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堀井On-Line
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2009年11月03日(火)
「 脳と日本人 松岡正剛 茂木健一郎 」 −読書日記
この本の初頭から、「エッ!」と思わせる内容である。「主題は20世紀に出揃っている、21世紀は方法の世紀」と。 最近、パソコン、インターネットを初めとするIT機器などの飛躍的進歩で、世界は大きく変わろうとしている。 それより良いにつけ、悪いにつけ、私自身が劇的に変わってきた。 方法のキーワードが「編集」と看破しているところが、 松岡正剛の言わんとするところ。 実際の、このテーマ日記を8年半ほぼ毎日書き続けていて、大きな内面の変化を実感する。 起承転結の編集作業を通して、外的世界の把握の仕方と、内面の編集作業がアップスケール?した。 それを実感しているからこそ、冒頭からの二人の対話に引きこまれてしまった。 正座をして隣で聞き耳を立てて読んでいる感じである。 編集とは創造作業の方法というとわかりやすい。 〜まずは冒頭の、その部分から〜 松岡: 20世紀は主題の時代で、21世紀は方法の時代。方法というのは、ものの見方、考え方の支点。 そのキーが「編集」ということ。 平和とか環境とか、民主主義とか多様性とか共生とか、主題はだいたい 20世紀に出揃ったでしょう。でも、何も解決していない。 だったらこれからは、方法が問われた方がいい。 それには編集的方法にもっと注目した方が良い。 編集という言葉は、新聞や雑誌、テレビ、映画などのマスメディアで よく使われる技法用語です。 けれども僕は、その意味と用法を拡張して、何らかの出来事や対象から情報を得たときに、 その情報を受けとめる方法のすべてを編集と呼んでいます。たとえば、パソコンで文章を打ったり、日記や手紙を書いたり、 というのは全て編集です。企業の経営やプラニングを考えたり、会社でスピーチをしたり、家で料理をつくったりすることも 編集です。アタマの中に浮かんでいることと、体で起こることを、目や手や道具をつかってつなげているわけだからね。 だからサッカーや野球は編集ゲームですし、小説を書くことは編集構成です。何かを思い出すことも情報編集です。 茂木:「編集」という方法が考えたり、書いたりという人間の知覚や思考、表現のすべてにかかわっているわけですね。 松岡: 人間にかぎらず、生命体の活動はもともとが情報編集でしょう。 生命体の本質はそもそも情報高分子だし、生きていると いうのは、負のエントロピーを食べて非線形的なふるまいをすることですからね。二十一世紀は、そういう方法に着目するべきです。 茂木: その意味では遺伝子情報をめぐる多くのプロセスも編集的といえるでしょうね。 松岡:「編集というのは、新しい関係性を発見していくということなんです。スピーチだって料理だって、商品開発だって、 「印象に残る」とか「おいしい」とか「便利なものを提供する」というふうに新しい関係を発見することですからね。 茂木: 世の中には、科学、経済や文学、哲学、歴史、そして、インターネットからスポーツ、ファッション、料理、 さらに、歌舞伎や能楽から音楽、お笑いまで、ぱらぱらに事象が散らばっていますね。情報の豊穣があっても、 それを私たちの生の充実につなげられないでいる。 松岡: もったいないよね。それらの「あいだ」をつなげて、そこに新しい関係を発見しなくちゃね。 たとえば茂木さんがクオリア(感覚の質感)を研究しているのも、心脳問題に新しい関係を発見したいからでしょう。 茂木: そうですね。人間の脳の中には約一千億個のニューロン(神経細胞)があります。そして、それぞれのニューロンが、 シナプスと呼ばれる数千から一万の結合を通して他のニューロンと関係を結んでいる。 松岡: その一つ一つのニューロンを取り出しても、「心」はどこにもない。 茂木:「心」を生み出すのは、脳全体にまたがって、一千億個のニュー・ロンがつくり上げる、複雑で豊かな関係性ですからね。 〜〜 主題と方法というと、「主題さえ決まれば何とかなる」と思いがちだが、方法が問題である。 卑近な例として、電話である。 各家庭の普及、そして携帯電話、それが情報端末に変ってきた。 その変化が社会のあり方を変えている。パソコンも、TVも、車も、方法。これが先行してテーマを再編成する時代である。
・・・・・・・・・・ 2769, 閑話小題 2008年11月03日(月)
*時代が激変している! この数ヶ月、休日に車で一人、フラッと目的なしに色いろな店に入るようになった。女性なら当たり前のことだろうが、 男はフラリというのは少ないのだろう。昨日は、地元のスーパーセンターの<ムサシ>のペットショップ。 犬の半額セールデ、お客で溢れかえっていた。普段の3倍?の子犬で、それぞれが飼いたい衝動にかれれる目をしていた。 家内が動物が大嫌いとは知らなかったが、そういう人間が存在するとは衝撃であった。 まあ、愚痴か! 最近、面白いのが中古品ショップである。ハードオフに冷やかしで行っていたが、似たような店が出来てきた。 新品同様で、三分の一が相場なら買いたい衝動も沸く。 少し恥ずかしいが、今更である。 合理的という意味で、中古ショップは理にかなっている。アマゾンの中古本もしかり。 −−− *りんごダイエット 《字数の関係でカット08年11月03日》 −−− *昨日は、親戚の法事 昨日は、父方の親戚の法事。 兄が実家の商売を倒産させてしまったので、数年は謹慎の身。 当分は私が法事を出ることになる。 これまでは「家」を殆ど無視、意識しなかったが、今後は違う。 10時半に法要があり、12時半からオトキ、二時過ぎに終了。家に帰ってTVで天皇賞をみる。 ところでニューオータニの和食料理、なかなか美味しい。 驚いた。 −−− *アメリカ大統領選 《字数の関係でカット08年11月03日》 ・・・・・・・・・・ 2007年11月03日(土) 2405, 耳栓とアイマスク
(@⌒ー⌒@)ノおはよ〜♪ 三ヶ月ほど前に、「100円ショップ」で耳栓を見つけ購入した。そして使い出したところ耳栓なしには寝れなくなってしまった。 あくまで主観だが、80?の音が遮断される。寝室でアイマスクと耳栓をすると、隣で家内がTVを見ていても平気で眠れる。 寝ついた後の四時間は熟睡状態になる。そのためにか、その後は逆に眠れない。私の住まいは住宅が密集していないため、 殆ど雑音は聞こえてこないが、耳栓をして初めて、それでも雑音に囲まれていたことに気づいた次第である。 翌日は忘れているが、消防車や救急車、そして猫の鳴き声、家内の部屋の出入りだったり、周囲の騒音が実は多かったのである。 耳栓は飛行機内で一〜二回つけただけで、家でつけて寝る発想自体がなかった。 夜半に猫の鳴き声に悩まされた時など、 枕元において付ければよかったのである。見た目は圧縮されたスポンジのようである。 先日借りてきた月刊誌「新潮45」の表紙の裏に広告が一面に載っていた。「新素材で、音をシャットダウン」という謳い文句で、 二個組みで280円であった。売れるから載せているのだろう。 売れるということは良いということである。 以前にも書いたことがあるが、ラジウム石付きアイマスクがよい。夏の間は、眼の周囲に汗をかくので付けないが、 それ以外のシーズンはつけている。耳栓に、アイマスク、これをしたと同時に違う世界に入った気分になる。 おそらく、その布も、そういう系統の素材で出来ているのだろう。調べてみたら、炭が縫いこまれたものもあった。 でどうした? チョッとした工夫で睡眠の世界が一変するということ! バイヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・ 2006年11月03日(金) 2040, 「あたりまえなことばかり」 −1 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ 読書日記 著者の池田晶子は、専門知識や用語に頼ることなく、 日常の言葉によって「哲学」を語ることで多くの読者から支持を受けている。 自分の考え、自分の言葉で、存在と宇宙について思考をしている。 彼女は、日本で気をつけなければならない話題が三つあるという。 1、死、 2、宗教、3、国家とは何か、である。 《字数の関係でカット09年11月03日》 ・・・・・・・・ 2005年11月03日(木) 1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1 −読書日記
「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。 読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に 入ってから大きな手術をし、死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。
心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。神秘思想に非常に近いところにいる。 しかし同時に心の奥底に、神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という意識を明確に持ったまま、 心の奥深い世界を描写している。 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。 ー「書くことの秘儀」ー ”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、リアリティを生み出すことだ、” ”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる 条件ではなかっただろうか。死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 《字数の関係でカット08年11月03日》 ・・・・・・・ 2004年11月03日(水) 1310, 23歳の日記−3 ー卒業式の思い出ー
大学の卒業式の写真が数枚残っているが、その前後の事や詳細の記憶は殆ど無かった。 ところが、この日記で当日の記憶が鮮明に蘇ってきた。最終の学校の卒業は、人生の大きな境い目である その記念日の記憶は、大事なことと読んでいて実感する、それも年齢を重ねれば重ねるほど。 幼稚園、小学校、中学校、高校とその日のことは憶えている。その日の父親の気持ちが、今あらためて 振り返ってみると少しは解かってくる。写真も大事だが、気持ちの記録はもっと大事である。 それにもっと早く気がついていれば、日記を書き続けておくべきだった。読み返していて感じることは、 「若いということは、若いというだけで光り輝いている」ことだ。不安定で歪がまだあっても、あらゆる可能性があるのが 若い時の特徴である。それが悩みになるが、その悩むということがよいのだ。それも振り返ってみて初めて気がつく。 ー1969年 3月24日ー 卒業式に出席する為に、8時半に起床、10時半に四日市から東京に向け出発する。 15時前に東京駅に到着する。大学時代の友人の川崎のところに電話を入れる。 一科目、追試が残っていて、それが及第しないと卒業できないのだが、大丈夫だった。 絶対に大丈夫と思っていたが、本当に良かった。万一の時は、就職もオジャンになってしまうのだから。 その足で、寮に行く。佐藤君は居なかったが、残してあった荷物は娯楽室にあった。 その荷物を持って、千葉の検見川にある(三番目の姉)優子さんの家に泊めてもらう ために向かう。父が私の卒業式の為、来ている。何か父も嬉しそうだ。 恐らく、最後の子供を無事卒業させたという安堵感だろう。父に言ってはならないことをズケズケといってしまった。 「このままの仕事では、必ず淘汰されるのでは!」とか。父は何か悲しそうな顔をした。本当に何をやっているのか、 自分を怒鳴りつけたい。それも自分の卒業式にわざわざ出てきてくれたのに。 「親父よ、私はまだまだ未熟なのだ。ご免なさい!」 本当に恥ずかしい。 ー3月25日ー 7時半に起床。今日は卒業式だ。8時過ぎに近くに住んでいる(4女)姉の礼子さんがくる。 父と私に会う為だ。 私は寮に行かなくてはならないので、父より一歩先に家を出る。寮で大家の奥さんに挨拶をする。 丁度その時、佐藤君とバッタリ会う。最後の握手をする。初めは親しかったが、途中から行き違いが出た。 しかし、気持を何時も通じていた。良い寮での同僚であった。 佐藤よ、ありがとう。 これで壊れた関係を元に戻せたようだ。 これで恐らく会うこともないと思うが、良い友人に恵まれた。 さて、その後父と待ち合わせて、大学に行く。これが本当に、本当に最後の最後の行事になってしまった。 まずは深井に会う。新橋しのだ寿司の御曹司で、無神経だったが何ともいえない暖かさがあった。 彼も興奮気味であった。その後、武澤先生に会う。父を紹介した後、父ともども記念写真を撮る。 武澤先生には、言いたいだけいい、その結論を出さずしまいであった。その後、河村、外山、石川、奥野、 兼古、広瀬、皆が居た。 本当に最後ということで涙を浮かべて最後の握手をする。彼らとも、もう二度と会えないのだろう。 思い出の深い校庭である。ここが日本かと思われるような何ともいえないアメリカ的な雰囲気があった。 父が、あまりに私のところに多くの友人が次々挨拶に来るので唖然としてみている。 父は何か取り残されているようだった。しかし、それより全ての友人に挨拶をする方が先である。 卒業式は、一人一人が壇上に上がって,総長から直接卒業証書を手渡された。その後、全員で校歌を歌い無事終了した。 そして、学食に集まり、ビールで乾杯をして、コップを床に叩きつける。これで学生時代とお別れという儀式である。 そして学校を後にする。ところが面白い現象がおきた。ふと見ると、歩いているのが、入学当時のグループの兼古と奥野と 広瀬の4人なのだ。最後はそこに収まったということだ。兼古は千葉の方向ということで、駅前の喫茶サルビアで思い出話と、 今後の人生について話し合う。そして電車で千葉の検見川まで一緒に帰ってくる。これで、完全に学生時代は終わってしまった。 良い学生時代であった。そして、良い卒業式であった。これだけ、素晴らしい!と思えるというのは一生の宝になるだろう。 明日から再び現実が待っている。
・・・・・・・・・ 2003年11月03日(月) 943, トンネル怖い
先週TVを見ていたら、磐梯山から紅葉の景色の生中継をしていた。 「今年は紅葉の時期が例年に比べてかなり早い」と現地の人がいっていた。 その言葉の中に「11月初旬の連休には終わってしまって残念である」という気持ちが読み取れた。 ところが会社の大矢さんが、その時行っていたという。 それが「素晴らしい紅葉」であったと教えてくれた。 昨日、思い立って磐梯山に行ってきた。 しかし最後の盛りは、やはり先週であったようだ。 ゴールデンラインのコースの木々の大部分の葉っぱが落ちていた。それでも低い山には紅葉が十分残っていて、 快晴に恵まれたこともあって素晴らしい磐梯の秋の景色を楽しむことが出来た。 ところで10年位前から、高速道路の一車線のトンネルが恐ろしくなった。 誰もがそうだろうが、特に緊張をしてしてしまうのだ。 不安になり他の車はみるところ80キロは 出しているのに65キロが精一杯。 手には汗ビッショリ、気持ちが悪くなるのだ。 高速道路にほとんど乗ることないのが理由なのだろうが。神経症の可能性もある。トンネル内の事故は死亡のケースが多い こともあり、なおのこと焦るのだ。 一般道に下りればよいのだろうが、時間を節約しなくてはという気持ちがそれをさせない。 帰りは高速の入る直前にある事故用?の空間に車を止めて、後続車を追いやった後にユックリ走るようにしたが。 歳をとったということか。若いうちに家族と日本中を車でいっていて本当によかったとつくづく思った。 今度からはバスツアーにきりかえなくては。 いや日本はもう京都を除けば行くことはないか? それとも、泊り込みで一般道をのんびりいくかだ!
・・・・・・・・ 569、ケーススタデー ー2 - 2002年 11月03日(日)
1968年 毎週金曜日の15時か16時より2時間開かれる。ゼミが終わると太陽が黄色に見える位疲れていた。 知的訓練など全くしたことがなかったためか?二年間コースで初めの一年は課題の本を読んで、それの感想と議論。 二年目の前半は事例研究で、後半は各自が自分で事例を創り、当事者として2時間ゼミの全員に質問と追及を受け、 その結果を討論する内容だった。私は途中二年目からの編入であったが。 他の人を聞き取る場合は刑事のような内容追及が リアルで面白いが、自分の場合は追求されて、瞬時に物語を創っていかなければならない。 今でもその全て憶えている。 このケーススタデーは「見聞皆師」にあてはめて考える事が出来る。現象ー事象の中から真理を探し学ぶ方法にもなった 。 また人間関係だけでなく、営業や経営のベストプラクテス−ベンチマーキングにも酷似している。 ゼネコンの営業の社内研修でも、これに似たケースでOFF−JTが行われていると大手の ゼネコンの営業の人から聞いたことがある。 流通やサービス業の他店見学も似ている。 サラリーマンの足の引っ張り合いは善意を装ってくる陰険版か?現象とあるべき姿の格差を埋める作業だ。 少し違うが、帰納法に似ている。現象の中の真理の内容を検討して結論に導くという点で?? 新しい車が発売されると工場ですべて解体して、それぞれのパーツで業者やその部門の人達が集まってチェックする のはどこのメーカーでもやっていたという。今はコンピューター処理でインターネットをフルに利用しているのだろう。 これの人事管理版が武澤ゼミのケーススタデー?! 管理されるという事はあまり気持ちのいいものではない。 でも組織体としては、それは必要欠くべからざるものである。ここでいま一つ学んだ事は、当たり前のこと ー自分の能力は自分で創りあげるものという事だ。最後は独りの自覚で自分造りをしなくてはならない。習慣づくりといってよい。 問題が逸れたが?私の辛辣さは、露悪ー露善(偽悪ー偽善)を自分や他人の中ですぐ直感してその原因を構造化するためだろ ー父もそうだったから、その理論的訓練を受けた事になる。それよりその結果として自分の無知蒙昧をいやというほど知らされた。
・・・・・・・・・ [214] オカマバー - 2001年11月03日(土)
14〜5年ぶりに新潟駅前にある、オカマバーにいってきた。オカマバーの面白いのはその話術である。 変わった飲み屋がないかと言われて、当時よく知人を連れて行ったものだ。始めは近くの大原簿記の理事長が近くに ビルを創りたいが、この辺の情報を知りたいとので一献と、どう云うわけか奥さんと娘と行ったのがきっかけであった。 やはり初回は異様な感じで、カウンターに男同士の絡みの置物の像には驚いた。しかし知人に話をすると殆どの人が 連れていげという。喜ぶが二度と行こうとは誰も言わない。奥にやはりもう一軒あるそうで、そこはその気のある ホモのタマリ場という。男同士はあまり猥談は言わないが、かなり際どい下ネタをあっさり言う。 以前姉達が新潟に来た時つれていったが、その時私の手をとって人先指をふき始めた。 そして目をツブレと言うつぶった瞬間その指をシャブラレタ!ぞっとした。 もしホモの味を知ってしまったら、抜けられないとその時思ったが、それより気持ちが悪いほうが先であった。 悲鳴をあげたが、1人の姉が私にもやってみてという。真面目を絵に書いたような人 で、皆凝視の中シャブラレタが「何ともないわ、それより真面目な顔でやってるほうが面白いは!」と言ったのに驚いた。 私の知り合いが、子供を連れてサウナに行ったららそのママがいたと言う。 子供を盾に下半身を隠しホウホウのていで出てきた時のシグサガの話が面白かった事を思い出した
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2009年11月02日(月)
この世知辛い世の中で、男も女も結婚相手を見つけることは大変である。 私の世代の男は、少し下の年代が団塊の世代のためイメージとして男女比が2対3で恵まれていた。 それにしては??。 最近の結婚の大変さには同情する。 世の中の男の格差の問題もある。 以前は三高といって高学歴、高収入、高身長(ちなみに三低は低趣味、低収入、低学歴)だったが、今では ・女性からすると 3低 =低姿勢(レディーファースト)、低依存(束縛しない)、低リスク(リスクの低い職業・公務員など)。 3C =コンファタブル(快適)、コミニケーティブ(理解しやすい)、コンポレーティブ(協力的) ・男性からみると、4K =可愛い、賢い、家庭的、軽い(痩せている) という。 収入問題などで、ますます晩婚化になっているが、歳を重ねると、プライドだけが高くなり、 自分の品との段差が開いていくから、始末が悪い。 人生を振り返ると、両親、連れ添い、そして仕事の相性で、8割方が決まる。 その中で、結婚は私生活の大部分を占めるから大問題。 姉の一人が「結婚は大事業」と実感を込めて言っていたが、 その通りである。 最後は、性格の問題になるが・・・ 一生を添い遂げるのも芸のうちである。 神様は最も合わない相手を結婚相手に選ばせるように人間をつくり上げてきたという。 それにしても面白い罠を人間に与えるもの。 人生とはレッスンというより修行である。特に結婚は荒修行! ―― 結婚といえば、^カリール・ジブラン「結婚」ーの詩が良いー 師よ、結婚とは何でしょう。 師はおっしゃいました。 君たちの魂は一緒に生まれたのですから、いつまでも一緒にいることでしょう。 死の白い翼が君達の生涯を離れ離れに散らせてしまってもやはり一緒におりましょう。 そうです。君達は神の沈黙の記憶の中でさえ一緒にいることでしょう。 けれども君達の「一緒」の間には隙間がなければいけません。 君達の間を天国の風が踊って吹きぬけなければいけません。 お互いに愛し合いなさい。でも愛のきずなをつくってはいけません。 君達の魂の岸辺と岸辺の間には、波のうねる海があるようにしておきなさい。 お互いの杯を満たしなさい。けれども一つの杯で飲んではなりません。 お互いに君達のパンを分かち合いなさい。 でも同じ塊のパンに一緒に口をつけてはいけません。 一緒に歌い踊りよろこびなさい。でもお互いは別々の人なのです。 リュートの沢山な弦は同じ音楽をかなで出しますが、皆一本一本、別の弦です。 君達の心を与え合いなさい。 でもお互いの手の中に包みこまれてはいけません。 生命の手だけしか、君達の心を包みとることは出来ないからです。 一緒にお立ちなさい。でもあまり近くにくっついて立ってはなりません。 寺院の柱は皆離れて立っていますし、樫の木やいと杉はお互いの木蔭の中では大きくならないものなのです。 ―カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)より― {「我われ夫婦の間には浅くて広い河がある」と常日ごろ実感しているが、これで良かったということ?] 夫婦間というより人間関係の基本でもある。 ・・・・・・・・・・ 2768, 半歩遅れの読書術 −2 2008年11月02日(日) 【 出久根達郎 】
彼の記述にある「井上流 本の読み方十箇条」が面白い。 井上ひさしの『本の運命』に、紹介されているが、 ここでは二つしか紹介されてなかったのでネットの検索で調べた。 以下のとおりである。 ーー 一、「オッと思ったら赤鉛筆」。ーこれは万人が実行している。 二、「索引は自分で作る」。ー大切な言葉や事柄に関する索引を本の扉や見返しに つけておくとよい、という。 思いつかなかったが早速、実行することにする。 三、「本は手が記憶する」。ー「書き抜き帳」を一冊作ってそこに何でも書き込ん でいく。 大事なのは手で写すこと。そうすると手が自然と記憶する。 四、「本はゆっくり読むと、速く読める」。ーどんな本でも最初は丁寧に、登場人物の名前や関係を、抑えながら読むといく。 そうすると書 いている人の癖が分かって、その後が読みやすくなり、結果的に速く読める。 五、「目次を睨むべし」。 ー目次は全体の構造の見当がつく。 六、「大部な事典はバラバラにしよう」。 ー分厚い事典は持ち運びが便利なようにバラバラにする。 七、「栞は一本とは限らない」。ー井上ひさしは本を買うとまず、タコ紐の栞を三本ほど貼りつける。 八、「個人全集まとめ読み」。ー個人全集を集中して全部読むと、著者の言葉遣いや書き癖などが分かっておもしろい。 九、「ツンドクにも効用がある」。ー本との運命を大事にする。本は「買おう」と思ったときに買っておく、これが鉄則。 そして机の横にでも置いておくと、不思議なことに本の方から「読め 読め、読め読め」と言ってくる場合がある。 十、「戯曲は配役をして楽しむ」。ー戯曲を楽しむためには自分でキャスティング すると良い。 ーー 以上だが、これとは別に「本は撫でてやると、所蔵者にささやいてくれる」という。成程、その辺は合点がいく。 そのためには、図書館で借りて、これは!と思ったら迷わず買うことだ。 出久根によると、井上やすしはかって、日本で発行される書物と雑誌を、一冊残らず買い求めていたという。 200冊か100冊か、全部毎日買い求めたというから、たいていではない。 井上は本を買うとまず暇そうな喫茶店に入り、 一冊20分くらいかけて目次を見 たり、ところどころ読んだり、栞(後述参照)を貼りつけたりするという。 そしてこれを「僕と本との新婚旅行」(98頁)と呼ぶ。こうして一回撫で回すと、本が彼に向かって話しかけてくる。 「この間、目次見たでしょ」とか、「そのことは私の中に書いてありますよ」、と。 結局、そうこう考えると、テクニックというより絶対量をこなすほどの愛情がなければ!ということだ。 出久根は、この文章の終わりに作家の福永武彦の名言で閉めている。 【人に人徳あれば本もまたこれに従う】 読書だけでなく、全てに言えることだろうが。
・・・・・・・・・ 2007年11月02日(金) 2404, 久世塾 ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ 図書館で面白い本を見つけた。 電子書店の紹介文をコピーしておきますが、これを読んだだけで如何に面白い内容か理解できるだろう。 12回で24万円の講座に120人も集まり、一年にわたって開催されたもので、一人一人の講師がまた多彩である。 それを一冊に纏めてあるから凄い本になって当然である。この一冊でシナリオライターの世界を深く垣間見ることが出来る。 そこには色いろな人間観や、哲学、道理が深く含まれている。 シナリオライター塾というより、人間塾といった方が よいぐらい深い人間洞察が含まれている本である。シナリオライターは、時代の人間の本質の深いところを、 面白おかしく提示しなければならない。 現場は血みどろにならなくては感動が生まれるわけがない。 一人一人の講師の話が生々しく言葉が深い。 さっそく、アマゾンの中古本を発注した。 ーーー 久世光彦/著 大石静/著 内館牧子/著 竹山洋/著 (以下字数制限の関係でカット09年11月2日) ・・・・・・・・・ 2006年11月02日(木) 2039, 猫撃退法 1∧11∧ (ΦωΦ) ニャ〜ン
隣に「猫のブリーダー」が引っ越してきて5〜6年経つ。 それ以来、我家の庭やベランダが近所の猫の集会所になっている。水をかけたり石を投げても、全く効果が無い。 ブリーダーが知人の同級生ということもあり、露骨に文句も言えない。 そういう人には知恵があり、 近所の陰口屋に上手く取り入ってしまう強かさがある。 そこでインターネットで猫撃退法を調べてみた。 「ペットボトルやコヒーかすなどの猫よけ策のほとんどは殆んど効果なく、センサーで鳴るブザーやスプレーなども 一時的な効果しかない。目先の一時的なものは直に『猫にも見透かされる』」というのがHPに書いてある大たいの結論である。 (=^・w・^=) モロヘイヤの入った水を好み、それは猫にとって猛毒!。 たっぷり飲ませて間接的な殺害を勧めているのもあった。 水の入ったペットボトルで殴りつける!というのが、闘いに敗れた答えである。 電波を発して撃退するのも(1万3千円位)宣伝文句にチャンと 『90?の猫への効果はあるが、10?は効果ありません!』 と逃げ道を用意している。そして、その通りに大して効果ないと多くのHPに書き込みがあった。 といって、そのままにしておくわけにいかないので、ペットボトルをベランダの通り道に一月前から10本ほど並べてみた。 週に2〜3回はベランダを平然と歩いていた猫も、それ以来は見ていない。 =・ω・= 直ぐ行くにゃ〜 昨日も2Fへの外階段の脇の塀の上から「ニャ〜オ」とわざわざ挨拶された。 私自身、犬・猫は好きだが、家内が大嫌い、 いつも追い払う役を仰せつかる。恐らく、あと一ヶ月も経てばまた彼らも姿を現すのではないか?その時は、 一番原始的に画鋲を一缶、並べることにしている。その次はコーヒーの出がらし、そして次はネズミ捕りの接着剤のついたもの。 要は楽しんでやってれば、何時か根負けをするだろう。(どっちが?? ブリーダーの隣の家の玄関口に大型の犬がいるが、あまり吠えたのを聞いていない。 犬も一日中、吠えていられないのだろう。 X ∧ サイニャン (・x・) ・・・・・・・・・ 2005年11月02日(水) 1674, うそつき−2
面白そうな所を書き写してみた。 何げない言葉の中に鋭い深い意味が入っている。 私の評論も入れてみた。 −ー ・人は自分にうそをつくために他人にうそをつく。 (評)−他人に巧妙にうそを仕掛けるために、まず自分にまず巧妙にうそをつく。 もう亡くなったが、身近の人の実演を見たことがあるが、迫真の演技だった。 のっけから騙そうと筋書きを書いて、そのとおり演じ、その演技に自分が酔いしれてしまう。 そうでもしなければ金を騙し取ることはできないが。これは他人を騙すために自分をまず騙すケースか? ・人は自負心を保つために自分にうそをつく。 (評)ーこれもどこでもあるうそである。特に女のそれは凄い。 ・人間は、自分のいうことを自分で『信じている』ときに、より効果的なうそをつく。 (評−効果的なうそを言うために、信じるまで自分に言い聞かせている人間を何度見た。 ・うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実を歪曲する。 (評)−会社の責任の擦りあいなど典型だろう。 ・うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである。 (評)−なら女性などには、うそを言い続けなくてはなるまい。 また、それが一番よいのだろう。 ・人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ。 正真正銘の真実を聞かされて我慢できる人間はそうはいないものである。 (評)−そうか、自分は真実をいいすぎて嫌われているのか。 ・うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しない。 ・自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい。 (評)ー鬱病者は、自分に正直すぎるんだ。寝る前に今日は楽しかった!と、100回自分にうそ?を言えば良いのに! ・人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、一見もっともらしいように思われるものでも、 その人の過去の歴史的事実など重要でない。 (評)−渡りのホステスなど、聞いていて?? ・人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い。 (評)−私の場合は、逆のようだ? 採用面接で、ほぼ騙されている!? ・警官、税関検査官などのうそを見破る能力は、一般人となんら変わらない。 (評)−ただ場数を踏んでいる! ・権力を求める政治家には自己愛的な人が多く、その人格特性がうそを助長する。 (評)−庶民も、騙されることを望んでいるから始末が悪い。 ・病的なうそつきは、脳の機能不全と関連のあることが多い。 ・うそが非道徳的とされているのは、権力構造の維持に役立つからである。 ・集団内で相互に強化される自己欺まんが、最も恐ろしい問題をひきおこす。 (評)−集団自殺か、集団自滅!新興宗教の自滅は典型か! 今では、既成宗教にもいえるが! ・うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、そして個人として栄えるために不可欠の要素である。 (評)−浮気がばれるのは、少しつかれると、ばか正直に言うからだと? ・真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なものでもなく、単にコミニュケーションの形態に過ぎない。 その道徳的価値が判断されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるによってである。 (評)−夫婦間では特に、その通りだと思われる。
・・・・・・・・ 2004年11月02日(火) 1309, 23歳の日記 −2 ー社員教育が終了して、現場初日の日記である。
当時の澄んだ視点と、不安一杯の気持がそのまま出ている。 それと、冷静に見ているところが面白い。 当時は、高度成長期の真っ盛り。大卒の新入社員を確実に確保する為、一ヶ月前の3月1日に新人教育に入っていた。 卒業式の休暇はもらえたが、その辺のことも日記に書いてあった。 遥か彼方の記憶へタイムマシーンにのって、 当時に、よみ返ったような気分である。全てが新鮮で、毎日がドキドキ・ワクワクの連続であった。 しかし激務と変化の連続で、限界を遥かに超えていたようだ。とにかく気持を書きのこすという事は、何か深い意味がある。 ー1969年3月5日ー 現在、四日市市内の駅裏から歩いて10分位の男子寮にいる。同室は、「魚職人の寡黙の男の人」と、 「同志社卒の一年アメリカに遊学してきた大人しそうな堀田という人」だ。この人とは、いやに気が合う。 虚無的な、それでいて一言一言が哲学的な味のある男である。一人でワインを買ってきて、フランスパンを 食べている。何かホッとした。今朝は、8時に起床をして、寮での食事後、会社へ出発。初仕事である。 始めは主任会議に出席して紹介される。その後、全社員の前で辞令を交付される。自分でも驚くほど緊張をしてしまった。 午前中は、本店店長の説明がある。午後は、管理係長の説明、その後の15時半より実施訓練。全神経を使ったためか、 疲れてミスを重ねる。直接の上司の松又さんという人は温厚で面倒見が良い。初めから良い人に当たり幸運だ。 しかし、それに甘えないこと。湯の山の研修にしても、昨晩にしても最低の失敗をしてしまった。 何か自信が無いのか背伸びをしているようだ。関大出の倉谷という同期に帰りの喫茶店で批難される。 「お前は、硬く考えすぎだ、そしてコチンコチンだ」と。 まあそうだろう。 敵を作らないことだ
・・・・・・・ 2003年11月02日(日) 942, ドウデモいいことだが! ー昨夜「長島ジャパン代表」と「王プロ野球選抜」の対戦をみながら書いた文章であるー TVで「長島ジャパン代表」と「王プロ野球選抜」の対戦を放映している。もちろんプロ選抜は二流どころだ。 それでも王選抜が八百長をしない限り勝つのは当然である。金で超一流を集めて、監督としては?の長島が選定したチーム。 真剣勝負から遠ざかっていた感覚と勘で勝つわけがない。まあ、お祭りだから仕方がないが。 東尾が解説で「日本選抜がつよいに決まっている」といっているが、そのことをまさか解説ではいえないだろう。 二流でも監督の質と今の状況をみても、王のチームが勝つに決まっている。 結果論を言っているのではないことを証明する為にこの文章を「引き出しのコーナー」に貼り付けておく。 今「プロ野球選抜」が逆転をしてしまった。「日本野球の文化を守る為に闘う」といか長島がコメントをしていたが、 何を言っているのかこの人、自分でも解ってない。「日本野球を駄目にしたのが、貴方と読売の渡辺恒夫だろう」 これではアジア予選で終わってしまう可能性がある! 皮肉でなく本当だ。いまの自民党と同じである。 負けた場合を考えて、日本のプロ野球が完全に否定されないことを考えて、長島をたてたのだろうが。 「まあ長島なら仕方がないか」でごまかせるためだ。ドウデモいいことだが! 20時35分
・・・・・・・・・ 568,ペイオフー断末魔 - 2002年11月02日(土)
現在竹中大臣と銀行の国家管理」?を主張している元大蔵官僚の木村剛氏の書いた話題の小説の「ペイオフ」がシビアである。 一連の大蔵官僚と政治家の実体が辛らつに書いてある。 まだ半分しか読んでないが、 この小説はすでに2年前に書かれた 「通貨が堕落する時」という単行本の文庫版だ。 多くに人に見てもらうために早めに文庫版にしたという。 この二年の時間を経った今、更に悪化して小説の内容の同じように壊滅に?向かっている。 それでも政治家と金融関係者は自分の権益を守ろうとしている姿は末期の現象そのものである。 もう手遅れかもしれない。あの地銀の不思議な一連の動きが解ってきた。実情は隠れた不良資産の在庫が多く残っている。 それを処理する為に取れるところから阿修羅のように引き剥がさざるを得ないのだ。それと金融監督庁が大蔵省ー財務省から 独立して銀行に手心を加えなくなった事もある。なるほどと1人合点がいった。これから辛らつな貸しはがしが露骨になる。 それと倒産ラッシュが吹きまくるが仕方がないこと。どうにもならない時代だ、悲観でない。あのゼネコンが次々と潰れるのだ。 株価100円以下の企業はどれが先にいくかの世界だ。そうすると銀行の幾つかが国家管理になる事は必定。 政変が起こるが、といって受け皿はもっと悪くなる。それを繰り返しながらハードランデングしていく。 気の小さい国民性か、アメリカにより精神の中枢をやられた戦後日本のつけがここで清算の時期にきた。 情けないと他人事にいっていられなくなってきた。 このレベルが日本なのだろう。 「皆で渡れば怖くない!ここは地獄の三丁目、よいよい」とジョークも飛ばしたなる。 是非「ペイオフ」を読んでみる事を薦める。 もう本屋に平積みをしてあるはずだ。 一日一日舵取りをしていくのが今の日本の姿だ。日本的社会主義者の大元の末期としてみると面白い。
・・・・・・・・・ [213] ーゲゼルシャフトとゲマインシャフトー ー 2001年11月02日(金)ー ・ゲゼルシャフトー会社とか公務員の契約社会・組織をいう。 ・ゲマインシャフトー血族とか趣味とかの同好家の集団・仲間をいう。 これが解ってないと同属会社などの弊害が出てくる。 その中間の中途半端な組織ができてしまう。 中間のケースも勿論あるだろうが、その場合は「ゲゼルシャフトを基礎においたゲマインシャフトか、 ゲマインシャフトを基礎においたゲゼルシャフトなのか」明確にしておかないといけない。 これを明確にしておくと、社会組織の構造の一端が見えてくる。大組織でも、鹿島建設など同属会社も例外的にあることはある。 ゲゼルシャフトの会社に、サークル的なそれ(ゲマインシャフト)を求めている二代目や甘い経営者を時たま見るが、 恐らくこの知識がないのだろう。 学生の時に得た知識を述べているにすぎないが、組織論の基本でもある。 カナダの観光地で若い人の働き手は、学生アルバイトだ。 カナダは親の務めは大学の入学まで。 あとは首相の息子であろうが、働きながら卒業するそうだ。それも社会契約だ。少し違うか?
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2009年11月01日(日)
「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著) ー読書日記 近代イデオロギーの罪 * 理性主義の恐怖 p−99 科学の発展や、大航海以来の欧州世界の拡大で、それまで宗教が欧州人に一つの統一的説明を与えていた世界が崩れていく。 そこで登場したのが「理性」という理念である。これが「神」の代わりになった。1789年のフランス革命では、「理性」が 至高の価値として掲げられ「神の死」が宣言された。「唯一の神の信仰」が「唯一の神としての理性への信仰」にすり替わった。 そうすると、理性からはずれるものが出てくる。それが子供であり、未開人であり、精神病者である。近代は理性というものを 発見し、そこから逆噴射する形で、子供、未開人、精神病者を発見したのである。その三者の共通点は理性の欠落である。 子供には理性を持つように教育をしなかればならない、未開人には、教え導かなければならないということで、 植民地主義が正当化され、精神病者は回復するまで隔離されるようになった。 フランス革命もロシア革命も、理性によって理想社会を作ることができるという考えから起こった。 反計画経済の大御所のハイエクは、社会主義や共産主義は、社会は人間の理性で設計できるという思想だが、 それは「致命的な思いあがり」だと。 共産主義というのが理性の理想的社会だとすると、これに反対するヤツは みんな殺されなけばならないことになってしまう。 で、中国やソ連やカンボジアで大虐殺が生まれてきたのである。 社会主義がなぜに間違えていたかと言うと、経済が下部構造になっていて、それを計画経済でやっている。 あれは要するに意識が全てを決定するということ。 ところが基本的に経済の流動的動きは無意識が決めている。 ーー この辺を考えると、知性、理性的にあろうとしてきた現代人の方向そのものを根底的に考え直さなければことになる。 最近、年齢のためか根底から今までの生きかたに対して疑念を感じるようになっている。 毛沢東は何を国民にしたのだろう。スターリンも毛沢東も、理想社会を目指して数千万人も虐殺をしてきたのである。 また、アメリカも、この金融恐慌を引き起こしたのも、理性主義の行き着いた先であった。 時代は丁度良く欧州大陸からアメリカ大陸へ重心を移していたのが、今世紀はアジアに移行する。 アジア的な考え方が見直されなければならないが、動乱を通してか、それともソフトにいくのか?
・・・・・・・・・ 2767, こころと脳の対話 −3 2008年11月01日(土)
面接や新入社員教育の時には、河合隼雄と同様、 「中心をはずさないで、無心になって対象の人と相接する」しかない。 そうすることで、心だけでなく、心の中心点の奥の魂同士がクロスをすることができる。 そこまでしないと、相手のことが理解できないのである。 美人とか、センスや、頭の良さなど属性になるのである。 河合は当たり前のことを素人向けとして、解りやすい事例を出しただけ。 相手の中心点だけを見ると、逆に性格とか、片親とかの属性が浮きだって見えてくる。 そこまでいくには、経験を重ねるしかない。 それにしても、色いろな心の病があるものだ。 「 こころと脳の対話 」 河合隼雄 茂木健一郎 第三回 魂を救う対話 *相手の「魂」だけを見つめる P−160 茂木 「中心をはずさない」って、僕、すごく大事なことのような気がしてきたんです。というのは、『五輪書』には、 たしか、相手のどこかに注意を置いてはいけない、というようなことが書いてあるんですね。やっぱり同じ感じですか。 河合 同じです。それからね、これは僕が人にほめられた最高の賛辞というか、 「うれしくてしょうがないからあちこちでしゃべっているんですけれどね、どないうてほめてくれたかというとね……。 その人は、「離人症性障害」っていう、大変なノイローゼなんです。現実感覚がなくなるんですね。 こういう場所にいても、みなさんが生きている人間に見えなかったり、それからこういうふうに手を振っても、 本当に自分が手を動かしているのかわからない。すっこい苦しいけど、誰もわかってくれない。 自殺する人も多いんですけれど。でも外見はふつうで、ちょっと見てもわからない。 そういう離人症になられた人が、自分が現実感覚がないのをなんとかしたいと思うから、人と接近するわけね。 その人、きれいな女の人やったから、恋人がいっぱいできて、また、いっぺんに二人も三人もつくったらしいから、 恋人同士が殴り合いしたり、劇的なことが周りでいっぱい起こっているんだけれど、その人は全然、劇の外にいるわけです。 そうでしょう、現実を生きてないわけだから。 その入が、あちこちのセラピストのところに行ってみても、 どうしてもうまくいかない。何入かのあとで、私のところにこられた。 私のところにこられて、治るまで五年ぐらい かかったんですよね。「本当にありがとうございます」とお礼をいわれたときの言葉がおもしろいんですよ。 「いちばん初め・先生に会ったときに、この先生で自分は治ると思った」 「どうしてですか」 「いままでの先生と全然違った」 「どう違った?」 「私が部屋に入ってきたとき、先生は、私の顔にも服装にも、全然関心を示されなかった」 というのは、ものすごく美人ですから。服もきれいなのを着ておられるんだけれど、その服も見てないし、顔も見てない。 おそらく、二日後に道で会っても絶対わからないだろうと思うぐらい、なにも見ておられなかった、と。 「ああ、そうですか」「それだけじゃありません。先生は私の話の内容に、全然、注意しておられませんでした」(笑) 「僕、何をしてましたか」 「何をしておられたかというのは、すごくむずかしいんだけれども、あえていうなら、 もし人間に『魂』というものがあるとしたら、そこだけ見ておられました……」 −−−− 解) 魂、とは何かを、ここで大きなヒントを感じ取ることが出来る。 心、こころ、魂。 産まれ、生き、死ぬ。 そして死んだ後も、何かしら続いていく生存中のエネルギーの痕跡が‘魂’ということ。 《ナショナルというブランドに松下幸之助の魂が入っているとか・・・》それも、これも宇宙の藻屑だが。 二十数年前に、ある本で<正中心一点無>という言葉を知った。 中心を外さない、と同じ意味だろう。
・・・・・・・・・ 2007年11月01日(木) 2403, 恩送り (゚▽゚*)♪ ('-'*)オハヨ♪ ある本に「恩送り」という言葉があった。よい言葉である。もともと江戸時代にあった言葉で儒教的、仏教的な味わいがある。 それが明治以降西欧的な考え方が入り、死語になってしまった。親が子供にしてやったことは、子供もまた順繰りに子 孫代々受け継いでいくもの。それが血統であり家系として引き継がれていくものである。最近は「家」そのものが崩壊傾向にあり、 個人に重きを置くようになったが、それでも個人として「恩送り」を必要ということである。 最近「Web 2・0」で、情報公開が大きな流れになっているが、これも類似したものである。 ー電子辞書のウキィペディアによるとー 「恩送り」をとは、自分が誰かから受けた親切・善意・思いやりなどを、与えてくれた人へ直接返すかわりに、別の、 必要としている人達に送る事である。又、それにより善意が社会を巡り、様々な善き連鎖が社会全体へと広がってゆく事も指す。 これに似た言葉として、「恩返し」があるが、それは字の通り恩を受けた人に直接に恩を返すことが、 これだと二人の閉鎖的な関係で終わるが、「恩送り」という考え方・実践ならば、返す相手が限定されていないので、 親切を送り出す相手や、親切の内容は、自在に無理なく選ぶ事が出来る。従って比較的短い期間・時間の間に、 具体的に親切をこの世に"現実化"させる事が出来る。 人々が「恩返し」にこだわらず「恩送り」も選択肢とする事で、 社会全体としては、"現実化" し "流通" する親切の量が、圧倒的に多くなるのである。 これは1人1人の視点でも、日常的に自分が出会う親切の量が増える事を意味する。
井上ひさしはNHKの番組『井上ひさし福祉都市を語る〜イタリア・ボローニャの共生社会』において 以下のような主旨の事を語っている。 ー 江戸時代に、「ご恩送り」という言葉がありました。 ご恩返しは、贈り物を送ったり返したりで、関係は2人しかないわけです。 ご恩送りは、誰かから親切を受けたら、これを親切を受けた誰かに返すのではなくて、 他の人に渡していくんですね。そうすると、江戸に100万人いるとしますよね。 1日に一度ぐらいは親切を受けることはありますよね、一瞬のうちに江戸の町に100万の恩 というものがバーッといくわけです。 それをお互いに回すわけですよね。 ・・・(中略)最近ではある程度の年齢の人たちだけでなく、学生などにも このような考え方が広がってきている。特に旅好きの青年、ボランティア活動に熱心な 青年などには顕著にこのような考え方を持ち、日々実践している者も多々見られる。ー −−− −以上だが、それでは「恩」とは、どういう意味なのだろうか? 漢和辞典を引くと (1)めぐみ・なさけ・いつくしみ・あわれ・ありがたく思う (2)「心」と「因」を合わせたもの。因とは、わけ・もと・おこり。 (3)恩は心をよせること。人に対していたむ心。 (4)大は人で、人が囲いの中にいることによって、安心していられる。 (5)人がふとんに寝ている形で、安心・やすらぎの意。 要約すると「人に対して慈しみの心を持つこと」である。 そうすると「恩送り」とは、それぞれが慈しみの心を持てば、互いに安らぐことが出来るということになる。 私の場合、特に両親から大きな恩を受けたが、それを如何に自分の子供に「恩送り」をするかが今後の大きな課題。 連れ合いが入るから難しい問題もある。 生きている限り何らかのカタチで社会から恩を受けている。 だから、できる範囲のチャンスには可能な限り「恩送り」をするように務めればよい。 しかし恩送りをした相手に期待はしないことだ。 したと同時に、その価値は激減する。 ホンジャ バイ!(゚▽゚*)ノ~~ ・・・・・・・・ 2006年11月01日(水) 2038, 躁鬱病について −6 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! 「夫はうつ、妻はがん」 ―夫婦で苦境を踏み越えて ー ? 小川 宏 著
この本で有名人で「うつ病」から脱出した人や、亡くなってしまった人を何人かあげている。 脚本家の倉本聰、俳優の木の実ナナ、高島忠夫、気象士の倉嶋厚などである。 皇太子妃の「適応障害」も、専門家の話によると「うつ病」という。 世界を股にかけたキャリアの女外交官が小さな籠に入れられ、男児が生まれない重圧の中で、 ノイローゼになるのは当然のこと・・倉本聰とラジオの対談で病気の話を聞く機会があった。 それによると20歳代から欝を繰り返し、さらに二十数年前、北海道の富良野に居を移してからは、 毎日のように自殺を考えていたという。 その地に適応するまでの苦闘が思い知れる。 自殺で亡くなった人は、桂枝雀、ポール牧、嵐寛寿郎などがいる。精神科医の大原健士郎氏との対談で、 「小川さん、自殺未遂者が息を吹き返した時の第一声の言葉かわかりますか?」と訊ねられて、 「多分生きていて良かったと言うんじゃないですか?」の答えに、 先生曰く、 「そういう人はわずかで・・・ほとんどの人は、助けて!といいます。」 自ら命を断とうとした人が、助けて! とは矛盾しているが、先生は「誰でも命への執着があるので、そういう言葉を発するのです」という。 最近のアメリカの研究では、成人の糖尿患者のうち20?が「うつ病」になると報告されている。 日本では糖尿患者は普通の人の三倍の確率になる統計がある。またガン患者の25?も「うつ病」 になるというから、気が滅入る状態になった時は、気分の転換が必要、生真面目もほどほどに!ということだ。 10年ほど前になるが、近くに住む私の従兄弟が「うつ病」で自殺した。 見ていて残された者にとって、これほど不幸なことはない! 深い心の傷で、一生の哀しみになる。 自分独りで自分の傷口を治療するしかないが、無理と解ったら医者に行くのが一番良い。 それができるようだったら、ノイローゼにはならないだろうが・・そういえば、ノイローゼという言葉を最近聞かなくなった。 自律神経失調症という言葉に変えられたのか!「正中心一点無」という言葉を少しは理解していれば、 心の負担は軽くなるのに・・・・般若心教につながるが ー自殺から生還した人の話を聞いたことがある。 「地獄の苦しみ」という、肉体的にも神経的にも・・ 地獄の底から這い上がってくるのだから、そうだろう! (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年11月01日(火) 1673, うそつき −1 ー 読書日記 「うそつき」 ―うそと自己欺まんの心理学 チャールズ・V. フォード (著) この本は面白い!自分の心理の底奥深く食いこんでくる。 「人は誰しもうそをつく」という解りきったことを、あらためて突きつけられると、ひるんでしまう。それほど、 「うそ」は誰も扱いがむずかしいテーマである。 実際、夫婦でも友人でも「うそ」を上手に織り込んでいないと、 その関係は崩壊してしまう。 要は真実を語り、その中に適当にうそを織り込むからこそ人間関係は上手くいく。 「うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである」という言葉に、結婚詐欺師と宝石屋の営業マンが思い浮ぶ。 ただ、相手のシンデレラ・コンプレックスを満たしてくれる王子様を演じればよいのだ。 餌は、理想的な結婚と宝石という石ころである。 私は、可能限りうそは言わないことをモットーとしてきた。 この本を読みながら、「うそを言わないことで多くの他人を傷つけてきたのではないか?」という疑念が出てきている。 ー以下は、本書の概要であるー (以下、字数制限のためカット09年11月01日) ・・・・・・・ 2004年11月01日(月) 1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、200m先にある、 長岡高校と長岡大手高校の周辺が、自衛隊やマスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。 一昨日(土曜日)の朝、散歩をしていたら自衛隊の大型ヘリが住民を搬送している のが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。近くの大手高校が山古志村の避難場所に なっているようで、自衛隊が朝晩、運んでいるようだ。長岡も被災地であるが、自宅近くの倒壊の家はない。 生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、目の前の死の恐怖以外は不感症になっている。 しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、被災地の真っ只中にいるという実感が少しわいてきた。 こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。昨日の夕方、同じコースを歩いてみたら、もう終わった雰囲気。 人生一度のあるかどうかの出来事であるが、何か実感がまだ湧いてこないのは如何してだろうか。 新幹線が長岡〜新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。 個人的には30〜40万位の損失か。 石灯篭の復旧に15万の見積もりが、とりあえず確定したものだが。 今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。 まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
・・・・・・・・ 2003年11月01日(土) 941, 何事もない日の日記
はっきりいって今日は何も書くことがない。何事も書くことがないときは、何もないことを書くのも面白いと考えて、 それをテーマにして書いてみる。 テーマがまったく見当たらないことは月に一〜二度位ある。 そういう時は、中途半端で終わっているパソコン内のメモ帳の中から引っ張りだして書き足す作業をする。 その場合は書いているうちに、違うテーマが出てくる。 何もないといっても、周囲を見渡せば幾らでもテーマがあるはずだが、毎日だとやはり全く浮かばない日が出てくる。 大体が前日荒筋を書いて、翌朝の5時半にパソコンに向かい30分近くかけ書き直しをする。 その後一時間近く散歩をした後、風呂に入りその後いま一度見直してホームページに貼り付ける。 それでも後でふりかえると誤字・当て字がある。 しかし貼り付けた後の達成感は格別である。 常に頭の中は記者モードになっていて、何か明日書くネタはないかという目ができている。 「これは文になる」と勘が働いた瞬間、文章の起承転結の構築を始めている。 私の場合、文章化をすることが自分の人生に深く生命を与えることになっている。 自分の文章を読み返すということは、過去の自分の生命と会話をしているということが実感で解る。 毎日1年前、2年前の随想日記を一緒に貼り付けているが、その時は真剣に読み返すことにしている。それが内省にもなっている。
・・・・・・ 567、ケーススタデー ー1 ー 2002年11月01日(金) 前回書いた学生時代のゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。 人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー 各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。 ・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。 ・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。 ・それにしたがって議論を始めるのだ。 ・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を示されるのだ。そしてゼミの結論との誤差を話し合う。 幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、8人兄姉の末っ子で常に状況を 冷静に見ていた為か、自分の意見があたるのだ。寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。 その為か自分のゼミにおける立場が確立さていた。 それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、自分なりの組み立てをする面白さを知った。 これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。人間関係に対して、直感的に論理だって構図になって瞬間に 出てくるのが最大の武器になった。良質な上司には可愛がられるが、逆のケースの場合は大変な事態になってくる。 この男は何を考えているのかを不安になるらしい。自分はサラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
・・・・・・ 「205」春画 ー2001年11月01日(木) 子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。それが寝室を改装した2年前に隠し??より出てきた。 かなりの価値ものかと色めきたったが、カタカナが混じっていた。 明治以降のものだろうから、期待は全く出来ない。 税務署対策用だったようで、金庫に入れておき、踏み込まれた時に、何気なく見せるものだったとか。 ー効果は充分あったそうだ。 今はそんなものは、ポルノとインターネットに打ち込めばいくらでも出てくるが、昔は珍しいものだったらしい。 (以下、字数制限のためカット09年11月01日)
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2009年10月31日(土)
注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。 自宅は長岡駅裏から歩いて10分ほどにあるが、長岡駅前から歩いて20分のところにある大手大橋まで12分で着いた。 信濃川を渡ったところにあるジャスコには15分、ユニ系のSCのアピタまでは20分かかった。そして、その先にある 長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に着いたのが45分後であった。万歩計をみると、2500歩になっていた。 45分というと5500歩あるくから、半分近くこいだことになる。 疲れは、ウォーキングと同じぐらいである。 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。 一日一万歩を目指して歩いているので、自転車には ほとんど乗ることはなかった。 だからスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を 乗った驚きは大きいのは当然のことである。一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると二倍の加速がかかるもの。 自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、その時に特にペダルに力が更に二倍加わるから、何か異様な感がする。 線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、大きな橋までの登り坂とか、けっこう起伏がある。 そのストレスがゼロで、平らの道路でペダルをまわす時の加速も三分の一で済むのだから、非常に楽になる。 電動自転車は、法律でアシスト一対一から、一対二が認められたことで、爆発的に普及するような気がする。 ただ、通販で注文して送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が忠告した「すぐに、盗まれるよ」 というのも分かる。小型のためボックスカーに、そのまま乗せる事が可能だからである。 一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。 まだ、珍しいからで、あと数年先がよいんじゃない」といって、買うのを止めた経緯もあった。 スーパーや、駅前などは、当分は置けないが、その時はその時ではあるが。 とにかく、驚いた! ・・・・・・・・・ 2766, こころと脳の対話 −2 2008年10月31日(金)
「 こころと脳の対話 」 潮出版社 河合隼雄 茂木健一郎 第二回 箱庭と夢と無意識 《箱庭のなかの「生」と「死」》の要点からー 京都にある河合隼雄の研究室で、「20数年ぶり」という箱庭づくりを終えた茂木健一朗。 ー茂木の箱庭を見ながらの二人の対話のポイントをまとめてみたー ーーー 河合隼雄はまず「意識と無意識の関係」を提示する。 箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る。 ここですでに、アイテム(意識)の背後にその人の無意識ーとば口ーが関わってくる。 「たとえば、ニワトリならニワトリが、心のなかに残っているわけですね。で、帰ろうと思ったら、本屋でニワトリの本が パッと目に映ったりするとか。必ず買って読もうと。 それが、ユングのいう「シンクロニシティ」です」(P・102~103)。 この時、箱庭で選んだニワトリと本屋で見つけたニワトリとは因果関係はないです。大切なのは、自分の無意識と外のものとが 呼応するというほうです。 なぜか知らないけれど、箱庭の前に立ったらニワトリというアイテムを手にしてしまった。 そして、帰りに本屋に寄ったら、ニワトリの本にパッと目がとまって買ってしまった。 私のなかになぜかニワトリというかたちで無意識が働き出して、それがニワトリの本と呼応した。これが「シンクロニシティ」。 「意味ある偶然の一致」です。 ここには科学的な因果関係はまったくありません。でもこころにとって「意味」があるんです。 「この非因果的ということがものすごく大事なんです」と。河合はこの無意識の非因果的連関のなかに、臨床の中でクライエント (患者)の生きる「意味」と「可能性」を探りだしてゆく。「とくに近代科学以後は、因果関係を知るというのはすごく 便利なことで、役に立つことでしょう。 因果関係がわかったら、こちらの意図で操作できるわけですから。 だからそっちへ行きすぎて、非因果的連関を見る態度を失ったんじゃないかと、僕らは思っているんですね。・・・・ 僕なんかは、この非因果的連関のほうをけっこうおもしろがって見ているわけですね。 もちろん因果的にはつながらないんですよ。 ただ、ミーニング(意味)はあるわけだから、そのミーニングを知ろうというわけですね」。 (箱庭の世界は)「わからない。わからないのが大事なんです。だから、それが「可能性」なんです。だからこれを続けると、 その可能性が活躍したりするんですよ。 可能性がもう出てきてる。自分でもわからない可能性があって、そのへんが活躍しだす」 ーー (本書より)。 解) 以上だが、「箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る、その背後に既に無意識ーとば口ーが関わってくる。 それが既にシンクロニシティーの強力な引力になっている」というのが、この本の一番の要点である。 たまたま本屋で、ニワトリの本を見つけたことと、因果関係はないということがものすごく大事というのが、面白い。 その本屋になくても違うところで、違うニワトリの本を見つけるんじゃないか、それはそれで、意味ある偶然の一致になる。 人との出会いも似たようなもの。 ここでも、述べているが、全てがシンクロニシィテーである。 たまたま何かのアイテムにエネルギーが集中しているから、その対象に意味ある偶然の一致が現れてくるだけ! なるほど。 −つづく ・・・・ 2007年10月31日(水) 2402, 独りでしていて唯一惨めでない行為 才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 以下は、林まり子の「読書はじめ」というエッセーであるプロは同じ文章でも、読んでいて読者を引きつける力が違う。 ここまで書けるには、この随想日記を一万は書かなければならないだろう。すなわち現在は2400であるから、差し引き 7600÷365日=21年以上はかかる。 いやあと10年、いや5年はかかる。文章力は何をさておき、まずは絶対量である。 ー以下字数の関係でカット2008年10月31日ー ・・・・・・・・ 2006年10月31日(火) 2037, 躁鬱病について −5 才八∋ウ_〆(∀`● 「夫はうつ、妻はがん」―夫婦で苦境を踏み越えて ー ? 小川 宏 著 ー主観をこめた概要であるー ・31年前に糖尿病になり、ストレスなどが重なり15年前の平成3年に「うつ病」になった。 癌と同様に、糖尿病は普通の人の三倍も「うつ病」になる可能性が高くなる。 その伏線がそれである。 ・当時、彼はモーニングショーなど活躍したアナウンサーだったが、自分の事務所を任せていた弟がお金を使い込んだ トラブルが「うつ病」の 直接のキッカケだったという。 ・うつ病になった直後の平成3年に電車へ投身自殺をしようとした一瞬、 「自殺は愚か者の結論なり」という言葉がよぎり自殺をとどまった。 ・その事情を知った妻に病院に連れて行かれて、本診の前の、問診で「親戚で神経系の病気をされた方はいますか?」いわれ、 「はい、その昔、叔父が神経衰弱と言われました」と答えた。 本診の結果、その場で入院を命じられる。 (帰りに自殺を決行の危険がありと診断) その 三ヶ月後に退院。 {うつ病に遺伝があるとはね〜} ・入院直後の医者の注意が印象的である。「うつ病だけは自分の意志で直そうとしないでください。 ですからこの病に関しては‘闘病’という言葉は当たりません。上手く付き合えば‘心の風邪’のようなもので個人差はあっても、 完全に直ります」 この言葉で心が励まされたという。 ー以下字数の関係でカット2007年10月31日ー (*^_^*)\ ー つづく ・・・・・・・・・ 2005年10月31日(月) 1672, 聖荊の奇跡
パスカルといえば、「パスカルの賭け」ー後記ーがよく知られているが、それと同じくらい有名なエピソードがある。 (日本ではあまり知られてないが) ー[聖荊の奇跡]である。この奇跡を見たパスカルが[パンセ]を書く大きな動機になる。 姉の娘マルグリットが、目の病気になってしまう。多くの医者をまわっても誰も治せない状態で、症状はますます悪くなる。 その間に、姉のジルベットは修道院に娘を寄宿させる。しかし目の腫れ物が肥大して、膿がでて、鼻骨も侵されてしまう。 ある日、修道院に展示されていた聖荊(キリストが磔にされたときに、頭につけていたとされる荊の冠) の一部がにマルグリッドの患部が触れると、たちまち腫れ物は消え、完全に病気が治ってしまう。 これは宗教裁判所からも、奇跡として公認されている。この出来事を身近に見ていたパスカルは、信仰が揺るぎないものになる。 彼は、この出来事を契機として人間の回心を願い[パンセ]の執筆に入った。ところで、私に奇跡を貴方は信じますか? と問われれば、信じる方を選ぶ。手品もどき宗教のトリックでなく「人知のはるか及ばない出来事はありうる」という意味で、だ。 全く、穢れてない少女が純粋に信じ念じたことが、何かのキッカケで細胞レベルからの変容も不思議ではない。 ‘パスカルの賭け’ 「神を信じて、本当に神が存在すれば天国に行き、もし存在しなければ天国も地獄もない。神を信じないで、もし神が存在すれば 地獄へ行き、存在しなければ天国も地獄もない。ゆえに、神の存否が分からない時は、神を信じたほうがよい」 (パンセ) ダメもと、の信仰論がおもしろい
・・・・・・・ 2004年10月31日(日) 1307, 一冊のアルバム
地震に明け暮れているので、話題を変えてみる。事務所の移動で、秘境ツアーなどのアルバムを整理していたら、 未使用の小さなアルバムが出たきた。一面一枚の20枚しか貼れないが、台紙のあるチャンとしたアルバムである。 買っておいて忘れたのだろう。そこで、「さてどう使おうか?」と考えてみた。 その結論として、「過去の旅行のベスト20枚」を貼り付けることにした。そして、それが良かった。何度みても飽きない。 私にとって、どんなものより素晴らしい宝物である。「これは!」という写真は、一回の旅行に数枚はある。 それを更に、20枚に集約したのだ。開けば、それだけでハイになる。 アルバムはそうそう開いて見ない。 いちいちアルバムを開くのが面倒だからだ。 それなら数千枚の写真を、二十枚に纏めればよいのだ。 そして、常にカバンに入れておくことにした。詩も、言葉の中に全てを集約して残すのだから、究極の凝縮のカタチである。 母が多くの道楽の末に行きついたのが「詩」であった。 事業にしても、お金にしても、不動産にしても、写真にしても、古道具にしても、後継者にしても、残るのは、 生きてきた実感としての「真実としての言葉」と「写真」「信頼」そして「子供」だけである。 話しが大きく逸れてしまったが、貼ってある順に紹介してみる。 ・パキスタンの桃源郷といわれているフンザ近郊の小高い崖の上で一人で、足を開いて片手を上げているショット ・パキスタンのカラコルム・ハイウエーのがけ崩れの落石の中、現地人に手を引かれ走り抜けているショット ・機上から、天山山脈を撮ったショット ・タンザニアの大晦日の現地運転手の特別招待のパーテーで、多くの運転手たちと 0時を過ぎた瞬間の写真 ・フィンランドの登山列車で、トンネルの合間のビューポイントの滝で、一時停車をして写真を撮っていた。 ところが、 急に音楽が鳴り出して遠くの滝の岩間で赤いドレスの女が踊りだしたショット(列車のお客に見せる為のショー) ・スイスの山頂の氷河に着いたが、霧で視界はゼロだった。その時、霧が急に風で飛ばされ、氷河が自らの姿を現した。 家内と二人、感動で呆然として氷河の美しさに見とれていた。 ー帰国後、同行の人が、そのショットを上から撮っていてくれていて、送ってくれた一枚 ・スイス・マッターホルンでの凧揚げのショットと、マッターホルン ・モロッコ・マラケシュの「ジャマ・エル・フナ広場」の夕景 ・モロッコのサバクで撮った、朝日が写しでした「私たちの砂上の影絵」幻想的な極上の写真 ・ヨルダンのぺトラの前でのショット ・シナイ山の山上でのショット ・フィジーでパラ・セーリング(モーターボートでパラシュートを引っ張り空を飛ぶ)で、 空から撮った写真と、地上からそのショットを撮った写真 ・リオのカーニバル ・北スペインのパンプローナの牛追い祭り。最終日のファイナル・ギャザリングで、大衆が踊り歌っているショット ・ギアナ高地でボートからテーブル・マウンテンを写したショット。 それと機上から撮ったテーブル・マウンテン ・メキシコのテオティワカン遺跡の、「月のピラミット」の頂上からのショット ・パルミラ(シリア)列柱通り ・ケニアのヌーの河渡りを見たあとの帰り道、夕陽と雲の織りなす夕景 ・ワニとシマウマの死闘のあと、最後にシマウマが陸に逃げ切った瞬間のショット (私の人生の最高の一枚である) ・ネパールのカトマンズ近郊の山から、ヒマラヤ山脈を望む ・イスラエルのマサダの砦の山頂からのショット。ユダヤ人1000人が自害した時の闘いの生々しさが、今も残っている ・そして、最後はブラジルのイグアスの滝をヘリから撮ったショットである 以上だが、恐らく死ぬ時、この一冊を抱きしめているだろう。
・・・・・・・・ 2003年10月31日(金) 940, ゲーム理論ー2
「ミニマックス理論」と「囚人のジレンマ」はゲーム理論の大きい柱になる。 「囚人のジレンマ」は「自分が一番得をしたいと思って選んだ選択肢が、 結果として最適でないものでなくなっている」、それを互いにゲームで競う。 ーそれでは「囚人のジレンマ」とは? 泥棒の嫌疑がかかっている二人が警察に逮捕され、独房に入れられている。 ただし、物証がないため証言だけが頼り。 そこで警察側は2人に次のような条件を提示した。 1)・2人とも黙秘すれば、証拠不十分で両方が懲役一年 2)・2人とも自白すれば、両方が懲役2年 3)・1人が自白をし、1人が黙秘をすれば、自白側は無罪、黙秘側は懲役3年 ー以下は字数の関係でカットー2007年10月31日ー ーつづく ・・・・・・・・ 566、 2002年10月31日(木) 1968年9月22日 ーセミナーハウス二日目ー
8時10分前に起床、同室者はまだ二人とも寝ている。 朝食後、セミナー開始。 ーケーススタデー 討論開始、いい加減なことをいって恥ずかしい! もっと深く考える必要があった。ほかの人がよく学んでいるのが判った。 考え方もベースができているのに今更の感がする。昼食後、全員で相模湖へ行く。私と大島君と東レの研修員3人と同乗する。 ー君は一年後輩、呼び捨ては同期、さん付けは東レの研修派遣の人ーで使い分けているー 東レの野村さんの女性論が面白い。冗談と真実の紙一重の話がさすが大手の人事部の人はセンスが違うと感心した。 車が逸れるが、現地で落ち合う。 早速、釣りをする・・帰りは高木の車でセミナーハウスへ帰る。 高木の人間的魅力の深さに驚く。 再び「愛」について討論、最後に国家愛に行き着く。印象的だったのが「所詮バケツいっぱいの精液が、愛でしかない!」 が印象的だった。 終了後、焼き鳥とビールで夜半の12時過ぎまで語り合う。
ーある時間の断面 − 1968年 9月23日 ーセミナーハウス三日目ー 8時10分前起床、食後、討論に入る。「将来の日本」についてのパネルデスカッション。 パネラーは田口、石川、小島、鳥山、高嶋さんであった。小島君の安保、自衛隊の批判に反論が出る。 かなり白熱した内容であった。昼食後一時に解散。高木の車で帰路に着く、東名高速は初めて乗ってみたが 名神より車が多く外国に行っているような錯覚におちいった。帰寮後、夕飯に出ると大学の知人にばったり会う。 ITAという海外旅行研究会の部長で、昨年欧州行きで知り合った。 寮の近くにバイトに来ているという。奇遇であった。私の部屋で話をする。アメリカに留学するという。 何か考えていることや話している内容がスケールの違いを感じた。 圧迫を受けてしまった。 彼を見ていると自分にもその力がある筈なのに、どうしてこうも違うのだろうか?同じ力がある筈なのに。 -------- 感想ー段々と社会に出る切迫感がこれからの日記に出てくる。 かなり無理をしている自分がそのまま書いてある。 自分の子供を見ているようでもある。丁度息子の歳ごろだ。 でも行動的であったのに驚いてもいる。 ............ 2001年10月31日 [204] 霊体質ー3 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。 シンクロニシテー(意味ある、乃至考えられないような遇然の一致)と重なっている。 1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができその下を通った。 100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。 2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」をしたときの事。 丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。 それで天侯を憶えていたが、 午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。 終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを趣味としていた。 その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。 3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。 4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が待っている時、急に気分が悪くなった。 ハッとした、今叔母が私の処にきているのが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った」 ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。また以前の文をコピ−しておきます。 ----------- S6201霊的体験 2001/10/31 私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開する。 “A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと十日町の彼の家へおまいりにいった。 その途中の車中で“B”さんと般若心経の話になり、そこで彼の供養も含めてお経をとなえた。 その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみた。そして何げなく“B”さんの顔をみると、彼の顔がまっ青になっていた。 やはり車中で“C子”さんの話をしていた。“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、 同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせた。そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社した。 そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確立で彼女の家の前に車がとまったのだ。 十日町に出店をした時、彼女の家の前を“B”さんが通って知っていたのだ。私がそこに“偶然”(?)車をとめてしまった。 “B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられないという風だった。 私自身またかというのが実感だった。その日一日“A”さんがニコニコ私達を見守っていたという何かを感じとった。
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2009年10月30日(金)
* PDP・TVとDVD購入から7年経過の感想 購入7年経過の感想といえば、50インチの大きさと画面の明るさと鮮明さが良かったことである。 特に映画と相撲やボクシングなどの迫力が圧倒的になる。それと海外各地の紹介番組も、現地に居るような錯覚にさせる。 ただし、長時間見ていると疲れる。 購入メーカーのパイオニアがPDP・TVより撤退をしたが、製品としては合格。 7年経っても、現在の薄型TVに見劣りをしていないところは、さすがに日本のメーカーである。 TVと録画機は8年を目安にしているので、TVはあと一年だが、三年位は持ちそうだ。 その時は、液晶の65インチのつもりだが、そろそろ液晶とは違う画期的なTVが出はじめている。 で、現在、薄型液晶を買おうと迷っているなら、50インチ以上をお勧めする。結局は画面の大きさだが、 部屋の広さもあるから一概にはいえない。メーカーは、どこも同じようなものだが、敢えていうならソニーか、シャープ。 〜〜 * 経済の二番底が近くあるのか? 9月に入ってから、地場から聞こえてくる経済の様子が変のようだ。 しかし新潟駅周辺は9月下旬の国体と 身障者のスポーツ大会、5連休の観光客のために賑わっていたが、10月半ばから一挙に元に戻ってしまった。 このところ半年に一度は、こういう雰囲気にはなるが、銀行や会計事務所の話や取引先の話を聞くと、 今度は本当に追い詰められてしまったところが多いという。 年末年始は大荒れ、の予測が前からあったが、 その余震が9月から始ったということだ。 当方は、冷夏のマイナスを9月、10月で何とか取り戻したので、 何とか二月決算の数字は予定通りの目安はたっているが・・・。 年末・年始は二番底に?。 〜〜 * 「足腰の痛み」か〜 NHKのクローズアップ現代の10月27日(火)放送「あなたの関節は大丈夫?」〜ロコモティブシンドロームの脅威〜 を食い入るように見てしまった。 その内容とは《(NHKのHPより) 手すりにつかまらなくては階段を上れない、 横断歩道を青の間に渡りきれない…。 足腰の痛みなど自覚症状がほとんどない人も含め、骨や関節に問題を抱えている人が、 全国でおよそ4700万人もいるということが、厚生労働省研究班の調査から明らかになった。原因は、ヒザや腰の関節を支える 軟骨がすり減っていたこと。こうした運動器の障害はロコモティブシンドロームと呼ばれ、"寝たきり予備軍"と受け止められている。 その半数以上に自覚症状がなく、何ら対策をとっていない人も多い。この膨大な数の予備軍にどう指導・対処していくかが 大きな課題となっている。将来の寝たきりをいかにして減らすのか、新たに浮かび上がったロコモの脅威に迫る。》である。 私の腰痛も、この一つの症状なのだろうか?。 私の場合は元もとの持病で、軟骨が磨り減ったのとは違う。 しかし年々、腰痛が慢性化しているようだし、足腰が重くなってきているが、まあ生きている利子と思えば・・娑婆娑婆!
・・・・・・・・・ 2765, こころと脳の対話 −1 2008年10月30日(木) 「 こころと脳の対話 」 河合隼雄 茂木健一郎 著 (潮出版社 ) ー概要ー 月刊誌上の3度の対談を再構成した本である。脳科学者・茂木健一郎が作る「箱庭」を ユング派分析家・河合隼雄が分析。脳科学と心理療法は現代人の苦悩を救えるなどを議論している。 第1回 こころと脳の不思議(ユングは人間の何を見ようとしたか ;学生時代の箱庭体験;安易に「言語化」することの怖さ ほか); 第2回 箱庭と夢と無意識(箱庭のなかの「生」と「死」 ;「わからない」ことを大事にする;ニワトリが牛耳る不思議な世界 ほか); 第3回 「魂」を救う対話(脳治療の倫理的課題;脳科学に限界はあるか ;夢のなかで「意味」がつながるとき ほか) −− まずは第一回「こころと脳の不思議」の《夢の意味を自分で考えてみる》から・・箱庭の解釈が印象的である。 私も時々、前夜みた夢を雑記帳に書きだすが、後で読み返すと非常に面白い。 これは箱庭の話だが、箱庭は意識と無意識の、少し意識よりの世界を表現するという。 私の事務所の部屋の横に、秘境ツアーで買って来た小さな人形がある。 それだけでなく、母が旅先で買ったものや、子供が小さな頃に買ったものもある。 考えてみたら、この棚そのものが、箱庭ではないか、脈絡は有って無いような。 母、私、そして息子の三代の小さな人形が百個位詰まっている。 そこで時々、気の向くまま7〜8個、白い用紙の上に並べてみようかと思っている。 そして、ジッと見ているうちに何か不思議な世界に、入り込んでしまうような気がする。 それはそうだろう、南アフリカの喜望峰で買ったサイの像と、ケニアのマサイ族と、子供が買ってきた ディズニーランドのミッキーマウスなどが、白紙の上で並べば、そこに深層の何かが見えてきて当然である。 ーP・19 茂木 僕がやった箱庭は、いまでも覚えてますけれど、やっばリ砂でした。僕はそのころ、内向的というか、 知らない人としゃべりがあまりできなくて。 あるとき、箱庭で、村でお祭りをやっていて、 山にサルが一匹いて、木の上からそのお祭りを見ている、というのをつくったんです。 茂木 どういうことか、と聞かれたので.「僕はこのサルで、そのお祭りのなかにまでは行きたくないんだけど、でも一人で、 こうやって楽しそうな様子を見ているのが好きなんだ」というようなことをいって。そのころの心象風景だったんですね。 河合 その、祭りを見ているサルですね。それは、客観的に祭リを観察している自分というのと、それからサルで典型的なのは 孫悟空ですね。将来、大活躍する可能性とか、あるいは仏道に入っていくような宗教性や精神性とか、そういうものを 全部もっている存在としてそこにいるんですよ。それで、いたたずらもするしね。それって、すごくおもしろいですね。 茂木 なるほど、その「サル」というところがポイントなんですね。 ーP・23 河合 わかりやすくいうと、僕らが生きているということ自体、ものすごく無理をしているわけでしょう。 それを無理しているだけではもたないかち、寝たときに調整するわけです、全体性のなかに。 その全体性のなかに調整する動きを、脳のなかで視覚的に把握したものが夢ではないかと、僕はそう思ってるんです. だから夢を見るということ自体が.ものすごい大事なことなんですね。それは解釈しなくてもええぐらいなんだけれど、 解釈したほうがおもしろいと。いろいろ役にも立つし。夢をつぶしたら、だんだんおかしくなってきますね。 だから夢というものは、生きていくために必要なものだと僕は思っているわけです。それは一種の調整作用みたいなもの。 だからその人にとっては、ある程度盲点みたいなことを見せられることが多いので、 夢を見た本人にはわからない場合が多い。自分ではね。 河合 だからおもしろいんですよ。人の夢はわかるんですけれど、自分の夢はわかりにくいです、やっぱり。 茂木 それはちょっと、目からウロコですね。じゃあ、夢分析というのは、他人がやらないとだめだということですね。 河合 自分ではわかりにくい。だから、明恵は天才ですね。すごい天才やと思います。 本当に、世界に誇るぐらいの。遊木自分を外から見るという視点も、同時にもちえた。 河合 ええ。あるいは、それを誰かにしゃべっていたのかもわかりませんね。 ユングもいってますけれど、やっぱり誰かにしゃべったほうがいい。ただし、信頼できる人。 で、その人はなにもいうてくれなくていいと・じっくり聞いてくれたちいいんやといってますね。 ユンクにも聞き役の、信頼できる女性がいたし、フロイトの場合もちゃんと相手がいたわけですね。 そういうふうに、やっぱり誰か他人の目が入らないと、自分だけではむずかしいですよ。 ただ、僕らは長いあいだやってるから、もうだいぷできますけどね。自分の夢でもある程度はわかります。 茂木 その盲点というのは、どういうことなんですか。 たとえば、私は最近、イギリススに留学していたときの夢を見て、 そして目が覚めたときの感覚というのは「最近、なんだかちょっと日本の社会と付き合いすぎてて、疲れてるんだ」 ーーー 解)「生きていること自体が、ものすごく無理をしている」そのことを理解すれば、遊びと、学びと、仕事と、真空、 のバランスが必要ということが分かる。その一日単位の調整が夢というのも面白い。 7年前の同日、夢について書いてあった。(「203」夢 2001年10月30日) ーつづく ・・・・・・・・・・ 2007年10月30日(火) 2401, こころの旅 ー5 ('-'*)オハヨ♪ ―カリール・ジブラン『預言者』 「子供について」 −読書日記 赤ん坊を抱いたひとりの女が言った どうぞ子どもたちの話をして下さい (それで予言者は言った) あなたがたの子どもたちは あなたがたのものではない 彼らは生命そのものの あこがれの息子や娘である 彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども あなたがたから生じたものではない あなたがたは彼らに愛情を与えうるが あなたがたの考えを与えることはできない なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。 あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが 彼らの魂を宿すことはできない なぜなら彼らの魂は 明日の家に住んでいるから。 あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが 彼らに自分のようにならせようとしてはならない なぜなら生命はうしろへ退くことはなく いつでも昨日のところに うろうろ ぐずぐずしてはいないのだ あなたがたは弓のようなもの その弓からあなたがたの子どもたちは 生きた矢のように射られて 前へ放たれる 射る者は永遠の道の上に的をみさだめて 力いっぱいあなたがたの身をしなわせ その矢が速く遠くとび行くように力をつくす 射る者の手によって 身をしなわせられることをよろこびなさい 射る者はとび行く矢を愛するのと同じように じっとしている弓を愛しているのだから ーーー 解) この詩は深い意味がある。 子供に対して全ての親が理解しておかなければならない基本の姿勢である。 子供に対する責任があるが、それはあくまで自立に対するトレーナーであるべきで、相互依存のためではない。 ペット的に扱ったり、自分の私物とするのは言語道断。自分たちを通して子供は生まれてきただけで、自分ではない。 愛情を与えることは出来ても、考えは与えることは出来ない。出来るのは考える、そして自立できるように導いてやるだけ。 カナダでは、大学に入ると殆ど全ての学費は夏休み、冬休みのアルバイトで稼ぐという。 それが首相や財閥の子供であっても関係なく、もし、親が学費を出していたら、軽蔑の最たる対象の人間と見做されるという。 学生生活から、既に自立への訓練になっている。親子を弓と矢の関係に例えるのは面白い親と子供のあるべき関係を述べている。 しかし、これでは弓の的を決めるのは、射るのは、誰になるのか?という疑問がでる。 的は「自立」がということ? 己から遠くに飛ばす、自立させる考え方としては良いだろう。 それにしても、あの親亀(亀田)のエゴなんだろうか? その結果があの子亀達ということか? ここで書くことではないが、あまりにも宮沢リエ的?な内容である。 (ゝ∀・`*)ノ))バイ゚ ・・・・・・・・ 2006年10月30日(月) 2036, 躁鬱病について −4 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 一昨日、図書館の棚を眺めていると、たまたま小川宏の「夫はうつ、妻はがん」という本があった。 丁度、うつ病について書いていたのでさっそく借りてきた。経験者が在りのままを書いているので、一言一言が深い。 きっかけは軽重あるが、そう簡単に「うつ病」になるものではない、それぞれの人生の積み重ねの結果に生じるのが病。 この本を読んでいると、うつ病になるべくしてなったのが理解できる。 病気になりかけたら、体験者の本が一番よいが、 そういう人は、その余裕や意欲が無い人が多い。 まずは彼の談から・・・ 「夫はうつ、妻はがん」 ―夫婦で苦境を踏み越えて 小川 宏 (著) *「うつ病」完治は家族の絆あればこそ 平成3年、私は不意に全身の倦怠(けんたい)感に襲われました。 原因がわからず苦しい日々が続いたある日、ついに自殺未遂を起こしてしまいます。 そして「うつ病」が発覚、3カ月の入院生活を余儀なくされました。 その体験をテレビ番組で公表したところ思いがけず大きな反響を呼び、同じように悩んでいる方が 全国に多くいることを知りました。 元々私は、30年来の糖尿病とそれに伴う糖尿病性網膜症をはじめ、 腎臓結石、気管支拡張病など病気とは縁の切れない生活をしてきました。 そこにうつ病です。ストレス社会の現在、うつ病は“心の風邪”とも言われ、誰がかかっても、 おかしくない病となりましたが、社会の偏見を恐れて病院にかかることをためらう人は今でも少なくないようです。 本書では、そんな方やご家族に向けて「うつ」を防ぐ方法や、かかった場合の対処法などを私自身の体験と取材を含めて 書かせていただきました。私がうつ病にかかったとき、家族をはじめ医療関係の方々など多くの人に助けられ、 人は決して一人で生きているのではないという思いを噛(か)みしめました。病気は生活上の苦しみであって、 人生の挫折ではありません。妻も子宮頸(けい)がんに加え うつ病に……つらい日々はありましたが、 そんな経験があったからこそ、いま生きる喜びを感じることができるのだと思います。 うつ病は必ず完治します。私がその証しです。 この本を読んで、うつで悩んでいる方や そのご家族をはじめとする皆様に、希望を見いだすヒントとなれば幸いです。 モーニングショーの司会者だったこともあり、内容は読者の目をひきつけるような話題で一杯の本だ。 まあ次回を・・・・ −つづく ・・・・・・・・ 2005年10月30日(日) 1671, 「全ての装備を 知恵に置き換えること」−2
「全ての装備を 知恵に置き換えること」は考えるほどに深い言葉である。 ‘ハードを、ソフトに置き換える’‘色即是空、空即是色などが直ぐ思い浮かぶ! ーさらに、この本のポイントになる文章を抜粋する。「レベルの高い難しいクライミングをいくつもこなした後、 何がしたいかを問われたある男は言ったそうだ。歩きたいと。道の方角へずっといつまでも歩いていたい、そういったんだ。」 (以下、字数の関係でカット、2009年10月30日) ・・・・・・ 2004年10月30日(土) 1306, 究極の観光旅行 (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日) ・・・・・・・ 2003年10月30日(木) 939, ゲーム理論 −1
一昨夜、コンサルタントの林さんと酒を飲んで「ゲーム理論」の話題が出た。 ほとんど忘れたこともあり、「ゲーム理論」をインターネットで検索して調べてみた。 また本を読み直してみた。 なるほど勉強になる面白い理論である。 一般的にゲームというと、「目標を決め、途中に難関を置き、それを乗り越えながら達成するプロセスを、 第三者か自分自身と競う事を楽しむこと」であるが「ゲーム理論」というと少し違ってくる。 ー要点を書いてみるとー 「『勝つ』ためには‘損切り’をして『負け』をへらす!」が一番のポイントと思われる。 ゲームと仕事に勝つための4原則は ・『勝利』より『損切り』を重視する ・裏切りによる勝利は長続きしないことを知る ・相手も自分と同様に利益を求めていると知る ・あらゆることが起こり得ることを知る である。 ーゲーム理論では「相手の存在』が不可欠である。 ゲーム理論は数学理論をもとにしている。 その大前提は、『自分』と『相手』がいて、それぞれが「合理的・利己的」に「最適な状態」を目指すことにある。 かけひき上手を競うのが「ゲーム理論といってよい。 ゲーム理論で考えられる世界は、100人が100通りの答えを持ち、相手の存在と立場を見ながら戦略的に手を打つ。 (以下、字数の関係でカット、2009年10月30日) ・・・・・・・・・ 565,、ある逸話ーインドで見たこと - 2002年10月30日(水) インドの空港で帰国の時である。修行僧のいでたちの男、杖一本をつきながらやって来た。 素足で身に付けているののはパンツ一枚である。それで飛行機に乗ろうというらしい。 急を聞きつけた警察が数十名が周りを取り囲んだが誰も手を出せない。 空港の制服の女の人が間に立って説明をしているが、どうしても折り合わないのだ。 パスポートも持たないでパンツ一枚で国際線に乗ろうとしているのだ。 恐らくカースト制で身分が高いのだろう、素裸の男の態度がでかい。大声で入国査察官を怒鳴りつけているのだ。 恐らく「神の指示で乗れといわれたのに何故乗せぬ」と言っているようであった。 最後の結末をみないで飛行機に乗ったが、インドの社会を最後まで見せ付けられた出来事であった。 インドは普通の感覚では考えられない身分社会なのだ。牛が堂々と街を我が物顔で歩いているのだ。 宗教上で神聖な生き物なのだ。以前にも書いたが、20?のある階級は餞民で人間とみなされないのだ。 交通事故死でも警察が取り合わないという、牛なら騒ぎになるが。 実際その経験談を読んだ事がある。一度はこういう社会を見てみるのも必要な事だ。 −4年前に書いた文章をコピーしておきます。 −−−−−−−−− 10/11 インド旅行記 ー私のみた北インド “ インドとは...”など滞在一週間のツア−では表現できない。 面白いほど多様な国である。まず印象を列記してみよう。 (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日) ・・・・・・ 「203」夢ー11 2001/10/30 五〜六年前にみた夢で忘れられないのが、自分の葬式の祭壇を見たことだ。 学生時代住んでいた部屋であった。久しぶりに寮の自分のいた部屋を覗くと、それがあった。 恐らくもう‘あの時の自分がもう終わってしまった’というシグナルだったのではなかろかうか。 何か変な奇妙な印象が残っている。 どんどん変わっていく中で変わらないのが過去だけだ、しかし夢でさえ、 もうあの時の自分は消滅したといってくる。 それから一年に一度位見ていた寮の夢をほとんどみなくなった。 ーまたこんな夢もみた。 中東?の兵隊の自分が絞首刑になる夢である。7〜8年前か。それを当人になっている自分と、それを上から見ている自分がいた。 その瞬間もう一人の違う自分に移り、やはり絞首刑を経験する夢である。 いやに茶色の埃っぽいイメージが残っている。その前に確か廃墟の建物を訓練で数人と昇っていた。 非常にリアルな、前世の自分の過去霊をが夢に出てきた?感覚であった。 これとは全く違うと思うが、瞑想をしていると、突如「タジータジーダ」という人の名前?が突如出てきた。 「なんだこれは?」と今でもそれが何かわからない。情報のシャワーの中で、脳が勝手にある単語を吐き出したのだと思われる。
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2009年10月29日(木)
先日、NHKスペシャル「電気自動車革命」を放送していた。以前にも「電気自動車が、これからの主流になる」 という内容の特集を組んでいたが、地球温暖化防止のための‘脱ガソリン’として、世界中が電気自動車へ 向けてギアが変わってきたようだ。GMが先駆けて脱ガソリン車の開発・完成をした時にあらゆる妨害が入った。 それを「誰が電気自動車を殺したのか」というテーマのドキュメントも放送していた。 石油業界にとって脱ガソリンは大打撃になる。が、温暖化を考えたら、そうはいってはいられない。 ーNHK・HPのこの番組紹介からー 《 自動車革命 第2回 スモール・ハンドレッド 新たな挑戦者たち 》 シリーズ2回目は、世界各地で同時多発的に勃興する電気自動車メーカーの動きと、電気自動車に社運をかける日本メーカー 日産の最前線の動きに密着する。中国の農村部で「電気自動車ブーム」が起きている。町工場が雨後のタケノコのように生まれ、 今まで自動車と縁のなかった層が新たな市場として活気づいている。 新興メーカー中には、ヨーロッパに進出するなど、 自動車メーカーと市場争いを繰り広げるところも出てきた。一方アメリカでは「グリーンニューディール」を推進する オバマ政権のもと、グーグルなどシリコンバレーのIT企業を中心に「21世紀の産業革命」を起こし、世界のイニシアティブを 握ろうという動きが進んでいる。これに対し、世界の自動車メーカーで初めて本格的な電気自動車の量産化を打ち出した日産は、 ガソリン車の購買層をターゲットに市場の開拓を推し進めている。 市民の意識改革の難しさ、充電インフラ整備など様々な 課題をかかえながら、新時代を切り開こうとしている。 ーー 違う時代に紛れ込んでしまったような錯覚を受けてしまった内容だった。 ー印象に残った部分を列記してみると、 ・ガソリンエンジンから電気モーターに替わることで、車体は高熱の問題から解放され、鉄の車体に縛られなくなる。 ・その結果、部品が3万ユニットから10分の1に減らすことができ、ユニークなデザインも可能になる。 ・中国の世界の貧しい層を ターゲットにした 13万円の 電気自動車 をみると、何が必要か不要でないかを 根底から考え直すときが来ているようだ。 ・また、インドのクルマは小さくて狭い道の多いヨーロッパに良いという。 ・投資家の支援を受けて、自由な発想で電気自動車を開発するシリコンバレーの 新興企業 … 既存のクルマとは明らかに異なるデザインで、SFの世界に入り込んだようである。 ・近い将来、自動車は 一番大きな “ 家電 ” になる、と 豪語する Googleグループ。 ・超軽量ファイバーで、3輪の 電気自動車を作ったシリコンバレーの 社長は言う。 《自動車メーカーの 人間は、「 自動車は、4輪で 箱型の乗り物 」 と思い込んでいる …》 以上だが僅か1年で、これだけ激しく時代が変化するのだから驚きである。 自動車の電子化が今後、果てなく続くことになると、部品メーカーが淘汰されていくことになる。 電気自動車でなく、電子自動車の時代?? ・・・・・・・・・ 2764 ,ウォール街の魔女 2008年10月29日(水)
【産経抄】の10月25日のコラムが強烈である! 関西で「がめついヤツ」とかいう三益愛子が主演していた演劇があったが、 そのウォール街版である。 ここまで徹すれば、これまた御立派である。 ーまずは、そのコピーから 1世紀ばかり前の米国に「ウォール街の魔女」と呼ばれる女性がいた。へティ・グリーンという。 父親の遺産をもとに株や債券、不動産に投資を続け、1916年に81歳で亡くなったとき、 当時の金で1億ドルの財産を残した。 今のレートで100億円近い。 ▼作家、ジェイ・ナッシュの『世界変人型録』という本によれば、彼女は金銭に関する第六感のようなものを持っていた。 銀行の破綻(はたん)や金融恐慌を巧みにかぎとりながら、稼ぎまくった。 さらに、大富豪にしては「常軌を逸した締まり屋」でもあったという。 ▼20年間、同じ服を着てウォール街を歩き回り、決して車には乗らなかった。食事は安いレストランですまし、 安下宿を転々とし週5ドル以上の家賃は払わなかった。読んだ新聞は息子に売りにいかせ、 その息子がケガをしたときは、治療代をケチり片足を切断させられた。 ▼モノを作って売るわけではない。「金」だけを信じ、投機と吝嗇(りんしょく)とで巨万の富を築く。 「魔女」的な部分を除けば彼女もこの街の典型的な住人だったのだろう。そのウォール街が今、集中砲火を浴びている。 言うまでもなく世界の金融危機の発信地としてである。 ▼特に株など買ったことがなく、毎日コツコツ働いているだけという米国人の反発は強い。 「何で税金で奴(やつ)らの失敗の尻ぬぐいを」となるからだ。 そこらの空気を察して、投票日が迫った大統領選の両候補ともウォール街を「強欲」と非難しているそうだ。 ▼国際的にも金融市場の改革を求める声が強い。 だがへティの時代から投資家たちの「強欲」が世界の経済を動かしてきたのも事実だ。 それを封じては世界経済そのものが破綻する。問題は投資する側とされる側との信頼をどう取り戻すかなのだろう。 ーーー (産経新聞 10月25日) ジェイ・ナッシュという女性を笑うことは出来ない。資本主義の原型そのもの。事業の出発点は似たようなことを強いられる。 まずは種銭を大事に扱わないと失敗する。アメリカ資本主義帝国の崩壊の原点をみるのに、丁度よい人物を取り上げている。 それにしても上手い文章を書くものだ! 面白い人物がいるものだ。先日観たDVDの「天国の門」の娼婦の館の御婦人に似ていた。 「言葉を除けば、あと残るのは愛情?それとも金? 空気と同じで無いと死んでしまうのはドチラ?」 彼女なら、こう言っただろう! 自由も、平等(差別)も、愛情も、9割は金で買える(替える)から、狂うのである。 成るほど、人間は狂った猿というが・・・
・・・・・・・・・ 2007年10月29日(月) 2400, こころの旅 ー4 (* ̄0 ̄)ノ 才八∃一 gozaimasu! *まわり道* 神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。 同じようなことが、立花隆の文章にあった。 「青年期の10年は潜伏期間、そこで何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。 誰もが直線的な人生より、まわり道をする。 が、問題はその道で如何に自分を培養するかである。 行ったきりの人生もあるが・・・ 精神喪失(精神病)や自殺は、その極端な事例。 一つや二つは、迷路の迷い込み七転八倒した経験は人知れず持つのが人生である。 お伽噺や神話は、その理想の物語として我々に提示される。 まわり道こそ、物語なのである。 その時は辛く、激しく、情けなく、悲しいが、しかし真実と夢があった! 逆にまわり道のない人生は、そこに何の味わいがないだろう。 中学校の担任が定年の祝いの同級会の二次会で、 「オレの人生はなかった!両親が先生で、今も90歳近いのに矍鑠としている。そして二人のコントロール下にある」 という言葉が重く聞こえた。 ーp.121ー ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。 「運命」と当面のしごとが要求することを忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口が あらわれてくることもある。あるいはまったく思いがけない人がみていて、本道へとつれ出してくれることもある。 けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間見捨てられているわけではない。 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、 たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。 人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。 落伍者のようにみえた青年の中から、のちにどれだけ 個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、順調に行った人よりも多くの風景にせっし、 多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと「わが道」にたどりついたとき、 すらすらと一直線でそこに来た人よりも独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をすることができるだろう。・・・」 ーー 人生60年余生きてきて、無駄なことは無かった!と実感する。 それも順境の時より、逆境の時の方が有益だった。 「順境は枝を張れ、逆境は(枝葉を切って)根を張れ」というが。佐藤優の文章が心を打つのは、 決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で差し入れられた本を読み、考え、言葉を練りまわしていたからである。 そこを「勉強の場」として、割り切ったからである。 まわり道の中でこそ、個性ができるのである。 honnja ヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・ 2006年10月29日(日) 2035, 躁鬱病について −3 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
世界には躁鬱病状態で芸術活動をつづけた人が多くいる。ドイツの作家のゲーテが、その代表例である。 ・18歳から亡くなる83歳まで、躁状態が八回、鬱状態が五回あった。当然、そう状態のときに創作活動が活発に行われた。 ・ロシアの作家のトルストイも、82年間の人生の最後の30年間は、躁鬱を繰り返していた。 鬱状態のときに、構想を練り、躁状態のときに、一挙に書き上げるというのが創作活動に必要なことかも知れない。 そういえば、一番危ないのが「初老性うつ病」がある。60歳直後あたりにくる「うつ病」である。 「自分の人生、果してこれでよかったのか?」という疑念と、老齢への体質の変わり目が、重なることが原因である。 特に何も考えず、ただ平々凡々と生きてきた反動である。神様が「そういう人には、厳しくあたる」のも至極当然である。 この時期に、それまでの無理がたたって、胃潰瘍、高血圧、癌、糖尿病など体内のホルモンや神経系が乱れる時期と重なり、 それらが意欲の低下や、不眠症も加わり、うつ病になりやすくなる。 特に癌からなりやすくなり、四分の一にのぼるという。 昔は、うつ病は「神経衰弱」と言われていた。見るところ、資産家など恵まれた環境に人はうつ病になる人は少ない。 その対極にある、頭を使わない末端労働者の二種類の人種も少ない。 我がままを許される階層と、末端で生存欲求さえ満たされればよい階層は、ノイローゼなど関係ないのである。 その意味で中途半端な人や、生真面目の人がなりやすい。 居直ってしまえばよいが、その居直ることが出来ない。 それと女性が男性の二倍の確率になるのも特徴の一つ。 発散する機会が半分以下?と、身体の構造の違いもある。 「一人遊び」の出来る人は、ノイローゼになりにくい。独りの世界で、ストレスを解消できるからである。 それがライフワークであれば尚のこと良い。ライフワークという自分の世界と、現実の世界を二つ以上もって、 その一つが上手くいかないときは、他の世界に比重を移動させるバランス感覚を常に意識しておけばよいが、 それが出来ないから病気になってしまう。 心の風邪だから、そういう人の傍に寄らないことだ。 それも慢性ときているから、自分がかかったと思ったら近寄らない気の使いも必要だ。 ー つづく (+●∀●)ノさいなら! ・・・・・・・・ 2005年10月29日(土) 1670, 「全ての装備を知恵に置き換えること」−1 −読書日記 「全ての装備を 知恵に置き換えること」図書館で何げなく借りてきた旅行記である。 著者は、まだ28歳の芸大の大学院生だ。 ・高校の時にインドを旅して以来、世界中を旅するようになった。 ・そして現在は、芸大の籍を置いて旅行中。 ・北極から南極までを人力で踏破する地球縦断プロジェクト「POLE TO ROLE]の旅をしたり、 ・世界7大陸最高峰登頂を目指すとともに、 ・大学院では人類学、民俗学などの領域に関心を持つ。 プロとしての旅行探検家である。旅を続けるために大學に行き、大学院に行き、本を出版している。 秘境旅行をしていると、このような一人旅をしている男に必ず出会う。 共通点は禅僧のような顔をして、優しく、悲しそうな顔をしている。 日本の高僧?のあの??からみると、数段よい顔である。 当然であるが!この本の集約は 「はじめに」の「全ての装備を知恵に置き換えること」の章中の冒険旅行の恩師 イヴォン・シュイナードというカルフォルニア生まれの男との対話といってよい。(この本によると今年亡くなったとあった。) このような著者のような男には、先生が何人かいるものだ。 その一番の先生であるイヴォン・シュイナードは、パタゴニアという登山用品などを売っている創業者。 その彼が著者の質問の答の言葉がよい。 冒険に対する質問の答えが、人生の答えにもなっている。 ー幾つか書き写してみる (以下は字数の関係でカットー2007年10月29日) ・・・・・・・・ 2004年10月29日(金) 1305, まさか、地元で大地震!−6
昨日、地震以来初めて新潟の会社に出社する。 新幹線が不通の為、久々に車出勤である。 高速道路は長岡〜月夜野間が不通のため、新潟方面はガラガラだが長岡方面は工事関係のトラックなどで異常な多さだった。 昨夜は新潟に泊まったが、地震は殆んどなかったようだ。 (以下は字数の関係でカットー2007年10月29日) ・・・・・・・・ 2003年10月29日(水) 938, 「ライフ・レッスン」ー読書日記
各レッスンの内容が愛と真実に包まれている。「死ぬ瞬間」シリーズは世界的ロングセラーで多くの人に癒しを与えてきた。 ロスの本は何冊も読んだ。終末期医療から死にいく人々から学んだ数々を説いている。 すべてを終えたとき、「生」と「死」 の本当の姿があらわれるのだ。 彼女がマザーテレサに亡くなる数ヶ月前に会ったとき、ロスに、 「生きることがとてもたいせつと考えているからこそ死にいく人達と一緒にいることを最大の使命としているのだ」 また「生は一つの達成であり、死はその達成の成果です」と言われたという。 大部分の人は死を達成とみていないだけでなく、 生も達成とみていない・・死の淵にいる人は、そのことをよく知っている。 ロスは生そのものの大切さについて教えてくれる。 彼女の本を読んでいると、暗い?内容なのだが、暖かい愛に包まれた気持ちになる。 ーまずは、この本の抜粋からはじめたいー ・一生と呼ばれる時間のあいだに学ぶべきレッスンは色々ある。特に死に直面している人々と一緒にいるときにはとりわけ多い。 死に行く人々は人生の終わりに多くを学ぶが、通常は学んだ教訓を生かすための時間が残されていない。 1995年にアリゾナに引っ越した私は、ある年の母の日に脳卒中で倒れ、麻痺状態になった。 その後数年間は死の入り口にいた。時には数週間で死ぬのだと覚悟をした。そして幾度も訪れてこないことに失望した。 準備は完了していたからである。しかし、死ななかった理由は私にはまだ学ぶべきレッスン、最後のレッスンがあったからです。 そのレッスンの多くは人の生についての究極の真実であり、命そのものの秘密である。私はもう一冊本を書きたいと思った。 今度は「死」そのものではなく「生」についてである。 ・人には誰でもガンジーとヒットラーが住んでいる。象徴的な意味であることは当然である。ガンジーは人の中のベストなもの、 もっとも慈悲ふかいものをあらわし、一方のヒットラーは最悪のもの、人の持つ否定性と卑小性をあらわしているのだ。 人生における人ノレッスンとはおのれの卑小性に働きかけ、否定性をなくして、己のなかにも他人の中にもあるベストなものを 見つけ出す作業である。人生の暴風に似たそのレッスンは、人をして本来の人に戻してくれる。人間が地球上にいるのは、 互いに癒しあうためである。これは身体的不具合を癒すだけでなく、はるかに深いレベルでの癒しである。精神と魂の癒しである。 ・人がこういった人生のレッスンについて語るとき、人は完結していない 気がかりな問題の解決について語っている。完結していない気になる問題とは死についての問題ではなく、生についての問題である。 '確かに私は豊かな暮らしを実現した。しかし、本当に生きるために時間を使ってきただろうか?'というように最も大切な問題である。 多くの人々は確かに存在はしてきたが、本当に生きてはこなかった。それらの人々は完結していない気になる問題に蓋をするために、 膨大なエネルギーを費やしてきた。 (以下は字数の関係でカットー2009年10月29日) ・・・・・・・・ 564, 一点集中主義 ー 2002年10月29日(火) 少ない資源を最大に生かすには集中しかない。 例えで解りやすいのが「錐の論法」だ。 一点にエネルギーを集中することで穴をあける事が可能になる。 それと前回書いた虫眼鏡も然りである。 集中はその中で更に核爆発をも起こす。 集中は潜在能力への穴である。人間は無限の潜在能力があるといわれているが、 その秘密のトンネルが一点集中である。マクドナルドのハンバーグや、キューピーのマヨネーズ、味の素など幾らでも事例はある。 分散も必要だ、一点に集中したものを分散する例としてセブンイレブンがいえる。 50坪の店を一万店出店することで、三越や本体のイトーヨーカ堂を追い抜いてしまった。 資源が少ないのに、その少ない資源を更に分散をしてしまう。淘汰されるのは淘汰されるべくしてされているのだ。 何かを始めようとしたら、それまでのやっていた事を全てをいったん止めてしまう事だ。それか人に任せてしまうかだ。 空即是色である。人間可能な事は、目前の努力だけだ、それも一点への。以前書いた一点豪華主義をコピーしておこう。 ーーーーー 2001年12月12日(水) 267,一点豪華主義 (以下は字数の関係でカットー2009年10月29日) ーーーーー H0511妙な夢―(?) 2001/10/29
ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ 一周してもどってきて布団に入る。 ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢?である。これが夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて(そのまま水平にいて) 下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。 かなりうなされていたと思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。 初めは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、夢ではなかった。 ところで当社の関係先の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。
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2009年10月28日(水)
去年の9・15のリーマンショックは世界経済に大激震を与えた。 世界各国は、この一年間、その影響を最小限度に 抑えるために可能な限りの資金を投入。それで表面的には平静を保っているが、それは目先の応急処置でしかない。 日本の失われた10年、20年と同じような停滞をもたらす杞憂があるというのも、今更だが、どうも分かってないのが多い。 ジム・ロジャーズのインタビューを数ヶ月ぶりに目にした。 当たり前のこととはいえ、彼が言うから説得力になる。 ーまず、その内容をコピーしてみるー 聞きたい: 米国人著名投資家、ジム・ロジャーズ氏 【聞き手・工藤昭久、田畑悦郎】 著名米国人投資家のジム・ロジャーズ氏は26日、毎日新聞のインタビューに対し、リーマン・ショック後の世界経済について 「問題は解決されておらず、危機が再燃する恐れがある」と警告した。日本経済の先行きについては、財政赤字の拡大に懸念を示した。 ◇「経済危機、再燃も」 −−金融危機から1年余りが経過し、世界経済は回復の動きも出ています。 ◆各国の政府が大量にお金を使ったおかげで改善しているように見えるだけだ。自律的な回復ではなく危機が去ったとは言えない。 米国経済は消費が低迷し、問題解決のために政府は借金を重ね、一時的な雇用対策などに重点を置いている。産業の競争力の 向上にはつながらず、問題を先送りしている。「失われた10年」、いや「20年」に突入したかもしれない。 一方、中国政府は競争力をつけるような分野に投資しており、米国との差が鮮明になっている。 −−日本の政権交代が経済に及ぼす影響をどう見ますか? ◆政府は「未来は明るい」と言うもの。ただ、私自身は投資について政府のアドバイスを受けないことにしている。 政権交代があれば、恩恵を受けるところとそうでないところが出る。日本の新政権は出生率を上げる政策に力を入れるので 子育て関連の企業は恩恵を受けるが、公共事業削減を目指しているため建設業のような企業は先行き厳しいのではないか。 −−日本に対する投資スタンスは? ◆次の10年を見通すとアメリカに比べると債権国の日本の方が期待できる。私も日本円は保有している。 最近は円高傾向にあり、円はまだ上昇するはず。ただ、日本は少子高齢化に直面しているうえ、巨額の財政赤字を抱えているため、 将来的に円を手放さなければならない時期が来るかもしれない。日本の国債は投資への意欲をなくすような低金利だから保有しない。 −−関心を持つ投資先は? ◆貴金属や農産物などの商品相場だ。商品は新興国を中心とした需要の増大に対する供給が追いついておらず、高騰している。 今後も堅調に価格が上昇すると見込まれるため、今後も商品に投資していく。 ーー サブプライム・ローンを混入した債権は世界中の金融機関や企業内の資金運用部門に秘かに眠っている。 それが何時、表面化するか、その時が大恐慌のキッカケになる。 ただ引き延ばしているだけでしかない。 だから世界の20ケ国が顔を突き合わせて、対策を考えているが、世界の金融機関の一せい閉鎖をする位の荒治療が必要だが、 それは無理である。だから、失われた10年~20年になるしかないのである。 以前なら世界戦争で、一度清算という手があった。
・・・・・・・・・ 2763, 閑話小題 2008年10月28日(火) *金融危機が止まらない 9月半ばから始った金融危機、予想通り恐慌の様相を呈してきた。その時点で、この随想日記で「世界恐慌に入ったようだ」 と書いた。他の人は如何であれ、そう信じて状況をみると、恐慌の発火に思えたからである。 何人かの知人に、 「これは既に恐慌だ!と思い込んで世界の状況を見ると、見えないことが見えてくる」と、言ってきた。 そして、あれよあれよと、一万、9千、8千、そして5年半前の7607円割れを先週末にしたと思ったら、 昨日は7162円でひけた。この数字は、26年ぶりの最安値。 あと少しで7000円割れになるところだ。 大方の経済評論家は7000円が底値とみているが、近々に6000円前半もあるかもしれない。この上に円だけが独歩高。 輸出立国の日本はダブルパンチになる。年末から来年にかけて体力のない企業から倒産が始る。 不動産、建築関連、 そして中小金融機関辺りからか。それだけではない、大手銀行も痛んでいて、五千億〜一兆円の増資をするとか、 銀行保有の株式を政府が買取るとか、何でも有りになってきた。世界に目を転じれば、アイスランドに続き、フィリッピン、 ブラジル、そしてロシアと、株式市場の閉鎖などの金融危機が切羽詰ってきた。 世界の株式市場の時価が一年前の半額の三千兆円が消失、それがさらに実体経済を凍りつけている。 11月の15日に、G8と、中国・インドなど新興国が緊急に集まるというが、 そこで何が決定されるのだろう? 最近、グリンスパンなどが、これは世界を覆う大津波といっていた。 先月半ばの一連の金融危機は私の人生で一番の世界的な大事件と、何度も書いてきた。 この恐ろしさは、短期的に収まるような問題ではない。アメリカが世界中に毒をばら撒いてしまったのである。 それもタチの悪い、簡単に回収できない毒。 その中で、ただ生き抜くしかない時代になってしまった。 ーー *WBCの監督問題 面白いから、WBCの監督に誰がよいか頭の体操をしてみる。北京オリンピックで現役監督から遠ざかっていた星野は 難しかったのは、誰の目にも明らかだった。そのことを本人は自覚していると思いきや、どうも最近の彼の言動からして 違うようだ。やはり優勝チームの監督がやるのが自然だろう。エネルギーを使い切るためにハンデキャップになるので 腰が引けるようだが、決まっていれば割り切れる。しかし早々に西武ライオンズの監督が辞退の意向発言をしたため、 原監督に依頼があったようだ。前回のWBCは異常な雰囲気の中で奇跡的に勝っただけ、今度はアメリカもキューバも 本気になってくるから、惨敗を覚悟をすべきである。その意味で、少し嫌われても、今回だけは辞退するのが最善だろう。 特に原監督は、監督としては首を傾げる場面が多すぎる人物。惨敗をして袋叩きは、火をみるより明らかな姿。 読売のトップの命令だろうが、気の毒といえ気の毒な役回りである。
・・・・・・・・・・ 2007年10月28日(日) 2399, 世間に踊らされた「悪役」 オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 荻野アンナが読売新聞に『亀田一家の問題』を軽妙に書いていた。彼女は現在、慶応の教授をしているが、 よくTVで見かける人である。ジョークのセンスがよいので、なかなか話が面白い。亀田の親父は面白いといえば面白い。 チンピラの後ろには親チンピラがいるもの、それよりヒール(悪役)を演じる一家4人の姿は劇画的で、コミックだった。 おそらく一家して、コミックしか本は読んでなかったのだろう。 虚構が暴露してしまえば、もう存在価値がなくなり 商品価値は暴落をした。 4人の子供を置いて出た母親は、どんな気持ちで彼らを見ているのだろう。 親父の暗い、攻撃的な姿がウラ悲しい。彼女はボクシングジムに通っていてライセンスを持っているため、 なかなか熱が入っている。 ーまずは、その彼女のレポートから ーーー 亀田(次男)の試合は初めてで、彼の愛称が「ナニワの弁慶」と知らなかった。私は金髪の弁慶姿で花道を練り歩く 大毅にコケた。この段階で、明らかにジャンルが違う。寿司屋で握りを頼んだらステーキが出てきた、という感じ。 試合は内藤がボクシング、亀田が「亀田スタイル」で、2人の動きはバラバラだった。 ボクシングの基本は、フトワーク・ジャブ・ストレート。「亀田スタイル」は、がぶり寄り・頭突・フック&目つぶし。 最終ラウンドは亀田はスープレックス(プロレス技す)をキメた。 (以下字数の関係でカット2008年10月28日) ヾ(TωT)Byeヾ(TωT)Bye ・・・・・・・・・ 2006年10月28日(土) 2034, 躁鬱病について −2 おはよ〜!(*^ワ^*)i ~O~)ふぁ・・ 鬱病経験者といえば、アナウンサーの小川宏と、俳優の高島忠男、作家の北杜夫などが知られている。 彼らの体験記を読んでみると、その病状はすざましい。ストレスによる睡眠不足が大かたの原因だが、 躁からの反動の鬱も山(躁)が高い分だけ谷(欝)も深くなる。「うつ病」の定義は世界中どこも同じである。 倦怠感、不眠症、食欲不振、体重の減少、焦燥感、興味の喪失、自殺の願望、集中力の欠如、嫌悪感などが 5つ以上あると鬱病といわれる。人間は誰もが、このうち2〜3つは持っているものだが・・。 どういう訳か私には一つも無い。普通の生活をおくっていれば無いはずだが・・・ こういうのが一番危ないのかも知れない。最近は治療は比較的簡単になって、薬を中心とした治療で、 8割以上の人が2-3週間 で回復するという。殆どの人が治療さえすれば、うつ病は大した病気ではないことになる 。 ただ問題なのが、うつ病の半分以上が治療を受けていないことだという。 うつ病になりやすいのは真面目で責任感の強い人が多く、自分の問題は自分で解決しようという 傾向が強いのもその一つ。 周囲の人も、心の問題は医療の対象ではないと考えてしまうので、 治療が遅れたり、病状が進行してしまうケースが多い。義?がうつ病にかかった時に、一晩で治ったことがあった。 不動産のトラブルを抱えていたので、あるコンサルタントを紹介して、その問題を全て一任して貰った。 ところが驚くなかれ、その翌日「うつ病は全快しました」との連絡が入った。 一年近く鬱々として半病人状態になり、私に「会社を引き継いで欲しい」と、頼まれたが、一晩で治ってしまうのだから・・ その義?も亡くなって10年近くになる。心もからだと同じく病気になる。早く医者に行って直すのが一番だろうが、 行きづらいのも確かである。アメリカなどカウンセラーがいて、悩みなどを聞きながら治療する。 日本では、まだなじみが少ない。新興宗教が「おいで、おいで」と待っている。 それと癒しとかいう商売もはびこるのだ。 「癒し」か、今度書いてみよう。 人間の心は、そんなに強いものではない、常に手入れをしてないと、肌と同じで荒れてくる。 言葉、言葉。日常使っている言葉に気をつけろということだろう。 毎朝、モーニングページに幾つかの言葉を写経のように書き続けているが、それでも荒れてくる! カサカサの暗い顔をしたのが、同じ場所に集まる! 癒し?をもとめて。また検索で「自殺」とでも入れれば真っ暗な世界が出現する。 ーつづく (+>∀<+)ノ サイナラ! ・・・・・・・・・ 2005年10月28日(金) 1669, おい、どうすんだ、定年後!−3
葬式に参列した故人の写真に自分の姿をイメージをして、 そこから「故人としての自分から、生前の自分への言葉」 とは、こんなものだろう。 心の底の真実の声である? 背後から迫ってくる自分の声でる。 ーー おい、何やってんだ!まだ娑婆の縛りに囚われているのか? この写真に入ってしまえば解ることだが、好きなことを可能なかぎり求めるとよい! 死んでしまえば、無である。お前なんぞ、一年もしないうちに忘れ去られるのだ。 いや数ヶ月だ。 好きなことを早く見つけろ! そして、それをさっさと一つずつやれ!何を、ためらっているのだ! 今夜、美味いものを食べろ! といっているのではない。 死ぬのは何時か解らないから、したいことを見つけろ! といっているのだ。俺は、実際にこんなに早く死ぬとは思っていなかった!そして、やり残したことに後悔しているのだ。 だから後悔する生き方をするな! といいたいのだ。呆けっとしている周囲の顔など見るな! 自分の内面を見ろ! 色いろなことに、もっと目を向けろ、せっかく地球にいるのだから! この奇妙な惑星を自分の目でもっと見ろ、 そして多くのことを経験しろ!葬式の写真に入った今、あれもこれも経験しておけばよかったと後悔しているのだ! 人の評価など、どうでもよいことだ、とにかく生きろ!生きろ!そして活きろ! 未知に向かってどんどん歩け!それしか人生はないのだ!その為には、俺の言葉を真剣に聴け!生きているうちだぞ、 娑婆は! 呆けに惑わされるな! いや、お前が呆けているのだ! それにに気がつけばよいのだ。 自由になれ、その壁に気がついてないのか! ーー 自分の潜在からの声が、死者たちからの声に聞こえてきた。{メメント・モリ}ー死をおもえ、ということか。 ・・・・・・・ 2004年10月28日(木) 1304, まさか、地元で大地震!−5
昨日の、余震には驚いた。震度4以上の余震がいつまでも続いているのが、中越地震の特徴だ。 今年の台風と一緒で、そのしつこさは今までなかったことである。世界規模で起こっている異常気象の一つの現象であろう。 それと、余震の中のレスキュー隊による、奇跡の行方不明の母子の救済のTV中継も迫真であった。 二歳の幼児一人だが助かったが、母親の愛情の結果であろう。何か私たちに解からない人間の深い何かがあるのだろう。 不可思議としか思えない、奇跡である。今回の地震は新幹線の脱線、奇跡に近い子供の救出劇、大きな余震が異常に 続いていること、長岡市の4分の1が避難所にいること、そして、身近で起きていることが特徴である。 ところで昨夜、夕食のため長岡駅前の居酒屋に行った。長岡駅はニュースで言っていたとおり閉鎖されていた。 駅前の店は殆ど休業をしていたが、全国チェーンの店が数軒開いていた。プロパンガスを使っているので営業が出来たのだろう。 6時前だが、ほぼ満席であった。私たちの両側の席は、やはり応援部隊の人たちであった。 その帰り、避難所になっている阪の上小学校を覗いてみたが、近所の人がいた。館内放送で「配給は、おにぎり一個に、 飲料ボトル一個、それに子供にミタラシ団子一個の配給だけになります」といっていた。 昨日も、刺激的な一日であった。 今日は、新潟行きに再挑戦だ。 ー日常の「生もの」を書いている日記のコーナー 「バードウォッチング」の数日分を以下にコピーしておきます。 ーーー−−− メルクマール 10月27日 (以下字数の関係でカット2009年10月28日) ーーーーーーーー メルクマール 10月26日 (以下字数の関係でカット2009年10月28日) ーーーーーーーー メルクマール 堀井 10月25日 (以下字数の関係でカット2009年10月28日) ーーーーーーー メルクマール 堀井 10月24日 (以下字数の関係でカット2008年10月28日) ・・・・・・・ 2003年10月28日(火) 937, ダイエー優勝 字数の関係でカット(2007年10月28日) ・・・・・・・ 563、一点集中主義 2002年10月28日(月) 人生の体験の中で私が得た最大の教訓がこれだ。 若いときより知っていたらヨリ豊かな人生を過ごせたのにと今更思うが。 イロイロの挫折の中で自分の能力の限界を思い知らされていたから、戦略的にしか生きる道はない事は知っていたが、 その要諦が一点集中であった。人間の能力とレンズは似ている。太陽から、人間から、歴史から、エネルギーを集め一点に集中する。 その為には自分が虫眼鏡のレンズになる事だ。レンズは濁っていては駄目だ。 常にきれいな磨かれた状態でなくてはならない。 その意味で「自分が神になる」といってよい。 それと一点に集中すべき対象の選定だ。これに近い言葉に一点豪華主義がある。 集中していれば自然にこれになってしまう。私の場合は秘境旅行だ。今はこの随想テーマ日記だ。 それにウオーキングに読書にあと???だ。 一点集中は言葉では簡単に思えるが、実際は大変である。 捨てるべきものをドンドン創らなくてはならないからだ。 そうそう集中できるものではない。 事業では[シングルルームのデスカウント]である。それも新潟駅前の花園地区。4棟に分散をしたのが甘さで残っている。 他に学生服やカラオケはエネルギーの分散であった。百貨店のソゴウのように駅前に超大型店をつくり、その大きさが限界を超えて しまった失敗の例もある。 ロスだけで済まないのが分散である。 主体のチャンスロスが一番のロスになる。 若い時から自分の無能を自覚していたから、集中しかないのはすんなりと受け入れる事ができた。 一点集中のポイントは、一点に向かいその真正面から中心点に総てのエネルギーを集中する事である。 自分そのものがその中心点になる事である。それが正中心一点無である。いま一つがこれを継続する事でであるが、これは今度書く。
・・・・・・・・ [201] 霊体質ー1 2001年10月28日 作家の佐藤愛子が月刊誌の「新潮45」に連載で、霊体質に52歳になってしまった体験を書いている。 図書館でトビトビ読んでいるので全て読んだわけでないが、今まで8回シリーズになっている。 その連載はまだ続いているが面白い。北海道で買った別荘に霊がついており、そこでかなり激しい霊現象が起こるそうだ。 それがさすが作家、きめ細かく書かれている。 実際経験したことのない人にとって、考えられない妄想にしか思えない。 私も父の死の直後から起きた怪現象から、霊体質になった。 (後で昔書いたその時の文章のコピーを貼り付け) この10年は元に戻り、ほとんど身辺でなくなったが、私の27歳の時だった。約20年はその体質だったことになる。 かなり共通の部分があるが、家付きの霊というところが違う。それと私の場合、身体から自分の霊が抜け対する ところが彼女にはない。同じところは、ラップが聞こえたり、動物の何かが被さってくるところだ。 それが起こるまでは全く信じてなかった。 ーつづく ーーーー H0407霊的体験 ー見聞皆師より 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。死後一週間後に妙な夢をみた。 私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。 私自身父になってしまった。 いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が自身実感できたのだと思う。 それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。 恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 最近は少なくなったが、それから幽体離脱とか、 妙な霊的体験が多くなった。 佐藤愛子ではないが「霊体質」になってしまったのだろう。
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2009年10月27日(火)
* エメットの法則 ー後回しは二倍のエネルギーが必要となるー 他人事にはよく分かるが、自分のこととなると全くみえないから恐ろしい。 仕事を頼むなら忙しい人に頼めとは、出来る人は仕事を後回しにしないで直ぐにやるからである。 ーウィキペディアによるとー ≪エメットの法則とは「仕事を先延ばしにすることは、片付けることよりも倍の時間とエネルギーを要する」 というリタ・エメットが提示した法則である。 我われはついつい仕事や判断を先延ばしにしがちである。 そのことは大きなマイナスになることを体験上知っている。だから如何に問題から逃げないようにするかである。 しかし「やりたくない」という気持ちが勝ってしまい「後で」という言葉が習性になっている。≫ ▲ これは、個人だけではない、現在の日本が直面している問題である。 そのツケは、結局は我われの後の世代に回ってくるが、その根は深く、後に回すしかしないのが現状である。 これは、逆に考えれば「何事も先手を打った方が結果として、エネルギーは半分で済む」ことになる。 戦略的に先を読んで、前もって準備をしておくと結果は半分のエネルギーで済むということ。 たったこれだけの法則、どこまで実行してきたのだろうか? 〜〜 * ハロー効果 ≪ ハロー効果とは心理的効果の一つで、ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が 歪められる現象のこと。 一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向へのハロー効果も存在する。 ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。 例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れていると思い込んでしまう ケースが挙げられる。また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにも かかわらず良いイメージを与える。それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 いっぽう、CMに起用された タレントが不祥事を起こしたりすると、商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする ≫ ▼ 常に、何処かのバカタレが麻薬事件で問題を起こしているが、あれが実情の素顔でしかない。虚像を売るのが彼らの商売。 クレオパトラは、それほどの美人ではなく、ただ常に男の視線を意識をして派手な演出効果をしていたとか。 特に色と光に、そんなもの。
・・・・・・・・・ 2762, 半歩遅れの読書術 2008年10月27日(月)
日経新聞に連載中の書評4年分をまとめたもの。新刊書ではなく、刊行後1-2年経た本を主な対象にしている。 30名が読書にまつわる思いを書いている中身の濃い本である。 冒頭に出てきた荒川洋治のー基本という「本」−僕のジャンル別の『書き方』−の次の一節が面白い。 ーP-22 M・j・アドラー、C・V・ドーレンの『入門本を読む本』(外山滋比占、一九九七)は本を読む人のための、本だ。 「文学書」を読むときの心得は、「文学の影響力に抵抗してはならない」。たとえぱバリが舞台の小説を読みながら、 ロンドンだったらいいのにね、などと思わないこと。流れに身をまかせよ。それが読者の経験となる。 「文学の中に名辞、命題、論証を求めてはならない」。いうにいわれぬ「何か」を求めることだ、と。 またテレビやラジオなど外側の情報源は「突っかい俸にすぎない」。だから本を手放してはならないと、 「自分の中に精神的貯えをもたなければ、知的にも、道徳的にも、精神的にも、われわれの成長は止まってしまう。 そのとき、われわれの死がはじまる」。現代人への、警告である。・・・(中略) さて、ぼくは読みかたではなく、書きかた、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してみた。 「簡潔」を旨としたい。 《小説》自分がその件について書けることをすべて書く。 「自分がかかえている問題」が、いちばん重要な問題なのだと思って、つきすすむ。 《エッセイ》自分がその件について知ることをすべて破棄する。知識、情報、数字を出さない。 できあがったら子供や年下の人に見せて、意見をきく。「これでいいかなあ」 《評論》誰もが考えもしない視点をもちだし、「聞い」を突き出す。発表まで、決して人に見せてはならない。 《詩》自分のなかにある「権力」をゼロにする。言葉をも追い払う気持ちで書き、死後に託す。 生きている人の評価に耳を貸してはならない。 《短歌》五七五七七のうしろの七七にすべてをかける。自己の感情の充足を第一とすると、いい歌?になる。 《俳句》五七五のあとにまだ七七があるつもりで、しかし、途中でぶったぎる。意味が生まれては俳句ではない。 本当にこうなのかは、どうでもいい。「文学書」不況の時代には、基本的な事柄について、熱く議論することだ。 そうすれば目がさめる。ぼくもわたしも。 基本の中に、「本」がある。 ーー −以上だが、何とも迫力がある。 《エッセイ》で、自分の知ることをすべて破棄する!とは、凄い言葉である。 私など知ることを精一杯書いているだけでしかないから分かるのである。限界の先を書くから人を引き付ける。 また、ここで荒川は知り合った「学ぶ」学生5人組に共通点を挙げていた。 <彼らは雑記長を持ちある> <いつも本屋にいる> <風邪をひかない」の三つという。 風邪を引くのは甘いと思う!という言葉も重く響く。 何事もプロの世界は質量が違うということ。
・・・・・・・・・ 2007年10月27日(土) 2398, 20歳代 海外旅行離れのワケ
オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 先日の日経流通新聞のトップ記事の見出しが「20歳代海外旅行離れのワケ」であった。 時代の流れが、その時々の若者の気持ちを決めてしまう一つの事例である。 逆にいえば、この不景気の中、国家存亡の時期に20歳代に6割も海外に行っていること事態がおかしい!のである。 それと、やはり情報化が、この10年間に進んだこともある。 TVで世界中の映像を、こと細かく放送をしていれば、 未知への憧れも薄れてしまう。 さらにインターネットや携帯やゲームなど、旅行より面白そうなものが 手軽に手に入るようになったのも大きい要因だろう。 ーまずは、その要旨をまとめてみるー ・二十代の海外旅行は過去最大であった10年前の6割に落ち込んだ。 ・20代の75?が過去一年間に海外旅行に出かけていない。また、一度も出かけてない人が40?であった。 その理由として、言葉が心配が14?、何となく心配が10?。 ・一回の旅行代が25万で、「高い料金を支払った上に想定外の嫌な思いをしたくない」のが心の奥にあるという。 また3割が学生時代に旅行に行った経験がある。 仕事が忙しいが3割になっている。 「リラックスをするのが目的なのに、海外旅行は長期の休みを取りにくく、せわしなく行きたくない」という。 ・それより「リムジンを借りて遊んだり、ホテルで仲間内でパーティーを開いたりして楽しんだ方がよい」という。 また沖縄や軽井沢などを何度も訪ねているうち、「見知らぬ海外より、身近な土地をより深く知りたい」という。 最近の若い人は知的好奇心が減少しているのが特徴。 特に男に海外より温泉と預金という人がふえていて、 海外旅行は一度行けば充分! という風潮もあるという。 −− 以上が概要だが、時代がプアーになってきているのを若者は察知して、「高額+不快」な海外より、身近な「温泉・預金」 に目がいっている風潮。私のように、趣味の大きな柱にしているものにとって「若いうちに可能な限り世界を知っておくべき」 と思うが。 生活の重視が当面の問題という社会情勢からみたら、それも解る気がする。 この島国で年間1750万人、15%も海外旅行にいくこと自体が多すぎる。 それだけ良いから行くのだろうが、 若者の内向けの姿勢にも時代の変化を感じる。それより、日本が高すぎ! まだまだ、デフレで絞りこまないと! 特にサービス産業は! それとゼネコン! ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・・・ 2006年10月27日(金) 2033, 躁鬱病について −1 (。^0^。)ノオッ(*^○^*)ノハ〜 ヨウ! ウジウジしてる?
鬱病について、マスコミで取り上げられることが多くなった。 そもそも人間は軽い躁鬱症であり、迷ったり(分裂)、気分の浮き沈み(軽い躁鬱)は誰でもあることだ。 それがコントロール出来なくなって日常生活に影響を示すから問題である。 数年前に亡くなったが、ある取引先の営業をしていた人が躁鬱病で、十数年にわたり私のところに頼ってきていて助言を与えていた。 私の経験から、逆療法で辛らつに状況を本人に説明。 いつの間にか病院の先生よりも私のいうことを聞くようになり、 病気が出始めると私のところに先に来るようになっていた。しかし逆に躁の時はなかなか来ない。他の知人から様子がおかしいと 連絡が入り、しばらくすると奥さんから電話がかかってきて、「本人を私のところに行くように説得しましたから、お願いします。 とにかく医者よりも貴方の助言を信頼しています」・・彼の場合、躁鬱が定期的に2〜3年に一度は起き、5年に一度は 入院するほど重くなる。初めは躁になり、その後必ず鬱になるパターンである。しかし、よくぞ会社を首にならなかったものだ。 経験を重ねているうちに、まずは私のところに来て相談。重い場合は、自分から即入院のパターンになっていた。 その人も二年前に癌で亡くなってしまった。 亡くなるまで、「もし貴方の助言がいなかったら、 とっくの昔に会社を首になっていて、間違いなく病院の中だった」と・・・ 本来は書くべきことではないが。 という訳で、躁鬱に関しては身近に見続けてきたこともあり、熟知するようになった。 何度かの浪人生活を経験してたが、その時は鬱状態である。その都度、色いろの挫折経験によるストレスが原因で安眠が できない鬱々とした状態が半年はつづく。心はバラバラ、真っ暗闇である。その中で独りもがき苦しみ、 心や精神療法の本や宗教書を手がかりに、暗闇の穴倉から這いずり上がってきた経験を何度かしてきた。 腰痛もそうだが、「鬱」に関しても「独りで直してきた」強みがある。「孤独」を受け入れ、世間とかいう奴を却下に見えるまで 苦しんで昇華しないと、独力で「鬱状況」から脱却はできない。「正中止一点無」ー何が問題で、その中心は何であろうか?を、 とことん突詰めるのが、私の療法である。放っておくと、間違いなく菌が入り膿み、腐っていく。身体と何ら変わらないのが心である。 ところで老人の心は「うつ病」に酷似しているという。いや、それが当たり前だからこそ、病気とはいわない。60歳直後に おこる初老性鬱病は最後に病気として扱われるが、70歳過ぎれば当たり前の老人の精神状況としてしか扱ってもらえない。 まあ、去年の同日の日記に丁度つながるが・・ 「その人たちのために、初老性欝病があるんだから、恐れ群れてないでしっかりなるべきじゃないか、その病気に!」 病気は神からの贈り物である。効果は、その人の質によるが・・無理か!あれじゃ! まあ、まあ モーニングコーヒーでも! ーつづく ・・・・・・・・ 2005年10月27日(木) 1668, おい、どうすんだ、定年後!−2
定年になったら「囲碁とか、絵画教室、パソコン教室などに行けば!」と考えてしまう。が、もちろん彼らは何回か 行くが続かない。彼らは元仕事人間が多く、仕事の合間の自由の過ごし方は知っていても、自由そのものの扱い方を知らないのだ。 会社という縦社会の住人だったため心の鎧が自分を閉じ込めて裸の自分を曝け出せないのだ。趣味の会などの横社会には全く馴染めない。 しかし人間であるかぎり、共同体に入ってないと自分を保てない悲しいのが人間。共鳴してくれる相手を必要とするが、もはや 誰とも波長を合わせることが出来ない。そういう人達が、大都会のベッドタウンに溢れている。 2007年から団塊の世代が大量に定年をむかえる。高度成長期時代の騎士たちである。 右ならえ!という生き方しかしてこなかった、彼らこそ定年後のすごし方を知らない世代だ。 家では粗大ゴミ扱いされて、外の世界の生き方のノウハウが全くない。 電車の乗ると、働いていない自分が許せないのだ。サラリーマン時代の価値観から全く抜けきれないのだ。 群れているだけで、真の孤独を経験していなかったからである。 ーー ー以上が月刊誌の概略であるー 定年直後は首輪をはめた飼い犬が、家から放り出されて行くあてがなくウロウロしているようなものである。 そこで元の会社の肩書きなど、何の役にも立たないことを初めて思い知る。だからライフワークを長年かけて 構築しておかなくてはならないのだ。その暇がなかった大部分の都会サラリーマンにとって深刻である。 (字数制限の関係でカット 09年10月27日) ・・・・・・・・ 2004年10月27日(水) 1303, まさか、地元で大地震!−4
地震から、既に四日目をむかえている。あらためて周囲を見渡すと、思っていたより被害は大きい。 昨夜、一昨夜と、近所の家の電気が全くついてなかったのをみると、ほとんどの住人が避難していたのだろう。 近所では、あまり大きな被害は無いようだが、二軒先の家の玄関先が壊れていた。 やはり一番のショックは、新幹線の脱線事故である。200キロでよく大事故にならなかったものだ。本当に奇跡である。 これで、新幹線の安全神話が壊れてしまった。反面、40年間も死亡ゼロというのが、奇跡に近いといってよい。 これだけ全国に新幹線が張り巡らされていて、走行中に大地震にあわなかったものだ。そう震度6の地震も無いだろうが。 あれだけ大きい石灯篭が倒れるなら、墓石も倒れているのではと寺に行ったが、見た範囲で倒れている墓は一つも無かった。 どうして墓石は倒れないのだろうか不思議である。数百年の知恵が入っているのだろう。 昨日、何時ものコースを散歩をした範囲では ・土手の大小の橋の全てに亀裂が入っていた。橋の交通止めは一箇所(段差が30cmのズレ)、 注意書きがあったのが数箇所、アスファルトで臨時に修正してあるところが三箇所もあった。 ・道路は所々に亀裂が入っており、地震の大きさを物語っていた。 ・家は、少し壊れているのが目立つ位で大きな崩壊の家は無かった。 ・近所のソフト・ハウスでは、ガレージに事務所内の壊れた棚や机などを出して、修理をしていた。 今回の地震は全ての家庭、事務所の内部が破壊されたのが特徴である。 家内の数人の友人の家は、全てひどい状態。新潟のマンションに住む知人の家は殆ど被害は無かった。 近くにある坂之上小学校の避難所はどうなっているのか、散歩のついでに行ってみた。受付で名前を書いて、 横に積んである毛布をもらって、体育館の空きスペースに座る。何か花見の場所取りをしているようである。 夜になると人で満杯になっるという。受付の人に「まだ余裕はあるのか?]、と聞いたら、「ある}と言っていた。 昨夜から今朝にかけて2度、震度2〜3の地震があったようだ。今日は、新潟に行く予定だが、どうなる事やら。 高速バスは2〜3時間かかるという。ー随想では、こういう内容を「生もの」という。もっと具体的に、気持ちを正直に 書いておくべきなのだろう。 めったにない体験なのだから。
・・・・・・・・ 2003年10月27日(月) 936, 角栄の怨念 ーこの選挙の面白さ! −字数の関係でカットー2007年10月28日 ・・・・・・・ 562, ある時間の断片ー7 - 2002年10月27日(日) 1968年 9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。 そして八王子のセミナーハウスへ。 近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。 思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。 メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。 宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。 空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。夜から早速議論をはじめる。 課題は「遊び」だ。 「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」 私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊びー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。 何かポイントが外れているようだった。 終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、 武澤先生がこられる。 その後夜半の12時半に寝る。 ー感想ー 日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。背景にベトナム戦争、大学紛争、 そして高度成長期の真っ最中でもあった。歌も二度とこういう時期は来ないというほど名曲が生まれていた。 その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、 大阪のメリヤス問屋に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という禅寺に一ヶ月にも行っていた。 そして自宅に帰った後の日記である。学生時代の十数年間の総括の時期であり、また新しい世界への旅たちの直前であった。 この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。色いろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でもあった。 寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。 そういう意味で大学時代に恵まれていた、 当時はその事に気が付いてなかった。寮に、ゼミに、教授に、クラブに、友人に恵まれていた。 赤面する場面は当然カットして写している。 大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論をする事、 自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、戦略的思考をする事など数えればきりがない。 人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。 ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー 父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。 友人が吹き付けるようによって来た。一人になれないのが悩みでもあった。 あの孤独の都会生活で最後には友人が吹き付けるように集まったのは、本当に良い青春の思い出の財産だ。
・・・・・・・・ [200] 月刊ー文芸春秋 2001/10/27
今月の‘文芸春秋’の内容があった。 イスラエル旅行から帰ってきら、毎月読んでいた‘文芸春秋と週間誌’を買わなくなった。嘘みたいだが本当の話である。 ‘図書館で読めばいい’に変わった。あまりにも旧約聖書の世界が生々しいのだ。今更そんなえげつない現象など 如何でもいい、軽い話でしかないに変わってしまった。 2〜3月に一回買うか買わないかである。 しかし今回は違った!テロの特集で、内容はかなり悲観的に書いてあったが、買う価値は充分ある。 新聞で、インターネットで、TV でその意味はとらえていたつもりであった、かなりシビアにその意味が書かれていた。 (字数制限の関係でカット 09年10月27日)
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2009年10月26日(月)
「あいうえお言霊修行 」 矢山 利彦 (著) ー読書日記
図書館で、何気なく手に取った本。さっそくポストイットに書き写して、パソコンの画面の下に貼り付けた。 「ありがとう」を何万、いや何十万回か言ったが、最近は言わなくなった。 今度は「あいうえお言霊修行 」として、せめて一万回をいって見ようか。 以下は、アマゾンの ー内容紹介ーと 「カスタマレビュー」 《 言葉には気のチカラがこもっています。そのチカラを脳が感じているのです。 言葉には意味だけではなく、本当にチカラがこもっているのです。「うれしい」「悲しい」・・・。 そうした言葉の一つ一つを脳の深い部分が感じ、プラスとマイナスの言葉に振り分け、そのチカラを身体に伝え、 心の文様をつくっているのです。気がつかないかもしれませんが、「自分の口から出た言葉」「人から聞いた言葉」に、 私たちの身体と心はつねに反応しているのです。》 ーカスタマレビューで、ホボ7割方を言い尽くしているので、そのままコピーしてみるー 魔法の言葉では、五日市剛さんの『ツキを呼ぶ「魔法の言葉」』がある。 本書では、魔法のプラス言葉 【あいうえお言霊修行】として、『言葉が心を変え』『身体を変え』『人生を変える』方法が紹介されている。 ●この言葉は、(声に出して)1万回間違わずに唱えれば、確実に変われる強さがある。 ●途中でマイナス言葉を言ったら、振り出しに戻って【0:ゼロ】から、始めること。 [魔法のプラス言葉] ・「あ」は、「ありがたい」 ・「い」は、「いつくしむ」 ・「う」は、「うれしく」 ・「え」は、「エンジョイ」 ・「お」は、「おおらか」 [病気になる人、ネガティブ]な人に多い、 「が・ぎ・ぐ・げ・ご」思考及び行動 ・「が」は、「がんばる」 ・「ぎ」は、「義理・義務」 ・「ぐ」は、「グチる」 ・「げ」は、「原理・原則」 ・「ご」は、「ごまかす」 1万回間違わずに唱える行動に動くことで、人生は、積極的なプラス思考となり、いい方向に変わると考えます。 魔法のプラス言葉の第2弾です。 行動に動いて、損をすることはないでしょう。 ーー 指回しをしながら、親指から、あいうえお順に回しながら言うのも良いだろう。 栗田昌裕の指回し体操で「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」というのがあった。 一時、中年の人が彼方此方でしているのを見かけたが。 良いと思ったら何でもともかくしてみることだ。 でも、一万回も、言えるかな? まあ、パソコンの下に貼り付けてあるから、それだけでも良いか? 「がごぎげご」か〜、社民党の女党首が、これ! いや他人事じゃないか〜 そのどこが悪い!とも言えるが。 世界は娑婆娑婆! だもの。 ・・・・・・・・・ 2761, 金融危機・中国からの視点 2008年10月26日(日)
産経新聞の【ちゃいな.com】という産経新聞・中国総局長・伊藤正のコラムが、面白い。 中国も、社会主義が抱えている汚職と、一党独裁の矛盾が噴出。更に米国の金融危機の余波を受けている。 やはり米国同様に、これから10年間は動乱になる可能性がある。 その中国の置かれた現状が先週の産経新聞の一面に掲載されていた。まずは、その内容から・・・・ ーーー 中国が毛沢東の革命路線から改革・開放路線へ転じ、経済発展へスタートを切ったのは1978年12月。 この歴史的転換の主役、トウ小平副首相(当時)は翌1月、外交関係を正常化した直後の米国を訪問した。 トウ氏は経済発展には対外開放が不可欠で、そのかぎは対米関係にあると考えていた。 トウ氏の外交顧問で訪米に同行した中国の米国研究の権威、李慎之・元社会科学院副院長が、 なぜ対米関係が重要なのか問うと、トウ氏は明快に答えた。「米国についていった国はみな富強になったではないか」 このエピソードは、先に連載した「トウ小平秘録」でも紹介したが、このとき、トウ氏の頭にあったのは、 米国市場で巨額のドルを手にした日本だったろう。 実際、過去30年間、中国は米国を最重要の経済パートナーに、 対外貿易を振興、急成長を続けてきた。 中国式発展方式の特徴は、安価な労働力を武器に外資を導入、「世界の工場」として輸出で外貨を獲得することにある。 特に対米貿易は米側統計では数年来、年2千億ドル超の出超を続け、世界一の外貨準備高(約1兆8千億ドル)に寄与している。 中国の非公式統計によると、中国の国内総生産(GDP)に占める対外貿易依存度は約70%と異常な高さで、 今般の米国発金融危機の影響をまともに受けそうなものだが、「直接的影響は小さい」と指導者も専門家も冷静だ。 香港の中国系紙「大公報」は「地球的(金融の)嵐の中で、中国はまれな楽土、安全島」と評し、 「英米の自由放任金融方式の終わり」「米国の金融覇権の没落」によって、中国の発展に「世紀のチャンスが訪れた」 と勇ましい。 どんなチャンスなのか。 中国は日本と並ぶ5千億ドル余の米国債はじめ1兆ドル超の対米債券を保有する。今後予想される米国債追加引き受けを含め、 中国は米国に対する発言力強化をバックに、米国の各種の「理不尽な要求」をはねつけることが一つ。 (字数の関係でカット、09年10月26日) ・・・・・・・・ 2007年10月26日(金) 2397, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー4 (*´・ω・)ノはよー ここで彼が述べていることを野生動物のファミリーとみれば理解しやすい。 父親の役割は子供をつくり、餌を取ってきて、メスと子供を外敵から守る。 これは全ての動物の自然の姿である。 万物の霊長たる人間様は動物とは違う!というが、 その万物の霊長とかいうこと自体、自惚れではないのでは?と、吾身や社会を省みて思わざるをえない。 それと歴史・・・ 父親は父性、母親は母性の役割があるる! 変態と知能指数の低いのは 別だが・・・ これは世界の何処の社会でも同じことである。一番おかしくなっているのがアメリカと日本! 戸塚宏の次の内容は、現代日本の家庭崩壊の根本問題を指摘している。 当たり前のことが当たり前でなくなっているところに問題の深さがある。 −−−−− *父性と母性*
こうした小学校時代の教育には、父親の力が不可欠である。 父親が家の方針を決め、母親がそれを補佐する形が理想だ。この形を維持すれば、 子供は父親の言うことを聞くようになる。実はヨットスクールに来る子供たちの 家庭は例外なく父性が弱い。酒鬼薔薇聖斗事件でも西鉄バスジャック事件でも、 犯人の家庭では、父親が弱かった。男女どちらが優れているという話ではない。 役割が違うのだ。「家庭内での男女同権」を唱える人がいるが、家庭で母親が父親 並みの権力を持って何かいいことがありましたか、と問うてみたい。 無論、何もいいことはないのである。 私は、父親がなすべきことは四つあると考えている。 一つは、子供をつくること。 二つ目は、餌を取ってくること。 三つ目は家族を物理的に守ること。 四つ目は、国を守ることだ。 いきなり愛国心とは、面食らうかもしれないが、父親に愛国心がないと子供は不安になるのである。 自分の数々の経験からこれは間違いない。人間は群れをなす動物で、男は時として群れのために命を投げ出すことがある。 これは男の本能だ。男は強くなろうとするが、それは自分のためだけではなく、群れを守るためでもある。 群れを守ろうとする気持ちが強い人は、父親が強いのである。子供たちも己を捨ててチームや社会、国のために 働くヒーローが好きだ。漫画やテレビなどでもそういうヒーローものにひきつけられる。 男の子は本能的にそれを知っているのだ。いまの日本は、男性が女性化して守ってもらう側になっていることも珍しくない。 群れを守るどころではない。これも教育の悪影響だ。戦後、男に与えられていた責任感が激減したから強くなれなくなって しまった。女は本能的に保護を求める性だが、男が頼りなければ、女が強くなっていくしかない。 しかし、母親はよほど自覚的にならない限り、子どもを強く育てることはできない。 たいていは子供が素直で勉強ができれば、満足してしまう。それではひ弱な偏差値秀才ができるだけだ。 少なくとも群れを守ろうとするような男の子は育てられない。そろそろ男の論理を家庭にも社会にも取り戻さなければならない。 もっとも子供の教育に関して、家庭でできることはそんなに多くない。人間教育について親がやれることは限られている。 親は、子供に安心して帰れる場所を作って、外に送り出しさえすればいい。外で子供は人間性を高めるトレーニングをしてくる。 しかしトレーニングというのは厳しい。まいってしまうことだってある。そのときに帰って安らげる場所、 安心できる場所としての家庭を作ってやることだ。子供はそこで安定する。それには母親とともに、強い父親が必要なのだ。 進歩とは、自分の価値があがることである。価値を獲得すれば、本能的感情としての喜びが生じ、この喜びから 理性的感情の幸福、感謝が生まれる。感謝は人から与えられたときに生じるが幸福は自分で獲得したときの感情である。 だから幸福になるには、自分の力でするしかない。子供たちを幸福にすることとは、進歩させる力を教育によって 身につけさせることである。いまの教育は、その根本を間違えている。進歩させる力を育てるどころか、奪っているのである。 ーーーー 家庭がシッカリしているということは、それぞれの役割分担が、あるべき姿であるということである。 父親や、母親になってない両親の子供は、欠陥が出て当然である。それぞれが違う家庭文化を携えて新たな家庭をつくるのは、 簡単なことではない。何処かに歪みが出て当然、しかし、こと子供教育は最低の知識と常識が求められる。 「こころの旅」や、この戸塚宏の本などが「そういう子供」をつくらないためにも お勧めである。 「エッ!もう、遅い」 失礼しました。 SeeYou**(○´ω`○)ノ ・・・・・・・・ 2006年10月26日(木) 2032, 「私」のための現代思想 −16 おはよ〜!(~O~)ふぁ・・ さむい!
*以下の部分には深く考えさせられた ー私たちのあらゆる行為や価値は《私》によって支えられるものでしかなく、さらに《私》は<他者>によって支えられています。 そうされることで、この世界で確実なものになります。<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生する。 また《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、<世界>を構築していく上での基本的な要素であるという。 ・「私」が、<他者>に「呼びかける」ことによって、その<他者>において、《私》の存在の引き受け」が発生。 ・また「他者」の呼びかけに応じることは、相手を引き受けることになる。 ・<他者>を‘もてなす’ことによって世界は広がっていく。 人に呼びかけ、呼びかけに応じ、 そして他者をもてなすこと、これが世界を大きくすることということだが・・ 何か一番私にかけていたような気がするが、呼びかけ、呼びかけに応じることが、私の世界を大きくするということが・・・ 対象にもよるが、ライオンズ、ロータリーにでも入ることも世界を広める意味で重要? その置かれた環境と状況の中で、それぞれの目的が自分に適うなら、それが自分の世界として適正な選択になるということか。 他者にも色いろある。 世界の大自然も他者である。自分が関係する事物、人物すべて他者である。 情報を取るプロセスで、対象からの呼びかけに応じていくのであるから。
ーーー 第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −? ー<世界>をつくるー *<世界>を引き受ける者として生きる
前にも述べたが、私たちのあらゆる行為や価値は《私》によって支えられるものでしかなく、 さらに《私》は<他者>によって支えられています。そうされることで、この世界で確実なものになります。 この場合の引き受けられ方には、愛するものとして、子供として、友人だけでなく、敵として、憎悪の対象としてなど様々です。 ここで<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生するということを思い出してください。「私」の存在(=《私》)は、 <他者>による呼びかけによって確実なものとなりますが、「呼びかけられた」側の「私」も、 必ず<他者>に対して呼びかけているはずです。 つまり、ここで「私」は、<他者>の存在を引き受けているということです。 こうした《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、<世界>を構築していく上での基本的な要素です。 その一方で、「私」を道具としてしか扱わない<他者>も存在します。この場合、「了解不可能な<他者>としてのあなたの存在」 を引き受けないというだけでなく、単に道具や装飾品や遊具としての認識しているだけの状態が現れます。 出会う人がすべて、充分に《私》の存在を引き受ける<他者>となるわけではありません。存在の引き受けには強度が存在し、 強弱があります。 《私》の存在が希薄であるとき、<私>の「超越確実言明」も希薄になります。 それは、《私》という「基盤」を失うからです。私たちは「共存の場」において、役割演技を行います。 (以下は字数の関係でカットー2007年10月26日) *^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye ・・・・・・・・・ 2005年10月26日(水) 1667, おい、どうすんだ、定年後!−1
ー「友達づくりサークル」に集う寂しい定年男たちー 私たちの世代も、そろそろ定年に入ってきた。そして耳に入ってくる話は、全く気力を失ってしまった男達の話である。 20年近く参加している、ある会に出席したところ、その会員の数名がシンポジュウムを開くパンフレットを配っていた。 何か私には積極的に勧めてはいなかったようだ。私にとって今さらの内容ということを知っているからだろう。 「定年後の生き方、過ごし方」がテーマだったが、彼らは何を言おうというのか? ところで先週の土曜日、図書館である月刊誌をみると ー「友達づくりサークル」に集う寂しい定年男たちー というレポートがあった。なかなか面白い切実な問題だった。 ーその内容といえば、 あるビルの一Fの焼き鳥屋に午後5時を過ぎると、20人ほどの男たちが焼き鳥を分け合いながら酒を飲んでいる。 「船橋市時活村」のメンバーだ。地元の友達のいない、熱中できる趣味のない、ボランティアをするでもない、 行くあてのない定年退職者が、居場所と仲間を求めて集う。1996年から9年経つという。 村民は現在、280名を数える。 地元に根っこのない、ベッドタウンを中心に住んでいる連中だ。会社を辞めたあと、家の中でゴロゴロしている人達である。 年代は50代後半から70歳位まで。そこでは自己紹介をする時、どこどこに住んでいる誰さん位しか紹介しない。 二時間もしないうちにお開きなる。 一人平均1500円だった。 ・入村料は一万円、年会費5000円(二年目からは3000円) ・昼は20種類位あるゲームの何かをするスポーツ関係が多い。 ウォーキング、親父の料理講習会・・・ ・夕方になると、焼き鳥屋に集って酒を飲む ・ほぼ毎日おこなわれている ・退会者は現在のところいない −つづく ・・・・・・・・ 2004年10月26日(火) 1302, まさか、地元で大地震!−3
その時は、「震度6の地震とは、こういうことか!」という思いと、 「神戸ほどでないな!」、「性質(たち)の悪い地震ではない!」と考えた。 それと同時に「「新幹線大事故の可能性が大きい」と、心配になった。 新幹線の不通は会社(ホテル)の経営に直ぐ跳ね返ってくる。震源の近くを200キロで走っていれば、当然大惨事になる。 時間から考えると、当然可能性がある。(私が乗っている新幹線の時間帯からみて、その辺にいるはずであった) 下りの‘とき’が震源地を200キロで走っていたと、その後知った。脱線で済んで本当に良かったというのが実感。 大事故なら数ヶ月は復旧しないだろうから、経営にとって大問題になる。もしかしたら、一週間程度で済まない可能性もある。 専門家の話では、「この程度で済んだのは奇跡に近かった」とか。百数十人の生命が奇跡的に助かったのだ。 あと数分ずれていたら、対向車の新幹線が衝突した可能性もあったという。当分は、この地震のほとぼりが済むまで 新幹線の乗客は激減するだろう。 昨日の株価が下がったのも、景気に台風と地震が景気に少なからず影響を与えると 読んだからだ。本当に他人事ではない、今週の宿泊は半減するだろう。話は変わるが、母が亡くなって初めて、 たまたま仏壇周りの両親の写真と、遺品を整理した日に大地震が起こるのも何か因縁めいている。 「その時間に、引きつけられて整理をしたのだろうか?」と考えてしまった。 葬式用?の大きなロウソクも、 ついでに倉庫にしまった。それが、その日のうちに必要になるのも因縁めいている面白いものだ。 仏壇の中のモノが(地震で)全て外に投げ出され、石灯篭が全て倒れるのだから、因果に結びつければ、亡くなった両親が 怒ったと思ってしまうのも仕方がないか。歩いて数分の長岡高校と、長岡大手高校の前には多くの自動車が停車をしていた。 避難をするために駐車しているのだが、何か非現実的な思いである。私も自宅に電気が通じてなければ、 近くの避難所に行っているか、新潟のホテルで過ごしているであろう。 やはり危ない事態なのだろう。 数時間前の深夜、震度3〜4の地震があった。まだまだ予断は許せない事態である。
・・・・・・ 2003年10月26日(日) 935,『年収300万時代を生き抜く経済学』 森永卓郎著 (光文社) (字数の関係でカット、08年10月26日)
・・・・・・・・ 561, ある時間の断片ー6 −2002年10月26日(土) 1968年 9月18日 8時10分前に起床、すぐに学校に行く。夏休みあけ後久しぶりだ。 事務管理を聴講後、石川、奥野など5人と池袋の駅近くの喫茶ウイーンで話をする。 それぞれが自分の道や将来を模索している姿が自分と重ねって、独自性が逆に見えて面白い。 その後いったん寮に帰る。6時半に新宿の紀伊国屋で待ち合わせる。 歌舞伎町のB&Bで飲む。3人で6000円で高いが気分が高揚をして面白い。 その後三浦というスナックに行く。以前と変わってないが家庭的雰囲気である。 何とかという以前店で顔見知りの女性と踊る。ここも面白い、3人で3000円であった。 奥野が気分が悪くなり、急遽自分の部屋で3人で泊まることになる。私は帰省中の佐々木さんの部屋で泊まる。 ーーー 1968年 9月19日 翌日も三人で午後の3時までいろいろの事を話をする。 何か今日も予定どうり卒論が書けない。頭の中に最近熱中して読んだ、精神論の言葉が駆け巡る。 言っていることと、やっていることと違いが大きすぎる。ファイトファイト、自分の潜在の力よ!! 9月20日 (字数の関係でカット、09年10月26日) ・・・・・・・・ [199] トレード.オフ 2001/10/26
トレードとは野球のトレードである。5名トレードすれば、5名首を切らなくてはならない。これがオフである。 ビジネスホテルのもっと合理化できる業態を考えた。カットできるもの、和室、会議室、ツウィンである。 そのぶんシングルの部屋数をとる。これがトレードオフである。 ホット商品を早くコストカットして、安く、大量に生産、売り抜ける。 その時まずやるのが、トレードオフである。まずはこれが基本である。 (字数の関係でカット、08年10月26日)
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2009年10月25日(日)
知っているようで知らない「法則」のトリセツ 水野 俊哉著 書店や図書館などのビジネス書に記載されている「法則」がカジュアルに面白そうに編成してある本である。 分類が「職場の法則」「仕事の法則」「ビジネスの法則」「勉強の法則」「心の法則」「成功本の法則」と分かりやすい。 160冊以上の書籍からコンパクトにまとめた人生の取り扱い説明書にもなる。 40年以上かけて多くの原理原則の書物を読んできたが、ここで初めて知った法則が次から次と出てくるのには驚いた。 この年齢になって今さら原理原則の勉強でもないが、人生の節々で多くの「法則」で、救われたことは度々である。 また知ってはいたが、注意を払ってなかった法則がコンパクトに核心だけが書かれていると改めて納得する法則もある。 それが、この本の題名「知っているようで知らない「法則」ということ。 ここで、新たに面白そうな「法則」と、キーワードを考えてみる。 ーブルーオーシャンとレッドオーシャンー * ブルーオーシャンとは、競争のない穏やかな海のイメージであり、独自の市場=ブルーオーシャンを切り開くことで、 さまざまなメリットを享受することができる。一人勝ちのメリットである。 * レッドオーシャンとは、既に過当競争でマーケットシェアを奪い合い、際限ないコスト競争に突入してしまった市場で、 過当競争で赤い血に染まっている海のイメージをいう。時代の変わり目には海の潮目は赤色に変わるもの。 独自の価値基準を創って顧客に圧倒的支持を受けているのがブルーオーシャンの世界である。 しかし、他社が参入してある日突然にレッドオーシャンになる可能性がある。 最近のブルーの例として、任天堂のWiiや、 独自のサーカスの世界を切り開いたシルク・ドォ・ソレイユがある。 また、普段着に絶対的な価値を見出していったユニクロ、 そして家具のニトリ、イタメシのサエゼリアも、そのうちに入る。どれもこれも、レッド・オーシャンの中から、 新たな真空地帯の世界を切り開いたもの。 ホームセンターが30年前に日本で発生したころ、セミナーで隣に座った 社長の言葉が忘れられない「別に新しい商売ではない、郊外型の金物屋と割り切り、スーパーのマネをしただけのこと」 当時のホームセンターは、まさにブルーオーシャンの世界であった。 原理原則を知っていても、その応用というと知識を知恵に換えなくてはならない。地頭が使えるかどうかの問題である。 何か「知恵足らず」とは、自分のことに思えて仕方がない。 「勘定たって金はなし」ということか。 まあ、いいか! つづく ・・・・・・・・・ 2760, 閑話小題 2008年10月25日(土)
*毎日が薄氷の上 9月の半ばから、恐慌前夜の重い雰囲気である。 日経平均も、三ヶ月で40%以上も暴落、何と7600円まで下がってしまった。 ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っているのだろう。 この結果どうなるのか? 倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。 それで済めばよいが、数年以内に大小の半分以上の事業所が倒産、廃業だろう。 何か考えただけでゾッとする。それにしても、大津波、世界中を押し流しそうな勢いである。 ー以下は、一年前と現在の比較である。これからみると、まだまだ経済破壊は序盤ということが分かる。 (2008年 10月22日現在) 2007年10月24日 2008年10月22日 ドル円 114.10 97.70 ユーロドル 1.42 1.27 ユーロ円 162.80 124.70 NYダウ 13,675 8,519 米国債(10年もの) 4.3% 3.5% 原油 87.10 67.48 金 757ドル 724ドル 日経 16000 8500 ーーー *アクアラインが1000円に 私のゼミの一年後輩の松下さんが、《道路経済学》とかいう本を出版。その中で川崎市と木更津市を結ぶ、 アクアラインの通過費を1000円とか、2000円に値下げをする運動を起こしていた。 ところが、数日前の新聞で自民党が景気喚起のため、1000円に値下げを決めたと報じていた。 三年ほど前に、彼から電話があり、「新潟市を活性するには如何したらよいか?」と相談して、 新幹線を日本海の海辺にある飛行場まで延長させて云々から、大和総研と共に会を開いた人である。 私が、案までで、それ以上深入りを拒否して、そのままになっていたが・・・ 三ヶ月ほど前に彼から電話があり、民主党から参院の調査会に呼ばれ、意見を述べてきたと、 嬉しそうな声で話をしていたが、でも彼も良かっただろう。 −−− *台風の来ない年は珍しい (字数制限の関係でカット 09年10月25日) ・・・・・・・・・・ 2007年10月25日(木) 2396, 白い壁とドア オハヨォ… 「生」と「死」のイメージを詩的に書いてみた。 −− 私の生のイメージ、それは白い四角の立方体の壁に囲まれている空間。 十数年前に一度、そのイメージをリアルに持ったことがあった。おそらくは、この白い箱の中の壁の何処かに 見えないドアがあって、ある刹那に、その外に放り出されるのである。白い立方体は生に囲まれた日常である。 その意識下の見えない死へのドアがあって、一度出てしまったら、二度と箱の中には戻ることは出来ない。 白い箱の外は、無。 大きな黒い無限の中で、小さな箱はチリのような存在。いつか、その白い壁が開いて、 その虚無の真っ只中に放り出される。それがスグ明日かも知れない、それとも20年、30年先かもしれない。 その一瞬、白い壁と黒い虚無の狭間で永遠を見るのだろうか? それは歓喜だろうか、それともただ寝入る瞬間のようだろうか? そういえば寝入る瞬間を感じ取ったことがある。「アッ!」という間の一瞬であった。 それを言葉でいうと、数千秒の一のプツンという刹那のよう。 ーー 以上だが、このイメージにピッタリの詩を見つけた。死の際にたった魂の叫びが詩の奥から聞こえてくる。 ドアの前に立つと、こんな声が聞こえてくるのだろか!それとも「おらは死んじまった」の歌声か。 中島義道ではないが、いずれ誰もが直ぐにドアの前に立たされる。 ーー 暗やみの中で一人枕をぬらす夜は 息をひそめて 私をよぶ無数の声に耳をすまそう その果てから空の彼方から 遠い過去からほのかな未来から 夜の闇にこだまする無言のさけび あれはみんなお前の仲間達 暗やみを一人さまよう者達の声 沈黙に一人耐える者達の声 声も出さずに涙する者達の声 ー ブッシュ 孝子 (30年前に28歳で逝った女性の詩である。) o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪ ・・・・・・・・・ 2006年10月25日(水) 2031, 「私」のための現代思想 −15 (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん! 前・評) 人間は「生きること自体が『緩慢なる自殺』である」と言ってしまえば、それまでだが、 戦争もある意味では集団自殺ともいえる。 いや集団殺戮の方が正しいか? 《私》にとっての「超越確実言明」を守るために死ぬことも、時にとって必要なのかも知れない。 人間の最後に残された自由へのジャンプとしての自殺もある。自殺にも正しい自殺と、正しくない自殺があるという。 自分であるために死ぬ、それもイスラエルのマサダの砦の集団自殺のように、自殺厳禁のユダヤ教徒の自殺なのだから 意味も深い。この場合の自殺を正しくないとは言い切れるだろうか。誰の目にも明らかな自殺に「子供の道づれ心中」がある。 子供を自分の所有物と思いこんでいるから、暴挙にでるのだ。自殺をするには、それなりの理由があるが、やはり 「自殺は決して許されるものではない!」のは、道理である。 それが永遠の自由のためにといっても! ーー 第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −? *正しくない自殺* 正しい、正しくない自殺というのも変なものだが、それでも「正しくない自殺」は、誰の目にもハッキリしている。 それを象徴するのがインターネットで知らないもの同士を募り、複数の者達が一度に命を絶つ「集団自殺」である。 彼らは「死ねば楽になる」という「誤論理」で揺らいでいるので、その揺れを止め、自殺を遂行するために、 <他者>による引き受けを必要としている。この場合、普通の他者の共振を受けることもできるが、集団自殺志願者は その人たちの《私》を嫌います。 その人たちの《私》は自らの「超越確実言明」を守る方向に走るからです。 そのような呼びかけに答えてくるのは、同じく「死ねば楽になる」と感じ、死を決意している人たちということになる。 それはお互いの《私》の「非存在=存在の否定」を引き受けあうのだから。 「《私》の存在を引き受けてもらう」はずの行為が、「《私》の存在を否定すること」を通して行われるからです。 存在の引き受けは、「存在しつづけることを引き受ける」ことであるはず。 しかし集団自殺は、「ともに存在しなくなること」を引き受けあうになってしまうからです。 {解}死に際まで独りでは不安なので一緒に行こうという弱者の論理もなるほどと思わないでもないが・・・ 「死にたいやつは死なせておけばよい」と同じ意味で彼らは「死にたいのだから勝手に死なせて」というレベル。 壊れたラジオは自分地震で自らを直すことが出来ない・・この本を読むまで、自殺について考えたことがなかった。 しかし考えれば考えるほど、自殺を否定できなくなった。 自殺を否定したのは、 「支配階級が最下層の働き手のロスを最小にするためにつくり上げた価値観でしかない」という論もある。 ーー *正しい自殺* 正しい自殺とは、一回性の人生で、闘いぬき、他の物語を時間の許す限り試し、その結果としてギリギリの判断において、 「死ぬことによってしか、<私>が<私>でありつづけることができない」と考えるとき、それは「正しい自殺」 となるということです。これは「名誉のための死」とか、「誰かのための死」を称揚するのではなく、 あくまでも「<私>でありつづけるために死ぬ」ということである。 ーーー 後評) 正しい自殺かどうか判断できないが、イスラエルで初めて知った「マサダの砦の集団自殺」である。 マサダ砦は、死海の西南にある要塞。ヘロデ王の建てた離宮だったが、70年のローマに対する反乱時、 過激派のユダヤ教徒が最後の砦として篭城したが、ローマ軍によって落とされ、その後2000年間、 ユダヤ人は流浪の民となった縁の地である。ケーブルカーで頂上まで上がるとヘロデ王の宮殿、サウナなどが残っている。 一世紀、ここを要塞にして戦ったユダヤ教徒約1000人は2年の篭城の後、ローマ軍に侵入される直前に集団自殺を遂げた。 下を見下ろすとローマ軍の陣地となった場所がくっきりと見え、攻撃のため砦に向かって積み上げられた人工の山が残っている。 その完成の前日、女子子供数人を残して集団自殺を決行した。「奴隷になるよりも死んで自由を」という言葉が、有名である 現在イスラエルの新兵の入隊式はここで行われるという。この集団自殺が正しいかどうかは、歴史が判断するのだろうが、 意味の無い集団自殺ではない。肉体的な苦痛から逃れる自殺も、ある意味で容認されてよい。肉体の死によって、 肉体の耐えられない苦痛からの避難になる。現在の社会は、その死を認めていないのは明らかに誤りである。 苦痛の緩和の体制ができていて、その上での話なら別。自殺の是非も含めて、全て根本より疑うことも必要なことだ。 \(^▽^*)バイ! ・・・・・・ 2005年10月25日(火) 1666, 日本のこれから 今どきの若者たち
先週の土曜日のNHKで、ゴールデンタイム19時半〜22時半まで三時間にわたって「日本のこれから 今どきの若者たち」 の討論がおこなわれた。 若い人は、何を考えているのだろうと興味を持って最後までみた。 私の場合、三十年以上も若い人を身近でみてきたこともあって、こんなものだろうという諦念があった。 若者、中年、芸能人、社長など多彩なタイプの人を集めたのが良かった。 一番印象的だったのは、ハンガリーの若い女性の意見であった。「私は社会主義国だったハンガリーの出身。 (字数制限の関係でカット 09年10月25日) ・・・・・・・ 2004年10月25日(月) 1301, まさか、地元で大地震!−2
この文章を書き出したと同時に、再び大きな揺れである。震度5強と予測して、TVを見たら5弱であった。 まだ、震度に対する体感には誤差がある。既に36時間も経っているのに、今も地震が現在進行形というのが 驚きであり、不気味である。 今朝の地震では、電気と水道が止まらなかったのが救いである。 一昨夜の二回目の地震は、揺れると同時に、電気が消えた。真っ暗になったので、まず仏壇前にあったロウソクを 皿に数本立て明かりをとる。地震が少し落ち着いた後、もう一皿に移動用のろうそくを立てた。 今日仏壇周りを整理して倉庫にしまった,大きなロウソク二本を取ってきて更に大きな明かりの確保をする。 その後、懐中電灯を探すがナカナカ見つからない。次に携帯ラジオを探す。両方ともあったが、今度は電池が見つからない。 それでも、やっと見つけ取りあえず居間の整理を始める。現在から考えてみても、冷静に対処していたようだ。 鉄骨の二階で、かつ座っている場所の空間に、危ないものが無いから冷静でいられるのだろう。 こう書いている現在また震度3の地震がおきている。慌てて、水の確保を思い立ち、鍋にポットに水を入れる。 (ゆれると同時に、サイドボードの前にいってドアを押さえている)その合間に、この文章を書いている。面白い体験である。 電気、水道と、ガスが全て止まると、全く普段の生活がストップしてしまう。 まず、水である。 トイレが使えない(風呂の水が当面使えたが)飲料水がない。(ジュースが5〜6本、ノンアルコールビールが10本あった) TVからの情報が途絶えた(携帯ラジオがあった) 食料はスナックが代用できた。感覚的には、一週間は代用で持ちそうだ。 近くの24時間スーパーに行ったら、閉鎖していたが、隣のドラッグストアーは店内散乱の中で営業を始めていた。 それでよいのだ、緊急時は。食品と、飲料水が飛ぶように売れていた。 40人位がレジに並んでいた。 地震から一時間もしないうちにヘリコプターの音がした。 報道か自衛隊か解からないが、発生と同時に準備をしなくては、 その時間に飛んでこれないから、その瞬時体制は凄いものである。昨夜は市民の4分の1の4万数千人が、 避難所に夜を明かしたという。電気も、ガスも、水道も確保出来ないのだから、それも当然だろう。 近くに住む兄が昨日の午後、訪ねてきたが、やはり家の中は足場も無いほど倒れたモノが散乱しているとか。 また、庭にある石灯篭も二つ倒れ、隣の家に入り込んでいるという。 つづく ・・・・・・・・・ 2003年10月25日(土) 934, 成果についてードラッカー
ドラッカーの言葉の中に「成果」という言葉が頻繁に出てくる。努力そのものでなく成果をあげることの重要性を説いている。 経営は理屈ではない、結果をいかに出すかだ。 成果能力を問われるのだ。 成果とは長期にわたって業績をもたらし続けることである。ドラッカーは人生の生き方を経営学を通して教えてくれる。 ーこの成果について、ドラッカーの本より抜粋してみるー ・「成果が自己実現の前提になる」 ー成果をあげる者は、社会にとって不可欠な存在である。 同時に、成果をあげることは、 新入社員であろうと中堅社員であろうと、本人にとって自己実現の前提である。 ・「自らの最高のものを引き出す」 ーまず果たすべき責任は、自らのために最高のものを引き出すことである。人は自らの持つものでしか仕事ができない。 しかも、人に信頼され協力を得るには、自らが最高の成果をあげていくしかない。 ・「成果をあげることは習慣である」 ー成果をあがることは一つの習慣である。実践的な能力の積み重ねある。 実践的な能力は、習得をすることができる。それは単純である。あきれるほど単純である。 ・「成果をあげるための五つの能力」 ー成果をあがるための実践的な能力は五つある。 第一に、何に自分は時間をとられているかを知り、残された時間を体系的に管理をする。 第二に、外部の世界に対する貢献に焦点を合わせる。 第三に、強みを中心にそえる。 第四に、優先順位を決定し、優れた仕事が際立った成果をあげる領域に力を集中する。 第五に、成果をあげるように意思決定をする。 ー以下は字数の関係でカット(2007年10月25日)
・・・・・・・・ 560, ある時間の断片 −5 - 2002年10月25日(金) 1968年ー9月15日
朝7時半に起床、食事の後に東京の寮に帰る支度をする。 裏の家で姉の正子さんと、帰省中の3番目の姉の優子さんと、甥の宗彦ームーチャンと写真を撮る。 12時5分発の第三佐渡に乗る。いやに長く感じられる4時間だった。青雲寮につく、懐かしいわが部屋だ。 市川さんが飼っているミケに子猫が2匹生まれていた。苦手だった先輩の河路さん、欧州行きが延びてまだ寮にいるようだ。 夕食後漫然とTVを見て過ごす。またマンネリとした寮生活が始まるが、もう残された学生時代の時間はない。 最後はちゃんとして卒業しなくては。 ー現在の感想ー 日記を書く習慣を持っていればよかった。それと写真をもっと多く撮っておけばよかった。 大学を卒業する前年の8月31日から翌年の2月半ばまでに半年間、気分が高揚としていたのだろう、 日記が残っていた。たまたま6年前に倉庫を整理していたら、その当時の教科書の一番下に隠すようにあった。 机の引き出しに入れて、読み返している、そして折々にこの随想日記に書いている。 一種の躁の状態の自分の気持ちがそのまま残っている。懐かしい本当に懐かしい! タイムマシンに乗って当時に帰ったような感がする。何も変わっていない自分が そのままいるのが奇妙といえば奇妙だ。社会に出るにあたり不安と希望に揺れているのが懐かしい。 結局私にとって学生時代が人生の縮図であったようだ。口泡を飛ばして議論をしていた青い時代があった。 ・・・・・・・・・・・・ [198] 天の広さ 2001年10月25日 * 井の中の蛙,大海の広さ知らず, この言葉の後の言葉をもじって‘井の中の蛙大海を知らず!されど天の広さを知る’ この後の「されど天の広さを知る」がいい。世間知らずの学者が考えたか? 「世間知りの、天命知らず」とも考えられる深い味のある言葉だ。 しかし両方でなくては (大海ー世間も天も知らなくては)所詮井戸から見た天しか知る事が出来ないのは当然の事だ。 それもこれも全て独り言でしかない、世間のことは自分の想像でしかないのだから。 * つれずれに (字数制限の関係でカット 09年10月25日)
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