股・戯れ言


BBS

ブログをヤリすぎると女はどーなるのか?

こないだ用事があって渋谷に行ったのですが、
「ブログ始めようよ!毎日の生活が変わるよ!」
という趣旨の広告を何度か見かけました。
別に渋谷でなくても見かける広告なんだが、ブログを始めるということはイコール毎日の生活が変わるということなんだろうか。私なんぞはブログ以下の日記サイトに日記を書いているわけだが、この際ブログをやっている人とさせてもらう。
私は7年こうやってブログ(まあ日記だが)やってるけど、「毎日の生活が変わってます!」なんて実感ないけどな。むしろブログ(日記だけど)辞めたら毎日の生活が変わるのかもしれない。前回のブログ(日記なんだが)に書いたような「文章が書けない!」なんてことも考えないで済むようになるのだろうし、「会社の人とかに見られたらまずいよなー」なんて心配もしなくなるんだろうし、「こういうこと書くと『ヤツザキきもい』って言う奴がいるんだよな」「こういうこと書くと『アナタへんなこと書きすぎ』って注意されるんだろうな」なんて思わないでも済むのだろうし。
逆に言えば、今までブログやってなかった人がブログを始めたらそういう心配をするようになるから、確かに生活は変わったりするのかもしれない。けど、変わったとしてもたかがその程度だ。職が変わるわけでもない。交友関係が変わるわけでもない。毎日の生活が劇的に変化するなんてことはないのである。


しかし冒頭の「ブログ始めようよ!毎日の生活が変わるよ!」の広告が提示する「毎日の生活の変化」というのは私が言うような余計な心配をするようになる程度の変化を示しているわけではないのである。むしろ、劇的な変化のほうを示唆しているのだろう。
簡単に言えば
「ブログを書くことによってあなたも人気作家になれるかも!?」
的なことだ。
ブログを書く→読んでくれる人(読者、ファン)ができる→人気サイトとなる→書籍化→ドラマ化、ということがあるかもよ?ということな。だから、みんな!(誰だ)ブログ始めようよ!と呼びかけてるんだろう。
ねえよ。そんなの。
一般人のブログなんてそんなに皆読まないだろ。いきなり知らない人が読んで「おお!なんて面白いブログなんだ!ファンになりましたよ!面白いから皆さんに宣伝しますね!」なんて言ってくれる事はそうそうない。それはネット上の話だけでなく普段の生活でも同じことだろう。いきなり知らない人が話しかけてくるなんてことあるか?「ネットだから実現可能!」なんてことはないのです。当たり前だが。
夢開けるような言葉で煽るだけ煽ってボンボンと開設されたブログを読んでみると、「ブログ開設したことで毎日の生活に変化が訪れているんだなあこの人は」と思えるブログは9割方ない。たいていはその日の生活の記録だ。あんまり変化しない生活の。それはこの日記とて同じことであるが。


とは言ったものの、ブログ=日記を書くとなかなか面白いこともある。
日々の記録をつけるという習慣がつくから。そして、記録は記録として残るから、「2年前の自分が何をしていたのか」「4年前の自分は何を考えていたのか」「5年前の自分がいかにバカであったか」を読み返すことができるのだ。しかもそれは公衆の面前に晒されている記録なのである。隠すことも逃げることもできやしない。
私などは日記を始めて7年、web上に残っているものは2001年からであるから6年間の記録がある。
というわけで「×年前の4月11日(あるいは近い日にち)、自分は何をしていたのか/何を考えていたのか」振り返ってみるとしよう。ふりかえっての解説、および反省つき。

2006年4月11日
「音楽す気まんまん」

2007年4月上旬、ちょうど年に一度のスタカン期が来てましたよ。一年周期であったのか。
まあもう終わったけど。
ちなみにこの素敵な御仁というのは隣の部の偉い人なんですが、CD借りたまんま返してないのがまだあったわい。早く返さねば。ちなみにAORのレコード/CDは未だに買ったことありません。
あとこの頃は「キタコレ!戯れ言」の更新がんばってたなー(遠い目)

2005年4月8日
「モリゾープレイバック90」

私の祖父が亡くなったのが2年前の3月終わり。4月に入ってから日記に記しておいたのだった。
しかし物語調に書くということがいかに不得意であるかを日記書いたときも思ったし、読み返しても思うな。
これこそ「2年前の自分がいかにバカであったか」を知る日記だなあ。はずかしー。
こんな文章ではじいさんも浮かばれないわい。

2004年4月8日
「ピクチャーズ・オブ・イイ♂」

この日記で一番たくさん載せている画像といえばクリス・コーネル。
どんだけ好きなのだ。どんだけ萌えさせるんだ。もう15年くらいトリコであるよ。
そういえば最近画像載せてなかったな。

あれ?歳取ったなぁ・・・まあもう43歳であるしな。でもカコイイ。ぽわーん
そして大井競馬の話が載ってますね。久々にトゥインクル行きたい。

2003年4月11日
「おまっとさんでした!」

なぜ「おまっとさんでした!」という愛川欣也的タイトルなのかというと、この日より前の一週間、HPを閉鎖していたからなのです。なぜ閉鎖していたのかは忘れたが、いろいろあってwebってめんどくせーなと思ったからだった記憶がある。
名古屋ダイヤモンドホールにて初めて赤犬を見た時の話が書いてありますな。なつかしや。
この日記を読むと2003年ってほんとに昔だなあと思う限りだ。

2002年4月16日
「世界がもしもジョージ秋山の村だったら」

この日記を読んで一番気づいてほしいことは
「日記が短い」
ことですね。この頃はこれくらいの長さだったんだよなすべて。
タイトルと内容にあまり関連性も持たせてなかった。なつかしの時代であるよ。
あれ?なんで今、こんなに日記長く書くようになっちゃったんだろう?



いやー読み返すとほんとにお恥ずかしい。
なんでこんなものが残っているのだ!と思うことしきり。まあこれからも残っていくのだけども。
ブログを始めるとはこういうことですよ!皆さん。
しかも私の場合、最近、相棒氏がわたくしの過去ログを読んでは「こんなことが書いてあったよ」「これはなんだったワケ?」と言ってくるわけです。自分でも忘れていたことだらけで、なんという羞恥プレイかと赤面するばかりだ。
相棒氏だけでなく、わたくしの15年来の親友である姫御にも最近この日記の存在がバレてしまい、
「仕事中に股・戯れ言読んでるんだけど」
というメールが急にきて慌てたもんだ。
姫御の場合、なんでこの日記の存在を知ったのかというと
「彼氏が姫御の本名を検索したらこの日記がヒットしたから」
らしい。どんなばれ方かと。その彼氏が「ヤツザキさん(仮名)、最近大変みたいだよ」と教えてくれたそうで。「あんたの近況は股・戯れ言で知ってるわ」と姫御に告げられました。
そして極めつけはうちのイトコ(28歳170センチ、一児の母)。
うちのイトコもネットデビューをして「ブログを始めたい」というので参考までに、とこの日記の存在を教えたわけであるが、こないだ泊まりに行った時私が寝ようとしているすぐそばで

日記の音読

をされました。
「やめてよ!声に出して読まないでよ!」と何度懇願したことか。
それでも声に出して読むことをやめないうちのイトコ。「酒飲まないと性欲が高まってしょうがない」なんて音読された日にゃ。羞恥プレイどころじゃないわい。赤面じゃ済まされないわい。ハダカ写真流出ばりの危機。
ブログを始めるとはこういうですよ!皆さん!(二度目)




追記
そんなイトコがブログを始めたのですが
「巨体女のちょっぴりついてない日常。」という説明文がついてて笑った。
私のこともM子という表記で出てくるのだが、なんかM字開脚の子みたいだ。
許可がおりたらこちらにリンク貼ることにしよう。
無許可で貼るにはぶっちゃけすぎているので・・・(身内だから及び腰)
2007年04月12日(木)

重度(ソウ)ロウ

職業が作家でも文章を書く仕事でもないくせして、ここ数日
「文章が書けない」
ことで人知れず悩んでおりました。
IT土方であるのだから文章など書けなくてもいいのである。それなのに何か書きたいんだけどいざ書こうとすると何も思い浮かばない、という具合。私の得意分野である「日処出の天子」についてなら何か書けるんではないか、と書こうとしたがこれもまた書けない。いつもであれば厩戸に感情移入していくらでも書けるんだが・・・ちなみにひさびさに読んでみたらあんなにださくてみっともないと思っていた刀自古のことを批判する気持ちが減っていました。不思議だ。このことについて書きたいなと思ったもののやはり書けない。
これまた私の得意分野である「旅」「鉄道」に関してならば書けるんではないか、と思い書いてみたらこれがまたつまらない。自分でつまんねーなと思ってしまったらおしまいだ。そもそも毎回同じようなネタについて書くこと自体がダメだしな。
ついには仕事で長文のメールを打つのも厭わしいという事態に。IT土方でもそういう風に文章を作る機会があるのだ。しかし、ビジネス文書なのに文がぐちゃぐちゃ。うまい言い回しがわからない。よくわからないところに「お願いいたします」を挟んだりするからますますまずい。何が言いたいのかさっぱりわからんビジネス文書なんかいらんだろ。
私は7年も日記でしこしこ書いてきたのに、一体これはなんだったのか。
正解は「公開自慰」だけど。(自問自答)
なんかもう日記書くのもやめたほうがいいんではないか、とまで思いましたよ。書いたとしても自分でまず「つまんねー」と思ってしまうし。文章が書けない、おもしろいものが書けない、てのはもう人としてダメなんではないか。鼻くそほじったり同僚友人とバカ話をしながらそんなことを思って生活してました、ここ一週間くらい。まあ誰もなんとも思わない悩みだよなー私もわざわざ人に相談することでもないなと思ったし。自意識過剰もいいとこだ。冒頭にも書いたけど、IT土方なんだから文章なんか書けなくてもいいんだし(仕事上では問題だが)。「若ハゲで悩んでる」「明日までに借金返さないとヤバイ」「局部が臭い」「隣の席の人がワキガ」なんて悩みに比べればほんとにほんとに大したことないし。むしろそれらより恥ずかしい悩みだよ。(主に自意識過剰すぎて)


そうはいいながらも自分にとってはワキガ級の悩みであったので、恥を忍んで相棒さんに悩みを打ち明けたところ、「赤瀬川原平を読むといいよ」といわれました。
名前は聞いたことあったが読んだことないな。ウィキペディアなどで読むと70年代〜80年代に人気を博した人らしいのでどうなんだろうと思いつつ、近所の本屋で「老人力」を購入。読んでみた。
相棒さんは「(赤瀬川原平読むと)アイデアとか目の付け所とか書くことの楽しみを思い出すかも」ということですすめてくれたのですが、純粋に
「私はすでに老人力が高いな」
ということに気づいた。
この本は結構売れたらしいので(知らなかったが)、ご存知の方も多いんだろうけど「老人力」というのはいわゆる「ボケ」「もうろく」の新解釈のことである。「最近物忘れが激しい」なんてのを「最近老人力がついてきた」と置き換えて老いることをポジティブに考えましょう、という提案である。物忘れ以外にも「やたらため息をつく」「やたら眠る」なども老人力なんだそうだ。
で、私が老人力高いわー俺、と思ったのは物忘れが激しい、ではなくて「やたらモノを忘れる」から。先日も出社して昼休み、弁当を買いに行こうとしたところ財布がない、ということがあった。
「財布がぁー!財布がぁぁぁー!!!」
と大騒ぎをし、どこで落としたのだ?どっかに落として盗まれたのか?などとパニック状態。
しかも同僚さんが「俺、シノの財布朝見たよ」などと言うものだから「会社で落としたのか?そんなバカな!」とさらにパニック状態に陥ったのだった。私の財布は皮の札入れなのだが、とにかくでかい。いつもはチェーンをつけて尻ポケットに入れているので落としたとしてもすぐ気づく仕組みになっている。携帯電話を首から提げているようなもんだ。
しかし。ここ最近打ち合わせなどが多いので

・尻ポケットに入れているのはみっともない(不良に思われる)
・チェーンをつけているのはみっともない(不良に思われる)
・スーツの時など、いくらスカートにヒールのOL然とした格好でもチェーンの巻きついた財布をカバンから取り出すと客/同行の人が引く(不良に思われる)

という理由でチェーンを取り外していたのですよ。
まあ20代も終点間近、しかも社会人で不良もへったくれもないのだがそれでも「チェーンはあれか、いざという時に拳に巻きつけて攻撃する為か」などと言われるもので。アジャコングでもあるまいしそんなことしねえよ。確かに打ち合わせにチェーンじゃらじゃらつけた女がきたら感じ悪いわな、と思ったからとったまでだ。

しかしこの時は「なんでチェーン外したんだ!」と自分を責めた。
外していなければ財布がなくなることはなかったのに!
まあついてなかったものはしょうがない。それでは一体どこで落としたのだ、という話だ。
昼休みまでの行動をさかのぼる。

11:45       財布がないと気づく
11:45〜11:10   同僚とアホ話
11:10〜10:05   打ち合わせ
10:00       出社。「おせえよ!」と突っ込まれる。
9:45       家を出る。
9:15       同僚から「今日10時から打ち合わせじゃね?」と電話がかかってきて起きる
8:00       一旦起きて「もう5分寝よう」と二度寝
4:00くらい    排卵痛で目が覚めて鎮痛剤服用
0:00くらい    いつの間にか寝る
23:00くらい    メールしたり電話したりマニュキア塗ったり
22:00くらい    風呂入ったり
21:00くらい    電話したり本読んだり
〜20:00くらい   排卵痛きつくて退社。金を下ろす。近所のスーパーで買い物、帰宅、メシ食ったり

まあこのタイムチャートを見て一番気づいて欲しいのは
「平日なのに睡眠時間9時間超」
ということです。どんだけ寝ているのだ。これも「とにかく眠れる=老人力」の為せる技か。
あと4時より前の「〜くらい」というのは正確な時間を知らないからたぶんこれくらいだった、という曖昧ぶり。見てお分かりになると思うが酒呑んでないのに時間がわからない。これもまた老人力。
タイムチャートをさかのぼってみて気づいたが、財布をさわった記憶は前日の20時くらいまでなのである。13時間くらい財布の存在に気づいてないわけだ。どんなんだそれ。「朝タバコ買ったんじゃないのか?」「朝お茶買ったんじゃないのか?」と思われるかもしれないが、買っていない。
私は事件当日、そもそも財布を触っていないのである。
要するに同僚の「朝、シノの財布見たよ」というのも「適当な記憶力=老人力」なんである。
おそろしや、集団老人力!

で、結局どうなったのかというと
「近所のスーパーで落としたのかもしれない!」
と思ったのだが、「とりあえず家に帰ってみたらどうか」との提案があったため、家に帰ってみたらなんてことなく家に置いてあったのだった。財布ないない騒いで「カードとめなよ!」などと忠告してくれた人もいたが、とめなくてよかった。どんだけ人騒がせなのだ。罪滅ぼしにお菓子買って同僚らに振舞いました。

赤瀬川原平は
「最近は暴力事件などの低年齢化がささやかれているが、老人力の低年齢化ということもあるらしい。若くして老人力がついていることは『早老』である。この語感はちょっとまずいか」
と書いていたが、私などは超早老ってことだな。
みこすり半。1分持たないわい。


まあ、私が超早老であるとしたら
常日頃から「あれ、なんだったっけ?」「あれよ、あれ、こうやってこうするやつ(と身振り手振り。でも全然何を表したいのかわからない)」などを連発し、
「ヤツザキ、リモコン忘れてるわよ」
と言いながら私に腕時計を渡してきたり
「あの俳優かっこいいわ〜なんだったっけ、名前?ラクラクフォン?」
とチャンドンゴンの名前を間違えたりするふぁる姐さんはカリスマ早老であるなあ。
カリスマ早老というか、早老界の長老というか。
早老長老。ああなんか「次長課長」のようだ。漫談始めるべき。



あれ?文章を書けなかった理由がわかったのでそれ書こうと思ったのに全然違うところに着地してら。
まあそれに関しては次回にて。
2007年04月09日(月)

ティーネイジちょい過ぎファンクラブ

前回の日記に「甲子園賭け、そろそろ本腰入れてやらねば」と書いておりましたが10日間忙しくやってる間にすでに甲子園賭けの決着つきました。日記書かないと途中経過がわからんね。
結果から言いますと、いつものローカル賭けも今回新たにやった賭けも両方勝ったよ!
縁起のいい春であるなあ。
賭けは毎日の生活を潤わせますね。
ちなみに次回のローカル賭けのお題は「都知事選」なのだそうです。
もはや「賭けの対象はなんでもいいのか」というレベルである。しかしこら難しいわ。
わたくしのおうちは「ほかの選挙は一切行かなくてもいいから都知事選だけは行ってくれ」という方針の家なのですよ。というわけで都知事選だけは必ず行かされる訳だが必ずミッションとして「現知事以外に投票しろ」というのが課されるのであった。我が家の一部からね。私は東京に執着も愛もねえんでどうでもいいのであるが。(甲子園賭けは帝京のおかげで勝てたけどさ)

という具合であるのに、実はわたくし、今回の都知事選の候補者を一切知らないんだよなー
不勉強で申し訳ない。不勉強なのもなんなのでココで調べてみたよ
http://blog.livedoor.jp/samuzorahadaka/
いろんな人がいるのだな。
しかしほとんどが犯罪者写真にしか見えない罠。

あと東京都の選挙ホームページに載っているイメージキャラクター「権さん」と「リッキー」が意外にかわいいです。権さんは「年齢:不詳ですが、おそらく、40歳〜50歳」の江戸っ子でリッキーは本名「りえこさん、エリさん...色々な説がありますが、不明です!」というゆるキャラ。全然かわいくないんだが、「意外にかわいい」と思ってしまうんだよなー。何故だ。



話はだいぶ変わりますが、ここ最近21、2歳ぐらいの女の子と話す機会が増えております。
男も後輩君など23くらいの子と交流する機会が多いな。
今まで「ヤツザキはここいらで最年少」「妹分」「弟分」などと言われておったのですが(弟は間違っていると思いますが)、まあ私も今年で28ですからね。年取ったわい。
そして年下の子たちと話すのは楽しいなあ。
「ヤツザキさーん、聞いてくださいよ〜」とたわいもない話されたり相談事されたりするともう全力で抱きしめてあげたくなるね。取るに足らない悩みなら笑い飛ばしてやるし、そうでないものであれば何とかしてあげたいと思ってしまう。間違っていることは間違っていると告げるし、こうしたほうがいいんじゃない?とアドバイスしてあげたくなる。
それくらいの年齢の子達がかわいいのですよ。
私のようなダメな大人を慕ってくれるとは!感謝ですわ。
そもそも、私は「自分は高校の時から変わってないのではないか」「大人になりきれてないのではないか」と疑問を抱いていたわけだが、若い子らにいろいろ話をしてもらうことによって「ああ、私はとっくに大人なんだなー」と自覚できたのであった。既に十分歳を取ってるよなーそら。
なんでそこがスムーズに自覚できたのかというと、まあ今に至るまでの間にわたくしも年上の方々と交流してきたからなのだけど、年上の方々には二通りいましたな。

1.年上として、人生の先輩として接してくれた人
2.同い年の感覚として接してた人

最初はどっちも私から見れば「年上」にしか見えないのだけど、だんだんとこういうのってわかってくるのだよね。そして私が今、年下の子らがかわいいなあと思えるのは前者の人たちのおかげであることがようわかる。
もちろん同い年っぽい感覚も大事だと思うのだ。年齢関係ない感じで接してもらえることもありがたいことだと思うのだ。
しかし、

「同い年の感覚=年下側の歳に照準を合わしている=自分はまだまだ若いと思っている」

人はなー。
ぶっちゃけ厄介だったなー。
私は年上の方々が同い年感覚で接してくれている場合、「年上側の年齢のほうの扱いをしてくれているのがありがたい」と思っていたが、皆がそうではなかったんだよな。たとえば私が24の時、「ああ24の扱いしてくれないのが心地よい」と思っていたのだけど相手側は「むしろ私は24と話が渡り合える。まだまだ若い」などと思っていたフシがあったと気づいてしまったよ。(それは当時は気づかないが自分が年を取って気づいた)
自分で「私は若い」と思うこと自体は一向に構わないことだと思うし、周りから「若く見える」と言われる事もいいことだと思う。若いという自意識と周りの「この人は若い」という認識がイコールあるいは自意識<周りの認識くらいだとちょうどいいのだけど、
自分のことまだまだ若いと思っている人はあからさまに
自意識>>>>>>>>>>>>>>>周りの認識
なんだよね。
そう思っている人は必要以上に実年齢をアピールしたがるがそれはある種のカモフラージュでしかない。というか「自分で申告しているのだから周りは言ってくれるな」というサインだな。
あと自分を若い!まだまだイケル!と思っている人って疲れるんだよなー。図々しいなこの人、と思うことが多いであるよ。それを笑い話の感覚で「アンタ図々しいよ!」と指摘できる間柄ならいいのだが。指摘したらした途端に「若造の癖に生意気な!」というような年上オーラ出したりする人のほうが圧倒的に多いから厄介だ。
うちのおばはん(本当に血が繋がってる人)が言ってたけど

「女は、20から25までの間に女性ホルモンが沢山分泌されて女らしくなるのよ。
 25が頂点なの。肉体の女性化に伴って頭の中も25で女ざかりになるのよ。
 だけどね、25を過ぎたら下り坂。女性ホルモンはどんどんショボくなって
 女としての機能もどんどん失われていくんだけど、
 厄介なことに頭の中だけは25のままで止まっちゃうのよね〜
 でもちゃんと25を過ぎたら女下り坂ということを理解しておけばいいんだけど
 理解できないとか理解を拒否する女はね、
 30になっても『アタシまだまだイケル。まだ平気』って思って
 35過ぎた時に衰えを実感するのよ。で、時間がないって焦りだすの。
 そしてもっとも哀れなことは
 そういう女って永遠に頭の中が25だから衰えを認めないのよね〜みっともないのよね〜

これ、私の作り話じゃないから。
わたくしの叔母の発言ですから。
これは「あなたももう27だから、下り坂なのよ!全然若くない!まだまだ大丈夫、とか、いつかそのうち、はないから!」という私に対するハッパかけの発言だったのですが(十戒ばりに)、聞いてて膝打ったわ。やわな生き方を変えられない限り限界なんだわ嬢ちゃん、イライラするわーというメッセージでしたよ。私も25で頭止まってたらいかんなーと思った次第。時間は無限にあるわけではない。


まあそんな人たちとの交流の経験よりも、人生の先輩としていろいろ相談に乗ってくれたりアドバイスしてくれたり話聞いてくれたりした人たちがいてくれて私は本当によかったですよ。昨日もわたくしのゴッドねえちゃんが「ヤツザキはかかえてやる」と電話で酔っ払いながら言ってましたが。
つまるところ、私はそうやって助けられたり支えられたり導いてもらったりしてここまでこれたので、年下の人たちには同じようにしたいのだよなー。私のようになることは決しておすすめできないが、私がしてもらってきたことはおすすめしたい。そうやって年上の人たちと交流していくべきですよ。そのうち自分にとって有益な人や無益な人、害悪のある人などが自然にわかるようになるし。今21,2の子がいつか私と同じくらいの年になって「あーヤツザキの言ってたことたいしたことなかったなー」と思ってもいい。それでも交流していくことは大事なことだ。会話することは大事なことだ。若いうちにたいした交流や会話をしなかった人は、自分だけのわけわからない考え方に辿り着いていることが多いからな。そういうのは相手にしなくてよろし。そしてそういう風にはなっちゃいけない。



最近話す21,2歳の子は何人かおりますが、彼女らが共通して言うのは
「私、人見知りで(知り合いが増えない)」
ということでありますね。
ヤツザキさんは人見知りしないですよね、知り合い多いですよね、という前提で言われるわけですが、かといって私が人見知りでなかったわけではない。最初から知り合いが多いわけでもない。まあ、実際今は人見知りしなくなったわけだが昔はそうでもなかった。
私は元・人見知りなのですよ。
私の場合は近親者に幼少時から
「あんたは人見知りで引っ込み思案。友達がいない」
と言われ続けてきたのでこれは克服せにゃいかんものだなと思ったわけです。昔炭酸が飲めなかったのを「炭酸飲めないなんてダッセエ」とバカにされていたので克服したのと同じ理論ですな。
克服したとは書いたけど、とりわけ「人をみかけたら話しかける」「人に出会ったらあだ名をつける」「いきなりタメ口で話すようにする」などという努力はしたことなかったなー。んなこと努力することではないけれど。小学校低学年くらいまでは人と話すのが苦手であった。前も書いた気がするが小学校低学年までは「なんで友達と遊びに行かないんだ!」「なんで家にいるんだ!」とよく怒られたものです。今考えると怒りの方向性がよくわかりませんが。(あと家に友達呼びなさいってのもなかったなーそういや。家にいたり家に日人呼ぶのを怒られるてどんなんだ)
あとすごく覚えているのが、小学校低学年時に近親者と歩いていたらクラスの男子たちの遊び現場に遭遇したのだけど、当時は男子と
「男子便所/女子便所に閉じ込める合戦」
をしていたので敵対の意味で素知らぬふりで通り過ぎたら
近親者に
「そうやって人見知りして!キーッ!何照れてんの!恥ずかしい!」
と道端で大声で言われたことがあったなー。
私はほかの女子の持ち物を奪還する為に男子便所に閉じ込められた屈辱があったので(女子便所と繋がっている物置から脱出した記憶がある)話さないのは精一杯のプライドであったのに、頭の固い大人はそういうことが理解できない。まあ子供は何も考えてないって思いたかったんだろうけどさ。いろいろ考えてましたよ。今と同じレベルのことを考えることもあったさ。(ということは今の自分がまだ幼いのか?ようわからん)


しかし中学年以降は自然に人見知りでなくなった。何がきっかけだったかは思い出せないのだが。むしろ遊びに行き過ぎて怒られてたわ。チャリンコで錦糸町行き過ぎて怒られてたわ。
もともと人見知り気質ではなかったのだろう。「あんたは人見知り」と言われ続けて自分でそう思い込んでいただけなのかもしれない。呪いは信じた人にかかってしまうからね。
人にかけられる呪いも厄介だが、自分で自分に呪いをかけてしまうのはもっと厄介なことだ。
「私は人見知りなんで」
というのはまさに自分で自分に呪いをかけている状態だと思うのですよ。
そもそも誰でも知らない人に話しかけたり、知らない人と打ち解けるのは怖いもんですから。相手は自分じゃないのだから。そら勇気がいることですよ。
世界を広げたい、知り合いを増やしたいと思っているのに「人見知りなんで」なんて呪いで諦めてしまうのはもったいないなと思うのです。待っているだけの状態のところにやってくる知り合いや世界はロクなのがないからな。キャッチとかダメ恋愛とかそんなんばっかだ。
ほんの少しでもいいから勇気を持つつもりがあるのなら、自分の呪いを解きたいという気持ちがあるのなら私はいくらでも世界を広げるきっかけを与えますよ。私はたいしたことないが、私の周りにいる素晴らしい縁を紹介しますよ。ただ、私に出来ることはそれだけだけど。道を進んでいくのは自分自身ですから。


私もハタチやそこらの頃は知り合い少なかったなー。
何をやりたいのかはっきりすらしなかった。自分に何ができるのかもわからんかった。のわりにはプライドだけいっちょまえでタチが悪かったな。そういう頃に知り合ったのが今でもお世話になっているライターさんであったわけだが、それがきっかけでいろんな繋がりができましたよ。更に会社入ったりいろんなとこ出かけたりで広がったし。すべてがその方のおかげで広がった縁ではないが、あの時きっかけがあったからこそ今の人間関係が築けたと思っております。
20代も後半になって思うことだが、ハタチや21なんて十代とさして変わらないのですよ。年が一個二個増えただけで不毛の時代であることには変わりない。でも十代と違うのは「このままではいけないな」「これからどうなるんだろう」と思えるようになることだと思う。思うだけでなんにもやらなかったり、思ってはいるが何していいかわからなかったり、思いすぎて間違った方向に突っ走っちゃったり。
いろいろあるが、そのくらいの年齢で「まだそんなことで悩んでるのが恥ずかしい。もう20代なのに」と思っている子が私は大変いとおしい。飲みに連れてってあげたくなる。そして奢ってやりたくなる。(自分があまり金持ってないときは多少出してもらって申し訳ないなと思ったりする)とにかくあがいたりしている子を応援したくなるのだよ。


きっと、今まで私に「それくらいの年齢の時はそうやって悩むもんだよ」「もっといろんな人に出会ったほうがいい」「ヤツザキはこういうことに向いていると思う」と飲みの場でアドバイスしてくれた方々は同じような気持ちだったのだろう。そっちの心境がわかるようになれてよかった。頭ん中25で止まってないのも実感できてよかったよかった。
ま、もう20代も後半なのに悩みはいっぱいですけどね。お恥ずかしながら。
目下の悩みは「部屋の片づけが進まない」ことですかね。これ悩みじゃなくて自分の努力不足だけどな。
部屋が片付かないと「はいからさんが通る」の続きが読めない罠。青江冬星カッコヨス!
2007年04月02日(月)

女認識サボタージュ

うちの裏の川になにやら細い葉っぱのようなものが大量に落ちていたので
なんでこの季節に落葉?と思って川面を覗いたところ、大量のミミズが泳いでました。
春はもうそこまで来ている。ご機嫌いかがでしょうか。


私は先週の発熱以降気管支がまいってしまったようで、未だ咳が収まらない始末です。
声も未だに嗄れ声から直りません。このままだとマジで天龍→菊地毅→安部譲二の懲りない面々路線に堕ちてまう。いちおう女子だと言うのに。こんなに酒呑めないでいるのに何故直らぬのか。
昔、私は処女であるのに生理が4ヶ月止まると言う事態がありまして、健康診断でその旨を話したところ

「身体が(女であることを)さぼっちゃってるのねー」

とあっさり診断されたのだけれど(当時は身体がさぼっちゃっていることよりも処女であることを外見で見透かされたことにショック受けたが)、なんかこの声も「身体が(直ることを)さぼっちゃってる」ような気がしてなりません。精神がさぼりたがり、ならわかるが肉体サボタージュ体質ってどんなんだ。関係ないがビースティーの「サボタージュ」ビデオクリップは何度見ても最高。



春といえば軽鬱とセンバツ高校野球ですね。(この日記認定・季節の風物詩)
軽鬱は4月後半から5月にかけて患うものなのでまだ早いですが、選抜高校野球は気がつけばもう明日始まってしまうではないか。まだ賭けの準備もしていないってのに。
しかし今年のセンバツは興味を引く高校がいないなー。

■旭川南(北海道)  ■仙台育英(宮城)   ■聖光学院(福島)  ■千葉経大付(千葉)
■佐野日大(栃木)  ■日大藤沢(神奈川)  ■桐生第一(群馬)  ■成 田(千葉)
■帝 京(東京)   ■日本文理(新潟)   ■創造学園大付(長野)■常葉菊川(静岡)
■中 京(岐阜)   ■報徳学園(兵庫)   ■大阪桐蔭(大阪)  ■北大津(滋賀)
■市 川(兵庫)   ■北 陽(大阪)    ■広 陵(広島)   ■関 西(岡山)
■宇部商(山口)   ■高 知(高知)    ■今治西(愛媛)   ■室 戸(高知)
■熊本工(熊本)   ■大牟田(福岡)    ■小 城(佐賀)   ■鹿児島商(鹿児島)
■都 留(山梨)   ■都城泉ヶ丘(宮崎)  ■大垣日大(岐阜)


去年は春も夏も午後休とってはみやらさんとこ行ってやんややんやと観戦したものだが(みやらさんが「もう一回戦勝ち進んだら甲子園行く」と言い出したりしたもんだ)、今年はそういうのもなさげ。いや、見るんだけどさ。
しかし選抜って「全都道府県から出場していない」「熱闘甲子園がやらない」の二点だけで、夏の甲子園に比べて盛り上がりに賭けるな。「春失敗しても夏がある」というのもその一因だろう。いや、春の甲子園も十分白熱したものであるんだけどさ。春で準優勝しても夏は甲子園出場ならず、とか一回戦敗退、とかあるからな。
去年の春夏は八重山商工がおったり、鹿児島工業のスーパースター(私の中では殿堂入り)今吉晃一君がいたりしたので白熱しましたが(いや、ハンカチ王子も田中も凄かったけど)、今年は大阪桐蔭の中田翔にばかり注目が集まるんだろーナー。今吉君級のどてらい奴が登場するのを心待ちにしております。
そういった意味ではわたくしが注目しているのは大牟田高校ですかね。なんか勝って欲しいな。三池炭鉱行ってみたいだけなんだけど。でも大阪桐蔭と同じブロックか。ちっ。
あと今治西高校もな。去年の夏、私はローカル賭け大会で「今治西はベスト4まで進む!」と宣言したが進まなかったんだよなあ。今年もローカル賭けがあるのでそろそろ本腰入れて4校選ばなければ。一番勝った場合に何が食いたいかも決めなければ。
あと初出場の市川という高校のOBの欄にジュンカッツのジュンこと名倉潤の名前が書いてあったのはちと笑った。何年か前に神埼という高校が出場した時にOB欄に「江頭2:50」と書いてあったのを思い出した。



ライブメモ
■Joe Lally & ZU
6/20 (水) 山形:Sandinista
◎ 開場 18:00 / 開演 18:30 / ¥1,500(スタンディング・ドリンク代別)
共演:SHIFT/ マヒルノ/ about me/ mizm/ What Ever Film/ Neon & Straight

6/30 (土) 東京:下北沢SHELTER
◎ 開場 18:30 / 開演 19:00 / ¥3,000(スタンディング・ドリンク代別)
共演:NAHT/ Spiral Chord/

上記の公演の他、仙台・熊谷・長野・名古屋・静岡・京都・神戸・高知・福岡で公演を予定

ジョー・ラリーキター!フガジ好きの私としてはたまらんわい。
しかし山形とか熊谷とか長野とか静岡とか、味わい深いところでやるなあ。
東京じゃないところで見たい。

■Peter Hook
4/28 (土) 東京:代官山AIR

・・・一体フッキーは年に何回来るのかと。
フッキーキャーと騒いでいたけど、よく考えたらおととしのフジ以来見てないや。
フッキーのDJはフジで見たとき、最初のほうはダブでいい感じだったけど、最後はニューオーダーばっかかけててなんだよオイと思ったのだった。同じような感じなら見なくていいや。

■The Eternals
5/17 (木) 東京:Shibuya O-Nest
◎ 開場 18:30 / 開演 19:00 / ¥3,000(スタンディング・ドリンク代別)
共演:Mouse On The Keys

今年に入ってからそんなにアルバム買ってないんだけど
買って以来ヘビーローテーションであるのがこのエターナルズの「Heavy International」というアルバム。
早くも2007年ベスト盤10枚に入っております。
シカゴの三人組、しかも主要人物の人は元ハードコアパンクやってた人らしいのだが、このアルバム、ダブです。ただのダブではなくダブ・インプロゼーション。たまらん。ライブが見たくてそれだけのために「シカゴ行くか!ANA直行便使って!(=マイルがたんまり貯まるから)」と思っていたのですが、あちらさんから来てくださるのであれば見に行くまでですよ。




はてさて、ここ数日は前の日記にも書いたけど酒も呑めず、悶々とした日々を送っておるんですが
私にとって友人らと酒を呑むことがいかに大事であるのかわかりました。
酒呑まないと性欲が高まってしょうがない。
私は「酒ならいつでも辞める自信ある」というのが持論なんですが、ではなんで辞めずに飲み続けているのかというと単に「人と会って酒呑むと楽しいから」だと思っておりました。実際、家では呑みません。人と会ってないから。別に家で楽しくする必要はないから。
しかし、こうやって人と会って酒を飲む、ということがなくなった途端に四六時中ムラムラしたり、淫夢を見る回数が多くなったりしだしました。酒を飲むということは、性欲を解放するために必要だったのか!今まで気づかんかったわい。人と酒飲むことは大事だなー。大事なことはいつだって失ってからわかるものだ。
しかし性欲が高まると、これもよくわからない理論なんだが、食欲が減るのナ。
性欲満足→食欲比較的どうでもよくなるというのはさすが人間の本能というか。あれだ、よく「寂しい女は食に走る」というがそれは性欲満たされず→食欲を満たすことで補う、ってやつだ。
なんかもう、性欲!性欲!と声高に言い続けるてのは、まるで中学生であるかのようだね。中学15年生なのかと。(去年は「中学14年生かと!」と書いたが1年経ったからネ)
しかしわたくしも分別のついた大人でありますので、普段の生活で性欲!性欲!とは声高に叫んでおりません。では普段の生活にどのように反映しているのかというと
「化粧品が欲しくてしょうがねえ」
「女ナ格好をしたくてたまんねえ」
「無駄に風呂に長く入りたくてたまんねえ」
という反映をしております。
ああ、性欲も含めて女性ホルモンが異常分泌しているんだなあ今。
しかし化粧品買いに行く暇もかねも十分にはないので、化粧品に関してはグっと我慢の日々を送っておりますがこないだ着物買っちゃった。しっぶいやつ。
あれ?おかしいな、3月の初めにも購入したはずなんだが?
そして普段の生活にも無駄にワンピースを着るなどしておる始末。ま、ワンピース着ようが25キロ以上の機器運ぶなどの仕事に変化はありませんが。
無駄に長風呂に関しては、とにかくサウナに行きたいと願うくらいか。あ、これ別に女性ホルモンと関係なかった。


というように女性ホルモンが無駄に大目に分泌されてますので、
今は別に「身体が女であることをさぼっている」わけではないのだろう。
善い事哉。
今のうちに美容院でもなんでも行っとかねば。やったことないけどネイルやってみたりせねば。(いや、コレに関してはやったとしてもすぐケーブル抜いたり挿したりするうちに剥がれることがわかってるのでできないのだけど)
どうせもう少ししたら身体がさぼらなくても、精神のほうが「女であること」をさぼりだすからな。あらゆることが、めんどくせ、ってなるからな。どうでもいいや、ってなるからな。どうでもいいやめんどくせ、のレベルならまだしも、「女であること」、「女やること」が苦痛になり出したりするからな〜。
そんなことはよくわかっております。自分歴長いっすから。
よくわかっておる故に、なんとかしなきゃとも思っているのだけど。
「キープ・オン・女」は意識的にはできないことです。なんでもそうだ。意識的に続けようとすることは続かない。自然に、自然に、無意識に続いていくものだ。固執したりしがみついたらそこで終わる。終わっているの「いや、続いている!続けてんの!」と泣き叫ぶようなみっともない事態となる。
難しいわ。別のことに興味を向けることとしよう。


ちなみに今日会社で同僚(男)と盛り上がった話は
「アロマ企画について」
「獣姦について」
黒人天才について」
でした。
全然女性ホルモン全開な話題ではないな。十分別のことに興味向いてるわ。
その同僚にはAV掴み取りでもらったAVをあげたりしてんだけど
「俺、女からAV借りたりもらったりしたことねえよ。というより、お前のこと女だと思ったことないわ〜」
とよく言われております。
女であることをさぼろうとさぼらなかろうと、そういう認識されてた。忘れてた。というより、自分が女であることさぼる/さぼらない以前に、周りに「私が女である」という認識をさぼらせないようにしなけりゃいかんな。
2007年03月22日(木)

泥酔石垣女子らとかけまして、ヤツザキとときます、そのココロは 後編

だいぶ日記にブランクが空いてしまいました。すんません。
先週から発熱したり親族が病院に運ばれたり仕事でズギャンと重要問題発生したりで、えらいこっちゃなことが続いております。もう熱はないのだが喉が痛くてたまらんのであった。相当きつい菌を保有してるんだな私。
そんな病原菌祭りなのに親族の世話なんかしてはいかんよなー。しかし緊急の事態であったのでまあしょうがない。
それにしても毎年のことだけど、わたくしは年の初めのほうで必ず発熱するなー。
もはやそういう体質としか思えない。
と、書いたところで発熱した記録は2003年の正月に患ったインフルエンザと去年1月の風邪しか思い出せないのだが。あ、2004年初めは鼻から流血しまくったけどあれは発熱とは関係ないか。2005年はものもらいになったけどあれも発熱とは関係ない。(遊びすぎで疲れるとものもらい出やすいんだが)
ちなみに、火曜の夜飲んでいたときからどうにも具合が悪いと思っていたら発熱に至ったわけですが、その火曜の夜にともに飲んでいた方々も皆発熱でダウンしたそうな。おー怖。しかも友人は病院行ったら「インフルエンザ」と診断されたそうで。ひー。
私は過去に3度ほどインフルエンザにかかったことがあるのだが、あのつらさは尋常じゃない。2003年のインフルエンザなんかつらいなんてもんじゃなかったわい。あの時は発病したのが名古屋で、発病してから数日間病院すら行けなかったから本当に死ぬかと思いました。確か帰る時は名古屋なのに雪降っちゃってて、新幹線内で凍えそうになったんだった。というインフルエンザ恐怖をしっかり覚えているので、友人がインフルエンザだということが判明した時はビビりました。私もインフルエンザなのか!?それはいやだ!と。
ま、熱は2日弱で引いたので違ったみたいですが。インフルエンザなんて懲り懲りじゃー。



しかし何故、私が発熱するに至ったのか。
それはおそらく「遊びすぎ」「飲みすぎ」が原因なのだよね。
その原因の一端、というか大部分であろう石垣滞在記・後編。



前回の日記によい店を何個か紹介しましたが、いい店は単独行動の時も見つけておるのですよ。

■月の鳥
滞在時初日、2日目と石垣はとにかく寒かった。17度くらいだったと思う。
そんなわけで襟巻きが欲しいなーと思って歩いていたら、インド、アジア系雑貨を扱っている店がありました。石垣なのにまるで中野や高円寺にありそうな佇まい。石垣はリゾートであるのでオリエンタルなものも観光客目当てに扱っている店が結構あります。しかしこの店は観光客向けにしては高円寺度、というか中央線度が高すぎる。何か違うなーと思って入店し、ストールを買うつもりだったのですがパレオにもなるという布を購入。赤が基調のカラフルな布。私はこういう色柄のものがホント好きなんだよなあ。
店を経営しているみーさん(しまんちゅ)と話していたらやたらと盛り上がったので、石垣滞在中はほぼ毎日通ったなー。
通って店先で長々と話していましたわ。気がついたら2時間近く滞在していた日もあったほど。
みーさんには石垣のいろんな情報を教えていただきました。
石垣のバーは数自体が少ないのだけども、その中でも「島出身の人のやっている店」と「移住してきた人がやっている店」に分かれていて、それらの客層は全然違うらしい。いわゆる棲み分けとか二極化というやつだ。それらがうまいこと融合しあえばもっとおもしろいんだけどねー、とみーさんは言っていたが本当にその通りだと思う。
先行するイメージなんてものがぶっ飛んでしまうほど、いろんなことが合わさってごっちゃになってここが一体どこなのかわからない、いや、そんなことは全然重要じゃない、と思えることが大事なことであり、人を引きつける面白いことなんだと思う。
「月の鳥」は石垣島であるのか中央線沿線であるのかわからない佇まいが本当にいい。観光客だろうと地元民だろうと移住者だろうと関係なく引き寄せる魅力のあるお店でした。って、今書いて気づいたけどどこであるのかは重要ではないけど、誰がやっているかは重要だなあ。みーさんはサバサバしていて魅力的な女性でありましたわ。



■七人本舗
前述の「月の鳥」に遊びに行った時に、偶然、みーさんの同級生の誉さんにお会いしました。
本当に初対面であったのだけど、あれよあれよと話が弾み一気に打ち解けたのであった。その誉さんが働いているのが石垣港ターミナル(最近完成。とてもきれいでだだっ広い)の中にある「七人本舗」。
お土産店なのかと思いきや、お弁当やモカケーキ(ってこれの正式名称は一体なんというのかよくわからんのだが。わからんが、石垣でよく見かけるモカスポンジのケーキ)やお茶やいろいろ売っている個人商店のような店でした。石垣港ターミナルは観光客だけが使うのではなく、石垣からさらに離島に仕事やらなにやらで行く人も使うのでこういう店は大変重宝することだろう。
そこで立ち話をしていた際に、レジの中にいる誉さんの後ろに書いてあった

「泡盛シェイク」

という文字に目を奪われ、大いに興味を持つ。「ほんとに島入ってるシェイクなの?」と聞くと「ほんとですよ〜ほんとだからシェイクなのに泡が立たないんですってば」と返され、興味本位で飲んでみる。
ほんとに泡が立たない。
そしてほんとに島酒の味がする。っても牛乳の甘さ、まろやかさのほうが優位に立つので、飲み終えた後に、あ、口に残ってるて感じる程度だ。誉さん曰く「カルーアミルクみたいなもんです」とのこと。
なんだ全然いけるわーと飲んでいたら、さすが「カルーアみたいなもん」なだけあって体がカッカしてきた。酒として飲めばたいしたことないんだけど、シェイクとして飲むには刺激的であったな。
他では滅多に呑めないシェイクだと思うので、石垣港に寄ったら皆必ず飲むべき!(呑むべき!)

余談であるがここの誉さん、月の鳥で話していた時に私の声を聞いて
「声がいいですね!ゴスペルやってるんですか?」
と言ってました。笑ったわ。
今までカラオケ向きの声という指摘は何度も受けたことあるけど
ゴスペルてのは始めて言われたわ。
(そういや長野で入ったスナックのマスターはゴスペルやってる人だったな。関係ないが)
やってないですよ、と返したら
「それは勿体無い!今から始めましょ!ライブやりましょ!」
と言われました。
ライブやるかどうかはわからないが、始めようかなゴスペル。目指せドリームガールズ。



他にもあったけど、それは次に石垣訪れる時に書くとしよう。

しかしまあ、私は石垣の人と縁があるようで(そもそも私のゴッドシスターであるみやらさんが石垣出身だし)前回の石垣滞在から帰ったその日に相棒さんと出会ったりしたんだったな。あんまり縁ないのかもと思ってたけどそうでもなかった石垣島。今回の滞在もそんな感じで先述のみーさんが
「実は来週、東京に行くのです」
とのことであった。石垣から帰った数日後に再会するチャンスがあるなんて、なんとも不思議だなー。
この不思議な縁をみすみす逃すわけにいかない。
というわけで、石垣から帰った翌週(すなわち先週)、東京でみーさんに再会しました。
こんな再会は前にもあったな。ああ、那覇で出会ったはるみちゃんと二週後に大阪で再会した時か。
「同級生が何人か集まる飲み会においでー」ということだったので、これはおもしろい機会だ、と思いはるみちゃん(奄美出身)、みやらさん(石垣出身)、会社の後輩の女の子(本島出身)も誘って飲み会に行ったのだけど、自分含めて総勢10人の女が集まると言うにぎやかな宴会となった。
私以外全員南方女子。
私以外全員顔が濃いったらありゃしねえ。
全員顔だけでなくキャラも濃いったらありゃしねえ。
そして皆、とにかく声がでかい。とにかく酒飲み。
歌舞伎町で呑んでるのに完全に島呑みであった。ここは一体どこなんだ。
しかししまんちゅ女子はなんで皆ワイン飲みたがりなんだろ。平日のしかも月曜日なのに赤や白のワイン(無論ボトル)がガンガン注文されてた。

そんな盛り上がりが宴会だけで終わるわけがなく、平日月曜日であるのにカラオケへ。
皆、テンション高いのだけど(自分も)、それよりもずっとテンションが高い子がひとりおりまして、いきなりビギン唄ってて踊りまくってて「アンタ酒足りてないよ!もっと飲んで!」と煽られ、キスされまくりました。
あれ?こんな人知ってるなあ私。

他でもない自分でした。
まるで自分を外から見ているかのよう。
ああ、そうか。私が沖縄の人や石垣の人(特に女子)と縁があるのはとても他人とは思えないからなのか。
自分と同じテンション、同じ勢い、同じいい加減具合の人たちと一緒にいるのは楽しいなあ。時間の感覚がなくなるわ。理性とかどうでもよくなるわ。面倒なことがいらないのがいい。一気にストーンと距離がなくなるのがいい。過程とかそういうのって面倒なのだよな私は。そんなわけでこの日は2時過ぎまで楽しくやってしまった。無論タクシー帰宅。



その時はそれでいいが、そういう人たちとずっと一緒と言うわけにはいかないから後で飲みすぎたことを後悔する罠。翌日は酒抜けなくてたまらんかった。そして体調も一気に悪くなって発熱に至る。
そらこんだけ遊んだり飲んだりしたのだから発熱もするわい。
おかげで発熱以降、友人に会ってメシを食っても酒が全然飲めません。ビール一杯頼んでもジョッキの3分の2も減らないし、2時間くらいかけてやっと4分の3飲むくらいの感じだ。ああ、どんどんクリーンな身体になっていくよー。浄化中であるよー。
たぶん、人生で遊ぶ量(酒飲む量)と言うのは一定に決められていていっぱい遊んだらその分遊べなくなるような(酒飲めなくなるような)仕組みがあるのだろう。誰が決めてるかしらないけど。私の場合、3月上旬はえらい遊びようであったからペナルティがついたのかもしれん。「お前、一回休み」という感じか。
早くこの休み終わらないかなー。復活したくてうずうずしてら。(復活してないのに無理しては飲まないぜ)


余談だが、人の人生で一定量決められているものといえば、遊ぶ量(酒飲む量)だけでなくセックスの量も決まっていると思うております。前に京都かどっかのエロ宗教家(60くらいのジジイ)が懺悔と称して女子中学生を犯しまくっていた、というニュースを聞いたとき、
「ああ、このジジイは若い頃全然セックスしなかったのだろうな。年取ってから性欲が爆発したのだろう」
と思ったものだ。
14歳で処女喪失!童貞喪失!その後もやりまくり、なんて人はセックスどうでもいいわーと思う年齢も早い気がするのだが、20代の半ばまでセックス知らないで生きてきました=モテませんでした、なんて人のほうがセックスに貪欲だもんなあ。でもこれは、セックス量一定説というより「セックスに過剰な期待をしてしまった/過剰に劣等感を抱き続けた」人がそれを取り戻すかのようにやりまくっている、という可能性もあるか。どっちなんだろう。どっちでもいいけどさ。
2007年03月20日(火)

生理とかけまして、ヤツザキin石垣とときます、そのココロは 前編

1月にはるみちゃんにタロットで占ってもらったのですが、
その時に出た結果の8割くらいを忘れてました。
覚えていたのは
「多少失うものはあるが、最終的に自分の思い通りになる」
「自分の心に制限をかけているのが現状(1月の時点の)。しかしもう心が決まっているなら突っ走るしかない」
ということのみで、よっしゃ前身するぞ生命力に溢れているぞ俺は!と思うて毎日生活しておりました。
しかしだね。悪い暗示も出ていたのですよ。悪い暗示と言うか「ここに気をつけろ」ということがあったのです。それをすっかり忘れていたのだが、先ほど日記読み返したり某所のメモを読み返して思い出しました。

「もっと人にやさしくならないとダメ。思いやりを持たなければならない」
「アルコールで身を滅ぼす」

その時はガハハハと笑って「ヤツザキは人にやさしくないよねー」「あなたいつもアルコールで失敗してるじゃない」などと言い合っておしまいだったのでした。


それらの警告カードの意味が存分にわかったのが
今回の石垣滞在5日間でありました。


というかまた沖縄!先月行ったばっかだろ!
今年に入ってからマンスリーだよ!
しかも石垣だからね。1月に行った時は「あーいいところだなーしかし那覇から400キロも離れているし滅多には行かないのだろーなー」くらいしか思っていなかったんだけど、まさか2ヵ月後に再上陸することになるとは。人生は何があるかわかりません。わからないけど、こうしたいってことに向かって動けばそのようになるようにできている。というかできる。

石垣では相変わらず毎日酒を呑んでいたのですが(でも今回は海行ったよ!岩場だったけど。みやらさん両親に連れられてだけど)、2日目の夜に酒呑んで荒れました。
ああ、アルコールで身を滅ぼすと言うのはこういうことだったのか。
相棒さんをえらく困らせたようで、お恥ずかしい限りだ。
翌日は久々に自己嫌悪の雨嵐でしたよ。「ああ!一刻も早く島を脱出せねば!もう合わせる顔がないわい!」とテンパり、そもそもこの旅自体が間違っていたのだ、無駄だったのだ、二十代も不毛の時代だ、何もかもが無駄なんだ!(ババ・オライリィ風)という具合に頭を抱えておったのですが、相棒さんがとにかく心が広いお人でそんな私とその日も顔を合わせてくれてよかった。酒も呑んでくれてよかった。相当呆れたようだけどな。
自分の心の狭さを恥じましたよ。
「わしの心は四畳半」なんて開き直っている場合じゃないわ。
見習って心を広くしないといかんなー。優しいヤツザキってのはちと、いやだいぶ気持ち悪いが。
そういや滞在初日から3日目にかけては南の島であるのに雨降って寒い日々だったのだが、4日目と最終日は見事に晴れましたよ。なんか自分の状態と非常にリンクした天気だったな。雨嵐を呼ぶ女か俺。


はてさて、そんな石垣滞在。
前回の石垣滞在時は店などほとんど行かなかったのですが、今回はいい店を何個も知りました。

■cocosone
石垣は小さいバーが殆どないな、というのが前回訪れた時の印象だったのですが、ちゃんとありました。
どこに何があるのかようわからんのでふらふらと歩いていた途中でコクソンのマークが貼り付いている看板を発見。相棒さんとうおーと盛り上がって入った店は「coxsone」ならぬ「cocosone」という店でありました。
壁一面にレコードが貼ってある内装を見てもテンション上がる。
奥の座敷にはレコード箱が何個も置いてあるし。
すげー。
最高すぎるー。
ダブのレコードを何枚かかけてもらったんだけど、ソウル・シンジケートの人がやってるダブのアルバムが素晴らしすぎた。素晴らしすぎたわりに名前失念。あうあうあう。1979年の作品だったことしか覚えてないなー。こんな拙い情報しかないですが誰か教えてください。
http://www.roots-archives.com/artist/358
で調べたんだがわからんかった。

南の島でレゲエと言うとやりたい盛りの若者が沢山いるイメージ(やりたい盛りは何も若者に限った話ではないが)だとか、南の島に憧れた内地人が店始めてみた、というイメージがありますが、この店は落ち着いた雰囲気だしマスターがしまんちゅだしでとてもいい。相棒さんともども絶賛。
初日にも行ったけど最終日にも行った程。ダブだけに限らずいろんなレコードをかけてもらった。
南の島でレコードに囲まれるって本当にいいよ。酒もうまいし。
至福であるなあ。
トイレもいい味出してた。ボットンだけど。夏は怖いけど。
あまりにもいい店なんで、東京におる友達にも紹介したいですよマジで。
皆さん石垣行ったら「cocosone」に行きましょう。騙されたと思って行ってくれ。


■CAFE TANIWHA
本島にいる友達が「石垣行ったら行くといいよー」と教えてくれたカフェ。
カフェというと無駄にふかふかソファー、お高く留まった(主に値段が)飲み物に食べ物、店員との気まずい空気などというイメージがありまして(心狭いなホント)、私にとってはカフェはゆったりできるところではなかったのです。
しかしこの店は違いました。
そもそもカフェはカフェでもそういう今流行りのものではなく、喫茶店のほうだったから。いや、私が足を運んだのが昼だったので喫茶店だったわけだが、夜はバーであり、週末などはライブも行うらしい。要するにそれらすべて。なんでもありな店でした。
「友人に教えてもらってきたんですけど」とマスターに告げると「おお!そうなんだ!」と気さくに話しかけてくださった。とにかくマスターの人柄がイカす。
もともとは東京の人らしいのだが、「あなたが生まれる前から石垣に住んでるんだよ」とのこと。
そのマスターの

「前はよくライブ開催してたけど、最近はあんまりやってないな。
石垣もカフェ沢山できて、そこらへんでライブやるようになったから別にうちはそんなにやる必要ないかなーと思っててさ。今でもライブやるけど、それはやりたいけどやる場所がない、ライブやらせてくださいという人に場を提供しているような感じだよ」

という旨の言葉にズギャンと打たれた。
場を提供する!
それなんだよ、私がやりたいことは!
私がスナックwell歌夢を始めたきっかけは「DJやってみたいけどやる場がない」という人に場を提供したいから、なんだよなー。今はそこから大きく逸れているような感もありますが、基本的には変わっておりません。オファーがあったり他でやる場がある人は、うちでやらないでも平気でしょ。
でも最近そういうことを忘れていた気がする。ハッとさせられました。
マスターとその奥さん(これまたキップのいいイカす方)の話がおもしろくて、興味深くて、3時間以上長居してしまいました。
なんというか、道しるべみたいな店だな。旅とか人生とかそんな感じのものの。
また行きたいなー


長くなったのであとの店紹介は次回日記にて。
もう石垣から帰ってきてるんだけど、とてもそうとは思えない毎日が続いております。
その顛末も次回日記にて。



ところで、well歌夢寿司で素晴らしい寿司握りライブを行ってくれたコアチョコのムネさんから「このブログおもしろいから見て!」と教えていただいたブログがございまして、それがコレ↓


「オアシズ・大久保佳代子の脱・給湯室」
http://blog.livedoor.jp/kayoko_ookubo/



以前、スピリッツ連載中の「ハクバノ王子サマ」は女にとってリアルすぎる、主人公であるタカコサマの葛藤がものすごくよくわかると書いたのだけども
男の友人が
「お前そんなことないだろう。だって、タカコサマは美人じゃん」
ということを言ってました。
悪かったな非美人で。
でもこの指摘は間違ってないと思います。美人か美人じゃないかはとても重要なのだよ。
女は中身、なんて男にとっても女にとってもウソだよなー。
しかし、ハクバノ王子サマもこの大久保さんのブログも本質は同じです。どこらへんが同じかと言うと、いろいろあるが
「女には時間制限がある」
ということに気づいてしまったところか。
私はまだ「今、猛烈に結婚したい」という状態になっていないが、この先何年後かにそういう心の境地に至るのかもしれないと思うと感慨深いな。そもそも結婚する自分というのが今まで想像できなかったし。
ただ、最初のエントリーに書いてある生理の話を読んで、この先生理がしょぼくなっていくと思うと早く子供は産みたいと思います。結婚できなくてもいいから産みたいなあ。大久保さんは子宮を精子君のくるベッドと喩えておりますが、私は子宮は畑だと思うております。畑はちゃんと耕しておかないと種植えても芽が出ないので、ちゃんと耕さねばならんなー。というかちょうどそんなことも考えたんだった石垣で。なぜなら生理がきやがったから。



ちなみにタイトルの解答は

「来なくていい時に来る」

です。
生理と私は来なくていいよ!と言ってる人のところにしか行かないようにできております。しかしホント、来なくていい時になんで来るのかね。ってすべて自分の問題ですが。自分で自分がワカラナイヨ。
でもそれが本能というやつなんだろう。無駄だと思っても必要だったりするんだよなきっと。いや、実際無駄なのかもしらんが。それもよくわからないわ。
2007年03月13日(火)

ヒア・カムズ・自分探しの雨嵐

まー思い返してみれば私もさんざんいろんなところに行ってるわけですが(ただし国内限定)、
「旅行ばかりしていていいですね」
と言われるとカチンとくることがある。
何もカチンとくることはないのだが、こういう際に使われる「旅行」というのは観光旅行のニュアンスを含んでいるので、観光旅行なんかしてねえよ、とつい返したくなってしまうのだ。
私がやってきた旅のほとんどは「出張」であるし、あるいは「誰かに会いに行く」ことなので、観光を目的とした旅を行っているつもりはありません。いや、観光旅行を完全否定しているわけではない。私も大学の時は卒業旅行と称して観光旅行をしたものだ。その頃の私の世界は「地元友人、大学の友達、一部エロ関係の人々、一部プロレス繋がりの人々」程度のものだったので非常に狭かった。狭い世界の中で「卒業旅行行こうぜ」と盛り上がり、実際にそれをしたまでだ。
ちなみに卒業旅行に行った2月中旬、私はまだ大学卒業できるかどうかわからない身分であったなあ。卒業までに取らねばならぬ単位数44単位(1年間で履修できる単位数48)。卒業できるかどうかは3月までわからぬという状況の中で、3年生までに卒業単位を取り終えていた友人3人と一緒に旅行に行くというのは非常にリスキーな行動であった。成田までの特急車内で「こんなに浮かれているけど卒業できなかったらどうしよう」と話していたもんだ。この時からすでに「見る前に跳べ」を実行していたんだなー。実際卒業できて今に至るわけだが。
その卒業旅行の行き先はタイでした。
なぜタイであったのかというと、「アジアンリゾートに憧れがあったから」「東南アジアのエキゾチックな感じが好きだったから」「海岸での野外レイブに行きたかったから」などというものではなく

「映画『卒業旅行』で織田裕二がタイ、というかチトワン国に行っていたから」

というだけのものであった。
私はこの映画が好きなのだ、くだらなすぎて。今でも従姉妹と「卒業旅行は何度見てもいい!孔雀王と同じくらいいい!」と話しているくらいだ。他の人たちにとってはどうなのか知らないが、私にとっては卒業旅行=チトワン=タイなのである。同行した3人の友人たちは別に行き先はどこでもよかったようだが、私が「何が何でもタイじゃなきゃダメだ!」と力説し、実際に旅行代理店行って話をつけてきたので(この頃から思い立ったことも実行していたんだなー)すんなりと応じてくださった。ありがたや。
で、実際に行ったタイ。卒業旅行にしては長い8日間の滞在であったが(卒業できるかどうかわからないくせに)、友人らとの行動は時に楽しくもあり、時にしんどくもあった。時はおりしも旧正月、タイだというのに行くとこと行くところ中国人だらけ/一晩中爆竹の音が鳴り響くという異常な状況、船で1時間くらい離れた島に行ったらその島もほぼ100%中国人というのはおもしろい経験であったよ。中国行ってないのに中国まみれ。あれ?行き先間違えた?て感じだ。
そしてしんどかった、という経験から「私は割り勘というのができない人間なのだ」ということを学んだ。きっちり割るくらいなら大目に出すよスタンスを自覚しました。細かいことに対応できない気質だった。人間が粗くできてるらしい。
何はともあれ、卒業旅行で学んだことは多かった。
その最たるものが

「観光は別におもしろくない」

というのと

「海外は言葉が通じないから得るものが少ない」

ということだった。
現地で知り合いができるなんてことはほとんどないし(あるのかもしれないが)、観光地はツアーの日程に組まれていたから行ったけど、わざわざ行かないでもいいわなーと思ったのですよ。大学の時のバイト先にいた化粧品販売のお姉さんが「学生時代はバックパッカーやってて、現地でいろんな人と知り合った」と言っていたが、それ、ウソだろう、と思ったよ。知り合ったのは現地の人たちではなく同じようにバックパッカーしてた人たちだと思われる。私がタイで話しておもしろかった他人は現地の人でも同じような卒業旅行で来ている人たちでも無論バックパッカーでもなく、「タイ古典舞踊ディナーショーで隣に座っていた農協売春ツアーのおっちゃんたち」だけだったもんなー。テーブルに置いてあったミニバナナを持って「おっちゃんのアレ、これくらいやねん」と言ってきたヒヒ顔のおっさんは今も元気なんだろうか。どうでもいいけど。




何故このように長々と卒業旅行の話をしてきたのかというと、旅行てのはたいしておもしろいものではない、と思っているからなのですよ。観光だの癒しだの、そういうのが目的だとしたらなおさらだ。言い方を変えると、目的がある旅はおもしろいのである。売春ツアーであっても、それはセックスがしたいという目的があるからおもしろいものだろう。私は残念ながら女であるので売春ツアーを行ったことはないが、自分が男だったらたまらんだろうな。「あと5日寝れば女抱き放題!うはは!」というのを支えに生きたりもするだろうな。
今の私の旅も出張(仕事する)だとか友人に会いに行くだとかだったりするのでちゃんと目的がある。で、目的のある旅ってのはその目的とは離れたところでハプニングがあったりするのがまたいい。私なんかはそっちのほうが目的で旅してるのかもなーと思うときがあるくらいだ。いや、そんなことないけど。
そんな私が一番どうでもいい、そしてうっとーしーと思っているのが

「自分探しの旅」

というやつである。
探すな!
ああ、もうこうやって打っただけでもウゼー。
とにかく目的がないのがつらい。目的=自分を探すことなのかもしれないが、そんなものは探してどうにかなるもんじゃない。どこにも落ちてはいないのだ。
自分探しの旅をしていたり、「自分のやりたいことが見つからない」なんて言ってる人たちは旅に出る前に働いてみてはいかがかと思う。工場や倉庫で流れ作業のバイトでもやったほうが百倍有意義だ。単純作業を繰り返しながら自問自答を繰り返したりいろいろ考えてみなさいよ。あるいは自宅で延々考え続けなさい。っていわゆる引きこもりだが、自分探しの旅やってる奴よりそっちのほうがまだマシだ。ただし自宅でえんえん考え続ける場合はインターネットは見ない事、というのが条件ですが。そんな状況でネット見ると思考が停止して2ちゃん住人にしかならないから(あ、でも2ちゃん住人てのはそれはそれで自分が見つかったてことになるか。しょぼいけど。下の下だけど)
ああ、そうなんだよ、自分探しの旅している人って思考停止の気があるからやなんだよなー。「旅をする」というのは動くことなので、それだけであたかも考えている気にさせられたりもする。考えに準じて行動しているように思える。しかし実際はそんなことはないのである。何かを遂げる目的のために旅をすることはいいことだ。私の持論に「長距離移動は女を強くする」というのもあるくらいですよ。ただしそれは果たすべき目的のための移動(手段)であり、移動自体が目的ではない。
自分探しの旅てのは「自分探し」が目的のはずなのに、それがあまりにも抽象的で曖昧なものであるから「旅」のほうが目的になってしまいがち。いや、実際そうなんだと思う。だからそういう人たちの話は「カンボジアやインドに行ったことがある」以上はない。以上はないのだが、そういう奴らに限って「人間は自然志向で生きるべき」「社会の枠組みが不自由に感じる俺」みたいなことを言い出すのもタチが悪い。だったらそっちに定住せいよ。その覚悟はないからゲストハウス暮らしをしたりするのがまたどうかと思ってしまうのです。



自分探しの旅の行き先人気地区は東南アジアが多いようですが、日本国内のある地域にも多いですね。
って私が現在いる日本の南のほうなんですけど。
私も東京からちょこちょこ足を運んでおりますが、毎回目的がありますし、自分探しの旅の人たちが集うところにはあまり足を踏み入れないなあ。ゲストハウス泊まったことないし。一度だけ荷物を置かせてもらったことはあるが。
自分と同じような境遇、同じような考え、同じようなことで悩んでいる人に出会うと「自分はひとりではない」と思えるし頼もしい気持ちになるのはよくわかる。しかし、「自分探し」で「自分はひとりではない」なんて仲間に出会ってはいかんと思うのですよ。他の誰かと同じ道を歩むのが嫌で「自分探し」してんじゃないのかよ、とツッコミ入れたくなるワイ。私にも「自分が何者なのかわからない」と悩んだ時期はあるし、今だって何者でもないが、私は労働者であり、労働しているからこそこうやって遠出ができるわけだ。いろいろな経験を得ることができるわけだ。自分とはかけ離れたところ(物理的なことだけでなく、立場や年齢や考え方も含む)にいる人間を知ることができるわけだ。そういう中から自分を知るのですよ。そうやって自分にあるものを発見してきた。(発見できたことは先ほど書いた「割り勘が出来ない」とか「時間にルーズ」とか「調子に乗って呑み過ぎると翌日がしんどい」とかばかりだが)

旅ばかりしていることだって本当は誇るべきことではない。腰を落ち着かせることができる場所がないだけだ。ここでやっていこう、と覚悟できる場所がないだけだ。正直な話、私は以前この日記で旅記録を書きとめていたけれど(股旅・戯れ言というブログにまとめておりますが)、今は旅をしても書くのをやめてしまった。どこに行ったかくらいは書くけれど、内容を事細かに書くことはない。というのは、前述の通り、旅をしていることは誇るべきことではないと思ってしまったから。旅を目的にしていた部分を自覚し、それは恥ずべきことなんじゃないのかと思ってしまったから。覚悟できる場所を心の底から欲してしまったから。
折りしもお仕事に纏わる状況が変化することになり、この先出張も減っていく見込みであるので、旅記録を細かく書くことは今後おそらくもうないだろう。

だから、どこかに落ちている(と信じている)自分を探している人たちって薄っぺらいなーと思ってしまいます。それは私の偏見なのかもしれません。中には魅力的な人間もいるのかもしれません。けど、やっぱり自分を探しちゃっている時点で私にとってはどうでもいいな。自分なんてみっともないもんだし、仕事なんてなんでも汚くてしんどくてつらいものばかりだと思うよ。そういう自分と仲良くしたり、うんこみたいな仕事してみても楽しく生きていけるし、うんこみたいな仕事でもいろんな機会に恵まれたりするもんだと思う。その時に重要なのが自分の芯というか、考えなんではないのかと。選択する時の道しるべなんではないかと。



と、説教くさいことを長々と書きましたが、さっき知り合った人(同年代女子)が
「こっちに移り住んでくる何もしないないちゃーが嫌。自分探しだのなんだの言って現実逃避でしょ。こっちの人間は仕事してるっつうの」
という話をしていたので、ちょっと書いてみた。
てめえの現実からは逃避できているかもしれないが、そこは誰かの現実なのだ。
誰かの現実を踏みにじっていると言う自覚はあるか。
踏みにじってでも得たいものがあるという覚悟はあるか。
ないんならやめちまえ。きっとそんな旅たいしたもんじゃない。
(これは自分に向けての言葉でもある)



ああ、もっと違うことを書かなければならんかったのに重くなってしまった!
南の島にいるのになあ。おかしいなあ。毎日寒いからしょうがないのか(毎日気温16,7度くらい)
関係ないがユーリズミックスの「ヒア・カムズ・ザ・レイン」は名曲だなあ。
ここも毎日雨ばっかだよ。
2007年03月07日(水)

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