股・戯れ言


BBS

メインストリートの裏道の脇道の練り者

そういえば、今年のレコード/CD初買いはドラッグシティのコンピ盤(中古アナログ)とフィータス(中古アナログ)とニッキー・サドゥン(中古アナログ)とBROKEN SOCIAL SCENEだったのでした。
ちなみに去年の買い納めはスーパーチャンクのライブ盤。
このライブ盤、もうちっと早く買っていたら2004のベストにカウントしていただろうな。スーパーチャンクはなんていいバンドなんだ!インディギターバンドの鏡。来日シテー。

週末はおもしろかったです。
金曜日はくすぐりングスに行ってきました。
中野のエロテロリスト(規模が小さい)、りえ坊の酔っ払いぶりと下品ぶりが素晴らしかった。推定熟女のゆるいけど強烈な替え歌が未だに頭から抜けません。「はらぺこ」という歌を「おまんこ」に替え歌するとは。そもそも「はらぺこ」なんて曲知らないんだけど。
「ダッコしてちょ」も推定熟女の手にかかれば、「まんこしてちょ」に替え歌されてしまうのだった。(ちなみに日曜日は、スカトロショーで「うんこしてちょ」に替え歌されて披露されたらしいが未見)
その後、新宿で飲んでいつものように大所帯になって、そのままふぁる亭に流れ込み、気がついたら一番最初に就寝。起きた後に、自分が廊下で行き倒れのように寝ている写真を見せられて赤★面。死体になってすいませんでした。

土曜日は午後半ばにA肉さんと会う。
待ち合わせ場所がユニオンの6Fというくらいですから、当然のごとくレコ屋めぐりに。当然のようにレコガールになってきたのですが、大学時代に金に困って売ってしまったネイキッドシティの「拷問天国」(トイズファクトリー盤)を見つけて即買いでございました。ああ、もう!私はホントに、トイズの日本盤ネーミングセンスに多大なる影響を受けているのよ!こんなところでまた会えるなんて!別れなければ、また会えないじゃないか、とは小円遊も言ってたからな!
あと、俺の人生の座右の銘である「俺は今まで何度も間違いを起こしてきた、これからも繰り返していくだろう」という名文句を吐いたルー・バーロウのソロ新譜が出ておりました。ありがたや。ルー様、一生ついて行きますから。(ルー・リードにもついていきたいが)
そいからドゥルッティ・コラムfeat.モリッシーのライブ盤が売っていたのだが、CD-Rで4000円だったのでやめておく。が、今も気になるんだよな。嗚呼。
その後、居酒屋に入って6時間近くも飲んだクレタ文明。
飲みすぎイクナイ。で、飲んだくれてふぁる亭に戻る間に、なんだかしらんが感情が爆発して号泣した。いや、爆泣か。いやいや、サイレンのような泣き方だったらしいので、「バカはサイレンのよに泣く」略してバカサイか。
なんでわたしはいちねんにいっかいくらいこうやってかんじょうがせいぎょできなくなるんだろうか。自分でも不思議だ。皆さんホントにごめんなさい。

日曜日は朝、作業のため府中へ。
前日の失態もさることながら、この日は朝から階段から落ちて膝を強打。いたひ。知らないオバサンにまで心配される。
で、府中についたらついたで大丈夫だろうと思ってタクシーに乗り、目的地へ。
目的地に着いたら、今度はタクシー代がビミョウに足りねーでやんの。1140円なのに900円しか持ってないなんて!なんで札がないんだ昨晩一体どれだけ飲んだんだ。
恥を忍んで、「帰りもこのタクシー呼びますんで、借りさせてください」と告げ、タクシー下車。こんなことならばタクシー乗る前に金借りとけばヨカッタ。
そして着いた現場はただの倉庫なのだった。・・・寒い。暖房なんて気の利いたものはございません。ひたすら寒い。
だって雨ザーザーなだけでなく、倉庫なだけでなく、多摩川の縁にあるのですもの。こんだけ雨降ってたら岸辺のアルバムばりに流されてしまうんではないかこの倉庫。イナバの物置のようなちゃちいものではないけれど。
ガクガクブルブル震えながら、さっさと作業を終えてしまおうと頑張ったところで、ごく自然にトラブル発生。ああ、なんだか私はこのトラブルが起こることを予め知っていたような気がする。なぜならば俺がついてないからだ。自分の不運を呪う。
呪いながらSEに電話すると、「今ちょうど東京戻ってきたところだから現場行くわ」と言われ、待機。寒い。ひたすら寒い。UTUとなる。おまけに、腹は減るのだがそれ以上に胃が痛いという具合。もう、私はどんだけついてないのだ。新宿の片隅ばりに、作業場の片隅にうずくまりながらひたすら耐える。
耐えているうちにSE到着。
トラブル原因は何とか判明したが、「それを直すのに3時間くらいかかるわ」と軽く言われてまたまたダメージ。
夜は赤犬のライブだっつうのに!
俺の不運はどんだけ業が深いのだ!
絶望に沈みながらひたすら待機。SEはヘラヘラしてたが私はヘラヘラなんぞしてられん。早く終われと念を送り続ける。
その甲斐あってか、なんとか1時間弱で設定が直り、ぱっぱと作業を終了させて逃げるように帰る。タクシー代はSEに払ってもらったが。ありがたやSEさんよ。みんなに支えられて生きてます。

そして夜は赤犬ワンマン。
CAYの前に、見たこともないような行列ができていておののく。でも知り合いの人がとても多いのな。初めて赤犬ライブを目撃したのが2年前の春か。それも名古屋だったもんなー。時の流れは速いし、人生ってのは徐々にだけどどんどん変わっていくものなんだな。思えば遠くにきたもんだ。
なんてボブ・ディランのようなことは別に考えてなくて、知り合いが多いと祭りのようで楽しい。しかし、人大杉。CAYであんだけ多い人数が入ったら全然見えねえよ。というわけで最初のビデオ鑑賞のコーナーはサッパリ見えなかったのだが、大喜利コーナーはとくさんと一緒に前に行ったのでバッチリ見えた。森下さんは裸の男たちに囲まれても引けを取らないよなぁ。
その後のライブはいつもより若干長め。ブバップはメチャメチャに勢いで演奏しているようなところがあって、その即興性がえらくかっこよかった。勢いisベストシングといいたい。
そしてアンコールでの「フットルース」の完コピは笑った。赤犬ギャルども(年増)が私の後ろで煩くて、死ね!今すぐ死ね!野たれ死にしろ!と思ってた直後だったが、フットルースでそんなのはどうでもよくなった。
まあ、詳しいレポートは(最近全然更新していないが)「シーノーらイーブル」でやりますんで、首を長くしてお待ちください。
ライブの後は、渋谷で大人数で飲み。
なんかよくわからないテンションでまた空回りとかしてたな俺。でも、胃が痛かったのでそんなに飲んではいないのだよ。何はともあれごめんなさい。とりあえず謝っておこう。
そしてこの日もふぁる亭に帰宅。俺の自宅はどこなんだ。

月曜日。
振休をとったので、休みだったのです。
昼ぐらいに銀行で所用を済ませ、そのまま前から気になっていた馬場の古着屋を巡る。そしてあっさりと物欲の神光臨。しばらく服は買うまい。
その後、ダラダラと惰眠を貪ったりしていたのだが、夕方くらいからみやらさんと再び買い物の旅に出かける。
実はこの日の明け方、私は「練り物食べ放題に参加する」という夢をみていたのでした。私は、一部で「ミス・練り物(者でも可)」と呼ばれるほどの練り物好きなのです。なので、大変に喜ばしい夢を見ていたのだ。が。
練り物を嬉々として食べている私をどこからともなく地響きが襲い、食べながら逃げ惑うハメに・・・!ああ、ひょうたん揚げもう一個持ちながら逃げたかった!・・・ギャース!足でちくわを踏んでしまったよ!うわーそんなこと言ってる場合じゃなく地響きが近づいてくる・・・!死ぬ・・・
と思って目を覚ましたら、なんてことない、横で寝ていたふぁる姐の大イビキでした。食われるかと思ったぜ。
そんなわけで練り物イッパイの夢敗れたり、だったのですが、どうしても練り物祭りがしたくてたまらなかったので、夕飯はおでんとなりました。
その日の朝、ふぁる亭から出勤したカトウくんも帰宅し(まるで私のような行動だ)、食中毒で床に伏せっていた遠藤さんも復活したので、なんだか賑やかなおでんとなったのだった。
練り物はなんでこんなにうまいのだ。あんた天才。


というようにいろいろと忙しない週末であった。
おもしろかったなぁ。てか、おもしろいところに居れてよかったなぁ。会社員なのに、こんなにオルタナティブな面々の中に居られることは奇跡に近いよ。
そして自分で言うのもなんだが、感情のジェットコースターぶりが凄いよ俺。EBTGの「ローラコースター」を自分のテーマソングにしてもいいんではないのか。あんな穏やかなもんじゃないが。
そして、日曜の明け方から今に至るまで胃が痛いのれす。
遠藤さんは復活したんだけどなーなんだこれは。
俺の胃痛はどんだけ業が深いんだ!

2005年01月17日(月)

山形無宿、転じて山形有友〜東北蹂躙ツアーその3

新年あけました。おめこ。
と、ベタな感じに10日以上遅れの、季節外れの海岸物語(鶴太郎はモノマネ封印!)、じゃなくてごあいさつでございます。
旧年中は日記をサッパリ書かなかったので、今年はちゃんと日記を書いていく年にしたいなと思う次第でございます。時間がないとか言ってる場合じゃなかろう�供�←あれ、なんで自然変換でこんな字が出てくるんだ。聖飢魔�教ぜ茲蠅�このPC。
その他、今年起こって欲しいことの箇条書きなど

・会社の移転先が土壇場でマイホームタウンじゃなくなりますように
・錦糸町にHMVかタワレコかユニオン(これが大本命)ができますように
・ジョシュ・バーネットに姫ダッコしてもらう
・マン馬券当てる
・みやらさんの子供の名前が「宮良TOUJIROH」になりますように

なんて戯れ言はともかくとして
日記も長いこと書いていると、毎年どこで正月を過ごしたのかが記されているわけですが福島→名古屋→東京についで今年は岩手でございました。そうなると来年は大阪あたりなんだろうか。
しかし年末も東北で年始も東北か。どんだけ東北が好きなんだ俺。
年始の東北記録を書きたいのも山々なのですが、まずは年末の東北蹂躙ツアーファイナルのお話をば。

12/20(続き)
仙山線内で財布を開くと、あら、ま、3000円しかないじゃねえかよ。
とりあえず駅についたらお金おろさなきゃイカンな・・・と思いつつ電車に揺られること1時間弱。なかなか到着しない。
なぜこの電車はよく止まるのだろうと、ふと気づく。駅に止まれば平気で5分や10分止まるのだ。ある箇所では各駅ごとに長い間止まりやがっていた。

そんなわけで17時過ぎに着くはずが、到着したのは17時半近くなのだった。
山形は雨〜。仙台は雨なんぞ降っていなかったのに。
さっさと金をおろして、傘までわざわざ買っていざ次の作業場へ!と思ったが、よく考えたら急遽「山形に行ってくれー」と言われただけなので
何処に行くかも
何をするかも
誰に会うかも
わからないのであった。山形無宿。
言い知れぬ孤独感・・・ということにはならず、まあ、電話して聞くしかねーなーと思い駅前の喫茶店に入りSEとゴニョゴニョ。緊急事態だと言っていたにも関わらずSEも呑気に「なんか、山形の図書館の近くにあるみたいだわー」などといういい加減な場所説明しかしてくれない有様。どこだよ図書館て!
俺には地図もなんもないんだ!(P-inも故障中で使えないし)
そのうちにお客さんのほうから電話がかかってきて丁寧な場所説明がなされる。
こりゃあ喫茶店でのんべんだらりとしている場合ではないな、と気づき慌ててタクシーに乗り込む。

そしていざ客先についてみると、外で震えながらお客さんが待っていらっしゃったのだった。
やべぇ、相当怒ってるんではないのか!と思い常に低姿勢で対応。その甲斐あってか、お客さんも別段怒ったりはしなかった。(こういうお客さんが怒っている場合は、俺のような女作業員が行くとだいたい「女の子が来るとは思わなかった」という理由で怒られないことが多い。そのへんを狙ってうちの上司も俺を行かせたのだろう)
というわけで、移設も無事に済み、さあ、接続もチョロイものだろうと思ったその時。

つ な が ら な い よ

なんでだよ!
なんもミスしてねえよ!
過去ログだっててめえで持ってたから大丈夫だと思ったのに!(その機器はかつて私が設定したものだった)
お客さんも「ああ、すぐ終わっちゃうような作業だったんですねぇ」とか言ってたのに。SE、営業、俺、俺上司という皆があたふた。原因を調べるから待っておくれ、などという電話がかかってきたっきりしばらく放置されるハメに。
そんな放置プレーをされているうちに8時半が過ぎ、新幹線最終は見事に乗り過ごす。
「もしかしたら東京の飲み会にチラっと顔出しくらいはできるかもしれない」という希望もなくなる。
あーホテル取ってねえよ、どうしようか、と思っていたらお客さんが
「この時間からホテル取るのは厳しいんで、うち(お客さんの会社)の名前が効くホテルを取ってあげますよ」と言ってくださるではないか。
ああ、ありがたや。ご厚意に甘えてホテルを取っていただくことにする。
しかし、そのお客さんが抑えてくれたホテルは山形の高級ホテルなのだった。
俺の会社の出張費はやっすいものなんだが、地方に行くとホテルも安くなるのでホテル代が浮いたりもするのだ。
が、今回は9000円弱。
そんな高いホテル、東京で泣く泣く泊まるとき以外泊まった事ねえよ!
しかし、お客さんの厚意を無碍にするわけにもいかず、「あ、そこだったら大丈夫です。お願いします」とか言っちゃってんの俺。多めにお金おろしとけばヨカッタとか後悔してんの俺。気が弱いのイクナイ。
あと缶コーヒーもいただいたんだが、飲めないのでそのままかばんにそっと忍ばせましたよ。珈琲飲めないのはいろいろと不便だ。

結局、上司と電話であーだこーだやっているうちに繋がらない原因がわかり、わかったはいいがうちの会社の範囲では直せない設定なのでその別の業者が来るのか来ないのかで再び待機。
お客さんが「今日はもう終わりにしましょう」と言って解放されたのが10時過ぎなのであった。
帰り際、営業からの電話にお客さんが「(再作業は)24日の午前中が都合がいいかな」と言っていたのを耳にし、いやな予感がする。

というわけでお客さんの呼んでくれたタクシーでホテルに向かったのだが、外見からでもああ、これが高級ホテルか、とわかるような高級っぷり。よく海外旅行パッケージツアーなどで準高級のところに収まっているようなホテルだ。作業着はおったまま入るのもどうかと思われたが、はおったまま入った。
で、いざ部屋についてみると、なんと!ツインルームじゃねえかよ!
そら高いわけだよ。
でもツインなあたりが無理矢理部屋を作ってくれた感に溢れていた。さすがおえらいさんの会社は名前を名乗っただけでも待遇が違うんだな。
貧乏人らしく、最初は双方のベッドを交互にゴロゴロしたりしていたんだが、さすがに腹が減ってきたので外出することに。
しかし、そこは山形。
もうほとんどの店が閉まっているよ。
いや、いちおう繁華街の真ん中に位置してはいたのだ、このホテル。しかし繁華街自体にもう灯りのともっている店がないのである。
せっかくイイホテルに泊まるのにコンビニで飯買ってきて食うのもいやだしなーなどと思い、歩き回って探してみるも、食事のできるところは一向に見つからない。途中一軒だけ焼肉屋をみつけたのだが、かつてうちの会社の先輩が「ひとりで出張に行った際に飯を食うところがなくて、ひとりで焼肉屋に入った時のむなしさだけは生涯忘れられないね!」と言っていたのを思い出し、回避。

どうするだよどうするだよ、コンビニ飯しかもう選択肢はないのか・・・と思いかけていたところで「手打ちそば」というのぼりを発見し、藁にもすがる思いで入ることにする。
しかし、そこの横はキャバクラだ・・・うわーキャバ嬢とメシ食ってるオヤジばかりだったらいやだなぁ、「おめ、めんごいなぁ」(←想像の山形弁)などという会話を交わすキャバ嬢とオヤジのカップルわんさかの中に、ノーメイクに鉄郎ポンチョの女がひとりで蕎麦すするってのもなぁ、などと危惧するも、もう残りの選択肢はないのだ。背に腹はかえられぬ。腹を括って扉を開いたのだった。

想像とはまるっきり逆の光景だった。
客ゼロ。もう閉店間際だったのだろう。「まだやってますか?」と思わず聞いてしまった。店の主人は「まだやってるよーささ、どうぞどうぞ」と招き入れてくだすった。ありがたやありがたや。
そして「日本酒でも飲むか?」と聞かれて返答に詰まる。
日本酒は魔の水だ。少なくとも俺にとっては。
日本酒を飲んで何がなんだかわからなくなった経験多すぎなのです。
そして日本酒を飲んだ次の日の苦しみを考えると首を縦に振ることができず、焼酎でお茶を濁す。しかし店の主人は「東北に来たら日本酒を飲まなきゃダメだ」と果敢に日本酒を勧めてくるのである。そして自らもグイグイ飲むンである。
で、目の前には山形牛やら青菜漬けやらが次々と出てくるという有様。この主人も話術が巧みなんだこれが。ひとりでメシを食いにきたつもりが、気がつけばガハハガハハ笑うよな飲みに。そして乗せられて日本酒を飲んだのだった。
いやーうんめぇーのなんのその。
日本酒が旨いのはわかってるんだが、なんて芳醇なんだこの酒は。なんて口当たりがいいのだ。なんて悪い感じに残らないのだ。
聞けば「酔芙蓉」というお酒の搾りたてのものだという。東京では手に入らないので貴重なんだそうだ。あまりの旨さについ、一杯が二杯に、二杯が三杯になってしまう。話も盛り上がるモンで酒も食べ物も進む進む。
あれ?蕎麦屋に来たんじゃなかったのか?
と、途中で気づき、「じゃあ、そろそろお蕎麦をもらおうかな」などと言うと
「茹でるのにまだちょっと時間かかるからこれでも飲んでろ」とさらに酒を注がれてしまうのだった。
そして最後に出てきた蕎麦。これがまた絶品以外に言い様がない。
部屋が暖房であったかかったので、冷たい蕎麦を出してもらったんだが冷たい蕎麦でも汁いっぱい。つなぎを少なめにしているようで、腰が強すぎないのも素晴らしかった。
ここの店の蕎麦にはれんげがついているのもよかったです。汁が飲みやすいのな。
そして気がつけば午前2時半。
4時間も居座っていたのだった。遅くまで相手してくれてありがとうよ。
「気をつけて帰れー」と送り出されてすぐに段差に気づかず転んだが、そんなことは気にならないほど楽しい夜なのだった。会計もとんでもない金額になっているのだろうと思ったら、ビックリするほどお安い値段なのだった。もう、ホントにいい店に知り合ったもんだ。店の主人とはすっかり仲良くなっちまったよ。地方での出会いは貴重ですよいやまったく。
「90%の確率でありえないんだけど、あさってくらいにまた山形来るかもしんね」と言って帰ったんだが、この時点ではまさかそれが事実になるとは知る由もない。


12/21
朝起きたら絶対二日酔いなのだなーと思っていたが、驚くほど快調な朝。
いい日本酒といい蕎麦を食べたら二日酔いしない!と店の主人は言い切っていたが、ホントにその通りなのだな。
というわけで朝食もしっかり食べる。高級ホテルなだけあって朝飯が高いよ。しかし、ホテルの最上階から山形の街を見下ろすという優雅な朝食なのだった。セレブ気取り。山形の朝は雪がちらつき、なかなか乙なものであった。
そしてのんべんだらりと帰京。
帰りの新幹線内で上司からの電話が。
「オマエ、今日作業ないはずなのに昼に新幹線乗ったのかよ!」
あいすいません。だらだらしてもうたよ。
「まあ、いいや。とりあえず、再作業、24日に決まったから。また山形行ってくれい」
・・・・・・・!
・・・・・・・!
・・・・・・・!


山形追加公演編に続く
2005年01月11日(火)

水沢アキの陣、いや、水沢冬の陣〜東北蹂躙ツアーその2

正月は直前まで仕事だなんだと言われていたのに、結局仕事ないらしい。なんだよ、早く言えよ。予定立てることもできなかったじゃないか。
ということは、久々に家でゴロ寝三昧なのか。やっと休息できるのか、と思ったんですが、なんとなく「出張じゃない旅」に出たくなったので、3日間くらい湯治場に逃げようかと思っております。
湯治場というか、青森に行きたいんだよなぁ俺。北国は寒いが、その分情緒も溢れているしな。寒い中日本酒とか呑みたいじゃないか。
つうか今年の出張三昧の中で唯一行かなかった東北が青森なのです。思いは募るばかり・・・正月くらい青森で贅沢してもバチは当たらないだろうよ。
それか岐阜の山奥に行きたいなぁ。
それか地方競馬場に行きたいなぁ。(←もはや贅沢でもなんでもない)

というわけで、地方競馬場のある町、水沢に行った話をば。

12/19(続き)
スーパーひたちの最終特急で仙台へ。
このあたりは交通の便が悪いせいか、それとも日曜の夕方だったせいか、とにかく車内は満員。かとうじて座席獲得。
もうあたりは真っ暗であったため、景色を楽しむこともなく寝ているうちに仙台に到着。ここから東北新幹線に乗り換えて水沢江刺に向かうはずだったんだが、乗り継ぎまでに1時間あったので途中下車して「楽天の町」っぷりを楽しむ。いや、なんか町全体は「仙台にようこそ!楽天」と賑わっているのに、町行く人々は誰もそうは思っちゃいない顔しているのが面白い。当たり前なんだが。
私にとっての仙台の楽しみといえば、阿部かまという蒲鉾屋が出している世界一横文字感ゼロなファーストフード「ひょうたん揚げ」(アメリカンドッグの衣の中にかまぼこが入っている代物)を食べることなんだが、阿部かま路面店まで足を伸ばす時間はなかったので泣く泣く断念。
いや、どうせ次の日、水沢から帰ってくるときに仙台で途中下車して食えばいいんだわ、と思っていたのだった。
そんなわけで牛タンも明日でいーやと高をくくって水沢へ。飯は「一念ホッキ弁当」というホッキ貝の駅弁。名前はふざけているが(でも「股・戯れ言」でもタイトルに使いそうなレベルのダジャレだわ)ホッキ貝とホッキ飯があまりにも香ばしくてテンションが上がる。
ほどなくして水沢江刺到着。
着いたのが10時過ぎだったことも相まってか、あまりの閑散ぶりにどうしていいものやらと途方に暮れる。
いや、大沢誉志幸ばりに途方に暮れている場合ではない。この日は水沢まで辿り着けないんではないかと思って宿を取っていなかったのである。
駅に着けば「ホテル案内」なんかがあると思っていたんだが甘かった。なんもねぇ。かろうじて存在するのは「炎立つ」の出演者手形だけという具合。つーかそんな大河ドラマすっかり忘れていたわ。奥州藤原家が主人公だったのか、そりゃ地味なわけだ。あと、こっそりと来年の大河「義経」のことも貼ってあったな。来年の義経はタッキーですが、炎立つの義経は野村宏伸ですよ。「せんぱぁい」なんて言う義経・・・「源平びんびん物語」だそれじゃ。
というわけで、タウンページかっさらって電話をかけて3件目でなんとか宿確保。仙台の友人が「水沢ならどこ電話しても泊まれるだろーね」と言っていたが結局2件は断られてしまった。まあ、時間も時間だったからやむなしか。
タクシーで水沢市街地へ。
途中、北上川を渡り、川沿いにある水沢競馬場前を通り過ぎる。土日は開催していたが月曜は開催していないらしい。惜しいなー月曜開催していたら寄ったんだけどなー。来年は地方の競馬場をめぐる旅がしたいものである。財政赤字で地方競馬がどんどん廃止されていくならばなおさらだ。とりわけどうしても見たいのがばんえい競馬。
馬がでかくてずんぐりむっくりでおもしろそうだ。
その日はホテルについてそのまま就寝。しようとしたんだが、ダニがいて寝られやしねぇ。PC広げて小説もどきのものを打っていたが気がついたら麻雀ゲームに興じていた。
仙台で買ったセレクターのCDがとんでもなくよかった(当初、「ヤツザキはあんま好きじゃないかも」と言われていたんだが、まったくもって好みでございましたよ)ので、それを聴いたまま寝ようとしたが、今度は金縛りのようなものにまた見舞われたのでハッとして起きてしまう。
金縛りってやつは(冬のリビエラ調)仰向けで寝ているときになるので、うつぶせで寝ていたその時は油断をしていた。仰向けなところをひっくり返されそうになるという変形金縛りだったし。
しょうがないのでテレビをつけたら、サンダーバードが一挙再放送をしていて、つい一話見てしまったらそれから止まらなくなった。昔も見たことがあった「大ワニの襲撃」はホントにおもしろいなぁ。

翌朝、目を覚まして外を見るとホテルの裏は巨大な墓地であった。
そりゃ変形金縛りにもあうわ。
まあ、当方、霊感ゼロではございますが。
まあ、今日は作業が1時間くらいで終わるだろうから水沢で牛でも食ってこよう。前沢牛のほうがはるかに有名だが、「パイオニア牧場」とかいうところで格安ステーキが食えるらしいしな。そんで食ったら仙台に行くぜ。仙台でひょうたん揚げ食って東京戻って、夜は飲み会だ。大丈夫か俺。体力持つのか。

などと思いつつ、さあ、それでは作業に行きますかの、とホテルを出ようとしたその時。
電話がかかってきたのだった。
上司からだ。
「あ、もしもしーおまえ今水沢だろー?これから作業?」
なぜか底抜けに明るい。イエス、高須クリニックばりにこちらも答えたら

「その作業、1時間で終えて山形に行ってくれい!じゃ!」

さわやかなそよ風のよう軽やかに、ずっしりと重いお言葉が!

仙台への夢は見事に絶たれた。
夜、東京に戻って飲み会の予定も丸つぶれ。
岩手と山形。同じ東北カテゴリーでありながらこいつは厄介な移動である。
どれくらい厄介であるかと言うと、いわきから水沢に移動したのと同じくらい無駄に長い移動なのだ。直通ゼロ。地図上では近くは見えるが、移動時間は4時間弱・・・出費だって当初予定の倍額ドン・・・
またまた僕は途方に暮れる。
いや、忙しいぜ、とても。こうしちゃいられねぇ、とばかりにとりあえず本日の水沢作業場所に赴き、ミッション通り1時間で作業を終わらせようと頑張った。予想外なことに東京からお客さんが着ていたのでびびったが。(顔見知りで、しかも仕事に厳しいやり手の方だっただけに!←手を抜いて早く終わらせようと考えていた)
そんなことはものともせずに、さ、コレさえ終わればフィニッシュ!発射!という段階まで辿り着いたところで頓挫。ぐへ。なんでだよ!
慌てていろいろ試したが原因不明。SE(徹夜で全然寝てないのでイライラしてた)に電話をかけまくってさっさとここから解放してくれ!と頼む。
なぜならば、仙台への夢は絶たれたが、水沢「パイオニア牧場」(パイオニア戦士とOK牧場を彷彿とさせるネーミングだ)でステーキを食らう夢は捨てていなかったのである。牛くらい食ってもいいじゃないか。
しかし、寝不足のSEも逆ギレ気味に「わかんねえんだよ!そんなもの!」と吐き捨ててくる。「そんなこと言われても!お客さんもタイムリミットがあるんですよ!」と負けずに切り返す。ややウソ。私のタイムリミットだっつうの。
結局、全然違う業者の手違いという結果で、その手違いを撤回するまでは待機だという。待機時間は早くて1時間、遅くて3,4時間・・・また電話だ。今度は山形でのミッションのほうの営業で「まだ終わってないんですかぁ!?早く移動してもらわないと間に合わないですよ!」などと急かしてきやがる。
おーまーえーなー
おまえの手配ミスでたまたま東北に居た私が山形行く事になったんだろうがゴルァ。
そうなのだ、本来は別の作業員を3日前に行かせなければならなかったところをこの営業が手配忘れてて、すっぽかしをしてしまったのである。そりゃお客もカンカンだわ。

などといろいろうちの会社内で揉めているうちに、昼になったのでお客さんが「昼飯でもいきませんか」と言ってくださったのでついていくことにする。
この時点でパイオニア戦志、間違えた、パイオニア牧場の夢も絶たれる。
でも、もしかしたら牛のうまいところに連れてってくれるかもしれんしな、と淡い期待を寄せながらお客さんが連れていってくれたところは・・・
和風ファミリーレストラン・・・!
なにが悲しゅうて水沢まで来てファミレス・・・!
しかも、ファミレスとは行ってるが、単なる定食屋なのだった。とほほ。
「いやぁ、水沢の名物はりんごですから、飯はどこもおいしくないですよ!わっはっは!」と言われてもなんの救いにもなりやしねぇ。
まあ、せめて何か旨いものを・・・と思って「かき鍋うどん」を食う。寒いのでおいしく感じられた。でも水沢と牡蠣に関連性は何もない。

昼から戻って1時間半でなんとか作業終了。
SEと営業に急かされてこれまた水沢駅に急ぐ。今度は新幹線ではなく在来線なのだ。急いだおかげで15分前に到着したが、駅前は夜と変わらず閑散としているので「栗入り大判焼き」だけ購入しておわり。栗とあんこは何処に行っても旨いのね。抹茶と牛乳くらい黄金コンビだ。


そして在来線、新幹線乗り継ぎでとりあえず仙台へ。
仙台ではもしかしたら乗り継ぎに30分くらいかかってあわよくばひょうたん揚げにありつけるかも、と思っていたんだが、乗り継ぎ時間は非情にも5分弱であった。
まあ、乗り継ぎに1時間あっても断念せざるをえない距離なのに、なにがなんでもと思うと距離などは度外視になるらしい。

仙山線は通学の方も非常に多い線のようで、学生でごったがえしていたが、山奥のへんなところで止まったりしてビックリした。そして電車内だっつうのに容赦なく電話をかけてくる営業がうざい。バカ。死ね。

あ、仙台で金下ろし忘れた、と気づいたのはその仙山線内のことだった。


山形編に続く
2004年12月27日(月)

花は桜木、財布なくすわいわき〜東北蹂躙ツアーその1

2004年も残り僅か。
思えば今年もいろんなことを遣り残した気がする。
「ウンコと彼女」の練習をやるという話は一体どうなったのだ、とか、引越しは結局しないのか、とか、ま、そんな感じでございます。
しかし、今年一番劇的に「遣り残した!」と思ったのは日記をあまり書かなかったことだろう。その代わり旅が劇的に増えたわけだが。(こっちは今年の「やりすぎた」事項)
旅と日記。ドッキングさせれば「旅日記」なんだが、見事に反比例しやがる事例なのである。両立するのはとても難しいことなのだ。
前の日記にも書いたが、私は紀行文を書いていきたいんだよ、紀貫之になりたいんだよ。だったら書けばイイだけの話だが、ノートに走り書きしたようなことをPCで打ち直すのはなかなか面倒くさいことなのである。
そう考えると、旅には「写メール日記」がうってつけなんだよなやっぱり。

そんなことをいろいろ言っておりますが、今年最後の大出張を遂げてきましたのでそれについて書こうかと思う所存でございます。

12/17
早朝の新幹線で新白河へ。
客とSE4人でとある工場に行くことになったのだった。客4人だろう、スーツ着なくてもいいだろうよと思ってたら、なんとまあ、総勢8人の大団体(そのうち客6人)じゃありませんか。大失敗。外人までいるじゃねえかよ。
しかも切符なくして、駅員に「今度から気をつけてもらわないと」と言われてるところを客全員に見られる始末。
その工場は大学時代の友達が勤めている会社のお得意さんだった。というかその友達がよく仕事で行っていたとこだった。ネットじゃなくても繋がってることってあるんだな、と思う。
なんてことのない作業をこなして東京に戻る。
日曜から再び福島に行くことが決まっていたんだが、同じ福島といってもべらぼうに遠いので現地に残っていても意味がないのであった。
それにしても久々に在来線→新幹線の乗り継ぎ時間が2分!という修羅場を経験したぜ。在来線遅れてんじゃねーよ。新幹線も在来線遅れたらまっとれよ。
おかげでままどおるを買い損なったが、なんとか車内販売で購入。

そして夜から会社忘年会に参加。
気張って30人予約をしたらしいんだが、参加者はたったの15人ほどというお粗末ぶり。部屋だけ無駄に広く、ヘンな位置(ど真ん中)にテーブルが配置してあった。
あまり飲まないつもりが、気がついたら2次会に流れ、さらに飲んで3次会に流れ着き、最後に流れ着いたのはふぁるこん亭。朝の4時とか5時とかに行って申し訳ない。俺、暴れすぎ。
しかし、その忘年会でとなりのグループのマネージャーが
「20代前半の娘の部屋が汚いんだけど、どうなのか」
「20代前半の娘が土曜になると帰ってこないんだけど、どうなのか」
「20代前半の娘の部屋に入ると『入ってくんなよ!』と怒鳴られるんだけどどうなのか」
と神妙な面持ちで尋ねてきました。
ああ、なんだかとってもそんな娘知ってる気がするなぁ・・・俺とうちのターミネーターだったわ。俺は20代も後半なのでその娘さんよりはるかに重症なわけだが。
「そのぐらいの年頃の娘はみんなそうなのかって心配しててねぇ。うちだけなんじゃないかと思って」
ああ、私は言いましたとも。
「22過ぎて実家で同居している娘はみんなそうですよ!なんもできないですから!」
周りの未婚男子どもが納得していましたよ。俺、真実言った!経験に基づいて!

あと、「最近の俺はインポなんだよ!深刻なんだよ!」を連発し、皆を困らせたと記憶しております。


12/18
二日酔いにつき、夕方までダラダラして歌謡ちゃんねると新宿飲み。
さすがに飲むと調子が悪かった。当たり前だ。


12/19
前日、家に帰り、日曜の朝錦糸町(場外馬券)→いわき湯本(立ち寄り湯)→作業のつもりだったんだが、11時ごろに慌しく家に戻って出張道具だけ担いで出発。
まあ、合間を縫って場外には行ったんですが。時間がなかったので阪神牝馬Sだけ買ってこれまた慌てて上野へ。
なんでこういう時に限って電車が止まってるんだよ!バカ!

今回の出張の何がすげえかって、いわきで作業終了後に水沢まで行かねばならんことなのです。
水沢、それは岩手県。
いわき、それは福島県。(しかも太平洋沿岸)
太平洋沿いに特急で北上せねばならんという非常事態。そしていわきから仙台まで直通の特急は午後6時で運行終了なのだ。いわきでの作業は4時開始なので、なにがなんでも2時間以内に作業を終わらせなければならんのである。
でも、ま、たいした設置でもないんで1時間以内に終わるんじゃないですか、と鼻をほじりながら余裕をかましていたのでした。
楽勝、楽勝ーと服部を鼻歌で歌わんばかりの余裕っプリ。

というわけで、上野で水沢江刺行きの乗車券と湯本行きの特急券を購入したんだが、駅員に訝しがられる。当たり前だ。上野から水沢江刺ならば東北新幹線で行ったほうが安いからな。でもしょーがないのよ、お仕事なのよ。
太平洋岸をぐんぐんと走っていけば、昼間なのでいやでも北茨城の街道沿い廃墟が目に飛び込んでくる。前回のいわき出張時も気になった物件なのが「パチンコ太平洋」という廃墟なんですが、崩せばいいのになぜ放置なんだ。すぐ傍の海岸とかもめの大群(フン落としまくり)のおかげで際立って切ない。金も人も生気も温度も時代(見事な昭和ぶりなんだ)も太平洋の荒波に打ち砕かれて当の昔に流されてしまったというのに残骸だけが21世紀まで残ってるなんて。
なんだかんだのうちに湯本。硫黄臭が鼻を突く。
作業まで時間があったので、駅前に何かないものかとウロウロしているうちにぺ・ヨンジュンの似顔絵の横に「好きです!久つみの和菓子だっぺ」と書かれたポスターを発見して途方に暮れる。ペの嵐はこんなところにまで波及していたのか。
それで福島に極秘来日なのかも。「なぜ福島を選んだんだ、ペ(←カタカナのほう)よ!」と思っていたんだが。

そして温泉街とは反対の工業地帯へ。さすがに日曜日、誰もいやしねぇ。
作業のほうは楽勝、1時間で退散・・・のはずだったんだが、たいしたことない箇所で詰まり、時間を見れば、あら、ま、5時20分じゃないかよ。
どうすんだよ・・・!
在来線で仙台を目指すのは無謀に近い!・・・(3,4時間あまり)
というわけで、あせってなんとか終わらせて5時半。そこから必死にタクシーを呼んで、なんとか間に合いそうになったな、とタクシーの中で余裕をこいた途端に、そいつの気配は始まったのだった。

・・・・作業場に財布忘れたかもしれん・・・・いや、忘れた気が・・・

タクシー後部座席でかばんをひっくり返しながら探る探る。
まったく見つかる気配はない。それどころか出張用に持ってきた(最近はインポ気味なので使うことは滅多にないんだが、急に性欲が戻ってきた時のために)ローターがかばんから飛び出てしまうという非常事態。(電池はあらかじめ抜いてあるので動き出すことはなかった)車の中および外が真っ暗なので運転手には見られずに済んだが。
そうなのだ、外も中も真っ暗なので余計に見つからないんである。財布が黒であることを憎む。選んだの自分だけど。

そんなこんなのうちにタクシーは順調に駅に近づいていく。どうすんだどうすんだ。ここまで来て「あの・・・戻ってもらっていいですか?」とか言うしかないのか。いや、言わないと水沢にも行けないだろう。ああ、もう、言うしかないな・・・いやな顔されんだろうな・・・つか在来線の道しか残らないんだろうな・・・・などと諦めモードに入った途端に
財布はいとも簡単に見つかったのだった。
なんてことはない。スポーツ新聞の間に挟まっていただけであった。
万事休す。

そうしてなんとか駅に到着。無事仙台に向かったのであった。
駅で待っている間に阪神牝馬ステークスの結果を知ってしまい、見事に外していたので財布の中に大事にしまってあった馬券は捨ててきたのだった。
(↑この馬券のために必死だったといっても過言ではない)

水沢編に続く
2004年12月25日(土)

ハングリー・ライク・ザ・竜ちゃん

気がつけばもう12月なのでございます。
気がつけば流行語大賞も終了、知らぬ間にギター侍などと言う奴が持てはやされているというこのご時世。先日、本屋に行って「マスターベーションの歴史」とか「お尻の歴史」などを立ち読みしていたのですが、サブカルコーナーはお笑い芸人の単行本に溢れているのな。ビックリしました。しかも長井秀和だのそれこそギター侍だの、ドランクドラゴンだの。
そういう芸人の芸って、わざわざ活字になってるものまで読みたいか?
あ、いや、私だって「たまにはキンゴロー」や「浅草キッドのバカ丼」は相当読みました。たまキン〜お笑いウルトラクイズ〜電波少年初期の時の松村は本当に神がかっていたと今でも思うし、バカ丼のネタでは本当に腹がよじれるほど笑ったものである。カバキネタとCCガールズのネタが今でも印象深いところだ。「週刊アサヒ芸能人」読みたさにアサ芸買ったりもしてました。とてもとても恥ずかしいことだが、俺は水道橋博士に心酔していたんだ。ジャニーズのおっかけはもちろんのこと、ジャニーズの雑誌切抜き集めとかはやったことないが、そんなレベルで好きだった芸能人は水道橋博士だけなのである。付き合いたいとかも真剣に考えたことがあった。ああ、なんかサブカル歴暴露しているみたいで(実際しているわけだが)恥ずかしい。赤面。
そして私の学生時代といえば、まさに「ボキャブラ天国」大フィーバーだったのですよ。お笑いライブもよく言ったなぁ、悲しいことに。ゴルゴ松本と写真撮ったりしたもんだ。しかもうちのターミネーターも一緒に。ああ、本当に恥ずかしい。(今は今でゴルゴ松本のG1予想を毎週欠かさず見ているわけだが)
お笑いに狂うイタイ時代・・・それがティーネイジャーだと思うのです。
人はお笑いを卒業していくことで大人になっていくのだなと思いました。卒業しきれてないけど。

それがだ。ギター侍なんて、なんといっても徳光が絶賛しているという事態だ。「ギター侍に斬られてこそ、本物の芸能人だ」とか帯に書いてあったが、なんだそれ。この文を読んだ時に、いや、芸能人批評芸(と呼ぶのかどうかしらんが)というのを聞いた時点でナンシー関のパクリじゃないかよとすぐに感じた。細かいネタまでは見てないのでパクってるのかどうかわからないが、なんともちんけな侍である。テレビ界はナンシー関を黙殺したが、ギター侍だったらウェルカムと言う姿勢はよくわからないな。あれなのか、毒舌でバッサリ斬っているようで最後にプチヨイショみたいのをしてたりすんのか。それとも痛くも痒くもないようなこと(例:和田アキ子=でかい、酒乱のような)を毒舌と言ってるだけなのか?
まあ、ナンシーは紙媒体の人なので、テレビ界に黙殺されるのはいいとする。しかし、ギター侍、テレビ界だけに収まってればいいのに、何故紙媒体に進出してくるのだ。それこそナンシー関に土下座しろ。金積め。
あと、ギター持って毒舌って、金谷ヒデユキとどう違うわけ?まあ、金谷ヒデユキはなぜか音楽のほうに目覚めてしまわれたようですが。

ナンシーぱくり問題もさておき、長井秀和でもギター侍でも青木さやかでも誰でもいいのだが、こいつら、コンビでもないのに「ツッコミ」なところがどうもいけ好かないのだ。しかも世間に対するツッコミみたいな、スケールのでかいとんでもないことになっている。自称しているかどうかは知らないけど。
そんな芸人ばっかじゃダメなんだ!
なぜならば・・・
そんな芸人は「お笑いウルトラクイズ」に出られないんだ!
ピン芸人ピン芸人とはいうが、ホントに団体の中で目立つために競うと言うような「大勢の中のひとり」というポジションは苦手のように見受けられる。長井にしろギター侍にしろ。長井秀和は、まぁ、私が学生の時から頑張っていたんでこれは当てはまらないかもしれないが、最初から大物扱い/脅威の新人/鳴り物入りのように拝められるとタフには育たんぞ。誰に対する忠告だ。(私の思い描くタフ=ダチョウ倶楽部むしろ竜ちゃん)
いや、下積みの長さなんてこの際どうでもよい。
むしろ下積みの長さや前歴などを前提に、「だからこそコイツはありがたい」と持ち上げる風潮が、奴らを増長させるのである。幾多のお笑い芸人とともに必要以上に前に出て行こうとするようなハングリー精神を失わせていると思うのだ。(私の思い描くハングリー精神芸人=ダチョウ倶楽部むしろ竜ちゃん)
そういった意味では、今いちばんお笑いウルトラクイズ向きなピン芸人は猫ひろしなんだろうな。前に出て行くハングリーっぷりがあるのかわからないが、大勢の若手芸人群集の中からたけしにいじられる回数も多そうだし。

あと、前も書いたが「毒舌需要」の高さは一体なんなのだこの国。
おまえら「泣き」の次は「毒舌」か。あ、「説教」ってのもあったな。ホンネの部分、という意味合いでこれらがウェルカム状態になってるんであろうが、ホンネとかあけすけというものはとても下劣なものなので、テレビなどで見受けられるそれはテレビ用に加工された「擬似ホンネ」「擬似あけすけ」なはずなんだが。
いつの間にやら「擬似ホンネ」のほうが「ホンネ」より下劣になっているからいかんともしがたい事態である。擬似精子だからといって中出しバンバンやってるビデオって、やっぱり内容は下品だしなー。喩えが正しくないかもしれないが。つまり、擬似となると調子に乗る奴がいる、ってことが言いたかった。

これから年末だ。若手芸人大集合みたいな番組も増えることであろう。そういう場でどう立ち振舞うんだろうか、今年はやったピン芸人の方々は。今更竜ちゃんの様に立ち振舞われてもそれを目撃するのがつらいなぁ。まあ、それ以前にギター侍はそういう番組には出ないとかいうセレブ気取りなスタンス取りそうな気もするが。

あと、CD買うなよ、ギター侍の。なんで必ず買う奴がいるんだか。

2004年12月12日(日)

生出し都市(レアプッシュ・シティー)

今、スカパーかけっぱなしにしておるんですが、ふと見るとライブエイドの映像が。デビッド・バウイー(しつこいが、「股・戯れ言」では高野拳磁風発音がスタンダード)の髪型がよく見ると特攻の拓に出てくるキャラクターの髪型っぽいよ。過ぎ去った日々のことであるからいいんだが、指摘せずにはいられなかった。
あと関係ないが、有馬記念のファン投票を見ていたらタップダンスシチーが出るのですね。7歳馬!3歳馬ばっか出るのにがんばるなぁ。これは是非とも頑張って頂きたい。

というわけで本日は大阪帰りなのです。
また出張だ!でも前回の豊川以降ほぼ半月ぶりの出張でございました。これくらいのペースだと文句もない。
過去にも大阪には行ったことはあるんですが、今回は新大阪駅と大阪駅を初めて使いましたよ。すなわち梅田にも初めて行ったと言うことです。いやーあそこすごいな!駅前はゲーセンとパチンコ屋しかなかったぞ。ちょっと行くと風俗しかなかったぞ。んで人もホストしかいなかったぞ。歌舞伎町より遙かに下世話。「うーん、これぞアジア」とひとり思いふけった程である。ウォン・カーワイは次の映画を大阪で撮るといいんじゃないのか。
下世話というか、すべてが「ナマモノ」感に溢れているのですよ。それが私の大阪っつーか梅田に対する印象。生肉を目の前にどっさり出されたような気がしっぱなしでありました。あるいは変に調味料付け加えまくってガスバーナーで豪快に焼いたんだけど実は全然火が通ってなかったわー、みたいなナマ感。
生卵を笑いながら飲み込むようなナマ感。(やらないが)
なんなんだろうあのナマっぷりは。東京とは全然違う国なんだなーと思った。というか東京は大阪と戦争したら負けるんであろう。あ、でも大阪は生身で包丁片手に走り込んできそうだからなー(ここにもやっぱりナマ感)わかんねーなー。
私も結構いろんな土地に行ったつもりではいたんだが、大阪に関してはリサーチ不足であった。ナマモノにあたってしまったように圧倒されてしょぼんとしてしまった。いやぁ、町に威圧されるとは思わなんだ。
いや、この威圧された感は、おそらく、私の中での「私は、おそらく『いわゆる大阪的なもの』と無縁の人生を送るであろう」というよくわからん自負が砕けただけなんだろう。いや、今までも関西出身の方々とはお会いしているわけだが、言葉が関西弁なだけで他に違和感を感じることはなかったのだった。
それが、町に足を踏み入れてみると、あまりにもナマナマしくて違和感に次ぐ違和感。単に自分が「いわゆる大阪的なモノ」と接したことがなかったのでどうしていいかわからなかっただけなんだが。
田舎から東京に出てきた18歳とかの青年の感じる「東京ってスゲエ/おっかねえ所だ!」という感覚は、たぶんきっとこれと似ているんだろう。
外人が日本に来たときに寿司や刺身を出された時に感じる「OH!NO!アンビリーバボ!」という感覚も、たぶんきっとこれと似ているんだろう。
あ、この「ナマモノ」感がうまく説明できないな。
昨日ホテルでテレビを点けたら、ドラマに石田靖が出ていたんだがその時に「大阪はドラマも違うのか!」と思ったモンだ。ちなみにそのドラマは全国放映のドラマだったから別に大阪に限ったことではなかったんだが。
ナマモノ感というのは、その、「大阪はドラマも違うのか!」と思った気持ちのよなもんだ。あ、台湾行ったときにキンキキッズのキーホルダーを見かけて「ホントに人気あんのか!」と思った時の気持ちとも似てンな。
ああ、大阪に対するナマモノ感って「レア」のことじゃなくて「ライブ」のほうなのかもしれない。「ホントにそうなってんのか!」という驚きが連続するあたり。いや、最初はレアのほうのつもりで書き出したはずなんだが。レアのほうでもあるんだが。

ちなみに「萌えってなんだ?」と聞かれたときは「『好き』のライト感覚みたいなもん」「ラブじゃなくてライクのことだ」と説明しているようにしておりますここ最近は。英語って便利だなー全然ちゃんと勉強しなかったけど。

なんかうまく消化しきれないままですが、今日の日記はこれで終了。ねむい。
ナマモノなだけに、消化不良なわけですよ!
2004年12月01日(水)

おこしておきたい、おそくまで、でもコワイ夢見んぞ!

先週はがんばって3日間も日記を更新したのに、今週はまた滞っておりました。ちょっと気を抜くとこの有様。ホントによくないです。
先週は秋田に出張に行っておりました。・・・いや、先週だけじゃないよ。
よく考えたら私は、台湾以降の旅記録を一切書いていないではないか。何自分を甘やかしているのだ!この糞ったれの糞ったれの糞ったれ野郎・・・淫売屋!・・・と久しぶりにセリーヌ風に自分を叱って、書いていない出張先について書き出してみよう。

10月15,16日 名古屋
10月26,27,28日 熊本
11月6,7日 いわき
11月11,12日 秋田→仙台
11月15日 宇都宮
11月17日 豊川

・・・これはなんかのバンドの全国ツアーなのか。いや、違う。
俺の出張だ。でもね、俺の給料以上の金額を出張費にしないで欲しいの。破産しちゃうの。で、来週もとりあえず出張決定。
北海道かもしれないらしい・・・もしそうじゃなかったとしたら豊川だけど。

というわけでこれからしばらくは溜まりにたまった出張紀行文を重点的に書いていこうと思う次第です。
ああ、私は紀貫之になりたいんだ。できることならば旅だけしていたいんだ。んで紀行文を書いていたいのだ。そう言った意味では今の仕事はありがたいお仕事なんだが。
しかし、紀貫之は女を装って旅日記を書いていたようですが、私は男を装って書くとしようか。いや、作業着旅ガラスな時点で装ってるも同然か。


と、書いておいてなんだが、今日書くのは昨日の夢の話だ。
他人の夢の話などおもしろくもなんともない、というのが世の常なので、「夢の話なんか書くンじゃねぇ、俺!」と思うのですがあまりにも怖い夢だったので記しておきたいのです。
そもそも、私は高校の時からよく金縛りにあうのです。金縛りというのはだいたい5時くらいまで起きていたときにあっていたので、極度の疲れが原因なのだろう。(当時で言うと、「パワーロックトゥデイ」を最後まで聞き終えて就寝するときによく金縛りにあっていた)
他人の金縛りというのがどんなものなのかイマイチわからないのですが、私の場合は「誰かが上に乗っている→顔に鼻息をものすごく感じる→目を開けようと頑張るが全く開かない」というのが王道パターンで、高校くらいの時はなぜか「私の上に乗っているのはバイオハザード(ゲームではなくバンドのほう)の人なのだ」という認識がありました。実家で寝てるっつうのに。外人が乗るわけないっつうのに。おそるべし処女の妄想。(ジョン・ゾーンの「処女の臓腑」と似て蝶、字面だけ)

最近はめっきり金縛りにあう機会がなかったので油断していたのですが、昨晩は久々に金縛りにあったのでした。自分でも金縛りにあうのは浅い眠りの時だけ、そして顔に感じる鼻息は自分のモノとわかっていたので、金縛りが始った瞬間に「この鼻息は自分のだ、誰も乗ってない乗ってない」と自分に言い聞かせたのです。
それでも体感する鼻息は荒くなるばかりなので、「やめてよ、わかってんだからやめてよ!」と自分では必死で叫んだつもりでした。毛布を頭までかぶってたんだが、あまりにも体にズシンと重みがくるので必死で目を開けようとしてもまったく開きやしねぇ。
ぐるじい・・・
早いとこ目を開けてしまいたい・・・
と思っているうちに、目が覚めて、ぱっと目を開く。
その私の目に映った光景は・・・

!!!!!!

・・・・なんと俺の上に男が乗っているよ・・・

マ ジ か ! ?

ウ ソ だ ろ う ! ?

しかもうちのマンションの奴だ。俺の2コ上の奴だよ。
思わず「なんで!?」と叫ぶ。「どうしてここにいんの!?」
男もビックリしたようで、「なんで目が覚めるんだよ今日に限って!」と言い返される。しかも下半身は丸出しだ。
あまりのショックに抵抗もなんもできやしねぇ。
自分が何を口走ったかもわからず、窓の外を見れば明け方だ。
親が起きてくる時間なのでとりあえず「早く帰ってくれ」と頼むと
「(うちの父親が)会社に行った後、母親の目を盗んで家を出ればばれないから大丈夫」
などと呑気なことを言われる。
なんだよそれは!
夜這いやってる奴の言う事かよ!
というかいつもやってたことなのかよ!
確かに、最近は金縛りにあっていないとはいえ、私は普通の人よりも金縛りに会う機会が多いほうだ。今までは自分の鼻息だと思っていた息も、この男のものだと言われればそれまでである。

何がなんだかわからないまま、そういえば生理がずっと遅れているんだよな、ということを突然思い出す。そしてはっとして男の顔を見た。
こいつ・・・!
俺、ヤダヨ、身に覚えのない妊娠なんて・・・!

とよんぼりしているうちに部屋の外から親の声が聞こえてきて、その男を外に出すわけにも行かず、あたふたしてとりあえず部屋の鍵を締めて親が入ってくるのを防ぐ。
すると、外から
「もう、××くんもいるのわかってるんだから、いいのよ今更隠さなくて」
という親の言葉。

・・・・・・・俺の親はいつからこんな解放的になったんだよ!
ウソだろ?
いったい何が起こってんの?

そして男によって部屋から連れ出され、なぜかリヴィングで両親と対面だ。
ああ、もうすべてが終わりだ。なんで自分がそう思うのかもよくわからない。でもなにもかもが終わったのだ。
そう思ったとたんに頭の中が真っ白となる。
それ以降はもう何も覚えていない。





病院から退院して、その帰りにレストランに寄ると親が言う。
なんで入院していたのかもわからない。
しかし言われるがままにレストランに行くと親戚やら会社の人やらなにやらたくさんいるではないか。
ああ、俺の上に乗ってた男の両親もいるよ。
そして「もう、××もね、結婚式の招待状の返事待ちまでしてるのよ。式場は横浜の○○ってことろで・・・」といきなり語られる。
「私、結婚するつもりないですよ。何言ってるんですか」と抵抗するが、「それはだめよー、こないだ新居だって見に行ったじゃないのー。」と言われるわ、会社の人には「××さんの同級生の人って、俺の大学の後輩なんだよ。ものすごい奇遇なんだよ〜」と得意満面に話される。
いつのまに結婚とかなってんだ。
俺、まったく知らないんだけど。
まったく知らないついでに相手の母親からこんなことまで言われる。
「おなかが大きくならないうちに式はあげなきゃダメじゃなーい」

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・ハァ?妊娠してんの?誰が?俺が?

しばし呆然とするが、我に戻り「いや、子供とか一生産むつもりないんで、今からでも中絶しますわ」と必死で抗議した。
すると、今度は「ダメよ!もう時期的におろせないでしょ!」との答えが。

再び頭ン中真っ白

隣に座るいとこに、恐る恐る「今日って何日なの?」と聞く。
いとこは不思議そうに携帯を見ながら答えた。「3月20日、春分の日じゃん」

なんで4ヶ月も記憶がないの?俺。
なんで記憶がないのに、皆は普通に4ヶ月過ごしたような顔してんの?
記憶がないのに子供とか産まなきゃいけないの?
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
そんなのは絶対いやだ。

そう思うと自然と涙が溢れてきた。
私は、悪い夢の中にいるのだ、と自分で思った。
夢というか、向こう側の世界に連れ込まれてしまったんだ、と思った。
泣きながら「向こうに帰りたい」と言う私に皆動揺する。
が、この動揺にまともに対応していたら夢の中から帰れない気がしたので、
必死で目よ開け、目よ開け、向こう側から帰れ、向こう側から帰れ、と自分に念じた。








・・・・・と、その時、目がぱっと開いた。
汚い自分の部屋の中だった。
かけっぱなしで寝てしまったトーキングヘッズがリピート演奏されていた。
しばらく動けなかった。
胸や肺や肋骨辺りが妙に痛む。
再び同じ夢を見ると怖いので、麦茶を一杯飲んで、電気を点けたままもう一度眠った。

ほんとにアレは、単なる夢だったのかなぁ。なんか、向こう側にも「私」がいて、その「私」とこの私がクロスオーバーしたんじゃないのかなぁ。
なんて汚染値、否、おセンチなことを考えてしまうくらいリアルな夢だった。
だとしたら、今頃向こう側の「私」は大変なことになってんだろうよ。すまんの。
ま、夢以外のなんでもないんだがな。
いやしかし、俺ってほんとに結婚願望ないんだなぁ。夢占い的には「願望の裏返し」などと言われるのかもしれないが、夢ン中でも「するつもりはない」って声張り上げてたからこの気持ちは筋金入りなのだと思う。

で、今日もまだ胸が痛かったので振休してもうたのだった。
昼間は痛くなかったのに、また痛くなってきた。おーこわ。もう懲り懲りです。
2004年11月18日(木)

字読みづらい!けどメッセージフォームです


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