股・戯れ言


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冗談じゃない!人の家を使ってオナニーをして欲しいんだ@4周年 その三(後編)

うんざりするほどの雨ですね。
そしてうんざりするほどの雨の中、今日は小田原に行くはずだったのですが、「行きたくねーなーだりーなー」と愚痴っていたら台風のおかげで小田原攻めは中止となりました。なんか元寇みたいだな。私に神風の吹いた日、それが10月20日。
もっと重要な神風が吹くべきだと思うのですが。こんなことで満足していていいのか。たとえば「ホムンクルス」の名越激似の男性とご縁ができるとか、そういうのを求めたほうがいいんではないのか。
でも、それも2次元だからあまり言うまい。なんにせよ来週は熊本に出張なんだし。「東北とか関西とかは行ったから九州にいきてーなー」とよく話していたが、ほんとに九州行くことになるとは。強運?いや、たんなる仕事なんだけど。
あ、あと「歩いていける会社に勤めたい!」というような話をしていたら、ホントにうちのまんこ会社がおらが町に移転するようなことになってきてビックリしました。実際に移転されると心底困るから。

なんか口にすることが実現していくので(取るに足らないことばかりだが)、ちと怖いな。運を無駄打ちしたくないんだよ。

というわけで代打日記ー。第三回の後半に突入いたします。
ホストは引き続き吉田さんなのです。

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10/7

何だよ、他の人の代打日記ちらっと見たら
全然、俺趣旨をわかってなかったジャン。
マジでオナニー話なわけか?
そんなん結婚もして、ガキも出来るっつーのに最近はしてる分けないジャン。
嫁さんが、風呂に入ってるときに上がるまでの時間を見計らって
大至急で終わらせる時以外、一日に一回しかしてないよ。
しかも、風呂場のドアの音が聞こえたら音量を小さくして
速攻で処理してるとかいうくらいしか、全然やってない。
で、こっそりソフトオンデマンドのサイトを毎日チェックして
パンチが監督のナンパモノを片っ端からストリーミングしてるぐらいしかしてない
よ。

って、このオナニー話はこのくらいでイイですか。
この日記のログってどのくらい残るんだろ。
赤ん坊出来たのにこんな事をかいてて良いのだろうか。

赤ちゃんは奇しくもヤツザキさんの誕生日の
10月5日の丁度正午に帝王切開で生まれました。
10.5→ジュー・ゴー→柔剛とうことで
名前は「柔剛」と言う名前に決めました。

両家の親共々、名前の評判は
「なんだ、そりゃ?」でしたが
今風の柔らかい響きでなく、ガツンと強そうな感じでイイかなぁと
他の候補としては修芭(シュウバ)とかあったけど
さすがに大反対され、それならばと、
吉田玲修芭(ヨシダレイ・シウバ)にしようとしたら
余計に怒られた。
俺も子供が15くらいになったときに
「ふざけた名前を付けがって!」
頭を金属バットでフルスイングされたくないので
まじめに名前を考えてつけたつもりなんだけど
あんまり評判良くないんだよな。

イマイチ名前はしっくり来てないような気もしないことはないけど
もう届けをだしたし、まぁいいや。

親としての希望は
その名の通り、格闘技を幼少の頃から始めさせ英才教育をし
柔よく剛を制すという名前の通りに成長してもらい
大人になったらPRIDEにでてレニーハートに
「インザブルゥコーナー、フロム、ジャパ〜〜ン
ジュウ、ゴー!!!ヨシダーーー!!!」と
コールしてもらったならば
後はシウバに顔面踏みつけ5連発で失神させれても、もう何も言うことはありませ
ん。

さて日記も3回も書いたし、もうイイかな。というかそんなに書かなくてもヨカッタ
のか?
今ひとつ趣旨がわからなかったけどこんなモンで勘弁して下さい。
子供にはヤツザキさんのような逞しい大人になって欲しいです。と言うことにしてお
きます。



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【注意書き】
いやぁ、この代打日記シリーズ。テーマはオナニーなので、オナニーそのものを書いてもいいし、私のページをその人色に染めるオナニー行為(=好きなように書く)でもどっちでもよいのです。
つか自分のムスコに好きな名前をつける、それこそ究極のオナニーじゃないですか!
そして柔剛が大人になったらこれを読ませましょう。それまでログはとっておくからね!

そんな趣旨なので、引き続き代打日記は続きます。
オナニーの解釈は人それぞれ!ってことで。

2004年10月20日(水)

冗談じゃない!人の家を使ってオナニーをして欲しいんだ@4周年 その三(前編)

月曜日は京都に出向き、火曜日は東京に戻る。水曜日は仙台に行けない事を悔やみ、木曜日は西日暮里で客の前で失言す。金曜日は飲み会の途中から名古屋に出向き、土曜日は名古屋でコメダを満喫。日曜日は亀戸で人生初のダーツ経験。

そんな感じの一週間を過ごしておりました。ロシア民謡風にまとめてみました。どうなってんだ7days。
まあ、そんな感じなので金もかかるでよ!精算金はまだ戻ってこないのか。
で、しれっと京都と名古屋に行きました、と並列してみたが、京都は出張でもなんでもなく遊びなのです。どうしても西部講堂に行きたかったんだ。
なのでNO PLAN(最近内P見てないけどどうなってんの)でのぞみに乗ったので京都駅に着いた途端「京大ってどうやって行くのだろう」という問題にブチ当たる。京都に行けば京大なんてすぐわかるものだとばかり思っていたよ。
なんとか京大に到着し(端末持参で)、ライブを満喫(っても最後の4つくらいしか見られなかったが)した後、さー今度は宿を探さねば!となった段階で
今度は「京都のホテルってどこにあるのだろう」という問題に激突。
結果、芸妓遊びもしてないのに祇園ホテルに泊まることになりましたが。山城新伍でも松方弘樹でもないのに祇園系気取り。
余談だが祇園でバスを降りようとしたら山城新伍のようなグラサンをかけたおじさんがバスに乗ってきたので、祇園ではあのサングラス(ほかにかけている人は魔夜峰央くらいしか思いつかないが)がデフォルトなんでしょうか。

ほんと、ノープランはよくないですよ。いろんなことを計画的にこなしてこそ
大人なのです。

名古屋出張の話などは次回以降に。
というわけで代打教師・秋葉真剣(吉田栄作!)、じゃなくて代打日記シリーズ。
今回は私のwebの恩人といっても過言ではない、吉田さんの登場です。この方とのチャットの日々が今の私のネットスタンスの基礎を築き上げたようなものなのです。テクノチャットでプロレス話とか特攻の拓話とか、どうなんだよ今考えても。そんな日々から早5年・・・立派なお父さんになられたそうで、何はともあれおめでとうございます。というわけで書いていただきました。
ちなみに吉田さんを異性に変換すると、それこそナンシー関だと思うのです。東北の切捨て眼力は鋭すぎ。

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9/23

さて、ヤツザキさんからおとといメッセンジャーで依頼を受け代打屋トーゴー宜しく代わりに日記を書くことになった吉田と申します。安請け合いしたモノの大丈夫かな。
今じゃ自分で作った掲示板すら目を通さないし、ブログも試しに作っては見たけれど1日目しか書いてないし普段のメールの返事すら書いても用件を一文字で返すか、返事を「はい」か「いいえ」だけしか書かない位面倒くさがりなのですが・・・。
で、ヤツザキさんのHPも最近は見ていないのに・・・。それでも良いのだろうか?

ま、何でも良いって言われたのでいいのか。

自分がかつて持っていたHPにすらプロフィールなんか書かなかったけども
まずはベターに自己紹介と言う名の個人情報のセルフ流出を
盛岡生まれの28歳、既婚。
嫁一人、まもなく産まれる赤様一人の父親業見習いです。
現在千葉在住、某魚市場勤務の会社員です。
趣味はプライドを見に行ったりスポナビとかで格闘技情報をチェックすることです。


ヤツザキさんと知り合う頃になったきっかけは
4,5年くらい前だったでしょうか。
何年前かはっきり覚えていないのですが
某大手音楽会社の出会い系サイトのオフ会で知り合いになりました。
初めはそこのサイト内のチャットコーナーなどで普通に音楽関係の話をしていたんだけど何となく話の流れで、プロレス関係の話を軽くそこで振ったときに
やけにマニアックに食いついてくる人がいて
コイツは何者なんだ?と。
さりげなく、どんな人なのかなぁと素性を聞くと
「女子大生だ」と、
どこの世界の女子大生が
天龍のグーパンチ&のど笛チョップの迫力について熱く語る奴がいるんだと。
本当に花の女子大生なのか?と疑っていましたが
後日、実際にオフ会で遭遇してビビってたじろぎました。
なれそめはそんな感じです。

今日のところはそんなところでプロフィールとなれそめでいいでしょうか。
というか、これ何日書くの?

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10/5

うーん、眠れない。
ついに、出産予定日を迎えてしまいました。
嫁さんは、隣ですやすや眠っています。
今さらなんですが、さすがに心配になってきました。
親になるんだけど、男の方はホントどうすることもできないというか
ただただ、心配な気持ちでいっぱいです。

結局、逆子は治らず帝王切開になってしまった。
外から赤ちゃんを廻す「外回転術」という力業もあるらしいが
胎盤が剥がれるリスクや成功率が3割程度ということもあり
今、行っている病院ではあんまり進めていないようだ。

正直、俺としてはあんまり、お腹を切っては欲しくはなかったんだけど
子供の安全を考えるとベストの選択らしい。
だけど、やっぱりお腹を切るんだから
かわいそうというか、産後は辛そうだなぁ、と。

後、10数時間で人の親になるんだなぁ。
実感がまだわかない。
早く、子供の顔が見たいんだけど
嫁さんの身体のことを考えるとやっぱり複雑だ。

何はともあれ、母子共々元気で出産を終えて欲しい。

はぁ、今日は一日中、もじもじしてるんだろうなぁ。



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代打日記史上初の後編に続く!(こんなのもアリなのよ!)

あとお知らせですが、メールを送ってくれる方(感想文待ってマッスル)

8thekey@infoseek.jp
までお願いいたします。いや、掲示板に書き込んでくれてもいいのよー
ちゃんとレスするのよー
2004年10月18日(月)

冗談じゃない!人の家を使ってオナニーをして欲しいんだ@4周年 その二

うちの家庭は「もっと韓国ドラマを見たいから」という理由ひとつでスカパーに加入したような、激しく母親もミーハー、妹(ターミネーター)もミーハー、あなたもミーハー、私もミーハーという家庭なのですが(誰か一人くらい通好みがいてもいいんじゃないのか!)、そのおかげで夜になるとビックリするくらい韓国ちゃんねるがかかりっぱなしです。
今日なんて、ラーメン発見伝を久々に楽しみにして見ようとしたのに、途中から問答無用で韓国ドラマに切り替えられましたから。
ちなみに昨晩は京都のホテルに泊ったんだが、なぜかペイチャンネルが無料放映しており、ここぞとばかりにレインボーチャンネルばかり見ていたのです。
そしたら、ビックリするくらいスクール水着ものしか流れないでやんの。水沢結のがよかったです。

というわけで京都の話もさることながら、代打日記シリーズでございまし。
ずいぶんと間があきましたが、二回目は「自称ひきこもり」の割にはどんだけ週末の東京で見かけているかわからない、ペログリ知事県の産んだネットアイドル、遠藤遊佐さんでございます。
一人称「俺」とか外ではパンツ丸出しとか、この人のページはうちの会社では「カテゴリー:アダルト、SEX」という理由で規制されちゃって見られなかったりしちゃうとか、なにかと豪快な彼女ですが、実は別マとオリーブの血を引く乙女なのです。童貞乙女と名付けたい。
そして遠藤さんを男性に変換すると、モリッシーになると思うのです。「エブリデイ・イズ・ライク・サンデー」=「エヴィサン」だし。

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キンゾーのオナッてナンボ!

スラッしゃいませ!(←わりと好き)
えーと、ヤツザキ嬢の日記が4周年を迎えられたということで、なにはさておきおめでとうございます。
日記は4年でサイトは5年だそうで。
彼女はまだ25歳という若さ(自称)なので、人生の5分の1WEB日記を書いて生きているってことになるわけですよ。
なんてすばらしい!! すンばらしすぎます!!(←村西イズム)
これからも、心のチンコと心の巨乳を併せ持つWEB日記界のシーメールとして、君臨してくれることを願ってやみません。

ということで、ザ・オナニー。

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「あなたにとってオナニーとは何?」と聞かれたら、私は静かにこう答えるだろう。

「親友です」

と。

ここで大事なのは、よくオナニストたちは「右手が恋人」という言い方をしますけれども、それとは微妙に違ってことです。
恋人じゃないの! 親友なのよ!!

辛い時、寂しい時、暇な時。
気づけばいつも、黙って隣にいてくれた。
……そんな、親友。

思えば、今でこそこんなにツーカーの二人だけれど、遠藤とオナニーの付き合いが始まったのはけっこう遅かったなあ。
大学生になってからなんですよね。
それまでは、噂だけはよく耳にしていて「仲良くなれそうな気がするな☆」なんて、ずっと気になっている存在だったんです。
それがふとしたきっかけで仲良くなっちゃって、それからはもう毎日゚・*:.。. .。.:*・゜
彼女のためにいろんな器具を用意したりネタを揃えたりする私の友情に、向こうも精一杯答えてくれた。
今ではオナニーちゃんのことは私が一番よく知っているの。
どこをどうすると気持ちがいいかとかー。
「○○子はトマトが嫌いなんだよね! わかってる。パスタはクリームソースをオーダーしといたから!」
みたいな感じ? (……どんな感じ??)
いえね。机の角にこすりつけないとイケないとか、手を使わずに達するとか、自分の脱糞写真を見ないと濡れないとか、世の中にはいろんなオナニーがありますけれども、どれもこれも、みんな僕らの親友なんだよね!
ああ、俺いいこと言った!!

思えばワタクシ、以前(注・三十路越えてからです)、母親にオナニー現場を目撃されたことがありました。
無防備にも、白昼から自室で朝河蘭のエロDVDを大音量で観つつまんこをくじっておりましたところ、そこに母がいきなり入ってきましてねぇ……(遠い目)。
その時は、まあ、非常に気まずい雰囲気にもなりましたし、母と弟が私を更正施設に入れる相談をしているのではないかと半ばノイローゼ的にかんぐったりもしたものですが、今になって思えば、あれはオナニーを観られたのではなかったんですよ。

わたしね、親友を、親に紹介したんです。
そう思ってるんだ。

そんな親友を紹介された親はポカーン……だろうがな!!。゚(゚´Д`゚)゚。
あ、でも私は親のオナニー観ても多分そんなにショック受けない自信アリ。弟君だったらむしろ観たい。見せろ! いくら欲しいんだ?!ってなぐらいです。
誰のオナニーだったら見たくないかなぁ。
うーん。
とりあえず今とっさに脳裏に浮かんだのは海原小浜。
私の中で、パンチパーマとオナニーはあまり相性がよろしくないようですな。
あと、荻野目慶子もちょっと嫌。白目むいて、すごい奇声を発しながらイキそうだから。
オナニーには「平常心」がよく似合うってことですな。
親にオナ現場を目撃された時も、むしろ平常心。「ええ、自慰ってましたが何か?」くらいの平常心で行きたいものです。
焦ったら負けさ。実家暮らしのオナニストの皆さんは、心に刻んでおいてくださいネ。
(俺はもう2度と目撃されるつもりはないけども。)
2004年10月12日(火)

冗談じゃない!人の家を使ってオナニーをして欲しいんだ@4周年 その一

さりげなくノア中継を見ていたら、秋山軍対小橋軍が試合をやっていたのだが、その罰ゲームが「負けたらヨン様の扮装をする」というくだらなすぎの企画だった。試合の間中、画面の端に「負けたらヨン様」という文字が出ていて、ヨン様の扮装というのは立派に恥なのだなぁと思うことしきり。
まあ、負けたのは小橋軍で小橋がヨン様ならぬ「ケン様」と呼ばれていたけれど。秋山が負けていたら「ジュン様」だったのか。安直な。
そんなことはどうでもいい。最近は週プロなどもほとんど読んでいないので、しばらくぶりに秋山準を目撃したのだけれど、これがまたいい具合に髭が生えてるんだ。まさに俺好み味好み。元々、秋山の性格悪そうな感じには理屈では割り切れないジュンッとなってしまう何かを感じていたんだが、ああ、もう、ジュン様に髪の毛とか引っ張りまわされるような乱暴な扱いをされたい心底。プロレスを見始めて結構経つけれど、こんなにこんなに秋山ポワーンになったのは初めてだ。エクスプロイダーとか無駄にかけられたい。ああ。ヨルノエクスプロイダー!・・・
と、そんなことを思いながらひとりでアレをしようかと思いましたが、もう誕生日だからね!控えておきました。人の家だったし。

というわけで俺誕生日もさることながら、この日記も誕生日だったのです。
今年は特別企画で「何をいまさら代打日記」シリーズを繰り広げたいと思うのです。ほんと、自分でもびっくりするくらいの時代遅れぶり(河島英伍ぶり)だ。今年新大久保に犬鍋を食いに行ったとき、「韓国居酒屋 ワールドカップ」という店が開店一周年記念を謳っていたのと同じくらいのタイムラグですよ。あやうくワールドカップは去年だった、と思わされるとこだった。(ちなみに「ワールドカップ」の横には「テーハミング」という韓国居酒屋があったが、2つの店の違いがよくわからなかった)
話がそれた。そんなわけで密かに書いてくださいとお願いしていた方々の文章を順繰りに掲載する次第でございます。テーマは、なんでもよかったんだが、この日記といえば壁紙なんで、ワールドカップならずオナニンピックというアバウト極まりないテーマをば。その人色にこのページを染めていただければよいのです。

第一弾は、わやさんでございます。
この方の文章をタダで読めるなんて日本はなんていい国なのだ!
この企画を考えたのは、絶対!日記テクニシャンであるわやさんに俺のホームでオナニーしまくってもらいたいからだったと言っても過言ではありません。しかもその依頼された文章を遠くシンガポールの地で考えてくれたというからまさに「ノーパンの兼高かおる」。ありがたいことです。男に変換したらたぶん、ヘンリー・ロリンズのよな人だと思います。直感。おのれの性にストイックなとことか。

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冗談じゃない、人ん家だろうと何だろうと、するよオナニー平安京。
いや、まさか。このフォーマットの中で日記が書ける日が来ようとは思ってもいませんでしたので、大変光栄に思っております。
4年にもなりますか。めでたいことです。
ちまたで流行りの有名人ブログになどびくともしない私も、この「股・戯れ言」だけは欠かさず読みつづけてまいりました。
グラビヤアイドル様の「ここだけの話」よりも「××のキモチ」なんかよりも、私にとっちゃヤツザキさんがこの次何をその手に携え、料理して見せてくれるのか。そっちの方が、よっぽど気になります。
とりあえずWebという大海原において、有名人であるか一市井の人であるかという区別など意味のないこと。 読むに値するか否か、ただそれだけです。
中途半端にプロを自称するちんけな書き師風情が、「Web日記なんてシロートの便所の落書き」と実は内心びくびくしながらも切り捨ててみせているうちに、まともに手に職を持ち、堂々と社会生活を営む一般の人々が、「片手間に」それはもう只で読むのが申し訳ないような面白い文章を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げて、www(トリプルダブリュー)の海にそっと流していってくれる。これぞIT革命、何とラディカルで素晴らしいことでしょう。

しかしwww、己が体内に「ぶっとい規範」を持たぬ脆弱な人種にとっては、さながら茫洋とした樹海のように見えることでありましょう。
クズもダイヤモンドもひとかたまりになってどどーんとそこに横たわっているわけです。何を選びだすかはすべておどれの裁量。
そこで血迷って、タレント様や文化人様の御言葉ばかりを有難がって読むウスラ馬鹿にならぬよう、やはり人間はちゃんとオナニーするべきだとつくづく思うわけです。
「有名人? 知らネーヨ、ヤツザキの方が面白い」……こうした、自分の規範ひとつが頼りの不遜極まりない姿勢を、私は日々のオナニーによって地道に築き上げてまいりました。
この辺のことについて、詳しく説明するのはもうやめにしたいところです。わかる人にはわかるということで。
こうなったらどこまでも不遜に行かせてもらおうじゃありませんか、これからは。いい年をして「オナニーしても逝かないんですぅ」なんて甘えたことをぬかしてる奴等に、今さら構ってはいられません。

自慢ではありませんがこうした不遜な姿勢以外、これといった有形の財産を持たぬ私です。
聴き狂った音楽も読み漁った本も、形をなくして今ではすべて私の肚の中。ぐちゃぐちゃと咀嚼されまくって、香り高いゲロのように渦を巻いております。
こういったものを財産と呼べたとして、またそのすべてを電子化なり何なりすることができたとして、私の死後だれかに残してゆけるものならば、私はその相続人には迷わずここの女主人・ヤツザキ嬢を指名していくつもりです。
初めはおそらく、受け取ったところで散々てこずることでしょう。何だかんだで奴もまだ若い。
しかしあっという間にそれはもう、あたかも初めから彼女のものであったかのように、貪欲に、不遜に咀嚼され、その毛穴という毛穴から「股・戯れ言」の香りとして、ゆらゆらと生臭く匂い立つことでしょう。
その様を想像すると、正直腹立たしくてなりません。とっても成仏なんか出来やしませんよ。
しかし才能というのは、そういうものでしょうと、もう。 ……凡才は草葉の陰で指をくわえ、ただあきらめるしかないのでした。

● あまりにもオナニーオナニー言ってしまいさすがに恥じゅ
かちーので、照れ隠しに
「オナニー」でハンドルネーム占いをしてみました
まあ見ても、見なくっても。


2004年10月04日(月)

台湾ス・イン・ア・ライフタイム 後編〜 食い尽くしてしゃべくってそして苦茶にやられて

毎年書いているが、9月は旅立ちの月なのです。
おととしは関西周遊、去年は東北横断、そして今年は台湾だ。おかしいな、九州に行くはずだったんだが・・・まあ南方に行ったことには変わりはない。
そして台湾に行ったばかりだっつうのに、10月には京都なのです。
俺ってば贅沢三昧。(でもよく考えたら出張とかでいろんなとこ行ってるんだった)
仮予定なんですが、まあ、9割方行くつもりであるのです。だってだって、ルナが奇跡の来日をするのですもの。そりゃ行くよ!もう三連休の休日出勤はNGにしちゃったし。

というわけで台湾日記後編

9/24(三日目←生理っぽい)
この日は故宮博物館に行く組と行かない組に別れて行動。
って行かない組は私とりえ坊だけなのだが。2人だからもちろん起床も遅い。ホテル出るまでTVチャンピオンを見腐り、ホテルの近所で刀削麺2杯とチャーハンとピータンを2人で平らげる。言っておくがこれ、朝食だから。
そしてそのままトマト専門店に入り新鮮蕃茄汁。こっちのトマトジュースはひたすら甘いっす。しょっぱいのが好きなのよー俺たちは。でもうまかったです。
ホテルから地下鉄の駅までの距離は歩いて5分もしないのに、地下鉄に乗ったのはホテルを出てから1時間半くらい後のことなのだった。ダラダラするってなんて素敵なことなんだろう。
そして地下鉄に乗って新北投(ペイトウ)へ。途中から地下鉄が地上に出たので、外の光景を見ていたら高速で回る観覧車を見つけ、「あれに乗りてぇ」と大ハッスル。
北投は駅に降り立ったとたんに硫黄の香りがする街でした。りえちゃん曰く「別府に似てる!」とのこと。建物の雰囲気なども含めて。
そこから歩いて温泉の源泉に向かう。
途中、温泉博物館なるものがあったので、「俺たちも故宮に負けないよう、博物館に入ろうぜ!」と意気込みご入館。まあ規模の時点で負けてるんだけど。入場料もタダだった。もともと台湾の温泉を開発したのは日本人(しかも関西商人)だったそうで、見事なまでに日本式。素晴らしい。
その後「防空壕迷宮」というアトラクションがあるというので、「迷宮、すなわちラビリンス、すなわちデビッド・バウイ(高野拳磁風発音)」と期待しながら入っていったのだが、ただの草ボウボウのけものみちであった。防空壕がどこにあるのかもわかりやしねぇ。でかいカタツムリを見かけたのと虫に食われた程度で終了。
そしてようやく源泉へ。足湯に浸かれるとガイドブックには書いてあったのに見事に立ち入り禁止であった。
しかし、あんだけポコポコ沸き上がっているお湯に足など入れたら大変なことになっていただろう。常に湯気で空気が白いし。
そして龍乃湯温泉という銭湯へ。
ここがまた、ホントにただの風呂。頭も身体も洗ってはいけないのだ。(勝手に頭を洗ってるババアはいたが)そしてこの湯がすこぶる熱い。熱湯コマーシャルかと思いましたよ。私の足は靴擦れだのカミソリ負けだので傷だらけなもんで、お湯がいちいち傷口に染みる。ヒリヒリチクチクするどころじゃないってえの。
と思っていたら、横でりえ坊も「イタイ、イタイ」を連発。何事かと思ったらノーヘアーのトライアングル痴態、否、地帯一体が染みて染みてしょうがなかったらしい。無毛もつらいよ、いろいろと。
ちなみにここの銭湯でものすごい美乳兼巨乳の台湾娘を見ました。ああ、こういうのこそ乳ウォッチャに書くべきなのだが。

その後、公園でビールを飲み、遊園地に行こうとしたがすでに閉園後だったのでそのまま士林夜市へ。
物欲再び。スカートだのなんだの買いまくり。まんだらけのような店がおもしろかった。そして道ばたで買った小龍包を焼いた肉まんのようなものが美味すぎた。台湾で食べたものの中でナンバーワンでした。
ここで故宮組と合流したのだが、そちらはこの日一日食べ物がはずれっぱなしだったそうな。気の毒に。私らは全部当たりだったけどな!
合流してさっそく足裏マッサージへ。私も初体験してみたんだが、私の担当の人が日本語ペラペラだったため、どこが痛いとなると「睡眠がアサイネ、よく夢をみますか?」などと言ってくれるのだった。ありがたや。まあ、いちいち「イデーー!!!!」「痛いイタイイタイイタイイタイ」とギャースギャース騒いだりして笑われっぱなしだったが。
ちなみに私の身体の悪いところは頭、喉、歯、尾てい骨でした。頭ってのは狙って書いた訳じゃないから。睡眠が浅いって意味だから。喉は幼少の頃からエヘン虫が住み着いているんではないかと思われるほど咳払いをするので相当悪いのだろう。あと歯な。虫歯ぶり返してきてるから。あ、肩も悪いって言ってたなそういや。
肩こりなのか、それともガードレールに衝突して脱臼したからなのか。あ、尾てい骨ってのも階段から落ちてはり治療とかやった時の名残なのか。
そして夜市で再び食いまくり。小龍包焼きをもう一回買ってしまった。

夜は大貧民大会。
ふぁる姐の提示するルールが訳わからんもので覚えるのに苦労した。
パスをした人間が今まで溜まったカードを全部受け取らなきゃいけないという理不尽なルール。ゲームが一生終わらないのかと心配になったほど。
ま、私は一番強かったですがね。誰か大貧民対決しよう。(調子乗りすぎ)

9/25(四日目)
この日も無論寝坊。
いや、純粋に言うと寝坊じゃないンだ。いちおう8時半くらいには起きるんだがパパイヤ牛乳を飲んだ後二度寝してしまうんだ俺たちは。
この日はさすがに掃除のおばはんに急かされましたが。
海外旅行の楽しみとしてデューティーフリーに行くのは、俺が腐ってもOLだからなのです。化粧品買いまくり。しかしアイライナーとリップグロスが欲しい色と違う色を渡されるという具合。アイライナーは色が違うことに気づいたのですぐ替えてもらえたが、リップグロスの色が違うことに気づいたのは帰国後だよオイ。
そして昼食は、これまたりえちゃんと2人だったので食いまくり。チャーハンとラーメンとワンタンと餃子となぜかキムチ(全部量多すぎ)。2人で460元も払うってどういうこと?あ、ビールも飲んだし。
その後苦しい、死ぬ・・・と思いながらお茶屋に行ってタダ茶を飲みまくり、さらに調子に乗ったわたくしはニガー茶、否、苦茶なるものも飲む。
ま ず い
ここで初めて食欲に歯止めがかかりました。何を食っても苦味、何を飲んでも苦味という始末。なんかあれだぞ、るっぱちゃんが初めてうんこを食った後に「何を食べてもうんこの味がとれないの」とか言ってたのと似てるぞコレ。(言ってたよね?)

その後タクシーで復興新路というところへ。そして再びチャイナシャツを買いまくる。そごうは閉店時間過ぎに茶器を買うという体たらく。しかし、こっちの店は閉店時間があってないようなもんだにゃ。私が学生のころバイトしていた某下町ローカルスーパーも閉店時間過ぎても中国人団体客が帰らなかったりしてさっさと帰れやゴルァとよく切れていたものだが、こういう習慣ならしょうがない。
そしてうろうろと町をさまよい、最後の晩餐なのでちゃんとした居酒屋へ。
台湾の飯屋は店内でタバコも吸えなきゃ酒も飲めないというところが多かったので、この店はよかったです。ただ私は苦茶効果でロクに飯も食えなかったが。
んで、さらに再び夜市へ。この日は杏仁牛乳だの西瓜汁だのよく飲んだ一日であった。おかげでトイレが近くて大変だった。
さらにさらに、ホテルに帰った後、りえちゃんと2人でスーパーへ。どんだけ出かけるんだ俺たちは。次の日6時半集合だというのにホテルに戻った時間は3時半でした。さらにその後「三沢光晴 五冠王への道」を見たし。
起きれんのかよ。

9/26(最終日)
起きれませんでした。
起きたのが6時25分。ありえねぇ。しかし奇跡的に7時のバスに乗ることができた。皆さんのおかげです。
空港でゆっくりするつもりが、ノースウェストの混み具合がハンパなかったのでタバコを買うだけで終了。免税の税金戻してもらうことすら忘れる。
あばよ台湾。また帰ってくるぜ。
帰りの飛行機内で熟睡するつもりだったんだが、みやらさんとるっぱちゃんの「ファイブスターストーリー」レクチャーを受けたり(ロボットというと「モーターヘッドだから」と声を揃えて怒られる)、窓から見える海や島をじっくり見てしまったりで寝られなかったのだった。たかだか3時間半だったし。

で、翌日朝7時半から仕事だったよ俺。


ところで今日はこの日記始まってついに4年目なのです。
いや、気が付けば4年。思えば遠くへきたもんだ。その場行進しかしてないけど。
というわけで次回から4周年企画なのです。乞うご期待。
2004年09月30日(木)

台湾ス・イン・ア・ライフタイム 前編〜雨の空港 街に繰り出し 食欲を振りまくるわたし

というわけで台湾に行ってきたニダ。(語尾はなぜか韓流)
いやー面白かった。日を追って書いていきます。

9/22(初日)
会社のメールやり取りだの、出発前に家の鍵が見つからなくて探し回ったりだのしていたせいで、リムジンバスで成田まで行くはずがすっかり電車で行くハメに。
船橋まで出てそこから京成に乗れば早く行けると思われたのだが、その船橋ですらあやうくなり、自宅から船橋までシータクというありさま。ちなみにうちの妹(ターミネーター)はこないだ韓国に行ったとき、同じく家を出る時間が遅れてターミネーターの分際で成田までシータクに乗ったらしい。
遅れるのは我が家のお家芸なのか。
そしていざ船橋についてみたら、今度はスカイライナーが止まらないのな!ロマンチックばりに!ちんたらと特急で成田へ。当然集合時間には遅れているわけであります。
駅に着いてからトランクを滑らせ、空港内カーチェイスならずトランクチェイスと名付けてもいいほど走る、走る、走る。すでに集まっていた人たちにも気づかずに駆け抜ける。
今回のメンツはりえ坊、みやらさん、ふぁる姐、るっぱちゃんに森下さんという女ばかりの6人旅行。(若干戸籍上は逆の性別ですが)というわけで、いつも通りのゆるい集合だったのでNO問題でしたが。
海外に行くときまでもゆるいのですよ私達は。搭乗するときだって、若干一名(Mやらさん←本人の名誉のために伏せ字)は空港内にアナウンスされていたし。
そして雨の降る成田を後にし、一路台湾へ。
行きの飛行機の中はるっぱちゃんとずっと喋ってた気がする。あ、行きからワイン飲んだりビール飲んだりしてたんだった、たかだか3時間半なのに。

そして台北到着。
バンコク到着時は「着いた途端に空気成分の中に香辛料が」と思わせる匂いがプンプンだったが、台湾は「おばあちゃんと一緒に住んでる人の家の匂い」がした。
ホテルに到着後、さっそくピータンや臭豆腐、ゆで落花生を食べに行き、さらに私はひとりでマンゴーかき氷(とにかく巨大)を食べるという具合。屋台のかき氷なので水がまずいんではないかと心配されたが案外平気なものでした。
そして明け方までJWPや全女、全日を見て過す。台湾なのに。だってタイガーマスク(二代目)VSダイナマイトキッドとかやってンだもン。全女もマリーンウルフですよあらビックリ。

9/23(二日目)
さっそく寝坊。なぜなら私の寝ていた部屋はダメ人間同志の部屋だったから★(黒星)
朝食というか昼食というかで小龍包やルーローファンを食いまくる。
市場に出て冬瓜茶などを飲みまくる。
そして午後になってマッサージに行くアダルトチームと台北市街に繰り出すヤングチーム(珍しいことに全員同学年!)に別れる。で、ヤングチームは飯を食った後なのに肉まんとか食っちゃったのだった。
そのヤングチームからさらにるっぱちゃんが別行動を取り、森下さんと2人で漢方薬の問屋街へ。ここが、とんでもなく上野アメ横で素晴らしい。適当な漢字筆談で「我肝臓悪←酒」などと伝えて「酒精肝薬 酒精丸」というものを買う。あ、あってるのか・・・でもアル中のことを酒精中毒とかいうらしいしな。それにしても一回につき12粒飲まなきゃいけないってどういうこと?
森下さんがフィリピーナのようなやり手台湾人クーニャン(語尾強めに「わかるぅ?」「ダイジョーブ」という言葉を乱発)に無理矢理胃腸の薬を買わされそうになっていた。
そのまま歩いて西門町へ。歩くあたりがヤング。そしてマックで休もうとする辺りもヤング。アダルトチームは西門町に来るのは遅れるであろう、と思われたがちゃんと時間通りに地下鉄でやってきたのでびっくりしました。みやらさんとふぁる姐がいるのだからてっきりシータクなのかと。
そして台湾なのに飲茶を食い(香港風のことを港式というらしい)、さらにみやらさん、森下さん、るっぱちゃんでチャイナシューズの店へ。大分迷う(主に道に)。
いや、これが全部かわいくて、わたくし、3足も買ってしまうという体たらくですよ。何を考えておるだのと。
そして「台湾のサブカルの殿堂」とかいうデパートへ。中身はただの中野ブロードウェイでした。しかしみやらさんとるっぱちゃんが「五星物語」を買ってイキイキしていました。日本で売っているのと版型が違うとかなんとか言っちゃったりして(広川太一朗)、ああ、オタクなんだなぁと思った次第。
そのまま西門町で買い物三昧。私も大分買ったが、みやらさんの物欲スパークスぶりにはびっくりしました。ブーツ買うと言い出したときにはどうしようかと。
買い物の合間もスイカジュースを飲み、マンゴーかき氷を食べ、合鴨料理(骨大杉)を食らっておったわけです。そしてホテルに帰ってからまた出かけてルーローファンに臭豆腐に卵焼きだのなんだのの屋台料理を買ってきて食いまくり。
前に台湾に行ったへれなさん(ABBA女先輩)も書いていたが、なんで台湾に行くと満腹中枢がいかれるのか。

というわけで後編に続く。
関係ないが「DEEP LOVE〜アユの物語」テレビドラマでもやんのかよ!
あの作者のYOSHIとかいうやつはおちまさとに続くうさんくさ臭がプンプンだとは思っていたが・・・

2004年09月26日(日)

台湾ス・イン・ア・ライフタイム 序章

我が家はしがない中の下流家庭(親戚はドキュソ!)なのですが、愚息ならず、愚娘2人もいい年になったので両親は年に2度も海外に行ったりするようになりました。ま、愚娘のうち1名はブルーカラーのような仕事でもう一人はターミネーター(しつこく説明するが、うちの中で「パラサイト」を指す言葉)なんですがね。
で、9月に入ってから両親はマレーシアのビーチに行きました。ターミネーターこと妹は韓国に行きました。(出発前日に母のところに「3万円貸して下さい」とメールでよこしてきたらしい、同じ家に住んでいるのに)
俺は唯一!9月に入ってから休みゼロの生活を送っておったのです。
でも9月の終わりになれば俺もマレーシアに行くのだ!という希望に支えられてがんばってきました。会社に置いてある卓上カレンダーにもマレーシアと書き込み、そこの時期には仕事を入れないように牽制してきました。

それが、諸事情によりオジャンになってしまったのです。
ギャース!・・・
何のために休みナシで働いてきたのかと。
何のために両親に「私もどうせマレーシア行くから土産、香水だけでいいや」と言ったのかと。(わかってたら化粧品大量に買ってきてもらったさ!)

そこで代案として、国内旅行に行くという考えが出たのですが、私はどうしてもどうしてもどうしてもどうしても海外に行きたくて、そうしないと会社にも家族にも立てる顔がないという状態(別に家族にそんな見栄を張る必要もないと思われるが、我が家はペナントレース一家で全ての基準に「勝ち、負け」「順位」をつけるもので)だったのでどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても海外に行かなければならなくて、それを実行しないと自分があまりにもみじめだったのでどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても海外に行くしかなかったのです。
そんな時にABロードがうまい具合に「海外にひとり旅」という特集を組んでいたので、「ひとりでも海外行ってやらぁ」と決意しました。
もちろん不安いっぱいだった。
海外は過去に行ったことはあるが、大学の卒業旅行として「織田裕二の『卒業旅行』の真似がしたい!チトワン国に行きたい!」という野望を秘めてタイに行っただけだったし。しかも4人で。それが今度は1人だ。1/4ロンリー海外はできるわけがない、と思っていたのだが、もう絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対行くしかないのである。
と、腹を括っていたときに、スターな女の子が同調してくれて一緒に行く、となり、あれよあれよのうちに6人で海外に行くことになりました。
行き先もあれよあれよあれよのうちに台湾になりました。
チケットもあれよあれよあれよあれよのうちに入手。出発4日前に手配して良く手に入ったモンだ。

まあ、ずっと働いてたんだから(日記だけ読んでるとずっと飲んでるような感じもするが働いておるのです)いっしゅん台湾に逃亡したっていいじゃないか。
昨日も11時近くまで労働してたんだよ俺は!

というわけでいってきます。
唯一心配なのは「台湾って満里奈っぺえな」ということだけだが、ナンシー関の初海外訪問先も台湾だったので、満里奈のことはあまり考えないようにしようと思う。

2004年09月22日(水)

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