股・戯れ言


BBS

アイ・ワナ・ビー・ヴァルキルマーを犬にできる身分(本編)

というわけで見てきました「アレキサンダー」
いや、正確には「ヴァル・キルマー演じるフィリッポス2世」を見に行ってきたわけだが。
私にとってのアレキサンダーは「集英社刊 世界の歴史第2巻」のアレクサンドロス大王なのです。この世界の歴史シリーズは本がボロボロになるまで読んだものだ。3巻の秦の始皇帝とか項羽と劉邦も好きだったなーカール大帝もヒゲ面で好きだった。(考えてみればああいう児童漫画に出てくる英雄は皆、ヒゲつきだったわ。それが今に至るヒゲ好きのルーツなんだろうか)
今でも手に入るほうの「集英社刊 世界の歴史」じゃないので要注意だ。って誰に対する忠告か。
この他にも、学研から出ていた「世界の冒険・探検事典」というのがフェイバリットでした。これにもアレキサンダーの東征のことが書いてあったような記憶が。いずれにせよ、そんな児童漫画で接していたアレキサンダーっつーかアレクサンドロス大王は「こげ茶、あるいは黒い髪」だったのでコリン・ファレルのド金髪ぶりにはやや違和感を感じていたのだった。
まあ、でもコリン・ファレルがアレキサンダーになりきっていたので最後は違和感も和らいだけど。それでもアレキサンダーの軌跡の飛ばしっぷりはなんだよオイとは思わされたけどな。


詳しい筋はともかくとして、これは「肉食版日出処の天子」だなぁ、と思う。
肉食でもヤンキーでもトリプルエックスでもなんでもいいんだけど、要するに「西洋人が日出処の天子を書いたらこういう風になるんだろう」と思わされたわけである。それはアレキサンダーが同性愛者だったからっつうことばかりでもない。そもそも愛の形態が違うので、この同性愛という共通項はむしろ無視してもいいかも。父や母、母に象徴される女性、部下たち、そのどれとも相容れることのできない感が厩戸王子を思い起こさせるんだよなぁ。とくに母との確執か。
といってもこの確執の形態もアメリカ人の書く話なので、日出処の天子のような「干渉しないことによって生まれる、無言の違和感/すれ違い」などはまったく存在せず、むしろアメリカ人は過剰なのでガンガン干渉してくるわけですが。
日出処の天子全体に共通する「秘められた」というものは見事に削ぎ落とされて、「積極的・直接的」がソレに取って代わっているあたりが非常に肉食的っつうか西洋的なのです。
そんなふうにアプローチはまったく違うんだが、アレキサンダーも厩戸もすんげえ頭がいいのに自分からバカな真似をして、しかもバカな真似をしたと自覚しちゃって孤独や自己嫌悪に陥ったりするのです。
自己嫌悪とか孤独とか恐怖とかそういう一切のものから逃れるために外に目をそらすあたりも共通点だなこのおふた方。実際はそんな自己嫌悪なんか微塵もなくて、「俺、もう自分大好き!俺のことをみんな尊敬してくれ!」と思ってたかもしれないけど。そうではないと心から信じたい。
まあ、所詮「西洋人の描く」日出処の天子だから、山岸涼子にはとうてい叶わないのだけれど。
それでもヘファイステオンを失った後のアレキサンダーの絶望ぶり、そしてヤケっぷりは泣けた。あまりにも直情的で。あまりにも脆くて。あまりにも弱い個体すぎて。

と、いろいろと思いつつも、やっぱり隻眼髭面のヴァル・キルマーが画面に映し出されるとニヤつかずにはいられませんでした。前半の三分の一くらいしか出てこないのかと思ったら、後半もサブリミナル的に出てくるので目が離せないったらありゃしねぇ。
粗野なんだけどいいことを言うんだよフィリッポス(つかヴァル・キルマー)。
うっすら胸毛なんだけどいいんだよフィリッポス(つかヴァル・キルマー)。
ああ、思い返しただけで
ポワーン.:*゚..:。:.::.*゚:.。:.
というか、本当のことを言うと昨晩、映画館出てからヴァル・キルマーのことしか考えておりませんわたくし。錦糸町からの帰り道もヴァル・キルマーのお顔を反芻しながらニヤニヤしておりました。途中鍵が落ちていたので拾って交番届けたりしたんだけど、その時も交番内でヴァル・キルマー思い出してニヤついてしまったよ、名前書いてるだけだというのに。変質者か。
そして寝ても覚めても、ヴァル・キルマーのことばかり考えているんだ私は。今に至るまでだ。むしろ今もだ。さっき会議だったんだけど、ヴァル・キルマーのことを考えてるうちに勝手に終わってたわ。
脳内壁紙がすでにヴァル・キルマー。
もはや、恋?
つうかこの日記内で何度書いたんだ「ヴァル・キルマー」という単語。ああ、もうダメだ。業界一性格が悪いとかいう噂だがそんなことはどうでもいい。厭わない。かまわない。抱 い て く れ

映画自体もラジー賞総ナメらしいけども、「西洋版大河ドラマ」「西洋版渡る世間は鬼ばかり」だと思えばそんなに糞ミソに思うこともないですよ。
てか「ネバーランド」なんておもしろくもなんともなさそうなお涙頂戴映画がノミネートされるようなアカデミー賞がもうすでに権威でもなんでもないのだから、こういう映画を見てもいいと思うんだがな。
私の場合はヴァル・キルマーを鑑賞するための映画なので。
それが94%だが、あとの5%は「久々に古代史読み返そうと思う」きっかけになったってことかしら。あ、昨日せっかくサンシャインに行ったんだから古代オリエント博物館行ってくりゃよかったな。今度行ってくるか。
あとの1%はジョナサン・リース・マイヤーズは顔がでかいという発見かと。





しかし、こんだけヴァル・キルマー萌えを連発しておきながら
パンフレットを買い忘れた。
誰か、今度見に行く人、お金払うんでパンフレット買ってきてください。
切実です。






それか、「パンフレット買いに行きたいので」を口実に、また見に行ってしまおうか・・・ヴァル・キルマーを・・・
ああ、なんかしらんが罪悪感・・・
(主に、爆発的におもしろい映画ってわけでもないのに、ヴァル・キルマーのためだけにこうやっていろいろ取り繕っていることに対しての)

2005年02月10日(木)

アイ・ワナ・ビー・ヴァルキルマーの犬(予告編)

「コリン・ファレルはエロいなぁ」とアレキサンダーのポスターやらCMやらを見るたびに思っておりました。そのエロさを見るために劇場に足を運ぼうと思ってました。
訂正します。
私は、ヴァル・キルマーを見に行くためにアレキサンダーを見に行くことにします。
ヒゲ面に片目キタ━━━━━━(☆∀☆)━━━━━━!!!!!!!!!!
ネ申キタ━( ゚∀゚ )っ ━( ゚∀゚ )っ━( ゚∀゚ )っ ━!!!!!!!!!!
ヴァル・キルマーのお顔が見たいためだけに昨日は「スクリーン」「ロードショー」「プレミアム」を立ち読みしてしまったほどだ。どこにも載ってなかったけど。なんか韓流ファンの人みたいで忍びなかったが。


そして今日やってるじゃん映画。今日水曜日じゃん。
さっさと仕事終わらして行ってきます。

(ここ最近の股・戯れ言の中で短い日記なのだなこりゃ)



あ、今、急に出張決まった。なーごーやーだー。

2005年02月09日(水)

義理義理ライオットガールズ

「私の自慢は目がいいことと胃がいいことだ」と先日書いたばかりですが、もうひとつだけ自慢させてくれ。
私は、とても義理堅い人間なのである。
「自己認識と客観的認識が大きく間違っている人間は見ててつらいよな!」といつも思うのですが(外見・言動が激しくオタクなのに「俺、オタクには見えないし」と言ってしまう様なことな)、周りの人間から見て「ええ!オマエが義理堅い人間とは微塵も思っちゃいねーよ!」と突っ込まれることも承知の上です。「自分からこういう人間だとアピールする人は実際はそうでもない」といつも思うのですが(私って天然ボケでぇ、と言う女はすべて計算ずくだったりするようなことな)、周りの人間から見て「自分で言ってるうちはそうじゃねーよ」と鼻で笑われることも承知の上です。そのうえで敢えて言わせてもらいますよ。
私は、とてもとても義理堅い人間なのである。
とてもとてもとても、と書きたいがそこまでは自信がないのでとてもの二乗でとどめておこう。
まあ、「義理堅い」ということがかならずしも「善」であるとは限らないので、自慢にはならないのかもしれん。むしろ義理堅いというのは、無理や自分の感情の押し殺し、「まあしょうがねえなぁ」という気持ちなどから発生することなのでマイナス行為だと思う。でも、ま、自分にとってマイナス行為であろうとそれで地球や日々の生活が穏便に回るのであれば、そんなマイナスなど取るに足らないことである。日ごろのご恩に比べればなんてことはない。義理、すなわちすべての円滑剤。あと、私は年長者はなんだかんだで敬わなければイカンという認識があるので(その割にはタメ口聞いたり失礼千万なことを繰り返しているが)、やっぱり義理は大事だと思うのだ。
年長者は立てなければ。
だから年長者が「コイツが謙って当たり前」と感じるのは非常に正しいことだと思うのである。「コイツ生意気だ、俺の言うことを聞けや」と憤るのも正しいことなんだと思う。悔しいけれど。ああ、悔しいんだホントは。生まれた順番が早かったか遅かったかだけの問題なのに、と思う場面は多々ある。でも遅く生まれてきた朝は・・・とばかりにそれもしょうがないのである。朝じゃなくて昼でもいいんだが。
そんなことはどうでもよくて、悔しい時に思うのは「私も早くその年になりてぇな」ということである。幾つになっても「早く大きくなりたい」という気持ちを持つ機会はあるのだ。
そして続けて、「私がその年になったらこいつらのよな恩着せがましい連中にはならないのにな」とも思うのである。人間は成長する。今、こういう大人になりたくないなと思ったら、その年になるまでそれを実行できるからな。そうやって成長できるからな。

年長者の言うことは人生の指標になる。私は比較的、壁にぶつかったり先のことで迷っていたり、自分の中で好ましくない感情が沸々としてきたりすると年長者に相談をすることが多い。事情はさまざまあれど、よりよくこの世が回ればイイと思う。自分の独断的な意見だけで前に進むのは、後々好ましくない状況に陥りやすいからだ。
だから、年長者の意見はいつだって耳を傾けるべきだと思うのです。
しかし、すべてが指標であり苦言であり忠告でありアドバイス(アドバイスって忠告と同義語だったか)であるとは限らない。そういうのが顕著に表れるのが「俺が〜してやったんだ」的言い草である。いくら年長者といえどこれは癇に障るなさすがに。
年長者の行為に関して、「ああ、この人は〜してくれたんだな」と思い、感謝の念に駆られることはよくある。本当にありがたいと心から思える。
しかし「〜してやったんだ」ということを表示される(主に直接的な言葉で)と、それがたとえありがたいことであっても「ハァ?」と思うのである。
「感謝の念を持ってくれ、俺に」と釘をさされているようで、非常に困惑するのだ。
感謝の念を持って、というのがさらに転じて「自分は尊敬されるべき存在である」というところまで達してしまうともう重症である。うっとーしー。本人の自分好きが相当なものなことに関しては何も言うまい。誰を愛そうが自由だ。しかし自分崇拝を自分の体の外にまで漂わせてはいかんと思うのだ。内心ものすごく自分のことが好きで、周りも自分のことが大好きであると思っていても、ポーズとして「いや、自分、たいしたことないから」と言って欲しいなできればでいいから。
しかし、自分崇拝を外界に求めていく人間ほど陳腐になっていくというのは世の普遍なんだろうか。自己認識と客観性は反比例するものなのだと思う。違うな、自己崇拝とまぬけぶりが反比例してんだな。
ああ、年長者とは関係ないところに話が。
年長者の「〜してやったんだ」的言い草も、言えば言うほど大したことねえじゃん度を増すのである。純粋に横たわるものが「年 齢」の二文字なのだと気づかされていくのである。
そしてこの「純年齢差」に対して、私は「義理堅く」やってきたつもりだったんだが。
そんなに義理堅くなる必要もないんではないか。
まさに「早く生まれたか遅く生まれたか」だけの差なのである。文字通りすぎて改めて書くのも馬鹿馬鹿しいが。
でもなぁ。その「純年齢差」こそが人間関係の絶対であるのも事実だからな。
年長者は敬うべき存在だ。多少のぐらつきはあったとしてもこれは否めない事実だよ。降参だよ。認めますよ。私はそう教え込まれて生きてきたよ。純年齢差を振りかざされた物言いに対しては、いろいろと諦めておりますよ。
でも、もうすべてのことに御家人のごとく義理堅くなる必要はないのかもなー。
とくに、「純年齢差」に基づく、関係の優位性を突きつけられちゃった時には(この関係は自分次第でどうにでもなるんだぞ!という類の)もう、素直に降参するようにしようかと。誰が悪いわけじゃない。誰を憎むわけでもない。誰をウザイと思うわけでもない。ただ、そこに横たわる「年 齢」の二文字の前に頭を下げて、その存在を素直に認めようというだけのことだ。どんなにあがいてもイカンのである。年齢様様だ。逆転不可能だ。エイジレスなんて大嘘だ。

蛇足だが、さらに言うとこの「純年齢差」は「性別差」とも深く絡み合う。
「男性で年長者」これが一番ヒエラルキーが高く、「女性で若輩者」すなわち俺はヒエラルキー最下層なのである。
ただちんこがついてないだけと遅く生まれてきただけなんだけどな。
だけどその2つはいつまでも付きまとっていくのだ。私は早く年取って男になりたいよ。(綿の国星的発想)



そんな私の年に一度の義理堅さイベントこそが「バレンタイン」だ。
まあ、私に限った問題ではなく世の女すべてが「男に対して義理堅くならざるをえない」日なわけですが。「無理にあげる必要もないよー」とはよく言うが、それで実際にあげなかった時の男性のビミョウな心理変化に対して気の毒だなぁと思うので(実は年長者に対して義理堅くなるのも、そうしてあげないとなんだか空威張りしてるようで気の毒だなぁと思うからなのです)女性は義理チョコをあげるのです。義理堅いよなぁ女って。
んで、私も部署が移ったので今の部署でのバレンタインは初めてなんですが。
他の女性の方から「チョコを配る人数」を聞いてたまげました。

69。
シックスティーナイン。
村上龍?

なんなのこの天文学的な数字は。
しかも、わざわざ配ってもホワイトデーのおかえし率はたったの3人程度らしい。
私も去年のバレンタインは10個くらい個別に配らなくてはならなくて、回収率は1個であった。とほほ。なんのための義理チョコだ。なんのための義理堅さだ。
やっぱり「どうせ義理チョコってくれるもんなんだろ?俺が日々仕事を教えてやってるんだから」っていう気持ちがあるんでしょうか。いや、きっとそこまで思ってないだろう。「〜してやってるんだ」って気持ちの発生って無意識だからな。

バレンタインは女(そして若輩者)にとってイベントなんかじゃねえよ。
私が勤続10年以上になったらこんな制度はきっと辞めにしてやろう。
それまでに年長者の先輩の人たちは皆、やめてくれるのかな?死んでくれるのかな?
2005年02月08日(火)

ジムのカーには乗れそうにないマインド

金曜の午後。
お客さんに対する対応のことや設定について議論を交わしている声がそこかしこから聞こえてきます。みんな真面目だよなぁ。私が考えていることといったら

1.コリン・ファレルはなぜエロいのか
2.コリン・ファレルはデアデビルの時が一番エロいよなぁ
3.コリン・ファレルのデアデビル登場時は濡れたね(抜いたね)
4.明日から旅するとしたら何処に行こうかな
5.生理も終わったことだし自慰解禁だわ
6.でも肝心の性欲が戻ってこない。どうしたことやら。
7.「王道の狗」新刊買わなきゃ

こんな感じなのに、真面目に働いている方々と同じ給料貰って申し訳ないす。ホントはそんなこと全然思ってないす。私は私の仕事をやってるからいいのす。
そして性欲の枯渇もあまり問題にはしておりません。まあ、こんな時もあるだろう、くらいの心持ちで落ち着いております。ホントはよろしくないんだがな、たぶんきっと。まだ早いよなぁ。
なんて書いてたら人が後ろを通過した。見られたような気がしないでもない。
とても訝しげに顔を見られましたから。

昨日は会社の人の送別会だったのだが、帰りが部長と同じという珍しいことが起こる。部長とは滅多に絡まないのである。
で、部長(ヨッパ)に散々指摘されたのだが、「なんでそんなにかばんがデカイ&重そうなんだ」と。
知ったこっちゃありません。しかし、前々から私も「なんでこんなにかばんが重いんだ」というのは自問していたところだ。そこで、私のかばんに入っているものを書き出してみよう。

・財布
・PC(DELL製のめちゃくちゃ重いやつ)
・ケーブル(5本)
・ドライバー(プラス・マイナスあわせて4本ほど)
・ニッパーおよびペンチ
・ラッキング器具の予備
・ビス(20個くらい)
・各種資料
・CDウォークマン(買ったものをその場で聴きたいから)
・CD2枚ほど(今日持ってるのはBROKEN SOCIAL SCENEとビキニキル)
・化粧品
・単三電池4本
・足消臭スプレー
・香水
・各種薬(今は胃薬と鼻炎薬とハイチオールC)
・競馬投票チェックシート(大量)
・本(2冊、ハードカバー)
・JR東日本のチラシ

・・・そりゃ重いわけだ。どこにでもすぐに行けるように揃えてあるんだから。シャンプーリンス、メイク落としなどは会社の机の中に常備してあるしな。ああ、髪留めも入ってた。何がしたいんだ俺は。
で、曲者であり厄介なのがPCではなく本である。
どういうわけか、私はハードカバーの本を買いたがる癖があるようだ。文庫のほうが経済的かつ持ち歩きが便利だというのに。ちなみに会社の机の中にも本が大量に置いてあるのだがこれが見事にハードカバーだらけで邪魔極まりない。
「シンプル」とか「最小化」ができない人間なのだよな。
それはこの日記も然りである。どういうわけか文章が長くなる。短い文章で簡潔にまとめてある日記のほうが読みやすいし理想的なのである。しかし長い・・・病的に長いネ!と言われたことだってあるさ。
ああ、私は大きい/多いものisベストシングだと思ってきたんだなぁ。
自分でもこれはタダゴトではないと思う。この「大きい/多い至上主義」こそ克服するべき問題点なのではないか。
がんばってシンプル目指します。
小学生マインド改めシンプル・マインドを名乗る勢いで。
でもかばんの中身は減らないだろうな。
商売道具ばかりですから。
いや、ホントは斜めがけのバッグとかで出勤したいんだ私は。財布と化粧ポーチと携帯入れたら一杯一杯になっちゃうようなやつ。ああ、でもそしたらCDウォークマン入らねぇか。本も手で持ち歩かなきゃイカンのか。ナプキンだって持ち歩けやしないじゃないか・・・!

シンプルへの道は果てしなく遠い。
あと、コリン・ファレルがエロイのは、過剰な眉毛と過剰なヒゲ感(濃い)ことだと思います。やっぱり私は過剰が好きなのか!過剰溺愛か!



ところで。
神様はいたみたいです。
出張行けそうですわ。ありがたいことに北東北(豪雪!日本海側)ですわ。
少しだけ胃痛が治まった気がする。
2005年02月04日(金)

E2

何回か前の日記に「胃が痛い!罪深い!」と書いてましたが、一時期落ち着いていたのにまたしても胃が痛い。なんなのこれは。
私の自慢は目がいいことと胃がいいことだったんだが、こうなるともうアイデンティティ崩壊である。いや、以前に目が僅かに悪くなったことがあって、「アイデンのほうが崩壊しそうだ!」と騒いだことがあったんだった。
ということはティティのほうも崩壊か。脆いアイデン&ティティであった。合掌。

なんて言ってる場合ではない。
ホントに人生初の胃痛なのである。前代未聞。空前絶後。一期一会。いや、これからは胃痛を伴う人生になるかもわからんが。今まで友人が「胃が痛いのでご飯食べれないワ」と言っても「あ、そう。じゃあ飲みに行こうぜ」と対応していました。胃が痛いってのがどんなものなのかわからなかったのです。傷口が傷む程度のものにしか思っていなかったのです。
が、今はわかる。その友人にはなんて悪いことをしたのだろう。いまや私の胃もビールは受け付けなくなってしまった。炭酸は相変わらず飲んでいるが、ビールはしんどい。スマトラ沖津波のごとく胃壁を襲っているのである。そんな人口災害をわざわざ自分体内で起こしたくもないんでビールはヤメヤメ。それでも、まあ、ひっそりと日本酒は飲んでいるのだが。(買ってきて勿体無いから)今まで「すべての行動を妨げる痛みは歯痛だけである!キング・オブ・エイク!(生理痛をのぞく)」と信じて疑わなかったのだが、胃痛もそれに匹敵する痛みではあるな。しかも内臓の痛みなので表面的には差支えがない、というのがさらにしんどい。
しかしさすがに2週間以上も胃が痛いと唸っているので、周りもホントに胃が痛いということを信じてくれるようになりました。真実は強し。(今までどんだけ仮病を使ってきたんだ私は)

まあ、胃が痛いというのは悪いことだけでもない。
牛乳/乳製品の類が胃によいというので、一日に何度もその手のものを買いに行くのだが、もちろんただ買いに行くわけではなくコンビニとはまったく逆方向の川べりをフラフラと歩いて一服、というようなことを毎日やっているような気がする。就業時間も呑気なものだ。外は寒いが、胃痛がやわらぐ一瞬でもある。
ああ、私は会社に居たくないんだな。きっとそれがストレスなんだな。どこか遠くに行きたいだけなんだな。このまま作業着羽織ったままでいいからタクシー止めて「羽田空港まで」とか言っちゃって羽田着いたら30分後とかに離陸するような便に乗ってしまいたいんだな。でも運賃は片道15000円以下のところがいいな、あんまり高いとあとで後悔する方がイタイしな。機内ではスープとりんごジュースを飲んで元を取るのだ。
そんで空港に着いたらバスに乗って街を目指そう。空港のうどん屋で腹ごしらえをしてからでもよかろう。あ、でもリムジンバスは高いんだよないやだなぁ・・・などと考えても、結局手元には200円くらいしかないので(コンビニに行く時は余計なものを買わないように500円玉握り締めていくようにしている)とぼとぼと机に戻るしかないのであった。(時には「200円で遠くまで行けるシステムを作るべきだこの国は」などとも考えるが)
まあ、妄想力は高まりますわな。
今朝なんぞ、妄想力高まりすぎて「会社に行かずに仙台に行ってしまう夢」を見てしまう始末。そういえば「会社に行くつもりで外出したが、気がついたら(つうか意図的なんだが)新幹線の改札をくぐっていた」なんて行動も久しくやっていない。ウズウズする。なんでそんなに旅がしたいのかよ。(孫風)自分でもわからない。とりあえず人の思惑とか悪意とか思いやりとかなんか知らないがそういうものをやり過ごすのが面倒でたまらんのだよな。そういうのが胃にハッとしてグっと来てるんではないのか。特に去年の旅ラッシュのことを考えるとなぁ。
アフター・ザ・旅ラッシュ。旅敗れて胃痛あり。そこまで大げさなことではないんだが、どこかに行きたい。どこかに行きたくてたまらない。「遠くへ行きたい」のプロデューサーになりたい。これはちと違うな。
ああ、ほうとう食いに出かけようか。山梨ならば安いしな。それもいいな。悪くないな。胃にもよさそうだしな。
「路上」でも読み返してイメージを固めるとしよう。

話は変わるが、我が家に韓国の方が再びいらっしゃるらしい。
ま、いつも通りターミネーター(妹)の友達なんだが。
以前にも韓国の方が3,4日ほど滞在していたのだが、今度は2人!そんなに長くはいないみたいだがいつの間にうちはホストファミリーになっていたのだろう。んで、うちの井筒監督似の人(父)が「なんでそんなにホイホイ呼ぶんだよ」と怒っていたが(でも井筒監督似はうちのターミネーターに弱いので直接は言わない。ヘタレ)、まあ、2人とも日本から帰ったら兵役(!)に行くらしいんで、別に呼んであげてもいいんじゃないかと思う次第。兵役か〜日本は縁がないからあれだが、台湾だって徴兵制あるんだもんな。ドイツとかもあるんだっけ。いやぁ、日本はつくづく平和だ。
んで、この韓国の方々、もうすでに日本には来てるそうで、私が韓国一いい匂いのするシャンプーがもう一度使いたい、と妹に話したところ、わざわざ買ってきてくれましたよ。ありがたや。我が家は「他の国で使われているシャンプー/リンス使いたがり一家」(海外旅行に行ったらシャンプーとリンスを買ってこなければいけない、コレ立派な義務)なのでホントにホントにありがたい。
というわけで、我が家に来た時はどうふるまってあげようか。せっかく「今年は着物を着るぞ!」と意気込んで、結局着たのが正月一回ポッキリなので着物でも着ようか。帯の結び方もなんとなく覚えたことであるし。
しかし家で着物って、それが自然になるまでは照れくさいもんなんだろーなーうちのターミネーターに「気張りすぎ」とか言われそうだしなー。俺は病的な照れ屋だしなー。ああ。
そもそも、着物de出迎えって、別に「ふるまう」の範疇でもないような気がした。こういう時は料理とかできたら便利だな、とふと思う。
作ってみるのも一興なんだろうか。(兵役前の思い出がマズイ料理になるのも可哀相だなオイ)
2005年02月03日(木)

大都会性交響楽

昨晩のことだ。
深夜の山手線。月曜の夜だろうと酔っ払いは存在する。
かくいう自分も飲まないつもりが日本酒一杯を胃に流し込んでいた。翌日の仕事のことを考えるとなかなか二杯目に手を出す気になれず、一杯だけで止めておいた自分はとても懸命に思える。酒の継続誘惑を断ち切ることができただけで私は満足なのだ。
少量の酒は体によい、というのは紛れもない事実なのだ。2杯目に至る前の、後頭部がじんわりと痺れだす前の神経が酔いに抗って、やや敏感になるぐらいの感覚がとても好きだ。もっとも、普段飲む時は一杯が二杯、二杯が三杯・・・と言った調子に増え続けていくばかりなのでこの感覚にはなかなかお目にかかれるもんじゃない。そのレアさゆえに好きなのだろう。「(酒を飲んだのに)今、俺は酒に飲まれてないんだぞ!」という優越感。そんな感覚大してレアじゃねえよ、と思われるかもしれないが、酒VS私で0勝∞敗の私にとっては大変に稀な事なのである。
それはともかくとして、今、目の前に酒に飲まれて大敗をしている女がいる。
タイトスカートの張り付いている尻がひどく肉感的だ。実が十二分に詰まっている。しかしタイツが黒(推定160デニール)なのはいただけない。せっかくブーツ履いてるというのに。ひとりでは立つこともできないのであろう、横にいる男が彼女を支えている。支えているというよりは抱きかかえていると言った方がよさそうだ。
深夜の山手線外回りは池袋駅で人間の大群を吐き出す。それに乗じて私も空いた席についた。立っている人はごく僅か。先ほどの酒に飲まれた女性も座りたい素振りを見せた。だが男が離さない。抱きかかえる、という具合がいつの間にか抱きついているように見えてきた。実際、彼は抱きしめていたつもりなのだろう。
騎士きどりなんだろうか。
どんなに飲んだのかは知らない。
しかし、女は酔いに任せて色目を使っているようにはどうしても見えないのだ。
それどころか、半分以上寝ているので足元もおぼつかないのである。座りたいという具合なのである。
それでも男は座らせない。
座らせないどころか、あろうことか耳たぶを甘噛みなんぞをしているのである。
女の顔という顔に接吻を繰り広げているのである。私の位置からはよく見えなかったが肌を弄ったりもしていたことだろう。
まあ、男女の深い関係の川などはとっくに渡り合っている二人であるのはよくわかる。
にしても、片方が泥酔して記憶がほとんどなさそうな状態で(もっとも、彼女はとんでもない酒豪で酔拳のごとく酔ったフリをしているならば別だが)介抱をするならばそういうことはあまりしないべきなんではないか。
この女性、ドアが開くたびに頭がドアの外に垂れていたくらいでしたから。よっぽどの酔いっぷりだろう。
若いサラリーマン(推定・27歳営業マン)である。コムサメンズの紙袋が足元に置いてあるのだからそれなりの身なり(いや、普通にスーツなんだが)でもある。そういう男子が「誰が見ても全身勃起男根状態(先走り汁ダクダク)」であるのを何も公共の場で示すことはねえだろうよ。
若いとは即ち性欲の塊のことである。
そして現代は空前の性解放時代といっても過言ではない。
性欲自己実現が容易に叶う国、それが日本・・・(自己実現の意味がちと違うが)
でも、やっぱダメでしょうよ。酔わせてお触り放題ってそれはとてつもなくスーパーフリーっぽいし、全身勃起男根ということはとてつもなく「安い」よ。あと27、8とかじゃもう若くないから。分別持とうよ。深夜の山手線だったらなんでもやっていいというわけではないから。

これだけちんこまんこを日常会話で連発している私が言うのもなんだが、「秘め事文化」の喪失は団鬼六ばりに嘆かわしいことだと思うのです。(って団鬼六が言うなよとも思うが)まあ、耳甘噛みしてたくらいですからすぐに口も吸ってましたよ。見えないように工夫はしてたみたいですが、あそこでおっ始めてしまってもおかしくないくらいの乱れぶりでした。男が。
あんなヨッパ状態で無理矢理乳だの弄られても、女もどうかと思うだろうよ。無感覚も同然。「痛みを感じる 次に無感覚になる」と謳ったのはJマスシスだったか。
なんか公開レイププレイ(回文ぽい)を見せつけられたようで忍びない。
いや、男には公開プレイである自覚すらないからタチが悪い。それどころか、公開の場で秘め事をやらかしているつもりでいるのだ絶対に。盲目か。「愛するふたりに周りは見えないのだ」ではなく、「僕はちんこなので目がついてません」と宣言しているようだった。
ああ、セックス至上主義ってやりきれないな!
そいから見る側にしてみれば、どうせ見るならば、やっぱり男女の秘め事は、女性が乗り気じゃないと見てておもしろくねえんだよな!こちとらせっかく感覚が研ぎ澄まされてんだ、妄想させてよ2005(シッシー気取り)

で、全身勃起男根君の結末がまたお粗末なものだった。


鶯 谷 下 車


わかり易すぎるよ!
もうちっと捻れよ!
生臭い街選ぶなよ!

あんだけブランド物スタイリッシュ気取りの格好しといて鶯谷はないだろう。渋谷に行けばいいじゃないか。いや、池袋だっていいじゃないか。山手線の向かって左側で済ませばいいじゃないか。すべてをお洒落に揃える時代は90年代までで終わったんだなぁとふと思った。東京タワーも今や不倫の象徴ということなんだろうし。知らないけど。
ま、裸になれればどこだって一緒なのかもしれないが。案外、黒いリーマン靴下は脱がないでおっ始めるタイプとみた。



***********************************(←レディメイドレコード気取り)

岩手酒蔵見学編は写真の編集上、ちと遅くなるのです。
アーチャーズ・オブ・ローフとガイデッド・バイ・ヴォイシズだけをリピートで聴いて生きていきたい。
そんなことが幸せなんではないかとふと思う火曜の午後。
2005年02月01日(火)

夏ッ油ーワイルド通好みロック紀行(前編)

http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline1120067.html

> 西武グループ、スキー場を原則閉鎖へ
>
>  西武鉄道グループは、経営再建策の一環として、全国で展開している
>スキー場のうち苗場など一部を除いて閉鎖する方針を固めました。
>
>  西武グループは、国30カ所余りのスキー場を展開していますが、
>スキー人口の減少などで今後も収益の改善が見込めないと判断しました。
>  
>  このため、新潟県の苗場や長野県の軽井沢など採算が取れている一部の
>スキー場を除き、原則として閉鎖する方向で地元との調整を進めること
>にしています。
>

「あー鯵ヶ沢行きたいけど、縁ねえんだろーなー」などと呑気なことを言っている場合ではなかったのである。大変だ。
鯵ヶ沢スキー場は、西武グループのスキー場だったのだ。
そして、残念なことに採算が取れていないであろうスキー場でもある。
これはもう、何がどうしても、どうなっても、今シーズン中に鯵ヶ沢に行くしかないのだった。高いとか言ってる場合じゃない。いや、実際にはプランを駆使すれば2泊3日39800円でも行けるようだ。片道5時間くらいかかるけど。あ、飛行機で行けばもうちょっと安くもなるらしい。
「今年中に青森上陸」ああ、叶うよ。叶っちゃうよ。やったよ俺。
しかし3月までに目標が叶ってしまうのなら、その後の9ヶ月はどう生きていけばいいのやら。

というわけで、3月までは思った以上に東北まみれっぽいのです。まあ、すでに1月頭は岩手、1月末(つーか昨日だ)は山形行ってきたんだけど。3月に青森行きを決行するとしたら、2月の間に一回くらいは東北行っておかなきゃな。国分町のおでん屋に行きたい。って俺は「ちょっと飲みに行きたいから東北行ってくる」なんてことができるほど金に余裕があるわけではないんだが。高等遊民気取りかと。がんばって働かなきゃな、仕事だるいけど。
そうだ、3月には名古屋も行かなきゃ。田県神社祭りの季節到来ですよ!

まあ、昨日までの山形旅は「飲みに行きたいから」という動機で行ったようなもんですが。

そんな感じで今回の日記は、1月頭の夏油(ゲトウと読みます)・北上旅のことでございます。
どんだけタイムラグが生じているんだか。

1/3
前日の夜から朝にかけてちょっとした新年呑みがあり、家に戻ったのは午前6時。そのまま超特急でスノボの準備をしていざ出陣。
仙台出身、現在は宮城北部でくすぶっている大学時代の友人マリコ嬢と仙台駅で落ち合い、車で北上を目指す。
マリコ嬢とは大学時代からいろんなところに行った訳だが、タイに行った時は氣志團、宮古だかどっかに行った時はクレイジーケンバンドなど「BGMにはブレイクちょい前のバンドの曲をかける」というのが知らぬ間の決まりごとになっていて、今回のBGMはもちのロンで赤犬でした。東北道を「どきどきすっぽんどきすっぽん」と口づさみながら飛ばす爽快感。気分はうきうきすっぽんうきすぴょーん。高速脇でちんぽろすぴょーんポーズをしたくなるほど(やらないけど)浮かれました。

北上に到着したところでいったん車を止めてバスに乗り換える。
北上はマリコ嬢(宮城北部在住)曰く「ものすごく栄えている街」でした。
駅前にスーパーだかデパートだかのような巨大なショッピングビルがあるんだが、そこのビルの上の看板がなぜか巨大な「魚民」。こんなにでかい魚民の看板を見たことがないというくらいでかい。イトーヨーカドーのハトのマークの看板(スーパーの上にあるやつ)がそのままの大きさで「魚 民」にすりかえられているような感じなのだ。
北上は魚民の町なのか・・・と感心することしきり。(感心ポイント間違いすぎ)
そんな北上駅前からバスで夏油を目指します。片道50分!
うねうねと細くくねった道を上っていくと、どんどん雪が深くなり、どんどん雪が降ってくる。自然とこれが本州でもっとも雪の積もるスキー場なのか、という実感も湧いてきた。
そう、夏油は本州で、どっちかというと太平洋側なのに4,5mも雪が積もるスキー場なのである。谷川岳とか八甲田山とか行った事ないから「本州でもっとも雪深い」ってのは語弊があるかもだけど。しかも周辺に泊まる所がないので、ほとんど地元民ばかりなのではないか。遠い(駅から)ということがネックでなかなか行くことができなかったのだが、ようやっと辿り着きましたよ。
いやぁ、ここのスキー場はなぜそんなにメジャーではないのかが滑ってみて一発でわかりました。
ほぼすべてのコースが中級者以上向け。そしてコース長すぎ。それに加えて当然のように雪深すぎ&吹雪で常に前が見えない。
ああ、これは通好みスキー場すぎるな。「来れる奴だけ来い!イヤなら出てけよ!」とスキー場がスキーヤー/スノーボーダーに挑戦してきてるんだわ。あまりにもロックな態勢なので通好みロックスキー場と名づけてしまいたい。エンケンのよなスキー場だ。
コースが長いんで、山頂から下まで滑っていくと足が痛いのなんのその。一本滑るたびに軽く疲労。ま、先シーズンは一度も滑りに行かなかったので体がなまっていたというのもあるんだろうが。若いつもりが年を取った(すばらしい日々風)わけだ。

滑り出したのが午後3時くらいだったので、当然のようにナイター突入。
夏油山から見る北上や水沢、一関の夜景が美しい。ほーっと思って見ていたら足が滑ってコントのように転倒し、後頭部を強打。目の前に星が回りました。
にしても、夜になると一気に寒くなるのな。でもそんなことお構いナシに滑る滑る。ビール飲んでるからもう麻痺してら。

バスの時間に合わせて滑り終了後は、のろのろと山を下って藤村さん・ショウさんとご対面。
藤村さんは、大吟醸酒「電氣菩薩」というナイスな酒を作っている北上の酒蔵「喜久盛」の若社長さんなのです。
今を遡ること4年くらい前、W☆ING会場でお会いしたオオツボさんが「岩手から来た友達と見に来ている」といって紹介してくれたのが出会いでございました。
その直後はオオツボさんの掲示板で何度かやりとりしてたのですが、Webの大海に飲まれて流されていくうちに疎遠になっていたのですが、昨年、りえ坊が「犬食いに行こう」と誘ってくれていざ行ってみた場で偶然再会したのでした。(りえ坊は私と藤村さんの面識を知らなかった)
いやぁ、人間の縁って不思議だなぁ。
年末に俺主催の忘年会をやった際も北上から来てくれたので、今度は私が北上に行きたかったのですよ!というわけで藤村さんオススメの「焼肉ヤマト」で会食。冷麺がンマイ。そして北上地ビールも飲んだのだが、北上の地ビールはスカーっとした爽快な味ではないのね。マイルド。喉にしっとりと染み入ります。なんとなく健康にいいような気がします。
ショウさんとは初めてお会いしたのだが、りえ坊のファンだそうでりえ坊の話は何処に行っても場が楽しくなるので素晴らしいなと思いました。
マリコ嬢は普段くすぶっておる方なので、この日の飲みは楽しかったらしくいつもより飲んでました。そして酔っ払ってホテルに帰ってすぐ寝てた。

その焼肉の際に藤村さんが「明日よかったら酒蔵見学しま専科?」と誘ってくれたので、ああ、もうコレは行くしかなかろう!行きますよ!と即刻返答。
しかしこれは、同時に「朝早起きをせねばならぬ」ということでもあった。
できるのか俺。
やるしかねえよ!・・・
と、決意しておきながらマリコ嬢がものすごいイビキをかいて寝ている横で長電話とかしちゃって気がついたら2時。久々に羊とか数えてみたが効果はゼロでした。
とか思っているうちに就寝。


ちなみにこの「焼肉ヤマト」、東北蹂躙ツアー日記山形編(1月11日の日記)で

>かつてうちの会社の先輩が
>「ひとりで出張に行った際に飯を食うところが>なくて、
>ひとりで焼肉屋に入った時のむなしさだけは生涯忘れられないね!」
>と言っていた

に書いていた「ひとりで入った焼肉屋」なのです。ウソじゃなくて。(北上に出張によく来てたそうな)
そんな先輩もケコーンおめでとうございます。結婚式行けなかったけど。
この先輩の結婚祝いに「電氣菩薩」をあげたのでした。こんなとこでも縁は巡るんだな。凄いことだ。ただ、あんまり酒が飲めない人なわけだが。

というわけで酒蔵見学編に続く。
2005年01月27日(木)

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