股・戯れ言


BBS

ココロのパンツの穴

毎日毎日、何やってても、ガハハと笑っていても、心にぽっかり穴が開いているようで、つらいなあ、とか苦しいなあ、とか、むなしいなあ、とか感じてしまうのだけど、
じゃあ、ソレ、何で埋められるの?
というと、それがなんなのかわからない。

誰かに埋めてもらうことは不可能。
自分を幸せに出来るのは自分だけ。
他人、というか、男には何も期待してはいけない。
期待したらしただけ自分がへこむだけだから。

ということは、とっくに承知しているので、まあ「穴が開いていようが耐えろ。ガマンするしかねえんだ!」と自分に言い聞かせる。
自分に言い聞かせているだけでは甘え癖が出てしまうので
公言したりして(こうやってわざわざ書いてみることも含む)自分を追い込むのだけど、
それでもなお、
誰か助けて!私の穴を埋めて!(not下品な意味)
と求める声が、心の奥底から聞こえてくる。

だーかーら、
誰も助けてくれやしねえんだよ!
もう、十分わかっているじゃないか。

ついでに、もう一度、お前に教えてやる。
お前もとっくにわかっているはずのことを。
お前の埋められない穴ってのの正体もこれなんだろ。


お前の欲しいこと、知りたいことは、もう一生手に入らないのだよ。
どんなことをしても、手に入れることはできないのだ。
願い続ければ、願いは叶うなんて大嘘。
お前は、理由を手に入れることはできない。絶対に。
だって、お前は存在を拒否されたのだから。
お前は、いないことと同然なのだから。


と、冷静な私が言っておる。
うむ、その通りなのである。
私は知りたいことを知る術をすべて失った。
術どころか、資格も失った。ほんとにもう何もない。
それがずっとずっと苦しいのである。
つらいのである。
私は名探偵ではないので、状況や、己の記憶や、その他もろもろの証拠から真実を推理することはできない。
で、「ま、わかんなくていーや」と思っても、ふとした瞬間に「あの答えはなんだったのだろう」と思い続けてしまうのである。
あきらめりゃいいのに、ずっとずっと気にしているのですよ。
何か他のことを成し遂げれば、そんなことは自然に忘れていくことができるのかと思っていた。もっと自分のことに夢中になれば、そんなことは鼻くそ以下になるのかなあ、と思って自分のことに夢中にもなった。
でもずっと忘れられない。
なんだよ、この驚異の記憶力は!
自分のことに夢中になればなるほど、忘れることはどんどん不可能となっていった。なんたる皮肉・・・。
忘れろよ。得意の忘却力よ、こういう時に発動してくれよ。「切符どこにしまったか忘れた」みたいなのはもうどうでもいいから!


こんなものは自分の問題ですから、自分で忘却するしかない。
自分でケリつけて、立ち上がるしかない。
自分でよーくわかっているので、ケリもつけた。
つけたつもりでおった。
それなのに、
忘れらんねえ!
とあがき、そして、
誰か助けて!
私をここから救い出して!
と思っている自分もおる。
でも、私、心に穴がぽっかり空いておりまして、それというのも欲しいもの、知りたいものが一生手に入らないってのがはっきりわかったからなんですよね、で、タチが悪いことにそのもやもやを断ち切れないんです、などと前置きしている女を、救い出してくれるような男は
あ ら わ れ な い。
現れたとしても、それは恋愛感情にはならんよなー。
少なくともわしが男だったら、そんな女救い出したくねーや。だって、あらかじめ「自分には本気の愛を向けてませんよ」て宣言してるようなもんだもん。
しかもだね、あつかましくも、「私はあなたには本気の愛は向けられるかわかんないけど、あなたは私に本気の愛を見せて」って要求したりするからね。ああ、タチ悪い。



というような話をぐたぐたとオカマな友達に話したら、
「最初にあれがいいってハードル高いことを言ってしまったから、その後取り消せないだけなのよね。今更、あれじゃなくていいの、それがいいの、欲しかったの!って言えないだけじゃない」
と、言われました。
うーん、オカマは身も蓋もない。
ズバット言うな。とほほ。

でも私は、何が欲しいのかなあ。
今でも答えが知りたいし。救い出しても欲しい。
救い出しては欲しいが、愛とかそういうのが欲しいのかな。
愛なんてのを介在させてしまえば、また同じ道に堕ちると思うのでそれは怖い。あー「愛」とかいうのがあるから、自分も傷つくし、相手も傷つけてしまうんだよ。いらないんだよ。でもいらないくせに、なんで本気の愛なんてのを求めるんだ。ザ・愚行。グココココ・・・!


いや、まあ、すべては私が臆病なだけ。見栄っ張りなだけ。
バカが見るーとなりたくなくて予防線を何重にも張り巡らせようとしているだけ。(って、いつもその予防線は役に立たないんだから、張り巡らせる必要もうないんだけどさ)
あと欲張りなだけなのだ!
心の思うままにしたらいいよ、と皆さんアドバイスをくださいますが、
心の思うままに進もうとする時、いつも邪魔するのは自分だなあ。。

2008年10月19日(日)

C!C!C!イタイタC!

このところ愛だの恋だの情だの欲だのに苦しみ、もがく、どうしようもない心情ばかり書いておりますが。

わしは、苦しいとかつらいをちゃんと感じているのであります。
大丈夫とかゆるやかに蘇り中とか書いてるが、まだ痛いよ。ずっとこの先立ち直れないのかもしれん。先のことはわからない。
自分で認めて、自分で決めたことだから、潔くもう何も言わないのがいいのだろうけど、
平気なふりなんかしたくねえんだ。
そうやって、いろんなこと忘れたフリして、いつの間にかほんとに忘れたつもりになってしまうのが嫌なのですよ。
自分に嘘つきたくないのよ。
私は強くないのに、強くならなきゃ、ガマンしなきゃ、なんて暗示を自分にかけるのは、したくないのだ。

傷つくのが怖いなんて、当たり前。
でも、傷ついてでも触れたいのだよ。
触れて、幸福な時や気持ちもあじわえたしな。
んで、今こうしてボロボロなわけだが、何もしなかったよかずっとマシだぜ。毎日つらかろうと苦しかろうと、なんにもない人生よりずっといい。痛いけどな。そんでもって、イタイ女にしか見えないだろうけどな。


自分の人生の主役は自分だけど、傷つきたくないとかそういうことで、他の登場人物を排除してくよーな人生を、私は選ばない。
どうせ主役なら、登場人物がいろいろ個性的で、本気の舞台で主役張りたいんだよ。すべての感情フル稼動の。本気でぶつかり、求めあえる相手とともに。


文学や音楽や映画は、その舞台の、あらゆる場面をより豊かにしてくれる道具でいい。あんたらのことは好きだけど、あんたらは決して主役じゃないぜ。



あ、なんか最初に書こうと思ってたことからまるっきり離れたことを書いてもうた。
重いことには変わりないからまーいいや。


しかし、めっきり寒くなりましたな。雨降ってるわなんやらで、外出するのも億劫なんでマドンナとリアーナ大声で歌いながらキャベツ料理づくし(豚肉と塩揉みキャベツの炒めもの、キャベツとニラのチャーハン、キャベツとジャガイモとたまねぎ煮込んだスープ)を作っておったよ。んで食っておった。
ザ・無職という感じですね。リアーナよいなー。最高すぎる。リアーナのような格好をしたい今日この頃。
MIAぽい格好もしたくてたまらんのですが。どっちも年齢やらプロポーションやら度外視しすぎですがね。あと難易度高いけどさ。

あ、今日は女の業音楽聴いてないからそういうこと書けないのか。なるほど。
2008年10月15日(水)

レンアイ・イズ・マーダー

女はね、いつだって、これが最後と思って恋をする。それくらいの覚悟がなくちゃ、恋なんかしてられないんだよ。失うものが、あまりにも大きすぎて、遊びでやってる余裕はねぇんだ。だって、そこには自分の存在価値がすべて、かかってるんだから。



新潮45掲載時から、中村うさぎ先生のこの文章読んで、ぐあーと身もだえしておりました。
そうなんだよ、まさにその通りなんだよ。
いつだって、この恋で終わり!これ以上はもうないと思ってきた。
次の恋なんて、想定できないんだよ。そんなもんないって信じちゃうんだよ。
この恋で死ねたら、本望なんだよ!!



でも、いつも男たちが、自分を欝陶しく思ったりするのかもしれない、離れていくのかもしれないという不安に怯えてしまう。

自分で自分をいやな女、むなしい女と思いたくないから、男に何もない女、つまんねえ女と思われたくないから、私はいつでも自分にやりたいことを用意してきた。
ほんとは私のやりたいことなんてどうでもいいの、あなたが私を本気で求めてくれさえすればいいの。本気の証を見せてくれさえすれば、私はそれだけで十分なのよ…


私が私に用意した存在価値をすべて奪って、新たな価値を与えてくれるくらいの激流/大いなる力に飲み込まれることこそが、恋愛だーと思っておった。ずっと、そういうのを求めていた。
でも、恋愛て、それだけじゃないのだよね。
まあ今はそう思えるようになりました。
やりたいことも卑屈にならずにやれてるし。あー自信をちょびっとでも獲得してよかった。


しかし、中村うさぎ先生と同じく、わしもすぐ「愛されたい地獄」に堕ちる人間だからなー。
私を本気で愛して、求めて、本気の証拠を見せて、とな。
自分のそれを自制するために、愛なんてほんとは存在しねえよ、などとうそぶくわけだ。あとでバカが見るー、ということにならないよう、牽制牽制。

まあ、もうすでに「あんたは、どうしても相手に本気を求めてしまう人間なんだよ」と見抜かれているわけだが。
みなさんにバレバレでしたか。そうですか。知らぬはわしだけかい。


あーわしもうさぎに負けず劣らずややこしい女であるな。
て、昔の男によく言われておったわ、「ややこしい女だな!」と。何年越しで自覚してんだよなあ。29にして客観性獲得だよ。遅!
2008年10月14日(火)

グレートジャーニー・フィリピン編

■ジャーニーの今のボーカルって誰だか知ってる?
と妹に尋ねられ、スティーブ・ペリーじゃねえの?と答えたら、
その人が抜けて、YOUTUBEでジャーニーそっくりさんバンドの映像公開してたフィリピン人なんだって!と聞いた。
嘘でぇ、と調べてみたらホントに42歳くらいの長髪フィリピン人だったよ。
すげえな!
YOUTUBEは世界中のそっくりさんバンドにオープン・アームズなんだな!
まさにアメリカンドリーム。いや、フィリピンドリームか。


■MTVビデオアウォードクラシック見てたら、ダイアー・ストレイツのビデオってものすごく今、受けそうなポップ感満載なんだなーと思った。80年代ブーム様様ですね。
あと、マイケル・ジャクソンのスリラーは完成度高いがやっぱ長ぇ。


■MTVといえば前にやってたラップの番組再放送がおもしろかった。NWAが全員で「俺達の地元案内するぜ!」とLAのキケン地帯をウチくる!?ばりに案内するやつが最高。昔のラップっつーかヒップホップ文化は面白いなあ。


■黒人といやぁ、地元の廃れた地下鉄駅で黒人に道を尋ねられた。どう見てもアフリカ人なのに「自分はブロンクス出身」と言い張っておった。あーそうなんですかー、と流しておいた。
日本にいる黒人の八割はアメリカ人を名乗る黒人らしいよ、横須賀とか沖縄以外は。


■中森明菜の「愛撫」という曲は、わしの声とキーがあうなー歌いやすいなーとしか思ったことがなかったんだが、

「愛さないでね 愛してないから」
「許さないでね 許してないから」

など、なんかいろいろ堪える歌詞であるな。
愛も許しも、理性ではいらないと思う。これ以上私は苦しみたくない。ああ、もうこんな思いまっぴらごめん。ノーサンキューノーサンキュー。

けど触れて欲しいと切に思ってしまうのは何故だ!?

ああ、何故とかいうのも煩わしい!触れて!私に触れて!



なんかそういう歌だなーと思った。
そういう本能の求めというのは、愛を誓わないと不義理になるのだろうな。だろうな、なんて暢気に言ってるが。誓いとか証とか契約とか。
と、いろいろ考えてしまうのは、また中村うさぎの「私という病」「セックス放浪記」読み返しているからだろう。おおう。


■そういや、知らないうちに「ギラギラ」がドラマ化するそうで。
葛城大成が石橋凌て!どんなキャスティングだよ!!憤死。


■落ちたりしんみりするのばかり聴いててもラチが空かないので、ここ2日はミルトン・ライトとサーモン&ガーリックだけを聴いておる。
ミルトン・ライト最高!マイアミソウルで気分はカリビアンハイウェイ(そんなもんあるか知らないが。行ったことないし)
サーモン&ガーリックも最高だなー16曲中歌モノが6曲くらいしかないけど。奄美んちゅファンクええのー。
気分十分上がったのでそろそろPJハーヴェイ聴いてズーンと女の業に沈むとするか
2008年10月13日(月)

わしの「荒野へ」

東京に帰ってきたタイミングで遠藤さんが映画「イントゥ・ザ・ワイルド」を見に行かないか、と誘ってくれたので、行ってきましたよ。1000円だった。映画サービスデー様々であるな。
http://intothewild.jp/top.html

この映画の存在は知っておったのですが、「ああ、絶対観たい!」と思っていなかったので、誘われなかったら上映中に見ることはなかったであろう。
けども、誘ってもらってよかった。ほんとよかった。
またしても号泣、号泣、号泣の嵐でした。
ああ、いい映画に出逢えたなあ。遠藤さんありがとう。

小説「路上」や映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」とジャンルは同じ旅物なのだけど、その2つが友人/仲間との旅であるのに対して、これは1人で荒野に向かう話。しかし、旅に出る動機(これがまた!大変に心に染みた)や、旅の道すがら出会う人々との交流とか、なんかもー全部が泣けた。
自分が会社辞めて、二週間ほど東京を離れていたからという状況もあったのだろうけど、全然優秀でもないし、一人で北米縦断したわけでもないのに、すべてをアレキサンダー・スーパートランプ(主人公)に重ねてしまったよ。

なんというのかな、自分が会社入って、いろんなところに行って、会社でもいろんな場所でもいろんな人に出会って、でも自分はそこに留まらず、あらかじめ去っていく人間だった、というところが、どんなにいろんな人と出会い、交流しても、やめろキケンだと言われても「俺はアラスカを目指すんだ!」とその場を去り続けていくスーパートランプと同じだなあ、と思ってしまった。
最後のほうで旅の道すがら出会ったすべての人の顔が走馬燈のように順々に映し出されるのだけど、そのシーンでこれ以上ないほど号泣。
私が社会に出てから知り合った人たち。
日本全国で出会った人々。
その人々の顔が脳裏に浮かんで、もう、たまらなくなった。

私は会社を辞めて、さらなる荒野に向かおうとしてるんだよな。
しんどかろうがなんだろうが、会社に勤めていることのほうがずっとマシなのかもしれない。そういうアドバイスを送ってくれる人たちも沢山いたが、
結局、自分の道は、自分で選びたいのだ。
しんどいと言われる道も、自分でしんどいと感じたいのだ。
だから、私は私にとってのアラスカに向かうのでありまして。


最後の最後にスーパートランプが辿り着いた、
「幸福は、誰かと共有できた時のみ、真実となる」
という言葉が印象深かった。


ここしばらくの間、「(私の)幸せを考えたら、〜したほうがいい」という言葉をたくさんいただいた。
皆さん、真剣に言って下さって、本当にありがたいのだけど、
なんか私のことなのに、私じゃない誰かのための幸せの話みたいだなーと思って聞いてしまう時もありました。まあ、「未来の私」が幸せであるために、ってことだから、「今の私」が他人の話のようだな、と感じるのもしょうがないのだが。
で、前述の言葉を見た時に、ああ、私は自分ひとりでアラスカに向かわねばならんのだから、今は幸福がわからなくて当然なんだなー、と思った。
誰かと共有する、という段階にきていないわけだ。
自分で決めたことを実行したいから。自分で現実を見たいから。
誰かと幸福を共有するのは、その後なんだろう。きっと。



その他にも「おまえはまだ若い。だけど、怒りや感情を制御できるようになれ」とか(まーわしはもう若くないが)、いちいちセリフにぐっと来る映画でした。ちなみに、ここしばらくの一連の流れの中で、私も感情をセーブすることをおぼえたのだけどね。アドバイスしてくれた方、ありがとよー。感情をセーブして決断したことで、わしは自信を持てました。←大人になった、と書こうとしたが、もう十分大人ですので自粛しておきました。


あと、この映画は曲がとにかく良いよ。
エディ・ヴェダーがこの映画用に曲を作ったようで、全編通してエディ・ヴェダーの歌声だらけ。若い青年の孤独、葛藤、苦悩、逃避、勇気、不安、といったすべてを包み込むような重厚で暖かみのある声。
私が中学生の時、パール・ジャムの歌を聴いてはなんでこの人はこんなに厚みのある声、というかくぐもった声で悩み続けているのだろう、とよく思ったものだが(パール・ジャム初来日公演も見に行ったな〜)、あれから15年。エディ・ヴェダーもエディのアラスカ行って、戻ってきて、より素晴らしい人間となったのだろうなあ。

パール・ジャムを聴かなくなってずいぶんと時間が流れたけれど、生きていたから、こうやって再びエディの歌に出会えた。何度でも巡り会える。
私が出会った人々にも、また、何度でも出会えるのだろう。
人生は、旅は、そうやって続いていく。
だから、大丈夫だ。何も問題ない。


というわけで、まあ、見て下さいよ。おすすめ。
2008年10月09日(木)

ノー・オーディナリー・試練

先日の日記にシャーデーの「スイーテスト・タブー」が頭から離れん、と書いたのだけど、シャーデーベスト盤行方不明につき、同じシャーデーの「ラブ・デラックス」だけを一日中聴いておりました。
おなごじゃのー、わし。

一年以上前は、自分の女な側面が気持ち悪い、自分が自分じゃないみたいで違和感が!などとのたまっておりましたが、今は自分の女である部分にもだいぶ慣れました。慣れたというか、認めたというか。
わしの座右の銘になりつつあるけど、ピート・タウンゼンド先生(そういや、ザ・フー来日だそうで。見たい!)の
「生まれた時から持ってるものは何も変えられない。だから自分と仲良くしろよ。喧嘩しちゃダメだ」
という言葉を、29にしてやっと受け入れたわけだ。
女ですよ。誰よりも激しくな。


で、「ノー・オーディナリー・ラブ」が繰り返し流れるたびに、よよよと泣くのであった。
まさに、アイ・キープ・クライング。
前回、前々回と愛の存在を否定しておきながら!なんたるザマ!

それはさておき、「私の内側のすべてをあなたに捧げたわ」とか「これ以上ないほどの愛をあげたのよ」とかに膝から崩れ落ちるくらいなんですよ。人が泣き崩れるのを見たことあるか!?君!という感じですよ。
あ、違う曲引用してしまった。
こんなにそのことで心痛めたことないってくらいだし。これも曲違ってしまうけどアイ・クドゥント・ラブ・ユー・モア。
のつもりだったんだが。



で、まあ、東京帰ってきても濃ゆいミーティングが別方面から続いておるのだが、
わしのゴッド姉ちゃんに本日言われたお言葉。


「ヤツザキの愛てのは、口では全力だし、行動する時は全力なんだけど、おんなじくらい自分のやりたいことにも全力っつーか自分は自分なんだよね。
自分のやりたいことは絶対曲げないというか。
相手のために自分を犠牲にすることはしないから、
男からすると、
なんだよアイツ、言ってることとやってること違うじゃないか!俺のこと何も考えてないじゃないか!
ってなるんだと思うんだけど」


核心突きすぎる御託宣!


そうなんでしょうね。きっと、それもその通りなのだろう。
他人の恋愛の話はよく聞くけれど、どのような熱量分配がなされているのかわからないから、どれほど自分を犠牲にしていいのかわからない。
いや、私なりに犠牲にしている部分があるのだが、相手からすればまだまだァ!だったりするのかな。今はもう知る手だてすらないけれど。(今じゃなくても知ることできないだろうが)

まあ、自分を犠牲にしてでも手に入る愛なら、いくらでも犠牲にしますよ。愛というか相手か。自分くらい安いもんだ。
しかし、犠牲にしなくても手に入らないんだよ。
どうしようもないのです。
これが現実。
まさに、あなたと私のような関係は他にはないわ、だよ。



まーゆるやかに蘇り中なんで、いいんですがね。
蘇っているんだか、まだ蘇りきりたくねーと思っているんだか、自分でもよくわからない状態ですが。
あーこのモヤモヤした状態を早く逸脱したい。早くキス・オブ・ライフを堂々歌えるようになりたい。あなたのおかげで蘇ったのよーと。
まあ、すべては自分の選択、自分の決断だが。なんでもそう、決めるのは自分なんだよな。決めてもモヤモヤするのも自分(今まさにそれ)、モヤモヤを振り切るのも自分。
うーん、ノー・オーディナリー・苦悩っつーか試練はまだまだ続く。。。
2008年10月08日(水)

求めあわなくちゃだめさ

「ねえ三週間、ハネムーンのふりをして旅に出よう〜」
というつもりだったのだけど、結局二週間弱の旅でした。ロングバケーションのつもりだったのだが。まあ、この二週間、毎晩、頼れる姉さんがたと濃ゆいミーティング(某レコード屋の人が命名)をしてきたので、三週間分が二週間に凝縮されたのだろう。


先日の日記にも書いたけれど、「愛」なんていうものは後付けの大義名分だよなあ。愛のない関係ほど「愛」という言葉を乱用し、情欲のぶつかり合いの関係は、「愛」がはっきりと見えないことに劣情を覚え、不安を煽る。
で、まあ、濃ゆいミーティングん時にわしの信頼するねえさんが、言っていた言葉。

「男女の間に愛はないよ。間にあるのは情や欲。愛は自分の子供なんかに向かって存在するものだから、それとは別モノなわけよ。男女の間に存在する、愛に匹敵するものは、『尊敬』じゃないかー」

言っていた本人も酔っぱらっていたし、聞いていたわしも酔っぱらっていたのだけれど、すとんと体内に入ってきた。酔い酔いの会話の中にぽろっと挟まれながら、キラリと光り、どすんと体内に落ちてくる発言。これだからこの人達と飲むのが好きなんだよな。


まあ、結局、前述のように、負けたのですがね。
存在しないものの存在に。ってことは存在していたのか。


というような、話を女性はよく話すということを友人に話したら、
女ってそんな怖いことばかり話してるのか〜おそろしや〜と言われた。



早川義夫さんという人も、こういうことについて歌っている人なのだと思う。
情と、欲と、哀しみと、悦び。
愛というフィルターごしに見ることで、和らげられているすべてをどんどん露わにしていく人。暴露していけばいくほど、自分は惨めにもなるし、醜くもなるし、切なさで胸がいっぱいになってしまうのだけれど、それでも早川さんは歌う。暴いていく。
その歌が、私の心にとても恐ろしく、美しく響く。


昨日の日記にも引用したけど、「この世で一番キレイなもの」の

「この世で一番キレイなものは
 あなたにとって必要なもの
 僕らを包む壮大な宇宙
 ひとしずくの泪
 求めあう命」

という歌詞の「求めあう命」こそが、男女の間に存在するものなのだと思う。
それを人によっては、愛と呼んだりするのかな。
(ちょっと広い心を持ってみた)

求め合うことがなくなったら、そこでおしまい。
求めているのに、応えてもらえなくなってもおしまい。
本当は求めているのに、なんらかの理由で断念せざるをえないのは、
一番哀しいことだ。つらいことだ。
でも、仕方がないことだ。

求めあうということが、不安定で自分の不安や恐怖を煽るから、
人は付き合うだとか婚姻だとかで縛り付けようとするのだね。
それは私もそうだ。
よくないなー。
自分が縛り付けられることをもっとも嫌うのに。


純粋な求めあうという心を、もっと信用しよう。
自分のだけでなく、相手のも。
何も恐れずに、今はただ求めあう心の動きに流されようかと。

2008年10月07日(火)

字読みづらい!けどメッセージフォームです


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