股・戯れ言


BBS

下品ルーディババアたちへのメッセージ

前回の日記で来週は余裕があるであろう、日記も書けるであろうとほざいていたんですが、とんでもないウソでした。あいすいません。先週に引き続き馬車馬のように働かされていました。火曜なんか一瞬大阪に行かされるかもしれない状況でした。あまりに俺がだめぽな状態だったんで、俺の面倒見係の方がわざわざ夏休みを早めに切り上げて出勤してくださるという具合。人にたよるのイクナイ!
でも今週はついに!9月に入ってから悲願の休日が取れたのです。20日間よく頑張った、俺!あ、来週は1日しか出勤しないんですけどね。

しかし、先週の土曜日は最低でしたわたくし。
金曜の夜。「ティーネイジ・オブ・ザ・イヤー」というDJイベントに行ったんです。土曜日の朝9時から仕事があることは予めわかっていたことでした。でもお友達も多数DJなさるし、憧れの音楽評論家さまもDJなさるしなので行きました。酒はあまり飲まないようにしようと誓っていました。次の日起きれなくなるからね。
ダメでした。
しこたま飲んでしまいました。
愉快になりすぎてしまいました。
暴れまくりました。
数え切れないソソウを繰り広げ、まともな意識だった方々に連れられていつもの宿に帰ったのです。

そして、翌日。
「まーさん、起きて起きて。8時50分よ」
といういつもの宿の女将(心の性が)の声が彼方から聞こえてきて、ガバっと起き上がり、「マジで?ウソでしょ?」と騒ぐ始末。宿に泊まっていた人間(総勢8人)が全員目を覚ますほどの声で。その女将の方はいつもとんでもなくわかりやすいウソをつくので(私が「10月に京都に行く」と言うと「京都は10月に水没しちゃうんだよ」となぜか勝ち誇って言う、という感じにあからさまなウソをつく。我々はそれを「小ウソ」と呼んでいるんだが)またいつもの小ウソだと思ったのですが、時計を見たらホントに8時50分なのでした。
うぎゃー死ぬ!死にたい・・・と騒ぎながら二度寝をしてしまう俺・・・最悪だ・・・ホントに死ねばいいと思う。
結局10時過ぎに現場到着。午前中は目が回って回って大変でした。お昼をほとんど残したので(二日酔いで)、ホントに具合悪かったんだなと信じてもらえたようでよかったです。

あと酔っ払って会社に電話したのを思い出して鬱。
その電話に出た人が「あのこと、えらい人にいっちゃおーかなー」と微妙に脅してくるのでビクビクしてます。「チョコレートおごるんで勘弁してくれ」と言ってあるんだが。

そんなダメ仮面の告白はともかく。
最近はテレビもめっきり見ないので、細木数子が大ブレイクしていたことも知りませんでした。細木数子なんて「針すなおの似顔絵っぽい顔」くらいの印象しかなかったからな。
しかし世の中は「説教をするおばさん」が好きだなーサッチー然り、デヴィ夫人然り。説教というより「毒舌」とか「本音」とかが好きなのかな、よくわからないが。和泉もとやの母がいまいちブレイクしなかったのはこの毒舌とか本音とかいう部分が足りなかったからなんだろう。無論説教も。
いや、違うな。世の中は毒舌や本音や説教ではなく「下品」が好きなんだろうな。和泉もとやの母は顔かたちはともあれ話し方などは上品な感じだったから。あと伝統芸能村に属している時点で違うのかも。デヴィ夫人も話し方は上品かもしれないが、それを上回る下品のオーラを発散しているもの。化粧とか。
細木数子は「占い」で、しかもやたらと本を出版していることによる金持ちという時点で立派にうさんくさくて下世話で下品なのでやっぱりサッチー、デヴィ夫人ラインだ。「よくわからないが権力ありそう」「金持ち」ってのもこの人たちの共通項である。
次に説教しだすのは誰だ。松居一代だったらやだなぁ。説教される覚えがねぇよ。
藤田憲子が近いと思うんだがどうか。脱・伝統芸能(相撲だけど)だし、なんか下品だし。
あと杉本彩が思った以上に捨て身なので(私はどMなんです、とか、私は男の人がおしっこが大好きなんです、とかいうこっちが聞いてもいないような告白を次々にしていた)説教/毒舌熟女路線に進みそうで気がかりだ。下品を武器にしてるし、あんま関係ないがゴージャスって歌ってたし。(ゴージャスって言葉はなんてチープなんだろう、ゴージャス松野とか)



ところで、こないだも書きましたがこの日記もついに4周年なのです。オリンピックばり。4年前は単位が60単位くらい残っていた大学3年生だったのに、いまや立派に遅刻常習犯な会社員(共通項:どうしようもない)ですよ。時代は変わる。
続・戯れ言のログはきれいサッパリになくなってしまいましたが(ライコスから楽天に更新しなかったため)、股・戯れ言はがんばって残ってるなー。こんなにちんこまんこ連発/いつまで経ってもこの壁紙なのに成人ジャンルに移動されることもないという平穏ぶり。ひっそりほっそりと続いているからかしら。夜中にヴァネッサ・パラディなんかを聴きながら更新しちゃってるからかしら。(無駄な乙女アピール)
というわけで4周年記念に際して、ちょっとしたジコマン企画を。
「冗談じゃなくて!人のうちでオナニーばかりしまくってくれ!!」
というタイトルだけ告知してみます。
でも来週はワンタイあたりに行くんだよなー。あーうー。

ていうかフジロック日記続き書かないのか俺。
2004年09月19日(日)

セプテンバー そして9月は忙しすぎの月

休日出勤の会社からビミョーに更新。
9月入ってから休んでないよ。ロクに日記もウプできやしない。
というわけで、仕事落ち着くまで携帯で合間に気軽にウプ可能な
コチラを借りたんで刑事ヨロシク。

ネタ・戯れ言

しかし仕事も大変だがいろいろ忙しいぜ、とても。こうしちゃいられねぇ。
気にすんなよ、気にすんなよ俺。

近況
●9月末にニッポンから逃亡するので、そのぶん仕事を入れられている
●10月連休に京都へ逃亡するので、そのぶん仕事を入れられている
9月1日〜9月11日までの週報

9月1日 仕事→女どアホウ甲子園飲み
    嗚呼、俺はホントに!絶対!藤村甲子園
9月2日 仕事→久々に姫御に会う
    大学生(でも同い年)は気楽だなと思う
9月3日 仕事→野毛ナイトwithわやさん
    次の日仕事があるのに結局朝まで。沖縄のナイス女子に会えてよかった
9月4日 仕事→犬鍋(1ヶ月に2回て!)
    ものすごく墨田区愛の強い人に会って自分はまだまだだなと痛感
9月5日 仕事→銀座
    30分で終わるはずの仕事が5時間待機に変わり、仕事終了後銀座でヤケ買い
9月6日 仕事→会社女子と定例飲み
    定例っても久々。この会社女子は結婚してもどこまでも下品で最高。
9月7日 仕事→会社男子と定例飲み
    定例っても久々。2杯くらい飲むつもりが気がつけばお互い10杯くらい飲んでた。
9月8日 休日→仕事→門仲飲み
    振休のはずが「どうしてもお願い」と頼まれて結局出勤。その後門仲。ふぁる姐おめでとう。
9月9日 仕事→ふぁる宅
    るっぱちゃんと3人で竹野内豊をポワーンと見ながら団欒。
9月10日 仕事→ティーネイジ・オブ・ザ・イヤー
    あこがれの音楽評論家Oさんにご対面。みっともないくらいはしゃぐ。しかしヨッパの定番「チューして攻勢」はどうかと俺。
9月11日 仕事
    これは「ネタ・戯れ言」のほうにちゃんと書きますわ。とほほ。
    あ、らもはだ最終回に行けなくて鬱。また飲みたいっすSさん。

来週中は時間も取れるだろうからまともな日記書きます。てか書かないとなーこの日記ももうすぐ4執念、否、4周年(ホームページは5年かよ)だしなー。
2004年09月12日(日)

ミートシッツ・イズ・まーだー活動中(らしい)

今朝は先週のようなミラクル起床を夢見て3時に帰宅したにもかかわらず。
当然のようにミラクルは起こることなく10時に起きてしまいました。着信を見ると5件。もちろん全部会社からです。
この先は何も言うまい。いや、しかし、俺は大名平社員(自称・静かなるドンや反則王と同じような身分)だからしょうがないのれす。その分アホみたいに深夜に働いたりしているからいいじゃないか。

で、大名は昨晩、六角橋の大道芸見世物祭りというものに行ってきたのですが、そこにあった極楽レコードというレコード屋が最高の品揃えで震えました。買ったのは大江慎也のユーロビートなソロのみでしたが。このジャケットの大江が見事なまでに爆笑問題田中似。
そこで久々にドールを買いました。なんてったってグラインド・コア特集。表紙はナパームデスの「FROM ENSLAVEMENT TO OBLITERATION」。ああ、買うよ、買うさコレ見ちゃったら。もうパブロフの犬状態ですよ。
んでさらさらと読んでいたらグラインドコアの歴史的重要アルバムのようなものが羅列してあったんだが、そこにMEATSHITSを発見して気が動転したのであった。なんつうか、もう、赤面。ミートシッツを愛聴していたことこそ「初めて行ったライブがデビッド・リー・ロス」なんかよりうれしはずかしな事実なんですよぉぉぉぉ。
って書いたところでなにがなんだかサッパリわからないだろう。いや、ミートシッツっていうのは3秒とか5秒間ギャギャギャギャードワワワワグワァーと騒ぐだけの「グラインドコア」という音楽のバンドなんですけれども(そんな秒数の曲なので一枚のアルバムに30曲以上収録とかだった)、曲の始めに洋ピンの音声が入っていたのです。
ちょうどその頃(私が中学の頃)、うちの父親がアメリカに一ヶ月間旅行に行ったのだけれど、その際にものすごい数の洋ピンを持ち帰ってきてたのでした。だから私のアダルトなビデオ初体験は洋ピンだったのです。父親のビデオ隠し場所を探り当てて見まくりました。安っぽいスーパーのBGMのよな音楽にあわせて「OH!CO〜ME〜」と喘ぐパツキン女!(同時にダミーオスカーなども読んでいたもんだから俺にとっては今でもパツキン女はエロスの象徴なわけだ)
しかし、ビデオは父親と喧嘩した時に「こんなところにエロビデオ隠してんじゃねえよ!!!」と母親の前で暴いてやって以来、隠し場所が変わってしまったらしく自由に見ることができなくなってしまい、それでも性的にムラムラとかしたらどうすりゃいいのだ!という時にキクぜ!(ダブルミーニング)だったのがミートシッツだったのでした。
そもそもメルツバウなどを聴くとなんだか下半身がムズムズするなぁと思っていた頃なので、ポルノのモロ音+ぐちゃぐちゃノイズという組み合わせは性的刺激にはもってこいだったわけです。
もちろんしましたよ、ひとりでアレを。(当時はもっぱら!角オナニー)
しかし、無能で不毛な10代でしたから、ひとりでアレをするたびに罪悪感的なものを感じ、そのうちマイナースレッドなんかに熱中する頃には「ミートシッツは卒業しなきゃ」と思い(間違ったストレートエッジの影響)、だんだんと聴かなくなったのだった。封☆印。

でもアナルカントもメルツバウも今でも大好きなのに、なぜ私はミートシッツだけを切り捨てたのだろう。勿体無い。家にあるとどうしてもダメだ、とまで思い、ユニオンに売ったりもしてしまったんだった。
と、言えるのも、すでに自分が「オナニー is マーダー」と思わない人間になってしまった(殺人とまでは思っちゃいねえけどさ)からなんだろう。それって成長したってことなのかしら。
でも今とてつもなくミートシッツ聴きたいですよ。
ちなみに3Pをしているらしき野太い声の女の喘ぎ声の効果音がお気に入りでした。

って、祭りのことなんも書いてないなこりゃ。
大日の商店街プロレスは店を一軒破壊しただけでやや拍子抜け。
六角橋商店街は東横線という感じがまったくしなくてよいところでした。
ジャズ喫茶もいい感じだったし、レコ屋がもう一軒あったので今度行くぜよ>オカモト君への私信

で、フジロック日記はまた次回に持ち越し。ゴメン。誰に対して謝ってるんだ、俺。(たぶんりえ坊)
次回こそはこのスクール水着熟女の暴れップリをレポートしますんで。
とりあえず予告編的写真だけ見切り発車ウプ



2004年08月30日(月)

もう、ぎたぽ。〜永遠の童貞ファイティングミュージック

一ヶ月のうち一体俺は何日家で寝ているのだ!

と、深夜の繁華街の片隅で叫びたくなる今日この頃。今日も出張しています。もちろん丑三つ時に作業です。しかも今週は土日も仕事なんだってさ、ハッ。
先週末はかろうじて週末仕事は避けることができたものの、金曜の夜と朝のあいだに起こった酔っ払いスパーキングとか(久々に泥酔の翌日に自己嫌悪)、月曜朝7時から仕事だというのに前日3時まで飲んでしまうというアクシデントとかでなんだか全然休めてないような気がします。

まあ、酒を飲まなければいいだけの話なんですが。

ちなみに日曜の夜は「あしたのために!」と頭の中で呪文を唱えながら、酒を飲まないように努力してたんですよ私なりに。グァバジュースとか飲んだりして早く帰ろうとしてたんですよ。
それが夜中の3時帰宅・・・気がつけば、アラ、まあ、ちんぽの毛がもじゃもじゃ生える時間という体たらく。まあしょうがねえ。私のルーツの一部が目の前に降臨したんじゃな。
でも翌日は奇跡的に自力で5時40分起床に成功したので、作業には差し支えませんでした。午前中で終わる作業と聞いていたのに終わったのは夕方5時過ぎという過酷労働でしたが。
そんな労働ブリでヘトヘトだったのでさっさと家に帰ろうと思ったのだが、日曜日に仕事を入れられて頭にきたので反動でマシュー・スイートとヴェルヴェット・クラッシュのライブに行くことにする。もう俺の、踏んだり蹴ったりですさみまくった心に効く特効薬はギタポしかないのだ、と。
といっても会社を出たのが7時だったので、最初の30分は断念せざるを得ない・・・VCとマシューだったら、おそらくVCのほうがトリなのだろう、どうせマシューが前半なのだろうと踏んでいたのだが、思ったとおりにマシューが前半にライブをやっていた。ガックシ。着いた直後にはもう「シック・オブ・マイセルフ」やっちゃってるし。
そしてVCの方々が出てきてVCライブ開始。と思ったらマシューもステージに残留しギターを弾いているではないか。
つーかクアトロ名物の柱が邪魔してよく見えなかったが、VCの人たちも最初から一緒に出ていたのか?曲もマシューの曲ありーのVCの曲ありーのでめくるめくギターポップの楽園ステージとなっていた。ああ、この勢いでティーネイジファンクラブやレモンヘッズも一緒に出てくるのではないか、と錯覚するほど。(ギターポップジャンボリーみたいなのはいつか絶対開催するべき!)

今でこそギタポ大好きというのは公言しているわけだが、10年位前の私はギタポは好きではなかった。正確に言うと好きではない、ということにしていた。
甘いメロディにとろけるような声、恥ずかしげもない歌詞。そういうのがかっこ悪いと思っていたのだ。当時私はバーンを読んでいたし、脳みその足りないガキにありがちな「過激こそかっこいい」という思い込みがあった。まあ、その通り実際にスレイヤーやナパームデスはかっこよかったし、ノイズや早いビートのものは刺激的だったわけだが、その一方でビートUKやソニーミュージックTVやサウンドジャンプ(千葉テレビで昼間ずっと音楽ビデオを流しっぱなしにしていた番組)で流れるティーネイジファンクラブなどはこっそりと愛聴していた。
しかし、当時のロッキンオンでパンテラのヴィニーが「オルタナってジャンルはおかしいぜ、俺たちはレモンヘッズみてぇな女々しい音楽と一緒にされてたまるかってんだオイ」というようなことを言っていて、あうう、女々しい音楽だよなやっぱ、好きだけどさ、と思ったりしていたのだった。
今考えれば激しくどうでもいい意地だった。だってその甘いメロディやとろけるような声はその当時からすでに「聴いていて気持ちいい」ということをわかっていたのだから。馬鹿である。
あと「ベイビー、君のことが好きで好きでたまらないのさ」的な世界観を生きたことがなかったから心底おぼれられなかったのかもしれない。当時はバリバリの処女でしたから。なんのコンプレックスだったんだか。
そうやって振り返るとその当時はカッコイイと思ってた行為がすべてかっこ悪く思えてくる。まあ、概して10代なんてのはかっこ悪くてイタイことしかしないものなんだが。カッコイイ10代なんて見たことねぇよ。まさに10代は不毛の時代。ピートはいいこと言った。

だからギタポというのは私にとってはナヨナヨとした音楽ではなく、全裸で堂々と街を歩き回ってるようなかっこいい音楽なのである。あ、音楽がじゃなくてギタポ好きを公言している人が、か。音楽自体も「こんなことでウジウジして切ないんです」ということを告白しているのだから潔い音楽だ。
もちろん童貞臭プンプンであることには変わりはない。ちんぽだって皮に包まれていることだろう。それでもギタポは全裸で「君にモテたくてたまらない」と叫ぶのだ。

そしてこの夜に出ていたマシュースイートとベルベットクラッシュはデブとハゲとチビというモテから程遠いところにいる御姿の方々だったわけである。それでも「キミガスキダヨライフ」なんてことを言うわけだ。
その姿勢は清清しい。潔い。かっこいい。神々しくすらある。
10代のうちからギタポに姿勢を学んだ、なんて言うのはやっぱりそのくらいの年齢だったらいろいろと抵抗があるのかもしれないが、「この空見つめて自分を感じたい」とか想像力欠如も甚だしいがんばれパンクなんか聴かないでいいよ。底が浅いセックスなんかに憧れるな。ブログなんかに「こんな情報ゲットしましたー」なんてひけらかしてる場合じゃねえよ。
声に出して叫ぶんだ。一緒に歌うんだ。
自分の立ち位置とか今を認識すれば自ずと道は開けてくるもんである。ちんこまんこのことをいっぱい考えて夜も眠れないのを美しいメロディに乗せて歌ったっていいじゃないか。
この夜の客層はエバーグリーン童貞風外見の人が多かったけれど、彼らが一緒に合唱する「ガールフレンド」などは、パンク会場で見かけるパンクかぶれ小僧が突き上げる拳なんかよりずっと熱かった。殴られたら痛いよ、きっと。喧嘩は負けるだろうけど。

と、ここまで書いて思ったけれど、私はものすごく童貞臭のする女だな。
たまたま女に生まれたことがよかったのか悪かったのか。
まあ女なんだからせめてワキゲでも剃ることにしよう。肺胞肺胞。
2004年08月25日(水)

ガンガン呑んでも 早く寝ないでね・・・〜フジロック記録その3

そういえば、ちょっと前に来た新手の迷惑メール

>件名 : どもども♪はじめまして☆

>はじめまして☆平田と申します。えーとですね、
>以前メル友募集してましたよね??その書き込みに
>とても興味を持っててアドレスを控えてたんです。
>ちょっと前の書き込みでしたけど。
>ぜひぜひ仲良くなりたいと思ってるんです☆
>自己紹介を致しますね☆
>平田智美、22歳でフリーターをしております♪
>趣味は旅行以外では読書で、好きな作家は筒井康隆さんです。
>スリーサイズはまだ言わないほうがいいかな(笑)?
>そんなワケでして、平田、お返事待っております!
>趣味や、どこに住んでるのか教えて欲しいです☆
>あ、あと何て呼んだらいいでしょうか?平田のことは、
>平田と呼んでください☆


メル友募集した記憶もないし、スリーサイズを尋ねた記憶もないので一体こいつは何を言ってるんだ、と問いたくなるようなメールですね。
もしかしたら迷惑メールじゃなくて、嫌がらせメールなのかもしれないがそんなこと知ったこっちゃないんで掲載。
大体スリーサイズってなんだよ。おまえ、平田だろ?ビヤ樽みたいな体型だろ?

というわけでついにフジロック日記
8/1(日)つづき

平成トリオののちに、ついに早川義夫タイム。
フィールドオブヘブン前方にておかもっちゃんと喋っていると、私の声のでかさにわやさんが気づいて合流。電話で一切連絡とれなくても会えるモンなんだな。聞くところによると「今さっき、早川義夫が出てきて『いい娘だね』とかを唄ってたよ」とのこと。なぬ?さっそく聞き逃した。義夫もリハーサルで勝手に歌わないでおくれよ。
ほどなくして本番開始。わああ、生義夫さんですよ。
サルビアの花やHや身体と歌だけの関係やマリアンヌなどを次々に唄っていくよ。
さっきの平成トリオで涙腺が緩んだせいか、サルビアの花の途中から早くも涙ダーダー。途中でおかもっちゃんに「NRBQ行ってくるわ」と言われたんだが、その時も泣き中でしたよ。
心底の感動。でもなんて声をかければよいのだ!私は早川義夫のことをはやかわよしおとしか呼んだことがない、という事実に気が付く。フルネームは非常に声が掛けづらい。オドオドとしている間に父さんへの手紙が終わり、いつかが始ってしまう。ますます声を掛けづらくなる。
早川義夫の曲には、エンケンのような「俺もがんばってくから、おまえもがんばれ!一緒にがんばっていこうぜ」という直接的な同志的メッセージは含まれないことが多いと思うんだが、この「いつか」だけは泣けるほど「おまえも精一杯生きていくんだ」というメッセージを突きつけられる。

いつだってひとりなんだ 涙を落とせ みにくさやいやらしさを素直にあらわせ もっと身を削れ もっと捨てていけ もっと突き詰めろ 終わってはいないさ もっと歌え もっと叫べ

順不同ですが、この曲の中で早川義夫が歌い、叫ぶ言葉たち。
このフジロックの時もそうだが、今現在これを書いている私は再びこの言葉群に支えられているところです。情けなくてもしょうがない。かっこわるくてもしょうがない。生きているんだからしょうがない。何も変わらないんだからしょうがない。

というわけで「いつか」に打ち拉がれているうちにライブ終了。早川義夫が「どうもありがとう」と言ってステージを去っていく。
ああ。
声かけられずに終了・・・
今度からは「義夫さん」とでも声をかけるように努力をしたい。
「えーラブ・ジェネレーションなんでやってくれねえんだよー」とごねていたんだが、そんなことを言ってる暇などはなかった。
早いところオレンジコートに移ってNRBQを見なければ、と思っていた私に、一緒に見ていたみやらさんが
「あのさーりえちゃんが泥酔して大変なんだよね〜、後ろで寝ちゃっててさぁ」
と言うではありませんか。フジロックで泥酔して寝ちゃってライブ見ない人なんているのかよ!と半信半疑でフィールド・オブ・ヘブンの後ろの方に行くと・・・

通路の真ん中に大の字で寝ているりえ坊の姿!・・・

フジロックをどこぞやの家と勘違いしてるのではないか、という見事な泥酔眠りップリ。髪なんかもう砂埃まみれだ。
あああ。この人、一度寝ると起きないんだよな・・・一体どんだけ飲んだのかと。
起きなよーと揺さぶっても起きないので、起きなきゃ脱がすよーとシャツをまくり上げたら、なんとノーブラだったので慌てて元に戻しました。「前日ノーブラでマーフィーズを見たら乳首が擦れて大変だった」とか言ってたのにまたノーブラとは。
というわけで寝ている間に顔に跨って、顔面騎乗をして写真を撮ったりしていたんだがそれでも起きないので最後は乳首をつまむなどしてなんとか起こすことに成功。
それが起きたら起きたで「トイレに行きたい〜」とフラフラしながらどこぞやに歩いていくので大変だ。メガネを落としても全然気が付かないし。
こりゃヤバイと、トイレまで連れて行くことに。オレンジコートに向かう。あまりの泥酔ぶりに、前から来る人皆苦笑。トイレに連れてきたながらもなんとかNRBQを見ることに成功した。ああ、楽しそうにオルガンが鳴り響いてるよオイ。カントリーロックなのに皆熱狂だよ。当然俺も踊りますよトイレ脇で。が、りえちゃんのほうはトイレに入ったら入ったで出てこなかったり、出てきたらまだフラフラしてるしで走って支えに行ったりさせられたりで更に大変。踊ってる場合ではなかった。
トイレから連れて帰ろうとしたらまた下品なこと言うし。膝蹴りされるし。
最後はテントに戻るというみやらさんにりえ坊を無理矢理預けて急いでNRBQのライブに戻る。
ンギャー。もうライブ終わってるじゃねえかよ。
と、よんぼりしていたら、トリでもなんでもないのにアンコールが始ったので慌ててステージ前方に行き、最後の一曲を目一杯楽しんだ。
りえ坊災難を免れて踊り狂っていたおかもっちゃんは「最高だった!そっちは大変だったんだなぁ」などと呑気なことを言っていたが・・・

・・・以降次回「オカモトの受難編」に続く。
あれ、最終回のはずだったんだが?
2004年08月19日(木)

嫌んなったとか言うな団〜フジロック記録その2.5

今日、会社で話していてハケーンしたマーフィーの法則。
つかマーフィーって誰だ。エディ?

「約束事の前日、あるいは当日に『家族or親族の急用または不幸がある』という理由でキャンセルをされた場合、8割以上の確率でそんな急用なんかは存在しない」

間違いない。と、長井秀和風に添えてもいいくらいドンピシャだと思うがいかがか。まあ、そういう風に言われたら「えー大変!大丈夫?」などとだまされたフリをするのが大人ってものなのです。腹の中では「他の奴とハメ狂うのかよ、チッ」と思いながらも。(この手のウソは己の快楽のためにつかれる、というのもまた事実である)
大人なんてものはこうやってだましだまされ生きるのさ。俺?もう騙される方だったら相当のプロですよ。騙しやすいとも思われてるのであろう。自分でもナメられる事に関してはプロ級なのかもしれないと思う今日この頃。
だけどな。こんなどうしようもない嘘はだまされてやって思い通りにしてやるが、その先は思い通りにはさせてあげないのだよ。教訓:あんまり人をナメちゃいかん。

さて。そんなことはどうでもよくてフジロック日記最終回。
もうフジ終了後3週間が経過しているにもかかわらず書くのであります。

7/31(土)
プライマス終了後、メシを食ったりしているうちにバッファロードーター。
その前にやっていたサントス?という人たちの客がやたら多かったので、bdはいい位置では見られないかもと危惧していたんだが、案外良い場所で見ることができたのでよかった。
いやー私の去年のベストアルバムはダントツで「シャイキック」だったんだけど、アルバム通り「サイクリック」からのスタート。当初からこの曲は音が聞こえるだけでなく、「見えてくる」曲だと感じ続けていたが、フジロックにおいてその視覚に訴える具合が普段家で感じるどころの騒ぎではなくなっていたのである。真夜中の苗場でこの上なく煌めいていた。打ち込みではなくドラムが存在していたからか?そのドラムも含めて、テクノなどではなく、今、目の前で音が作られ、そこに直に放たれているという本当の意味での「ライブ」がそこにはあった。もうジャンルとかよくわからない。いらないだろ。
敢えて言うならバッファロードーターこそプログレ(進化って意味で)だよ。
最後の「303ライヴ」なんかもはや音が自由自在に動き回っていた。実験音楽のようなのにこんなにも楽しく、生き生きとしていて、踊りたくなるなんて。
フジロックで一番目映かったライブでした。
そしてアーマンドヴァンヘルデンをちょろっと見てこの日は終了。

8/1(日)
さて、ついに問題の日でございますよ。
この日は前日までと打ってかわって天気がよかった。
さすがに頭を洗いたくてしょうがなかったので、10時頃にホワイトステージに行き、流しで頭を洗う。キモチエエー。りえ暴、否、りえ坊さんも頭を洗ったんだが、長い髪を乾かさずに前に垂らしたまま歩いてくる姿はジョージ秋山のアシュラにしか見えませんでした。

川でタオルをすすいだり乾かしたり朝飯を食ったりして、万全の体勢であぶらだこに備える。
あぶらだこ開始前にはついに石井さんともご対面。石井さんとは2002年のフジロックに行った後くらいに日記を通じて交流を始めて早2年。まさに「やっと、会えたね」とジーツーばりに言いたくなりましたよ久々に。時間があまりなくてゆっくりお話しできなかったのが残念ーしかし、初めてご対面して一緒にあぶらだこで踊るとは!誰が想像したか!
あぶらだこは30分くらいの演奏でしたが、フジロックはだいたい4,50分の持ち時間が普通なので違和感はなかったです。ヒロトモの「家族とバーベキューに来たお父さん」的ポロシャツルックが眩しい。一応アウトドア仕様なんだな。太陽がいくら燦々と輝いていようとも、ヒロトモはいつも通り直立のまま下を向いたり小さい笛を吹いたりしていたし、つっかえ気味な変拍子もいつも通りでした。普遍とはこういうことを言うのか。いや、不変とはこういうことを言うのか。
しかし、最後に演奏した「翌日」だけは太陽の下で聞けてよかったな、と思った。ノイズなのに透明感溢れている、というのは、あぶらだこなのにフジロック、という状況と非常に似通っている気がしたので。嘘。こじつけです。そうじゃなくて、「翌日」の超自然感が、あれだけの大自然の中で聴くとよりスピリチュアルに響いていたから。(ただし、翌日の超自然感ってのは海を想起させるものだったんだが、この際まあいいや)

その後、ダラダラしてからおかもっちゃんに連れられてハナレグミに行ったんだが、どうしても声がダメでオレンジコートでスカっつうかブラスロックっつうかのバンドを見たりしているうちに平成トリオを見ることに。
この日のオレンジコートの空気の乾燥感はとても心地のいいものだったんだが、その乾いた空気とシンクロし、その空気を振動させて伝わってくるギターの音色とおっちゃんたちの年輪を重ねた声。てらいのない言葉たち。すべてが私を泣かせるのに十分だった。心底楽しいのに、涙が止まりやしねぇ。
木村氏の唄う「嫌んなった」の時はもう泣いてもいなかったが、それでも去年の「不滅の男」ばりに揺さぶられたな。嫌んなったーもう駄目さ、だけどクサるのはやめとこう。いや、嫌んなってもクサってもねえんだけど。なんも変わりもしないんだけど。明日も仕事なんだけど。なんとかしてくれ、神様仏様。



と、ここまでで中途半端だが続きは次回ー

こないだまでとある企業で仕事をしてたんですが、そこに朝行こうとしたら電車に乗る時点で財布を開いたら、なんと持っていた金が130円ポッキリ。しかし電車は目の前に来ている。これを乗り逃したら遅刻してしまう・・・という絶対絶命の状況。
迷わず130円で初乗り料金だけを払い、降りるときに
「あの、お金持ってないんで・・・降ろしてきたいんですけど・・・」
と恥を忍んで告白し(心の中では三島由紀夫級の告白)、電車代240円を借キングしました。住所と電話番号と名前と「240円借ります」という旨を書かされました。俺24です。普通に働いてます。なのにどうして金おろしてないのか。
そして次の日には財布を落としたことはここだけの秘密だ。(スリにあったらしく、無事見つかったのでNO問題でしたが)
さらに土曜日には携帯を落とし、日曜日にはライブハウスにかばんを忘れていったこともここだけの話に留めておきたい所存。
全部見つかってるからNO問題なんだよホント。
2004年08月18日(水)

10代は不毛の時代さ、20代は無謀の時代さ、30代は無毛の時代さ〜フジロック記録その2

まあ、今日も出張しているわたくしなわけでございますが、先ほどお昼に行ってきたんですよ。街道沿いでひとりでアレを〜、ってアレは昼飯のことなんだが。
この街道沿いというのが曲者で、そんな場所だから食べ物屋なんてロクなもんがないことは十分わかっていたのです。わかってはいたんだが、よりによって私に突きつけられた選択肢は
1.ファミリーレストラン風焼肉屋
2.バイキングファミリーレストラン
という、どちらもファミレスに変わりはないんだが、それにしてもいくらなんでも・・・と閉口せざるをえない店しかないんだよこれが。そんなに大食いさせたいのか俺に。焼肉は飽きるから嫌いなんだよバカ。蕎麦とかラーメンとかが食べたかったのに。
もうちょっと歩いて他の店を探してもよかったのだが、このうだるような暑さの中歩く気にもならず、さんざん迷ってバイキングファミレスに入ったのだった。
そして私は決めた。もう食べ放題の店には行かん。
いきなり大きく出たな、と思われるかもしれないが、この店ヒドイんだよホントに。食べ物は揚げ物ばっかだし、サラダもまずいし、食器は全般的に汚いし、壁には小さいアリが3匹くらいうごめいてるし。
何よりも一番ひどかったのが客層だ。大型トラックが行き交いする街道沿いというポジションとファミレスの裏が巨大な物流センターだったためか、労働者がワンサカ。マサ斉藤みたいな労働者が4人くらいで物凄い勢いでメシを食っていた。ここはドライブ・インか。まあ、私も作業着に腰ドライバーの作業員ですから人のことは言えないが、にしてもドキュソ丸出しの金髪ヤンキー労働者とかはイヤだなーマサ斉藤みたいなのよりイヤだ。セックスは全部中出し!若いけど2児の父!みたいなのが多すぎ。
それよりももっとヒドイのが金髪茶髪に(自宅で)染めた主婦と子供連中の多さだ。世間的には夏休みですから、子供を連れて主婦連中で食べ放題に行くというのはちょっとしたステイタス、というか日常の小さな贅沢なんだろう。しかし、こんな汚い食べ放題の店に来てガツガツ食ってる主婦とか見るとなにか心が寂しくなる。安い。これでこの後はパチンコなのか、それとも出会い系で出会った男と会うのか、と思うとますます見てられない。あ、いや、全部私の勝手な推測だけど。「負け犬の遠吠え」では結婚している女は勝ち組ということになっていたが、結婚していてこんな生活だったら喜んで負けますよ私は。パサパサに乾いたデザートケーキみたいなのをおいしいおいしい言って食べてる姿とか、切ないことこの上なし。まあ余計なお世話ですが。
実はこないだも食べ放題に行く機会があったのだが、店の半数くらいの客が休日に池袋まで家族で出てきて食べ放題ってのも泣けるものがあった。家族で遊園地はいいけども、食べ放題って貧乏いよやっぱ。それも家族で行く場合って、子供が望んで行くんじゃなくて主婦が率先して「食べ放題行こうよ!」と言っているんだろうし。とほほ。
私が小さい頃、ほとんどファミレス/食べ放題に連れて行かなかったうちの親に感謝しないと。(食べ放題は皆無だったし)


というわけで、フジロックの記録
7/31(土)
前日の夜にテントが崩壊しかけるというアクシデントがあったのだが、この日の朝も雨風強し。というわけでムーニー・スズキを見に行くつもりがやめた。
一発目に見たのはグリーンステージのジャマイカン・オールスターズ。雨もちょうど上がっていたので陽気な音が楽しい。が、最後のほうをちょっと見ただけで演奏終了。
そしてそのままグリーンでジミ・ヘンドリックス・オフィシャル・トリビュートバンド。トリビュートってもミッチ・ミッチェルはいるんだが。これがもう、とてつもなくおじいさんなのだった。どれくらいおじいさんなのかというと、浅草などで見かける半ズボンを履いて雷門で記念写真を撮ってそうな外人の年金で暮らしているおじいさんだ。わかりにくい表現で申し訳ない。
ベースの黒人の人(名前失念)がボーカルをとるのかと思いきや、ギターの白人がジミヘンのモノマネ声でストーンドフリーだのヘイ・ジョーだのを歌うという具合。途中一曲だけスティービー・サラスが出てきてギターを弾いていたが、そんなんだったら最初からスティービー・サラスがボーカルやれっての。ギター弾けっての。
でもミッチ・ミッチェルはおじいさんだけど、ドラムの腕前はさすが!だった。しかし、時間は短く終了。歳には勝てないわな。
ジミヘンの時間に合わせて「ウンコと彼女」ことおかもっちゃんがやってくるはずだったんだが、いつまで経っても苗場に到着しない。と、思ったら越後湯沢で降りなきゃいけないのに浦佐で降りたらしい。乗り過ごしたらしい。うっかりにもほどがあるというか。
そんなおかもっちゃんも無事合流し、フランツ・フェルディナンド。
正直、あまりマークしていなかった物件なんだがこいつがとんでもなくニューロマでダンサブルでよかった。シンセがとことんチープで何度「こいつらはデュランデュラン?」と思わされたことか。プラネットアースを演奏するのか、と思ったりとか。見ていた時はメンズウェアーを思い出していたんだけど、後に会ったわやさんが「ジャムとカーズを彷彿とさせるよね」と言っていて至極納得した。
そしてベン・ハーパー。この人は年々レゲエ色が強くなっている気がする。CDはコンスタントに買っているんだが、いつも流し聞きで、結局一番印象に残ってるのは10年位前のアルバムだからな。座りながらギター弾くのを連発していた頃。って、このライブでも座りギター披露してくれたが。天気がよかったら野外でベン・ハーパーは最高なんだけど、部屋でまったりと聴く方がいいなと思ってしまった。まあ、来年こそはいい天気の中で聴きたいなあ、と。
その後、りえ坊さんとホワイトステージに移動してドロップキック・マーフィーズ。頭にタオルの若者率高し。まあ、フジ随一のハードコア系バンドだからな。りえ坊さんなどは「若者率が高ぇー」と最初は言っていたが、いったん始まると誰も彼もレッツ・ゴー・トゥー・マーフィーズ!
モッシュに次ぐモッシュ。ハナから盛り上がる。りえ坊さんが酸欠であやうくなったのでモッシュの輪から外れて休憩していたのだが、マーフィーズの人たちの「隣の奴と肩組んで踊れや!」の掛け声に即反応して、再びモッシュの輪の中へ。肩組んでフォークダンスのように踊る踊る。そのままモッシュの輪の中に残ってしまい、再びりえ坊さんがアフアフしだしたので外に脱出。
そんでまた最後のほうの盛り上がり時にはモッシュの輪に戻っていった俺たち。しかしマーフィーズは最高だ。なんつってもフーの「ババ・オライリィ」をやってくれたからな!十代は不毛の時代さ、何もかもが無駄なんだ!と大声で歌えるのはなんて楽しいんだろう。ちくしょう、10代のときにこの合唱の輪に加わりたかった。私は17や18のころ、本当にババ・オライリィに共感していたんだった。ロキノン子だったからな。
まあ、金がなかった10代じゃなくて、20代になったからこそこうやってフジに遊びに来ることもできるようになったわけですけどな。しかし10代が不毛の時代なら20代は無謀の時代か今んところ。そして30代は無毛の時代なんだきっと(りえ坊限定)。

ちなみにこの頃おかもっちゃんとみやらさんはコートニー・ラブを見ていたらしいんだが、おかもっちゃんが「コートニー・ラブ萌え」と言い出したのはびっくりした。顔面騎乗とかされたいらしい。

グリーンに戻ってダラダラしているうちに清志郎が始まった。当初は清志郎を30分ぐらい見てゆら帝を見に行くつもりだったんだが、しょっぱなの雨上がりの夜空に〜トランジスタ・ラジオでもう釘付け。聴いたこともないヒット曲〜ヒット曲ぅ〜。ああ、フジロック自体がトランジスタ・ラジオみたいなイベントなんだよなあ、そりゃわくわくするよなぁ。梅津和時もいるよオイ。
途中どうしてもオシッコがしたくなって、草むらでしてこようと一大決心をし、紙コップ片手に草むらに忍び込んだものの、そこら一帯は男子の立ちションスポットだったのでまんこ露出するわけにもいかず、結局おとなしくトイレに並んで用を足したのだった。その間にやっていたのが新曲でヨカッタ。
清志郎が「昨日、古い友達に会いました」と言い出したので、チャボ登場か!?といっせいにかぶりついたら、「紹介します、チャー坊です!」といって出てきたのはチャーだった。なんだよソレ。「新日にA・コング登場」っつって出てきたのがアメージング・コングだった、くらいのガッカリ感。いいんだけどね。
ケミカル・ブラザーズ。最後のステージだからかどうだか知らないが、ヘイボーイ・ヘイガールから始まりヒット曲連発。が、ミュージック:レスポンスまで見てホワイトに移動。
だって俺的今年のメインであるプライマスが出るんですもの。
思えば10年ほど前のこと。はじめてひとりで見に行った外タレがプライマスなんだよ私は。(初めて見に行った外タレはデビッド・リー・ロスだったが)
会場の8割を越す(ように見えた)外人にもみくちゃにされながら見たプライマスは、暴れ系の曲をやるわけでもなく、本人たちもいたって平然とした表情と動きでものすごいテクニック駆使でマニアックな曲を間には座見ながら演奏するだけのバンドなのだった。ホントにそれだけなのだ。それを「俺ってすごいだろ!ギターに同調して俺も泣くぜ!」って具合ではなく、あ、屁したくなっちゃったからすかしちゃった、という調子でこなすのである。超自然体。
なのに会場の興奮ぶりはハンパなく、外人たちは暴れに暴れてダイブとか敢行していた記憶がある。
そして10年越しのプライマスは・・・もともと「なんか演奏してたら、たまたまいろんなことを一気にやっちゃってたみたい」という超自然体プログレだった彼らなんだが、これまた「なんか演奏してたら、たまたま音響派みたいなことになってたみたい」という具合に実験的インストの嵐、嵐、嵐。アバンギャルドを名乗ってもイイと思った。ものすごくポップなアバンギャルドだけど。
前のほうにいた若者はかなり脱落していた。本人たちはやっぱり平然と鼻くそをほじるように「こんなの普通弾けねーよ」というフレーズをどんどん弾いていく。

ヒット曲(そんなものあったのか、という気もするが)もほとんどやらず、MCもほとんどなし。たまにレスが「ヘローヘロー」みたいなことを言うがそれも歌なのかMCなのかさっぱりわからん。「このまま盛り上がりは一切ナシで進んでいくのか」と一抹の不安をおぼえつつ見ていたら、終盤近くでようやくファンク調(っても普通に聞いたら全然ファンクじゃないんだが)の曲を演奏してくれてこのまま終わってアンコールか!と思っていた。
が、最後の曲でいったん演奏が止み、レスが延々と喋り続ける。このマイクはなんたらかんたらと、自分の今使っているマイクの説明をしているらしい。話すこと2,3分。いきなり演奏が再開されて、ドリフのコント終了時の「ブンパッパブンパッパジャーン」みたいな演奏で
ライブ終了。

え?
アンコールは?

と思って時計を見たらすでに12時を過ぎていたのだった。ホワイトステージは12時までしか演奏できないんだよななんだよバカ。
不親切に次ぐ不親切なライブながら、それでもヘロヘロで平然とした表情ですかしっ屁の一発や二発かましてステージを去ったであろう彼らの魅力が200%溢れていたと思う。2年前のバットホール・サーファーズの時もそうだったが、ああいうすべてにおいて「本気なのか冗談なのかサッパリわからない人」にやっぱり惹かれるのだ。

ああ、バッファロードーターは長くなったので次回の日記で。
2004年08月13日(金)

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