| 2015年03月26日(木) |
校務連絡&PTA監査 |
今日は転入される先生方の校務連絡日。10人の先生方が来校。自分が対応する役ということで準備。お迎えをして説明や施設紹介。今回は過去に同僚だった方がお二人。長い教員生活をしているとこのような縁もあるものだ。
学期末事務を行いながら,自分も来年度の教育計画の担当分を作成。一部変更する箇所もあり,吟味すればするほど時間がかかる。
18:30からPTAの会計監査。詳しく見ていただいただけではなく,わからない会計項目にも質問をしていただいた。改めて説明の仕方の大切さを感じた。19:50帰宅。頼んでいた本が届き一気読み。
昨日は遅かったので睡眠不足。この年になると睡眠不足は仕事の効率が本当に落ちる。それでも学年末ということですべきことがあるので,さまざま考えて修正案を仕上げる。明日は転任される先生方が来校されるので,そのための準備も行う。
午後からは江刺総合支所に出向き辞令交付式。自分は転勤ではないのだが,勤務校校長が定年退職ということで各学校の代表者席に座ることに。皆様の新天地でのご活躍をお祈りしたい。
学校に戻って明日のPTA会計監査のための最終チェック。急遽の対応や年度末事務のチェックもたくさん。一日一日が貴重だということを自覚。
離任式。寒い朝。お別れを悲しんでいるかのような天気。さっそく朝,体育館にヒーターを持ち込み点火。
8:40から離任式。自分は留任で校長先生がご退職ということもあり,お一人ずつ簡単に紹介する立場。13人を一人3文ずつでの紹介。先生方のお話は心に響くものばかりであった。その後,他校や地区センターに挨拶回りで午前中は終了。
午後になっていくつかの仕事を片づけながら,来年度の重要構想。ほぼ固まる。18時過ぎに最終者として退庁。すぐに学区にあるホテルへ。今日は職場の送別会。心に残るエピソードが満載だった。2次会に行き明日も通常出勤ということで24時前に帰宅。
| 2015年03月23日(月) |
事務仕事&副校長会送別会 |
春休みは事務仕事がたくさん。今日も目の前のすべきことをどんどんと行う。9:00からは重要な職員会議。外勤,来客対応,文書作成等,あっという間に午後になっていた。来年度のことで何度か打ち合わせ。
今日はいつもより少し早めに退庁し,区の副校長会送別会へ。同じ職の仲間とのネットワークは大切と感じた会であった。21時前に帰宅。昨日に続いて読書の続き。
| 2015年03月22日(日) |
校正&パラパラマンガイベント |
今日はまずは校正に専念。朝〜10時ぐらいまで,さらに3時から6時ぐらいまで。しっかりと読ませていただいた。歴史事象で明確な数字が出ていないところやデリケートな部分の表現をどうするかという点で,勉強になった。
途中で家族からリクエストがあったイベントへ。北上での「鉄拳のパラパラマンガの世界展」というもの。この労力とアイデアに感心。近くでランチ。
読書のペースもあげる。今日は研究書。これからこの手のものを読む機会が増えるだろう。今の自分に必要な勉強である。
| 2015年03月21日(土) |
保育園卒園式&班常会 |
朝は原稿。ようやく提出。今のペースをあげないとダメだな…。朝刊に人事の新聞発表。自分は留任。
学校に行き一仕事した後で,学区内の保育園卒園式へ。一番の来賓扱いに恐縮する。お祝いの言葉も無事に終わる。それにしても1時間半の式をがんばる保育園児。たいしたものだ。小学校の役割が問われるな…。
終了後すぐに帰宅して昼食をとって,地区の班の常会へ。年に1度の情報交換。日ごろから挨拶はしているものの,改めてあれこれ話をする機会はない。周囲は自分より一回り以上年上の大先輩。よい学びをさせていただいた。こちらも2時間以上。
終了後,疲れて一休み。遅れていた学校の仕事。校正も夜まで。27回目の結婚記念日ということでちょっぴりお祝い。
少し寝不足ながらも早く目が覚め,いつものように原稿に取り組む。今年は過去2年間停滞気味だった出版活動に力を入れる年。がんばろう。
卒業式が終わると岩手は春休み。学年末事務は多い。自分も事務局仕事の締めくくりも入ってくる。今日は副校長会の会計を担当しているので,今日は会計監査。お忙しい中学校の先生方お二人が監事役。どちらも本校から車で30分。市内の北端と南端。よきドライブも兼ねた。さらに貴重な情報交換。中学校の先生方の話は小学校と違うので参考になる。 戻って年度末だけではなく,来年度のことも含めた事務。いつもより早く帰宅。
地下鉄サリン事件から20年目。20年前のあの日,懇親会先で先輩が「東京でひどい事件が起きた」ということでテレビを見て驚いた記憶がある。我が子が3歳の頃で,「この子たちが大人になった頃はどういう世の中になるのだろう」と不安に思ったものだった。今,その世の中になっている。そして20年前の自分では予想もできない自分の教員人生になっている。
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