股・戯れ言


BBS

リアル鉄子の旅 秘境駅眺め二本場

(前回の続き)

そうは問屋が卸さないのです。
問屋って誰だ?俺だ。


翌日、9月24日
昼間に友人と電話で話していて、急に思いついたかのように長野県に出かけることにする。
ほんとに思いつき。思いつきの機動力はすごい。
目的は、鉄子を読んでいる人にとってはただひとつ。

飯田線に乗りたい━━━━(°∀°)━━━━!!!!!!!!!!

これだけです。それだけのために高速バス乗車。
友人と落ち合ってまずは呑み。飯田の日本酒は喜久水率95%くらいなんだが、この日行った店ではなぜか沖縄気分を引きずって泡盛ばかり。しかも沖縄では全然飲まなかった「時雨」をよく飲んだ。今まであまり注目して見ていなかったのだけれど、時雨はラベルがかわいいのだな。
泡盛をたんまり飲んだ後に、満を持して「大信州」
超辛口の純吟だったのですが、これが口当たりが素晴らしくよい。スキッとしていて、無駄がない。キレ味も抜群。
これは美味だなーいくらでも呑める。超辛口ということでいろいろな覚悟をして口にしたけれど、辛口なことはあまり気にならず、とにかくスッキリした酒だった。水がいいんだろうな。あまりスッキリばかり強調していると「じゃあ旨味はあまりないのか」と突っ込まれそうだけど、スッキリしているのに米の旨味も十分堪能できるからすごい。
口の中にアルプス山脈がそびえたち、、そこから広大な平野に澄んだ川が広がるかのよう。まさに大信州。

その後は地方で飲むといったらスナックにいかなきゃ始まらないってんでスナックへ。
といってもどこが行き着けとかは何もないので、適当に選んだのは「モンブラン」という店だった。
なんとなく「紋舞らん」っぽいからくらいの理由。
ちょうどマスターが帰るところだったので「あ、もう閉店ですかね?」と尋ねたところ
「いやぁさあ、客が来ないから今閉めようと思ってたところなんだよねええ」

↑なぜおもしろくもなんともない一文をわざわざ太字にしているのかというと、
このマスター、とてつもなく声がでかかったのですよ。この声のでかさを表現するには文字をでかくするか太字にするかしか思いつかん。とにかくデカい。私も声デカイと散々言われてきたが、私の声のデカさなどは平幕力士、よくて小結くらいなもんだった。
このマスターが横綱であるならば。
そしてマスターは話好きなんだろうか、いろんなことが飛び出す飛び出す。

「飯田は香川県より大きいんだよ!」
「飯田にある飲み屋の数は全国2位」
「飯田には沖縄の人が多い」
「俺はゴスペルを習っている」

溢れる飯田愛、そして声のでかさ納得。
スナックなんでウィスキー水割りをずっと飲んでいたのだけど、マスターの厚意で「夢想仙楽」という焼酎をいただく。
これが焼酎なのにほぼ洋酒。
聞けばシェリー酒を漬けた後の樽で熟成させているらしい。そりゃ洋酒の味がするわな。
焼酎のクセが好きになれずにいたのだけれど、これはいい。私もやっと焼酎に一歩近づいた。


という具合に大酔っ払いナイトだったので、翌日起きることができないんではないかとヒヤヒヤしたが、
なんとか午前中に起床。鉄ならば早起きをしなければならなかったのだけど、早朝に起きることが不可能なことはあらかじめわかっていたので寝る前に時刻表を見ておいたのだった。
なんつっても飯田線は2時間に一本だから。
酒が残ったまま、駅へ。
電車の中で駅弁を食おうと思ったのだけど、「飯田駅には駅弁は売っていない」と言われたのでユニーで炒飯弁当を購入。
乗り込んだ後、弁当を食おうとしたらスプーンも箸もついてなくてあせった。
が、友人が機転をきかせて箸を二膳貰っておいてくれたので難を逃れる。

さて、今回の飯田線乗車の目的は、本来は「秘境駅で降りてみたい」だったのだけど
秘境駅で降りた場合には容易に戻ってこれないことがわかっていたので、秘境駅を通り過ぎてみる、にとどまる。
ちなみに秘境駅というのは

「秘境駅(ひきょうえき)は、山奥や原野など、人里から離れた箇所に所在する過疎地の鉄道駅を指した鉄道ファンによる呼称。
鉄道路線と集落までの間に距離がある、登山などの目的の人が利用する、昔は集落があったが過疎化により消滅したなどの理由によって、人家のほとんどない地帯に存在する。当然、日常的に利用する人はほとんどおらず、また列車の停車本数が少ないケースが多いが、一部の鉄道ファンには人気がある。しかし日常的に利用する人がいないことから、昨今では駅や場合によっては路線自体が廃止される事が多く、そういった秘境駅は減少傾向にあるといえる。」(ウィキペディアより引用)

のことでございます。
「鉄子の旅」にもよく出てくるのですが、秘境駅といったらなんつっても牛山隆信氏の
「秘境駅へ行こう」
なんですよ!これはスゴイ!見ているだけで秘境駅に行きたくなる!(人差し指を激しく振りながら)
この「秘境駅へ行こう」のページを見ればおわかりになると思うのですが、
飯田線は全国屈指の秘境駅を有する路線なのです。
秘境駅ランキング1〜10位の中に2駅も送り込んでいるのは飯田線だけだ。北海道だって叶いやしない。
そんな人里離れたところにひっそりと位置する秘境駅、飯田駅からもさぞ遠いのだろうと思っていたのですが・・・

飯田からは1時間以内で行けるのな
しかも天竜峡を越えたところからはすべて秘境駅という素晴らしいロケーションなのだ。
おそるべし飯田線。

とりあえず、我々は「平岡」という駅を目指すことにしました。
この秘境駅銀座の中ではまだ大きい駅らしい。始発も出るし終点でもあるし、特急も止まるし。
天竜峡までは普通の町並み。若干畑が多くなるが、天竜川もまだ暴れ狂ってないし、天竜峡なんか駅にライン下りの船頭さんの格好をさせられたマネキン(バタくさい顔)が置いてあるしで十分観光地である。
しかし、天竜峡駅を出発し、トンネルを抜けるとそこから景色は一転する。

天竜峡駅


トンネル

千代駅


なんだこの差。ちなみに進行方向に向かって左側は全部ガケで、右側は天竜川ギリギリ。
こんなとこを6区間も進んでいくのです。トンネルばかりなんだけど。
トンネルとトンネルの間にかろうじて駅があり、その駅は崖ぎりぎりのところにへばりついているだけ。あたりに人の気配はない。
ちなみに千代駅は秘境駅だったけど、歌謡曲のカセットのようなものが流れているのが、僅かに停車した時に聞こえてきた。
天竜峡下りを終えた人たちらしき人たちを乗せたワゴン車が止まっていたから、いちおう客寄せのつもりだったんだろうか。

この区間にはもちろん秘境駅でない駅も含まれておりました。
ひとつは門倉駅。横に泰阜ダムと発電所がある。長野在住の友人が「ペログリ知事はここに住民票を移そうとしてたんだ」と教えてくれた。秘境駅ではないと言っても人の影はあまりないんだが。
もうひとつは温田駅。ここでは高校生がたくさん下車していきました。白線流しを勝手に連想してみた。

それ以外はすべて秘境駅。とくに印象的だったのは為栗という駅か。
吊り橋のようなものが見えたけど人がまったくいないから、朽ち果ててそうだ。こえー。
駅よりも何よりも、一番印象に残っているのは天竜川なのだけどね。とにかくでかい。雄大。日本にもまだ大自然は残っているんだなー。これぞ手つかず。あと天竜川ってサンダーストームがものすごく起きそうで、すなわち強そうだ。チョップとか効くぜ、絶対に。
ちなみに田本駅には男性がいたけど乗ってこなかった。あれは間違いなく鉄ヲタだろう。

そして平岡駅。
天龍村(それにしてもこっちも強そうな村だな)というところにあり、このあたりにしてはデカい駅なので、駅舎も立派。
駅舎に温泉と宿泊施設がくっついていて、こーれは温泉に入るしかないだろう、と思われたが、私に月のモノがきていたので温泉入浴断念。
かわりにせっかくなので天竜川の近くまで行くことにする。駅からも川が見えるのですぐ着くだろうと思ったんだけど
実は、高低差がハンパないのだった。傾斜60度はあったねありゃ。
民家と民家の間の細い階段をすりぬけて(まるで「転校生」のようでした)、道をくだってくだっていっても人のいる気配がまったくない。全部廃屋?ゴーストタウンなのかね、と思ってたら、川近くのゲートボール場(ここも平地ではなかった、難易度高)にお年寄りが大集合であった。日曜の昼下がりだったからね。

橋を渡ってなんとか河原についたものの、河原は石っつーか岩が盛りだくさん。
おまけにこの日は快晴。紫外線を遮るものは何もないので、どんどん肌が焼けていくのを実感できる。
友人が「長野は沖縄に次いで紫外線が強いところなんだって」と言っていたが、私はなんで紫外線が強いところばかり渡り歩いているのだ。ちなみに新潟でも土方並みに焼けたし。
そんな炎天下の中、弁当の残りをつまみながら橋口亮輔監督の映画の話といういつも通りのどうでもいい会話をしていたような。
なぜ大自然のほとりで「渚のシンドバット」や「二十歳の微熱」の話なんだか。
いい加減肌も焼けたので、戻ることにする。今度は岩を渡って戻ることにしたのだが、結構川の中に岩が転がっているのにこれが結構サバイバル。「風雲!たけし城」の発泡スチロールの岩を渡って向こう岸にたどり着くゲームのようだった。
川を渡り終えてもサバイバルは終わらない。
今度は駅に向かって細い道を登っていかねばならなかったから。民家の横をすりぬけてすりぬけて、迷路のような道を「たぶんこっちだろう」「ここの道でいいはず」と進んでいったら無事駅にたどり着いて一安心。
すっかり汗だく。
ちなみに駅には売店があったのだけれど、普通のさばの缶詰のようなものが100円で売っていたり、「ドラゴン商品券」というどこで使えるか不明な商品券を扱っていたりしてなかなか味わい深かった。
そして駅長さんがサービス精神満点。こういう駅はいつまでも残っていただきたいものだ。


で、帰りは特急「ワイドビュー伊那路」で帰る俺たち。


ローカル線旅には邪道!と思われるかもしれないが、この特急に乗らないと東京に戻るバスに間に合わなかったんだ。やむなし。
次回は是非とも秘境駅下車を果たしたいものである。駅寝はしないけどね。


そして明日はちょっくら宮崎行ってきますわー
ちょうど「勝手に観光協会」でも宮崎編やっていたのでナイスタイミング。
南九州初上陸なのです。まあ、今回は飛行機ですけどね(前回熊本行った時は夜行列車利用)

2005年10月04日(火)

リアル鉄子の旅 SL一本場

もし我が家に車があったならば
もし我が家が「最寄のスーパーが車で20分のところ」という場所にあったならば

たぶん、今頃は車を乗り回していたんじゃないかと思います。
徒歩5分のところにあるコンビニにも車で向かっていたんじゃないかと思います。
車の種類に異常に詳しくなり、「頭文字D」を愛読書にしていたんじゃないかと思います。

すべて想像の世界ですけども。
我が家には車なんてないし、スーパーは徒歩3分のところにあるし、
どこかに行くためには地下鉄に乗ればいいのだし。
生活する上で「車があったら便利だろうなー」とは時々思うこともあるけれど
「車がなかったら不便だなー」と思うことはほとんどない。
そういう環境に長年生きていたので、「車を運転する必要性」もなかったのです。
ただ、大人になって、「免許がないと不便だなー」と思うようなことは多いので、免許だけは取りました。

現在の仕事は「遠くに行くこと」が多いです。
ただの遠くではありません。
山間の工場、田んぼの真ん中の工場、海のそばにある工場。そんなところばかり。
すなわちすべて「車で行く」ことを前提とした「遠く」なのであります。

車が運転できない私には大変な旅なのです。
それでも行くしかないのです。

だから、私は、電車を乗り継いで乗り継いで、
田舎の畦道を歩いて歩いて、
今までいろんなところに行ってきました。
電車が自分の足のように思えてくるのは、ごく自然なことなのです。
だから電車が好きなのです。
電車は案外万能で、行こうと思ってるところのほぼ近くまでは伸びているのです。

それどころか、鉄道は
「え!こんなところ、行く必要もないんじゃないのか?」
というところまで連れて行ってくれるから凄いんです。
寄り道、通り道、乗り換え駅。
それは車ですっ飛ばしたら決して出会えないところばかりなのです。
鉄道のこの、一見ムダのような行動をしてしまうところが好きなのです。
どうしようもないように思えて、実は他の誰もかなわない個性を持っているいい男のようだ。


沖縄はいいところですが、ひとつだけ物足りない部分がありました。
それは「鉄道が足りない」の一点に尽きる。
別になくても気になりはしないんだが、ふらりと本屋に立ち寄った際、無意識のうちに手を伸ばして即購入をしてしまったのは
「鉄子の旅」でございました。
鉄子の旅は、前々から読んだら確実にハマることがわかっていた漫画でした。存在を知っていながらなぜか今まで読む機会もなく、自分から購入する機会もなく過ごしていたのだけど、なぜもっと早く読んでいなかったんだろう。自分でもさっぱりわからない。めぐり合わせとはそういうもんなんだろう。
というわけで、うだるような暑さの中鉄子を読むと、事前に予想していた通り、魅惑のローカル線紀行と超特急級ハイテンション鉄ヲタの横見氏にずっぱまり。とくに横見氏の「これはスゴイ!絶対すごい!見ないと損する!」などという言い方は普通に口から飛び出すようになっていた。気がつけば人差し指を振るってしまうほど。

沖縄から帰ってきた直後から、いや、帰りの飛行機の中から私の頭の中を駆け巡っていたのは巨大な日本全国路線図。
ローカル線に乗りたい!乗らないといかん!
絶対すごいから!
この衝動を止められない!(すべて横見調)

というわけで、帰ってきたその日から枕元にはマップルの全国地域別地図と時刻表(当然ながら1000円のやつですよ)、寝る前にはくまなく地図を見てはそこに辿り着くにはどんな乗換えをすればいいのかを調べてワクワクする毎日。
って、地図も時刻表もわざわざ用意したのではなく、常に枕元に置いてあったのだけれど。前からやってたことだった。
ローカル線も案外乗ってるしな。こないだも北上線乗ってきたばっかだった。
つまりそんなにハイテンションになるほどのことでもなかったのだ。なーんだ。

しかし、「鉄子」を読んでいると、いてもたってもいられなくなるのです。
ちょうどこないだ細野さんのライブを見た時と同じ感覚。
漫画の中で「行けばわかる!この駅はいい!」とハイテンションではしゃぐ横見氏がうらやましくてしょうがなくなるのだ。
俺だって行きたい!行ってわかりたい!


そんなわけで9月23日はお彼岸にちなんで墓参りをしていたのだけど、
その後は東武東上線で寄居まで行ってみた。埼玉も相当奥地だ。
まあ、私の寄居のイメージは「ドキュンな殺人事件がよく起こるところ」なんだけど。
一番印象に残っているのは熊谷拉致4人殺傷事件というもの。あ、寄居じゃなくて舞台は熊谷だったわ。
この事件は、かいつまんで言うと暴力団員(ヤク中)と無職の15歳少年が
無職16歳少女に「むかつくからやっちゃって」とそそのかされて、男性をめった刺しにして殺害。
口封じのためだけに同じアパートに住む3人の女性を拉致して殺傷するという、日本の低階層丸出しの事件でございました。確か2年くらい前なんだけど。
この16歳無職少女(キティちゃんのスリッパにスエット着用で出歩いてたんだろう)が確か寄居に住んでたとかニュースで言っていたのを記憶してたのです。
つい先ごろもW不倫の女が相手の男を轢き殺したなんてのがありましたね。そういう町。
そこからなんとなく秩父鉄道に乗り換えて秩父方面へ。
駅弁を期待していたが、寄居駅では駅弁売っていなかった。残念。
別にどこで降りるなどの予定はなかったので、寄居から秩父に出てそこから西武秩父線→池袋線乗り継いで池袋に戻ってこようかと思っていたのだけど、なんとなく「親鼻」という名前の駅で降り立ってみた。
何もない。
名前の由来の看板すらない。
次に来た列車に乗って去っていこうと思ったら駅員さんが
「次は熊谷方面だねーその前にSLが通過するから」
と言うではないか。

エスのエル!!!!!!

私が磐越西線でも乗り逃したあいつが!
あいつが来るというのか!ギャース!

しかしここは親鼻、通過駅。乗ることは不可能。
SLは 青森並みに 縁ナシか
ちくしょう。一句出来上がってしまったじゃないか。

そんな私の心中などおかまいなしに遠くから「ポーッ」という音が聞こえてきて、
豆粒のような黒い点がどんどん近づいてくる。
つらい。くるしい。
さっさと通り過ぎてくれ。通り過ぎていってくれよ!ヒュー・コーンウェル並みに叫びたくなる。
強く願わなくともSL車両は、まるでこの駅なんか知らなかったかのように通り過ぎていくのだった。
ほとんど減速することもなしに。おかげで、ホームの白線ぎりぎりに立っていた私は大層怖い思いをした。
諦めながら次に来たローカル線に乗る。秩父に行くはずだったのに、逆方面だ。でもその時はそんなこと考えている余裕はなかった。
まあ、熊谷に出ても、寄居に戻っても帰ることできるしな、くらいの心持しかなかった。

しかーし!
長瀞に着いた私の目に飛び込んできたのは、さっき通り過ぎていったエスのエルだったのです!

走って降りてSLに駆け込む。
一発逆転。人生何が起こるかわからない。
そのままSLに揺られながら熊谷まで。
車窓から見える風景はのどかな田んぼばかりだったけど、ここいらは名うての殺人事件の舞台なんだなーとか考えていた。
(愛犬家殺人事件や本庄保険金殺人やら)
車内は小学生や子供連れで溢れかえっていて大変よかった。
私も子供を産むことがあるならば、夜行列車やSLにバンバン乗せてやりたいものなー。
むしろ鉄郎の名前を譲ってあげたい。俺の子ならば必ずや鉄郎になるだろうよ。産む予定ないけど。
ちなみに小学生女子たちが
「××ちゃんは○○くんと付き合ってるんだって〜」
「えーあたしも●●くんと付き合いたい〜」
という会話をしていたのにはビックリした。早熟。岡村ちゃんばりに。


そして熊谷から高崎線で帰京。
熊谷駅は初めて降りたけど、おぎのやの釜飯が売ってるのな。
しかし高崎線はロングシートだし、普通に客が多いから釜飯食えないじゃないか、と思っていたら
運良く籠原始発の線に乗ることが出来たので、一車両丸ごと貸切気分で弁当を食ったのだった。
やっぱり駅弁は電車の中で食べないと。


その後秋葉原で銭湯行って倉地久美夫ライブ見て、メイド喫茶潜入するに至る。



これで鉄道乗りたい熱はひとまず納まったように思われるでしょうが。



続く
2005年10月03日(月)

【5周年記念】ポワーンチャンピオンカーニバル その3

コステロ「ヴェロニカ」→スタカン「シャウト・トゥ・ザ・トップ」と、なんだかとっても80年代が好きなんだなーな選曲ばかり行ってきたフジテレビ「とくダネ!」。
今朝、唐突にオープニング曲が変わっておりました。
わたくしの予想ではコステロ→スタカンときたらXTCだろうよ!だったのですが、
結果はプリテンダーズ。
ドント・ゲットミーロング。
「ズラじゃないんです、誤解しないで」という小倉の今更ながらのアピールなのか。

そしてハズレはしたものの、再発になった紙ジャケシリーズを買ったおかげですっかりXTC漬けでございます。
うーんエクスタシー(ジミー大西調)
ギャング・オブ・フォーもデスキャブフォーキューティも一緒に買ったんだが見事に未聴。
ポールウェラー新譜は買いそびれた。
増井修編集の「TONE」を見かけたら、「なぜ今ピートタウンゼンド?いや、フッキーにも見えるこの老紳士は誰?」と慌てたのだけど、それは変わり果てた姿のポールウェラーでした。
どうしてしまったんだ!
なんかすごくかっこいいじゃないか!ジャムは遠くになりけり(スタカンも)



そんな風に私的にはウェルカムなんですが、この老い方はやっぱりびびる。
でも素肌にベスト一枚なんだぜ、ウェラー兄貴は。そこはかとなく漂うレオン臭。


この勢いでポワーンチャンピオンカーニバル第3回はポール・ウェラーにしてしまいたいのですが、そうはいかん。ざき。
と書いた自分に失望。まあ、いいや。
それはともかく第3回は「リー村山」氏でございます。

当初は違う人を考えていたのですが、金曜日、山手線内でぼーっと立っていた時のこと。
「今どこの駅だっけか」とふと頭を上げたところ、次の瞬間、山手線内乗降口に設置されている小さい液晶テレビに映る独りの男性に目を奪われました。いや、目だけではない、一瞬にして心も奪われた。
もはやこれは一目惚れ。
ラブ・アット・ファースト・サイト。
山手線は小さいテレビ画面がついていて、駅の案内、天気予報、ニュース、「英語でシャベリオーネ」の英単語クイズ、マイクロダイエットのCMなどを流しております。
(液晶画面ってなんのこと?と言う人はこちら参照)
普段は「マイクロダイエットってこんなに痩せるのか、でも7万は出せねぇ」くらいの気持ちでしか見ていなかったのだけど、この時ばかりは「今のCM、何?何?なんだったの?リピートしてくれ!」と車掌に頼みにいかんばかりの食いつきぶり。
しかし運悪く次の駅で降りなければならなかったので後ろ髪を引かれながら下車。
あのCMをもう一度見ることができたのならば、私は山手線一周してもかまわない。
そんな無謀なことまで頭をよぎったほどだった。客先行くから無理だったけど。
閉まりゆくドアに向かって手を伸ばしてしまうことだってできた。まるで熱病のようだった。
そこまで網膜に焼きついたCM、それはなんだったのかというと

ルシード白髪染めのCM

そんなに必死で探さなくてもすぐにわかったのでした。
CMよりもそこに出ている男性が気になってしょうがなかったのだけど、CMのページに辿り着いたら芋づる式にこの男性も誰なのかも判明。
それがリー村山氏である。

恥ずかしながら、ルシードのCM見るまで村山氏のことは知らなかったのです。
時代劇系の役者さんなのか。なのになぜリー?と思ったらカンフーとか武道のマスターなのだね。
私の中では古武道マスターというあたりが非常にポイント高かったのです。(日野日出志も日本刀持ってたり武道やってたりするところが好き)
武道の達人、マスター(サンボマスター除く)みたいな人には惹かれますね。
願わくばリー村山氏と「剣客商売」の小兵衛−おはるのような生活をしたい。
うわ、俺、今、吐き気がするほどロマンチックなこと言った。オエー。




グラサンを取った写真を見ると「尾崎紀世彦とどこがどう違うのか」などと自分でも疑問を持ってしまいがち。
でもいいの。かっこよいから。
今更ながら「ラストサムライ」も見たいですよ。村山氏だけのために。
ああホントにラブ・アット・ファースト・サイト。
たとえ公式サイトの、30代の頃のカンフースターっぽい体が気持ち悪いな、と思ったとしても問題ない。
それもラブ・アット・ファースト・サイトの力。

でも壁紙(ルシードHPにある)を設定するのは恥ずかしくてできないのだった。本気なのか?自分。

(にしても過去3回すべて地味な人選だな。俺認定のいい男たちだから顔は派手な人が多いはずなんだが)
2005年10月02日(日)

【5周年記念】ポワーンチャンピオンカーニバル その2

突然ですが、10月7日か8日から大阪に行くのであります。
帰りはおそらく10日。(10日最後まで見るのは無理)
目的は無論、ボロフェスタですよぉぉぉぉぉ!(ボロフェスタは京都だけど)
手前味噌ではございますが、10月5日はワシ誕生日なのです。
誕生日後の週末となりゃ、飲むしかないわな。
実はわたくし、沖縄から帰ってから平日は一滴も酒を飲んでいないのです。規則正しい生活。13日間で飲んだのはたったの3日だけだ、しかもそのうち2日は飲んだの内にも入らないレベル。

ま、実は、5日は南の大地を踏みしめてくるんですけどね。


5周年記念ポワーンチャンピオンカーニバルは、第2回にして早くも暗礁に乗り上げております。
このシリーズ、軽く10日分は更新できそうだなと思っていたのだけど、わたくし、自分が思うよりも「この人カコイイ!萌え!」と感じる人が少ないみたいです。
いや、その時はカコイイと思ってもすぐ忘れてしまうようだ。心が浮ついているからなのか。おかしいな。
でもとりあえず第2回は「河内洋祐さん」でございます。

第1回目のワイフビーターに続き、これまた知名度ガッツンというわけでもない、名前だけ聞くと一体誰?と思われるような人選。
いや、でも彼はかっこいいんだよ!ホントに。
そもそも何をしていらっしゃる方なのかと言うと、やっほーバンドのベーシストでWhat'sLove?のベーシストで、KODAMA AND THE DUB STATIONのベーシストなのです。そいから朝崎郁恵さんの後ろでもベースを弾いてらっしゃる。
この経歴だけで痺れる。カコイイ。
私が河内さんを知るきっかけとなったのは、What'sLove?にベーシストとして加入された時。新しいHP表紙に並んだ彼の写真を初めて目にした時はヒザががくがく震えたね。(大げさ)
あまりに目映くて、じっと見ていることができない。見ていると頬が緩んでみっともない顔になってしまいそうだから。
ゆえに1日50回くらいHPを開いてました。
開くたびにうっとりし、顔の筋肉が緩みすぎそうになるとあわてて窓を閉じてトイレに駆け込む、そしてトイレで反芻してうっとり、という気持ち悪いことを繰り返す日々。

その反芻うっとりが高じて、当時、河内さん加入後のワッツラブ?が福島の片田舎の村祭りに参加すると聞きつけた私は、いろんな力を駆使して福島まで行ったのだった。
今となればなんとも苦くてしょっぱい思い出である。
河内さんのかっこよさとワッツラブ?の秀逸な曲だけが支えであったよ。

最近はワッツのライブにも行ってないし、こだま和文ダブステーションはフジロックで見るつもりだったが睡魔に勝てず(なんで最終日朝4時にやるんだよ!)だったので、全然河内さんを目撃できてません。
これではいかん。圧倒的に足りてない。
いっちょダブステーション見に行くかー。




ところで、やっほーバンドの画像を見ていて思ったのですが、日本でダブとかレゲエやってるバンドの人たちってかっこいいのだね。(三木道三とかは除く)
そもそもこだま和文さんもかっこいいからなぁ。やっほーバンドなんて2/3の人が萌え対象ですよ。


「この人カコイイ!萌え!」と感じる人、多かったわ。嘘ついてた!

2005年09月30日(金)

【5周年記念】ポワーンチャンピオンカーニバル その1

一日早いのですが、9月30日はわたくしがwebで日記をつけ始めて5年目となる日でございます。
ってもエンピツで書き始めてからはまだ4年弱で、「股・戯れ言」の前身である「続・戯れ言」を大塚日記(懐かしや。ブロガーには馴染みがないことだろう)で書き始めたのが2000年9月30日。大塚日記消滅(ライコスに統合された、もっともライコスも消滅したけど)とともにエンピツに移ったのです。
エンピツが消滅した時にはブログに移るかもしれないが、それはないだろうな。いちいち他のサイトに移るのが面倒くさいから。

で、久々に過去ログを読み返したんだけど、
日記が短くて清清しいね。今の地獄のような長さを考えると。
「長い日記は読むのが面倒くさい」と評判なので、ここらでひとつ、短い日記に戻したい。

というわけで、5周年記念日記はスパッと
「この5年間でポワーンとなった男たち」について簡潔に書いていくシリーズを決行する事にしました。
第一回は「ワイフビーター」でございます。

って、いきなり「ワイフビーター」と言われても誰?そもそもそれは名前?という具合でしょう。
ワイフビーターというのはアメリカ人のプロレスラーです。
最近はめっきり見に行かなくなってしまったが、大学生の頃の私は毎週プロレスを見に行っておりました。
もともとプロレス好きなのであります。
その頃毎週見に行っていたプロレスは、今をときめく総合格闘技系ではなく流血系プロレスで、団体名で言うと大日本プロレスでした。(あ、後半はDDTも毎週見に行ってたっけ)
大日本プロレスと言えば、過激デスマッチがウリの団体。リングの下に五寸釘を敷き詰めたり、ピラニアの入った水槽を敷き詰めたりしたデスマッチがおもしろくてたまらなかった。でも、私が見に行ってた頃はそのようなデスマッチがウリではなく、アメリカからやってきたハードコアプロレス団体「CZW」対大日本プロレスという対抗戦真っ盛りでございました。
このCZWにいた、ヒゲ面で下半身はジーンズ、上半身はいつも裸、背中にガラスが突き刺さってばかりのワイルドガイがワイフビーターなのです。
もう、純粋にかっこいい。
なんつっても登場時は必ず芝刈り機をブンブン言わせてる。振り回している。
蛍光灯でスコーンと殴られては、肌に破片がささったままやいやいやってる。
こんなに流血しているベストジーニストは他にいない。当たり前だが。

裸の男が血を流している姿って、たまらんですね。
この背中の煤け具合!
男の経血は背中から流れるものであって欲しいのよ。

たぶん、普段はものすごく無口な人なんだろう、と匂わせるあたりもいい。
ワイフビーターってのは和訳すると「妻殴り」ですから、ドメスティックバイオレンスをやってる男というのを彷彿とさせますが、実際はどうなんでしょう。
あくまでプロレス的ポーズだとは思うけど。
ま、実際に妻殴りだったら魅力ゼロですけどね。



2001年の12月、横浜アリーナで大日を見た際に、目の前で「CZW日本撤退宣言」が行われてた。深い絶望。「いきなり最終回とは、こういうことを言うのか!」と間違った解釈をしてしまったほど。
それを機に、大日から足が遠ざかっていったのだった。
その後のワイフビーターはどうなったのか知らない。
何年か前に、ふと思い出したように調べてみたら、読み慣れない英語サイトに
引退した旨が書かれていた。
今回もまた「どうしてるかな」と思って調べてみたけれど、引退した、以上の回答はどこにも載っていない。
今頃、アメリカの片田舎のガソリンスタンドとかで働いてそうだな。
もしかしたら刑務所にいるのかもしれない。
実際のところはよくわからない。
ま、ワイフビーターにキャーキャー言ってた私が大学生からエンジニアになっているんだからな。

一体、ワイフビーターのどこにポワーンとなっていたのだろうか。
間違いなく顔でございます。
精悍。体も精悍。マゾっ気ありそうだけど。
CZWは強いし体もデカいが、まるでフリークス?というような様相の方が大目だったもんで。
でもあの顔で、あのヒゲで、あの筋骨隆々ぶりだったら理由とかそういうの以前に本能で「姫ダッコされたい」とか思ってしまうものでしょう。
なんだか普通に20代前半女子が「この人カッコイイ」と思う理由だ。
もう私はそんな歳もそんな女子だった時代も通り過ぎてしまったな。


流血系ベストジーニストが、今もどこかで元気に暮らしていることを心から祈る。
2005年09月29日(木)

なんだったんだ?オギナワ6days FIVE OR SIX

会社で遠方に行った方が「べビースター買ってこようと思ったんだけど買ってこれなくてゴメンネ!」と告げてきたので、はて、その地方にはどんなベビスタがあったっけ?と思い、久々におやつカンパニーのページを開いてみた。
知らないうちに新発売モノが多い!
私が今まで未確認であったベビスタ

飛騨高山ラーメンベビスタ(岐阜限定)
トマトパスタベビスタ(信州限定)
ドデカイ富士宮やきそばベビスタ(静岡限定)
九州のフライドパスタ明太子味(九州限定)

この勢いに乗じて、
稲庭うどんベビスタ
盛岡冷麺ベビスタ
台湾ラーメンベビスタ
なんてのも登場してもいい気がするんだが、まだまだ先の話なのか。
東北地方のベビスタがいつまでも喜多方ラーメンだけというこの状況はどうなの。改善しようよ。
それにしても、なぜ長野でトマトのパスタなのだろう。謎だ。


さて、これでファイナル、沖縄編


5日目
前夜(というか朝5:30)に酔っ払いながらもなんとか家まで送り届けたまきちゃんからの電話で起こされる。
「なんにも覚えてないさーごめーん」
というわけで、前日なぜか最後に彼女のヘルメットを持ち帰った私は(預かっていてくれと渡された、と記憶)それを渡すために昼食をとることにする。
寝起きのパジャマのような格好でフラフラと出歩く。完全に住人化。
これから行くのは沖縄でも屈指のおしゃれな通り、浮島通りだというのに。おしゃれな若者たくさんだというのに。
でもまだ酒が残っていて頭が回らないのだ。廃人。

合流したまきちゃんも酒が残っていたのでフラフラ。
お互い声が低い。テンションも低い。
これは酒飲み女子の翌日の共通点だ。もし会社出勤していれば、間違いなく左手には1.5Lのミネラルウォーターが手放せないことだろう。少なくとも午前中はタバコも吸えまい。

浮島通りは那覇屈指のおしゃれ通りと書いたけれど、コザと同じような30年前で時が止まってしまっている店もまだまだ立ち並んでいて、まるで台湾のよう。アジアのどこかに来てるんだな、という気持ちになれる。
那覇自体が台湾のようでアジアの都市だと言う気持ちにさせられるけれども、国際通りの土産屋の多さにはやはりちょっと辟易してしまうのだ。浮島通りは国際通りにも繋がっているけれど、まるで異空間。
沖縄の空は低いなあ、と思わされることが多いが路地の両側に立ち並ぶビルの合間から見える空は心なしか高く見えた。
雲がすごいスピードで流れていく。高気圧だとか低気圧だとかそういう天気図は、私の頭上すぐそばのところににあるんだと思った。
ということは、やっぱり沖縄の空は低いのか。

まきちゃん行きつけのカフェでランチをつつきつつ談話。
はまぐりとオクラのカレーと茶蕎麦サラダ。
やっぱり二日酔いの翌日は蕎麦がいい。沖縄には蕎麦屋がないからなーそしてついでに寿司屋もないのな。
カレーは酔っ払いにはいかんだろうと思われるが、オクラは二日酔いに効くらしいのでまあ、よい。
まきちゃんは陶芸家であり映像技師なので、映画の話や本の話やいろいろな話ができたのはおもしろかった。同い年だしなー同い年女子と話すのはいとたのし。まあ、どっちも酔っ払いなんだけど。
この時もまきちゃんに疑問として漏らしたのだけれど、
「沖縄で大きい本屋っていうのはどこにあるのでしょう?」
りうぼう(口にするたびにりえ坊を彷彿とさせる)という百貨店の上にあるリブロくらいしかわからなかったのですよ、私は。
答えは「大きい本屋はナッシンッグ」でございました。
どうしても欲しい時はアマゾンで注文するしかないそうだ。
アマゾンは便利だ、万能だ、と思う反面、中をまったく読まないで買うのは当たり外れが多そうだな。
まあ、滞在中はりうぼうの本屋に行ってたんですがね。
しまった、このカフェの名前覚えてねーや。
たぶん「pictures cafe」というところです。ランチのボリュームがすごい、それでいて500円くらいだから更にすごい。
今回は2時間くらい談話してしまったけど、ひとりで来てもよさそう。
http://homepage3.nifty.com/cafemania/05okinawa/oki_pictures.html

しかし、浮島通りのカフェは若者だけでなくおじさんおばさんなんかも普通に使ってるようですな。
そういうごっちゃな感じがこれまたアジアな感じでいい。
東京のカフェだとおしゃれ一直線で虫唾が走ってしょうがねえんだが。


その後まきちゃんと別れて、また那覇散策でもしようかと思ったのだけど
連日の飲み疲れでダウソ。初めて昼寝に沈んだ。
部屋で倉地久美夫やママレードラグ聴いたりしてだらだら。漫画読んでだらだら。
そんなオーラスの日の過ごし方。
風呂に入りたくなったのだけど、その時の宿の風呂は狭かったのでちょいと調べて広い風呂があるところに行くことにする。
ついでだから海も見ておくかーと思って、バスに乗って出かける。
ホントは宜野湾にスーパー銭湯なみの風呂があるというのでそこまで足を運びたかったのだが、値段もちっと高めだし、夕方から宜野湾まで行ったら一体何時に帰ってくることになるんだかわからなくなりそうだったので、浦添というところの山のてっぺんにあるという「厚生年金沖縄うらそえ荘」というところに行くことにした。
なぜここにしたかって?
それは地図を見たら意外に近そうだったから。
ただし地図を見たのは、宿を出る前のみ。その後はいつも通り地図も何も持たずに出かけていったのですが・・・


も の す ご い 急な坂道!


坂の町といえば尾道か、長崎か、(行ったことないから違うかもしれないが)神戸か。
いやいや、そんなことはない。沖縄も立派に坂の町ですよ。コザの時も心臓破りの坂を経験したけれど、ここに比べればコザの坂道なんて坂道じゃないかもしれない。沖縄は山つーか丘が多い町なんだな。
これまた歩いている人間などオンリーワンなので、坂道をすいすいと通り過ぎていく車から好奇の視線が。
もう気にしねえやい。日本中どこ行っても車ナシで足で移動すりゃこんな視線を投げかけられてら。
坂道の途中で、ちょうど那覇の町を見下ろすことができるポイントに差し掛かったのだけれど、夕日が落ちていて町が全部オレンジ色だ。オレンジの太陽の手前に島が見える。あれはなんていう島なんだろう。
しばしうっとりするものの、またすぐに吹き出る汗を拭いながら坂道を登っていく。
やがて坂道が平坦になると、今度は右手側にずらりとならぶ墓。
沖縄の墓はやっぱりでかい。不思議とあまりひんやりとした気持ちにはならない。
普通の墓場よりも不気味感が少ないのだよな。民家の隣にいきなり立ってたりするから。
どこに行っても「共存」「ごった煮」「ミクスチャー」の土地、それが沖縄なのだな。懐深すぎ。

やっとの思いで山を登りきって、うらそえ荘に到着する寸前のこと。
児童を沢山乗せたバスが私を追い抜いていった。
なんだか嫌なヨカーン。



嫌な予感は的中。
ロビーには溢れかえる児童たち。皆(女子も半分くらいいる)サッカーか何かをした後のようで汗の臭いがムンムン。
「食事何時からにするねー?」「わー」という声が飛び交う飛び交う。
そんな児童の合間を縫ってロビーにて「お風呂に入りたいんですけど」と告げると
うらそえ荘の人は苦笑しながら
「大丈夫ですけど、お子さんがいっぱいなんで混むと思いますよ〜」と。
芋を洗うような状態になったらいやだな、とも思ったがここまでどんだけ歩いたかを考えたら(約20〜25分弱)引き返すわけにはいかなかった。
400円渡してご入浴。

ここはたぶん、温泉でもなんでもないのだろう。
いや、温泉なのか。実際のところはよくわからない。
大きい風呂に入ることができるだけで十分なのだ。
風呂場には私のほかに2名のみ。沖縄の人たちは風呂にあまり入らないらしいので(自宅ではシャワーばっかだと聞く)、思ったよりも快適。この後押し寄せてくる児童軍団のことを考えるとやや憂鬱だが。
持ってきたのが歯ブラシとカミソリと洗顔料のみなので、備え付けのリンスインシャンプーを使ったが、
私、これで頭臭くなりました。
ラベンダーに香りっていい香りだと思えないという私の嗅覚も問題なんだろうけど。

しかし大抵のことは問題なかった。
広い風呂に浸かると、連日の飲み疲れにやられた体が夢見心地に。
ぽわーん。やっぱり風呂はいいな、旅の終焉には必ず風呂に入るべきだ。
私以外の方々も風呂から上がったので、悠々としていたのだがほどなくして悪魔の騒ぎ声が・・・。
キターーーー!まあ、しょうがないんだけど。

でもこの女の子たち、おそらく小学校5,6年なんだろうけども、皆ちゃんとしてるのね。
ちゃんとしているというか、林間学校の時のように、しおりに「お風呂に入るときのきまり」なるものがあるかのようで、ちゃんと皆体洗ってから風呂に入ってました。
というより、風呂には入らない子のほうが多かった。シャワー文化全盛なのですね。
小学校高学年女子12人くらいに混じっている20代後半女1名は、自分の老体ぶりに驚いてしまいました。
たるんだ腹、くすんだ肌、ムダ毛生えまくり。
時は流れる。年齢は止められない。悲惨。
うあー。退散。


風呂から上がって着替えようとしたら、小学生女子の脱ぎ捨てたパンツが私の籠に入ってました。
・・・。


風呂上りだというのに下山。
モノレールで帰りを待っていたら、左手側に見える首里城がライトアップされていて大層キレイだった。
観光地にわざわざ行くことなかれ!とは言うが、以前夜の東大寺に行ったときもすばらしかった。
ライトアップ文化は断然支持なのです。


で、夜。
本日は前回うりずんで会った三人娘のうち、東京や大阪で頻繁に会うはるみちゃん以外の2人、ちかちゃん、りえちゃんと会う。
若い!
テンション高い!
飲み屋でいきなり頼むのが「牛乳」だからなー。
テンション高いエピソードが次々に繰り出されておもろい。
あまりにテンション高いエピソードなので書きたいのは山々だがここは割愛。
その高いテンションのままファイナル観覧車。
観覧車はギャル2人と会う前にも実は行っていたのだけど、ちょうど模合いが開催されておりました。
そして十五夜の前夜だったので、「沖縄ではお月見の時にこれを食べるさ〜」といただいたのが
ふちゃぎというお餅。
餅に小豆がたくさんくっついているので、さぞ甘いのだろうと思って口にしたらあらビックリ。
全然甘くない。
昔、どこかのファミレスでホットケーキを頼んだ友達が、ホットケーキの上に乗っている大きなバニラアイスを食べたところ
「なんだこれ、全然甘くない!」
と驚いたことを思い出す。それはバニラアイスではなく、大きなバターだったのだ。
このふちゃぎもこんなに小豆がついているのに、ただの餅。むしろ軽食。
小さい子は砂糖をつけて食べたりするんだそうだ。
ふちゃぎの話はともかく、最後の観覧車は女性ばかりでワイワイと盛り上がりました。
閉店間際は皆ぐったりでしたが。

今回も観覧車には大変お世話になりました。
今回滞在時も毎日出席。皆勤賞イエイ。
私が沖縄に行くのは。この「観覧車」に行くためなのですよ。最初に沖縄に来た時「観覧車」に出会えてよかった。
心から感謝。ここで知り合えた方々に感謝。
なんといっても観覧車のママことさちえさんに大感謝なのだ。
あと今回はまきちゃんにも心からありがとうとお伝えしたいのです。毎日飲めてよかった!



そして6日目
11時45分の便で帰らなければならなかったので9時半ぐらいには起きなければいけないのに、前日も4時くらいだったので一抹の不安を感じたが、なんとか9時半頃に起床。
沖縄は快晴。最後まで快晴で本当によかった。
最後に「りうぼう」に寄った。ちょいと時間があったのでモスバーガーでぼーっとしていたら、目の前を知った顔が。

あ!ホストクラブの「ノブナガ」じゃないか!
(沖縄記2日目参照)

しかもお金を持ったお姉さま(おそらくノブナガより年上)を連れているぞ!
まだ10時台だというのに!
やい!お盛んだな!

これは一体「同伴」というのか?「アフター」というのか?
そういう制度の名前をよく知らないので、頭がやや混乱したがとりあえず空港に向かうことに。

タクシーに乗ってほどなくして、携帯を探す。
あれ?持ってたはずなんだが?



















グギャー!
モスに忘れてきたんだ!

俺、モノを忘れすぎ。
そんな「モノを忘れること/なくすことの天才ぶり」はこんなところで発揮せんでもいい。

すぐにタクシーを引き返してもらって走ってモスに入ったらまだ同じ席に置いてありました。
危機一髪。これで忘れて帰ったらどうなってしまったのだろう。
それこそ「ノブナガ」の地名しりとりばりに東京から引き返さなければならなかったかもしれないのだった。
くわばらくわばら。


そして東京戻ってすぐに鉄割見に行ったのでした。
俺、フットワーク軽すぎ。
この持ち前ののフットワークの軽さで、俺はまたまた・・・・
いや、それはお楽しみにとっておくとしよう。


次に訪れる場所で心の(とんちんかんな)ドアを叩くのは誰だろう?


後から知った事実
浦添に「太古海中温泉 浦添の湯」なるものがあったんだそうです。
山を登らないような位置に。
モノレールから徒歩5分弱のところに。
うあああ!
俺が行った「うらそえ荘」と同じ沢岻というところにあるのに!まさに天と地の差!


しかし「浦添の湯」は9月20日オープンだった。
わたくしはどこまでついていないんでしょうか。
2005年09月27日(火)

なんだったんだ?オギナワ6days ファンタスティック4日目

コミック雑誌「IKKI」の今発売している号



土田世紀はやはり絵がうますぎる。なんだかにくいくらいだ。
そしてお恥ずかしながら「夜回り先生」は未読つーか存在自体よく知らなかったのです。勝手に金八先生や「ヤンキー母校に帰る」的なものだと思っておりましたが。しかし読んでみて涙ダーダー。
ドラマ化もされてたのか、しかも寺尾聰!
ひゃー、なんで見逃してんだろ。「刑事部屋」の鵜飼刑事かっこよすぎてよく見ていたのに!
9月30日(もうすぐだ)に土田世紀の「夜回り先生」が発売になるらしいので、これは買わなければ。

あと土田世紀関連だと映画「同じ月を見ている」が11月19日に公開されるそうですの。
窪塚洋介主演がどーこーというより、私がここ最近ずっと気になっていた黒木メイサ嬢が出演ということに驚いた。
黒木メイサ、気になってたんだよなー。コーセーのファンデCMに唐突に出演してて、ずっと誰なんだろうと思ってました。
コーセーはVISEEに安良城紅を起用したけど、安良城紅はごく短期間で激太りを遂げそうなのであまり好きではないんだよな。
アメリカ人のケツだけ異常にでかいオバサンとかになりやすそうだ、根拠はないけど。VISEEにも黒木メイサ嬢を起用すればいいのにー。惜しい。





というわけでとっとと沖縄旅行記

4日目
ちなみに前夜、コザから帰って行った店は仙台の沖縄風バー「ForestCountry」で教えてもらった「びいどろ」という店でした。
私はてっきり仙台のマスターがうちなーんちゅと知り合いなんだなと思っていたのだけれど、実は店の女主人である若生さんは仙台の方でした。そういうつながりだったのか!
というわけで「ForestCountry」では仙台なのに泡盛にゴーヤ炒飯という状態だったんだけど
この「びいどろ」では沖縄なのに日本酒!サンマ!ひとめぼれ!という東北っぷり。
なんだかホッとするなーいいなーこの店。
まさか沖縄で東北っぽいものが食べられるとは思わなかった。そして日本酒も綿屋に伯楽星という仙台地酒。
いい店だなぁ。今度またゆっくり来るとしよう。
日本酒だけでなく泡盛もあるんで沖縄にいながら仙台も楽しめるおトクぶり。一粒で二度おいしい店。
旬菜Bar びいどろ
http://okinawa.e-machi.ne.jp/104007/

で、その後はうりずんで出会ったギャルとタマシイさんの店に行ったりなんだかんだでまた4時くらいまで。
もうこのあたりから飲み疲れが始まっていた。


ちなみに4時に帰って酔っ払って寝てしまおうが、沖縄での朝は必ず10時前に迎えておりました。
家でも他地方でも10時半以降じゃないと体が動かねぇ!という私にしてはコレは珍しい。なんなのですかね、やはり泡盛大目に呑んでると二日酔いしないってことなのか。もっとも、沖縄ではちょこちょこウコンを呑んだりしていたんで、それも二日酔いしないで済んだ要因だと思うのだけど。
ああ、そういえば「琉球 酒豪伝説」というウコン薬というかなんというかなものを買ってこようと思ってたけどすっかり忘れてきた。ネーミングがすごいよなー「琉球酒豪伝説」て。

そんなわけで後半戦。

昼にまず訪れたのは、前回沖縄訪問時に「観覧車」でお会いした(今回もお会いした)いけさんがやっている
「イスキアのおむすび ぬえみち」というおむすび屋へ。
この日も天気がよかったので牧志から歩いて泊まで。天気がよすぎて陽射しMAX。
焼ける。煤ける。日焼け止め全部流れ落ちる。
「ぬえみち」は泊小学校の向かいにあって、わんこが店先で走り回っている一見民家のようなところ。
頭にてぬぐいを巻いたいけさんがお出迎えをしてくれます。
そこでいろんな話をしながらおむすびをいただいたのですが、このおむすびが玄米ごはん(沖縄では白米ではなく豆の入った玄米ごはんか赤飯を見かけることが多い)でンマイ。
具も「セロリの佃煮」や「とろろ昆布」、そして「津軽直送ブンゴ梅」という、あんまり沖縄っぽくないものが多い。
ああ、私の「行ってみたいけど決して行けない土地」青森にはこんなにうまい梅干があったのか!ということをこれまた青森から遠く離れた土地で知る。ブンゴ梅というのは梅干に赤しそが巻いてあるものなんだけど。
ちなみにあんずに赤しそを巻いた「あんず梅」というものもあるそうで、この日もそれを一個いただいたのだけど甘酸っぱくておいしかった。青森!またまた行きたい気持ちが募るじゃないか!果たして今年中に行けるのか!?
その場でいけさんが一個一個握ってくれる様子を見るのも楽しい。
私が訪れた時は他のお客さんも来たのですが、その時、話題になったのが
「もあい」
のことでした。
いや、その時だけでなく、私の今回の沖縄旅の中で一番知ってビックリだったのがこの「もあい」なのです。
そもそも「もあい」というのは一体どういう字を書くのかも不明だし(当然、音で入ってくる限りでは「モアイ」と変換されがち)皆普通に「今週末はもあいさー」と言い合っているし、「シーノー(沖縄での私の呼ばれ方)ももあいやればいいさー」と言われるしでちんぷんかんぷん。
複数の人に何度も説明してもらってやっと理解できたのだけど

・もあいは「模合い」と書く
・毎月1回決まった時に集まる
・集まった全員が毎月決まった額を出し合う
・額は3000円とか5000円とか1万円とかさまざま。おじいおばあだと5万、10万というもあいもある。
・それで集まった金額(5人で5000円模合いならば25000円)をその月に一番お金に困っている人がもらっていく
・5人で模合いをやったならば、5ヶ月続く(必ず全員が25000円もらえるように)

うーん、内地では絶対にお目にかからないなー。
まさに「ゆいまーる」の土地ならではの習慣だ

・模合い開催の時は(それがどんなに身近な友人間の模合いであろうと)「今日は模合いがあるので」と言って仕事を抜けることができる。
・まあ、お金を出すのが目的ではなく単なる飲み会
・しかし「模合い詐欺」というのも存在する(金持ち逃げなど)

という感じなんだそうだ。
とにかく模合いというのは信頼の証なんで、簡単に参加してはなるまい。
誘っていただけたのはありがたいが、内地も内地、2000マイル離れた東京に住むわたくしは滅多に参加できないからなぁ。もうちょっと沖縄に慣れたら、というか定期的に沖縄に行くことができるようになったら参加もしてみたいものだけど。
まあ、「独りで生きていく」とか「誰にも頼りません」とか言ってる奴には無理なんだろうな、沖縄は。

まだまだ沖縄はわからないことだらけだなー。

おむすびどころか昼定食のようなものをいただきながら色んな話をしたのだけど、いけさんは私の住んでいる東東京らへんに詳しかった。そういえば、沖縄で知り合う人は「東東京の錦糸町らへんに住んでおります」というと大体通用する。私の住んでいるところは正確には錦糸町ではなく、なぜ錦糸町を名乗っているのかと言うと「深川らへんでは通用しないから」というのが主な理由。
しかし深川といっても通用するのです、沖縄。
なぜならば「かつて東京に住んでいたから」という人が意外に多いから。
沖縄に帰ってきた人が多いのかー。そうなのか。
なんだかこういう「帰ってくる場所」という感覚がとてもうらやましい。
私の故郷はまぎれもなく東京も東京、東東京で、もう、私はここを「帰ってくる場所」にしてしまいたいんだよな。
どこから、なのかはまだ決めてないけれど。いや、どこからだっていいんだ。日本全国どこからでも。

すっかり長居をしてしまったのでここらでおいとま。
「ぬえみち」は営業時間が11:30から14:00までなので、時間外に行かないようお気をつけて。
沖縄にいると米を食べる機会も少ないんで、是非是非。
イスキアのおむすび ぬえみち
http://cafe-yuruyuru.seesaa.net/article/6844631.html




この日は那覇市内をぶらぶら。
時間があれば島なんかも行きたかったけどなー朝起きられなかったからなー。
泊港のむこうに広がる海の彼方に入道雲がもくもく。海も空も果てしなく広い。
いけさんに「こんなに晴れてるのに日傘持ってないなんてだめよー」と言われたけど、ほんとに日傘持っていないといかんね。頭がパーになる。道行くうちなー女性は皆日傘差していた。

夜は観覧車のさちえさんに誘われて食堂JULYというところへ。
島らっきょのてんぷらとか空芯菜とかレバーとかンマイ。ほとんど沖縄料理を食べてないなーいちおうてびち汁とか沖縄そばは食べてるんだけど。
そこで店の人や常連さんとも盛り上がる。
その後、常連さんのたーかさんに「JULYのバーもあるさね」と連れて行ってもらった。
これがまた雰囲気がいいんだ。
そこで一杯呑んで、他のお客さんが回していた「久茂地小学校廃校をやめさせよう署名」に協力したり。
那覇も少子化が進んでいるのかねぇ。前回来た時は「沖縄、子供多し!」と思わされっぱなしだった気がするんだが。
るっぱさんなんか「子供が全員沖縄アクターズスクールの子に見える」と言っていたけれど。

そしてまたまた観覧車行って呑んで呑んで、その後観覧車の常連さんらとJULYに戻ってきた。
一晩で二度も!どんなんだよ!
しかも夜が更けるにつれて人が多くなってくるというザッツ・沖縄な夜。
そういえばこの日は金曜日で(すっかり曜日感覚がなくなっていた)、翌日の土曜日からは三連休だったのでした。
どうりで「明日から石垣島さー」と大ヨッパな人がいたわけだ。間に合ったのか?
そして呑んでどんどん壊れていく人を見て
「うわー私も内地じゃ破壊王、飲み会デストロイと呼ばれた女、これは壊れないとイカン」
と変な焦りを感じたけれど悲しいかな、壊れることが出来ない!
ぱっぱらぱーにはなっていくんだけど平常心止まず!
なんだか悔しい!
バーボンソーダ何杯か煽ったが全然ダメだー、と思っていた矢先にまきちゃん(私が沖縄に来て以来毎日一緒に飲んでた)が壊れて再起不能となったのでまきちゃんを連れて帰りました。道とか全然わかってないんだけど。
道が全然わかってないのに説明しようとする俺にタクシーの運転手が「ないちゃーの方、うるさいね!」と怒っていた。それでも構わずやんやん言っていた私は相当酔っ払っていたんだろう。最後まで平常心がなくならなかったことのほうが不思議。
まきちゃんは家に帰る最後の瞬間まで陽気で楽しかった。

ヨッパに寛大な土地はいいス。


JULYイイ店。
たぶんこの日は朝6時過ぎまで開いていたはず(普段は3時までだそうで)
ショットバー JULY
http://www.u-r-u-m-a.co.jp/02play/night/bar/july/01.html
食堂はこのバーの裏側なのです。
↑このHPのゴーさんの写真が若くてビックラ。(今でもハンサムガイでしたが)




いよいよ大詰め、次回に続く


ちなみに沖縄シリーズのタイトルに入ってる「オギナワ」ってのも土田世紀ですな。蛇足でした。
2005年09月26日(月)

字読みづらい!けどメッセージフォームです


股・戯れ言 / ヤツザキホームページ

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