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堀井On-Line
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2009年11月23日(月)
低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとしてマクラにバスタオルを巻いて使っているが、 その後、ベッドに低反発マットを敷いて寝ている。 使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。 腰痛も少なくなったようである。 寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。それと横向きが少なくなった。 人は平均、左右、仰向けなど平均10回ほど寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。 だいたい寝返りの時に目がさめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。 それは腰や肩の部分が身体に合わせて包み込むような感じで、マクラと首も同じである。 実感として、寝心地が二倍は楽になったようだ。 これだけは実際に数ヶ月、寝てみないと分からない 感覚。 特に腰痛の人にはお勧めである。 この特徴は身体との接点の部分だけが沈み込むことにある。 シートの方が身体に合わせてくれるのである。 誰もが寝入りの数時間は熟睡するが、その後、 身体と布団の接点部分の重圧で寝返りが多くなる。 ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナーがある。 私のはニトリで2千円だが、そこは4千〜2万以上。どこが違うのか聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。 他にマットの素材にゲルマニウムやセラミックが混入されているのもある。 (私は、枕の下にゲルマニウム石を置いている) 低反発マットもニトリで6980円の値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。 ベッドには、低反発枕と、その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、目にはゲルマニウムのアイマスク、 耳には、100円ショップで買った耳栓をしている。 その積み重ねの結果は充分出ている。 良さでは、低反発マクラ、マット、耳栓、アイマスクの順である。就寝は人生の三分の一を占める割に、人は無頓着である。 この低反発マットを使って気づいたが、ウォーターベッド、これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。
・・・・・・・・ 2789,人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! −2 2008年11月23日(日)
人生ゲームの基準を、私ならどのようにするかを考えてみる。 昔から言われているように「良く遊び、良く学び、良く働く」を目安にすると解りやすい。 ・どのような趣味をもって、ライフワークにしてきたか。 ・どのような仕事に従事して、楽しんだか。 ・長年かけて教養を積み上げてきたか。 ・それらを達観できる視線を、自分の孤独の世界で創りあげたか、である。 人生の価値基準は心の内の問題だから、第三者がとやかくいえることではない。 この4つを、どうバランスよく拡大、深耕したかを、自分のゲームとして楽しんだかが 人生ゲームを楽しむことと、定義づけてみた。 鼻歌を歌いながらスキップするしかない場面も人生には往々にある。 人生には、ある程度の長生きも必要である。人生を楽しむには、楽観的で、能動的でなければなるまい。 そのためには、常に楽しい明日をイメージして、その実現の準備を地道にすることだ。 耳には、何時も心地良い音楽を流すことは、誰でもできる。 目は、大自然の風景や、美術館で良い絵や陶器をみたり、 本やネットで良い写真や、ビデオで映像をみることができる。 鼻や口は、季節季節の新鮮なものを食べればよい。 誰でも、身の回りに楽しめることは、幾らでも転がっている。 「おもしろきなき世を おもしろく」は、長州藩士、高杉晋作の辞世の歌である。 彼が死ぬ間際に、そばにいた野村望東尼(福岡の女流歌人)が受けて、「すみなすものは心なりけり」 と下の句をつけたというが、成るほど上手い歌である。 いずれにしても、ゲーム化した段階で、自分を客観視する冷静さを持つことになる。 何が起きても 「その時は、その時。 それも、また娑婆経験」と、魂が、自分の心に語りかける冷静さこそ ゲーム化で身に付けることで可能になる。 人生を振り返ると、全く下手なゲーマーの自分が見えてくる。
そういえば、最近、「人生ゲーム」というゲームがマスコミで話題になっている。ウィキペディアによると、 【 原型は1860年ごろ、イギリスの印刷業の社長Milton Bradleyによって考案された「The Checkered Game of Life」。 日本版は、1968年、株式会社タカラ(現タカラトミー)から発売された。 タカラトミーの発表によると、 日本版の累計出荷数は1000万個を超える。 ゲームシステムは、双六の発展形。ゲーム序盤のルーレット目によって 「人生の筋道」が決まり、その後の人生が左右されていく。プレイヤーはサイコロではなく「ルーレット」を回し、 人の一生になぞらえたイベントをこなしていく。現在でも改良版が発売されているという、息の長いゲームである。】 面白そうなので、一度してみたいものだ。 ・・・・・・・・・ 2007年11月23日(金) 2424, 四四太郎の日記 −9 (ヾ(´・ω・`)ノオハヨウ(o´-ω-)o) 一年ほど前に、新しいブログ「四四太郎の日記」をつくってみた。 すぐネタが尽きたのと、幼稚に思えたことで一年間、放っておいた。 先日、バードウォッチのコーナーに 久々に悪戯の貼りつけがあったのを機会に、新しいブログに切り替えようと思いたった。 そこで多くのブログを実際に立ち上げてみた結果、去年開設したブログが(私にとって)ベストと判断、 ブログ名を「四四太郎の日記」から「バードウォッチ」に変えて、再スタートを切ることにした。 全く記憶から消えてしまった自分の書いたブログを、第三者の目で読んでみた。読後感として、それほど幼稚でもなく 400年前からみた現代の現象が書いてあり、本当に?祖先様が語りかけている感覚になってしまった。 {「私」の中の<私>の中核の《私》}とコンタクトしているからだろう。「チロリ、チロリ、チンチンチロリ」ではないが、 週に一度、曜日でも決めて、御先祖様に出てもらうのも悪くは無い。このブログの内容は記憶から全く消えていたが、 四四太郎に最近?亡くなった縁者を連れてきてもらい、実際に?話し合うのも面白い。何か神がかりになりそうだが、 恐らく面白い出会いと、意外な対話になるだろう。書くということは、 不思議なことである。 ーー ところで、いま、その「四四太郎」が語りかけてきた。 *宗親(ペンネーム) 【おい、宗親よ、何で一年間も放っておいたのだ。せっかくワシという先祖のブログを立ち上げていながら! 亡くなった縁者と出会えたのに、何で無視をしようというのか? お前のように400年前の先祖の霊ブログをつくろうというヤツはいない。 せっかく面白い視点を与えてやろうとしたのに。 少なくとも週に一度ワシの魂を使って現代を透してみるのも面白かったではなかったか。 まあ、再び、このブログを再開しようというのも何かの縁じゃ。 魂というのは、言葉じゃ、それもワシのような霊の言の葉は、その中核じゃろう。 魂の入った古典も、歴史家を通した偉人の言葉も残るのじゃ。 決して何も不思議なことではない。その人が生きたそのまま、全てが刻印されるのじゃ。 そして、生きているときに思ったこと、考えたこと、そして経験は魂として 何時までも、「ある」のじゃ。だから私を借りて語ることは、お主が一人で語ることと、 全く意味が違ってくるのである。 それと、お前は一年前にワシが連れてきた父親と あまり深く話そうとしなかっただろう。父親は多くを語りたかったのをお主は知らなかったのだ。 お主は、父親が亡くなった時に父の魂が夢を通してお主の魂に入っただろう。 それを父親は、言いたかったのだ。もっともっと世界を見ろ!知れ!何でもやってみろ!ということだ。 今度は、金曜日の午後と土曜日の朝にワシを呼び出すのじゃ。 わかったか! 11月23日 5時45分 ヾ( ̄(●●) ̄)ノ さらばじゃ! ・・・・・・・ 2006年11月23日(木) 2060, あたりまえなことばかり −14 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グーオハヨ〜 {人が死を見るのは「死体」であって、「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。しかし、多くの人は、この両者を混同する。 死体を見たことによって、死を見たと思うのである。見たことで、死を理解したと思い込む。 こうして、自分の死の観念を、他者の死体という現実で、現実のものと思い込む。} 恐らく人類の一番の思い込みが、死であろう。 無を言語化したのと、死を言語化して、 それに恐れおののいているのに酷似している。 尽きる間際の混乱を恐らく恐れているのだろうが。 「生など一瞬の稲妻でしかない」と、思いつつ恐怖のどん底のパニックなりつつ、 ヨタヨタと消えていくのだろう。 面白そうだが・・せめて極上のモルヒネで最高の気分で **** Ψ( `▽´ )Ψケケケケ♪ ココハドコ (/∀)/アタシハダアレ? ーーーーーーーーーーーー 他者の死はなぜ悲しいのかー? ーーーーーーーーーーーー 死は観念である。 人が、自分の死をいう観念を、現実のものと思い込むに至る経過について考えてみたい。 死ぬことを知らない人は死なない。レトリックではない。「意識そのもの」とは、「存在すること」に 他ならないからである。「存在しないこと」としての死は、意識そのものには存在しない。 「存在しないこと」という観念が存在するのでなくては、人には、死ぬということはないのである。 言葉の抽象度が高すぎるので、いくらか具体的に考えてみたい。 生まれて初めて人の死に出合うのは、誰か他者の死である。 自分の死に出合うことはありえないから、人は他者の死に出合う以外ない。 おそらく、幼少の頃、誰か身近の人の死を見る。 「死を、見る」 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ しかし、ここでは細心の注意をはらって考えたい。人が死を見るのは「死体」であって、「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。 しかし、多くの人は、この両者を混同する。死体を見たことによって、死を見たと思うのである。(~Q^(^┰^;)ゞ 当然である。「存在しないもの」としての死が、存在するものとして見つかるわけがない。 こう考えると、自分の死だけでなく、他者の「死」もまた「存在しない」。そもそも存在しない死に対し 「死」と名づけたことにより、死は存在していることになったというのが真相なのである。 死(0_0)〜† 死っし "ゞ(`') 死とは言葉以外の何ものでもないのである。死が存在すると信じ、死への恐怖に追われて生きてきた我われにとって、 こんな、その意味で馬鹿げた事態は納得できないかもしれない。 しかし、「無」を言語化した刹那、あたかもそれでは、 無が存在するかのようになるではないか!我われの日常は、事の初めから、存在と言語の共犯的奸計に巻き込まれて進行。 ふとそのことに気づき、存在と言語の外へ出る道はないことも悟った時、逆に人はそれを自覚的に生きようと 構えを変えるはずである。わかりきったと思い込んでいた生と死の日常が、いかに摩訶不思議なものであったか。 その意味でそれは新たな誕生、生の再生になるのではなかろうか。 (*⌒ヮ⌒*)ゞ バイ! ・・・・・・・・ 2005年11月23日(水) 1695, 辺境へ −1 ー 読書日記
素人の身として辺境へは、ツアーでしかいけないが、「辺境・秘境」をキーワードにして、この十数年近く アフリカ、南米、シルクロードなどを家内と共に行ってきた。┐(´ー`)┌ 図書館にあった、「辺境へ」−大谷映芳著ーはもう5~6回以上借りてきて読んだ。 そして、ついにインターネットで新・中古本だが、買ってしまった。 写真も、文章も体験をそのまま書いてあるので、心に直に迫ってくる。 この本で、著者が一番思いの深いの7ヶ所を紹介している。チベット・ヒマラヤを除いた5ヶ所 訪れているので、私にとって非常に魅力のある内容で、何回読んでも飽きることはない。 (( 匚P まず著者の大谷映芳の「内容紹介文」をコピーしてみる。 ー「ニュースステーション」で、高視聴率を獲得した“秘境ドキュメント”。 ブータン、ギアナ高地、ドルポ、アフリカ大陸グレート・リフト・バレーなど、その取材は、全世界の秘境と 言われた地域に及ぶ。今は亡き冒険家の植村直己や夭折した写真家・星野道夫、グレートジャーニーの関野吉晴氏ら その旅の思い出とともに、こうした世界の秘境エリアをレポートしてきた著者が綴る紀行と貴重な写真を多数掲載した写文集。 ー この本の7ヶ所とは、 w((´ω`))wワオッ!! ヒマラヤの王国ブータン/ 南米大陸のギアナ高地/ 南米パタゴニア/ 西ネパールのドルポ/ アフリカ大陸の グレート・リフト・バレー/ 北極圏のグリーンランド/東チベットのヤルツァンポで、写真とともに紹介している。 その写真が素晴らしい。また人々との出会いなどが中心に書かれているのも特徴。 現地で出会った人々の話や、亡くなった冒険家の植村直己さん、写真家・星野道夫君、探検家の関野吉晴さん等の話も面白い。 ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ ー彼のこの本に対するコメントも良いー 「地球上にこういう素晴らしい所がある事を知ってもらいたいし、そういう場所が冒されつつある ということは人類にとっては非常に危機的状況であると思うんです。 そしてこういう本を書くと改めて日本の事を思うんですね。 比較というんですかね。∩゙ヽ(。・ω・。)へ (以下、字数の関係でカット09年11月23日) ・・・・・・・ 2004年11月23日(火) 1330, ワインの話
昨夜は、兄夫婦に誘われて、ボジョレー・ヌーボを家内共々飲みにいった。 兄の友人が金欠病でドロップ・アウトの代理に誘われたのだ。盆と正月以外、あまり飲む機会がないので 丁度よい機会であった。しかし空きっ腹のためか、かなり泥酔をした、いつものことだが。 ワインといえば、海外旅行の機内で無料の極上のワインが飲み放題。そのためワインにはうるさい? 月に3〜4回、自宅の至近距離のイタ飯チェーン店の『サエゼリア』のワインを飲んでいる。これが安い割りは美味しい。 さらに2Lのワインのパックを今年になってから冷蔵庫に入れてある、月に一本の割合だが。 世界各国のワインを飲んでみたが、ワインといえばオーストリアである。十一月十日は、ウィーンで最も“古い酒”を 飲む日である。ボジョレー・ヌーボは新酒だが、ウィーンは古酒だ。その古酒とは、前年の秋に収穫されたブドウで 造ったワインをいう。翌日の十一日からは新たに収穫されたブドウで造ったワインが出回る。 この新酒のことを「ホイリゲ」といい、こうしたワインを出す居酒屋も同じ名で『ホイレゲ』と呼んでいる。 「ホイリゲ」の歴史は結構古い。一七八四年、皇帝ヨーゼフ二世がウィーンのワイン農家に「年間三百日を限度として、 自家製ワインを売ってもよろしい」というお触れを出したのが始まりとされる。 毎年、十一月十一日の聖マルティン祭の日に樽(たる)を開封し、向こう一年間、その年のホイリゲとして飲む習慣だ。 ベートーベンが長く住み、交響曲「田園」などを書いたウィーン郊外に、ホイリゲは点在する。 店で「ホイリゲ」を注文すると、たいていビールジョッキを小さくしたようなコップに入った白ワインが出てくる。 味は酸味が強く、こくはない。しかし、サラミやハム、ウィーン風カツレツなどをつまみに飲むとうまい。 炭酸水で割る飲み方もあるようだが、これはあまり美味くない。 八割以上のホイリゲが家族だけで経営している。 すべて自家製ワインだから、各店とも独自の味を持っている。店ごとの、ワインの味比べもホイリゲの楽しみの一つだ。 そこで弾き語りの歌を聞きながらワインを飲むのだ。そういえば学生時代に友人数人と『ホイレゲ』に行ったことを思い出した。 それまで、ワインといえば「ポートワイン」しか飲んだ経験が無かったため、その美味しさに、グラスで7〜8杯も飲んで 全員腰が立たなくなり、タクシーに這うようにして乗って帰ってきた。さらに、部屋で買ってきたボトルを飲んで目茶苦茶。 今考えてみると酒癖が悪くなった原点が、そこにあったようだ。この8月末にも行ったが、当時と殆ど変ってなかった。 弾き語りが何ともいえない雰囲気をかもしだしていた。話は変わるが、ブランデーのできた由来が面白い。 輸出用に一度水分を抜いて、濃度を高めて輸出していた。ところが、それをそのまま飲むのが流行ってブランデーという 飲み物ができたという。 -------------- 2003年11月23日(日) 963, 「コーリング」ー映画日記 字数の関係でカット(2007年11月23日) ・・・・・・・・ 589, 癒しについて - 2002年11月23日(土) 癒しはヒーリングの訳語だ。ヒーリングの意味は「本来備わっている自然治癒を引き出す事」 をいう。そうすると癒しの意味はそれを妨げているものを取り除く事になる。 人間の中の元々ある力を導きだす事だ。気安く癒しを求める事がおかしい。 安易に傷を治したいというからだ。甘い生き方を更に甘さで埋めようということだ。 垂直に自分を突きつめないでー軽く傷を治そうというのがみえみえだ。 更にゴッドマザーやゴッドファザーが出てきて治そうとするから傷が深くなるのだ。 このホームページに癒しのコーナーがあるのはいかなる事か?笑って時間をやり過ごす為だー 傷ついた時や疲れたときの居酒屋の自分のコーナーのつもりだ。生きていれば傷つくのは仕方がないことだ。 消毒をしっかりしてバイキンよけの薬を塗って時間を待つしかない。感謝が足りないのが傷口を大きくしている。 縦の自分の関係が浅くなっているから、横の関係に惑わされるのだ。 垂直に自分を掘り下げるチャンスにすればよい。 深いところで変わらなくては、傷が治るわけがない。 ・・・・・・・・・ ある時間の断片 1968年 11月23日(土曜日) 10時起床。洗面後、OB会に行く準備をする。 駒村のところに「多恵ちゃん」と、飯野さんが来ている。 佐藤のことだが、何か割りきりがつかない。先日の件で陰険な抵抗にあっているようだ。 飯野さんは別に約束を破った私が悪いが、まあいいか。佐藤とはこれで完全に気持が離れてしまったようだ。 ゼミのOB会の出席のため、高輪ホテルにいく。14時半に始まる。17時半に終了。空腹に油系を食べたためか、 気分が悪くなる。先輩は組織人という感じで、魅力のある個性的な人はいない、仕方がないが。 その後、高輪プリンスに行き、コーヒを飲んでくつろぐ。そこで、ゼミの同期で親しかった石川がしつこくからんでくる。 最近無視をしていることに対する怒りだろう。いま石川と妥協したら、お互いマイナスだ。腹を立てないことだ。 その後、高木と三年生の三人と5人で、武蔵小山の「なつめ」というスナックに飲みに行く。 そのママさんが面白い。 千田敏さんという名のホステスもなかなか面白い。非常に面白い時間を過ごす。 ホステスどうしの争いの大変に見えた。0時過ぎに店を出る。1時に帰寮、2時に就寝。いろいろあった一日であった。
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2009年11月22日(日)
ー まずは前回の続きの部分より ー 妻の葬式の時、私は不思議な体験をした。 いよいよ出棺というそのとき。 私の鳩尾(みぞうち)から喉に向かって稲妻のように熱いものが走ったかと思うと、 それは胸全体へと広がっていった。 その瞬間、私は言葉では譬えようのない至福感の中にいた。 あの体験は、「 死は悲しみではありません。 私は満ち足りた気持ちであの世へ向かっています 」 という妻からのメッセージではなかったかと、今になってそう思うのである。 もし、あの世の妻とコンタクト可能なら、私はこんな問い掛けを妻にしてみたい。 「 がんに殺されたと思う? 」、 「 いえ、がんに殺していただいたんです。お蔭でたくさんのことを学ばしていただきました。 ありがとうございます 」 「ラ行の受身形」の透けとおった心で、そう応えるかもしれない。 そして最後に「 あなたも感謝の心を持って、狼狽えることなく生きてくださいね 」と妻は、 微笑みながらそう付け加えるのを忘れないであろう。 〜〜 こういうのは、本人しかできない不思議な体験である。 「鳩尾から喉に向かって稲妻のような熱いものが走った」 というのが、チャクラが反応したのである。 似たような経験を、幾つかの記述を何度か読んだことがある。 身近な故人とは、色いろの魂の邂逅があるようだ。 私も父が亡くなった初七日に不思議な邂逅があった。 夢で父の気持ちになってしまい、死の恐怖心から〔死にたくない〕と思った瞬間、我に返った時、 あれっ、私は生きている!という不思議な安堵感と父の魂との邂逅と、似ている。 思いは、言葉で作られ、 そして残るもの。 思いも、それを形成する言葉は、後々残るから大事にしなければならない。 気楽に、言葉遊びとして、ラ行の受身形を前向きな言葉に替えるように努めたいものである。 〔こん畜生め!〕は、やめとこう。 言ってもいいが、その後に「何かのサインを出してくれて、ありがとう」 を加えれば、気が楽になる。 歳をとった暗い顔だけは、なりたくないもの。
・・・・・・・・ 2788, 平心庵日記 2008年11月22日(土)
「半歩遅れの読書術ー?」で紹介されていた本で、さっそくアマゾンで注文、朝晩の通勤の新幹線内で読んでいる。 これが何ともいえない味わいがある。 もしかしたら己の人生を間違えていたか?と、考えさせられる内容である。 明治初期に三井物産を創設した大茶人の益田孝(鈍翁)と、主治医・近藤外巻(平心庵)の心の交流を、 大正13年から昭和13年までの平心庵日記をもとに、平心庵の長男である近藤道生が描いた本である。 当時まだ年少だった著者の目を通してみた大正から昭和初期の時代の想い出がもの静かに書かれている。 「明治経済界の重鎮である鈍翁は,江戸の武士道気質と明治以後の欧米ビジネスマンの感覚を合わせ持つ実力者だが、 政治的には影の存在に徹した。 隠居の地小田原で,無私の外科医・平心庵と茶事を通じて結んだ親交は、 現代人が失ってしまった真のもてなしの精神と、日本文化の奥行きを伝える豊かな時間であった。」と書評にあるが、 成るほど読むほどに大茶人の片鱗が窺える。 千利休以来の大茶人と謳われ、茶の湯や美術関係の人には、 よく知られているという。両親の趣味が茶道だったこともあり、子供の頃から色いろな話を聞いたり、 茶席に同席させられたこともあり、何か、日記の一言一言が目に浮かぶようなイメージが沸いてくる。 これを読んでいて気づいたが、両親はかなりの茶人だったようだ。私は、どうも堅苦しい作法に反発を感じ、 現在も近寄れない。 しかし私の人生で、知っておくべき世界だったかも知れない。 ーーーー 「平心庵日記 :失われた日本人の心と矜持」 近藤道生著 ー日記が大体が次のようなベースで書かれていまる。 「大正14年 元旦」 ・・・五時頃より国民年中行事正月のところをよみ 六時頃若水をくみ洗面仏前にて礼拝 再建のわが家にもはじめて年を迎ふることとてうれしく勇む心しきりなり 長女千蔭 十二歳 次女みゆき 十歳 長男道生(筆者)六歳となる 道生をつれて海岸に初日の出拝みにゆく 今しがた水平線を倣なれて一、二尺、開運をいのるよりも安穏をいのる心先なるがこの頃の 傾きなり 銀盃にて屠蘇いはひ 雑煮いはふ 列席者塾生を含めて十三名と震災後迷ひ込みし三毛猫一匹 昨年より着手したる漢文学選中国の部大略終りたれば昨日より年表をつくりつつあり今日も百科大辞典みて すこし調べたる後、二宮神社に参詣 小峯公園に遊びて皆と別かれ益田邸に御年首に行く 邸内にて御主人の迎へに来たらるるに遇ひ静江(平心庵の妻ー筆者註)をも 自動車にて呼ばれ 茶と御料理賜はる お手製の茶碗 珍品そろひの御料理うどの生など結構なりき」 「大正14年 6月8日」 五時半起床 便所掃除 朝礼。朝食。文学史万葉の歌例のところ講義。外来患者60人許。 益田大人より朝 お使ひあり。四時半頃自動車のお迎へいただき五時頃行く。わびたる田舎家風の寄り付き。 為楽庵にて初座。敦盛草とえぞまんてんの花の下にて懐石。後座 大燈国師の手紙,茶碗ととや 濃茶銘 松の華…」 真摯な開業医としの生き方が淡々とした日記のなかクッキリと浮かんでくる。 ーー これを読んでいて、やはり両親の趣味だった、茶道を30歳辺りから入るべきだった。 それなりの子供の時からの下地があったのだから。 私が求めるのは、それだったのである。 何か人生で足りないものは、求道だったようだ。しかし、ある程度の金と、教養がないと出来ない遊びの世界。 昔の社交の場だったのだろう。
・・・・・・・・・ 2007年11月22日(木) 2423, 夢のようなホントの話 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning 週刊誌を何気なく読んでいたら面白い話があったので、紹介しよう。作家の高橋三千綱のミニ・エッセーだが、 引き込まれる内容である。こういうことが実際にあるのだろうし、また逆のこともあるはずだ。 その分岐点は、その人が持っている人間性である。 ーまずは、その部分から 南カリフォルニアのラ.コスタに滞在していた、ある年の夏のことである。 ・・ホテルのラウンジバーで飲んでいると、いつのまにか人の輪の中に紛れ込んでいた。 話題がラスベガスの話になったので、その頃人気のあったマジックショーを見たいものと私が言った。 時刻は午前一時を回っていた。どうやらホテルのマネージャーを呼び出しているらしい。 相当酔っているな、と私はあきれていたのだが、四日後にはラスベガス空港に降り立っていて、 しかもリムジンが待っていた。それから私は、夢のような3日間を過ごした。 部屋はスイートで寝室がふたつあり、バーも広い談話室もついていた。 最前列で見るマジッグショーは迫力満点で、目の前で巨大な像が消えた。 ホテルでは私専用の女性秘書をつけてくれて、あらゆる用事を彼女がやってくれた。 その全でが大男の招待だった。カジノでも私はつきについた。一体、あの男は何者なのだ、 と秘書に訊くと、ニューヨークの大富豪で、有名なプロデューサーでもあるという。 何も知らなかったの?と驚く彼女を見ながら、こんな話をしても誰も信じないだろうな、と私は思っていた。 ーー 大金持の酔っ払い世界に紛れ込んだということだ。その大男からみたら「気分が良かったのでしてあげた」 だけのこと。2〜300万の宝クジに当たったレベルの話でしかないが、それでも庶民感覚とは、 かけ離れた世界の一端を、垣間みた話である。 ☆bye-bye☆ε(*゜ω^*) ・・・・・・・・ 2006年11月22日(水) 2059, あたりまえなことばかり −13 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
ここでは、深い哲学のサワリを解りやすく書いてある。我われは「観念としての死」に、今まで取り付かれてきた。 そして物理的な時間軸を生から死へと一直線の前方に向け生きてきた。 ところがそれは違うというから、面食らってしまう。「永遠として直感される瞬間とは、それ自体で生死を越えて、 生死を飲み込んで今ーこの瞬間に立ち上がる!」ということは、人生の深い経験をしてこそ実感できるのである。 経験の裏づけがないと、言葉の言い回し位としてしか理解できないだろう。 いや、鋭いのは解るか? その瞬間の「永遠」は、死後にあるのではない、生の真っ只中に垂直に立ち上がる。 (感動、歓喜の中で)著者の池田晶子の、その瞬間が以下の文章に立ち上がっている。 仏教でいう、悟り、覚醒感がそのまま伝わってくる内容だ。 −−−−−−−−ーーーー *死ぬのは不幸なことなのか ー? −−−−−−−−−−−− 死は、恐るべき避けるべき事柄と、深く思い込んでいる。転倒した生存本能としての死の恐怖は、人生の孝、 不幸を量るわかりやすい目安とも化し、観念と現実からも判然としないまま、今も岩のように人類を縛り付けている。 死は、恐れるべきものではなく、あるいは祝福すべきこと、喜ばしきことなのかも知れない、 という可能性である。これは死は恐ろしいもの、と言う可能性と同じく、その論拠は無い。 それを恐れとして、喜びとしての「死後」を提示することで答えようとする宗教とは哲学は違う。あくまでも、 「死後」を語っているのは、生きている人だけである。永遠として直感される瞬間とは、そのこと自体で生死を越えている。 あるいは、すべての生死を飲み込んで、今である。考える精神として、一直線に前方へと流れる物理的時間塾から 垂直に立ち上がる時、人は、自分が肉体として生き死ぬ自分でない存在であることを知る。生きているか死んでいるかが、 なぜ今さら問題であり得るのだろうか。すべては永遠に存在し、永遠に生成する。今この瞬間に直感されるそれは、 したがって、「死後」ではない。死後などない。死後は死後に存在するのではない。 生の真っ只中においてこそ、 それは永遠の時間として知られるものなのである。ギリシャ人たちが、肉体を墓場であると呼んだことの背後には、 このような確信が存在している。精神でありながら、同時に肉体である我われが、永遠の存在であると同時に 死するべき存在である。しかし、死への恐怖に衝き動かされながら、直線時間軸上をよろめきながら歩いているという 惨めな表象が錯覚であるとしたら,逆に肉体こそ死後であろう。 したがって、肉体が死ぬと いうことは、本来の「生」、すなわち永遠的存在への開放に他ならない。死ぬということは、精神の再びの誕生として、 祝福すべきことでなかろうか。 だからと言って、死すべき肉体を粗末に扱うということにはならない。 摂食、生殖、快楽の意味、幸福の源泉であることで不幸の源泉でもあるところの肉体を、精神がどのように扱うか、 それが肉体によるこの生を、われわれが経験していることの意味だからである。 この生で幸福になるのでなければ、どの生で幸福になることができるのだろう。 じっさい、このような言い方は可能なのだが、生きながら死んでいる、かの「永遠」を想うその時間、思考の切っ先が 幽明の境に溶け出していくような、自分が誰で何であるか、およそ知りえないことすら快いような、それはその意味で 至福の時間なのである。いや、時間ではない。形而上には時間はないのだから、「存在」と触れ合ったその刹那、 全方位に底が抜ける万象の光景というべきだ。今ここに(生きて)在ることの奇跡、とは、正確にはこのような事態をいう。 死なずに生きていることが奇跡ではない。 存在が存在していること、そのなぞに驚いている自分が 存在していること、そのことが奇跡なのだ。すなわち、謎なのだ。謎を見てしまった者にとっての幸福とは、 何か、謎と心中することと似ているだろう。観念にすぎない死を恐れ、観念にすぎない死後を空想することの、 不幸は、真正の形而上学を経ることで、何がしかの甘味な困惑へと変容するはずである。 ーーーー 身体は、生の墓場か? はたまた、糞袋か?それとも、手、足、頭という機能付き道具? 考えれば、いくらでも挙げられる。割り切って、それぞれを使うべし!ということである。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月22日(火) 1694, 「官から民への流れ」の一現象
選挙の自民大勝を受けて本格的に小さな政府に向けての動きが本格的になってきた。 まずは政府系の金融機関の大鉈がふるわれることになった。中小・零細企業は大きな岐路に立たされる。 (X_X;) ところで身近でも、面白い動きが出てきた。 求人を出していたところ、『財団法人・雇用能力開発機構センター』 という所より連絡が入った。国から、雇用を促進するために委託をうけた独立行政法人という。 ・雇用保険を受けている人で、ある職業を希望している人の仕事を ・三ヶ月間、希望先で実習・訓練して、互いに合格すれば入社をする。お互いに不一致でも、本人の職業訓練になる。 ・その期間、求人側は採用不採用に関わらず約2万5千円を補助してもらえる。 求職者も雇用保険を貰いながら、一日500円の日当が支払われる。 ・パート、準社員の求人でも雇用保険と社会保険が支払われれば適用範囲になる。 ( ) ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ 解りやすくいえば、今までの丸抱えの職業訓練を、「一日500円払うから、 就職の適正を互いに見合うという条件で現場で教えてくれないか」という仕組みである。 よく考えたものだ。採用する方も三ヶ月という期間、雇用保険も社会保険を支払わないで 済むというメリットがある。 三者両得という理屈に合った仕組みである。 ?¬_¬)nannjai 現在、職安に行くと30台ほどのパソコンが並んでいて、求職者で満杯で、一昔前の様子と様変わりという。 全く求人する方も求職する方も、世知辛い世の中になったものである。考えてみれば当たり前のことでしかない! フウ〜 ( ̄ω ̄;)!! ーつづく ・・・・・・・・ 2004年11月22日(月) 1329, 教養と自由とバカの壁
「教養とは自由になるためのアーツ(芸術・芸)」と、昨日の読書日記で書いた。 そういえば「自由」について以前書いたことがあった。 (後に、コピー) そこでは、自由について ・積極的な自由とは、自分の真にしたいことを見つけて追求すること、 ・消極的な自由とは、束縛されていることから解放されること、 の二つに分類した。 教養とは、「真に自分がやりたいことを見つけ実施していくために蓄積し、知識、経験を芸にまで高めておくこと」 である。また自己を束縛していることから、いかに解放するかのアーツ(芸術)といえる。 「話が通じない時、情報を遮断しているもの」を養老孟司が、「バカの壁」と名づけたが、 情報を遮断している小さな固定観念を一つずつクリアーしていくことが、経験を芸に昇華していくことになる。 自由とは、選択の自由である。多くの選択肢の中から、一つの選択をしなくてはならない。 これは非常に難しいことである。そこには決定という自己責任と結果が生まれてきて、その不安に常に付きまとわれる。 そこに哲学が必要になってくる。 教養としての哲学は、取り囲んでいる壁に対して自覚することから始り、 その壁を土台にすること、そして乗り越えるのに必要になる。 話は少し変わるが、「英語をマスターすることも教養のうちか?」と、問われれば勿論教養のうちだ。 英語を話せる分、読める分、それだけ自由の枠が広がる。特に英語は、現在世界の標準語になっているから。
ーーーー 2004/05/17 1140, 自由についてー1
学生時代より『自由とは何』を考えてきた。そして自分の自由を優先して生きてきた? しかし、よく考えてみたら、自由は自分のしたいことをみつけ、それを追及することであった。 自らの自己実現に対して忠実に生きることであった。字のとおり「自らに由り、生きること」である。 そして自由な生き方ー周囲の因縁や世間といわれている束縛から解放されている状態を理想としてきた。 調べてみると、自由には多くの意味やとらえ方があるようだ。 手の自由といっても、所詮は人間の体の一部としての腕の範囲内の自由でしかない。 といって使い方は自由である。また自由には、当然の責任がともなってくる。 アイザリア・バーリンは自由を「消極的自由」と「積極的自由」の2つに分類した。 ー「消極的自由」とは「他者からの強制・干渉を受けずに自分のしたいことができるという意味での自由」であり、 ー「積極的自由は自己が自己を支配している状態」と捉えられる。 例えばカントは、恣意に従うのではなく「理性」に従う状態が自由であると主張している。 (字数の関係でカット 2009年11月22日) ーーーーー 2004/05/19 1142, 自由について −2 (字数の関係でカット 2007年11月22日) ーーーーーーーー ある時間の断片 11月22日(金) ー1968年 ・8時起床 今日は人事管理に出席。 ゼミの同期の外山君と食事。彼は新潟の三条市の同郷だ。おとなしく誠実な男だ。 彼と行きつけの喫茶店の‘ウイーン’に行く。 田島のグループがいる。 彼らと口泡を飛ばして話し合う。 奥野君も来る、彼は先日突然部屋に訪ねてきた男だ。 ・13時にゼミに参加。 ゼミの先輩で社会人になっている人が二人がきて、社会人になった実感を語る。 その後マクレガー「企業の人間的側面」という本の内容について、読後感を各自発表する。 15時に終了。 その後、16時まで明日のゼミのOB会のネームのバッジつくりをする。 ・帰寮後、大妻大の宮本さんから電話で昨日の件で1人いい人を紹介するという。 かなりの美人だとか。 冗談だったのに、まあいいや、なるようになるだろう。 ・その後、市川さんと飲みにいく。 夜半の2時に就寝する。
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2009年11月21日(土)
「年齢(よわい)は財産」〜日本ペンクラブ編 の随想集の中にあった土居伸光氏の【言葉遊び】ーラ行の受身形ー がよい。 ーその概要を短く纏めてみるとー 10数年前に末期癌で亡くなった奥さんの、死に至る過程を見つめ、彼女が否定的で 受け入れたくない出来事に対して使われる言葉が、感謝へと転換していく姿を愛情を込めて書いている。 ラ行の受身形とは・・・ ・叱られた ・文句を言われた ・虐められた ・騙された ・裏切られた ・嫌われた これらは私達が日常でよく使う受身形。 どちらかというと、否定的で受け入れたくない出来事に使われることが多い。そこで、 「叱られた→叱っていただいた」「嫌われた→嫌っていただいた」など、ラ行の受身形を転換をすればよい。 その結果として、感謝の心を増幅させるだけでなく、人を大らかにし、強くさせる力になる。 奥さんは、絶えることなく襲ってくる激痛に逃げ出すことはしなかった。 直観力が強くなったのだろう、 激痛を事前に察知して、仏壇の前に正座をし、ローソクと線香を灯し、祈りながらそれがやってくるのを待った。 その後姿に、著者は揺るぎない彼女の覚悟が読み取れた。 そして、ある日、 「問題は、すべて私の中にある。ガンを早期に発見できなかったのは病院ではない。ガンそのものが、問題ではない。 ガンは自らがつくり出したもの。ガンは自分自身。誰も悪くない」と耳の疑うような言葉が彼女の口から飛び出した。 その言葉を境に、奥さんは大きく変わっていった。・・・ 激痛を乗り越える過程で受身だった彼女は感謝の心に 変わっていったのだ。 そして余命半年といわれていた奥さんは結局三年生きた。 我われは老いの進行と共に、頭や身体は思い通りには動いてくれなくなる。 第三者から「ラ行の受身形」の言葉= 《叱責、文句、虐め、騙し、裏切り、嫌悪》が、未来の自分に投げかけられる可能性がある。 その都度、心が大きく 揺れるようでは、人生の平安はほど遠くなる。ラ行の受身形を転換し続けることで、すこし謙虚になったように思うという。 文句を言われるのは、文句を言われるようなことがあったからと気づく。そう考えると、自分の至らなさが見えてきたりする。 そうすると、文句を言った人に、怒りではなく感謝の気持ちがわいてきて、嫌な人物がそうでなくなってくる。 今の私には嫌な人物は一人もいないという。 単なる言葉遊びと思われるかもしれないが、 やってみる価値は十分ある遊びである。 この遊びの素晴らしいところは、使っても目減りをしない。 使えば使うほど心は確実に成長し、その結果は微笑みという形をとって顔に現われてくると、無邪気に信じてくるようになる。 ー 味わ深い内容である。 この続きも良いので次回に書く。 これは先日書いた「要は、受止めかた次第」の具体例と 考えるとよい。 その意味で、この文章に偶然出会ったのが不思議である。 書いていて思い出したのが 「もとは、こちら、そのままけっこう」である。 実際に現在抱えている幾つかの問題に対して言葉遊びをしてみたら、 直ぐに「そんな問題じゃないだろう」と、心(言葉)が噴出してきた。 しかし、「遊び、遊び!」と自分に言い聞かせ、 何度か言葉遊びを繰り返すと、あれだけ腹立っていたことが収まってくるから不思議である。色いろな悟り方があるもの。
・・・・・・・・・ 2787, 不況景色 2008年11月21日(金)
・新潟市内の【新潟タクシー】が倒産した。 先日倒産した【新潟相互タクシー】に続いてである。 タクシーの所有が70台、従業員が130人というから、新潟相互タクシーと、ほぼ同じである。 ピーク時の売り上げの半分まで落ちていたというから、仕方がない。 タクシーも、ビジネスホテルも 似たような客商売である。 だから、さもありなんと納得する。 次は何処のタクシー会社?という段階だろう。 二社潰れても,タクシーの台数の一割強でしかない。彼方此方から不況の現場の話しが聞こえてくる。 資産の劣化も始っている。昨夜のNHKの「クローズアップ現代」で、中古マンションの荒廃の実態をレポートしていた。 バブル期のマンションなどが荒廃をして、投売りで暴落、廃墟になっているマンションも出ている。 5〜6年前で2百数十万室もあり、その後も激増しているという。 不動産業者は10年を目安に造り、売却する。 その典型が現在、問題になっているアパとかいう、業者である。 買うほうも深く考えないで目先のファッション服を 買う感覚で購入する。 10年経った後に、大きな問題になってくる。 物件は暴落し、荒廃が進む、という図式になる。 〜〜 ・アメリカのシティと、スイスのUSBの株価が暴落している。 USBは、二年前のフォーブスのランキングの数万社の世界の超優良会社で、ベスト9の会社である。 それが、風前の灯といから、すざましい。 ゴールドマンなど、1〜2ヶ月で、半額以下である。 シティ $ 6.45(−22.85%) UBS $ 9.28(−14.75%) ゴールドマン $55.18(−11.04%) AIGも時間の問題といわれているし、ビックスリーの自動車会社も、実質破綻に近いという。 自動車関連の従業員が、アメリカの就業者の1割を占めるというから、これまた破綻は国家存亡の問題。 生かしておいても、資金の垂れ流しになるし、潰せば世界恐慌の速度を速めることになる。 この金融恐慌、他人事ではないから深刻である。 株価が、ある日総崩れになる可能性を孕んでいる。 恐慌は勝ち組も負け組みもない。全てが、死線の上を漂うことになる。社会的には、失業者が急増、凄惨な事件が続く。 それが地域紛争につながり、そして世界戦争に拡大していく。これに鳥インフルエンザが重なると、60年前の姿と酷似する。 ただ、日常は淡々と流れていくが、気がついたときには生活実態は三分の一のレベルまで、下がっているということ。 まずは、今年の暮から来年の三月までが、第一の倒産ラッシュが吹きすさむ。 トヨタのトップが「市場が消滅してしまうのではないかという恐怖心にかられる」といっていたが、 これから起こることは、想像を遥かに超えたものになる。経済学者が言っていた、「16世紀以来の中産階級の崩壊のプロセス」 に入ったのか。 そうすると、100年に一度の大事件ではなく、1000年に一度の歴史的惨事が待っていることになる。
・・・・・・・・ 2007年11月21日(水) 2422, サブプライム問題 −2 (*´・ω・)ノはよー 前回の記事の続きを読むと、この問題は裾野が広いのが解る。日本でもビルなどの不動産の証券化した債権が 一般の投資家に対して売り込まれている。これはアメリカだけの問題ではないのである。その意味で今年の暮れから 来年にかけては日本でも問題が発生しかねない。更に駅周辺に怪しげなマンションが、奇麗な歌い文句で売られている。 これも不動産債権と大同小異のもの、直接、跳ね返るのが買った本人になる。それさえ気がつかないから深刻である。 ー前回のつづきの記事も解りやすいー −− 株価の値下がりは一般的にはサブプライム問題と言われているが、症状の一つに過ぎない。 根本問題は、アメリカ経済が既に一年前から不況期に入っていることにある。そのことは工業品出荷の推移からも ハッキリと現れている。昨年6月をピークとして急速に落ち込み、昨年10月には前年比マイナスの水準になってしまった。 アメリカが不況になったからこそ、住宅価格が下落に転じ、その結果差プライムが火を噴いたのである。 サプライム問題を考える時、日本人は日本の住宅ローンを考えるが、これはアメリカとは違うのである。 日本では、ローンで買った住宅が大きく値下がりした時に家を売却をしても借金が残る場合がある。 この時に、借りた人間は律儀に残債を返すのが当然と思うことは当然と考える。しかし、アメリカはそうではなく、 家を引渡せば、それで済むのである。更に問題を大きくしたのは、「不動産の証券化という先進技術の落とし穴」である。 その証券化された債権の格付けが、大きな問題になってきたのである。 つまり本物のAAA格債券というのは「お宝債券」なのである。そこでサブプライム担保で組成したAAA格債券の登場である。 「高格付けの債券を買いたいけど、値段が高いのは困る」などとムチャな要求をする投資家に対して、 盛大に売り込まれていったのだ。さて、サブプライムローンを一山集めて、その中から絶対焦げつかない部分を取り除いたら、 あとには、焦げつく可能性の高い部分が山のように残される。そこでこれらの部分を宝くじ感覚の投資商品に編成して 割引値段で売りに出す。もしもローンの焦げつきが予想以下で済めば、投機家は大儲けできるだろう。 まさに一撰干金。 夢見る投機家が喜んで飛びついたというわけだ。 信用度に問題がある客を相手にして住宅ローンを貸す商売が成り立つのは、ローンを全部まとめて投資家に売り払い、 すばやく現金化できるようになった為である。証券化という先進技術の恩恵だ、と誰もが考えたことだろう。 だがここには、あきらかに重大な落とし穴がある。 ローンの証券化を行うためには、 大前提として事前にサブプライムローンが焦げつく可能性が見積もられていなければならない。 もちろん見積もるための数字は存在する。だがその数字は、不動産価格が右肩上がりだった過去の数字だ。 予想を超えて不況になり、予想を超えて不動産価格が下落してしまうと、予想を超えて焦げつきが発生する。 そして損の範囲は「絶対安全なはず」と予想されていた部分にまで食い込んでしまうのだ。 実際に今、格付け機関が「絶対安全な債券」の格付けを下げ始めている。ギャンブルをしていた人間が、賭け金を残らず 失ってもギャンブラーの自己責任だ。だが絶対安全な債券という触れ込みで買った代物が焦げつくかも知れないとなれば 「こんな危ないものは持ってられない。叩き売れ」ということになり、相場は大暴落する。 損を覚悟で叩き売った以上、売った金融機関には赤字が発生する。売らずに持ち続けている金融機関にも評価損が発生する。 金融機関の利益が激減すれば、その金融機関の株価も大暴落する。 なら、ギャンブル型の金融商品の価値は、限りなくゼロになった可能性もある。 そんな紙屑を手放すこともできず、黙って抱え込んでいる会社が、どれだけあるか、誰にもわからないという状況なのだ・・ この構図が誰の目にも明らかに見え始てきた時、株価は暴落への道を始めたのである。 サブプライム問題は、アメリカの不況を原因とする一つの症状にすぎない。 だが激しい咳が患者の体力を急速に奪うように、サブプライム問題が株式市場への不安を加速しているのも事実なのだ。 インフルエンザの症状には発熱もあれば下痢もある。 咳だけが症状ではないのと同様に、不況を原因として、 あらたな症状が噴出す可能性も否定できない。アメリカという巨大消費市場あっての中国だから、 アメリカの不浅が直撃すれば中国株も大暴落するかもしれない。 ーー 以上だが、アメリカはどの様にして、このサブプライム問題を解決するのか。 アメリカの資本がユダヤに支配されているとすれば、先に石油や金などを買い込み、 その値上がりを図るのは当然のことである。更にアメリカの債権を半ば強制的に 買わされ、そのツケを払わされるのは日本などである。隷属国家とは、悲しいものである。 βyё♪ βyё♪ ・・・・・・・・ 2006年11月21日(火) 2058, あたりまえなことばかり −12 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ 死は他者の死しか知ることができない。 そして他者のごく身近な人の悲しみの表情をみて、 死=悲しい、という構図を長年人間は描いてきた。象も死んだ子供や仲間の死を悲しむというが、それも、 その象の表情を見て、勝手に思っているだけである。虚無になる恐怖感と言えども、「無になる」とは 他者の死体を見たイメージでしかない。人生ー生死が何ものか解らないのに意味など果してあるのだろうか? という、疑問が成り立つ。せいぜい、年寄りの老化現象でしかないのか。 といって、意味の意味が、「価値」とするなら、「人生の価値は無い!」と切り捨てることも出来まい。 −−−−−−−−−−−− *死ぬことは不幸のことなのか −? −−−−−−ーーーーーー d(字数の関係でカット 2008年11月21日) ・・・・・・・・ 2005年11月21日(月) 1693, 中学校還暦同期会
あと二ヶ月で還暦になる。(O_O;)Shock!! 中学校の還暦同期会は、考えようによっては面白い。 卒業してから45年という歳月と、義務教育の分別?される前の、危ない場の中学の還暦はそれぞれ思いは深い。 同期会ということもあって、45年ぶりの再開の人が多い。それも、もう恐らく二度と会うことはない人だ。 一昨日が、その中学校の還暦同期会があった。来るべき時が来た!というのが、実感!。 そして興奮と感激の連続であった。koufun (+`ω´+)∩・・驚いたのが、学年の三分の一の108人が集まったことだ。 (私のいたクラスは一番まとまりのあるクラスだが、五分の一だった。) 長岡の一流?の料亭の鴨川別館で、会費が写真込みで一万円。幹事は大変だったはずだ。 ase ∩(+`ω´+)∩・・・キュゥ 二次会はフロアーを変えた別会場で設定してあった。ほぼ8割が出席していた。(別料金)不景気、料亭も考えるものである。 これでは、スナックは大変だ。 ヽ(゚Д゚;)ノ!! 還暦に神社で御祓いの習慣があることをはじめて知った。わざわざカジュアルの服装で行ったが、男の8割が背広であった。 還暦とは、成人式と同じ感覚なのだろう。 還暦が過ぎると、「生老病死」の問題がシビアに出てくる。 反面60歳代が人生で一番面白いとか? 準備してきたかどうかで決まるだろうが。(O.O;)(oo;) (^_^)/~~ ・・・・・・・・ 2004年11月21日(日) 1328, 「哲学者たちは何を知りたかったの?」−1 −読書日記 ー教養は何故必要か?−
ふと本屋で立ち読みをしていたら、ー教養とは自由になるために必要なアーツー という文章にいきあたった。。 早速買ってきて読んだが、なかなか読み応えのする本であった。特に教養に対して、ズバリその本質をついている。 ー「日本で教養というと、大学の教養課程やその延長線上で身につけるものと受けとめられがちだが、本来教養とは、 人間が自由(リベラル)になるために必要な(アーツ)だったのです。ですから、教養としての哲学、教養を持てば、 それがガイドやパイロット、あるいは乗り物となっているので、脳空間の中を自由に飛躍でき、さまざまな世界を のぞき見ることが可能になる。人間は、神のもとから自由な空間に解放され、そのために多くの不安や悩みを もつようになりましたが、教養としの哲学を持つことで人間として生きていくことの素晴らしさを味あうことができ、 それがまた、不安や悩みの解消につながり、「幸せ」を招来してくれることも確かです。ーー −以上だが、なるほどそのとおりである。生まれでたと同時に、多くの刷り込みが行なわれるが、 教養とは、それを乗りこえる為のパーツの総量ともいえる。教養といえば、字のとおり「教え養われたもの」であるが、 それでは、「それが何のため?」といわれると、言葉に窮してしまう。 一流の職人が「おれ中学しか出てないけど、大学を出ているのと、あまり変わらないと思うんだが?」 という素朴な言葉の中に、多くの問いかけと答えが含まれている。 現象が全てなのだから、それはそれで仕方がない。彼は言葉の中に含まれる意味の世界とは全く無縁であるから、 目の見えない人に視覚が解らないのと同じことである。 しかし、その分他の感覚が研ぎ澄まされるようになったから、一流になれたのだ。 宇宙から見れば人間の存在などチリ以下、いや地球の存在自体チリ以下であることを考えれば、その知識の差、 教養の差など些細なことでしかない。しかし、せっかくこの世に生を受けたからは、この宇宙のこと、地球のこと、 自然のこと、人間のことなど、可能な限り知り体験することは大事なことだ。 人間という拘束された存在を自覚して、少なくとも刷り込みの拘束から自由になることが最も重要である。 私が最も嫌っている、「教養のないオバちゃん」「小狐のような男」とは、現象が全てと信じて疑わない 世間という世界の住人をいう。 束縛されている自分に全く気が付いてない存在である。 人間である限り全ての人に、その要素が殆どを占めている。それを、最小にしていくのが人間の一生の課題といってよい。 読み応えのある本であるが、この随想日記でシリーズで哲学について書いたベースがあったので興味を持って読むことが出来た。 しかし、刺激的な内容でもある。「飛岡健が哲学を書くと、こういう風なのか」という視点を持てるのも、 そのベースがあったためである。教養は、積極的自由を得んがための知識の総量ということか! ーーー 「哲学者たちは何を知りたかったの?」―はたして、彼らは“答え”を見つけられたのかー (河出書房新社)飛岡 健【著】 ------------- 2003年11月21日(金) 961, 「いらっしゃませ〜!ぽんぽこぽん〜」 (字数制限のためカット 09年11月21日) ・・・・・・・・ 587, 方針について - 2002年11月21日(木)
ある経営セミナーでなるほどとイヤに納得をした事があった。「経営方針とは何々をするというのではなく、 何々は絶対にしないという事である」非常に解りやすいし、ずばり本質をついている。枠をハッキリ明示して、 エネルギーの分散を避けることだ。何かをする為には何々を守るためには何々はやらないという事を明示しておく事だ。 家訓などはそういえばそうだ。 住友の家訓は「浮利を追わず」がその典型だろう。 父は「無借金経営」であった。 家訓は ・請け判はするな ・実力以上のことをするな ・質実剛健ー贅沢するな ・肩書きを求めるな−ライオンズやノータリンクラブにはいるな! 2代目が家を潰してしまうのは、家訓をふみはずてしまうケースが多い。 家訓に縛られて何もしないのも問題だが。 老舗や名家は代々続いたその家訓が光り輝いている。
・・・・・・・・・ [234] ゼネコンの世界-1 - 2001年11月21日(水)
26歳から増築2回も含め八回工事を経験したことになる。その業界の深さ、得体の知れない不気味さを書いてみよう。 (字数制限のためカット 09年11月21日) ・・・・・・・ ある時間の断片 −11月21日 1968年 11時過ぎ起床。 12時に登校、学食で食事後、「価格理論」に出席をする。 16時から寮の駒村君のところで過ごす。18時に、大妻女子大の宮本さんと、その友人が間中君のところに来る。 宮本さんに「誰か可愛い人を紹介してよ!」と冗談を言うと、話がこじれてしまった。 二人を侮辱してしまったようだ。 二人は可愛くないといっているようなものだった。 後味が悪い事になってしまった。 どうも最近、無神経すぎる。唯我独尊の自分が知らないうちに周囲を傷つけてしまう、困ったものだ。 ー2003年11月20日記 何かこういう文章を見ると、今と全く変っていない。 知らないうちに人を傷つけている。 全く、もう!と思う。 この性格はどうも昔から蒲鉾ー板についているーのようだ。
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2009年11月20日(金)
韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店火災で7人が死傷したが、 色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 一般的に地震や火災などに遭遇したとき、 人はどのような心理状態で行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 答えは2という。 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は速やかな 避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与えるために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れと なることもある。一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限りパニックなど起きないという。 過去の大災害時に助かった人で、一番死亡しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。 逆に一番助かりやすいのは「家族」で、行動を共にする人がいること。 また若い人ほど生存確率は高い。 家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも高めるということ。 マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、早めの避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、 また金持ちほど助かりやすいデータもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。 状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるかどうかが分かれ目になる。 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める効果がある。神戸の震災は復興はしたが、 経済的な後退感は否めない。それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、それを機に 都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することができたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、 衰退期の災害は一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。 飛行機事故で数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。 :天声人語に以下のような文章があった; 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した ◆車で日本全国を廻ることを“晩年の糧”にしていた筒井さんは、ボランティア活動にも積極的に参加、周囲からも慕われていた。 事故当日、富士山に登るため現場に着いた筒井さんは、天候が悪かったので車を駐車場に止めて待機していた時、事故に遭った。 天候が良かったのなら…無念すぎる偶然である◆落石は、偶然が重なったところの、数万、数百万分の一の確率で起きた事故。 しかし、落石の位置とタイミングは、まるで、筒井さんに照準を合わせたかのように…“正確”に筒井さんを襲った。 もし、落石が20センチ、30センチでもずれていたら或いは、助かっていたかもしれないのに…◆先日、イエメン航空機が インド洋に墜落、乗客乗員合わせ153人が絶望視された。ところが、13歳の少女が、奇跡的に救助された。 闇夜の荒れた海、少女は遺体や機体の残がいの間で発見された。救助チームの責任者は、「これは奇跡ではなく、 神の意思としか思えない」と語った◆思いもよらない場所で落石にあって死ぬ人、一万メートルの上空から墜落した 飛行機事故で助かる人、中には、何千、何億分の一の確率で「生死」を左右する事故も、少なくない。 すべては“偶然”なのだろう。しかし、そこには、偶然ではない力…運命を操っている存在が“偶然”を 演じさせいる?ような気がしてならない。
・・・・・・・ 2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! 2008年11月20日(木)
ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー 【 私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、干葉拘置所に拘束されていた。 その間、私を悩ませた課題は、「自分は何故生まれ、何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問であった。 ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。その中で私を惑動させたのは、 宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言であった。 〈 すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。 個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。 この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。 〉 彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。 朝から二度倒れ、四度嘔吐した。 その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。 年ゆくや天につながるいのちの緒 春樹 この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つであることを直感したのだ。 エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で体験したのである。そして平成十六年九月一日、 私は静岡刑務所の独房の中で、自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の疑問が あっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために地球に生まれて来た、ということだった。】 −− 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と違うところは、 そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中で、絶望の底で、実感として掴み取ったことである。 ‘ゲームとは、到達地点を決めて、その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’である。 人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に楽しみ、味わうかにある。 それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなるのである。 【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】という一休の詩がある。 せっかく、客として呼ばれたからには、この世の人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難や悲しみ、というのが少しは分かるが。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。 何か際どい話になってきたが。
・・・・・・・・ 2007年11月20日(火) 2421, 閑話小題 ヾ(´∀`o)+。才ノヽ… *携帯電話・パソコンが変えたこと (字数制限のためカット 09年11月20日) ・・・・・・・・ 2006年11月20日(月) 2057, あたりまえなことばかり −11 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! −読書日記
「死と生」は、考えるほど不思議で尽きない。この無限の宇宙の中で、何で此処に自分が存在しているのだろう。 60年生きてきたが、「自分にとって死はない」というし、永遠は「いま、ここ」にしかないというし、 人間しか持ち得ない「観念」によって、動物のように十全に生きられないというし、 人間しか持ち得ない精神の思考によって、生物体としての死の恐怖を看破し得るという。 先入観ー馬鹿の壁ーがビッシリと脳にこびり付いていた自分の人生に、ここで気づいている愚かさ! そして、周囲を見て、まあいいか、と思っている愚かさ!自分にとっての時間は生まれ死ぬまでの時間ではない。 永遠は、「いま、ここ」に、垂直に、立ち上がる! なるほど、その通りである。 我を忘れるほどの感動の、あの瞬間! 縦に立ち上がっていた! 永遠に今も続いている。 薬物でもできそうだが・・・ それは、末期の時の一服の楽しみとして、とっておこう! **** Ψ( `▽´ )Ψ ケケケケ♪ ーー *死ぬことは不幸なことか −?
人間のみが自殺する生物であるのは、人間においてのみ、死が観念として対象化されているという 事実を端的に示している。 観念でない現実の死。とは、どういうことなのか。 多くの人が、人間は死に向かう存在なのだと長く教えられてきた我われが、そのまま長く思い込んできた、 未だ気づかない間違いが、ここにある。考えてみれば、観念でない現実の死を考えるとする正にそのことによって、 死は常に観念となるという事実。観念でない現実の死など、観念としてしか存在しない。 しかし人は死ぬではないか、と人はいう。確かに現実に人は死ぬ。死ぬのは常に他人であるという事実について考えてみる。 他人の死は自分の死ではない、そこにも自分の死は、存在してない。人は、他人が死ぬのを見て、死を観念として対象化し、 それを自分に類推して、自分の死が現実に存在すると、思い込んでいるに過ぎない。ここでもあくまで観念でしかない。 笑うべきことだが、自分の死を考えようとして与えられている思考の真空、自分がいないとということを、 考えている当の自分に、どうして考えることができるのだろうか!かくして、哲学が誕生することになる。
精神は思考することによって、生物体としての死の恐怖、その錯覚を看破し得る、だから、考えることこそが、 善く生きるということなのだ。おそらく、生物に存在するのは生存本能であって、死の恐怖ではない。 生きようとするために死を避けるのであって、死を避けるために生きているわけではない。 人間という生物においてのみそこが転倒しているのは、自ら課した観念による錯覚のためで、人間は動物のように、 十全には生きてはいない。それ自体で転倒している死への恐怖を逆手に取り、再び大きく転倒させるものが宗教である。 あるいは、宗教は考えられないものとしての自分の死、思考の真空地帯のそこに、「死後」の絵を画く。 あたかもそれが、生の続きのように。しかし、「生の続き」としての「死後」とは、どのようなことでありえようか。 自分の死が観念としかあり得ないのだから、その「死後」というのも、文字通り観念としかあり得ないのは自明なことだ。 死が観念なら死後も観念である。ふと気づけば当たり前のことである。 人が死と対になった「死後」という観念から 離れられないのは、真空への恐怖だけでなく、時間の一直線に前方に流れるものという時間認識の錯誤にもよるのではなかろうか。 時間は一直線に前方に流れるという人々の表象の原型となっているのは人は誕生から死へと向かう存在であるという人生の表象。 人は、物理的肉体として生まれ、育ち、次第に老いて、次に死ぬ。時間は、そのような物理的現在、物理的瞬間の重なりとして 表象されているのである。しかし、この時間表象によっては、決して表象されないときがある。 それが、それらを表象している正にこの現在、時間は一直線に前方に流れるものだと表象しているこの瞬間である。 「瞬間」など、どこにもない。捉えられるものではない。なぜなら物質ではないからだ。すると時間を物質によって表象し、 肉体の生死に等しく一直線に前方へ流れるものとのみ思うのは、誤りであることになる。 これは、自分の死はあり得ないという例の事実を裏から支持する。物理的時間のうちに存在しない自分とは、物理的肉体ではない。 すなわち、自分は生きて死ぬこの肉体ではないということに他ならないからである。 死なない存在に死後はない。宗教が「死後」に言及することによって多く誤るのは、あたかもそれが時間的前後であるように 聞こえてしまうことによる。「死後、永遠の生命を得る」。しかし、「永遠」とは「死なない」ということ以外のいかなる 意味であり得ようか。 永遠が死後にあるとは、既に破綻している。我われの言語の構造が、物理的時間とは異なる時間の ありように言及することを拒んでいる。宗教が誤るのは、一直線に前方に流れ、死へ崩落していくと思われているこの人生に、 「意味」を語ろうとしているところにあるだろう。 −− 自分は生きて死ぬこの肉体ではない、というが・・・まあ、わからないでよいが、 しかし考え続ける必要はある。 それしかないのだろう。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月20日(日) 1692, 二つのトッテ
「ものごとにはすべて、二つのトッテがある」という諺がよい。 (人`∀´)ィヒッ♪ 何ごとも両面がある(今さらだが、例えとして判りやすい)+面の取っ手を掴む癖をつけるかどうかで 人生変わってくる。 私のみるところ、意識をしてプラスを掴むようにしている人は1割も満たない。 平気でマイナスの取っ手を掴んでいる人をみると、その異様さに唖然とする。 家内にいわせると、 おばさん系の地味な服装の人に多いという。話題に暗い話をするのが恒例になっていて、マイナスの話に 快感を覚えているという。 ン・・ ヘロヘロ α〜(´`d)ぱぁぁんちぃ 「この人!マイナスのトッテを意識的に掴んでいるのではないか?」と確信してしまう人が多い。 人事ではないか? 弱者ほど、その傾向が強い。必ず対象のマイナスに気持ちがいっている反面「このプラスに隠れているマイナス面は 何だろうか」を何度か自問しないと、とんでもない落とし穴にはまる危険があることも確かだが。(゜o゜(○ 「良い言葉は、良い人生に導く」結局、上手くいってない人生の人は、内語に知らないうちに マイナストッテー言葉をつかっている。 baka!( ^ω^)ノビュゥゥゥゥ ξξ ((((o+ω+)o ヒィ 運命は我われに条件を与えているが、それをどう使うかで幸・不幸が分かれてくる。 トルネード!( ^ω^)ノ シタネ〜 ・・・・・・・ 2004年11月20日(土) 1327, まさか、地元で大地震が!ー14
今回の損害は、おおよそ3兆円と発表された。 ・インフラー高速道路、山間部の斜面などで、一兆二千億 ・民間家屋、7000億 ・商工関係、3000億 ・他 8000億 という。 阪神大震災が兵庫県だけで9兆9000億というから、その三分の一の損害規模になる。 阪神大震災が都市型であるのに対して、中越地震は山間型地震の典型だ。 損壊した家屋が4万8千戸。そのうち全壊とほぼ全壊で2300戸という。 現時点で、解雇が50社で420人。 この地震での事業への影響は、目先プラスであるが、当面の復興の為の応援が収まったときのことを考えると 背筋が寒くなる。長期的にみたら、この大震災は新潟県にとって大きなマイナスである。 目先の資金の確保は非常に楽になるが、消費マインドが冷え込む。 ことの深刻さは、日が経つにつれて深くなってくる。本当の問題が出てくるのは、これからである。 ただ年内に新幹線が全面開通の見通しが経ったのが救いである。 ・・・・・・・ 2003年11月20日(木) 960, バードウオッチングの面々−3 字数の関係でカット(2007年11月19日) ・・・・・・・・ 586, 不気味 - 2002年11月20日(水)
株が連日底割れをしている。 日経平均8千円割れも目前になってきた。 さらに悪いのは銀行株の連日の下げである。UFJとみずほ銀行が50円額面で100円を割ってしまった。 UFJが年内、みずほが来年そうそう国家管理になるという噂も、現実味をおびてきた。 昨日一日早く週刊朝日が手に入り、木村毅の銀行トップ批判の記事を読んだ。日本経済の実情は一般のマスコミが 言っている以上に悲惨だ。団塊年代の世代交代期と情報化による時代の変化が重なっている。 これが今の日本の悲劇的のところだ。先日もその世代の宿泊客の自殺未遂が自社ホテルであった。 しかし不良会社の清算はしなくてはならない。イラク戦争のドサクサでやってしまうのが政府の狙いだろう。 次の朝鮮戦争?が控えているから、やはり先倒しで?整理はしておいた方が良い。イヤやるべきだ! 装置産業の当事者として他人事ではない。 悲壮な話しだが暴風は覚悟はしなくてはならない。 今までが良い時代だったと割り切った方が良い。実際のところ来年は想像するのも恐ろしい。事業も社会情勢も。
ーーーーーーー 「233]」イチロウ - 2001年11月20日(火)
「今の天才と言われる新人類は,皆コンピューター付きマシーンを使っている」とメケメケの美輪?が言っていた。 バッテングマシーンに,何か工夫をしているのではないかとは思っていた。それが昨日のBSNHKのイチロウ特集で、 その秘密の一部を知る事が出来た。それは何か! 「テニスボールを投げ込むマシーン」であった。 それで230?のテニスボールを投げ込み、スピードに対し目を作ることと、反射の訓練をしていたのだ。 これが彼の秘密のかなり本質の部分と直感した。スピードに目を慣らすのだ。実際に球がきた時に、緩く見えるまで 訓練するのである。そこに赤と黒で数字が書いてあった。 それが見えるまで訓練するのだろう。 バッテングと守備の捕球に対して、球の見極めができるよう訓練をしていた。 子供の時から、そのマシーンを 使っていたのではなかろうか。脳と身体のサイボーグ化をしていたのだ。脳作業もしっかりしていた。 もちろんそれだけでは、あれだけのプレーはできない!その上に努力を人一倍重ねたのだろう。 努力は誰もできる、ようはその方法を如何見つけるかだ。イチロウは自分の練習を人に見られるのを極端に嫌っていた。 他にも彼なりの科学的方法を積み重ねていたのだろう。3年前に森監督の講演を聞いた時 「イチロウは王・長島とは格違いのレベル」と言っていた。そのとうりになってきた。
・・・・・・・・ ある時間の断片 ー1968年11月20日(水曜日)
11時過ぎ起床。 14時に市川さんがくる、休みのようだ。 彼は早稲田を卒業をして、この春より医薬品メーカーに勤めている。 MEという職種で、医者病院まわりが仕事だという。この8ヶ月でまるで人が変わってしまった。お医者さんのオモリだそうだ。 勤めると彼のようになると思うと複雑な気持である。 すごく自分と性格が合うが、理工系で生真面目な人である。 その後、風呂に行き、Tvを見て食事をしたりしてすごす。22時から夜半の2時まで卒論のまとめをする。 もう市川さんのように社会に出なくてはならないのだ。最後の学生生活をもっと有意義に過ごさなくてはならない。 いい加減な生活だ。あと4ヶ月でジャスコオカダヤに就職だ。三重の四日市に行く事になるだろう。
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2009年11月19日(木)
「いやな気分の整理学」―論理療法のすすめ 岡野 守也 (著)
最近、どうもこうも不機嫌なことが続く。年齢的からみて誰もが通らなければならない60歳前半の欝症だろうか。 それまでは、いやな事があっても次の事象が起これば直ぐに切り替えが効いたのが、年齢的な衰えからから、 以前のように切り替えに時間がかかり何時までも引きずってしまう。 いやな出来事A(失敗・陰口・争い)→ 結果C(落ち込み・腹立ち)が生じると、それは失敗や陰口と思いこむ。 しかし論理療法のABC理論は、AとCの間にB(Belief)を入れる。 出来事・A → 考え・ビリーフ・B → 結果としての感情・Cとする。 「いやな出来事と感情の間に、それに対する受け止め方・考え方があり、それが感情的な反応を決める」 要は「どう受け止めるか」である。 Bで肯定的思考に変えることで、暗い性格から、明るい性格に換えてしまう。 論理療法の創始者エリスは「ねばならない」「であるべきだ」「であってあならない」「はずがない」という非合理な 思い込みが、不健康な否定的感情につながると指摘。「絶対にうまくやらねばならない」「私の人生は完璧であるべきだ」 「こんな不公平があってはならない」という思い込みが、いやな出来事Aをいやな気分に変換してしまうとする。 そこで、論理的な対話型セラピーによって、非合理的考え方、イラショナル・ビリーフを解消するのが論理療法。 *「私はまったく無力です」という人には「歩いてここまで来られたのですから、歩行能力があるんですよね?」と 話を持っていき、ご飯を食べたのだから咀嚼力も消化力もあるし、目が見えているから視力もあるじゃないですか という風に誘導。 人間の心はおもしろいもので、「自分は無力だ」と考えると、無力感が襲ってくる。 「微力としても、力はある」と考えると、少し力が涌いてくる。 思い込みの内容を意識して言葉として表出させて、 論理的な説得を繰り返すことで、感情の自己コントロールが可能な性格に変えようと持っていく。 肯定的思考法に似ているが、マイナス思考を無視するのではない。 *「落ち込み癖」を治すには ・「ダメな私」=自己非難 ・「かわいそうな私」=自己憐憫 ・「かわいそうなあなた」=他者憐憫を、まず止めること。 夫婦で慰めあっているのがいるが、まあ、「可哀想な貴方たち」ということだ。 そのうち、互いにダメな貴方になるが。 そのためにはミッション・ステートメントなど、自分の信念を箇条書きにして、それをビリーフにすればよい。 「出来事のうけとめ方」とは「自分で自分を説得すること」で、気分を合理的に整理する方向に持っていくことになる。 他にも気分を整理する働きとして、般若心教に、ウォーキング・セラピー(こんな言葉はないが)に、日記に、カラオケに、 秘境ツアーに、あげれば限がない。 私の場合は、嫌な気分の原因を集中して考え続けていると、ある時点で、消えていく。 その時間査定も、その中でしてしまう。初老性欝症状は軽く終わりそうだが、あと半年? その後は、慢性老人欝症かいな?
・・・・・・・・・ 2785, 恐怖指数 2008年11月19日(水)
11月17日付の読売新聞・一面の「編集手帳」が面白い。 〜 【 アメリカで4年に1度、注目を集める経済指数がある。大統領選の行方を占う指標とされる「ミザリーインデックス」である ◆日本語訳は「悲惨指数」「窮乏指数」と悲壮感が漂うが、要は物価上昇率と失業率を足した数字のことだ。 これが10を超えると、米国民は経済失政に怒り、政権交代を望むという。 8年ぶりに民主党のオバマ氏が大統領選を制した今年、指数は6月から10を超えている。 歴代大統領では、指数が高かったフォード、カーター両政権は短命だ ◆ 政権交代との因果関係は定かでないが、指数が上がると政府の無策を嘆く人が増えるのは間違いない。 実は、日本も6を超え、1980年代前半以来の高さになっている。経済政策への不信感は、相当に強いに違いない ◆注目の指数をもうひとつ。シカゴの取引所が算出している「恐怖指数」は、相場が急降下、急上昇を繰り返すと上がる。 米同時テロの混乱時でさえ40台だったが、先月は80ほどに跳ね上がった ◆恐怖のジェットコースターが転がり出さぬよう踏ん張れるか。 ワシントンの金融サミットに集結した各国首脳の有言実行にかかっている。(2008年11月17日01時36分 読売新聞) 】 〜〜 アメリカは 窮乏指数=失業率+物価上昇率が10を超えると政権交代を望むというから、日本はどうだろう? 恐怖指数が、米同時テロの二倍というから、現在のアメリカが如何に深刻かが窺える。 日本の株価が、一年で半分以下というのも恐怖指数からみれば、とんでもない数字である。 穀物や石油価格乱高下からみても、日本の恐怖指数は異常に高い数字である。 「悲惨」と「恐怖」も、後進国からみれば、さほどのことはない。要は心理である。 しかし、現在の恐慌前夜の恐怖は、ただごとではない! 「自分がどうしようもない事態に対しては悩むことはない」 というユダヤの格言があるが、しかし、悩むからこそ対処の知恵が出るのだろう。 同じことなら、ゲーム化するか?
・・・・・・・・・ 2007年11月19日(月) 2420, サブプライム問題 ー1
新聞広告につられ年に2〜3度しか買わない週刊誌を先日買って読んでみたが、なかなか面白い内容であった。 大体が週刊誌は期待した半分も中身がないが、週刊文春の11月22日の発行の「50年に一度の『株価クラッシュ』が始まった!」 の特集は、どれも考えさせられるものばかりであった その中のアメリカのサブプライムの問題はもしかしたら大恐慌の引き金になるほど、根が深いようである。 「住宅の借り入れ金の範囲しか責任がない(借金を返せなくなったら、その物件を銀行などの債権者にひき渡せば、それで済む) のがアメリカのノンリコール制度。 この制度のおかげで、不良債権化した物件や債権を引き渡された銀行は、 担保割れの物件の山になる。 まだ住宅の相場良いうちは問題は生じないが、相場が崩れると、強気で貸し付けてきた銀行の 損失になってしまった。それが数十兆円、百兆以上?もあるというから尋常でない」これでは大恐慌になっても不思議ではない。 どうなることか? これに石油高騰と穀物高が重なったのだから・・・来年は、更に荒れる年になるのは必定! (*´_⊃`)ノ゜*。・・+。゜*゜【gOOd morning】 ーーー *まずは週間文春の一部を紹介してみよう* 日本人はつい日本の住宅ローンの常識によって物事を判断してしまう。 だがこれは大きな誤りだ。日本では、ローンを組んで買った住宅が大きく値下がりした場合、 家を売却してもなお借金が残ることがある。この時、借りた人間は律儀に残債を返すのが当然だと私たちは思う。 だからこそ日本では不況が恐慌に発展せずに済んだのだが、同時に十年以上も延々と不況が続いたのだとも言えるだろう。 日本の住宅ローンとは異なりつアメリカで一般的な住宅ローンはノンリコースローンである。借金を返せなくなった場合には、 担保、に入れていた住宅をお金の貸し主に渡してしまえば、それだけで借金から解放されるという契約なのだ。 日本の常識から見ると、アメリカの住宅ローンは、経営方針が大甘のカジノみのたいである。 金も持たずにやって来た客に対しても、喜んで賭け儲け金を貸してくれるという大甘の カジノである。 客が勝てば(=買った住宅が値上がりすれば)勝った差額を自由に持って帰ることができる。客が負けたら、 手元に残った残金だけ返せば(=担保となった不動産を引き渡せば)それ以上は責任を追及しないというカジノである。 こんな大甘カジノなら、客は殺到するだろう。大繁盛すること(=住宅の価格が高騰すること)間違いなしだ。 だがカジノが繁盛していることと、カジノが儲かっていることとは、まったく別のことなのだ。 住宅への需要が水膨れすれば、価格が高騰するのも当然であろう。 だが、どう転んでも客が損しないサブプライムローン の仕組みが成立するためには、住宅価格が右肩上が滑りで、今日よりも明日にはさらに高い値段になる必要がある。 ところがアメリカは昨年末には不況入りした。当然、住宅需要は減ってくる。 みんな、一斉に勝ち逃げしようと考える。住宅の売り物が増えてくる。価格は下落に転ずる。 そうすると、サブプライムローンで住宅という賭け札を買うてギャンブルに参加した人たちは、 もはや手元の賭け札を高値で転売することができなか。つまり賭けは失敗したわけだ。 だがこれではローンの貸し手が困ってしまう。住宅価格は下がっているのだ。 自分たちの手元の担保流れの住宅を叩き売れば、住宅相場はさらに下落する。 貸金の回収がますます困難になる一方だ。 ーつづく −−−− これでは、裾野の広い住宅関連から大不況が飛び火するのは、火を見るより明らか。 この続きは、明日載せるが、今週の文春は買う価値あり? サョォォ━。゚(゚´Д`●゚)゚。ナラァァ━ッ!!!! ・・・・・・・・ 2006年11月19日(日) 2056, あたりまえなことばかり −10 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
内語は、声を出すと独り言になるが、独り旅で内語というカタチでブツブツ言っている自分に気づくことがある。 毎朝のウォーキングも内語が活発化している。内語といえば、この随想日記の同月同日の数年分を読み直しているとき、 そうか、そうか、と読みながら独り発語しているのは内語の究極と思える。まあ、このHPも内語そのものと言えよう。 そう、今年の3月から始めたモーニング・ページ(起きざまに白紙のノートに思いつくまま書き出す)も、 自己対話の形式の内語である。この良さは、頭で考えていることは、ほぼ些細な事と鳥瞰できることだ。 まあ、砂金がたまに見つかるのが・・・ この自己対話で質問者と回答者の対立が深まると、分裂症状になるが。 近くの居酒屋の親父、厨房で頭に浮かんだまま声に出している。 私のことを一度「あいつ、俺には合わないんだよな〜」と、 言っていたか・・ ブログなど、内語だった地声?を、そのまま公開することである。内語は考えるほど面白い形式だが・・ ー孤独とは苦しいものなのか ー *「内語」と「孤独」について
「思う」とはどういうことだろうか。 何かを思うとき、思っているのは自分だが、思われているのは自分ではない。 これは、よくよく不思議なことでなかろうか。「思う」というこれだけの出来事で、自他の区別はまったく不明瞭なのである。 あるいは逆に、「思う」ことによって、自他がそこで出合うのである。 孤独なもの思いにおいてこそ、人は世界へと開かれることができるという逆説、孤独な思索者の内なる饗宴である。 「内語」という現象にそれは極まるだろう。自分が自分に語りかけると、普通にわれわれは思っている。 しかし、自分が自分に語りかけるとは、一体どういうことであろうか。 もしも自分が自分として完結しているば、そこに語りかけるという行為は発生しないはずである。語りかけるとは、 問い尋ねる、確認する、疑念を発する、同意を求める等、本来的に他者へと向けられる行為である。 しかし、語りかけているそこには、目に見える他者など、存在していない。 すると、そこに語りかけているのは誰だろうか。なるほど「自分に」だと言うしかない。 だからこそ、他者として、語りかけ語りかけられている自分とは、自分にとって自分なのだろうか、 他者なのだろうかという問いが、いよいよ悩ましいものとして立ち上がることになる。 自分である、他者であるということは、自分であるという正にそのことにおいて、 いかにしても自明のことではあり得ないのだが、この場面において人は、目に見えるもののみ信じすぎる。 (以下、字数の関係上、カットー2008年11月19日) (*^○^*)ノ ホンジャ!また ・・・・・・・・・ 2005年11月19日(土) 1691, ザ・マインドマップ−4 ーマインドマップのメリットといえば、 (字数の関係でカットー2007年11月19日) 〆(∀`*) ・・・・・・・・・ 2004年11月19日(金) 1326, 海外旅行ー履歴
今までいった旅行履歴である。あらためて、よく行ったと自分でも感心する。 60歳まで50回という目標は無理であるが、年二回のペースなら63歳に達成する。 この不況の中、年二回のペースを守れるかどうかだが?70歳まで、年二回のペースを守ると65回になる。 このくらい行けば、心の大きな財産になり、人生に対する悔いは残らないだろう。 ある地区に偏らないで、まんべんなく行っていた。 「オーストラリア、アメリカのグランドキャニオン、東欧、モンゴル、インドネシアの辺りが空いている」 が、今のところあまり行きたいとも思わない。 「43」北イタリア −2005・10 「42」オーストリア ー2004・08 「41」アイスランド ー2003・10
「40」アラスカ 2003・07 「39」パタゴニア ー2002・12 「38」スイス 2002・07 「37」西アフリカーコート−ジボアール ・ガーナ・ベナン・トーゴ 2002・03 「36」ベトナム ー2001・11
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ 2001・06 「34」メキシコ 2001.01 「33]モッロコ ー2000.11 「32」パキスタン・中国 2000・06 「31」シリア・ヨルダン・レバノン 2000・04
「30」ノルウエー・トロムソ ー1999・12 「29」ケニア・ヌー ・08 「28」イスラエル ・04 「27」ネパール ・02 「26」北インド ー1998・10
「25」 北スペイン パンプローナ ・07 「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原)ー1997・12 「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地) ・08 「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) ー1996・06 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) ・02
「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10 「19」ニュージーランド (クウィーンズタウン・ バンジージャンップ・ミルフォードサウン)・05 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝) 「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ ) ー1994・06 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) ー1993・12
「15」フィジー(コマ島・ ) ー1992・11 「14」スペイン1周の旅 (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛) ー1991・08 「13」カナダ・ロッキーの旅 ー会社 ・05 「12」香港クルージング ー1990・07 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) ・04
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 ー1989・12 「9」 中国(北京・けいりん・上海) ー1988.09 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ・06 「7」カナダ・ナイアガラの旅 ー個人 ー1987・08 「6」香港の旅 ー1986・10 「5」ハワイの旅 ー1983・08 「4」ハワイの旅 ー1980・08 「3」ハワイの旅 ー1978・08 「2」アメリカ・商業界 ー1976・07 「1」欧州30日一周 ー1967・07
・・・・・・・ 585, ある時間の断片ー12 - 2002年11月19日(火)
1968年 10月1日 9時半に起床、11時までボーと過ごす。 その後学校に行く。石川と入れ違いに兼子がくる。 一緒にコピーをとりに校外にでる。そこでフェステバルの行進にであう。 かれの食事に付き合うーそれまで私は終えていたが。彼も自分に対して自信を持ち始めたようだ。 女性に対してかなり発展しているとか−同棲をしているとか。 彼とボーリング場に行くが満員で時間待ちということそのまま帰る。 帰寮後、風呂に行き試験勉強を1時間半する。キックボクシングを見た後、石川へ電話のため電話ボックスにいく。 9時半より夜半の一時まで試験勉強。 精神がまだ甘いとつくづくおもう。 就寝。 ・・・・ 1968年 10月2日 10時起床、11時に学校に向かう。食後図書館に行く。石川と隣り合わせで試験勉強をする。 途中に同級の雨宮がくる。彼と話をするが、外国に行きたいとのこと。 必死に将来を考えているようだ。兼子も来る。図書館の私が座っている場所が溜まり場みたいになっている。 今日の試験はまるで簡単であった。まじめにやりすぎたのが馬鹿みたいだった。 帰寮後、先輩の佐々木さんと高橋君と食事、その後後輩の駒村君と米林君と話す。駒村がのろける。 自分がもてるのに驚いているという。 そういえば今日昼の12時半に深井と会う。 彼が今度の土曜日に聖心女子大の彼女等と会うという。 私も行くことになるが、その前に小作とどこか女性と遊びに行く予定がドタキャンになる。 そう考えていると偶然の一致に彼と出会う。 面白いものだ。彼の誘いを断る。
・・・・・・・・・・ 「232」人生の三つの坂 2001/11/19
人生に三つの坂があるという、「上り坂」「下り坂」「まさか!」 である。 この最後の「まさかこんなことが!」は誰でも起こるはずである。 問題は、その時の対処の仕方である。 どうそれを受け止め受容していくかが問題になる。 特に人生の後半には、遅かれ早かれ誰にも否応なく起こってくる。という事は、これは[まさか]ではない必然ということか? 「上り坂」も「下り坂」も直接原因で生ずるケースが多いが「まさか」は間接原因のケースが多い。あるいは突発のケースだ。 悄然とそれを受け止めることは、ほぼ不可能だ。少なくともそうなった時、今まで好きな事をやれたのが救いだ! という生き方が必要ではないか。誰もが持っている心理として、自分だけは大丈夫という、そして特別という甘さがある。 それがあるから生きられるのかもしれないが。それが「まさか」という冷徹な事実に木っ端みじんに砕かれてしまう。 「まさか」の坂を一歩踏み違えると、「まっさかさま」に転げ落ちる
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2009年11月18日(水)
* 論理的思考とは 毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。 自分のメルクマールのため続けているが、この習慣で得たことは、「インプットした知識もあるが、各種の題材を探し出し、 その要点をまとめ上げる過程で身に付いた本質を見抜く視点と、それを起承転結に筋だってシンプルにまとめる論理力が ついたことにある。」 論理構成力こそが、自分の核である。 その核?はウネウネとトグロを巻いているようで、 ブラックホールのようなトンネルの先の別世界に繋がっているようにも思える。 大した論理構成力でないが、その蓄積と、 その発酵は、トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。 何かのイベントに参加すると、その事象を スラスラと文章化できるようになったのが一番の収穫である。 それは記憶のパッケージ化をしていることになる。 その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。デジカメで日常の写真を撮り、そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、 それだけで豊かな気持ちになれる。 その人によるが。 * ブルーレイ録画機 7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたので、ブルーレイをネットで買った。 量販店の7〜8掛けである。まだ10日も経ってないので、使い勝手が慣れてないが、良い。 値段は、前のDVDが15万だったので、7〜8割で記憶容量は数十〜百倍で、機能が段違いよい。 カメラで撮ったSDカードの写真をTVで見ることが出来るが、何か奇妙な気持ちがする。 TVでは1200万ガソで、録画できるカメラ?が欲しくなるのが人情。 しかし、まだ早いか。 ソニーとしようか迷ったが、パナソニックにした。 現在は二画面が同時に録画できるかどうかが、購買者の 大きな判断基準になっている。 最近は、こんな話ばかりかだが、マシンで生活が変わるから面白い・・ 健康機器にしろ、電動自転車にしろ、最近は当たり(買って良かった)が、ほとんどである。まあ、内向きだが。 * オモシロ、オカシク 20年ほど前になるが、何処かの企業の創業者が、自社の理念を「オモシロ、オカシク」にして注目を浴びたが、 最近はあまり聞かなくなった。 「この不景気に、何がオモシロ、オカシクだ」ということだろう。 この不景気だからこそ、その波をオモシロオカシク乗り切ることが出来れば本物だろうが。 1990年代のバブル崩壊、90年代半ばの大手銀行や証券会社の倒産、2001年の9.15事件、さらに2008年の9.15の リーマンショックから始った金融恐慌と、次から次へと荒波が続く。 振り返ればオモシロ〜と強がりでいえるが、 実際は、溜息の連続。 「とにかく最善を尽くして天命を待つしかない」だったが、それを実行していると不思議なことに、 その都度、小さいが神風が吹いてきた。それこそ、オモシロク、オカシナ具合に! あの創業者も、「精魂つめていれば自然とオモシロ、オカシクなる」という意味だったのか?。
・・・・・・・・・ 2784, こんな経験したことありますか? 2008年11月18日(火)
下記に近いことを、私は何度も経験している。人間の五感が受けるのは、普段動いている五感の範囲のことでしかない。 犬は数万キロの彼方の子供の泣き声を感じ取れるというし、象は遠くの仲間の音波信号を感じ取れる。 以下の内容は不思議でもなんでもない。普段は動かなかった感覚が動いただけのこと。 絵に残った痕跡が著者の心の奥の何かに反応し、墓に感応しただけ。でも、何ともいえない著者の心の内が顕れている。 ーー *うぶだしや* (うぶだしや=遺品買取屋) 「大正の末か昭和初年でしょうか?職業画家のものにはみえない」それらは令壌の死をいたむものだった。 ほかにもたくさんの政界の名士が弔辞をよせていた。令嬢は長く病床にあッたという。肺を病んでいたのだろう、と、 私は思った。友達が学校に通い、結婚していくなかで、令嬢は、ずっと病床にあって、死病に向きあっていたにちがいない。 思えぱ、日本画に描かれているものは、彼女が送ることのできなかった女の幸せな日常ばかりであった。 彼女は、死にゆくなかで、絵筆をとり、現実には、自分が送る二とのできない憧れの生活を描きつづけていた。 そのせいか彼女の残した日本面はどこか畏様な気配がただよっていた。日本画は通信添削で習っていたのか、 絵の裏に、師匠の画評が書き込まれていた。 彼女の遺品のなかに「磨かずぱ玉も鏡もなにかせむ学びの道もかくこそありけれ」 と書かれた額があった。 昭和皇太后の肉歌であった。私が、それをながめていると、うぶだし屋が、そっといった。 「これ!もう売ったんですか?一枚だけでいいですから、ぼくに売ってください!」 「ようござんす。まだ商売になっちゃいない。一番、いいのをひとつ選んでおくんなさい」うぶだし屋は、大きくうなずいた。 うれしそうであった。私は、髪をたばねた少女が着物にエプロン姿で立ち、カフェで給仕をしている絵を一枚えらんだ。 お代は二千円。このうぶだし屋は、ただ同然で品物をゆずるときは二千円ときめていて、だまって指を二本たてる癖がある。 私はその絵を大切にした。箱にいれて、しまっておき、ときどき取り出しては、うっとりとながめた。 画中の女は、美しいというより、どこか寂しげであった。 だが、あるとき、ほかの骨董屋に、こんなことがあったと、 右のいきさつを話したら、その骨董屋の顔色が変わった。「先生、そういうお品はいけません。それ死人の念のこもった御品です。 悪いことは申しません。御縁が遠くなりますから、ご供養のうえご処分なさい」 たしかに、それからというもの、私はいくら結婚したいと思っても、まったく、縁がなかった。 (やはり、あの女の絵のせいではなかろうか…と思ったが、どうにも絵を捨てられない。 捨てられないと、 こだわるほど、悪いことが起きそうな予感がした。 ところが、しばらくして、信じられないことが起きた。 ある妙齢の女性から花見の誘いをうけた。 顔は知っていたが、それほど親しいわけではない。 なのに突然、電話がかかってきて、「青山墓地の桜が縞麗だから二人で見にいきませんか?」という。 こういうことはまるでなかったから、素直に、誘いにのって、いくこことにした。桜は美しかった。 墓地に眠る人の命を吸っているから、美しいのだろうと思っった。私は、はずかしいから地面をみて、 女性のうしろを、とぼとぼついて歩いた。私は女性の顔をちらりとみた。青白い気品のある横顔であった。 体が弱いのか、のどくびを覆い隠す洋服を着ている。しばらく墓地をみてまわったところで、女性がいった。「桜、きれいね」 そのと教私は背後になにか気配のようなものを感じた。目をあげると、そこには、信じられないないものがあった。 あの日本画をかいた乃木坂の令嬢の墓石であった。「享年二十七歳、昭和九年没」と刻まれていた。 地の底から、女が、じっと、こちらをみているような気がした。 気味が悪くなって、それっきり、 その花見の女性とは会わなくなった。 二十七歳で死んだ女の絵は、いまも私のもとにある。 −− 私なら、花見の女性と深い因縁があると考え、一歩踏み込む。そして、その墓の若い女性を自分の守り本尊にし、 毎年、花見に来て、墓に祈るだろう。 いや、感謝をする。 何で気持ちが悪いのだろうか? まあ、いいか! これも解釈の一つでしかないが。 桜には霊気が満ちているというが!
・・・・・・・・・・ 2007年11月18日(日) 2419, 『楽天主義』 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! 『楽天主義』ーヘレン・ケラー著 ー読書日記 この本を図書館で見つけ、数ページ読んで、その行間から溢れ出てくる光のようなメッセージに驚いてしまった。 三重苦を乗りこえた偉大な人物ということは周知のことだが、実際に彼女の本を手にするのは初めてであった。 それも何と彼女の処女作で、100ページ足らずの読みやすい本である。この一冊を20歳前に読んでいたら人生が 変わっていただろう。 三重苦の中で、言葉の持つ意味を深く理解したのである。もしかしたら、 今年の最高の本といってよい本だろう。この本はもう廃刊になっていて、中古本で二倍の値がついていた。 ーその概要といえばー この本は、ヘレン・ケラーが1903年、大学在学中に初めて書いた処女作である。 ヘレンは三重苦の身でありながら、88歳の生涯を障害者の救済のために力強く生きた。 彼女は生後19ヶ月の時に熱病に罹り、聴力と視力を失い、三重苦の生活を強いられた。サリバンという女先生と出会い、 読み書きを覚え、大学を卒業後、世界各地で講演したり福祉活動を行い「奇跡の人」と呼ばれた女性。 ここで彼女は「楽天主義者とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、明日を今日より美しいものにするための 努力を重ねる生き方」と述べている。楽天主義者は、信じ、試み、そして目標を成し遂げる。楽天主義こそいっさいを 成功に導く信念である。 希望がなければ何ごとも成就するものではない。 人生の目的は何か、などと堅苦しく考える必要はない。楽しく生きて、この世を去るときに、 「生まれてきてよかった。幸福な人生だった」と振り返ることができたら、その人は人生を楽天主義者として 過ごした成功者である。将来に希望をもって努力することで幸せは得られるものである。 逆に、悲観的な考え方のクセがある人は、幸せになりにくく、不幸になりやすい。幸せになるためには、悲観的な (不幸になる)考え方をストップし、意図的に楽観的な考え方をできるだけ心がけたほうがよいのである。 ー彼女は、ここで次にように述べている。 「幸福は心の持ち方の問題で、外見から他人が判断できるものではない。 私は、盲・聾・唖の障害者でも、世間の常識に反して自分は幸福である、という考え方を信条としている。 どんなに幸せそうに見えても、本人が幸せと思っていなければ、その人は幸せではありません。 どんなに不幸に見えても、本人が自分は幸せと思っていれば、その人は幸せである。 『自分は幸福であるという考え方を信条としている』という強い意志と、意図的楽観主義こそが自分である。」 ー評論家の小林秀雄は彼女を評して以下のように書いている。 「人生の深淵を覗いて、ニーチェは大声で喚めき、ランボーは静かに引き返した」(ニーチェはドイツの哲学者、 ランボーはフランスの天才詩人。ともに人間の悪徳をのろい、生を受けたことの悲劇を説く) もしヘレンだったら、こう述べたであろう。 「人生の深淵を覗き、さらにその奥深く、神の善の世界があることを知り、幸福と歓喜に打ち震えた」と。 ー 未来に用意された、光に包まれたバラ色の善の世界。その存在を確信するゆえに、 ヘレンはその人生は幸福に満たされて精一林に生き、その希望を人々に与えて生涯を送ったのである。 ー目次ー 第1章 私の楽天思想 (私の幸福;思想の輝き;現実に立つ;善の世界;働く喜び;信じること) 第2章 楽天主義の世界 (哲学との出会い;心の支え;神の世界で;楽天主義の根拠;教育の進歩;寛容の精神) 第3章 楽天主義の実践 (厭世主義者;楽天主義の力;楽天主義の文学;神からの贈り物; 光明を招く;キリストの福音;未来への確信;私の信 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年11月18日(土) 2055, あたりまえなことばかり −9 読書日記 (~Q~;) おはよう〜〜 自分とは何、これは考えても考えても尽きぬ問である。 孤独という実感の先にある「宇宙の真っ只中に浮いている意識」が真我であるのか? 以前も書いたが、「禅」の字は「単を示す」と、新井石龍禅師が語っていた。 「宇宙に誰もいない、ただ一つの生命」これを実感するのは死期を悟った時。 これが苦しいのか、苦しくないのか経験したことが無いので今のところ解らない。 恐らく、あのバンジージャンプの板の上に立った実感が近いのだろうが・・ しかし、あの落ちていく瞬間の覚醒の意識が最後の見納めとして周囲を見渡す時のそれなのであろうか。 私の場合の「私」は、このHPそのものである。このHPの先にいる得体の知らない「これ」である。 デカルトのいう「考えている、『!』『?』」である。たしかコギトと表現していたが・・考えている、思っている、 思い出している、想像している、これであるー> ( ̄ω ̄;)!!エッ `s(・'・;)エ-トォ? .. (^┰^;)ゞオレ馬鹿 ? (゜_。)?(。_゜)? (>△<‖)ワカラネ〜 (−◇ー;)!! ソウカ(・_・ゞ−☆ (/--)/ ドウデモ ー孤独とは苦しいものなのか − *自分とは何であろうか たとえば、自分とは自我でなく、この肉体でもないとしたら、同じ理由によって、他者とは誰のことであろうか。 他者もまた、その自我でもその肉体でもないとしたら、孤独の癒しとして求められるような他者とは、自明なものだろうか。 孤独であることは、苦しいことと感じられるほど確かなものであり得るのだろうか。自分とは「何であるか」、 他人や社会によって知ることができないと知ったとき、人は自我の向こうに自己をもとめて、船出することになる。 (字数の関係でカット、2009年11月18日) ・・・・・・・・ 2005年11月18日(金) 1690, 僕が最後に言い残したかったこと ー読書日記 「銭道」などのシリーズで売れっ子漫画家の青木雄二の本を手にしたら、彼の遺書代わりの本であった。 死を直前に書いた本で迫力がそのまま伝わってくる。 (二年前に死亡) 図書館で何度か、この人の本を手に取ったが借りる気はしなかった。金に関して素人向きの内容だからだ。 現に、この本もそうだが、死を前にお金と人生の関係をシビアに表現しているところが面白い。 私は、両親からお金について幼児の頃から話を聞いていた。 耳年増であるが、特に父の死の直前に教わったことは 現在の私の金銭哲学になっている、 § d^^b ┃ ^namu Э ∬∨∬ (^┰^;)ゞ ┃(〜∞〜) ┃( 人 ) ・お金は自分で稼いでこそ価値がある ノ ハ ・使う楽しみを知らなくては稼いだ価値がない ・あの世には持っていけないもの、使うべき時に使うからこそ金の価値がある ・自分で事業をみつけ、それを楽しめ。 そのカスがお金として残ってくる。 ・:*:`☆、。・:*:`★ *この本でなるほどと感じたところを書き出してみた* ー最後にこれだけは言っておく。金は貯めるために存在するんじゃないで。 時間を有意義に使うために金はあるんやで。そう、金は使うために存在するんや。 死んでしまってからは使えんのやからな。それが僕の偽らざる実感や。 ー忘れてならないのは、お金自身に価値があるのではない。 お金を「真に価値あるもの」と交換することが大事だということや。 ♪〜(=^ε^= ) ーサラリーマンの人たちは、定年後を考えて現役のうちから人生設計を考えておくことや。 とにかく「自分のやりたいことをやることや」趣味でもよいし、アルバイトでもよい。 大きな器をつくるには、時間がかかるんや。 定年では遅すぎるんや。 では、何をやるか。それはあなたが考えることや。特に奥さんとの仲を良好にしておきなさい。 (o;´=ω=)o)) ドキッ! ーある人が一千万円の資産を持っていたとしても、厳密な意味で、「持っている」というわけではない。 一千万という資産が、ある人間を「自らの管理者」として雇っている、といっても論理的に矛盾はありません。 実際に、その人が死ねば、その一千万円の資産は自分の管理者を変える。ただそれだけのことや。(◎-◎;)!! 人間はいずれ死にますが、お金はこの世から無くなることはない。 ーこれから先もお金は大切であることに間違いはありませんが、社会の主人公は、人間でなくてはならないのです。 お金や物の所有が一時のかりそめのものである以上、人間が完全に勝ち取ることができる所有物は知恵ということになるでしょう ヾ(^-^)ゞbaibai ・・・・・・・ 2004年11月18日(木) 1325, 小型のヒト 以下は、10月末に一斉にマスコミに流された内容である。 「新種」のヒト化石を発見、 インドネシア東部フロレス島 2004.10.28 - CNN/REUTERS/AP (字数の関係でカット、2008年11月18日) ・・・・・・・・・ 584, ーこころのかぜをひいたら - 2002年11月18日(月) ー宗親ー そうかい こころのかぜをひいたのかい こころのかぜは からだのかぜとおなじだよ こじらせると はいえん まんびょうになってしまうんだ
そのときは おいらの いざかやにおいてよ ぶるーの こーなーにおすわり そこはかぜをひいたひとの せんもんこーなーなんだ
そこで たまござけ のむといいよ そして にんにくのまるあげを ちゅうもんするのさ かえりに もうひとつ にんにくあめを おみやげにあげるよ
そしたらすぐに へやにまっすぐおかえり へやをあっためて そうそう ねることさ
こころのかぜは さむさに とくにゆわいんだ ひえたこころを まずあっためてやらなくてはね そして つかれをとることさ
こころのかぜは からだより びみょうなんだ とくにさむさにね
だれにも あわないほうがいいよ ひとにうつしてしまうからね
ひとり ふとんのなかで なんにも かんがえないで ゆっくり ねることさ ゆっくり つかれをとることさ そして あせをたっぷりかくといいよ はやく なおそうとしないのが こつなんだ
こころのかぜは こころのかぜは こうねつになるからね きをつけたほうがいいよ
こころのかぜは かみさまのさいん うすぎを しているよという さいんだよ わるいばしょに いるという さいんだよ
・・・・・・・・・ [231] ベトナム旅行記ー3 −偽100ドル事件ー 2001/11/18
今回の旅行で面白い事件に出くわした。 明らかに観光客を狙った偽100ドル詐欺事件だ。 日本では大事件だが、ベトナムでは日常に行われているのだろう。 三日目になるが、写真に載っているハロン湾で食事を終えた頃、ベトナムの刺繍を売りに来た。 私達はもちろん買うわけでなし、しかし何人かが買っていた。 4人席の目の前の同行の2人の老女がそこで買い物をしていた。 確かその場面の写真を撮っていた。現地の金とドルの交換を頼まれ、親切心で替えてやったのだ。それも人の良さそうな 老女を狙ったのだ。そして最終日の帰る日に、その目の前の年寄りの一人がデパートで100ドル札の引き取りを拒否された。 それを添乗員が偽札と疑い銀行で偽札と判断した。添乗員が言うにはカラーコピーの幼稚なシロモノ。観光客の老人を狙ったのだ。 日本では大事件だが、ベトナムでは単なる日常の軽い詐欺なのだ。現地の代理店の責任で、 その100ドル札は彼女に本物と取り替えられたが。日本とベトナムの差を垣間見た。何人かがその詐欺の女の写真を撮って いたため恐らく警察にマークがされるだろうが、日本ではありえない事件である。
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2009年11月17日(火)
先日、図書館で「新潮45・2009・7月号」{殺人事件の半分は家族内殺人}ー橘由歩 のレポートが目に入った。 子供の頃から両親に、「それぞれの家には必ず問題がある。だから、あまり深入りをしないこと」と言われてきた。 しかし、このレポートの題目をみるまで『殺人の半分が身内』とは知らなかった。さらに知人の殺人が9割を占める というから驚きである。これまでは、家族内殺人はイメージとして1〜2割である。いや、もっと低い。 それだけ家族内では問題が発生していることになる。彼女の著書で取り上げている10人の 家族内殺人者の共通点がDV被害者というのも印象的である。 ーまずは、一番印象的な部分を書き出してみるー ≪ 本書に登場する10人の殺人者に共通するのが、虐待家庭で育ったということだった。 子どもとは本来、親の愛を求め、親からありのままの存在として認められ尊重されたいと希う。 それをどこかで歪めなければならなかった子どもたちだった。 自分の心を育てる時間を持てなかったということだ。 その空っぽな心が、他者への依存性を生む。 前述の母親たちは、子どもによって自らの空虚感を埋めてもらおうと子どもを使った。 だからこそ、子供に依存し、子どもを自分の為に使ってはいけないということだ。 子どもが心を育てる場所と時間を、大人は決して奪ってはならないと。≫ ーー 多くの若い人を採用し、教育過程でみえてくるのは、両親の子どもに対する影響である。 特に母親の甘やかしと将来への依存が、子どもに大きなマイナスを与えている。 子どもにとって 厳父と優しい母のバランスが必要不可欠。 夫にとって、妻が一番危険であり、妻にとっても夫が危険である。 親子も同じことがいえる。 家族に殺される確率は1千人に1人というから、ありそうなことである。 自分で自分を殺す自殺は、身内とはいえないが他殺の20倍になるという。一番恐ろしいのは自分ということ? ーー 「身内の犯行」 橘由歩著 ーネットよりー 著者は、奈良の長女薬殺未遂、板橋の両親殺害爆破、渋谷の「セレブ妻」夫バラバラ殺人など10の事件の現場と当事者を 追っているうちに、興味深い共通点が見えてきたという。家族を殺(あや)めた人たちは、虐待を受けて育った人が多いのだ。 「子どもは、安心と秩序のある環境で、ありのままの存在として受け入れられて育つもの。 ところが、暴力や無視、親が自分のために子どもを利用する環境で育つと、どこかが歪まざるをえない。 秋田の畠山鈴香も、虐待を受けていくうちに、嘘を言うことで身を守ってきたんです。鈴香は無期懲役が確定し 裁判は終わってしまい、結局、娘の彩香ちゃんや近所の豪憲くんがなぜ殺されたのかわからないまま。やりきれないです」 年をとった親を引き取り、幼いころの恨みが蘇ることもある。50代後半の男性が85歳の母を殺した中津川一家5人殺害事件は、 「強い母」への憎悪から起きた。 もちろん、虐待を受けた人がみんな殺人者になるわけではない。 暴力を我慢し、自分を殺した鬱積がどこかで爆発するのだ。 親や子、配偶者のために自分を犠牲にする献身的な姿には無理がある、 そんな嘘っぱちはもうやめようよ、と呼びかける。「血縁だと関係を切れないから、殺人まで追い詰められてしまうんですね。 家族のためにオレはこんなにがんばってる!と我慢しているお父さんも多いでしょうが、自己満足になっていないか、 本当に子や妻の立場で考えているか、たまに点検してみる必要があると思いますよ」 ー「子供たちを厳しく育てたので、殺意を持たれていたかもしれない?」と、多くの父親は思った?だろう。 ・・・・・・・・ 2783, 外は広く、内は深い 2008年11月17日(月)
日本総研会長の寺島実郎が文芸春秋の中で『新編 東洋的見方』(鈴木大拙著)についての文章の一節である。 〜〜 【・・・大拙の語り続けたことを集約すると、「外は広く、内は深い」という言葉に行き着く。 「独りよがりではいけない」そして「自らを失ってはいけない」ということで、 「眼と心を星空に向け、その眼と心をもって世界を見直すこと」という言葉は心に沁みる。 西洋的な見方は分別的知性であり、「分けて制する」、つまり主客を分別することで知の成立を図る思考であり、 そこから一般化、概念化、抽象化という体系が生まれ工業化や産業化が成功裡に展開される土壌になったと大拙はみる。 他方、東洋的な見方は対置概念を退け、主客未分化のまま「無分別の、分別」によって円融自在に全体を 捉えようとする知性である。 西洋に真摯に向き合いつつ、論理万能の分断的知性の限界を大拙は見抜いていた。 ある時、弟子が「禅の話などアメリカ人に分りますか」と尋ねたという。 大拙は「君たちには分るのかね」と答えた。 大拙の本質に迫る話だと思う。】 〜〜 己の人生を振り返りと、「狭い世界の中で、浅い知識」を振り回して生きてきただけの輪郭が見えてくる。 この随想日記で書いていることが、私の輪郭で、私の馬鹿の壁である。 いまさら、こんなものだが・・・ 私の秘・異郷のツアーは、そのことを毎回、学びに行くようなもの。 僅か1〜2週間の中で異次元の世界を垣間見て、世界の「外の広さ」と」内の深さ」を直感することが出来るのである。 「眼と心を外の広い世界に向け、その眼と心をもって現実を見直すこと」で、独りよがりになり、自らを失っていることを 改めて見直すことが最大の収穫になる。 毎回、つくづく外は広く、内は深いことに驚愕し帰ってくる。 そして、「己の世界の狭さと、内の浅さ」に独り溜息をつくことになる。 「うえをみれば、きりがない。したをみれば、そこがない。よこをみれば、なさけない」 を捩って、 「外をみれば、果てが無い。 内をみれば、際が無い。 自分をみれば、なにも無い」になる。 最期の二行は必要ないか? ・・・・・・・・・ 2007年11月17日(土) 2418, よく生きる −3 才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
宗教の問題も、それぞれの人間にとって大きな問題である。日本人が平気で外人に「私は無宗教」と言うと、 腰を抜かさんばかりに驚くとか。多神教の風土が無宗教と言わしめるのだろうが。しかし著者の次の内容は、 宗教の必要性を解りやすく説いている。私達は大いなる根源から送り出され、そして根源に帰って行くのだ。 その道筋は、それぞれ違っても行きつくところは同じであろう。その違った宗教観を持った人の集まりが社会である。 宗教観と社会観を理解してないと、よく生きることは出来ない。 その部分を、「まえがき」の部分から抜粋してみる。 −−− (3)さて、人は自己を実現して自分の存在を確保し、他者との交わりによって愛の喜びを味わっも、挫折、病気、老化、 死という関門が待ち構えています。この問題について本格的な態度を持ちえなければ、真の安らぎには至りえないでしょう。 それが第三の論点、すなわち宗教の問題です。この問題は一言でいえば、私たちと私たちの存在の根源、言い換えれば、 宇宙のすべての存在者の根源との関わりの問題です。この根源は、人類の中で、存在、神、絶対者、道、 天、空、ヤーヴェ、仏、アラー、ブラフマンなどなど、いろいろな名前で呼ばれてきました。 要するに、私たち個々の存在者はこの根源から送り出され、死を通しての根源へと帰るのです。 このとき、この根源を善意に満ちた親と考え、優しい親元へと帰るのだと信じることができれば、安らぎが生れるでしょう。 それはすべての存在者を生み出した根源ですから、そ二では自分と他老の区別が意味をなさなくなるでしょう。 それが自他不二の世界であり、絶対者の懐に抱かれて万人が肯定される世界です。 ところで宗教的人間は、 一般に特定の宗教に献身していますが、人類の歴史を血まみれにした宗教戦争の惨禍を乗り越えるためには、 各人が自己絶対化を捨てなければならないでしょう。 多者共存が人類共生の不可避の前提となった現代においては、それゆえ、すべての偉大な宗教が それぞれ異なる道を通って共通の根源へと向かっていると考えるべきでしょう。普遍的な霊性が肝要なのです。 (4)そして最後に、第四点として、社会の問題があります。 人間は本性的に社会の中で生きる存在者ですから、どのような社会を作るかは人間の幸福にとって死活の問題です。 人類は、おしなべて初めは王制から社会を作り始め、やがて貴族制へと移行し、それらの劣化した形態である独裁制、 寡頭制を経て、現在ではデモクラシ喜最良の社会形態として是認しつつあります。 これは、すべての人間が自由で平等な存在者ですから、誰か特定の人間や種族が、 支配権力を独占することは許されないという認識にもとついて成立した社会なのです。 この原理にもとついて、統治構造の問題、経済活動の問題、福祉制度の問題、一言で言えば正義の問題についてさまざまな 工夫がこらされていますが、自由と平等はもはや揺らぐことのない人間社会の究極理念です。 この理念は、やがて、民族という生物的な枠に囚われていた人類を世界市民へと解放し、国境のない自由で平和な世界へと 私たちを導くでしょう。それは、現在では夢のまた夢ですが、哲学はユートピアを語らなければならないのです。 −−− 一生懸命、自分の求めることを追求していけば、どの努力したレベレの人と邂逅できる。 それは本の中での過去の人を含めてだが。また、生老病死を知った人間は人生の不条理も知ることになった。 そこで自らの神に縋るしかない。一生をかけて神の御魂に帰る準備も必要。 また、我われが住んでいる社会に対しても良くするように努力しなければならない。 よき人生か〜 ゚★βyёヾ(*゚∇゚*)ノβyё ・・・・・・・ 2006年11月17日(金) 2054, あたりまえのことばかりー8 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
団塊の世代が本格的に60歳を向えようとしている。その中でサラリーマン生活を過ごしてきた人達が、 大量に定年を向えようとしているが、彼等にとっての大問題が第二の人生である。 常に集団社会の中で、「孤独」の確立が出来てない人が大部分である。 「どうしてよいのか解らない」のが、本当のところだろう。 せいぜい、前の会社のOB会の集まるスナック・居酒屋とか、 ゴルフ会とか、町内会の会に出るぐらいしか知恵が出てこない。この問題を、著者は「孤独」の意味を探りながら論じている。 彼らこそ、群から離れて「隠棲」に入ることが、サラリーマン社会に生きてきた人ほど必要であろう。 隠棲といっても、ブログで繋がる便利さもできているから、それほど深い寂寞感はないだろう。 しかし、孤独は生やさしいものでないことも事実である。 ーーー ー孤独は苦しいものなのか ー
隠棲するということは、静かで豊かな魂のありようのために、意志的に選ばれる行為だったはずである。 それが、「引きこもり」という言い方によって、何らか心理的に問題のある 一種の症候群に目されるようになったのはなぜだろう。 自宅や自室に引きこもって、長時間にわたって社会と全く接触を持たない若者が、30万人はいるという。 家族とさえ打ち解けず、家族でさえその理由は解らない。 本人たちは、非常に苦しいものらしい。 孤独を欲していて、実は孤独を欲してないのだろう。本人は人と関わりたいと思っているが、 うまく関われない、無力感、挫折感、自己嫌悪感の泥沼の長期化、恐らくそういうことなのだろう。 (字数制限のためカット 09年11月17日) ・・・・・・・ 2005年11月17日(木) 1689, 今日という日は誰もが素人だ!
「今日という日は誰もが素人だ!」三浦綾子の本にあった言葉だ。つくづく良い言葉と思う。 ~~■P_o(δ-δo) COFFEE 誰も今日という日は初めてで、何に出会うかもしれない日である。 その気持ちを忘れてしまうから、素人の持っている新鮮さを失ってしまう。 茶道に『一期一会』という言葉がある。 その言葉の真髄に ヽ(δ◇δ)ノ エーーー! 「今日(今)という日(瞬間)は二度とない、誰も初めての経験であり、最後の経験になる」がある。 それを意識をすれば、全ての出来事に「驚き」が出てくるはずである。生きるということは驚きであり、 感動であり、感激である。その気持ちは、素人だからこそ生まれてくる。 Σ(δOδ*)ハッ 今日という日は、昨日までの自分の積み重ねがあったからこそ存在することも事実である。 今日という日に素人になるには、昨日の玄人であるほど良いのも事実である。 (*δ-δ)ノ彡☆゜・。・゜☆ バイバイ ・・・・・・・・・ 2004年11月17日(水) 1324, ライオンの柵内に男が侵入
10日ほど前のTvのワイド・ショーの衝撃映像が面白い。台湾の動物園のライオンの柵内に、男が入り込んでいる映像が流れた。 思わず息を止めて見入ってしまった。寝ていたペアの雄ライオンが立ち上がリ、その男に突進していった。 そして、男の腕にかぶりついたが、あくまでも威嚇をしているようだった。その男は恐れる風でもなく、振りほどくと 後ずさりをして岩の上に上がった。次に、ライオンは前足で男の体に数回爪を立ててパンチのような攻撃をした。 それを三回ほどした後に、攻撃を止めてしまった。相手に敵意がないと思ったのか、これ以上攻撃をするとマズイと 本能的に思ったのか。ライオンのみぞ知るである。 元にいた場所に戻って、全く無視をして寝てしまった。 その後の映像では、かぶりつかれた腕や、体全体に咬み傷や引っ掻き傷がアチコチ映し出されていた。 しかし命に別状はなかった。みている方も、思わず悲鳴を上げそうな緊迫をした内容であった。 Tvでは、餌を食べた直後であったのが幸いをしたといっていた。 私の解釈を加えると、 ・この男が後ろ向きにならなかったことと、 ・恐怖心がなかったこと、 ・動物園の野生を失っている飼育ライオンであり、 人間の中で育ったため、自分のテリトリーの中に入っても、それほどの怒りではなかったのだろう。 その男は、キリスト教の狂信的な信者で、その愛を確かめる為に自分の身をかけて、実験をしたという。 動物的な、躊躇する何かが体全体から出ていたのだろう。キリストの愛は、ライオンにも通じたということか。 そういえば、中村天風の話しを思い出した。「サーカスのライオンの檻に入ったが、気合いでライオンが襲ってこなかった」 という。 これも考えてみたら、飼育と訓練が入っていて攻撃しないように躾けられていたライオンにすぎなかっただけだ。
・・・・・・・ 2003年11月17日(月) 957, ナレッジマネジメント −1
「図解、解る!ナレッジマネジメント」の本から、ナレッジマネジメントの意味と本質を考えてみる。 数年前に、「ナレッジマネジメント」という言葉がしきりにいわれた。 ナレッジは言葉の通り「知識」である。この場合はむしろ「知恵」に近い意味と考えてよい。 「人、物、金、情報」の経営資源に対して、変化の激しい情報化社会では、「情報」が最も重要になる。 この情報をコントロールした変化対応が、生き残りがポイントになる。 それを活用する「知識」活用がナレッジマネジメントである。「第5の重要な経営資源が、ナレッジー知識(知恵)である」 まずは現場社員が持つ「知的資産」の活用が求められている。知とは「組織経営、企業活動に価値ある全ての情報」である。 ナレッジ経営の第一目標は顧客満足にあり、顧客志向が鮮明でない企業は生き残れない。その為の「組織知」の拡大と、 「個人知」の共有が必要である。 ナレッジマネジメントの目的は、顧客サービスの向上である。 ある事業の立ち上げをしようとすると ・「情報」収集がまず第一歩になる。 ・次にその情報の蓄積が「知識」になってくる。 ・その集積と熟成が「知恵」に変わってくる。 その「知恵」で「情報と金とモノと人の組み合わせ」を再編成をして、企業目的を遂行していく。 情報化の時代に、知恵をまず第一の資源としてエネルギーの集中が必要とされる。 事業を創めるとき、 「目的を持って人を集めるのでなく、優秀な人を集めて事業の目的を決める」という今までの逆の発想も重要になってきている。 「まずは知恵のある人間を集めて、目的・目標をさがす」。目標を決めて、その手段として人材を集めるのは、 あくまで道具を集めるにすぎない。道具は道具の知恵を遣って「馬鹿の壁」をつくっていまう。 道具は道具以上の力を出すことが無い。 今までリ・エンジニアリングからベンチマーキング、そしてナレッジマネジメントと 色いろな技法が開発されてきた。事業のベストプラクティスから、小さな業務上のコツまで、さまざまに収集、蓄積できれば、 間違いなく会社の有力な財産となるはずである。ナレッジは知識というよりは知恵に近いものである。 ーつづく ・・・・・ 583, 風邪のひき方-こころにのこった詩 - 2002年11月17日(日)
なかなか良い詩があったのでの載せておきます。 明日は「かぜをひいたら」という人生で初めてつくった詩を載せます。 散歩で即興でつくってみたので今日一日で何回か修正してみたいと思っている。
辻征夫 かぜのひきかた
こころぼそい ときは こころが とおく うすくたなびいていて びふうになびいていて みだれて きえてしまいそうになっている こころぼそい ひとはだから まどをしめて あたたかくしていて これはかぜを ひいているひととおなじだから ひとは かるく かぜかい? とたずねる それはかぜではないのだが とにかくかぜでないのだが こころぼそい ときの こころぼそい ひとは こころにあがらう げんきもなく かぜですと つぶやいてしまう すると ごらん さびしさと かなしさがいっしゅんに さようして こころぼそい ひとのにくたいは すでにたかいねつを りっぱに きちんと かぜをひいたのである
・・・・・・ [230] 抽象概念と具体概念 2001/11/17
抽象概念と具体概念を、ある本に書いてあったのをまとめてみた。 −少し硬い表現だがー ・それ(抽象・具体概念)以前は「非言語的原始概念」−原始記憶の集合や組み合わせを、頭の中でこねくりまわしている 状態を言い、あと一歩で言葉になる状態をいう。頭の中のヴィジュアルな素朴な原始記憶を「非言語的原始概念」という。 言葉にまとめておかないと、この原始記憶のジャングルのままになってしまう。 ー毎日このような文章かをしていると、 なにか毒だしをしているようだ。宿便を毎日吐き出しているいるようでもある。ほとんどが以前文章化したことがある。 一日7〜9万回考えていた一部でしかない。 それを概念として、まとめる事が最大の収穫でもある。 文章化とは原始記憶の集合や組み合わせを、頭中でこねくり回した状態を概念化していることになる。 ‘経験を素朴な言語化をして置いておいた原始記憶’の蓄積があるから毎日かけるのだ。 抽象的言語と具体言語とそのミックスしたものを概念化として吐き出す。これが慣れてくると面白い、こうなればしめたものだ。 毎日飽きずに書いているのは、実際のところ面白い。 何かわけのわからないことを書いている! 抽象概念も具体概念も、 所詮は・・・ わけが解らなくなってきた。 あまり理解していないためだ。 しかし、キーワードの抽象・具体概念とその以前の 「非言語的原始概念」について少しは理解したか。
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2009年11月16日(月)
このところ、たびたび地方経済の惨状を書いている。 先日の読売新聞の新潟県版に 帝国バンク支店長のインタビューで「新潟市内のマンション建設が、この数年で3000室も供給された。 しかし売れたのは700〜800室しかない。 いずれダンピングが始るだろう。 団塊の世代の定年退職者の退職金をあてにしたものだが、それが全く当てが外れてしまった・・・ 云々」 マンション業界では100室クラスのマンションで、最後の1〜2室で、やっと利益が出るかどうかの世界。 それが4分の1しか売れてないとは、惨憺たるもの。 数ヶ月前に大手のマンション販売会社が倒産し、 新潟の信濃川の川沿い大きなマンションが宙に浮いた状態にある。それを長岡の行きつけの居酒屋店主に話したところ、 「東京にいる息子が先日、5200万のマンションを1200万の値引きで4000万で買った。しかし、売れ残りのマンションでは 半額のものもある」と、息子が言っていたという。 それと、「大手大橋の向うのショッピングセンターの真ん中にある マンション、4室もあって1200万円で買えるらしいよ。」という。 大型マンションは、土地の仕入れから建設期間をいれれば3年〜5年はかかるが、その間に世界が劇的に 変わってしまうから難しい。 といって、仕込み、造り続けないと会社は存続しない。 ところでホテルは、計画から資金回収まで20〜30年のスパンときている。 その間に、時代は激変をする。 その中で単品を売り続ける商売。 恐ろしい事業に手を出してしまったことが今になって分かってきた。 新潟駅再開発の道路拡張で4棟のうち、二棟が買収されるから何とか帳尻が合いそうだが。 まさか、ここまで激しく時代が変わるとは、思ってもいなかったのも事実。それも面白いといえば面白いが! 自宅の周りに建設15年〜20年のアパートが多くあるが、ほぼ空である。 新しいアパートは、何処も初めは満室。 ところで最近、アパートを建て信託で10〜20年は保障しますというのがあるが、これほど危険なことはない。 この激しい時代の中に、その会社が、それまで存続しているかどうかである。 柏崎のゼネコンが、 それを始めて間もなく倒産した。 しかし、それが大手では無いとはいえない時代である。 日本を一家に例えるなら、400万弱しか収入がない過程が、予算900万の予算を組んでいる。 借金は9000万もあるが、資産と資金は、まだあるから大丈夫と嘯いているが、それすらどうなることか? 年末になると、このところ毎年のことだが冷え冷えした空気になる。 ー後記 たまたま昨日の三年前の随想日記に似たようなことが書いてあった。
・・・・・・・・・ 2782, 浅井さん
2008年11月16日(日)
十年前の「随想集」の中にあった、「浅井さん」という文章である。 ホノボノとした三人の人間性が雀の雛を通して伝わってくる。 「随想とは、こういうものだ」と、教わるようだ。 −−− ー浅井さんー 諏訪崎はるえ 数か月前、我が家の隣の古い家屋が取り壊された。 隣は軒先に雀がよく巣をつくるので、子雀達はどうなるのだろうと、 私は気がかりだった。ブルドーザやシャベルベルカーが現れて、一時の間に家は壊われた。 日暮れ近くになって、 庭に若い作業員が二人、敷地の隅に駆け寄って行ってしゃがみ込むのを見た。 「雀?」 フェンス越しに私が問うと、ヘルメットが頷いた。 掌に渡された子雀一羽に、私はうろたえた。 うぶ毛も生えていない赤裸の雀である。何とかしなければ……と、気持ちの焦る中で、ふと、以前に浅井さん夫妻が 雲雀の子を育てて巣立たせた事があったのを思い出した。電話をかけてみると、雀の子育てを引き受けて下さるという。 折よく在宅だったご主人の運転で、お二人揃って車で雀を迎えに来てくださった. その数日後、浅井さん夫妻には長女の方の嫁ぎ先へ行かれる用事ができて、雀は一時我が家へ帰って来た。 我が家には猫がいる。猫どもに気づかれぬよう、私は鳥籠を二階の押入れへ隠した。 餌をやる時には、金庫でも取り出すようにお出まし願う。 浅井さん夫妻は、遠路を二日ばかりの滞在でとんぼ返りされて、また雀を迎えに来てくださった。" 私は、肩の荷を下ろした。と同時に、浅井さんのご苦労が思われて、期待をかけて負担になっては…と、 「煮るなりと焼くなりと、浅井さんにおまかせします。どうせ、助からなかった命ですから……」と、そんな事を言って、 あとは電話もしなかった。 それから、どのくらいの日数がたっただろう。浅井さんの奥さんからお電話を頂いた。 すっかり(雀が)育って近々巣立たせるから、是非見に来てやってください、とのことだった。 私は出かけて行った。 雀は、軒先に見るような雀になっていた。奥さんにすすめられて鳥籠に手を入れると、 雀は、親し気に私の肩や腕に止まった。「アラ、助けてもらった人はよくわかるのね」と、奥さん。 とんでもない…。 障子の向うで、もう一羽の羽音がするのである。 奥さんが笑いながら話されるにはー。 雀を預って頂いたすぐあと、 今度は次女の方がお勤め帰りに燕の子を拾って帰られて、それもご夫妻で育てたということだった。…私は、言葉も出なかった。 雀も燕も、同じ年頃(?)とあって、二羽とも飛行の訓練に余念がなかった。お茶をよばれながら、「それでね……」などと 話していると、障子の向うの二間続きのサンルームを燕の羽音が過ぎて行く。向きを変えて帰って来る。障子のこちら側は雀……。 私は、おかしくてたまらない。 そこでー、奥さんがまた楽しい話を披露してくださる。 雀には練り餌を、燕にはミジンコようの虫を餌にするのだが、あるとき試しに雀にもミジンコを与えてみた。 雀は、ミジンコは食べない。食べないながらも、ミジンコは離さないでしっかりと嘴にはさんでいる。 燕が寄って行って、「頂戴!」というように首を傾げるのだけれど、雀はやらない。 くるりと後ろ向きになったりして、意地悪をするのだそうだ。 やがて、雀も燕も無事に浅井家を巣立って行った、 と報告を受けた。 鳥の行方を心配気に見守る浅井さん夫妻と娘さんのまなざし。 軒端の上のぽっかりと透いた青空まで、目に見えるようである。 −− ところで、この雀、生きていけたのだろうか?私の知る限り無理だと思うが!最期まで飼うのがベスト? 庭に籠を置いて、入り口をオープンにしておく方法もあるが。要らぬ心配か!
・・・・・・・・・ 2007年11月16日(金) 2417, よく生きる −2 ´ ・ω・)ノはよー −読書日記ー この数日の間、この4つの問題を私の経験を照らして考えてみた。自分は本当に「 よく生きてきたのか? 」 という自問自答である。 やはり、根本的なところが欠けていたいたようである。 「万人が、そのはず? 気がつくかつかない人もあろうが」と自己弁解をしながらだが。 無神論に近いが、やはり最期は「絶対者の元へ帰っていく」という確信は必要ではなかろうか? 生きてきた過程で現在、こう在らしめている何か=Xを、神として心の底に置かなければならなかったのでは? という自問自答である。真面目に、健全に、前向きに生きていれば良いだけだが・・・ まずは、4つの問題の二つの要点をーはじめにーの中から抜粋してみる。 −− ーはじめにー 旧友のクリトンが「無実の罪なのだから逃亡すべきだ」と脱獄をすすめにきた時に、語られた言葉です。ソクラテスが言うには、 (字数制限のためカット 09年11月16日) ・・・・・・・・ 2006年11月16日(木) 2053, たとえ他人の過ちが90�であっても 才八∋ウ_〆(∀`●) いいですか、たとえその人のあやまちが90�であり、あなたのあやまちが10�であるにしても、 あなたは90�のことを考えることより何も得ることはできません。 何故かと言うと、 あなたはそのことをどうすることもできないからです。 ところが10�からは、とても大事なことを学ぶことができるでしょう。 (ユング) ーー ある本に引用されていたユングの言葉が心に残った。ユングはフロイトの理論に共鳴して精神分析を始め、 フロイトも自分の後継者をユングと期待していた。しかし途中から二人の意見の食い違いが大きくなり決別してしまった。 そこでユングが考えたのは、「互いの理論の誤りは人間のタイプの違いによるのではなかろうか」ということである。 同じ現象でも、感情によって判断する人と、理性によって判断する人は、受けとめ方も違ってくる。 それぞれが、それぞれの理由や合理性があるはずである。 かりにどっちかが間違っていたとしても、 相手の考えを変えることが出来なくとも、自分の考えを変えることは出来る。 理論の対立だけでなく、我われの日常のことでも使えることだ。隣の人が教えてくれるような忠告だが、深い内容である。 この理屈を少しでも実践すれば、家内などとの些細な事などに、いちいち対立することも激減していただろうに・・・ 些細なことなど、相手に従いなさいということになる。「他者不可知論」と同時に、深く考えなければなるまい! 熟年期を向かえて何の準備の出来ていない同年代の群れの悲哀の姿が、あまりに生々しい。 ・・それも他人の90�の誤りと思い込んでいるでしかない。それぞれのタイプがあるのだから。 家内相手に、これを実践したら毎日の生活では隷属することになるんじゃないかい? 夫婦間で超然としているわけいかないだろう? 心の奥で思っていればよいことか! (;´-`).。oO (ぇ・・マジ!) (。^0^。)ノサイナラ! ・・・・・・・・ 2005年11月16日(水) 1688, アメリカ資本主義 "実体は巨大な政府"
数日前の読売新聞のトップページ「地球を読む」というコーナーに時々、米国の未来学者のトフラー夫妻が寄稿をしている。 今回のテーマが何と「アメリカ資本主義”実体は巨大な政府”」であった。 目を疑い内容をジックリと読んだが、間違いなくそのテーマを論証するものであった。 ー以下はその概要であるー ドイツやフィンランドの細々した規制社会とは違い、アメリカは規制の少ない警官も少ない国というイメージとは全く違った内容。 ほかの国と違うのは、「アメリカだけが、規制の少ない自由の国として紹介されていることだけ」という論旨である。 (o ・д・)ツ⌒□ 号外!!号外!! (以下、字数の関係でカット2008年11月16日)
・・・・・・・・ 2004年11月16日(火) 1323, まさか、地元で大地震!ー13 Σヽ|゜Д゜|ノ┌┛☆【びっくら!】 やっと収まったと思いきや、昨日も震度三の地震があった。しかし三週間以上も余震とは、全くシツコイ。 道路などの公共施設の損害が約2000億円と発表されたが、まだ膨れあがるだろう。学校や役場なども酷い状態とか。 民間を含めたら、その倍だろう。「被災地の多くの家の躯体は大丈夫だが、内部が目茶目茶で使えない」 というのが実体だという。 屋根瓦が雪国用に厚く作られている為、重量がかかって押しつぶされている。 青いシートが多く屋根にかかっているのでよく分る。特に長岡の悠久山よりの住宅に多い。 新幹線も、「トンネル内部などの損傷が激しく実体を発表できない状態」との話も洩れ聞こえてきた。 1〜2年、いや数年、という事も考えられるが、これだけは予測が付かない。 まだ高速道路が通るから救いがあるが、何といても新幹線の影響は大きい。 長岡、新潟駅の専門店など如何なるのだろうか。 いや他人事ではない。 ------- メルクマール 堀井 11月12日 ・今朝方はAM2時半位に震度1〜2の地震あり。何だこの程度か、せっかくなら、せめて3~4位になれと!思う余裕も出てきた。 これは被災の大きい人達に悪いと考え直したり。それでも一時であるが大雨が降ってきたが、ダムの土石流は大丈夫か心配になる。 ・東京に出張を控えていた人達が、そろそろ出張に行きはじめた。長岡を新幹線で朝6時40分に出たら、10時に東京に着いたとか。 来週、仕事で東京に行くとか。バスが一番手ごろのようだ。それにしても、駅は可哀想なぐらい人が少ない。 毎日のように長岡駅の専門店に通勤の帰り道によって、大幅値引きの弁当や酒の肴を買っている。 売れないため、スーパーの半額以下。いや、もっと安い。 せめての贅沢?である。可愛いものだ! ーーー 11月11日 ・2〜3日続いた夜半の余震が無かった。 寝ているところを突然揺れると、少しは動揺する。 ・幼児の頃、よく両親に連れて行ってもらっていた成願寺温泉ホテルが、この地震で倒産と新聞に出ていた。 子供の頃、すぐ上の兄と姉と三人で遠足に行ったことを思い出す。 およそ片道5^6キロの道を2~3時間以上もかけての遠足だった。モルモットがいたのが印象に残っている。 130年以上続いた湯治場の旅館だったという。 ・新幹線は相変わらず人が極端に少ない。年末まで開通が、JRの本音だろうが。年末の帰省者も躊躇するだろう。 新聞に数千億規模の復興投資がおこなわれるとあった。 阪神大震災は九千億、普賢岳の時は、1000億というから、 まちがいないだろう。 既に、県内の職人の数が足りないという話も出ている。
・・・・・・・・ 2003年11月16日(日) 956, ハイビジョン超特急
昨日の昼、NHKハイビジョンで過去3年間の「ハイビジョン番組」90本を5分以内にまとめて、4時間ぶっとうしで放送をした。 デジタルだから可能なのだろう。様々なジャンルの番組を繋げて放送するもので、息をつかせない内容であった。 未来の一部を垣間見たような時間であった。そして、至福に近い4時間であった。元々ハイビジョンの内容は、 選りすぐりのものが多い。 その二時間を5分にまとめて、次々に放送するのだから一瞬も目を離せない。 年末に再放送をする予告編も兼ねていた。 音楽スーパーライブ、美の回路、お祭り、サッカーなどのスポーツ番組、動物、 自然、宝塚、歌舞伎、遺跡などなど次から次へと出てくる。7割は見た番組だったからこそ、更に面白かったのだ。 これからは、こういう番組が多くなるのだろう。ワールドカップのサッカーも5分にまとめてあるのだから目が離せないのも当然。 スポーツ、遺跡など、それだけを集めて5分にまとめて放送する番組も出てくるだろう。 印象的なものとして、「長野オリンピック」「源氏物語・絵巻師との対話」「エチオピア」「イグアスの滝」 「ベネチアの仮面祭り」「ワールドカップ」「謎の深海大峡谷アメリカ西海岸・モントレーの神秘」「ミレニアム・オリンピック」 「リオのカーニバル」「青森ねぶた祭り」「天空への道」「南極大紀行」「大砂漠ラクダキャラバンーテネレ砂漠」 「永平寺」「九さい溝」「リビア」 どれ一つとっても非常に興味をひかれる内容である。 ハイビジョンの良さは遠くの背景がしっかりと見て取れることだ。すごい時代である。
・・・・・・・・・・ 582, NTTと日本の現状 - 2002年11月16日(土)
このところ光ファイバーを会社や自宅に導入して、NTTの現状を垣間見ることができた。 自社ホテルの電話の使用売上が10年前の十分の一以下に落ちている。 携帯電話に変わった為だ。 各家庭や会社はホームベースとしての据え置きの電話があるが、使用回数が激減しているのは間違いはない。 そうするとあの電信柱から引き込まれている数兆とか十数兆の設備投資の価値が激減していることになる。 NTTの知人が「電電公社に入り、こういう目-肩たたき-にあうとは思ってもみなかった」と言っていた。 この現象が今の日本の大不況と酷似している。 新しい流れに転換できないでいるのが日本だ。 すでに電信柱からデジタルの携帯電話や光りファアイバーの変わろうとしているが、転換できないでのた打ち回っている。 不良会社の整理も当然しなくてはならない。 電信柱に例えられる旧体制がまだ抵抗している。 有線放送とかいろいろな関連会社も、その脱皮についていけないで。 駄目の者は駄目なのに。その代表が自民党の橋本派である。実際に利権を握っている為現実が見えてないのだ。 NTTもNTTドコモがあるから救われるが、今の日本には殆ど見当たらないのが恐ろしい。
・・・・・・・・ 2001/11/16 [222] ベトナム旅行記−1 1、 −オートバイ社会ー 驚いたのは街にオートバイがあふれている事である。 一家に一台の普及率で、50CCまでは免許がいらない。 それに2〜4人が乗っており、フルスピードで街を駆け巡る。 よく事故がおきないと思えるほど危ない。 おまけに殆ど信号がないのに、平気で十字路をお互い横切る,曲芸だ。 やはり、いや当然事故が異常に多いという。 ー今から10年前の中国が自転車社会であったが。 今もそうか!? 2、活気に満ちてるのも、自由経済の導入の為か。 ドイモイ政策で7パーセントの経済成長。 これでかなり物質的に豊かになった。 国民がアメリカ、日本に目がいっているという。 3、80パーセントが農業人口で占められとおり、貧しい中でも何か最低限の生活が保障されているのが解かる。 4、昭和30年頃の日本に都会は似ている。 5、貧富の差があまり感じないのは、好感が持てる。 6、人口は7800万、文盲率は20パーセント、給料は2万円とか。 仏教が60パーセント、イスラムは6万人とか。 学校制度は5、4、3,4年制だ。 7、ベトナム料理は美味しいことで知れているが、中国風ベトナム料理、フランス風べトナム料理があり美味しい。 8、地方の風景は、日本のそれに似ている、水牛とアヒルが多くみられるのが特徴といってよい。 ー印象をそのまま書くと ・まじめな、仏教徒国、 ・農業が80パーセントの縦に長い国 ・失業率が17パーセントー社会主義から自由経済の過渡期にあっての混乱期 ・大体の国民は5時に起床、7時半より17時まで仕事 ・過去は数百年は中国、19世紀半ばより1954年までフランスに支配される。 ・そしてその後アメリカとベトナム戦争。100万人が死亡、200万人が不傷。 ・今は石油が発掘。輸出の1位を占めている。小さくまとまった国。 ー今回の旅行での出来事 ・中間あたりでーダナン。ハイホンで台風にあう ・ハロン湾で連れの人が目の前で、100ドル札の偽札の両替 ーもちろん意図的につかまされる。
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2009年11月15日(日)
一昨日の日経新聞のー経済教室ーで 「中小企業金融円滑化法案」を全面的に批判をしていた。 慶応大の桜川昌哉教授と、カルフォルニア大の星岳雄教授である。 日経に請われて書いた提灯論理としか思えない内容で、日経新聞の上から目線を自己証明している。 ポイントとして:貸し渋り対策で、過度の政府介入するな :問題は貸し渋りではなく収益の低迷 :政府支援の照準は・新規参入・産業再生に すべきという。 5〜6年前に、金融監督庁が執拗に銀行に入り込んで、弱体化している会社を潰すように指導し、 強引に整理をさせた時に日経新聞は当然のことと冷笑していた。 何を、この新聞社を載せるのだろうか。 そのころ日経新聞自体のスキャンダルで、内部が滅茶苦茶だったが・・ これで新規融資が一段と萎縮するというが、 上から目線の論法でしかない。 地方の現場から逆照射をしてみると、 「上からお金を流すのは構わないが、下の目線で資金コントロールするのは相成らぬ」と解釈できる。 「銀行サイドの床柱の姿勢を改めるか、改善しろ」という、どこが悪いと言うのだろう? 二番目のポイントしてあげた「問題は、貸し渋りではなく収益性の低迷」というが、リーマンショックで、 大打撃を直撃して低収益になっている弱者を、この法案で救済する、どこが悪いというのだろうか。 日本中の中小企業の経営者の99パーセントは、私の意見と思うが。この学者、「本筋は企業収益向上」と言うから驚き。 地方の企業は、そうじて売り上げが大よそ半減している現状が分かって、こういう空理屈を言っている・・・ 去年のリーマンショックからの金融危機は大災害、いや震災であって、企業収益の向上などと言っているケースではない。 大手銀行にあれだけの資金を投入したのは赦されているのに、この法案が日本の金融システム全体に対する不信感を 生み出しかねないと、一方的に言うのはオカシイ思わないのだろうか。 日経新聞の質の低下も甚だしい。 床柱、上から目線が、自分ではわからないのだろう。 もう一度いう、 「これは、大震災、それも100年に一度の大震災」。 都会の真ん中で理屈を捏ねている茹で蛙には実感できないのである。 それと、日経新聞もである。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2781, 世界同時不況 ー日本は甦えるか −2 2008年11月15日(土) 文藝春秋の12月号の特集「世界同時不況 日本は甦えるか」−2 ーまずは前回の対談の、続きの要所を抜粋する。
・なぜパーナンキFRB議長やポールソン財務長官がリーマンを破綻させたのか。 思いつく最も説得力のある答えは、 金融機関の不良債権を買い取らせるとうポールソン・プランを認めさせようとするショック療法だった。(竹森) ・三菱UFJ銀行から1兆円の融資を受けたモルガンスタンレーが、冬のボーナスのために六千億の金を用意しているという。 ・そう簡単に次の機軸通貨は現われない。現に、円を除けば、他のどの通貨に対してもドルの価格は上がっている。 但し、円だけはありあえない。 ・アメリカの国債を買うしかないのは日本だけしかない。オイルマネーは非常にケチ。中国には、その力はない。 ・現在、アメリカは基本的に弱くなっている。しかし、日本はきわめて世界から見たら特殊な国である。 端的にいえば、日本は千五百年間、一度も外国に侵略されてない。こんな国は他にはない。 その意味で、これからは第二の維新・開国の時代を迎えている。 ・グローバル化によって、新興国は1960年代の日本の3,4倍の速度で近代化している。 これからは、新興国の人から預金を集めて、中小企業にきちんと貸すリテール中心の銀行であり、 彼らに買ってもらう安価なカラーテレビや自動車である。 ・新興国が消費の中心となると、従来の多機能、高品質、高付加価値の商品戦略は成立しない。 日本が過って1950年〜60年代に手がけた安価な商品をつくって競争するしかない。 生産技術の水準を落とすのではなく、多機能を止めて、価格帯を下げればよい。 ・国内では、これまで手がけてこなかった、セクターに支援を行うべき、 例えば地方であり、中小企業であり、農業を初めとする第一次産業である。 農業といっても、農業土木ではなく、農業自給率を60%にするような本当の農業再生である。 −−− 以上から考えられることは、一度徹底的に、近代資本主義を破壊して、ゼロからやり直すチャンスと説いている。 これほど情報機器が発達した現在、そこまで破壊した場合、立ち直れるかどうか疑問になる。 しかし、一部の金融機関の連中を代表とする勝ち組とかいう質の悪い連中の淘汰は本格化するのは良いことである。 この一連の金融危機は、世界恐慌の序曲であり、5年や10年では片付く事態ではないことは間違いない。 企業サイドの経営の問題は、これから発生することになる。 まずは倒産の暴風と津波が果てしなく続き、 失業問題、社会問題、国際間の争いが、波状的に押し寄せるのである。
・・・・・・・・・ 2007年11月15日(木) 2416, よく生きる −1 ゜+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゜・:*☆ 池田晶子と陸田真志との対話集の中で、ソクラテスの{ただ「生きる」のではなく、「善く生きる」べきである。} という問いが語られていた。 何か解りやすい本がないかと図書館で調べたら、やはりあった。 哲学者の 岩田靖夫著「よく生きる」−ちくま新書 である。 目を通すと、「はじめに」の要約が解りやすい。 これで充分といえるほど簡潔で、知りたい全てがそこにあった。 それを要約をすると、 1、幸福とは、自己実現することである。 2、その自己実現は目的ではなく、条件であるが、その意味ではない。 目的は自己実現したレベルでの他者との邂逅である。 3、その中でも、挫折、病気、死などが待ち受けている。それを解決できるのは宗教しかない。 それぞれの神という根源の元に帰るという確信こそ、人の求める究極である。 4、我われは、そういう人々の社会の中で生きている。そこでは自由と平等が求められる。 その仮想がユートピアだが、理想として追求するのが求めるべき人間の姿勢である。 さらに表紙裏の説明文が更に簡潔であった。 ーまずは表紙裏ー 「よく生きる]これは、時と所を問わず、人間にとって究極の問いである。 人は強くて、同時に弱くなければならない。人は強くなければ自分の存在を守れない。 しかし、それは動物としての生存の維持である。人は弱くなったとき、他者の心を理解し、 他者と真の交わりに入り、存在の根源に帰入する。それが人の幸せである。 古今東西の哲学、宗教、文学を通して、人間のこの真実を明らかにする。 ー次に表紙の下に書いてあった文ー 動物のように生存欲のままに生きっづけることが人間の生なのであろうか。 それとも「人間の生」は「人間らしい生」でなければならず、それが「善く生きる」 ということではないのか。目前に迫った死刑執行という切迫した時間の中で、 ソクラテヌはクリトンを相手に「人間にとってのこの究極の問い」を再度問うのです。 ーーーー 本当に良い本は、「簡潔に簡潔に書こう」という著者の気持ちが伝わってくる。 簡潔になればなるほど、 中心点に近づいていくからである。真理を追究していれば、その中心に向かっていくしかない。 だから、より簡潔にしていく中で、真理のより深いエネルギーが湧き出てくるのである。 「人は強くて、同時に弱くなければならない」という言葉が良い! ホンジャヾ(。´・ェ・`。) Bye! つづく ・・・・・・・・・ 2006年11月15日(水) 2052, 新潟は今・・ (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん! このHPを見ていれば解るように地方経済は重苦しい状態がつづいている。首都圏のような明るさの気配は全くない。 駅前ホテルと飲食店、そしてタクシーは特に地方の景気に敏感である。目立たないが、飲食店の廃業の話が連日のように 入ってくる。一ヶ月ほど前には新潟駅から直通のワシントンホテル(300室)の撤退のニュースである。 シーズンが変わる度に、夜の繁華街の人通りが少なくなっている。もう誰も不景気とボヤク人もいなくなった。 その中で一部だけ良い店があるからだ。今風にして、ほんま物を廉価にして、互いの姿を見えないようにした隠れ居酒屋は、 それなりに入っているからだ。 それが出来ないところは自然消滅しかない。ところで、新潟市内のタクシー業界では 来春から一斉に完全歩合給に入るという。もし事実なら、タクシーの運転手も暇で仕方がないとぼやいてはいられない。 長岡でも新潟でも給料の話すると「固定給12〜3万+歩合給=15~6万円で、手取り13〜4万。それに、家内のパートで 8万円、合計20万で親子3人で暮らしてますよ。今さら働くところも無いし、辞めても直ぐに誰かが入ってくるし・・」 という返事が返ってくる。それが来春から完全歩合給になるというから、運転手も目の色が変わりざるをえない。 「個人タクシーが成り立っているのだから、完全歩合給も成り立つはず」という理屈も成り立つが・・・ 15年ほど前に、札幌でタクシーに0時ごろに乗ったとき、運転手に「深夜の勤務は幾らほど出るのか?」と聞いたところ、 その返事に一瞬にして酔いが醒めてしまったことがあった。「札幌はね~、最悪の景気なの。私も問屋を倒産させてしまってね〜 最後の生き残りをかけて運転手をしているの。といって今さら正社員じゃ無理なの。 夜のタクシーは、殆ど私と同じ立場の 中途半端の中年が小金を稼ぐため、タクシー会社と契約して夜間だけ車を借りているの。 客を拾えなければ収入はゼロだから必死。 何処で客を拾うか、ハンターと一緒で勘が頼りなの。とにかく生きていかなくてはならないからね〜辛いよ!」今でも、 その時の情景をリアルに憶えている。完全歩合制は、それと同じ状態に全ての運転手がおかれることである。 固定給のベースを割る車が出始めてきているのだろう。数年前から始まったタクシー自由化と、不景気が背景にあるのだろうが。 私自身を考えてみても、タクシーを乗らなくなった。飲んでも、酔いさましのため、酔いの勢いを借りて歩いて帰ってくる。 十年ほど前から、特に古町の飲食街に行かなくなってしまった。 高いし、以前ほどホステスのプロも少なくなったし、 タクシー代はかかるし、機会そのものも少なくなった。新潟駅前で一軒の店に3時間ほど粘って帰るのが殆んどである。 まあ、燃やせば骨も残らないほど飲んでしまったし・・・ (。^0^。)ノサイナラ! ・・・・・・・・・ 2005年11月15日(火) 1687, 新潟県 「2010年問題」
最近、新潟県でも「2010年問題」がささやかれだした。 新聞で断片的に取り扱われていたが、朝日新聞新潟版・土曜特集に報道していた。 ーポイントくをまとめてみると φ(・ω・ ) ・北陸新幹線の金沢までの開通が、2014年、富山までの開通は、2010年。 [2010年問題]といわれるのは、2010年の方が、[呼びやすい]という説もあるが、 富山までの開通でも新潟県に甚大な影響が予測されるためだ。 (=_=;) ・この開通で、北陸新幹線が幹になり、上越新幹線が枝になってしまう可能性が大である。 ・上越市経由のため新潟県上越地区が新潟県から分断され、金沢・富山圏に組み込まれてしまう。 北陸自動車道の開通と重なっているから事は重大だ。 ┐(´ー`)┌ ・金沢市と富山市と福井市が至近距離にあり、新潟県と後背人口と観光資源が圧倒的に違う。 このことは新潟県にとって大問題にあり、新潟が間違いなく横丁になってしまうことを意味している。 これに対して、新潟県が出来ることといえば 新潟駅の連続立体交差事業位しか手がうたれてない。 日銀の新潟支店長を前県知事に選んだ、県民の致命的ミスの結果である。 県知事に日銀支店長を選ぶセンスが最低であるが、今さら何をいっても仕方がない。 ( ̄ω ̄;)!! 30数年前になるが金沢に一年半ほど住んだ経験があるので、新潟と金沢の民度と後背人口と観光資源の差が 格段に違うのを実感している。間違いなく、幹から枝になるだろう。 裏日本の裏横丁ということか! ""(_ _,)/~~" 新幹線の新潟飛行場への乗り入れが、大きなポイントであろう。日本で新幹線の飛行場乗り入れは新潟しかできない。 新潟駅〜飛行場間は単線でもよい。飛行場乗り入れは世界でも初のケースになる。 佐渡や中国への飛行場にも、上手くアクセスすれば面白い。 さらに新潟駅立体工事も前倒しをすべきである。 それにしても、前の県知事は何をしていたのか?誰も最?の政治家だったことさえ気がついてないから始末が悪い。 優先順位が、まず飛行場乗り入れだったのだ。 それと駅の工事である。 (^_^)/ パーか? ・・・・・・・・ 2004年11月15日(月) 1322, PDPTV −2
2年前の今日、PDPTVについて書いていた。そこで、この2年間の感想と実感を書いてみる。 値段の値崩れが、思ったより少ない。50インチで年15〜20?下がっていれば、40〜50万円位のはずである。 (字数の関係でカット 09年11月16日) ・・・・・・・ 2003年11月15日(土) 955, 自分づくりの文章術 ー読書日記
毎日、書き続けていると、自分の中の見えない自分や忘れてしまった過去に愕然とすることがある。 暗黙知を形式知に置き換える作業を毎日コツコツしていると、それが暗黙知の中にある自分を引き出し、直視することになる。 その点で書くことが無くなるまで?書き続ける効果は絶大である。 書くことが無くなるまで書くと、そこから暗黙知の中の本筋が出始めるからだ。 いまひとつは、分類コーナーに投げ込んだ文章を改めて読み返していると、何気なく書いている文章の蓄積が、 違ったものとして存在をしているように感じる。 もう一人の自分が、独立をして存在していて、 自分の知らない自分を見ている感覚になる。 分ければ資源、いやその蓄積が資源になるのだ。 以下の本は、1000近く随想日記を書き続けて、文章に対して言いたいことの全て、その数十倍のことが書いてある。 その遙か多くの文章を書いているからだ。アマチュアとプロの差は、如何にもならないのだ。 いや素人とプロの差だ。 ホームページを立ち上げ、毎日「テーマ随想日記」を書き出して二年半経つが、「自分づくり」というのが、ズバリ言い当てている。 毎日毎日、コツコツと自分をつくっている、いや自分の世界を広げている感覚である。その手ごたえが無ければ続かなかっだろう。 ・・・・・・・・ 「自分づくりの文章術」 清水良典/[著]出版社:筑摩書房 (字数の関係でカット08年11月15日) ・・・・・・ 581, PDPTV - 2002年11月15日(金)
PDPーTVを先週に居間に入れて6日が経つ。設置に3人で5時間以上もかかった。パイオニア製で50インチ。 それにソニーの音響システムを組み合わせて税込みで76万円だった。 あと半年で3割は下がるだろう。 半額はローンにした。 さすがに迫力が違う。 相撲などは音響も含めて会場にいる気分になる。 まだじっくりと見る時間はないが、今週末から見るつもりである。 コンサートや歌謡番組を夜電気を消して見ていると、その価値を充分感じ取ることができる。 あと15万を出すとソニー製の新型を買えたが、値崩れを起こし始めたパイオニアにした。 ますますお宅になりそうだ。 何か凄く豊かになったような気分だ。 あと数年がたつと、PDPや液晶から有機TVが出てくるそうだ。ソニーはそれに絞って商品開発をしているという。 こういう時代に、遠出をしないでカウチポテト族になっているのに丁度よい代物だ。 それとこのパソコンが。 つまらないスナックで飲んでいるより居間の方が刺激的だ。 ただ集中度が高まるので疲れるのも事実だ。お勧めはあと半年経つと1インチ1万円に下がった時だろう。 それも部屋によっては42インチあたりでよいのでは。車を小型や軽にしてTVやパソコンにシフトしていく時代だ。
・・・・・ 「222」ベトナム旅行記−1 2001/11/15 1、−オートバイ社会ー 驚いたのは街にオートバイがあふれている事である。 一家に一台の普及率で、50CCまでは免許がいらない。 それに 2〜4人が乗っており、フルスピードで街を駆け巡る。 よく事故がおきないと思えるほど危ない。 おまけに殆ど信号がないのに、平気で十字路をお互い横切る,曲芸だ。やはり、いや当然事故が異常に多いという。 ー今から10年前の中国が自転車社会であったが。今もそうか!? 2、活気に満ちてるのも、自由経済の導入の為か。ドイモイ政策で7パーセントの経済成長。 これでかなり物質的に豊かになった。 国民がアメリカ、日本に目がいっているという。 3、80パーセントが農業人口で占められとおり、貧しい中でも何か最低限の生活が保障されているのが解かる。 4、昭和30年頃の日本に都会は似ている。 5、貧富の差があまり感じないのは、好感が持てる。 6、人口は7800万、文盲率は20パーセント、給料は2万円とか。 仏教が60パーセント、イスラムは6万人とか。 学校制度は5、4、3,4年制だ。 7、ベトナム料理は美味しいことで知れているが、中国風ベトナム料理、フランス風べトナム料理があり、美味しい。 8、地方の風景は、日本のそれに似ている、水牛とアヒルが多くみられるのが特徴といってよい。 ー印象をそのまま書くと ・まじめな、仏教徒国、 ・農業が80パーセントの縦に長い国 ・失業率が17パーセントー社会主義から自由経済の過渡期にあっての混乱期 ・大体の国民は5時に起床、7時半より17時まで仕事 ・過去は数百年は中国、19世紀半ばより1954年までフランスに支配される。 ・そしてその後アメリカとベトナム戦争。100万人が死亡、200万人が不傷。 ・今は石油が発掘。輸出の1位を占めている。小さくまとまった国。 今回の旅行での出来事 ・中間あたりでーダナン。ハイホンで台風にあう ・ハロン湾で連れの人が目の前で、100ドル札の偽札の両替ーもちろん意図的につかまされる。
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2009年11月14日(土)
学生時代のゼミの一年下の松下さんと、以前に「新潟を活性化するに如何したらよいかと大和総研に頼まれたが、 何か知恵がないか」と電話があったので、「 新幹線を新潟駅から飛行場近くまで延長して、東京駅から 直接乗り込みの飛行場を持った環日本海都市として売り込めばよい。その沿線には中国、ロシア、朝鮮の 特区地区としてパスポートで出入りする地区をつくり、工場などを誘致して、それで足りなければ、高齢者などの 施設をつくって首都圏の補助機能をつくり、元もと天領だった特性を、そのまま利用すればよい。 現在、新潟駅再開発が動き出したので、その延長として本気にならないと、北陸新幹線が完成したおりに、 幹から枝葉の地区に取り残される。これが最後のチャンスと思うよ」と、軽く答えた。 ところが、数日たってから、 その話を新潟県のエライサンに直接話して欲しいということになり云々・・・話は長くなるので、これはこれで 終いにするが、その松下さんが道路経済学を一人で長年かけて学んできて、現在では、その道の権威者。 「高速道路の千円」の大元の理論家である。 更に無料化の流れを彼がつくったというから、尊敬に値する。 その彼が、民主党が天下を取ったら自分の理論が政策に取り入れられ、大きな役割を与えられると数年前に 言っていたが、その時代がやってきたようだ。 先週に彼から、週刊エコノミストに大きく取上げられたと そのコピーが同封されてきた。 早く言えば、「思い切った高速道路の値下げが、大きな経済効果をもたらす」 という、英国学者の理論を日本に紹介したもの。彼の著書「道路経済学」も、なかなか説得力がある。 「過剰な?高速道路を、世界一高い値段の料金を無料化をして、皆で使いましょう。大部分は、ほとんど 使ってないのだから」というのも一理ある。それを先読みして、コツコツ学んできたのだから・・・ 以下は、コピーの礼状である。 ー松下文祥様ー 前略、 送っていただいた資料、さっそく拝見しました。高速道路の料金一律千円、松下さんの出版された本が出発点 だったようですね。近くの岩室温泉や月岡温泉などのリゾートホテルが潤っていると知人から先日、聞いたばかりです。 また、民主党が高速道路の無料化の方針も、やはり貴方の理論的裏づけがあるようですね。 貴方の長年の地道な努力が、こういうカタチで花咲くのは同じゼミの出身者として誇りに思います。 恐らく、戦略会議の一員にも推挙されているのでは? と思いますが・・ 地方は、去年の9・15のリーマンショック以来、ますます悪化を続けています。 全体の四分の一のエネルギーが、 そぎ落とされてしまったのが実感です。01年の9・11事件で、やはり三割近く落ちているので、 八年で半減近くというのが実情のようです。ご存知のように、数年先に、新潟駅再開発のため、 一つのホテルが買収される予定があるので、銀行も、あまり強く圧力はかけてはこないですが、もし無いとしたら 死活問題になっています。それほど市場は冷え切っています。 亀井大臣が中小企業に対して、 「返済三年猶予法案」を提出しますが、地方の企業にとって神風のようなものです。知人の会計事務所の過半数近くが、 これまでの体力を使い果たし、年末から来年の3月にかけて大きな危機に見舞われると嘆いていました。 決してオーバーな表現ではないのが現状。それにしても、これまでの自民党と官僚とゼネコンを初めとした財界の罪悪は、 あまりに酷いもの。 その不正摘発をしている貴方の活躍は、見るものからしたら拍手喝采です。 一時のマイナスに大げさに騒ぐ輩がいたとしても、それを乗り越えて進まれることを願っています。 ご健闘のほどを! 堀井八郎 ・・・・・・・・・ 2780, 世界同時不況 ー日本は甦えるか −1 2008年11月14日(金)
文藝春秋の12月号の特集「世界同時不況 日本は甦えるか ー未曾有の経済危機の核心を七人のエキスパートがえぐる」を読んでみた。 内容は、刺激的なことをオブラートに包んで語り合っているが、それでも大恐慌に突入したことを 前提であるのが、興味深い。 もう堰は切れたのである。 面白そうなところを、書き出してみた。 ーーー 高橋洋一/榊原英資/竹森俊平渡辺喜美/水野和夫/田村秀男/宮崎哲弥の対談で、 1、「失われた十年」再び来たる 2、株安・円高地獄の脱出策は? 3、「アメリカ金融帝国」没落す 4、GMがトヨタに買われる日 の、分野で議論をしていた。 印象に残った部分を書き出してみる。 −− ・欧米で合わせて320兆円を超える公的資金投入は、人類が始めて経験する未曾有な経験 ・アメリカのウォール街が主導して世界のGDPの十数倍の金融商品を作り出し荒稼ぎしてきた、 金融工学と称するシステムの破綻と、借金漬けの消費帝国アメリカの終焉。 ・その結果、アメリカという国は二度と立ち上がれないほどのダメージを負った。 ・アメリカの貧困層に住宅ローンを売りつけ、彼らを丸裸にしてしまった。 ・フォードやGMの社債は、額面の25〜30%を割っており、もはやジャンク債の域である。 GMは毎月1000億の損失を出している事態になっている。 ・アメリカが4割の下落に対して、日本は5割の下落である。 その理由は、日本の利益の源泉が北米の輸出で、利益の5割を占めている。大雑把にいうと、 それで5割の減益だが、アメリカの金融セクターの占める割合は4割。だから日本のほうが株価の下落が大きい。 ・平時の市場、非常時の国家というのは、世界中のコンセンサスである。 ・株価の下落は、日本の金融機関は株を多く持っているので、大きな痛手になる。特に地方では危ないところが多く出る。 ・都市銀行も8千円を割ると、自己資本比率が10%を割ってくる。 ・額面で54兆ドルもCDSがあるいわれている。これを時価評価をしたら、どれだけ損失が出るか、そこが見えない。 ・欧州でも、ドイツ以外は殆どが住宅バブル。アメリカと大して変わらない事態である。 ・ハーバード大学のロボフ教授によると、深刻な住宅バブルが弾けたあとは、景気がピーク時の7割に戻るに5年はかかる。 ・この事態は、世界中の先進国の経済を支えてきた中産階級が没落することになる。16世紀以来、繁栄を誇ってきた 近代資本主義の時代がここで終わった世界的転換期である。 ・世界はなりふり構わず対策を急いでいるが、日本は動きが鈍く、サブプライムローンなどの痛みは少なかったが、 最後は、被害が一番大きくなる可能性がある。 ・日本が直面している問題の株安と、円高のダブルショックに対処するには、日銀がゼロ金利も視野に入れた利下げと、 量的緩和を行うことが必要である。 ・日本も政権交代がなければ、これまでの経済対策の繰り返しをしていくことになる。 ・アメリカで金融バブルと、消費バブルが弾けたというが、円安バブルもはじけたのである。 ー つづく −−− 各人が、それぞれの立場で忌憚なく対談しているのがよい。 2008年の9月15日の「リーマン・ブラザーズの破綻」が歴史の転換期になるのである。 1929年の大恐慌では小さな銀行は多く潰れたが、ウォール街の主要金融機関は潰れなかった。 僅かの期間で、これだけ潰れたのだから、いかに深刻な事態であることは自明。 ・・・・・・・・ 2007年11月14日(水) 2416, 世界の「富」は、人口の2%が過半数以上所有だと 才ノヽ∋―_φ(゜▽゜*)♪ 一月ほどの新聞記事だが、国連の研究機関が発表した調査によると ー世界の「富」は、人口の2%が半分以上所有ーという。 これを解りやすくまとめると ・世界の成人人口の2%が、家計全体の「富」の半分以上を所有。 ・逆に貧しい方からみると、人口の50?が所有する富は1パーセント。 ・最も豊かな層に属し、成人人口の1%に相当する人々が所有する富は、世界の4割に相当。 「上位1%」に居住している国別に分類すると、米国が最多の37%、日本は2番目に多い27%で、 日米だけで上位1%の3分の2近くを占めていることになる。 ・一人当たりの世界の富の平均が、2600ドル。 日本は18万1000ドル、アメリカは14万4000ドル、中国は2600ドル、インドは1100ドルだった。 ・富の分配の格差を示す「ジニ係数」も国別に算出。 値が一に近づくほど格差が大きくなるが、世界の平均値が 0.89に対して、アメリカは0.8に対して、日本は0.55で格差は比較的小さい。まだまだ、日本は健全にみえるが、 この数年で大きく変わってきた。 2000年の統計値を使ってまとめたもので、 預貯金や不動産などの資産から負債を引いたものを「富」と定義したという。 ーー 以上が大方の数字だが、20年近く前に中国に行ったときの一人当たりの格差が100倍だったが、現在は50倍というから、 中国は20年で2倍も豊かになったということだ。 「世界の富の80%は、世界の20%の富裕層が所有している」というが、 日本は最後の余力を食べつくしながらも20%の立場を保っている。 ところで先日の新聞発表で、国内の一億円以上の預金者は大よそ人口の一?という。 一家族三人として、30数軒に1軒の割合になるが、地方では到底考えられない数字である。 それでも知人を見ていると数人はいるが、まあ他人の懐具合は、如何でもよいか! ヾ(´_`○)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・・ 2006年11月14日(火) 2051, あたりまえなことばかり −7 才八∋ウ_〆(∀`●) 幸福論も、あるところまでいくと、生死の問題に深く関わることになる。 しかし生死がわかるはずが無いことは、前に論じてきた。 観念としての幸福を、いくら説いてもラッキョウの皮を剥くようなもの。 といって、人生の中で「自分ほど不幸ものはいない」と、思ってしまうのが人間の性。 不幸という観念に捉われない為にも、孝・不幸は真正面から論じてみる必要がある。 前に読んだー「私」のための現代思想ーもそうだが、過去の知識の総点検をしているような感覚である。 知っただけ、経験しただけ生きてきたことになる。知識として知らないことがあまりにも多すぎた! これが現在の心境である。 ーー 「あたりまえなことばかり」 ー・ 幸福はどこにあるのか ー 《以下、字数の関係でカット。2009年11月14日》 バイバイ
・・・・・・・・・ 2005年11月14日(月) 1686, 「ひとを嫌うということ」−2 嫌いに対して、よくぞここまで書けるものと感心する。といって日常生きている上で、好き嫌いの感情はつきまとうものだ。 だから、世の中が面白いものとして現前する。 この本の印象的なところを抜粋した。 ー「嫌い」の結晶化作用ー `(`´)” スタンダールは恋愛における2重の「結晶化作用」について論じている。(′O`) ・第一の結晶化作用とは次のもの。ザルツブルグの塩坑で寒さのために落葉した1本の小枝を廃坑の奥に投げ込んでやる。 2,3ヶ月もして取出してみると、それは輝かしい結晶で覆われている。 一番小さな枝、せいぜい山雀の足くらいの枝までが、まばゆいばかりに揺れて閃く無数のダイヤモンドで飾られているのだ。 もとの小枝はもう認められない。 私が結晶化作用と呼ぶものは、目に触れ耳に触れる一切のものから、愛する相手が 新しい美点をもつことを発見する心の働きである。 なんとなく気に食わなかった人があるとき当然「結晶化作用」により大嫌いになることは誰でも知っています。 ・そして恋愛における第二の結晶化作用とは、相手が自分を愛していることの確信へと向かう結晶化作用であり、 疑惑と確信との間を揺れ続ける「交互作用」です。恋する男は15分ごとに呟く。「そうだ、彼女は私を愛している」と。 そして結晶化作用は一転して新たな魅力を発見することに向かう。 と、ものすごい目をした疑惑が彼をとらえ、にわかに彼を引き止める。 胸は呼吸を忘れる。彼は自問する。「だが、彼女は私を愛しているのだろうか」 痛ましくもまた甘いこうした相互作用の最中で、哀れな恋人は痛感する、「やっぱり彼女は私に与えてくれるにちがいない、 世界中で彼女だけが与えることのできる喜びを」と。どうも「嫌い」の場合はこうした交互作用はあまり一般的ではない。 キラ(゜´Д`゜)゜━イ!!! ー「嫌い」の8つの原因ー 《以下、字数の関係でカット。2008年11月14日》 ・・・・・・ 2004年11月14日(日) 1321, 西武鉄道の上場廃止 ー時代の変遷の象徴 堤義明のオーナー会社・西武鉄道グループは、この不況下でも安定をした会社と思われていた。それが突然、不正が発覚、 株式が上場廃止という。 関連会社が西武鉄道の株を担保に借金をしている為、一挙に担保割れの事態になる。 日本の影のドンの一人といわれ、「総理大臣が誕生する度に3億円の祝儀を払い続けてきた」 と囁かれていた堤義明もついに逮捕?の可能性がでてきた。 世の中どう変わるか解らないものである。 ーもっとも、コネにて一件落着の可能性があるが。 十年位前まで、西武株といえば5000〜6000円はした。 最近は、株価と連動して1500円まで下がっていたが、この数年間は不動であった。それが400円近くまで下がってしまった。 上場廃止は、10分の1まで下がるといわれるから150円まで下がる可能性もある。 西武鉄道クループそのものの存続も問われかねない事態になった?一時は、西武流通グループの堤清二と張り合っていた時代もあった。 その流通グループも解体され、清二も追放された。 今度は義明の番になった。 「エレベーターの待合を、お連れが一般客を制止して天皇・首相並の扱いで乗り込んだ」 「飛行場でビップ待遇の専門通路から乗り込んだ」とか、とかく噂は聞いていた。今は、その彼も逮捕におびえている日々である。 もし、あの人の逮捕姿をみるとしたら、複雑な心境な人が多いだろう! これも情報化、大衆民主主義化の一つだろう。 以前は黙認されていたことが、今では全く通らなくなったのだ。
・・・・・・・・ 2003年11月14日(金) 954, 「意味」の意味を考える
言葉や言語を考える時、重要な事として、すぐに「意味」が出てくる。 「人生の意味」とか、「意味がないよ」とか、「このことにどういう意味があるか」とか、言葉と意味は一体である。 考えるとは、言葉の羅列の繰り返しをしているといってよいが、それは羅列によって意味を幾とおりも置き返している。 といって「意味」の意味を考えると何が何だか解らなくなってしまう。「意味」の意味を考えるとは、半分ジョークみたいな話だ。 言語学者の西江雅之氏の本に、「意味は『価値』である」に注目をした。 「意味がない!」などと1人で解ったような気になるのは、「自分の価値観とは違う」とっていることでしかないのだ。 「人生の意味」も「人生の価値観を何処においておくか」の問題でしかないことになる。 言語学者の西江雅之の「『言葉』の課外授業」という本の中(p78)に「意味」の意味を簡潔にまとめてあった。 ・一つ目は「意味」とは「価値」である。世界のほとんどの言語では「意味」というのは、「価値」のことを言っている。 「あの人の話は意味深い」とか「あの人の話は意味がない」とか、「面白い」とか 「つまらない」とかは、受けての「価値判断」のあり方を「意味」と呼んでいるのだ。 ・二つ目は、「意味」というのは、出された例の、別の表現への「置き換え」なんです。 たとえば「『椅子』とは何か」と言ったら「それは『人が座る道具』である」と。 この置き換えが、ある種の「意味」になる。「置き換え」の二番目は、別の言葉に置き換えると言うことです。 「‘desk’の意味は何だ」というと、辞書に「机」と書いてある。 「あ、意味がわかった。この単語の意味は‘机’なんだ」となるような、別の言葉への置き換えである。 ・三つ目は、「世界の創り変え」である。 現状から出発して新たに見出そうとする意味である。 現状を否定して、いっそう本物を求めようという場合の、「求めるもの」と言ってよい。 日常生活で「意味を問う」などというのは、現状を疑い、現状を変革させることなんです。 意味には「分析的」なものと、「連想的」なものがある。「分析的」は欧州風科学で考えるもので、 「連想的」は「ひらめき」や「インスピュレーション」などの科学で扱わない部分である。 ー以上が抜粋であるー 《以下、字数の関係でカット。2008年11月14日》 ・・・・・・・ 580,中国の陰と光 - 2002年11月14日(木)
昨日は三井住友銀行の講演会とパーテーがあった。常務がパーテーでの挨拶がかなり深刻な内容であった。 ここまできたらハードランニングしかないし、後は自助努力しかないという。 初めて聞いたが三井住友銀行も持ち株会社をつくって、本体はそこに残し、後は子会社化していくといいう。 この数年間続くであろう暴風を前にした決起式みたいでもあった。本題の講演は「現在の中国について」であった。 ・「中国脅威論は的外れ」というのが結論であった。 今開かれている中国共産党大会で、 これから20年で経済規模を4倍にするという。もしそうしなくては中国の未来はないとまで言っている。 ・その為には年率7?の生長を続けなくてはならない。しかし絶望的の数字である。 もし発表された数字が成長7?なら虚偽の数字とみたらよい。 ・汚職、農村問題、私的企業の認可等の問題が山積みだという。 こういう問題が共産党の統治メカニズムを弱体化させていく。孫文が「中国国民は砂のようなもの」と喩えた。 極端な個人主義を言いたかったのだろう。 その為に強烈な統治が必要で共産主義の統治は今までは有効に働いたが、 これからはその解体過程にあるのは納得できる。 中国内部でも地域間賃金格差は十数倍あり、これが8000万人の 流浪の民をつくっている。現在、中国の内部の矛盾が大きく内部に膨らみだしてる。あまり日本のマスコミでは 言われてないが今までなかったような情報が多いとか、暴動とかストなど。 いずれにしてもあまり過大評価をしない事だ。今は光の部分しかみえてないが、背後の影が見すえなくては。 これが結論であった。 国内も世界も今まで経験したことのない時代に一歩踏み出したようだ。
・・・・・・・ [221] ただいま帰りました - 2001年11月14日(水)
今朝、成田に7時半に帰ってきました。 午後は疲れか熟睡し、さっき起床しました。 明日から出社予定です。旅行記は改めて書くつもりですが、印象を書いてみます。 1、成田は意外とピリピリしたところはなく、少し警官が多いと感じでした。 シーズンオフを含めガラガラでした。 2、ベトナムは思ったより、西欧かされていました。 3、やはりアフリカや中東やインド・パキスタンなどに行き続けたためか、刺激という面で今ひとつでした。 4、その中で、イロイロな見聞がありました。 5、ベトナムも観光や、輸出などでテロの影響が出ているようでした。 疲れは殆ど残ってないようです。
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