堀井On-Line



3034, バブル時と現在の比較は

2009年07月26日(日)

 
 大よそ20年前と現在を比較した年表があった。 (日経新聞記事内)
比べてみると、なるほど面白い。如何に金融政策に我われが踊らされているかが理解できる。
 当時は、それだけ豊かというと、その実感はない。
(反対に、当時と比べて現在は貧しいかというと、それも感じない)
           ー1990年ー           ー2009年ー
日本の土地資産    2477兆円            1253兆(07年)
日経平均株価    3万8915円(89年年末)     9287円(07年7月10日)
日本の土地資産   2477兆円 (90年末)      1253兆円(08年末)
平均マンション価格  6123万円 (90年、首都圏)  4775万円(08年、同)
新設住宅着工数     170万戸             109万戸(08年)
ゴルフ会員権価格   4388万円            325万円
サラリーマンの小遣い  76000円           45600円
大卒求人倍率       2・86倍            1・62倍
 ーー
土地資産は半分だが、今回の暴落を考えると、三〜五分の一。
株価は四分の一だが、買い支えを考えると、五分の一。
サラリーマンの小遣いは6割は厳しい。
ゴルフ会員権が十三分の一は、喜ぶべきか悲しむべきか。
バブルが異常過ぎたとすれば、健全な数字。 いや、まだ高い。
株・土地・マンションなどは、まだまだ下がってよい。
20年前でなく、私が大学を卒業をした40年前からみたら、現在の半分以下の豊かさ。
半分以下になっても、情報化で自由と個人がより尊重されれば心は豊かになる?
 ただ、現在は、世代間ギャップがあまりに大きいので、マイナー世代が荒んでいるが、
荒みが荒みで無くなっていく。 人生は、その時々でやるべきことをこなしておけば後悔はない。
                             いや、あるか!
・・・・・・・・・
2669, 日本経済の崩壊と資産防衛 ー2
2008年07月26日(土)

ドルが暴落をしたところで、アメリカは何の損失も受けることはない。 金本位制度に戻せばよいからだ。 
無制限に刷ったドルで金を買い占めておいて、権威の失墜したところで金本位制度に戻せばドルの価値は戻る。 
その時点でアメリカはドル本位制度に戻す選択肢を持っている。ところが落ち込んだ日本円は、元に戻ることは無い。 
金そのものがアメリカの40分の1しかないのである。もちろん、アメリカは、金本位制度のドルと、
それまでのドルは交換できない仕組みにする。そう考えると、国家戦略としての奪略である。  
日本を属国にしておく為に金の備蓄に異常なくらい圧力をかけたという。 日本など、使い捨てで最後は全てを
剥奪する手はずになっている。残酷なものだ。 アメリカ本土には穀物だけは充分に生産能力がある。
更にアラスカには資源が充分に埋まっている。日本がアメリカの国債を500兆円近く持たされている事実を
マスコミは騒がないが、既成の事実である。これらも価値として半分、いや三分の一になる可能性も出てくる。
地方は実感として、既に恐慌一歩手前になっている。これにガソリンの異常高とくれば、一人一台という
所有が当たり前の地方では、深刻な家計の問題が生じる。農業・漁業、公共事業で景気維持をしていた地方は、
この一連の経済崩壊の中で、更に悲惨な事態になる。その上に年寄りの多い地方は、年金破綻が大問題にもなる。
実際には第二次大戦と、明治維新の時代より、大きな時代の変化に晒されているのである。
日本のバブルが弾けたときに株価が6分の一になったが、それからするとアメリカは3千ドル代になる。
ドルも60円を割ることになるだろう。 これから10年スパンで考えると、こと日本は最悪の道を辿るしかない。
アメリカのドルは64間年で、30分の一価値に落ちてしまった。 
それは金一オンス、一ドルの値段が、35ドルになってしまったことからも知ることが出来る。
35年間つづいた米英の通貨支配が終わり、多極化の時代に入りつつあるということだ。
この時代にアメリカの属国だった日本が、このプロセスの中で一番の劣化をするしかない冷徹な事実がある。
中国は製造工場として、インドはサービス業を特化して、それぞれ特性を生かし紆余曲折を繰り返しながら
成長をするだろう。 その中で日本は、企画製造型のメーカーという生き方が主流になる。
知恵を生かした会社経営が求められる。個人としては知恵を生かした生き方である。
ドラッガーは「知識社会」の到来を予測していた。そのモデルが日本と言って無いが、充分に条件は揃っている。
とりあえず、今年も含め目先数年は、緊急事態である。 緊急処置をとらなければ手遅れになる。

・・・・・・・・・・
2007年07月26日(木)
2305, ぼくの血となり肉となった500冊・・・
          ー立花隆著
                 ー読書日記ー
 6年の間、毎日一文章を書き上げてきてプロの物書きの凄みが見えてきた。
特に一流といわれる人の圧倒的読書量と、書き上げてきた多岐にわたる文章の多さに
唖然とする。問題の在りかを見つける感覚と、それを正確に文章に書きあげる能力は、
シッカリした下積みの基礎があるのだ。 どの世界でもプロは甘くはない。
底知れぬ能力ある人たちの中で頭角を現すのは、そう簡単でない。
しかし、ここまで見せつけられると納得をする・・もの書きの下積みのインプットは尋常ではない!
 ーその一部を抜粋するー
私はいちばん真剣にいちばん多くの本を読み、本格的な人格形成を行ったのは、
二十四歳で大学を卒業して文春に入り、三十四歳で「田中角栄研究」を書くにいたるまでの十年間である。
その十年の間に、私はせっかく入った文春を辞めて大学に戻ったり、はたまた大学をやめてもの書きになったり、
もの書き稼業を捨てて、新宿でバーを経営したり、かと思うと、何もかも捨てて、中近東とヨーロッパを放浪する
旅に出たりと、あまり尋常ではない人生の軌跡をたどっていた。その十年の間に、私ははじめての著書
『素手でのし上った男たち』を上梓し、つづいて第二の著書『思考の技術』を出版した。
またこの時期にゴーストライターとして、香月泰男名で『私のシベリヤ』を刊行したし、立花隆とは別の
もう一つのペンネームである菊入龍介名義を用いて『日本経済・自壊の構造』という本を出した。
同じ十年聞に、立花隆名で「文藝春秋」「諸君!」「潮」「週刊文春」「週刊現代」に、多数の雑誌記事を書いたが、
実は、全くの匿名で、その何倍もの原稿をさまざまの週刊誌、月刊誌に書いていた。
そのような文筆活動を通して徐々に活字の世界で立花隆の名が知られるようになっていったが、必ずしも世に広く
知られるようになったわけではない。しかし、三十四歳のときに書いた「田中角栄研究」によって人生が一変した。
ということは、二十四歳から三十四歳にかけての十年間を一言で表現すれば、「田中角栄研究」以前の十年間になる。
その十年聞は若干のアウトプットもしていたが、圧倒的時間をインプ・トにさいていた。
生活環境は次々に変わっていったが、とにかく読書にさく時間がいちばん多かった。つまり、私の血肉になる読書の大半は、
この時期になされたのである。それがこの時期に焦点をあてようと思った最大の理由だ。
  (字数の関係で中略カット2008年07月26日)
    ー
 これを読んだだけでも、この人の圧倒的な知識を思いやられる。
 他人は他人とはいうが、それにしても知識という面で自分を対比すると、
 その貧弱さに呆然とする。外務省の佐藤優も、そうだが・・・

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2006年07月26日(水)
1940, 新潟活性化案ー3
         おっ w(゚Д゚)w  ハァョ?
7月の22日、三回目の新潟活性化のための会が、会社の事務所で開かれた。 県の??と、長岡、三条、新潟の
地区の経営者など7人の会であった。7月の28日に開かれる会の下準備の意味もあった。
当日の朝、それまで二回の会の主だった流れを以下の通り纏めてみた。
 ーー
・環日本海拠点基地としての位置づけを明確に打ち出す
 ?首都圏の日本海への窓口として物流や工場の基地としての機能を充実させる   
・環日本海基地としての拠点として 新幹線の東京駅から直接乗り入れの国際空港を打ち出す。
・新潟駅再開発が、今年施工命令を出されたが、 その工事に重ねて新潟空港と機能を一体化をしていく。
 新幹線の延長線路に新潟駅と国際空港のリニアを共同運用をする。
 飛行場周辺に10~20万単位で土地を先行取得し、高層ビル特区として容積率を1000パーセントにアップして
 取得額の倍を目標にして売却。それを工事費用の一部に当てる。
 350億の試算になっているが、単線など考えられるあらゆる知恵を使い半額以内にコストを抑える。
  そこの住民はリニアカーを格安で利用できるようにする。
 キーポイントは、
  *東京駅からの新幹線の飛行場乗り入れ
  *新潟駅再開発との共同事業
  *新潟駅と飛行場と飛行場周辺地域との一体化
  *飛行場周辺の高層ビル特区による事業費の捻出
  *飛行場周辺の特区構想ー  養老特区、外国人特区、物流特区、中国人特区、レジャー特区・・・
  *北陸新幹線への待ったなしの対策として完成を2015年(新潟再開発新駅の完成)を厳守する
   ーー 
 地元の経営者は、現在の新潟県の環境に非常に厳しい危機感がある。だから、こういう会が開かれているのだろう。
北陸三県対新潟県の地域間競争が切って落とされようとしている。
そして、どちらが勝利を収めるか誰の目にも明らかである、それに対して枝葉末節の対案も出せないのが現状。
2014年の北陸新幹線の開通までに新幹線の新潟空港の開通、そして特区構想の推進。
そのプロセスを通して環日本海拠点基地化を確固たるものにする。
その最終の計画を早急に決め、その手順に入らないと手遅れになること必定。
凡庸な?政治家ー前県知事などや地元国会議員・・
ーのお陰さまで手遅れなのかもしれない。このままでは新潟県の衰退が激しくなる。
このさい東京都新潟地区と割り切った方が良い(元々新潟は幕府の天領だったのだから)。
昨日の地元紙の新潟日報の中越・上越版で 「発車ベル9年前」?上越地域と北陸新幹線ー
という特集のシリーズが始まった。 かなりシビアな内容である。 タイミングもよい!
 全くどうなっているのだろうか、この県は? 野球場じゃないじゃないか!
同じ200億をかけるなら、東京駅からの直接乗り入れの飛行場だろう!
そして飛行場周辺の極東地区に向けての本格的な物流・情報拠点づくりじゃないか!東京都新潟地区づくりでよい。
「日本海を内海とみたてた長期的ビジョンの地域つくり」こそ、早急にたてる骨組みである。
何処かの新幹線駅建設が住民の反対意見で取り止めになりそうだ、というレベルと、この延長工事は違うはずだ。
それさえ解らないのだ! 私はこの辺で、この論については打ち切りだが!
これは政治家がやるべきことである! 何で私がここでいわなくてはならないのか?まあ、面白い経験であった!
  2007年7月26日ー後記 
   それもこれも、猿回しの猿でしかない! ということだ。                          
                             (*^▽^)/ ホンジャ!
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2005年07月26日(火)
1575, 道路公団副総裁が逮捕!

現職の道路公団の内田副総裁が逮捕された。
道路公団に対する公聴会の席での猪瀬氏の質問に、慇懃な返答をして中座した男である。
道路公団発注の鋼鉄製橋梁(きょうりょう)工事をめぐる談合事件が、現職の副総裁の逮捕になってきた。
道路公団そのものが??の巣窟というのは公然の秘密である。いや、猪瀬氏が暴露をしていたが。
歴代の総裁、副総裁を含めて、組織そのものが??集団ということだった?
こういう日本の談合体質が暴露されていくのは非常に良いことである。
現在の日本の役所とゼネコンの関係の象徴的なカタチと見てよい。と凄まれたことが記憶に新しい。
これでも今後も、この巣窟はそのままの体質でつづくだろう。改革のため、新たに総裁になった
近藤総裁も知らないわけが無い。改革などしようという意志など全く感じられなかった。
この男も早かれ更迭をしなくてはならなくなるだろう。いままで、これで通ったことが今後はそうはいかなくなったのだ。
今後とも、内側から多くの暴露がドンドン出てくるだろう。道路族議員の数匹が逮捕されるかどうかだが。
改革の真っ只中の道路公団の副総裁が逮捕とは、全くの異常事態である。それにしてもよく逮捕したものである。
郵政の民営化の法案が参院を通るかどうかの瀬戸際に丁度良いタイミングである。
政治的な思惑はあったのかどうか?だが。

ーーーーーーー
ー産経新聞の記事から 2005年7月25日
  道路公団副総裁を逮捕 
 独禁法違反ほう助と背任 橋梁談合事件

 日本道路公団発注の鋼鉄製橋梁(きょうりょう)工事をめぐる談合事件で、東京地検特捜部は25日、
 受注調整を助け、道路公団に不要な支出をさせたとして、独禁法違反(不当な取引制限)ほう助と背任の疑いで、
 道路公団副総裁の内田道雄容疑者(60)=川崎市多摩区=を逮捕、東京都千代田区の公団本社を家宅捜索した。
(字数の関係でカット 09年07月26日)
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2004年07月26日(月)
1210, つれづれなるままに

 ーアメリカの最終断末魔ー
アメリカの双子の赤字は何を意味するのかを考えると、底知れない恐ろしさをおぼえる。
石油の決済は、全てがドルでおこなわれている。 アメリカがイラクに侵攻したのも、フランスや
ロシアがフセインとユーロダラーで決済をしようとしたからといわれている。
現在の世界の石油の決済は全てドルでおこなわれているが、ユーロでおこなわれれば、ドルへの信頼感が薄れる。
輪転機でドル札を刷って世界中から物資を集めていたシステムが壊れてしまうからだ。
アメリカにとって双子の赤字など、全く問題はない。輪転機の紙切れの数字がマイナスをあらわしているだけである。
それとアメリカ国債も同じく紙切れでしかない。 かろうじて、その二つの暴落を防いでいるが、
ある日突然で恐慌を引き起こして、その価値を落としてしまえばよいだけだ。
全く酷いものである。手形乱発とどこが違うというのだろうか。そのアメリカの属国が日本である。
日本がその一番被害を被ることになる。 アメリカの断末魔の後は世界大恐慌となり、日本崩壊は?
 ー「有限会社」が廃止ー
再来年から、有限会社制度が廃止されて株式会社に一本化されるという。
現在の実体からして、中小の株式会社と有限会社を区別をする必要性が乏しいと判断された為だ。
これまでの中小の株式会社に規制を有限会社並に緩和をして、取締会や監査役の設置義務を撤廃する。
もともと有限会社は、資本と経営が分離してない中小企業を想定していた制度だ。
中小企業でも、会社の格にこだわって株式会社を選択するところが多かった。
中小の株式会社に義務つけていた取締役三人以上で構成する取締役会や、監査役に関して、約款で自由に
決めることができるという。最低一人の取締役でも設立可能となる。
ただ、中小株式会社のうち、株式譲渡制限のない会社については、株主保護の
観点から取締役会と監査役の設置義務を残す方針という。

・・・・・・・
2003年07月26日(土)
843, SF小説作家・小松左京の21世紀検証

 今月号の「文芸春秋」で小松左京が「SF作家として21世紀が予測していたようになったかどうかを自分で検証する」
 レポートが面白い内容であった。本人が正直に「自分はその頃は生きていないから、責任をとらなくていいや」
 と思っていた。それが「まさか21世紀に自分が生きているとは!」と。
 ー要旨を私の主観でまとめてみるとー
・一番の衝撃は平成7年の阪神大震災だという。
 本人が書いた「日本沈没」が現実になろうとは。 ほぼTPOS が酷似していた。
・三十年前は米ソの冷戦真っ只中、まさかソ連と共産圏がこれほどあっさりと崩壊するとは正直思ってもいなかった。
・今のエレクトロニクノロジーの発達で電卓、パソコンに、携帯電話、ロボット・・等 電子機器がこんなに
「小型」「安価」になってしまったことは、本人の予測をはるかに 超えたことであった。
 当時百億したコンピューターがいまやもっと性能が良くなって10万そこそこ買える時代は今でも信じられない。。
 本人は現在この時代の速さについていけないので、携帯電話を持ってない
・宇宙開発はもっと進むと思っていたが、意外と進まなかった。
 今の人類にとっての、予測したほどの必要性が無かったためだ。しかし宇宙への進出は人類に必要である。
・イラク戦争も衝撃的であったという。多くのビデオカメラが入って戦場の映像がリアルタイムで入ってくる。
・高齢化社会と今の子供の問題は予測をしていた。
ー以上だが、
 ソ連と共産圏の崩壊、今の科学技術の発展、情報化社会の予想を超える進歩など、私が感じたこととほぼ同じであった。
 この情報化の進歩はSF作家の想像をはるかに超えていたようだ。 ソ連さえも、まずは軽く崩壊させたのだから。
 彼等のような戦中派が今の時代の変化を見ていたら、これほど面白いものはない。
 特に戦争体験をしてきた人が、アフガンやイラク戦争のアメリカのハイテク技術を駆使した
 武器はSF小説をはるかに越えている。 アフガンのゲリラさえ消滅させてしまう。

・・・・・・・・
2001年07月26日(木)
[87] エルミタージュ宮殿

今回の旅行のハイライトはやはりエルミタージュだ。
カテリーナ?の冬の宮殿といわれ、ちょうどパリのルーブル美術館と匹敵する内容であった。
300万点ある所蔵の一部しか見れなかったが、ただ案内された壁画や展示物は見た事のある物ばかりであった。
制限された時間内で駆け足であったが、その印象は強いものだった。 エルミタージュはただ美術館と
思っていったが、広大な宮殿でベルサエユ宮殿に似ていた。 その豪華さにまずは驚かされた。
夏の宮殿と言われるカテリーナ宮殿も行ってきたが、これもまた目をみはる豪華さで感激してしまった。
当時のカテリーナ女王の権勢は絶大であることは、この2つの宮殿を見てうかがい知ることが出来た。


3033,刑事が家にやってきた

2009年07月25日(土)

 
 先日、家に帰ると家内が
「今朝、あなたが出かけて直ぐに刑事がきて『御主人がいますか』というので、普段は8時15分に
出るのですが、病院に一度行った後、そう20分ほど前の11時前に出かけた」といったという。
そこで刑事が「先ほど真ん前のアパートの2Fの一番奥の部屋の窓が割られ、泥棒が入りそうになったが、
部屋には住人が居て、通報をしたため逃げた。御主人が、その時間に出かけたなら目撃をしていませんかね。
それでは帰る時間あたりに電話を入れます」と言って帰っていったという。
その1Fの前面にはヤクルトの営業所があり、その横の階段からしか出入りできないのに、何でまた?と家内が
警察に言ったら、現在もう一人の刑事が聞き込みをしているという。
家内から話を聞いた後で、早速電話が入ったので、「 11時8分の新幹線の乗ろうと、家を飛び出したので、
家を出た時間はハッキリしている。 10時52分で、家の前には誰も居ませんでしたよ。 ところで、この辺では
窓を破って空き巣が入ったなどの話を聞いたことがないが、度々あるのですか 」と聞くと、「刑事になる前に
三年間、駅前派出所に居ましたが、そんなことは、あの辺では全くありません」との返事。
しかし18〜20日の三連休に2回、玄関のチャイムが鳴り出てみると、人が居ないことがあった。 
 もしかしたら・・・ この辺も物騒になってきたということか。 都会なら日常茶飯事なのだろう。
そういえば、6年ほど前になるか、家に刑事が来たことがある。一軒おいて隣の家の庭に干していた
女物の下着が盗まれたが、その時に若い男が自宅の敷地に入っていったのを目撃した人がいるという。
まず私の所在を聞かれたが会社に行っていて問題なし。 その前年まで長男が一年間、居候をしていたが、
どうも本人の可能性を探りに来たようだが、そこで首都圏に行っていたのを確認した。
そうすると、家の奥の貸家の学生の兄弟?が疑われるが。 その後、二人は引っ越していったが、
犯人は捕まったとは聞いていない。  それ以外は、空き巣など聞いたことがない。
最近は、新しいアパートが多く建ち、多種の人が出入りをしている。 あって当然のことか。 

・・・・・・・・・
2668, 日本経済の崩壊と資産防衛
2008年07月25日(金)

二年と三年前に二回受けたセミナーのシリーズが、再び開講するというので一昨日、受講してきた。
講師の清水洋氏は《平成20年からマーケットの大転換》があると言い続けてきたが、いよいよ現実化をしてきた。
 《日本経済はかってない構造変化を体験するので、早めに手をうって事業と財産を守れ》
 というのが、彼が一貫して言い続けていることである。
今年になって、サブ・プライム問題がアメリカで表面化をして、一挙に世界の景気の陰りが出てきた。
数年前に出席したときに、言っていたことが、まさにそのとおりになってきた。
今年になって、読んだ本にも同じようなことが書いてあったが・・・・
 講師は予告どおりになっているので上機嫌だったが、聞いている方は、その激しさに震撼とした空気であった。 
  その内容を印象に強かった順に大筋書いてみる。
・金利の高騰は、既に始っており6〜7?になっている。 出来たら固定金利に換えておくこと。
・とにかく破産者が多い。生活保護世帯も二年間で130万から150万世帯に増えた。
 零細・中小企業の倒産、廃業が信じられないぐらい多い。
・ガソリンスタンドが現在4万あるが、60?が淘汰される。
 (一例をとると、ガソリンは赤ランプがついてから入れにくる車が増え、その上に千円しか入れない)
・地方は老人と子供が増えて、商売が成り立たない職種が増えてきている。
・問題は国債だが、それより年金の未払いの数字が膨大にあるのを、国民は知らされてない。800兆円あるという。
・生産者優先の社会から、消費者優先の社会への大転換が雪崩をうって進みはじめた。
・金は現在、Kgあたり350万だが600万はいくだろう。
・アメリカのドルは近々には暴落をするが、その後に金か農作物本位制度で復活する。
 しかし日本は、暴落はするが、金を持つことをアメリカから間接的圧力で持たされなかった。
 アメリカの金の在庫量が7500万トンだが、 日本は170万トン、ドイツは350万トンしかない。
・郵政民営化は、郵貯の資金が外国に逃げることを意味している。
・国家破綻の結果として、ハイパーインフレが生じ、国債が暴落。国民の資金の価値が暴落。それで国の借金をチャラ?
 国家破綻は政府の破綻である。 それを外国メディアが正確に報じる。(外国メディアに敏感であれ)
 国民は、消費意欲が極端に落ち、さらなるデフレへ。
・スイスフラン、ユーロダラーや、金の現物にリスクヘッジをしておくこと。
・2〜3年後には、ドルと円の破綻は間違いない。
・人口減少社会は、300年に一度の社会的大変化の時代に突入。それは、明治維新、第二次大戦の終戦に匹敵する
  ー以上だが、次回は私なりの意見を書く。
- 2008年07月23日 13時〜17時 会場 御茶ノ水 山の上ホテル −

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2007年07月25日(水)
2304, また地震!どうなっている?まったく! −8

今回の地震で不思議なのは、家の倒潰の数に対し火災が無かったことである。
全壊1000棟、半壊2000棟、被害住宅1万数千棟からみて、何で火災が発生しなかったのか? 
祭日の午前中としても奇跡的である。それもダウンタウンと隣接している住宅密集地で、かつ年寄りが大部分の中で?
それと同じことだが、死者が11名も合点がいかない。余震が何回かあってから本震があったのではない。
突然の本震の中、三桁に近い犠牲者が出て当然、不幸中の幸いである!
柏崎市は‘家内の実家’があると同時に、母系の親戚があり、知り合いも何人かいる。
いま住んでいる長岡と、事業をしている新潟と、家内の実家のある柏崎と、丁度バランスが取れていた。 
それだけ柏崎は因縁があるところ。越後の英雄?田中角栄の出身地の西山が長岡と柏崎の丁度中間にある。
角栄の地元の中で、柏崎は最も利益を受けていたところである。
直接的には、今回の刈羽原発と道路網である。原発だけで3兆数千億、関連を入れればサラに増えるだろう。
家内の実家が建材屋をしているので、その内々の豊かさには驚かれる。
柏崎は地味で堅実が特性、しかし小粒だが時代の変化には敏感である。
深海の底にシッカリ根を張っている生きもの、そうヒラメかカレイのような人が多い。
家内がそうだからである。長岡は城下町で、派手でプライドだけが高いところで、
柏崎とは全く性格が正反対のところがある。両者とも昔ながらの越後気質が残っているが・・・
あの真紀子とは違う! あれは長岡人ではない、女コメディアンである。
じゃあ、お前は何じゃい?と言われれば、「コメディアンの親の恩恵(新幹線・高速道路網)を間接的に受けて、
ヌクヌクと蠢いている住民でしかない!」。しかし、これが現実である、実際。
その代償が、世界最大規模の原子炉の直下型地震で生死の際だった!、と言うこと。
前回の地震の時も聞いたが、前日カラスが異常に騒いでいたという。
当日、カラスが何処かに疎開していて一羽も居なくなっていたとか、金魚が異様に動き回っていたとかいう。
地震の前の人間が感知できない余震があったのだろう。

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2006年07月25日(火)
1939, 降りかけコーヒーの味!
      おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・
                     
昨日の朝、朝食の御飯に何とコーヒーをかけてしまった。
「山葵ふりかけ」のビンと「コーヒー」のビンを勘違いをしたのだ。
「気候のせいで、おかしいのかな〜」と独り言をいっていると、「たんなるボケじゃない!」 だと。
 「耐えている! こういう妻に耐えている!」という川柳を思い出した!
そのコーヒー振りかけの御飯の不味いこと、この上なしである! もしかしたら美味いのかもと!期待したが。
マ・ズ・イ!! 食べる方も食べる方だが! ところで毎朝,もう二十年近くになるが、
「山葵ふりかけ」をかけて食べている。あまり一般的でないので、スーパーでも数軒しか売ってない。
山葵といえば、面白い思い出がある。既に亡くなったが、大學のゼミの武澤先生が新潟の学会の出席のため、
来県した夜の出来事。もう十年以上経つが・・・ 近くのフグ屋で刺身を注文した。
ところが、先生が山葵を少し箸の先に摘み刺身の上に乗っけてそれから醤油に軽く付けて食べているのだ。
通の食べ方のようだが、私が見たのは初めてである。「先生、醤油皿に何故山葵を入れて食べないのですか?」と、
聞いてしまった。「僕の周りでは、こういう食べ方をしている人が多いよ」
 また言わなければよいのに「酒を数十年飲んでいますが、こういう食べ方をする人は初めてです。」と・・
(*‘_‘*): 何か庶民と民度が違う人種なのだろうか?あとで酒通の人に聞いたら、「そういう食べ方する人多いよ!」  
 ところで、この十年来、長岡での飲み会の一軒目の店の名前が「山葵」である。もちろん売りは刺身である。
              バイヾ( ̄ー ̄ヾ))))
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2005年07月25日(月)
1574, 日本人の苗字ー2

日本の苗字の多い順ランキングは、
この本によると以下の通りである。
1位 佐藤 1914300人 2位 鈴木 1692300人 3位 高橋 1406000人 4位 田中 1324200人 
5位 渡辺 1090400人 6位 伊藤 1072400人 7位 山本 1068200人 8位 中村 1041200人
9位 小林 1011900人 10位 加藤  853300人
田、藤、山、野、川、木、井、村、本、中などが名前によく使われる漢字ベスト10である。
これからみて、自然と土地の名前と関係の深い文字が多いことが分かる。
元々、苗字を持つことは特権階級のものだった。江戸末期の苗字を持っていた人口は20〜30万人、約1万姓だった。
明治初期の苗字の義務化により、29万の姓が増えてイッキに30万になった。それ以前より非公式に使っていた例も
多かったようだが、一般的には、苗字は100年しか経ってない新しいものなのである。
明治8年の平民苗字必称義務令が出たときに、慌てて作られた苗字が多くあった。
そのため、苗字を決めるときの悲喜こもごもが、そのまま現在でも残っている。笑うに笑えない実話が無数にある。
ーこの本の中の幾つかの実例を抜粋してみるとー
・喧嘩の耐えない夫婦に、庄屋の旦那が「円満」といわれて、 そのままそれが、苗字になった。
・若い身空で後家になった女に、ご隠居に「口説かれたら『射矢』といいなさい」と言われて、名前をそのままつけた。
・大学の前に住んでいたので『大学』
・大工だったので『大工』
・仙人のような顔をしていたので『仙人』
・女道楽が過ぎるので『女楽』
・愛媛県南宇和郡網代村の村民の名前が、株菜、大根、浜地、鱒、稗田など、魚と野菜の名前ばかりの村がある
・庄屋が、その男の顔が蛸に似ているので、面白がって 『太古』とつけられ、教師になった後で「タコ、タコ」
 と馬鹿にされて辞職した。
 ーー
そういえば親戚の葬式に出たときの話、隣の席に「家老」という珍しい名前の人がいた。「珍しい名前ですね!」というと、
「実は『けら』という名前だったが、虫の名前で馬鹿にされるので、今の名前に改名したのです」とのこと。
あるHPには、数学的計算から「日本人が27人以上いれば同姓者がいる可能性の方が高い」という。
5000種で、日本人の苗字の約80%をカバーしている。世界で一番苗字の種類の多い国は、アメリカで、
世界中からの移民で成り立った国の由来であろう。自分の名前は、先祖からのメッセージという。
更に自分の名前は、親からのストレートのメッセージということになる。
父親から「八郎の八は末広がりで、中国ではお金という意味がある」
と言われたことがある。実際のところは、兄姉八番目に生まれたからだが。
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以下は幾つかの参考サイトである。 みればみるほど、面白い!
・日本の苗字7000傑 http://www.myj7000.jp-biz.net/
この苗字はどの都道府県に多いか? http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/bunpu.htm

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2004年07月25日(日)
1209, ヘーゲル ー哲学について−20
 ーヘーゲルー

 マルクスの後になってしまったが、近代哲学でヘーゲルが基点になる。
ヘーゲルは、「現実世界とその歴史は精神的な発展していく姿ー現象と考え、
それは自己認識に到達するための歴史的プロセスである」と考えた。
 心や精神は無機質の自然から生まれたのではなく、それ自身が存在の中心的な構成要素であり、現実を構成する
歴史的プロセスの主体と捉えた。この全プロセスを現におこっていると認識しているもの(存在の究極的な本質)を、
ドイツ語で「ガイスト」と呼んだ。 この意味は「精神」と「心」の中間のようなものであった。
ヘーゲルにとって、ガイストは、存在の核心、存在の究極の本質であった。
ガイストが自己認識を目指して発展する姿であった。それが達成されると、全ての存在は調和をしてひとつのものになる。
それをヘーゲルは「絶対者」とよんだ。 それが「絶対的観念論」である。
  ヘーゲルには3つの理論がある。
1、さっき述べた現実とは歴史的なプロセスであるという考え方
2、二番目には、歴史は合理的な構造を持っており、その構造を理解するために
  必要なのは変化の法則、すなわち弁証法(正・反・合)であるという考え方 
3、三番目には、疎外についての理論である。
  人間は、文明を築くプロセスの中で色いろな組織や規則や思想や宗教を生み出してきた。
  それが逆に人間を抑圧するようになって、自分で作ったものなのに自分のものでなくなってしまった。
  宗教が、その端的なものと考えた。神を自分の投影として作っておきながらそれとは異なる存在、
正反対の存在として考えてしまうようになった。
ヘーゲルの思想のいま一つの特徴は、「国家への崇拝」がある。 {人は全存在を国家に背負っている}と考えた。
それがヒットラーなどに利用され右翼的な民族主義者とみなされた。また共産主義者からもその国家観を利用された。
現在の哲学思想の四大潮流、ヘーゲル哲学・マルクス哲学・実存哲学・分析哲学は、ヘーゲル以後の哲学史そのもの。
[ヘーゲルの弁証法]とは、ー出発点の第一段階は、「テーゼ(正)」とよばれ、これに刺激をされて生まれる
対立的な反応が第二段階で「アンチテーゼ(反)」で、この二者の対立がやがて解消されて
そのどちらものりこえた新しい状態が生まれる。それが第三段階の「ジンテーゼ(合)」
になる。しかし、この第三段階は新しい状態なので新しい対立を内包して、テーゼになる。
そして、再びテーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという三段階が始まる。この変化は途切れることなく変化し続ける。
これは宗教、科学、経済、社会などの内側からの変化として現れることになる。

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2003年07月25日(金)
842, エンドレスの巡礼

 先日、殺人未遂で逃げ回っていたお爺ちゃんが、エンドレスのお遍路さんでTVに出演をして、
たまたまTVを見ていた刑事に正体がばれて逮捕されてしまった。 当地では「エンドレスお遍路」
で有名の人だった。TV出演を拒否すればと思ってしまうのだが、そこが人間の持つ浅ましさだ。
 実を言うとこのエンドレスの老人の存在を知っていた。
『到知』という月刊誌で、俳優のショーケンー萩原健一の文章に登場していたのだ。
ショーケンは、お遍路を年中恒例にしており、その詳細を書いていたのだ。その文章でエンドレスの爺ちゃんの存在を知って
「70歳を過ぎたら、こういう生き方も良いのかもしれない」と感心をした。すべてを失い駅などでホームレスを
しなくてはならない時が万一きたら、思い切ってエンドレスのお遍路も良いじゃないかと考えた。
絶望をして、死にたくなった時でもよい。実際に、お遍路の道中に行き倒れて死ぬのも、病院で管に繋がれて
のた打ち回って死ぬよりはずっと良い。その最後のよりどころを、この老人は儚くも潰してしまった。
「歳とっての逃亡」でしかエンドレスの巡礼はできないのかもしれないが。
「巡礼は自分の過去に向かって歩いていくこと」と聞いたことがある。その行き先のまた先が神仏なのだろう。
まだ巡礼をしたいとは思わないが、いつか駆り立てられる日がくるかもしれない。
母が80歳を過ぎ痴呆症の現象が出始めの頃に面白い夢をみた。母が5~6歳の巡礼姿で玄関口にいる。
その姿をすでに亡くなっていた母の妹がじっと見つめているのだ。恐ろしい悲しい神秘的な夢であった。
人生はエンドレスの旅路なのかもしれない。

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2002年07月25日(木)
467,内山由蔵さんへの手紙

葉書ありがとうございます。この春奥様がご逝去されたと、兄より五月の連休頃に散歩の途中に会った時に聞きました。
謹んでご愁傷申し上げます。 丁度私が西アフリカに行っていて留守、参列できなった非礼お詫びします。
今年の2月ごろ堀内トシさんより手紙で「見聞皆師そのご追加分を送ってもらいたい」との依頼されました。
去年の五月より個人のホームページを開設して、毎日「随想日記」を書いたのをコピーして送りました。
その時に2部コピーして、内山さんにもと思ったのですが、少し差出がましいかと、そのまま手元にあるのを今回送ります。
その後の分もあるのですが、この秋頃に再び送りたいと思っています。
毎日文章を一文書くのは大変ですが、頭の活性化にはベストのようです。
自分でも色々のことを考えているのに驚きます。「書き出す」ことの重要さを改めて実感しています。
土曜日が一番都合が良いので、いつでも連絡をください。大手通りは何をしても無駄だと思います。
同じ努力をしても半分以下の効果しかないからです。同じ努力なら二倍の効果のある場所でやるのが道理だと思います。
  ー内山さんの手紙の下書きーより

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2001年07月25日(水)
[86] ホームページ用3dソフトが完成

ホームページ用3dソフトが完成したようです。 http://www.fsn.co.jp/bonoboのサイトでダウンロードして
このホームページの3dの絵をクリックすると動き始めます。
私のホームページに似たものが私の立上げの10ぶんの1のエネルギーで出来そうです。ただし有料です。
詳しくはそのサイトで見てください。富士総業のソフト部門で作成したものです。 ホームページ開設勧めます。
世界が2〜3月経つと変わると本に書いてあったが正しくそんな感がします。


3032,青年と成年の境目

2009年07月24日(金)

 青年と成年の境目とは何だろうか、何度か考えたことがあった。
「就職をし、結婚をして家庭を持って落ち着き先を見出した時」とは思っていた。
 開高健は以下の文章は、そのあたりを明快に書いている。
  ーまずは、その部分より
【「青春」という言葉があります。私なりに定義をすると、「自分の気に入った、自分の適した職業を見つけるまで、
どんどん職業を変えていける条件と心のある時期」を「青春」というんじゃないか。 職業を選んでしまうと、
それはもう青春ではなくて「青」が「成」という字になる。職業を選んだときからアダルトになるじゃないですか。
                                       (佐治敬三氏との対談より)】
 成るほど、その通りである。そうすると、私は34歳までは青年だったということだ。
考えてみると、そうかもしれない。 青春は、理想を求め彷徨い漂っている時期をいうのである。
それでは、中学校を卒業して就職し、一途に仕事をしてきた人には青年期は無かったというのか?
その辺の判断は非常に難しいが、如何だろうか? 
そのファジーな部分からみると、人生に希望を持って具体的に行動をしている人が青年期というのだろう。
 一生、足元を踏み固めずに、夢見るオノコがいるが、彼を万年青年とはいわない。万年青年という言葉には、
深い教養の上で理想を追い求める人をいう。  人にとって、その職業の占める位置は大きい。 
連れ添いと同じぐらいといって良い。 力=仕事、愛=家庭、知=教養とすると、
青年期は、それぞれのカタチを模索し吸収している時期をいう。 見っともなく、ボロボロで、大きく変化をしている時、
だから光輝いているのである。 成年期は、その光を失った時というと、そうでもない。 
仕事や、家庭つくりに全身をぶつけている違う輝きが出る時である。 
 そうこう考えると、就職と、結婚が大きな境目といってよい。 自立した時が成年にアップスケールした時である。
  心は何時も青年だが、身体は老年になっていく。 諦念するしかないか!
   ところで、青年期も、成年期もない人がいる。  ドッキ!
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2667, 結論で読む人生論 ー3
 2008年07月24日(木)

 今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。
 今度、図書館に行って今の本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分?か。
 とにかく、面白い。何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。
 自分を、くそ坊主と割り切れば、「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題いえる。
 自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。
  −ー
「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」
「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」「てめえがみじめそのものなんだよ」
「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」
「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろうが」「ぶっ殺してやりたいよ」
「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」
「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」
「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり、愛情であるんだ」
「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、てめえが不幸になる方がいい」。
極めつけは、これ。
・「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちになれ! 
 そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、まず己を空しゅうして、謙虚になってひれ伏す。
 愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、女を愛することもできないし、女にも愛されない」。
「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」という二十一歳の学生の質問。
 利いた風なことをいう者には東光は容赦がない。
「バカとちがうか、こん畜生は? 生きているのに“生きる義務”もねえもんだ。
 いやならとっとと死にゃあいいだろう。そんなこっていっぱし物を考えていると思ってるのはバカだよ。
 生きるのは何も義務でもないし、運命でもない。オレたちは命のあるだけ生きるだけのことだ。
 努力によって生きてるわけでもありゃあしねえ。それでどうせ死ぬんだとか、あとには何も残らねえとか、
 そんなくだらねえことを若い身空で考えてよう。たしかに残らねえよ、おめえみたいなバカ者は! 
 その生きる義務とやらをさっさと放棄して死んじまえ! ──『極道辻説法』

 おなじように、「人生ってちっとも面白いと感じたことがない」
「つまらなかったらさっさと自殺していいんだと思う」十九歳の学生に。
「自殺より、最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、『おまえの人生、つまってるか?』って。
 みんな「つまらねえよ」って言うよ。そのつまらない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出していく発見だ、
 この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。どこへ行っててもつまるものを発見するという能力をまず養う。
 能力というより、そういう努力をするということだ。(略) それでもつまらなかったら、さっさと死んじまえばいい。
 オレは別にとめやせん。生きてる意味を放棄したんだから、勝手に死にゃあいいさ。」 ──同書
最後に、「死んだらどこへ行くのか?」という十八歳の学生へ。
「そんなことわかるかい!」。
 ーーー
これを読んでいると、悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。 そして、言葉は何時までも残るというのが解る。
本当に言葉は大切だ。 その中に感情と理性が入るからである。 最後は人間性ということだ。

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2007年07月24日(火)
2303, また地震!どうなっている?まったく!? 7
 ?風評で観光地が壊滅状態ー

まだまだ、地震の話はつづく。2?3回のつもりだったが、いくらでもあるものである。
この地震の原発の風評が、観光を直撃している。
これから一ヶ月近くの稼ぎ時期の海水浴場と、温泉などの観光旅館である。
死活問題であろうが、他人事ではない。8月~10月は当方にとっても一年間の利益の殆どを稼ぐ時期である。
今年は政令都市になった勢いで、一割近くの売り上げアップを期待していたが、
これでは大幅でないとしても、マイナスも覚悟をしなくてはなるまい。この商売の宿命である。
さっそく地元紙に取上げられていたのが、寺泊港の名物の海と魚の「アメ横」通り。
10軒以上の大きな魚市場風の店が立ち並び、1千台?以上の駐車場は、
平日でも車で溢れる。休日は観光バスが大挙して押し寄せてくる。
近くには小洒落たレストランや、海洋深海水をつかった風呂が売りの入浴施設
「きんぱち」などが立ち並んで、若いカップルなどで賑っている。
去年も知人の元部下が経営をしているレストランに行って食事をしてきたが、なかなか主人には強気な
雰囲気が漂っていた。ところが、その日を境に寺泊はゴーストタウン化。
駐車場には殆ど車が見当たらず、目も当てられない惨状という。毎年7月20日前後に始まる臨海学校も軒並み中止。
群馬から受け入れ予定だった小学生約5千人はキャンセルになったと報じていた。
まだ被災地の柏崎周辺は災害関係者の宿泊があって、差し引きゼロだろうが、
寺泊や村上の瀬波温泉など風評だけで壊滅状態という。 全く関係ない湯沢や、
佐渡までさえもキャンセルが相次いでいるから、この観光シーズンを前に深刻な問題になっている。
さらに米など農水産まで影響する可能性もあるから深刻である。
下手をすると、コシヒカリというだけで、新潟の酒というだけで、敬遠される可能性がある。 
恐ろしいことである! 

・・・・・・・
2006年07月24日(月)
1938, 急増“働く貧困層
                    Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
 昨夜のNHKスペシャルがシビアな内容であった。(急増“働く貧困層"07/23(日) 後09:00 >> 後10:15 )
  ▽400万世帯が生活保護水準以下
  ▽リストラで年収200万・父親の涙
  ▽仕事に就けない若者都会を漂流 等が、骨組みとして構成されていた
 NHKも日曜日のゴールデンタイムの21時に思い切った番組を組むものだが、これが現実であるからだ。
  ーまずはNHKのHPから紹介文をコピーしてみるー
いくら働いても豊かになれない「ワーキングプア」と呼ばれる低所得者層の実態をリポートする。
働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできないワーキングプア世帯は
全世帯の約10分の1に当たる400万世帯とも、それ以上ともいわれる。
景気が回復に転じたとされる都会でも正社員は狭き門で3人に1人が非正規雇用で働いている。
子どもを抱える低所得世帯では食べるのに精いっぱいで、子どもの将来にも暗い影を落としている。
一方、地方では低収入が原因で税金を払えない人が急増している。
基幹産業の農業は厳しい価格競争にさらされ、離農する人が後を絶たず、集落の存続すら危ぶまれている。
高齢者世帯には医療費や介護保険料の負担増が追い打ちをかけている。
憲法が保障する「人間らしく生きる最低限の権利」さえ脅かされかねない
ワーキングプアの深刻な実態に迫り、これから目指すべき社会の在り方を模索する。
ーー
現実の地方経済は信じられないような落ち込みなので、
この番組は身近の現状の断面を鋭く切り取った内容として受け止めることができた。
 この番組の中での印象的なケースといえば
・30歳過ぎのホームレスが職を求めて彷徨う姿が生々しく深刻である。
 このままいって最後に食えなくなったとき、犯罪しか生きる道はなくなる?
・地方都市の寂れた商店街の洋服屋のお爺ちゃんの姿も現代の姿だ。
 妻は痴呆症で入院、国民年金の大部分はその支払いで消えていく。
 生活保護を受けるには、持ち家と預金が有ってはならない規定がある。
 それが人間としての尊厳の問題となって決断できないでいる。
・50歳のお父さん、中学生の少年二人を抱えて月に21~22万円で生活をしている。奥さんには先立たれ、
 数年前にはリストラされ、現在は3つのアルバイト先で働いている姿が映し出されていた。
 身近で、これに近い姿を多く見ているので、他の世界の出来事ではない。
 商家で生まれ育って、幼児の頃から生々しい浮き沈みの世界を見てきたので
 現実の問題として深く沈んだ時の恐ろしさには、さほど驚かないが・・・
今までは勝ち組?にスポットライトに当てられていたが、反対に、ワーキングプアの姿を通して現代を考えてみる必要がある!
倒産、離婚、生活苦、そして自殺のケース。もっと辛辣に時代を見つめた番組を作ってよい!
  普通の生活がしたいだけ!という、言葉が重い

・・・・・・・・
2005年07月24日(日)
1573, 日本人の苗字      ?読書日記        
 ?30万苗字の調査から見えたことー

図書館で借りてきた本だが、身近なことのためか面白い内容であった。
知っていることといえば、佐藤などの藤は、藤原氏の藤から頂いたこと位である。
日本人の約30万姓をデータに日本人の苗字を探って、その苗字の驚くべき由来などを紹介している。
中国人の姓、約3500、韓国人の姓、約250。欧州では、全てあわせても30000というから、
いかに日本が多いかわかる。まず「鈴木」がもともとは熊野方言で、稲束の中心の一本棒であると述べている。
江戸時代末期の人口が3000万人、そのうち苗字があったのが4?の100万人。
苗字の数は10000と推測されるから、明治以降から三十倍に増えたことになる。
この本によると、苗字の由来には様々なタイプがあるが、大体次の三つになる。
  1、地名型
  2、職業・屋号型
  3、官職型
1、苗字の8割が地名に由来するという。 
 たとえば、全国に無数ある田中、内田、中村・・といった地名。
 その地と何らかの関わりがあると考えられる。それが領主の血筋か、領民か、単に地名から名を貰ったかである。
 田中などの地名は全国に数千とあるから、それだけの源がある。
 何代かを遡れば自分が何処の田中か解るだろう。 逆に、黛は埼玉県児玉郡上里町にしかない地名。
 そこしかないから解りやすい。どこかに転じると、自分の出身の名前を残しておきたくなるのが人情。
2、職業・屋号型
 戦国時代が終わって、豊臣、徳川の時代になると、百姓町人は刀を取り上げられ、苗字を名乗ることが禁じられた。
 武士を特権化するため、差別的階級制度を構築したのである。
 そこで何々の在の〇〇兵衛、で用が足りたかというと、それだけでは 無理であった。
 特に江戸などの都市圏の町人は、名前も自分の商売と考えた。
 取引上、必要になった。たとえば、糸屋の九兵衛とか。 俵屋、枡屋、針屋、飴屋などなど。
 元は蕎麦屋でも、職業を布屋になれば布を売っていても 「蕎麦屋」という屋号にしていた。
 明治時代になって、目出度く苗字を名乗ることを許された時に、屋をとって苗字にすることが多かった。
 綿屋を綿矢とか、綿谷とかにした。
3、官職型
 官職型としては、
大蔵ー勘定方  監物ー出納係  工藤ー今でいう国土交通方
左近ー宮中を警護する左右に分かれていた役所の官史
太宰ー九州統監の役人 などなどある。
 
その他にも、信仰由来のもの(神、釈、三輪)
芸名型(幸若、善阿弥陀、世阿弥)
名前型(太郎、源内、為貞、源五郎)
外来型(高麗、百済、秦) などがある。        
               ー つづく
ーーー 
光文新書 丹羽基二著

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2004年07月24日(土)
1208, 自殺 3万4427人

昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7?も増加して3万4427人と報じていた。
 ー内容をまとめてみるとー
・原因として、病苦が45?、経済苦が25? 特に経済苦の増加が目立って増えている
・40歳以上が、4分の3を占め
・男女の比率は、男子が70?、女子が30?
・鬱病が30?70?。 他の精神疾患を入れると、殆んどが精神疾患があった
・1997年まで、年間2万?2万5千人と推移していたが、
 1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になってしまった
・職業別に見ると、無職が半分近くだ
20万都市で一週間に一人が、日本全体では、毎日94人が自殺で亡くなっていることになる。
大都会の真ん中で失業をして、駅などの人ごみの中にいると、ふっと虚無が
自分を覆いこみ電車に飛び込みたくなる衝動に駆られるという。何か解るような気しないでもないが。
「自殺は最後に残された意思の遂行」というが、その心中は当人でなくては解るはずがない。 
しかし自殺をしようとする人の大部分が「ほんとうは死にたくない、誰かに声をかけてもらいたい」という。
歳をとり、連れ添いに先立たれ、重い病に侵され、一人孤独に毎日を過ごしていたら、自分でも死にたくなる。
簡単に「自殺はすべきでない」というが、絶望と孤独の岸辺に立っている人の立場からみれば、
その苦しみから解放される唯一の方法かもしれない。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」の中で、
主人公ウェルテルと愛するロッテの恋人(後の亭主)のアルベルトとの自殺の議論があった。
ーウェルテルは人間の本性には限界があり、喜び、悩み、苦しみもある程度まで耐えられるが、
限界を超えると破壊してしまう。自殺は、けっしてバカな人間や卑怯者するのではなく、生きることに悩み、
迷ってどうしても出口が見つからない時に仕方なくとるものと主張した。
一方、アルベルトは、自殺に対して徹底的に反感を持つ。
彼は「苦しい人生を対し忍ぶ事ができない弱さから引き起こされる」と考えていた。
この世で最も尊いものは、愛である。しかし、人間に喜びを与えるはずの愛が
悲劇のもとになることもある、それがまさに、ウェルテルの悩みを引き起こした。
最後には、そのウェルテルが自殺をしてしまった。死ぬには死ぬなりの悩みと苦痛の蓄積がある。
しかし、生きることも、生きるだけの理由もある。自殺について語る資格は私にはない。
ただ、死にたいと思ったことは一度もない!いや、若い時にあったか?
地獄も天国も、この世にあるものだ。 地獄の業火(精神の激痛)に焼かれてこそ、自殺の意味が解る!

・・・・・・・・・
2003年07月24日(木)
841, 初めての経験ーユースブック

 ある本を店頭で買おうとしたが、一度「アマゾンの中古本」を買ってみたかったことを思い出した。
そこで買うのを止めて、webのアマゾンで調べてみたら30?オフで出ていた。
早速注文をしたら、一週間で直接「持ち主」から本が送られてきた。大阪の女性の人からで、本は全く新品同様であった。
家内にそれを見せると「きれいに読んで、また売ったら」と考えも及ばない事をいう。
恐らくアマゾンは2回目のそれは受け付けないと思うが? そのシステムは革命的だ。
 アマゾンのweb書店に入ると「買った本を売りに出しませんかと?」、過去に買った本の一覧が出てきて、
その売値まで書いてある。汚さないように読み、手数料を払って売ればよいのだ。合理的そのものだ。
これでは益々本が売れなくなるだろう。本以外では楽天市場があるが、そこで買ったことはまだない。
消費者の立場で有利なシステムなら、早くやった方がよい。今度アマゾンは、本だけでなく他の商品の販売を
本格的に始めてきた。本の半分近くは、週2回以上書店に行くにかかわらず、web書店で買っている。
恐らく今度はユースブックを買う頻度が多くなるだろう。 面白い時代である。
数年後にはTVにインターネットが組み込まれて、気楽にweb上で買い物をする時代になる。

・・・・・・・・・
2002年07月24日(水)
466,内山由蔵さんからの葉書

W杯のお陰でアフリカの地図を引っ張り出すチャンスが多く、だいぶ勉強しました。
ホテル業も大変のようで、長岡のグランドホテルも市議の中では云々されています。
日本精機の永井さんが赤字のグランドホテル手本にして新潟の万代島の再開発の大ホテルを
やるとか云っていますが、永井さんでは経営はできませんね、どうするんでしょう。
貴方がメルクマールで誉めておられ、私もフアンになったユニクロ、
一揃え買ったが着こなせず若い者にやりました。ユニクロも元の元気はありませんね。
大手通も今月一杯で丸越と覚張も廃業、キッドも閉まったまま。
どうするか考えはありませんか?市民センターは一日600人の入場があるとか。
お会いして貴方の話を聞きたいと思っています。私は元気でいます。
ー葉書の日付は7月20日ー2002年

・・・・・・・・・・
2001年07月24日(火)

先日も書いたがフィヨルド見物あとの登山列車のトンネルとトンネルの合間の空間で列車が停まった。
そこで全列車の乗客がおりて5分間の滝見物という。 100メートルいくと突然空間が開けていた。
そこに大きなショール滝が現れた。その滝に見とれ写真を撮り乗客の半分近く帰った時、突然音楽が鳴り出した。
ふと滝の中間に赤いものが見えた。赤いドレスの女が踊っている。
写真を撮ろうか、それとも見ることに集中しようか迷ったが両方にすることにした。
まさしく水の精が踊っているようであった。 一生に残る感動的場面であった。明日写真アルバムの載せます


3031,卒業40年周年か〜 −3

2009年07月23日(木)

* 奥野君への手紙
            (今日、本人の手元に届く)
 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 
卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 
書いたことすら忘れていたので、タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 
8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。
ブログに同月同日に毎日載せたものです。 従って、毎年半年は、当時の日記を毎日読み返しています。
その時に、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに訪ねてきて、これから社会に出るにあたって
多くを語ったことや、佐渡に広瀬君などとご一緒したことを思い出しています。 
 先日の会では石川譲治君や、服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君などの顔が見受けられました。 
その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯やりました。 三崎、木矢、伴、鈴木(加藤)、高杉です。 
三崎さんは10年前まで、新潟に16年近く転勤できていて、2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んでいました。 
 ところで私は、その後
・ジャスコに一年在社後に、
・産業能率大学に途中編入をし、
・その後金沢の「いとはん」(その後ジャスコに吸収)に一年半在社、
・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを
 二年間従事(その当時に結婚)
・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、
・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。
 2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、何とかやっています。
  どちらかというと、創業屋的な人生だったと思います。 
 30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いたというところです。
 ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、仙台空港の南10キロほどの漁港のようなところで驚いています。
資生堂に入社して、都会にドップリと浸かっているかと思いきや、その正反対の場所で。 
実際のところ、東京のアスファルトジャングルなどより、遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。 
それだけでも良い人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。(それぞれに価値観があるでしょうが) 
何かチャンスがあったら、会うのも面白いでしょうね。 それでは、お元気で。 
あの日語り合った、延長の気持ちで思いのまま書いてみました。   2009年07月22日     堀井八郎  

 追文)8年前より、ブログを開いています。 暇のおり覗いてください。検索に堀井八郎を入れると出てきます。
    当時の写真や、先日のクラブや、同級の二次会の写真があります。 
    分類には当時の私の日記があります。  〜 22・23・24歳の日記のコーナー〜
 
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2666, 結論で読む人生論 ー2
2008年07月23日(水)

 ー三十年ぶりの、今東光の毒舌ー

順不順でなるが {第6章 人生の価値、人生の意味ー なにはなくともこの糞坊主ー今東光}
が面白い。 久しぶりに今東光の毒舌にお目にかかった。亡くなって30年近くも経つだろう。
まずは、その部分ー
  ーーー
 人生なんて、そんなにむずかしいものか。じつにさまざまな考えがあって少々、食傷気味である。もしかしたら、
人生論が人生をむずかしくしているのではないか。たしかに人生には山があり谷がある。悲喜こもごもである。
だが結局、生まれて、生きて、ただ死ぬだけのことではないか。どう生きるかは、それぞれの計らいでいいではないか。
ここまで見てきたさまざまな人生論はあまりにも近寄りがたいし、荒唐無稽すぎるし、立派すぎる。
もっとスカッとしたものはないのか、とお嘆きのあなた、これがあるのだ。
 その男が生存中は、なんだこの濁声の坊主は、と多少の反感を持っていた。
が、わたしはいまでは今東光を尊敬している。 そう、今東光和尚である。 聞いていただこう。
 ー
*「正しい人生」とか「何とかの人生」なんてものはないよ。本人にとっての人生しかないんでね。
自分にとっての人生しかないんだ。おめえが十八なら、「十八の人生」というものしかないよ。
それしか、オレは言いようがないね。(略)だから、自分にとっての人生で、自分が、これが正しいと思って闘って、
勝つか負けるか、これだけだよ、人生なんて。              ──『毒舌身の上相談』集英社文庫
 ー
*「バカ正直だと損をする。もっとずるく悪賢く立ち回れ」なんてよく人が言うけど、その言っている野郎が、
ずるく悪賢く立ち回って成功しているかっていうと、絶対にそうじゃねえんだな。 そんなのはダメなんで、
真実火の玉になって人生を渡っていって、社会にぶつかっていくんじゃなけりゃあダメだよ。
人がよすぎて結構じゃねえか。そんなタワ言ぬかすような野郎なんぞ相手にするな! ──同書
 ー
*「人生始めたばかりでスランプに落ちたら、死ぬまでスランプだぜ、この馬鹿野郎!」
「おめえみてえな野郎は一生、女を本当に愛することができねえよ。女を捨てて自慢してるような野郎は、人間の屑もいいところだ」
「そんな夢みたいなこと考えてねえで、てめえのキンタマのフクロのシワでものばしてた方がよっぽどましだぜ、この野郎!」。
  ー                                     ──『極道辻説法』集英社
*二十三歳の学生が近所の中三の女学生の家に半年間、毎日毎日いたずら電話をかけた。
どうしても彼女に自分が好きだということを知ってもらいたい。おれはどうしたらいい?
 自首すべきだろうか、という質問に対する傑作回答
「 自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん。死にな。二十三歳にもなってそんな電話かけたりするバカなら、
自首するより死んだ方がいい。自首すりゃあ、恥をかくからね。恥かくより死んだ方がいいよ。 切に自殺をお勧めいたします。
                                        ──『毒舌身の上相談』
 ーー
後記)「死にな」がいい。「悪いことは言わん」。「お勧めいたします」がいい。
   現在、これだけのことを言ったら「馬鹿ども」に袋叩きにあうだろう。
   だから誰も、こういうことはいえない。だから懐かしいのである。
   今東光が現在の若者、特に負け組みといっている連中。私が今東光に変わって言ったとしたら、こうなるだろう。
   「この馬鹿野郎が!何が負け組みだ。そうしたのは御前自身だろう。何が格差社会じゃい笑わすな。
   手前に能がないのさえ自覚しないから、能がないままにしてきたのだろう。 知恵を使え知恵を。
   その程度のことは幼児でも使っているじゃねえか、馬鹿野郎。 知恵が無いとぬかすなら、足と手を倍以上使え。
   御前に覚悟も知恵も無いことを自覚もしてねえで、何が格差だよ。いいじゃねか、格差も。
   もし、格差をつけられたと思っている連中、あんなものゴミみたいなものじゃ。御前よりはマシぐらいだよ。
   そんなことより、知恵を使え知恵を、この馬鹿が・・・」てな具合になるか。
                                 ーつづく
・・・・・・・・・・
2007年07月23日(月)
2302, また地震!どうなっている?まったく! ー6

昨日の、サンデー・モーニングなどを見ていて感じたことは、ことの重大さが実際のところ解ってはいない!
ということである。当事者も、まだ本当のところ解っていないのだから、仕方ないのか?
それだけ、この二回目の地震は大きな意味を持っている。43年前の新潟地震はマグネチュード7・5だった。
あの規模だったら、柏崎周辺の10?20万人が即死、日本は壊滅。地元の長岡の大部分が被爆、数年以内にガンで
十万人が死亡の可能性もあった。地震学者が、柏崎市内を歩きながら道路の液状化現象を説明していた。
道路や、そこにある陥没を見て、大げさに海岸の至近にあるための液状化を説明していたが、
そんなもの前の中越地震の長岡市内で何十箇所で目撃している。道路の浪打ちも段差も驚くべきことではなく、
あちこちで見ることができた。別段に柏崎だけの現象でないことを知らないのである。専門家でさえ、
前回の地震の実際の現場を見てなかったことが、それだけで解る。もっと凄いコメントをしていた地震学者がいた。
「この規模の直下型の地震にしては、被害は少ない。2・5倍の想定以上に対して、このレベルの被害で終わったのは、
それだけ刈羽原発の施設の構造がシッカリ造ってあったからだ。」これ、まともな答えに聞こえるが、とんでもない。
何で、この程度と解るのだろうか。この男は実際の中を見たのだろうか? 彼らの言うことが事実だろうか? 
言っていることが本当だとという前提で、彼はコメントをしている。全く、こちらは生死にかかわっているのである。
あくまで日曜日の茶のみのショーでしかないのである。コメンテーターの談笑の話題の一つでしかないのである。
その中で、驚くべきことを地震学者が言っていた。
「もし、原発の事故などで原子炉が破壊されれば周囲の20万が即死、近くに大都市があれば200万人が癌などで死亡する」
という。ただ、それが本当かどうかは解らないが、話半分としても大惨事である。
専門家が言うのだから有り得ない話でもないだろう。もう一つ、大きな問題が出るはずだ。原発に対して反対派が
地震の断層を指摘したにかかわらず、強引にこの地に造った事実を見逃してはならない!大量殺人未遂ととられても仕方がない。
誰だ、その時の権力者は?真紀子の父親だろう!それを徹底的に追求しない限り、同じような間違いが続く。
ユダヤ資本による石油戦略上、原子炉は必要であったことは解るが・・・
 原子炉の危険性を知る専門家が、「活断層が近くにあることが解っていて造られたとは、有り得ないことだ」
という言葉! 意味が解っていないんじゃないか? 善良なる被災者は。
(追文)
今朝の週刊誌の新聞広告の見出しに、刺激的なタイトルが出ていた。 こういうところに、大新聞が書けない
真実が書いてあることが多い。「20万人が急死寸前だった」は事実だろう。
柏崎は全滅、長岡、小千谷の半分が犠牲だと!いう。 全くそのとおりである!

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2006年07月23日(日)
1937, ローマから日本が見えるー15
      \(^▽^*)おはよう \(^▽^*)おはよう!
    
 待ちに待ったカエサルの章である。ローマ帝国といえばカエサルと言ってよいほどカエサルの業績は大きい。
 現在のヨーロッパはカエサルが作ったといってほどの改革をしてしまった。 その意味では現在の世界システムの
ベースを作り上げたといっても決してオーバーではない。実際に、この本を読むまでは知らなかった。
 ーー
第七章「創造的天才カエサル」ー1
   ーカエサルの登場ー
元老院側BC44年に立つポンペイウス派との内戦を終えたカエサルが終身独裁官に就任した。
前回のスッラに似ているようだが、その意味するところは全く違う。スッラの独裁官就任は一種の緊急避難的措置である。
スッラは自分の改革を独裁官権限で全て実現をすると、ただちに職を辞しただけでなく、政界からも引退してしまう。
本来、独裁官とはローマ共和政の危機管理システムであった。カエサルが、「独裁官に終身という名を付ける」
ことによって彼が生きている間はローマの共和制度が停止することを意味する。
これがローマの政治体制を事実上変えてしまった。 スッラは「共和政の浄化のため必要」と政治改革と粛清をした。
それに対してカエサルは「ローマの領土の拡大によって、共和制度の寿命は尽きていた」ことを知っていた。
    (字数の関係でカット2009年7月23日)         (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
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2005年07月23日(土)
1572, 詐欺師

身近な詐欺師としては、毎日のように電話が来る「??取引屋の営業」である。
しつこく同じ会社から数百回も十年近くもある。もうここまでシツコクかかってくると、声は懐かしい知り合いになる。
こちらにしては、丁度良い怒鳴りのストレスの解消相手である。相手も、解っていて社内向けにかけているのだろうが、
最近怒鳴り声に閉口したのかかかってこない?詐欺師は、遇えば半分は落としたようなものだという。
学生時代の同級生の野村證券や大和證券の営業の男から、昔何回も聞いた事があった。
「俺らのやっていることは、1?0パーセントは詐欺である!」真面目な奴も、稀にはいるだろうが?現在は、
そうではないだろうが。その露骨なのが、??取引の営業の手口である。最近は脅しまがいの手口の電話もかかってくる。
その手口を冷静に見ていると、重罪の犯罪者から学んでいるとしか思えない。
ーーー
昨日、通勤の帰り道に車が私の目の前に急ブレーキで停まった。親しそうな顔をした中年の男が何か早口で話し始めた。
高校の同級生とテッキリ思ってしまい、立ちとまって相手の話を聞くことにした。
財布とライターとネクタイピンの入った木の箱を開けて、貰ってくれという。
てっきり同級生が、それをくれると思って貰おうと手を差し出すと違う男なのだ。
その男が言うには、「いま、会社の創業祭が終わって、記念品を貰った。
これから東京に帰るが、こんなものを貰っても仕方が無いから地元の人にあげようと思う。
丁度あげるにピタッリ人がいたので、ビール代を貰えれば彼方にあげたい。」
「タダなら貰うが、金は払う気は全く無い!」と言うと、顔色を一瞬変えて、そのまま行ってしまった。
こういう場面を何回か経験しているので、路上詐欺の手口の一つだろうと直感したが、未経験なら軽く引っかかるだろう。
それにしても、あの瞬間芸は迫力があった。交番に届けても仕方が無いが、あれでは引っかかっても仕方がない。
交番のお巡りさんは、こういう話も小ばかにしてしか聞かない。応対の言葉は聞かなくてもわかっている、
「実際被害にあったのですか?・・・」である。
ー検索で「詐欺師の手口」のHPに似たようなものがあったー
(字数の関係でカット2008年7月23日)

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2004年07月23日(金)
1207, 排除勧告

昨日の朝日新聞の一面トップが新潟市公共工事の談合の排除勧告の記事であった。
このホームページでも何回か書いてきたが、この国を取り仕切ってきたゼネコン・マフィアの一端が全国的に明らかにされる。
公然と、このマフィア・システムを書いてきたが、全国紙トップで露わにされたのだから、けっしてオーバーでないことが
証明されたことになる。新潟県は大成建設が仕切り役を割り当てられていて、その下に地元の福田組、本間組、加賀田組
の三社が組んで、重大犯罪を数十年ほぼ100?仕切ってきた。民間工事でも何らかのカタチで談合がなされる。
このマフィアに立ち向かうのが、施主としてのメインの仕事になるが、その影が常に付きまとっていた。
それに市や県の役人もつるんでくるから、このマフィア連中のシステムは深く張り巡らされている。
市や県の元幹部を、定年後こぞって営業に向い入れ、そのツテで犯罪を仕掛ける。それに自民党や民主党などの政治家が、
利権と票を狙って入り込んでいる。そのシンジケートの基盤は確固たるものである。
彼らの利権の一端が、少し見えただけでしかない。 彼らの不気味なシンジケートが橋本派を
扇の要として張り巡らされている。何故ここまで検察が放置していたのか、不思議でたまらない。
公正取引委員会も12年ぶりの勧告というから酷いものだ。「歴代の下水道建設課長らが関与していた」と書いてあるが、
検察が把握をしていなかった訳がない。この国はマフィア支配という面でみると、イタリア以下に成り下がっている。
それでも、今日も談合が何時ものように行われているのが現状だ。

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2003年07月23日(水)
840, プロジェクトー

 NHKTVのプロジェクト?がなかなか面白い内容だった。このシリーズは三回に一回は見ているが、
昨夜はソニーのロボット犬『アイボー』の開発プロジェクトのチームリダーとメンバーの苦労話であった。
一つの商品の中に、多くのメンバーの思い人生とエネルギーがぎっちりとつまっている。
社長の井深大の『人の真似をするな!』が、ソニーの商品開発のコンセプトの一つということは知っていたが、
しかし現場の技術者にそれが貫かれていたのをみせつけられた。 
   ー字数の関係でカット(2008年7月23日) 
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2002年07月23日(火)
465,流離(さすらい)のランチャー

ある長年サラリーマンを勤めている人から、彼らの昼飯をとることの大変さを聞いたことがある。
昼飯時は何処も混んでいる、それを同僚か誰かと探し歩いて食べる大変さ。
その気遣いだけでかなりのエネルギーを使うという。私の場合は、殆ど一人で11時45分に出る。
サラリーマンで混雑する直前に入ってしまうのだ。週5日のうち2日は回転寿司である。
今のランチは500円から300円以下になってきているという。マクドナルドのハンバーガーに缶コーヒーで
200円でも結構悪くない。昨夜家に帰ると家内が不思議そうな顔で、長岡の駅前のアルファー・ワンという
ホテルで、680円のバイキングに入ったという。12時少し前に入り13時まで自分達一組だけだったという。
値段も安いし、内容も良いし、店は大きいのに誰もいないのが不思議だという。
それとあの大量のバイキングの料理をどうするのだろうかと。新潟駅前で自分が行く店で少し遅れて入って、
ピーク時間に誰もいない事は月に1?2度出くわす。週一度の居酒屋の楽しみを欠かさない為に、節約の
一番のターゲットになる。ランチは一番に景気に左右する。流離のランチャーという言葉ももの悲しく聞こえてくる。
 不景気だ!

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2001年07月23日(月)
[84] 北欧の印象

いま欧州各国の首都はインターネット化による合理化と、EC統一で本社機能がドイツのベルリンに移転、
本社の支店化や支店の撤退が進んで、合理化と人員削減による不況が進んでいるという。
いずこの国も一緒と感じた。ロシアの国境以外は完全オープンといった感だ。ただノルウエーだけは
北海油田が発見された為、海陸資源が豊富な上に石油の心配が無くなったためECに参加せず一国強気という。
北欧とロシアは欧州の片田舎とい位置づけられている。 北欧4国の各国の位置付けは
スエーデン・デンマーク・ノルウエーの順で彼らはゲルマン民族で言葉もほぼ一緒。
フィンランドだけはハンガリー系のフン属で彼らは露骨な?差別意識があるようだ。 何処も一緒か。
常にロシアとドイツなどの外敵にさらされてきたという。
どこも立憲君主の政治体制をとっている。また社会民主主義が進んでいる。
ノルウエーの学校制で考えさせられたのは小中9年間クラス換えがなく、先生も一緒。
一クラス20人のため先生は80人の生徒を見ることになり、責任を持って生徒を指導できるという。
虐めや差別は少なく、20人は一生の付き合いになる。
競争社会の日本でこれがそのまま良いかどうかわからないが、ヒントになることは確かだ!


3030、卒業40年周年か〜 −2

2009年07月22日(水)


 * 卒業40周年記念に参加してみた人間模様。
 
 1〜2年次の教養課程の同級生では、TVでよく見かける服部学園の服部幸應と、大阪学院大学の白井総長が面白い存在。
・服部幸應は実名が染谷で、当時は存在感が殆どなかったが、常に財布に10万円を入れているという話はあった。 
 一年留年をしてアメリカに行っていたのか、留年をしたためアメリカに行っていたのかはファジーである。 
 二次会のクラス会が彼のために開かれているかどうかは定かではない。 
・私が学生時代で一番親しくして、卒業まじかで大喧嘩をした石○譲○。ハッタリ屋だったが20年前のバブルの崩壊で倒産。
 借入金が280億で、ビルが17棟だったという。 前回は身を隠している状態で不参加だった。 
 三次会の最後は彼と飲んだが、二棟だけビルを隠して持っていて現在は、それが生活のベースになっているとか。
 更に、この恐慌で、経験を買われてコンサルタントもしているという。 
 バブル時の倒産劇は、人生の大きく覆いかぶさっているというが、そうだろう。
・クラブ関係では、神田周辺の菓子問屋に養子に行った男が土産として、仰々しい包みのお菓子をくれたが、家内が言うに、
「これって、前週に買おうと東京駅の地下の店のカリントウ。すごく有名だけど、わざわざ並んで買ってくれたのかしら」
 と言っていた。「まさか、そこの社長じゃないと思うけど、少しは有りえるかも」と答えていた。
 お返しで、新潟の酒を送ったところ、自宅に電話があり家内が出て「そこの社長なんですか」と聞いたら、そうだという。
 「先週、買おうと店まで行ったら行列で買えなかった。奇遇です・・・」家内は、本当か嘘か?その辺は調子が良いが、
 相手も悪い気がしないだろう。
・卒業してから数年後に、先ほどの石○譲○と、私の自宅に遊びに来た伊香保温泉の「村松屋」に婿養子に入った友人の根岸君。
 十数年前に脳溢血になって、九死に一生を得たとかで、半身不随になっていた。 それでも朝一の高速バスで來京し、
 最終のバスで帰ると言う。以前に一族の「いとこの会」を、その旅館で開いたことがあった。
・亡くなっている人はクラスの約一割である。   還暦を越えると、社会的に如何こうは、三番目か四番目になる。
                             10年後には出席できるかどうか。
・・・・・・・・・
2665, 人生は儚いのか?
2008年07月22日(火)

知人の墓に、亡くなってから隔月にお参りをしている。たまたま散歩をする土手の折り返しの近くに
墓がある因縁のためだが。習慣とは面白いものである。両親の墓には年に三度ほどしか参らないのに。
その都度思うことだが、「人生は儚い」ということだ。
必ず、心の中で話しをするが、故人が語りかけてくる言葉は「生きているうち、こっち(あの世)は、ただ空」
そしてダメ押しに「もっと墓参りに来てくれ!」勝手に沸いてくる言葉でしかないが、それでも何かがあるのだろう。
故人と話しをしながら、思うことが、娑婆のことなど全て儚い夢でしかないということ。
そこで「儚いとは、如何いうことか?」を考えてみよう。それは生まれる前の無限の時間と、
死んだ後にも続く無限の時間を、死ぬと覚悟をした時に「あまりに小さな時間」を思い浮かんだ実感である。
だから、「幸福の4Fは克服できない苦難と悲しみ」というのも、言い得ている。
故人から学ぶことは、そのことである。 達成した幸福の喜びなど、酒を飲んで盛り上がれば、出来ること。
そこには、生きているうちに感じる儚さしかない。しかし、それを言えるのは達成をした経験のある人間しかない。
それも、これも、如何でもいいことだが!儚さと感じるのは、4Fの克服できない苦難と悲しみの意味を知らないからだ。
儚いというのは、「わたしの儚さ」である。「わたし」という有限の自分の、小ささをシミジミ知ることである。
その小ささの一番の意味は時間の小ささである。それも、他人と比べるのではなく、生前、生後にある
何処までも広がる時間に対してである。自分を取り巻く永遠の広がりの時間である。
そう感じる「わたし」は、実は過ぎ去った時間を振り返った時に「これ」から「わたし」になった言葉。
そうすると、「わたしの人生は儚い」は、その言葉に縛られた感情でしかないということになる。
人生を振りかえって長かったような、一瞬だったような気がするが、それは現在、そう思っている「わたし」の
言葉ということだ。 一年前の日記に「わたしの人生は儚い」と書いてあったのを読み返したとして、
あの日に、そう思っていた「わたし」がいた、というだけのこと。知人の墓参りに感じる「儚い」は、故人からの教訓で、
実は直面するだろう自分の死に対する、予行演習を勝手にしているということでしかない。
儚いと思ったら、現在直面している苦難と悲しみをジックリ味わえ!ということ。
故人の墓参りをして「儚い」などとは、自分の心が、都合のよいことしか考えていない、解りやすい事例でしかない。
 まあ、そういうこと! みも蓋もない話になったが。

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2007年07月22日(日)
2301, また地震!どうなっている?まったく! ?5

  まず今回は原発に絞って、これまでの問題をまとめてみる。
・世界最大規模の刈羽原発の真下に、実は活断層が直下に走っていて震度6強、
 マグネチュード6・8の地震が発生した。それは、日本の国家として最も恐れていた非常事態である。
・海岸線のため、それは普通の地震とは違い、一般住宅が1000世帯、半壊はその倍の2000?
 被害家屋が10000世帯にのぼった。それは直下型地震の上、地盤が弱いことが原因である。
 それからみて、原発の施設は想像を遥かに超える損傷を負ったと考えるのは妥当である。
・原発は最大マグネチュード6・5を想定して設計されており、6・8とすると2,5倍の衝撃が
 かかっている。もし、中越地震並みに震度7だったら、マグネチュード7,2だったら、
 と想定すると、日本はチェルノブイユのような事故になっていた、と考えられる。
 日本壊滅?は、決して小説・映画の世界ではない!ということになる。
・マスコミで「この事件の結果、過去に原発反対運動の住民が言っていたことが、
 ほぼ正しかったことが改めて検証できた」と報じていた。 ということは、利権で推進した連中は、
 国家をあわや滅ぼそうとした輩として断罪に値する、ということになる。 想定外でしたとは、言いのがれはできない!
 そのトップだったのは誰かは周知の事実である。 その利権に屯したマフィアは誰か!
・3日前に私の知人が海水浴に行ったら、殆ど泳いでいる人が居なかったという。
・最も不運だったのが、外部の火災である。それがトップニュースとして世界中のマスコミに流れてしまった。
 このイメージダウンは最悪といってよい。彼らは、ことの真実を見抜く力がある。報道規制は彼らには効かないのである。
 それだけではない、インターネットで原発で働いている人から内部の生々しい状況が瞬時流されてしまった。
 さらに、消火が二時間も放置されていた事実も映像であるから、リアルである。
 消火が遅れたのは、被爆と火力を恐れて誰も近づけなかったというが・・
・おまけに、さらに震度6弱の余震がある可能性があるのに、 それが原発施設に及ぼす影響、危険に対して
 住民避難を検討した形跡が、どうもない。そういう私も、もう起きないだろうと実はタカをくくっている。
 これは自己責任のレベルの問題であるが。
・新潟市に近い‘巻’という村で原発計画があった。 一度決まりかけた計画が、住民運動のため中止になった。
 かなり激しい住民同士の対立があった。しかし、この結果からみると反対住民が正しかったことになる。
 柏崎と長岡の関係と、巻と新潟は同じような立場にある。
 柏崎は経済波及を選択したのだ。決して政治家や建設マフィアだけが悪いのではない。
 これで、全国の原発周辺の住民は大きな不安を倍加したことになる。 特に、福井周辺には幾つかの原発がある。
 新潟北から神戸にかけての地震危険地帯の上にある。これら全ての廃棄を、真剣に検討すべきである! 
 もちろん、柏崎・刈羽原発の再開は、検討する以前の話である。『廃棄!』である。 再開など世界が許すわけがない。
 
 ・・・・・・・・・
 2006年07月22日(土)
1936, ローマから日本が見えるー14
                   (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス!
 第6章 勝者ゆえの混迷ー3
  ー同盟者戦役ー
マリウスの改革は、特に志願兵の導入は『誰の既得権をも損なわない』という意味で利点があったが、
思わない副作用をローマにもたらすことになった。志願兵の導入は元老院の力を最終的に削ぐ作用を働かせていく。
ローマ連合に属している同盟国や地方自治体の市民にとって、兵役はいまだに義務のままだった。
彼ら非ローマ市民たちは、直接税を納めた上に『血の税』としての兵役に就く義務が課せられていた。
これに対してローマ市民は兵役が免除され、しかも直接税はもともと存在しない。
これではあまりの不平等である。こうして起こったのが「同盟者戦役」である。
イタリア半島の比較的貧しい8つの部族が一斉蜂起したこの戦争は、さすがに苦戦を強いられてしまった。
結局この戦いは、戦闘に勝ったローマが大幅な譲歩をしたことで完全に収拾する。戦役の二年目にあたるBC90年の冬、
ローマは「ユリウス市民権法」を制定、同盟国に暮らす市民がローマ市民権を自由に取得できるようにした。
かってガイウス・グラックスが市民権改革を提案したのは、30年前のこと。人間とは、厳しい現実を目の前に
突きつけられてしか改革はできない。 しかし、この市民権を開放をしたのは大英断であったと言うべきである。

  ースッラの登場と改革ー
マリウスはもともとローマ市民権さえ持たない出自で、軍団畑をたたき上げでのし上がってきた。
そして40歳でユリウス一門のカエサル家の娘と結婚する。
カエサル家はローマでは2流の家柄だったが、これで名門につながることになる。
マリウスが48歳のとき、北アフリカで問題が起こし、ハンニバル戦役時代に
ハンニバルを破ったスキピオ・アフリカヌスと同盟して戦った騎馬民族のヌミディア王国がローマに敵対する。
この戦闘に副官として参加し、功を上げたマリウスは執政官に当選する。マリウスが職業軍人を生んだことによって、
ローマ軍団の私兵化が問題になる。その後のポンペイウスやカエサルが軍団を自由に動かせ土壌を作ったことになる。
その後暫くは平穏な時代を過ごしたローマだが、市民権問題にことを発した同盟者戦役がおこる。これは、内乱と
いうにふさわしい戦役であった。しかしこの間に小アジアの勢力であるポントスがローマに反旗を翻し、ローマ領に侵攻。
同盟者戦役を和解で切り抜けたローマは、この戦役で功のあったスッラにオリエント戦線を担当させようとしたが、
マリウスがこれに抵抗した。スッラはイタリアを抜け出し編成中であった軍団を擁してローマに進軍。
これを制圧。武装クーデターによってローマを制したスッラだが、彼は私利におぼれることなくオリエント戦線の
重要さからギリシャに入る。しかしローマの後をたくしたキンナがまたもや反旗を翻しマリウスは復権し、ローマに戻った
彼はスッラ派の人々を片っ端から処刑をする。その直後にマリウスは病死。あとをついだキンナは小アジアに
ローマ正規軍を送る。一方スッラはギリシャで侵攻してくるポントス軍を数度に渡って破り、陸路小アジアに進撃し、
ローマ正規軍を打ち破る。このようにしてスッラは小アジアの安定とギリシャの制圧を完成。
キンナはスッラとの決戦をギリシャで臨み、2年の戦いの後にスッラの勝利に終わる。
そして今度はスッラがマリウス派勢力を処刑していく。当然マリウスの甥でありキンナの娘の夫であったカエサルも
目標にされます。当時カエサル18歳。しかし若年で何ひとつ政治活動をしていなかったことを理由に度重なる
助命嘆願にスッラも仕方なく承知する。この時、スッラは ”君達にはわからないのかね。 
あの若者の中には100人ものマリウスがいることを”といったという。スッラの条件はキンナの娘との離婚だったが、
カエサルはこれを拒否。カエサルはイタリア中を逃げまわり、ついには小アジアにまで落ち延びる。
スッラは様々な改革をしたが、元老院の強化こそがローマを栄えさせると考えて、それに沿った政策をとる。
後年2流の家系であったカエサルが、妻の血筋の庶民派として地位を確保していったのは当然のこと。
名門貴族の出身ならば元老院への道は開かれていたが、平民貴族や平民出身者にとっては護民官から元老院に出馬が道。
ローマの重職は元元老院議員であることが暗黙の了解であった。
しかし次第に大きくなる護民官の力がローマの弱体化を招いたと考えるスッラは、これを押さえ込んだ。
スッラは私利私欲の少ない人で、58歳で引退後は別荘で暮らしながら死んでいく。
           i (ω・`) bai  
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2005年07月22日(金)
1571, 五稜郭

幕末の混乱期、軍艦・開陽丸を駆って官軍と戦い蝦夷地に共和国を樹立しようとした男たちがいた。
この時期、オランダに派遣されていた榎本は帰国、同じ幕臣として勝海舟の幕引きに反発。
新政府に不満を持つ幕臣と新撰組の土方と合流して未開の地・函館の五稜郭に共和国を樹立する。
そこで、官軍の参謀に就任した薩摩の黒田了介(後の内閣総理大臣・黒田清隆)率いる軍と熾烈な戦いを繰り広げる。
その戦いの中で、榎本の人柄を知った黒田は全面降伏を勧め彼の命を救う。しかし土方など幕府方の残党は殆んど
ここで最期を遂げる。やがて刑期を終えた榎本は新政府のロシア交渉特使として活躍する。
阿部公房が「五稜郭」という小説で、榎本武楊が政治的に江戸幕府の残党を纏めて整理する
役割になってしまった矛盾を書いている。 学生時代に読んで、その複雑多層の立場を初めて知った。
攘夷か開国か、尊王か佐幕か倒幕か、公武合体か。それらの混沌とした中で維新の歴史は作られていったが、
その中で榎本武楊の果たした役割は、結果として皮肉な結果をもたらした。
阿倍公房の小説は、函館の五稜郭で負けた幕府軍の囚人300人が脱走して、厚岸(あっけし)の海岸から上陸、
山の奥深くへ消えていった、という地元の伝承をもとにそれを追う男の話から始っていた。
「蝦夷共和国」という、とんでもない構想に魅力を感じて読んだが、実は?その背後の複雑な背景を抱えた
夢の世界であったという阿倍公房の世界観があった。もう三十数年前に読んだ本だが印象に深く残っている本である。
 ーーー
ー榎本武楊ー 1836-1908
 (字数の関係でカット09年07月22日)
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2004年07月22日(木)
1206, 「半落ち」ー 映画感想

30万部を越すベストセラー記録を樹立した横山秀夫ワールドの最高峰
『半落ち』が映画化され、今年の1月に公開された。そのDVDが、もうレンタルショップにあった。
さっそく借りてきた見たが、素晴らしい内容であった。 見おわった時、涙が知らずと溢れ出ていた。
あとで家内から聞いたが、みた人のほとんどが泣くという。 私の感想文は、最後に書いてある。
 ー解説と内容(ホームページよりコピーしたもの)を貼り付けておきます。
 ー解説ー
(字数の関係で中略カット弐千八年七月二十二日)
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< 感想>
母をアルツハイマーで5年半、看護した経験があったので、主人公の深い思いに感情移入をしてしまった。
そして、それに関わる色いろな立場の思惑や利害も、身に憶えのあることばかりで、主人公の心の壁を探っていく物語は、
そのまま自分自身の心の壁を抉りだしているようであった。そして、当時の自分の心の姿が浮かび上がってきた。
辛く悲しい母の姿と家族の、それぞれの立場で必死に生きていた当時の日々がリアルに浮かんできた。
しかし、そこには底知れぬ暖かさがあった。アルツハイマーの身内を抱えた崩壊一歩手前の家族が、
どういう気持ちで毎日を過ごしているか、この映画は深く入り込んではいなかった。それも、しかたがないが。
高齢化社会の、大きな問題がアルツハイマーである。どこの家庭でも、ぶつかる大きな問題でもある。
いまの寝室の寝ているところが、母の寝ていたところである。
アルツハイマーになった母が夢で月に二回は出てくる。 母は今でも私の中では生き続けている。

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2003年07月22日(火)
839, あいうえおー生き甲斐測定法

今やっていることが、生き甲斐があることか、天職か、ベストかどうかの
判定基準として、あいうえお生き甲斐測定法がある。
「あ」は、アイデア 
「い」は、インタレスト
「う」が、ウォーク
「え」が、エキサイティング
「お」が、オーナーズシップ
  この内の一つは抜けていてもよいが、二つ以上の場合情熱が感じられなくなる。
「あ」は、要は自分のアイデア、企画かどうか。
「い」は、興味、関心のこと。
「う」は、歩くことで、行動につながる。待っていたり行動なしでは何も始まらない。
「え」は、エキサイティング。燃えるような情熱の涌くこと。
「お」は、オナーズシィップ。自分でやり遂げたという喜びや自負心ー行蔵です。
 これは藤本儀一の『人間ほど面白い動物はない』サンマーク出版ーの最後に書いてあった内容である。
創業では、これが一つでも欠けていたら上手くはいかない。これを満たした上で総てを注ぎ込んで
初めて動き出すものだ。この5つを満たす為には、いつも随想日記で書いているように、
「自分の好きなことを見つけて、それに集中する」しかない。私自身、好きなことをして生きてこられたことが
  (字数の関係でカット2008年7月22日)
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2002年07月22日(月)
464,煮た豆

母から聞いた言葉で印象的な言葉で「煮た豆」がある。もう出来上がってしまって芽が生えて来ない豆をいう。
人間に喩えると「もう出来上がってしまって、潰しのきかない人間」をいう。
この言葉は自分の自戒の言葉であり、常に前向きでチャレンジと変化と闘いを自分に課し続ける姿勢だ。
ある同?会の大部分が煮た豆だけでなく、納豆のようだ。腐ってしまって、お互い粘粘している。仕方がないが、
もうオカラのような人もいる。豆の質も10歳で殆ど決まってしまうらしい。「3歳では遅すぎる」という
ソニーの創立者の井深大の本があるが。私の見るところ、95?はいや99?はその範疇だ。
もっともその時の優等生も大部分がただの人だが。私のよくいう子狐は「煮た豆」が必死になって
「生豆」を演じている姿だ。いや「生豆」を粘々で絡もうとする姿だ。そういう自分ももう煮た豆か?
こういう文章を書いているといろいろ気づきがでてくる。

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2001年07月22日(日)
[83] バイキングについて

ー北欧旅行記ー 
バイキングは今より1200年前突然始まり200年で終わったそうだ。キリスト教の影響ではないかと言われている。
面白いのは相続は末子相続で、長男次男はある年令に成ると家から出て行くそうだ。
海は日本の場合お堀の役割だが、夢に向けての希望という。1000年前のバイキングの船がそのまま
発掘されて展示されていた。一艘40人ぐらいの定員で50艘位で攻めていくそうだ。
アメリカまでも行っていたそうで、コロンブスの発見より5^600年さかのぼる事になる。
それにしても金髪で背が高く足が長い、それに美男美女である。料理も上手い!厳しい自然だが資源に恵まれている。


3029,本屋に行くと何故トイレに行きたくなるのか?

2009年07月21日(火)

 学生時代に新宿の紀伊国屋に行くと高い確率でトイレに行きたくなり不思議に思ったことがあった。
そして、新潟にユーターンで帰ってきた後も、新潟の万代シティの紀伊国屋に行くとトイレに行きたくなる。
ところが歳を重ねるにつれて、全くなくなったのは何だろうか。 若いときは、このことが独自のことではなく、
一般的傾向など知らなかったし、そういうことを話題にすることもなかった。最近になって、
それが私だけの傾向ではないと知った。 本屋だけでなく、図書館も同じような傾向があるが、
本屋の方が傾向が強い。 私の知人は便秘気味になると図書館に行くという。あのかび臭いが効果があるという。
インク、のり、紙などの複合した臭いが、脳のどこかを刺激するものと言われている。
私自身も、その臭いが条件反射的に生理反応が起きるのか、一冊一冊を手に取るときの何か異様な緊張感が、
そうさせるか半々だろうと思っていた。 いま一つは著者の凝縮したエネルギーが、その本を手に取り、
中を覗きみることで、脳に強い刺激を与えることも考えられる。 
大腸は脳の刺激を一番刺激を受けるというから、その要素が重なるのだろう。
また作家の霊(思い)が本屋や図書館に漂っていて、更に大腸を刺激するのである。 
 作家の山田風太郎は霊感が強く、全国の神社・仏閣に行くと、必ずトイレに行きたくなるという。
私は外国のお城の牢獄に行くと、必ずといってよいほど変になる。何か寒気を感じた後の15分ほどで、
アッきた、という感覚である。それも急性とくるから、大変である。 石牢の冷たさと自己暗示もあるのだろうが。
イスラエルの城で、スイスのレマン湖の岸辺の城で、オーストリアの城で、書けばきりがない。 
ツアーといえども、外国は非日常である。 トラブルの全てが出る。秘境ほど。だから行くのである。

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2664, インドの女盗賊プーラン
2008年07月21日(月)

 図書館で見つけた、「インド盗賊の女王・プラン・デヴィの真実」に、一人の女性の壮絶な人生があった。
彼女の語った世界には、尋常ならざる悲惨な現実が次から次へと出てくる。NHKスペシャルで昨夜もインドを
シリーズで取り上げていた。   グローバル化とは、こういう異質な国とも垣根が無くなるということだ。
 ーあるブログに、この本の簡約した内容があったので、まずはそれをコピーしてみるー
プーランは、1994年、仮釈放となりこの自伝の口述を行った時には、読み書きができない状態、彼女の手記は口述であった。
 カーストは、絶対的神の前に、下層部が上層部にへりくだる事や、自分より更なる下層に倣岸に振舞うことによって
維持されているだけではなく、上層に対する打破不可能な絶望感の前で、同一カースト内部のより弱者をいけにえと
することによって、欺瞞的に延命を画策する、集団的かつ日常的なテロリズムを蔓延化させている。 
アチュート(不可触民)のマッラ階級に生まれたプーランとその家族が、同じ階級のそれも叔父の家族に徹底的に
いたぶられることから悲劇の幕が開けられる。 貧困さゆえに、11歳で既婚暦のある20歳年上の農民との婚姻、
日々の重労働と性的暴力。それからの逃避、結婚して戻ってきた娘プーランとその家族に対する帰省後の郷里の村八分。
半ば公然と(家族の前でさえ)行われる性的暴力。 かくて、救いのヒンヅーの女神は現れることなく、
いとこから、盗賊団(ダコイット)の汚名を着せられ、最初の収監。収容所での地方官憲の更なる集団暴行。
その後、曲折を経ての帰省後、今度は、そのいとこから依頼された盗賊団に誘拐される。
ダコイット内部でさえ、構成される盗賊の階級によって分化が促される。 誘拐したダコイットの一方の、
同一階級のリーダーに愛されることによってプーランはそこで初めて心の安らぎを瞬時的に与えられる。
だがそれも束の間、愛する人は、ダコイットの他方の、より上位階級に属するリーダーの裏切りによって殺される。
これまでに蓄積された怯えと悲しみが、ここで一挙に憎しみとなって暴発していく様が描かれていく。
彼女はもはや自ら「盗賊の女王」と名乗り、復讐と、貧民への施しのための誘拐、襲撃、簒奪をいとわない。
この著作は、その後、プーランが司法取引をし、刑務所に収監され、何年かの歳月を過ごすところで終わる。
プーランが収監された1983年は、奇しくもリチャード・アッテンボローが『ガンジー』でアカデミー賞を受賞
(オスカーは、E.T)した年でもあった。 プーラン・デヴィがその後、1996年元女盗賊として、インド総選挙に出馬、
当選、その後落選、サマジャワディ党に所属し、社会活動にいそしんでいたが、2001年12月、暗殺された模様である。
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 以上だが、読んでいるだけで身もよだつ内容が次から次へと出てくる。
確かに、日本にも格差社会があるが、3000年以上かけての格差社会とは、レベルが違う。
平等?そんなのは建前! 何を綺麗ごとを言っているのか! が人間社会の実態という事実を見せつけられた本である。

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2007年07月21日(土)
 2300, また地震!どうなっている?まったく! ?4
 ー中越地震と中越沖地震の意味することー

 この二つの地震が地元新潟にとって大事件ということは、今更だが、二回たて続きに重なったことと、
 原発が活断層の真上にあり、直下型だったことは、重大な事態である!
 まず中越地震と中越沖地震の違いは何か? 私の主観で考えてみる。
・規模からいえば三年前の中越地震の方が圧倒的に大きいが、地域的にみても長岡を中心とした
 中越地区全体にわたっていた。 山間部の道路や田畑、そして道路・線路がズタズタになった。
 一時期、中越地区で10万人が学校の体育館などに避難していた。
・それに対し今回は避難民は一万人足らずであり、柏崎市中心の商店街や住宅と、至近にある刈羽の原発などに
 被害が限定していた。しかし柏崎市を中心を主にした1000世帯が全壊、半壊などを含めて6000世帯が破壊。
 小さな市としては甚大である。その数は前の中越地震の3倍近い。
・今回の特徴は、世界で最大規模の刈羽原発の直下型ということである。
 もう少し震度が強ければ、チェルノブイユの事故の二の舞になりかねない事態だった。 
 現実的に日本崩壊?の一歩手前だったのだ。チュルノブイユの8倍の規模からみて決してオーバーな表現ではない!
 (このことを何でマスコミは騒ぎ立てないのか不思議で仕方がない。また住民の怒りが、あまりにも少ない)
 まさか、角栄も活断層が下にあるとは、思わなかったのだろう。政治は結果である。 この男の罪は重大である!
 この中越沖地震の深刻なのは、三年もしないうちに二度たて続きに発生したこと。
 その意味では今回の地震は、前回に比べようもないほど衝撃的といってよい。
 新潟県にとって、アメリカの9・11事件に匹敵するといってもよい。
 9・11以前、以後というほど、この地震は新潟県にとって深手である。まだ誰も気づいてないようだが。
 このまま原発が再開されれば、大手の企業の進出を躊躇うだろうし、撤退を真剣に検討するだろう。
 それだけではない、農水産品をはじめ酒や、加工品までもが影響を及ぼす。
 今後、観光地は致命的イメージダウンになり、回復には時間がかかるだろう!
 「チェルノブイユ一歩手前だった!」と、何故言わないのだろうか?
 日本沈没が現実になるところだったことを! 何で気づかないのだろうか? 
  脳がおかしいんじゃないか、この国は! 1?2週間以内に、震度6弱の余震がある可能性があるという。
 何故、そのことに無頓着なのだろうか?原発の施設にとってダブルパンチになり、危険性は計り知れない。
  本当は、そ知らぬ顔をして新潟に行っているほうが良いことになる。
 解っていながら行動に移してないのだから、おかしいのは、私も同じである! 
 もし現実に行動していたら、現実の意識レベルからみて、お笑いだろう。
   何故なら、普通の日常が、そのまま続いているからである。
 まさか、こんな大事件が起ころうとは!そして、いま現に現在進行しているとは。

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2006年07月21日(金)
1935, 霊界からの訪問者 ?3
           (\ Y /)(\ Y /)オハヨウ! ♪
  ー四四太郎の霊界日記ー5

霊がブログを持つのも面白いものじゃ。ふざけて書くわけにもいかないし、教訓を垂れれば面白くもないだろうし。 
ところで、これを読んでカルトのそれと、用心している人もいるだろうが、全く関係ないから。
カルトは直ぐに解るだろうけどね!何か今日は書いていてぎこちないが、ワシは指の動くままキーボードでも
動かしていればよい。何時でも話す準備はできているが、お主が構えて考えようとするから
ワシそのものが固まってしまうのだ。 \(∀\)ココハドコ?  (/∀)/アタシハダアレ?娑婆娑婆♭♯♪?              
   (字数の関係で以下をカット2008年07月21日)
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2005年07月21日(木)
1570, 日本壊死
           ー読書日記
この恐ろしい題名の本を書店で見て、買おうかどうか迷った。船井幸雄氏の本は数多あるが、
ほとんど読んだ事はない。その場かぎりのいい加減なことを言っているのは私でも解る。
しかし、多くの顧客を持ち、本も出し続けているのだから何かがあるのだろう。
以前いた会社で二年間、船井総研に加入したことがある。(30年も前のことだが)いい加減というのを、体験上知った。
数回、この人とも一対一で話ししたことがあるが、怪しげな生臭坊主というイメージしか残ってはいない。
たまたま、この本が図書館にあったので、丁度良いタイミングであった。
副島隆彦氏の本は図書館で数冊借りて読んでいるが、本筋は正しい。(売らんかなのオーバーな表現が目立つが)
この二人の対談で、彼(副島)の「日本の近い将来の悲観」に対しては同感する。
船井氏の話術で、彼が言わんとするところがクローズアップしていて解りやすい内容になっている。
アメリカ帝国主義の崩壊のシナリオから始まり、日本がいかに駄目になったかを説いている。
具体的には アメリカ帝国主義とロックフェラー支配の終焉、 1ドル60円時代の到来、 ユーロの台頭、 
借金1000兆円国家・日本の地獄絵図、 財務省の重罪、 預金封鎖と老人税の導入の可能性、
行革が進まないワケ、 脱米入亜の可能性、 次世代国家を作る新しい人たちの登場 等々、内容は悲観的である。
ー 概略を目次順に書いてみるー
(字数の関係でカット2008年07月21日)

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2004年07月21日(水)
1205, 実存哲学(3)ー哲学について?19
 ーマルクス?2

マルクスの考えでは、当時の資本主義社会は歴史的に見て、対立なき社会が実現する二つ手前の発展段階とみなした。
近代技術はますます発達を続け、失業者はますます増加すると考えた。
その結果、いわゆる一般大衆が増加、彼らはいっそう生産手段から疎外され、ますます限られた者に生産手段が
握られてしまう。その結果、数の上で圧倒的な労働階級が資本家を打倒し、生産手段を自らの手に収めることになる。
そしてこの革命が、歴史の繰り返しを終わりに導く。この到達点に必然的に進んでいって、いったん理想郷が
実現されると、もはや弁証的でなくなる。生産手段は万人の所有者となり、万人の利益のためにつかわれる。
マルクスは哲学そのものを否定し、「哲学者は世界をさまざまに解釈してきただけだ。
大切なのは、世界を変革することである」と断じた。しかしその予言は実現しなかった。それはマルクスが、
一人よがりに自分の理論を科学的と思い込んだからである。自分が生み出した社会主義を、「科学的社会主義」とよび、
これが説得力があったためマルクス主義者がただのマルクスの個人的意見を「絶対的な事実」と考えてしまった。
彼らは未来の社会の姿を科学的に予測できると主張、自分たちが未来の側に立っていると盲信してしまった。
その結果「歴史がわれわれの側にある」がマルクス主義者の口ぐせになってしまい、敵はみな、
「歴史のごみ」として捨て去られるものと信じてしまった。この考えが、20世紀に共産圏を中心として大虐殺を
引き起こしてしまった。ソ連や中国では、数千万の大虐殺が生じた。
また現在の北朝鮮の不可解な体制は、このような考えの背景があるからだ。
当時、彼の思想は短期間に世界に大きな影響を及ぼした。これほど一時期に大きな影響を世界に与えた思想は歴史上ない。
1883年に、亡くなってからわずか70年で、世界の3分の1がマルクス主義の国家体制になってしまた。
それは驚くべきことであり、それが歴史に残る大失敗であった。芸術にたいしても、その真の役割は社会を批判を
することであると主張した。芸術は革命の一つの道具とみなしたのだ。
その結果、多くの芸術家がその影響を受けてしまった。サルトル、ピカソなどは、その最たる人である。
現在でも多くの国で、その体制が残っているが、独裁の一種の建前として使われているにすぎない。
一度手にした権力を人間は、決して国家人民の為には使わない動物であることを
見落としていた。これほど理想と現実の差がある思想も過去になかった。

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2003年07月21日(月)
838, アメリカの世界戦略を知らない日本人
                 ー読書日記ー
「イラク戦」後、時代はこう動く  日高 義樹 (著) 出版社: PHP研究所 ;
ー感想文ー
 新たなる世界大戦の序幕が切って落とされた。 中東、北朝鮮、中国、そして日本は…。
ブッシュ政権要人の肉声から読み解く驚愕のシナリオをシビアに書いてある本だ。
この本を読んでいると、今の世界の流れの一部が見える錯覚?に陥ってしまう。
日高義樹はNHK記者時代を通じ、アメリカの専門家として有名で、その著書も数多く出版されてる。
この本は、イラクへの武力攻撃が懸念される2月始めに出版されたものだが、

先日、図書館で借りてきて一気に読んでしまった。
主軸通貨を利用して、ドルと国債を世界にばら撒いて物資を集めてくれば良いのだから、
やはり帝国主義そのものでしかない。特に日本はいまだに属国から抜け出ることができない。
そして、紙切れー国債を押し付けられている状態だ。今までは、毒饅頭ー大衆消費社会ーを与えられ、
骨抜きをさせられた。 ソ連よりはズットましだっただろうが。
ー印象に残ってところを抜粋してみる
・ヨーロッパは終焉してしまった。 一見「EUの発足」で力の統合が始まったように見えるが
・中国は恐れるに足りない。いずれ分裂するとみている。
・日本の平和主義は終わった。 ー日本が核武装をしようがしまいがどうでもよい。
・イラク戦争のアメリカの狙いは中東石油支配。ーこれは時間が経てばたつほど露骨に現れてくるだろう。
ーさらに詳細に抜粋すると
・9月11日の同時多発テロ以来アメリカは変わった。
「冷戦後の世界で、一番先に変わるのがアメリカであり、他国に先駆けて変化するのがアメリカの特徴である」。
 自発的に変化することを苦手にしているのが日本であり、憲法改正、有事法制も先送りしながら
日米安全保障条約だけを頼りにしている。北朝鮮の脅威が現実のものとなった以上、「アメリカが助けてくれる」
ことを期待を込めて信じるだけでは、国として無責任すぎる。 北朝鮮の拉致事件も、見方を変えれば、
宣戦布告なき戦争であり、日本は国民の生命と財産も守れない国ということになる。
日本も今までのように安穏としてはおれず、現実的な選択を迫られている。
・第4次世界大戦”に、既に突入した(第3次大戦は米ソの冷戦)。
 それはアメリカなどの民主主義を奉ずる先進諸国とテロリストの国や組織との戦争。
 今までの戦争とは全く異なり、ITや大型輸送機を駆使し、少ない人員で遠隔地まで直接効率的且つ
 破壊力に富んだ攻撃を可能な戦争になる。 ーその第一幕が今行われているイラク戦。
・ついで起きるのが2005年頃と考えられる北朝鮮との戦い。
 このとき北朝鮮は日本を人質にとってアメリカと交渉しようとする可能性は大きい。
 ブッシュは“悪”とは決して妥協しようとしないから北朝鮮は日本攻撃に追い込まれる
 可能性がある。その際、日本が当然アメリカが守ってくれると期待するのは甘い。
・冷戦の終了と共に日本はアメリカにとって重要性を失っている。 
 後は日本の古い金融体制を不良債権整理と共に破産させてのっとることくらいが関心事。
 資金の裏打ちの無い“強いドル”を維持するために日本の円を自由にして 取り込もうとしている。
 [コメント]
 この原稿が書かれたのは昨年12月。(イラク問題は一進一退だが・・・)。
著者は、アメリカ政治に精通している著名なジャーナリストで、アメリカに関する著作は多い
(私も何冊か読んでいる)。歯切れの良い文体とちょっと過激な論調は、結構ファンも多いはずだ。
著者の結論は、ブッシュ政権は近日中にイラクと戦争を行い、第四次世界大戦の幕を切って落とし、
中東情勢が落ち着けば(アメリカの思惑通りに)、再選に向けて動く。
再選後、北朝鮮の金正日体勢を武力をもって崩壊させるといシナリオである。
確かに、ブッシュ大統領も、危険分子(危険要因)の排除ためには、先制攻撃も辞さないことを
明言している。9月11日の同時多発テロ以来、「アメリカは変わった」ことを認識すべきである

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2002年07月21日(日)
463,再び業態について

何回か業態について書いているが、地元の今井家具が昨日店の前を通ったら、いつの間にか倒産していた。
業種店の消滅である。ひと時代前,いやふた時代前の商売である。メーカー分類ごとの商品を並べる商法である。
靴屋、家具や、薬屋、金具屋、今でも原始的の兼業商家として駅前立地で一部残っているが。
これに対し業態とは、お客ー生活者のサイドで商品の括りを変えることである。
全国チェーン化を始めた「ニトリ」がそうである。店独自のコンセプトで商品を開発する。それえも早くから、
インドネシヤとか中国で開発輸入をしていた。台所、居間、トイレ、ガーデニングとそれぞれのシーンごとに分類。
そこで買っていれば、家の中はカラーコーデネートが自然と出来ている。
昔は金持ちの一部しか出来なかった「家を飾り立てる楽しみ」が誰でも出来る。
これは考え抜けば、個人でも小さな企業でも出来る事だ。5年ほど前、九州のある大きな神社に行った時、
ある店がお客でいっぱいであった。何と「土産1000円ショップ」であった。笑ってしまったが、
これこそ生徒の小遣いの範囲を見抜いた商法ー客サイドである。
百貨店は今大都会の一部を除いて殆んど淘汰されたか、されつつある。
これは業種店の典型である。地方銀行以下もしかり。時間の問題である。
昔の駅前繁華街は業種店の集積で栄えていた。今はご覧のとおり毎日のように廃業が続いている。

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2001年07月21日(土)
[82] 人生がモチーフの公園

なんとその公園のモチーフが人生!であった。
広大な公園の中央に建つ塔に、時計の刻印のように12のそれぞれの複数の像。
「赤ちゃん、幼児、少年期、青年期、・・老人期そして死」と像が、その時期を象徴して表現してあった。
その中央に死体の山。人生をリアルにそのままずばり表現してある。
その周辺にそれぞれの人生の哀歓の像が立ち並ぶ! 何故誰もが考えつかなかったのか、
今まで見た公園で一番印象的と言ってよい。さすが北欧と感心させられた。
このような思いもよらない現物に突然出会うのが、旅行の醍醐味である。


3028, 『死ぬときに後悔すること25』+2

2009年07月20日(月)


『死ぬときに後悔すること25』 緩和医療医・大津秀一著

《人生の目標は、『死ぬ時に後悔しないこと』》と言ったのは、日蓮だが、
この本は新聞の書評で知り、ネットで概要を調べたもので、実際には読んではいない。
しかし、それだけでも、その骨子をしることは出来たようだ。 その骨子とは
 〜〜
末期医療の現場で、1000人の死を見届けた医師が書いた本で、
「人は亡くなる時にどんなことを後悔しているのか」をまとめたもの。
人は生きている時に、「仕事で出世したい」「人生に成功したい」「お金持ちになりたい」とか思うのが
常かもしれないが、最期を迎える時に思うことは、どうも違うようだ。
 ーその25のこととは?ー
健康を大切にしなかったこと          △       たばこをやめなかったこと        ○
生前の意思を示さなかったこと         ○       治療の意味を見失ってしまったこと    ?
自分のやりたいことをやらなかったこと     ◎       夢をかなえられなかったこと       ○
悪事に手を染めたこと             ○       感情に振り回された一生を過ごしたこと  ○
他人に優しくなれなかったこと         ○       自分が一番と信じて疑わなかったこと   ○
遺産をどうするかを決めなかったこと      △       自分の葬儀を考えなかったこと      ○
故郷に帰らなかったこと            ○       美味しいものを食べておかなかったこと  ◎
仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと   ◎       行きたい場所に旅行しなかったこと    ◎
会いたい人に会っておかなかったこと      ◎       記憶に残る恋愛をしなかったこと    ???
結婚をしなかったこと             ○       子供を育てなかったこと         ○
子供を結婚させなかったこと          ○       自分の生きた証を残さなかったこと    ◎
生と死の問題を乗り越えられなかったこと    ○       神仏の教えをしらなかったこと      ○
愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと  ○
【 私(堀井)の実行度を主観で○(後悔しない)△(中間)×(後悔する)で評してみる?は未体験 】

 ー以下は、印象的と抜粋してあった内容をコピーしてみましたー
<私の中に三人、強い記憶を残している患者さんがいる。彼らは死を本当に恐れていなかった人たちである。
 残りの方たちは、大なり小なり死を恐れていた。しかし彼らは「まったくのゼロ」だった。死を恐れる気持ちが、である。
 しかも彼らは、私の知る限りでは何の宗教の信者でもなかった。もちろん日本的な宗教心はあったろう。
 けれども、どんな宗教の信者でもないとはっきりと言っていた。死を前にして、彼らの心は何のさざ波も起きていなかった。
 ただその時を粛々と、従容(しょうよう)として待っていた。 その中の一人に、ある女性がいた。
 自らが葬祭業者と話を詰め、彼女の死後も滞りなくささやかな葬礼が遂行されるように、彼女は緩和ケア病棟にて
 その計画を練っていた。 果たして、その願い通り、質素だけれども素晴らしい葬礼が催されたとの後日談を耳にした。
 ボランティアで彼女とかかわりのあったお坊さんが読経してくれたようだが、それも生前彼女から直々に
 頼まれたとのことだった。用意は完璧だった>         (同書100〜103ページより)
 〜〜
○×は手前勝手の判断だが、私は後悔しない生き方をしたきたことになる。 
死ぬことを何時も意識し準備をしてきた人は、その時には静かに受け容れることが出来るのである。 
それもこれも、死んでしまえば同じことだが、それよりジタバタはしたくない。 死から免れないと察知した時から、
それまで生きてきた分の人生を生きるというから、準備をしておかなければならない。
しかし、死を従容と受け容れることが人間に可能なのだろうか?  

・・・・・・・・・
2663, 「哲学づくと、どうなるか」
2008年07月20日(日)

この随想日記を7年以上毎日書き続けたためか、以下のように左から右へと変わってしまった。 
但し重心だが。 ということは、過去の自己否定の辛い日々になっている? 
根本を突き詰めない日々  ?>   考える日々(考えざるを得ない日々))
日常に流される日々    ?>   新しい知識を求め続ける日々
役立つことを追求する日々 ?>   役に立つとか立たない外を求める日々
常識を加える日々     ?>   常識を根本的に疑う日々
実生活のプラスを加える日々ー>   真実とは何かを求める日々
マスコミに左右された日々 ー>   自分の道理を最優先にする日々  
群れを求める傾向     ?>   孤独の時間に重心を移動
要するに、自分の話す言葉、書く言葉を大事にするようになった。
その反面、これまでの表層的な自分の姿を思い出しながら赤面している。
そういえば、二十・三十歳代半までは右側の傾向が強かったようだが・・・
インターネットと、印刷の発明とドチラが人類にとって大発明になるのかといえば(私自身の判断だが)
数段、インターネットだと思う。その人類の大きな転機の大事件に立ちあっているのである。 
それぞれがブログを通して「語ること」を始めたのである。ブログで語り始めて、語りを継続をして、私の場合、
哲学づいたのである。自分の知識と経験の限界を知ることは、何か空しい気もする。 知っていることより、
知らないことが膨大に広がっているのを知ると、先ほど書いた右側の傾向になっていくのである。
それにしても、面白い岐路を生きたものだ。

・・・・・・・・・
2007年07月20日(金)
 2299, また地震!どうなっている?まったく! ?3
  「柏崎原発直下に断層」 ー耐震設計の前提崩れるー
  これが昨日の地元紙の新潟日報一面のトップ記事である。

 更に一面の下にある「日報抄」というコラムに以下のようにあったが、これしか書けないのがマスコミの限界だろう。
 しかし地元紙としては思い切ったことが書いてある。この地震は、日本だけでなく世界に匕首を突きつけた大問題。
 角栄神話の根こそぎ否定の問題であり、娘の真紀子にもつながってくる。代議士として存在していること自体が、
 この地区の後進性を現している。 世界一位の規模を誇る柏崎原発は、マグネチュード6・5までの耐震で造られていた。
 ところが、今回の地震は6・8である。0・2で二倍の衝撃度が増すというから、今回は二倍以上の衝撃が原発にかかったことになる。
 ということは、ただ事でない事態が起きて当然ではないか? 情報はパニックを起こさないために隠蔽せざるを得ないだろう。
・放射能が大規模に漏れたなら隠すということは殺人そのものになるから、ないだろう??と考えるのか、
・それとも隠しざるを得ないと考えるか。どうだろうか? 後者なら、とりあえず新潟まで租界しなければならないか?
 ーー
ー日報抄ー
 世界のメディアは、激しい揺れに襲われて放射能漏れや火災を起こした東京電力柏崎刈羽原発を大きく報じている。
 中越沖地震は日本の原発が地震の巣の上にあることを国際社会に伝えた震災として、人々の記憶に残ることになりそうだ
▼米原子力規制委員会の警告を思い出す。「原発の重大事故の発生確率は故障によるものよりも、
地震による方がはるかに大きい」。柏崎原発は最も避けなければならない断層の上に建てられていた
可能性が高いことが、気象庁の解析で明らかになった
▼ 神戸大学の石橋克彦教授はいう。「普通、原発の事故は単一要因故障といって、どこか一つが壊れる。
それを多重防護システムや安全装置で守ることになっている。だが突然激しい地震の揺れに襲われると、
機器や配管のあちこちに損傷が生じ、多重防護システムでは対応できなくなる恐れがある」
▼地震が原発にとって最大の脅威といわれるゆえんだろう。原発が被害を受ける規模の地震が発生すれば、
周辺もライフラインが寸断され、人的被害が出る。死の灰の降る中で救援や原発事故の応急対応は困難を極める
▼二月の衆院委で石橋教授が訴えた「原発震災」のシナリオは悪夢だ。
「おびただしい人が被ばくし、土地や水も汚染され、混乱は海外に広がる。
大震災の時は世界が同情し救援に来てくれるが、逆に厳しい非難を浴びかねない」
▼柏崎市長は原発の使用停止命令を出した。中越沖地震を詳報した英科学誌ネイチャー
(電子版)は「原発が閉鎖になる可能性がある」と論評している。
安全性を県民をはじめ全世界に説明できるまで、運転を再開してはならない。
                   [新潟日報7月19日(木)]
 ーー
以上だが、 株価が一日置いた一昨日、200円も下落(昨日は100円反発したようだが)、
原発の火災と漏れに対する深刻さを現している。自動車部品大手のリケンの生産休止で、トヨタなど6社が週内に
一時的にせよ7割が週内に生産休止になるという。また知人の保険屋の社長に電話をしたら、現地はかなり深刻という。
風呂に入るため長岡の郊外にあるスパに行ったところ、10人の柏崎の知人と会ったという。
今回の地震の深刻なのは「地震は一度あれば、当分は無い」という前提が崩れたことだ。
さらに原発の直下に断層があったことが問題を深くしている。「数年後に、同じ規模の地震の可能性は否定できない」
と地元の地震学者がTVでコメントをしていたが、問題は深い。もし柏崎原発が再開されたとしたら国際社会から
一斉に反発を受けてしまう。一年や二年の停止ではなく、閉鎖が現実的になるのは避けられないとみてよい。
そうすると原発の大きく依存している柏崎経済にとって致命傷になり、直接・間接的に長岡にとっても大打撃になる。
3兆数千億以上の設備投資というから、そう簡単に閉鎖はできないが、といって安全は無視できない。
新潟の魚や酒や米や、観光にとってもストレートに影響してくる。恐ろしいことだ、他の原発周辺の住民も
不安が高まるだろう、特に福井周辺に密集している原発周辺の住民は・・・
 一見、前回より規模が地域的に限定されていて、影響は小さいように思えるが、原発の直下型ということ、
二回たて続きに起きたことは、新潟県だけでなく日本そのものにとって大問題である。
時間が経てば経つほど、今回の地震の持つ影響の大きさに驚きざるを得ない。
 以上のことが、もし悲観的過ぎると言えたら、むしろ幸いである。

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2006年07月20日(木)
1934, 二つ目のブログ?2            
  (♯ゝωσ♯)人(+>∀<+)ノぁはは? よう!
           
ブログを始めようとすると、まずはどのサイトのブログを選ぶか迷よう。
私も、とにかく5つのブログに入っては止めてみた。実際に入らないと対象に集中できないからだ。
どれもが一長一短があるが私の結論はグーグルのブログである。デザインを気楽に替ることができる。
理屈から考えても、世界中のブログの中のベストプラクティスをしているから一番良いに決まっている。
それに気づいたのは、試行錯誤をした後である。もし迷ったらグーグルを勧めます。
ナンバーワンのグーグルのブログが悪いわけがない。それぞれの特性も各々が持っているから一概にいえないが、
長期的視点からみて良いはずだ。もう一つ心しなくてはならないのは、誰が見ているか解らないことだ。 
何度か冷や汗を書いたことがある。何処かのTVのキー局の記者が見ていて、ある内容のネタ元は何処か?と
電話が来たことがある。たしか、西武鉄道の堤義明氏の件であった。5年間も書き続けていると
「書かない日常は有得ない」という感覚になる。ただボヤキとか、他人の悪口を書いているサイトを見かけるが、
それはそれで、本人の性格もあるから一概に否定できないが、プラスになることを書く!と思ってないと、
無意識のうちに自分の膿を撒き散らすことになってしまう。最近、過去に行った旅行先のブログを見ているが、
デジカメとブログの進化のためか、素晴らしい写真がフンダンに出てくるようになった。自分撮った写真より
上手いスナップが次から次へと出てくる。自分の撮りきれなかったスナップを色いろみることができるのがよい。
これでは、現地で写真をとる必要がないではないか?とさえ、思えてくる。   
この世に生を受けて、一番驚いたことといえばインターネットであるが、
さらに検索能力の飛躍的アップと、ブログの威力と普及(オープンソース化)である。
今話題になっている映画「日本沈没」を書いたSF作家の小松左京が、
「現代は自分の書いてきた小説より遥かに先にいっている」とインタビューに答えていたのをTVで見たが・・
グーグルアースは、いくら衛星写真の中とはいえ、地球上を自由に飛びまわれるのだから・・・
画面チャットや、見知らずの相手とのゲームも、しかり・・・
                    (*^▽^)/バイ!
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2005年07月20日(水)
1569, わたしの酒中日記?15
 ー倉敷の夜ー 1977年8月某日

仕入れで、岡山と広島の福山に行った帰りに倉敷アイビースクエアガーデン・ホテルに来ている。
赤煉瓦に蔦のからまる紡績工場を、文化施設のある複合ホテルに改築してある。
広い赤レンガの敷き詰めた中庭が売りのホテルである。欧州のホテルに来ているようだ。
2Fの建物に、部屋が中庭を囲むようにある。女性の好みそうな風情のあるホテルである。
近くには倉敷の昔ながらの街並みがある。同行の二人と街の居酒屋に入ってみる。
観光客用につくってあり、江戸時代をモチーフにした店である。
100年以上経った商家を改造してあるので、映画のロケの店のような錯覚をしてしまうのがよい。
少し値段は高めだが、それだけの価値を十分に感じることが出来た。それと土産物店が何ともいえない風情がある。
福山と倉敷に来たのは二回目である。ここはジーンズと作業服の生産地である。
メーカーから直接発注するのだ。昔風の繊維メーカーと、アパレルの工場が並んでいる。
行く先々に父の話を聞かされた。仕入れは亡くなった父に出会うたびでもある。
 明日は、大原美術館を2時間ほど見た後、学生服メーカーのベンクーガーによる予定である。

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2004年07月20日(火)
1204, つれづれなるままに

ー自宅の6軒先の家の主人が、仕事先で行方不明になり五日目に発見された。
 東北電力に勤めていて、その保守点検のため決壊の現場にいたためだ。
 行方不明になる前日に、初めて顔を見たのが印象的に残っている。
 そこの柴犬が落ち着いた犬で、早朝の散歩時にいつも声をかけていた。
 たまたま、その主人と顔をあわせたのが初めてで最後であった。近所だけでも、最近色いろなことがある。
ー橋本元首相がまた疑惑だ。
 今度は危ないだろうが検察も信用がおけないのが、この国のレベルだ。
 彼が捕まって初めて自民党の旧体制の崩壊が本格化するだろう。
 いやしないか!? 彼ほど、首相を辞めてから人相が悪くなったのも珍しい。
 利権の渦の真っ只中にいれば、ああいう顔になるのだろう。
 中国の女スパイと関係を持って脅かされたとか、色いろいわくのある人物だ。
 戦後日本を悪くした10人には間違いなく入る?。角栄に、竹下に、この男の流れがまだ保守本流と
 いっているのだから、 早く抹殺をしなくてはならない。 丁度良い時期なのか、少し遅れてしまったか。
 ―――
(橋本元首相関係の記事)
ー日経新聞ー (7/16)よりー
 (字数の関係でカット2008年07月20日)

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2003年07月20日(日)
837, 民間校長ー腑におちる教育を!

 昨日、何げなくNHK・BS1をまわすと、東京の杉並区和田中学校の民間から採用された校長を取り上げた
 番組を放送していた。広島の民間出の校長が日教租?によって自殺に追い込まれたり、教育委員会の担当も、
 自殺をしたニュースが生々しいが、その成功例もちゃんとあった。
ー内容を大筋は
・「よのなか科」をつくって一線で働いているゲストを、年間25人のペースで招いて 実際の生の教育をしていた。 
 産能大学でゲスト・ティーチャーを経験してきただけに、 その内容に引きつけられた。
・「ハンバーガー」や「輪ゴム」の具体的な分析から、中学生に世の中の構造を教えていく手法は解りやすく
 道理に合っている。 この事例研究から何故数学や国語や社会科が大事かを教えていくのだ。
(字数の関係でカット2009年07月20日)

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2002年07月20日(土)
462,臭いのするような話し

子供頃から母親に「臭いのするような話しはするな!」といわれてきた。
そういえば家族の会話では、そういう会話は殆んど無かった。
具体的な下ネタや、下痢や生理的などのデモノ・ハレモノの話しをするなということだ。
言葉は大事だ。下痢の事を、そのまま下痢というか、お腹がゆるいというかで、全くニュアンスが違ってくる。
言葉に無頓着の人と接すると、どうしても影響されてしまう。学生時代に聖心女子大のグループと一時接する事があった。
その言葉のきれいな事に驚いた。その前提の生活環境が、まずその第一歩のだろう。
私が嫌う子狐と飲むと、自分でも信じられない汚い言葉が出てくる。変幻自在ではあるが、こういう人は可能な限り
遠ざけなければならない最大の理由だ。不幸の人はそういえば言葉が汚くなっている。心の傷は、膿となって言葉に出てくる。
心が荒れると、言葉も荒れる、心の管理は言葉の管理でもある。
怒りやすい私も、その時は自分でも信じられない言葉がでてしまう。話しは少しそれたが、言葉の重要性を言いたかった。

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2001年07月20日(金)
[80] 北欧ロシア旅行記

 ー印象順に書いてみよ  
1 ・レニングラードが良かった。
  ・特にやはりエルミタージュがよい。冬の宮殿と言われる建築物が予想以上だ。300万点もあると言う美術品がよい。
  ・ エルミタージュの小劇場でみたバレーが今回の旅行のハイライトの一つだっだ。 
  ・ 川からみたレニングラードの街並みの光景が今まで見た街の美しさでナンバーワンといってよい。街そのものが芸術。
  ・夏の宮殿と呼ばれるカタリ‐ナ宮殿もすばらしい内容であった。
2 ・次はフィヨルド 2時間の川下りふうな船よりの景色がすばらしい!
   最も長いそれは200キロ、深いところは1000メートルもあると言う。
3 ・登山列車からの景色もいい。最も印象的なのはトンネルの合間の空間に列車を止め、
  下車して見た見た滝がすばらしい。突如‘ジョニ‐は戦場に行った’に似た音楽が
  鳴り響き、滝の途中に突き出た岩の上に赤いドレスを着た女性が踊りだした。
 ‘水の精の踊り’をモチーフにしたのだろうが、幻想的で感動的であった。
4・ノルウエーのベルゲンの世界遺産のブリッゲン地区の街並みと魚仲買人の家も当時の生活が垣間見えた。
  北欧の国民性として家の部屋の中を飾り揃えて、お互い見せ合うのが楽しみだそうだ。
  家具が何処を見てもセンスがいい。バイキングは末っ子相続の変わった風習の国だ。
  海は日本は堀で外敵より守るものだが、バイキングは夢の実現のの所だそうだ。
5・ノルウエーのオスロのフログネル公園が印象的であった。モチーフが人生! 
  赤ちゃんから成人?老人そして死が像で立ち並ぶ公園である。何かヒンヤリした、超越した視点が空間に漂っていた。
   今回の旅行は5ヶ国をまわるダイジェスト的な内容であった。
   飛行機、遊覧船、登山列車、高速列車、一泊の豪華船、バスと毎日が移動の旅行であった。
   何でもあり、変化の激しいしかも楽しい旅行であった。
 ーー
 [81] 無事に帰ってきてよかったすね。


3027,アキバ・オタク文化

2009年07月19日(日)

 現在、秋葉原が注目を浴びているが、秋葉原は昔から時代の10年先を行っていたという。
現在は秋葉と、中野ブロードウェイは「お宅」だけでなく、外国観光客のスポットになっている。
引きこもりのオタク文化は、新自由主義の変化が引き起こした歪みの側面がある。
しかし電器商品や、萌えとか、コスプレなどのファッションは面白い独自の世界を形成している。
 ーウィキペディアによると
・まず戦後、闇市から出発。 
・1960年代に入り、家電の街になって、 
・70年代になってオーディオの街に、
・そして80年代がマイクロコンピューターの街になり、
・90年代でマルチメディアの街に、
・2000年代になってオタクの街になった。
 それが時代が過ぎても、それぞれが生き残こりながら重層化をした奥行きの深い独自の文化圏をつくりあげている。 
先週に上京した時に二泊したが、二日目の午前中の空白時間に、秋葉原を三時間位をぶらつくつもりでいた。 
ところが大阪から上京してきた友人と東京の友人の二人に「時間つぶしに、何処かに行こう」と誘われた。
その時に、「秋葉に行くつもり」というと、好奇な目で「秋葉に行くの?」と言われてしまった。 
友人の誘いの方が面白そうなので、そちらを選択した。(結局、腰痛でホテルで時間ギリギリまで寝ていたが)
それほど、引きこもりの集まる場所という偏見があるようだ。 80年代のパソコン趣味の人が集まっていた時は、
彼らは怪しい目でみられていたが、今は多くの人が買いにくる。そうすると現在の萌えなどとメイド喫茶に集まる青年達の嗜好も、
世界の最先端を行っているのかもしれない。 バーチャルと現実の混合を売りとする劇場型飲食店が
世界の潮流になるということ? インターネットなどの影響で、その世界が主流になっても不思議ではない。
 世界恐慌の中で、中産階級が消滅し大多数が貧困層になるなら、全体が秋葉系になるのも解らないでもない。
< 秋葉が世界の最先端? 個々人が尊重されるが、貧しくなる。そして情報だけは極大化していく。>
 世界は果てしない情報化で、「相対化」「総体化」そして「普遍化」していく。 それに「個別化」「自由化」も。
  ということは、地球全体が都会化していくということだ。  良いのか悪いのか!
   そういえば、自分が歳とともに、どんどんオタク化している現実がある。 
  読書嗜好の人を何ゆえにオタクと言わないのだろう。 認可されているからでしかない。
   いや、それが、行為としてベストのことだからである。 その辺を間違わないことである。

 ・・・・・・・・・
2662, 閑話小題
2008年07月19日(土)

 *図書館の、ある光景
もう三月になるだろうか、昼休みに図書館の、あるコーナーに行くと、その二メートル先の
立ち席の机に三十冊ほどの本を積み上げ、腕まくりをしてノートに書き写している40歳位の男の人がいる。
週に一度は、そのコーナーに行くので互いに意識?をする。 座り机が幾らでもあるのに、立って調べている。
その方が気持ちを集中出来るからである。 研究者なのだろうが、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。 
 何事かと、思うのは当然だろう。
  ーー
 *地球儀
私の事務所の机の前に地球儀がある。二人の息子が使い、その後ゴミ箱に捨てられいるのを見つけて、
会社に持ってきたもの。 表面は茶色になり、割れてボロボロでみるに耐えない。
そこで新しいのを買おうと決心して「ツタヤ」で特価品を見つけ買おうとしたが、留まった。
そして汚い地球儀をジッと見たところ、表面の割れているセルロイドは実はカバーで、二重構造に気づいた。
そこでハサミで剥いでいったら、内側の新品同様の地球儀が顕れたのである。
25年前の地球儀で、ロシアはソ連であるが、何となく地球を俯瞰するのが目的で大よその位置が解れば十分。
  ーー
 *喉ぼと過ぎれば熱さを忘れる
先日の地元紙に、柏崎沖震災の被災者300人アンケートで「原発再開が6割容認、2割が反対」とあった。
震災から一年しか経ってないのに、驚きである。無知?としかいえない。
たまたま、大爆発が起きなかっただけというのが解らないのである。それより、もし東電が撤退したら
柏崎は「死」の街になる。ドッチの「死」を選択するかという皮肉な選択を迫っているということか。
  ーー
 *神様に信じられる人間か?
新聞の本の見出しに「神様を信じなくて良い、神様に信じられる人になれ」という
言葉が目に入った。神様に信じられる人間?とは如何いう人間だろうか?
果たして、そんな人間などいるのだろうか。 マザー・テレサ? 
それより神様とは、何だ? この宇宙の外の何かで、この宇宙を創造した存在?
人間が自分のサイズに合わせて都合よく創った存在? それに気に入られる人間?など、薄気味悪い?
いや、現に、それらしき人がいる? 解りません!

・・・・・・・・
2007年07月19日(木)
2298, とどまりたまへ旅人よ

 わきめをふらで急ぎ行く  君の行衛(ゆくえ)はいづこぞや
 琴花酒(ことはなさけ)のあるものを  とどまりたまへ旅人よ
 ーー
藤村の、この言葉を若いときの自分を振り返って、投げかけてやりたい言葉である。
「わきめをふらで」何を目指していたというのか?‘お前、何を焦っているのか、もっと今・そこをみたら!’と。
時は戻らない、しかし、しかし!・・である。それが青春なのだろう。ただ、精一杯生きればよい!ということではない。
といって、精一杯生きなければならない時節もある。誠実に生きることだ、自分自身に。そして、その時、そのことに。
しかし、とどまっていては駄目な時もある。 わきめをふらないで歩む時も! 
  まっすぐに、歩かなければならない時もある。 とどまることも、必要ならとどまることだ、琴花酒とともに。
楽しんだら、酔いがさめたら、立ち去ることだ、それが人生だから。
  ーー
 島崎藤村 「若菜集」ー『酔歌』より
 
旅と旅との君や我     君と我とのなかなれば    
酔ふて袂の歌草を     醒めての君に見せばやな
               
若き命も過ぎぬ間に    楽しき春は老いやすし
誰が身にもてる宝ぞや   君くれなゐのかほばせは
 
君がまなこに涙あり    君が眉には憂愁あり
堅く結べるその口に    それ声も無きなげきあり
 
名もなき道を説くなかれ   名もなき旅を行くなかれ
甲斐なきことをなげくより  来りて美き酒に泣け
 
光もあらぬ春の日の    独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に   老いにけらしな旅人よ
         
心の春の燭火に      若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば  哀しからずや君が身は
              
わきめもふらで急ぎ行く  君の行衛はいづこぞや
琴花酒のあるものを    とゞまりたまへ旅人よ
ーーー
最近、こういう歌に惹かれるようになってきた。 振り返るようになったからである、人生を! 
少なくとも、人生に大きな悔いが無かったことが、すくいである。

・・・・・・・・
2006年07月19日(水)
1933, 霊界からの訪問者-2
   (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ  ユーレイイホー ♯♭
ー四四太郎の霊日記?3

宗親よ、御前の命も10年か20年、早ければあと5年だろう。 そんなものだ。それじゃ~、本当に解っている
というと解ってないだろう。こちら側の殆んどの連中は「まさか自分が死ぬなんて思ってもいなかった」
と言っているよ。死ぬ意味がわからなかったようだ。それは生きる意味がわかってないことと同じことなんだよ。
死ぬとね完全に無になって数十年か数百年の休みを貰って娑婆世界に戻される、と思ってりゃ良いんだよ。
実際は、??・・ ただ、誰もが死に際に後悔をするんだ。 あれもこれも、何故しなかったのだろう?と。
「人生は二度とない」は、お前の口ぐせだったろう。ワシがこうして出てきたからには、これから死ぬまでの間、
生き方を指導してやるよ。それとも、お前の脳に光を当ててやるよ。
前にも言ったとおり、人生の60年や80年など一瞬でしかない。   そして、ある日、一瞬に終わりになるんじゃ。
                    \(+×+)/バタンキュー
それでいいんだが、その日まで 光り輝いて生きるべきだといっているのじゃ。
といって、それほど深刻になることも無い!ただ、せっかく短い人生、何時までもあると思うな!ということさ。
御前の好きな言葉に「正中心一点無」という言葉があるだろう。 常に物事の中心を見つめ求めること、
そうすると中心点の無からエネルギーがでてくるのじゃ。その正中心一点無がワシであるのだ。
だからワシの声は真実なのじゃ。                   つづく     
              ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪   
ーーーーー
四四太郎の霊日記ー4

霊のことを、結局はお主の頭で考えた範囲のことでしかないと思うだろうが、
ワシの口を通すと全く違う視点になるのじゃ。「無への窓としてのワシがいる」と言っただろう。
だからワシが話している時は、一種の瞑想の状態と同じ。
御前はワシが付いた時は、全く違った人間になっているのじゃ。ワシは気まぐれで、扱いにくいのだ。
この宗親氏の道具でも使用人ではないからの~。 さて今日は何を言おうか考えてなかったが、
最近、癒しとかいう言葉があるじゃろう?    ( ̄ω ̄;)!!
あれはワシの目から見たらおかしいと思うのじゃ。人間は生きていく上で、傷つき血だらけになるものじゃ。
その根本を変えないで、結果としての心の傷の対処をしようとするだろう。
まともな癒しは、その根本対処をするもので、傷口だけを治そうとする癒しは何の対処にならない。
ただ爛れるよりよいから、緊急処置も必要だがね。人間世界では、何かおかしな風潮があるのが不思議でたまらない。
傷つくのを異様に恐れたり、嫌ったりするが、それと同じくらい、その傷は人生の深さを教えてくれるものじゃ。
親鸞とかいう坊様もいっているだろう、悟りとかは深い心の傷を乗り越えてこそえられるもの。
アチラから見ているとそれがよく解るのじゃ。 それにしてもワシの言っていることは胡散臭いの~  (^_^)v
まあまあ、もういっぱい  (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?

・・・・・・・・
2005年07月19日(火)
1568, 退屈について

退屈な時間を誰もが当然経験をしている。 
しかし一部の哲学者を除いて退屈に対して真正面から考えようとしなかった。
退屈といえばトマス・マンの「魔の山」を思い出す。隔離された療養所の中で延々と議論がつづくのだ。
過去の人生を振り返ってみると、暇で退屈な時ほど一番効果的な何かをしていた。
何かをやろうとする時は、意図的に空白時間を置く。ABC分析のAのことだけに直面できるが、多くの手持ち時間を持て余す。
それが、良いのだ。 般若心境の[[空即是色]である。その退屈な時間に多くのことを考えることができる。
忙しくて仕方がないときは、ロボット的仕事ばかりをしていた。暇な時間、いや退屈な時間という現象を
もっと深く考えてもよいだろう。携帯電話は考えてみたら、暇や退屈な時間を無くしてしまったのかもしれない。
「小人閑居して不善をなす」という言葉もあるように、退屈な時間に何をするかである。
退屈とは意味の欠如からくることが多い。何もすることに意味を見出せない状態が退屈の状態であろうか。
フランクルの「意味への意志」の欠如ということである。反面、そんなことに全く関係ない、退屈の気晴らしの
人生もよいのかもしれない。いや実際、それが人生だろう。所詮人生は何の意味の無いことの上で成り立っているのか?
もし、そうだとしても、それで良いのではないか?
子育てに、家事に忙殺されている主婦に退屈はないだろう。また女性にとって子育ては最も意味あることである。
子育ても終わり、家事もマンネリになった時に退屈がでてくる。そこで、次に意味を探すことになる。
それを見出せないと、退屈が覆いかぶさってくる。そして欝になる。欝はだいたい10?の人がかかるという。
欝体質の人はもっと多いだろう。まあ退屈紛れに、退屈について書いたが意味は深い。「退屈の小さな哲学」という本を、
図書館で借りてきた。まだ読んでないが、この本の中に多くのヒントがありそうだ。

・・・・・・・・・・
2004年07月19日(月)
1203,実存哲学(2) 
 ー哲学についてー18

ーマルクス?1
実存哲学が「主体」(自己)をテーマにしたのに対して、マルクスが「存在の哲学」を主張した。
包括的な主体の哲学である。マルクスの哲学上の最大の発見は、資本主義生産システム分析を通して、
・この社会は合理的に統御不能な存在である、
・人間の「主観」から独自な「主体」(意志)を持つことを見出したことである。
「資本主義社会を根本的に動かしている力は、生命力を無制限発動している無意識である」ということを明らかにした。
マルクス主義がみごとな思想体系をそなえている理由は、ドイツ哲学、フランス政治理念、イギリスの経済学という
三つの知的伝統を融合させたものであったからだ。したがって、マスクス主義は哲学には分類できない。
マルクス主義は、そのほとんどがヘーゲルから受け継いだものでしかない。 ある本に、ヘーゲル哲学と
マルクス主義の共通する考え方を10に要約していた。非常に解りやすくまとめてあったので書き出してみた。
1、現実はものごとの状態ではなく、つねに進行中の歴史的プロセスである
2、現実を理解するには、歴史的変化とは何かを理解する必要がある
3、歴史的変化は、無作為におきるのでなく、発見可能な法則にのっとっている
4、この発見可能な変化の法則は弁証法的であり、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼの運動を繰り返している。
5、この法則を繰りかえす原動力は疎外といわれ、その疎外によって、どのような
  状態になっても内部に矛盾を生じ、それは終わりを迎える
6、このプロセスは人間にはコントロールできず、それ自体が内部にもつ法則によって前進させられる
7、このプロセスは、内部にある矛盾が解決されるまで反復され、矛盾が解決されると
  疎外も解決される。変化をうながす原動力もなくなる
8、このような対立のない状態に達すると、人間は自分で制御できない力によって
  流されることもなくなり、自分で自分をコントロールし、自分自身が変化の決定者になる
9、こうなってはじめて人間は、自由と自己実現を達成できるようになる
10、最後には、自由が謳歌され、自己実現が可能な社会が到来するこの社会は、自由主義者が理想とする、
  個々人がバラバラに活動する分断した社会ではなく、それ々人の人生とは比べものにならないほど
  大きく充実した全体の中に個人が吸収される有機的な社会になる

・・・・・ 
2003年07月19日(土)
836, 私のクレートジャーニー

ー<グレート・ジャーニーとは>
「人類は、400 万年前、東アフリカに誕生し、アジア、極北の地を経て、ついに 1万年前には、南米大陸最南端の
パタゴニアへ到った。 この 5万キロの大遠征をアメリカの考古学者フェイガンは'GREAT JOURNEY 'と呼んでいる。
関野吉晴氏が大遠征の道筋を、自らの脚力を頼りに、逆ルートで踏査をした旅をTVで、
数年間ドキュメントで放送した。私はツアーだが、今回のアラスカ旅行で(シベリアの地をを除いて)
点線で、グレート・ジャーニーをしたことになる。ー少し強引な理屈付けになるが。
・ケニア・タンザニアから下は南アフリカ、西アフリカからモロッコ、スペインを経て西ヨーロッパから
 北欧、ロシアのルート。・シルクロードのコースはエジプトからトルコ、イスラエル、ヨルダン、シリア、
 レバノンを経て、インド、ネパール、パキスタン、ウイグル地区、桂林、北京を得てシベリアへ。
・香港より南下するコースはベトナム、タイ、フィリッピン、そしてフィジーからニュージーランドへ。
 ーまだ行ってないが、オーストラリアとイースター島に行けば南米へ行くコースも完成することになる。
・シベリアからのコースはアラスカ、カナダを通ってアメリカ、メキシコ。
 テーブルマウンテンのあるベネゼイラ、そしてインカのペルーへ。
 ブラジルのイグアスの滝を見ながら、サンパウロを通って、リオへ。
 アルゼンチンのブエノスアイレスを通り、ペルーへ南下をして最南の地パタゴニアに到着。
 一応コースは出来上がることになる。そうすると、残された地は東欧、カザフ、モンゴル、シベリア、
 オーストラリア、イースター島ということになる。しかし今回のアラスカで一応完成した感がする。

・・・・・・・・
2002年07月19日(金)
461,海外旅行のもう一つの難関

今は殆ど気にならなくなったが、下痢である。 何とかなるものだが、初めの慣れてない
一回目の一ヶ月の欧州旅行ではあわやということが数回あった。やはり経験不足で、
食事制限とかポイントが解らないことからくる。大事なのはワンフライト(10~12時間)の機内食である。
飲み物はアルコールを含め飲み放題。時差も含め次々と食事はこちらの体調に関係なく出てくる。
それが美味しいときているから自制がきかなくなる。さらに気圧の関係で着陸後の2時間目あたりに、
お腹がおかしくなる。丁度煎餅などを入れておく真空パックが機上でパンパンになるのと同じ。
お腹もパンパンに張っていたのが、元に戻って腸を刺激する。それに疲れと時差の関係で、2~3日はおかしくなって当然。
それを前提にして、機内食を制限したりして体調を整える。一般的には、現地で出発の最低2~3時間前に起きてトイレにいき、
朝食後の出発前に更に行く。9割がたの人はそのようだ。そして到着後2~3日は、昼食後もいく。
これは時差の為身体が慣れてない対策だ。それとワンフライト目の食事、いや機内食は3ぶん1しか腹に入れない。
更に梅干を一日3個を食べる。これで大体大丈夫だ。迷ったら人の目を気にせずドンドントイレに行くことだ。
私の場合、お城の牢獄に入るとどういうわけかオカシクなる。
インドは9割以上の人が、かなりひどい下痢になる。日本の薬では全く効かない。
それと今回のスイスのように高度のところも危ない。高山病は下痢と頭痛と倦怠が同時に襲ってくる。

・・・・・・・
2001年07月19日(木)

先ほど無事帰る。変化の激しい旅行だったが、満足の行く旅行であった。新潟の会社へ直接よる。
修理に出したパソコンを自宅に持ち帰るためだ。あまり国内は変わったことはないようだ。
おりおり旅行内容な書いていくつもりだ。


3026,清水次郎長の顔がなくなった

2009年07月18日(土)

「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 3
  【生きる哲学との出会い】 ー橋口譲二(写真家)ー
 
 *清水次郎長や殿山泰司の顔がなくなった

養老 いまの日本に「清水次郎長の顔がなくなった」と、TVに写真が出たときに‘あっ’と思った。
   ちょうどブータンに行ってかえってきて、向こうにはよくある顔だったんですね。
   人生やることは大体やってきて、修羅場も踏み、この辺で落ちついたという『まあ、こんなものだ』
   という顔。 そういう顔が日本人からなくなった。 ブータンの顔は日本人によく似ている。
   モンゴロイドがゴチャゴチャの混ざった顔。・・・そこで思い出したのが、黒澤明「七人の侍」です。
   あの役者の顔が、幾らでもいるのです。
橋口 侍のような顔がなくなったのはのは、何でだと思います?
養老 「都会になったから」です。 都会人の顔になった、役人の顔になった。一種つくられた顔です。
橋口 何時ごろだと思います。
養老 気がついたのは15〜20年前からです。「面構え」「面魂」という言葉が死語になった。
橋口 僕が新宿の街角で少年達の顔を撮りはじめたのが1981年で、その頃からと今とでは変わりました。
   それはバブルの影響が大きい。バブルは人をとにかく豊かにして、しかし努力をして得たものでないので、
   落ちていったと思います。 文化の享受の仕方が一面的になったというか、何か平たくなった印象です。
   以前に新宿にいたのは、いわゆる不良で、彼らは、自分を取り繕っていないし、自分を隠していない。
   不器用で、去勢されてない。 ブータンの役人の顔が日本人に似ているのは、ある種、器用で要領のいい
   日本人の顔が浮かび上がってくる。
   ーー
 情報化の影響もあるのだろうが、世界が情報で溢れかえって、地区地区の土着の味が無くなりつつある。
 日本の地方の辻浦々まで、情報が行き渡って、その地区の特有の人間性とか祖先から受け継いできた
 風習が損なわれてきているからである。 意識の全国総都会化で、地方のブロックが希薄になってしまった。
 また時代のエネルギーが消沈している時は、脂ぎった者同士が塀の上で争う場面が少ないということか。
 
 ・・・・・・・・・
2661, 読書の価値について
2008年07月18日(金)

 読書について、ある哲学書に、その意味=価値が丁寧に説明してあった。
学生時代に、読書の必要性を感じ取った。そして、卒業まじかになって、その絶対量の少なさに唖然とした。
そこで社会に出てから毎日、最低二時間は読書をすると、自分に誓ったことを憶えている。
高等教育で一般教養を教える目的は、「学校教育が終わった後でも学び続ける人間をつくること」というから、
一応、その成果は少しはあった???ようだ。 考え、問いかけ、答えを自分で得る方向に努力する素養である。
 以下は、哲学講義書「考える快楽ーグレイリング先生の哲学講義」の《読書》についての中の一節である。
 ーP251
《読書》*一冊の本を読むことから、いったい何度、人は新たな人生を歩みはじめたことだろう
・・・読者は多少経験をつめば、読書を通じて、歴史、喜劇、悲劇といった多様な人間の経験を、
あたかも飛翔するワシのように俯瞰することができる、偉大な国へと進むようになる。 そして、
読書に意識を集中できるようになれば、差しだされた豊潤な世界から多くを得ることができるのだ。
読書の鍵は、集中という言葉にある。 どんな教育であれ、後世に遺すことができる最善のものは、
熟考と疑問をもつ習慣だ。 読書は受け身の行為になりうるし、一時の気晴らしに過ぎない娯楽になる場合もある。  
たしかに多くの本は、読者がそれ以上のものを必要としないくらいにたっぷりと技巧をこらして書かれているし、
べつにそのことが悪いわけではない。 しかし、それ以上のものを求めようとすれば、読書は受け身ではなく、
能動的な行動にならねばならない。 よい本をよい本たらしめているものを定義する、とはむずかしい。
ひとくちによい本といっても、さまざまな種類があるからだが、その大半に共通するのは、読者に考えさせ、
感じさせ・元気づけ・当惑させ、その結果、本を読んだあとは世界がすこしちがって見えるという点だ。
端的にいえば、そうした本は積極的な読書活動へと人を誘う。 数冊の本から得られるのは、読書を通して生まれる
自分の思考以外にはほとんどない。 そして偉大な書物には多くの思考をうながす余地があるものだ」と、
ジョゼフ・ジュベールは言っている。読書をしたからといって、自動的に前より賢くなったり、よい人間になったり
するわけではない。読書に効果があるとすれば、それは、印刷されたページに反応し、そこから素材を切りだす
という仕事を、読者が自分でやりとげたからだ。 しかし、人生の最高の家庭教師である実体験をべつにすれば、
素材を切りだせる鉱床として、読書に比肩できるものはほとんどない。
本を読むことは、他人の考え方のなかにはいっていくことであり、自分自身の人生ではけっして理解できない
状況にたいして、見えざる観察者になることだ。 個人が経験するであろうことよりも、数のうえでも
種類のうえでもはるかに多様性に富んだ状況や人々と出会うことだ。
その結果、読書は自己理解をうながすだけでなく、他人にとっては大きな関心事だが自分にはない欲求や関心、
欲望にたいする洞察力を身につけ、やがて他人の関心を理解し、寛容になり、ときには共感できるようになる。
こうして他人とどう接するかを決定する際に必要となる知識の量を増やしていくことは市民共同体と
人類の兄弟愛の基盤にもなる。
 ーーー
そういえば、読書は旅に似ている。心は全く知らない世界に鳥のように飛び込んでいけるし、
違う時間の流れに置くことも可能である。

・・・・・・・・・
2007年07月18日(水)
2297, また地震!どうなってる?まったく! ?2
                             ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…ヨウ!
今月中は、何処に行っても地震の話で持ちきりだろう。前回の災害時から推測すれば大たいこうだ。
「その時、私は〇〇(TVを見ていた)という状態で、ビックリして〇〇をした。
まさかね~、もう絶対無いと思っていたのに、何で、この地域だけ起こるんだろうか。
それでTVを見たところ柏崎沖が震源で、原発の火災に驚いてしまった。
で、〇〇さんのところに電話をしたが、大丈夫というので、ともかく
家の中に散らばったもの後片付けをして、落ち着いたところで外に出てみた・・・」
これを近所とか、友人に面白おかしくオウム返しに話す。それしかないが・・・
考えてみたら、私のHPにも、ほぼ同じことが書いてある。県外からのお見舞いの何本かの電話には、この要約を話している。
前回の中越地震と全く同じパターンである。TVを見れば能登半島の地震と同じ質問と答えが繰り返される。
見るほうからすれば、またか!ぐらいだろう。 と言って、やはり見舞いの電話は嬉しいものである。
日本は世界に冠たる地震の国、その中で特に新潟最北から神戸にかけてのライン上が、更に危ないということが、
最近わかったと報じていた。40数年前の新潟地震に、最近では神戸大地震、能登半島地震と、
直近では三年前の中越地震がライン上にある。今後とも地震が起きる可能性大というから、気が抜けない。
家内の実家が、死者が集中した本町にあり義弟と、近くに嫁いだ義妹がいる。
義妹は箪笥の下敷きになったとか、家内の実家の会社の倉庫の一部が大きな木造で、
内部がグチャグチャとか生々しい話が入ってくるが・・・
柏崎の本町の民家が多く倒壊したのは、海岸線のため海風で積雪は少ないため、民家そのものが頑丈に造られてないのと、
大火災と空襲にあってないため 築100年以上の古い家が多かったのが原因だった。
前回も、今回も、長岡市内の家が倒潰した話は殆ど聞かない。潰れたのは郊外の古い農家。前回の地震では、
新築をした隣にある旧家を物いれに使用していた所が潰れていたのを数軒見たが・・・。普通は積雪のため、
家の構造がしっかり造ってある。それと第二次大戦で、市内が殆ど火災で焼けたこともある。
  今回は、柏崎と、その周辺に被害が限定していたのが、特徴です。
                 グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・
2005年07月18日(月)
1567, つれづれに

 ー二ヶ月に一度ぐらい、全く随想日記のネタが無くなる時がある。今がそうだ。面倒になるのと、馬鹿馬鹿しくなる。
随想日記は毎日「独り言」をいっているようなものだ。独り言に起承転結をつけていることになる。
思考には非常に有効なことが解っているし、止めたら張り合いが無くなるのも解っている。
このお陰で目の前の人たちへの、言葉の攻撃が少なくなった。しかし、そうそうネタが思いつかない。
ネタが無くなった後に、以前より多くのテーマが出てくるから不思議である。
全く違う分野に視点を向けざるを得なくなるからだろう。
  〜〜
 ー昨日の「サンデープロジェクト」を見ていて呆れてしまった。
ゼネコンから送り込まれた代議士の「犯罪を犯して何が悪い!」という開き直りの言葉には空いた口が塞がらない。
この程度の連中が日本の中枢にいて、そしてTVに出てきて堂々と、犯罪肯定をしているのだから何をかいわんやである。
談合を止めると多くのゼネコンが倒産するという論法である。談合という犯罪で生き延びている方がおかしい。
泥棒を認めないと餓死者が出るというのと同じ論法だ。奴らは犯罪者なのだ、それもマフィアなのだ。この国は、
犯罪組織が牛耳っている。ゼネコンと、官僚と、政治家が犯罪システムを組んでいる汚職システムが長年かけて
つくられているのだ。それが、情報化で抑えきれなくなった事態が現状である。
  〜〜
 ー昨日、ダイエーに行ってみた。
閉店前の店というのは、もの悲しい何かがある。ここが閉鎖されると、一挙に駅裏は寂れた雰囲気になる。
これに反して、信濃川をはさんだ川西地区には、来年二つの大型SCがオープン予定である。
  〜〜
 ー梅雨が明けたようだ。
 雪と梅雨は日本の農業にとって大きな恵みとなる。これから2ヶ月熱暑がつづく。
  〜〜
 ー今日明日中に、旅行先を決めないと。不景気ためか?気合が入らない。
 といって、そろそろガス抜きも必要だ。

・・・・・・・・・
2004年07月18日(日)
1202, 実存哲学(1) 
   ー哲学について-17

実存の哲学とは[真理」ではなく[実存」を出発点とした哲学である。
最初に実存の哲学を語ったのはキエルケゴールである。実存とは[この私がここにいる]であり、
キエルケゴールは「真理」を語る伝統的な哲学者を批判し、ニーチェなどに大きな影響を与えた。
哲学上の近代から現代への大テーマの転換は、認識論から存在論への転換です。
「本質」から、「存在」への転換といってもよい。
実存という言葉は、中世スコラ哲学が本質存在と対比させた事実存在という概念に由来する。
「?である」に対応する概念が「本質存在」であり、「いる・ある」に対応するのが「事実存在」である。
すなわち実存とは、事実をして存在していることが重要だという考えを含んだ
概念であり、サルトルはそれを「実存は本質にせんこうする」と表現した。
キエルケゴールは以前にも書いたが、不安や孤独や絶望を真正面からとらえた。
それは、人間が精神を持ち、自由であることの証であると。 主体の哲学である。
人間が人間であることの特性や意味を哲学の対象としたことで、それまでの哲学とは違った実存哲学が
注目されるようになった。 それまでの古典哲学の代表者であるヘーゲルと基本的なキーワードで比較すると
  ヘーゲル    ー普遍性ー客観性ー抽象的
  キエルケゴール ー単独社ー主体性ー実存的 となる。
このキエルケゴールに対して、サルトルが彼の絶対者ー神を前提とすることを根底から否定して
「実存が本質に先立つ」と主張をはじめた。
 サルトルはー
ーわれわれを取り巻く根本状況は、本質を持った「何ものかである前に、すでに事実存在としてある、実存している。
この根本状況はわたしたちが自ら選択したものではない。それでは流されていてよいのかというと、そうではない。
受動的に決定されているだけの「何ものでない」わたしが、「何ものか」になるべく自己を投企して、状況に主体的に
関わっていくことこそ、真の実存のあり方である。と主張した。自分の「本質」を自ら生み出すような「決断」を
自分に課して生きる必要がある、といっているのだ。 サルトルは、人間は自分が生きるべき「理念」を想定し、
それを実現するために自由に決断する「自己投企」をする能力をもっているといっている。

・・・・・・
2003年07月18日(金)
835, 丁度よい

 お前はお前で 丁度よい
 顔も 身体も 名前も 姓も   お前にそれは 丁度よい  
 貧も 富みも 親も 子も 息子の嫁も その孫も それは お前に丁度よい  
 幸も 不幸も 喜びも  悲しみさえも 丁度よい  
 歩いたお前の人生は  悪くなければ 良くもない  お前にとって丁度よい  
 地獄へ行こうと  極楽へ行こうと 行ったところが丁度よい      
 うぬぼれる要(よう)もなく 卑下する要もない 上もなければ 下もない  死ぬ月日さえも丁度よい  
 仏さまと二人連れの人生 丁度よくない はずがない    
  南無阿弥陀仏          
                浄土真宗の篤信家ー藤場美津路  
 ある会社の専務に「ありがとうの言葉」について話していたら、
そういえば、似た言葉で印象的な言葉があるとのこと。「丁度よい」という言葉だそうだ。
ある会社の応接間に飾ってあった額縁の中の言葉で、
それから彼は何かにつけて「丁度いよい」をつけて自己納得していたとか。
・うちの母ちゃん丁度よい  ・今の仕事丁度よい
・今の悩み丁度よい     ・今日の夕飯丁度よい  ・リストラされて丁度よい?
等々、なるほどと感心をしてしまった。考えてみたら、その人に神様は丁度よい環境と条件を与えている。
まあ若いうちから、現状肯定ばかりしていたら成長がないが。
 早速、インターネットで検索をしたら、上記の内容が出てきた。この詩は、はじめ良寛の作と思われていたそうだ。
「丁度よい」と思うことができれば、悲しみや喜びの感情の起伏が少なくなる。諦観ということだろう。
『ありがとう』にしても、『丁度良い』にしても、何か納得してしまうのは、年齢のせいだろうか。

・・・・・・・・・
2002年07月18日(木)
460,スリにあう

海外旅行のトラブルでは「盗難と下痢」が一番問題となる。今回の旅行で初めてスリにあった。
といっても家内の話である。 ユングフラウヨッホに登山列車でのぼった時にスラレタ。
頂上の売店で日本へ出す葉書の切手を買った。その時らしいが、帰りの列車に乗ったとき気づいた。
その時はまだ落としたと思っていた。雨と霧の為ハイキングは中止で、降りた駅で2時間ほど時間ができてしまった。
そこで国際電話でカードの中止の手続きをした後、売店に入った。目の鋭い30歳ぐらいの白人女が、
日本人のバッグを見ているのが目に付いた。その時は、店の人が万引きの監視でもしているのだろうと思った。
そして店の外に出ると、グループの女性が2人騒いでいた。店内でバッグの蓋が開けられていたという。
何かバッグのあたりがモゾモゾするので、手で触ると空いていたので慌てて出てきたという。
違うもう一人の女性も、全く同じ状況で飛び出してきたという。家内がその時やっと自分もすられた事にはじめて気づいた。
そういえばユウグフラウの売店で買ったあとトイレに行った時、バッグが空いているのに気づき不思議に思ったという。
その時はまだすられた事に気づかなかった。万引きに気をつけてと添乗員に言われていたが、まさか自分たちとは
思ってもいなかった。雑踏をしていて、気圧の関係で少し頭がボーッとしているその場は万引きの絶好の稼ぎ場である。
そして二度と顔を合わせない観光客ならさらに都合がよい。カードの実損はなかったが3000円ぐらいの金が被害だった。

・・・・・・・・
 2001年07月18日
 旅行中


3025, 閑話小題

2009年07月17日(金)

 * マッチ・ポンプ
  ーウィキペディアによるとー
【 マッチポンプとは「マッチで火をつけておきながら、それをポンプで消す」というように、
  自分でわざわざ問題を作り出しておきながら、そ知らぬ顔で、自分がそれを解決することで
  賞賛や利益を得るような、偽善的な自作自演の手法を意味する和製英語である。
  1966年、黒い霧事件第一弾の田中彰治代議士事件で初めて使われ、元々は金品を巻き上げる意味で使われた。】
  色いろのケースがあるが、同じことを繰り返すうちにアシアトを残す。 金銭・物品が絡めば犯罪である。
  そして、一番大事な信用と信頼を無くす。 人間関係は、信用の上に成り立つ。

* 自民党の末期現象
 それにしても、麻生の首相としての感覚はおかしい。
自民党はもちろん、国家、世界のことなど全く考えておらず、首相の座の役割に酔って遊んでいるに過ぎない。
彼もまた、安部、福田と並んで、日本を奈落の底に落とし込んだ首相として歴史に刻まれることになった。
その結果として自民党の大敗は火を見るより明らかである。 最後は、自民党そのものに石打ち追われるのだろうが、 
自民党の解体だけでなく、日本そのものにとって、大打撃になること必定である。次にくるのは経済に対する影響。
きっかけは新インフルエンザの秋からの再度の流行あたりか。 客商売には大打撃になるから他人事でない。
だいたい二年先の時流を読むことにしているが、一年先も見えなくなってきているのが日本の現状。

* 今年の花火大会の不況の影響は?
 先週のニュースで、「この恐慌の影響で協賛金が集まらず、全国で花火大会の中止が相次いでいる」と報じていた。
県内では燕の花火が中止で、新潟は縮小。 長岡は「天地人」のNHKの大河ドラマの影響で、平年並みのようだ。
ただ長岡は8月2・3日が日・月曜日になり、曜日としては最悪の事態。 

 ・・・・・・・・
2660, 幸福の4階建て ー2
2008年07月17日(木)

「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階の幸福というのは何故か?
頭の中が混乱して、今も考え続けているが、実感として解らない。
エイズになった人が、果たして幸福なのだろうか?ガン末期の人が、ライ病の人が、最上階の幸福なのだろか?
明日の朝、特攻で旅たつ若者が幸せだったのだろうか?(実際にあったかどうか別として)キリストが十字架で
意識がモウロウとした中で「神よ私を見捨て給うのか?」というギリギリの苦悩が、幸福だったのだろうか?
深い絶望のうちに自らの命をた断たなければならない者が幸福なのだろうか?
自分の不注意で子どもを死なせてしまった母親の絶望が幸福なのだろうか?
問題提起としては重く、深いが、何か反発の方が強い。もし「克服できない苦難の中にこそ、幸福がある」と思えたら、
それだけで苦難を幸福に切り替えていることになる。その切口からすると、軽く否定するこもできない。
崇高な幸福は、そんなに甘いものではない?ということからみても「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」
というのも筋が通っている。不幸の真っ只中の、その中心に実は幸福がある!ということなのであろうか?
「どん底になったら、その底を掘れ」というが、そういうことなのか?
人生を振り返ると、実感として、どん底?から水が湧き出てきたのは解る。
その水が自分を支えてくれていたのも解る。 苦難の中にこそ、大きな喜びがあった。
事業では、問題にブツカッタとき、その問題の中心に解決の鍵があった。(その理屈は知っていた)
それからみると、最上の幸福は、克服できない苦難の中に、幸福があるというのも筋である。
ところで、屋上は何だろうか? それより、4Fの意味である。
「克服できない苦難の中こそ、幸福の『鍵』がある」なら解るが。
もし、この言葉が理解できたら、過去の出来事に対する視点が全く変わる。いや、現在の世界観も根本的に変わる。 

・・・・・・・
2007年07月17日(火)
2296, また地震!どうなってる?まったく!
            才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪

 昨朝の10時過ぎ、居間で家内とお茶を飲みながらTVをみていたら突然、地響きと同時に揺れが始まった。
アレヨアレヨと思っているうちに、揺れが大きくなって、横揺れから縦て揺りになり茶箪笥の食器が飛び出してきた。
あわてて裸足で食器やガラスコップの破片の中、開きドアを閉めにいった。
慌てるとは、このことだろう。破片で怪我をしなかったものだ。前回の揺れより大きいような気がしたが、
気のせいではないかと思った。すぐに玄関外の獅子の置物を見たが横に傾いていただけ。
庭の石灯籠も小さいのが3つ飛び散っているだけで、他の5つは大丈夫だった。
前回の地震で壊れものは破壊されてしまったので、被害は三分の一以下であった。
これでは長岡市内で大きな被害が出ているはずだ!近くに住む実兄に電話をしたら、以前ほどではないという。
TVでは、六強というから前回より激しいことになる。午後三時過ぎに至近にあるスーパーとドラッグストアが
開いているかどうか、ウォーキングの途中に立ち寄ってみたが、二軒ともしっかりオープンしていた。
スーパーの酒売り場は何ともなかったかのように整然と並んでいた。かなりの量の酒ビンが割れていただろうに・・・。
惣菜と弁当は買出しのためか商品量は少なかったが、他はチャンと元通りに並んでいた。
地震の危機管理の訓練がしてあったのだろう! まあ、合格というより、流石である!
お客は買出しのためか多く出ていたようだ。その後、土手でウォーキングをしていると、何と余震が始まったのである。
もう余震は無いものと思っていたので驚いたが、前から歩いてきた三人が何事もない
ように歩いているので、立ち止まったまま揺れの止まるのを待った。土手の横の住宅が地響きをたてて揺れていた。
震度四くらいか思っていたら、携帯を持った人が震度六と話をしているのが聞こえてきた。
まさかと思ったが、帰ってから家内に聞くと震度六弱の地震があったという。
三年近く前に、あれだけの大地震があったので、日本で一番地震の起きる確率の低い場所!
と勝手に決め込んでいた。それが、何と同じ震度の地震などありえないことだった。
それが再び起きたのだから、どうなっているのだろう?本当に、こういうことが起きるのである。
脅かすわけじゃないが、いま東京に住んでいるなら、一度、じっくり考えたほうがよい! 
リスクはあまりにも大きい。たしか今後30年で、大地震が起こる可能性が八割だったと思うが。
刺激を求めるかどうか、その辺が微妙なところだろうが! 柏崎で全壊300世帯、半壊が600世帯で、死者が一桁とは、
信じられない。ますます中越地区は不景気になる。その後、連絡が取れた柏崎に住む三人の義弟と義妹は無事だった。
ただ家の中はグチャグチャという! 前の地震は殆ど被害が無かったので、今度は逆である。
平々凡々?の日々の中、刺激的なことが満ちている!それも、そういうものと思えば娑婆娑婆である!!  
                           (○´ω`○)ノ**SeeYou
・・・・・・・・・
2006年07月17日(月)
1931, 10年後の日本を考えてみると
            才八∋ウ_〆(∀`●)

 十年後の日本で間違いなく起こっている問題点を考えられる限りあげてみた。
  ・消費税の20?以上の負担
  ・少子高齢化社会の到来
  ・外国人労働者の比率の増加による犯罪の増加と、治安の悪化
  ・フリーターの増加と、下層階級の増大
  ・年金財政の悪化と破綻、団塊の世代の大量定年後の負担の問題
  ・中国とインドの台頭と影響力の増加、それに付随する大混乱
  ・北朝鮮の崩壊と、朝鮮半島の混乱(これは数年先と思われる)
  ・2005年からの人口減と経済縮小
  ・介護保険増大による財政の悪化
  ・地球温暖化による大問題の噴出
  ・関東大震災の可能性の増大
  ・「ゆとり教育」で育った年代が人口の中心になってくる社会的大問題。
  ・行き過ぎた自由競争の弊害の噴出
これらを考えると、絶望的な気持ちになるが、間違いのない近い未来の日本の姿である。
逃げ切り世代で「運が良かった」と、ホッとしてはいられない。
現在、連載で塩野七生著「ローマから日本が見える」の読書日記を書いているが、当時のローマと
現在の日本が酷似している。少子高齢化で衰退の危機に陥いり、さらに高齢化と経済の停滞である。
中流階級は没落し街に失業者があふれ、上流階級の人々は既得権を決して手放さない。
そのときに現れたのがカエサルである。支配地の国民にもローマ市民権を与え、既得権を取り上げ競争を奨励した。
カエサルが、これほどの人物とは、この本を読むまで知らなかった。現在の日本は、自民党の既得権を取り上げ、
日本的社会主義を破壊しなくてはならない時期に来ている。先日、「10年後の日本」という本を買った。
まだ飛ばし読みだが、近々読書日記を書く。      
                  (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! 
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2005年07月17日(日)
1566, つれづれに

ーユニクロ社長交代ー
 ユニクロの社長に、創業者の柳井氏が返り咲くことになった。
 全く流通に関係ない人が社長になったことに疑問を持っていたが、やはり当然の結果となった。
 参謀とトップは別ものということが、理解できなかったのだろう。
 それが現在のダイエーのトップ人事にもいえる。数年後に、その失敗のカタチが表面化をしてくるだろう。
ー橋梁談合事件ー
 この事件の、奥行きの深さが段々と見え始めてきた。
 道路公団の元理事が逮捕されたが、道路行政に巣食う政治家の利権が複雑に絡み合っている。
 これは、現在のゼネコンの世界の凝縮された姿である。
 役人や政治家の利権も絡んだ構図が日本の隅々まで張りめぐらされている?。
ーイギリスの爆弾テロー
 イギリスの爆弾テロの4人が特定された、とニュースにでていた。意外と早く犯人が特定されたのには驚いたが、
 マークのされてない人達というのが不気味である。 次は日本という連想が出てくる。
ー大相撲も中日になるー
 今場所も、朝青竜が抜け出してきた。ますます若手の外国勢の力が増してきた。
 幕下では金髪の力士が出てきた。格闘技と思えばよい。
 そういえば、公開の横綱総見の猛試合をTVで見ていて、朝青竜の抜群の強さには驚いた。
 それと相撲に対する姿勢が、他の三役と比べて全く違うのが見て取れた。
 当分は彼の天下が続くだろう。モンゴルに帰れば数年で大統領になれるというが。

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2004年07月17日(土)
1201, 仮説について

ー仮説を辞書で調べてみると、
ある現象を理論的に統一して説明するために立てられた経験科学上の仮定。
その真偽の検証は、仮説から必然的に演繹(えんえき)された諸命題を実験や観察によるテストで
確かめることによってなされる。検証された仮説は法則や理論として公認される。 ーとある。
事業では、生じてきた問題に対して常に仮説を幾つか立てて、知るかぎりの情報を検証して判断決断をしてきた。
わたしの思考法として、
・自分の立てたテーマと結論に対して正反対の仮説を立ててみるという「仮説思考法」
・本や人の論を全く疑ってみる「一刀両断思考法」
・喩えをつかって、その現象を一度パッケージ化をして、それを鳥瞰してみる方法ー「喩え話鳥瞰法」
・KJ法をつかう方法(帰納法の一種だろう)ー「紙切れ書き出し思考法」
・テーマを考えて、それを構成する材料を集め、そのプロセスで考える方法「テーマ思考法」(演繹法)などがある。
正・反・合を自分で組み立てる時、立てた説(正)の反対(反)を大胆に考えることが重要である。往々にして、
その反対の説の方が理が通っているケースが多い場合がある。そして、そのプロセスでよりよい案(合)を考え出す。
情報化社会へ大きく変動していている時代に生き抜くには、いろいろな状況に対応できる幅広い考え方が必要になる。
固定した考え方は、状況が一変したときに、それに対応できなくなってしまう恐れがある。
そこでは、シミュレーションする能力の「仮説」を立てる能力が重要になる。
「仮説」を立てる能力とは、「常識」を少し違った角度から構築することだ。
その為には「常識」を疑うことがまず必要になる。仮説には、仮説演繹法と実践仮説がある。
ー実践仮説 ー 実践の中での疑問・想起・想定・仮定・仮説 を立てる  
ーまず実践者の行動の一部に「おやっ」とか「どうしてだろう」という疑問が生じる。 
ーつぎに「たぶん?だろう」という形を思う。 これを「想起」とここでは呼ぶ。 想像が始まるのである。
ーこの想起が当たると、疑問は解消する。
ーそれでも当たらないと、「?か」と思う。想像にある方向性が生じる。 これが想定である。
ーこの想起が当たると、疑問は解消する。?それでも当たらないと「?か、あるいは?か・・・・・」となり。
 これを「仮定」である。そして想像の分類が始まる。?仮定を確認する作業を行う。それにより仮定が支持されると、
 疑問は解消する。
ーそれでも仮説が支持されない場合は、研究の懸案として残される。
ー仮説演繹法は考え方の手順を示している。
 その考え方として、以下のような手順を調べるー
ー想起:
ー確認可能な命題の形で仮説を立てる
ー仮説を実験など実際に検証する
ー検証されなかった仮説は採用しない
ー検証された仮説を採用して論理を構成する
ーそれを考査
 このようにして構成された論理の体系が「科学」という。科学的というと実験を連想しますが実証する方法は
なにも実験に限らない。日常の観察で確認される事柄も、上記の手順に合致すれば、科学的な事実といえる。
仮説を意識して立てることは、実践を高める上で役に立つ。特にフィードバックを瞬時に可能にする。
「3案・5案を考えて、その中から選定すべし」というが、それだけ多くの視点を持つべし、案を練りこむことになるから。

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2003年07月17日(木)
834, 沖縄の中学生のリンチ殺人事件

3年前の春の土曜日に、自宅近くの土手を散歩していた時のこと。
川崎小学校裏の土手を歩いていたら、一人の高校生?が相手を殴っているのが見えた。
瞬間に「この馬鹿野郎、、何をやっているんだ!」と走りよっていた。
ところが、その場に踏み込んだ瞬間とんでもない修羅場であった。
グループ同士の喧嘩の場で、2~3人が倒れて気絶している。15歳位の犬コロのような餓鬼3~4人が逆に粋がって
『何だと、やるのか!』と迫ってきた。 しまったと思ったが、もう遅い!
 私も学生時代に合気道をやっていた経験がある、しかし実践には全く役に立たない位はしっている。
こういう時は物を持つのだ。目の前の木を拾い、逆手に持った。
その瞬間誰も突っかかってはこれなくなった。物を持つと相手はそう簡単には殴りかかってこないことは知っていた。
もし来たら、目を狙えばよい。相手もじりじり迫って来るが、ヤバイ相手位は解ったようだ。
私の「警察沙汰になるぞ、留置所だけで済まないぞよく考えろ!」という言葉に全員がひるんだ。
その時、お互いが仲間に携帯電話で連絡をしあっている。何か私の入る世界でない次元の違う世界であった。
「もう殴るのはやめろ!」と言って、その場を離れた。離れ際に「絞めてしまえ!」という言葉が聞こえてきた。
たまたま先日の沖縄の場合、殺人になってしまっただけでしかない。いま考えても危ない瞬間であった。
 5月の末に里帰りの千葉の姉と23時過ぎに、長岡駅裏のダイエーの前を歩いていると、暴走族が
オートバイを歩道の真ん中に乗り入れて道を阻んでいた。当然のこと乱闘寸前、姉が間に入って事なきを得た。
警察に電話をしたが、まずフルネームをいえという言葉に、面倒だと途中で切った。
先日、道路に寝ていた若者二人を注意した人が殺される事件がおきた。深夜はこの道を歩くのは当分やめることにした。
ところが、昨夜新潟で飲み会があった。十時近く、そこを通ったら7~8人の警官が例の暴走族二人を取り囲んで言い合っていた。
もし警官がいなかったら、私と鉢合わせのところだ。通り過ぎたが、酔っている勢いで取って返して5月末の顛末を言った。
度々似たようなことがあり、警察に苦情があり取締りをしていたようだった。
5月末を思い起こすと、彼らの溜まり場で一種無法地帯の感じだった。 顔も割れてしまったのだから、
これからは大っぴらな溜まり場では無くなってほしいが。「君子危うきに近寄らず」だ。

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2002年07月17日(水)
459,危機一髪

今年2月、ある取引銀行が「ドルが必ず上がるはず買わないか」という提案。
当時130円、その時期は三月決算に向けて140円は誰の目にも明らかであった。
そこを銀行の担当もついてきたのだ。「上げるべき金利は上げないからドルを買ってくれ!」
一瞬どうしようと迷った、そうするうちに週末になり翌週になってしまった。
円が135円まで上がってしまっていた。そうすると大して旨みがない。手数料を入れると139円になるからだ。
迷ったが、それでも132円辺りになったら買おうかと数字をみていた。
そのうち少し下がり133円辺りになり、さてと買いかなという時、大矢氏が反対した。
「もうリスクを負った金融をやらないと決めたはず。それと売買で4円の手数料を取られ、
銀行のテラセンの餌食でしかない。それも銀行に今になって薦められやるのはおかしい?!」
それも戦略的に円を買っていれば話は違うが、全くそのとおりである。
買っていたら今は1000万近く損をしていた? 途中で売っていたとしても500万は損をしていた?
「まさかアメリカがここでバブルが破裂しようとは思ってもいなかった!!」
それで担当者は済むが、こちらはとんでもない事になる。 危ない所であった!
NTTの株で大損をしておいて(8000万)、またもやというところであった。
それと去年の春先に金融関係者が一斉に持ってきた「変額保険」
うたい文句が、確か節税とかいうやつ。先日TVでとんでもないシロモノと放送していた。
30万件売ったらしいが、これが???らしい!「ある子狐が持ってきて断ると手の裏をかえした」のもそれだった?
手数を稼ぐためには、何でもしなくてはならない時代になってきたのか!!
本人に悪気がないから困ったものだ?恐ろしい時代になってきた。  情報化とはこういうことだ!

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2001年07月17日
 旅行中

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