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堀井On-Line
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2009年03月08日(日)
「厭世」とは、まず自己を厭うがゆえに世界を厭う心の習性をいう。 「楽天」とは、幼児の頃から両親を初め周囲から愛され、それ故に自分を愛する心の習性をいう。 人生を振り返ると、悲しいこと、苦しいこと、不安、恐怖心など、多くの精神的苦痛があったが、 なぜノイローゼや自殺に追い込まれなかったかというと、それ以上に楽しいこと、面白いこと、 明るい展望があったからである。 いや、それを見守ってくれる家族・友人があったからである。 そのもとは幼児体験、そう両親の絶対的な愛情が基本。楽天性は、まずは親子関係の中でジックリと育てられる。 基本的に親は子どもに絶対的な愛情を降り注がなければならない。しかし家庭内にも色いろの事情がある。 幼児期に親父が事業に失敗してしまったり、両親の不仲もある。 最近では離婚確率が家庭内離婚を含めると過半数。 その中で自分を楽天的性格にするためには、教養を自ら積むしかない。
最近になって「楽天は意思」とつくづく思う。人間は誰でも心の底は楽天でないと生きていけない。 「自分だけは大丈夫!」と思っているからこそ、エネルギーが、生命力が、発露してくるのである。 いずれにしても、誰もが直ぐに死んでしまうのだから、生きている間は、面白可笑しく生きること。 ただし、将来の見通しだけはシッカリと立てた上だが。 だから楽天には長期的な生存確保が前提になる。 毎日、安心して日々を過ごせる生活力があり、時代の変化に堪えられる力を持ち、それ故に互いの信頼を 維持できることが基本になくてはならない。その前提がないと心が不安定になり、厭世家になるのである。 楽天家過ぎてホームレスになった人はいても、楽天的なホームレスは、ごく一部を除けばいない。
このブログをみていると悲観論者と思われるかも知れないが、振り返ると楽観主義者である。 その場その場を何とか切り抜けてきたが、「最後は命までは失わないだろう」という開きなおりがあった。 問題に対して「正中心一点無」と、中心点に気持ちを集中するように勤めてはきたが・・・ それを心がけていると一時的にマイナスになっても、何時の間にかプラスに転換している。 「ベストを尽くして駄目なら仕方がないじゃないかい、皆の衆」の心である。 再び書くが、幼児期の親の絶対的なシャワーのような愛情こそ、人間のエネルギーの溜池である。 その溜池が無い人は分からないだろうが、有る方は無い人を直ぐに見抜いてしまう。 親を見ろ、特に母親を。 家庭を持ったら連れ合いを見ろ。 次は、子供を見ろ。 ほぼ見える! 愛情が満ちているかどうか、品性が備わっているかどうか、その部分だけを見れば良い。 言えた(品)柄でもないが・・ 最悪を想定して、その時の備えを常に整えていること。 それを受け入れる心の想定をしておくこと。 これが、「厭世的時勢に、楽天であること」の結論。「悲観の線路の上を楽観という電車で走ること」 地道に生きていれば、何があっても、何とことはない? そうもいかないのが人生だから辛いところだが。
・・・・・・・・・・・ 2530, 千年働いてきました ー2 2008年03月08日(土) ー読書日記 第四章の 日本版バイオテクノロジーの発明 の「売り手、よし買い手、よし羊よし」が面白い。 その要約とは・・・ ーー ベルトコンベアーに送られる前、羊たちは一匹ずつ仰向けにされ、脚の付け根あたりに注射をされる。 オムツ代わりに付けられるのが、テニスのネットみたいな白い網で包まれて、その後に放牧される。 それからひと月ほどして、ネット羊たちはまた作業場に舞い戻ってくる。 そのネットをオーストラリア人の作業員が二人がかりで外してみたら、すっぽんぽんの羊が姿を現す。 羊の形をしたウールのコートが、つるりと出てきたようなものである。SFチックである。 「羊の毛刈り」という重労働を劇的に軽減することに成功した企業の名は「ヒゲタ醤油」。 創業390年という醤油製造業の老舗中の老舗が、伝統的な「醗酵技術」を応用したものだった。 羊の毛刈りは牧畜関係者にとって、頭の痛い問題だった。中腰で行う重労働で賃金は安いが、腰をやられてしまう。 そこでオーストラリア連邦研究機関が目を付けたのが、ヒゲタ醤油が開発し、大量生産化に成功した薬剤。 そのキッカケが抗がん剤で頭髪が抜ける現象であった。それを逆用した薬剤を作ったのである。 それで、毛が散らばらないようにネットを付けたのである。 その薬剤は毛が直ぐに生えてくるようになっている。薬代は一匹あたり50円位で毛刈り代の10?ほど。 ーー 面白いものである。 ヒゲタの社長がいうに「醤油は微生物をうまく利用して商品を作るわけだから、 オールド・テクノロジー。同じバイオだから出来るんじゃないかと、バイオに進出したわけです」 このヒゲタ醤油も創業が1616年、あと数年で400年になる。
携帯電話一つを取ってみても、 「折り曲げ部分」福田金属箔粉工業(創業307年) 「振動装置」田中貴金属工業(創業121年) 「液晶画面用鏡」村上開明堂(創業125年) 「人口水晶発信器」エプソントヨコム(創業116年) と、まさに「老舗製造業」の伝統技術の集大成といった趣なのである。 そんな「老舗企業」21社の5つの共通点を著者は以下のように指摘している。 1 同族企業だが外部の優秀な人材の登用を躊躇しない 2 時代の変化に対応して事業内容は変化させてきた 3 創業以来のコア家業は譲らない 4 分をわきまえ好景気でも投機をしない 5 「町人の正義」を実践してきた 「自分の本分を守るり、変化には弾力的に、投機などせず、婿養子などの血を躊躇しないでいれる」ということだ。 そういえば神社仏閣、いや天皇も仕事に一種とみれば・・・・ 宇宙のゴミの中の微生物の話は止めておこうか!
・・・・・・・・・ 2007年03月08日(木) 2165, 駅周辺専門店ビルの開店、三店! (~Q~;) おはよう?? サム?!
三月に入って、新潟駅周辺の大型集合専門店ビルなど三店がオープンした。 さっそく見学をしてきたが、なかなかよい!新規オープンは夢があって新鮮で良いものである。 ・まずは駅から徒歩10分のSCの中にあるダイエーの撤退後の専門店街ビルの「ラブラ万代」。 SCの万代シティーは、「伊勢丹」と「若者向けファッション店街ビル」と、 「ラブラ万代」の集積化で、さらに集客力を増すだろう。 今回開店したラブラ万代は3万平米の規模の地下1F、地上6Fのビル。 最上階に紀伊国屋があり、他にユニクロ、ロフト、ギャップなどがあり、 地下にはイオンの食品スーパーが入っているが、そのテナント・ミックスが非常によい。 (評価 90~95点) ・次に上越新幹線の改札口にある、JRの専門店街の「CoCoLo」の本館が改装オープンしたが、 今までの少し堅い雰囲気がカジュアル的になり、開放的で入りやすくなった。 毎週一度は通っていた地元の本屋の「文進堂書店」は、至近距離に開店した大型店の 「ジュンク堂書店」に壊滅的な打撃を受けるだろう。 (評価 75~80点) ・駅裏にある大型ビルの一階と地階の2フロアーの「ジュンク堂書店」は、シンプルだが、主通路とサブ通路の幅広く とったなかなか良い店である。書店として5千平方は広いスペースで、『本以外一切扱ってない』のがよい。 店内6箇所に、検索のパソコンを置いていて自分の欲しい本が探せる。 100万冊の在庫の取り揃えが売り(特徴)である。 ロビーのような広いスペースに椅子と超大型のTVがあり、 セルフのコーヒー・スタンドがある。ちょっとした時間を潰すのにもってこいである。 書店は、20~60分の滞店時間が相場だが、これなら60~90分の時間がつぶせる。 「ターミナルの超大型店の新しい業態とは、こういうもの」と、見せつけられたようだ! 街中のスーパーストアの新しい業態である。 (評価 90?95点) これら開店は新潟駅周辺への一極化の動きの一現象である。「何処も同じ都市の風!」ということだ。 (*^○^*)ノ バイ! ・・・・・・・・ 2006年03月08日(水) 1800, 「一夫多妻」男 (ρ_・).。o○ おはよぉ・・
少し話は古くなったが、「一夫多妻」の事件は日本中の多くの男達の丁度良い、酒のツマミ?。 私など家内一人でも辟易しているので、羨ましいとは全く思わなかったが? 本人は酒池肉林で幸せだっただろう?その後、12人の多妻は現在でも共同生活をしているという。 行くところが無いのだろうが、何か現代の病巣を象徴している。
この事件から直に思い浮ぶのは、九州のキリスト研究集団千石イエス(千石剛賢)である。 本人は数年前に78歳で本人は亡くなったが、残った彼女らはクラブを今でも経営しながら集団生活をおくっている。 (TVで、この事件に関連してクラブ内の様子を放送していた。)マスコミが騒ぐほど千石イエスの会は問題の無い会。 ♪(〃⌒▽⌒)八(〃⌒▽⌒〃)八(⌒▽⌒〃)♪ 今回の事件が産経新聞の社会面のトップ記事で詳細に掲載されていた。 そのポイントをまとめると ・擬似家族に温かさを求めていた。現在でも12人の女性は、主のいなくなった東大和市の民家で暮らしている。 親との関係が希薄な中、一夫多妻の生活の中で集団生活の楽しみを見出した。 彼女たちは、「外の世界が間違っており、自分たちだけが正しい」と凝り固まった状態にあるのではと推測される。 ・「夢の中に出てきた宇宙生物に指示された」という話は嘘。恐怖心をあおり一緒に暮らすのが目的だった。 女性を増やしていったのは、収入も増え生活も安定するためで、女性が増えるほど、孤独や寂しさを解消できると思った。 ・洗脳とマインドコントロールは違うもので、洗脳は強い力でねじ伏せるもの、 マインドコントロールは日常の生活の中で情報を与える方法で、このばあいはマインドコントロールであった。 ・占いに関しては、あくまで肩書きだけで、女性を集めるための口実でしかなかった。 ・手口としては、被害者を多妻の一人にするため、候補を見つけると自宅に妻の一人に誘わせて、 隣の部屋で事情を盗み聞いて、あたかも占いが当たって信じ込ませる手法だった。 ー 以上だが、人間の性(サガ)の深い問題である。オットセイのハーレムの雌も気楽で良いのかもしれない。 ヾ(。´・ェ・`。)Bye ・・・・・・・ 2005年03月08日(火) 1435, 人生の第四コーナー
私の年齢ともなれば競馬でいえば第四コーナーを回って最後の直線コーナーになる。 名馬は、この第四コーナーから最後の追い込みに本当の力を出す。 逆にいえば胸突き八丁でもあり、一番大事な時期でもある。 両親の生き様を直接目にすることができた。それは、長年かけた楽しみを追及することである。 その準備を如何にしてきたかが問題であるが、その一つにお金もある。 先日書いた中年クライシスは、社会的世界だけで生きてきた人間に生じる。 ライフワークのベースをつくっておかなくては、人生の第四コーナーの直線で息が尽きてしまう。 今年の4月1日から、私の同期の定年が始る。私の知る限り生き生きしている人は僅かである。 自分の趣味と独自の世界をつくっていなかった人が多い。 人間には、社会的側面の欲求を満たす部分と文化的側面の欲求を満たす部分がある。 直線コーナーまでは、社会的側面の充実が主になり、その後は文化的側面の欲求の充実が主となる。 社会的側面を一つずつ剃り落としていく為には、本当にしたいことを見つけておくことである。そのためには、 まずは孤独、孤立を恐れてはならない。それを恐れていては社会的仮面ーチンドン屋ーを演じ続ける日々しか過ごせなくなる。
51歳の年に、ジックリと考える節目の時期があった。そこで「60歳までに、それ以降の人生を全て詰め込んで生きる。 人生の余白を残さない!やりたいことは、この十年で全てやりつくす」と決めた。 これは人生設計というより、ある程度の悟りに近かった。その60歳まであと1年、この8年でやり残したことが多い。 このHPも一種の自分史でもあり、遺言でもある。他人から見たら、この程度のことかも知れないが。
・・・・・・・ 2004年03月08日(月) 1069, フランチャイズ・ショー ?3
変わったものでは、「ブランド物の中古品仲介店」があった。 そのシステムが理にかなっていて面白い。TVで以前、このシステムの商売を見たことがあるが FCは初めてである。「その辺街中情報」としては、とっておきの内容である。
ーその内容とはー ・対象商品はブランド品だけに絞り込む。持ち込まれたブランド品の売価をお客と店が交渉をして決める。 目安は定価の10分の1だ。また千円以下は扱わない。 ・展示した時点で、客は10%を店の展示代金(場所代)として払う。40日で売れない場合は、お客が商品を引き取る。 ・売れた場合は、店・30?:顧客・60?の取り分になる。それでも中古専門店から買い叩かれるよりは有利だという。 ・お客はまず50代、40代、そして30代の順で、中年女性が中心とか。買い手は掘り出し物を求めて定期的にくる。 ・店サイドはリスクはゼロである。ブランドの鑑定のノウハウは、フランチャイザーが数日間かけて 本部で教え込む。高価なもので鑑定が難しい場合は本部に送り届けて鑑定をしてもらうという。 ・本部からは、全国からオークションで仕入れをしたブランド物が送られてくる。 フランチャイザーの狙いは、その販売経路だという。 なるほどFC本部も、店サイドも、売り手も、買い手も、誰もが有利になることになる。 面白いことを考えるものである。面白いシステムだが、店長の個人的能力が最も必要とされる仕事でもある。
話は全く変わるが、会場をまわっていて、FCの競合店のことを聞くと、間違いなくお互いにマイナス情報を流す。 特にナンバーワンに対する批判はすざましい。よく聞いていると、その「立場の範囲の視点」でもある。 より多くの角度の情報がほしい場合は、多くの競合店に聞くにかぎる。 お互いの限界がより見えてくる。 人間関係にも似ているが。 ー続く ・・・・・ 2003年03月08日(土) 703, 「金持ち父さん貧乏父さん」ー読書日記
この本を読んで、読めば読むほど納得する事が多い。もうこの歳でいまさらというひとがいたら何回か読んで、 自分の子供にぜひ説明すべきだ。貧乏父さんなら失敗談として尚更である。読んでいて気がついたことは、 大阪商人に似ていることだ。徹底的に節約型で、合理的である。違うのは投資に対しての積極性だろう。 金持ち父さんと貧乏父さんの考え方の違いを書き写してみる ー金持ち父さん ・・上段 貧乏父さん語録 ・・下段ー ・「どうやったらそれを買うためのお金を作り出せるだろうか?」 「それを買う為の金がない」 ・「一生懸命勉強をしろ、そうすればいい会社を買う事ができる」 「一生懸命勉強をしろ、そうすればいい会社に入れる」 ・「この家は負債だ。持ち家が自分にとって最大の投資であり、最大の投資 という人は大いに問題がある」 「この家は私たちにとって最大の投資であり、最大の資産だ」 ・「私が金持ちなのは子供がいるからだ」 「金がないのは子供がいるかだ」 ・「金は力だ」 「お金には興味がない」 ・「私はお金のために働いているのではない、お金が私のために働いているのだ」 「お金のために働いているのだ」 ・ 「人は損をするのが怖くって、その為に損をする」
金持ちは自分のためにお金を働かせる中流以下の人間はお金のために働く 「無知」が「欲望と恐怖」を大きくする。「恐怖と欲望を大きくするのは無知だ。 ある程度のお金を持った人の多くが、金持ちになるほど、それを失ったときの恐怖を強く感じるのは無知のせいだ。 お金はニンジンなんだ。けして手に入らない幻みたいなものだ。もし馬が自分の姿を遠くから眺めることができれば、 自分の立場がわかり、ニンジンを追いかけることが自分にとってためになるかどうか、考え直すかもしれないだろう?」 人間の一生が「無知」と「啓蒙」のあいだの絶え間ない戦いである。 人間が自分を知るための情報や知識を求めなくなると、すぐに無知が忍び寄ってくる。
金持ちになりたかったら、お金について勉強しなくてはならない。 「お金の流れの読み方」は高層ビルの基礎に喩える事ができる。 ・まずは資産と負債の違いを知ることである。 ー資産は私のポケットにお金を入れてくれる ー負債は私のポケットからお金をとっていく
「どうやってお金を稼ぐか」でなく、「お金をどう使うか」である。つまり「稼いだあとどうするか」だ。 一番悪いのは「稼いだ金は全部使う」ことだ、収入が増えた分、支出の増えるだけの事。 だから「馬鹿が金を持つとろくなことが無い」という格言がある。
普通の人は、まずは夢の確立の為に、家を持ち、車を買い、家庭用品を買い揃える。 ある程度の自己資金を貯めてからすべきなのに。せめて車は返済をかなりの額を返してから買うべきである。 これらの負債のために一生返済のおわれるのだ。
著者の感心する言葉は次の言葉である。 ー私だって人並みに贅沢は好きだ。 「人並み」と違うところは、ふつうの人が贅沢品を借金で買おうとするが、私はそうしないことだ。 借金で贅沢品を手に入れることを覚えた人は、周囲の人が持っているものを何でも手に入れるという 「罠」にはまっていくのだ。何かほしいものがあると、人はお金を作り出すことでなく借りることばかり考える。
ーお金に関する私の哲学の基本は、資産欄に種をまくことだ。これは、お金を作るための「公式」といってよい。
ー実践にあたって、いつも覚えておいてほしいことが一つある。それは「楽しむこと」だ。これは単なるゲームにすぎない。 勝つこともある、負けてそこから学ぶこともある。でも、どんな時でも楽しむ事だ。勝ったことが一度もない人は、 勝つ気持ちより負けるのを恐れる気持ちが大きいから勝てないのだ。
私の経験からして、要約をすると ・お金の知識について、もっともっと学ばなくてはならない。 ・若いうちから、長期戦略を持って自分の財テクを磨き上げなさい。 ・自分の収入の中で、種銭を作りー積み立てをして、それで財テクをしなさい。 ・お金をつかうことと生活を楽しむ事はイコールではない。 ・資産と負債の違いをハッキリさせること。 ・考え方が人生を左右すること。 ・本当の教育の基本はお金に対する知識であること。 お金に対する知識に対して、これだけ解りやすくストレートに書いてある本に初めて出くわしたのが実感だ。 そして両親が夕食時にいつもお金と投資と商売の成功談を話していた。 それが最大の教育だったことが確認できたのが最大の収穫であった。
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2009年03月07日(土)
50歳半ば頃から同級会では、年金か成人病の自慢のしあいか、誰かの死の話が中心になる。 青春時代に自分の体つきや身なりを気にしたり、性体験を陰で話したり、猥談を話したくなる時期があるが、 それと同じく、自分の「体調」や「病気体験」について語りはじめる老人の「健康談議」を「老人の猥談」というらしい。 五十歳代半ばの下半身の衰えは男の共通の話題。 その次は癌体験か糖尿病か心臓病などの成人病の披露のしあい。 こういう場しか、深刻な悩みを聞いてくれるところがないこともある。 それを老人の猥談とは上手くいったものだ。 要するに下半身のことや持病の露出は、人様の前では極力避けるべきである。 猥談に関しては家では御法度であった。マナーとして当然のことだが、それが平気でいう人がいて驚くことがある。 母からは、「匂いのするような話をしないこと」が刷り込まれていた。 それと同じことが、「自分の持病を公然と話すことが、老人の猥談談義」というと、なるほど肯ける。 言うなら、抽象的に、なるべくは人前では言わないことである。 歳を重ねるほど二重三重に注意しなくてはなるまい。
60歳までは死は後ろから迫ってくるが、70歳になると前からくる感じになるという。 だから互いに傷口を披露したくなるのだろう。
・・・・・・・・・ 2529, 山田風太郎 のアフォリズム 2008年03月07日(金)
彼の本が好きで、何冊か図書館で借りて読んできた。 暗い中に何ともいえない温みがあり、2年に一度は彼の本を読んでいる。 また亡くなる前に朝日新聞に『あと千回の晩飯』が連載したことがあった。 なかなか文に鬼気迫る内容だったことを憶えている。 先日も、『人間魔界図鑑』を借りて読んだが、 著作群の中からの警句やアフォリズムなどの 採集を、一冊にまとめたもので読みやすい。 手元に置いておきたい本と判断し、アマゾンの中古本を注文することにした。 以下の文章は 「人生(時間)のセイムスケール」というHPの中の 山田風太郎のアフォリズムなどを抜粋コピーしたものである。 −−−− ★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」 ★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」
★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」 ★「みんないう。いつか死ぬことはわかっている。しかし、「今」死にたくないのだ」
★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」
★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。しかし、お前にはおれがわかっていない〉」 ★「死の瞬間に何人も悟るだろう。--人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」
★「生きながらそれは、多少ともすでに神曲地獄篇の相を帯びている」 ★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。 いかなる人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。何という絶対的聖域」
★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」 ★「幸福の姿は一つだが、不幸のかたちはさまざまだ、とトルストイはいった。 同じように、人は、生まれてくる姿は一つだが、死んでゆくかたちは さまざまである」
★「女ほど世にも尊きものはなし、釈迦も孔子もひょこひょこと生む」 (「お血脈」という落語のなかの狂歌)
★「死をはじめて想う。それを青春という。 ★「人間は正視することの出来ないものが二つある。太陽と死だ」(ラ・ロシェフーコー)
★「同じ夜に何千人死のうと、人はひとりで死んでゆく」 ★「人は死んで三日たてば、三百年前に死んだのと同然になる」
★「人生の大事は大半必然に来る。しかるに人生の最大事たる死は大半偶然に来る」 ★「君の骨も乾かぬうちに、君の名も行為も忘れられた」
★「もし自分の死ぬ年齢を知っていたら、大半の人間の生きようは一変するだろう。 したがって社会の様相も一変するだろう。そして歴史そのものが一変するだろう」 ★「臨終の人間〈ああ、神も仏も無いものか?〉。神仏〈無い〉」
(字数の関係でカット 09年03月7日) ーー 次回は、『人間魔界図鑑』の中の面白そうなところを抜粋してみる。 後記)また二年前の今日、山田風太郎のアフォリズムについて、書いてあった。 偶然というより、必然か、ネタ切れか、同じことしか考えられないのか? その程度ということか? 死について心せよ!ということか!
・・・・・・・・・ 007年03月07日(水) 2164, 宮城まり子 (~Q~;) おはよう〜〜 サム!
3月の日経新聞の「私の履歴書」は、 「ねむの木学園」園長の宮城まり子である。 まだ6回目だが、なかなか面白い。
宮城まり子といえば私の小学校の頃から映画などに出ていたが、甘っ2007たるい声が印象的であった。 その後、芸能界をやめて「ねむの木学園」を開いた。もう二十年前のことになるが、TVでその 「ねむの木学園」を放映した。 その時の子供の絵を見たときの衝撃は今でもハッキリと憶えている。 ピカソのような絵だが、絵から純粋な子供の心が直に伝わってきたからである。 役者をやめた後からも、人生の舞台の「役割り」を正直に生きている人である。 「人生を思いのまま生きている人がいる!」というのが当時の感想であった。 「私の履歴書」の一日目に書いてあった、 学園を開設するにあたっての、 愛人?の作家・吉行淳之介との3つの約束がよい。 1.愚痴はこぼさないこと。 2.お金がないと言わないこと。 3.君を信じてくる子のため、やめてはいけません。 その時、宮城まり子は「ハイ」と答えたという。
三回目の、彼女の母の教えの「感じたまま」の言葉が印象的である。 ーそこを抜粋してみるー 私は母と並んで絵を描くのが好きでした。小学校に入って間もない頃でした。 並んで描きながら私は母に聞きました。「お母さまはどうしてそんなに絵がうまいの?」すると母は 「まりちゃん、人の絵をうまいなどと思っていけません。人は人、自分は自分。自分の絵をお描きなさい。」 と少し厳しい口調で言いました。 「お母さんは大人になってしまったから、あなたのような素直な絵は描けなく なってしまったの。あなたにはあなたの絵があります。好きなように描きなさい」 大きくなったら絵描きさんになりたい。私の初めての夢でした。 しかし母の言いつけを守ると学校で叱られました。絵の時間にラジオ体操をする人を描いたときのことでした。 その人がとても気持ちよさそうに見えたので、感じたままに描いたら 腕が背よりも長くなりました。 先生は「真面目に描きなさい」といいました。 「ねむの木学園」では私は絵も担当していますが、一度も「上手ね」と言ったことは ありません。 「うれしいわ」と言っています。だって「上手ね」と言ったら子供はそれで安心をして満足してしまいます。 ーー 書き写しているうちに20年前のTVの内容を再び思い出してきた。「ねむの木学園」の知恵足らすの子供が ピアノ演奏をしたが、鍵盤に魂を込めたピアノの音に気持が引き込まれた。 感動のあまり、その番組のビデオを何人かに見せた思い出がある。 今月は、毎朝彼女の魂と出会うことができる!
・・・・・・・・・ 2006年03月07日(火) 1799, 風太郎の死ぬ話 (○´・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ −読書日記 山田風太郎の「死」に関する本を読むと、色いろの人の死に様が面白可笑しく書いてある。 そして読み終わって「死」が軽く思えてくるから不思議である。 また「死」を考えることは、「生」を考えることになるのに気がつく。 死に様が、そのまま生の完成といえるということだろう。 これまでも山田風太郎の『死』について取り上げてきた。 暗いと言われるが、お経を読んでいるようで逆に安らぎを感じる。 私が風太郎の死に対し一番好きな言葉がある。 「・・・いろいろあったが、死んでみれりゃ〜、なんてことった。 はじめから居なかったのと同じじゃないか皆の衆」である。
この本の中にも強烈な言葉が次々と出てくる。 ・信長は本能寺で死んだからこそ信長であり、西郷隆盛は城山で死んだからこそ隆盛なのである。 あるゆる欲望を満喫し、大往生した死に方は、その人の人生が誰の同情も関心も共鳴を買わないという点で、 芸術的に失敗作である。
・フィリップ・アリエスの「昔の死は、人が死にいく人物を演技する喜劇的な悲劇であった。 今日の死は、人が自分の死ぬのを知らない人物を演技する悲劇的な喜劇である」を取り上げ、 これによって、著者の風太郎が「人は管につながれて生まれてきて、管につながれて死ぬ」 というアフォリズムを作ったという。 ・「 臨終の人間『ああ神も仏も無いものか?』 神仏『無い』」 「また臨終の人間『いま神仏が無いといったのは誰だ?』 答え無し。 ー暗い虚空に、ただぼうぼうと風の音」 −−− ここからはこの本(風太郎の死ぬ話)から少し離れる! 死といえば宗教学者であり東京大学教授だった 岸本英夫の「わが生死観 」の言葉が深く響いてくる。 十年間の死と闘いの中で冷静に死の恐怖の心理を克明に書いている。 父の死に際をみていたので、その恐怖感が理解できた。 ーその一部を紹介してみるー
もう一度くりかえしていえば、死後の生命の存続を信じない私が、 癌というような思いもかけない病気のために、 生命飢餓状態におかれ、死の暗闇の前にたたされたのである。天国や浄土などの理想世界を信ずるものにとっては、 死後の世界は、暗闇ではない。 一つの実体である。しかも、輝かしい世界である。 しかし、私にとっては、それは、真黒の暗闇であった。私は、その絶望的な暗闇を、必死な気持で凝視しつずけた。 そうしているうちに、私は、一つのことに気がつきはじめた。 それは死というものは、実体ではないということである。死を実体と考えるのは人間の錯覚である。
死というものは、そのものが実体ではなくて、 実体である生命がない場所であるというだけのことである。 そういうことが、理解されてきた。生と死とは、ちょうど、光と闇との関係にある。 物理的な自然現象としての暗闇というのは、それ自体が存在するのではない。 光がないというだけのことである。 光のない場所を暗闇という。 人間にとって光にもひとしいものは、生命である。 その生命のないところを、人間は暗闇として感じるのである。 死の暗闇が実体でないということは、理解は、何でもないようであるが、実は私には大発見。 これを裏返していえば、人間に実際与えられているものは、現実の生命だけだということである。 人間は、日々の生活をくり返して生きている。 これは、疑いのないことである。 人間にとって生命は実体である。 しかし、人間にとってあることは、今生きているということだけである。 人間には、生命がある。 五十年か六十年か生きているが、その寿命の中の一日一日は、どの一日も、 すべて人間にとっては同じように実体としての生命である。 どの一日も同じように尊い。寿命がつきて、死が近ずいたとしても、 その死に近い一日も、健康の時の一日と同じように尊い。 そのいのちのなくなる日まで、人間は生命を大切によく生きなければならない。 死というのは別の実体であって、これが生命におきかわるのではない。 ただ単に、実体である生命がなくなるというだけのことである。 このような考え方がひらけてきた後の私は、人間にとって何よりも大切なことは、 この与えられた人生を、どうよく生きるかということにあると考えるようになった。 いかに病に冒されて、その生命の終りが近ずいても、人間にとっては、 その生命の一日一日の重要性はかわるものではない。 つらくても、苦しくても、与えられた生命を最後までよく生きてゆくよりほか人間にとって生きるべき生き方はない。 このようにして、死の暗闇の前に素手でたっていた私は、このギリギリの限界状況まできて、 逆に、大きな転回をして、生命の絶対的な肯定論者になった。 死を前にして大いに生きるということが、私の新しい出発になった。 それ以来、私は、一個の人間として、もっぱらどうすればよく生きることができるかということを考えている。 しかし、そう生きていても、そこに、やはり生命飢餓状態は残る。 人間は、一日一日をよく生きながら、しかも同時に、つねに死に処する心構えの用意をつずけなければならない。 ーー 岸本は死の告知を受け、 ガ━━Σ(゜Д゜|||)━━ン!! 「身の毛がよだつほどおそろしい」と実感を述べている。 その恐怖を乗り越えて、「いま」を生きることの尊さに目覚め、 「今が最後」とつねに思いつつ生きるところに、 自分の安住をおいた。 ☆~~ヾ・ェ・)o尸~死んじまえばそれまでよ! マタネ~♪ ーーーーー 2005年03月07日(月) 1434, 滝の話
1月前になるが、「白川義員の世界百名瀑布に挑む」をNHK・ハイビジョンを見た。 再放送で見るのが二回目だが、一回目見たときと同じ位の感動をおぼえた。 よいものは何ごとも、見れば見るほど、知れば知るほど、その奥行きの深さが見えてくる。 滝、氷河、山脈、草原、断崖、海岸などの大自然に対する感動は何にも変えがたい。水には、生物が発生した 「海水」の原点がある。「生き物」のように、色いろな表情をみせるため、本能的な何かが騒ぐ。 世界3大瀑布といえば、 ・ブラジルの「イグアスの滝」 ・南アフリカのジンバブエの「ビクトリアの滝」 ・カナダの「ナイアガラの滝」である。 ・そして、4番目が南米のベネゼイラにある 「エンゼルフォールの滝」である。その中でイグアスの滝は、ずば抜けている。とにかく規模が他の滝に比べて桁違い。 昔、アメリカの大統領夫人が、この滝を見て「ああ、可哀想なナイアガラ!」と思わず言ったという。 しかし、何で三番目がナイアガラなのか解からない。ただ、美しさは抜群である。 遊覧船で滝の近くまで行って、180度の滝に囲まれてみる豪快な光景はさすがに凄い! ー以下字数の関係でカットー
・・・・・・・ 2004年03月07日(日) 1068, フランチャイズ・ショー −2
主観を込めて「面白い順」に書いてみる。 ・まずは「1980円のフグチリ」を売りにしているフグ専門店。 フグ専門店の3分の1値段で、ふぐ料理の価格破壊を目指している。 味は高級専門店にまけないという。 以前TVで見たことがあったが、実際担当者から生で聞く話は格別面白い。 「フグ料理や開店指導やフグの供給」をするという。 客単価は6700円とか。 開店資金まで希望なら融通するとか。 現在は東京から30キロ圏がチェーンテリトリーという。 別にフグ屋をする気はないが、何事も好奇心で聞いてみたが、本当に面白い! ・次は介護ビジネスで、デーサービスだけに特化した業態のFCが面白い。 一日あたり、顧客?一人単価一万円、人件費一人当たり一万、ハード(施設)の ランニングコストが一日1万。ビジネスとして割り切ると面白そうだ。 30人収容で、職員9人のチームでまわす。開店指導から軌道に乗せるまでのノウハウの販売である。 ・保育園の開店指導主体のFCもあった。 開店が一番大変で、一度オープンをしてしまえば、その後のノウハウは ほぼないとか。開店ノウハウ販売型FCと堂々と言ってのけるのもよい。 ・目立ったのが、インターネット・カフェである。 漫画本とゲームとインターネットの併設のもので、 時間制の料金システムのものが 印象的であった。(例:15分ー100円) ・自分史のCD作成の商売もあった。50万円で写真から履歴や文章などをCDに収め、 10年間大手銀行の貸金庫に預けて置くシステム。死んだ後に配る饅頭本の現代版といえる。 面白いことを考えるものである。 ー 続く ・・・・・・・・ 2003年03月07日(金) 702, 心と魂
以前に社内報の事業百訓で、 「心」と「こころ」と「魂」の違いを書いたことがあった。 ーホームページH09/05-見聞皆師 先日、ある本を読んでいたら、パソコンのハードデスクを「魂」、ソフトを「心」に喩えていた。 ーその概要は以下に書き写す 魂と心は厳密に言うと違います ・魂はパソコンでいうとハードディスクやCPUを中心としたハードウエアにあたり、 ・心は基本OSを含むソフトと例えることが出来る。 心の基本形成は、親の心のエネルギーを吸収しながら6才頃に、そのアウトラインがほぼ完成するという。 パソコンでいえばウインドウズのインストールを終えた状態。 ・「こころ」の核となっているのが魂で、これは生まれながらのもの。 ・魂は天命・宿命に関わり ・心は運命を左右します。 ・そして双方の共同作業の結果が、あなたの「個性・能力」となって現れる。 魂の進化は心とともに ある。 パソコンは平成8年春の製品でクロックは120しかありません 150以上を指定してあるウインドウズMeはインストールできない.
メモリーとハードディスクは最大限増設してあるが、クロック増設の手間と費用に見合うだけの魅力がMeに有りや否や? 深層心理学者のユングは「魂はしだいに進化し、聖なる方向に向かっていく」といっている。 この進化の方向に関わってくるのが心なのです。 Me(心の向上)を諦めたので、 ハードウエアのクロック(魂)は120のままで進化していません。
こころの葛藤とは魂と心の綱引きをしている。 魂は多くの業(ごう、因縁ともいいます)を持っていて、 その業は縁あらば表へ出ようとしています。 それが自己本位の好ましくない事だったら、心がセーブをかける仕組みに なっているが、本質的には「魂の方が強力」です。 魂が要求している事柄を実行して良いかどうか…を ・「判断するのが心なのです」が、 ・「決断するのは魂」です。 心が「ノー」という結論を出すと、そこで魂と心の綱引きが始まるのですが、 魂が心の判断を無視して行動を起こすと、人間社会の中では往々にして問題行動となる。 40にして惑わず、という言葉があるように、どうやら人間は、その年代以上にならない ことには、「魂を制御できるだけの心は完成しない」ようだ。
ー以上であるが、喩えが解りやすい。 また他の本で「自己」と「魂」は似ているとか。 自己の背後にある大本が「魂」といってよい。 「自己実現」を「魂をつくること」と言い換えたほうが むしろ解りやすいことからも納得できる。 ー魂の喩えとして ・心の親。 ・心の故郷 ・心の実家 ・宗教心 ・他己 ・御祖先様 ・心の積み重ね ・神ーラージX
「心を込める」と「魂をいれる」と言葉の重みが違う。 「魂を入れる」は全身全霊を入れるという意味合いにがある。 そうすると全身全霊ということか。対象の物事に対して「魂がこもる」ともいう。 一生は「魂をつくること」ということか。自己実現を図る事だ。
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2009年03月06日(金)
オーラを見たことがあるか?というと、殆どの人は見たことがないのでは? 一般的にオーラがかかっているというと、「貴乃花を見たときに、オーラが見えた」という人は、弟子に前後5〜6人に 囲まれて熱狂的なファンの間を歩いている姿の全体のエネルギーの威圧感を言っている。 「光の手」という本に、「人間の体にはエネルギーフィールドがあり、7つのチャクラがある云々」とあった。 それを一般的にオーラというのだろうが、実は私は一度だけオーラを見たことがある。 15年ほど前、母が痴呆症になった時に三年ほど毎朝、車で20分の長岡ニュータウンの丘陵公園に母親を連れて、 車椅子で誰も居ない広場の散歩道を歩いている時のこと。大きな広場を坂道をやっと上がりきった瞬間に前方から 朝の陽光が雲間から私たち二人を照らした。その時に車椅子の後ろから見た白髪の母に虹のようなものが 包みこんでいるのが見えたのである。 逆光が私の位置から母の白髪を通して見たため光の加減もあったのだろう。 早朝の誰も居ない坂道の幻想的背景もあってか、今も心に焼き付いている。
その半年後に二番目の姉夫妻が千葉から母を訪ねてきた。その時のオーラの話をしたところ、そこに行きたいという。 そこで母と姉夫婦と私の4人で車でドライブがてら行ってみたところ、そこで義兄が面白いことを言った。 「私が学生時代に登山で似た体験をしたことがある。早朝の山頂で日の出をみていた時のこと。 自分の影が朝日に映し出された時に、その光景がオーラのように感じ取られ何とも不思議な感覚になった。 その感覚とソックリのような気がする」とのこと。 自分のオーラを影の中で見たのだろう。 これは経験した者でなければ分からないこと。 自分の感覚にはバクテリアの発生から進化を20億年以上かけてしてきた蓄積がある。 それを何かの折に、底知れない何かを感じるのは何ら不思議のことではない。 この年齢で人生を振り返ると、色いろの経験をしてきたのである。 過去に数百、数千億人が人生を過ごしてきたのだから、信じられないほどの蓄積が存在している。 それを可能な限り知ること、これも生きるということである。 まったく、人間には自分というバカの壁が強固に張り付いている。 しゃ〜ないが・・・
・・・・・・・・・ 2008年03月06日(木) 「ニッポン、ほんとに格差社会? 」池上 彰 (著)
ーHPでの内容紹介ー 「日本は本当に格差社会?」 ー常識のウソを大検証 ーまずは内容概略からー 日本は本当に格差社会なのか? 本当に少子化国家なのか? 元NHK「週刊こどもニュース」の池上彰が、新聞、テレビから伝えられる「ニッポンの常識」を最新データをもとに診断。 世界の国々と比較することで、「日本はこんな国」と漠然と信じてきた「常識」が、劇的に覆ります。 項目は、「日本人は貯蓄好き?」「女性の社会進出は進んでいない?」「郵政民営化は先進国では常識?」など「30題」。 池上彰が○×形式で平易、そして明快に解説します。目から鱗になること請け合い。これがほんとの「ニッポンのかたち」! ー 発行されてから一年半が経つが、指摘していること自体が怪しくなっている。 それだけ日本が急速に悪化している!ということが解る内容でもある。 その一つが生徒の学力である。現在はさらに著しく低下をしている。 経済が縮小しているのに対処できない姿が、この本の統計から窺い知ることが出来る。 この本では格差社会の問題は、あくまで一部。 色々の30の分野で外国との差異を示し日本の特異な部分を浮かび上がらせている。 なるほどと、現在おかれている日本の危機を考えさせられてしまう。 30の命題に、○×△の判定を下してあるが、その中で印象的なものを選んでみた。 「日本の政府は巨大である」 ○ 「郵政民営化は先進国では当たり前」 △ 「米軍との地位協定は不平等」 ○ 「日本でも格差が広がっている」 ○ 「日本社会もかなり危険になってきた」 △ 「日本の生徒の学力は低下している」 × 「国会議員の数は多すぎる」 × ーその他に、幾つか印象に残った部分を書き出してみた。 *財政状態を家計に例えると借金総額は5380万円。 *「日本の生徒の学力は低下している」の項では「データを正しく読み取ることができない大人の方が学力低下の心配がある」 *厚生年金などは消費税率の高いヨーロッパよりも、給付額が多い。 次回は、「日本は本当に格差社会だろうか?」を取り上げてみる。
・・・・・・・・・・ 2007年03月06日(火) 2163, 池田晶子が亡くなった! 才八∋ウ_〆(∀`●)サン 「哲学者の池田晶子さんが亡くなった」と昨日のモーニング・ショーで、読売新聞元政治部長の解説者がコメントしていた。 二年間に彼女の本を6冊を「何度も」読んだ。「生きることは考えること、考えることは生きること」と、 自分の頭で考える必要性を説いていた。哲学を普通の言葉で説明するのが売りで、彼女の本を読みこんだ分だけ、 地頭で考える力がついていったような気がする。 σ('、`)? 私は誰 地頭思考訓練・練習帳というふうであった。「ソクラテスやデカルトを学ぶことは、哲学とは何かとか、何を言ったとかを、 学ぶことではない。彼らの学問を通して考えることを学ぶことである」が印象に残っている。なぜ生きているのだろう(?_?) 常に考えるため、トイレの中にも、会社の机の上にも置いてある。 OH ?そうか!(・0☆) 最近の出版さた本は殆んど読んでいた。しかし亡くなったのを契機に、以前の本を読んでみることにする。 二ヶ月前、中・高校の同期生がリンパ癌で入院した見舞いに、「14歳からの哲学」を持っていった。 「自分の死(一人称の死)は存在しない!」が、その中に書いてあるからである。 「昨年秋に肝臓ガンを手術、先月の2月23日に亡くなった」と報じていたが、自分の死に直面して、 どういう気持ちであったのだろうか?今度、彼女のことを書いてみようか! 成る程「生と死の塀の上」でなければ、これだけの哲学は書けないのだろう。 何が彼女をして、ここまで深く考えさせたのだろうか?と考えていた矢先に、この訃報である。その辺だったのか? 死というブラック・ホールの際にいたから、真理が鮮明にみえたのだろうか?
*最近の彼女の著書で○印は読んだものである。どれも同じようなことが書いてあるが、それでも面白いものは面白い! 「一度哲学の意味を充分に噛み砕いて普段の言葉に変換する」のが彼女の役割だからだ。 難しいことを難しくいうことは誰でもできるが、素人にはなかなか簡単に説明できない。 ×印をさっそく注文した。 〇14歳からの哲学?考えるための教科書 (トランスビュー、2003年) 〇あたりまえなことばかり (トランスビュー、2003年) ×新・考えるヒント (講談社、2004年) 〇41歳からの哲学 (新潮社、2004年) ×さよならソクラテス (新潮社、2004年) 〇勝っても負けても 41歳からの哲学 (新潮社、2005年) ×メタフィジカル・パンチ! (文藝春秋、2005年2月) 〇勝っても負けても(新潮者2005年6月) 〇人生のほんとう (トランスビュー、2006年) 〇知ることより考えること (新潮社、2006年) ×君自身に還れ?知と信を巡る対話 (共著/本願寺出版社) 人が人生をかけた言葉は、魂の言葉になって鳴り響く!言葉が垂直に立っているということか! ご冥福を! ¥(*^_^*)\ バイバイ ・・・・・・・ 2006年03月06日(月) 1798, 自分を変える魔法の「口ぐせ」 (*´・ω・)ノはよー
「あー疲れた…」とため息をついたり、「駄目だ駄目だ…」と、遥か昔のことを思い出しながら一人つぶやてしまう。 日常、私たちが何気なく口にする言葉には、ネガティブなイメージを持つ言葉が多い。 内語の70?80?はネガティブな言葉だという。“言葉は言霊(ことだま)”と言われているほどパワーを持っている。 NYヤンキースの松井秀喜は、中学生時代のある苦い経験をきっかけに、「2度と他人のことを悪く言わない」と誓ったという。 だから同僚から信頼されるのだろう。
口ぐせは“一種の習慣になっている言葉であり、無意識のうち行動を支配するもの”である。 そういえばスナックのママで「私頭が悪いから…」が口ぐせになっている人がいた。 その言葉が大脳に私はバカなのだとインプットしていることに気がつかないのだ。 ~~旦 ゝ(-_- ) 「口ぐせリストを作成しよう」という項目の中には、次のような口ぐせ項目がある。 『鏡のなかの自分に向かってのひとことは?』『明日もまた頑張ろうという気持ちを表す言葉は?』 『気分のいい時は?』『気分の悪い時は?』『一日に何回“ありがとう”と言っている?』 ・・・それぞれ、プラス用語を決めておくとよいだろう。
項目ごとに自分は如何か考えてみたら、殆んどプラス用語が自動的に出てきた。 理想像と現実のギャップに悩むあまり、自分を卑下してしまうが、 それをプラスの口ぐせに代えれば自然にポジティブな人生を築くことになる。 自分が選択した行動の結果について、「これでよかったんだ!」と思うことで、すべてが上手くいくという。 「もし、あそこでああしていたら・・・」は誰でも思うことだが「これでよかった!」と自分の意志や心情を認めることで、 頭を切り替えることができるようになる。 中村天風は言葉の持つエネルギーの重要性を説いている。 二十数年前に天風の本を精読して、現在もトイレに置いて毎日のように目を通している。 それでも何時の間にかマイナス内語を呟いてしまっている。 天風の本を毎日目を通すことで、人生が非常に豊かになっている。 ーーー 自分を変える魔法の「口ぐせ」 夢がかなう言葉の法則 佐藤富雄・著 かんき出版・刊 ヾ(。´・●_・`。)バィバィ ・・・・・・・ 2005年03月06日(日) 1433, フランチャイズ・ショー ?2
この時期に、有明の東京ビッグサイトで店舗総合見本市が開かれている。 もう34年になるが、そのうち半分近くは見学に訪れている。 去年に続いて3月2?3日に行ってきた。FCショー、建築資材、店舗、街づくりなどの棟に分かれている。 一棟5000?10000坪の会場に、多くの会社が出店している。会場を歩いているだけで、夢があって楽しい。 通っていると、時代時代の変遷が見えてくる。居酒屋が目につく年、コンビニ、インターネットカフェ、中華そば、 と主流が変わる。今年はマッサージや、化粧品を使ったエステなどの癒し系が目についた。(去年はインターネットカフェ) 面白いところでは、犬の洗滌機を組み込んだ車。SCの駐車場を借りて、犬の洗濯をする。B級の犬が狙い目というのが面白い。 血統書つきは、犬屋で専門家が洗うが、これは食器の洗浄器のような発想でつくられている。 去年も見かけた目の矯正の器械の販売会社も面白い。音波で、目の疲れをとってしまうのだ。 去年は「怪しげな!」という先入観があったので、声をかけられたが無視をした。 しかし、今年はカラカイ半分でつかってみた。ところが何と使った後に目の検査をしてみたら、 使用前と使用後では検査表が二ランクも良く見えるようになった。音波で目の疲れをとるだけなのだが。 なるほど、これを使えば少しは目が良くなるのかもしれない。 インターネットや大型TVの普及で、目をマスマス酷使する時代に目の矯正センターも見直されて良いはずだ。 養殖フグの料理店のFCもあった。とにかく安くフグを食べさせるのだ。 これも、大商圏のポイントを押さえれば上手くいく可能性がある。 コンビにもそうだが、フランチャイズは本部だけが儲かるように出来ている。 しかし、旧来のやり方から抜け出さないなら、FCも致し方ない。
・・・・・・・・ 2004年03月06日(土) 1067, 高級1DKマンション ー2
店舗ショーに3日間見学に行ってきたが、その午前中は高級1DKマンションを見てまわった。 時代の最先端の多くのヒントやノウハウが隠されているからだ。 最新のものは、最近オープンした品川の300室規模のものである。 10日ほど前に資料を取り寄せて前知識を持って行ったが、やはり本物をみると見ないでは違う。 なるほどTVに出てくるようなスタジオタイプのマンションである。 1Fの無機質なロビー、そして最上階24Fの住民だけのプライベート・バー ラウンジとトレーニング・ルームそして大浴場。部屋は最新のユニット設備や家具と、電化製品。 朝食は家賃の中に含まれているという。こんなところでパソコンを打ちながら夜景を眺めていたら、新しいアイデアが いくらでも出てくるのだろう。そして最上階で夜景を見ながら風呂でも入ったら、もう生活を落せなくなる。 他にも、共同サービスのない小型の高級(高価格)マンションを幾つか見てきた。 住み慣れた後にくるのは、東京砂漠の殺伐とした心象風景の世界である。 しかし一歩外にでれば、都合の良いことに赤提灯街が点在しているのが都会の良いところでもある。 私はもう東京のような大都会は住みたくないが。サービスマンションはアメリカや香港にあったもの。 最近アパマンとかいって、サービスを付加したアパートを売りにしている 雑誌情報誌があるが、そのベスト・プラクテスをしたものだろう。話は変わるが、品川や新橋や汐留のビル群には驚きである。 ユリカゴメの車内から見る景色は、新しい東京の象徴といってよいだろう。箱物好きとしては、こたえられない景色である。
・・・・・・・・・・・ 2003年03月06日(木) 701, 「最強の勉強法」
本屋のコーナーで何度か目に入っていたが、衝動買いをしてしまった。ハウツーものとしては面白い。 今になって昔何故ハウツーものをもう少し読まなかった悔やまれる。まあ仕方がないが。 事業と同じで「プロセスを楽しめ、成果をあげる工夫を徹底しろ」の二つに尽きる。 大体の本は、2時間で殆ど把握できるようになった。 1、まずは前書きと目次と終わりにを中心にポイント読みをする。 2、次に、本に折込を入れる。それぞれの章と目次と太字のところを中心に入れる。 3、インターネットでホームページをさがし、書評と概要を読む。 4、最後の章からポイント読みを逆に遡って読む。 5、できたら随想日記の読書日記に書くためにまとめる。 以上が2時間だ。 6、一番大事な事は、読書日記に自筆で「目次とレジメを書くこと」である。 これを過去40年何もしてこなかったのが、人生の最大の後悔といってよい。 一ヶ月前から始めたが、これがよい。あとで読み直した時は赤のペンで書き足すのだ。 この歳になって悔やまれる事があまりにも多い。 いまさら仕方がないが。 ・・・・・・・ インターネットで調べた概要をコピーしておきます。 『 不可能を可能にする、最強の学習法!』吉田たかよし・著 PHP出版より2002年8月9日刊行 定価1350円(税別)
1.『吉田たかよし』とは日本で初めて、NHKアナウンサー出身の医師です。 また、衆議院議員の公設第一秘書として政策立案にも携わりました。 この他、エコノミストや報道記者としての顔も持っています。 ー以下、字数の関係でカット(2008年03月06日)
・・・・・・・・ 2002年03月06日(水) 351,自己配転
キャリアとは、「多くの経験をしてきた」といういみである。 役人の出世コースは若いうちにどんどん配転させ、経験を積ませる。いわゆるキャリア組である。 会社も「将来の幹部候補」は別に配転コースを組み、それに従いどんどん配転させる。 そのプロセスの中で実績を重ね、適正を見つけ、それぞれのコースにえり分けていく。 仕事も何事も経験がまず第一である。OーJ?Tが基本である。私も務めで、寝具、日用雑貨、子供服、靴下、 配送センター等々経験した。経営では、飲食で養老の滝ー1122号店、焼きたてのパンのセンチュリー・ベーカリー、 衣料量販店、今のビジネスホテルー学生ショップを経験した。 「よくいろいろの経営ができるね」と聞かれるが、皆一緒である。 商品変われど、システムとして捉えれば全部同じである。そういう意味で自己配転をしてきた事になる。 ホテルをやるとき、「単品のズボンを一日70本売るのと客室を70室売るのと何が違う?」と考えたからだ。 何も違わない!ただそれだけ。4千円の値段まで一緒だ。そしてそのとうりだった。 一つだけ違うところは、それを20^30年、売り続けなければならない事だ。 職を変えていく事とフリーターと何処が違うか、といえば「目的を持ってそれを経験として蓄積できるか」どうかである。 フリターも結果としてよい場合もある。それが結果としてプラスになればだが、ほぼ絶望が99?だ。 ある社長がきて「息子が勤めた会社を1年で辞め、フリターになってしまった。 本人が言うに、若いうちにどんどん色々な経験を積みたいという。どういうものか?」 と聞くから「いいじゃないか、ただのフリーターじゃないよ。 自己配転をしようとしているじゃないですか。考え抜いたそれだから素晴らしいよ。 応援してあげなさい」と言うと、本人もそれに気づいたようだった。 目的を持つという事は、人生に意味を多く持たせる。更に目的に向かって、舵とりを覚えるようになる。
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2009年03月05日(木)
自民党が最後の醜態を露出している。 その最後に相応しいのが麻生首相と思えば腹が立たない。 どうして、こうなったのであろう。 以前のようなドスのきいた首相がいなくなった。 ・三角大福中は、叩きあげで派閥を率いていた。早くいえば「汚職」ギリギリの塀上で集金し手下の面倒をみていた。 ・その後、安部晋太郎、宮沢喜一、竹下登という半二代目の親分が派閥を率ていた。 ・更に小粒の村山、橋本竜太郎、小渕、森などが続いて ・小泉が一言パフォーマンスを駆使して改革という幻想を国民に抱かせて何とか自民を持たせた ・極めつけが直近の安部、福田、麻生首相である。 ひ弱な二代目、三代目が とても一国を率いる器ではない。 劣化の最たる者たちが政権にきゅうきゅうしている姿は、亡国の醜態そのもの。
首相は学歴とか、血筋で務まるものではない。それぞれの世界で、叩き上げでのし上がったものしか、 国のトップになれない。下から這い上がってきたからこそ、庶民の気持ちをくみ上げることができる。 麻生に関しては全く大衆の生活が分かってないのを大衆が直感で解ってしまった。 第二次大戦を潜り抜けてきた連中が消滅してしまった。 では、なぜ彼等が首相になれたのか?といえば、彼等でもやれる環境が、そうさせたのである。 そしていざ地球規模の危機に際して、これほど程度の低い首相に国民は茫然自失状態。 あのレベルの失言で済んでいるだけ!まだ良いとしなければならない。実際は致命的ミスが出ないかハラハラ。 それだけではない、自民党そのものも劣化の最たるもの。
ところで今度の小沢の第一秘書の逮捕は、タイミングから見て明らかに国策逮捕である。 検察の頭からして腐りきっているから始末が悪い。 これで更に国民に自民は嫌われること必定。 これは歴史に残る腐りきった自民と検察(官僚)の仕組んだ猿芝居として残る。 日本は世界恐慌に先駆けて突入したというのに。4〜5月には株価が6千円はおろか5千円を割るのでは?
・・・・・・・・・ 2008年03月05日(水) 読書日記 「千年、働いてきました」 老舗企業大国ニッポン (角川書店)が面白い。
三ヶ月に一度、金融を中心にコンサルトをしてもらっている林さんから、是非面白いから読んでみたら というメールが入った。さっそくアマゾンから(中古だが)この本を取り寄せたが、成るほど面白い。 まずは最も面白い部分を書き出してみると
*「世界最古の会社はどこの国にあるだろうか?」。 企業の寿命が30年といわれる中で、我が国日本に578年から創業している会社がある。 聖徳太子に招かれ百済(中国)から来た職人の技術を持った会社である。 ・他にも、創業して千三百年にもなろうかという北陸の旅館、 ・千二百年以上の京都の和菓子屋 ・同じく千百年を超える京都の仏具屋 ・千年を超える薬局といった具合に、開業当時に思いをはせると、気が遠くなる店や会社ばかりである。 *日本には創業100年以上の老舗企業が10万社以上あると推定されている。 これほど老舗が多い国は世界でも例がない。こんなにあるのは、アジアだけでなくヨーロッパにもない。 *伝統は革新の連続である。 *製薬トップの武田薬品(1781年)、大手ゼネコンの鹿島建設(1840年)や竹中工務店(1610年)、 化粧品トップの資生堂(1872年)、ゲーム機の任天堂(1889年)、楽器最大手のヤマハ(1887年)など・・ 大手デパートのほとんどが江戸時代に創業した呉服店から発展しているし、 三井、住友の様なロスチャイルドより古い歴史を持つ財閥も存在する。 *初代目から11代目に当たる福田さんは、こう言った。 「身の程をわきまえる、というのが、ずうっと貫かれてきたのではないかな。 バブルの時など、それはもう土地を買えとか言われたんですが、・・・・ 『コア・ミッション』=使命の核心=から離れてはいけない、というのはわかっていました」 *日本の老舗企業にも、一族経営は多いのだが、血族にこだわらない融通性をあわせ持っている。 たとえ長男でも、娘婿が経営者として優秀であれば跡継に選んだり、養子や赤の他人に家業を 任せる場合も珍しくない。 ーー 一般的に会社は30年が寿命。 しかし時代の激変の中で、現在は20年になっているという。 激しい変化の中で、対応が出来なくなってきたのである。 100年続いている店にしろ会社が本当に10万社もあるのだろうか? まだ疑問だが、旅館や老舗の菓子屋などを入れると、あるのかもしれない。 しかし、この10年で多くが淘汰されたとも、書いてあったが。 千四百年以上など、まさか?ね? 奇跡的である。一度倒産しかかったのを、 整理をして存続会社にしたというが、会社として機能しているから存続していることになるが・・・ つづく ・・・・・・・・ 2007年03月05日(月) 2162, 秋田市のホテル事情 オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン! 秋田のシングル・ルームの値段がバス無しといえども、何と3000円。 三度目の値下げでここまで落ちたという。考えられないほど、安いが・・ 秋田は秋田新幹線が開通したとはいえ袋小路の県である。 その地価の値下がりは大きく、全国的にみても最悪の景気停滞地区である。 その秋田市でホテルの建設ラッシュがつづき、三年間で客室数28?、 収容人数が35?も収容人数が増えたと新聞で報じていた、需要は減り続けているのにホテルが増えつづけている というところは、新潟も似た現象である。 しかし新潟は4年間で18?増えたが、 この三月のワシントンホテルの撤退で、それを差し引くと、10?の増加でしかない。 客数が一割、客単価が一割が減ったので、差引三割の減である。 地価の三分の一に値下がりをした土地に、金利が最低の2?、さらに建設費は三分の二となれば、 バブル期に投資したホテルと戦っても十分に採算が取れるという計算が成り立つ。 それが参入者の理屈である。しかし長期的にみて在庫過剰への過当競争の参入は、矛盾が出てくる。 時の社長が置き土産レベルで長期物件の投資の決定をするから、後々に大きな問題として残るのが、 ホテル事業の問題である。三年目がピークで、七年目に投資の成果ー失敗が判明するのが一般的。 判明時には、決定を下した当の本人はリタイヤをしているから、やり逃げの役人や政治家とおなじレベルになる。 今の日本では責任追及が出来ないから始末が悪い。それが現在の日本の新興のホテル経営者の実態の姿である。 ホテルや貸しビル、立体駐車場は「資金を、鉄とセメント」に変換することと同じこと。 一度つくったものは、償却が終わるか、資金回収をするまで変更は不可能である。 だから長期にわたった時代の波を潜らなくてはならないから難しいのだ。 神の代行業というコンセプトを持っていないと、悪魔の誘惑に負けてしまう。 他人ごとではない! 致命的な失敗をしてないだけで、同じようなものか? この事業で、長期的視点を学んだのが最大の収穫である。それと己の無知と限界を 嫌というほど見せつけられた。反面、「時間持ち」という金にかえ難い豊かさが持てたが! (o ・д・)ツ バイ! ・・・・・・・・ 2006年03月05日(日) 1797, 心に効くクラシック?3 才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪ ー作曲家の性格の三分類
偉大な作曲家はそれぞれの性格的な傾向を持っているという。 強い個性があるからこそ、個性的な曲を生み出すことができるといえる。 性格分類といえば、クレッチマーの気質の三類型がある。 S型ー分裂気質 Z型ー躁鬱気質 V型ー粘着気質で、誰にも当てはまる。 S型ー分裂気質は、体型的には痩せ型。 一般的には内向的で自分独自の世界を作るのが特徴。天才肌が多く、自らを孤独に追い込み、 シャープな頭脳で思考を重ね、独特の研ぎ澄まされた世界をつくり、 芸術上に現れたものは恐ろしいような美しさがあります。服装も調度の好みもうるさく、 いわゆる貴族趣味に走る傾向がある。感受性が豊かなゆえに矛盾した要素を抱え込み、 冷淡で利己的で鈍感だと思うと、別の面では非常に敏感で情熱的で興奮しやすかったりします。 ーベートーヴェン、ドビッシーなど Z型ー躁鬱気質は、体型的に肥満型多く、循環気質ともいわれる。 S型の怜悧な美しさとは対照的に、親しみやすさに溢れ人間的な美しさがある。 一般的には、人間大好きで、他者への共感性や同情心に溢れ、 社交的、快活、温厚、善良、陽気、といった性格に富んでいます。 目新しいことにひかれ、アイデアが閃くと直に実行します。循環気質といわれるように、 気分の段差が激しく、明るく陽気と思えば、落ち込むと自室に籠るような極端さがある。 ーバッハ、モーツアルト、ヴェルディーなど =ε=(。・ω・)_旦~~ オマタセー V型ー何ごとにもこつこつと丁寧に打ち込み、まじめで粘り強いという特徴がある。 少々スロースターターだが、礼儀正しく、社会の常識や伝統を大切にします。冗談やユーモアにも縁遠い。 気質は、蓄積と爆発と評される。ネガティブな感情や不愉快な体験などの心的エネルギーを溜め込み、 世間に従おうとするが、時に大爆発をする。体型は筋肉質、闘士型でがっしりして、スポーツマンタイプが多い。 ベートーヴェンはS気質にV気質が加味されている。 作家だがドフトエスキーなどが典型である。 ヘーゲル、ジュリアス・シーザーのこのタイプである。 この三分類に当てはめることはできないが、実際には、複数の類型の中間型であったり、 特定の分類の属していてもそれほどの明確な特徴を現していなかったりする。 この本では三つを使って作曲家の心理を分析している。 ε(´',_c')зβyё☆ ・・・・・・・ 2005年03月05日(土) 1432, 危ない格言?6 ー読書日記ー
教育に関しては、危ない格言が真実に近いから恐ろしい。 教育は大事なことを認めるが、その前に躾としての訓練が大事ではないか。 それも教育の一環であるか! ・児童教育は、子供達が躓かないように歩きやすい道を示し、そこを行く歩き方まで教えると称している。 子供たちというと、まずはこの教育に躓く。 ーmy感想ーこういう躓きも、道さえ解らないのよりましだ。弄りすぎという奴、いや弄られ過ぎか。 ーー ・教育の自由ってあり? 教育からの自由は? ーmy感想ー時に、狂育も必要では? ーー ・親が子供に対して行うべきことは、何よりも生活の術の伝承と できるだけ多種の人物見本の呈示であって、決して教育などでない。 ーmy感想ーまず親が第一の人物見本になる。よい親に当たればよいが、悪い親に当たった場合如何したらよいのか? ーー ・個人は教育できない。個人は、教育の外で、教育に反して、そして、その欠如において育つ。 ーmy感想ー基本はまず教育からつけなくてはならない。 基本がないと、狂育になる可能性が強い。プチブルになる教育なら、狂育の方よいが。 ーー ・家族生活は、ますます、各人がやもめ暮らしを一箇所で送るための妥協の成果となっている。 ーmy感想ー何らかのカタチで身辺に余りに多いから、この感想書けない!パラサイトシングルとか・・ ーー ・いつまでも子供心を失わないー直接か変わりない人からすれば、それはそのように褒め言葉で語られる。 日常、付きわざるを得ない人から見れば、それは、いい歳をして子供じみている、ということだ。 ーmy感想ー子供が大きくなったのが大人だろう。 何処かに、子供心が残っていて当然のことだ。大人じみている子供こそ気味悪い。 いや大人じみている大人こそ気味悪いか!特に中年のしたり顔した人
・・・・・・・・ 2004年03月05日(金) 1066, フランチャイズ・ショー ?1
この三日間、東京晴海のビッグサイトで行われてた フランチャイズ・ショーに行ってきた。10年ぶりに行ってみたが、驚いてしまった。 以前は、店舗ショーの一角で行われていたが、現在は独立した大きな会場で市民権を得ていた。 フランチャイズもネットビジネスという時代の流れにそってきたのだ。 三日間きめ細かく見てまわった感想は、「面白い!」である。全然飽きがこない、ただただ面白い時間であった。 今回の感想は「インターネット・カフェ、介護、学習塾、うどん屋」が目立っていたこと。 その他に、面白いところでは「幼稚園、中古ゴルフ、中古釣具、ブランド品交換ビジネス、激安ふぐ屋」であった。 「成功したビジネスモデルのソフトを販売しよう」というのだから、面白いのは当たり前である。 といって怪しげな世界の化け物屋敷でもあるのだ。生きた化け物世界をリアルで見れるのだからコタエラレナイ!
・・・・・・ 2003年03月05日(水) 700, お金の哲学ー2
私の父親と家内の父親は「地方の金持ち父さん」の典型だった。 秘境旅行仲間の人も私を除いて?金持ち父さん母さんである。 その共通点がある。 ・長年をかけて、ひとつ事を成し遂げてきた。 ・誠実で真面目な性格である。 ・合理的な生活態度が徹している。 ー質素で堅実の塊りといってよいー ・生活の楽しみ方をしっている。 ・女性関係は潔癖である。 ・常に精神は安定している。 ・群れる事を嫌う。 家庭にとっても、これがベースである。家庭がしっかりしてないと、子供に何かが出てくる。 精神が不安定になったり、社会生活が苦手になる。クラスの虐めのボスなどは100?近くが家庭が不和である。 全てが家庭生活、夫婦間の安定が基礎である。離婚と家庭内離婚が半数以上というから今の子供は大変だ。 いや昔もそうか、下手に離婚できなかったからより大変だった? 話は変わるが、「普通預金に100万円以上」というのが意味深長である。 これは「お金のたまる人たまらない人」(著者・マネーライター丸田潔)に書いてあった内容だ。 細かい出し入れに気をつかわないで済むし、気持ちが豊かになる。 有利な運用にチャレンジするのは、普通預金に十分な資金をためた後にすべきといって いる。サラ金も使わないで済むし、ローンもする必要もない。 今のような低金利の時は、むしろ一箇所の銀行の普通預金に潤沢なお金を入れておいたほうがよい。 そして買物はデビットカードかゴールデンカードをつかう。現金を持っているほうが有利の時代であるからこそ、 「潤沢な現金を普通預金に」という理屈になるのだろう。私も定期にしないで全て普通預金である。 会社に全てを投じているので定期をするほどもないが。でも何といっても気持ち豊かになる。 以前書いたが、私の場合は常に財布に多めのお金ー7~8万と、家内にわからないお金(一般にはヘソクリという) がある。といって10万だが。少し使いすぎたかなという時は、それを使う。 そうしていると反対にいつでもつかえると思うから、使わないで済む。 装置産業は、その装置がある日全くの不良資産になる可能性がある。特に借入商売のためにデフレには非常に弱い。 これは価値が無いあるのかという自問自答の世界でもある。話がそれた。 父は収入を土地と堅実な株(当時ー1960年頃ー電力株やガス株)に変えていた。 もっと徹底していたら、より資産形成ができたろうにと母が愚痴っていたが。 男の従業員には給料から天引預金をして、ある金額になるとガス株を買わせて、その後自宅を造らせていた。 ベストセラーの「金持ち父さん貧乏父さん」の要約を、そのまま実行をしていた。 ・ ・・・・・・・ 2002年03月05日(火) 350,プラスの言葉とマイナスの言葉
ープラスの言葉 (^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)vヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)v 楽しいヽ嬉しい、おいしい、きれいだ。可愛い。美しい。元気だ。丈夫だ。 のびのびしている。満ち足りている。どんどんよくなる。笑う-可笑しい。 全てうまくいっている。すべておだやかだ。ポカポカ暖かい。成功する。 順調にいく。自信がある。かならずうまくいく。実に楽しい。とても愉快だ。とても幸せだ。 ーマイナスの言葉 ー(+_+)(/_;)(ーー゛)(;一_一)、 悩む。苦しい。悲しい。腹が立つ。痛い。憎い。辛い。不平。不満だ。泣く。 どうしていいかわからない。暗い。失敗。ぞっとする。 意地が悪い。寒い。冷たい。どんどん悪くなる。汚い。 汚らわしい。自信がない。どうしても嫌だ。私ほど不幸なものはない。 ----------- 以上がある本からの抜粋だが、周辺で上手くいってない人が多い。これは事実だ。 上手くいっている人も多い。周辺でも「信じられないような幸せな一生」を過ごしている人がいる。 私の義母ーである。こんな人生もあるのかと思えるような、幸せな環境である。 上手くいっている人生と、全く上手くいってない人生とに、それぞれの共通点がある。 ・上手くいっている人は「育ち」という言葉で集約できる家系がある。 幸せ系の家系というか、それは親の性格と夫婦間の相性だ。子供にとって、これは集約された環境といっていい。 ・上手くいってない人の両親は夫婦仲が悪い。あるいは嫁姑の関係が悪い。 その間がマイナスであるから、自然に言葉もマイナスになってしまう。 その環境に育てば、マイナスの言葉や空気が子供の時から脳にしみこむ。プラスの人はその反対である。 性格改造は言葉使いの改造である。言葉は言魂といって、それ自体魂が入っている。 プラスを使っていれば、人生そのものがプラスになる。 自戒の文章である。
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| 2890、失われし人々の祈り ー膨張するロシア正教 |
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2009年03月04日(水)
「揺れる大国 プーチンのロシア 失われし人々の祈り ー膨張するロシア正教」 NHKスペシャル3月1日放送 ーまずは内容から ・NHKのHPよりー 強い国家を目指すプーチン時代に、新たな役割を担い、完全復活を遂げているのがロシア正教だ。 格差が広がるロシアでは庶民の荒廃が猛スピードで進み、各地の教会には連日悩みを抱えた人たちが殺到している。 極寒の12月、モスクワ市の繁華街の教会では、ホームレスや年金生活者が給食サービスに列をなしていた。 また教会の救済講座には、家族を捨て犯罪に走った中小企業の元経営者や、生きる望みを失ったソ連時代の 著名科学者らが神に助けを求めてもがいていた…。さらなる求心力の強化を狙う政権側は、このロシア正教に接近。 教会側も、小学校での愛国道徳教育や独自メディアを使った大量布教を目指してまい進している。 番組は、ロシア正教に救いを求める庶民たちに完全密着し、人々がロシアの伝統に回帰し、 強い国家を求め始めている現実をルポルタージュする。 ーー 「プーチンのリスト」の続編である。 今回は、共産主義というイデオロギーを失った庶民の心の支えを支援するため、 プーチンはロシア正教に接近し大量布教を推し進めている。 イスラエルにユダヤ教、アメリカにキリスト教、インドにヒンドゥ教、アラブ諸国にイスラム教、 タイに仏教という国教的な宗教が必要である。ロシアにはロシア正教があったのである。
ここで新しい時代に適応できなかった何人かの男と、その家族の苦悩を追っていた。 冷戦終了後のロシアや東欧諸国で、旧体制のエリートが適応できなくなり、精神疾患やアル中に なるケースが多いとは聞いていた。 ロシアではアル中で男の平均寿命が59歳。 そのアル中の何人かが教会の支援で立ち直った姿と、その後の葛藤を克明に映し出していた。 適応できない老人が、「ソ連時代は良かった」と何度も呟いていたのが印象的。 自由は、自由の刑といわれるほど、「選択と、責任という重い結果」が待っている。 自由主義に適応できない大衆にとって、社会主義を懐かしむのも理解できないこともないが。 国家は強くなくてはならない、というプーチンの信念は国家のトップとして正しい。 パスポート無しで国外に放り出されれば誰もが分かることであるが、突き詰めると、国家なのである。 次に家族、そして、自分である。 ジプシーなどの国家のない民族の悲哀をみれば理解できること。 新しい国家への生れ変ろうと模索しているロシアと、その混乱の中で翻弄される国民の姿を 冷静な目で捉えていたが、日本の将来の暗示も多くあった。 単一?民族に、多宗教の国の日本。 道州制度も真剣に考えなければならない時期である。
・・・・・・・・・ 2526, 閑話小題 2008年03月04日(火)
*サブプライムローンと毒入り餃子* タイミング的に丁度良く、サブプライムローンと毒入り餃子問題が重なった。 悪質な不良債権(毒)をミックスした債権を餃子とみると、あまりに似た問題である。 それもサブプライムはアメリカの格付け機関の保障入りで、世界の金融機関にばら撒かれており、 気づいていないところが多いから始末が悪い。サブプライムローンの問題をキッカケに、 アメリカにとっての生命線のドル本位制への不信が拡大、ドルの暴落はさけてとおれない。 これに変わって資源本位制度というキーワードが出てきているが、その資源の乏しい日本は大きな岐路に立たされる。 中国の冷凍餃子も中国当局が事の重大さを認識してないことが問題を更に拡大することになる。まあ、どうなることか? ーー *そういえば、去年の昨日は、次男の結婚式だった!* 取り立てて話題にするほどでもないが、去年の昨日、次男の結婚式であった。 結婚式は、ある意味でレジャー。晴れの出来事として全員で盛り上げるイベントである。 家というカタチが崩壊している現在に、この儀式は本人たちの人生の服装の一部としてしか 意味がなくなってしまった。それは当人にとって大きな区切りであり意味になる。 過去を振り返ってると、結婚式と、二人称、とりわけ両親などの身内の葬式と、 卒業式は人生の一大儀式になる。 親の立場からみると、最終学校を卒業させることと、結婚式を挙げることが節目になる。 ーー *人生の節の作り方* 人生には節がある。その人によって各々違うが、大よそ7年か、10年サイクルになる。 その時、節をしっかり意識をして作ることが重要になる。その一番解りやすいのが、竹の節である。 そこでは圧縮された横ラインがある。竹がしなやかなのは、節があるからである。人生でも同じと言える。 それが人生を支えてくれるのである。時節到来の「節」で、アップスケール(脱皮)=変化の時である。 だから、ジックリと見据えて延長上ではない時間を作るべき時である。 その辺が、一般的には解ってないのである。それまでが横の時間(延長上の時間)なら、縦の時間とも言える。 ーー *ある友人の死から学んだこと* 去年、高校の同級生がリンパ系の末期癌になり、あと半年から一年という内々の話が入った。 過去のいきさつから、親友というほどでもなかったが、私の出来る見送りをしようと決心。 少しでも彼の心が休まる本を何気なく読んでもらうことと、クラシックのCDを毎月病室に持っていくことを決めた。 彼は入院から8ヶ月後に亡くなったが、彼の姿を見ていて多くのことを学んだ。 希望を持つこと、そして、それに対して疑念を持たないで日々を明るく過ごすことである。 それ以外に、何があろうか? ということである。家族や周囲は疑念を持たせなかった分、気を使ったのだろう。 それなら人生の普段の生活でも可能か、死など死んだ後に考えれば良いと、毎日楽しみの計画を立てて鼻歌を 歌っていれば良い。どっちみち誰もが死ぬのだから。ただ、自分だけは生きている限り死なないのだから。 死んでしまえば、それまでよ、でも少なくとも自分は死なないことは間違いないのだから、気楽にしていれば良い。 てなわけで、毎日楽しく過ごしております。はい!
・・・・・・・・ 2007年03月04日(日) 2161, 昨日は息子の結婚式! (~Q~;) おはよう?? ファ?、おはよう!♪? 明治記念館で結婚式というので、そのHPを調べてみて格式の高さに驚いた。 嫁さんが学生時代アルバイトをしていた因縁で、二人でそこに決めた。明治神宮のエリアの中にあり、 由緒ある広大な屋敷を結婚式場にしている。何と昨日一日だけで30組の結婚式が入っていた。 何処を見ても花嫁姿であるが、それを決して違和感を感じさせない雰囲気がある。 出席者が50数名だが、二人の気持ちが全員に伝わった盛り上がった式であった。「格式ばらない楽しい会」が、 二人の希望というベテラン司会者の紹介もあり、笑い声が初めから終わりまで溢れていた。 出席者全員に家内と日本酒を注いで回ったが、全員が笑顔で挨拶をしてくれた。
明治憲法の草案を議論した歴史的な「金鶏の間」で、披露宴が行われた。 会場には「明治天皇が憲法の草案を議論している大きな絵」が掲げてあったが、 私の隣の席が明治天皇の座った場所で、そこで飲んだ酒は美味く気分がよい。 会場の壁に多くの「金鶏」の絵が描いたあったが、司会の説明によると、 「多く金鶏が、一つとして同じ方向をみていない、違う方向をみている。 これは、それぞれが違う意見を持つという、『自由の精神』を意味している」という。 明治初期に、そのコンセプトの壁紙の絵にするセンスに驚かされた。
最後の「花婿の父の挨拶」は、ハプニングのない内容のメモを読み上げるつもりだったが、着替えをしているうちに、 何処かに入れ忘れ行方不明。そこで内容を思い出してメモをしなおしたが、瞬時それも行方不明ということにして、 ハプニングを演出。 上手く締めた!(つもり?)家内はハプニングの演出がわからなかったようでで大汗をかいていた。 お世辞もあるが、「こんな素晴らしい結婚式は初めて! 楽しかった!」 と、何人かの人に声をかけられたから、本当に良かったのだろう。私の数十回の結婚式の出席歴の中で、 ベストである。(手前味噌か)多くのプラスの要素が重なったからだろう。 花婿系の親戚で、19時に会場から東京駅に移動。最近出来たばかりの駅構内の居酒屋で二次会。 20時52分の新幹線に乗る。 さらに長岡で23時から兄夫婦と行きつけのスナックで二時間カラオケで盛り上がる。結局就寝が、午前二時過ぎ。 ハイの一日であった。明治神宮の結婚式で、もの珍しいということもあり、楽しみにしていたのも、盛り上がりの一因だった。 ところで、カタチの上では主催者は私だから、自画自賛の内容になるのか?、目出度いことなのでご勘弁を! ーーーーーー 2006年03月04日(土) 1796, 超アメリカ整理日記 ?2 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning ー 読書日記 日本人のスタンフォードの留学者数はどんどん減っており、現在韓国の1/3、中国の1/5、 韓国との人口比を考えると十倍近くの差になる。これは日本にとって大問題である。 著書の中で、教育は経済の先行指標であると述べているが、日本の将来の大きな悲観材料になる。 カリフォルニアは、アメリカの中でも特殊な地域である。本書でも統計が出ているが、 白人の占める割合が46.7%(全米では69.1%)、黒人の占める割合が6.7%(全米では12.3%)である一方、 ヒスパニックの占める割合は32.4%(全米では12.5%)で、ヒスパニックとアジア系 (中国系やベトナムや韓国系)が圧倒的に目立つ国である。 ~~~~~ヾ(* ̄▽)_旦~~オチャドーゾォー♪ ー日米の比較を生活者の視点で書いてある箇所を抜粋してみると ・まず第一は、日本は店員が親切なことだ。 特に、女性店員が。 アメリカの店員はそもそもサービスするという意識がないので、「客が頼んでお願いする」ようになる場合が多い。 ・そしてレストランの食事のうまさ! 高級レストランのことではない。 普段着でいける町中のレストランだ。値段はアメリカと比べて高い感じがするが、感激するような味が、それを充分に補う。 私の評価では、イタリア料理では、イタリア以外ではニューヨークと並んで東京は世界最高水準だろう。 また、中国料理では、中国以外でロンドンと同じ水準である。 ・もう一つすばらしいのが、日本の都市では、電車とバスで何処にもいけることだ。 つまり誰にも移動の自由がある。アメリカでは日本と同じ自由度があるのは、ニューヨークだけ。 ・それでは日本がすべて良いかというと、そうではない。 気候という面では、カルフォルニアである。 澄んだ空気の中のすばらしい夕暮れ。私は、夏の夕暮れがこんなにすばらしいとは、これまで知らなかった。 ・もう一つは、農産物だ。特に果物。イチゴやリンゴが、これほどまでうまいものとは知らなかった。 この違いは、日米の違いより、大都会と田舎の違いなのかもしれない。 日本はサラリーマンと正直者が負担を負う社会である。とにかく、戦後社会はそうなってしまった。 ε(´',_c')зβyё☆βyёε('c_,'`)з゛ ・・・・・・・・ 2005年03月04日(金) 1431, 「堤義明の逮捕」のショック
西武鉄道の会長の堤義明が逮捕された。角栄の逮捕ほどでないが、大きな時代の変わり目の事件である。 JOCの元会長で、西武ライオンズのオーナーで、西武鉄道グループの総帥で、日本では名実ともに経済界の ナンバーワンの実力者の逮捕である。私が客室主体の客室のホテルを考え出したのは、堤義明の言葉のヒントからである。 「ホテルの利益の元は、あくまでシングルルームがベースである。また全てのホテルの建設の基本設計は、 潰しが効く(転用可能)ようになっている。客室の壁を取り払えば事務所ビルになる。」 それならオールシングルの客室のホテルにして、更に柱の少ない建物(鉄骨つくり)にすれば良いと考えた。 このテーマとは少し違うが。彼の経営手法では成り立たなくなったのか、大きな判断ミスをしてしまったのか。 一時代を築いた、義明の兄・堤清二、ダイエーの中内功、ミサワハウスの三沢千代治、と次々と消えていく。 西武鉄道グループは、日本では最も安定している会社と思っていた。いや安定していたのだろう。崩壊する時はこんなものだ。 ーーー ー先日書いた、関連の内容であるー 「西武鉄道前社長の自殺と、カリスマ失墜」 以下は字数の関係でカット(2008年3月4日)
・・・・・・・・・ 2004年03月04日(木) 1065. つれづれに-今日はお笑いの日ー2
ージョーク・ユーモア事典ー <予言的中> 寝言で未来を予言する少年がいた。しかも少年の予言は百発百中。 ある晩のこと、父親が突然口走るのを聞いた。ーパパは明日の正午に死ぬ。 それからというもの一晩中まんじりとしなかった。仕事を休んで、かかりつけの医者にすっ飛んでいった。 しかしどこも悪いところはなかった。それでも心配で、精密検査をしてもらったが同じであった。 下手に動くと交通事故などに会うとまずいと自宅でジッとしていた。 刻一刻と正午が近づいてきた。ついに、時計が12時を打ち始めた。 と、その時コツコツと靴音がして、郵便配達人がやってきた。 その12時を打ち終わった時、郵便配達人はドアの前でバタリと倒れて、こときれた。
・・・・・・・ 2003年03月04日(火) 699,「ホームレス作家」?2 読書日記
「ホームレス失格」しか読んでないので「ホームレス作家」は書評できないので、あるホームページの書評をコピーする。 周囲に実質ホームレス以下の人が多くいるー最下位5?だ。 周辺と家族にも見放され、誰にも認めてもらえず、 数度の自殺未遂の狂言がばれ、今もその辺を彷徨っている人間だ。 もうじきホームページを持たない人を「ホームレス」という時代が来るだろう。 「ホームレス作家」 書評 ・・・・ 石井 英和 評価:A ホームレス生活を心ならずも実体験しつつ著者は、彼等の日々が「はっきりと記すことは出来ないが、 もっと切実で狂おしい何か」への渇望に満たされていることを発見する。人類が太古の闇に捨ててきた筈の、 恐怖の叫びに満たされた心の地獄。その底へ落ちてゆきたいという倒錯した欲望が、実は万人の心の底にある。 だから人間は、無理矢理発明した「社会のシステム」を機能させ、それにすがって、やっとのことで命脈を保ってきた。 システムのほころびにはまりこんだ著者は、「自分は作家失格?夫失格?なおかつ浮浪者失格?」と 律儀に自問を繰り返しつつ彷徨い、この手記をものにする。 その視線の先、欠陥だらけの生を送る人間たちとその社会は、いつかもの悲しいコメディの様相を呈し始める。 世界は実は、一個の壊れたオモチャなのだと知らしめてくれる書。 ----------- 今井 義男 評価:B 本書をホームレスの一般論として読むのは適当ではない。著者は現役の作家であり、 原稿を書く環境が整い、それを買い取る出版社があれば収入が見込めるのだ。 現にこうして本が出ている。住居を失ったとはいえ家族は施設で保護され、 なにかと気にかけてくれる人もいる。他のホームレスに比べればずいぶんと状況はマシである。 したがって、大変な事態には違いないのだろうが、著者の苦闘ぶりはどこか仮の姿のようで あまり深刻な印象はない。本文中ボランティアや宗教関係者に対する強固な偏見が見受けられる。 他人が口をはさむ性質のものではないが、彼らがいなければ明日にでも生死にかかわる人たちが いることにも目を向けてほしい。もの書きならなおさらである。本筋とは離れるが、 著者が三日でクビになったバイト先の<共同出版>の話は実に興味深い。 色んな商売があるものだ。 ーーーーー 「ホームレス失格」書評と概要 ーー 字数の関係でカット(2008年3月4日)
・・・・・・ 2002年03月04日(月) 349、われ思う、ゆえに我あり
「われ思う、ゆえに我あり」この言葉をもじって、過去の哲学者がいろいろ書いている。 「われ意志す、ゆえに我あり」「われ笑う、ゆえに我あり」 「われ行動す、ゆえに我あり」「われ感激する、ゆえに我あり」 等々。 その中で「われ意志する、ゆえ我あり」がいい。意志するとは、人間の思考の基本といっていいからだ。 意志薄弱はその正反対の言葉だが、意志が固いはモノゴトをやり遂げるベースである。 「われ??する、ゆえに我あり」の??探しが一種の課題なのかもしれない。 今考えられるのは ーセックス、夢みる、感動、感謝、耐える、食べる、話す、恋愛、愛、働く、 死ぬ、いきる(生きる、活きる、・・)読書、創る、働く、遊ぶ、・・ いくらでもあるものだ。
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2009年03月03日(火)
一昨日の三月一日のNKKスペシャルの 「 揺れる大国 プーチンのロシア 《プーチンのリスト ?強まる国家資本主義?》 」が、今後の世界の方向を暗示する内容であった。 アメリカもまたAIG、シティ、そしてGM?などを政府の管理下において建て直しを図ろうとしている。 ーまずは、NHKのHPより、その番組説明をコピーしてみるー オイルマネーの流入で、いちやく経済大国となったロシア。 去年秋の金融危機以降、 プーチン首相のもとで進む経済対策、支配の強化によって、財界はかつてない大混乱に陥っている。 ロシア経済の繁栄を支えてきた外国資本が一気に去り、頼りは国家が貯めこんだ資金だけとなった。 ソ連邦崩壊後、市場経済化の中で急成長してきた新興財閥は巨額の負債を抱え、国の支援を受ける代わりに 国から送り込まれた監視役を受け入れざるを得ない状況に陥った。 プーチン首相は、国家が蓄えた巨額の資金を振り分ける企業を選別する「プーチンのリスト」の作成を指示。 財閥たちはリスト入りをかけて熾烈な争いを繰り広げ、そのことがプーチンによる財界支配を強化していく。 取材班は、リーマン・ショックの前から財閥に密着。 激動の瞬間をカメラに収めながら、ロシアの内部で起きている知られざる闘争と変貌を見せていく。 この20年、社会主義から資本主義へと転換し、国の財産を我がものとした財閥が跋扈した時代から 再び国家の統制する時代へと舵を切ったロシア。そして今、「プーチン流の国家資本主義」ともいわれる 異質な大国へ姿を変えようとする様を、経済の最前線の取材から明らかにしていく。 ーーー ロシアの富豪の昨年9月の金融恐慌の「前と後の段差」を時間の流れとともに追いながら、 ロシア経済のバブルの膨らみきった画面と、その後の生き残りの姿が生々しい。 1000億の個人の資産を持つ大男が個人の所有するジェット機内で、世界を駆け巡っている姿と、 金融危機を境にプーチンの国家管理の会社に自らを売り込まなければならない凋落の姿が、 現在のロシアを象徴している。 プーチンは財界支配を強化して国家資本主義をとって、 この難局を乗り切ろうとしている。 オバマが現在、チェンジと叫んでいる行き先も「国家資本主義」ではないか?と思われる。 異常の事態には国家管理を強化して戦時体制的で乗り切らないと、他国に隙に乗じられるしかない。 現在のアメリカが日本の預金・年金を狙っていることから見ても理解できること。 窮したロシアが北方四島を売るふりをして、何か引き出そうと画策を始めてもいる。 「日本は世界に先駆けて恐慌に入った」が、世界は踏みとどまれるかどうかの土壇場である。
・・・・・・・・・ 2525, 国家を斬る 2008年03月03日(月)
「 佐藤優 国家を斬る 」 佐藤 優 (著), 宮崎 学, ー読書日記ー 佐藤優のみならず、、イーホームズ・藤田東吾社長、そしてヤメ検の田中森一の本を読んで国家の腐敗、 特に官僚の腐敗の実態に、ただただ驚く。それが司法の検察まで及んでいるのだから救いがない。 元々、腐っているのが、露見しただけということも言えるが。 この本は著者自身の裁判経験を交えた公演とJR労組の活動や松崎氏への評価をJR労組主催の講演で語った内容をまとめたもの。 宮崎学との対談を中心に著者の思想、言論展開もあり、国策捜査や外務省官僚の生態などを織り交ぜながら国家論を綴っている。 思いもよらなかったことは、有償講演をしないとことだ。こういう捨て身だから、何でもいえるのである。 3桁の額の講演の誘いもあるが受け入れないのは、原稿を書かなくなってしまう恐れがあるから、という。 この本の構成の内容といえば ・反権力自由主義者としての佐藤優/宮崎学 ・「国策捜査」と時代の「けじめ」/佐藤優 ・現代日本の官僚階級/佐藤優 ・対談:官僚階級の相貌/佐藤優・宮崎学からなっている。
ー宮崎学の次の言葉が印象的である。 「佐藤は、国家権力による「国策捜査」の犠牲になり、それに抵抗することで反権力の立場に立つようになった。 といっても、かつての左翼にありがちだった<権力=悪>という先験的な反権力ではない。佐藤は国家主義者で、 国家が社会を正しく秩序づけることを考えているのであって、<権力=悪>とはとらえない。 しかし、<正しい権力>と<悪い権力>とがあって、国家は<正しい権力>にならなければならない、という国家主義者でもない。 権力はつねに必要悪であって、悪い作用もするのだが、それも含めて必要なものだ、という立場なのだ」
ー著者の次の言葉も事実だろう。 「私が逮捕されたのは、私が鈴木宗男氏と親しかったからである。 警察は私の逮捕を突破口に外務省と鈴木宗男氏を結びつける事件を作りたかった」。 そして、それならば、鈴木宗男はどういう政治家であったかについて、 「小泉政権成立後、日本は本格的な構造転換を遂げようとしています。 内政的には、ケインズ型公平配分政策からハイエク型能力配分新自由主義の展開です。外交的には、ナショナリズムの強化。 鈴木宗男氏は内政では地方の声を自らの政治力をもって中央に反映させ、再分配をちゃんとする公平配分論者で、 外交的にはアメリカ、ロシア、中国との関係をバランスよく発展させるためには、日本人が排外主義的ナショナリズムに 陥ることはかえって国益を穀損すると考える国際協調主義的な日本の愛国者ともいえる。」 ーー この本に影響されて、図書館から「国家の罠」「国家の自縛」を借りてきたが、 あらすじ読みをしてみて、とにかく辛らつで面白い。 それにしても、佐藤優のすごい能力には驚かされる。
・・・・・・・・・ 2007年03月03日(土) 2160, 今日は息子の結婚式! 、おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ 今日は花婿の父である。結婚式のその役割りの一つを演じるのも滅多にないこと。 その辺が面白そうだが! とにかく目出度いことである。 *⌒ヮ⌒*)ゞ まずは、最後の来賓への挨拶のメモより ー新郎の父親の挨拶ー m(_ _)m
新郎の父、堀井でございます。堀井家・高橋家、両家を代表し、お礼の挨拶をさせていただきます。 本日はお忙しい中、遠路はるばる 崇史、みな子両名の結婚披露宴に来ていただき誠にありがとうございます。 お忙しい中、ご出席いただきました皆様のおかげで、無事に結婚式を挙げることができましたことを、 心より感謝申し上げます。先ほどより、新郎新婦には、温かいお祝いの言葉、お褒めの言葉をいただき、 親としてましては大変ありがたく思っております。去年、崇史から結婚したいと話を聞いたとき、 子供だと思っていた息子が、やはり大人になっていたのだと感じた瞬間でございました。 嫁となるミナコさんを見て、私は人目で品性の良さと堅実な人柄を感じ、二人の結婚をすぐに快諾した所存でございます。 私自身は娘が欲しかったのですが、これでやっと「娘を持つ願い」が叶いました。「自分の家庭で平和を見出すものが、 もっとも幸福な人間である」といいますが、次男の崇史も、その点だけは大丈夫に育てたつもりです。 理想的な家庭人に必ずなることと思います。これから新しいスタートとなります二人に、どうか皆様のご指導、 ご鞭撻をお願い申し上げたいと思います。 本日は誠にありがとうございました。 −−− 自分の息子が家庭を持つというのも不思議で複雑な気持ちである。 孫ができるち、何か自分が老けこんでしまう感じがするが・・(>ε<) 花婿の父の役割をただ目立たないように果たすことだ。 こういう役割、実をいうと好きである。 それも明治記念館なら、なお面白そうだ! 会社の社員の結婚式の挨拶で、一度もトチッタことがない。しかし自分の息子の場合は、どうなることか? 少しトチッタほうが場がもりあがるのだろうが・・やってみるか? 13時半過ぎに家族紹介、そして14時半に挙式。 (*'∇')/゚・:*【祝】*:・゚\('∇'*) 披露宴15時半、17時半?18時に終了。新幹線に19時半に乗車、21時半から長岡で二次会、23時半に帰宅!予定。 幸せな楽しい一日になりそうだ! さてと、明治神宮に向け出発の用意だ! ヽ(゜∀Å)ゞ イケー! ・・・・・・・・・ 2006年03月03日(金) 1795, 心に効くクラシック?2 っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。) ー 読書日記 ー音楽がもたらす効用ー
音楽がもたらす効用は多大なものがある。まずは感情伝達の効果をあげることができる。 私も音楽で何度か人生の危機を救われたことがあった。最後は目をつぶり静かにしているしかない時、 何げなくかけた音楽が心の底で魂を包み込んでくれた経験を何度かしてきた。 気分が滅入ったとき、励ましてくれる凛々とした曲を聴いているといつの間にか気持ちが立ち直っていることがある。 朝起きたときに庭の小鳥の声を聞きながら、軽やかなフルートなどの音楽を聴いて目覚めれば一日が爽快になる。 疲れを癒すような音楽を聴きながら就寝すれば、快適な就眠ができる。 その意味で心理状態のコントロールが音楽の選択ひとつで可能になる。 現在はCDなどがITで安価で手に入る時代、感情コントロールがしやすい。 我われは自我の成長にしたがい、親からも、世界からも、切り離された存在が思い知らされる。 生まれる時も、死ぬ時も自分一人であるという孤独感を抱え込む。 それは人間という動物が持つ不安である。分離不安といわれるものである。 それが母親の懐へ回帰しようという願いを抱える。それを音楽が深いところで慰めてくれる働きをする。 且_(゚◇゚;)ノ゙まあ、コフィーを! クラシックは長い時代のフィルターを経て残ったものである。 ポピュラーは時代の限定を受けているが、クラシックは時代を乗り切ってきた普遍性がある。 音楽のプロの選択眼を乗り越えてきたものは信頼に足るものであるのは当然である。 クラシックは一般的に欧州の音楽をさすが、なぜ欧州なのだろうか。 これは5線符は、他の文化圏の音楽をある程度書き取ることができる。 その反対に、日本の音符は楽譜に書き取ることは難しい。だから、多くの音楽の音を表現できる構造になっている。 人間は普遍的なものに近づく努力を常に何処かでしているが、音楽においてはその努力が、クラシックを 残していくことになる。その淘汰の中で残ってきたものを、われわれは今、「クラシック」として聴くことができる。 ゚+.βуё゚+.(つ●_`*)ノ" ・・・・・・ 2005年03月03日(木) 1430.危ない格言 5
・死後の世界は、もっぱら、まだ生きている人間専用にある。 ーmy感想ー 死んだ人間のためにも、必要なのにね? 死後の世界を信じて死ぬのと、信じられないで死ぬのと、ドチラガよいかが, その人の信仰の突き詰めた原点では? 信じたほうが気楽なのに。 ーー ・釈迦は、水の上を歩いて見せるような奇術を弄さなかった。 インドにはその手の奇術を見せる輩が沢山いたので。 ーmy感想ー 存在していたかどうかさえ定かでないのに・・・まあ、やめておこう! 宗教は必要です。 ーー ・信仰が確固として成り立っているなら、信仰の対象は実在する必要がない。 信仰が人間の精神、関係、社会統制にもたらす効果は、その対象の実在がもたらす効果は、 その対象の実在がもたらし得るかもしれないそれを遥かに凌駕する。たとえ、その対象が全能の神であろうと。 ーmy感想ー 「信じるものは救われる」ということか。 ーー ・霊魂は不滅であってもかまわない。 さて、不滅を信じ、主張するものたちにとって不幸なことは、 それが何であるかを、彼等は全く説明できないということだ。 何だかわからないものは、勿論不滅であっても、なくてもかまわない。 ーmy感想ー 霊魂は言葉の中にもあるから、どう解釈してよいのか? ーー ・神というのは、信じる者たちの敬虔さと信仰を欠く者への強烈な敵意と 憎悪による脅しが除かれてしまえば、むしろ滑稽な観念のつぎはぎ細工にしか見えない ーmy感想ー イスラム教徒を、遠くから見ると全くその通りである。 キリストも、ユダヤも同じか?アブラハムとかいう人の発明品のXに対して、 白・赤・土色が都合よく創りあげた宗教でしかないのに。
・・・・・・・ 2004年3月3日 1064,つれづれに
つれづれにー今日はお笑いの日 ージョーク・ユーモア事典ー
<合い鍵> 小さい女の子が生まれて初めて母親とお風呂に入った。 そして母親の下半身を見てきいた。 ーあら、それってなに? ーこれはね、天国の入り口よ。 一週間後、娘は初めて父親とお風呂に入った。 そして父親の下半身を指をさしてきいた。 ーパパ、これなに? ーこれは天国の鍵だよ。 ー天国のドアを開けられるのパパだけ? ーそうだよ、もちろん。 そうすると娘は不思議そうな顔をして、父親の耳元に口を寄せてささやいた。 ーパパ・・・上の階のおじさんは合い鍵を持っているようよ。 ・・・・・ <7歳の坊や> 司祭館から出たとき司祭は小さな男の子がタバコをスパスパ吸っているのを目撃した。 ーおや坊や、タバコを吸うのはまだ早いよ。いくつだね? 7歳だよ。吸いはじめてもうだいぶんになる。 ーエッ、なんだって?いつから吸いはじめたの? ー童貞を失った日さ。 ーいつのこと? ーもう覚えてない。あの時はへべれけだったからな。 ・・・・・・ 2003年03月03日(月) 698, 「都都逸」の世界
・信州信濃のしん蕎麦よりも わたしゃあなたのそばがよい ・女房にいえない仏ができて 秋の彼岸のまわり道 ・嫌なお方の親切よりも、好いたお方の無理が良い ・好きと嫌いとどれほど違う 命ただやるほど違う 若い頃に、このような都都逸を知りよく口ずさんでいた。今でも「その味わいに感激した」のが印象に残っている。 7~8年前まで、いまは亡くなったが、近くの不動産の社長と古町の料理屋で、芸者を上げて彼が都都逸を歌っていた。 なんともいえない雰囲気と味があった。 十数年通ったか? インターネットで調べてみたらもっともっと味がある都都逸がでてきた。 何ともいえない味がする。そろそろ小唄か都都逸を年増のお師匠さんのところに習いにいく歳になってきたのか? 芸者でも上げて座敷で歌ったらおつなものだろう。
・都々逸は「七七七五」の二十六字詩。どどいつの起源は、寛政十二年(1800) 名古屋の宿場遊里・東海道宮の宿のお仲という熟女が唄い始め、三十余年 経て東漸したというのが定説である。名古屋市熱田区伝馬町裁断橋のそばに「都々逸発祥之地の石碑がある。 その囃し詞 から、どどいつ節といわれる様になったという。
・お酒飲む人しんから可愛い 飲んでくだまきゃなお可愛い ・淋しがりや一本提げて 淋しがりやに逢いにくる ・私にはしらふで言わせてそのくせずるい あなたはお酒に言わせてる ・可愛い女の寝顔にただの 水がしみじみうまい夜 ・弱虫がたった一言ちいちゃな声で 捨てちゃいやよいった晩 ・9分と9分と互いに許した心と口に はっきりいえないあと一分 ・朝から嬉しく立つ茶柱に 逢える布団を陽にあてる ・酒の相手に遊びの相手 苦労しとげて茶の相手 ・赤い顔してお酒を飲んで 今朝の勘定で青くなる ・諦めましたよ どう諦めた 諦めきれぬと諦めた(伝:都々逸坊扇歌作) ・あついあついと言われた仲も 三月せぬ間にあきがくる ・色はよけれど深山の紅葉 あきという字が気にかかる ・色が黒うて惚れ手がなけりゃ 山のカラスは後家ばかり (以下字数の関係でカット09年03月03日) http://www.ne.jp/asahi/rokusekitei/kamigata/doditu.html
・・・・・ 2002年03月03日(日) 348,否定の否定の落とし穴
「マイナス言葉+ない」という言葉のトリック。「苦しくない」「悲しくない」・・・ これは意外な落とし穴がある。否定語を否定するとプラスにみえるが、それが常態になると、否定語が勝ってしまう。 私の嫌いな「子狐」を例にとる。否定を否定しているが、そのうち子狐が勝ってしまうのである。 悪貨は良貨を駆逐するのは真実だ。悪貨から離れるしかない。 従ってどうしたらいいか。父が教えた「近所の人と親しくなるな!」である。 これ以上書くと差し障りがあるから、書いてはいけないが。 近所は否定語の最たるものだ?ー意味深長! 空間は早々変えることができない、真空にしておくべきだ。 一年に一度ぐらいが最高レベルの付き合い限度と、ある本に書いてあった。 言葉は難しい、そのトリックに知らないうちに落ちてしまうからだ。人間関係も然りだ。 「いやよいやよも好きのうち」の最たるものだ。嫌いなら離れるべきだ。人間にもプラスとマイナス要素をがある。 プラス要素の多い人となるべく付き合うべきだ。 マイナス要素(多い)の人は長期的に付き合っていると、必ずマイナスの毒を飲まされる。今更いうことがないが。 よどんでいる所、人にはガスが溜まる。 マイナスの要素の否定は、その否定よりマイナスが勝ってしまう。 更に否定そのものが、マイナスの加勢する。
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2009年03月02日(月)
現在、「天地人」を日曜日の20時の連続ドラマで放送している。 NHKの、このゴールデンタイムのドラマは20年来見なかったが去年から観始めた。 今年は地元越後の上杉家・家老の直江兼継が主人公で、先祖の縁があるので面白い。 堀井の家系は小父谷市近郊の片貝に、30代近く続いた総本家がある。 4代前の祖先が江戸末期に長岡に出てきたと子供の頃から聞いていた。 その堀井家の総本家に父が亡くなる数年前に訪ねていったという。 ご先祖様は上杉謙信が亡くなった後の起きた御家騒動【御館の乱】で負けた影虎の家来で、 その火中に小父谷郊外の片貝の池津の村に落ちてきたという。その屋号が実家の池津屋の屋号になった由来である。 その争いの勃発の場面が、昨夜の「天地人」にあった。 何か先祖の霊の目で見ているようで、微妙な感覚であった。 直江兼継は御館の乱の勝者の上杉影勝の家来。私の祖先は負けて小父谷の郊外に落ちた方。 堀井を更にたどっていくと平家の落武者という。 堀井の姓を20数年前に図書館の電話帳を調べたら、 上越市と富山と岐阜県に堀井の姓が多かった。 それからみて、その元は平家の落人ということになる。 私が新潟で商売をしていることから、京都、岐阜の高山、富山、上越、小父谷、長岡、そして新潟と 流れが続くことになる。ちなみに合併前の旧長岡市の堀井の姓は7〜8軒しかなかった。新潟市内も数人しかいない。 ドラマとしても影虎と影勝の対立の場面は他人ごとではなかった。 大筋以外は創作でしかないが、 どちらサイドの感覚で観たらよいのかおかしな気持ちも事実。 次回が戦いの場面になる。 ー下書き後に分かったことだが、この随想日記で6年前の(3月01日)の、偶然に、先祖のルーツを取り上げていた。 面白いものだ。
・・・・・・・・・ 2524, 酒は涙か溜息か 2008年03月02日(日)
「酒は憂さ晴らしに逆効果 」ー東大がラットで実験ー という記事が先日の地元紙に載っていた。 ーまずは、その内容をー 憂さ晴らしに酒を飲んでもむしろ逆効果?嫌なことを思い出した直後にアルコールを摂取すると、 かえってその記憶が強められることを松木則夫東京大教授(薬理学)らがラットの実験で見つけ、 28日までに米専門誌の電子版に発表した。人の場合なら、嫌なことを忘れようと酒を飲んで一時的に 楽しくなっても、翌日には楽しいことを忘れ、嫌な記憶が強く残ることを示しているという。 松木教授は「酒を飲まずに、嫌な記憶に楽しい記憶を上書きしてしまうのが良いのでは」と “しらふの気分転換”を勧めている。 実験で、かごに入れたラットに電気ショックを与え、 恐怖を学習させると、かごに入れただけで、身をすくめて固まるようになる。 チームはいったん固まった直後のラットに飲酒相当のアルコールを注射した。 その結果、注射しないラットと比べると、かごの中で固まり続ける時間が長くなった。 その効果は2週間続き、記憶が強くなったと判断されたという。(共同通信社) ーー 以上だが、20年以上前になるが、ある取引先の営業の人に 「私は、不味い酒は飲まないことにしている。自棄酒とか、気分を紛らわせる酒は、ますます気分も体調も悪くする。 楽しい酒を選んで飲めば気分は更に良くなるが、その逆を金を出してすると逆効果になる。」と言われた。 そして、その日以来、忠実に守ってきた。 10年ほど前に、高校の同級生に「おい堀井、御前な?自室でな酒を飲んで、二日酔いをした経験をしたことがあるか?」 と言われ、そういう経験の記憶は殆どない。色々の挫折の末に独りで部屋に篭って飲みざるをえない酒の味を 言いたかったのだろう。そいうば私の好きな歌に古賀政男の「悲しい酒」がある。 1 酒は涙か 溜息か 心のうさの 捨てどころ 2 遠いえにしの かの人に 夜毎の夢の 切なさに 3 酒は涙か 溜息か かなしい恋の 捨てどころ 4 忘れた筈の かの人に のこる心を なんとしょう 「かの人」を、「かの憂さ」、「恋」を「傷」と置き換えると、中小企業のオヤジや、 サラリーマンの赤提の憂さ晴らしと同じになるか! これを歌っていると何とも面白く楽しくなるのは如何いうこと? 飲まなきゃ、やってられないことはよーく解るが! 「しらふの気分転換」じゃ晴れないから飲むんじゃないか!ったく!! ってのが、おちか!
・・・・・・・・・ 2007年03月02日(金) 2159, 閑話小題 (o_△_)oゴロン (o_ _)o.。o○グー オハヨ? *都知事選が面白くなった!* ・都知事選に前宮城県知事の浅野氏が立候補の意向を表明した。 これで見ている分には面白くなってきた。石原知事は批判があるにしても、名知事である。 少し変節したが許容範囲である。しかし浅野に代わるのもタイミング的に良いのかもしれない。 二期で充分と言えなくもない。これで三月・四月の面白いイベントが更に一つ加わった! 石原都知事も浅野氏が出てくるとは思ってなかっただろう。 一番手ごわい相手である。 浅野の方が勝ちそうな気がするが、実績からみて五分五分だろう。 首都圏の為にどちらが有効なのだろう?まあ、楽しみが一つ増えた! 浅野氏勝ったらゼネコンは一大事だろう。談合が更に厳しくなるからだ。 ーー *中国発、世界同時株安* この言葉は何処かで聞いたことがある。同じような題名の本の題名が数年前から本屋の平台に積んであった。 今回の下げは地震に例えるならば、前振れの余震だろう。それが数度つづいた後に、本格的な大地震がくる。 現在の世界経済は、一度清算をしなければならないところにきている。 以前は、世界大戦というカタチで清算してきたが、それができなくなってきた。 今は株や債権の暴落から大恐慌が発生、それがキッカケで破壊がおこなわれる。 ーー *新潟駅周辺が変わり始めてきた* 日本海側初の政令都市へ移行にともない、新潟駅周辺も変化を始めてきた。 今日明日中に新幹線改札口近くの専門店街大改装と、その至近距離にあるやはり大型ビルの地下と 1Fに大型書店など合計1万平米が開店。駅から6分ほどにある万代シティーのSCのダイエー跡も今日、開店。 合計一万数千坪の商業施設が新たにオープンするのだから、雰囲気は一変するだろう。 今までが、郊外のSCに押されて、駅周辺が寂れる一方だったが、これで駅再開発工事も始まりやっと明るさが見えてきた! (o ・д・)ツ バイ! ・・・・・・・・・ 2006年03月02日(木) 1794, 超アメリカ整理日記 ?1 (o´・ェ・`o)♪ぉはょぅ ー読書日記
ースタンフォードから日米をみると・・・ー
野口悠紀雄氏がスタンフォード大学客員教授時代に週刊ダイヤモンド誌の 2004年5月1・8日合併号?2005年4月16日に連載したものをまとめたもの。 米国生活からみる日本の政治経済システムの貧困を説いている。 政治経済学者の視点で、米国と日本のシステムの差異の分析が解りやすい。 現在の日本の国際競争力の低下、高コスト構造、年金制度、など、社会システムの非合理性を指摘している。 イケア、マイクロソフト、トヨタ、米国デトロイトの盛衰なども登場。経営、経済、経済システムや、 荒涼とした大地に、都市と生活とクルマ社会のアメリカのシステム。 それに対する、日本という国土の狭い国の諸処にシステムとの比較、それによって、浮かび上がってくる システムの矛盾の指摘がわかりやすい。 ~~旦_(^O^ ) コフィーどうぞ! ー印象に残ったところを幾つかあげてみるー p.43 「能力に応じた役割分担」こそ、アメリカ社会の能率を支える基本的なメカニズムなのだ。 p.190 日本で所得を得て海外で生活すればよい →日本の高い物価を回避する手段。年金生活者にとっては、不可能ではない。 ただし、現地のコミュニティに溶け込むことが、重要。 p.204 伸びる中国、追うのは日本ではなく韓国 →スタンフォード大学に留学生数では、中国人がトップ。 現在、2番手は日本ではなく、韓国。ここ10年で逆転されている。 日本の資源は人材であると考えると、将来が不安と指摘。 米国のトップスクールで学んだ経験とそのときの人的ネットワークは、 ビジネスをする上で非常に有利に働くと考えられる。 これらを考えると、10年後の日本はどうなっているのだろうか心配になる? p.237 まともに生きる人間が正当に報われるアメリカ社会 p.245「人間の時間間隔は、<新しい経験をどれだけしたか>によって決まる」 最近の野口悠紀雄氏の本は、ほとんど目を通しているが、 この本は実際のアメリカ滞在者の実感が正直に書かれていて説得力があってよい。 自己制御がきかなくなっている日本の現状は、一歩外からみると鮮明にみえるのだろう。 [○´・ω・]ノ ヂャァネッ ・・・・・・・・ 2005年03月02日(水) 1429, 中年クライシス(中年の危機)の悲劇
岐阜で57歳の父親が子供と孫と犬を道ずれに心中を図った事件があった。 以前から、随想日記で書いてきた「中年クライシス」の暴発である。母親の痴呆と、長男の問題、 病気、職場の関係、犬の世話等々で、自分の神経をやられてしまった典型的な事例である。 そういえば、十数年前の私の環境に似た環境である。海外旅行と、精神療法系の本を読んでいたので何とかのりこえた。 40代後半から60代前半は、こういう問題が誰にも押し寄せる。見せているか見せていないかだけである。 その中で一人でする、スキップと鼻歌は、背中に大きな荷物がある為か演歌調になるが。 真面目な人ほど、ある日突然爆発する。その処理法の知識がない上に気弱だと、尚のことである。 この人の趣味は警察犬の調教とTVでいっていた。それでも苦しみを乗り越えることができなかったのだろう。 外的適応に疲れ果てた末路といえばそれまでだが、人生の転換期に、内側に対して目を向ける術を知らなかったのだろう。 深い洞察に裏づけされた内的適応が必要だったのだ。痴呆症の親族と同居は、苦しみの底に落とされてしまう。 直接原因はこれだろう。 以前、読書日記に ー『心』の出家ーの感想文を書いた。 後でコピーしておきますが、 その一節の言葉が印象的である。自分の周囲に張りめぐらした垣根(ペルソナー仮面) を取りさることである。神吉拓郎の「金色の泡」の中での主人公欣吾と従兄弟の会話で以下を語らせている。 ー文雄がいった。 「俺、発見したんだ」「なにをさ」「40にして惑わず、という言葉があるだろう。騙されてはいけない。 あれは偉大なる皮肉なんだ。本当はそうなんだ」「どうして」「とにかく、そうなんだ。40前には、 迷うことなんかないよ。 夢中だよ。世の中に出たばかり、目がくらんでいるか解らない。 あり合せの目標に突っ走る。一段らくしたときが一番恐い。40をすぎた頃に初めて迷いが出るんだ。 今まで何をしてきたのだろうか気づくんだ。え、そうじゃないか。迷いが出てきただろう」「そういえば、そうかな」 「迷うのは、40からなんだ。それが本当だよ。恐らく、死ぬまで迷い続けるんだろうと思う」 「迷わない奴だっているだろう」「そんな奴は、一生馬鹿なままさ。しあわせという言い方もあるだろうがね」 ペルソナ(社会的仮面)は必要なものである。それは一定の効果を持つし、社会を渡って行くために不可欠かもしれない。 しかし、その仮面を剥いで生きたいと、こころの奥に思っているものだ。 そのことに気づき、生き方の大転換を図るのが、こころの「出家」なのだ。 ペルソナについて、ユングは、外部に対する適応とか、やむをえない便宜とか理由から生まれてきた一種の 「機能コンプレックス」であるという。それは個性というものとは違うものである。 安定したペルソナの下に。常にそれに影響を与え、それを脅かす内的世界が存在している。 ーー 誰も、この一家心中の中年男の心を知ることが無かった。タマタマ犬の調教で、TVのニュースの映像が流されていた。 真面目な、気弱そうな、何処にでもいる善人面をしていた。 私の解釈では、・真面目な、・気弱そうな、・善人面ということが、問題全てを一人抱え込んでしまった。 誰に聞いても、優しい良い人だというところに問題があった。それ故に、母親と長男の問題と、職場の配転とか、 犬の調教の疲れなどの全てが、長年にかけて山積になった。良い人というペルソナを、脱ぎ捨てるとかができなかったのだ。
・・・・・・・ 2004年03月02日(火) 1063, 高級1DKマンション?1
高級というよりアッパープライスのマンションという表現が適当だが。 最近インターネットで、最新型の1DKマンションをネットサーフィンをしながら調査をしている。 そして面白そうなものは、資料を取り寄せている。特徴としては、多くのホテル並みのサービス機能がついているものが多い。 もちろん、高速インターネット付である。イメージとしては「スタジオ・マンション」という感じである。 ホームページを見ていると、何か別世界に入り込んでしまったような錯覚をしてしまう。 情報化社会の時代の新しい空間とは、こういうカタチと見せつけられたようだ。 またソフトハウスとしても利用可能のようである。特に新橋や品川や山の手周辺に多く、 一室で月20万?70万もする。ホテルの1泊3万の部屋を月契約で2万円にしても、月60万になってしまう。 ならば少し高くとも、長期滞在専門の本格的な1DKが求められて当然である。 大規模のものが近々、品川にオープンするが、都心だから入居者があるのだろう。 買って、そこに縛られるより、こういうところを渡り住んで楽しんだ方が良い。面白い時代になったものだ。 古ビルを買って、情報・サービス機能付き空間に大改築をするのも面白い。 時代の変化に合わせて、既存のものを変える事業も出てきているようだ。 組み合わせを変えることによって、新しい価値の創造をするデザインが現在求められている。 ホテルプロジェクトを1DKに集中? 「高度化」がキーワードになる。
・・・・・・・ 2003年03月02日(日) 697, ルーツー2(縦人脈)
ーその資料によると 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって富山から上越と逃れてきた。 そして「上杉家の家来」になった。上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」 という出城の城主であった。謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の 片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。その時の先祖の名前が「堀井宗親」と 「堀井四四太郎」という。一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。 その後、そこで百姓をしていたようだ。ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、 関西ー富山ー新井ー小千谷ー長岡の流れがある。また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって変わってきている。 金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。 また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」。 その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。 上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。長岡は10あるかないかで、新潟市では数人だけ。 20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。 車を止めて独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない気持ちになった。 何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ?という感覚で、何かオーラに包まれたような 気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。 そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。 家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。 それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。
・・・・・・・・・ 2002年03月02日(土) 347,心の陰
人を指さしたとき、他の指は全て自分のほうを向いている。 人を非難するのは、 結局自分の影を非難しているに過ぎないことを、いっているのだ。「他者認識は不可知」という論がある。 ー他人のそれを認識はできない、認識したらもう他者のそれでなく 自分のそれを認識しているに過ぎないー これが理解できるかどうかで、「人生に背負っている人間関係の重荷」が半分か三分の一に軽減する。 特に「嫌いな人間」に対しては「自己の嫌いな部分」をみているにすぎないからである。 自己脱皮のできない「子狐」どもを嫌っているのは、今でも脱皮できなかった自分の部分を見ている。 自分もその「子狐」で、少し程度がいいだけだからだ。 私の嫌いな「教養のないオバサン」結局教養のない現実志向も、自分のある一面であるからだ
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2009年03月01日(日)
野口悠紀雄は、その著書で、 「アメリカの金融立国に対応して、日本も円安に誘導して資金をアメリカに供給し、 かつ円安メリットを最大限利用して輸出立国をつくりあげた。 金融恐慌は日本も同罪である」と断じている。 しかし統計の数値からみて、果たして日本が輸出立国かという素朴な疑問が生じるのも事実である。 他国のGDPの輸出比率をみてみると、意外なデーターがある。 ・中国 37パーセント ・韓国 37パーセント ・ロシア 30パーセント ・欧州平均 50パーセントの数字。(中は大きなばらつきがあるが) ・原油輸出国のクエート 56パーセント。 他の産油国では90以上だろう。 対して日本は 15パーセント なのである。間違いだろと思ってしまう数字である。
これからみると、日本は輸出立国と果たしていえるのだろうか。 しかし輸入も13〜4パーセントがあるので、輸出は必要である。 特に資源輸入国なので、それを稼ぎ出さないければならない。 他の先進国は、天然資源や食料があるが日本にはないので車や電子製品などを輸出して、 それを輸入でまかなうしかない。石油などのエネルギーを20兆円、食料6兆円の輸入は必要。 したがって、少なくともそれだけの輸出を確保しなければならない。 食料自給率が40パーセントを割ったことも、日本にとって不利である。 食料輸入国と割り切って、それを他でまかなえばというが、戦略的輸入制限をされる可能性がある。 日本はバブル崩壊後に、自動車と電機製品を牽引車として日本経済を支えてきたことも事実。 島国の日本は、やはり輸出産業を中心にしなければならない。 それからすると輸出立国である。 今まで通りのアメリカの属国として与えられてきた恩恵がなくなりつつある日本の舵とり、 日本の政治の質があまりに貧弱なのは現在の混乱をみれば分かるが・・・
・・・・・・・・・・ 2008年03月01日(土) 2523, 賢人の知恵 ?2
面白そうなところを幾つか選んで、考えてみる! 人間や、それを構成している社会などは数百年経っても、簡単に変わるものではない! 人間は全て、飯くって、?!して、寝て、死ぬのだからだ。 ーー “知恵を備えていることが最大の幸運であり、それがないことが最大の不運だ” ー解ー 知恵は知識が醸成され出てくるもの、そうでないのは浅知恵でしかない。 “言葉は飼いならされてない野獣と同じ、一度解き放つと戻ってこない。” ー解ー 全く、これでどれだけ無駄をしてしまったか! “第三者の悪口を言うのは、下手な駆け引きでしかない。” “運のいい人を見分け、ついていない人からは逃げるに限る。” “大事なのは知識より知人である。” “落ちぶれた人とはかかわりを持たないほうがいい。” “友人に貸しがあるなら、つまらないことで返してもらわないこと” “うそをついてはいけないが、すべてを明らかにする必要もない。 ”うそも方便だが、その方便がつけないから・・・? “敬愛される立派な人と行動を共にしていれば、その威光のおかげで、こちらまで輝いて見えるのだ” と言う反面次の次のページで、“「自分より光っている人は、・・相手の方が常に注目や栄光を集め、 こちらはそのおこぼれにありつくだけだ。・・自分より優れた人とではなく、平凡な人と肩を並べて歩くこと” “平凡な人と付き合おう。自分より優れた人と一緒にいると自分が目立たないから。”など、矛盾もしている。 “みんなが王になれなくても、一人ひとりが王にふさわしい行動を目指すことが可能だ” ー解ーこれが少し分かりかけたのが、ごく最近になってからだ。神と言い換えてもよい。 “自分という作品を完成させようではないか” ー解ー この人は、牢につながれたのが完成か?でも、この方が素晴らしい! ”賢人は、何ごとも偶然はないことを知っている。ただし運命に身を任せるより、 自ら運命を切り開いていく人になろう。 よく考えればチャンスに敏感でいること以外に成功の道がないことがわかるはずである。” ー解ー 何がチャンスか、それを常に問いかけていないと敏感になれない。 “持てる資源を一度に使い切らないこと。今の境遇を保ちたいなら、後方に備え・蓄えを用意しておこう。 失敗の恐れがあっても、利用できる援軍があれば力は倍になる。後方部隊は、前線より重要といえるだろう。 彼らは信頼と不屈の精神で成り立っているからだ。常に大事をとることを考えよう。 ー解)当時の彼に孫子を知るはずもないが、孫子の兵法と同じことを所々で述べている。 “人には七年ごとに転機があるという。これを精神向上のためのしよう。 最初の七年は知性の誕生で、その後七年ごとに新しい美徳が輝いてあらわれるのだ。 この間に起こる変化を意識して、うまく手助けしよう。 変化は新しい地位や仕事などの形で ごく普通にあらわれるかもしれないが、かなり大きくなるまで気がつかないときもある。 人は、二十で孔雀のように気どって歩き、三十で獅子のように吠える。 四十で酪駝のように節制家となり、五十で蛇のような陰険さを身につける。 六十はくだらない犬、七十はする賢い猿、そして八十は……、何も言うまい。” ー解)ーくだらない犬のとしになったか? それにしても辛辣である!
・・・・・・・・・ 2007年03月01日(木) 2158, 幸福に驚く力 ?4 (~Q~;) おはよう?? キョウハ スゴク サム? ーまずは、要点の抜粋から
*日常の幸福に驚く力* 何かを買ってもらった喜びと、何処かに連れて行ってもらった喜びを除いた、子供時代の一番幸福な思い出は 何だろうかと考えると、チョッとしたことの中に喜んだことを多く発見することができる。 つまり日常にあるそういう幸せをしっかり受け取る力が子どもにはあるのです。しかし、それを放っておくと、 イベントや買い物の方にいってしまう。そういうものに邪魔をされて見えなくなってしまう。 そして「凡庸で退屈なことは悪だ」という情報社会の空気の中で自分たちの日常なんてつまらないものと 思い込まされていく。そういう力が今、私たちに色いろなカタチでのしかかってきている。 そんな中で子どもの文学は、日常の中にある幸福に驚く力を培ってくれるのです。 問題は、そういう物語を手繰りよせる力が弱まっていることですね。 とにかく、いつの時代でも、読み書きはちゃんとしておいて欲しいですね。 読む力が衰えてきますと、先人の残した素敵な日常の物語、幸福物語が、手元に手繰り寄せることができなくなります。 数々のそういう物語がすぐ傍らで手が伸ばされるのを待っているのに。そうなると、一人一人がただ孤立していきます。 解)昔の日記を読んだり思い出など過去を振り返る時「そこにある日常に、むしろ面白い深い人生の意味が含まれている。」 という視点で見直すと、過去が違って見えてくるから不思議である。 その時の淡々とした日々のちょっとしたことの積み重ねが人生なのである。 そのことに気がつけば、現在の日常のチョッとしたことや、何でもないことの中にある幸せに気づくことになる。 何故そのことに気づかないのだろう?それは「自分が物語の中で生きていることに気づいていない」からである。 もし本人が不幸と思っているある日のことでも、冷静に振り返れば幸福が背後にあったことに気づくはずである。 *凡庸や退屈が悪と思わせられる社会* 「これから入っていく情報化社会は、価値観が相対化され、思い軽いがない、みんなのッぺらして凸凹のない社会になる」 「この社会は、物珍しく刺激的なことが善とされ、凡庸な退屈なことは悪とされる」と西垣通がいっていた。 解)『「凡庸や退屈が悪と思わされる社会」が悪い!』というのも、『いや二度とない人生、凡庸は「悪い!」』というのも、 所詮はそれぞれの人の判断で、相対的なことでしかない。でも、内省してみると、凡庸を悪と思ってきた傾向があったようだ。 「二度とない無い人生!悔いの無いように生きるべし」が人生と信じるなら、凡庸と退屈な日々を否定する人生になる。 それも相対の世界観でしかないが。
ー字数の関係でカット(2009年0301) ・・・・・・・・ 2006年03月01日(水) 1793, 心に効くクラシック ォ'`ォ'` 。+゚ヽ(。・c_,・。)ノ゙。+゚ォ'`ォ'` ー読書日記 ー深夜のクラシックー ー字数の関係でカット(2008年0301) ・・・・・・・ 2005年03月01日(火) 1428, ワインの話?1 思索紀行ーぼくはこんな旅をしてきた ー読書日記
飛行機の中や、ホテルで国ごとのワインを飲んできたが、ー美味い、不味い。辛口、甘口。酸味の濃厚さ。 口当たりが良い、悪い。香りの良し、悪し。白・赤・ローゼー位の語彙しかなかった。 勿論、一万円を一本飲むより、1千円を10本飲んだほうが良い。 サエゼリアのグラスの一杯80円のハウスワインで良しと思っている ようでは、何おか言わんやだ。ハウスワインとして割り切っていれば、それで充分だが。 この本を読んで、一本数万、いや数百万のワインを飲む意味が少しは解ったような気がした。 ワインに対する知識は、昨年ウィーンに行って少し聞きかじった位だ。 「良いワインを飲む回数が重ねた分だけ、少しは味がわかってきた」と思っていた。 しかし立花隆のこの章を読んで「何も解ってないということが解った」。 映画で、金持ちが地下にワイン貯蔵庫を持っていて、それを一人密かに飲むのを楽しみにしている 場面を見たことが何回かある。欧米の大金持ちの道楽の一つになっている。 欧州の紹介番組みで、ワインの酒蔵の醸造オーナーが、数十年前の取って置きのワインをレポーターの飲ませる場面を見た。 レポーターは涙を溜めてその美味しさを話していたが。この本で知ったことだが世界のワインの有名産地に殆ど行っていたのだ。 南アフリカ、スペイン、ドイツ、チリ、イタリア、フランス、オーストリアなどなど。 この知識があったら、その楽しみも増えたのにと残念至極である。「人生は知らないということを知るプロセス」だが。 知らないということは多くの経験の機会を損失をしていることになる。それも一生を終える時に、つくづく実感をするのだろう。 これから書く内容は、この本の第三章「『ガルガンチュア風』暴飲暴食の旅」のワインについての記載をまとめたものである。 20年前に書かれていた文章に解りやすくワインの話が書かれていた。その内容を、知識として貯蔵するために簡略してまとめた。 ーーーー ワインには、AOCワイン(原産地表示ワイン)と、ハウスワインに分けられる。 欧州の一般の人は、殆んど普段は安いハウスワインを飲む。フランス国内では、前者は一本千円単位、後者は百円単位である。 といって、日本で売られている不味いワインとは全く違う。毎日千円単位で飲めるほどフランスは豊かではない。 欧州では、ワインはがぶ飲みをしてはいけない。特に高級ワインほど、深く味わねばならないとか。 ・単に味覚で味あうだけでなく、 ・目で見て色を味わい、 ・香りを味わえという。 ・更に、プロや通になると言葉で味わいを表現しなくてはならない。 その表現法も様式化していて、そのための用語集もあるという。まずワイングラスに注いで、 それを光にかざしてみる。色を見る。色の表現だけで、数十種類もの表現がある。 ーつづく ・・・・・・・ 2004年03月01日(月) 1062, 「まず街灯の下を探せ」
野口悠紀雄の「超」整理日記「デフレとラブストーリーの原則」の「まず街灯の下を探せ」が面白! ?暗い夜道を歩いていて、鍵を落としたことに気づいたとする。 どこを探せばよいか ?物理学者のアドバイスは、「まず街灯の下を探せ」ということだ。 数学の試験問題を解くには、この「街灯の下原則」に頼るしか方法はない。 「当面している問題は、過去に解いたどの問題と同じタイプか」と考え、それに当てはめて解くのである。 最初の発見者は十分な時間をかけたはずだ。それと同じことを、限られた試験時間内にやるというのは、無理なのである。 つまり、「学校の数学は暗記」ということだ。必要なのは、問題のパターンを覚えることだけである。 「自分で考えて解かなければならない。しかし、私にはできない。 だから、私には数学的な能力がない」と思い込んで数学から離れていく人が何と多いことだ。 暗記した問題のパターンに当てはめれば解けると確信すれば試験の成績はよくなる。 事例問題を暗記しておくのがよい。 「街灯が事例問題」の例である。 ー以上であるが、 まずは知らない街に行ったとする。そうすると、何かの本かのTVか雑誌で聞いたことがある店に行く。 知らない店に行くより外れの確立は少ないだろからだ。経営でも考えられる。 何かを新規にしようとしたらベストの事例(灯り)を見つけ、その灯を頼りに鍵を探すことだ。 街灯を知識・情報以外に、考えられないだろうか。意志だろうか、それとも愛だろうか、知恵だろうか、それとも? 情報化社会ほど、情報と知識と、それを活用する知恵が必要とされる時代である。 まずは光り(情報・知識・意志・愛・?)が一番重要になる。この街灯が情報社会の到来で、世界中に灯ったのだ。 その為には、まずは目指す街灯を探さなくてはくては!
・・・・・・ 2003年03月01日(土) 696, ルーツ ? 1
ー我家の家系 自分のルーツを探って行けば、ビッグバンにいきあたる。そして宇宙の創造、地球の起源、生物の起源、動物の起源、 人間の起源、日本人の起源、そして家系、自分になる。 家系といえば最近「家」の崩壊が始まっている。 数年前に佐藤愛子の「家系」が数年前にベストセラーになった。10数年前にアメリカでも、ある黒人のルーツ探しの TV映画が放映されて、ルーツ探しがブームになった。 私の家の家系の話をしてみる。30数年前に父のところに遠い親戚の変わった?おじいさんが訪ねてきた。 「自分ー堀井のルーツを調べたいのだが、小千谷に郷土研究家から詳しい事を調べたい。 そのためにはまとまったお金が必要だ。資金援助をしてくれ」とのことだった。 その場で断ったが、父は「自分が調べて解ったら教える」と約束した。 そしてその小千谷の郷土研究家のところに行って調べてもらった。 そのコピーを子供たちや親戚に配った。勿論私も貰って手元に今もある。 実家の店の屋号が「池津屋」で、道具屋を戦前までしていた。 父は「山本五十六」や「ツガミ社長の津上退助」や「野本互尊」との付き合いがあった。 戦前戦後と長岡ではこの「屋号」は老舗として一目置かれていた。 母が実家に嫁いだ時の資産が八萬円だったというから、地方ではミニ資産家だったようだ。 小千谷の近郊に「池津」の村があり今でも30代続いている「大本の本家」がある。 その時に両親が訪ねて行ったと聞いた。幕末にある先祖が長岡に出てきて古道具屋を開いた。 その孫娘が婿をとって、分家の道具屋を開いたのが2代前の祖父祖母である。 本家筋はもう商売を7?80年前にやめた。両親は戦争中に道具屋から仏壇屋に転進、戦死が多く大繁盛したという。 ー続く ・・・・・・・ 2002年03月01日(金) 346, 20歳の頃ーある教授との出会いー3 武澤信一教授 人事管理ゼミ
私の人生で最大の師は大学の恩師武澤先生である。もう亡くなられて7年になる。 イメージはキザな気取り屋で、底知れぬ教養人です。話しているだけでコンプレックスの塊になる。 特に人事管理の世界的権威のレベルと聞いていた。先生との出会いがなければ、30数年間一日平均 2〜3時間の読書を続けられなかったと思う。 知的コンプレックスを脳の中心に叩き込まれたためだ。 非常に印象は冷たく、傍にいるだけで居たたまれなくなる人だったと思います。 親分肌の正反対のタイプだ。あだ名は「絹布団」自分でも気にっていたとか。 初めは冷たく感じるが、長く付き合ってもらえれば温みが感じられる。 目上の人で筆不精の私が何回も、手紙や葉書をやり取りしたのは先生が初めてであった。 ? 遺稿文を載せてみるー ーさようなら武澤先生ー ー武澤先生ご遺稿・追悼文集ー「はげみ」より 武澤信一先生、そして懐かしい武澤ゼミ、八王子ゼミナール、はげみの会、最終のゼミナールとその晩のコンパ。 そして先生の退職時のはげみの会(最後のゼミナールと称して参加者の全員の自己紹介と経緯の説明)等々、 様々なことが思い出されます。私の学生時代、いや50年の人生で恩師武澤先生をのぞいて考えられない位、大きい存在でした。 ‘ご遺稿・追悼文集’発行の手紙をいただいた時「よかった」と思わず言葉が出てしまいました。 先生に対する追悼の思いを表現する場が、もやもやした中途半端な気持ちにあったからです。 立大3年の終わり頃、親友だった石川譲冶さんより「今入っている武澤ゼミが素晴らしいから、面接に来ないか」と誘われまま、 気楽に試験に行ったのが武澤ゼミとの出会いでした。 そして入ってまもなく大学3年間の、いや人生の22年間の不勉強に、 呆然としてしまいました。そして2学期から卒論を書くにあたって、知的コンプレックスは極限に達してノイローゼの一歩手前の 状態になってしまいました。進路もこのまま果たしてこのまま進んでいいものか?直接その迷いを先生にぶつけてしまいました。 その時の武澤先生の一言が「迷いを数字で表現してみなさい!」でした。その時の自分の答えが忘れることができません。 「51対49」でした。すかさず先生は「それなら、51の方を選ぶべきです!」しかしその後、最終的に選んだのは 49の就職の方でした。「それなら初めから相談に行く必要がなかったのではないか」という矛盾でした。 その後就職をしたのですが、その後そこを辞め大学に編入しなおし、再び就職後事業を起こしました。 そして現在に至っています。そのプロセスの中でいつも先生の影が、自分を追い立てていたようです。 また「51対49」が私の人生観の一つになりました。何事も「51対49」と考えると、迷いも冷静に対処できるのです。 好き嫌い「51対49」差し引き2。正しい、間違い「51対49」差し引き2・・・・。 1989年の夏、先生が新潟大学で第19回の労務学会全国大会で議長をされました。 その時、私のホテル(シングルイン新潟)に泊まっていただきました。そして「卒業後の30年のつもる話」を、 させていただいた事を忘れる事ができません。そして新潟の夜をハシゴをして飲み歩いた事も。 ところで武澤先生と最後にお会いしたのは、1993年の「はげみの会」でした。 二次会で先生が異様に元気がないのが、気になっていました。そして、その会の帰りがけにエレベーターの前で、 私の手を握って「堀井君、遠くから有難う!身体にくれぐれも気をつけて、元気で!」と上下に激しくふった時、 「もしかしたらこれが最後のお別れになるかも?」と思ってしまいました。しかしまさか、こんなに早く現実になろうとは・・。 天国の武澤先生、本当に本当に有難うございました。ご冥福をいのります。 1996年7月13日発行
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| 2886, ハリウッド映画のような「アメリカ物語」 |
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2009年02月28日(土)
今回の金融危機は、歴史の残る大事件であることは言うまでもない。 そして、この金融クラッシュは、起こるべくして起こった出来事である。 史上最低?のブッシュ大統領を8年間に渡って我われは毎日のように見せつけられた。 そして最後の置き土産として、これまで無かった世界恐慌を遺してくれた。 何か安物のハリウッド映画を見せられているようだ。 その悪役ブッシュに替わり、善人を演出して颯爽とオバマという史上初の黒人大統領がデビューしてきた。 出演のスターは悪党のブッシュ元大統領、その補佐としてポールソン商務大臣、ラムス元国防大臣、 黒人女の国務大臣のライス、前大統領のクリントン、その奥様のヒラリー、ブッシュの親父の大ブッシュ元大統領。 更に、その前のレーガン大統領と役者が登場してくる。 彼らにとっての悪役は、アルカイーダのオサマ・ビン、イラクのフセイン大統領、北朝鮮の金日生に金正日、 ロシアのプーチン。 脇役は日本の小泉、イギリスの歴代首相、などなど、書けば限がない。
30年をかけて完成したアメリカ金融帝国(大統領のブッシュ)に、アルカイーダのオサマ・ビンが 2001年9月11日、乗取った旅客機三機でニューヨークの金融ビルと国防省に突入。 アラブ対ユダヤ(を中心としたアメリカ帝国主義)の対立項をつくる。 それに激怒したアメリカは、その本拠地のアフガンと、疑惑の深いイラクに戦争を仕掛ける。 イラクに関しては、その実、油田狙いと、原油決済のユーロへの転換を阻止することが後で判明。 その戦費捻出のためアメリカを牛耳ってきたユダヤ人を中心に、秘策を考え出す。 さらなるアメリカ需要拡大のために黒人や中南米から流入してきた貧しい人たちに住宅と自動車を売りつけ、 それを証券化して(格付け機関の偽ラベル張りをして)世界にばら撒く。その上に世界中から輸入をして、見返りに、 紙切れのドルをドンドン刷って交換する。 一度支払ったドルを、今度はアメリカ国債と交換させて回収すれば、 戦費を稼ぐことが出来ると・・・国家謀略である。 そこで目をつけたのが、日本と中国である。まずは日本に円安を誘導して日本の輸出産業にとって優遇を与えて、 紙切れと交換する計略を練りあげ、間接誘導。 そして中国には自由主義経済圏への参加費として、 外貨準備金としてのドルの備蓄を誘導。 ドルの替わりに中国製商品を輸入することに、まんまと成功。 しかし、それにも問題が発生してきた。 右上がりに上がりするはずの住宅価格が値下がりを始めたのである。 そこをキッカケに、そのシステムが根こそぎから崩壊が始る。 そして、この金融危機である。 そこで対立党の民主党に黒人大統領を選出させて「チェンジ、ウィ・キャン」とか言わせて、 その影で国債を強引に、これまでのように押し付けようとする。 特に日本は丁度良い隷属国家..........
・・・・・・・・・ 2008年02月28日(木) 2521, つれづれに
*新大学生の同棲率が6割だと! 先日、長岡の知人が事務所に訪ねてきたときの話 「来るときの車の(地元局の)BSNラジオで、新潟大学の150人の学生のアンケートの結果、 友人を見ていて同棲率が、6割という。筑波大学に続いて日本で二番目というから驚いた。 自分は早稲田だが、殆どいなかった。それにしても地方大学とはいえ一期校だった新大の 学生がね〜。信じられない」と、憤っていた! 半分は羨ましいという気持ちが互いにあった? 実際のところ、そういう友人は学生時代に何人かはいたが、一番本を読まなければならない時期、 心の底では誰もが軽蔑?をしていた。気持ちが、そちらにいっているのを直感で感じ取っていた。 しかし過半数以上が、同棲となると話は違う。それの是非は別として「ゆとり教育」の 弊害からくる質の低下か、価値観の相違なのか。そのうち何割が結婚するのだろうか? 地方で、刺激が少ないから、そちらにエネルギーがいってしまうのか?解るが! −− *新潟の景気が底抜けした? 昨日、地元で建材のブローカーをしている知人が久しぶりに訪ねてきた。 曰く「地元の経済がさらに落ち込んでいる。建材が軒並み20㌫ちかくアップ。 それに対応できないのが現状で、そのアンバランスからくる混乱が大きくなっている。 それに対して首都圏と関西にかけての東海ベルトラインは好調。 地元の業者は、そこに無理をしてでもいきざるを得ない。そこで、地元が干上がっている。 地元の公共事業で生きてきたゼネコンが体質変換に失敗して倒産寸前という。 その直後に、決算のため来ていた税理士と話したが、内容はホボ同じの内容。 スタグフレーションが具体的な現象で現れてきたということだ。 それと、勝者と敗者の姿が更に明確になってきているという。 勝者はより豊かに、敗者はさらに貧しく、これが極端だという。「勝者、総取り」という現象である。 −− *新潟空港までのアクセスについて 以前、学生時代のゼミの一年後輩の一本の電話「新潟活性化のための秘策を大和総研に相談されたが、 何かありませんか」というのに「新潟駅から飛行場まで新幹線を通すべき」と答えたのを・・・ このテーマの内容は、今度書くか・・・ 政治家の丁度いい餌食になるだけと手を引くまでの 詳細も面白いが、軽く書いてよいことでもない。
・・・・・・・・・ 2007年2月28日(水) 2157, ワンセグ携帯・二機! オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
夕飯後の団欒で 家内が買ったばかりのauと、私が買ったばかりのNTTドコモの携帯の ワンセグなどの機能を試しながら、互いに「凄い・凄い!」と連発。昨日はドコモの方がよい! ということだったが・・・ 今まで使っていた三年前の携帯とは全くの別もの。家内も私の携帯電話を時々借りて使ったいたが、 自分専用として使うのは初めてのためか、「なに〜、これ!」と、眼を輝かしていた。 2日間の感想は「ボタン入力の遊びと実用を兼ねた超小型パソコン」である。 まだまだ機能的には使いこなせてないが、外郭はほぼ掴めた。 TV機能にパソコンで録画をしたビデオを落すこともできる。ワンセグは月三百円というから入ってみた。 実際は見ないだろうが? 更に買い物や、銀行振り込みもでき、JRのスイカも入れることが出来る。 銀行振り込みも、株の売買も、etc・・ポケットに入るものは何でも組みこめるという。
若い人が街中などで、携帯をジッと見ている姿を冷笑していたが、彼らからは冷笑されていたのだろう。 暇な時間は携帯一つあれば時間を持て余すことはないし、漫画喫茶やインターネット・カフェに敢えて入る必要はない。 ただ自分で考える思考力は無くなるだろうが、バカはバカでも物知りのバカになるが、知らないが故のロスは最小限になる。 今まではパソコンが使いこなせるかどうかが、情報化社会に適応しているかの判断基準だった。 しかし現在は「携帯電話でブログとグーグルを使えるかどうか?」が判断基準になるのではないか? これにパソコン付き薄型TVの端末(コントローラ)の機能が入って、一体化していくのだろう。 まずは、この中の機能を一つずつマスターしていこうか? それにしてもワンセグか〜、情報端末機器を見るかぎりSFの世界のようだ。 ということはソフトの最先端の進化は想像を絶しているのだろう。
ロング・テールの情報をいくらでも入手できる時代ということか! こんなSFのような社会をみようとは!驚きである。こうなったら積極的に受け入れていくしかない。 しかし、面白いものは面白い! しばらくしたら、auとドコモの比較評論をしてみようか! ¥(*^_^*)\ バイバイ ーーーーーーーー 2006年02月28日(火) 1792, 冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行−2 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) 一度きりの人生、極限に生きてこそ人生の面白みが出てくるのだろう。 アメリカの現代的なエリートの人生の一つのカタチを見せられたようだ。徹底的な自由主義者である。 履歴からみて、間違いなくエリートコースを歩んでおり、人生の設計図も緻密にたてている。
ー印象的な部分をランダムに抜粋した。 +。゚φ(ゝω・`○)+。゚ ・「まず第一に殺されないようにすることです。 二番目には人生を楽しむこと。三番目には世界を知ること」「人生は短い、遠くまで行け!そして深く考えよ!」 人生を勝手に難しくしているのは、我われ自身である。 解)深く考えつくした上でシンプルにすることだ。 「殺されないようにする」は、旅だけを言っているのではない。生活レベルの生存の確保もある。 ・「大きな変化」 −これがキーワードである。大きな変化とは、100年に一度の変化である。 それを読み取るには徹した研究と調査と分析が必要である。そのベースとして、「歴史」と「哲学」が大切である。 解)その潮流は情報社会の到来である。 ・歴史のひとつの教訓は、真に虐げられた人間は立ち上がらないが、抑圧された人間が期待を 目覚めさせられたときほど恐ろしいものはないということだ。そして共産圏の人々は期待を裏切られ、 憤怒はその標的を探さなくてはならなかった。それぞれの地域を悩ませた民族や国家や宗教の 対抗意識は再び噴出するだろう。もともと国境は合理的なものでなかった。 ・政府はゲームのルールを変えることなど何とも思っていない。政府のおこなったことを個人がおこなえば監獄いきだ。 たとえば投資家たちと契約を結び、後でルールを変えれば、一般的には詐欺と呼ばれる。S&Lの危機は記憶に新しい。 S&Lはせいふに泣きついて 「大問題を抱えている。利益は吹っ飛んで、深刻な資金不足になっている」といえば、 政府は、「では、会計規則を変えよう。本当におきていることは口外しないこと」と言った。 政府は会計報告を操作できるようにしたのである。もし、私人が同じようなことをしたら、監獄いきになる。 政府は「詐欺行為をしたのは少数の貪欲な奴らが起こしたことだ」と言った。政府はその貪欲な奴らの一部である。 ヾ(´_`○)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・ 2005年02月28日(月) 1427, 3つの部屋の物語ー2 迷ったときは運命を信じなさい−4( 創作ー未来の部屋 ) ー10年後の私との対話ー
10年後の私は、69歳である。光輝いているので、はっきり見ることができないが、確かに10年の年月を 感じることが出来る。10年後の私が話しかけてきた。「10年前に、考え行動した小さな積みあげた姿が現在の私です。 実は貴方は10年後の私と話しているのではないのです。今現在という永遠の世界の中にある自分と話しているのです。 毎日、この部屋に来て私と話している時間は、目先に囚われている自分から一歩外の永遠の中に来ているのです。 ここに来ることが貴方を癒し、その時々の自分を導いてくれます。気楽に毎日この部屋に来て他の二人とも話すことです。 そして「他の二つの部屋」にも立ち寄ってください。必ず貴方は変わるはずです。」 10年後の自分と話をしていると、深い光の空中を漂っているような感覚になる。 そして、自分の羽織っていた薄い透明な布を私にかけてくれた。その瞬間、10年後の私になっていた。目の前に私が座っていた。 この私を連れ出して10年後の私の目で現在を見たくなった。そこで、彼?と2005年に戻ってみることにした。 ー「おい、お前!何をしているのだ」と、まずこの男に声をかけたい。 やるべきことは実行していると信じているが、その根本から疑ってみようしていない。 まず教えてやりたいのは「時代がどのように変化しているかを、もっと真剣に考えるべきである」ということである。 少し助言を与えよう。ー昨年から書き込み始めた「10年日記」の2014年の空間に、私の言葉を書き込みなさい。 十年後の私が書いていると想像しながら書くのです。書き連ねているうちに、私のいいたい事が自然に出てきます。 その重なりの中で、これからの行き方を指導するようになります。毎日、私たちの部屋に来て会話をしていると、 その日記がスラスラ書けるようになるのです。 つづく ・・・・・・・・ 2004年02月28日(土) 1060, 職業性格形成論−4 ー「営業屋性格形成論」−2
「職業性格形成論」から「営業屋性格形成論」へと続き、今度は「ゼネコン営業性格論」を書いてみる。 「ゼネコン営業論」になるが。
営業の世界で、私が知っている範囲で一番すざましいのがゼネコンと保険屋である。再開発を数十年にかけて 追いかける仕事もあるし、談合という公務員と組んだ国家犯罪をつるんでやる仕事まで様々である。 接待などで一つ間違えばアルコール中毒になってしまう。また癌になる確率も非常に高いという。 接待をしているつもりが、逆に丸め込まれることも多い。自分の仕事に疑問など持つこと自体許されない世界である。 情報渦巻く中で的確な判断も要求される仕事でもある。営業の付き合いで、飲み屋のツケで数千万円も背負って 家庭破壊をしたケースや、癌になってしまったとか、ゼネコン営業残酷物語は無残である。 最後は身も心もボロボロにされ放りだされてしまう。
新潟県の談合の主は、「大成建設」になっているとか? どぶ沼の国家犯罪プロジェクトに組み込まれた中で 仕事をするのだから、イタリアのマフィアの世界と酷似している。縄張りがあり、そこには利権が張り付いている。 さすがにマフィアのような殺人や暴力装置は持っていないようだ。 県や市町村の役人が収賄で逮捕されるが、氷山の一角でしかない。
この談合システムも、ソ連の共産党が崩壊した時の様相になってきている。 情報化などの大きな時代の流れの為、内部からも漏れはじめたのだ。また長野県の田中知事や横浜市長などが、 その壁を壊そうと熾烈な闘いを始めてきたからだ。実際、身体を張った命がけの仕事である。 ゼネコン営業形成性格論とは全くことなる、程度の低いゼネコン談合世界の話になってきた。
ゼネコンといえば、ビルや再開発や港湾や公共事業など大型物件を扱う仕事である。 足で歩いて情報を探して時間をかけて、とことん食い込んでいく高度な営業テクニックとセンスが要求される。 接待とか付き合いの中で、営業チャンスを模索しなくてはならない。1㌫の中から可能性を追求していく世界である。 その為には、駄地獄と天国の境に常に身を置かなくてはならない。 人間的に大きく成長するか、半ヤクザみたいになってしまうかどちらかだ。
一棟のビルには、現場だけでなく営業の汗と涙と血が多く流されている。 ゼネコン営業とは少しそれるが、以前、営業のトップセールスにホステスをしていた女性が 活躍をしていたことがあった。ホステス経験があるならトップセールスは得意だろう。 逆にホステスが、お客を相手に保険のセールスをしているケースもあるが。デパートの営業も詐欺ギリギリの世界である。 年寄りを集めて、飯を食べさせ、奇麗事をいって、一種の集団詐欺まがいのことをしていた。 いや今もしている。一昔前のことだが三越があまり辛辣の手口が大問題になった。今でも、その後遺症が残っている。 ゼネコンの営業は、成果が見えるカタチで残るのが最大の慰めになる。
・・・・・・・・ 2003年02月28日(金) 695, お金の哲学−1
「お金のたまる人たまらない人」と「金持ち父さん貧乏父さん」 と「ホームレス失格」を読んで金銭哲学を考えてみた。 私の両親は教育といえば金銭哲学の話をメインといってよいほど繰り返し繰り返し話をしていた。 今から考えると、それは人生哲学であり、如何に生きるかということであった。 この本の90㌫は両親が繰り返し話している内容であった。
ー思いつくまま書いてみるー ・浪費をしないことー人生の楽しみを浪費に求めないこと ・自分の趣味を持つ事ー人生を楽しむこと ・時代の変化を早く見つけ、その変化をチャンスに変えること ・常に蓄えを増やす事ーチャンスに即金を出せること −最悪に備える事 ・借金は最小にー ・勤勉であること ・仕事を楽しむこと ・勉強をし続けることー教養を積むこと ・肩書きや仲間付き合いは最小の人と、しかし最高の人と ・投資物件をつねに抱いていること-投資をし続けること ・生活レベルを上げないこと ・「飲む、買う、打つ」は身を滅ぼす ・銀行の恐ろしさを十分知るべし ・神仏に対しては真摯に、とくに墓は大事に ・保証人には絶対になるな ・死に資産は持たない ・質実剛健であることー贅沢や肩書きは敵と思え ・情報はもっとも大事 ・自宅は可能な限りよい家を造り、生活は質素に 長岡商人は大阪商人の流れをくむという。御朱印船の影響が残っているためだ。 考えてみれば面白いものだ。新潟は天領であった為、江戸の影響が今でも残っている。
・・・・・・・ 2002年02月28日(木) 345,20歳の頃 -ある教授との出会い−2 野田一夫教授
経済・経営系の人なら、この人の名を知っているはずだ。ドラッガーの訳者だからだ。 忘れられない授業がある。確か3年の時の6月の初旬あたりである。 講座は「経営学」である。その時の感激を今でも忘れられない。 学生時代の自分の中で色々な内面のビッグバンがあった。その中で「Aクラスのショック」であった。 ーその内容とはー 諸君、同じ人間として生まれたからに、せっかくこうして学んで人の上に立とうというなら、 ロマンローランの「ベートーベンの生涯」をぜひ読んでみなさい! ベートーベンは音楽家でありながら、耳が聞こえなくなってしまった。 音楽家にとっての難聴は致命的である。それを乗り越え、その心を作曲したのが「運命」である。 この本の中の彼の手紙に 「絶望を突き抜け歓喜に!」「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実に拠ってだけでも、 不幸に耐ええることができる!」という言葉がある。不幸のどん底の中の意志の言葉だから素晴らしいのだ。 この本を買って繰り返し読みたまえ! これから諸君は何らかの形で指導者になる人間だ。素晴らしい本を読みたまえ。 勉強をもっともっとしたまえ。何処でも席を座るならこそこそ隅に座るな!真ん中に座りなさい。 大体がこんな内容であった。この時から何かが変わったように思えた。野田一夫教授は当時、 ドラッガーの訳者として高度成長期の売れっ子教授で、今でいうタレント教授的なところがあった。 自信と個性の塊のような人で、人をある方向に駆り立てるカリスマがあった。 その後立教を辞めた。多摩大学の創立総長として、何度かTVでお目にかかった。 更に宮城大学も同様に創立に関わり総長をされていた。ドラッガーが愛読書になったのも野田教授のお陰である。
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2009年02月27日(金)
芸能関係の話も、たまには良いだろう。 ーまずは昨日の芸能界でのサプライズニュースの内容から 《 歌手玉置浩二(50)と女優石原真理子(45)が復縁し、東京近郊で同居生活を始めていることが24日、分かった。 2人は85年に不倫愛が発覚したが、紆余(うよ)曲折があり翌86年には破局。 06年は石原が自伝で玉置の暴力癖などを暴露し絶縁したと思われていたが、2人は自伝の出版後も連絡を取り合っており、 再び恋に発展したという。今月に入って同居を始め、玉置の自宅周辺では、買い物に出掛ける姿も数多く目撃されていた。 80年代後半には泥沼の不倫騒動を起こし、06年には石原が自伝「ふぞろいな秘密」の中で 「(玉置の)暴力が原因で別れた」と衝撃の告白をした。2度と顔を合わせるはずもないと思われていたカップルが、 20年以上の時を経て再び愛をはぐくんでいた。》 「泥沼喧嘩友達の友情愛」ということか。 結婚のカタチの一つということだが、最近では「セックス格差社会」という本も出ており、 女性の求める男とのギャップがあまりに大きい。それが互いの妄想で結婚して泥沼に入って、家庭内離婚も含め過半数が破局する。 その前段階の晩婚、非婚は男性のせいと言われがちだが、女性の方にも問題があるようだ。 「責任感がない」「収入が少ない」「女を口説く甲斐性もない」「内省的過ぎる」などなど、次から次へと前提をつける。 それでは女性の方に問題がないかといえば、むしろ女性の方が問題を抱えている。下手にキャリアがあることが結婚を妨げる。 結婚後に、これが大きく二人の間の壁として立ちふさがってくるのも事実。 女性雑誌には、いかに良い男を探し出して口説いて落とすかの特集ばやり、という。 一昔と逆転をしてしまった。 そこで最近の結婚傾向をネットで調べてみた。 ー[国際結婚]は20年足らずで7倍にー 違う国籍同士が結婚するのが「国際結婚」。婚姻総数に占める割合は6.1%で、1980年の0.9%に比べると7倍近い驚異的な伸び率。 注目は、男女の間で結婚相手の出身国に大きな違いがあること。夫が日本人の場合、妻が中国、フィリピンなどの アジア出身である割合は84.2%なのに対し、女性が日本人の場合、夫が欧米出身である割合が高くなるのだという。 ー[事実婚]ー 籍を入れないけれど、事実上婚姻関係にあるのが事実婚。「内縁」といわれるのはこの関係のこと。 民法では婚姻時にどちらかの姓に統一することを定めているため、姓の変更を避ける場合には事実婚を選ぶしかないのが現状。 このため、夫婦別姓議論が国会内でも長年繰り広げられている。ちなみに、ヨーロッパなどの欧米各国では一般的で、 フランスに住む後藤久美子、ジャン・アレジ夫妻、「フランス婚」と自ら銘打った夏木マリもこのカタチ。 ー[お見合い結婚]は 1割以下ー かつては主流だったお見合い結婚も、昨今は1割以下と下火傾向に。しかし、ネットを通じて知り合うケースや、 登録&マッチング形式の結婚情報サービスのニーズは非常に高く、盛況だ。 これらで知り合ったカップルを「お見合い結婚」とカウントすれば、かなりの数にのぼると思われるが、 いまのところはフツウに“恋愛結婚”とされている模様。 〜〜 結婚の形態の自由度が高まり、今後は「忘婚」「否婚」十代の「超早婚」結婚を繰り返す「アンコール婚」 など、様々な結婚形態が現われてくる。アルコールなどの勢いで後先考えないで出来てしまった「出来ちゃった婚」が 全体の四分の一というから、時代が変わったものだ。酒が原因の場合は「アルコール婚」と言うほうが正しい。 出来ちゃった婚と言えば、10代では82パーセントというから驚き。。 知人の息子がアルコール婚をしたが、嫁が子供を置いて元の彼氏と駆け落ちのケース。 もう一つは、嫁の子供の血液検査で息子と違うタネが発覚、その直後に嫁は子供と蒸発したケースなどなど・・・ 現在、離婚が多いのは少し拗れると両親のほうが直ぐに呼び寄せるからという。 締りがないとは、このことである。
・・・・・・・・・ 2008年02月27日(水) 2520, ライバルはディズニーランド! ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆ *IKEAの日本進出
欧州を旅行をすると、首都の郊外で「IKEA」の店を見かける。 何度か入ったことがあるが、組み立て家具の店でゴチャゴチャと雑然としているが面白い店である。 本社はスェーデンにあるが、とにかくセンスがよくて、その割りに(欧州としては)値段が安い。 北欧は家に招待しあい家具のセンスを競い合うのが互いの楽しみという。 そのインテリアはシンプル&スタイリッシュで洗練されて、手頃な価格になり、日本の消費者にも 支持されるのではないか。それか店としてのエンターティ-メンか!100円ショップも似たようなことを言っていた! そのIKEAが数年前に船橋に開店したことは知っていた。その後のニュースは聞いてなかったが、 数日前の産経新聞の生活欄に記事が出ていた。日本でも本格的に出展を始めるようだ。 ーーーー ーIKEAの日本進出ー *ライバルはディズニーランド −− それはIKEA日本進出の記者発表会でのことでした。競合はどこですか、という質問に対して、 イケア・ジャパン代表取締役はきっぱりとひとこと。「ディズニーランドです」 新しいホームファニッシングストアの到来を感じる言葉でした。IKEAはスウェーデンで誕生し、 36カ国に約260店舗を展開する世界一のホームファニッシングストア・チェーン。 しかし、そのどこにディズニーランドに匹敵するエンターテインメント性があるのでしょう。 IKEAに入ると、まず特製のメジャーと鉛筆が置いてあります。 それを手にしてIKEAの世界へ。何十にも及ぶリビング、キッチン、子供部屋などのルームセット・スペース。 しつこく商品を勧める店員がいないので、時間を気にせず、自分の家で採寸してきたデータをオリジナル・メジャーで 確認しつつ、じっくりとイメージを膨らませることができます。 (字数の関係で中間カット2009年02月27日) ーー 日本では、ニトリ、大塚家具、東京家具あたりが、当面の大きなライバルになる。 日本人に組み立て家具が受け入れられるかどうかだが、私は大丈夫と思うが・・・。 まさか、日本でIKEAの店が見られるとはね! (。´_`)ノホンジャ! ・・・・・・・・・ 2007年02月27日(火) 2156, 幸福に驚く力 −3 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜 *「物語」の持つ力* ー読書日記ー ーまずは、この本の中の「物語」の持つ力と不思議についての面白いところを抜粋してみようー −− 河合隼雄の「物語とふしぎ」の中で、「〇〇にとって納得のいく答えが物語になるのだ」 「正しい知識を供給しても人は納得できない場合がある」 「人間の体験した不思議とか驚きを心に収めるために物語はある」といっている。 人は科学的、客観的にはおかしくても、それでも納得できる方を選ぶということを遠い昔からしてきたのである。 河合さんは、それを、「その人と世界との関わりを示すものとして物語はある」といっている。 「物語とは何か」を根源に立ち返って考えさせてくれる、あるエピソードがある。 ある人が、南フランスに出かけていって、一面のヒマワリ畑の中にたったそうです。 ところが、彼はヒマワリに圧倒されて、ほとんど気が狂いそうになったといいます。 その時彼は何をしたか。ゴッホのヒマワリの絵を必死になって思い浮かべたというのです。 そしてその目の前のヒマワリと自分の間にゴッホのヒマワリおいて、そうすることで初めて精神の均衡を保つことだできた。 そう話してくれました。つまり、私たちは本当に対象となるものに直に触れているように見えるけれど、 いつもそこに何か借りてきて、それを通して対象と触れ合うことを無意識のうちにやっているんじゃないか。 自分と世界と直接結ぶということは物凄く大変なことですね。だから、こうだよという物語、それを借りてくるんじゃないか。 いま私がいう物語には絵も音楽も入っています。つまり自分は世界とどう関わったかに答え、それを一つの形にしたもの。 それを聞いた時に、物語とは何か、ふっとつかめたような気がします。 ある波頭を見ていると、「あっ、北斎の波頭だ」と思わずつぶやく。 もし、北斎のあの版画を見ていなかったら、本当にあの波頭を捉えることができたか? ある人がこうつかんで、物語にした。その物語を借りてくることによって、対象と向き合う。 そういうことを、私たちはみなやっていると思います。ゴッホがなぜ狂ったのか、恐らく彼には、 借りてこられる物語がなかった。どうしても納得できる他人の物語がなかった。それで格闘したんですね。 してやっとつかんだ時には精神の均衡を失っていた。そう思います。 ーーー 私のライフワークの一つに、「秘境ツアー」がある。その楽しみの一つが、写真とミニ紀行文である。 ミニ紀行として物語化にして、写真と供に記憶として整理しておくためである。 物語化は写真よりも自分の心に刻印してくれる。河合隼雄の「人間の体験した不思議とか驚きを心に収めるために物語はある」 という言葉のとおり、不思議と驚きを心に収めるため必要欠くべからずことである。人生は物語である。 多くの物語を持つことは、それだけ生きたことになる。そして大きな豊かさを与えてくれる。 誰もが自分の物語の主人公である。人生を豊かに生きるためには、主人公の生きる世界のキャンパスを広く持つことだ。 そのためには広く深く経験をしなければければ。不思議と驚きに多く出会。 それは本を中の主人公と邂逅することでも充分に可能である。新しい分野の主人公と多く出会えばよい。 そのためにはゼロを基点とした孤独を意識しなくては、その主人公の気持ちになることはできない。そういうこと! ー つづく ¥(*^_^*)\ バイバイ ・・・・・・・・・ 2006年02月27日(月) 1791, 全日本ラグビー選手権が面白い! (☆-v-)。o○《Gооd Мояйiиg》○ 昨日の全日本選手権の「NEC]と「東芝府中」が面白い試合であった。 最後の瞬間まで攻防が続き、6対6の同点引き分けで両者の優勝になった。 後半は東芝が一方的な攻撃になったが、終了間際のワンプレーが届かず、NECが守りきり同点優勝になった。 目の前のボールを拾えばゴールで東芝の勝ちだったが、するりとボールが前に滑ってしまった。(p>□<q*)) 去年がNECの優勝の為、宦官びいきで東芝を応援していたが,近年まれなる好試合であった。 表彰式では、お互いに笑顔が多かったのは、持てる力を存分出したからだろう。 (^―^) (*^-^*) ラグビーは延長戦は無く、両者の優勝になった。これでNECにとって昨年に続いて連続優勝ということになり、 東芝はマイクロソフトカップと、トップリーグの合せて三冠をとった。 観ていて両者が全力を出し合った 後味の良い試合であった。今年は学生の優勝チームの早稲田大学がトヨタに勝つハプニング?もあった。 ラグビーは集団格闘技(乱闘)といってよい。よく観ていると激しい殴り合いを審番の見えないとこでしているのがみる。 体力勝負のところが面白いが、闘っている選手は恐ろしいという。まあ、観るぶんにはよいが! ΒΥΕ.._〆('Д'*⊂⌒`つ ・・・・・・・ 2005年02月27日(日) 1426, アメリカインディアンの教え−2
ー何処かの国の教育学者のように、 私の「インディアンの教え」を`家庭の在り方という視点’で書いてみる。 ・両親の仲が良い子供は、暖かい心の子供になります。 ・卑しい両親の子供は卑しくなります。 ・人の悪口を家庭内で言っている親の子供は、冷たい子供になります。 ・期待過剰の両親の子供は、無気力の子供になります。 ・厳しすぎる親の子供は、影で悪いことをします。 ・家庭内離婚の子供は、社会に対して敵愾心を持つようになります。 ・男女間にだらしない親の子供は、離婚をする確率が高くなります。 ・親の愛情をタップリ受けた子供は、心の芯の強い人になります。 ・子供を自分の所有物と信じて疑わない親の子は、親を憎むようになります。 ・子供に一流の音楽や芸術をシャワーのように与えた子供は、一流の人物になる傾向が強くなります。 ・常に夢を持っている両親の子供は、創造(想像)豊かな人になります。 ・他人に思いやりのある親の子供は、幸せな一生を約束されます。 ・子供を優しく見守れる親の子供は、自主性のある自由な人生を過ごせます。 ー作成時間30分で熟慮はしてない。 −− 租借と熟慮をしていない分だけ、アメリカのドローシー・ロー・ノルトの「子供が育つ魔法の言葉」 の方がよいが、数時間かけて考えれば近いのは作れる?!インディアンの教えと、ノルトの言葉を 出しながら何回か読んで頭に何か浮かぶのを待てばよいのだが。 この位で止めておく。
・・・・・・・ 2004年02月27日(金) 1059, サバイバル
今の日本経済は「サバイバル・ゲーム」化していると言われる。そこでサバイバル(生き残り)を考えてみる。 (というより、ある雑誌の文章を土台に考えを書いているだけだが) アメリカの軍事「サバイバル・マニュアル」には・まず「生きる望みを失わないこと」とある。 生きる望みを失わない為には、ハッキリした目的がなくてはならない。 アメリカの軍事のサバイバルの第一の精神が、まずは生き残るという意志を 挙げているところが意外である。究極のところに立てば、まずは気持が大事ということだろう。 ・次には「今までの生き方では生きられなくなった場合をいう」 「現在置かれている現状、いわゆる状況を、正確に、早く掌握すること」とある。そして最適な方法を考え抜く。 方法が決定されれば危険を乗り越えて行動することだ。まずは生き方を根こそぎ変更することである。 とにかく、逡巡が一番悪い。何か自分のことのようだが、日本という国家もだ。 以上のサバイバルの意味から、現在日本の企業の全てに要求されているのは、 この情報化社会の大変革の中、生き抜くという意志と、今までのやり方を根本的に作り変えることだ。 その為には、現在置かれている状況を正確に、早く掌握することである。どの経営者に会っても言っていることは ・時代は、我々の想像を超えて変化をしている。 ・今までの延長のやり方ではもう生き延びることは不可能だ。 ・生き残る為のスキルを徹底して磨き、一点突破していくしかない。 最後の生き残りの5〜10㌫になる為のサバイバルに入った。 厳しいが面白い時代である? ほんと!弱肉強食の時代に本格的に入った! いつの世も「勝てば官軍、負ければ賊軍」である。
・・・・・・・・・ 2003年02月27日(木) 694, ハウステンボスの倒産
20年前に、チェーン理論のペガサスクラブの渥美主幹の言葉が印象的に残っている。 「いま色々なリゾート開発とかテーマパークがブームになっているが、あれは後背人口が 3000万以上でないと成り立たない。日本では関東しかない。大阪でさえ難しい」 であった。 「なるほど全くそのとおりである!」と納得したのを憶えている。 「浦安のデズニーランドが上手くいっているのは、関東の3000万のある上に、 日本全国とアジアの数億人の人口があるからだ」と加えていた。 その後バブルが発生して色々な計画が発表された時に「本当にバカでないか!」と冷笑していた。 別に私が考えてことでない、その情報を知っていただけだ。新潟では「ロシア村」「トルコ村」、 長岡ではゼネコンの「スペースシャトル村」が計画され全て頓挫した。 聞いていて無知もはなはなしいと思っていた。再開発の90パーセントもこの類だ! 今年オープンする「トキメッセ」はその最も最悪下劣の計画である!このテーマではないから省く。 現在になってこれらの計画のボロが露出しているが、この計画と遂行した犯罪者は引退したか、 あの世にいっている。 日本という国はどういう国だろ??いつの間にか、ボタンを掛け違えてしまったのだ。 このツケの支払いが、今の若い人たちの10年〜50年後に回ってくるのだ。 5〜6年前にハウステンボスに行った時その計画の合理性に驚いて、こういう例外があるのかと目を見張った。 特にテーマパークにあわせたオランダ風のマンションや住宅を造って販売しているのに驚いたものだ。 といって2回以上行きたいとも思わない。 デズニーランドなら別だろうが。 この「2回以上いってもよい」と思わせるには、高度のノウハウが必要のはずだ。 今は大型PDPTVが家庭内に入り、居間がテーマパークになってきている。映画館もしかりである。 私の場合、PDPTVが入ってから飲みに行く回数が半減した?テーマパークはバーチャルが最大の売りだが、 今の映画はデジタル技術でその過激さが飛躍している。 ハウステンボスの倒産は今の時代を象徴している。
・・・・・・・・ 2002年02月27日(水) 344,「神話の世界 」 -1 キャンベルとモイヤーズの対談集を読んだ。この本は私の愛読書の一冊でもある「シェーン」をはじめとする 西部劇の大部分は、[神話のストーリ]の転用であるという。主人公がある街に流れてくる。 そこで悪に遭遇して、正義感からその悪と対決し退治をする。そして何も報酬を求めず黙って去っていく。 「英雄の理想像」である。英雄の立場からすると大いなる旅に出て、そこで色々な困難に遭遇をする。 それと闘い勝利して「大きい精神的な何か」を得て故郷に帰っていく。アメリカ西部劇の全てに共通しているストーリである。 スターウオーズ」も、そのストーリーが背後に一本通っている。現代の神話、西部劇である。今話題の「千とチヒロの神隠し」 もその筋道だ。桃太郎、一寸法師などの昔話もそうだ。挑戦、闘い、変化ー成長、の成長過程が全て含まれている。 我々もそのプロセスを重ねて成長していく。神話はそういう意味で「人間の一番の本質」といってよい。 誰もが自分を一生を貫いている神話を持っている。自分にとって誰もが主役、皆が大将である。 「脱皮できない蛇は死ぬ」という諺があるが、神話のない人生をいう。 西部劇をみていて、そこに懐かしいアイデンティテーを感じる。そこに内面の深奥の旅を経験する為だろう。 蛇と鷲の闘いを絵でみたり、TVのドキュメントを見て興奮を覚えるのは、「地に縛られている蛇」と 「飛躍の象徴のわし」の戦いを、「自分の内面、過去の経験」で知っているからである。 英雄は鷲である。飛躍とは地に縛られている自分からの飛躍である。蛇は縛られている自分でもある。 その自己葛藤がその闘いである。蛇は人間がまだサルの時、森に縛られていた時の天敵である。 本能的に嫌うのは、その時の記憶が遺伝子に残っているからだ。その合体が龍である。羽の生えた蛇である。 何処の世界にも龍という架空の動物がいるのは、人類共通の想像的産物である。 願望の結果である。 神話の中によく大きい鳥に乗り、はるかかなたに旅をする世界共通の物語もその形を変えたものである。 大鵬という大鳥もそうだ。 実は私の「秘境の旅」もこれに似ている! 一時の蛇から、森からの飛躍のバーチャル版といっていい。 鳥を飛行機と喩えることができる。
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