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堀井On-Line
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2009年09月24日(木)
* 三つの願い
愛猫と二人暮らしの八十歳の老婆。天気がいいのでベランダで椅子を揺り動かしていると、 足もとにランプが落ちているのに気づいた。 それを拾い上げ、ほこりを払っていると、 ランプのの口から煙がふき出して魔法使いが現われた。 魔法使いは老婆に向かって語りかけた。 「わたしをこの世に出してくれたお礼に、あなたに三つの願いを叶えて差し上げましょう」 言われるまま老婆は願いことを口にした。 「若い娘に戻りたい」魔法使いが呪文を唱えると、 老婆は見る見うちに若い女性に変身した。 魔法使いにうながされて老婆は答えた。「大金持ちになりたい。 使いきれないくらいの金のある大金持ちになりたい」 老婆はたちまち宮殿の前にたたずむうら若い女性になっていた。 三⊃目の願いをうながされて、老婆は告げた。「この猫を八ンサムな王子に仕立てて欲しい」魔法使いが呪文を唱えると、 宮殿を背にしたうら若い女性の横に八ンサムな王子がにこやかにたたずんでいるではないか。 その夜、宮殿の寝室から老婆のため息がもれてきた。 「ああ、おまえさんに去勢なんかしなければよかった」 〜〜 「三つの願い ジョーク」で検索をしたら、多く出てきた。面白いのをコピーしてみる。 《 ある男が、森で妖精に出会った。妖精は言った。「どんな願いでも、3つだけ叶えてあげましょう。 願いを言ってごらんなさい」 男は表情も変えずに答えた。「…私は、叶えてもらう願い事は一つだけでいい」 妖精は、これほどまでに心の綺麗な人間は今まで見たことがない、と驚いて答えた。 「よろしい。あなたのたった一つの願い事を言ってごらんなさい」 男は答えた。 「何回でも願い事を叶えられるようにしてくれ」》 《 ハイキングに来ていた家族が山の中で道に迷った。歩き回っているうちにどんどん森の奥に入ってしまい、 とうとう夜になってしまった。 子供が泣きながら「神様、助けて」と言うと、森の神様が現れて言った。 「お前たちの望みを一つだけ叶えてやろう」すると父親がすぐに答えた。「私たち家族を、とても我慢強くしてください」 「わかった。その望み叶えよう」神様は杖をひとふりすると、闇の中へ消えていった。 神様が消えると、父親の意外な言葉にぽかんとしていた母親と子供たちが一斉に文句を言い出した。 「お父さん!どうして道を教えてって言わなかったの!?」「お父さん!ヘリコプターを出してって言えばよかった!」 「あなた!こんな森なんてどうせすぐに抜け出せるんだから、世界一のお金持ちにしてもらえばよかったのに!」 しかし3人はすぐ口を揃えて言った。「・・・って言いたいけど、我慢する」》 〜ジョークの世界は、捻りのあるミニ物語である。それも最後の一言の捻りの落ちで決まる。 その影響のためか? 私の文章も会話も、何時の間にか落ちをいれないと気がすまなくなっている。 で今日は・・・、ありません。 捻りのきいたジョークの後では無理! ・・・・・・・・・・・ 2729, 議論に絶対負けない法 −物語の力- 4 2008年09月24日(水) 「議論に絶対負けない法」 −4 ー読書日記 −物語の力- 物語を作るとは、争点に対して依頼者側の有利になるストーリーの筋書をつくることだ。 その筋たての準備に、可能な限りエネルギーを入れなければならない。 それを著者は全米で一番忠実に実行してきたので、全米一位の弁護士になったのである。 これは全てのことに言えることだ。 言葉の力は恐ろしい、言葉の中から光ってくるのは真実である。 以下の部分も、短い文章の中に、人生の要点が書いてある。議論の方法などではない、人生の生き方、 人生の筋書つくりと、それに対する努力の重要性が解りやすく書いてある。 p−172 法廷内でも法廷外でも、夕食を食べながらでもコーヒーを飲みながらでも、どんな場合であっても、 議論は一つのストーリーに変えることができる。議論には、そう、三匹の子ぶたへの家の同じように、骨組みがある。 オオカミに激しく息を吹きかけられて家が崩れ落ちるかどうか、吹き飛ばされるかどうかは、その家がどんなふうに 建てられたかにかかっている。すべての議論にとって最も強い骨組みは「ストーリー」である。 「さあ、お話をしましょう」 ストーリーを話すというのは、大昔から互いに教え合う大事な手段だ。 たとえば焚き火を囲む集まり。一族が皆、焚き火を囲み、目をまん丸にした子供たちが大人の後ろからのぞき込んで 一心に耳を傾けている。過ぎた日々の物語を語る長老の乾いた声が聞こえてくるだろうか。人々は物語から何かを学んだ。 サーベルタイガー(剣歯トラ)を取り囲んで殺す方法、はるか遠くの森でマストドンの王を仕留めた話、 そして長老がいかにして嵐を生さ抜いたか。愛の物語もあれば、特別な秘薬の発見の物語 隣の種族との恐ろしい戦いの物語もある。人間の知識はすべて、太古にはストーりーの形で伝えられてきた。 ストーリーを話す生きものは、私たち人間だけだ。ストーリーを話し、それを聞くという行為は、 人間という種と他の生物との最も大きな違いだ。子供のころ聞いた物語は大切な経験として心のなかに残り、 大人になった時に物事を判断したり決定したりする際の拠り所になる。 意識のなかにも無意識のなかにも永遠に植え付けられる。私たちが楽しむ映画やテレビドラマ・芝居・これらは高度に 進化した形のストーリーだ。一番効果的なテレピコマーシャルは、三十秒あまりの小さなストーリーだ。 ジョークも小さなストーリーだ。世に名を残たと偉大な教師はストーリーを使って教えた。キリストの讐え話もストーリーだ。 p−180 ストーリーの議論はなぜこんなに力強いのだろうか。それは人間本来の言語形態で語るからだ。その構造が自然だからだ。 話し手が「心の底」から、気楽に正直に力強く話せる。 興味をかき立てる。ストーリーは、どんな議論にも混入される 恐れのある「停滞」という名の最悪の毒に対する解毒剤なのだ。私たちはストーリーに心を動かされる。 ストーリーは、私たちが常に決断を下す、柔らかく無防備なところ、すなわち「感受性」に触れるからだ。 わりに作られる。自分自身に「自分は何を望んでいるのか」と聞いてみなさい。危険な道路を拡張してほしいという希望を 郡行政委員会に推し進める論題は「郡行政委員会には人々を守る義務がある」ということだ。裁判官に相手方の訴訟を 却下してほしい。論題は「相手方が訴訟を起こしたのは、裁判所が紛争に判決を下す前に、土地を略奪するためだ」ということ。 (字数の関係で中間カット、2009年09月24日) ・・・・・・・・・・ 2007年09月24日(月) 2365, ウィーン・コンサート、それが何!
ヾ(´∀`o)+。 オハヨウ ウィーンに在住の哲学者などというと、えらく格好良く聞こえるが、この哲学者にかかれば、何てことはない。 ウィーンに着いて早速、夫婦喧嘩をして妻に首を絞められたとか、ウィーンの新年のニューイヤー・コンサートに 日本からの即席の「お嬢様」がアホづらをして参加しているとか、辛らつである。 (こういう露悪者に好感を持てるのは自分がそうだから?)新年にNHKが放送するところから、それが恰も知的な ハイソサエティーな雰囲気をもたらすからである。しかし日本が思うほどオーストリア人は音楽には興味をしめしてない。 確かにオーストリアの観光コースにツアーで行くと、毒気に当てられ、何か音楽音痴は自分だけのように思うが、 現実は一部マニアの道楽でしかないと中島がいうから確かなのだろう。以前、北スペインに行ったとき、同行者が次の旅行は 「ニューイヤー・コンサートに行く予定になっていて、これで二回目」と聞いて、ハイ・ソサエティーの話と思い込んでいたが、 話を聞けば趣味の一つでしかないし、度々行くほどの事でもないことが解った。そんなものでしかないが、といって趣味 なのだからケチをつけることもない。しかし新年に限り、私もそのコンサートの番組だけは観ているが、 新年の荘厳な雰囲気は素晴らしい。 「狂人三歩手前」 ー中島義道著 ー妻との壮絶なバトル、くたびれ果てたー (字数の関係で中間カット、2008年09月24日) ・・・・・・・・・ 2006年09月24日(日) 2000, 継父 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。この随想日記2000回と重なるところが不思議である。 早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院まで オシメをすることがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。始めは時々切れてはつくが、 その回数が増えてくる。マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた悪口・陰口が始まる。 心が腐っていくのが手に取るように解る。マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。 亡くなって一月後になって、「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いてしまった。 両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。 第二次大戦直後に生まれたが、あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・ ところで母の命日なので供養として、母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。 そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。この話を故人になったが教育学者の 森信三さんが間接的に聞いて、「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、断ってしまった。 20年前で母が生存中なことと、それを多くのセレブの前で話すには自分が出来てなかった。 その時、是非話しておけばと悔いが残っている。母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。 (奇しくも昨日 TVのWOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ 転々とする筋書きであった)家が商売をしていたので残った母の母ー祖母は男後家をもらうしかなった。 そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。そこで何が起こるだろうか?この設定は、言わずもがなの結果になる。 義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。3人の末であった母に、特に虐めがいったという。 それが母のトラウマになってしまった。 さて墓参りだ! ーつづく ーー 書いた後に気がついたことだが、ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー) 次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。 (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年09月24日(土) 1635, 「イヴの七人の娘たち」
ーまずは、この本の概略を書いてみるー DNA研究から明らかになった事実としてヨーロッパ人のルーツが7人の女性「イヴの七人の娘たち」 にいきあたり、さらに現存人類は、全世界で33人の女性先祖に絞られるという。 アフリカが起源なので、アメリカインディアンとか日本人は、「辺境」になる。 我々はどこから来たのか? の鍵を握るのが、DNAである。DNAは我われの中にある古代世界からの旅人といえよう。 人類は皆、20万年前のアフリカ女性「イヴ」の子孫であるといわれている。 6億5000万人にのぼる現代ヨーロッパ人の母系祖先は7人の女性に分類できるが、この女性たちに名前をつけると、アースラ、 ジニア、ヘレナ、ヴェルダ、タラ、カトリン、ジャスミン。それぞれが「別の時代に、別の場所」で生活を送っていた女性たち。 ミトコンドリアDNAには、 (字数の関係で中間カット、2009年09月24日) 「イヴの七人の娘たち」( ブライアン サイクス 著 ) ソニーマガジン ・・・・・・・・・ 2004年09月24日(金) 1270, 母が亡くなって、まる八年! ー命日に, 母の魂に捧げる
今日の9月24日が母の命日である。まる八年経った。遠い昔のような気がする。 今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。母の優しさは、誰にとっても共通である。父の真の厳しさと、 母の優しさの深さを知るのは、自分がその年齢になって初めて解るものだ。世界広しといえども、母は一人である。 そして、ただ無条件で愛してくれたのは両親だけである。親の愛こそ、神の愛に勝るものである。 真実の愛は、親の愛がその原点にある。愛は力である。内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。 キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。人間形成は、10歳までの家庭構造と それを取り巻く環境ー条件でほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。 ー命日ということで、母のことを少し話してみるー 母は特異な家庭環境の下で育った。 兄一人、姉一人の三番目に生まれた二年後に、実父が亡くなってしまった。 そこで祖母は、(後妻でなく)後夫をもらった。その後、後夫の子供が4人生まれた。後夫は当然のことながら、 前夫の子供を徹底的に苛めた。特に一番幼い母が、その対象になった。祖母は後夫の手前、守ることも、 直接的な愛情を注ぐことができなかった。そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。 子供に対する扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。 それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。その結果、重度のノイローゼになった。 私が7〜10歳の時である。立ち上がるのに5年もかかった。その時、心臓が四分の一壊死してしまった。 (亡くなった後の解剖で分かった)その苦悩・苦痛の中から、神様のような優しさを持つようになった。そして強さも。 その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。 どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。 さあ墓参りだ! 23日 6時半ー ・・・・・・・・・ 2003年09月24日(水) 903, 「仏像の不思議!」
随想日記で多くの不思議について書いてきたが、仏像の不思議について書いてみる。ー度、少し書いた可能性があるが。 20年前のことだが、家内の実家の会社で毎年、倉庫でお客を集めて「お祭りを兼ねた展示会」を開いている。 お祭り・騒ぎ大好き人間として、時々レジャーを兼ねて遊びに行っていた。初めて行った時のこと、地元の古道具屋の出店で 仏像などを売っていた。多くの道具の中で、気になった象牙の仏像があった。精巧な彫りでかなりのモノであった。 半分冷やかしで値段を聞いたら40万円という。冗談で、15万円といったら、怒ってしまった。 「気が変わって値を下げるなら、家内の実家に置いていってください。お金は後で送金しますから」」といって別れた。 買う気は全く無かったのだが少し惜しい気持ちになっていた。ところが数日後、その仏像が請求書と供に会社に直接送ってきた。 そこまで下げるとは驚きである。 しかし気に入った仏像であったので、実際のところ嬉しかった! 何げなく仏像の台座の下を見て、背筋が凍る思いであった。家内と同じ「恵子」という作家の名前が掘ってあったのだ。 たまたま一緒にいた人も、その話を聞き、仏像を見て青くなった。「霊気が漂っている、すぐにお寺に収めた方がよい」 と忠告をしてくれた。確かにその仏像には、霊的な不思議な念が入っている感覚があった。しかし、今でも自宅にあり 「家内の守り本尊」?として大事にしている。 いくつかの偶然の一致が重なっただけの話だろうが、それにしても 不思議な出来事であった。ただ数珠が地震で倒れた際に欠けてしまったのが残念である。商品価値は三分の一だろう。 仏像といえば子供の頃、父から聴いた話がある。父が以前「高村光雲」の仏像を買ったら家で不幸があったという。 「いわく付き仏像」と聞いていたが、半信半疑で気楽に買ったという。 気味が悪くなって、すぐ売ったという。 ところが、それを売った家でも、不幸がおきて即転売したという。「仏像は気をつけて買わないと駄目である」と聞いていた。 −しかしこの仏像は悪い因縁モノでなく、守り本尊のようである。 仏像は彫師や、拝み手の念が入っている。 不思議なことがおきても何も不思議ではない。若い時は、不思議ということは殆ど無かった。しかし、歳を重ねれば重ねるほど、 不思議の経験を多く積むようになった。不思議としか思えないことが、あまりにも多くあった。 生きていると、思いの他の経験がドンドンおきてくるのだ。そして、そこに不思議な深い経験をする。 これが人生である。
・・・・・・・・・ 529、人の一生 - 2002年09月24日(火)
仏教説話でよくきく内容だが、怪獣?に追われて古井戸の紐につたわり下りようとすると、 ・上からはその動物が覗?込んでいる。 ・周囲の岩から蛇が首を出して狙っている。 ・下には大蛇が大口を開いて、落ちてくるのを待っている。 ・しがみついている紐を鼠が齧っている。 ・怪獣は現実。 ・周囲の岩から首を出している蛇は、四苦八苦などの病気悩み災害。 ・下の大蛇は死。 ・鼠は歳月ー死への。 ・紐は生命。 人間の一生を例えた仏教説話である。これからみると仏教は暗い不安な宗教ともいえる。また井戸は内面ー孤独。 ≪こういう喩えのストーリは如何であろうか?》 ー熊に追われ井戸に逃げ込んだら、そこは酒の涌く井戸であった。鼠や蛇がそこにいて、酒で酔っている。 好みの美人もそこで酔っている。この際自分も飲んでみたところ、その酒の美味いこと。あまりに美味いので 飲みすぎて泥酔してしまった。ふと外をみると追いかけてきた熊ー現実もいなくなっていた。 それまでの記憶をすっかり忘れて外にでると、いないはずの熊に食べられてしまった。 これ、酒で失敗した男の話でしかないか? 何回熊に食べられた事か???!
・・・・・・・・・ [157] 自殺 2001/09/24 09:49 NoName
ホテルオープン後10年で初めて自殺が出た。やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。 まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」 ‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。 その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。そのバスで怒りでそのドアを殴りつけた。 その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。ヤクザとか危ない客(私もそうか) が来るとその部屋に泊めるという。そして5年後再び自殺、そしてその2年後から毎年1人出ている。 朝7時前電話があると、ああまたか!ヤクザの脅しか自殺かと!最近ヤクザのそれはほとんどなくなったが。 「ヤクザは自動的にに3秒で‘暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事がマニュアル化してあるからだ。 これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」間抜けな流しのそれが来るが、すぐ青い顔をして出て行く。 今はもう止めた。最期の部屋に泊まって戴いて有難うと思うようにしている。 自殺の方法とその事情は当事者として詳しく警察から聞くことができる。 そして、それぞれの人生の深遠さに身も竦むことがある。見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、 お湯を一杯溜め睡眠薬とウイスキーを飲んで溺死。 もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。
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2009年09月23日(水)
一時期にジョークに興味を持って100以上を収集した。どれもこれも面白いものばかり。 ところが、ある時期から、これはという面白いものが無くなってしまった。 ハッキリいうと、ジョークは聞くほうに、それなりの素養が無いと笑いが生じない。 周囲には、その捻りの妙の可笑しさが解る人は極少?で、何時の間にか、酒席でも話すのを止めてしまった。 先日、借りてきた「続・ジョーク世界一」に、面白いものがあった。下ネタの、聖(ひじり)ものと、老婆もの。 最後の一言で落とすのが、ブラックものの面白さである。 それにしても久々にニヤリとした。 * 神の思し召し 医師と密会していた女性、やがて妊娠することに。困り果てた二人はいろいろ対策を考えたが、名案が浮かばない。 出産の日がどんどん近づいてくる。丁度そのころ、一人の神父が腸の手術をするため入院してきた。医師はひらめいた。 「神父の手術を終えたところで、赤ん坊が誕生したと言って神父に押しつけよう」医師に計画を打ち明けられたが、 女性は懐疑的だった。「それしか道はないんだ。やってみよう」 医師は女性の出産と神父の手術を同時におこない、 神父に向かって言った。「神父さま、こう言っても信じられないでしょうけど・・・」 「何だったね、何があったんだね?」問い返す神父に耳元に 「神父様のお腹に赤ちゃんが宿ってました。幸い赤ちゃんは元気です」 「そんなバカな。ありえない」「そのありえないことが起きたんです。わたしがこの手で取り上げたんですから、 間違いありません」「奇跡だ!」「ええ、奇跡です」 奇跡の言葉に弱い神父は`すべては神の思し召し′と、 結果を受け入れ、赤ん坊を連れて修道院へ戻った。 それから十五年経ったある日、神父は息子を呼んで語り始めた。 「おまえも十五歳になったんだから、わたしは真実を語らなければならない。実は・・わたしは、おまえの父親ではなく…」 「何なんですか?」「母親なんだ」驚いた少年は問い返した。 「じゃあ、お父さんは誰なんですか?」 「これは絶対に内緒だぞ。おまえの父さんはとなり町のあの大きな教会の司教さま・・・」 〜〜〜 解)ジョークの批評も野暮だが・・。 医師の不倫と、神父への冒涜、更に神父同士の男色の捻りまで入っている。 最後の一言で、一瞬でブラックの笑いに誘い込む。 私のストックの中の「聖職もの」としては、次のものが面白い。 《 *旅たち* 修道院から、少女たちが旅立とうとしています。女性院長がはなむけの言葉を贈ります。 「いいですか。修道院の外には危険がいっぱいです。一番気をつけなければいけないのは、男という生き物です。 あなたたちにお酒や食事、お金をくれるのと引き換えに、あなたたちの服を脱がせ、とんでもないことをします」 「院長。男って、そういうときお酒や食事、お金をくれるんですか?」「そうですとも」 「でも院長。ここの司祭さまはクッキーだけでしたよ」 つづく ・・・・・・・ 2728, 議論に絶対負けない法 −3 2008年09月23日(火) 「議論に絶対負けない法」−3 ー読書日記
物語になるまで、筋書きに対する準備に徹する、それも楽しんでやれるかどうかである。 以下は、この本の一番好きな部分である。成功のノウハウが、この部分に全て含まれている!と、 いってよいほど。この天才的な弁護士が百戦百勝している最大の秘訣である。 好きこそ、ものの上手けれというが、何事も好きになり、その準備を楽しまなければならない。 Pー195 *私が百戦百勝している最大の秘訣
準備!そこから魔法がはじまる! だが私がそう言うと、若い弁護士は当てが外れたような顔をする。 彼らは労働と呼ばれる退屈なものを迂回できるような、楽な方法を知りたいのだ。 本当の準備は労働などではないと彼らに説明できればいいのだが…。 準備とは、創造する喜びだ。 準備とは人生を苦労して前進すること、悩みながら生きていくこと、波にもまれながら生きていくこと、 人生を喜んで受け入れること、人生を自分自身に塗り付けること、人生を生きることだ。 モーツァルトに労働したことがあるかと尋ねてみたとしたら、おそらくノーと答えたのではないだろうか。 だが彼の人生、彼の呼吸が、彼の音楽だった。不朽の音譜という形でなされた彼の議論は、人生のすべてを費やした 周到な準備の成果だった。並はずれたIQを持っているが準備をするほど賢明ではない人よりも、力強い議論の準備を 整えている普通の人になりたい。準備とは、あくまでも「心の底」の栄養だ。 結局、天才とは脳細胞の幸運な 並び方を言うのではない。天才とは土ネルギー、単に何かに向けられたエネルギーにすぎない。天才とは準備なのだ。 議論の準備をしている時、私は労働していない。この本を書く時も労働などしていない。遊んでいるのだ。 準備をする時の私は子供だ。子供だから遊びに飽きることは決してない。富あふれ・胸を躍らせる。ネズパーズ族の 酋長のスモーホール酋長が言ったように、「若者は決して労働してはならい。労働する者は夢を見ることができない、 そして知恵は夢の中で得られるものなのだ」あなたは共同経営者に会社の方針を変えることを納得させ、勝ちたいのだろうか。 配偶者に話をして転職に同意させ、そして勝ちたいのだろうか。陪審員に自分の主張は正しいことを納得させたいのだろうか。 それなら、よく調べ、勉強し、実践し、準備しなさい。遊びなさい。議論の準備をしなさい。自分の考えをくわしく書きなさい。 新しいアイディアが魔法の穴から飛び出してくるのを注意して見ていなさい。議論に関して知っておかなければならない ことは何かだけではなく、人類の歴史上、最も興味深い人物tつまり、あなたについて知らなければならないことは 何かを発見した時の気分を味わいなさい。私はいまだに他の弁護士から「スペンスさん、あなたは法廷でどんな魔法を 使うんですか」と聞かれる。私は暗審員に催眠術をかけたということで被告側のリーダー的な人物から訴えられた。 さらに、法廷でそれまで仕事をしてきたなかで、これほど熱心に陪審員が原告に有利な評決を下したがったケースは 一度も見たことがない、と論じた。彼は実際に前もって私の勝敗の記録を調べ、弁論という正当な方法によるもので あるはずがないと主張し、自分の議論が正しいことを立証するために、私がリズミカルに手を動かし、声を使って 命令的で抵抗しがたい音楽のような音を出して催眠術を用いたと指摘した。 そして、これは今自分が暴いたただのくだらないトリックで、裁判所によって禁止されるべきトリックだ、と論じた。 言うまでもなく、相手方は準備というものを理解していなかった。彼は私をスヴェンガーリのような催眠術師だと誤解していた。 彼は自分自身の主張について勉強して準備をするよりもむしろ、私を攻撃するための準備をしてきたのだ。 私が何週間も、時には何カ月もかけてたった一人で自分の主張の準備をしていることなど、彼には少しもわからなかった。 彼の目に映ったのは、周到に準備した事実の貯えを持つことによって思いのままにふるまうことのできる一人の弁護士だった。 裁判官はことの成り行きを理解し、もちろんその弁護士の申し立てを却下した。 私が階審員に論じる番がくると、 その弁護士は何度も立ち上がって異議を申し立て、私をさえぎり、私の議論のカを無効にしようとした。 −−− 後記)以前、銀座ナンバーワンのママとホステスのノウハウについて、取りあげた。 店というステージに立つ前の顧客への決めの細かいサービス(誕生祝い、ゴルフ、ビフォアー・・)に徹している。 準備準備準備準備なのである。それを趣味にする位に努力しないと、相手に伝わらないことは一番に本人が知っている。
・・・・・・・・・ 2007年09月23日(日) 2364, 哲学とは何か、考えてみようか? Good☆Morning (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
池田晶子から、再び中島義道に戻るのも良いだろう。脳の筋肉を使わないと独りよがりの理屈の捏ね回しになってしまう。 色いろな本を手がかりに、自分で脳の筋肉を使うしかない。その手っ取り早いのが哲学である。 それも、同じことを同じように、何度も繰り返しながら、一人ブツブツと独り言を呟きながら・・・・ 私の場合特に、自分の経験を照らし合わせて理解することが多い。何ごとも初めは心と頭を空にして (空即是色から始めないと)新しいことは出来ない。解ったふりとか、それまでの些細な知識や経験は、全て邪魔になる。 それが創造である。 哲学は何ごとも一度横において、原点を見つめることである。 ーーー 「狂人三歩手前」 ー中島義道著 ー夏には哲学がよく似合うー P-51 メルローーポンティは言う。「真の哲学とは世界を見ることを学びなおすことである」脳髄の中はクルクル思考が回っている。 この「私」とは何者なのか?太陽が眩しい「いま」という時、それは何なのか?太陽から私の身体までのこの空間とは何なのか? このごろとくに考えること。それは、「見えるもの」は「見えないもの」に支えられて初めて見えるということだ。 他人の心も見えない…膨大な数の「見えないもの」に支えられて、特定の風景がいま眼前に広がっている。 ここにメルローーポンティとカントを繋ぐ線があるのではないか。カントの言う「経験を可能にする条件」とは、 「見えるもの」を見えるようにする「見えないもの」なのだ。フムフムいいそ、いいそ……。 哲学者とは、夏の海岸でも、こういうことを絶えず考えているヘンな奴である。 メルローーポンテイは次のようにも言う。「哲学者とは、目覚めそして話す人間のことである」(『眼と精神』)。 「目覚めている」とは、絶えず周囲世界を見ているということである。 そして「話す」とは、それを絶えず言語化しているということである。 この条件さえ満たせば、誰でも哲学者になれる。というより、すでに哲学者である。 いや・もう一つの条件を加えておこう。どんな場合でも、周囲世界に埋没していないこと。 いかなる事件が起ころうが、適度な距離をもって冷静に世界を眺めていること、つまり、「冷たい」厭な人間であること。 プラトンは哲学の開始を「驚き」と言ったが、ひとの驚くことを驚かず、人が驚かないことに驚くといい換えてもいい。 テロが起ころうが、いかなる残虐な事件が起ころうが、驚かないが(私は地下鉄サロン事件にもアメリカの同時多発テロにも 全然驚かなかった)、「見えることの」の不思議さに警き、いつも「いま」であることの不思議さに驚く。 思うに・女性哲学者が皆無なのは、こうした「驚きのズレ」がないためかもしれない。 少なくとも、私は五十数年にわたる人生において、こういう驚きのメカニズムを有した 女性にお目にかかったことがない。勿論、不安定なあるいは病的な人はいくらでもいる。 しかし、一通り社会生活をしこなしていて、しかも「いま、は何か」という問が絶えず脳髄の中で唸り声をあげている、 という女性に遇ったことはないのである。夏の浜辺で、ある女性が太陽に身を焼きなが、「いまとは何か?」と考えて いることを想像するのは難しい。それはいかなる文化にも共通の根源的な両性の差異であるように思われる。 女性たちは「世界の安定性」に対する懐疑を抱かない。ふっと抱くかもしれない。 しかし、それを執念深く追究しようとしないのだ。次の瞬間世界はガラガラ崩れるかもしれない、という不安感がない。 彼女たちの悩みは「世界の中」での悩みであり「世界の枠」そのものに関わる悩みでない。 それは、彼女たちが生物体として劣っているからではなく、優れているからである。 男性の不安定性と哲学とは直結している。犯罪者も、自殺者も、精神病者も、性的倒錯者も、ひきこもりも・圧倒的に 女性より男性のほうが多い。哲学者も、疑いなくこうした反社会的グループの一員なのである。(哲学釣な)男たちよ 1真夏の海岸で身を焦がしたら、漆黒の蒸し暑い夜、反社会的行為に向かってまっしぐらに没落していこう……。 ーーー 評)「私は五十数年にわたる人生において、こういう驚きのメカニズムを有した女性にお目にかかったことがない。」 中島のこの部分は池田晶子の評価に対する、読者への間接的なメッセージとも受け取れるが。 池田晶子には不安定性が感じられないのは事実である。 反社会的な人間の匂いを、この中島には感じ取っても、 池田には感じない。社会的センスの問題もあるが。 ヽ(★>з<)バイバイ ・・・・・・・ 2006年09月23日(土) 1999, 「私」のための現代思想 −3 (。^0^。)ノ オッ (*^○^*) ハ〜 ヨウ 第一章 「私」を縛るものは何か ー? ー《価値》についてー
<価値>とは、何が良いか何が悪いかという時の価値基準をいう。良い・悪いの規範のことを「道徳」という。 道徳は私たちに本来セットされている「感じ方」や「考え方」ではありません。 私たちが社会から学ぶものです。 多くの場合、道徳は「規範の内在化」という過程を経過して私たちの中に形成される。 道徳そのものに本来は論理性は内在していない、と考える方が妥当です。ニーチェは『道徳の系譜』において、 キリスト教の価値観の問題点を指摘した。 その論理展開を箇条書きにすると ー、先ずは「力あるものは悪である」と考えた。 ー、その逆として、「弱いもの=善」と考えた。 ー、?により「力を自分のために使うこと=利己的な行為」は「悪」とされた。 ー、?により「利他的・非利己的な行為」が善とされるようになった。 ニーチェは、キリスト教においてこのような論理展開が行われたのは「ルサンチマン(怨恨・反感)」に求めている。 人間は幸福を求める存在である。しかし、自己の幸福を(直接的には)もとめてはならないとキリスト教は説きます。 こうした命令には従うことは普通はできません。しかし、この宇宙に絶対者が存在し、その絶対者の意志としてそれが命令で あれば、人間は従うしかありません。従って?^?に続いて、次のような論理の展開が行われるようになりました。 (以下、字数の関係でカット2008年9月23日) ・・・・・・・ 2005年09月23日(金) 1634, 創造性とは何かー 日野敬三 対談集
今西錦司との対談「創造とは何か」も深い。もう23年前の対談で二人とも故人になっているが、 生々しい肉声がそのまま伝わってくる。自らを謙虚にして自然の声を聞く姿勢が、創造の原点であるが、 個性に対して「自己」と「自我」の相対の中から、その意味を導き出しているのも、鋭い指摘である。 対談者ー今西錦司ー創造とは何か? ー父性原理と母性原理ー ー今西 西洋では神を一番上において、次に人間を据える。そしてその間が切れている。 そこからもう一つ切りよって、その他の生き物は全部が人間の下に置かれている。 デカルトですけど、「我思う、故に我あり」に当たらん。こいつらは何も考えよらん、で切られている。 縦割りのヒラルキーが厳然と決まっている。我われは幸か不幸か、そういう絶対的な神はいない。 天照大神が一番偉いのだろうが。ホカに八百万の神というて、さまざまな神様がいるが、これは欧米の縦の系列でなく、 横の系列なのである。ほかの生物に対しても、やはり同じ平面においている。 西欧が父性原理できるところを、こっちは母性原理でつないでいる。 (以下、字数の関係でカット2009年9月23日) 分類のコーナーの検索に「父性原理と母性原理」と入れて下さい。 (2009年9月23日) ・・・・・・・・ 2004年09月23日(木) 1269, 否定的想念の恐怖
人間の脳には磁力があり、否定的想念を持てば否定的情報とその類の人間が集まり、反対に肯定的想念を持てば、 肯定的情報とその類の人間が集まる。私の経験でいうと、否定的想念のほうが肯定的想念より磁力は圧倒的に強い。 周囲には否定的想念の情報とその類の人間の方が圧倒的に多いからだ。肯定は意志を必要とするし、否定的想念は 感情のまま周囲と供に流されていればよい。教養が身につけばつくほど肯定的生き方になるのは、その知識を 持つからだろう。いやそうでもないか。否定的想念の習慣はその人に、必然的に否定的人生を強いることになる。 「否定的想念の恐ろしさ」を説明するにわかりやすい実験として「ヴードゥー死」と呼ばれる実験がある。 ーその内容とは、 ヨーロッパのある国にプアードという死刑囚がいた。彼はある医師から、医学の進歩のために危険な実験に 協力してもらえないかと持ちかけられた。人間の全血液量は体重の10パーセントが定説となっているが、 われわれは10パーセントを上回ると考えているので、ぜひそれを証明したいという。 (以下、字数の関係でカット2008年9月23日)
・・・・・・・・・ 2003年09月23日(火) 902, 「守護霊との対話 」
母が晩年よく「私には守護霊がいて、一生を通して、いつも守っていてくれたような気がする」といっていた。 母の守護霊は、母が幼児の時に亡くなった実父といっていた。『幸せの宇宙構造』を書いた小林正観と 中川昌蔵氏の対談集が、図書館にあった。早速借りてきて読んでみたが、なかなか面白い内容であった。 他愛のないものといえば、それまでだが。精神や意識に対する知識が少ない人には、具体的に守護霊と いう表現で無意識の力を呼び寄せる大きな方法になるだろう。それこそストンと直感できるからだ。 一般的には、守護霊といっても、何かピンとこないものだ。 『そんなものは、お前自身の神社だろう!勝手にしろ!!』と考て当然だ。 ところで『お前の守護神は誰だ?』と問われれば、私は間違いなく両親だ。 潜在的に自分の中にあるコントローラの抽象として捉えればよい。 −−−−−−−−− 『守護霊との対話 』 ー以下はインターネットから検索したものである。 面白いといえば面白いー ーこの内容は字数制限があるため、「分類のコーナー」でより多くの内容がコピーしてあります。 分類の「検索」に「守護霊との対話」と入れてください。 (2007年9月23日ー記) ーーーーーー 貧すれば鈍する 2002年09月23日(月)
私の周辺に不幸を絵に書いたような人が数人いる。 「何をしてもうまくいかない人」である。 20対80の法則からいうと、その20パーセントの人間に80パーセントの不幸が集中するたぐいの話である。 彼らの共通項とは ・甘さの塊である。そしてそれを周辺に押し付ける。人の甘さの隙を捜し続け、そこに擦り寄っていく。 ・その結果群れたがる!一人になりきれない要素が非常に強い。腐った納豆?のような人だ。お互い粘粘絡み合っている。 ・暴力団の事務所はそういう溜まり場だ。 ・言い訳だけを常に考え行動しようとする。 ・ある土地を買った時、隣地に挨拶に行った。 その奥さんが初対面にかかわらず、 買った土地の前のオーナーの悪口雑言である。その数年後旦那が脳梗塞になった。 ・一番身近な連れ添いとの信頼関係がまず壊れている!浮気とか、嘘ごまかし、裏切りをまず一番の身近から始めている。 最悪の場合、自殺とか、ストレスで早死にしている。その場合父親も本人も親子揃っての場合が多い。 2~3の事例ではない。そういうのを家系というのだ。 (以下、字数の関係でカット2008年9月23日)
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2009年09月22日(火)
* 自民党総裁選挙だと! 民主党が政権を取り、自民党が新たに建て直しのための総裁選挙が始った。 早くいえば敗戦処理のための一期だけの総裁である。 三人がTVで議論をしていたが、民主党の閣僚の斬新さと比べたら明らかに見劣りがする。 勝てば官軍、負ければ賊軍で、まともなのは河野太郎だけで、二人はボケ。 派閥領袖達が談合の結果、谷垣禎一を総裁にするために西村康稔をワザワザ擁立したのはミエミエ。 その筋書きを国民が見ていることを老害連中には理解できないのである。 恐らく谷垣になるのだろうが、 その方が日本にとってよい。 それだけ自民党が嫌われ、立ち直りが遅れるからである。 今のところ政権交代は、現在のところ、それを選択した国民の方が、驚いているはずだ。 数年間は自民党の、これまでの悪臭が際立ってくる。 官僚に牛耳られてきた結果の腐りが、である。 〜〜〜 * 図書館にて 昨日の午後に自宅近くの図書館に入ったところ、入口近くカウンターの7〜8人の館員が一斉に私を見ている。 それも全員が立ち上がっていて氷突いている。 一瞬何ごとか竦んでしまった。 次の瞬間、一人の男が怒鳴りだした。 私が入って来たので、中断したようだ。 ホームレスのようで目が据わっている。 何かの欝憤を晴らしているようだった。 対応が悪かったのか?館内でトラブルを起こして追い出され悪態をついたのか? ところが「俺は長岡高校が大嫌い」だとか、要領を得ないことをいっている。 二メートルほどだったが、強盗でもないので無視をして本の返却をした。 あの館員達の顔からしたら、かなりの剣幕だったのだろう。 男の館員が受付の外で対応していたが、 ああいうのは相手との間隔をつめて身体を逆に密着すると、相手も気が飲まれる。 それにしても、銀行強盗に出くわしたような雰囲気だった。 ホテル業は1〜2年に一度、流しのヤクザが 因縁を創作してトラブルの演技で金を強請にくる。 また、酒に飲まれた機嫌の悪い客が怒りをぶつけてくる。 現場は、本当に大変である。 〜〜〜 * 5連休か〜 秋の5連休とかで、高速道路の千円効果もあってか春のゴールデンウィーク並みのようである。 この不景気の中、観光地は思わぬ特需で息をついているという。私の方もだが。 高速道路の無料化は地方にとっては大きなインパクトになるだろう。さっそく「知人の奥さんが4名で東北まで 一泊で遊びに行ってガソリン代と往復2千円を加えて、割ったら一人当たり交通費が二千八百だった」とかいう 話題が入ってきた。そうこう考えると、高速無料化は日本全体にとって莫大な経済効果をもたらすだろう。 学生時代のゼミの後輩が、その火付け役である。さぞ、鼻が高いだろう。
・・・・・・・・・・ 2727, ザ・オオズモウ 2008年09月22日(月)
*大相撲が面白い! ロシア人力士の麻薬事件と理事長辞任の異常事態の中で大相撲が始った。 一場所を中止をする位の大事件なのに、それ以上は騒ぎ立てなかった。 ロシア人が不服を申し立て、そこに注目させた戦術が良かったようだ。 所詮は、その程度。 これからも次々に同じような問題が起こるだろう。大相撲の始まりは、神社の神事で力自慢の余興から始った。 歌舞伎と類推すると、その本質が見えてくる。その意味では、外国人に開放したことで割り切るべきは割るきるべき。 歌舞伎に外国人開放したと同時に、それは「ザ・カブキ」に変質してしまう。 柔道が「ジュウドウ」に変わってしまったのと同じである。大相撲は、「ザ・オオズモウ」になってしまったのである。 それが不可能なら、システムそのものを変えるべきである。それと「国技」とかいう名前も返上すべきである。 外国人の総量規制を一部屋一人ではなく、一国一人とし、20人以内にすべきだろう。 一年に2度位、それぞれの部屋単位でドーピング検査をするようにして、問題が発覚する前に処分するべき。 もちろん、抜き打ちは当然に徹底すべきである。日本人と外国人のマリファナに対する罪悪感が違うから、 尚のこと、徹底すべきである。 〜〜 *立ちあいの厳格化で、朝青龍が引退? 最近になって気力が衰えていた朝青龍が、両手を確実についての立ちあいのため不調である。 この力士の特技が立ちあいの張り手である。下位の力士が横綱に張り手は出来ないのを逆に利用して 張り手を武器にしていた。地位を利用した戦術と感心していたが、両手の手つきでは、張り手がやりづらくなった。 これで、力が半減してしまう!数場所以内の引退もあるだろう。新たな戦術をつくりだして再出発するには気力が衰えている。 しかし、ヒール役(悪役)としての彼の役割は、あまりに大きい。前の理事長が擁護していたから、あれだけの不祥事の中、 引退をしないで済んでいたのだから、これまでの所業の積み重ねからして、 新理事長の下では早々の引退だろう。 元もと芸能的色彩の強い業界だから、麻薬あり、 リンチ殺人あり、八百長あり、それはそれで結構じゃないか! その辺が結論。 後記)2002年〜4年にかけて大相撲を取り上げていたが、成るほど時代は大きく変わっている。
・・・・・・・・・ 2007年09月22日(土) 2363, 郵便配達夫シュバルの理想宮 −2
シュヴァルの凄さは、理想宮が明らかに意味あるものなら解るが、今でいうテーマ・パークを、誰の理解もされずに ただ黙々と石を集め、自分の心の命じるまま理想宮をつくり続けたことである。ただ、そのプロセスの中で生甲斐を 感じていたはず、もし感じてなければ続くわけがない。他の人から見たら何ら意味もないことを、自分でも意味など 考えてなかったのだろう。あるのは、それに取り組んでいるときの何ともいえない喜びである。 続けているうちに、 評判を聞いた外部の人が見に来て褒めてくれたこと、認めてくれたことなどで、意味を見つけていったのである。 それは結果として、潜在意識の具現化につながっていく事になる。そのテーマ・パークはみる人の気持ちをうつのである。 もちろん、周囲の人は、その奇異な建物をみても理解などできようがない。むしろ外部の人は、それを冷静に客観視 できるから興味も加えて評価が可能になる。創造者は、まずは気違いにならないと新しいことは創造できない。 そして周囲は、その姿をみて、気違いという。 だから面白いのである。 ーその部分を抜粋したみるー ー村の気違いー シュヴァルは、村では最初から異端者であった。農地を持たない、という一事だけでも、村において、人を異端者と するに足りたであろう。そのうえ彼には、孤独癖、厭人癖があって、周囲の生活に決してなじむことができなかった。 パン屋をしながらの数年間の放浪は、そのことを示している。郵便配達という職業は、この異端を一時期 蔽い隠していたけれども、彼が宮殿を建設しはじめるに至って、この異端は露わになり、決定的なものとなる。 {近所の人たちは、私の毎日の石運びに気づきはじめました。彼らは最初、道路管理官に売るための資材を私が集めている のだと考えました。やがて私は、そうではないことを覚らせました。《じゃあ、どうするんだ》と彼らは訊ねました。 (以下、字数の関係でカット2008年09月22日)
・・・・・・・・ 2006年09月22日(金) 1998, 「私」のための現代思想 −2 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 −読書日記
第一章 「私」を縛るものは何か ー? ーまずは問題とはー まず「我われの世界は正しいのか」という問題をまず考えなくてはならない。 我われの世界には正しい部分と、腐った部分がある。《「世界」と「私」は、ともに腐っていく》という方が解りやすい。 この世界で自分が腐っていくのを実感することは、さらに腐敗にまみれないようにするためには、非常に重要である。 我われを拘束する要素として、<言葉><価値><社会>が考えられる。 ー言葉ー 私たちは<言葉>を使ってこの世界を認識し、他者に何かを伝えます。言葉は「思考の枠組み」であり、 便利な道具ではあるものの、逆にその「枠」の外には出られないという意味で束縛となる場合がある。 ー価値ー 私たちは何らかの、<価値>を求め、それに照らし合わせて自分の行動を決定したり選択したりします。 自分が重要だと考えている<価値>そのものが、私たちを束縛している場合がある。 ー社会ー この枠組みは、私たちがよりよく生きるために構築されてきたものですが、そこに窮屈感や閉塞感が出ることがある。 これらは「束縛」となる場合と、「自由になるための武器」になる場合がある。 この束縛から脱するには、 これらを得なくてはならない。 得るためには、まずは言葉・価値・社会とは何か知らなければならない。 まずはーー《言葉》についてーー 言葉の機能の中心には「分類」があります。これは、言葉は「私たちが知覚したものを分類する」ために 用いられるという意味である。私たちが「何かを学ぶ」ということは、 ー社会において重要とされている分類基準を自分のものとするー ということを意味しています。このとき私たちは、少しだけ「自分を殺す」ことになります。 それが「大人になる」ということであり、「社会化する」ということです。 フランスの精神分析家のピエール・ルジャンドルは =換言すれば、 「 自己と世界に対する関係は言葉のスクリーンを経由する 」ということです。 人間のアイデンティティには複数の水準がありますが、自己への同一化 (それが主観的なアイデンティティ形成です)と、世界の同定および世界への同一化ということです。 その全てにとって前提となるのが言葉のスクリーンなのです。 自由に「思考」するためには =「他人の考えるように考える」ということは、重要である反面、 「他の人が考えるようにしか考えられない」という状況を発生させてしまう。 そのときに人は「言葉による束縛」もしくは「言葉の専制」を実感します。 そうならないために‘社会の側の分類規準は便宜的なものでしかないことを、しっかりと把握しておかなくてはならない。 自分を殺さずに、社会の側の分類規準と上手くやっていかなければならないが、 そのとき重要なことは、「言葉の主人は自分である」という意識を持ち続けることである。 すなわち言葉は、自分を拘束するものではなく、認識の道具であり、意思伝達の道具であり、思考の道具である。 (以下、字数の関係でカット2009年09月22日) ー感想ー この随想日記を書き続けることの束縛が、反対に言葉の束縛を一つずつ開放してくれる。 一つの束縛が、一つの開放の獲得になる。要は、それぞれの束縛が物語としての基盤になっていれば、 それが人生の物語の完遂になっていく。まずは、言葉による自分の物語の構想を若いうちからしておくべきである。 それが、その人の価値観になるのである。 ヽ(●´ω`●)ノ。バイ! ・・・・・・・ 2005年09月22日(木) 1633, 閑話小題
ー雲を消すー 私が、雲を消すことができるというと、頭がおかしくなったと思うだろう。しかし消せるのである。 まずは雲の消し方を紹介しよう。晴れた日にたくさん浮かんでいる雲のうち、3センチくらいに見える雲を指さして 「消えろ、消えろ……」と念じると、だいたい三分ほどで雲が消えてしまう。 ぜひやってみると面白いはずだ。小さな雲は、常に発生したり消えたりを繰り返している。 指をさして念じなくとも、小さな雲は三分くらいで消えるもの。そうした現象の種明かしをしらないと、 実際に雲が消えたように見えて、念動の存在を信じてしまう。 実際、それを信じている人もいるから面白い。 ーあのビルの臭いー 爆破当時にニューヨークの9・11の貿易センタービルの下を通っていた地下鉄で 電車が通過する時に、ものすごい臭いがしたという。何千?人分の腐った人間の出汁の臭いとか。 思い出したくない地元の人は生ゴミの臭いと言っていたという。(マスコミにはあまり出てこないはなし) また、その翌年アフガンでは10万人以上が餓死したというが、そのことは殆んど新聞には報じられなかった。 ー晩婚化と高齢化ー 現在の晩婚化は高年齢化に深く関係しているという。もうかなり以前だが、『人生ゴムバンド』という説があった。 高齢化になったぶん、人生の節目と節目の期間が延びたという。なるほどと肯いた。私の知人数人が30代半ば結婚したが、 現在も子供が学生である。65歳までは収入は落とせないと言っているが、そう話しながらでも本人は嬉しそうである。 下の子供が大學を卒業した時にホッとしたと同時に、何か物足くなった。年金が満額出るのはあと三年だが、その時は・・・
・・・・・・・・・・ 2004年09月22日(水) 1268, 大相撲に思うーつれづれに
大相撲が始まると、相撲について書くのが恒例になってしまった。場所ごとに刻々と、相撲の様相が変わっている。 最近は、朝鮮相撲、モンゴル相撲、レスリング、そして日本相撲の「国別異種格闘技」の様相に変ってきている。 外国人の出身地もハワイ、アメリカ大陸から、モンゴル・旧ソ連圏になってきた。彼等は、お金を稼ぐという目的が ハッキリしていて、ハングリーなのだ。それと骨格も違うのだから、日本人がどの面から見ても勝つ要素が少ない。 異種格闘技のK−1では、日本人がほぼ駆逐されてしまったが、相撲も、あと一年で大関・横綱は外人で独占されるだろう。 国別異種格闘技として割り切って大相撲を見ると、むしろ面白い。日本人も個性的な面白い力士が出始めてきている。 小さくて、その小ささを武器にしている力士や、気力を売りにして神がかり的相撲をとる高見盛などである。 一つ気になるのが、「一部屋に外国人一人の制限」である。ある新聞の冗談とも、本音ともいえる提言が書いてあった。 「外人枠を撤廃をして、東西それぞれを日本対外国人に分けて対抗戦にしたら!」なるほど、そのとおりにすべきである。 前半は外人対日本人、後半交流戦とかして。 これこそ、グローバル化である。 これに、今のプロ野球を重ねると、 面白い姿が見えてくる。このプロ野球の恩恵を受けていたのが、日本のトッププレーヤーである。グローバルに見れば 二流選手(大リーグからみた)でしかない。2Aか3Aクラスの選手が、二倍以上の年収を受けていた事実が判明した。 今回の騒動の中で、それが露出されるだろうから皮肉なものだ。相撲もプロ野球も大きな曲がり角にきている。 TVでは巨人戦を開幕来、殆どみていない。しかし大リーグは結構見ている。 一リーグ戦にすべし! 今、反対意見を言っているのは、目先しか見てないファンか、選手ごときと、それをネタにしているマスコミである。 大リーグと契約をして、公式の交流戦に参加すればよい。アメリカの方が断る可能性があるが、といって日本の市場が できるから彼等にもメリットがあるはずだ。 話はかなり逸れてしまった。 ー後記ー 書き終わって去年と一昨年の随想日記をコピーしていたら、三年続けて同日に相撲のことを書いてあった。 それにしても奇遇である。潜在意識が呼び寄せるのだろう。 年々、内容が変化しているのが面白い
・・・・・・・・・ 2003年09月22日(月) 901, 相撲を考える
大相撲が昨日で千秋楽、朝青龍が優勝をした。他の格闘技も多くできたこともあるが最近の大相撲はつまらなくなった。 つまらなくなったという点で、今のプロ野球に似ている。NHKのBSでメジャーリーグを見るようになってから、 全く見なくなった。以前、「過去の相撲の大一番」を特集していた。 子供の時から相撲が好きであった事もあって、ラジオやTVで大一番は殆ど見ていた。 ・私が見た中での大一番は「栃若の千秋楽の全勝の一番」である。 ・大鵬と柏戸の千秋楽の全勝同士の一番も素晴らしい一番であった。 ・生まれる前なので見てないが、歴史に残るのが双葉山が69連勝の後、安芸の海に負けた相撲も大一番といえる。 栃若が全勝で向かえた千秋楽の前日の逸話がある。 栃錦があまりのプラッシャーに「一人でこっそりと映画に行ったところ、 前の席にやはり若乃花がいた」という。大乃国・双羽黒・保志・小錦が一度に昇進していく時期も面白かった。 相撲は、立合いの一瞬に大方が決まってしまう面白さである。また数秒間の中に、それまでの二人の全てが圧縮されて出てくる。 いま人気の高見盛の相撲が面白い。特に「入魂の儀式」としての、最後の仕切り前の気合を入れる仕草が人気をよんでいる。 それが神憑りになるから見ていて面白い。 緊張を気合に転換するための、純粋な仕草さが受けているのだ。 勝てば胸を張って退場するし、負ければ泣きそうな顔をして引きあがる姿が滑稽、忘れかけた人間の原点を見せ付けられるようだ。 今場所、横綱をかけていた魁皇が逆上せ上がって自滅していった姿が印象的であった。高見盛の人気に対して 個人的嫉妬がアリアリで、軽くいなそうとしてヒンシュクをかってしまった。勝負の世界は一瞬の隙がチャンスを潰してしまう。
・・・・・・・ 2003年03月12日(水) 707, モンゴル大相撲
先場所の各段の優勝は序二段を除いて全て外人が取ってしまった。 今場所からは、両横綱とも外人である。外人力士が50数名いるうち8割がモンゴル出身である。 − 以下字数の関係でカットー2007年9月22日 ・・・・・・・ 2002年09月22日(日) 527, 大相撲ー頑張れ武蔵丸!
まさか貴乃花が千秋楽で同点決勝に持ち込めるとは思ってなかった。 もし優勝をしたら大騒ぎになるだろう。こういう時に勝つのが大スターであるが、彼はそれを持っている。 しかし心情からみたら武蔵丸の勝利が望ましい。前回あまりにも貴乃花が劇的すぎた!武蔵丸のその時の姿がリアルに ある記事に書いてあった。おまけにその為に貴乃花を大怪我をさせてしまい、かれが負けると、場内に座布団が荒れ飛ぶ。 この一年余り、独り横綱も大変であったろう。それが7場所も休んだ主役に優勝をさらわれたら、余りに気の毒である。 もし彼が勝ったら、盛り上がった今場所に水を差すことになる。貴乃花が勝ったら、一応彼の人生の大きな節目に なるのではないだろうか。大横綱の道を歩く為には、今日は負けた方がよいだろう。大鵬の30回の優勝に向けて、 身体を作り直すチャンスだ。 勝てば他の力士に焦点を当てられてしまう。 それにしてもスターの要素を持った若手がいない。このままでは、ますます人気の陰りが増すだろう。 幕下と十両に元学生横綱の個性派と外人が数人いるが、輝いているかというとどうか? 他の格闘技で面白のが、どんどん放映されているから八百長体質があるなら、相撲人気はますます落ちていくだろう。
・・・・・・・・・ [154] 性善説と性悪説 2001/09/22
以前、身近に[おれは性善説だ]と口癖の男がいた。本当に性善なら‘それを売り言葉に使うのがおかしい’ という事も解らない。人間なんぞ性善も性悪もごちゃ混ぜになっているもの。 光のあて方でどうにもとれる。「性悪の路線の上を性善で走れ」あたりが少しもっともらしいのかもしれない。 善良は、ある状態ー苦労やぎりぎりのところに立ってない状態ーでいっている戯言でしかないというと、 言い過ぎか。善悪とは、多様にあり解釈の結果でしかない。詐欺師やその手合いはその事を熟知している。 従って善良という言葉の衣服を綺麗に着こなす。 本当に世の中、悪がいる!芯からの悪党がいる。 その人間が ‘俺こそは実は性善’だと信じていたら、手のつけられない悪党になれる。それか、政治家いや政治屋向きであろう。 自分中に隠れ住んでいる‘邪悪なるものと神聖なるもの’と、とことん付きあってみれば、性善説や性悪説は 見方の一片でしかない事にきずくはずだ。どうでもいいことだが、言葉の遊びレベルでいっているだけだが。
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2009年09月21日(月)
数ヶ月前に、何気なく全身鏡の自分の猫背姿をみて愕然とした。 腰を痛めていたこともあるが、首が少し前に出た猫背の初老の男の姿が、そこにあった。 毎日、散歩をして軽いストレッチをしていたのだが。 しかしストレッチを一年ぐらい気を抜いていたのは事実。 意識して背筋を伸ばすように心がけてはいたが。 そこで、さっそく朝起きる直前に布団の中で全身を伸ばし、 背筋を伸ばすマシーンを探して取り寄せ矯正を始めた。 朝晩に使っているが、これでかなり矯正はした。 ところで先日、TVのワイドショーで「猫背」をテーマにしていた。 ・猫背には「首猫背」と「腰猫背」がある。 首猫背は首が前に出た猫背で、腰猫背は腰が少し引けて上半身が前に傾いている姿勢。 ・壁を背に密着して立って、脚から頭までピッタリとくっ付けば猫背ではない。首が壁につかないのが 首猫背、背中もつかないのが、腰猫背。 ・静止して立っているときに、片方に重心を置く人や、脚を開いて立つ癖のある人には、猫背の可能性がある。 ・姿勢にしても、歩行にしても、座っている姿も、理想的なカタチを自覚して、常に意識すること。 ・中年女性のモデルが姿勢矯正のポイントして「モデルは壁の御友達」という言葉と方法を紹介していた。 先ほどのように壁を背にして立って、膝の前に組んだ両手を首の上まで引きあげて姿勢を正すのを日常とする。 等々・・・ 参考になる内容であった。 ウォーキング時の姿勢と、歩き方を理想的なカタチを意識していると、普段と違った歩きになる。 新幹線の窓から、駅のホームに歩いている人を上から見ると、7割かたの人は猫背に近いのが見て取れる。 面白いもので、胸を張ってリズムかるに歩くと、自信が沸いてくる心持になる。 何時も颯爽としている女性の話によると、「腕まくりをして、胸をはり、リズムカルに歩くと、自分に自信がつく。 どんなに御洒落をしても、猫背で自信無さそうな姿は、全てを壊してしまう」とか。 衣服と、姿勢は、もっとも大事な身だしなみ。 年齢を重ねると自然に俯きかげんになる。 私の身辺では猫背の人は少ない。 新入社員の教育で、まず教えることは「猫背を直すことから始る。 アゴを引いて、胸を張り、背筋を伸ばすことから入る。 接客商売の基本である。
・・・・・・・・・ 2726, 議論に絶対負けない法 −2 2008年09月21日(日)
ランダムに面白そうなところから選んで考えてみる。「力の議論」の十大要素が纏めてあったが、 この本の要点である。よく読むと気がつくが、議論というより人生を前向きに活き活きいきるコツでもある。 孫氏の兵法にも通じる。 この本から多くのことを教えられる。 ー「力の議論」の十大要素ー (12章、どんな議論でも「絶対負けない」十の法則より) 1、まず十分に準備しなさい -自分が議論そのものになるまで、準備しなさい。 -適切な準備には、ストーリーを話すことと、関係者に役を割り当てることが必要だ。 2、あなたの議論を受け取ってもらえるよう相手の心を開かせなさい −ただただ真実を語りなさい。自分自身になりなさい。それで十分だ。 3、ストーリーの形で議論しなさい −おとぎ話、たとえ話は皆、成功する議論に欠かせない道具だ。 4、真実を語りなさい−力の議論は、真実を語ることに始り、真実を語ることに終わる、真実は言葉だ。 5、相手に自分の望んでいることを話しなさい −人間とは、どんな種類のどんな性格の苦しみも耐えれる種なのだー ―ただ一つ不正という苦しみを除いては― 6、皮肉を言ったり馬鹿げたことを言うのを避けることーユーモアを使う時に注意しなさい。 相手を侮辱する言動に注意しなさい。皮肉屋、馬鹿にする人、卑怯な人を尊敬する人はいない。 相手に敬意を払うことによって私達は高い次元に上がる。忘れてはならない敬意とは相互に働くものだ。 7、論理は力だ −サミュエル・バトラーが言ったように、「論理は剣に似ている。論理に訴える人は、論理に滅ぼされるだろう」 8、行動と勝利とは兄弟だ−もっとも緻密な防御をするより、最悪のものでも真正面から攻撃をした方がよい。 絶対に相手に主導権を握らせてはいけない。攻撃する時には防御をしてはいけない。 9、最初に自分の議論の弱点を認めなさい −自分から弱点をさらけ出した方が良いだろう、そうしないと相手は可能な限り陰険なやり方でそれを暴くだろう。 それを先に認めれば信頼を得ることが出来るし、認めたことに何も言うべきことがなくなる。 10、自分の力を理解しなさい −自分自身に許可ー勝つ許可だけーを与えなさい。 だが放漫と横柄と愚かさは近い親戚であることを忘れないことだ。 −− 以上だが、物語にするための準備を積み上げること、それも真実の、ということか! 次は、その準備について述べている部分を抜粋して考えてみる。日本の検察の手法に、これがあるという。 告訴する時に、荒筋をつくって強引に容疑者を当てはめようとする。そのストーリーを書いてしまえば、 真実は二の次になってしまう。これが、恐ろしいという。マスコミも、しかりである。 それだけ、物語の力があるということだ。 共同幻想は、物語から沸いてくる。 そういえば、ここで「物語のつくり方」みたいな本を取り上げたことがあった。
・・・・・・・・ 2007年09月21日(金) 2362, コーヒーの由来 ー以下字数の関係で中間をカットしました。 (2008年09月21日)ー 〜〜〜〜 以上が、コーヒーの歴史と由来である。 ところで余話を一つ・・・・ 昨年春のこと、事務所の至近距離に喫茶店が移転してきた。 50歳前後の夫婦が10坪足らずの店を開いているが、一年は持たないだろうと思いきや、一年過ぎても、 それなりに客が入っている。開店・閉店を含め朝の7時から夜は9時過ぎまで、盆暮れを除いて年中無休。 実際のところ、喫茶店という業種は20年以上前から成り立たなくなってしまっている。 一部の例外はあるが、年中無休か、他の収入手段があり、趣味的に運営しているか、喫茶店は表向きで、 実は食堂の店が例外的に生き残っている。 チェーン店のコーヒーショップは、あれは喫茶店とは別物。 この話は長くなるので、ここでは止めておくが・・・
・・・・・・・・ 2006年09月21日(木) 1997, 「私」のための現代思想 読書日記 \(^▽^*)おは! (光文社新書) 著者・高田 明典
「私」とは何か、「他人」とは何か、そして他人の集まった「世界」とは何か? を解りやすく書いてある本がないかと思っていた矢先に、図書館でこの本に行き当たった。 哲学、そして現代思想で、常に言及している問題である。 この本では、<言葉><価値><社会><世界><物語><私><身体><他者>という現代思想の 主要概念を検討する構成をとっている。 この著書の中で、凝縮されたポイントを抜粋してみよう。 まずは「はじめに」の中から、ポイントの部分を抜粋してみる。 ・フランスの哲学者のシモーヌ・ヴェイユは、哲学の教師でありながら、一介の労働者として工場に入り込み、 そこで辛い体験を通して、自らの思想を研ぎ澄ました。そこで工場での体験で意志の発揮の機会はことごとく 奪われてしまいました。そこで私たちは「時間の流れ」にさからうことはできません。 しかし時間の流れの中で、次に到来する時点において何をしているかを思い描き、その通りに行動することはできます。 それを人は「意志」といいます。また、「精神」とも、「魂」ともいいます。すなわち「魂」とは、 人が「時間を支配すること」です。もしも「次の瞬間」、もしくは「次の時間単位」に発生することが、 自分の意志とは全く関係なく起こるものであれば、人は「瞬間的に生きる」ほかなくなります。その自由は失われます。 ・教養とは「自由になるための技術」です。そして哲学や現代思想は、その柱の一つです。私たちに与えられた武器は、 思考であり言語であり論理である。それ以外の武器を、私たちは持っていません。自由になるための「技術の束縛」 から逃れるためには、「技術を所有する」ことです。「お金の束縛」から逃れるには、「お金を所有」するしかありません。 所有するとは権限を持つことと同義語である。 何に束縛を感じるか、その人によって違います。 その違いは、それぞれの個人の「物語」の違いによります。物語は「人が生きていく上での行動の道筋」です。 束縛は、外部に存在して人の行動を制限するものではありません。 その人が採用する「物語」が遂行していく途上に 存在する「壁」のことです。「金銭という束縛」を感じているとすれば、それは「金銭が壁となって邪魔をする」という 「物語」が遂行中であることを意味しています。「思考による束縛」の場合は、「思考を捨てる」ということは、 すなわち「何も考えない」ということなので、その実現はかなり難しいと思われる。 「思考の束縛」から逃れるためには、「思考を所有する」ほかはないようです。 おわりに (。^0^。)ノホンジャ、マタ! ・・・・・・・・ 2005年09月21日(水) 1632, 記憶する身体、飛翔する意識 ー 日野敬三 対談集 −3
柄谷と保坂の違って、三木は本人自身が生死の淵の大手術をしているので対談の内容は、よりリアルになっている。 ー手術の前前日、夜に病院を抜け出して、信濃町の駅の向かいの喫茶店に一人座って茫然とコーヒーを飲んだのです。 ふと見たら駅の改札口が、ひどく明るく見えるのです。そこだけ輝いて見えるのです。努め帰りの人たちがドンドン出てくる。 以前だったら、疲れて不幸そうな顔をしているなと思うんですけど、そのときは出てくる人たちの顔が、 みんな輝いているのですよー のクダリなど、挫折を何度か繰り返してきた経験から、痛いほど解る。 現在、リストラにあった人の心象風景そのものである。 以下は、少し暗いが真実の声である。 ー記憶する身体、飛翔する意識ー 三木卓 ー三木 生死ぎりぎりの大手術をして、人生の荒治療を食らったという感じは大いにありますね。 突如として目の前に「シャッター」がダーンと落ちてきたときには、やはりかなり慌てた。 多少は死のことを考えていたつもりなのに、やはり本番の覚悟はできてなかったのですね。 ー日野 『2001年宇宙の旅』というSF映画の中に、モノリスという不思議な金属が出てくる。 ツルツルの黒っぽい。 三木さんは先ほど、シャッターとおっしゃいましたが、僕はあれが目の前にスーッと現れた気がしたの。 ー三木 モノリスが?怖いな! ー三木 病室の窓から、恵比寿の町の灯が見えるんです。そうすると街のどこかのバーで僕が一杯ひっかけていてもいいわけですよ。 ところがその風景が、何か、明治時代のガス灯の世界か何かに思えてくる。その間にあるガラスは厚いですね。 驚くほど厚いガラスなんです。そこに僕が行って飲むということは素晴らしいが、もう絶対できない。 ー日野 僕は、手術の前前日、夜に病院を抜け出して、信濃町の駅の向かいの喫茶店に一人座って茫然とコーヒーを飲んだのです。 ふと見たら駅の改札口が、ひどく明るく見えるのです。そこだけ輝いて見えるのです。勤め帰りの人たちがドンドン出てくる。 以前だったら、疲れて不幸そうな顔をしているなと思うんですけど、そのときは出てくる人たちの顔が、 みんな輝いているのですよ。僕はここにいて、10~20m先の改札口の皆が帰っていく姿が、この世のものならぬ光に包まれて、 そして自分とそこの間には絶対の隔たりがあった。その光景は忘れられません。 ー三木 日野さんも僕も、シャッターが落ちたときから、そういう時間が始まったんだと思う。 僕はときどき高校に講演に行くんですが、入試に絶対に受かる方法があると、冗談めいたことを言うんです。 君達には、まだ一年があると思って悠々としているだろう。しかし、入試一ヶ月前になったら必死に 勉強しないではいられない。それは一ヶ月という時間ならそれを実体として把握できるからだ。 その実感としての時間を一年前に見通して把握できるなら、つまり一ヶ月前の時間の質と 同じように一年前の時間を感じることができればいい。きっと優秀な人間はそういう能力を持っていると思うと。 ー以下字数の関係で中間をカットしました。 (2009年09月21日)ー ーー 死を直面する時に、だいたいこんな気持ちになるのだろう。そして、ひとり悶絶して諦念するしかないのだう。 そのときの準備のために、人類は宗教をつくりあげたのだ。最後の最後は、『神様助けてください、お願いします』 になるだから心に迫ってくる。しかし、この二人は神ではなく科学的に死を見つめている。
・・・・・・・・ 2004年09月21日(火) 1267, 書いてなかった旅行記ー2 カナダ旅行紀ー2
バンフスプリングス・ホテルが一つの芸術作品のようである。重厚な石造りの建物に、豪華なロビーとレストラン。 もちろんホテルとして、世界的に有名なホテルである。その庭先にはレイク・ルイーズがある。 いや、レイク・ルイーズのほとりにホテルを建てたのだ。朝、昼、夜(白夜)とその湖の色が大きく変わって見える。 ロビーの窓が、あたかも絵の額縁のように作ってある。早朝、その窓から見た湖の美しさに息を呑んでしまった。 白夜の11時過ぎに、一人でレイク・ルイーズの畔のウォーキングコースを散歩をした。 よそ者は入ってくるなと脅しているように稲妻と雷の音が鳴り響く、自リスや、ラッコが威嚇の声を上げる。 それが、その背景とピッタリなのである。恐ろしくなり引き返そうとした。ふと人の気配するので、目をやると若い白人女性が 一人でハイキングから帰ってきたところだった。男でも恐ろしいところをよく一人で歩くものだと感心をした。 高台から見えたペイト・レイクの美しさも心に焼き付いている。コバルトブルーの色は、過って一度も見たことのない色。 右を見ても左を見ても、全てが絶景というのがカナデアン・ロッキーの特徴である。 旅行の都度、添乗員に必ず次の質問をしていた。「貴方の主観でよいから、一番良かったところは何処ですか?」 殆どの添乗員答えは「カナダのロッキー」であった。次がスペイン。そして、インドであった。 そういわせるだけのものは確かにあった。ところで現在の私に同じ質問をしたら、迷わず、「ケニア!」と答える。
・・・・・・・ 2003年09月21日(日) 900,『 V・E ・フランクル』についてー2
彼の言わんとすることは ー「よく働き、よく遊び、よく学べ」ということだ。 「よく」あるためには、この3つのバランスがとれてなくてはならない。 よく働くためには、よく遊び、よく学ばなくてはならない。 よく遊ぶためには、よく学び、よく働かなくてはならない。 よく学ぶためには、よく働き、よく遊ばなくてはならない。 私の場合は、 ・よく働くは、現在の事業の発展・維持である。 バブルがはじけて大変だが、5年~10年先を読んで、事業構造の変換が当面の課題である。 ・よく遊ぶは、ウォーキングや、秘境旅行、映画・TV鑑賞。 ・よく学ぶは、読書や人間・社会観察である。 この3つはそれぞれ重なり合い、同じであったりする。この「随想日記」は私にとって3つが含まれている。 「何を」という目的・目標をハッキリさせ、そのプロセスを楽しみや遊びになるまで、徹底することだ。 フランクルは死と常に隣りあった異常な状態の中で、人間の可能性を見た。その「人間の可能性」を大学に 復帰して講義をするイメージが、彼を収容所から生還させたのだ。収容所で作業のため整列して歩いている時に、 数?上から見ている自分がいたと書いていた。これなど究極の体験から生じる脳の昇華であろう。 彼のコぺルニクス的大転換は「人生に何かを求めるのでなく、人生が何を求めているか」を常に問い続ける 重要性に気づいたことだ。 それも死の収容所の究極の状況の中でだ。 ー以下字数の関係で中間をカットしました。 (2008年09月21日)
・・・・・・ 526,社会の変化 - 2002年09月21日(土)
日本も社会の価値観が根本的に変わろうとしている。この失われた10年間で政治も企業も宗教も権威が失墜してしまった。 一昔前の一流企業といわれるところが、倒産や赤字や不祥事で全く権威を消滅してしまった。代議士や大臣を偉いと 思う人が全くいなくなってしまった。宗教もしかり、「集り」という姿がオウム教で露出してしまった。 「家」という制度も根こそぎ変わろうとしている。 江戸時代から続いてきた「日本的家制度」が、新しい年代の出現や 我々の意識の変化で根こそぎ変わってきている。家のオモヒの仏壇も仏教がまだ権威を保っていた時の文化だ。 法事も地味なものになるだろう。農家や商家が激減し始めきたことも「家制度」の崩壊の原因になっている。 家業としての商売や職業が成り立たなくなってきた。 周辺でも多い事例として、実家にUターンで帰ってきたが、 家業が成り立たなくなり再び都会に帰っていくケースが多い。「帰ってこないほうが良かった」といって。 初めから帰ってこないケースも多い。結婚式も最近、当人が会費制度でやる地味婚が増えてきている。 家どうしの顔ミセから、本人達のお祝いの会に変わっている。家単位の行事が一づつ消滅か縮小してきている。 葬式や法事もこれに近づいてくるだろう。何かの本に、「家業一代、家二代の時代」と書いてあった。 私の場合、この十年間で年で数回海外ツアーに出ているせいか、更にこのホームページを開いたせいか、 人間関係の感覚が変わった。趣味の同じ人と、側にいなくとも何かどこかで繋がっている感覚がある。 気持ちの距離感が変わってしまった。 やはり情報革命が背後にあるのだろうか。
・・・・・・ 2001/09/21 9・11事件は、第三次世界大戦の開戦?
第三次世界大戦開戦!ーほんと!まだピンとこない。しかし一日一日とその重みを感じる。 長期になる宗教戦争だ。怖いのは北朝鮮が関ってきたかどうかである。30~40%の確率で関っていると見る。 あの男ー金正日なら可能性大だ。その場合もちろんアメリカは原爆を使う可能性がある。 そうすると日本海側の原発がまず狙われるだろう。 ー以下字数の関係で中間をカットしました。(2007年09月21日)ー また日本は世界恐慌を狙ったイスラム過激派に狙われて当然である。 パレスチナの?2が殺されたので必ず大事件がおきると思っていたが、まさかここまでのテロをやるとは! 企業はまず生存対策に全てのエネルギーを向けなければならなくなった。 競争対策、成長対策などいっていられなくなった。一年後の世界の経済環境は想像も出来ない。 この宗教戦争の中を生きていかなくてならないからだ。それも大きいツケを払いながら。 終身雇用が揺らぎ、ついてゆくべき上司に頼む風潮がなくなったこと、「家」と「家」から「個人」と「個人」 の結びつきに変化したためである。更に仲人を頼まれるのを嫌がる人も増えているのもある。 三年前には20?がまだ仲人をたてていたが、そのサラに4分の1に激減した」という。 そういえばこの数年来の結婚式で仲人をたてた結婚式はみたことがない。 非常に良いことだ。昔から、仲人が二人の経歴を長々述べて、ただ祭壇に黙って座っている姿が滑稽で、 気の毒でさえみえた。家という制度が確実に破壊していることもある。これは決して良いことではない、 少子化の時代の現象でもある。反面、気楽に結婚して子供をつくるのはよいが、家庭を維持できなくなり、 先日の「幼児殺人事件」に見られる現象が度々起こってくる。少し減ったというなら解るが、ほぼ消滅とは驚きである。
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2009年09月20日(日)
* 明治以来の政治形態の実態は「官僚内閣制度」
「日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ」飯尾潤著 に刺激の強い内容が書かれている。 菅直人のブログにも「2重の政権交代」(2009年9月15日)と題して「今の政権交代は自民党から民主党への政権交代と 官僚主導の官僚内閣から国民に選ばれた政治家主導の国会内閣への2重の政権交代。明治時代に内閣制度が生まれて初めて の大改革。この実現に全力を挙げたい。」と書いている。これまでの実態は議院内閣制度ではなくて官僚内閣制度であった。 * 9月17日の産経新聞の正論のコーナーで屋山太郎が、その辺の実態と弊害を次のように述べている。 《 その官僚政治の元凶は財務省、その中の主計局である。 官僚政治は省の中の省である財務省に仕切られてきた。 財務省は各省予算の査定と国税の査察の権限を持つ、これに真っ向から歯向かえる政治家は一人もいなかったろう。 そこで民主党は予算の大枠を決める財務省のコアの部分を握ることになった。 主計局は戦略局の大方針に従うことになる。 国家戦略会議に加えて「行政刷新会議」が設けられ、仙谷由人氏が担当相になった。自民党政権では「行政改革推進審議会」 「地方分権推進委員会」などを作って識者を集めた。私も土光臨調での「国鉄分割民営化」のあと12年にわたって行革審に 参加させられた。この種の官僚が事務局を務める審議会は官僚にうまくごまかされ、全く無意味だった。 新設される「行政刷新会議」が役人抜きで、政治家の判断で、運営されれば、地方分権から地域主権に至る改革にも到達できる。 内閣に100人の政治家を入れるという。今までも60、70人入れていて効果がなかったから、意味がないという批判がある。 しかし、効果を発揮できなかったのは大臣と副大臣、政務官が各派閥への均衡人事で配置され、全く“一体感”がなかったからだ。 今回は大臣が自分の同志や盟友を集めてチームとして君臨する。秘書官がついて各個撃破されていた現状とは様変わりになる。 重要案件は「閣僚委員会」で火曜、金曜の閣議の前日に行われた事務次官会議は、翌日閣議に諮る案件をすべて決める。 閣議でそれ以外のことが議題になると即、閣僚懇談会に切り替えられ、正式の議題から外される。次官会議の決定は全会一致であり、 一省でも反対すれば決定されない。貿易交渉などで日本の回答が何カ月、何年も遅れるのは全会一致主義のせいなのだ。 この仕組みでは「農業で譲って他の分野で獲る」といった政治判断は不可能だ。この事務次官会議は明治19(1886)年 から始まっているが、法令上の規定はない。明治の元勲政治以来の伝統で、自民党はこの官僚絶対の「慣習」さえ破棄することは できなかった。民主党はまず、この官僚支配の元凶である事務次官会議を廃止する。 重要案件は関係閣僚を集めた「閣僚委員会」 で決するという。 民主党の「官僚内閣制」から「議会制民主主義」へ脱却するための仕掛けは実によく考えられている。 安倍晋三内閣でも同様の発想で国家公務員法改正が行われ、渡辺喜美行革担当相時代に公務員制度改革基本法が成立した。 これに基づいて麻生内閣で仕上げの法案が作られたが、最後の段階で谷公士(まさひと)人事院総裁が首相が招集した会議を ボイコットして法案は結局流れた。行政府の一機関にすぎない人事院総裁が首相の会議をボイコットするほど官僚は増長していた。 日本の民主主義は官僚にスポイルされていたのだ。(ややま たろう)》 麻生太郎は「官僚は使うもの」と官僚を弁護して最後まで官僚に使われていることに気付かぬほど暗愚と、矢山は指摘し、 民主党が政治主導の要として設計した「国家戦略局」が、それに取って替わるという。 先ほど取上げた菅直人氏が副総理、 国家戦略担当相に就任し、ここで予算の基本方針や外交、防衛などの国家基本戦略を仕切る。これは、日本にとって 革命的なことになる。 それを阻止しようと、自民党の悪霊と、検察官僚と大蔵官僚が組んで、国策捜査を仕掛けた?が、 もう流れは止めることは出来なかった。 戦略会議に、その宦官を取り締まるCIAみたいな部局も必要になるだろう。 ことと次第によっては、アメリカのCIAも乗り込んで、大仕掛けの謀略も参院選挙まで行われ可能性が大である。面白い。
・・・・・・・・・ 2725, サブプライム・ローン販売の現場 2008年09月20日(土)
「金融偽装」ー米国発金融テクニックの崩壊 伊藤博敏著 以前にサブプライム・ローンを扱っていたNHKのドキュメントで、ローンを販売していた人の 証言を映していた。図書館で見つけた、この著書の以下の場面と、ほぼ同じ内容だった。 こうして、世界中に、証券会社の契約社員達によってバラマカレテいったのである。 −−− P−18 販売プロセスは、綿密に仕組まれた詐欺のようなものである。しかも米国の住宅ローンビジネスは 分業化しているから責任者不在で、詐欺を働いていても、誰も罪の意識を感じなくてすむ。 例えば、住宅ローンを組む際に、購入者が接するのは住宅ローンブローカーである。 こうしたブローカーは歩合でセールスを雇い、複数の住宅ローン会社の商品を斡旋、 セールスにはローン残高のー%を報酬として支払う。それだけにセールスは必死だ。 審査が緩いのをいいことに、自己申告で収入と仕事を記載させ、借り手に不利な重要事項は教えず、 最初の金利は安くして支払い可能なローンと思わせて売りまくった。 サブプライムローンが好調な時には、年収100万ドルのセールスがざらにいたという。 こうして、最初の2年は金利が6%で残り十数年が十数%といった無茶なローンを組ませた住宅ローン会社は証券化で 「貸し手責任」から解放され、証券化した金融機関は格付け会社や債券保証会社の信用供与で責任を逃れる。 この「負の連鎖」の特徴は、誰にも責任が及ばないことだった。 この実体経済を揺るがす金融商品は、 住宅ブームを演出したいという金融当局の思惑によって生まれていた。 そこには、「マエストロ(名指揮者)」とまで呼ばれて尊敬を集めた米国FRB(連邦準備制度理事会) のアラン・グリーンスパン前議長もいたという。 P−24 (字数の関係でカット2009年9月20日) ・・・・・・・・・ 2007年09月20日(木) 2361, 閑話小題
ー新潟駅にビック・カメラが出店ー 来年12月にオープンする新潟駅内のビルに「ビック・カメラ」がオープンと新聞に発表されていた。 現在「ヨドバシ・カメラ」がオープンしているので駅再開発の前に、このビルに移転するのではと予測をしていたが、 何とヨドバシの競合相手の「ビック・カメラ」になった。 現在のヨドバシ・カメラは1500〜2000坪あるかなしかで、 同じ商品構成では今度のビッグ・カメラの3500坪とでは闘いにならない。こういう場合、カメラとパソコンなど品種を絞り、 闘いを挑むしかない。秋葉原ではヨドバシ・カメラが超大型店を出店したら、多くの中小規模の量販店が撤退か廃業を 余儀なくされたばかりである。ヨドバシも闘いは無理と判断するかどうか? これで、新潟駅が俄然面白くなってきた。 (字数の関係でカット09年09月21日) ー阿部首相の退陣についてー あっさりと安部首相が退陣することになった。福田で決まりのようだが、その手腕は未知数である。 経歴、年齢からいっても短期内閣で終わるのは誰の目にも確か。しかし民主党も心もとないことも確かである。 小沢はアメリカの共和党が次の大統領選挙では民主党に取って代わることを読んで、 思い切った戦略を組んでくるだろう。そのため思いもよらない事態が起こるかもしれない。 その前に、政界の大編成が起こるのだろうか・・・。安部と小泉では、やはり力量が違ったということか。 それにしても、阿部は損な役回りをしたことになる。総選挙の敗戦時が辞め時だったが、その位のことも解らなかったと いうこと。一昨日のネット上で「阿部首相が自殺未遂!」という情報が飛び交ったというが、有りそうな話である。 彼も一年もすれば立ち直ってくるだろう。 それが政治家というものだ。
・・・・・・・・・ 2006年09月20日(水) 1996, 悪筆ー3 才八∋ウ_〆(∀`●) =もっと「きれいな字!」が書ける本= 読書日記 二章 この「書き方」を知るだけで、漢字がもっと上手くなる! ー上達の近道 (字数の関係でカット2008年9月20日)
・・・・・・・・ 2005年09月20日(火) 1631, 愛か、夢か、それが望めないなら仕事を! この連休前に借りてきたDVDの『フライト オブ フェニックス』の一場面の、ある男のセリフである。 砂漠の真ん中で墜落した飛行機から一人絶望のうえに脱出しようとした男が、助けに行ったリーダーに 向かって言うセリフである。 「この状況では愛など関係ない、ならばせめて夢を与えて欲しい。 それも無理なら仕事を与えて欲しい!ただ死を待つのはもう耐えられない!」極限の言葉である。 それに対して、「あくまで援助隊を待つべし」という方針だったリーダーは、その考えを変える。 この言葉は人間のあるべき姿を全てを言いあらわしている。 ・人間の一番だいじなことは、「愛」 −暖かさ ・次に「夢」を持つこと −方向 ・そして、それを可能にするための「仕事」 −力ー愛と夢を支える力ー現前の気晴らし? である。 リーダーとしても、人間にとってもこの順位は変わらない。 どれも、決して侮れないことである。極限では、この一つも見出されないのが人間の姿である。 極限の中にこそ、これを見出せるかどうかが試されるのだろう。何気ない映画の一言にドキッとした。 ー検索で調べた荒すじをコピーしておきます。 閉鎖された石油採掘所のスタッフと廃材を運ぶ運搬機が、巨大な砂嵐に遭遇し砂漠の ど真ん中に不時着する。毎度お決まりの仕事を無難にこなすだけだった貨物機操縦士のフランク(デニス・クエイド)は、 自分たちの状況が最悪なのを察し、助けを待つしかないと悟る。しかし、コスト削減のため採掘所を閉鎖した本社が、 彼らの捜索部隊を出す予算など持っているわけがないことに気付き、彼らは絶望の淵に立たされる。 その中で正体不明だったエリオット(ジョヴァンニ・リビシ)が不時着した貨物機の 破損していない部分を見つけ、彼らはここから新しい飛行機を造ることを決意する・・・。 1965年製作の「飛べ!フェニックス」をリメイクした作品。 砂漠の真ん中で遭遇した事故により 過酷な状況に陥った生存者が、砂漠から脱出を試みようと飛行機造りに奮闘する姿を描く。 飛行機の残骸から新たな機体を造るという荒唐無稽なアイデアと軽快な音楽とが相まって、 過酷な状況である筈の生存者達の姿には、悲壮感や緊迫感があまり感じられない。 この点は賛否が分かれるだろうが、心理描写よりも飛行機造りをメインに据えて展開する ストーリーは思い切りが良く、映画ならではの面白みがある。 シンプルで解りやすいストーリーはテンポ良く進んでいき、すぐに作品の世界に入り込むことが出来る。 ラストは容易に想像できてしまうものの、冒頭の飛行機墜落のシーンや飛行機造りの過程で次々起こるトラブルは、 観ていて飽きることがなく最後まで観賞する事ができる。 気楽に楽しめる娯楽作である。
・・・・・・・・・ 2004年09月20日(月) 1266, 仲人制度が消滅?
新聞に出ていたことだが、「結婚式で仲人を立てたカップルは4・6?と、前年より3?近くも減少。 20組に1組以下になった。 首都圏では、僅か1?しかなく、制度としてほぼ消滅した。 終身雇用が揺らぎ、ついてゆくべき上司に頼む風潮がなくなったこと、「家」と「家」から「個人」と 「個人」の結びつきに変化したためである。更に仲人を頼まれるのを嫌がる人も増えているのもある。 三年前には20?がまだ仲人をたてていたが、そのサラに4分の1に激減した」という。 そういえばこの数年来の結婚式で仲人をたてた結婚式はみたことがない。 非常に良いことだ。 昔から、仲人が二人の経歴を長々述べて、ただ祭壇に黙って座っている姿が滑稽で、気の毒でさえみえた。 家という制度が確実に破壊していることもある。これは決して良いことではない、少子化の時代の現象でもある。 反面、気楽に結婚して子供をつくるのはよいが、家庭を維持できなくなり、先日の「幼児殺人事件」に見られる 現象が度々起こってくる。少し減ったというなら解るが、ほぼ消滅とは驚きである。
・・・・・・・・ 2003年09月20日(土) 899, 《V・E・フランクル》について
十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。 人生丁度まがり角であったためであろう。その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。 彼の「意味」発見のための3つの問い ・「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」 ・「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」 ・「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」 この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』『満たすべき意味』 を発見するための手がかりになると、フランク心理学では考えている。 特に以下の分析には深く納得をした。 ー自己超越のための3つの意味(価値)ー 1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術 ー力への意志 2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛 ー愛への意志 3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで 得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化 ※自身が何らかの喜びに満たされていること ー知への意志 人生には発見されるべき価値や意味がある (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる) (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である) (3)人生の意味 (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す) ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である ー私が読んだ本は以下であるー ・「夜と霧」:ドイツ強制収容所の体験記録 V・E・フランクル 霜山徳爾(訳) みすず書房 1985年 ・「それでも人生にイエスと言う」 V・E・フランクル 山田邦男・松田美佳(訳) 春秋社 1993年 ・「宿命を超えて、自己を超えて」 V・E・フランクル山田邦男・松田美佳(訳) 春秋社 1997年 ・「<生きる意味>を求めて 」 V・E・フランクル 諸富祥彦(監訳) 上嶋洋一・松岡世利子(訳) 春秋社 1999年 ・「フランクル回想録:20世紀を生きて」 V・E・フランクル 山田邦男(訳) 春秋社 1998年 ・「フランクルに学ぶ 」 斉藤啓一 日本教文社 2000年 ・「どんな時も、人生に‘YES’と言う 諸富祥彦 大和出版 ー印象的なところを「検索」で調べてコピーしたー ーーーーーーーー ー以下は、字数の関係でカットー2007年09月20日
・・・・・・・ 525,光ファイバー - 2002年09月20日(金)
昨日から、会社のランが光ファイバーでネットされた。今までの電話線の10?安いネット料金で コストパフォーマンスはよくなったが、諸経費等が65万である。1~2年で元はとれるが、それで1000倍近い速度だ。 自宅では来月半ばに入る。長岡で導入の一号だそうだ、その証明書も出してくれるという。 何か営業に強引に加入されてしまったが、一号の証明書をもらって我慢だ。 月9000円で、来春5800円に下がる?そうだ。電話代が無料になるから、その辺が入り時という。 ブロードバンド ポルノと検索入力して、はじめは 定番から入るしかないか? 「ブロードバンドと何々」の何々をこれからキーワードに意識をしていくと、面白いものに行き当たるだろう。 愛犬家だったら犬と入れると犬の画像が出てくる。おしゃべり日記といれたら、何か話している人の画像が出てきたりする? 自宅ではADSLが一月前に入ったが、早速ブロードバンドとポルノと入れたら、リアルな映像が出てきた。 それから見ていないが、あれはこっそり見るもので、パソコンで見るのに適してない? 美術館とか博物館などが早速取り入れてくるだろう。 それとサービス関係のホームページも。 これに携帯が連動してくると、さらに面白い時代なってくる。 今まで写真中心の海外旅行のホームページが、 写真が出てくるまで時間がかかりすぎて、見るのに躊躇していた。その問題は軽くクリアーするだろう。 二紙とっている新聞を一紙にしようかと、今月中に結論を出す。トレードオフだ。 以前は3紙とっていたが、日経をまずやめた。この時はWOWOW に加入した時だった。 次は朝日か?新潟日報か?どちらを残すか。 会社に行けば見れるのだから。 今の若い人は新聞を見ない傾向にあるという。インターネットでネット新聞を見ているという、 もちろん無料だ。 死亡広告がなかったら日報もやめたいのだが、全くつまらない! 考えてみたら、とってないのもいいかもしれない??!新聞社の斜陽が更に進むだろう。 ヒカリファイバーで3年先には大きな社会的な変化が進むだろう。
・・・・・・・ [151] 世間様 2001/09/20 「世間とは現実にドップリつかった馬鹿な4^5人のこと。」 浪人を重ねるうち悟ったことである。それは諦めと醒めた視点から感じたことだ。 現実とは世間とは「教養のない馬鹿な女と女みたいな男の現象世界」でしかないことを。 それが馬鹿な彼女・彼等にとって、現象が全てだからそうなのだろう。 世間の目、世間様とかは自分の(自己の範囲を自分というなら)日々の泡でしかないのに。 それが解ってないから前に書いたチンドンヤや子狐が出てくる。 その言葉に呪縛されて、一生終えてしまうのが95%いやもとっと多いのでは。 世間様に笑われないようにとか、世間様に迷惑をかけないように!これも大事だろう。 城下町街はこの世間様の世界に入る。彼らの情報(噂)は下ネタか夜逃げか不幸,それを皆で楽しんでいる。 社会と世間の言葉の違いを定義つけておかないと!こういう世界に迷い込んでしまう。 ーーーーーーー (10年近く前に書いた文章に似たような内容をコピーしておきます。) −H0407城下街小唄ー 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。 その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。 その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており漫画的ですらある。 彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。 特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、 彼等の出す“ウワサ”がその社会を大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが“マンダラ” の中心点に近い人間が言った事こそ絶対のようだ。(“ウワサ”として)彼等の社会をみていて、 維持型の人間こそ“一級”と評価される。固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベスト。 “非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、今は下火になったのだが、 新興の各業界の?1の社長が十人あまり?1がゆえに聞くに耐えない“ウワサ”を流された。 “一種の集団いじめ”なのだが、そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。 冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。それがおもしろおかしくて 集団ヒステリック的につくりあげられており、自らの名が出るかどうか怯えている。 “参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものといえよう。
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2009年09月19日(土)
・民主党政権が発足したが、問題は、公約が守られるかどうかだ。 100年以上の官僚内閣制度を打破できるかだ。 検察と国税と土建の国土省の狡猾な宦官を コントロール出きるかどうかだ。 戦略局が次官会議に取って代えるところがミソである。 自民党も政権を下りてしまえば、官僚内閣の小間使いでしかなかったのが露出したことになった。 今度は、民主党が、彼等にどう取り込まれるのか、それとも首輪をはめられるのか? そのバトルが生々しく劇場化してくる。 国民による自民、官僚パージが、この選挙だったのである。 ・中小企業と個人の返済3年猶予というが、実際に行われるのかどうかだ見ものである。 徳政令ということだろうが、そうでもしないと、来年早々、日本経済は大きな転換期になる。 中小・零細企業の倒産ラッシュである。 せざるを得ないということだ。 銀行も、反対するが、 逆に政府も間接救済になる。 自民党政権も、大手銀行の使い走りだったので、このような発想そのものが 出ないのだろう。自民党よりの読売新聞が「自民党よ、堂々たる与党に」だと、更に破壊しないと無理。 ・一週間後の国体に向けて、新潟市も慌しくなってきた。 当方のホテルもである。 宿泊は、選手よりマスコミとか、運営関係の役員とかが中心のようだが、色いろ細かいようで 現場は大変のようだ。 身障者の大会も含めると半月の間は新潟市は満杯になる。 問題は、終了後のことだが、それは、その時に考えるしかない。 しかし、来年になると新潟にある火力発電の増設工事が始るようだ。柏崎刈羽の原発が当分フル稼働が 出来ないので、新潟の火力発電を増やすしかないとか。 景気の落ち込みで、柏崎刈羽のマイナスを 吸収したと思っていたが、そうでもなさそうだ。 いずれにしても大変である。 どの程度か分からないしし、当てには出来ない話だが。 ・・・・・・・・・ 2724、世界恐慌の結果、どうなる? 2008年09月19日(金)
恐慌になると過去の事例から、30?売り上げが減り、それに耐えられないところから消滅を始めるという。 毎日毎日、アメリカの発の金融危機のニュースが入ってくる。100年に一度の恐慌が始った。 アメリカが風邪をひくと日本は肺炎になる、という言葉が可愛らしくて思え懐かしい。 アメリカで震度6強の大地震が起こったのである。 そして、大きなウネリが起こってしまった。 それは大津波になり日本のみならず世界中に押し寄せ始めた。 津波と違うのは何年にもわたることことである。 ところが日本は政治的空白の事態で、頭がないのが現状である。 これは2001年の9・11事件に匹敵するか、 それ以上の出来事。大津波を、現象としてイメージしてみると、数年以内に既存の会社の半分は倒産、いや、 そんなものではないか? 銀行、特に地銀以下の過半数が消滅、ハイパーインフレが発生、失業率が二倍、 国家非常事態宣言が出て、銀行口座の閉鎖? 現在考えられるのは、その辺だが実際は、この程度ではないだろう? 100年に一度の世界恐慌なのだから。 それも一番の直撃を受けるのは日本。どうすることも出来ないのが アメリカの隷属国家の運命である。次は、アメリカの証券会社二位のモルガン・スタンレー。 緊急に銀行との合併で凌ごうとしているようだが。そして、シティーバンクが次のターゲット。 数年前まで日本を買いあさっていたアメリカの金融機関の惨状、ザマ〜ミロと言えないのである。 そのツケは日本が払わざるを得ないからだ。他人ごとでない、果たして会社はどうなるのだろうか? 逃げも隠れも出来ないが、生存に全てをかけるしかない。生き残りをかけた生存競争レベルになってきたということだ。 それが会社だけでなく、年金生活者も含まれるから、ことは重大である。 国家破綻の現象としては、ハイパーインフレになる。 そして、次に来るのは中間層が総下層になる。 社会の不安が増大し、犯罪は増加する。 ソ連の崩壊時と同じような現象になる。 年末から100円以下の株価の会社は銀行のしめつけで、次々と倒産が始るだろう。 日本型社会主義の完全崩壊である。 第二の敗戦が表面化してきたということだ。 これだけ劇的な世界恐慌に「現役」で経験するとは思ってもいなかった。私自身、2008年9月16日14時をもって、 「世界恐慌」と判断した。そう判断すると、震えるほど恐ろしい。みる目が全く違ってくる。 みる目が違うと判断も違ってくる。私の人生で、過って経験をしたことのない最大のイベントが展開を始めた。 それにしては、まだ実感が少ない。 茹で蛙になってしまったのだろうか。 現実に信じられような大混乱が直ぐに始るだろうから・・・、 いや始ったのである。 ゴールドや、資源を持っている国は、それを担保としてあるから、立ち直りが早い。 しかし、体力のない日本の行く末は・・・・ 何度でも言う、「恐ろしいことだ!」
・・・・・・・・・・ 2007年09月19日(水) 2360, ギリシャとエーゲ海の旅 −6 ーギリシャ旅行の総括ー (1)
この旅行で言いたかったことはホボ書きつくした。去年のケニアを除けば、北イタリア、オーストリア、 スイスと欧州が続いている。やはり何処にいっても、欧州は数千年の間に積み重ねられた豊かさと文化の深を実感する。 観光地の一部だけを見たにしても、アジア・アフリカとは根本的な格差が解る。 レジャーにしても、長年の間に洗練されたセンスが違う。人生を楽しむことに長けている。 またクルーズをするならカリブ海クルーズだろう。底抜けの明るさと太陽は、またギリシャとは違った 味わいがあるだろう。メキシコに行ったとき、一日だけメキシコのリゾート地のカンクンに泊まったが、 カリブ海を臨む高級リゾート地の雰囲気は何ともいえなかった。 クルーズ船に乗ってカリブのバハマなどの諸島を巡ったら、思いもよらない景色に出会うだろう。 「求めよ!さらば与えられん」である。今回は殆ど無駄のない日程が組んであった。旅行は、続けてこそ当たりも外れもある。 当たってばかりでないのが、よい。外れがあるから当たりもあるのである。人生と同じである。 出発前にギリシャの各地で山火事のニュースが流れた。行く前に、誰かに「大丈夫ですか?」と聞かれたが、 「大丈夫! 九州の鹿児島辺りの一部で火事が起きているようなもの。イメージでしかないし、絶対に日程が狂ったりしない。」 と答えた。案の定、旅行の最後の方で地元のガイドが少し話しただけで、遠い遠い何処かの話でしかなかった。 そんなものだ。逆にいえば風評は恐ろしい。エジプトはギザのピラミッドと、エジプト考古博物館に行った。 二回目である。エジプトの遺跡はルクソールだけでも世界の遺跡の5〜6割以上ある? (現地ガイドの説明で真偽は解らないが)というが、その中でもこの二つは一番の見所であった。 良いものは見れば見るほど、その素晴らしさが見えてくる。前回は、この二箇所をじっくり見ることができなかった。 いま一度どうしても行ってみたかったので、丁度よいタイミングであった。特にカイロの考古博物館は、素晴らしい。 その中で圧巻は、ラムネス?などのミイラと、ツタンカーメンの「黄金のマスク」と、副葬品である。 それらは現在でも通用するものばかりである。今回旅行で解ったことだが、ナイル川クルーズがあるという。 今度チャンスがあったら、是非乗ってみたいクルーズである。もしエジプトを計画しているなら、これはお勧め。
・・・・・・・・ 2006年09月19日(火) 1995, 世界の絵画50 −2 おはよ〜!(*^ワ^*)i 不安の正体 ームンクの「叫び」 不安感を絵で表現するとムンクの「叫び」になる。あれは恐怖の叫びとは違う!不安の叫びである。 人間がいきている限り、不安は常に付きまとうものである。生きていること自体が不安の原因となる。 これが 先日、ハイデッガーについて書いた中にある、「不安」の本質である。 「不安とは現存在として最も根本的な気分である」という。 彼によると現存在は世界内存在として理由もなく この世界に投げ出され、そのつど、何らかの気分に規定されている。 日常性の中に埋没されて生きている非本来的あり方から、本来的自己を呼び覚ますきっかけとなるのが不安である。 とりわけ「死」の可能性の前にしての不安において、現存在としての根源的開示がはじめて生起すると・・ 誰でも漠然とした不安が夢の中で熊の姿で現れたり、金縛りになったりする。 その根源が現実社会と思っていたが、「死」の可能性を前にしての不安というのも納得できる。 恐怖は具体的な恐れであるが、不安は漠然とした恐れである。 その正体が「死」である。 もう一つは変化そのものであるが・・・ 難しくなるので、「変化」のテーマで書くことにする。 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ ところで、新聞にノルウェーのオスロのムンク美術館所蔵の強奪された「叫び」が発見された、と報じていた。 この「叫び」の男は、絵の中で表現された人物として、絵画の世界で有数な有名なキャラクターになっている。 ムンクは、この男の絵を通して不安を表現したかったようだ。彼は、この絵に対して、次のような言葉を残している。 ー友人ふたりと歩いていたムンクは、ひとり立ち止まって、太陽の沈んだあとの、血のように赤くなった雲を見た。 友人はそのまま行ってしまったが、ムンクはそのとき、恐怖と不安にふるえながら、自然の大きな叫び声を聞いた。 そして、この「叫び」を描いたーという。 彼は自分のその時の体験をそのまま描いた絵であり、 その男は、ムンク自身の姿である。この絵には中央の雲の部分に小さな字で、「こんな絵を描けるのは狂人だけである」 と書き込みがある。ムンクは1863年、ノルウェーのロイテンで軍医の子供として生まれている。 5歳にして母親を亡くし、その9年後、母親と同じ結核で姉を亡くし、32歳で、父親と弟が亡くなっている。 そして、妹も精神を患い、病院に入れられてしまう。彼は「病と狂気と死が、私の揺りかごを見守ってくれた 黒い天使だった」という言葉を残している。 ー「世界の絵画50」より抜粋ー 正に「病と死と狂気への不安感」が大きく口を開いている。この絵は人間の不安感という黒い闇を鋭く描いた絵である。 (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年09月19日(月) 1630, タクシー業界の実態は!
ホテル業をしていると、生々しいタクシー業界の話が入ってくる。 平均して週一割りで外で飲んでいるが、健康の為にタクシーに基本的には乗らない。年に数回?位だろう。 たまにタクシーに乗った時に運転手に実情を聞くと、信じられない内容が返ってくる。 「月の収入が、手取りで15万円で一家三人でギリギリくらしている。 家内がパートに出ているから何とか生活している。高校出の新卒の給与より安いのは惨めだ。 直ぐにでも辞めたいが、同僚が辞めても直ぐに新しい運転手が入ってくる。とにかくお客が乗ってくれない」等々である。 ある新聞のコラムに、韓国・ソウルでタクシーに乗って景気の話ができないという。 その話になると、運転が急に荒っぽくなるという。タクシー業界は一番、景気の敏感である。韓国の景気もひどいらしい。 先日チラシに目を疑う内容があった。『成田まで10000円、羽田まで8000円ー全ての経費込み スーツケースも運びます。 一人様より可能!』 本当かと電話をしたら、相乗りのバンだが、広告に偽りなしという。 新幹線で行くと、長岡から成田まで10000万+スーツケース=12000円になる。 自宅まで迎えに来るというから、便利この上もない。ただどちらを取るかは別問題だが。 ところで、一昨夜のNHKスペシャル「タクシードライバーは眠れない」 ー規制緩和から3年、年収300万過酷な戦争ーを見た。 (字数の関係でカット09年09月19日) ・・・・・・・・・ 2004年09月19日(日) 1265, 少し際どい、「とある話」
かなり危ない話は、実際のところ随想日記では書いてない? といって、「エッ!」という話は、よくあることである。??日位前のこと?、あるところで飲んでいた。 カウンターの隣で、人品の良さそうな二人連れが気持ちよく歌い、帰っていった。 その一時間後、帰ろうとしたところママさんが「あの人が、例の人なの!」 ただ「 」 その店で、何回か「??!!」の話をしていたと思うが?! 具体的には、もちろん書けないし、40年以上も前の封印された事件である。 少し際どい話になったが、今となっては殆どの人が知らないし、この文章だけでは、誰だか解らない「とある話」だ。 以下の詩の、その人である。 ・・・・・・・
こころにのこった詩ー2 2002/11/26 ビートたけし ー兄弟ー 兄ちゃんが、僕を上野に映画を見につれていってくれた 初めて見た外国の映画は何か悲しかった ラーメンを食べ、喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ 兄ちゃんが、後で入ってきた、タバコを吸っている人達に 殴られて、お金をとられた 帰りのバス代が一人分しかなく 兄ちゃんが僕をバスに押し込もうとした 僕はバスから飛び降りた 兄ちゃんと歩いて帰った 先を歩く兄ちゃんの背中がゆれていた 僕も泣きながら歩いた −−−− ーこれを読んで子供のころの出来事を思い出した 詩的に書いてみるー 小学校の低学年の頃、兄と歩いていた 兄が急に頭に手を当てた 帽子を取ると頭が血だらけだった 兄はそれを見て泣き出した 帽子に穴があいていた すぐに誰かが空気銃を撃ったのだと思った 近くに不良の中校生がいた 彼だろうと思った 兄の手をひいて帰った その問題は大きくはならなかった それから10年経ってその少年は??事件をおこした 「ざまみろ!」と思った
・・・・・・・・ 2003年09月19日(金) 898, 携帯TV電話を買った!
ある飲み会で、ついに「携帯TV電話」を持っている人がいた。 数回飲んでいたが、携帯TV電話を持っているとは知らなかった。今年の4月に28000円で買ったという。 アニメ系ソフトや携帯電話などのソフトの開発の仕事をしている為、利用価値があるのだろう。 仕事仲間の殆どが携帯TV電話を持っており、仕事内容の打ち合わせに最適だといっていた。 東京の仲間内の事務所にカメラが据えてあり、よくアクセスするとか。 また音楽が大好きで幾つかの録画をダウンロードしてあり、フルに使っているという。 「普通のiモードの携帯の10倍の価値を感じる」といっていたのを聞いて私も買うことに決めた。 実際に手にとってみて、SFの世界にいるような気持ちになった。 その人がアクセスした事務所の照明をつけたり消したり、室内の音声まで聞こえてきたのには驚いた。 まずはアダルト系とか、出会い系サイトに利用されるだろう。まだ綺麗なTV放送は見られないが、 あと数年経つと今とは全く違った画面が見られるようになるという。 メーカーの研究所で次世代の液晶画面の開発がすすんでいるとか。 まだ買ったばかりで殆ど利用方法が解らないが、これは面白そうだ。カメラ付を来月にでも買おうとしていた矢先、 思わぬキッカケでTV付を買う羽目になってしまった。値段は1万9800円で半年で三分の二に下がっていた。 もちろんカメラ機能が併設してある。私の場合、周辺では誰も持っていないので、他人の公開している部屋や事 務所でも覗き見してみるつもりだ。そう、スナックや居酒屋の店内を覗くのも面白そうだが。もう少し使い込んだら 再び話題の取り上げてみるつもりだ。それより紹介してくれた相手とTV電話をして使いかたを教わるのが一番実用的だ。 これを持っている??でもいたら一番よいのだが、無理か。
・・・・・・・・・ 524,北朝鮮を考える - 2002年09月19日(木)
解りやすく北朝鮮を要約するとー 得体の知れないマフィアの親子が国家を乗っ取ってしまった。 そして?鹿息子が自分を「偉大なるドン様」と国民にいわせている。 ・やりたい放題、偽札は国家単位で生産する。 ・武器を狂信的国家に製造して売りつける。 ・麻薬も国家的生産体制でつくり、隣国のマフィアに売る。 ・更にある平和ボケの隣国に銀行をつくり、どんどん金を高利で集め自国に移動する。 ・スパイのネットワークを周辺の国に張りつけて、その国民を自国に連行はする。 ・ある隣国の野党そのものを買収をして連合をする。 ・最近はミサイルを造り、ある虚勢された?隣国の上を飛ばす。 ・原爆まで生産、それを狂信国家に売りつけようと企んでいる。 しかし、そのマフィアのパパが死んでしまった気の小さい僕ちゃんがとんでもないミスをやらかしてしまった。 狂信国家のテロリストと組んでアメリカに対抗しようとしていたが、こともあろうにアメリカの象徴の ユダヤビルを2つ吹き飛ばしてしまった。さらに3000人の命を奪ってしまった。 この報復はすぐに始まった。日本の銀行の締め付け、日本への侵入に対して衛星TVでの厳重チェック、食料援助の凍結。 2〜3年後のアメリカの間違いない攻撃! そこで隣国に韓国と同じ手法で、詐欺の計画をたてた。 あたかも友好のふりをして援助が目的のパフォーマンス。 しかし人質の8人の殺害もばれてしまった。 恐らくこれは国論がいくら脳天気でも硬化する。これは日本国家にとっても数年先のアメリカの攻撃に、賛成に傾く。 脅かしで原発の一つや二つ爆発をさせるかもしれない。この国もやっと、危険という意味でグローバル化してきたというところか。 与えられた民主主義ほどやっかいなものはない。
・・・・・・・・ 「再びホームページ‐5ヶ月 の実感」 2001/09/19
・個人のサテライト・スタジオだ。 ・個人の応接間だ。-WEB上に開いた個人応接間。 ・個人のお店だ。 ・個人の自己実現の場だ。 ・個人の楽しい過去の行蔵、楽しい今の楽しみの場、 楽しみな未来の計画の場。 ・唯我独尊の独り言の場。 ・この5ヶ月間の全エネルギーを注ぎ込んだ。 ・自分がどんどん変化していくのが面白い。 ・過去の内面に溜まっていた何かが一挙に出てくる感じだ。 ・文章力が飛躍的についた。 ・なんといっても1日30分も触ってなかったパソコンを、5〜6時間以上触るようになった。 ・パソコン教室に通うようになった。 ・同時に多くのソフトを知った。 ・写真をメインにしたアルバムホームペイジから始めるのが一番の早道である。 以上であるが、これから1000項目のテーマを随想日記に書き込むのを目標にしようか。
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2009年09月18日(金)
ある人に「あなたの『挫折を考えてみようか ー1』を読んだが、貴方には挫折経験がないのでは?」と言われた。 そこで改めて考えてみた。 大学浪人は、そこで進学を断念したのなら話しは別だが、挫折ではない? 金沢時代も挫折とは違う。目的もしっかりあったし、絶好の体験をしているという実感はあった。 創業を目指して彷徨いながら準備をしていたという明確な絵図があった。そうこう考えると、「挫折体験はないのでは?」 という指摘も正しいことになる。 先が見えないで暗い心情になっていた時期で挫折とはいわない。 そうこう考えると、挫折などと軽々しく言わない方がよい!ということか。 ネット辞書によると「挫折とは計画が達成できないで心が折れてヤル気を失うこと」とあった。 挫折は、それまでの自分を一度破壊して新たな自分の創造を促すチャンスになり、竹の節目に譬えることが出来る。 そこに大きな鍵が隠されている。 超越者の声に敏感になることもある。 それまでが横の時間なら挫折の時節は縦の時間。 「節目を打て!」というが、そこで超越者に試されことでもある。 物語なら、そこを節目としての転換期になり、「起承転結」の「転」の時になる。 挫折の状態は、追い詰められた状況ほど芸術作品や本などを通した超越者の語りかけに鋭敏になる。 「予定挫折」という言葉がある。 挫折を意図的に入れて置いて、人生の踊り場にするのである。。 そこは枝葉を切って根を養う時節であり、超越の時節になる。 「そうか〜挫折と思い込んでいただけか〜」と思ったが、それでは、挫折が無かったかというと、勿論ある。 実は見落していたのである。 大学浪人や創業時の準備は勘違い? しかし深傷だったが。 最近になって「自分は中学浪人だった」と、何人かの知人から聞いて驚いたが、一番傷つきやすい時期の、 それから見れば、当時の大学は半分近くが浪人経験者で、挫折でもなんでもない。 また私の姉夫婦と実兄夫婦の倒産劇で、大きく挫折をしたのを間近で見たが、壮年、老年近い挫折は厳しい。 最近はリストラで日常が挫折だらけになっている。 他人事ではない。 予定挫折ともいかないし。 幸福というビルの最上階の4Fならいいが、屋上から何は? 挫折を茶化すこともないが・・・ 「挫折とは計画が達成できないで心が折れてヤル気を失うこと」か〜! なら日々挫折である。計画が甘いだけ?。 「日々是挫折」 =「日々是口実(好日)」 ・・・・・・・・・・ 2723, アメリカ発、金融危機の始まり! 2008年09月18日(木)
AIGが一昨日、1ドル台まで下落したが、アメリカのFRBが昨日になって9兆円の融資を決めたことで、 当面の倒産を回避した。FRBがリーマンと同じスタンスをとれば、倒産になるところだった。 世界中が一瞬、息を呑んで見守っていた決定であった。NHK海外衛星TVで、ジョージ・ソロスに インタビューをしていた。「これで問題が解決をしたのではなく、小さな目先の問題が先送りをされただけ、 次から次へと同じような問題が出てくる!」と、大恐慌の到来を匂わせていた。 アメリカ政府が80?の株式を持ち、切り売りなどしてソフト・ランディングをさせる方針だ。 アメリカの上位数社の壊滅と、AIGの政府の倒産の危機は9・11事件に匹敵する金融の大事件。 一つ間違えれば世界の金融は崩壊の危機に立っている。これが序曲でしかないのは、誰の目にも明らか。 ボロボロ世界中から、大問題が次々と発生してくるのだろう。 恐慌が始ったようだ。ある日、手に負えないような ハイパーインフレが発生し、スタグフレーションになる。考えただけで恐ろしい日々になるのである。 メルリリンチが、もしBOAのリーマンを買収が決定すれば、次にターゲットが自社に来ることを察知。 恐らく財務関係者から救済がないことを知らされて、急遽BOAに売却を申し込んだのだろう。 メルリチンチの倒産の方が更に衝撃が大きかっただろう。 映画のような非常に緊迫したヤリトリがあったのだろう。 リーマンでも負債総額が64兆円というから。日本でも各金融機関は大きな損失を被るだろう。この混乱は、 今後大きな尾を引く。これまでとは全く違った金融環境になることは自明。 日本でもあったように、 資金の貸し渋り、貸し剥がしが、アメリカのみならず、世界中で起こる。 やはり世界恐慌が始ったのである。 欧米各紙は、「ブラック・サンデー」と命名したという。それか翌日の15日の荒れた月曜日ということで、 「ワイルド・マンデー」ともあったが、ドチラが定着をするだろうか?昨日の為替・株式、世界中の国家が、 その維持に必死だったのがうかがえる。日米欧、二日で36兆円、というが、そんなものではないだろう。 すざましい攻防があったはずである。2001年9月11日をもって時代が様変わりしたように、 この9月15日をもって経済が様変わりをしたのである。その意味で、歴史的な日になってしまった。 アメリカで大地震が起きれば、日本に大津波が押し寄せる。それも数年にわたって何波もである。 銀行と企業の倒産の嵐、円安、株の暴落、政情の不安定、失業率の増大、資産の海外への逃避。 考えただけでも恐ろしくなる。 その中で経営していくのもソラ恐ろしい! 大津波の場合、全てを捨てて高台に向けて逃避するのが助かる唯一の方法。 具体的に、如何いうことか走りながら考えようか? 日本人には「マレーシア沖地震の大津波を、 アメリカの大地震の津波と類推する」ことさえできない。そういう私も、そうかも知れない。 戦後最大の日本の危機であることを実感してないのでは?僅かな、貯金を直ぐに金に換え、AIGの預け金を何をして・・、 今更何をしても変わらないか!ソ連の崩壊時に、政府高官とか、マフィアは自分の資産を海外の口座にドル建ての預金を しておくとか、秘密金庫に貴金属に替えて預けておいたという。その人たちが、崩壊後に資本家として現在、君臨している。
・・・・・・・・・ 2007年09月18日(火) 2359, ギリシャとエーゲ海の旅 −5 才ノヽ∋―_φ(゚▽゚*)♪ ーエーゲ海クルーズー
クルーズといえば、過去に香港クルーズの経験がある。香港からフィリッピン周辺の海域をクルーズするのだが・・ 何社かの旅行代理店の共同企画だったが、{参加者が少ないため体裁を整えるため御得意に三分の一の値段でどうか} というので参加したことがあった。クルーズが、こんなに楽しいとは実際、参加して初めて知った。 朝から晩まで何かしら船内で企画があり、それ以外は甲板で日光浴かウォーキング。決して飽きさせないノウハウを 企画者は持っているのである。そこに日本の老女の未亡人が、ほぼエンドレスで参加していた。 日本で生活しているのと生活費は同額?なら、よほど国内より楽しいという。スタッフは親切にしてくれるし 解らないでもないが、それは人生の甘い辛いの全てを経験した後のこと。ところで、この実質三泊三日のクルーズ朝から 晩まで飽きることのない日程。むしろ、時間、いや体が足りないぐらい。三日間、午前・午後と分け4時間、 地中海の小島の遺跡や観光地に上陸する。それぞれが深い歴史と味わいを持っていて世界中からの観光客に親しまれている。 確かにエーゲ海をバックに見ごたえのあるものばかりで、バカンスの極致だろう。それをカジュアル?に組んであるのが、 欧州の欧州たる所以である。毎日午前と、午後か夕方に分けて、二回エーゲ海の島にある観光地に上陸。 移動は夜間か、昼飯から午後の暑い時間に船でするから合理的である。客船を移動ホテルと見立てれば、こ れほど便利な手段はない。それと、エーゲ海での甲板の日光浴が良い。今回のクルーズで立ち寄ったサントリーニ島や、 ミコノス島などは、珠玉の島という言葉がピッタリである。地中海、エーゲ海沿岸の豊かさは観光地とはいえ 目を見張るものがある。世界の大金持ちのお遊び場を垣間見た思いである。 ヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・ 2006年09月18日(月) 1994, 悪筆ー2 (。^0^。)ノ オッ ーもっと「きれいな字!」が書ける本−2
まずは自分の名前を原則に従って、漢字と平仮名で書いてみた。なるほど、今まで何万回書いているため、 その効果が解りやすい。 自宅の住所もそうだ。住所と名前を、まず練習すればよかったのだ。 漢字、カタカナ、平仮名と・・・ 一章 ちょっとしたコツで、あなたの字は見違える! ー「上手な字」の大原則ー ・縦画はまっすぐ、横画は右上がりに?起筆でアクセントをつける−これは漢字の場合、左上から右下に小さな点を書いて、 一度止めてから引く?字の中心をつかまえれば、崩れないし、曲がらない ー字の縦中心にラインを意識する (字数の関係でカット09年09月18日) ・・・・・・・ 2005年09月18日(日) 1629, 戦略的思考についてー3
戦略的思考としての「質問」を幾つかの本からランダムにとりあげてみた。(戦略的でないものも含まれるが) ・その意味は何だろうか? 何故?何故?何故?何故?何故?何故? 何?何?・・・・・ ・私が長期にわたって成し遂げたいことは何だろうか? 私にとっての価値あることとは何だろうか? 自分を使って何をしたいのか? ・それが可能なことは解っている・・・しかし、やる必要があるだろうか? ・ここで新しく学んでいることは何ですか? その目的は? ・それを仕切るのがあなたなら、どんな手段をとりますか。 ・なぜ、ずっとこの方法でやってきたのですか? その方法で本当によいのですか? ・もっと前向きな方向に進めるために一つ決断を下せるとしたら、それは何ですか? ・お客にもっとも必要とされ、やりがいのあることは何でしょうか? お客に私たちが提供できるものは何でしょうか? ・顧客にどんなことを尋ねるべきでしょうか? ・自分のスキルを向上させるために、今日は何をしましたか? ・誰もが、果たすべき役割を持っている。その役割は何だか考えていますか? ・いま起きている変化は何ですか?そして、それに対する対応は如何しているのですか? ・あなたはどういう人生を送りたいのですか? 今日、その一日を過ごしたといえますか?
・・・・・・・・・ 2004年09月18日(土) 1264, 自己喪失感
10年から20年前のことだが、喪失感?に捉われたことが何度かあった。自信喪失というか、虚無感というのか。 このような心理状態を、誰からも直接は聞いたことがない。誰も黙って、こころの奥に閉まっているのだろうか。 「自分は全くの無能者で、何にも中味も蓄積もない。 今まで生きてきたが、全て上辺のことしか経験してこなかったし、 学んだ蓄積も何も無い。いや何も学んでこなかったのだ。ただ此処にいる自分は無能の抜け殻があるのみ」という 凍りつくような恐怖感である。 いや、真実の自己に気がついたということか! これが虚無感というのか、それとも一種のノイローゼの心理状態なのか? その無能感のためか、他の存在がいやに大きく感じる。多くの挫折感を味わってきたが、 その虚脱感とは違う底を抜けたような無能感だ。心のある状態なのだが、底知れない心の深遠を覗きみた。 「心に穴が空いて、その下を恐怖感で見たときに,虚無に取り付かれた心理状態」である。 失業をしたり、離婚をして、山手線の駅の雑踏の中で自己喪失感にとらわれた時に、 思わず電車に飛び込でしまう自殺が多いという。死を覚悟をした時に同じような感覚になるのかもしれない。
・・・・・・・ 2003年09月18日(木) 897, イルカの話ー2
先日、NHKで「野性の発見ーイルカとロビン・ウイリアム」という内容のドキュメントを放送していた。 ロビン・ウイリアムは私の数少ない好きな性格俳優の一人だ。そういえば去年の今頃、イルカの話を書いた。 イルカの能力は底知れぬものがある。鏡を見て自分と認識できる動物は、一部の類人猿とイルカしかいない。 先日のTvで、イルカに鏡を見せている場面が何とも面白い。自分の顔を人間のように、いろいろの角度から見たり、 表情をつくっていた。そして笑っているようにさえ見えた。イルカは牛がそのご先祖様で、 進化して6000万年が過ぎている。イルカのひれと牛の蹄は同じものであるという。 ーイルカの特殊能力をあげてみると ・ハワイの研究所のイルカは60の手話と2000の文章を理解できる。 ・人間の動きをすばやく捉えて、そっくりの物まねをする。 ・一致協力して、ボラを陸に追い上げて捕る漁法を持っている。 ・セックスそのものを楽しむ数少ない動物の一つである。 ・イルカは心に傷を持っている人をすぐに見分ける。 その能力を取り入れたイルカ療法がある 去年、NHKスペシャルで「漁民とイルカが共同で漁をする」内容を特集していた−後記コピー 彼等は自分のサインのような個々の音を持っている。人間が違う知性と交流できるとしたら、イルカだろう。 人間の想像をはるかに超ている進化した動物の可能性がある。 二つのドキュメントとインターネットの検索で、ちょっとしたイルカ専門家きどりだ。これが情報化というものか。
ーーーーーー 523, 本屋と書籍出版社と問屋 - 2002年09月18日(水)
本屋の世界が特殊ということがあまり知られてない。書店の問屋に2大勢力がある、日販と東販だ。 ・荒利が20?、返品自由の世界。価格は再販制−定価販売で、値引いては売らない。 問屋への注文は本の間に挟まっている注文書を販売時点で抜いて、注文をするシステムである ー現在はバーコードがついている。 ・本屋の棚割とか在庫数は問屋の指導で決められている?問屋は情報システムを本屋に売っていることになる。 解かりやすくいえばいえば、本屋は不動産業そのものといえる。ある立地を確保して、本屋をやる! といえば問屋が飛びついてくる。そして棚割りと在庫数の決定をする。フランチャイズシステムに酷似している。 イトーヨカ堂の鈴木敏文社長は大手問屋の課長の転職者だ。 小売は情報システムの販売という事を熟知していたから、社長まで登りつめたのだろう。 ・20?の荒利の内訳はー人件費が40?、地代が7~8?、電気光熱費がなどの経費が30?、 万引きなどが3~4?のロスの世界だろう ーこれは私の推定だが。 ・本の価格は、初版でコストが回収されるように値付けされている。 大体の話だが、価格の分岐点は単行本で, *初版1〜2万部で1700円あたりである。 *2000〜2500円だと初版は8000部あたり。 *3000円にしておけば、3000部あたりでよい。 ・単行本の中から、売れた本は文庫本に選ばれて書棚に残っていく。値段は半額から三分の一になる。 これからデジタルの時代といえ、本は残るといわれている。それもビジュアルの要素が多く入った解りやすい本が。 そういえば本屋ではそういう本が多くなった。文庫本にもカラー写真がたっぷり入った本も目に付くようになってきた。 かなり難しい哲学の本を3年前に買ったが、大きな絵入りと解りやすい解説が空間にたっぷり入った本であった。 居間のTVの横に置いてある。最近は左のページが原書になっていて、右に難しい英語の解釈や解説がしてある本もある。 これを読めば一応原書を読んだ事になるように、出版社もあの手この手で知恵を絞っている。 普通の人でも原書が読める時代だ。そういえば、街の小さな書店がどんどん姿を消している。 大きなチェーン店にとって代わっているのは、どの業種も同じだ。
ーーーーーーー 148、アフガン国境 2001/09/18
カイバル峠ーアレキサンダー大王が通った峠ー ー昨日間違ってけしたため今日改めて載せる ー自宅のパソコンにコピーしてあったので助かった
中近東シリーズ、インド・パキスタン・シリーズとこの2年旅行して見てきたそのままが、1〜2年後大きいニュースに なるのが必然か。その前がペルーやケニアであった。異郷をキーワードに行っていたのが、こういう結果に なってしまったのだろう。しかしツアーレベル(観光客レベル)でしかないのもわかっているつもりだ。 もっとシビアに言えば旅行で帰ってきて、どうだった?ときかれてもベラベラ喋れない! というのが本当のところだ。かなりのお金を払ってなんで?とは一回思ったことはない。 しかしそこで見たものは、感じたものは、得たものはその数十倍もあるからだ。 したがってこう言う機会にしかいえないからあえて言う。 シルクロード!の昨年の旅行、考えられない社会の連続であった。 パキスタンが注目の世界に入る事を前提にシルクロードのバスの世界で垣間見た世界を書いてみよう。 表面的の話を! ーバスの中で現地添乗員ー 「ここの部落は自治区です!治外法権の世界です!排他的な民族です、外を見たら目を絶対にあわせないでください!」 「ここの部落は近親相姦の平気な部落です!従がってかなり民度と部族としてレベルの低い世界です!」 「ここは麻薬と銃器の世界に対する密輸基地です、あの大邸宅の内側はホワイトハウスの 中より物理的にはるかに豪華な世界があります!警備もその数倍の仕掛けがあります!」 「この街は麻薬と銃の暗黒街ーマフィアにむけた秘密基地です、あの店の名前が麻薬やと堂々と書いてあります」 「ここからアフガンまで2時間の街道の200メートルまではパキスタンの管理下、 その向こうの道路は密輸通り! みて見ぬふりです!」芥子の花はその辺に咲き放題!その辺で石に混ざっているヒスイをさがしていたら、 ある女性が上から落ちてきた小さな石に当たった、しかしその速度のため頭は血だらけ ーもちろん帽子の上でこうなるのだから! あちこちで落石事故!自分たちだけは絶対大丈夫という信念の中で、 まずパキスタン添乗員が疲労で倒れ、次に我われの添乗員が倒れ!気を張っていた自分が、最終のフライトの飛行機の中で、 死ぬほどの下痢!脱水!トイレの前の席で30分ごとの脱水状態!もちろん生まれて初めての経験 ーーーー 参考に為にシルクロードの旅をコピーしておきます。 ーH12・07 シルクロード15日間の旅ー =旅は人生の縮図!= (以下は、字数の関係でカット・・・2008年09月18日)
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2009年09月17日(木)
哲学者のヤスパーの「限界状況」と「包括者」は、なかなか含蓄がある。 ヤスパーは第二次世界大戦でナチへの協力を拒否したため、大学教授を剥奪され、身の危険を感じ スイスに亡命せざるを得なくなった体験がある。そこから「限界状況」という考えが、色濃く反映している。 『限界状況』とは、突き当たり、そこで挫折するしかない壁、具体的には、死、闘争、悩み、歴史による規定などをいう。 それらの乗り越え難い厳しい壁を目の前にして、逃避するなら人間は自分を失ってしまう。 反対に、その試練を真摯に受け止めることよって初めて、我われは自分の生きる姿を知ることになる。 しかし受け止めたところで、限界状況では挫折は避けられない。しかし、この挫折が私たちを超越者(=包括者) の世界に導いてくれる。 もちろん、ヤスパーが考えたのは、挫折(無力感)から神のような超越的なものへ目が見開かれる という宗教的なことではない。 包括者を認知するとは、この世の中に決して合理的に理解できないものがあることを 知るということ、理性の限界を知るということである。 理性の限界を認識してこそ、私たちは理性的に思索できる。 それをヤスパーは包括者の認知と提示したのである。 20世紀から、このかた原爆、世界大戦、ナチ、毛沢東などが、 大量殺戮を繰り返してきた。 それは徹底した合理主義の下である。 理性そのものの疑問が生じるのは当然である。 我われの挫折も、それを逆バネにすれば自分の無力感を、超越者(作家や芸術家など)から救ってもらう切っ掛けとなる。 挫折は、それから学びプラスに出来れば、これほど効果的なことはない。 その限界状況が芸術、思想、自然、歴史 などの暗号を解いて、包括者を受け入れやすい環境として最適な状態となるのである。 挫折は、自分の壁が破壊することでもある。 その壁は、自分を守ってもくれるが、反面、殻にもなってくる。 養老孟は、それを馬鹿の壁と表現した。そうこう考えると、人間にとって(特に若いときの) 挫折は必要欠くべからざる経験ということになる。 ところで先日・・・・ 〜つづき
・・・・・・・・・ 2722, どうも世界恐慌に入ったようだ! 2008年09月17日(水)
*アリコが危ない? 昨日の午後に初めて世界最大の保険会社のアリコが、倒産の危機に瀕しているのを知った。 一月の株価が59ドルが、今週に入って5ドルを割ったというから、倒産一歩手前と見てよいだろう。 ところが、他人事ではないのである。会社の節税の為に私に毎年保険をかけて経費で一度落とした後、 ある程度のボリュウムができた後に、それが返ってくるという保険に入っている。 それがアリコジャパンなのである。そのアリコが、こともあろうに住宅債権の保険をつくっていたのである。 サブプライム・ローンの不良債権の保障をしていたというから、結果は知れたもの。 世界一の保険会社であっても、倒産ということになる。アリコといえば、現在日本でも、国内の保険会社を食い荒し、 多くの資金を集めている。それが全てパーになる可能性がある。当社も1200万を入れてある。 (四割は節税になっているので700万は、最悪ロスになる!) たくもうである! まだ間に合うと言うから、今週中に、売却かどうかの判断はしないとならない。 ということは、最悪の事態になったときに世界は大パニックになるということだ。 アリコに入っている人は世界中にいるし、多くの金融機関もアリコの債権を持っている。 それが不良債権化して、戻ってくるはずの保険金は戻らないとしたら、恐慌である。 私のように世界中の人も金融機関も同じ行動をとるだろう。そうこう考えると、恐慌のパニックは 果てしない広がりを示していく。煽り立てているのではない!、100年に一度のスケールの恐慌が始ったようだ。 今回、払い下げの毒入りの米を、業者がそ知らぬ顔をして販売した事件が発覚した。 これとサブプライム・ローンの事件と似ている。不良債権という少しの毒が入っただけで、幾つかの組み合わされた 健全の債権全体が毒入り債権になってしまうのである。それが世界の辻の裏まで行き届いている?から、ことは深刻である。 まさか、住宅バブルが弾けようとは思ってもいなかったのだろう。 ブッシュ政権が好景気を維持するため、考え出したというから、ブッシュという男、 歴代最低の大統領の烙印を間違いなく押される。 哀れな末路だが、本人にはピッタリである。 奇数月の月半ばが、そういう決済日ということで、注目されていたが、案の定、リーマンの倒産である。 次の11月はAIG(アリコ)と言われているが、もっと早くなる可能性がある。 今週から来週にかけて、市場から目がはなせない。100年の一度の大恐慌の現象が、一つずつ姿を現してくる。 その結果、特に日本は甚大な被害を受けるというが、考えただけで凍りつくようだ。 銀行閉鎖とか、大手の金融機関が倒産とか、株価が現在は半分以下とか・・・これが10年〜20年スパンで続くのである。 その国家的な大危機に、日本もアメリカもトップが、レイム・ダック化しているから、深刻度は、より深い!
・・・・・・・・・ 2007年09月17日(月) 2358, ギリシャとエーゲ海の旅 −4
ギリシャに着いて、初めて行ったところが‘デルフィの遺跡’である。 なるほど2500年前に欧州とペルシャ周辺から、王侯貴族が宣託を聞きに行く雰囲気が、 そこにはあった。遺跡の背景には大きな岩盤の山があり、その前には広大な平原があった。 そこに神々しい巫女が御宣託を恭しく述べれば、当時の情報過小の王様など信じて当然。 今でいうと、新興宗教の洗脳演技の舞台として充分な場がデルフィの地にあった。 当時としては国家単位として、洗脳手法ー戦術を冷静に実行していたのだろうか? しかし、その手法?は、キリスト教的な思想が入ってきてから、衰退していった。 現在でも越後の地元にも、狐を神様?とした「??宗教」が岩塚という村落にある。 あれが存在しえているだけ、地域民度の低さを物語っている。 イングランドの狐狩を、あそこでやればよい! 福沢諭吉の「学問のすすめ」ではないが? いや、それとも土着レベルの神様も必要である?というのか。 ーデルフィの遺跡ー アポロンの神託(神のお告げ)が行われた聖域として、また世界の中心「大地のへそ」として有名なデルフィの遺跡は、 パルナッソス連峰の南の傾斜面のプレイストス河の谷を前に、天然野外劇場のように広がっていた。 パルナス山の麓に築かれた「神託の地」であり、このアポロンの聖域は古代世界の命運を左右した古代史上で特異な聖地。 南欧やオリエントの王様が戦争や跡継ぎ、統治などの重要な問題について神託を受けるため、はるばる海を渡り、 山を越えて訪れてきた。 ・まず上っていくとローマ時代のアゴラ跡があり、 ・次にはBC6世紀の宝物殿、アテネ人のストア、アルゴス王たちの奉納像、 アポロンの聖域、劇場、競技場がある。ここでは多くのポリス(都市国家)をつなぐ 宗教的な核として絶大な影響力を持ち、アポロンの神託が行われた聖域である。 その遺跡の背面には大きな岩盤のような山が背景にあった。 そこの巫女は50歳位の農婦が神の代理として神託を下していたという。 しかし現代からみると、かなり好い加減な内容で、悪用の部分が多くみられるという。 遠くから苦労をして、この地にたどり着き、この雰囲気の中で、巫女の宣託を受ければ、頭から信じてしまうのも肯けるが・・ その一番奥(上)にあった観覧席付きの野外運動場には驚いた。 幅40メートル、長さ200メートルの競技場は、 現在でも何処にでもある学校の運動場のようであった。 ここぞ、ギリシャの神殿の遺跡!という風である。 その翌日いったのがメテオラ修道院である。 その岩山の麓に一泊したが、ホテルから修道院がよく見えたが、何とも言えない神々しさが漂っていた。 ーー ーメテオラの修道院ー (字数の関係でカット、2008年09月17日) ーー 以上が概略だが、今回、私達が行ったのは聖ニコラオス修道院と、尼僧の住む聖ステファノス修道院である。 過去には24あった修道院も現在は、6つしか修行僧はいないという。 ここは人気の世界遺産の上位に 常に占めているだけあって、その神聖さとパノラマは人気世界遺産の上位になるだけのことはある。。 何事もそうだが、現場に行って感じ取ったことは、自分の心の財産になる。 人類は、色いろな分野で営々と修養を重ねてきたのである。
・・・・・・・・ 2006年09月17日(日) 1993, 悪筆 おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ { もっと「きれいな字!」が書ける本−1 } ー読書日記 (字数の関係でカット、2008年09月17日)
・・・・・・・ 2005年09月17日(土) 1628, ソウルの富士山ー日野敬三 対談集 −2
また、作家の保坂和志の対談 ーソウルの富士山ーも含蓄がある。 死に直面した日野の心理が二人の対談から、みごとに浮かび上がっている。 ー保坂和志 今日は日野さんが、脳の手術から回復される過程で体験されたことを、 闘病記というより旅行記のような感じでうかがいたいと思います。 ー日野ー 自分が脳を手術されて、術後に安静状態にあるんだとわりあい客観的に自覚したのは一ヶ月ほどあとでした。 なんとなく現実がわかるようになっても、まだうつらうつら夢を見ている状態がさらに一ヶ月続きました。 そこには、どうも完全な夢とは違う。 自分がソウルにいて窓の外がソウルの街がみえる。 (実際は東京だが) そして、富士山でなくてカイラス山がみえる。 もしかすると、この人生ではなくて、その前のいつか巡礼に 行ったことがあるのかも、と思い直しました。 だとすると、僕の中で辻褄が合うのです。 カイラス山はそれだけの格と威厳がある山ですからね。超意識の神話的空間内だったら、カイラス山も見える。 それだけのリアリティのエネルギーを持ってなかったら、何が聖山ですか。 ー日野ー 僕は実は世の中を楽しんでいる、あるいは生きていること、人間であることが好きなんじゃないかと思い当たったんです。 それを好きでないように思い込んでいきていたのが、いよいよ最後のところに来て、 その思い込みが剥がれ落ちて本当の地が出たんだと気がついた。 もう一つ考えたのは、人生はなにも正しく生きねばならいことはないと。楽しく明るければよい。 正しくありたいと思ってきたが、それは最も大切ではないとベッドの中で声に出して自分に言った覚えがあります。 ー保坂ー (字数の関係でカット、2009年09月17日) ーーーー 冷徹な記者あがりの作家が幽体離脱をして、チベットの霊山のカイラス山にいってきた。 それも夢ではないと言い切っている。 また、ー僕らは日ごろいとも簡単に現実と夢と言います、 全く別のように。でも本当は、そう分かれる以前のところに生きているんじゃないか。 「夢現のあいだ」ということを東洋の人たちは古くから知っていたように思います。 「夢現のあいだ」は「無現のあいだ」でもありましょう。 という、クダリは、生死の狭間での極限から生じた 魂の深い世界を垣間見た体験があるからこそ、言えることだ。人間の脳には、信じられない能力が隠されている。 死の瀬戸際を漂うと、その一部を垣間見ることができるのだろう。死ぬ時の楽しみでもある。 ー面白いことに、去年の今日老子と荘子のことが書いてあった。意味ある偶然の一致である。
・・・・・・・ 2004年09月17日(金) 1263, 老子と孔子
本を読んでいて、時々ハッとする文章に出会うことがある。 以下を書き写してみるが、 儒教と道教を対比させることによって、それぞれの本質を、より解りやすく知ることができる。 (生き方の研究ー森本哲郎 P・302より) ー「孔子の教え」はあくまで「厳父の思想」であり、対する「老子の思想」は「慈母の思想」とみることができよう。 老子と目される人物が生きたのはー孔子もそうだがー春秋、それにつづく戦国時代の乱世であった。 誰もが真剣に生き方、というより生き抜くための知恵を求めていた。それに、応えて、孔子と老子に代表される 儒教と道教が生まれたのである。対立というより、対照というべきかもしれない。いずれが是で、いずれが非か、 などという問いは愚かである。我われは、ここに二通りの生き方を見、学べばよいのだ。考えてみれば、この世には 「人間なるものは存在しない。生きつづけてきたのは、男と女である」。人間とは、女と男の総合した抽象概念である。 だとすれば、その「人間」には、当然二通りの生き方が考えられよう。すなわち、男性原理による哲学と、女性原理に つらぬかれた思想である。中国は孔子、老子という祖によって、二元的に、つまり、全人的に生きてきたといってもよい。 私たちが学ぶべきことは、そのような二つの知恵なのだろうか。 中国の作家、林語同は、こう書いている。 ー功なれば儒教ー孔子ーの徒になり、失意の時は道教ー老子の徒に奉じるようになる。 道教の自然主義は、中国人の傷ついた魂を和らげる鎮痛剤なのである。 得意と失意で織りなされた人生、それを歩む人間の生き方ー それは何といっても「父」と「母」に従うことなのではないだろうか。 ーーーー 以上であるが、 道教と儒教を対比させ中国そのものを、いや人間の生き方の知恵を提示している。 学生時代、「諸子百家」を読んだ時に、孔子の教えは堅苦しく思い、むしろ老荘の思想に共鳴をした。 老子の言わんとする要諦は ー小さな私心を捨て去れということだ。 人間存在なんぞは宇宙から見れば砂、いやチリのような存在だ。 それを真に理解すれば、無為自然、母なる自然の道に従うのが一番の近道ということが解ってくる。 人間が生きていくからには、常に挫折と失意が波のように、押し寄せては返していくものだ。 その時、宇宙的視点でその波を見つめる視線が道教の真髄である。 ー老子の思想の幾つかを書いてみるとー ・道を体得した人は、何事にもとらわれず、言葉を使わず教えを行なう。 ・もっとも理想的な生き方は、水のようなものである。 水は、万物に恵みを与え、相手と争そわず、衆人の嫌がる所へと流れていく。だから道に近いのである。 ・実在が意味をなすのは、無が作用しているからである。 ・道を体得した者は、行動した跡をのこさない。
・・・・・・・・ 2003年09月17日(水) 896, 言いわけ読本 ー読書日記 塩田丸男 中央図書館ー2003・09・14日 ー感想 言いわけの評判は古今東西かんばしくない。といって言いわけが無くなればよいのかというと、 そうではないだろう。言いわけも考えてみれば、原因追求の不可欠な要素とも言える。 また、自分を正当化するためにも必要な部分があるだろう。 (以下、字数の関係でカットー2007年09月17日) ・・・・・・・・ 522,勉強法ーノートのとりかた--3 - 2002年09月17日(火)
以前にも「鳩山家の勉強法」でも書いたが、レオナルド・ダビンチや モーツアルトなどの過去の天才のノートやメモの共通点があるという。 ・絵と図を中心として、そこに文章を書き込んでいる。 空間配置を中心にしてある。 知識としてより、創造のエネルギーが、それを共通項として必要としていたのか、直感的なのか? ・似た方法として、左か右に普通のノートをとり、反対側に絵や図や遊びなどの自由のコーナーにしてある。 考えてみれば、脳そのものが右脳・左脳と二重構造になっているいるから、そうする事が自然で効率が良くなる。 このような箇条書きも、してないよりはず〜とよいが、できたら空間配置のほうが良いのだろ。 空間配置の中でフルに○と→をフルに使ってそれぞれの関係を現しながら、解りやすく表現する事が重要だ。 考えてみたら、これはある目的を達成する為、中世から現在まで、見取り図、発想法、かつ記憶の手段であった。 また対象をわかり易くする為の手段でもあり、準備作業でもあった。 今はパソコンに変わろうとしている。 私の場合パソコンのワープロ機能の活用で、毎日の随想日記が可能になった。 この画面で左がこのワープロで書き込め、左にノートパッドに ペンで自由に手書きで書き込めるソフトあると、 便利のはずだが。 もうあると思うが?いやないか?デジタルとアナログの融合になるのだが。 「天才のノート」というソフトを創れば、売れると思うが!手書きも、タイプで打ち込める混合のソフトだ。 アナログから脱皮できてないレベルの発想か? 携帯電話の絵文字はその先をいっているのか?? 絵文字の組み合わせは、まったく違った可能性を含んでいる。 時代は技術はどんどん変わっていくが、可能な限りついていくつもりだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・ 147] 機動捜査隊 2001/09/17
7〜8年まえになろうか。当ホテルで年平均二〜三人の犯罪者を逮捕している。 その協力の功績で、機動捜査隊が表彰状をやるから私に来いとのこと。 「何いってるのか!来るのはお前らの方だろう」と思ったが、「面白そう!」という誘惑に負け行くことにした。 まずは車で若い私服の機捜隊が迎えに来た。そして、機捜の新潟本部についた。10人ぐらいの機捜が玄関で 整列をして出迎え。「面白い!そして気分がいい!かっこいい!」だった。そして捜査隊長の部屋に! 暫くすると隊長が部下を連れてお出まし!世間話をする間もなく写真班が2名きて、 撮影バチバチとられた。そしてそれから表彰状と金一封の授与式と続く。 まあいいや、いい経験だ!と有難く戴いた。そしてまた会社まで送ってもらった! 彼等はまっさらな目で見ていて、新選組みたいな一体感を感じとった。 ウエットな親分子分という感じであった。それが異様であった。 こんな人間関係まだあるのか!という感じであった。‐さてこの内容が面白いのは、これからであるー その一年近く後に、機動隊の若い男と第三シングルインのマネージャーをしていたAさんが、 結婚するという。そうすると、あれは何だったのか?機捜に紹介された機動隊の人とか? ーこんなものか世間は! まあ人生面白い!であった。
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2009年09月16日(水)
* 9・11から8年が経った このHPを開いて4ヶ月後に9・11テロが起こった。 先日で丸8年になる。 昔といえば昔だが、8年で時代は大きく変わった。 アフガン戦争、イラク戦争、そしてインドネシア沖の地震、 ミャンマーのサイクロンに、中国・深釧の大地震、地元では中越地震、柏崎・刈羽地震、去年の9・15金融恐慌と、 世界は大きく変わってしまった。 直近では、衆院選挙での自民党の壊滅的敗北である。これが21世紀のようだ。 更に情報化の進展が我われの生活を根本から変えている。 5〜6年前からブログ(個人HP)が飛躍的に普及、 個人がそれぞれの情報を発信し始めた。 これに携帯電話にデジタルカメラやビデオが取り込まれ、 現場から瞬時に情報発信が可能になったのである。 地球上にネットという別世界が新たにできて、 それが現実世界に大きく影響を始めてきたのである。 この想像を絶した情報化はSF作家の小松左京をして、 「SF作家の我われさえ追いつけない事態」と言わせるほど。 日本は冷戦終了後、それまでの冷戦の恩寵と、 その結果としての世界第二位の経済大国の立場はもろくも瓦解してしまった。 人口の本格的縮小も重なり年々、経済などのダウンサイズが始ったのが、この不況である。 〜〜〜 * 民主党が政権を取るとどうなる? 民主党が鳩山政権として発足するが、どうなることか? 面白いといえば、面白い。 闘う相手は自民党ではなく官僚というから尚のこと。 検察を使おうにも、彼等こそ一番の悪巣。 ここで日本も大きく変化するのは間違いはないが危うさも出てくる。 民社党も批判しているうちはよいが、今度は責任政党に立場が変わってしまう。 二大政党は、交互に政権交代すること自体がよいのだから、目先を心配することはない。 〜〜〜 * 9・15リーマンショックから一年 昨日で、リーマンショックから一年が経った。見るところ三割の経済規模がダウン。 緊急輸血で何とか恐慌一歩手前で踏みとどまっているが、現場段階では上っ面な回復としか感じられない。 メーカー段階では、3分に1にダウンしたのが、2分の1になった位でしかない。これも、何時まで 続くか分からない。元に戻ることはないという上で、経営戦略を根本から練り直さなければなるまい。 超大型地震は起きてしまったのである。津波の本体がくるのは、これからである。 何か、それが分かってないのでは?というほど、日本は長期停滞で神経が麻痺してしまっている。
・・・・・・・・ 2721, BOAが、メルリ・リンチを買収! 2008年09月16日(火)
バンク・オブ・アメリカが、メリル・リンチを買収!というニュースが入ってきた。 シティバンクが倒産レべルのニュースより大きい。(シティは倒産してないが)それも、リーマン・ブラザーズと 天秤にかけて、メルリ・リンチを買い取ったというから驚きである。しかも選択されなかったリーマンの方が倒産というから、 なお衝撃が大きい。しかし、そのツケの支払いは日本国民にも覆いかぶさってくることは明白。 アメリカの、というより世界の金融の再編成に入ったということになる。1929年の大恐慌より、深刻な事態というが、 その大きなウネリが姿を現した。ニュースで、100年に一度の金融のニュースといっていたが、その通りである。 日本では、三菱・UFJ銀行が、野村證券を買収したような出来事である。 リーマン・ブラザーズは野村證券の2・6倍というから、世界に及ぼす影響は計り知れない。 サブ・プライム問題の深刻度からして、おこるべくして起こったことである。 5年から10数年前まで、日本を買い叩いていたアメリカ金融機関が、脳梗塞・脳血栓で半身不随に なってしまったと例えることが出来る。 もちろん日本の十数年前よりも根は深い。 死に体のシティ・バンクの状況を含めると、アメリカの崩壊という表現も過激ではない。。 アメリカの三大自動車メーカーが、ほぼ死に体状態から考えて、世界的な混迷期に入ってしまったといってよい。 先週受けた経営セミナーの先生が言うとおりである。証券会社の一位・ゴールドマンサックス、二位・モルガン・スタンレー、 三位・メルリチンチ、四位・リーマンブラザーズ、五位のベアーズ・スターンズ(この春にモルガンに救済合併)。 この三位から五位が異変をきたしたのである。どうなっているのだろう。 今年に入って、三位から五位が消滅したということになる。ここにきてアメリカの航空会社、自動車、そして金融と、 異常事態に入ったということになる。アメリカ経済の崩壊というと、ドル安圧力が当面は強まるだろう。 その行き着く値段が60円。それが近日か3年先かは分からないが。そして、一度下げておいてから、再び回復するだろう。 何故なら、ドルはアメリカが輪転機で刷っただけの偽札もどき紙切れでしかないからだ。 一番影響を受けるのは、資源のない、紙切れを掴まされた日本、中国、インドである。いずれにしても、大恐慌へのテンポが 速すぎるようだ。世界中が震撼としていることは事実である。今日からの為替と株価がどうなるのだろうか。それにしても、 あの首相候補の5人の漫画的なパフォーマンス、何をしているのだろうか、この国は! そういえば私の学生時代の友人がBOAにいたが、どうしてだろうか。クールなハッタリの大きな男だったが。
・・・・・・・・ 2007年09月16日(日) 2357, ギリシャとエーゲ海の旅 −3 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning ー旅行の雑感ー
*今回の旅行で、地中海と中近東一帯でイラン・イラクを除いて、エジプト、ギリシャ、ローマ、オスマントルコ、 メソポタミア、イスラエルの遺跡を巡ったことになる。 そうすると、数年以内にイラン・イラク(イラクは無理だが) に行くのが目標になる。更に、遺跡といえばビルマのアンコール・ワットになるが、まだ行ってない。 それでは、この外にあとは何処?といえば、中南米のマヤ文明と、インカ文明、中国の黄河文明、そしてタクマカラン・etc など挙げれば切りがない。旅行を続けていると、行き先の選定の意味が出てくる。 世界四大山脈、四大滝、有名氷河めぐり、飛び石世界一周とか・・・ *話は変わるが、前回(家内だけだが)に続き、ビジネス・クラスがあたった。 成田の飛行機の受付コーナーで、私達の航空券にトラブルが起きたようで、 受付にいた飛行機のパンサーらしき人と 何か相談をしていた。 何ごとが起きたのか心配したら、「お二人がダブル・ブッキングで、エコノミーが満席のため ビジネス・クラスに席変更をさせていただきます!」とのこと。ラッキーである。 前年も家内一人だけだが、やはりダブル・ブッキングでビジネス・クラスに座席変更した。 これまでの旅行で席がガラガラの時に、特別に無料でビジネス・クラスの変更してもらったことがあったが (添乗員が偶然スチュアーデスと知り合いだった)。 やはり快適である。席がエコノミーの1・5倍の広さがよい。 私の場合、エコノミーでも何の不自由を感じないが、タダであれば快適な方が良い。 ビジネス・クラスといっても、食事内容が少し良くて、1・5倍のスペースがある位。 私は、慣れたこともあるがエコノミー席で何のストレスも感じないのである。 帰りはエコノミーだったが、席が2・3・2のサイド側の2人席のためストレスは最小であった。 それにしても、 ついている時は、そういうことが重なるものである。その逆が前回であったが、 やはり代理店の選定段階のミスが大きい。 *秘境系の参加者は、癒しを求めている人が多い。その分、癖のある人が多い。 それに対して、クルーズや欧米ツアーの参加者はレジャーの楽しみを求めている。 実際は秘境系の素晴らしさを知らないだけだが。大自然が与える大迫力は魅力である。 *今回、エジプト航空を利用。 帰りは搭乗日が9・11の9月11日。 エジプト空港についてから実際の飛行機に 乗るまで5回のチェックを受けた。 まずは飛行場に入る時に、パスポートと荷物チェック。次に入国審査に入る直前の パスポートと荷物チェック。そして、搭乗の控え室に入る時の両方のチェック。控え室から搭乗券チェックの時の パスポート・チェック。そして飛行機の搭乗階段の前のチェックで、つごう五回である。それだけチェックは必要なのだろう。 そういえば、初日にギリシャへの乗り継ぎのためエジプトに深夜に入国、空港至近のホテルに一泊した時も、 旅行バックと手荷物のチェックを受けた。ホテルの入館のチェックを受けたのは、これが初めてである。 最終日にエジプトのギザのピラミッドに行ったときも、十年前に行った時と、様相が一変していた。 とにかく警官がアチコチ警戒しているのである。数前にルクソールのハトプシュトの遺跡で、観光客を狙った 原理主義者よる殺戮があってから、観光地の警戒が一変してしまったのである。エジプト考古博物館も同様であった。 (○´ω`○)ノ**SeeYou** ・・・・・・・ 2006年09月16日(土) 1992, デジタル一眼レフカメラ −3 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
一番肝心の「写真の具合は?」ということに言及していなかった。写真は見ての通り全く別物である。 例え話でいうと、ハイビジョン液晶TVと、今までのブラウン管の地上放送Tvの差と同じといってよい。 デジタル一眼レフの写真を見なければ、これが普通と思うだろうが、一度撮ってみたら、 もう前の写真では我慢できない。この写真を大型液晶TVを通してみたら、そのよさは更に際立つのだろう。 一眼レフで、どんどん撮りたいが国内旅行も行く気がしないし、といって、海外は回数が限られてしまう。 とにかく量をこなさなければ腕は上がらない。しかし、そうそう一眼レフカメラを使う機会などあるわけがない。 せいぜい、近くの桜の季節ぐらいである。 探せば機会は幾らでもあるのだろうが・・・ ところで、今回の旅行で、一眼レフカメラと一緒にエプソンの「ポータブル・フォトストレージ」を買った。 現在も常に鞄に入れて、列車や自宅などで見ている。パソコンにも繋げて見ることもでき、便利極まりない。 一番良いのはタグのボタンが付いていて、気に入った写真を押すとタグのコーナーに複写されることである。 タグも幾つか分類してあるので、その場で気に入ったものを選択・分類できる。 そしてタグのファイルをSDカードに逆入力して現像に出すことができる。 画面もケッコウ大きいので、過去のデジタルカメラで撮ったものを入力して、携帯アルバムとしても使える。 各家庭に光ファイバーが入り、インターネットとブログが普及したことが、 デジタル一眼レフの爆発的な人気になっているのだろう。 時代は音をたてて変化している。 しかし、既に新しい機種の販売のため生産中止という噂もあるとインターネットの書き込みがあった・・・ 写真は対象の数百分の一、数千分の一瞬を切り取るのだから、対象を鋭くとらえる。そして・・・ Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye ・・・・・・・・ 2005年09月16日(金) 1627, 自分の死ー日野敬三 対談集 −1
先年、亡くなった日野敬三の対談集「創造する心」が深い内容である。 癌から脳出血まで、次々と死に至りかねない病の中で書いた文章は、一言一言が胸に刺さるようである。 秘境ツアーの代理店「ユーラシア旅行社」が毎月送ってくるパンフレットの冒頭の旅行のエッセーを彼が書いていた。 これを編集した一冊の本が出ている。それぞれの旅行先のエッセイが深く対象と一体になっている。。 「創造する心」を読んで、生と死の狭間の中で今生の地球を見つめていたのが解った。著者心の奥行きの深さには敬意を払う。 言葉は、意識化をするはたらきがある。そして、言語にすることによって第三者に引き継ぐことが可能になる。 (字数の関係でカット 09年09月16日) ーつづく
・・・・・・・・ 2004年09月16日(木) 1262, 書いてなかった旅行記 −1 ーカナダ旅行記−
過去の旅行記は殆んど書いてきた。しかし先日、地域別ごとに旅行記を纏め直していて、カナダと、ハワイと、 中国(桂林・香港)の旅行記が書いてなかった事に気づいた。 そこで早速、書くことにする。 まずはカナダである。 カナダは二回行っている。 一回目を書いてみる。 この旅行は、トロントと、その近くにある ナイアガラと、ロッキー山脈と、バンクーバーと、その近郊のブッチャーガーデンを巡るコース。 ナイアガラはNHKの特集を見ていたが、実際見てみて「こんなものか!」と少し失望したのが実感であった。 しかし、ボートで近くの滝のカーテンの迫力は実物ならではの迫力があった。 しかし、この旅行のハイライトはロッキー山脈のジャスパー国立公園である。 飛行機の乗り継ぎなど、かなりの強行軍で、バスでジャスパーについた時には疲れのため熟睡をしていた。 ふと目が覚めると、今まで見たことのない裸の大きい山が展開していた。 変な夢を見ていると思いつつ、 再び目を開けると、どうも夢でない。そこは私の知らない別世界であった。 それからは、次から次へと見える 光景に目が釘付けになってしまった。これまでの自然のパノラマを見るのは生まれて初めてであった。 日本でも黒部渓谷や立山など、多くのパノラマを見てきたが、そこで見たものは全く違うものであった。 「なんだ?!こりゃ!」と息を呑む景色が次々展開しているのだ。「こんなところが、地球にあったんだ?知らなかった!」 「これを見るまでの人生と、この後の人生は全く違う。 家を叩き売ってでも見るべき価値はある!」等々の感激が、 ロッキーにいる最中次々と出てくるのだ。この時から、旅行は大自然派になってしまった。 自然の美しさを、 これだけ数日に渡って味わって見たのは初めて。自然が自然と、こういう神々しい姿を創りあげたのだ。 山々の神々しさ、 そして空の青さ、湖のエメラルドグリーンの美しさ。そこに住む地リスの愛らしさ。あちこちで見ることができた熊とヘラ鹿。 はじめて見るものにとって、そこは違う惑星の景色である。
ーーーーーーー 2003年09月16日(火) 895, 超一流選手の共通項 ー世界柔道選手権とプロボクシング世界タイトル戦-
この五日間の世界柔道選手権が面白かった。昨日まで5日続けて男女の八階級と団体戦の試合があった。 2年に一度おこなわれるもので、オリンピックと同じ位の権威のあるものだ。何といっても井上康生の強さが目立った。 背の低い棟田と大柄の外人との勝負も面白い内容であった。 二日目と三日目は、殆ど目に付く内容は無かった。 個人戦の最終日は、無差別級の鈴木桂治の強さと、女子の田村亮子の安定感が印象的であった。 また一昨日は、ボクシングのスーパーウエルター級の世界タイトルマッチがあった。 5階級を制覇したオスカー・デラ・ホーヤと、3年前に負けているシェーン・モズリーの因縁の試合であった。 デラ・ホーヤは前人未踏の6連覇を目指しており、デラ・ホーヤの有利といわれていた。 しかし結果としてモズリーが僅差で勝った。二人とも、スピードと高度のテクニックが売りの選手。 見ていても、玄人好みのする稀にみる好試合で、最後の最後の瞬間まで息の抜けない試合であった。 ここまでお互いの技が磨かれていると、芸術の域に達しているといってよい位だ。 柔道にしても、ボクシングも世界の一流選手には共通項がある。野球のイチローもそうだが、身体が相手の動きに 自動的に反応するまで、練習を積み上げてあるのだ。間一髪で、お互いの技を外すことができ、攻撃もできるのだ。 見ていると、優勝をするのが、いかに至難であるかがわかってくる。一つの技に反応するのに頭で考えていては勝てない。 特に優勝候補の場合、弱点を徹底的についてくるし、得意技に対する防御に全てをかけてくる。 それでも、その得意技で勝つのだから、普通の練習では不可能。科学的に徹底して鍛え抜かれている。 この二試合に、メジャーリーグの試合と、大相撲に、『お笑い』にと、一日TVの前に釘付け。これに3時間の散歩に、 スーパーに、図書館に、パソコンに、居酒屋(あかちょうちん)にと、根を詰めた、しかし充実した一日であった。
・・・・・・ 521,「世の中を良くする為には」 - 2002年09月16日(月)
昨日の昼、何げなくみた映画のなかで、薬中のホームレスが橋から飛び降りようとする見しらずの女性を助ける時の言葉がよい。 「なぜ助けようとするのか?」という瞬間の問いに、「自分を助けてほしい、貴女を助ける事でしか今の自分を救われない! たった今まで薬のことしか頭になかったが、いま気づいた!貴女を救う事が自分を救う事だということを! 頼む私を助けてくれ! 死ななでくれ!」この男の哀願に女性が自殺をとどまる。 中学の初めての授業で先生が出した自分への課題。ーこの一年間で、世界を変える方法を考え実行してみよう!− ある少年の考えた課題ー「3人の人に役立つ事をする誓い。 それをして貰った人は他の3人に役立ちをわたす、 それが鼠算に伸びれば世の中が良くなる」という自分の創った課題を実践しようとした。しかしことごとく失敗した。 その一つが薬中のホームレスを自宅のガレージで立ち直らせる事であった。しかしその期待に答えられなかった男が、 元の生活に戻って失敗した。しかし人を救う何かをしなくてはというのが残っていたのだ。それがその女性を救った。 その少年がいうー日々の生活に慣れきってしまい、良くないことが変えられないんだ! 怖いんだ、変化する事が。良いことをしたら、次に渡せ!ー耳が痛いが、なかなか味のある内容であった。 広がっていくのだが??シックスセンスの子供役がその男の子を演じていたが、素晴らしい心理描写を演じていた。 「可能の王国」という題であった。 最近TVの内容が面白い!
・・・・・・・ [146] チンドンヤ 2001/09/16
社会学をやっててほんとうによかった! これは‘個人とその集合体の社会’の学問である。 それを解っていたから(反社会的でなく?)超社会的に社会的とかを全く気にとめないで?済んだからだ。 チンドンヤー(自分の仮面)ーペルソナーを演じないで済んだからだ。 仮面を演じている‘こっけいな姿’を嘲笑しながら? チンドンヤ(その姿が自身でもある?)になりざるを得ない。必死になってチンドンヤをやっている男は何処にもいる。 俺は英雄ー正義の味方、−ここからが面白い。「俺のやることは特別の自分(英雄を演じているチンドンヤ) のやることだから正しい!」「だから俺様のやることに、皆従え!」 その必死さがかわいいが。 それ(仮面)を利用してせいいぱい背伸びしているところが哀れである。身近な親戚にも、この論法の男?がいた。
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2009年09月15日(火)
新聞広告の雑誌の見出しに「時間リッチと時間貧乏」があった。 図書館で立ち読みをしたら、「TodoリストよりNotTodoリスト」つくりとあった。 「何をするかより、何をしないかをリストアップして実行せよ 云々」である。 私事になるが、時間リッチを自認している。 月に数回の飲み会以外は一切の付き合いが無いに等しい。 自分を育ててくれた学校の同級会、同期会以外は、商工会、町内会、ライオンズなど、誘いもないし、行く気も無い。 都合の良いことに、職場と住宅が新潟と長岡に分かれているので新幹線の乗れば、そこで遮断できる。 おまけに、事業が装置産業ときているので、目先の判断は人任せでも大きな支障がない。 そのために20年あまりで、40回近い秘境ツアーに参加することも出来た。 おまけに早朝5時に起床、散歩や、読書、そして、この随想日記を書いたりもできた。 「戦略とは、何々をすることを決めるのではない! 何々をしないかを決めること」という言葉を 著名なコンサルタントの先生の講義で、30歳そこそこで聴いたこともあり、時間に関してはリッチであった。 「で、時間リッチというわりに全然、人間的にリッチじゃないじゃないかい」と言われれば、返す言葉が無い。 しかし可能な限り世界の果てを見てきたという満足感はある。 そこで検索に「時間リッチ」と入れたら面白いリストがあった。 その幾つかを抜粋してみた。 〜 時間リッチになる 〜 ・一週間は金曜日から。 金曜日に翌週の準備、月火水でmustを済ませ、木に検証反省。 ・やる気が出ないときはとりあえず動く! 動くからやる気が出る! ・楽する方法を考える ・自分の時間価値を意識する。「2735円」 ・スタートから完璧を目指さない。走りながら完璧を目指す。挑戦すると案外簡単、成果が出るもの。 ・失敗しても経験が残る。「武器を手に入れてから走るのでは遅い。走りながら武器を拾え」 ・今動かないとそのチャンスを他の人に持って行かれると考える。 ・時間はお金で買える。(セミナーは有料を) ・お金を殖やすため、モチベーションを維持するための先行投資を恐れるな ・時間をケチらない。「ながら作業」は「ケチ」。 一つの行為に2つ以上の意味を見いだす、 一つの行為をいくつかの目的のために利用するのが時間密度を濃くするということ。 ・忙しいときこそ勉強する。自分のために時間を使うという行為が安心感を生む。 ・仕事のできる人は仕事に遊びを取り入れ余裕がある。 ・そうねではなく魅力的ねと言われるように。 ・かきくけこ(簡単・興味・グレー時間・決断・行動) ・嫌なことは朝一で片付ける ・隙間時間にやることリスト ・捜し物は時間の無駄 ・携帯時計よりアナログ腕時計。時間の量的感覚を身につける。 ・日々のルーティンは決めてしまう。食事、洋服等。 ・スランプのときは無理にでもポジティブに。まずは言葉一つから。鏡の前で笑顔。得意な仕事だけして自信を取り戻す。 ・何かに頑張るとき、一週間に半日は自分の好きなことをする。 ・頭だけじゃなくバランス良く体も疲れさせる(プール) ・午前中は思考、午後はコミュニケーション ・締め切りは自分で前倒し ・確実にこなせるスケジュールを立て満足感を得る ・ボーっとする日を確保する ・寝る前に翌日の服、バッグを準備。同時に明日をシミュレーションする。 〜 以上だが、「時間が無い」という言葉は、「自分が無い」という言葉に等しい。
・・・・・・・・・ 2720,議論に絶対負けない法 −1 2008年09月15日(月) 「議論に絶対負けない法」 ―全米ナンバーワン弁護士が書いた人生勝ち抜きのセオリー ゲーリー スペンス 著
ある知人が訪ねてきて話しをしていたら、現在、トラブルに巻き込まれて裁判中という。 「500万〜1000万規模か、それとも億単位なのか?」と聞くと、「億単位」という。 その人は30年来の付き合いがあって、地元では大手クラスのトップ。 大きな分岐点の経営判断のときは必ず相談に来て、何気ない応答にヒントを得るようだ。 その場では、ヒントを得たふりを見せないが、後年になってからヒントになったという。 今回は、裁判の係争の真っ只中、具体的な生々しい相談。「議論に絶対負けない法」という本を紹介した。 アメリカのナンバーワンの弁護士が書いた本で、拗れたトラブルであるほど、彼の一言一言が全て、 問題をヒント与えてくれるはずと、助言をした。私が、この本を読んだのは十年以上前。 問題を抱えていた時で、本そのものがコンサルタントの先生のような役割を与えてくれ、非常に参考になった。 詳細は憶えてなかったが、スラスラ出てきた言葉は ・準備、準備、準備、それが全てである。 準備以外の秘訣など何もない。 ・それと構えである。 構えの構築を一つずつしていくこと。それが準備。 ・問題の中心点に向かって、自分の心を無にして集中すること。 そのためには、心の底から正しい!と信念が持てるかどうか自分の心に問うこと、そこが一番重要。 ・戦いを始めたからには、絶対に強気、攻撃的で攻めること。等々、それを言えるのは、10年前に貪り読んだため。 「その知人の相談は、再び目を通せ」というメッセージだろうと本を探したが無い、誰かに貸したのだ。 そこで早速アマゾンで中古本を買った。 10円+送料340円=350円。新書なら750円である。 そして再び目を通すと、なかなか内容があり、味がある。著者が魂を込めて書いてあるのが解る。 ー 次回から、面白そうな所を書いてみる。ー =目次= 1章 頭が切れる人の「すごい質問」力 すぐ効果が出る7つの「スーパールール」 2章 仕事の成果に直結する「問いかけ方」 立ちはだかる壁を「1秒で崩す」質問 3章 相手が思わず「口を割る」質問力 これであらゆる問題が、即解決! 4章 議論で絶対負けない「論理的な質問」術 ここを突っ込まれたら、反論できない! 5章 人間心理を巧みにつく「質問」のテクニック 「誘導尋問」「答えを求めない質問」・・の高等戦術 〜 十年前は、どうなった?かですか。構えを知ってか、相手が手を引いてきました! −つづく ・・・・・・・ 2007年09月15日(土) 2356, ギリシャとエーゲ海の旅 −2 o○[ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ
この旅行では、?天候、?実際の対象の内容の良し悪し、?スケジュール内容の質、 ?添乗員の当たり外れ、?同行のツアー仲間の質、?体調(食あたり など)?行き帰りの飛行機の席の順など、 すべてが90点以上であった。この一つでも外れると、だいなしになることがある。 前回のケニアでは、過半数が外れたが・・代理店の選定ミスがあったが。 それも御愛嬌と割り切らないと 旅行など続けることは出来ない。「アフリカ・南米などの零細専門業者、地元の中小の旅行代理店」は ‘外れる可能性が非常に高い’ことは経験からいえることだが・・・外れた場合は金をドブに捨てたと割り切らないと! 中小の場合などでは、「劣悪の添乗員ー素人の遊び気分の夏休み代わりの添乗員」を平気で組んでくる。 二度、いや三度当たったことがある。 でも、そんなものと割り切らないと・・・ ある規模以上の代理店は、質の高いマニュアルのしっかり入っている添乗員が揃っている。 同じ代理店の、ほぼ同じ少し商品の違うパックのグループとクルーズで一緒だった。 ところが、そのグループの添乗員への不平不満が、食事時に耳に入ってきた。 そのグループは外れの添乗員だったのである。間違えれば、当方の担当になる可能性もあった。 今回の旅行を印象に深い順にランダムに書き出してみた。 ・まずはクルーズ船の最上階にある甲板の先頭で、長いすに横たわりエーゲ海の風に当たりながらの日光浴。 三日間、毎日90分間、一人で小島を左右に見ながらの甲板の瞑想?は至高であった。夢の中にいるような気分であった。 ・次は、サントリーニ島の断崖の上からみたエーゲ海ブルーの広大な景色。 そして、傾斜面の街の建物が全て白に統一された光景・・広角に広がる湾とエーゲ海の光。これも眼に印象的であった。 ・小さな珠玉のようなミコス島のリトル・ベニスといわれる海岸線からみたエーゲ海に沈む夕景と、その街。 ・デルフィの遺跡の神々しい雰囲気。 2500年以上昔に、そのままタイムトリップしたようであった。 ・奇岩の上にそびえ立つメテオラ修道院の神聖な雰囲気と それを取り囲む広大な原野と、山々。 ・アテネのパルテノン神殿と、そこを取り囲んでいるアテネ市内の風景。 ・二度目だが、ギザにある三つのピラミッドとスフィンクス。 そして、前回は時間の関係で見ることができなかったピラミット群の遠景。 ・カイロ市内にある「エジプト古代博物館」特に、見れば見るほど驚かされるツタンカーメン王のマスクなどの財宝群。 そして、多くのピラミッドなどから発見された像や財宝などなど・・ 以上、指が動くまま、頭に浮かんだまま、キーボードを打って書いてみた。 この旅行はギリシャ本土とエーゲ海と、そして、そこにある遺跡を見て歩く少し趣向の変わった旅行であった。 そして三日間はクルーズとはいえ、午前、午後と二つの島を数時間かけて見てまわる強行なスケジュールであった。 しかし、その間は移動が船のため、ストレスの少ない旅であった。 ヾ(´Д`、)マタネ ーつづく ・・・・・・・・ 2006年09月15日(金) 1991, 仲人・高橋与三八氏を偲ぶ ( −」)φ~~ 兄と私の仲人をしてもらった高橋与三八さんが亡くなられた。 私の10指に入る恩人である。 柏崎の出身で、元銀行マン。 大手銀行の再編成の中で、苦労した人である。 日本相互銀行に入行、合併で太陽銀行になり、太陽神戸銀行になり、さくら銀行になるプロセスで定年を迎えた。 多くの仲人をしたようで、多くの人に慕われていた。 私の名前が八郎で、兄が三郎。 その仲人をしたので、名前どおり 「嫁を与・三・八」をした。 面白い因縁である。家内の父親と何かの因縁で親しくなり、それが私との因縁になった。 夕飯近くになるとフラッと来て、一杯飲んで帰る人。それが家内子供の頃の印象だったという・・ あの厳しい都銀の合併の中で多くの嫌な思いをしたのだろう。酒でウサを晴らすしかなかったのも解るような気がする。 人生は甘いわけがない、当たり前のことだが。入行の時からコツコツと勤めていた銀行の株を買い集め、 7万株も持っていたというから、?億の時価の流動資産である。目先の数字をあげることに汲々としている 阿修羅のごとき支店長の姿をみて、馬鹿にしきっていた気持ちが垣間見ることができた。 また一人、私の世界から因縁が消えた。ただ、特に先立つ恩ある人には、『ありがとうございました』 という言葉しか出てこない。「お前には、そういってもらえる人が何人いたというのか?」と自分の心の奥から声がする。 そして、更に次の声が聞こえてくる。「人生で何を得たというのか、何を失ってしまったのか?」 最後に残るのは人徳と、誠意と、愛だけだ・・・ 「ところでお前には、あるというのか?」 さようなら! 与三八さん
・・・・・・・・・ 2005年09月15日(木) 1626, 頭脳の果て−2
以前にも書いたが、この本をヒントに「三つの部屋」のイメージ空間を創ってみた。 一見バカバカしいが、イメージ空間から真実が語りかけてくる。 ・縁者/故人の部屋 ・10年 20年後の自分の部屋 ・もう一人の自分がいる惑星(前回書いた)である。 通勤の列車の中とか、寝つきが悪い細きれ時間とか、ウオーキングの時などに、このイメージ空間に入り自己対話をする。 これも習慣にすると面白い。 さらに二つが加わった。以前行ったネパールの、カトマンズ近くにある山の中空の突き出た 岩場で、座禅をしている男(王)が、現在の自分をイメージをする。現在の自分が透けて見えるような感覚になる。 −荘子の「胡蝶の夢」ーからヒントを得たが。また、毎日パソコンの壁紙を張り替えて、その場から自分を見ている イメージをつくる。子供じみているが「思考にイメージの世界の空間」を持って、具体的な自己対話が気軽にできる。 この本の「ポータブルメモリーバンク・テクニック」 も誰でもできるテクニックである。 『小さなノートをいつも持ち歩き、どんなことでも書き留める。たとえそれが、記憶に値しないと思われることでも、 頭に浮かんだことや感じたことを全てをノートに書く。どうでもよいことの中に、意外と面白いヒントが隠されていることが 多いことに気づく。その度に感覚や創造された行動は強化され脳に深くインプットされていく。 これが感覚的、非創造的な行動を強化することになる。』「ひらがな三語日記」もよいが、 この「ポータブルメモリーバンク・テクニック」も深い。天才達は、日記、手紙、詩などを書きまくった。 全てを書くこと自体に、無意識のうちに知性を育て、活性化するメカニズムが隠されている。 最近つくづく感じることは、「ノウハウ書をバカにしてはならない」ことである。
ーーーーーー 2005/04/02 1460, 頭脳の果て−1 −読書日記 ー以下は字数制限の関係でカット(2007年9月15日)
・・・・・・・・ 2004年09月15日(水) 1261, 幼児虐待殺人事件 −字数の関係でカット2008年09月15日ー
・・・・・・・・・・・ 2003年09月15日(月) 894, 「バカの壁」読書日記ー2
「バカの壁」を常に感じ取っている。過去を振り返ってみれば、よくわかるはずである。 子供に遡るほど小さな視界の世界ー壁が立ち塞がっている。その壁を一つずつ乗り越えるのが人生でもあり成長である。 学生時代、ある友人に「大爺」といわれたことがある。「地方の固定観念の塊」と「両親からの価値観の殻」 を感じ取って批判したのだ。学生時代の一番の収穫は、この壁‐殻を可能な限り叩きこわしたことである。 そのためか、地方にいると全く価値観が合いあわない。壁は乗り越えれば乗り越えるほど、多くの壁が立ち塞がってくる。 「バカの壁に気がついてくる」といってもよい。 メジャーにはメジャーの壁、マイナーにはマイナーの壁がそれぞれある。 この随想日記も、バカの壁の提示でもある。自分の壁を認識するのに、過去の喜怒哀楽の極みを内省してみるのがよい。 一番、喜んだこと、怒ったこと、悲しかったこと、楽しかったことを書き出してみることだ。それと好きなことや人、 嫌いなことや人を考えてみることだ。感動・感激・感謝の極みもそうだ。それが、その人の限界でありプラスの意味の壁である。 その壁の上に立って、その向こう側を眺めると、自分が何をすべきかが見えてくる。 バカの壁を一番乗り越えるヒントが見えてくる。私のバカの壁を乗り越える方法を幾つか書いてみる ー新しい習慣をプラスしていくことである。 ・ウオーキング ・お経ー般若心経 ・読書 ・本屋と図書館通い ・パソコンー随想日記 ・頭の固い人との接触を避ける ・常に新しいこと現象に興味をもつ ・意識して感激・感動の場面に近づく ・秘境旅行に行き続ける 等々を時間をかけて習慣化していくことだ。 チャレンジ・コンペテション・チェンジの繰り返しのサイクルを維持すること、中村天風の「積極一貫」である。 バカほど、こういう本は読まないものだが!バカとは頭の固い人ーバカの壁がびっしり囲んでいる人のことだ。 そう貴方、いや自分のことだ。 ーこの本の感想を書いてみるとー 「内容を理解もせずに、うわべだけを見ただけで知っただけで、わかっているという思いこんでしまう恐ろしさ」 を提示している。「知識と常識」「科学的事実と科学的推論」「意識と無意識」「脳と身体」「都会と田舎」等々は 違うとして「二元、論」の考え方で主張している。現代世界の三分の二が「一元論」者の中で限界がきているとしている。 「ものごとには良い面と悪い面があるということを認識しよう。それには実際に経験するのがいい」というのが 一つのテーマにもなっている。 「物事は全面的に良いものではなく,良い面と悪い面があるものだ」と捉え, 「一元論」を否定し,「二元論」を提唱しています。 一般に良いこととされる言葉--たとえば「個性重視」,「効率化」, 「景気回復」「人間性」なども,両面から捉て論じている。 「個性重視」... 個性というが、個性は簡単には捉えることができない ー気になった文を抜粋しておきますー (字数の関係でカット09年09月15日) −−−『バカの壁』 著者 養老孟司 出版社: 新潮社
・・・・・・・・・・・・ 2002年09月15日(日) 520, 宇宙について -
宇宙についての知識がこの10~20年で、飛躍的に観測等で伸びた。 以前事業百訓で書いた内容をコピーしておこう。これを書いてから数年後の7~8年前に、 NHKスペシャルで数回にわたり放送した内容がよかった。あまりの壮大な内容に驚いた。 地球の特異点はビックバン、ビッククランチ、ブラックホールの3つある。 宇宙は130億年前あたりに大爆発があり時空をつくっていて、今も膨張している。最後には限界点まで行くと、 収縮をはじめて消滅する。宇宙にブラックホールが存在して周辺の星などの物質を飲み込んでいる。 それがある一点にむかっていくポイントがビッグクランチという。あるところまでいくと、反転してビッグバンになる。 この宇宙は、その大きなブラックホールでもあり、数億のブラックホールを抱えている。 それぞれのブラックホールもその中に宇宙を抱えており、それぞれがビッグバンとビッグクランチをくり返している。 ある説によるとブラックホール内のビッグクランチが限界に達すると、違う宇宙に管のようなトンネルを通って つながっているといわれている。当時3~4回この再放送を見た為、しっかりと頭に入っている。 当時感じたことは「何だこれは人間の生死と同じではないか」という妙な気持ちであった。 15年前の文章に比べると、飛躍的な宇宙知識の飛躍でもあった。あれから7年もっと科学知識は飛躍したはずだ。 TVだからこそ、その高度の内容を理解することが出来たのであって、本でこれだけの内容の理解は、今の自分では無理だ ・・・・・・ S6209事業百訓 “宇宙と地球と人類”を大雑握にとらえまとめてみると− −字数の関係でカット2008年09月15日ー
・・・・・・・ 2001年9月15日 [145] 宗教戦争ー4 大事件を当然の上で私の主観を書く!
恐らくアフガン、イラクや??は国の壊滅に近い状態、そしてイスラエルの過激派の幹部のかなり数が 年内に抹殺されるだろう!いやそれが必然の世界にはいった。虐殺がその連中になされる。 これが宗教戦争だ。その反面今のようなテロが行われるだろう。 しかし、アメリカの全体の力を考えた時、今回の事件は微弱の損害でしかない。 別にアメリカの力の過大評価でない、大儀名分を与えたからには力と力の戦いだ。 気の毒なのはイスラム教徒だ。宗教は民族の魂であると同時に自我でしかないのに。 自我と自我の戦いが始まる。神という名のもとで虐殺が始まる。う簡単に済む問題でない。 4000(旧約)年対1300年(コーラン)の戦いでもあるからだ。宗教全面戦争になるのか。 アメリカにとってアラブのメッカが破壊されたようなもの。驚天動地だろう。何をやりだすかわからない。 旧約はかなり生々しい、生きた補虜を尻から杭を打ち込むのだ。最近その遺体がかなりの数発見されたという。 それだけ残酷になれるのだ。 宗教戦争は恐ろしい。今回はイスラム圏にとってあまりにも不利だ。
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