股・戯れ言


BBS

肉祭スイーテストタブー

29歳となりましたよ。
あーついに二十代最後の歳となったなー
今年も那覇でみなさんと飲んで飲んでのうちに誕生日を迎えることができて、幸せであるな。

しかも28歳最後の日は早川義夫先生のライブ見れたし。泣きすぎた。
「この世で一番キレイなもの」の

「もっと強く生まれたかった/仕方がないね、これが僕だもの」

って歌詞から涙が止まらなくなったですよ。
そんな涙でマスカラぼろぼろになった状態で早川さんにサインもらったり、写真撮ってもらったり。一日早い誕生日プレゼントは、早川さんからのハグでした。至福。
腰にさりげなく手回されたけど。それも早川さんだからアリだ!


いろいろなことのあった28歳だが、いい締め括り&再出発であった。
早川さんについては、また時間があったら書きます。


で、誕生日当日はこれまた楽しく祝っていただきました。
いろんな曲聞いたけど、一番印象に残ってるのはmixCDん中に入ってたシャーデーの「スイーテスト・タブー」。ちょこっとしか聴いてないんだが、一日経った今でもフレーズが頭から抜けん。
で、無性に聴きたいのだけど、シャーデーベスト盤どっか行っちゃった罠。あーあ。
しゃあないので清志郎の「仕草」を聴いて歌ったりしとります。なんかこーやって陽気に鼻歌歌えるって、よいね。精神状態が。おだやかになりましたよ。未だ不安定になる時もあるけど。

まあ、29歳はおだやかに、軽やかに生きていきたいものだ。
前途多難だがね。ナウ無職だし。
2008年10月06日(月)

くたばれラブ・ウィル・ティアー・アス・アパート

ジョイ・ディヴィジョンの「ラブ・ウィル・ティアー・アス・アパート」を、昔は反復するフレーズが気持ちよいなーと思って聞いてたけれど、
今夜、この曲の真の意味を知った気がする。あー今夜じゃないな、一週間前に知ったな。

愛は僕らを引き裂くだろう、て。
だからよ!
という感じだ。

愛は引き裂くなホント。愛なんて理想。愛なんて幻想。愛なんて大義名分。愛なんてホントは存在しないもの。
それにちりちりばらばらに引き裂かれた気がス。
わしは「愛してる」なんて言葉より、「好きか嫌いかわからないけど、毎日やりたい」という言葉のほうが何億倍重要なのに!嬉しいのに!ずっとずっと欲しかった言葉なのに!
しかし、「愛」に負けた。あるんだかないんだかわかんねーものに負けた。
なんだよー愛って。どこの誰だよ、出てきやがれ。ブン殴ってやる。



まーそんな感じですが、土曜に早川義夫大先生のライブに行けることとなったので、もう大丈夫です。
誕生日前日に早川さんのライブ見られるなんて、とっても幸福だなー。5年くらい前に誕生日前日でエンケン見た時以来の幸福であるよ。


関係ないが、義夫大先生て書くと義太夫先生に見えるね。グレート義太夫しか思い浮かばん。
2008年10月03日(金)

愛アンマン

重っ苦しい話が続いたのでたまには軽い(けど私ん中では重大)話をば。


今日はやっと「アイアンマン」見てきました。
もー予告見た時からこれは絶対!見に行かんと!と思ってたのですよ。
なぜなら、ロバート・ダウニーJr.が好きすぎるから。かっこよすぎるから。
わしにとって、あれは完璧な顔なんですよ。ヒゲなしだとイマイチなんだけど、ヒゲがつくことによって完璧となる男。それがロバート・ダウニーJr.。

映画は全編ポワーンの連続でした。ストーリーなんてのは、あってないようなもの!ロバート・ダウニーJr.萌え映画だからな。
ってのは大袈裟だけど。
わしはブレイド大好きだから、アメコミ好きなんですよ。だからこのアメコミ忠実っぷりも最高でした。
あとテレンス・ハワードっていい俳優だよね。「ハッスル&フロウ」見た時はラップの話なのにバンドやりてえ!今すぐ何か始めなきゃ!と思ったからな。


というわけで、パンフレットも買ってしまいましたヨ。(激照)
パンフレット買ってる人なんてわししかいなかったけど。恥なんてどうでもよくなるくらい、ロバート・ダウニーJr.の写真が欲しかったのだった。もうすぐ30なのに透明の下敷きに雑誌の切り抜き挟んでしまうくらいの勢い。パンフレットをA3に拡大コピーして部屋に貼ってしまうような勢い。

とにかく、ああ、しばらくはこれを読み返してニヤケながら生きていける。。。手に入れたとたんそう思いました。キモいとでもなんとでも言ってくれ。


という話やらロバート・ダウニーJr.のすんばらしさを那覇の友人にひとしきりしたところ、


「ロバート・ダウニーJr.てウチナーカーギーだよな。そこらへんにいっぱいいるよ」


と言われたわい。
たしかにそうだわ。
よく見ている気がする。
よし、これからロバート・ダウニーJr.激似の沖縄男と出会えますように。
ロバート・ダウニーJr.本人がベストだけど。
2008年10月02日(木)

シークレット・ガージューシャイン

映画「シークレット・サンシャイン」を見てきた。
他者にも厳しく、自分に厳しい人間てのは、自分のために自分を律するのではなく、周りに律されないために、厳しくしてしまうのね。
基準はつねに他者。
ゆえに、自分を許すということもできない。自分は自分に許すなんてことができる資格ないと思い込んでいるから。

だから、ずっと楽にはなれない。
ずっと誰かに許してもらえることだけを待ち続ける。
許された人間に激しい嫉妬も覚えるし、どうせ私なんて、と捨て鉢にもなる。


私は子供もいないし、それを失った経験もないですが、
シネが許されよう許されようとあがく姿の痛々しさは、私と同じだなあと思った。
私もきっと、同じくらい痛々しい。名前もシノで似てるしな。


ソン・ガンホは彼女のシークレットサンシャインなわけだが、彼女はその存在に気付かない。きづけない。
いつか、気付く時がくるだろうと思うけど、一生気付かないのかもしれない。気付きたくないて心の動きもあることだろう。



私にもシークレットサンシャインがあるのだろうけど、私はそれに気付いてても、それは違うと思ってるからな。えらべないのだよ。
今は。
これは私の意志だ。
めんどくせー意志だなあと我ながら思うけど。
でもそれが強すぎる。
こんなわしのことをガージューと言うらしい。
まあ、そんなことはよう知らんよ。知るか。


と、言ってるうちにロングバケーションも終了間近。全然ロングじゃないな。
本州に台風来てるみたいだね。台風とともに移動してる女だなー。
2008年10月01日(水)

ナンギ・バケーション

ロング・バケーション中ですので、毎日本を読んだり、いろんな人たちと話したり、ぼんやりいろいろ考えたり、たくさん眠ったりして過ごしております。

要するにやりたいことを目一杯やってるってことなわけですが。

自分の本当に望むことから逃げているなあ、とも思う。なぜ逃げるのか?
傷つきたくないから。

でも自分は傷ついてでもボロボロになってでも、真実を知りたいのだよな。
ずっとそういう人間だった。そうやって生きてきた。

世の中には、もっと楽な選択や、賢い生き方があるけれど、私は難儀な生き方しかできないのだよ。
難儀な生き方が、間違ってるなんて思わんのだよ。
前の日記にも書いたが、間違ってるかあってるかなんて、結局最後までわからんし。


と、自分の直感で思いながらも、いろいろと迷いつつ日々生きてます。そんなロング・バケーション。
「テンペスト」おもしろいなー。
2008年09月30日(火)

はっぴいエンド

取り急ぎご報告。
あらゆるすべてにケリつけました。


あー。長かった。


何が正解で何が間違いなのかは、きっと、死ぬその瞬間までわからんのだろう。
それならば、それでいいや。まあ、いいよ。もういいや。

これが幸福なのか不幸なのかも、同じくわからん。
でもきっと、自分で決められたのだからはっぴいえんどだ。

というわけでロング・バケーション中。
あー無性にカラオケ行きたいなあ。
2008年09月25日(木)

やめ記

最近のもろもろ

■おわりに向かって、仕事がアホのように忙しいです。
 最後の最後で悔し涙を公衆の面前でビービー流してしまうほど。
 みっともないとかそういうところを超えた。

■全国行脚もおしまい。
 ファイナル出張三連荘は、偶然にも、結構縁のある土地が並びました。
 もう終わったのだけど、これらの話はいずれ書く。書くことができるなら。

■記憶がすぐに飛ぶ。
 酒を飲んで記憶なくす、ではなく、5分前の出来事、昨日の出来事が思い出せない。
 電車に乗ると、どこに切符をしまったのかが思い出せない。
 なんか若年性なんとかな気がしてきた。
 ああ、こうやっていろんなことを忘れていくのか。

■甲子園
 今年はベスト16からの賭けでした。
 全然ダメ。大阪桐蔭なんてカタすぎる。
 あと常葉菊川みたいな継投系の高校はあまり好きではないので。
 宮崎商のピッチャーが大変すばらしかったので、勝ち進んでもらいたかった。
 残念無念。
 あと浦添商と千葉経大の試合は素晴らしかった。浦添商はよかったなー
 優勝してほしかったよ。

■読書だけが楽しみの日々
 甲子園以外だと、今年の夏は仕事してるか本読んでるかしかしてないな。
 くらい。
 呑みも例年に比べると少ないし。
 8月は5回しか呑みに行ってないな(出張中除く)
 (ちなみに参考記録→5月の呑みに行き日数:23日)
 まーとにかく毎晩遅い帰宅だし、腹の立つことややりきれないことが多すぎて駅から家まで、とかチャリンコで帰ってる間、とかついつい缶ビール買って飲み歩く(飲み漕ぎ)と言うみっともないことまでやってしもうた。もう恥も外聞もナシ。

■で、実際に読んだ本
 平野啓一郎は「決壊」読んでからみょーにはまってしまって、「顔のない裸体たち」を立て続けに読んだなあ。「あなたが、いなかった、あなた」を次に読むぞい。
 あと吉田修一。「悪人」読んでおもしろかったので、「さよなら渓谷」を。これは、週刊新潮に連載されてたときにちょいちょい読んでいたのだけれど、まとめて読んだら予想外なことに、心臓と目の奥がカッと熱くなって泣いてしまった。
「私より不幸になりなさいよ!」
 という台詞見たとたんに。
 不幸でいるために一緒に居続ける・・・そういう選択もわかる。わかり過ぎる。

■しかし、なんといっても「決壊」
 「決壊」はそーこーぬーけーに衝撃でしたよ。

 少し前に友人から
 「人間てのは480面体なんだって。そして自分で把握している面は30面くらいだから、自分からは見  えないところがいっぱいあるし、人によって見え方が全然違うものなのだよ。
  だから、ある人間と接していて、いつもと違う、とか、こんな面もあったんだ、とか気づくのは、その人に一歩踏み込んだと言うことなんだよ」
 という話をきいたのだけれど、まさにそういうことの話だった。
 外側が480面だとしたら内側も480面くらいあるんではないのか。
 そういうものであるのだから、何があっても、誰に対しても欺いていないし、自分に対しても欺いてはいないのだろう。すべてを受け入れていくって、そういうことでもあるのだな。
 そのうえで、もっとも「自分にとって」重要な真実に、とにかく誠実に生き続けること。
 が、大事だと思うのだが。

 しかし、ネットは怖いね。
 一面体のみで人を判断するってのが。
 まあ、それはネットに限った話ではないのだ。報道もそうだし。


 まあ、一番感じたことは、わし、こうやって日記書くのやめようかなーと。
 この日記を読んで、自分をいろいろと判断されていることは百も承知なのだけど、
 どこかに、これを一方的に読んで、わしに憎悪感募らせている人がいるのだよなー
 その人の存在は、わしからは見えないのだよなー
 一方的に激しい憎悪を抱かれる状況が、ちょっとしんどいな
 自分の生活や考えていることを垂れ流している自分が悪いのだけど、
 口に出して話せないような事を、こうやって書いている自分にも嫌気がさしたと言うか。
 
 自分は弱い人間なのだと思う。
 すでに、もう、こういう風に考えていることを、口に出して、近しい人に話せていない時点で、人に対して信頼がないのだ。同時に人からの信頼がないのだ。
 匿名のところで、こういうことを書くことで発散されているとこはおかしいよな。
 破綻してるわな。
 ああ、ものすごい孤独感。不安感。絶望感。


■先に進んでいるような気がしてたが、結局、すべては行き止まりなのか。
 歩けども、歩けども。
 前には全然進めない。


■あー。続けるのもしんどいが、やめるのもしんどい。
 


2008年08月28日(木)

字読みづらい!けどメッセージフォームです


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