股・戯れ言


BBS

女子ペディア 三国志編

「この世には三種類の人間がいる。男子と、女子と、おもしろ女子だ」


というのは私の友人であられるO・Fさん(男子)の名言であります。
おもしろ女子とは一体どんな人間なのかと言うと、「女子と話すのは苦手」「うんこネタ大好き」「喩えはいつでもキン肉マン」などという中学生マインドのまま成長してしまった男子(例:O・Fさんとかうちの同僚など)が「気を使わずに話すことができる女子」のことを指します。
趣味の話を男と渡り合えたり、エロい話を中学生男子レベルで話せたりするとおもしろ女子認定が下される場合が多いですが、もっとも重要なことは

「オンナオンナしたことを表に出さない」

でしょう。自分にウットリしているような女はどんなにおもしろくてもおもしろ女子には認定されないし、サバサバしていてもやたらと「私もてるの」だとかをアピールする女もおもしろ女子ではないみたいだ。こうやって書くのもバカらしいくらい、「おもしろ女子か否か」は肌感覚だ。直感だ。中学生マインドの男子が気取ったり背伸びしたり身構えたりちんこを硬くさせたりせずに自然に喋れるか喋れないかだ。
私もこのおもしろ女子論を知ってから、私が仲が良くなる/心を許すのはおもしろ女子ばかりだなーと気づきました。ていうのは私自身が中学生マインド男子認定のおもしろ女子だからなんだけど。いや、女ですからおもしろ女子認定が癪に障るときもありますが。(しかしおもしろ女子認定されてから自分の女な部分を出しづらくなったという弊害もある。おもしろ女子もいろいろ大変だ)
勿論普通の女子とも話すし、普通の女子は親近感を抱くことも多々ある。しかし、この三種類の人間説、いや、二種類の女子説にはどうも違和感のある部分があった。というのは、私は普通の女子を嫌うことはある場合を除いてほとんどないのだが、おもしろ女子と呼ばれるカテゴリーの中にいる一部が猛烈に嫌いだから。その一部というのは普通の女子の中にもいて、それらはおもしろ女子とも普通女子とも違う分類なんではないか、違う人種なんではないかと常々思っていたのです。
そんな矢先に友達(おもしろ女子)と長時間みっちり話したのですが、以下の様な結論が出ました。


「この世には三種類の女子がいる。女子と、おもしろ女子と、危険女子だ」


これだ!これだったのだ!
これが導き出されたとたんに胸のつっかえが取れました。今まで出会ったあいつやあいつやあいつやあいつの正体がすべてわかったぜ!という感じだ。
とひとりで盛り上がってもしょうがないので、これら三種類の女子の説明をいたしましょう。

■女子
・気立てのいい子が多い。
・当たり障りのない子も多い。
・貞操観念や経済観念がしっかりしている
・男性経験数は多くないが、長年付き合っている彼氏がいたりで、男関係で不自由とは思わない。
・初めて付き合った人と結婚などもよくある
・小奇麗、清潔感がある。落ち着いた服装。
・でも女であることで持ち上げてもらわないとゴキゲン斜めとなる(姫様願望)
・「〜の彼女」「〜の奥さん」という続柄が好き
・男の傍らで笑っている、というシチュエーションが多い
・嫌われるという発想は基本的にない
・「私はみんなに祝福されたいの!」(by柳沢きみお「妻をめとらば」)志向

■おもしろ女子
・男と対等にエロ話や趣味話を渡り合う。
・負けず嫌い。せっかち
・でも自分のことに関しては適当。というか大味。
・とくにお金と時間に関して大味。だらしないくらい。
・貞操観念以前に男のセックスの対象に思われることが殆どない。
・男性経験数は多くなく、男関係で不自由(=モテない)と思っている。
・しかし酒呑んで皆で騒いだり趣味に没頭したりして忘れる。
・「こんな自分はダメだ!」などということで悩んだり葛藤することが多い。
・しかし酒呑んで皆で騒いだり趣味に没頭したりして忘れる。
・比較的派手な色の服が好き
・男女問わず嫌いな奴には嫌われても上等。


■危険女子
・「私、男の友達が多くて」とよく口にするし、実際にそうだが肉体関係率が高い
・外見に自信があり、「私は普通の女と違う」と思っている。
・外見に自信はあるが内面に自信はない。
・他人の立場、あるいは男を取りたがる。
・自分から波乱やトラブルを巻き起こすのに事なかれ主義
・お金は出してもらうもの。ただし、男が金がない場合はいくらでも出す
・男性経験数は極端に多いかほぼゼロのどちらか。どちらにせよ男関係で不自由しない。モテる。
・女アピール、セクシーアピールが多い(露出の多い服装、自分から胸の話題など)
・男>>>>>女友達である
・いったんやっちゃうと地獄女となる。しがみつく。
・服装は無地、無難な色なことが多い。
・男都合のために女の友達をむげにするのは得意だが、嫌われることを恐れる。
・自己認識がことごとく間違っている



他にもいろいろ基準はあると思うのですが、今思いついたのはこんなところか。
まあ広い世の中、必ずしも女子がこの3つに分類されるわけではなく、「普通女子と危険女子のハーフ」「おもしろ女子系普通女子」「普通女子、あるいはおもしろ女子を自称しているが中身は危険女子」なんてのもいるわけです。これらの分類どれにも当てはまらないのもいるが、それはおそらく女子ではないのだろう。初潮さんがきている人すべてが女子と言うわけではないからね。
ちなみに、この三女子を三国志に喩えると「危険女子」は魏、「おもしろ女子」は蜀、「普通女子」は呉だと思います。おもしろ女子が一番少数で勢力弱いからな。そして危険女子が一番攻撃的でえぐいことやるし。


で、私などはこの三種類を公平に見ることができません。
とにもかくにも「危険女子」が嫌いでたまらないからです。
今までもこの手の女にはさんざん困らされてきたわー。嫌な思いもさせられてきた。しかもひとりやふたりじゃなくて、何人もおりましたとも。ああ、あいつらまだどっかで生きてんだろうな。知らないし知りたくもないけど。とにかくこういう女には交友関係を乱されたし、こういう女のせいで切れてしまった縁も数多くあったわけだが、ま、それはその程度の縁だったのだろうと思っております。危険女子と手が切れたのだからそんなものはくれてやらあ、と思っておりますよ。
私が危険女子との闘いを終結させたのがもう3,4年くらい前の話で、それからはバリキチの危険女子に鼻が利くようになって危険を察知したら即効逃げたり寄せ付けなかったりしてきたのです。私のテリトリーには危険女子はいれねえぞ、と。あたいのシマでそんな野暮な真似はさせねえ、と。

しかし、危険女子って、バリキチレベルじゃなくてもいるんだよなー
普通女子あるいはおもしろ女子だと思っていた人が実は危険女子だったとわかった時の落胆といったら、もう言葉では言い表すことができません。
なんというか、がっかりしてしまうのだよ。
そのがっかりは、以前「兄ちゃん先輩が風俗行ってた」と知った時に感じた「兄の部屋でエロ本見つけちゃった」的がっかりではない。
もっとダイレクトに、
「あーそうなんだ。だったらここでお別れですね。いい人だと思ってましたけどしょうがないですね」
的なものだ。××××だと判明した時みたいな感じですね。(好きな言葉を当てはめてみよう)
私はとにかく、まんこを使って人間関係で優位に立とうとする女が嫌いなのだ。
もう憎んでいるといってもいい。
それは私が「おもしろ女子」で「もてない」からではない。
私が「私だけがチヤホヤされたいからー」などと願っているわけではない。(昔バリキチ危険女子が「ヤツザキは自分がチヤホヤされたいがゆえに男の友達を紹介しない」とホザいたらしい。聴いた途端に苦笑ですよ。おめーが片っ端から食っちまうからだろうよ)
そういう女がひとりいるだけで、そこの人間関係って腐ってしまうのよ。
まさに「腐ったミカンの方程式」なんですよ。
周りは迷惑を被るわけですよ。

だからどんなにかわいくて、どんなに頭がよくて、どんなに賢くて、どんなに気が利いて、どんなにおもしろかろうが、(逆で、どんなに頭が悪くてだらしなくてダメでたまらなかろうが)私のテリトリー内でまんこを使ってしまった女は、残念ですけど私とは縁がなかったのですね、というかまんこ使って面倒なこと起こした時点で私は縁をもちたくないんで、と手を切っていきたいと思ってます。いや、昔に比べてトゲトゲしてないのでそんなに簡単に手を切ったりはしないし、私はずるい人間ですから本人には「気にしてないよ」とか言いますが、一度そういうことやった人なんだ、てのはちゃんと覚えておりますから。それは取り消せないのだよ。
簡単にまんこを使うということは、そういうことなのだよ。
あなたを信頼していない人もいるのだよ。
皆優しくて残酷だから、それを正面から注意しないだけなのだよ。



って別に誰かに向かってのメッセージでもないし、気にしないでいただきたい。(いや、まんこ使ってもいい場合もあるのだよ当たり前だけど。そうじゃなくて、惨めで安っぽく、明らかに人間関係を壊すようなところで使う場合がいやなのだ)
というか、危険女子は自己認識が違うのだった。
気にしないもなにも、気づかないか。
そもそも女の忠告には耳を持たないのだったわ。「でも」で始まる言い訳を何度も連発して。あーうぜー。




さて、おもしろ女子は明日からまた旅に出てきます。
きわめて普通の女子的な旅なのですが、旅内容(どこに行くのかなど)はおもしろ女子のキャラにかけて黙っておこう。
書くと「凹むわー」「きもい」「ヤツザキにそういうことは求めてない」など苦情を寄せる中学生マインド男子の人たちがいるからなー。
2007年03月05日(月)

あるばーとマイラー

久々に着物を買ってしまった!

私が着物を着るのはスナックwell歌夢の時ぐらいなもんだというのに、何故買ってしまったのか。それは、来週の日曜にゴールデン街のほうでスナックwell歌夢の女将として店を手伝わせていただくから、なのであった。
一介の作業員風情が着物でゴールデン街お手伝いですよ。
すでに持ってるものでも構わなかったんだが、春だし、着物古着でとてもいい色および柄があったからついつい購入。これがまた安いんだ。ああホント、古着愛してる(和服洋服問わず)。
well歌夢以外の時もたまに着るのですが、「着物で従姉妹らとゲーセン」「着物で従姉妹の子供と走り回る、飛び回る」「着物で麻雀」とかしかやってねえ。ひどい。



昨日、後輩君(チャイニーズ)が中国より戻ってきました。
旧正月のために帰省していたのでした。二週間近く毎日朝から晩まで「寝ている時間以外すべて」酒を飲んでいたそうで、100キロ超えて帰ってきた。「フトッチャイマシタ!」と陽気に言っておったよ。見ればわかるっての。土産は見事にブタグッズばかりであった。というのは中国では今年はぶた年なんだと。日本ではいのししだけど中国ではぶた。「俺、ぶた年生まれッス!」てのを聞いたときは自分の体型を揶揄してるのかと思った。
また騒々しい日々であるよ。
中国と言えば、本日、沖縄で知り合った友人が中国に行くのだそうで。
その友人とはなんともまあ不思議な縁があるなーと思った人なんで、中国でもおもしろい縁拾ってきていただきたい。私が願わずともきっと拾ってくるんだろう。そういう人だから。
てかわしも中国行きたいわ。寝ている時間以外すべて酒を飲んでいる生活したいわ。(今日中国に発った友人はそういう生活をしに行ったのではなく仕事しに行ったのだけどね)


そういえば、飛行機マイル。気がついたら20000マイル貯まってました。
国内線で飛び回っているだけでこんなにマイルが貯まるのか!ちなみにANAクレジットで買ってないで、だ。ANAクレジット使ってたら今頃2万どころじゃないと思われる。そこは勿体無いと思うんだが。去年の10月に15000マイル溜まったのでここぞとばかりに沖縄までマイル使って行ってきたのだけど、それから5ヶ月で20000マイル達成て。早!「乗った回数だけマイルプレゼントキャンペーン」や「国内線ダブルマイルプレゼントキャンペーン」のおかげだ。というか12月だけで三往復も金沢に仕事で行ったおかげだ。
ああ、「マイルを貯めたいから海外行きてぇ。いっちょメキシコでも行ってくるか」と口にして、「そりゃ本末転倒だろ!」と突っ込まれていた頃が懐かしい。
15000マイルだと国内線どこでも(といっておきながら離島などを除く)往復タダですが、20000マイルのありがたみとはどういうことなのか。

日本から北アジア(中国、台湾)、あるいはグアムまで往復タダ

キター!
中国までタダー!
台湾と香港までもタダー!
これを知って一気にテンション上がりました。
ちなみに10月で15000マイルを使わないでいたら、南アジア(シンガポール、タイ、ベトナム)までタダだったそうです。そこまで考えてなかったわい。計画的に利用すればよかった。まあ使っちゃったものはしょうがない。でもおいしいなあ。中国行っちゃおうかな。


実はわたくし、昔、JALユーザーでした。「JALのフライトはなんか怖い」という理由でANAに変えたのです。それからANAひとすじ。浮気もせずにせっせとANAマイルを貯め続けておりました。ANAが就航していない路線は「だからといってJALに魂を売るつもりはない!」と拒否し、1時間半で到着するところを新幹線+特急+ローカル線使って半日以上かけて行ったりしたもんだ。アホと言われようがしょうがない。まあここだけの話、一面真っ白の世界/行けども行けども氷点下の世界を見てちょっと後悔したけど。
ANAで不自由することはほとんどない!と思っておりましたが、いくつか不自由することが実はあります。

・バースデー割引がない
・九州行きの便が少ない
・北海道各地への直行便がない
・離島への直行便がない

これは由々しき問題だと思うております。
九州と北海道はJAS天国であったから、統合されたJALのほうに多いのだよ。最近になってようやくエアドゥが北海道各地に飛んでくれるようになって北海道方面の問題は解消されたが、九州は相変わらず少ないなー少ないうえに九州ってスカイネットやスカイマークがバンバン飛んでるのでANAには大変不利な状況であるよ。って別にANAの回し者じゃないけど。
というかこの際、北海道も九州もどうでもいい。少ないけど飛んでるし。
問題は!
離島への直行便がないことですよ!
毎年みやらさんが帰省する際に「一緒に行かない?」と誘われていたわけですが、
「私、JALじゃないんで」
という理由で行けないでいたのだった。
みやらさんの帰省、すなわち「JALでバースデーで帰省」というわけだが、「ということはJAL(正確に言うとJTA)に乗らねばならぬ」というのに引っかかっていたのだった。たいした問題ではないんだが、東京石垣間が1000マイル以上というのを考えると「2000マイル以上も貯まるのにそれが自分のマイルに加算されないなんて!」てのが問題だったわけだ。スケールの小さい女。
というわけで先日、ようやくANA使って石垣まで行ったけど、マイル貯まるなー金もかかるけど。
せめてバースデーさえあってくれたら!
どうにかならんのかANAさんよ。
あと、はるみちゃんにも「奄美帰るとき一緒に行こうよー」と誘っていただいてるが、東京奄美間もJALしか就航していない罠。こっちもJALというかJTAだが。
ホントどうにかしてよANA。JTA買収してよ。


なんて思っていた昨日、たまたま駅にJAL発着便時刻表が置いてあったので暇つぶしに手にしたのだが
J A L や っ す い な
たまげた。「ANA命!」というのが安いプライドだなーと思えてしまうほど安い。
あやうく「ああ、JAL使ってみるのもいいかもなー」と思いかけた。
でもよく見たらマイル換算率もなにも変わらんな。直行便があるからといって「離島も15000マイルでタダ」ってことでもないらしい。そこんとこは20000マイルらしい。あーよかった。バースデーだけは惜しいけど。
というわけでこれからもANAです。おらぁANAと心中するよ。魂は売らないさ。一生連れ添うさ。
ANAだと中国に強いしなーキャンペーンばんばん打ってるし。
でもきっと20000マイルは中国には使わずに離島にあてがうことでしょう。だって香港まで片道1200マイル以上貯まって往復5万以下行けるんだもの。マイル貯めやすいったらありゃしない。


ってやっぱり私は「マイルを貯める為に海外に行き」たい女だった。
本末転倒した魂も売れないで残りっぱなしらしい。
2007年03月02日(金)

身体と漫画と覚悟が足りないだけの関係

3月だー!
1月だろうが2月だろうが3月だろうが大して変わらないんですが、仕事の予定がコロコロ変わってたまりません。もともと不規則であるけども、もっと見通し立ててくれっての。



ところでスピリッツで連載されていた「fine.」というマンガの最終巻が出ていたので購入いたしましたよ。
このマンガは痛い。重い。すえた臭いがする。
http://www.h5.dion.ne.jp/~snngw/
http://www.amazon.co.jp/Fine-1-%E4%BF%A1%E6%BF%83%E5%B7%9D-%E6%97%A5%E5%87%BA%E9%9B%84/dp/4091804098

美大卒の自称アーティスト、上杉(27歳)は夢を追いながらも現実は貧乏で、仕事もなく、ネットラジオでDJをやることだけが楽しみで、そして同じ美大出身の中途半端仲間であるサイトウ(女、27歳)とセックスするだけの関係をだらだら続けている。
その上杉が、大学の同窓会で昔付き合っていた女(会社経営)と再会し、「まだ絵描いてたんだ」と言われてバカにされた、見下されたと絶望するが、なぜかその女が「同居しよう」と言い出して、一緒に住むことになるのだが・・・というのが簡単なあらすじ。


私も27歳です。
美大卒ではないが、大学入って「やりたいことって何か」とずっと考えていて、いちおうあったが「でもその前に社会人をやったほうがいい」とアドバイスを受けて就職活動をし、今の会社に入社したのだった。それが5年前のこと。大学の時は自分がサラリーマンになる姿が全然想像できねーと思っていたし、「俺は就職しないぜ!」という人が羨ましいなあ、私には何もないな、と劣等感に駆られていた時期もあった。
しかし。
今は全然そんな風に思いません。
就職して本当によかったと思っております。工業高校のような会社に入れて本当によかった。
これが普通の会社で机にひたすら向かう仕事で周りの人もつまらなかったらこんな風には言えないのだろうけど。いや、それでもそれなりに楽しくあっぱっぱーにやってたような気もするな。私は「毎日がつまらない」と言う人は自分でおもしろくする努力をしてないのだろう、と思っている。本当につまらなくて最低で息が詰まるような職場もあるのかもしれないけどさ。

そもそも、ハタチやそこらで「やりたいこと」なんか見つかるわけないのですよ。
それは個人差があって、ハタチ前に見つける人もいれば30や40になってから見つける人だっていると思うのだ。さらにいえば、ハタチで「やりたいこと」が27になっても「やりたいこと」であるかなんて保証はない。日々生活環境は変化するし、それに伴って心も変化するもんだ。たとえば私は、以前にも書いたが「文章を書きたい」と願っていたが、今はそれとは違うことをやってみたいと思っている。それは決して「妥協」ではない。諦めたわけでもない。スナックwell歌夢やら何やらをやっているうちに私がやりたいことが別方面に向いただけのことだ。私は私の周りにいるおもしろい人々を巻き込む何かをしたい。そして私にはそれができるな、と実感したわけですよ。だけどこの先、やりたいことはまた変わっていくかもしれない。あるいはやりたいことなんかなくなってしまうかもしれない。先のことはわからない。

話がやや逸れたが、「夢を追う」なんて書けばかっこいいし、おいそれと出来る事ではないから羨望の眼差しを向けられることもあるかもしれないが、その名目を掲げただけで満足しちゃってその他のことをすべて曖昧にしている人間を見ると私は反吐が出る。「夢を追っている」自分に陶酔して、周り見えてないのってどうよ。単にその掲げた看板を下ろすに下ろせなくなってムキになっていると思ってしまうのだ。そんなちんけなプライドに囚われて、見えるもんも見えなくなっている奴なんて私には必要ない。
ああ、そんな奴に劣等感抱いていた自分さえバカらしい!
ま、ハタチやそこらだったからしょうがねえか。
こういう夢追いの人は私のような人間を「社会の歯車」「現実と妥協したつまらん人間」というのだろうけど、バーカ、おまえよりずっと世界を知っているし、おまえよかずっとおもしろい生活送っているっての。ひとりでリュックしょってバックパッカーやってる奴よりずっとおもしろい旅してるわ。おまえらが行きがちな東南アジアの安宿街より田舎の工場のほうがずっとおもしれえぜ。ずっと「生」の臭いがするっての。(すべての工場労働者は凛々しくて偉大だと思う)

27歳と言う年齢は、確かに分岐点であると思う。
私もここ1,2年は大いに悩んだ。このままでいいんだろうかと頭を抱えておったし、 今のままじゃダメだという焦燥感に駆られっぱなしだった。周りの人に「ヤツザキ焦りすぎ」「なんでそんなに危機感持ってるのかわかんね」と散々言われた。ずっと前から年長の友人らに「27になると転機が訪れるよ」と言われていて、25,26の時はそれが私には来ないのではないかと焦っていたわけだ。
、実際に27になる頃には頭で焦っても何も始まらないんだなーと悟りました。動くしかないなーと。動いていけば自然と道は定まっていくなーと。
で、実際そうした結果いろんなことが動き出したし、いろんな人に出会えたし、ああ、私がやるべきことはこういうことだったんだなというのもわかってきた。まだ完全に定まったわけじゃないけど。それでももう腹は決まっている。
私の場合とは正反対で、「夢を追う」なんてのを掲げていた人にとってはその転機と言うのは現実との妥協なのかもしれないけど。他人のことは知らん。知らないが、「腹を決める」「覚悟する」ってのは共通してるんじゃなかろうか。どんなことになるにせよ。



と、このマンガの主人公に対して散々批判めいたことを書いたのになぜこのマンガを「痛い」と感じるのか。
それは、主人公とセックスの関係だけをダラダラ続けるサイトウさんに対して感じるのです。
サイトウさん、痛いよ。本当に痛い。
最初は「部屋が片付けられない女」だとか「やられるためだけに会いに行く都合のいい女」だとか主人公にずさんに扱われても無理しちゃうところだとか、ああ、メンヘルだなあと思っていたのだけど、そうじゃないんだよな。彼女は、美大時代に陶芸ですさまじく奇抜な作品を作っていたんだけど基礎的なことが一切できないという女性。格好も「キューティー」や「ジッパー」系の奇抜ファッションで耳にピアス沢山つけていて、メガネっ子で前髪揃っててという具合。
まあ、「個性派」という格好ですな。ラフォーレ原宿好きの。
しかしこの子はとにかく自分に自信がないのですよ。ないから、主人公が「好き」よりも「嫌われたくない」が先に立つ。それゆえに都合のいい女なのだ。受け身の姿勢でおるのだ。(でも受け身だけじゃどうしようもないので主人公の周りをうろつく。それが相手にはストーカーのよに見える)

あーなんかこういう女の子沢山見てきたなー。

というか、自分にもそういうとこがあったような気がする。

自分が受け身で「嫌われたくない」を先にたたせていた頃のことを思い出すと、とにかくまあ惨めだったという感情しかない。受け身だったり待っているだけの女なんてみっともないと思った。だから私はそれをやめた。受け身や待っているだけの女になるくらいなら恋愛なんかしなくていいと思った。「私には価値があるから!」とお高くとまっているわけではない。この程度の男にそこまでやる必要はないと思ったからだ。相手にとっての「性欲」を勝手に恋愛だと思い込むのは間違ってるし、ちっとも楽しかねえやと思ったから。
女はそれを恋愛だと思い込もうとするけど、そんなのは絶対に無理が生じるわけですよ。
女にとっては性欲は恋愛に変化しやすい。でも男にとってはそうではない。そうではないことをちょっと知っちゃったりしていると余計につらい。しかもみうらじゅんが書いてたけど、「男は性欲でも、恋愛のドキドキが感じられるようなそれを好むからタチが悪い」んだよな。

恋愛なんかもうしたくない。もう人を好きになったりしたくない。
私はここ2年くらいずっとそう思ってた。何度かこの日記にも書いたけど。
それは恋愛と言うものが「自分がみじめな思いをするもの」だと思ったから。受け身にさせられるものだと思ったから。正直に言いますと、男の性欲が怖いとも思った。男の性欲に期待してしまう自分にがっかりもした。あれに打ちのめされたりするのはたまらんな、もう二度とごめんだ、と思った。男の友達とバカ話で勃起だのこのちんぽなめーだのなんだのいって笑い飛ばすのは一向に構わなかったんだけど、昔の男に今付き合ってる奴いるのか的なことを聞かれた時は吐き気を催したほどだ。げろげろげろ。
まあ、そんなことはどうでもいい話だし、殆ど忘れ去ったことなのでいいのだけど、今はレイジ・アゲインスト・恋愛などとは思っていない。性欲があるのもしゃあない。そしてその性欲によって惨めな思いにさせられることもない。その頃は、自分に自信がなかったから、そいつにしがみついていたから惨めとか感じていたんだよなー。「嫌われたくない」が一番先にたっていたから、何かがあると「嫌われた!どうしよう」って慌てていたのだった。嫌われないようになんとかせねば、と躍起になっていたのだった。
しかし振り返ってみると、好かれたから嫌われないように保っていただけだった。
自分から選んだり、好きになっていたらそうは思わない。

今後、もし、
「性欲なくなったから、はい、サヨウナラ!」
と言われてもあんまり惨めな思いしないだろーなー。実際はどうなるかわかんないけどそんな気がする。そうだよなーあなたにとってこれは恋愛じゃなくて性欲だったんだもんなー、と思っちゃう気がする。
きっと泣くとは思うけど。みっともないくらいに泣くと思うけど。
いくら自信をつけても、自分で選んだ男だろうと、自分にとっては恋愛だろうと、それが相手にとって性欲なのか恋愛なのかよくわからないことで、私は自分がどうしようもなく女であることを実感する。




ってfine.の話だったな。
あやうく話を切らせてしまうとこだった。
こんなことを散々書いても主人公・上杉みたいな男になびいてしまう女は多いんだよなー

・自称アーティスト
・夢がある
・貧乏
・伸ばし放題の髪(ちょんまげのように結っている)
・無精ヒゲ
・メガネ

こういう男好きで尽くしたり貢いでしまう女、何人か知ってますよ。
上記のような男が好きな女は今すぐ読んだ方がいいよ「fine.」。あと同僚の男らや元同期の男もこのマンガ好きな人多いので、男も読んでみてはいかがか。ただし、同僚らと私の読み方は全然違うけどね。私は上杉の自意識過剰ぶりや自己嫌悪しているようでへんにポジティブなところに腹が立ってしょうがなかったけど、彼らにはそれが好印象だったみたいだ。最後は「ウゼー」と言ってたが。
2007年03月01日(木)

アイム・ノット・ダウン(オレオレ主義に対して)

わたくし、図々しくも人の夢に出現したらしいですよ。
しかも20歳のギャルの夢にだ。
わざわざメールで「昨日の夢にヤツザキさんが出てきたんですよ」と教えてくれたのだった。ありがたし。
で、肝心の夢の内容はどんなものだったのかというと(以下転載)

>どっかの呑み屋。
>みんなでヤツザキさんお薦めのイカを食べるの。
>あたしは西村と恋愛話をして
>ぼーずくんがみんなの茶碗にイカをよそう係。
>ヤツザキさん「ななこチャンも食べて食べて〜おいしいから!
>しかもコレ保険きくんだよ〜!」
>
>イカに保険きくことにビックリして飛び起きて爆笑。

爆笑はさておき、保険きくってのを実際に口にはしないと思うのだけど、なんか夢っぽくない話だな。
これに準ずる無責任発言はするし。
て、私、イカのお薦めは知らないのだけど。イカ好きではあるけれど。
この夢の話を聞いたら無性にイカ墨汁が食いたくなりました。
食いてー!



はてさて、話は変わりますが、人間関係というものは大変難しいなあと思う今日この頃。
私は属性で語りたがる人が苦手だ。
って書くとわかりづらいが、要するに帰属をすべてだと思っている人な。その中には肩書きで生きている人も入る。私は肩書きがないのでそれで大変苦労したり、帰属をなんとかして手に入れなければ!と奮闘したことがあったがそれは大変バカらしいことだということに気づいてしまったので今は比較的平穏だ。私はしがないサラリーマンですよ。それでいいよ。どんなにあがいてもそれ以外の何者でもないしな。
社会的帰属はこの際どうでもいいし、「〜の友達」「〜の恋人」「〜の夫(あるいは妻)」的な帰属もまあいいとする。実際にはどこに帰属していようが個人は個人であるので、帰属があろうがなかろうが関係ないことだと思っています。
ただ、私が厄介だなあ、とか、面倒くさいなあ、と思うのは

「帰属に則って関係を築こうとする人々」

である。社会的帰属に則って関係性を持とうとしてくるのはまあしょうがないだろう。
しかし、個人と個人の関係ってゼロから始まるはずなのに、帰属に則って、というか乗っかって関係を築こうとする人はいきなり図々しいところから始まったりする。話がわかりづらいが、要するに
「〜の友達だから失礼な態度をとっても平気」
みたいなやつのことですよ。
おまえの友達とは随分前から仲良いけど、おまえとはついこないだ知り合ったばっかだろう、なのになんでそんな図々しいんだよ、みたいなのはつらいなあ。私も会っていきなり打ち解けるなんてのはよくあるし、打ち解けたらいきなり図々しく話す時もあるけれどさ。でもそういうのってフィーリングとか、雰囲気とか、ウマがあうなどがあってこそ成立するものだと思うのですよ。
ウマも合ってない状態なのに
「私、〜の恋人ですから、〜と同じように接してもいいわよね?」
「俺、〜の恋人だから〜と同じ言い方しても文句ないだろ」
みたいなことを強要してくる人は本当につらい。いや、本人たちからすれば決して強要ではないのかもしれないけど。単に接する自分のほうが違和感を感じて、勝手に気を使って勝手につらいと感じているだけなのかもしれないけど。
百歩譲って勝手に心を狭めているのは接するほうの自分だとする。
そうだとしても、「狭められている」という事実に対して気を使わないんだろうか。私は「あ、気使われてる」なんて気づいちゃったらその場に居づらくてしょうがないけどなあ。
それはまあ、先日友人に指摘されたけど、私が「変なところで自意識過剰」だから感じることなのかもしれないけど。

そうだとしても、私は「人に気を使わせる」人間にはなりたくないんだよなー。
自然に、皆平等にわいわいとしたいのだよ。そういう雰囲気を自然に作ることができる人間になりたい。
よく話の中心になりたがる人がいるけれど、話も中心なんてなくて構わないと思うております。気持ち悪い平等主義(世界で一つだけの花のような)ではなく、本当に心から「俺が」「俺が」「私が」「私が」の人間が嫌いなんだよ。オレオレワールドの人間には屈しないと心に決めておりますので。あんな奴らのいいように世界を回すつもりはこれっぽっちもない。

先日もローカルな呑みの場でオレオレな女子が「さあみんなで私の話をきいて!」とばかりにオレ節を披露しておりましたが、私は彼女のことは嫌いではないけれど、こういうところは認めちゃいけないと思った。違うと思うことには屈しません。気を使えることが大人なのかもしれないけど、間違っているものは間違っていると思う。そして受け入れられないことだってあるのだ。だから私はその話をほとんど流し続けていたわけだけど、それはそれでしょうがないと思って欲しい。
全ての話、すべての感情が万人に通用するわけではないですから。それはこの日記とて同じことだが。



なんかまあ、いろいろと目まぐるしく変化する日々が続いておりますが
変化ってのは外から来るもんなんだなーということを強く実感した一日でした。
その変化は取り様によってよかったりもするし、悪かったりもする。人によって交通事故だったり、道でお金拾っただったりもする。私にとって今日の話は笑っちゃうくらいにラッキーな話だったな。もう、おもしろい方向に話が転がってるなあ、と。人生はネタだ。
って、周りはそうでもない人多いからあんまりラッキーとは騒げないが。
しかし先輩(この日記に出てきた兄ちゃん先輩)には
「アンタ、喜びすぎ」
「テンション上がりすぎ」
と怒られましたよ。そんなにテンション上げてないはずなんだがなー
しかし喜びというものは滲み出るものだからしょうがないのかもしれん。
2007年02月28日(水)

私をカイホウしてください

私がインターネットなるものを始めたのは2000年前後のこと。
その当時のインターネットといえばチャットと掲示板が大流行で、わたくしも何個かのチャットルームおよび掲示板に出入りしていたものだ。ブログやSNSの台頭によってそれらはきれいさっぱり廃れたわけだけど、その当時はどこの誰ともつかぬ連中と気軽に話していたな。
そういう海のものとも山のものともつかぬ人々の中には、いい人もいたしおもしろい人もいたけれども、圧倒的に多かったのは
「イタイ奴」
である。
イタイにも「HNがダサイ」「ブスのくせにいい女気取り」「ヒョロヒョロなのにマッチョ気取り」などいろいろな方向性があったわけだが、私がもっともイタイな、と思った、そして今でも思っているのが

「ネット上だけ威張ってたり強気だったりする奴」

だ。
ああ、そういう奴がこの世に存在すると思うだけでイテェ。うぜー。
まあ、2ちゃんねるに匿名で書き込んでいる連中はすべてそうだと思っていますがね。
そもそも「書き捨て」のスタンスが気に食わない。
自分の出自も名乗らんで(名乗ってもたかが知れてるが)偉そうなこと言ってるんじゃねえよ、お前、人と関わってないから口の利き方知らんのだろ、と思うわけです。で、こういう自分の世界しかない奴って人との関わり方しらねえから失礼以外の何物でもないことを平気でするんだよな。
あとこういう連中の特技は「あげ足取り」な。ああ、ウゼー。そんな連中と関わりたくねー。私の世界には必要ねー。

何が言いたいのかと申しますと、掲示板にこういう書き込みがあったわけです。

>(無題) 投稿者:絶対匿名 投稿日: 2月24日(土)15時55分7秒
> 2月25日の「girls’ typhoon #3」は遠藤遊佐さんは来られるんでしょうか?


匿名キター。
そして礼儀知らずキター。
あと、こういうバカってなんで自分に必要な情報だけ取り入れようとするのかな。
2006年2月25日に確かにgirl's typhoon #3は開催され、私はDJとして出演しましたよ。
HPのトップページに未だその情報を貼っていた私もよくなかった。それは申し訳ない。
しかし、ちゃんと
「お知らせ(2006/2/20)」
と書いてあるのだ。
どこの世界に2006年2月20日に「2007年2月25日にDJをやる」と告知するバカがいるんだよ。頭使えよ。ネットの情報垂れ流しの連中って明らかに頭悪いよなー。
で、どこらへんが礼儀知らずなのかというと仮にも私の掲示板なのに、いきなり「遠藤遊佐さんは来られるんでしょうか?」というあたりだ。
知らんがな。
自分で本人に聞けよ。
遠藤さんとは確かに友人だし、「スナックwell歌夢」にも出演してもらったことがあるが、彼女とはしょっちゅう会っているわけではないし、連絡を取り合っているわけでもない。私からいろいろと誘うこともない。
なのに私にそんなことを聞かないでくれ。
彼女のサイトは人気AVサイトであるので、そこからうちに飛んできてくれる方も多いことだろう。ありがたいことです。しかし、一部の人間に「遠藤さんの予定を聞けるサイト」などと思われるのは癪だ。ここにはAV関連情報はないからな。

しかしまあ、そんなことをいきなり書くわけにもいかないし、2007年2月25日にガールズタイフーンは開催されないので私は以下のように書きました。

>取り急ぎ 投稿者:ヤツザキ 投稿日: 2月25日(日)15時39分6秒
> 2月25日はガールズタイフーンないですよー
> あれは1年前の予定です。
> 申し訳ない

そしたらこのような調子に乗った書き込みがありましたよ


>(無題) 投稿者:絶対匿名 投稿日: 2月25日(日)19時01分25秒
> 一年前のものはさっさと消しとけ!!バカ!!



うるせえよ。
お前のよな匿名しか名乗れない(しかも絶対つき)チンカス以下の存在に命令される覚えもバカよばわりされる覚えもないわ。私の人となりを知っている連中は「ヤツザキはなかなか更新しないから」と知ってるんだよボケ。勝手な勘違いの果てに人を罵倒するんじゃねえよ。これだからネットで威張っているバカってのはタチが悪いんだ。
いや、これはネットで威張っているバカだけではない。
私の職場にいる気持ち悪い男も自分で勝手に勘違いしといて、「それ違いますよ」的な指摘をすると相手を怒鳴り散らしたり話を摩り替えて自分が上に立とうとする。ああ、勘違い罵倒は「キモい奴の自己防衛策」か。正確に言うと自己防衛、ではなく、「おのれの根拠なくムダに高いプライドの防衛」か。この世の中でもっとも無用なものですよねそのプライド。産廃以下。
大人な方々は「キモくしか生きられない奴もいるんだよ」とか「しょうがないよね」とか「穏便に済ませましょう」と言うけれど、残念ながら私は大人ではありませんのでそんな風には思えません。
絶対匿名が気持ち悪くてしょうがないです。
どこかで生きていてもいいけれど私のサイトには今後一切足を踏み入れて欲しくないし、見て欲しくもありません。頼むからもう来るなよ。ネットだからできないけど塩まきたい気分でいっぱいだ。て、絶対匿名が誰だか見当ついてるけどな。IP晒すとかそういうことはしないけど。(昔の男がその手のことやってたなー。どうでもいいことを思い出した)
今後、「スナックwell歌夢」に遠藤さんが出演するとなっても来ないでください。お願いします。
「名乗ってないから行っても平気だろう」などと思っていたら大勘違いですから。私の人を見抜く力をなめんじゃねえぞ。きもかったりやばかったりする連中を見抜くのは名人芸の域ですから。(複数人数のお墨付き)




ああ、胸糞悪いことさんざん書かされたな。気分悪ぃ。
ところで昨日、連れ合いの方が「酒癖が悪いと注意されて落ち込んだ」と言っておりました。
私からすると全然悪いとは思いません。ていうのは、私の周りはどんだけ酒癖悪いんだよ、という人たちしかいないからであります。(自分含む)
昨日も飲みに行ったわけですが、自分でも忘れていた、自分の酒癖の悪かった頃を思い出さされてしまったよ。

「ふぁる姐の家の廊下で、右手を伸ばしながらうつぶせで行き倒れのように倒れていた」
「石垣島のバーで飲んだ時に、襟首を掴まれながら強制退出させられた」

・・・・。
覚えてないようで覚えているし、覚えているようで覚えていないですとも。
あと自分で覚えている限りの泥酔記憶

・酔っ払って品川の路上で寝ゲロ(同僚の新品の靴を汚す)
・酔っ払って乳丸出し(翌日ワンピースが千切れてた)
・酔っ払って鶯谷駅で阿鼻叫喚レベルの号泣(両脇を抱えられながら強制送還)
・花見で酔っ払いすぎてトイレから落ちて足捻挫
・会社の飲み会で部長に「ハゲ」連発してそれ以降口を利かれなくなる
・酔っ払いすぎて仕事を遅刻(比較的よくある話)
・男5人を相手に義理マンを熱く語っている途中にバタンと倒れる

酒癖が悪いとはこういうことを言う。
たぶんこれ以上にいろいろあるんだろーなー
あんま覚えてないけれど、こういう泥酔した翌日は必ず自己嫌悪に苛まれていたことだけはよく覚えておりますとも。「ああ、もう今後一切この人たちとは呑めない!顔も合わせられない!」と死ぬほど頭抱えて(単なる二日酔い)、その翌日以降はまた同じメンツで呑んだりして、また泥酔→自己嫌悪の繰り返しというのが私の王道パターンだ。
しかし最近は泥酔しなくなったな。泥酔しなくなった理由は

1.翌日朝から仕事があることが多いから
2.分別がついた
3.周りが泥酔しすぎだから

のどれかであろう。今は圧倒的に1ばかりだけど、3もなかなか多い。泥酔して潰れている友人を何人見たことか。友人だけでなく、私は幼少の頃から父親というもっとも酒癖の悪い人間を見てきたのだったよ。
父は酔っ払うと「おまえに一つだけ言いたいことがある」を10回くらい言う人間でありますよ。全然ひとつだけじゃないっての。「酔っ払って歌舞伎町で人殴る」なんてのもあったな。警察に呼ばれてた。一番よくわからなかったのは
「酔っ払って私の部屋のドアノブ(外側)に縄跳びを巻く」
というもの。
何がしたかったのだ父よ。
そんな父の血が流れてるんだよなーそら泥酔者だわ。間違いないわ。

最近は泥酔者を介抱するほうばかりやってますが、久々に介抱されてぇな。泥酔して迷惑をかけたいものであるよ。ハメを外したいもんだ。分別とやらから解放されてぇな。
誰か!久々に朝まで呑もう!
(ってあれ?話がずれてら?)
2007年02月26日(月)

博多弁・ストライクス・アゲイン

2月終わりの週末、皆さんはどうお過ごしでしょうか。
わたくしは金曜は水道橋、土曜夜から日曜朝にかけては六本木におりました。
水道橋と言えば後楽園ホール、六本木は、あんま行かないがクラブでも行ってたのかと言うとそうではなく
夜間作業と深夜作業でございましたよ。六本木なんかヒルズの中にある会社ですよ。
2日間とも酒呑めず。せっかくの給料日後なのに踏んだり蹴ったりだ。
まあ、ヒルズ作業後は先輩やSEらとラーメン食いに行き、そこでビール呑みましたがね。余談だが六本木てラーメン屋がどこにあるのかてんでわからねえ。やっとの思いで見つけたラーメン屋はカウンター席のみなうえにガングロ男とデブ女が何を血迷ってかカウンター席で似顔絵描いてもらったりしてた。我々は4人だったが皆、その光景を見て脱力。別の店に行きました。で、長時間すきっ腹のところにいきなりビールとこてこてラーメン流し込んだら具合悪くなった。
そんなわけでサンデーアフタヌーン、見事に疲れマラですよ。マラないけど。
疲れマラって正式な言葉なのか気になったので検索してみたら以下のような記述が。

>疲れマラ つかれまら
>
>激務の後や徹夜明けなど非常に疲れている時、性的刺激の有無に関わらず異常に勃起すること。
>医学的には、疲れている時は神経が過敏になっているため勃起するとのことだが、身体が異常に
>疲れると脳が「生命活動の危機」と錯覚し、種の保存の為、本能的に勃起する仕組みになって
>いるという説もある。

その通りよ!(板尾の嫁風)
勃起しないけど。マラないから。



今日書く話はそのヒルズ企業のほうではなく、金曜の夜間作業で訪れた会社のほうのことでございます。
その会社の仕事の話は、うちの会社の九州支社からきた話なので粗方予想済みだったのですが、九州に本社がある会社でした。
去年の2月に初めて福岡を訪れた際、あまりのきらびやかさ、人の多さ、飲み屋の多さ(これは九州どこ行っても思うことだが)、風俗店の多さに「うあー、福岡は東京、大阪に次ぐ大都市であるなー。名古屋を軽く凌いでいるわ」と思わされたので、九州に本社がある会社があってもさほど驚くことではないのですが、さすが九州本社の会社、東京支店も九州人ばかりでありましたよ。細かい出身は知らないが(「熊本に彼女残してきて〜」なんて話をしていた人がいたので、福岡に限らず九州全般なんだろう)、喋り方がもう違う。露骨に九州弁ではないんだが、なんつーかイントネーションが九州弁、とくに博多弁なんである。
で、久々にこう思ったわけだ。

博多弁ポワーン

うあー去年の石井監督おっかけ時以来の再確認ですよ!
なんなんでしょうね、私のこの「博多弁萌え」は。
外見はどうでもいいのである。私も作業中であり、ずっと機械とPCとケーブルと格闘していた為下向きっぱなしで、一体誰が博多弁で話していたのかはさっぱりわからん。複数いたし。カンニング竹山のような外見の人がいたがあれは確実に博多弁話してたな。知らんけど。竹山が福岡だから勝手に言ってるだけだけど。
当たり前だが竹山なんざあ好みではない。
「博多弁を喋る男」がいいんではなく、「男の喋る博多弁」がいいんだよなー
耳に心地いいのだよなー
「女の喋る博多弁」は実は未だ耳にしたことがないのだけど、「博多弁を喋る女の子のAV」というものが存在するのだからきっといいのだろう。誰かそのAV貸してくれ。
なんというか、
「言葉数が足りない」
感じがいいですよ。
言いたいことを余計な装飾ナシで直接ずばっという感じのイメージだ。
語彙が足りないとは違うんだよな。博多弁は、めんどくさい言い回しなんかがないような感じがするのがいい。いや、実際にはあるのかもしれないけどさ。
博多弁を喋る人間の中にも饒舌な人はいるのかもしれないが、私の中では「口下手」なイメージがある。会社の同期に北九州人と福岡人がいて、こないだある飲み会の場で久々に話したのだけど、圧倒的に口下手なんだよなー。もどかしくなるくらいに。口下手といっても全然喋らないのではなく、喋りはするのだよ。会話が止まってしまう訳ではないのだよ。しかし確実に独特のテンポが存在する。そしてそのテンポがいい。どんなにダメな男であろうとそれにかしずいてしまう九州女たちの気持ちがちとわかる気がする。
「酒飲みで威張り散らしてどうしようもないけど、でもほんとは優しいのよ〜」
などと殴られても言ってしまう女の気持ちもわかる気がしてしまう。いや、私は酒飲んで暴力振るうような男は大っ嫌いだが。やられたら確実に刺し違えるが。

こないだ夜中にテレビを点けたら「好きな方言ベスト10」なるものがやっていたのだが、一位は京都弁だってさ。女の子の話す京都弁がたまらんのだと。ケッ。私は京都弁ってお高く留まっている感じがして好きじゃないな。関西弁を喋る女の子はかわいいが、私がかわいいと思うのはおそらく京都弁ではない地域のものだろう。
わたくしのように東京生まれ東京育ちはそういう言葉がねえから憧れはするけれど。言葉遣いが悪いとはいつも言われるがしょうがねえ。あ、しょうがない、でした。

関係ないが前述の同期の福岡人は仕事忙しいなどと言いながら
「月9の『東京タワー』毎週見てて、もこみちになった気分になっちゃうんだよねーうちの母ちゃん、元気だけど倒れたんじゃないかって心配になっちゃうくらいだよ」
と言ってました。
月9毎週見られるんなら忙しくねえだろ。
そんな彼は貴花田似です。(貴乃花というより貴花田)




ところで、その金曜日の作業、全国何拠点を同時に行うので、ネットミーティング(マイクロソフト標準のチャットのようなもの)を利用して進捗連絡を取り合っていたのですが、ある作業工程にて「確認が取れた人は返答お願いします」という要望がきた。
それに応えて、全国に散っている作業員たちが「確認しました」というのを一斉に返したのだが(ログは全員分見られる)
「確認しました」
「確認しました」
「確認しました」
「確認しました」
と皆が返している中、西日本のどっかの支社に入っている人が

「確認しますた」

と返していたのが笑った。
い・け・な・い2ちゃん用語マジック。
こんなところでそんな言葉遣いをしちゃいけない。いけないよ。
2007年02月25日(日)

I don't Think 躁(even 鬱)

Jマスシスのライブに向けてダイナソーを聴き返すという作業を行っておるのですが、ダイナソーの数々の名盤の中では地味な感のある「ウィズアウト・ア・サウンド」が素晴らしすぎる。



私の本当の意味でのリアルタイムのダイナソーは「ホエア・ユー・ビーン」とこのアルバムなのであります。グリーンマインドより前は遡って聴いたのだ。ホエア・ユービーンは今でもよく聴き返すのだが、このアルバムは何年も聴いてませんでした。
5年くらい前に「ガチンコファイトクラブ」で、必ずエンディングになるとダイナソーの「オーヴァー・マイ・ショルダー」が流れるという珍現象があったのだけど、その時に聴き返したくらいしか覚えがない。

しかし改めて聴くと本当に本当に素晴らしいのですよ。
なんというか、Jがいろんなことに対して「諦めた」感じが伝わってくる。期待することも、後悔することも、何かを感じることも、誰かと気持ちや感覚を共有することも、そういうすべてをまるごと「もういいや」と投げ出しているかのような感じだ。自分の中にくぐもっていたモヤモヤを、そのまんまの形で投げ出してしまっているかのような荒削りぶり。投げやり。Jマスシスはいつでもヨレヨレだが、そのヨレヨレ感がこのアルバムは特に強い。ヨレヨレどころかボロボロだ。この頃のJには何かよからぬことがあったのかもしれない。心が平穏ではなかったのかもしれない。そういえば、このアルバムはほぼ全てのパートをJが演奏していると言うのも、「諦めた」感を増しているな。

でもJの素晴らしいところは、そんなヨレヨレでボロボロであってもそれが完全なネガティブには見えない/聴こえないことだろう。同じことをカート・コバーンがやったら完全に重い。つらい。絶望一直線だ。
「諦めるイコールおしまいではない」というスタンスがJの中にはあるんだろう。
「みんなの痛みを感じる/次に無感覚になる」という印象的なサビの「feel the pain」から始まるこのアルバムは、何もかもを皆、いや、相手に合わせる必要はないんだよなー、てか合わせられない自分を認めて諦めちゃえばいいじゃない、と語りかけてくるようだ。
「I don't think so」という曲がとてもいい。ヨレヨレな唄い出しから、小気味いい疾走感から、心地よいメロディーからすべていい。
対訳を読んでいると英語の言い回しでは違う言い方らしいんだが、そのまんま「自分はそうは思ってない」という意味のほうがしっくりくる。
自分はそうは思ってない。そんな風には思っちゃいない。それは決して恥じることでもないし、申し訳ないと思うことでもない。だってそんな風には思ってないんだもの。
自分が思っていることが自分の真実だ。たとえ世界の真実としては間違っていようとも。誰の賛同も得られないとしても。あなたの思っていることとは遠い隔たりがあったとしても。



全然話は変わるが、久々に自分の掲示板見たんだけどレス全然してませんでした。
すいません。今日はちと用があるので書けませんが、明日はレスしますよ!
マジですから!ウソじゃありませんから!
わたくしの掲示板は未だt-cupという7,8年前で時が止まっているよなものなんですが、過去ログ読み返すとおもしろいなあ!2004年の書き込みが残っていたりして。
かなまら祭り行った時のレスが残っていたりするよ〜
今年は久々にかなまら祭り行くつもりだったので(アブさん、というかナジャさんと再会したので)おもしろかった。
というわけで明日はマジでレスしますので何か書き込みいただけるとこれ幸い

http://6426.teacup.com/8thekey/bbs
(って書く時に限って誰も書かないんだよなーそういう掲示板なんだよなーここは。未だ小学生マインドのままだし)
2007年02月22日(木)

字読みづらい!けどメッセージフォームです


股・戯れ言 / ヤツザキホームページ

My追加

人気サイト