堀井On-Line



2874, 成長モデルから 脱成長モデルへ  −2

2009年02月16日(月)


   「もはや成長という幻想を捨てよう」ー佐伯啓思  −2

「規制されたモデル」といえば、戦後日本の20数年の日本経済のモデルが理想であるが、これは成長モデルそのもの。
 結局は資本主義経済はバブルの繰り返すしかないのである。その本質はネズミ溝であるからだ。
 その繰り返しの中で、自由と平等を如何に両立させるかという難しい問題は人類の永遠のテーマと重ねる。
 突き詰めると、どれもこれも共同幻想でしかない。 共同幻想でしか人類はコントロールできないとすれば、
 共同幻想の「正・反・合」を繰り返すしかない。 更に前回に続いてポイントの部分を抜粋する。
  〜〜 
  *『自由放任的競争』から『規制された競争』
「ケインズが終生説いたのは、実は、グローバリズムへの警戒なのである。
『頽廃的で国際的で個人主義的な資本主義が世界をかけめぐり、国内経済を破壊することこそ、彼は恐れたのである。
『それは、知的でなく、美的でなく、公正ではなく、有徳ではない。われわれは、それを嫌っている。
いまやそれを軽蔑し始めている』とさえ彼は書いている。この『資本の気まぐれな浮動』から、一国の経済を守らなければならない。
それこそが、ケインズをして、政府による資本の管理と公共投資を唱えさせた理由なのである。そして、住宅、個人的サービス、
都市の美観、地方生活のアメニティ、といった『国際商品ではないもの』をこそ重視したのである。」
  −−
「今回の危機をきっかけに、世界秩序は、アメリカ一極構造から変わっていくかといえば、アメリカと中国の綱引きになるだろう。
中国は、製造業が成熟しきらないうちに金融が拡大するといういびつな経済構造のため、経済を膨張させていかないと国がもたない。
その点でアメリカと共通している。それに、欧州連合(EU)、中国、ロシア、インド、アラブ諸国、そして場合によっては
ブラジルが加わり、不安定な多極構造になっていく。日本といえば、残念ながら極にはならないでしょう。
国際的な連帯を考え、アメリカを牽制(けんせい)するためにEUに接近し、中国を牽制するために東南アジア諸国と連携するといった、
多面的な戦略が必要になる。―極にならなければ、国際社会の中で埋没していかないために、文化を通じて他の国にアピールしていく。
ただ、ゲームやカラオケだけではだめです。 理念や伝統的精神を大事にして、日本でなければ見られないもの、
味わえないものを再生させていくことが重要になってくる」

「競争によって大きな富を享受できるのは、基本的には、将来にわたって巨大な消費市場を開拓できる国であって、
 日本はおそらくはグローバル化によって、最も厳しい状況に置かれる国のひとつにちがいない。」
「人々がモノにたいする渇望を失えば、残るのは、富の表象であるにすぎない貨幣そのものへのゲーム的な関心であろう。
 ・・・・『モノの必要』から『貨幣への欲望』という現代の経済構造が、その帰結として、ワーキングプアや所得格差といった
『現代の貧困』を生み出し、また、資源や食糧の争奪戦という『希少性』を生み出すのである。『豊かさの中の貧困』と
いっても良いし、『豊かさゆえの貧困』といってもよかろう。」 
 ーー
「本当は『成長モデル』が求められているのではなく、『脱成長モデル』こそが求められているといわねばならない。
生産力が過剰となった時代には、過度な競争によって一見、経済は活況を呈するように見えるものの、実際には、
それは破滅への道に他ならない。このような時代に必要なことは、『競争』から『共生』への転換であり、自由市場から
ある程度管理された市場への転換である。『自由放任的競争』から『規制された競争』へといってもよかろう。
・・・『成長型経済』から『脱成長型経済』への思考転換であり、もっといえば『経済活動のあまりの過剰』となった社会からの
転換を図ることである。それこそ、人口減少、少子高齢化、そして過剰な生産力を抱えた日本が指し示すべき方向ではなかろうか。」
 〜〜
大きなウネリの方向は社会民主主義に向かっていくのだろうが、とどのつまり大部分の生物を巻き込んだ人類の破滅である。
そして、再び新しい動物が生まれ、数億年後に知的動物に進化して同じことを繰り返す。そのサイクルを何度か繰り返して、
50億年後に、地球は消滅する。更に150億年後には、宇宙そのものが消滅する。 しかしブラックホールの先に、
別宇宙が存在しているが、この宇宙の盛衰には関係ない?  

 ・・・・・・・・・
2008年02月16日(土) 2
509, 新・知的生産の技術 −2

好感の持てる人である。東京の知人が言うには「最近、東京では健康を兼ねてスポーツタイプの自転車で
チョットした移動に活用している人が多くなっている。」という話を聞いたばかりなので、成るほどと感心した。
この人の場合は、携帯用のナビまでつけている。ナビは個人の行動まで自由にしているようだ。
ここまで電子機器が発達し、ソフトも高度化したなら、己を空しくして逆に無駄取りをして合理化に徹したほうが
良いに決まっている。その意味で、この本は批判が多いかもしれないが、見習うべきことがあまりに多い。
ここまでグーグルが世界の人たちに支持をされるには、それなりの内容があるはず。
なら、限度のある自分を徹底的に排除をして、己を空しくして圧倒的なベストに
従ったほうが良いという彼女の問いかけが、シンプルで訴える力がある。
・補助脳としてのパソコン
・フォトリーディング、親指シフト、マインドマップなど、じぶんなりのOSを整え
・アナログとデジタル入力のバランスを使い分け
・マスメディア情報を減らし、実体験、他者体験、良書を三大情報源とする。
・自分以外の感覚器、特に耳をもっと活用する
・そして睡眠はよくとり、運動をよくする
だいたい、これにブログや日記、メモをよく取ること、これが言いたいことである。
大部分が進学にエネルギーの大部分の人が取られているとき、このような合理性で自己研鑽に
勤めれば、そこそこのことが出来ることだ。

・・・・・・・・・・・・
2007年02月16日(金)
2145, 「狂い」のすすめ −2
        才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
                              
この本は「世間」に対する私の鳥瞰視と同じトマリ木の目線である。第一章の「狂い」のすすめは、
「世間を幻覚と割り切ること。その為に自分を狂者と割り切ってしまえばよい。
世間は狂っているのだから、そんなものを元々相手にしなければよい。」

私自身の人生を振り返ると、「狂」が一つのキーワードであった。
狂を演じてないと、事業など立ち上げることができない。現状否定が事業の立ち上げの切り口であるからだ。
その辺の二代目が、その「狂」を冷笑しているのをお笑い芸人の目で、その反応を計算している自分の様も面白かったが。
現在もそうである・・。いや、狂いが目立たなくなったということか!
定年を迎えようとしている男が、急ごしらえの定年後の準備を始めている様は、コミックといえばコミックである。
「狂」になって一度自分を破壊しないと、定年後の第二の人生の構築はできない!
その意味で、この本は彼ら向きなのだろうが、はたして理解できるか?
この本では「狂者の自覚」という表現をつかっているが・・・
それまでの人生観を根こそぎ疑って、新しい人生観を構築しないと!それが第二の人生である。
この無自覚な連中を集めて商売にしようと目論んでいる人がいるが、その悪臭は自分では分からないだろ。
でも、その人たちに目先の安らぎを与えるどこが悪いか! という論法も成り立つが! どうでもよいことか。

 この本の中で一番気に入ったのは、ーカタツムリからナメクジへー というところである。
*そこを抜粋すると*
「カタツムリが旅に出て、ナメクジになって帰ってくる」私たちは常識や既成概念、世間の物差しを持っています。
そういう殻を背負ったカタツムリが旅をするのは、そうした殻を捨てるためです。
殻を捨ててナメクジになって帰ってくる。そうした気持ちでする旅こそ、最高の旅である。
たとえば、インドの貧困だって、貧困を悪いものだとみるカタツムリでなく、貧困もよいものじゃないかという
ナメクジの目でみることができれば、素晴らしい旅になるはずです。
 インドの子供の裸足を見て「かわいそうに・・」と思うかもしれませんが、
「裸足のどこが悪いんだ、上等の靴を履かされて、重い鞄を持って塾通いと、
裸足でのびのびと遊んでいるインドの子供と、どちらが幸福なんだ・・・?」とね。

もう一つは ーついでに生きているー である。
「‘人生なんぞ無意味である'と言うのであれば、なんでお前は生きているのか?
それなら、生きている価値がないじゃないか」と言うが、その反論として、
「人生に意味がないなら、自殺さえ必要ないじゃないか」と反論していた。
そのうちにうまい言い方を考案しました。それは、人間は、−ついでに生きているーという言葉です。
人間に生まれてきて、生まれたついでに生きているだけだ。 別段、それ以上の意味はない。
人生に意味があり、目的があるとしたら、私たちはその目的に向かって邁進したくなります。
そうすると、競走馬的な人生になってしまいませんか。
 −−
まあ、一日一日を切断して、その一日を「日々是好日」と楽しめということだ。
二度とない人生、そして一日である。著者こそ、実際は逆に生きてきたし、現在もそうだろう。
悩める人に対して、そう教えるのが彼のお仕事であるから、それでよいが。
「人生に対して意味を求めつくしてこそ、その逆もさもありなん」と相まってこそ、人生無意味の意味が深まるのである。
「そんなこと、言われなくても分かっている!」というが、一応、念のため。カタツムリだものね、人生は。
 どっちも同じ? 喩えがね〜 同じか!

 カタツムリが、定年を向かえて、否が応でもナメクジになったとき、その人は如何すればよいか?ということだろう。
 こういうナメクジに新しい殻を与えようとしているのか、「あの人」は!それも既成品を。オーダー作れないもんね!
 その人たちは、今さら。 だから、安直な仕入れ品を当てがおうというのか!
 もともと安直な殻なら、その後の殻も安直で充分というのも理解できるが。
 でも、何かおかしな話である! まあ、考えるに丁度よい材料になるが。
                  b(^o^)ノ バイ!
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2006年02月16日(木)
1780, 他罰の人
       (`・ω・。)っノXXXX>C【才ノヽ∋―】゚+。*゚+。

ある本で「他罰」という言葉に行き当たった。他罰性は、現代のキーワードといって。特に情報社会の病巣といってよい。
自分のマイナスすべてを他人や社会のせいにする傾向の強い人間は何処にもいる。
私がタレントの‘みのもんた’を嫌いなのは、職業柄もあるが、他罰性が非常に強いからである。
まあ観ている方も他罰を一緒に楽しんでいるから本人の責任だけではないか。         ~~旦_(^O^ )
人生の後半に(いや前半もそうだが)明るい生活を送っている人の分析がある。
・縦と横の人間関係がキッチリできていて ・本業以外にライフワークを持っていて
・何ごとも前向きで楽観的で       ・他罰性が無いこと   
それと(私の意見だが)奥さんが明るい人である。
 逆に社会に適応できない人とは
 「他罰性が強く、そのため人間関係が崩壊、何ごとも後ろ向きで、趣味が少なく、暗く温かみが無く、
  そのため神経症になっている人」である。    ゙o(≧◇≦*)o o(*≧◇≦)o"ダメ ジャ〜!!             
  誰の中にもある毒素であるが、その傾向が強いか弱いかにある。
  私が敏感なのは、他罰性の強い人間である。自分の中に、あるから嫌なのだろう。    
 その傾向の強い人種は常に攻撃対象を探している。それを思いつくまま挙げてみると ユルサン![(#▼皿▼)]ムキッ
                       ?(;:゜Д゜;:)ヒィイッッ
 親が悪い、友人が悪い、学校の先生が悪い、上司が悪い、会社が悪い、
 政治が悪い、社会が悪い、等々 社会的貧者に、この傾向の強い人が多い。
「人生は最も偉大な言葉」とは‘自分の生きてきた全て(人生)が何もいわなくても全ての自分を語っている’ということ。
 その中で一番の問題になるのが他罰性といってもよい。 ルァァ!! (*`д´)ノチキショ!!! (`Å´)ゴルァ!!
 夫婦間など、男女間のトラブルは他罰から生じる典型なことである。
 自分のことを考えてみれば家内との喧嘩は何時も、どちらが悪いかの言い争いである。    
 会社組織も他罰の牽制で成り立っているといっても過言ではない。
                   つづく      ヾ(。´・ェ・`。)Bye
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2005年02月16日(水)
1415, NHK視聴料について

数年前から、NHKの視聴料の支払いに対して疑問を持っていた。
そして、最近起こった不祥事事件である。自宅で三紙とって日経新聞を止めて、WOWOWに加入。
次に新潟日報を止めて、薄型TVを購入した。NHKを止めて、CSに加入したくなるのが当たり前のことである。
以前から会社で支払っているNHKの視聴料の支払いに対して、何時止めるかタイミングを計っていた。
「宿泊のお客は自宅で視聴料を払っている。それが何で、ホテルの客室の視聴料を払わなくてはならないのか!おかしい?」
と考えて当然である。先日のラグビーの番組の中止(途中から抗議殺到で放送したが)で、切れてしまった。
会社に行って早速、「NHKの支払いの必要無し!」と宣言をした。
ところが、呆れた顔をした支配人 「10数年前から、一円も払ってません!」
私「・・・・」やるべきことは、やっていたようだ。個人は、結構NHKの番組みで楽しんでいるので払っている。
ーーー
2005/01/31   ー1399, NHKと朝日新聞

昨日の朝日新聞の天声人語が時期が時期だけに、少し際どい?内容であった。
(後でコピー)
「政治的圧力の有無の報道の件」は、誰がみても朝日新聞の方が正しい。
予算承認という伝家の宝刀を自民党が持っていて、その時の権力者が口を出すのは当たり前。
しかし、今は時代が変わってしまった。?党の権力ボケどもが陰で左右しようとしても、今回のようなことになる。
政治屋どもは国民の直接の批判がアキレス腱である。あの??の二人が介入してないわけがない。
日本人は甘い。私もそのうちの一人だが。不払いが1佑△泙蠅靴ないのが合点がいかない。
2〜3割が不払いになるのが自然である。知人の銀行員が、「不払いの手続きに多くの客が来ている」
と言っていたが、それでこ僅か1佑任△襦NHKの歴代の会長の半分以上が不祥事の責任をとって辞めている。
島ゲジとかいわれた前の会長も不祥事で辞めている。
■《天声人語》  01月30日付
 (字数の関係でカット09年02月16日)
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2004年02月16日(月)
1048, デート・カウンセラー

最近、TVが面白い。特にBSTVが色いろな世界を鋭く切り取っている内容が多くなった。
普段知ることができない世界を垣間見れる。
一昨日のBSの、[地球ウォーカー]のニューヨークのデート・カウンスラーの目を通したドキュメントがよい。
結婚相手を見つけるチャンスが少ないのが大都会の独身者の悩みという。特に女性の場合、チャンスが少ない。
大都会は同姓愛が多くて、出会いパーテーを開いても男性の数が少ないのが悩みになる。
10対8といっていたが、実際はもっと少ないようだ。この33歳のティナというブロンドのデートカウンセラーの
目を通したニューヨークの独身女性の結婚問題を掘り下げていた。女性20人位のセミナーで色いろの講義をしているのだ。
現在、学生時代の日記を書き移しているが、男の立場からみても合点することが多い。
結論からいうと[ありのままの自分に自信を持って、オープンに積極的にあれ。但し、これには守るべき原則がある!」という。
 ーその原則とは
・直前(その場)のデートは断る4日後に引き延ばすこと
・相手の言動を分析しない勝手な分析などしないで軽く考えること
・女性の場合、支払いは相手に
・あせりは絶対に見せない
・メールの返事は3回に一回ぐらいにしておく 等々である。 
 この番組に出てきた独身女性を見ていると(いや大方)、男性不信の人が多い。
 前の男性が駄目であっても、次の人が駄目とは限らないのだ。
 男性は、その女性を理解するのに平均4ヶ月かかるという。従って、あまり先?を急ではいけないと。
 ニューヨークでは50涌幣紊領ズ率というから、結婚は大問題になっているという。だから「デート・カウンセラー」
 という職業が大うけなる。ー男性の多い店とか、スポーツバーに行ってチャンスを自らつくり、気楽にー
 というのが要約であった。いい人に出会うためには「下手な鉄砲数撃ちゃあたる」も必要なのだ。
 簡単に最適な相手が見つかる訳がないが、といってそうチャンスがあるわけがない。
 上手く結婚まで持ち込んでも50涌幣紊亮最圓硫椎柔もあるのだから本当に難しい問題。
 特に若い人に言いたいのは、「理想と現実の違いをはっきりしろ!」
 その為には「若さにありがちな自己過大評価と過少評価(特に過大)を修正しろ!」
 「表面的な魅力と同じくらい内面的な魅力をつくれ!」
 「若い時は二度とない、片思いでも良いから死ぬほどの恋をしてみろ」
  こんなこと人にいえた柄か?    全くその通りです!
 
 ・・・・・・・・・・
2003年02月16日(日)
683,まれに見るバカ−読書日記-3
              ー 続く
・・・・・・・・・
2002年02月16日(土)
333、20歳の頃 −1

立花隆の「二十歳のころ」が面白そうなのでネットで買い寄せた。
本屋で立ち読みをしていたが、実際に買い読み始めるとこれが面白い!
立花隆と東大の立花ゼミ生が「各界著名人や無名の人の20歳のころの事」をまとめたものである。
一番の人生の不定形の可能性の塊のころである,と同時に一番不安定のころでもある。
そして一番その後の「人生の基盤」を作っている時期でもある。
私の周辺の人を見ていると「大学時代何をしていたか」で人生が決まってしまう。
その頃遊びほうけていたり、ただ漫然と大学生活を過ごしてきた人は、今もその延長にいる。
人生の要所であることに若さゆえ気づかない。「さすが立花隆!」と思うのは、
「ホームページ上でサイバー大学という形」で進めていったことである。ゼミのメンバーと同じ年代の人と普通なら、
これをやらなくては絶対会えない各界の人から、色々な啓示を受けたことだ。それもホームページ作りを通してである。
まったく羨ましい限りである。人生のOFF−J−T,いやOFF−L(LIFE)−Tそのものだ。
 私の二十歳頃を近くに書いてみよう。 それより学生時代の頃になるか。
 屋上から「通行人の自分」を眺めているみたいで面白い。
 ー2004年2月16日記
この文章が、恐らく「22歳の日記」を公開するキッカケになったのだろう。


2873, 成長モデルから 脱成長モデルへ  −1

2009年02月15日(日)

 「もはや成長という幻想を捨てよう」ー佐伯啓思  
 中央公論 08年12月号が、なかなか説得力のある内容であった。 
   
  ーまずは、そのいくつかを抜粋してみる。                    
「今回の経済危機の原因は長期的に見ると、20世紀を通じて続けてきたアメリカ型資本主義による
経済発展の行き詰まりである。 資本主義の本質は、物的生産力を無限に拡張していくことにある。
だが先進国では70〜80年代に社会が成熟段階に達してしまい、人々がさほどモノを欲しがらなくなった。
その結果、製造業に投資しても大きな利潤が出ないので、余ったカネを金融市場に集めてバブルを常に起こすことで、
経済発展をしてきた。人々が高いお金を払ってまでも手に入れたいと思う『モノ』がもはや亡くなりつつある、ということであろう。
だからそ、製造業は、過酷なまでの価格競争によって、価格を下げるほか無いのである。・・・
今日、『経済活動の過剰』という問題に真っ正面から取り組むべきではなかろうか。
確かに、今日、資源はますます希少となり、食糧も希少化しつつある。食糧の奪い合いが始まろうとしているし、
アメリカ人は借金をしてまで貪欲にモノを買い続けている。人間の欲望は無限であり、モノは有限である。」
  ーー
「グローバル化の第2の波である帝国主義の真相を、英国の経済学者でえあるボブソンは恒久的な消費の低下にあると見ていた。
・・・ ケインズこそ、現代資本主義の最大の問題を消費の低迷に見ていたのである。 かくも豊かな社会が到来すれば、
人々はもはやその関心を『モノ』には向けなくなるであろう。その結果、消費は低迷し、それが資本主義の長期的停滞を
もたらすだろう、というのがケインズの予想であった。『豊かさの中の停滞』である。
豊かさのまっただ中でこそ、資本主義は深刻な問題を生み出す、というのである。」
  ーー
「『貧困への恐怖』と『豊さへの渇望』がもはや経済活力の源とならない。・・・もしそうだとすれば、規制緩和や
市場競争促進政策は、いっそうの生産能力過剰をもたらすだけのことであり、それに伴う有効な需要の伸長がないとすれば、
よほど無理なコスト競争、価格競争をしなければ企業は存続できないであろう。
これは経済活動にあまりに過度な負担を強いることになる。この負担は、まさに、ワーキングプア、フリーター、派遣労働、
所得格差、労働強化、産業空洞化、地方の疲弊という形で表れているのである。(中略)今日、われわれは、消費者としては
できるだけ安いものを買おうとしている。投資家としては株で利益を得たいと思っている。しかし、そのことがまさに、
市場競争を激化させ、組織的な労働を解体し、結果として、労働者としての『われわれ』は大変な目にあっているのである。」
 〜〜〜
 解)この考え方を、もし日本だけで当てはめたら国家そのものが破滅してしまう。何故なら、それを狙った他国が
  逆の方針をするからだ。日本が「ゆとり教育」で、その世代の骨抜きが進行している間に、中国が一子政策を採り
  両親のエネルギーを一人の子供に集中したのである。だから現在の日本の衰退が深刻なのである。 
  しかし、世界がブロック化をして、その中で互いに規制することは可能だろう。 
  日本の衰退を、「成長モデルから衰退モデルへ」と衰退を脱生長と言い換え、気がついたら国家破滅!の危機になる。
  人口縮小に合わせて経済規模を均衡縮小を割り切ってする政策にすることは、間違ってはない。
                     つづく
・・・・・・・
2008年02月15日(金)
2508, 世界をだました男

    「世界をだました男」 (新潮文庫)        ー読書日記
             フランク アバネイル (著), スタン レディング (著),
以前にビデオレンタルで借りてみたが、あまり印象に残っていない。先日たまたま図書館で借りてきた後に、
アマゾンの中古本を買って読んだが、なるほど面白い!殆どが実話というが、さかりのついた男の
あの手この手の必死さが面白い。色いろな示唆のある内容で満ちている。
この内容の概略をまとめるだけの価値はある。生粋の詐欺師の話として割り切って読むと面白い。
政治家は、この手の詐欺師まがいが多いのは見ているとわかる!
ーー
6歳から21歳までアメリカやヨーロッパで詐欺を繰り返して二百五十万ドルを荒稼ぎだした。
連邦刑務所で服役後、数々の職業を経て、その手法を逆手にとって詐欺対策コンサルタントに。
 (以下字数の関係でカット 09年02月15日)

・・・・・・・・・
2007年02月15日(木)
2144, 「狂い」のすすめ −1 

       (~Q~;)  おはよう〜〜ファ〜  サム!
 閑吟抄の中の、「ちろリ ちろり ちんちろり ・・・・一期は夢 ただ狂え」
 を切り口に、世間に縛られないで 自由に生きなさい!と論じている。
 まさに何時も、ここで書いていることである。私にとって、今ひとつ物足りないところがあるが、
 団塊の世代のマニュアル人間が定年を迎えようとしている現在、丁度良い内容である。人生に意味など無い、
 生まれ、飯を喰って、くそをして、死ぬだけだ。 あるのは「いま ここ」だけ! 
   ーまずは、その概要からー                    ー読書日記
                   著者:ひろさちや :集英社
 世間や常識の奴隷になるよりも「ただ狂え」。狂者の自覚を持つことで見えてくることとは…。
 人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きようと呼びかける。
   ー表紙裏の内容紹介ー
 今の世の中、狂っていると思うことはありませんか。世間の常識を信用したばかりに悔しい思いをすることもあるでしょう。
 そうです、今は社会のほうがちょっとおかしいのです。当代きっての仏教思想家である著者は、だからこそ「ただ狂え」、
 狂者の自覚をもって生きなさい、と言います。そうすれば、かえってまともになれるからです。
 人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きましょう。
 「狂い」と「遊び」、今を生きていくうえで必要な術はここにあるのです。
 
−面白そうな所を何箇所か抜粋してみた-
*『人生に意味なんてありません。「生き甲斐」なんてペテンです。』
*「日本人は人生を知りません。人間らしく生きることができず、エコノミック・アニマル、
  すなわち畜生の生き方をしています。日本人は狂っているのです。」
*「上等の靴を履いてぶくぶく太った日本の子どもと、裸足でやせたインドの子どもと、どっちがまともなんでしょうか!?
  そして、どちらが幸せでしょうか!?  わたしたちの『常識』『物差し』は狂っていませんか!?」
*「ともあれ、遊牧民族は、敵と味方をはっきり分けて考えることができます。 だから楽なんです。 ところが
  われわれ農耕民族の末裔である日本人は、敵か味方かわからない世間を相手にせねばなりません。それがしんどいのです。」
*「浄土経典である『大無量寿経』においては、《人、世間の愛欲の中に在りて、独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る》
  と言われています。 この「独生・独死・独去・独来」が人間の本質なんです。」

 ・・・・・・・ 
2005年02月15日(火)
1414, スローフード

欧州でまず驚くのはスローフードとスローライフの生活パターンである。
最近、日本でもスローライフ、スローフードが流行りだした。
アメリカ発の便利・効率を優先するファーストフードに対して、スローフードを見直す運動である。
イタリアのブラという街で生まれた運動で、日本スローフード協会によると、次の三つを指標にかかげている。
1、消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワインなどの酒を守る。
2、質のよい素材を提供する小生産者を守る。
3、子供達を含め、消費者に味の教育を進める。
アメリカのコンビニエンスという考え方が、食べることにも及んで、画一化が進みすぎて、ものごとを
「味わう」ことが少なくなってしまっている。その反省に立って、食事そのものを見直す運動である。
これは、人生にもいえることで、「スローライフ」の見直しも出てきた。
人生を画一的な面だけでとらえず、ジックリと味あう生き方である。
「それぞれのライフワークで、自分という素材を生かすことを優先していこう」という考え方である。

先日見た映画の中で、船長と妙齢な婦人3人と母娘のディナーでの会話が素晴らしい。
それぞれが初対面で、違う国の出身。一人一人が多くの過去を持っている。それを何気なく自己紹介で言うのだが、
何の嫌味もなく洒落を言いながら食事をしながら話すセンスが素晴らしい。 スローフードの典型であろう。
欧州人は、ともに食事をすることを最も大事にしている。
生き方と食事に大きなつながりがあることを、長い歴史の上で体験的に知っている。
時間と手間隙をかけた心のこもった食事を、心を込めてとることこそが、今の時代に求められているのだろう。
特にスペインは、一日の時間の組み立て方が、欧州の他の国と全く違っている。
朝は、他の欧米と同じ9時頃に始めるが、午後1時か2時から4時ぐらいまで昼休みを取る。
その間、一度家に帰ってシェスタという昼寝をする。(セックスも、その時にすませる人が多いとか)そして8時過ぎまで働く。
その後街に出て、バールと呼ばれる居酒屋でアンチョビなどのツマミでいっぱい引っ掛けて、顔見知りや家族と楽しむ。
街中あちこちにバールがあり、その時間どこも満席である。その後、家に帰って食事をする。  
とにかくバールの値段が安い。彼らにとって、スローフード・スローライフは数百年続いている文化でしかない。
スローフードなどが流行りだすのはイタリアやスペインなどと同じく国が衰退を始めたということだ。
これも事実だから仕方がない。新潟でも全国チェーンの湯葉料理の「梅の花」が出店した。
昼飯を二時間以上かけて主婦などのグループがとる。五頭山の麓にある、釜飯の店など、その走りなのだろう。
金持ちの外食スタイルのカジュアル版ということか!

・・・・・・・・・
2004年02月15日(日)
1047、「22歳の日記」の終わりに

今日で学生時代の日記が終わっていた。何時から何時までという日付の無いフリーの日記帳なのだが、
丁度よいタイミングで最後のページで、最終日の今日だけレポート用紙が貼り付けてあった。
いま一冊の日記帳にあと半年位は書いていたと思うが、ハッキリした記憶が無い。
この日記を書き移していて「恵まれていた環境にいた」とつくづく思う。
「寮生活に、一ヶ月の欧州旅行、ゼミ、クラブ、教授、両親、友人」と多彩な環境が重なっていたことに驚いた。
そこには地方出身の、土がタップリついた、純朴な姿がそのままあった。
この時期に培ったものが一生ついてまわることを、振り返って実感する。それと真面目な姿も、今も昔も一緒である?
大学の専門分野の授業が結構面白かったことと、全く知らない分野を、色いろ知ったのが最大の収穫であった。
また知識や情報や人脈の重要さを実感をした。知的好奇心がこの時期にやっと芽生えたのだから、かなり遅咲きであった。

大学の知識などは、実社会に出てからの経験や読書などの蓄積からみたら、微々でしかない。
「大学を出てないから駄目だ」という自分の思い込みという石をつくらないで済んだのも収穫であった。
当時の学生時代の背景が、昭和40年代前半だったというのも恵まれていた。
特別恵まれていたのではなく求めるものがあったから、見返りに対象が反応した部分もあった。 
この時代のポップスは黄金時代といわれている。高度成長期の波に乗って、素晴らしい歌が次々出ていた。
恵まれた時代にあたった世代は、最後の最後まで恵まれるようだ。年金も、丁度よいようになっている。
同世代の人をみていると、仕事などでハッピーエンドの人が多い。
学生時代に真面目に過ごした人は、その後の人生で順調のようだ。
マージャンや女性狂いをしていた人は、あまり恵まれた人生ではない。知識や生活の基盤をつくっていなかったためだ。 
その一人が自分でもあるが。寮にクラブにアルバイトに酒にと、全て中途半端であった。
しかし、それに気づいて産能大に入りなおして基盤直しをした?が、それでも取り返しがつかなかった。
それほど甘いものではない。基盤はそう簡単には造り替える事はできない。

この日記から、温みを感じ取れるのも確かである。私の人生を振り返って「恵まれていた、ついていた、
面白かった、ありがとう」がキーワードにある。この日記を見る限り学生時代も全く同じである。
この日記を、つまらないという人と、リアルで面白いという人が二分していたようだが、少なくとも私にとっては、
リアルで面白い内容であった。自分の地偕の、あるフロアーに迷い込んだようなものだからだ。
この日記の最後にも感想を書いてある。 もう、こんな赤裸々な日記は書けない!

・・・・・・・
2003年02月15日(土)
まれに見るバカ  −読書日記 −2
ー印象的なところを抜粋するとー

人はバカに生まれるのでない。バカになるのである。
親子という縦の系列によってバカになり、友人・社会という横のつながりによってもバカになる。・・・
なぜ容易くバカになるのか。理由ははっきりしている。人間は楽な事を選ぶ生き物だからだ。
できることなら責任なんか負いたくない。他人の心配などまっぴらである。
難しいことより易しいこと、苦しいことより楽しいこと。不自由より自由。貧乏より裕福。
まどろこしい事よりすぐ成果が見えること、に流される。努力するのも金輪際イヤである。 
これらの諸条件を満たすのは必然的にバカになる。自分中心主義で、物知らずに、自分の頭で考えることができない。
考える努力もしない。だから人に頼りたくなり人の責任にしたくなる。このようにして人はいとも簡単にバカを志向する。
だから親がバカだと子供はつらい。「バカ」を刷り込まれるからだ。
バカになるのに訓練や努力はまったく必要でない。欲望と感情だけがあればよい。
そしてどんな人間でも欲望と感情だけはもっているのである。・・・
もしバカになったら、それはどこまでも自分の責任である。責任がなくとも自分で負わなくてはならない。
  ・・・・
バカがひとりで死ぬまで山の中で生きているのならどんな罪もない。
しかしそのときは「バカ」であることじたいが無意味であろう。
ひとりだけならバカも賢いもないのである。 バカの罪状以下のごとし。
ーつづく
・・・・・・・・・
2002年02月15日(金)
331、自分を愛すること

我々は「自分を愛することを罪悪」と知らないうちに,教え込まれてこなかったか。
人間のいや生物の「遺伝子にはエゴイズムが書きこめれている」という。
まず自分のエゴイズムをハッキリと認めよう。そしてそのコントロールをすべきだ。
自己への愛が自己陶酔やエゴイズムと混同され、否定されている。
私たちの大部分が、実は愛を経験していなかったのではないか?経験してきたのは、実は[報酬]であった。

どこかの「チンドンヤ」のように第三者の容認を目指しているのを、本当の愛といえるだろうか?
第三者の影を探し続けている「子狐」的偽愛・偏愛を愛と勘違いしていた。
まず自分自身を愛し、魂を育てることが「愛」の第一歩である。
その前に人を愛そうとしたり、人に愛されることを求める。
それはオカシイと考えもしない、世界の大部分がそういう人で満ちている。
別にエゴイズムを勧めているのではない。他人に対する愛の希求を、まず自分に向けよ!
自分の魂に慈愛を与えよ!である。自分のやりたい事を見つけやることが、魂に慈愛を与えることになる。

それを第三者に求めることを「愛」と勘違いしている。真にやりたいことを、第三者に求めていないか?
第三者にそれがある訳が無いことを解ってない。新約聖書に「汝を愛するように、隣人を愛せ」という
最も象徴的な真理がある。汝を愛せない人間が隣人を愛することができるのだろうか。
聖書もまず隣人を愛せとか、自分への愛を否定はしていない。宗教的な文章になってきた。
それを知っている人間は他人のそれも解る。自己欺瞞が世界に満ちている。解ってない人間が奇麗事を言う。
他人のアラを探す、無能だからそれしかないのだ。こういう一生を「無能松の一生」という。
私の知人に典型的な奴がいる。もっとも、悲しいことに一番に自分に似ている!
・・・・・・・
2月15日 1969年

昨夜のことで、本当に自分が嫌になる。いい加減な自分に嫌悪感を感じる。
あとは、思い残すことなく社会に出よう。学生時代は終わったのだ。
ーこれからの予定として
2月17日に先生のところに最後の挨拶  2月19日にゼミの工場見学11時〜18時
その後、2日間長岡に帰る。2月26日にジャスコ入社式のため四日市に出発
3月2日まで、入社前教育
 ーーーー
 以上で半年続いた日記が終わっている。

その続きを書いていたかどうかは記憶がない。書いていたかどうかは五分五分である。
この一年後、カード型の分類日記を一年間書いた記憶がある。その一年後、全てを捨ててしまった。
本当は捨てなければよかった。この日記よりもっと激しいことが書いたあったようだ。
それだけ、その後の一年は激しい一年であった。心身ともボロボロになっていた。
大學を出て、十数年は誰もがそうだろうが、一生分の問題を吐き出し解決してきた。
三十代半ばからは楽だったのは、それまで精一杯生きたからだ。

それにしても、凄い?20代~30代を過ごしてきたものだ。他の人のことは解らないが、私は限界ギリギリだった。
読んでいて気づいていると思うが、やはり背景は恵まれていたのだ。時代に、両親に、そして先生に、友人に。
月並みの言い方になるが「ありがとうございます」という言葉の重みをつくづく感じる。今も、
当時も一番足りない気持である。「ありがとう」という言葉は、言い尽きないのが人生と振り返って実感する。
この時代の人達に「ありがとうございます」と手を合わせて、この青春日記を終了する。 
少なくとも書き写している間は当時にタイムスリップをしていた。
毎日続いた一時のタイムスリップも、今日で終わってしまった!あまり過去に住むのは良くない。

今年の9月からの同月同日の日記として、再び貼り付けるかどうかは、その時考えるが「もう見たくはない」
のが現在の気持ちだ。半年も経てば気持ちが変わる可能性があるが。当時のこの男の頭をなぜてやりたい。
そして「35年前よ、さようなら!」と、腕がちぎれるほど何時までも手を振りたい気持ちである。
 当時と同じように少し感傷的になってしまった!
「あたらしき 明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に うそは無けれど〜  啄木」
  
この日記帳の表紙にデザインとして書いてあった詩である。
日記帳の下欄には、啄木の詩や日記や書簡集が印刷をしてあった。しかし詩心は芽生えなかった!
  ーーー 
 明日からは、換わりに、次のシリーズとして、 このホームページの「お笑いのコーナー」の、
 ジョークと小話を貼り付ける。 少し品のないところもあるが! 100話以上ある。
 5月まで続く予定である。


2872, 貧困率

2009年02月14日(土)



最近になって、「貧困率」という言葉が話題になることが多い。
 −そこでウィキペディアで調べてみた
  貧困率は、「絶対的貧困率」と「相対的貧困率」とに大別される。
・絶対的貧困率
 当該国や地域で生活していける最低水準を下回る収入しか得られない国民が全国民に占める割合の事。
 相対的貧困率よりも実状を反映しやすいという特徴があるが、逆に言えば、「生活していける水準」を
 どのように設定するかによってさまざまな基準があり、設定者の主観が入りやすいという危険を持つ。
・相対的貧困率
 国民の経済格差を表す指標で、「年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の割合」の事。
 絶対的貧困率と違い数学的な指標なので主観が入りにくい。しかし絶対的貧困率と異なり国によって
「貧困」のレベルが大きく異ってしまうという特徴を持つ。この為裕福な国Aにすむ人が
 相対的貧困率の意味で「貧困」であっても、貧しい国Bにすむ人々よりもずっと豊かな暮らしをしている、
 という事もありうる。よって相対的貧困率は「貧困率」という名前であるが、貧困を表す指標と
 とらえるよりも国民の経済格差を表す指標ととらえたほうが正しい。
 −−
以上だが、貧困率がアメリカは17パーセントに次いで、日本は15パーセントの二位。
アメリカでは黒人・ヒスパニック系が25〜30パーセントに対して白人は10パーセント。
2000年には日米ともに13・5パーセントだったことから、その数字はジワジワと上がっている。
社会保障の行き届いている北欧はわずか5〜6パーセントからみれば、異常な数字と見てよい。
現在の日本の平均収入が307万円だから、大よそ150万がラインだが、実際には月15万×12ケ月=180万辺り。
総中流時代という言葉が懐かしい時代になってしまった。「ゆとり教育」の世代が社会の中核になってきたが、
ますます貧富の差が大きくなる要素が増えてしまった。 とはいえ社会主義政策の結果の総貧困社会も困る。
社会主義者は現在でも、やり方が間違っていただけと言ってはいるが・・・
貧困の恐怖が人間のエネルギーの元になってきたが、それさえ感じられない世代を「ゆとり教育」が作り
あげてしまった。 結果として、能力カースト制度を子供時代から作り上げてしまった罪は大きい。
国が衰える背景には、マイナスの重なりがある。 
情報社会は、格差の実態をアカラサマに露出するから鬱積が溜まり爆発するのである。
 自由主義の拡大は、結果として豊かになる自由もあるが、貧困になる自由もある。 
「自由、平等、博愛」は人類の永遠のテーマである。 これも動物である限り共同幻想ということ?

・・・・・・・・・
2008年02月14日(木)
2507, 地頭が良い人
                b(’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ?
私の知人に何人か、地頭の良い人がいる。本人も自身の地頭の良いことを自認している。
これは学歴の高低ではなく、彼は常に何かを目標を立てて、ポイントを把握して、最重要順に実行する手順に入る
習性が身についている。 人生の節目を知っており、その時節には自然と変身を始めている。 こういう人は、
人の話を良く聞く。そして、その話(情報)を、己の言葉に置き換え行動の手順に置き換える。
小林秀雄の「無私の精神」という文章に行動家の精神パターンを書いていた。
行動家は無私の精神構造になっていて、全てを知った上で、己を抑え目標を達成する。
ある意味で、それをゲーム化をして楽しむことのできる人である。
ところで、昨日の日経新聞の新聞広告に「地頭を鍛えるー問題解決に活かす『フェルミ推定』」−という本があった。
気になったので、アマゾンで内容を調べてみた。買うほどの内容ではないが、一応、概略を私なりにまとめてみた。
−−
地頭力とは「未知の領域で問題を解決していく能力の事で、環境変化が激しい過去の経験が未来の成功を保証するとは
限らない現在において重要な 能力と定義される。まずは、IT化によって手軽な情報を安易に利用してコピーする
『コピペ族』が増加しているが、真に頭を使いこなす者は減少していると前書きで述べている。
地頭力の本質は、「結論から」「全体から」「単純に」考える3つの思考力である。
すなわち「結論から」考える仮説思考力、「全体から」考えるフレームワーク思考力、「単純に」考える抽象化思考力だ。

地頭が良い人とは この3つの思考力は鍛えることができるものであり、地頭力を鍛える強力なツールとなるのが
「フェルミ推定」である。「シカゴにピアノ調律師は何人いるか?」。
こうした荒唐無稽とも思える問いへの解答を導き出す考え方のプロセスを問うのが、「フェルミ推定」だ。
「フェルミ推定」と呼ばれるのは、「原子力の父」として知られ、ノーベル物理学賞受賞者でもある、
エンリコ・フェルミ(1901~1954)に由来する。本書では、「日本全国に電柱は何本あるか?」といった例題や
その解答例から「フェルミ推定」のプロセスを紹介しつつ、「好奇心」「論理的思考力」「直感力」
という地頭力のベースとそれらのベースの上に重なる仮説思考力、フレームワーク思考力、
抽象化思考力の3つの構成要素とその鍛え方を解説している。」

未知のテーマに向かうとき圧倒的に効率よく対処する方法、思考力を 鍛えるための方法、仕事のアウトプットを
増やす方法として大変参考 になる。特に「完璧主義」的傾向のある人はこういう現実的なやり方 もあるのだ
ということをインプットしておくことはきっと自分の能力 をさらに高めるきっかけとなるのではないかと。
地頭力とは「未知の領域で問題を解決していく能力の事で、環境変化が激しい過去の経験が未来の成功を保証するとは
限らない現在において重要な 能力と定義される。「フェルミ推定」とは 把握する事が難しく、ある意味荒唐無稽とも
いえる 数量について何らかの推定ロジックによって短時間で概数を求める方法です。
フェルミ推定はこれら3つの思考力(仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力)に知的好奇心を
含めた要素から 、アプローチ設定、モデル分解、計算実行、現実性検証といった基本プロセスを通じて実行されます。
 −−
この本の要点としてはこんなものだが、地頭は色々な要素が重なって出来上がる。
それは、その人自身が長年かけて作り上げていくしかない。 
逆に地頭のまったくない人は、羅針盤機能が荒い人が多い。
考えることを知らない人? 自分のことを考えると、まあ、自己嫌悪に陥るから止めとこう。
                       。´_`)ノ バイ
・・・・・・・・・・
2007年02月14日(水)
2143, さおだけ屋はなぜ潰れないのか?
        オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
  
いつも本屋の平台にあったが、初心者用の会計本と何度か手にとってみたが、それ以上には興味の無い本だった。
ところが図書館でこの本を見つけたので早速借りてきて目をとおした。
月に一度は土日に『毎度お騒がせのチリ紙交換です』という替わりに『さおやー、さおだけー、たけやーさおだけ、
二本で1000円のサオです。』とあいも変わらず聞こえてくる声がある。
何をしているのだろうか?と誰もが思うのが当然である。この種明かしは簡単である。金物屋が、副業で暇な時間を
見つけてテリトリーの中を、在庫原価をゼロに落としたサオをアタカも専門店のようにしてマイクで走るのである。
そのサオ屋は情報収集をしているのである。
(字数の関係でカット2009年02月14日)
               ホンジャ  ヾ(*´▽`)ノ=з=з=з  バイバイ!

ーーーーーーー
2006年02月14日(火)
1778, ライブドア問題の深層
                   b(’0’)d おっ  w(゚Д゚)w ハァよー
ライブドアの株価が、昨日91円から60円に暴落、絶望的な株価になってしまった。
毎日新聞の数日前の「記者の目 」ー「プロの金融犯罪」の印象ー の、ライブドアに対する記事が鋭い。
・何故いきなり東京地検特捜が、金融庁や証券取引委員会の告発の手順を 踏まずにストレートに踏み込んだのか、
 という経済関係者の疑問と
・資金洗浄をしなければならない理由は?
・そして役員が何故、自殺をしなければならなかったのか? 等々。
 今朝、毎日新聞に載っていた自殺した野口取締役の自宅から発見された構造的犯罪システムとしての
 チャート図からみてもITという名の隠れ蓑の下に
「もともと悪質のプロの金融犯罪集団(ライブドア)が金融機関と組んでおこなった可能性」である。
 たまたま、やり過ぎたのではなく、もとともプロの犯罪集団だった?のではないかという疑問である。
 そういう眼でみれば、この一連の不可解な強圧的な日本放送の乗っ取り劇や、資金洗浄、役員の自殺、
 そして特捜の直接的な動きが見えてくる。 背後にあるのはユダヤ資本か、あの穢れた関西系の??か、 
 それとも・・                   アーへ(´д`へ)(ノ´д`)ノ
 ーその毎日新聞の記事 「記者の目 」とはー
 ライブドアの堀江貴文容疑者について、法律違反を犯したことは責められるべきだが、
 彼が果たした功績については評価すべきものもあるのではないか、という議論がある。 
  (字数の関係でカット2008年02月14日)
  ー毎日新聞 2006年02月10日付  βyё βyё...φ(´д`

・・・・・・・
2005年02月14日(月)
1413, スペインについてー2
ー闘牛の話

闘牛について何回か断片的に感想を書いてきたが、もう少し詳しく闘牛について書いてみる。
三回行ったスペイン旅行のうち、二回見ている。
マドリッドで初めて見た闘牛には、大きな衝撃を受けた。帰りは下を向いて黙って帰ってきた。とにかく残酷なのだ。
その日、一人の闘牛士が牛に突き殺されてしまった。牛の角に刺されて空中に放り出され、会場が異常にどよめいた。
こういう場合殆ど、闘牛士は亡くなるという。死ぬと、闘牛の世界では大ニュースになる。
現地のガイドが興奮をして、「こういう場面に出くわしたことは、不謹慎だが、非常に幸運です」と言っていた。

二回目に見た、パンプローナの牛追い祭りの最終日の闘牛が面白かった。
牛追いは、その夜の闘牛の牛を早朝街を追い上げる時に、男達がその前を走って勇気を競うことから始った。
またヘミングウエーの小説の舞台にもなって、世界的に知られるようになった。
延々と続いたパンプローナの最終日、興奮は最高潮に達して、スペイン中がこの闘牛に注目する。
二回目となると、初めと違って冷静に見ることができる。闘牛は、闘牛士と人間の殺し合いである。
生と死のギリギリのドラマが演じられる。興奮した牛の登場から、熱狂的な闘いの後、死体になって
数頭の牛に引きずられながら葬送のラッパと供に消えていくまでの全てを見るからこそ良い。

アンフェアなのは、牛に何回か槍を刺して弱らせてから、闘牛士と闘うことだ。
そのままで闘うと闘牛士が殺されるケースが多いからだ。初めてみた時には、アンフェアと腹が立った。
が、二回目から「こんなものだろう」と楽しむことにした。一晩、2時間以上かけて、前座から横綱クラスまで、
三人の闘牛士と六頭の闘牛の闘いがある。闘牛士にもランクがあって、その実力は見ていても解る。
牛にも実力があり、闘牛用の牧場で人間に触れないようにして、野性味を残してある。
とにかく逆三角形で大きく格好がよいのだ。また闘っている姿は、勇者そのものである。
気の強い奴、弱いくて逃げ回る奴、性格のクセのある奴、それぞれ違っている。
闘牛士も同じだ。 気の弱い牛は途中でも退場させることがある。

相撲は僅か数秒の勝負に気を入れた仕切りを長々し、だんだん気合を入れていく。そして立ちあいの
駆け引きの後に勝敗が決する。最後に負けた力士が、肩を落として帰る場面までのフルコースで成り立つ。
ダイジェストで勝負の一瞬を見ても何も面白くはない。闘牛も同じである。
地元の観客を見ていると、この殺戮をサンドイッチを食べながら家族連れで見ている。
最後に死んだ牛を、ラッパによる葬送と供にヒモを付けた虚勢した牛が引きづって
退場するのだ。そして、帰りに解体された牛肉が売店で売られている。
西欧文化と東洋文化は基本から全く違う。長岡近郊の山古志村の「闘牛」は、牛同士の押し合いでしかない。
中世にスペインが南米を占領したのも当然である。今の、イラクとか、アフガンも同じ構図である。
アルカイダの立場も解らないではない。今の日本は、この闘牛の牛でしかないのだろう?少し飛躍をしたが。
とにかくスペインは、情熱と死と愛が、入り混じった文化が露出している。芸術、建物、踊り、そして、闘牛。 
以前書いた、「スペインについて」をコピーをしておきます。
 
・・・・・・・
2004年02月14日(土)
1046, ノンアルコールに切り替えて

ノンアルコールビールに切り替えて10日ほど経つ。アルコール度は0.5佑曚匹派當未離咫璽襪裡隠以の一程度だ。
500mmのビールを、350mmのノンアルコールしたのだから体調はよい。
紹興酒一合位を今でも飲んでいるので、一晩のアルコール量は半分になったことになる。
今のノンアルコールは一度ビールを造った後に、アルコールを抜く製法をとっているためか以前のような不味さはない。
面白いもので慣れてくると、こんなものかと気にならないし普通のビールを飲みたいとも思わなくなった。
その代わり週に一度外で飲むビールが、ことさら美味しい。体調を壊したとか、糖尿病とかの対策でない。
知人が自宅での晩酌をノンアルコールに切り替えたと聞いて、試してみただけだ。年齢からみて丁度よいタイミング
ということもある。何時でも飲めるという気楽さと、駄目だったら元に戻せばよいという余裕があったためか、
スンナリとチェンジできた。ノンアルコールに切り替えてから、2回外で飲んだ。ビールは殊更美味しかったが、
普段の外での酒量の半分?しか飲まなかった。これが思わない収穫であった。家での酒量を半分にすると、
外の酒量が反比例でなく正比例することが解った。身体が受けつけなくなってくるのだろう。40歳の記念に断酒をして、
1年近くで挫折をした経験がある。今から考えてみると、断酒でなく酒量を半分にする工夫をすべきであった。
それでも10年前から、自宅ではビールと紹興酒だけしか飲まないとか、外での一人酒はしないとか、
自分からは誘わないとかの工夫はしていたが。日本ではアルコール依存症は7人に一人だという。
本屋の立ち読みだが、チェックリストをみて私はアルコール依存症ではない。しかし酒癖が悪いことは間違いはない。
「私から酒をとったらクソ真面目な面白くない男が残るだけだ」と勝手な理屈をつけているが、
酒飲みの動機は大体こんなものだろう。いずれにしても適量以上の酒は最大の害悪である。
適量以上の酒の味も、「たま」にはいいものだ。       注[たまー魂、霊、珠、田間]

・・・・・・・
2003年02月14日(金)
681,「まれに見るバカ」ー 読書日記 ー1

「ぶざまな人生」が面白かったので、同じ著者のこの本をインターネットで取り寄せた。とにかくスッキリする!
「わが内なる馬鹿」というところか。わたしも辛辣だが、ここまでひどくはない!読んでいて私など可愛いものだと
思ってしまう本である。こんな本を書いてみたいものだが無理だ。下手な書評などより「まえがき」と「あとがき」を抜粋。
ー表紙裏ー
人の世に一定程度のバカがいるのは常識である。「浜の真砂はつきぬとも、世にバカの種はつきまじ」と。
しかし、そうは知りつつも、平成の世にわが日本につぎつぎとバカが異常発生している驚くべき事態をいったい
どう考えればいいのか。性別も年齢も、収入も地位も関係がない。さらには有名人・無名人も問わない。
なぜ、こうした事態がこの国に出現したのか?「バカ」の生態と由来とその現状をあますところなく伝え、
読む人に不思議なことに、生きる勇気が湧いてくる「当世バカ」
                         生態図巻。
・・・・・・・
2002年02月14日(木)
331,、お見舞いの手紙−堀井正子さんへ

お見舞い申し上げます。どう見舞ったらよいか?私の仕方で最善と考えてこの本(フランクルの<生きる意味について>)
を贈ります。非常に深い内容のある本です。今度の貴女の病、あなた自身にコペルニクス的大転換
(人生に何を要求するかより、人生そのものが貴方になにを求めるか?)の問いの大転換のチャンスです。
この本を読んでいるうちに、何かが見えてくるのではないでしょううか。<過去の総てを肯定し、容認すべし>
父が死を目前にした時「もう一度、同じ人生を・・」と言っていました。これは非常に深い言葉だったと思います。
それも知識より触発された言葉でなく「苦しみの底より掴んだ言葉」だからこそ父のこの言葉を素晴らしいと思います。
貴女の場合「池津屋とともに生き、そしてそこを去り倒産、そして音楽の先生という人生」
はそのまま安穏とした人生より、はるかによかったという見方です。自分の人生の総てを肯定する見方です。
この数年父の心境が判りかけています。「社会的自分を一度すてて、真なる自分」を今一度じっくり見つめ直す時期です。
「過去の総てを肯定する視点をもつべし」これは私が言った言葉でなくフランクルがいっている言葉です。
神が一日だけ、この世の中にある人を呼び戻したそうです。総てが光輝いて見えたそうです。
娑婆の人間に「何故それが見えないのか?」「どうでもよいこと、娑婆の表象」に流されているからだと思います。
そのゴミの中で生きているからです。それを餌の種にしているからです。これを機会に真実に生きてください!
    ご自愛のほど!             ー魂の言葉ー
                                2000年11月30日 ー 八郎
・・・・・・・・・
2月14日 金曜日  1969年

10時起床。 17時に、池袋の松山寿司で行われるゼミの「我々の追い出しコンパ」に出席をする。
和やかな時間を過ごすが、石川と雲行きが怪しくなった。同期の田島も出席をしていた。
卒論を出せなかったのでやめたといっていたが寂しそうな顔をしていた。武澤先生と話をしながら泣いていたようだ。
私も気が緩んだのか、好き放題のことを先生に言ってしまった。そんなことを言えた柄でもないのに。
先生の最後の贈る歌が感動的であった。三年生からの贈り物で電気スタンドをもらう。
武澤ゼミに入って本当によかった。 自己疎外に陥り、反発も感じ、苦しんだ。
しかし、それもゼミに対する私自身の能力不足が原因である。これだけの思い出を、このゼミに入ったおかげで
得ることができたのは青春の財産になる。本当によかった!その後、2次会で私が幹事をする。
そこで先生の前に座り込んでクダをまく。先生に見得を切ったのだ。 バカもいいところだ。
最後の最後、石川と殴り合いをしてしまった。どういうことか、過去に一度も乱れたことのない自分が今日は本当におかしい!


2871、 構造改革路線の罪

2009年02月13日(金)

最近買った「文藝春秋・三月号」や、昨日の読売新聞に、構造改革推進派だった
三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が、新自由主義からの「転向」宣言を寄稿している。
*まずは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのブログに、彼のコラムが載っていたので、
 要所をコピーしてみる。
 ー
「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という新自由主義的な発想に基づく
「改革」は、無責任だし、危ないのではないかということを強調したいのである。
実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、
平等社会を誇っていた日本もいつの間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。
そのほかにも、医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の「安心・安全」が損なわれ、
人の心も荒んできたように見える。これを放っておいてよいのかという問題意識である。
 新自由主義的改革においては、「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下、「市場にお任せ」
すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。
したがって、「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった新自由主義的な発想に基づく
「改革」ではなく、日本のよき文化的伝統や社会の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きを
かけることができるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけである。
そのための方向性はもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。
底辺を底上げし、貧困層が社会から脱落していくのを防ぐこと。 このことが重要なのは、
「日本の奇跡的成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考えるからである。
日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、日本の良さが失われるだろう。
 もう一つは、明治以来の中央集権体制を解体し「廃藩置県」に匹敵する位の大きな制度改革を断行することである。
中央官庁に集結した優秀な官僚が今度は疲弊した地方を再生させるために地元に戻り、彼らに自分の故郷が文化の
香り豊かな元気いっぱいの地域にする術を死にもの狂いで考えてもらう。 これくらいの大改革が必要だと思う。
 
 ー以上だが、
彼は懺悔の書として「資本主義はなぜ自壊したのか」を出版したが、その巨大な「牙」が負わすであろう「傷」に
対する認識を持たないで、グローバル資本主義を更に押しすすめることが愚かであり、危険と指摘。
「傷」とは、第一に「バブル崩壊と世界大不況」、第二に「貧困層の増大と社会の崩壊」
第三は、「地球環境破壊の加速」をあげている。 これからグローバル資本という「モンスター」を
どうやって鎖をつけるかが問題としている。 日本のバブル崩壊時において、アメリカ属国だった日本が
新自由主義に追随せざるをえなかったのは仕方ない。しかし大きな転換期であり、更なる破壊が日本には必要ということ。 
 方向はダウンサイズである。 無理をすることはない、身の程を知れば良い。 チマチマした島国の知恵がある。

・・・・・・・・・
2008年02月13日(水)
2506, 新・知的生産術 −1
                 ≪( \(・ω・)/ )≫オハヨゥ☆
 効率が10倍アップする
新・知的生産術 ―自分をグーグル化する方法 ー
                  勝間 和代 (著) ダイヤモンド社

本屋で何度か立ち読みをしたが、「自分をグーグル化する方法」という言葉が気になって思い切って買った。
買うほどの内容かどうかは人によるが、参考になる部分は多くあった。経済評論家・公認会計士として
活躍している著者自身が実践する効率的情報収集術だから、人脈形成術、読書術など説得力はある。
・IT機器を自身の脳の補助に使い効率を上げ、
・フレームワーク化・簡略化・階層化を駆使して絞込み、
・原理原則を組み立てて、
・GIVEの5乗で情報を共有し人脈作りに役立てるのは、情報化社会の
 流れを、そのまま実践した中で得た習慣であろう。
私自身、このHPを開いて、確実に10倍は知識のインプットと、アウトプットは増えた。
だからどうなったということはない! ただ、面白く、やりがいがあり、充実感があるから、
現在もつづけている。 その結果、この卑小な人間性を曝け出してしまった反面、
公開することで(私のレベルの)質を落とさないように維持をすることができた。
その結果、「考えざるを得ない日々」を作り上げたつもりが??・・で、この程度。
私が著者から学んだことは、ともかく月に15万円の本を買い続けて、1ヶ月に100冊の本を読み?、
そして、それから得たことをギブの5乗の気持ちで与える姿勢である。
良質な情報源(実体験、他者体験、良書)から効率よくインプットし、
各種手法(ピラミッド・ストラクチャー、MECE、ブログ)にてアウトプットする。
それを繰り返すことにより、自分の読み書き能力、情報処理能力が高める手法である。
「1%の本質の見極め」そこから
「具体的な目標設定と目標達成のための 無駄の徹底的排除」の見逃せない習慣である。

勝間流1%の本質を見極める6つの技術
  ・フレームワーク力をつける ・ディープスマート力で経験値を重ねる
  ・失敗力をつける      ・ベストプラクティスの共有で学びを分けてもらう
  ・自分の価値を出せないところはバッサリ捨てる ・本代をケチらず良書を読む
『ノートパソコンがある・なしでは、カーレースを車で走るのか、徒歩で参戦するかの違いがある』は、
  全くそのとおりである。奈良時代に、ジェットヘリの喩えと、同じである。
                        ーつづく
           (´・ω・)ノ゛ホナ!
・・・・・・・・・
2007年02月13日(火)
2142, 世界で一番短い物語ーそれは名前
                 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウ!
「世界で一番短い物語ーそれは名前」、ある本を読んでいたら飛び込んできた言葉である。
ん〜んそうっか〜と、唸ってしまった。
その人にもよるが苗字は何十代も渡って受け継がれ、名前は両親が愛する子供のために名づけた愛の結晶。
その二つが相まって、その人のブランドになっている。ただし、そのことに気づかないのは当の本人!
そのブランドを一生をかけてつくり上げていくのが人生である。その二つの重りで充分に物語である。
何度も苗字が変わる人もいるが! 多くの物語があるのだから、それはそれで、その人の人生である。
ジョン・F・ケネディー。 この言葉だけで物語である。ジョンという名前が、そこでもう物語を含んでいる。
ケネディー家の父親がつけたジョン・F君という名付けに思いがあり、本人のジョンが一生かけて、
自分の人生をつくりあげたのが「ジョン・F・ケネディー」である。
それは人の名前だけでなく、ファッションのブランドも、レストランの名前も、その名前の中にある意味が
物語をつくり上げていることになる。 子供の頃、自分の名前が嫌であった。
しかし、歳を重ねるごとに自分の名前が好きになってきた。自分の人生を気に入ってきたのと比例して好きになってきている。

父親の名前が、堀井誠作である。その名前が父の名前だけでなく私の物語の原点になる名前である。
誠を人生をかけて作り上げた自分の原点である。私は人の名前を直ぐに忘れる癖がある。
フルネームを憶えるのは人間関係の基本である!はず。名前負けしている人もいるが、本人にとって重要な言霊である。
人生で何十万回、いやもっと多く呼ばれる言葉である。それは自分の魂そのものと言ってもよい。
子供の頃「ハッちゃん」と、多くの人に笑顔で頭を撫でられたのが、人生の原点にあるようだ。
それと同じぐらい殴られもしたが、武器は泣くことだった。母が亡くなって、財産分与の話をしているときに姉に言われた
「あの可愛いハッチャン、何処に行ってしまったの」と!弟の分際なので心の中で、「あの優しい姉さんは何処に行ったの」
人は変わるのです、しかし魂は変わらない心の芯の部分。変わってはいないのだ。 変わったのは魂の外側の部分。
   今日を機会に名前をしっかり憶えようか!

        (゚∇^*)ホンジャ、 バイバイ! ♪〜
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2006年02月13日(月)
1777, わたしの「夢ノート」 −2
  著者:中山庸子 出版社:三笠書房   (。・・)ノぉはょぅ♪
 (字数の関係でカット2009年02月13日)

 ・・・・・・・ 
 2005年02月13日(日)
1412, 失敗学の法則ー読書日記

失敗学とは、事故や不祥事の原因を探る学問で、狙いは「再発防止」にある。
それだけでなく、それが逆に新しい発見を生むこともある。
畑村氏が、この「決定版 失敗学の法則」の中で
「『うまくいく方法』だけを学んだ学生たちは、既存の技術のまねや、過去に起きた問題への対応は上手にできても、
設計の分野でもっとも大切な『新たなものを創造する』という能力がなかなか身につかなかた。
(中略)行き着いたのが『うまく行かなかったやり方』、つまり『失敗』に学ぶことが、ものごとの真の理解につながる」

「生産活動には、事故や失敗は付き物である。これら、事故や失敗は小さなものから、
経済的損失につながるもの、負傷を伴う大きなもの、さらに多数の死傷者を出す大規模なものまである。
特定非営利活動法人「失敗学」は、こういった事故や失敗発生の原因を解明する。
さらに、経済的打撃を起こしたり、人命に関わったりするような事故・失敗を未然に防ぐ方策を提供する学問である」
と述べている。また、「失敗とは、こうなるだろうと思って行動したが、はじめに定めた目的を達成できないこと」
と定義している。そう考えると、誰も人生が大失敗になる?

失敗原因を「要因」と「からくり」に分けて考え、要因を失敗へと導く「からくり」を探ることで、
本当の原因を究明している。まだ記憶に新しいが、鳥インフルエンザの浅田農産(兵庫県姫路市)が、
隠蔽をして損害を最小限にしようとした為に大失敗をしてしまった。それと、三菱自動車。
三年半前にリコール隠しをしていた三菱自動車。今度は分社した三菱ふそうトラック・バスが、
脱落タイヤで母子を死傷させた事故から二年を経過して後、やっと欠陥を認めた。
その後も、似たような不祥事が後を絶たない。これは三菱というグループの体質が最も大きな要因である。
今でも、三菱というブランドに対するバッシング位としか考えてない。

このような原因には、敗戦でも国土のほとんどが戦場にならなかったように、本当に致命傷にならなかったため、
失敗を直視しない日本人の体質があると指摘している。三菱グループなど解体されるべき筆頭であったのだ。
「存在自体が問題集団であることを自覚していない」から、こういうことになる。
反対に、日本のエリート集団と勝手に思い込んでいる。そうだ、三菱系の麒麟麦酒飲むことを止めなくては!冗談だが?
実際のところ、成功より失敗から如何に学ぶかの方が重要な場合が多い。失敗モデルから、多くのことを学んだほうが
解りやすいことも事実だ。問題の設定を明確にして、その解決のシュミレーションを重ねて、失敗要因を取り除くことが
重要ということを、モデルは教えてくれる。 失敗は成功の元というが、余り失敗のとらわれることも失敗要因になる。
成功要因の本は、幾らでもあるが失敗を問題としてとり上げたのが、この本の成功のカラクリである。

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2004年02月13日(金)
1045、マ〜コー堀井正子に捧げる−2

ー姉の3回忌(3日前)の供養のための思いを書く。亡くなってまだ二年だが、もうズット昔のような気がする。
20代の頃、遊び相手に丁度良かったのだろう、大学時代は東京、勤めている時は京都、金沢と訪ねてきた。
観光がてらに遊びに来たのだ。12歳違いの姉というので、気が楽だったのだろう。
亡くなる前年の5月に自宅に遊びに来た。本人も、最後かもしれないという気持があったのだろうか。
13時から17時近くまで4時間近く、一人話しまくっていた。その時の写真を、当時このホームページのサロンに載せた。
大手通の四つ角にいた頃のことや、亡くなった兄のことや、手術のことや、現在の病気の状態を話していった。
「大學を出てなかったことが一生に大きなハンデであった」と言っていたのが印象的であった。
特に芸大に行けなかったことが無念であったと。「取あえず父の死んだ71歳まで生きるのが目標で、あと4年は生きるつもり」
と言っていた。 まさか半年後に亡くなるとは本人は思ってなかったようだ。
「スキルス性(悪性)の癌ではないが、保険を有利にもらう為に、知り合いの医者が悪性の癌と診断書に書いてくれた」
と言っていた。その時ピンときたのは「実際にスキルス性ではないだろうか」という素朴な疑問であった。
数日後にすぐ上の姉に[直感だが、そう長く生きれそうもないから、理由をつけて、会えるうちに多く会って
おいた方がよい」と電話をした。そして、その年の10月に再入院後、翌年の2月に亡くなってしまった。享年68歳であった。
長女と末弟ということで気が合ったことは事実である。半分は息子のような気持ちがあったのだろう。
昔から「A型、長女、ウエット、お嬢様」タイプの女性が好きだったが、今から考えるとシスター・コンプだったのだろう。
家内には結婚してからシスコンと言われてきたが。4人も姉がいれば仕方がない。

大人数の末っ子は、兄姉に苛められる?反面、それぞれの生き様を直接見ることができる。
先生の悪口や、恋愛話?結婚話や、色いろな噂などなどが聞いていて、それぞれ見ていて良く解る。 
姉兄の中で、一番夫婦仲が良かった。長女と旦那が末っ子という組み合わせが良かったのだろう。
組み合わせも、夫婦の機微に大きな影響を与えるようだ。悪い例もあるが、具体的に書くと差支えがあるからを止めておく。
派手な、カリスマを持った、大姉御というのが正子さんの一生を貫いていた。
自分のステージを持った、本当に面白い人であった!

・・・・・・・
2003年02月13日(木)
680、自殺志願

昨日の朝のニュースで自殺志願を報じていた。
インターネットで知り合った若い男女3人が自殺をしているのが発見されたという。
インターネットの検索で自殺志願のキーワードを入れてみたら、あるホームページに、
すばらしい文章が載っていた。 以下をコピーしておく。
 ・・・
 私は死に場所を探していた。脱サラして始めたラーメン屋も、思うように上手くいかずに借金だけが残り、
40を過ぎてやっと手に入れたマイホームも、結局、手放す羽目になってしまった。
働き口も、そう簡単には見つからない。妻も私に愛想尽かして家を出て行き、弁護士まで立てて離婚を迫ってくる。
子供達も皆、妻の味方だ。今の私にあるのは借金だけで、他にはもう何もなかった。
夢も希望も、明日を生きる気力さえ残っていなかった。
「ここにしよう。」私は、自殺の名所で知られる、断崖に立っていた。ここから飛び降りれば、簡単に死ぬことが出来る。
一歩、足を踏み出せば、もう苦しむ必要はない。日が沈むのを待って実行する事にしよう。
沈む夕日は、私の心を穏やかにした。そして、この夕日が消えた時、私も人生を終えるのだ。最高の演出じゃないか。
「おい!」 私はビクッとして振り返ると、一人の老人が立っていた。顔を見て、更に驚いた。「親父!」
夕日のせいで、ハッキリとは見えないが、間違いなく親父だった。10年も前に死んだはずの親父が、
何故こんなところにいるのだ?「そう見えるか。」親父はそう言いながら、私に鞄を差し出した。
「5000万円入っている。使え。」私は訳が分からなかった。夢でも見ているのだろうか?
「これは貸すんだぞ。20年後に、ここに返しに来いよ。まったく、金のせいで命を捨てるなんて、
バカらしいと思わんか。」 夕日が沈み、辺りが暗くなると、親父の姿はもう消えていた。
だが、札束のギッシリと詰まった鞄だけは確かに残っていた。
それから私は、その金で借金を返済し、一生懸命に働いた。親父との約束を果たす為に。
妻とも一度は離婚したものの、数年後に復縁した。子供達も結婚して幸せな生活を送っている。
そして、瞬く間に20年の月日は流れた。私も70を過ぎ、物忘れが多くなったものの、親父との約束の日が
今日だという事は、ハッキリと覚えていた。私は必死で働いて貯めた金を鞄に詰め込むと、
あの時の断崖へと向かった。約束を果たす時が来たのだ。

丁度、あの時と同じような夕日。本当ならもう死んでいたはずの自分が、こうやって、またここにやって来た。
何やら不思議な気分だ。そして、親父はまた現れるのだろうか。夕日が海に沈み始め、辺り一面がオレンジ色に染まる。
その中で座り込んで沈む夕日を見つめている男の姿が見えた。すぐに分かった。親父ではなく20年前の私がそこに座っていた。

ー感想を書いてみるとー
父親が現れて与えた5千万円は希望・意志ではなかろうか。
「20年後に約束どおりそこに行くと、若いときの自分がいた。
そして当時の自分に声をかけたのが父親でなく自分であった。」という落ちがよい。
死ぬほどの苦しみ絶望も、人生で経験しなくてはならない事だ。5千万に匹敵する事かもしれない。
丁度その時の彼にとって、苦しみを超えた意志こそが5千万の価値があったのだろう。
 ・悪魔の囁き・
ーこれを書いているのは宗教系の巧妙な餌ではないか?ともウガッタ見方もできる。
これを求めてクリックしていったところが、危ない商売の宗教の「??学会」だったり、
「??の科学」だったりする。カルトはやるから、そのへんは!!
自殺よりは、それでもいいかあたりがオイシイ餌だから。簡単に自殺など考えない方が良い。
「このカルト教団どもが、アフリカのエイズのボランテアをするか!」
自殺志願者は餌であっても救済の目的でない! 念のために!
 ・天使の囁き・
悪魔にだまされてはいけません! これは経験を積んだ人間しかいえない究極の救いの物語です。
この人にとっての究極の中から取った人生の真髄なのです。
もし貴方が「??学会」とかを自分の価値で切り捨てているならそれは間違いです。
それで救われるなら、その人にとってのベストなのです。それを乗り越えてこそ人生である。
のりこえる時の出会いがそれならそれで良いじゃありませんか!

・・・・・・・・
2002年02月13日(水)
330,真実の時

闘牛に「真実の時」という瞬間がある。闘牛士が最後の止めを刺す瞬間、牛もそれを悟り最後の力を
振り絞って突進しようとするその「一瞬の間」ーこれを「真実の時」という。
葬式の火葬場で最後に釜に最愛の人を入れる瞬間もそうだ。最も親しい人との別れの瞬間もそれだ。何回見ただろうか。
いや両親の経験をしている、叔母も。昨日もその場面を経験した。 感動の絶頂の時もそうだ。
バンジージャンプの落下している瞬間もそれだ。純粋に泣いているとき、笑っているとき、怒っているとき、
そして悲しんでいるとき、そして楽しんでいるとき、感動しているとき、をいう。

・・・・・・・・・
2月13日 1969年
11時に学校にいく。兼古と昨日の件で先生と話した内容を話す。
彼とは1〜2年の時親しかったが、このところは何か気持が通じなかったが、
何か以前の感覚になっていた。兼古とも、これが最後の話になるだろう。
一度だけの人生で、本当によい学生時代をおくれたことだ。


2870, 北半球のミツバチの四分の一が失踪

2009年02月12日(木)


この日曜日の毎日新聞「今週の本棚」の書評
「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン著-
に驚いてしまった。(内容はYahooにコピー)
これによると、
2007年の春までに北半球のミツバチの実に四分の一が失踪したという。
 結論からいうと
ーこの「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群」の原因は単一でないが最大の背景は工業化された農業。
不自然な管理がハチたちに強いストレスを与え、免疫抵抗性を弱め、ダニやウィルスに対する防御を弱めたのである。
そこに農薬の複合汚染が重なり、精密な社会生活を営む巣全体の活動をいわばアルツハイマー状態に陥れた。
病み疲れた働き蜂たちは、採餌の出先で倒れ、巣には戻れず、ただ死んでいった?・・・ ー
 それは「もう一つの人間社会を見る思い」と著者は人間の姿に重ね合わせている。
管理され、同一の花畑だけを移動されて、蜜を取らされて、毒(農薬)まで摂取していれば、当然の結果。

自宅で十年ほど前から、ハエと蚊の姿を見ることが少なくなった。
夏になると町内単位で各家の庭に毎年薬の散布をしているのが影響しているのだろう。
それと近くの河の中に堆積した土砂を徹底的の運び出したこともある。
散歩していて虫の数が激減してしまったのである。 
ハチの姿は都会で働いている人を冷静に見れば、酷似している。
管理され、会社と自宅という箱の間をラッシュの電車で移動する毎日。
それが都会人のカッコよさと共同幻想をもって生きて、定年で初めて働きバチだった己に気づく。
一年間、気温良好なオーストラリアで蜂蜜業を初めたが、大失敗をした内容を書いたことがあった。
四季の変化のストレスが無いことと、冬のために蜜を蓄える必要がないため蜜を採らなくなったのである。
都会でノイローゼ、自殺が問題になっているが、自然に触れる機会が少ないのも原因だろう。
この大恐慌も、あまりに不自然な現状を考えるチャンスを「大自然」が与えたのである。

・・・・・・・・・・
2008年02月12日(火)
2505,  将来の不安−5
                   ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
現代をマイナスの視点で照射すると、「不安の時代」といえるだろう。
修羅場を幾つも乗り越えてきたものにとって、「何が不安?」と笑ってしまうだろう。
イスラエル人が日本にやってきて、「この国が不安の時代」と聞いたらフキ出すだろう。
十年ほど前、イスラエルに旅行中に「アメリカの高校で乱射事件」があった。
その時の現地に住む年配の日本人ガイドが、「イスラエルでは間違っても、ああいう事件は起きません!
常に敵に囲まれていて内輪もめなどの余裕などない。兵役中の家族の一員が家に小銃を持ってきたり、
 町やバスの中には機関銃を持った兵士が乗っている。アラブ人との殺戮が日常化しているイスラエルにとっては、
あのような事件は呆れる以前である」と語っていた。社会の不安感が、蔓延しているのは逆に言えば平和ボケの結果。
アメリカの心理学者のシーベリーは「不安は、否定的な結果にすべての注意を向けること。
 不安を持つと、思考や感情の流れを建設的にコントロールすることができなくなる」
「不安は、あらゆる不幸を背負った自分が本当の自分であると、間違って否定的に考えることである」という。
あらゆる不幸を背負うなど思ってしまう。不安に取り付かれるのは、無知そのものを起因している。
そのためには知ることである。だいたい、不安とは世間様に対しての意識が起こしている不安定な気持ちでしかない。
その世間とは何か?と考えると、身辺の7〜8人だろう。それも程度の低い。
その辺から見据えないと、自分の生きかたが歪んでしまう。夢を常に持ち、一人で遊ぶ術を身につけていれば、
不安感は最小になる。それもこれも、やはり読書の積み重ねのベースを必要とする。
自分を心の底から信じられなければ、そして自分の夢を持ち続けなければ、
「最後は死ぬ?」という人生の一大事を知ってしまった人間の不安を麻痺させることは出来ない。 
逆に、根源的な問題から目を逸らすためには、群れて笑っているしかないのか?
それで解消できるなら、それはそれで良い生き方である。笑えるうちに笑っておけばいい!
感動できるうちに感動しておけばいい!直ぐに泣くときが来るのだから。その時はそれを受け入れるしかない。
あとは、野となれ花となれ!しかないだろう。不安など恐れることもない!
宇宙の微細の微細が何をしても、考えても同じ。ヾ(´∀`o)+。 ホナ!それじゃ、一人不安にさい悩まされている
              ‘一人プアー チャン’  バイバイ
  (1〜4は、2005年6月3日、7月1,3,6、7日記)
 
 ーーーーーーー
 2007年02月12日  2141, 中年の心象風景 −2
    (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜 サム

藤沢周一の『海鳴り』を4~5年前に読んだとき、中年から晩年にかけてのある初老の男の心情が切々と語られている世界に
ドップリと引き込まれてしまった。そこには、この時期に忍び寄る老いと死の影が最後の輝きの背後に描き出されていた。
そこで感じ取ったのはピカピカではなく、人生の落雷のズッシとした閃光の光である。  
 ーまずは、その中の一節を幾つか書き出してみる。
 {40の坂を越えたころから、新兵衛の胸にある不思議な感覚が生まれた。
ある時期を境にして、自分が老いの方に身を置いてしまったような感覚である。
これまでも考えもしなった、老いとその先にある死が、いやに明瞭にみえた。
その見えて来た老いと死に、いくらかうろたえていた。まだ、し残してことがある、
と思った。その漠然とした焦りと、ひとの一生を見てしまった空しさに取り付かれ、
酒と女をもとめてしきりに夜の町に駕籠を走らせた。新兵衛は47歳である。} さらに次の一節 
 {汚いことけがらわしいことは避けては、生きていけない世界に、大人は住んでいる。
商い、女、世間との付き合い・・。そういうものの間を大人は時に人を出し抜いたり、だましたり、
本心を偽ったりして辛うじて泳ぎぬくんだ。そこには大人の喜びがないとは言わないが、
その喜びは時には罪の意識にいろどられ、
大方は正視に耐えない姿で現れてくるのである。
そういう不純の部分を抱え込むことで、大人の世界は成り立っているのである。}
 {一家を背負うというものは、家の中に多少の不満があってもじっとこらえ、
こわれればとりあえず繕って、何度でもそうして辛抱強く家を保ちつづけるものなのだろう。}
 ーー    
中年期から晩年期かけては、色いろな決別、絶望、諦め、挫折、喪失が怒涛の如く襲ってくる、
その中で肉体としての衰えが一日一日と実感し、気持ちも大きく揺れ動く時期である。
ハッピーリタイヤなど、奇麗事であり、どちらかというと石もて追われる運命は誰もが遭遇しなければならない運命である。
その時、自分の人生の大きな問題に直面せざるを得なくなる。そして60歳の頃、大きな初老性の鬱病を向かえるのである。
結局は人はそれまで自分が生きてきたようにしか生きていけないものだ。
それが家系として子孫に受け継がれるから、好い加減な行動はできない。
そのジレンマの中で多くの問題を引きずりながら生きているのが中年期といえる。
しかし人生で一番よい時期が中年期である。仕事は面白いし、頭も冴えており、心も充実している時期である。
世界は大きくドンドン開けていき、それまで蓄積してきたエネルギーが外に向かい開放される時期で、
何もかもが面白いのである。季節としては秋、人生の収穫期で、秋祭りの時期である。
老い?、そんなもの!という気持ちで楽しむ時期でもある。
藤沢周一の中年の心象風景も、私の主観が入るとめちゃめちゃになるが、やはり奥さんとの絶妙な関係が
背景にあるのだろう。しかし、少し暗いが主人公の豊かな立場の設定が中年男の欝気分を上手く描き出している。   
 ー出版社のこの本の解説がよい!ー
はじめて白髪を見つけたのは、いくつのときだったろう。骨身をけずり、果てにむかえた四十の坂。
残された日々は、ただ老い朽ちてゆくばかりなのか。…家は闇のように冷えている。心通じぬ妻と、放蕩息子の跡取りと。
紙商・小野屋新兵衛は、やがて、薄幸の人妻丸子屋のおかみおこうに、果せぬ想いをよせてゆく。世話物の名品。
  いずれにしても、人生は甘塩っぱいものである。一度だけの人生じゃけん、
  味わなくっちゃ骨まで!ただし家庭が基本である。 特に連れ添いとの関係は!     
                ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪
・・・・・・・・
2006年02月12日(日)
1776, わたしの「夢ノート」 −1
       (o゚▽゚)o オハョ〜   読書日記

週に一度はいく書店の文庫本のコーナーで、前より気になっていた本であったが「今さら夢でもないだろう!」
と思い、買わなかった。しかし最近年齢のためか、過去回顧に重点が行き過ぎているので
「あと10〜20年間の夢づくりー予定づくりのためにも」と思い買ってみた。(値段が350円ということもあったが)
買ったと同時に利用価値が多様にあることと、この本の奥行きの深い価値に気づいた。
夢を書くことは前向きの言語の構成をすることである。それは未来から現在への視点の逆転になる。
また、このノートを書き足すということは、夢の純化と目標に姿を変えていくプロセスになる。(´、丶) ホゥ
夢に限らず、遺言に書き換えたり、自分の葬式の希望を書いたり、子供達へのメッセージを書き込んだり、
今年の予定表のコーナーなど、「書き込み式の自分本」ということになる。              
子供向きだが、万人に充分つかえる構成になっている。特に若い人にお勧めだ。
もし貴方が年配なら、子供か若い人のプレゼントに良いだろう。
自分の人生を航海にたとえると、行き先を羅針盤で確認できる航海予定表と行動計画書になる。
この本を若いときに利用するかしないかで、十年経った時に大きな人生の質が左右するだろう。               
                      ε-(ーдー)ハァ ソ〜
自分で創る自分の為の本である。「書きこみ式」で空欄へ書き込むレイアウトがよい。
また「夢」ー「枝」の分類がよい。「夢ノート」は「夢がかなうノート」を略したもの。
自分が「ほしいもの」「したいこと」「こうありたい気持ちやこころ」「休日の過ごし方」
など思いついた順に1 冊のノートに書き出していけるようになっている。
文庫本サイズでコンパクトになっており、手帳感覚で思いついた時に書き込め、結果的結果を得れるだろう。
自分の夢を書きとめるだけでなく、本や雑誌の気になる言葉を書きとめたり、印象の深い映画などを書き込むのにもよい。
自分の夢を文章化することは、行動へレベルアップするのに効果的だ。
                       ーつづく     ヾ(*'-'*)ヾ(*'-'*)ヾ(*'-'*)バイバイ!!
 ・・・・・ 
2005年02月12日(土)
1411, LOVE&FREEー世界の路上に落ちていた言葉−2

「求めよ、さらば与えられん!」が、人生である。この著者の生き方の中に、それがはっきりと見て取れる。
「何故、人は求めないのか?」、それは一般常識とやらに囚われているからだ。
この題名のFREEは、一般常識からの自由と、自らに由るという意味である。
この本の中に以下の文章がある。オマエハ ナニガ ホシインダ? それに答えられない人は、旅は続けられないぜ。
これはズバリ、それを言っている。何が欲しいのか、何を求めてよいのか解らない人は旅を続けられない。
そのナニガ ホシインダという根本的問いかけを曖昧にしているのだ。
  次の言葉もよい、
〜あるハワイアンの言葉より〜
「自分の魂が本当に満たされるというっていうのは、どういうことなのでしょうか?」
「それはね、自分が本当に何をしたいのか、何をするためにこの世に生を受けたのかを
知ることです。いくらお金を持っていても、いい仕事を持っていても、自分の魂を
満足させられないと、病気になったり、悪いことを引き起こしたりしてしまいます。
いろいろな辛い体験を踏み、苦しい体験を経てこそ、その中から自分にとっての本当の幸せを学びとることなのです。」
「だから、本当に必要なものを見つけるまで、魂は旅を続けます。ただじっと待っていても幸せになれません。
また不必要なものを捨て去ることができなくては、新しく得ることができません。
変化をする時はいつも大変ですが、不必要なものを捨て去る決断を下せない人の魂は決して
満たされることはないでしょう。」ナニガホシイか解らないと、魂がたださまよい続けて一生を終えてしまうのだ。
 ーー
必要なのは、勇気でなくて、覚悟。 決めてしまえば、すべては動き始める。
この言葉も意味深である。この覚悟こそ、魂の根本である。
 ーー
すべては自分が選んでいる。
 ーー
〜シンプル〜
 世界を放浪を続けているうちに、大事なことがどんどんシンプルになってきた。
 大きなもの、広いもの、多種多様なものに触れれば触れるほど、 大事なことは小さく小さく絞られていく気がする。
 おやじ、おふくろ、弟、妹、彼女、仲間・・・「大切な誰か」のために始めた小さなことが、
 結果として大きな世界をHAPPYにしていくことになる。
 −−
ーこの著者の本から受けた感想は、はっきりと自分の欲しいものを見つめ、
覚悟を持って始めれば、何ごとの中にも一番重要なことが見えてきて、
それを選んでいけば、シンプルになっていく。それが、自分の生き方のできる人だ。

・・・・・・・
2004年02月12日(木)
1044, 職業性格形成論−2

「職業性格論は一理あるかもしれないが矛盾も多い」と考えられる。
確かに大雑把な論である。警官を例にとっても、彼等にも色いろな性格もある。
それはどの職業の人にもいえることだ。といって職業の性格形成に対する影響は大きい。
「職業の特性」と「本人の特性」とが、掛け合わさレて「職業性格」ができあがると考えると納得ができる。
その意味で、会社を選ぶのではなくまずは職業を選ぶべきである。
その掛あわせがポイントになる。それが悪いと、自分の特性が引き出されない。
人間の性格は、両親や地域や兄弟の順位などが複雑に絡み合って形成されている。
したがって一概に一括りにはできないが、両親・兄弟姉妹・連れ添いと、選んだ職業は大きな要素になる。
ある町の飲食店の開店で、家内と待合で待たされた。そこで、見るからにクラブのママさん風の人が、
予約で入っていくお客に挨拶をしていた。その姿が今でも目に焼きついている。「あの人はどこどこの頭取、
あの人はどこどこの社長様」と仰ぎ見るような眼で小さな声でいっている。
「何じゃ、このボケ!」と、ヤッカミ半分でママ様を軽蔑の目で見ていたが、
家内が「あの人、うちの子供の同級のお母さんで、長岡の一番高い店のママさんだって!」
とのたもうた。「ああ、これではあのお馬鹿さん達、喜んでくるわけだ!」と思った。
このケースなど職業性挌形成論の典型である。職業性挌形成論にしては程度の低い話になったが、こんなものだ。
威張りたい奴と、おだてを仕事にしている奴が出会う場所も有ってよいが。
でも、あのような純粋に仰ぎ見られたら、その店に行きたがるだろう。なるほど一番の高級店のママ様である。
逆に、「職業性挌とは何か」を徹底的に考えてみることが必要ではないか。
早く割り切って、その性格や生活に慣れてしまうことだ。そして身につけることだ。落語や将棋に「内弟子制度」があるが、
職業性挌(生活)を24時間、師匠と生活をすることによって、身につけるためである。
「いまの職業性格とは何か」じっくり考えてみよう!
「有能な営業」は太鼓持ちの「どっこいしょ」と、もち上げるノウハウを身に付けている。
20年前から、この営業はいつ誉めるか、それぞれの人を観察をしてきた。自然と身に付いているが面白い。
それと「内幕情報屋」の媒体も骨身についている。危ない相手でもある!
こんどは、営業屋性格論でも書いてみようか!悪口になる可能性が大であるからやめておこう?

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2003年02月12日(水)
679, イヤなやつー2

ー良い人と偽善ー
先日書いた河盛好蔵の文章をから
「イヤなやつ」の要素は以下である
・他人の幸福より不幸を喜ぶ感情の悪さがある。
・自分ではできるだけ怠けて、人をはたらかせ、その功を自分だけで独り占め
 をしたいというズルさと、欲の深さがある。
・権力者にはなるべく逆らわないで、 進んでその権力に媚びようとする卑しさがある。
・自分に寛大で、他人には厳しくって、エゴイストの部分が非常に多い。
・ケチで、感情高くって、他人の不幸にそ知らぬ顔をする。
  反対に「良い人とは如何いう人か」を考えると
・他人の不幸を悲しみ、幸福を共に喜び
・自分に厳しく、他の人より多く働き、その功を他の人に与え
・感情は常に冷静である
十数年前に経営セミナーで聞いた、香港の財閥と結婚後死別してオーナーになった日本人の女経営者の心訓を思い出した。
「人には優しく自分に厳しく、いつもニコニコと、人に良かれと思って生活する事」であったが、
相通じるところが自省する言葉である。それを意識して生活をすれば、初めは偽善?だとしても、真善の人間に
近づけるのではないだろうか。その意味で「偽善を次善としてなせ」も一理ある。
目先に都合のよい人が「良い人」も確かに間違いがない。
所詮、「よい人、悪い人」というのは、このレベルのでしかない。でも「良い人」の方が、お互いに良い。

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2002年02月12日(火)
329、夢日記ー13 
   自己喪失感

こういう経験ー夢をみたことがありますか。「全く無能で白痴の何の取っ掛りのない自分」に呆然としている夢。
夢から覚めても、しばし呆然としている。 自己喪失感というか、虚空の自分を実感した感覚である。
それこそ「自己中心絶対無」でなく、
・自己中心絶対無能、
・自己中心絶対虚空
・自己中心絶対自信喪失
何か聞こえてきそうだ!「実をいうと、自分はその塊だ!」
あの恐ろしさ! 独り社会から引き離され、虚空をさ迷っている魂。
ある人に話したら「 自己喪失感というやつでないか」といった。
永年連れ添った人を失った人が経験するのが、あの夢の感覚かもしれない。

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 2月12日 1969年
武澤先生に会ってもらって話を聞いてもらう。もしかしてと思い、自主留年の可能性も言ってみた。
しかし、あくまでも学生時代の郷愁に浸っているだけではないかとのこと。
自己納得だけで、客観的ではないと言われた。むしろ社会に出て、自分をぶつけたほうが
ズット良いというのも理解した。食事をご馳走になりながら何か説得されているようであった。
このところ、周囲にあまりに影響されすぎたようだ。 迷惑をかけたにしても、先生と一対一で
直接話すことは初めてだった。何か一人芝居をしているだけなのか。しかし真剣な一瞬であった。
「いい歳をして」という思いが残った!


2869, 閑話小題

2009年02月11日(水)

 * 内閣不支持が14パーセント

朝日新聞の全国世論調査で、内閣の不支持が14パーセントという。
居座れば居座るほど支持が下がる理由を本人は分からないのだろう。
比例投票先は自民が42パーセント、自民が22パーセントの結果は当然のこと。
解散をすれば惨敗だが、解散を引き伸ばすと不支持が拡大していくから、
小泉でも担ぎ出して、半分近くが党を割って出て、その後連携する位しか手が無いが、
それさえ出来ないのが現状。
地に落ちた自民党が利権を守るためには、その位のことをするだろうか?
そんな玉など、居るわけな?
 −−
 * インフレエンザ予防で「家族の帰国指示」

見捨てて置けない記事があった。
昨日の朝刊に「パナソニックが鳥インフレエンザの世界的流行の危険が増したため、
欧米とオーストラリアなどを除く駐在員家族の9月末までの帰国命令を出した」と報じていた。
私らの知らない情報があるのだろうが、何か危なくなってきたことは間違いない。
爆発的流行の一歩手前ということは、間違いなさそうだ。どうなるのだろうか?
 −−
 * 野村證券の株価が5百円割れ

野村證券の株価が5百円割れと新聞にあったので、ネットでチャートをみてみた。
10年前の7分の1、2年前の6分の1、リーマンショックから3分の1になっていた。
日本がバブル時代には、アメリカの投資銀行と類似したことをしていた報いである。
アメリカの債権も売りさばいていない訳がない。 最近は日本国債を売っているというから・・・
彼等の手は、担当が替わったという誠実そうな手書きの文を送ってきて営業にやってくる。
ネット証券と、過去の悪行?のため、信用はゼロに等しい。存在そのものが、必要悪。 なら、近寄らないことである。 
アメリカの消滅した投資銀行と何処が違うというのだろう!


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2008年02月11日(月)
2504, まっ、いいか!
           (。・∀・)ノ゛おっは〜

最近、独りで「まっ、いいか!」と呟くことが多くなっている。年齢の為だろうと思っていた。
そこで検索で「まっ、いいか」と入れたら、
* 「まっ、いいか」と言える子を育てよう
   協調性のある、柔軟な心の育て方    諏訪耕一/著 という本が出てきた。
[要旨]
本書では、子どもに柔軟な心を育てるための心の成長段階に応じた接し方のポイントを、
幼稚園・保育園や家庭での27の事例を通して具体的に紹介します。子どもの理解に必要な、
子どもの心の成長の段階や環境との関わりについてもくわしく説明します。
[目次]
第1章 子どもの「心」の成長と環境(心は育てられる?
;子育ての移り変わり―子どもの育ちをうながす環境;心の成長表
;心の成長に応じた「柔軟な心」を育てる接し方)
;第2章 子どもに「柔軟な心」を育てる具体的な接し方
(乳児期―誕生から十二〜十八カ月ごろまで
;幼児期(前)―十二〜十八カ月ごろから三〜四歳(第一反抗期)ごろまで
;幼児期(後)―三〜四歳ごろから六歳ごろまで
;児童期(前・後)―六歳ごろから十四〜十五歳ごろまで)
 −−
これを読むと決して、マイナスの言葉ではなく、むしろプラスの言葉のようだ。決して良い状況ではないが、
何とかなるさ!という陽気さ、目の前の事態を、そして運命を受け入るよう諦めと明るさを感じる。
上記をみると、柔軟な心ということになるが、好い加減な言葉にも思える。
好い加減な心」が良いのかどうかわからないが・・・・
 ^^^^^^^
この文章には、大きなドンデンカエシがある。実は、同じテーマで八ヶ月前に書いていたのである。
全く忘れていたが、何か書いたことがあるような?気がしてHP内の検索を入れたら、次の文章が出てきた。
その文の類似に我ながら驚いている。(あたり前だろう!)
それにしても、なんじゃい!これで同じテーマを忘れて書いてしまったのは、3回目? 
 2500も書けばな〜  まあ、いいか!

ーーー
2007/06/06
2255, まあ、いいか!
            ヽ(★>з<)。o○ オ〜ハヨ 

この随想日記の中に数十回以上?も「まあ、いいか!」といっている。
そこで、検索に「まあ、いいか」と入れたら、その題名の本が数冊も出版されていた。
自分を慰める言葉で、私の常用語「あ〜あ!」の言葉の裏に含まれている。
「あ、しまった!」の「あ!」とは、仏教語で「許し」が入っているという。
それを延ばしたのが「あ〜あ」か、これは屁理屈である。「まあ、いいか!」は、
「私は私のままで、仕方がないだろう」ということになる。      ゜≫q(´I`●) マアマア!
「まあ、いいか!」の前後の言葉として、「しょうがない」「なんとかなる」「こんなものか」が出てくる。
イライラしたり、落ち込むようなミスをした時、目を瞑って十回ほど心込めて「まあ、いいか! それがどうした」
と唱えれば、7割かたは気持ちが軽くなる。「あ〜あ」「で、どうした」「まあ、いいか」は、瞬間の癒しの三言。
                                ♪〜 ヽ(´π`)ノ まあ、どうでもいいや! 
しかし、ものごとを突き詰めた後に使っている分にはよいが、最初から、この言葉が先に立つのも問題である。
「中途半端な、あの人」になってしまう。金沢に「まあ、いいや男」というアダナの先輩がいた・・・・
バカ?の常套語にも成りえる言葉でもある。何でも使う人間次第だが、この言葉は特にそうである。
 
ーあるHPに、このような詩があったー
 *まあ いいか
まったくもー、しょーがないヤツだなぁ まあ いいか。 俺も どーしよーもないヤツだし
まったくもー、しょーがないヤツだなぁ  とりあえず 俺のほうから謝るよ 傷ついたのは おたがいさまだし
もし君が 俺をまだ許してなくて 謝ったとき 素っ気ない態度をとっても 俺は一人つぶやくんだろう
「まったくもー、しょーがないヤツだなぁ」       ク〜(”>_<)っ★(
 ーー
 他に「まあ、いいか」に対して次ぎの言葉があった。 成長は悩まなくなることではない。
成長すればするほど悩みはむしろ深刻化していく。しかしうまく共存できるようになっていく。
光を知れば知るほど闇も深くなっていく。
しかしどんなに深い闇でも、一筋の光さえあればやっていけることを知るだろう。  ( ̄ω ̄;)!!
  ーー
暗い闇にこそ「まあ、いいか」という一筋の光の言葉が輝くのだろう。
「ところで、私の人生とは何だったのだろうか?」「まあ、いいか!今さらしょうがないもんな〜!あ〜a!」
                    バイ☆(^∀^)ノ~~
・・・・・・・・・
2007年02月11日(日)
2140, 幸福はキラキラと輝く瞬間
                    才八∋ウ_〆(∀`●)    
 「藤沢周平に学ぶ」月刊『望星』・編         −読書日記ー
       ー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』ー

 山田洋次監督の映画は「男はつらいよ」の48本と、その他の映画の最近のものは殆ど観ている。
彼が「男はつらいよ」についてのTV特集などで渥美清を語る座談で、多く聞いてきた。
しかし、どういうわけか彼が書いた文章は殆んど読んだことはなかった。
ところが藤沢周平についての評論を24人集めた「藤沢周平に学ぶ」の冒頭の
「藤沢作品を映画化して想うー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』」の評論があった。
彼は幾つか藤沢の映画を撮っているだけあって、心打つ内容である。
人生で誰もがキラキラ輝いていたのである。そのとき!は。まずは、彼の文章の一節から・・
 
   **幸福とはキラキラと輝く瞬間を持つこと!**
 いまの30歳代くらいまでの若い人の特徴は、子ども時代の体験があまりに
貧しいということではないでしょうか。
 団塊の世代までは、野原や川原で大勢の友達と遊ぶ楽しさを知っています。
汗だらけになって遊び呆けて、日暮れどき、仲間とアバヨと別れ、家路につきながら
「ああ、楽しかった」という、身体の中が熱くなるほどの満足感。そこには兄貴分がいて、
喧嘩もあって、仲直りもあって、子どもとはいえ、小さな世界の秩序があった。
そうした中で、人は自然を学び、社会の分別を学んでいたのです。
生きていくということはなかなかしんどいことですが、やっちゃいけないことは
やらないという態度は良識だし、やらなくてはならないことはやるというのも良識です。
その良識を持っているいるかいないかはということは、その人が、ああ俺は幸福だな、
という感覚を肌身にしみて体験しているかどうかと、深い関係があると思います。
人間というものは厄介な存在で、恋愛問題だけでなく、家庭、地域、職場、学校など、
集団にはトラブルはつきものです。いったんこじれた人間関係は修復するのは面倒なことだけれど、
相手の立場に立ったり、相手を変えよと努力したりする中で、自分自身も変わっていくのです。
もつれた糸をほぐすような悩みや工夫のなかで、人は成熟していくのです。
(感想)
ーこの視点で、人生を振り返ってみると、何が重要だったのか見えてくる。
 本当に目を光らせて自然の中で遊びほうけたものだ。私らの年代は、本当に遊びまわっていた。
 それが中学二年あたりから受験勉強を強いられる。それも、必要である。
 感動体験こそ人生を豊かにさせるものである。感動体験だけは人一倍してきたが・・・
 まだまだぜったり量が足りない。60歳代の人生のテーマは『もっともっと感動を!』か?

  **価値観の多様化がもたらしたもの**
      字数の関係でカット(2009年02月11日)
                  (⌒▽⌒)/"”さいなら!
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2006年02月11日(土)
1775, おひとりさまー2  ゜・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!。_

米国はペア社会で、週末などの一人の食事は異様にみられ「誰にも相手にされない女性」
と受け取けとられる。 「おひとりさま」は、最近出来た日本特有の言葉である。
いい歳をした女性がホテルのバイキングランチなどで群れているのも異様である。
一人での観劇や食事や旅行など慣れてしまえば行動範囲が増える。また思考(自己対話)の範囲が広まる。
「おひとりさま」という言葉は岩下久美子著「おひとりさま」で流行した言葉である。
著者は、東南アジアの旅行中に不慮の事故でなくなってしまったが、この言葉は、そのまま女性のあいだに生きている。
女性は横の関係が強すぎて「個」の確立ができていないので、一人で新規の店に入る訓練が必要になる。
イケメン男に女性を独占され、さらに『おひとりさま』が定着したらその他の男達は、ますます女性が
遠い存在になってしまう。一人でいようが、ペアであろうが、グループで群れていようが、
それは個人の自由である。それぞれの性格もあるし事情もある。
要は「和して同ぜず」で、自分を確立していることと自己を見失わないことである。
どういうわけか青年期の一人旅や、一人で飲み歩いたことはリアルに記憶に残っている。
群衆の中の孤独を楽しみは、都会の絶妙な味がする。
            ☆ミ(o*・ω・)ノ バイ!
・・・・・・・・
2005年02月11日(金)
1410, 新潟駅前飲食店事情

事務所近くに面白そうな全国チェーンの居酒屋が17日に開店をする。
「かっぽうぎ」という名前の店だ。中高年狙いの2000円の価格ラインの店である。
表看板に大きく、多くのメニューと価格が書いてある。私の好きな商法だ。
店相も明るくサッパリしていて、店として成功するだろう?酒のつまみが150円・250円・280円
・380円に絞られている。家庭料理をカウンターに並べて、注文を受けると温めて出す店である。
何処にもあるが、飽きられて何時の間にか無くなるケースが多い。
不景気の為、飲み客が駅前・駅前と移動して新潟駅前も面白くなってきている。
昨秋に、事務所の至近距離に3Fの大型居酒屋ができた。2F、3Fには10〜20人の個室や、
ステージのあるスナック風カラオケルームがある。それぞれの特性を盛り込んだ新奇な店を傍で見ている限り、
居酒屋戦争は面白い。 新潟のダウンタウンの古町などの飲食街が廃れ、新潟駅前に移動している。
一軒の店に2−3時間滞在して、3千円あたりで済ませたいのがサラリーマンの本音になっている。
その本音を狙ったスナック、キャバクラ、居酒屋などが、2千~5千円の客単価を狙ってどんどん出店をしている。
もう一つの流れは、隠れ居酒屋である。客同士が顔をなるべくあわせないで済むような席作りをしてある。
最近できたキャバクラ(安価なクラブ)も、3〜4千円の店とか。
短時間アルバイトの若い娘を多くおいて時間制で、客を回転させる。
席が店内にビッシリ取ってあり、それがエキサイテングになっている。お客は30〜40代のお客で金・土曜日は
溢れているという。他に面白そうなところが無いから、そこに集中しているようだ。
去年の11月に、「路上でのピンク系店の呼び込みの禁止の法律」が成立をしてから、立ちんぼの姿は
ホボ見えなくなった。また21時を過ぎると連れ立ったサラリーマンの姿が消えてしまった。
時代は変わってしまった!かくいう私も本当に飲む回数が減った。
家でカウチ族をしていたほうがよほど面白い。昨夜は御前様であったが。

・・・・・・・・・
2004年02月11日(水)
1043, 随筆はプロが書くもの! −3
  6−文章のヘソ
 
 一番大事なのは、書き出しである。 そこで「つかみ」が重要になる。
 テーマで興味を持たせて、書き出し部分でひきこむようにする。
 テーマがピッチャーなら、ヘソの部分がキャッチャーになる。そして最後に捻りを入れる。
 書き出しと締めくくりの間に 3っのキーワードを置くとよい。書き手は同時に自分の文章に対する「冷酷な読者」である。
 一年・二年前の同月同日の文章を毎日貼り付けながら読み返し、文脈のいい加減さを自分で見て再び添削をすることがある。
 文脈の甘さを見るのは気持ちのよいものではない。
7−文章の訓
 私の場合は、この毎日の日記が文章の訓練になっている。また一年二年前の文章も、最近になって添削を始めた。
 一度書いた文章を何度も添削するのが私にとっての訓練である。重ねれば重ねるほど、
 短く良くなるから不思議である。本当は良い文章をどんどん盗作するのが一番良い訓練になるというが。
 そこまでは自分に要求していない。
8−文章の品格
 文章は品格がなくてはならない。 そういわれると、どう書いたらよいか迷いが出る。
 ただ具体的な下ネタとか、不快になるような話題は避ける。
 「それは・・・、彼の趣味」「これは私のおもてなし」とか、こういうような
 体言止めはあまりしないほうが良い。まして一つの文章に二つ以上使うのは禁じ手である。 
 流行語とか紋切り型の言い方、いわゆる手垢のついた表現はやめておくこと。
 どうしても文章には、その人の人格がでてしまう。人格の悪い人は、ついつい悪口が出る。
 評論家で片っ端から政治家や経営者の悪口をいう人がいる。
 当たっていればいるほど、その人の人格を疑ってしまう。批評は悪口になりがちである。
 ストレス解消になるが、あとで読んでやはり反省をする。
9−文章とユーモア
 品格に関係するが、ユーモアも大事な要素だ。ユーモアは、文章を楽しく読ませるための調味料のようなものである。
 しかし、これを下手に使うと品格を失う。ユーモアは自分が楽しんではならない。
 相手を楽しませるセンスが要求される。私の場合は、ブラックジョークになってしまう。
10−悪口は書くな
 過去の文章を読み返していて悪口を書いた内容は、いい気持ちがしない。
 それが国家や社会であったとしてもである。読み手の心の中は、誰も、決して嫌なことは読みたくない。
 良いこと楽しいことを読みたいのだ。書いていると、ついついそのことを忘れてしまう。
 目先書いていると楽しいが、やはり他人に曝すことになる。
ー以上目次に要点を書き足した。 普段の何げないことを、面白おかしく、品格をもって、
 そして味付けをして毎日書くことはそう簡単のことではない。
 しかし、それでも書いていると止められなくなるのも事実である。
 
・・・・・・・・・
2003年02月11日(火)
678, 聞く耳持たぬ人
字数の関係でカット(2008年02月11日)
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2002年02月11日(月)
328,マ〜コ  −堀井正子に捧げるー

マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)姉・正子の幼少年期に呼んでいたニックネームである。
彼女の話である。 ー供養も含めて書くー
「声楽家になりたかった」が口癖であった。「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
プロのソプラノ歌手の「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが人生の分かれ目になった。
兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。家族の間に立ち、気苦労をした一生だった。
長岡社会から一歩も出たことがなく、その卑小性・特異性を全く自覚できないのが特性。
性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている可愛い人」でもあった。
常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、全神経を使っていた。
その面では母に似ていた。「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。
独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。
人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。もって生まれた才能であろう。
後半ー40歳過ぎは事業で失敗。それからは音楽の先生として、200人を越える弟子がいたとか。
好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。
おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を演じているのだろう。
                                安らかにお休みください!
                       さようなら。
・・・・・・・・・
2月11日  1969年
14日の最終コンパの件で河村、石川、田口君のところへ電話をいれる。
あと武澤先生に電話をする。現在の自分は混乱をしている。今を支えるのに精一杯である。
特に今年に入って色いろあったが、この数日その反動がきている。
あまりに激しい一日一日の刺激的な日が続いた。
振り返ってみると、この二年間は自分の人生とって大きな分岐点の年になった。
それまでの20年分を圧縮した二年間だった。


2868、 強欲資本主義ウォール街の自爆

2009年02月10日(火)

 
  「強欲資本主義ウォール街の自爆」神谷英樹著
                         ー読書日記

投資銀行家として24年間、ウォール街の現場で「アメリカ型資本主義」の有り様を見た批判の書。
内幕暴露モノ的で面白い内容である。 アメリカの金融街、特に巨大投資銀行の貪欲な人たちの、
異常な資本主義の実態を暴いている。 そして米国民の過剰消費という「悲しさ」「欲深さ」を指摘している。
アメリカの金融が収益全体の4割を占めてしまった。 その先頭を走り続けたウォール街の暴走と自爆が、
今回の恐慌を生み出したのである。アメリカの社会と人間の劣化をどう立て直すかを問いかけられたのが金融危機。 
暴走を食い止めるためにルールの根本的修正が必要である。

 ーまずは印象に残った部分を抜粋するー
・「悪いのはアメリカンスタンダード、ウォール街の強欲である」
・「今日の儲けは僕のもの、明日の損は君のもの」 ハイリスク・ハイリターンのビジネスを行い、
 成功報酬はしっかりもらうが、巨額の損失がでたら無関心。
 失敗したら、尻拭いは国民の税金任せというモラルの無いのがウォール街の実態。
・「モノ作り」ができなくなったアメリカが「金融立国」を目指し、成功したかに見えたが、
 行き着いた先は、顧客に目を向けず、数字と戦う強欲な人間たちが金を集めるだけの世界。
 その結果、1929年の大恐慌以来といわれる悪夢が金融界を襲っている。
・「世界一極支配のアメリカ中心世界感」が崩壊し始めた。
・ 市民の消費三昧主義、今借金して楽しんで(消費して)、負債は先延ばしの生き方に走る市民。
・「金融マンは実業を営む方たちの脇役に徹するべき」。
 「主役である実業を営む方たちの事業構築を助けるのが金融本来の仕事のあり方であり、それこそが身分相応。」
 しかしファンド・マネージャーに興味があるのは、『株主の利益』と『自分の収入』だけである。
・トップラインとボトムラインの間にある項目をいかに圧縮するか熱心に取り組むだけである。
 「給料を減らす。社員を減らす。仕入先を泣かす。最大限に借り入れてレバレッジを効かし、
 支払い金利を膨らませ、税金は極力圧縮する。かれらにとっては、これこそが経営の神髄となる」
・アメリカをはじめとする先進諸国、そして世界。借金と消費ならず浪費社会、浪費に頼った成長政策。
 「借りた金で今日を愉しむ」「借りた金で投機する」
 「ノンリコースで借りた金は、返せなくなったら担保物権の鍵を渡せば終わり」それを法律で認めてしまった。
・資本主義の行き着いた先が金融市場の国有化とは何たる皮肉であろうか
・日本もアメリカも、経済社会がバブルにまみれ、強欲と拝金に席捲されたときに、人の心から大事なものが
 失われてしまった。 何でもデジタル志向で、「0か1」しかない。その中間が配慮できない。
 −−
 以上が、印象に残ったところである。「『自由も、放任すると、こうなる』という歴史的汚点として、
 ブッシュから遡ってレーガンまでの大統領の各々がたが、残る」と思うと何とも不思議な気持ちになる。
 特にブッシュ親子は歴史上最低の 指導者として数千年も弾劾される。 哀れといえば哀れ。

 ・・・・・・・・・・
2008年02月10日(日)
2503, 閑話小題 

 *長岡の呑み助から見た夜の世界
毎週のように不景気の実態の話をしているが、地方経済の衰弱ぶりは生々しい。
一昨夜は、中学の同期の女性のスナックに入ったら、今月で27年間の店を閉店するとか。
スナックの中では名前は知れわたっている店で、2年に一度位、合計7〜8回はいっていた。
あまり詳しい話は聞けなかったが、営業不振であろう。長岡は全国でも、最悪の(不景気の)要素が重なった地域。
その一番影響を受けるのが夜の世界である。行くたびに、何処かが閉店したという話ばかりである。
昨夜も散歩をしていたら、何度か入ったことのある居酒屋が店を閉じていた。
 ー
 *大相撲の国技の意味
「大相撲の『国技』は、何となく言っているだけで実際の法律があるわけではない」という。
ただ厚生省の何とかで税金が取られない特典があるようだが。 
昔ながらの体質が残っており、あくまで部屋単位が独立しているため、それぞれの部屋内の暴力沙汰まで
責任を問うこと自体が無理がある。それにしても、今回のリンチ殺人事件は、凄惨である。
大鵬が日経新聞の「私の履歴書」に書いていたシゴキは、リンチそのものであった。
そこまでしなければ、強くはなれないのだろう。格闘技にシゴキがつきもの。それに耐えたのが親方とか、
上昇していくのだから「弱い者の立場は否定され、リンチの何が悪い!」という論理がまかり通るのである。
格闘技を見て楽しむのは、古代ローマ時代に奴隷同士やライオンとの殺し合いを見て楽しんだのと同じではないか。
 ー
 *セミナーの受け方
宅建と、防火責任者と、自動車の免許書き換えのため、講習会に二年に一度は出ている。
おそらく海外旅行のエコノミー・クラスに乗りつづけて、席に束縛された状態の対処の
コツを掴んだ為だろう、殆どストレスはない。 それを楽しめば良いのである。
防火責任者の講習ほど内容はつまらないはずだが。ほぼ教科書は「ガソリンスタンド向け」で、聞いていても、
他山の石の話。しかし、コツがある。私の事業と同じ部分を探せばよい。
そして、隣の家を覗き込むような気持ちで聞くと俄然、面白くなる。
・まずは、装置産業で、 ・客商売で、
・客単価はほぼ同じで、 ・立地産業で、
・規模の大きい方が有利で、・現金商売、 
・頭を下げるなら売価を下げろ! などなど、探せばいくらでもある。

・・・・・・・・・
2007年02月10日(土)
2139, 白い雲に乗って   
   
夜半に幻想的な夢をみた。 小さな白い雲があった。
それに乗ると、ふかふか浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。そこは4歳の頃の世界におりたようだ。
すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。
そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。  
  一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、
  四階には従業員と姉達の部屋があった。白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。
三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、そこでラジオから童謡とか歌謡曲が聞こえていた。
店には若い女店員が多くいて、ぼくを「ハッちゃん」と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。
コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。そして三毛猫のタマとコロがジャレている。
その空間には何時も緊張感がただよっていた。

燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。初めて死をみた瞬間だ。いやに首の下の赤い色が印象的だ。
そこを出たところには大きな通りがあり、多くの人が歩いている。小さな三輪車で駅の方に行くと
右手に小さな公園があり、その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。
そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園である。
周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多く鉢がところ狭しと並んでいる。
その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。
何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。
夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。ぼくは間違いなく、ここにいる!

ズットここにいるのだ。何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか?
忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか?
そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない!
ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか?ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。
でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。

両親は忙しそうに働いている。その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。
その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。
父チャンがいて、ぼくもふくめて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。
外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。
三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。
何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。
しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から上がってきた。
札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。嬉しそうな顔をしている。
何か自分が白い雲の中で浮いているような感じがしている。ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。
あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。
ここは間違いなく大手通の世界である。どうして、ぼくはここにいるのだろう!
それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか?   
 というところで、目が覚めてしまった。幻想的な遥か彼方の遠い記憶の世界に舞い戻っていたのだ。

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2006年02月10日(金)
1774, 年金の話ー3
     (o´・ェ・`o)♪。o.+゜。 *ぉはょぅ
一昨日、
「60代前半のオーナーの中小企業経営者のための在職老齢年金活用法」
というセミナーが、新潟商工会議所でおこなわれた。(アクサ生命主催)
ー会社が社長に損金で落ちる生保をかけて年ごとに損金で落として、定年時に返金をして退職金にすれば 
税金の退職金特典で非常に有利になる。が、このセミナーの要点であった。   ε=ε=ε=(。・ω・)_旦~~ オマタセー
私も一昨年から始めていたが、もっと前から始めておけばよかったと、後悔している。
在職30年で、3000万退職金のケースで税金が6諭5000万で11諭1500万でゼロというから、
給与を10万〜半額にして減らした分を生命保険の掛け金にしたほうが有利である!という理屈が成り立つ。
零細・中小企業の場合、自助努力で退職金を用意すべし!と、強調していたが、その通りである。
損金で落とせるのは会社に利益が出ているのが前提。しかしセミナーでは、それには触れてなかった。(つД`)もぉネムイ
このセミナーで特徴的なのは、60歳前半の中小企業経営者に絞ってあることだ。それも、黒字という前提が必要である。
また30人限定も、過去の経験則があるのだろう。その名簿を何処で集めたのか?恐らく商工会議所の名簿から調べたのだろうが。
モデルが60歳で、私の年齢と同じ、収入もほぼ同じであったから、非常に参考になった。    
私の場合、あと三年経ったら給与を10万円まで落として、厚生年金を眼一杯貰うのが最も合理的のようだ。
そして可能な限り保険にはいるのがよいが、 ただ・・
              ヾ[・c_,-●]バィ             
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2005年02月10日(木)
1409, 私の見たW杯サッカー北朝鮮戦

昨夜の北朝鮮戦を私が書くと・・
北朝鮮軍人部隊サッカーチームと全日本選抜混成サッカーチームとの闘いであった。
チームプレーに勝る北朝鮮に対して、国内だけでなく、世界で戦い
抜いてきたスターの臨時編成外人部隊の、全く違った個性の、ぶつかり合いの試合になった。
サッカーとはいえチームプレーである。そのチームプレーでは、当然のこと北朝鮮が数段勝っていた。
サッカーでは、パスが重要になる。スピードと、正確さ、そして一人当たりの球の持ち時間の短さと、
隙を狙った位置へのパスが重要になる。その点では、北朝鮮が日本より優れていた。
あとは、勝機にいかに集中するか、勝ちにつなげるかがポイントになる。その一瞬の間が見ていて面白い。
その点では、多くの修羅場を経験している選手が多い日本のほうが絶対有利のはずだった。
勝負は終了間際、ロスタイムのシュートで辛うじて日本が勝つことができた。
北朝鮮が勝ってもおかしくない試合で、勝負に対する執念がチーム全体から出ていた。
拉致問題が背後にあるため、代理戦争という緊迫感が試合を盛り上げた。
Wカップは国の威信をかけた闘いのため、国民感情が露出される。
「ワールドカップは90分の愛国心の発揚の場」というが、ゴールの一瞬、日本中がわきあがっただろう。
反面、軍人がサッカーを通して闘った北朝鮮は、個々人にとってもチームにとっても、絶対に負けられない試合だった。
勝つと負けると大違いである。あのボールが地球儀に見えてきた。 次は、イランだ。三月は色いろ面白い!

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2004年02月10日(火)
1042, 随筆はプロが書くもの! −2
 「文章術の千本ノック」 −読書日記ー2

この要点を目次に書き込みながらまとめてみる。品格もあるようだから、心して文章を書かなくてはならない。
                (ー>が要約である)
序ー文字を惜しめ
−>お金と文章はケチなほど良い.その為には最小限に書く心がけが必要だ。
 書き直しと添削を繰り返すことが重要である。文章は明らかに芸術的な営為である。 簡単なデッサンではない。
 
1−文章の第一要件は[客観性」にありー
 ー>客観的な「批判」というプロセスを通過したものでないと、他人が読む場合には
 耐えられない。エッセイは常に書こうとする「外」にいて、外からこの「世界」を 描写するのをエッセイとはいわない。
 エッセイは一度内側から書いて、それを外側の眼で眺めかえさなくてはならない。
 エッセイ(随想)と随筆は、明らかに違う。エッセイは、一言で言うと「論理的文章」と定義したらいい。
 論理のない文章はエッセイではない。見てきたこと、生きてきていてこう思うとか、文化論だとか、
 その中にある論理を読んでもらうのがエッセイである。「随筆ってものは素人が書くものではないと思います。」
 「これが天下の真実というもので、功なり名を遂げたプロの作家が、趣味で書くものです。
 あるいは松平定信のようなお殿様が、日ごろの生活の中で心に浮かぶ『よしなごと』をぼつぼつと
 書き付けたというものが随筆であって、これはよほど文章力があるとか、その人の人生が面白いとか、
 その人の観察力が鋭いとか、描写力が秀逸だとか、そういう経験と筆力が物を言う世界なんです、随筆は。」
 随筆は論理性より、プロがつれずれに書くもので論理性は逆に求められない。
2−エッセイと観察ー
 エッセイにはまずテーマがなくてはならない。そのテーマをどういうふうに論理を展開するかが
 エッセイの一番の醍醐味になる。 エッセイは「あ、おもしろい」と思う切り口が必要である。
 我々は多くのものを雑にしか見ていない。団子だったら団子という概念でしか見ていない。
 その団子を取り上げて面白おかしく描写をするのがエッセイである。
 人が見ないところまでよく観察して、人が読んでくれるような文章にするのがエッセイ。
3−論旨の方法ー 
 論述には、難しくいえば帰納法と演繹法がある。 結論をまず出して、その要素を面白おかしく書く演繹法的手法と、
 謎を残しながらプロセスで引っ張りながら、最後にひねった内容にする手法がある。
 私の場合は両方を使うことを心がけているが。最後にヒネリを入れたニヤと笑わす手法。 
 これは自然に出てくる? いや性格か?
4−文体の問題ー 
 文体には敬体と常体とある。 敬体とは「です・ます」調と言われています。
 常体とは「だ・である」調と言われている。 何もいわないと男性は常体で書く。
 敬体は形容詞がつかいにくくなる。 従ってエッセイは常体で書くのは当然のことである。
5−テーマと寸法ー 
 テーマにも、大きいテーマ、小さなテーマがある。 テーマが小さければサイズを小さくしなくてはならない。
 大きなテーマは長い文章になってしまう。 小さなテーマを小粋にまとめるのが随想の醍醐味である。
                 ー続く
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2003年02月10日(月)
677, イヤなやつ

(字数の関係でカット 2009年02月10日)
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2002年02月10日(日)
327,新幹線の乗り越しー4回!

通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。それぞれに思い出がある。
たて続きに3回乗り過ごした。いまから10〜15年前で一番酒を飲んでいた時期であった。初めは湯沢で泊まった。
飲んでいた勢いで、ビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。10時半過ぎであった。
大きい猫がいて手を噛まれた!中年のママさんがいた。湯沢の情緒が漂っていた!
その次は浦佐駅であった。やはり乗り過ごした2人と話し合い「割りかん」で帰ってきた。
長岡駅と思い歩いていて,何かが違うのでよく駅名を見ると[浦佐]であった。
3回目は本を読んでいて、夢中になりすぎて乗り過ごした。折り返しの新幹線で帰ってきた。
5年位前の乗り過ごしが面白かった。ウソみたいな本当の話である。正月の3日か4日であった。
乗り過ごした私と同年代の人と駅の改札で話し合い、どこかのホテルのツインを割り勘で泊まることにした。
そして近くのビジネスホテルで、乗り過ごしの事情をいい「値引を交渉!」
「自分には値引きの権限が無い,駄目!」酔っていて滅茶苦茶!面白くないので、そのまま出て歩いていた。
たまたま向こうから60歳すぎのの人と、40歳後半の男の人が歩いてきた。
事情を話し、「もっと安いホテルが無いか?」と聞いたら、ちょっと待てと電話をしてくれた。
そして安くしてくれるホテルがあるといいう。助かったと思い感謝しつつ後をついていくと、
何と初め値段交渉をしたホテルであった。そしてその若い方がその社長であった。
そして飲みに行こうという。それならばこちらも乗りかかった船、その連れと付き合うこととなった。
但し値引いた分の金額を出せという。それは当然のこと二人で出した。その後、湯沢で一番の
高級のクラブで2時間、正月という事もあって大騒ぎ。ー後で知人に話したら、そのスナックを知っていたー
次の日4時間だけ寝て一番の新幹線で帰ってきた。だんだん恥のさらけ出し?「気違い水ー酒」を飲んだドラマが色いろある。

・・・・・・・
 2月10日 1969年
 
昨夜のショックで、助手の横浜さんと会って話をする。自分の底の浅さを赤裸々に話すが、
普段は厳しい事をいう人が優しいのだ。誰もが持っている底を曝け出したことに理解をしたのだろう。
たまたま会った深井にも話すが彼も同じ反応だ。
この時期に誰もが持っていることでしかないのか。動揺をしているだけだ。それぞれが、
この時期精一杯なのだ。得たことより、得れなかったことに眼がいっているだけだ。
今日池袋駅で見た出来事が印象的であった。階段を手探りをしながら上っていた盲人に女の人が手助けを
しようとするが、拒否をしたのだ。見ていると、誰の手も借りずに歩くことを自分に課しているようだ。
その内面がそのまま出ているようだった。いまの自分に、あの姿が必要である


2867, 「ほめる」言葉  − 4

2009年02月09日(月)


人は9割がたが褒められた事がキッカケで成長するという。子どもの頃を振り返ると納得する。
母親が38歳時の子どもだったこともあり、母はことあるごとに褒めていてくれた。
また4人の姉の存在が女性心理からみた褒める以前の知職を経験的に教えられた。
・下手に女性を褒めないこと ・嫌らしくしないこと ・媚びないこと 
・心を開いているようで開かないこと ・優しくすること ・何気なく褒めること 
・噂話は絶対にしないこと、などである。 
褒める以前に、その人の品性の裏づけがないのは、相手の心に響かない。
 話しは変わるが、十年ほど前のこと。同級生が300人ほどの何かの講演会の締めの挨拶に立った。
その会の後に。同級生が十人ほどいたので急遽、親睦会を開くことになった。
和気藹藹と飲んだ後に、その男が隣に来た。 「挨拶は如何だった?」と聞かれたので、
「御前さんも、やっと面(ツラ)が出来てきたな」と言うと、すかさず「どういう面だ?」と一歩つ込んできた。
そこで思ったまま「我われに笑されている自分を、笑っている面だ。それが何とも味があった」と、
その時の本人の嬉しそうな顔は、まだ忘れられない。 上手く褒めた時は、褒めた方も嬉しいのである。
 このところ「褒め言葉」系の本を数冊読んだためか、無意識で相手を褒めている自分が、そこにいた。
何時の間にか、それが無くならないように習慣の核にしないと。 先生は幾らでもいるのだから!

 −−
第三章 相手の成長をうながす「ほめ言葉」
       ー相手の小さな進歩を見逃さない-精神対話士 Mさん
「あなたの挨拶は職場を明るくしますね」 言葉に気持ちを乗せる
「ご苦労さん。忙しいのに、よくまとめてくれた」 気配りをほめる
「行動力がありますね」 積極的な気持ちをほめる
「先月より鞠O%も成績が伸びているな」 過去とと現在を比較しでほめる
「言葉に説得力が出てきたな」 成長をうながすほめ言葉
「〜にかけては天下一品だね」 慣用句でほめる
「センスがいいですね」 相手の繊細感性をほめること
「筋がいい」 有望な将来をほめる
「飲み込みが早いな」 初心者を力づける言葉
「君らしくないな」 仕事のミスを叱る褒め言葉
「やっぱり経験が違いますね」 年輩者の存在そのものをほめる
「運を引き寄せる人ですね」 「運がいい」は努力が否定されたと受け取られる
「今日は本当に楽しかった」 別れ際のほめ言葉は強い印象を与える
「一緒に居ると楽しい」 「私」を主軸にして気持ちを伝える
「決断力がありますね」 上司をほめる言葉
 ーー
変化を察知したら、プラス面で褒めることだ。 人は生きている限り変化し続ける。
そのプラス面に光を当てることは、本人の気づきを促すことになる。
 植木等に「ゴマをすりましょ〜ゴマをね〜」では駄目だということ。
「寸鉄人を刺す」を褒めですること!ということだ。 寸鉄人を刺すのは得意だから、
今度は人のためにやるべしということだ。  何時の間に褒め殺しになる?!

 ・・・・・・・・・・
2008年02月09日(土)
2502, 「体験と偏見による養生の実技100」

「体験と偏見による養生の実技100」の例が、主観的だが面白い。
  その中で6項目を書き出し、考えてみた。
 −
13、中心は辺境に支えられる。心臓や脳を気遣うなら、手足の末端を大切に。指先、掌、足裏など。
 解)フランスの、あの「成り上がり大統領」に聞かせてやりたいものだ。
35、人生50年というのは正しい。それ以降はオマケと考えて感謝の日々を送る。
  朝、目が覚めたときには、胸の上で手を合わせて、「きょう一日の命を、ありがとうございます」と言う。
  眠りにつく前には、同じく「きょう一日の命を、ありがとうございました」と言う。
 解)もともと、おまけと考えればよい。 死を悟ったときに気づくことだが。
50、仏教では「われありて、かれあり」という。笑うことは心身によいが、泣くことも同じ。涙は魂を浄化する。
 解)泣き笑いか、人生は!
73、人は過去を清算できない。それを背負って生きる。手術をして治ったということは、元に復したということではない。
 解)ただし、管理はできる!
90、こんな時代に毎日、明るく爽やかに生きていける人は、病気である。
  「世間病むが故にわれ病む」というのが人間的な人間である。
 解)明るいふりでも、した方がよいのが人間の心じゃないですか!
 ー  
 著者が言っているように他人に効果があるものが必ず自分にも効果が出るとは限らない。
自然体で生きるべきということ。しかし、その自然体というのが難しいのである。
いずれにしても、生まれてきただけで、生きているだけで良いじゃないですか。
それが解ってないから苦労するんじゃないですか、人間は!

・・・・・・・・・
2007年02月09日(金)
2138, 中年の心象風景
           オッ(*^○^*) ハ〜ヨウサン!       −読書日記
【人生のことは、小説が教えてくれた】 高橋敏夫著 中経出版

この本の中に、中年期の心象風景を見事に書き出した文章を見つけた。よくぞこれだけ巧く表現できるのか感心する。
中年期も終わり、そろそろ熟年ー初老期に入りかけてきて、人生を振り返ることが多くなってきた。
今まで振り返らないように意識的に前向きに生きてきたが、最近は、「ここまで来れば、振り返るのもよし、
一日一日を一期一会として生き、日々・現在を充実するもよし」の心境になりかけている。
ここには、中年期の人間の心象風景がズバリ語られていた。私は(いや誰もが?)現在でも、この心象風景はつづいている。
いずれにしても、夢と現実の段差と隔離を心の中に抱えて日々を、ただ精一杯生きるしかない、色で例えれば紫色か
ダークブルーの時期である。青年期に抱いたあるべき理想の自分とはかけ離れた自分を、青年期の残像としての自分が
つめる屈折した時期である。(大部分がと!あえて言っておこう)
 まずは、その一文を書き写してみよう!
−−
青春が夢みる時代であるとすれば、つづく中年は夢の実現の時代ではない。
わたしたちのほとんどにとってそれは、夢の不可能を知り、夢という言葉さえ忘れて生きる苛酷な時代である。
夢みることが、「現状の否定」に発するとすれば、その不可能の自覚は屈折した「現状の肯定」になりざるを得ない。
楽天的な「現状肯定」ではなく、「現状の否定」が不可能であることを知った者の「現状の肯定」になるからだ。
しかし、このときわたしたちは、はじめて「現状」というものと直面している、といってよいだろう。
それは否定しようもなく、わたしたち個々人の思いを越えて、たしかにここにある。

現状のおもさをうけとめたとき、わたしたちはようやく性急さから解放される。
現状とむきあい、性急な夢に逃避することなく、ねばりつよく生きることを選ぶしかないのである。
 そして、性急な夢から解放されたとき、わたしたちは、ねばりつよく生きることに見合う、ながく、
しずかな「夢」をいだきうるのだろう。夢みる青春からみれば、それは夢でないかもしれない。
たしかに、この「夢」は、青春の夢の廃墟からはじまるがゆえに、夢をこえた夢なのだ。
 現状否定から現状肯定へと移行するように見えて、その逃れえぬ環境でねばりづよく生きることで、
わたしたちはしずかに、だが着実に現状を変更し、わたしたちじしんを変更していく。

ここには、現実の大きな力によって押され退きつづけながら、ここからはもう退けないという思いがあり、
生きつづけることでいっそうふくれあがる破壊衝動があり、家庭の中の男と女の従来のあり方への不満があり、
見方を変えることで生にあらたな実感を導きいれようとする試みがあり、生活の細部でつながる、切れそうで
切れない人と人の関係があり、そして、情痴のさらにその奥のさらにその奥の情痴へとつきすすむ紛れのない
生の暗い輝きがある。              
 ーー
 〜 以上だが、何とも中年の風景をそのまま見事に描き出している。
この内容は、決して中年期だけでなく、人生の最晩年でも味あう深い諦念でもある。
いや、青年期の挫折の中で何度も何度も味わった心象風景である。
挫折の底で味わう屈折感は、現状否定した自分が最悪の状況の中で自分の棚卸をしながら、歪んだ自己肯定を
せざるを得ない何ともいえない味がある。この屈折した味わいこそ人生の一番の味わいでもある。
そう考えなければ、どうして耐えることができようか? 何故、粗大ゴミと言われなければならないのか?
そして、それをそのまま受けとめてしまうのだろうか。 分別すれば宝の山なのです!
ただ、その時その時に垂直に立ち上がって分別していればの話だが!   
次回は、藤沢周一の「海鳴り」の一節を取り上げながら、歪んだ切ない中年男の心象風景を考えてみる。
それさえ、ふり返る歳か〜!
   ギャーテイ、ギャーテイ、ハラ、ギャーテイ  ハラ、ソウギャーテイ  か〜
                 (゚∇^*)ホンジャ、バイバイ! ♪〜
・・・・・・・・・
2006年02月09日(木)
1773, 年金の話 −2
              ('-'&)オハヨ♪
60歳になって、前倒しにすれば年金が貰える年齢になった。誕生日の前後に個人年金振込みの通知がきた。
家内が15年前から生保の個人年金の掛け金をしていたもので、私には一言もなかったが、
それが今年から70歳まで落ちるという。自動的に簡保に毎年積み上げる仕組みになっていて、
70歳からの年金になるという。それを種銭にして旅行でもと思ったが、そうもいかないようだ。
個人年金は、不安ビジネスというが、それをさらに積み立てるとは凄いシステムだ!
二人で月々?0万が入れば、普通の生活は保障される?が、ハイパーインフレが起これば、お終いである。
そして、その可能性が大ときているからやはり使ったほうがよいのか? コーヒーまあ(@゜▽゜)_且~~どうぞ w
都会のサラリーマンの65歳の年金者の平均値として2500万の貯金を持ち、夫婦で月額30万円の年金収入があり、
その30佑鰺其發砲泙錣垢箸いΑ 何か日本人の貧乏性の性格が数字にそのまま表れている。
国が存在して初めて個人の存在がある。 国を持たないジプシーやクルド人の悲惨さをみると、解ることだ。
その日本が破産状態だから、全くどうなるのかわからない!ところで昨日、「中小企業経営者の年金ガイド・セミナー」
にいってきた。次回のテーマになるが、年金は高齢化社会の生活レベルの設定の問題になる。
このセミナーで感じ取ったことは、年金は前倒しで貰うのがポイントのようだ。
中小企業の経営者は給料を減額して、可能な限り年金を貰い、減額分を会社の損金で落ちる生命保険をかけて、
停年時に返金して退職金にまわすのが現時点で一番得になるという。       ー つづく          
          (●≧з≦)!⌒〔゚.+ バイバイ ゚+.゚〕
ーーーーーー
2004/06/04
1158, 年金の話 −1
(字数の関係でカット2009年02月09日)
・・・・・・・
2005年02月09日(水)
1408, LOVE&FREE
ー世界の路上に落ちていた言葉−1  ー読書日記ー

図書館で何気なく借りてきたら、読むほどに面白い本である。著者は32歳だが、思い切った生き方をしている。
アウトローはアウトローでしかないが、生き方にバランスが取れているのがよい。
バナナ(皮は黄色で中が白)にドンドンなっている典型である。
ーはじめにー から引きつけられた。
1998年11月から2000年7月にかけて、約1年8ヶ月間。結婚したばかりの妻と二人で、気の向くまま
世界数十ヶ月の路上を歩いた。自分は、三年間続けた会社を離れフリーになったばかりだったし、銀座のOL だった
妻のさやかは、寿退社をしたばかりで、長いたびに出るのは「今しかない」という絶好のタイミングであった。
旅のコースも、期間も、特に決めなかった。「スタートはオーストラリア。あとは気の向くままに。
まあ、金がなくなったら帰ろう」それだけを決めて出発をした。世界中の路上で、カフェで、ビーチで、バス停で、
安宿のベッドで、・・大好きなコーラを片手に、タバコをふかしながら、自分の「ココロの井戸」を掘るようにして、
いくつもの詩を書いた。「いいじゃん!」と感じる場面に出逢う度に、ポケットからデジカメを出して幾千枚の写真を撮った。
帰国後、旅中に残した詩と写真の中から、特に気に入ったものを選んで一冊にまとめたら、この本が出来上がった。
世界の路上の片隅で、さまざまな人々が僕にくれた「LOVE&FREE]のカケラを、あなたに贈ります。
ーー
以上であるが、路上で書いた内容であればこその、ココロに打つ内容が次から次へと出てくる。言葉だけではない、
デジカメで撮った何げない写真が素晴らしい。二人は、各地で「ホリデーアパートメント」
に一週間ずつ泊まって旅を続けていた。お金には制約あるが、時間だけは無限にある旅。本当にうらやましい限りである。
胸に突きさすような言葉を幾つかをランダムに紹介してみよう。

ージブラルタル海峡ー
以下は字数の関係でカット(2008年02月09日)
             つづく
・・・・・・・
2004年02月09日(月)
1041, 職業性格形成論

条件と原因とは同義語である。職業は人間の性格まで決定をしてしまう。先日書いた「わたしは悪い不動産屋」の中で、
「不動産業者は瑕疵を探してしまう癖が人間性までも出てしまう」と書いた。その時に以前から書いてみようと
思っていた「職業性格形成論」をまとめてみたくなり、早速書いている。
・サラリーマンに嫁いだ姉をみていて驚いたのが、ミスに対して異常に 神経をつかっていることである。
 対象のプラスではなく、マイナスのミスだけ眼がいってしまう性格に変ってしまったのだ。組織人だった旦那の影響である。
・母がそうである。いつも話が1・5倍から2倍に膨らむ。
 すぐ上の姉にいわせると、値入れを1・5から2倍にするのが原因だという。そのシビアな指摘に驚いた。
・代議士ならサシズメ数十倍のハッタリが性格になってしまう。 それと虚言癖だ。
・作家も虚言癖の傾向になるか、観察眼で物事をみる性癖になる。
・警官は、全て犯罪捜査の視点でみてしまうようだ。警官という職業自体、必要悪の部分がある。
 国家内の法律遵守の暴力装置だからだ。
・先生は、常に教えたくて仕方がないとか、生徒を比較するように社会も 比較順序をつけてしまうという。
・私の仕事は装置産業、一度投資をすると15年〜20年はどうしようもない。
 あとは社会情勢次第。そうすると、マクロ的な世界や社会に興味を持ってしまう。 
 面白いものである。  そう考えてみると、誰もが自分で思いあたるだろう。
サンマというタレントをみると、普段生活があのままという。
常に話しまくっているかパフォーマンスをしてないと不安になるといっていた。
TVタレントや俳優は、私生活のすべてが演技の勉強になっている。
そして演技と実生活が混同してしまうという。そこまでいかないとプロとはいえないのだろうが。
職業は生きていく上で重要な位置を占めているものだ。但し、何事も例外の人はいる。
当たり前のことだが、泥棒や犯罪も職業にすべきで無い。人間性まで泥棒になってしまうからだ。
いや、泥棒の性格の奴がなってしまうのだ。中・高校の時、粋がって他人の小物を盗みまわっていた人がいた。
泥棒にはならなかったが、結果は似たような人生を過ごしていた?これは「三つ子の魂 百までも」か。

・・・・・・・・・
2003年02月09日(日)
676, ぶざまな人生ー4(読書日記)
ー偽善論

この偽善論がなかなか面白い。偽善主義者を、もともと偽善者ではないと切り捨てている。
偽善者以前ということだ。善を隠れ蓑にしながら、相手を実害を与え、自分は実利を取ろうとする奴だ。
「不幸の事件を逆手に使い、自分はあたかも最大の同情者のように振る舞い、
実利を得ようという輩」だ。これは汚い欺瞞者であり、詐欺者である。身辺に幾らでもいる?!
不可避的な偽善には、少なくとも善がある。真実の善など本当にあるのか。
どこでどうやって見分ける事が出来るのか。偽善をなせ。それを、あるかないかわからない真善に次ぐ、次善となせ。
一生偽善をなせば、それが真善である。偽善でいいと思う、「偽善」でしかなしえない「善」がこの世の中にある。
私は「偽善」を憎むほど、善を成すものでない。

ー以上が著者の言わんとするところだ。
「真善などあろうか?それなら偽善を次善としてなせ!」とは思い切った事をいう。所詮、善悪とは個人、
社会、宗教が創りあげた価値観でしかない。その基準が、どれほどの価値があるものか?偽善いや善悪という
言葉そのものが怪しいのだ。「人を殺すのは悪でないというのか?」もちろん悪いが、
戦争で相手国の非戦闘員を殺してしまったとして、それもどこまで悪と言えるだろか?全てが状況だ。
その為に初めて旧約聖書が善悪の基準を創った。孟子の性善説と荀子の性悪説があるが、これも何を基準に善悪といっている
のだろうか。あくまで両面を言っているだけだ。それなら、手っ取り早い「偽善とやらから、世間体のいう善と思える奴を、
仮面を被って次善と割り切る」という著者の論法も肯ける。偽悪の方がまだましと思っていたが、偽善も必要か?
偽悪の背後にあるのは善ではない?偽善の背後は悪じゃない? 次善論じゃないか?
よっしゃ、早速褒める訓練本でも買ってきて、カミサンや居酒屋やスナックの
ママから褒めてみようか?下心がないのだから偽善と違うか?褒めるのは偽善でなく、義務か!

・・・・・・・・
2002年02月09日(土)
326,イルカのような人

イルカはどんな状況でも楽しみを見つけ遊ぶという。私の身辺にイルカのような人がいる。
「今日如何して一日を楽しむか」それしか頭に無い。オリンピックといえば一月前からそれを楽しみに待っている。
始まれば夜半でも寝ずに見る。ウインブルドンのテニスが始まれば、これも然り。
毎日のTVも当然いくつか楽しみの番組がある。一日が楽しむ為にフルに使われるのだ。
昼は誰か友達と安くて美味しいランチを探し食べている。その為か顔までがイルカのように
なってしまっている。笑い顔なのである。必ず笑いのネタを何処からか見つけてきている。
働くことは大嫌い! 遊びならどんなハードな事でも平気、仕事は少しやると顔がはれ寝込んでしまう。
2〜3人のグループで常に群れているところが、更にイルカに似ているところだ。
そういう人は今でいう癒しを周囲に与える。それが唯一のの社会的貢献だ。
こういう人は西欧系の人では当たり前のタイプかもしれない。我々の年代の日本ではすくないが
若い人ではいくらでもいるのだろう。社会学で人間には二タイプに分けられるという。仕事タイプの人と、
遊びタイプの人とに。難しくいうと「仕事タイプをホモ・ハーベン」「遊び人タイプをホモ・ルーベン」という。
いるかのような人は「遊びタイプ」の典型である。これで一生終えるだろう。
母親がこれに劣らず、一生を楽しんでいる。家系からきているから間違いない。
人生とは、このような人には幾らでも楽しみを与える。反対の人には、いくらでも苦しみを与える。
何か法則があるのだろう。この視点でみると私はシャチというところ?いや、オットセイか!

・・・・・・・
2月09日  1969年
昨夜も一昨夜もショックが続く。留年をして、もう一度やり直そうかと言う気持ちが出る。
といって今更躊躇するのはオカシイのではないか。 高木も留年という。
客観的に耐えられないとしても、一応卒論を書き終えたことは間違いない。
いろいろあって動揺をしているのは解っているが。真面目に考えすぎである。
気持ちがボロボロなだけだ。もっと冷静にならなくてはなるまい。


2866, 大相撲が神事? 

2009年02月08日(日)


大相撲が日本人力士の大麻吸引で、ますます面白くなってきているが、
「大相撲って実のところ何だ」というと、いかに曖昧である。
「国技」? 法的には何もない。ただ税金は全面的に免除されていて、理事以上の利権のネタでしかない。
スポーツ、武道、格闘技それぞれの一面を持っているが、何か違うのである。
歌舞伎のようにチョンマゲを頭の上に乗せて、神主姿の行事が仕切り、その周りを審番が勝負を見守る。
政の神事の時の余興で力自慢をしたのが由来という説と、朝鮮から入ってきたモンゴル系民族が
騎馬で日本を制圧、その時にモンゴル相撲も入ったとも考えられる。その面では天皇と深い因縁がある。
神前の儀式での力自慢が徐々に見世物としての芸能になり、大相撲になったのである。

力自慢には、それぞれ大名などの贔屓がついたのがタニマチとして現在も残っている。
相撲部屋とは、その力自慢を囲い込んでいたところ。元々、そう上等のものではない。
その歌舞伎+格闘技+興行の混ざりこんだ男芸者衆の芸事?に、近代を持ち込んで批判すること自体がおかしい。
国技、神事とか、真面目な顔をして説いているのは、大相撲パラサイトの飯の種。
八百長など、当たり前のこと! これは芸事。 まともに勝負をするから最近、怪我人が多くなったのである。
フェアだというが、それは欧米の考えでしかない。
プロレスの観客は、あれは芝居ということを知ったうえ、悪役をどう倒すかの物語を楽しんでいる。
相撲も真剣勝負の妙味もあるが、力士の15日間の勝敗の星勘定と昇進、陥落の物語を楽しんでいる。
初場所では朝青龍という名ヒール役の復活の物語を喜んだのである。

神事、国技というなら、外人を入れるべきでない。
面白くするために必要なら、国技などという名をすてるべし。
税金を払うべし。そして、横綱審議会とかいうのを即刻止めるべし。
恥ずかしげもなく、よく出てくる姿は微笑ましくもあるが。
息抜きの話題には丁度良いが・・・レベル的には週刊現代のネタというところだ。

・・・・・・・・・
2008年02月08日(金)
2501, 無くてはならぬもの −8

おはよ〜(>ω<。)!!
人生を振り返ると全く、恥ずかしきことのみ多かりき!である。
自分の輪郭がハッキリして、その卑小性に独り嫌悪感に陥る瞬間が多くなる。
これが人生の秋口の心の風景なのだろう。早くいえば基礎教養は足りなかったのである。
俄然と読み始めたのが20歳位だったのが、遅かったためだろうか。
40年以上は、一日2〜4時間は読み続けてきた。しかし思春期の読書量が足りなかった。
それも、家庭文化のレベルということもあるが。しかし子供のころから葬式などで法話を聞き続けてきたし、
書画骨董の一流品を見続けてきたし、それでも両親や兄姉から色々な教えを受けてきたし、生き様を見てきて、
このレベルである。 独り溜息をつく日々である。 後は、どう自分と折り合いをつけるしかない!
ただおもしろかったが・・・・・この一点が救いである!
若き時の自分の声のように当時の沁みた言葉が、本を通して語りかけてくる。
 −−
P−37
アンドレ・ジイドの『狭き門』という小説は諸君のなかにも読んだ人が多いだろうと思うが、
あの狭き門という題は聖書の有名な言葉からとったものである。イエスの言葉である。
「狭き門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。
そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。
そして、それを見いだす者が少ない」(マタイによる福音書七の13−14)
この「命にいたる門」ということも、ほんとうの自己を見いだす門という意味である。
私たちはすぐにあの夏目漱石の『門』という小説を思い起こすであろう。
あの漱石の『門』の主人公は、友人の妻を奪って自分の妻にするのであるが、
そのエゴイズムのなかで苦しんだあげく、鎌倉の円覚寺に行って坐禅をして悟りを
ひらこうとするのだが、どうしても救われないでまた門をあとにして舞いもどってしまう。

諸君は、ほんとうの自己を見いだすために、どのような門からはいろうとされるだろうか
門はたくさんあるようだけれども、他に道はないのかもしれない。
「求めよ、されば、与えられるであろう。捜せ、されば、見いだすであろう。
門をたたけ、さればあけてもらえるであろう」(マタイにょる福音書七の七)とまた
イエスはいうのであるが、道を求めるという心を起こすことが先決問題であるだろう。
 ーー
P−38
「何事でも人からしてほしいと望むことを、人々にもそのとおりにせよ」
多くの人が、この黄金律を人生のモットーにして生きてきたことを告白している。
自分が幸福になるために、人から多くのことをしてほしいという思いである。
それなら、人々に対してもそのことをしてやるべきである。
人から親切にしてもらって嬉しかったら、人にも親切にしてあげるべきである。
この黄金律は、本当の人生の旅路において幾らでも応用のきくルールである。
だから黄金律と言われるのである。
 −−
*「求めよ、されば、与えられるであろう。捜せ、されば、見いだすであろう。
  門をたたけ、さればあけてもらえるであろう」
*「何事でも人からしてほしいと望むことを、人々にもそのとおりにせよ」
*「自分を愛するように、隣人愛しなさい」
*「右の頬をはたかれたら、左の頬を出しなさい」などの黄金律が40年近く経って、
 その意味の深さが少しずつ理解できるようになったということだ。 でも、難しいが、
 ことあるごとに口にしていれば、少しは実行をするだろう。ボランティアか〜。 
 群れてでも、しないよりよいのか?群れる何処が悪いのか? 群れることは、それより悪いのか?

´ノω`) honnja !
・・・・・・・・・
2007年02月08日(木)
2137, 占いと、細木数子について −2
       b(^o^)dおっ W(^O^)Wはようー♪

=====================
*細木数子には、驚いた!  
======================       
細木といえば、週刊誌やTVに30年位前より出ては消えを繰り返していた。
ところが、ここに来て復活。歯に衣着せぬ物言いで、芸能人を斬りすて、
バラエティ番組に引っ張りだこの女性占い師ということになっている。

 (字数の関係で中間カット2009年02月08日)   
  ーーーー
  この書を書くにあたり彼女から数々の脅しや圧力もあったという。
  暴力団関係には定評のある溝口しか、書けなかった本でもある。 "o(▼皿▼メ;)o"
  
                 ●´ノω`) ケッコンシナサイ♪
  ーー
 ーあるHPに載っていた島倉千代子とのエピソードが、女ヤクザの一面を
  端的にあらわしているー
    彼女の過去を紹介するエピソードに、島倉が借金まみれだった1977年、
    細木が彼女の後見人となり事務所を設立し、借金返済に尽力した美談がある。
    借金まみれの島倉の前に現れたのが、赤坂などで水商売を立ち上げていた細木。
   「細木は、ある暴力団の組長と昵懇で、その筋にも顔が利くということで、
    島倉は細木にマネージメントのすべてを任せた。
    細木は、77年、島倉の個人事務所を設立し、島倉と二人三脚で借金返済のために
    芸能活動をスタートさせた。当時は景気もよく、島倉クラスのタレントなら、月に400〜500万円は稼げた時代。
   「島倉は初めて地下鉄移動を経験し、大好きなパチンコも制限して、
    必死に借金返済に努めた。ところが、細木に返済を任せていた借金は、
    いつまでたっても消えずじまい。島倉は「もしや細木とその筋が示し合わせて、
    金を吸い取られているのではないか?」と疑念を抱き、細木と別れる。 等々である。
    ーー
まあ読んでいるだけで、悪臭がプンプンとしてくる女ヤクザの経歴を持つ。
人間の本質を知る上で、女ヤクザとしての熟成されたテクニックを使った、
竿の先の針の餌としての占いとしてみると即興劇を楽しめる。
何で、こんな女をバラエティー番組に出すのだろうか?そこまで日本が病んでいるということだ!  
でも、この履歴は面白い!履歴をみるかぎり、塀の向こうには落ちてないから強かだ。
          ーまだ  つづく ¥(*^_^*)\バイバイ
・・・・・・・・
2006年02月08日(水)
1772, “サラ川"入選100作品  おはよ〜(>ω<。)!!

この時期に毎年の恒例になっている「サラ川」が発表された。
私が選んだベストファイブは
・48   セキュリティ 一番手薄な 妻の口    無給警備員
・57   散髪代 俺は千円 犬 一万       下流の夫
・59   鬼嫁も 居るだけいいよと 励まされ   物は考えよう
・64   人生の 第二職場は 妻の部下      世の常人の常
・81   マイブログ 立ち上げたけど 話題なし   磯仁
 私の場合48は 「セキュリティー 一番手薄な 俺の口」
     になるが、どれも切ない話題ばかりだ!
ーまずは読売新聞の記事を     ~~旦_(^O^ )お茶!どうぞ〜
 ーー
“サラ川”入選100作品、家庭などの“悲哀”映す「刺客だと 言われ遠くへ 飛ばされた」――。
第一生命保険は6日、昨年11〜12月に募集したサラリーマン川柳コンクールの入選100作品を発表した。

今年も、サラリーマンの家庭や職場での“悲哀”を世相とともに映し出した秀作がそろった。
中でも、「小泉劇場」の流行語を生んだ昨夏の衆院解散・総選挙をテーマにした作品が目立った。
ー「チルドレン 昔『かすがい』 今『刺客』」と、子どもの心をつかみかねる父親の心情から、
ー「総選挙 家では妻が 総占拠」と家庭での孤立を描いた作品もあった。
 また、「熟年離婚」も人ごとではないようで、
ー「離婚劇 昔成田で 今熟年(シニア)」
ー「年金の 出る頃妻は 家を出る」との不安を抱いており、
ー「妻準備 いい日旅立ち 退職日」 とならないことを願うばかりだ。                      
 このほか、
ー「我が社では 部長のギャグが クールビズ」  ((((;-”-))))さ 寒い・・・・・・
ー「檄とばし 部下のヤル気も 消しとばし」 と上司への愚痴は相変わらず。     
 また、景気は上向いてきたとはいえ、
ー「“軽くヤバイ” ぜい肉よりも 我が会社」とサラリーマンの心配は尽きないようだ。
                   (σ・ω・)?
 第一生命は3月17日まで投票を受け付け、5月上旬に「ベスト10」を発表する。
             (2006年2月6日22時11分 読売新聞)
 ーーーーーーーー
ー“サラ川”入選100作品ー51以降は字数の関係上カットしました。
1 ウォームビズ ふところ常に クールビズ     環境財務大臣
2 わが家にも 抵抗勢力 妻(つま)むすめ・・  家住(イエス)まん亭主
3 健診日 前夜だけでも 休肝日          −ひろみ−
4 「はい」と言え 俺は家でも 言ってるぞ     オレ亭主
5 ウォームビズ 顔まで みごとに 厚化粧     税多苦
6 片付けろ! 言ってた上司が 片付いた      清掃業者
7 ご主人様 たまには家でも 呼ばれたい      メイド好き
8 メイドカフェ 冥土のみやげに 行ってやる    うちのじいちゃん
9 一点で 二転三転 志望校            七転八起
10 「買っていい?」 聞く時 既に 買ってある   エレキ猫
11 妻準備 いい日 旅立ち 退職日         谷底 紳士
12 ダイエット 食費以上に 金かけて        蓮華
13 耐震の 強度増すのは 妻ばかり         実里
14 待つことが 愛だと知った 地球博        しゅう
15 フォー!に萌え〜 意味は知らぬが 言ってみる  果報者
16 サラ川は 世相と本音の 早見表         風刺委員会
17 刺客だと 言われ遠くへ 飛ばされた       閑人
18 子はゲーム 家ではパパが 無視キング      昔は虫博士
19 チルドレン きっと来る来る 反抗期       ミチカパパ
20 年金は いらない人が 制度決め         元平社員

・・・・・・・
2005年02月08日(火)
1407, 大雪について

この大雪が、19年ぶりという。逆にいえば、1〜2mの雪が積もるのが19年ぶりでしかないということだ。
子供の頃は、毎年のようにこの程度の雪は降っていた。それが38豪雪(昭和38年の豪雪)以来、
年々積雪が少なくなってきた。そして、19年前の豪雪を最後に暖冬が続いてきた。
温暖化現象の一つだが、近くの柏崎原発が直接的な原因である。19年前の雪は、いやに記憶に残っている。
東京で、学生時代のクラブの集まりがあって、ブーツで東京に行った。
その時に銀座で飲んだが、そこのホステスが帰り際にかなり厳しい一言を言われた。
「銀座に長靴で来る田舎者がいる」と。こういうことしか憶えていないものだ。
それと長岡に帰ってきて30年間で一回だけ、屋根の雪下ろしをしたことだ。
それ以来は、積もっても1m位の為か、長靴は殆どはいてない。今年もこれでおしまいである。
ブーツを履いて出勤したのは三日間だけ。ニュースで見るほど大変でもなんでない。
駅から近いということもあるが、何処も住んでいればプラスもマイナスもある。
19年ぶりでも、この程度だから冬国のマイナスなど何ということはない。町なかに居るから言えるのだろうが、
といって大して変わらないだろう。表日本の人が持つイメージと現実は全く違う。

・・・・・・・・
2004年02月08日(日)
1040、ドタ勘

ある経営者の言葉の「ドタ勘」が印象に残った。ドタキャン(土壇場でのキャンスル)をもじったのだ。
土壇場の勘を信じて、決断していくしかない時代になった。そこまで日本経済は追い込まれている。
ぎりぎりのところで、思い切った現場からの叩上げの勘と判断を信じて実行をしろといっているのだろう。
その感覚が今の日本に欠けているという。自信を失っているのだろう。
その場限りの対策しか立てられなくなっているのが、日本が現状だ。
アメリカ従属国家の末路のこの時期、日本に必要な開き直りの言葉でもある。
何度か創業を経験をしてきて、実際のところ格好いい理屈はなかった。
ドタン場の勘で、発狂状態?になって突き抜けてきた。崖っぷちに立って初めて知恵と勘がでてくる。
集中せざるをえないからだ。積極一貫とは、前向きに極み(崖っぷち)を積み重ねることである。
しかし、その極み立つためには緻密な計画と長年の準備が必要である。
それが見えるのは、それをしてきた人間だけである。その他の人には、それがドタバタ「勘」にしかみない。
ついているという「運」の良さにしか見えない。運が良いとは勘が良いということである。勘が良いとは、
経験からくる暗黙知が良いということだ。暗黙知とは崖っぷちで積み重ねた知識と研ぎ澄まされた深い眼である。
それこそがドタ勘である。 解ったような事をいえた柄でないか、本当!

・・・・・・・・
2003年02月08日(土)
675, ぶざまな人生ー3

ーおれ様の人生と馬の骨の人生ー
この本にはなるほどと合点する面白い内容がいくつもあった。
 人間の存在とは
1、この世でたった一人しか存在しない人間ー「自分」・・「自分様・オレ様」
2、他人から見ると、その他大勢のなかの一人 ー「自己」・・「馬の骨」
この二つを同時にもつ存在である。この二つの認識を持つことが重要である。
個人主義とは、もともと集団的価値よりも個人的価値を上位に置く対集団的な考え方だが、
それが個人に向けられた時には、たった一人のオレ様である。お互いに馬の骨同士「個人」であるがゆえに、
お互いの唯一性を尊重することになる。それが個人主義であり、その領分を守るのが自分ー自らの領分である。
利己主義は、自分だけがこの世でたった一人しか存在しない人間としか認めない。
他人と自分の領分も理解できない輩である。以上が「オレ様と馬の骨論」である。
人と話していて驚くことがある、ある二代目が皮肉交じりに「お前は金儲けだけは上手いからな!」
と私に言ったことがある。この言葉の論外に「オレ様の仕事は金儲けでなく、お前ー馬の骨のやっていることは
金儲けでしかない」という自惚れの気持ちがありありであった。
「人間とは自分に都合のよいように自分を買い被っている存在に自分で気がついてない」と、呆れたのを憶えている。
この手前勝手さは誰もが、勿論自分も形を変えて基本にある。それがこの馬の骨論で、ずばりと書いてあった。
「みんなが大将!というところか。私が怒ると知らずと「あの馬鹿が!」とか、「あの馬鹿どもが!」という言葉が
頭をよぎるが、おれ様という意識がそう言わしめるのだろう。以前「世間様」論を書いたことがあったが、
世間様とは自分の領分をわきまえない集団主義者のことである。いや集団主義というより仲間主義の連中である。

・・・・・・・
2002年02月08日(金)
325、いまによくなるさ!必ず!

こういう時代だから、この言葉が大事だ!といって、これは手を打っての話だ。
「最善をつくして天命を待て」の時の言葉だ!考えてみたら、心の奥で何時もこう呟いていた。
歌に「明日がある、明日がある、明日があるさ・・・」とかいう歌があった。「明日がある」も似た言葉だ。
「何とかなるさ」も同じ意味か。今更、一休和尚の話しをしても仕方がないが敢えてする。
「死んだ後どうにもならなくなったら開けよと、一通の封筒を残して死んだ。
そしてどうにもならない時に開けたら(どうにかなるさ!)と書いてあった」
実際今まで生きてきて何とかなってきた。そして良くなってきた。
実際起こりうることより、それに対する不安の方が10倍は大きい事は、誰も経験済みである。
海外旅行ほどその段差を実感する。今の悪い状態に対して悲観するのでなくて、よくなる方策を考え抜き
実行すればーーーー「今によくなるさ!」「今の日本はそれをやっているのだろうか?」

・・・・・・・・
2月8日 1969年

小林が寮に約束どおりに訪ねてくる。彼と話しているうちに、若さとエネルギーの新鮮さに
感化されてしまった。私の卒論を見せると、構成のいい加減さをつかれる。昨日日以上にショック。
一年がかりに書いた卒論も基礎と基本のいい加減さを見透かされた。自分の為の自分の作文でしかなかったのか。
根本からやり直すことは今更むりである。 先日の反撃をしたかったのだろうが。
いま気がついたことは、破ったと信じていた殻から、全く出てなかったことだ。
友人の批判に耐えられないレベルということか。批判者は批判者で気にすることはないが、隙をつかれてしまった。
動揺が一日一日と激しくなる。卒業間近というのに。いや間近だから動揺しているのだ。


2865, 一つのことに一万時間没頭

2009年02月07日(土)


昨日の日経で、三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が全面を使った広告で
「今、若者たちへ」という次世代に贈るメッセージを語っていた。
その中に「一つのことに一万時間没頭しよう リベラルアーツ修め、『志』を打ち立てよ」がよい。
 ーそれを要約すると
・若者は「とんがる」のが20代の仕事! 自分の能力の限界に本気に挑戦する数年を過ごすべき。
・そのために何か一つのことに一万時間を費やすべきだという『一万時間説』を唱えている。
・そうするとヒトカドの人物になれる。プロとして認められれば同じような集まりである『鉱脈クラブ』に入会できる。
・大事なことは、一万時間も費やして獲得した人脈、知識、スキルをその後人生にどう生かすかである。 
・そこで求められるのが「志」、30代に志磨きをすることが必要となる。
 志を磨くには、まず、自分が何のために生まれてきたか、社会のために何をなすべきかという『自己認識』が必要。
・そこでは、国際社会で通用する高い教養が必要になる。 その第一歩が自国の日本のことを深く知ることである。
   人間性を磨く、要は教養を深め、専門性を磨き、人を説得する努力が求められるということ。
 −−
 これは決して若者だけではない。我われにも当てはまることだ。
一万時間という言葉で気づいたことは、この随想日記、8年弱続けてきたが、
8年×365日×3時間=8760時間で、あと二年で一万時間になる。
なるほど、と自分で納得している。 あくまでアマチュアだが、一日も欠かさず続けた効果は絶大であった。
あと2年で10年が大きな節目である。 書き続けることの深さを体感できたのが最大の収穫である。塵も積もれば山である。
20人位の人が見続けていたようだが、いや30人か? その人たちとは、ここでいう鉱脈クラブでつながっているのだろう。
8年間で自分が大きく変化してしまった。 
 ー効果の一部を思いのまま書いてみると 
・一番の収穫は、書くことが面白くなったことだ。 ・それと自分に自信が持てるようになったこと。 
・自分の限界がはっきりと見えるようになったこと。・プロのモノ書きの凄みが見えるようになったこと。 
・本の速読が飛躍的についたこと。 ・ものごとの本質の把握力がついたこと。  などなど、あげると限がない。
 もっと分かりやすくいうと、以上の文章を三十分で書けるようになったことである。 で、どうした?どうもしないが!
 定年後に何をすべきか? これまで出来なかった何かを見つけて一日十時間、三年間集中してみたら!群れてないで。

・・・・・・・・・
2008年02月07日(木)
2500, 県民所得格差

ある新聞社のHPの記事をまずコピーしてみてから、地域格差の問題を考えてみよう。
 −−
 地域間の所得格差を計る代表的な指標は、人口1人当たりの県民所得。この県民所得は個人所得の他、
法人所得も含まれており、個人の所得水準というより地域全体の経済力を示している。
 2005年の上位1〜5位は、東京都、愛知県、静岡県、滋賀県、神奈川県の順である。
上位5県の平均は、362万5千円である。事業所が集中しており、昼間人口の割に夜間人口がない東京都は
478万円とやや特別な高さとなっている。下位1〜5位は、沖縄県、高知県、青森県、宮崎県、長崎県と
南北の遠地で構成されている。下位5県の平均は215万7千円であり、上位5県の平均はこれの1.68倍となっている。
 高所得5県と低所得5県の間の所得格差は1961年の2.32倍から
高度成長の時期における工場の地方分散などにより1975年の1.58倍へと縮小した。
 その後、地域間格差はほぼ横ばいの状況となったが、1980年代後半のバブル経済の時期には
やや格差が拡大した。その後の景気低迷の中で、景気対策としての地方への公共事業の
重点配分などの結果、さらに地域間格差は低下し、2001年には1.55倍と過去最低となった。
 ところが、その過程で、公共事業抑制、行財政改革、地方分権改革など、「改革なくして成長なし」を合い言葉とした
改革路線が本格化し、それに伴って、地域間格差も4年連続上昇し、2005年には1.68倍へと上昇している。それでも
高度成長期以前の地域間格差と比べるとなお格差のレベルは低く、諸外国と比べても地域間格差の水準は低くなっている。
ーー
以上だが、数年前に長岡は東京のの6割、新潟は7割の所得と聞いていた。
しかし、2005年度で、新潟県平均で6割というから、中越地震と、中越沖地震の影響で
5〜10佑詫遒舛燭里韮毅悪佑魍笋辰真綵爐世蹐ΑJ価とか、家賃とか、他に諸々を考えると
20~30佑歪磴い里如都会との生活水準は八割位であろうとは、感じてはいた。

去年、静岡県の島田市に学生時代の友人のところに遊びに行った。
彼はトヨタ系の自動車部品メーカーの下請けの社長だが、静岡県を案内してもらっているうちに、
新潟県との空気の違いを感じ取った。車は中型車の新車が目に付き、家は新しい上に、
道路や公園が整理されているのである。ここは、、アメリカ?という感覚になってしまった。
角栄が政治的に健在だった時の新潟県の豊かさを見ているような・・。
全国平均所得が304万で、新潟県は277万で、その90佑箸いΔ海箸砲覆襦
格差が個人の所得だけでなく、地域間にも現れてきたということだ。
東北六県の人口が1200万人と、東京と同数であることを考えれば
情報も金もチャンスも一極集中が東京から名古屋の東海道ベルトラインに集中している。
四国、九州、沖縄が、東京の4〜5割というのは解るが、関東圏に近い新潟が
ここまで落ち込むとは! 物流の数値が5年で6割になるのだから、仕方がないか?
しかし、情報化社会の必然的結果としてのグローバル化の潮流の中、競争化の結果としての
格差は当然と割り切らなければならない。 だいたい平等など、ありえないことだ。

・・・・・・・・・・
2007年02月07日(水)
2136, 占いと、細木数子について −1
         o_ _)oパタ (o- -)oムクッ (o°▽°)oニ パッ
                        オハヨ〜
私は占いに興味がない。 ただバカバカしいからだ。ありゃ、??向けのものでしかないのは、
ジャリむけ女性週刊誌の定番商品であることが、そのまま実証している。
そこで理屈として「占い」を考えてみよう。その扱い心理商品は、「不安」と「「悩み」そして「物語」である。
人間は、この三つを抱え迷っている。「不安」といえば、「死の恐怖という先入観」を生きてきた過程で
植え付けられてきた。人生に対しても、「果してこれでよかったのだろうか」という疑問がついてまわる。
(以下、字数の関係でカット2009年02月07日)
                      b(^o^)ノ バイ! 
 ・・・・・・・・
 2006年02月07日(火)
1771, 老いを生きる意味  
           ヾ(●´∀`●)GOOD MORNING!!  

図書館で立ち読みして思わず吸い込まれて、借りてきた本である。
還暦を過ぎたためだろう!その中の「老いのキー概念」が考えさせられた。
一つずつがシビアで、煉獄を思わせる。
(1)居場所がない   (2)社会的役割の喪失
(3) 貧困と孤独    (4)生と死の間のさまよい
(5)青春への希求ー自分に青春がなかったという疑問等
(6)老年危機ー生きる意味の喪失 (7)枯れへの悶え
(8)矛盾する心性(自分の人生の肯定・否定の自問自答)
(9)ボケと過敏        貴方は誰? Oo(っд・`。)私は誰?
(10)成熟と衰え
 以上のそれぞれの項目は深い問題であるが、デッサン的に取りあげていた。
 北欧で老人が公園で何もすることが無く、寂びしそうにベンチに座っている
 姿が眼に焼きついていたが、内面の複雑な心までは感じ取れなかった。
それぞれの項目ごとに、過去に出会った老人の患者の逸話が具体的に生々しい。(*^ー^)/C□~コーヒードウ?            
両親、特に母親を見ていて、この全てのプロセスが悲しく可笑しかった。
そして自分も10〜20年で、一つずつ直面していくことになるのだろう。それまで生きればの話だが。
父は70歳、(70歳で末期がんになり、71歳で亡くなった)
母は80歳までの人生であった。(82歳より痴呆、88歳で亡くなった)
ある医師の対談で「‘70代後半に痛みのない癌で死ぬ’のが、私が見てきた理想的な死だ」
という話が印象に残っている。 その意味では、義父は理想的な死だった。
私ごとの話だが、理想的な50代を過ごしたが、理想的60代はどう過ごすか考るのが、今年の課題である。
 60歳代前半は後継者への引継ぎの期間、後半は40〜50回の秘境ツアーに集中!が大きなデッサンである。
そして70歳代前半は人生の後始末で、70歳後半〜80歳前半で癌でさらば!  ☆ミ(o*・ω・)ノ サラバジャ!!
 後は野となれ山となれ、というところだ。そういうものと思って生きていれば、気が楽になる!

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2005年02月07日(月)
1406, フリーター漂流

一昨日のNHKスペシャルの「フリーター漂流」に、考えさせられた。

フリーターを臨時採用する会社があって、その会社は(派遣ではなく)下請けの立場で、
「フリーター」を工場に送り込む。ラバー(単純作業労働者)を、下請けとして契約相手先の工場内で作業をさせる。
元請は契約下請け作業員を直接工場で働かせているにすぎない。そのため自由に配置転換が可能になる。
下請け会社は、全国レベルでフリーターを集めたラバーを工場などの現場に配置する。
フリーターを嫌う大手と、単純作業を割り切って働きたいというフリーターを結びつける必然的な機能である。
フリーターも割り切っているから、お互い様である。しかし、多くのしわ寄せが彼らに直接くる。 
残業なども不定期にきて、それが原因で病気になっても定期契約なので一切の保証は無い。
フリーターを続けてきた人は企業は欲しがらない。彼等は、正社員としての適性がなくなっているのだ。
この番組みでは、その彼等の個々のケースを追っていた。フリーターに、なりたくってなっているのではない。
決して、気楽ではないのだ。この会社は「ニッケン」といい、チラシなどで募集内容を目にしていた。
仕事内容が多彩で不思議に思っていたが、フリーター専門の下請け会社だったのだ。
そういえば、コンビニの開店専門派遣会社を経営している人がいた。
一種の開店屋として、FC契約のオーナーのオペレーションが落ち着くまでの臨時作業を請け負うのだ。
なるほど、そこまでドライに割り切っているのかと感心していたが。
フリーターは誰にもできる仕事に限られ、使い捨てになる。そこには冷徹な時間売りとしての肉体労働が要求される。
今は若年層に限られるが、今後は熟年層だけでなく女性層にも広がっていくだろう。
こういうカタチで一部勝ち組以外は、賃金の引き下げが進んでいく近い未来の姿だ。
私も過去に浪人時代が何回かあるが、その時の心の空洞感を思い出す。世の中の全てから見下されているような虚脱感と
虚しさが、まだ生々しい。あの虚脱感が、私の事業の失敗に対する恐怖にある。 それが事業の出発点の原点である。

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2004年02月07日(土)
1039, 鳥インフレエンザ

・[人から人の感染阻止に全力 最悪なら10数億人感染も ありうるとのこと。
 アジア各地で猛威を振るう高病原性鳥インフルエンザについて、世界保健機関の西太平洋地域事務局の
 感染症地域アドバイザー、押谷仁博士(44)は一月三十一日、マニラで共同通信のインタビューに答え
「最悪の場合、 世界人口の30%が感染する事態も想定される。封じ込めが緊急の課題だ」
 と指摘、国際社会が対応を誤れば十数億人が感染する恐れもあると警告した。]
・「SARSはむしろ封じ込めやすい病気。ハクビシンなどの動物から人に 感染したとみられるが、
 その後は重症者からしか広がらなかった。だがインフルエンザは無症状の人からも広がる」 如何して、
 これに対して問題にするかといえば、スペイン風邪の過去の事例が あるからだ。
ー上記は鳥インフレエンザのweb上の記事の内容である。

今回の鳥インフレエンザはスペイン風邪より性質が悪いといわれている。冒頭にあるように、最悪の事態も考えられる。
もし世界に蔓延をしたら大パニックになる可能性を含んでいる。スペイン風邪は 1918年、当時の12億人の半分に
あたる6億人が罹り2500万とも5千万人が死亡したといわれている。
スペイン風邪も当時の氷づけの遺体の細胞から、鳥を感染源にしていると昨日の新聞に載っていた。
当時は第一次世界大戦の為に、情報コントロールがあり人類史上の最大の事件にもかかわらず、
あまり取り上げられてこなかった。エイズ、狂牛病、SARS、そして鳥インフルエンザと人類にとって
大問題の病気が次々に起っている。背後に何かあるのではとさえ思われるほど危ない事件ばかりである。
スーパーの店頭は毒の山と聞いていたが、マンザラ嘘でもなさそうである。
何を食べたらよいか迷ってしまう。ベトナムやタイなどでは鶏がどこにでもいて生きた鶏を市民が買って調理している。
こういう環境では感染が広がりやすいという。海外旅行の代理店は、まさしく踏んだりけったりである。
アフリカ、中近東、アメリカ、そしてヨーロッパは駄目。そこで中国、東南アジアに活路を求めていた矢先、
そこも駄目なら文字通り八方塞がりである。何かのキッカケで世界恐慌になる可能性も含んきた。
ところでSARS騒ぎが全く出てこないのが不思議である。中国では情報コントロールでもしているのだろうか。
 ーーーー
ー以下はスペイン風邪についてホームページから調べた内容であるー
・スペイン風邪
大正 7(1918)年の春から翌年にかけ、世界中で猛威をふるったインフルエンザ。
発生はフランスのマルセイユといわれます。当時、ヨーロッパでは第一次世界大戦の最中であり、
西部戦線でにらみあっていた両陣営で爆発的に拡がり、まもなくフランス全土を覆(おお)い、
やがてスペインへと拡がっていきました。
 また、ほぼ同時に中国・インド・日本でも発生、スペイン風邪は短期間で世界中に蔓延することとなりました。
当時世界人口は約12億人でしたが、なんと2,500万人がスペイン風邪で死亡した(一説には4,000万人)
といわれます。30人に1人も死んだことになる。現在なら2億人が死んだことになることを考えると、
想像を絶する出来事であったのだ。日本でも2,500万人が感染し、38万人が死亡しました。

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2003年02月07日(金)
674, ぶざまな人生−2 (読書日記)

立ち読みをもとに、前回「ぶざまな人生」というタイトルで書いた。
先日、本屋で再び立ち読みをしたら、「前書き」と「あとがき」が余りにも面白い内容につられて
思わず買ってしまった。下手な要約を書くよりずっと文章に味があるので、そのまま写し書きする。
  ーー表紙ーー
 ーぶざまこそ人生の醍醐味と見つけたり!

人生50年も生きていれば、時に不偶感に苛まれ自信を失い世間に屈してしまうことがある。
金がない、愛されない、学歴がなく社会的地位もない、有名でもない、おまけに流行にも
ついていけない。だが、これらはけっして「ぶざま」を意味しない。
人生とは他人に見せるものではなく実際に生きるものだからだ。
「人間の人生」(=運命)に翻弄されながら、それでも「自分の人生」(=意志)を垂直に立て生きようとすること、
それだけが決定的なことなのだ。「ぶざま」を自覚しなければ、生きている資格がない。
  まえがきー「中小零細企業」の人生論
人生、である。 しかも、ぶざま、である。ははあ、「ぶざま」といって一端下げておき、しかし一転して、
「ぶざま」こそ人生そのものでナイかと持ち上げ、さあ元気に生きていこうぜと口先だけの空元気で
鼓舞しようというんだろう、手口が見えているぞと思われるかもしれないがあたってない。「ぶざま」は
「ぶざま」である。いまさら人生論か、50年古いと思われるかもしれないが、・・とおりいっぺんの人生論など興味がない。
成功した経営者や哲学者や有名な評論家とか宗教家とかいったつぶしの利く人間が書くものと相場が決まっている。
しかし、彼らの人生論はおおむね「大企業的ー立派で高尚」の人生論である。それに対して本書は、
全然つぶしの利かない普通の中年男が書くそれである。いわば「中小零細企業」的人生論である。
日本の会社の95佑中小零細なのに、だれもが5佑梁膣覿箸陵佑平誉犬鯀りたがる。無理もないが。・・・
人生という言葉に魅力がないかもしれないが、人生そのものは誰にもあるものだ。
いま「人間の人生」(簡単に言うと、運命)の真っ只中にいるのだ。
けれどその中でも、「自分の人生」(簡単に言うと、意志)だけで順風漫帆に生きている人間は「人生」
に直面しないだろう。「人間の人生」と「自分の人生」のせめぎあいの中にある人間が「人生」の波
をもろにぶつかるのだ。中年こそ、「人生の辛酸」ということが身にこたえる年代なのである。・・・

ーー以上が概要である。ーー
 以下は字数の関係でカット(2008年02月07日)
            ー 続くー               
・・・・・・
2002年02月07日(木)
324,中村天風

この人の本を読んで人生観が変わった。基本は人生は「積極一貫」である。
言葉を大切にしろ、何気なく使ってる「言葉の力」に気づかずにいる。
「言葉のコントロール」をすべし。「プラスの言葉、積極的言葉」を使うべし。
 ‘何か元気の出る本がないか’とい聞かれたら迷わず天風を薦める。
・「積極一貫」がその中心
・「誠心誠意」がその背後にあり、「良心」が発生源である。
・なにげなく話す言葉は、どうしても「マイナスの言葉」になってしまう。
 常に注意を払い,充分に気をつけていなくてはならない。
・天風が瞑想の果てにつかんだものは「人間は受信体だ!」ということだ。
 その為に、「独りだけの時間」をもち、「心を澄み渡る」ようにしておくべし。
 そうすると「感受性」が高まる。
ー最近また天風の本を一日一回目を通している。理由は簡単である、トイレに置いた。
 一週間置いたが、コウカテキメンで毎日が気分がいい。 単純なものだが、何か力が底から湧いてくる。
 言葉にどうしてもマイナスが出るが、それを一日一回でも窘めてくれる。
「人生の花園に常によき花を咲かし、よりよき実りをつくらなくちゃ。それが自分の義務だもん」 -天風
 
・・・・・・・・
2月7日 1969年
9時起床。 10時に食事。 その後、登校後に人事管理の試験であった。
まあまあのでき、よくて優、悪くても良だろう。試験の後、川崎と兼古と価格理論の教授の西山教授
のところに行くが不在であった。アメリカの、グリーンスパン教授と親交がある人だ。
その後、三人でボーリングに行く。150点、私としては上出来であった。その後、帰寮。
19時半から、私の追い出しコンパだ。今までは送る立場であったが、今日はついに自分の番である。
蒲生と高橋をのぞいて全員が出席をしてくれた。少し白けた感もあったが、最後まで永田さん、市川さん、
間中、佐藤、尾形と残ってくれた。酔っていたが、市川さんに「私から全てを吸収しきってしまった」という。
まあ、そうだろう。最後に佐藤が泣いてくれたのは嬉しかった。それにしても、市川さんとは、この二年間は
週末は必ず食事に行っていたのに。如何したことか解らない。そんなものか、この男は。ショックであった。
一人一人、いろいろなカタチで別れていかなくてはならない時なのだ。
それにしても、市川さんの最後の言葉は何なんだったのか。
怒るより、むしろ呆れてしまったというのが本音である。
寮にそのまま居座る為の、デモンストレーションのつもりなのだろう。
 毎日毎日が、あまりに刺激が強すぎる!

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