証法]とは、ー出発点の第一段階は「テーゼ(正)」とよばれ、これに刺激をされて生まれる対立的な反応が第二段階で 「アンチテーゼ(反)」で、この二者の対立がやがて解消されてそのどちらものりこえた新しい状態が生まれる。 それが第三段階の「ジンテーゼ(合)」になる。しかし、この第三段階は新しい状態なので新しい対立を内包して、テーゼになる。 そして、再びテーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという三段階が始まる。この変化は途切れることなく変化し続ける。 これは宗教、科学、経済、社会などの内側からの変化として現れることになる。 ・・・・・・・・ 2003年07月25日(金) 842, エンドレスの巡礼 先日、殺人未遂で逃げ回っていたお爺ちゃんが、エンドレスのお遍路さんでTVに出演をして、たまたまTVを見ていた刑事に 正体がばれて逮捕されてしまった。当地では「エンドレスお遍路」で有名の人だった。TV出演を拒否すればと思ってしまうのだが、 そこが人間の持つ浅ましさだ。 実を言うとこのエンドレスの老人の存在を知っていた。『到知』という月刊誌で、 俳優のショーケンー萩原健一の文章に登場していたのだ。ショーケンは、お遍路を年中恒例にしており、その詳細を書いていたのだ。 その文章でエンドレスの爺ちゃんの存在を知って「70歳を過ぎたら、こういう生き方も良いのかもしれない」と感心をした。 すべてを失い駅などでホームレスをしなくてはならない時が万一きたら、思い切ってエンドレスのお遍路も良いじゃないかと考えた。 絶望をして、死にたくなった時でもよい。実際に、お遍路の道中に行き倒れて死ぬのも、病院で管に繋がれてのた打ち回って 死ぬよりはずっと良い。その最後のよりどころを、この老人は儚くも潰してしまった。「歳とっての逃亡」でしかエンドレスの巡礼は できないのかもしれないが。「巡礼は自分の過去に向かって歩いていくこと」と聞いたことがある。その行き先のまた先が神仏なのだろう。 まだ巡礼をしたいとは思わないが、いつか駆り立てられる日がくるかもしれない。母が80歳を過ぎ痴呆症の現象が出始めの頃に 面白い夢をみた。母が5~6歳の巡礼姿で玄関口にいる。その姿をすでに亡くなっていた母の妹がじっと見つめているのだ。 恐ろしい悲しい神秘的な夢であった。人生はエンドレスの旅路なのかもしれない。 ・・・・・・・・ 2002年07月25日(木) 467,内山由蔵さんへの手紙 葉書ありがとうございます。この春奥様がご逝去されたと、兄より五月の連休頃に散歩の途中に会った時に聞きました。 謹んでご愁傷申し上げます。 丁度私が西アフリカに行っていて留守、参列できなった非礼お詫びします。 今年の2月ごろ堀内トシさんより手紙で「見聞皆師そのご追加分を送ってもらいたい」との依頼されました。 去年の五月より個人のホームページを開設して、毎日「随想日記」を書いたのをコピーして送りました。 その時に2部コピーして、内山さんにもと思ったのですが、少し差出がましいかと、そのまま手元にあるのを今回送ります。 その後の分もあるのですが、この秋頃に再び送りたいと思っています。毎日文章を一文書くのは大変ですが、頭の活性化には ベストのようです。自分でも色々のことを考えているのに驚きます。「書き出す」ことの重要さを改めて実感しています。 土曜日が一番都合が良いので、いつでも連絡をください。大手通りは何をしても無駄だと思います。 同じ努力をしても半分以下の効果しかないからです。同じ努力なら二倍の効果のある場所でやるのが道理だと思います。 ー内山さんの手紙の下書きーより ・・・・・・・・・・ 2001年07月25日(水) [86] ホームページ用3dソフトが完成 ホームページ用3dソフトが完成したようです。 http://www.fsn.co.jp/bonoboのサイトでダウンロードして このホームページの3dの絵をクリックすると動き始めます。 私のホームページに似たものが私の立上げの10ぶんの1のエネルギーで出来そうです。ただし有料です。 詳しくはそのサイトで見てください。富士総業のソフト部門で作成したものです。 ホームページ開設勧めます。 世界が2〜3月経つと変わると本に書いてあったが正しくそんな感がします。
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2010年07月24日(土)
* 心理学が自虐 (−P199) もしフロイトの「発見」のうち、後世によって葬られず引き継がれるべきものがあるとすれば、 それは人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに自分自身で気がついていないという、 つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。 われわれの無意識はわれわれに信じたいように信じさせる 傾向があり、しかも、その操作をわれわれに気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、信じざるを得ないことか、 単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。 いったんこの思想に感染してしまうと、以後、人間は自分の判断を 無邪気に信じ込むことが出来なくなる。 それまで気づかれなかった自分の暗黒面を知り、受け入れ、引き受けることで 初めて精神的な健全さが回復されるとするフロイト以後の治療論仮説は十分実証されているわけではない。 なぜなら、そうした「無意識」の洞察なしでも治療効果が得られる心理療法や薬物療法がいくつも知られてしまったからである。 とはいえ、われわれの「無意識」が、まるで別の生き物のように、意識的な感情や記憶や判断を本人の知らないうちに歪ませるのを 勘定にいれておくことは、いくばくか愚行を防止するのに有用なはずである。目常生活において、おいしい儲け話に飛びつくことが 危険であるのと同様に、世界や人生に関する認識においても、自分たちに好都合すぎる筋書きには眉に唾しなければならない。 願望充足をたくらむわれわれの無意識が、そのように誘導しているのかもしれないからだ。 フロイト以後、いやしくも十分知的な教養人は、何らかのムシのよさを備えた世界観や欺瞞の人生観を受け入れがたくなった。 ・話がうますぎるような信念は自己欺隔であり、 ・自民族や人類だけを特別視する思想は単なる願望思考の産物でしかない。 ・輪廻転生は「死んでも命のあるように」という見苦しい未練の現れで、 ・極楽往生は現世の不如意を慰める童話である。 ・文明をもった宇宙人の存在を信じたがるのは人類の孤独をごまかしたいためであろうし、 ・超能力への期待も味気ない現実から目をそらし繍時の夢を見たいがためなのだ。 〜〜 上記の中にも、多くの示唆がある。フロイトの「人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに 自分自身で気がついていないという、つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。われわれの無意識はわれわれに 信じたいように信じさせる傾向があり、しかも、その操作をわれわれに気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、 信じざるを得ないことか、単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。」とは、恐ろしい自己洞察にも思われる。 その視点からみれば、ムシのよさを備えた世界観や欺瞞として、輪廻転生や、極楽浄土、宇宙人の存在、超能力等々を 斬って捨てるところが虚無だからこそ可能である。 ・・・・・・・・ 3032,青年と成年の境目 2009年07月24日(金) 青年と成年の境目とは何だろうか、何度か考えたことがあった。 「就職をし、結婚をして家庭を持って落ち着き先を見出した時」とは思っていた。 開高健は以下の文章は、そのあたりを明快に書いている。 ーまずは、その部分より 【「青春」という言葉があります。私なりに定義をすると、「自分の気に入った、自分の適した職業を見つけるまで、どんどん職業を 変えていける条件と心のある時期」を「青春」というんじゃないか。 職業を選んでしまうと、それはもう青春ではなくて 「青」が「成」という字になる。職業を選んだときからアダルトになるじゃないですか。 (佐治敬三氏との対談より)】 成るほど、その通りである。そうすると、私は34歳までは青年だったということだ。考えてみると、そうかもしれない。 青春は、理想を求め彷徨い漂っている時期をいうのである。それでは、中学校を卒業して就職し、一途に仕事をしてきた人には 青年期は無かったというのか? その辺の判断は非常に難しいが、如何だろうか? そのファジーな部分からみると、人生に希望を 持って具体的に行動をしている人が青年期というのだろう。 一生、足元を踏み固めずに、夢見るオノコがいるが、彼を万年青年とは いわない。万年青年という言葉には、深い教養の上で理想を追い求める人をいう。人にとって、その職業の占める位置は大きい。 連れ添いと同じぐらいといって良い。力=仕事、愛=家庭、知=教養とすると、青年期は、それぞれのカタチを模索し 吸収している時期をいう。 見っともなく、ボロボロで、大きく変化をしている時、だから光輝いているのである。 成年期は、その光を失った時というと、そうでもない。仕事や、家庭つくりに全身をぶつけている違う輝きが出る時である。 そうこう考えると、就職と、結婚が大きな境目といってよい。 自立した時が成年にアップスケールした時である。 心は何時も青年だが、身体は老年になっていく。諦念するしかないか! ところで、青年期も、成年期もない人がいる。ドッキ! ・・・・・・・・・ 2667, 結論で読む人生論 ー3 2008年07月24日(木) 今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。今度、図書館に行って今の本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分?か。 とにかく、面白い。何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。自分を、くそ坊主と割り切れば、 「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題いえる。自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。 −ー 「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」 「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」「てめえがみじめそのものなんだよ」 「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」 「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろうが」「ぶっ殺してやりたいよ」 「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」 「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり愛情であるんだ」 「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、てめえが不幸になる方がいい」。 極めつけは、これ。 ・「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちになれ!そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、 まず己を空しゅうして、謙虚になってひれ伏す。愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、 女を愛することもできないし、女にも愛されない」。 「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」という二十一歳の学生の質問。利いた風なことをいう者には東光は容赦ない。 「バカとちがうか、こん畜生は? 生きているのに“生きる義務”もねえもんだ。 いやならとっとと死にゃあいいだろう。 そんなこっていっぱし物を考えていると思ってるのはバカだよ。生きるのは何も義務でもないし、運命でもない。オレたちは 命のあるだけ生きるだけのことだ。努力によって生きてるわけでもありゃあしねえ。それでどうせ死ぬんだとか、あとには 何も残らねえとか、そんなくだらねえことを若い身空で考えてよう。たしかに残らねえよ、おめえみたいなバカ者は! その生きる義務とやらをさっさと放棄して死んじまえ! ──『極道辻説法』 おなじように、「人生ってちっとも面白いと感じたことがない」「つまらなかったらさっさと自殺していいんだと思う」十九歳の学生に。 「自殺より、最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、『おまえの人生、つまってるか?』って。 みんな「つまらねえよ」って言うよ。そのつまらない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出していく発見だ、 この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。どこへ行っててもつまるものを発見するという能力をまず養う。 能力というより、そういう努力をするということだ。(略) それでもつまらなかったら、さっさと死んじまえばいい。 オレは別にとめやせん。生きてる意味を放棄したんだから、勝手に死にゃあいいさ。」 ──同書 最後に、「死んだらどこへ行くのか?」という十八歳の学生へ。 「そんなことわかるかい!」。 ーーー これを読んでいると、悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。 そして、言葉は何時までも残るというのが解る。 本当に言葉は大切だ。 その中に感情と理性が入るからである。 最後は人間性ということだ。 ・・・・・・・・・・・ 2007年07月24日(火) 2303, また地震!どうなっている?まったく! ー 7 ー風評で観光地が壊滅状態ー まだまだ、地震の話はつづく。2?3回のつもりだったが、いくらでもあるものである。 この地震の原発の風評が、観光を直撃している。これから一ヶ月近くの稼ぎ時期の海水浴場と、温泉などの観光旅館である。 死活問題であろうが、他人事ではない。8月~10月は当方にとっても一年間の利益の殆どを稼ぐ時期である。 今年は政令都市になった勢いで、一割近くの売り上げアップを期待していたが、これでは大幅でないとしても、マイナスも覚悟を しなくてはなるまい。この商売の宿命である。さっそく地元紙に取上げられていたのが、寺泊港の名物の海と魚の「アメ横」通り。 10軒以上の魚市場風の店が立ち並び、1千台?以上の駐車場は、平日でも車で溢れる。休日は観光バスが大挙して押し寄せてくる。 近くには小洒落たレストランや、海洋深海水をつかった風呂が売りの入浴施設「きんぱち」などが立ち並んで、若いカップルなどで 賑っている。去年も知人の元部下が経営をしているレストランに行って食事をしてきたが、なかなか主人には強気な雰囲気が 漂っていた。ところが、その日を境に寺泊はゴーストタウン化。駐車場には殆ど車が見当たらず、目も当てられない惨状という。 毎年7月20日前後に始まる臨海学校も軒並み中止。群馬から受け入れ予定だった小学生約5千人はキャンセルになったと報じていた。 まだ被災地の柏崎周辺は災害関係者の宿泊があって、差し引きゼロだろうが、寺泊や村上の瀬波温泉など風評だけで壊滅状態という。 全く関係ない湯沢や、佐渡までさえもキャンセルが相次いでいるから、この観光シーズンを前に深刻な問題になっている。 さらに米など農水産まで影響する可能性もあるから深刻である。下手をすると、コシヒカリというだけで、新潟の酒というだけで、 敬遠される可能性がある。 恐ろしいことである! ・・・・・・・ 2006年07月24日(月) 1938, 急増“働く貧困層 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning 昨夜のNHKスペシャルがシビアな内容であった。(急増“働く貧困層"07/23(日) 後09:00 >> 後10:15 ) ▽400万世帯が生活保護水準以下 ▽リストラで年収200万・父親の涙 ▽仕事に就けない若者都会を漂流 等が、骨組みとして構成されていた NHKも日曜日のゴールデンタイムの21時に思い切った番組を組むものだが、これが現実であるからだ。 ーまずはNHKのHPから紹介文をコピーしてみるー いくら働いても豊かになれない「ワーキングプア」と呼ばれる低所得者層の実態をリポートする。 働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできないワーキングプア世帯は全世帯の約10分の1に当たる400万世帯とも、 それ以上ともいわれる。景気が回復に転じたとされる都会でも正社員は狭き門で3人に1人が非正規雇用で働いている。 子どもを抱える低所得世帯では食べるのに精いっぱいで、子どもの将来にも暗い影を落としている。 一方、地方では低収入が原因で税金を払えない人が急増している。基幹産業の農業は厳しい価格競争にさらされ、 離農する人が後を絶たず、集落の存続すら危ぶまれている。高齢者世帯には医療費や介護保険料の負担増が追い打ちをかけている。 憲法が保障する「人間らしく生きる最低限の権利」さえ脅かされかねないワーキングプアの深刻な実態に迫り、 これから目指すべき社会の在り方を模索する。 ーー 現実の地方経済は信じられないような落ち込みなので、この番組は身近の現状の断面を鋭く切り取った内容として 受け止めることができた。 この番組の中での印象的なケースといえば ・30歳過ぎのホームレスが職を求めて彷徨う姿が生々しく深刻である。 このままいって最後に食えなくなったとき、犯罪しか生きる道はなくなる? ・地方都市の寂れた商店街の洋服屋のお爺ちゃんの姿も現代の姿だ。 妻は痴呆症で入院、国民年金の大部分は その支払いで消えていく。 生活保護を受けるには、持ち家と預金が有ってはならない規定がある。 それが人間としての尊厳の問題となって決断できないでいる。 ・50歳のお父さん、中学生の少年二人を抱えて月に21~22万円で生活をしている。奥さんには先立たれ、数年前にはリストラされ、 現在は3つのアルバイト先で働いている姿が映し出されていた。身近で、これに近い姿を多く見ているので他の世界の出来事ではない。 商家で生まれ育って、幼児の頃から生々しい浮き沈みの世界を見てきたので 現実の問題として深く沈んだ時の恐ろしさには、 さほど驚かないが・・・ 今までは勝ち組?にスポットライトに当てられていたが、反対に、ワーキングプアの姿を通して現代を考えてみる必要がある! 倒産、離婚、生活苦、そして自殺のケース。もっと辛辣に時代を見つめた番組を作ってよい!普通の生活がしたいだけ!という言葉が重い ・・・・・・・・ 2005年07月24日(日) 1573, 日本人の苗字 ー読書日記 ー30万苗字の調査から見えたことー 図書館で借りてきた本だが、身近なことのためか面白い内容であった。知っていることといえば、佐藤などの藤は、 藤原氏の藤から頂いたこと位である。日本人の約30万姓をデータに日本人の苗字を探って、その苗字の驚くべき由来などを紹介。 中国人の姓、約3500、韓国人の姓、約250。欧州では、全てあわせても30000というから、いかに日本が多いかわかる。 まず「鈴木」がもともとは熊野方言で、稲束の中心の一本棒であると述べている。江戸時代末期の人口が3000万人、そのうち苗字が あったのが4パーの100万人。苗字の数は10000と推測されるから、明治以降から三十倍に増えたことになる。 この本によると、苗字の由来には様々なタイプがあるが、大体次の三つになる。 (字数制限のためカット 2010年7月24日) ・・・・・・・・ 2004年07月24日(土) 1208, 自殺 3万4427人 昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7?も増加して3万4427人と報じていた。 ー内容をまとめてみるとー ・原因として、病苦が45?、経済苦が25? 特に経済苦の増加が目立って増えている ・40歳以上が、4分の3を占め ・男女の比率は、男子が70?、女子が30? ・鬱病が30?70?。 他の精神疾患を入れると、殆んどが精神疾患があった ・1997年まで、年間2万?2万5千人と推移していたが、 1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になってしまった ・職業別に見ると、無職が半分近くだ 20万都市で一週間に一人が、日本全体では、毎日94人が自殺で亡くなっていることになる。 大都会の真ん中で失業をして、駅などの人ごみの中にいると、ふっと虚無が自分を覆いこみ電車に飛び込みたくなる衝動に 駆られるという。何か解るような気しないでもないが。「自殺は最後に残された意思の遂行」というが、その心中は当人でなくては 解るはずがない。 しかし自殺をしようとする人の大部分が「ほんとうは死にたくない、誰かに声をかけてもらいたい」という。 歳をとり、連れ添いに先立たれ、重い病に侵され、一人孤独に毎日を過ごしていたら、自分でも死にたくなる。 簡単に「自殺はすべきでない」というが、絶望と孤独の岸辺に立っている人の立場からみれば、その苦しみから解放される唯一の方法 かもしれない。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」の中で、主人公ウェルテルと愛するロッテの恋人アルベルトとの自殺の議論があった。 ーウェルテルは人間の本性には限界があり、喜び、悩み、苦しみもある程度まで耐えられるが、限界を超えると破壊してしまう。 自殺は、けっしてバカな人間や卑怯者するのではなく、生きることに悩み、迷ってどうしても出口が見つからない時に 仕方なくとるものと主張した。一方、アルベルトは、自殺に対して徹底的に反感を持つ。彼は「苦しい人生を対し忍ぶ事ができない 弱さから引き起こされる」と考えていた。この世で最も尊いものは、愛である。しかし、人間に喜びを与えるはずの愛が悲劇のもとに なることもある、それがまさに、ウェルテルの悩みを引き起こした。最後には、そのウェルテルが自殺をしてしまった。 死ぬには死ぬなりの悩みと苦痛の蓄積がある。しかし、生きることも、生きるだけの理由もある。自殺について語る資格は私にはない。 ただ、死にたいと思ったことは一度もない!いや、若い時にあったか? 地獄も天国も、この世にあるものだ。 地獄の業火(精神の激痛)に焼かれてこそ、自殺の意味が解る! ・・・・・・・・・ 2003年07月24日(木) 841, 初めての経験ーユースブック ある本を店頭で買おうとしたが、一度「アマゾンの中古本」を買ってみたかったことを思い出した。 そこで買うのを止めて、webのアマゾンで調べてみたら30?オフで出ていた。早速注文をしたら、一週間で直接「持ち主」から 本が送られてきた。大阪の女性の人からで、本は全く新品同様であった。家内にそれを見せると「きれいに読んで、また売ったら」 と考えも及ばない事をいう。恐らくアマゾンは2回目のそれは受け付けないと思うが? そのシステムは革命的だ。 (字数制限のためカット 2010年7月24日) ・・・・・・・・・ 2002年07月24日(水) 466,内山由蔵さんからの葉書 W杯のお陰でアフリカの地図を引っ張り出すチャンスが多く、だいぶ勉強しました。ホテル業も大変のようで、長岡のグランドホテルも 市議の中では云々されています。日本精機の永井さんが赤字のグランドホテル手本にして新潟の万代島の再開発のホテルをやるとか 云っていますが、永井さんでは経営はできませんね、どうするんでしょう。貴方がメルクマールで誉めておられ、私もフアンになった ユニクロ、一揃え買ったが着こなせず若い者にやりました。ユニクロも元の元気はありませんね。大手通も今月一杯で丸越と覚張も廃業、 キッドも閉まったまま。どうするか考えはありませんか?市民センターは一日600人の入場があるとか。 お会いして貴方の話を聞きたいと思っています。私は元気でいます。 ー葉書の日付は7月20日ー2002年 ・・・・・・・・・・ 2001年07月24日(火)
先日も書いたがフィヨルド見物あとの登山列車のトンネルとトンネルの合間の空間で列車が停まった。 そこで全列車の乗客がおりて5分間の滝見物という。 100メートルいくと突然空間が開けていた。 そこに大きなショール滝が現れた。その滝に見とれ写真を撮り乗客の半分近く帰った時、突然音楽が鳴り出した。 ふと滝の中間に赤いものが見えた。赤いドレスの女が踊っている。 写真を撮ろうか、それとも見ることに集中しようか迷ったが両方にすることにした。 まさしく水の精が踊っているようであった。 一生に残る感動的場面であった。明日写真アルバムの載せます
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2010年07月23日(金)
* 「転ばぬ先の杖」こそが知性の原点 恐怖と不安は鋭敏な自衛感覚を育て、それによって人間である限り永遠に尽きることのない敵に対処することこそ、 人間の知の原点である。その典型的な形が、外交をはじめとし、最後の原爆投下にいたるまでのすべての闘争における 攻撃と防御のストラットジーである。 恐怖は考えの母であり、不安は考えの教師である。 考えた結果を個人的な知性に転じるという能力もまた、疑うという能力をも持っていなければ達成できない。 疑いの度合いが深ければ深いほど、そしてその疑いの解答が明晰であればあるほど、人は賢くなる。 「何故」があり、「何故なら」がある。 西洋哲学は恐怖と不安への疑いが原点であり、西洋宗教も同じである。 それが日本人以外の人間たちが持つ知性である。 一神教的知性なのだ。 賢い人、とは、知性があるということを 古風に言った言葉である。ただの「物知り」とは違う。知恵者とも言った。知恵は智慧とも書く。・・・・ 〜〜 感想) 知性とは、モノゴトを知っているということでなく、恐怖と不安を感じ取り敵に対処する人間の原点を わきまえ知ることである。 持っている知識を、それに対処する智慧を知性という。言われてみれば、当たり前のこと。 その意味では、現在の日本は知性も何も無いといえる。考えることが出来ないのは知性がないのである。 このように仕立て上たのがアメリカである。 平和憲法を宛がわれ、現在も大事にしている能天気に驚き絶望している。 今だアメリカに軍事占領と金融占拠をされている現実を省みようとしない、著者は終始一貫して、それを指摘している。 恐らく真のアメリカからの独立、「新憲法」に対し国民投票をしたとしても、拒否をするだろう。脳をやられてしまったからだ。 ・・・・・・・・ 3031,卒業40年周年か〜 −3 2009年07月23日(木) * 奥野君への手紙 (今日、本人の手元に届く) 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 書いたことすら忘れていたので、タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。ブログに同月同日に毎日載せたものです。 従って、毎年半年は、当時の日記を毎日読み返しています。その時に、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに 訪ねてきて、これから社会に出るにあたって多くを語ったことや、佐渡に広瀬君などとご一緒したことを思い出しています。 先日の会では石川譲治君や、服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君などの顔が見受けられました。 その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯やりました。 三崎、木矢、伴、鈴木(加藤)、高杉です。 三崎さんは10年前まで、新潟に16年近く転勤できていて、2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んでいました。 ところで私は、その後 ・ジャスコに一年在社後に、 ・産業能率大学に途中編入をし、・その後金沢の「いとはん」(ジャスコに吸収)に一年半在社、 ・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを 二年間従事(その当時に結婚) ・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、 ・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。 2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、何とかやっています。 どちらかというと、創業屋的な人生だったと思います。 30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いたというところです。 ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、仙台空港の南10キロほどの漁港のようなところで驚いています。 資生堂に入社して、都会にドップリと浸かっているかと思いきや、その正反対の場所で。 実際のところ、東京のアスファルトジャングルなどより、遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。 それだけでも良い人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。(それぞれに価値観があるでしょうが) 何かチャンスがあったら、会うのも面白いでしょうね。 それでは、お元気で。 あの日語り合った、延長の気持ちで思いのまま書いてみました。 2009年07月22日 堀井八郎 追文)8年前より、ブログを開いています。 暇のおり覗いてください。検索に堀井八郎を入れると出てきます。 当時の写真や、先日のクラブや、同級の二次会の写真があります。 分類には当時の私の日記があります。 〜 22・23・24歳の日記のコーナー〜 ・・・・・・・・・ 2666, 結論で読む人生論 ー2 2008年07月23日(水) ー三十年ぶりの、今東光の毒舌ー 順不順でなるが {第6章 人生の価値、人生の意味ー なにはなくともこの糞坊主ー今東光} が面白い。 久しぶりに今東光の毒舌にお目にかかった。亡くなって30年近くも経つだろう。 まずは、その部分ー ーー 人生なんて、そんなにむずかしいものか。じつにさまざまな考えがあって少々、食傷気味である。もしかしたら、 人生論が人生をむずかしくしているのではないか。たしかに人生には山があり谷がある。悲喜こもごもである。 だが結局、生まれて、生きて、ただ死ぬだけのことではないか。どう生きるかは、それぞれの計らいでいいではないか。 ここまで見てきたさまざまな人生論はあまりにも近寄りがたいし、荒唐無稽すぎるし、立派すぎる。もっとスカッとしたものは ないのか、とお嘆きのあなた、これがあるのだ。 その男が生存中は、なんだこの濁声の坊主は、と多少の反感を持っていた。 が、わたしはいまでは今東光を尊敬している。 そう、今東光和尚である。 聞いていただこう。 ー *「正しい人生」とか「何とかの人生」なんてものはないよ。本人にとっての人生しかないんでね。 自分にとっての人生しかないんだ。おめえが十八なら、「十八の人生」というものしかないよ。 それしか、オレは言いようがないね。(略)だから、自分にとっての人生で、自分が、これが正しいと思って闘って、 勝つか負けるか、これだけだよ、人生なんて。 ──『毒舌身の上相談』集英社文庫 ー *「バカ正直だと損をする。もっとずるく悪賢く立ち回れ」なんてよく人が言うけど、その言っている野郎が、 ずるく悪賢く立ち回って成功しているかっていうと、絶対にそうじゃねえんだな。 そんなのはダメなんで、 真実火の玉になって人生を渡っていって、社会にぶつかっていくんじゃなけりゃあダメだよ。 人がよすぎて結構じゃねえか。そんなタワ言ぬかすような野郎なんぞ相手にするな! ──同書 ー *「人生始めたばかりでスランプに落ちたら、死ぬまでスランプだぜ、この馬鹿野郎!」 「おめえみてえな野郎は一生、女を本当に愛することができねえよ。女を捨てて自慢してるような野郎は、人間の屑もいいところだ」 「そんな夢みたいなこと考えてねえで、てめえのキンタマのフクロのシワでものばしてた方がよっぽどましだぜ、この野郎!」。 ー ──『極道辻説法』集英社 *二十三歳の学生が近所の中三の女学生の家に半年間、毎日毎日いたずら電話をかけた。 どうしても彼女に自分が好きだということを知ってもらいたい。おれはどうしたらいい? 自首すべきだろうか、という質問に対する傑作回答 「 自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん。死にな。二十三歳にもなってそんな電話かけたりするバカなら、 自首するより死んだ方がいい。自首すりゃあ、恥をかくからね。恥かくより死んだ方がいいよ。 切に自殺をお勧めいたします。 ──『毒舌身の上相談』 ーー 後記)「死にな」がいい。「悪いことは言わん」。「お勧めいたします」がいい。 現在、これだけのことを言ったら「馬鹿ども」に袋叩きにあうだろう。 だから誰も、こういうことはいえない。だから懐かしいのである。 今東光が現在の若者、特に負け組みといっている連中。私が今東光に変わって言ったとしたら、こうなるだろう。 「この馬鹿野郎が!何が負け組みだ。そうしたのは御前自身だろう。何が格差社会じゃい笑わすな。 手前に能がないのさえ自覚しないから、能がないままにしてきたのだろう。 知恵を使え知恵を。 その程度のことは幼児でも使っているじゃねえか、馬鹿野郎。 知恵が無いとぬかすなら、足と手を倍以上使え。 御前に覚悟も知恵も無いことを自覚もしてねえで、何が格差だよ。いいじゃねか、格差も。 もし、格差をつけられたと思っている連中、あんなものゴミみたいなものじゃ。御前よりはマシぐらいだよ。 そんなことより、知恵を使え知恵を、この馬鹿が・・・」てな具合になるか。 ーつづく ・・・・・・・・・・ 2007年07月23日(月) 2302, また地震!どうなっている?まったく! ー6 昨日の、サンデー・モーニングなどを見ていて感じたことは、ことの重大さが実際のところ解ってはいない! ということである。当事者も、まだ本当のところ解っていないのだから、仕方ないのか? それだけ、この二回目の地震は 大きな意味を持っている。43年前の新潟地震はマグネチュード7・5だった。あの規模だったら、柏崎周辺の10?20万人が即死、 日本は壊滅。地元の長岡の大部分が被爆、数年以内にガンで十万人が死亡の可能性もあった。地震学者が、柏崎市内を歩きながら 道路の液状化現象を説明していた。道路や、そこにある陥没を見て、大げさに海岸の至近にあるための液状化を説明していたが、 そんなもの前の中越地震の長岡市内で何十箇所で目撃している。道路の浪打ちも段差も驚くべきことではなく、あちこちで 見ることができた。別段に柏崎だけの現象でないことを知らないのである。専門家でさえ、前回の地震の実際の現場を 見てなかったことが、それだけで解る。もっと凄いコメントをしていた地震学者がいた。「この規模の直下型の地震にしては、 被害は少ない。2・5倍の想定以上に対して、このレベルの被害で終わったのは、それだけ刈羽原発の施設の構造が シッカリ造ってあったからだ。」これ、まともな答えに聞こえるが、とんでもない。何で、この程度と解るのだろうか。 この男は実際の中を見たのだろうか? 彼らの言うことが事実だろうか? 言っていることが本当だとという前提で、 彼はコメントをしている。全く、こちらは生死にかかわっているのである。あくまで日曜日の茶のみのショーでしかないのである。 コメンテーターの談笑の話題の一つでしかないのである。その中で、驚くべきことを地震学者が言っていた。 「もし、原発の事故などで原子炉が破壊されれば周囲の20万が即死、近くに大都市があれば200万人が癌などで死亡する」という。 ただ、それが本当かどうかは解らないが、話半分としても大惨事である。専門家が言うのだから有り得ない話でもないだろう。 もう一つ、大きな問題が出るはずだ。原発に対して反対派が地震の断層を指摘したにかかわらず、強引にこの地に造った事実を 見逃してはならない!大量殺人未遂ととられても仕方がない。誰だ、その時の権力者は?真紀子の父親だろう! それを徹底的に追求しない限り、同じような間違いが続く。ユダヤ資本による石油戦略上、原子炉は必要であったことは解るが・・ 原子炉の危険性を知る専門家が、「活断層が近くにあることが解っていて造られたとは、有り得ないことだ」 という言葉! 意味が解っていないんじゃないか? 善良なる被災者は。 (追文) 今朝の週刊誌の新聞広告の見出しに、刺激的なタイトルが出ていた。 こういうところに、大新聞が書けない真実が 書いてあることが多い。「20万人が急死寸前だった」は事実だろう。 柏崎は全滅、長岡、小千谷の半分が犠牲だと!いう。 全くそのとおりである! ・・・・・・・ 2006年07月23日(日) 1937, ローマから日本が見えるー15 \(^▽^*)おはよう \(^▽^*)おはよう! 待ちに待ったカエサルの章である。ローマ帝国といえばカエサルと言ってよいほどカエサルの業績は大きい。 現在のヨーロッパはカエサルが作ったといってほどの改革をしてしまった。 その意味では現在の世界システムの ベースを作り上げたといっても決してオーバーではない。実際に、この本を読むまでは知らなかった。 ーー 第七章「創造的天才カエサル」ー1 ーカエサルの登場ー 元老院側BC44年に立つポンペイウス派との内戦を終えたカエサルが終身独裁官に就任した。 前回のスッラに似ているようだが、その意味するところは全く違う。スッラの独裁官就任は一種の緊急避難的措置である。 スッラは自分の改革を独裁官権限で全て実現をすると、ただちに職を辞しただけでなく、政界からも引退してしまう。 本来、独裁官とはローマ共和政の危機管理システムであった。カエサルが、「独裁官に終身という名を付ける」 ことによって彼が生きている間はローマの共和制度が停止することを意味する。 これがローマの政治体制を事実上変えてしまった。 スッラは「共和政の浄化のため必要」と政治改革と粛清をした。 それに対してカエサルは「ローマの領土の拡大によって、共和制度の寿命は尽きていた」ことを知っていた。 (字数の関係でカット2009年7月23日) (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年07月23日(土) 1572, 詐欺師 身近な詐欺師としては、毎日のように電話が来る「??取引屋の営業」である。 しつこく同じ会社から数百回も十年近くもある。もうここまでシツコクかかってくると、声は懐かしい知り合いになる。 こちらにしては、丁度良い怒鳴りのストレスの解消相手である。相手も、解っていて社内向けにかけているのだろうが、 最近怒鳴り声に閉口したのかかかってこない?詐欺師は、遇えば半分は落としたようなものだという。 学生時代の同級生の野村證券や大和證券の営業の男から、昔何回も聞いた事があった。 「俺らのやっていることは、1?0パーセントは詐欺である!」真面目な奴も、稀にはいるだろうが?現在は、 そうではないだろうが。その露骨なのが、??取引の営業の手口である。最近は脅しまがいの手口の電話もかかってくる。 その手口を冷静に見ていると、重罪の犯罪者から学んでいるとしか思えない。 ーーー 昨日、通勤の帰り道に車が私の目の前に急ブレーキで停まった。親しそうな顔をした中年の男が何か早口で話し始めた。 高校の同級生とテッキリ思ってしまい、立ちとまって相手の話を聞くことにした。財布とライターとネクタイピンの入った 木の箱を開けて、貰ってくれという。てっきり同級生が、それをくれると思って貰おうと手を差し出すと違う男なのだ。 その男が言うには、「いま、会社の創業祭が終わって、記念品を貰った。これから東京に帰るが、こんなものを貰っても 仕方が無いから地元の人にあげようと思う。丁度あげるにピタッリ人がいたので、ビール代を貰えれば彼方にあげたい。」 「タダなら貰うが、金は払う気は全く無い!」と言うと、顔色を一瞬変えて、そのまま行ってしまった。 こういう場面を何回か経験しているので、路上詐欺の手口の一つだろうと直感したが、未経験なら軽く引っかかるだろう。 それにしても、あの瞬間芸は迫力があった。交番に届けても仕方が無いが、あれでは引っかかっても仕方がない。 交番のお巡りさんは、こういう話も小ばかにしてしか聞かない。応対の言葉は聞かなくてもわかっている、 「実際被害にあったのですか?・・・」である。 ー検索で「詐欺師の手口」のHPに似たようなものがあったー (字数の関係でカット2008年7月23日) ・・・・・・・・ 2004年07月23日(金) 1207, 排除勧告 昨日の朝日新聞の一面トップが新潟市公共工事の談合の排除勧告の記事であった。このホームページでも何回か書いてきたが、 この国を取り仕切ってきたゼネコン・マフィアの一端が全国的に明らかにされる。公然と、このマフィア・システムを書いてきたが、 字数の関係でカット(2010年7月23日) ・・・・・・・・ 2003年07月23日(水) 840, プロジェクトー NHKTVのプロジェクト?がなかなか面白い内容だった。このシリーズは三回に一回は見ているが、昨夜はソニーのロボット犬 『アイボー』の開発プロジェクトのチームリダーとメンバーの苦労話であった。一つの商品の中に、多くのメンバーの思い人生と エネルギーがぎっちりとつまっている。社長の井深大の『人の真似をするな!』が、ソニーの商品開発のコンセプトの 一つということは知っていたが、しかし現場の技術者にそれが貫かれていたのをみせつけられた。 ー字数の関係でカット(2008年7月23日) ・・・・・・・・・ 2002年07月23日(火) 465,流離(さすらい)のランチャー ある長年サラリーマンを勤めている人から、彼らの昼飯をとることの大変さを聞いたことがある。 昼飯時は何処も混んでいる、それを同僚か誰かと探し歩いて食べる大変さ。 その気遣いだけでかなりのエネルギーを使うという。私の場合は、殆ど一人で11時45分に出る。 サラリーマンで混雑する直前に入ってしまうのだ。週5日のうち2日は回転寿司である。 今のランチは500円から300円以下になってきているという。マクドナルドのハンバーガーに缶コーヒーで 200円でも結構悪くない。昨夜家に帰ると家内が不思議そうな顔で、長岡の駅前のアルファー・ワンという ホテルで、680円のバイキングに入ったという。12時少し前に入り13時まで自分達一組だけだったという。 値段も安いし、内容も良いし、店は大きいのに誰もいないのが不思議だという。 それとあの大量のバイキングの料理をどうするのだろうかと。新潟駅前で自分が行く店で少し遅れて入って、 ピーク時間に誰もいない事は月に1?2度出くわす。週一度の居酒屋の楽しみを欠かさない為に、節約の 一番のターゲットになる。ランチは一番に景気に左右する。流離のランチャーという言葉ももの悲しく聞こえてくる。 不景気だ! ・・・・・・・・ 2001年07月23日(月) [84] 北欧の印象 いま欧州各国の首都はインターネット化による合理化と、EC統一で本社機能がドイツのベルリンに移転、 本社の支店化や支店の撤退が進んで、合理化と人員削減による不況が進んでいるという。いずこの国も一緒と感じた。 ロシアの国境以外は完全オープンといった感だ。ただノルウエーだけは北海油田が発見された為、海陸資源が豊富な上に 石油の心配が無くなったためECに参加せず一国強気という。北欧とロシアは欧州の片田舎とい位置づけられている。 北欧4国の各国の位置付けはスエーデン・デンマーク・ノルウエーの順で彼らはゲルマン民族で言葉もほぼ一緒。 フィンランドだけはハンガリー系のフン属で彼らは露骨な?差別意識があるようだ。何処も一緒か。常にロシアと ドイツなどの外敵にさらされてきたという。どこも立憲君主の政治体制をとっている。また社会民主主義が進んでいる。 ノルウエーの学校制で考えさせられたのは小中9年間クラス換えがなく、先生も一緒。 一クラス20人のため先生は80人の生徒を見ることになり、責任を持って生徒を指導できるという。 虐めや差別は少なく、20人は一生の付き合いになる。 競争社会の日本でこれがそのまま良いかどうかわからないが、ヒントになることは確かだ!
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2010年07月22日(木)
* 考える遺伝子の不在 日本の現状に対して、殆んど誰も考えてない国家に絶望をしながらも、何とかしたいという著者の気持ちが伝わってくる。 これでも考えて生きてきたつもりだったが、この数年来、何を考えて生きてきたのか反省しきりである。 10年来の哲学等の学習効果が少し考えに厚みが出てきたが、そうすると人生全体に疑問を持つようになる。 こと日本人全体をみれば、ほぼ99パーセントは考えてないように見かけられる。「考えて何になるの?」という質問が帰って くるのが落ちになる。 欧米、特に欧州では中学校の段階で哲学の授業があるという。考えるとは、陸続きの他民族の侵略の恐怖や 不安がああるからだ。 それを真剣に考える時に、それが立ち現われる。海に囲まれて当面の攻撃が考えられない日本民族にとって、 考える必要がそれほどないから、考えられないのである。 ー以下の、箇所は辛辣だが、的を得た内容である。ー −P34 要するに「脳が足りん」のだ。 考えるー、という脳の機能が、少なくとも他の民族と比べ極端に欠乏している。 猫でももう少しましに考えて行動しているのではあるまいか。 それは一方において、日本人があまりにも鋭敏で潤沢な「感じる」 という機能を持っているために、考える機能のほうが圧倒され、脳の土俵から押し出されてしまったせいなのかもしれない。 つまり右脳と左脳、ロゴスとパトスの千秋楽の結果である。この事実への感慨は、母国の中の異郷、身寄りが一人もいない九州の 山中に住み着いたこの六ヶ月、日々ショックを新たにし、今日も変わらず、修正できず、ますます強まる一方である。 国家は芯の芯まで腐り果て、民族は脳死状態で、植物人間化している、ということを、ほとんど誰も考えていないのである。 いや、考えることができないでいるのだ。うすうすは感じてはいるらしい。そもそも思考力よりも直観力の鋭かった民族である。 なにやら日本の全体がおかしく、どこかが狂っていて、怖ろしい結果が近づいている、といった漠然とした恐怖は、なんとなく 感じてはいるらしい。何しろかつてこの国には起きようもなかった異常な犯罪は、それこそ日常茶飯といった感じで起こり続けている。 帰国してからのこの半年間でも、すでに数え切れない。 あまりの立て続けさに、私も忘れるし、人々も覚えきれず、次々に忘れて いくようだ。確かに世界中で犯罪は起きている。ニューヨークだって、パリだって、私が十八年暮らしたオーストラリアだって、 犯罪は起きる。しかし、これほどの異常な内容の犯罪は聞いたこともない。どこであろうと、起きているのは「並みの犯罪」だ。 並みの犯罪とは、犯人は、それがどんな種類の犯罪であろうと、何かは考えている。 どんなにバカな考えでも、異常な考えでも、愚かな考えでも、邪悪な考えでも、要するに、ナニカは考えている。 ≪ 恐慌以来の日本国家の存亡の危機に対し、国民の危機感の希少さに驚き唖然としている。それが考える遺伝子の不在としたら ≫ ・・・・・・・・ 3030、卒業40年周年か〜 −2 2009年07月22日(水) * 卒業40周年記念に参加してみた人間模様。 1〜2年次の教養課程の同級生では、TVでよく見かける服部学園の服部幸應と、大阪学院大学の白井総長が面白い存在。 ・服部幸應は実名が染谷で、当時は存在感が殆どなかったが、常に財布に10万円を入れているという話はあった。 一年留年をしてアメリカに行っていたのか、留年をしたためアメリカに行っていたのかはファジーである。 二次会のクラス会が彼のために開かれているかどうかは定かではない。 ・私が学生時代で一番親しくして、卒業まじかで大喧嘩をした石○譲○。ハッタリ屋だったが20年前のバブルの崩壊で倒産。 借入金が280億で、ビルが17棟だったという。 前回は身を隠している状態で不参加だった。三次会の最後は彼と飲んだが、 二棟だけビルを隠して持っていて現在は、それが生活のベースになっているとか。更に、この恐慌で、経験を買われて コンサルタントもしているという。 バブル時の倒産劇は、人生の大きく覆いかぶさっているというが、そうだろう。 ・クラブ関係では、神田周辺の菓子問屋に養子に行った男が土産として、仰々しい包みのお菓子をくれたが、家内が言うに、 「これって、前週に買おうと東京駅の地下の店のカリントウ。すごく有名だけど、わざわざ並んで買ってくれたのかしら」 と言っていた。「まさか、そこの社長じゃないと思うけど、少しは有りえるかも」と答えていた。お返しで、新潟の酒を送った ところ、自宅に電話があり家内が出て「そこの社長なんですか」と聞いたら、そうだという。「先週、買おうと店まで行ったら 行列で買えなかった。奇遇です・・・」家内は、本当か嘘か?その辺は調子が良いが、相手も悪い気がしないだろう。 ・卒業してから数年後に、先ほどの石○譲○と、私の自宅に遊びに来た伊香保温泉の「村松屋」に婿養子に入った友人の根岸君。 十数年前に脳溢血になって、九死に一生を得たとかで、半身不随になっていた。それでも朝一の高速バスで來京し、 最終のバスで帰ると言う。以前に一族の「いとこの会」を、その旅館で開いたことがあった。 ・亡くなっている人はクラスの約一割である。 還暦を越えると、社会的に如何こうは、三番目か四番目になる。 10年後には出席できるかどうか。 ・・・・・・・・・ 2665, 人生は儚いのか? 2008年07月22日(火) 知人の墓に、亡くなってから隔月にお参りをしている。たまたま散歩をする土手の折り返しの近くに墓がある因縁のためだが。 習慣とは面白いものである。両親の墓には年に三度ほどしか参らないのに。その都度思うことだが、「人生は儚い」ということだ。 必ず、心の中で話しをするが、故人が語りかけてくる言葉は「生きているうち、こっち(あの世)は、ただ空」そしてダメ押しに 「もっと墓参りに来てくれ!」勝手に沸いてくる言葉でしかないが、それでも何かがあるのだろう。故人と話しをしながら、 思うことが、娑婆のことなど全て儚い夢でしかないということ。そこで「儚いとは、如何いうことか?」を考えてみよう。 それは生まれる前の無限の時間と、死んだ後にも続く無限の時間を、死ぬと覚悟をした時に「あまりに小さな時間」を思い浮かんだ 実感である。だから、「幸福の4Fは克服できない苦難と悲しみ」というのも、言い得ている。故人から学ぶことは、そのことである。 達成した幸福の喜びなど、酒を飲んで盛り上がれば、出来ること。そこには、生きているうちに感じる儚さしかない。 しかし、それを言えるのは達成をした経験のある人間しかない。それも、これも、如何でもいいことだが!儚さと感じるのは、 4Fの克服できない苦難と悲しみの意味を知らないからだ。儚いというのは「わたしの儚さ」である。「わたし」という有限の自分の、 小ささをシミジミ知ることである。その小ささの一番の意味は時間の小ささである。それも、他人と比べるのではなく、生前、 生後にある何処までも広がる時間に対してである。自分を取り巻く永遠の広がりの時間である。 そう感じる「わたし」は、実は過ぎ去った時間を振り返った時に「これ」から「わたし」になった言葉。 そうすると、「わたしの人生は儚い」は、その言葉に縛られた感情でしかないということになる。人生を振りかえって 長かったような、一瞬だったような気がするが、それは現在、そう思っている「わたし」の言葉ということだ。 一年前の日記に「わたしの人生は儚い」と書いてあったのを読み返したとして、あの日に、そう思っていた「わたし」がいた、 というだけのこと。知人の墓参りに感じる「儚い」は、故人からの教訓で、実は直面するだろう自分の死に対する、予行演習を 勝手にしているということでしかない。儚いと思ったら、現在直面している苦難と悲しみをジックリ味わえ!ということ。 故人の墓参りをして「儚い」などとは、自分の心が、都合のよいことしか考えていない、解りやすい事例でしかない。 まあ、そういうこと! みも蓋もない話になったが。 ・・・・・・・・・ 2007年07月22日(日) 2301, また地震!どうなっている?まったく! ー5 まず今回は原発に絞って、これまでの問題をまとめてみる。 ・世界最大規模の刈羽原発の真下に、実は活断層が直下に走っていて震度6強、 マグネチュード6・8の地震が発生した。それは、日本の国家として最も恐れていた非常事態である。 ・海岸線のため、それは普通の地震とは違い、一般住宅が1000世帯、半壊はその倍の2000? 被害家屋が10000世帯にのぼった。それは直下型地震の上、地盤が弱いことが原因である。 それからみて、原発の施設は想像を遥かに超える損傷を負ったと考えるのは妥当である。 ・原発は最大マグネチュード6・5を想定して設計されており、6・8とすると2,5倍の衝撃が かかっている。もし、中越地震並みに震度7だったら、マグネチュード7,2だったら、と想定すると、日本はチェルノブイユの ような事故になっていた、と考えられる。 日本壊滅?は、決して小説・映画の世界ではない!ということになる。 ・マスコミで「この事件の結果、過去に原発反対運動の住民が言っていたことが、ほぼ正しかったことが改めて検証できた」と報じた。 ということは、利権で推進した連中は、国家をあわや滅ぼそうとした輩として断罪に値する、ということになる。 想定外でしたとは、言いのがれはできない! そのトップだったのは誰かは周知の事実である。その利権に屯したマフィアは誰か! ・3日前に私の知人が海水浴に行ったら、殆ど泳いでいる人が居なかったという。 ・最も不運だったのが、外部の火災である。それがトップニュースとして世界中のマスコミに流れてしまった。 このイメージダウンは最悪といってよい。彼らは、ことの真実を見抜く力がある。報道規制は彼らには効かないのである。 それだけではない、インターネットで原発で働いている人から内部の生々しい状況が瞬時流されてしまった。さらに、消火が 二時間も放置されていた事実も映像であるからリアルである。消火が遅れたのは被爆と火力を恐れて誰も近づけなかったというが・・ ・おまけに、さらに震度6弱の余震がある可能性があるのに、 それが原発施設に及ぼす影響、危険に対して住民避難を検討した 形跡が、どうもない。そういう私も、もう起きないだろうと実はタカをくくっている。これは自己責任のレベルの問題であるが。 ・新潟市に近い‘巻’という村で原発計画があった。 一度決まりかけた計画が、住民運動のため中止になった。 かなり激しい住民同士の対立があった。しかし、この結果からみると反対住民が正しかったことになる。 柏崎と長岡の関係と、巻と新潟は同じような立場にある。 柏崎は経済波及を選択したのだ。決して政治家や建設マフィアだけが 悪いのではない。これで、全国の原発周辺の住民は大きな不安を倍加したことになる。 特に、福井周辺には幾つかの原発がある。 新潟北から神戸にかけての地震危険地帯の上にある。これら全ての廃棄を、真剣に検討すべきである! もちろん、柏崎・刈羽原発の再開は、検討する以前の話である。『廃棄!』である。 再開など世界が許すわけがない。 ・・・・・・・・・ 2006年07月22日(土) 1936, ローマから日本が見えるー14 (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス! 第6章 勝者ゆえの混迷ー3 ー同盟者戦役ー マリウスの改革は、特に志願兵の導入は『誰の既得権をも損なわない』という意味で利点があったが、 思わない副作用をローマにもたらすことになった。志願兵の導入は元老院の力を最終的に削ぐ作用を働かせていく。 ローマ連合に属している同盟国や地方自治体の市民にとって、兵役はいまだに義務のままだった。 彼ら非ローマ市民たちは、直接税を納めた上に『血の税』としての兵役に就く義務が課せられていた。 これに対してローマ市民は兵役が免除され、しかも直接税はもともと存在しない。これではあまりの不平等である。 こうして起こったのが「同盟者戦役」である。イタリア半島の比較的貧しい8つの部族が一斉蜂起したこの戦争は、さすがに苦戦を 強いられてしまった。結局この戦いは、戦闘に勝ったローマが大幅な譲歩をしたことで完全に収拾する。戦役の二年目にあたる BC90年の冬、ローマは「ユリウス市民権法」を制定、同盟国に暮らす市民がローマ市民権を自由に取得できるようにした。 かってガイウス・グラックスが市民権改革を提案したのは、30年前のこと。人間とは、厳しい現実を目の前に 突きつけられてしか改革はできない。 しかし、この市民権を開放をしたのは大英断であったと言うべきである。 ースッラの登場と改革ー マリウスはもともとローマ市民権さえ持たない出自で、軍団畑をたたき上げでのし上がってきた。そして40歳でユリウス一門の カエサル家の娘と結婚する。カエサル家はローマでは2流の家柄だったが、これで名門につながることになる。 (字数制限のためカット 2010年7月22日) ・・・・・・・ 2005年07月22日(金) 1571, 五稜郭 幕末の混乱期、軍艦・開陽丸を駆って官軍と戦い蝦夷地に共和国を樹立しようとした男たちがいた。 この時期、オランダに派遣されていた榎本は帰国、同じ幕臣として勝海舟の幕引きに反発。 新政府に不満を持つ幕臣と新撰組の土方と合流して未開の地・函館の五稜郭に共和国を樹立する。 そこで、官軍の参謀に就任した薩摩の黒田了介(後の内閣総理大臣・黒田清隆)率いる軍と熾烈な戦いを繰り広げる。 その戦いの中で、榎本の人柄を知った黒田は全面降伏を勧め彼の命を救う。しかし土方など幕府方の残党は殆んど ここで最期を遂げる。やがて刑期を終えた榎本は新政府のロシア交渉特使として活躍する。 阿部公房が「五稜郭」という小説で、榎本武楊が政治的に江戸幕府の残党を纏めて整理する役割になってしまった矛盾を書いている。 学生時代に読んで、その複雑多層の立場を初めて知った。攘夷か開国か、尊王か佐幕か倒幕か、公武合体か。それらの混沌とした 中で維新の歴史は作られていったが、その中で榎本武楊の果たした役割は、結果として皮肉な結果をもたらした。 阿倍公房の小説は、函館の五稜郭で負けた幕府軍の囚人300人が脱走して、厚岸(あっけし)の海岸から上陸、 山の奥深くへ消えていった、という地元の伝承をもとにそれを追う男の話から始っていた。 「蝦夷共和国」という、とんでもない構想に魅力を感じて読んだが、実は?その背後の複雑な背景を抱えた 夢の世界であったという阿倍公房の世界観があった。もう三十数年前に読んだ本だが印象に深く残っている本である。 ーーー ー榎本武楊ー 1836-1908 (字数の関係でカット09年07月22日) ・・・・・・・ 2004年07月22日(木) 1206, 「半落ち」ー 映画感想 30万部を越すベストセラー記録を樹立した横山秀夫ワールドの最高峰『半落ち』が映画化され、今年の1月に公開された。 そのDVDが、もうレンタルショップにあった。さっそく借りてきた見たが、素晴らしい内容であった。 見おわった時、 涙が知らずと溢れ出ていた。あとで家内から聞いたが、みた人のほとんどが泣くという。 私の感想文は、最後に書いてある。 ー解説と内容(ホームページよりコピーしたもの)を貼り付けておきます。 (字数の関係で中略カット弐千八年七月二十二日) < 感想> 母をアルツハイマーで5年半、看護した経験があったので、主人公の深い思いに感情移入をしてしまった。 そして、それに関わる色いろな立場の思惑や利害も、身に憶えのあることばかりで、主人公の心の壁を探っていく物語は、 そのまま自分自身の心の壁を抉りだしているようであった。そして、当時の自分の心の姿が浮かび上がってきた。 辛く悲しい母の姿と家族の、それぞれの立場で必死に生きていた当時の日々がリアルに浮かんできた。しかし、そこには底知れぬ 暖かさがあった。アルツハイマーの身内を抱えた崩壊一歩手前の家族が、どういう気持ちで毎日を過ごしているか、この映画は 深く入り込んではいなかった。それも、しかたがないが。高齢化社会の、大きな問題がアルツハイマーである。 どこの家庭でも、ぶつかる大きな問題でもある。いまの寝室の寝ているところが、母の寝ていたところである。 アルツハイマーになった母が夢で月に二回は出てくる。 母は今でも私の中では生き続けている。 ・・・・・・・ 2003年07月22日(火) 839, あいうえおー生き甲斐測定法 今やっていることが、生き甲斐があることか、天職か、ベストかどうかの判定基準として、あいうえお生き甲斐測定法がある。 「あ」は、アイデア 「い」は、インタレスト 「う」が、ウォーク 「え」が、エキサイティング 「お」が、オーナーズシップ この内の一つは抜けていてもよいが、二つ以上の場合情熱が感じられなくなる。 「あ」は、要は自分のアイデア、企画かどうか。 「い」は、興味、関心のこと。 「う」は、歩くことで、行動につながる。待っていたり行動なしでは何も始まらない。 「え」は、エキサイティング。燃えるような情熱の涌くこと。 「お」は、オナーズシィップ。自分でやり遂げたという喜びや自負心ー行蔵です。 これは藤本儀一の『人間ほど面白い動物はない』サンマーク出版ーの最後に書いてあった内容である。 創業では、これが一つでも欠けていたら上手くはいかない。これを満たした上で総てを注ぎ込んで 初めて動き出すものだ。この5つを満たす為には、いつも随想日記で書いているように、 「自分の好きなことを見つけて、それに集中する」しかない。私自身、好きなことをして生きてこられたことが (字数の関係でカット2008年7月22日) ・・・・・・・ 2002年07月22日(月) 464,煮た豆 母から聞いた言葉で印象的な言葉で「煮た豆」がある。もう出来上がってしまって芽が生えて来ない豆をいう。 人間に喩えると「もう出来上がってしまって、潰しのきかない人間」をいう。この言葉は自分の自戒の言葉であり、 常に前向きでチャレンジと変化と闘いを自分に課し続ける姿勢だ。ある同?会の大部分が煮た豆だけでなく、納豆のようだ。 腐ってしまって、お互い粘粘している。仕方がないが、もうオカラのような人もいる。豆の質も10歳で殆ど決まってしまうらしい。 「3歳では遅すぎる」というソニーの創立者の井深大の本があるが。私の見るところ、95?はいや99?はその範疇だ。 もっともその時の優等生も大部分がただの人だが。私のよくいう子狐は「煮た豆」が必死になって「生豆」を演じている姿だ。 いや「生豆」を粘々で絡もうとする姿だ。そういう自分ももう煮た豆か?こういう文章を書いているといろいろ気づきがでてくる。 ・・・・・・・・・ 2001年07月22日(日) [83] バイキングについて ー北欧旅行記ー バイキングは今より1200年前突然始まり200年で終わったそうだ。キリスト教の影響ではないかと言われている。 面白いのは相続は末子相続で、長男次男はある年令に成ると家から出て行くそうだ。 海は日本の場合お堀の役割だが、夢に向けての希望という。1000年前のバイキングの船がそのまま発掘されて展示されていた。 一艘40人ぐらいの定員で50艘位で攻めていくそうだ。アメリカまでも行っていたそうで、コロンブスの発見より5^600年 さかのぼる事になる。それにしても金髪で背が高く足が長い、それに美男美女である。料理も上手い!
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